馬鹿本先生は先日、急にオホーツク海に流氷を観に行きたいとおっしゃられました。
お一人では何をしでかすかわからないので私も随行し、北海道へ向かいました。
羽田からオホーツク紋別空港への機内でも、馬鹿本先生は独特のくぐもったドモリ声で
「ノリズミイッテヨシ・・・」とか「おとふけいふくべおとふけ」などと、天界と交信をなされていました。
それに慣れていらっしゃらない一般の乗客の方が迷惑なされており、客室乗務員の方からも
注意を受けたので「すみません、病気のようなものです」とお断りしておき、先生に申しあげました。
「先生、交信されるのは大いに困ります。ここは機内です。サイトの更新の原稿でもまとめては
いかがですか?」と。
先生はおもむろに黙り、機内サービスのジュースを一気呵成に飲み干された後、
私にこう申し付けました。「佐藤君、私はね。師岡君が許せないんだ。私は可哀想な人なんだよ。
音楽家にもなれず、会社も辞めた今、私にできることは評論しかないんだ。そんな私を暖かく
見守って、招待券をくれてもいいんじゃないか。そうは思わないか?」と。
これ以上続くと私まで石巻上空あたりに放り出されそうだと思い、ジュースのおかわりを
客室乗務員の方に頼み、その中に奥様からお預かりしたお薬を溶かして先生に飲ませました。
先生は紋別着陸後、最後の乗客が機内から出るまで、お休みになっておられました。
そのお顔は、普段のお乱れぶりからは想像も出来ないほど、安らかなものでした。
「奥様も苦労なされているんだろうな・・・普段からこうしていてくれれば」と
私は頬に涙が伝うことを禁じ得ませんでした。