たま〜にモーニングに載ってるプラネテス

このエントリーをはてなブックマークに追加
810名無し
この作者、すごすぎてケチがつけられないが強いて言うなら・・・。

漫画を描く作業は、言わば「風呂敷」で立方体を構築する作業だと思う。
画力を底面として、構成力とか取材力とかいったストーリーテリングの
能力が、言わば立ち上げた面にあたる。
そして、きちんとした結末という「蓋」を閉められるかどうかで、「名
作」という立方体が構築できるのではないかろうか。

とすれば、プラネテスは文句無い立方体を築きつつあると言える。
しかし、今日のSF的文脈での知識的裏付けが充分過ぎる点に、
かえって弱点を見る気がするのだ。つまり、漫画本来の荒唐無稽な面白さ、
いわゆる「大風呂敷をひろげる」点に欠けてはいるのではないか。

この点、「度胸星」におけるテセラックという着想は、綿密な取材に負けない、
斬新かつ見事なファンタジーであった。
「度胸星」の風呂敷のサイズの方が、プラネテスのそれより大きいと感じられて
しまうのは、かかるファンタジーの差ではないか、と。(俺には、ね・・・)

プラネテスの作者には、「既視感」の無い斬新な発想が望まれる。
それはSFを手がける者の宿命であり、ひいては次代の漫画界を
背負うべき者の宿命であるからだ。

以上、愛を込めて、敢えてファンの欲を書いてみた。