ひぐちアサが『おおきく振りかぶって』という漫画を連載している。講談社の『アフタヌーン』だ。
ひぐちアサは、野球漫画専門というわけではない。この作品につながる短編1本しか、
少なくともぼくは読んだことがない。前作では、ちょっとぐちゃぐちゃした学生の恋愛やら
なんやら、若い人間の傷つきやすい心の中を覗き込むようなものを描いていた。
次が、まさかこうくるとは。
中学時代に成功できなかったピッチャーが、高校の弱小チームに入って、少しずつ自信をつけ、
ちょっと変わったストレートを武器に実績を上げ、自分を取り戻していく。それには、
キャッチャーの少年の存在が大きいが、それを取り巻く環境の力も大きい。若い女性の監督、
理論派の部長、癖のあるチームメイトたち、中学時代のチームメイトたち。道具立てはうまく揃っている。
しかし、これは、うまくできた野球漫画とは、少し違うような気がする。
野球を扱ってはいるのだが、野球を描きたかっただけではないだろう。
とはいっても、野球の要素も、この作品の魅力のひとつではある。
ひぐちアサは決して絵がうまいわけではなく、表現力もそれほどあるほうではない。
だから、歴代の野球漫画におけるスーパーヒーローたちのように、過剰なプレイはしない。
人間にはとてもできないプレイを、画力と構図力で強引に見せてしまうような真似はしない。
人知を超えた魔球を投げたりもしない。そのへんにいる少年が、努力でできる範囲のことをするのだ。
努力をして、ひとつずつ階段を上がっていくのだ。
野球知識も、楽しい要素だ。ぼくはこの作品で、ストレートが変化球であることを初めて知った。
腕は、単純に真っ直ぐ振り下ろすと構造的に捻れてしまう。
だから、真っ直ぐに振り下ろした腕から投げられるボールは、
実は捻りの加わったボールであって、ストレートではない。
「ストレートはキレイなバックスピンです。これは覚えなきゃ投げられない変化球なんです」
ひぐちアサの一見ストレートに見える野球漫画もまた、変化球なのだと思う。
↓より引用
http://www.comicpark.net/ishikawa050124.asp