美味しんぼ「健康被害」、異例のスピード抗議 大阪府市
(5/16 08:19 朝日新聞デジタル配信)
近くの住民に症状が出ている――。大阪での東日本大震災の瓦礫処理をめぐる
人気漫画「美味(おい)しんぼ」の表現に、大阪府と大阪市が「極めて不適切」
と抗議した。表現の元になったのは、市民団体のインターネットアンケートだ。
「無断で引用されたうえ、府市からも何の確認もない」と団体側は困惑する。現
場で何があったのか。
■ゲラ入手、発売朝に会見
週刊ビッグコミックスピリッツ12日発売号の美味しんぼ。問題になっているのは、
内部被曝問題を調べている岐阜県の実在の医師、松井英介さん(76)が主人公た
ちに話すシーンだ。
「(大阪で)住民1000人ほどを対象に、お母さんたちが調査した」「鼻血、目、
のどや皮膚などに不快な症状を訴える人が約800人もあった」
府市が事前に知ったのは2日。「そのような調査結果があるのか」という環境省
からの問い合わせがきっかけだった。同省は掲載について編集部から聞いたとい
う。市環境局の担当者が8日、内容を見せるよう編集部に依頼したところ、数ペー
ジ分のゲラ刷りがメールで送信されてきた。
府市は「焼却場がある此花区の医師会などに確認したが、そのような状況はない」
として翌9日に訂正・削除を要求。「発売間近のため応じられない」と断られる
と同日に局内の会議を開き、発売日の朝に抗議、会見することを決めた。
フィクションに対する抗議は異例だ。「健康被害が事実と誤解されると困る。い
ち早く見解を伝えたかった」と担当者は話す。松井一郎知事は14日の定例会見で
「すごく売れている漫画。風評被害が出れば住民の生活が侵される」と説明した。
■ネット調査、無断掲載
引用された調査は、瓦礫受け入れに反対する近畿の主婦らでつくる「大阪おかん
の会」がインターネットで実施した。がれき焼却が大阪市で始まった昨年2月か
ら年末にかけて「体調変化が起きたら知らせてほしい」と呼びかけた。投稿数は
延べ990件だった。
会は昨年4月、松井医師を講演に招き、その時点の集計結果を伝えた。重複を除
くと797人分。のどの異常(585件)、目の痛み・かゆみ(272件)、鼻血(97件)
などを訴えていた。居住地は近畿一円で、大阪市内は約3割だった。松井医師は
直後に原作者の雁屋哲氏と会い、この調査を紹介したという。
作品の表現では、「焼却場付近の住民1千人のうち800人に健康被害が出た」とも
読める。松井医師は「どのように雁屋氏に伝えたかは明確に覚えていないが、作
品で問題提起したことが重要。行政による抗議は作者の口を封じる行為だ」と訴
える。
一方、会によると回答は自己申告のまま集計しており、実際に症状が出ているの
か、回答者は実在するのかなどは確認していない。担当者は調査の趣旨について
「市民らの声を行政に届けるため」と説明。「科学的根拠を得るには、専門家が
一例ずつ見る必要がある。だが何の連絡もなく、突然違う内容で掲載された」と
困惑する。市の抗議後、ネット上に会に対する中傷が拡散している。
編集部は12日に「議論を深める一助としたい」などとコメント。その後は複数の
専門家の見方を示す19日発売号の特集まで見解を示さない予定だ。雁屋氏はブロ
グで「私は真実しか書けない」「内容についての責任はすべて私にある」などと
している。(藤田さつき)