(o^v^o) ぱにぽに de 学級崩壊 (*゚∀゚*)3日目

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269Pani-Moon
DVD最終巻発売にあたり、ぱにぽにへの感謝と想いを込めて、
このスレに書きはじめて以来ずっと温めていた話を書いてみました。
おつきあい頂ければ幸いです。

スカトロあり、エロとグロはそれに付随する程度にあります。人死にはありません。
270Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:46:05 ID:???
「放課後よ」
 高見沢ハルカはいかにも嫌そうに言った。
「……円も何を考えているのか……」
 自分が演りたかった演劇は着ぐるみいっぱいのファンシーな夢溢れるものではなかったはずだと思う。
 いや、夢溢れるのもたまにはいいのだけれど、ハルカとしては社会の不条理や青春にあがく様を描いて
桃月学園の生徒達の心に訴えるような作品を演りたいのだ。
 しかし折角そんな作品を書いてみても円の趣味で着ぐるみを着せられてはどこか締まらない。
(せめて一回だけでも…… クーデターでも起こしてやろうかしら)
 いまさらながらに、円を部長にしてしまったのは失敗ではないかと思うハルカであった。
「おはよーございまーす」
 芹沢が入ってきて、ハルカを見て息をのむ。
「……えーと、オツカレサマデス、ハルカ姐さん……」
「ちょうどいいところに来たわ、芹ちゃん……」
 ハルカはさらに巨大になったからだをなんとか芹沢の方に向けて、大きな瞳で彼女をみつめた。
「これ、脱がせてくれる?」
 円に着せられた鳥の着ぐるみは、いくら事実上演劇部の首魁である副部長とはいえ、ハルカには一人で脱ぐ事が出来なかった。
271Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:47:12 ID:???
 宮本研究室の扉が開き、ベッキーが弾丸の如く飛び出した。
「だーかーらー! 今日は望ちゃん達と帰る約束してるんだよー!」
 続いて飛び出してくるのは上原都、知性にきらめくおでこがとてもチャーミングだ。
 とはいえ成績はあまり芳しくなく、こうして宮本研究室でベッキーに教えを請うているのだが、
度重なる質問についにベッキーが音を上げた。
「ちょっと待って、あと一つ、ここだけでいいから」
 都の左手に裾を掴まれ、ベッキーがいかにも嫌そうな顔で言う。
「さっきからあと一つって十回くらい聞いたぞー? 大体お前地理は私の科目じゃないだろ」
「今度こそ本当に最後だから!」
「うそつけ! もう駄目だ! 今日はおしまい! ごぬんさよならだ!」
 ベッキーは都の腕を強引に振り払い走り去り、振り払われた腕からノートが落ちた。
 拾ってからベッキーを探すと廊下の彼方にいた。
いかに運動が苦手とはいえベッキー相手では追えば捕まえられるかもしれないが、
距離が少々開いていて、今から追っては相当疲れそうだ。
 今日はあきらめる事にする。
 ノートは開いて落ち、下になった面のページはしわが寄ってホコリが付着していた。
「あぁ、もう」
 ホコリを叩き、指でなでつけてしわを除く。ノートが汚れるのは心が汚れるようで、一生懸命叩いて拭いたけれど、元通りにはならなかった。
272Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:48:39 ID:???
 鞄を取りに戻ると、傾いた日が差し込む教室にはもう誰もいなかった。
 姫子は部活に、くるみや玲はバイトに行ったはずで、一条は帰ったのだろう。いつも早く帰りたがっている。
 6号は知らないが、教室にはいない。
(勉強虫……か)
 自分の席に座り、自らのあだ名を反芻した。都自身、自分がガリ勉と呼ばれても仕方ないほど過剰に勉強している事はわかっている。
 それなのに自分は結果が上がらず、ろくに勉強しない修や玲はうまい事結果を上げている。
 都だって、遊びにも行きたいしたまにはゆっくりのんびりしたいのだ。
 だが、そんな気持ちを押し殺して刻苦勉励の毎日なのである。
「いい気なもんよね…… 私が勉強している間も小銭を溜め込んで」
 辞書や参考書が一杯詰まった都の机とは対照的に、玲の机はこざっぱりしたものだ。中を覗くと教科書が整頓されて入っていた。
 玲は先輩のお古の教科書をタダでもらって使っている。
(そんな事までして節約したいのかしら。金の亡者が。……そうだ)
 とてもいい事を思いつき、都は口元を歪めて笑った。しかしその目は笑っていないはずだと都は思った。
 ビニール袋を手袋替わりに、玲の教科書を取り出して睨む。
(もともとゴミになるはずのものだったんだし、捨てても文句ないわよね?
 大体教科書なんかなくっても、あんたアタマいいんでしょ? ハンデよ、このくらい)
273Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:51:12 ID:???
 ちょうどいい具合に、姫子の机に紙袋がぶら下がっていた。
 外側になっている面には制服をはだけた少女が二人、夕暮れの教室で絡み合っているイラストが描かれている。
 ゲームかなにかの宣伝なのだろうか、左下にはタイトルロゴが、右下にはメーカーロゴが入っているが、
時間帯がちょうど今頃という事で若干の共感を覚えないでもない。
 広げてみると、机に向いていた部分には、抱きついていた側の少女を中心に何人かの少女が、いずれも水着姿で描かれている。
中にはスクール水着の少女もいるようだが、海に行くのにスクール水着というのは恥ずかしくないのかと老婆心ながら思う。
ちなみに彼女の友人であるところの6号鈴木さやかは海でもプールでもスクール水着である。
そこにどんな理由や思惑があるのかはわからないが。
 回してみると横面にはメーカーロゴとサイトURLがでかでかと書かれていた。
 何度か使用した跡があったが、表面はビニールコーティングされているし、もともと頑丈に作られているようだ。
 都は知らなかったが、本来はち切れんばかりに本を入れ、熱気と湿気に満ち満ちた過酷な環境で酷使される紙袋で、
価格に於いても小冊子、プロモーションディスク、うちわ、クリアファイル、ポストカード、
携帯ストラップ込みではあるが五千円する代物である。
高価だから即ち上質だとは限らないが、玲の机のそう多くない中身を入れるには充分な強度がある。
「ごめんね、姫子。本当にごめん。
 姫子の大事なものにこんな事をさせるなんて、玲はなんてひどい奴なんだろう……」
 手際よく紙袋に机の中身を一切合切入れてそのままごみ箱に向かったところで、都は思いなおす。
 この状況で損な事をすれば、すぐに都がやったとバレてしまう。
 やるならやるで、もっと計画を練らなくてはならない。
「フン……命拾いしたわね」
 毒づきながら玲の教科書類を机の中に戻してやった。つい丁寧に入れてしまう自分の几帳面さが腹立たしく、
玲の机を蹴飛ばしたが、これで『間違って机をひっくり返してしまった』と言い訳が出来る事に気付いて満足する。
 続いて姫子の紙袋を、玲との対比として恭しく丁寧に掛け直して、眼鏡拭きで表面を拭ってから教室を出た。
274Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:52:28 ID:???
 とぼとぼ歩いて気が付けば昇降口の下駄箱の前。
 玲の上履きは、これももらい物なのだろうか? 古びて薄汚れてほつれているが、下駄箱の所定の位置に綺麗に収まっている。
玲は若干神経質気味の性格で、姫子とはよくそれが原因でいさかいになっている。先程無意識に発揮したように都も同じ性質を持ち、それを玲に感じるのが今はとても腹立たしい。
「……ふざけやがって」
 教科書が駄目なら、上履きだ。
 人通りの多い昇降口にあるし、他人の上履きに注意している者などそう多くはなかろう。
 素早く左右を見回し、誰もいないのを確認する。そして先程のコンビニのビニール袋に玲の上履きを入れて、体操着袋に突っ込んだ。
 再度辺りを見回す。誰にも見られてはいないようだ。
 大きく息を吐き、自分の下駄箱の下段から靴を取り出し、上段に上履きを収める。
(やった! これ、どうしてやろうかしら……ふふふ)
 都の今はまだ若干少しばかり控えめではあるがこれから膨らむ予定の胸が喜びに満たされる。
 しかしその喜びはすぐに冷えて小さくなってしまった。
『ゴキブリみたいにコソコソなにやってんだ勉強虫』
『所詮は上原って事か』
『低次元だなあお前は……』
「……うるさい」
 都は歩みを止めて首を横に振りながら力を込めて呪詛のように呟き、また歩き出した。
275Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:53:39 ID:???
 区立図書館で時間をつぶし日もすっかり暮れた頃、都は人気のない公園に向かった。
 女子便所には個室が三つあり、都が一つを占有していても残る二つが普段より数の少ない利用者を受け止めてくれるであろう。
都は一番奥の個室に入り、体操着入れから玲の上履きを、続いてペンケースからマジックペンを取り出す。
 外側のすべらかな布部分に。
「みんなみんな死んじゃえ」
 爪先と靴底のゴム部分に。
「命乞いするような死に方しろ」
 内側のざらりとした布部分に足の裏が触れる少し臭う底に。
「死ね……死ね……」
 ペンが届く範囲を埋めればハサミで切り開き、時に几帳面に細かく、時に感情に任せて大きく荒く、埋めつくすように万感の想いを込めて書く。
「永遠に死に続けろ!」
 全てを埋めつくしたところで、玲や、全ての都を愚弄した者たちを処刑するように、カッターナイフで切り付ける。
「みんなみんな大嫌い……消えて無くなっちゃえ……」
 手指を傷つけないように慎重に……審判者の指はいつのまにか黒く汚れていた。
 切るところがなくなったのを確認し、便器に音を立てないように投入した。上履きよりもさらに汚れた和式の便器である。
276Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:54:16 ID:???
「ククク……あんたにはおしっこまみれの上履きがお似合いよ……」
 下着を脱ぎ腰を下ろすやいなや、たっぷりの恨みを込めながら都は放尿した。
音を隠す事なく放尿するのは久しぶりだったが、上履きがうまい具合にクッションになってくれてさほど音はしなかった。
 男のように弾道をコントロールする事出来なかったが、しかし位置設定がよかったのか、右足用の中に尿を注ぐ事に成功する。
 これで玲の上履きはよごれたし、第一けがれているし、なんといってもきたない。
 もはや履く事は出来ないだろう。
 だがしかし、おそらく玲がこの上履きを履く事もない。
 そう考えると、急に虚しくなる。空っぽの膀胱もそれに拍車をかけた。
『相変わらず考えがない奴だなー』
『お前が言うなよ。まあお前の方が余程マシだけどさ』
 修とくるみが右手人指し指を都に突きつけて輪のように取り囲み、周りを回りながら嘲笑する。
『尿自体は汚いものじゃないんだぞ。ほとんどが水と尿素だからな。尿素がアンモニアにならなければ汚くない! お前らおしっこに謝れ!』
 ベッキーがあきれ顔で諭すように言う。
『都お前…… 馬鹿だろ』
 玲に至っては哀れむようにして見る。
 都が一番嫌いな目だ。
277Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:55:07 ID:???
(いつも上から見下ろしやがって……!)
 都の怒りは最後の限界を突破した。堪忍袋の緒が切れると言うが、都のそれは大きく膨れ上がって音を立てて破裂するイメージが浮かんだ。
 そして爆発する勢いのままにそれは放出され、上履きに止めが刺された。
 独特の匂いが徐々に室内の空気を浸食していく。下方置換という言葉が脳裏をよぎる。
(あはははは……やった。やったわ!)
 都の心に達成感と興奮が沸き上がる。
 最後にトッピングしてやろうかと思って覗いた汚物入れは空だった。こんなところで換えたくない気持ちは都にもよくわかる。
 残念ながらと思う事などごく稀な事であるが、残念ながら都は本日生理期間中ではない。
もっとも、使うつもりも予定もないが、神聖なる
……と散々一種異様な雰囲気の教室で保健教師に教えられてきた……
能力の片鱗たりともこのような事に使うのは気が引ける。
 それに万が一、玲の上履きや、あるいはこちらの方が確率が高いかもしれないが、
都の今産み落とした『子供』によってなにかが生まれてしまったりしたら……と考えるとおぞましいのでやめた。

 存在は知っていたものの使う事のなかったこのトイレには予想通りトイレットペーパーが置かれていない。体操着入れから図書館のトイレのそれから切り取って持ってきたトイレットペーパーを取り出した。
 汚いトイレはますますひとを遠ざける。このトイレはどうかずっとこの汚さのまま変わらないで欲しいと都は祈った。
 祈り終えた都はトイレットペーパーでその身を清め、パンツを上げ、スカートを整える。
278Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:56:04 ID:???
 都が普段通りの姿に戻ったあとには、すっかり汚れ堕ちた玲の上履きが残った。
(これ……流さなくていいのよね……?)
 見る気にならず目を逸らして考える都だが、むしろ流したりすれば配管を詰まらせて却って迷惑になってしまうかもしれないと
そう告げる理性に後押しされて、現状維持を決意する。
 むしろすでに答えは出ていたのだ。踏ん切りを付けるきっかけが欲しかっただけだ、
 鞄を手に取ってから一呼吸し、気配を探ってから、細心の注意を払いながら個室の扉を開け、何事もなかったように公衆便所を後にした。
 周辺には誰もいない。都が公衆便所に入るところも、出るところも、誰にも気付かれてなどいないのだ。
 玲の上履きには、都のものもそうだが名前も何も書かれていない。玲のものだと判別する証拠など何もないのだ。
 込み上げてくる笑いを抑えながら、薄暗い公園の中を都は歩いて行った。
279Pani-Moon:2006/05/24(水) 21:58:33 ID:???
 スーパーマーケットで缶コーヒーを一本買う。ただそれだけの事なのだが今の都にはそれなりの勇気を要する行為だった。
 なぜだろう。うれしいはずなのに。私は勝者のはずなのに。
 蛍光灯に照らされた店内が妙に居心地悪く感じる。自動販売機で買ってしまおうかとも思ったが、それでは負けてしまう気がした。
 確かに自動販売機で買うよりも安いが端金に執着するわけではない。負けたくなかっただけだ。買う事自体をやめるという考えはない。
 人目を避けてわざわざ登った屋上駐車場のエレベーターホールの椅子に座り、都は乾杯した。
杯を捧げるのはもちろん玲の破滅である。
「玲なんて……死んじまえ」

 三口くらい飲んだところで駐車場に出てみると、心地よく吹く風が髪を揺らし肌を撫でていった。
 天高く昇った月は、駐車場を明るく照らす照明にも負けず光を放っていた。
 自らの今の心理を荒んでいると認める都だが、それでも風流を感じる余裕は残っているらしく、気持ちいい風、綺麗な月だなと思った。
 涙が出てきた。
 飲み終えてもなお、しばらくその身を風に吹かれるに任せていたが、駐車場入り口から入ってくるヘッドライトが見えて、
都は逃げるようにエレベーターホールに戻った。
 今は誰にも会いたくなかった。独りにしてほしかった。
 隠れるようにしながら自動販売機の横の空き缶入れに空き缶を入れると妙に大きな音がして身をすくめる。
「……帰ろ」
 綺麗な声は都の自慢の一つだったが、今はなんとも情けない声だった。
280Pani-Moon:2006/05/24(水) 22:00:11 ID:???
そろそろ連投規制がかかりそうなのでここで一旦切ります。
281マロン名無しさん:2006/05/24(水) 22:22:23 ID:???

都好きの俺としては非常に嬉しい(?)SSだわ
282Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:47:52 ID:???
 気が重いが、それでもいつも通りに学校に向かう。
 見つかった時に学校を休んでいれば疑われる可能性が高くなるし、その場にいれば誤魔化したり取り繕う事も出来るだろう。
 もっとも、却って馬脚をあらわす事になるかもしれないが……
 朝食が入った胃が重く感じた。
 今日の朝食は都の好物だった。

 ため息を吐きながら考える。
(いっその事、地震でも起こって学校壊れちゃわないかしら。落雷とか火災とか……)
 親父は関係なさそうだ。
(そうだ南条さん! あなたのところで兵器とか開発してないの? 生物兵器でもいいわ。あれだけ動物飼ってるんだから一匹くらいいるんじゃないの? 宇宙大超獣とか)
 巨大な怪獣が破壊光線を吐いたり、尻尾を振り回して街を破壊したりするのを想像した都だが、その南条お嬢さまがとある夜
『もし本当に怪獣がいたらどうしましょう。飼いたいけれどご飯やおうちは……
 あまり大きいようだと散歩も場所を選びますし、小屋も…… 雨ざらしは可哀相だし。
 人間を食べるようだと飼えませんわよね……人工人肉? なんだか妙な言葉ですわ……
 でも人工人肉で飼うとしてそれで人間の味を覚えて万が一、人を襲ったりしたら私に止められるのかしら?
 手を広げて立ちふさがってみたり……心を込めて語りかければきっと……
 あ、でもこういう場合たいてい妙ちきりんな大きなひとが現れて光線技とかキックでやっつけるわよね?
 もう! 私の可愛い怪獣ちゃんになんてひどい事を! ぷんぷん!』
とやたら大きなベッドの上で転がったり、大きな窓から夜空を見上げてみたり、
ペットと一緒に寝ると潰してしまうかもしれないので代わりに一緒に寝ているぬいぐるみを抱きしめたりしながら思い悩んでいた事など知る由もない。
283Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:48:28 ID:???
「おはよう都ちゃん!」
 後方から明るい声がして、アホ毛を揺らしながら少女が走ってくる。おそらく、怪獣の話をするのであれば都の知り合いの中では最も適任だろう。
 A組には小学校時代、怪獣の知識では男子を含めて誰にも負けなかった来栖柚子や、
変身ヒーロー特撮をこよなく愛する柏木優麻、姉と一緒に見てコスプレをさせられてきた柏木優奈と、
こと怪獣に関しては姫子を凌駕する人材が集まっているが、親しさやそれゆえの意思疎通のしやすさを考えると、やはり都にとっての一番は姫子という事になる。
 もっとも、今は怪獣の話をしようとは思わないが……
「姫子……おはよう……」
 昨日、都は怒りに任せて『みんな』死ねと呟いた。当然姫子も含まれている事になり、後悔の念がまた一段と強くなる。
 しかし息を切らした姫子は鼻息も荒く、都の気持ちを吹き飛ばさんばかりの勢いで抱きついた。
「はぁはぁ……はぁはぁ……むはー……都ちゃんいい香り……都ちゃんハァハァ……ハァハァハァハァテラモエス」
 テラモエス? 姫子は時々都にはわからない言葉を使う。テラとは一兆を表す接頭辞の事だろうか? それとも地球の事であろうか。
 そのうち姫子に訊いてみよう。却ってわからない説明をされて混乱するかもしれないが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うではないか。
 もっとも、その態度がベッキーを閉口させているのかもしれないが……
284Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:49:22 ID:???
「姫子、今日は早いのね……」
「ん? えへへー、だって今日はほら」
 姫子はマンガ雑誌の入ったコンビニの袋を示して笑った。
姫子の机にはいろいろなマンガがあり過ぎてわからないが、たぶん愛読しているもののひとつなのだろう。
「早く読まなくちゃね」
 なら一人で行けばいいものを、姫子は都の手を取って走り出した。
 いつもなら振り払うところだが、今日の都は姫子に身を任せた。
 朝、最初に会ったのが姫子でよかったと思った。玲だったら逃げだしてしまっていたかもしれないし、姫子といると自分も少し明るくなれる気がする。
「ちょっと姫子、そんな引っ張らないでよ!」
 口ではそう言っているが、実は少しうれしかった。
 と同時に、昨日、玲の教科書を捨てようとした時に姫子の袋を使ってしまった事が都を苛んだ。
「あのね……姫子……」
 嘘を重ねる事になるが、嘘も方便という言葉もある。
「私、昨日……姫子が机から下げてる袋あるでしょ、あれにぶつかって落としちゃって…… ごめん」
「あ、そうなんだ。いいよいいよー。気にしなくていいよー。お姉ちゃん許したげる」
 姫子は拍子抜けするほどあっさりと都を許した。
 そもそも、紙袋のイラストは小冊子の表紙と中表紙に使用され、さらに壁紙がプロモーションディスクに収録されている。そして万が一紙袋が破れたとて、姫子宅には他に同じような紙袋のストックがたくさんあるのだ。
「そう……ありがとう…… えと……あの絵、ちょっと可愛いわね……」
 死ねと思った事も許してもらえた気がして、お礼も込めてほんの愛想のつもりで言った言葉だったが、姫子は予想以上に喜んだようだ。
「え? 都ちゃんもそう思う? いやーそうだよねー、やっぱりわかるよねー!
 しかしそっかー、そかそかそっかー、都ちゃんがなー、うふふふふー」
 姫子はにこにこと満面の笑みを浮かべた。
 ちなみにこのゲーム、完全百合を標榜した成年向けパソコンゲームであり、最近コンシューマ移植が決定した事が姫子を喜ばせている。
285Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:49:56 ID:???
「おはよーカナー!」
 左手で扉を開け、右手で都の手を引いて、元気よく挨拶しながら姫子は教室に入り席に着く。ちなみに大事なマンガ雑誌は信号待ちの間にリュックサックの中に収められている。
 都も姫子に引っ張られる形でそれに続く。姫子が開けた扉を閉める事も忘れない。
 どうやら玲はまだ登校していないようだ。こっそり教室を見回した都は密かに胸をなでおろす。と同時に、そんな卑屈な自分が嫌になる。
「じゃ……私予習してるから。それ、楽しみにしてたんでしょ?」
「うん! 次、都ちゃんに読ませてあげるね!」
「そのうちね」
 都は自分の席に着き、参考書を取り出して予習をはじめる。
 しかし、今日はいつにも増して頭に入らない。
(ああ……もう……今日は玲、休まないかしら……)
 姫子の方を見ると、とても楽しそうにマンガを読んでいた。
 羨ましいと心から思った。

 何度目だろうか。教室の扉が開くたびに身をすくめ、玲ではない事を祈ってきた都だが、ついにその祈りが破れる時がやってきた。
「あー玲ちゃんだー」
 姫子が明るい声で呼ぶその名が都の心に突き刺さる。都は痙攣しそうになるからだを意志の力でなんとか制御した。
「やめろ姫子……抱きつくな」
 誰かが教室に入ってきたので反射的にそちらを向く、何気ない仕種を装って玲を盗み見た都は慄然とした。
286Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:50:32 ID:???
(上履き……履いてる……!?)
 あれをしてからは確認していないが、確かに玲の上履きを便器に放り込んで尿漬けにしたではないか。
 なぜ、玲は上履きを履いているのだ?
 再生が出来るような状態ではなかった。新調したのか? 新調したとすればなぜ? ない事に気付かれたのか? それとも全ては夢だったのか?
 大丈夫だ、指紋を残してなどいないし、誰にも見られていなかった。
 そう自分に言い聞かせながらも、心拍数が増し、血圧が上がっていくのを感じる。
 深呼吸して、写経のようにひたすらに英単語の書き取りをするが、字は乱れてとても読めたものではなかった。
287Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:51:52 ID:???
 頭の中がいっぱいでそれどころではない状態でも号令一つで起立、礼、着席の流れや、出席確認への返事は機械的に出来る。習慣というのは恐ろしいものだ。
 ホームルームに続いて一時間目が終了したが、その内容は頭にとどまらず素通りして行ってしまっていた。
(やっと一時間目終了か……)
 いつもなら短く感じる授業の時間が今日はやたらと長く感じられた。
 ホームルーム中いつものようにベッキーのそばに立っていたメソウサすらも恐ろしげに見えた。あの弱々しい表情の下で何を思っているのかわかったものではない。
(帰りたい……)
 知識欲も向学心も今は鳴りを潜めている。都は俯いて深くため息を吐いた。
(……?)
 俯いた都のからだに人の影がかかる。玲が復讐に来たのだろうか。
 のろのろと頭を上げると6号が近くに立っていた。
「都さん……ちょっといいですか?」
「……なに?」
「ここなんですけど」
 6号が開いたノートには、『昨日の事なら心配しないでください』と書かれていた。
 声を上げかけた都を制して続ける。
「なんて訳したらいいんでしょう……」
 その下には英単語が書いてあり、都は記憶をほじくり返して答える。
「ああ、これ? ……『殲滅する』よ」
「ありがとうございます、都さん」
「……どう……いたしまして」
 6号は一礼して自分の席に戻っていった。
 英単語の下には『いつも通りにしててください、大丈夫です』とあった。
288Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:52:51 ID:???
 都はもやもやとした気持ちを抱えながら、その一日を何事もなかったかのように過ごした。
 早く6号から詳しい話を聞きたかったが、一人になる機会がなかった。
 これまでは気付かなかったが、意識して見てみると6号は意外に人気者で、クラスメイトの、時には他のクラスの生徒の用事で忙しいのだと知った。
 都の方も、何だかんだと姫子やくるみに話しかけられたりして一人でいる時間は自分で思っているよりも少なかった。
 結局二人きりになれる機会はないまま一日が過ぎていったのだった。

「それではホームルームは以上! それから上原都!」
 名前を呼ばれて我に返る。いつの間にホームルームが終わっていたのか、まるで聞いていなかった。
(バレた……か……)
 心臓がのどから出るかと思ったが、その一方でどこか落ち着いている自分がいた。
「……なに、ベッキー」
 立ち上がって教卓まで向かうとベッキーはしゃがむように促し、都がそうすると殊勝な態度で頭を下げた。
「昨日は悪かったな…… 私も言い過ぎた。昨日は麻生先生も一緒でさ……」
「それだけ?」
 拍子抜けした都に、ベッキーは上目づかいで続ける。
「それと昨日の問題だけど、現代においては距離はあまり関係ないんだ。交通網や情報網が発達してるからな。詳しくはこの本に書いてある」
 そう言ってベッキーが取り出したのは図書室の本だった。
「……ああ、なるほど。ありがと……」
 ちなみに図書室の本は又貸しが禁止されている。
「うん。たまになら教えてやるから……な。正直すまんかった」
「……よろしく。でも今日は……いいわ」
「そうか……じゃ、気をちゅけてかいりりょ……きをつけてかえれよ!」
 ベッキーは顔を赤くして、メソウサと一緒に教室を出て行った。
289Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:53:28 ID:???
「そしたら芹沢さんがやってきてね……
 あれっ? おかしいな…… って、ロボ子を、見たら……」
 由香はそこで言葉を切り、千夏が継ぐ。
「ゆっ……くり、頭を外して…… その下には……」
 千夏はいかにも深刻そうな顔でゆっくりと言葉を紡ぎ、不気味に切った。
「……した……には……?」
 6号が呻くように続きを促すが、千夏はあくまでも自分のペースを崩さず、たっぷりとためてから口を開く。
「……芹沢さんがいたの」
「なんだ、そ……え?」
 一転して穏やかになった千夏の語り口に気を緩ませかけた6号が不整合に気付いたところに、由香がポニーテールを揺らす程の身振りを添えて、畳みかけるように続けた。
「で、ロボ子じゃない方の芹沢さんが、首を、がばっ!と外して」
「……そこからはコードとか機械の部品がたっくさん見えてたんだって……」

 昨日よりは若干心軽く都が昇降口に向かうと、先に教室を出た6号がD組の学級委員コンビと談笑していた。
 都に気付くとまず都に頭を下げ、それから二人にも同じようにする。
「お姫さまが来たみたいね。それじゃ」
「さよならー」
「はい。さようなら」
「さよなら」
 ふたりで話しながら去っていく学級委員コンビに挨拶してから6号に訊ねる。
「……いいの?」
「ええ…… ちょっと世間話をしていただけですから。おふたりも委員長委員会があるみたいですし」
「そう……どんな話をしていたの?」
「芹沢さんの着ぐるみについてです」
「……ああ……」
 都は頷いた。最近メカドジラという好敵手を得たロボ子はパワーアップが著しく、生徒たちの話題に上る事も多い。
「佐藤さんはD組に埋没しないよう着ぐるみを検討してるとか……」
 靴を取り出しながら6号が言い、同じようにしていた都が相槌を打った。
「芹沢さんには勝てないんじゃないの? あれは……」
「だから、やめたみたいです」
「それが正解だわ……」
「そういえば、こんな話を知ってますか? 最近、夕方になると胸にJAXAって書いてあるロボ子さんが……」
290Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:54:11 ID:???
 駅へ向かう大通りに出たところで6号が提案した。
「お茶でも飲みながら……お話ししませんか?」
「……そうね」
 一緒に学校を出たものの、歩きながらするような話ではない。
 都は頷き、ふたりは駅前のファーストフード店の三階の、禁煙席の隅で向かい合って座った。
 店内は盛況だが、ここは席の配置や観葉植物のおかげで、他の席からは見えにくい位置にある。
「玲さんが登校する前にお話出来ればよかったんですけど……」
 少し正面からずらした位置に置いた桃月見バーガーとフライドポテトとオレンジジュースのセットを横目で見ながら、6号が口を開く。
「……あなたが……やってくれたの?」
 都の前にあるのはアップルパイとアイスコーヒーだ。
「はい…… 卒業生の忘れ物とかが倉庫にあるんです……
 玲さんの上履きはもともとそこから持ってきたものなので…… 玲さんが名前を書いてなくて助かりました。
 余計な事かもしれませんけど……」
「ううん、助かった」
「そうですか、お役に立ててうれしいです……あ、もちろん……誰にも言ってないですから……どうか安心してください。大丈夫ですから……」
 非があるのは都なのに、6号の口調には責めるようなところはなく、気遣いすら感じる。
「ねえ、なんで? なんでそんなこと…… 私の為に……?」
「都さんは素晴らしいひとです。いつも一生懸命努力していて、真面目で……
 私、頑張り屋さんオブジイヤーの都さんがとても素敵だって思ってました……
 だから……どうか自分自身を傷つけないで……」
「6号さん……」
 都の視界がぼやける。溢れる涙が目から溢れ、頬を伝っていく。
「私……都さんが傷つくのは……悲し……ひっ」
 目を伏せた都は6号が泣いている気配を感じた。
「……6号さんが泣く事ないわよ……」
 都は涙を抑えてなんとかそれだけ言い、まぶたを閉じて溢れる涙を抑えようとする。
「そうですね……」
 自分が泣いては、折角守った都の心が傷ついてしまう。6号もあさっての方向を向いて涙を止めるよう努力する。
 互いに自分の涙を抑えあう、奇妙な沈黙がしばらく続いた後。
「ありがとう……6号さん」
「……はい」
 少女達は言葉と想いを交わし、涙の後のぎこちなさが残る顔で笑いあった。
291Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:55:59 ID:???
「……食べましょっか。冷めちゃう……もう冷めてるか」
 紙ナプキンで目許を拭って都がわざとらしく音を立ててトレイを置き直した。
 ふたりはファーストフード店で語らう礼儀としてそれぞれ注文した品に、いまだ手を付けずにいた。
「あ、そうですねっ」
 どれくらい話していたのか、都のアイスコーヒーはすっかり氷が溶けていた。
「……ふにゃふにゃです」
 湿気て腰がなくなったポテトを指で振り、6号も微笑んだ。
「今日の事は……ふたりだけの秘密よ? 泣いてたなんて……恥ずかしいもの」都は外を見ながら言って、6号の顔を見て続ける。
「6号さんに、指に付いた塩をくちびるにこすって移してからなめる癖がある事も」
「え? あ……」
 慌てた顔の6号に、都はいたずらっぽく笑った。
「大丈夫、秘密だから」
 久しぶりに笑った気がした。笑うという行為の気持ちよさを実感する。
 まるで、モノクロの世界がフルカラーに変わっていくようだった。

 それからいろいろな話をして談笑した後、店員たちのやたら明るい挨拶を背に店を出ると、太陽はもうだいぶ沈んでいた。
 まだ少し話し足りない気分だった。丸一日抱いて過ごしてきた6号と話をしたいという思いは、肝心な話をした後もまだ胸の中にだいぶ残っていて、都に送り狼みたいな台詞を言わせる。
「送って行くわ…… 迷惑じゃなければだけど」
「いえ、迷惑なんて…… うれしいです。都さんと二人で帰るのは初めてですから」
「……そういえばそうよね。私……あなたの家がどこにあるかもまだ知らない」
 都はクラスの中でも五指に入るほど親しかったのに、6号の事を全然知らなかった。そしてそれに、今日こうして話すまで気付かなかった。
 メソウサとは違った感じで小動物みたいな事も、髪型の由来が姫子だった事も。
 こんな事でもなければなかなかふたりで帰る機会もなかったかもしれない。世の中何が幸いするかわからないものだと都は思う。
 この際だから、今日の日を忘れない為にも、今日、訊いておこう。都は胸に抱き続けてきた思いをくちびるに乗せた。
292Pani-Moon:2006/05/24(水) 23:57:00 ID:???
「ねえ。前から訊こうと思ってたんだけど…… 6号さんでいいの? それとも鈴木さんって呼んだ方が……」
 数字で呼ぶのは鈴木さやかの人間性を否定しているのではないかと、徐々に親しくなるにつれて思うようになっていた。
 都の問いに対して、6号はゆっくり首を振った。
「6号でいいですよ……ううん、6号がいいです。親しみを感じますから」
「じゃあ……6号さん」
 同じ事を何度も言うのは好きではないけれど、気持ちはまだ伝え足りなくて、これで最後と自分に言い聞かせながら、想いを込めて言う。
「……ありがとね……」
「……はい……」
 頬を赤く染めた6号のツインテールが都の顔に触れた。いつのまにか二人の距離はそれほどまでに近づいていたのだが、6号も都も、この距離に相手がいる事を不快とは思わなかった。
 大通りから入ったところでどちらからともなく、手が触れたのをきっかけに手をつないだ。
 6号の小さな手と都の温かい手。それぞれから伝わってくる優しさがふたりの胸を満たす。

 太陽はもう沈んで久しい。
 寄り添いあって歩くふたりを。
 月がみていた。
293Pani-Moon:2006/05/25(木) 00:06:01 ID:???
以上です。
タイトルはぱにぽに開始以来心の中にあったもので、
このスレに書きはじめて以来、DVD完結記念のタイトルはこれにしようと決めていました。

私の駄文をご拝読頂き、誠にありがとうございました。
よろしければこれからもここで発表する機会を頂ければ幸甚に存じます。

それでは、ぱにぽにと皆様への愛を込めて。
294Pani-Moon:2006/05/25(木) 00:12:20 ID:???
大変失礼しました。

×ご拝読頂き
○ご覧頂き

それでは今度こそ失礼します。