閨秀ピアニスト川上敦子

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885週末徴集 ◆3TM3CthnV.
本日代休、他の方々のレポートも興味深く読ませていただきました。
やはり皆さん同じような感想をお持ちなのですね(笑

さて、連れの友人が、よせばいいのに会場で販売していたCDを全種類買ってきました。
早速コピーを送ってもらって、今2枚分を聴き終えたところです。
1枚はリスト版ベートーヴェン/第九で、2001年11月27日 川上敦子スタジオ録音と
データが記されています。自分専用のスタジオをお持ちなのでしょうか。
これは正に抱腹絶倒、奇妙奇天烈な「怪演」です。是非一聴をお薦めします。
特に珍演・奇演・怪演コレクター、第九コレクターの方々は必携、早速注文するべきです。
おそらく第九録音史上、変態度においては、最初に指を折る演奏記録でしょう。
886名無しの笛の踊り:03/04/14 13:53 ID:???
>>885
>これは正に抱腹絶倒、奇妙奇天烈な「怪演」です。是非一聴をお薦めします。
>特に珍演・奇演・怪演コレクター、第九コレクターの方々は必携、早速注文するべきです。
>おそらく第九録音史上、変態度においては、最初に指を折る演奏記録でしょう。

それって、ジェンキンス夫人のリサイタルと同じような意味において、ということですよね?(w
887週末徴集 ◆3TM3CthnV. :03/04/14 14:01 ID:???
演奏の詳細については、あえてここには書きません。
先入観無く、いきなり聴かれたほうが、その衝撃度、
もとい笑撃度がダイレクトに感じられるでしょうから。
ルーティン化した都内の寄席や、ネタ切れ気味のコメディー映画を見に出かけるより
よほど笑えます。私も聴いていて、涙が溢れ、あわや窒息しそうになるほど笑わせていただきました。

よく分からないのは、ブックレットに
第1楽章 「混沌とした世界」
第2楽章 「革命軍の到来」
第3楽章 「嵐の前の静けさ」
第4楽章 「革命の成功と理想社会の成立」
と副題がつけられていたこと。これはリストの手によるものなのでしょうか?
いずれにしても、この仰々しい副題と独りよがりな曲目解説(高本氏による)、川上氏の
本人はいたって真面目まっしぐらの演奏と、その結果出てきた音楽の奇矯さとの乖離具合に
笑いと、一抹の寂しさを感じざるをえないのです。
参考までに演奏時間を記すと
18分55秒/11分15秒/15分52秒/28分04秒
となります。速い楽章は、最晩年のベームやチェリビダッケを思い起こさせるようなタイムですよね、
数字だけをみれば。

どうです、聴いてみたくなりませんか?
888名無しの笛の踊り:03/04/14 14:06 ID:???
>>887
しかし,お友達も奇特な方ですなあ(w
各楽章の副題も笑えます。
なんや,旧ソ連政府にこびうるためのような副題ですなあ(w

889週末徴集 ◆3TM3CthnV. :03/04/14 14:11 ID:???
もう1枚、土曜日のモーツァルト・プロとほぼ同じ曲目が入ったものも
聴きました。(3番と、高本氏が補筆したと言い張る6番・第1楽章草稿は割愛)
こちらは今年の3月4〜5日、音更町文化センター大ホールで録音されたもので
制作:高本秀行、調律:田中稔(帯広旭楽器)とクレジットがあります。
お金がかかっていますね。

演奏は土曜日のライヴよりは「マシ」という程度。
楽器の状態もCDのほうが良く、また録音も素人にしては上出来だと思います。
ただ、乱暴極まりないフォルテ、粒が揃わない装飾音や16分音符、いつも1拍目
ばかりが意識されるなどの致命的な欠点に変わりはありません。
そして、録音でも明らかにペダルは使用されています。
890名無しの笛の踊り:03/04/14 14:22 ID:???
なんかマジで聴きたくなってきた(ワラ よーしパパ第二回行っちゃうぞー(w

>>888
>旧ソ連政府にこびうるためのような副題
つか、明大・法大近辺で過激派連中が配っているアジビラといった趣かと(爆藁
891名無しの笛の踊り:03/04/14 14:27 ID:???
>>890 おまい、完全にヴァカモトの思う壺やんけ(大W
892名無しの笛の踊り:03/04/14 14:33 ID:???
学生券1500円だし、逝ってみようかな。話の種にはなるだろう。
893名無しの笛の踊り:03/04/14 14:36 ID:???
コーホー/サクラの演奏会とどちらの方がより笑えまつか?
894週末徴集 ◆3TM3CthnV. :03/04/14 14:37 ID:???
今回のモーツァルト、実演と録音を聴いてみて私なりにまとめてみると
川上氏の演奏は

 ・グールドの録音(そしてギーゼキングの録音も?)
 ・スコダ夫妻 著「モーツァルト 演奏法と解釈」(邦訳 音楽之友社 1963)
 ・渡邊順生氏の演奏・研究活動(コジマ録音のCD、楽譜校訂など)

これらの先人の仕事を、自分の都合の良いようにだけ利用した「パクリ」なのではないか、
という思いが頭をよぎることです。「パクリ」とは言葉が厳しすぎるかもしれませんが、しかし
「先人の模倣である」というには、あまりにも技量不足、準備不足、勉強不足であり、
作曲者をはじめ過去の偉大な演奏家や研究家たちに対する敬意と愛情、畏怖というものに欠けている、
そうとしか言えません。これでは演奏家として云々という以前に、人間として何か大事なものが
見えていない、落ちていると思わざるを得ないのです。
何処であれ、誰であれ、人間はひとりで生きているわけではないと思うのです。
横の繋がり=平面的な意味だけでなく、縦の軸=過去の積み重ね無くしては、
誰も存在し得ない、そう思うのです。
895週末徴集 ◆3TM3CthnV. :03/04/14 15:03 ID:???
とにかく、あなたがたの功名心や名誉欲を満たすために
モーツァルトを利用するのは止めてください。
破棄された草稿を引っ張り出して、人前で晒すことが「モーツァルトの意図の再現」なのですか?
互いに関係ない曲をつなぎあわせて、得意気に弾くことが「モーツァルトの意図の再現」なのですか?
和声学のイロハも分からずに「補筆版」なんてでっちあげて、「世界初演」とブチあげることが
「モーツァルトのことだけを考えている」ことになるのですか?
たとえば内田光子さんはK.397を自分で補筆して演奏していますが、チラシにも解説にもそんなこと
一切書きませんよ。「ホ」の字ひとつね。
「(K.397の)現在の補筆(新モーツァルト全集を含む)には満足できませんでした」と大口を叩くからには
秋には当然内田さん以上の、素晴らしい補筆版とやらが聴けるのでしょうね。
私は行きませんが。

最後にお二方に。
音楽学的なアプローチで自分の演奏を売るのなら
本はたくさん読みましょう。できるだけたくさん、それも真面目に。
書簡全集すらまともに読んでいないようですから、まず1次史料はしっかり押さるべきです。
幸いなことにモーツァルトに関するものは、大方日本語で読めるのですから。
それから新書などでよく出ている「論文の書き方」などを熟読して、
最低限の「モノの書き方」を身に付けてください。史料の扱い方、引用、参考文献の明示の仕方など。
今のあなた方のやり方では、妄想が現実になって迷走しているだけに見えますよ。

では、今後の御健闘を祈ります。
みなさんも是非一度は聴いてみてください。
さようなら。