1 :
名無しの笛の踊り:
inクラ板
2
らっパ手
2ちゃんなぞで語りたくない
海軍
漏れのおじいちゃんはヘビメタで、
お父ちゃんはテクノで、漏れはヒップホップ。
弥七。
海軍だった。殴られた記憶しかないらしい。
9太郎。
10 :
名無しの笛の踊り:05/03/05 23:42:06 ID:nlFVaz5U
10
11 :
名無しの笛の踊り:05/03/05 23:46:15 ID:todBSXfG
特攻隊
理工系だったから、兵隊に取られずに会社で働き、敗戦を迎えた。
兵隊に行っていたら、今自分はここにいなかったかもしれん。
13 :
名無しの笛の踊り:05/03/05 23:51:04 ID:todBSXfG
12は何歳だよ・・
(゚д゚)ノ<歳とり杉で召集対象外ですた。
…いまだにぴんぴんして増す。
16 :
名無しの笛の踊り:05/03/06 00:49:52 ID:azPbUqQV
陸軍将校用の車の運転手で長屋住まい。ちなみにその兄は、テストパイロット。
だから、二人とも実戦は未経験。
…まさかと思うが、戦争を経験されているほどお年を召した方は
この板にはいないよな? な?
18 :
名無しの笛の踊り:05/03/06 01:14:57 ID:0xyB0gRH
30代で通信技術者として軍属に徴用され(志願というのは実態とは異なるらしい)、
ヴェトナム、モンゴルで電話設備の設置にあたる。インドネシアのジャカルタで敗戦
を迎え、英軍・蘭軍・米軍によって当地に約1年間抑留され、帰国。インドネシアの
街で軽トラックを運転中に誤って子ブタを轢いてしまったのが唯一の殺生だったそうな。
そのブタは持ち主にお金を払って持ち帰り、同宿の者でおいしく食ったそうだ。
19 :
名無しの笛の踊り:05/03/06 01:25:11 ID:fCNY7Lya
インパールの失敗で敵の包囲から逃れるために
5日間飲まず食わずで密林をさまよった経験は筆舌に尽くしがたいと。
20 :
名無しの笛の踊り:05/03/06 01:54:27 ID:gf3EEOgL
あなた方のお爺さんは日本軍で何してたかって?
そりゃ〜上海で李香蘭と、あ〜んな事やこ〜んな事♪
ジャップどもを焼夷弾で焼き殺してたよ
うちの爺ちゃん(父方)はひどい扁平足で徴兵検査不合格だったそうな。
終戦の一月前に召集されたがほとんど訓練ばかりで牡丹江で武装解除、
幸いソ連兵の追跡も受けずに自宅のある大連に帰還。
それからが大変だったそうだけど・・・
24 :
名無しの笛の踊り:05/03/08 22:45:42 ID:KTX1XPXk
終戦2ヶ月前に244戦隊にいたよ特攻でしんでもうた・・・
25 :
名無しの笛の踊り:05/03/08 22:50:00 ID:oUnETFoG
ばあちゃんの弟は防空壕の中で蓄音機でワーグナー聴いてたそうな。
26 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 00:50:36 ID:di7Oy1rA
うそぽ
27 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 01:06:32 ID:+P9NBC1U
戦争と言うと「月光」というクソつまんね映画を思い出す
28 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 01:27:17 ID:Vo9XEebr
>>25 戦時中のインテリはクラシックをよく聴いていたらしいね。
ドイツ、イタリアが同盟国ということは、主要クラ作曲家の半分以上が正々堂々と聴けたということでもあるんだよね。
29 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 01:28:03 ID:oZGzy4N3
うちのじいさまは赤十字船に乗ってたんだそうなじいさまそれに
携わった仕事をしていたらしい確か攻撃されなかったということだ
で、何時なんどき攻撃されるかわからない状況下の中でじいさまの
仲間が
恐怖のあまり脱糞してそれを食べ始めたんだって皆はその人のこと気が
くるったんじゃないかって鉄ごうしに入れたんだって(その時の様は想像
を絶するほど凄かったらしい)その後わかった事だが気が触れたように
すれば日本に強制送還されると思って気がふれたように一世一代の芝居
をしたとのことです。
30 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 01:31:29 ID:hJjXk3en
昭和天皇を守る役目でした。
なので、戦争には行ってません。
なんかの試験を受けて、いろいろ調べられてそうなったとか。
本人はもう15年前に亡くなっているので
詳しいことはもう聞けませんが。
31 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 01:39:43 ID:Vo9XEebr
いわゆる徴兵逃れのために、指や手を切り落とした人もいるらしいからね。
醤油をガブ飲みしてわざと黄疸にかかって免れたという人もいたらしい。
合法的な方法としては、理系に進む、師範学校に進学して学校の先生を目指すというのも、内心では徴兵を免れるためという人が多かったらしい。
もっとも実際は学校の先生も招集されていったのだけども。
32 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 04:37:45 ID:rN5ufVdj
祖母と母(幼少記の頃)が歩いているとき後方から米軍機が飛んできた、
あっというまの出来事で逃げることも身を隠すこともできなかった。
隠れる場所も無かった
「だめだ!!」っと覚悟を決めた瞬間なんと母達の頭の上を抜けて飛んで
いってしまった攻撃(銃撃)されなかったのだ!九死に一生・・。
「なぜ銃撃されなかったんだ」と訪ねたところわからないが急いでいる
ようで(目的地)みのがしてくれたんではないかと言っている。だから今
漏れがこの世に存在する。
33 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 04:50:16 ID:8Xy2Mm9l
>>30 天皇を守るために自分が犠牲になる・・・、やっぱウヨの考えはおかしい。
34 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 05:21:13 ID:UBiK5Fzv
スマトラ島で占領統治に従事してた
戦闘には全く巻き込まれずに無事に終戦を迎えた
35 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 05:30:05 ID:+nuxkOJT
軍医で東南アジア方面へ行き、捕虜となり強制労働で空港づくりや外国人兵士の治療を行った。
戦争に反対したため引き上げ船で日本兵に殺されそうになり、以来人間嫌いとなった。
36 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 09:18:41 ID:AOz6mm4k
>>28 メンデルスゾーンなんかも平気で聴けたんだろうねw(レコードがないか)
日露戦争の時は海軍に居たと聞いたよ。
太平洋戦争のときは居なかった。
38 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 12:30:08 ID:t2p3L8yx
いくらなんでもウンコ食ってまで生き延びたいとは思わないよ。
あら、うちも
>>12と同じだわ。
そんな祖父もすでに鬼籍に。
もっと沢山の話を聞いておけばよかったと後悔してるわ。
明日で東京大空襲から60年なんですよね。
40 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 12:59:10 ID:AOz6mm4k
41 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 14:33:00 ID:izZe9N+I
>>38 まあ、戦争経験ない我々とは感覚が違うんだよ、いつ命をおとすか!
いつ突然殺されるか!殺されなくても捕まったらどんなことをされるのか
わかるよね、殺るか殺られるか皆極限状態の恐怖の中で戦ってるんだ。
助かりたい為にはその位のことをやった人がいてもちっとも不思議ではない
42 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 23:50:18 ID:hbycaTqE
近衛兵第一連隊
43 :
名無しの笛の踊り:05/03/09 23:56:35 ID:vgOv7PpP
戦争中は敵性音楽だというので、クラシックなんか聴けなかった。
だいたい「この非常時に」音楽なんか聴くのは非国民だと言われた。
でもどーしても聴きたかったので、部屋を締め切り、こっそり小さい音でみんなで聴いた。
ベートーヴェンの「皇帝」とかブラ1とか。
亡くなったじーちゃんは、戦時中満州で鉄道ころがしていたそうな。
日本に帰ってくるのは大変だったらしい。
呆ける前にちゃんと話聞いとけばよかったな。
>>33 本物のウヨは、天皇を利用できるだけ利用し尽くす。それがウヨの本質。
天皇のために自己を犠牲にするような立派な?人物はウヨにはいない。
関東軍なんて利権あさってえばり散らした挙句、まっさきに
トンズラした。もちろん邦人保護なぞ彼らの念頭にあらず。
このことが今に至る残留孤児問題の核心。
47 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 20:44:00 ID:THfjNrz7
南京攻略のとき最前線で戦ってたんだけど、虐殺もしてたのかな・・・。ガクガクブルブル。
48 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 20:45:47 ID:THfjNrz7
49 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 20:48:15 ID:OXWP734S
名前明かせませんが、上のほう
でした
50 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 20:58:15 ID:4k7EnnOc
うちのじいちゃんは太平洋のある島でアメリカ軍につかまって、
ボート漕いで隣の島まで逃げてきたらしい。
もう亡くなってるので詳しいことはもう聞けませんが
51 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 21:21:17 ID:bZ4nRF+f
八幡の山で高射砲部隊、爆撃機の撃墜が任務。
目が良かったらしい。
そのうち砲弾が届かない高度からの爆撃に移行した為、
沖縄送りに。鹿児島で待機中敗戦を迎えた。
敗戦後は博打三昧で多額の借金を残し、平成に大往生。
ジサマと較べると、俺の人生なんか平凡過ぎ。
53 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 22:52:15 ID:Y1/WiELn
>>34 漏れの死んだ祖父もスマトラ統治。陸少佐S=S。お知り合いかもね。終戦後パレンバンつう所に送られ、数年間捕虜の辱めを受けて帰国。オランウータンの話よくしてたわ。
54 :
名無しの笛の踊り:05/03/11 23:08:58 ID:r/VPB4Uu
うちの祖父は文系だったので学問半ばで学徒出陣・・・・
中国の福州だったかとにかく南部の方で
兵糧の調達、分配が仕事だったと。
川を渡ろうとしたら敵兵に阻まれて
そのとき足を撃たれて怪我、
おまけに祖父をかばってくれた部下は銃弾モロに受けて亡くなったって・・・
まだ元気だけど、今も学徒出陣で亡くなった人や、
そのかばってくれた人のことを常に意識してるみたい
自分より優秀なやつが戦争で死んでしまったとか
亡くなった人の分も自分は頑張らないと、とか・・・・・
55 :
名無しの笛の踊り:05/03/12 00:54:04 ID:Pjy5dNb+
56 :
名無しの笛の踊り:05/03/12 00:56:36 ID:A6eDM67f
57 :
名無しの笛の踊り:05/03/12 23:39:12 ID:NJ5G9piV
ええ話や…
米国留学中、戦争のことで貶されたけど、
おれのじいちゃんは、両方とも戦争に行っていないからな。むかつく話だ。
でも、韓国の人に、豊臣の侵略のことを言われた時は、つい謝ってしまった。
59 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 01:14:31 ID:4wwk/wSd
日本の勝ち戦も負け戦も知ってる祖父は、アメリカに対しては「もう一度受けてたつ」だったが
日本がいじめた国との再戦は勘弁だったらしい
じーさんの写真かっこよかった
母方の祖父は海軍でたびたび家に帰ってきていたらしい
程なく体調不良で離隊。
60 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 01:27:15 ID:QgPjs4YM
太平洋戦争に思いをはせているクラヲタのみなさん、
以下の作品を是非聴いてみて下さい。
諸井三郎「交響曲第3番」(1944)他
ttp://www.naxos.co.jp/8.557162J.html ドイツで学んだ、日本の一時期を代表する作曲家、諸井三郎(1903-77)が、
戦争末期に遺書のつもりで書いた、40分弱のシンフォニー。
戦争末期の知識人の苦悩と悟りの境地の記録です。
たった1,000円で入手できますので、是非。
(NAXOSの回し者ではありません)
61 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 10:39:13 ID:/7wh9xoZ
クッナーパーツブッシュと組んで朝比奈隆を弾圧した。
召集された時に結構なお年だったってのもあり、顔の火傷のケロイドの痕で不適性、兵には行かずに富山の飛行機工場で飛行機作ってた。
工場が狙われた時は必死で逃げて生き延びました。
私の大好きなじーちゃんの場合…。
背が低かったので兵隊にとられなかった。
64 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 14:54:57 ID:dPYGrrTl
58>三国人にわびる必要はない。何かにつけて金をせびろうとする。
中国なんて経済大国なのにオーディーエとか欲しがるし食糧支援も平気な顔してブンドル。
この前ショパンコンクールで優勝した下手ピアニストに6000円巻き上げられた俺が言うから間違いはない。
海軍で水兵をしていた。
65 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 20:17:12 ID:RQXgjYY8
>>58 日韓併合とはちがってあれはたたき上げの豊臣がさらに欲を伸ばしただけの結果だからなあ。
豊臣のおかしな征服欲や出世欲や金銭欲によって朝鮮半島はさんざんに破壊されたわけだからな。謝るしかない。
日韓併合は当時の挑戦人民にとっては最高の選択だったろ。
66 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 20:44:55 ID:UFQNSn8Y
なんつーか昔の日本はまさにドラマだったんだね
今はこんな国になっちゃったけど
67 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 21:15:15 ID:zrtNOjh6
すさまじく板違いなのに
すさまじく良スレだな
>>48 好みはしなかったかもしれんが、徹底的に排斥したわけでもない。
ナチス・ドイツのような「理念としてのユダヤ人排撃」はなかった。
>>65 ツーかそんなことで謝る必要はないだろうし、「冗談」以上のものとして受け止める必要もあるまいて。
どうしても謝りたいんだったら謝った後に「元の手先になって攻め寄せてきたことについて謝ってもらおうか」
ぐらいいってやれ。
つーか何でこんな軍板だか歴史板だか、せいぜいがとこ生活板向きの話をこんなところで支店だ、全く。
71 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 21:59:29 ID:PggTylcX
シベリア抑留で片目無くして帰ってきました。
満州にあった別荘は、多分今もあります。
72 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 22:14:50 ID:UFQNSn8Y
きっと中国人に取られてしまったんだろうね。
73 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 22:23:09 ID:RQXgjYY8
>>69 元は仕方ないだろ。挑戦だって無理矢理つれてかれたようなものだし、モラールも低かったんじゃない?
だから日本遠征のための軍船だってケンチャナヨで作ってすぐ沈んじゃったし。
74 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 23:43:16 ID:Koy6CoT1
>>71のおじいさんのその瞳はいまでもシベリアでいまを見ているよ。
たぶん。
75 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 23:57:39 ID:AWsFKCTe
父方の祖父は、中国で馬の世話をしていたそうです。
昭和二十年、終戦の時、処刑されそうになったじいさんに会いに?ばあちゃんと父は中国へいってきたそうです。
じいさんは日中国交正常化の前に、毛沢東や周恩来に会っていたそうです。
じいさんは亡くなるまで中国との貿易の会社に勤めていました。父は今も中国との貿易の会社に勤めています。
私は中国とまるで関係ない生活をしています。
おわり
76 :
名無しの笛の踊り:05/03/13 23:58:30 ID:AWsFKCTe
馬ってもちろん軍馬ね
77 :
名無しの笛の踊り:05/03/14 07:52:47 ID:Av2rLuJd
父方の祖祖父は近衛隊長退役後で日本軍の訓練教官を本土でしていたらしい。
祖父は満鉄勤務でずっと日本にいたとのこと。
母方祖祖父は三鷹の兵器工場の管理者、祖父は結核で休養していたらしい。
というわけで、うちの祖父、祖祖父は全員日本にいて無事だったらしい。
78 :
名無しの笛の踊り:05/03/14 10:21:45 ID:9XKfaEOk
父か祖父かで
ある程度世代が分かるね。
79 :
名無しの笛の踊り:05/03/14 12:28:57 ID:nAFkMe2J
俺の母方の曾祖父は長年中国戦線で戦ってたが、1945年に運悪く沖縄防衛軍に編成され、旅団長として沖縄戦を指揮した。
しかし武運尽き、6月21日、部下とともに洞窟内で自決してしまった。曾孫の漏れだが、遺族の集会には母とともに毎年参加するんだけど、
俺本人はなにもしてないのもかかわらず、当時を知る沖縄の人にえらい感謝されるんだよなあ。
こちらしては、戦いに市民までまきこんですみませんと謝りたいとこなのだが。
俺の祖父は腕を怪我していて戦争には出れなかった
それを悔いていた
もう片方の祖父は韓国に住んでいた
81 :
名無しの笛の踊り:05/03/14 23:08:37 ID://JO6Asg
82 :
名無しさん@3周年:05/03/14 23:41:46 ID:1Svh6wDu
両祖父とも本土で通信兵やってた。インテリな家系ですまんな。そんな俺はニートだが。
>>73 ばか。 そんなこといってるからだめなんだよ。
84 :
名無しの笛の踊り:05/03/16 04:27:31 ID:oIpOcwXd
戦争中の朝鮮人というと戦場のメリークリスマスの軍属役が印象に残ってる。
朝鮮人は日本人と共に大東亜戦争を戦ったくせに
戦後自分たちが「戦勝国」であると主張、
日本に賠償請求しやがった。
ここまで厚顔無恥な民族は他にあるまい。
86 :
名無しの笛の踊り:05/03/18 00:58:11 ID:Tz8Gnhrt
イタリアもな!
87 :
名無しの笛の踊り:05/03/18 02:13:12 ID:OQeJqBEQ
>>47 最前線の兵士は根性の証として、上官の命令により、とっ捕まえてきた中国の民間人(女子供を含む)を、
銃剣で刺殺したり、首を斬り落とすなどさせられていたとのこと。
南京大虐殺があったとかなかったとか言う以前に、戦時体制化に於いては、
とてもとても常人には為すべからざる行為が、平然と行われていてしまったとのこと。
88 :
名無しの笛の踊り:05/03/18 05:44:15 ID:I/NEPzom
上官には逆らえないしそれが戦争ってもんだからね。
>>87 そういうことがあった、ということとそういうことが常態であった、ということは全く別。
みそもくそも一緒したり、水の中に一滴でも赤インクが落ちたらその水は真っ赤、と言うなようなまねはあまりしない方が良い。
それにアナタの悪質なところは「民間人の女子供」と記しているところで、それが仮に常態だったら、
日本軍のほとんどは終戦時武装解除したところで民衆のリンチに会い、は中国から引き揚げてくることは出来なかっただろう。
中国での残虐話は、日本軍が悪である、ということを強調しようとするあまり残虐行為の対象者を
「敵(一部捕虜)やスパイ(容疑者)」から「民間人(さらに女子供)」にバージョンアップサービスする嫌いがある。
それから古くは南京事件(中国の軍とそれに便乗した暴徒がが南京にある欧米・日本の居住地域を襲い、
そのとき日本の領事館は乱入され暴行略奪をうけた。このとき英国など反撃し、揚子江から艦砲射撃も行ったが、
日本は隠忍自重と中国軍への申し入れに終始した)
大山大尉事件や通州事件(これは大きくのような遺体損壊を伴う中国軍による日本人惨殺事件で当時の日本の新聞にも大きく報じられた)
のような 日 中 戦 争 勃 発 前 (ロコウキョウ事件前)の異常な事件などもきちんと知っているんだろうな?
あーいやだいやだ。こんな話を何度もするのがいやで政治系の板や掲示板から引退したのに何でこんな事書かにゃならんのだ朝っぱらから・・・
まあ愚痴ばかりじゃ申し訳ないので・・・
俺のじいさん軍装・軍刀まで買い込んでいたそうだが、
鉄道の技術屋で開発をやっていたし、もういい年だったから召集はされなかった。
開発の結果は戦後新幹線の足回りに生かされたらしい。
しかし道路一つはさんだ向かいの社宅にB-29の爆弾が(軍需工場をねらったのがはずれて)落ちて見事すり鉢穴になって・・・・((((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
(って板違いだぜ・・・。 軍板か生活板あたりに何代も続いてるすれがあるんだから・・・まったく)
91 :
名無しの笛の踊り:05/03/18 09:44:34 ID:n2qq9qMZ
>>89 >>87は「常態」などという単語はひとつも使ってない。
日本軍がいいとか悪いなんて程度のレベルではなく、
戦時にあっては、そんなことがどこの国でも起こりうるということ。
>>日本軍のほとんどは終戦時武装解除したところで民衆のリンチに会い、
>>は中国から引き揚げてくることは出来なかっただろう。
終戦時、中国人の日本人へのリンチはあった。
日本人が中国から引き上げてくるのは命からがら夜逃げ同然で、
子供が泣き叫ぼうものなら全員見つかって殺されるので、その子はその場で絞殺。
終戦どころか戦中から、中国共産党による攻撃に晒されていた。
しかも関東軍は、南下政策のため東南アジア方面に出征・・・玉砕のため、
満州での防人として、東北・長野から農作業に来た一般人が三八銃を持たされていた。
>>アナタの悪質なところは
悪質とは何事じゃ!!
歴史的事実に関しても無知蒙昧の分際で、くだらん水掛け論ふっかけてくるなバカ!
一人で大見得切って出てきたつもりになっているだけで格好悪いぞ。
せいぜい単語の意味と読解力でも身につけててからにしたまえ、若造!!
戦争ってのは、見てもいないオマエが揚げ足取って片付くもんじゃねえよ! ナメんな!!
>>89 ここでも言いたく無いのなら政治板へ(・∀・)カエレ!
それかネットのケーブル外して朝日新聞の投書欄でヲダあげてる
だけかに汁。
うむ。議論or反論自体がスレ違い。
双方とも相手をスルー汁。
て言うかほんと板違いだよこのスレ。
96 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 06:56:31 ID:SGq5CGXP
政治的な話は(゜凵K)イラネ
ageんな!!
98 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 08:03:09 ID:IMaG/LTs
軍隊の補給斑か何かだった。
戦争初期は米が余っていたので監査対策で
米炊いてそのまま穴掘って埋めていたそうな。
軍隊内でいじめとかあったと聞くと、
あることはあったが、いじめをする奴ほど早々と戦地に送られたらしい。
その戦地に送り届ける役も爺さんしていた。
結構戦争の話をすると楽しそう。
99 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 11:24:07 ID:eSs4kJxA
,-r n,-r-┬-、
r^ヾ、 l | | i /`>、
,.=二ニニ=ミ、ヾyリ ' |! /´ ノ`>、
((_.,-==二 ヾミ/{ ;! ,i,//, ノ_ ノ、
r'三二= ̄ニ=、ミ|lリ/ノ'// ,. - 二三彡
{/`{!// //ヾ!、{i| {r' i' // ,.-'ニ三彡リ
{(,ノ//" /;/ `ヾ{!/'/ r' ノr'",二三シ
ソ// ; || "亠!ル/リ,ノ/ノ彡ノ!
{/{/, / l| 彡ノヾ彡'ニ/
. `{// , ,| ;| 彡ノ;i'三ニ{
|,i{'l l | | . .:: . . : ::彡ノ;li'三{
|r`川| __,..,,,_ : : 三ニ;|リ'1
. l __!||| ¨ヾミュ {, .,,,zr=三ニ;;i!';;;!
}i";;:. ,.ィエ`;; lll;;イ┬-ミ三ニ|!;;;{
. !.__;:. |lli;; ̄三彡ノ;!{;/
ヾ、:;:,. !|l;; ;;彡ノ/-'
}:;;; : ヾz_ノ;; ;;;彡ノ/
___|::; : __ .: '!l;:..:;彡;/
/川リ/l:.;.. "^ヾー-、,=三ュ!::ニ/
/〈川;|/ l;:. ヾ二,シ´`ヾミ' _
_/::.:.\シ ヽ l_,..==-─--=、
/ {::::::::..:.\ ヾ===/ , --─── !
神風協奏曲聴いてーー!
100 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 11:28:14 ID:/n8YmU69
100ゲット
101 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 11:32:16 ID:eiRnDxky
芥川のパパ(といっても35位か)、
諸井三郎でしたっけ?
神風協?
102 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 21:11:53 ID:XnHwwI7o
>>101 大澤ですね。
でも芥川パパならモロ3の方があってる希ガス
103 :
名無しの笛の踊り:05/03/19 21:15:58 ID:eSs4kJxA
なんであの作品をロシア人が採りあげたんだろう。
104 :
名無しの笛の踊り:2005/03/22(火) 06:51:42 ID:DkdVNFs1
良スレの予感
軍人のクセにのうのうと生き残ったバカの子孫がうようよしてるスレかw
106 :
名無しの笛の踊り:2005/03/22(火) 07:30:02 ID:VhWFz2ML
ラッパ吹きだったよん
俺もチャンコロ斬りまくりたいっす
108 :
名無しの笛の踊り:2005/03/22(火) 22:54:08 ID:Y/aCzvMt
>>107 うちのじいさんはずーっと中国戦線にいて、大陸打通にも参加した職業軍人だったけど、実際に人をねらって
撃ったり、ましてや軍刀で斬りつけるなどできないみたいだよ。白兵戦とかになって、どうしても我が身に危機が生じた
時のみ拳銃で攻撃するくらいだって。兵士もほとんどは敵陣めがけてとりあえず撃つカンジらしい。
よく考えてみたら、兵士も素はといえば普通の農民や職人やサラリーマンや大学生だもんね。人殺しなんて
できるわけないよ。
109 :
名無しの笛の踊り:2005/03/22(火) 23:58:57 ID:CwloA8ya
職業軍人でそれでは如何なものか。
>>108 運がよかったんだね。
部下を死なせず、敵も殺さず、で帰ってきた人もいるみたい。
大叔父はそれが自慢でした。もっとも輸送のトラック部隊だったけど。
日本には真の戦争経験者は皆無、生き残ったのは
逃げ回っていただけの腰抜けのみ。という話もある。
まあ、激戦地硫黄島の米兵でも実際に発砲したのは全体の1割だか2割程度
だってーから、実際の戦闘なんてそんなもんだろ。
日本兵の死者なんて大半は餓死と病死だし。
>>109 そのあと、「米英の軍人なら撃てたかもしれない」といってた。中国人って日本人と同じ姿形だから同胞に見えて殺せなかったのかも。
おまけに、今でも「大東亜共栄圏」を信奉してるくらいだから、敵兵といえども、「同じアジアの仲間」みたいな意識があったんだろうね。
>>112 と、思ったら、いくら異人種でもあまり発砲できないというレスが・・・。でも、当時有色人種なんてほとんど劣等種扱い
だから、西部開拓でのインディアン虐殺みたいに心理的抵抗無くと殺せそうなものだけどね。不思議だ。
114 :
名無しの笛の踊り:2005/03/25(金) 07:01:11 ID:Lh8fxwLc
戦争後半にはドンパチ撃てるほど弾があったとも思えないし。
>>110 そんなチキンは戦犯として処刑すべきだった
おまいら爺さんを悼め
>>115 ・・・・・・・別に敵前逃亡していたわけではないんだが・・・・
118 :
名無しの笛の踊り:2005/03/26(土) 06:36:10 ID:xfH06a0i
してたらおまいは生まれてないぞなもし。
敵前逃亡ってやっぱつかまるの?
120 :
名無しの笛の踊り:皇紀2665/04/01(金) 06:45:17 ID:Gdt4T5Co
age
121 :
名無しの笛の踊り:皇紀2665/04/01(金) 09:53:07 ID:FlUwvr7B
122 :
ジャズ博士 ◆Ei9SFfz3io :皇紀2665/04/01(金) 10:46:31 ID:ifKFWkvZ
俺の爺さん近衛兵だった、身長は180cm位の背の高い人だったららしい。
俺が生まれた時、もう亡くなっていた。そろそろジュリアス・ベーカーだw
123 :
名無しの笛の踊り:2005/04/06(水) 04:44:31 ID:2mw+jWwI
ジャズ博士が氏ねばいいのn
>>121でも、満州では、ソ連軍の猛攻に、民間人を守らずに逃げたんじゃなかったっけ?
>>124 いろいろと調べてごらん。 蹂躙されて全滅し語り部のない部隊もあれば、終戦の日まで粘りに粘った部隊もある。
有力な部隊はほとんど南方に抽出されてひとたまりもなかった、というのが大勢ではあるし、うまいことやって逃げた連中もいた、
というのも本当だろうが・・・・
126 :
名無しの笛の踊り:2005/04/12(火) 05:48:09 ID:a/luMMH3
このスレおもろいね。
127 :
名無しの笛の踊り:2005/04/20(水) 15:40:41 ID:A9b7Ollh
父方の祖父は大陸で通信兵だったとか。
電線ひいてもすぐパーロ(八路軍)の奴らが切っちゃうんだよ、ってぼやいてたと
父に聞いた。
母方の祖母は、上海事変に参加してる。海軍の陸戦隊にいた。
従軍記念写真帖みたいなのが実家にある。
うちも母方のじーちゃんが通信兵らしい。
月末に会うんで詳しい話を聞き次第報告なんぞ。
陸軍、隼の運転手。
スピットファイアに撃墜される
>>127うちの曾祖母と同じ部隊かも。満州事変頃から終戦までずっと中国戦線で看護婦をやってたらしい。曾祖父は沖縄戦で戦車戦
をやってたけど、最後には自決してしまった。祖父は戦争に行ってない。高校生として工場で働いてたらしい。
131 :
127:2005/04/22(金) 18:16:49 ID:hMoo1G1v
>>130 ゴメンね。
上海事変に参加した海軍の陸戦隊にいたのは、母方の祖母じゃなくて祖父だった。
ミスタイプ、陳謝。
132 :
名無しの笛の踊り:2005/04/25(月) 12:00:06 ID:7I94dYJo
手淫励行
133 :
名無しの笛の踊り:2005/04/26(火) 15:44:54 ID:27AznGyt
帝国海軍におりました。
後に米軍の捕虜に。
アメリカ人には世話になったらしい。
134 :
名無しの笛の踊り:2005/04/26(火) 15:51:24 ID:avxBIBYH
伯父(父の長兄、かなり歳が離れている)が帝国海軍にいて、
南方洋上で撃沈された。
鱶が寄ってきて死を覚悟したそうだ。
いつもその時の話をすると涙ぐんでしまう伯父。
今は骨髄に癌が転移して痛い痛いと言っている。涙・・・
135 :
名無しの笛の踊り:2005/04/26(火) 23:59:16 ID:LvddIk/R
(つД`)
祖父は職業軍人でした
海軍大将だったそうです
戦後は・・・裁判もあったそうです
生前の祖父は穏やかな人でしたが、昔のことを語ることなかったです
部屋には昭和天皇陛下の写真が飾られていました
職業を知ったのは、祖父の通夜に知りました
私の知る祖父は米作りをしていました
日の昇る前に田へ出向き、日が落ちると帰ってきました
海軍大将は平凡な百姓として生を終えました
剣道を愛する人でもありました
一枚だけ残る軍服姿の祖父の写真をみると心が痛みます
137 :
136:2005/04/29(金) 15:59:31 ID:iUGi2T5u
誰も読んでないと思うけど
太平洋戦争終了時は退官していたそうです
父、進学校の素行の悪い中学生、海軍兵学校を受験するも。硬派なヤンキー
の為か不合格。陸軍大尉(軍医)の兄の薦めで海軍予科連習生を受験、今度
は合格、海軍航空隊員となり、陸攻にのる。特攻隊に組み込まれ、友人ミサイル
の桜花の母機の搭乗員になるも終戦で助かる。下士官で復員する。
元の素行の悪さと元特攻隊員の経歴がたたり、家族に志望校でない高等専門学校
の編入試験を受験させられ合格、いたずらな高専生となり、卒業して先生になる。
>>139 先生時代にもいろいろと武勇伝がありそうで、それも伺いたいような気がいたしますね。
139です、武勇伝はありませんと言うか、豪傑な香具師はいくらでもおりましたよ
まあ武勇伝だらけですな、差しさわりがあるので書きませんが、同僚の美術の先生
の話、画家を志す方で先生の傍ら作品を書き、辞めて画家となってからも絵画教室
を開かれていました、先生エアブラシで絵を書き出され、ペンキ屋さんか看板屋さん
みたいといわれていましたが、ブラシアートの魁となられ高名な画家となられました
故三尾公三画伯です、いつもニコニコやさしい人と同僚の子供には見えました。
教え子の方々曰く「私らみんな三尾先生の愛弟子」。いまでもニコと笑う画伯の顔
が忘れられません、大スレ違いですみません。
141です、三尾先生の訂正、父が同僚だつたのは中学教員時代で。
三尾先生は中高大と学校を変わられています、絵画教室は大学時代
の様で、兼職できたようです、画家として有名になる度に中学教師
から芸大教授までなられています、それも全部市立校、市教委はて
ばなしたくなかったんだろうなあ、ちなみに市立の塗装工養成夜学
にも通学されてました、詳しくは先生のサイトへぐぐつてみてください。
>>武勇伝はありませんと言うか、豪傑な香具師はいくらでもおりましたよ
まあ武勇伝だらけですな
スマンうけた・・・
| |
| |_∧
|_|ω・`) 三尾先生ですか?
|鬱|o o
| ̄|―u'
""""""""""""""""""""""""
∧__∧
( ´・ω・) 持ってきたのでごらんください
/ヽ○==○
http://www.miokozo-museum.co.jp/idxpage.htm / ||_ | _| ̄|○ _| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○_| ̄|○
し' ̄(_)) ̄(_)) ̄(_))  ̄(_)) ̄(_)) ̄(_)) ̄(_)) ̄(_)) ̄(_))
145 :
名無しの笛の踊り:2005/05/08(日) 02:46:00 ID:+rqtSu0I
終戦後、インドネシア独立戦争に参加した旧日本軍兵士のいまを取材した番組です。
(インドネシアの独立宣言に記された日付は、西暦ではなくて皇紀が使われている。)
テレビ朝日系列 テレメンタリー
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/ 「ジャピンドわれアジアに死す」〜インドネシア残留日本兵悔恨の生涯〜(2005年5月9日放送)
2005年2月20日、インドネシア残留日本兵伊丹秀夫さん(83歳)が亡くなり、
ジャカルタの英雄墓地に葬られた。第二次大戦の終戦後独立戦争に参加した
日本兵は約1千人、半分が戦死し、残り400人が日本国籍を捨ててインドネシア人として生きた。
現在残るのは10人。その一人志田安雄さん(84歳)は、1964年から取材してきた人だ。
田中幸年さん(97歳)と一緒に独立戦争で戦死した仲間の墓を探してきた。鬼籍に入った
仲間の中には、妻子を捨てた者もいる。41年前、帰国して老父母と涙の対面をした故吉永速雄は、
のちに日本で死にたいと語った。その子供や孫は、今日本に出稼ぎにきている。
残留日本兵は今、「人生の選択は正解だった」と語る。しかし、胸の奥には、深い悔恨と
罪の意識が埋もれている。独立戦争で戦死した友のことを日本の遺族へ伝えなかったこと、
日本にいる妻子を捨てたことだ。41年にわたる取材によって、戦争が個人に沈潜している姿を浮き彫りにする。(制作:朝日放送)
放送時間は『系列局での放送時間』を参考に…。
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/contents/broadcast/index.html
亡くなった祖父は陸軍中尉だったらしい
下っ端で庶民をダイレクトに苛めていたと思われる
満州にいたらしいく、ソ連が責めてきたときに
民間人守らず逃げ出したと思われる
戦後は自衛隊の前身なるものに誘われたが断り
せっせと子作りし3名の父親として働きました
>>146 ・・・・将校はあんまり直接いじめたりしないんだけどね。
まあ地方自治体とか厚生省に軍籍簿があるはずだから、暇だったら調べてごらん。ひょっとすると仏壇に軍隊手帳があるかもしれんし。それで所属部隊や任地が分かる。そしてちょっと戦史を調べればすぐに見当がつくと思うよ。
149 :
146:2005/05/10(火) 15:09:45 ID:KkIoElwT
>>147 中尉は将校となるものなのですか?
うちの父親にいわせると中尉は下っ端中の下っ端だろと言ってました
知らぬが仏で調べるのは避けるな
隠してた?暗い過去をほじくるのも
祖父に申し訳ない
戦争終了時に満州にいたことだけは確からしいです
>>149 中尉って下っ端じゃありません。警察の階級で言えば警部ぐらいに
相当します。陸軍士官学校を出てないとまずなれません。士官学校を
出て少尉に任官し、普通は一年後に中尉になります。兵卒叩き上げで
尉官になる人もいますが、ごく稀。
尉官の下には二等兵、一等兵、上等兵、伍長、軍曹、曹長、准尉が
あります。この次に少尉がきます。
中尉さんだと小隊長ですね。15人ぐらいの兵隊さん達のトップです。
>>150 ごめ。小隊人数と分隊人数を間違えた。もっと人数が多くて、30〜50人
の兵隊さんのトップです。
小隊長なら少尉だろう。
中尉は中隊長ぐらいじゃないか?
わかりやすく乱暴に言うと、准尉から下はノンキャリア。少尉から上はキャリア組。勿論、キャリア組のスタート地点アタリにたどり着いてそこでおしまい、となるノンキャリアもいる。
>>152 中尉で中隊長ができるほど軍隊組織は甘くないよ。中隊長は
大尉がメインだね。大隊長で少佐ぐらい。
(わかんないかも知れないけど(苦笑)、”のらくろ”のモール大尉が
中隊長だったでしょ(w)
155 :
149:2005/05/11(水) 09:50:20 ID:pXKT1yJh
>>150 祖父は士官学校でていたらしいので、キャリア組だったのですか
驚きました。
終戦時は20代前半のようだったと記憶しています。
中尉も考えられる年齢でしょうか?
30〜50人もまとめ上げていたのですか・・
ゆったりとした祖父からは想像できないですが・・
軍隊は奥深そうですね
>>148に書かれているように祖父の任地を探しながら
自分のルーツを調べたい気分になってきました
>>156 ないとは言わんよ、そりゃ。でも、普通は中尉が担当。そもそも少尉の
在任期間ってかなり短い。
>>156 あ、間違い。ゴメソ。中隊長は中尉が持つこともある。しかし小隊長が
少尉って限定的に書いてあるそのサイトの書き方は明らかに語弊がある。
そもそも少尉の在任期間って短い。小隊の数は物凄く多いのに
少尉が小隊、中尉から中隊ってのは小隊長の数が少なすぎ。
中尉の中隊長がかなり稀ってことは確か。
まあこんなところでおわりにしましょうか。
>>158 バウアー中尉の黒騎士中隊を知らないのか!?
>>160 ミヒャエル・ビットマン大尉はSS第101重戦車大隊第二中隊の
中隊長ですが何か?
だいたい自営業先生を持ち出してくるか?軍板から出張してくるにしても
クラ板だってことをわきまえろよ。
それを言ったらこの板にこのスレがあるのが変。
野暮いうないケツの穴め。
(漏れ自身はやめたらどうかと何度か書いたけどココまで来ちゃったらもうどうでもいいじゃん。
なまじいクラに関連してる市川粘着スレ乱立や女性奏者にべたついた妄想すれよりゃましだよ)
っていうかみじめにスルーされたかったのにさ・・・・
164 :
名無しの笛の踊り:2005/05/17(火) 06:02:09 ID:sAE0Xh4f
二等兵だたらすぃ
165 :
名無しの笛の踊り:2005/05/17(火) 06:41:45 ID:6rYau6KE
朝鮮半島に行っておりました
手淫
もし終戦が1年遅かったら裁判にかけられていたらしい。
軍医
祖父はシナ事変で補給部隊統括してた。
南京統治で意見対立。本国送還。
最後は北方四島にて住民の避難を指揮する。
判決は、公職追放8年。
いろんな歴史あるんだね
171 :
名無しの笛の踊り:2005/06/12(日) 12:47:05 ID:Yk7Cjdht
そだよ
九州で防空壕掘ってたら戦争が終わったそうだ
海軍に居りましたが、背が小さくてすばしこいので銀バイ担当だったそうです。
・・・シャバでは代用教員だったので、「良いのか盗みとかして?」と思ったそうですが黙っていたそうです。
殴 ら れ る の は 、 嫌 だ か ら w
わはーw
174 :
名無しの笛の踊り:2005/06/20(月) 14:21:29 ID:2jOSf3mb
賞金首だったらしい。
父方わ痔ですぐに満州から帰された
母方わそもそも出征してない
で我が家わ戦犯度ゼロなのに戦後全然優遇された形跡もゼロ・・・
・・・・戦犯度ゼロだから優遇って・・・・
祖父は大農家(庄屋)の次男で陸軍士官学校へ進学後
少尉→中尉にて戦争終了
帰ってくると分家してもらう予定の土地は
取り上げられ悠々自適に暮らせず
残った土地を耕して一生終えました
一族は今でも、お城に辿り着く土地は
我が土地だったと懐かしむ
きっと悪徳庄屋だったに違いない
うちも豪農だったけど
>きっと悪徳庄屋だったに違いない
なんでw
昔の大地主ってのはたいがい「他人の土地を踏まずに隣村にいける」
とか、「お城までの道は我が家のもの」とか、「庭から見える山は全て
うちのもの」とか、の伝説に彩られているからな。で、そういう伝説は
たいがい真実そのものだし。
そういうものだったわけで別に悪徳だったわけでもないでしょ。
うちの祖父も「他人の土地を踏まずに隣村にいけ」て、祖母は
「おひい様(お姫様)」と呼ばれ、道行けば回りから土下座され、
戦中末期は疎開してきた某華族の姫様と遊んだそうな。で、
大叔父(祖父弟)は帝国大学に在籍中に学徒出陣。
当時の地主の全てがそういう家庭だったと思われ。
182 :
179:2005/06/22(水) 15:31:26 ID:Vs2ClA3n
>>180 小作人から巻き上げて豪遊していたのだと思いまして
ピアノ講師が周辺にいないのに祖母はピアノを習っていたといいます
田舎に不似合いなGPは弾きこなす人もあらわれず
不幸なGPだと不憫に思いました
>>181 >当時の地主の全てがそういう家庭だったと思われ
全国ちらばる庄屋に伝わる伝説ってあるんですか。笑いました
>>182 >小作人から巻き上げて
地主に雇われて小作人が出来なかったら、ただの浮浪者じゃん(w
そんなことで巻き上げて、って、生産手段を共有化でもしなければ
世のサラリーマンの全てだって搾取されてるってことになるでそ。
昔の小作人の地位なんて今のサラリーマンと一緒。地主一家に頭を
下げるのも、社内で社長に会ったら頭下げるのと同じ感覚。
なんか共産党の人と話してるみたいだ(w
184 :
名無しの笛の踊り:2005/06/25(土) 22:43:29 ID:LfLBY7Z+
シューマンと
シューベルトの子孫は
ユダヤ人虐殺で起訴されたな。
シューベルトって子孫いたの?
まさか「名字が同じだけ」じゃないよね?
軍属で物資の運搬のため北海道にいたようです。
祖父は5人兄弟だけど、誰も実戦を体験していない。
皆職人で手先が器用だったので、余り物で靴べら作ったり
鞄作ったりで上官に贔屓され、楽なところに回されたそうです。
手に職を付けとけ、機転を利かせろ、人と違うことで役立て、が
今でも祖父の口癖。
>>185 間違いなくあのシューベルトの子孫だよ。
ちなみに東部戦線でユダヤ人を見つけ次第銃殺する部隊に
配属されていたらしい。
え?ほんとに子供いたの?シューベルトは私生児でもどっかに作ってたの?
確か結婚してなかったじゃない。
子孫じゃなくって血縁じゃないの?
シューベルトは血縁者が有力では?
あの時代はしょうがないかもしれない>銃殺部隊
それが仕事になったら嫌でもやってしますのが人間だもん
おまけにアインザッツ・グルッペン、ってエリート部隊というよりは二線級の兵士たちだったりして、よけい後味わるい。
なんで後味悪いの?
普通の人たち、だったから
194 :
名無しの笛の踊り:2005/07/02(土) 08:21:52 ID:63IEugRx
>>190 嫌でもやってします …萌えー。どこの言葉?
195 :
名無しの笛の踊り:2005/07/06(水) 23:25:19 ID:ZGVCikqK
?
職業軍人で裁判に怯えたそうです
197 :
名無しの笛の踊り :2005/07/08(金) 15:19:12 ID:GzjifrJe
電話局勤務だったので従軍免除でした。
軍医で、日中戦争中、足に貫通銃創。
学生時代ボートで鍛えた腕力に助けられ、無事帰国。
うちの爺ちゃんは少年飛行兵に志願した。
でもいざ出陣ってときに肺炎にかかって、ヤキモキしてるうちに終戦したらしい。
満鉄本社に勤務していて従軍しなかったらしい。
直系の親族から戦死者が出なかったそうだ。
201 :
名無しの笛の踊り:2005/07/14(木) 02:23:22 ID:NsKuhZVL
age
家の爺ちゃんは衛生兵だった。
レンバン島で終戦を迎えたらしく、レンバン島うんたらかんたら
とかかれた黒い木でつくられた杖が家にあった。
203 :
名無しの笛の踊り:2005/07/17(日) 03:12:10 ID:julgCsXN
ええ話や
うちの爺ちゃんは、
極東軍事裁判で某A級戦犯の弁護してました。
東條ではないです。
205 :
名無しの笛の踊り:2005/07/29(金) 09:51:08 ID:XgKmz5R/
206 :
名無しの笛の踊り:2005/07/31(日) 23:50:34 ID:ULK6va4F
もうすぐ暑い8月になります。
うちのおじいちゃんは海軍にいて、
港ちかくの高台に住んでいる妻(=おばあちゃん)に
手旗信号でメッセージを送っていたそうです。
おばあちゃんは双眼鏡でそれを見て解読していたそうです。
大砲うってたらしい
>>207 スゲーロマンチックだなあ。戦争中らしい挿話だ。
>>209 ・・・よほど理解のある上官の下にいたのか、
艦長から二等水兵まで家族のようなアットホームな小さな軍艦か、
あるいはおじいさま自体が非常に偉いひとだったか、
あるいは一瞬で済むような短い通信だったか
どれかだな・・・・
配置についている間に勝手なことは出来ないし、
配置についてなくたって手旗みたいな通信を自分勝手にやる、というのは
軍隊の場合非常に考えにくい・・・・
会社で私用電話をおおっぴらにかけるようなものだ・・・・
よほど回りの理解があるか、手短に、目立たないようにやるかどちらかだ。
211 :
名無しの笛の踊り:2005/08/05(金) 23:26:20 ID:slee3NXt
各地の戦友会も高齢化で激減してるらしいね。
なんとか増やさなければ
いつかは消滅する組織だからね。遺族や子孫が伝えていく必要がある。日露や西南の役みたいに、たんなる歴史の一ページにしてはいけないよ。
>>214 いつか冷静に先の大戦を評価したいもんだね
歴史の1ページでもかまわないから・・
戦争責任も追及してほしい
東条秀樹の孫娘が祖父を正論してるけど
結局はどうなんだろう?
戦犯が怪しい人物もいるし戦犯に相応しい人物もいるわけで・・
>>214 当事者や当事者を知る人が存命のうちは難しい気がする。
それこそ後世の歴史家の仕事になるのではないかと。
>>215 登場の子孫なら彼を正当化するのも頷けるけどね。「妻たちの太平洋戦争」という本があるが、
それを読むと、登場がいかに几帳面で妻や子供を愛し、優しい父親であったかわかる。貧乏な部下にボーナスやら
分け与えていたおかげで家計は苦しかったみたいだし。あまりにもまじめで、天皇や国家に対して従順であったために
戦争に踏み出してしまったと言うところもあるんだろう。日本が焦土にならないうちに(つまりサイパンやグアムが落ちた時点で)
総辞職ではなく米英との講和に向けて動いていればそれなりの評価は得られただろうに。
つーか、戦犯って概念が既におかしいわけで・・・当時の正当な
手続きを持って行なった行為が、戦争終わったとたんに犯罪人ですか?
法の遡及適用なんて、法治国家として絶対にやってはならない
行為だろうに。
本来の戦犯ってのは、戦時国際法違反者であって、当事国の
軍事裁判で裁かれなければならないものだろう。
(念のためだが、軍事裁判の方が一般法廷より刑は厳しくなる。)
私的に温情ある人でも公的・国民には無情な人だとおもう
登場の子孫は言い訳しかしてないな
天皇・自分の立場じゃなく庶民のために行動してほしかった
これからも自分の中では戦犯でありつづける>登場
英霊と眠る登場はアツカマシイ
>>219 スレタイを10回音読したら
続きは他の板でやってくれ。
>>221 そういう貴様のご先祖様は戦時中どのような活躍をしていたのか
>>222 もう書き込んであるんじゃね?ちなみに漏れも。
>>222 ひかり号の車台の技術につながる研究をするスタッフの一員でした。国鉄勤務。
そのせいか徴兵はされなかったよ。本人は軍刀まで買い込んでたみたいだけど。
陸軍の兵隊やって無事に帰ってきた爺さんの義弟の話は以前書いたからくり返さない。。
>>224 軍刀保持できる人がどんな身分かご存知?
爺様は大砲うってた(10年前永眠)
爺様の従兄弟(今年夏永眠90歳)は飛行機操縦士
両名無事帰還
2人とも豪農のお坊ちゃま
帰還したら先祖代々の土地は没収
細々残った土地を耕す人生
バブル時代に突入し田畑をビル・駐車場にする
バブル崩壊後、空きの多いビルに愚痴こぼす毎日
戦前・戦後・高度成長期・バブル・バブル崩壊みて
何を感じてたんだろう
>>225 公式の場で下げちゃけイケナイだけで個人的に所有しておくのはあり。
(古兵に見付かるとドつかれるけど)
公式に軍刀を下げて良いのは終戦直前で伍長くらいまで。
それでも、その軍刀は支給の九五式な訳で、
コッソリ九八式拵えのをやはり別に買って持ってたりする。
閑話
それにしても、制式兵器にも関わらず支給されずに自前で九八式買わなきゃならないなんて、
帝国陸軍すごすぎw
>>227 将校の装備って意外と自前だよ。ドイツも拳銃は自前だし、イギリスは
海軍の場合、ながらく食事も自前で(食費を払うって意味ではなく)
用意しなければならなかった。
>>225 本当だからしょうがない。
まあそのほかの刀共々GHQにぱくられてそれっきり。
230 :
名無しの笛の踊り:2005/08/13(土) 02:12:28 ID:4iehG9AB
>イギリスは海軍の場合、ながらく食事も自前で(食費を払うって意味ではなく)
>用意しなければならなかった。
装備は見栄もあってという話はよくきくけど、これは?
くわしくおながいします。
将校は貴族出身、兵士は平民、という流れでそうなってたんじゃなかったっけ?
232 :
名無しの笛の踊り:2005/08/15(月) 17:22:40 ID:kFsF4Sas
軍刀はろくすっぽ役に立たなかったみたいだね。家の祖父は中国にずっといて、最後は沖縄戦にいった将校(終戦時大尉)だったが、軍刀では
敵の銃剣と渡り合うのはリーチの関係で不利だったらしく、結局突撃の歳には拳銃しか使わなかったらしい。沖縄では敵の死体から
カービン銃を奪って戦ったって。悲しいかな、米軍の武器の方が弾薬補給もたやすかったらしい。靖国参拝あげ。
俺の爺ちゃんはシベリアで労働していたらしい。
そこで左手の人差し指を第一関節まで潰してしまったが
戦争が終わってずっとヴァイオリンを弾いていた。
んで今俺は爺ちゃんの形見のヴァイオリンを使っているわけだ。
凄いじいちゃんだなあ、フィンガリングにも工夫があったんだろうなあ。
差し支えなかったら祖父殿の愛奏曲など教えてたもれ。
235 :
名無しの笛の踊り:2005/08/15(月) 23:27:20 ID:BA1GBJqx
家の母方の祖父はビルマで俘虜になったとき、自分でギターを作って弾いてたらしい。昔の兵隊は起用だったんだね
>>230 海軍が創立したような帆船時代、下級の船員(そこらの村から強制連行
して連れてくる)は海軍が食料を配給するし、私物も持ち込みも制限
されてる。でも、紳士たる士官は配給される食事なんかはタダのゴミにちかく、自分用の
食料を持ち込んで、勝手に食べた(高級士官だと料理人も連れ込んだ)。
士官の間でも金持ちは豪華だし、貧しいと貧相な食事になる。
これがやがて、士官は食費分は給料のうちに含まれるようになり、
食堂でお金を払って好きなものを食べるシステムに変わる。兵隊は
給料は安いが、定食の食事が支給される。
この形はイギリス以外にも多くの国で取られていて、旧軍の海軍
でもこの形。で、イギリス海軍士官が食料品を持ち込まなくなったのは
いつごろか・・・というと、19世紀までは確実に持ち込んでいたし、
WW1の頃すら残っていたが、いつからお金に変わったのかは不明。
祖父の兄 東南アジア
祖父の弟 満州
以上で戦死
祖父のみ大陸より帰還
大叔父らを参りに靖国へいってきました
平和を感謝した終戦記念日でした
238 :
名無しの笛の踊り:2005/08/17(水) 19:33:31 ID:QQUMrZb/
家の曾祖父と祖父は、職業軍人としてずーっと中国にいてほとんど勝ち戦ばっか。たまに負けるけど次の日には逆襲、
ってかんじだったらしいので、日本が負けたのが信じられなかったらしい。
陸軍にとって、主戦場はアジア大陸(主に中国)であって、「太平洋戦争」というのはほとんど海軍だけの戦いだったのだろうね。
祖父によると、中国軍の場合、白兵突撃するとさーっと逃げてしまい、こちらが後退するとさーっと現れて攻撃してくる、でまた日本軍が突撃
すると逃げていく・・・の繰り返しだったみたい。迫撃砲と軽機関銃には随分悩まされたようで、曾祖父も祖父も脚や脇に銃創や砲弾の破片による
傷が残ってる。
239 :
名無しの笛の踊り:2005/08/17(水) 20:19:01 ID:lKlWtAGb
240 :
名無しの笛の踊り:2005/08/17(水) 21:50:07 ID:QQUMrZb/
>>239 いや、部隊は全く違ってて、曾祖父は将官(終戦時少将)として満州へ、祖父は尉官(終戦時大尉)としておもに華南へ。主に治安維持と匪賊討伐をしていたらしい。
241 :
233:2005/08/17(水) 23:50:26 ID:BoGBf/t7
>>234 俺が小さいときに他界してしまったからよく知らないけど、
爺ちゃんはダンボール一杯のスコアを残してくれた。(オケで弾いてたので)
ベートーヴェンの交響曲とか全部揃えてあったよ。
一番新しい時代のものでドビュッシーかラヴェルってとこかな。
爺ちゃん俺が音大行ったっつったら喜ぶだろうなあ。
242 :
233:2005/08/17(水) 23:57:30 ID:BoGBf/t7
あ、弦楽器専攻じゃないけどね。ヴァイオリン好きでよく弾くけど。
243 :
名無しの笛の踊り:2005/08/18(木) 02:02:01 ID:c1pnv2HV
そ し て ド ラ マ は は じ ま っ た
>>241・・・・か、カッコよすぎだよおじいさま・・・・素敵・・・
246 :
名無しの笛の踊り:2005/08/22(月) 02:57:30 ID:IW3OYB/2
>215
>東条秀樹の孫娘が祖父を正論してるけど
遅くなりましたが
「東條英機」閣下 です。
247 :
名無しの笛の踊り:2005/08/22(月) 04:13:24 ID:KuSBdlpp
うちの祖父は赤紙来なかったけど、国の為になるなら
って事で17歳で海軍の志願兵になったんだ
そしてその半年後に終戦、もう少しで命を捨てるとこだったみたい
戦争が終わり、国に騙されてた事を知った祖父は落胆し、それ以来
国旗や国家を見ると言葉には出さないけど不機嫌になるよ
「戦争からはなんも生まれない」
が口癖
「憲法9条改正なんかとんでもない、しかしそれが時代の流れなら仕方ない、けど徴兵制はするべきでない」
と言ってた
248 :
書跡研究者:2005/08/22(月) 12:47:33 ID:XJdWb0bG
陸軍退役で石巻市長。戦後すぐに公職追放されて死んだがね。
いいスレだ
戦後60年ってか
特集大杉
どうせ「戦後」をなぞるだけだろう、とすねたことを逝ってみる。
っていうか1970年以降ってなんだったんだろう・・・
失われた40年
254 :
名無しの笛の踊り:2005/09/05(月) 12:02:48 ID:qkbPJyOt
ハスキルが日本軍収容所でピアノ弾かされた話
きぼんぬ!
それ、リリー・クラウス&シモン・ゴールドベルグ夫妻じゃなかったっけ? たしかインドネシアでのはなしだとおもったな
(ユダヤ人迫害のドイツを逃れて演奏旅行しながらアッチコッチ回ってインドネシアにいるときに戦争がはじまっちまったんだっけ)
ゴールドベルク(ゴルトベルク)はインドネシアで、ユダヤ人として日本軍に身柄を拘束され、収容所で無理矢理バイオリンを弾かされた。ところが、彼はなぜか日本嫌いにならず、晩年は日本に住みついて、日本人女性と再婚して、日本で活動して、日本で死んだ。
不思議だ。
私の祖父は父方・母方とも、召集されませんでした。
258 :
名無しの笛の踊り:2005/09/09(金) 21:04:42 ID:KFNtzkoo
260 :
257:2005/09/11(日) 22:33:06 ID:VJtoB0bz
>>258 早い話が「軍隊の第一線でお国の役に立つためには、歳を取りすぎていた」んだよ。
爺さんの歳の話を出すと、俺の歳もバレるな。
あーコリャコリャ。
>>260 なんだ、もともと職業軍人だったのかと思った。
264 :
名無しの笛の踊り:2005/09/15(木) 22:24:51 ID:VA93Gl4z
うちの爺さんは陸軍第34連隊大尉。戦死した弟は中尉で馬鹿でかい墓が
立ったが生き残った爺さんは貧乏暮らし。。
玉音放送前に事前通達があり「兵士達の動乱を抑えよ」って指示だった
らしい。戦争中の話はまったくしないまま死んでしまった。
肩身せまく戦後を生きたみたい。生きてる人は聞いてあげてほしい。
そして、頑張ったことを認めてあげてほしい。
>>264 高齢だから時間が限られてるね
うちの爺様は少尉で戦争終了してから
資料を燃やすのが大変だったらしい
戦場に出ていない、戦時下の子どもたち(いわゆる小国民)が最近大声で喚き散らす
世の中になってきたからこそ、ちゃんと戦場に行ってる爺さまたちの話は聞いて
おかなきゃならないね。
267 :
名無しの笛の踊り:2005/09/20(火) 20:00:05 ID:a/8nEnTf
ええスレや。
268 :
名無しの笛の踊り:2005/09/21(水) 12:52:23 ID:7mzuAqs0
勝浦でトンネル掘ってた
朝鮮人はこき使われていたらしい
姉ヶ崎の海岸にも行ったらしいが
そこはいま出光の石油プラント
269 :
名無しの笛の踊り:2005/09/21(水) 18:40:51 ID:C70YdPEH
山に入って松ヤニとらされていたらしい。
戦闘機の燃料にするために・・・。
コリャ負けるな、と思ったって。
妻はそのとき下町でチビッコ連れて大空襲を経験・・・。
旦那から「風邪ひいちゃったんだけど・・・。」とか
「面白い昆虫を発見した」
とか腑抜けた内容の手紙ばかりくるので、
実は、家族をおいて、一人でこっそり疎開したのでは・・・とうたがっていたそうな・・・。
270 :
名無しの笛の踊り:2005/09/23(金) 07:59:34 ID:dhDe0IND
age
sage
>>269 >「面白い昆虫を発見した」
家族に心配かけないために、書いたんだろうな
ちょっと泣けた
>>255 (スレの本筋からずれるけど)
ゴールドベルクとクラウスは室内楽のパートナーとして一緒に旅してたけど
夫婦では無いです。本でも間違えてるのがあるけど。
サンクスコ 一つ賢くなったニダ。
良スレの予感
どーこが
まあまあ。 そもそもがほとんど板違いなんだし、静かにsageで行きましょう。 少なくとも高本スレとか罵倒合戦スレとか特定女性演奏家粘着スレよりはマシ
278 :
名無しの笛の踊り:2005/10/13(木) 13:02:41 ID:aFWKnimp
爺さん戦中生まれですが
意味無くあげるな乃ー汰厘。ネタ投下しろよ。
とりあえず1)
多摩に住んでたの親戚から聞いた話。
武蔵野の中嶋飛行場に爆撃に行くB-29が落とした爆弾がねらいはずれて近所に一発。
三菱の社宅が幾つもまとめて吹き飛んで大きなすり鉢ができてたとか・・・・
あと、井の頭公園に迎撃機が墜落したこともあるそうです。
とりあえず2)
じーさんは国の研究所で働いてた技術屋。 軍用の技術ではなかった。
コネで食い物が手に入っても研究室の部下にみんな分けて自分はもって帰らないじーさん、うちに帰れば子供との親戚あわせて10人以上もいるのに・・・カッコつけすぎ・・・
とりあえず3)
そんなわけで戦後の配給が滞った時期にはバーさんは相当な苦労をした。
竹の子生活で田舎の人に受けた辱めは忘れられんそうな。。。
280 :
名無しの笛の踊り:2005/10/16(日) 15:28:53 ID:Cekcdmol
ウチのおばあちゃんは、超楽天家で、戦時中もあんまり大変だったような話はしないんだが、
よく夜中に何度も起きているので、理由を訊いてみたら、
「B−29のあの、低いいやーな音が聞こえた気がして、目が覚めちゃうんだよ。」
と言ってました。
それを聞いて、ホント戦争って恐ろしいっておもいました。
おばあちゃん長生きしてな。
age
283 :
名無しの笛の踊り:2005/10/31(月) 12:36:13 ID:xYWLdt9X
やっぱ戦時中とかって、ピアノとかvnとかって弾いたりするとまずかったのかな〜?
284 :
名無しの笛の踊り:2005/11/05(土) 22:34:54 ID:f3NA12K6
age
>>283 アップライトがあったらしいけど
たぶん弾いてないと思う
敵性音楽ってやし?
つーか、最近でこそなんだが歌舞音曲は「贅沢な遊び、つーより道楽」だったんだよ。
みんなで目をつり上げて必死になってるときに何余裕かましてマターリしてんのか!っていうこと。
288 :
名無しの笛の踊り:2005/11/13(日) 12:48:57 ID:wPLHixeM
そうなのよ、ツマラン事にみんなかりかりして他の。裏を返せば悲壮感なんだけどね・・・
戦後の落語家の速記録なんか見てると「暗がりで男女が話をしてるだけで怒られたとか・・・明かりもろくない頃だものくらいのは仕方ないし、男女、立って引っ越しの相談してた兄妹だった」なんてはなしもあった。
290 :
名無しの笛の踊り:2005/11/18(金) 16:06:51 ID:4XaWBtkM
大変な時代だったのですね・・・。
いやですなあ〜。カリカリとした時代。
音楽なんかやってるヤツはクズだって感じだったのかな・・・。
音友連載の畑中良輔氏の自伝で、当時の楽壇事情が窺えるね。
>>290 ところが日比谷公会堂で行われるN響(当時日響)の演奏会は超満員で、
マーラーの交響曲なんかも演奏していた。
指揮者はユダヤ人でドイツからの亡命者ローゼンシュトックだったりする。
293 :
名無しの笛の踊り:2005/11/20(日) 20:45:19 ID:kwQiUttY
>>292 音楽でも聴いてないとやってられなかったんだろうな。
マーラーもユダヤだけど、当時の軍部は知らないふりでもしてたのか?
>>293 米英のものはダメだが、それ以外の作品は演奏して良かった。
人種はなぜか関係なかった。
295 :
名無しの笛の踊り:2005/11/23(水) 16:34:18 ID:SRyMmzM9
うちの爺ちゃんは日中戦争で陸軍軍曹として戦ってた。
写真見たら馬と一緒に写ってた。
突撃のとき、中国のとろい老兵が一人命乞いをしていて
爺ちゃんは見逃して突撃を続けたらしいが、後方にいた
ナガシマという兵士が銃剣でトドメをさしたと言っていた。
戦争終結後は、インドネシアにいるオランダ軍の
捕虜としてさらわれたみたい。
そのとき映画館の暗闇の中でオランダ兵を思い切り蹴ったらしい。
多分相当な騒ぎになったと思うが、その辺については語っていなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ
へえ〜! 香田くんイラク行ってきたの〜!?>
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ __________/
スゴ〜イ >  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ
_____/ 危なくなかった? >
________/
( `ゝ
( 人_(\!((^i_/ヽ、 }
| /===、 === i リ
| ソ r=・=、i r=・=、 | | ♪
リ i | | |
} | ノ | i
| | `ー'`ヽ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ノ ヽ -=='"ヽ / リノ < 全然大丈夫だったよ!
, ―-、ソ|\  ̄ /| / | \__________
| -⊂) | \___/ | ( |
| ̄ ̄|/ (_ ∧ ̄ / 、 \
ヽ ` ,.|  ̄ | |
`− ´ | | _|
| (t )
\_ ___________/
Ο
0 Y⌒''''|'"⌒`⌒⌒'ー、_
γ;;;;;ノ..;;;) ヽ
,,,γ;;;;,,…../ ::::::::::*:: ∞〜 プーン
(;;;;;;;;;;;;;;;;;;人_(\!((^i_/ヽ、::*::: }
| /*-'' ̄  ̄''- i リ
| ソ r(:;;:),,、i r(;;;;;;)、 | | ∞〜 プーン
リ i ;;;;;;;; | :::: | |
〜∞ プーン } <ヘ ノ ::: /;; > i
| |:::l *`;;ー;;`ヽ: l::::| |
ノ ヽ:::;;;;; l l===ュヽ ::/ リノ
彡ノ ソ;;*::;;; |、'^Y^',,|:::/| / |____
/{彡 |;;;;;\.`-;;;;-'/ | ( /|
/ ゙゙' ''‐*-..;;,,,,,,,;;;;;;,,,,,,....-‐-‐''^/ /
∠____''.;;;;;;;;;;;;.''_____/ /
|______;;;;;;______|/
せっかく演奏家がきたんだから、喧嘩や2チャン風のつぶし合いじゃなくってきちんと話し合いになると良いな。
荒らされてる。。。
300get
おめ
あのなあ・・・あの三馬鹿は俺も嫌いだが、やっぱり殺されてたら線香の一つもあげてやろうか、っておもうぞ。
ましてやあの香田のしょぼくれた「かえれたら・・・いいんだけど・・・なあ・・・(たぶんもうだめなんだろうなあ)」っていう顔を見てしまったからにはそんなAAなんぞとてもうけいれられないなあ。
>>302 ちょwwwwwおまwwwwwwスルー汁wwww
>>303 スマソ ちょっと逝ってくる ;y=ー∵. <´`д゚` ・∵. パン ・・・ッ・・・
305 :
名無しの笛の踊り:2005/12/16(金) 10:10:19 ID:MxWaVfRq
明治30年生まれのうちのじいちゃんは近衛兵でした。二重橋の警護にあたり
大正天皇を近距離でなんどもお見かけしたそうです。96歳で老衰のため
亡くなりました。
306 :
名無しの笛の踊り:2005/12/16(金) 11:18:00 ID:V4xWiASh
暗号解読担当で
鉄砲を撃つことさえ一度もなかったそうです。
馬が可愛かったとか、のどかな話しか聞いたことがない。
父方-セブ島で戦死
母方-満州・インドネシア
308 :
名無しの笛の踊り:2006/01/11(水) 15:44:08 ID:/HwjIA8Z
もう少し想像力を働かせてごらん。
>>308 by 三島由紀夫
From 『三島由紀夫の霊言』太田千寿
黙祷
311 :
名無しの笛の踊り:2006/01/19(木) 22:42:57 ID:miZ+CKQP
満州鉄道
軍隊手帳によると
新発田歩兵〇△連隊
満州→南京→ビルマ
生前、足が速かったから生き残ったと話してくれた…
それだけで生き残れるほど甘くはないだろうから苦労したんだろう…
優しい祖父でした
いま、クラシック聴いて楽しめるのも祖父の苦労があったからです。
313 :
名無しの笛の踊り:2006/01/20(金) 22:48:51 ID:M9YIULDY
314 :
名無しの笛の踊り:2006/01/20(金) 22:56:44 ID:Uv1NfbIV
ああ、事件があった日の前後で人口が変わっていない、幻の大虐殺ね。
ただでさえ物資に困ってた日本軍が膨大な無駄弾を使って
広島原爆やドレスデン大空襲や以上の成果を挙げたdデモな話ね
家の先祖はだれも戦争に行ってないなあ。
316 :
名無しの笛の踊り:2006/01/20(金) 23:03:48 ID:jxE5RB3y
母方はサイパンで玉砕した
317 :
名無しの笛の踊り:2006/01/21(土) 15:54:34 ID:6GHahOmk
てか満州って南京大虐殺と関わりが?
まともに話をしたいんならググルなり2チャンの板の中をモットさまよう方が余神部
まだやんの?つまんね。
なら見なければいいのに。
322 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 14:19:21 ID:RsdNF6EU
323 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 14:25:11 ID:WdKzv/cX
で、虐殺の武器は何処から?
敵の真ん前で、馬鹿なことするほど弾薬が余ってたんですか?
いくら斬っても歯こぼれしない軍刀でもあったんですか?
324 :
まぁまぁよう:2006/02/11(土) 14:25:54 ID:AbsPGWCs
蛸壺に入ってヤンキー共をぶっ殺したそうな。
重機で撃つと面白いように体がばらばらになって病みつきになるそうな。
重機の掃射に走って逃げられると思っているのが面白かったそうな。
325 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 14:31:15 ID:WdKzv/cX
アメリカ映画の影響だなw
味方の弾は当たるけど、敵の弾は当たらないw
326 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 17:49:46 ID:1Mh9Pk2u
ビルマで軍医をやっていますた。
夜中に手の施しようのない怪我人病人が突然叫び声をあげて起き上がり、
また倒れたので、驚いて顔をみると、
凄い形相で亡くなっていたのが忘れられないと話していた。
戦争の話は子供のころ聞よくいたが、オバケの話より背筋が凍りました。
>>325松本零士のマンガだろう。
ただ日本軍の重機関銃は狙撃的な性能を持たせてあったし、
小銃の弾丸を数発喰らえば人間の身体なんてずたずただ。
嘘だと思ったら軍事板の初心者質問スレに真面目に聞いてごらんせ。ちゃんとこたえてくりゃるよ。
328 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 18:10:31 ID:p62jY0aE BE:257775449-
母方の爺ちゃん:病弱で小柄だったので召集されなかった。
(戦争いけなかったの晩年まで悔やんでた)
父方の爺ちゃん:社会主義の学者で警察に睨まれてた。
(その前に招集されるには年取りすぎてた。)
329 :
名無しの笛の踊り:2006/02/11(土) 18:43:35 ID:8abIK6yi
爺ちゃんは戦争行かなかったけど、曾爺ちゃんは行ったようだ。
もの凄い勉強して士官になったんだって。
曾婆ちゃんまだまだ存命中だから未だに恩給もらってるw
330 :
野火:2006/02/21(火) 23:00:31 ID:xnx/zLd7
この人達って日本音楽コンクール受けなかったのかしら?
入賞も入選もしてないみたいだけど。。
それとも予選落ち?
それにしちゃ皆さん素晴らしい活躍してるよね!
佐々木典子、青山聖樹、内田光子、石川静、工藤重典、大橋国一、横坂源、
堀江真理子、白井光子、横川晴児、花房晴美、川村英司、古部賢一、五嶋みどり、
畑儀文、酒井秀明、藤原由紀乃、庄司紗矢香、水谷上総、上原彩子、中山早苗、
樫本大進、清水直子、吉田将、川久保賜紀、高橋多佳子、佐久間由美子、神尾真由子、
若尾圭介、三輪郁、津堅直弘、毛利伯朗、三浦友理枝、松崎裕、飯田実千代、
伊藤恵、鈴木理恵子、中丸三千繪、宮谷里香、水野信行、川上徹、児玉桃、
高田あずみ、福井敬、磯部周平、半田美和子、関本昌平、川本嘉子、木村宏子、
横山幸雄、吉永雅人、佐藤しのぶ、小川典子、岡本正之、木嶋真優、広田智之、、、
こんなスレまで荒らすとは・・・
332 :
名無しの笛の踊り:2006/03/02(木) 12:22:03 ID:mtT/pCi7
>>329 戦争のときの話、いろいろお聞きしておけよ。
ホント貴重な経験をなされてるわけだがらさ。
333 :
名無しの笛の踊り:2006/03/02(木) 22:08:03 ID:L6Sz66+r
連合軍を形成
エイベックス
創価学会=民音
キョードー東京
フジテレビ
芸能界・芸能人
及川音楽事務所
高嶋音楽事務所
ハマーズ
カメラータトウキョウ
故NASA
東京音協
ユニバーサルフィル
334 :
虚構の大義:2006/03/05(日) 22:20:49 ID:gjUbW4HS
日本音楽コンクール2位、3位、入選の人って素晴らしい活躍してるね!
1位になれなかったからって、なんにも気にすることなんかないんだよ。
1位も2位も3位も大差なし。入選だって同じようなものだ。
コンクール入賞・入選から3年後、5年後、10年後、15年後、20年後にどうなっているかが肝心なのさ。
甲子園で優勝とか準優勝とかして、プロに入って5年後、10年後、15年後に
どんな成績を残しているかが大事なのと同じかもだね。
山本貴志3位、漆原朝子2位、津田真理3位、原田茂生3位、前橋汀子2位、
大島洋子3位、倉田優2位、小山実稚恵3位、玉井菜採入選、迫昭嘉2位、
植田克己入選、佐竹由美2位、小林美恵2位、金木博幸2位、森麻季2位、
久保陽子2位、清水和音3位、堀米ゆず子2位、大島幾雄入選、漆原啓子3位、
長谷川陽子2位、山路芳久3位、三木香代入選、工藤すみれ2位、田崎悦子3位、
原田幸一郎2位、ジョナサン・ハミル2位、横山奈加子3位、古川展生2位、
奥村愛2位、店村眞積3位、須川展也2位、徳永二男3位、今井信子入選、
館野泉3位、藤川真弓2位、遠藤郁子2位、神代修2位、矢部達哉入選、
望月哲也2位、佐藤美香2位、山口裕之2位、岩井理花2位、大林修子3位、
植木昭雄入選、岡村喬生入選、フジ子・ヘミング2位、豊田耕児3位、平野忠彦入選、
田中希代子2位、岡崎耕治2位、林康子3位、景山誠治3位、真田伊都子2位、
堀内康雄入選、川畑成道3位、白尾彰3位、永田峰雄入選、若林顕2位、、、
母の父、ヤマトに招集かけられたが病気のため下船www
ぜったい仮病だとおれは疑っている。いや信じている。
保守
338 :
名無しの笛の踊り:2006/04/19(水) 22:55:15 ID:3/GtzDA9
海軍でコックしてました。知り合いに有名な海軍中将の末裔がいてその話を
したらびびりまっくた。そんな時代だったんですね。
なんかレシピをウプ汁!
おじいさまの現在の得意料理とか
どうせ、誰も見ないんだから、書いてみるか・・・・・
俺の爺さん、丙種合格だかで兵隊には行かなくて済んだらしいんだが、
京浜工業地帯の某大手鉄鋼所の職工の班長だかやってた時、まだ、「転進」
は始まってなくて依然「赫赫たる」戦果を上げていた時・・・といっても本土空爆は
「何故か」始まっていたし、物資も「何故か」乏しく、オマケに「部下の」職工は女子供
しかいないなか、ひたすら道具磨きか修理に明け暮れていた、ある日、当時職場に
いた連絡将校が班長全員集め・・・・・
「この戦争はいずれ負ける・・・・・、が、しかし、鉄は国家なりの言う通り、いついかなる
時であっても、鉄鋼業は国家に必要な産業である。したがって、今後は、今残っている
機材・工具を死守する事に全力を注げ・・・・」ってな事を言われたらしい。
一堂呆然としてものの、みんなもっともだなと思って、言われるまま仕方ないので工具
機材一式地面に埋めて回ったそうな・・・・・。
まぁ下っ端の若い学童はマサかと思っていたけど、大人達はみんな「負ける」って肌で
分かってたみたいだね・・・・。
よく「財閥は戦争で儲けて」みたいな事を戦後言われましたが、
大戦突入氏には目端の利く財閥は負け戦の後に備えて色々と軍需用の設備投資を渋ったり、設備を疎開させたりして逃げてます・・・・
342 :
340:2006/05/12(金) 02:04:38 ID:pFUZqT4c
どうせ、読まれないんだから、また書いてみる・・・・・
当時、曾爺さんがまだ生きていた。
この曾爺さん、旧弘前藩の侍(っていっても次男なおかつ遊び人)で職業軍人。
日清・日露に行った後さっさと除隊(最後は下士官だったそうな)して後は呑気に
年金生活。のち戦争始まってすぐ(俺の爺さんの代)に東京に一緒に引っ越してきたが、
軍隊で勲章もらった(勲3等だが4等だか?)上に当時戦意高揚真っ只中にも関わらず
家族の前では戦争の話なんて一切しない、時々戦争の話を聞きに若者が訪れた時、
しぶしぶ話す話を聞いて始めて家族一同曾爺さんの「戦歴」が分かった次第。
その曾爺さん戦争中のある空襲も無いのどかな小春日和の日に死んだらしいんだが
・・・・老衰でw
曾爺さん受勲の旧職業軍人だったけど、靖国にも逝けなかったwもっとも家の
中で「靖国」の話題なんて一切無かったって話だ。
それより常日頃から「毎日、鉄砲の弾さ当たらないように戦争さ行ぐときゃあ御稲荷
さんに願かけてた」なんて言ってたらしい。
ちなみに俺の一族、曾爺さんの祈願の賜物か(はたまた呪いか?w)戦争に行ったものの
みんな恥かしながらコトゴトク生きて戻ってきたからとうとう1人も靖国に祭られなかった
という落ち。
テレビで「靖国」の話題が出るたび、何か妙な違和感をいつも感じるよ。
貴重なお話し乙。
過去ログ転落 救済上げ
345 :
名無しの笛の踊り:2006/05/13(土) 19:52:21 ID:oDl7rBSr
大和でトラック島へ。途中、潜水艦の魚雷をくらうが
少し揺れただけ。
艦内放送で、本艦は浮沈艦ですので、大丈夫ですと流れ、
さらに速度を上げて目的地へ。
終戦はラバウル。
おいらの爺ちゃんは陸軍で最終階級は軍曹。
輜重部隊に所属しながらビルマでは対日ゲリラ掃討作戦に従事。
ベトナムを経てマレーシアでイギリス軍と何度か戦闘をする。
手榴弾の至近距離爆発により右耳を損傷して右耳は聞くことが
出来なくなった。終戦、イギリス軍によって武装解除を受ける。
昭和23年復員。
爺ちゃんの兄貴は艦上攻撃機パイロット。敵戦闘機に
撃破されて戦死。
爺ちゃんの弟は巡洋艦摩耶の対空戦闘員。
機関砲弾の破片で上唇と顎の一部が吹き飛んで負傷。
内地療養中に終戦。
爺ちゃんの従兄弟は2名戦死。詳細は不明。
じいちゃんは陸軍の工兵。
ビルマだかフィリピンで道路工事やってたらしい
陸軍少将で、ビルマで戦病死したそうです。
つーか、何故この板にこのスレが?
将官となるとかなり限定されてくるね
351 :
348:2006/05/24(水) 09:09:58 ID:2HiP2sLw
>>349 違います。
探さないでください(笑。
最近、祖父のことが書いてある本(第××師団??戦記、みたいなヤツ)
を読んで、会った事のない人ですが、憧憬のようなものを感じてしまい。
いつかビルマの、祖父の亡くなった地に行きたいと思っているのですが・・・
女性一人ではヤバイ土地なのでしょうか?
女一人では危ないです。
ごく一部の西側先進国のしかも限られたところだけですよ、女の人の一人歩きの遊山ができるのなんて。
男混じりの複数で、しかもしっかりした旅行会社のガイド付、とか慰霊団をお薦めします。
ちなみに軍板ににたようなすれがあります。
詳しい話はそちらへ。
>>351 ご存知のとおり、インパール作戦の戦死者がやたら多く、遺骨収集や
慰霊のために各地の戦友会が今だにツアーを組んで現地に行っています。
そういうツアーを探されてみては?少将閣下なら戦死場所そのものまで
はっきりしているはずですし、戦友会ならズバリ現地まで連れてってくれる
かも知れませんよ。
355 :
351:2006/05/25(木) 13:45:18 ID:67bzGpOd
皆様、ご親切にありがとうございます。
やっぱり女一人では無理なんですねぇ・・・。
祖父は戦死ではなく戦病死ですので、遺骨はちゃんと日本に戻ってきてますし、
病に倒れた時に寝室(野外ですが)を設えていたという場所も分かっています。
でも手元にある地図はビルマ時代のもので、
今はミャンマーに変わっているので、ビルマ時代とは地名自体が
変わっているでしょう?(たぶん)
なので、私個人では調べようがなかったんですよね。
その地名を検索しても全く反応しないし。
戦友会というのはあるはずですが、既に祖母も亡くなってますし、
どなたに連絡を取ればいいのやら。
軍板に行ってみようかな。
しかし、この板でこんな情報を得られるとは思いませんでした。
本当にありがとう。
>>355 御爺様の『軍歴照会』をされる事をお勧めします。
陸軍の場合の『軍歴照会』は、御爺様の御本籍地の県庁で恩給・援護関係業務の担当部課に尋ねてください。
そしてその時に、部隊単位での戦友会等に連絡取りたい旨伝えれば良いかと思います。
また、
御爺様の御本名でGoogle等で検索をかけてみると、
陸士/陸大の卒業年次が判明する場合もありますので、
そちらの同期会の方からアプローチする方法もあります。
>>355 いや、仮にご祖父の実名を軍板で上げればメチャクチャ詳細な情報が
手に入ることは間違いないけど(極端な話、将官だったら陸軍大学の
席次から全ての赴任先まで教えてくれる人もいるかも知れない。防衛
研究所の史料とかも日常的にあたっている人もいるから)。
でも、実名を出して尋ねるのは薦めないけどね。
とりあえず、軍隊手帳が遺品の中にあれば、それだけでかなりの詳細が
わかると思います。あとは
>>356氏のいうように、軍歴紹介が適当でしょうね。
追記だけど、将官で赴任先がわかっていると、それだけでほぼ人物を
特定できちゃうよ。あんまり軽々に軍板で情報を出さないほうがいいと思う。
たぶん、私でもその気になれば現段階で判明している情報で
>>355さんの
おじいさんを特定できると思うし。
359 :
355:2006/05/26(金) 17:40:38 ID:nPprcj0D
356〜358の皆様、とてつもなく参考になりました。
さすがこの筋の方は気合(?)が違いますね。
「軍隊手帳」というのは、恐らく紛失していると思います。
軍歴というのは、何年何月に大尉になって、とかの事ですか?
それだったら分かってますが。
実名を出すのが早いのでしょうが、
こういう場所では、ちょっと無理ですねぇ。
師団名を出すのも、名乗るのとほぼ同じ事になりそうですし。
しかし皆さんすごいですね。。。
「軍隊」という存在が好きなんですか?
ちなみに、軍板は一度覗いてみましたが、どのスレッドが参考になるのか、
全然分かりませんでした。
>>359 そりゃ、クラシックが好きな人が曲を聞いて曲名や指揮者をあてたり、
ソムリエがワインの利き酒ができるのと一緒でしょ(w
初心者スレに行けばOKだよ。結構、お爺さんの軍歴詳細を知りたくて
聞きに来る人が多い。出身地と徴兵年がわかれば、それで所属連隊が
わかるから、それを聞いて出征先を訪ね歩きたいって人が多いみたいだね。
>>359 あと、軍歴ってのは出征先と所属部隊とかの情報も含むものなんよ。
>>359 >「軍隊」という存在が好きなんですか?
♪イヤじゃあ〜りませんか軍隊はぁ〜〜
カぁネの茶碗にカネの箸ぃ〜〜
仏っ様でもあぁるまいしぃ〜〜
そう言う訳で、
貴方の御祖父様のように、
『大きな運命に弄ばれながらも、自らの生き様を全うした姿』
に感動を覚える訳です。
決して『軍隊』という機構が好きな訳ではありませんよ。
363 :
355:2006/05/29(月) 09:42:04 ID:HDh41xiq
364 :
355:2006/05/29(月) 10:00:57 ID:HDh41xiq
すいません、間違った。
>>363 >>360 なるほど。最近クラシックにはまった私ですが、
ワインにはまっていた時期もあります。
鉄道も少し興味ありますし、ガンダムも好きです(秘密ですが)。
・・・しかし。所属部隊というのは、(例)第三十八部隊、とかの
ことですよねぇ?
何年から何年までどこの部隊長(だったかな?)をしていた、というのは
分かっているのですが、それ以上、板で何を聞けばよろしいのでしょうか??
>>362 その歌は存じませんが、、、
わが祖父は、大佐だった時期もある訳ですが、
「大佐といえばシャアだよね、カッコイイ〜」とか思っている私は
祖父にしばかれるでしょうね。。。
まあ、適当にぼかして(階級とか)軍板にGoだな。ここではもう雑談しかできない。
>>362 機構、も好きだけどね。 国柄やその国の思想が出てて面白い。
>>365 機構を外から眺めるのは面白いかもしれませんが、
その一員になろうとは思いませんね。
一朝事あって、どうしてもと請われれば行きますがね。
367 :
355:2006/05/31(水) 17:04:01 ID:+NN19mSk
軍板に行きました。
向こうの皆さんも、なかなか親切です。
同じような環境の方がいたので(祖父と同じ部隊だった方のお孫さんかも?)、
とっつかまえて、個人的に連絡を取ってみようかと・・・。
368 :
365:2006/06/01(木) 00:04:08 ID:JYEBqtzv
369 :
367どん:
>>368 ありがとう。
しかし、
このスレッド気に入ったので、しばらく傍観してます。