アンパンマンの裏事情を激しく考察するスレ

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127名無しさん@お腹いっぱい。
飛行船のドアを開けるとバイキンマンは三つ又の銛を抱いて、ベッドの上に横になっていた。
「来たね」
バイキンマンは眼を閉じたまま、落ち着いた声をかけた。アンパンマンは無言で立ち尽くす。
船内のあたたまった空気がアンパンマンに絡むようにして森の広場の方向へ駆けていく。
アンパンマンはバイキンマンを見つめる。禿げた頭の緩やかな曲線の上にそそり立つ二本の角。
濃い黒。殴られて潰されたかのような横にひろがった鼻。分厚く血色のわるい唇。
股間をぴっちりと包み込む紫色のブリーフ。小太り気味の小さな体。短い足。
128名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:07 ID:DkVhqH2p
「照れるなあ」
バイキンマンは目を開いた。
「アンパンマンたら、見つめるんだもん」
舌足らずな甘え声で言い、半身を起こす。アンパンマンの顔面を横目で見る。
「まいったなあ。テカテカ光ってるよ」
銛の柄を手の甲でコツコツ叩く。
「勝ち目ないよな、なあ、おまえ。アンパンマンたら、アンパンチ使えるんだよ。
アンパンチとは卑怯なりィ」
おどけて言いながら、ゆっくり立ちあがる。小首をかしげて、アンパンマンの機嫌をとるように言う。
「せめて、ブッとばすのは、広いところにしてよ。ここだと満足に銛も振るえないじゃない。
あまりにフェアじゃないよ。そうだろ?」
アンパンマンはぎこちなく頷いた。バイキンマンが失笑した。
「変な男だよな、アンパンマンは。問答無用でブッとばしちまえば、簡単にカタがつくじゃない」
バイキンマンは顎をしゃくり、三つ又の銛を抱き、アンパンマンの脇をすり抜けるようにして
飛行船から出た。先に立って歩きはじめる。アンパンマンは大きく息を吸い、下腹に力をいれて
バイキンマンに従う。
129名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:07 ID:DkVhqH2p
「鮮やかだねえ。いい月だ。満月だったんだ、今夜は」
バイキンマンは夜空を仰いでうっとりした声を出す。
アンパンマンは生唾を呑む。心臓が壊れそうに暴れている。
「アンパンマンも深呼吸してごらん、落ち着くよ」
とたんにアンパンマンは、弾かれたように拳を構えた。
「あいかわらず気が短いんだからな、アンパンマンは。そんなに俺を殺したいか……」
バイキンマンは嘆息した。森の広場は、生茂る木々に囲まれてほぼ無風で、
木々に縁取られた天から夜露がゆっくりおりてくる。
アンパンマンはバイキンマンの二本の角が夜霧に丸まっていくのをぼんやりと見た。
「どうやら、今夜が俺の命日になりそうだね。どうあがいてもアンパンチにはかなわないもんな」
呟きながら、徳山は銛を肩口からゆっくりと滑らせた。
バイキンマンの濃い黒が夜に溶け込んでしまうのにくらべて、アンパンマンのテカテカした
顔面は月のきらめきを青白く反射して、圧倒的な存在感があった
130名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:08 ID:DkVhqH2p
「嫌だな……勝ち目の無い勝負をするのは……」
ふたたびバイキンマンは嘆息した。首を左右に振り、溜め息をつく。
「満月の夜。アンパンマンの。光る顔。夜露のごとし俺の真心。辞世の句だよ。
ひどいもんだね。これでけっこう動転してるんだ。アンパンマンの手にかかって死ぬなら運命だって、
さっきまで思ってたんだけど、やっぱり死ぬのは嫌だよ」
表情が変わった。上段に構えた。隙がなかった。どうせ死ぬならば、アンパンマンの腕の一本も
切り落としてやろうという気迫がバイキンマンの小さな体から溢れていた。
アンパンマンは胴を震わせた。バイキンマンの闘争心に圧倒されていた。
自身の中途半端さを心底自覚させられた。
131名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:08 ID:DkVhqH2p
撃たねばならぬ。アンパンマンは全生命をかけて撃たねばならぬ。これから先、生きていくつもりならば、
右の拳を、アンパンチを、すべてバイキンマンのはち切れそうな体に撃ち込まねばならぬ。
アンパンマンはこの時になって、ようやく大人になる試練を迎えた。絶望的な試練だった。
しかし、撃たねばならぬ。アンパンマンはバタコさんを抱き、あまつさえジャムおじさんも抱き、
抱くばかりで何ひとつ撃ったことがなかったのだから。
常識的な社会ではありえない大人への関門が、アンパンマンの前に立ちはだかっている。
女を抱くことは、じつは抱かれること。男(例:ジャムおじさん)を抱くことは、慰められること。
与えられることなのだ。だから、撃て。バイキンマンという関門を撃て。撃ち殺せ。


132名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:08 ID:DkVhqH2p
バイキンマンはにっこり笑った。硬直したアンパンマンを見つめ、微笑した。
上段の構えを崩し、左手で銛を持ち、軽く顎を引いた自然体で礼をした。
直後ふたたび上段に構え、切っ先をぴったりアンパンマンの赤い鼻に向けた。
上段に構えた銛の真上に縁取られた空の満月。
異様な大きさで膨らんで、バイキンマンの背を柔らかな、冷たい、青い光で包んでいる
133名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:09 ID:DkVhqH2p
木霊が耳の奥底で響く。
広場の夜は深く、しんとしている。
アンパンマンは初めて月を見た。遠吠えを聞いた。
だから息をするのを忘れた。
アンパンマンの呼吸が止まるのを見計らったようにバイキンマンが、つぎ足で一息に間合いを詰める。
バイキンマンが迫る。
アンパンマンは我にかえった。拳を引く。力を込める。
アンパンチは出なかった。
力が抜ける、革手袋に覆われた右手を凝視する。
ジャムおじさん!
叫んだ。呪った。声は出ない。
134名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:09 ID:DkVhqH2p
バイキンマンが迫る。丸太のベンチを飛び越える。アンパンマンの両目の間に三つ又の銛が迫る。
アンパンマンは逃げた。かろうじてかわし、背を向け、広場を全力で駆ける。無様に走る。
足の短いバイキンマンは徐々にアンパンマンに離されていく。
バイキンマンは短い息をつき、駆けるのをやめ、落ちつきはらって歩き出きはじめた。
アンパンマンは荒い息をしてぬかるむ広場を、惨めに、泡を食って走りまわる。
力が、出ない。眼前が歪む、揺れる。倒れこむようにただがむしゃらに走った。
地面のくぼみに足を取られ、アンパンマンは転んだ。倒れた。気付いたら広場の真ん中で尻餅をついていた。
バイキンマンが見下ろしていた。
見上げたその背後で月が歪んで揺れた。無言でアンパンマンを見みめている。
銛が光った。
アンパンマンは狼狽して拳を、子供のするように、振り回した。
135名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:10 ID:DkVhqH2p
バイキンマンは腰をかがめアンパンマンの視線に合わせる。哀れむようにアンパンマンを見つめる。
「どうしちゃったの、無様だね」
苦笑に軽蔑がまざる。
「捨てられちゃったみたいだね、ジャムおじさんに。たぶん顔を焼く時に
イースト菌じゃなくてバイバイ菌を入れたんだろうね。それとも椎茸の菌かな(ピュア」
バイキンマンは言葉を続ける。
「愛と勇気だけが友達だなんて、謙遜だと思ってたけど、本当になっちゃったみたいだね」
136名無しさん@お腹いっぱい。:02/02/23 21:10 ID:DkVhqH2p
アンパンマンは立ち上がろうとした。けれども立つことができなかった。
腰が重くて、地面に付いた腕が支えきれない。繰り返し試みたが、途中で腰がくずおれる。
体の重たさはどう仕様もなかった。視界が傾いて、地面に転がる小石が見えた。
それきり起き上がれなくなった。ひとしきりもがいたが、どうしても起き上がれない。
せめて無様に開かれた両足を閉じたかったが、それもできなかった。
アンパンマンはジャムおじさんに裏切られたという事実も忘れて、
ただ起き上がれなくなった自分に絶望した。両手で顔を覆うと、腕全体がわなないていた。
そのわななきが、胴にも足にもひろがった。ついさっきまでは予想もしなかったことだが、ひどい恐怖感がきた。
アンパンマンは、大声で助けを呼ぼうとした。けれども、もはやそれも叶わなかった。
唇がこわばって、声が出ない。アンパンマンは震える両手で顔を覆ったまま、
ただ二度、三度、幼児のようにしゃくり上げたにすぎなかった。        (完)