大好きな愛犬に捧ぐ独り言。

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「NOVA警察って、何?」

日仏会館の喫茶室でわたしが訊くと、デュカスは珈琲を喉に詰まらせて咳き込み、そして狂人を見る眼でわたしを見た。
「いきなり言うに事欠いてNOVA警察だって? お嬢さん、正気?」
「7次元のなかで時間的前方を目差して飛ぶじゃない。前方では、いずれは太陽がNOVA(新星)化してるはずだけど、
わたしは太陽のNOVAを一度も見たことがない。NOVAに至る経路は全部、NOVA警察に封鎖されている。
連中はいったい何をしてるの?」

デュカスはしばらく言い渋っていたが、わたしがずっと凝視めていると、根負けして話し始めた。
「太陽系の誕生、これはもやもやとしたフィラメントのようないくつかの不確定な時空線を描いている。
でも、太陽のNOVA化、これはかなりの程度まで決定論的な事柄なんだ。
したがって、7次元のなかで可能世界がマルチプルに拡散したとしても、
時間的前方ではチャートは必ずほぼ一点に収束する。これがNOVAだ。」

「だから、〈ガイア〉を7次元のなかで見ると、チアガールのぼんぼりみたいな形をしてるわけだ。
いくつものフィラメントが飛び散ってるんだけど、根っこでは一点で握られている。
ただしこの根っこは、時間的後方の「始原」ではなく、逆に、時間的前方の「終局」、NOVAで握られているわけだ。
ここまでは分かるな?」
わたしはうなづき、デュカスに先をうながす。

「ところでな、話は変わるが、宇宙って奴は何でこんなに広いんだ? 宇宙はやばいくらい広い。どのくらい広いかというと、
〈人類の全体〉どうしが7次元のなかで、互いに完全に隔離されてしまうくらい広いんだ。
別々の星系に発生した〈ヒト〉どうしは、それぞれにフィラメントのぼんぼりを構成するが、それらは互いに触れることがない。」
「7次元のなかであちこちの星系まで跳んだことはあるけど、確かに〈ヒト〉と出会ったことはないわ。
どの星系に跳んでも死んだ惑星ばかり。別の人類なんていないのかと思ってた。」

「だろ? 見たことねーだろ? 太陽系人類が7次元のなかでどんなに跳んでも、
〈別のヒト〉がいるチャートには跳べねんだ。〈全体〉どうしが7次元のなかで隔離されてるからな。
あんたが他の星に飛んだとしても、その星は、
〈別の人類〉にとってのその星とは層(レイヤー)が異なるんだよ。
射影すると座標変換は可能だけどな。」

「他の星系から望遠鏡で観測可能なほど、星系に改造を施したらどうなの? 〈ヒト〉どうしは通信できなくても、
客観的な星系の改造にはアクセスできるんじゃない? 万里の長城ですら、衛星軌道から目視できるよ?」
「その場合は単純に、射影しても座標変換不能になるんだよ。チャートが成すモナドが異なる襞に分離する。」
「・・つまり、〈ヒト〉と〈ヒト〉は同じ宇宙を共有してるけど、見ている宇宙は互いに全然異なるということ?」
「そゆこと。よく理解したね。」

「しかも、見ている宇宙が異なると言ったって、
宇宙の巨大さのなかではその差異はノイズとして掻き消えてしまう程度のものなのさ。
異なる〈ヒト〉と〈ヒト〉の見てる宇宙が喰い違っていたとしても、宇宙は全然困らない。
個々の生がチャートを切り開き、チャートの列がモナドを描き、その総体が〈ヒト〉の多様体を成すにしても、
結局のところ、このチアガールのぼんぼりは、―― かすかな蜘蛛の巣みたいなものなのさ。」

「〈ヒト〉と〈ヒト〉は別々の物語を生きてくんだね・・」
「たっはっは・・ なあ、そのぶりっ子やめてくれない?」不意にデュカスが頭を掻く。
「どうして? 何も知らない振りしてた方が説明しやすくない?」
「まったくかなわねえなぁ・・ おれが悪かったよ。
あんた見てると、つい、何も知らない子に教えてる気分にさせられるんだよ。」

「同一カオスにおける多重コスモス場の理論は、むしろ、あんたの専門だったよな。」
わたしは黙ってデュカスの眼を凝視めている。
デュカスが言う。「分かった、それとNOVA警察の関係だよな・・」