81 :
日々之 ◆dA48kKoXXA :02/10/04 00:18 ID:0VuFaISG
age
83 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 02:32 ID:o2E2bdsE
日々之って何やってるの?
ずっと家で半年間ゴロゴロしてるの?
84 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 02:36 ID:FpLfxPSe
>>83 一日中引き篭もって美術系学校板の藝大スレッドを荒らしてる
昔は学歴区別なんてする必要がなかった。
海軍兵学校、陸軍士官学校、帝国大学、高等専門学校、
それぞれに役割があり、どれが一番でということは一概には言えなかった。
しかし何十年間の間に教育が一本化され偏差値一辺倒になってしまった。
となるとそんな時代にはまともな人間は自然と偏差値が高くなる。
勉強なんてのはやればだれでもできるようになる。
つまり低学歴のヤシは勉強をしてないから低学歴。
逆に高学歴のヤシは勉強のやり方が分かってる人間ということだな。
ていうことは少なくとも高卒専卒短卒以下よりはポテンシャルのある人間が生息している確率が高い。
逆にこれら以下の学歴の場合
自分の名前を漢字で書けない。
二十歳を過ぎても九九が分からない。
そして常に衣食住とセクースと趣味しか頭の中にないヤシが多い。少なくとも大卒よりは含有率が高い。
漢字が分からないってことはビジネス文書を作ることができない。
九九ができないってことは伝票の間違いを確認できない。
政治経済歴史英語といった常識をも持たないんだろ。
じゃあ国際的な取引なんて無理だね。
そんなヤシがビジネスなんてできるか、どアホ!
差別云々という前に資質の問題だ。
要は低学歴は自分で自分自身のことをビジネスの資質がありませんよ
って公言してるようなもんだから採用されなくたって十分。
よい就職をしたかったら高学歴を目指すのは当然。
そういう社会なんだからしょうがない。
低学歴も高学歴も自分で選んだもの。
それで差別とか言うんだったら今からでも遅くない。
灯台でも兄弟でも受かればいい。それだけだ!
一応、俺は成蹊大学卒なんですが、高学歴の部類なのでしょうか?
ちなみに2ちゃんねるで揶揄されている法政の同学科より偏差値は高かったです。
88 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 11:48 ID:6mHLqIh0
89 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 11:55 ID:gWNLqjoJ
ああああああああ!!!!!!!!!!!!!
90 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 15:21 ID:3t8RhBno
しかし「毎日が日曜日」ってネームのセンス最高ですな!
91 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/04 15:22 ID:SmHtntwy
紳助の今日の言葉を金暁明へ
「環境のせいにする人間は幸せにはなれない。
なにもかも、環境のせいにする人間は最低。生きる資格がない。
ちょっと自分が低学歴だからといって、
何もかもうまくいかないと思うなんて最低だ。見ていてむかつく。」
ビューティコロシアムより抜粋
>>92 同意。
伸介っていつもいいこというよな。
すげーっておもうよ。
おもしろいし。
大卒や院卒で研究職についてないやつは、どんなに給料よくても負け組だと思う。
>>95 だから、院に逝かない奴は負け組ってことだな。
97 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/07 13:19 ID:8aqUXIMs
age
98 :
日々之 ◆dA48kKoXXA :02/10/09 00:57 ID:SfprdJfI
ho
syu
a
ge
(・∀・)ニヤニヤ
ヒョイ , ∧∧
( _(,,゚Д゚) ミ ___
⊂___,.つつ て. ) クルリ
彡 ⊂ .ノ
(" ) ∧∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
. ∨∨ 彡 (,,゚Д゚) < 100げっと
/ ,つ \_______
〜、 ノつ スタッ !
101 :
日々之 ◆dA48kKoXXA :02/10/10 21:09 ID:dCiKOcFw
保守上げ
102 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 06:24 ID:g9xF0lKS
あげちゃうよ
103 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 08:08 ID:l3BWAfFT
東京理科大学卒業だけど、6大学と比べてどうなの?
104 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 08:47 ID:6CzSDxsA
105 :
103:02/10/15 11:28 ID:l3BWAfFT
>>103のいうことは、漏れも入学前から薄々分かっていたんだ。
ダメ人間の漏れは大学生活なんて無駄な時間だった。
106 :
103:02/10/15 11:29 ID:l3BWAfFT
107 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 11:30 ID:qPC+/kfv
108 :
103:02/10/15 11:30 ID:l3BWAfFT
109 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 11:30 ID:qPC+/kfv
やば、間違ったw
東京電機大 でした
110 :
103:02/10/15 11:32 ID:l3BWAfFT
>>107 電気大は工学部中心でしょ。理科大は総合的理系で漏れは
理学部だから単純に比べられない。
111 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/15 11:34 ID:qEOpMKF+
>>107 理科大出身の人は、自分たちのことを6大学より上だと思っているかも
知れないけれど、普通には日大以下と評価する人も少なくないことを
理解しておいたほうが良いよ。
112 :
103:02/10/15 20:41 ID:eYvvpsvW
>>111 もちろん学生にもよるけど、日大以下ということは一般的に有りえない。
入試受けた感想だけど日大と理科大合わせて5学部全て受かったけど
日大ははるかに簡単だった。
>理科大出身の人は、自分たちのことを6大学より上だと思っているかも
>知れないけれど
早慶より上だと思う奴はさすがにいないだろ・・・
あと、理科大も入試はさほど難しくもない。
理科大は卒業の方が難しい。
もちろん東大は除外ね・・・
ダメ同士がこんなとこで学歴の優劣きそってどうするんだ?
あ、こんなとこだからか。
6流私大文系卒
116 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/20 00:29 ID:Efv20tT0
スレ主不在保守age
117 :
1:02/10/20 00:32 ID:DM1sDoDl
そういや最近見ないな
118 :
61.169.5.3n:02/10/20 00:43 ID:zOkgFw02
>>116 保守あげ ありがとう
今はまだ上海に居るのだ
だからあまりこれないです
>118
最近、ダメ板カレー部なるものができ
有名コテの多くが深夜はそっちへいってるみたいだ
さ 俺も寝よう。
120 :
日々之 61.165.43.74n:02/10/21 20:59 ID:AVXohcoI
不安が・・・
122 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/24 22:28 ID:t9P3jy1A
戻ってきたかな? age
123 :
日々之 ◆dA48kKoXXA :02/10/27 02:28 ID:seMHGOTw
保守上げ
124 :
日々之 ◆dA48kKoXXA :02/10/29 02:22 ID:FJBwc/3b
sage
125 :
名無しさん@毎日が日曜日:02/10/29 07:39 ID:hiVBSOOz
せっかく就職できたのに、昨日大失敗しました。
下請けなので、雇ってもらってるところに今日は朝からおわび。
ちょっと注意すればよかったのに、今相当後悔してます。
下請けだから、このまま解雇かな。。。
特に強いお咎めもなくすみました。
みなさんありがとうございました。
私の胸は、ことのほか寂しい。
だが、私の胸は安らかである。
愛着もなく、哀楽もなく、色と音もない。
たぶん、私は年老いたのだ。
私の髪がもう半白なのは明らかな事実ではないか。
私の手が震えるのは明らかな事実ではないか。
してみると、私の魂の手も必ずや震え、髪も必ずや半白であろう。
だが、これは何年も前のことである。
その以前には、私の心も、血生臭い歌声に満たされていたこともあったのだ。
血と鉄、炎と毒、回復と復讐とに。そして突然、これらの全てが空虚になった。
時にはしかし、儚(はかな)い自己欺瞞の希望をもって、ことさらそれを埋め
ようと試みることもあった。
希望、希望、この希望の盾をもって、空虚の中の暗夜の襲来を防ごうとした。
たとい盾の裏側が相変わらずの空虚の中の暗夜であろうとも。
だがそのために、次々と我が青春をすり減らした。
我が青春の過ぎ去ったことを、私はとうに気付かないわけではなかった。
ただ身外の青春のみは、当然あるものと信じていた。
星、月光、瀕死の蝶、闇の中の花、ミミズクの不吉な声、血を吐くホトトギス、
笑いの渺茫(びょうぼう)、愛の乱舞……たとえ悲涼漂渺(ひょうびょう)
の青春であるにしても、青春はやはり青春である。
だが今は、何故、このように寂しいのか。
身外の青春さえもことごとく過ぎ去ったわけではあるまい。
世の青年がことごとく年老いたわけではあるまい。
私は自分で、この空虚の中の暗夜に肉薄するより仕方なかった。
私は希望の盾を手放し、ペテーフィ・シャンドル Petofi Sandor
(1823−49)の「希望」の歌に耳を傾けた。
希望とは何……娼婦だ。
誰にでも媚び、すべてを捧げさせ、
お前が多くの宝物……お前の青春を
失ったときに、お前を棄てるのだ。
この偉大な抒情詩人、ハンガリーの愛国者が、祖国のためにコザック兵の槍先
に死んでから、早くも七十五年経つ。死は悲しい。だが、更に悲しいのは、彼
の詩が今なお死なぬことである。
しかし、痛ましい人生よ。勇敢無比なるペトフィがごときさえ、ついに暗夜に
向かって足をとどめ、茫々たる東方をかえりみているのだ。
彼は言う。
絶望の虚妄なることは、まさに希望と相等しい。
もしも私が、不明不暗のこの「虚妄」のうちになお生を盗まねばならぬ
とするならば、私はなおもかの過ぎ去った悲哀漂渺の青春を訪ねよう。
それが我が身外にあろうとも。身外の青春ひとたび消滅すれば、我が身中
の遅暮(ちぼ)もそれとともに萎(しぼ)むのだから。
だが、今は、星と月光とはない。
瀕死の蝶もなく、笑いの渺茫と愛の乱舞もない。だが青年たちは、安らか
である。
私は自分で、この空虚の中の暗夜に肉薄するより仕方ない。たとえ身外の
青春を尋ねあたらずとも、自ら我が身中の遅暮を奮い立たせねばならぬ。
だが暗夜はそもそも、どこにあるのか。
今は星なく、月光なく、笑いの渺茫と愛の乱舞さえない。青年たちは安らか
である。そして私の前には、ついに真実の暗夜さえないのだ。
絶望の虚妄なることは、まさに希望と相等しい。
一九二五年一月一日 魯迅