>>527 確かに。
中背以上だったら、わざわざこんな事書かないだろうし
でもさすがに女に毛が生えた程度というのも胡散臭い
現代の身長に喩えたら165cmくらいだろうか
しかし体小さくても「威厳がある」と書かれるのだから
どんだけオーラ凄かったんだかw
第1形態のフリーザみたいな威圧感だったんだろう
身分違いの両親とか、一族37564にされるとか
袁術みたいな引き立て役がいるとか
漫画のようなスペックの持ち主だよな
しかも最後は子分だった曹操に下克上されて天下まであと一歩のところで挫折したりと
ドラマチックな人生だしな
そう言えば6年も喪に服してたらしいけど当時の喪中ってどういう生活するの?
酒や肉は禁止らしいけど、子作りも禁止?
奥さんとかどうするんだろう
六年ってのもこじつけの変則なわけだし、人によっては短くしたりやらなかったりで
一応は引きこもって質素に暮らすという名目だろうけど
実際にはざっくばらんだったんじゃねえかな
正史読んでないから聞きかじっただけなんだけど女みたいな美男だったってマジか?
「威厳のある風貌」って書いてあるから、ずっと雄雄しくて精悍な容姿だとばかり思ってたんだが
>>534 どっからそんな話が?
最近見かけるようになったのは
>>526の記述から
身長が平均より低かったんじゃないかって推測くらいだろう
容貌は「威厳のある」以外にはなかったと思う
あんまり関係ないけど三国志12のグラは「威厳がある」じゃなくて「能天気」にしか見えない
あー、でも妄想の域まで話を広げれば
賤女クラスなのにお手つきされた袁紹の生母はさぞ美人だろうという憶測から
その血をひく袁紹もきっと美男だろう
そして威厳のある風貌っていうのは君主にありがちな修辞、と勝手に決めつけて
具体的な容姿の表現がない=当時一般の「男として相応しい美しさ」は持ち合わせていない
つまり女みたいなというか中性的な美男だった…ってことか
妄想もここまでくれば誰でも美形に出来そうな気がするが
>>534だけど、史書に詳しい人同士のやり取りの中で出てた話なので、
妄想でもなければ、
>>526の「体長婦人」を別解釈した訳でもなさそう
>>416が言ってたのはこの話か?
袁紹の容姿が端正であるという記述は「太平御覧」が引く「英雄記」にあるそうなので
美男である事は嘘じゃないらしいが、女みたいな顔って言うのだけは見つからないな
なんにせよ、はっきり容姿がよかったという記述があるのは確かだな
戦場で鎧兜ではない軍師のようなファッションを始めたのも袁紹あたりが走りらしいしw
三国志関係の史書って、容姿に美辞麗句が使われてることが結構あるから
美形表現があってもブサイクじゃなかったんだなくらいにしか思えない
>>538 その出典って何?初耳なんだけど
>>540 分かりやすい写真までつけてくれて有難う
文章だけならターバン的なものかと勘違いするところだった
この幅巾、僧侶が被る頭巾にも似ているけれどここらへんが発祥だったんだろうか
それにしても慢性的な不作に加え、董卓銭でのインフレ、長引く戦乱があったとはいえ
曹操の質素倹約エピソードは頻繁に出てくるな
袁紹はじめ他の君主も極端に事情は変わらないはずなのに
>>541 そもそも勝者と敗者で記録が残る割合やら内容やらが違いすぎるからな
袁紹は敗者だから記述が少ないのはもちろんだけど
>>540みたいに袁紹は絹の頭巾を被ったけど、曹操は贅沢しないために皮の帽子だった
みたいな比較をされると
現代でもよくある「市民(臣民)の立場を考えて贅沢をしない良い指導者」という
印象を持たせたかったのかなと
贅沢三昧して自滅した袁術
質素倹約家だった曹操
贅沢してても曹操よりも民に惜しまれた袁紹
本人が質素倹約して人々を苦しめた政治家と、本人が贅沢三昧でも人々を苦しめなかった政治家
どっちが支持されるか、てことだな
悪行を重ねたほうが箔がついて大物に見られたりするのさ
袁紹も悪行は重ねてるがなw
宮中で大暴れして帝が逃亡する事態を招く→董卓にごっつあんされる
その董卓に協力を求められる→叔父を放ったらかして逃亡、反旗を翻したため政治が混迷する
反董卓連合→いくら格があるとはいえ傍系の劉虞に帝位を勧める
長らく献帝を認めなかったものの曹操が献帝をゲット→渡せと恫喝
帝に就くべきと部下に言わせる→反発招きそうだったのでその部下を斬る
曹操に勝ってたら禅譲から帝位についてだろうなと思うと普通に逆賊
董卓以上に後漢にトドメを刺したとも言えるし言い訳が効かないレベルの逆賊
一族37564なんて袁紹の自業自得でもあるよな
叔父から「一族を滅ぼす気かー!」って怒られて、その叔父さん始め本当にその通りになっちゃった
ところで袁紹が存在していなかったら、三国志ってどうなっていたんだろうね…
「一族を滅ぼす気かー!」って言われたのに聞き入れずに反抗して
困った董卓が見せしめしたら「一族の仇、董卓許すまじ!」だからなー
少なくとも孝の精神は0と言わざるを得ない
後漢王朝への忠も一族への孝もないとか、ホントにどうかしてる
袁紹がいなけりゃ袁術一人じゃ宦官虐殺もないだろうし、袁術はそもそもそんなに反逆的じゃないから
袁隗やその周辺がグダグダしながらもう少し後漢を延命したかも
ただ後漢のシステムは破綻しつつあったし、時が前後してもいずれ乱世になるかも
袁紹は三国時代のキーパーソンの多くと結構重要な関わりがあるから
今と運命が変わる人物は出てくるだろうな
何進なんか死んじゃってもいいし、一族も皆滅びてしまえ…と密かに考えてたかもしれない腹黒袁紹を妄想
叔父に侠的な問題行動を諌められてやめなかったところを見たら
「袁家のコネ」で出世できる範囲で満足する気がなかったように思う
孝廉も貰ってないし、母親の差でまともな道での出世が望めないから無茶やる気になったのかも
野心の大きさもさることながら、人の心や利害を掴んで味方を増やす巧妙さも持ってるから
何進みたいな門外漢は利用しやすい駒だったろうな、あの時殺されるのは予定外だと思うけど
確かに自分から既存秩序を破壊しなければ
幾ら本人が有能でも本家筋より出世の見込みは無さそうだもんな
「目的のために下手に出るが、一度成果を得ればまた他人を軽んじ食いものにする」
性格が始皇帝っぽいんだよなー
一族の中で、かなり苦労して来たのかも
袁術から奴隷呼ばわりされてるし
でも宦官虐殺も連合も当時の世論が大きいわけだし
袁紹の悪行というのはちょっと違うんでないの?
董卓に対してはみんなが厳しすぎた気がしないでもないが
あとたしか袁隗たち一族って洛陽から長安に遷都するまでは生きてるんだよね
それと董卓からの和睦の使者を殺した問題があるけどこれが何時のことだったのか
袁隗らが虐殺された後なのか前なのかで意味合いが違ってくる
>>554 正史だと使者を殺すのは一族37564の前で、後漢書だと後っぽく書かれてるんだな
史書によって違うんだね
一族が殺された後、諸侯は袁紹に同情したっぽく書かれていて
袁紹はいかにも被害者的立場だけど、公孫瓚の上奏文では
袁紹が袁隗一家に知らせずに挙兵した事を孝心無いと批判しているね
でも使者を殺した事については触れてない。
一族が殺される前に使者を殺していたら、そこら辺突っ込まれる筈だし同情も集まらないよな
後漢書の記述の方が合ってるのかも
なんか連合軍集めてみたけどほとんど攻めてないのも
挙兵パフォーマンスだったような気もしないでもないんだよな
孫堅の活躍を袁術が邪魔したのもなんか怪しい
袁隗だけじゃなく政権内部にも同志や関係者は多かったようだし
最初は交渉の余地も残しつつ圧力かけて内部での動きを待ってけど
結局いろいろ上手くいかなくて
孫堅が洛陽落としたことで決裂して袁家全滅みたいな流れじゃないかね
ま、結局のところ使者についてはどちらかはっきりとは言えないけど
あるいはその中間というか、董卓側から送られて来たのは袁隗の生きてる頃で
殺されたのは袁隗らが死んでからなのかもしれんな
反董卓連合は最初はちゃんと攻めようとしてるよ
いちばん好戦的だった曹操がいきなり徐栄に負けて出鼻を挫かれたけど
あと袁術が孫堅の邪魔をするはずはない
袁術は後将軍の位を持ち、武力上では優秀な孫堅と組んで
袁紹に半ば対抗するつもりで来て、実際孫堅は洛陽制圧に成功したんだから袁術にとっては大勝利
ただこのまま戦い続けるには兵糧が厳しいところで(董卓軍も内輪もめして孫堅に負けただけで依然強いし)
地位でも(自称太守では勝てない)軍事力でも負けた袁紹が孫堅の膝下豫州に周グを
送り込んで攻めさせ本格的兄弟げんかの始まり
袁隗は彼自身が長期間頂点に居座ってる食わせ者だし、袁紹袁術への報復という側面より
董卓と同等の地位にある袁隗がいつ自分を蹴落とすか分からないという恐れから斬ったとも言える
それであれば袁紹の動きとはあまり関係がない
まして、董卓に「鳶に油揚げをさらわれる」形となった親袁紹派は
むしろ叔父が殺されることも厭わずに反旗を掲げる袁紹を支持こそすれ非難はしないだろう
あれ、袁術が孫堅に兵糧送らなかった話って演義だけだっけ?
状況が複雑に入り組んでるからこのあたりの話は上手く把握できてないな
袁紹よりも先に董卓が再評価されてるのが納得いかない
董卓とかはどっからどう見ても暴君でしかないから
再評価するとインパクトがあってわかりやすいんだろうな
でも袁紹について調べるとこの時代のことがより深くわかる気がする
しかし内政・外交手腕に優れ、後世にも領民に善政を惜しまれた袁紹が無能扱いのままで
暴君董卓が有能な人物として再評価されている作品を見ていると腹立たしいやら情けないやら…
袁紹を評価してるのは史実オタクだけだから
世間一般では名門出身を鼻にかけるだけの優柔不断な無能君主のまま定着してしまった
董卓よりも先に名誉回復してやれよー…あ〜あ
曹操の最大のライバルでもあるし、互いに助け合ってる兄貴分だったのにな
演義とかの影響はでかいから大半の人の認識だと
まるで曹操は最初から自分一人の力で独立した勢力を作り上げ
袁紹とは元知人なだけで関係のない敵同士だったかのように思われてそう
その演義の影響がでかくて、曹操は長い事悪役だった
呂布も不忠者だったし
ところが今では曹操も呂布も英雄扱い
歴史の勝者である曹操はともかく、董卓や呂布よりも端役扱いなのが…
駄目だ書いてるだけで辛くなってきたorz
袁紹
田豊 許攸 沮授 荀ェ 陳琳 崔琰 盧植
高幹 高柔
麹義 顔良 文醜
張郃 高覧
淳于瓊 呂威曠 韓莒子 趙叡 眭元進
高幹 高柔
韓猛 周昴
蒋奇 孟岱
(裏切り武将or降伏武将) 季雍 王門
(協力者or同盟者) 丘力居 楼班 蹋頓 閻柔 眭固
(元配下) 朱霊 董昭
(演技のみ) 辛明 蒋義渠 陳震 田疇
(分裂後兄弟別配下)
袁譚 郭図 辛評 辛毘 王修
袁煕 焦触 張南
袁尚 逢紀 審配 審栄 高幹 郭援 牽招 呂曠 呂翔 馬延 張 尹楷 沮鵠 蘇由 李孚
やっぱすげぇよ袁紹
さりげなく盧植も所属してたりするのが面白い
広い意味での協力関係や一時的に傘下になってるのはもっと多いだろうし
あと袁遺もだよね?
袁遺って出自が袁紹よりマトモそうなのに何で袁紹の下についたんだろう
袁紹は袁家の出身であること以外による名声も高かったからかね
あとは単純に地位や年齢が下だったとか?
>>568 袁遺は袁紹より年上
地位は分からんけど曹操も袁遺は高く評価していたし
学問においては実力ありそうな感じだったけども
しかしそれだけ袁紹が凄かったのだとも言えるな
中国でやってたらしい曹操のドラマが気になる
珍しく袁紹が貶められてなさそうで
誰か知ってる人いる?
それは知らなかったが、曹操という英雄をちゃんと評価するには
矢張り前提として袁紹も評価しなければならないだろうな
袁紹の過少評価はつまるところ曹操の過小評価にもなっているから
570です。訂正
やってたんじゃなくて今年やるみたいだ
中国でヒットしたら日本でもやらないかな
573 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2014/03/19(水) 00:58:55.62 ID:IlLmDvEG0
袁家は袁術と手を組めば天下統一とかかなり有力だったのにな
>>570 遊んでいるように見えて実はやることは既に済ませ
時が来るのを待っていたり兵糧不足がバレるのを恐れている曹操に
あえて兵糧をねだって送らざるを得ない状況に追い込んだりと
大人のケンカを知っている英雄という印象を受けた
三人の息子を平等に扱い沮授から長男は特別に扱うべきと注意され
「俺と袁術のような関係にはしたくない!」と言う場面はグッと来た
>>574 北斗の拳の最後の方に出てきたアサムだな
漫画だけど、曹操孟徳正伝って奴の袁紹も結構かっこいい
内容の判断は置いておくとして
ショタ軍師というぶっ飛んだ設定はアレだけど
王者の遊戯って漫画の袁紹はラスボス的扱いで有能美形に描かれてる