>>3 「おいしさをつくる熱の科学」佐藤秀美著から引用 P59
フッ素樹脂などで表面加工した鍋は、どうして食品がくっつきにくいのですか?
鉄、ステンレス、アルミニウム、銅などの金属の表面は、吸着水と呼ばれる肉眼
では見えない薄い水の膜で覆われています。この吸着水があるために、金属は水に
なじみやすい性質(親水性)を持っています。金属性鍋で食品を加熱するとなべは
だにくっつきやすいのは、この吸着水があるためです。これに対し、フッ素樹脂や
シリコン樹脂、セラミックスなどで表面加工した鍋は、これら素材には吸着水がほ
とんどないため、食品がくっつきにくいのです。
ほとんどの食品の主成分は水です。鍋に食品を置くと、食品中の水分が鍋の吸着水
と接触し、吸着水を通して食品中の水溶性の成分が鍋の金属とじかに触れることに
なります。鍋にくっつきやすい食品の代表といえば、卵や肉、魚などのたんぱく質
食品です。たんぱく質の一部は水溶性なので、吸着水に水溶性のたんぱく質が溶け
込んだ状態で加熱すると、たんぱく質が熱で固まります。つまり、吸着水に溶け込
んだたんぱく質が食品と金属をくっつける糊のような役割を果たすので、たんぱく
質食品は鍋にくっつきやすいのです。糊のような役割をするのはたんぱく質だけで
はなく、でんぷん、糖などの炭水化物も同じです。ほとんどの食品にたんぱく質や
炭水化物が含まれているので、金属性鍋に食品がくっつくことが多いのです。
同じ金属性鍋でも、鍋を完全に乾燥させて油を引いてから食品をいれるとくっつき
にくくなります。これは、油を入れると金属の表面が油の幕で覆われて、食品と金
属とがじかには触れ合わなくなるからです。油を引いてもくっつく場合は、金属表
面の吸着水が完全に取り除かれていなかったということです。吸着水は普通の水と
違って、金属表面に水素結合という化学結合によって強く結びついているので、鍋
の表面温度が百℃になっても蒸発せず、二百五十℃を超えるとようやく蒸発します。
中国料理の料理人は中華鍋を煙が立つほど空焼きしてから油を注ぎますが、これは
吸着水を完全に蒸発させ、鍋表面に油の膜をつくっているのです。