戦国史上最も失敗し、挽回した男 その名は仙石権兵衛秀久
・センゴク 全15巻(週刊ヤングマガジン 2004年21号〜2007年45号)
・センゴク天正記 全15巻(週刊ヤングマガジン 2008年3号〜2012年26号)
・センゴク 一統記 8巻まで発売(週刊ヤングマガジン 2012年31号〜)
・センゴク外伝 桶狭間戦記 全5巻(別冊ヤングマガジン→月刊ヤングマガジン→週刊ヤングマガジン 2007年〜2010年)
前スレ
センゴク 宮下英樹・86番槍
http://hope.2ch.net/test/read.cgi/comic/1402958043/
>>1乙のです
柴田さんは信包さんや信行さんの事も思い出してあげて
秀吉「指出検地」の記録、兵庫で発見 太閤検地より古く 2014/7/16 11:33
豊臣秀吉が行った「太閤検地」よりも古い「指出検地」(1585年)の記録が兵庫県たつの市で見つかり、
16日、市立竜野歴史文化資料館が公開した。秀吉が指出検地を行ったことは知られていたが、記録が見つかったのは初めて。
後の太閤検地が実際に土地を測量したのに対し、指出検地では測量せずに大名からの申請をそのまま追認、
領地として与えていたことが分かり、秀吉の土地支配や、領地を与えた手続きを知る史料となるという。
史料は「淡路二郡指出帳」で、縦約27センチ、横約20センチ。淡路島の津名と三原の2郡の記録。
秀吉の四国制圧に伴い、2郡の領主は仙石秀久から脇坂安治になったが、秀吉は仙石氏に2郡の指出帳を提出させた。
台帳には地名や石高などが記されており、最後に秀吉が直筆で
「2郡は1万2600石であり、わきさか甚内に与える。天正13年9月10日」
と、次期領主の脇坂氏に与える旨を書いていた。秀吉が押した朱印もあった。
淡路二郡指出帳は竜野藩主だった脇坂安治を祭る竜野神社(たつの市)から購入した文献の中から見つかり、
東京大史料編纂所と調査していた。このほかにも秀吉に関連する文書があり、新たな史実の解明が期待できるという。
〔共同〕
しかし、俺の今日のID、Qが3つにさらに9か。
これは間に合いそうだな
小諸の伏線にできそう
13 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/16(水) 15:12:10.40 ID:H7MizFAz0
タイムリーな史料だな
14 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/16(水) 15:17:31.71 ID:OkViR3Vu0
柴田も信孝も戦わなければ権威を保てる。
今週で一番重要な場面ってこれじゃね?
結局のところ、三成も挑発に乗ってあそこで合戦起さなきゃ、家康の
権力は高まるかもしれないけど、豊臣の一大臣で終わっただろ
>>996 頭でっかちのキモいやつは
たしか5奉行の長束か増田じゃなかったかしら
増田長盛は背の高いキャラでもう出てたけど、顔はこんなんじゃなかったし、
長束正家ならまだ丹羽の配下でこんな密謀には参加できないだろうし、どうかなあ。
まあ長束かもね。
けーんち
あの三白眼からして増田でしょ、というか一回出てきてるしね
そういえば神童長束はまだ出てないのな
まだ丹羽さん所の家臣じゃないの?
>>14 イチャモン付けて攻められてるから戦わなければ一方的に殺されるけどな
>>14 いや関ヶ原なくても家康は上杉討伐完了したらおそかれはやかれ征夷大将軍になってたよ
三成ら奉行衆からすれば復権のチャンスはあの時しかなかったわけだ
>>8 センゴクの作中だと淡路二郡指出帳は川坊が大忙しで作成するんだろうな
今のセンゴクの状況でいうと
信雄も信考も信包も有楽斎もいない、筆頭家老&最大勢力は秀吉、勝家は次席で秀吉の増長を糾弾するが本能寺後八ヶ月で病死
勝家死後には柴田家にいちゃもんつけて征伐宣言→柴田家人質差し出して羽柴家傘下に
んで今度は滝川にいちゃもんつけて征伐宣言
こんな状態の秀吉の織田家乗っ取りを阻止するには…
と考えると関ヶ原時における三成に残された道は暗殺か挙兵していちカバチでの合戦勝利しかない気がする
どっちにしろ虎吉その他に嫌われてる時点で……
>.25
SAKONの言う通り甲斐の六郎に暗殺を任せておけばよかったのにねえ(隆慶一郎脳)
>>24 そいつら奉行でもなんでもないただの地方大名やん
>>28 そういう認識の君が未熟
少なくともあの時点でその認識はない
>>29 認識もなにも実際にそいつら奉行には任命されていませんから
奉行になりたかった人たちではあるけど
みんなが豊臣政権の存続を願ったけど徳川の武威に屈して…
というのは現代人のひいき目で当時に諸将はどっちでもよかったんじゃね
むしろ家康死後に秀頼vs秀忠のパワーバランスが対等になって
応仁の乱みたくなるより家康にケリつけて逝ってくれって感じ
当時は豊臣家康を筆頭に豊臣さんだらけですから
33 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/16(水) 21:10:14.96 ID:OkViR3Vu0
そもそも大名制度で政権を安定的に維持するのって難しい。
室町も安定的に政府を運営していたときが短かったし。
江戸幕府は政府が圧倒的な領地と独占貿易による収益で
やっと制度的に大名を統制できていた感じ。
豊臣政権は秀吉の威光によるところがでかいよね
>>8 さすが秀吉、わきさか漢字で書けなかったんだなw
>>34 こういうのって奉行連中が書くんじゃないの?
書きやすいから漢字じゃなくて、かなで書くのはよくあることだぞ
>>26 とは言え、無理矢理にでも西軍 10万組織できる人間は他にいなかった訳で…。
三成抜きじゃ伏見城すら真面目に攻撃する気ない連中ばっかりだしw
わからんのは上杉だな。家康に喧嘩売っておいて、三成達が負けると詫び入れ
たりして、一体何がしたかったのか。上杉征伐軍とはこう着状態になるのを
見越していて、そのうち誰かが仲裁してくれるとでも思ってたのか ?
>>39 上杉の動向には謎が多いが、結局通説で言うような三成と上杉(直江)の通謀はなく、
家康の自分の権威確立のための強引な上杉征伐と、家康の不在に乗じた三成の家康排除のための蹶起の二つの事件が、
互いに関連しながら独自に連続して起こったと判断するしかないのでは?
だから家康が三成蹶起の報で踵を返せば追撃しないし
までも何故か最上に侵攻するのは戦国大名の本能か?w
事が済んで正気に戻ったらテヘペロって頭下げるのも自己保存としては当然だろ
それなりに筋は通して意気は天下に示したし
謙信以来とことん上杉って見栄っ張り(で利益誘導だけでは動かない厄介な連中)
前スレ 土曜の話で歴史上の有力者の女性の話してたらしいが
北条政子まで名前上がっておいて
日野富子の名前出てないのな
自分の息子が亡くなったあと妹の子を将軍につかせ
その後細川政元と一緒になって追放し、室町幕府の衰退と戦国時代の遠来を告げた人なのに
前
>>862 小牧長久手では江がそのようになるな
>>8 この時点で相当偉いのに
直筆ってどういうこったよ…
そこが人垂らしたる由縁
有難み持たせる為かな>直筆
秀吉は直筆の書状が比較的多く残ってるらしいからな
>>40 家康が三成の挙兵を計算してたというのは、あまりに博打すぎるかとた
かとた
秀吉「わきさかって書いた方がカワイク見えるかな…」
甚内のオッサン感で台無し
>>43 所領の安堵は本人がやらなきゃダメだろ
行政機構がなにもできてない状況だし
御名御璽…もとい署名と花押だけで本文人に書かせてもいいけどそれじゃあやっぱり重みが足りない
>>18 おまえのこのセンスに反応したのが俺だけとは悲しいな。
そういえば信長がおね殿に宛てた手紙があって
あれは次第に字が小さくなっているから信長本人が書いたって思われてるけど
そういうのがあるからこそ秀吉は頑張って全部自分で書いたんではないのかなぁ
上杉って本当に当てにならないな。
本能寺の時も柴田を討つわけでもなく、関が原の時も家康の後背を突くわけでもなく、
光秀も石田も拍子抜けしたろうな。
北条なんかは滝川タコ殴りにしたのに。
上杉は謙信時代はとことん強かったと思うけど
謙信死後となるとプライドだけ異様に高いだけで
特にこれって事を成した訳じゃないよな
景勝とか兼続とか信長の野望とかでもくそ能力高いけど、一体いつの何をそんなに評価されてるのかわからん
関が原のときは伊達・最上連合軍と戦ってたので家康を追撃する余裕がない
>>8 !
これで信長の野望の権兵衛の政治が+10されるな!!
>>56 東軍についた伊達・最上がいて後ろが心配なのはわかるが、家康を追撃できる大チャンスをみすみす逃してるからな
三成からすれば味方に出鼻を挫かれたかっこうだ
>>25 >信雄も信考も信包も有楽斎もいない
織田壊滅してるのと変わらないな
>>56 戦端は開いてなかったろ? むしろ上杉が最上を攻めたはずだし
徳川軍の本隊を追撃すればそれなりに戦えたと思う
追撃戦は追撃側が圧倒的有利だしな
三成の挙兵が数日遅れて、もっと深く誘引できてれば追撃したのかもしれんが……
逆に上杉が一蹴されて1日で壊滅しちまう可能性もあるわけで
難しいね
>>60 実際秀吉死んだ時点で詰んでるようなもん
信包・有楽斎にあたる秀長が秀吉より先に他界
信雄・信考にあたる秀次を秀吉自身が殺してるからな
家康(政権最高責任者)が天下取りたいと思った時点でほぼ終了
>>53 センゴクの信様があの手紙をせっせと書いてるところ想像したらなんか可愛いw
メイドイン上司のものを与えることで家来は意気に感じるんだろうな
足利尊氏も似たようなやり方で人望集めてた
大河ドラマには仙石出ないの?
>>63 2郡だけだから一部じゃないか?
>>66 俺も期待したが、又兵衛のくだりで華麗にスルーしたから金輪際出ないと思う。
大河官兵衛は淡路もスルーかと。ていうか淡路平定81年説ならもうスルーしてる。
蜂須賀小六と秀長とねね出してればいいのかね。
秀吉の下は。
淡路は脇坂安治が洲本3万石だった気がするけど開発して石高が増えたんかな
淡路は結構山が多いからなあ
>>69 おお、そうなのか。
淡路島で1万2千石ぽっちだったのか・・・
この時期の石高って漁業、海運はどの程度反映されてたんだろう?
>>72 反映されてないでしょ
穀物生産量みたいなもんだから
信長のシェフ2話
比叡山ヒャッハーは無かった説を採用
ドラマはB級だが原作はかなり時代考証頑張ってるんだよね
上杉に隣国の最上や伊達と闘う力はあっても徳川領まで遠征するのは無理だろう
読めるかこんなんw
大学で日本史専攻すれば誰でも読めるよ
つうか宛行状は借金証文と並んで読みやすい部類
>>77 これ本物か?
なんかキレイに整い過ぎてるような印象を受けるが…素人考えだけのも
なんか平仮名の崩し具合が整い過ぎてる感じがするが、戦国末期はこんな感じなのか?それともこれは原本の写しか?江戸期とかの
>>79 んなことないだろ、授業取っても読めるようにならない奴も多いだろ、特に考古学系は
>>76 上杉の狙いは地方での割拠でしょ
伊達・最上に妨害されなくても最初から家康本隊と戦う気はない
上杉はもとから豊臣のために玉砕するほどの義理もないんだし
光成と呼応して決起したなんて言うフィクション小説を間に受けすぎてるやつが多い
九州で暴れた黒田もそうだが応仁の乱のように中央を二分する争いが長期化すれば
地方への押さえがきかなくなることで乱世が再来すると踏んでたら
関ヶ原が一日で決着がついて当てが外れただけだ
重要な文献に指定しているものが、敵を欺く為に偽造しているものだったり
日本史専攻してたが大正昭和初期が専門だったおかげで崩し字辞典でも引っ張り出さないと文書読めないわw
86 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/18(金) 02:49:28.17 ID:gxP08hi/0
徳川幕府って各大名から日本政府って認識はされてたのかな?
それともただの親分みたいな感じか?
最高権と言う意味では前者、統治権・決定機関という意味では後者になるんじゃないかな
豊臣を滅ぼした後は名実ともに日本政府だろう
豊臣が健在なうちに家康が死ねば再度ひっくり返る可能性があったので
関ヶ原から大阪の陣の間は微妙な過渡期
子供世代に領主が代わることで徳川の天下を既成事実化してた時期
当時は天下は実力者の持ち回りという意識が強いから(豊臣恩顧の大名がこぞって家康走ったのもこれが原因)
戦場で無様さらした秀忠が体制が固まる前に威張り散らせば大名は次の実力者を担ぎ出す
江戸時代の日本人は日本全体より藩に帰属意識を持ってたって聞くし、幕府は今で言えばアメリカをより強くしたようなもんじゃないの?
海外の侵略者や白人への対抗意識を考えると日の本の意識はあったんじゃないかな
>>83 > 最初から家康本隊と戦う気はない
家康からの難癖 ? に対して喧嘩を買った形とはいえ、上杉征伐が
発動されるのに、戦う気はないってのはないのでは…。
それにしても昔は謙信が寺に籠っちゃうくらいバラバラだった上杉、
信長末期の滅亡寸前の時も、上杉征伐の時も目立った裏切り者でな
かったのは不思議だ。
新発田は?
今週号読んで思ったんだけどさ
やっぱり豊臣家が家康に乗っ取られたのって仕方ない事なんだな
因果応報というか秀吉自身が正統性も正当性もなく力で織田家乗っ取ってるんだし
豊家が同じことされても文句言える筋合いにないよな
まぁ戦国時代なんてそんなもんだよな
「強い奴が勝って奪う」の連鎖世界なんだから奪った奴が奪われても仕方ない
>>54 本能寺の変の時点で
国内で新発田が反乱起こしてるわ
それでも越中の松倉城は確保してるし
空白地帯になった北信には逆に侵攻して同じく侵攻してきた北条と和議結んで川中島以北は確保してるし
諏訪方面で蜂起した諏訪氏にお墨付き与えてるし
匿ってた温井氏ら能登畠山旧臣を能登に上陸させてちょっかい出してる
>>91 御館の乱で真っ二つに割れて、その論功行賞で不満持った新発田は反乱起こしてたんだから
不平不満分子が出尽くした状態だったんだよ
そういやその新発田にも放生橋でフルボッコにされんだよな景勝
>>93 正当性がないなら信包さんもさっさと裏切ってんじゃね?
家康も家康で正当性はあるだろ
実力者家康でないと日本は更に混乱したと思うぞ
視点の差だな
浅野、蜂須賀、黒田、加藤清、加藤嘉
三河遠江駿河に配置した秀吉恩顧諸将みな家康になびきおって
なのに信包さんの安定感
信包が裏切らなかったから正当性があるってのも違うし
家康じゃないと日本が混乱したかもしれないから正当性があるってのも違うと思うわ
日本の行く末が焦点の話ならともかく家の乗っ取りに対する正当性のあるなしに対しては視点の差じゃなくて逸脱してるだけ
三成や毛利さんではない別の人が先頭きればなにか違ったのかな
>>100 そりゃお前にはお前の正当性があるのだろう
自分は日の本として見てるからな
>>103 正直、これはアリだと思った
というか、関ヶ原でもコイツは自分のことを第3軍と見なしてたよーに思える
小早川はコウモリ野郎として東西両軍から嫌われた気がするけど早々と東軍についてたら西軍は壊滅する前に退却して長期戦になってたかもしれない
>>103 宇喜多秀家の方がまだ正統性があるんだが
それでも総大将になれなかったということは実力不足ということ
秀吉も言ってたけど東の徳川の対抗できるのは西の毛利しかいなかったんだよ
で、その毛利は天下治めるのには消極的だから徳川が実権を握る流れは
どうあがいても止められませんでしたと
>>106 >徳川が実権を握る流れはどうあがいても止められませんでした
それならそれで、秀頼を生き残らせることに注力できなかったのかなぁ
場合によっては淀君の排除もアリで
小早川を総大将にしてしまえば
まさか大将が裏切ることもなさそうなのでなんとかなりそう
>>107 清正たちが豊臣家を貴族化して京都に押し込めようとしたら淀君が猛反対してまったく聞く耳もたなかったからなあ。
>>108 そのまさかをやっちゃったのが輝元なんですけどw
絶対に裏切れないように連判状まで作ったのに三成涙目
西軍の一番大勢力だったのが小早川だったんだよな
(輝元が参陣してれば毛利軍だったんだろうけど)
まあその二大勢力をなんであんな脇の方に布陣したのかが
疑問なんだが
ってウィキみたら一大勢力は宇喜多だった失礼
でも輝元がいたら毛利だったのは動かないな
秀秋は関ヶ原においてはタイミング的に西軍に取り込まれちゃっただけで
実質的には最初から最後まで、家康方だったと見た方が正解に近い気がしてる
伏見城落とした後は仮病(?)で一切動いてなかったり、家康到着が間近のタイミングで
毛利勢が入る予定だった松尾山を『奪取』してたり
西軍をうまく騙した、というには全力で疑われてたけどw
大谷さんが秀秋裏切るの前提で布陣してるしね
一番の曲者は毛利秀元の前に通せんぼで布陣して一切何もさせなかった吉川広家
>>107 強いて言えばさっさと出家させることだな
>>114 秀元が何もできなかったのは主君輝元の命だったからで
広家関係ないよ
広家のスタンドプレーだったら秀元は確実に広家の粛清に動いてる
>>116 不確かな現代語訳に基づいた推測はもういいです
>>117 残念ながら広家のみのスタンドプレーという方が根拠脆弱
毛利家重臣たちも悉く東軍に寝返るのに賛同してるし
秀元はこのときの広家の行動を全く批判してないからね
119 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/18(金) 20:46:26.82 ID:EBBk2t5t0
信長さんが「合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結よ 合戦に至るまで何をするかが俺は戦だと思っとる」
って言ってたの思い出した
>>118 秀元は関ヶ原から大坂城に引き上げた後、徹底抗戦を
主張しているはずだが…。
>>107 三成が実権を揮えなくなるので無理
三成って至誠尽忠の人みたいに言われることもあるけど、結局自分の地位と権力が可愛かっただけだから
関ヶ原って結局、非主流派が豊臣家家宰の家康の権力奪取のために蜂起しただけだし
お膳立てに乗っかっておいての毛利のやる気の無さが不思議なんだけどね
家康に与するなら、いっそ小早川より早く寝返っちゃえばよかったのに
痛み分けで膠着するとでも思って戦力保持を目論んだのかねえ?
そんな中でら宇喜多さんはよく頑張ったね
>>121 輝元の命令だったからこそ輝元に対して直談判してる
広家への批判は一切なし
総大将の裏切り方という本が出版されてるみたいだね
>>119 それマジで信長がいったの?
だとしたら、確実に信長は孫子を読んでるか、読んでる人から教えを受けてる
>>123 馬鹿正直だよね
馬鹿だけど正直だよね
ニュアンス変わるなw
>>126 孫子は当時の武将の一般教養なので驚くことではない
>>122 毛利は関ヶ原の戦いの前日に人質交換して東軍に寝返ってるよ
光秀の本能寺前夜を読んでるだが
対外戦争反対って事でいいのかな?(光秀の子孫がこの説が
有力だと言ってるらしいが)
>>130 あの人また自説変えたのかw
全く何回目だよ
>>131 あんたは前から全然自説変えないよね。
聞く耳もたないし。
でも三成って、フロイスの26聖人殉教記読んだら
本当は優しい人なんだなって感じたよ
秀吉がいよいよ黒くなってきたな
立場に合わせた必要を本能的にわきまえてるだけなのです
利休切腹とか朝鮮出兵とかの黒秀吉が楽しみだな
>>119 センゴクだと信玄が似たようなこと言ってたな
>>139 戦場で軍を並べる前に戦はもう終わっておるってあれはめちゃ痺れた
>>137 テョンくんじゃないんだから唐入りはノリノリで描いてほしいわw
利休も説が多すぎてどれか一つを本当かのように描くのは無理があるな
>>123 宇喜多さんの家、叔父さん亡くなってから昔の旧臣離れていっちゃったよね
叔父さん関ヶ原の時生きてたらどうしたんだろう
勝手に殺すなwww
忠家みたいな実力のある親族まだいたっけ?
いたら家臣分裂起こってないような
宇喜多忠家(1533〜1609?)
勘違いして覚えてたわ
すまん
>>144 あれ結局は家を中央集権化する過程で国人衆と対立したようなもんだからなあ
お隣の毛利でもそれほどではないが似たような問題起きてる
むかし家庭教師してくれていた教育大のあんちゃんからは中学のとき
徳川幕府ってどういう立ち位置やったん?って聞いたら
「分かりやすくいうと当時日本一の893」と返された
神出鬼没・滝川部隊がチンカス扱いにされるのー?
一応柴田よりの立場とは言え、引き込み工作もなしに攻めちゃうのかな?
各個撃破とか宣言してたし
信雄さん単純すなぁ
次の標的は滝川さんか、でも粘るよね
滝川の政治力の下げ止まりがとどまる所を知らない
羽柴殿いい感じに黒くなってきたな
滝川総兵衛「ふふん、負け戦だからこそ面白い
一騎駆けこそ戦さ場の華かと思わんかね
うおぉぉーーーーーっ!」
信雄www
主人公最後にちょろっと出番か
まあ秀吉主体になるのはシャーないけどさ
最終回のコマは藩の財政に苦しむセンゴクの顔で終わりか?
「……意味が分からん」
信孝哀れだな
>>98 秀吉から政治を任された家康と失脚した三成じゃどう見ても
家康に正当性があるでしょう
大老奉行の連署があっても秀頼から直に討伐の命令を受けた家康の方が上
表面上はそうだな
俺秀吉嫌いなんでどっちかというと東軍派で家康好きなんだけど
関ヶ原の時の家康には正統性も正当性もないと思うわw
秀吉死後の速攻の法度破りでのすっとぼけ&逆ギレや
加賀攻め、会津攻めの難癖のつけかたのヤクザっぷりが格好いいんじゃん
ラオウだよラオウ
秀吉の遺言で国政を任されている上に武力においては並ぶものなし
家康シンパの諸侯も多くいる
横車押し放題
真田太平記の中村梅之助
葵徳川三代の津川雅彦
がその場面をわかりやすく魅力的に演じていた
>>162 ラオウをそんな小物にしないでもらいたい
いやサウザーへの啖呵の切り方とかは完全に小物
ラオウさん、
当時のジャンプの一週一週のインパクトと引きが命の修羅場行き当たりばったり展開の弊害をモロに食らった小物キャラでしたよ
後の修羅編で大物キャラ像後付けされていったわけだけど
悪魔将軍や教皇サガなんかも同じような悲しみを背負っていたわけだけど、
一週ごとの読者投票のために、一本のストーリーの中で激しく試行錯誤されてきたフィクションキャラと一緒にされちゃ、
実在の戦国武将も怒るわ
信雄さんが面白いwwwwwwwww
フドウ相手にビビッて退いた挙句に部下殴り殺してたラオウさんが何だって?
貴様の秘密はトキが知っておるわ!
170 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/19(土) 22:18:30.08 ID:dDWNnY/m0
信孝の小物っぷりがwwww
すごく・・・・かわいそうです・・・
織田家の顔わけってみんなノブ様みたいな顔になっちまうな
まあ肖像画もノブ様にそっくりだもんな弟も息子も
また変なのが湧いてるな
池田も丹羽もあっさり秀吉傘下になっちゃってるが、心情とか
全然描かれないのかなぁ。
それだけ光秀を討ち取った威光が強いってことか ?
174 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/19(土) 23:28:52.19 ID:Sqi5C9D2O
しかし安定の丹羽さんw
ここにきても右手とアゴが接着剤でくっついてるんかよw
信雄は大物ぶりたがって逆に糞バカに見えるのがすごくいいw
信孝の方はまあバカじゃないけど普通ぐらいって感じ。
>>157 宮下先生インタビューで小田原攻めまではやりたいと言ってるよ。
177 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 00:36:44.72 ID:P/NXVOW70
>>175 ノブオさんの「意味が分からん」は本人すっかり決め台詞のつもりなんだろうなw
タカさんの「ばーんばーん!」「ほら!三ちゃんもすっかり殺る気だろ!?(…って無理か)」が凄く悲しいw
179 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 01:11:51.39 ID:t5fqef/x0
このマンガの信孝のハイライトは、山崎の合戦序盤で、織田の旗を仕舞わせて
「神戸信孝」に戻ろうとしたところだろうな
>>175 蚊帳の外にしておいて一体何が約定やぶりなのじゃ (愚痴
→三法師さまを傀儡に ! →なに、それは許せん !
とか、よし余は決めたぞ、春になったら出陣じゃ
→ 阿呆か、春になったら柴田がくるじゃろうが !
の辺りは笑ってしまうなw
なんというか、神輿にするにはピッタリ感が…。
信長の息子ってろくなのいねえな。信忠は優秀だったみたいだけど…
>>180 俺もそこが面白かったw
いいキャラしてるな
信雄のアホッぷりにワロタwww
そして信孝はワロえない…
逃げられたのになー信忠は。気持ちは分かるけどもったいない
親父の方にいっちゃったのが
>>180 その調子良さが乱世を生き抜く秘訣なんやな
理屈理屈理屈理屈…父御の様に戦っちゃあならんのかワシはぁ…
あの辞世の句も納得のストレス社会に生きる信孝さん可哀想
>>186 それ言ったの信雄のほうじゃなかったっけ
信雄がそんな難しいこと考えるわけないだろ
秀吉は地の利がとてつもなく大きいな
というより最大のライバルが恐ろしく不利なだけか
>>184 信忠「オレは正しかっただろ。光秀が裏切ったんだ。
羽柴も丹羽も、父の乳兄弟の池田すら裏切り者じゃ…
誰も信用できんー」
秀吉派所領…南近江・五畿内・丹波・丹後・若狭・南伊勢・尾張・播磨・但馬・因幡・備前・美作・淡路
秀吉本城…山城国山崎城
勝家派所領…北伊勢・美濃・北近江・越前・加賀・能登・越中
勝家本城…越前国北の庄城
秀吉圧倒的優位、勝家逆転の目は皆無
192 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 10:48:46.36 ID:M0D1SoVM0
>>181 信忠は非凡の才があるとは言えんが、当主を継げるくらいの力量はあったはず
三七と茶筅が小物すぎて泣けてくるなw
茶筅・三七「えー、十歳の頃には他家に養子にだされて家継なんて考えたこともなかったもん」
武田攻めは信忠軍だけで粗方ケリつけたんだよな
信忠から秀勝の四人以外で面白エピソードや何らかの功績残した信長の息子っている?
筒井順慶の瞳が真っ黒でヒッとなる
元就もこんな感じだったか
細川さんの鼻にキズはなにかエピソードあるんですか?
本人がどうこうというよりは境遇が特殊って面が強いけど、
おつやのとこにいたせいで武田で10年間くらい人質にされて
開放後、甲州攻めで軍功あったけど信忠もろとも死んだ勝長くらいかねえ?
なんか関ヶ原で地味に戦死したのもいた気がするが
>>181 一族全員優秀なのって島津くらいしかいないだろ。
むしろあそこんちのヒトゲノム解析したら凄い有用な遺伝子が見付かんじゃないかというレベル
>>186 信長は勝てない時にはさっさと逃げたり、土下座もできる男
だったからな。
目端は効くけど我慢ができないタイプか > 信孝
199 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 12:36:19.61 ID:NqRGLPiy0
このかわいい三法しが関ヶ原では立派になって西軍として戦ってるんだよなあ
信孝は大物では決してないにせよ並程度以上には能はある、だからこそ分不相応な立ち位置に振り回されまくってイカれそうな事になってる……っていう描写だな
確か信忠はほんのいくらか及ばないか頑張って及ぶかって程度で悩んでるシーンがあったっけ
こいつらと比べりゃさぞ信雄は御輿にするのに都合がよかろう
やっと織田家No.6の蜂屋さん出てきたよ
しかし四国遠征組のときの副将であった丹羽と蜂屋に早々と見限られるとは
信孝はやっぱり政治力が欠けていたということか
>>198 我慢のできるオボッチャマとか天然記念物並みの希少種
三七殿は小物だけど今週はなんかかわいそうだったな
本格的にデビューできるはずだった長宗我部攻めが本能寺でご破産になって以降、
ずっと周りの情勢についていけずまともに戦えず振り回されっぱなしなわけで
>>200 有楽さんは世渡りが上手すぎるw
>>202 きな臭い情勢下で実戦経験もない若造じゃ話にならんでしょ
遠征軍を率いて少しでも実践詰んで指揮系統確立してればまだ違ったんだろうが
>>190 ただ、信忠が生きてたら織田の後継がはっきりしてるわけだから、
争いの余地はなかっただろうな。
家康がこのときに織田家の内紛に本格介入すれば面白かったんだけど・・・
家康は甲斐信濃切り取りでの上杉、北条との攻防でそれどころじゃないっしょ?
真田も粘りまくってるし
>>197 お前四兄弟の家以外に薩摩に島津家が無いと思ってるだろ
>>199 「私は父御や祖父様のように戦っちゃイカンのか!」
今回の信孝は家臣がギリギリで止めれたけど、秀信は家臣のその説得を無視して出撃したってのも対比になっちゃうな。
お陰で西軍の防衛ラインが…
それにしても、信雄の「意味がわからん」は史実ネタから出たものなのかなぁ
フロイスが岐阜に来た時信長自らがおもてなしをしてるのを見て
小姓をする信雄がその理由を聞いた話が残ってるもんでさ
信雄「何故バテレンに優しくするのですか、意味がわかりません」
信長「優しくすれば自分の事を良い人と思ってくれるからだ」
とまぁやり取りがあったんだろうなと思ったわ
>>210 それは籠城するか外で戦うかの話で、今回のは大義名分の話だよ
今回の信孝に笑ったけど
本人としてはたまったもんじゃないだろうなぁ
214 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 16:51:20.54 ID:h4rgcf9l0
茶筅はリアルアホの子だが、
三七はちょっと可哀想だね
勝てないと分かってても戦うことすらできない状況にされて…
同じ坊ちゃんでも三七はまだ気概はあったね
だから三七は死んでしまった
まあ気概やプライドを捨てられん奴は長生きできんよ
必要な時には土下座くらいできる男じゃないとね
父親の苦労見てきたのにボンボンじゃなぁ
信孝の哀れさはなんか足利義昭と被るんだよなあ
信雄も信孝も朝倉義景状態だな
「若い頃に戦場で七転八倒せず生きてきて、成長する機会がなかったことを今になって悔いている」
信忠は朝倉攻めの時に信長に叱られた甲斐もあって、後の武田攻めの時の高遠攻略戦で功を立てられたように思える
三法師は関ヶ原までてんすキャラか
>>216 ノブのはそれよりもっと大きな目標があるから我慢できたんだと思う
個人的に晩年の秀吉がアレなのは日本統一の時点で秀吉の心が満足しちゃったからだと思う
「秀吉が臣従せよと言ってきています!」
「意味がわからん、余が主君ではないか」
「ここは徳川殿と組んで羽柴と戦うべきかと」
「よしっ、挙兵するぞ!」
(中略)
「意味が分からん、これでは勝てんではないか」
「ここは羽柴殿と和睦すべきかと、主君を殺せば逆賊でござる、よもや無碍には扱いますまい」
「よしっ、和睦するぞ!」
近臣からは影で「わからん公」と呼ばれるんですね
>>179 あれは印象最悪だったなw
後でどれだけ格好つけようとしても、あの場面思い出しただけで吹く
>>191 でも信長と義元の差ほどないからなぁ
しかも信長は、北も西も敵
相手は三国同盟で後方を固め済み
しかし信雄といい、今川氏真といい、義昭サマといい、
数奇な一生送ってるものだなあ、とネット見るようになって知ったものね
どうしても小説・ドラマでは、愚か者扱いキャラとしていつのまにかフェードアウトしちゃう人たちだけど、
こっちも気にせずに(知らんところで寂しい最後になっちゃったんだろな)ぐらいにしか思ってなかったし
この漫画での秀吉不能説どうするんだろうね
とんでもヤリチンでアラファイブのとこまで描かれてるし
(長浜で子供を産んだという伝説もあるけど)
そんな状況で茶々との間にいきなり二人も子供が生まれるってのも
不信に思うけどな
>>219 信雄さんは別に悔やんでないから
平然と世渡りしてきっちり藩主になったような気がする
老後も凄いのんびりしてるし
信雄は実は一番信長に近い人間だと思ってる
信長から政治、武将力を除けば信雄になると
(肖像画も一番そっくりだし)
信長の息子に生まれてなければこんな数奇な運命に
翻弄される事もなかったと思う
政治・武将力を除かれた信長ってお前、それはネタと米を除かれた寿司みたいなもんじゃないのかw
>>231 そんな事ないぞ
イケメンで文化や交流をたしなむ文化人だぞい
そもそも信長自身も実は戦国大名をやりたくなかったんじゃないか
と思える言動もあるからなあ
そうだ、高野山へ行こう
>>228 >長浜で子供を産んだという伝説
それって伝説なのか?
俺はおねの方が石女だった、って説をよく聞くけど
>>234 おねがたとえそうだとしても
秀吉のヤリチンは史実だし
コンドームのない時代にあれだけの女とやったら
山の様に子供を産むか性病で早死にするかのどっちかだ
(前者が徳川家康で後者が加藤清正な)
>>198 そこらへんの割りきりの良さは信長に見習いたい
そこら辺の状況判断と平身低頭できる割り切りの良さは、信長のすごさ
>>191 京中心の畿内とそれに連なるインターフェイスたる海への出入り口の淡路、伊勢、若狭、近江、尾張を押さえて
その日本の中枢の経済圏をブーストアップする但馬の生野銀山の銀を抑えてるとか…単に所領の面積だけでは計れないスゴさがある
>>236 あと秀吉だけではなく、光秀、勝家ら織田家軍団長はみんな過酷勤務過ぎて、高齢少子だって話も聞いたな
秀吉みたいに絶無、というの運がないのもあるだろうけど
領地から離れることの少なかった家康と比べて少子、というのは仕方のない面もあるんじゃないか?
>>239 でも秀吉の場合は子作りをあきらめたのか(でもセックスは大好きだろうが)
信長の息子秀勝をもらってるし
信長が本能寺死ななければ、羽柴家を織田の分家として
支えていくような関係になっただろうね
241 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/20(日) 23:54:12.10 ID:9st0JDzJ0
でも茶筅様は大阪の陣では改心して家康にへりくだって徳川軍として参加してるんだよなあ
>>241 さすがにあの時はあれだけの修羅場を経験したせいか
空気が読めてたんだろうね
ところで質問なんだけどなんであの時、信雄は大坂城にいたの?
ウィキとか見ても答えが書いてないんだが
(とんでも説では茶々が信雄の妹、つまり信長の娘だというからとも)
家臣達になだめられたとは言え、絶対に戦ってはいけない場面でこらえた37。
わけのわからない煽りに乗せられて、良い気分で御輿に担がれた茶筅。
茶筅カッコいいなw
中途半端に頭を使える奴とは違う。だから生き残る。
>>222 面白いwwww
そしてその流れありそうwwww
>>236 現代だって不妊治療しても中々子供出来ない人間いることからすれば秀吉もそういう体質の人間だったんだろう。
大河見ていて気づいたんだけど
この漫画で羽柴秀勝は描かれてないよな
大河やセンゴクではどう処理されるんだろうねえ
ばあ ばばあ
よいのです
251 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/21(月) 06:51:32.12 ID:btbl/mct0
秀吉が名目上おかしなこと言って織田家乗っ取り工作やってるって丹羽池田らはどこまで気づいてるんだろうか?
37以外の美濃衆もあっという間に従属してるし考える余地すら与えられないほど秀吉の動きが速かったのかね
黒官も「いま羽柴様が我々凡人とは違う輝きを放っておられる」とか言って放置してるしw
252 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/21(月) 08:02:32.00 ID:QmksB47x0
茶筅様の道化っぷりは小牧長久手でもたっぷり見れるから楽しみw
>>225 何がでもなんだ?秀吉に圧倒的な地の利があることを否定してるのか?
>>251 池田はともかく、丹羽は織田が今川斯波織田大和家を下克上したのを覚えてるだろ
もう信長は居ないんだから、気にしてちゃ戦国大名は務まらねーよ……
>>253 信長は勝家より逆境に置かれても諦めなかったから、柴田さんも諦めないだろうね
傍から見れば、逆転の目は皆無でも
>>251 茶筅「よし、挙兵するぞ!でも寒いから春ね(越冬)」
秀吉「茶筅殿が挙兵するぞ!まずはワシらが出陣じゃ(冬季出陣)」
宿老「羽柴殿が出陣という事は、茶筅殿も来るのか(冬季出陣)」
美濃「羽柴殿と宿老、それに茶筅殿とは三七殿も終わったな(冬季出陣)」
家臣「もう戦う前に負けてます、茶筅殿に謝りましょう」
信孝「」
>>246みて、だよねーとか思ってたら脳内で明智光慶に変換されてた
この人、鬼武者出来る前はフィクションでちやほやされてたのかな?
>>236 最近、秀吉は言われるほど女狂いじゃなかったっていう説があるらしい
>>240 あれは、処世術だったんじゃないかな?
中国、九州潰し終わったら次は内部粛清だろうし
>>251 現段階の信孝攻めに自分達に道理がないのはわかってるだろうし
もう単純に勝ち馬に乗らなきゃって事しか頭にないんじゃねーかな
織田家って元々仲良し一枚岩軍団じゃなくて競争レースシステムで来た訳だし
秀吉からすりゃこの二人の宿老が速攻傘下に入ってくれた事で大義的な意味では大分楽になったろうな
>>258 その説のソース教えて
どれほど信憑性があるのか知りたい
今回の引用文書がちょっと気になったんだけど
宇喜多秀家宛の手紙がなんで小早川家文書で残ってるんだ?
勝家出てこれない間に主家の当主を大軍で取り囲むとか、やってることはなんか逆本能寺みたいに思えた
ここら辺の秀吉の強引さと緻密な計算との兼ね合いの絶妙さで勝家滅ぼすまでは、確かに人智越えてるようなキレッキレッな実行力だと思う
実際、正当性皆無なあの状況で、周囲に認めさせてしまった訳だし
当主の三法師は幼君だから君側の奸(信孝)を撃つという
古来中国で使い古された手法が有効だったんだろうな
時系列どうするか分からないけど今週の引きだとゴンベ安楽越え軍に参陣するの?
接点無いと思って諦めてた蒲生氏郷登場するのかな?安土まで来てまた四国へ帰る羽目になりそうな気もするけど
信孝いいなぁ
背中から哀愁
正直もう四国とかどうでもいいよな。
266 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/21(月) 13:26:45.75 ID:qUzf0Nl/0
家康は甲斐信濃に兵出してるけど
織田家の人は徳川はよそ者って感覚なの?
同盟といっても実質家臣みたのなもんらしいけど
信長横死・滝川敗走で甲斐信濃の織田軍が逃げ出して空白地帯になったので家康が抑えた
>>268 空白地帯ではない
上野は北条に制圧されたし、信州は上杉と北条が山分け
甲斐に北条が進出を始めたのだから、この時点で徳川が
入って行くのは大博打
>>269 それはほぼ同時進行で起こってること。
入っていかなければ敵の所領が大きくなるんだから、大博打ではなく当然のこと。
>>270 戦略的には必要必然でも、彼我の戦力差考えたら十分に博打だったんじゃないかな。
あの時点の徳川はまだ70万石位だし。
>>272 駿河を手に入れたからって徳川が動員できる兵力はせいぜい2万未満
一方で北条が旧武田領侵攻に5万、上杉も動いてる
これなら普通は自領を固めるのが先なのに家康の決定は
1万そこそこで攻め込んでゲリラ戦
織田側の情勢次第で三方に攻められるのだから十分博打だぞ
放置して北条が拡大したらキケン
相手より劣るのに介入するのもキケン
両方共キケン
それでいいのになんで争ってるの
>>274 この時期の秀吉の切れ具合からみれば、家康のやってることは地道そのもの
に映るからじゃないかな。
まあ隣の国がぽっかり空白になったのに
奪取しに行かない戦国大名は向いてないから転職したほうがいいと思うよ
>>232 へうげもの、の有楽斎見てると、一応は織田家や豊臣の
行く先を案じているけど、自分自身は天下とか石高とかに
ほとんど興味も無く、文化や数寄ものを嗜んでいれば満足
というのが、なんというか会社経営に全く興味のない
ボンボンみたいで羨ましくもあるな。才能ないとただの
穀潰しだけどw
そう言えばこの漫画に有楽斎出たことあった?
まあ何の役にも立たないが
>>273 織田と同盟してるから、今一実感ないけど、当時の徳川って
まだまだ中小勢力なんだよね…。
長篠で大被害被った武田にも単独では当たれない程度の勢力。
まだ武田滅びてから一年もたってない時期だしな。
作中でも「武田旧臣のための甲州切り取り」って言ってるし、抱えた武田家臣団の手前、動かざる得なかったんじゃないの?
動かないと動かないで、武田旧臣からは不満出そうだし
>>282 てかもう、動かないってのは全くありえない状況だから
旧武田領が、ほぼ丸々切り取り次第の状態なんだからw
問題は、奪い合いのの結果どれだけ自分に取り込めるかってこと
織田家の相続戦争に介入するにも、ここで得られる限りのものを得て力を付けなきゃイニシアティブを握ることは出来ない
本能寺の信長の横死がもう武田滅亡に始まる一連の事態の一幕みたいなところもあるしな
関連性無視されること多いけど
>>282 武田旧臣で独立の気概があったやつは真田くらいかね?
あとはもう金魚の糞みたいなのばかりだわ
まあ、戦国時代は取れる分は取っとかないと、他人に取られて力を増されて後で自分が攻められる布石になるからな
>>282 エサを与えないと謀反を起こすのがブシドーだもんね
三河武士「理想の領主じゃなければブッコロ」
面倒くさいw
>>285 ただ、あんまり後先考えずに方々敵に回すのもアレだけどな
伊達や長宗我部、島津もかな、秀吉に強制ストップ掛けられなかったら
むしろ逆襲の火の手があちこちから上がって手に負えなくなってたんじゃないか?
まあタイムリミットを見越して取れるだけ取っとこうって意識もあったんだろうけど
>>287 それで最悪なのは武田だけどな
甲相駿三国同盟を今川義元の戦死で自分から破って駿河侵入
北条と決定的に関係悪化させて、信濃方面を解決できてないのに泥沼化
対応策として織田徳川と結んで織田の伸張を許すともう最悪
嫡子の義信に嫁の関係で反対されて廃嫡幽閉に義信派家臣団粛清と家を乱したおまけつき
機会主義の最悪の例の一つだな
信玄が短慮な強欲を抑えて権力基盤が脆弱なボンクラの跡継ぎを担いで今川は保護領化するにとどめ、
離反した徳川とその同盟者の織田を早期に伐っていれば歴史は全く違ってたのにね
>>258 やっぱり天下統一したら信様も内部粛清に走ってたのかね?
光秀・秀吉や方面軍のトップは難癖付けられて処刑とか(漢の韓信みたいに)
>>283 切り取り次第と言うが、すでに北条の大軍が上野を制圧して
信濃大半の武田旧臣を支配下において甲斐に進出し始める状態だから
領土は北条から奪い取らないと無理
>>288 >権力基盤が脆弱なボンクラの跡継ぎを担いで今川は保護領化するにとどめ
義元さんのやり方に似てますな
>>289 韓信は外征するつもりがなかったから殺されたんじゃない?
外征する気満々の信長には当てはまらない
>>289 韓信はガチで謀反を計画してたから誘き寄せられて殺されたんだが
>>273 全然普通じゃない
放っておいたらその三方から攻めてくる兵力がさらに増えるだけです
>>293 そうなのか?横山光輝の『項羽と劉邦』『史記』くらいしか読んでないから、詳しくは知らないけど、
それにしたって劉邦の粛清しまくりも原因の一つのような気もするけど・・・
劉邦の家臣で天寿を全うしたのって張良くらいじゃないかと。
>>290 武田旧臣はほとんど徳川に付いたものだと思ってた。
甲斐の武田旧臣は徳川で信濃側は北条ってことか。
>>289 羽柴は秀勝押し込んであるから取り潰しはない
まあ秀吉が隠居させられたりはするだろうが
明智、柴田は取り潰されたかも
信長が生きてたらお市が柴田に再嫁するかも分からんし
丹羽さんレベルになれば普通に存続できた気もする
>>295 おま、蕭何も曹参、陳平、周勃、灌嬰、夏侯嬰も皆天寿全うしてるだろ
>>295 蕭何、夏侯嬰、陳平、曹参、周勃、灌嬰、陸賈、叔孫通 『えっ!?』
樊カイ『ギリセーフ!』
>>295 劉邦の家臣で粛清されたのは王クラスがほとんどじゃね
彭越、黥布とか
>>299 何か皆さん、スマンw
樊カイは捕えられて都に送られる途中で劉邦が死んだんだっけ?
そのメンバーだと、曹参が曹操の先祖なんだよな。
まあ、漢にとっては劉邦が死んだ後が、もっとエライことになるがw(スレチだからこれくらいにしとくけど)
>>300 真田は北条についてたというより、北条、上杉、徳川の間をうまく綱渡りしてただけじゃんw
強いて言うなら人質送ってた上杉寄りじゃね?
>>303 おま、曹操の先祖は夏侯嬰だ
いい加減にしろよw
>>305 あれ、そうだっけ?
もう一回読み返して見るかw
>>306 曹嵩は夏候氏から宦官の曹操のじいさまのところに養子に入った
だから夏候惇とは従兄弟
>>304 最初は上杉、次は北条、徳川
沼田領で徳川から離反したらまた上杉
権兵衛が長宗我部の抑え役としての活動がちょっと過小評価だな
一応方面軍の司令官な訳でしかも少数だからもっとギリギリ感が欲しいな
権兵衛を軽く描きすぎだから長宗我部の脅威が伝わりにくい
>>309 まだ直接対戦してないからなぁ
天正記初期の、あのギリギリな描写がまた見たいぜ
「死にたくなくば、敵を殺せい!!」
>>309 こんな感じw
/ \
/ _ノ ヽ、_ \
/ o゚⌒ ⌒゚o \ 長宗我部がくるお・・・。援軍も宛行状も期待できないお・・・・
| (__人__) | 黒官も帰っちゃったし、こうなったら俺達だけでやるしかないお・・・
\ ` ⌒´ / でも敵は数倍だから玉砕必死だお・・・・
↓
/ ̄ ̄\
/ \ ____
|:::::: | / \
. |::::::::::: | / ⌒ ⌒ \
|:::::::::::::: |/ (●) (●) \ 長宗我部、帰ったみたいだし、滝川攻めてくれ
. |:::::::::::::: } | (__人__) |
. ヽ:::::::::::::: } \ ` ⌒´ _/
ヽ:::::::::: ノ | \
/:::::::::::: く | | 秀吉 | |
-―――――|:::::::::::::::: \-―┴┴―――――┴┴――
>>311 配役変わってんじゃねえか、やるならちゃんとやれw
ゴンベさんがラストで強キャラっぽい台詞かましてて笑える
家康を粉砕するゴッドファーザー信玄役を
妄想激情家の長宗我部に是非w
>>314 温室育ちの織田坊sと対比でカッコいいのにw
>>208 北条との戦は夏で和睦という形で決着してるから
それで決まった両家の婚姻と
信濃の上杉方についた豪族の切り崩し
賤ヶ岳の前後どちらか忘れたが
東美濃で森家に敗れた遠山家が徳川を頼って落ち延びた
真田は滝川→北条→徳川→上杉→豊臣と面白いように変わってるなw
当人にとっては必死だったろうが
真田昌幸には織田の次は羽柴(豊臣)の世だ!と見えてたのかな
>>267 分かってないのはお前だろw
お前みたいな日本語が理解出来ない奴とは会話にならんから、もう関わらないでくれw
>>307 それは曹操の墓発掘後のDNA鑑定で否定されちゃった
>>58 少数の部隊でハラスメント的に後背を突き続ける、っていう手はなかったのかな。
>>68 これまでの秀吉主役の大河で、尾藤や神子田や仙石がそれなりにでも描写された作品ってあったっけ?
賤ヶ岳の戦いの期間は権兵衛は四国に張り付いていたんだと思ってたから、
対滝川戦に加わるのは意外だな。
下がり目しかない滝川さん
>>323 同じく。というかこれは史実なのか?
三方ヶ原みたいなパターンもあるけど、あれはまだ一兵卒の時代で、
自由に書ける余地があったからな。
表向き信雄派と信孝派に分かれた織田家だが、勝家と滝川
が信孝に肩入れする事情って描かれてないよね(丹羽と池田
他が秀吉派になった背景もだけど)。
通説だと、信雄より信孝の方が後継者としてまともだから
織田家尊重派は信孝、乗っ取り派は信雄を支持したという
色分けになるけど、センゴクだとどっちもどっちという
印象だし…。
>>326 もうこの時期になったら誰もが自分の生き残りしか考えてないから、自分の判断で自分の路線を指向したとしか言いようが無いと思うよ
多数派工作は秀吉がより盛んで必死だったから、自分でなにか付けない理由があるんでなきゃ秀吉に付いたろうけど
秀吉にとっては信雄は旗印として担ぐのに好都合だっただけだろうし、じゃあ残った陣営はおみそしか残らんよねって
強大な権力で舵取りしてた人とその後継ぎが急にいなくなって、あちこちで混乱が起こって、
みんな不安だから、とりあえず正しそうなこと言ってる側・数の多い側についていくって感じじゃないのかな
>>318 上杉に送った人質を豊臣に送る時点でそうなんじゃない
秀吉が信雄を担いだら
反秀吉派は信孝担ぐしかない
みたいな単純な話じゃねーの
よく柴田は織田の忠臣とか言われるけど、三法師じゃなく信孝かついでる時点で
こっちも天下狙ってたんじゃないかと思う。
ってゆうか何で信孝は「織田家の跡取りはオレだ!」と言い出したんだろうね
>>331 忠臣イメージが有るのは、はっきり言って立ち回りのまずさのせいだなw
秀吉にイニシアティブ完全に握られちゃって、それに対するカウンターでしか動けてない
ただ自分が織田政権の継承者になるだけの覚悟もなかったとは思うよ
あったら拙いなりにもっと積極的に動いてるから
幼児の三法師ならともかく、信孝じゃ自分の好きなようにコントロールできない事くらい権六でも分かる
>>332 センゴクでもそうだけど、三法師の後見人になってるからじゃない ?
三法師は幼児なんだから、その時点で一応暫定当主みたいなものでは。
37はどうすれば生き残ることができたのか考えてみないか
まず最終目標をどこにせっていすればいい?
>>336 アホの信雄が天寿を全うできたんだから十分生き残ることは可能だったはずなんだよなぁ
やっぱり下手に権力を持つ者に逆らわず道化を演じてたほうが良かったんじゃね?
>>340 年齢重ねれば、そのうち君もキレイなノブオになれる
>>325 雑賀への牽制ならともかく滝川攻めろはありえないと思う。
淡路から伊勢はちょっと遠すぎるよな
海路で行くのか?
>>339 今川氏真といい、中途半端に能力あるより、政治はからっきしな方が長生きできそう
氏真は評価されなさすぎ
太平の世に生まれてたら文化素養の深い真面目な君主として名を残したんだろう
>>339 信雄は家康と組めたのが幸運
信孝は勝家が滅亡したうえに自害は信雄名義で命じられて秀吉も殺りやすかった
組むなら強い人と組まないとね!
このスレ戦国史好きばかりが揃ってて
スレチに思われるかもしれないけど質問
宮下先生はセンゴクの前に相撲漫画をやってたらしいけど
タイトルを教えてほしい、ブックオフにはセンゴク以外置いてないもんで
(できればどんな漫画かも)
作者も作品もウィキペディアのページまであるしググったらすぐわかることだが……
「ヤマト猛る!」
高校柔道の話
柔道じゃねぇ相撲
ノブ様が死んでしまってから言っても仕方ないけど
相撲愛好家のノブ様だから相撲シーンとか描いてほしかった
(力士とか出てきてさ、本能寺の変だって力士がいっぱいいたと聞いたし)
あと初期の頃は武将が力士のような体格にみえてたよな
352 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/22(火) 23:46:57.49 ID:oK3AdhGa0
清洲会議では秀吉が三法師を担いで、柴田が信孝を担いで
結果的に三法師後継、信孝後見で決着したと大抵の作品で見られたけど
センゴクでは最初から三法師後継、信孝後見で専ら領地替えだけの議論になってたけど
実際どちらが史実に近いの?
ばぁ ばばぁ
>>352 清須会議の内容は実際には良く分からないんだ
会議のあとに秀吉や勝家が出した書状とか、関係ない人々が噂話を記録したものとか、後世の物語とか
そのあたりで間接的に想像するしかないんだ
>>352 特に問題なくみんな三法師で決着したんじゃなかったっけ?
筋的にも当主の息子なんだし。
筋から言えば当主は三法師以外にないだろう
勝家が信孝を推したという説は後の展開から想像したんじゃないか
>>351 プーチンの部下に居たじゃん。
力士部隊みたいなのもw
この時代におもちゃの鉄砲があるんだな。
信長「孫の遊び道具にするから小さい鉄砲作れ、精密なやつな」
国友「?…はい…」
ノブオも信孝も別の家に入っちゃってるからな〜
>>314 羽柴家の古参家臣で黄母衣隊のエリートより早く城主になって
淡路島、次いで讃岐一国の大名になって小西行長や長曾我部すら配下に置いて
小田原攻めで大活躍した上に伏見城で五右衛門捕まえた忍者なんだから強キャラだろ
>>351 手取川編で黄金の左腕を持つ横綱が出て来たじゃんか
>>361 NINJAスゲー(忍びのはずが表舞台で活躍し過ぎのような)
>>333 勝家に忠臣イメージあるのは、市と結婚したのが大きいんじゃ
ないかなぁ。
市はドラマや小説など作品によって割とキャラ違うけど、
勝家は大抵結婚したものの、夫婦というよりは姫と家臣、
どうしても市に遠慮して頭上がらないって人物になりがち。
市にすら逆らえない勝家に、織田家乗っ取りなんて無理w
ひょっとしたら、城の片隅でひっそり暮らしている市たちを
襲って、市も茶々も手篭めにし、信長はもう死んだー 城も
女もみんなオレのもんじゃーなんていうヒャッハーな勝家が
出てくる作品あるかもしれないがw
>>364 そんなDVな勝家なら市はさっさと娘達を連れて城から逃げ出した
ゴンベさんは少なくとも信長が死ぬまでは家臣じゃ無いよな?
寄騎だったしね
家臣の勢力をあんまり強くさせたくないけど、配下の少ない家臣には大きな仕事させられない……
じゃあこいつも本当は俺の家臣なんだけどお前の部下として貸してやるから使え、な?
あくまでも貸しな! 本当はお前の家臣じゃなくて俺の直臣だから!
という制度らしいけど、わりと名目上でのことだったりしたのかな?
それとも明確に区別をつけられていたんだろうか
>>364 むしろ市が勝家を操って好き放題するほうが想像に容易いのがなんとも
三傑がその軍才を恐れたおシエ様を忘れるとは何事ぞ!?
>>354 だからか知らんが、実際の信雄は織田家も天下も興味が無いからやりたい奴がやれ
自分は父が残してくれたモノで食いつなぐわ、なんて言っていた噂まで出て来るな
このスレの住人はセンゴクから読み出した
戦国史ヲタばっかなんだろうな
ヤマト猛る!から読んでる人なんて皆無なんだろうな
>>367 本来だと義元がやってるみたいに領地経営は個々で行ってて軍事行動を起こす時に命令系統を確立させるための寄騎制度なんだろうけど
織田家みたいに多方面で戦闘が起こってて方面軍制度と切り取り次第(一応任命権は信長)やってたらその辺うやむやになるよな
374 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/23(水) 12:53:41.99 ID:zXQ5vEkK0
>>352 成る程
じゃあセンゴク描写も強ち定説には疑問があるってわけでもないんだね
逆に秀吉の三法師後継と柴田の信孝後継はなんか下敷きがあるのかな?
>>361 センゴク描写においてだけど武将としてじゃなくいち戦士として見ると
山崎新平を馬上槍で討ち取ったり鳥居兵庫を腕ひしぎ十字→マウントフルボッコでKOしたりとめちゃ強いけど
もう無印センゴクみたいな強戦士描写は見れないのだろうな…
>>373 新興ブラック企業では社内規程や雇用形態もあやふやなんだろうな
>>375 もう大将が一騎打ちなんかやらかそうもんなら、
家臣連中も顔面蒼白で「なにやってんだよバカ!」と突っ込み入れる組織形態になっちゃったしね
>>377 つまり、バカ(ゴンベ)ならやりかねないという事か
>>377 溜めて溜めて鈴鳴り武者で暴れ倒すんだろう。
>>378 本来最初は猪武者でも、功績をあげるごとに指揮官として学んでいくもんなんだけど
九州があるから成長できないのかねゴンベエは
長篠では指揮官ぽかったのに
>>377 そうは言っても秀忠の遺骨を調べたら銃創が二か所もあったから
御大将が先陣を切る展開もあったんだよな
>>367 割りと明確だったんじゃないかな
陪臣と直臣で扱いが違った的な記述を何かの本で見たことあるし
サンペーはもう出てきてくれないんだろうか…
>>380 >長篠では指揮官ぽかったのに
遊撃的な小隊規模の指揮官なら、そりゃ十二分に務まるようになりました、な描写積み重ねてきてるじゃない
「先陣きる大将と、愉快な仲間たち」規模なら、外様の又兵衛にも「戦(だけ)なら頼りになる」と信頼されるんだし
でも九州では、ねえ…w→そしてクライマックスに>379展開、ていうのがこれから先のミソなんでしょ
勝利の方程式→大将突撃、味方も付いてくる
ぶん殴って止めるクロカンがいれば釣り野伏を喰らわなかっただろうな
なんでゴンベを総大将にしたんだ・・・
まあ、釣り野伏せはちょっと戦国最強の作戦すぎてな…
じゃあ、マネすりゃいいじゃんって話だけど、あれ成立させるのって意外と難しいらしいじゃん
小田原でも結局自ら槍ふるって奮闘してますし
>>385 それこそ半兵衛のレパント海戦の解説だろ。
「正解はない、結果がすべて」
>>386 あれって、四国組は罠って気づいてたけど軍艦のゴンベエが突撃したから
追随せざるを得なかったって話を良く聞くんだけど実際どうなんだろ?
実際秀長やクロカン、小早川あたりは引っかからなかったんだし、気をつければどうにかなったのかな
>>386 囮の危険度がかなり高いからなぁ
釣りだと警戒されないように自然な逃げを演じる
戦場でその要求は難易度が高過ぎるだろ
警戒されたら釣れないし、逆に喰いつかれすぎて囮が真に壊滅したら大損害になってしまう
こんな作戦を何度も成功させれる連中はおかしいw
>>388 「結果が全てやで」
長宗我部発狂NEW!
>>392 淡路勢の突破力がちょっと予想以上で家久が「ちょ待てよw」ってなったみたいだしな。
腹が据わった囮役に非情で冷静な指揮官と息が合わなきゃ、ちょっと想定外な事があれば失敗しそうだよな。
権兵衛だってフロイスの記録に「有能と知られる」みたいな記述があったみたいだし、期待されるだけのものはあったんだろうが・・・
大将の器ってのは個の能力を超えた所にあるんだろうかね?
>>394 ゴンの特性は姫若子時代の辺境英雄
いわゆる「蛮族の長」
「戦じゃ家臣なんて役に立たねえ!」
史上最も家臣統率に失敗し、最も大将突撃に成功した猪武者!仙石秀久!
>>382 上司と折り合いが悪くなって・・・みたいなの以外で
与騎が編成上の都合でほいほい異動されたりしてた例はあるのかな?
>>388 ザックジャパン「正解はない、結果がすべて」
敗者の言い訳です。本当にありがとうございました。
ごんべっべ
>>398 結果がわからないと正解がわからないのは事実だよ。
実際釣りのぶせを潰せてたら、ゴンベエの判断は慧眼とか言われてたよ
根白坂の例もあるから、積極策は決して間違いというわけじゃない
>>400 >実際釣りのぶせを潰せてたら
あの状況で突撃だけでどうやって潰すんだろう?
潰せる状況がほぼ無きに等しいんだけど
ごんべえが激しく攻め立てて島津勢の意表をつき動揺させる
ここで大友の若大将が1万の兵力で後詰に駆けつければ勝機はある
ここ2〜3週で秀吉が急に織田勢力に攻める展開は、ちょっと唐突感があるな
丹羽さんや池田もいつの間にか部下みたいになってるし
四国編も元親物語やった割りにショボい展開だし、何だか最近のセンゴクは雑になってるような気が
浅井三姉妹と秀勝に焦点当てたかと思えばいつの間にか賤ヶ岳
雑というか力の配分間違ってる気がする
構成だな
お盆進行だな
>>377 手取川では、柴田殿は先頭に立って戦ってなかったっけ…。
謙信も織田兵に斬りつけてたし。
史実の大将の振る舞いはともかく、漫画だとやっぱり武闘派
武将が先頭になって戦わないと、「絵的」に盛り上がらないって
のはある気がする。
ゴンベは漫画とは言え無双バトルするほどのキャラにはなって
ないとは思うけれどw
>>404 ヤンマガでの最近の掲載順位が打ち切りラインなので焦ってるんだろ
ジャンプルールだろうそれ
掲載順位とか本気で言ってる人いるのか
売り上げみてきたけど8巻で26000部売れてた
年3巻出たとして4000万〜5000万ほど売り上げあるんだったら打ち切りはない・・・だろう
少年誌とちがって青年誌は客層固定されてたらわかりやすいように後ろのほうにしたりするし
OURSのナポレオンとドリフターズみたいに、ドリフやってないこと多いけど
すまん、発売週の次の週もおなじくらい売れてるから計5万部売れてるな
中とじの雑誌は巻頭とか特集とかじゃない限り、原稿が出来上がった順に並べるらしいから
雑誌の前と後ろの方にあったら原稿が早く上がったんだなって思えばいい
>>408 流れを変えるって意味ではありなんだろうな先頭で無双はともかく最前線に行って指揮するというのは
兵と言うものは後ろで掛かれと言うものでは無く先陣に立ってここに来いと言うものとかドヤ顔で言ってる人もいますけど
>>371 信秀おじいちゃんが生きてたら怒られそうな人生観だなあ
戦わない大名なんかいっそ滅べとか言ってたのに
一騎打ちはともかく
先頭に立つ・駆けるってのはありでしょ
某群青では秀吉が剣の達人で血を浴びた大将にこそ兵はついて来るって言っててやけに格好いいな
群青では最初は今川方について戦ってたっていう設定だけどこれってオリジナル設定?それとも史実なの?
>>418 そういう説もある
今川でも下っ端の陪臣だけど
まあ剣の達人ってのはないなw
指が六本あっても特に有利はなさそうだしw
腕が三本あれば別だがw
>>411 ハンツートラッシュなるエロ漫画は掲載すらされないというのに
休載の時に予告付きのセンゴクがどれだけ恵まれてるか
>>412 今のヤンマガにセンゴクみたいな根強い固定客がついて、まだまだネタ的に続けられるようなマンガを切る余裕はないと思うけどな
どこも客がある程度ついた作品はできるだけ延ばそうとしてるみたいだし、マンガの出版業界も厳しい
>>418 槍働きはしてたとは思うよ、足軽大将の時とか下っ端なんだし。
一応通説なんじゃない?最初今川にいたのって
そのへんは想像するしかないな
芝刈りの要領で雑兵の首を刈る藤吉どんとか
秀吉が最初に仕えたのは今川家臣の松下だっけ
よく秀吉は戦での槍働きじゃなく、調略とかおべっかとかで昇進したとかいわれるけど
最初から重臣連中(柴田とか)よりもむしろ前線で命かけてると思うんだよね。
あんま武闘派の秀吉って見ないよね
>>421 ただまあ今のヤンマガはかなりおかしいからなにが起こっても不思議じゃない
大量に作画スタッフ抱え込まないと連載続けられない作品だし、412のいう売上程度じゃ正直作者側が続けられない可能性すらあるし
>>427 さいきん読みだして、いま「天正記」4巻あたり読んでるが、
コンビニでヤンマガ立ち読みして、最近の絵柄みてびっくりした。
ずいぶん画面が白くなったというか、シンプルになってるんだな。
>>427 確かにヤンマガはここ2〜3年、支えてた作品がメキメキ終わってるから、ヤバいよなあ…
湾岸、イニD、空手小公子、ナニワトモアレときて、彼岸島ももう終わるしモンタージュも終盤に入ってきてるし…
その後連載開始してる作品が全然育ってきてない
>>429 彼岸島は舞台が東京に移るとかいう情報が有るので多分まだ終わらんのじゃないかなw
>>426 ちびは格闘で不利だし、秀吉は生涯一度しか戦場で怪我をしなかった、なんて逸話もあるからな
あと干殺しみたいな逸話はあっても、鬼武蔵みたいな逸話がないので、武闘派という印象を受ける人は少ないんじゃない?
>>419 シグルイの虎眼先生は6本指を活かした剣の握りどうたらとか有ったような
まあ漫画の話ではあるけどねw
今日NHKハイビジョンの英雄の選択、清洲会議だったな。
通説通り信孝か三法師の家督争いだったけど、秀吉腹黒お家乗っ取り、勝家忠勇の士って構成に些かバイアスかかってね?
って思うた。
所で番組終盤で、もし家督が信孝になってたらのIF考察で、徳川と勝家同盟、信孝傀儡で秀吉蚊帳の外って考察がされてたけど、
この頃の徳川ってそんな力有ったのか?
>>433 通説から順当にいけばそういう構成になるだろうな。
徳川については、そこまでの力は無いが、本能寺の時点でもまだギリギリ「織田の」同盟者だから、勝家と同盟ってのはまずありえん。
信孝を傀儡にできるかどうかはともかく、織田・徳川の同盟はそのまま維持されるだろう。
一統記の3巻読んでたらかしゆかが出てきてびっくりした
しかしエロすぎだろ
>>412-413 安定して5万部の売り上げが見込める作品は青年誌だと売り上げ上位だよ
歴史番組、雑誌とのコラボもあるし、終わることはないだろう
むしろセンゴクが盛り上がるのはこれからだしな
わざわざ佐吉を前倒しで登場させてるくらいだから関ヶ原もきっちりやるはず
今年だって岡田とコラボしたしな
平清盛や浅井三姉妹、天地人と時の大河とうまい具合に
絡んでけるメリットもあるしな
(真田丸はどうやって絡んでいくのだろうか?
真田家と仙石家は無関係でもないしな。
信之の取り上げ方次第では権兵衛も出てくる予感、
実は真田太平記に権兵衛は出てくる)
へえ、そうなんだ。
確か日曜の大河の方は出たことないよね、権兵衛。
葵徳川三代で「ずの兜」被ってる人は出てきたけど
アレは権兵衛さんじゃないんだよね、小早川の家臣の誰かだったけど
今のヤンマガ編集部は恐ろしい
どんなけ今まで貢献しててもすぐに打ち切るからな
コミックの売り上げが芳しくないと容赦ないんだよね
たしかに主人公の最大の見せ場はここからなんだが、盛り上げられるかは作者次第だな
小田原城までは編集部から確約貰ってるんじゃなかったっけ(作者談)
まあ盛り上がる展開まで急いでとは言われるかもしれないけど
残すは柴田→四国→九州→小田原か、結構イベントあるね
>>441 コミック出したいな号に無理やり乗せられてコミック1巻すらも出して貰えない週間少年チャンピオンよりは遥かにマシさ・・・
>>404 それ感じる
雑ってわけではないが、細かい所ははしょり、面白そうな話に早く行こう感はあるな
まあ四国編も、元親ageして無理に盛り上げることは出来るが
ここ最近の、本能寺や山崎の戦いや清洲ネタに比べたら基本的に地味だしね
歴ヲタを満足させるかどうかはともかく
ビッグネームのイベントをやらないと娯楽漫画として微妙に飽きてくるのは確か
>>445 ビッグネームイベントが効果的なのは軍師官兵衛の視聴率が証明してるよな
賤ヶ岳よりは小牧長久手をしっかり描いた方がウケはいいだろうし
>>446 妙にキャラ立ちしてきてる池田さん、小牧長久手の戦いで死んじゃうんだよね
堀久も絡むし丁寧に描いて欲しい
ゴン兄の肖像画モードはまだ描かれていないよね一統記でようやくヤクの毛が付いたくらいだっけ
鈴なり武者モードも早く見たいなー楽しみだなー「敵よか熊と遭遇の方が怖いじゃろが!」とか言って欲しいな
ごんべ、比叡山の時以上に落ち込むんだろうな
どこまで堕ちるんだろうな、それによって挽回の盛り上がりが左右されるよね
個人的にはるろうに剣心みたいなやつがいいな
あーなんて熱い展開だ、ごんべの人生は漫画やドラマにうってつけだな
>>441 空手小公子物語のなにがやりたいのかわからないgdgd超展開の恐怖体験した後だとなにがあっても不思議じゃないってなるよなあ
楠みちはるとしげの秀一の雑誌支えた車漫画両雄もあの扱いだし…
彼岸島のいい加減にせいっつう終わらなさも逆に恐怖だがw
かつてワシもセンゴクに反旗を翻したことがあった
上杉のあたりから愚息が出てくるあたりまで全然読んでなかったのである
>>448 軍師官兵衛で荒木村重の奥方のだしがクローズアップされたけど
ガラシャと同じキリシタンだしガラシャ並みに有名になるかな?
>>454 ウイキ見たらだしはキリシタンでも何でもなかったわスマヌw
>>445 ここらへんはこれくらいかっとばすくらいが秀吉のこの時期の凄みを伝えるのに
ちょうどいいような気がする。
この辺りが秀吉の戦国大名としての能力の最大出力時だし。
確かにあの時期の秀吉を正確に見せたいなら細かい所を飛ばした方がいいよな
細かい所や根回しまでやってたら賤ヶ岳まで一年以上かかりそうで見る方も疲れる
あの時の秀吉は通常の数倍ペースで一気に織田家を乗っ取ったから
細かい所を飛ばして大局の流れを見せるのが正解
権兵衛の人生からすれば本能寺が丁度折り返しなんだよな
無印〜先駆け時代〜
天正記〜武将時代〜
本能寺の変
一統記〜西国大名時代〜(本能寺の変から小田原合戦を予想)
天下決戦記(仮)〜東国大名時代〜(信濃移転から関ヶ原まで)
作者に余力があれば息子たちの話という事で大阪の陣もやるかもしれんな
このペースなら15巻縛りがあるのであれば、小牧長久手が終わって、秀吉の母親と妹が家康のところに行ったところで一統記終わりっぽいね。
>>459 さくざえもんの大政所焼き討ちは是非やって欲しいw
小牧長久手が二年以内に終わらなければ
大河の真田丸と絡めたいとかで第一次上田合戦をぶち込む予感
>>461 それはそれでありとかいうと怒られる?(ますますごんべーの出番が減るし)
真田好きなんだよね……
今後の予定
(今)賤ヶ岳の戦い
↓
小牧長久手の戦い
↓
(第一次上田合戦)
↓
四国平定戦
↓
九州征伐と権兵衛の失敗
↓
幽閉生活
↓
小田原合戦と権兵衛の復帰戦
小牧長久手での権兵衛がどう描かれるかが予想つかんな
(賤ヶ岳の様に権兵衛はチョクチョク割り込むような形になるのかな?)
>>461 ねーよw
本筋追う尺が足りないって話なのに、なんでそんなとこの話をやるんだよw
>>464 でも武田討伐編はハショッても別に問題なかったのに
真田昌幸を活躍させたいから出したという過去もある
事実、手取川編は(歴史研究家からも無かった説があるというのに)
大河の天地人に乗っかってやったと作者も言ってるからな
>>463 甘い。
紀州征伐は絶対やる。しかもソバカス絡みで。
雑賀・根来・湯川(ゴンベエが攻めた)氏と紀州オールスター勢揃いでがっつり。
>>465 一統記は事情違うんでないかい?
本筋の秀吉周りをマトモにやっても尺が厳しいとか言われてるのに
>>465 長篠の時、真田との因縁ってはっきり書いてたから真田は登場させるのだろうね
天正記に本能寺の変が収まらなかったから話数稼ぐのに、武田討伐書いたんかと思ってた。
>>468 作者としては関ヶ原まではやる気があるってことだよな
何年かかるかは知らないがヤンマガに打ち切られずにそこまで連載が続いてほしいものだ
一統記終了後は唐入り編に突入してくれないかな
漫画で詳しくやってるの見たことないんで
>>471 それはちょっと無理やろ…「やる夫関ケ原」でも見とき
>>471 キャプ翼や日露戦争の例があるから難しいかもしれん
ただ、権兵衛自身は(東国大名)だったということで参戦してないので
ヌルーになるかもしれんからな
ところで彼岸島の件はそうとう炎上してるみたいだな
本当に打ち切りなの?作者が辞めたいから辞めたとかじゃないの?
無印10巻あたりで顔が横長だったの理由があったのか
ツイッターに書かれてて噴いた
朝鮮出兵は国際社会事情以外にも、調べものと作画の手間がキツいな
ただ本能寺の変の原因として唐入りまでの経緯を描いたもんで
何故秀吉は結局海外派兵に動いたのか?という疑問が読者にも残るよな
そこにいたるまでの経緯とか秀吉の思考とかは描いても、戦争そのものはダイジェストになりそう
正直、四国編はつまらない
>>470 むしろ大阪までやってほしいけどなぁw
再来年は信繁だしw
>>475 ここで彼岸島の事聞いても答えられる人は流石に居るかどうかわからんので彼岸島スレに来るんだェ!
実は彼岸島は九州じゃったんじゃ!
朝鮮は名護屋でクロカンあたりと
「この戦上手くいくんじゃろうか?」
「指揮系統がなってない、ダメだろう」
とかぶつぶつ話してる間に終わるんじゃね?
朝鮮の役は宗氏の二枚舌外交のせいで凄まじくgdgdなんだよなぁ
朝鮮大好きでいつも朝鮮のことばっかり考えてる人がめんどくさいからスルーでいいよ
そんなのより関ヶ原やれ
>>486 今でもそうだがあちらの国は日本を差別しまくってるから武力で圧倒的な力の差を見せ付けなければ
まともな交渉なんてできないんだよな
秀吉があと10年生きてたら明は敗戦に告ぐ敗戦で崩壊してた可能性が高い
勝ったら勝ったで今度はヌルハチがやってくるんですがそれは
清正を大将にしとけばヌルハチは協力してくれるだろ
あんた強いねキバってるねぇ
494 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/26(土) 15:55:01.31 ID:FAS0faMj0
次の長期連載打ち切りターゲットはここか
センゴクは安泰なんて言葉今のヤンマガ編集部には通用しない
掲載順はずっと後ろ いよいよだね
ますらおが復活したんだから
センゴクなら打ち切りされても
移籍してそのまま続くでしょ
ヤンマガはセンゴクしか読んでない
打ち切り打ち切りと定期的に同じ文章書く奴にうんざり
うーん、ざりっ
掲載順位とか言ってるヤツはジャンプしか読んでないのかな
ヤンマガ自体が休刊にでもなる可能性のほうがよっぽどたかくね?
502 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/26(土) 17:40:58.90 ID:/fo6kXiM0
ヤンマガ休刊になる時は週マガ以外の週刊誌全部休刊になってるよ
>>485 センゴクが関ヶ原までやるならば、今は師弟関係みたいな
仲になってるクロカンと三成の関係の破局という意味では
描く必要あるかもなぁ。
三成朝鮮に軍監に→ クロカン口もきかず→ 秀吉に報告
→秀吉激怒、クロカン死罪の危機
なんて、今の三人の関係からは想像もつかんw
今はヤンマガ自体死に急いでる感が凄いからな
ここまでバタバタ連載切りまくってると
はやく島津が見たいな
でも島津来たらもうすぐ終わっちゃいそうだな
うーん
家康と三成の邂逅も気になるなあ。
よく言われるのは秀吉はクロカンを恐れて豊前に押し込めたなんて言われるけど
そのへんはどう描くんだろうね。
話がダレて来たのでスゥーっと
センゴクは時の大河とタイアップできるメリットがあるから
(といっても戦国時代がメインの時だけだが)
センゴク切るならラーメン屋でチャーハン打ち止めにするくらいの
愚の骨頂だと思う
>>506 あれなぁ、クロカンの領地も地位的に他のやつ考えたらまぁ妥当だし。
二軍師を押したいやつの邪推だと思うんだよね
小牧長久手の時
家康は天下をうかがってたのは間違いないと思うんだけど
どこかで意識させるんだろうねえ
随分前だけど途中まで進めたスピンオフ(桶狭間戦記)をいきなり本誌(青年漫画雑誌最大部数)に持ってくるのはよっぽど固定ファンがいると思われてるんだなー、と
この調子なら秀吉晩年のキチガイ化は描かれるんじゃないか
>>511 賤ヶ岳の後くらいに秀吉が
信長のように粛清リストを作る予感
豊前って本州から見たら九州の入り口にあたるとこだし、信頼できない奴は置けないと思う
>>513 むしろ平定したばっかりの九州の押さえとしてものすごく期待してるよな
清正に小西と若手のホープも配してその後衛のゲートキーパーポジションだし
まあでも結局、清正とつるんで家康につかれちゃうんだけどw
ブー膳及び九州北部は最初毛利を国替えして充てるつもりだったんだけど
毛利が拒否ったんで黒田、小早川、その他で分割したんだよな
石高もクロカン以外は家康にしか認められてない差出検地の自己申告の数字で
かなり鯖読んで低くしてるから、中央からの負担は大幅軽減の状態だったみたいだしな
まあそれで溜め込んだ分は、朝鮮とか各地の普請事業のおかげで借金まみれの他大名に
気前よく援助して恩を売ったりして、関ヶ原で東軍に引き込む影響力発揮してたんだけどw
>>516 は?太閤検地は多くの大名が自己申告制でどこもゆるゆる設定なんだが
九州ってことはこれから計画してる唐入りの主力ってことなんだから
秀吉からの期待はあるでしょうよ
519 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/27(日) 14:18:42.93 ID:8kEA7Xbc0
ヤンマガは新宿スワンとなにわ友あれが終わって
センゴクしか読んでいないな
ちなみにスピリッツも読んでるがウシジマくんのみ
賤ヶ岳の戦いで久し振りにゴンベの槍働きを見てみたいけど
馬上槍とはず槍はもう2度と見れそうに無いか
まあ使えるなら長篠で真田相手に使ってる筈だからな
蜂須賀で阿波18万石なんだから
播磨からの官兵衛で十数万石、実質二十万石超って
全然冷遇ではないわな
本能寺以降に味方にするために恩賞で釣りまくった織田家の諸将や
天下統一の過程で取り込んでいった外様の大大名と
比較して領地が少ないとか言っても仕方ないし
朝鮮出兵って戦国ものの作品で悉く省かれるせいか、戦国時代ファンにも意外と知られてない
古い通説がまだ信じられてるから、
この漫画の原点である「だがこの通説には疑問が残る」がやりやすそうではあるね
>>522 是非見てみたいけど某トンスル国に連なる圧力がそれを描くのを妨害しそうなのが容易に想像できてしまったりしてね…
考え過ぎだろうか?
一般人は李舜臣が戦死してるなんてさっぱり知らないんだよな
これはほんとビビったわ
世界史習ってる奴でも亀甲船でなんか日本軍に無双した奴としか
思われてない
山崎の合戦〜光秀の死がたった3分ほどで終わってしまったw
朝鮮出兵はあちらさんからの圧力もあるが
英雄秀吉の大失敗でもあるのであまり語られないのかもね
秀吉を英雄と呼んだ初の日本人はあんただ
え?
日本史上で間違いなく英雄ではあるだろうが信長家康とならべて三英傑で語られるからね
526みたいに単独で英雄といわれるとなんか違和感あるな確かに
個人的にはナポレオン劉邦みたいにイチからの成り上がりものって大好きなんだけどね(失敗込みで)
あと朝鮮出兵はやっぱり某国の横槍がめんどくさいからだと思うぞ
>>526 失敗させたのは撤退を決定した家康らだから
秀吉生存の間は連戦連勝で成功といってもいい状態
文禄、慶長の役は描いて欲しいんだけどねえ。
日本の武将のオールスター戦みたいなもんだからな。
加藤清正なんて朝鮮やらんと何が凄いんだか分からんぞ。
お市さますげぇエロスwww
ゴンの滝川攻めは史実みたいね。
仙石って現時点だとここからどうやったら落ちぶれることができるんだって位美味しいポジションにいるな
超出世コースじゃん
>>534 命令無視、大敗、ガン逃げのコンボだからなあ
よく赦されたと思うよ
尾藤の方が哀れ
>>531 へうげもの、で朝鮮の役は結構描かれている気がするが…。
亀甲船が安宅船に突貫くらって沈没するなんて、よく描いた
もんだと変な感心したよw
センゴクと大河官兵衛が遂に内容的に追い付いてきてwktkが止まらねェ
大河の方で秀吉が信孝に私はあなた様が居なければ何も出来ませぬって調子の良いこと言ってるの観て
この直後の賤ヶ岳の戦いで掌返すかと思うとワロえるね
兵の指揮などできそうにない信孝のダメ坊ちゃん臭が素晴らしい
パパが25歳の頃と比べるともう
パパの方がおかしいんやで
柴田「お市とズンパンしていたら出し抜かれたでござる」
……お市と堀久の区別がつかないw
>>534 先日まではそうだったけど、今回中央に呼ばれてみたら一人蚊帳の外じゃんw
既に窓際状態だぞw
>>541 今まで中央に入ることすらできなかったのだから大出世だろう
もうすぐ四国支社へ出向するけどな
三成の武功が、坂井久蔵の初陣と同じようなでっち上げ武功にされてもうた
いくらヤンマガとは言え、首締めプレイとな。
広告を喧伝して投資家からカネを集めてそのカネで広告通りの実力を手に入れる
完璧だな
今回のゴンベは微妙に頭が良すぎないか
いつ堀久が「ゴンがこんなに察しがいいわけがない、偽者だ!」と言い出すかとハラハラしたぞ
この作品始まる前の仙石ゴンベエといえば
敵地への潜入工作が得意な忍者キャラだからアホではないんだ
この漫画ではアホキャラだけど史実に近づくとアホじゃなくなる
アホじゃないから間者も務まる
手取川の時も秀吉と調略の違和感から上杉の動向を予想する話をしてた
>>521 関ヶ原後に実質政権をとった家康だって
三河以来の譜代の功臣に知行を大盤振る舞いしてないしな。
出納帳見て判断できるくらいの知恵はあるしな
もう宛行くれてやれよwww
城一個じゃなくさすがに淡路一国だとめんどくさいのか?
>>552 阿波の国の漁師小屋の家主の宛状ならすぐにでも
>>549 センゴクの権兵衛は、勘の良い無教養キャラだろ?
勘は経験則に基づく無意識下の選択だから、勘の良い奴は馬鹿じゃない
ただ致命的レベルで学がないから、勘の働かない計算や直面する前の推察ができない
堀久とそんなに身分差あるの?
権兵衛だって一応淡路の国持ちなんだよね?
今回エンジンかかってきた感じだな
>>555 羽柴一門ということになったから
>>547 教養がないだけで頭の回転が悪いわけじゃないからね
「ややこい話」じゃなくて身体使うなら、自分たちの出番と分をわきまえてるあたりなんか特に
でなきゃ後の天下人羽柴の精鋭の中じゃやってけんだろ
元から勘の悪い方じゃないけど空気は大分読める様になったよな
無礼な振る舞いも旧知の気安さと秀吉古参としての自信もあるし
掘久や佐吉当人からしたら気にも留めてないだろうけど
知らん奴からしたらとんでもなく横柄に見えるよなw
あれ?いよいよ通説のゴンベエとリンクしてきたかな?
羽柴家の裏口たる四国方面の守備を任されてるんだから
羽柴家内でもそれなりの重要人物だろ
中央の事に追われている下っ端連中が良く理解してないだけじゃないの
ゴンベが堀久って言ったら周りの奴らが全員Σ(^o^)みたいに反応しててワロタw
なんも知らん下っ端の方が無礼だよなw
今のゴンベの地位かなり高いのに
>>555 堀久は出世街道驀進中だから……
堀久並の出世してんのって蒲生くらいっしょ?
四国から呼び戻すために秀吉が出した迎えの船を見ると
ゴンベエは重視されてんだろう
首絞めフェチかー
織田信雄=アホの子みたいな扱いはやめてあげてくださいっ
信雄はお兄ちゃんであり本来なら信雄に正統性がある
最終ページの最後のコマ、勝家の手が三つあるんだがw
勝家の左腕に市が抱き付いてるのに、市の左肩を抱き寄せる謎の手がww
市の腕の生え方もなんか変だしw
>>565 織田家の正当な後継者は三法師だからノブオはただの一門衆
でも何気にノブオは三法師より長生きしてるんだよな。
秀吉死後はちゃんと家康についたりして、最終的には勝ち組の一人だし
首締めセックスしてんじゃねえよ
なにを不思議なことが
柴田勝家に手が三本生えてたってのは、秀吉に指が六本あったってのと同じくらい有名な話じゃないか
宣教師のローマ教会に送った報告書にもちゃんと書いてある
>>567 家督じゃなくて兄弟順的な意味で
信孝に三法師をゲットさせたのは失策だわ
それでも西軍につく三法師と信包
信雄がもう少し頑張っていたらなあ
どうせなら後背位で腰を突き出したツンデレお市様の首をヒモで絞めながら(ry
堀久「殿(秀吉)は家臣から統治者へと変わろうとしている」
その頃
ラッパ「の様子でございました。」
秀吉「なにー!勝家殿が市様を首絞めプレイだととおおおおおおおおおおおおおおお
うらやまっ、ゆ、許さん、絶対に勝家許さん!!」
翌日
秀吉「腹は決まった。柴田を討つ!」
センゴク「これが統治者としての変貌・・・」
>>566 少女漫画の画像で似たようなのあった気がするw
誰が画像持ってないかな、ネットじゃ「やたら長い腕がドア開けてる画像」と同じ程度に結構良くみかけるんだが
権六60過ぎてんのに激しいなww
まぁ元就も70過ぎてから子ども作ってるし
男はやろうと思えばいくらでも出来るもんだな
今回ちょっと絵柄のデフォルメが軽くなって写実側に戻ってきてる感じがするな
今回位でいいのかも知れない、前の崩しでも悪くはないけど
三成武功をでっちあげるのかよwそら嫌われるわ
みっちゃん槍の訓練なんてしてる暇ないだろうし
正澄兄ちゃんがなんとかしてくれるんだよ
>>568 三法師は祖父の因果が孫に報い…だからなぁ。
関ヶ原の後、高野山に出家になったけど、信長と諍いのあった
高野山でイビられまくった上に追放されたんでしょ ?
そりゃ早死にもするよ… (26歳没)。
ゴンベが宛行の件根に持ちまくっててなんかワロタw
今週は勃った!
嫁いだら家が滅ぶとか
さすが惚れたら殺すノブ様の妹よのぅ
>>580 佐吉の影武者としてゴンベエが石田佐吉を名乗って最前線で暴れまくるとか
>>586 首絞めプレイにハマって家を滅ぼすとかw
どこの暗君だよ柴田殿w
三成武功捏造を見るにやっぱり作者としては関ヶ原もやりたいのかな
三成以外の連中も多かれ少なかれボンクラってことでいくのかな
三成本人は文官としてこんなに貢献してるのに
武功をでっちあげなきゃ出世に納得しないなんて
不合理だなあと思ってそうだ
佐吉は出世に興味ないだろw
>>588 長篠で真田信綱が仙石隊と戦って討死するという因縁を描いたんだから
関ヶ原での真田家との戦いを描く気はあると思うぞ
>>580 出来レースの武功なんてどこでもやってるぞ
前任者が半兵衛と官兵衛だから
武功でもあげなきゃそりゃ光成に従わんわな
そして城の水攻めに失敗して古田織部に説教されると
最後のページでお市抱いてるの誰?
>>594 三成は行政官・内政官的な側近で、軍師じゃないだろう…。
信長にとっての浅井長政
秀吉にとっての柴田勝家
って感じかな。今回はセンゴク無印のリフレインっぽい構成だったように感じた。
お市、また悪女キャラに戻ってるねw
そういや小西行長って七本槍じゃないんだな
この漫画的に扱いどうすんだろ
>>591 いやあガリガリの出世亡者で権力亡者ですがw
そのいやらしさがなきゃあそこまで嫌われない
次に登場するときの秀吉は真っ黒いオーラを身にまとってるのか
>>561 相手は信長側近のエリート官僚だったんだから仕方ないんじゃないかな
あの時期は織田家の序列がまだ生きてるだろうし
>>602 それが嫌なほどわかる権兵衛と、対比で全然わからない信雄が共に出て来そうだな
堀久きらいじゃないんだが
化粧おめでとう>狂太郎の頃の小者感が忘れられん
>>600 戦国時代と今じゃ価値観が違う
戦国時代は欲望に忠実なのが正義なので俗な行動原理しか理解されない
秀吉のように女や金を好き放題にしてることに憧れてる人間だと特にそうだ
光成の欲は自分が国家をデザインして法による合理的な組織を運営したいという欲で
偉くなって贅沢したいという欲は無縁なんだがそういうことが
周囲には理解できず何考えてるかわからん気持ち悪いやつとしか思われない
アクションゲーム好きがSLGなんてどこが面白いの?というようなもの
>>605 だってあの頃は中2病の真っ最中だもん。
掘久はいまだにバッタでにじりよってくるイメージ
後世の結果論で妄想してるだけで、当時は何だかんだで行き当たりばったりなんだろうな
>>609 桶狭間戦記での、これから田楽狭間に向かう信様と馬廻衆なんかは正にそれだったんだろうな
梁田のオッサンがたまたま義元の居場所を掴んでいたから勝ちに矢印が動いただけだったんだろうよ
単行本派で、たまたまヤンマガ立ち読みしたんだけど、なんか家来増えてたな…
孫の字死んだの?
>>606 大久保利通とかもそうだな。
死んだ後、財産らしきものが全くない (むしろ借金ばかり)
というのも似てる。
>>609 最初は信雄を本気で担いで織田家再建するつもりだったのかもね
>>580 今週号読む限りは、佐吉に限らず、七本槍も実力伴わない段階での
若手の売り出しみたいだから、こっちの活躍もでっち上げになるん
じゃないの ?
秀吉は城を新築してるから内乱に備えてたのは明らかだけど、どこまで狙ってたかは確かに分からんな
>>614 七本槍とかフィクションって周知じゃないですかぁ〜
秀吉縁故のコゾウがこぞって手柄を上げるとかねえw
まあ事前からの仕込みでした、ってのはちょっと新しいかな
加藤福島っていつから出てないっけ
>>569 なんで首締めてるの?
殺すつもりでもないんだよね?
市も引いてる様子ないし不思議
健全でよろしゅうござる
ようやく神出鬼没の滝川一益の出番か
無印1巻から出てるのにどんなキャラなのか全然わからんがw
なんかセンゴクの滝川っていっつも冷や汗かいてる印象だわ
>>619 SMと同じ変態プレイの一種だ。気にするな
625 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/29(火) 21:40:57.93 ID:sdGaoIAB0
ようやく滝川の出番っつってもここと小牧長久手でフルボッコにされて引退するんじゃ・・・
神出鬼没な用兵が見たい
教育テレビで清正
>>613 あの時代じゃどうなるかわからん三法師より、信雄が頑張ってくれないとな
幼君すぎてまともに統率なんてできないし<三法師
秀信が成長して信雄と東西分かれるのは面白い
信長の息子たちって信忠以外ボンクラなのか?
どの息子かにもよるが
秀吉に負けたから…というなら小早川隆景とかも全部ボンクラになるから何とも言えない
633 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/30(水) 00:04:47.67 ID:2bqfIYgt0
今週号見ると、逆らえない流れってあるんだな
秀吉と勝家だと、どうしても秀吉に未来を感じてしまうんだろうな。
三成と家康の場合も、ガチガチの官僚統制にしようとした三成よりも
ある程度各大名に裁量を任せる家康の方に魅力を感じたのかね
おれはこんな感じ
信忠:若き時から英才教育を受けていた
(でもお父さん大好きだったために悲劇的な最後を)
信雄:信忠の英才教育を横目に自由気ままに舞にハマる
信孝:一応英才教育を施すが、あくまで信忠の家臣として扱う
五徳:ノブ様好きすぎw(吉乃に相当似てたんだろうな)
切磋琢磨させると兄弟で喧嘩するからな
よく言われるんだけど吉乃の子を異常に可愛がったから
信忠は吉乃の子ではないのでは?とすらいわれるしな
>>634 北畠信雄、神戸信孝になってる時点で家督争いからは外れてる訳
だしなぁ。
さすがに羽柴秀勝は露骨すぎて神輿にはできないのか。信様の
葬儀には使えても。
信孝、四国遠征で手柄立ててたら多少は違ったんだろうかなぁ。
センゴク見る限りは人望が無さ過ぎる。美濃一つまとめられない
ようでは。
>>331 織田信行をガッツリ裏切って、信孝と三法師ゲットしてる辺りが正当性ない気がする
信行の子、織田信澄は信孝等に殺され、信澄の子、織田昌澄は西軍に付いた
秀信、昌澄、信包が西軍ってなんか凄いよな
いまさら信行は無いな
>>622 蜂谷頼隆も無印初期からの信様配下の顔出し組だけど全くクローズアップされないねえ
吉乃の生誕地である愛知県江南市だと信忠、信雄、五徳を吉乃が産んだ事にしてるけど
この三人の中でそれが正しいと思えるのは吉乃の葬儀で喪主を務めた信雄だけだったりする
他の二人に関しては母子であるという史料が全く無いんだよね
>>627 本当は戦場で命をかけたかったんだよ
女に生まれちまったからねぇ
>>619 首絞めプレイで死んじゃいました、これって殺人なのどうなのみたいな話は
法学部の刑法の授業の定番になるくらい、裁判例が揃ってる。
裁判例でさえそうなのだから、実例の多さは推して知るべし。
>>630 そこは信包後見でいいんじゃねと思ったが、そういう立ち位置でもないのか?
644 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/07/30(水) 14:18:45.06 ID:riMtoinq0
あんまり書かれてないけど
秀吉はこの後、茶々をめとるわけだが
茶々に首絞めセックルとかやってしまうのかねえ
秀吉は長政、勝家ほど体がデカくないけどさ
(体位が人一倍豊富なくらい)
亀甲縛りにするでガスよ
亀甲縛りは二代将軍に任せよう
このスレの上の方で
権兵衛は滝川攻めに参加してないんじゃないかって言われてたけど
今週号見ると仙石家家譜にバッチリ載ってたってこと?
このシリーズの秀吉は親指が2本あるのだから女性器の感じ易い2か所を同時に責めれば良いと思う
今週号の解説というか訂正。
漫画家は男女を描く際、同時に男女の気持ちに入り込む。
例えば柴田がお市の肩を抱きたいと思えば、お市の方は柴田と腕を絡めたいと思う。
…てなことを同時に思いつつ描いてると、知らずに柴田の手が三本になっちゃってたり。
今週号の解説。
この頃の秀吉の書状は「不届きの子細」という名目で相手方を貶める巧みな印象操作をしてゆく。
秀吉の天性と同時に信長の影響も感ず。信長も足利義昭追放までの書状による印象操作は巧妙にじっくり行われている。
秀吉は信長の書状は見てないとは思うが、是が背中を見て学ぶということか。
通説では秀吉のスケベ&出自の劣等感から
当初は養女とだった茶々(あと真阿姫も)を嫁にしたとされてるけど
近年では茶々が権力欲が強くて自ら嫁を志願したと言われてるよな
あと質問だけど原作で茶々が惚れたとされてるイケメンは誰?
>>651 信様の面影が・・・
3人の兄とまったく似てないwww
>>580 三成は嫌味役でっち上げられ率高いよな。戦国いい悪いスレとか見てるとまたお前かってぐらい三成
まー元茶坊主の事務職がいきなり敵の首取れるわけもなし
ちょっとヤンマガが生き急いでる感もあるし、大河が追いつきそうだし、賤ヶ岳本戦やら小牧長久手あたりはさらっと流して欲しい。
でも宗麟が秀吉に泣きついてくるあたりからはじっくりみたい。
やらかしたとはいえゴンベを蹴散らした島津の脅威感を出してくれると期待。
最終的には物量で圧倒的だとしても。
小田原攻めの時は早雲編やら政宗編やらでだいぶ引き延ばすんじゃないか
つっても島津はゴンベに勝った後は秀吉が来ただけで戦わずに逃げ出したり、朝鮮まで全くいいところがないからな
>>655 でも後の石田家臣団の面子見ると、脳筋だらけだし、若い頃は武功あったんじゃねえの?
あまりにも文弱じゃああの脳筋面子は仕えんだろ
でっちあげかどうかなんてわかるわけないんだから。
素直に三成(あと、大谷)と七本槍の武功があったでいいのにと思う。
>>658 何で1年でさっさと終わってしまう大河の進捗を気にしないといけないんですかねえ
>>664 この時点ではトラキチの同僚かね
調略した大名のデキる配下を秀長が拾ったカタチ?
黒田石田が秀吉を讃えてるのに驚いてたが、アンタも大概有能な小一郎さん
>>663 そういう情報戦?宣伝?みたいなのも含めて新しい戦、っていうのを出したいんだろうなあ
この後、秀吉が日輪がどうとか母親が内裏に出入りしてたとか言い出すから、そのあたりもあるかもな
一統記の中で天正記を書かせるんだな
>>665 商売としては効率的に利用できるなら利用するのでは?
テレビ離れNHK離れがすすんでも歴史作品でも最も多くの一般人が目にする機会があるのはまだ大河だろ。
勿論進行スピードは全然違うから気にしすぎる必要はないけど。
>>501 ヤンマガ休刊になっても、実績と単行本の売り上げとか考えると、
『ウチで書きませんか?』って言ってくれる雑誌・出版社はあるような気はするけどな。
>>534>>535 結果論かも知れないが、そこで出世コースから外れたことで、
大名として生き残れたともいえるしな・・・
もし、戸次川が無かったら、関ヶ原で西軍の主力クラスの勢力になってた可能性もあるし。
>>672 西国大名は会津が遠いこともあって、なりゆきで西軍にさせられた
大名が結構いるしな。四国に領国貰ってたら西軍になってたかも。
そこでサボタージュして関ヶ原に行かなかった鍋島になるか、
傍観してただけなのに領国没収された長宗我部になるか…。
>>673 長宗我部は他の大名と同じく許してもらえる予定だったんだけど
なんの罪もない兄弟を殺したため家康が激怒して改易に
>>673 鍋島さんは何かもう頭キレすぎてて立ち回りの上手さ半端ねえ
ナンバー2時代も万能、トップになっても万能
>>672 ゴンベエは空気読めて上司に可愛がられて自分も積極的にアピールする性格っぽいから
戸次川の失敗がなく九州の抑えとして20万石程度に転封されたら
領国事情無視して上杉征伐についていくだろう
沖田畷のあとの竜造寺家存続させてるもんな
身代わりになって鍋島さん逃がした竜造寺四天王の人GJだわ
なぜか5人いたりするけど
>>677 九州だったらクロカンとトラが居るからそれに加わってよろしくやりそうだけどな
>>677 まずお声がかからないよ
当時で九州から会津まで数千単位の人間移動させるってとんでもない難事業だし
朝鮮征伐は主力は西国大名だし、会津は東国大名を動員
そしてなにより、下知もないのに勝手に兵を集めて上方に進軍したらあんたそれ反乱だからねw
自分で策を立てて動けるタイプじゃなさそうだし、黒田加藤と合流できなきゃ思案に暮れてるうちに関が原終わってたんじゃないかなあ
>>680 関ヶ原東軍に細川や黒田などの九州勢もいるけどね
会津征伐に従軍しようとした西国大名は
関所に引っかかって西軍に巻き込まれた連中も含めて
結構いたでしょ
そもそも関が原の戦は半日で勝敗が決したので普通の武将では想定できないよ
大軍同士なら小競り合いで一週間は潰れるはずなのに
日本史の知識が浅い頃、壇ノ浦とか桶狭間とか関が原くらいしか知らなくて、昔の戦って1日で終わるんだなぁとか勘違いしてた
>>684 勝敗を決める決戦部分だけを取り出せばそりゃあね。
人間全力で動きつづけられる時間には限りがあるもの。
その前の資材調達、移動、敵情調査等決戦の前から戦いは始まってるもの。
下手したら応仁の乱みたいに超泥沼化する可能性も有るのに
半日で片が付いた関ヶ原って相当異端な戦という他無いな
応仁の乱の頃とは状況が違うんだから当たり前
徳川軍本隊なしで勝った家康有能
でも大坂の陣での徳川勢の体たらく見ると経験値得る機会がなくなったと言えなくね?
小田原を最後に徳川兵戦ってないし
>>689 >小田原を最後に徳川兵戦ってないし
え?
三成「!?」
石高が低くて三成自体(左近)が采配できる兵数そのものが少なかったのが
痛かったな。秀秋や宇喜多並の1万を超える兵力を左近に任せられたら
黒田なんか泣いて死ぬのに
>>686 クロカンは下手に教養があったから、過去の天下分け目の会戦の事例に認識を引っ張られてしまったんだろな
>>683 関ヶ原が一日で終わっちゃったのは、小早川が裏切って
西軍退路塞がれちゃったからだからなぁ。
それがなければ、一日で壊滅はしなかったんじゃ。
大谷吉継が小早川裏切りに対処していたというのは
有名なエピソードだけど、脇坂や朽木たちまで寝返る
のは計算外で総崩れになったということだが、四将が
傍観したままなら、また違ったんだろうか。
>>685 センゴク信玄の『戦の前に勝利を決めよ』ってのはある意味鉄則だったってことか・・・
>>694 クロカンと政宗はそれが最大の誤算だったよな。
クロカンは九州統一(?)寸前までいったんだっけ?
>>683 あの時代の戦闘で、1日であれだけの大決戦になるのって世界的にも稀じゃなかったっけ?
夜明けから午後過ぎまでひたすら戦い続けたのも稀とも聞いたが。
>>692 左近って花の慶次で取り上げられてから妙に有能イメージが蔓延してるけど、そんなエピソードあったっけ?
wiki見るかぎり筒井を内政で支え、関が原で派手な散り方をした以外、あまり戦手柄とか無いみたいだけど
>>695 いや石田軍自体が左近死んでからどんどん崩されていったし
大垣方面から次々と東軍の兵が投入されてたので無理
小早川軍の下山は大勢決しかけてたところの止めの一撃に過ぎない
>>694>>696 長政も調略で東軍に大いに貢献してその際クロカンが長政に調略工作をしたことをたしなめたらしいけど
まさか九州から天下取りの機を伺ってる時に息子が足を引っ張って速攻関ヶ原終了の一因になるとは思ってなかっただろうな
>>700 長政が家康に手を取って絶賛されたことを、クロカンに報告したら、
『何で、空いてる手で家康を刺さなかった』って怒られたってネタがあるくらいだからな。
負け方の凄まじさってのもあるしな
石田、宇喜多、大谷、小西
中核の大軍勢が壊滅・四散してゴッソリ消え
敗将は自害したり、ほぼ単身で逃走
毛利自体がまぁ元からアレだし
他もそそくさと国に戻ったり、自主的に謹慎したり
盛り返すとか、立て直すとか、踏みとどまるとか
そういう余地もないほど大勢を決した
>>697 双方合わせて二十万弱の兵力が狭い場所に集結したからな
短期間で勝敗が決まったサルフの戦いも各戦場では
全て1日で勝敗がついたがが移動に時間がかかった
京都がデカイ戦の戦場になったのは南北朝から応仁の乱〜室町末期まで幾多あったけど
やっぱ京都は四方八方に道が開けすぎて、負けたほうも結構致命的になるまえに逃げられたりしたのが関ケ原とは違うのかね
>>702 陣の構築も退路も中途半端だったからね
伊勢路に伏兵の大軍を置いておかなかったのがいけなかった
完全に三成の戦略ミス
>>705 信用の置ける人物が致命的に不足して兵力を分断することが不可能だった
寄り合い所帯の悲しさよね
>>702 退路が塞がれちゃったから仕方ない。
それにしても刑部どころか三成自身も小早川は寝返ってると
いう認識だったらしいが、松尾山城からどうして追い出さな
かったのか。戦力的に無理だったのかな。
>>707 小早川軍は1万だからな
早期に追い出すのは家康の首を取るより無理ゲー
本日、関ヶ原をぬけ姉川を渡り小谷城を脇に見ながら進軍し、賤ヶ岳で休憩を取ってから美浜で水練してきました。
金ヶ崎城よりの撤退戦もようやく終了です。由来を知ってると道中楽しめますね。
総大将毛利の一族衆の小早川吉川が内通してる時点で詰んでたよな
そもそも関ヶ原に至るまでの流れも西軍は酷すぎる
もう1テンポ石田の決起を遅らせて、上杉と征伐軍が廻旋してからの決起なら勝負になったかも
東軍には兵站維持できる人材がいなかったはず
西軍が短期決戦じゃなくて、長期戦を挑んでれば西軍にも勝ちの目はあったってことかね
関ヶ原を小牧長久手みたいにして持久戦に持ち込んでりゃ
大阪と京を抑えてる西軍が有利になりそうな気はするな
>>710 不確定要素や誤算は双方共にあったけど、巡り合わせが家康に
かなり味方したってのもあるからなぁ。
上杉の動向が分からん、東軍諸将が本気で戦うか不安で家康は
江戸から動けなかったのに、張り切って岐阜城落とすくらいに
頑張っちゃったからな、正則たちw
政宗なんて上杉と和睦しちゃって最上見殺しそうだったのに。
どんだけ嫌われてるんだよ、三成…
>>712 奉行集がいるから兵站面では西軍有利
ただし、指揮系統が統一できていないからな
おまけに長期戦になると九州の黒田と清正、東北の伊達が暴れ出すし一概に西軍有利とも言えん
>>714 上杉が徳川狙わずに最上にいっちゃったのが東軍にとってはラッキーだったよな
正則たちの大活躍は家康すら計算してなかっただろうし
石田はなー
秀吉時代の取り次ぎと大出世のせいで逆恨みされたり嫉妬されたりでどうにもならんでしょ
石田は表に出ずに、最初から毛利か宇喜多主導で決起しておけば良かったのかも
東軍の徳川家以外の外様大名は西軍にダラダラ睨み合いされるほうが堪えただろうな
領国から遠く離れて、特に大阪より西の大名なんて気が気じゃなかっただろう
主力部隊含む大軍を遠くまで引き連れて、刻一刻と減る兵糧、とにかく早く合戦して勝たないと外征地で詰む
>>711 秀忠の徳川本軍くるから無理
毛利は既にやる気ないし
>>717 三国志の夷陵の戦いみたいな展開に持ち込むしか無かったのかな?>西軍の勝ち目
さっき第二次関ヶ原のシュミレーションをコンピューターでやってた
小早川が西軍に付いた場合、徳川家康は戦わずに全軍撤退
んで家康は秀忠、前田の援軍が到着
西軍は小早川と立花宗茂が加わった想定で
結果、西軍が壊滅するとのこと
前田は丹羽さんとプロレスやってたんだっけ?
>>720 小早川が西軍についたら、後ろで行軍状態だった家康本隊は
撤退できるかもしれんが、史実の逆で福島や黒田たちは全滅
になるんじゃね ?
家康的には豊臣恩顧武将は死んでくれた方がありがたいかも
しれんけどw
武功なしで佐和山の城もらえるって現代の会社員に例えると
どんな人間になる?三成
レベル5の日野とかじゃないの
>>724 周りからすればただのお茶汲みだと思ってたのがある日取締役になってた感じじゃない?
実は社長秘書でその仕事が超優秀だったから故の采配だけど大半の人間は三成が社長秘書やってたこと自体知らないから「何でやねん」状態みたいな
>>717 そこで山内一豊の領地献上の申し入れが光るわけでな
家康にしてみりゃ心底ありがたかったんだと思うよ
だからドヘキチとはいえ国持ち大名になれたわけで
729 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/01(金) 02:33:30.69 ID:xiERDN190
徳川と対抗するのに毛利吉川小早川が必要な時点で三成はオワットル
あ、蟄居してる時点で政治的に終わっとったw
中央官僚が失脚して巨大地方軍閥相手に武力行使
必負の構えやねw
>>728 あれは大きいな
一豊たちの城明け渡しが無かったら東軍は兵站で崩壊してた可能性がある
むしろ蟄居の身から上杉と交渉して蜂起させて
毛利を総大将に引きずりだして関ヶ原まで持ち込んだだけで十分凄いよ
センゴク佐吉の政争劇が見たい…外伝で書かないかなあ
>>730 あの時点で「中央」が実質豊臣としては崩壊してるもんな、三成の官僚として働ける権力の基盤がない
秀吉が死んだ時点で、豊臣方の官僚は死んだんだと思う
秀忠遅参もあるけど関ヶ原での家康の一番の誤算は
福島とかが功を焦って頑張り過ぎて岐阜城あっさり落としちゃった位か。
三成は終始家康の掌で踊らされたピエロだったな。
>>734 そこまで楽勝じゃないと思うけどなぁ。
上杉・佐竹の動向
東軍諸将のやる気
10万まで膨れ上がった西軍
毛利のやる気 (秀元はやる気満々だった)
秀忠遅参
地の利 (関ヶ原周辺の陣地化)
…いろいろ不特定要素多かった訳だから。
センゴク的には賭けに勝った、ということでいいんじゃないの。
>>732 >蟄居の身から上杉と交渉して蜂起させて
毛利を総大将に引きずり出したのはともかく、上杉は別に三成がどうこう関係ないだろ
徳川がケンカ売る相手を探してて、最初は前田にケンカを売ったけど前田がケンカを買わなかったから
上杉にケンカを売ったら、上杉がケンカを買っただけだし
>>734 結果はその通りだし三成挙兵そのものは筋書きに沿ったものに近いのだろうけど
強制隠居させて一線退いてた三成が色々他家の思惑もあったにせよあそこまで西軍プロデュースしたのは正直ビビったと思うわ
小牧長久手で悪夢再びみたいな感じで赤備えが見たいんだが、今回の武功でっち上げと同じノリになるかも知れんな
>>737 三成参戦で敵も自動的にプロデュースしちゃうけどな
三成がいるから自動的に東軍に走った奴も多いだろうに
三成の19万石がしょぼいとよく言われるが
豊臣家譜代というか秀吉子飼い武将の中ではトップレベルの高禄のはずなんだがね
清洲会議の国分で掘久がしれっと領地もらってて吹いた
>>739 よくも悪くも、家康に喧嘩売る気力があったのは、上杉と三成、
秀家くらいだからな…。
(最近は隠居させられていた三成じゃなくて、宇喜多秀家が西軍
主導したんじゃないかって説がある)
へうげもので、豊臣恩顧大名が陰では愚痴ばかり言ってて、
表立っては文句の一つも言えん状況見ると、なんだかんだ
言って西軍立ち上げた三成は大したもんだと思うがなぁ。
>>741 山崎で手柄を立てたからもらわない方がおかしい
あれ、三成の挙兵がなかったらどうなってたんだかね。
上杉と泥沼の長期戦になってたのか。
関ヶ原は野戦になった時点で家康の勝ち
光成はもっと開戦を遅らせる気だったのに向こうが自分から死地に入ったから
砦にこもるのをやめたが実はそれこそ家康の策にハマってた
後開戦を何日か遅らせるだけで他の城攻めてたやる気のある1万5千くらいの増援があったから
これと合流してれば西軍の裏切り組が寝返りを躊躇として局地的な勝利もあり得た
徳川は一回くらい負けても秀忠の軍があるから立て直せるが
勝利の功績で西軍に対する光成の発言力が増すから容易には勝利できなくなる
>>744 上杉軍は関ヶ原の西軍よりずっと少ないからもっと楽勝
>>745 あと何日かすれば秀忠の三万八千が到着するからもっと不利だぞ
>>746 会津攻めの方が兵站面での負担が重くのしかかる。
おまけに上杉は指揮系統が一本化してるし、佐竹の動きも読めない。
革籠原が上手くいけば泥沼化はあり得た。
>>747 西軍も田辺城、大津城、その他部隊が散ってるから、秀忠軍が来てもそこまで不利にならない
むしろ立花をはじめ精鋭が来る分西軍有利ともいえる。
軍勢が増えれば兵站の負担も増すわけで、東軍の破綻確率は大幅に上がる
>>748 それこそがクロカンの描いた関が原だろうな。
なんだ彼岸島完結してないのか
これでセンゴクもしばらく安泰だね
完結による収入を伸ばすための手段ジャマイカ?
センゴクも過去2回完結商法をしてるしさ
お前は何を言っているんだとしか
>>746 上杉は馬鹿正直に野戦とかしねえからw
本土決戦だから気合がハンパないしなあ
籠城、遅滞戦術、補給線攻撃でそう簡単には決着がつかない
国境の城幾つか攻め落として、本城囲んでそこで景勝に頭下げさせられたら上出来、ぐらいじゃないかなあ
家康は自分の権威確立と豊臣家の横領が目的でべつに上杉をどうしても攻め滅ぼしたいわけじゃなし
家康は大軍を動員はしたがその兵力が仇になる場合もあるし、状況の変化は常に起こりうる
てか実際西軍放棄しちゃったわけだしw
>>752 上出来どころかそれは最大限に上杉に都合良くいった場合だな…
順当に行ったらまず負け、逆に家康に都合良くいったら一瞬で滅亡だよ
佐竹が一貫して東軍だったらどこに国替えになったんだろうあのままずっと関東に居られても困るし
佐竹は上杉に乗る可能性もそんなにないわけじゃないよな、徳川に国境接した自分等がいずれ潰されることも予想はできた
佐竹の将来見据えた生き残りを考えた場合、上杉討伐にそのまま徳川本体が向かってたなら、背後から謀反するのは意味はなくない
>>754 東軍は会津征伐から行軍を開始していて、行軍期間が長い
西軍には長束、小西など後方支援に強い人材が豊富
西軍は大阪城、堺を押さえている
>>754 動く側、攻める側、アウェーに兵站の負担が大きいのは軍事の常識だと思うが
利根川の南側までは徳川領みたいなもんだから策源地として利用できるけど、佐竹の帰趨ははっきりしないし
下野の蒲生は徳川と婚姻関係あって拠点として活用してるけどな
>>753 戦争ってそう簡単にいくもんじゃないよ
大国を滅ぼすにはどうしても数年の時間が必要だが、そんなことしてたら家康の寿命が尽きる方が早いわ、とw
甲州崩れみたいに大国があっけなく崩壊したのは極まれな例外
あれは長篠の敗戦と以降の失政が重なっての結果だし
北条は、包囲に音を上げただけで小田原城内に北条主力まるまる無傷で残ってたし
最悪、国境の城いくつか攻めて有力な城はひとつも落せず、動員された諸将から不満の声が上がって、
ウヤムヤな手打ちが行われて上杉中央復帰って可能性だってあった
家康の野望のスケープゴートにされた上杉には同情も多かったしな
勝てないまでも滅亡しないだけの目処がなければあんな形で家康に手袋叩きつけたりしないさ
>>748 大河天地人で兼続が革籠原にハマった家康の姿を想像してニヤニヤしてるシーンは滑稽でウケたわw
>>758 東軍も西軍もアウェーでホームだろう
しかも関ヶ原だから東軍主力の本拠地に近いじゃん
海道の諸侯が徳川に城を献上したし
>>750 もしセンゴクが彼岸島と同じ様に完結炎上法を行ってもYahoo!記事でトップで扱われる気がしない
センゴクは勿論好きなんだけどねw
>>760 748は対上杉作戦の話してるんじゃないのか?
>>761 え゛???
結局完結してなかったのあれ?w
読んでなかったけど最終Pだけ見てさすがについに終わったかおもてたわ
戦なんて優位に和睦するためにやってるんだし
会津攻める方も守る方も
まぁ上方に変事がなくても
決着までは結構な時間のかかることだ
>>762 一連のレスを見ればわかるが、俺へのレスだから関ヶ原の話でしょう
いくさって大名にとっては損失でもあるんだよなあ、もちろん利益にもなるし義務にもなるけど
徳川子飼の家臣でもなけりゃ、会津の上杉が事前に準備して待ち構えてるところに攻め込むなんて、気乗りしなかったと思う
関ヶ原当時、毛利家で昔の吉川元春みたいな武の象徴的存在つか毛利家きっての精鋭の大将って大津攻めに回ってた秀包ですかね?
>>765 準備して待ち構えてるんじゃなくて、準備が出来てないから準備してる最中のところだから
>>748 そう思うと京極が大津城で頑張ってたのは大きかったんだな
西軍も真田が頑張って徳川の主力を食い止めたからお互い様だろう
秀忠が本戦までに戦場に到着したら小早川が参戦する前に石田隊が
崩れて西軍の中央が突破されてた
>>768 その割には褒美が小さいよな
初が嫁なのに
京極が近江は戦乱に巻き込まれるから嫌だと言ったらしいが
>>745 ちょっと待て、それ順番が逆だ。
岐阜城陥落で大垣城篭城策は無理 (10万もの兵が入れる城じゃない)。
大谷吉継が整備していた関ヶ原周囲の野戦陣地に防衛線を後退させた
のを東軍が知って家康が追撃戦やろうとしたんだが、追いつけなくて
迎撃されたってのが関ヶ原当日の状況だよ。
なんでもかんでも家康の思惑通りって訳じゃないんだけどなぁ。
大坂城から秀頼を連れ出せない時点で負けてる
ましてや毛利輝元を連れ出せないのに
結局、石田三成5千vs徳川家康3万〜の戦いになってしまうと思う
小早川毛利が参戦してなかったから
西軍3万vs東軍6万ってのが現実だし
>771
むしろ関ヶ原に行ったのはあの時点ではほぼ最善に違い有効な応手ではあるものの、最後の足掻きのようなきがする。
ほぼ東軍の扱いの小早川が偶然家康とほぼ同時に着陣したせいで、防御線が崩壊して下がらずを得なかったわけだし。
おかげで長宗我部や南宮山にいた連中は完全に遊兵になってしまった。
西軍って、関ヶ原直前まで家康本隊の行軍をまったく捉え切れなかったのかねぇ。
特に上杉はもう家康が関ヶ原に向かっているときもまだこちらにいるものと完全に思っていたようだし。
西軍が勝機を見出すとすれば足早に岐阜城に入って
清州城を攻略する事だった
それで第二の桶狭間を仕掛ければ勝機は見いだせた
あそこは元々大軍を動かすのに不向きな地形だしな
最低でも岐阜城に大軍で入れば岐阜城の地形を生かせば
例え秀忠家康合流の11万でも歯が立たなくなる
>>773 秀秋本人の才覚というよりは稲葉、平岡の線だろうけど
あのタイミングでの陣地強奪は偶然ではないっしょ
西軍への牽制効果抜群の上にもし攻められても孤軍にならない
某作品のせいで小早川秀秋は実は超優秀だったんじゃないかと勘繰ってしまう
幼い頃から英才教育を受けた羽柴のサラブレッド、かつ、有能な家臣団
実際、松尾山に陣取って戦の趨勢をコントロールしたわけだし
お前ら関ヶ原の話好きだよな
漫画でやるかどうかすらわからないのに
>>776 近年の研究で秀秋は凡愚ではなかったって説が出てきたから
秀秋がおもっくそ愚者として描かれてる隆慶一郎原作のアレとかは精神的に無いものとするのが良いのかもしれんね
真柄直隆が出ない姉川の戦いなんて姉川の戦いじゃない
織田信包や織田昌澄が出ない関ヶ原や大阪の陣なんて関ヶ原や大阪の陣じゃない
>>776 豊臣vs徳川に出来なかったことが三成の敗因
旗頭たる秀頼を担げない時点で反家康vs反三成の戦いになった。
家康より嫌われている三成ってスゲー
秀秋から「俺を関白にする気らしいよ」て聞いて
とんでもない佞臣ってみんな思うだろ
よいのです
静謐よの
三成の武功ってほんとねーな。少しぐらいはあるかと思ったが
小田原攻めでも秀吉が大谷を軍監みたいな立場でつけてやって
周りが納得する武功を立たせてやろうとしてるのに落とせないし
基本三成って性格が頑固じゃね?
頑固というか、他人の感情を読むのがヘタクソだったんだろな。
>>784 桶狭間戦記時代の家康の部屋を再現して接待する場面、
腐った魚を出して光秀が蹴り飛ばされるイメージしかなかったから感心した
>>785 忍城は創作とかの影響で三成メインのイメージがついたけど
書状を読むと浅野長政メインだったみたいだよ。
有名な水攻めも三成が来る前から準備されてて、
三成が大将を務めたのは途中の一カ月にもならない間だけぽい。
三法師「僕もこんなに早く天下の名城が落とされるとは思っていませんでした。」
城が立派でも兵力が…
しかも寡兵なのに派手に打って出たから余計に
>>784 センゴクを抜きにすれば、まぁまぁ納得のいく仮説だと思う
特に武田滅亡後の富士山見学は、徳川領の下見(いかに電撃的に侵攻するか)を兼ねていた、というのは面白かった
雨のなか大返し並みの勢いでコンビニに雪崩れ込んだのに休載かよ
>>766 大津城攻めの総大将は元就の八男の末次元康だよ
>>771 下手したら第二の三方ヶ原の戦いになりかけてたよなあれ
数的に圧倒的優位になってたから勝てたけど
家康がテンパって刀振り回しながら周りに当り散らすのもわかる
>>776 じゃあ戦後に領地の石高が減ったり家臣が去ったり
徳川による大名おとり潰し第1号になったのは何なのよ
結局徳川に利用されて捨てられてるんだけどあれが優秀なのか
豊臣一門だからな
遅かれ早かれ粛正される
>>795 筑前1国から備前美作+αで中央に近いときたから確実に栄転だよ
すぐ死んで有力な跡継ぎいなかったから改易になっただけ
>>796 問題のない大名については幕府は存続させてる
>>797 それは「だけ」とは言わない
豊臣一門だってことが問題なのだよ
>>798 それとこれは関係ないから
豊臣政権もそうだったが有力な跡継ぎいないとこは出自関係なく
すべて改易なり縮小移封させられてる
>>799 だから小早川は豊臣一門だから、例え本人が長生きして跡継ぎも居ても
幕府にいちゃもん付けられて減封国替えか下手したら改易だってある
>>800 あるわけねーだろアホ
偏った結果論に毒されすぎだ
>>801 小早川が城主程度の大名ならおとなしくしてれば問題ないが
備前岡山55万石の豊臣一門だから問題になる
秀次って関ヶ原当時 19歳、死んだのは 20 か 21歳くらいだっけ。
それくらい若いと跡継ぎ産まれてないから養子ってわけにも
いかんだろうしなぁ。
毒殺って線はないの ? 朝鮮半島にも行って暴れてたわけだから
体が弱かったわけでもなさそうだし。大谷さんの祟りはなしでw
無嗣断絶とか
徳川譜代でも普通にくらってるわけで
>>802 おとなしくしていれば豊臣一門だろうが織田一門だろうが問題になりません
妄想もたいがいにね
>>803 毒殺の線はあるよ
秀秋が拝領したとこは元は誰の領地だったか思い出してみればピンとくる
毒殺は彼の父親の十八番
秀秋の死因って大谷さんの呪いでしょ(棒読み
まあ、癩病病みで体中に巻いた包帯から膿汁垂れ流すミイラ男が板輿に乗って襲いかかる夢を夜毎見たらそりゃタマラナイですよねえ(棒
宮下先生に元寇と応永の外寇をマンガ化して貰いたいでし
大手誌でそれらをマンガ化した所ってあるのか
>>805 元権利者の一門が大大名化したら本人がどうあれ大人しくしてない疑いもたれそうじゃね
まぁ本人大人しくしてても部下の喧嘩沙汰で取りつぶしとかもあるしな
ぶっちゃけ秀秋はストレス半端なかったんじゃね
豊臣一門で毛利一門で東軍の勝因になって加贈は自分だけで裏切り者呼ばわりされて
栄転っつても宇喜多家の旧領だし、同世代の秀家が八丈島で長生きしてるのが皮肉よな
>>806 電波すごすぎ
この時期の秀家はまだ薩摩に隠れてんだぞ
>>813 実際もそうだったけどまず疑われないな
さすが宇喜多
同じ秀吉の養子仲間の裏切りに怒り狂って封印していた家伝の奥義を発動したのか
しかし、徳川の実子いなきゃ取り潰しってのも酷いな。
養子とっても認めてくれなかったの?
末期養子の禁
要は死ぬ間際になって焦って「養子とります!ほら甥っ子のこいつを!」とか言ってもダメ
前々から届け出てて承認されてればOK
だから
「子供なんてそのうちできるさぁ」と思ってた
まだ若い大名が急病で死んだりするとヤバイ
上杉家が末期養子を認められた代わりに石高半分にさせられたような
>>816 認めてもらえるよ。
つか豊臣政権からそれなので徳川政権だけ酷いわけではない
江戸初期に末期養子の禁で取り潰される大名が多く浪人が増え社会不安が増したから
後に運用上の取り扱いを緩めたんじゃなかったかな
形式的にまだ生きてる事にしといて届け出るとかそんな感じにしてたんだっけ?
>>817 関ヶ原本戦にはいけなかったけど大津攻めの西軍で一応一旦改易食らったけど、後に後釜の田中さんに後継ぎが居なくて、なんやかんやで旧領に返り咲いたけど結局自分も子供出来なくって弟から養子貰ってそのまま明治まで守り抜いた柳川の立花藩はいったい…
>>822 いったい…と言われても、養子にした時期の問題では ?
実子できずに養子とった武家なんていくらでもあるし。
>>821 実子いるのに吉川家が幕末にそれやってたな
悲願の岩国藩をなんとかして歴史に残すためだったらしいけど
あの大河ドラマで見かけたんだが、毛利輝元が元服する時に
将軍から一字拝領する場面で最初義輝の「義」をもらう予定だったのが
本人が信長にやられた義元と同じ名前になるから下をもらうと
いった話って創作だよな?なんか幕府の使者は「いや、毛利家も上の字をもらう
のにそれなりの心づくしを幕府に収めておられるのであるから・・・」とか言ってたが
>>823-824 わかってっけど、長寿って才能だね的な突っ込み来ないかと。書き方下手だったな、すまん。
まあ長寿は結果的な事で重要なのは実子に拘らずちゃっちゃと諦めて養子縁組みする事なんだろうね。
にしても改易食らった田中家が色々ちょっと気の毒とも思ったり。
長寿といえば秀忠に逆恨みされつつも90歳超えるまで生きた真田の兄ちゃん
>>828 逆恨みってw
親父と弟に散々な目に合わされたけど、関ヶ原では幕下で一緒に親父とやりあってたはずではw
弟と嫁からのストレスが無かったら120まで生きた人か
逆恨み、っーか八つ当たりだね
次々回の大河やゼンゴクで出番が有れば良いけど…
関ヶ原までいったら、当然、第二次上田合戦で出て来ると思うが
>>829 真田太平記だと、その関ヶ原の上田城攻めで、信幸が昌幸・幸村と
つるんで罠にはめたのか ? とずーっと思い込んでるよねぇ、秀忠。
それで何度も信幸を取り潰そうとするんだが、舅の忠勝の嘆願や
徳川についたことを評価する家康が大目に見るたびにストレスが
たまっていきw、家康死んだーとうとう真田を潰せるぞ ! と難癖
つけたら家康の書状で何も言えなくなるというw
ただ大名取り潰しって秀忠の時がピークだから、この小説通りの
仲だったら真田も潰されてただろうから、あれは創作だろうねw
かと言ってわざわざ上田城を破棄させたのだから
やはり根に持ってたんだろう
村山元首相という日本一を狙えるクズでさえ90歳になっても生きているのに
ネトウヨ乙。どこにでも湧く連中だな。
俺が言うのもなんだけど
みんなそろそろ
滝川さん攻めに関心持てよ
>>835 意味の解らない定義で煽る連呼厨基地害さん乙
大河の話になるんだが史実では四国攻めに官兵衛は関わるんだが
大河ではスルーなのかな?
権兵衛このまま出てこないのかな?
>>835 構ったら喜ぶだけだから無視
>>836 史実見る限りだと滝川さん凄い頑張ったけど勝家と信孝が負けて駄目だった
みたいな内容になってるから、あんまり権兵衛や久太郎が活躍しなさそうだからなあ
大河見てると、家康って竹千代時代の次にはもう老成時代で
ヤング家康というイメージはもはやないんやろか、という気がする。
定義イミフの単発IDが吠える
>>840 晩年の老獪なタヌキジジイのイメージが定着してるからじゃないか?
そういや短気でキレやすい家康を見たことないな
この作品の家康はいつまでも若いね。
しかしこの作品ではあえて信康の一件とか触れてないけどもし触れてたらもう少し
信長への感情にはドロドロとしたものがあったかもな。
>>840 頑張って滝川攻めてたのに、他方面の情勢の変化によりあっさり滝川降参
↓
小牧長久手、いろいろあるも結局は外交で終わる
↓
強敵の長宗我部も物量であっさり終了
↓
ゴ「もう武功とかそんな時代じゃないのかのう…?」
↓
九州攻め
ゴ「まだじゃ!ここらでもう1度、武辺者の意地を見せるんじゃああっ!」
↓
焦って伏兵に引っかかる
みたいな想像をした
>>843 最近じゃ、あれは岡崎と浜松での徳川家中での世代闘争の結果
であって、信長が自分の息子と信康比較して、やっかんで圧力
かけたってのは俗説になってない ?
もともとが俗説ですよ。
>>845 >信長が自分の息子と信康比較して、やっかんで圧力かけた
いかにもな俗説だわなw
命令した信長が悪いんであって、息子死なせた家康は悲劇の主人公、という
つい最近もなんかあったでしょう
松平家臣が裏切って織田に竹千代を送ったんじゃなくて、元から織田に送ったらしいってやつ
俗説なら信康は今川義元か氏真の種で、組下の家康に築山殿ごと押しつけられた説で
実子じゃないから信長の詰問を口実に嬉々として殺したと
>>848 ほんとヨゴレを神君に仕立て上げるのも大変ですわ
権兵衛こねーーーーー
大河の方で秀吉変貌するフラグが立ったが
こっちの秀吉も賤ヶ岳後変わるのだろうか
>>852 人格は変えないで欲しいな、人間そんな風には変わらない
変わるのは立場が故の周りへの対応で有って欲しい
別に変わってもいいけど、分かってて敢えて行動を起こしている今の描写が
重大な転機と思われた琵琶湖で惚ける柴田と勘違い激おこ羽柴の描写とそぐわない気がする
全く意味が無くなっているというか、要らなかったな
>>855 人を使う側と人に使われる側じゃ変わるだろう
特に信長というのは仕える側にとっちゃ楽な相手ではない
成果を出し続けることを要求する人物だし毎夜眠れないくらいプレッシャーがすごい
あのプレッシャーが一夜にして無くなったら最初は依存対象が無くなったことへの猛烈な喪失感で
それになれたら自由に手足が伸ばせることに羽目を外しすぎるのはよくあること
>>856 別におかしくないと思うが?
秀吉は有力者の二人で織田家を引っ張って行こうと考えてたが
あの後ろ姿を見て勝家は信長気取りだと勘違いしたから
信長のような支配体制を確立したい勝家に排除されるなら
先手打って勝家を滅ぼして自分が天下人になろうと考えてもおかしくない
信長の血を受け継いだものではなく
信長の志を受け継いだものこそが信長の後継者である
秀吉が自分が天下を奪うことの正当性をそこに求めたのなら
自分自身は反対していた信長発案の唐入りに踏み切らざるを得なかったことの説明になるかな
>>858 お前に記憶力が無いのは分かったよw
琵琶湖の時点でその方向にまっすぐ動いてるならおかしくは無いが、
最近周りからちくちく言われるまでそうじゃなかっただろ
>>860 それはキミの脳内記憶だろうw
それまで柴田と協調路線取ってたが琵琶湖以降
独自に信長の葬式をやったり動き始めたじゃん
周りにチクチクって作中で言ったのは笑岩だしそれも葬式の後
三好三郎が雨乞いしたのかな
あの台風は
お前らが三好三郎の雨乞いをしたおかげかwww
>>864 琵琶湖で後ろ姿見て天下人気取りと何を話しても無駄だとか
笑岩に言われて本格的に下克上を決意したじゃん
お前は何を見てたのか?
866 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/04(月) 20:14:30.71 ID:PW4sm/Cn0
双方控えよ
867 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/04(月) 20:31:28.80 ID:Dj+n3lch0
よいのです
静謐よの
>>842 葵徳川三代の津川家康はキレやすかったというか非常な策も取れて人間味もあるって感じだったよ。
大阪の陣での秀忠「今度は遅れなかったぞ♪」→家康「AHOOOOOOOOOOOO!!」は笑ったw
ばあ ばばあ
>>869 たわけうつけまぬけ!の場面だなw
徳川三代は津川と江守の演技が最高
8月〜10月頃 賤ヶ岳
10月〜12月 政権掌握とか大阪城築城とか四国小競り合いとか
来年は、小牧長久手、四国征伐、豊臣政権確立、九州征伐
さ来年は戸次川の戦い〜ゴンベ転落〜聚楽第とか豊臣政権全盛期〜小田原復活
センゴクは平成28年の12月で終わると予想
>>872 小牧長久手は第一次関ヶ原と言われるくらいだからな
権兵衛的にも四国を長曾我部に奪われるという失態もやらかすし
何より秀吉がいかに信雄を丸め込むのかが見もの
あの信雄なら余裕でしょ
>>874 いくら馬鹿でもあの時秀吉は信雄を殺そうとしてたんだぞ
だから家康と同盟を結んだのに
それを反故にしてまで秀吉と講和したんだからな
そんな奴と仲良くできますか?
秀吉はそれくらい凄いことをしたんだよな
別に「講和=仲良くすること」じゃないぜ
>>859 それはそれで大義名分あるな
三法師が豊臣側に行って徳川と対立した辺りが
徳川は徳川で正当性あるからまあどっちでもいいわ
徳川幕府が無ければ小笠原諸島は無く、日本の領海等はより狭まった可能性がある
これまでの合戦・戦争等が無ければ、人の出会いは変わり我々の多くは産まれて来なかった可能性が高い
10万人100万人の生死が変わるだけで出会いは凄まじく変わる
全ては因果
↓よいのです
│ ≡ ('('('('A` )
│≡ 〜( ( ( ( 〜)
↓ ≡ ノノノノ ノ
| おらっしゃあぁぁ!!!
| ∧ ∧
| ( ゚Д゚)
└┐ (⌒⌒ヽ /⊃_O
←┘( プッ!! ゝ 〜( /
丶〜 '´ し∪
>>877 秀信は単に尾張美濃2国の加増に釣られただけ
どうでもいいけど、何で関係も無い関が原の話で盛り上がっているの?
多分話題が始まった時にやってたNHKの番組のせいだと思う
何日前だよってくらい話題を引っ張り過ぎだが
滝川攻めが終わったらゴンベが元親にボロボロに負けてほうほうの体で逃げ帰るのが見れるんだな
逃げ帰ったら時の秀吉とのやりとりが楽しみ
小牧長久手が第二次とか続いて結果的に徳川を滅ぼすところまで
いっとけば簒奪されずにすんだのに。あの時点では徳川を滅ぼすほどの
自信はなかったって事なのかね
長宗我部にボロ負けしたのに、四国征伐後加増されたのはなんでなん?
敗北自体は彼我の兵力差でやむなしな所もあるし淡路と小豆島を押さえて戦線維持したのが評価されたんでしょ
勝敗は兵家の常
その方面の抑えを命じた秀吉自身が「勝てる」とまで思ってなかったからでしょ
四国征伐を実現できるまで、戦線を維持し続けるという
期待した働きはしたってことさ
四国への足掛かりを維持してさらに長宗我部の動きを牽制して
本州進出を食い止めるのが秀吉の目的だからゴンベエは命令を達成した
逆に九州では勝てなくても維持すればいいのに部隊を捨てて
讃岐に逃げ帰ってきたから改易食らった
>>885 名分が無い
少なくとも徳川を滅ぼすほどの強い名分が
>>886 あとで佐々も許されてるあたり、それなりの人材だったからだろう
戦国史上、最も捨て石が似合う男!!
鳥居さん?
このスレみてて思うんだが、徳川系の武将って2chでは不人気なの?
西軍ヲタがキチガイなだけですよ
石田三成の魅力とかさっぱりわからん
自分の力量を把握できない大馬鹿野郎としか思えないのだが
突然何を言ってるのやら
お市とセックス→死亡
お市と二度セックス→やっぱり死亡
>>894 日本人、基本的に敗者が好きだからね。
平将門、平家、義経、楠木正成、信長、豊臣、真田幸村、新撰組、
西郷隆盛。敗者ばっかり。
勝ち組で人気のある人物って誰だろう…
東郷平八郎とか?
>>898 それこそ
豊臣秀吉w
徳川家康w
日本人だって普通に成功者を称える文化を持ってるんだよ
立志伝中の成功者の伝記が当人の存命中に流布されることだって普通のことだった
比較的最近だと本田宗一郎とか松下幸之助とか盛田昭夫とか
成功者を狂った様に貶め引きずり落とすことに熱中し敗者の敗亡の美ばかりを持ち上げたがるようになったのって最近のこと
それこそ平成に入ってからかも
休載だとまたスレがうざい連中のオナニー会場になってるのか
はやくセンゴク読みてぇ
秀吉が関白になった時期ってちょうど家康に負けて和睦に
転じた直後かね?近畿をほぼ収めればなれるんだな関白ってだいたい
>>895 三成より家康のほうが好きって人なんていんの?
>>902 近畿を収めりゃ天下人だからなぁ
信長さんも包囲網なんてやられなければ、案外近畿だけで満足してたかもしれん
信長が右大臣の次に三職のどれかに就く気があったのか知りたかった
ずっと右大臣のままでいるつもりだったのか
>>906 それも前が付いちゃって形式上は隠居だしねえ
地位を求めないから朝廷側は不安になったわけで
センゴク的には日本を捨てて唐入りだからもう日本での肩書にこだわる気はなかったんだろうとしか
唐入りで展開によっては明朝の柵封を受ける事態になったら、二君を頂くのは名分的にはいかにも不味いし
今川義元もそうだけど、家督譲った後の隠居がむしろ積極的に政治軍事で活発になるのは、
「内向きのこと」を譲ってそちらに集中するっていうこと?
>>894 (領地や兵力が)地味だから、織田・豊臣系武将に比べて人気がないだけで、固定ファンは居るかと。
近畿地方を収めた250万石ぐらいと
関東一辺を収めた250万石ぐらいじゃ質が違うんだろうなぁ
堺とかあるし近畿には
農業収入が同じでもそのほかの収入があるから当然差はでてくるだろうね
>>903 歴史学者は家康大好きだよ
300年の太平の世を作った功労者だから
あと海外の歴史家も3英傑でも家康を評価してる
王者、覇者より悲劇のヒーローの方が人気出るのは世界共通だしねしょうがないね
欠地王とか人気だからな
徳川幕府300年ってよく言われるけど実際は260年くらいだよね
キリがいいから300にしてるの?それとも今川からの独立から数えて300か?
>>916 徳川オタが盛ってるだけ。
260年より300年のほうが凄そうだから。
中国4千年の歴史
>>911 むちゃくちゃ土木工事したみたいだからねぇ>関東250万石
利根川を江戸湾から銚子岬へ流れるように変えたり
家康一代じゃ終わらなかったくらいだ
評価されるのと、人気があるとか好かれるとかはまた別の話なんだよな……
>>913 秀吉の日本統一あってこその江戸幕府の泰平の世ということを全く理解してないな
徳川はおいしいところをかっさらっただけだよ
ゴンベの話が出ない(泣)
家康関連の小説で「覇王の家」ってタイトルのがあったけど
家康に覇王ってイメージないな。元々項羽の呼び名からきてるし
激情の将にふさわしい言葉であって
元来家康は激情の将だぞ
後年の忍従の人イメージはそれを理性と学習で上手くコントロールできるようになったゆえで
もしかして信康も一次の激情で殺してしまった可能性も微々にある?
>>920 おかげで下総は水害だらけの地獄と化したよ・・・
信康はやはり今川の血が入ってるのがいかんかったんやろ
今川と武田は遠戚みたいなもんだし、その武田と接してる徳川
信玄が信虎を追放したみたいに信康は家康を追放しようとしてたからしゃあない
>>928 まぁ、江戸湾岸で頻発してた水害の半分を分け合った、ということで
>>924 あとがきにちゃんと理由が書いてあるぞ。
手元にないから忘れてしまったが。
>>924 覇王の家で一番印象に残ってるのは晩年の家康が風に飛ばされたちり紙を必死に追いかけて
それを見て笑いこらえてる小姓たちに「わしはこれで天下を取ったのだ」と不満げに語ったところが家康っぽくて好きだな
『たんぽん藤吉(*)五郎左、攻めの柴田に、受け佐久間』
瓶割りファック 〜柴田勝家〜
柴田はあの頃60過ぎでお市の方は30過ぎぐらいかね?首絞めセクロス
してた時は。40ぐらいの時に信長の屋敷とかで鞠でも持って遊んでた
当時の子供と熱い首絞めセクロスをするようになるとは予想できなかったろうな
936 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/07(木) 21:17:21.99 ID:Yyr2cdaN0
羽柴秀吉も茶々と首絞めセックルをして・・・
腑抜けになる
首が性感帯の織田の女系
で、秀忠はお江の首を上手く締められなくて苦悩するのか……
京極氏は嫁に首を絞められてそうだが
ばあ ばばあ
>>942 水滸伝の訳本読んでると梁山泊に負けた側のセリフで山のように出てくる。
あれ、講談を文字にしてるから、繰り返しとか表現のくどさとか本当に多いんだよな。
俺が読んだのは駒田信二訳だけど、本当によく訳したと思うわ。
秀吉が黒化していく所をこの作者ならうまく描いてくれそうな気はするが今までの秀吉を見てきてるからなんか悲しいわ
それでも一番好きな漫画なんで最後まで見続けるけど
滝川攻めで
この漫画で貴重な小六さんの活躍シーンくるの?
勝ちガス
勝ちガス
やったガス〜
秀長「さあ始まるザマスよ」
小六「行くでガス」
ゴン「フンガー」
>>944 黒化といっても、秀頼が産まれて、過剰に情をうつして
無茶苦茶したって程度じゃないのかな、晩年の秀吉。
もっとも、今の賎ヶ谷の合戦の後、信孝から人質にしていた
母親、つまり信長の側室ぶっ殺してしまう訳だが。当時の
女性の地位ってそんなもんなのかな。
信玄の家臣だった秋山に城ごと寝取られたのは信長の叔母さんだっけ?
岩村城に自分の子供を預けてたのに裏切ったんだったけな?
あの叔母さんは逝ってよし
>>288 武田が義元死亡から駿河侵攻に至るまで8年以上あるのですが。
そのころには信濃方面はもうとっくに片付いてますし。
北条との争いも2年ほどで片がついて再同盟に至ってます。
これが破られるのは御館において勝頼による外交失敗によります。
ていうか、もともと駿河侵攻は今川が上杉と組んで武田を包囲しようと
したことが直接の原因になっており、1568年末の段階では
どっちが先に戦端を開くか、という問題になっており武田が先手を打っただけです。
信玄はイメージとは違って実際には今川との同盟継続を何度も求めており、
それをはねつけて上杉と組んで武田包囲に動いた氏真を憎悪しています。
ていうか、あなたの提示している徳川の早期討伐案ですが、
武田から実際に今川に対して徳川共同攻略と領土分割を持ち掛けてますが
今川氏真のほうからこれを拒否しています。
>>949 信玄の書状などでは一貫して「岩村を味方につけた」という感じで書いてあり
これを見る限りは岩村衆が信玄に呼応した感じで、おつやの方がどれだけ積極的だったかは不明です。
もともと岩村は武田と織田の中間地帯として両属だったので、
それを織田が強引に介入して単独の直接統治に切り替えたことで
岩村衆に反発が高まっていたとされますね。それを考慮するならおつやの方を責めすぎるのもいかがなものかと。
意味がわからん
>>907 光秀から「上様に今更官位とか首切られなくて幸いに候」って嗤われてたしね
アレだぞうちの上様はすげーんだぞ、そんなスケールじゃないんだぞという
光秀の信長崇拝が現れてて良いシーンだったなあ
>>948 家康なんか正室ぶっ殺してるやん
つまり女性が権力持つことができる構造があるからそうなるわけで
江戸時代よりこの時代の方が遥かに女性の権力は強いよ
>>950 親今川派の義信が粛清されたのは侵攻の1年前だし
それ以前から今川に対する態度で武田の内部が揉めて派閥争いがあったから
信玄が悪くないなんて言い訳は無理
むしろ今川侵攻が義元死後8年になって起きた理由として
氏真を補佐した寿桂尼の存在が大きいだろう
>>954 君主が妻殺すのと、家臣が主君の側室殺すのでは、意味合い違う
と思うけどね。
女性が権力持てるケースはその家の嫡子を生む、実家が有力者とかその辺かな
お江の存在を忘れるなよ、皆の衆
春日局は?
将軍の乳母とはいえ実家は反逆者だぜ……
春日局はまぁ実質母親みたいな……
>>955 この問題についてはとっくに学者さんから
書状検討がなされて明らかになってる状態なのですがねえ。
まず一つずつ行きますと、なんかあなたのイメージとして義元死亡から
いきなり信玄が駿河侵攻に動きうる状態で、寿桂尼の存在如何で決まる話だったかのように
誤認してらっしゃるようですが、義元が死亡した1560年当時の段階では、
まだ第4次川中島の戦いすら起きてないですし、そのきっかけになる
長尾景虎による小田原大遠征も起きてないわけです。
北信濃では長尾と武田の勢力争いが続き、武田にしてみれば駿河なにそれ状態です。
実際にこの後で長尾上杉による小田原大遠征が起きますが、これは長尾上杉のもとに
関東諸侯が結集し、11万ともいわれる規格外の大軍を出現させ、東国世界に衝撃を与えます。
この時に武田は北条・今川と連携して長尾上杉+関東諸侯、という大勢力と戦う方針で一貫しており、
第4次川中島の時も北条・今川方面の守備隊まで結集して長尾上杉に向かっており、
とても駿河を狙うどころの話ではないわけです。そして第4次川中島でなんとか上杉勢を
追い返した後、武田は長尾上杉の大勢力の勢力削減をはかって西上野侵攻を開始します。
この戦いはあまり小説とかでは取り上げられないから、メジャーではないかもしれませんが、
実際には1561年からおよそ6年にわたって続いた武田と上杉の熾烈な勢力争いであり、
謙信の主力部隊も何度も西上野に襲来し、和田城攻防では信玄がまるで長篠合戦のプロトタイプのように
堅固に備えた和田城に鉄砲衆数百を入れ、それに弓衆を加えて一斉防衛射撃を行い
上杉勢主力の猛攻を追い返す、という一幕までありました。
この戦争が武田の西上野獲得でひとまず決着するのが1567年、つまり駿河侵攻の前年です。
時系列的に見ても、当時の武田にはあなたが
>>288でおっしゃっるような、
機会主義的に今川を攻撃する余裕などないのです。
むしろ武田はこの間に義信の嫁(今川からの娘)が病気になった時には
平癒のための大祈祷を行わせ、三国同盟維持の方向で動いてることは明白です。
ワロタ
>>955宛続き
次に
>>961の時系列をもとにして、武田と今川の同盟関係の変遷にかかわる事項を論じていきますと
まず1561年から1567年までの間は武田は基本的に西上野、時たま北信濃や北武蔵などで
長尾上杉とドンパチやってて駿河どころではないわけです。
で、この間において1564年に今川氏真の領国において遠州大乱、と呼ばれる
大反乱が発生します。これは遠江を文字通り親今川と反今川に割るほどの大乱でした。
この戦いでは一時反乱軍も勢いを示し、その報告を信玄は上野出陣中に受けます。
そして信玄はこの時、書状において「もし氏真が敗退し駿河を反乱軍が占領するようになったら、
すぐさま上野から撤退して氏真支援のために駿河に侵攻する」という意思を示しています。
結局信玄が懸念した事態にはならなかったわけですが、この今川領国の大乱自体はこの後3年近くにわたって続き
1566年にようやく終結します。この時に信玄は今川支持の姿勢は持ちつつも、
氏真の器量に一抹の不安を抱いたとされます。
で、この今川領国で大乱が継続中で、信玄も主に西上野で上杉とドンパチやっており、
関東における長尾上杉の大勢力は依然として健在で、状況は予断を許さない状況の1565年に
今度は武田が主戦場である西上野の反対側である東美濃で、武田勢と織田勢が偶発的に衝突する事態が起きます。
この戦いでは武田勢が織田勢を撃退したようで、織田勢が撤退してます。
そしてこれを受け、当時は美濃斎藤としのぎを削り、武田と敵対したくなかった織田から
土下座外交による同盟申し入れが起こります。
これについては武田家中でもいろいろと議論があったようですが、
結局信玄は受けることにします。なぜなら、当時は武田は西上野で上杉と戦闘中で予断を許さず、
新たに織田を敵に回すのは戦略的に上策とは言えません。
織田が今川の仇敵なのは信玄も知っていましたが、その今川は上記のように当時は大乱中で
信玄自身も氏真の器量に不信を持っていたこともあり、
いざ武田が西に織田、東に上杉、という大大名を相手にすることになった時、
今川が武田を助けてくれるか甚だ不安だったと思われます。
実際に今川は当時はすでに独立していた三河の徳川にすら勝てない状況でした
>>955宛続きその2
そして信玄が信長との同盟を受け入れる事を決めた後、今川から嫁をもらっていた義信が
信玄に対して謀反を起こそうとします。これが1565年のいわゆる義信事件です。
これはほとんどの家臣が味方につかずに孤立した義信が、信玄に捕えられる事で決着しますが、
面白いのはこの時信玄は書状で「義信は悪くない。飯富が陰謀を企んだんだ。だから飯富を成敗した。
義信と私の間にはなんの問題もない。」と内外に向けて説明してるわけで、
実際に義信が死亡するのはこれから2年後で、その死も病死とも自殺ともいわれます。
そして信玄周囲の様々な人間が義信と信玄の間をとりもとうとしていた、と軍鑑にもあり、
信玄としては義信を処罰したくない、という心情がうかがえるわけです。
結局この後もいろいろな事項が積み重なって1568年末の駿河攻めに至るのですが、
あまりにも長すぎるので省略しますが、端的にいえることは義信が死亡した後も義信嫁を返せ、と
いう今川に対し信玄は「しょうがないから娘を返すけど、
血縁関係なくなっても、これからも武田と今川は同盟だ、っていう誓約書書いてよ!」と
言って誓約書を書かせたり、それでも上杉と武田包囲の戦略を進めたり、
武田領国に塩止めを行ったりしてくる今川氏真に対し、
「今川から離反した悪い徳川家康を一緒に倒そう!
そして三河を武田と今川で半分こにしよう!」と申し入れて今川に断られたりしてます。
三河共同攻撃の申し入れが1568年に行われ、それが断られた後で信玄は覚悟を決めて
駿河侵攻に舵を決定的にきっていくことになるわけでして、
武田が駿河侵攻に至る経緯は、文字通り8年越しの様々な事績の集積であり、
決して短期的な機会主義などではなかった、という事は事実としていえるはずです。
ブログでもなんども、そっちに書いてリンク張って欲しい(よそでやれ)
こんだけの文章打ってる間に我に返らないくらいイッちゃってる奴に何言っても無駄だろ
短く説明できないならチラシの裏にでも書いてろ
ちゅーか、八年越しで駿河侵攻を計画していたならともかく
八年越しの親駿河を打ち捨てて、攻め寄せてるんだから
やっぱ機会主義じゃん、という結論になるよーな
>>968 あのー、あなたが機会主義、をどうとらえているのか知りませんが、
あなたの
>>288の主張は「今川義元死亡を見てから、駿河取れそうだから
駿河を短絡的に取りに行った」というものですよね?
この意味で、あなたのいう機会主義、とは「短絡的に好機をとらえて行動する主義」と
解釈されるわけですが、この意味では史実の信玄はあてはまりません。
史実の信玄は1568年まで今川に三河共同攻撃を持ち掛け、
それを拒否られた事で覚悟を決め、上杉と組んで武田を包囲しようとしている今川に
先手を打って攻め込んでいるわけで、少なくとも「短絡的な好機」というよりは
やむにやまれぬ熟慮によったもの、という事は明らかです。
都合が悪くなったらそうやって機会主義、の定義を変えられても
こちらとしてはいささか以上に議論の円滑において困るわけでして。
>>971 で、結局史実における信玄が短絡的な機会主義で今川攻めた、というのは
あたらない、というのはご納得いただけてるわけでしょうか?
いえ全く
>>973 >>968で機会主義の用語を誤った意味で使ってたわ。それはスマン
しかし、今川が上杉と結んで武田に圧力を掛けたのか
武田が徳川と組んで今川を挑発したのか、どっちが先かよく分からん
>>976 最近の研究においては上杉と今川の接触は1567年11月の段階で
確認できるとされており、
しかもそれ以前の8月の段階ですでに国境で緊張が高まり、
商人達の荷物の引き上げなどが起き、武田側もこの動きを警戒して
今川領国で軍事動員が起きてないか確認するよう、命令したりしてるので
氏真の路線変更自体はもっと前から始まっていたのではないか、とされてますね。
徳川と武田の接触は1568年になってからのことです。
でも織田との同盟が1865年なんだよな
あの当時、織田・徳川の清洲同盟って認識されてなかったのか?
それとも、清洲同盟があっても織田と徳川は別扱いが普通なん?
このたいふうはみよしさぶらうがおこしているにちがいない
981 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/09(土) 21:24:03.93 ID:miE/F7+X0
静謐よの
>>979 当時としては基本的に徳川の扱いがそんなに大きくない事と、
当時の各関係人物達の動向から見るに、基本的には別扱いみたいです。
当時の各人の動向を見てみると、信玄は家康を「なんか信長のいう事を聞く奴」
「信長の先手」みたいに評しています。
信玄が家康を書状でこれらのように表現するの前の話ではありますが、
信玄は家康を共同で攻撃する事を、1568年に今川に持ち掛けたりしてます。
家康は家康で信玄や信長の自己に対する評価など気にせず、好きなように動き、
信長の同盟者であるはずの信玄を、上杉と同盟結んで包囲しようとし、
信長もこれに対して直接的な掣肘は特にしてないです。
(ただ、これに関しては信玄から信長に「性根悪い奴(家康)がなんか悪い事言ってるけど、
心動かされたりしてなよね?」的な事を書状で言われたからか、
西上直前には武田と上杉に、第2次甲越和与を結ばせる仲介をしようとしてます。
ある意味、家康がまいた種を尻拭いしている格好ですね。)
>>979 >でも織田との同盟が1865年なんだよな
文明開化かよ
>>982 ふーん、なんとなく理解できたわ
ありがとう
>>983 第二次長州征伐だよ、タイプミスだよ
長々とスレ違い占拠してスマンね
そして、そろそろ次スレかいな?
>>964 >と軍鑑にもあり、
軍艦って「甲陽軍艦」?
あれって史料価値なしってわけじゃないのか
>義信は悪くない。飯富が陰謀を企んだんだ。
家康「信康は悪くない。信長が陰謀をたくらんだんだ」
なんか似てるな
>>985 甲陽軍艦は当時の風習くらいしか参考にならんよ
逸話編集してた江戸時代の歴史学者にすらすでに指摘されてる
史料価値はほぼゼロ
987 :
名無しんぼ@お腹いっぱい@転載は禁止:2014/08/09(土) 22:52:19.08 ID:SHxpuXsx0
>>986 そんな事ないぞ長篠の戦いの記述はちゃんとしてるぞ
むしろしっかりしてるはずの信長公記なんて
太田牛一が興奮して
”ひゃっほー向かってくる敵を倒したぜ”と興奮しすぎて
ちゃんとした描写が足りないという
>>985 軍鑑は最近ではずいぶん見直されてますね。
当時の書状などからわかる、武田家の内部構造などに合致してる所が多く、
武田家中枢にいた人間でないと書けないところが多数あり、
伝承通り春日(香坂)、あるいはそれに近い人間が書いたであろう事は
ほぼ確定とされています。
>>986 軍鑑再評価はもうずいぶん久しい状態なのですがねえ。
軍鑑を資料価値ゼロなんて、今時言ったら失笑ものではないかと思いますが。
っていうか、軍鑑を必死に否定する人って信長大好きな人に多いですが、
信長公記と軍鑑で鑑合わせのように一致したりしてる所があるとか、ご存じないあたり、
実際は軍鑑の内容をあまりご存じなく、ただ否定してるだけのように思えますね。
>>985 追記として
信康事件と違って、義信事件の時は信玄が義信を2年以上生かしておいている事が、
義信謀反を「義信は無関係だ!」と書状で発表した信玄の心情を、端的に表しているように思えますね。
やっぱり だが だったかw
>>990 おや、必死で軍鑑否定に精を出して、都合わるい事をいう人間を認定する、という事は
やっぱり貴方って腐女系おばさまのカス子さんだったのですかな。
あまごいしてみんな流して欲しい
漫画作品スレで僕ちゃんの歴史考証こそが正しいんだ!と長文発狂する輩なんて、女の腐ったような奴と同次元だわな
どうでもいいから次スレおねがいします
菅沼君の武田愛は天を貫くぜよ
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。