もしかして暗闇にまぎれて潜んでいたら、と思うと部屋に通じる
扉を開ける手も止まった。何を考えているかわからないタイプでは
あったが、ストレスをためこむタイプなのはわかっていた。
もしも刺されたらなんて思いながら、再度玄関に振り向くと、
まだ店長は動こうとしない。
「しょ〜がねぇ〜な〜」と勢いを付けてと扉を開ける。
部屋は真っ暗だが、誰かいる気配はなかった。扉の横のスイッチを
入れ、明かりをつける。明かりがついたのと同時にホッとした
気持ちが広がった。誰もいない。後は押入れなどを開けて、
中を確認するが何もなかった。自分の気持ちは今までの悪い
イメージが消えて、晴れやかな気持ちになっていった。
「店長、誰もいないっすよ。」と玄関に向かって言うと、
一直線に部屋に入ってきた。店長も部屋を見回す、自分は
床に置いてあったエロ本を見ている。「やっぱ飛んだのですかね。」
と言いながら、エロ本をパラパラと捲っていると、ベランダで
スッと動く影が目に入った。エロ本を捲る手が止まって、
思い切って、窓を開けた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思わず、叫んでしまった。店長も慌てて、こちらを見る。
「いいから降りろ、いいから降りろ。何もしないから降りろ。」
ただひたすら降りろと言い続ける自分。店長もさすがに焦った顔で
窓際までやって来た。
そこにはベランダによじ登って、今にもどこかに飛び移ろうと周りを
伺っている全裸で布団を抱えた従業員が自分と店長に背中を向けていた。
何度も降りるよう言っても言う事をきかないので、力ずくで降ろす。
「何やってんだ、お前!!」と自分が言うよりも先に店長が怒声を上げた。
「いや、体調が悪くて・・・。」と意味不明な返しをする従業員。
更に怒りが増す店長、その光景はしばらく続く。
数十分後、店長と自分、従業員の3人は寮から出て、道端にいた。
「じゃあ、頑張ってね。」と店長は従業員から寮の鍵を取り上げて、
そう告げた。その場から立ち去る店長と自分、布団を抱えてその場に
立ち尽くす従業員。「少し可哀想じゃないですか?」と自分が言うと
「そう?でも先は本当にびっくりしたね。」と店長は答えるだけだった。
数時間後、店の営業を終えて店長と再度2人で寮周辺を見回るが
その従業員の姿はなかった。
「・・・なんて従業員がいてよ、まったく漫画かって言うの本当に。」
話し終えて同級生を見ると既にドン引きだった。
「お待たせしました。」と居酒屋の店員が代えの酒を持ってきた。
焼酎のお湯割りを口にして、この後もしばらくお互いの事を
話し合った。会計は珍しく割り勘で、「割り勘もいいもんだな。」と
思っていた。役職が付いてからはほとんど奢る側で割り勘なんて
なかったからだ。中にはつり銭を受け取らなかったことも度々あった。
部下の前でかっこつけているのもあるが、自分が下っ端だった時は
そういう光景を見せられ、いつかは俺も、なんて思ったものだ。
帰り道、同級生が「お前、風俗辞めたら、絶対連絡してこいよ。
その時は奢らせてくれ。」と言われたのは何か嬉しかった。
事務室で店長と雑誌を見ている。
見ている雑誌はもちろん風俗誌、ページは特集で組まれていた
各店舗の紹介ページ。そのページには店の紹介と共に
男子従業員が1人ずつ写真つきで掲載されていた。
よくこんなのに出るなとも思いながら、軽い気持ちで店長に話しかけた。
自分:何か写真の人たちって、皆30より上ですよね。
店長:うん、そうだね。多分皆店長クラスじゃないと思うよ。
目的持たずにやってるといろんな店を移って、いつまでも
平の従業員なんだよね。嬢も従業員も目的意識持たないと
意味無いよね、この世界。
自分:ちょっと聞きたいんですけど、この業界ってある意味
下からの突き上げがきついじゃないですか。でも上の立場の
人間はいつまでもその地位にいる。いや、悪い意味じゃなくて
人材が揃っていて、という意味ですよ。そういう場合って
下で頑張っている人間はどうなるんですかね?
と何気なく風俗誌のページを捲りながら、前から気になっていたことを
聞いてみた。
店長:グループによっても違うけどね、給料上げるだけの所もあるし、
上の人間を辞めさせる所もあるよ。上の人間を辞めさせるのは
どうかと思うんだけど、それがそのグループの慣習みたいな物
で仕方ないって本人も言ってたよ。
自分:そうなんですか、何か頑張ってるのに報われないですね。
もう1ついいですか?普通の企業と違って、退職金なんて
ありませんよね、老後の事とか考えた事あります?
店長:ははは、さすがサラリーマン出だね。
不安がないと言えば嘘になるけど、保険会社とかも
あるし、最悪子供生んで面倒見てもらうしかないでしょ。
自分:・・・そうですか・・・
事務室から出て、先の店長の言葉が悪い意味で心に残った。
「最悪子供を生んで面倒見てもらうしか・・・」なんて考え込んで
フロアを見回すと従業員がえらく少ない。
Siさん:2人程休憩に入って、2時間ほど戻ってきません。
・・・そうですか・・・
・・・とんだよね・・・
主任が涙を流している。鼻をすすっている。
どうやら本命の彼女に仕事中に振られたそうだ。それを
一目もはばからず嬢の控え室で座り込んで、嬢にこぼしている。
主任の本命の彼女は一般人だった。ちなみに風俗従業員の
付き合う女は当然の如く風俗嬢が多い。
まあ、主任は店の中で付き合っている嬢も2、3人いたが
所詮は金を引っ張るための道具としか見ていなかったし、
心の拠所はもちろん彼女だけだ。日頃から強がって、
プライドも高い主任が人前で泣くなんてよっぽど
ショックだったのだろう。
一方のそんな主任の相手をさせられている嬢は
あからさまに嫌な顔をしている。この嬢は、ルックスは
間違いなく店で1番良かったのに出勤が悪かった。
昼間はOLをして、終わった時間に出勤するタイプ
なのだが、自分で申請した週4出勤のシフトを平気で
破った上で、週1出勤が定着しつつあった。
店側も何も言わなかったのは店長の大のお気に入りで、
本人もそれを承知の上でそのような態度を取っていたし、
自分が気に入られているのを知っており、何かあった時の
為に店長には愛想良くしていた。しかし、裏では色々と
経営センスが無いなど陰口を言っていたのだが・・・。
ようするに店長よりもこの嬢の方が一枚上手だった。
今思うと顔、スタイル共に元AV女優の高樹マリアに似ていた。
自分が風俗から身を引いたときに、恥ずかしながらレンタルビデオの
AVコーナーであまりにも似ていたのでパッケージとしばらく
にらめっこした程だ。結局本人かどうかわからず、後日DVDを
購入してしまった。(当時この嬢も既に風俗業界から身を引いていたので、
もしかしたらAVの世界に転向したと本当に思った)
また性格も、好き嫌いがはっきりしており、思ったことをそのまま
口にするタイプだった。例えば、以前自分がこの嬢と個室掃除を
しながら、会話をしていると
嬢:○○ちゃん(ある嬢の名前)、ほくろが無い方がいいと思うんだ。
だから整形したらって、言って上げた方が良いと思うんだ。
だから私が言ってあげるつもり。
自分:(焦って)いやいや、待て待て。そんな事言われたら本人傷つくかも
知れないだろ。
嬢:だから私が言ったら大丈夫だと思うの。
自分:いや、悪いところってのは本人も気にしてるし、誰から
言われるよりも本人が一番分かってるって。
嬢:ふ〜ん、そんなものかな。
この時の会話だけではなく、他にも何故ここまで自信過剰な発言ができるか
わからなかったが、本人もルックスにはかなり自信を持っていたようだ。
主任の涙の裏にはきっと同情を引いて、何とか物にしようと
いう考えがあったのだろう。ただどう見ても早番でつきあっている
嬢とはタイプが違うし、そもそもこの嬢は主任の事をえらく嫌っていた。
いや、そもそも風俗の従業員をえらく嫌っていたという方が正しい。
まあその中でも主任の事はすごく嫌いだったそうだ。
その主任が数日後にとんだ。突然だった。
自分の携帯に電話が入って、「すぐ店にきてほしい。」と言われたので
何事かと思い、店に顔を出すと同時に、
「君とは色々あったけど楽しかったよ。はい、これ餞別。」
とその時腕にしていた時計を手渡してきた。
「あ、どうも。」
立場は自分が上なのだが、そんな事も忘れて素で返してしまった。
話を聞くと家業を手伝う為に辞めるそうだが、突然すぎないかとも
思った。
「店長には言ってあるから。じゃ、色々世話になったね。
Siさんにもよろしく言っといてよ。」
一言言い残して、店を出て行った。店の入り口から主任の姿が
見えなくなるまで、見送った。主任も2、3度振り返って
手を振る。MGの時の様に悲しい気持ちにはならなかったが
しばらく寂しさが心の中に残った。
しばらくして、店長が出勤してきた。
「珍しく早いですね。」と聞くと、「MGも早いじゃない。主任から連絡が
あったでしょ。まったく最後まで何考えているかわからなかったね、彼は。」
と愚痴をこぼし始めた。店長の話を聞くと主任の退職には裏があった。
主任は前日に店長から事務室に呼ばれてこってりしぼられたそうだ。
自分はその事は、定休だったので始めて知った。
何故こってりしぼられたかと言うと、ある嬢から色々と店長に主任の態度に
関して密告があったそうだ。その嬢は前にも上げた主任の事を嫌っていた嬢だ。
内容は自分の事を口説いてくるといった内容だったそうだ。
店長としても本当にそういった行為に及んだかは、はっきりとした事実が
無いとした上で、ただそういう話が出てくる事という事は、主任の店内での
言動や行動に問題があるのでは、という旨を注意した。
役職者という事と事実がはっきりしないので、一回目は厳重注意で
すましたつもりだったが、プライドの高い主任としては、存在すら
認めたくない店長にそんな事を言われるのが耐えられず、飛んだのだろう。
またどうやら主任が自分に言った
「店長には言ってあるから。〜」というのは嘘で、店を出てしばらくして
から店長に連絡をしたようだった。最後の最後まで主任らしかった。
この後、主任はしばらく家業を手伝っていたが、ある時期に
見切りをつけて、また風俗業界で働き始めることになる。
別れた彼女ともよりを戻したそうだ。
Siさんも出勤してきて、その話題で持ちきりになった。
ここ最近入ってきた従業員も数日前に飛んでおり、従業員の数も
少なく、自分もその日はフロアにいた。
「やっぱりあの嬢は苦手ですよ。」
「ですよね、何かお高くとまってる印象がありますよね。」
なんて会話が従業員間でなされていると、個室から内線が鳴った。
噂をしていた嬢がサービスを終えて出てくるのだ。
「ありがとうございました。」
お客に向かって頭を下げる。お客を見送った後、必ず従業員の
誰かが個室掃除に行くのだが、誰も行こうとしない。
「MG、お願いします!!」
Siさんが半分冗談めかして行ってきたので、仕方ないなと思いながら
自分が個室掃除に行く。正直Siさんにああいう態度を取られると
逆らえないところがある。
数枚のタオルを抱えて、廊下を歩く。
店長、辞めていったMGと主任。
この3人から主に自分は風俗という物を直接学んだ。
「今ではもう店長1人か。」と少し哀愁に浸りながら、
久し振りに個室掃除に行った。そこには主任の退職の
きっかけとなった嬢がタオルを丸めていた。
「おつかれさん。」と声を掛けると
「あ、珍しいね。」といつもはクールに気取っている嬢が笑顔で返す。
自分:ああ、たまにはな。色々と大変だったでしょう。
嬢:ね、今晩暇?飲みに行こうよ。
自分:また?いいよ、付き合うよ。
と言って、嬢を抱きしめた。
そう自分とこの嬢はできていた。しかもこの嬢が入店してすぐに。
風俗の従業員は嫌いと言われたが、何故か自分とは馬が合った。
当時付き合っていた男と別れたばかりというのもあるだろう。
正直主任の退職には自分にもある程度責任があるのだ。申し訳ないと
いう気持ちもあるが、目の上のたんこぶがいなくなったという気持ちもある。
個室掃除を終えてフロアに戻る。
従業員達も主任が辞めた事を寂しがっている感がある。
「主任何するんですかね?」「他の店に行くんじゃない。」と言った会話の中
「MGはずっと風俗に居そうですよね。何か適職って感じですよ。」と言われた。
自分は店長、MG、主任から風俗を学んだが、こいつらも自分を見て
風俗を学んでいるのかも、自分ははもしかしたら風俗に完璧に浸ってるのかも知れない。
もし知り合いが風俗で働きたいなんて相談されたら「人間じゃなくなるからやめとけ」
なんて言うのかな、なんて考えていると
「無いとは思いますけどMGが辞めたら何をしますか?」
とSiさんが聞いてきたので、少し考えて
「この業界ネタだらけだから、本でも出したいかな。
ビバ!風俗!!なんてタイトルで。」
あまりのくだらなさにフロアに笑い声が広がった。
完
お疲れ様でした。面白かったです。
978 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/26(水) 17:51:30 ID:lVvDH6yV0
お疲れ様でした。楽しかったです。
「2」は・・・・・無いかなw
楽しんで読んでました
お疲れ様でした
お疲れ様でした。
愛読させていただきました。
981 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/26(水) 20:34:02 ID:XbbMB7TlO
面白かったです!その後現在に至るまでの話もぜひ聞きたいです
982 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/26(水) 21:29:50 ID:0PYeb+6uO
終わっちゃったのか。
なんだか寂しいよ(ノ_・。)
お疲れ様。
長く楽しませてもらったよ
公言どおり終わってえらいけど、やっぱ続編は書いて欲しいな。
984 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/26(水) 22:21:21 ID:WV4zzoi3O
楽しく読ませて頂きました
続編期待しています!
楽しく読ませてもらいました。
ありがとうございました。
986 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/27(木) 00:22:34 ID:b0yWw6df0
楽しかったよ、ビバさんお疲れ様!
客的にも色んな嬢がいて、切なくなった積もりになったり、ちょっとした嬉しい事があったり、地雷踏んだり。
逝ってみないと分からない!やっぱ、ビバ!風俗!!
987 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/27(木) 00:30:02 ID:Cvfd9iUqO
終わってしまった… なんだか寂しいですね。
本当におもしろかったです。
お疲れ様でした。