叡山は一応「王城鎮護」という題目があったんじゃないかな。
>>873 でも、大仏殿焼き討ちって
信長をして「久秀三つの大罪」の一つに挙げるほどだから
相当な重みはあると思うよ
そういや大仏殿焼き討ちも
久秀と敵対した三好三人衆が東大寺に立てこもったからだったな
>>876 それだけ寺に立てこもられると厄介だったんだろうな
まあ、大寺院は下手な城より堅固だし
比叡山の政治的独立性とか信者数からの影響力とか考えると、
今で言えばバチカンがトーチカとか機銃座設置して世界の内乱を
煽ってるようなもんだしなぁ。
米国大統領でもバチカンやメッカを焼いたら天罰無くとも天寿をまっとうできる保証はないし、
実働部隊である部下にやらせるのも大変だろう。かなりすごい事だと思う。
長曾我部元親なんかは四国統一の最中に
三好氏側についた寺を焼きまくり。 徳島の四国八十八箇所は大概彼に焼かれてる。
さすがに仏罰が怖かったらしく、自領の土佐では寺の再建に金出したりしてるが。
>>879 バチカン出さずとも、今のイラク見てりゃわかるだろう。
>>882 イラク・イスラム圏はは諸派の独立性が強すぎるから比叡山というよりは
豪族に近い性格じゃね?
各派わがままは言うけど国内のお隣さんにも相手にされてない。
>872
本願寺は新興宗教なんで殺すのにはためらいはないでしょう。
まっ、信長はためらわないし、
武将達は仏罰よりも信長のほうがこわいだろうからな
>861 反戦平和主義で鬱陶しいのは同意するけど、あれはあれで有効かも。
兵力に差がありすぎたから、もしも主君の敵討ちとか言われて開き直られていたら、全滅確実だったろう。
まぁ反戦以前に殿様が股間打たれて気を失っただけで戦意喪失するなよ、そこの忠臣、助けにいけよ
日本の合戦はどこか遊戯めいてるというのはやっぱり本当なんだろうか
遊戯めいているというのは言いすぎだけど、
異民族間戦争と比べれば凄惨さの度合いが低い方だとは言えるかも。
888 :
名無しんぼ@お腹いっぱい:2005/10/06(木) 22:43:43 ID:5gUfuliH0
まぁ所詮は兵隊同士(侍同士)の叩き合いだからな
民族と民族が血で血を洗う凄惨な戦争とはレベルが違う
戦国の戦争は人狩りという側面があったからね。
殺してるだけでは駄目なわけだ。
後、戦国の戦は民衆と関係ないというのは間違え、
戦場となる村は人狩り・略奪の対象となるからね。
戦場近辺の村は禁制といって金を払って中立を買ってたのだ。
国民国家による総力戦と違うのもまた事実だが
中日新聞に広告載ってた
日刊スポーツにも一面まるまる広告と藤岡弘のインタビューが
無宗教の現代日本人には比叡山を恐れるってのは言葉で言われても理解できないだろ
それでも現代で例えるならなんだろうな
自分の親とセックスしろとか息子を殺せってレベルになるのかな
民衆の精神的な拠り所として比叡山は存在してる
という概念がどこまで伝わるか、難しいところだ
阪神ファンばかりいる軍勢に
「甲子園を焼き討ちにしろ」と命令するようなもんか
894 :
名無しんぼ@お腹いっぱい:2005/10/07(金) 17:37:21 ID:zz+1jKcw0
創価学会員に「信濃町を焼き討ちせよ!」と命令するようなもんだろ
あ、学会員にしか理解できないか(w
小泉がそう命令したのなら喜んで加わっちゃうなぁ。
コイズミは日本中を焼き尽くしそうな気がw
>>893 直前まで焼き討ちを伏せてるって描写で、十分描いてると思うけどなあ
というか、民衆とか言うけど法華が多い京都の町衆や一向宗から見たら、
延暦寺は長年寺を焼かれまくった仇敵だしねえ
話は変わるんですが、どなたか詳しい人に教えて欲しいんですが・・・
蜂須賀小六は比叡山焼き討ちの時は、どのくらいの地位にいたんですか?
比叡山焼き討ちを、秀吉が最初に伝えたのが、秀長とこの人だったので・・・
後、この人は金ヶ崎の退き口には参加していなかったという描写が有りましたが
実際はどうだったんですか?ぐぐると参加していたような感じなんですが・・・
A、漫画を鵜呑みにしては、いけません。
900 :
名無しんぼ@お腹いっぱい:2005/10/07(金) 23:52:29 ID:l5jXr3X30
この作品も主人公を持ち上げるために
不当に秀吉を凡庸に描くいつものパターンかと危惧していたが
所々で家臣を率いる大将としての器を見せ付けたり
徐々に天下人へと覚醒していく描写を描いてたりするのには好感持てる
>>900 >この作品も主人公を持ち上げるために
>不当に秀吉を凡庸に描くいつものパターン
戦国猿廻しのことかー
つーか比叡山なんて天台宗の門徒か京都滋賀人でも無い限りそんなあがめるものでも無いだろ。
真言の門徒なら焼き討ち万歳だったりして。
そもそも仏教が全国的に権威を持ち出したのは江戸時代以降、
徳川家が村役場代わりに寺に人別帳の管理を任せたので、
事実上寺の檀家にならないと公民として扱われなくなったから。
それ以前は寺の権威なんて門徒にしか通じないよ。
その門徒の数が問題だったわけで
鎮護国家。
民衆どうのというより、天皇と繋がった権威。
>>905 天皇の権威が比叡山にまで及ぶってか?
具体的根拠に欠ける想像でしかないな。
そもそも明治になってから廃仏毀釈で焼かれた寺もいっぱいあるというのに。
寺の権威をでかく見すぎ。
権威面では比叡山は別格
とはいえ比叡山攻撃したのは信長に限らないわけで
(足利義教が叡山高僧をなで切りにする→根本中堂抗議の自焼とか)
信長の焼き討ちだけ過大に言われすぎてる面も確かにある
叡山焼き討ちで一番反応したのが、遠国の甲斐の武田信玄ってのが
叡山の有り様を象徴してるんだよな
畿内で叡山焼き討ちに反発して、一揆が起きたなんて無かったし
叡山などの顕密の大寺院ってのは、民衆より権力を向いた寺院なんだよな
戦国ってのは歴史的には顕密の大寺院が力を失って、一向宗や法華宗が民衆の支持を得て
力を伸ばした時代だったりするんだけどね
天海僧正も天台だしね。
当時の農民や足軽は信じられないぐらい無知
手足を交互に出して走れないとかのレベルだから坊さんとかと
自分が同じ生物だと思ってない。比叡山とか別世界
>>888 >>民族と民族が血で血を洗う凄惨な戦争とはレベルが違う
日本人の戦争観を考える時に「将棋」のルールの特異性がある
所謂将棋に類する競技は世界各国にある訳だが、敵の駒を取った
後に再び自軍として利用できるというのは日本だけらしい
他国の将棋ではこのルールがない、というより実現不可能
何故なら敵と味方の駒の「色が違う」から、そんな事をしようもの
なら見分けがつかず収拾がつかなくなる
戦争=異民族との戦い、なのが世界標準
元寇、朝鮮出兵、アイヌとの戦い等々例外も無かった訳ではないが
同じ民族同士の勢力争いがデフォルトだったのが日本国の戦争
ということだろうか
そんな訳で
日本将棋は敵も味方も全て「同じ駒」で駒の向きだけで判別する
らしい
>>912 将棋は元々軍隊同士の戦いではない。
玉・金・銀・桂・香といった宝物の奪い合いであり、貨幣の奪い合い。
貨幣を奪ったら自分の好きなように使えるのは当たり前。
実際問題、日本において将棋の成立と貨幣経済の発達は軌を一にしている。
将棋を元に戦争観を語るのは的外れ。
>911
>手足を交互に出して走れないとかのレベル
コレは無知云々とは激しく関係ないだろう
>>911 手足を交互に出さないのは着物を着てたからだが。
>911の無知が激しく信じられない・・・
人間とは思えない。
917 :
名無しんぼ@お腹いっぱい:2005/10/08(土) 14:56:20 ID:EnwdEu9i0
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戦国時代の「領土拡張」は土地(物理的な)の拡大じゃなくて
そこから発生する生産力(経済)の獲得だったわけで。
当然その中には領民も含まれるわけで。
>>917 2枚じゃなくて3枚じゃない?
どっちにしろ凄いな山崎w
>>918 将棋のルールに現れているのは戦争観ではなく、将棋をやっていた人が何に興味があったかという事実。
海外の将棋は戦争に興味がある人たちがやったのに対し、
日本の将棋は商売に興味がある人たちがやった。
日本において将棋が形作られたのが平安時代であり
広く広まったのが江戸時代、どちらも戦争とは縁もゆかりも無い時代だった。
そもそも日本における将棋とは本来はギャンブルであった。
駒=賭け札と考えれば、駒のやり取りは当然といえる。
平安貴族や僧侶たちの間で賭け事が盛大に行われていた事は事実。
その賭け事を自体モチーフにしたのが日本の将棋である。
貨幣経済の発達=賭け事の隆盛=将棋の発達
これらは全て一つの線でつながると考えられる。
勉強になるな
そう言えば将棋の歴史って室町だか戦国あたりにミッシングリンクが有るんだっけ?