1 :
名無しの笛の踊り :
2006/08/09(水) 21:50:49 ID:oHojV4gu やれやれ、またアバドか、と僕は思った。 係員がやってきて、僕の隣りに腰を下ろし、もうアバドは大丈夫かと訊ねた。 「大丈夫です、ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから」と僕は言って微笑んだ。 (It's all right now, thank you . I only felt lonly, you know.) 「Well, I feel same way, same thing, once in a while. I know what you mean.」 (そういうこと私にもときどきありますよ。よくわかります) 彼女はそう言って首を振り、席から立ち上がってとても素敵な笑顔を僕に向けてくれた。 「I hope you'll have a nice concert. Auf Wiedersehen !」(良い演奏会を。さよなら) 「Auf Wiedersehen !」と僕も言った。
2 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 21:51:35 ID:oHojV4gu
3 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 22:06:28 ID:9MwuN8XT
「指揮者たちは冬はどうするんですか?」 「もちろん室内に移すわよ。だってあなた、春になったら凍りついた指揮者たちを雪の下から掘りかえして『はい、みんな、演奏会よ』なんていうわけにもいかないでしょ?」 僕が指で金網をつつくとクレンペラーが腕をばたばたさせて <クソタレ><アリガト><キチガイ><それがベートーヴェンと何の関係があるのかね?> と叫んだ。 「あれ、冷凍しちゃいたいわね」と直子が憂鬱そうに言った。 「リハのたびにあれ聞かされると本当に頭がおかしくなっちゃいそうだわ」
4 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 22:19:42 ID:9MwuN8XT
「あの人は指揮者なんですか、それとも患者の方ですか?」と僕はレイコさんに訊いてみた。 「どっちだと思う?」 「どちらか全然見当がつかないですね。いずれにせよあまりまともには見えないけど」 「指揮者よ。アバド先生っていうの」と直子が言った。 「でもあの人この近所じゃいちばん頭おかしいわよ。賭けてもいいけど」とレイコさんが言った。 「N響のアシュケナージさんだって相当狂ってるわよねえ」と直子が言った。 「うん、あの人狂ってる」とレイコさんが手を指揮棒でつきさしながら肯いた。 「だって毎晩なんだかわけのわからない解釈をながら無茶苦茶な演奏してるもの。」
5 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 22:28:47 ID:Fbk8RW/K
「やれやれ」と僕は言った。「また立ててしまったんですね」 「私にとって、春樹スレの無いクラシックなんて考えられないの。」 ミチルさんは、万年筆を器用に指でまわしながら言った。「そうね、たとえるなら」 「たとえるなら、炭酸の抜けた炭酸水」 「他の何によっても埋め合わせることのできない穴」と僕は言った 彼女は、おかしな人ね、と笑ってウインクした
6 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 22:43:49 ID:9MwuN8XT
一本目はオカルト映画だった。アシュケナージがオケを支配する映画だ。 アシュケナージはNHKホールのしみったれた地下室に住んで、腺病質のコンマスを手先に使っていた。 アシュケナージがどうしてそのオーケストラを支配する気になったのか、僕にはよくわからなかった。 なぜならそれは耳の遠くなった定期会員に囲まれた本当にみすぼらしいオケだったからだ。 しかしアシュケナージはそのオケにひどく執着していて、 多くの良質なクラオタが自分の支配下に入らないことに対して腹を立てていた。 アシュケナージは腹を立てるとぐしゃぐしゃとした緑色のフルーツゼリーのような鼻水を垂れ流して怒った。 その怒り方にはどことなく微笑ましいところがあった。
7 :
名無しの笛の踊り :2006/08/09(水) 23:01:52 ID:9MwuN8XT
我々は長い廊下を歩き、ウォルター・レッグに言われたように、 つきあたりの古いドアをノックした。 ドアの上には「終身常任指揮者室」という古いプラスチックの札が貼ってあった。返事はない。 僕はもう一度ノックしてみた。やはり返事はない。三度目にノックした時に中で人のうめく声が聞こえた。 「うるさい」と男が言った。「うるさい」 「ブルックナーのことでお話をうかがいにきました」 「糞でも食ってろ」と男が中でどなった。87歳にしてはしっかりとした声だった。 「是非あっていただきたいんです」と僕はドア越しにどなった。 「ブルックナーについて話すことなんか何もない。阿呆めが」と男は言った。 「でも話すべきなんです」と僕は言った。「1970年にあなたが213小節カットしたブル8のことです」 しばしの沈黙があり、それからドアがいきおいよく開いた。 オットー・クレンペラー博士が我々の前に立っていた。
8 :
名無しの笛の踊り :2006/08/10(木) 07:29:01 ID:Q6pLzRW2
「やれやれ」僕は猛烈に勃起していた。
9 :
名無しの笛の踊り :2006/08/10(木) 17:36:47 ID:o0BH9Tbt
「やれやれ」僕はレイプを期待していた。
10 :
名無しの笛の踊り :2006/08/10(木) 21:21:53 ID:NBVdrmnr
「ねぇ」彼女は唐突に言った「私のことを、今すぐにでも襲いたいと思ってるでしょう?」 突然の問いに僕は困惑した。「なんでそう思ったの?」 「なんとなくよ。ただそう感じただけ。ねぇ、どう?私の仮説は正しい?」 「正しいともいえるし、正しくないとも言える。」 「どういうこと?」 「確かに、僕は君を抱きたいと思っている。それは襲いたいと言い換えてもいいかもしれない。 でもそれは、正確な意味での性的欲求ではない。 性欲としての形をもって現れているだけで、それはもっと別の欲求なんだ」 彼女の瞳に、かすかに感情の色が浮かんだように見えた 「そう」彼女は小さくため息をつくと、じっと僕の目を覗き込んだ
11 :
名無しの笛の踊り :2006/08/10(木) 23:00:36 ID:G7sSZnda
「聴きにいくオーケストラにはイメージができてるの」と彼女は言った。 「どんな?」 「とにかくオーケストラの名前を順番に読みあげてみて」 僕は無愛想なウェイターに頼んで職業別電話帳を持ってきてもらい「楽団・オーケストラのページを片端から読みあげていった。 「それがいいわ」 「それ?」 「最後に読んだオーケストラよ」 「NHK交響楽団」と僕は読んだ。 「どういう意味」 「日本放送協会交響楽団」 「それを聴きにいくことにするわ」 NHKホールは、取り壊し前の倒産した保険会社のビルのように薄っぺらだった。客席は三階建てだったが、五階分の高さがあった。 中ではラヴェルの『ダフニスとクロエ』の第二組曲が演奏されていた。演奏は無個性だった。 その無個性さにはある種の形而上的な雰囲気さえただよっていた。 「なかなか良さそうなオーケストラじゃない」と彼女は言った。 「良さそうなオーケストラ?」 「こじんまりとしていて、余計なものもなさそうだし」 「余計なもの」と僕は言った。「君の言う余計なものものというのは、鼻水の垂れない音楽監督とか、音のひっくり返らないトランペットとか、やわらかいオーボエとか、調節のきくアゴーギクとか、音響の良いホールとか、そういうもののことなんだろうね」
「なかなか良さそうなオーケストラじゃない」と彼女は言った。 「良さそうなオーケストラ?」 「こじんまりとしていて、余計なものもなさそうだし」 「余計なもの」と僕は言った。「君の言う余計なものものというのは、鼻水の垂れない音楽監督とか、音のひっくり返らないトランペットとか、やわらかいオーボエとか、調節のきくアゴーギクとか、音響の良いホールとか、そういうもののことなんだろうね」 「そうじゃないの。あなたなにもわかってないのね」 彼女は呆れたように言った。 「たしかに、ぼくにはなにもわかっちゃいない。きみのいうとおりだ」 やれやれ、彼女はそんな表情をしながら、ぼくの目をのぞきこんだ。 「いいこと?このオーケストラに存在理由がないことはあたしだって知ってるわ。」 「でもね・・・・」と、彼女は舞台上の無表情な楽団に視線をそらせて言った。 「そんなこといったら、あたしたちはちょっとオーケストラが聞きたいなと思ったら、ドイツまで行かなくちゃいけないわ」 「ベルリンフィル」と、ぼくは言った。 「ご名答」彼女は指を、ぱちんと鳴らしながらそう言った。
「全てのものには、意味がある。まるでジョーガッシュみたいだ」 彼女はくすくすと笑いながら、「あなたって変わってるわ」と言った。 そして、ぼくの左手をそっと握って静かに目を閉じた。 ぼくは舞台上の無表情な楽団の無機質な演奏を聴きながら 左手に感じるぬくもりのことを考えていた。 「あなたって変わってるわ」 これまでの人生で何度聞かされた言葉だろう? それも全てぼくが愛する人から言われた言葉だ。 みな善良な人間だった。彼らは親切で、気配りもよく 何よりも決して人を傷つける人間ではなかった。 ただほんのちょっとだけ、この世界にうまくなじめない人間だったけれど。 そしてぼくも、この世界にうまくなじめない。 舞台上では、G線上のアリアが流れていた。
モントーの言ったことは正しいかもしれないしそうで無いかもしれない。 でもクナの黄昏を聴いた今、僕にはそんなことはどうでもいいんだ。
15 :
名無しの笛の踊り :2006/08/15(火) 14:42:49 ID:s/IrqS/k
「ヘルwの空中庭園」がよい。ポリーニやマゼールが実名でマニアあつかいされ(ry
16 :
名無しの笛の踊り :2006/08/20(日) 23:19:36 ID:fN2UoHU+
オーケー、認めよう。確かに僕はクラオタだ。 だからといって、世界が終わるわけじゃない。 僕が死のうが、誰が死のうが、 アシュケナージは指揮をし、アバドは来日し、ゲルギエフは新譜を出す。
17 :
名無しの笛の踊り :2006/08/21(月) 00:01:58 ID:fN2UoHU+
機関誌『フィルハーモニー』の序文はこのように語っている。 「あなたがNHK交響楽団から得るものは殆ど何もない。指定席に置き換えられたプライドだけだ。 失うものは実にいっぱいある。歴代指揮者の銅像が全部建てられるくらいの会員費と (もっともあなたにウラディーミル・アシュケナージの銅像を建てる気があればのことだが)、 取り返すことのできぬ貴重な時間だ。 あなたがNHK交響楽団の定期演奏会で孤独な消耗をつづけているあいだに、 あるものはクラウディオ・アバドの来日公演に足を運んでいるかもしれない。 またあるものはムジークフェラインザールでガールフレンドとダニエル・バレンボイムの演奏を聴きながら ヘビーペッティングに励んでいるかもしれない。彼らは時代を洞察するクラオタとなり、 あるいは幸せな夫婦となるかもしれない。 しかしNHK交響楽団はあなたを何処にも連れて行きはしない。感情のないブラボーと怒りのブーイングが 空虚に叫ばれるだけだ。ブー、ブー、ブラボー、ブー、ブラボー……、 まるで演奏会そのものがある不毛性を目指しているようにさえ思える。 不毛性について我々は多くを知らぬ。しかしその影を推し量ることはできる。 良き演奏会を祈る(ハヴ・ア・ナイス・コンサート)。」
年に一度、ジョナサン・ノットがNHK交響楽団にやってきた。彼は四十過ぎの小男で、 殆ど誰とも口をきかなかった。リハーサル・ルームに入ってくると、コンマスには目も くれず指揮棒を取り出し、面白くもなさそうにウェーベルンを振りはじめた。それから 金管楽器の不具合を調整し、難しい和音を処理し、2、3指示を与えると、やれやれ といった顔付で演奏を終えた。そしてコンマスに向かって何も問題はない、 という具合に肯いて出て行った。煙草が半分燃え尽きるほどの時間しかかからなかった。 僕は煙草の灰を落とすのも忘れ、アシュケナージはビールを飲むのも忘れ、二人は唖然 としてその華麗なテクニックを眺めたものだ。 「夢みたいだ。」とアシュケナージは言った。「あれだけのテクニックがあればバンベルク交響楽団 との契約は軽いね。いや、ベルリンフィルだって振れるかもしれない。」 「プロだもの仕方ないさ。」と僕はアシュケナージを慰めた。それでも音楽監督の誇りは 戻ってこなかった。 「あれに比べれば、僕なんてまだ指揮棒を手に刺したぐらいのものさ。」アシュケナージは そう言うと、黙りこんだ。そして会場がスタンディングオベーションをして彼を向かえる あてもない夢をいつまでも見つづけていた。 「あれが仕事なんだぜ。」と僕は説得を続けた。「始めのうちはそりゃ楽しかったかもしれない。 でも、朝から晩まであればかりやってみないよ。誰だってうんざりするさ。 「いや、」とアシュケナージは首を振った「僕はしないね。」
20 :
名無しの笛の踊り :2006/08/22(火) 02:15:32 ID:eCn5oRKy
>プロだもの仕方ないさ。 慰めてねえwww これはイイ!
GJ
23 :
17=19 :2006/08/22(火) 23:01:47 ID:XDQBVDdq
お誉いただき光栄です。 前スレからちょこちょこ書いてたから、 さすがにネタが見つからなくなってきたな。 誰か他にもネタよろしく。
24 :
名無しの笛の踊り :2006/08/22(火) 23:46:47 ID:eCn5oRKy
いい職人さんが育っているなw 過去のネタで、いるかホテル・コーホー連絡請う!のやつありますか?
前スレ、にくちゃんねるでも見れないんだな。 残念。
探したら、コーホーネタ出てきた 94 :名無しの笛の踊り :2006/02/12(日) 11:50:50 ID:9h382cRv 功芳、連絡を乞う 至急!! ドルフィン・ホテル406 電話はその日のうちにかかってきた。一本は「功芳とは何を意味するのか?」という一市民からの問い合わせだった。 「友達のあだ名です」と僕は答えた。 もう一本はからかいの電話だった。 「いえよう」と電話の相手は言った。「いえよう、いえよう」 僕は電話を切った。まったく都会というのは奇妙なところだ。
27 :
名無しの笛の踊り :2006/08/23(水) 12:56:13 ID:Z2uRKr1g
僕のとなりの席にはアバドとゲルギエフがいて、お互いのおなかをずっと触り合っていた。 指揮者のおなかって、なかなか悪くない。僕だって昔は指揮者のおなかを持っていたのだ。
彼がチャイコフスキーの悲愴が聴きたいというので、妹はウラディーミル・アシュケナージのレコードをかけた。 アシュケナージ!と僕は思った。やれやれ、どうしてそんなモグラの糞みたいなものがうちにあるんだ? 「お兄さんはどういう指揮者が好きなんですか?」と渡辺昇が訊いた。 「こういうの大好きだよ」と僕はやけで言った。「他にはクラウディオ・アバドとかワレリー・ゲルギエフとかさ」 「どれも聴いたことがないな」と彼は言った。「やはりこういう感じの音楽なんですか?」 「だいたい似てるね」と僕は言った。
30 :
名無しの笛の踊り :2006/08/25(金) 21:16:43 ID:UNZR2QvR
ふうむ、僕は上げることにした。
そんなものsageてしまえばいい。と五反田君が言った。 みんなクソだ、彼ははき捨てるように言った。 僕は何も言わなかった。店内にはボスコフスキーが相変わらずの偽善者っぷりを発揮したワルツが流れていた。 それを聞いているとなんだか僕は、初美さんに会いたくなった。 いや、正確にいうと初美さん的なる全てのものに会いたくなった。 憧憬・・・ 「失礼?」 と五反田君が言った。
33 :
名無しの笛の踊り :
2006/08/30(水) 00:41:53 ID:3Ka42DVD "the only thing we have to fear is fear itself."