サリン事件から18年目に入った。あの悲惨な事件も慰安婦否定と同じく、
【歴史検証を怠ったツケ】のひとつと考えているので書いておく。
2012年に逮捕された菊地直子容疑者は、宣伝ビデオのなかで空を仰ぎ、
米軍がヘリからサリンを蒔いたと訴えていた。米軍の背後に、世界を裏で
操る国際ユダヤ(フリーメーソン)がいるとオウムは唱えていた。
当時、日本では【ユダヤの陰謀】がブームだった。『マルコポーロ事件』で
米国のユダヤ人団体から灸をすえられるまで、その種の【戦前を彷彿とさせる
主張の】低俗本がベストセラーを重ね、週刊誌や民放テレビで紹介され、
多くの信奉者を生み出した。オウム一派も、その影響下にあったといえる。
戦前の欧米には、ユダヤの陰謀を信じる者は日本以上にいた。しかしホロコー
ストの反省から、この問題は検証され、陰謀の根拠とされた資料がパクリ
だったと証明されるなどして、戦後信じるのはネオナチの修正主義者ぐらいと
なっていた。ところが検証を怠った日本では……。 (2へ)
日本にユダヤ陰謀論がもたらされたのはシベリア出兵の際で、当初は大きな
影響力をもたなかったものの、経済の悪化とともに浸透していく。
大仏次郎などは『ドレフュス事件』(1930)を著して、反ユダヤ/排外主義
の愚かさに警鐘を鳴らしたが、その努力も虚しく、1935年頃から陰謀論は急
速に広まり、戦争に突入すると【国民の常識】と化していた。
NHKは、《米英経済はユダヤ国際金融力と合体し……諸国経済力を……隷属
せしむる》と国民をアジった。 (*奥村喜和男『尊皇攘夷の血戦』1943)
開戦の勅語を添削した徳蘇峰我は『必勝国民読本』(1944)で、米英をあやつ
るのは《世界の悪魔たる》ユダヤ人だと公言した。
(*『ユダヤ人陰謀説』講談社 頁178より孫引)
日中戦争に勝てないのもユダヤが原因とされた。三笠宮崇仁氏が派遣軍に、
なぜ日本は勝てないか問うと、最初に返ってきたのは《ユダヤの思想であり
ます》という答えだった。 (*『THIS IS 読売』1994年8月号 頁64)
(ユダヤの3へ)
当時の子供も、少年小説やマンガを介し、ユダヤ陰謀論に染まっていった。
《……アメリカも、ユダヤ民族の支配の下にあるわけだ。…… 今の世界で、
ユダヤ人の支配を受けていない強国は、我大日本帝国と、ドイツ、イタリア
があるばかりだ。……日中戦争も……ユダヤの勢力との戦いなのだよ》
(*北村小松『南極海の秘密』1941 『トンデモ本の世界』より孫引)
《……戦争の原因は米国ユダヤ閥の画策という主張の漫画がしばしば登場》
(*清水勲『年表 日本漫画史』臨川書店 頁147)
といった具合に、国民は老いも若きも陰謀論に染められていった。
上記の子供だましの伝説は、歴史検証しなかった日本では正されることもない
まま、戦後の「ユダヤ陰謀論」ブームのなかで、オウム信者をふくむ
若い世代に伝播していった。
(後日のユダヤの4へ)