('A`)つ◇←3月19日分東京新聞
お題は「ほのぼの漫画」…はい嫌な予感がしますた('A`)
「二十二歳の夏まで名古屋に住んでいた。新聞は中日新聞だった。
四コマ漫画は、ほのぼの君だった。作者は佃サンだった。最終回を呼んだ。」
「先生」をつけろよピザ助野郎('A`#)
それはそーと確かに教職放り出したのが二十二歳の夏なんですね('A`)<名古屋
「涙が出そうになった。子供のころから大人になるまでの思い出が駆け巡った。
学校で嫌なことがあった日。家でツラい事があった日。まだ一緒に暮らした祖父祖母、
父、母がこの世にいた日々。新聞の朝刊を見ると必ずそこに
あの四コマ漫画がほのぼのと存在していた。一緒に生きていたんだと思った。」
重箱の隅をいえばここ数年は「3コマ漫画」になっていたので
「4コマ漫画」とは書かない方が最近の読者に対しては親切です先生('A`)
っていうかまるで最近は読んでないみたいじゃないですか江川先生('A`)
後半につづく('A`)
後半('A`)
「すごく好きだった訳でもない。漫画家として影響を受けた漫画でもない。
すごく面白かった訳でもない。でも何だろう。すごく癒されていた気がする。
不安な日々を安らかな日々に換えてくれたような気がする。
そういえば、昔、『まじかる☆タルるートくん』という漫画を描いていた
自分を考えると、ほのぼの君に多大なる影響を受けていた様な気がして来た。
小学生のころを思い出しながら描いた作品だったが、私の脳の
小学生のころの記憶にはほのぼの君が無意識下でくっついているのだろう。」
…ここでの評判を聞くにタルるート君ってそういう漫画なんですか?('A`)
っていうか単刀直入に質問です。何かを狙っていませんか先生('A`)
奇しくもほのぼの君の傑作選と銘打って当日掲載されていた
1970年3月15日分の「ちびっこ紳士」(「ほのぼの君」の前身)は、
世間が大阪万博で盛り上がる中
「バンパクもいいけど自然もいいナァ」と主人公に言わせてみせる
ほのぼのした中にも骨のある作品ですた。
そういうキレがなくて新聞連載をやったら物笑いの種です先生('A`)
「ほのぼのした漫画を描いていても漫画家も一人の人間。
苦しい時も悲しい時も同じ調子で漫画を描き続けなければならない。
ありがとうございました。私もタルるートを描いている間、
母がガンで二年間苦しんでいる間、ギャグ漫画を描く事が
本当にしんどかったです。
同じ調子だったのか('A`)<日露とか江川ライダーとか
>>139>>140 乙です。
新聞の連載漫画がやりたいのか?江川。
無礼な言い回しはいつものことだが、変にヨイショしてるな。