愛を読む人

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30名無シネマ@上映中
ミヒャエルの言葉からユダヤの娘は小さな朗読者たちが必ずしも「ただ本を
読んでいた」だけというような平穏な状態にあったのではなかったと知る。
強制収用所時代にあったと同じお茶の缶は、まさにユダヤの娘のところへ
真実を知らせにきた若くて弱い朗読者たちの化身だったのではないだろうか。

ハンナはユダヤの娘にお金をこと付けた。お金を持っていくというのは口実で
ユダヤの娘に伝えたかったのはハンナが自分で自分の命をたったということ。
それはハンナの死が少しでも娘の溜飲を下げることになるだろうという思いからだ。
しかし、ユダヤの娘はハンナの思うよりもずっと理性的な人間だった。
彼女はハンナの自殺には心を動かされない。
偶然により遣わされた中年の朗読者から聞かされた話からあの朗読者の女の子
たちのおかれていた境遇をはじめて知り深い悲しみとまた彼女らに会えたような
懐かしさを感じて缶を手に取りなでるのだろう。

最後に哲学者であるミヒャエルの父の「自由と尊厳」についての言葉がここでまた
生きてくる。「私は他人がよいと思うことを自分自身がよいと思うことに上位に
おくべき理由は全く認めないね。」