もともとは、中国共産党が党員の政治的思想の改造をめざしておこなった教育のことをいう。その後、朝鮮戦争時に捕虜に
なった米軍兵士に対して、中国軍は資本主義から共産主義への思想的転向をせまるきびしい徹底した教育をおこない、両
軍の捕虜交換時に、米軍兵士が次々と共産主義思想への転向を宣言して内外をおどろかせた。それが洗脳へのジャーナリ
スティックな興味をひきおこし、その後の洗脳研究につながったが、この洗脳の効果はかなり一時的なものであり、永続的な
ものではなかったことが米軍兵士の帰国後に明らかにされている。
中国軍のおこなった洗脳教育にはさまざまな技法がもちいられたらしく、外部からの隔離、きびしい尋問、規律違反への厳罰、
賞罰の巧妙な操作、思想改造のための徹底した教化と討議、罪の意識の喚起、自己批判などがあげられている。洗脳研究
は社会心理学の文脈では態度変容や集団圧力の研究領域に属し、教育する側の意図した方向に人の態度をかえるための
集中的、強圧的な訓練法だといえる。宗教における折伏(しゃくぶく)も、その宗教を信仰しない者の立場からは一種の洗脳と
考えることができる。
また、社会問題となったオウム真理教におけるマインド・コントロールも、その技法をみれば形をかえた洗脳であるといえるだ
ろう。W.J.マクガイアの接種理論(予防接種をほどこしておけば、その抗体が病原菌を退治してくれるという比喩にもとづく)によ
れば、洗脳教育がめざす思想に一度も接したことのない人ほど、それにむけての説得に対して「予防接種効果」がないために、
容易に洗脳されやすいということになる。
だれかに説得あるいは意見された場合、人はそれを容易にうけいれるときもあれば、それに抵抗をしめすときもある。
この後者の、説得に対して抵抗が生じるメカニズムを説明しようとしてW.J.マクガイアが提唱したのが接種理論である。
彼は「毎食後、歯をみがくべきだ」というような、だれにとっても「自明な」意見や態度が、「毎食後の歯磨きは歯ぐきの
癌になるからよくない」というような反対の態度の説得的コミュニケーションによって、簡単に変化してしまうことがある
事実をとりあげ、これを医学における予防接種と免疫機能のアナロジーにもとづいて説明しようとした。→ 社会心理学
の「説得的コミュニケーションと態度変化」
接種理論という名称はここからきている。マクガイアによれば、「自明の理」として疑問や反論の余地のないものとうけ
とめられている意見や態度は、いわば無菌状態にあり、したがってちょっとした病原菌(反対意見)によっても、免疫抵
抗力がないために簡単にうちまかされ、反対意見に簡単に説得されてしまう。それゆえ、自明の理と思われるような意
見や態度であっても、一度それへの反対意見や態度を経験しておけば(予防接種をしておけば)、それが免疫になって、
その後にあたえられる強力な説得的コミュニケーションに対しても抵抗することができるだろうと考えられる。
まじめで勉強一筋の社会性のかける学生ほど、宗教組織や政治党派による勧誘にのりやすいというのは、この理論に
よく合致している。また、反対派の強力な政治的キャンペーンに対して、賛成派内部のメンバーが動揺しないための方
法としても、この接種理論は有効だといわれている。→ 印象形成:洗脳
先にもみたように、態度はそれを存続させる方向にむかって情報を取捨選択するように機能するものであるから、
いったん形成された態度を変化させることは一般にはむずかしい。これは、ある思想・信条の持ち主や宗教帰依
者の洗脳がむずかしいことにも対応する。しかし、それまで一貫して保守党に投票していた人が、ある政治演説を
きいたりテレビの報道をみたりするうちに、次の選挙では革新党に投票するようなことも実際にはおこる。このよう
な態度変化がどのようにして生じるかは、社会心理学者の研究意欲をかきたてるテーマのひとつであった。
人の態度変化をうながす試みのひとつは説得であり、その目的でおこなわれるコミュニケーションを説得的コミュ
ニケーションという。政治演説も、車のテレビ・コマーシャルも、前者は政治的態度を変化させるための、後者は購
買行動を変化させるための説得的コミュニケーションと考えることができる。この場合、まずコミュニケーションの
送り手とその説得効果に関する要因がいくつか考えられる。たとえば、送り手の信憑(しんぴょう)性(専門性と信頼
性)、魅力、説得意図などである。受け手が当該問題にそれほど関心が高くない場合(それに対する態度が明確で
ない場合)、説得的コミュニケーションの内容が同一でも、一般に信憑性の高い人からのコミュニケーションのほう
が説得効果は大きいといわれている。しかし、受け手が当該問題に関心が高い場合には、送り手の信憑性の効果
はそれほど大きくないことも知られている。
送り手の魅力の効果については、著名人をコマーシャルに登場させて製品の宣伝をさせる場合がわかりやすい。
また、説得意図については、あからさまな説得意図がある場合には説得効果がへることが知られている。
次にコミュニケーションの内容である。たとえば、説得する方向を支持するだけの一面的コミュニケーションと、支持
・反対の両方を提示して説得をこころみる両面的コミュニケーションのいずれが説得効果が高いかに関する研究が
ある。日本のテレビ・コマーシャルは自社製品の長所だけを宣伝する一面的コミュニケーションが多いが、外国では、
両面的コミュニケーションがかなりみられるという(スウェーデンのVOLVO社のコマーシャルは、自社の自動車が高
価であることのデメリットをみとめつつ、その安全性と堅牢(けんろう)性のメリットを主張する内容になっていたが、こ
れなどは後者の例である)。またこれは、受け手の知性度と関連していて、他の条件が同一ならば、受け手の知性が
低い場合には一面的コミュニケーションが、受け手の知性が高い場合には両面的コミュニケーションが効果をもちや
すいという。さらに、コミュニケーションの内容が受け手の恐怖を強くひきおこし、説得に応じたときにその恐怖を低減
できる可能性がある場合には(自動車の事故の危険をうったえて、自動車保険に勧誘するような場合など)、高い説
得効果がえられるという。これらは現に訪問セールスなどにその具体例をみることができるだろう。