「・・・・・・あ、ところで」
「さっきからちょいと気になってるんだけど」
「今書いてるのソレSSっすか?」
「あ」
「またスレッドに投下しようかと思って・・・・・・」
「・・・・・・スレ汚しですかね?」
「ならやめますけど」
「いや」
「むしろこっちが「ヨンデモイインデスカ」と
聞きたいところですよ」「ほんとに」
げんしけんSSスレ第5弾。
未成年の方や本スレにてスレ違い?と不安の方も安心してご利用下さい。
荒らし・煽りは完全放置のマターリー進行でおながいします。
本編はもちろん、くじアンSSも受付中。名前欄にキャラ(カプ)記載を忘れずに。
☆講談社月刊誌アフタヌーンにて好評連載中。
☆単行本第1〜7巻好評発売中。
☆作中作「くじびきアンバランス」ライトノベルも現在3巻まで絶賛発売中。
【注意】
ネタばれ含んだSSは公式発売日正午12:00以降。 公式発売日正午以前の最新話の話題は↓へ
げんしけん ネタバレスレ8
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/csaloon/1140782112/
3 :
前スレ633:2006/03/06(月) 06:10:09 ID:???
意外と容量食ってしまったので、次スレ立てました。
続きはこちらに投下します。
・・・・CM挟んだと思ってくださいw
「よし!全員揃ったな!目標の基地は目の前だ!」
マダラメの檄が飛ぶ。昨日と打って変わった元気な姿にほっとする者もいた。
ひそひそ声で、タナカとクガヤマが話す。
「おい、なんか吹っ切れたみたいだな。キャラ作りとはなんか違う。」
「あ、ああ。よ、よかった。あ、あいつがあのままじゃ・・・。」
「ああ、死んでいった仲間に悪いからな。」
そういって二人で笑いあう。
「おい!そこ無駄話するな!」
そういってその二人に向かって注意をするマダラメ。
「「すいませんでした!」」
二人がそれに素直に敬礼で反省の言葉を上げる。
「ったく。気合入れろよ。これが最後の任務かもしれんからよ。」
「え??」
声を上げたのはササハラ。
「あー、今日の朝、大隊長から連絡があってな。そろそろ宇宙で皇国軍本拠地への攻勢が始まるそうだ。
あの第100特別部隊がいるそうだから、問題ないだろ。我等は、ここであの兵器を破壊さえすれば、もうやる事はない。」
「へー。よかったじゃん。戦争も終わるわけだ!」
能天気な声を出して、ケーコが両手を上に挙げて喜ぶ。
「ま、そういうわけだ。気合入れていくぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
それぞれが自分のMSの乗り込む。ただし、クチキは骨折のためお留守番だ。
『クチキ一等兵、船の方頼んだぞ!』
『了解であります!この間は私が守るでありますよ!』
そんな通信を聞きながら、ササハラはシステムを起動する。
『・・・落ち着いていらっしゃいますね。』
「そ、そうですか?あはは・・・。ちょっと、考える事がありましてね。」
『・・・そうですか。・・・では頑張りましょう。』
「はい、会長!よろしくお願いします!」
それと同時に、マダラメのいつもの言葉が響く。
『それでは第801小隊、出撃する!全員、生きて帰るぞ!』
『『『『了解!』』』』
目の前には、大きな岩山があった。そこの空洞の奥に、基地はあるらしい。
付近はちょっとした荒野。ジャングルが開けた寂れた土地だ。
『敵影、レーダーでキャッチ!10機いるね!』
サキが輸送船のコクピットから声を出す。
「10機・・・ね。そう多くはないな。」
マダラメがコクピットで少し緊張をほぐす。
『いやいや、結構多いと思うんですが・・・。』
ササハラの突っ込みに、ニヤリと笑って答えるマダラメ。
「なに、この規模の基地なら20はいてもおかしくはないからな。
正直つらいかもしれんが、やるしかないな。」
『頑張りましょう。・・・これで終わりになるといい。』
そのニュアンスには他の事も含まれてるようなコーサカの言葉。
しかし、その事は流して小隊4機のMSは敵影付近へと接近する。
『近づいてるよ!気をつけな!』
サキの叫びにも近い通信が聞こえたかと思うと、目の前に一つの影が現れた。
「お!きやがったな!」
目の前に現れたのは黄色に塗装されたグフ・・・。
「き、黄色!?ま、まさか・・・。『荒野の鬼』か!?」
『ようこそ、連盟軍諸君。その搭乗しているMSが君らの墓標になるようだ。』
外部スピーカーから発しているのだろう、よく通る低めの渋い声が響く。
「へ、洒落たこと言いやがって・・・。クガヤマ、ササハラ、コーサカ!
あの黄色いのは俺が抑える。残りは頼んだぞ!」
『了解!隊長、気をつけてくださいね!』
『任せてください。やつは頼みました!』
『き、気をつけろよ・・・。』
マダラメの赤いザクが、荒野の鬼に向かい加速する。
コーサカ機、ササハラ機はそれに続くように左右に展開し、他のMSへと目標を定める。
クガヤマ機は固定砲座の形をとり、移動せず、そこから敵を狙う。
風の強い荒野の中で、戦いの火蓋は切って落とされた。
ガキィ!
ヒートホークとヒートサーベルがぶつかり合う。
『はは!赤いザクとはな!趣味の悪い!』
スピーカーからあざけるような言葉を投げかける荒野の鬼。
『荒野の鬼さんは、そんな事でいちいち突っ込みいれてくださるんだなあ!』
同じようにスピーカーからそれに答えるマダラメ。
『ほう・・・。その二つ名を知ってるものが連盟にいたとはな!』
『こちとら情報が生命線なんでねえ!あんたに会わないように考えてたのさ!』
そう叫ぶと蹴りを入れようと足を上げるザク。
それに対し荒野の鬼は、体を中に入れる事でそれをかわす。
『くぅ・・・。』
『はは、接近戦には慣れているようだが、私に敵うはずもない!』
それだけ言うと、力任せにヒートホークごとザクを押し倒す。
「ぐはっ!」
背中に衝撃が来る。そのままヒートホークを押し付けようと力を込めるグフ。
『その判断は賢明だったようだな。ここで会った為にお前は死ぬ!』
『そいつはどうかなあ!』
その体勢のまま足を上げ、巴投げの要領でグフを放り投げる。
『うおおおお!!?』
ドシン・・・。衝撃音と共にグフは背中から落ちる。
『どうよ!?』
『フフフ・・・。やりおるな!久々に燃える相手だわ!』
そして、両者は再びにらみ合う。
その間も、コーサカ、ササハラ両機は一体づつ敵を撃破していた。
『うーん、視界が悪いね・・・。』
「うん。だんだん風が強くなってる・・・。」
砂嵐の中にいるように、ディスプレイには茶色一色しか映っていない。
『き、気をつけろよ・・・。』
しかし、敵は五里霧中。残りは荒野の鬼を入れて8機となった。
基地内部にて、ナカジマが部下へと指令を出す。
「よし・・・。兵器を起動させろ・・・。」
「え!?あの中には我が軍の兵も・・・。」
「かまうものか。敵兵が動かなくなるのだから関係あるまい。
それに、じいには耐性のつくよう装備を整えてある。完全ではないがな。」
そういうと、ナカジマはニヤリと笑った。
「あの中にいるならば・・・。すぐにわかるはずだ・・・。」
妙な感覚が走ったとは思った。
コーサカは二機目のザクを撃破したときに、違和感を感じた。
(こ、これは・・・。)
自分が普段感じている広い空間認識に障害が出てる。
彼はそう、ニュータイプだ。宇宙で人が生きるために得た世界を知る力。
だが、それにいま、非常に強い力が加わっているのだ。
「ううっ!」
頭が痛くなってくる。感覚が阻害される。目も、耳も、肌も。
全ての感覚が阻害されていくのだ。
『な、何だコリャ・・・。』
それを感じているのは自分だけではないらしい。
自分の感覚がぬきんでているために、人より先に感じたようだ。
『か、会長!?ううっ、何だこれ・・・。』
どうも、ササハラ機のシステムにも障害が出たようだ。
それも当然だ、感覚が阻害される力が発生しているのならば、
それに特化したあのシステムに障害が出ないはずがない。
「ま、まさか!これが皇国の新兵器の威力なのか!?」
驚きを隠せないコーサカだったが、感覚が阻害され、まともに動けなくなってしまった。
『・・・こんな形の決着は私としても不満だがな・・・。』
荒野の鬼がマダラメ機に近づく。
「ぐっ・・・。」
斑目に苦悶の表情がにじむ。五感が麻痺したようで動かない。
『せめて、一思いに・・・。ぐ・・・。やってやる・・・。』
相手も完全にまともに動けるわけではないようだが、それでも動ける。
「く、くそ、くそぉおお!!」
振り下ろされるヒートサーベル。まともにザクのコクピットに直撃する。
そして沈黙するザク。もはやピクリとも動かない。
『・・・すまんな。お前とはしっかりと戦ってみたかった・・・。』
それだけ言うと、次の獲物を狙い荒野の鬼は動き出した。
「み、皆さん、大丈夫ですか!?」
輸送船のコクピットでは、オギウエを除いた皆がその障害に苦しんでいた。
「お、オギウエ・・・、あんたなんでまともに・・・。」
サキが苦しそうにオギウエに話しかける。
「解りません・・・。はっ!じゃあ、出撃してる皆さんも!」
「そうみたい・・・。ああ!マダラメの反応が!!」
そう叫ぶケーコ。その言葉にオギウエの表情が青くなる。
「・・・わたし、出ます。」
「な・・・。なにいってんの・・・、やめなさい・・・。」
「そうだにょ・・・。それは駄目にょ・・・。」
クチキも何とか舵を取りながらオギウエを制しようとする。
「でも!まともに動けるの私だけですし!MSの訓練も受けました!
・・・・・・やるだけやります!」
「駄目!」
ケーコが苦しみを抑えながら叫ぶ。
「兄貴がさ・・・。あんたをもう二度と戦場に出したくないって・・・言ってたんだよ!
うう・・・。だからあんたにあのペンダントも渡したんだ・・・。
だから、駄目!出ちゃ駄目だ!」
「・・・・・・ありがとうございます。でも、私に出来る事をやるって、決めたんです。」
「く・・・やめろ、オギウエさん!」
ジムキャノンへと向かうオギウエを、タナカも、近くにいたオーノにも止められなかった。
「大丈夫です!みんな助けてきます!」
「や、やめてくださ・・・うう・・・。やめて・・・。」
オーノの叫びもむなしく、ジムキャノンへと乗り込むオギウエ。
ジムキャノンを起動させたオギウエは、コクピットの中であのペンダントを握る。
「・・・今助けに行きます。待っててください。」
『・・・・・・その状態でよく・・・。』
荒野の鬼がササハラ機を見つけたときには、
まともに動かない同士で戦ったザクを倒していたところであった。
「くぅ!新手か!?」
しかし、その視力も、頼りの会長も、まともに機能していない。
『・・・あああああ!!く、苦しい!』
「うう・・・。くっ!どうする!!?」
荒野の鬼は、そのままジムに近づく。
『・・・すまんな。せめて一瞬で逝け。』
ヒートサーベルを振り上げるグフ。
「う、うああああああ!!?」
その瞬間、ジムの機体が横に飛ばされる。
何とか見えた視界の中で見えたのはジムキャノンの姿。
「く、クチキ君か・・・?」
しかし、聞こえてきたのはそうであってほしくない人の声。
『ササハラさん・・・、大丈夫ですか・・・?』
「お、オギウエさん!?」
「敵のうち、一機、まともに動いています!!」
その報告を聞いて、ナカジマは座っていた椅子から飛び上がる。
「ははは!!やはりいたのか!!オギウエ!!」
大きな、そして恍惚に満ちた笑い声が基地内に響き渡る。
「この兵器を動かすための実験体であるお前以外、
この電磁流の中で動けるものはいないからな!!!
ようやく帰って来るんだ・・・。じい!そいつを捕獲しろ!」
『・・・了解いたしました・・・。』
基地内に響く荒野の鬼の声。
「あははははははははっははははは!!!」
ナカジマの笑いは途切れることなく、基地内に響き渡った。
ついに戦場へと戻ってしまったオギウエ。
その狙いが自分にある事など知らず、荒野の鬼と戦う事になる。
しかし、実力の差は歴然だった。捕獲されそうになるオギウエ。
その最中、ササハラがもつ青いペンダントが光を放つ。
次回、「震える空」
お楽しみに。
12 :
3:2006/03/06(月) 06:45:27 ID:???
今回は疲れました。
投下中に新スレ立てたりなんだかんだ疲れました。
ま〜、なんか楽しかったからいいですが!
ナチュラルハイ気味です。
>801小隊
先ずはスレ立て乙。
それにしても斑目、ここでもえらい目にあってるな。
まあ奇跡的に手の骨折だけで済んだ、ってなオチを信じて次回を待ちます。
>801小隊
乙であります!
作戦前夜の各員のひとときや、苦境に立たされる小隊の緊張感が読ませますね〜。
次が、オギウエが気になりますが、何より、
「生きていてくれマダラメぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
に尽きますよホント。
そうだ、コクピット貫かれたのはアレだ、斑目じゃなくて「班目」なんだよきっと!
15 :
マロン名無しさん:2006/03/06(月) 12:59:26 ID:KcNaH6QH
>>801小隊
乙です!!
斑目ーーーーーっ!!死ぬなァーーー!!
この先どうなるんだろう?あー、きになる!
斑目が一人で回想するシーン、咲が気にしてはげましにくるシーン、
田中と久我山が斑目のことを話すシーン。
801小隊の中では、いつ命を落とすかも分からない日常の中で、
お互いが励ましあい、支えあっている。
その仲間意識の強さに、感動いたしました。
次回、また楽しみにしてます!!
16 :
マロン名無しさん:2006/03/06(月) 23:00:47 ID:NnTleSul
>> 801小隊第10話
クッチー盗撮の伏線には気付いてましたよ!w
しっかし新兵器ってこんなんなんですね…いよいよナカジマとオギーの邂逅
というよりササハラとの離別?うわー3×3EYESみたい(古っ)。
ますます目が離せません!
>第801小隊
読みましたー。スレ立ても乙!スレの消費以前よりも早くなってるねー。
改めて、ガンダム世界にげんしけんキャラがきれいに内包されてるよ。
ミリタリー物の描写もうまい!
それにしても、投下ペース速くなって、読む量が増えたなー。消化しきれんw
という嬉しい悲鳴。エロパロも活況らしいし(まだ一部しか見てない)
キャラの愛に溢れた人たち急増ですねー。
18 :
マロン名無しさん:2006/03/07(火) 00:16:47 ID:0jf1kvqw
ども、「卒業式から一週間後」かいたへタレです。
SSスレ4のほうに昨日投下してきました(一応宣伝)
感想書いてくれた方に感謝。
>>621 >>623 荻上さんが会長になったら、げんしけんの活動方針とか真剣に考えて企画立てたりしそう。
で、真面目すぎて一人で悩んだりとかしそう。と妄想して今回の話に組み込みました。
荻上さんが「第1回〜会議〜」って言うのは似合いそうだな〜と。
>>644 ありがとうございます。「気持ちが分かる」と言っていただけて嬉しいです。
あと、確かに、「予想SS」っぽいなーと自分でも思いますが、話自体はわりとありがちな感じに作ったので…。
来月がねえ…原作はいつも予想をいい意味でうらぎってくれるので、むしろ「こうはならないだろう」という気持ちで作りました。
>卒業式から一週間後
こら〜笹原田中久我山!お前ら鬼か!
人の傷口に岩塩すり込むようなことしおって、斑目かわいそ過ぎ!
こうなったら斑目、ステキな彼氏ゲットして奴らを見返したれ!
…気のせいかな、何か間違ってる気がするが、まあいいか。
彼氏かよw
エロパロでの中荻を読んで妄想。中学時代の中島の独白。サイコさんが入ってる上、
設定が妄想全開なので注意してください。
私は荻上のことなら何でも知っている。
彼女が好きなことも、嫌いなことも全て。
だから、私は彼女を思うようにできる。
それは当然の権利。
なぜなら私は荻上を愛しているから。
私が荻上と出会ったのは、中学に上がってすぐ、部活動を選んでいた時だった。
(私の中学では強制的に部活動を強いられるのだ)
自慢じゃないが私は勉強も、運動神経も良く、先生からの受けも良かったので、かえって選択に迷っていた。
結局決めかねて教室に戻ってくると、彼女がいた。
彼女は回りのことなど気にもかけずに、ノートになにやら書き込んでいる。
分厚いメガネ。ぼさぼさの髪。制服の着方だって校則通りで、むしろだらしなくさえ感じる。
ガリ勉クンかな、とも思ったが、机の上にあるのは教科書ではなく、マンガ。
純粋に好奇心から声を掛けてみた。(クラスメートの名前と顔くらいとっくに全部把握していた)
「荻上さん、何書いてるの?」
彼女は固まってしまった。仕方ないので隙間から覗き込むと、どうもマンガを写していたらしい。
マンガの誌名をみると…ああ、知ってる。一応少女漫画だが、妙にホモの多い奴だ。
「ふーん」
わざとらしく聞こえるように言ってやる。
すると彼女はますます小さくなっていく。その様は小動物が身を守ろうとするように見えて、私の保護欲を誘った。
(気に入った。彼女を『飼おう』。優等生を演じるのはそれなりにストレスだし)
当時の私の荻上の認識はその程度でしかなかった。
早速行動に移す。荻上の希望する部活をそれとなく聞き出し、誘導し、二人揃って文芸部に入部した。
やる気のない先生。能力の無い先輩。だらけきった空気。私が好き勝手やるにはもってこいの環境だ。(一応、過去の出版物を読んだ上での評価だ。少なくとも私の目にかなう作品などなかった)
彼女を『飼う』のは楽しかった。最初は頑ななのに、一線を越えると急に親密になり、基本的にうっかりさんで、不意に弱く、リアクションが大きいのだ。
おだてるとのぼせて、しかるとうなだれて、冷たくすると必死にすがってきて、優しくすると赤子のように信頼してくれる。からかうとむきになって怒り、誉めると真っ赤になって照れる。
しばらくすると、私は彼女を手放せなくなっていた。
私がその手の『ホモ』小説を書き出したのは、彼女がきっかけだった。
彼女になぜホモにこだわるのか聞いたら、生意気にも「書けばわかります」などと言われたからだ。
私はマンガを書く気は無かったので、必然的に小説になった。(挿絵を彼女に書かせよう、という思いもあったが)
参考図書は家には山ほどあった。(私の父が文字通りの『読書家』で、文字があればマンガから辞書まで、純文学からエロ小説まで見境なしに読み集め、しかも整理が下手なので、多少借りたところで気も付かないという人物だったせいだ)
とりあえず、彼女の好きなマンガの人物の名前を借りて、そこらの本から換骨奪胎して適当にでっち上げると、彼女に読ませた。
酷評だった。こうも辛らつな言葉が彼女の口から発せられるとは思わなかった。
「…書きたくないなら書かないで下さい」
そう締めくくられた時、私は決意した。この身の程知らずなペットに教えてやると。自分が一体誰に口を利いているのかと。
それからしばらくは蜜月と言っていい日々が続いた。
私の小説を彼女が批評し、彼女のマンガを私が批評し、時には協力して挿絵付きホモ小説を書いた。
いつの間にか、私たちの作品のファンだ、とかいう人間まで集まってきた。
だけど私には彼女らなど眼中に無かった。
いや、彼女以外に私の興味を引くものなど無くなっていたのだ。
そして、当時の私は今が永遠に続くと信じていた。
そんなものなど無いと誰よりも知っていたはずなのに。
その日は彼女の様子が変だった。
妙に落ち着きが無く、話し掛けても上の空で、いつもなら私だけを見ているはずの彼女の目は何も見ていない。
そしてその日、彼女は初めて部活を休んだ。
どうでもいい人間と、どうでもいい会話をしながら、退屈をもてあそぶ。
ついに耐え切れなくなり、早々に帰った。
そして見た。神社から出てくる彼女を。その笑顔が自分以外に向けられている事を。
その時は不思議と何の感情も無かった。
彼女とあれは別々の家路に向かう。
私は彼女の後をついて行く。彼女は一度も振り返らず、私に気付くことなく玄関をくぐっていった。
その後は良く覚えていない。
気が付いたら朝だった。
私は制服のままで、枕もとが濡れていた。
昨日、今日と彼女がよそよそしくなっていく。声を掛けても返事が返ってこなくなる。声を掛けようとするといなくなってしまう。
私の彼女がいなくなってしまう。
私のものなのに。
そして決定的な出来事。
「荻上が巻田とつきあってるんだって」
うそだ。そんなはずはない。かのじょはわたしのものだ。なぜ。わたしはきいてない。うらぎりもの。
私は策を練る。彼女を『あまり』傷つけず(多少は罰のうちだ)、あの男を徹底的に叩き潰して、彼女を取り戻すのだ。
そうだ、あの男を『受け』にしたイラストを彼女に描かせ、見せつけてやろう。
あの男には到底受け入れられないようなハードな奴を。
付き合ってる彼女が自分がヤラれるイラストで興奮していた、と知ったらあの男なら耐えられまい。
彼女を捨てて逃げ出すに決まってる。
そうしたら私は彼女に言うのだ。
「男なんてあんなものよ。大丈夫。私はあなたの全てを肯定して受け入れてあげる」
その時の彼女を思うだけでしびれるような快感を感じる。
さあ、渾身の力をこめてあの男の『受け』小説を書こう。
荻上が二の句を継げないような、彼女の創作欲を刺激するような奴を。
そして彼女を取り戻すのだ。
彼女は私のものだ。
彼女は私だけのものだ。
私は彼女を愛している。
ならば
彼女が愛していいのは私だけだ。
以上です。
28 :
マロン名無しさん:2006/03/07(火) 21:40:01 ID:kVgNjDTQ
>>23-26 すげー!!中島の「あの眼」にヤラレテいた者なのでこんなSSはもう心のヒダに
嵌りまくりですよ。乾いた、淡々とした文章なのに触れれば溢れるようなウェットさが
もうたまらん。中島愛しいよ中島。
しかし上手いなあ。もしかして「うわっ面の思い」と同じ人じゃろか。
『神聖モテモテげんしけん』といいこのスレッドといい、
かなりな高レベルの力作ぞろいで
おもわず「本家」の発売日まであと何日かを
忘れてしまいそうですよ?
29 :
マロン名無しさん:2006/03/07(火) 21:42:52 ID:kVgNjDTQ
28です。
>>『神聖モテモテげんしけん』は
『神聖モテモテ現視研』のミスでした。
・・・いや元ネタの作品を全く知らないんですけどね。
馬鹿だろお前…
31 :
マロン名無しさん:2006/03/07(火) 21:53:45 ID:0jf1kvqw
>>彼女は私のもの
読ませる文章ですねえ…。
中島、深くほりさげれば掘り下げるほど、興味深いですな。
こりゃまた、荻スレの争議にタイムリーな内容で。うーん、中荻アンチの方?
中荻派の方?まあ野暮な詮索はここまでにして、内容は耽美的で散文詩のようだ。
支配欲、独占欲、偏愛の心情がよく描写されてるね。
33 :
脈はあるのか:2006/03/07(火) 22:20:35 ID:???
「ふぃー、疲れた…」
歩きながらそう呟くと、斑目はネクタイを緩めた。首を締め付けるようなこの感覚は、未だに慣れない。
(どうすっかな…同人ショップでも寄って帰るか…)
そして斑目は、行きつけの店へと向かった。
「いやー…今日は掘り出し物が見つかったなー」
右手に紙袋を持ちながら、満足そうな笑みを浮かべる斑目。
「…お、あれは…」
斑目は、10mほど先に咲が歩いているのを見付けた。そっと近付き、声をかける。
「やーぁ、春日部さん」
「ん? あぁ、斑目か。どしたのこんな所で……って、聞くまでもないか」
「はは…ま、そゆコト」
そのまま、並んで歩き出す2人。
「春日部さんは? 買い物?」
「ん…デートの帰り」
「…高坂?」
「当たり前だろ」
―――ズキッ
「は、ははは。そうだよな」
咲の口から「高坂」という名前が出る度、心が痛む。
「で、その高坂はどうしたんだよ?」
「なんか、0時売りがどうのこうのって言ってどっか行ったよ」
「あ…」
忘れてた。今日は0時売りがあったんだ。今から並んでも買えないだろうし、何より、咲と一緒に歩いているこの時間を無駄にはしたくなかった。
34 :
脈はあるのか:2006/03/07(火) 22:22:48 ID:???
「私、さ…」
不意に咲が語り出す。
「誤解してたよ」
「? 何を?」
「オタク、って奴らをさ」
「…」
「いい歳してアニメやゲームに夢中になったり、なんかフィギュアとか集めたり…正直、気持ち悪いな、って思ってたよ」
「ははは…」
「でも、高坂と付き合って、現視研に入って…オタクにもいい奴はいるんだな、って思った。なんだかんだで私と高坂をくっつけてくれたのはアンタらだからね。感謝してるよ」
「そりゃどーも」
「アンタらみたいな…アンタみたいなオタクだったら、なんだか好きになれそうな気がするよ」
―――え…。
「好…き?」
35 :
脈はあるのか:2006/03/07(火) 22:26:30 ID:???
「って、勘違いするなよ!? 今の私は高坂一筋なんだからな!」
「…」
「斑目?」
「春日部さん…」
咲の方に向き直り、真剣な顔になる斑目。
「俺…ずっと、春日部さんに言いたかったことが…」
「なに?」
「お……俺、春日部さんのこと……好…!!」
「ふぅ、続きはどうスっかね」
荻上は部室で1人原稿を描いていた。今回は斑目×咲という、健全な方向でいこうかと考えている。
「でも、いまいちペンが進まねェなァ…やっぱりやおいとじゃ気合いの差が………ってうわあッ!?」
「……」
いつからいたのか、荻上の隣には斑目が立っていた。斑目は原稿を覗き込み、読み終わると荻上に向き直り、こう呟いた。
「続きキボンヌ」
完
正直スマンカッタ。吊ってくる。
>彼女は私のもの
頭の構造が東映系の俺は、本編での中島って単なる完全な悪人と認識している。
もしこの作品みたいな精神構造だとしたら、ある意味よけいに救いようが無いね。
>脈はあるのか
スタンダードな斑咲かと思いきや、オチがwww まあ吊らなくてもいいデスヨ
それにしても投稿ペースが速い!!感想レスしないままのも増えたよ。
ええと、普段は感想にはレスしないのですが、他の人の作品を引き合いに出されたので。
ついでに他の感想にも調子に乗ってレスしたいと思います。
>>28 「うわっ面の思い」の作者さんとは別人です。
ただ、個人的に好きな作品なので、光栄に思います。
>>31 恐縮です。
>>32 個人的には節操無しなので、どちらでもありません。
>>36 最初に断っているように、この作品での中島は、「サイコさん」で救いがありません。
まあ、それが彼女の本質なのか、一時的な「はしか」なのかはわかりませんが。
>まとめの中の方への質問
最近投稿が増えている中、いつもご苦労様です。ところでエロパロの方も投稿増えてます
ね。ようやく最近そちらも読みました。まあ、自分の笹荻のイメージ損なわないように
最初は避けてたんですけど、読んでみると良作ですね。編纂の対象にする予定はあるんですか?
明らかに原作の性描写基準を超えてるし、エロパロの文学価値の良否の評価も難しいですけどねー。
40 :
マロン名無しさん:2006/03/07(火) 23:20:20 ID:0jf1kvqw
>>脈はあるのか
来た来た、斑×咲の風が!!嬉しいな!!
最近斑目の話ばかり書いてるので、他の人のSSでも斑×咲読めるのがウマー!
な今日このごろ。オチに吹いたww
「続きキボンヌ」
いいですねこの展開。よければ続きも書いてくだされ〜。荻上さんはこの先どう書くつもりなんだろう…。
>彼女は私のもの
>さあ、渾身の力をこめてあの男の『受け』小説を書こう。
>荻上が二の句を継げないような、彼女の創作欲を刺激するような奴を。
>そして彼女を取り戻すのだ。
>彼女は私のものだ。
>彼女は私だけのものだ。
>私は彼女を愛している。
>ならば
>彼女が愛していいのは私だけだ。
↑ココにシビレましたよ!
朗々と詠うように狂気の心情を吐露している。
>>36 なんてこった、俺が既にいるよ!
つか同意です。
>脈はあるのか
まさに「続きキボンヌ」です。
>>彼女は私のもの
すげー独白だー。面白い〜。
しかし中島が荻上が好きというのはファンタジー(原作ではありえないという意味)
かなと思ってしまったり。
それでも中荻読むと面白〜と感じてしまう不思議。
それはそれ、これはこれなのかな〜。
>>脈はあるのか
荻上が描いてるっていう事が面白いwww
そして続きを希望してしまう斑目・・・。
やっぱり自分じゃ何も出来ないのね・・・。
>>39 中の人です。
えーとですね、エロパロはエロパロで作ろうかなーと思ったこともあるのですが、
いかんせん、労力と時間が掛かる事なので・・・。
エロパロスレ見てSS書き出した自分としてはリスペクトもかねて一スレ目から
まとめたいとは思ってるんですが・・・。
なかなか難しいところです。
「愛することは傷つけること」てゆーのはよく言われることですが、(どこでだ)
傷つけることは愛することではないんだな。
大事にすることも愛することじゃないし…‥、
愛するって難しい…。。
>>23 かなり読まされました。
中島は複数パターンの描写がある割に説明が全くないキャラなので
解釈を膨らませると人によって全然違う人物像ができあがりますよね。
自分の中島像は置いといて、この中島も非常に面白く興味深いものでした。
> 最初は頑ななのに、一線を越えると急に親密になり、基本的にうっかりさんで、
> 不意に弱く、リアクションが大きいのだ。
> おだてるとのぼせて、しかるとうなだれて、冷たくすると必死にすがってきて、
> 優しくすると赤子のように信頼してくれる。からかうとむきになって怒り、誉めると真っ赤になって照れる。
も、萌える…
>脈はあるのか
またもや荻ワープオチかい!流行りなのか?
まあ好きだけど…
ただ斑目のリアクションだが、果たして「続きキボンヌ」と言えるかな?
むしろこうなりそう…
荻原稿を見ていた斑目、顔は真っ赤っか、目は真っ白な上に涙目、頬は膨らんで脂汗。
窓にダッシュする斑目。
それに必死でしがみつく荻上さん。
荻上「斑目さん、落ち着いて!!!ここは3階です!!!」
そこへ入ってくるクッチー。
朽木「こにょにょちわ〜、ん?何かありましたかのう?」
荻上「いいから斑目さん押さえて下さい!!!」
46 :
マロン名無しさん:2006/03/08(水) 13:29:19 ID:kFQ/lUO7
>>彼女は私のもの
いや中島は原作でもかなり気になるキャラなのですが、
そして中×荻というのもつい想像してみたくなる組み合わせなのですが、
正直、ストレートにラブらぶな展開(中学1〜2年時でも)は
チョト違う・・・な違和感を拭いきれなかった俺には
ものすごくキましたコレ。
すげー。黒いのも歪んでるのも中島せつないよ中島。
>>「ふーん」
>>わざとらしく聞こえるように言ってやる。
>> 酷評だった。こうも辛らつな言葉が彼女の口から発せられるとは思わなかった。
>>「…書きたくないなら書かないで下さい」
>>そう締めくくられた時、私は決意した。この身の程知らずなペットに教えてやると。自分が一体誰に口を利いているのかと。
「女王と侍女」のはずが、飼い犬に手を咬まれた屈辱感。
毅然とした荻上に、ならばと正攻法で向かう中島。
確かに、それからの数ヶ月こそ、彼女にとって至福の時だったのでしょう。
ふたりの関係の深まりゆく様が堪りません。続きをゼヒ!!
47 :
マロン名無しさん:2006/03/08(水) 14:34:26 ID:EZldRSgG
>>45 いや、さすがにここで三階ダイブはしないでしょ。
もしするとしたら、斑目が荻上さんに、
斑「え、この続きってどうなんの?…まさか告白成功したりすんの?荻上さんの漫画だし」
荻「いえいえ、さすがに漫画でもその展開はナイですね。成功話なんて、全く考えつきません。」
斑「!!」
荻「ここはむしろ手ひどくフラ…ちょ、ちょっと斑目さん!?」
部室の窓のほうに走りよる斑目。
荻「ここは3階っス!!」
斑「くそー!どうせ俺なんか…行かせてくれー!!」
荻「も、もしかして斑目さん、本当に春日部先輩…」
斑「!!!!!」(二重にショック)
そこにクッチー登場。
「あれ、どうしたのオギチン?斑目先輩に抱きついたりして?」
荻・斑「!!!」
…なんて展開は、ヤダなあ…斑目かわいそ過ぎ。
高「僕らが斑目さんをいじめるのは、みんな斑目さんが好きだからだよ」
斑(高坂に言われてもなあ…)
> アンタらみたいな…アンタみたいなオタクだったら
「オタクとか関係なしにムカつくタイプなんですけど!」
って流れを荻は知らないからなぁww
>>48 そういう人でも付き合っていくうちに打ち解けられるのが咲ちゃんの良い所であり、その影響で良い奴に変化していったのは斑目君の努力と成果。
1巻序盤はあんなだったのに、今の斑目の可愛いこと可愛いことw
「斑目くんも丸くなったもんだ」
51 :
マロン名無しさん:2006/03/08(水) 23:10:24 ID:EZldRSgG
>>49 ですね。春日部さんはああ見えて人情家ですから。
斑目は今までけっこう努力してる。少しずつ。
でも努力してんのがあまり目立たないから、周りの評価に結びついてないような。
ほんとに、今の斑目は可愛くてもう…くはー!
えーと、笹荻はまだまだ書きます書けます。
ちょっと気を抜いたものを、7レスで今から上げます。
53 :
G(1/7):2006/03/09(木) 02:48:49 ID:???
「あ、前も言いましたけど自前っすよ、自前」
衝撃コスプレから半年、またしてもクッチー独りコスプレ大会を目撃してしまった。
夏休み明けのげんしけん部室は、気まずい空気に包まれていた。
しかしあえて空気を読まないクッチーは、むしろ大野にコスプレ語りをしている。
「やー、学祭のコスプレ大会?楽しみでアリマス!」
「私、新宿のショップで買っているんですが、大野会長は田中先輩の手作りで良いですよね」
「ワタクシも下、田中さんに直接頼んでみたいものですにゃ〜。ははは」
「着たいもの優先で、どんな系統のが似合うかは二の次なんですが!」
大野は辟易してしまい、返事は返せないがスルーも仕切れずダメージを受けている。
コスプレにポリシーが有るので、やってることの相違には言いたいことは多々ある
が、コスプレすること自体は否定できない。学祭でどうクッチーを封じたものか…。
何といったら良いものやら。
「あうぅ……(汗)」
荻上に助けを求める視線を送ってみるが、荻上は冷や汗をかきながら
ノートに鉛筆を走らせている。
あえて大野と朽木の方を見ないようにしている。
『う、恨みますよ、荻上さん―――!!』
『無理無理、無理です!!』
心の声はクッチー以外には丸聞こえだが、残念ながらこの場には3人しか居ない。
「荻上さん―――わ、わたし帰りますね!ちょっと用事が!」
現視研でまったり過ごす時間のはずだが、大急ぎで帰っていく大野だった。
54 :
G(2/7):2006/03/09(木) 02:49:26 ID:???
残された荻上は、何やら漫画教則本を読みながらノートに向かっている。
朽木は話しかけるネタが何も出てこず手詰まりだ。
『ゲームの選択コマンドが表示されないバグでしょうか!?(汗)』
「…………。」
「お、オギちんは帰らないんですか?」
「…今日は、笹原さんが研修明けで部室に来るって事なので待ってますよ。」
「………あ、そうなんですかァ。なるほど――――」
『そ、それってもう付き合ってるって事ですか?私、情報に乗り遅れですか?疎外感ですか?』
「ワタクシ、ちょっとはばかりに…。」
『居るのも野暮というか、お邪魔かにゃ〜。その場に居るのも気まずいですし』
トイレへの逃避行。とりあえずの、逃げの一手を打ってみる朽木だった。
が、鞄を持って出ている。これは帰っているんじゃないのか?
独りきりになった荻上は、慣れたものだという様子で過ごしている。
『朽木先輩と二人きりなんて、さすがにまだキツイしなぁ……』
教則本のページをめくる。
『笹原さん、泊まりで研修だったから会うの久しぶりだなぁ』
そして鉛筆がちびている事に気付き、鉛筆削りを持ってゴミ箱へ移動。
くるくると回すと、ガリガリという音が部室に響く。
『んー、照れくさいというか……どんな顔して会うべか』
ちょっと赤面してくるうちにも、鉛筆は削り終わった。
席に戻ると、何やら新しい構図表現に挑戦し始めた。
笹原のこともすぐに頭から消えて、部室で独りの時間を過ごす。
55 :
G(3/7):2006/03/09(木) 02:50:09 ID:???
いつのまにか少し部室が暗くなった気がした。
荻上は立ち上がって、壁のスイッチを押して部屋の照明を灯すと、
何かの気配を感じた。
上の方で何か動いたような……でもただのシミですよね?
天井に楕円形の黒いもの。
『ああ、なんだゴキブリか。霊とかじゃなくて良かった。。。』
荻上は、そのまま席に戻りかける。
「―――!!」
じゃなくって!!奴が居たのだ。
ぐるっと振り返って、見るもおぞましい奴を確認する。
立派に黒く、しっかりと触覚が揺れている。
『う、動いてる、すぐ頭上で!?○△×※□……』
自分が動くとゴキブリも動く気がして、固まってしまう荻上。
その目はぐるぐると渦を巻く。
1分、あるいは5分も静止していただろうか。
荻上の頭の中では会議が開かれて、議論が継続中だった。
A『荷物をまとめて部室から逃げるのよ』
B『荷物をまとめるなんて悠長なことは言ってられない!即刻退避!』
A『笹原さんに電話をして呼ぶのは?』
C『久しぶりで「ゴキブリ退治に至急来て」ってロマンチックさの欠片もない…萎えるわぁ』
B『それより奴を殺さないと、明日から安心して部室が使えないではないか!』
A『じゃあ、スプレー買って来るか、叩く物を作るの?』
B『馬鹿!叩いたら中身が……中身が出るじゃない!それにスプレーは油で本とか汚れるし』
C『私はアイツに、丸めた雑誌ぐらいまで近づけないですよ』
A『……どうしたもんだべか?』
B『攻撃方法を考えるんだ!長いホウキで窓から追い出すんだ!』
56 :
G(4/7):2006/03/09(木) 02:51:00 ID:???
「可決!」
小さくつぶやくと、荻上は天井のゴキブリから目を逸らさず、
慎重に窓を開け、隅に立ててあるホウキに手を伸ばす。
ホウキを動かすと、ゴキブリもあらぬ方向へ移動し始める。
「ああっ!」
棚の後ろに逃げられては元も子もない。
「えいっ、えいっ!」
必死でホウキを振るう荻上の勢いにやられたのか、ホウキの毛にゴキブリが絡まる。
いや、しがみついている感じだ。
『今しか無いっ!!』
獣の槍を手にした少年のような鋭い眼差しでホウキを操る荻上。
ホウキの先を窓から出すと、ブンブンと振るう。
ぽろりっ。
「やた、やったっ!」
ゴキブリは見事、落ちていった。
晴れやかな笑顔で溜息をつく荻上だったが。
『なっ、ナニぃぃぃ!!』
天井と、部室の扉に2体のエネミー発見。
「ヒィ…………」
荻上の目に涙の粒が浮かぶ。
しかし涙目のまま、ホウキで特攻を敢行してしまう。
結果は当然、目標ロスト……。
『う、動いたら殺られる!?』
ホウキをを両手で胸に抱えたまま、立ち尽くす荻上だった。
57 :
G(5/7):2006/03/09(木) 02:52:13 ID:???
ガチャ。
「ちはー」
ドアの陰から顔を覗かせたのはシャツにネクタイ、スラックス姿の笹原だった。
「さ、笹原さぁ〜〜〜ん………」
首をぎぎぎと入り口に向ける、青い顔の荻上が見えた。
「……?あれ?どうしたの?」
苦笑しつつ普通に部室に入ってくる笹原だったが
「駄目です!今……今、アレが居ます!黒い悪魔が―――!!」
ホウキを抱えたまま、笹原の傍に駆け寄る荻上。
「黒い悪魔?うーん、ひょっとしてゴキブリ出たの(苦笑)?」
上着と鞄を机の上に置くと、笹原は腕組みをした。
「はい……1匹はホウキで出したんですけど、さらに2匹出て……消えました」
「あ、上に……!」
机の上に有った先月のエロゲ誌を丸めると右手に構える笹原。
「だっ駄目ですよ!中身が出るじゃないですかっ!」
「えーーー(苦笑)それじゃどうするの?」
「さっきはホウキで窓から出しました」
「じゃあホウキ貸して(苦笑)」
手を伸ばす笹原。荻上の手の上を握ってしまう。
「あっ」
少し赤くなる二人。荻上は視線を逸らして照れている。
ベタベタバカップルへの道は遠い。
58 :
G(5/7):2006/03/09(木) 02:52:59 ID:???
気を取り直してホウキを構える笹原。
「無残殺虫ホイホさんでも有ればなぁ」
などとマイナーな殺虫メカのネタを呟く。
もっとも、春にクッチーがコスプレしていたのも、そのライバル
であるコンバッツさんなのだが。
とりあえず、天井に居るターゲットに向かってホウキを伸ばす笹原と
不安げに両手を胸の前に組み、それを見守る荻上。
その時、不意にゴキブリが飛んだ!
荻上の方に向かって一直線――――。
「きゃーーーーーーーっ!!!」
「荻上さんッッ!」
普段はそう声も高くないが、叫び声は甲高い荻上の悲鳴が
サークル棟にこだまする。
荻上が目を覚ますと、床の上で笹原に抱き抱えられていた。
『うわーーー大胆……でねくて!』
「あ、あの、笹原さん?」
「…だ、大丈夫?窓から落ちそうだったから」
「ありがとうございます。アレは、奴はどうなりました?」
「うん、窓から飛んで出て行ったのが見えたよ」
「ホントですか?……よかった」
「やー、でもあと1ぴ――――」
ガチャり。
「大丈夫でありますか!?」
何故か近くに居たらしき朽木が、部室に入ってきた。
59 :
G(6/7):2006/03/09(木) 02:53:48 ID:???
「――――やや!?こっ、これは失礼しました……」
「「ちがーーーう!!」」
笹原と荻上はハモって否定すると、大急ぎで立ち上がる。
「ゴキブリが出てね、荻上さんに向かって飛んだから」
笹原はやや必死に説明をしかける。
その説明に耳を傾けつつ、あごに手を構えてポーズを作り、朽木がゆっくりと歩む。
「そうでありマスカ」
ペキッ。
「「「ぺきっ??」」」
3人が朽木の足元に目をやると、靴の端から見える、黒い触角と脚。
顔をあわせて固まる3人だった。
後日、ゴキブリの巣は発見された。
田中が去年の夏にクワガタを買おうとした飼育ケースが
ロッカーの上の奥に有り、中のものは時間の経過で
ゴキブリの巣に変換されていた。
「やー、自然の驚異だねぇ……」
田中にしては珍しい失敗だ。誤魔化して笑うしかない。
「あれ以来、ワタクシの二つ名が『一撃殺虫』とか言われますし
荻上さんが何か前より距離を置くんですよ……」
流石に落ち込む朽木。
「すみません!けど、アレを思い出してしまって!」
テーブルの向こうで荻上が叫ぶ。
「お詫びに、学祭用に衣装を朽木君にも1着作るよ」
「それじゃあ無残殺虫ホイホさんのメイドVer.で―――」
「懲りてないのかよ!!」
笹原、斑目、大野のツッコミを受けて、してやったりの朽木だった。
うわわ(汗)。
>>58は(5/7)m
>>59は(7/7)でした。すみませんorz
というわけで 以上です…。
訂正が間違えてる。眠さというより単なるウッカリ者ですね。
>>58→(6/7)、
>>59→(7/7)です。ああもう。。。申し訳ない。
ホイホイさん!ホイホイさん!
いいね、こういう何気ない日常。こういうの大好きです!
まだだ、まだ笹荻はいける!そう実感しましたw
63 :
マロン名無しさん:2006/03/09(木) 03:59:04 ID:Fa5Pi34f
>>G
イニシャルGが!!←(ハチク○ではそう呼ばれていた)
一人荻上さん会議とか、へっぴり腰で奮闘する姿とか、なにげに頼もしいササヤンとか、イロイロ美味しいクッチーとか、
面白かったです。
>G
クッチーそうじゃないだろ!
デジカメデジカメ!
最高のシャッターチャンスじゃないか!
それにしても荻上さん、ロボコンばりにパニクってますな。
まあ女の子でゴキブリ平気な人は少ないと思うけど。
本編でもこういうぬるい話が見たいな。
イイ……気分がほんわかしてくるような楽しいお話でした。
「可決!」からの荻上描写がとてもカワイイ!
こういう話書ける人は、実生活でも幸せなんでしょうなあ。
ちなみに、昨日の読売新聞の「編集手帳」では、「G」の脳には立派な学習機能があることが立証されたそうでつよ。
「おのおの方、油断召さるな」
66 :
歪んだ愛:2006/03/09(木) 14:32:13 ID:???
「ん…」
斑目は目を覚ました。カーテンの隙間からは朝の光が差し込んでいる。
今日は日曜日。仕事は休みだ。しばらくボーッと天井を眺めていると、頭に痛みが走った。
(痛っ…二日酔いか?)
そういえば昨夜、酒を飲んだ記憶がある。
(あれ…俺、誰かと一緒だったような…)
一人の時は二日酔いになるまで飲まない。誰が一緒だった?
(…なんだ…? 右腕が重い…)
ふと感じた右腕の重みを確かめるため、斑目は側に置いてあった眼鏡を取り、かける。
(ん〜…?)
目を細め、重みの原因を睨む。
「それ」が何か判明した途端、斑目は今まで出した事の無い大声で叫ぶ。
「ぎょわああぁぁぁああぁあぁぁああぁぁああぁッ!!!!!!?」
隣で寝ていたのは、荻上。しかも一糸纏わぬ姿だ。気付けば自分も裸。斑目コンピューターが、今の状況を整理する。
(いや、待て。落ち着け、俺。うん、まずはアレだ。状況を整理しよう。何故に俺と荻上さんが裸なのか。そして俺は何故に荻上さんに腕枕をしているのか。更に、何故に同じベッドで寝ているのか)
ぶつぶつと呟く斑目。酔いなどとうの昔に醒めた。
そして斑目コンピューターが導き出した結論は。
(ヤッちまった…)
左手で顔を覆う斑目。しかも辺りを見回してみると、ここは荻上の部屋だということが分かった。
67 :
歪んだ愛:2006/03/09(木) 14:33:40 ID:???
「ん…」
荻上が声を出したので、ビクッとなる斑目。否が応にも荻上の裸体に目がいく。
(ぅわ…きれーな肌…じゃなくて)
とりあえず右腕が重いので、そーっと引き抜く。
「…斑目さん…?」
斑目は口から心臓が出そうなほど驚く。荻上が目を覚ましたのだ。
「いやっ! あのっ! これはね! 違うんだ! 俺、酔っ払って、記憶がなくて…っ!」
上手く言葉が出てこない。すると荻上が再び目を閉じた。
「いいんです。私から誘ったんですから」
「へ、へー、そうなんだ。って、ええぇぇッ!?」
「しょうがなかったんです」
「しょうがなかったって…?」
《ピンポーン》
玄関のチャイムが鳴った。斑目の心臓は止まりそうになる。あろうことかチャイムを鳴らした人物は勝手に玄関を開け、部屋に入ってきた。
「え!? いや! 入ってきたよ荻上さん!?」
「……」
そして、部屋の戸が開かれた。
そこに立っていたのは。
「さ、笹原…」
笹原だった。笹原は二人を見ると、ゆっくりと近付いてきた。
「いや! 笹原、違うんだ! これには深いワケが…!!」
笹原は斑目の側まで来ると、微笑んだ。
「いいんですよ、斑目さん。全ては僕の計算通りだ…」
「な…!? ま、まさかお前……自分の彼女までも利用して…!?」
「彼女? まさか。それは表向きですよ」
「そ…そんな……荻上さん、こんな…これでいいの…?」
斑目の問いに、荻上は小さく答える。
68 :
歪んだ愛:2006/03/09(木) 14:35:33 ID:???
「仕方ないんです……だって私は笹原さんが好きですから…」
「そんなの…そんなの間違ってるよ荻上さん!」
「…」
「さて、斑目さん。これで貴方は僕の彼女を奪ったということになる。これをみんなにバラされてもいいんですかね?」
「笹原…お前…」
「ふふ…結局貴方は、僕といるしかないんですよ。そう、それこそ一生……ね」
「くっ…」
「もう離しませんよ。斑目さん…」
「やっぱ、笹×斑はいいなぁ」
荻上は一人部室で原稿を描いていた。前々回は高×笹、前回は斑×咲と描いてきたが、やはりこの二人の方がしっくりくる。しかも今回は自分も登場している。
「自分が出るって恥ずかしいなァ…」
ふと、ペンが止まる。
「笹原さん…本当に私のこと愛してくれてるんだろうか…。ひょっとしたらこの作品みたく、遊び…とかだったりして…」
自分の妄想で不安になっていたら世話しない。
と、そこに笹原がやってきた。
「こんにちはー。あれ? 荻上さん一人?」
荻上は笹原の方に振り向くと、涙目で訴えた。
「笹原さんっ、私のこと、本気で愛して下さいね!?」
「へ?」
完
69 :
歪んだ愛:2006/03/09(木) 14:37:02 ID:???
荻上同人オチを書いてる人物です。
こういう小ネタって、ひょっとしてお呼びでない?
そういうオチかあ!
笹×斑と見せかけてそうくるわけか!
実は笹荻話だったとは・・・。
結構好きです、こういう話w
>こういう小ネタって、ひょっとしてお呼びでない?
いやウェルカムっしょ(w
異例の<斑×荻>から<笹×斑>、そして<笹×荻>へと、楽しく読ませてもらいました。
一応書いてみました。「彼女は私のもの」の続きです。
相変わらず妄想全開な上、今回は暴力的な表現があるので注意してください。
73 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:33:16 ID:???
結局私は何も手に入れられなかった。
あの男は去った。私の目論見どおり。
でも荻上は帰ってこなかった。
かつては信頼と愛情に満ちていた目にこもるのは不信とおびえ。
それはそうだろう。
彼女を裏切ったのは、彼女を利用したのは、間違いなくこの私なのだから。
あの男にした事には一片の後悔も無い。
そうされて然るべき事をあの男はやったのだ。
悔いがあるとすれば、それはあの男の器量を見誤ったこと。
秘密を自分の内に閉じ込められず、無様にも親にすがりつき、逃げ出してしまった小さな男。
そして問題を内輪で片付けられず、公にしてしまうその親。
よく出来た親子と言うべきだろう。
74 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:33:56 ID:???
彼女には一片の非もない。道具に非などあるわけが無い。
責められるべきは私。
だけど名乗り出る気など毛頭ない。
私にも守るべき立場がある。
それにこれは彼女への罰とも言える。
おびえるがいい。疑うがいい。苦しむがいい。
そして気付け。お前の味方は私だけだ。
今日も荻上はヘッドホンで耳をふさぎ、ノートに向かっている。
だが私は知っている。彼女が常に聞き耳を立てていることを。
臆病な彼女には周りから孤立して生きることはできないのだ。
そんな彼女を観察しながら、くだらない会話をする。
「…ホモ上…」
どこかのバカの声がする。苛つく。彼女の事を何も知らない奴が彼女を語るな。
「だれだ、今言った奴!!」
立ち上がって怒鳴る。誰よりも自分が驚いている。これは私のとるべき態度ではない。
彼女が立ち上がり、教室を飛び出す。追いかける。追いかけながら後悔する。
これではだめだ。これでは私が彼女を追い詰めてしまう。
後ろを振り返る。まだ誰もついてこない。役立たずども。
再び彼女を追いかける。見失うわけにはいかない。
75 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:34:43 ID:???
…ようやく彼女の行く先の見当がついた。屋上だ。
『なんとかと煙は高いところが好き』なんて言葉を思い出し、軽く笑う。
私から逃げきれるつもりなのか?
屋上への扉にたどり着く。呼吸を整える。落ち着いて、慎重にやるのだ。
ノブに手をかけると、後ろから声がする。
ああ、文芸部で妙に私に懐いている奴だ。酷く息を切らしている。
この方が余計な事を言われずにすむと思い、そのまま屋上に出る。
彼女はフェンスにしがみついて外を眺めている。
胸が高鳴る。直接話し掛けるのは久しぶりなのだ。
「荻上さん、大丈夫?」
優しく声を掛ける。もういいだろう。彼女を許そう。彼女は十分苦しんだ。
彼女がゆっくり振り返る。私は優しく微笑みかける。泣いていたのか彼女の目が赤い。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。さあ、戻ってきなさい。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。優しく受け止めてあげる。
私はゆっくりと近づく。彼女はおびえている。そしてまた仲良くしましょう?
「荻上!!」
あと数歩、というところで隣の馬鹿が大声を出す。
彼女は体を震わせると、叫びながらフェンスをよじ登る。
駆け寄る。
大丈夫、間に合う。
そして
彼女がフェンスのふちに足を掛けた時
私の指が
彼女の背中を
押した。
76 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:35:42 ID:???
…すぐ下に大きな木が立っていた事もあって、彼女は軽傷で済んだ。
そうして私と彼女との絆は切れた。
彼女は部をやめ、卒業するまで私と一言も口を利かず、私と違う高校に進学した。
卒業式の日、私は馬鹿を呼び出して犯した。
馬鹿は泣き叫んだが、知ったことか。お前が悪いのだ。
お前さえいなければ私は荻上を取り戻せたのだ。
馬鹿は醜かった。荻上は可愛かった。
馬鹿は馬鹿だった。荻上は賢かった。
馬鹿の声は耳障りだった。荻上の声は心地よかった。
私はいつの間にか泣いていた。馬鹿が私を抱きしめて言う。
「大丈夫。私はずっとあなたの傍にいるから…」
ふざけるな。私が欲しいのはお前じゃない。お前など荻上の足元にも及ぶものか。
私は小説を書くことをやめた。
自分で見ても不出来な作品を絶賛されては、書き続けることなどできなかった。(馬鹿のせいだ)
それでも「ヤオイ」とやらから離れられなかった。
それが荻上と残した唯一のものだったから。
77 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:36:30 ID:???
馬鹿はどこまでも私にくっついてきた。高校にも大学にも。
そして私たちは今東京にいる。
馬鹿がコミフェスに行きたいとごねたからだ。
見て回る。
私は買う気などない。冷やかしだ。馬鹿は一人ではしゃいでいる。
そして見つけた。
彼女だ。間違いない。
鼓動が早くなる。
足を踏み出そうとして肩に手がかかる。振り返ると馬鹿が不安げに私を見ていた。
生意気な馬鹿め。あとでお仕置きだ。
鼓動が静まる。私は一息つくと改めて彼女の元へ歩き出す。
「荻上…?」
声を掛ける。彼女が固まる。
隣で馬鹿が必要以上にはしゃぐ。うるさいだまれ。
「あ!これ荻上の本?スゴー!」
我ながらわざとらしい。
「まだ描いてたんだー」
うれしい。彼女がやめていなかった事が。私の見立てが間違っていなかったことが。
「買う買う!500円?」
「いーよ、あげる」
懐かしい彼女の声が心地よく響く。
「え、いーの?」「うん」「あんがと!」
ただこれだけのやりとりが楽しい。
隣の男に気付く。特徴のない、優しさだけが売りのような男。
「彼氏?」「違う!」「フーン」
否定する彼女。嘘つき。私を騙せると思ってるの?
「ま、いいや。同人誌あんがと」「ほんだら元気で。バーイ」
彼女から離れる。平然と。いつもどおりに。
馬鹿が傍に擦り寄る。
なぜか今だけは突き放す気になれなかった。
78 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:37:19 ID:???
彼女は変わっていなかった。
昔と同じように頼りない男に捕まっている。
そしてまた放り出されるのだ。
それを繰り返して不幸になっていくのだろう。
彼女はバカだ。
そして私はもっとバカだ。
彼女が好きで
彼女と一緒に居たくて
彼女を幸せにしたくて
彼女を不幸にした。
たぶん二度と彼女に会う事はないのだろう。
今の私には全てを捨ててまで彼女を救おうとすることは出来ない。
だからせめて信じてもいない神様に祈ろう。
彼女の幸せを。
79 :
彼女に幸せを:2006/03/09(木) 15:37:53 ID:???
以上です。
お疲れ様でした
「馬鹿」がカワイソスで泣ける
どうも脇キャラに感情移入する癖があっていかんなorz
まあなんだ、キャラ(中島のみw)への愛に満ち溢れてるよね…
とだけ言っておこうか
斑目寅さんシリーズ続きキボンヌ
> 彼女に幸せを
独善的で救いのないキャラではあるんだけど、
それでも大事なものを失った傷心の姿には
なかなかクるものがありますね〜
>彼女に幸せを
荻上マジダイブ直前回想シーンを読み直してみたら、中島の隣にいたのは藤本だった…
…分かった。夏コミで中島と一緒にいた帽子女は、中島にいじめられ過ぎて激痩せした藤本だったんだ。
そうだ、そういうことにしておこう。
それはとにかく、歪んでるね中島。
「ガラスの仮面」で、月影千草の「紅天女」に入れあげた結果「紅天女」を幻の作品にしてしまった、速水会長を思い出した。
84 :
マロン名無しさん:2006/03/09(木) 22:14:07 ID:Fa5Pi34f
>>歪んだ愛
それ何て荻クオリティ?
まさか、斑×荻が読めるとは!すごい妄想力をお持ちだ!
荻上さんの妄想オチだとイロイロ遊べていいですね。
>>彼女に幸せを
今までの中島の行動を、説明できていて面白い。
でも、ひとつ。
>彼女がフェンスのふちに足を掛けた時
私の指が
彼女の背中を
押した。
ここはどう解釈すればいいのだろう。中島が荻上さんを??
漸く書き上がりました。
第三話の反省を生かして気合を入れて書いたんですが、
そのせいでめちゃくちゃ長くなってしまいました・・・orz。
30レス分あります・・・。
23:30から投下しようと思います。
>>38 「うわっ面の思い」書いた者です。
お褒めにあずかり、こちらこそ光栄です。
中荻はいいですねぇ。ブームに乗りたい・・・。
ルルルルッ、とベルが鳴る。
キーボードを打つ音とパソコンのファンが響くオフィスの静寂を電話のベルが破った。鼻にかかったような電子音が妙に耳に付く。
ワンコールが終わる寸前に、斑目は受話器を取った。電話を取るのも事務の仕事の一つだ。
「はい、桜管工事工業です。」
淀みなくそう応える。片手はシャープペンを握って、頭を数回ノックする。
コンビニで一本ずつビニール袋に包装されていた、105円の洒落っ気も何も無いシャープペンであるが、オフィスには相応しい。
「はい…、いつもお世話になっております。はい…、少々お待ちください。」
斑目は『保留』ボタンを押して、内線番号表を確認すると別部署に電話を回した。
電話の応対も、だいぶ板についていた。
入社したころは慣れない言葉遣いにシドロモドロ。セールスの電話に戸惑ったり、カツゼツの悪い相手に聞き返すにも勇気が要った。
相手の出方が予想を裏切るたびうろたえたものだが、今やなかなかどうして、立派な社会人然としている。
くすんだ灰色(ハーヴェストグレイとか言うらしい)の受話器を置いて、斑目はディスプレイに目をやった。
新人の斑目のディスプレイはまだ液晶ではない。小さい会社なので仕方が無いとはいえ、邪魔臭いCRTの巨体がこっちを向いている。
斑目の視線は画面の下に流れた。
画面の右下。時刻表示。
11:58
昼休みが近いこと確認すると、斑目は静かに嘆息を漏らした。
斑目の頭に、一人の女性の顔が浮かんでいた。いや、顔は見えない。俯いて、携帯の画面を見ている後ろ姿だ。
斑目の頭は自然と昨日にさかのぼっていた。
昨日の夜、少し歩いてから振り返ったときに見た光景。彼女は駅へまっすぐに歩いていって、そのうち見えなくなった。
そのイメージには、そのときの寂しい気持ちが添付されていた。
(今日・・・、来てんのかな・・・。)
ディスプレイに並ぶ数字の向こうに、馴染みの部室を思い浮かべる。
いつもの部室。現視研メンバーがいつの間にか集まって、ただ言葉を交し合う。慣れた場所の慣れた毎日のこと。
でも今日は行きたくない。
部室に、彼女がいるかもしれない・・・。
今日はまだ、会いたくない・・・。
昨日ことを思い出すと、斑目は気が沈んだ。胸の奥に石が埋まっているような、声も出ない気持ちなる。
『あれから』家に帰る道で、何度も恵子と交わした会話と表情を思い返した。
その度に、気がひどく滅入った。
自分の体を新聞紙でも引き千切るみたいに、ズタボロに引き裂いてしまいたくなる。
情けないことをした。女の子と一緒に楽しく過ごすこともできないのが情けなくて、格好悪かった。
だがそれよりも、自分が何か淡い期待のようなものを抱いていたことが恥ずかしかった。
恵子が素っ気なく歩いて行くのを、寂しいなんて思っている自分が、滑稽にしか思えなかった。
むず痒くて堪らなくて、思わず身震いして、慌てて家に歩き出したんだ。
でも、また今もこうして昨日のことを考えている。
自嘲が漏れた。
(ナニ柄にもないこと考えてんだよ・・・。キモイっての・・・。)
帰り道、恵子の言葉がずっと頭に響いてくる。
『やめてよ、そゆこと言うのさ…。』
車の音も街の雑踏もない恵子の声が斑目の頭の中で反響する。
『スゲーオタクっぽい。』
(そう・・・、そんで・・・。)
『……キモイよ。』
「ふはは・・・。」
小さい笑い声が口からこぼれ落ちた。その言葉を再生する度に、斑目の薄っぺらい胸は重くなった。
でも、気が付けばその言葉を何度も、繰り返し、自分に浴びせている。
(マジでマゾに目覚めたかな・・、つってね・・・。)
最初は笑って受けとめていた。『そりゃそうだ』、『当然だよ』、『オタクなんだしさ』って。
それが斑目のいつものやり方になっていた。こんな心が痛いときには、いつだってそうする。
無神経に咲を泣かせて、何にも出来なかったとき。偶然から一緒に食事をして、どうにもならない気持ちがもどかしかったとき。
いつだって、どこからかやって来た笑いが口から漏れた。
でも、本当は笑うしかなかったんだと、斑目は気が付いた。
胸が重くて、歩けなくなっていた。
住宅街の、遠くにパチンコ屋のネオンが見える道の真ん中で、じっとしている自分に気づいた。
擦れるくらい近くをピカピカのワンボックスカーが通り過ぎてても、体は動いてくれない。
夜の住宅街の道は、家の窓から暖色の蛍光灯が漏れているくせに、人っ子一人いない。
歯科の広告が張り付いた電信柱に手をついて、粉っぽい表面の汚れが掌にまとわりついて。
このまま家に帰ることが、どうにも堪らない気持ちだった。
座り込んでしまいたかった。
斑目は、またあの言葉を頭の中で繰り返す。
繰り返し繰り返し、自分に聞かせては確かめる。
自分は傷ついてなんかいない、ちょっとムシャクシャしただけだよ。
ただの悪口だよ。俺が嫌いって意思表示。でも別に平気なんだよな。俺も何とも思ってない。
慣れていないから、ちょっと勘違いしただけなんだよ。
やっぱり・・・、笑うしかなかったんだよな・・・。
「お、どうした? お昼行かないの?」
教育係の先輩が、座ったままの斑目に声をかけた。時計はもう12時を回っていた。
斑目は、自分の顔が石膏で固めたみたいにギチギチに強張っているのを感じた。目の疲れをほぐすフリをして、慌てて顔に手をやった。
「あ、はい。そうっすね・・・。そろそろ行きます。」
何事もなかったように、愛想笑いを先輩に向けて席を立つ。
手を当てて肩を回すと、ゴリゴリと音が鳴った。
「斑目君て、昼っていつもどうしてんの?」
「たいがいコンビニですね。買ってその辺で食べてます。」
ふ〜んと先輩が唸る。すると、少しためらいがちで、彼は後輩を昼に誘った。
「たまには、一緒にメシいくか?」
「いっすね。どこかいいとこありますか?」
ほとんど反射的に斑目は応えていた。スーツの上着に袖を通す。
先輩は安心した様子で、『でもオゴリじゃねーぞ』と付け足した。
斑目はホッしていた。部室に顔を出さなくていい理由ができて。恵子と会わなくても仕方ない理由が出来たことに安堵した。
恵子と顔を合わせるのが、本当は怖かった。
きっと、何事もなかったように笑ってる恵子を見るのが怖かったのかもしれない。
会社の外は、空の底まで見るような青空が広がっている。遮るものは何もないのに日差しに夏の厳しさは無かった。
先輩の後をついていく。いつもは曲がるはずの道をそ知らぬ顔で通り過ぎるのが後ろめたかった。
斑目は心の中で呟く。
仕方ねーさ、仕方ねーんだよ、と。
それが、斑目が部室に来なくなった日の出来事だ。(北の国からの純の口調で)
雨が降るのはいつものことで、今日その日も雨が降っている。
建物の古さを誤魔化すために塗られたやたらツルツルした外壁塗装を、雨水が這う。
溜め込んだ汚れを洗いざらい洗い落として、それでも外壁は曇り空にくすんでいた。
風の無い雨の日であったので、学内には傘を差す人が行きかっている。しとしと降る雨の中で話す人もいたが、大抵は靴や服、
または髪の毛が濡れるのを嫌がって建物に次々と吸い込まれていった。
そういった意味で、サークル棟も賑わっていた。各部室は雨の寒さを嫌ってしっかりと閉じられていたが、中から聞こえる声はいつもより大きいようであった。
しかしながら現視研の部室はというと、比較するに少し寂しい入りであった。
会長の大野は奥に座って最近のコスプレイベントの写真を広げている。咲が傍らで一緒に写真を見ているが、
下手に褒めるとまた執拗な勧誘攻撃に晒されるので、あくまで控え目な感想に止めている。
大野はそれが大いに不満なのであった。
「あー! コレ! 見て下さいっ、かわいいでしょ〜?」
「うん…、そだね。」
なるべく目を合わせないように視線をコントロールする咲に、大野はしつこく写真を割り込ませてくる。
「ほら〜、これなんかどうですか? あー、このコスいいな〜。私こういうの似合わないんで羨ましいんですよね〜。」
「へ〜…、大野ならたぶんどれ着てもかわいいよ…。」
「着れなくはないんですけどね〜、どうしても内面までは表現し切れないんですよ。こういうお姉さんキャラはなかなか奥が深いです!」
咲をガン見する大野であったが。
「そういうもんかねー…、私にはわからないですよ。」
咲は適当に写真の束をペラペラとめくっているだけで、躊躇なく大野の切なる願いを袖にしていた。申し訳ないという気すらないのである。
雨のせいで音響性の高まった部室に大野の唸りが、地の底からの声の如く響いた。
笹原はいつものように読書で耽っている。ただし、苦痛を伴う意味での読書だ。
決してマンガやライトノベルやコバルト文庫やゲーム誌を読んでるわけではない。笹原が持ち難そう手にしていたの卒研用の資料であった。
念願の内定を得て編集者への一歩を踏み出し、荻上との恋も成就してラブラブな毎日を謳歌しているわけであるのだが、
ここらで棚上げにしていた卒研に本腰を入れなければと意を新たにしていた。
卒業して荻上と会う機会が減るのは口惜しいこと山の如しではあったが、留年しては内定を求めて彷徨った就職活動の地獄の日々が無駄になる。
というわけで久々に真面目に学生をしてるのであった。
とはいえ、ちょろっと読んで早くも眠くなってきたのだが…。分厚い資料はムズカシ語の羅列で成り立っており、わが世の春を満喫している
笹原にはヒトキワ落差が大きく感じられる。また加えて、昨日の夜も荻上さんとナニしてアレしていたわけであり…。昨日というか、ここのところ
暇を見つけてはアレしたりコレしたりばっかりであることは否定しようのない事実であるので、ぶっちゃけて寝ていない。
ある意味、寝てるけどね・・・。
むにゃむにゃ・・・。
笹原の手を離れた本が、喝っっ!!とばかりにけたたましく机を打った。
「おおっ!」
「あ…、ごめん。ぼーっとしてたよ、ハハハ…。」
自分の自堕落な日常生活を悟られまいと苦笑いで本を手に取る。幸い、大野も咲もさして気にしていない様子である。
(笹原さん眠そう…。寝てないのか…。うふふ…。まーそんなもんですよねー。うふふ…。)
(ササヤン…、楽しいか…、そーか、よかったなあ〜…。)
バレバレでした。
ふと、笹原は携帯を取り出した。しかし、メールの着信があったわけでも、メールを打つでも電話するでもなく、またすぐにしまった。
窓の外ではまだ雨が降っているようだった。
「荻上さん遅いですねえぇ〜…、うぅ〜ふふふ…。」
大野がニヤニヤして言う。笹原は苦笑いで返した。
「いや、ま、そーじゃなくて。今日も斑目さん来なかったなぁ、って。」
「あ、あー…、そうですねー…。」
大野も携帯を取り出して時間を見る。ミシンに向かう田中の待ち受けの隅に、1時を10分ほど過ぎた時刻が表示されている。
「来ませんでしたね、斑目さん…。最近見ないですよね…。」
「そーだなー。」
咲は写真を机に放って、視線を中空に漂わせる。本棚の上にゲーム機やフィギュアやプラモの空箱が無造作に積んであった。
火事の原因となる大掃除で片付けてから、また随分溜まってきていた。
「忙しいのかな? あれで意外と…。」
咲が言った。笹原も大野もう〜んと唸ったきりで言葉が出てこない。
事務職の斑目が昼も食べられないほど忙しいはずがないのは皆わかっていたが、はっきりと言い切るのは何となく避けたかった。
「メールとかしてみました?」
大野が笹原に問いかける。笹原は小さく首を振った。
「してないねぇ…。そのうち来ると思ったし…。」
「今してみたら?」
「そーねぇ〜。」
咲の提案に、笹原は同意して携帯をジーンズの窮屈なポケットから引っ張り出した。
「止めとけよ。仕事中にメールしたって返ってこねぇって。」
少し離れた席にぽつんと座っていた恵子が言った。ギッチリと腕組みをして、机の上に広げたファッション誌を眺めている。
その様子は何だか囲碁でも打っているかのようで、少しジジ臭かった。机の上に底の深い大き目のバッグが乗っかっていた。
「来たくなったらそのうち来るだろ…。」
「あ〜…、まあね〜…。」
「それはそうですけどね〜…。」
恵子の正論に、笹原も大野も名残惜し気に言葉を濁す。掌の携帯は鈍い発光の省電力モードに切り替わった。
「アイツも社会人なんだし、向こうの付き合いってのもあんじゃねーの?」
視線を雑誌に向けたまま、恵子はきっぱりとした口調で言う。それは腕組みのポーズと合わさって奇妙な風格を恵子に纏わせていた。
笹原は携帯の重みに耐えかねて、腕を机に落とす。大野も右手の指で左手の指先をいじくるばかりで上手いこと反論のしようも無かった。
静かに成り行きを見守っていた咲が言った。
「でもさ…、気になるだろ…? 急に来なくなると…。お前気になんない?」
力の抜けた上体を咲は恵子に向ける。恵子は表情を抑えつけるように口元を歪ませた。
「別に…、なんないけど?」
声にさっきまでの鋭さはなくなっていたが、咲はそれに触れるのは底意地が悪いような気がして、短く相槌を打った。
「あー、まあ…。」
「そー言われると言葉が無いですねえ…。」
「カワイソウだな、斑目さん…。」
「フツーだろ、別に…。」
恵子の言葉に鋭さが戻っていた。
笹原と大野は顔を見合わせて苦笑して場を和ませる。そして笹原の携帯は再び窮屈なポケットに押し込まれた。
「ま、夜にでも電話してみたら? 案外マジで忙しいのかもよ?」
「それが良いかね…。」
曖昧に笑って笹原は資料を手に取った。大野も広げ放題に広げた写真を大野なりの分類方法で整理し始めた。
咲はひとつため息をつくと、本棚の少女マンガを適当に見繕って開いた。そうしながら、咲は視界の隅の恵子を見る。
先程からの変わらぬ姿勢のまま、彫像のようにファッション誌のモデルを凝視している。
恵子の手が動くのは、時たまページをめくる時だけだ。それも、なかなか稀にしか起こらない。
咲もまた、同じページをいつまでも読むことになった。
薄い雨雲の向こうがほんのりと日の光に滲んで、雨はしとしとと空からしたたり落ちて校舎を濡らしている。
今にも止みそうな弱い五月雨は、晴天が透けて見えそうな雲模様とは裏腹に降り続けた。
もう、濡れたばかりのアスファルトが放つむっとするような埃っぽい悪臭も流されて、学内は夜のように寒かった。
部室の窓ガラスを雨水が落ちる。濡れたガラスの外側と曇り空が、窓に貼られたくじアンのアニメ絵ポスターをよりくっきりと浮き立たせる。
外は雨でびしょ濡れなのに、ちっとも意に介さず微笑んでいるケッテンクラート会長が、少し奇妙な感じを醸し出していた。
笹原も大野も部室を後にし、いつの間にかそこには咲と恵子が残されていた。
二人は机の両端に向かい合わせで座っている。
「・・・あんさ。」
咲が言う。
「あんた何かあった?」
咲は手にしていた単行本を自身のヘソの上に乗せて尋ねた。恵子はまだファッション誌を開いていた。
「・・・何ソレ?」
恵子はパイプ椅子に座り直す。ずっと座りっぱなしでお尻に鈍痛を感じていたし、腰も少し痛かった。両肘を机の上に乗っけて、体重を分散させる。
そのとき少し背中を丸めて、咲を視界の外に追い出していた。
「別に何もないけど・・・。」
素っ気無く恵子は応える。咲はそれを聞いても単行本に視線を戻すことはなかった。少しう〜んと唸った。タイミングを計っているようだった。
「うんとさ・・、けっこう久しぶりに部室きたじゃん? そのわりに元気なさそーだったから・・。」
恵子はわざとらしくページをめくった。気にもしていないふうを装いたかったから。
視線が一瞬、自分のバッグを舐めた。
「・・・そーでもないよ。」
「どっか具合でも悪かった?」
「元気だよ。」
う〜んと唸る代わりに、咲はへ〜と間延びした声を発した。
端の黒くなった蛍光灯が部室の真ん中を鮮明に照らしているが、窓から雲が忍び込んできたようで、部室は何となく薄暗かった。
咲は次の言葉を模索して恵子を見つめている。恵子には咲の顔は視界の外であったが、咲の手が作る表情は否応無く目に入った。
恵子が言った。
「何でそう思うの?」
咲はちょっとだけ驚いて、また言葉を探して唸った。
「あ〜・・、何だろ? 全体的に?・・そんな感じだから。」
「そー・・・。」
咲には似合わない、自信なさ気な言葉だった。
「お前らしくない感じ。テンション低いし、コーサカのことも何も訊かないし。」
今度の理由には少しだけ自信が滲んでいた。咲は恵子が部室に入ってきたときのことを思い起こしていた。
いつもは真っ先にコーサカを探して、居なければ口に出して尋ね、いよいよ居ないとなると不満を口でも体でも表した。
今日の恵子は挨拶こそいつも通りであったが、部室を見渡すとすぐに手近な席に腰を下ろしていた。
咲は心の中で小さな覚悟を決めて尋ねた。
「コーサカに、何か言われた・・・?」
咲はムズムズするような感覚を背筋に覚えた。もちろん真面目に真剣に恵子の様子を心配しているのだが、
自分の彼氏とそれを狙う女の仲について気を揉むのは少しヘンだとも思った。
恵子は机に覆い被さるのを止めて、背もたれに体をあずける。雑誌を手前に引き寄せた。
「別に、最近会ってないし。」
続けて恵子は言った。
「それに、高坂さんのことはもういいよ。」
咲はしばらく沈黙して、考えを整理した。
「あ、もういいって・・・?」
「だからもういいの。ねーさんにアゲル。」
(アゲル? あげる…、あげるってか…?)
咲はその短い日本語を何度も暗唱した。それこそ今まで何度も恵子をコーサカから遠ざけようとしたくらいには暗唱した。
負荷のかかった脳が排熱するために、咲に大きく深呼吸することを要求して咲は従った。恵子はそれを見てもクスリともしない。
咲は行き酔いよく叫んでやった。
「あげるって、もともと私のモノだよ。コーサカは!」
冗談めかして応えたものの、恵子はノーリアクション。釣れない…。
笑うでもなく、照れるでもなく、無表情で座っている。咲は萎んでいく自分の笑い声を寂しく聞いた。
気を取り直して咲は言った。
「また何で?」
「・・・まあ。」
恵子はまた自分のバックに、一瞬、目をやった。
「・・・・・・。」
「まあ、そろそろ潮時かなって。」
恵子の言葉に、咲の目が鋭く尖った。嘘をついているのが、どうしてか咲にはハッキリと分かってしまった。
別に何の根拠があったわけでもなかったけれど、確信に近い自信を感じていた。
咲は改めて恵子をしげしげと見つめる。恵子は机の端っこで、だらりと椅子に寄りかかっている。そのくせ顔は剛直したように張り詰めていて、口は堅く閉じていた。
決して自分に視線は向けないで、雑誌の一点を見つめているようだった。恵子の目はぼんやりと開かれていたが、瞼は瞬きを忘れていた。
「・・・なんかあったんでしょ?
躊躇いもあったが、咲は訊いた。結局は、咲は恵子がかわいかったのだ。
咲に妹は居なかったが、恵子に対してそれに近い感情を覚えていた。
咲は恵子の方へ椅子を引きずった。
「私には言いたくない?」
咲の声を聞いただけで、恵子には咲がどんな顔して自分を見ているのか分かった気がした。
咲の声は、押し付けがましくも、軽薄でもなくて、頼もしくて優しい。咲の手は袖からのぞいた自身の肘を抱きかかえていて、
その手も肌もうっすらと赤みを帯びて、本当に美しいと恵子は思った。
「私は言って欲しいんだけどね・・・。」
照れたように咲が言った。その言葉は恵子の目の底をグイっと掴んで、そのまま喉の奥まで落ちていった。
恵子は耐えられなくて口から言葉を吐き出した。
「・・・ねーさんてさ・・。」
「ん・・?」
口を手で抑えてしまいたかったが、手はパイプ椅子を掴んで動いてくれなかった。
「・・・ねーさんて、スゴ過ぎんだよ・・。」
「・・・。」
咲は声もなく恵子を見ていた。
「・・・ねーさんて、すげー・・、カッコいいし・・・、キレイだし・・、優しいし・・、頼れるし・・。」
恵子は顔を伏せた。
「頭よくて、面白いくて、話しやすいくて、かわいくて、なんか・・、すげー・・・、ちゃんとしてて・・、芯があるっていうか、立派だし・・・。」
「そんなことねーよ!」
咲は軽く笑ったが、静か過ぎる部室にその声は痛々しく響いた。咲は自分の表情が脆く剥がれ落ちていくのを感じて、自分の言葉を後悔した。
恵子の唇がわなわなと震えて、いつもは大きく笑っているはずの口が歪んでいた。
「アタシみてーな・・、バカな小娘じゃ・・、どうにもなんねぇよぉ・・・。」
恵子の瞳から大粒の涙が零れた。涙は頬を走ってから恵子の服を濡らした。あるいはそのまま宙に躍って、雑誌のモデルの肌をシワくちゃに滲ませた。
恵子は声を出して泣こうとする自分の体を必死に抑えつけようとしたが、もうどうにもならなかった。
後は咲に泣いている顔を見せないように机に突っ伏して、両腕で覆い隠すことしか出来なかった。
泣き顔を咲に見られるのは嫌だった。
「・・・クソ・・なんで・・うまくいかねぇんだよぉ・・。恋愛なんて・・・・・簡単だと思ってたのになぁ・・・・。」
自分の口から零れた言葉を聴いて、恵子はまた声を上げて泣いた。
泣きながら、何で泣いてしまったのか、思いを巡らす。原因が心に浮かびそうになると、恵子は怖くて、また涙を零した。
咲はどうしていいのか分からずに、見ていることしかできないでいた。
恵子が泣いている。
頭に浮かぶのはコーサカのことだが、ならば一層、自分が何か言ってはいけないと思う。
咲に唯一できたのは、ハンカチを泣き伏している恵子の前に置くことだけだった。恵子にハンカチが見えないのは分かっていた。
雨が降っていて、恵子が嗚咽を漏らしているのに、部室は余計に静かで居たたまれない。
視線を外そうと思っても目は動かず、席を立つことも無理だった。
咲は自分が恵子に涙を流せたことが、とても辛かった。
不意に恵子がゆっくりと立ち上がった。
化粧がぐずぐずに崩れていて涙の通り道がはっきりとしていた。目の周りの皮膚が紅くなって、まるで子供の顔のようだった。
咲が何かを言う前に、恵子はさえぎるように言った。
「ごめんね・・・。いきなり・・泣いちゃって。ねーさん、気にしなくていいから・・・。」
咲は何か言いたかったが、やっぱり何も出てこなかった。
「ごめん・・。もう帰るわ。」
言うや否や恵子は自分のバッグを引っ手繰って部屋を飛び出していった。
咲は腰を椅子から浮かせたままで恵子を見送っていた。立ち上がろうにも、追いかけようにも、心がついて行かなかった。
小さく音を立てて、再び椅子に体をあずける。パイプ椅子が軋んで鳴いた。
「・・・何だよ、・・・それ。」
そう言うのが精一杯だった。
恵子は備品が並んだ狭い通路をバッグをぶつけながら縫うように歩いた。
すれ違う人に顔を見られないように手首を鼻先にあてがう。そうしていてもまだ涙が零れていた。
階段を降りたところで、小さな人影が出会い頭に前に立ち塞がった。
荻上だった。
「あ、あれっ? どうしたんすか?」
反射的に相手を見ようとした恵子の瞳を、荻上が驚いた表情で見ていた。
「何でもない。」
短く言って、恵子は荻上の横を走り抜けた。荻上が追いかけてくるかもしれないと思ったが、振り返らずに走った。
サークル棟の外は雨で、コンクリートもアスファルトも黒い灰色に変色している。
恵子は唇を噛み締めてバッグの中の折り畳み傘を探った。
恵子の手が止まった。
バッグの中の、包装紙に包まれた長くて薄い箱が恵子の手に当たっていた。包装紙を雫が濡らした。
口元を歪ませて、恵子はそれを掴むと、少し離れたクズカゴに投げ捨てた。
箱は雨ざらしのクズカゴに中に落ちていった。
悔しいくらいに見事。
包装紙はすぐにぐしょぐしょに濡れて変色して、薄汚いゴミに変わった。
昨日から降り続く雨は今日もまだ止みそうにない。雨水を十分に蓄えた土と樹木と建物が冷気を放っている。
この雨で一気に夏は南の彼方に逃げ去って、かわりに秋がいよいよとばかりに腕を振るっていた。
斑目は紺色の布と黒い取っ手の紳士傘を差して久しぶりに学内を歩いていた。
傘を持っていない方の手には例によってコンビニのレジ袋を持ち、中身が雨に濡れないように手を胸元に引き寄せている。
斑目は水溜りを避けつつ歩いていく。それでもズボンの裾は跳ね上げた雨水に濡れていて、革靴も水が染み込んでつま先が少し冷たかった。
今日、斑目が部室に顔を出す気になったのは笹原からの電話のせいではなかった。
会社の終業時刻が近づいたころに咲からメールが届いた。内容はごく簡単で明日は部室に顔を出して欲しいというものだったが、
メールの最後におまけのように、ちょっと相談があるとあった。
返信メールで相談内容について訊いてみたが、長くなるから明日話すと返ってきた。こういうのは、斑目は苦手だ。
恐らく高坂のオタク趣味について、というのが斑目の予想である。今まで咲からの相談事は大抵その内容であったし、
自分にアドバイスできるのもその事だけだったのもあった。
何にせよ、斑目はこういうのが苦手だし、咲と顔を合わすのもちょっと気まずかった。恵子が明日来るのか訊きたかったが、
咲に分かるはずもないし、ダサいので止めた。
咲は意外にも部室ではなく、その前にある喫煙所に立っていた。木製のベンチは水を吸って茶色い汁を分泌しておりとても座れたものではなかった。
「あれ? またタバコ吸い始めたん?」
久しぶりのせいで、少し照れくさそうに斑目は言った。
咲の表情は暗い。手にタバコは持っていなかった。
「ま・・、部室だと話しにくいからね。」
「あー、そうすか…。」
「今日はこっち来て大丈夫だったの?」
「うん、ま、別に…。この頃は先輩に昼メシ誘われてたんだけどね。」
「そーかい・・。」
咲は先に立って人通りの少ないサークル棟の隅に斑目を連れて行った。斑目は傘をギュルギュルと巻き上げて素直に後に従う。
適当に周囲の人気を咲は窺う。やや緊張して、斑目は咲が話を切り出すのを待った。
「最近さ、恵子と話した?」
斑目は声が出そうになった。
咲の様子からタダナラヌ雰囲気を感じてはいたが、思ってもいない名前を持ち出されて背中を殴られたように息が詰まった。
「最近よく話すって言ってたじゃん? 一番最近会ったのっていつ?」
神妙な表情の咲に、斑目は脳は混乱を極めた。一つの疑問が頭の中をオーバルコースを走るレーシングカーの如く駆け巡った。
(ど、どこまで掴んでいるんだ?)
質問の答えを導き出すに当たってそれは極めて重要な問題であった。が、咲の表情は固く、意図を読むどころではなかった。
「あぁーと…、前に、部室に顔出した日かな…? それからは会ってない…。ていうか他のヤツとも会ってないな…。」
咲は神妙な表情を崩さず、口元をいびつにひねった。斑目の額から冷や汗が滲み出ていた。
咲は言った。
「そんときって、私も居たときだよね・・?」
「ああ…、そーだったかな…? たぶん…。」
咲は傾げた首の角度を何度か変えて、そしてその度に口をひねって声にならない呻きを漏らした。
斑目は傘から雨粒を振り落としながらその様子をじっと見ていたが、無言に耐えかねて咲に尋ねた。
「あんさ…、どうかした?」
咲はひねった口元を緩めて、少し目を開いて言う。
「うん・・・、ちょっと・・。」
咲の表情に、斑目は徐々にに混乱から醒めていった。こういう顔の咲を見るのは、咲を泣かせてしまったあの一件以来だ。
「あー、んと・・。」
斑目は声の調子を整える。
「それって・・。」
「あのとき私なんか恵子に言ったのかなぁ・・・。」
斑目の言葉を遮って咲は言った。斑目は咲の言っている意味が分からない。
「いや、別にフツーだったと思うけど・・。よく覚えてないけどね・・・。」
「うん・・・。」
咲は俯いて黙ってしまった。斑目は少し体を屈めて咲をのぞき込んだ。
「・・・どーかした? 何かあった?」
固く閉じた咲の唇が躊躇いながらも開く。小さく息を吐いて、咲は話し始めた。
「昨日なんだけどね・・・。」
「うん・・。」
「けっこう久しぶりに恵子が部室に来たんだけど・・。」
「・・・。」
「最初はササヤンとか大野もいてワイワイいつも通りだったんだけどさ、恵子がなんか元気なかった気がしたんだよ・・。
そんで私、他の奴らが出てったあとに恵子に聞いてみてんだけどね・・・。」
斑目の体はビリビリと少しだけ震えた。
咲はそこで言葉を詰まらせる。促すように、斑目は相槌を打つ。その声も少し震えていた。
「うん・・・。」
「そしたら、アイツ急に私のこと褒めだしてさ、いろいろ・・・。そんでなんか・・、アイツ、急に泣き出したんだよね・・。」
斑目は目の前が真っ暗になった。
真っ暗になってしまって、濡れたつま先がひどく冷たかった。
体が内側にギリギリとねじ込まれるように痛くて、座り込んでしまいたかったが、膝がギプスを嵌めたみたいで動けない。
咲の顔も見えないし、声も聞こえなかった。
「コーサカにそれとなく訊いたんだけど、最近会ってないって言うし・・。ササヤンに言うわけにはいかないからさ・・。」
「・・・。」
「斑目は何か知らない? 私、恵子にヤなことしたかな? ・・・って言うかずっと、気付かないで何かやってたのかな・・?」
咲の声は雨に濡れたコンクリートと同じぐらい冷え冷えとして寂しげだったが、斑目の頭の中でその質問の答えはすぐに出て、咲の声もすぐに消えた。
斑目は言った。
「春日部さんのせいじゃないと思うよ。」
斑目の口調はきっぱりとしたものだったが、自分のせいとは言わなかった。斑目にそう言う自信はなかった。
斑目にあったのは、恵子が泣いたということと、自分にはそれを防ぐことや事前にその兆候を察知することが出来なかったことへの落胆だった。
自分という人間がどうしようもなくつまらなく思えて仕方がなかった。
「ごめん、わかんねぇ・・・。」
斑目はそう言ったきりで、あとは何かを台無しにしてしまったという思いが食欲も何もあらかた持っていってしまっていた。
軽く手を上げて、斑目は咲と別れた。咲は斑目に捉え所のない相談をしたことを謝ったが、斑目は無言だった。
上って来たばかりの階段を下っていく。一段下りるごとに食べる気にもならない昼食が斑目の腿を打つ。
ガラス戸を抜けて外に出る。雨音がして、やたらと静かだった。雨と昼時のせいか、人影はない。自分だけがぽつんとそこにいた。
「仕方ねぇ・・、仕方ねぇって・・。」
またいつものように呟く。咲を好きになってからずっとそうしてきた。そうやって誤魔化してきた。
いろいろな理由をつけて、いつもそう呟く。傷つくのを怖がって、傷ついているフリをする。
そういうことに慣れてしまっていた。
「斑目さん。」
驚いて振り向く。声をかけたのは荻上だった。
「あ、荻上さん。こんちわ。」
「久しぶりですね、部室に顔出すの。」
荻上は斑目の目を真っ直ぐに見据えていた。斑目はたじろいで目を逸らした。
荻上は言った。
「春日部先輩から聞きましたか? 恵子ちゃんのこと。」
斑目はドキリとしたが、愛想笑いで誤魔化した。ほとんど反射的にそうしていた。
「はは・・、まあね・・。ちょっとビックリしたね・・・。俺にはよくわからんけど・・。」
荻上の表情に目をやる。荻上は真っ直ぐに自分を見据えている。
少し光を宿した黒い瞳が刃のように爛々と光っていた。
「そうですか。」
荻上は短くそう言うと、背負ったリュックを下ろして中をガサゴソとまさぐった。
リュックから手を抜いたとき、荻上はグシャグシャの包装紙に包まれた物を握っていた。
「どうぞ。」
荻上はそれを差し出す。
斑目は訳も分からずに受け取った。
「何、これ?」
荻上はまた斑目を見据えていた。
「昨日、恵子ちゃんがゴミ箱に捨ててました。部室に行ったら春日部先輩が事情を話してくれました。」
斑目は受け取った物にまじまじと見つめる。
包装紙は一度濡れて乾かしたようでシワくちゃだった。また包装自体もヘンテコに崩れていた。
「すいません。悪いと思ったんですが、中身を見ました。紳士物のネクタイです。」
斑目の背中に一瞬、熱いものが走った。
荻上は続ける。
「ウチでそういうネクタイをするのは、斑目さんだけですから。」
斑目は箱の感触を確かめる。ボール紙の箱も水を吸ったようで、ところどころ、握っただけで容易くへこんだ。
斑目は大事にその箱を握った。
「斑目さん。」
荻上は少し顔を上気させて言った。
「斑目さんは受けです! それも総受けです!」
「何言ってんの?」
「真面目な話ですっ!!!」
荻上は一喝した。
「メガネくんは受けが基本なんですっ!!!」
ますます上気させた顔で荻上は言う。顔を真っ赤にして筆を尖らせている。斑目は圧倒された。
「そういう意味で斑目さんは受けです!!」
「うん・・・。」
「でも、受けでも、恋愛には攻めなきゃいけないときもあるんですっ!!!」
荻上は一つ息をついた。
「ちゃんと恵子ちゃんの気持ち、わかってあげて下さい!」
そう言うと、荻上はまたひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。自分の言ったことの恥ずかしさに一層真っ赤に赤面していた。
斑目は自然と笑っていた。
「すいません。差し出がましいことを言いまして…。失礼します。」
「ちょっとごめん。」
斑目はすっきりとした顔をしていた。今度は斑目が荻上を真っ直ぐに見ていた。
「部室って誰かいる?」
「ええ…、大野先輩とか、高坂さんも、笹原さんもいますけど…。」
「そう…。」
斑目は大きく息を吸って、グッと体に力を込めた。
「んじゃ、俺、春日部さんに話あるから、部室の奴らがこっち来ないように見張っといて。」
荻上は目を白黒させている。予想外の展開になったことに困惑していた。
「?? はあ…、いいですけど…。いや、そうでねぐて、私が言いたかったのは恵子ちゃんを…。」
「いや、わかった。みなまで言うな。」
斑目は掌を広げて荻上を制すと、足取りも確かにサークル棟の中に引き返した。
荻上も引きずられるようについて行く。
「あんがと、荻上さん。」
「はい?」
「助かったわ。」
「! ならいいです…」
荻上は自分の心意気的なものは伝わったようなので大人しく部室に戻った。
荻上は思った。
自分と笹原とが付き合う契機になった合宿を企画してくれた恵子に、少しは恩返しができたのだろうか?
斑目は腹を決めて歩く。できるだけ早足で、決意が鈍らないうちに咲の前に行きたかった。
サークル棟の隅、咲はまだそこに居た。打ちっぱなしの冷たい壁に体をあずけている。
咲は驚いて壁から体を起こした。
「どしたの? なんか思い出した?」
期待するような咲の声を、斑目は曖昧な返事でいなして近づいていく。
「いや、まあ・・、さっきの話とは、関係ないんだけどさー・・。」
「あーそう・・。」
咲は明らかに気落ちしたふうで、一瞬怯みそうになる。でも、ここで逃げるわけにはいかない。
斑目は一回目を閉じてもう一度気合を入れた。
「あんさ・・・。いきなりこういうこというのも何なんだけど・・。」
「あに?」
「俺と付き合ってくんない?」
声も若干ヘンだったし、言葉を選ぶ余裕もなかったが、意外にすんなり言えたことに斑目は自分でも驚いていた。
でも、咲のが確実に驚いていた。目が点になっていた。
「・・・マジで?」
「うん・・・、マジ。」
咲は通路を見回した。
「や、ドッキリじゃないって・・。ほんとに、マジで。春日部さんのこと、す、好きだから、俺と付き合ってくれ。」
急に咲の顔が真っ赤に染まった。
「え、え? ちょっとまって。何でそうなるの? すごい、急なことでビックリしてんだけど・・。」
「ごめん・・。でも、俺、もうずっと春日部さんのこと好きだったんだよね・・。高坂いたし、言えんかったけど・・。」
斑目は照れながらもしっかりと咲の目を見ている。斑目の告白が冗談でも嘘でもないことが咲にも分かった。
それだけに咲は、斑目を見ることができないでいた。
「なんか・・・本気だっていうのは、わかった・・・。」
「それで・・?」
咲は言葉に詰まった。体中から汗が噴き出して、再び混乱が頭を支配した。
「えぇ〜、ちょっと・・・、なんか、今すごい、わけわかんないから・・。急かさないでよぉ〜。」
目をグルグルさせて、咲は頭を抱えた。なんでこんなことになったのかさっぱり分からなくて、とにかく焦って、
さっきまで寒かったはずなのに今はどうしようもなく暑かった。
(恵子の心配をしてたはずなのに、何でこんなことに? わかんない〜。全然わかんないィ〜。)
斑目は緊張の面持ちで自分を見ている。どうしよう。ますます焦る。
「春日部さん?」
「なにっ?!!!」
過剰なリアクションに斑目もビビった。
「いや、ごめんね・・・急で。」
「うん・・。今かなり驚いてる・・。」
それが偽らざる本音だった。
「でさ・・、俺と付き合ってくれるかな?」
攻めの斑目に咲きは困惑してしまう。らしくない、押しが強い。
「それは・・・、何て言うか・・。私にはコーサカいるし。コーサカのこと好きだし・・。」
「うん・・。」
「斑目はいいヤツだと思うし。一年のころは・・、まー、馬が合わなかったけど・・。世話にもなったしさ。迷惑もかけてフォローしてもらったりとか・・。」
咲は少し俯いて、丁寧に言葉を紡いだ。今までのことを思いこしながら。ケンカもしたり、マジでぶっ飛ばしたこともあったり。
助けたり、助けてもらったり。新人会員を追い出したり、火事を起こしたりで、迷惑をかけたりもした。コーサカとのことで相談に乗ってもらったことも何度もあった。
もしかして、その度に斑目は傷ついていたのかもしれない。それでも斑目はおくびにも出さずに相手をしてくれた。
振り返ると、現視研メンバーで一番言葉を交わしていたのは斑目だった。
突然の告白は、驚いたが嬉しくもあった。
でも、自分が好きなのはコーサカで、嘘はつけない。斑目の気持ちに応えることはできなかった。
咲は言葉を探す。今までの斑目との関係は失いたくなかった。
「斑目の気持ちは、けっこうっていうか・・、正直嬉しかったけど・・。私はコーサカと付き合ってて・・。」
「春日部さん・・。」
斑目は静かに、しかしはっきりとした口調で言った。
咲は斑目の顔を見た。
「フるならもっとはっきりフッてくんない? グチグチ言ってないで。」
「は???」
咲は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。それがどんな顔なのかは、永遠にわかるまいっ!
「え、今なんて?」
「うん、だからさ。気を使ってくれるのは嬉しいけど、ぶっちゃけ俺をフるわけでしょ?」
「あ〜…、そーですけど〜……。」
「ならもっとスッパリやって欲しいんだよ。何か、いい人だけど〜、みたいんじゃなくて。」
斑目は快活な笑顔を見せる。
咲はフツフツと怒りがこみ上げてきた。
「ちょっと待て〜〜〜!!! お前は私が好きなんだよな?」
「そうだよ。本気で好きだよ。もうずっと好きだったよ。」
「ならなんでそんな態度なんだ? やっとのことで告ったんだろ?」
「まー、やっぱり中々言えないよね。俺なんか春日部さんの眼中に無いのはわかってたからね。だから、今日まで言えなかったよ。フラれるの分かってたからね。」
「だったら何で告ったんだよっ!!!」
斑目は急に真顔に戻って、少し照れくさそうに顔を掻いた。
「告んねーとさ、終わりにできねーじゃん? 終わんねーと・・・、次いけないからさ。」
咲はハッとして、そして小さく息を吐いた。頭の中で漸く全てが一本でつながった。
(なーんだ・・。そゆことですか・・。)
咲はクスクスと自嘲を漏らして、斑目を少しだけ見直した。
「まったく、私もニブいなあ〜。」
「まあ、自分のことだと難しいだろうね〜。」
「それもあるけどさ。」
「??」
咲はおもむろに深呼吸して斑目の正面に立った。
「んじゃ、スパッといきますか。」
「お、おう!!!」
咲は斑目を目を見据える。斑目は顔を赤くし、唾を飲み込んだ。覚悟を決めて望んだ斑目だったが、いざとなると流石に緊張した。
「私はコーサカと付き合ってるし、コーサカが好きだ。だから斑目とは付き合えない。悪い。」
その言葉は、やっぱりちょっとだけショックだったが、中途半端にフラれるよりは何倍もマシだった。
自分の積年に渡る思いが、見事なぐらいバラバラに砕け散って、言えずに悩んでいた情けない自分がいとおしい思えた。
咲を好きだった時間が無駄になったとは斑目は思えなかった。
「ははは・・、あんがと。こっちこそ悪かったデスヨ。」
斑目は照れ臭くて笑った。咲も同じだった。自分たちのやっていることが、青春マンガみたいで、妙に気恥ずかしかった。
でも気分は、スッキリとしていた。
「んじゃ、会社戻るわ。」
斑目は階段に向かって歩き出そうとして、咲が声をかけた。
「恵子のこと、頼むよ。次泣かせたらツッコミじゃ済まないからね。」
斑目は苦笑して振り返った。
「その手は食わないよ〜。俺も成長したかんネ。」
咲のカマ掛けを見破ったまでは上々であったが、斑目の顔はいつにもまして赤かった。メガネが曇りそうなほどだった。
「ま、ならダイジョブだね。」
苦笑いを残して斑目は階下に消えていった。
部室へ向かう咲の足取りは軽かった。
「んじゃ行ってくる。」
恵子はそう言って、兄のサンダルを履いた。傍らには可愛らしいブーツがくたくたになって倒れている。
「いってらっしゃーーい。」
笹原はやや疲れた笑顔で恵子を送り出した。
恵子はそれを一目見てから、ドアノブに引っ掛けてあったビニ傘を取って部屋を出た。
外はまだ雨が降っている。
部屋を出て、忘れていた雨音に気付いた。昨日からずっと恵子は外に出ていなかった。
ビニ傘を開いて、雨の中に踏み出す。道に人影はなかった。
「つめて・・。」
恵子はそうこぼした。古い舗装路にはたくさんの水溜りが出来ていて、どれも恵子を罠にかけようと待ち構えている。
外灯に照らせれて白く光っては、サンダルを引っ掛けた恵子の素足を濡らした。
路上に駐車された車の横を通り過ぎる。黒く磨かれたミニバンの車体。窓ガラスに映った自分の姿に恵子は目をやった。
笹原から借りたジャージの上下に、後ろで結んだだけの髪。寝過ぎたせいか、泣き腫らしたせいか、顔はムクんでいる。
何の飾り気もない。化粧もしていなかった。ちっとも可愛くもキレイでもない自分がいた。
「きっつー・・・。」
そう言って、恵子は自嘲した。
(こりゃ、だめだわ・・・。)
恵子は携帯を取り出した。10時を回っていた。恵子はまた、ケンケンパでもするように雨の道を歩き出す。
近所のコンビニについて、500mlのペットボトルを何本かとスナック菓子、それとハーゲンダッツのアイスを2つカゴに放り込む。
剥き出しの千円札をポケットから出し、お釣のバラ銭をまたポケットに流し込んでコンビニを出た。
そこには思いがけない人が待っていた。
傘を差して、少し汗をかいた斑目がひどく驚いた顔をして自動ドアの前に立っていた。
昨日あれから、恵子は笹原の家に転がりこんだ。実家に帰る気力は残っていなかった。
その時にはもう涙は乾いていたし、化粧も直していたが、笹原は何か感づいてたようで、まだるっこしいやり方であれこれ詮索した。
恵子はそんなの全部無視して、さっさとシャワーを浴びてベッドに入った。笹原に少し悪いと思ったが、他にやりようもないと思った。
布団の中で、いろいろのことが脳裏をよぎったけれど、ひたすら考えないようにしていた。でも、出来るわけが無い。
斑目の顔も、咲の顔も、自分が口走ったことも、どれも苦痛を強いた。
捨ててしまったあのプレゼントのこと。
今頃、雨でずぶ濡れになって、その上からもゴミが放り込まれて、クズカゴの中でぐちゃぐちゃになってしまうのだと思うと、胸が潰れそうになった。
嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえた。瞼の隙間からまた涙が沁み出して、恵子は笹原に悟られないように寝巻きの袖で拭った。
気がついたら朝になっていた。
夢も何も見なかった。雨の音がしていて、まだ昨日にいるような気がした。
実際、恵子の気持ちはまだ昨日にいた。笹原が出ていった後もずっと部屋にいて、お腹も空かなかった。何度か眠って、また夜が来ただけのことだった。
半ば癖のように起きぬけに恵子は携帯をチェックする。
メールが2件。発信者は斑目だ。1件目のメールは、もう何時間も恵子が見てくれるのをじっと待っていた。
今日会えないかな?というだけの内容で、それだけなのに恵子の頭はぐちゃぐちゃになった。
会えないし、会うのが怖かった。会ったとしてもまたツッケンドンに振舞ってしまう気がする。
会いたいと言ってくれたことが嬉しかったが、同じくらい嫌われるのが怖かった。
今まで男と会うときにしきたように可愛くなりたいのに、斑目の前では上手くできない。どうしてなんだろう。
そのことを考えるのも、また同じくらい怖かった。
2件目のメールは見ないで、恵子はまた布団に潜った。
今度は眠ることができないで、ずっと布団の中で叱られた子供みたいに小さくうずくまっていた。
笹原がその内帰ってきて、そうそうに風呂に入ると何も言わずに本を読んでいた。
何度も恵子の携帯がブルブルと震えて、恵子がそれを無視していても、笹原は何にも言わないでいた。
「恵子、ちょっとコンビニ行ってきてくんない?」
それ今日初めて聞いた兄の言葉だった。トイレから出てきた恵子に藪から棒にそう言った。
「は? なんでよ。ヤダよ。」
恵子はそう言い返してさっさとベッドに戻ろうとした。ベッドの上に笹原は陣取った。
「頼むよ。俺、風呂入っちゃったから。風邪引いたらヤじゃん。」
ハンテンを羽織った笹原が情けなさそうに手を合わせる。恵子は戻る場所を失って突っ立っていた。
「自分で行けよ!」
恵子は無理矢理ベッドに押し入ろうとしたが、笹原も必死に抵抗したため敢え無くはね返される。
「いいだろー。泊めてやってタダ飯食わせてやってんだから! 行けよ! ほら、金やるから!」
ジャージのポケットに千円札を突っ込んで、あくまで笹原は譲ろうとしない。
珍しく意に沿わない兄の行動に面食らいつつも、面倒臭さが先に立って恵子はしぶしぶ折れた。
「何買ってくりゃいいの?」
「えーと、飲み物とか、菓子とか。適当に。」
散々粘って買いに行けせるわりには、随分ボンヤリとしたオーダーだ。
「んじゃ行ってくる。」
「いってらっしゃーーい。」
ドアが閉まったのを確認して、笹原は携帯から電話した。電話の向こうの声が訊く。
「おー、どうなった?」
「あ、うん、今行かせた。」
「おーおー、お疲れー。助かったよー。で、恵子に電話とか着てた?」
「うん、ずげーメール着てたよ。春日部さんが言った通り。」
「あ〜ん、それはますますよかった。あんがとあんがと。そんじゃねー。」
「あ、まだ教えてくんないわけね…。」
「はは、ササヤンにはまだ秘密だなー。」
「いったい何が起こってるのかサッパリなんだけど・・。」
「まー、カワイイ妹分への手助けと、せめてもの罪滅ぼしだよ。明日には話せるようになると思うから。今日は勘弁しといて。」
「?? まあ、いいよ…。そんじゃねー。」
携帯を置いた笹原は、まんじりともせず、恵子にいない隙に同人誌を読もうと思ったが、見つかったらハズイのでやめた。
咲は携帯をたたむと、傍らの大野に目をやった。
「そんじゃ、次はこっちだね。」
「うふふ………。」
促された大野が怪しく笑う。隣にいた田中は引きつった苦笑いを浮かべている
「まったくぅ〜〜〜、困った人たちですねぇ〜〜〜〜〜、うふふ〜…。」
大野の目はますます怪しく光った。
斑目はもう何時間も携帯と睨みあっていた。
会社が終わってから何度も恵子の携帯へメールを送っていたが1件も返信はない。電話をしても、何コールしても恵子は出てくれなかった。
気ばかり焦って、つい近所をブラブラしたり、部屋を妙に片付けてしまったり。気がつけばスーツを脱ぐのも忘れていた。
斑目はどうしても今日中に恵子に会いたかった。
机の上のクシャクシャのプレゼントを、斑目は見る。
これを受け取った瞬間、頭の中で何かが弾けて躊躇い続けていた一歩を踏み出すことができた。
咲に告白し、ケリをつけることができた。
(今日! 今日言うっ!)
斑目は強く思う。
あの後、部室から会社に戻っていつもの業務をこなした。体は感じたことのない興奮と高揚感でいっぱいだが、目の前にあるのはいつものディスプレイ、いつもの業務。
時間が経って興奮が治まってくると、たちまち不安がそろりそろりと近寄ってきた。
本当に言えるか? 春日部さんに告るのだって何年もかかったのに。言ったとしても上手くいくものなのか? ただの一人相撲かも。
いつまで経っても返ってこないメールを待っていると、絶望的な思いにかられる。いつものように諦めそうになる。
どうしていいか分からないのに、じっとしていらない。堪らなく歯痒い。
斑目は声を押し殺して、ベッドに拳を打ちつけた。
(くそー。苦しいなー。恋ってこんな苦しいんだなー・・・。逃げてーよ。じっさい、今まで何だかんだ逃げ回ってたけどな・・・。情けねーよな、ホント。)
斑目は自然と今までの自分を思い起こしていた。
中学、高校と恋愛とは無縁に過ごしてきた。ああいうのは顔がいいか、スポーツができるが、話が面白くてノリのいいヤツができるものだと思っていた。
自分のようなオタクとは関係の無いもの。勉強して、アニメ見て、マンガを読んでいた。
大学に入って、咲に会って、人を好きになることが分かっても、結局は変わらない。ハナから諦めていた。
針のムシロとかいって、傷ついているフリをしていただけだ。本当は、相手が自分を何とも思っていないと、突きつけられるのが怖かっただけ。
どうしようもないヤツだ。
斑目はまた、今日しかないと思った。今日何もしなけりゃ、いよいよ救いようの無い馬鹿だ。もう咲には全部言ってしまったのだ。もう始めてしまったことなんだ。
不意に、斑目の携帯が鳴った。驚きながらも慌てて手に取る。
「おー、斑目。いまどこだ?」
田中だった。怒りがこみ上げた。
「家だよ!!」
田中は一瞬言葉に詰まったようだが話を続けた。
「今日ちょっとさ、面白いもんが手に入ったんで笹原んちの近くに来てんだけど。斑目も来いよ。」
斑目は怒髪天を衝いた。こっちがこんなに苦しんでのに、呑気なこと言いやがって。
「わり! 今日ちょっとダメだわ。また今度にしてくれ!」
早く電話を切りたい。もしかしたら、今この瞬間に恵子がコールしているかもしれないのだ。
しかし田中の野郎がヤケに粘りやがる。
「いや〜、来いって。借り物だから明日には返さなきゃいけないんだよ…。10分で済むから来いよ。」
「いや、今日はホントマジでダメだわ。切るぞ!」
「いや来いって!!」
いきなり田中のテンションが上がって、斑目はビックリした。
「ホントにすぐ済むから! …………うん。え〜と…、みんな来るし…。あ〜と…、なんか、笹原の妹もいるみたいなんだけどね…。」
なにっ!!!!
斑目の目の色が変わった。そして態度も変わった。
「あ〜そ〜か〜…。う〜ん〜…。10分で済むの?」
「そう…。すぐ済むから…。それ見たら、俺らはソッコー帰るし…。な?」
「ほほ〜!!」
「…………どう?」
「ま〜…、そういうことなら行くよ。笹原んちでいいのな?」
「いや、まだ駅に着いたとこだからさ。笹原んちの近くのコンビニで買出ししてからいくから。そこで合流ってことでOK?」
「りょーかい。コンビニな、わかったわかった。」
携帯を切って深呼吸をする。後の動きは早かった。30秒後にはもう家を飛び出していた。
「やばかったね…。でも何とかOKでした…。」
少しやつれた田中。
カンペを持った咲と大野が冷や汗を拭った。
「ふ〜、ほんと手間のかかるヤツらだな〜。せっかく助けてやってんのに…。」
「お疲れ様でした〜、田中さん。グッジョブですっ!!」
「いやぁ〜…、慣れないことするもんじゃないね…。疲れましたよ…。」
「ま、後はアイツら次第だね。」
そう言うと、咲は缶ビールの栓を開けた。
斑目は自分の目を疑ったし、またこの恐ろしい偶然に声も無かった。
大急ぎで(比較的近所とはいえ)笹原宅の最寄のコンビニにやって来て、田中が外にいないことはすぐに分かった。
少し呼吸を整えて、いざ店内を探そうとした矢先、一番会いたかった人がそこにいた。
恵子はパンパンに膨れたレジ袋を提げて立っていた。買った量に比べて、明らかに袋が小さかった。
ジャージの上下に、ポニーテールを思わせる結った髪で、レジ袋がビニ傘から滴る雫に濡れないように気を使いながら、傘を広げている。
広がった傘が雨を弾いた瞬間、二人の目が合った。
店内の明るい照明のせいで、恵子の顔がよく見えた。化粧も何もなくて、目の周りと鼻が少し紅かった。
ほんの一瞬の沈黙が、斑目の背中を押した。
「こんばんわ・・。」
「・・こんばんわ。」
恵子は顔を隠したくて傘を深く傾ける。斑目は腰を屈めて、傘の中の恵子を覗き込む。斑目は言った。
「メール・・、読んだ?」
言った傍から、返答を想像して怖くなる。斑目は初めて見る口紅を引いていない恵子の口元を見つめた。
「ごめん。見てない。・・・寝てたからさ。」
寝てたからと、もう一度恵子は付け足した。自分の気持ちを隠したかったが、上手くできない。
透明なビニール傘で顔を隠すように、それは多少屈折して斑目に映っているのだろうと思った。
「ちょっとさ・・・。話せるかな? 荷物持つよ。」
斑目が半ば強引にレジ袋を取った。恵子はその力がとても強かったのに驚いた。痩せっぽちでいつも愛想良く笑っているか困ったような顔を
していることのが多い斑目が、その時は真剣な表情をしていた。
恵子は、「あんがと・・。」というのやっとだった。
雨の道を二人で歩いてく。
斑目は傘を持った手にレジ袋を引っ掛けている。
恵子は水溜りを言い訳にして努めて下ばかり見ていた。スッピンの顔を見られたくなかったし、斑目の顔を見れなかった。
斑目はズボンの裾をびちょびちょに濡らして、何故かスニーカーを履いていた。
斑目はビニール越しに俯く恵子を躊躇いがちに見ていた。頭の中で、今日何十回と繰り返したシミュレーションを思い出そうとするが、頭は真っ白だ。
笹原の家までの所要時間を逆算するだけでいっぱいいっぱいになる。
ええーい! ハナから経験値が低いのだ! 小賢しい計算などできるか!
「あのさ・・・。俺今日さ、春日部さんに告ったよ・・・。」
そう言うと、斑目は上を向いて顔の熱を発散した。恵子は俯いたままでいる。
「ふ〜ん・・・。んで・・?」
恵子は落ち着いた声で答えた。
(やっぱり・・。ねーさんなんだよなぁ・・・。)
そう思うと少し楽になれた。でも何だか、心の糸がプツンと切れた感じがした。体の奥にあった苦しさは薄れて、寂しさが残った。
「どうなったの?」
「フラれたよ。当たり前だけどさ。もー、思いっ切りフラれた!」
斑目は、まるで空に向かって喋っているよう言った。恵子は、地面に向かって喋っているように言った。
「それはそれは。ごしゅーしょーさま・・・。」
「でも、良んだよ。・・・むしろ、フラれるために告白したようなもんだからさ。」
斑目は、それは恵子に向かって言っていた。
「なんつーか・・・、ちゃんと区切りつけたかったつーかさ・・・。またオタク臭いって思うかもしんないけど。俺・・・、恵子ちゃんが、好きだからさ。」
最後の言葉だけはハッキリと胸を張って言い切りたかった。そして、それができた事が斑目は少し誇らしかった。
恵子の傘が跳ねるように揺れて、足が止まった。
「・・・やめてよ。・・・ウソでしょ?」
恵子の声は雨よりも冷たい響きがした。
斑目の顔に、またいつもの愛想笑いが浮かびそうになる。冗談めかして誤魔化してしまいそうになる。
でも斑目はそれを奥歯で噛み潰して、恵子を見続ける。
「本気だよ。・・・なんか、春日部さんに告ったとか言った後で・・・、すげー・・嘘臭く聞こえるかもしんないけど。俺ホントに、恵子ちゃんのことが好きなんだよ。」
斑目は自分の言葉に篭った熱で、体中が熱くなった。
恵子は俯いたまま、涙が頬を伝った。それが嬉し涙なのか、違うのか自分でも分からない。気がつくと言葉が勝手に溢れ出していた。
「・・・なんで? アタシ・・、ねーさんみたいにキレイじゃないし、カッコよくもないし・・・。バカだし。
この前だって、斑目に、オタク臭いととか、酷いこと言っちゃって・・。ぜんぜんカワイくないじゃん・・・。」
泣き声が漏れそうになって、恵子は両手で口を塞いだ。傘が落ちて、独楽のようにくるくると回った。
斑目は傘を恵子の上に差し出す。涙をこらえている恵子を、斑目はどうしようもなく愛しいと思った。
「んなことないよ。・・・すげーかわいいと、思うし。なんか改めて言うとハズイけど・・・。それにさ・・・。」
そして頬を掻きながら斑目は言った。
「俺、いつもそうなんだよな・・・。オタク趣味も、春日部さんも、気が付いたら好きになってて。恵子ちゃんも、気が付いたらそう思ってたんだ。
気付いたときには、もう自分でもどうにもなんないくらい好きになってんだよ・・・。」
恵子はそう言われて、自分が流しているのは嬉し涙なんだと思った。
今まで好きになった相手には、どれも理由があった。顔が良かったり、ファッションがイケてたり。音楽をやってるのがカッコ良かったり。
みんなが好きだと言うから好きになったこともあった。
でも、今度は理由が分からない。顔が特別好みなわけではないし、頼りがいあるとも言えない。オタクだとも思った。
優しいとは思うけど、これまでの自分なら物足りないと思っていたはずだ。理由が分からないかった。
だからこんなに好きだと認めるのが怖くて、苦しかったんだ。初めて何の理由もなくて、人を好きになったから。
「恵子ちゃん・・・俺じゃダメかな?」
不安げな斑目の声。恵子は咄嗟に斑目に抱きついた。
「ダメじゃないよ。アタシも斑目が好きだよ。」
恵子の涙が斑目のYシャツにシミを作った。それは雨と同じ水とは思えないくらい熱く、斑目には感じられた。
斑目は突然全身に溢れた恵子の温もりに、抱き寄せてあげることもできずに突っ立っていた。
体に力が入らなくて、倒れてしまいそうで、少し泣いてしまった。
そしてそれから暫くして、斑目は漸く恵子を抱きしめた。恵子の体は驚くほど柔らかくて温かかった。
傘が二人の上に覆い被さって、二人に時間が経つのを忘れさせていた。
「手ぇつないでいい?」
斑目は恥ずかしそうにそう言って、恵子も恥ずかしそうに頷いた。
手が雨に濡れないように、恵子は斑目の傘の中に入って、二人はまた歩き出した。
行き先は斑目の家に変わっていた。
そして斑目は、肩から提げたカバンに手を突っ込むと、シワくちゃの包装紙に包まれた物を取り出した。
それが目に飛び込んだ瞬間、恵子は慌てて斑目の手から引っ手繰った。
斑目の口から、あっ、っという音が漏れた。
「なんで持ってんの!!」
恵子はそれを両腕で抱えて覆い隠した。顔は真っ赤になっていた。
「うん・・・。今日、荻上さんからもらったんだよ・・・。恵子ちゃんが捨ててたって・・・。」
恵子は恥ずかしさで気が遠くなった。
プレゼントを買ったことも、渡せずに捨ててしまったことも、恵子にとっては知られたくない秘密だった。
恵子は斑目の足を見る。顔を上げられないから。そうやって斑目の次の言葉を待つ。
「それさ、まだ、中見てないんだけど・・。いいんだよね・・? 俺がもらっちゃって・・・。」
恵子の口元にほんの少しの笑みが滲んだ。
「当たり前だろっ!」
恵子は前を向いたまま、プレゼントを差し出す。仏頂面で恥ずかしさを誤魔化しながら。
斑目に笑顔が零れた。
「ありがと。大事にする。」
斑目は再び包装紙が雨で濡れてしまわないように、それをカバンの中にしまった。
「一生大事にしろっ! 家宝にしろっ!」
恵子は離してしまった斑目の手をまた握る。前よりも強く、しっかりと。そしていたずらっぽく笑うのだ。
斑目のために、誰よりもかわいく。
Fin
>斑恵物語-終-
完結お疲れ様でした。
ここ数日続きを待ちに待っておりました。
>「手ぇつないでいい?」
と
>「一生大事にしろっ! 家宝にしろっ!」
は読んでいて頬のにやけが止まりませんでした。
この話を家宝にせねば^^
俺が一番はじめに言えることに誇りを持ってGJ!!!
orz
…ちがうジャン
>斑恵最終回
読了。
えがった〜。
長編本当におつかれさまでした。
雨の情景とシンクロして揺れる恵子や斑目の心情がたまらんですね。
「斑目さんは受けです! それも総受けです!」 と、“あえてフラレルために告る”斑目と咲のやりとりは最高でした。
原作の斑目も幸せになれますように……。
126 :
マロン名無しさん:2006/03/10(金) 03:15:52 ID:g8ptc4Ic
>>斑恵物語・終
長編乙でした。GJ!
斑目を幸せにする展開に、ありがとうと言いたい。
ワシは「卒業式シリーズ」書いた物ですが、斑目をヘコませて終わってしまったので。
「失恋しても、それで斑目が成長できるなら…」と思い書いたのですが、
書いたあとで、ハッピーエンドにできなかったことに後悔しました。
斑恵物語・終では、斑目と恵子の心の成長を書きながら、特に斑目がたくましくなっていく姿に胸打たれる。
恵子が「初めて理由がなく人を好きになった」という事実に気づくことができたことに嬉しくなる。
そして情景がはっきりと浮かぶような雨の様子。
本当に面白かったです。
あーーーー!!こんなに面白い話読んだら、また書きたくなってきたよ!!
今度はワシも斑目を幸せにしたい!斑目の相手は、あえて!!あの人で…!
>斑恵物語・終
凄く良かったです。乙です!
>「フるならもっとはっきりフッてくんない? グチグチ言ってないで。」
>「は???」
こんなに前向きな失恋はなかなかできるもんじゃない!
咲に告白してふられる場面は、斑目の恋(対咲)の終焉としては最高の形じゃないかなぁ。
斑目珍しく“攻め”の姿勢に転じてるしw
さあ木尾タン、原作期待してまっせw
>>126斑目の相手は、あえて!!あの人で…!
ささはら…?
>>斑恵物語・終
先ずはひと通り読んで、地の文の細かい人やな〜と感心した。
まあ俺もその点では人のこと言えない(俺の場合は説明や状況設定が過剰)が、情景の説明と描写にすげー気合い入れてるのが分かる。
その結果、割合としては台詞は少ないものの、その代わりにひとつひとつの台詞が妙に印象に残る。
(「斑目さんは受けです!」とか)
久々に力入れてこう言わせてもらいます。
GJ!と。
130 :
125:2006/03/10(金) 12:53:25 ID:???
125です。
ほんといい作品が続出してますね。
昨夜も遅くまで読みふけってしまいました。
ワタクシも刺激を受けて、「オタクはつらいよ」の新しいのを考える一方で、ボチボチ書いてた長い話を、今晩あたり投下しようと思ってました。
思っていたんです……。
最新のデータ、消しちゃいました(涙
あまりに腹立たしいので、生意気にも予告編だけ置いて行きます。復旧作業を行って、明日あたりの投下だと思います。
本当のスレ汚しになってしまってスミマセン。
ごめんなさい。
予告編 ※BGM:ガクト(嘘)
(カミーユ調で)「モマイら待てよー!そんなにSSを読ませるから、斑目を見るだけで…プゲラwww」
邪道SSの正統なる続編、望まれもしないのに登場!!
時間の歪みによって現視研に“解散”の危機が迫る!!
「Zせんこくげんしけん/オタの鼓動は萌」
132 :
マロン名無しさん:2006/03/10(金) 16:09:18 ID:g8ptc4Ic
>>128 ノーマルカップリング、とだけ言っておきましょう。フフフ
ワシはシリアスな801は書いたことないので。
>>125-126 データが消えたんですか、あわわ(汗)
復旧作業頑張って下さい。
さて。キタキター!!せんこくげんしけんの続編!!
むしろ望んでいましたよ!!早く読みたいです!
せんこくさんのSSの大ファンが、ココニイル。
133 :
132:2006/03/10(金) 16:12:18 ID:g8ptc4Ic
斑恵物語キター!!!
続きが気になって気になって仕方なかったので、かなり嬉しいです。
しかもやっぱり面白いし。
最高です。
あと読んでると漫画にしたくなりますね。
場面変換とか絶妙すぎて1ページだと足らないから、複数ページで。
なぜ俺はこんな所(会社)にいる!(←斑目口調でw)
ちょっと実験的な作品ですが。朽木が壊れてます。ファンの方はご注意を。
朽木の朝は早い。
5時にセットされた目覚ましがなるちょうど一分前、布団から伸びた手が目覚ましを止める。
「フフ、今日も勝った」
呟きながら布団から這い出る。全裸だ。彼は寝る時には何も身に付けない主義なのだ。
「さすがに家でだけだにょー」
うるさい、さっさと服をきろ。野郎の裸なんか見たかねえんだ。
「はいですにょー」
洗いざらしのシャツ。使い古したジーパン。別に彼は好き好んで着ているわけではない。
以前自分の好みで服を選んだら、周りに「やめてくれ」と拝み倒されたからだ。
それ以来彼はずっと同じスタイルでいる。彼は寛容で律儀なのだ。
次に朝食の準備をする。
今日の献立は、ご飯と味噌汁、めざしと焼き海苔だ。
彼はこだわりの人間なのだ。
手際よく準備し、食卓へ向かう。
「いただきます」
手を合わせる。結構礼儀正しい。作法も守っている。
「今はなき祖父母のおかげだにょー」
共に健在だ。勝手に殺すな。
食べ終わるとこれも手際よく片付け、食後の茶をすする。まったり。穏やかな時が流れる。
テレビはめったに付けない。彼は静寂を好むのだ。
茶道具を片付け、昨夜のうちに完璧に用意されたバッグを掴む。
外に出て玄関に鍵をかけ、バッグを背負うと玄関に向かって敬礼する。
「いってまいります!」
やめろ。
教室へむかう。スキップする。影踏みをする。石蹴りをする。歩道のタイルを一枚おきに歩いてみる。
普通に歩けよ。
たっぷりと余裕を持って家を出て、完全に遅刻する。
「すみません先生!遅くなりました!」
大声で乱入。
「朽木か、さっさと席につけ」
呆れ顔で担任が促す。理由など聞かない。以前それをやって授業を丸々つぶされた事があるのだ。
これで成績が悪ければ放り出すのだが、良いからたちが悪い。
真面目に授業を受ける。ふと窓の外を見る。青い空、白い雲。小鳥がさえずり、世はなべて事もなし。あまりの陽気に鼻歌の一つも歌おうとして、
「朽木!!」
止められた。
「すみませんでしたぁ!」
立ち上がって大声で謝罪する。深深とお辞儀。担任のため息。授業再開。
その後は特に何もなく授業が終わる。
「大変だったにょー」
お前が言うな。
昼食は気分で決める。コーヒー一杯で済ませることもあれば、コンビニで弁当を買うこともある。
今日はコンビニの牛丼のようだ。
握り箸でかっこむ。おい、祖父母の教えはどうした。
「TPOというやつだにょー」
ああ、そうかい。
ペットボトルのお茶を飲んでくつろぐ。基本的に食事は一人でとる。そばに誰かいると食べられないのだ。彼もそばにいる人も。
「複数での食事では会話は重要な要素なのですにょー」
食事を邪魔するほど喋ってどうする。
「よう」
「おーう沢崎クン、ひさしぶりー!」
「さっき会ったろが」
朽木の友達は少ない。彼の突拍子もない行動を受け入れられる人は多くないからだ。特に女性は皆無といっていい。それは「女性の前だとあがってしまうからだにょー」
勝手に喋るな。とにかくそんな理由で奇行が三割増になるせいだ。
ちなみに沢崎による彼の評価はというと、
「朽木?付き合い方さえわかれば悪い奴じゃないよ」
だそうだ。
喋る、喋る、喋る。ゲームの話、マンガの話、アニメの話。あっち飛びこっち飛び取り留めなく延々と。
沢崎は適当に相槌を打つ。疲れませんか?
「こういう奴だから」
寛大ですな。
沢崎と別れ、現視研の部室に向かう。鼻歌など歌いながら。ごきげんだね、クッチー。
扉を開けると荻上一人。
「あ、オギチンだ。一人?」
懲りないなお前。
今回は舌打ちはない。代わりに片方の眉が少し動いただけだ。
遠慮なく中に入り、バッグをおき、エロ同人誌に手を伸ばす。あんた漢だよ。
エロ同人誌を読んでいると、荻上の方から何やら怨念じみたものが押し寄せてくる。
気付けよ。察しろ。荻上の眉の角度がだんだんきつくなってるぞ。
朽木がエロ同人誌から顔をあげる。荻上を見る。荻上は微笑んでいる。目は笑ってないが。
荻上は微笑んでいる。
荻上は微笑んでいる。
荻上は微笑んでいる。
「ちょ、ちょっと用事を思い出したので今日は帰りマスネ」
朽木はにげだした。
「なんでかにょー、あのままあそこにいると殺されそうな気がしたにょー」
正解だ。いまごろは笹原とラブラブ空間でも作っている事だろう。
部室を出たはいいが、まだ日は高いので、本屋に向かう。
店員に睨まれながら立ち読みする。ブツブツ言いながら読まないでくれよ…
もっとも彼は本を汚したり傷つけたりはしない。彼は仁義を知っているのだ。
本屋を出て、ゲーセンに入る。相変わらずへたくそだ。
「なんでかにょー?、なんで勝てないかにょー?」
相手の動きを見ろ。自分ばっか見てんじゃねーよ。ほら返された。あ、いまのフィニッシュかっこいいな。
結局さんざんにやられて家路に向かう。
帰宅途中でスーパーに寄る。両手に袋。片方は食材だがもう片方は酒だ。
彼は結構な酒飲みだ。
自宅につくと荷物を降ろし、食材を冷蔵庫にしまう。冷やす必要のある酒も同様に。
一息ついたら明日の授業の準備を念入りにする。
彼は準備を怠らない人間なのだ。準備した事を忘れたとしても。
風呂を沸かす。台所に立ちつまみを作る。
酒を用意してテレビの前に座れば準備完了。
ビデオ鑑賞しながら酒を飲む。飲む。飲む。どんどんテンションが高くなる。
歌い出す。踊りだす。叫びだす。ノリはほとんど原始宗教。
あー、これ以上騒ぐと…ほら、隣の住人が壁を蹴ってる。上の住人もご立腹のようだぞ。すごい足音だ。一応防音なんだけどなこの部屋。
酒が切れると騒ぎがぴたっと収まる。彼はぼんやりとしている。電池でも切れたか?
おもむろに立ち上がると風呂場へ向かう。着物を洗濯機に突っ込むと、頭を洗い体を洗い火傷するほど熱い湯につかって汗を流す。所要時間5分。カラスもビックリだ。
体を拭き、髪を乾かすと裸でふらふらとベッドにもぐりこむ。布団から手だけだして目覚ましをセットすると…寝てしまった。いや、まだだ。もう一度布団から手が出てリモコンのボタンを押す。部屋の明かりが消える。手が引っ込む。
今度こそお休みなさい。
また明日。
…ところで「にょー」というのは何なんです?
「キャラ作りの一環ですにょー」
やめたら?ウザいし。
「やだにょー」
以上です。
改めて原作を読んだら、「にゃー」とは言ってても「にょー」とは言ってないんですね。
朽沢か…
考えたこともなかったが、これはこれで…
>>140 5巻のおまけマンガ最終ページで言ってます
143 :
G:2006/03/10(金) 20:16:02 ID:???
中一日置いただけですごい過去レスに(汗)。
しかし感想ありがとうゴザイマス!!
>>62 一撃殺虫!ホイホイさん!
まだまだ笹荻ネタはいくつか抱えてますよ。
食傷気味になりそうなので書かずに置いてますけど。
>>63 ハチク○、読んでみたいですね。イニシャルDじゃなくて良かったです。
>>64 深い話やぶっ飛んだ話だけでなく、ぬるい話も需要が有るようでありがたいです。
>>65 いやむしろ実生活は………反動で!妄想で!!
>>歪んだ愛
小ネタ、今後ともよろしくです!最初から、読みながら笑えてしょうがなかったです。
>>斑恵物語-終-
ついに完結、お疲れ様です。
やー、斑目は幸せになるし、恵子には萌えるし、すごい傑作ですよね。
「スー×斑」を望みつつも、こんな恵子とならくっついて欲しいです。本編でも。
>>Zせんこくげんしけん
カミーユ調というより2ch語に爆笑。望んでます!待ってますよ!
しかし、ZZとか逆襲とかF91とかVとかGとか、いつまでも続いて欲しい気もw
>>朽木君の優雅な日常
ほんとに実験的ダァw 沢崎が出てくるとは!!
彼はまだまだ使えますね。
アニメ7話でも「うんこにょー」と言ってたはず。
>朽木君の優雅な日常
わははははははは!!!!!
い〜ね〜こういうまったりな日常。
ナレーター(?)との掛け合いも最高。
う〜〜〜〜、うれし〜〜〜!!!!!
皆様のお褒めの言葉、労いの言葉に顔がニヤケっぱなしです。
ありがとうございます。
長々と続いてしまった話に最後までお付き合い頂いて感謝です!!
>>122 うれしい!! 待っていて頂けるなんて! お待たせしてすいませんでした。
家宝なんて勿体無いお言葉。感激しております。
>>123-124 ありがとうございます。拙文ですが、楽しんで頂けて幸いです。
>>125 お付き合い頂いて感謝です。「せんこくげんしけん」の方だったのですね。
原作の設定を見事に消化した筋立て、お見事です。勉強になります。
荻上さんを活躍させられてよかった・・・。田中さんも。高坂君すまん・・・。
>>126 卒業式シリーズ大好きですよ。告白シーンと、コーサカへの不満を斑目にぶつけていたと
咲が話すところが特にいいです。斑目が今まで楽していたと述懐するシーンは参考にさせて
頂きました。申し訳ない。次回作を楽しみにしております。
>斑目の恵子の成長
ご指摘にハッとしました。特に意識していなかったのですが、気が付くと少し二人とも変わっていますね。
勝手にキャラが恋愛を通して成長していました。不思議です。
>>127 読んで頂いてありがとうございます。
きっちりケリをつけて恵子にアタックするのが斑目らしいんじゃないかと。やっぱり咲への思いを
なおざりにするのは男らしくないですから。それが斑目の良い所だと思います。
>>129 もうその辺は第三話の大失敗を反省した結果です。三話は淡々とした感じにしたかったのですが。
にんともかんとも・・・。今回は情景描写を面倒臭がらずにやりました。疲れましたけど。
ありがとうございました。
>>134 嬉しいのはこちらの方です! ありがとうございます。
途中、シリアス展開に耐えられずギャグを入れてしまいました。シリアスは疲れます・・・。
>>144 勿体無いお言葉、痛み入ります。ありがとうございます。
斑目先輩の幸せと、可愛い恵子をテーマに書き進めてまりましたので、嬉しい!!
書いていて感じたのですが、斑×恵はフツーのオタクとフツーの一般人の恋愛なのかなと
思いました。途中からそういうのも意識したのですが、十分に表現できませんでした。力不足です。
フツーのオタクとフツーの一般人の恋愛、原作でも有り得るのでは?と期待したいのですが・・・。
これまで4話に渡ってお付き合い頂いた方々に改めてお礼を言いたいです。
ありがとうございまいした。
また、すっとこさんに第一話の構成を拝借したことを改めてお詫び致します。
申し訳ありませんでした。
今回、いろいろな曲を聴きながら書いたのですが、
推敲のときには、くるりの『ロックロール』をエンドレスで聴きて行いました。
きっとコンビニに走る斑目の頭の中ではこの曲がかかっていはず!
別れの曲ですけど、勇気をもらえるいい曲です。
そして恵子と二人の帰り道ではこんな会話が・・・
恵「ねぇ、斑目。初めてするとき、コスプレしてあげよっか?」
斑「えー? いいよそんな・・・。」
恵「なんだよ〜。遠慮するなって!」
斑「いや、そーゆんじゃなくて・・・。アニメキャラより、恵子ちゃん自身と・・・したいからさ・・・。」
恵「ばか・・・。」
なんつって。
『ロックンロール』だろ・・・
そこ間違えるなんて・・・・
ダメだ俺・・・・orz
> 朽木君の優雅な日常
ひょっとして24Hリレーで朝っぱらの朽木のシチュを書かれた方?
キモい。
キモいというかショボイ。
「そこは流せ」
それじゃ「そこは流し」て、ちょっとエッチな笹荻などを一つ。
元ネタは本スレの「指チュパ」と絵板の「笹荻ビンタ」絵です。
157 :
笹荻:2006/03/11(土) 12:16:02 ID:???
笹原と荻上の交際は順調に進んでいる。
今日は荻上の部屋で「笹斑」の鑑賞会だ。
「う〜ん、相変わらずすごいねえ」
「そ、そうですか?」
「だって、このシーンなんか…あれ、これ何?」
原稿に挟まった一枚のメモ用紙。
片方は見慣れた強気笹原だが、もう片方は…女性?
大きくてきつい目。小さい体。凹凸少なめ。収まりの悪い髪の毛。
これって…
「あ!!」
荻上が慌てる。
「見ないで下さい見ないで下さい見ないでー!!」
「いてっ」
大慌てで奪い取る。握りつぶしてくずかごへ捨てる。
振り返ると笹原が自身の指先を見ている。血がにじんでいる。奪った時に切ってしまったようだ。
(大変だ笹原さんを傷つけてしまった血が痛そう手当てしないとどこにしまったっけああ血がこぼれるそうだ!)
パク。
笹原の指を咥える。
「おおお、荻上さん!?」
口に広がる血の味。
荻上の心に罪悪感が満ちる。
(ごめんなさいごめんなさい)
心の中で謝罪を続けながら傷口を優しく舐める。
意外と傷が深かったのか舐めた側から新たな血が湧き出る。
血の味のする唾を飲み込み、再び傷口を舐める。
158 :
笹荻:2006/03/11(土) 12:16:52 ID:???
笹原の頭の中は真っ白だ。
荻上さんが指を舐めている。目を伏せて一生懸命に。飲み込むたびに小さく動くのど。手にかかる息。指先に触れる暖かくて柔らかな…
それはさっきまで見ていたあのシーンを思い出させて。
強気スイッチ、オン。
指をゆっくりと引き抜く。まだわずかに血のにじむ指先で唇をなぞる。もう片方の手で荻上の顔を上向かせると、唇を奪う。舌を差し込む。荻上の目が大きく見開かれる。
かすかな血の味を感じながら荻上の口の中を蹂躙する。
右手は服の上から胸を触る。
左手で荻上の背中を支えながらソファに押し倒す。そのまま左手は腰を経て太ももへ。
笹原の唇は荻上のそれから離れ、うなじへと吸い付く。
「だめ、笹原さん…傷の手当てしないと…ん!…だめですって…やん!…だから、だめ、って・・・」
荻上の声を堪能しながら、笹原の手は荻上の服の下へと潜りこみ…
…その瞬間、荻上の中で何かが切れた。
右手で笹原を押し返す。左手を大きく振りかぶる。そして欲望で染まった笹原の横っ面を
ばっちーん!!
思いっきり張り飛ばした。
目をしばたかせる笹原。
その隙に笹原の下から抜け出す。服の乱れを直す。机の引出しからバンソーコーを取り出し、手際よく笹原の指先に巻きつける。
「はい!手当て終り!!」
手の甲を少し強めに叩く。
「まったく笹原さんは…」「ゴメンナサイ」
「まだ日も高いのに…」「ゴメンナサイ」
「ケダモノですね」「ホントーにゴメンナサイ」
平謝りする笹原。それを見ていた荻上は軽く吹き出す。
「もういいですよ」
「よかったー」
心底ほっとした様子の笹原。荻上は右手をあげ人差し指を立てると、胸を張って宣言する。
「えっちなのはいけないと思います!」
159 :
笹荻:2006/03/11(土) 12:18:12 ID:???
「「あはっはははは!」」
二人で笑い転げる。
仲良き事は美しき哉。
その夜。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふふ、指を舐められただけでここをこんなにして…
斑目さんは本当にいやらしいですね」
「そ、そんなこと…」
「おや、じゃあこれは何なんです?」
笹原の手が斑目のものをきつく握り締める。
「ち、違うんだ笹原、あ、あ、ああーーー!!」
斑目は苦痛と歓喜の声を上げる…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
荻上の部屋の明かりは早朝まで消えなかった…
以上です。
オチの受け斑目はどう見てもマゾラメです。ありがとうございました。
>>151 違う人です。
実は俺、リレーSSのクッチーの朝を書いた人です。
でも今回の人の方が上手いと思います。
>笹荻
完全に定着したな、荻ワープオチ。
もはや一時の本スレの「そこでクッチーが乱入して…」並みだな。
なんか思いついたネタでごりごり書いてたら、えらい長いもんに。
かなりのお目汚しかと思いますが、23レスほどお許しを。
ちなみに、笹荻・・・だと思います。
ふぃー、とネクタイを緩めながらコンビニの袋をぶら下げて、扉を開く。
何となくだがこの時、この扉を開け、部屋に入った時だけ、何時もの時間が流れている様に感じる。
「あ、こんちわ。」
「どもー。」
顔だけをこちらに向けて、言葉を投げ掛けてくる2人。
手元はカチカチとゲーム機のコントローラーを忙しなく操作しながら。
「あれ、笹原。久しぶりじゃん。」
ガサッと袋をテーブルの上に置きながら、近くにあるパイプ椅子を引いてくる。
座る瞬間にキィと軽やかな音を奏でるそれも、どこか気持ち良い。
「いやー、研修昨日で終わりまして。」
既に顔はテレビに向け、言葉だけをこちらに向ける。
隣で、必死にゲームで対抗しようとしている朽木は、奇声を上げるだけで一杯一杯の様子。
「んで、早速ここ来るわけね。」
「はは、斑目さんには何も言えない立場になってきてますね。」
背中からでもはっきりと解る、きっと今何時もの困った風な笑顔でいるんだろうと。
「で、どうよ。研修の方は?」
「いや、もー、緊張しまくりで。ぜんっぜん頭に入ってこないですよ。」
バシンッ!とテレビから大きめな打撃音が響き、グラマラスな女性の勝利画像が流れると同時に朽木から「にょ〜。」とどこか弱々しい声を上げ
がっくりと項垂れる。
そんな朽木にゲームのアドバイスを1つ2つ告げた後、椅子ごと移動し斑目とのお喋りを再開する。
「でも、まー、自分のやりたかったことですからね。楽しんでやります。」
椅子に凭れ掛かりながら、最近癖になっているのであろう、腕組みをし、どこか軽くなったと言わんばかりの笑顔。
そんな笹原がどこか眩しく、ついつい目を閉じてしまう。
「それが一番だな。」
袋から取り出したお握りに齧り付き、もごもごと口を動かす。
一心不乱に先ほど受けた笹原のアドバイスを試しながら話し掛けて来る朽木に、1つ1つ丁寧に返事を返す笹原。
それを見ながら、ふとある事を思い出し、2つ目のお握りに手を伸ばしながら疑問を投げ掛けた。
「それはそーと、荻上さんとはどう?」
こんなことを聞く時はどうしても慎重に言葉を選んでしまう。
まぁ、オタクだからとか言い訳をする訳じゃないが、はっきりと口にするのは恥ずかしいものなのだ。
「あ、それ私も聞きたいであります!」
「どう・・・って、研修中でしたしね。メールで何度か遣り取りしたぐらいですよ?」
「ふーん、そんなもん?」
「って、僕ちんに聞かれても困るであります。」
その遣り取りを見て、あはは、と笑う笹原。
どこか照れ臭そうにしているのは、見間違いではないだろう。
「ま、良いんじゃないの。そー言うのも。」
ペロッと親指に付いた米粒を舌で取り、何とも言えない心情に心が揺れる。
後輩のそれが羨ましくないわけじゃないが、またそれとは別の感情。
だが、それは不快なものじゃなくどこか気持ち良い。
そう、奇妙な感傷にも似た感覚に囚われながら、1つの足音がコチラへと近づくのが聞こえる。
「ういーっす。」
ピタリと足音が止んだと思えば、来訪者現る。
それは斑目にとって、変わらぬ眩しさを見せ付ける女性であった。
「お、ササヤン久しぶり。」
「久しぶり。今日は1人?」
「もうちょいしたら高坂も来るよ。」
斑目の前を横切り、適当に空いてる席へと座る。
それが余りにも自然すぎて、どこかもの悲しい。
「んで、アンタは何時も通りお食事?」
目線を斑目へと向け、ことさら少し嫌味を交えた笑みを浮かべコンビニの袋を指差しながら問う。
「まー、日課ですから。」
っそれに気付き、コチラもことさら見せ付ける様に最後の一切れを大袈裟に口を開けて放り込む。
さきほどよりも幾分、口の動きを大きくしながら。
「あ、僕チンは――」
「聞いてないし。」
ズーン、と背中に負のオーラを纏いながら椅子の上で三角座り。
そんな朽木を焦りながらも慰める笹原、そんな2人を見ながらにししと自然な笑みを零す咲。
らしくなってきた【げんしけん】がここにある。
なんて、馬鹿なこと考えてるな、と思いながら斑目はお茶をずずっと啜る。
「と・こ・ろ・で」
すすすっ、と自然に、極々自然に笹原へと歩み寄る咲。
「な、なに?」
こういう時の咲は良からぬことを考えているか良からぬことをするかの二択。
結局の所、自分に火の粉が降り注ぐのは避けられない現実だということがとても情けなく、怖いもの。
もちろんそれは当然のことであり、今回もガバッと笹原の首に腕を回し、少し強めに締め付けるようにしながら尋問を開始する。
「荻上とは、どんな感じなのかなー?」
『あ、やっぱりそこに行き着くわけね。』とズズッとお茶を啜り続けながら、細い目をして事の成り行きを見守る。
斑目だって自分に火の粉が降り注ぐのは、当然ながら嫌なのだから。
幾度となく聞かれた質問であるが、笹原も生真面目と言うか馬鹿正直と言うか、誤魔化すこともしないで丁寧に返事をする。
「いや、まぁ、普通・・・かな?普通の感覚が良く解らないけどね。」
首に腕を回されていることにそれほど驚きも無い様子。
それは咲が仲間としてこういうことをしてくれているというのが良く解っており、同時にとても嬉しいから。
「その『普通』の中身を教えて欲しいなー。」
「そこは個人のプライバシーに関わりますんで。」
苦笑気味に話す笹原。
そんな様子の彼を見て、「ちぇー」と面白く無さそうに反応するものの、内心笹原がどこか強くなったと感じた。
「なーんか、入りにくい雰囲気になっちゃいましたね〜。」
何時の間にか斑目の隣にまで移動していた朽木が、愚痴っぽく話し掛ける。
彼にとっては、奥底まで聞きたいという願望があるのだろうが、それが叶わないとなると話としてはついていけないものだ。
「まぁ、こーいうのもありじゃない?」
「もちっとオタクっぽい感じなのが僕ちんには合ってますにょー。」
「それって、ちょっとどころじゃないっしょ?」
ははは、と微笑する。
その刹那。
ガチャ!とまた扉が開く。
そこから現れたのは先ほどから話題として上げられる人、荻上本人。
扉側に位置していたこともあり朽木と斑目は瞬間的に荻上に先に目線を向けられる形となった。
だがそれは、意図したものでないにしろ、不機嫌さが際立つ彼女から、何時も以上に険しい目つきで睨まれているのと同意義。
2人は瞬時に挨拶を交わすことさえできなかった。
「こんちわ。」
冷や汗を掻きながら、2人も遅れながら挨拶を交わす。
不機嫌さが際立ち、険悪な目つきで睨まれたとあれば、どうにも縮こまってしまうのも致し方ないのかもしれない。
ガタタ、と椅子を引く音さえもどこか不機嫌。
近くに座られた斑目と朽木は『うひゃあ』と心の中だけで声を上げる。
その光景を見ながら、咲と笹原は呆けた表情でいる。
すっ、と今まで笹原の首に回していた腕を戻し、これをしていたことが不機嫌の原因かと一瞬思ったが、どう見てもここに来る前から荻上の状況は変わっていないはず。
瞬時にあれほどの目つきになれるわけがないと考えたからだ。
(ササヤン、あの子に何かした?)
ぼそぼそと小声で笹原だけに聞こえる様に囁く。
もちろん問われた笹原にも思い当たる節は無いから今、困惑の表情になっている。
(いや、何にもしてないと思うけど・・・・。)
鞄からノートと鉛筆を取り出し、何時ものように絵を描く。
だが、普段とは違い、彼女からはどうも話し掛け辛いオーラを纏いっている。それは、咲でさえ何か行動を起こすのに躊躇うほどに。
途端にぐっと沈黙の空気が部屋を包む。
各々がどうしたものかと頭を捻るが、何が正しい答えなのか解らないまま時間だけが過ぎて行く。
だが、その沈黙を破る男がいた。
コホン、と1つ咳払いが聞こえたと思えば、無理をして明るい雰囲気を出そうとしている朽木の声が響く。
「おぎち〜ん、何か今日は不機嫌、みたいな感じぃ〜?もしかして、あの日かにょ〜!?」
彼なりに頑張った方ではあるが、どうにもこうにもグダグダである。
笹原と斑目はがっくりと項垂れたように首を落とし、咲も朽木の頑張りを理解して罵声を浴びせたり、攻撃に転じたりすることはないが、目を瞑り苦笑する。
朽木自身も、この発言に関してはかなりの博打要素を含んでいることは重々承知している。
が、これにより良くも悪くも何らかのアクションが彼女からあるはず。
それを残りのメンバーが上手く掬い上げれば、劣勢から優勢に持ち込めると思ったのである。
が、しかし。
実際は、そんな生易しいものではなく、否、彼女の行動からすれば易しいものではある。
じっと彼を見つめるだけなのだから。
しかし、そうはいっても普段よりも険しい目つき。
それでいて無言。
そんな重い雰囲気を自分だけに向けられていることに胃がキリキリと泣いている。
「・・・・トイレ、行って来ます。」
バタン!と閉じられる扉を眺めながら、3人は『逃げた』と思ったが、今回ばかりは朽木に同情してしまう。
で、結局。
切り込み隊長の朽木も、結果的には戦況を悪化させるだけ。
沈黙が幾分重くなり、居心地を更に悪くする。
どうしようもないと言えども、何もしないわけにはいかない。
はぁー、と溜め息を吐いて咲は、思い切って荻上に話しかけようと声を発しようとする。
「・・・荻上さん、何かあった?」
だが、それよりも先に声を発したのは意外にも笹原であった。
その事に斑目も咲も内心驚いていたが、それよりも荻上の反応が気になる。
そんな3人の目線を集中されながらも彼女は顔を一瞬、笹原の方に向け
「別に。」
と、一言だけ淡々と述べ、作業の続きを開始する。
先ほどよりも鉛筆の動きが早くなり、シャーシャーと擦れる音が強く響く。
「別にって、何かありました、って雰囲気丸出しだよ、アンタ。」
苦笑しながら、笹原の後へ続けと言わんばかりに咲も言葉を投げ掛ける。
「・・・・何でもないです。」
咲には目もくれず、重い重い言葉だけが返ってくる。
それでも、こうなれば押せ押せムードだ、とある意味自棄になって、一気に話し掛ける。
「いや、ほら、久しぶりにこうやって集まってるしさー。何人かは足んないけど。」
あはは、と乾いた笑いをエッセンスしてみるも、どうにも悪い方にしか転ばない。
「ん、だから、さ。そんなに怒らずにさ・・・・。」
「怒ってないデス。」
声を大にして『怒ってるジャン!』と言いたい気持ちをぐっと堪え、次の言葉を慎重に選ぶ。
「ホント、何かあったの・・?」
戸惑いながら笹原も荻上に向かって声を出す。
「何にも無いデス!」
その言葉を強く言うと同時に椅子から立ち上がり、チラッとほんの一瞬だけ笹原の方へと目をやり扉の方へ歩を進める。
「あの、どちらへ・・・?」
苦笑気味に、やっと声を出すタイミングを掴む斑目。
その精一杯の台詞も「トイレです。」と簡単に返事を返され、「さいですか・・・。」と小声で繋げるのがやっとだった。
荻上が部屋を出、扉が閉まった瞬間3人からは盛大な溜め息が口から零れ落ちる。
「いや、なんか、ここに来た当初の荻上さん、って感じだな。」
「あん時以上だよ、あれは・・・。ちょっと、ササヤン、ほんとーに何にもしてないの?」
「あ、うん、ホント・・・多分・・・。怒らせることなんて言って無いと思うけど・・・。」
「ってことは、笹原関係じゃ無いってこと?」
「だと、思うんですけど・・・・。」
三者三様、一仕事終えた後の様に疲れきった体を休める体勢で、原因を探る。
背凭れに凭れながら顔を天に向け、目元に手を当てながら咲は、なんとなく笹原に突っ込んでみる。
「なんか無神経なこと言ってないでしょうねー?」
「いや、ホント、そんなことは言ってないつもりだけど・・・。」
そう言って、ポケットから携帯を取り出し送信履歴を眺め出す。
その光景に咲は「?」となりつつも、笹原の次の言葉を待っていた。
「んー、やっぱりそんなこと言ってないと思うよ・・・・。」
携帯を眺めながら、困った表情の笹原。
その光景を見ながら、咲はどうにも変な感覚に囚われる。
このもやもやとした気持ちは何だろうか、と考えてみるが、答えが出そうで出ない。
んー、と唸りながら考えてみるもやはり答えは出そうになく、試しにもし自分が荻上だったら、という気持ちで考えてみた。
「最後の遣り取りは?」
「んー、このメールだね。」
どれどれ、と携帯に手を伸ばしかけてピタッと止まる。
「最後?」
「え、うん、最後。」
その【最後】という台詞を聞いた瞬間、咲の中で閃きに近い感覚で、あっ、と思い立つ。
荻上の気持ちで考えてみれば、それは確かにあれだけの怒りを表現する原因にはなるだろうと何となしに感じたのだ。
「あー、なるほどね・・・・。」
ははっ、と軽く笑みを嬉しそうに零しながら1人納得する咲を、斑目と笹原は不思議そうに眺める。
「春日部さん、理由解った?」
その反応からして、斑目はそうじゃないかと思い、声に出して聞いてみる。
「ま、可愛いところあるってこと。」
答えになっていない答えを出され、斑目はきょとんとしている。
そんな彼の様子を眺め、更にははっと笑ってから笹原の方へと顔を向け、少し真顔になりながら咲は力強く言い放つ。
「今直ぐ追いかけな。で、精一杯怒られて来い!」
人の数も疎らな構内の一角。
その場所で、荻上はぺたりと座り込み顔を伏せたままでいた。
原因は先ほどの自分の行動について。
自分の我が侭が叶わなかった、それに対しての憤慨。
他人に八つ当たりなんてどうかしているとは思っていたが、それだけ自分を抑え切れなかった。
その想いが自分をああやって突き動かしていたのも事実。
だからこそ、自分が情けなくて仕方ない。
(笹原さんにも会えたのに・・・・。)
そう考えた瞬間、また我が侭が自分を憤慨へと導き出す。
(止めろって・・・、何考えてんだ・・・。)
それでもドロドロとそれは溢れ出し、どこぞへと流れることもなく心の中で溜まっていく。
それを知られるのが怖くて、それで彼に嫌われるのが怖くて、彼女の目元に涙が溢れる。
(何やってんだろ・・・私。)
折角逃げないと決めたのに、これなら前のときよりも酷い有様になっていると感じた。
だが、彼女からすればそれは至極当然なのかもしれない。
あの時に無くて今は在るもの。
それがどうしても自分を逃げ出すことへと繋がってしまう。
(笹原さん・・・・。)
今は在るものの名前を心で呼ぶ。返事なんて返ってこないはずなのに。
「やっと見つけた。」
だが、現実は兎に角非情で、兎にも角にも奇妙なもの。
返ってこないと思われた返事は、笹原の何時もの笑顔というおまけ付きでやってきたのだから。
「探したよー。お陰で、汗びっしょり。」
パタパタと手で顔を仰ぎ、少しでも涼しさを得ようとする。
その表情はどこまでも彼らしく、荻上の心の中で強い安堵感を覚えさせた。
「放っておいて下さい・・。」
それでも彼女は、拒否する言葉。
また顔を伏せ、どこか弱々しく嘆いている様に言葉を捻り出す。
そんなことしか言えない自分がとても情けなく、自己嫌悪で一杯になる。
けれど笹原はゆっくりと彼女の隣に座り込み、何時もの彼で、優しく優しく語り掛ける。
「ごめんね。」
その言葉は荻上にすればとても意外なもので、罵りや罵声を浴びせられるならまだしも謝罪をされるなんてこれっぽっちも予想していなかった。
「何で怒ってるのか解らないけど、んと、俺が何か悪いことしたよね?」
「何て言うか、俺そーいうの鈍感だから。知らず知らずの内に荻上さんを傷つけたんだろうなーって。」
「それさえも春日部さんに言われて気付くぐらいだから、ほんと情け無いよね。まだまだ荻上さんが言った『強気攻め』には成り切れないし・・・・。」
はははっ、と困ったように少し寂しく笑いながら、ずっと自分を気遣う言葉。
「だから、ごめんね。」
どうしてこうも優しいんだろう?
どうしてこんなに暖かいんだろう?
どうして私はこの人を悲しませるんだろう?
荻上の中で、何かが弾け、抑える力を捨てきったように涙を零す。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
突然、彼女が泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。
やっぱり自分が何かしたのだろうか?と考えてしまうが、この状況に笹原は困惑することで精一杯だ。
「や、やっぱり俺、何かしたんだ?」
「違うんです・・・・、私が悪いんです・・・。」
手の甲で何度も涙を拭いながら、心を落ち着かせ、涙を枯らせようと必死になる。
この人の為にも、泣いちゃいけない。
それだけを考え、必死に涙と格闘していると、普段よりも早い段階で涙が止まった。
内心、これほど早く涙が止まったことに荻上は驚きながらも、何となく納得はできた。
そう、この人のためだから。
それと同時に、あの時見せた『あれ』と同じように自分の我が侭、欲望とも言えるものを彼に告白することが恐ろしくて仕方ない。
でも、自分が逃げ出すとかじゃなく、彼を悲しませたくない。
その一心で。
「その・・・・研修・・・昨日で終わったんですよね・・・?」
突然の話題に、更に困惑しながらも彼女が剣も無く話しかけてくれたことがとても嬉しい。ただ、その想いが彼にはあった。
「あ、うん、いろいろと大変だったけど。」
「あの、その、研修中も・・・メールで遣り取りとか・・・・。」
段々と顔が朱に染まる荻上。
それを見て、空気を読めてないと解りつつも可愛いと思ってしまう。
「うん、したよね、何度か。」
「え・・・と、メールとかあんまりしないけど・・・その楽しくて・・・嬉しくて・・・。」
その発言で、荻上の顔は更に強く紅く染まっていくが、笹原も少し照れたように紅く染まる。
そんな風に思っていてくれたことがとても嬉しいから。
「あ・・・うん、俺も楽しかったよ。」
「でも・・・それ・・・・・だけじゃ物足りなくて・・・・、あ、あ、会いたくなって・・・・、研修が終わったら会いに来てくれるだろうな・・・とか勝手に想像してて・・・。」
その言葉ではっとする。
あの時、どうして咲が【最後】という言葉に反応したのか。
そういうことだったのか。
どうしてこうも単純なことに気付かなかったのか。
いや、自分だって会いたいと思っていたが、きっと迷惑なんじゃないかと勝手に決めつけ、結局何もしないままだった。
あまりにも不甲斐ない自分に、強い苛立ちを覚えながらも、笹原は愛おしそうに荻上の頭を撫でながら、ゆっくりと口を開く。
「ほんと・・・まだまだ『強気攻め』には成り切れないな・・・。」
「あ、あの・・・」
「俺も会いたかったのに、荻上さんに何も聞かないで勝手に決め付けちゃってさ・・・、ホント情け無いよね・・・。」
「い、いえ!それは、私も同じことだし・・・。」
「ううん、ごめんね。」
頭を撫でていた手をゆっくりと離し、今度は彼女の右手をそっと力強く握る。それは夏だから、とか、そういう事じゃなく、人としての温もりと暖かさがとても滲み出ている感覚。
「荻上さんの事大好きだし、もっと『強気攻め』になれるように頑張るね。」
少し顔を紅く染め、照れながら、だけど、とても力強くはっきりと言ってくれた。
それがとてもむず痒く、それだけでとても嬉しくて、また涙が零れそうになるのをぐっと笑顔で追い払う。
「・・・私も大好きだから、逃げないように、笹原さんともっと向かい合えるように頑張ります。」
『逃げる』という言葉は、前と同じであまり意味が解らなかった。
けれど、彼女にとっては大きな決意、それだけはとても良く伝わった。
それは彼女の言葉からも、手に伝わる体温からも感じ取れるほどに。
「戻ろっか?斑目さん達も心配してるし。」
ぎゅっと手を握ったまま、彼女をエスコートする様に促す。
こうしてまた2人の距離がほんの少し、ほんのちょっとだけだけど近づいた気がする。
こうやって小さな問題にぶつかりながら、お互いにちょっと怒ったりして乗り越えて、ちょっとずつちょっとずつ近づければ良い。
そんな風に自分は思っているけど、相手もそう思っているかな?なんて、心の中で照れながら、彼と彼女は考える。
「はい・・・あ、でも・・・・」
すっと立ち上がり、笹原に促され戻ろうとした矢先、荻上はある想いが沸き立った。
それは先ほどとは違う感情。言うならば正反対とも言えるものだ。
「笹原さんは・・・、【強気攻め】になってくれるんですよね・・・?」
ギラギラと照りつける太陽が、体温を上昇させる。だが、それ以上にとても頬が熱い。
「んー、まぁ、努力します。」
その台詞に苦笑する。なるとは言ったものの、簡単にそうなることなんて出来ない。それで、自分で今までの自分を無かったことにしそうだから。
「その・・・・練習・・・してみます?」
「え、え?それって・・・・?」
顔を伏せていて、表情を汲み取ることは皆無に等しかったが、それで自分の全てを隠せるわけもなく、伏せた状態からもぴょこんと出ている耳だけが真っ赤になっていた。
それを見られていることを解ってのことか、ばっと急に真っ赤に熟した顔を上げたと思えば、目を瞑ったまま。
心持ち、顔は少し上に向けているようにも見えた。
「え?え?」
「れんしゅーです、れんしゅー。」
目を瞑ったまま、何時もの無愛想な言い様で、笹原からの行動を待つ。
それでも、笹原は困惑する声を上げるばかりでその深意までは理解できていない様子。
そんな笹原に痺れを切らせ、荻上は「ん。」と今度は目に見えて解る様に、顔を、否、唇を突き出し、鈍感な相手にも伝わるように精一杯の努力をする。
これには流石の笹原も十分理解できたものの、今度は羞恥心から結局のところ行動を移せずにいた。
「え、いや、流石に人がいるところではちょっと・・・・。」
周りを見渡せば、疎ら、本当に疎らながらも人の姿は確認できる。
それがこちらの様子を気にしているわけじゃなくとも、それを行えるほど、自分は【強気】じゃない。
「だからこその、れんしゅーです。」
表情などは一切変えず、ただ顔の朱の染まり具合だけが強くなる。
何を言っても無駄だろうなー、とどこか冷めた気持ちですっと荻上に近付き、荻上に負けないぐらいの赤面になりながら意外に荻上の方が【強気】向けなんじゃないか、と考えてしまう。
荻上も笹原が近付くのを気配で察しどんどん心臓の鼓動が強くなる。
一歩一歩近付いてくるのが解る。そして、ピタッと直ぐ目の前にいるのが彼のとの距離がとても縮まった気がして嬉しくなる。
そして、待望の感触。
だが、それは求めていた感触とは似て非なるもので、自分のおでこの方から「ちゅっ」と聞こえるようで聴こえない音が木霊する。
「・・・・【強気】でも焦らすのは嫌いです・・・・。」
やっと目を開いたかと思えば、ずんと重い声が自分に向けられる。
笹原とて、これでも精一杯頑張った方だったが、彼女はそれを良しとしない。
何とか、これで許して貰えないだろうかと懇願しようとも、彼女はまた直ぐに目を瞑り、それをする機会さえ与えてくれない。
きょろきょろと不審な行動を起こすのを予告するかの如く、笹原は改めて人がいないことを確認して、また新たに行動する。
そして、それは荻上には本当に待望の瞬間。そして、今度は比喩的なものじゃなく、自分の唇から「ちゅっ」と音がするのを耳と心で聞き取った。
「ただ今戻りました・・・。」
「・・・・。」
ガチャッと扉を開け、開口一番どこか弱々しい声が部屋に響き、その声を上げた彼の後ろには、ぎゅっと彼の服の裾を掴む小さな彼女がいる。
「おかえりなさーい。」
そこには自分達が出ている間にやって来たのであろう大野がニコニコと嬉しそうな顔でこちらに挨拶をしてくれていた。
咲と斑目もどこか安堵の表情でこちらを眺め、2人には迷惑を掛けたことに少し心が重くなってしまった。
「ま、オギーにも可愛いところはたくさんあるってことで。」
頬杖をつきながら、咲が目を細めて、嫌味ながらも決して心に痛まない言葉を投げ掛ける。
何もかもお見通し、というその雰囲気がまた、全ての気持ちを汲んでくれているように。
「俺にもそんな幸せが欲しいもんだよ。」
腕組みをしながら、斑目も咲と同じ様に2人に対して、笑いながら言葉を掛ける。
まぁ、彼の場合は咲から物事の大体を教えてもらい、(女の子ってそういうもんなの?)と考えたりしていたのは誰にも言えないことだが。
「あれ、斑目さん、まだいたんですか?」
「笹原くーん!?」
「ははっ、冗談っすよ。」
それだけにこうやって、冗談めいたことを言われるのも至極当然なのかもしれない。
「何かあったんですか?」
どこか自分だけ蚊帳の外にいるのを実感してしまい、事の真相を探ろうと目を光らせる大野。
それにいち早く危険視したのは、勿論知られては自分に一番の被害が来る事を知っている荻上だった。
「何でもないですよ、大野さんには関係ありません。」
ずいっと笹原の前に出て、殊更何も無かったことを主張する。だが、それをすればするほど何かあったのかは一目瞭然で、しかも『関係ない』なんて言葉がある時点で逆に何かあったことへの布石にしかならない。
「あー、やっぱり何かあったんですねー。咲さん、何があったんですかー?」
「さぁ?」
『何にも知らないよ』と言わんばかりの微笑で、それを軽く流す。斑目も素知らぬ顔で、次に自分が問いただされても同じ様に言うつもりでいた。
そんな2人の反応におもしろくなさそうに、口を尖がらせて、ブーブーと文句を垂れる。
「もー、詰まんないですねー!」
本当に心の底から詰まらなさそうにする大野。
それを見て、冷めた目で見つめる荻上、そして苦笑する3人。
こうやって、また【げんしけん】はそれぞれの中で、大きくなっていく。
それを実感すればするほど、とてもそれは寂しく感じるが、絶対的な思い出へと変わるのも確信できる。
それでこそ【げんしけん】なのだから。
と、不意に、扉の向こうからドタバタと大きな足音が聞こえ、バーンと大袈裟でもなんでもなく、本当に扉が取れるのではないかと言うほどの衝撃で朽木が現れた。
「クッチー、アンタ、ながーいトイレだったねー。」
咲が朽木に対しても嫌味を垂れる。
その意味が理解出来ない大野は首を傾げるが、笹原と斑目は「ははっ」と苦笑しながら朽木がなぜそんなに慌ててやってきたのか疑問に思った。
「どったの、朽木君?」
斑目がそう質問すると、ニヤーと嫌らしい笑顔を浮かべ、ゴソゴソとポケットから携帯を取り出し、喧しいぐらいの大声で大袈裟に語り出す。
「いやー、やっぱり愛の力は偉大ですにゃー!!」
ピピッと携帯を弄り出したかと思えば、携帯のディスプレイから何か動画が流れ出す。
もちろん、それは小さい画面のため1人1人には何の動画か確認出来ず、困惑顔。
「ほらー、見てくださいにょー!けっ・てい・てき・しゅん・かん!ってやつですにょー!!」
「どれどれ?」
差し出された携帯を受け取り、斑目が映し出される映像を眺め出す。
が、途端に小さく「うわっ・・・!」と声を上げ、少し顔が赤くなっていた。
「朽木君・・・これはちょっと・・・。」
また盗撮でもしたんではないかと、咲は眉を吊り上げながら斑目から携帯を引ったくり何が映っているのかを確認する。
大野もそれに何があるのか斑目の反応を含めてとても気になり、咲の肩に手を置きながら、横からそれを眺めようとする。
もちろん、笹原と荻上もそれが気にならないわけがなく、2人の後ろ手から少し背伸びしながら、映されるそれを見ていた。
ピピッと咲が携帯を操作し、改めて最初からその問題の映像が流れ出す。
そして、その瞬間、全ての時間が静止した。
先にそれを鑑賞していた斑目は、もはや掛ける言葉も見つからず、ずっと苦笑を浮かべたまま誰かが起こしてくれるだろうアクションを待ち続ける。
「それにしてもおぎちんの【焦らすのは嫌】って発言はもう最高!僕ちんもあんなこと言われたいにょー!!」
咄嗟に、ぐっと握り拳を造り、前回の様に沈黙させようかと考えたが、事が事だけに真っ先にするべきは荻上のフォローである、と咲は悟る。
それは勿論、これもまた前回の様に彼女が窓から飛び出そうとするのを抑止することへと繋がるのだから。
「いや、まー、ほら!私もコーサカとこんな感じのラブラブっぷりよ?」
心の中で【アイタター!】と自分を少し罵る風な感想を持ちながら、真っ赤に染まる荻上に乾いた笑いを向ける。
「ラストの接吻は見―」
笑顔を荻上に見せ、体勢を崩さずその場から朽木へ裏拳一発、沈黙させる。
ボグァ!と音にならない音が鳴り響き、斑目の直ぐ横の壁に打ち付けられた朽木は生気を失っているが笑顔に見える。
そんな朽木に斑目が冷や汗を流しながら、心配そうに体を揺する。とりあえず、これでその男は斑目に任せよう。
「いやー、だからさー。」
「いや・・・・あの・・・」
前にも同じ様なことを体験している感覚に陥る。
実際それはあの時とよく似ていて、そう思うのも仕方ないことだと心の隅で冷静な自分が納得している。
「・・・それはですね・・・さ・・・笹原さんが・・・」
「・・え・・・あ・・うん・・俺が・・・いや・・・」
でも、あの時とは違うことが沢山ある。
特に最大の相違点は真っ赤な顔でいる隣に、同じく真っ赤な顔の笹原がいること。
2人して何か言い訳をしようとしているが、それさえも言葉になっていない状況。
それを見れば見るほど上手くフォローしたいと思う気持ちで一杯だが、逆にこっちまで挙動が可笑しくなる。
「いやいや、気にするなー。大野の所だってこんなもんだよなー!?」
努めて明るく大声で言う咲の言葉。
しかし、その言葉は大野本人には届いていない様子で、自分の携帯と朽木の携帯を交互に見合わせながら、それを弄くっていた。
なにやってんの?
そう咲は声を上げようとしたが、突然、携帯が鳴り響く。それも複数台。
「え?え?」
それは、ここ、【げんしけん】内にいる朽木以外の全ての携帯に鳴り響く。
当然、斑目などは困惑して携帯を取り出し、何が来たのか不思議で堪らなかった。
だが、咲だけは違った。
これの意味することは、即ち1つしかない。
少し怒りながら、大野の肩をぐっと掴み、こちらへと顔を向かせる。
その口には大きなマスク。
「素敵な素敵な2人のメモリアルですから。」
咲にではなく、その2人に向けて目だけが笑う魔の笑顔。
もはや、何もかも手遅れとしか言えないその状況に、咲はギギギッと首だけ動かし荻上の様子を伺う。
刹那。あの時の思い出がまた繰り返される。あの時以上の出来事で。
「で、何やってんのさ?」
室内の惨劇を目の当たりにした惠子は表情と声で存分に冷めたものを叩き付ける。
「だぁーかぁーらぁ、ここは三階だってぇーの!!」
必死に窓へと走り出す荻上を止める咲。
「お前も荻上さんに感化されるなぁー!」
そして、必死に窓へと縋り寄る笹原を止める斑目。
部屋の一角では、朽木が真っ白に燃え尽きながらも笑顔で倒れ、マスクを装着している大野はクネクネと奇妙な動きできゃーきゃー、騒がしい。
自分の問いに誰1人答えないことに、少しいらつきを覚えたが、何故か少し笑いが込み上げてしまう。
それすらも誰に見られてるわけじゃないのに、惠子はそれを悟られないようにわざとつっけんどんに言い放つ。
「マジでウゼー。」
だが、自分でも解っていないのだろう。
彼女の口は「へ」の字では無く、大きく釣りあがり少し湾曲を描いているもになっていることを。
これもまた【げんしけん】、どこまでも『らしく』、どこまでも『オタク』っぽい。
それに安堵しつつあるのはどの人物も一緒だったりするのは、各々の心の中だけの秘密になっているのだろう。
―終―
おまけ
【凄いよ、朽木君】
斑目「あー、そういえば朽木君って、あの2人のこと何時から気付いてた?」―俺は知らされたって言うより、知ったって感じ―
朽木「そんなの、オギチンの様子見てれば余裕のよっちゃんですよぉー。」
斑目「・・・解るもんなの?」
朽木「だって、オギチン目に光が宿ってましたしねー!服装も何時もの地味なものからおにゃのこ!って雰囲気丸出しのものでしたからにょー。」
「後は、仕草的にも人を好きになった乙女って感じがしてましたねー、あ、言動も。」
斑目(何だ、この妙な敗北感は・・・?)
【やっぱ凄いよ、朽木君】
咲「(携帯から例のムービーを見ながら)それにしても良く撮れてるけどさー。」―ってか、これ2人にとってのトラウマじゃない?―
朽木「にょ?」
咲「結構遠くのアングルじゃん?台詞とかどうやって解ったの?」
朽木「ああ、そんなの簡単ですよぉー。」
「だって、僕ちん、読唇術マスターしてますから!!」
咲【この男は今ここで葬ろう!】(満面の笑みで携帯を握りつぶしながら)
後書き
げんしけんでは初書きだったんですが、楽しかった。また笹荻書きたいなー。
おまけは、単行本の4コマみたいなノリで・・・。
ってなわけで、ドロンします。スレ汚しスマソ。
「ちーす。お、荻上一人か?」
咲が部室に入ると、部室には荻上一人だけだった。荻上はいつものように、原稿を描いていた。
「なーに描いてんの? …って、またやおいとかいうヤツでしょ?」
「違います。今回はきちんと男と女でノーマルです」
「へぇ」
咲は荻上の後ろから原稿を覗き込む。
「…け、結構激しいデスネ」
「そうですか?」
荻上は気にすることなくペンを進める。見られるのが嫌だった原稿も、今では嫌じゃなくなった。もっとも、やおいは男子には見せないが…。
咲もじっと原稿を見ていた。最初の内は嫌がっていたのに、今ではこうやって普通に見せてくれる。そのことが咲にはとても嬉しかった。
「……あの、さすがにそんな見られると描きにくいんですけど…」
荻上が振り向くと、咲は疑問を口にした。
「ねぇ、こういうのってさ、経験が無くても描けるもんなの?」
「!? な、なななな何を…」
「いや、前から気になっててさ」
「そ、そんなの、同人誌を見てれば分かりますっ」
「……それは違うと思うぞ」
咲は少し考えると、荻上の肩に手を置いた。
「…じゃあさ、私が教えてあげよっか?」
「は?」
咲はそう言うと、荻上の頬に手を添え、唇を重ねた。
「!!!?」
あまりにも突然のことに、荻上は目を白黒させる。
「ふふっ、かわいーね、荻上」
咲は悪戯っぽく微笑む。そしてまた唇を重ね、頬、耳、首筋へと舌を這わせた。
「やめ…んっ! 女同士で、こんな…あっ!」
「こういうの、百合って言うんでしょ? 高坂の部屋にもあったよ」
「だっ…誰かが…入って…んぅ! きちゃいますよ…あんっ!」
「大丈夫。鍵かけといたから」
「そん…」
「かわいーよ、荻上…」
「やぁ…っ! そん…なところぉ…ふぁあっ!」
「ど、ど、どうかな?」
久我山は部室で斑目と笹原にノートに描いた作品を見せていた。内容は咲×荻という百合ものになっている。
「いいぞ! 久我山、いいぞ! 見直した!」
「ホント凄いですね。俺、百合はあんまり得意じゃないんですけど、これだったら…」
正直な感想を言う斑目と笹原。しかし心の中では。
(か、春日部さん…ハァハァ)
(お、荻上さんがこんなに乱れて…ハァハァ)
しかし三人は気が付かなかった。背後に迫る咲の存在に…。
「よし。お前ら表に出ろ。久しぶりに…キレちまった」
完
今回は久我山でいってみた。
特に反省はしていない。
>>[げんしけん]
朽木に嫉妬する斑目ワロス。でもそれって人としてどーよw
>>百合の花が咲く
個人的にはツボですwきっと咲は屋上で勇次郎ばりの無敵さを見せ付けてくれるとw
>>[げんしけん]
げんしけんに対する愛を感じますね〜。
荻上の裏拳の破壊力にビビった。
>>百合の花が咲く
同人誌オチシリーズ好きだな〜。
ハァハァしてる斑目と笹原が最高!
192 :
マロン名無しさん:2006/03/11(土) 23:45:15 ID:t2+ZOvjI
>>[げんしけん]
いいなあこれ。
荻上さんは今後成長していくのが見れると思うけど、成長過程でこんな風に
すねたりへこんだりするのは原作でもみれそうな気がする。
>>百合の花が咲く
クガピーが!!覚悟完了!?w
ワシ「荻上さん最強伝説」かいたモノですが、百合ものの漫画をクガピーが描くとは…!!
発想GJ!読めて良かったな斑目。
>[げんしけん]
こういうクッチー大活躍な日常話は好きだな。
写メールで全員にお裾分けする大野さんもGJ。
これでクッチーと大野さん、本格的に和解出来そう。
それにしても笹やん、あんたまで感化されてどうする!
>百合の花が咲く
最近このパターン定着してきたな。
とうとう久我山まで参戦してきたか。
>>191 落ち着いてよく読みなさい。
裏拳かましたのは咲ちゃんだ。
まあ荻裏拳もそれはそれで見たいが、彼女の体格だと花山薫みたいにフルに体捻って全体重かけた右ストレートでないとクッチーには効かないかも。
>>193 あ、ほんとだ・・・orz。
これはすいません。ご指摘ありがとうございます。
作者さんすいません。
土下座の角度×ごめんなさいの回数×冷や汗の量=謝罪力
ごめんなさい。
>[げんしけん]
ふと気絶したクッチーは、この後どうしただろうと考えてみた。
斑目「朽木くーん、大丈夫か?」
咲「しょうがねえなあ、今起こすよ」
斑目「起こす?」
咲「こいつはそんなにヤワなタマじゃねえよ」
靴の爪先で、クッチーの頬を蹴り上げる咲。
あきれた顔でそれを見ている一同。
クッチーが小さく「にょっ」と呻く。
もぞりとひょろ長い体が動く。
咲「くそっ、まだ起きんか!」
今度は呻くだけで気付かないクッチーの股間を蹴り上げる咲。
朽木「にょ〜〜〜〜!!!」
飛び上がって絶叫するクッチー。
斑目「朽木君、大丈夫?」
朽木「イク〜〜〜!!!」
一同「気持ちいいのかよ!」
ちょっと801ありのギャグSSを書いてみました。
どんなもんでしょうか。
197 :
転落人生:2006/03/12(日) 01:17:26 ID:???
今日も今日とて現視研の部室。まったりとした時間が流れている。
部室にいるのは笹原に咲、それと高坂の三人である。
連日に渡る店の開店準備でぐったりとしている咲をよそに、笹原と高坂はオタク談義に花を咲かせている。
アニメ雑誌を広げてあーでもないこーでもないと和気あいあい。
それを咲がつまらなそーに見ている。
(コーサカめ〜〜〜。ちったーー私の相手をしろってのっ!)
などど思いつつもホンワカした日差しに頭はボーっとしてしまう咲なのであった。
半分眠った目でじーっと二人のやりとりを見ている。
(コーサカって笹原と仲良いよな〜〜・・・。現視研で笹原が一番仲良いか〜〜。
他のヤツでプライベートでも会ってるのっていないもんな〜〜〜・・・。)
肩を寄せ合いアニメ雑誌に見入る二人・・・。ジェスチャーを交えながら意見を述べ合う二人・・。
笹原も笑顔。高坂も笑顔。咲には分からんアニメネタのギャグで笑い合う二人・・・。
疲れ切った咲の脳みそに良からぬ考えが浮かぶ。
(あ〜・・・。たぶん大野とかオギーとかいたら、絶対そーいう妄想すんだろーなー・・・。
笹×高っていうのか? 高×笹か? どっちゃでもいーだろーに・・・。
アイツらならどーゆー感じにすんのかな・・・・?
この場で絡ませんのか? ・・・・それはねーなー、私いるし・・・。
う〜〜〜〜〜ん・・・。
トイレとかかな? それはあるか〜・・・笹原がトイレ行って〜、コーサカがついていって〜・・うんで〜・・・。
198 :
転落人生:2006/03/12(日) 01:18:00 ID:???
和気あいあいとオタ話をしつつトイレに行く二人。
高坂が手前の便器の前に陣取る。笹原はひとつ挟んだ便器の前にいってジッパーを下ろす。
「笹原くん・・・。」
振り返ると高坂の顔が! 吐息がかかるほど近くに!
「ひゃっ!」
女の子のような声を出す笹原。
高坂はいつもとは違う妖艶な笑みを浮かべる。
「意外と大きいんだね・・・、笹原くんの・・・。」
そう言って笹原のモノを握る高坂。
「ちょ、ちょっとっ! 何するの、高坂くん?!!」
「フフフ・・・、何って決まってるじゃない・・・。」
手の中で笹原のモノを弄ぶ高坂。笹原の口から熱い吐息が漏れる。
「ほら・・・。もっと大きくなってきた。」
「や、やめてよ! 誰か来ちゃうよっ!」
顔を真っ赤にした笹原が哀願するような視線を向ける。それは高坂を興奮させるだけだというのに・・・。
「僕は構わないよ。誰に見られたって・・・。」
そう言うと高坂は笹原の耳を口に含んだ。にゅちょにゅちょと音をさせて笹原の耳を攻め立てる。
「ふぁあぁっ!! ダメッ! やめてよ・・声が、声が出ちゃうから・・・。」
「ふふ・・。なら我慢すればいいんじゃない?」
笹原の淫らな声に触発されて、高坂の攻めは激しさを増した。
笹原のベルトを外し、ジーンズをずり下げて下半身を露にさせると、笹原の太いモノを握ったまま手を上下させる。
「んんあああぁぁっ!! や、やだよ・・・。やめて、ほんとうに・・・。」
力を失った笹原の足が崩れ落ちそうになるのを、高坂は腰に手を回して抱きとめる。
「感じ易いんだなあぁ・・・笹原くんは・・・。最高にかわいいいよ。」
「そんなぁ・・、高坂くんが・・・こ、こんなこと、するからぁ・・・。」
涙声の笹原に、堪らず高坂は唇を奪う。たちまち高坂の舌が笹原の口内を蹂躙した。
ぐちゅぐちゅという音を立てて暴れまわる高坂の舌に、笹原の全身から力が抜ける。
199 :
転落人生:2006/03/12(日) 01:18:34 ID:???
笹原は両足を不恰好に開き、倒れてしまわないように便器にしがみついていた。
「エッチだなぁ、笹原くんは。こんなにパンパンにして、ぎりぎりまで我慢してる・・・。
早くしないと、誰か来るかもしれないのに・・・。そんなに気持ち良いのが好きなの?」
男にイカされてしまうことの背徳感から必死に耐えていた笹原だったが、それを逆手に取られての辱めに身を悶えた。
「ち、ちがう・・・。そんなんじゃ、ない・・んだから・・・。お、お願いだから・・もう、やめ・・。」
そう言いかけたとき、高坂の手が激しく動いた。
「だ、ダメッ!! そんなしたら、でっ、でっ。」
「でちゃう?」
妖艶に笑みで挑発する高坂。手はさらにきつく激しく動いた。
「ああああぁぁぁぁ!!」
便器に勢いよく放たれる白濁液に高坂は満足の笑みを漏らした。
全身の力を失い、床に倒れこむ笹原を手に残った雫を舐めとりながら見下ろしている。
「フフフ・・・。笹原くん、かわいかったよ。次は僕が気持ち良くなる番だね・・・。」
そんで〜、笹原を抱き起こして個室に入って鍵締めて〜、笹原の口に自分の逞しいモノを・・・。)
ハッ!!!!!!!!!!!!!!!!
200 :
転落人生:2006/03/12(日) 01:19:17 ID:???
目の前には自分を不思議そうに見つめる笹原と高坂。
そしてニヤニヤしている大野と荻上がいた!!!
「どうしたの咲ちゃん? 顔真っ赤だよ?」
「なんか涎も出てるけど・・・。春日部さん疲れてんだね。」
咲は慌てて口元に手をやる。確かにそこには涎が垂れていた・・・。
「うん、そう! ごめん、私疲れてんだよ! もうムチャクチャ疲れてんの! はははは・・・。」
(そう、疲れてるの…。疲れてるのよ…。疲れているだけよ…。ただそれだけ…。それだけなのよ!!)
いつの間にか背後に回っていた大野と荻上が咲の肩に優しく手を置いた。
そして呟く。
「いらっしゃい・・・。」
「ようこそ・・・。」
ひぃぃいいいいいいい!!!!!!!!!
「や、ちがう、わたしはけっしてそういうことは!!」
必死に否定する咲。
大野と荻上は、天使のような微笑みで呟いた。
「いいんですよ・・・。恥ずかしがらないで。」
「そうですよ。なぜなら・・・。」
「「ホモが嫌いな女子なんていません。」」
うわわわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!
その日、咲の転落人生第二章が幕を開けた!!!
おしまい
>>転落人生
あー、咲ちゃんの人生が「堕落」でなく「墜落」してますねえw
真っ逆さまw
>笹荻
指を舐めるシチュ、いいですね〜。オチのマゾラメ君、ステキw
>【げんしけん】
ちょっとした事で怒る荻上さん。
その先にある自己嫌悪など、荻上さんらしさがでてますね〜。
>百合の花が咲く
!!イイ!!大×荻、咲×荻など大好物です。ジュルル。
その本、売ってくれ!久我山!
>転落人生
これ、そういえばどこかの同人ネタにあったな〜w
咲ちゃんがワープを覚えるっていうの。
それが発覚するとこういう事になっちゃいそうだww
203 :
12:2006/03/12(日) 01:45:48 ID:???
どもども、感想サンクスでした!
>>13 マダラメ隊長は隊の不幸分を全て吸収してるようです。
今後も。
>>14 大丈夫、そう易々と死んでしまっては困ります、ということです。
>>15 戦争ものの面白いところは、人間関係に尽きると思ってます。
そういうところを少しでもうまく描写出来たらな・・・と思ってます。
>>16 気付いて頂けましたか!
3×3アイズ・・・また懐かしいものをw
>>17 げんしけんのキャラってそのまま違う話に持ってっても生きるぐらい
キャラが立ってるんだと思います。それをうまく利用させていただいてますw
204 :
203:2006/03/12(日) 01:48:02 ID:???
というわけで、第801小隊第十一話投下します。
大体14レスです。
気付けばかなり長い話になってますね〜。
妄想の尽きない限り書かせていただきます。ええ、書きたいんです。
では、今回も読んでくださる方々に、お・ぎ・お・ぎ。
「結局兄貴はオギウエにお熱なわけね〜。」
「はあ?何だよその言い方。」
「だってさ〜、形見の渡しちゃったんでしょ〜?」
ニヤニヤ笑いながら兄の方を見るケーコ。
「んー、あー、預けただけだって。」
ササハラは少し恥ずかしそうに妹から視線をそらす。
「はあ?なんでよ。」
「ん、大切に預かっといてって頼んであるんだ。
おまじないみたいなもん。もうオギウエさんが戦場に出てこないよう──。」
「ふーん。やっぱお熱なんじゃん。」
「あー、もういい。俺は行くよ。」
「あ、逃げんなよ〜。」
笑いながら二人は食堂から出て行く。
ケーコは兄とした会話を思い出していた。
私、何にも出来なかった・・・。
オギウエを止めなけりゃいけなかったのに。
兄貴の気持ちわかってたつもりなのに。
いまだ押し寄せる異常な感覚に苦しみながらも、自分のした事を悔いた。
スパイなんて・・・なんて嫌な仕事なんだろう。
おそらく相手は自分の情報を下に待ち受けていたのだろう。
しかし、後悔をしてももはや遅い。
涙を流しながら、ケーコは唇をかんだ。
「畜生・・・。」
周りの人に、その言葉の真意は伝わらなかっただろう。
『・・・オギウエ様ですな?』
荒野の鬼は先ほどまでと打って変わって紳士的な言葉を紡ぐ。
ジムを弾き飛ばし助けた、ジムキャノンと黄色のグフは面と向き合い、睨みあう。
「?私の名前を知っている?もしかして・・・その声・・・ナカジマの家の・・・。」
聞いた事があった。ナカジマの家の執事さんは、歴戦の軍人でもあると。
父親が個人的に部下で置いておきたいがために使用人としても雇っているのだと。
その歴戦の相手が相手ということだ。そして、もう一つ。
「ナカジマがいるの?!」
オギウエは少し声を上ずらせ、叫ぶ。
『・・・そうでなければ私はここにはいないでしょう。
いや、それ以前にあなたはここにいたはずだ。お忘れで・・・?』
頭が痛む。
いつから記憶が途切れている?
そういえば、私はなぜあのMAに乗っていた?
配属された後の記憶が凄く曖昧になっている。
私はどこの基地で、どういう仕事をしていた?
「うっ・・・。」
呻き声をあげる。それを思い出さないよう何かがシャッターをかけている。
『・・・まあいいでしょう。お嬢様に会われればすべて思い出すでしょう。』
「ま、まさか、私が目的で・・・?」
『・・・・・・その通りです。帰りましょう。あなたの居場所はそこではない。』
そういって一歩グフは踏み出す。
「・・・いやです。この後あなた方は皆を殺すのでしょう?」
『・・・・・・そうですな。この基地の所在を知られた以上は。』
「・・・なら、私が守らなきゃいけないんです!私が原因ならなおさら!」
『いいでしょう!実力の違いを思い知るといい!』
叫ぶと、グフは勢いよくジムキャノンへと飛び出した。
中距離戦向きのキャノンでは、接近戦に分はない。
それは誰でもわかるMSの常識だ。
オギウエもその事は重々承知で、距離をとっていた。
しかしだ。
「は、速い!」
グフはブーストをかけたかのような突進力でキャノンへと迫る。
ゆうに200m以上あったはずの距離は一瞬で縮まる。
『これが、フライトタイプの技術応用ですぞ!』
脚部に内蔵されたフライトシステムを、突進力に変化させる。
荒野の鬼専用のグフはフライトタイプをベースとしたものだった。
その使用にはおそらく並でない技術と経験が必要だ。
そのままキャノンへと体をぶつけるグフ。
キャノンはそのまま吹っ飛ばされ、後ろにあった岩山へと激突する。
「ぐぁ・・・!」
呻き声をあげ、気絶しそうになるオギウエ。
しかし、何とか気力を振り絞り、意識を保つ。
「・・・な、なんて突進力だ!」
息を整えながら相手の動きに惑うオギウエ。
『少々手荒になりそうですが、勘弁していただきますぞ!』
「く、くそぉ!」
キャノンの砲台を構え、グフへと向けるオギウエ。
ドォン!ドォン!荒野に砲声が響く。
『ははは!当たるものですか!』
それをフライトシステムを応用しながらかわすグフ。
そして再び接近する。
ガシィ!
両手を押さえ、動けないようにする。
『これで縛っておきますか・・・。』
ワイヤーを体から出し、キャノンを縛るグフ。
『これで、もう動けないでしょう。観念なさい。』
「く、くそぉおおおお!」
オギウエの叫びが荒野にこだまする。
ササハラはその光景を黙ってみてるしかなかった。
否、動こうとはしていた。
しかし、ササハラはその影響を長時間受けたため、
ものすごい脱力感、疲労感、倦怠感に見舞われていた。
視力、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、全ての感覚が弱まっている。
頼りのシステムも、会長は狂いそうなほどの悲鳴を上げていた。
なんとかシステムをきる事は出来たが、それが精一杯であった。
しかし、目の前で捕まるオギウエを、黙ってみていられるはずもない。
「う、うあああああ!!」
叫びながらジムの操作管を握る。しかし、それに力が入る事はなかった。
「くそ、くそ、どうすれば・・・。」
大きな声を出しているつもりでも声は小さくしか出ない。
そのとき、目の前に黒いMSが現れた。
「コーサカ君!?」
コーサカは何とか動く事は出来た。
普段の何割も力を削られている事は実感できたが、この間も二機を撃破。
そして、この場に現れたのである。おそらく、会長の叫びを感知したのだろう。
「離してもらう!」
コーサカはそう叫びながらグフへと襲い掛かる。
『ほう!ガンダムタイプか!』
嬉々とした叫びが荒野にこだまする。
「グフ・・・フライトタイプ!」
その外観で相手のMSがどういうものかを見抜くコーサカ。
下手に離れると逆に危ない。
『ククク・・・よもやガンダムタイプと一戦交えられるとは!』
先ほどの紳士とは打って変わり、戦士の声に変わる荒野の鬼。
「くそ、思うように動かない・・・!」
兵器の影響は免れないコーサカは、苦悶に顔をゆがめる。
『とはいっても・・・、まともな勝負にはなりそうもないな。』
「・・・それはどうかはやってみましょうか!」
コーサカは叫ぶと、ガンダムの左腕から何かを取り出した。
「これで・・・。どうだ!」
ドオン、ドオン!
煙が上がる。どうやら取り出したのは煙幕のようなものらしい。
『ぬおお?』
一面が砂嵐に混じった煙幕によって視界がなくなる。
『しかし、それではお前も何も見えまい!』
視界のないその先に向かってグフから声が走る。
しかし、反応はない。少し、間が空く。戦場とは思えない奇妙な静寂。
ごう、ごうと砂嵐の音だけが響く。
じゃっ!
鎖のこすれあうような音が聞こえたと思うと、グフの前を一本の鎖が通過した。
『おおお?』
目の前に通過していく鎖を少しのけぞりつつかわす。
しかし、鎖の先は軌道を変え、グフを縛るよう回転を始める。
『なんとぉ!』
そのまま鎖は回転し、グフの動きを封じ込める。
「大体の場所がわかれば追尾可能なんですよ。」
そういいながら姿を現すガンダム。煙は収まってゆく。
鎖の先端に一種の金属探知機のようなものがついており、
それが反応するとそちらへ方向を変える。
後はうまく操作をすればこのようになるわけだ。
『なるほど・・・。しかしガンダムにしては小手先だな。やる事が。」
「なに?」
もうすでに勝利を確信していたコーサカに嫌な予感が走る。
『ほうりゃ!』
叫ぶと、鎖はあっさりと断ち切られる。
「馬鹿な!これはそんな簡単に・・・!」
『はははあ!普通のMSと一緒にしてもらっては困る!これは鬼なのだよ!』
そのまま千切れた鎖でコーサカにつながっているものをつかむと、思いっきり引っ張る。
「う、うわぁあああ!!」
そのまま引き寄せたガンダムをサーベルで真っ二つに破壊する荒野の鬼。
『終わりだな!ガンダム!まともな状況ならまた違ってたかもしれんがな・・・。』
ササハラはその様を見ているしか出来なかった。
コーサカ乗るガンダムは上半身が崩れ落ち、もはや機能していない。
コクピットのコーサカの生死も定かではない。
「くそ・・・何も出来ないのか・・・?」
歯を食いしばろうにも力が出ない。
この最中で動けていたコーサカはやはり何かが違うのだろう。
無気力さに、情けなさに顔をゆがめる。
その時。胸が青く光る。
「え・・・?」
不思議な光に胸をまさぐる。ペンダントが光っている。
そして、その後に。体が軽くなるのが分かる。
「どういうことだ・・・?」
しかし、この機会を逃す手はない。
システムを恐る恐るオンにするササハラ。
『・・・大丈夫ですか?!』
いつにない興奮した声を出す会長に、あくまで冷静に答える。
「・・・大丈夫です。・・・いけそうですか?」
『はい・・・。』
「では、行きますよ!」
そういうと、すぐさまグフへと向かうササハラ機。
ビームサーベルを構えながら突進し、振り下ろす。
『む!?』
少し油断していた荒野の鬼は、それをかわそうとするが、腕を破壊される。
『なんと、動けるのか!?・・・こやつら・・・。何者なのだ!?』
再三にわたる攻勢に、焦りだした荒野の鬼。
「はぁ、はぁ、オギウエさんを離せ!」
動けるようになったとはいえ、完全復調ではない。
息も荒いながらも、システムとの同調をしっかりと果たしていた。
『もう少しです!』
「はい!会長、お願いします!」
『はは!楽しませてくれる!』
心からの哄笑を言葉に含みながら、荒野の鬼は動く。
片手になった腕にヒートサーベルを持ちながら、ジムを迎え撃つ。
高速移動を巧みに行いながらジムへと接近する。
『右!』
その言葉に反応しながらグフの攻撃をかわすササハラ。
「そこぉ!」
サーベルを振るうササハラ、それを受け止めるグフ。
ヒートサーベルは切り落とされるが、それをあっさり手放す。
そして、左手の隠しマシンガンを放つ。
ドダダダダダダダ!!
「うわあ!」
ササハラは予測できなかった隠し武器に驚き、回避する。
脚部の付け根に当たり、関節の動きが悪くなる。
「くっ!」
しかし、悠長な事はいってられない。そのままサーベルを持ちかぶりを振る。
『いけない!!』
その目の前には、グフが突進してきていた。そのまま衝撃を受けるササハラ。
『ははぁ。楽しませてくれる・・・。ぐぅ・・・。』
しかし、彼の方もかなり兵器の影響を受け、かなり疲労が蓄積していた。
『そろそろ片をつけんとな・・・。』
腰から落ちているジムに向かって、最後の攻撃を仕掛けようとする。
隠し持っていたヒートロッドを左手で持ち、接近する。
「うわああああ!!」
ヒートロッドの先がササハラのジムへと向かう。間一髪、かわすが頭部が破壊される。
センサーが破壊され、ディスプレイには何も映らなくなる。
「くそ!くそ!」
歴戦の猛者であろう相手に、何かの影響はあるにせよまるでかなわない。
悔しさに歯噛みするササハラ。腕で、コクピットの前板をはがし、視界を広げる。
『もうその辺にしておけ。何がお前をそうさせるのかは分からんが・・・。』
「・・・それでも!守りたいものがあるんだ!」
ササハラのジムは何とか立ち上がる。しかし、動く事は出来なかった。
「・・・そうか・・・。」
もはや動く事もままならないジムへと最後の一太刀を浴びせようと荒野の鬼は動く。
そこに連絡が入る。
『じい。捕獲はできたか?そろそろ上がらないと上の連中がうるさくなってきた。』
ナカジマである。上がるというのは宇宙へ、ということだ。
「・・・今すぐですか?他に生き残ってる兵もおりますが・・・。」
『安心しろ、大体戻ってきている。』
いっている事が本当なのかは分からない。
自分がそういうことを気にするだろうと嘘をついているのかもしれない。
しかし、逆らうわけにもいかず、疑うわけにもいかない。
「・・・了解いたしました。」
そういうと、捕捉してあるジムキャノンを肩に担ぐと、動けないジムを一瞥する。
「・・・・・・面白かったよ、貴様らと戦えた事は。もう二度と会う事もないだろうがな。」
『な、なに!?』
大きな駆動音が響く。上空には巨大な輸送船。あのとき、兵器を回収したあの船だ。
「我々はこのまま宇宙へと上がる。それが可能なのだよ。」
重力圏離脱すら可能というその艦船は、空に振動を響かせながら降下してきた。
「それではな。」
二本のワイヤーが降りてくる。それにジムキャノン、そして自機をくくりつける。
『ササハラさん、ササハラさん!!』
オギウエの叫びは先ほどからずっと響いていた。
それでも、やめるわけにはいかなかった。私は・・・。あの方にお仕えする身なのだから。
例え・・・何かしらに歪んでいるとしても。それは関係はない。
『オギウエさん、オギウエさん!!』
しかし、少しの自己嫌悪が走る。これでいいのか?よかったのか?
ジムの叫びを聞きながら、そのまま引き上げられる二機。
そして、二機を収納した後、艦船は徐々に、徐々に上昇していく。
ササハラは叫ぶ。空を震わすほどの大きな声で。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
何が守るだ!何が戦場へ出さないだ!
兵器の影響がなくなった荒野に、慟哭が響いた。
「・・・そうだ!コーサカ君!」
少し呆然とした後、あの攻撃を受けたコーサカに意識が移る。
とりあえず生死を・・・、いや、きっと生きてるはずだ。
コクピットから飛び降りると、崩れ落ちたガンダムのほうへと向かう。
「コーサカ君!コーサカ君!」
「だ、大丈夫・・・。」
声が漏れる。その声の元へ近づくと。
どうやら、間一髪コクピットの直撃は免れ、下半分の方に彼は座っていた。
とはいえ、破片でぶつけたのか頭から血が出ていた。
「コーサカ君!」
「大丈夫、軽いよ。それよりも途中で反応が消えたらしい隊長の方が心配だ・・・。」
すると、機能の生きていた通信機器に連絡が入る。
『お前らこれるか!?』
その声の主はタナカだった。非常に緊迫した声だった。
「は、はい!」
『あの船がいなくなって、あの変な感覚がなくなったってことは終わったんだな!
はやくこい!マダラメがやばい事になってる!』
ザクのところに走ってたどり着いた二人が見たのは無残にもコクピットがつぶれた光景だった。
クガヤマはガンタンクUで乗り付け、すでにタナカと共に作業をしていた。
「ま、マダラメさんは!?」
「わからん!早くこじ開けんと!」
そういったタナカは作業用の道具をあれこれ渡し、すぐに全員で捜索に移る。
「くそ、くそ!」
この上、死者まで出たら!その感情をぶつけながらひしゃげた金属を引き剥がしていく。
「どうだ!?いないか!?」
コクピットの椅子が見えてきたにもかかわらず、姿が見えない。
「ゥ・・・。」
「声が!!」
よく見ると、コクピットのしたのスペースにマダラメががもぐりこんでいる。
おそらくあの瞬間に体を滑り込ませたのだろう。しかし・・・。
「手が!」
右手が金属の破片に挟まってしまい、ひじ下から潰れていた。かなりの出血だ。
他にも破片が体に埋まり、全身が血で覆われていた。
「速く!速く医務室へ!!」
田中が叫ぶ。そこに、丁度第801小隊の母艦が到着した。
「・・・大丈夫です。容態は安定してます。」
あの後、すぐさま担ぎ込まれたマダラメは、腕の縫合、輸血と治療が施された。
しかし、腕の方は元には戻らないだろうと、オーノはいった。
医務室の前の廊下にて、皆は沈んだ表情になる。完全な敗北。そういってもいい。
様々なものを失ってしまったのだ。
「あの状態だと・・・。あと2、3日目を覚まさないと思います・・・。」
オーノは悲しそうな表情で皆に伝えた。
「・・・ちゃんとした治療受けさせないとな・・・。」
タナカが苦い表情で呟く。
「・・・なんなんだよ、あの変なのは!!」
皆が思っていた怒りを吐露するサキ。
「・・・・・・おそらくあのMAに搭載されていた兵器だよ。
オギウエさんが大丈夫だった理由もここにあったのかもしれないね・・・。
パイロットである彼女だけには耐性があるのかもしれない・・・。」
きわめて冷静に、コーサカはおそらく当たっているだろう予想を述べた。
「・・・そういうことか。あいつらがオギウエさん狙った理由は・・・。」
ササハラが悔しそうに壁を叩く。その姿に皆は目を伏せるしかない。
「でも、ササハラ君、動けてたよね。何で?」
「え・・・。ああ、これ。オギウエさんからもらったの。これが光ったら・・・。」
「それって・・・。」
そのペンダントをまじまじ見るコーサカ。
「・・・これ、借りてもいい?大丈夫、ちゃんと返す。」
「・・・うん。」
いつにない真剣な表情を浮かべるコーサカに、それを渡すササハラ。
ガチャ。
閉まっていたはずの医務室の扉が開いた。
「ま、マダラメさん!」
「何をしてるんですか!安静にしててください!」
「お、お前ら・・・戦況は・・・。」
オーノの制止を振り切り、マダラメは青い顔で睨みを利かせる。
「・・・ガンタンクUを除き三機全壊。
また、ジムキャノンで出撃した・・・オギウエさんがそれごと拉致されました。」
ササハラがすぐに報告を行う。オギウエの事を言う瞬間に少しためらいがあったが。
「死者は・・・?」
「一番危ないのは隊長です!安静にしててください!」
そう叫ぶササハラ。しかし、マダラメはさらに睨みを利かす。
「・・・おとなしくしてられるか・・・!拉致、されたんだろう!
追いかけるぞ!どこにいったんだ奴らは!」
「上・・・です。」
そう、コーサカは呟く。
「上・・・?宇宙、か!?」
マダラメは驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、重力圏からの離脱が可能なのか?」
「ええ、敵の輸送艦は可能だったようです・・・。そのまま上に・・・。」
「くそ!」
動く手の方で扉を叩くマダラメ。そこに、サキが口を挟む。
「・・・宇宙には、いけないの?」
「・・・無理だな。我々にはその手段がない。・・・・・・本部からの許可が出ない限り。」
重力圏からの離脱、というのは口で言うほど生易しいものではない。
普通ならば、シャトル台、HLVというものを使う必要性がある。
そのようなものは、今現在宇宙への侵攻が進んでいる現在易々と借りられるはずもない。
「・・・無理じゃないよ。」
ビクゥ!とその場にいた全員が驚く。声がした方にはいつもの大隊長。
「だ、大隊長!いつの間に!」
驚きのあまりに口をパクパクさせるマダラメに、大隊長はにっこり笑う。
「君はとりあえず寝てなさい。」
「ど、どういうことですか?」
もう、大隊長がなぜいるかはどうでもいい。
ササハラにとって「宇宙にいける」事実の方が重要だった。
「うんそう、我々は宇宙に行くんだ。」
ササハラの焦る顔に大隊長はいつもの飄々とした言葉使いで返す。
「え、それって・・・。」
「とりあえず西の砂漠、ニッポリシャトル基地へ向かおう。
細かい事は道々、ね。あ、そうそう、マダラメ君。」
「はい!なんでしょう!」
何かの指示かと緊張した面持ちで敬礼するマダラメ。
「早く寝なさい。」
そういうと、大隊長はゆったりとしたペースで去っていく。
その言葉に緊張の意図が切れたのか、がっくりと崩れ落ちるマダラメ。
「早く戻りましょう!」
「ああ・・・。すまん・・・。」
オーノとタナカに抱えられ、マダラメは医務室へと戻っていく。
そして、他の皆は大隊長の後についていくしかなかった。
「フフフ・・・久しぶりだね、オギウエ。」
「ナカジマ・・・!!あんた・・・。」
後ろ手を縛られたままオギウエはナカジマの前につれてこられた。
すでに艦は宇宙へと達しており、今、皇国の本隊へと移動しつつあった。
「フフ・・・。話に聞いたよ?記憶、飛んでるそうだね。
これでも思い出さないかな・・・?『お帰り、チカ』。」
「・・・ああ!ああああああああ!!」
オギウエの顔が驚愕、そして悲痛な表情に変わる。
「記憶、やっぱり封印されてたんだね。博士、やってくれる・・・。」
そうはいうものの、その顔は笑みで歪む。
「博士は!マキタ博士はどうした!?」
そう叫ぶと、オギウエはナカジマを睨む。
「安心しな?一番心の休まる場所に行ってもらったからね?
あんたを兵器ごと逃がしたその日にね。相棒も一緒に・・・ね。」
「ま、まさか・・・!」
「フフフ・・・。あと、向こうの連中に変なこと吹き込まれたみたいだね?
大丈夫だよ、貴方の望む貴方にしてあげるから・・・。」
そういうと、オギウエを抱きしめるナカジマ。
涙ぐむオギウエは、力も入らない。
「さあ、この子を研究室へ。遠慮はいらない。この子が望んでいるのだから。」
そう、部下に冷酷な表情に変え指令を出すナカジマ。
オギウエには解っていた。このあと何が起こるのかも。
しかし、それは他人を犠牲にしてまで戦いから逃げようとした自分の罪なのかもしれない。
それでも。
「ササハラさ・・・ん・・・。助けて・・・。」
オギウエの胸元では、ペンダントが揺れていた。
砂漠のシャトル基地へとたどり着いた第801小隊を待っていたのは
なかなか発射しないシャトルだった。
ようやく発射が迫るころ、皇国軍『砂漠サソリ』の襲撃が始まる。
基地の防衛隊がやられていく。
その最中、唯一動くガンタンクUでクガヤマは飛び出す。
次回、「孤軍、奮闘」
お楽しみに。
219 :
204:2006/03/12(日) 02:28:25 ID:???
今日、ふと思った事
やっぱり集中力って大事。眠いと色々ミスする・・・。
いよいよ宇宙(そら)に上がるのか、801小隊。
でも予告編によれば、クガヤマ留守番っぽいな。
そんなとこまで原作に忠実にしなくても…
毎度毎度のスレ汚し申し訳ありません。
すごいですなぁ、良SSが続出じゃないですか。投下のタイミングを見失ってしまいましたわ。レヴェル高杉。
せんこくげんしけんの続編ですが、タイムトラベル中心では御座いません。
テーマは「劇場版的ドタバタ」。
日常とは違うイベントに巻き込まれる中での「ドラえもん」的友情再確認。普段の殺しの技が通じない「必殺!」的ピンチなど……それをげんしけんの皆様でやってみたいと思いました。
そのため、舞台設定に都合がいい「先刻現視研」の続編となり、話は破綻しまくってます。
前回と同じでおそらく全3話(汗。今回は8レスで投下させていただきます。
よろしくお願いします。
【2005年8月8日/19:45】
斑目は力なくアパートのドア開けた。一日の仕事を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。
疲れる一日だった。仕事で、ではない。
いつも通りに現視研部室で昼食を取っていた時、大野がアメリカ人を連れてきたのだ。しかも2人も。しばらく自分一人での対応(というか流されるまま)だったので、午後のスタミナも奪われるような脱力感があった。
後でやってきた咲は、自分とは対照的に流暢な英会話で会話をしていたというのに。
斑目は虚空をうつろに見つめながら、「ケョロロ将軍ねえ……」とまた独り言。話題のアニメが気になるわけではない。彼女と自分との能力格差が、今頃になって心に小さな穴をつくっているのだ。
「あ〜あ、かなわねーなァ!」イスの上で背伸びをした斑目は、1枚の封筒を手にしたが、中の「あの写真」を取り出すことはなかった。「眺めたところで、何が変わる……」
斑目は自分の気持ちを高ぶらせ、憂鬱な気分を珍しく速攻で振り払った。
「ええい、気を確かに持て。そんなことはどうでもよいではないか! 立てよ俺!」
12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何になる。斑目はギラギラした目つきでコミフェスのパンフレットに目を通しはじめた。
その中でひときわ目立つ告知は、同人誌の“業界”を席巻する大物「Hi」のもの。ここ2年ほど、801をメインに、大物作家を使って次々に流行を生み出すプロデューサー的な人物だ。「Hiは、今年は801だけか…」
その時、急にデスク上の携帯電話が小刻みに震えだす。ディスプレイを見て小首をかしげた。
「公衆電話…?」
電話に出ると、『斑目、斑目か?近藤だけど!』と、うろたえた様子の声が聞こえてきた。アニ研OBだ。
「あー近藤さん、久しぶり。どう?仕事の方は慣れた?」
『それどころじゃないんだ。サークルが変だ。OBの手には負えん……アニ研も“すでに押さえられた”。俺は明日大学事務に相談する』
「何の話?」
『気をつけろ……狙いは現視研の……』
(ガガッ!……ガチャ!!)「近藤さん?」
(ツー…、ツー…)その夜、再び電話がかかってくることはなかった。
【8月9日/11:30】
夏期休講中。直上からの日差しがコンクリートを焼き、日陰のコントラストをハッキリとさせている。ジワジワ、ジージーとセミの鳴き声は止むことがない。
人気の少ないサークル棟3階の現視研部室では、団扇を片手に語りあう笹原と荻上の姿があった。夏のコミフェスで大野が売り場に立てなくなったので、急きょ2人で会合を持つことにしたのだ。
笹原は、「今回の主役だから」とテーブルの一番奥に荻上を座らせ、自分はその右手に座った。
笹「まあ、ちょっとした動きの確認だけだからね」
荻「はあ」
笹「それにしても今年は猛暑だね。地球温暖化だね…ははは」
荻「そうでしょうね」
座る位置からちょっとした話まで、気を使っている笹原と、愛想の無い荻上の、たわいもない会話が続く。
そこに、「ここで良いから寝かせてくれぇ」とうめきながら、咲がやってきた。まだまだ自分の店の開店準備で忙しいらしく、目にクマを作って疲労困憊の様子。
が、笹原と荻上しかいないことに気付き、「あらあらー、2人で何やってんの?」と、笹原の向かい側に座ってさっそく茶々を入れる。
「打ち合わせです」と味も素っ気も無い荻上。咲はニヤニヤしっぱなしだ。
何かを期待している。荻上にはそれが嫌なほど感じられる。(先輩誤解してる)とは思う。しかし、(自分自身はどうなの?)(嬉しくはないの?)と自問するが、怖くて自分の心に素直になれなかった。
ガチャ、部室のドアが開いた。
「や〜久しぶりだね」と、顔をのぞかせたのは、なんと“あの”原口だった。
「!?」あまりに意外な人物の登場に3人は言葉も無い。むしろ(コイツいまだに学内ウロウロしてるのか)とあきれて言葉も出ない。
笹原は先日、荻上の部屋での打ち合わせで、「結局あの人どこで何してっかわかんないし」と原口を評したばかりだった。
全ての人には見えない線が繋がっていて、想ったり噂したり、何かが起きた時に、その線を通じて相手に通じるという話を聞いたことがある。「虫の知らせ」なんかもその類いだという。笹原は、その話を思い起こして自分の発言を後悔した。
「……何か、用ですか?」と訪ねる笹原は無視して、原口はドア直近のイスにどっかり腰を下ろし、荻上に向けて言葉を発した。
「荻上さんだっけ? “あなたのとなりに”はもうミナミ印刷に入稿したんだっけ?」
荻上の表情が青ざめる。まだ笹原にも大野にも伝えていない自分の同人誌のタイトルではないか。「!?……なんでソレを知ってるんですかッ!?」と声を荒げる。
原口は、気にも留めず、「麦男×千尋というのは使い古されたパターンで新しさはないけれど、キミの画力で見せてるよねぇ。あれはね、しっかり宣伝すれば売れるよ」と続けた。
もう荻上は言葉が出ない、両肩はワナワナと震え、原口をにらみ据える瞳には涙がにじんできた。
(……誰にも見せてないのに……あの人にも決して見せないと……)
(汚された!)
ガタンッ!とイスを弾き飛ばすように立ち上げる荻上を、咲が支えるように押しとどめ、「アンタ、ちょっと無神経じゃねーの!」と原口に向けて口を尖らせた。
「ああ、ごめんごめん、あんまりいい出来だったんでね。もったいないよね。小さな印刷所で50程度の発行部数なんて、儲からないよ〜」
傷つけられた人間への配慮はまったく感じられない。
原口は本題に入った。
「そこでね、僕のツテで、トッパンで1万5千部印刷させてあげるよ、ミナミ印刷発注分は僕が買い取るから心配いらないよ。それでもまだ利益を得られるんだからね」
笹原は驚いた。編集者を目指す上で印刷業界のことも少しは勉強している。トッパンといえば日写と並ぶ印刷業界最大手ではないか。しかも1万5千なんてベラボーな数字だ。大手で個人誌を大量印刷なんて前代未聞、いや不可能だ。
思わず、「……そんなこと、できるわけないじゃないスか。第一、荻上さん個人の趣味の本ですよ。売るために作るわけじゃない……」と、腹の底から絞り出すような低い声が漏れた。
「それは売り方を知らないからだよ。君はいつまでもオナニーだな」原口は切り捨てるように返し、「聞いたことないかなあ。2年前から同人業界で新しいムーブメントを作ってる“Hi”って。あれ、僕なんだよね」とサラリと言った。
「大物作家に2、3原稿上げてもらってるから、そこのメインに荻上さんのマンガを入れる。さっそく刷って、製本を行ってギリギリで出す。僕がプロモーションをかけるから売れるよ〜」
荻上を売り出す気らしい。
笹原はいい加減腹が立ってきた「荻上さんのことを何も知らない癖に、何を言ってるんだ!」強い語気で迫った。
「知ってるよ。少なくとも3年前からね……荻上さんが何を書きたいか、キミより理解しているつもりなんだけどね」
原口は、自分のカバンから、古ぼけた一冊のノートと同人誌を取り出した。
「!!!」荻上は驚愕する。原口が持っているノートは、今、自分の手元にあるノートと全く同じ物……。
いや、ノート自体は市販品だから「同じ商品」かもしれないが、それと一緒に掲げられたのは、まだ印刷もされていないはずの、同人誌「あなたのとなりに」製本版ではないか。
荻上は、ふらふらと後ずさりし、気を失いそうになった。咲も立ち上がって背中を支える。笹原も無意識に立ち上がっていた。
原口は続ける、「ボクならキミをメジャーにしてあげられるんだよね荻上さん。プロになれる。儲かるよボクと組むと」
荻上は気力を振り絞り、「誰があなたみたいなオタクと!」と叫ぶ。
「出版社にもアタリは付けてるんだ。友達にキミの腕前なら買ってもいいっていう編集者も居てねぇ。現役大学生作家として大いに売り出そうよ」
「嫌!」荻上は涙をポロポロと流しながら叫ぶ、もう立っているのもやっとだ。
笹原は、普段の彼からは想像もできない刺すような視線を向けて、「原口さん……帰ってください」とだけ呟いた。咲も怒り心頭の表情を向ける。
席を立つ原口、「仕方が無いなあ。もちろん学生の間は、現視研の活動扱いにして利益を還元してくれれば、学内サークルも大いに助かるんだよ?」
「だからッ……」原口は叫びそうになる笹原の発言を押しとどめ、フゥとため息を付いて目を細める。
「残念だけど、ゴネるようなら君たちは“解散”…だ」
ドンッ!とドアが乱暴に開き、見知らぬ男達が部室に入ってきた。3人、黒塗りのマスクをかぶっている。
咲「はい? マスク? 何コレ?」
原口は部室占拠の暴挙に出た。「サークル自治会といくつかのサークルは、ボクの提案に賛成してくれてね」と語る。
マスクマンは助っ人だ。「あんまりゴネるとこちらのプロレス同好会の皆さんが黙っちゃいないけど?」と強気に出た。
異様な緊迫感が部屋を包むなか、ガチャ! とドアが開いた。
「イルチェーンコ!シェフチェーンコォォォォォオ!ヘローヘロォ!」と体いっぱいに己の精神性を表現しながら朽木が現れた。
部屋中の誰もが、マスクマンの皆様も、朽木の狂態に顔中に汗をしたたらせて耐えた。
「アレ……ドシタの皆さん? おおっ、スーパーストロングマシン(マスクの人)が3人も!」朽木は状況が飲み込めないまま一人で盛り上がり始めた。
この隙をついて、咲は荻上の手を取り、腰を低くして男達の前をすり抜けた。「ササヤン!」と叫ぶ咲の声に反応して、笹原も駆け出す。しかし咲に連れられた荻上は足がもつれ、原口に肩を掴まれた。
「!」咲は荻上の手を離してしまう。
ドアから出かかった笹原が手を伸ばす。荻上も思わず手を伸ばす。
「荻上さん!」「ささは……ッ!」
しかし、視界にガタイの大きなストロングマシンが横切り、二人の手は振払われた。
笹原の片手は咲に引かれて部室の外に、訳も分からずその場の勢いで走る朽木を先頭に、咲、笹原は部室を飛び出した。
騒ぎが収まった部室を、サークル自治会長の木村が訪れた。左手が不安げにTシャツの端をいじっている。
「こ、これで良かったんですかね」という木村に、原口は、「みんなの利益のためだからね〜、一部の人には我慢してもらわなくちゃね」とにこやかに笑った。
「じゃあ、今日からここは、“新現視研”ということで。あ、木村君、アニ研から沢崎君呼んできてよ。彼にここを任せるから」
どんどん話を進める原口の傍らで、荻上は抜け殻のように放心状態で座っていた。男達が騒がしく右往左往する中で、彼女だけ時間が止まったように動かない。ただ涙だけがスルスルとその頬を伝って落ちた。
視線の先には、まだ製本されているはずのない「あなたのとなりに」が1冊、無造作に置かれていた。
【8月9日/12:05】
昼休み。斑目はいつものように部室に向かう。しかし今日は、前夜の電話が気掛かりで、誰かが部室に出てくるのを期待していた。
サークル棟に向かう道すがら、別の門から学内に入ってきた恵子とバッタリ出くわした。
「あ、君もこれから部室デスカ」
「悪い?」
斑目は、(コイツじゃ事情は分かんないよなあ)とうなだれながら再び歩き始める。恵子は斑目の少し後ろを歩き、携帯をいじったり、無意識に斑目の手に揺られているコンビニ袋に視線を落としている。
別に語ることもなく、2人がサークル棟の階段を上り始めた時、恵子が沈黙を破った。
「あのさー」
「はい?」
「本っ当にこのサークルって合宿する気ないの?」
斑目は、階段を登る歩みを休めることなく、「この前も言った通り、我々にとって夏といえばコミフェスですよ。合宿にまわす金などない。あと……俺OBだよ。決定権ないし」と、素っ気なく答えた。
「第一、キミは他にも夏にアチラコチラへ連れてってくれるイカツイお友達くらい沢山いるでしょうに!」
ちょうど踊り場にさしかかった時に、寂しげな口調で答えが返って来た。
「ココの面子だから、いいんじゃん……」
斑目は立ち止まり、ハタと恵子を見て(あ、俺また無神経なこと言っちまったよ……)と自分の舌禍を後悔した。
恵子は慌てて、「あー、ホラッ、何はなくともコーサカさんいるし……」と取り繕ったが、すぐに、「……まあ、最近は何つうか居心地がいいんだよね。みんないい奴ばっかりだし。キモイのもいるけどね……」と本音が出た。
(素直なんだな)斑目は少しばかり恵子を見直し、「ああ、俺もだな。居心地いいのは同感だ」と、自分の気持ちを吐露した。
「だから就職しても寄生してるんだ」
「キミウルサイ」
階段を上り切って3階の廊下に出た時、斑目の背後でヴヴヴッという振動音が聞こえ、恵子が携帯を取り出した。
「あ、ねーさんだ」との言葉にピクッと反応する斑目だが、部室の近くで3、4人の男がざわついているの見て立ち止まった。
直後、恵子が斑目の半袖ワイシャツの端をクイッと引っ張った。
「何か、ヤバいみたいよ……ねーさんが部室に近寄るなって」
「もう、遅いんじゃないかなァ?」
すでに斑目の前には、久しぶりに目にする“嫌な男”が歩み寄っていた。
【8月9日/12:20】
「新現視研!?」部室前の廊下で原口の話を聞いた斑目は、耳を疑った。
「同人誌の件、荻上さん自身は納得してるんですか?」「ほかの現視研メンバーの同意は?」との質問にも原口は、のらりくらりと答えるばかり。鈍い斑目でも、昨晩の近藤の電話はこの件だったのかと推測した。
原口からは、「まあ斑目も、いつまでもこんな所をウロウロしていないで、仕事に戻ったらどうだ」と、痛いところを突かれた。(あんたも社会人じゃねーのか?)と心の中で突っ込みつつ、斑目はいつも通りの低姿勢で穏便にやり過ごそうと話をしていた。
納得いかないのは恵子だ。
「斑目サン、誰よこのデヴ!」
原口は細い目をさらに細めて恵子にらみ付けてから、斑目に向き直り、「何だ、この躾のなってないコギャルは?」と問いただす。
「笹原の妹デスよ……」
恵子は収まらない。「斑目もこんなのに敬語使う必要ないんだよ。ふざけんな“せっかくの居場所”をかき回すんじゃねーよ!」と噛みつく。
「居場所?」原口が反論する「この現視研は君らがタムロするための場所じゃないんだ。もっと有効に“活用”するために整理させてもらったんだよ」
部室のドアが開き、斑目にとって見覚えのある顔が出てきた。沢崎“新会長”だ。
驚く斑目に沢崎は、「今日のところはお引き取りください。あなた達学外の人間にとやかく言われる筋合いはないんです」と話に割って入り、「原口さん、ちょっと……」と呼んだ。
斑目は、原口の「さ、帰ってくれ」の言葉に黙ってうなずき、「ハイハイ、分かりましたよ……」と言いかけて、沢崎が空けたドアの向こう、部室のテーブルの一角に、無表情で座っている荻上の姿を見た。
荻上も、ハッと隙間から覗く斑目に気付き、2人の視線が交錯した瞬間、ドアは堅く閉ざされた。
斑目は険しい顔つきで、ドアの向こうをにらむ恵子の腕を取り、来た道を引き返しはじめた。
(今日の午後は代休になっちまうな)と斑目は思った。恵子の携帯に入ったメールには『学内にいる現視研は稲荷前に集合セヨ』とあったのだ。
部室内で沢崎は、部室の鍵を取り返す必要があるのではないかと原口に尋ねた。
「今日来ていた誰かが持っているかも知れないな。捜させよう」こうして原口の息のかかったサークルが、大学内で現視研を追いつめるべく動き出した。
【8月9日/13:00】
椎応大学の主な出入り口は、サークル棟に一番近い東端のテラス門、近所の動物公園につながる北門、そして南側の正門、西門の4カ所がある。
原口・沢崎による新現視研と一部サークルは、現視研メンバーの脱出を許さない構えだ。同調するサークルの人間が、普通の素振りをしながら見張りに立っていた。
しかし、その「見張り」が問題だった。
みんなプロレス同好会謹製の「スーパーストロングマシン」マスクを着用しているのだ。しかも緑色、量産型だ。実に分かりやすい。
椎応大学内には、緑豊かな茂みの中に、稲荷の小さなほこらが建てられている。咲、笹原、朽木はそこへと逃れていたが、話題は“追っ手”の容姿に及んでいた。
咲「あいつら、本当に馬鹿なんじゃないの?」
朽木「いやいや、悪の組織に量産型戦闘員は不可欠でありマス!」と朽木が目を輝かせる。
咲「悪ってオイ……」
朽木は、「あの人もなんだかんだ言ってオタクですなぁ……」と、原口を評した。
「ではさっき部室にいた黒いマスクは“三連星”ってことデスカ!ウヒョー!誰が踏み台になるんですかねぇ!」
話がドンドン暴走していく朽木は無視して、笹原は、「荻上さんを助けないと」と歯ぎしりした。
その後ろで朽木は、ガサガサとカバンから何かを取り出しはじめた。
咲「アンタこんな非常時に何遊んでんのよ」
朽「イヤイヤ誤解はナッスィングですよー」
朽木が持っていたのはトランシーバーだ。運動関係サークルが常用する無線の周波数はすでに知っているというのだ。
「うちの大学はよく駅伝出てるデショ。この回線を知ってると、連絡内容が聞こえたりして面白いんですヨ」
驚かされる咲、というかあきれていた。(コイツ盗聴まで……)
笹原「なるほど、相手も大人数だから携帯じゃ連携とりずらいし。無線を使いそうだよね」
咲「でもクッチー。あんたいつもそれ持ち歩いてんの?」
朽木は都合の悪そうな質問はスルーしつつ、鼻歌を歌いながら通信を傍受した。
「それほど人数はないみたいですな。サークル棟自体は見張りが少ないですニョ」
「そう…」咲はフーとため息をつくと、「あいつら何とかギャフンと言わせて、荻上取り戻さなきゃね」と呟き、笹原は無言でうなづいた。朽木はまた鼻歌を歌っていた。
予告編 ※BGM:ガクト(嘘)
(カミーユ調で)「ハラグーロ!! 貴様はオタクの浪費の源を生むだけだ!!」
邪道SSの正統なる続編、望まれもしないのに登場!!
“新現視研”に囚われた荻上奪還作戦が始まる!!
「Zせんこくげんしけん/オタの鼓動は萌」
続編の第一部、やってしまいましたスミマセン。
一応突っ込まれる前に説明(申し開き)しておく点をあとがきに。
時期的には、原作第40話の直後です。「ケョロロ将軍」は同じ回のおまけ4コマより。
椎応大学の入り口や稲荷の祠ですが、椎応のモデル=中央大学に実際あるものを基にしています。勝手な設定スミマセン。
サークル自治会の木村君はオリジナルキャラではありません。ある場所にちゃんと出ています。原作を読み込んでいる人はすぐに分かるかも。
オリキャラは没個性にということで、同調サークルの皆さんはみなマスク着用です。真夏なのに……。
ちなみに最初に部室を荒らした黒マスクのプロレス同好会の三人は、同じ学年です=「黒い三年se…(ry
導入部の今回は、やや鬱な展開になってしまいました。原口の精神攻撃にヤラレル荻上を見たかったもので……。
801小隊でも荻上が捕われてしまいましたね。
> ササハラは叫ぶ。空を震わすほどの大きな声で。
たまりませんねー!ここ大好き。
長々と失礼しました。ではまた。
>Zせんこくげんしけん
いやーこちらもバトル展開ですか、燃えますなあ。(この場合は萌えるではない)
原作読み直して確認しました、木村君。
なるほど彼が会長になったんですか。
北川さんに比べると頼りねー、ハラグーロにつけ込まれるのも無理ないな。
あとはクッチーと笹原の活躍に期待したい。
逆切れクッチーが3人相手に大暴れ、錬金術身に付けた(油ふくんで口から火を吹くだけ)笹原も大暴れ…
スンマセン、チト無理がありました。
次回を楽しみにお待ちしてます。
激しく後悔。
何が?
>Zせんこく
なんじゃこの展開w
こんなマジバトルありですか!?w
でもちょい思うのはハラグーロから見たらおそらく荻上の本も「僕はいらないかな」
っていっちゃいそうだわさ。そういうところ突っ込むのは野暮ってもんですがw
どんなバトルが繰り広げられるのか。期待して待つ??
>>232,235
ありがとうございます。
ただ、ご期待のバトル展開ですが、さほどバトルらしいバトルの展開は期待しないほうが…(汗
彼らはあくまでオタクですから、たいした武力を持たない彼らなりに戦います。
水差してすみません。
でも、バトル要員はしっかり存在してます。
>僕は要らないかな
ごもっともです。原口がオギーの本に価値を見いださなければこんな話は成立しませんので、ご容赦ください。
237 :
マロン名無しさん:2006/03/12(日) 18:18:02 ID:eSER087k
>>801小隊
くはああーーーーー!!!毎度ながら燃えますなあ!!
斑目生きてて良かった…ああ、でもひどい怪我を…(泣)
怪我をかえりみず状況を聞き、「助けにいこう!」と提案する斑目…(号泣)
笹原の、空に向かっての慟哭、胸にせまるものがありました。
荻上さんの過去話(801小隊編)もあるのでしょうか。楽しみです!
次回の久我山編も期待してます!
>>Zせんこくげんしけん
うわうわ、なんかすごい展開!さすが劇場版!
「あえて」ここまで設定で遊んでみるところがおもしろいですよ!
SSだからこそ、遊べるんですもんね。
さて、ワシも木村くん発見しますた。3巻ですね?フフフフ
すぐに分かってしまい嬉しい反面、そんな自分にどっ引き。
せんこくさんのファンとして、wktkしながら続き待ってます!!
ガノタとしてはZせんこくげんしけんは3部作にして
1)現視研を継ぐ者
2)オタクたち
3)萌えの鼓動は愛
とかなったら体の色々な穴から色々な汁が出るくらい興奮するかもしれんw
>>801小隊11話
別離のシーンは涙を誘いますね。切ないーーー。
しかし話が宇宙に…まだまだ続くようで楽しみです!
>>Zせんこくげんしけん
第一話は導入部で、いったん沈むところですね。
しかしここまで超展開になるとは…!!
原口は自分の好みよりも商品価値で判断するから良いんじゃないでしょうか。
荻上本は、スー&アンも大野さんも認めるクオリティですしw
ハラグーロの場合、「作家ごとお買い上げ」or「僕は要らないかな」(HUNT OR DUST!)
の極論二者選択だと思ってたんで、本だけじゃなく荻上本人にも粉かける展開であるなら、
元の本自体がオナニー志向でも無関係に「これは買い」になるんじゃないんですかね。
げんしけん本への「僕は要らないかな」は本のレベルのみならずその志向に対しての言葉だと思いますし。
(積極的に売る気が感じられない上に自分のアドバイスにも耳を貸さなかった点に対して)
なので、俺的にはこの展開は大アリだと思うですよ。
>>239>>240 なるほどー。商品として、ということですか。
それなら納得できますね。
なんにせよ次回が楽しみなのは変わりないですww
度々のスレ汚しスミマセン。
2話目、行きます。10レス予定です。
いろいろ苦しい部分がありますが、どうかご容赦ください。
【2005年8月9日/12:50】
話は遡るが……。
大野はこの日、スージーとアンジェラを再び大学内に連れてきていた。
咲から、「キケン、大学にクルナ」と短いメールが入り、続いて簡潔に状況が知らされた時、すでに大野達は大学に来ていた。
「もう遅いんですけど……」
引き帰そうにも、正門には、野球のユニフォームを着て緑色のマスクをかぶった怪しい人物がこちらを見ている。
マスク男が近付いて来た。
旧現視研メンバーと思われる不審者を捕まえようというのだが、マスク男自身が不審者そのものである。
逃げることもできず、「あうあうあ……」と、うろたえるばかりの大野。
アンジェラは隣で、「What is it festival today? I want also to wear that Mask.」と誤解して笑っている。
マスク男が声を掛けようとしたとき、その後方から、「あー、いたいた! 何をしてたんですか“ヨーコ”さん!」と声がした。
スーツを着込んだ元漫研のOB、高柳が息を切らして駆け込み、大野達とマスク男の間に割って入った。
高柳は強い口調で、「彼女達は文学科のブラッシー教授のお客さまと、その通訳のカンナヅキさんだけど、何か用かね?」と切り出し、さっさと大野、アンジェラ、スーを連れて行った。
ある程度歩いて立ち止まった一行。高柳は、斑目同様に近藤の電話を受けて異変を知り、大学に様子を見に来ていたのだ。
大野は両手で高柳の手を取り大げさすぎるくらいに礼を述べた。
思わず赤くなる高柳は、「大野さんのためだからねー。ひとまず漫研へ行こう。あそこはまだ中立だから」と案内をかって出た。
ホッと胸を撫で下ろす大野だったが、直後に恐ろしいことに気が付いた。スーの姿が見当たらないのだ。
傍らのアンジェラは、「It is safe. She comes back sooner or later. 」と大して気にしていない。
「そのうち帰ってくるって言ったって……ノンキ過ぎよ」と嘆く大野であった。
【8月9日/13:15】
斑目は午後の急用をでっち上げて電話先の上司に必死に頭を下げ、恵子とともに行動を開始。咲や笹原と合流するために大学内の稲荷のほこらに向かう。
林の長い小道を歩く途中、ふと斑目が足を止める。ザワザワとした妙な違和感を感じるのだ。
一緒に立ち止まり、「どした?」と尋ねる恵子に、「悪ぃ、先に行っててよ。そのまま行けば春日部さん達がいるはずだから……」と応える。
キョトンとした恵子は、あー…と納得した素振りを見せ、「立っション?」とデリカシーのない一言をぶつけた。
斑目は、(これだから現実の女は……)と呆れ、追い払う手ぶりをしながら、「そういうコトにしといてよ」とだけ答えた。
恵子が道の向こうへと消え、斑目が周りを見回した直後、不意に、「どうしたの?」と声がした。
「うおっ!」驚く斑目の背後には、いつの間にか初代会長が立っている。
(この人は何者なんだ?)と思いつつ斑目が、「初代、いま大変なことに……」と切り出そうとすると、初代会長は、「うん知ってるよ。“だから僕も来たんだ”。で、どうしたの急に立ち止まって」と最初の質問を投げかけた。
「いやちょっと……変な感覚がしたものですから……」と斑目が答えると、初代は意外な言葉を返した。
「“もう一人の自分”に出会った時のような感覚かい?」
斑目の表情は一気に強張り、「なんで初代が“それ”を知っているんですか」と低い声で尋ねた。
(解説せねばなるまい。斑目の言う“それ”とは、「3年前にもう一人の自分と出会った」ことであり、この斑目は、前作での「斑目2002Ver」のその後の姿なのだ)
あの日以来、(あれは悪い夢、幻だったんだ)と思っていた。否、思うよう心掛けていた斑目だったが、「あのとき、見ちゃってねぇ」とアッサリ答える初代会長の言葉にがく然とした。
さらに初代は、「何故かは知らないけど、あの場に荻上さんがいたでしょ」と語る。
斑目は、3年前の自分が「斑目05」を問い詰めていたとき、近くで失神した女の子がいたことを思い出した。
「あれが荻上さん?」
初代会長は、混乱する斑目に、「僕の“仮説”だけどね…」と語り始めた。
初代が言うには、原口が持っていた荻上のノートと同人誌は、2005年から2002年に迷いこんだ荻上の物だという。
斑目2人が口論し、荻上が失神したときに、雑誌などと共にバッグから落ちたものであり、当時の斑目05が荻上を介抱する際に、拾い忘れていたもの。
3年分の情報や801に関する着想が記されたノートや雑誌、同人誌を拾った原口は、情報を精査してその後の801の流行を先取りした……。
「最初の1年は様子を見て、資料と現実の流行の相違を確かめた。後年は自分の知り合いの作家を動かして実際の流行を一歩先んじればいい。HiってHaraguchiの頭と末尾だね。ヒネリがないね、ふふ」
(この人、ハラグーロが現視研を訪れた時にその場にいなかったはずだよな?)と、思いつつも耳を傾ける斑目。仮説とはいえ、コトの発端が自分にあることに呆れた。
初代は、「しかしノートに書かれた3年分の蓄積が無くなろうとしている今、次の手を打ってきた。それが荻上さんの同人誌だよ。タイムスリップした荻上さんは、たぶん1、2か月先の人なんだろうね。だから完成された本がある」と続けた。
斑目「ハラグーロは、荻上さんが今年の夏に同人誌を仕上げるのを待っていたというんですか?」
初代「カネとヒトを動かし、待つ時は待つ。彼はそうした才能に長けているね。彼の居場所はオタクという消費者側ではなく、消費のシステムを作る側だよ」
初代は、「ここでボクから忠告」と人さし指を立てた。
「現視研は新体制で存続するらしいし、これも歴史の一つとして認めるか、抵抗するかは君らに任せるよ。ただし……」
斑目「ただし、何ですか?」
初代「時間は自然と同じで、厳然とした仕組みがあるとは思わないかい?」
斑目「はあ?」
初代「未来の情報が過去に流れてしまい、時間のパラドックスを大きく揺さぶった。ありえない事が起きれば、それを修正する働きも出てくると……」
斑目は、「ははは…“ネコドラくん”のタイムパトロールみたいなもんスか」と愛想笑いをした。
初代「そんな組織的ものじゃなく、ね」
斑目が質問しようとした時には、もう初代の姿は消えていた。
初代の言う、時間の“修正する働き”が何かは分からなかった。だが、(コレが本当なら、自分にはどうしようもない)という諦めの気持ちが心を支配しはじめていた。
【8月9日/13:30】
「悪い、遅くなった」
斑目が稲荷のほこらの前に到着した。恵子が、「ひょっとして“大きい方”?」とまたもヒドイ一言。
咲の携帯に大野から、漫研に退避していることが伝えられ、集まれるだけの人数で対策を協議することになった。
「じゃあ先輩、アレお願いしますヨ」と朽木に促された斑目は、「え? あーアレね。では、第1回部室と荻上さんを取り戻すにはどうすればいいのか会議〜」と、張りの無い声で号令を掛けた。
咲「この問題はうちらには大きすぎだよ。大学事務に訴え出ようか?」
笹「簡単に話が進むとも思えないよ。不利な情報を流されていたら…」
朽「いっそ真正面から玉砕を図るでアリマス!」
咲「1人で玉砕してろ。それにアタシらで喧嘩して勝てるわけないじゃん」
恵「でもあのデヴは一度シメないと気が済まないよ」
斑目は議論に加わろうとしない。それどころか、「……このままでも、いいんじゃないかなぁ」とポツリと本音が出た。
「嘘ーーーっ!?」周りが驚きの声をハモらせる。
斑目は(時の趨勢には逆らえない)と、及び腰になっているのだ。
「“決まったこと”には逆らえないんじゃないかな……荻上さんにとっても後々はメジャーになれて……」
「フザケないで下さいよ!」声を荒げる笹原。彼は荻上の涙を見ている。咲も同調し、「アンタそこまでヘタレとは思わなかったよ……」と嘆く。
斑目はチラリと咲を見た。
3年前に出会った「未来の自分」は咲に惚れていた。自分はそれに反発していたハズなのに、今、まんまと同じ轍を踏んでいる……。だからこそ「逆らえない」と感じてしまうのだ。
笹原は、苛立ちを隠せない。
「斑目さんはOBだから、直接は関係ないでしょう。でも僕らは現役ですし、荻上さんは大切な……仲間です。斑目さんの力は借りません。もう行きます」
朽木と咲も笹原に続いた。去り際、咲は寂しげな目を斑目に向けた。
去っていく後輩達、「春日部さん、高坂君と連絡取れる?」「どうかなぁ……」との声が次第に遠くなる。
斑目はしばらくうつむいていたが、ふと顔を上げると、恵子が残っていた。
「部室は居心地がいいって言ってたじゃん。取り返そうと思わないのかよ」
斑目は答えない。
「根性なし……」それだけ言うと、恵子は3人の方へと駆け出していった。
【8月9日/14:10】
現視研部室で、沢崎と荻上が向かい合って座っている。
沢崎「ところで荻上さん。“彼女”は知り合い?」
荻上「いいえ。知りません…」
2人の視線の先、入り口に近いロッカーの前に、スージーが座っていた。いきなり部室にやってきた彼女は、荻上たちを一瞥しただけで、後は一時間近く黙々と同人誌を読みふけっている。
荻上は、スージーとは前日に出会ったばかりだが、知らぬフリを決め込むことにしていた。
一方の沢崎は焦っていた。見張りの網をスルスルとくぐり抜けて、言葉の通じない外国人が部室に入り浸っているのだ。
ちょうど原口が留守にしていたので良かったが、彼が印刷関係の打ち合わせから帰ってきたら、自分が責任を取らされるのではないかと思っている。
「誰かいないですか?」沢崎は、廊下にいるはずのマスクマンを呼んだ。赤いマスクをかぶり、赤いポンチョを身にまとった背の高い男がやってきた。
沢崎「……何のサークルの方?(汗」
男「メキシコ文化研究会です」しゃがれた声が返ってくる。
沢崎「すまないけれど、この女の子を連れて行ってください」
スージーは、赤マスクの男を見上げて、「?」と首をかしげた。男はカタコトの英語で語り掛ける。
「さすがメキシコ文化研究会だ」と感心する沢崎に、荻上は(公用語違うだろ)と心中で突っ込んだ。
スージーと男の姿を眺める沢崎の横顔には、原口のような意地の悪さがないと感じた荻上は、「あなたは、何でこういう事をするんですか?」と尋ねた。
沢崎はためらいの表情を見せたが、「僕は現視研に入ったことがあるんだ。でも、春日部咲にひどい仕打ちを受けて、すぐにやめちまった」と答えた。
「春日部先輩、そんなことする人じゃないし……」との荻上の反論に、沢崎は、「事実追い出されたんだよ僕は」と、垂れた目をつり上げて反論した。
「さっきのコギャルが、ここが居場所だとか言ってたけど、僕はその居場所を追われた。こうして新しい会長になって、それを取り戻せたんだよ」
赤マスクの男は2人の会話に耳を傾けていたが、「英文科の学生のところに連行してきます」と、スージーの手を引いて部室から出て行った。
荻上と沢崎、そしてスージーの姿を、外から監視する視線があった。向い側の窓。サークル棟4階の児童文化研究会の部室からである。
【8月9日/14:30】
笹原、咲、朽木、恵子は、無事にサークル棟に侵入。児文研部室に匿ってもらっていた。2階の漫研よりも現視研の様子が掌握できるだけでなく、児文研自体が目立たないサークルだからだ。
「お茶入りましたよ」「あ、どうもすみません」「いいええ」
マターリとした室内で、朽木が絵本や児童文学の山に隠れるようにかがみ、双眼鏡を構えている。
その後ろでお茶をすすりながら、咲が笹原に問いかけた。「何かおかしくなかった? 私たち、あまりにも楽勝でこの部屋に来られたけど」
笹原も腕組みをしながら、「盗聴のおかげもあるけど、まるでルートを開けてもらったような……」と考え込むが、「罠だとしても、荻上さんは絶対に助けなきゃ」と、自分に言い聞かせるように力強く語った。
その姿を見て咲も表情を引き締める。
「じゃ、打ち合わせ通りに。手荒くて古典的だけど、やるっきゃないね」と言い、絵本に手を伸ばしている恵子に、「アンタも頼むよ」と声を掛けた。
恵子が緩い返事をかえす。朽木は双眼鏡を覗きながらブツブツと、「状況開始ヒトゴウサンマル時、ヒトゴウサンマル時……」と復唱した。
笹原はちょっと気掛かりな様子で、「春日部さんは、いいの?」と尋ねた。作戦内容に、ある不安がよぎっているのだ。
「大丈夫、私も腹くくったから!」
咲は心配そうな視線を振り払うように笑顔を見せた。
【8月9日/14:35】
漫研。高柳と部員らが外の様子を見に行き、大野とアンジェラが残された。スーが捕われたことは、児文研から連絡を受けている。
アンジェラは、『ホラネ、彼女の居場所はすぐに分かるでしょ』と笑う。「敵の手中にあるんですが……」との大野の呟きは気にも留めない。
高柳の前では、笑顔と感謝を忘れない大野だが、内心は、(会長である私を差し置いて新現視研だなんて。原口許さん!)と憎悪がトグロを巻いていた。
「私も何か役に立ちたいけど……」
ふと、アイデアが浮かび、田中の携帯に電話を入れた。すると慌ただしい声で彼が電話に出た。
「斑目から電話があって状況は聞いてるよ。今からそっちに向かうところ!」
大野は(斑目さんも動いてくれたんだ)と心強い思いがした。そして、携帯を握る手にグッと力を入れた。
「田中さん、お願いがあります!」
【8月9日/14:50】
斑目は、1時間以上、稲荷のほこらの側に座り込んでいた。(仕方ないだろ、こちとらただのオタクだ。何ができるっていうんだ……)
しかし、胸の中は後悔でいっぱいになっていた。咲の寂しげな視線が辛かった。恵子は最後に、涙ぐんでいたようにも見えた。
そうこう考えているうち、何やらまた妙な違和感を感じはじめた。
その時、「斑目晴信ッ!」との叫び声が林の木々を振るわせるように響き、斑目はビビって立ち上った。周囲を見回すと、50mほど先、小道の向こうに声の主と思われる人影が見えた。
身体全体が赤い、赤のマスクに赤いフード、いやポンチョを着込んだ男が拡声器を持って立っていた。メキシコ文化研究会の男だ。変な生き物を見るように男を凝視する斑目。
「俺を捕まえにきたのか!?」との問い掛けを無視した赤い男は、「この女、預けるぞ」と、後ろに隠れるように立っていたスージーを斑目の方へと歩かせた。
男は、「拡声器を使ったから、他の追っ手が来る前に動かないと、今度は本当に捕まるぞ」と言い残して姿を消した。
スージーが斑目の前にトボトボと歩み寄って来た。デフォルトで突き刺すような視線を向けてくる。「預けるったって、言葉わかんねーよ」と頭が真っ白になるヘタレ。
スージーは無表情のまま、「Circumstances are heard from him. (彼から事情は聞いた)」と声を掛け、手書きのメモを手渡した。
メモの先頭には、「8月9日行動レジュメ」と書かれていた。
【8月9日/15:10】
現視研部室では、原口が荻上をねちっこく説得していた。
「このままミナミ印刷から原稿をいただいてもいいんだよ。最悪、同意がなくてもね」
押し黙っている荻上。原口は言葉を続けた。
「ほら、笹原君だっけ? ボクが友達の編集者に掛け合って就職を便宜してやってもいいんだよ」
「!」荻上がハッとした表情で原口を見たが、すぐに、「そんなことをして喜ぶ人じゃありません!」と目をそらした。
見守る沢崎のトランシーバーから、ノイズまじりの音声が流れてきた。
『現視研らしき人物を講堂前で発見の情報あり、柔術サークル、野鳥観察同好会は現場確認に急行せニョ!』
「二ョ!?」原口、沢崎、荻上の3人は思わずハモった。
【8月9日/15:25】
咲は、サークル棟内でも人の気配が無い、1階角の空き部屋の前に来ていた。
屋内を見回っていた柔術サークル、野鳥観察同好会は、朽木の虚偽情報でおびき出してあり、この場所までくるのは容易だった。
カチンッ、カチンッ、カチンッ……。咲は物憂げな顔で、久々に手にしたジッポーのフタを開け閉めしている。
「あの日」以来、ジッポーは自分を戒めるためにカバンの中に入れてあった。それを、こんな形で使うとは……。
カチンッ、カチンッ、カチンッ……。無意識の動作は続く。携帯が鳴った。電話の向こうから「ねーさん、準備できたよ」と、恵子の声。彼女は咲とは別の場所で、同じ行動を取っていた。
サークル棟内で小規模のボヤ騒ぎを起こそうというのだ。周りに延焼するものがないことを確かめ、壁にはバケツで水を掛け、児文研からいただいた古い雑誌や、廊下に放置されているゴミをかき集めて置いた。
カチンッ、カチンッ、カチンッ……。電話をしながら、視線は燃やす対象物をうつろに見据えている。
咲は、「お前、本当に建物を燃やすなよ。煙が出て報知器が作動すればオッケーなんだからな」と軽口を叩いた。
「ダイジョーブよ!」と返事する恵子に、携帯を持つ咲の手の震えは見えるはずもない。
15:30。時間だ。
咲は意を決してジッポーに火をつけた。種火になる新聞紙に火を移し、雑誌の山の横へと投げた。徐々に火が燃え移る。
(あの時と同じだ)ゴミ置き場を燃やした時と同じように火は古い雑誌を瞬く間に焼きはじめた。自分は近場の漫研へ逃げなければならない。
しかし、足が固まったように動かない。咲の瞳に火の赤が映え、そこから目をそらすことができない。ガクガクと足が震えはじめた。
火が炎に代わっていき、熱が足下や頬に伝わってくる。十分に周囲との間隔を空けているから延焼こそ起こさないが、煙が廊下を満たしはじめた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
火災報知器のベルと同時に咲は、恐怖にかられて「コーサカッ!」と叫んだ。その瞬間、後ろから腕を取られ、引っ張られた。
「こーさか?……」
振り向くと、そこには真っ赤なマスクの男が。あっけに取られる咲。
「質問無用。早く漫研へ行って!」男は咲の手を引いて階段まで連れて行き、また煙の中へと姿を消した。
【8月9日/15:30】
火事の記憶が恐ろしいのは、咲だけではなかった。
「ひっ!」火災報知器のベルが鳴り出した瞬間、サークル自治会室では木村が極端に反応してうろたえだした。
前回のボヤ騒ぎの時に迅速的確な指示をくれた北川百合枝は、すでに卒業している。自分の任期にあのような事件がないように祈っていた木村の願いは破れた。
タイミングの悪いことに、夏期休講中で、ちょうど自治会室には自分しかいない。
手もとの無線からは、事実確認を求める連絡が相次いでいる。1階に煙が充満しているとか。火元は1階だとか、3階だとか。炎が強くて初期消火ができないとか。デマを含むパニクッた怒声が次々に流れてきた。
木村は震える手で放送を流しはじめた。
『か、か 火災が発生! か 館内の人は迅速に建物の外へ避難するように! これは訓練じゃない!』
「木村ではボヤ騒ぎに対処できない」という、咲や笹原の読みは当たった。おまけに朽木が無線にデマ情報を流して煽っていたのだ。
けたたましく鳴り続けるベルと、うっすらと流れてくる煙の中、笹原は4階から3階に降りてきた。
「煙が……火が強くないか」と心配しながら、廊下の向こうの現視研部室に目を凝らした。ちょうど、赤いマスクの男が部室のドアが開けて中に入ったのを見た。笹原は物陰に身を隠す。
ボヤ騒ぎに乗じて見張りを遠ざけ、荻上を奪還するという予定だったが、マスク男が一人同行していることに笹原は戸惑った。
赤い男の指示に従って原口が廊下の向こうへと走って避難していった。間を置いて、赤い男と沢崎が、荻上を連れ出して廊下に出てきた。
廊下の向こうを見守る笹原だが、ふと人の気配を感じて後ろを振り向くと、一緒にスージーが隠れているではないか。
「うわ! いつの間に?」と慌てる笹原にスージーは、廊下の方を指差した。笹原がその指の先に視線を戻すと、赤いマスク男がこちらを向いて、手招きをしている。
「味方?」
その時スージーが笹原の背中を押して、「スリヌケザマニカッサラエ!」と声を掛けた。
「あ、っは、ハイ!」笹原は弾かれるように、廊下の向こうの荻上に向かって走り出した。
赤い男は、後ろから走り寄って来た笹原に荻上を受け渡すように道をあけ、荻上の背中を押して「走れ!」と叫んだ。
瞬間、後ろから笹原の手が、荻上の手を取った。荻上は一瞬戸惑ったが、握った手が笹原のものだと気付くと、一緒に、懸命に走り出した。
廊下には、呆気にとられた沢崎だけが残された。気が付くと赤い男もいない。
「あ……え? えーーーーっ!?」
笹原と荻上は息を切らしながら走る。3階から2階へと駆け降りた時、2階トイレ前に斑目が立って、大きく手招きをした。
笹「斑目さん!何でここに!」
斑「説明は後! このまま普通に漫研へ逃げ込んでも、すぐに見つかるぞ。俺が時間を稼ぐから!」
その横で荻上は、スージーに女子トイレの中へと引っ張りこまれていた。直後に中から、「何するの!」「きゃあっ」「嫌ぁんっ」「あぁんっ!」と、荻上の悲鳴が聞こえてくる。
笹原と斑目は、顔を見合わせて頬を赤くした。
火の付いた雑誌類が見つかって消火された後、緑色のマスクをかぶった男達がサークル棟内に次々と入り、逃げた荻上を探しはじめた。
一方、サークル自治会室では、木村が電話で大学事務局に報告を行い、報知器の誤作動とデマによる混乱だと必死で弁明をしていた。
まだ煙が立ち込めている1階の非常口から、スモークを振払うように男女が飛び出して来た。一人は斑目だ。
4階児文研で待機する朽木のトランシーバーにも、“荻上千佳発見!現視研の男性と思われる人物と正門へと逃走…”と通信が入ってきた。
【8月9日/15:45】
斑目は追っ手から逃れて、学内の林の道へ逃げ込んだ。その先は昼に訪れた稲荷がある。
2人は、ほこらの前に座り込む。斑目は、「上手いことまいたかな」と声をかけたが、荻上は笹原の持っていた帽子を目深にかぶり、息を切らして言葉が出ない。
直後、ザワザワザワ……ッと、木の葉の舞う音がしたかと思うと、2人を囲む四方から、黒尽くめの衣装に緑のマスクをかぶった男達が駆け寄ってきた。
「椎応甲賀流忍術同好会推参!」「何でそんなもんまであるんだよ!」思わず速攻で突っ込む斑目。
「これも活動費用助成の為、許せ」と同行を促された“荻上”がスッと立ち上がり帽子を脱ぐと、ブワッと金髪が風にたなびき、その奥から目つきの悪い碧眼が現れた。スーだ。
背格好が荻上に似ていることから衣類を交換。斑目と一緒に囮になったのだ。
「うわっ騙された!」がく然とする忍に、スージーはカタコトの日本語を発した。
「キミノオトウサマガイケナイノダヨ!」
「図ったな現視研ーッ!」
ネタは理解できるがついていけない斑目は、「肌の色で気付けよ」と、脱力するばかりであった。
以上です。
スミマセン、ちょっと多かったです。
リアルタイムで読みました。
乙!
うおおおーー!! 燃えますなああ!!
せんこくげんしけんっぽくなってきた!
椎応甲賀流忍術同好会が個人的にツボ。推参!ってのがいい!
GJでした。
すげえ。
読みながら1でもやもやしてる部分がすーっと消えていったすべて消化できた。
ちょっとした叙述トリックというか、ここに居るのは2002のほうで、
そういう続編なのね、とやっと納得できた。
シュレディンガーの猫というか、タイムパラドクスをテーマにするのは昔から
難しいものですが、うまく構成されていてすばらしい。
しかし惜しくらむは、オチが少し読めてしまったことでしょうか。
しかしながら私が想像しているオチとは違う、または斜め上を行かれると考え、
次回をwktkでまたさせていただきます。
乙でした。
257 :
マロン名無しさん:2006/03/13(月) 23:43:21 ID:yLbbukqB
>>せんこくげんしけん
おおお…すごい。この斑目には過去の記憶(2002年に未来の自分と会ったこと)があるんですなあ。
それにしても、いろんな面白いサークルは出てくるわ、アンジェラとスーがでてくるわ、
盛りだくさんでおもしろい!!豪華ですなあ〜。
次回も期待してますですよ。
>>Zせんこくげんしけん2
これは燃えるッ!溜まったもやもやが解消されるカタルシス…
どんでんがえしとかもあるんでしょうか?次回の締めに期待!
>>スリヌケザマニカッサラエ
ラピュタキタ!!
>>Zせんこくげんしけん
火を恐れる咲の描写は凄いね。読み返してみると、その前段階に笹が咲を心配しているし。
助けてくれた赤い人は結局アノ人なんだろけど、でも結局「コーサカッ!」なのね。
恵子も沢崎もこだわっている「居場所」が、実はテーマ?
あと、スーがなにげに無愛想な可愛さを感じる。
是非、荻との衣類交換のシーンを番外編で!
寒い夜長に、さらに寒くなるかもしれない話を書いてしまいました。
舞台は夏なので・・・。
まあいいかなと。
・・・巷説百物語が面白かったから、書いてみたというのは内緒。
15レスで投下します。
ちょっと聞いてよ。
え、なに、急いでるって?
いいじゃん、急いでるっていったってどうせサークルでしょ?
どうせっていうな?
まー、とにかく聞いてよ。
そうそう、聞いてくれればそれでいいの。
あのさ、私幽霊に・・・。
ああ!行かないでよ!
冗談じゃないんだって。
昨日さ、夜にサークル棟に行ったわけ。
え?あなたサークル入ってないじゃないって?
えー・・・、まあ、いろいろあってね。
その前に、夜は入っちゃいけない?
もちろん、入っていい時間だよう。
夕方って言った方が良かったかな。
7時ぐらい。そう。
今はまだ明るいじゃん?そうなんだよ。
そこでね。姿は見てないんだけど・・。
女の人の、叫び声がね・・・。
幻聴だって?難しい言葉使うねえ。あんたみたいなのって皆そうなの?
まあいいや。
そういうこと。
だからさ、夕方、自治委員会室の近くには行かない方がいいよ。
うん、そう。
その辺りだったんだよ。
・・・あ、怖くなってきたんでしょ。
だから、早めに帰れば大丈夫だよ。それ言っときたかったの。
友達だしね。
え?まあ、同じ教室で勉強してるしさ。隣になる事も多いし。
いいじゃん。そういうことで。
あ〜、そうだ、あんた髪型変えれば?もっと良くなると・・・。
あああ、行っちゃった・・・。
「え?幽霊?」
大野が持ち出した話に咲は少し眉を吊り上げる。
「ええ。最近、サークル棟で幽霊の叫び声が聞こえるそうですよ?」
そうニコニコと笑いながら話す。今は7月の終わり。
夏コミまで後20日を切ったある日の事。たしかに、そういううわさで構内は持ちきりだった。
「なんだよそれ〜。中学や高校じゃないんだからさ〜。」
そう興味なさげ、といった表情で咲はパソコンへと目を移す。
「でも、たくさんの人が聞いてるのは事実だそうですよ。」
そう、荻上も発言する。
「私も・・・、聞いたって言う人から話聞きましたし。」
「マジで?どの辺でよ。」
「自治会室らしいですが。」
「はあ?北川さんも、その相手もとっくに卒業してるからそういうこっちゃねーだろうしな・・・。」
その咲の発言にはてなマークを出す荻上。
「まあ、その線ではなさそうですね・・・。」
昔だったら「咲さん下品!」とか言ってそうなものだが、その辺は成長したということか。
「それで?なんでまたそんな話題をさ・・・。」
「私としては、早く帰ったほうがいいと・・・。」
荻上がした発言に、咲はすこしの間をおいて同調する。
「・・・そうだね。そのほうがいいかも。なんか妙な事かもしれんね。」
「え〜、咲さん、そういうの信じるんですか〜?」
大野が意外、といった表情で咲を見る。
「いや、そうじゃなくてさ。リアル怖い人がいたりとか・・・。」
「ああ、そういうことですか・・・。」
大野は、なるほどと得心したような顔をした。
「そういうことなら早めに帰るようにしようか。」
そこまで黙った聞いてた笹原が苦笑いしながら話す。
「でも、笹原さんがいれば安心じゃないですか?ねえ、荻上さん。」
と、大野は少し笑みを浮かべた顔で荻上を見る。
「・・・そこでなんで私に話を振るんですか。」
「いいえ〜、別にぃ〜?」
睨む荻上に、ニコニコ顔の大野は視線をそらした。
ああ、その事は真実だ。
大学闘争というのは知っているかね?
ああ、そうだ。自由を勝ち取るために一部の学生が蜂起したあの一連のな。
あの事件で、一人の女性がな・・・。
ん?何、その人とは一緒に話したりした事があってな。
もう昔の話だよ。
その人は別に闘争に参加しているわけじゃなかったのさ。
ただ、平和な大学に戻って欲しかった。
その最中だ。
事故であの人は死んでしまった。
事故なのか、と?そうだな、私は見ていたから。
たまたま部屋に入ってきた石に当たってしまってな。
その部屋が、丁度今のサークル棟、自治会室の場所、ということらしい。
ん?幽霊?
馬鹿いっちゃいかん。
あの人が死んでしまったときに、闘争は止まった。
彼女は、犠牲になってしまったが、望む形にはなったのだ。
だから、彼女が誰かを恨むとは思えん。
・・・叫び声が?
う・・・む・・・。
ん?気になる事でも、と?
そうだな、ぶつかった瞬間に彼女は大きな声を上げていたのも事実だ。
空を劈くような声をな。
万が一、ということは、もしかしたら・・・。いや、ありえんな。
そうだ、そんな話はどうでもいい。
お前、9月の卒業まであと一年だぞ?
就職とか考えているのか?
まったく・・・なんかよく分からんカッコばかりしとるそうじゃないか。
・・・一応考えはある?そうか。ならいい。それではな。
「でも、いわくつきなんですよ〜、あそこ。」
「え、マジで。」
大野が発した言葉に心底嫌な表情をする咲。
「ええ、聞いた話なんですがね。あそこで一人の女性が死んだと・・・。」
「マジっすか・・・。」
荻上も青ざめている。
「ちょっと気になりません?」
「いやあ、まあ、そりゃあ・・・。」
「気にはなりますけど・・・。怖いっすよ・・・。」
咲と荻上が続けて言葉を返した。
「あら〜、意外と臆病なんですね〜、皆さん。」
大野は相変わらずのニコニコ顔で話を続ける。
「丁度夏も本番になってきましたし、肝試しでもと思ったんですが・・・。」
「「絶対反対!」」
咲と荻上がはもって返す。
「でも、幽霊なんていませんよ〜。」
「だからいったろ?変なのが出るかもって。
ああいう怪談の類って言うのは大概そういうもんが曲がって伝えられたもんだし。」
「そういうよね。あまり危険なまねはしなういほうが・・・。」
性格同様慎重な笹原はそう進言した。
「大丈夫ですよ!そういう事件は起こったなんて話聞いた事ありませんし!」
「私らが第一号になるって可能性があるだろうが!」
「そうですよ。そんなことしたくはありません。」
咲と荻上の反論に、眼が光る大野。
「あ〜、そうですか、そうですか。
フフフ・・・私があなた方の弱みを握っている事をお忘れで・・・?」
ビクッ、と二人の体がはねる。
笹原は不思議そうにその様子を見ていた。
「あ、あんた・・・。」
「せ、先輩・・・。」
「いいですね?明日、いきますよ〜!!」
え、詳しい話を聞かせてだって?
うーん。あんまり思い出したくないんだけどね。
なんていうのかなー、ものすごく悲しげでね?
よくさ、絹を切り裂くような叫び声って言うだろ?
あんな感じ。
金切り声とも言うけど。
そう、びっくりしちゃってさー。
マジで北川先輩に連絡入れようかと思ったぐらい。
え、しなかったのかって?
するわけないじゃん。
したら怒られるよ。
今普通に結婚して大学の事なんて気にしてられないでしょ。
そこは何とかこらえたって訳。
でさ、その声って必ず夕方7時ぐらいから始まるの。
絶対って訳じゃないんだけど。
人が多いときは特に。
え?多い方が起こり易いのかって?
そうなんだよ。
幽霊らしくない?そういわれればそうかもな・・・。
でもさ?姿が見えないんだぜ?
やっぱ幽霊かもなって・・・。
自治室、いけなくなっちゃったよ。
後輩達が可哀想だけどさ・・・。
鍵?持ってるよ。
ああ、そういうことか。そういうことなら渡してもいいや。
頼むよ。
後輩達のためにもさ。な。
「皆さん、ちゃんと来たようですね〜!」
満面お笑顔で、大野は皆を見渡す。現視研部室内である。
「来たよ、来たさ!」
「・・・うう・・・。」
もはややけくそと言う感じの咲と、おびえる荻上。
今時刻は19時。まだ外は少しだけ明るい。
しかし、映る夕闇で逆にサークル棟は不思議な怪しさを醸し出す。
オレンジ色に染まる構内は不思議な光と影のコントラストを放ち、
噂のせいもあるだろうが、大学自体のないこの時期には人も少ない。
そんな何かが起こりそうな幻想的でかつ異次元へと引き込まれそうな不思議な時間。
それがこういう時間帯だ。
「で、なにをするのか俺はまだ聞かされてないんだが・・・。」
ワイシャツ姿でその輪の中にいる斑目は、なにが始まるのかとドキドキしていた。
「まあ、肝試しです!」
「き、肝試しぃ?そんなラブコメで使い古された事を・・・。」
「今噂があるんですよ!女性の叫び声が聞こえるって・・・。」
「ま、マジか?!」
そういわれて顔に冷や汗が出る斑目。
「大丈夫ですよ!」
なぜか自身たっぷりに言い放つ大野に、田中も苦笑い。
「た、田中〜、どういうことよ〜。」
「いや、俺もね、さっき聞かされたばかりなんだよ。」
急に呼び出されてさ、と付け加えた。
「では、ルールの説明をします!」
「ルール?皆でいくんじゃないの?」
咲は怪訝そうな顔をする。
「いーえ、それでは何にも面白くないじゃないですか!」
大野の言うルールはこういうものだった。
二人づつ行く事。身の安全を考え、男女のペアで。
「自治会室の前にある『自治会への意見アンケート』持ってきて戻ってくればOKです!」
いや、最初はマジか?と思ったよ。
確かに聞こえるんだ。
そう、叫び声がさ。
なんていうのかな、昔あったじゃん、怪談物のアニメ。
そっちじゃない。
そうそう、原作がないほう。
あれでさ、なんとか、って化け物出てきただろ。
えーと、ああ、そうそう、それ。
それだよ、その声にそっくりだった。
・・・嘘でもついてると思うのか?
じゃあ、このあと行ってみればいいよ。
行くんだろ?もちろんな。
自治会室の近く、って言ってたからそれまで油断してたんだけどさ。
そうじゃなかった。
いやあ、もちろんさ、自治会室の近くだったらまだ分かるんだけどさ。
いや、聞こえてきても嫌だけどさ。
納得は出来るじゃん?
そうだろ?
でもさ・・・。
まったく違うところで聞こえてきた訳。
周りに人がいなくてさ、それがまた怖いわけ。
大野さんもびっくりしちゃってさー。
とりあえず自分で言い出した事だろ?
早めに自治会室行ってアンケートとってすぐに戻ってきたわけ。
え?大野さん?なんか分からないけど怒ってるよね。
俺もさ、妙には感じたんだけど・・・。
まあ、いいや。
とにかく気を引き締めていきな。
「ちょ、ちょっと早く行き過ぎないでよ。」
咲はビビりながらも斑目の後をついてくる。
クジの結果、一番手大野・田中、二番手咲・斑目、三番手荻上・笹原となった。
すぐに出発した大野・田中組だったが、なんと本当にその声に遭遇してしまったらしい。
そこでやめればいいものを、なぜか機嫌の悪い大野は続行を言い放った。
「大野さん、なにムキになってたんだろうなあ・・・。」
斑目はそういいながらも歩を進める。咲の声は聞こえていないようだ。
「だから!早くいくなって言ってんだろ!」
咲に後頭部を叩かれる。
「いてぇ!何すんだよ!」
「話聞けっての!」
「あ・・・、スミマセン・・・。」
「うむ、素直でよろしい。」
そういって二人は並んで歩を進めていく。
「・・・あー、やっぱ高坂は来れんかったんだ。」
「まあね・・・。缶詰だってさ。」
寂しそうな咲の横顔に少しいじけた気持ちになる斑目。
「でもさ、春日部さん意外とこういうの苦手?」
「・・・ああ。子供のころね、肝試しで思いっきり人に脅かされてね。
それ以来、駄目。分かっててもお化け屋敷も駄目。」
咲が身震いをしながら歩く。
その意外な一面に少し顔を赤らめる斑目。
ザザザザザザ・・・・・・。
「キャ!」
叫び声を上げてその音にびっくりする咲。拍子で、斑目の手に縋り付く。
胸が、腕に当たる。やわらかい。
「ちょ、ちょっと春日部さん!」
「あ、ご、ごめんね。び、びっくりしちゃって・・・。」
「外の木が風に揺れた音だって。あはは・・・。意外だな、本当。」
「う、うるさいなー。」
ちょっと幸せな斑目だった。
ん?
ああ、そうだな、この辺ではそういうケースも少なくないかも。
まあな、そういうことも・・・。
え、そういう時は?
うーん・・・。そうだなあ。
え、そういう漫画があったって?
なるほどなあ、よく分かってる人が描いてるのかもな。
そうだな、まず、刺激しないこと。
あと、場所が問題なければほっとくことだ。
いずれ子離れするときに放置される。
そうさなあ、天井裏とか?そうだなあ。
叫びに似てる、っていうのは確かだよ。
昔はだな、その声を地獄の叫びだとかもな。
え?
ああ、そうだな、どこかに穴はあるだろう。
部屋の外をしっかり探してみるといい。
夕方くらい?
そうだな。
でも、危険もあるぞ。
ああいうのは病原菌ももっとるから慎重にな。
まあ、お前のようなタイプは大丈夫か。
でも、そんな事聞きに来るなんて興味あるか?
・・・ない?そうか、残念だ。
ここの校舎は文系だからなあ。少し先生も寂しいんだよ。
ははは。冗談だよ。
まあ、就活頑張れな。
「ここですね・・・。」
戻ってきた斑目と咲には、何も起こらなかったらしい。
続けて出てきた笹原と荻上も、順調に自治会室前に到達できた。
「今日は誰もいないようですね・・・。」
荻上は静まり返った自治会室の様子を覗う。
「あー、今日は休みなんだって。知り合いの自治会員が言ってたよ。」
「はあ・・・。」
意外と平然としている笹原を見て、少し心が落ち着いていた荻上。
いつものような調子に変わっている。
「じゃ、これ持って帰りましょう・・・。」
そう、荻上が言った瞬間。
ぎぇぃいいえええええええ!!!
「ヒィ!」
荻上はその声に驚き、体をビクつかせた。
「も、もしかしてこれ!?」
すぐさま荻上は笹原の近くに移動した。おびえきった荻上を横に、笹原は少し笑う。
いまだにその声は続いている。
「あー・・・。やっぱりそうなのかなあ・・・。」
「な、何平然としてるんですか!?は、早く帰りましょう!」
「お、荻上さん、興奮して服引っ張らないで・・・!」
荻上は笹原のTシャツを引っ張りながら帰る方向へ歩き出そうとしている。
「俺、この部屋調べてみるから、荻上さん、先戻っててもいいよ。」
そう笹原は言うと、鍵を取り出した。
「ええ!?何言ってるんですか!取殺されますよ!」
「いやいや、これ幽霊じゃないでしょ、きっと。」
そう苦笑いすると、部屋へと入るために扉に近づく。
「ほ、本気ですか!!」
「ちょっと思い当たる事があってさ。だから、嫌なら先に・・・。」
「待ってください!笹原さんが危険な目にあったらどうするんですか!」
「大丈夫大丈夫。」
「だから・・・。私も、付いて行きます!」
ああ、そう、鍵はその知り合いからね。
え、そうだね、今は収まってるね。
なんで、そう思ったかって?
そうだねえ。
たまたま、なんだけどさ。
サークル棟に入ろうとしたときに、よく黒い影が見えたんだよ。
その影、サークル棟に向かうんだけど、途中で消える。
それが見え初めてからなんだよね、噂が流れるようになったの。
うん、そう。
昔見た漫画にね、そういうオチのがあったんだ。
そんな漫画みたいな話って?
そう、俺もそう思ったんだけどさ。
そういうのに詳しい先生に話を聞いたら、ありえなくはないってさ。
うん、そう。
だからね、確認してみようって。
なんで、こんな時間かって?
ああー、今日休みって聞いてたしね。
昨日はまだ俺も確証なくてさ。
今日なんだよ、その先生から話聞いたの。
春日部さんのいってた事もありえなくはなかったから一応反対したんだけどさ。
で、今日確信したから肝試しのついでに見ちゃおうかなって。
うん、そう。
ああ、窓の外。
そうそう、あそこ、穴あるね。
ああいうところに入っちゃうんだって。
回り、木が少なくなってるからねえ。
そうだ、あそこ、開きそうだね、天井。
見てみるね。
うん、大丈夫だって。無茶はしないよ。
「やっぱりかあ。」
笹原は天井裏を覗き、懐中電灯を照らしながらぽそり、と呟いた。
「え、本当にいたんですか?」
「うん、小さいカラス四羽と、親。いるね。」
そういうと、天井裏に入れていた顔を下に戻した。
三脚から降りてくる笹原。
「やっぱり、カラスの鳴き声だったんだねえ。」
笹原は前からトリのような黒いものがサークル棟に向かいながらも、
消えるのを何度か目撃していた。そして、この事件である。
「昔読んだ事がある漫画にそういうネタがあってさ。
女性の叫び声が!って実はカラスの鳴き声だっていう。
変に反響してこうなる事もあるんだってさ。」
こんなことあるんだね、と付け加えた。
「はあ、びっくりしましたよ。笹原さん、怖いもの知らずかと・・・。」
ちょっと頼もしかったな、と心の中で思いつつ。
「いやあ、俺も幽霊とかマジで出られたら怖いけどさ。
十中八九これだと確信あったし。まあ、怖くはなくもなかったけどね。」
苦笑いしながら、荻上の前だからこそ平気だったのかもしれないと思った。
「じゃ、帰りましょう。答えをお土産に。」
「そうだね。よかったよかった。」
そういいながら自治室から出て行く笹原と荻上。
鍵を閉め、部室へと向かおうかと思ったその矢先。
ボヤー・・・・。
変な影が、廊下の向こう側に見えるのが分かった。
もうすでに日も落ち、周囲は暗い。
「へ!?」
気付いた笹原が、素っ頓狂な声を出した。
「ヒィ!」
同様におびえる荻上。そして、接近する白い影。
「お、荻上さん!」
笹原は、荻上の手を引き、反対の方向に逃げ出した。
いや〜、なんですか、大変でしたよ〜。
あの暑い中、こんなの着て待ってるわけですから。
ええ、そうですよ。
もちろん、会長のご意思には逆らえませんからなあ。
いやいや、そうじゃないですよ。
私めは、自分の役目というものをですね・・・。
ええ、まあ、悪い事というか・・・。
イベントじゃありませんか。
声が響いたときは怖かったですがね・・・。
聞き耳立てるとカラスだと。
え?
なんであなた方だけをって?
そりゃ、そう言われたからですよ。
ええ、そうですよ。
あああ、そう怒らずに。
私としても、楽しめましたしですね・・・。
いやいや、本当、悪気があった訳では・・・。
本当ですって。
でも、流石ですなあ。
いや、あの姿、かっこよかったですよ。
少し、手をとって走って逃げた後。
荻チンを後ろに回して私を迎え撃つ形になって。
え?お世辞言ってもしょうがないって?
まあ、そうですよね・・・。
ええ、そうですよ。
足がひっかかりましてね。転びましたよ。
頭が微妙に痛いんですよ。打ったみたいで。
え、許してくださる?
ああ、さすがお優しい。
・・・で、いつまでお二人手を握ってらっしゃるのですか?
ああ、すみません、野暮なことでしたね。
「大野先輩・・・!!」
怒りに満ちた荻上と、苦笑いした笹原、そして頭を抱えた朽木が登場したのは、
20時を回った辺りだった。
「あ、あはは〜・・・。ばれました?」
作り笑いをしながら大野は視線をそらす。
「朽木先輩使ってこんなこと企んでたんですね!」
「まあ、まあ、いいじゃないですか〜。」
そういいながら、大野は荻上の肩を叩いた。
「へえ、だからあんなに積極的だったのか。」
咲はあきれるような顔をしながら、パソコンを弄くっていた。
「まあ、あと、原因も分かったよ。カラスが自治会室に巣くってただけ。」
「はん、そんなもんだよな。幽霊の、姿を見たり、枯れススキってな。」
斑目が、いつもの皮肉そうな顔で言う。
「あ、そうだ!朽木君!」
大野は思い出したように叫ぶ。
「はい?」
「私達のときに、何かしたでしょう!!」
「いーえ?」
大野の怒りに、朽木は心底見に覚えがない、といった表情をした。
「だって、カラスが原因なら、なんで私達はあんなところで声を!」
「私め、自治会室の近くから動いてませんから・・・。」
その言葉に嘘はないのだろう。嘘をつくなら、この男は分かりやすい。
「じゃ、じゃあ、あの声は・・・!」
顔が青ざめてくる大野。荻上も、咲もその怯えきった声に顔が青ざめる。
「ま、この世の中不思議な事のほうが多いよね・・・。」
そう笹原がぼそり、と呟いた。
おお、どうした。
ああ、そのことな。
わかった、そういう事になるわけだな。
うむ、それでいいと思ったならそうしなさい。
ああ、そうだ。
前に話したあのことだがなあ。
え、カラス?
らしいなあ。
話に聞いて、やはりか、と得心したものだよ。
しかもなあ。
場所だよ、場所。
あの事件が起こったの、違うんだよ。
勘違いしててなあ。
あの人はな・・・。
ん?
ああ、そうだ。
なんで知ってるんだ?
そこだよ、そこ。
そこでなくなったんだ。
ん?
どうした、顔が青いぞ。
まあ、そういうことだ。
276 :
なごり雪:2006/03/14(火) 11:56:01 ID:???
さて、また笹荻の短い奴を一つ。一応原曲の歌詞とリンクしてます。
気が向いたら調べてみてください。名曲です。
277 :
なごり雪:2006/03/14(火) 11:57:04 ID:???
俺と荻上さんは、駅のベンチに並んで座っていた。
その時が来るのが怖くて、その時が来て欲しくなくて、時が止まってくれればと、時計を睨みつづける。
昨夜からの寒波は珍しい春の雪を降らせ、今も空から静かに雪が落ちる。
「東京で雪を見るのはこれが最後かもしれませんね」
彼女の声が聞こえる。
それにつられるように空を見上げた。
空から落ちる雪は、今が決して夏ではないと、あの暑くて、楽しくて、互いにふざけあい、じゃれあっていた季節がもう過去のものだと、嫌でも教えてくれる。
横目で彼女を見る。
髪を下ろした彼女の横顔に一瞬見とれる。そこには去年までは気付けなかった、女性としての美しさがあって。
彼女が俺の視線に気付く。振り向き、「なに?」と聞くように首をかしげる。
俺はそんな彼女の顔を直視できず、顔を背けた。
278 :
なごり雪:2006/03/14(火) 11:57:39 ID:???
電車がホームに入ってくる。止まる。ドアが開き流れる人の波。その波の中に彼女がいる。
声を掛けられず、手を貸す事も出来ず、ただホームに立ち尽くす。
それでも視線だけは彼女を探しつづけ、同じように俺を探していた彼女の視線と交わる。
彼女は俺のすぐ傍の席に座り、俺を見つめている。
発車を知らせるベルが鳴り、扉が閉じられる。ゆっくりと電車は動き出す。
彼女の唇が何かを言っているように見えて、それを見たくなくて、下を向く。電車が通り過ぎるまで。
時間は決して止まらない。今日は昨日とは違い、明日は今日とは違う。
人もまた変わっていく。いつまでも昔のままではいられない。
出会った頃の彼女を思い出す。今別れたばかりの彼女を思い出す。
どちらも同じ彼女。でも同じではない。
279 :
なごり雪:2006/03/14(火) 11:58:19 ID:???
ベンチに座る。さっきまでと同じ席に。でも隣に彼女はいない。
雪が降っている。ゆっくりと。音を立てずに。
春の雪は積もることなく、存在すらしていなかったかのように、溶けて消える。
それが何かを暗示しているようで、俺はただそれを見つめていた。
思い出が胸を過ぎる。
変わって行った彼女。変わって行った俺。
思い出だけが今も変わらず、胸の中にある。
280 :
なごり雪:2006/03/14(火) 11:58:56 ID:???
おまけ
「ただいま」
「お帰りなさい荻上さん。実家はどうだった?」
「驚いてました…最後は祝福してくれましたけど」
「よかった。…それで、俺の両親の方の都合はついたから、今度一緒に行ってくれる?」
「…はい」
281 :
なごり雪:2006/03/14(火) 12:00:13 ID:???
以上です。
282 :
Zせんこく:2006/03/14(火) 12:09:39 ID:???
>サークル棟の怪談
すっごい面白いデス!うまい。
序盤の「不特定の人物達に話を吹き込まれる」パートと、「その気になっていく大野」のパートが交互に続くあたり、そしてオチがお気に入り。
>え、許してくださる?
>ああ、さすがお優しい。
>・・・で、いつまでお二人手を握ってらっしゃるのですか?
独白パートのクッチー。いい味だしてマス。
>なごり雪
うわ切なーっと思いきや、そういう事デスカ。
「2人で行けよ東北にぃー!(笑」
>東京で雪を見るのはこれが最後かもしれませんね
どちらの地元で新婚生活を送るんだろねー?
いつも長いだけの駄文におつきあいいただいて感謝です。
>>255 >椎応甲賀流忍術同好会が個人的にツボ。推参!ってのがいい!
実は甲賀にするか、伊賀にするかが迷いどころで、一晩悩みました。
>>256 >ちょっとした叙述トリックというか、ここに居るのは2002のほう
このあたり、作中では下手な説明で終わらせてしまって後悔してます。読んでいくうちに、“ひょっとしてコイツは……?”と思わせることができたらイイんですけどね。タイムパラドックスは難しいっす。
>>257 >面白いサークルは出てくるわ
椎応甲賀流忍術同好会もそうですが、あまり個性主張するオリキャラは排除したかったものの、もうすでにプロレス同好会の「黒い三年生」を出しているのである程度はやっちまえ、と。
>アンジェラとスーがでてくるわ
劇場版的ドタバタですので、とにかく詰め込みました。詰め込み過ぎてどうにも整理しきれない……。
>>258 >ラピュタキタ!!
「すり抜けざまにかっさらえ!」の前後のシーンを見る度に涙を流します。いつ見ても、何度見ても、パブロフの犬みたいに。なので、どっかで入れたかったんです。
>>259 >「居場所」
実は、「入れなきゃ良かった」と後悔しているのが居場所問題。話が膨らみすぎました。
>荻との衣類交換のシーン
エロやったことないんで艶セリフも下手です恥ずかしい。勉強勉強。
詰め込んで、膨らんで、豪華に豪華に飛ばしているもんですから、もうコレやり終えたら、私の中ではカスも残らないんじゃないと思います。「先刻現視研ZZ」は無理か?(苦笑
で、次回は「反撃」です。ひょっとすると、「反撃」と「収束」で計4部構成になるかもと冷や汗かいてます。スミマセン。ほんとスミマセンが、もうしばしおつきあい下さい。
そういや今日はホワイト・デーだったな。つーわけで即興で一つ。
三月十四日。ホワイトデー。誰が考えたか知らないが、世の男にとってバレンタインにもらったもの
以上をふんだくられる悪夢の日だ。
しかし、現視研では相変わらずのまったりした空気が…いや、ごめん。独り者にはつらい甘い空気が
漂っている。
笹原のお返しは洋菓子のようだ。送る方も照れているがもらう方はもっと照れている。勝手にしろ。
田中のお返しはアクセサリーのようだ。まあそのうちコスプレの小道具になるのだろう。一石二鳥と
いうか、せこいというか。まあ、嬉しそうなので不問にしよう。
高坂のお返しは…映画のチケット?これは意外な…ああそうか、自分の「一日占有券」というわけだ。
ここは「さすが高坂だ」といっておくべきだろう。
さて、一人身にはつらい空気の中、一人元気なバカがいる。そう、我らがクッチーだ。
お菓子の包みらしきものを女性陣に押し付けている。いわく、
「次のバレンタインには朽木に義理でもチョコを!」ということらしい。
気持ちはわかる。義理すらもらえなかった事には同情もしよう。だが、他人のカバンに忍ばせようと
するな!見ろ!明らかに引いてるぞ!
ああ、春日部さんが怒った。胸倉をつかんで怒っている。いきなり殴らないだけ彼女も成長したねえ。
荻上さん。いくら嫌いでも机の上仁放り投げるのはどうかと思います。大野さん。部屋の隅に隠すよう
に捨てるのはひどいです。最低です。せめてくずかごに…。
ああもうめちゃくちゃです。収集がつきません。ここは一つ、斑目さんお願いします!
「あ、あー。ところで、ホワイトデーってなに?」
ザ・ワールド。時が、世界が止まる。
斑目以外の全員がため息をつく。そして一人また一人と部室を出て行く。男性陣はみな斑目の肩を叩いて
から。
残されたのは斑目ひとり。
斑目は自分のカバンをあさると、きれいに包装された箱を取り出す。乱暴に包み紙を破り、中の菓子を
口にする。
「俺だってホワイトデーくらい知ってるさ…」
斑目の言葉が誰もいない部室に響く。
「今年も渡せなかったなあ…」
すごいペースだねー。感想がおっつかないよ。なごり雪は情緒的ですね。
こういう感じ好き。元歌調べてみよう。どの作品も描写が本格的になってるね。
SS形式じゃなくて、もう小説形式だね。
286 :
マロン名無しさん:2006/03/15(水) 04:40:38 ID:hdKgRDq8
>>サークル棟の怪談
いいですねええ。ラブコメ展開、ベタな展開GJです。
朽木君でてこないとおもったら、美味しい役ですねえ。
個人的には斑目と咲が!かわいい咲ちゃん、嬉しそうな斑目が見れて、幸せだ〜〜〜。
>>なごり雪
えっ、お別れ!?と思ったら…どきどきしましたよ。
雪の描写は胸にくるものがありました。
>>ホワイトデー
タイムリー話GJです。斑目ぇ…(泣)
>ホワイトデー
これは偶然か?
実は俺、本スレでクッチーもらってないのにお返し攻撃のネタを書いた者です。
もしそれを基に書いたのなら、それはそれでGJ!
全くのシンクロニシティなら、同志と呼ばせて頂きます。
>>287 ごめんなさい。ネタにさせてもらいました。
謝罪します。マジで。
夜も遅くにすみません。毎度毎度のスレ汚しまいりました。
Zせんこくげんしけん3回目投下します。
やっぱり今回では終わりませんデス(汗
全4回ということで……。
9レスです。だんだん突飛になってきているので、痛い所はご容赦を。
斑目とスージーが囮になっている間に、笹原は荻上を連れて廊下をひた走り、息を切らせて漫研部室前にたどり着いていた。
荻上は、スーが着ていたひざ丈の短いワンピースを身にまとっている。(恥ずかしい…)スーと服を取り替えてトイレから出て来た時も、笹原の視線を受けるのがつらくて仕方がなかった。
一方の笹原も、普段は見ることのないその姿に思わず見とれてしまう。淡い青のワンピース。スカートから伸びた足は、夏の陽差しをほとんど受けることなく過ごしてきただけに、白く透き通って見えた。
ドアを叩きつつ、「結構似合うんじゃないかな……それ」と思わず口にする笹原に、荻上は「そんな事絶対ありません!」と、裾を両手で抑えながら真っ赤になって否定した。
漫研には既に、咲と恵子が逃げ込んできていた。笑顔で迎えられた荻上はホッとしたものの、「ご迷惑かけまシタ……」と小さく呟き、なかなか顔を上げることができなかった。
【8月9日/15:50】
荻上は、高柳に礼を述べている笹原の姿を目で追いつつ、部屋の隅、つまり窓際で両膝を抱えてうずくまっていた。1年生の春、口論の末に自分が飛び下りた場所だ。記憶がよみがえり、震えた。
(結局、自分のせいで皆に迷惑がかかったんじゃないのか? この漫研から出て行って、現視研もなくなって、皆に迷惑かけて…)自分を責める言葉が心の中で反芻された。
その時、「荻上…」と聞き覚えのある声に呼ばれて、体がビクッと反応する。漫研の女子2人が目の前に立っていた。
(結局逃げたところで、ここも私にとっては敵地じゃないか…)緊張する荻上に掛けられた言葉は意外なものだった。
「ハラグーロに負けちゃだめよ。現視研はあんたに合った場所なんだろうからさ」「せっかく納得して描きたいと思ったんなら、頑張んなさいよ」
共通の“敵”がいることもあって、言葉には優しさも感じられた。荻上は目を合わせられないものの、うつむいて、「ハイ…」とだけ答えた。
漫研女子らが「偵察」のために出て行った後、大野が荻上の傍らに腰掛け、「良かったですね」と声を掛けた。
「私いつか、言いましたよね。“全員が仲良くできるわけじゃない”でも“全員をひとくくりにして嫌うことはできない”って」
「……」
「こうして、対立してた人だって心を開いてくれることもあるんですから……。かたくなにならずに、私たちにもっと甘えたっていいんですよ」
わだかまりがほんの少し解けた荻上は、涙ぐんで小さく震える。大野は笑顔で荻上の肩を抱きしめた。
その様子を遠目に眺めていた高柳は、笹原に向き直り、「大野さんは優しいねぇ…。いや〜最初は押し付けるようにしてお願いしちゃったけど、荻上さんを現視研に入れてもらって良かったよ〜」と笑った。
【8月9日/16:00】
児文研部室で監視体制に入っている朽木から、笹原の携帯にメールで入電があった。
“所属不明の乗用車西門から接近デアリマス”
西側を守る新現視研派の無線が、パニック状態を伝えているという。西門に立っていたマスク男達の静止を振り切り、軽乗用車が大学内に侵入。サークル棟に向かって暴走しているというのだ。
笹原は、周囲の皆に、「何かがこっちに向かってきてるみたい」と伝えた。「来た!」と大野が叫び、隣の荻上が転がらんばかりの勢いで立ち上がる。
反撃が始まろうとしていた。
軽乗用車は久我山の会社の営業車だった。
久我山の隣には、コスプレ衣装を持参した田中が乗っている。斑目の求めに応じて、OBが立ち上がったのだ。
「むむ 無茶だよこんなの〜」ハンドルを握りながらも泣き言が出る久我山。車内のカーステレオからは、「サンバ・テンペラード」(by大野雄二.カリ城)がけたたましく鳴り響いている。
車はあり得ない動きで大学内の階段を上り、マスクの男達の静止を振り切って、サークル棟入り口まで突入した。
ほとんど激突しそうな勢いで、入り口の階段前に急停車したクガピーカー。これ以上は車では進めない。周りからはどんどん緑マスクの男達が駆け寄ってきた。
携帯で「すす スミマセン納品は ああ、ら 来週に〜」と泣きを入れる久我山。田中は車を降り、目前の階段に飛び移るように駆け出した。
小さな車に男達が飛びかかり、久我山は早速取り押さえられた。
「久我山ッ!」田中は一目だけ振り向くと、後は必死で2階まで駆け上がり、漫研の部室にたどり着いた。
田中を受け入れ、ドアが閉められた直後、部室の前には追っ手が迫っていた。
「開けなさい!」「開けろ!」「自治会からキー借りてこい!」
怒号が飛び交う漫研部室前。騒然とする中、コスプレカップルが向き合った。
息を切らしながら田中が、「おれたちも何かやらないとな……、大野さん達だけに無理はさせられないよ……な、会長」と声を掛ける。
「ありがとうございます!」
大野は感極まって田中に抱きついた。
2人の抱擁を目の当たりにして、赤面する笹原と高柳。
高柳「あぁ〜、短い夢だったなァ…」
笹原「高柳さん?」
大野「あの〜、窓のカーテンで仕切りを作ってくれませんか」
高柳&笹原「仕切り?」
【8月9日/16:05】
漫研部室のカーテンが取り外され、両端を咲と恵子が持って間仕切りをした。大野はその奥で、田中が持って来たコスチュームに着替えはじめた。
荻上はさすがに立ち上がって、「こんな時にもコスプレですか!」と声をあげたが、カーテンの向こうからは、「こんな時だからです!」と強い語気が返ってきた。
「こんなことくらいしか出来ないけれど、私なりに囮にでも何でもなるつもりです。私、会長ですもの!」
ほどなく、裾や袖を短かく切り詰め、肩も露わな和装の大野、いや、くじアンの如月副会長の決戦仕様が姿を現した。
大野は、「おお〜っ」とどよめく周囲には目もくれずに、いつもの黒大野マスクを口元に着用する。まるで“ギンッ!”という効果音が入ったかのように劇的に目が据わってきた。
高柳「大野さんのコスプレ見られたのはいいんだけど、あのマスク何なの?」
笹「ははは…(汗)
「咲さんにも会長用を持って来てますよ!さあ!さあ!さあ!」
大野の圧力に青ざめる咲。「イヤ私ガ着ル必然性ナイシ…」
「そんなこと言わずに。気持ちが乗ってくるって!」と語る田中も、すでに「英国与太郎哀歌」なるホラー漫画の主人公のコスチュームに着替えていた。
真夏だというのに血のように真っ赤なロングコートを羽織り、丸ブチのメガネをかけ、意味不明の紋章が入った白手袋をして、馬鹿でかいモデルガンを手にしている。
田中はニコニコとしながら、大野の対となる「会長コスチューム」を広げてみせた。
「田中テメエ…!」
しかし咲は、田中の足もとに置いてあった会長コスの“一部”に目をとめた。
(これ、前にも付けたやつだ…)アニ研主催のコンテストで着用したことのあるヘルメットと手甲だ。(これなら…!)
咲は周りに、「これだけだよ!“実用的”だから!」としつこいほど伝えた後、(実用、実用…)と自分に言い聞かせて手甲を装着。さらにヘルメットを深々とかぶった。
「せっ…先輩っ」と驚く荻上に、咲は「あー見るな見るな!」と叫んだ。
「Is there my costume?」
「アタシもなんか着たい〜」
さしもの田中も、アンジェラと恵子のコスまでは想定していなかった。
「何だよツマンネ〜ッ!」
この恵子の言葉と同時に、「ドドンッ!」と漫研部室のドアが破られた。
【8月9日/16:30】
漫研部室にマスク男が侵入した。廊下に2人控えている。黒のマスクに黒のアマレス姿。最初に現視研部室に乱入した「黒い三年生」だ。
入り口に一番近い位置にいるのは大野だった。「?」対峙しているのがコスプレ女とあって、侵入者の動きが止まる。
「田中さんッ、残雪ッ!」
阿吽の呼吸で田中が投げ入れた日本刀「残雪(模造)」を手にした大野。黒マスクは思わず後ずさりする。
大野は普段から心掛けている“キャラの内面を再現する”意識を極限まで高めていく。荻上も思わず立ち上がり、笹原の後ろへ身を隠すほど、周囲の空気が変わってきた。
鞘に納めたままの残雪を腰に据え、膝にタメをつくり、姿勢を低くして、いつでも抜刀できる姿勢になる。長髪と風邪マスクの間からわずかにのぞく瞳は、いつ人を斬り殺してもおかしくない殺気をみなぎらせている。
もちろん実際の殺傷力は皆無に等しい。目的は威嚇だ。
緊張感が張りつめたところに、大野の後方から田中のハンドガンが火を噴く。「バッ!」と白い粉が舞い、黒マスクがうずくまった。目つぶしだ。
「腹くくるかッ!」
咲がうずくまる男の背中を蹴り越え、廊下に飛び出した。黒マスクがお約束を叫ぶ。
「俺を踏み台にし……」次の瞬間、恵子、笹原、高柳が黒マスクを取り押さえた。
咲はタイトなスカートもあらわに跳躍して廊下の黒マスクの目前に着地した。
ビビって先手を仕損じた相手の目前で舞うように身体を反転させ、体重を乗せた裏拳で殴りつける。手甲がヒットして2、3歩引き下がったところに、「腕が伸びて見える」「斑目を幸せな気分にさせた」グーパンチを叩き込んだ。
慌てるもう1人に、田中が再び「目つぶし」を当てて動きを封じた。「ぅわはははははははッ!」攻撃を加えながら、爽快感に思わず笑いが出てしまう咲。大野&田中はドン引きだ。アンジェラは観戦に徹して呑気にはしゃいでいる。
荻上「何かヤなことでもあったんでしょうか?」
笹原「あー…。最近忙しそうだからね、ストレスが……」
「これはたまらん!」黒い三年生が思わず引き下がる、笹原らに捕らえられた一人も後ろ手に縛られたまま放り出された。
しかし、廊下の向こうのからは新手のマスク男が集まりつつあった。
新手のマスク男たちは、「あ゛〜〜〜〜」「う゛〜〜〜〜」と低いうなり声を上げながら、ゆっくりと、不規則な足取りで歩いてくる。
腕は力がなく垂れ下がり、マスクの下は普段着だが、みな浮浪者のように薄汚い。
彼等は「ジョージ・A・ロメロ版リビングデッド研究会」、通称「ゾンビ研」だ。力は無いが数は多い。このままでは数に飲み込まれてしまう。
大野「こんなサークルあるの?(汗」
咲「今度のはキモイな……表出るよ!」
咲の号令で、田中がゾンビ研の群れに向かって目つぶしを乱射。続いて恵子が廊下の消化器を発射し煙幕を作った。
【8月9日/16:40】
大野を旗頭に反撃が開始されたことは、現視研部室のトランシーバーから伝えられ、原口と沢崎はかじりつくように聞いていた。
荻上の原稿自体は、ミナミ印刷からキャンセルとして騙し取ってある。すぐにでも印刷にまわせばいい。
「しかし、今後必要なのは“作家”荻上千佳を確保することなんだよ」と、珍しく原口が焦りを見せた。
その時ガチャリと、部室のドアが開き、ゆら〜りと朽木が姿を現した。
「!!」驚く原口「どうやってここに!?」
朽木「ふふふ、我輩は実体を見せずに忍び寄る白い影」
沢崎「いや見せてるし」
漫研前の戦線が中庭へと移っていく中で、見張りも参戦&野次馬で居なくなっていた。朽木は軽々と児文研部室から現視研部室までやってきたのだ。
朽木は異様に鼻息が荒い。乱闘という「お祭り」が眼下で始まったというのに、自分だけ盗聴や後方撹乱ばかりやっているのが耐えられなかったのだ。
「ワタクシのテンションは今ッ! アニ研を抜けて現視研に入部した時代に戻っているッ!女に手を挙げ、盗撮もやってのけたあの当時にだッ! 無遠慮!不道徳!そのワタクシが貴様を倒すニョーッ!」 と威嚇する。
呆れる原口は、「沢崎くんたのむよ」と後ずさりする。
ゆらりと立ち上がり、朽木の前に立つ沢崎、背後の原口に視線を向けて、「……彼はココの入会テストのゲームでも、俺に頼りっぱなしでしたからね。負けはしません」と余裕を見せた。
にらみ合う“同期”の2人。朽木は部室のゲーム機を目で差した。
2人の思い出のゲーム、現視研初入部時にプレイした「ドラキュリーナハンター」での勝負が始まった。
【8月9日/16:42】
斑目は、顔を赤らめながらサークル棟へと走ってきた。囮となって走り、『もう歩けない』などとゴネるスージーをお姫様ダッコで連れて来たのだ。
サークル棟に近づいた時、中庭の乱闘に出くわした。「うわ、凄いことになってるな」と呆気にとられた。
ゾンビ研を相手に、咲を中心にして田中や大野が暴れている。恵子まで角材を持って立ち回っているではないか。
(笹原の妹だけはシャレにならん気がする)
スーが斑目のもとから飛び降りると、サークル棟に向けて手を振っていた。
斑目が視線を移すと、アンジェラが陽気に手を振りかえしてる。高見の見物を決め込んでいるようだ。
「なんなんだこの外人は?」
しかし斑目を最も驚かせたのは咲の格好だ。咲は“律子・キューベル・ケッテンクラート”会長のヘルメットをかぶって乱闘しているのだ。
斑目が憧れ、大事にしている「最後の砦」が、今、目の前で躍動していた。
「かっ…かっ、春日部さんっ!?」思わず声が出る。
呼びかけに気付いて振り返った咲は、「あ、斑目、ちょっ!見るな!」と動揺する。
次の瞬間、咲は死角から竹刀による“突き”をヘルメットに受けた。同調サークルの剣道マスク男が増援に駆けつけたのだ。ヘルメットが飛んだ。
それでも咲は続くゾンビ研を2、3人殴り倒すが、剣道マスク男と対峙しつば迫り合いの要領で突き倒された。
「げっ!何しやがる!」
斑目は思わずゾンビ研の群れや竹刀をくぐり抜け、咲の所へと向かう。咲の手を取って引き起こそうとする時、「邪魔だ」とばかりに背中に竹刀の一閃を受けた。
「!」驚く咲。
「アンタ喧嘩できないんだから、見てればいいのに!」
「イテテ、女を前線に出して見てるわけにゃいかんでしょ」
「また、オタクくさいことを」
咲が気が付くと、田中、大野、恵子も包囲されている。
斑目は何とか咲の縦になろうと前に立つが、何とも頼りない。
「もういい加減にしろよ現視研ッ!」苛立ちのこもった竹刀が咲と斑目めがけて振り上げられる。思わず目をつぶる咲。
バシィッ!と激しい打撃音が響いたが、痛みは無い。目を開けると、剣道マスク男と自分達の間には、ポスターケースで竹刀を受け止めている高坂が立っていた。
瞬間「1stガンガルの予告編BGM」が高らかに流れはじめる斑目の脳内。オタクらしい連想は悲しい性だ。
「遅くなったね、咲ちゃん」
コスプレカップルを追撃していた剣道マスクも加わり3対1となるが、高坂はバッグをシールド代わりに巧みに竹刀を受け、かわす。
決して攻撃は加えないが、動き回って軽くいなすうちにマスク男の息が上がって来た。
そのうち、「げ、現視研の新手は化け物か!」と肩で息をし、その場にひざまづいた。
田中は、「相手は慣れないマスクを防具の下に着用している。呼吸が苦しく、しかもこの猛暑だからスタミナの消耗は激しい。しかし徹夜作業を経てこの運動量とは……」と、この手の展開にありがちな解説役になっている。
その隣で恵子はウットリと高坂を見つめていた。
【8月9日/16:47】
乱闘騒ぎのざわめきが外から聞こえてくる中、屋内はカチャカチャカチャカチャという操作音が支配している。
男2人が黙々と画面に見入っている。余裕があったはずの沢崎だが、次第に表情が曇りはじめた。
「ば、ばかな……」沢崎はついに3連敗で朽木に惨敗した。
現視研で時折、高坂らに揉まれてきた朽木の経験値が、ただ破れ去っただけの沢崎との差になって現れたのだ。
無言でがっくりとうなだれ、ふらふらと部室から出て行く沢崎。
原口「あ、沢崎くん? おーい…」
よほどショックだったのか、原口の呼びかけにも反応せず、沢崎の姿はドアの向こうに消えた。
朽木「沢チン、僕と一緒に現視研に戻っていれば、こんな事にはならなかったのに……」
【8月9日/16:50】
沢崎は、朽木に破れ、フラフラと階段前のテラスまで来ていた。まだ中庭の乱闘は終わりそうにない。しかし、沢崎の戦いは一足先に終わった。
(負けた。またも部室を追われてしまった)
敗北感に打ちのめされ、テラスのイスに腰掛けてうなだれていた。
「沢崎君……」
目の前に誰かが立っている。沢崎は、蚊の鳴くような声で、「ほっといて下さい……」と呟く。
「アニ研に帰らないのかい?」
沢崎が見上げると、赤いマスクをかぶった「メキシコ文化研究会」の男が立っていた。
「アニ研も裏切って原口さんについた僕に、居場所はないんです……ん?」沢崎は途中で何かに気付いた。赤い男はしゃがれた声色をやめていた。
赤い男は、不自然に身ぶり手ぶりを加えて、上手く伝えられない自分の気持ちを語りはじめた。
「えーと、“あの時”は、俺に力がなかったんだ……。こんなことを人と話すなんてあまり無いから、何と言ったらいいのか分かんないけど。ともかく……君を守って引き止められなくて、ゴメン」
「ああ……、やっぱり“会長”でしたか……」
「もう、二代も前の“元会長”だけどね」
赤い男は話を続ける。
「でも、どうか春日部さんを恨むのはやめてくれ。彼女は昔とは違うんだ。俺らのことをある程度は理解して、朽木君みたいなキャラでも受け入れる心の広さがあるんだ……優しい人なんだよ……」
沢崎は、「好きなんですね」とポツリ呟いた。赤いマスクがさらに赤く染まったように見えた。
「俺なんかに言えることじゃないけど……。居場所ができなかったことをいつまでも悔やむより、新しい居場所を切り開いていってくれ……」
赤い男に、沢崎は、「あなたは……どうなんですか?」と尋ねた。“彼”だって前向きとは思えないのだ。会社からいつも部室に来ては入り浸っているではないか。
赤い男は、「あ、俺?……そうねえ。いつもと変わらないけど、“自分で切り開く”ってことは、ほんの少し分かってきた気がする」と答えた。
「そうすか……。あ、近藤さんはアニ研の部室に閉じ込められています。助けてやってください」と語り、沢崎はゆっくり立ち上がった。
そして赤い男に頭を下げて、再び顔を上げたとき、「あなたがそうなら、俺も、ちょっと頑張ってみます」と微かに笑った。
以上です。次が最後になります。たぶん。
ありがとうございました。
リアルタイム乙!
なんか僕らの○日間戦争見たいなノリにwww
おもしろかったです〜ラスト、お待ちしとりますw
どうも、読んでくださった方ありです!
>>282 独白パートと普通のパートを交互にするのはまんまパクってたりします。
最初は普通のラブコメっぽいもの書こうと思ってたのになあ・・・。
なんででしょうか・・・。
>>286 必ずいれたいなあと思ってたのは脅かし役の朽木君。
おいしいよ、彼本当に、と思います。
302 :
マロン名無しさん:2006/03/16(木) 11:48:09 ID:p3ByXZHG
>>Zせんこくげんしけん3
GJ!GJ!GJ!です!
大野さんの優しさ、カッコよさにしびれました。剣をかまえて戦うシーン、素敵です。
荻上さん、漫研女子とのわだかまりが解けて良かったね。
咲ちゃん、めちゃめちゃ強いんですけど(汗)「踏み台」にして跳躍って、咲ちゃんがやるとすごいですね。
靴はヒールだろうし、痛そ〜。
2002のほうの斑目が…助けに入ったとこまではカッコよかったのに(泣笑)
クッチーも、暴れるのかと思ったら格ゲーで対戦して堂々と勝つなんて、大人になったもんだ。
メキシコ文化研究会の人と、沢崎くんのこれからに期待。
次回も頑張ってください!!
>>288 287の人ではないんですが、他の人の作品やレスを元ネタにしてるとか、「パクリっぽいかな?」と思うくらいに似てしまったら、
SSのあとがきなどで元ネタの作品名を明らかにしたら波風はたたないと思いますよ。
お互い影響を受け、いい刺激をもらっているので、その辺はみなさん寛容だと思います。
>>Zせんこくげんしけん3
盛り上がってますね!最終話、期待してます!
しかし絵が描かれたり反響も大きいっすね。
304 :
マロン名無しさん:2006/03/17(金) 00:11:05 ID:oRlnBzmL
絵を描かれてるのは本人では?
…漫画化可能っぽ〜い
305 :
MとSの距離:2006/03/17(金) 03:59:18 ID:s8gsk+uc
MとSの距離、まえがき。
「卒業式編」では斑目玉砕話を書きましたが、完結編かいていたあたりから
もうひとつ、別のルートを思いついてしまい、ついつい書いてしまいました。
続きものになります。スミマセン(汗)
始まりは四月号の直後から。
斑目と咲の「もうひとつのルート」、しばしの間おつきあいください。
5分後に5レス+19レスで投下します。
306 :
まだ先の話1:2006/03/17(金) 04:05:52 ID:s8gsk+uc
MとSの距離 序章 「まだ先の話」
斑「おう笹原」
笹「あ、斑目さん、久しぶりですね」
斑目がいつものように昼に部室に顔を出すと、笹原がいた。
あの合宿が終わってから三週間が経とうとしていた。
斑「荻上さんに聞いたけど、会社の研修だったんだって?」
笹「えっ、あ、そうです研修で昨日まで…荻上さんに会ったんですか?」
笹原は顔を赤くして焦っている。
斑目は弁当を広げ、割り箸を割りながら言う。
斑「そうそう。…つーかさー、笹原。聞いたぞ!」
笹「えっ!?」
斑「お前、もう荻上さんと付き合ってるんだって?」
笹「あ、ああ!そっちですか(汗)」
斑「ん?そっちですかって何が」
笹「い、いえ…」
(801漫画のことでもばれたのかと思った…焦ったぁ〜)
斑「水くせーよなー、なんで今まで言わねーんだよ?」
笹「いやその…あんまり言いふらすのもアレなんで…。聞かれたら言おうとは思ってましたよ」
斑「ふーん…ま、いいや。」
そこで一旦会話がとぎれた。斑目は少し考えこむように下を向き、弁当を食べることに集中する。
それを見て、笹原は(あれ?気を悪くしたかな?)と不安になる。
笹「あの、すいません、心配してもらってたのに…」
斑「ん?あーいいよ別に。それよりさ…」
307 :
まだ先の話2:2006/03/17(金) 04:06:42 ID:s8gsk+uc
笹「?何ですか?」
斑「あ、いや、その……すげーよな」
笹「え、すごいって何がですか?」
斑「えーと、うまく言えんのだが…告白とかできるのが」
斑目は顔を赤くしながら話した。こういう話題は苦手だ。
いつもならさっさと違う話題をふるのだが、今日はどうしても聞きたいことがあった。
最近ずっと疑問に思っていたことだ。
(俺はよく知ってるわけじゃねーけど…コミフェスでなんかあって、荻上さんとは気まずくなってたはずだ。
合宿前に春日部さんに聞いた分には、最近全然喋ってない、って言ってたし。
合宿でも、一日目なんかまったく喋ってる様子なかったしなあ…。
いや、その前にだ。
『私がオタクと付き合うわけない』なんて言われてなかったか?)
春日部さんに『あの二人をくっつけたい』という話を振られたとき、斑目は、
(でも荻上さんに付き合う気がないんなら、おせっかいなだけなんじゃ?
それに、あんなにはっきり『付き合うわけない』なんて言われた笹原が、勇気出せるのか…?
…もし俺が笹原なら、無理だな……。俺なら絶対無理。)
そう思っていた。春日部さんの頼みなので一応話を合わせてはいたが、内心、笹原が振られてヘコみやしないかと心配だった。
…いや。ヘコんでいるのを見て、その姿に自分の姿を重ねて見てしまいそうなのが怖かったのだ。
(もし俺も春日部さんに告白なんかしちゃったら、ヘコむんだろうなあ…
なんて思ってた、あの時までは。笹原が荻上さんを追いかけていって、二人で帰ってくるまでは。)
308 :
まだ先の話3:2006/03/17(金) 04:07:44 ID:s8gsk+uc
(俺が思ってたのとは違う結果だったな。…それにしても、すげーよな笹原。
あの状況から告白して、付き合うまで持っていけるなんて。…どうしたらそんな勇気出せるんだ?)
この数週間、ずっとそのことを考えていた。
斑「その…今お前らが付き合ってるから、聞けるんだけどさ。
告白して、もしかしたらフラれるかも、とか考えなかったのか?」
笹「いや、考えなかった、というか…急にチャンスがあったんですよ」
斑「え?」
笹「今告白できるタイミングだ、っていう瞬間があって…だからそのまま言った、という感じで…。
あのときは深く考えるひまもなかったですし」
斑「………」
笹「ま、言っちゃった直後には拒絶されましたけどね。外に飛び出して行っちゃって。
あのあと追いかけてなかったらどうなってたんだろう…うわ、そう思ったら変な汗出てきた。春日部さんと大野さんに感謝しなきゃ…」
斑「…そういうモン?思わず言っちゃった、って…」
笹「ええ、俺はそうでした。
…というか、言いたかったんですかね、きっと。言わずにいるのがしんどかったんですよ。
荻上さんと気まずいまま喋れないでいるのが、自分の気持ちに嘘ついてるようで…。」
(……………………)
斑目は言葉が返せなかった。
今笹原が言った台詞に、心をえぐられたような気分だった。
309 :
まだ先の話4:2006/03/17(金) 04:08:17 ID:s8gsk+uc
笹「……さん、斑目さん?」
はっと気づくと、笹原に呼びかけられていた。
笹「どうしたんですか?」
斑「あ、いや、何でもない。…そっか。嘘ついてるようで、か……」
笹「…それにしても、斑目さんとこんな話するのって珍しいですよね。」
斑「む、そうだっけ?」
笹「そうですよ。なんか変な感じですね。」
あはは、と笑う笹原。
笹「でも、何でそんなこと聞くんですか?」
斑「え、いや……」
笹「あれ?もしかして、告白したい人がいる…とか?」
斑「!い、いやそういうんじゃネーけど!なんつーか、今後の参考にね?」
笹「あ、そうなんですか」
笹原はそれ以上追及しなかった。ほっとする斑目。
(……俺、自分のことは言えないんだよな…。笹原には『水くせー」とか言っといて。
ま…仕方ねーよな。相手が同じサークルで、しかも彼氏持ちなんだから……。)
そう自分に言い聞かせる。でも、心のどこかにはしこりのようなものが残るのを感じる。
310 :
まだ先の話5:2006/03/17(金) 04:09:26 ID:s8gsk+uc
その日の夜。会社から帰宅する間、斑目は昼間の笹原との会話を思い出していた。
『言いたかったんですかね、きっと。言わずにいるのがしんどかったんですよ。
自分の気持ちに嘘ついてるようで…。』
(でも俺には無理だ)
一つ、小さなため息をつく。
(だいたい春日部さんには高坂が…。言っても仕方ねーだろ。何も状況は変わらねーし……。
いや、気まずくなって、もう話すらできないかもしれん…)
そう思うからこそ、今まで誰にも知られないようにしてきたのだ。
(でも……)
(いや、何考えてんだ?だいたい、春日部さんが困るだろ。
そうだよ。困らせてどうすんだ?そんなこと望んでるわけじゃねーだろ……。
……………………)
(俺は、言いたい、のか?)
何故だろう。今まではそこまで考えなかったのに。
今までは、近くにいて、少しだけ見直されたり、頼られたりするだけで十分だと思っていたのに。
…………どうだったろう。本当にそれだけだっただろうか?
自問自答しながら、家までの道のりを歩く。
続く
311 :
月と太陽1:2006/03/17(金) 04:15:08 ID:s8gsk+uc
MとSの距離 その2 「月と太陽」
笹原との会話から、三日が過ぎた。
(もうそろそろ大学も夏休みが終わって後期日程に入るな…。
そしたら、また部室に皆が集まるだろうな。
…きっと、春日部さんも来るだろう。まだ合宿から一度も会えてないけど。)
そう考えると、少し気が楽になる。
その時を楽しみに思いながら、今日も弁当持参で部室のドアを開ける。
咲「よ、斑目」
斑「!?」
そこには春日部さんがいた。
咲「どしたの?そんなとこつっ立って。部屋入らないの?」
斑「あ、ああ!いや、入るよ、うん」
斑目は急いで部室に入り、後ろ手でドアを閉める。
(うわ、びびったー…休みの間は来ないと思ってたから…。)
春日部さんは左手前の席に座っている。
斑目は出口側の席に座り、春日部さんの横顔に話しかけた。
斑「ひ、久しぶり」
春日部さんは、ノートパソコンでなにやら文章を打ちこんでいる。
咲「んー?そんな久しぶりだっけ?合宿のとき会ったじゃん」
斑「…合宿って、あれからもう三週間以上は経ってるんですが」
咲「そっか。もうそんなになるんだ」
312 :
月と太陽2:2006/03/17(金) 04:15:41 ID:s8gsk+uc
春日部さんは、ずっとノートパソコンの画面を見ながらキーボードを叩き続ける。
おかげで春日部さんの顔を見ていることができた。
(ホント久しぶりだよなあ…)
斑目は弁当を取り出しかけ、ふと気づいて携帯を出して時間を見る。
(あと30分はここにいれるな)
そう確認して、すぐ時間を見られるように携帯を机の上に置いた。
斑「…今日はなんか大学来る用事あったの?」
咲「んーなんか、大野に呼び出されてさ。今日部室に来て欲しいって」
斑「あ、じゃあ、もうすぐ来るんか……」
咲「それがさ、さっき連絡あって、遅れるって言ってた。あと一時間は来れないってさ。
まーいいけどね。私も、他に来る用事あったし」
斑「ふーん…」
(大野さんGJ!!)
咲「さて…」
春日部さんはひと段落ついたらしく、ノートパソコンをパタンと閉じる。
咲「あと一時間かあ……なんか今日は、久々に予定ないんだよね。大野に会う以外」
春日部さんは、その場でうーんと伸びをする。
斑「けっこう忙しいんだ?」
咲「まあね。でも昨日でようやく目途がついたから。もうすぐ後期の授業始まるし。
とはいっても、もうあんまり授業ないけどさ。単位もあと少し取るだけだし。」
313 :
月と太陽3:2006/03/17(金) 04:16:23 ID:s8gsk+uc
斑「あーそだね。もう4年の後期だからね…。」
(そうか…じゃあもうここに来ることも少なくなるのかな……)
少し心が沈んだ。
咲「そういや知ってる?笹原と荻上」
斑「ん?ああ。うまくいったんだってな、あの二人」
咲「まあそこまではいいけどさ。あの二人、もうやっちゃったらしいよ。つき合ってすぐ」
斑「……ハ?」
咲「大野が言ってたんだよ、カマかけてみたら、荻上がぽろっとそんなようなことを言ったんだとさ。
『私のときより早いなんて…』って、大野ショック受けてたよ。」
斑「………………」(////////汗)
咲「まーでも、笹原ああ見えて押しが強そうだもんね!特に最近は、男らしくなったっていうかさ。その勢いで押し倒したんだろうねー。
あ!これ大野に口止めされてたんだった。私が言ったってことは内緒にしといてな。
でもいいじゃんねえ?別に悪いことじゃないんだしさー」
斑「……あーソウネ…あははは……」
斑目はもう苦笑するしかなかった。
(笹原、スゲー……あの荻上さんと……)
荻上さんはガードが硬そうなイメージがあるので、余計に尊敬する。
咲「んで、あんたは?」
斑「へ?何が」
咲「彼女作らないの?」
斑「!!!???」
314 :
月と太陽4:2006/03/17(金) 04:16:59 ID:s8gsk+uc
話の矛先が自分にも向けられ、慌てる斑目。
咲「あんたってあんまりそのテの話ないけど、興味ないの?」
斑「え、いや、え、そんなことはねーけど……」
咲「好きな人とかいないの?」
斑「い、今は別に……」
必死にはぐらかす斑目。
咲「ふーん、つまんない奴だねエ」
咲は興味を失ったようで、それ以上は聞いてこない。
(よ、良かった……)
ほっと息をつく。
その時、笹原が言っていた言葉が頭をかすめた。
『急にチャンスがあったんですよ。
今告白できるタイミングだ、っていう瞬間があって…だからそのまま言った、という感じで…。』
(……え?)
(え?いや、ちょっと待て。いや、言わないって決めただろ!)
『言わずにいるのがしんどかったんですよ。自分の気持ちに嘘ついてるようで…。』
(……嘘を)
ドクン、と心臓の音が大きく響いた。
(今は好きな人いない、なんて嘘を)
急に胸の辺りがきりきりと痛み出した。
315 :
月と太陽5:2006/03/17(金) 04:17:39 ID:s8gsk+uc
咲「そういや、荻上………」
斑「好きな人はいる、ホントは」
咲「へ?」
思わず口をついて出た。
喉が鉛を飲み込んだように苦しい。
咲「…へー!誰?誰?」
斑「……春日部さん」
咲「ん?何?」
ただの呼びかけだと思った春日部さんは、聞き返す。
斑「…え?いや……その………、
春日部さん、なんだけど………………」
咲「………へっ!?」
斑「………………」
春日部さんは、笑った顔のまま、目を見開いた。
咲「へ?は?え?」
動揺して横を向く。
咲「え?何…冗談?」
(うわ……、駄目だ!!やっぱ駄目だ!!
冗談にしないと!ここで『なーんてな!冗談に決まってるだろ』とか言わねーと!!
ほら早く言え、俺!!!)
316 :
月と太陽6:2006/03/17(金) 04:27:20 ID:s8gsk+uc
………………言えなかった。
はぐらかすなら早く言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
斑「…………俺」
代わりに別の言葉が口をついて出る。
斑「春日部さんが好きで……」
顔をあげていられなかった。思わず下を向く。
春日部さんの反応が怖くて、そっちを見ることができない。
「…………………………」
沈黙。空気が痛い。
(しまった…。やっちまった……。こんな空気になるんなら言わなきゃ良かった……!!)
後悔の波が、体中を震えさせるのを感じる。どっと冷や汗が出る。
咲「……そ、そうなんだ」
ようやく春日部さんが声を出す。
斑「…………………………」(汗)
咲「………………で?」
斑「はい?」
317 :
月と太陽7:2006/03/17(金) 04:28:09 ID:s8gsk+uc
咲「いや、続きは?」
斑「……続きって?」
斑目は呆けた顔で聞き返す。
その顔に、咲も呆けた顔をする。
再び沈黙。
(え、何だ?言ってる意味がわからん…)
緊張しすぎて頭が回らない。
咲「その……、だから、こういう時は普通、口説いたりするもんじゃないの?私が言うのも何だけど」
斑「そうなの?」
咲「そうなのって……じゃあ何のために告白したんだよ?」
春日部さんの眉間にしわが寄る。
斑「え、いや、思わず言ったって感じで」
咲「はぁ!?」
春日部さんはだんだんイライラしてきたようで、語気が荒くなる。
何で怒り始めたのか、さっぱり分からない。
慌てて言葉を続ける。
斑「いや、だってよ!春日部さんには高坂がいるし!春日部さんが高坂にベタ惚れなのわかってるし!!
間違っても俺なんか付き合えないって、分かってるよ!だから口説く気なんてないし!!」
一気に言うと、斑目はうなだれ、再び下を向く。ぽつりと一言付け加える。
斑「口説いたり出来る訳ねーじゃん…………」
318 :
月と太陽8:2006/03/17(金) 04:28:46 ID:s8gsk+uc
(そうだ。そんなこと、出来る訳ない)
この4年間、痛いほど感じてきた。
一緒に寿司を食べに行ったとき、春日部さんと高坂が一緒にゲームをやったと聞かされた。
花火のゲームをやったくらいでは、オタクとはいえない。
春日部さんがオタクになれた訳じゃないし、高坂が特にハマっていたゲームって訳でもないだろう。
でも。
二人が、お互いの距離を埋めるために、お互いに努力しているのだと痛感した。
二人の強い絆を見せつけられた、と感じた。
同時に、自分が恥ずかしかった。
(俺は距離を埋めるための努力をしたことがあるか?)
寿司屋に行く前にとった自分の行動を思い出す。
春日部さんがせっかく挨拶してくれようとしたのに、一般人の友達と一緒だからと、無視した。
春日部さんとは価値観が違う。住む世界が違う。
そう思うことで、気持ちを押さえつけようとした。
「別の星の人」だと思いたかった。
でも、春日部さんはいつのまにか「こちら側」のことを理解している。
初めのころはあんなに嫌がっていたのに。
こちら側の人間ではないのに、こちら側のことを理解しようとして、努力してきたのだ。高坂のために。
319 :
月と太陽9:2006/03/17(金) 04:29:20 ID:s8gsk+uc
春日部さんがずっと「別の星の人」でいてくれてたら。
そしたらすぐ、諦めもついたのに。
オタクのことなんか理解しないでいてくれたら、
「別の星の人」の存在を、自分自身の弱さを、許すことができたのに。
そして、気づいてしまった。
(オタクとか、そうでないとか関係ないんじゃないか。
一人の人間として向き合ったとき、今の俺は堂々としていられるだろうか。
春日部さんを好きだって胸を張っていられるだろうか。
見込みがない、とかそういう問題じゃない。俺は今のままでいていいのか?)
結局は自分の問題なのだった。距離を縮めようとする努力。
それがどんなに、気の遠くなるような距離であったとしても。何もしない限りは縮まるわけがない。
だからこそちゃんと就職することを決めたし、同時に、これだけ春日部さんと高坂の絆の強さを見ても、なお好きだと思ってしまう自分に対しても覚悟を決めなければいけないと思った。
(いや、そんな春日部さんだからこそ、好きなのかも知れない)
好きでい続ける覚悟。それがどんなに茨の道であっても。
320 :
月と太陽10:2006/03/17(金) 04:30:02 ID:s8gsk+uc
そして今。
就職もした。覚悟も決めた。でもまだ足りない。まだ届かない。
それなのに言ってしまった。
斑「…………………………」
うなだれたまま、後悔だけが頭を巡り続ける。
(俺は馬鹿だ……)
初めて部室で二人きりになったときのように、何も言えない。
俺はあのころと何も変わってない。
ただなんとなく告白してしまった。
(…いや、そうじゃない)
自分の心の声が反論する。
(なんとなくじゃない、俺はずっと言いたかったんだ。
言えないことが、自分の気持ちに嘘つくのが、辛かったんだ。
……まだそれを言ってない。言わないと)
斑「……俺は」
かすれた声で、ようやく話し始める。
顔を上げようとしたが、上げることができないまま。
321 :
月と太陽11:2006/03/17(金) 04:39:03 ID:s8gsk+uc
斑「けっこう前から、春日部さんが好きだったんだけど………高坂がいるからと思って、言えんかった。
高坂がいい男だからとか、そういう以前に、春日部さんが高坂のこと本気で好きで努力してんのが分かってたから。
そういう春日部さんが好きだったからさ……。」
抑えていた気持ちが溢れ出すように、言葉が溢れ出す。
斑「本当に、口説こうとかそんなんじゃなくて…ただ、言いたかったんだ。好きだって。
言って楽になりたかった。春日部さんが困るだろうって、分かってたけど……。
好きな人いないって、春日部さんに嘘をつくことになるのが辛くて…………。」
(情けね〜〜、俺……)
出てくるのは弱音ばかりだ。
弱い自分。認めるのは辛いが、それが本当の自分の姿なのだった。
斑「…………………………」
沈黙。
(春日部さんが何も言わない……。呆れてるんだろうか。…呆れられても仕方ないよな。)
さっきは春日部さんの反応を見るのが怖かったくせに、今はどんな顔してるのか気になって仕方ない。
(言いたいことは全部言った。もう何もない……。
あとは、さっさと断られよう。フラれるイメージなんて、今まで何度も何度も想像してきた。
それで終わりだ………この長かった恋も。)
そう覚悟を決めて、顔を上げる。
322 :
月と太陽12:2006/03/17(金) 04:39:42 ID:s8gsk+uc
春日部さんの横顔が視界に入る。
春日部さんの顔は、今までにみたこともないほど真っ赤になっていた。
斑「……へ?」
予想外の反応に、思わず驚きの声が漏れる。
咲「……………………」
春日部さんは、うつむいて顔を真っ赤にしたまま動かない。
斑「……春日部さん?」
咲「…………うん」
春日部さんはようやく返事だけすると、意を決したように斑目のほうに向き直った。
真っ赤だが、真剣な顔で。驚いたことに目が少し潤んでいる。
咲「ありがと」
一言そう言った。
斑「………?」
(……………何で「ありがと」なんだ……?)
分からないので、そのまま聞いてみた。
斑「『ありがと』って………?」
春日部さんは、小声で答える。
咲「高坂のこと…努力してるって……それが好きだって言ってくれて…………」
斑「………………」
咲「嬉しかった」
(そんな風に言ってもらえるのか……)
じわじわと体じゅうに感動が広がっていくのが分かる。
323 :
月と太陽13:2006/03/17(金) 04:40:29 ID:s8gsk+uc
斑「……い、いや!お礼なんか別に…自分の言いたいこと言っただけだからさ………」
傷つくのを覚悟していたのに、この体中に広がる暖かさはなんだろう。
頭がボーッとして、自分が何を言っているかもよく分からない。
斑「俺は…………」
(いま、縮まったか………?少しでも…………距離が…………)
もしかしたら、「口説く」というのをできるのは今ぐらいしかないかも知れない。
今を逃したら、もう一生チャンスがないかもしれない。たとえ結果が見えていたとしても。
斑目は思い切って春日部さんの両肩をつかみ、勢いで言った。
斑「か、春日部さん!!俺は………!!」
咲「うわ!!」
春日部さんは驚いてその手を振り払った。
バシッ
……そんなに強くではなかったが、はっと気づいた春日部さんが顔をあげると、斑目は呆然とした顔でこっちを見ていた。
一瞬、すごく傷ついた目をしたのを、春日部さんは見た。
324 :
月と太陽14:2006/03/17(金) 04:41:12 ID:s8gsk+uc
咲「あ、ご、ごめ」
言葉をかけようとする春日部さんから、斑目は横を向いて目をそらす。
斑「……いや、俺こそ、ゴメン」
さっきまでしどろもどろだったのに、今の言葉は何故かひどく落ち着いて聞こえた。
咲(……あ!「ごめん」じゃ駄目だ。もっと別の言葉で…)
慌ててなにか言葉を続けようとする春日部さんだったが、斑目の声に遮られた。
斑「俺そろそろ、会社戻んねーと……」
そういいながら席を立ち、部室のドアに手をかける。
咲「あ、ちょっ……!!」
斑「あー気にすんな。分かってたから。」
その言葉に硬まる春日部さん。
春日部さんがそれ以上何か言う前に、ドアは静かに閉まった。
……………………
325 :
月と太陽15:2006/03/17(金) 04:41:51 ID:s8gsk+uc
斑目は早足で会社に戻りながら、自分の感情を必死で押さえ込もうとしていた。
(分かってたじゃねーか。最初からこうなることは分かってただろ!
何で今さら傷ついたりしてんだ。予想はついてただろうが。
全く見込みないって分かってただろ。むしろ良かったじゃねーか!!
完璧に振られることができて!
もうあの暴力女のことは今日で忘れる。きっぱり忘れる。すっきりしただろ!!)
さっき、手を振り払われたことが、ショックでたまらない。
いつものツッコミに比べれば、全然痛くなかった。
でも、心が、今までの何十倍も痛かった。
拒絶された、という思いが、信じられないほど体中の力を奪ってゆく。
(もう………)
(もう、会えないな……。会っても平気でいられる自信がねー…。
つくり笑いをすることもできん、きっと…………。)
(もう会えないのか…………)
拒絶されたのに、まだ会いたいと思っている。
「会えない」未来が、これからのことが怖くて仕方ない。
326 :
月と太陽16:2006/03/17(金) 04:48:47 ID:s8gsk+uc
臆病な自分に腹が立つ。
(そんなだから振られるんだ)
(そんなだから駄目なんだ)
自分を非難する言葉が、心の奥底から渦を巻いて止まらなくなる。
(くそっ…………)
歩く速度がどんどん早くなる。
会社に戻りたくなかった。だが、サボったところで他のどこかへ行きたいわけでもなかった。
会社に着くまでに、自分を取り戻そうと必死で感情を抑えこみながら、ひたすら歩き続けた。
………………
コン、コン。
部室のドアが叩かれる。
大「咲さーん、いますかーー?」
大野さんは開ける前に、中に声をかけてみた。
返事がない。
(あら?いないのかしら。まさか帰っちゃったとか?いやいや、トイレかもしれないし……。)
そう思いながら部室のドアを開ける。
そこには咲がいた。
椅子に座って、窓のほうを眺めている。
327 :
月と太陽17:2006/03/17(金) 04:50:36 ID:s8gsk+uc
(返事しないなんて珍しいな…。来るのが遅れたこと、怒ってるんですかね?)
大「咲さーん!すいません、今日は……」
話しかけようとして、咲の様子がいつもと違うのに気づいた。
大「……咲さん?」
咲は疲れきった顔で、一言だけ、
「よ」
と言った。
大「……どうしちゃったんですか?」
咲「………ちょっと今、説明しにくい」
大「ええ?」
咲「落ち着いたら、話すから…………今はゴメン…」
(咲さん…………なにか落ち込んでる?)
見ると、机の上には手をつけられていない弁当と、どこかで見た覚えのある携帯が載っている。
大「あれ?この携帯……」
携帯を手にとる。
(これ、だれの携帯だったかしら…………。)
咲「え…携帯?」
大「ここにあったんですけど、これ、誰のでしたっけ?」
328 :
月と太陽18:2006/03/17(金) 04:51:24 ID:s8gsk+uc
家に帰る間、斑目は今日のことを振り返っていた。
会社に戻ってから、さすがに様子がおかしいのは同僚に気づかれた。
「昼からなんか腹痛くて…弁当にあたったんですかね」
そう言って、つくり笑いをした。同僚の前では、まだ笑うことができた。
「いや、大丈夫です、大したことないんで」
早退するのは嫌だった。もし早く会社を出て、大学の前なんかでまた偶然にでも会ってしまったら。
その可能性を考えただけで、肋骨のあたりがキリキリと痛む。
いつものように定時にあがり、ゆっくりと家までの道のりを歩く。
今日は疲れた。でも早く家に帰りたいと思わない。
もう何も考えたくない。
ただひたすらに歩く。自分の家がようやく見えてきた。
(今日はもう寝てしまおう……)
そう思いながら、玄関までたどり着き、スーツのポケットから鍵を取り出す。
「斑目」
後ろから名前を呼ばれた。聞き覚えのある声。
斑「!?」
あわてて振り向くと、そこには春日部さんの姿があった。
329 :
月と太陽19:2006/03/17(金) 04:52:03 ID:s8gsk+uc
(な、なんでここに春日部さんが!?)
あまりにびっくりして声が出ない。
咲「これ、忘れてたよ。」
そう言って春日部さんは携帯を差し出す。
斑「えっ!?あ、あれ?何で春日部さんが…………?」
咲「それ、部室に忘れてたから。…というか、携帯忘れてたこと、気づいてなかった?」
春日部さんは、あはは、と少し呆れた顔で笑う。
(ああ……、いつもの春日部さんだ………………。)
さっきまでの重苦しい気持ちが、少しだけ和らぐ。
斑「あ、ありがとう…………。そんじゃ……」
咲「…………」
斑「……?ど、どしたの?」
咲「ちょっと話、いいかな」
斑「え?」
咲「ここではちょっと何だからさ、あがらせてもらっていい?」
斑「……………………」
咲「何よ。駄目なの?」
斑「い、いや!!そんな!どうぞどうぞ!!!」
斑目は慌てて自宅のドアを開けた。
春日部さんが部屋に入ると、ドアはゆっくりと閉まっていった。
「月と太陽」 END 続く。
330 :
MとSの距離あとがき:2006/03/17(金) 05:03:03 ID:s8gsk+uc
「まだ先の話」「月と太陽」はサブタイトルです。
長くなりそうです。スイマセン、ホントスイマセン…orz
「せつなさ3割増し」で、投下していきたいと思っております。
>MとSの距離
リアルタイムで読んだ。
これはいったい何が起きているのか?
春日部さんは何をする気なのか?
春日部さんは斑目をどう思っているのか?
そして斑目は?
いろいろ興味は尽きませんな。
つづきをお待ちしております。
実はここ数日の一連の作品群の感想書き込もうかと思って来たのだが、今日はもう寝ます。
332 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:14:35 ID:???
斑目救済企画として、やってみました。
沙村広明の「おひっこし」をげんしけんキャラでやってます。
元がギャグのため、一部キャラがこわれてます。
また進行上、高坂が割を食ってます。ファンの方はご注意を。
333 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:15:18 ID:???
酔った勢いで「咲が好き!」とカミングアウトしてしまった斑目!
その時は笑って相手にされなかったが、一度封を切られた思いは止まらない!
斑目の思いは届くのか!そして咲の選択は!!
とある居酒屋にて…
「俺は春日部さんが好きだ!」
「それはもう聞き飽きたから違う事言ってください」
斑目の魂の叫びに、投げやりに荻上が答える。しかし酔っ払いには聞こえない。
「春日部さんのいいトコロ、それは…名前がオタ臭い事だ!」
「本人聞いたら怒りますよ」
大野の忠告も聞こえない。
「そんな女(ヒト)に憧れていましたッ!」
「そうか、わかるわかる、わかるぞ斑目!」
「全然わからない上にそれは俺のビールです!」
出来上がった斑目。出来上がった田中。一人苦労する笹原。
いつの時代も「酔ったもの勝ち」なのは間違いない。
「ごめんごめん。遅くなっちゃった」
「春日部さーん!!」
咲登場。斑目の目が光る。勢い良くダイブ。
右ストレート一閃!カウンターぎみに決まってノックアウト。カウントの必要も無し。
334 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:16:00 ID:???
「高坂さんは今ごろは飛行機の中ですか…」
「海外研修ねえ…エロゲメーカーが何を研修するんでしょうね?」
「こっちが聞きたいよ」
荻上・大野・咲の会話が続く。不意に大野が真顔になると、咲に詰め寄った。
「ところで、ちゃんと反対しましたよね?」
「あー…いや。なんかエゴを押し通しているようで嫌だったし」
「平気そうな顔をしているからですよ。たまには咲さんのエゴを通したって構わないじゃないですか」
「アハハハハ。やっぱ惚れた弱みかもね」
夢うつつのなかで彼女の声が聞こえる。
出会った時から彼女の傍には 常に高坂の影がつきまとっていた
それは今も…あの男は どんな遠方にいても
見えない糸で この女(ヒト)を 縛り続けるだろう
ああ神よ! 今この
そこにあるのに 手が届かない
蜃気楼と 旅人のような関係は
いつか終わる日が 来るのでしょうか
「まさにツェノンの背理!!」
「なにがツェノンですか」
斑目の叫びに荻上の冷静なツッコミが入って、宴はお開きになった。
335 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:16:47 ID:???
翌月、部室にて…
「1,2…1,2…イチ、ニイ…。だめだ、何度数えても二万は二万だ…先週までは確か五万あったはず…残りはどこに…」
財布の中身を数えつづける斑目。かなり鬱陶しい。
「いや、そんなことはいい!今現在寂しくて苦しんでいる彼女に対して、自分ができることは何なのか…そういうメタ認知が大事なんじゃないのか!?メタ認知が!」
三万円を限定版ソフトに使い込んだことを思い出した後ろめたさか、声を上げて演説をぶつ。
「うるせえよ。何がメタ認知だ」
「恵子クン…君がされると嬉しい事って何だ?」
「物をもらう。あとチュー。高坂さんなら『みかん』!」
(やはりプレゼントか…)
決意を胸に部室を出る。とはいえ、彼女の好きそうな物など見当もつかないので、とりあえず田中あたりに聞いてみる事にした。
「プレゼント?やめといたほうがいいよ。大して親しくも無い人間から、いきなり物を送りつけられたら向こうはどう思う?十中八九引かれるよ。」
「そ、そういうものなのか?」
かつての思い出が胸を過ぎる。
「大体そう言うのが有効なのは、元々モテる奴だけだよ。だから変に小手先に走らないで、地道に合う時間を増やしていけばいいんだ」
「つまり、具体的には?」
「連れ出せ!」
「…デートか」「そうだ」
336 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:17:30 ID:???
その後のとある日。珍しい事に全員揃っての昼食後。
「春日部さん!実は今度実家の方で『珍獣』を飼ってみよう、ということになったのデスガ、でも『珍獣』といっても色々あるノデ、今度第三者の判断も考慮に入れて決めてみたいとオモウノデスガ…
ヒマだったらでいいですから、一緒に動物園で『珍獣選びの旅』に付き合ってもらえまセンカ?」
二分経過。
「…え、それって…動物公園とか?」
「いや、場所はどこでもいいんだけど…そうだな、あそこならコアラもいるし…」
「斑目、コアラ飼うの!?」
「わたし今まで生きてきて、こんなデートの誘い方初めて見ました…」と大野。
「俺もだ…」と田中。
「初デートが『動物園』…」と恵子。
「みんな聞いてるのに場所をバラすとは…」と朽木。
ある意味盛り上がっている斑目と咲を除いた面子が、顔を会わせて囁きあう。
その影でデートの誘いをかける笹原。頬を染めてうなずく荻上。
斑目の下手な誘いを聞きながら、そんな二人を視界の隅に捕らえて、咲は答える。
「いいよ。ただし、割り勘ね」
当日、斑目は咲との物価の違いに愕然とすることになる…
337 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:18:20 ID:???
また時はながれ…
「「「高坂(くん)が帰って来るって、本当(です)か!?」」」
大野の持ってきた情報に、斑目・田中・笹原が驚愕する。
「海外研修って半年じゃなかった?まだ三ヶ月だぞ?」
「ですから、一時帰国らしいですよ。実家に顔を出したら、また戻るんじゃないですか?」
「…」
斑目は沈黙している。
大野はどこからか取り出したマスクをつけると、斑目に話し掛ける。
「そういうわけで、残念ながら斑目さんの蜜月はおしまいです。なにか進展ありました?」
「…そんな…残念なんて…。嬉しいニュースじゃないか。春日部さんの喜ぶ顔が見れるのが…俺には一番…」
斑目はそこまで言うと、後は言葉も無く、よろめきながら部室を出て行った。
一方空港では…
向かい合う『三人』の男女。
「…まあね。そんな事もあるかも、っては思ってた」
「きついスケジュールの中で泊り込んで作業してりゃあ、傍にいる人間に情が移ることもあるさ」
「…誰が説明を聞きたいなんて言ったよ」
338 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:20:10 ID:???
数日後…
「えー、『国際派プログラマーを囲む会』は諸事情により予定を変更して、『カツオの海に漕ぎ出す女』で乾杯したいと思います」
「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」
「…」
笹原の言葉でそれぞれに乾杯する。
「ありがとね。こんな盛大に送別会してもらって」
咲が笑い飛ばす。そんな姿に大野が食って掛かった。
「咲さん!そんな笑ってないで、もっと怒ってください!大体悪いのは高坂…」
「あははは、大野、もう良いってその事は!」
「春日部さん、この男にもなんか言ってやってくれる?いまだ現実が把握できていないみたいだから」
田中の指す方向にはうなだれる斑目。
「斑目には悪いと思ってる。…だから、斑目の童貞は大野に任せたから!」
「ええ!?」
「大野さん実はワタクシも童貞で…」
朽木が衝撃の告白をする。そして田中の鉄拳制裁をくらって沈没した。
「お前ら何でそんないつもどおり飲んでられるんだよ!童貞とかそんな事どうだっていいんだよ!春日部さんと会えなくなるかもしれないって時に!!」
斑目の叫びには全くかかわらず、全く普段どおりに宴は煮詰まっていったという…
宴のあと…
斑目と田中はそろって酔いを冷ましていた。
「飲み会までやっといて何だけど、まだ納得できないよ、俺は…。そんなに…そんなに遠くに行かないと…癒せないモノなのか…」
「お前は…毎日毎日そんな話ばっかりしてるけど、大事な問題から目を反らしてるってわかってるか?」
「何が!」
「引っ越そうがしまいが、卒業したら赤の他人だろ?その後も個人的に会いたいなら先輩後輩以上の関係を作っておかなきゃだめだろうが。目当ての女性の彼氏が単身外国行き、というチャンスを見送って棒に振った男にショック受ける資格なんてないよ」
「…ああそうだよ…俺が全部悪いんだ…でも、お前には弱者をいたわる気持ちが無いのか?」
「実は俺、癒し系とか嫌いなんだ」
「…」
斑目は地の底に沈む。それを横目に田中は言葉を続ける。
「それよりかわいそうなのは笹原だよ。実は荻上に親の決めた婚約者がいて、しかもそいつが元華族の官僚予備軍というんだから…」
339 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:21:45 ID:???
そして引っ越しの日。
皆が気を回したのか、実際に手伝いにきたのは斑目ひとりだった。
荷物を全てトラックに積み込み、最後の別れの時が来る。
「春日部さん…」
「…今、何か…一言言ってくれれば心が変わるかも…」
咲の顔にかすかに寂しさがのぞく。
「す、好きです!」
「いや、さすがにそれは何度も聞いたから」
「あ、ええと、ちょっ、ちょっと待って下さい!」
斑目は必死に考える。しかし考えれば考えるほど何も思いつかず、頭の中は真っ白。ついでに視界まで真っ白。
エンジン音に気がつけば、トラックはすでに動き出し、助手席から顔を出した咲が斑目に叫ぶ。
「ごめんごめん!うそだよー!」「愛してるよ斑目ー!じゃあねー!」
「…『結婚しよう』だったのかな…」
もう影も見えない彼方へ向けて斑目は呟いた。
340 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:22:31 ID:???
そして…
朝の光の中、咲はトラックから新たな自宅へと荷物を運んでいた。
そして見た。そこにはありえない姿を。
「な、なにしてんの?斑目」
「いや、ちょっと通りかかったので、手伝える事でもあれば、と…」
「…通りかかったって…ここ四国…」
斑目は顔を赤くして、頭を掻いている。
「…あー、じゃあせっかくだから…」
「ハイッ!」
威勢のいい返事をして仕事に取り掛かる。
咲は引っ越し前に大野とした会話を思い出す。
「自分を知ってる人間が誰もいない土地での生活ってどういうのかねえ。楽しみで仕方ないよ」
「馬鹿ですねぇ。しがらみっていうのは、捨てたつもりでもついてくるものなんですよ」
「アハハ、じゃあついてきたものだけは、せいぜい大事にするか」
(大野に予言の力があるとはね…)
懸命に働く斑目を見て思う。なぜか笑いがこみ上げてくる。
堪えきれずに吹き出す。笑う。だんだん声が大きくなる。
「な、何をわらってるんだよ。これでも一生懸命やってるのに!」
ふてくされる斑目を見てさらに笑う。
こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。
咲の笑い声が空に消えていった。
341 :
おひっこし:2006/03/17(金) 17:23:04 ID:???
以上です。
>>MとSの距離「まだ先の話」「月と太陽」
切なさ3割増し!!これは僕は待ちわびていた感じです!是非5月号までに続きを!
>>おひっこし
なんとも…おひっこし読んでませんし…
343 :
マロン名無しさん:2006/03/17(金) 23:29:29 ID:s8gsk+uc
>>おひっこし
>「春日部さん、好きだー!!」
告白してはっちゃけた斑目に激萌え。斑目ぇーー!!
>「春日部さん!実は今度実家の方で『珍獣』を飼ってみよう、ということになったのデスガ」
あははは!無理あるーwどんな実家だw
ところで荻上さんの婚約者が元華族の官僚予備軍、というのにも噴いた。
笹原どうするよ。
春日部さんの、服のショップを出す夢はどうなったのかと小一時間問い詰めたいところですが、
四国で幸せそうな春日部さんと斑目が見れたので良し!!
がんばって二人仲良く讃岐うどんを打って下さい…(うどんの店だと勝手に予想)
>おひっこし
ごめん、
>「それよりかわいそうなのは笹原だよ。実は荻上に親の決めた婚約者がいて、
>しかもそいつが元華族の官僚予備軍というんだから…」
この一文を入れた意味は何?必要ないなら削っておいて欲しかった…
>MとSの距離
お〜〜!! ついに来ましたか!! 心待ちにしておりました!
咲×斑は難しいですね〜。
やはり高坂の存在が大きい。くっつけるためには高坂を屠らなけらば
ならないのがハードルが高いですね。
そこに敢えて挑戦する心意気こそ良し!!!
自分も高坂を屠り去る話を構想中です。その内、披露したいな〜。
うわ 懐かしスww
沙村のひっこしだー
春日までなら線対称なんだけどねー^^;
347 :
マロン名無しさん:2006/03/18(土) 02:25:49 ID:0Cfd6Kt1
MとSの距離を書いたへタレです。
感想ありがとうゴザイマス。
>>331 なんかすいません…できるだけ早く続き書きますね。
>>342 せつなさ3割増しで続きもいかせていただきます。
ラブストーリー全開で!
>>345 おおお、プレッシャーが…頑張ります。
「高坂を倒す」という話にはならないかも。むしろ…ゲフンゲフン。
あとひとつ。咲×斑ではありません。斑×咲です。あえて、
斑 × 咲 です!!
自分でハードルを上げてしまいました。(激汗)
高坂を屠る話も期待してますね。
よーるー歩くー、プラネタリウム人間ー♪
こんな時間にノコノコやってきました。
御礼。
大変遅くなりましたが、駄文を読んでいただいた皆様、誠にありがとうございます。
>>300 >なんか僕らの○日間戦争見たいなノリにwww
あー、ありましたねー!
戦車だせば良かったw 椎応大学戦車愛好会ってハンドメイドで戦車作ったり……。
「大学生に…戦車の生産なんかッ!出来るわけねーだろぉ!」(月の御大将)
>>302 >大野さんの優しさ、カッコよさにしびれました。剣をかまえて戦うシーン、素敵です。
>荻上さん、漫研女子とのわだかまりが解けて良かったね。
劇場版謳ったからには、それなりの一人一人の見せ場を作りたかったのですが、難しいですねー薄口になっちゃうし。こういうお褒めの言葉をいただくと救われる思いがします。
>咲ちゃん、めちゃめちゃ強いんですけど(汗)
ハイ、書いた本人も勢いついちゃってるんで汗出まくってます。
咲がその力を原作で見せつけたのは、「腕が伸びたような」ストレートと、部室での鼻毛騒動(騒動してたのは一人だけだが)の時。どちらも血が出るほどでした。
しかも鼻毛の時(なんか誤解を招くなこれ)には、イスに座ったまま、片肘は机の上。つまり重心や回転の力を利用していないのに結構な破壊力があったわけで、そこを元に考えてはいます。
ただ原作での被害者がいずれも斑目だったので、何とも想定し辛いですが……。
>>303-304 マンガにしてみたいなあとは思うけど画力が……。
自己ネタで絵版にも迷惑を掛けられないので、皆様の脳内で絵に転換してお楽しみください。
明日の明け方までに最終話を投下します。
この時間ですから、誰もいないでしょうし今のうちにコッソリと……。
えー、再度まいりましたスレ汚し。
zせんこくげんしけん(最終)投下します。
前回、バトル展開ではっちゃけたので、普段のげんしけんに戻すために、雑談の場面を眺めにしました。クールダウンみたいなもんだと思ってください。
斑目を通じて「祭りの終わり」の寂しさと「そこから得られたもの」への希望について感じていただければ幸いです。
11レス予定です。
【8月9日/16:55】
中庭の戦場に、木村自治委員長が駆け付けた。
「旧現視研はすぐに抵抗をやめろ! サークル活動全体に迷惑をかけてはいけない!」
だが、抵抗をやめなくとも多勢に無勢。咲たちは放っておいても数に負けてしまうのが目に見えていた。木村は騒ぎが大きくなりすぎて、大学側から目をつけられたことに焦りを感じていたのだ。
現視研メンバーは、すでに大勢の緑マスクに囲まれていた。バットを持つ者、ドラムスティックを振りかざす者、カメラを構えている者……。
(カメラ?)
「テメー撮るんじゃねェ!」咲が思わずカメコマスクに向けて拳を握りしめる。その隣で斑目は(あー、この乱れた姿もイイかも。写真売ってくれんかなぁ)と妄想した。
田中は大野をかばいつつ弾倉を確認。弾はほとんど残っていない。高坂に、「高坂なら12機くらい3分足らずで倒せるんじゃないか?」と軽口を叩く。
高坂はニコニコしながらも、「ガンガル1機じゃあ戦局は変えられませんよ」と、厳しい見方を伝えた。
恵子が、「やーん、コワーイ高坂さん」と寄って来たが、手にはしっかり角材が握られている。
投降するように呼び掛けようとした木村だったが……その瞬間、「あんたたち、いい加減にしなさい!!」との怒声が聞こえ、彼は固まった。
木村の怯えた視線の先、マスク男達も思わず左右に散ったその先に、北川元副委員長がいた。ひよこのエプロンをして、包丁を握ったまま仁王立ちしている。
「北川さん!」大野が思わず叫ぶ。北川と呼ばれた彼女は、「もう名字違うけどね」と苦笑した。
一方、木村はヘビに睨まれたカエルそのものだ。何も言えない、動けない。
「木村くん……サークルの整理は慎重にやるべきね。利益を得るために1つのサークルを犠牲にするなんて言語道断よ!」北川の喝が飛ぶ。
咲が、「コイツ慎重だったか? うちを狙い撃ちしてなかった?」と、指差しながら大野に同意を求める。大野は焦って否定し、「ダメですよ咲さん。今アノ人こっちの味方なんだから静かに!」と説き伏せた。
北川の「聞こえてるわよソコ」に、大野と咲は固まった。
【8月9日/16:57】
沢崎を下した朽木は、テレビ前のイスから立ち上がり、ギラリと原口をにらむ。
「大将首取ればボクチン大手柄だにょー」
「何なんだ? 何で現視研にはこんな変なのばかりが集まるんだ?」
原口は撤退しようとしたが、廊下には、笹原と荻上が立っていた。咲たちが漫研から追っ手をおびき寄せている間に、彼等はあえて部室へと戻って来たのだ。荻上をかばうように笹原が前に出ている。
荻上の姿を見て、「戻って来てくれた……わけじゃないよねぇ」と笑う原口、「僕はプロとのつながりがあるし、801でブームを演出してきた。ツテを使えば君もプロにだってなれるんだよ。僕のもとで描かないかねぇ?」と食い下がる。
「君の同人誌のようなクオリティで、こんな生産性のないサークルにいたって、何の特にもならないよ」
荻上は、今度は動揺することもなく、「お断りです。このサークルだから描けるんです」と、原口への視線を外さずにキッパリ答える。
「どんなに大物作家を使ってブームを演出しても、たくさんの可愛そうな同調サークルの人たちを操って脅しても、キャラへの愛情がなければ萌えられないし描けないもの……」
原口のニヤ付いた目は変わらない。が、目は笑っていない。
笹原が口を開いた。
「作家のやる気をなくさせるのは編集者として最悪だと、久我山さんに言われたことがありました。今日のあなたは、荻上さんの気持ちを理解せず踏みにじった。……最悪です」
ちょうど、笹原や荻上と反対側の廊下から、赤いマスクをかぶった男が歩いて来た。赤マスクが原口に対峙する。
「そういうことッス。現視研はヌルいかもしれませんが、ヌルいなりに頑張ってるんですよ」
笹原と荻上が目を丸くして赤マスクを凝視する。思わず自らの口を塞ぐ赤マスク。
気を取り直して笹原は、「原口さん、あなたはオタクを消費者としか見れなくなっていたんだ。ここは、生産性とか関係なく、ヌルい仲間が集まる居場所じゃあダメなんですかね……」と呟いた。
「はぁ〜」原口は深くため息をつき、「やはりどうにも理解し合えないねぇ。ヤメヤメ。この先も皆が上手くいくと思って提案したんだけどね〜」と、お手上げのポーズをとっていた。
「負けた」と言わないのが彼らしいと、笹原は思った。
【8月9日/17:10】
こうして、サークル棟の乱は幕を閉じた。
木村と同調サークルの代表者、そして原口と沢崎も、大学事務への陳謝と事情説明のために連れられて行った。彼等を連れて行くのは、証言者として名乗り出た高柳と、無事解放されたアニ研OBの近藤だ。
その様子を見届けた旧姓北川だったが、彼女に事態を知らせてくれたのは、現視研の初代会長だった。
「あの人、何でうちの住所知っていたのかしら……」と、背筋の寒くなる思いがした。
久我山が汗だくになりながら走って来た。田中のもとに駆け寄る。
「久我山、無事だったか!」
「あ、うん。北川さんが来てくれたおかげでね。あ あの人、この近くに住んでるのかな?」
斑目が、「ホラホラ、卒業しても近くに住んでいる人はいっぱいいるじゃねーの……」と北川(旧姓)を指差すが、田中からは、「お前は別格だ。悪い意味で」と即否定された。
同調サークル側の量産型、いや、緑マスクの男達は、それぞれ大野の所まできて謝罪し、パラパラと解散していく。
「何で大野さんのところに?」といぶかしむ笹原に、「会長だからでしょう」と荻上。咲は「スケベども」と吐き捨てる。
高坂が歩み寄ってきた。
「咲ちゃん大丈夫?」
「あ〜ん、コーサカ遅い〜っ!」と甘えた声を返す咲。横でジト目の斑目が、「さっきと全然キャラ違うぞ」と突っ込んだ。
瞬間、「ッッッ!」足の甲に激痛が。咲が斑目の足を思いっきり踏み捻りながら、高坂の元へと駆け寄ったのだ。
カッコ良いところを見せること無く、高坂と咲の抱擁を見せつけられた。しかし、トコトコと寄ってきたスーが、斑目の手をしっかと握った。
慌てる斑目にスーは無表情のまま、「HETARE also often held out today. (ヘタレも今日はよく頑張った)」とねぎらう。しかし斑目に意味が分かる訳がなく、むしろ「ヘタレ」だけが分かってヘコんだ。
「おぉ、斑目それ……」と、咲にスーと握り合った手を指摘された斑目は、「いや、これは違っ…!」と、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で否定する。
「うふふふ、スーになつかれるなんて、なかなかありませんよ斑目さん」と笑う大野も、田中としっかりと寄り添っている。
この様子を見て面白くなさそうなのは恵子だ。
「斑目まで……みんなベタベタしやがって。あのデヴをシメそこなうし、気が収まらん!」
【8月9日/17:30】
無事に取り戻した部室に、部員とOB3人、アメリカ人2人が揃う。「今回は助けてくれたOBを立てて……」と笹原提案で斑目中央の上座、左右に田中、久我山が控える。「よっ、主賓何か挨拶しなよ」と咲が茶々を入れる。
朽「挨拶よりですね、先輩アレを!」
斑「え? あー…じゃあ、第39回荻上さんと部室奪還できてよかったね会議〜!」
荻「なんかソレ、私が39回捕まったように聞こえるんスけど……」
田「そこは流せ」
大「そうですよ。せっかく無事に助け出してもらったんですから何度だっていいじゃないですか」
荻「いや、1回で十分です」
咲「まあ、荻上は感謝こそすれ、突っ込む立場じゃないよな(ニヤ」
大「そうですよ。だからお礼を兼ねて皆さんの前でコスプレを!」
荻「アナタハソレシカナイノカ(汗」
大「冗談ですよ冗談」
外人&大野を除く一同(ぜってー本気だった)
大「でも、助けてくれた本人にはお礼を言うべきですよ。ねっ!笹原さん!」
荻「………」
笹「え? あー、いや俺は別に……」大野が(このオトコは〜!)と憤る。
恵「お礼代わりにさ、一発ヤラせてあげたらいいんじゃねーのォ?(超けだるげ」
一同ドッ引き……。恵子は相当フラストレーションが溜まっている。
久「い 妹キャラって本当に幻想なのかな……。白衣の天使も、幻想だったし」
斑「まーまーまー、ヤルとかそういう話はこっちに置いといてね」
田「そうそう。外人さんも大変な時に来たね、ねえ大野さん(棒読み」
アン「I will come to see the next chance. 」
大「何か次回も見に来たいって言ってます(汗」
朽「まあ今日は、ワタクシのアシストがビシビシと決まったことが勝因じゃあないでしょうか、ね!」
笹「そうだね。朽木君の通信傍受や撹乱は役立ったよ」
咲「クッチー、その“盗聴”の件で少し聞きたいことがある。後で顔貸せ」
朽「……ハイ……」
田「良くやったと言えば斑目だろ。俺達にいち早く知らせてくれたし」
笹「俺、生意気なことを言ってしまって、スミマセンでした」
久「あ 赤い○星気取りなんだな」
咲「やっぱりそうか、あの赤。私もお陰で助かったよ」
斑「???」斑目には全く心当たりがない。だが、その場の流れに身を任せて力なく笑った。
恵「でもさぁ〜話戻すけど、1回くらい交際してあげるとかさぁ。援助だと思ってやってみたら?」
笹(蒸し返すなこのバカ)
咲「交際を援助って、待てケーコ誤解を招く」
荻「何度も言わせないでください! 私がオタっ………」
漫研での大野の言葉を思い出し、少しは素直にならなきゃいけないと思う荻上は、言葉を押しとどめた。
笹&外人除く一同「ん?」
荻「……」
笹&外人除く一同「んん?」
荻「……あ……いや」
笹&外人除く一同「んんん?」
荻「……いえその……今日は、ありがとうございました」頬を染めて礼をいう。
大「やればできるじゃないですか〜!」
荻上の様子を見た咲は、この子のために何とかしてあげたいと思った。隣の恵子にヒソヒソと耳打ちする。
咲『ケーコ、アンタの言ってた合宿、行こうか。私もスケジュール空けてあげるからさ』
恵「マジで!」
咲『静かに。アンタの隣(笹原)に聞こえちまう……。ササヤンの就活もあるからちょっと待ってなよ』
恵子は機嫌が良くなり、バンバンと兄の背中を叩く。
「頑張れよアニキ、いろいろとな!」と、気味の悪い笑顔を振りまいた。
荻「なっ……私そんな意味で言ったわけじゃないです!」
恵「何誤解してんの? 就職だよ」
真っ赤になって立ち上がる荻上。「誤解なんかしてません! 印刷所に行きますから失礼します!」
荻上は怒って部室を出ようとしたが、スーが服を引っ張って引き止めた。
荻「?」
大野が通訳しようとするが、頬を赤くして上手く言えない。
「あの…荻上さん? 服を交換した時…勢いに任せて脱がせたから…その…“下”を戻すの忘re○□ッ※ッ…!」
一同赤面(コイツら“全部”取り替えたのか!)
人気マンガの赤ダルマ並に真っ赤な荻上。もうすぐ自然発火しそうな勢いだ。
アン「Oh, It`s Gyororo!」
咲(だれかぁ……誰かこの流れ変えて〜)
その時、頼れる男が立ち上がった。
高「あ、忘れてた。笹原くん、これお土産」
高坂は持参していたポスターケースをスポッと空けて、中から大判のポスターを取り出した。
高「プシュケの新作ゲームの宣伝用だよ。早刷もらってきたからあげるよ!」
対面の笹原と、並んで座っていた恵子と咲の目の前に、「メガネ」「巨乳」「縞パン」など……あらゆる「記号」が散りばめられた極彩色のポスターが大股開きで展開された。大人数の都合とはいえ、咲は高坂の隣に座らなかったことを後悔した。
固まる一同。ただ荻上だけは、(あの2人、やっぱ仲良くね?)と無限のワープへと旅立とうとしていた。
咲(この流れも嫌ぁ……誰か助けて)
笹「あー、ああ、そうそう。大変でしたよね、僕たちいろんなサークルに追われて(凄く取り繕うように棒読み」
田「なんか部室のマスターキーが欲しくて網張ってたらしいな。大野さんが捕まらなくてよかったよ」
大「え? 私ですか?」
朽「会長でござんしょ、キー持ってるの」
大「いいえ」
久「そ そういえばココ、ちゃんと戸締まりしてないよね?」
笹「じゃあ誰が持ってるんだろ」
斑「あ……」
にこやかな高坂、外国人、ワープ中の荻上を除く一同(あんたかよ!)。
【8月9日/18:20】
皆が解散した後、斑目は屋上に来ていた。もうすぐ沈もうとしている夕陽と、赤く染まる雲を見ていた。
騒動が終息して大学は人の気配がなくなり、足下に広がる林の奥からはカナカナカナ……と、ヒグラシの寂しい鳴き声が聞こえてくる。
誰かが屋上にやって来た。
振り向きはしないが、気配……いや、時折感じていた違和感、既視感で誰かは分かっていた。
斑目は振り向きざまに、「よくココが分かったな」と言った。
そこに立っていた赤いマスクの男は、「そりゃあ分かるさ。“この日、俺もここに立ってたし”」と語り、マスクを脱ぐ。「イテテ、コンタクトなんて面倒で嫌だな」などと、ブツクサ言いながら、メガネを取り出してかけた。
顔を上げるとそれは、斑目晴信その人だった。
“赤い方”の斑目が、「やあ、“3年ぶり”。そっちはだいぶマシになったな。“あの時”は妖怪みたいだったしな」と愛想良く笑う。
“この時代”の斑目は、「うるせー。お前のせいで大変なことになったんだぞ」と反論したが、結局、自分のせいでもあることに苦笑した。
赤い斑目の手には、原口の持っていた荻上のノートと「あなたのとなりに」があった。ボヤ騒ぎの隙に盗み出したものだ。荻上には赤マスク男の姿のまま、原口が目を盗んで巧妙に複写したものだなどとテキトーに説明しておいた。納得してもらえるかどうかは分からないが。
この時代の斑目は、「初代が言ってた“時間の歪みを修正する働き”って、俺自身のことだったんだな」と納得した。
赤い斑目は、「初代が言うには、今日が大きな分岐点だったそうだ。だから俺は、2002年からすぐに自分の時間に戻れずに、1か月前へと“経由”してきたらしい」と語る。
今日の昼、稲荷のほこらへと続く林の小道にタイムスリップした。初代会長に出会って状況を飲み込み、物陰に隠れた13時15分、この時代の斑目が恵子と一緒に小道を訪れたのだ。
斑目は、事のややこしさと、初代会長の不可解さに首をかしげるばかりだ。そこに赤い斑目が、「1か月後には、お前が俺の役目をやるんだぜ」と語り、もう1人の肩を叩いた。
そのための「宿題」は、たくさんあった。
まず、スージーと最低限の会話ができるようカンニングペーパーを用意。マスク着用の際に使うコンタクトも買って持っておくこと。今回の騒動に関してみんなの動きも確認しておくこと……。
「約1か月後、軽井沢合宿が終わったころに、お前は2002年に飛ばされる。そして次に2005年8月、つまり“現在”に飛ばされる。その時のための事前準備だよ」
ちなみにマスクと衣装だが、原口派を名乗ってプロレス同好会に行けば喜んで貸してくれるという。
斑「赤の専用マスクを選ぶというところが俺らしい」
赤「な! そうだろ!」
しかし、この時代の斑目には納得いかない事があった。
斑「“軽井沢合宿が終わったころ”って、何で現視研が合宿せにゃいかんのだ! そんな暇があったら……」
赤「コミフェス行って同人誌買い込んで○×△□三昧か? まあ待て、決して悪い話じゃないんだからさー」
斑「何でお前は俺のくせにそんなに寛容なんだ? 1か月の間に何が変わった? 笹原の妹になんか弱みでも握られたのか俺?」
頭を抱え、「やっぱりこれは悪い夢なんじゃないか〜」と嘆く斑目。
赤い斑目はその肩をポンと叩きながら、「まあ、俺だって、今も夢を見てるんじゃないかと思うよ……。でも軽井沢は事実だ。現実だ。お前もいずれ、自分の気持ちが理解できる」と伝えた。
【8月9日/18:40】
「さてと……」説明を終えた赤い斑目は大きくため息をついた。
「じゃ、ノートと同人誌を焼き捨てよう。そうすれば修正は完了して俺も1か月後に帰れるらしい。そうだ、この時のためにライター持っておけよ」
2人の斑目は、陽が沈み、暗がりが空を包みはじめた屋上でノートと同人誌に火をつけた。
「と〜おき〜 や〜まに〜 日は落ちて〜…か」
細い煙が夕闇に吸い込まれて行く。
この時代の斑目は、上っていく煙を目で追って、その先に今日最初の星のまたたきを見つけた。
「あ、星かぁ……おい見ろよ」と視線を落とした時、もう、赤い斑目の姿はなかった。
足下のノートと同人誌は灰になり、涼しい夜風に吹き流されていく。ヒグラシの声も聞こえなくなった。
斑目はもう一度星空を見上げ、ふと何かに気付いてポツリと呟いた。
「あ、明日の俺は会社で怒られるかどうか、聞くの忘れてた……」
【8月9日/19:00】
屋上から降りてきて部室に戻って来た斑目。そこにはまだ咲の姿があった。
斑「何でまだ居るの?」
咲「大学事務局の先生から騒動の事情聴取受けた。北川が私を指名しやがって居残りさ。笹原も一緒だったけど帰ったよ」
斑「荻上さんはどうなった?」
咲「ミナミ印刷所に頭下げにいったけど、予定通りに間に合うって……」
しゃべりながら、バッグの中身を整理する咲。帰り支度のようだ。斑目がその手を見ると、腕のところどころにバンソウコウをはっている。
(凄かったもんなぁ、あの立ち回り……)
彼女は確かに強い。普段の姿からは信じられないが、パンチで2度ばかり流血した覚えのある斑目は実感している。
(それでも、自分の手を傷つけてしまうほどの大暴れとは……きっと脳内でアドレナリン出まくりだったんだろうなぁ)
咲が斑目の視線に気付き、自分の手を眺め、そして斑目の方を見た。
「あのさ斑目」
「ん?」
「1階のボヤの時と、中庭と……、助けてくれて、ありがと」
この斑目にとっては、1階で火が出た時に彼女を助けるのは「1か月後」のことなのだが、「ああ、あのくらいはね……結局カッコ悪かったけどね」と返した。
咲は、「ははは……。まあまあカッコ良かったよ」とニコリと笑う。
その笑顔に魅入られて、「あ…、あっそう?」と、照れた笑いを浮かべる斑目。咲は再びバッグに目を向けて、いそいそと帰り支度を済ませた。
「じゃ、帰るわ」
「あ、1人?」と尋ねる斑目に、「ううん、コーサカが下で待ってるから」と咲は答える。高坂はまた仕事場に戻るのだという。だからせめて、帰り道だけでも一緒に居たいのだろう。
斑目は、「ん。じゃ、本当におつかれ」と素っ気なく、去って行く咲を見送った。
【8月9日/19:45】
斑目は力なくアパートのドアを開けた。今日一日を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。
疲れる一日だった。仕事で、ではない。
「ええい、今日一日の異常事態など忘れて、立てよ俺!」
そう、12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何に……。
『助けてくれてありがと』『まあまあカッコ良かったよ』
咲との言葉が頭から離れない。斑目は手にしたコミフェスのパンフをデスクに置いた。
【8月11日/12:20】
斑目は今日も部室に弁当を持ち込んで食べている。
校内で大立ち回りが繰り広げられたばかりだが、事後処理は大学とサークル自治会が担い、変わりのない日常が戻ってきた。
もともと夏期休講中なので、外から聞こえてくる蝉の声以外は、人の声もまばらで、サークル棟はひっそりとしている。
斑目は部室に来る途中で沢崎に会った。
ニコリと笑って、「ありがとうございました」と礼を言われたが、心当たりがなくて釈然としなかった。
(俺、何かしたっけか?)
カレンダーは木曜日。明日からコミフェスだ。斑目が会場のビックサイトへ行けるのは14日。勤め人がこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。
9日の屋上で、焼き捨てる前の荻上さんの本をパラパラと眺めた斑目。今もその内容を思い出すと汗が出てくる。強烈に印象に残るのだ。
「割とハードだったよな……、荻上さん恐るべしってか。確かにひょっとすればプロになれるかも」
801は専門外だが、同人誌を見続けて来た男の直感がそう言っている。ハラグーロはいけ好かない奴だが、その眼力には感心した。
「ん?……ちょっと待てよ」
(もし俺が1か月後、本当に2002年に飛ばされたとして、その時に、荻上さんのバッグからこぼれたノートや同人誌を忘れずに回収すれば、万事オッケーなんじゃネーカ?)
顔中に汗が……「昨日、英語のカンペ作ったり、仕事帰りにコンタクト買ったりライター買ったり、さんざん準備しちまったよ……」
「まあ、本当にそうなるかは、これからの君たちの選択次第なんだから、気軽にね」
不意に声が聞こえてきてビクつく斑目。初代会長が入り口近くに立っていた。
「またこれも僕の仮説だけどね……」
初代が言うには、様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在するというのだ。
「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」
さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。
そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。
「イヤー、もういいっスよ。頭がパンクしそうだし。それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」
初代は微笑み、「フム、前向きだね……。ボクはね。君を2代目の会長に据えた選択を誇りに思うよ」と優しく語り掛けた。
斑目は腕を組み、「そうっスか? それが俺自身にとって災いしてませんかね」と苦笑い。
「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」
「でも初代……あれ?」
もうすでに初代の姿はなかった。
「いないし…」
ガチャ、と部室のドアが開き、咲が顔をのぞかせた。
「……ひょっとして独り言? キモ!」
【8月11日/12:35】
咲は店の準備が一段落した帰りだという。今日は表情が明るい。2人だけの部室。ちょうど斑目は、あることを話したかった。
何気ない会話のはずなのだが、それでも切り出し方を悩む。脳内のモニターでは、またしてもゲーム画面に変換された咲を前にして、選択肢を慎重に選んだ。
「あー……、春日部さん、今日もあついねー」
この一言だけでもなかなかの時間を要した。
「……何?」と咲。
「避暑地へは……いつ行くのかなぁ?」
「へ?」と間の抜けた表情を見せた咲は、「斑目も行けるの? つうか行く気あんの?」と尋ねた。あれほどコミフェスにこだわり、合宿や旅行を否定した男が、前向きな姿勢を見せているのだ。
「ま、まあね。たまには俺もね、気分転換を……」
初のボーナスを大量にコミフェスに投入しようと思っていただけに、それを旅行の費用にまわすというのは、斑目にとっては大きな決断であった。
「あーそう」と咲はにやりと笑い、「じゃあ…もし決まったら、相談しておきたいこともあるから、よろしくねー」と語る。咲の言う相談事とは、笹原と荻上についてではあるが、斑目には何のことだか分からなかった。
しかし、頼られる気分は悪くない。
もちろん、咲と一緒に旅行を楽しんだところで、高坂にはかなわない。おそらく今後も咲の気持ちは変わらないだろうとは思っている。すぐに落ち込んで元に戻るだろうが、自分なりのアプローチはしてみようと思った。たとえ、それに気付いてもらえないとしても。
(幸せになれるよ、少なくとも今の君はね)
初代の言葉を噛み締める。もうすでに、新しい時間の分岐は始まっているのかもしれないと斑目は思った。
咲と斑目が部室を出た。
先日までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。
また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。
<完>
リアールタイム乙!
 ̄ー ̄ ニヤリ
ネットジャンキーをなめてもらっては困る。
誰もいないなんて事はありえんのだよ・・・。(言いすぎ
いや、うまい!やはりオチは読んだとおりだったけども、
それでも斜め60度上方50km地点にいかれた気分!
特に、全てのSSを肯定しちゃった所、すごひw
初代に言われると説得力出ちゃうなあ・・・。
変えられる未来かあ。いいですよねwそういうのw
いや、Zせんこくげんしけん、乙でした。
新作もまた待ってますw
以上です。長々と失礼しました。
一つ二つ。
原作で、夏の合宿や旅行を否定していた斑目(7巻39話)が、なぜ軽井沢についてきたか「休みが取れた」だけではない理由づけを、今回のオチに絡めました。
ひょっとしたら、原作よりも前向きな斑目となって、幸せになれるかもしれません。このおかげで、沢崎も救われて良かった良かった。
あとややこしい部分ですが、前作の斑目2005(今回の赤い斑目)は、荻上気絶後の初代会長との接触「ブラックアウト」時に、今回のタイムスリップを経験。
「修正」を終えて目を覚ましたら、前作のドア前に戻ってきたということになります。苦しいこじつけです。
長い話におつきあいいただいて、ありがとうございました。
>>362 げげげ、人いたよ!
ウワー、リアルタイムで読んでもらってありがたい!
>全てのSSを肯定
これは「ターンエーせんこくげんしけん」でやろうと思っていたんですけど前倒ししました(嘘)
禿しく乙( ̄з ̄)ノ
タイムパラドクスをどうおさめるか気になってたけど、
こう来るとは。
「Z」と言うより「0083」ですた。グッヂョブ。
起きてたけど黙って見てた人がここにも1人w
やはり2ちゃんねるは恐ろしいのう・・・。
起きてるやつら多すぎw
まあ、週末だからねえ・・・w
368 :
マロン名無しさん:2006/03/18(土) 05:36:51 ID:lICo9N1Z
>>Zせんこく4
リアルタイムで堪能させていただきました。すげー続きが楽しみだったので激うれしい!!
>初代が言うには、様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在するというのだ。
>「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって
>全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」
いいですねぇ。これまでの全てのSSを包み込むように肯定して・・・いや、これはもう初代独特の言い回しで、むしろ
「推している」感じがします。
>さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。
>そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。
うんうん。そうですよ。斑目には自力で前に進んでほしい。とりあえず色んな未来がケースとしてここにも書かれている事だしw
>「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」
このセリフにじーんと来ました。来週の今日が楽しみです。
がんばれ斑目。
本スレに人が居らんと思ったら、こんなところに居たのか。
>Zせんこくげんしけん
リアルタイムで読みました。
いやー原作とSSスレと斑目への愛に満ちてますなあ。
包丁持った北川(旧姓)さんが最強というオチが、意外にリアルな落としどころで感心しました。
あと
>「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない」
前に書いたネタ使ってくれてありがとう。
(自慢になるから、どれの話かは言いません)
何はともあれ、乙&GJ!
単発の書き捨てネタです。元ネタは「おひっこし」で。
最初に謝っておきます。ごめんなさい。でも、どうしても書きたかったんです。
荻上のコミフェス参加前の木尾神と編集との会話。
編「言わせてもらいますよ!今時外人つるぺたロリ、無愛想キャラなんてどっかのパクリのようなキャラクターを出すというのは、シリーズを重ねるたびに新キャラを出して話題を繋ごうとした某アニメと同じくらいかっこ悪いと思うんスケドね!!」
神「たわけ者ッ!」(劇画調に)
神「わかったよ…じゃあオメーはどーゆー風にしたいわけ?『げんしけん』を」
編「どうせ外人なら巨乳でしょう!巨乳でコスプレでエロス爆発!」
神「…お前くらい言いたい放題言えたら日本人はハゲずにすむのにな」
編「じゃあ、エロはなくても構いませんから…とにかく、巨乳でコスプレ、これは譲れません!」
神「馬鹿野郎、巨乳コスなんてな、大野がいればそれでいいんだよ!」
これはフィクションであり、妄想であって、現実のいかなる人物・作品とも無関係です。
ごめんなさい。
>Zせんこくげんしけん
シリーズ完結お疲れ様でした!!
北川さんのひよこエプロンみてぇ!
斑目と斑目の掛け合いが見れるのはせんこくげんしけんだけっ!!
この二人の会話シーンはいいですねぇ。
自分に対する不思議な距離感がムズムズするなあ〜。
SSネタのところは思わずニヤリ。
もしかして新シリーズもあるのかな?
>>Zせんこく4
長編だし構成は複雑だし、お疲れ様でした!
良い読み物でした〜〜〜。
373 :
マロン名無しさん:2006/03/18(土) 15:15:25 ID:0Cfd6Kt1
>>Zせんこくげんしけん4
GJ。本当にGJ。面白かった、なんて言葉ではいいきれないほど、色んな思いで頭まっしろになっています。
屋上でのシーンが大好きです。せつなくて、でもすごく、これからの「何かおこる」予感で、胸がいっぱいになるシーン。
斑目いっぱい出してくれて嬉しい限り。頑張っている姿を見て、うれしくてもう……
>>「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」
さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。
そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。
「イヤー、もういいっスよ。頭がパンクしそうだし。それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」
ほかの方も同文を参照されていましたが、ワシもあえて参照させていただきます。
SSスレへの愛を感じます。本当にありがとう。
自分も頑張って作品を書いてSSスレへ還元していきたいと思っています。
乙でした!
374 :
Zせんこく:2006/03/19(日) 14:42:13 ID:???
>>362.
>>365-369.
>>371-373 レスが大変遅れましたが、お読みいただいて、ひたすら感謝です。
> 「Z」と言うより「0083」ですた。
歴史の隙間を埋めるという点では、確かに83ですね。
もう原作の流れから外れようかとも思いましたが、無理矢理こじつけました。
> 斑目と斑目の掛け合いが見れるのはせんこくげんしけんだけ
> せつなくて、でもすごく、これからの「何かおこる」予感で、胸がいっぱいになるシーン
夏の夕暮れの屋上って、とてもいい雰囲気ですよね。その絵が最初に浮かんだおかげで、別れは寂しげにしようと思いました(別れるといっても本人ですが)
>全てのSSを肯定
全SSとのリンクについては、勝手な解釈に皆さんの作品を引っ張る手前不安もありましたが、肯定的に反響をいただけたのでホッとしています。
皆様のレスで、ここまでお褒めいただいたらもう思い残すことはないですねw
会長もああ言っておられることだしw、さあ、未来の分岐へゴー! ゴーゴー!www
あ、あと、自分で書くのも何ですが。
>「それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」
さきのこと=「先のこと&咲のこと」と読み取っていただけたら幸いです。
落ち込む沢崎を励ますことができたのも、この時点の斑目だったが故ですね。
>長編だし構成は複雑だし
はい、仕事もせずにあーだこーだ考えてたので、もうほんとカスも残ってません。
「先刻現視研ZZ」は何年先になるのか分かりませんw
あらためて、駄文に長々とおつきあいいただいて、ありがとうございました。
絵板のCAB氏の「笹原きょうだい」という絵を見て、猛烈に書きたくなったので書いてみました。
中〜高校時代の笹原きょうだいのお話です。
それはまだ二人が幼かった頃の出来事。
朝食の後片付けをすませて玄関に向かう笹原に、後ろから恵子が忍び寄る。
「お兄ちゃん」
「何だ」
猫なで声に嫌な予感を感じてぶっきらぼうに返す。
「自転車乗せて?」
「いやだ」
即答。取り付く島もない態度に恵子は頬を膨らませる。
「えー、いいじゃない」
「自分のに乗れよ」
「学校に置いてきちゃった」
一言文句を言ってやろうと振り返ると、全然反省も後悔もしていないような満面の笑み。
大げさにため息をつくと、笹原は無言で登校の準備をする。
じー。視線を感じるが、無視する。
じじー。さすがに鬱陶しくなるが、まだ無視する。
じじじー。笹原の動きが止まる。
「わかったよ!後ろに乗れ!」
「ありがと、お兄ちゃん!」
恵子の勝ち。
二人を乗せた自転車が道を駈ける。
日差しは暖かくても、風はまだ少し冷たい。
「アハハ、気持ちいー!」
後ろに乗った恵子がはしゃぐ。
「黙って乗ってろ!」
少し息を荒くした笹原が後ろを向いて文句を言う。
「えー、もう疲れたのー?毎日テレビやマンガやゲームばっかやってるからだよー。少しは鍛えたらー?」
「…」
図星を指されて沈黙する笹原。
「それ行けー!もっと速く、もっともっと!」
「無茶言うな!!」
笹原は怒鳴り返しながらも足に力を込める。
自転車は加速して二人を運ぶ。
「ありがとー、お兄ちゃん!じゃあねー!」
息を切らせ言葉も無い笹原を尻目に、恵子は足取りも軽く教室へ向かう。
とりあえず息を整え、ふと気が付くと自分に集まるたくさんの好奇の視線。
笹原は全速力で逃げ出した。
(二度と、絶対に、金輪際こんなことしない!冗談じゃない!)
固く心に誓いながら。
…このささやかな出来事は、ちょっとした波紋を呼び、校則に「自転車での送迎禁止」という項目を付け加える事になったとさ。
それはまだ二人が幼かった日々の出来事。
以上です。
>>375 あの絵は良かったですね!
ここでのSSやあの絵や恵子ドラミも含め、最近、恵子の評価が急上昇ですっ。
そして
>>笹原きょうだい
こんな時代があったんでしょうかねぇ……変わったというか、相変わらずというかw
雰囲気あります。
どうも、新作書いたので投下します。
このごろ良作SSが連発しておりますね〜。
好きなキャラを幸せにするSSはいいです。
ですが、ここであえて邪悪な人間がいることを知らしめてやろうかあ〜
BADなやつを出したいと思います・・・。すいません・・・。
元々はありえないカップリングを通して妄想力を高めようかなという着想で考えてみました。
「むう。これは亜理絵名伊勝降妄想鍛錬法(ありえないカップル妄想鍛錬法)!」
「なにー! 知っているのか雷電!」
「あえて有り得ないカップリングに挑むことで己の妄想力を極限まで高める鍛錬法・・・。
まさか、現代に試みるものがあろうとは・・・。」
というわけで、10レスほど投下いたします。
梅雨の気配も近づく春の終わり。
建物に挟まれた狭い線路の上を電車が滑っていく。
日が沈んだ街の間を、宝石を飲み込んだ青虫みたいに窓に灯りを蓄えた車体が陸橋を走り去る。
実際、その電車の車内には女友達のグループや歳の近い親子、それと恋人同士が
思い思いの紙袋を提げて乗っているのだ。それぞれの袋に自分、もしくは相手の見立てに
合った服や靴や帽子や雑貨が詰まっているはずである。
夜空には月が出ていた。
『CLOSE』のボードがガラス越しに揺れるショップに咲の姿があった。
ガラス張りの店構えに白いアクリルの床。覚めるような涼感の照明が凛とした雰囲気を醸している。
並べられた商品の数も品揃えから比べて少なめであり、ある種の高級感さえ感じられた。
目当ての顧客年齢層は10代よりも20代中心というあたりだろうか。
シャッターの下りかかった店の奥で、咲は本日の売上を勘定していている。その表情は真剣だ。
(う〜ん………、今日のところはまずまずかあ…、でもまだ赤だな…。)
咲は心の中でそう呟くと、顔を上げて店内を見回した。
自分の思いの丈を込めてこだわりにこだわった内装に当初は十分満足していたのだが、
いざ開店してみると反省点がチラホラ。
(ちょっと入り難いかなあ……。う〜ん…、どうだろ…? やっぱもっと下のコが入り易いように
した方が良かったか……。でもまだ開店したばっかだしぃ〜……。う〜ん………。)
その苦悩は深い。
開店準備に奔走していた当初から感じていたが、現実に自分の店を持つというのは恐ろしいものだとつくづく思う。
バイトとして働いていたころとは責任が雲泥の差であるし、判断と決断が求められる。
開店日が近づくにつれてプレシャーが重くのしかかってきた。
現れては一年と持たずに消えていくショップも数多見てきたし、その厳しさは分かっているつもりだったのだが…。
(ああ…、なんかタバコが欲しくなってきたなあ…。けっこうビビってんじゃん、私…。)
チョキの形の指を唇に当てて力なく笑う。咲の横顔に疲れが滲んでいた。
ふと、店の前で人影が立ち止まった。
真新しい革靴に、真っ白なYシャツと、量販品のさしてオシャレでもないスーツ。紺色のネクタイは少し緩んでいる。
中に入ろうとするが、鍵のかかった扉に一瞬面食らった。
「こんちわー、っと…。」
尻切れとなった挨拶が、ガラス越しにくぐもって店内に響いた。咲は笑って鍵を開けてやった。
「うーす。ササヤンおつかれー。」
「はは…、お邪魔します。」
照れ笑いを浮かべつつ、笹原は店内に入る。肩から提げたビジネス鞄をレジの横に置いた。
咲の出してくれて少し脚の高い椅子に不器用に腰掛けて笹原が言った。
「どだった、今日?」
咲は作り置きのコーヒーをマグカップに注いでいる。
本当はちゃんとしたコーヒーを入れたかったのが、店内に臭いが篭るので作り置きを入れたポットを常駐させていた。
「まあ…、今日はボチボチかな。」
「おー! 良いじゃないすか!」
「でもまだ赤だよ〜。現実は厳しいなあ〜。」
咲の顔に本来の笑顔が躍った。やはり友達の顔を見るとホッっとする。
利害関係の無い相手というの社会人になると貴重なんだなあとしみじみと感じる。
笹原も同じだった。
「ま〜、初めのうちはそんなもんでしょ〜? これからこれから。」
笹原はいつもの屈託のない笑顔で励ました。
担当する作家のアトリエが近いこともあり、笹原はちょくちょく咲の店に顔を出している。
初めは借金返済のために働いている恵子を監督指導するためであったのだが、近頃は恵子のシフトでない
ときでも訪れることが多くなっていた。
卒業を機に引っ越したことで現視研メンバーやOBと顔を合わせる回数も減った。
学生時代のルーズな生活もできなくなり、仕事終わりに会うのは難しい。
職場の先輩や同僚、担当作家はあくまで仕事上の関係であり、ざっくばらんにプライベートの話ができるわけでもない。
咲の店は、気の置けない話ができる唯一の場所と言っても良かった。
咲が事務処理に戻ると、笹原は鞄から雑誌を取り出して広げた。それは意外にも女性向けファッション誌だ。
少し驚いたように咲が言った。
「あ、何? 何でそんなん読んでんの?」
笹原は照れ笑いで応える。
「ははは…、いや、作家さんが女の人でね。こういうの詳しいんだよね。俺も勉強しないと話が合わなくてさ…。」
「へへ〜〜、ササヤンも頑張ってんだね。」
「はは、まあ少しはね。まだ先輩の後にくっついてるだけですけど…。」
「まま、これからこれからってね。」
お互い笑いってコーヒーをすすった。温かいコーヒーがじんと体に染み入ってくる。
ほうっと咲も笹原も吐息を漏らした。
「恵子のヤツちゃんとやってる? サボってたらバイト代出さなくていいからね。」
「いやいや、けっこう頑張ってくれてるよ〜。女子高生とかの相手は恵子のが上手いしね。」
ほー、っと感心しつつ笹原はコーヒーをすする。
「今日って恵子は?」
「もー帰った。なんかデートだって。」
ブッ!!
笹原は思わずコーヒーを吹いてしまった。Yシャツに口から零れた雫が垂れそうになって慌てて口を拭う。
「きたねーなあ!」
「ごめん…。え、アイツって彼氏いたの?」
「そうなんじゃない? 私も最近知ったんだけど。」
「あー…、ふ〜ん…、そうですか…。」
咲の目がギロリと光った。
「ああ、気になりますか? 兄として。」
「いやまあ…、それなりにねぇ…。」
いやな予感に笹原は視線を咲から逸らした。しかし、時既に遅し。
「私はオギーとササヤンの愛の日々のが気になってんだけどね〜。」
うわーーーー……。
という心の声が顔に出てるのを確認すると、咲はますます目を光らせて笹原に迫った。
「どうなんすか、最近? 楽しんじゃってますか?」
「いやあ…、まあねぇ…。フツウですよ…。」
「あ〜〜〜ん、フツウ? どういうことするのがフツウなんですかあ?」
「あはははは………。」
笹原は苦笑いを返すのみだ。そうしてソッポを向いて、店内をわざとらしく徘徊する。
壁に掛けてあるドライフラワーのブーケを見入ったフリなんかしたりしている。
事務処理の残る咲は射程距離外に逃げ去った獲物に歯噛みした。
(くっそぉ〜! ふ〜、そうだな…、ここは戦法を変えよう!)
「いや、マジは話さ…。最近どうなの? ちゃんと会えてる?」
邪悪な笑みを押し殺して真剣な表情を作る咲。真面目に二人の仲を心配している作戦である。
ニヒヒと心の底で笑いつつ笹原に目をやると、思いがけない表情の笹原がそこに居た。
「う〜ん、まあね…。」
そう言った切り、笹原はディスプレイしてある商品をじっと眺めている。淡い色の夏物のキャミソール。
ちょうど荻上ぐらいのサイズかもしれない。
咲は今度は演技の必要もなく、真剣な顔つきで言った。
「何かあった? 相談ならいつでも乗るよ?」
「うん………。」
笹原は視線をキャミソールに固定したままそう言った。
咲は笹原を見つめる。笹原の目はキャミソールを映していたが、焦点はその先に結ばれているようで、
体には仕事による疲労とは違う種類の疲れが暗くこびりついていた。
時折、口をもぞもぞ動かして何かを思い起こしては、声に出さずにいくつかの言葉を呟く。
咲は事務処理に手を動かしながら、チラチラとその様子を窺っていた。
重苦しい空気がに店内に流れる。
カラスの向こうを酔った男女が快活に笑いながら、また苦虫を噛み潰したような顔をした中年の会社員や、
ゴテゴテの巻き髪をなびかせた水商売風の無表情の女性や、目深に帽子を被ったミニテュアダックスフンドを連れた女が
彼らの前を横切って行った。
咲が書類をまとめ終えるころ、笹原が静かに言った。
「優しいだけじゃダメなのかなぁ…。」
口をついた言葉がそれだった。笹原の目は、まだどこか遠くを見ている。
「え…?」
「あ、いや………、なんでもない…。」
咲の視線に気づいて笹原は慌てて愛想笑いをする。自分の意に反して心の中だけの呟きが、声になってしまっていた。
冷めたコーヒーを飲み干して、笹原は自分のカバンを取った。
「長居してごめん。もう帰るよ。コーヒーごちそうさま。」
足早に帰ろうとする笹原。
「ササヤン!」
咲は呼び止める。
そして軽くため息をついて、困ったように笑った。
「あんま頑張り過ぎんなよ。普通にしてればいいんだって。」
笹原は疲れた笑顔を浮かべて、
「それじゃまた。」
とだけ言って店を出て行った。
(いろいろ大変なんだな…、ササヤンも…。)
咲はマグカップに残ったコーヒーを飲み干す。口の中に苦味が広がっていく。
「人の心配してる場合じゃないか…。」
咲の口から言葉が漏れた。
誰も居ない店内は静か過ぎて、それは反響するように頭の中に重く残った。
笹原はスーツ姿のまま原稿に目を通していた。視界の端で荻上の気配を感じながら。
キッチンから冷蔵庫のくぐもった唸り声が響いてくる。白く光る蛍光灯の向こうで、キッチンに灯りは無くなお暗い。
荻上は机の前で原稿を繰る笹原をじっと凝視している。期待と緊張の面持ちだ。
笹原はそれを確認すると気が滅入った。
手にしているのは801ではなく、荻上のオリジナルの漫画である。
内容は地方の中学校を舞台にした女子中学生同士の淡いラブストーリーといったところか…。もう少しで全部読み終えてしまう。
笹原は眉根を寄せて悩んでいた。
(どう言えばいいかな………。)
問題はそこだ…。
正直言って、半分くらい読んだところで大体の評価は決まっていたのだが、それをありのまま言っていいものかどうか…。
できれば予想を裏切る大オチを期待したいところだが…。
そんな期待も呆気なく裏切られ、案の定な結末で物語は幕を閉じてしまった。
「どうですか…?」
待ちきれない荻上は間髪入れずに尋ねる。笹原はう〜んと唸って原稿をまとめた。
(…………………とりあえず保留しとこう。)
「いやあ…、もっかい読んでからで…。」
笹原は愛想笑いを浮かべてまた原稿に目をやる。荻上は不満そうに口を尖らせたものの、再びじっと笹原を凝視し始めた。
笹原の脇にイヤな汗が噴き出す。もはや意識の大半は原稿そのものではなく、その後の対応に傾注されていた。
たっぷり時間をかけて読み終えたところで、再び荻上が尋ねる。
「で…、どうでした?」
「うん…。」
原稿をテーブルに広げつつ、慎重に言葉を選ぶ。
(え〜と…、え〜と、え〜と、え〜〜〜と〜〜〜………。)
できるだけ荻上さんを傷つけないように、かつ有効なアドバイス…。
「このキャラ良いね…。目つきキツイけど、かわいいし、良いよね…。」
「はあ…。」
「あと、この構図も好きかな…。かっこいいし、キャラの内面が良く出てる…。」
「はい…。」
テーブルに映った荻上の影は微動だにしない。抑揚のない返事がガスのように室内に溜まる。
笹原は呼吸に不自由を感じ始めた。
とりあえず1,2枚の原稿を手にとってみる。
(え〜と…、え〜と…、あと何だったっけ?)
「校舎とか、教室のとか、よく描けてるね…。ディテールがしっかりしてる…。」
「………。」
荻上は無言である。
笹原は焦って声に力を込める。
「あーこれこれ! このキスシーンの表情とか特に萌えちゃ…。」
その瞬間、荻上の影が原稿を覆った。
「もういいです。」
笹原の手から原稿を奪うとテーブルの上のものも含めてさっさと片付けてしまった。
見上げた荻上の顔は無表情で、笹原に一瞥だにしない。
「笹原さんに聞いたのが間違いでした。」
原稿を茶封筒に仕舞うと冷めた声でそう言った。また室内に冷蔵庫の唸りだけが響く。
「え…、何で…?」
困惑顔の笹原にはそう搾り出すのが精一杯だった。赤いソファの上で机に向かってしまった荻上を見つめた。
荻上は鉛筆を握ったまま窓の外を見ている。卓上スタンドが煌々と荻上の横顔を照らしていた。
堪らず笹原は言葉をつないだ。
「俺…、何か怒るようなことしたかな…。」
卓上スタンドのせいだ、と笹原は思った。椅子に背筋を伸ばして座る荻上にスタンドの強い照り返しの光が下から当たって、
荻上の顔を恐ろしげに浮かび上がらせている。笹原は飲み込んだ唾の理由をそう解釈した。
荻上はきっぱりとした口調で返した。
「つまらないならつまらないって言って下さい。」
図星を衝かれた笹原は背中に痛みが走るのを感じた。
荻上は続ける。
「私だってそんな面白いと思って見せてるわけじゃないです。ダメなところが一杯あるのはわかってますよ。
それを無理に褒められたってむしろ不愉快です。」
そう一息に言い切ると荻上は大きく息を吸い込んだ。顔は僅かに赤みを帯びて汗ばんでいるが、目は変わらず鋭く尖っている。
笹原の口を開いたまま荻上を見つめる。
頭の中には言い訳や弁解や自分の気持ちがどんどん溢れてくる。
が、口をついて出たのはいつもの言葉だった。
「………ごめん。」
言った傍から激しく後悔した。こんな風に謝ると彼女は決まって不機嫌になったことを思い出したのだ。
「やめて下さい。」
荻上は外を見たまま、冷たい声でそう言った。
笹原はひどく寂しい気持ちがした。
それでも気を取り直して笹原は明るく言う。これ以上、重苦しい空気は耐えられない。
笑顔を作って荻上に向ける。
「今度はちゃんと批評するから、もっかい見せてよ。」
「もういいですよ。」
荻上は笹原を見ない。そして次の言葉は笹原の心をえぐった。
「どうせ笹原さんは優しいですから。」
力が抜けた。
体中の力が抜けて、笹原はソファにもたれかかっていた。目は焦点を結ぶのを忘れて何も見えない。
耳の奥でいろいろな声が、荻上の声が鳴り響いて、首筋を掻き毟ってしまいたかった。
体の中の神経という神経がビリビリと張り詰めて何もかもが痛い。
筋肉が骨を締め付けて動けないでいた。
そのうち、胸の底から何かが競り上がってきた。それがぐいぐいと喉を突き上げる。
それは今までじっと飲み込んできた言葉だ。言いたくなかった言葉だ。
でも、もう我慢できなかった。
「優しくちゃダメなの…?」
荻上は振り返った。聞いたことのない笹原の声に弾かれたように。
俯いて座っている笹原に、荻上は胸が詰まった。
それは、いつか感じたあのどうしようもなく嫌な感覚を思い出させた。
「どうせ優しいって………何なの?」
「あ、や………。」
「優しいのが嫌なの、荻上さんは?」
「別にそういうことじゃ…。」
言いかけた荻上の言葉を笹原が強く、煮えたぎるような声で遮る。
「最近いつもそうだよ! 俺が優しく接しても、何か不機嫌そうで! 何なのそれ? ぜんぜんわかんないよ!!
そんなに優しいのが嫌なの? つまんないの? 俺は荻上さんが好きだから優しくしたいし大事にしたいだけなのに!
そういうのじゃタメなの?! 荻上さんはもっと乱暴に、いい加減に扱って欲しいの?!!」
声を失って笹原を見つめる荻上。顔は青ざめて、目は涙を流すのも忘れていた。
笹原は顔を伏せて、ただ自分の両手をきつく握り締めている。
そこには冷蔵庫の唸り声だけが鈍く響いていた。
「荻上さんが好きなのってさ…。」
笹原はもう自分ではどうしようもなかった。言いたくないのに、全部吐き出してしまうまでは体は言うことを聞いてくれない。
どんなに苦痛を感じてもその一言を止めることができなかった。
「荻上さんが好きなのって、俺なの? それとも………、荻上さんの頭の中の俺なの?」
後のことは、もう何も覚えていない。気が付いたら、一人で夜道を歩いていた。
彼女がどんな顔で聞いていたのか、自分がその表情を見たのか。その後どんな会話を交わしたのか。
笹原は思い出せなかった。
つづく…
>サマーエンド
絶望した!鬱展開に絶望した!
(褒め言葉の積もり)
何かけっこう有りそうな展開なのが怖いな。
唐突に思い出した話。
故松田優作氏は、監督だったか脚本家だったかの目の前で、気に入らない脚本を破り捨てたという伝説がある。
笹原くん、時にはそんな厳しい態度も必要なのだよ、人を評価する立場の人は。
でもそれやったら、久々の荻ダイブ騒ぎになるな…
つづくのか?
お待ちしてます。
>>サマー・エンド
力作ですね。良い出来なのでGJです!
しかし、うわー………こういうのも有り得る、と踏まえた上で、他のSSが生きる
とも考えられますし、自分も甘いのばっかじゃイカンかな。
続き、お願いします。
僕も絶望しつつ、タイトルからしてエンドも鬱じゃないかと思いつつ待ってます。
「死んだらどうする!」って言う準備をしながら(褒め言葉)。
393 :
MとSの距離:2006/03/20(月) 03:13:21 ID:RED2fOyO
>>サマーエンド
あわわ…というかこれ、BADエンドにすんの…?
笹ヤンと荻上さんが衝突して、ハードルのりこえる展開じゃないの…?
と、思ってしまうのだが、どうやってBADにするのか、怖いもの見たさで
続きが気になります。
春日部さんのショップの描写、うまいなー。ホントにこういう店あるよなあ。
店の情景がまぶたの裏にイメージできるような気がいたしました。
とにかく続き、楽しみにしてます。
さて、斑×咲のSSの続きを書きましたので、投下したいと思います。
5分後に13レスで投下予告。
394 :
まえがき:2006/03/20(月) 03:20:13 ID:RED2fOyO
「衛星」
(斑×咲SS)
MとSの距離「月と太陽」の続編です。
395 :
衛星1:2006/03/20(月) 03:21:03 ID:RED2fOyO
咲「…相変わらず散らかってるね」
春日部さんは呆れ顔で言う。
斑「…スミマセン」(汗)
前に皆が来たとき(写真を隠したとき)ほどではないにしろ、雑誌やゲームが大量に散乱する部屋の中を見渡し、春日部さんはため息をついた。
咲「片付けるの苦手なの?」
斑「いやまあ、片付けるヒマが、ね…」
咲「やる気ないだけでしょ」
斑「…もっともです」
(ホントにいつもの春日部さんだな…)
春日部さんにやり込められながら、斑目は内心ホッとしていた。
同時に、不安でもあった。
(昼間の発言はどう受け止められているのやら…)
斑「あ、そのへんの椅子でも座って。今なんかお茶でも…」
咲「ん、おかまいなく」
春日部さんは椅子の一つに座る。
前に罠を仕掛けた(SMのDVDを入れていた)机の椅子。
あれはもう捨てて、今、引き出しの中には例の写真が入っている。
(あ…やべーかな。…いや、いいか。今さら見つかっても。というか何故わざわざそこに座る…?わざとか?)
春日部さんのほうを気にしながら、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
396 :
衛星2:2006/03/20(月) 03:21:51 ID:RED2fOyO
斑「はい」
咲「ありがと」
お茶の入ったグラスを手渡すと、春日部さんは一口飲み、机に置いた。
咲「…でさあ、昼間のことだけど」
斑「!!」
あやうく飲んでいたお茶を噴くところだった。
(来た………………!!!)
咳き込みながら、慌てて聞く。
斑「げほっ…な、何デスカ!?」
咲「………」
春日部さんは怒ったように鋭い目つきをして、こっちとは違うほうを向いている。
斑「………………」(汗)
手を振り払われたことを思い出し、急速に気持ちが冷える。
(やべ…何かまた、スゲー落ち込んできた………)
(何言われるんだろ……あ、そうか、まだ『最終通告』受けてなかったんだ…)
最終通告。きっぱり振るための言葉。
どんな風に言われるんだろうか。緊張のあまり体が強ばっていくのを感じる。
冷たいグラスをぎゅっと握り締めた。
怖い。本当なら聞きたくない。手を振り払われただけで、もうこんなに憔悴しきっているのに。
397 :
衛星3:2006/03/20(月) 03:22:29 ID:RED2fOyO
咲「…いつから?」
斑「へ!?」
咲「いつから…その…好きだったの?」
予想してなかった問いに、一瞬とまどう。
斑「えーと……」
(うわ、なんか、恥ずかしいな!こんな風に聞かれると!)
変な汗が出てくる。
斑「えーと………、あれは、俺が3年のとき、かな…」
咲「そんなに前から!?」
春日部さんが大声を出したので、ついビクッとなる。
斑「いや、その………そのときは、ちょっと気になってたぐらいで………」
引かれたと思い、あわてて言葉を修正する。
(いや………………本当は意識しまくってたんだけど………………)
再び、胸がちくりとする。
咲「あ、そうなの………?」
斑「いや、ホントはかなり意識してました」
「………………………………………」
(俺、どうしたんだろう………)
昼の告白といい、嘘つくたびに息苦しくなってたまらなくなる。
398 :
衛星4:2006/03/20(月) 03:23:03 ID:RED2fOyO
今日はいつもの調子が出ない。疲れているせいだろうか。
(………嘘つくたびに、自分が惨めになるような気がする………。
嘘つきたくないって…誰に?春日部さん?俺自身?)
咲「気づかなかったよ……。私、そういうの気づくのは得意なはずなんだけど」
春日部さんは大きく息をはいた。
斑「…それは、高坂ばかり見てたからじゃねーの?」
咲「………」
(あ、今の言葉、皮肉ってるように聞こえたかな………)
斑「いや、アノネ?高坂に一生懸命だったんだろ?だから気づかなかったんだろ?
いいことじゃないのかな、それは」
自分で言ってて空しかったが、実際そうなんだから仕方ない。
斑「実際、今日まで言うつもりもなかったし……、むしろ気づかれなくて助かってたし…。」
怖かった。ばれてしまい、気まずくなって顔を合わせられなくなるのが。
でも、言ってしまった。そして今こんなことになっている。
昼に感じた不安と後悔が、再び沸き起こってくる。
息苦しい。体の奥にもやもやしたものが渦を巻いている。
感情の渦が、勢いよく暴れだしそうになるのを必死でこらえる。
咲「でもそれじゃアンタが………」
斑「いや、本当は、言いたかった……ずっと」
399 :
衛星5:2006/03/20(月) 03:32:22 ID:RED2fOyO
自分の中で何かが決壊するのを感じた。
言葉があとからあとから、口をついて出てくる。
斑「ずっと言いたかった。春日部さんが高坂と付き合ってなかったら、もっと早く言ってたかもしれない。
いや、何かのはずみで言っちゃってたと思う。」
斑「でも、春日部さんが部室に来てたのは高坂が会員だったからで…。
春日部さんが高坂と仲良くしている限り、春日部さんが部室に来るから、だから別れて欲しくなかった。そんなこと、望んでなかった。
昼にも言ったけど、俺が見込みないの分かってたし。顔を見れたらそれでいいやって…。
でも、だから言えなくて………。」
斑「気づかれなくても良かったんだ。…全然意識されてなくても、良かったんだ。
いや、じゃあ何で言っちゃったんだろ…?やっぱり、気づいて欲しかったのかな?
………スマン、自分でも良く分からん」
咲「………」
斑「ごめん…」
咲「何で謝るの」
斑「いや、春日部さんにとっては迷惑だろ、こんなこと言ったって」
咲「私がいつそんなこと言ったよ?」
斑「え?」
咲「私は嬉しかったよ、昼にもそう言ったじゃん」
思わず春日部さんを見る。春日部さんはまだ眉間にしわを寄せたままだった。
400 :
衛星6:2006/03/20(月) 03:33:01 ID:RED2fOyO
咲「昼間はごめんね!」
急にまた、春日部さんは大声になる。
斑「へっ!?…何が」
咲「手、振り払ったじゃん。私」
斑「あ、ああ……」
思い出して、心がまた痛み出すのを感じる。
咲「というか、急に肩つかまれたからびっくりしただけ!それだけだからな。変な風にとるなよ。」
斑「……………え?」
咲「アンタのことだから、もう顔合わせられないとか思ってたんでしょ?」
斑「…その通りですよ」(汗)
咲「はーーーー…やっぱりな。来てみて良かったよ。
急に避けられでもしたら、こっちだってすっきりしないっつーの」
斑「………そっか。」
咲「そんなんなったら、寂しいしさ………。」
斑「うん…、うん。そうだな。」
体中の緊張が解けた。
(拒絶されたんじゃなかった。良かった………!!)
咲「だからどうしても、今日言っときたかったんだ。それともう一つ」
春日部さんは椅子ごと体をこっちに向けた。
401 :
衛星7:2006/03/20(月) 03:33:39 ID:RED2fOyO
咲「あんたの言いたかったことはそれだけ?もう全部言ったの?」
斑「え?あ、ああ、もうだいたいのことは……」
咲「嘘だね」
斑「は?」
咲「なにか言いかけてたじゃん。私の肩つかんだとき。
なんて言おうとしてたの?」
斑「………」
(そうだ。俺はあのとき、何て言おうとしたんだ………?)
(『春日部さん、俺は………』
そのあと、何て続けるつもりだったんだろ?
確かあのときは、もう、「口説く」のができるのは今しかないって思って、それで…)
(「口説く」?俺が?春日部さんを?)
咲「ほら、昼の続き言いなよ。もう振り払ったりしないからさ。」
春日部さんは椅子から立ち上がり、正面からこっちを見て言う。真剣な目で。
その目を見て、言わなくてはいけないと覚悟を決める。
斑目は、春日部さんの肩に手を置いた。今度はゆっくりと。
春日部さんの目を見て、言葉を絞り出す。
402 :
衛星8:2006/03/20(月) 03:35:39 ID:RED2fOyO
斑「春日部さん、俺は………………………」
言葉が続かない。
(………ええと、こんなとき、何て言うんだ?
「付き合って欲しい」って?
それとも「俺を好きになって欲しい」って?)
(………なんか、なんか違う。
いや、それももちろん、願望としてはあったけど………。
今、一番言いたいことは何だ?
俺は…………)
斑「…いや、俺が………」
言いながら、また頭が下を向いてしまう。自分の額が春日部さんの肩に触れる。
「もう少しの間、春日部さん好きでいるのを、許して下さい」
それが、今一番言いたかった言葉だった。
403 :
衛星9:2006/03/20(月) 03:36:26 ID:RED2fOyO
(口説きになってねーじゃん…)
自分に、心の中でつっこむ。
(でも、いいんだ。これが言いたかったんだから。)
そのとき、自分の肩に春日部さんの手が置かれるのを感じた。
暖かい感触。
「………………」
胸に熱いものがこみあげてくる。
本当は抱きしめたかった。でも、それはできなかった。
自分の肩が震えだしそうになるのを、必死でこらえる。
こんなに近くにいるのに、天文学的なほどの距離を感じる。
優しくされるのは嬉しかった。でも、優しくされるのは辛かった。
これ以上甘えているわけにはいかない。
斑「………そんだけ!これで全部!言いたいことはもう、全部言った。
なんかすっきりしたよ」
そういいながら顔を上げる。無理やり笑ってみせる。
咲「…そうか」
春日部さんは安心した、というような顔をする。
404 :
衛星10:2006/03/20(月) 03:40:21 ID:RED2fOyO
斑「あーなんか、こういうの俺らしくねーよな。ていうか似合わネーーー!
あははは!スゲー顔が熱いんだけど」
笑いながら春日部さんの肩から手を離す。
咲「そんな………」
春日部さんの言葉をさえぎるように、グウゥゥゥ、と腹の虫が鳴いた。
「………………………」
春日部さんは、ぶっ、と噴き出した。
咲「あはははは…ムードのかけらもねー!」
斑「…そういや俺、昼からなんも食べてなかったよ。弁当食うの忘れてたし。
………あの弁当は?」
咲「あ、部室に放置したまんまだ。…もう腐ってんじゃない?まだ暑い時期だし。」
斑「うわ、明日見るの怖えー!」
あはははは、と二人で笑う。
咲「じゃ、これからなんか食べにいく?私もまだだしさ」
斑「…いや、いい」
咲「え?」
斑「ゴメン。今日はなんか、疲れたからさ………」
断られると思っていなかった春日部さんは、驚いて斑目を見る。
405 :
衛星11:2006/03/20(月) 03:41:03 ID:RED2fOyO
咲「え、でもご飯はどうするの?」
斑「心配せんでも、ちゃんと食うからさ。」
咲「………」
春日部さんは何かを感じとったようで、それ以上追及しなかった。
咲「………わかった。まぁ…ゆっくり休んで」
斑「そうするわ」
咲「………急に押しかけてきて悪かったね」
斑「いや、むしろ感謝してるから。」
咲「………じゃな。」
斑「うん、じゃあ。」
春日部さんを玄関まで送る。
ドアをあけると、もうだいぶ暗くなっていた。
斑「………やっぱ送るわ」
咲「いいって。まだ七時前だし。日が落ちるの早くなったよなー」
ドアの隙間から、少しだけ秋の風が入ってきた。
咲「また部室に顔だせよ」
斑「春日部さんこそ。俺のほうが良く行ってると思うぞ」
咲「あはは、そうだったね…じゃあ、また。」
斑「ん、さよなら。」
………さよなら。
406 :
衛星12:2006/03/20(月) 03:42:08 ID:RED2fOyO
そのままドアを閉めた。
しばらくして、春日部さんの足音と思われる音がして、だんだん小さくなっていった。
斑目はドアの前に立ったまま、動けなかった。
右手をついて頭をドアにもたせかけ、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
春日部さんの前で泣いてしまうと思った。我慢できそうになかった。
そんなとこ、見られるわけにはいかない。だから「食べにいこう」と言われたのも断った。
でも今、涙が出てこない。不思議だった。
暖かい感情に、体が包み込まれていた。
拒まれなかったこと。また部室に顔出せと言われたこと。
最後まで言わせてくれたこと。
…考えてみれば、何も失わずに済んだのだ。春日部さんのおかげで。
(春日部さん好きになって良かった。本当に。)
しばらくそのままでじっとしていた。
………………………………
407 :
衛星13:2006/03/20(月) 03:42:45 ID:RED2fOyO
咲は駅までの道を早足で歩いていた。
(…放っといて良かったのか?いや、これ以上私にはもう、何もできないだろ。)
(コーサカ、ゴメン。今日だけは別の男のこと、考えないといけない。
…あいつ何て言ったと思う?
『私がコーサカのこと本気で好きで努力してるから、そういう私が好きだ』
なんて言ってくれたんだよ。
そんなこと、今まで誰にも言われたことない。
今まで言われた中で最大級の褒め言葉だよ。)
(だから、あのまま放っとけなかった。…あんな辛そうな顔、初めて見た。
ただ放っとけなかった。口説くとか、言い寄るとかもないんだよ。
こんな告白されたの初めてだよ。正直、どうしたらいいのかわかんないよ。
だって、言い寄られたんなら、断れるじゃん。バッサリ。
なんていうか…ただ、一方的にすごく気持ちをもらって…でも、返すことができない。
返す手段がない、みたいな。でもそれでもいいみたいなことを言われたよ。)
(ま、普通にしてたらいいんだろうけどね…………。あんまり考えすぎるのも良くない気がする………。
なんか………。)
(コーサカに会いたい。今日家にいるのかな………。)
咲は携帯を開き、操作し始めた。
無機質なコール音がしばらく聞こえ、やがてつながった。
「衛星」 END 続く。
408 :
衛星 あとがき:2006/03/20(月) 03:43:24 ID:RED2fOyO
続かないような終わりかたに見えるかもしれませんが、続きます。
この恋、まだだ、まだ終わらんよ!!
>衛星
クワトロ大尉キター!
斑咲の間合い、微妙なところまで近付いたとこで止まったな。
互いの手は届かないが、少し踏み出せば届く。
でも踏み出したところで、相手はかわすかもしれない、受け止めてくれるかもしれない、そんな微妙な距離。
…これじゃ「餓狼伝」だな。
何はともあれ、終わらんなら続き待ってます。
>>笹原きょうだい
わかるな〜、この感覚。
兄妹ってひじょ〜に恥ずかしいものであるのですよ。いろいろとねw
>>サマー・エンド
うは。絶望し(ry
BAD展開か〜。ありえないカップリング・・・。笹咲?
うーみゅ。続きを読みたいような読みたくないような・・・。
「優しいだけじゃ・・・」はいつか当たりそうな壁ではあるんですが。
そこを乗り越えるような展開を期待したいけど・・・。BADなんですよね〜。
>>衛星
もう少しだけ貴方を好きでいる事を・・・。
いやー!斑目カッコヨス!!!
報われないことを自身で感じながらもそういいきってしまう姿が涙物・・・。
でも、確かこれは斑目と咲が・・・なので、次回がとても気になるところですぞ。
411 :
CAB:2006/03/20(月) 19:00:01 ID:???
>>375 すみません。
SS書いてもらったのに見に来るのが遅くなりまして。
絵からSSが生まれるのは大歓迎です。
笹原は兄も妹も好きなのですよ。私。
412 :
375:2006/03/20(月) 19:17:49 ID:???
>>CAB様
そう言っていただけて恐縮です。
今後も素敵な絵を描いてくれる事を、あつかましくも期待してますw
どうも 感想ありがとうございます。
>>391 そうですよね〜。時には厳しくするのも優しさなんですよね〜。
でも笹原は・・・。
そのあたりの心情もしっかり書ければと思います。
>>392 いやいや、甘いの大歓迎です!
といいますか、当初笹荻を書こうと思っていたのですが、
他のSSにはどうにも対抗しようがないなと悟って変化球に逃げました・・・。
なので甘いのお願いします。生息域がなくなるので・・・。
>>393 自分でBADって言っといてなんですけど、
一応、あまり鬱な終わり方はしない方向では考えてますので、ご安心を。
BADエンドは自分の精神が持ちません・・・。ヘタレっすから。
衛星これから読みまーす。
>>410 >ありえないカップリング・・・。笹咲?
そこは流して・・・。
ホントはもうちょっと全体の感じが見えるとこまでで、一話の予定だったのですが、
疲れちゃったので一話の半分書いたところで出しちゃいました・・・。
ヘタレっす・・・。
衛星読みましたよ!
む〜〜〜、もやもやするなあ〜〜。
ちょうど衛星のようにすごく近いのに一定の距離を保って回るばかりの二人。
落ちてきそうで、決して落ちてこない月のような・・・。
その引力のバランスが、崩れるのか、崩れないのか・・・。
続きが気になる。
個人的に高坂がどうするのかが一番気になります・・・。
自分でSS書いてて思うのですが、高坂は難しい・・・。
捉えどころがないし、どういう風にももっていけるのですが・・・。
正解がない感じです・・・。
そこをどう捌くのか? 勉強させていただきます!!
やっとこ感想書きます。良作SSを読む度に、あ〜、このスレに流れ着いて良かったなあ。と思う今日このごろです。
>笹原兄妹
あの絵の通りに、何だか爽やかでホンワカしてきます。2人を乗せてスイスイと走って行く自転車の雰囲気が清々しい。
くっそぉー!誰だ恵子を“染めた”アバズレは!
>サマーエンド
「優しいだけ」って、残酷ですよ。結局相手を苦しめてしまう。
自分も優しいだけで何もなかったから、もの凄い後味の悪い終わり方をしたことがあります。このSSは心がイタイ。
しかし、この男(笹原)は……。
>「俺…、何か怒るようなことしたかな…。」
のくせに、逆ギレだよ。そりゃないでしょササヤン!
すごい続きが気になる。
そーいえば大野は笹原を指して、「誰にでも優しくて親切」だが「それ以上でもそれ以下でもない」と評していましたね。
でもね、ただね、まえがきの……
>「なにー! 知っているのか雷電!」
これにワロて気を取られてなかなかSSに入り込めなかったですよ。罪な人ですねw
>衛星
このスレに来て1か月くらいたつけど、色んな斑目の「愛のカタチ」を読むことができました。
それでも飽きが来ないと言うのは、ヘタレの魅力故なんでしょうか。
それにしても、咲来訪というおいしい展開と、2人のやりとりをウズウズしたり切なくなったりしながら読みました。で、
>「あーなんか、こういうの俺らしくねーよな。ていうか似合わネーーー! あははは!スゲー顔が熱いんだけど」
これでトドメですよw
崩れ落ちそうな気持ちと裏腹に、明るく取り繕ってしまう。原作でもマジでありそう。
これは、斑目と車寅次郎の共通点ですねw
今現在お仕事の方が半端じゃなく忙しくなってまして、
当分更新が出来ないと思います。
溜めといてください。
おそらく、10日ほど出来ないと思います。
すいませんが、よろしくお願いします。
ROMだけは仕事終わりの楽しみにしようと思います。
お疲れさまです>まとめの中の人
ご無理をなさらずに…。春とはいえまだまだ寒くなることもありますから、どうぞご自愛ください。
418 :
マロン名無しさん:2006/03/21(火) 02:26:05 ID:WkC7VNll
>>まとめ中の人
いつもお世話になっております!
お仕事頑張って下さいね〜。
>ありえないカップリング
恵荻?
>>419 それいいなあ〜 妄想の範囲外だったなあ〜
そろそろ二話目を書こう
>恵荻
遊んでるときに勢いで3Pとかになっちゃったこともあるので、レズプレイは経験済み。
兄貴のことを1対1で話しているうちに、じれったい荻にムカついてきてキレてしまう。
というのをエロパロスレでお願いします。
>恵荻
軽井沢のコテージ。露天?風呂で2人っきりの時にコトを起こすのもいいですなァ。
2人で気まずく湯船に浸かっている。
恵子が荻上に、“(大野のように)大きくなりたくないのか?”と尋ねる。
馬鹿にされてると思ってソッポを向く荻上。
背後から、“揉めば大きくなるって”と言いつつ恵子の手が微妙な膨らみをまさぐりはじめ……2人で何だか変な気分に……/////////////。
>>413 甘いかどうかわかりませんが、笹荻で書きました。
変化球に、とか、生息域が、とか。
僕も周りの傾向と別のを書こうとする傾向が有るのでその気持ちよくわかります!
では止まってるっぽいので、今から7レスいきます。
残暑か初秋か微妙な頃。まだ日中は汗ばむなか、笹原と荻上は
小店舗が並ぶショッピング街を連れ立って歩いていた。
笹原は率先して歩きながらも、振り返っては荻上に話しかけている。
「荻上さん、今日はけっこう本買ったね。荷物持つよ」
「あ、有難うゴザイマス」
照れたような笑顔で答える荻上。
そして荻上のトートバッグを肩に掛ける笹原。ズシリと重い。
『荷物持ってもらうなんて、付き合ってるみたい…じゃなくって付き合ってるんだった』
荻上はまだ、状況に馴染んでいない様子だ。
「笹原さんは今日は目当てのものは買えましたか?」
「はは…もうちょっと回ろうか」
何故かちょっと赤くなると笹原は、すこし左右を見てまた歩き出した。
優柔不断なところは見せまい、といったところだろうか。
荻上は横に並ぶより、ちょっと恥ずかしそうに後ろをついて歩いている感じだ。
まぁいわゆる書店やグッズの巡回、オタク的な買い物だが
二人で出かけるということは、初デートと言っていいだろうか。
『これはデート、これはデート……』
荻上はといえば、見た目にはわからないが舞い上がっている。
やはりそれはそれ、これはこれなのだろう。
道行く他のカップルは、腕を組んだり手をつないだり、暑苦しい事この上ない。
『手をつないだりしてこないのかな、笹原さん?
私から言わなくてもわかって欲しいんだけんども』
ふと洋品店の長いショーウィンドーに映った笹原と自分が目に留まる。
『笹原さん、カッコイイなぁ…。それに比べて私は大丈夫かな?前髪ちょっと切ったの大丈夫?』
歩きながらも荻上は前髪のチェックをする。
笹原が荻上から見てカッコイイのは欲目だから気にしなくていいし、
荻上の前髪も別段切りすぎてはいない。
むしろ、今日はアンテナが若干短くなり、跳ね角度が高くなっているかもしれない。
ふと気が付くと、前方で笹原が少し微笑んで振り返り、立ち止まっている。
荻上は歩きながらガラスに映った自分を見ていたつもりが、いつのまにか
立ち止まっていたみたいだ。
「あ、すみませんっ」
はっと気付いた表情になり、手櫛で前髪をちょっと掻き分けながら
焦って小走りに笹原に駆け寄る荻上だった。
「中に飾ってあった洋服のコーディネート良かったね。
秋物だけど、ああいう上着とスカートも似合うんじゃないの?」
「は?ええっ、スカートですか?」
「荻上さん、スカートも履いてみたらいいのに」
「持ってないわけじゃないんですけどね(苦笑)」
そんな会話をしながら、並んで歩く二人。
前方から早歩きのビジネスマンが、その間に割って入って通過する。
『やっぱり手をつないで歩いた方がいいんじゃないかなぁ』
割って入られて、少し気を害した荻上だったが、会話は続く。
「スカートっていってもさ、その、ミニスカートとかロングスカートは……」
「持ってませんネ。ミニは恥ずかしいですし、ロングは似合わない気が―――」
荻上は自分の足元、今日も履いているカーゴパンツを見ながら答える。
「ミニは……見てみたい気がするけど、他の奴らに見せるのは勿体無いかな(苦笑)」
笹原も荻上のズボンに目を遣る。
「………!! じゃ、じゃあコスプレさせられるのも止めてくださいよ!」
「あーーー そうねぇ、まあでも、あれはあれで」
「………笹原さんもコスプレ見たいんですね」
荻上はジトっと笹原を睨む。
「やー、だってほら、か、可愛いし……あ!ロングも似合うよきっと」
誤魔化すように顔を背け、右折していく。
それに気づいた荻上が追いかけて曲がる。
『うーん、しかし手を繋ぐっていっても、握手するみたいに握るのか……
こう、互いにしっかり指を組むのか、私が指を握る感じでとか……?
もしくは腕を組むのが良いのか……そしたら肘同士なのか……
いやいや、身長差があるよな?』
もんもんと考え始めた荻上だった。
『長袖だったら私が笹原さんの袖口をつまんだり、上着の裾を掴んだりしたら
可愛い感じがする、萌える、と聞いた事は有るけど、それは周りから見られて
恥ずかしい姿な気がするしなぁ』
などと考えながら歩いていると
『あれっ!?』
横に歩いていたはずの笹原の姿が無い。
荻上はキョロキョロと焦って周りを見回すが、見つからない。
『携帯電話で………』
カーゴパンツの前後のポケットを手でポンポンと探るが見つからない。
『鞄の中か――――!!』
ガックリと青ざめる荻上だった。。。
荻上は少し引き返したり、道沿いの店を覗いてみたりして
笹原を探す。
『いねぇ………』
財布は持っているし、知らない土地でもない。が、急に不安感が増す。
『このまま見つからなかったら、どうしよう?
笹原さんはいつまで私を探すのか……
私もいつまで探して帰るのか……
駅で待つか?でも改札も一つじゃないし』
笹原がこの後、行きそうなところも考えてみたが分からない。
『まだ買うもの有りそうだったけど、なんだろ…?』
少し誤魔化すような態度だった気がしてきた。
『まさか18禁同人誌とかエロゲ買ってて姿を消したとか??』
そんな理由ではぐれたのか?、、、と考えると
荻上の眉間のシワが深く、目は鋭くなってくる。
『買うのは良いんだべ。でもはぐれるのって、
私をほったらかしっていうか……あーもう!』
額の汗をぬぐいながら、ぷんぷんと怒りが顕わになってくる。
『だいたい暑いし……地球温暖化のせいでっ』
と、その時、向こうを歩く人影に早歩きで近づく荻上。
しかし背格好が似ているだけで人違いだった。
『あーー焦った…声掛けなくて良かった…(汗)』
とぼとぼと駅へ向かって歩く荻上。
そこへ、向こうから走ってくる笹原が見えた。
荻上は一瞬驚き、笑顔になるが、すぐに不機嫌な顔に戻り、その場に立ち止まる。
笹原はといえば汗だくで駆け寄り、荷物を肩から下ろす。
「ゴメン!!いつのまにかはぐれちゃって……携帯も俺が持ってたね(汗)」
「………どこに行ってたんですか?」
拗ねた態度の荻上に、笹原は苦笑しきりだ。
「うん、ちょっとね」
『私を見ていてくださいよ!なんて言えない……けど、分かって欲しい、けど…』
「……………」
荻上は無言でうつむく。
「これ、何かペアのもの記念に買いたくって」
「へ?」
紙袋を渡された荻上は、なんだろうという表情になる。
「ペアになってる小さなリングの付いたストラップなんだけど……
で、見ている時に、荻上さんが居ないのに気づいて、買ってから
荻上さんを探したんだけど―――」
「もう、そんなのではぐれてちゃ、本末転倒ですよ!」
「うん、そうだね、ほんとゴメン」
叱られてしょげる笹原と、拗ねた様子の荻上は、駅へと歩き始めた。
夕方になり、人込みがごったがえしている。
その時、荻上はぱっと手をとられた。笹原の汗ばんだ熱い手だ。
周りの人の流れではぐれないように、荻上は引き寄せられていった。
荻上は、てのひらに、腕に、笹原の汗を感じる。
『こんなに汗だくになるぐらい、探してくれたんだな……』
感激してくるが、今更、拗ねた態度は崩せない。
「はぐれないように、ね」
「ええ、そうですね……」
ホームで次の列車を待ち、行列に並ぶ二人。
「今度から、はぐれないように手を繋いでたいんだけど、駄目かな?」
「………いえ…・・・・・・駄目じゃないです」
「あ、良かったよ」
ほっと溜息をつく笹原。
「荻上さんって、恥ずかしがりでしょ?だから駄目かと思って」
「いえ、私も―――大学とかでは駄目ですけどね」
「はは、そうだね。現視研のみんなに見られたら、何かと大変だしねぇ(苦笑)」
列車が到着し、手を繋いだまま乗り込む。
「あ、バッグちょっと良いですか」
手を離してトートバッグを受け取る荻上。
笹原は手が離れたのが残念なような微妙な表情だ。
その間にも、ゴソゴソと荻上はハンドタオルを取り出す。
「これ使って汗を拭いてください」
「え?ああ、うん、ありがとう」
受け取ると、汗で冷えた首や顔をぬぐう。
そして荻上はバッグを右手に持ち床に下ろすと、
左手で笹原の手をとる。
「手を繋いで、離さないでくださいね」
「そうだね、別の事を考えてても、はぐれないしね(苦笑)」
「まあ、そうですね……あと、さっきのペアストラップ、ありがとうございます」
「あ、うん、でもごめん」
「いえ、もういいですから」
荻上の表情はようやくほぐれてきた。
『ペアのストラップか…離れてても、繋がってると思えたら良いな…』
「離れてても、手を繋いでるつもりで居れたら、ね」
笹原に言われて、同じ事を考えてたことに驚いて顔を上げる荻上。
「………」
じっと笹原を見つめる。
「なかなか難しいけどねぇ(苦笑)。ともかく、頑張るよ」
そんな笹原の手のひらを、荻上はグッと握り直し、笹原の存在を確認する。
「二人の時間を、こうやって、手に、にぎって行きましょう、ね」
「二人の時間、ね……うん、そうだね」
笹原は優しい眼差しを荻上に向ける。
『笹原さん、今日はこのあとうちに来るよね…絶対』
てのひらから伝わる感触と眼差しで、荻上は確信して赤面した。
『列車の中じゃなかったら、キス……してきてそうなタイミングだし……!!』
そして列車の人込みの向こうで、ギラリとした視線でニヤリと微笑み、
その二人を見つめる女性の姿が有った。
目立つ黒髪は纏められ、今日は帽子も被っているので分かりづらいが大野だ。
左手にはマスクが握られている。
「はー会話は聞こえないけど、萌える……」
田中のうちから大学に帰っている途中での偶然の遭遇に、
喜びが隠せない会長だった。
携帯カメラでラブラブな二人を撮影し、学祭のコスプレを
強要するネタにしようと邪悪な計画が発動中であった。
以上です。意外と笹荻で書くのは久しぶりでした。
書きながら笹原に嫉妬しt(ry
>手をつなごう
いいね〜!
荻上さんが手のつなぎ方をあれこれ悩む描写、ありそう。
それにしてもSSスレでの大野さん、何か段々クッチー化しつつあるな。
昔はそのオチ、担当はクッチーだったんだが。
(実は読んでる途中で、笹荻の後方で「イエー」と叫ぶクッチーというオチを予想してしまった)
大野さんのクッチー嫌いは同族嫌悪です。
という気がしてきた。
435 :
マロン名無しさん:2006/03/22(水) 03:09:37 ID:DOqBYWQv
>>手をつなごう
笹ヤンと荻上さんの初デート、いいですねえ。
手をつなぐにもドキドキ。荻上さんのじれったい気持ちもわかります。
436 :
MとSの距離:2006/03/22(水) 03:13:25 ID:DOqBYWQv
さて、急いで続編書きました。
予定ではこの話も入れてあと3回。…スイマセン。
16レスで投下します。
437 :
交差点:2006/03/22(水) 03:15:00 ID:DOqBYWQv
「交差点」
(斑×咲SS)
MとSの距離・続編
…あの日から、4日が過ぎた。
日中はまだ日差しが強かったが、夕方ごろになるとだんだん肌寒くなってきた。
斑目は家への道を、夕焼けを見ながら歩いていた。その眩しさに、少し目を細めながら。
太陽が沈みきってしまう。ただそれだけのことなのに、毎日見ているはずなのに、どうしてこんなに焦るような気持ちになるんだろう。
あの日、春日部さんに自分の気持ちを伝えた。
次の日は気まずくて部室に行けなかった。
その次の日は昼休み直前に取引先から急な電話があり、行けなかった。
3日目、気まずさよりも会いたさのほうが募り、部室に行った。でも、春日部さんが来なかった。
その日は誰も来なかった。
仕方がない。別に約束している訳じゃないのだし。
4日目、今日も会えないかも知れないと思うと行けなかった。
前日にあの部屋で待っていた間、気持ちが落ち着かなくて、がっかりして、落ち込んで会社に戻った。
待っているのが辛い、と、初めて思った。
それなら行かないほうがマシかも知れない。行かなければ待つ必要もない。
それに、会ってなんて言おう?今までのように接することができるのだろうか?という不安もある。
会いたいけど会いたくない。
(俺は何やってんだろ)
会社から大学の横を通り過ぎるたび、サークル棟のほうへ目を向けてしまう。
ここからサークル棟なんて見えないのに。
438 :
交差点2:2006/03/22(水) 03:15:43 ID:DOqBYWQv
その日、斑目は会社帰りに新宿へと向かった。
いつもの同人ショップに寄るためだが、本当は、まっすぐ家に帰るのがなんとなく嫌だったからだ。
家で同人誌を読んでいても、ゲームをしていても、ネットをしていても、なんだか落ち着かない。
ずっとあのときのことを思い出してしまうのだ。
こうして歩き回っていると、そんなに深く考えないで済む。
ひたすら目的地までの道のりを歩いていくことだけ考える。たくさんの人とすれ違う。
大きな交差点まで来た。信号は赤。
立ち止まってひたすら青になるのを待つ。
(そういや春日部さんと新宿でばったり会ったことがあったな。
ケンカした、と思い込んで、嫌がらせのつもりで春日部さんに声かけたっけ…。
…アホだったなー、俺。いろんな意味で。)
思わず自嘲の笑みをもらす。
(まあ、声かけたおかげで、その後飯食いに行けたんだけど…。
高坂との仲の良さを再確認しちまったんだよな…。
でも、だからこそあの時から、茨の道の覚悟を決めれたんだけど。)
(あの時に戻れないかな…。今なら、もう少しうまくやれるんじゃないか。
ケンカ腰じゃなく、もっといろんなこと話せるんじゃないか…。
もしも、なんて言ってても仕方ないけどな…)
439 :
交差点3:2006/03/22(水) 03:16:33 ID:DOqBYWQv
そんなことを漠然と考えていた。信号はまだ変わらない。
ぼんやりと向こう側の道を見ていた。
(…あれ?あの人…)
遠目だったし、メガネをかけているとはいえ目が悪いので、はっきりとは分からない。
だが、どうも見覚えのある人物が、向こう側の道を人ごみの中に紛れて歩いているのが見えた。
すぐに見えなくなってしまう。
(いや、俺の勘違いか…?よく見えなかったし…)
…願望が見せた幻かもしれない、と思わずにはいられなかった。
(いや、でも)
そのとき信号が青に変わった。
横断歩道を歩き始めた人の流れを追い越すように、斑目は走り出した。
(一度確かめてから…!がっかりするのはそれからでいい!)
横断歩道を渡りきり、あの人が歩いていったであろうと思われる方向を必死に探す。
その時、視界に探していた人の背中が移った。携帯で電話をしている。
電話している声で、確信した。
「うん、うんわかった。じゃあまた決まったら連絡して。じゃねー」
そう言って電話を切る。携帯をカバンに直して早足で歩き出そうとしていた。
「春日部さん!」
呼び止めると、春日部さんは驚いてこっちを振り返った。
440 :
交差点4:2006/03/22(水) 03:17:36 ID:DOqBYWQv
咲「斑目…?」
斑「ハーーー!良かった。見間違いかと思った」
咲「何してんの?こんなとこで。仕事ってこの辺じゃないっしょ?」
斑「あー、さっき仕事終わって、今は買い物に来てた」
咲「へえ、そうなんだ。新宿に…?………ああ!」
春日部さんは思い出した、という顔をする。呆れ顔だった。
咲「そういや新宿にもあるんだっけ、エロ本ショップ」
斑「同人ショップだっての!!そんな言い方すると別の店みたいじゃねーか」
いつもの調子で喋りながら、斑目は内心、いつも通りでいられることにホッとしていた。
咲「そういやアンタ、最近部室来てないじゃん」
春日部さんは少し怒ったような声を出す。
斑「え、いや、でも昨日は行ったよ。昼間誰も来なかったけど」
咲「ホントに?私は昨日行かなかったからさ」
斑「じゃあ入れ違いになってたんだな」
言いながら、斑目は、
(あれ?もしかして心配してくれてたり…)
と思ったが、なんとなく聞けなかった。また「自意識過剰」とか言われたら嫌だなと思ったのだ。
441 :
交差点5:2006/03/22(水) 03:18:10 ID:DOqBYWQv
斑「…春日部さんは、今日は?」
咲「ああ、今日はショップのことで、打ち合わせがあったからさ。もう終わったけど。」
斑「フーン…これからどーすんの?高坂のトコとか?」
咲「そのつもりだったけど、高坂今日は仕事で泊まりこみだって。どんだけ働く気なんだか」
斑「スゲーな、まだ学生なのに…」
咲「『学生だから』って断ればいいのに、そう私も言ったんだけど…。高坂、ひとつのこと始めたらそれしか見えてないからさ。」
春日部さんはため息をついた。
斑「…じゃあもう帰るつもりだったん?」
咲「うん。もう予定もないし。今日は疲れた」
斑目は緊張していた。頭の中に、たくさんの選択肢が浮かんでいる。
(…でも今、疲れたって言ったしな…)
弱気になりかけたが、さっき考えていたことを思い出す。
(あの時に戻れないかな…。今なら、もう少しうまくやれるんじゃないか。
ケンカ腰じゃなく、もっといろんなこと話せるんじゃないか…。
もしも、なんて言ってても仕方ないけどな…)
(それって、まさに今じゃねーか!)
斑「か、春日部さん」
咲「ん?何」
斑「その、もし良かったら…あの………これから飯食いに行かない?」
442 :
交差点6:2006/03/22(水) 03:19:00 ID:DOqBYWQv
春日部さんは目を丸くしてこっちを見ている。
「………………」
(!?………何だこの反応。駄目?駄目ってこと?)
変な汗が出てきたが、言ってしまった以上引き下がるわけにはいかない。
負けるわけにはいかない。なんか、魂的に。
斑「えーとだね、ほら、この前せっかく誘ってもらったのに断っちゃったからさ!」
我ながら必死だ。
咲「ふ〜〜〜ん………」
春日部さんはニヤリと笑い、一人で何か納得して頷きながらいった。
咲「いいよ。私もちょうど『借り』を返したいと思ってたトコだし。」
斑「…ハ?借りって何?」
咲「こっちの話。気にしないで」
斑「はあ?」
春日部さんが今日は中華の気分だと言ったので、近くにあった小姐○風 という中華の居酒屋に入った。
中華というからゴテゴテしたイメージがあったのだが、わりとおしゃれな創作居酒屋だった。
(へー、こういうとこはあんま来たことないな)
思わず店内を見回す。
443 :
交差点7:2006/03/22(水) 03:19:40 ID:DOqBYWQv
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
斑「あ、はい」
「ではこちらへどうぞ。二名様ご案内しまーす!」
店員の後をついて向かった席は、窓から夜景が一望できるようにカウンター状に横長になったテーブル席で、
間隔を開けて二脚ずつ並んでいた。
「………………」
席自体はいいのだが、周りに座っている客はどうみてもカップルばかりだった。
(こ、これは…いや俺はいいけど………)
春日部さんは何も言わない。
「ではごゆっくりおくつろぎ下さい」
店員はさっさと行ってしまう。
斑「…ど、どうする?なんかせまい席だから、テーブル変えてもらう…?あっちとか空いてるし…」
咲「いいよ、二人なんだし。変えてもらわなくても」
春日部さんはそう言うと、椅子に座った。
斑「あ、そう…」
座ってみると、どうせ夜景しか視界に入らないし、そんなに居心地悪くは感じなかった。
考えてみたら大学のせまい部室にいるときもこのくらいの距離感だしな、と思った。
向かい合って座るより、こうして並んで座ったほうが近くていい。
444 :
交差点8:2006/03/22(水) 03:20:10 ID:DOqBYWQv
斑「さて、何食う?」
メニューを広げる。
咲「とりあえず海老マヨが食べたい」
斑「海老マヨ?ああ、これか」
値段も手ごろで、料理の写真を見ても美味しそうだった。
斑「あ、コースとかあるんだな」
咲「コース?ふうん…二人用のか」
斑「いや、単品で頼んでもいいけど」
咲「海老マヨもコースに入ってるのか。じゃあそれでいいや」
斑「いいのか?そんなに食べたかったのね…」
店員が近くに来たので春日部さんが呼び止める。
咲「このメニューのコースで。」
「かしこまりました。ドリンクは何にいたしましょうか」
咲「えっと…老酒ロックで」
斑「あ、じゃあ俺も…」
咲「そういやアンタとご飯食べるのって二回目だっけ?」
斑「うん。前に行ったのは寿司屋だったな」
咲「そうだったっけ」
斑「春日部さん、いきなり大トロ頼むからびっくりしたよ」
咲「ええ?よくそんなこと覚えてるねぇ…」
春日部さんは呆れ顔で笑う。
445 :
交差点9:2006/03/22(水) 03:22:36 ID:DOqBYWQv
(そういや、これってデートか?)
今さらそんなことを思う。
寿司屋のときはとてもそんな雰囲気じゃなかったが、今はとりあえず、状況だけは絵に描いたように完璧だ。
…状況だけは。
(いや、これはデートだ。そうに違いない!!!)
とりあえずそう思い込むことにする。
前菜から順番に来る料理を食べながら、たわいのない話をする。
ふと、会話が止まる。
春日部さんは夜景を眺めていた。
春日部さんの顔を見ると、窓の光が反射して、瞳が輝いてみえた。
思わず見とれてしまう。
春日部さんはこっちに気がついた。
咲「ん?何?」
斑「え、いや、別に…」
あわてて顔を窓に向ける。
斑「いやー、夜景が綺麗だなーーー!!」
ごまかそうとしたが、ごまかしきれてない。
「………………………」
沈黙。なんか気まずい。
446 :
交差点10:2006/03/22(水) 03:23:18 ID:DOqBYWQv
(な、何か言わんと!)
斑「あっそうだ、『君の瞳に映る僕に乾杯』って言葉知ってる?」
咲「え…」
思わずとまどいの表情を見せた春日部さんだが、しばらくして『…ん?』という顔をする。
咲「『君の瞳に映る…』何だって?」
ギロリ、とすごい目つきで睨まれる。
斑「いえっ、何でもないデス!!」
咲「何それ、またなんかの漫画の台詞なの?」
斑「漫画じゃない、アニメの台詞だ!!」
咲「どっちだっていいし!全くさあ…こんな時までオタク話かよ」
春日部さんは大きくため息をつく。
斑「オタクだからね。こんな時でも!社会人になっても!」
咲「別にいいけどさ。あんたちゃんと仕事してんの?」
斑「失礼な。ちゃんとやってなきゃ今頃クビになってるっつの。
最近事業拡大して、水道工事以外にもやってるから忙しくてなー…」
咲「そうなの?」
斑「まあ現場の人のほうが慣れないことやらされて大変そうだけど。クレームの電話が前の倍かかってくる」
咲「うわ…」
斑「もう、怒鳴られることも仕事のうちだって悟ったよ。同僚と飲みに行ったりするのもな。」
咲「ふーん………」
つい愚痴ってしまった。こんな話したいわけじゃないのに。
447 :
交差点11:2006/03/22(水) 03:26:04 ID:DOqBYWQv
咲「でもさあ、そういう付き合いっていうか、『人とのつながり』が大事なんだよね…」
春日部さんは窓のほうを見ながら話す。
咲「私、いま自分の店持とうとして動き回って、やっとめどが立ってきたけど…
ここまでくるのに、本当色んな人に助けてもらって…。
なんかさ、ありがたいって思う反面、プレッシャーもあってさ………。」
春日部さんはいったん言葉を切る。次の言葉を待った。
咲「私が、助けてもらった人の期待に応えられなかったらどうしよう。
私が判断を誤って、助けてもらった人に迷惑かけたらどうしよう。」
春日部さんが仕事のことで弱音を吐くのを初めて見た。
春日部さんは両手の指を組み、窓のほうを見ながら話を続けた。
咲「友達に、ショップの店員の子がいるんだけど…。
どこかのアパレルに就職して、社員として働いても店長にはなれるのに、どうしてそうしないのかって言われた。
いきなり自分の店をもちたいなんて無謀だ、接客してシーズンの商品の確保して、売り上げ気にして、予算立てて。
どんだけ大変かわかってるの?って。」
咲「それでも私は、どうしても自分でやってみたかったんだ。
私が前にバイトしてたショップの店長がさ、私が尊敬してる人なんだけど、自分でイチから店かまえた人でさ。
今回の私の店準備にも、色々アドバイスもらったんだ。
その人の背中見てたからかね、『自分で店を持つ』ビジョンが、ずっと前からできてしまってるんだよね…。」
448 :
交差点12:2006/03/22(水) 03:26:51 ID:DOqBYWQv
………………
居酒屋を出て、新宿駅まで歩いていた。
さっきから、なんとなく無言のままで。
斑目はさっきの春日部さんの言葉を思い出していた。
(なんか、すげーな、春日部さん。
…そういや、一年のときから『卒業したら自分の店を持つんだ』って言ってたもんな。
そのために英会話も勉強してたし。すげーな。次元が違う…。)
(自分が一年のときは何してたっけ?うーん、思い出したくない………。『認めたくないものだな、若さゆえの…(ry 』)
春日部さんとのあまりの差に、正直へこんだ。
春日部さんをすごく遠くの存在に感じた。
咲「ごめんね、さっきはなんか変なこと言って」
斑「え?」
咲「あんなこと言うつもりなかったのにさ。自分では、ちゃんと割り切ってるつもりなんだけど。
…でも、つい言っちゃうってことは、どっかで吐き出したかったのかな…」
斑「………………」
咲「ま!それはいいよ。聞き流しといて。違う話しよう」
春日部さんは急に明るく笑った。
斑「…吐き出していいのに」
咲「え?」
斑「そんな強がらんでもいいのに」
春日部さんは足を止めて斑目のほうを見た。
449 :
交差点13:2006/03/22(水) 03:27:39 ID:DOqBYWQv
平気なフリをして笑う春日部さんに、自分の行動がダブって見えた。
なんだか、今すごくこの人のことが分かった気がした。…思い込みかも知れないが。
斑「そんなに気はってたら、しんどくないか?せめて今くらい、気遣わんでもいいのにさー…」
咲「………」
斑「無理に笑わなくてもさ…。
平気そうに見えるから、なかなか周りが気づいてくれねーのに。」
(せめて俺の前でくらい………)
咲「…ありがと。でもさ、普通『友達』同士なら、気ぐらい遣うでしょ?」
春日部さんはいつもの顔で言った。
斑「…ま、ソウネ…ははは…」
斑目は力なく笑った。
(あー……今、距離置かれたな………。)
ズキンと心が軋むような音を立てる。
(偉そうなこと言ったな。彼氏でもないのにさ………。
そうだよ…それは俺の役目じゃないだろ………………………。)
咲「気持ちだけもらっとくよ。」
春日部さんはそう言って笑った。
450 :
交差点14:2006/03/22(水) 03:28:21 ID:DOqBYWQv
新宿駅から電車に乗る。週末のせいか乗客がとても多い。
どうしても春日部さんとくっつきそうになる。
斑目は意識して自分と春日部さんの間に隙間をつくるようにして立っていた。
身長差があるので春日部さんの頭を見下ろす形になる。
少し、花のような香りがした。シャンプーだろうか、香水でもつけてるんだろうか。
気持ちはとても遠いけれど、こんなに近くにいる。
電車が止まればいい、などと思ってしまった。
そのとき、ガタンッ、と電車が大きく揺れた。
「!!」
つり革を握っていたが、ついよろけてしまった春日部さんが自分にぶつかる。
咲「あたた…」
斑「だ、大丈夫?」
思わず春日部さんの肩を支える。
咲「鼻ぶつけた…いてて」
春日部さんがこっちを見る。慌てて手を離し、上のほうを見る。
自分の顔がどんどん熱くなっているのがわかる。
(や、やっぱ早く着いた方がいいかも………なんか生殺し状態でキツイっつーか…(汗))
十分時間を置いてから顔を下に向けると、春日部さんはさっきのように無表情で電車の窓から外を見ていた。
451 :
交差点15:2006/03/22(水) 03:29:13 ID:DOqBYWQv
電車が、降りる駅まで到着した。改札を抜け、春日部さんが言った。
咲「じゃ、ここで」
斑「あーうん!その、今日はありがとう」
咲「お礼なんかいいって。…じゃ、おやすみ」
斑「…おやすみ〜………」
春日部さんはいつもの笑顔で手を振ると、どんどん歩いていった。
その背中をずっと見ていた。視界から消えてしまうまで。
雑踏の中に紛れ、完全に見えなくなる。
駅を行きかう人の靴音ばかり、大きく聞こえる。
斑「………………」
斑目は、ようやく体を反転させてゆっくりと歩き出した。
あの日自分が言った言葉を思い出す。
(もう少しの間だけ、か………。)
歩きながら、思い出す。
今日は楽しかった。普段あまり見れない春日部さんが見れた。
…ついさっきまで一緒にいたのだ。
(少しどころじゃなく、当分忘れられないんだろうなあ………。
きっと………………。)
斑目はそう思いながら、駅から外に出て行った。
452 :
交差点16:2006/03/22(水) 03:32:13 ID:DOqBYWQv
………………
雑踏の中を歩いていた。早足で、ただまっすぐに。
自分のヒールの音がやけに大きく響く気がする。
駅の中をひたすらに歩いた。
そして急に立ち止まり、後ろを振り向いた。
「………………」
もう姿は見えない。当たり前だが。
別れてから3分は経っている。
咲は一つ小さく息をつくと、再びきびすを返して歩き始めた。
「交差点」END 続く。
453 :
交差点 あとがき:2006/03/22(水) 03:33:02 ID:DOqBYWQv
すいません。まだ続きます。
読んでくださっている方、もう少しの間お付き合い下さい。
新宿は、というか東京は旅行でしか行ったことないです。(汗)
描写に違和感あるかも…。
あと、山崎まさよしの「中華料理」は大好きな歌です。
話の土台として組み込みました。
>交差点
何かまた、斑咲の間合いが近付いたな。
拳足を打ち込むには近過ぎて効果が期待出来ず、投げたり関節を極めたりするにはもう一歩踏み出さなければならない、中途半端な間合い。
骨法で言う「手合い」の間合いだ。
ここから効果的な攻撃をするには、独特の技術が必要だ。
格闘技じゃなくて恋愛の話だったな。
果たして恋愛経験値ゼロに近い斑目に、咲を攻略出来るのか?
はたまた咲は斑目の攻撃を受けてくれるのか?
次回を楽しみに待ってます。
それにしてもこの話、いろいろ細かいね。
咲の開店苦労話なんて、経験者か、知り合いにそういう人がいるかしないと書けない気がする。
もし資料だけで書いたんなら大したもんだ。
455 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:41:21 ID:???
以前「恵子を染めた”アバズレ”は誰だ」というレスをもらったので作って見ました。
恵子を染めた”クズ”を含んだ捏造話です。
恵子の心理を考察するにあたって、SSまとめサイトの「上っ面の思い」「斑目と恵子?」及び
”すっとこ”さんのサイトの情報を参考にしています。
あまり深刻にならないようにしたつもりですが、一部『痛い』所があるので注意してください。
456 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:44:21 ID:???
卒業後、春日部咲は念願の自分の店を手に入れた。
従業員は一名。品数はちょっと少なめだが、センスの良さでそこそこの売上を上げている。
ついでに、借金のカタに強制的に就職させられた従業員の名を、笹原恵子という。
「「ありがとうございましたー」」
最後の客を送り出すと、扉に「CLOSED」の札を下げる。
「やった、今日はこれで終り!疲れた〜」
恵子は大声で宣言すると、だらしなく椅子に腰掛ける。
「まだ終わってねーよ。片付けもあるんだ。働け働け!」
咲の声が店の奥から響く。
「いーじゃん、少しくらい休んでも…」
「お前のツケはいくらだったかな〜」
咲の言葉に恵子の顔が青ざめる。
「ワカリマシタ、ガンバリマス!」
少し奇妙な声で返事をすると、ロッカーから掃除道具を取り出す。
不意に扉が開く。
「すみませんお客様、すでに閉店の…高坂さん、いらっしゃい!」
恵子のバックに花が咲く。目に星がきらめく。
「やあ、恵子ちゃん。咲ちゃんは?」
「あれ、コーサカ?どうしたの、こんな時間に?」
店の奥から出てきた咲が高坂に尋ねる。
457 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:45:06 ID:???
「いや、久しぶりに一緒に夕食をしようと思ったんだけど…忙しかった?」
「もうちょっとかかるかな…おい、恵子。お前何してんだ」
満面の笑みを浮かべて、恵子が高坂に擦り寄っている。もちろん掃除道具など放り出して。
「え〜だって久しぶりなんだもん。高坂さん分を補給してるの♪」
咲のこめかみに青筋が立つ。顔は笑ったままで。
そのまま無言で恵子の傍まで行くと、猫の子を掴むように、恵子の襟足を掴んで引き剥がす。
「ああん、高坂さ〜ん」
恵子が名残惜しそうに訴える。高坂は笑って見ている。咲の青筋が増える。
「ごめん、高坂。今日はキャンセル。これからこいつに自分の立場を『じっっっっっくり』と教えてやらないといけなくなったから。また今度、ね?」
「しかたないなあ」
さすがに高坂の表情が暗くなる。
「ごめんねー……じゃあ逝こうか」
「咲ねーさん、字が違う、字が!助けて高坂さん!殺されるー!!」
店の奥に引きずり込まれる恵子。やっぱり高坂は笑っている。
「だいじょうぶ、殺しはしないから…死んだ方がまし、と思うかもしれないけど」
咲の無情な宣告と共に控え室の扉が閉じられる。
高坂は「困ったものだ」と言わんばかりに肩をすくめると、恵子の放り出した掃除道具を掴み、後片付けを始めた。
458 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:45:52 ID:???
椅子に踏ん反りかえる咲。うなだれて床に正座する恵子。
「高坂が私の彼氏だ、って知ってるよね?」
「…ハイ」
「ならもっと気の使いようがあると思うんだけど」
「…ハイ」
「それとも、本気で高坂が欲しいの?」
「…あの、もし『本気だ』って言ったら…」
上目使いに覗き見ながら、恵子が小声で質問する。
答えは咲の顔の上にあった。不敵な笑み。
逆らう者全てを容赦なく、完膚なきまでに叩きのめそう、という強い意志の権化がそこにあった。
恵子は心底から震え上がった。
「まあ、あんたにその気が無い事はわかっているんだけどね」
咲は雰囲気を和らげると、自ら椅子を用意して恵子を座らせた。ひざについた汚れを軽く叩いて落としてやる。
再び椅子に座ると、腕を組んで恵子に話し掛ける。
「本当にあんた何がしたいの?店の外でちょっかい出してる様でもないし、そのくせ店の中だとべったりくっついてるし」
「……ねーさんにはわからないよ…」
下を向いて小声で呟く。
459 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:46:39 ID:???
沈黙の時が過ぎる。
咲は不意に立ち上がると、戸棚から洋酒のビンとグラスを二つ取り出す。
テーブルにグラスを置き、酒を注ぐ。
「まあ、言いたくなきゃ言わなくてもいいさ。でも、溜め込むより、吐き出したほうがましだと思うよ、愚痴とか鬱憤とかはね」
言うとグラスの酒をあおる。
つられるように恵子もグラスに手を伸ばす。一息にあおり、むせる。空になったグラスを突き出す。
咲は軽く微笑みながらグラスに酒を注いでやる。
恵子は再び一息にあおろうとして、今度は吹き出した。
咲が笑いながらテーブルを拭いていると、ビンをひったくって一人で飲み始める。
460 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:47:58 ID:???
「高坂さんは特別なんだ…」
黙々と飲んでいた恵子が不意に口を開く。
「高坂さんはかっこよくて、強くて、優しくて、誠実で…絶対にアタシを愛してはくれなくて…だから、絶対にアタシを傷つけない」
「何言ってんだ、お前?」
咲の質問には答えずに恵子は言葉を続ける。
「なあ、ねーさん。死ぬほど人を好きになったことってある?…アタシはある。高校生の時に」
「背の高いカッコイイ先輩で…人気のある人だった。だから、絶対断られると思ってた告白が受け入れられた時…本当に嬉しかったんだ」
「毎日が嬉しくて、楽しくて…いつも先輩にくっついてた。自分でも信じられなくて、嫌われたくなくて、先輩の言う事なら何でも聞いた」
「髪も染めたし、化粧だって覚えた。初キスも、処女だってあげた。…そうしろ、っていうからウリみたいな事だってやった」
「ば…なんでそこまでしなきゃなんねーんだよ!!」
咲が怒鳴る。恵子はそんな咲を真っ向から睨みつけて叫んだ。
「だってアタシには何もなかったんだもん!!アタシ、馬鹿だし、可愛くないし、スタイルもよくないし…嫌われたくなかったんだもん!!傍にいたかったの!!好きだったの!!」
「ねーさんみたいに恵まれた人になんか絶対にわかんないんだ!!!」
恵子の両目から涙が溢れ出す。
そんな恵子を咲は優しく抱きしめる。
「馬鹿だよ…お前はほんとーに…」
「でも…」
咲に抱きしめられたまま恵子は続ける。
「でも、あの人は…あの人は、アタシの前で、他の人を抱いて、言ったの…『ウザイから消えろ』って」
「ねえ、ねーさん…アタシ間違ってた?アタシが悪いの?どうすれば良かったの?」
咲の顔に不敵な笑みが蘇る。そして告げた。
「おい恵子。そいつの名前と住所教えろ。今からでもぶん殴ってやる」
「いい!もう終わったことだから…終わったことだから、いい…」
恵子は咲にしがみつきながら言った。
461 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:49:06 ID:???
咲に優しく頭をなでてもらいながら、恵子の告白が続く。
「…だから、もう人を好きにならないって決めた。でも、一人じゃ寂しくて、てきとーな男と付き合って…でも、その人を好きになると、あの人の声が聞こえて…『ウザイ』って…」
「だから必死で考えたの。それで思いついたのが、その人の上辺だけと付き合うこと」
「上辺の良い男と、上辺だけの付き合いをして、上辺だけのデートをして、上辺だけのセックスをして、上辺だけの別れをする」
「アタシは寂しくなくて、傷つかない…これが最高の方法だと思ってた」
「そんな時に高坂さんと出会って…」
「高坂さんはアタシを拒否しなかった。確かに何もしてくれなかったけど、アタシを拒む事だけはしなかった。傍にいさせてくれた」
「高坂さんの傍にいると、アタシはアタシでいられた」
「そして、いつもまっすぐにねーさんを見ていて…ねーさん知ってた?高坂さんはいつも笑ってるけど、ねーさんといる時に最高の顔するんだ」
「だから、お願いします。高坂さんの傍に居させてください。咲ねーさんの傍に居させてください。お願いします…」
「…わかったよ。ただし!人前では慎む事。いいね!」
なぜか照れながら咲は答えた。
「ありがと…さき…ねー…さ……」
「恵子?」
咲が覗き込むと、恵子は穏やかな寝息を立てていた。
結局その日は咲を真中に、川の字になって眠る事になった。
462 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:50:19 ID:???
数日後。
恵子を『新婚状態』の笹原に押し付けて、久しぶりに二人きりのデートを満喫した咲と高坂。
「…だってさ」
「ふうん」
ベッドの中、恵子の話に触れる。
「わかったような、わからないような話だけどね」
「…もしかしたら、恵子ちゃんは僕に父親を重ねているのかもね」
「そうなの?」
「たぶんね…そして咲ちゃんはお母さん」
「何よそれ」
「笹原くんからのまた聞きだけど、彼らの家って放任主義らしいんだ。だから、幼少期に得られなかったスキンシップを僕らに求めてるんじゃないかな」
「そういうものなの?」
「さあ?」
高坂は咲の疑問を煙に巻く。
「あーあ。結婚も出産もなしにあんな大きな娘ができてもなあ」
「子供、欲しい?」
咲のぼやきに、高坂が真顔で尋ねる。
「うーん…まだ、だめ、かな…」
「そう…」
「ごめん」
「別に謝るような事じゃないよ」
463 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:51:04 ID:???
二人で天井を見つめる。しばしの沈黙の後、高坂が口を開く。
「それで、咲ちゃんはどうしたいの?」
「え?」
「どうにかしてやりたいから、僕に話したんでしょ?」
「そうだけど…どうしたらいいのか…」
「一番なのはこのまま何もしないことだろうね。彼女が互いに必要とする相手を見つけるまで」
「でもそれじゃ…」
「下手に手を出すと、今の関係が崩れて、最悪、以前の彼女に戻っちゃうよ?」
「…」
うまく誤魔化されたような気がして、咲は不機嫌に黙り込んだ。体を起こす。
高坂も体を起こして咲を見つめる。
「コーサカって冷たいよね」
「そうじゃないよ。僕は誰にでも優しくなれないだけ」
「そう言うのを『冷たい』って言うの!」
咲は高坂に背を向ける。高坂は少し困ったような顔をすると、咲の耳元に囁く。
「じゃあ咲ちゃんには優しくするよ…どうして欲しい?」
「抱きしめなさい」
抱きしめる。
「何か言いなさい」
「愛してるよ、咲ちゃん」
「キスしなさい」
少し強引に咲を振り向かせると、唇を重ねる。
そしてそのまま二人はベッドへ倒れこんだ。
464 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:51:56 ID:???
一方その頃…
「あ〜あ。今ごろあの二人はしっぽりといいことしてんだろ〜な〜。いいな〜。うらやましいな〜。アタシも参加したいな〜…あ、義姉さん、もう一杯」
「…これ以上あなたに飲ませる物はありません」
「い〜じゃん、けちけちすんなよ。そんなだから大きくなれないんだぞ。『どこ』とは言わないけど」
「『馬鹿』になるよりましです」
「「…」」
「え〜と、二人とも仲良く…」
「「(アニキ・笹原さん)は黙って(ろ・下さい)!!」」
「ハイ…」
「表へでろ…久しぶりにキレちまったよ…」
「体格の差が絶対的なものではないと教えてやる!」
この二人、結構仲が良いのかもしれない。
465 :
恵子のお話:2006/03/22(水) 19:53:01 ID:???
以上です。
乙です。
>手をつなごう
たまりませんね、初々しいカップルのデート。
しかも「はぐれちゃう」イベント付きでツボ押しまくり。ちょっと悶絶。
>交差点
ボクはキミの事を支えてあげたいけれど……。
目指すところも能力もかなわない。相手の男にも。
男側の切なさがひしひしと伝わります。
>恵子のお話
すみません、アバズレ発言したの私です。作ってくれてありがとう。
男でしたかー!クズに引っかかってしまった恵子に同情せずにはいられません。
恵子カワイソウだが、対処法は高坂の判断でオッケーとも思う。いつか、心を許せる人が出てくれば……。
最後はちょっとコミカルに落としてくれて微笑ましかったです。
なんか、ネタバレスレ読んでたら、いよいよ……かもしれませんね。
思い残すことがないように、私も斑目と咲物で、短いのを投下します。
時間かけてないし、何のヒネリもなくてスミマセンがよろしくお願いします。
467 :
タマネギ:2006/03/22(水) 22:50:43 ID:???
部室の昼。いつものように斑目がいた。しばらくして、咲が一人で現れた。軽くあいさつ。(あぁ、2人だけだ)斑目はため息をついてお茶を飲み干した。
「斑目さあ、会社ちゃんと行ってるの?」
「行ってますよー……」
「これからもずうっとココに来るの?」
「まさかぁ。ただ俺は……」
「ただ…何よ?」と聞かれ、後の言葉が出ない。斑目は(今日こそは)と再び口を開いた。
「あーそうそう春日部さん、タマネギって知ってる?」
「知らない方がどうかしてるよ」
「じゃあ、タマネギ剥いたら何があるか知ってる?」
「は? 剥いても剥いても同じじゃないの」
「そうだよ、剥いても何も無い」
「それがどうしたの?」
「でも“何も無い”ってことだけは分かるよな。何もせず放っておいたら、ただ腐ってしまうだけ……まあ、例え話だよ」
「いつもまどろっこしいねー斑目は。だから何がいいたいのよ?」
「ゴメン。こういう言い方でしか伝えられないし、このまま腐らせたくないと思ったから……春日部さんのことさ、好きだったんよ……俺」
「はい?」
「いやーははは、脈がないのは自分でも分かってるんだ。でも、このまんまじゃ、ね」
「でも私は……」
「分かってるよ」
「ゴメン、気持ち……嬉しいけど……」
「気にすんなって。俺の気持ちの問題だから。あー…良かったよ。4年近くかけて皮を剥いてきた気分だ」
「何も無い」ことが分かった斑目は、たぶん明日から、部室には来なくなるだろう。
その夜、咲は一人、部屋のキッチンに立っていた。まな板の上でタマネギを転がす。ふと包丁を入れて、真ん中から切った。
「馬鹿だねアイツ。ちまちまと剥いてないで、思った時にスッパリ切ればすぐに分かることじゃないの……」
何も無いって。
「そのために……、4年もかけてさ……」
ほろほろと、涙がこぼれて落ちた。
タマネギを切ったためでは無かった。
468 :
タマネギ:2006/03/22(水) 22:52:25 ID:???
以上。
ああ、不完全で恥ずかしい。すみませんでした。
469 :
交差点 あとがき:2006/03/22(水) 23:13:04 ID:DOqBYWQv
>>恵子のお話
読んで思ったこと。高坂って大人〜。
自分たちは恵子の要求に本当には応えてあげられないし、恵子もそれをわかったうえでコミュニケーションをとっている、だから今までどおりでいるのが一番、という意見。
原作読んでておもうのだが、高坂は、そういう人の関係性をすごくちゃんと観察していて、わかってて、だからこそ何も言わないのだ、と思う。
本人たちよりも早く「正解」にたどりついてはいけないから。
恵子が、高坂や春日部さんに「理想的な親」を見るのは、心理学でいう「代償」になるのかな。
>>タマネギ
いや、いいとおもいますよ。
斑目が「剥いてみたらなにもなかった」なんて言うけど、「何もない」なんてことはないと思う。
斑目がこの四年間どれだけ成長したことか。
でも自分ではわからないんだよね。誰かにそう言ってもらいでもしないかぎり。
あーーー。切ない…。
ホントどうなるんだろ、斑目…。
470 :
マロン名無しさん:2006/03/23(木) 00:09:09 ID:wHkdN4Ef
あ!469で感想かくときに名前の欄消すの忘れた!orz
あわわ…ま、いいや…。MとSの距離の感想書いていただいた方、ありがとうゴザイマス。
「衛星」
>>409 >クワトロ大尉
実は言われてから初めて、クワトロって気づいた。おお、嬉しい偶然。(自分としては衛星=月として書いていました)
「間合い」=「距離」をテーマにしてるので、そこを見ていただけて嬉しい。
>>410 斑目の台詞がクサすぎるかもしれません。スンマセン。美化しすぎかも(汗)
報われないことを感じながら、それでも好きでいるのを止められない。そんな切ない斑目が大好きでアリマス!
>>414 もやもやさせてしまいスミマセン。
高坂ね、そうですね…。私も頭かかえております。何しろ原作でも、出番すくないし…
高坂は、咲ちゃんが泣いちゃったときと、サークル初参加のときに特徴的な行動がみられるので、それと「ギャン」であることを踏まえて自分なりに書いてみます。
>>415 原作で一番感情の表現が多いというのもありますが、斑目は男性読者にとっては「臆病な自分」の投影であり、女性読者にとっては、母性本能をくすぐられる存在ではないでしょうか。
個人的には、両方の目で読んでます。2度おいしい(笑)
>>454 いつも感想いただいていて、本当に感謝しております。今回の話までは、まだ斑目の視点ですから、次回から…ゲフン。
>咲の開店苦労話
実は服屋で働いていたことがあります。
咲の台詞「友達に、ショップの店員の子がいるんだけど…。 」の後の台詞は、ワシ(作者)が咲ちゃんに大して抱いていた疑問であります。
それに対して、咲ちゃんならこんな風に言うかな、と思ってその後の台詞もかいてみたものです。
>>466 今までは男性の恋愛観を自分なりにかいてみたつもりです。でも、恋は一人でするものではないので、「女性の恋愛観」も、これから書いてみたいと思います。
続編、もうめどはついてるので、校正してすぐにでも投下します。
あと、ネタバレ話は…あわわftgyhじゅいおpそ、そのへんで…あーーー緊張する!!
感想有難うございます!これでまた書けます。
>>433 クッチーオチがベタ過ぎるかと思ったんですけど、大野さんオチも定番化してきてしまいましたね。
>>435 もうやっちゃったのに(?)じれったいのが有り得るか?有り得るんです!という勢いで。
>>466 はぐれちゃうイベント発生させた甲斐が有りました。書いてて悶絶です。
しかしネタバレは…内容へのコメントは控えてください…orz
>SとMの距離「交差点」
先が読めずにドキドキしますね。続き、期待してます!
なるほど…距離感が絶妙なんですね。。。
>恵子のお話
ああーもう、斑目でもクッチーでも、誰か恵子を幸せにしてやってくれい!
と、恵子萌えです。笹原も内心、気を揉んでることでしょう。兄の気分…。
>タマネギ
直球でこういう短いの、いいですね。
僕も志向としては、そういう方向で書いてますので、同志よ!って感じです。
今後も投稿お待ちしております。
473 :
マロン名無しさん:2006/03/23(木) 01:06:35 ID:wHkdN4Ef
>>472 あ、あの、「MとS」です。まぎらわしくてすいません………
「SとM」だとSMになってしま(ry
474 :
MとSの距離:2006/03/23(木) 03:18:03 ID:wHkdN4Ef
最近とりつかれたようにSSばかり書いているわけだが、なにしろ5月号を読む前に書いてしまわないとまた影響受けてしまいそうなんで(汗)
4話目です。5話完結です。
えーと、先に謝っておきます。妄想膨らみすぎましたスミマセン。
さて、まえがきです。
「星の声〜distanse〜」
(斑×咲SS)
MとSの距離 続編。
475 :
「星の声〜distanse〜」1:2006/03/23(木) 03:20:06 ID:wHkdN4Ef
店内ではずっと、ボサノバのけだるげな音楽がかかっている。
コーヒーの匂いが充満していて、どこまでも落ち着いた雰囲気が漂う。
咲は、とあるコーヒーショップで高坂を待っていた。
今日は久々に高坂と会える日だ。本当に、久しぶりだ。
電話やメールは常にしていたが、顔を見るのは三週間ぶりだ。
電話でもすでに話していたのだが、今日はあのことを直接、高坂に話したいと思っていた。
告白されたこと。告白の理由が、『ただ言いたかったから』だということ。
高坂が好きな私が好きだと言われたこと。だから別れて欲しいと言うつもりもない、と言われたこと。
そんな風に言われたのが単純に嬉しくて、『何かで返したい』と思ったこと。
『借り』を返すために一緒にご飯を食べに行ったこと。
(高坂、まだかな………。)
咲は腕時計を見た。高坂との待ち合わせ時間より、まだだいぶある。
咲はぼんやり考えていた。
(私は『強がってる』のかな………。)
あのとき言われた言葉を思い出す。
そう言われれば、そうなのかも知れない。
でも、それが普通だと思っていた。強くありたいといつも思っているから。
476 :
「星の声〜distanse〜」2:2006/03/23(木) 03:20:52 ID:wHkdN4Ef
『そんなに気をはっていたらしんどくないか?』
(…別に、あんたに心配してもらわなくても………。)
『無理に笑うから、平気そうに見えるから、なかなか周りが気づいてくれないのに』
(………………………)
この言葉に、はっとした。動揺しそうになった。
無理に笑っている自覚はあった。でも。
(私は、本当は『気づいて欲しい』って思ってたんだろうか?
…思ってて、でも素直に言えなかったんだろうか?)
なんだか確信を突かれた気がした。だから、『友達』だからと、わざと突き放した。
それ以上踏み込まれるのが怖かったのだ。
(あれから一度も部室には行ってないな。忙しいせいもあるけど。
あいつには『部室に顔出せ』と言っておきながら、勝手だよな…。)
でも今は会いたくなかった。…何故かはわからないけど。
………………………
477 :
「星の声〜distanse〜」3:2006/03/23(木) 03:21:33 ID:wHkdN4Ef
斑目は最近、また昼休みに部室に行くようになっていた。
仕事が忙しくなったため、前のように毎日というわけにはいかないが、行ける日はできるだけ行くようにしていた。
秋も深まり、朝晩は冷えるようになった。でも日中はまだまだ暑い。
大学に向かう間も、強い日差しが照りつけてくる。
Yシャツを長袖に変え、上着を着ていたのだが、暑いので上着は脱いだ。
部室のドアをノックする。「どうぞ」と、抑揚を抑えた声が中から聞こえた。
ドアを開けると、そこには荻上さんが一人。
斑「や、こんちは」
荻「あ…、どうも」
荻上さんは、何故か少し驚いた顔をする。最近の荻上さんは前に比べ、表情豊かになった。
笹原と付き合うようになって変わったなと思う。…いや、元々こっちが彼女の本来の姿なのだろう。
荻上さんは今日も原稿を描いている。
いつも思うが、よく飽きずに描き続けられるもんだと感心する。自分には無理な芸当だ。
斑「…今日は他に誰か来た?」
荻「さっきまで大野先輩がいました。朽木先輩は…最近来てないです」
斑「あ、そうなんだ」
…ちょっと、がっかりする。春日部さんは今日も大学に来てないのだろうか。
(もう必要な単位も少しだって言ってたしな…。)
478 :
「星の声〜distanse〜」4:2006/03/23(木) 03:22:19 ID:wHkdN4Ef
斑「………」
荻「………」
妙な間があく。斑目が何か言おうとしたとき、先に荻上さんが喋り始めた。
荻「…あ、あの………!」
斑「ン?」
荻「…いや、その、春日部先輩のこと、なんですけど…」
斑「!…あ、あー…、うん」
荻「すいません、さっき、大野先輩から聞いて………」
なんとなく予想はしていた。春日部さんのことだから、周りの人に話していてもおかしくはない。
今までのことを考えても。
(お互いだけの秘密にしといてくれないのが、春日部さんらしいというか…)
思わず苦笑する。
斑「ま、ね。フラれたんだよね。まー、大方の予想を裏切らない形といいますか………。」
腕を組みながら、照れたように笑う。
荻「………」
斑「別に、今までと変わらないっつーか……。言ったら俺も吹っ切れたし!」
少しだけ嘘をつく。
斑「そんだけ。もうケリはついたからさ。」
また、心の奥が痛むのを感じる。
荻「いえ、あの、そういう話じゃなくて………」
荻上さんは、言いたいことを整理できない、という様子で、言葉を捜している。
479 :
「星の声〜distanse〜」5:2006/03/23(木) 03:23:11 ID:wHkdN4Ef
荻「今回のことを大野さんから聞いて、あの、これは個人的な意見なんですけど…。
他の人がどうかは、実際わからないんすけど………。」
そう前置きして、荻上さんは言った。
荻「好きって言われて嬉しくない女子なんていません!」
そう一気に言って、再び小声になる。
荻「…その…、自分という人間を、全面的に肯定してもらえた気分になります。
いい面も悪い面も含めて、受け入れてもらえたんだという気になります。
誰かに好きだって言われることで、自分でも自分を好きになれます。」
荻「それに、自分の見たくない部分、弱い部分や嫌いな部分にも向き合うことができるようになります。
…すごく、勇気をもらえるんです」
斑「………………」
荻「えっと…、つまりですね………。『今までと変わらない』ってことは、ないと思うんです。
実際付き合えるかどうかは、状況によると思うんですけど………。
…すいません。全然根拠とかないんですけど、私にはそう思えるんです。
なんかうまく言えなくて、もどかしいですけど………わかりにくい言い方しかできなくて…」
荻上さんは目を伏せがちにしながら、必死に言葉を紡いだ。
斑「………いや、そんなことは…。わかるような気はするよ」
480 :
「星の声〜distanse〜」6:2006/03/23(木) 03:24:01 ID:wHkdN4Ef
そうは言ったものの、荻上さんの言うとおり、『個人的な意見』だとは思う。
春日部さんにも『嬉しかった』とは言ってもらえたが、自分の言葉にそれほどの影響力があるとは思えない。
自分の言いたいことを言ったに過ぎないし、『言いたかったから言った』というのも、こちらの都合でしかない。
何より、春日部さんに一番影響力があるのは高坂だろう。
そう思うのだが、荻上さんがこうして励ましてくれようとしているのは嬉しかった。
いい子なんだなと思う。
斑「そんな風に言ってもらえると、救われた気がするよ」
荻「いえ…」
荻上さんは少し顔を赤くしていた。
斑目は寂しそうに笑った。
会社に戻りながら、斑目は考えていた。
(もし荻上さんが言ったように、少しでも、ほんの少しでも春日部さんのためになっていたのならいいんだけれど。
俺にできることはそのくらいしかないし………。)
(もう、これ以上は届かないんかな………。)
………………………
481 :
「星の声〜distanse〜」7:2006/03/23(木) 03:25:12 ID:wHkdN4Ef
ふと店の入り口を見ると、ちょうど高坂が入ってきたところだった。
手をふると、こっちに気がついて、笑顔で手を振り返してくる。
先にコーヒーを買う、としぐさで合図してから、カウンターで注文していた。
やがて咲が座っているテーブルのほうへとやってくる。
高「お待たせ。待った?」
咲「遅ーーーい、なんてね。時間通りじゃん」
高坂はニコニコしながら向かいの席に座る。
いつもの高坂だ。咲は、高坂の姿が見れたことにほっとする。
…今日まで、なんだか不安だったのだ。
咲「あー、久しぶりに高坂の顔が見れたよ」
高「最近ずっと会えなかったからねー」
咲「仕事、ようやく一段落ついたんでしょ?よかったね」
高「うん、納期間に合って本当によかった!!」
咲「…うん、それも良かったけどさ、これからしばらく休みなんでしょ?」
高「一ヶ月くらいはのんびりできそうだよ。その後また新しい企画に入るみたいだから」
咲「へえ、頑張るねえ………。」
高「うん、次の企画はね、すごくやってみたかったから、是非参加させてもらえるようにって上の人に頼んだんだ。楽しみだよー。」
咲「仕事熱心だねえ。高坂って、大学のほうは今年の前期で単位全部とっちゃったんだっけ」
高「そう、あとは卒論だけ。もうだいたいまとまってきてるし。」
咲「高坂ってそういうトコすごいよね。」
482 :
「星の声〜distanse〜」8:2006/03/23(木) 03:27:59 ID:wHkdN4Ef
高「ところでさ、今日、話したいことあるって言ってたよね?」
咲「ああ、まあだいたい電話で言ったことと同じなんだけどさ…。」
咲はそう言うと、例の話を始めた。
要約して、斑目にあの日言われたことを話した。
そしてご飯を食べに行ったことも。
そして、「でもまあ、『友達だから』って、ちゃんと言ったよ。きっとあいつも分かってくれたと思う。
あいつに、『高坂と別れて欲しいと思ってるわけじゃない』とも言われたし。」
とつけ加えた。
高坂に、それを言っておきたかったのだ。
きちんと言っておかないと、不安だったのだ。
『無理に笑うから、平気そうに見えるから…』
あの言葉は伏せておいた。
咲「そんな感じ。今まで全然気づかなかったからさ、言われた日はびっくりしたけど。」
高「ふうん…。」
咲「きっとまた、前と変わんない状態に戻れると思う。きっと。」
そう望んでいる。…そう思いたい。
咲「…さて!この話はもういいんだ。昨日電話で言ってた知り合いの話なんだけどー…」
483 :
「星の声〜distanse〜」9:2006/03/23(木) 03:28:46 ID:wHkdN4Ef
咲は違う話を始めた。
高坂が相槌をうつ。
高坂はずっと聞き役に徹している。
咲は話を続けながら、ふと、さっき自分が言った言葉を思い出していた。
(今まで全然気づかなかったよなー…。告白されるまで。
………今思うと、分かりやすい反応してたのに。
何で気づかなかったのか、自分でも不思議………。)
ご飯の帰りに、新宿から電車に乗った。おもわずぶつかったときのことを思い出す。
(あんなに顔赤くしてさ………。ホント分かりやすい…)
高「…きちゃん、咲ちゃん」
咲ははっとして高坂を見る。
いつの間にか黙り込んでしまっていたようだ。
咲「あ、ごめん!ちょっと考えごとしてた」
(うわー、今そんなこと考えてる場合じゃなかった…)
慌てて、さっきまでの話を思い出す。
484 :
「星の声〜distanse〜」10:2006/03/23(木) 03:29:59 ID:wHkdN4Ef
咲は、飲みかけのコーヒーの入った紙コップを手にとった。
口に運ぼうとして、先に言葉を続ける。
咲「えーと、何の話だったっけ?そうそう、その知り合いがさー…」
高「斑目さんのこと考えてたの?」
パシャッ
咲の手から紙コップがすべり落ちた。
中身がこぼれ、小さなトレイの中に広がっていく。
「………………………」
咲は呆然とした顔で高坂を見た。
高坂はひどく悲しそうな笑顔で咲のほうを見ている。
咲「なんでそんなこと言うの………?」
言いながら、どうして自分はこんなに狼狽しているのだろう、と思った。
………………………
485 :
「星の声〜distanse〜」11:2006/03/23(木) 03:30:58 ID:wHkdN4Ef
荻上さんと話をしてから、三日が過ぎた。あれからまた部室には顔を出していない。
斑目は外で晩飯を済ませてから、家に帰ってきたところだった。
最近残業もするようになったので、晩飯を食べて帰って着たら家に着いたのが9時過ぎだった。
斑「はーーー…。」
とりあえず椅子に座る。
(そういえば、この椅子に春日部さんが座ったんだよな………。)
あの日のことを思い出す。
春日部さんの肩に手を置いて、思いを全部吐き出したことを思い出す。
(もう、やれることは全部やってしまったんだろうか。
荻上さんに、「もう吹っ切れた」と言っちまったけど、自分の中ではまだまだ全然吹っ切れてない…。
…でも、今思い返してみれば、晩飯を一緒に食べた日、はっきり『友達』って言われてしまったし………。)
少し落ち込む。
「………………………」
胸の奥が、ことあるごとに疼く。
もう平気だ、と思った次の瞬間にまた痛み出す。
そのとき、自分の携帯が振動を始めた。
486 :
「星の声〜distanse〜」12:2006/03/23(木) 03:31:38 ID:wHkdN4Ef
(誰だ………?)
のろのろとした動きで携帯を取り出し、待受け画面を見る。
そこには「春日部さん」という文字が見えた。
斑「!!!!!」
慌てて携帯を開く。慌てすぎて通話ボタンがなかなか押せない。
斑「はっ、はい!!」
咲「あ、私だけど…………。」
斑「やっ、やあ!どしたの!?」
咲「いや、どうしたっていうか………。」
春日部さんは黙り込んでしまう。
斑「………??」
咲「その…。斑目、いまどこにいる?」
斑「え、家だけど………。え?」
咲「…そりゃそうか。もう9時過ぎだもんね………。」
(………?なんだろ。春日部さんらしくないな………。)
斑「………何かあった?」
咲「うん………。あのさ…、今から会える?」
斑「えっ、うん、大丈夫だけど」
487 :
「星の声〜distanse〜」13:2006/03/23(木) 03:32:30 ID:wHkdN4Ef
咲「じゃあ、えーと…」
斑「ど、どこで会う?」
咲「…そっち行っていい?もう近くまで来てるからさ………。」
斑「ええ!?」
咲「迷惑だったら………」
斑「い、いや!!全然大丈夫!!」
咲「じゃ、あと15分くらいで付くから…。急でごめん」
斑「い、いや!!全然平気!!」
咲「じゃ、あとでね」
斑「…はーい………」
携帯を閉じ、茫然自失になる。
しばらく固まり、はっと我に返る。
(うわーーーーー!また来る!また春日部さん来る!
えーーーーと、えーーーーと、あっそうだ、片付けないと!!また嫌な顔されんぞ!!)
慌ててその辺に積み上げていた同人誌を抱え、適当に押し入れにブチ込む。
(………それにしても)
特にエロいのから順番に押し入れの奥に突っ込みながら、電話での春日部さんの様子を思い出した。
(なんか、元気なかったような………?一体どうしたんだろ………。)
488 :
「星の声〜distanse〜」14:2006/03/23(木) 03:33:19 ID:wHkdN4Ef
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
(来た………!!)
斑「はい!!」
急いで玄関のカギを開ける。
そこには春日部さんが立っていた。
咲「………」
斑「こ、こんばんは」
咲「ごめんね、急に来たりして………。」
斑「いやいや、大丈夫!ど、どうぞ」
咲「お邪魔します」
春日部さんは明らかに元気がなかった。
(ど、どうしたんだろう?)
斑「あ、えーと、お茶………」
この前のようにお茶を出そうと、冷蔵庫のほうに行きかける。
そのとき、春日部さんが斑目の袖口をつかんだ。
斑「………?春日部さん?」
咲「いいよ」
斑「…あ、お茶いい?」
咲「ちょっとごめん」
そう言うと、春日部さんは斑目の胸に顔を当ててきた。
489 :
「星の声〜distanse〜」15:2006/03/23(木) 03:35:36 ID:wHkdN4Ef
(………え?………え?………アレ?)
斑目は今の状況が飲み込めずにいた。
春日部さんが自分に寄り添っている。
(え、何だこの状況……………)
春日部さんの肩は震えていた。
(泣いてる………?
もしかして、高坂と喧嘩でもしたのか………?)
斑「春日部さん………………?」
咲「………………」
斑「高坂と何かあった?」
咲「………っ!」
春日部さんはこらえきれずに嗚咽をもらした。
斑「………え、喧嘩したとか………」
咲「別れた」
斑「え?」
咲「3日前に別れた」
490 :
「星の声〜distanse〜」16:2006/03/23(木) 03:36:18 ID:wHkdN4Ef
頭が混乱している。
(高坂と………別れた?…何で?)
ありえないはずのことが起こっている。
斑「何で…」
咲「私が悪いんだ」
春日部さんは声を搾り出すように、ようやく言った。
咲「私がっ………」
(何で?春日部さんのどこが悪いんだ………?
いつもあんなに努力してたのに。何で春日部さんが泣かなきゃいけないんだ?)
斑「な、なんか良くわかんねーけど…春日部さんは悪くないと思うぞ、多分」
咲「ううん、私が………」
斑「だから、何で?」
咲「私があんたのことばっか考えてたから!」
耳を疑った。
(今、なんて言った?)
急な展開に頭がついていかない。
491 :
「星の声〜distanse〜」17:2006/03/23(木) 03:37:22 ID:wHkdN4Ef
咲「高坂に悪いことした。なんで私………」
春日部さんはなおも言葉を続ける。
斑目は呆然としていた。
(春日部さんが?俺のことばっかり…?
え、何だ?これ夢?夢見てんの?)
漫画的お約束で、思わず自分の頬を思い切りつねってみる。痛い。
(もしかして、俺見込みあるってことなのか……!?)
(でも…『高坂に悪いことした』って何だ?というか、別れたこと後悔してんじゃないか?
高坂のこと、まだすごい好きなんじゃないか………?)
(春日部さん、迷ってる、のか?
え、そうなのか!?お、俺、何か言ったほうがいいのかな!?うわ、なんて言おう!?)
必死に言葉を探すが、いい言葉が見つからない。
(あーーーもう!こんなときに気の利いた言葉一つ言えんのか俺は!
多分、最初で最後のチャンスなのに!!)
492 :
「星の声〜distanse〜」18:2006/03/23(木) 03:38:08 ID:wHkdN4Ef
(…いや、でも)
自分の胸で泣く春日部さんを見下ろしながら、思った。
(春日部さんに任せよう。これが最初で最後であっても。)
斑目はそっと春日部さんの背中に腕を回した。
春日部さんを初めて抱きしめた。その温もりを感じた。
もう、これが最後かもしれない。そう思うと、切なさで胸がいっぱいになる。
せめて、少しでも長く、こうしていられたら。
咲「…ありがと」
春日部さんは、斑目の胸から体を離す。
斑「落ち着いた?」
咲「うん…」
もう少し抱きしめていたかったな、と思った。
斑「………………」
咲「…高坂に言われたんだ」
斑「え?………なんて?」
咲「あんたのことばかり考えてる、って…。
自分で気づかないなんて、バカだ私………。」
493 :
「星の声〜distanse〜」19:2006/03/23(木) 03:39:05 ID:wHkdN4Ef
斑「………………」
咲「高坂に言われて気がつくなんてさ………。
悪いことしたな………。」
(春日部さんが俺のこと………)
再び、頭が真っ白になる。
咲「別れてから、3日間、ずっとそのことばっか考えてた。
でもわかんなくて、はっきりさせたくて、今日会いにきたんだ。そんで………。」
春日部さんは斑目のほうを向いた。化粧が崩れたのを気にして、手で顔を隠しながら。
咲「今日からよろしく、って話なんだけど………」
斑「………………………………………………………………………」
咲「………嫌なの?」
斑「!? い、いやまさか嫌なんて!!!こちらこそ!!!
はーーーー!そうなんだ!なんかもうびっくりしてさあ!あはははは!!」
あまりのことに動転する。頭がおかしくなりそうだ。
斑「いやあ、ホントに急ダネ………ホントにびっくりしててさー………」
咲「ごめん」
斑「いや、謝らんでも…………。」
あははは、とまた照れ笑いをする。
494 :
「星の声〜distanse〜」20:2006/03/23(木) 03:41:18 ID:wHkdN4Ef
(そうか…春日部さんと付き合えることになったのか………)
今ごろになって現実感がわいてくる。
ようやく手が届いたのだ。ようやく、想いが届いたのだ。
じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
咲「…でさあ………」
斑「ん?」
咲「今日泊まっていい?」
三度、頭が真っ白になる斑目。
斑「………うん」
咲「…あの、なんか着替え貸してくれない?あと、シャワーつかっていい?」
斑「………どうぞ」
咲「いや、だから、着替え………」
斑「あ!あーそうか。ちょっと待ってて。確か新しいパジャマあったような………」
本当にテンパると、妙に冷静になるのだということを悟った斑目であった。
斑「はい。あ、あとタオル」
咲「ありがと。…じゃ、借りるね」
春日部さんはそう言って、風呂場のドアを閉める。
しばらくして、シャワーを使う音が聞こえる。
495 :
「星の声〜distanse〜」21:2006/03/23(木) 03:42:02 ID:wHkdN4Ef
斑目は、もう何度目かの思考停止に陥っていた。
(………ん?泊まるんだよな、春日部さん。
泊まるってことは一緒に寝るんだよな。
一緒に寝るってことはその………………………。
うん、ちょっと待て。ちょっと待て!!
何だこの 急 展 開 は!!!!!!)
部屋の中をぐるぐる歩き回る。
(いや、え?マジで?いやマジだろ!何たって付き合ってるんだからな!!
うわーーー!ど、どうしよ???
いや何をどうしたらいいのかはわかってんだけど、いやそういうことじゃなくて、いやだから○△×※□………………)
春日部さんが風呂場から出てきた。
咲「斑目、ドライヤーない?」
斑「………あ、ちょっとまって、今出すから…」
咲「?なんか疲れてない?あんた」
斑「いや平気。全然大丈夫………………。はい」
咲「ありがと。あんたも入れば?」
斑「そうさせてもらうわー…。」
斑目はよろよろと風呂場に向かう。
496 :
「星の声〜distanse〜」22:2006/03/23(木) 03:43:34 ID:wHkdN4Ef
(な、なんか、期待よりも不安のほうが大きいんですけど………。
…いや、テンパってたら駄目だろ!心頭滅却!心頭滅却!)
シャワーを浴びながら、滝に打たれているような気分になる。
(とりあえず、心を落ち着けろ!!戦場に出るのはそれからだ!!)
自分でもよく分からない台詞で自分を激励する。
そうしてようやく、行ける所まで行ってやる…神の領域まで…な心境に達してから、風呂から上がったのであった。
(なんか、足がフラフラする………。)
どうやら緊張はとけたものの、頭が熱い。いや、体中が熱くて、フラフラする。
咲「斑目、大丈夫?なんかすごい顔赤いよ」
斑「大丈夫、大丈夫………」
そうしてフラフラと春日部さんの近くまで来て、バターン!!とぶっ倒れた。
…どうやら、のぼせたらしい。ベッドに横になって、天井を見つめる。
さっきから天井が回りっぱなしだ。
咲「はい」
春日部さんがぬれタオルを持ってきて、斑目の額に当てる。
冷たくて気持ちがいい。
497 :
「星の声〜distanse〜」23:2006/03/23(木) 03:44:34 ID:wHkdN4Ef
咲「ごめんね、疲れてたのに、泊まるって言い出して…」
春日部さんが、やさしく言葉をかけてくれる。
咲「なんか無理させた?」
斑「いや、そんな…」
(情けねーな、俺…。春日部さんに気つかわして………。
というか、のぼせるまで入るなよ俺………。)
さっきまでテンションのメーターがいっぱいに振り切っていたが、今度はぐんぐん下がっていく。
(いいのかな俺で………)
弱気になる。本当に春日部さんは俺が好きなんだろうか?一時の気の迷いじゃないのか?
そう聞きたい。でも、聞くのが怖い。傷つくのが怖い。
(ここまで来て……。どんだけ臆病なんだ、俺………。
春日部さんが、せっかく距離をつめてくれたのに………………)
思わず、目頭が熱くなる。感情に歯止めが利かない。
慌てて額のタオルを目のところまで下げる。
抑えようとしたが駄目だった。
嗚咽が漏れないようにぎゅっと口を結ぶ。
咲「斑目?」
斑「………………………」
返事ができなかった。
498 :
「星の声〜distanse〜」24:2006/03/23(木) 03:46:21 ID:wHkdN4Ef
どうしていいかわからない。とにかくこの激情をやり過ごすしかない。
右手でタオルを押さえ、顔を隠すようにしていた。
こんな姿見られたくない。
そのとき、自分の右手が何かに包まれた。
春日部さんが両手で包み込んだのだ、と感触でわかった。
ゆっくりと自分の右手を、春日部さんは自身の方に引き寄せた。
緊張して硬くなっていた右手の力が抜けていく。
胸に暖かいものが流れる。
その後、自分の口が何かに塞がれるのを感じた。
(!?)
思わず左手でタオルをずらして見る。
春日部さんの顔が離れていくのを視界にとらえる。
(………………!? い、今!)
あわてて体を起こして春日部さんを見た。
春日部さんは真剣な顔でこっちを見ていた。
499 :
「星の声〜distanse〜」25:2006/03/23(木) 03:47:31 ID:wHkdN4Ef
「………………………」
言葉が出てこない。でも、言葉は要らなかった。
そのままキスした。
柔らかい感触に頭がぼうっとなる。
しばらくそのままでいた。
唇を離すと、一瞬視線が交差する。思わず下を向いた。
…でも、離れると、また求めたくなる。
体を引き寄せ、もう一度キスする。
唇を少しだけ離しては、また合わせる。その繰り返し。
(あーーー、もーーーー!!)
急にまたテンションがMAXまで上がり、勢いで押し倒す。
「!!」
突然の大胆な行動に、春日部さんはびっくりして目を見開く。
咲「ちょっとあんた、具合悪いんじゃなかったの?」
斑「ウルセーーー!あんなやらしーチューしてたら具合悪いのなんか吹っ飛んだわい!!」
咲「やらしいって…ちょっと舌入れただけじゃん………」
いまいちズレた会話を繰り広げながら、………………………………
やることは一つなので以下略!
500 :
「星の声〜distanse〜」26:2006/03/23(木) 03:48:36 ID:wHkdN4Ef
………………………
朝、斑目はいつもより早く目が覚めた。
ぼんやりした視界の中で、何故今朝はこんなに満ち足りた気持ちなんだろうと考えてみる。
ふと横を見ると、そこには眠る春日部さんの姿があった。
もし夢だったら、どうしようかと思った。春日部さんの想いも、肌の温もりも、
起きたら全て幻だった、なんてオチだったら。
春日部さんはこんなに近くにいる。手を伸ばせば届く距離に。
実際に手を伸ばし、春日部さんを抱き寄せた。
その肌の柔らかさを感じる。昨日のことを思い出す。
今日という日を絶対に忘れない、と誓う。…絶対に。
斑「…春日部さん」
呼びかけると、春日部さんは「んん………」と言って目をこすり、薄目を開けた。
「星の声〜distanse〜」END 続く。
501 :
あとがき:2006/03/23(木) 03:49:37 ID:wHkdN4Ef
次で最終話です。高坂のことを書かないと、話がまとまらない、と。
咲ちゃんの気持ちもまだ説明不足だし。
とりあえず、もう一度三つ指ついて土下座。ガバッ orz
妄想膨らみすぎて、えらいことになりましたスミマセン!
特に高×咲好きな人スミマセン。最終話かいたらしばらく大人しくするつもりです。
えーと、あと、以下略はそのうちエロパ○………
>星の声
まあ本編での笹荻も急だったから、SSでの斑咲が急でも問題無いとは思うけど…
何か急と言うよりトンデモ展開になってしまった気が。
例えるなら太平洋戦争の開戦で、いきなり真珠湾に核攻撃しちゃったみたいな。
うーむ、事態に感想が追っつかない。
何と言っていいのやら。
まあ何はともあれ、続きを待ってます。
星の声
斑目が救われて、うれしい。
けど春日部さんがまだテンパってるようなので、高坂とよりを戻す?けどセックルしちゃったしなぁ
何はともあれ続きを楽しみにしております。斑目視点での描写が面白い。
うーむ困った。
今長編を書いているのだが、オチで犯人をどうするか考えているうちに1ヶ月経ってしまった。
どうも来月号発売までに完成出来そうに無い。
しょうがない、来月号読んでから続きを考えることにしよう。
正直感動した
>>473-501 ・・・・・なにこの神展開。
誰もが夢見て、しかし決して届く事の無かった領域に・・・
・・なんだろう、胸が熱いしドキドキする。 心の底から泣けるお。・゚・(ノД`)
斑目さんに咲ちゃん、ココまで感情移入出来たのハジメテダァ。。。。
>星の声
むむ〜〜〜。
良作ですねぇ〜、乙です。
ただこれは個人的な好みのせいかもしれないのですが、わだかまらないでもない・・・。
斑×咲派ではないので・・・。
斑目さんに嫉妬してるのかも。
咲は高嶺の花ですからね〜。
くっつくところで、もうひとつ仕掛けがあって欲しかったなというのはあります。
最後の一歩を如何にして踏み出させるか、というのは難しいものですね。
偉そうに批評してすいません・・・。
気持ちの篭った良作SSありがとうございます。最終話も期待しております。
俺も頑張ってSS書こう。
>>星の声
これは・・・凄い展開ですね。
これを書ける、ということに尊敬します。
が、これはまだ色々と途中なので、すごい不安定感が!
完成を心待ちにしています。どんな結末であれ…。
俺は斑目と咲はくっついてほしくないな〜
というか、げんしけんで「別れ」を見たくないというのがあるな
"distance"だよな?
そこは流せ
512 :
星の声:2006/03/24(金) 01:59:31 ID:PMGZWTIK
感想いただきありがとうございます。暴投スミマセンorz
>>502 トンデモ展開になってすいません…笹荻の急展開にひきずられました。あと咲ちゃんが原作で大野さんに、「やっとつきあったんなら一気にいくとこまでいくだろ!」と言ってたので…。いや、つめこみすぎたかも。すいません。
>>503 斑目視点の描写は、勢いで書けるので楽です。他のメンバーは難しい…
>>505 そう言っていただけて嬉しいです。
>>506 感情移入していただけて嬉しいです。需要あるんですね。
>>507 >くっつくところで、もうひとつ仕掛けがあって欲しかったなというのはあります。 批評していただき、ありがとうございます。今後のSSの勉強になります。
精進します。やっぱり咲ちゃんの気持ちの部分を、もっとちゃんと…
>>508 >これはまだ色々と途中なので、すごい不安定感が! 他のかたも「もやもやする」と仰るとおり、説明不足が…最終話で書ききれてたらいいのですが…。
>>509 斑目をたてれば、高坂が…。難しいです。意見が分かれるところでしょうね。
個人的にはやはり、斑目幸せになって欲しいので…。
>>510 あーーー!!!恥ずかしい!確認したつもりだったのに!distance、「S」でなくて「C」ですね。やっちまったorz
英語力の低さを晒してしまいました。
さて…今日一日、最終話書いて、めどがたったんですが、十分公正して明け方にでも…。ああ、ちゃんと説明しきれているか…。不安になってきた。
513 :
MとSの距離:2006/03/24(金) 04:20:35 ID:PMGZWTIK
連投になってすいません。…最近謝ってばかりです。
斑×咲SS最終話、投下したいと思います。もうこれで最後なので、どうかお許しを。
10分後に投下します。
514 :
瞳の奥の景色1:2006/03/24(金) 04:33:39 ID:PMGZWTIK
(斑×咲SS)
続編。
「想いが通じた日」から、1週間以上が経過していた。
斑目は、夜の霧雨の中を早足で歩いていた。
今日は土曜で、いつもなら半ドンだったはずなのだが、昼に「残業してくれ」と言われて帰れなかったのだ。
…というか、今日は特に忙しかった。結局、5時までの予定が8時過ぎまでかかってしまった。
昼休みに春日部さんに電話した。
『昼から行けるはずだったんだけど、残業しないといけなくなった。5時までかかると思う…スマン』
春日部さんは言った。
『いいよ。仕事なんでしょ?じゃあ夜、会社終わったら家のほう来てくれる?』
『わかった、できるだけ早く行くから!』
『気にすんなって。仕事に集中しな』
さっきも会社から出るときにメールを打った。こんなに遅くなってごめん、と。
春日部さんからは、いいよ、でも早く家に来てね、と短い返信がきた。
早く会いたい。気持ちばかりが焦る。
春日部さんが好きで、でもだからこそ不安になる。
高坂が急に現れて、春日部さんとよりをもどしてしまうんじゃないか。
春日部さんに、「一時の気の迷いだった、ごめん」と、あっさり振られてしまうんじゃないか。
515 :
瞳の奥の景色2:2006/03/24(金) 04:34:16 ID:PMGZWTIK
なにしろ、あまりに突然のことだったのだ。今でも信じられない、という気分になる。
どの辺りから、自分のことを思ってくれるようになったのか。何で自分のほうを選んでくれたのか。
聞きたくてたまらなかった。でも、まだ聞けていない。
もう少し、もう少し時間を置いてから。なんでもいい、春日部さんから何か、「確信」できるようなことを言われてから。
高坂との「4年間」に、対抗できるような何かを。
斑目はひたすら足を動かした。
春日部さんの家の前まで来る。4階建ての、わりと新しい建物だ。
白い壁はレンガ状の模様になっていて、いかにも女性が好きそうな小奇麗な雰囲気だった。
もうすでに一度ここへ来たことがあるのだが、今日見ても、なんだか入るのに気がひける。
最初ここへ来たときは、「オタクが入っちゃいけない気がする」発言で春日部さんを爆笑させた。
玄関のチャイムを押す。
奥から「はい」という声が聞こえ、チェーンを外す音。
ドアが開き、春日部さんの顔が覗いた。
咲「いらっしゃい」
斑「遅くなって悪かった」
咲「いいって。仕事だったんだから」
516 :
瞳の奥の景色3:2006/03/24(金) 04:35:03 ID:PMGZWTIK
春日部さんは明るく笑う。
そう言ってくれると、ホッとする。でも、もっと寂しがって欲しい、などとも思ってしまう。
…欲張りすぎだとは分かっているが。
咲「今お湯沸いたから。コーヒーでいい?」
斑「うん、それで」
しばらくして、いい匂いとともにコーヒーが運ばれてくる。
薄い草色のカップに入っている。
改めて部屋の中を見渡す。綺麗に片付いてて、家具や敷物も白系の色に統一されていてとてもセンスがいい。
居間と台所、寝室、そして「服専用の部屋」。
春日部さんは確か、「ワードローブ部屋」と言っていた。
洋室6畳の部屋に整理されて並んだ服、鞄、帽子、靴がズラリ。店でも開けそうな勢いだった。
前回に家に来たとき、この部屋を見て正直圧倒された。
斑「スゲー…何でこんなに服があんの?」
咲「え?でも買ってたら増えるじゃん。私は服好きだから」
斑「…ああ、同人誌買ってたらどこまでも増えるのと一緒なんだな」
咲「………何でそこで同人誌が出てくるよ」
斑「わかった!春日部さんは『服オタク』なんだな!」
咲「オタクっていうな!!一緒にするな!!」
斑「好きなものに金と時間をつぎ込んで、どこまでも集めたり調べたり、極めようとするのがオタクなのだ!!」
咲「うん、それ以上言うとツッコむぞ」
斑「スミマセン。この至近距離でやられたらシャレにならん………」
…と、いう会話があった。
517 :
瞳の奥の景色4:2006/03/24(金) 04:35:36 ID:PMGZWTIK
ふと春日部さんを見ると、春日部さんは少し考えこむようにしてコーヒーを飲んでいる。
…少し、憂いを含んだ表情で。
斑「…どうした?」
斑目がそう聞くと、春日部さんははっとこっちの方を向く。
咲「え、ううん何でもない」
そう言って、いつもの顔に戻る。
斑「………なんか心配事?」
咲「そんなんじゃないよ、心配しないで」
斑「………………。」
それでも、何かひっかかる。
春日部さんは目をそらしてコーヒーを飲んでいたが、カップを置くと急にがっくりと肩を落とした。
咲「………はーーー。何で気づくかなあ………」
斑「え?は?」
何か、聞いちゃいけないこと聞いたんだろうか。
咲「何で心配事してるって思った?」
斑「え、いや、何となく。」
(だって春日部さん、自分のことはすぐ誤魔化そうとするし………溜め込んだりするし………)
咲「全くあんたはさー………」
斑「あ、スマン、言いたくなかったら………」
最近、心配するあまり、すぐ聞いてしまう癖がついてしまっている。悪い癖だ。
咲「…ううん、違うの。…えーとだね」
春日部さんは言葉を捜して言いよどんでいる。
518 :
瞳の奥の景色5:2006/03/24(金) 04:36:22 ID:PMGZWTIK
咲「えーと、その………まあ、寂しかった、のかな」
斑「え?」
咲「あんたがなかなか来なかったから」
斑「………………」
咲「仕事だから、ってわかってるし、そっちを優先して欲しいって思ってるけど…。
そういう理屈とは別に、ね………」
斑「…そっか」
咲「まあ、仕方ないって分かってるよ。今こうして会えてるんだし。」
斑「…はは。いや、寂しいって言われたほうが嬉しいけどね」
咲「そーなの?」
斑「そりゃもう。そっか。いやー、そうかーーー…あはは……」
顔がにやけてくるのが抑えられない。
咲「コーヒーのおかわりいる?」
斑「あ、オネガイシマス」
春日部さんは台所へ言った。
嬉しく思いながらも、まだ少し違和感がある。
(春日部さん、まだ他に言いたいことあるんじゃないかな?)
そうは思ったが、これ以上はしつこいので止めた。
519 :
瞳の奥の景色6:2006/03/24(金) 04:46:31 ID:PMGZWTIK
それから数日後。
斑目は、最近部室に全く行かなくなっていた。
昼休みには近くの公園のベンチで適当にすませたり、たまに現場の人が休み時間に会社にいると、一緒に食べに出て、最近忙しすぎることに対して愚痴を言い合ったりしていた。
そんなとき、春日部さんが言っていた『人とのつながり』の話を思い出していた。
その日は公園で食べていた。秋も深まり、桜の落ち葉が地面を覆っている。
会社のロゴの入ったブルゾンを着ていても少し肌寒い。
ブルゾンの中で携帯が振動する。春日部さんかな?と思って待受け画面を見る。
笹原からのメールだった。
『お久しぶりです。元気ですか?最近部室に来ない、と荻上さんが心配してましたよ。
今日、斑目さんが会社終わったら会えませんか?』
斑「………………………」
(荻上さんが心配…、あ、そうか。「振られた」ことになってたんだっけ…。
ん?もしかして笹原、荻上さんから「振られた」ところまで聞いたのかな?
『今日会いたい』って………。笹原になぐさめられたりして(汗))
食べかけのパンを口に放り込むと、斑目は笹原に、
『じゃ、7時に○×駅のデ○ーズで』と返信のメールを打った。
520 :
瞳の奥の景色7:2006/03/24(金) 04:47:11 ID:PMGZWTIK
斑「よう」
笹「あ、斑目さん」
入り口から笹原が座っているテーブルを見つけ、手を挙げる。
斑「遅れて悪い。ちょっと抜けらんなかったからさ」
笹「仕事、忙しいんですか?」
斑「ああ、先月から急に忙しくなってな」
笹「そうなんですか…、あ、だから最近部室に来ないんですね」
笹原は少しほっとした、という風な顔をする。
笹「いや、荻上さんが心配そうにするんで…」
斑「あ〜、そうか(汗)」
笹「………………………。えーとですね。あの、荻上さんから聞いたんですけど…。」
斑「やっぱりそうか。いや、それなんだけど……」
笹「あの、だから部室に来なかったりとか、します?やっぱ、気まずいとか…」
斑「いや笹原、あのな?そうじゃなくてだな。」
笹「はい?」
斑「いいか、良く聞けよ。
俺、今春日部さんと付き合ってるんだけど。」
笹「………………………」
笹原の人懐っこそうな笑みが固まる。だんだん、眉間にしわが寄ってくる。
笹「はい?…それ何の冗談ですか?」
斑「いや、冗談にしか聞こえんだろうけど、冗談みたいなホントというのがあってだな………」
521 :
瞳の奥の景色8:2006/03/24(金) 04:48:18 ID:PMGZWTIK
笹「いやいや、笑えませんよ」
斑「だから冗談じゃねえっての!とりあえず信じろよ!」
笹「どうやって信じろっていうんですか。天地がひっくり返ったってありえないでしょ!」
斑「お前、それは俺に失礼だぞ(汗)」
笹「だいたい春日部さんが高坂君と別れるわけないでしょうが!」
斑「そこまで言うなら高坂に聞いてみろよ!」
笹「そうします」
そう言ったが早いか、笹原は携帯を操作し、高坂にかけた。
斑「あっ、おい…」
笹「あ、高坂君?久しぶり。うん…今ね、斑目さんに聞いたんだけど、春日部さんと別れたってホントなの?」
絶対ありえないという自信からか、単刀直入に聞く笹原。
冷や汗ダラダラで見守る斑目。
笹「えっ?え?…あ、そうなんだ………。え?うん、そう。ここにいるけど………。
場所?○×駅の近くのデ○ーズ。え?うん。わかった。」
笹原は顔から携帯を離し、斑目に向かって言う。
笹「高坂君、10分後にここに来るそうです」
斑「ちょ、待てお前、電話代われ!」
慌てて笹原の携帯を耳に当てるが、ツーーーーという単調なコール音ばかり聞こえる。
もう切れてしまっている。
「………………………………………」
二人は冷や汗を流して固まっていた。
522 :
瞳の奥の景色9:2006/03/24(金) 04:49:52 ID:PMGZWTIK
斑「………………」
笹「…えーと、すいません、疑ったりして………」
斑「…俺、どうなんのかな………」
笹「え?」
斑「超必の『ピストンブロックアッパー』かけられたりして。いやいや、高坂のことだから、『完全にお前をナメきったこの私のチョップ→レバー入れAキャンセルトゥギャザー』で無条件即死だな。短い人生だった………」
笹「ま、斑目さん?」
斑「フフフ、でもやすやすとやられるわけにはいかんよ…。こっちはノーガード戦法で、最終的にはクロスカウンターで相打ちに持ち込む!!」
笹「『トゥギャザー(投げ)』相手にクロスカウンターって、何ですか………」
笹原が冷静なツッコミを入れる。
ほどなくして、高坂が店に入ってきた。
笹・斑(キターーーーーーーーー!!(汗))
高「こんばんは」
高坂は、特にいつもと変わらない様子でテーブルまで来る。
笹「ひ、久しぶり。」
高「久しぶり。斑目さんも、お久しぶりです」
斑「お!?おお…久しぶり………」
いつもと変わらなすぎて、かえって不気味だ。
523 :
瞳の奥の景色10:2006/03/24(金) 04:50:43 ID:PMGZWTIK
笹「……あ!じゃあ僕はもう帰るね」
斑「ええ!?おい…」
高「ごめんね、そうしてくれる?」
笹「じゃ、すいません。ゆっくり話し合って下さい…」
気をきかせたつもりか、逃げたのか。笹原は代金だけ置いてさっさと帰ってしまった。
斑「………………………(汗)」
高「咲ちゃん、元気ですか?」
斑「へっ!?あ、ああ、まあな。元気だけど」
高「そうですか…」
高坂はそれだけ言うと、黙り込んだ。
斑「………………」
いつもと変わらない、と思ったが、それは間違いだと気づいた。
高坂は明らかに元気がなかった。顔が少し青い。
斑目は、一番聞きたかったことを聞いた。
斑「あ、あのさ。俺が聞くのも、変なんだけど。………何で、春日部さんと別れたんだ?」
高「咲ちゃんが、斑目さんのことを好きになったからです」
斑「………じゃあ、春日部さんから………?」
高「僕から別れようって言いました」
524 :
瞳の奥の景色11:2006/03/24(金) 04:54:36 ID:PMGZWTIK
(…何でだ?そんな簡単に割り切れる程度だったのか、高坂の気持ちは?
4年も付き合っといて………)
斑「何で………?」
高「4年かかっても、分かり合えない部分がありました」
斑「でも春日部さんはあんなに………!」
高「そうです。咲ちゃんはいつも『無理』してました」
高坂は、こっちを見た。
その瞳は今まで見たことのないほど、深い悲しみの色をしていた。
高「僕は、ゲームや漫画や、アニメがないと生きられない人間なんです」
高坂は語りだした。
高「僕は自分らしくいるために、ゲームやアニメの世界でストレスを発散しているんです。
そうやって我を忘れて没頭していると、ようやく現実と向き合えるようになります。
現実で、人にあまり迷惑をかけないでいられるんです。
そうしてようやく、人にたいして親切にできます。イライラしないでいられます。
…だから、僕は『こちら側』にしかいられない。就職先をエロゲー会社にしたのもそのためです。」
斑「………………………………」
初めて聞くことだった。
525 :
瞳の奥の景色12:2006/03/24(金) 04:55:24 ID:PMGZWTIK
高「咲ちゃんが苦しむのがわかってて、エロゲー会社にしたんです。今、自分の一番やりたいことだったから。
咲ちゃんは、私とエロゲー、どっちが好きなの?と、遠まわしに聞きます。
咲ちゃんはいつも、何かと張り合いたくなる性格だから。
付き合って初めのころは『オタク』と張り合い、恵子ちゃんと会ってからは『恋敵』と張り合い、エロゲーや同人誌を『ライバル』として張り合う。
…でも、僕自身と張り合ったことはありません。僕はいつもはぐらかすから。
咲ちゃんとエロゲー、どっちが好きかなんて選べないんです。エロゲーをやめたら、僕は僕らしくいられなくなってしまう。
でも、僕は咲ちゃんに、そうはっきり言わなきゃいけなかった。咲ちゃんともっと喧嘩しないといけなかった。」
高「僕はわりと、人同士の関係とか、人の考えてることが敏感にわかってしまうタイプみたいです。
直感で、なんとなくですが、わかってしまうようなんです。
それをストレートに言ったら、みんな引きます。その人たちより先に、その人たちがこれから起こそうとしている行動を言ってはいけないのだと、物心ついたときに気づいたんです。
…だから、あまり言わないようにしてきました。…斑目さんの気持ちも。」
斑「!!」
(高坂は気づいてたのか………!)
高「…でも、すごくストレスなんです。正直、どうでもいいような人のことまでどんどんわかってくるのは辛いんです。
ずっと現実と向き合ってたら息がつまります。だから、現実逃避しないといけない。完全に現実をシャットダウンする時間を作らないと、僕はおかしくなります。」
斑「…それ、春日部さんに言ったのか………?」
高坂の話に混乱しながらも、斑目は聞いた。
526 :
瞳の奥の景色13:2006/03/24(金) 04:56:14 ID:PMGZWTIK
高「別れるときに言いました。」
斑「………春日部さんは、何て…?」
高「分かろうと努力してくれました。…でも、理屈ではわかっていても、本当に分かってくれたわけではないと思います。
僕は今まで、何人かの女の人と付き合ったことがあります。
他の人たちは、その話をする前に、僕がゲームに夢中になりすぎることに腹をたてて別れようと言いました。
でも、咲ちゃんは分かろうとしてくれた。
…でも、咲ちゃんが斑目さんを好きになる前に言わなければいけなかったんです。
僕が、いつか分かってくれるだろうって、安易に考えていたのが悪いんです。」
高「僕は僕なりに、咲ちゃんを守ろうとしたんですけど………。
大学のボヤ騒ぎのあと、咲ちゃんが苦しみを溜め込んでいたのを気づいてあげられませんでした。」
斑「でもあれは、みんなが気づかなくて………」
(泣かしたの俺だし………)
高「いえ、いつも一緒だった僕が、気づかないといけなかったんです。いつもなら気づけたはずなのに。
あのとき僕は、自分のことで精一杯でした。…僕も、部室が使えなくなったことがショックでしたから。
ショックで、ぼうっと違うことばかり考えてたんです。…だから咲ちゃんは、あの時まで僕に相談できなかった。」
高「僕は、それからできるだけ咲ちゃんを見るようにしていたつもりなんですけど…。
咲ちゃんも、それは気づいてくれていたようなんですけど。でも、限界があって………。
その限界が、咲ちゃんを悩ませていたんだと思います。
でもそれ以上に………。咲ちゃんが斑目さんを好きになったのは、相性だと思います。」
527 :
瞳の奥の景色14:2006/03/24(金) 04:57:35 ID:PMGZWTIK
斑「あ、相性…?」
高「僕の今までの直感から言って、恋人としての関係が維持できるのは、極論すると相性しかないんです。
相性が悪かったら、どんなに頑張っても、限界があります。
…咲ちゃんは斑目さんのほうが相性がいいんです。」
(………………………………………)
斑「…なんか、まだ頭の中がごちゃごちゃしてるんだけど…春日部さんのためを思って、別れたって言いたいのか?」
高「そうです」
斑「………あえて聞くぞ。春日部さんのこと、好きだったのか?」
高「好きですよ。」
高坂は現在形で言った。
高「だから、先週の土曜日、咲ちゃんに電話したんです。もう一度話がしたい、って」
斑「!!」
(先週の土曜って…俺が春日部さんちに行くのが遅くなったときか!)
高「でも、咲ちゃんに断られました。」
斑「…え、そうなのか?」
高「”今の彼氏”が好きだから、その人に悪いから会えない、って………。」
斑目は驚きのあまり、言葉が出なかった。
528 :
瞳の奥の景色15:2006/03/24(金) 04:58:29 ID:PMGZWTIK
………………………
咲は、家で斑目を待っていた。
昼にメールがあって、笹原と会うから今日は遅くなる、とあったので、余った時間でのんびり買い物してから帰ってきた。
家についた後、もう一度メールがきた。
さっき高坂と会った。もう話が済んだのでもうすぐそっちに行く、という内容だった。
(………高坂と何話したんだろ)
何だか怖かった。
あの霧雨の降る土曜日、昼に高坂から電話があった。
もう一度会って話せないかな、といわれた。
でも、断った。
………あのとき、斑目にはまだそのことを話せなかった。
断ったとき、迷わなかったわけじゃない。
高坂のことをわかってあげられないまま別れたのは、心残りではあった。
4年も一緒にいて、気づいてあげられなかったことに、高坂に「別れよう」と言わせてしまったことに、罪悪感があった。
高坂に謝りたかった。
でも、それは自分が楽になりたいだけだ。謝って、自分を納得させたいだけだ。
それに、下手に優しく接することが高坂にとっていいこととは思えなかった。
今までの経験上、別れた男に気をつかって、良い結果になったためしがない。
529 :
瞳の奥の景色16:2006/03/24(金) 05:04:07 ID:PMGZWTIK
電話で、高坂に言った。
咲『………ごめん。”今の彼氏”が、マジ好きだからさ。不安にさせたくないし。』
高『………………そっか。』
咲『だからもう、会えない。ごめん。』
高『わかった。………咲ちゃん』
咲『何?』
高『元気でね。………さよなら』
咲『うん………………………………』
電話がきれてから、しばらくぼうっとしていた。
”今の彼氏”のことを思った.
私はいつのまに、こんなに好きになってたんだろう。
530 :
瞳の奥の景色17:2006/03/24(金) 05:04:50 ID:PMGZWTIK
………告白されたときに、「高坂が好きな私が…」と言われたときに、すでにぐらっときていたのかも知れない。
私には他に好きな人がいるのに、それでも好きでいてくれるなんて。
ただ、好きでいてくれるなんて。
そして、「強がらなくてもいい」と言われたことだった。
そう言われたとき、何だか急に、息苦しさがとれたような、久しぶりに水面から出て空気を吸い込めたような気分になったのだ。
「無理に笑わなくても…、平気そうに見えるから…」
「気づいて」くれたことが嬉しかった。
それを、問いかけてくれたことが。
高坂もカンが鋭いほうだったが、そこまで踏み込んできてくれなかった。だから嬉しかった。
自分も、何かしてあげたいという気持ちでいっぱいになったのだ。
…傍にいたいと、思うようになっていたのだ。
もう、はっきりとケリをつけた。自分の気持ちに。
531 :
瞳の奥の景色18:2006/03/24(金) 05:08:14 ID:PMGZWTIK
玄関のチャイムが鳴った。
咲「はい」
玄関を開ける。
斑「…遅くなってごめん」
咲「ううん………」
斑目はなんだか元気がなかった。
咲はそれを見て、不安になった。
(…高坂と何の話したの?)
聞きたいけど聞けない。
不安に思いながら、ファッション雑誌をぱらぱらとめくる。
斑「………さっき、高坂と話したよ」
斑目が咲の後ろから声をかける。
咲「うん………」
咲は、後ろが振り向けなかった。
斑「………春日部さん」
咲「ん…………?」
何を言われるのだろう。内心、怖くてたまらなかった。
そのとき、後ろから抱きしめられた。
532 :
瞳の奥の景色19:2006/03/24(金) 05:10:12 ID:PMGZWTIK
斑目は、春日部さんを後ろから抱きしめた。
春日部さんの肩が小さく震える。
今日まで不安だった、心のどこかで。
春日部さんが本当に自分のことが好きか、確信がもてなかったのだ。
(俺はバカだ………)
斑「春日部さん」
もう一度呼びかける。
咲「………」
春日部さんは次に続く言葉を待っている。
斑「………スゲー好き」
咲「うん……。」
春日部さんは、斑目の腕を両手で包み込んだ。
それ以上の言葉は要らなかった。
「瞳の奥の景色」 END
533 :
瞳の奥の景色あとがき:2006/03/24(金) 05:12:24 ID:PMGZWTIK
MとSの距離、完結です。
妄想だらけのSSに、つきあって頂きありがとうございました。
高坂、本当にスマン…。
さて………しばらく頭冷やします。ホントに。
>MとSの距離 瞳の奥の景色
超大作おつかれさま!!
ついに完結ですね〜。
ここまでの長編を書き上げられた根性と妄想に敬意を表します。
作者さまの思いの丈が込められたSSという印象です。
そういう意味で、キャラへの愛が溢れてるよね。
っとネタじゃなく、真面目な話。キャラの感情が溢れたSSだと感じました。
斑目の気持ち、咲の気持ちを丁寧になぞっていて、勉強になります。
>さて………しばらく頭冷やします。ホントに。
いやいやいや、お忙しいのでしょうで無理強いはできませんが、
また良いSSの投稿を待っております。
お疲れ様でした。
大作だなあ、愛があるなあ。
>>瞳の奥の景色
>さて………しばらく頭冷やします。ホントに。
そんな弱音を吐くな!
初代は言ったはずだ。“様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在する”と(
>>360)。
斑目を幸せにしてやったんじゃないか。貴様の生み出した未来に胸を張れ!
「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」
この言葉、
>>532の斑目にくれてやる!
さあ立て!
キーを叩け!
新しい物語を紡ぐのだ!
……というわけで、長編おつかれさまでした。
ヘタレたことを言わずにドンドンがんがってください。
>瞳の奥の景色
どうやら唐突な核攻撃に思われた展開も、無事にまとまりましたな。
先ずはお疲れ様。
それにしてもここまで高坂の内面に踏み込んだ描写って、原作はもちろんSSスレでも初めてじゃないかな。
よく考えたよな。
出来杉君なオタクの苦悩なんて、スペックが標準かそれ以下のオタクには分からんもんな。
こういう「スペックが恋愛の全てじゃない」って結論、綺麗事の絵空事かもしれないが信じたいものです。
538 :
536:2006/03/24(金) 14:44:28 ID:???
書き足りないので、あらためて乙です。
求めるのが恋
与えるのが愛
恋愛ならば、互いに双方向で「求めて与えて」が必要なんですが、高坂はそれが出来なかったのかも。
高坂に比べて斑目は見劣りするかもしれないけれど、求めて与える気持ちは強かったんでしょうね。
それが「スゲー好き」の一言に表れてると思います。春日部さん、これで心が溶かされたと思う(ウヒー!。
あと高坂のくだりで相性の話が出てたけど、自分が「ギャン」で咲が「エルメス」だって理解してたんだねw
どうも、サマー・エンドの第二話が書き上がりました。
書き上がったんですけども・・・。
はあ〜・・・、今回はかなり精神的にしんどかったです・・・。
だめだ・・・。俺にはもう彼らを苦しめることはできねぇ・・・。
正直書く前は、「鬱展開もサディスティックな快感があっていいかな〜」
とか考えてたんですが・・・、ダメだ・・・。俺がダメです・・・。
でも、何とか血涙を流しつつ書きました・・・。
しかし、読み直すと以外にそこまで鬱でもないような気もしたりして。
人間て、面白!
それでは10分後くらいから投下開始いたします。
激しい風が緩やかな坂をかけ上がっていって、中学生やそこらの仲良しグループがきゃああとはしゃぐ。
バサバサになった髪を顔を見合わせて笑うと、お人形さんの髪を梳かすように相手の頭を治してあげる。
ジト目で咲がじっと見ていた。
(きゃわいいのう…。けっ!)
店内に人はない…。スローな女性ボーカルの洋楽が流れる店内。
風のぶおうぶおうと音が時たまそれをかき消した。
煌々と照る照明。咲は電気代が勿体無いので消そうかとすら思った。
(くそう! せっかくの日曜になんで暴風が吹き荒れるんじゃい!!)
言わずもがな、土日祝日は書き入れ時であるわけで、特に赤字削減を命題に励む咲にとっては真剣勝負の大事な一日である。
それなのに強風…。ドア開けるのもしんどい…。しかも夜から雨の予報も出ているとか。
「ふふぁあああ〜〜〜…。」
大げさなため息で笑い飛ばそうとしたが、余計に虚しくなった。
(誰かこのお店に来て上げて下さい…。頼むよ…。
…………。
……………。
……………………………。
くそ〜っ!!、流行ってるショップ全部潰れろっ!!)
思わずそんな非人道的な考えがよぎる日曜の昼下がりであった。
ふと見るとガラスの向こうに苦笑いの笹原が立っていた。
「はは…、春日部さん…いま人殺しみたいな顔してたよ………。」
「マジで?!」
鏡の前に直行して表情をチェックする。確かに疲れ気味で目に隈が出ている。
涼感の照明も顔色をより青白くみせていた。
「あ〜、こりゃひでー。」
「疲れてんね…。大丈夫?」
「そっちこそスーツ着て。今日も仕事なの?」
笹原はいつものスーツと革靴。ジャケットのボタンは全部外して、手ぶらという格好だった。
頭は風に煽られて分け目がメチャクチャになっている。笹原の目にも隈があった。
「まあねぇ…。今日は先生の取材のお供…。」
両手をポケットに突っ込んで重そうな足取りで歩く笹原。
「その先生は?」
「いまエステ&マッサージ中…。」
皮肉げに笑う笹原に、咲も同情の笑顔を向けた。
「まったく、マッサージ受けたいのはこっちだっつーのに…。」
「ホントだよなあ。私もエステ行きてー…。」
咲はマグカップにコーヒーを注ぐと笹原に差し出した。笹原は椅子に腰掛けてカップを手に取る。
そしてコーヒーを飲みつつ店内を見回す。
「客いないねぇ…。」
「そうなんだよね…。」
咲はずっぷりとカウンターに突っ伏した。笹原の視線を背中に感じつつ、暫く突っ伏している。すると、
もう何だかヘンなスイッチが入ってしまって、口から笑いが漏れ出してきた。
「ふふ…、うふふふふ…………。」
「春日部さん?」
笑いに震え始めた咲の背中を笹原はおののきながら見守る。
「ふふふ………、うふふふ……、ふあ、ふはははは………。うへへへほほほ………。」
「だ、大丈夫デスカ…?」
「くへへへ……。ふふほっほほほ……、くわはは、ふあははは…、あはははははははははあーーー!!」
テンションがMAXに達した咲は、くるっと顔を笹原に向けた。
「もーダメだ〜〜〜〜〜。もーお終いだあああ〜〜〜。」
咲は涙目で絶叫した。
「私はもうダメなんだあああああ〜〜〜〜〜!!!!」
「まあまあ。こんな日もあるって…。」
「い〜〜や。も〜〜限界だ〜〜〜。このまま閉店する運命なんだよ〜〜〜。そんで借金地獄だあ〜〜〜。」
「大丈夫だって。これから流行るよ絶対。」
「うっせー! オタクにファッションの何がわかるっつーんだよお!! も〜絶望だあ〜〜。キャバクラで働いて借金返すのが私の運命なんだ〜〜〜。」
「あ〜………、でもそうなったらちょっと行きたいかも?」
「くうう〜、他人事だと思いやがって! 私の絶望の深さがササヤンに分かるかああ〜!!」
「そう言われると『分からん]としか言えないよねぇ…。」
「ちくしょ〜〜! 敵だあ! 世の中ぜんぶ敵だああ!」
「まあまあ、愚痴ぐらいなら聞きますから…。元気出して。ほら。てんちょーお願いします!」
「完全にバカにしてるだろ?」
などと言いつつ、咲の顔にはちょっぴり生気が戻っていた。疲れも吹っ飛ぶとはいかないものの、空元気くらいは出た。
心の中も近頃では珍しくスッキリとしていた。立場上、愚痴をこぼせる相手もいない。
ただ聞いてもらってからかわれたたけだが、少しだけ気持ちが軽くなっている。
咲はぐーんと伸びをする。
「ふぁああ〜〜〜あ。愚痴ったところで、頑張りますかね。」
大げさなため息。聞いてくれている人がいるおかげで、今度は虚しくない。
笹原が嬉しそうな顔で言う。
「ちょっとは元気でた?」
「ちょ〜〜〜〜〜〜とはね。あははは。」
(そのちょっとが大事なんだけどな。)
咲は胸の中でそう呟いて、無言の感謝も付け足した。
咲は自分のマグカップにもコーヒーを注ぐ。黒く濁った濃厚なコーヒーから香ばしい芳香が揺らめいて、
それを一口、口にすればふっと表情が和らいだ。
そしてもう少し暖かい灯りするものいいかもしれないと思った。
「あ〜、んじゃ今度は俺の話を聞いてもらっていい?」
「なんだよ唐突だな…。」
咲は緩んでいた眼を見開いて笹原を見る。笹原は照れ臭そうで、首を重々しげに捻っていた。
深く吸い込んだ息をふーっと吐いて、体を小さく丸めている。
咲は体を笹原へ向けた。
「で、どうしたの?」
「いや………、ちょっと………、ケンカをしまして………。」
咲は呆れ顔で笹原を見た。相談のフリをしたノロケかいと警戒したのだ。
しかし、笹原の様子はそんな雰囲気ではない。顎が胸にくっつくくらいに首を折って、うな垂れている。
体が心持ち小さくなった気さえした。
咲は反省して表情を整えた。
「で、原因はなんなのよ。」
う〜んと唸る笹原。首を捻るばかりでなかなか答えが返ってこない。
咲はコーヒーのフレーバーを堪能しながら笹原の準備が整うのを待った。
暫くして、漸く途切れ途切れの言葉を笹原は返した。
「原因………、っていうか……、それはまあ、………タイミング的なもんで、……アレなんだけど。」
「うんうん。」
う〜〜〜〜んとまた唸る。咲はコーヒーをゆっくりと口に含んだ。
「あれかな? やっぱり彼氏って頼もしいほうがいいのかな? ………優しいのはダメかな?」
「いや、それだけ言われても何とも言えないけど…。」
咲は助け舟を出した。
「どんな感じでケンカになったのよ?」
「あ、あ〜…。まあ、それは俺が悪いんだけど…。荻上さんが描いたマンガを読んでたのね。」
「やおい?」
咲はニヤけて言ったが、
「ちがう。普通のマンガ。」
笹原の返答は真面目である。咲は(ヤベ、外した)と思った。
「そんで…?」
「まあ、読んで感想聞かせて欲しいってことだったんだけど。………ぶっちゃけてあんまり面白くなかったんだよ…。
展開が唐突だったりとか、セリフがちょっとカッコつけ過ぎてクサかったり。ラストもありがちなオチだったし…。」
「あー、それそのまま言って怒らせたの?」
「言えないよそんな…。」
笹原は情けない困り笑顔を見せた。そしてまたうな垂れる。
「俺はできるだけ良い所を褒めるようにしたんだけど…、何か逆に頭に来たみたいで…。そんでケンカにね………。」
咲は軽くため息をついた。それはきっとコーヒーの匂いがしたことだろう。
「まあね…。無理くり褒められてもねぇ…。ちゃんと言った方がオギーためでもあるし。」
そう言ったとき、俯いていた笹原が急に上体を振り上げた。
「ていうかそーゆーことじゃないんだよね。」
「は?」
咲は素っ頓狂な声を出してしまったが笹原はいたって真剣である。
「何ていうか、最近こう…、あれ…、何ていうか……、こう、うまくいってないんだよね…。
何か、俺が優しくしても不機嫌になることが多いし…。そんで頑張ろうとするんだけど、さらに空回るし。
やっぱり優しいのってダメなのかな? 女の子としてはつまんないの、そういう男って?
もっと強引にグイグイ引っ張るほうのがいいのかな? 荻上さんも強気攻めが好きみたいだし…。
俺もそういうのに応えたいんだけど、もともとヘタレっていうか、待ち体質で上手くできないし。
なんつーか、強引に『こうしろ!』みたいの苦手なんだよね…。でも荻上さんがそういうのが好きなら
俺もそうなりたいと思うし…。やっぱり俺が強気攻めになった方がいいのかな? どう思う?」
「………………。」
咲の頬を汗が流れた。
「いや、分かんない…。強気攻めって言われてもさ…。」
はあ〜と再びうな垂れる笹原。
咲はコーヒーを飲んで気を落ち着かせた。
「要はすれ違ってるわけね…。」
「まあ、そうかな…。というかも〜、情けないよ俺。ケンカしてすごい傷つけるようなこと口走っちゃったし…。最低なんだよ…。」
搾り出すような笹原の声に、咲も真剣な顔つきになった。
笹原はがっくりと肩を落としてうな垂れている。濃いグレーのスーツのせいもあって、それは巨大ダンゴムシのようだ。
(ここは私が何とか力にならないとね…。)
笹原の説明は要領を得ないながらもそれなりに雰囲気はわかった(と思う)。愚痴を聞いてもらったお礼にこっちとしても
何とかしてやりたかった。
「ササヤン頑張り過ぎてんだよ、たぶん…。」
「………そうかな? むしろ頑張りが足りないと思うんだけど。」
「もっと普通にすればいいんだって。普段のササヤンでいいの。」
笹原は納得がいかないとばかりに首を捻っている。咲はさらに熱の篭った声で続けた。
「例えば、恵子でも斑目でもいいけど、何かササヤンに評価を求めたとすんじゃん? そんときはハッキリ意見言うでしょ?」
「まあ…、それはね…。」
「それでいいのよ。素でいいの。」
「ええーー!! でも恵子とかと荻上さんとは全然違うし! 大事にしたいんだよ!」
(わかんねぇー野郎だなーー!!)
咲は瞬間的にキレそうになったがそこはグッと堪えた。
「いいからそうしてみって。あとそーだな、早めにちゃんと謝ることだね。」
「それはしようと思ってるけど…。」
「荻上はササヤンが嫌いになったわけじゃないんだから。ただ上手く伝えられないから不機嫌に見えてるんだと思うよ。」
「…………、そうですか…。」
返事はしたものの、やはりどうにも納得がいってないような笹原である。腕組みをして首をあっちへ捻ったり、こっちに捻ったり。
咲はいよいよ痺れを切らして更なる熱弁を振るわんと立ち上がった。
「いいかあササヤン! お前の気持ちもわけるけどな、大事なのは二人が…。」
のだが、急に満面の笑顔を作って入り口に向けた。
「いらっしゃいませ〜。」
せっかくの熱弁は間の悪い待望の来客によって引っ込めざるを得なかった。
笹原は買ったばかりの腕時計に目をやってから背筋をしゃんと伸ばして席を立った。
「それじゃ俺も戻るよ。」
「うん。わりぃね…。」
笹原は来たときと同じように重そうな足取りでガラス戸を潜って行く。
咲の胸に不安な思いが残った。しっかりと言うべきことを伝え切れなかった気持ち悪さが、それに拍車をかける。
大丈夫だとは思う。笹原と荻上はどう見てもお似合いだし、ピッタリの二人だ。お互いに相手をちゃんと好きでいる。
オタク同士で趣味も話も合う。私と高坂とは違う。
一時すれ違って、ケンカをすることだってあるだろうが、大した問題じゃない。どの恋人同士にもあることなんだから。
あの二人なら当たり前に乗り越えていくのだろう、と咲は思った。
いま大事なのは、目の前の客を確実にものすることだな…。
無意識に腕時計の跡を摩りながら、笹原はネクタイを解く。
使い慣れた座椅子に腰を下ろして、上着の内ポケットから携帯を取り出した。
リダイアル履歴に並ぶ『荻上さん』を文字を眺めながら、しばし瞑目する。
(まずは、ちゃんと謝る…。そんで………。)
頭の中で予行演習を繰り返すと、うりゃ、と気合を入れた。
とぅるるるるーー とぅるるるるーー
コール音が返る度に、もぞもぞと体をくねらす。まるでトイレを我慢しているような仕草だ。
祈るような気持ちで、息を凝らしてその瞬間を待つ。
「はい…。」
でた。
「あ………、こんばんわ…。」
「……こんばんわ………。」
小さい荻上の声。笹原は耳を携帯に擦り付ける。
「いま話して平気…?」
「ダイジョブです…。家ですから…。」
「俺も家…、いま帰ったとこ…。」
「お疲れ様です…。」
「うん………。」
「………。」
「………。」
沈黙が流れる。
笹原は慌ててそれを埋めようとする。
「あの………、ごめん。こないだのこと………。本当にごめん………。」
「いいんです。私も悪かったし……。すいませんでした…。」
荻上の声は暗く沈んでいる。笹原は言葉を重ねる。
「違うよ…。悪いのは俺だよ…。荻上さんの気持ちも考えないで…、いい加減な感想言って…。
そんで勝手に怒って…、酷いこと言って………。」
「……………、はい…。」
「ごめん…。」
「………。」
「ごめんね…。もう絶対に荻上さんのこと、傷つけないから…。もっとちゃんと…、荻上さんのこと考えるから………。」
「………。」
「………。」
「俺、もっと頑張るから。荻上さんが俺を好きでいてくれるように、頑張るから…。」
荻上の声は聞こえない。
「ヘタレだし、今の俺には優しくすることしかできないけど、もっと頼ってもらえるようになりたいって思ってる。
漫画のことでも、もっとちゃんとしたアドバイスができるようになりたいし。荻上さんの助けになりたい。
荻上さんが強気な俺が好きなら。そうなれるように努力するから。だから………、その…。………ごめん。」
少しの沈黙。
永い永い沈黙の後、荻上の声が聞こえた。。
「………笹原さんの気持ち、分かりました。」
「………。」
「笹原さん…。」
「なに…?」
荻上の声はさらに小さく、そして震えていた。
「笹原さん言いましたよね…。私が好きなのは笹原さんなのか…、私の頭の中の笹原さんなのか、って…。」
「うん………、ごめん…。」
笹原は謝ることしかできなかった。
荻上は黙っていた。笹原の言葉を噛み締めるように。
そして、呟く。
「私…、分かりません…。」
「え…。」
「私が好きなのが、本当の笹原さんなのか…、私が勝手に想像してる笹原さんなのか…。」
「………。」
電話の向こうからは、すすり泣くような声だけが聞こえて…。
笹原は声が出なかった。
「本当の笹原さんて、どんな人なんですか………?」
涙交じりの荻上の声が、耳を打った。
笹原はだらしなく口を開けて、テーブルの上をただ見ていた。
電話は冷徹に荻上の泣き声を笹原に伝え続ける。小さく、押し殺したような呻き。すすり上げる息遣い。
堪え切れずに溢れる子供のような声が、笹原を打ちのめした。
「ごめんなさい…。おがしなごと言っでぇ…、わだし…、困らせるごとばかりでぇ…。」
涙声の合間の搾り出すような言葉に、笹原の口はわなわなと震えるだけ。
言葉を発することができなかった。
「もう…、きり……ますね……。
「………………。」
「………ごめんなさい。」
小さい弾けるような音がして、電話は切れた。
笹原は電話を下ろせなかった。
ぼやけた音だけが鳴るその向こうに、泣いている荻上がいて、泣かせた自分がいた。
なんでそうなってしまったのか、何も分からない自分がいた。