《3月23日。ブリヂストン本社ビル(中央区京橋)の9階「社長室」に海崎洋一郎社長が入ったのは、いつもの通り午前9時20分頃−。
ほぼ同時刻に、野中氏が社長室に入った。驚いた社長が切り出す。
「野中君、用件は何なのか?」
野中「会社(ブリヂストンスポーツ)は58歳の私に、早期退職優遇制度(60歳より前に退職すると退職金に上乗せがある)を意に反して勧めてきた。断固抗議します」
事情を知ろうと、社長は常務を内線で呼ぶ。常務が部屋に入ると、海崎社長は自分のデスクに。野中氏は向かい合って立っていた。さほど興奮した様子もなく、
穏やかな態度。二人で説得にかかる。
常務「早期退職優遇制度はご自身の判断でいいんですよ」
野中「信じられない。以前、会社から労働条件は本社でも関連会社でも同じだ、と説明され、指示に従い子会社へ移ったのに、今は給与格差が出ている。約束が違う」
常務「選択したのは個人の自由だったはず」
野中「労働条件を同一に戻すべきではないですか」
社長「それは今さら変えられない」
野中氏は次第に興奮し始め、服を脱ぎ捨てパンツ一枚に。床に置いていた小さなビジネス鞄から、刃渡り35センチの柳刃包丁を二本取り出し、突然、振り回した。
駆けつけた社員数人が社長室に押し入ると、野中氏は包丁を振り回すのをやめ、
「最初にまず、マスコミに知らせたい。番号を教えろ。全社員にも社内メールでメッセージを伝える」と要求。
役員らが記者クラブの番号を野中氏に教えると、野中氏は片手で柳刃包丁を持ったまま、ダイヤルを回した。
「今、ブリヂストンの社長室に社長と一緒にいる。一緒に死のうと思っている。理由は抗議文に書いたので読んでください」
10時頃、社員が警察に通報したため、駆けつけた警官も役員と共に野中氏の説得にあたる。が、一瞬のスキをついて、野中氏は自分の脇腹に包丁を突き立てた。
「延命措置はいらない。輸血しないでくれ」
野中氏は救急車の中でもそう叫び続け、その後息を引き取った。58歳だった。 社長室に残された彼の鞄からは、抗議声明が入ったパソコンのフロッピーと遺書が数通。
遺書はA4判の紙に、約4200字がぎっしり。日付けを3月吉日と記すなど、かなり準備した上での計画的な自殺だ。
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