ウエスト・サイド物語についてあれこれ。

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40名無シネマ@上映中
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ダンスの観点なしではミュージカルとして評価できないって、正直どうなんだろう・・・
という疑問に答える。

ミュージカルを二分するならば、踊りを主体としたダンシング系と歌を主
体としたシンギング系に分けられると思う。ただし、歌が主体のダンシン
グ系(たとえばビング・クロスビー主演作)もあれば、踊りが主体のシン
ギング系(たとえばグレゴリー・ハインズのタップ)もありうる。これは、
ダンシング系のルーツがミンストレル・ショーのようなアメリカ生まれの
芸能であり、シンギング系のルーツがヨーロッパからアメリカに入って来
たオペレッタである事に由来する。
ダンシング系は物語性よりもダンサーの芸を見せる事を主眼に置き、シン
ギング系はシンガーの芸もさる事ながら物語性を重視する傾向にある。
この二つはミュージカルの両輪でありながら、常にどちらか一方にウエイ
トを起きつつ発展してきた。
初期のミュージカルはジーグフェルド・フォリーズに代表されるようなレ
ビュー形式のダンシング系が主流であったがために、一般に低俗な物と見
られていたがその概念を覆したのがジェローム・カーンのシンギング系
ミュージカル「ショウ・ボート」であり、踊りよりも歌で記憶される数多
くのミュージカル、そしてその舞台をスクリーンに移したシンギング系ミ
ュージカル映画が製作されていく事になる。
41名無シネマ@上映中:03/01/12 06:11 ID:0IW5VSXn
一方、ダンシング系も大恐慌時代が終わり人々の生活にゆとりが出来ると
ともに復興してくる。その背景にはダンス・シーンを立体的に演出するバ
ズビー・バーグレーのような監督、見るに値するダンスを踊るフレッド・
アステアやエリノア・パウエルのような傑出したダンサーの登場があった。
この結果、30年代から40年代にかけてはダンシング系が主流となる。
40年代から50年代にかけてのMGMミュージカルが黄金時代と呼ばれたの
は、ダンシング系とシンギング系のバランスが巧みであったためであり、
その最大の功労者はプロデューサーのアーサ・フリードであった。
フリードはジュディ・ガーランド、ジーン・ケリー、そしてフレッド・ア
ステアという稀代の才能を余すところなく使い、「ガール・クレイジー」
「雨に唄えば」「バンド・ワゴン」「アニーよ銃をとれ」などの名作を世
に送り出した。
42名無シネマ@上映中:03/01/12 06:12 ID:0IW5VSXn
しかし、どんなブームにも終わりは来る物で、50年代末にはMGMミュー
ジカルも人々に飽きられてしまう。それにはアステアやケリーのようなス
ターの後継者が育たなかった事も遠因している。もっとも、大スターが一
世を風靡した後はしばらく空洞化が続くのはどのジャンルでも同じ事であ
り、やむを得ないともいえる。
そのスターの芸を見せるためにお話をつなげるダンシング系MGMが衰退
した後に登場するのが、物語を見せるためにスターの芸をちりばめる60年
代以降のミュージカルであり、その代表が61年のウエストサイド物語であ
り、65年のサウンド・オブ・ミュージックであるわけだ。
前者はジョージ・チャキリスという稀代のダンサー、後者はジュリー・ア
ンドリュースという稀代のシンガーを起用していながら、その芸を見せる
ために全体のアンサンブルを崩す事はない。あくまでも物語の流れの中で
芸を発揮するだけである。ウエストサイド物語が優れたダンス・シーンが
ありながらコンセプトとしてはシンギング系なのはその故である。
43名無シネマ@上映中:03/01/12 06:15 ID:0IW5VSXn
シンギング系とダンシング系の決着はいまだついた訳ではない。
ブロードウェイではブロードウェイ自体が低迷期に入るとロンドン生まれ
の「キャッツ」「オペラ座の怪人」「レ・ミゼラブル」といった所謂ウエ
ストエンド・ミュージカルがブロードウェイに君臨するが、これはいうま
でもなくシンギング系であった。
シンギング系は芸よりも物語に主眼をおくため、そこそこ歌が唄えればあ
とは物語性で観客を感動させる事が出来るため、世界中で翻訳上演が可能
である。それもまた、80年代のウエストエンド・ミュージカル大流行を生
む要因となった。
しかし、90年代後半になると劇場街としてのブロードウェイの復活、そし
て30年代後半と同じアメリカの景気上昇にともなって、さすがのウエスト
エンド・シンギング系ミュージカルも息切れをし「キャッツ」「ミス・サ
イゴン」などのロングラン組もクローズしていく。
44名無シネマ@上映中:03/01/12 06:15 ID:0IW5VSXn
代わりに脚光を浴びるのが純然たるブロードウェイ生まれのダンシング系
ミュージカルであり、「フォッシー」「スウィング!」「コンタクト」の
ようなほとんど物語に重点を置かないダンシング系ミュージカルが次々に
トニー賞をとり、「シカゴ」「アニーよ銃をとれ」「オクラホマ!」など
のリバイバル組とあわせて、ブロードウェイは完全に往古の輝きを取り戻
す。ブロードウェイ・ミュージカルのパロディとしてロングランを続ける
「フォービドウン・ブロードウェイ」でも「ミス・サイゴン」のパロディ
でウエスト・エンド・ミュージカルは終わってしまうと嘆くナンバーが爆
笑を買う時代になったのである。
現在のトレンドはなお、お気楽なダンシング系であり、深刻なウエストエ
ンド・シンギング系を好んで上演してきた劇団四季さえ、ダンシング系の
「コンタクト」や「マンマ・ミーア」に手を出す時代である。
しかし、シンギング系では成功した四季もダンシング系の「コンタクト」
では失敗したように、世界中でカンパニーが作れる=出演者の技量がさほ
ど問われないのがシンギング系であり、オリジナルと限られたツアー・カ
ンパニーしか作れない=出演者の技量がすべてなのがダンシング系でもあ
る。
45名無シネマ@上映中:03/01/12 06:20 ID:0IW5VSXn
このようにダンシング系とシンギング系はミュージカルの二大要素であり
ながら、その双方がバランスよく保たれるという事は決してない。それは、
問題が歌か踊りかではなく、物語か芸かという最終的には相容れない要素
に還元されるからなのである。
芸を主体と考えるハリウッド・ミュージカルの信奉者が、唄えない、踊れ
ない役者を集めたともいえるウエストサイド物語やサウンド・オブ・ミュ
ージカルあるいはマイ・フェア・レディに全面的に同意を示せないのはそ
のためなのである。