#201 蛤女房の愛情クッキング の巻
ある日曜日の朝、広の父ちゃんは積荷からこぼれた大きなハマグリをツマミに一杯やろうと酒を用意していた。
起きぬけの広が誤って酒を口にし、思わず噴き出してしまった。これがコンロで炙られていたハマグリに
かかり、このハマグリはすんでのところで逃げ出す事ができたのだった。
ハマグリは巨大化し、広の名を呟く…
この日はサッカーの練習試合。これに勝って気分のいい広に、郷子が弁当を作ってきていた。
皆が冷やかす中弁当を手渡す郷子。
…オオオォォォ…
その不気味な弁当からは妖気が発せられていた。
およそ食べ物とは思えない外見で、味の方も見た目どおり。
毒を食わされた広と一生懸命作った弁当を否定された郷子はケンカを始めてしまった。
こんな料理では嫁にもらえないと言い張る広に同意する少女の声が二人のケンカを止めた。
三つ指突いて挨拶する少女の名前は「蛤女房(ハマグリにょうぼう)」。それなんてポルノ映画?
この蛤女房、なんと広の女房になりに来たとのだと言う。
この少女に見覚えのない広だったが、彼女の正体は今朝のハマグリ。
その証拠に、彼女の本来の姿は巨大なハマグリのお化けだった。
今朝助けられた恩を広の女房になって彼女の能力をフルに使って返したいと言う蛤女房。
彼女は別名「お料理妖怪 蛤女房」、得意な料理を皆に振舞ってくれるという。
料理中は絶対に覗くなと言い残し、彼女は家庭科室にこもってしまった。
「蛤女房」といえば「鶴の恩返し」と似た昔話である。
漁師が助けた蛤が美女に化けてやってきて毎朝とても美味しい味噌汁を作ってくれる。
その味付けの秘密を知りたくて漁師がこっそり台所を覗くと…なんと鍋に小便を入れていたのだ!
もしやと思って家庭科室を覗いてみると、蛤女房は自分の頭を鍋に突っ込んで煮ていた。
昔話ならばここでおしまいだが、彼女は覗かれた事を気にしない。
実は彼女は全身ダシの塊で、頭を煮ていたのもダシを取っていたのであった。
こうして出来上がった味噌汁は大変な美味で、広は味皇のごとく巨大化し、校舎を破壊する程感激した。
そして「愛が伝わってくる」と、泣きながらおかわりするのだった。
確かに美味には違いないのだが、この広のリアクションは大げさ過ぎやしないか?
さにあらず、実は蛤女房の体から出る汁には料理を作った者の心を味として人の舌に伝える力があるのだ。
彼女の心は広への愛でいっぱいなので、広にだけ特別美味しく感じられたという訳だ。
「料理は愛です!相手を愛する心があればおのずとおいしくできるもの…
料理が下手なのは愛情がないのです、そんな女はお嫁さんにはなれません!」
そう自論を展開する彼女は料理に文字どおり命を懸けているようだ。
蛤女房の手料理に魅せられた広はすっかり彼女の虜だ。
だがこれは彼女の妖力によるもの、郷子はこれを詐欺だペテンだと罵った。
温厚な蛤女房も料理をけなされては黙っていられず、二人は料理対決を行う事となった。
広に「おいしい」と言わせた方の勝ちという単純ルールで火花を散らす両者。
裸で鍋に入る蛤女房の横で、やるだけ無駄との前評判をものともせず料理を作る郷子だったが、
鍋を爆発させて食材を失ってしまった。こうなったら、今朝作って広に拒否された弁当をアレンジするしかない。
一方の蛤女房は難なく料理を進め、汗をかいたのでこれを拭き取り軽く払った。
するとその汗の一滴が郷子の鍋に入り込んでしまった。
出来上がった料理が食卓に並べられたが、勝負は火を見るよりも明らかのようだ。
まずは見た目も美しい蛤女房の料理を食べる広。その美味さは天上から射す光のようだ。
さて、もう一方のグロテスクな料理…これも食べなければいけないのか…
なんだ、今朝の弁当を炒めただけじゃないか。そう思ってひと口食べた途端、料理を作った郷子の心が
広に伝わってきた。広の事を想い、広の為に苦労して作った料理。それは、間違いなくうまかった。
そんなバカなと蛤女房が味見してみると、心を味に変える彼女の汗が一適混入しているのに気がついた。
それにしてもたった1滴で広をあんなに喜ばせるなんて、郷子の料理にはそれだけの想いが
込められているという事だ。あの二人の間には、妖怪の妖力を持ってしても入り込めない。
蛤女房はついに負けを認めたのだった。
感激して郷子の料理をかき込む広だが、それを美味いと感じるのは広だけ。
試しに食べてみた克也は地獄を味わったのでした。