第二十四話 ヒーローになりたかった男
「見つけたぞ。こんな所にいるとはな」
「見つかってしまったでごわすか……」
そう言って振り向いた青い巨人は、大きく丸い目と分厚い唇が特徴の、
一人の魚人だった。全身を固く青いウロコが覆っている。
その彼の顔を見て、鬼帝は微かに顔をほころばせた。
鬼帝「久しいな。会えて嬉しいぞ、ハンギョドン」
ハンギョドン「鬼帝様、お久しぶりでごわす」
久しぶりの上司との再会なので、ハンギョドンと呼ばれたその生物は
のそりと立ち上がって丁寧に挨拶をする。
鬼帝「それにしても、まさか亜米利加にいるとはな。
魔王の本拠地ではないか。ここで何をしている?」
ハンギョドン「見てん通り、釣りを……」
鬼帝「私が聞いているのはそんなことではない」
口調は穏やかだが、言い逃れは許さない断固とした態度だった。
ハンギョドン「……どげんしても、鬼帝様の目ばごまかせんとですか」
彼は大きな体から溜め息を一つつくと、再び海に向かって腰掛けた。
一呼吸、置く。そして、
ハンギョドン「おいどんはヒーローになりたかったんですたい」
意外な答えだった。しかし鬼帝はまともに返す。
鬼帝「なれたではないか。燦理雄でも泥須尼異でも、
お前の名前を知らない奴はおらんぞ」
ハンギョドン「ばってん、それは力で得た名声でごわす。
真のヒーローは力だけあれば良いという訳にゃいかんとです」
一瞬驚いたような呆れたような顔をしたが、鬼帝は笑ってハンギョドンの横に座る。
鬼帝「何を言っておるのだ。燦理雄でも一、二を争う優しいそなたが。
力だけ? けしてそんなことはないではないか」
ハンギョドン「じゃけんども……」
鬼帝「フフ。さてはお前、何か別の理由があるな」
口ごもるハンギョドンに鬼帝は鋭く突っ込んだ。女の勘というやつだ。
ハンギョドン「……まったく鬼帝様は手ごわいお方でごんす」
鬼帝「さて、それで本当のところはどうなのだ」
「…………」
今度こそ言う言葉が見つからずにハンギョドンは押し黙る。
その時、すぐ近くを誰かが走り抜けた。一人の少女である。
彼等のすぐそばの、オフシーズンのためかあまり人気のない砂浜で貝拾いをし始める。
鬼帝「ほう。成程、あの子が目的か」
ハンギョドン「や、そういう訳じゃ……」
ニヤリと笑う鬼帝。青い顔をほんのり赤く染めるハンギョドン。
鬼帝「さゆりはどうした? 別れたのか?」
さゆりというのはハンギョドンといつも一緒にいるタコの女の子のことである。
ハンギョドン「いやそもそも彼女とはそういう仲じゃないわけで……
というか誤解ですたい! 決してその、色恋沙汰とかでは」
モゴモゴと口の中で言いつのるハンギョドン。しかし鬼帝は相手にしない。
鬼帝「しかし相手が人間だと、色々難儀だぞ」
ハンギョドン「だかんら、色恋じゃないと……まあ良かとです」
細かい説明は諦めた。相手が悪すぎる。
水面に映る歪んだ自分の顔を見下ろしながら、ハンギョドンはポツポツと話す。
ハンギョドン「おいどんはあの子の目で見たら化け物でごわすよ。
近付いたり話をするなど、無理に決まっているとです」
鬼帝「それで釣りをしながらただぼんやり見て過ごす毎日、か。
私は気にするような外見ではないと思うが……」
ハンギョドン「鬼帝様のようなお美しか方には、ちょっとわからん悩みたい。
おいどんは燦理雄軍の中でもかなり異色の存在でごわす。
正直、ハンサムな方と可愛らしいデザインの後輩どんに囲まれて、
おいどんはすごく生きづらくなっていたとです」
鬼帝「二枚目ではないかもしれんが、それなりに男前だと思うのだが」
ハンギョドン「おいどん達キャラクターと人間では、美的感覚が違うんじゃけん」
鬼帝「…………」
今の言葉で言うとキモカワイイ。
つまるところハンギョドンは時代の先を行っていた。
燦理雄軍司令室。こちらでは突然の侵入者に幹部一同動揺していた。
ター坊「今度こそ侵入者、か?」
ラナバウツ「しかし、どうやって?」
エディ「わからない。でも今、確かに空間が歪んだよな?」
その言葉に嫌な連想をしたサムは、顔を青くして司令室を飛び出す。
サム「! ……いかん、ミミィ様!」
ラナバウツ「サム、いま勝手に動くのは!」
ター坊「いや、ミミィ様は軍の要。何かあったら困るでアリマス」
サムを止めようとしたラナバウツをター坊が止める。
ケロッピ「皆さん、落ち着いてください。新たな侵入者は恐らく二体。
エディ、エミィ。あなた方に任せてもよろしいですか?」
エディ「わかった。任せてくれ。行こうエミィ」
エミィ「ええ!」
武器を携えて二人は廊下を駆け抜けていった。
ター坊「我々はどうする?」
ケロッピ「幸い、システムに直接侵入するタイプではないようですね。
……こうなれば軍の要所を個別に守護していくしかない。
ミミィの所にはサムが行ったし、ラナバウツとティラン達は武器庫に向かってください。
まだ部隊の再編成が済んでないので、僕の配下の小隊を派遣します。
僕はメインシステムに向かう。その他の方は待機してこの司令室を」
ラナバウツ「わかった。行って来る」
ティラン「おおーし、久しぶりの仕事、気合いいれるぜ!」
司令室を飛び出して行くラナバウツとティラン達恐竜三人組。
その姿を見てター坊は、直属の部隊に連絡を取っているケロッピに向き直った。
ター坊「待てケロッピ! 自分も待機組でアリマスか?
一般兵よりはまだ自分の方が戦えるでアリマス。
才能ある若い兵士をこんなところで死なせてしまうくらいなら、
この場は自分が命を懸けてでも守るでアリマス!!」
両手に銃を構えながらター坊が凄む。しかしケロッピは冷徹に言い放った。
ケロッピ「………………。
そういうことはもう少しマシに動けるようになってから言ってください。
貴方は動かなくていいので、司令室から全体の指示をお願いします」
ター坊「ケロッピ! くっ……」
車椅子から立ち上がりケロッピを追おうとしたター坊は低く呻いて膝をつく。
マロン「中将、まだ無理です! あまり動かないで」
ねずみ小僧「ター坊!」
車椅子に戻らされるター坊。ため息をつく。
ター坊「怪我が治らない限り、自分は足手まといにしかならないでアリマスか……」
マロン「それはどうでしょうか」
おずおずと、しかしはっきりとマロンクリームはター坊に言う。
ター坊「どういう意味でアリマスか?」
マロン「私には、ケロッピ参謀が中将を温存しているように見えました」
ター坊「温存……」
マロン「下手に今動いて回復を遅らせるより、早く治って前線に立ってほしい。
参謀はそう思っていらっしゃるんじゃないでしょうか?」
ター坊「……そうなのだろうか」
戦うどころかまともに動けさえしない事実にショックを受けているター坊。
そんなター坊を慰めるようにペックル達も口を開く。
ペックル「真実はわかりませんけどね、この司令室を守るのは大事ですよ。
ええ、それだけは確かです。中将がいてくれれば心強いですし。
それにこの中で全体に命令を下せるのは中将だけですからね」
ポチャッコ「そうっすよ中将。しっかり守ってください。俺達も頼りにしてますんで」
ター坊「ああ、そうだな……」
少し落ち着いた顔で、ター坊は再び銃を握り直した。