#90 忌み名 の巻
むかしむかし、言葉というものができはじめたころ、言葉はたいへんな力を持っていると考えられていた。
「石」と名づけた物体に「石 じゃま、とんでけ」 これだけで、「石」は本当に飛んでいく。
このように、言葉自体に霊力が宿っていて言ったとおりになったというのだ。
特に、名前を知る事により特にその名の物を自由に支配できたという。
言葉に霊力がある…これを言霊と言って、現代でも使われているのだ。あなたの知らないところで…
(以上、なにわ小吉調でお送りしました。)
郷子が家から持ってきた自分のへその緒を披露している。
ひとしきり盛り上がった後、別の遊びをする事になった。
郷子はへその緒を机に置いて行ったが、へその緒を収めた箱が机から落ちて中身が出てしまった。
一人でその場に残っていた美樹は、その箱からへその緒と共に一枚の紙が落ちたのを見つけた。
紙にはこう書かれていた。
名 稲葉郷子
忌み名 オオシリツクヨノヒメ
この忌み名を面白がって、馬のりに興じる郷子に声をかけた。
「オオシリツクヨノヒメ!!尻もちつくから大尻つくよの姫!!」
途端に、郷子が派手に尻もちをついた。その瞬間、郷子は意識が遠くなったという。
驚いた美樹は一人で職員室に赴き、ぬ〜べ〜に忌み名の説明を求めた。
昔、名前は言霊としてとても強力な力を持っていた。
自分の名を知られるという事は、相手に支配され、自由に操られる事を意味した。
それで人々は自分の本当の名を隠した。それが忌み名だ。そして普段は嘘の名前を使った。
仮に「細川美樹」が嘘の名で別に忌み名があった場合、それを知られると
美樹はその人の言いなりになってしまう事になる。
迷信だろうとまとめるぬ〜べ〜だったが、先程その力を実証した美樹がこれを悪用しない筈がない。
掃除をサボった事を責める郷子に、早速忌み名を使ってトイレ掃除を命じた。
郷子はそれに従って掃除をする。その後も美樹は調子に乗って郷子を奴隷のごとくこき使った。
その行動に疑念を抱いたぬ〜べ〜に詰め寄られるが当然しらばっくれる。だがぬ〜べ〜の疑念は晴れない。
ある日、郷子は美樹から借りたスマップ写真集を返すために持ってきた。
しかし、不注意からコーヒーをこぼして汚れていた。弁償するというが、限定版で二度と手に入る物ではない。
大事な写真集を汚されて怒った美樹は、思わず
「オオシリツクヨノヒメなんか死んじゃえ!!」 と口走ってしまった。
郷子は意識を失い、フラフラとどこかへ消えていった。
我に返った美樹が振り返ると、郷子は既に見えなくなっていた。
急いでぬ〜べ〜にこれまでの経緯を白状し、郷子を探しに走る。
校庭に出ると、郷子は校舎の屋上から今にも身を投げようとしているところだった。
オオシリツクヨノヒメの名を叫び急いで郷子の目を覚まさせようとする美樹だったが、
こんな状況で目を覚ますのはかえって危険だという事でぬ〜べ〜はこれを制止した。
次の瞬間、遂に郷子はその身を宙に放り出した。
「オオシリツクヨノヒメ 浮け!!」
ぬ〜べ〜が叫ぶと、地面スレスレで郷子の体が浮き上がり、激突を免れた。
これが言霊の力。霊力を持ったものがうまく使えばこんな事までできるのだ。
嘘か本当か、古代エジプトの神官がこの力で巨大な石を浮かせてピラミッドを造ったという話もある。
無事に着地して目を覚ます郷子。美樹は反省して、もう二度と操らないと誓う。
忌み名を知ってよいのはその人の親だけ。ぬ〜べ〜は鬼の手を美樹の頭に添えると、その記憶を封じた。
郷子と美樹は何事もなかったかのように仲良く下校するのであった。
忌み名は君にもつけられているかもしれない。
そして、君の親は君が悪い事をしないように、時々忌み名を使って君を操っている…のかもしれないよ。