1 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
「裸剥士女」って書いてあるけど、
“士女”というのは、百官と宮女という意味なのかな?
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 15:59:59 ID:r4880FkgO
皇太后をレイープしたんだっけ?
皇太后庾氏は、建康が占領された直後に死んだけど、死因は不明。
庾亮の妹だし、何らかの危害は加えられた可能性大だと思う。
晋書の后妃伝だと、
原文:「及蘇峻作逆、京都傾覆、后見逼辱、遂以憂崩、時年三十二」
超訳:蘇峻が叛逆して都を混乱に叩きこむと、皇后は迫られて凌辱され、
とうとう憂悶のあまりに崩御した。このとき三十二歳であった。
と書かれてるから、レイープは確実。自殺か他殺かはわからないけど。
しかし蘇峻って、東晋軍相手だと無敗のまま戦死したんだよねぇ。
酒に酔って落馬→そこを討ち取られる
って間抜けすぎる…。
ゴメン、超訳の「皇后」は「皇太后」ダスよ。
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:08:57 ID:NUI05Pp50
中国の女性に自害は無いの?
封神演義の黄彦虎将軍の奥方は厨王に陵辱される前に自害したけど
>>7 いや、普通にあるんじゃないの。
烈女伝なんか見たら、そんな話がずらっと。
特に宋代以降は、女性に貞節を要求する風潮が強くなったから、
自害も多くなったんじゃないかな。
この頃の建康ってどれぐらいの規模の町だったのかな?
東晋が建国されて、まだ間がない時期だよね。
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 12:16:01 ID:Hqs81aV30
( ;ハ;)イイハナシアルー
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 12:17:02 ID:IcmwnTlFO
街の規模より防備が問題だったらしい
壁が生け垣か何かですぐ越えらえるものだったとか
>9
>>11氏の話などなど、城郭については
中公新書の『中国の城郭都市−殷周から明清まで−』が面白いのだが、
絶版なので図書館などで探してみるとよいかも
中公新書は良著の絶版が多過ぎ。他社を見習え。
>中公新書の『中国の城郭都市−殷周から明清まで−』
ブックオフで100円でgetした俺は勝ち組。
六朝期の建康城のことはよく分からないことが多いみたいだけど、
南斉初めまで外城が竹垣みたいなもので、
攻める側はすぐに宮城まで行けたみたいだな。
>>9 三国時代の呉の首都だから相当に繁栄した都だろ。
元は建業だったけど西晋の皇帝の名を避けて改名されただけだし。
16 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 21:14:13 ID:p2NDOgsq0
蘇峻、朝廷の人間に相当恨みを抱いたんだろうなw
( ;ハ;)イイハナシアルー
18 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:44:57 ID:hHA9crCA0
やりたい放題やったんだろうなw
20get
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:58:01 ID:ti+zFovJ0
建康を占領していた間、どんなことをやっていたのかと想像を巡らせるとw
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 23:59:57 ID:ebIw+M6P0
あんなプレイやこんなプレイを
は、は、は
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 12:52:26 ID:Ak1oqx2t0
武将とは言っても、元々盗賊みたいなことをやって伸し上がった人だからね。
25 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 02:03:08 ID:cWOO/YrZ0
どんな気持ちで裸にしていたんだろう・・・・・・
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/13(水) 14:55:01 ID:+04KNHSE0
大臣高官から女官たちまで、全員裸にして整列させたら、
さぞかし壮観だったろうなw
仁王立ちした剛の者がいれば・・・
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 08:40:47 ID:qgaoq38cO
相手の陶侃さんが真面目すぎるから困る
29 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 12:09:55 ID:CDgNtBQm0
みんなもう破れかぶれのヤケクソになって、乱交パーティー始めちゃったかもねw
中央電視台でドラマ化決定
31 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 07:16:59 ID:LZC6a8ME0
中国がそういう方面で完全自由化されれば、
こういうのを題材としたアダルト作品なんかが作られたりしてね
32 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 10:49:53 ID:V3c6qb9S0
は、は、は
33 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 12:09:12 ID:95QC9W6T0
>>9-14 金陵の場合、長江に守られているとはいえ、
一度その長江を渡られてしまうと、後が弱いように思える。
中国史上でしょっちゅう敵軍に占領されている印象があるし。
34 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/01(木) 12:16:11 ID:1iI9o2al0
age
陶侃は蘇峻の味方をしかねない、と考えられてたのがなんとも。
温嶠が建康に行こうとするのを庾亮が止めた理由が、
「陶侃は(蛮人だから)蘇峻に呼応する可能性がある。君が抑えてくれ」
というのがやりきれない。
庾亮は一体、どこまで猜疑心が強いのだろう?
しかし陶侃・温嶠を向こうに回して連戦連勝の蘇峻は凄いよ。
…つか、陶侃の戦績って良く見るとパッとしないような…。
勝ち負けの繰り返しが多くて、純粋に「名将」と言うよりは、
大きい勢力を持つ「軍閥の領袖」の方がふさわしくない?
36 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/23(土) 05:05:28 ID:rnjxSnmD0
蘇峻は流民をしっかりとまとめ上げて引率しているからね。
そういう素質を持っていたんだろう。
37 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/14(火) 12:46:35 ID:1lxf7dvQ0
多分、侠義に満ちた人物
つまりヤークザな人か
39 :
電脳プリオン:2011/12/21(水) 23:26:10.48 ID:Tv/HZhS00 BE:121623326-2BP(1960)
寒そうやな
40 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/10(金) 03:23:07.90 ID:iq3I/kg1O
好漢
でも王導なんかは被害にあってないよな
蘇峻自身は成り上がりじゃなく二千石の家系だけどな
いわゆる塢主って奴?
つか、史書の反逆者列伝は「悪い奴だからどう書いてもいいんだ!」的に
誇張・歪曲されてるから、蘇峻伝は斜め読み程度で見た方がいいんじゃね
∧∧
(・_・;)
O┬O襟)〜
(*)ι_/(*)
44 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
ドラマ化決定!