中国の歴史について基本となっているのが正史。
ただ、人の手を介している以上は、
編纂の過程で、史実が歪曲されてしまった部分も、
少なからずある。
果たして、正史というものの位置づけをどうするべきだろうか?
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 11:36:40 ID:vko+FU16O
に
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 12:42:06 ID:lK1u6IzI0
それをあらゆる資料をもとに読み解いていくのが歴史学。
正史だけ読んでても、信用度など語れない。
ただし、公式に「これが今まで歩んできた記録だ」ということだから
資料的価値を否定するには、新たな発見なりべつの正史がたてられない限りない。
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 12:55:00 ID:BVCGIXpE0
良スレの予感。
今はそれぞれ精子の信頼性ランキングみたいなのついてるから、それ
相応の信用度で読めばいいんじゃねーの
精子ていう1くくりで位置付ける必要ないじゃん。
正史、野史も含めたいろんな資料の中で、
正史は全般的に信憑性の高い部類に位置している。
一方の野史なんかの場合は、信憑性の高い資料もあれば、
全く信憑性のない資料もあるなど、玉石混交の度合いが激しい。
そういうことじゃない?
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 05:00:31 ID:tffPVz0HO
正史って大きく二つのグループに分けられるよね。
『史記』や『三国志』のように、個人が企画して編者個人の史観で編纂した後に正史とされた物と、『晋書』や『旧唐書』など国家事業として編纂された物とにね。
概ね史書として評価が高く、よく読まれるのは『史記』をはじめ『漢書』『三国志』など個人によって編纂された物ののような気がする。
実際、国家事業として正史が編纂されるようになったものの、『新唐書』のように『旧唐書』が杜撰だからという理由で編纂し直された例がいくつかあるし。
また、宮崎市定の『水滸伝 虚構のなかの史実』を読んでたら、
「『宋史』は二十四史の中に数えられ、いわゆる正史の扱いを受けているが、実は甚だ杜撰な書であることについては学者間に定評がある。」
と言ってる。
これは、「宋江二人説」を論じている箇所での発言だが、元末に編纂された『宋史』より南宋の時代に編纂された『東都事略』のほうが記述が正確だとしている。
まぁ、後代になると正史以外の史料も多くなるから、いろいろ突き合わせて正史の史料価値を見極めことができるけど、『史記』『漢書』など古代に関しては他の史書や参考史料なんかほとんど残ってなくてなかなかもどかしいところがある。
さっきの『東都事略』なんかは『宋史』の材料となった史料だけど、古い時代だとなかなかこういう史料が残ってないんだよね。
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 11:59:39 ID:1ENT+hq/0
清史は何時ごろできるんだろう
できるのかな?
妙な厨房は仕切りに正史こそ絶対無二の真実とか言い張るから
>>1も疑問に思っちゃったのかもね。
編纂・捏造の可能性もあると踏まえた上で一応ベースになってるものと
考えればいいんじゃない?
正史に書いてあればそれは真実
黄石公が石に変身する話とか、切腹した尼僧の身体が元通りになるのを桓温が目撃する話とかな
13 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 13:43:57 ID:xPzzFQqqO
今更、『清史』が中国や台湾で国家事業として編纂されたところで学問的価値は無いんじゃないかな?
まぁ、清朝の資料なら残ってるから、学者はそれを研究に用いてるので別に困ってなさそう。
なんか、正史が編まれると、それ以外の史書が資料も含め残りにくいような気がする。
正史という概念を用いて、歴史観の統一を求めようとする意思が感じられるだよね。
「正史」の概念を創ったのは李世民なのかな?
一言で正史って片付けてるが、実際は色々。
有力な資料の一つでしかないよ。
>>13 台湾に『清史』あるよ。民国50年刊行。
中共の方ではそれを認めずに『清史稿』を事実上の清朝史書として扱ってる。
(蒋介石の北伐で編纂が中断したけど脱稿はした)
中央研究院の漢籍電子文献でも『清史稿』を『明史』の次に置いてるから、
台湾でも『清史稿』の方が重視されてるのかな? 台湾の人に聞いてみたい。
購入するのはどちらも可能。
正史の編纂に政治的なものを持ち込んで国家事業化したのは李世民だろうね。
ただ、李世民が狙ったのは唐朝が漢朝から続く中華王朝の正統後継者であることを
主張する方が強くて、歴史観は二の次程度じゃないかなあ。
魏書〜隋書、宋書〜陳書と北史・南史が併存してるわけだし。
朝廷公認という意味なら『漢書』の時から、そういう傾向にあると思う。
班家の事業だったけど、朝廷が勅命下して継続させてるから。
歴代正史の評価を挙げていこう
俺様評価じゃなくて後世の史家や研究者の評価で
後漢書:
いろいろな撰者の『後漢書』を要領よく取捨選択し、文章も巧みな良書だが
劉秀が皇帝になることを運命付けられた存在であったという
後漢初期の史観を無批判に受け入れたとの指摘もある
晋書:
魏晋の頃に流行した志怪小説をそのまま載せてしまった点などが
批判の対象にされる(切腹した尼僧の復活譚など)
宋史・遼史・元史:
編纂作業自体の杜撰さが批判される
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 15:35:41 ID:QVPfRAj/O
“チャイナ”を完全に解体するか、チャイナがアメリカに取って変わるかしなきゃ正史の価値は上がらないよ。
前者ならばユーラシア大陸極東通史になる。北魏や元をチャイナ史にしてる現情は異常。スペインがアラビア王朝を歴史にしてるようなもん。世界の理解が得られない。
後者ならチャイナ的歴史観が世界のスタンダードになる。
まーチャイナを“中つ国”なんて呼んでる間は正史なんて権威ある物語に過ぎん。
18 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 23:56:55 ID:yCTgqUO60
逆に正史抜きで考えたらどうだろう?
北斉書とかもはいんの?編集作業のマズさや曲筆ってかなりの
ものに当てはまるね〜
20 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 02:34:08 ID:gErxw1kQ0
逆に評価の高い正史って、前四史以外にどんなのがあるんですか?
>>17 中津国は日本の別称だぞ
高天原と黄泉の国の間に存在する世界「葦原之中津国」
23 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/21(日) 22:52:54 ID:50VnLabT0
わりとどこの地域でも、自分たちを中心の地と呼ぶ風潮はあるんじゃないの
耶律楚材あたりも実際は大した奴じゃなかったんでしょ?
>>20 明史は編纂に100年近くかけただけあってかなり評価が高い。
が、問題点も無論ある。
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 07:42:37 ID:n5GgBseG0
新なんとか、新唐書とか新元史はマシなんじゃない?
なにを根拠に…
新唐書、新五代史は、欧陽脩の筆ということをお忘れなく。
元史は二十四史の中でも最低の評価。新元史は「それよりは多少マシ」という評価。
29 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 10:00:13 ID:4OZJbs3t0
揚
三国志は歴代正史の中で評価が高い方
なんで元史は出来がよくないの?
それなりに名の通った学者が書いたんじゃないの?
執筆を急がせた&執筆陣が多すぎのせいで、一冊の書物としての体裁が取れていない。
同一人物の漢字表記が箇所によって異なるなど問題多し。
急いては事を仕損ずる
今では散逸した文献を丸コピペした部分は珍重される
演義の圧倒的に方がクオリティ高いからねえ。
三国志は演義で語れば十分なんじゃないの。
正史の疑わしい部分を疑えばキリがないし
かといって史料としてはそれしかないし。
まあ、演義の元になった史実と思えばいいんでない。
別に釣りのつもりでいったわけじゃないんだが。
三国志正史ってそんなに面白くないだろ。
だから史実としては正史だが、アレンジとしての演義がないと
面白味がないと言いたかったんだけどね。
>>37 おもしろいおもしろくないは、信用度に関係ないでしょ。
そもそも適当な地理感覚と執筆当時の地名、官職をもちいた
『三国演義』の一体何が信用に値するのか。
物語の話がしたいなら、やはり他所でやってくれ。
そうそう、《資治通鑑》って知ってるか?
あれ、完成した当時、読んだ人はあまりのつまらなさに、あくびしたそうだよ。
でも、資料的価値は今現在では重宝がられている。
どう思う?
>>38 時系列的にとか事件・状況単位で把握するなら資治通鑑は便利。
特に分裂時代については、いきなり正史を読むより、通鑑を先に読んだ方が
状況把握はしやすくなると思う。
そういう意味で司馬光は歴史家というより資料制作・統計家としての力量が凄い感じ。
さすがは官僚国家の政治家だなと。
資料的価値は低くはないけど、やっぱり事実の是非は正史か主要な史書に信頼を
置きたいというのが個人的感想。
後、「臣光曰」で始まる一節は苦笑しながら読む。
>>39 そりゃ史料としては、正史が根本にあるが、散逸されている時代のものは
これが非常にありがたい資料となる。
《新唐書》や《新五代史》の欧陽脩さんのも、苦笑いがでますよね。
嗚呼、だけじゃなく本文そのものに…
>>37 ああ、それと。
『三国演義』は物語として、非常に好きだしおもしろいと思ってるよ。
ときおり、読み返すこともあるほど。
一応、言い忘れたので言っておく。
野史だと、有名なのって、何になるかな。
43 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/22(火) 23:18:15 ID:VlWqoZNEO
野史なのに通鑑に採用された飛燕外伝
元朝秘史
45 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/22(火) 23:30:25 ID:Px4MVMzlO
『十八史略』はどう?
徳間から文庫が出てるから読んでみようかなぁと思ってるんだが
初歩の初歩として通鑑より先に読んどくほうがいいのかな?
先人達も子供の頃は『十八史略』から読んでそうだし
これって正史のダイジェスト版だよね?
46 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/22(火) 23:53:19 ID:oe9VoEy30
南朝の正史の中で一番評価の高いものってどれ?
47 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/22(火) 23:55:09 ID:VlWqoZNEO
断トツに宋書
十八史略は時に怪しい記述もあるから注意が必要。でも概略を知るなら十分。
ただ現代日本人が中国史を概略で知りたいなら陳舜臣の『中国の歴史』の方がいいんと違うか。
二十四史の評価は
最高の評価
史記・漢書
高い評価
三国志・後漢書
なかなかの評価
宋書・金史・明史
そこそこの評価
梁書・陳書・隋書・北史・南史
問題あり
南斉書・新唐書・新五代史・宋史・遼史
悪い
晋書・魏書・旧唐書・旧五代史
最悪
元史
という感じかな。
50 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 01:09:49 ID:XKqQ2g6G0
史記・漢書は昔からどちらが優れているかという議論が盛んだったらしいけど、
現在ではどちらが概ね評価が高いの?
佐竹靖彦の『劉邦』って本が、楚漢の興亡の話で史記・漢書に齟齬がある部分をつついて行くと
漢書が漢王朝の利益のために糊塗したものが見えてくる、みたいな事を言ってた
この説が絶対とは思わんし、これで史漢の評価が決まる訳でもないだろうけど
最近(といっても30年位前からだけど)、漢書にそういう曲筆があるという説がちょこちょこ出ている。といってもそういうことは史記にも当然あるだろうし。
現代で言えば、読まれてるのは圧倒的に史記だろうけど、歴史書としてどっちが上かなんてことは歴史学者はたぶん言わないと思うよ。どっちも重要な史料ですとしか。
だね
むしろ史記そのものをどう扱うかの方が大きい問題かも知れない
ダヴィンチコードみたいなH先生の説とか
>>52 趙翼だかが既に「漢書って後漢の人間が新でやってたことを隠蔽してるよね?」って言ってるよ
>>49 おいおい。
なんで、《舊五代史》の評価が《新五代史》より悪いかな。
そりゃ、《永楽大典》からの復元とはいえ、史料的価値は
嗚呼史よりはいいんだよ。
旧五代史を悪いに入れていたのは間違いだった。そこそこの評価に訂正。
けど新五代史が旧より評価が低いってことはないよ。
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 22:58:02 ID:tWGxKOoPO
三国志は陳寿のオナニー本だよ
歴史的価値ゼロ
魏書って相当評価酷いらしいけど(あの晋書よりも)
何でなの?
2ch周りでだけだろ
60 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 00:36:07 ID:T2TYBWlHO
だってあれ読めないもん
え?普通に漢文読める人でも読めないの?
>>58 「魏収穢史」といって、編纂した魏収が時の権力者や権勢家に阿って改竄が著しいと評価された
が現在では意外といい本なんじゃないのと評価上昇中。
曲筆された事が明らかな分、読む方も警戒できていいんじゃない
晋書は志怪小説なみのオカルト入ってる上に曲筆された「らしい」とかで
別のヤバさがあるんだろう
「評価」ってどういう基準なのかによって変わるわな
面白さなら史記がダントツだろうし
現代の歴史学的な史料価値という意味では、後世の改変が少ないと言われる宋遼金三史なども十分評価できる
曲筆がどうのとか偏向とか言い出したら、どれも評価できなくなる
史記だって司馬遷基準で偏向してるわけだし
唐書の曲筆なんかは
同じ唐書内でも矛盾点が見つけられたりするくらいなんだし、
曲筆、偏向をひとまとめに「どの正史にも有るから考えるだけ無駄」とするのはやや乱暴
67 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/28(月) 02:24:41 ID:Zoh5vu+j0
三国志は晋に気を使ってるせいで魏にもかなり筆が甘めだけどな
後漢書と三国志の記述は二袁の記述の食い違いがかなりあって
三国志は二袁にかなり悪く描いてる
史記でも漢書でも欠点はいくらでもある。
その欠点を承知の上でどう使うかだ。
69 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/28(月) 22:51:56 ID:m6EAW/ka0
三国志は本文のほうは評価高いけど、注のほうは賛否両論あるね
最近、三国志は晋の有力者に相当配慮した作りだったんじゃないかと思うようになってきた
だから好評だったんじゃないか、とも
71 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/29(火) 16:55:28 ID:sJ9QJV9I0
>>70 一見すると配慮いてるように見えるけど全部ちゃんと合わせると配慮で隠した物が見える作り
ではないのか?
>>65 そりゃ人間が書くんだから、その人の性格、趣向、所属する文化・団体等によって見方・書方は変わるのは当たり前
ただ偏向(事実をどう記すかにおいての偏り)と、曲筆(事実を偽る)は重要度が違うでしょう
それに史料批判を忘れたら歴史学が成り立たなくなるから、批判精神は重要だよ
(批判精神は一人前に有るのに、真実へのアプローチが見えないニヒリストもよく居るけど)
ところで正史って二次史料だけど、どれだけの一次史料が見つかってるのかなぁ
殷墟の甲骨文字と史記の記述の関係とか興味深いけど、他にこういう例がどれだけあるのかね
>>72 秦簡、漢簡とか沢山出土してるよ
官僚制度、裁判制度などを史書と相補う史料も多いし、孫ピン兵法みたいに出土史料によって存在が明らかになったものもある
秦の出土史料からは相国を秦では「相邦」と呼ばれていたことが明らかになり、漢(史記)で劉邦の名が避けられていたことが立証された
もともと「邦」だったのが、漢代から「國」が充てられるようになったってアレね。
>>74 そう
もともと史記・漢書の注で高祖の名は邦だと言われてはいたけど、一次史料でも実際にそうだったことが傍証されたというわけです
ここまで読んで、久々の良スレだと思った
77 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 00:12:05 ID:j/FcKE8U0
>>77 なんで俺に聞くのか分からんが
欧陽修が書いた新唐書、新五代史では賛が「嗚呼」から始まることが多かったので、この二つが嗚呼史と呼ばれた
79 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 03:02:41 ID:4wKQYwwDO
陳寿が自己満足で書いたオナニー三国志なんか歴史的価値ゼロ(笑)
司馬遷も班固も基本的にオナニーだよな。
自分で自由に書いたオナニー史書は評価が高く、欽定史書は大抵評価が低い。
>>72 有名なのは敦煌文献とか睡虎地秦簡とか里耶秦簡とか。里耶秦簡はまだ見れないけど。
大よそ歴史書という大仰な代物には当時の民衆の生活とかはまず書いていないけど、敦煌文献からは当時の生活必需品の物価といったことが解る。
>>79 真核を突いた意見かもしれんな、ソレw
漢民族はなんでもかんでも現実的に見ていたため
盤古開天〜三皇五帝時代〜夏殷周・・・
という流れを信じて疑わず、伝承や神話でさえ
非現実な事と棚上げしない民族だったからな。
養生説や神仙説が今なお信じられてるのもその流れだろう。
すなわち、正史なんて区切りをつけて現実と非現実なんてもんに
分けないことが正しい見解なのかもしれないな。
>盤古開天〜三皇五帝時代〜夏殷周・・・ という流れを信じて疑わず、伝承や神話でさえ 非現実な事と棚上げしない民族だったからな。
お前さ。史記くらい読んでから発言しろや。
盤古開天をメルヘンと位置付けたいんだな。
お前も道教を要勉強。
史記なんかよりよほど中国に根を張り続けてる文化だぞ。
尤もだが、中華の特異性を強調するようなことじゃない。
祖先を神や妖精に求めるのは世界中どこでもやってる。信じた人間のほうが圧倒的に多いだろう。
そして懐疑的な人間もまた、いつでもどこにでもいただろう。
ただ、司馬遷が伝説の異同を比較考証してなお「乗せる価値あり」と文に記したのは
稀有なことだろうね。むしろ中華文明の理論的な面をよく表している。
それが基本的な勘違いであり間違い。
キリスト教などの一神教、時は終末に向かって流れ行くのみ。
伝説は伝説。
そう考えなかったのが漢民族。
原始道教もまたアミニズム(精霊信仰)から発進しているが
そこから伝説として棚上げしなかったため
神仙説や養生説は今でも信じ込まれ実践している人も数多い。
努力すれば仙人になれるとね。
現実的なものと伝説を区分けして考えてしまう価値観が身につくとどうしても
この考えが理解できないため中国文化の真髄に触れる事は出来ない。
なにかを信奉する風習を持たない現代の日本人はなお更だろうね。
だからこそ日本人的な解釈で勝手に史実を重視してしまうのかもしれないけど。
理論なんてもんで推し量る史実など干からびた書物に過ぎんよ。
そういうのが分からないようでは中国の文化を理解しているとは言えないな。
中国人の留学生に「憤死って今も存在するのか?
激昂すると血を吐くのか?」って聞いた事がある
そしたら武侠小説の読みすぎと言われた
>>84 司馬遷は史記に
「地位の高い人や頭良いは、黄帝について語ることを憚っている」
って書いてるんだよ。
少なくとも紀元前の前漢の時代には、知識人からは三皇五帝なんかお伽話、メルヘンな話だと認識されてるんだよ。歴史だとは思われてない。
だから史実なんてもんがそんなに重要視されてないんだってば。
中国人口ごく一部のインテリがのみが狭窄な自身の視野を満足させるため
研究しているものに過ぎない。
実在の人物を神として祀り現世利益さえあるという尊格にまでしてしまい
三国志、西遊記、封神演義などの民衆小説にもその手のアレンジを散りばめる。
早い話が、歴史なんて全部メルヘンなんだから大元は残しておいて後はアレンジして
面白味のある話にでもしようか。
ってのが、中国一般の歴史の考え方。
それでいて、神という存在を現世に繋ぎとめておき様々なご利益を願うことも忘れない。
伝説を伝説として区分けするなんていう無粋な真似をするのは中国古代の伝統にも反する
行為だとインテリ自身も分かってないんだな。
中国や台湾での派手な神々の聖誕祭とか見れば考え方かわるかもね。
正直言ってあんたの言うことが正しいのか誤ってるのか
判断できるだけの知識は無いけど、
少なくとも正史を書いてきた人間は
>ごく一部のインテリ
に相当する知識人だぞ。
てかあんたの文脈から偏見しか感じないよ。
祭祀なんてどこの国でも盛んだったものだろうに。
あと敢えて言うなら
>>79(たぶん
>>57と同一)みたいに明らかに煽りでしか無い文章に
「真核を突く」とかいう聞いたことも無い言葉で同意を示すって部分で
あんたの言葉に説得力がなくなってる。
>>90 偏見しか感じないようなら史実以外も勉強しておくれ。
せめて、キリスト教のような価値観とは別なものになっていると
いう部分くらいは。
それと見た聞いたまんまの知識を鵜呑みにしないで自らの足でそういう場所に
赴くのもいいかもしれんね。
これは別に悪意も何も無い純粋な質問なんだけど、
>中国や台湾での派手な神々の聖誕祭とか見れば
って言うけど、その手の祭り自体は日本でも結構盛んでしょ?
初詣とか十日えびすとかだんじりとか。
海運会社とか凄いゲンをかついでお参りとか良く行くし。
外から見ただけで日本人と中国人の意識の差って見えるの?
要するに、ID:Yz4O5LVC0は
「史書で中国文化が理解できっかよ。
漏れは中国を実際に体験してるから、鵜呑みにはしないぜ。」
って事が言いたいんだろう?
でも誰も史書を読めば中国人の気持ちがわかるとは
言ってないわけで・・・。
日本に当てはめれば、より分かりやすい話じゃないか。
>>89さんよ。
日本人は日本の歴史をアレンジせずに語り継いでいるか?
誰もがグローバルな視野を得るために、真実の歴史を知ろうとしているか?
そんなこと、中国だけではないってこと。
だいたい、>>一部のインテリがのみが狭窄な自身の視野を満足させるため
研究しているものに過ぎない
これが偏見でないとは、少なくとも自分には言えないが。
つうか、中国の学術論文読んでて、そういうこと言っちゃうわけ?
>>95 その考えが狭いのよ。
学術的な立場ばかりを考えてる。
だから、正史なんてもんが
それほど重要視されてないことも分からないんだな。
97 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 18:52:35 ID:+Hc3AgxUO
>>91 確かに煽りなレスだが正史にオナニーが入ってるって言う考えは俺もあると思う。
結局、司馬遷等の歴史家なんて過去の出来事をそのまま見た訳ではなく、昔の文献を分かりやすくまとめたってだけの仕事じゃん。
問題はその昔の人々の自分中心の考えやオナニーまで入った資料や文献を歴史家が取り入れて歴史書としてまとめちゃったってことじゃないかな?
実際、羅貫中のオナニーの産物によってできた小説も、人によっては正史だと勘違いしている人もいるじゃん。
そういう故人が作ったオナニーが正史として取り上げてしまうことは歴史家たちの間でも起こっていたはずだ!
今の日本でも軍が強制した沖縄の集団自殺の歴史も国家のオナニーのせいで書き替えられそうになったばかりだし、証拠にもならない昔の出来事を歴史書にしても結局はただのオナニーかもしれん。
正史という言葉の意味もわからんのなら黙って辞書を引こうとは思わんか?
99 :
85:2008/02/02(土) 20:36:17 ID:Jp2RVcSK0
歴史学への態度としては
>>86へまったく同意する。
そもそも、「客観的な史実の追及」なんてものが歴史学でメインストリームだったのは
せいぜい20世紀前半までで、現在ではいわば、
「その時、その場にあったものの再構成」というようなものが主眼となっている。
『あったもの』というのは、客観的事実なるものと少なくとも同程度に、
歴史上に生きたな人々が、感じ、認識し、信じたものを含んでいる。
そこに「その迷信は客観的に事実ではないので認められない」などという
現代の価値判断を持ち込んではならない。
よって民衆史が19世紀ミシュレ辺りを契機に隆盛したが、
その考え方においては、研究対象としての「民衆」を高きに、「インテリ」を低きに
置いてはならないこともまた留意すべきだろう。「インテリ」もまた、歴史に生きた人々なのだから。
そして、重ねて言うが、
>>89のようなインテリ=民衆問題を中華に特異なものとして見ることは全く出来ない。
キリスト教などは確かに理論的な学術として発展してきたが、それは欧州土着の「異教・迷信」に抗しての
ものが強いし、現実にはそれに完全には打ち勝つことが出来なかった。
ユダヤなんかはイスラエルが建国した時に「聖書に書いてある。だから帰るんだ」
って家業ほっぽり出して大移動する民族なんだぜ。
>>96さん。
どうも言っている意味がわからん。
史実と正史を同一のものと考えているわけではないのでしょう?
一般人にとってみれば、歴史学のなんたるかや、歴史事実などは必要ない。
しかし研究者にしてみれば、正史や伝承伝説が事実に基づくかを探求する意味がある。
ただそれだけの違いなんじゃないのか?
その中では「正史」は単なる研究資料のひとつでしかないのだよ。
もし、もしもだ。
歴史すべてをファンタジーとして認識するならば、人はまったく過去から学ばないことになる。
歴史の意義ってそれという認識なんだが、一般人というのはそもそも歴史や現状の政治にさえ
無関心で、ときの権力者の動向に簡単に左右されてしまう。
それを是正するためには、「前例」あるいは「予想される結果」として歴史を提示し、
現状の政治の舵取りをするのが、本来のあるべき姿だと思っている。
>>97さんの
>>国家のオナニーのせいで
ってところも、結局、国に対して強く自らの主張ができない我々国民に、その責任の多くがある。
国民というのは、そもそも国家が存亡をかけてでも守るべきものだろうに。
多くの人が、実はそんなことどうでもいいとか思っている。一時憤慨してもすぐ忘れる。
そういう認識を得るためにも、歴史は必要なのであって、歴史を研究する意味があると思うが
それでも、狭窄な自身の視野を満足させるためのものなのかな?
101 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 21:11:50 ID:oqTGlCgr0
102 :
85:2008/02/02(土) 21:15:40 ID:Jp2RVcSK0
知ってる。悪いがケーブルなんで、電源落とすと変わる可能性が高いんだ
さて。正史が必ずしも歴史的事実を伝えていないなどとはこのスレで今更言うことでもない。このスレの住人ならみんな解っている(はずだ)
それを見極めるのが史料批判であり、「歴史学に於いて史料批判は必須の作業」である。
ある史料に偏向や捏造があったとしてもその史料が無価値などとはならない。どの部分が信頼できるか、偏向や捏造はどの部分かを判定するのが史料批判であるし、を偏向や捏造があるということ自体がその後ろにあることを類推させる材料になりうる。
ましてや『三国志』などの史書が伝統的に高い評価があったのはその「偏向や捏造」が他の正史と比べて少ない・概ね信頼できると判断されたからに他ならない。
それを「オナニーだから価値なんて無い」などと言うのは、「あいつは共産主義者だから言ってることは全部ダメ」などというようなレッテル張りに他ならない。
史料批判によらないで「この史料は無価値」などというのは史料を妄信するよりもたちが悪い。なぜならそれは自分の好き嫌いで史料の取り扱いを決定しているからだ。
なお別に『三国志』がオナニーであることは否定せんよ。そういった学術的情熱なんてものはかなりオナニー的な要素が強いだろう。だからといって無価値なんてことにはならないのは上に書いたとおり。
史記の項羽と劉邦の記述は信用できるの?
>>104 それに何らかの見解なりを提示して、もし出来るのなら結論へと導く
それが歴史学というものの作業の一つなのですよ
史記のその該当箇所の一節だけとにらめっこして、これは事実だろうか?
とか考えても答えは出ないのですよ
ただ、実際に、例えば劉邦と項羽の戦争を見てきた人は死んでしまって
現存していないわけです
なので、現存している文献や出土品や発掘調査から調査するしか無い
その中で記述に矛盾があったり、非現実的・非合理的な記述があったり
出土品や発掘結果との食い違いがあって
初めてその部分を疑うことも出来るわけですよ
もちろん生存者がいても必ずしも正確な事実関係を発言するわけでないので
その発言も分析対象となる資料の一つにしかなりませんが
なので、信用できるのか、という問いかけには
どの部分が、どうして疑わしいのかという補足がないと答えようがないわけです
歴史学の基本姿勢の一つですが、見解や結論を出すのは根拠がいるが
疑うのにも根拠がいるというものです
推理している暇があるなら分析するなり統計を取るなりする方が
歴史学的には有益な姿勢だと思います
----------
史料が無価値とか言われるなら、
例えば史記や漢書などが存在しなければ劉邦や項羽の実在も伝わってなかったかもしれない
伝わってても変な土地神になってて、天界大戦争の記録になってたかもしれない
今で言えば初期の天皇や殷の歴代諸帝みたいな感じに、名前以外のほとんどがわからない
もはや、調査・分析すら不可能ですね
>>99 >>100 確かに言いすぎだったかもしれない。
すまなかった。
中国の文化を語る上で
民衆意識をあまりにも軽視するような発言が目立っていたので
そのあたりを指摘してみたんだがどうにも熱くなってしまったよ。
広い視野からの指摘にも感謝したい。
つまり、正史に記載されていることだけが歴史的事実で、他の事は全部虚偽なんて態度に反発したということかな?
中国史を語る上で道教の存在が非常に重要ということ、現在の研究で道教分野が立ち遅れているということも全く異論は無い。今後の最重要課題の一つだろう。
戦後の日本の中国史学ではやはりマルクス主義の力が強くて宗教というだけで忌避される傾向が強かったので、社会経済史学で「政治史だけではなく民衆の社会史を」などと言いつつ民間信仰が軽視されてきたのは明らかに問題がある。
ただだからといって正史や史実といったことに価値が無いなどと言われるとオレとしては強く反発してしまう。
お互いに言葉には気をつけようね。
108 :
107:2008/02/02(土) 23:13:58 ID:oqTGlCgr0
>お互いに言葉には気をつけようね。
追記。オレにもそういった点で誤解させる点があったかもしれない。自分では気づかないものだが、もしあったら教えてほしい。オレに非があると判断した場合は謝罪します。
>>106 言いすぎというより、真剣に意味がわからんかった…
ようやく、言わんとしていることがわかってすっきりした。
当時の人の行動原理みたいなもんは、正史だけで把握できるものではない。
それに、歴史学のすべてが正史の読解だけではないということも、この際再認識しておこう。
もしかしたら、どこぞの正史厨が正史こそ至高、とか言っているのかもしれないし…
(実際見たことあるけど。で、なぜかそのときの正史は三国志のみで、引きあいは三国演義という、
まぁ、ちょっと前の現象だけどさ)
「俺様の理論sugeeeeeeeeee!!!!!!!!」は他所でやってくれんかね。
話が纏まった後に出てきてそんな内容の無いこと言われても困る
元々担当時代よりはるか後世になって編纂されたり、お上の意向があった
りそん時流行ってる学派があったりで
正史=全部史実ですってのがありえないわけで。 たとえ時代が近くても
携帯もなにもない伝言ゲーム状態、書き写しも多重ミスりまくりという
状況で。
割と信用できる記述がおおいのもあれば、糞もあります。完全にすべて
信用できる正史は存在しませんが信用度の大小は研究されてきてますから
それを参考に他の文献と照らして検討しましょう。 発掘でなんか出てきた
りしたら論証しましょうね。
てこれだけの話じゃん。
2chでのやりとりが如何にカスかよくわかる流れでしたね
完
直前の
>>78まではそれなりに実のある情報だったのにな。
それ以降は何の役にも立たない情報だ。
そうやってすぐに排他的になるのはよくないよ。
>>78以降は面白いアプローチだったと思う。
正史絶対主義のガチガチの正史厨には理解できないと思うけど
中国には民衆意識もまた文化を構築していく上で無視できないものだと
いうことが良く分かった。
それでいて、正史というものも歴史の流れをおう上で根幹にあるもので
決して軽視など出来るはずもないということもね。
正史と民衆意識のバランスこそが中国文化の粋だと学ばせてもらえて
俺は嬉しかったけどな。
三戦板のように醜い罵りあいにならなかったのもこの板の住人が確固たる
自論を持ちながらも他人の意見にも耳を傾ける心の広さを持ってるように
思えた。
>>115 それがわからん人間が、カスだの実りがないだの言ってるんでしょうよ。
自論があれば意見もできるが、それをせずに、後になって文句だけ言う立派さ。
キチガイのせいで過疎ったな
前半は悪くない流れだった。が途中で三国志やら狭い範囲の知識しか
ない 正史厨?三戦板? とかを発する程度の低いのが出てきて全く
価値がなくなった。 冷めた意見もでよう。
該当する連中よ。
24史のあまり話題に上がらないの取り上げて高度な持論の1つでも展開して
みてくれよ。もちろん三国志じゃなくてな。
119 :
109:2008/02/07(木) 16:06:29 ID:AcTor+eF0
もしかして自分のせいですか?すまん、みんな。
>>82から一気にレベルが上がりすぎたんだな。
それでいて結構上手く締まっちゃったからもう議論する話題がないのかもしれんね。
気にしない、気にしない。特定の時間で過疎ることは良くあること。
そもそも英雄板で正史の信憑性を語るのは板違い
いや、板違いではないだろう。信憑性を議論すること自体は悪くない。
それがちゃんとした物証とかによらない議論になったら駄目なんだよ。
物証はちと厳しいね。
なんでそう思うのか、という根拠を明確にできる話なら、それだけで有益だと思う。
根拠なしの決め付けが一番ワラス。
内藤湖南の『支那史学史』は参考になる。
126 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 21:48:47 ID:vcZ9axAm0
いつの日か前四史以外の正史の訳本が出版されることはあるのだろうか
まぁ、『三国志』まで進んだだけでもねえ・・・
あとは無理でしょ
以下、妄想
文部省あたりで東洋史の翻訳を国家事業としてやってくれんかなあ
中国の正史だけでなく、野史に朝鮮・東南アジア・中央アジアの史書まで
少し東洋の枠をはみ出して集史や白樺文書あたりまでやってくれたら言う事ないんだが
学術的には原文利用が基本なので翻訳はあまり価値が無い
趣味的には現状ではせいぜい前四史までしか需要が無い
国家事業で趣味目的に金を使うことはまず無い
結論:無理
129 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 03:10:04 ID:BrPP8nejO
他に資料がなければ正史の記述をとりあえず認めておくんでしょ?
概説書などを読んでても、やはり引用は正史が基本だしな。
そこから論を発展するもんだ。
宋代に関しては宋史よりも長編の方が引用されることが多いけどね。
冊府元亀や太平御覧などいろいろあるが、演義がひかれることはないと。おっと失言。
>>132 三国時代だって編集前の実録等により近くてまとまった史料があればそっちになるだろうけどな
古代から中世ではそんなのは無いに等しいからな
だからまあ、正史以外に資料が全然ないなんていうことは(甲骨発見以前の殷とかを除いて)まず無い。
いくつかの選択肢の中で妥当と思われるものを選んでいるんだな。
557 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:10:19 ID:???
>>553 官職、官位とか、いろんな国のが含まれているアイテムはともかく、驚くほど精巧
下手な三国志解説サイトよりも詳しい
558 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:11:21 ID:???
官職とか、嘘の説明書いてたな
559 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:11:48 ID:???
初期の人口なんかも当時の後漢書地理史とほぼ同等
お前らが適当に作ったと評価しているものは三国志NETとは全く違うコンセプトで出来ている
566 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:15:02 ID:???
三国志じゃねえんだってキレてたのはお兄ちゃんなんだが
568 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:16:00 ID:???
三国市中で皇帝が廃止される前の時代が後漢
皇帝が廃止されてからが三国志の乱世時代
一般的に三国志と呼ばれるものの時期は後漢末期〜が正確な記述で三国志の書物は後漢書から引用が多い
572 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:17:24 ID:???
>>566 三国志というのはもともと色々な逸話を集めて歴史家が編集した創作歴史小説
途中で中国が正史に分類して歴史と定めた
最初から肯定の内容を記した後漢書とは違うよ
573 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:17:30 ID:???
だから三国志じゃねえんだってキレてたのはお兄ちゃんであって
誰も後漢末の争乱時代が三国志じゃねえとか言ってないから
575 名前:セル ◆MANK0SaeeA [sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:20:03 ID:???
後漢の地理史w そんなのあったっけ?w
漢書地理史はあるが、あれは前漢の頃だったはずだが。
動乱の中で、正確に人口を把握できないと思うが。
576 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:20:28 ID:???
皇帝の内容を記した後漢書な
実際の三国志には後漢書又は別な当時の書物や民話からの引用が相当な分量ある
要するに三国志という書物は実際は当時の奴が纏め上げた複合歴史小説
これは正史に関しても演義に関しても同じ
579 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:22:55 ID:???
後漢書郡国志のことなんじゃねえの
580 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:23:42 ID:???
三国志からの引用で三国志ゲームとかいってる奴は素人なのは間違いないよ
三国志そのものが他の書物からの引用文だらけ
583 名前:セル ◆MANK0SaeeA [sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:26:00 ID:???
あぁ、後漢書郡国志か。かなり適当な作りのw
間違いが結構あるし、人口も相当曖昧なんだよな。説明抜けてるところ多いし。
586 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:27:36 ID:???
>>577 その部分はあるだろうな
もう少し前の時代から含まれている
俺が言いたいのは三国志が元とか恥も隠さず言う奴は何もわかって無いということ
三国志という書物は地方に伝わる民話、当時の他の書物、当時の武将の末族からのアンケートに創作加えて作られた書物
だから最初中国は三国志を歴史書にはしてなかった
現在は人気でたから正史のみ歴史扱いしてる
587 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:28:45 ID:???
日本で三国志をテーマにしてる作品はほとんど全部が三国志演義のことを指してると思うよ
だからその指摘は無意味
589 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:30:32 ID:???
>>587 三国志演義題材にしているというと三国志の二次創作だな
三国志の二次創作で内容が光栄に似てるとか常識的にまずいだろw
3次創作ジャン
592 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:32:22 ID:???
意味分かって言ってるのかお兄ちゃん
593 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:34:10 ID:???
後漢の書物を題材にして作られたゲームは、三国志時代を扱っているといえるんだよ
三国志自体が後漢書とか後漢の書物の引用文が相当な量入っている
ようするに写本である三国志を基にゲーム作るか後漢時代の原本でゲーム作るかの差だ
599 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:36:32 ID:???
国取が三国志もとにしたのでは無いというのも正しいが
三国志の時代を国取が扱ってるゲームというのも正しい
なぜかというと三国志自体二次創作物だから
三国志の翻訳前の読んでこいやお前らw
603 名前:名無しさん?[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 11:39:23 ID:???
三国志の翻訳前の一部分でも読んだことある奴なら
後漢書が元だから三国志では無いとか恥ずかしくていえない台詞だよ
実際の三国志は注訳や引用だらけ
書かれた時代がだいぶ後になってからだろ?
実際は当時の生の記録ではなく編集本なんだよ
なんの議論かさっぱりわからんw
ここでいう「三国志」とは何を指しているんだろう?
>>137 572 名前:名無しさん? 投稿日:2008/03/19(水) 11:17:24 ID:???
>>566 三国志というのはもともと色々な逸話を集めて歴史家が編集した創作歴史小説
途中で中国が正史に分類して歴史と定めた
最初から肯定の内容を記した後漢書とは違うよ
598 名前:名無しさん? 投稿日:2008/03/19(水) 11:36:08 ID:???
だから写本である三国志じゃなくて
歴史小説である三国志演義だってばよ
あと三国志じゃねえってキレてたのはお兄ちゃんであって
今さら後漢だけど三国志だとか主張するのは何なんだ
603 名前:名無しさん? 投稿日:2008/03/19(水) 11:39:23 ID:???
三国志の翻訳前の一部分でも読んだことある奴なら
後漢書が元だから三国志では無いとか恥ずかしくていえない台詞だよ
実際の三国志は注訳や引用だらけ
書かれた時代がだいぶ後になってからだろ?
実際は当時の生の記録ではなく編集本なんだよ
【春だねー☆】ラウンジ三国志1878【春だよー☆】
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1205844916/
三国志風ゲームを作成しているみらいす(桃鈴)氏の発言
・官職や地名などは驚くほど精巧で下手な三国志解説サイトよりも詳しい
・各地の人口は後漢書地理史に基づいており正確
・三国志(正史)は色々な逸話を集めて歴史家が編集した創作歴史小説
・三国志(正史)には後漢書や当時の書物、民話からの引用が相当な分量ある
・三国志(正史)は後漢書などからの引用だらけなので、三国志(正史)を基にして作った
ゲームを三国志ゲームといってる奴は素人
・三国志(正史)は歴史書ではなかったが、人気が出たから正史とされた
・三国志(正史)は後漢書を基にした二次創作物
・三国志(正史)を基にしたゲームより、三国志(正史)の原本である後漢書を基にした
自分のゲームのほうが上
※自分のゲームを三国志じゃないと主張していたが、後になって三国志も含まれると
主張を変えるために、後漢書からの引用で三国志(正史)が書かれたと主張している?
>>三国志(正史)を基にしたゲームより、三国志(正史)の原本である後漢書を基にした
自分のゲームのほうが上
つまり、ここが言いたかったわけね。
後漢書が宋のときってのは、この人には関係ないのかな?
>>142 正史じゃない後漢書は正史三国志以前に多数書かれてるから
それを参考にしたんじゃないの?
どうやって入手したんだ、そんな散逸文献とは思うが
>>143 >>どうやって入手したんだ
そこまで専門的なんだろうか?
ふつうに大金はたいて《後漢書》の訳本買って舞い上がってるとか思ったけど…
続漢書と書かない内は素人
何で続漢書やねん。范曄の『後漢書』の元となった6つの『後漢書』があり、プラス『続漢書』で七家後漢書という。
范曄以外は全部散逸だけどね!
あるいは『東觀漢記』を基にしたのかもね。これは輯本がある。
地理志は続漢書でしょうに
>>147 現代では続漢書の志も合わせて後漢書って呼ばれてるから気にしない
別にここ学会でもなんでもないしな
149 :
146:2008/03/29(土) 23:39:51 ID:pZ07P+DF0
>>147 あ、そういう意味やったんか。スマソ、首くくってくる。
七家・八家の後漢書も刊行されてたな
単純に書かれた順番を知らずに、逆に後漢書が三国志を
参照していたのを勘違いしただけのような
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 16:12:21 ID:88nPcGN40
中国学科教員 問題言動集
N.S教授・・・・・授業中に、
「人間は働かなくても生きていける」
「(自分のことを棚に上げて)中国語学科の学生は常識が無さ過ぎる」
「(上に同じく)教育学科の学生はロリコンだらけ」
「三国志が好きな奴は中国学科に来るな」
「一般教養など必要ない」
「セクハラというものはその行為を行う本人に悪気が無ければセクハラには当たらない」
「大学教授は世間を知らなくて当たり前だ」
etc迷言・珍言多数
W.Y教授・・・・同じく授業中に、
「第123代天皇は精神異常者」
「N.K(D大名誉教授)、F.N(T大教授)、S.T(元G大教授・故人)、H.I(元N大教授)、
I.S(芥川賞作家・都知事)、K.Y(妄想漫画家)は人間のクズ」
「金持ちに対する税制優遇を廃止して、税金をできるだけ多く搾り取るべきだ」
Y.Y准教授・・・・退学願を提出した学生に対して、
「私の言う通りに行動すれば、君の要求が通るように私が裏で話をつけておいてあげよう」
という内容の取引を持ち掛けた。
以上のように、中国学科はキ○ガイ教員の巣窟です。
これから大○文化への入学をお考えの皆さんは、
中国学科にだけは絶対に出願をしないようにして下さい。
むかし懐かしいコピペだな。
演義も正史も大昔のお話を記した本です
>>154 お前の頭の中の「正史」は三国志だけかよw
せめて昔くらいにしておけ。
范曄後漢書の史料批判が唐代から行われてきた話が出ると
いきなり人格崩壊したのが現れてドン引きした
人間の精神とはかくも脆いものなのか
それ後漢スレの話?
諸家後漢書の存在を知らなければあの話題に参加する資格は無いよな
醜態さらした上に犬だの人格破綻者だの言われて総スカン食っても
まだ戻ってこれるのは本格的に狂ってるからだろう
>>158 最近大枚はたいて購入したオレ様ちゃんの《後漢書》(邦訳)が捏造だなんてゆるせなーーーーい!!
だったんじゃないの?
史記、漢書、三国志、後漢書の評価が高いのは古代の歴史書で、他に参照す
べき史書がないことが大きく、実態は他の微妙な評価の正史と大差がないの
ではないかと思ったんだが、どんなものだろ?
古代中国は纏まっている割に資料の種類が少ないイメージがある。
そういう以前のレベルで本としての体裁が酷いのがあるんで、少なくともそういうのとは比べられない。
少しくらい列伝間の矛盾とかがないと面白くないだろ
163 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 18:57:16 ID:SaRFI2Nw0
許チョの身長184センチは良いとして
「牛の尻尾を持って100歩余り引きずった。」
とか本当の事なの??
信用したい人間だけが信じればいい。
宗教の信仰と同じようなもんでしょ。
リアリティを持たせたいというか、矮小化したい人間なら
「牛を引っ張って相手をびびらせた逸話は有ったんだろうけど、100歩も引きずったは誇張だろう」
とか考えるんだな。
>>164 つまり、思考停止したい人はご勝手に
ということですね。
大人しい牛で自分からある程度後退りしてくれたんだろう
大人の牛とは一言も書いてない事に注意
>>168 子牛!そうか… それで読めたぞ、この事件
史通・曲筆が貼られたスレの流れがおかしくなる件
>>170 貼る奴が異論反論が来ると感情的だの煽りだのとレッテル貼りするDQNだからさ。
過大評価スレでもフルボッコにされて捨てゼリフ吐いてやがったな。
つか、おまえと同一人物だろw
172 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 12:33:54 ID:EbLWht320
阿Qばりの精神的勝利ですね、わかります
少なくとも演義よりは真実に近いのが正史
だからなんで演義を同じ土俵にもってくるのかと。
正史って三国志の正史オンリーのスレなの?ここ
違うに決まってる。
>>1にも書いてるように「正史」とされてるもの全般。
そこのところ分からずに三国志叩きしてる馬鹿がたまに居るだけ。
177 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/21(木) 17:11:58 ID:fJIIsHd90
史記みたいに勝利者が万能正義じゃないやつのが読んでて面白いね。
178 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/21(木) 18:16:33 ID:8zKkjUw8O
なんで司馬遷や陳寿は史記や三国志を個人的に書いたことになってんだ?
勅撰じゃないからだろ?そういう意味じゃないか?
180 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 08:33:48 ID:aoADzTh0O
司馬遷なんかも公の仕事として史記を編纂したわけだが
>>180 でも司馬遷の役職って史官じゃなくね?親父は史官だけど。
どういう形で「公の仕事」として編纂したの?
182 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 17:48:11 ID:aoADzTh0O
詳しくは覚えてないが、司馬遷は官職についてたはず、その官職の仕事が史記の編纂
仕事だから当然手伝ってた部下もいたんじゃね?
183 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 21:00:54 ID:psWhy9vNO
司馬遷は周朝以来史官の家系の生まれ
父親の司馬談は宮中の記録や資料の管理をする太史令だったが、当時では天文・暦法に関する仕事ばっかだったんで、自らの御家芸である史書の編纂を始めた
しかし、武帝が始皇帝以来の封禅の儀を行うにあたって、故事に詳しい自分を無視し参加させてもらえなかった事に憤り死んだ
その時、遺言として史書編纂を引き継ぐように司馬遷に言った(史記太史公自序参考)
史記の正式名称は「太史公書」であり、父亡き後同じく太史令になった司馬遷による書と言う意味しかない
史記と呼ばれるようになったのは、三国時代以降であり、正史とされたのは唐代以降
唐の太宗李世民が国家事業としての正史編纂システムを創ったわけだが、それ以前は史家の家系の者が独自に編纂していた
184 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 21:32:31 ID:7KwGTTd+0
平せ隆朗『史記の「正統」』講談社学術文庫
これ読んでみ史記の矛盾とかを検証してるから
>>184 ついでに要点も書いてくれればなお良いものを。
ググった感じ、史記の本文の年代の矛盾とかについてがメインっぽいんだけど、
話題に昇ってる史記の編纂された過程について面白いことでも書いてるの?
>>184 その本は最近見かけたね
著者の平勢センセーは『世界の歴史』(中央公論社)や『中国の歴史』(講談社)で春秋戦国時代を担当されてた
それらの中で独自の年代論を展開されてたんだが、それについて色々反論があり、学界においてまだ十分なコンセンサスが得られてないのに、概説書で自説を展開するのはいかがなもんかって批判もあってね
そんなんで、その本を身銭切って買う気にならなくてスルーしてたんだ
よかったら、関係する部分をかい摘まんで教えて欲しいな
平勢さんについては世界史板のスレ見るとどんな人だかわかる。
>>185 『史記』が司馬遷の個人の考えで編纂されたわけではなく、漢王朝を正当化するために作られた欽定史書であると主張している。
ただ、平瀬氏は現時点で半ば無視されており、学界の主流からは非常に遠い存在。少なくとも鵜呑みにはしないように。
>>183 >司馬遷は周朝以来史官の家系の生まれ
それ司馬遷のフカシというか、凄い昔の先祖がそうだった、ってだけだぞ
近い先祖は秦・漢の下級役人だが、史官とはまるで関係なさそうだ
>>189 昌、無沢を生む。無沢、漢の市長となる。
無沢、喜を生む。喜、五大夫となる。卒す。
みな高門に葬る。
喜、談を生む。談、太史公となる。(太史公自序)
>>183は引用や長文にすんのが面倒だったんで、ツッコミ所のある文章になってるのは認める
一応、ソースは提示してるから、そっちを見てくれれば幸い
司馬遷が史記を編纂したっていう根拠として、太史公自序を挙げたってことで勘弁してね
191 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 22:21:43 ID:4DJoSFSL0
史官というものについて凄い誤解があるようだ。漢までの史官はようするに占星術師。
礼記とか漢書とか古い文献では、当時の史官の職掌は天体の運行を調べ、暦を作り、吉兆を占い、
儀式を司り、国家に異変や変事があればこれを記す、となっている。
たぶん、殷代に甲骨文をせっせと刻んでいた人たちの後裔が史官だと思う。国家の異変を記す
ことも吉兆を占ったことの結果を判定するためにやっていることで、本来の任務は占いと言ってよい。
司馬遷自身も手紙で「文史、星歴は卜祝の間に近し。もとより主上の戯弄するところにして、唱優として
これを養い、流俗の軽んずるところなり」と自ら卑下している。
史官は歴史編纂なんて高尚なもんでは全然ない。むしろ軽く見られる官職だったし、実際に品等も低い。
大体、今でいう歴史書なんて観念自体がなかったと見てよい。欽定史書なんてありえない。
193 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 23:40:55 ID:4DJoSFSL0
そうか春秋があるから一応歴史書という観念はありましたね。
ただ、呂氏春秋とかも春秋という名が付されてたり、かなり大雑把な把握だったような
気がするのですよ。「春秋」も「書経」も一緒くたにされてたんではないのかなと。
それに春秋は歴史書というより、新聞記事のスクラップがそのまま流出したような
感じですよね(甲骨文資料が年代順に並べられて出土したような感じか?)。左伝は違うけれども
本体の春秋あってのものでしょうし。
とにかく司馬遷の頃の史官に歴史編纂の任務なんて本来なかったと思います。
あの親子が勝手に思い込んだだけで。
まあ、こう言った意見も、ほとんど武田泰淳の司馬遷〜史記の世界、の受け売り
なんですけど。
戦国晋だったかどこだったかで、こんなエピソードあっただろ。
史官のAが、権臣Zの主君殺しを記録した。
ZはAを殺害した。
Aの弟BはZがAを殺したことを記録した。
ZはBを殺害した。
Bの弟CはZがBを殺したことを記録した。
Zは史官を殺すことを諦めた。
舞台やら固有名詞やらは忘れたが、この話からすると歴史記録を職掌とする官はあったと思うのだがね。
>>193 『史記』の研究は山ほどあるんで、とりあえず宮崎市定の『史記を語る』などが読みやすくて良いのではないだろうか。
小説家を出発点にするのは良いが、到着点にはしないように。
199 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 12:45:06 ID:HJavI/eF0
『史記を語る』は史記の内容の一部は市場の講談に取材したものだとか
趙高が趙の王族だったとか、説得的ではあるが結構アクの強い話をしてるぞ
それに史記は以降の歴代正史と毛色が違ってて文学作品として読む人もいる訳で
小説家の評論をゴールにする人がいても別にいいんじゃないか
宮崎は古代史においては特に大胆で奔放だから
甲骨文字なんて、春秋の鄭時代のもまざっとるとか
西周なんて時代ほとんどないとか
事実はそんなものかもしれないけど、それに基づいて、歴史を
語るには躊躇する
確か犬戎に追われて周が東遷したのと、周が東征して殷を攻略
したのは同じ事件が分裂したものだとかいっていたような
いや、実際はそうかもしれないんだけれども、それはちょっと・・・
という感じ
さすがにそれは「実際はそうかもしれないけど…」って受け入れられる範疇を超えてるわ
203 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 23:12:44 ID:mzScE5Sc0
内藤湖南による『史』という字に対する考察
http://mirror.aozora.gr.jp/cards/000284/files/2609_4360.html >最初の史と云ふ職務は弓の數取であつたらうと思ひます〜中略
>夫で第一史の職務といふものは弓の中つた數をかぞへる所から、其外の數を記憶する
ことも段々の史の職務になつて來たのであらうかと考へます。
>數をかぞへると云ふことが段々發達しますと、昔は暦日天文の事が餘程大切なことに
なります、數の發達したのが古代では天文の職務であります、そこで大史の職務の中に
は天文の職務が主もなる職務になつて入つて來た、それから段々史といふものが筆を執
つて物を書くやうになつたらうと思ふのでありますが、兎に角史官の起原は然ういふ所
から來た、それは何時代頃からかと云ふと、殷虚の龜の甲に書いてあつた所から觀れば、
殷代には既に在つたらうと思ひます
エドゥアール・シャヴァンヌも太史とは占星の長という説をとっている。
根拠として『周禮』では太史を占卜者の後、占星者の前に置いている
『礼記』では太史は立春の祭に関する職で、天体の運行を調べる役目としている
最後に、司馬遷自身が歴史に登場するときは、公的な職務上としては暦法および儀式にからんでの記事しかない、
これらを根拠に太史は本来は歴史とは関係がない職としている
>>201 神武と崇神が同一人物説とかも似たような発想なんだろうか?
読んでないのに批判するのも何だけど、
その手の発想は結局考古学的な物証が無いもの全部に適用できそうだからなあ。
甲骨文字ってものがそもそも存在してなかったら
夏、商、西周全部まとめて存在否定しそうな感じ。
>>199のは『史記を語る』じゃなくて宮崎市定全集の「史記」に載ってたわ
同じ巻に収録されてたから勘違いしてた
ただ春秋までの歴史については擬古派の左派に属すると自認してるし
結構ラジカルな面があるね
正史はどの辺りから何とか同時代の書簡や公文書、日記と照らし合わせられるんでしょ?
それがないと、他に資料がないから、多少怪しくても信じるしかない、の範疇を越えられないのでは?
>>207 漢は木簡なんかの出土資料がある
全く史書に書かれてない事が分かる一方で、史書に載っている行政文書の様式が木簡から確認できたりする
下って宋あたりからは正史はほとんど実録やら日記やらのダイジェスト的な資料価値しかなくなる
>>207 そこまでいくと、もう専門家だけの世界になってそう。
それにしても、何で古代は正史くらいしか残らないんだろ?
正史の分量が多いから、これで十分と思ったのかもしれないが。
時代が近代に近ければ、別に正史を参照しなくても、豊富な資料がありそうだが、便利ではなさそうだ
正史が残るだけでも凄いんだけどな。紙や木簡・竹簡は保存の問題もあるし。
日本だって鎌倉時代の文書は室町時代以降の写本か廃棄書類を漆壺の蓋にした
漆紙文書とかでやっと確認出来るくらいなんだし。
そらあっちだって当時のものがそうそう残ってるわけじゃなかろう
212 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:31:08 ID:DEWwK8eY0
凄いのはオリエント。粘土板は砕けさえしなければ、土中に埋まっている状態ではほぼ
半永久的に残るから、3千年くらいまえの行政文書のきれっぱしみたいなものまで保存されている。
古代オリエントに関する正史と言えば、イスラム以前のものは滅んでしまったものが大変多く、旧約聖書とか、
ヘロドトスやトゥキディデスとか伝世されたものは大変少なく、所詮は資料編纂者にとっての外国のことなので、
内容も結構怪しかったりする。
なのだが、粘土板のかけらから今やかなり詳しい歴史が再構築されるようになっている。ちょっと前までは存在自体
が知られてなかったりしてるのにね。ヒッタイトとか。アッシリアなんかは確実な王統譜がBC15世紀くらいまで遡れる
ようだし凄いことだ。
対照的に悲惨なのがインド。貝葉文書とかの保管限度は200年くらいと言われていて、あれだけの
歴史の長い文化地域なのに古代史は結構五里霧中。熱いところは大変ですよ。すぐ腐るし虫が食うし。
214 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 22:28:39 ID:tU1zh5Ia0
甲骨文字も食用にしなければ持ちそうだ
215 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 23:54:38 ID:x/OzXspx0
殷代後期は甲骨文字のおかげで結構分かるといえば分かる。
かえってより新しい西周の方が分からない。金文なんて断片的だし
甲骨は保存性が良いね。なんで周になってから止めたんだか・・・
その頃は単純に事績を細々残そうと考えてなかっただけなんじゃない?
217 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 00:51:58 ID:lK6d1i1WO
殷と周じゃ祭祀の形態が違うからね
殷は動物の骨に文字彫ってたから、使用済みの骨は漢方薬くらいしか再利用されなかったけど、周は銅器に文字彫ってたから、銅は鋳つぶして再利用出来るからね
周の方が文化的には後進であるから、細かく記録する概念があまりないとか
記念に銅器に鋳込むことはあったにしても
祭政一致の度合も薄らいできてるし
後進ってのは言いすぎだろ。要は宗教観(という言い方をすると誤解を招くだろうが。)の違い。
周の人たちは鬼神に対してさほど遠慮する必要を感じなくなった。だからいちいち細かいことまで鬼神に報告することもしなくなったし、占いの結果を逐一記録することも無くなった。
現代的観点から言えば、迷信を廃した「進歩的な考え方」になるわな。後進とか進歩とかあまり安易に使うべきでない。
そういうのじゃなくて技術的な部分での話じゃないの?
青銅器とかの製造技術とか。
221 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 00:19:50 ID:mIOEjElf0
周も元は甲骨に文字を刻んでたんだけどね。
周の故地から周原甲骨と呼ばれる甲骨文字が発掘されてる。時代は正に殷征服の
直前。でも、いちいち鬼神にお伺いたてて、それを大切に記録してたのは周も同じ。
殷を支配した途端に無くなったのはなぜなんだか?亀卜自体はずっと後世まで尊重
されてたんだけど(それこそ孔子の頃まで)。
222 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 00:55:55 ID:mIOEjElf0
後、甲骨文字に関する本を読んでると色々と面白い。
殷周交代に対する正史の伝える内容ってとてもそのまま事実とは取れないものではある。
でも、殷周交代を演出したと言われてる勢力が甲骨文字の中にちょくちょく出てきたりするようで、
あ〜本当にいたのね、と思ってしまう。
しかも、殷王の主要な遊猟地(ってことは重要な配下)として出ることが多いような。
周もそうだし、召公セキ勢力と思われる「召」も出てくる(しかも言及回数が多い)。
「斉」も配下として出てくる。「微」(微子?)も結構顔を出す。
微と言えば書経の牧誓にも出てくる。
〜庸・蜀・羌・ボウ・微・盧・彭・濮の人々よ、汝の矛を上げ〜って奴。この牧誓に出てくる
奴らの半数以上が甲骨文字にも現れていたはず。しかも、羌は敵対勢力として出てくるけど、
後は全部殷に臣従する勢力として出てくるはず。甲骨文字の中では。ってことは周も含めて殷は
味方に裏切られたということなのか?しかし、現存する甲骨文字は帝辛(紂王)時代のもの
まで残ってるけど、周の反乱の兆候すらも内容からは伺えない。むしろ人方という東方勢力への
遠征を盛んにやっている(甲骨文字では〜方と付いたらそれは敵)状態。殷はまったく衰退の
兆候を見せず、むしろ強勢を誇っている最中に突然滅んだ印象(世界史でも稀では)。
一体何があったんだか?
ちなみに、個人的な感想では周が長期間かけて殷を滅ぼしたという平勢説は何か違うような気が
します。甲骨文字からそんな戦争は伺えないし、周は最後まで臣下扱いだし。
長文の独り言すまん
そういう楽しい長文はどんどん続けてくれ。
救済上げ
225 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/17(木) 07:26:28 ID:1Gx8lSzEO
221年6月29日
222年1月1日
222年11月30日
日食多すぎねえ?
228 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/17(木) 08:32:59 ID:8qOS1f1e0
>>222 史書に残ってる殷滅亡時の話からしても、殷は強勢だった、
って印象はあるね。
たいがい滅亡王朝の最後って、だんだんと勢力が衰えていって、
ジリ貧になって、最終的には決戦といえるようなものもなく
終了、って感じが多いのに、
寄せ集め裏切り続出とはいえ、反乱諸侯勢力より数で勝る軍勢(70万もいたかは謎だけど)、
を用意して、牧野で一大決戦行ってるしね。
そういう考古学的な研究から見ると、長年引っかかってた記述なんかも、
個人的に「なるほど」と思えたり。
付け加えておくと、自分も殷周革命は、表だっての戦闘と政権交代自体は
比較的短期間で終わったんだろう、と思う。
経過的には、関ヶ原+本能寺みたいな感じなんじゃないかな。
231 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/14(土) 09:02:32 ID:pRWItFDA0
おー周原甲骨の話が出てくるとは。
周原甲骨で面白いのは帝乙(帝辛の父、つまり紂王の父)を祭祀していること。
ほかに殷王の狩猟についての卜占もある。どうみても周は殷に隷属していたとしか思えない。
そして、周原甲骨には人為的に砕かれて埋められたような形跡があるんだな。
一体何があったのやら ( ̄ー ̄)ニヤリ
春秋以前は全て創作だと思った方がいい
こういう話になると封神演義がいかにアレかよくわかるなw
創作を元にした創作だから仕方ないでしょ
物語に対してアレとか馬鹿じゃないの
>>234-235 全くその通りだが殷周時代や封神関連のスレじゃそれが通じない人が多いんだよな
このスレの人たちは違うがよそじゃ創作を元にした創作、物語としてじゃなく
小説どころか歴史書同然だと思ってる奴も珍しくなかったりする
238 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/15(日) 11:27:53 ID:5PKE4GiUO
>>236 たとえばどのスレ?
関連スレはよく見てるけど、史書同然とか思ってそうな奴はほとんどいないと思うが。
個人的に
>>232>>234>>236みたいに
>創作を元にした創作
って感じで史記とか歴史書を「創作物」扱いする輩のほうが鬱陶しい
内容に事実と異なる部分が含まれ得るからって
史書を「創作物」扱いされたらたらんわ。
全然違うぞ。
>>232は、史記や等に残される殷周代の記録ははるか数百年後のもので考古学などでの裏付けが乏しく、
信憑性に欠けることを言っている(春秋時代に入るとそうでもなくなるが)
>>234や236は「封神演義は創作だ」と言ってる。一緒にしてはいけない。
>>234>>236の
>創作を元にした創作
の部分に突っ込んでる。
創作(史記)を元にした創作(封神)って言ってるんだろ?
史記の記述をただの創作扱いされたらたまらんわ。
>>232も信憑性に欠けるってのを「創作」と言われるとちょっと違うだろうと言いたい。
たとえば唐の玄武門の変みたいに、明らかに記録を残す側が曲筆してるなら
「創作」と言うのはまだ分かるけど、史記の殷周時代の記述みたいに
考古学裏づけが無いってだけのものを「創作」と言うのは違うだろうと。
史記にある殷の歴代の王の名前は考古学的に存在自体は裏付けられてる(はず)。
(発掘された甲骨文に名前が刻まれてるんでしょ?)
司馬遷の時代から見てもかなり昔ではあるけど、
参考にしたであろう記録物がただの創作とは断定できないはず。
神話部分は「創作」でも構わんがさ。
「封神」は「武王伐紂」という小説をアレンジしたもので「創作を元にした創作」で合ってる。
つうか、史記の該当部分の分量どんだけか分かって言ってるのか?
243 :
234:2009/11/15(日) 21:14:42 ID:W3MyYAx8O
すまん、説明不足だった
俺は
>>242のつもりで書き込んだんだわ
武王伐紂は封神演義よりはかなり現実寄りの話だったかな、あんまり詳しくは無いんだが
史記は評価は高いけど、商代以前の内容はあんまり信用してない、ちょっと昔過ぎるからね
244 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/16(月) 00:32:22 ID:mywip3BN0
確かに、商代は司馬遷の時からさらに千年くらい前の話だからね。
俺らが安倍晴明の話をしてるようなもんだ。そう考えると凄い。
でも、中には考古学的な裏づけがあるものも意外とあったり。
事実そのままと受け取るのはさすがに贔屓の引き倒しだろうけど、思ってるよりは
根拠がある話が多い、何からの事実があったことが多い、と言うべきかなと思っている。
殷王の系譜がかなり正確であることは周知のことだし、西周の王の系譜もほとんどが金文から
確認できる。殷周交代の経緯も意外と事実を何らかの形で反映してそうだし。
甲骨の資料から、周が殷に服属していたこと、しかも殷の文化圏に属していたこと、
しかし何らかの理由で反乱を起こして殷を滅亡に導いたこと、それが(多分)殷側にとっては
突発的に起こったこと、が推測できる。これらは史書の記述と矛盾しないと思う。
しかも書経の牧誓などで牧野の戦いは甲子の日と記載されてるけど、西周初期の金文(利簋)
にも、「武王殷を倒す。戦いは甲子の日の朝始まり、昏はやく終わった」、いう内容の記述が
あるみたい。考古学的な資料が全くないわけではないのかな。あいまいな部分が多いけどさ
245 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/03(火) 21:13:20 ID:/hgTGcCG0
南京大虐殺をデッチあげてる時点でFA
史書は事実ではないからな
あくまでも記録
当時の権力者にとって都合の悪い事は決して書かない、書いてはいけないという
暗黙のルールがあるんだから当然、虚構も多いだろう
創作物とは明らかに違う分類ではあると思うけど、本当の事実だの真実だのが
史実で完全に明らかになるわけじゃない
正史なんか信用できるわけないだろ
劉備の事を中山靖王の末裔と書いてるぐらいだしなw
史記には崔杼の記事のような権力者におもねって筆を曲げる事をしない史官が複数いた事も書いてあるし、
史記自体も劉邦に都合の悪い事は高祖本紀には書かなくても項羽本紀に書いてあったりする。
何が暗黙のルールなのか?適当な事言ってんじゃねぇ。
>>248 結局は記録の羅列だろう。
映像媒体かなんかで残ったりするのか、史実の絶対的な真実みたいなものが?
事実、真実って言葉を軽々持ち出しすぎだ。
史実の虚構と、小説の虚構は種が違うという話じゃダメなのか?
>>250 なにを言っているんだ?
史実ってのは記録の羅列の中から相互関係を洗い出してより事実に近い事柄を導き出した結果だぞ?
正史二十四史だけでそれが完結できるわけがない
その意味では正史といえど「信用」などできないのはそのとおり。
ただの有力な参考文献のひとつだよ
ならばやはり史実と小説、異種の虚構という事だろうな
>>252 きょ‐こう【虚構】
1 事実ではないことを事実らしくつくり上げること。つくりごと。
2 文芸作品などで、作者の想像力によって、人物・出来事・場面などを現実であるかのように組み立てること。フィクション。仮構。
正史と小説はどちらも100%信頼できるものではないが、前提が全く異なる
正史は建前上、事実に近いものを目指して作られている。都合により一部事実と異なる
小説は虚構が含まれることを前提に作られている。場合によってはほとんど虚構
「異種の」という言葉をくっつけようと、「虚構」という言葉でひとくくりにするのは妥当ではない
史実もまさに
1: 事実ではないことを事実らしくつくり上げること。つくりごと。
この類だと思うが?
>>254 つくりごとが混ざっていても、「本来」「建前上」つくりごとではないものを
虚構と呼ぶのは日本語として不適切
つくりものなんだから虚構でいいだろ
何をそんなに拘ってるんだ?
結局、事実でないことを事実として作り上げてるんだから
おかしな日本語に拘ってるのはお前だろう
つくりごとが主体でないものを虚構と呼びたがるのは
正史の中の事実ではない部分の割合を不当に高く強調したいだけじゃないのか
正史に書かれた事柄をひとつひとつ検証して整合性がとれない部分を虚構と呼ぶなら分かるが、
「正史=虚構」と頭ごなしに決め付けることは冷静な見方ではない
「正史は100%事実とはいえない」「虚構を含む」なら同意するが、
100%事実とはいえないもの全体を指して虚構と言うのは日本語としておかしい
正史の記述を事実と信じるも、信じないも人次第じゃないのか?
そもそも「正史=歴史の事実」なんて誰が言い始めたんだ?
記述の羅列による記録であることは分かるが。
そんな媒体ならば、小説とは種の違う虚構と言われても
日本語としておかしいことなんてなにもないだろう?
真実、事実なんてのは本当に現在において確認できる事だけなんだから。
>>258 おいおい、史学についてというか学問について1から説明しなきゃならないのか?
お前が個人的に信じないのは勝手だが、
正史の妥当性について独自に検証するでもなくソースを示すでもなく
信じない理由が「個人の自由」だけじゃ、理屈は無いに等しいな
議論にも何にもなりゃしない。チラシの裏にでも書いてろ
単なる史学への信仰に近いほど敬虔で激しすぎる一本木な思い込みのぶちまけとか勘弁なのだが・・・
自分の思い通りな流れにならないと、議論にならないとかなんだそりゃw
俺を「正史=歴史の事実、真実」と思わせるような根拠を伴った論を展開してくれよ。
史学に興味ない人間に同様なツッコミもらったら、そんな意見で切り返せば
納得してもらえるとでも思ってんの?
>>258 歴史学を否定するようなこと言うなよw
正史の裏付けは、他の史料や石刻のような物証が補ってくれるよ。
それをもって「より事実関係に近い」事柄が浮き彫りにされるんだよ。
正史ってのは、それを知るうえでの最有力史料。
小説ってのは、特に『三国演義』などは、二次三次の創作物であることと
客観性を欠いた文体であることで、歴史記録とは一線を画しまくる
しかし、曹操の墓騒動の話を見たら、史実で書かれてる事は
明らかなウソだと思えちゃったしなあ
あんな豪壮な装飾品に膨大な数、どこが薄葬なのかとw
>>262 >>曹操の墓騒動の話を見たら、史実で書かれてる事は
明らかなウソだと思えちゃったしなあ
ここが勘違いの元だな。
正史=史実ではないのだということをよく理解し、なおかつ
史実を追求する上での史料のひとつという認識をもつことだな。
史実というのは、今回の「物証」などにもよって次第に明らかにされていくものだが
そのとっかかりは歴史記録である各歴代史書にある。
言ってる事がよく分からんよ
根本の問題に上がってた史実は事実、真実ではないって事はどうなったの。
結局、ウソもあるんだから虚構と呼んでもなんの差し支えもないんでしょ。
史実はあくまでも「より事実関係に近い」だよ。
いろんな資料や記録からそれを判別するのが歴史研究。
反論があるなら説得力の在る根拠を携えて学会に提言するんだね。
>>結局、ウソもあるんだから虚構と呼んでもなんの差し支えもないんでしょ
差し支える。
全部が嘘ではないから、虚構とは言い切れない。
個別の嘘を嘘だとする根拠が伴い、おおむね反論がなければ、その嘘のみは虚構とみてよいが
それがために、すべてを虚構よばわりするのは暴論。
>>264 >根本の問題に上がってた史実は事実、真実ではないって事はどうなったの。
一応ツッコミ入れとく。史実は歴史的事実の事だ。その上で正史が史実を伝えてるとは限らない。
しかし正史の記述が事実でないとするに足るだけの理由もなしに虚構という事は出来ない。
一方小説は虚構である事が前提だから一緒くたにするな。
嘘もある=虚構ってどんだけ短絡的なんだか
白か黒かの二元論で物事を決め付けたがる基地外はつける薬無しだなw
>262
え?普通に薄葬だと思ったよ
生前に使っていた物しか入っていなかったじゃないか
諸侯クラスでももっと副葬品豪華なの沢山あるし
>>265 それはそれで極端にぶった切りすぎでしょ
史実の全てが嘘なんていい切れないし、元々小説も
史実の真実として語れてる部分をベースとしている。
西遊記や封神演義などは虚構部分がそのほぼを締めるが
三国演義は非常に史実面の記述を重視した
史実に近い内容の時系列を纏めた小説として仕上がっている。
小説=虚構が前提とは三国演義のような例外もあるのでそうは言いきれない。
そして、正史の嘘らしき部分も曹操の墓騒動でより鮮明になった。
あれをさすがに庶民レベルでも薄葬なんていうのは無理があるし
一般の王レベルの立派な墓なのに、何故わざわざ「薄葬」などと書くのか、というのは
紛らわしすぎ。
意図的に正史において曹操をヨイショした記述とも言える。
わかり易い小説の虚構は虚構。
正史は分かりにくい虚構はそれでも事実と言い張るのは如何なものだろう?
正史にも虚構と思わしき部分は現にあったじゃないの。
>>269 >小説=虚構が前提とは三国演義のような例外もあるのでそうは言いきれない。
それでも小説は小説と口を酸っぱくして言わざるを得ないのは、演義の影響で3世紀に鐙が有ったとか
あんな武装してたとか、諸葛亮が魔術師だったと思ってる輩が多いから。
それはわかり易い虚構部分だろ?
それを虚構と呼ぶのは当たり前だと思う。
しかし、正史の虚構は何故「虚構」と呼ぶことを毛嫌いするのかと。
>>271 知ってる人には当たり前でも知らない読者も多い。それなのに「小説は虚構が前提とは言い切れない」とは
これ如何に?
正史の虚構だって虚構であると確定してる部分は虚構だし、虚構っぽいとされてる部分は「虚構の
可能性が高い」であって、毛嫌いしてる訳じゃなかろう。
三国演義は時系列、勝者となった国は史実をなぞり本当にきっちりしてるからな。
この部分は史実との差もないでしょ。
七実三虚という例えもあるように七分も史実の記述そのものを踏襲している。
これはさすがに「虚構」とは言い切れないのでは?
西遊記や封神演義を見れば分かるけど、虚構によって構築された
小説は虚構が前提というのはその手の小説を指す物だと思うよ。
道教や老荘思想をベースにはしているけども、小説ならではの伸び伸びとした
自由演技がメインで史実から用いてる物といえば人物の名前くらいのもの。
頭とケツは史実にあわせてるけども、それ以外は独自の世界観で展開されており
これらは三国演義とは全く趣の違う、虚構を膨らませる事によって物語をより壮大に
展開する事を機軸としている傑作小説。
>>273 >七実三虚という例えもあるように
だから三分は虚構でしょ?西遊記や封神演義とは一緒に出来ないけど、そこまでこだわる必要あるの?
あと封神演義はグダグダなんで西遊記と一緒にするのもどうかと思う。
三国演義は正史がベースだが、視点が特定の個人に偏っている
そこで真実があったとしても、「記録」としての信頼性、客観性はない
そういうのは資料とはいえず、たまたま真実が語られたにすぎない。
しかも、その裏づけを正史はもとより関連史料で見ることができる
というならなおさら。
二次・三次の創作物だからだ。
史実に近い時系列で歴史を俯瞰できる史料ならば講談調文体の『三国演義』
に求めずとも司馬光の『資治通鑑』がある。
>>271 史書における虚構、粉飾はすでに史家によってある程度読み解かれている。
君がよくしらないだけなのでは?
それをもって、史書の全てを虚構だというのは(ry
>>269に訊く。
史実とはなにか?
正史=史実ではないというのは、再三指摘されているが。
なんか凄い論理が満載な流れだな
とりあえず
>>268が流されてるが
発掘された曹操の墓は簿葬だったと中国の学者が認定したはず
理由は上のレスにあるとおり
>>268は正史の信ぴょう性を批判する前に自分の知識不足を心配しろ
>>274 封神演義は四大奇書じゃなく文学的に二流で西遊記より格下だが
どっちも三国志演義のような歴史小説じゃなく神魔小説ってジャンルなのは一緒だし
あと問題になってるのも虚構と史実であって内容がグダグダなのは
全く関係ないんだからむしろ一緒にしてはいけない理由が全くないんだが
>>275 結論としては史実にも虚構はあり
小説とは種の違う虚構ってことでしょ?
虚構が存在するのに、史実の虚構を虚構と呼ぶのは日本語として
おかしいとか言い出した奇妙な奴がいたのよね。
>>276 それは一介の学者の私見であり、大衆的な意識とは無関係でしょ。
あれだけの副葬品が見つかって、それでも簿葬だと言い張るのは立場を利用した暴論の類だよ。
その学者が曹操の素行にも深い思い入れを持ってるだけでは?
第一、中国社会科学院が正式に「曹操高陵」と格式高く認めており墓の規模も一代の王に
相応しい巨大で豪壮なものなんだから
それを、節約に尽くした簡素な墓であると思うほうがおかしいんじゃないのか?
始皇帝の墓と比べたら・・・とか極端な事いうなよ?
あれは桁違いすぎだから。
>>279 >結論としては史実にも虚構はあり
何度言っても判らん奴だな。お前さんは用語から間違っている。史実は歴史的事実であって虚構では無い。
だから史実を虚構と呼ぶのは明らかに間違っている。(史実の虚構というのは成立しない。)その上で正史に
書いてあるのが史実とは限らない。間違っている場合も有る、というだけの事だ。
>>278 >むしろ一緒にしてはいけない理由が全くないんだが
だって一括りに傑作小説って呼んでるから。
>>279 >>結論としては史実にも虚構はあり
こう言い直すのならば、ある程度の人らも納得する。
「結論として『正史』にも虚構はあり」
正史=史実と思っているその頭をまずなんとかしてください。
>>279 ×大衆的な意識
○俺様の意識
テメエの脳内基準を勝手に世論認定してんじゃねえよ、カス。
頭のおかしな人の判定基準
・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人
他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど
無茶をし始めるので見かけたら放置してください。
http://www.2ch.net/before.html
>>280 まあ、知らない事を知ったかぶったのは良くないやね。
他人には散々、史実=正史ではないと力説してる一方で歴史小説と
神魔小説の違いを堂々と間違えるとは・・・。
>>284 判らん奴だの。
>>273が一流の西遊記とグダグダの封神演義を同列に扱って「傑作小説」と呼んだから、
一緒にすんなと書いたんだ。読解力が無いのか?
墓を作ったのは簿葬令を出した本人じゃないから、薄葬令を出したことが虚構とは限らないだろ
身分相応よりも質素なら薄葬令があったと考えるほうが自然だ
>>279 反対意見に対して勝手に「結論としては」とか言うなボケ
まともな反論が何度も出てるのに全く理解できてないんだな
お前はまず自分の読解力と言語感覚を疑え
「正史にも虚構はあり」 これには最初から反対してる人はいない
「正史は虚構」 全部が虚構ではないものは虚構とは言わない
正史の中にも史実と虚構があり、小説の中にも虚構と史実があるが、
「正史は虚構」と言うことは「小説は史実」と言い切ることと同じくらい有り得ない
>>285 ああ、それは悪かったな。
まあ、あんまりトゲトゲするなよ。
もっと分かりやすく書けば彼も理解できるんじゃないのか?
三国演義もまた史実としての有用性があり、史実の史料として
当たり前のように利用されている、とか。
どうにも史実=正史という適当な日本のメディアが垂れ流した嘘を
鵜呑みにしてるだけのヤツに見えるからな。
しかし、曹操の墓の話題にしても人それぞれの感覚によって
簿葬だった、そうは感じない、だの確固たる物証の前では正史の記述も
とことんあやふやだな。
>三国演義もまた史実としての有用性があり、史実の史料として
>当たり前のように利用されている、とか。
また脳内世論ですか
>>だの確固たる物証の前では正史の記述も
とことんあやふやだな。
そういうときは虚構というのではなく誇張という場合もある。
朱仙鎮の戦いはなかった、とする虚構説もあれば
軍隊水増しの誇張もある。
それをひとつの史料だけで判断せず、クロスチェックしてつまびらかにするのだよ
>>287 流石に演義は明代の作品であり
三国時代の資料にはならないだろう
>>288 中国のサイトで三国志の武将の事調べたりすると普通(主に蜀の武将)に
文献として三国演義とか書いてある場合もあるぞ。
陳寿が取り上げなかったという民間に伝わる伝承を史実として
とらえてたりもするんだろう。
正史=史実 じゃないのは分かってるよな?
それはただ正史だけじゃなく演義の実績も参考にしてるというだけの話だろ
イコール演義が史実として参考にされてるとはならない
まあそのサイト観たこと無いけど
その場合、『三国演義』が元ネタとした民間伝承から引いてこないと
資料的価値はないよ。
「『三国演義』にこういう話もある」という参考程度の紹介ならわかるが
いきなり史実と結びつけることは無茶だろう。
演義=史実じゃないんだから。また民間伝承=史実でもない。
>>291 中国の件はウィキペディアの武将の項目に演義のことが書いてあるのと同じレベルだろw
日本なら「演義では〜」と分けて書いてあるが、あちらは正史を知らない人が多いからな
日本もほんの20年ほど前までは演義と正史ごっちゃの本が大半だったが。
三国志が中国の話だからって中国のほうが日本より進んでるわけじゃない
大体民間伝承って言ってもそのほとんどは講談や演義で人気が出た以降に現れたものや、
講談や演義以降に、元々あった三国志と無関係の伝承と、三国志の武将が後から結びついたものばかり
伝承のひとつひとつを検証して後から発生した可能性を否定していない伝承に資料的価値などない
295 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/11(水) 10:25:58 ID:gNdOv3H50
>>291 そもそも、演義は資料とするために書かれたものじゃない。正史を否定する流れで書かれたものでもない
演義は講談人気のおかげで荒唐無稽なトンデモ三国志が広く知れ渡っていた時代に、
講談の流れをくみ大衆にとっての面白さを残しつつ「正史」を基本にすることで史実に近づけた小説
お前は必死に正史を下げて演義を引っ張り上げようとしているようだが、
演義書いた人は正史アンチじゃない、むしろマンセーなわけだがw
>三国演義もまた史実としての有用性があり、史実の史料として
>当たり前のように利用されている、とか。
つかこんなことを堂々と言っておきながら
ソースが「どっかの中国のサイト」しかない時点でお笑い草なんだが
サイトの内容なんてそこの管理人・住民の方針、知識で決まる偏りまくったもの
そんなこと日本の三国志サイトでも巡回してれば分かるはず
持ってくるなら実際にプロの考証の場で演義の記述が使われてるような記事を持ってこいよ
>>291はどうして相手の土俵で戦おうとするんだw
演義が正史に勝る部分は小説としての面白さや大衆受けや知名度や時系列のわかりやすさであって、
演義が史料として正史に勝る必要なんかないだろ
正史と演義は書物としての性質が全く異なるから、史料としての価値が正史>演義だったとしても
書物としての価値が決まるわけじゃないのに
もしかしてあれか。関羽か馬超か誰かのファンで「○○は正史だと演義ほどすごくない」とか言われて
正史を否定したくて仕方ないだけか
「自分は“演義の”誰それのファン」と自覚して、自分の中の正史の存在を黙って無視すりゃいいじゃん
そういう感情的な理由で正史を信じないのは自由だよ
世間や他人の中にある正史まで否定しようとするから間違いなんだ
正史を否定したいのは感情であって理屈じゃないから他人をどうこうすることはできないと自覚して、
考察系のスレに寄り付かないのが自分のためじゃないのか
演義は、日本で言えば
吉川『宮本武蔵』みたいなもんだな
299 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/15(日) 18:18:52 ID:a2N/V4XM0
頁1頁分の資料しか無いと言われてる宮本武蔵を
あれだけの大河ロマンに仕立てた吉川は凄い。三国志演義はもっと恵まれてると思う
演義厨って何でこんなにアホなんだろうな。
書いてて恥ずかしくないのか
301 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/20(金) 15:20:14 ID:qQPyaO3K0
正史が100%正しいかどうかはわからない
演義の中にも真実があるかも知れない
302 :
月孔雀:2010/08/20(金) 16:04:27 ID:2CcMFrDo0
301に同意。
まだいたのか関羽厨w
1000年以上空いてるのに、演義の中に真実なんてある訳ねーだろw
どんだけお花畑なんだw
>>301=302
下手な自演だなー
1行目はわかるが、2行目は根拠も示してないし
そんなのに同意するのは本人だけw
307 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/27(金) 23:40:01 ID:t2b3ltfF0
ニセ物ってのは別人の墓って意味じゃなく
墓自体が大昔っぽく作ったニセモノってことかよw
ちょっと無理あるだろ
先ず正史から学ばずに、何を学ぶんだ?
その上で、科学的検証や文中の矛盾点を考えればいいこと
光武帝紀は元になった東観漢記の光武帝紀からして胡散臭い
光武帝紀って明帝自ら作ってるのがあるんだよね
父のことを客観的に書いていたかと言われればものすごく怪しいところだね
史記、漢書と違って後漢書の元になったと思われる史書はどれもこれも官撰だっていう
誰も食いついてこないからって自分で賛同レスつけて楽しいか?w
>>309 しかし、その矛盾点を叩くと必死こいて理由も無く正史妄信に走るヤツの
異常な攻撃性とかはどうだろう?
一介の記録に過ぎないものに歴史の真実の全てが詰まってると思い込むのも
一種のロマンにだろうに。
具体例をあげてくれんと説得力も何もない。ただの叩きにしかならんぞ
にちゃんねる名物の「見えない敵と戦う」ってのがこれかw
ちょっと上のほうでは三国演義や民間伝承として三国時代の事実の可能性
完全否定とか物凄いじゃん。
何を根拠に否定しとるのかと。
完全に正史妄信の類じゃね?
レス番指定してくれ
どうするのが「完全否定」なのかよく分からんので
あと三国演義の事実の可能性、とやらもよく分からん
実際に正史に無くて演義にのみに載ってる事実の可能性とやらをあんた具体例挙げられんの?
>>316 その「三国演義」が事実の可能性があるってことを証明するための工具書の
ひとつとしても、正史「三国志」は関わっているのだが?
正史「三国志」を無視して、「三国演義」単独で、その書かれた内容のどれかが
事実に即していると、説得力をもたせうると思うのか?
だいたい、歴史事実を読み解くのに、正史か演義しかないその考えをどうにかしろよと。
上の方でも言われているのに、まだそれか。
進歩のないやつだ。
だからさ、具体例挙げてくれよ
実際に演義にしか載ってないけど事実の可能性がある記述とやらを見つけたんだろ?
「稗史」とだけ言われても意味分からんし
三義廟とか普通に「史跡」扱いだけどなにか?
>>319 出てきたのが稗史だけかよ
石刻とか出土品の物証が大きく関与しているのを知らんのかい
で、「三国演義」にしかない「証明された」歴史事実とは一体なんのことか
趙雲が針に刺されて死んだとかいうやつか?
清代に出来たもんが史跡扱いでも何の不思議も無いわけだが
会話が通じるなら早く演義の中の事実とやらを教えてくれ
っと、それは三国演義じゃなかったな。
お前のすぐ前のレスの話じゃねえかw
どこまで人の話聞いてないんだよorz
史跡三義廟:
三国演義、桃園結義に由来した劉関張を祀った廟
史跡とは?
し‐せき【史跡/史蹟】
歴史上重要な事件や施設などのあった場所。
稗史の中にしかない話がちゃんと歴史として認められてる例。
石刻とか出土品の物証が大きく関与してる云々に関係なく
認められてるものは認められてるんだよ。
>>323 >清代に出来たもんが史跡扱いでも何の不思議も無いわけだが
その理由は?
>>325 それは、「三国志」時代の「歴史事実」を紐解く上で重要な歴史的物証
というわけではないことを理解してください。
その意味では、「三国演義」も歴史的に価値の在る「娯楽小説」なわけだが
その歴史的価値は、元末明初の世相とか、講談三国志がどのように
推移して結実したか、というあたりの研究材料であって、三国志時代の
史実への寄与は薄い。
もともと「三国演義」は正史「三国志」をベースと書かれているわけだから
たとえば日本で言えば、「NHKの大河ドラマに歴史事実がある」と言ってみても
元ネタの方にこそ重要性があるわけで、それをすっ飛ばして「大河ドラマも史実だ」と言って
みたところで空しい。
しかし、稗史が歴史として認められている事実は揺るぎようが無いぞ?
そんな自分自身で納得の出来るポイントに着陸するんじゃなくて現実も見てくれんかな。
歴史は歴史でも三国時代の事実としてではなく講談や民間意識としての「歴史」だがな
>>327も言ってるがその辺を混同するのはいけないね
>>328 君は現実どころかなにも見えてないみたいだぞ?
「稗史が歴史として認められている事実」というのは、どうして認められているのか
わかっているのかな。
そして「三国演義」は稗史ではない。
君の主張の根底はいったいなんなんだ?
>>330 >「稗史が歴史として認められている事実」というのは、どうして認められているのか
>わかっているのかな。
>そして「三国演義」は稗史ではない。
上から目線で行ってくるのなら、その証拠提出を是非お願いしたい限りなんだけども?
常に居丈高に意味不明な否定だけされても説得力ないよ?
つまり歴史的な信憑性がないものを史跡と呼んでるだけだろ
最近作られたものを史跡と呼ぶことはなくても、そこそこ古いものなら
昔の人が信じて大事にしていたからとか観光地としてとかの意味や価値を認められているわけだ
「認められている」って言っても史学者じゃなく役所や観光協会みたいな連中だろうしな
つまり、史跡と呼ばれていることと歴史的事実とは絶対的な関係はないわけだが
それで何が言いたいのかサッパリ分からん
333 :
332:2010/09/20(月) 15:25:15 ID:RYenl6/r0
ちょっと抜けた
「認められている」って言っても、“認めたのは”史学者じゃなく役所や観光協会みたいな連中だろうしな
なんでそんなに上から目線なんだ?
史学者のみが認めないと史跡として認められないという
意味不明な俺ルールを強引に押し付けてくる意味が分からないんだが・・・
お前の価値観がどうでもいいとして、ちゃんと史跡として認められてる事実が
あるんだよ。
それに歴史的事実って何よ?
歴史的事実ってどうやって確かめんの?
>>334 おいおい、お前日本語大丈夫か?
史学者が認めないと史跡として認められないなんて誰も言ってないんだがw
>>325の
>>稗史の中にしかない話がちゃんと歴史として認められてる例。
に対して
「史跡と呼ばれること」は「ちゃんと歴史として認められていること」とイコールではないと言ってるだけだ
史跡と呼ばれているものがちゃんとした歴史を示しているかどうかは
ひとつひとつを検証しなければはっきりしたことは言えない
で、お前の言う「認める」の主語は誰なんだよ?
大勢の庶民が認めていたら物証が何一つなく検証を何一つしなくても「ちゃんとした歴史」と言えるのか?
>>335 だからなんで
その主観、つまり
「史跡と呼ばれること」は「ちゃんと歴史として認められていること」とイコールではないと言ってるだけだ
史跡と呼ばれているものがちゃんとした歴史を示しているかどうかは
ひとつひとつを検証しなければはっきりしたことは言えない
と言い切れるかという証明が欲しいのだが?
お前さんが幾らそんな風に吠え立てようようが
中国には現実として史跡としての三義廟は存在している。
その自分ルールの中に当てはまらないものは
歴史として認められている事にはならないとでも?
現実として存在している「歴史ととして認められてる史跡」はあるんだよ。
三国時代の事実とやらがあまりにも不鮮明すぎるので
民間に委託した歴史の事実や、その史跡も生まれたんだとは思うが・・・
>>338 >>ひとつひとつを検証しなければはっきりしたことは言えない
>>と言い切れるかという証明が欲しいのだが?
というか、それ以外の方法で、どうやって過去の出来事を組み立てる方法があるんだ?
「かもしれない」では居酒屋談義にはなっても、多くの人たちを納得はさせられないよ
正史だってその時代によっての曲筆があるわけだから、文物や外国の記録
後代の記録との相互チェックがなされ「より事実に近い」ものが導き出されて
それが今の歴史事実としての「定説」になっているんだよ。
三国演義の記述や故事が事実なのだと証明したいなら、それだけの段階を
踏まねばならない。
しかし、その段階を踏んでいく過程で、三国演義が元ネタとした正史三国志は
絶対に無視しては辿りつけないだろう。
>>民間に委託した歴史の事実や、その史跡も生まれたんだとは思うが・・・
それにしたところで、三義廟は清代に造られたものとしての歴史的価値があるのであって
後漢末の遺物だとか、当時の建築様式を知る手がかりでないことは自明なんだがな。
あくまで「三国演義の有名な場面をモチーフにした清代の史跡」ってことなんじゃないのかい?
340 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/20(月) 23:37:12 ID:gPx3NJN50
>>338 >民間に委託した歴史の事実
その実例を具体的に挙げてみろよ
おまえの脳内事実じゃねえならなw
>>339 賛同してやりたいところなんだけど違うんだよなあ。
お前さんのはやっぱり頭の中だけ、学校で見て勉強した
だけ、で考えてるような気がする。
当地に行けば分かるけど、例えば三国志の史跡めぐりツアーなんて
基本演義ゆかりの地が当たり前で、そこが堂々と「史跡」として
通っており、ガイドまでが「ここで劉備や関羽や張飛が〜」とか
平気で言う。
観光案内としての喋りなのかもしれんが、逆に正史から見る
歴史的事実なんてものとの区別そのものがない。
正史に描かれている記述が本当に歴史の事実と当てはまりそれを
証明できる確固たる証拠でもない限りは俺は現実世界で実感し
確認できる「事実」を信じたいね。
>>340 三義廟の話が散々に出ていただろう?
ちゃんと流れくらい確認しとけ。
流石に観光旅行の体験を”歴史”の事実とか言い出すのは勘弁してくれ
古典小説の舞台めぐりと何ら違いがない
百聞は一見にしかず、だよ。
現実で語られてる事実、というものを学んでくるのも
いい勉強になる、見識も広がるよ。
>>333 全部抜ける前に不毛な議論はやめるんだ。
ストレスが一番毛根にダメージがでかい。
>>343 お前を天満宮に連れて行ったら「道真は怨霊になったのか」とか言い出しかねんな
当たり前の事だが、当時の民間の認識=民間に委託した歴史の事実ではないんだぞ
話が飛躍しすぎてて論じる価値がないわ
学校で見て勉強したとかじゃないよそいつは。昔からいる関羽厨だよ
関羽にとって不利なものは全て存在を否定したくてたまらんらしい
でっかい感情にちょこちょこっと屁理屈をくっつけてるだから話になるわけがない
>>341 >>観光案内としての喋りなのかもしれんが、逆に正史から見る
>>歴史的事実なんてものとの区別そのものがない。
>>ガイドまでが「ここで劉備や関羽や張飛が〜」とか
>>平気で言う。
中国の歴史研究とはなんら関係がない。
将門の首塚や義経伝説でも似たようなもんだと思うが。
そしてそれは、一般に史実とは言わない。
>>正史に描かれている記述が本当に歴史の事実と当てはまりそれを
>>証明できる確固たる証拠でもない限りは俺は現実世界で実感し
>>確認できる「事実」を信じたいね。
それが現在の歴史研究によって一定の納得を得られている定説ってやつだな。
人は過去には戻れないから、当時の遺物(歴史記録書含む)を詳細に研究して
相互関係を洗い出している。
だから現実に実感できるものといえば、後漢末三国時代付近の遺物であって
清代に建造されたものではない。
>>341っていっつも色んな場所で同じこと主張してる人だよね…
同一人物なんだろうけど何度も論破されてるのにいつになったら懲りるんだろ
>>347 論は立派なんだけどねえ。
その論を実証する手立てがないゆえに
机上の空論と言わざるを得ない。
もっと現実を見ることをオススメするよ。
人を貶めて優越感に浸るより、よっぽどタメになる事が
いっぱいあるよ?
>>341 お前さんが何を信じようと勝手だがそれを人前で主張するのは迷惑行為だから止めとけ。
了解、俺には仮想世界は不向きだったようだ。
現実世界での事実と対面しながら生きていくよ。
>>348 本人は論破されてないと思い込んでるんだろうね
「俺の脳内世界こそが現実世界でも真実!俺以外全員分かってないだけで本当は俺が正しい!」って思ってるんだろう
自分の妄想を他人に押し付けるためには
他の人々が何代にも渡って積み重ねてきた史学も考古学も論理も何もかも否定する奴だからな
そいつがやってることは文化や文明を全否定するようなもんだと思うが、
自分にとって都合の良い文化は信じて、不都合な文化は根本から否定するところが矛盾してるよなw
正史を否定するんじゃなく、関羽様を崇めるサイトなり関羽様の素晴らしさを詰め込んだ小説を書くなりすりゃいいのに
>>349 君は現実にある歴史学術書のいくらかは読んでみて
それでもなお、そういうことを言っているのかい?
その歴史学術書なり概説書は、「現実の」研究の一定の成果
なわけなんだが。
それでもそれは現実ではないというのなら、これ以上話すことはない。
>>351 糞壷にも糞壷のルールというものがある、現実を照らし合わせるなんて大人気ない真似はやめて頂こう。
しけたえさクマね
>>341の言う通り確固たる証拠でもない限りは正史に描かれている記述を信じないなら、
当然関羽という人が実在していたことも疑ってるわけだよな
墓が出土してないし、もしそれらしき墓が出て関羽の名前が彫られていたとしても、関羽本人だとは証明できない
DNA鑑定しても照合する相手がいないもんな
お前の言ってるのはそういうことだろ。お前は研究者の研究の成果は信じないんだしな
なのに清代の廟が存在してガイドが「ここで劉備や関羽や張飛が〜」と言ってたらそれは信じるわけか
それが現実だって?
論理性が全く無いだろ。到底常識人が同意できるものじゃない
お前がそう思いたいだけだろ。お前が自分の好みのものだけを現実と呼んでるだけ。
お前が一人でそう思うのは自由だが、それを他人に対ししつこく主張するのは基地外のやることだ
だって基地外だし
もしくは相手の意見や反論を全く理解できないリアル非コミュ
正史だと関羽とかただのゴミだから、妄想にすがって自分を慰めるしかないんだろうね
本当に哀れな奴だよ
正史だと関羽がゴミ?
正史全否定のヤツもそうだが、そうやって両極端だから馬鹿にされるんだよ
えっと…釣り?
先人の積み上げた論を無視するのか
->先人の積み上げた物のみが真実で新しい可能性を模索する必要なしと受け取られかねない
演義にも正史から漏れた事実がある
->今となっては証明不可能
関羽ゴミ
->新しいもめ事の燃料
ゴミとは何をもってゴミと言うのかでまたえんえん揉めさせるんだろうなあ
通常の議論の場所ならこんな断定的な切り捨ては無視されて終わりだけど
これに反応するのが2chだし
ここまで正史の信憑性を否定して演義や民間伝承を持ち上げてるってことは
実際ここの関羽厨自身が「正史の関羽はゴミ」って思ってそうではあるがね
>>362 マトモなお前さんまでが毒される事もない
所詮は誰かさんの自尊心回復のため関羽も利用されただけの話
シャドーボクシングで勝手に関羽厨なる敵を構築し
それを叩き尽す事で悦に浸る
もう、相手にせずほっとこうぜ
三戦ではそうやって無視されてる
好例は見習おうじゃないの
というか子供はゴミっていえば批評してる気になれるからな
賢しらぶって背伸びしたい子供って、批評文句がゴミだのクソだの神だのばっかり
ネット上じゃ威勢よく吠えたいのはわかるが
誰も特定の何かをこきおろしたくてこうやって検証してるわけじゃないしな
あっちこっち成り済ましては荒らすだけ無駄
こうやって議論をすり替えてうやむやにして
また忘れたころに戻ってきて同じような主張をするんだろうな
>>341は
ちゃんと反論できない時点で負けなのにな
ゴミっていわれたのを訂正したと、思ったら今度は勝ち負けへの拘りか。
とことん子供だな。
そんなもんどーでもいいわ。
>>364 そう、なんで突然「関羽厨」なるものがでてきたのかも不思議だったんだよな
他の板やスレを知らないからなんだろうと、スルーしてたら「関羽はゴミ」とか
言い出しててワロタ
iW4dnSys0=
>>341か
はっきりそう言えよ負け犬
不思議も何も、三戦や中英で少なくとも数年前からずっと同じこと言い続けてる奴だからな
毎回ちょっとずつ手を変えてくるけど結局言いたいのは「民間伝承と民間伝承を基にした演義こそ真実」らしい
このスレの上の方で「正史は虚構」と言ってたのと同じ奴だってことくらいは分かるだろ?
つまるところの主張が同じだしパターンも決まってるから同一人物だということは容易に分かるんだよ
本人も、同一人物であることも関羽ファンであることも否定しないしね
ID変えて自演したりもしないから、そういう意味ではまぁまっすぐな奴だよw
うーん自分はそいつは自演しないと思ってたんだけどな
念のため「議論の途中では自演しない」に訂正しておくわ
「中国人は正史と演義に区別なんて付けない」
「正史は捏造と誇張ばかりの創作物」も追加で
関羽厨とか演義とかは関係無しに、ID:lY7i/ei30は言ってる事に整合性が無いし、ID:28khd6iv0の言うとおり何度も同じ主張してその度に反感買いまくってる件の奴だろ
>>341を議論の核と考えれば、
>>356や
>>347がそれに対する直接の反論なのだから、それに対しての反論が出来ないなら議論は決着
色々言い訳してお茶を濁そうとしても、論理に論理をぶつけられないなら議論はそこで終わりなんだ。
>>372 得心した。
三戦は見てないが、たしかにココでは散見する類だったな。
>>373 つーか、議論の最中で自演なんて出来ないんじゃないの?
三戦じゃあるまいし
>>335の論などが良い事言ってるが、例えば「赤兎馬が水を飲んだ井戸」ってのは、三国志に纏わるものとして認識してもいいだろうが、
それが歴史研究の観点から見て本当に価値があるとは限らんって事だ
わざわざ説明するような事でも無いだろうが
なんか本気で関羽擁護してるのがいるっぽいな…
正史を嗜んでる人間なら、関羽=愚将は常識だと思ったんだがな
なんか認識が違うのか
携帯で議論をそらそうと必死なようだけどそんなにうやむやにしたいのか?
見え見えすぎるて寒いんだよカスが
>>378 擁護じゃない。
ゴミだの愚将だのと、安易に切って捨てる態度は
正史否定している件のヤツとベクトルが違うだけで
やってることは一緒だと言っている。
だな
擁護だの信者だのと特定単数は大層お好きみたいだけど
それがこの議論の何に寄与すると言うんだ?
一体誰を叩いて何を引っ張りだしたいだかさっぱりだ
>>378 正史の何処をどういう読み方したら愚将とかゴミとか言えるんだろう?
>>381 しかも、悲しい事に一定方向の同意意見ばかりで
彼自身の自演は本当に子供にすら見破られかねないほどに稚拙なんだよな
そこまで俺一色な流れにして彼は何を楽しみたいんだろうな?
なんかすげえカサカサ沸いてワラタw
愚将とかゴミとかは単なる釣りだろう。
>>341を怒らせたいのかもう一度出てきてほしいのかわからんが
まともに反論する必要もないけど、優れた人物じゃなかったら正史のあの位置にあんな内容の伝は立てられてない
ただ、演義ほど無敵じゃないし、神じゃなく生身の人間だから失敗することもあれば欠点もあるってだけ
>>377 PCと携帯で自演して「俺もそう思う。お前は正しい」と書いたりはしないって意味のつもりだった
まぁ、そういう環境にないだけかもしれないけどさ
>>385 関羽が愚将じゃないのは判ってるが、ID:r5WeWkbWOは三度に渡って書いてるからどんな意図があるのか、
それとも奴の脳内ソースなのか語ってもらおうかと思っただけだ。
ヤツの事だから
自分の脳内ソース=世間一般で認識されている常識
とでも考えてしまったんだろう。
非コミュであるが故の暴走ではないかと。
>>388 違うよ
関羽をゴミ、愚将と呼んでた奴の事
結局
>>341はどこいったの?
皆忘れた頃にまた笑われに来るのかな
お前は餌付けのセンスもないな
>>390 議論で他人を納得させることもどうでもいいらしいし
また頼まれても無い電波撒き散らしに来るから心配するな
素人だけど史記て信じがたい歴史書だよな。
信用度が無いて意味じゃない。歴史認識は主観的要素を必ず含み
古代へ遡るほど客観的事実はなくなっていくものだけど
どうやって資料を集めたか知らないが史紀の場合、考古学的発見からどうやら
史記の記述は事実に基づくらしいてなってきてるのも結構あるだろ。
中国人てユダヤ人や他の民族と違って歴史書が宗教になったりしないのかな
歴史書を宗教に仕立て上げるのは春秋とかでやってるだろ。
そうだな、知らなそうだから書いておく。春秋時代の名の元になった春秋は春秋時代の魯の国の歴史書だが、
儒家が「孔子の著作」と主張し、更に「ちょっとした書き方の違いや使う文字にいろいろな意味が込められてい
る」と主張した事で儒家の根本教典である四書の一つとなり、その隠された意味を解釈する学問が出来た。
>>392 まあID:XyIctN/G0とかID:VfUJdBGK0みたいなのにもう一回来られても、いい加減困るんだけどな
同じ日本語を使ってる筈なのに会話が全く出来ないという不可思議な状況は精神衛生上非常に好ましく無い
言語というより認識の差だろう。
日本語だからとかあんま関係ないと思う。
認識の差まで行かない。
全く会話のキャッチボールができない相手と話しても無駄だわな。
相手に上から目線と言いながら自分が一番上から目線で持論垂れ流し
相手が増えてきて反論できなくなると逃げる
落ち付いたころに少し切り口を変えてまた同じ主張を繰り返す
いつもこのパターンだからな、主張の内容が電波なら本人も電波臭い
寧ろ、正史の事云々言うのならちゃんと正史読んでない奴とかの方が困るんだけどね。
関羽はゴミ、愚将とかまず正史を熟読するところから始めた方がいいのが居る。
強いだの弱いだのと、少年漫画的観点から見るからおかしな評になるんだろうね
軍事は政治の一部であって、正史はあくまで政治史なのだから、いかに世の動きに
関わったかが重要なのであって。
いくら重要な事実だけを取り上げ記載しててもそこには主観的な色が出るだろ。
例えば新聞各誌は基本的に事実ばかり載せるが扱いかたは様々だ。
その色をも通して当時の見方を見るべきで
道教や占いが軽んじられてる現代の見方とは違う事実の見方が描かれてる
その点で史記などは凄い資料だと思うな。
>>400 必死だねえw
大好きな関羽が馬鹿にされてそんなに悔しかったのかな?
>>400は
>>341ではないだろ
>>341は正史アンチだし自身が正史をまともに読んでないから、人に読めとは言わないはず
毎回正史についてはネットで聞きかじったことくらいしか知らないようだよ、曹操の墓しかり
正史は虚構と主張したいなら正史読んでからにしろよと思うが
>>341は好き嫌いの感情と思い込みの塊だからどうせ「虚構だから読む必要はない」とか言うだろうな
>>403は「関羽をゴミや愚将とはいえない」みたいなことを言っただけで
関羽を擁護しているとか、関羽が大好きとか、関羽厨とか言って
決め付け、なにかしら反論した気になっているだけのヤツ。
とても正史というか、歴史学を学んだ手合いには見えない。
頭の中は
>>341とさほど変わらないのではないか。
はいはいw
>>341は演義バカ蔵であり、民間伝承バカ一代なんだろう。
基本スタイルが民間伝承メイン。
そのスタイルから民間伝承の記述より事実性を模索する姿勢は良いとは思うが
逆に事実性重視ならば正史記述を軽視してしまうのはいけなかったな。
まあ、もうあれ以降現われてないし本当に2ch初心者だったんだろう。
現われない相手に必死こくよりも、
>>403みたいな大問題児をなんとかしないとな。
民間伝承バカの彼はあくまでフィールドの違う民間伝承からの視点だったが
正史目線なのに正史の事を軽視して、個人的主観を優先する姿勢は歴史学に興味を
持つ人間の態度とは思えない。
>>341は少なくとも3年くらい前からいるから初心者ってほど初心者では無いだろう
3年経ってもアレっていうのもアレだな
3年くらいも前に居るんだったらこの流れに必ず噛み付くだろw
基本的に釣られやすいヤツは成長しないんだから。
片割れは相変わらず無様晒してるが・・・
>>410 341だって何度も噛みついた中の一つに過ぎんよ
上を見ればわかるが、同じようなのが現れてはスレを盛り上げて、もとい混ぜっ返している
基本的に忘れた頃に帰ってくる奴だ
釣られやすいヤツは成長しないなんて聞いたことないな
聞く耳持たない奴は成長しないとは思うけど
>>412 たしかに……
むしろ、釣られているのはおれらの方だから、成長しないと言われるのは
釈然としないわな
>>411 本当にシカトされ続けたら、俺ら虚しいけどな・・・。
>>341帰郷キャンペーンをこのまま継続する?
そろそろ、お腹はちきれんばかりになってきたよ。
「俺ら」って一緒にすんなよ
二度と帰ってこなくていいんだが
まあ
>>341みたいなのも居ないと盛り上がらないからな
早くまた笑いを提供しに来て欲しい
なら、わざとらしい誘致は止めようや。
誰も構いたくないんだから。
それよりか、正史の事を分かってない奴が
正史の事を云々言い出す問題のがシリアスプロブレムだぜ?
正史における関羽はゴミ、愚将。これを認めないと何故か
ブチ切れるしったか野郎をなんとかしないと、スレタイ通りの話すらできん。
このスレの
>>358とか事を言ってるならどう見ても釣りだろ
>>341は敗色濃厚になって急に現れたし
単発レスで全く反論しないことからも分かる
>>356の論だけで
>>341の言ってる事は論破出来る訳で、
いわゆる正史及びそれを史料とした史的研究の証明する事実性、歴史的認証性を虚構だつくりものだと否定するなら、
関羽や張飛が実在したかどうかという所も疑わなければならなくなる。彼の大好きな民間伝承まで含めたあらゆるデータに信憑性は存在しないのだから
当然、演義ゆかりの史跡やガイドのいってる「ここでは関羽や張飛が〜」とかいう説明も信じるに値しない。「民間に委託された歴史認識」とかいう、証明性の不明瞭なファクターも然り。
だから前者を否定して後者を信じるっていうのは論理性を欠いている
もっとも、その事は以前から何度も言われてるが、通じる気配はない。
そもそも、彼が何を主張したいのかわからねーよな
世間の認知度が高い事が全てで歴史学からの見地に存在価値なんかねーよ、とでも言いたいのかね
「世間の認知度」なんて主観や受け手側の層によって変わるし、そういう論法だと彼の愛する演義や民間伝承よりゲームや漫画の三国志の方がよっぽど世間にゃ浸透してると思うがな
>>422 いや、奴は
三国志は中国が舞台→日本より中国の方が真実に近い→日本の研究者より中国の大衆の意見が正しい
→中国の実情を知らない日本の研究者よりも中国のサイトを見てる自分の方が真実に気付いている
って思ってるみたいだよ。これまで何度も中国>日本観を披露してくれてる
正史の認知度が高い日本じゃ奴にとっては敵だらけだね
日本人をどうこうしようとせずに、中国に住んで日本のことを忘れたら幸せになれると思うよ
しかし、そうなると結局
>>341の方が真理に近い事を言ってる、と
認めてるようなもんだぞ?
いいのか?それで。
>>424 > 三国志は中国が舞台→日本より中国の方が真実に近い→(ry
に論理性があるとでも?
どこをどう読んだらそんな結論になるのか意味不明なんだが…
もしかして
>>341本人?
明らかに変なのに構うなよw
おいおい、少しでもお前の琴線に触れたら同一人物扱いなのか?
カンベンしてくれよ。
中国人ってのは今回の尖閣諸島問題でも自分達が正しいと思ったら
絶対に譲らないだろ?
そんなプライドを持ってる中国人が自分達の思っている自国の歴史に
横槍を入れられてそれを受け入れると思うか?
俺はそういう意味で、中国で認められてる
>>341の意見は真理に近いと思ったわけだが。
>>428 >>中国で認められてる
>>341の意見は真理に近いと思ったわけだが
そうかもしれない。
だがそこに、歴史学と向き合っている姿勢は感じられない。
歴史学に至っては、国や民族はこの際関係ない。
いや、むしろ関係の薄い方が客観性が増す場合があるのではないか。
>>中国人ってのは
そうやってひとくくりにして、なにかしら説明した気になるのは、論理性を欠く
民族枠による決め付けや断定がご法度なのは、重々承知のはず。
だったら、いい加減に
>>341に固執するのは止めてくれないか?
議論そのものが進まん。
彼のいう事だって、真実の一つだろう。
過剰に攻め立てる必要がどこにあるんだ?
>>ID:Hk+s3rrs0
お前が
>>424や
>>428で妙な事を言うから話が長引いている。
あと、観光地で実感出来たら「事実」で史料批判の積み重ねより上と言い放つ奴に何の真実がある?
これぞ傍目八目ということで終了
>>430 スレタイ読めるか?
>>341の体験した事が事実だったとしてもこのスレ的には「だから何?」なのよ
それを強引にスレタイに結び付けて長文で自信満々に主張してるから嘲笑の対象になってるわけで
一々アホに賛同してると同類と思われて終わりですよ?
つーか中国本土でだってゲームや漫画のサブカル三国志の方が認知度高いんじゃねえかな、今
レッドクリフも然り
成都の武侯祠の側かどこかにも有料で三國無双を楽しめる所があるんだっけねw
壁一面に無双のポスター貼ってる写真をどこかで見たわ
今もあるかどうかは知らないけど
感動三国志人物ランキングなるもので
関羽が1位取ってたけど、そこでも何故か三国無双5の関羽が居たなw
そんなんと歴史学をごちゃ混ぜにされたらタマラン
どっちが格上とか下とかいう話じゃなく、カテゴリーとしてだぞ
厨二はすぐに上だの下だの、強いだの弱いだの言いだすからなぁ
>>437 彼の言ってる「大衆の意見」や「世間の認知度」なんてその程度のもの
そもそも論ずるに値しない
そういうことだな
そもそも感情から端を発しているものに対して理論で反論しても通じないのかもしれない
彼と戦うべきなのは俺らじゃなく、「正史関羽の熱烈なファンで、アンチ演義関羽」って人じゃないかね
そういう人がいたら、ぜひ次回はよろしく
演義豚はマジでスレタイも読めない文盲しかいないようだ
スレタイ:「正史はどこまで信用できるのか?」
はて、文盲???
>>441 言いたい事があるなら、ちゃんと言った方がいいよ
また笑われるからさ
う〜ん、もうほっとくか・・・
444 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/29(金) 02:38:38 ID:2gqCZBN80
保守
>>209 正史に反する内容は全て焚書されたとかありそうだけど
日本で言えば日本書紀完成で帝紀が全て消えたし
支那に歴史はない。
あるのは権力者にとって都合のいい政治だけだ
>>443 横書きの日本文に「,.」を用いるのは朝鮮人だよ。日本語は横書きでも「、。」が正しい。
韓国語では、縦書き文書では「、」が用いられ、横書き文書では「,」が用いられる。
この用い方は統一されているため、縦書き文書に「,」を、横書き文書に「、」を用いるのは誤り。
だから日本語で書くときもカンマピリオドの癖が出るんだろうね。
時代による
449 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/09/10(火) 23:36:53.00 ID:WshWZyJZ0
後漢書と晋書の信用できんは、ベクトルが違うな
前者は編者の意向が大いに反映
後者は元々、史料が雑多でよくわからなくなっている
晋書について、唐がどのような方向性で編集したいかはよく分からないし
唐の操作ってのは水掛け論
現代的な評価は、
史記>三国志>漢書>>その他
って感じだな
時代が後になればなるほど、史料が増え、まとめきれなくなる印象
450 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/09/11(水) 08:05:12.32 ID:qs45NrRtO
まあそれでも一級資料自体が散逸(つか文字の獄の影響が大きいが)したのがある明史までは、そのまとめ切れなかった雑多さが宝の山に変わる時も極たまにはある。
一級資料が平気に今なおある清史稿なんかは単なる儀礼文書みたいなもんだが。
にしても五胡十六国の異民族の支配者でも名君だと思ったらそう書くんだね
全否定しない姿勢はいい
452 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/09/11(水) 12:41:37.98 ID:oEs5R+M20
?
身長はあてにならん
正史の考察なんて古すぎて分からんもんね
歴史と言っても、人が中心だし
誰々がこう言った、あー言った
また誰々がこんな事をした…
ホントかよっ?っていうね、資料はあっても確かめようが無い
映像でも残ってりゃ別だけど、話だけじゃ何も分からない
三国志なんて特に思うね
A伝の出来事とB伝の出来事が食い違い
裴注でやっとまとまった流れ
とにかく胡散臭い
456 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 08:13:57.01 ID:MFrnbGAE0
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>>454 それなら外国が書いた中国についての資料とか検討していくとかの
多面的な分析やったら良いんじゃねえの?
>>457 それが大陸の場合はあまり周辺国が自国の史書を書いていても、大陸の事件を一々細かく残してない・起こったかなり後の伝聞しかないので同時代史料として使い辛い点が大きい。
朝鮮なんかは本来は密接に隣接してきたから、その役割を一番果たせそうなんだが殆ど大陸王朝の完全属国状態なので
余り同時代の宗主国の悪口は遺せない上に、大陸の史書に匹敵する質の史書すら余り無い。
よく進攻してきた中央アジア諸民族もかなり後世にならないと自力で史書を作らないし、ロシアなど北方の国も遠距離過ぎて年代記などに大陸情勢を書き出すのはやはり後世。
インドなんかは昔から史書をろくに書かない文化で、国自体古代に近付く程に具体的に何してたかがよく分からなくなるどうしようもない所だから
大陸情勢の考証には当てに出来ない。
周辺国が大陸王朝程異常には史書作成に執念深くないので、感覚の温度差がどうしてもあるし
やはり情報伝達の精粗が出来るのは、当時の交通事情を思えば仕方ない点もある。
>>454 完全に補完できないけど考古学とかは?
戦国時代の長平の戦いも発掘調査で確認されてたりする
赤壁とかは演義のフィクション入りまくりだから確かめるのも難しいけど
460 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
>>449 後漢書は謝承のが一番読んでみたかった
かろうじて後漢時代に生きてたといえる人物だから
今まで後漢書書いてた人物の中では一番資料集め易かったと思うので