―――――彼女は、筺の中にみっちりと埋まってゐた。
斑目晴信(23歳・会社員)は戦慄した。
成人の日を加えた3連休に、冬コミで買い込んだ同人誌を分別整理しようと思い立ち、
読み返しては段ボール箱に入れ、オカズとしての実用度を分類の尺度にすべきか、
あるいは上手い下手にかかわらずジャンル別に分類すべきか、決まらないままに始まった
終わり無き選別作業を続ける中、押し入れの奥に記憶にないビッグサイズの段ボール箱を
発見したのが数分前。
人間の死体でも入っているのではないかという重さに荒い息をつきながら、ようやく床に
下ろした段ボールには、トンデモナイ代物が収まっていたのである。
そこにあるのは、見知らぬ女性の新鮮な死体だった。
年齢はおそらく20代、脱色したショートボブに一房伸びた前髪。ジーンズと、『はじめての
ブスコパン』とプリントされた、お世辞にも趣味がいいとは言えない白いTシャツ姿。
斑目の頭に「110番」「新聞沙汰」「猟奇殺人」「容疑者」「別件逮捕」「カツ丼」など
という単語が瞬いては消えるパニックの中、ようやく箱の中の女性が息をしている事に気付く
までには、心臓が数拍の鼓動を刻むまで待たねばならなかった。
何故、という斑目の疑問の回答が得られるよりも早く、箱の中の女性が伸びをするように
身体を動かし、段ボール箱を破壊して目覚める。
「ん〜っ」
「あの……もしもし?」
カラカラに乾いた喉から、どうにか問い掛けの言葉を吐き出した斑目の首筋に、
「せいっ!!」
という掛け声と共に彼女の渾身のチョップが炸裂し、斑目の意識は即座に途絶えた。
「ヤバい! カンペキに首の骨外しちゃった! ちょっと大丈夫、知らないメガネ人(びと)!
つーか何ページよここ? M上さんからもらった台割表だと、このページでいい
ハズなんだけど……ええい、コマの中にいるとノンブルが見えないぃっ!」
「……つまり、話を要約すると」
どうにか蘇生した斑目が、彼女が勝手に入れたインスタントコーヒーを前に話し始める。
「この世界は実は漫画で、あんたは別連載の主人公で、雑誌の出てくるページを間違えて
登場してしまったと、そういう事?」
「ついでにアタシが愛のキューピッドで恋愛成就率100%で愛に飢えたアナタの
度重なるソロ活動のせいで引き寄せられてムリヤリこのページに登場してしまったと
いう現実を直視して欲しいわネ」
「……。」
「…………。」
「……とりあえず名刺。斑目と言いまス」
「あ、アタシも」
そう言って彼女が差し出した名刺を受け取った斑目の眼前に、「ズゴゴゴゴ」という
書き文字が見えたよーな気がするのは、気のせいではなかった。
ラブ時空ISO14001取得
ラヴ組合所属
キューピッド ブラックベルト二段
ラブやん
ラヴ電話(代)0120-XXX-XXX
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」
「ああッ、初対面で名刺破り捨てるなんて、めっさ無礼ッ! あんたにはビジネスマン
としての基本から叩き込まなきゃならないようね! 覚悟結構! 迎撃準備完了ォッ!」
「こんな無茶苦茶な名刺があるか!? つーかあんた、(ピー)病院から脱走してきたんだろ!
この世界が漫画? 連載? ページ間違えた? 黙って聞いてりゃ無茶苦茶を並べて!」
「ふんッ。この部屋の、カズフサを凌駕するエログッズの数々! あんたの方こそ(ピー)
病院がふさわしいと見た!」
「ンだとこのキチガ(ピー)!」
「エロメガネのオナニス(ピー)!」
(しばらくお待ちください)
「ぜーはーぜーはー」
「ぜーぜー……フフ、クチゲンカでブラックベルト二段に勝とうとは片腹痛いワネ」
「百歩譲ろう……疲れた。じゃぁ俺は引き立て役のかませ犬という役どころなんだな?」
「ようやく現実を受け入れるつもりになったカシラ?
そんな貴方に救済と春をもたらすべく、このラブやん様が見〜参! というワケよ」
ビシッと決めポーズを取った彼女だったが、文章だといまいち決まらないのがイタい。
「……で、このヘルメット被ったコスプレ写真の彼女がまだ忘れられないワケね」
「まぁ、高坂っていうちゃんとした彼氏がいるし、叶わない想いだってのは最初から……」
「違ぁウッ! そこはこう、『慌ててカルピスを溢したと言い訳したくなるホドに大量の』
とか、『僕が夢中なフラグ立て・それ何てエロゲ?』みたいに、生々しく語るのが真の
漢! っていうかあんたが変態じゃないともう仕事やりづらいからそういう感じで決定!」
「ヒデぇ!」
「早速、彼女とくっつく方法を受信してみようじゃないの……むンッ」
「あの……何を?」
「受信よ受信! キミん家に何かアンテナとかない? 作品違うから感度悪くって」
「あ、えーと、アニマックスとか見たいんでこないだスカパーに……」
「これね。ちょっと借りるわよ」
そう言って彼女はアンテナ線をひっこ抜き、トイレに駆け込んだ。
「いいわね? 終わるまで、ここを開けない! 聞き耳立てるのも禁止!」
「それどーするつもりだよ!?」
「私の身体にあるラブ穴にしっぽりと挿すの! このスレは18禁NGなんだから!」
彼女がそう言ってバタン、と閉めた扉の前で、
「あ、もしもし110番ですか。ちょっと頭のおかしい女が家に……ええ、はい」
と、落ち着きを取り戻した斑目が通報するまで奇妙な喘ぎ声とか発砲音とか轟音とか爆発
音が聞こえていたのは、彼の気のせいではない。安永航一郎の同人誌か、このSSは。
774 :
マダやん(6):2006/01/09(月) 06:58:24 ID:w07eDPTl
「そんなワケで、計画は万事遺漏無し! 早速実行に移るわよ!」
「いやもう警察来るし」
「国家権力のポリスメンなぞ無用!」
そんな調子で、斑目は母校・椎応大学の部室へと引きずられてゆくのであった、南無。
所は変わって現視研部室。
春日部咲は今日も独立開業に向けてお仕事の真っ最中であった。
自室でやればいいものをわざわざ部室でやっていると言うのは話の構成上……もとい、
高坂に会えるかもしれないという、淡い希望によるものなのが何とも涙ぐましい。
「や、やぁ春日部さん」
「……誰それ?」
普段なら無視されるところを、見知らぬ女性を斑目が連れてきたという国家非常事態
並みの驚くべき状況によって、ようやく返答がいただけるというのが実に哀しい。
「ラ……じゃなかった、ヤンさん。児文研のOGで、久しぶりに来たとか何とか」
「こんちはー。あなたが春日部さん? お噂はかねがね」
「そう……噂、ね。日本語上手ですけど、元留学生?」
「ええまぁ。半分永住しちゃってるようなモンですけど。今は餃子のお店を出してます」
お店、という言葉に反応した咲が、コロリと表情を変えてノートPCから向き直る。
「え、なになに? お店持ってるの? すごーい」
(作戦第一段階成功! ツカミはOKよ!)
と、斑目の耳元でラブやんこと自称『ヤン』は呟いた。
「お店は下北沢の外れにあるんですよー。斑目クンは常連さんで」
「あー、うん。そうそう」
「安く仕入れた韓国産の具だくさん餃子を美味しい美味しいって」
「えーと、まぁ、そう」
「その後、全身によくわからないブツブツができたり、下痢が止まらなくなっても
週イチで通ってくれて」
「多分そうだったような気がしないでもない」
そこ、政治的にヤバい話はしない! Wikiに保存されて作者が日本海クルーズに連れ
出されたらどーするつもりだ!
「なんかずいぶん斑目と仲良さげじゃない。カノジョ?」
「いやいやいや、あくまでお客お客」
「そーですよー。私がオタクとなんかと付き合うタイプに見えますか?」
「そうよねぇ……苦労するもの。この四年間の茨道……二次元に負けまいという
私の努力と涙とテクニックの数々……くゥっ、振り返るだけで涙が」
「こ、高坂とは、最近どう?」
「ご無沙汰。なんか会っても立ち絵がどうとか、オブジェクトがどうとか、ライセンス
とか『ソフリン』とか、仕事の話ばっかり。嫌になっちゃう」