鰍は、
柊軍曹ににっこり微笑みかけると机に向かい、
積み上げた本たちが描き出す世界へと――
一瞬にして没入する。
最初図書室で形而上物理学の本を眺めたとき、鰍は遊び半分のつもりだった。
鰍の構築した軍用芋虫犬腹中虫粘菌型コンピューティングは
いくつかの微量物質をシグナルとして使い、
神経系的というよりはホルモン系的な情報伝達を行うシステムだ。
電子的な通信が、結局のところ ON‐OFF によるデジタルな情報伝達を行うのに対して、
ホルモン系的な通信は、「濃度」「拡散」「複合」などの液体的性質を持つ。
鰍が企図したのは、言ってみれば
「言語ではなく、感情を直接伝える媒体」だったのである。
たとえば第4回試運転は 長期 低速度 運用実験だった。
このシステムの運用には大きく分けて二つのタイプがあり、
ひとつはあの第1回のときのような 短期 高速度の運用、これは
シグナル物質を高濃度で送ることによって刺激速度を上げ、短期で目的を達する運用、そして
もうひとつが第4回のような 長期 低速度の運用タイプである。
鰍はゆっくりゆっくり時間を掛けて、
メープルロード商店街の端に位置する十字路の
ひとつの角を「霊スポット」にすることに成功した。
「見た」という人間が続出し、WEB掲示板でもちょっとした騒動になった。実は
第4回試運転は継続運用されており、いまでも稼動中なのだ。