ストーリーを教えてもらうスレ Part9

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487桜の国(5)
夜になり、高速バスの乗り場で変装して旭を待っていた七波と東子は
彼とは別のバスになり、拍子抜けしながら変装をとく。
動き出したバスの中、東子は原爆ドームを見ながら口を開く。
「七波ちゃん、私ね、夕べはある人に会いに行く途中だったの。
でも、勇気が無くて、七波ちゃんについて来てしまったの。
でも、ここに来られて良かった。今度は両親と来るわ。
来れば、きっと二人も広島を好きになると思うから…」
それきり目を閉じると、東子は眠ってしまった様だった。
七波は問わず語りに
「母さんが38で死んだのが原爆のせいかどうか、誰も教えてくれなかった。
おばあちゃんが80で死んだ時は、原爆のせいなんて言う人はもういなかったよ。
なのに、凪生も私も、いつ原爆のせいで死んでもおかしくない人間とか、決めつけられたりしてんだろうか。
私が、東子ちゃんの町で出会った全てを、忘れたいものと決めつけていたように…」
と話す。聞いているのかいないのか、東子は少し微笑んだ様に見えた。
七波はバスのトイレに入り、携帯電話で凪生に連絡を取る。

東京駅に到着し、東子の住む新井薬師まで送ってきた七波は、昔遊んだ公園で二人、ブランコに乗る。
そこへ、呼び出された凪生がやって来る。
驚く凪生と東子を置いて、七波は二人に背を向ける。
しかし「辞表出して、家にも帰らずにどこ泊まってたんだよ」
などと、東子に下らない事を言う凪生に肚が立ち、落ちていた松ぼっくりを彼の頭に投げつける。
今言うべき言葉は他にある。
二人を置いて、かつて暮らした町を七波は一人歩く。
昔の通学路の歩道橋に差しかかり、東子の上着を借りっぱなしなのに気付いたが、今度会う時に返せばいい、と微笑む。
七波はポケットから凪生の手紙を取り出すと、細かく千切り、手をかざす。
「母さん…
見てるんでしょう、母さん」
手紙は風に乗り、桜の花びらの様に舞った。
遠く、広島の空の下、旭が京子にプロポーズをしたのは、桜舞い散る春だった。
488桜の国(6):05/01/25 08:17:51 ID:???
(旭と京子)
兄が結婚し、京子も独立を考えていた。
『求む!お針子さん 住込み可』の洋装店の張り紙を見ていた京子の横を、旭が通りかかる。
(ここが打越がハンカチを買った店だったり…細かい伏線)
大学を卒業し、社会人になっていた旭は、「うちで母の仕事を手伝えばいい」と京子を誘う。
旭の気持ちに気付いた母は、京子のいない時、
「あんた、被爆者と結婚する気ね?
何のために疎開さして、養子に出したんね?
石川のご両親にどう言うたらええんね?」
と彼を責める。旭は意外に思うが、その後の母の言葉を重く受け止める。
「なんで、うちは死ねんのかね。
うちはもう、知った人が原爆で死ぬんは見とうないよ…」

何年か後の春、東京に転勤が決まった旭は京子を呼び出し、母と一緒に嫁も連れて行きたい、とプロポーズする。
その頃には、母も「同じ心配するんなら、離れてするより、そばに居た方がいい」と言ってくれていた。
そうして、東京での暮らしが始まった。

そんな風景を、七波は知っている様に思う。
母親から聞いたのかもしれない。
しかし、それは生まれる前の記憶で、確かに知っていると思えた。
この町で、この歩道橋で、桜の花びらの中、幸せそうな二人を見て、「このふたりを選んで、生まれてこようと決めたのだ」と。

帰りの電車。ずっと尾行に気付いていたらしい旭は、七波の隣に座る。
彼は姉の皆実の五十回忌に合わせ、広島で皆実の知り合いに昔話を聞いてきたという。
凪生と東子との事を聞いた旭は、「お前の方が心配だよ。28にもなって…」と、ふざけて泣き真似をする。
旭は七波が皆実に似ていると言い、
「お前が幸せになんなきゃ、姉ちゃんが泣くよ」と呟くのだった。
(終わり)