☆宇宙全体で地球にしか生命体が居ないとしたら…

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265kattenu,suman
知ったことじゃないんなら、一体君は何を知りたいのかねw

 声ばかり大きい一部の馬鹿を除けば、今日のキリスト教徒にとって創造論は
もっぱら信仰的な事柄で、科学的に論証されないと気がすまないものではない。
無論、科学の領域の学説として扱えなどと要求しない。科学じゃないんだから。

 そも、科学は「神が奇跡力(創造力)を行使しない(かった)と仮定した場合、
宇宙はどういう動きをする(した)か」を記述・予想するものなので、そこに神の影が
見当たらないのは当然だ。それに、神は奇跡などというインチキ無敵技を
用いないと何一つ意のままに出来ないマヌケな存在だとも思っていないが、
ひとたびそれをやられたら科学にはそれを記述することはできない。
前提とされていない事象なのだから、当然だろう。

 今日創造の物語から我々が読み取るのは、「創造主がいる」ということだけだ。
 その創造が「いつ」「どのよう」に成されたか、は聖書から読み取らないといけない
ものではないので(あれは宗教書もしくは政治的文書であって、今日的な
意味での教科書ではない)、神の用いた手段がビッグバンでも進化論でも別に構わん。

 実際、創世記には統合不能な二つの創造物語が併記されていて「これなら完璧に
聖書通り」という「創造学説」など作れはしない。まともな感覚の奴はその時点で、この
文書のふさわしい用途を悟る。つまり、「創造科学」なるものを持ちだす馬鹿ものは、
「自分の物語」を護るためなら、科学のみならず聖書に対しても不誠実になり、
都合の悪い個所は見ない振りをしている。すまん。