〓ゼロ THE MAN OF THE CREATION 〓
★バレ #416 『サンダーバード』
アメリカ中北部、サウスダコタ州。
大殺戮によりスー族の居住地を奪い、その聖山に4人の大統領の顔を刻みこんだ
マウントラッシュモア公園。
車を降りたゼロがまばらな観光客の姿が散見される近くのレストランに入ると、
「ヘイ、ミスターゼロ」と、カウボーイハットにサングラス姿の恰幅のいい男が声をかける。
「Mrジョンソン。わざわざこのような所にまで呼び出して、州副知事のあなたが私に何の用だ」
不満そうな険しい顔で問いかけるゼロ。
副知事はそれについてストレートに答えようとはせず、最近の米経済の低迷、
それによって更に輪をかけて悪化した州の財政状況について文句を垂れる。
何しろサウスダコタ州と言えば、いくつかの国立公園を除けば観光名所らしい名所が何もないド田舎なのだ。
「あなたの言っている事は私の仕事に関係のない話だ。
あなたは私に愚痴を聞かせるために呼びつけたのかな」
「待ってください。話はこれからでさァ」
サウスダコタ名物のバッファローのステーキとシチューが運ばれてきたところで
副知事は本題に入る。
何でも彼は州興しのために、新しい「名物」が欲しいのだという。
「ほう、その名物とは?」
「サンダーバード」
それを聞いてくわッ!とゼロが目を開く。
「ご存知ですか、Mrゼロ」
「むろんだ。アメリカ先住民の伝承に登場する巨大な鳥だろう。
おおむね彼らが神聖視する鷲の姿として造られているが……」
「ならば話が早い。
Mr.ゼロ、その“サンダーバード”の本物を作っていただきたい──ッ!」
「…………」
ゼロは少し考え込むも、ナイフのような眼光を突き刺して告げる。
「…では、報酬としてあなたの命をいただく事になるが宜しいかな」
「い、命ですと……!?」
思わぬ要求に顔面蒼白になる副知事。
しかし僅かな挙動も見逃すまいとするゼロの視線を受け、覚悟を決めたかのように切り返す。
「むろんです。私は身命を抛ってでもこのサウスダコタの発展のために尽くしたいのです」
「その言葉を忘れない事だ」(クルッ)
「で…では」
「承知した──ッ!」
*
グラサンをかけた私服姿のゼロ、古臭いアメ車で荒涼とした曠野の一本道を走っている。
下ろした髪が風になびき、地平線の彼方には太陽が沈みかけ、赤銅色に溶けている。
(サンダーバード…伝説によると5mにも達する鳥だというが…
まさかそのような鳥が棲息しているハズもない。
まるで『シンドバットの冒険』のロック鳥ではないか…)
存在する筈もない生物の依頼を受けてしまい苦悶するゼロ。
(元々ロック鳥は19世紀まで生きていた巨鳥・エピオルニスがモデルという説もある。
しかしエピオルニスはこちらは駝鳥のような生物であって空を飛ぶことはできない。
絶滅した最大の鳥類・アルゲンタビスが生きていたというのならまだしも…)
答えに行き詰った辺りでレストランバーが目につき、
無数のハーレーが停車している中に車を駐めて夕食を摂るゼロ。
(だが、昔からサンダーバードの目撃例はある。
となるとそれは実在の生物という事になる。
どこかに手がかりはある筈だ)
思案しつつ野生のウォールアイのグリルを食べるゼロ。
離れたテーブルに博識そうな暴走賊の男が座り、
ケイジャン料理をつまみながら仲間相手に薀蓄を披露しているのを見て
全員に高級酒を奢る。
「私の奢りだ」
「おお、チャイニーズのダンナすまねぇな」
「サンダーバードについて知っているか?」
「イギリスの人形劇だろ?」と仲間が茶化し、爆笑が上がる。
博識そうな男も薄笑いを浮かべつつ、
「ダンナ、そいつぁカリフォルニアコンドルに違いねぇ。
奴らの中には翼長10フィートに達する奴もいるからな。フェフェフェフェ」
と常識的な答えを述べるのみだった。
それからかなり走って当初の目的地に達するゼロ。
日が沈んで辺りは完全な暗闇に閉ざされ、近代的な電気の灯りひとつ見当たらない。
そこは先住民スー族の広大な居住区の中でも、厳然として昔ながらの暮らしを続ける区画だった。
ゼロは車を下り、懐中電灯さえも捨て、猛々しい姿を見せる野生のサボテンの林の中を、
星明かりだけを頼りに一歩一歩山へと登りはじめる。
1時間後、皮張りのテントの前で、昔ながらの格好をした先住民たちが焚き火を囲んでいた。
ゼロも輪の中に入り火に手を翳しながら、長老に訊ねる。
「サンダーバードの正体はコンドルなのでしょうか」と。
長老はかぶりを振り、「それは偽りの存在ではない。
われわれの祖先は本物のサンダーバードを見たのだ」と語りはじめる。
「スー族の祖先は雷が鳴り響くある日、雷に撃たれて落下する巨大な鳥を見た。
数日後そこへ行ってみると、その巨大な鳥の遺骸が横たわっていた。
その鳥は足と翼の両方に大きな“爪”があり、
長く尖ったクチバシを持ち、頭には長いとさかのような骨があった。
そして翼を伸ばした全長は、約六メートルもあったという。
われわれはそれをワキンヤンと呼び、時代が下ってからサンダーバードと呼ばれるようになった」
それを聞いたゼロ、ギンッと目を見開く。
*
3ヶ月後──
「待たせたな、“本物”のサンダーバードをお持ちした──ッ!」
遥か地平線のかなたまでも続く荒々しい岩山と、雄大な断崖の光景が見渡せる、
サウスダコタ州バッドランズ国立公園。
幾つもの車が停められている駐車場の隅、崖っぷちに停車した巨大トレーラーに副知事を招くゼロ。
薄暗い中に布をかぶせられた巨大な檻が置かれ、中からキーキーと啼き声がする。
「その中にいるのがサンダーバードだと?」
頷いたゼロが布を取り去り、そこに現れた醜怪な生物に驚愕する副知事。
「これは…プテラノドンではないですか!」
「元々この種の生物は昔から広く目撃例があった」
ゼロが淡々と語り始める。
1890年4月、アリゾナ州の二人のカウボーイが非常に大きな翼を持つ謎の巨大生物を殺した。
それは翼を持っていたが鳥ではなく、羽毛が無く、なめらかな皮膜からなる翼は蝙蝠のようで、その顔は鰐に似ていた。
二人は死体を引きずって町へ戻り、釘付けにしたところ、広げた翼は納屋の長さを超えていたという。
1960〜70年代にはワシントン州、ユタ州、アイダホ州で軽飛行機ほどの大きさの鳥が目撃され、
大きな足跡や他の証拠が提示されている。
ミズーリ川上流に先住民が残した翼竜らしき壁画があり、アフリカでも、広くアンゴラ、ジンバブエ、
コンゴ、ナミビア、タンザニア、ケニアなどで、翼開長3m、黒灰色の羽毛のない翼を持ち、
鋭い歯の生えた長いクチバシを持つ怪鳥「コンガマトー」が昔から目撃されている。
また古代ギリシャの歴史家で探検家でもあるテオドトスは、「エジプトで空を飛ぶ爬虫類を見た」と書物に記している。
「それは蛇のような体でコウモリのような羽を持っていた」という。
「まさか“本物”を連れて来るとは…」
「私の仕事は“本物”をお持ちすることだ。
ただ、いくら探してもアメリカの自然界にはもはや棲息していなかった」
「ではこれはどうやって…」
「そこまでだ!」
次の瞬間ドスドスと靴音が響き、周囲に停められた車から現れた覆面姿の男たちが
一斉にトレーラーに乗り込んでくる。
彼らは手に手に銃を構え、いきなりゼロめがけて発砲。
とっさの事でゼロも避け切れず、盛大な血飛沫が飛び散る。
しかしゼロは無事だった。恰幅のよい副知事が盾になって彼を守ったのだった。
「大丈夫か!」
「Mrゼロ……これだけは…サウスダコタの宝のこの鳥だけは守ってください…!」
更に背中に銃弾を受け、息絶える副知事。
再び男たちが銃口を向ける。
ゼロは副知事の屍体に守られつつも、とっさに檻の鍵を外す。
同時にサンダーバードがそこから抜け出してトレーラーの出口に突進。
覆面男の一人が銃を向けるが、「バカ、傷つけるな!」と上司にどやされて銃を引き、
かわって素手で翼竜を捕獲にかかる。
しかしサンダーバードは男たちをすりぬけて外に出ると、いきなり崖から飛び降りる。
谷を渡る風が皮膜を大きく膨らませ、風を受けて体勢を整え直し悠然と滑空をはじめる。
自然公園の景色を眺めていた多くの観光客たちが、
その白亜紀に戻ったかのような光景を見て驚愕と感嘆の声を漏らし、
手にしたビデオカメラや携帯で次々にその姿を撮影しはじめる。
「くそっ逃げられた! …そうだゼロは、ゼロはどこだ!?」
覆面男たちが脱走した翼竜に気を摂られている隙に、
ゼロはトレーラー内部にあった耐火金庫の中に潜り込んでいた。
内側の把手を引いて扉を閉めると、内部に設えられた自爆スイッチを押す。
轟音を上げて一瞬で木っ端微塵になり火達磨になるトレーラー。
衝撃はを受けて襲撃者たちの五体がバラバラになり、生首がサッカーボールのように吹っ飛ぶ。
トレーラーの外側で待機していた襲撃者たちも全員炎に包まれ、
苦悶しつつ蠢いていてたが、いずれも程なくして頽れ、そのまま消し炭になってしまう。
襲撃者たちが全滅した後、悠々と耐火金庫の中から現れて髪を整え直すゼロ。
(恐竜絶滅の本当の時期と真相を隠すため、とうの昔に世界中の恐竜の生き残りは捕獲され、
人目につかぬ場所へ連れ去られた。
彼らはもはや日の目を見る事無く、米英軍基地の中で細々と秘密裏に飼育されるしか無かった。
もし彼らの存在が公になれば、既存のアカデミズムが根底から崩壊してしまうためだ)
既に遠く小さな点にしか見えなくなったサンダーバードを、観光客が崖から身を乗り出して
デジカメでしきりに撮影している。
おそらく似たような不鮮明な写真が明日のタブロイド紙の一面を飾る事だろう。
(そしてそうした軍部の努力は実を結び、今なお人々は
「地球には非常に長い歴史があり、恐竜が絶滅したのも遥か太古である」と思っている。
それはそれてせよかろう。だが、いつまでも隠し通す必要はない。
そこで軍部の情報規制の壁に、この事件によって小さな風穴を開けさせて貰った。
この翼竜は自然界で捕獲したものではなく、3日前に米軍基地からくすねてきたものだ)
悠々と滑空する翼竜が視界から完全に見えなくなったのを確認し、
次の仕事に向かうべくゼロは踵を返す。
どうせあの翼竜も、また秘密裏に米軍に捕獲されるか射殺されるのだろうと思いながら。
(Mrジョンソン、貴方の望み通り、今回の目撃事件はこの州に大きな話題性を呼ぶことだろう。
それは今後多くの観光客を呼び込む事だろう。
サンダーバードの伝説は今、現実のものとなったのだから…) END