11.やる気の無いヒーロー
森が尽きると緩やかな上り坂になり、やがて学園と都市が見渡せる展望台たどり着いた。
釘宮円(出席番号11)はその景色を眺めつつ、ひとつ大きく息を吐いた。
展望台まで来れば、舞台の全体がよく見渡せるのだろう。
地図も荷物の中身もまだ確認していなかった。スタートしてから振り向きもせずに走った。
淡々と何も考えずに。
「何も考えずに済む方法」として走ることを選んだに違いなかった。
立ち止まった今、やはり思い出してしまう。 教室で見たあの無残な遺体。赤黒いあの血の色。鼻腔を衝く臭い。
そして桜子のことを考えるとただ申し訳ないと思う。
なぜあそこでもっと止めようと思わなかったのか、そうしなければ…
そんなことを考えながら、初めてデイパックを開く。
そこから出てきたのは、武器のイメージとはほど遠いもの。
不思議な文字の入った懐中時計がそこにはあった。
「おー…」
意外と見栄えは悪くない。
アンティーク集めを趣味にしているネギなら喜びそうな品物だ。
その場にネギがないのが残念だった。誰か読んできてくれないだろうか?
…しかしこれでは、戦えない。
ひゅう、と風が吹き付ける。鎖に繋がれた懐中時計がふわふわと揺れる。
暴走しやすいチアリーディングの歯止め役、友達を傷つける人はビンタも辞さず、
目立つ場所でしっかりと目立ち、隙あらばメインもいただく姿勢の釘宮円です。
そんな私に課せられた運命は…人殺しの汚名を抱きながら生きるか、死んであの世行き。
「と来たもんだぁ!」
呆れるようになって叫ぶなり、どっと仰向けに倒れた。
生憎の天気だ、今にも派手に降りそうな予感。
もしも自分の武器が銃なり刀なりだったらきっと何とかしていたはずだ。
正義感むき出しにして闇雲に戦っても、それはただの犬死にしかならない。
誰でも自分の命を優先したがる、これでは自分の命すら守れない。
他のみんなは無事だろうか、そんなことを気に留めても今の自分には力もなければ運も無い。
運も無いというなら、皆そうなんじゃないのか。は皆。
多少の違いはあったとしても、それなりの日々を過ごして来ての今日の筈だ。
喜び、悲しみ、それも共に感じあった仲だ、そして生きて戻りたければ殺せとそんな結末。 だったら殺すことなんてできないのだ。
日の当たる人も当たらない人も、ここまで頑張ってきた月日を無にされる悲しさは、自分と同じだ。
「もういいよ」
呟いた声が思ったよりずっと情けなく聞こえくる。そして目を瞑った。
今までは自分のやり方を押し通してきたつもりだが、今回ばかりはそれが通じない。
それを自覚すると投げ遣りな気分はいよいよ深くなる。
闘えない武器でいい。何を貰っていても同じことだ。
もういい。今の自分の気持ちに正直になろう、もう沢山だ。
こんな道の真ん中で寝ていれば誰か殺しにくるか、その前に禁止エリアになって首輪が爆発するだろうか。
いや、もっと簡単な方法がある。今立ち上がってこの場から飛んでしまえば。
「っとに、何弱音吐いとるんやお前は」
耳慣れた声を聞いた気がして、円は目を開いた。
「…あんた」
こんな不恰好なヒーローというのも珍しい。
それこそ今の今まで何処で何をしていたと突っ込みたくなるほどだ。
気だるそうな表情で現れた(大人の姿をした)犬上小太郎がそんな風に見えたから…。
【残り28人】