【芸術家高本秀行、栄光の軌跡】 ■第三十回■
1968年1月1日。その日は朝から気温が上がらず雨が降り続いた。
新聞の社会面には行き倒れによる餓死者、凍死者の記事が目についた。
前年、1967年は年初から悲惨を極め、企業倒産、個人破産者の増加、
身元不明の行き倒れ人の記録的増加など、重苦しい一年であった。
また、東北地方を中心に娘の身売りなどが相次ぎ、一家心中も絶えなかった。
1968年の元日も路上に冷たくなって横たわる行き倒れ人の死体が
いくつも見られた。彼ら彼女らは万策尽きて力尽き、路上に命を失ったのだ。
こうした悲惨とどん底の中で迎えた新年を希望と活力の年にしようと
内閣は宣伝に努めた。しかし、そうした政府の掛け声も、どん底にあえぐ
庶民の耳には心なしか空虚に響き、うつろな目で明日を見つめるだけであった。
秀行少年は元日の朝、両親と共に神社へ趣き、高本家の一層の興隆と
一般庶民の幸せを願った。秀行少年の目には街のそこかしこに見られる
死体や乞食が悲しいものに思われてならなかった。
(第三十一回に続く)