「ジューン!これ何なのー!?」
リビングでテレビを見ていた雛苺が興奮気味に身を乗り出している。
画面には見事な雛人形が映し出されている。
「あぁ、そういや今日は雛祭だな」
「うゆ〜!?ヒナのおまつりなの?」
「そっか…雛苺は日本の雛祭は始めてなのか」
「きれいなお人形さんがいっぱい並んでるのー!すごいのー!」
「女の子がいる家ではこうやってひな壇に飾るのさ」
「じゃあ雛人形出してなのー!見たいのー!」
「残念だけど家にはもう無いと思うなぁ。姉ちゃんが小さい頃はあったんたけど…」
「えええーーーー!!無いのー?つまんないのー!!」
「そんな事言われても、ないものはしょうがないじゃ…」
「やーの!やーの!雛人形飾りたいの!! ヒナも雛祭したいの!したいのー!!」
JUM「ちょ…ワガママ言うなよ」
雛「ひーなーまーつーりーっ!!しーたーいーのーっ!!!」
ガチャッ
バシャッ
雛「あ…」
雛苺が興奮した弾みでコーヒーカップを倒し、JUMの服に掛かってしまった。
JUM「雛苺、てめぇ!」
雛「う、うゆー…」
JUM「この服、お気に入りだったんだぞ!」
雛「ヒ…ヒナは悪くないもん!」
JUM「!?」
雛「ヒナな〜んにも悪くないの!雛人形をもってないジュンが悪いの!」
JUM「な…」
雛「ヒナのおまつりの日なのに…雛人形を用意できないジュンは最低なのー!」
JUM「…いいから謝れよ…」
雛「ヒナは悪くないのー!!」
JUM「コーヒー零した事を謝れよ」
雛「ヒナはぜんぜん悪くないのー!!」
JUM「…………」
雛「悪く…ないの」
JUM「…分かった」
雛「うゆ…?」
JUM「…雛苺、怒鳴ったりして悪かったよ」
雛「わ、分かればいいの」
JUM「なぁ雛苺…お前がお雛様になってみるか?」
雛「!!なるのなるのー!雛なりたいのー!」
JUM「OK任せとけ。ちょっくらコスチューム作って来てやるからな」
雛「待ってるのー!早くしてなの!」
JUMは早速、衣装のパターン起こしに取り掛かった。
普段ならば裁縫には一切の妥協を許さないのだが、今回は形だけを早く完成させる為、
かなり大雑把に適当に仕上げた。
(どうせ、使い捨てになるしな…)
そして1時間弱で、雛苺の衣装は出来上がった。
JUM「雛苺ー、できたz……」
JUMが再びリビングに降りると、雛苺は床一面にクレヨンで落書きしていた。
雛「あ、ジューン!遅いの〜雛待ちくたびれたの!」
JUM「はは…は…」
JUM「さぁ雛苺、これに着替えるんだ」
雛「うゆ〜、これお雛さまじゃなくてお内裏さまなの〜」
JUM「こっちのほうが似合うと思ってな」
(お雛様の十二単を作るのが面倒だっただけなんだが)
JUM「ほーら、やっぱり似合ってるぞ」
雛「ヒナお内裏さまなのー!かっこいいのー!」
JUM「さぁ雛苺、ここに正座するんだ」
JUMは雛苺の鞄を改造した台座を用意した。
雛「うゆ〜正座は足が痛くなるから苦手なのー」
JUM「でも、これに座れば凄くサマになるよ」
雛「うゆー…」
JUM「我慢して座ったら褒美に雛アラレやるよ」
雛「座るのおおおおおおおおおおおおぉーっ!!」
雛苺は音速の早さで台座の上に正座した
JUM「おー、いいねいいねぇ〜」
雛「えへへ…照れるの」
JUM「じゃ、記念撮影するか。カメラ持ってくるから動かずに待ってろよ」
雛「はいなのー!」
―5分後―
雛「JUM遅いの…そろそろ足がやばいの…」
JUM「悪い悪い、お待たせ〜」
雛「ジューン…ヒナ…もう足…げんかい…なの…」
JUM「さーて、写真撮るぞ」
雛「ジュン…?ヒナ足が…」
JUM「う〜ん何かが違うんだよな〜」
雛「ジューン!」
JUM「あぁそうか!髪だ!髪型が合わないんだ!」
雛「ジューン!ヒナ足が痺れてるのーっ!」
JUM「うーん…雛苺の髪の毛…全部切っちゃえ♪」
JUMはハサミで雛苺の髪をジョキジョキ切り始めた。
雛「な、何してるのーーっ!お父様にもらった大事な雛の髪なのーっ!!」
JUM「見りゃ分かるだろ♪欝陶しいから切ってるんだよ」
ジョキジョキジョキジョキ…
雛「ジューン!やめるのおおおお!!う、うゆっ?足が…」
JUM「接着剤を大量に塗り込んでおいたから、もう動けないよそこから」
雛「おのれ〜、謀りおったのおおおお!!」
JUM「よーしだいぶサッパリしたな。仕上げに完全に剃るか」
ポケットからバリカンを取り出すJUM。
雛「やめてなのおおおおおおおお!!」
バリバリバリバリ…
続いて剃刀を取り出す
ジョリジョリジョリジョリ…
JUM「ふぅ…ツルピカ苺の完成だぜ」
雛「びぃぇぇぇえええええええん!ジュンひどいのー!!」
JUM「それっぽく見えるようにマジックペンで髪の毛書いてやるよ」
キュッキュッキュッキュッ
雛「あんまあああ染みるのーっ!!」
JUM「クッ…プクククク…波平苺の完成だ」
雛「ひどいのおおおおお!」
JUM「あ、鼻の下にヒゲ描き忘れた」
キュッ キュッ
雛「ひどいのっ!ひどいのおおおー!!うわぁあああああん」
JUM「ああそうだ、雛アラレあげる約束だったな」
雛「ぐすっ…もういらないの…そんなもの…」
JUM「まぁまぁ、そう言わずに食えよ!」
JUM「ちょーっと固めの雛アラレだけどな!」
ガラガラッ
雛「モガッ!?」
JUMが雛苺の口に詰め込んだのは、将棋の駒だった。
雛「モガッ…モヒッ…」
JUM「あー?何言ってんのか全然わかんねぇ…よっ!!」
バキッ!
雛「ぶばびぃッ!」
JUMは将棋の駒を詰め込んだ雛苺の頬を思い切り殴った。
雛「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙…お゙あ゙ぁ゙……」
雛「あ゙あ゙あ゙あ゙…あ゙びぇでぇ…」
雛苺の口の中は悲惨な状態になっていた。
JUM「あれぇ雛苺どうしたの?口から大量に赤いの垂れ流して…」
雛「お゙ごお゙ぉぉ…いだびのぉ…」
JUM「とにかく消毒処置してやらないとなぁ」
そう言ってJUMが取り出したのはオキシドールだった。
JUM「ほら、飲めよ」
雛「い゙ぃびゃ…や゙べ……うぷっ!」
JUMは拒む雛苺の顎を掴み、強引にオキシドールを口に入れる。
JUM「ほーら、たっぷり飲め」
雛「ゔぅ……ゔげぇっ!…ゲフッ…ゴブッ」
JUM「どうだ?冷たくて美味いか?」
雛「ゔ…ゔ?じ、染みる゙ぼおお゙お゙お゙お゙ーっ!アアアアアアッ!」
JUM「汚ぇなあ…せっかく作ってやった服がヨダレと血でベトベトじゃねーか」
JUM「あーあ、歯も結構折れちまったなあ…」
雛「ゔゔ…いだいのぉ…のどがあづいのお…染みるぼぅお゙…」
JUM「言っとくけど、まだまだこれからだからな♪」
雛「あ゙ん゙ま゙ぁ…」
その後、深夜まで制裁は続いた。
雛苺の顔面はさながらスズメバチの巣のようになり、
もはや完全に原形を留めていなかった。
そして制裁の途中から失神して意識は既に無かった。
―そして深夜未明―
JUM「ここでいいかな…」
JUMは近くの河原に来ていた
うぅ
うゆ…
ここはNのフィールドなの…?
ヒナは夢を見ているの…?
なんか水の音が聞こえるの…
体中が痛いの…
やっぱり夢じゃなかったの
ヒナの目は腫れて塞がっちゃってよく見えないの…
ヒナは正座してるの
でも家の中じゃないの…
風が吹いてるの…
なんか…
…流されてる気がするの…
―翌朝―
男「ん…何だありゃあ」
一人の男が川岸に流れ着いた人形を見つけた。
男「あれは…流し雛?…にしちゃあ、随分グロテスクなツラだな」
興味半分で近くに寄ってみる
男「ふーん、よく見りゃよく出来た人形だ」
雛「…う…うゆ…?」
男「うわっ!?」
雛「誰…なの…?」
男「こいつぁビックリしたぜ…お前さん喋れるのかい」
雛「ヒナは…ヒナは…ローゼンメ…」
男「ん…ローゼンメ?」
雛(ヒナはもう…ぜんぶ失ったの…もうローゼンメイデンじゃないの…)
男「ふふふ…」
雛「?」
男「お前よぉ、随分と酷い目に遇ったようだな…」
雛「…ぐすっ…」
男「(涙まで流せるのか…)…お前、俺と一緒に旅しねぇか」
雛「うゆ…?」
男は露店商だった。
―数年後の夏―
巴「ジュン!遅いよ!」
JUM「わりぃわりぃ。昨日徹夜だったからさ…」
巴「もう…言い訳はいいから!行こ!もう夜店出てるよ」
夏祭りの会場は、早くも大勢の人で賑わっていた。
巴「せっかくお姉さん誘ったのにね」
JUM「姉貴は仕事で疲れてるからね…仕方ないさ」
巴「それにしても久々に地元に帰って来たって感じね。知ってる人と会うかなぁ」
JUM「中学高校の頃はろくな思い出無かったけど、いざ来てみると懐かしいもんだな」
巴「あ、あの店すごい人だかり出来てる!」
JUM「おっ、ほんとだ」
巴「ねぇねぇ行って見ようよ!」
JUM「…クスッ」
巴「何?」
JUM「いやぁ、お前も昔と比べて変わったよなぁ」
巴「あんたのほうが凄い変貌ぶりよ」
JUM「そうかもな」
男「ハイ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
怪奇現象かはたまた先端技術の結晶か! 不思議な不思議なストレス解消人形だよっ!」
その露店には低い囲いが設けられ、その中をパンツ一枚のハゲ人形が走り回っていた。
否、竹刀を手にした客から必死に逃げ惑っていた。
客「オラッ!」
雛「あ゙ん゙ま゙ぁあああーーっ!!」
客「逃げんな!」
雛「うびぃぃいいいーっ!!」
男「ハ〜イ、タイムアップ!お客さん、どうよ満足できた?」
客「あ〜超面白ぇーっ。もう1回やりてぇ」
男「おっ!こりゃまた美男美女のカップル!
どうだい、1分間800円で竹刀で叩き放題!スッキリするよ!」
巴「………」
JUM「………」
雛「ハァ…ハァ…ハァ…う、うゆ…!?」
巴は暫くの間、無言でハゲ人形を見つめていた。
JUM「…………」
巴「………やるわ」
男「あいよ!800円ね、ほい竹刀!」
雛「…あ…あ……」
巴は無言で竹刀を受け取り、再びハゲ人形を見下ろす。
男「おっ?なんだかサマになってるよお姉さん!」
巴「ええ…剣道を6年ほど…」
男「ほう!そいつぁ楽しみだ」
JUM「…………」
雛「あ…ああ…あ…」
雛「…あ……と…とぅも…」
巴「…………」
雛「あ…あいたかったの…とぅも…ぶほッッ!?」
ハゲ人形が言い終わる前に巴の突きが炸裂した。
巴「…知らないわよ…あんたみたいなキモいの…」
雛「ゲフッ…ゲフッ!…そ…そんなひど…」
バシィッ!
雛「びゃあっ!!」
巴「こっち見ないで。気持ち悪い…」
JUM「フー…」
JUMが大きな溜息を吐いた。
時は逆のほり
―雛苺が失踪した日―
JUM「柏葉…雛苺が…その、突然いなくなったんだ。」
巴「……そう」
JUM「俺必死に探s…」
巴「桜田君、探さなくていいわ」
JUM「え!?」
巴「…ぶっちゃけ、嬉しいわ」
JUM「え…え?」
巴「雛苺には日頃から辟易していたの…イライラどころじゃないわ…殺意が沸いてたの」
JUM「な…(柏葉もかよ)」
巴「何度部室から木刀を持って帰ろうと思った事か… 桜田君…雛苺がいなくなったならしょうがないけど、
出来得る事ならこの手で成敗したかったわ」
―再び、数年後―
巴「…アンタなんか…」
雛「とぅもえー…ヒナを助けて。ヒナをこの地獄から解放して…」
巴「…アンタなんかぁ…」
雛「とぅもえぇ〜…」
巴「知らないっつってんだろうがァァァーッ!!」
バキッ! ベキィッ! ドガッ!
ビシィ! ドスッ!
バチィッ!
ボキャッ!
ズゴッ! バキッ!
ベキベキッ!
雛「あ゙ん゙ま゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
男「お、お姐さん!タイムアップタイムアップ!」
巴「ハァーッ…ハァーッ…」
男「スクラップにされちまうかと思ったよ…」
雛「…………ぅ゙……ど……どぅ……して…」
JUM「…巴、もういいだろう?」
巴「…フゥーッ…もう大丈夫よ。行きましょう」
JUM「………」
JUMが振り返ると、倒れているハゲ人形と目が合った。
雛「…………」
その表情には悲しみと憎しみが篭っていたが、段々また違う表情に変わっていった。
JUM「……巴、見た事は忘れろ。 今日、俺達は何も変わったモノは見ていない」
巴「……ええ、そうね」
遠ざかる巴とJUMの背中を見つめる雛苺。
とぅもえ……行かないで…
とぅもえ…とぅもえ…
とぅもえ…?
とぅもえがヒナを…
とぅもえはヒナを憎んでいた…
とぅもえ…
とぅ……
………
……
…
…アハ
…ウヒッ アハハハハ…
男「おいハゲ公!いつまで寝てやがる!次のお客様だ!」
雛「……」
ハゲ人形は無言でふらりと起き上がる。
雛「あはは…あははははははは……
……雛祭なのおおおおおおっ!!」
第一部 完