Gibson Historic Collection 総合 13 1210
常人には踏破どころか入口にすら到達できない、そもそも存在さえ知ることないであろう場所。人はそれを秘境と呼んだ。
樹海の果てに蒼然と輝く洞窟。
深海の奥底に悠然と佇む古城。
雲海の彼方に泰然と漂う巨島
おとぎ話に語り継がれる夢物語、いつの時代も伝説とされた荒唐無稽な眉唾の存在。
たとえ誰かがそれを発見し、その内包する謎を解明し、
さらには眠る金銀財宝を持ち帰ったとしても、誰一人としてそれを信じない。
彼らはそれを秘境と呼んだ。
……そして、そんな秘境をいくつも巡り歩いた私を、彼らはほら吹き野郎と呼んだ。
頭の固い学者ども、それの言葉をまるで神の言葉のごとく信じる大衆ども、どいつもこいつもクソ野郎だ。
海底に城は建てられない? 雲に島が浮かぶわけがない? 過去にこのような精巧な金細工が存在するわけがない?
できないありえない存在しない、ないないないない、否定しかできない豚どもめ。
……まあ確かに、ろくな証拠品を持ち帰れなかった私にも非はあるのだが。
それに前々回辺り、信憑性を持たせようとして証拠品をねつ造したのも悪かったかもしれない。流石にあの金細工は凝りすぎたか。
いや、本物の財宝は実際にあったのだが、当時の便器のフタなんて持ち帰ったところでまた笑われるのが目に見えていたのだから仕方ないだろう。
それに付着した排泄物や虫の化石などから様々な情報が得られるというのに、くそう、私の学説が正しいと証明されるにはあと何百年待たねばならぬというのだ。
ああ神よ、あなたは何故こんなにも無慈悲なのでしょうか。くたばれろくでなし、ファッキューゴッド、クソアーメン。
情報屋の君が私の研究室に来たということは、何か新しい秘境の情報を得て、それを私に売ろうとしているのだろう。
情報料は安くても金貨5枚からであり、また流通している貨幣では金貨が最も高価である以上、私が情報を買う以上は金貨以外の貨幣を払うことはありえない。
そして私は是非とも君が持ってきてくれた情報を買いたいのですが、さて金貨を何枚お支払いすればよろしいのでしょうかね、よろしければ教えていただけますか?
「あなたも十分に皮肉れているじゃないですか。それで、まあ今回は7枚といったところでいかがでしょう」
7枚か、つつましく暮らせば7年は生きていける額だ。本来なら私は一度の探検で70年は生きていけるほどの成果を得ているはずなのに、
なぜか手元にあるのは金貨70枚分の借用証書。ふむ、これで借金は金貨77枚になるのか。そろそろ引越しの時期だな。
ところで情報屋、もしも情報がデマだった場合は違約金として金貨10枚、必ず払ってもらうぞ。
「これまでにデマだったことが一度でもありましたか?」
10回中10回とも真実だったな。全く優秀だよ貴様は。まあ、たとえこれから100回ほどデマが続いても私は怒ることなく、寛容の精神を持って貴様を許すだろうがな。
むしろ一度ぐらいは失敗してみてはどうかね?
「それは寛容ではなく純粋な金欲です」
さて、それでは早速、情報をいただこうか。
「その前にまずは銀行でしょう」
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ドレミファ名無シド:2014/02/07(金) 20:16:27.07 ID:JWEA4lHw
さて、情報通りに目的地に着いたが……何もないではないか。
ただの湖、湖だ。
水平線が見えるほど広く、異様に透明度が高く、奇妙なまでに生物の気配が感じられないという特徴はあるが、それだけだ。ここには湖しかない。
私は、山を登りに来たのだというのに。
ふむ、これで借金が少しだが返せるな。夜逃げ前にもう一度銀行に行っておくか。
「太陽が真上に昇ったら、と言ったでしょう」
うん? いたのか情報屋。
「白々しいことを言わないでください。『十年に一度、陽光の湖、正午、幻の山現れリ』です。まだあと1時間はあります」
10年に一度のある日、正午からきっかり6時間だけ、湖のど真ん中に出現する幻の山か。それも正午の時点でそこに誰もいなければ出現はしないという。
毎度毎度思うが客観的に考えると本当に胡散臭い話だな、秘境というのは。
というか、こんな情報を貴様はどこで手に入れてくるのだ、情報屋。
「情報源を簡単に漏らしたら情報屋として失格でしょう。というか、もし知ったらあなたはその情報源に直接情報を売ってもらおうとするでしょう、探検家さん。そしたらこっちは商売あがったりじゃないですか」
……情報屋、貴様はその情報源から、金貨何枚でこの情報を買った?
「銅貨7枚です」
金貨どころか銀貨ですらないのか! ふざけるなよ貴様。これではぼったくりではないか。さらには船賃とか言って銀貨3枚も払わせておいて、私からどれだけ金を奪うつもりだ。
こんな貧相なボート、新品で買っても銅貨1枚にも満たないだろうが。
「情報というのはそれを扱う人によってまた価値が変わるわけでして、あなたみたいな人じゃないと、秘境の情報なんて二束三文にしかなりませんからね。
あと船賃に文句があるのなら泳いでくださってもよろしかったのですよ?」
そもそもここに来るまでに散々山だの谷だの森だの砂漠だのを超えてきたが、あちらも十分に秘境だったと思うのだが。
どれも常人ならば半日として生きていられないうえ、その入口すら知り得ないであろう場所ばかりだったぞ。
この湖にあるという幻の山と、それらの違いは何だ? あれか、派手さか。単に話のインパクトか。
「さあ、そこまでは。さて、ぐだぐだと話したり景色を眺めているうちに、そろそろ時間になるようです」
貴様も行くのか? 情報屋。山登りに。
「私がここまでついてきたのは、どこぞの有名なほら吹き野郎様が、『情報は嘘だったぞ金返せ』などと言わないようにするためです。もう情報の真偽は確定したのですから、
私は帰らせていただきます」
つまらん奴だ。ここまで来たのだから最後まで付き合えばよかろうに。だから貴様は異性どころか同性の友人もおらず、同年代が結婚し家庭を作るなかで取り残されているのだ。
「それではそろそろ失礼いたします」
待て。まだ山は現れていないぞ。第一、貴様も私もこうしてボートに乗っているというのに、貴様だけ先に帰るとはこれは異なことを。
……ん? なんだ、なぜ押すのだ? ちょっと待て! これでは落ちるではないか! 待て! いやもう押す理由は分かってるから待つのだ! それにしても貴様意外と力が強いな!
そのたくましさ、さぞかし異性にモテるであろうな!