文天祥に一票。
岳飛スレですね
過大評価というより、マンセー評価だな。
それが英雄だし。 日本でも同じこと。
毛沢東だろ
物語、講談とかで英雄像ってのは形成される場合が多いからね。
岳飛の説岳全伝とか。
過大評価という点じゃ、三国志の面々もかなり。
春秋戦国~漢の人物はほとんど過大評価。
すべて儒教の影響
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 01:48:29 ID:UMDAB7N2O
李世民、朱元章あたりは捏造
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 11:05:04 ID:BavDBui30
>>7 その両名は、捏造による誇張があるとはいえ、実際にやったことは相当なものだと思うよ。
9 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 12:02:08 ID:M7M267blO
曹操
万能の人なのは間違いないが
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 12:10:38 ID:bVanSirb0
>>9 曹操は最近まで過小評価されていたと思うが
過大評価といえば劉備、諸葛亮
それももう昔の話
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 12:14:10 ID:1CvuxJarO
趙雲ってただの親衛隊長だったと聞いたけど
最近でも劉備や諸葛亮の真の姿はあまり正しく評価されてないと思うよ
親衛隊を率いてたかどうかはしらないけど、
護衛するってことはそれなりの信頼と武勇が必要なわけだから
傑出した人物だったのは確かだとおもうよ。
曹操の過大評価は蒼天の影響大
16 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:37:16 ID:5ZA7Fjqp0
蜀自体が過大評価だよね
魏だけで当時の中国の人口の7割いたというし
呉が2割で蜀が1割だって
呉はそんなに人口おおくない
18 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:54:53 ID:5ZA7Fjqp0
まさか
魏9:呉0.5:蜀0.5
くらいか…
そもそも三国ともまともに人口把握できていなかったからね。
三国志の戦乱で人口が急減したっていうのは、たしかに人口自体の減少もあるけど、
王朝の人口把握能力にもよる。
20 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:52:18 ID:5ZA7Fjqp0
魏が一番内政に余裕があったって事か
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:50:53 ID:0CnKDMPQ0
>>20 いや、それは単に人口の多い中原を支配していたというだけ。
後漢最盛期と比べたら、三国志とも同じぐらいの率で減っている。
>>21 後漢末でも逃戸が多かったのだろう。
把握できた戸数が、800万とか… だっけ?
山沢への逃亡、賦役逃れの潜伏、多々あるわな。
話変わるけど、唐末五代でもそういう逃戸は多かった。
五代末期では、仏教も広まっており、出家者には賦役免除、免税などの特権があったから、要もないのにかたちだけ出家している不届きモノが多かった。
時の皇帝である柴栄は、そういう似非僧侶どもを強制的に還俗させ、強制的に生産事業に従事させた。
さらに、銅銭の不足が深刻化している状況を打破するため、銅の食器や飾り物(そもそもそういう銅製の器物をもっているのは地主をはじめとした金持ちw)をムリヤリ没収し、銅銭へと鋳なおした。
しかもそのとき、銅でできた仏像すらも潰してゼニに変えたので、仏教側から「仏敵」呼ばわりされた。
しかし柴栄は言う。
「仏は人を救うのに、自らの手や目を差し出すという。わたしもそれで民を救うことができるなら、この体を差し出すのに何のためらいがあろうか」
と。 そして利権に絡んだ連中の非難をよそに貨幣事情は急速に好転し、民は活気を得た。
おい、君たちならどっちを是とするか?
利権を持たない側なら柴栄を是とするだろうし、利権をむさぼる地位にいたら坊主に味方するな。
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 11:36:06 ID:26deI4230
三国志の面々、岳飛など、有名なところは、たいがい過大評価
秦カイは岳飛マンセーのために過小評価どころか悪人扱い…
>>25 秦檜は過少になど評価はされていない。
風評では、ただゴミくずのように嫌われているだけ。
彼が悪人ではないとする面は、どのあたりにあると考える?
その風評が問題なのでは?
国土の過半が失われ、軍事的劣勢を挽回できない状態の南宋を20年支えて平和を実現して国を建て直した
岳飛を疑いだけで殺したことが憎まれているが、軍人の暴走を止めるために粛清した止むを得ない面がある
韓世忠のように兵力と離れたわけではなく、田舎に引っ込んでても軍隊を連れていたんだから脅威だったんだろう
空論より現実を優先した政治家は好きになれないというのはわかるw
宰相として、外交手腕に疑問がある。
完顔宗弼が復権する前は、金国側から和平の要請もありまとまりかけていた。
完顔宗弼が復権して軍事力を握っての南下には、秦檜などなんの策も講じていない。
ただ、歳幣額やプライドをかなぐり捨てた(高宗や民衆のであって、自分のではない)講和条件を申請するものの、軍事衝突は避けられず、岳飛がうまく食い止めてくれたにも関わらず、有利な条件で講和を結ぼうとはしなかった。
あくまで、講和を成功させることによって、自分の地位を安泰せしめたようにしか見て取れないわけだが
軍事的に勝利、例えば開封の奪還や金国が弱気になるような事態は、実は歓迎できなかった。
そのときの講和条件に、金国が欽宗の返還を言い出したら、立場が悪くなるのは高宗自身となる。
だからその前に、高宗としては講和を成立させ、欽宗のことはないものとしなければならなかった。
つまりは高宗の自己防衛が働き、秦檜はそれを利用して己の立場を強化しただけ。
高宗の汚い部分を握っている秦檜は、さぞいい思いができたことだろう。
ただし、これは人間性を批判しているだけで、秦檜の能力そのものを蔑んでいるわけではない。
外交では平身低頭というイメージしかないけど。 それをしたのも、秦檜ではなく高宗。最高責任者だから当然だけど。
という持論です。
実際のところは、個人の思惑は背後の情勢の噴出でしかないんだろう
南宋のうち、いわるゆ北人は領土として残った南に足がかりがなく、失地回復を叫んで強攻策を訴えるしかなかった
一方、南人は豊かな南を保てばいいという現実的判断があった
極端にいえば、北方の戦乱で荒れた不採算部門を斬り捨てても国は成り立つし、国土も兵ももっとあった時代でさえ金に勝てなかったんだから岳飛らがいくら勝利しようと兵站が持たないという考えもあったんだろう
史実として南宋は歳幣を送りつつも生産力を増し、以後数十年の豊かな余命を保つことになる
岳飛にシンカイが負けた、というより北人派閥が南人派閥に負けたというべきだろう
北方の軍事政権によって成立した皇帝にとって北人派閥は無視できないんだけど
実力は圧倒的に南人派閥が上だったからな
わざわざ北人と南人で採用枠を分けたぐらいに
英雄とは違い聖人だけど
孔子だな
今中国人の腐れた性格もこいつのせい
楚材は基本的に過大なんだろうが、なんか過大か過少か両極端に振れがちに思う
>>32 楚材は自称「モンゴル帝国の宰相で位、人臣を極む」なんだけど
今では楚材に関する漢文史料そのものが疑問視されてるから難しいね。
34 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 00:12:54 ID:RUo4VJ6YO
杉山正明史観ktkr
>>31 孔子に関しては、某半島の民族にはもっと影響を与えたなw
>>33 まあ同じ官僚に上司が居たしねw
でも流石に漢文資料にも信頼性がある程度はあると思うけど
>>34 まさに「従来の耶律楚材=過大」、「杉山史観の耶律楚材=過少」って感じでバランスがとれてないのが
37 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:42:27 ID:GOhR1eMxO
>>31 問題なのは孔子よりもむしろ朱子だと思う
この人のおかげで儒教はより形式主義に陥り中国や朝鮮の文化的停滞を招いた
朱子本人を責めるのは可哀想な気がするが
何が正しく何が誤っているかだのと議論ばかりで実践・行動が伴わない朱子学に業を煮やして
生まれたのが陽明学。
40 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 14:48:21 ID:A+oh1Jup0
王陽明は過小評価されている
そうかな?
42 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 14:55:54 ID:cn9gYzFtO
関羽とか?
演義は…ね。
俺正史の存在を知った時はかなりショックだった。
暴れん坊将軍とか東山の金さんみたいなもんだよ。
これを期に、ほかの正史も読んでみるといい。
演義とか、物語で使われている人物は、たいてい過大評価だな。
9割9分9厘は過大評価ってことか
47 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 10:37:17 ID:A/kIBOdD0
そもそも中国で過大評価されている英雄と、
日本で過大評価されている英雄がいるね。
日本の場合、三国志の面々が特に当てはまりそう。
>>45 劉備は魅力以外は全てだめぽという中国古典小説の主役ポジションになっちゃったから、魅力以外は過少評価かもよ
劉備は戦下手の印象が強いからな。夷陵の戦いとか。
夷陵は言い訳できんが、それ以外の敗戦は負けて当然みたいなものばかりだしな
いろんなところで客将として迎えられたことを考えると実際には戦上手だったんじゃなかろうか
逆に魅力が過大評価かもしれない
51 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:30:39 ID:V8MlL4X+0
>>48 本来劉備の功績である部分も、諸葛亮とかの功績になっちゃってる部分あるな。
>>50 戦上手と言うよりも逃げ上手だなぁ。
あと、孔明が加わるまでは雇い主を裏切る事はしなかったんで信用はあったんだろう。
呂布みたいなからさまな裏切りはしていないってだけで、かなりの背信行為を
重ねていると思うが。>劉備
エン術討伐を名目に曹操の軍勢奪ってその武将殺して徐州取った時とかか
なんかの本で読んだが、三国一の『裏切り王』は劉備らしい。
次々と主君を変えてつつ領土を丸ごと得るときもありながら必ずどこかに滅ぼされ、
それでも自身は生き残り、嘘までついて大義名分を作り上げて国を建てた。
それでも『義の人劉備』を印象付けるしたたかさ。
まさに『ひさしを借りて母屋を乗っ取る』という言葉がぴったりの男。呂布だの猛達とはスケールが違う。
庇を借りて母屋を乗っ取ったのは益州くらいだな。
劉備は疫病神
毛沢東
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 13:56:57 ID:aWzovnDU0
文天祥 ただの硬骨漢。
カク去病 若くして死んだからボロが出なかっただけ。
三国志演義で活躍している武将って大抵が過大評価だよね
逆に天下統一を決めた鐘会やトウガイ・オウシュンみたいな魏末晋初の武将は評価されにくい
そうでもない
英雄ってそもそも過小評価なんてされんだろ。
李淵は息子のせいで過小評価されてる
と、いうか貶されている。
最高の君主スレでも言ったけど、李世民は自分をよく見せようと必死で努力した。
結果がそれなりに結びついてはいるけど、自己を正当化するためには、父も兄も貶める卑しさももっていた。
宋太祖や光武帝に比べ、暗く嫌なイメージはあるが、特に君主として劣っていたわけでもなく、むしろ上だった。
個性や人格では、親しみを感じさせにくいが。
日本でも唐太宗は過大評価されているけどね。
過小評価というわけではないが、趙匡胤は先君である柴栄を疑い深いと言い、その疑い深い君主の側にいても(貴人の相と名声があったので)殺されなかったと自慢している。
先君は多少なりとも下に置くことが、宣伝材料になったのかもしれない。
>>64 訂正。
(誤) (貴人の相と名声があったので)殺されなかったと自慢している。
(正) (貴人の相と名声があったけど)殺されなかったと自慢している。
>>31 >>37 毛沢東が同じようなことを言って儒教弾圧したら救いようの無い酷い国
になりましたな。
英雄といわれている時点で過大評価
功罪の間をどう扱うか、という好みで揺れるだろうな
功によって罪に目をつぶるのはいいのか?その逆は?あるいはまったく切り離して考えるべきか?
苛烈な政治は悪ではないだろ
結果で判断すべき
隋の文帝は?
息子がアレなんでちょっと過大評価されてないか?(主に人格面)
隋の文帝って、猜疑心は強いし、家臣は使い捨てにするし、息子どもの本質は
見えてないし、って感じがするんですが
まあ、うっかり最悪の後継者を選んじゃったって名君は結構いるからねえ
李世民とかな
う〜ん、やっぱ隋と唐は親戚だなW
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 15:19:35 ID:ITguuZLR0
>>71>>72 でも、天下統一、科挙制の創設等々を考えれば、総合的に見て名君じゃないか。
曹操
77 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 12:15:50 ID:+TWFGXAQO
漢の武帝
劉備
行く先々に不幸をもたしてる事に、気づかない馬鹿かと。
>>78 それは受け入れる方がバカなんじゃないか?
>>60 逆を言えば、正史で活躍している武将の大抵が過小評価ってことか。
袁紹……。
演義だと馬超なんか孝行息子だしなぁ。
正史の親兄弟さえ犠牲は厭わない野心溢れた感じが好きなんだけど。
劉備
毛沢東、政治家としての手腕(内政面での)はゼロ
農業とかの知識がろくに無いのに学者たちの意見もきかず
雀を虐殺し農業の集団化に失敗して餓死者続出。
写真でだまされて自分の政策がうまくいってると長い間思い込んでたらしいしね
軍人、革命家としては超一流だと思うけど。国を治める人材ではなかった
ゴルゴ13のエピソードで開放経済で貧富の差が開く中国に
クローンの毛沢東を登場させて政権奪取を企む軍人の話があったが・・・・
今の時代に毛沢東が出てきて群集の前で何かいっても文革とかの恨みをもってる
世代達に八つ裂きにされるだけだと思うが・・・・・
85 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:23:30 ID:SWEfWNpO0
毛沢東の百年後の評価はどんなふうになるだろうね?
>>83 >政治家としての手腕(内政面での)はゼロ
>農業とかの知識がろくに無いのに学者たちの意見もきかず
>雀を虐殺し農業の集団化に失敗して餓死者続出。
周恩来はどうよ?彼も評価高いけど。
来日して新幹線を見学して感想が
「狭い日本で何故こんなに急ぐのです」
なのにはちょっと……
一国の宰相たる者が、高速鉄道を自前の技術で採算ベースに
乗せる事の意味が理解できないのは拙かろう。
毛沢東も周恩来も
全部、ケ小平が尻ぬぐいしてくれたからな
88 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 17:36:42 ID:X6ae2Cqj0
>>84 天安門にある毛沢東の肖像画が破られたりすれば説得力が出るかもしれんが…。
89 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 18:34:54 ID:Yh2H2EI3O
>>87 そんな事を言ったら、人間ひとりでは生きられないのと一緒じゃね?
張良だって、劉邦がいてこそだし
90 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 19:20:02 ID:tjUU0DFRO
共産政権が倒れたら、たとえ言論・思想の自由が保証されも今と逆のバイアスがかかって、百年くらいは正当に評価されないかもね
未来語で話すのはやめてくれ
92 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 22:31:04 ID:7wgpq8be0
趙雲
趙雲って大物なの?
94 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 13:49:10 ID:tipu8zf2O
子孫が大物
正史とか読んでるとあんまり趙雲って大軍を率いて戦ったことがない
どちらかといえば親衛隊隊長って感じ。
結構負けてるしね曹真とかに
96 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 14:38:16 ID:LLssZ0AR0
>>96 ちょっと調べればわかること。
三国志では子供の代まではわかるが孫はわからん。
弟は姜維に従って沓中で戦死。
兄は父の後を継ぎ近衛方面の役職に就いていたことまではわかる。
しかし、死亡時期などは不明。
子孫の記述がないということは、鍾会の乱に巻き込まれて絶えたとも考えられる。
98 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 23:44:50 ID:1crxYZKJ0
>>82 劉備って、なんだかんだで結構やり手じゃないのか。
逃げる時の能力なんか素晴らしいものがあるし。
孫権 項羽 呂布 楽穀 馬援 岳飛 劉邦 張良 太公望
李性民
岳飛は過大評価というか、神聖視されていると言うべきだろう。
武勲に、文句のつける余地はあまりない。
韓信が挙がってない事が不思議
>>101 李世民は自ら過大評価されたがっていたからな。
いろいろ工作しているし。
まあ、元がだいぶ立派だからいいけど。
105 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 15:20:08 ID:5EDwP+i+0
まあ、魏徴を殺さなかったし、名君でもいいんじゃない。
でも死後に魏徴日記みたいなものを見つけてブチ切れて墓を壊したりしてた。
107 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 20:32:44 ID:hbhZJvXWO
商(殷)の全て
文天 岳飛
三国志の登場人物全般
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 21:03:38 ID:/isgMIpn0
孟嘗君
漢武帝
>>111 本人はたいしたことしていない気がするね。
カンウ
劉備
関羽はこの板で過小評価すぎ
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 19:21:30 ID:oI5qj1rqO
もうたくとう
117 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 20:55:52 ID:HUKpAtrC0
>>83 実際には日本軍から逃げ回っていただけらしいよ。
国民党軍に勝てたのは、日本が莫大な投資をして工業化した満州を
占領したソ連軍から譲り受けたおかげ。
>>84 さいとうたかをは毛沢東が好きみたいだね。
読んでいてそんな感じがする。
>>86 強がったのでしょう。
中国人は自分たちが倒した(と思っている)はずの日本が自分たちよりも
発展している事を許せないらしいです。
山中鹿之助
鹿之助は昔は過大評価だが、今の時代じゃ空気っぽくなってる気がする
>>119 日本史中国史限らず、なんかそういう人物って日本じゃ多いよね……。
明治中頃(あるいは戦後高度成長前)までは知名度が高かった歴史上の人物が、
日本社会の、大正以後の西洋一辺倒化や高度成長以後の歴史離れのせいで、
見るも無残にマイナー化していったっていう。
価値観が変わったからじゃないのか、鹿之助なんかの場合は。
そういうのも、過大評価されていたと言うのか?
>>120 単に戦前は教科書のってたけど、今はのらなくなったてのが大きい気がする。
児島高徳とか。
てか、中国違いだとツッコミ入れてやる優しい奴はいないのか。
価値観が変わって英雄が変わるのはどこも同じ
南宋の劉リって結構補正入った評価されてると思う。
順昌府の大勝だって共に指揮をとった知府の陳規は北宋〜南宋創業期に
文官でありながら徳安府を9度の侵攻から守りぬいた守城戦のプロという
事を頭にいれたら劉リの評価は大分変わる。
125 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 03:56:09 ID:oNjVRTSl0
あきらかに諸葛だろなんであんなに過大評価されてんの?
忠臣で誠実だったとは思うが
諸葛亮と趙雲は羅貫中の天才的文才による所が大きい。
孔明って単なる外交官だろ?
ないせいもやったお!
戦争もやっただろ
130 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 10:03:33 ID:gog9RPH30
ブルース・リーみたいな人?
諸葛亮は基本的には政治家だろう。
軍師ではない。
おもろいな〜
政治家ですか… 軍師ですか…
とくれば、あとは軍人か?
近代民主主義の国じゃねえんだよ?
133 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 23:34:29 ID:u35ztlRSQ
関羽も大した事ない
あいつがいない方が呉と上手くやれた
同僚との不和も頂けない
正史でも張飛と共に兵1万に匹敵する武を持つと評価される関羽だがなにか?
荊州陥落時の失策のみで関羽を過小評価する厨房もかなり痛いな。
前線指揮官としてなら、関羽は当時の並ぶ者が居ないほどの存在だったと思う。
呉から攻められ挟撃の態勢になるまでは、魏を相手に常勝を誇ってわけだしな。
135 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 00:08:14 ID:ZbyiMUzQQ
と言っても国土増やした訳でも無いし
増やしたかと思えばすぐ死ぬし
お前さん、ひょっとしてただのアンチ?
137 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 00:22:12 ID:ZbyiMUzQQ
いや過大評価を上げるスレだから書いたまで
関羽に限らず三國志の連中は基本的に過大評価気味だわな。
三国志演義という宣伝文書の存在はやはり大きい。
でも関羽張飛あたりは後の時代の猛将にも
関羽の再来、張飛の再来と言われてる奴もいるしな。
他にそういうのいたっけ?
宇文成都や李元覇。
三国志だけが、宣伝文書をもっているわけではない。
李存孝や王彦章。
いろんな意味で、勘違いされている。
でも関羽が中国史上屈指の英雄なのは間違いない
関羽は岳飛と並んで二大聖人の名で称えられるほどだからな。
中国では、そういった過大評価を受ける人物ほど類稀なる英雄の証。
正史ではどうのこうの無粋なことを言ってるのは日本人くらいなもんだよ。
普通の日本人は言いませんよ
お前ら奇もオタだけ
143 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 18:57:44 ID:q0xi/u76Q
まぁ三国志の武将、特に蜀の連中はは過大評価でFAだな
過大評価なしに英雄なんて言えるのか?
ふと気になった。
145 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 21:12:49 ID:anV9hAar0
『趙雲子龍』
名前がかっこよすぎる
146 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 02:41:22 ID:5rSjAGK+0
英雄ではないが李白、杜甫って過大評価されてないか?
歴史的には安録山とかの方がずっと重要だろう。
>>146 比較する対象が的外れ。
李白、杜甫がなぜ評価されてる人物かわかってる?
とほほ
杜甫は内容はたいしたことないんだけど、形式美がすごいんだよね
だから評価のわりに感動する内容じゃなかったりして過大評価されてる気がしちゃうんだ。
150 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 11:57:14 ID:mOf68k++0
全部。軍率いて、虐殺略奪強姦しまくり、
落ち着いてからは富を搾取しまくっただけ。
ま、そういうもんを英雄と呼びたいなら勝手にそう呼べばいいさ。
だが、その時代に生きていたらあんたたちは間違いなく
英雄とやらに虐殺され略奪され強姦され搾取される側だったろうね。
>>150 やっぱり無知で卑しい身分だとそういった考えにたどり着くんでしょうか?
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 12:59:03 ID:mOf68k++0
「中国英雄」をマンセーするひとは、
小泉をマンセーしている下層人間と通ずるものがある。
自らが彼ら支配階級の政策の被害に遭う側であることを
忘れて彼らを崇拝するというマゾ行為の無自覚と、力あるものに対する
盲目的なまでの憧憬。支配する側にとっては、そんな人間が地上に
あふれているほど搾取しやすなる。だから、体制側は歴史の支配者たちを
英雄として宣伝する。その宣伝にだまされた民衆は被支配に無自覚的となる。
中共プロパガンダのパクリですか
154 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 13:14:00 ID:mOf68k++0
但し、この板を見てもわかるように、搾取の限りを尽くした支配者も
時間が経てば現実から乖離したバーチャルな趣味的歴史空間の存在と化し、
理想化され、あがめられる存在となる。
ポルポトと大して変わらないことをやっていた項羽が英雄として憧憬される
のも好古の癖がなせるわざだ。
なら、ポルポトが数百年後に項羽とならないと誰が断定できるのだろうか。
人は時と共に殺されたことを忘れて、殺した者を崇拝するようになってしまう。
いま、ポルポトを嫌悪し断罪している者はそのことに自覚的なのか。
常に民衆は「英雄」によって、支配されている。それは単に虐殺され搾取された
ことを意味するのではなく、かように心を支配されているという意味でもある。
155 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 13:51:58 ID:z5EJyJdX0
別に英雄の力(暴力を含め)を認めているだけで、
道徳性をあがめているわけではなかろう。
為政者を意図的に偶像化する
山岡荘八のようなバカ作家が残した悪弊は確かにあるがな。
項羽がやった虐殺は捕虜虐殺
戦争していない時はやっていない
ポルポトはインテリ・識字者大量虐殺。
まったく違うわい。
ここ趣味板なんだから
見てて楽しいヤツが人気あるのは当然だろ
毛沢東だな
159 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 05:20:47 ID:davQkqlCQ
趙雲
実際には活躍してないからなぁ
名前がいいから演義で活躍させたんだろうが
160 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 09:12:55 ID:0JwtOrU7O
やっぱり岳飛じゃないですかね?
知り合いの中国人はあまり好きじゃないみたいでしたけど。
「岳飛が生きていたら」のスレでも誰一人として、
生きてたら大活躍して〜という意見がないwww
あのまま生きてたらどっかでボロだして終わりだったべと
言われてる。
162 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 13:46:58 ID:gbUr/f3P0
実際いい時に死んだよ。
おかげで中国史上最高の英雄になれたんだから。
そうは思うが、ボロを出すというヤシの根拠を寡聞にして知らない。
どういうボロを出すのか知りたいものだ。
164 :
真剣師:2007/01/27(土) 19:29:28 ID:H/EJXgqm0
唐の太宗・李世民でしょうね。貞観の治あたりは過大評価だと思います。
有名ですが、彼は兄と弟を殺して皇帝に即位しましたからね。
肉親殺しと功績とは関係ないと思うが。
166 :
真剣師:2007/01/28(日) 12:39:00 ID:CWGThnro0
ちょっと逆の意味で、始皇帝なんかは悪く言われすぎていると思う。
彼がいなかったら今の中国はヨーロッパみたいに幾つもの国に分かれた状態が
続いていたでしょうね。
それから各地に官僚を置いたり法の整備、度量衡の統一などは後の漢王朝にも
引き継がれていますし。
ただ惜しむらくは、統一事業を急ぎすぎたことでしょうね。
始皇帝の評価の場合、焚書坑儒がかなり痛かったと思う。
これで後世の儒者が完全にアンチ始皇帝になったから、よく書かれるわけがない。
ネロと一緒だな
>>166 始皇帝の統一事業が重要だったのは否定しないけど、オリエントや地中海世界と比較した場合の
中華世界の統一性をほぼ始皇帝個人の功績とするのは、さすがに過大評価だとは思うよ
民族構成や民族性、地理的要因も大きいはずだし
流石に焚書坑儒関係のは言いがかりに近いと思うけど、それだけで評価が低いわけでもないし
>>168 欧州だとキリスト教徒に嫌われる人は不当に貶められるからね
それを除いても名君とは言いがたいネロはともかく、ディオクレティアヌスは本当に哀れだ
逆に梟雄でもあるコンスタンティヌスは、キリスト教を公認したから聖君扱いだし
170 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 21:11:18 ID:AuIBmNcmQ
始皇帝は体現者ではあるけど商鞅以来の政策を統一に際して行ったという印象
始皇帝は「守成」の名君。
創業者と思われがちだけど、秦帝国は秦王国の征服による最終形態だから。
その意味で、秦という国を大きくした後継者ということになる。
そういう一面も持っている。
もう学費、三国志、毛沢東は鉄板だろう
あと三国志の中で中国史の英雄として出せる奴を挙げるなら誰がいるかな?
おれは曹操ぐらいだと思うんだが…
江南王朝の祖・孫権
174 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 21:44:56 ID:z9HJwA0Z0
そういえば中国史上「大帝」と呼ばれてるのって厨房以外に誰かいたっけ。
>>172 「劉備は劉邦、劉秀以上の英雄である」by
>>166 むしろそっちの方がいい世の中になっていたような
中国はいくつもの国に分かれてヨーロッパ化するべきだったと思うよ
このまま経済格差が広がったたぶん中国は内乱が起こりかねない。
そうなったらそこらじゅう小競り合いが起こって手がつけられなくなりそうな気がするが
でもって統一政権は「こうなったのは日本がわが国を侵略したからだ」ってとち狂ったのがまた
亡命者とかから出てきそうな気がするな・・・・・
武田信玄
>>166 中国の原型は漢。
始皇帝の行き過ぎた法家主義をあらため、儒教の要素を取り入れてる。
つまり荀子。
田中芳樹先生は岳飛が中国で一番の英雄とかいってるけど…
それはWW2後、中共が異民族と戦った奴を異様に評価するようになった
からだよ。要は反日教育と同じようなもの。
心配せんでも、侵略者と果敢に戦ったのに味方に殺された人物は、たいてい英雄になっている。
岳飛がメジャーなだけ。
183 :
真剣師:2007/03/02(金) 20:45:47 ID:VwO5U1r+0
>>180 劉邦が儒教を取り入れた理由のひとつとして、昔からの仲間たちの対策とも
聞いてます。
彼らは劉邦が皇帝になってからも相変わらず「劉兄い」感覚で接していたらしいです。
もともと劉邦は儒者が大嫌いだったけど、王室の秩序を確立するにはどうしても儒者たちの
力を借りる必要性に迫られたためとも・・・。
184 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 20:50:12 ID:8SgOj5lA0
>>1 どう考えても諸葛孔明。
彼は政治家であっても指揮官や軍人の資質は無い。
>>184 軍師というのは、別に指揮官や軍人の資質を言っているわけではないよ?
神算鬼謀とかというあたりは、指揮官や軍人の資質を持った人らをうまく動かす才能であって、諸葛亮はまさにそのタイプ。
中国史上最高の天才軍師という呼号は過大評価で、誇張ではあっても虚構ではない。
儒教を取り入れたのは武帝だろ
劉邦はむしろ大が付くほどの儒者嫌いだったじゃないか
>>179 葦原「中国」ですな。
>>186 儒者の随何の冠をひっぺがし、それに小便を引っ掛けたという
エピソードがあったのをふと思い出した。
『史記』に書かれているとは言え、本当かしら?
188 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/03(土) 10:01:40 ID:rM0xoiBXO
>>185 > 神算鬼謀とかというあたりは、指揮官や軍人の資質を持った人らをうまく動かす才能
なら劉邦も良い軍師だなwwwwwwww
189 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/03(土) 11:46:48 ID:tPRE1cV30
>>186 武帝の祖母は漢は老荘の思想を重視するといって、
孫が儒者に教育されることに反対、儒者を野猪に食わせようとしたとかいう
話があったと思う
>>186 劉邦は儒者嫌いだったが、宮廷での儀礼制度の制定のため儒をとりいれた。
武帝は儒教を国家公認の学問に定めた。
王莽あたりで、実質的に儒教国家とよべる状態になる。
王莽は周の時代の政治形態に戻そうとして失敗したんだったね。
最後は殺された後恨みをもってた連中に切り刻まれて喰われたらしい・・・・
王莽は名君。
後漢王朝によって不当に貶められている。
194 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/04(日) 03:49:22 ID:6qrVFUhRQ
国が乱れたんだから名君では無いだろ
195 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 14:33:25 ID:exdkBklg0
簒奪までの手腕はよかったけど、
新朝があんなに呆気なく崩壊したんだから、言い訳できないな。
196 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 20:31:39 ID:E1U1ws5pO
その後新と号した国、王って無いよな
前漢の前の秦から総合すると
秦漢新漢晋ってヤヤコシス
198 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:14:42 ID:DWM6F6Os0
>>196 やっぱりすぐに崩壊した王朝の国号なんて、
縁起が悪いから誰も使いたがらないんだろうw
新は封地が新野だから新じゃなかったっけ
他の国は王号を称した場所にちなんで呉とか魏とか
日本でいうと大阪国とか福岡国とかばっかのとこに名古屋国って名づけた感じじゃね?
新都。
それを言うなら摂津国、筑前国、尾張国、だと思う。
わかりやすく現代風にしてみた
戦国風だと摂津国や筑前国の中に清洲国があるって感じかな
203 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 23:49:39 ID:2DNVrRZz0
地方の地名を国号にしてしまうのって、何だか理解しがたい感覚だな。
元とか、明、清みたいな国号のつけ方は納得できるけど。
朝鮮の太祖も最初は自分の故郷の地名を国号に使いたがったんだっけ。
204 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 01:01:12 ID:O7HP7SfqO
>>203 > 地方の地名を国号にしてしまうのって、何だか理解しがたい感覚だな。
だよな。
日本の幕府みたいに江戸やら室町、鎌倉みたいに地名と関係ないやつにして欲しいよ。
205 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 11:04:38 ID:BI4c1cQhO
>>197 その(西)晋を滅ぼしたのも漢(その後前趙)だよな
206 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 11:28:27 ID:T7w41jKJ0
玄宗(隆基)って過大評価されてるように思えるな。
前半の善政っていうのも自分で見出した政治家じゃなく武則天の見出した
重臣たちのおかげなんじゃないかと思えて仕方が無い。
その重臣たちが退場したあともしっかりしてたなら、
ちゃんと手綱を握ってたんだなと思えるが、後半の酷さを考えると
手綱を握られてたんだなとしか見えないんだが。
むしろ唐玄宗は退嬰と頽廃の象徴のように思えるのだが。
でも若い時のクーデターも鮮やかだったからね。
若い時はやっぱり、それなりのものがあったんじゃないかと思う。
唐ってさ、治世の功績が高い李世民と武照だが
李世民の親殺し・兄弟殺しは仕方なくて子殺しの武照は許されない
みたいな風な扱いを受ける辺り、歪んでると思う
女だから、というのがある。
皇位に女性が就いた、ということに後世の男性連中は、おのれの不甲斐なさを棚に上げ、けしからんと弾劾するw
李世民の場合は難しいね。
兄に粛清されそうなところを逆撃した、という見方もあるし。
より権力をもったものが、そうでないものを粛清するのは、国家のために仕方のないことだ、とする論でいくと
その逆をしたものは、そのことで激しく非難されるし。
過剰に持ち上げられてはいるが、だからといって無為な皇帝ではなかっただろう。
失敗もあれど、煬帝のように破綻していないのは、最後のところでまだ責任を果す努力が残っていた、ということだろうか…? よくわからんけど。
211 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 14:37:36 ID:H7bs/CJH0
劉基なんかは?
李世民は親は殺してないか
しかし兄弟殺したのは従兄弟の煬帝と一緒だね
煬帝は帝位についてから殺したけど
李隆基も親を幽閉して姉を殺したあたり
楊家と李家と武家の血って何だかなぁ・・・w
鮮卑の血なのかね。
草原の民は、生活空間の条件が非常に厳しいから、考えが生ぬるい指導者では一族もろとも死に絶えてしまうので、常に強く明確なるものを指導者にしようとする。
そういう意味では、中華圏だろうがなんだろうが専制、共和を問わず、より賢明なものを指導者とするのは間違いではないのだろうが。
214 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 15:57:40 ID:4yz/i9w70
文天祥の場合後世の人間に与えた影響が非常に大きい。
日本人は知らないだろうが・・・・。
だから過大評価とはいえないな。日本人が中国史に無知なだけ。
辛亥革命の革命家には多大な影響を与えてる。
215 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 16:04:41 ID:lDFwD0Lm0
チンギスハーン。
中国人は「元」も中国と言い張るんだけど
過大評価どころか、中国人からみたら外人。外国だべさ。
武則天は漢民族だしなぁ
まあ、唐の宮廷が全体的に殺伐としてたのかも知れない
というか、唐って過大評価?
今からみれば、中国の影響なんて、悪影響しかないように思うけど(w
当時としては、東アジアに与えた影響というのは、良かれ悪しかれ、凄まじいものがあるし。
それは、唐に関わった国々の伝承が残すところだから、唐そのものが過大とはいえないな。
ありがたがりすぎている面もあったかもしれないが、当時としては。
>>宮廷が全体的に殺伐
それまでの政権に比べると、開放的、という見方もあるそうだ。
中国の歴史シリーズではそんな感じで書いていた。
民衆にしても、府兵制度は苛酷な負担だった今までの説ではなく、中央軍の兵隊となれるチャンスである、と簡潔に言ってそういうふうに捉えたりしている。
李成民と李劉基はそんなんでもないだろう。
それぞれに貞観の治、開元の治と評された治世を築き上げたのは見事。
民間人気で言えば、李劉基は西泰王爺の名で道教神にも祭られるほど。
219 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 22:23:02 ID:rHbMXLcw0
始皇帝
明太祖の方が傑物だ
やっぱり岳飛だろう
あいまいなまま死んだのに現代の段階で中華最高の英雄だからな
同じ理由で関羽
221 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 15:07:30 ID:POOOqUAv0
>>220 二人とも実際の功績より忠義心が買われていると思う。
また関羽と違って、岳飛は素晴らしい詩作を数首残した。
後世の文人にもその芸術性が讃えられ、
しかも武人だからこそ作れる名作と評された。
そして関羽もただの武将ではなく、
左伝を暗誦できる武将なんかほとんどいない。
基本的に文治主義の中国では、ただの蛮勇の徒ではない点が大きい。
張良
左伝を暗誦できるからなんだっていうんだろうな。
関羽オタは二言目には左伝の暗誦を口にするが、己の出処進退に欠片ほども
活かせない知識も学問も何の価値もないとしか言えないわけだが。
その手の批判が小人の戯言に過ぎなのも歴史が証明してるな
そんな事言ったら岳飛や始皇帝を腐してる奴も
小人の戯言ですんでしまうわけで・・・
そうなるね
始皇帝、関羽、岳飛共に個人的には英雄中の英雄と思うのだが
どうにも捻くれ者がそれを認めたがらないだけ
世間的に英雄と認知されてる存在を否定する意味がわからないね
ここって、過大評価されてる英雄を挙げるスレなんじゃないの?
小人とか言ってる人が論点を摩り替えてるようにも思うんだけど
過大評価というか、英雄視する要因のひとつに、味方に裏切られ不遇の死を迎えた、というのもある。
たぶん誰も知らない名前だと思うけど(自分も知るまで知らなかったw)
五代十国の後晋期、契丹の第一次南征のとき要衝を固めた、呉巒という人が、中国では五代期の英雄の一人とされているらしい。
どういうことかというと、呉巒の前の城主と不仲だったことから、契丹に密かに通じていたやつがいた。
そいつが、「呉巒が必死に防戦して成果をあげているのに、卑怯にも敵を引き入れ落城させた」というわけ。
呉巒は絶望して井戸に身を投げて自殺した。
よって、英雄となったわけ。
過大評価の英雄というが、過大評価だからこそ英雄視されるんじゃないか?
とんちはいらん
229が真理な気がしてきた
唯一無二というわけではないが、ひとつの見方には違いないな。
233 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 14:25:11 ID:rqJGI0e00
中国人と歴史の話してると
関羽はともかく岳飛は微妙な感じなんだよなぁ
「マザコンじゃん」みたいな切り返しうけたことある
一人っ子世代の「小皇帝」には孝の概念なんて無いんとちゃうか?
三国志の武将の話をしてる奴は他に知らんだけだろ。
関羽、諸葛亮は例外。
彼らの名は後世にも深く浸透している。
曹操を押す奴なんかは三国志しか知らない奴かもな。
屯田くらいしか功績ないのになんで1000年に一人の逸材?
238 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 22:25:26 ID:LxwruULa0
>>233 岳飛は南方に行かないと人気ないよ。
北方異民族の末裔の東北や北京辺りに行っても鼻で笑われるだけだって。
239 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 22:28:04 ID:LxwruULa0
って言うか岳飛はそもそも誰に対抗してたのか、とw
まあ、これ言うと近世の中国の革命家はみんな南出身者だという議論にまで
入っていくわけだが・・・。
北方人には政府に逆らうとか、改革革命的な気風はない。
>>238 へぇ。
北宋の名将、楊業は契丹からかなりの高評価を受けているような記録があり(なぜか墓碑があったり)、忠節を尽くした敵将を、遊牧民族は褒め称える傾向にあると思ってた。
契丹だけだろうか?
そういえば、後唐の張敬達が暗殺されて、契丹が南下できたときも、耶律徳光は張敬達を見習え、と戒めたそうだし。
関羽、岳飛の二大聖人を過大評価と笑うような連中が一番愚かしく見えるぞ。
所詮は自分ひとりの戯言に過ぎないことをこういうスレでぶちまけてるだけだしな。
また釣かよ
古来英雄なんてのは後世の人間の過大評価で作られたんだ
とんちはいらん
岳飛は当時から英雄だったんじゃないの。
民衆が進んで食物を差し出すってのは、なにかを期待してのことだろうから。
246 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 18:43:25 ID:0Ly4Nldt0
進んで差し出さないと皆殺しにされるからだろ
>>246 そういう場合、民衆は山沢に拠る。
それは中国史では常識的な民衆の抵抗。
248 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 13:49:22 ID:RLOse1m00
毛沢東
レベルの低い民族にはレベルの低い政府が合う。それだけが生き残った理由。
戦乱の時代には、毛沢東のような者が出て戦乱を治める。
安定の時代には、ケ小平のような者が出てきて国を治める。
野蛮の時代には野蛮の統治者が現れ、平穏の時代になって疎まれる。
これは歴史の真理である。
国が興隆する時代は、吉田や角栄みたいな傑物が現れる。
国が衰退する時代は、森や安倍みたいな小物が蔓延る。
角栄は煬帝だよな
草創期:伊藤、吉田
成長期:色々
繁栄期:角栄
末期:村山、ab
だと思うが。
小泉や安倍は後世にならないと評価でないだろ
国を滅びした暗君か中興の明主かは
安倍はバカ過ぎて見合う存在が無いような気もするが
255 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 16:04:12 ID:IuvSjZAE0
なぞらえはつまらん
256 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/16(月) 17:15:23 ID:WrNzd8SZ0
中国自体が過大評価されてる。古代文明が栄えた、現在は単なる後進国だよ。
プ
258 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 21:26:36 ID:TsgiCInI0
文天祥は日本で例えれば石田三成か。
・・・忠臣かもしれんが英雄じゃないな
石田三成とは違うと思うなあ
イメージが違うけど実は土方歳三なんかが結構業績似てる気がする
チューヤン
261 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 13:30:01 ID:Tue1MnJ00
>>258 文天祥は石田三成のようなタイプでの敵の多さではなかったように思う。
>>259 文天祥は、宋が他の王朝のように臣民に捨てられて滅んだ王朝ではないということの象徴のように思う。
土方は個人の美学に殉じただけなのでちょっと違うかと。
263 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 13:22:50 ID:RRANy7mo0
李綱
264 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 14:15:39 ID:BtrU/IcS0
265 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 22:58:08 ID:31CSfuG00
266 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/06(木) 01:03:15 ID:xbSrpNOd0
宋は一般官吏や軍人の忠誠心も離れきってなかったと思う。
時代の流れと軍が弱すぎた。
267 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/06(木) 02:35:54 ID:+8eF4C750
シナ人の中に英雄なんていません
関羽がいる
269 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 01:40:07 ID:yhqMW4CzO
諸葛孔明、石田三成はガチ
270 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 01:41:15 ID:yhqMW4CzO
で過大評価されすぎ
中国人の知り合いに聞いてみたところ、
三国志はそもそもマイナー。
あえて三国志で好きな人物を挙げるとすれば曹操。
時代を作った人物だから。
関羽は関帝廟があるからメジャー。関羽はさほど評価されてるわけじゃない。
中国ではどの時代が人気あんのよ?
南宋あたり?
やっぱ五代から宋代になるらしいね。
274 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/27(火) 13:06:06 ID:crsO2Gqu0
岳飛
>>271 関帝以上に評価されてる人物なんていないよw
史実の人物なのに、宗教上の最高神にまでなるなんて
この人くらいのもの。
中華街では商売繁盛まで応援してくれるヒトね
関羽は死後から
五胡十六国〜唐 名将、猛将の代名詞
宋〜明 三国志演義の爆発的人気により民衆の人気者
清〜現代 国家認定の護国神
だからな。
スケールの桁が違う。
光武帝かな
>>277 たしかに。
こんな昔から過大評価されていたのか。
まあ、過大評価のを受けるからこそ英雄たる証とも言えるよな。
281 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 01:12:06 ID:IjCS9XQd0
三国志以降は全てにおいて過大評価されてるよ
その結果がアヘン戦争なんだから
282 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 02:46:13 ID:1Bd3EE4i0
どういうこと?
>>281の歴史観は、三国志の次は清。ということ。
284 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:53:33 ID:LL3cXfSv0
袁世凱は過小評価
陶晴賢は過小評価
286 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 23:52:33 ID:gaTm+RsB0
287 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 00:43:58 ID:wYF7w7Po0
毛利元就
毛利信者が過大評価しすぎ
288 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 00:45:00 ID:wYF7w7Po0
尼子経久の方が100倍すごい
290 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/17(火) 06:27:06 ID:+AvUXaDJ0
光武帝ってどうよ
毛沢東って文革やらかした中国史の中でもトップクラスの悪漢だろ
なんで評価されてるのか理解できん
>>291 中共が崩壊しない限り毛沢東は英雄と言われ続けるだろうな
>>290 この板では劉秀が確かに現在、最も過大評価されているな
関羽信者は半分面白がっているだけだし、諸葛亮信者は信者とまでいえるかどうも・・
やばいのは、曹操・司馬懿の魏信者だが、近頃、少しおとなしい
秦檜信者の過大評価もやばいが(どこが名宰相なんだか)少数派
一番、勢いがあり、批判をすると思わぬバッシングをするのが劉秀信者かな
本スレではやばいのがいるし
関羽や諸葛亮ほど、多くの人が劉秀を熟知しているとも思えんのだが。
よく知ってないと、批判もできないから、過大評価かどうかもわからない。
本スレって今完全にスレチなってるけど、どれがやばいのかわからんw
秦檜は名相スレにも名前が挙がってるがどの仕事が良かったかの説明が全然無い
光武帝は范曄後漢書に準拠すれば完全無欠名君に違いないが
その後漢書に対して光武帝マンセーが過ぎるとの史料批判が
唐代からなされてきたことが考慮されてない
いやぁ、唐時代のほうがマンセーの過ぎると思いませんか?
>>296 理性民のことか?この板ではかなりバッシングされるよね
太宗だけでもないと思うけど
299 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 04:34:37 ID:gpa0VD610
2ちゃんねらーは李世民嫌いすぎ
300 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 04:36:13 ID:gpa0VD610
俺も嫌いだけどww
301 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/18(水) 04:46:29 ID:mKNUKmm30
俺も嫌い
世民は死ねばいいと思う
もう死んでるってw
史料がマンセー過ぎるって他の時代は兎も角、唐にだけは言って欲しくないもんだ
抹消と歪曲の極みじゃないか
能無し元勲子孫が跋扈するし、宦官はとまんねーし、後漢笑えるのか?
武后時代の優秀さが際立つが為により一層タチが悪いよな。唐の威勢ってすなわち武周の威勢だもん
秦檜は岳飛アンチ…いや、田中某アンチによる、反動が目下強いとみるなぁ。
たしかに、政策の面で見るべきところを列挙する人もいるが、後付臭く見えて
しまうのは、こちらの目が腐っているからなのか。
ただ、やはり秦檜は実行者というだけであって、高宗の構想に沿うところが
大きいと思う。ふたりはセットでみるのが順当だろうと。
光武帝の批判… いくつかそれらしいものを「ソースはにちゃん」で見た記憶も
あるけど、誰にだって批判されるようなことくらいあるわな。
完全無欠って、史書ならそう書きたくもあろうが、今の我々が見る光武帝に
瑕があっちゃいけないのか、と疑問でもある。
長所も短所もひっくるめて、その人物が好きなんじゃないのかな?
李世民… 言うに及ばず、か。
一応、試みに問うけど、何が気に入らない?
自分は「嫌い」というほどのものが、特になかったりするが(批判するところはあるけど)。
>>302 大唐は安史の乱までなので、その見識は正しいね。
しかし唐はその後の方が、いろいろ面白い。あくまで後世からの視点という意味で。
実際にあの場で庶民させられてたら、生き残れる自信はない。
被告A
・識緯思想への傾倒
・廃后
・馬援の爵位剥奪
被告B
・玄武門の変
・史書改竄
・高句麗遠征
・後継者人事
無理矢理ケチを付けるネタはこれくらいかなー。
どっちもボンクラには付き合いづらい上司であるのは間違いない。
まあ猜疑心だけで凌遅三千刀&滅九族はしないだろうけど。
創業為した皇帝でボンクラに付き合いやすい奴なんか居たっけ
李世民は厳密に言えば創業の君じゃないけどさ。
趙匡胤にしても結構気短いし…
ああ、劉邦なんかはボンクラの方が付き合いやすいかもな
いやぁ… ボンクラだったらそもそも創業についてこれないかと。
粛清したあげく、ボンクラしか残らなかった、という例証(冷笑)ならあるが。
>>305 趙匡胤はボンクラ、ナマクラはその手で抹殺してますよ。
気が短いんじゃなくて、いわゆる給料泥棒は許さない性質。
廃后する皇帝は多かれど、光武帝のそれは随分ヌルいというか
別段豚小屋に押し込めて訳でもなく、その後もちょくちょく会いに行ってるしw
子供も時代に至っても良好な関係だし、光武帝の嫌われる要素ではないと思う
有名な偉人、英雄は何故か、2ちゃんねらーには嫌われてるよな。
関羽、岳飛なんてしょっちゅういわれのない中傷に晒されてるし。
まあ、そんなのを信じる人がいる可能性はあるけど、
関羽、岳飛、諸葛亮への中傷はネタとして聞き流す必要があるかも知れない
歴史をいいようにもてあそばれていることと、欠点はあれど、高潔だった蓋然性が高い人格
がクズみたいな奴らにクソミソに言われていることに腹は立つが。
光武帝、李世民は世間への高い評価への反感だろう。
光武帝は地味な扱いだったので、さほどのバッシングはないが、
李世民は中国最高の名君の呼び声が高い上に、陳舜臣の『中国の歴史』から入った人も多いから
『許せない』って気持ちになるのだろうな
後継者に悩み、高句麗討伐では往年の軍略の冴えを失い、腹心と思っていた長孫無忌に操られかける
彼を自分はあまり嫌う気持ちにならないが
やたらとこの板では武照を持ち上げるが、それほど李世民に比べすごいかね?
李隆基が彼女なしでは数十年の太平がまったく、保てないほど無能かな?
武照ばかりもちあげられるとかえって擁護したくなるな
武照はあの苛烈な性格や、政敵への惨たらしい仕打ちが実は捏造かもしれないと
言われ始めてるみたいだよ。
穏やかな名君だったのかもしれないね。
まあ、だからと言って確かに武照ばかり持ち上げすぎな感は俺も感じてる。
さすがに李世民ほどではないと思うよ。
実際武照系の人材が枯渇した時点で破綻し始めてるんだから、保てないほど無能だと思う>李隆基
下には下がいるし、クーデターやその後に武照系の人材を使いこなしてはいたから相対的にはマトモかも知れないが
後継者に悩み〜のgdgdっぷりを見て嫌いになれないってのは単なる同情なんで、それをもって擁護するってのはムチャクチャだな
それを見て同情する人間と同程度には、それを見て腹立たしくなる人間が居るって事を思い至らなきゃ同じ穴の狢に過ぎん
光武帝、唐太宗は晩年は猜疑心が膨らんでたのか、
馬援、李セキに対して結構酷い扱いしてるな。
>>311 一応、言っておくが、『嫌いになれない』と『擁護したくなる』は別の話な
一方的なこきおろしと過大な持ち上げがいやなだけだ
自分の文章から見て、そうとれるとは意外だが
牝鶏達による政治の専横を防ぎ誅殺、唐王朝を存続させ
開元の治なる善政時代を到来させたまでなら名君だったんだけどね>李隆基
後半生はボロボロだったな
道教の秘術ウマー、楊貴妃タン楊貴妃タン・・・
安録山「楊国忠の言う事ばったり聞いてんじゃねーよ、この豚野郎!・・・いや、俺も豚みたいだけどさ」
安史の乱へ。
だしな。
>>いや、俺も豚みたいだけどさ
安禄山のブタも捏造じゃないかね。
そんなブタで胡旋舞が踊れるというのがなんとも。
>>310 則天武后(最近ではあんまり武則天って言わないみたいね)のことを擁護すると
すっごい反論にあったことがあるけど、女と言うだけで貶められた説を
大層嫌う人もいるみたい。
ぶっちゃけ幾ら残忍であっても国を破綻させなければ良い政治家だよ
そいういう意味で李世民と武照はよく似ていると思う
両者を比べて片方を批判ってのは難しいと思うよ
ただ政治家・君主としては武照の方が優秀だろう。武人とては李世民の方が優秀
317 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/19(木) 14:41:25 ID:RVSTVoQ90
光武帝は完璧すぎて面白みにかける
劉備みたいなコテコテのヒーローがライバルもいなくドラマも無しに順当に勝って天下取っちゃった感じだからな
劉秀の時代そのものは過小評価されてるみたいね。
認知度がなさすぎて、つまらなく見えるのかもしれんし。
三国時代は呂布、関羽、張飛なる一流の豪傑なら居たんだけどね。
そのうち、関羽は英雄として昇華するけども。
劉備、曹操、孫権の三すくみは群を抜いた英雄という存在には
ならなかったけど、永遠に決着のつかない此処に魅力ある人物達として
今でも話題十分な面白味あるね。
光武帝面白いじゃん、人格がw
>>316 そういうのが、武照ひいきだろうな。
互いに皇帝なのだから、軍人は皇帝の要求される要求としては低い
すなわち、
君主として優秀>>>>>>>>武人として優秀
だろう
そう判断するのは勝手だが、それでお互いを持ち上げたつもりになっているのはやめて欲しい
武照には、大型寺院をやたと作り、仏教勢力を拡大させ、唐に禍根を残した
李世民に拡大した版図を縮小させた、最後まで皇位を維持できなかった
なかなか皇位を決めず、政局を混乱させた
などと批判できる点もちゃんとある。
そういう側面を忘れて一方的に李世民より優秀と断言するのはどうかと
軍事も皇帝の事業の一つだよね
君主と武人で分けるのが良くない
とはいえ諡号その他に見られるように武は次善か
空気を読まずに孫策に一票。
別スレで色々言われているが、呉の混乱の元凶は
やはり孫策だという気がしてならない。
父親(孫堅)や弟(孫権)は曲がりなりにも一角の豪傑と言って良いと
思うのだけど。
六朝を考えたときに、孫呉の存在は無視できないほど大きいものと思えますがね。
孫策がどれほど過大評価されてるか、内容のほどを知りませんがw
どうせなら、これが過大評価だ、っていうのも併せて書いてくれるとうれしいのだけど。
孫策も後期が駄目だったな
当時民間で人気の高かった高徳の道士をわけもなく殺害して
民の反感を買ってしまうなど失策も目立つ
李世民に落とせなかった高句麗を滅ぼして、西突厥や東突厥を下してるから外征の指揮官選びは武則天も優れてると思うな
流石に親征はできないがw
仏教はチベットと婚姻結んで(結んだのは太宗だし)国交があるのに防ぐことは無理だろ。太宗も玄奘を寵愛してたことだし。
隠居に追い込まれた李淵は仏教をある程度規制しようとしてた流れからすると興味深いところだけど。
まあ武則天は李家が老子だから仏教を用意したってとこがあるんだろうね。
後継者問題で政局を混乱させたのは李世民も一緒だからなぁ
政治家ってくくりなら武照>李世民でいいよ
政治家に求められるのは民政や戦略眼よりもまず政治力だろうから
いかに優れていても政治力がないとトップになれずに辣腕を震えないからな
我が国でも遠くに後藤新平、近くに安倍の晋ちゃん
女の身で皇帝になった武照は図抜けているだろう
太宗から直接帝位を分捕ったならともかく、
相手の高宗がボンクラなだけでなく、李セキの怠慢があったなど不確定要素が多くね?
大した審査も評価基準もなしに不等号で括るのは性急にすぎるだろう。
唯一の女帝というのは確かに凄いけどさあ。
太宗はやっぱりアンチ多いな。
2ちゃんねらーは何故か、1流の英雄偉人にはやたらケチをつけたがるからな
李世民は創業の君主だから武照とは比べられないでしょ。
李隆季もまたしかり。中興の君主で武照の様に白アリ型の権力の握り方
ではない。
飼い犬に手を噛まれたという点では武照も李隆基も同じ。それぞれの不覚。
張諫之と安禄山はやり方が違ったが、それぞれの飼い主を引きずりおろす
ことには成功した。
飼い犬のやり方の違いで評価に差が出るのは不公平な気もする。
後世に国体をどの程度残したかは重要だとも思うが、武照の周は少なく
とも名目的には一代限りで滅亡してしまったわけだし。
>>329-330 李世民は特別、好きというレベルではないから、反論にも熱はこもらないが、
(多分、この板にも熱烈なファンはいない)
やはりあなた方は武照シンパだと思うぞ
>李世民に落とせなかった高句麗を滅ぼして、西突厥や東突厥を下してるから
>外征の指揮官選びは武則天も優れてると思うな
>流石に親征はできないがw
李治の手柄が全て、武照の手柄になってね? 確かに、操り人形だった可能性は高いが、
父の高句麗遠征の留守をそれなりに果たせた李治をさしおいて、
軍事は全く未経験の武照の手柄だけにするのは無理はないか。
李セキ任用は、別の事情もあるだろうし。
それに、中央の政争に無理に絡めて、辺境の名将を誅殺したりして、版図を縮小させているのに
その評価はちょっと無理があるだろう。
突厥はあの時代は李世民に討たれ、弱っていたころだし。
政治家としても、李世民は地味だが、致命的な失敗はしていない。
最後に引きずりおろされた武照は大いなる政治力の欠如とはならないのか
李淵の手柄が全て李世民の手柄になってね?っていう意見もあるし。
政治家ってのは須く現実との妥協の上に手を打つものだから、明瞭な線引きはできないだろう。
武照にとって高宗のボンクラさは天恵かも知れないが、それをいったら李世民は八柱国に生まれ、晋陽を抑えてた李家に生まれた天恵は計り知れないものがある。
長孫無忌にいいように操作されたのは飼い犬に手を噛まれたって言わないの?
長孫無忌の操作ってのは結局太宗個人の名声にデメリットを与えるようなものじゃないしな。
何か無理に相対化しようとしてないか?
武則天は持ち上げて太宗を落とそうとするのはダブスタだろう。
どっちも非凡でいいいじゃん。史家に粉飾されてるのは太宗の方だろうケド。
むしろ長孫無忌の高宗推しによって曲がりなりにも唐は一旦途絶えてしまったんだから政治的に致命的じゃないか
それは長孫無忌の立后反対を無視した高宗のミスだろ。
ボンクラを後継ぎにしたから致命的とか言うなら、
武則天が男ならそのまま王朝を簒奪出来たとかそういうのと同レベルの寝言だと思うが。
長孫無忌の言うことも聞けないぐらいボンクラだったから太宗は後継者に選びたくなかったんだぜ?
341 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/21(土) 10:15:51 ID:9kn/uS9n0
確かに後継者の選択はミスだったが、
その後継者のミスまで自分のミスに含められるなら
後継者の手柄も選んだ自分の手柄に含めるべきだな。
高句麗遠征・対突厥戦争は最終的に成功ということで太宗が紛れもない史上随一のメークン、
高宗&武則天はそのお零れに預かっただけの出来損ない夫婦ということで……
とか言われて納得出来るのか?
太宗は好きでもないが、個人の情緒的な理由と基準で評論するのはやめようぜ。
武則天擁護派は「女性蔑視しすぎ」という観念が行き過ぎて
単なる過大評価にまで膨れ上がってるな。
李成民に匹敵する名君とは言いすぎにもほどある。
冷静に帝として評価するならば、武則天は良くもなく悪くもない
普通のオバちゃんだったと思うよ。
武則天の時代には貞観の治、開元の治と呼ばれたような治世の褒め称え方もないしね。
後世には唐王朝を乗っ取ろうとしたマイナス点まである。
今だに中華最高の時代は盛唐の時代と言われてるくらいだから
李隆基ほどではないとはいえ、一時的に唐王朝を中絶させたのは失態でしかない。
李世民は出発地点がかなり有利といわれるが、
皇帝として評価するならば、(そして、武照の乗っ取りを政治力として評価するならば)
父、兄、弟という強力なライバルを蹴落として、
皇帝になっていることをもっと高く評価すべきだな
身内であるがゆえに余計にやっかいということもいえる。
身内がある意味うまいタイミングで死んでくれた劉秀や曹操に比べ、
むしろ不利な点といえるかも知れない
また、李隆基はこの板ではもっとも過小評価されている一人だと思う
太平公主や韋氏に武照系の人材はほとんどがとられているし、
皇弟の三男というだけの地位だけで禁軍の兵をまとめて、当時の政権の中枢を
鮮やかな手際で二度も討っている。
晩年は失敗したとはいえ、戦乱多い中国の歴史において、一応、権力を握った状態で
数十年の太平を保っている。
もちろん、武照系の人材がいてこその話しなんだろうけど、それを選んだのは彼だし。
無能ってのかさすがに当たらないんじゃないか?
>>342 >武則天の時代には貞観の治、開元の治と呼ばれたような治世の褒め称え方もないしね。
>後世には唐王朝を乗っ取ろうとしたマイナス点まである
メチャクチャ唐寄りの見方してるぞ、お前
>>343 どっかのスレでも、スタートラインのことについて能書きたれたことありますが
有利なスタートを得ていても、それを生かすことができるのが、すでにしてすごい
と思えるのだ。
あんまりそういうのは比較の対象として持ってきても意味がないんだよね。
下から這い上がった人傑は、上からのスタートならもっと上にいけると思っているらしい。
それは置いといて。
玄宗サマに関しては、前半のプラスが、後半のマイナスによって差し引きされた
と思っているので、個人的には、明確にわけて考えている。
つうか別人だろ、と。一言で評価できないやっかいな人。
プラスの点で言えば、門閥に係わらない武照系の宰臣を重用したのは、クリティカル的
な功績といえる。宋の司馬光のように、理屈に沿わぬものはすべて排除する、とか
されるのに比べると、革新的とすら言っていい。
しかし、武照の遺産というのも忘れてはいけない。かように評価とは難しいものだ。
唐からすれば、いや後の史家からすれば武后は隠したくて隠したくてしょうがなかったろう
女の時代を最盛期となんか残すどころかね
でも武后の婚姻政策のせいで李家と武家は切り離しようがないと
>>344 スタートラインは全く考慮しないのもどうかと思うが。ただ、高い地位にあればあるほど
しがらみが多い側面も考えて欲しいところだな
ところで、李隆基はもっと、評価されていいと思っている。
李隆基は皇帝になったのは、わずか二十代のころ。
別に禁軍の指揮官であったわけでもない李隆基が、禁軍の若手兵士に語らい
裏で太平公主の助けがあったとはいえ、それを糾合し、
政府の実権を握っていた韋氏一派を一撃のもとに葬る。
利益だけでは兵士たちも従わないだろう。かといって、上級将校と連動した気配もない。
多大な人間的魅力がなければ無理な話だ。
それから、皇位について、父の反対をおしきり、武周最後の残党といえる太平公主一派も排除した。
これから普通、こういう武断派の青年天子は側近重用や武断政治にはしるものだが、
武照系の人材を使い、太平の世をつくりあげた。
これって、マジですげーって思ったものだ。漫画や小説の中の主人公そのままの物語だし。
それに、あまり語られないが、教坊や李園をつくりあげ、自ら作曲して、
音楽の発展に寄与したことも評価して欲しい。
(安史の乱で後世に残らなかったかもしれんが)
曹操の詩や徽宗の絵画が評価対象となるなら、別にいいと思う
いや、安史の乱がなければ、晩年がぐだぐだでも、マジで中国史上最高の名君に推したかもしれん
玄宗の人間的魅力は安史の乱前後でも発揮されてると思うな
ただそのカリスマが逆に事態をダラダラと引き延ばして悪化させていったのかも知れん
太平公主一派を武周の残党というのは違うだろ?
武照だったらトウ建徳や王世充に勝てていたかわからない。
それは李隆基や憲宗も同じだが。
司馬遷や陳寿は身を全うすることをとても重要に考えているから、その点
で李世民は他の二人に較べて優位にあるとは言えないかな?
(失ったのは命ではなく地位や国力だが)
個人的には立派な君主である程度立派な人間でもあった康煕帝を推したいが。
(国を隆盛に導いただけではなく、命、国体、名誉を損なわなかったから)
>>349 もひとつ意味がわからん。
特に、「司馬遷や陳寿は身を全うすることをとても重要に考えているから」
なんのことですか?
竇建徳などの群雄と、安禄山後の節度使らを、その成立背景とか拠って立つ礎など
同じではないので、うかつなことは言えないけど、憲宗は自ら主導権をもって
それを維持し、騒乱に一区切り打ったというのは、分裂期でなかったけど
天下の再統一というに等しいものなんだけどな。
ただ、憲宗は中途で死んだので、次の穆宗の代に引き継がれてのことだけど。
中でも特に地域との結びつきの強い、天雄軍の田氏を引き摺り下ろしたのは大きい。
この河朔三鎮の中心的世襲(地方)政権だった魏博を下したから、恒冀も盧龍も
根を上げたとみても、そう暴論ではないと思う。
憲宗って、乱世の一群雄でも、結構面白い存在になれたのじゃないか、とか
無意味なことを考えたこともある。
でも、過大評価の対象でも過小評価の対象でもなく、単に知名度がないだけなんだよな。
>>350 >「司馬遷や陳寿は身を全うすることをとても重要に考えているから」
「身を全うできずに殺されてしまった人間には評価が辛い」という意味。
これを一つの評価基準として考えるなら
武照は名の伴わない実を残した。
李隆基は実の伴わない名を残した。
李世民は名実ともに残した。
わけだから李世民は他の二人より一馬身リードしている、という意味。
まあ昔っから智者に対する一つの評価基準ではある
>>351 そうかぁ… 織田信長ファンが聞くと卒倒しそうになるな…
名将百選スレでも、暗殺された人を一段落とす人がいたけど、そういうところが
理由なんだろうか? それはそれで、納得。
つか武照を身を全うできなかったと言ってしまうなら
隠居に追い込まれた李淵や
長安に帰れなかった李隆基も
十分全うできてないと思うんだが
>>350 憲宗って知名度はないが紛れもない名君だな
たとえるなら、西周か後漢の献帝が諸侯を討伐し、再度、権威をとりもどすような形か
唐は意外に皇帝はそこまでひどくはないな。
名君としては、太宗、則天武后、憲宗がいるし、
高祖、玄宗、肅宗、順宗、武宗は見所はあるし、
高宗、代宗、文宗、宣宗もボンクラというには当たらないだろう
カスは 中宗、徳宗、穆宗、敬宗、懿宗、僖宗か
宦官に擁立された皇帝が多いのはなるほどというところだな。
宦官の件は置いても、長命薬の横行が惜しまれるところだ
>>354 だから、351はそいつら全員よりも李世民を高く評価したいって言っているんじゃないの?
武照だけをおとしているんじゃないっしょ?
あと、岑彭の件は従軍中に敵の刺客にやられ、軍任を全うできなかったからだったと思う
>李隆基は実の伴わない名を残した
李隆基の後半生はボロクソに叩くのに
武則天の後半生はなんで問題にされないんだろ?
玄宗の後半のボロクソさの比ではないということだ。
危うく唐が滅びるボロクソさだったからな
武則天は唐を滅ぼすボロクソさを見せたじゃないの
>>360 唐が滅びること自体がボロクソというわけではないよ。
玄宗の代後半に起きた事象は、ながく宋の成立まで続く
すさまじい爪痕となったことは、今更言うに及ばない。
そうかね?宋代後半のとてつもない事象に比べてたら
武則天の専横も、玄宗の堕落も
国内でおきた天命思想、易姓革命の宿命いうレベルで済む範囲だと思うのだが。
一時的に唐が滅びてるあたり、武則天の悪行も同じ位のものでしょ。
唐が滅びるかどうかなんて困る人はそれこそ宗室だけの問題
無血革命なら人民も疲れなければ、官職に就いてる人も失職する訳ではない
唐→周は周→宋みたいなもんだから、悪行だのなんだのいうのは後の大義名分論をかざす史家のみ
期待を裏切る輩の方が、何も期待できない人々より過剰に叩かれるものだ。
玄宗の晩年は別人として考えたいくらいに耄碌としか言いようがない。
それも人間として当然なのであるが、惜しむ故に叩きたくなる。
恋に生きるなら譲位すべきだったし、そもそも息子の嫁を奪い取るとるとうのがアホかと。
それでいて、楊貴妃の最期は雑兵に絞め殺される始末。責任転嫁も甚だしく男気にも欠ける。
玄宗は名実ともに残したとは思うが、それを打ち消すマイナスの名実が暴君武則天や下手な昏君よりデカい。
50で死んでりゃその三人の中では筆頭。10年長生きしたことで少なくとも太宗より下な感じ。
有名な子殺しですら通史(司馬光こそたちの悪い過大評価だな)にしかみられない記述だから
武后の「暴」の部分はさっぴいた方がよいかと
無いとはいわないが、酷吏を使ったり粛清やるのは他の皇帝も一緒だし
しかし関隴派閥を駆逐して、臣下はなんの背景も持たせてないのに
来俊臣の意見を退けて、狄仁傑のいうとおりに李氏を復位させるあたり
政治家として凄く冷静だからそういう話もさもありなん
彼が死んだ後は残念な事になりはじめるが
366 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 12:51:41 ID:TFUPqXJz0
>>362 宋は宋で(徽宗だな)、また別に非難されていると思うよ。
しかし今は、則天武后VS玄宗の話だったわけだから。
唐玄宗は有名な道教の神にもなっちゃってるんだけどね。
芸能の神、西泰王爺という名でね。
民間受けならそんなに悪くはないと思うよ。
史書家からはボロクソかもしれんけどw
>>362-363 武照の場合、唐を滅ぼしていることよりも、武周を自分の代で終わらせていることの方が問題
戦乱が巻き起こらなかっただけで、目的を達成しなかったのは王莽と同じと言える
玄宗は確かに晩年はクソだが、安史の乱発生後以外は理解できるクソ
文官出身の節度使は伝が立てられてないほど、功績をあげていないし、
太宗以来、異民族に長城に頼らず、名将を使う方針の唐としては、節度使個人の能力に
頼らなくてはいけない。
漢人出身の名将は李林甫が排除してしまうし、複数の節度使を兼ねた方が連携し、
異民族に対抗しやすい。さらに出世欲が強い異民族は戦争や謀略にも強い。
で、やりすぎたと気づいたが、もはや、どうにもならんので、さらに、恩恵を与え、
先延ばししていたが、排除を焦る楊国忠がたきつけ、しかも、安禄山を宰相にしたくない
という彼の個人的思惑もからみ、あの結果になった。
そのあとの対策放棄、えん罪による処刑、無謀な出撃命令などにより、
中国史上最悪皇帝の候補にまであげられるようになってしまった。
ただ、自分は別人とまでは思えない。
誰でもではないが、年をとるとはあんなものと思っている
李林甫を排除できなかった時点で理解終了のお知らせ
司馬光は通鑑の編纂は評価できる
主観入りまくりだけど
政治家としては二流
371 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/25(水) 22:36:21 ID:kw3rgCSc0
通鑑の「臣光曰」はネタとして楽しむものだからな
わざわざ稗史の内容を混入させたり、けっこうエゲツナイことやってるから注意だが
>>369 秦檜や蔡京がある程度、見直されている現代なら(とても名宰相とは思えないが)
李林甫もそう否定できるものでもないよ
彼が存命している時は安禄山を抑えられたし、
悪辣なやり方とはいえ、二十年、政権をゆるがせにはしなかった
文人史観で悪く書かれている可能性もあるし、
節度使の件が失敗だったからと言って、即、排除とするのは短絡的だと思う
分かりやすいように数字であらわすと唐初の権力者の評価はこうっしょ
皇帝に大事なのは、政治力(高次の政治も含む)、求心力、軍事力
ただし、左がより重要で、総合点が高ければいいというわけではない
特に、軍事力は中途半端に高いのは、漢武帝、煬帝のように諸刃の剣というわけで
平均は3で
李世民 政治力8 求心力8 軍事力9
李治 政治力4 求心力5 軍事力4
武照 政治力10求心力5 軍事力2
韋氏 政治力5 求心力2 軍事力2
李隆基 政治力5 求心力10軍事力7
374 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 10:53:32 ID:EiHadz5K0
李世民はご存じの通り、政治に独創性があまりなく、
聖人ぶりすぎて、40代にして権力を失いかけている
70過ぎてぼろが出た武照とは政治力には差があるということで
李治は武照が垂簾政治を許しただけで、乗っ取るとまでは思ってなかったしょ
というか、誰も予想はつかないと思う。
とりあえず、遠征の成功と権臣排除に成功したことで、平均よりは上
武照は、辺境経営とかどうでもいいと思っている節があり、軍事は苦手だろう
徐敬業の乱なんかに、四十万も動員している。薛仁貴なんて、左遷されたまま
高い政治力で引っ張っていたが、老いによる衰えもあり、求心力と軍事力が低いのでクーデターをおこされている
李隆基は政治が苦手で、パワーゲームのクーデターが得意
民間からも人気がある求心力と、かなり高い軍事力を辺境経営に生かして政権を運営してきた
しかし、それにより、辺境の武将に力を与えすぎ、政治力が低いのと、老いにより、反乱への対処をあやまっている
現代では民衆に迷惑をかけなかった方が評価が高いだろうけど、
武照と李隆基、どちらが名君かは好みによるだろう
375 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 11:32:30 ID:MuLIrBRK0
袁崇煥かな
376 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:12:17 ID:Mej3YHTcO
吉井和哉は殺人未遂及び集団リンチ、会社ぐるみで嫌がらせをしているクソロッカーです。コイツの趣味は他人のプライバシー侵害です。何度も実際にストーカーされました。目が合うとまるで俺は友達だよ、と言わんばかりにニヤニヤしていました。
にちゃんで何度もそれ専用のスレを立てられ、そこに自分の合成された写真を晒しあげられ、事実を書き込めば「また写真を晒すぞ」と堂々と脅しを掛けてこられました。その写真のネタをこの噂スレでも絵文字入りでこいつらは書き込み、馬鹿にしていました。
自身の部下や彼女をわざわざ嘲笑う為に職場に寄越しました。それと、「社長が怒ったのでこれからもっと酷くなる。一応忠告しておく」という書き込みの直後から、晒しの嫌がらせは悪化しました。明らかに嫌がらせの為に部下も使っています。これは間違いありません。
ここでも話題作りのために散々利用されました。曲のネタにもされました。「広告塔だ」等と言い放ち、実際に見付からない君、としてここ以外でも利用されました。
噂スレでお仲間同士、当然の様に馬鹿にしながら。こいつは隠蔽工作をしています。名誉毀損だなんだと言いながら、実際にこいつは100%やっているんです。
神に誓ってもいい。嘘じゃない、吉井は罪を隠蔽し続けている犯罪者です。私は被害にあいました。こいつは未だに開き直り、隠して逃げ続けています。
「決して捕まらない方法でお前を自殺に追い込んでやる」「インターネットで晒してやる」「これからはどこへ行ってもいつどこで見られているか気が気でいられないだろう」「お前はシーマンだ、モルモットだ」「(された事実の書き込みを)止めなければまた写真を晒すぞ」
これは吉井和哉と仲間による書き込みです。(全部実際に特定され中傷を受けながら書き込まれた内容です)数年間、私はこいつらに馬鹿にされながら仕事や私生活を遠回しに全て晒されてきました。
>>372 政権がゆるがなかったから良いのかというと、そういう問題でもあるまいと今の日本の政治家を見ても思うな
唐太宗は晩年の高句麗遠征とかはあっても国が傾くような致命的な失政はしてないよな。
個人的には漢武帝と玄宗が過大評価の双璧。
特に漢武帝、世界史の教科書とかだと名君扱いだけど、こいつとんでもねえ暴君だろ。
衛青、霍去病を抜擢して匈奴の脅威を除いたところまではいいとしても、その後も無茶な
遠征繰り返して財政悪化させたあげく過酷な重税を課して民を苦しめてるし、何より
廷臣を無駄に殺しすぎだ。
しまいには皇太子と皇后まで殺してるって朱元璋より酷い。
自力で取った皇位でもないし、自分は一度も戦場に出てないし、武帝なんて諡は
ちゃんちゃらおかしい。
しかし漢の領土の箱型みたいなのができたのは武帝のときだから。
劉邦のときでは、まだまだ。
中国三大悪女の一人、西太后は他の二人、呂后、則天武后に比べると無能。
ただし二人に比べれば言われるほどの悪女だろうか?
西太后は東太后を殺したとか言われてるが、この二人は二十年も一緒に政治を見てる。
極端な事を言えば呂后がセキ妃と、則天武后が王皇后と二十年も並んで座ってられるだろうか。
>>377 369氏と同一人物か知らないが、そういう具体性のない一行レスで反論されても困る
李林甫が蔡京などと同じく有能なところがある政治家であったことを言っている
是非は問うてない
詳しくは、講談社学術文庫『隋唐帝国』の四章二節『宰相李林甫』を読んで欲しい
>>378 玄宗は過大評価か? 一般的に、楊貴妃に、やにさがっている老人のイメージで、知名度はあるが、
過小評価の典型のような気がするが。最後にやったことはアレとして
武帝はどうなんだろ。武帝、玄宗(あと乾隆帝も)は過大評価というより、
評価基準により大きく結果が異なる人物だと思う。
しかし、一字しか変わらないのに光武帝とはある意味対照的だ
382 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 23:34:51 ID:RC3Jo+K00
毛沢東
>>381 >武帝、玄宗(あと乾隆帝も)
その3人とも長期の在位が仇になったクチだな。
前半は名君だったけど後半は老害の典型。
光武帝も馬援の死後の仕打ちとか廃后は老害っぽくね?
実害こそは結局なかったから弁護は利くけど。
康熙帝が在位年数といい実績といい最高なんだろうか?
>>384 それ言うなら康熙帝も皇太子廃したり、文字の獄で言いがかりっぽい罪状で
文人を処刑したりしてるがな。
まあ康熙帝が中国皇帝史上No.1ってのは同意だが。
>>369 こんなのを見つけた。
662 :蔡京 ◆GtkPmKwSp2 :03/11/07 22:06
>656 日本国王
おお、よく参られた。燕のことだが、もう少し様子を見てみようと思う。
むろん我々は、今後とも貴卿との誼は大事にして参りたいと考えている。
さて李林甫に関する私見を述べさせて戴く。一般に玄宗の治世における初期の
廷臣たち───すなわち姚崇や宋?などは名臣と讃えられ、李林甫は玄宗の
意欲後退に乗じてそれらの者を追放し、政権を私物化した姦臣と見られている。
だが私はこのような見解に賛成しない。これは李林甫に代表される門閥貴族
勢力と、姚崇・宋?・張九齢ら寒門出身の士大夫層との党派抗争に過ぎず、
どちらか一方に非を認められる性質のことではない。李林甫は極めて陰険な
性格であり政敵を追放するに手段を選ばなんだと非難されるが、この党争は
それほど血生臭いものでもなく、他の時代と比して特別に苛烈であったという
形跡も認められない。林甫は確かに貴族的な権謀術数に通じていたのみで
政治家としてさほど有能とは思えぬが、さりとて彼奴以前の、寒門出身者たる
宰相達がとりわけ優秀だったとも言えぬ。既に衰退の兆しを見せていた唐王朝
の根本的諸問題に対して有効な策を提示し得なかったのは双方とも同様だ。
要約すると
「李林甫が駄目だったんじゃない!他も全部駄目だったんだ!」
けっきょく李林甫が駄目な事に変わりないし、改革しようとしなかった玄宗の非も変わらないではないか
光武帝劉秀は日本で知名度・人気ともに無さ杉。支那史上最高クラスの皇帝だろ。
>>387 おいおい。自分の都合いいように話を誘導するなよ
確か、この蔡京 ◆GtkPmKwSp2 氏の見解は、
唐は太宗を絶対的に名君とし、則天武后、玄宗ら唐の残りの皇帝は、
唐王朝衰退になんら、手を打てなかったとして、同等と取り扱ってたはず
(それは暗に宋の神宗がすごいって言っているんだよな)
そんな数百年、誰も解決できない問題で、『全て駄目』と言われてもねえ
つまり要約すると「そいつは李世民厨」ってことだな
問題を先延ばしにして、派閥闘争にあけくれていたというところでは
>>377氏の見解で、というか一言でわかると思う。
改革というか、打開策とした両税法なり第五琦にならった官塩の復活なり
どっちも庶民には冗談じゃない政策だが、の方が現状追認主義よりは
事態を変革に導く方向になるのと違うだろうか。
ただし、この場合の事態を改革に導く方向というのは「負の方向」であって
社会問題や階層格差の矛盾などといったところから発する破壊のちからに
結びつく。
結局、節度使などの権限が強すぎたので、民乱は兵乱に取って代わられ
長いこと民衆は虐げられてしまう羽目になってしまったが。
>>389 さい京氏が宋の神宗について語ったレスってあるんですか?さい京氏の神宗評価が気になったので。
むしろ的を得てる要約なのがW
>>390 おい。自分ではっといて、おまwww
しかし、同一人物か知らんが、アンチ玄宗の意見を集約すると、
『日本国民は、自民党政権を排除できなかった時点で理解終了』
ということになるぞ。確かにあまり理解したくないが。
問題を先送りしたことと、潜在的な敵に餌をやりすぎて太らせたことということで、
五十代の玄宗の判断力≒近年の日本国民の判断力
ということで。
老齢化が早い中世社会。
たった一人の個人が、仮にも民主化した国民の総意に匹敵しているなら立派なものだろ
日本語でおk
>>396 意味わからんなぁ。
>>390じゃないけどよ。
しかしここは…
>>『日本国民は、自民党政権を排除できなかった時点で理解終了』
今の日本での国民が、やれ税金が高いだの、給料が少ないだの
生活が苦しいだのと、不平をならしている割に、政権を固定している
のは(自民党支持)、明らかに終わってる理解力だから。
民主社会で政権を固定するなんてのは、民主社会でもなければ
自らが主権を担っているという認識すら持っていない証拠になるからね。
だからまぁ、衆愚政治というのは、ある意味、老害者とそう変わらないというのは
もしかしたら、皮肉な現実かも知らんね。
しかしそれで玄宗を大したもんだとは思わんが。数の勝負じゃないんだから…w
そもそも日本の自民党史事態に糞長い背景があるわけで。さらに戦後の米国統治も関わってくるし
だいたい自民党と一括りにできんだろ。内実は自民党連合だし、離脱した小沢は殆ど自爆テロ仕掛けてくるしw
専制君主制と民主政治を比べるのは愚かというか、理解不能だが
敢えて比べるなら、少なくとも専制君主制の玄宗には人事権もあれば強行権もある訳で、
首相すら自分達で選べない民主政治の我々よりはよっほど裁量権と責任がある。
皇帝の位は自分で奪い取った訳だしね
>>388>>389 あわてて、勢いで書いたんで日本語無茶苦茶だったな。すまんすまん。
専制君主制と民主政治を比べるのが無意味なのは分かっているが、
>>369>>377 みたいなよく分からないことを書いていたので半分ネタで反論したわけだ
ただ、399氏に反論すると、無理を承知で玄宗と日本国民を比較するなら、
別段、玄宗は、皇帝の地位を奪う権利も、あれほどの人事権・強行権も律令のどこにもあるまい。
それは強固なる意志で『法令外法令』を通したからだと思う。
日本人の総意といわずとも、問題のある首長のリコールも請求もできるし、
百万人が逮捕を覚悟で国会に抗議にでれば、武力がなくとも、国政は変わるだろ
すなわち、日本国民の裁量権と責任が玄宗以下とは思えない
やはり、スレ違いな上に、無理に比較するなら判断力は、
二十代の李隆基>越えられない壁>五十代の玄宗≒近年の日本国民
だと思う
もっとも、安史の乱後は残念なことに、その強固なる意志が大変な弊害をもたらすんだけどね
うわぁ・・・カワイソウな人だ
>>400 ま、しかし皇帝という専制君主制に対抗する制度としての民主制
だから、皇帝ひとりと国民の総意を比較するのは、間違っちゃいない。
今の日本の政治的無関心な衆愚を弾劾(か?)したいのはわかるが
やはり、例として無理があるよ。
どちらかと言えば、宋代官僚社会に比せば、まだ言及できるが。
403 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 14:28:27 ID:mjLutqCq0
光武帝は過大評価されすぎ
>>403 どこをどう過大評価されているのだろう。
そして妥当と思える評価はどのようなもの?
それを書いてもらわないとね。
405 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 14:42:18 ID:mTkeR1U30
豊臣秀吉は韓国で嫌われてるのはいうまでもない
逆に日本で過大評価だと思っている人でも
中国じゃそれなりの理由があるのかな
光武帝は中国史で10番目くらいの英雄。
『史通』内篇 曲筆第25
案『後漢書・更始伝』称其懦弱也,其初即位,南面立,朝群臣,羞愧流汗,刮席不敢視。
夫以聖公身在微賤,已能結客報仇,避難緑林,名為豪傑。安有貴為人主,而反至於斯者乎?
将作者曲筆阿時,独成光武之美;諛言媚主,用雪伯升之怨也。且中興之史,出自東観,
或明皇所定,或馬后攸刊,而炎祚霊長,簡書莫改,遂使他姓追選,空伝偽録者矣。
>>407 客集めて仇討ちして緑林に逃れたから豪傑ってのもなぁ。
仇討ちなんぞ893でもやるだろ。
即位の時にキョドったってのが曲筆だと断定する根拠にはならんな。
大体唐代の学者がどの面下げて他王朝史の曲筆を批判できるんだか。
まず李世民にへつらって奴の簒奪を正当化した史家どもを批判しろよw
歴代正史の史料批判にかこつけて太宗実録の曲筆を批判したかも知れんよ
首の心配せずに直に本朝の捏造を批判できるか?
>>407 それは後漢書批判であって光武帝批判じゃないよな。
人物の評価や資料の取捨に著者の主観が入るのは多かれ少なかれどの歴史書にもあることだ。
過大評価ってほど評価されてないと思うが>光武帝
中国ではどうか知らないけど、少なくとも日本では。
何つーか、統一王朝の創始者にしては万事堅実路線で地味なんだよな。
おかげで失政もほとんどないから批判もされてないが。
やっぱり北方騎馬民族を蹴散らして領土拡張した人の方が評価高い感じ。
漢の武帝なんか、それ以外は失政だらけなのに英雄扱いされてるし。
騎馬民族蹴散らしたのは衛青とカクさんの功績じゃん
>>412 その二人は実行段階の功績ということで。
414 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 00:04:40 ID:qlQUFnC30
関羽
過大評価ってそれほど悪い事でもなくね?
賞賛に次ぐ賞賛ってことだろ。
寧ろ、現代にまで誉れ高い人物として語れてるのはいい事だ。
今の価値観で当時の事を裁いて過大評価も糞も無いですよ
そんなもんは狭い目線で歴史を見る2chの歴ヲタくらいしか考えない事だ。
418 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 17:23:11 ID:b5uf6xIR0
419 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/08(金) 22:46:32 ID:XjAs5jUz0
>>411 2ちゃんねる限定というならば『光武帝過大評価』もあながち間違っていない
大きく批判できる部分など存在しないし、非常に高い能力と実績ももっているのは間違いない。
しかし、始皇帝、劉邦、李世民、趙匡胤、康煕帝など同じく高い評価と実績を持っている人物に比べ、
大した検証もなく、光武帝を中国一の名君とか、全ての部分で一流の能力を持っているのは
光武帝のみと、断定する人が多い。(李世民と趙匡胤がなぜ、該当しないのかよく分からない)
また、光武帝びいきの人は
>>408のように、感情的に後漢書批判とその光武帝実績への疑念すら許さないものが多いし、
李世民をやたらと、ひきあいに出して、その簒奪(に近い)行為と歴史捏造を持ち出すことが多々見られ、
一方的な称賛と非難という形だけで終わらせる。
唐代歴史学の批判が多いが、劉知幾の業績は、史学の歴史をまとめ、正史にとりあげられなかった
他の歴史書と検証し、できるだけ、正しい事実を探るもので、現代の歴史学につながるものがある
もちろん、唐代には、許敬宗などの捏造はあるが、それを許容せず、直接的な批判はさけながらも、
歴史学の本筋をたどろうという運動でもあったわけだ
後漢の歴史書=正、 唐の歴史書=嘘はあまりにもステレオタイプすぎる
さらには、李世民、趙匡胤批判はさほどの感情的な反論はみられないが、
光武帝批判は本スレをみれば、批判に対する感情的な反論が相当みうけられ、
それを止めようとする動きもあまりない。なぜか、この掲示板では光武帝批判者は孤立する
光武帝シンパの動きはあまりにも光武帝びいき過ぎ、劉邦、李世民などへの一方的な批判が強すぎる
よって、光武帝は『この掲示板では』過大評価されていると思う
光武帝持ち上げると「田中芳樹乙」っていわれるから
別に2ちゃんの中では過大評価はされてない
他のネット掲示板とかではその傾向はあるかも知れないが
421 :
408:2008/08/09(土) 01:06:36 ID:yrJ2QzjN0
>>419 俺は劉玄が客を集めて仇討ちをして緑林に逃れたことがあるからといって、即位の時に
キョドってたってのが曲筆だと断定できるのか、と疑問を呈したわけだが、それが何故
「感情的に後漢書批判とその光武帝実績への疑念すら許さない」になるのかね?
あと、李世民を叩いてるのは劉秀ヲタだけじゃないだろ。
皇太子である実兄を殺害して、本来自分には回ってこないはずの皇位を奪い取ったあげく
それを正当化するために皇太子や実弟の悪行を捏造させたのは史上稀に見る悪質な
歴史改竄だからな。
いくら史上屈指の名君だったからと言ってその悪行は消せない。
そっちこそ劉知幾や李世民への批判に感情的に反発してるんじゃないか?
後漢の歴史書が正しくて、唐の歴史書は嘘とか言った覚えはないぞ。
他人の書き込みは知らないが、少なくとも俺は。
>>421 >>皇太子である実兄を殺害して、本来自分には回ってこないはずの皇位を奪い取ったあげく
それを正当化するために皇太子や実弟の悪行を捏造させたのは史上稀に見る悪質な
歴史改竄だからな。
あれ?
それも含めて、「史上屈指の名君李世民」なんでないの?
423 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 14:31:05 ID:OgqBM2g60
范曄の後漢書が一つ幸運だったのは李賢が注釈を付けてくれたことだね。
李賢の注釈のおかげで、范曄の後漢書が今日まで生き残り、
他の後漢書は廃れたとまで言われることもあるし。
424 :
419:2008/08/10(日) 07:46:00 ID:iop8NkN90
>>420 そうかな? 五年ぐらい前はともかく、今は見たことがないが
>>421 いや、それならいいのだが。ただ、捏造や印象操作の可能性は、後漢書も皆無ではないよ
と言いたかっただけだ。唐の連中に言われたくはないは、それは問題のすり替えだろうと
あと、李世民の件はどこまで捏造か分からないし、父や兄弟だって十分うさんくさい
史上稀に見る悪質な歴史改竄とまで断定するほどじゃないだろ
劉秀にしても、緑林軍時代は不透明なところがあるよ。だからと言って
後漢書の記述を否定するわけではないが。
それより、こんなところで論争するのはやめないか。私も軽率だった。
この板ではまじめに論じると、妙な煽りや、厨二病としか言えない無知な知ったかぶり、
高みにたった分かったようなことを述べる奴らが蠅みたいに集まってくる。
なぜか、運営というか、自治は『○○は禁止』といって、そいつらの肩を持つか、
無視を決め込み、まじめにレスしたものだけが孤立し、バカをみる
(人がそこそこくる三国志スレは別だが)
傷つくのは私たちだけだ。逃亡と言われてもいいから、別の機会にしよう。
私たち ではなく 私 にしてくれないか?
いや私たちでいい。
>>424 >妙な煽りや、厨二病としか言えない無知な知ったかぶり、
>高みにたった分かったようなことを述べる奴ら
つ[鏡]
>>427 さっそく、湧いて出たか。
そういう言い方をすれば、誰でも該当するからな。
真面目で素直な人に限って、そんな手にかかり、反省してしまう。
かからねえって。
>高みにたった分かったようなことを述べる奴ら に該当だな
自治が一応いるみたいだから、あんな書き込みをして、一日反応を待ってみたが、
傍観、それともこいつが自治気取りか
とことんまで腐っているんだな。ここじゃ、もう議論はできないな
他の人はみんな普通に書き込みして会話、議論が成り立ってるのに
誰かさんだけアッチのスレでもコッチのスレでも迷惑がられて追い出される
運営も味方になってくれない
なんでだか考えた事ある? 他人を批判する前に考える事あるんじゃね?
>>428 気に入らんのなら黙って去りなよ。あんただけな
いい年こいて見苦しい
431 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/14(木) 23:07:46 ID:WcKaoEcDO
ナニこれ。
他人に勝手にレッテルはって罵倒し、最後まで喧嘩口調を改めない。
コレが議論したい人間の態度なのか?
曰わく「なぜか孤立する」
そりゃそうだろ。たとえ意見に賛同していても、ハッキリ言って関わりたくない。
孤立してるんじゃなく、忌避されてるだけなんだ。
言動が他罰的すぎるし、自身を客観視出来てなさすぎる。
知り合いにでも自分の書いた文章を読んでもらって、率直な意見を聞いてみたらどうだろう。
誰からも反感や、嫌悪感を抱かれないのなら、その人たちとだけ、話してた方が良いのじゃないだろうか?
今までの不満から、つい口調がキツくなったのかも知れない。
でも、感情的になったら負けだし、議論は終わりだよ。
自分の意見が正しいと思うなら、議論に関係ないことはいわない方が良い。
それが出来ないのなら、ありのままの自分を受け入れてくれる場所に行った方が良い。
その方が互いのためだし、建設的だよ。
えらく攻撃的なってるな>419
あなたに野次を受け流す余裕があれば、醜い本性を曝け出さずにすんだのにね
ほんとに真摯に学ぼうとしている人は、自分の見ている資料すらも
最初から疑ってかかっているもので、容易に最高の名君だとか英雄
だとかは言わないだろうと思う。
言うのは、それらをアニメのキャラかなんかと同じく考え、自己を投影
するからなんだろう。
自分はアニメもゲームも好きなので、たまにそういう板にもいくが
「このアニメ好きなおれ偉い」という雰囲気が随所にあり、それに近いのが
昨今の、特定英雄擁護、逆の過剰批判っぷりに通じているような気がする。
つまりは、層がダブっているんじゃないかと。
光武帝はこれまでマイナーで、それが知られるようになったから、みんなで
わっしょいしている風もある。最初から批判で持ち上げられないからね。
李世民はすでに、にちゃんではイメージというか見解ははっきりしている
と思うからあえては言わないが、趙匡胤あたりはまだそれについて
実像やイメージが、みんなの中にこれといったものがないんじゃなかろうか。
たぶん、そういった差だと思う。
そのうち趙匡胤にもすごいアンチやマンセーがついたりして…
そう思って自分などは、該当スレでは評価批判両面から紹介しているつもり。
実像の過度なアンチやマンセーだけはよしとくれ、とw
本当に真摯に歴史を学ぼうとしてる人は
欺瞞、妬みだらけのこんな板には来ないよ
自分にとって好きな英雄がいて、自分の中では最高峰という
思いまで汚されたんじゃたまったもんじゃないしね
それに先人方が書き残してくれた資料に向かって何を持って疑うのか?
それこそ視野狭窄に陥ってるだけの自分の価値感優先主義の考えなんじゃないの
>>自分にとって好きな英雄がいて、自分の中では最高峰
個人的にそう思うことに、これ以上はなにも言わないけどね。
そのことが昂じて、意見の違う人に攻撃性を持っていることが問題なんじゃないの?
>>歴史を学ぼうとしてる人は 欺瞞、妬みだらけのこんな板には来ないよ
そりゃそうかw まぁ自分も英雄談義がしたいだけで、学ぶために来ている
わけではないことを失念していたよ。
>>先人方が書き残してくれた資料に向かって何を持って疑うのか?
盲目的に信用する態度は、どういったジャンルでも、思考停止で向上は見込めない
というのが持論でして… 根拠さえ伴えば、論破し定説を覆すことだって可能ですよ
ただ、その土俵にあがるには、自分はアリンコなみの存在でしかないですが。
実利よりもそれは姿勢であって、特に強制はしないけど、多くの学者というのは
まず疑ってかかっているでしょうから。
436 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/15(金) 21:31:18 ID:/ULxvqcT0
曹操に一票
曹操は光武帝の強化版
項羽は実は劉邦より人望があったというのが最近の定説らしいね
張良の卑怯な策にはまっただけで、といわけで劉邦は過大評価かな
>>438 そうかぁ… そういう説が。
また何百年か後には入れ替わりそうだね。
ソースは「その歴史常識にはウラがある」という本
ウラw
定説じゃないのかよw
文句は本に言ってください、よく読んでからね
>>441 「定説」の意味辞書で調べて出直してこいよ低能。
そもそも項羽って再評価する必要があるほど評判悪かったか?
一定の批判は受けても「舜と同じ眼の持主」とまで言われただろ?
項羽はアホなところを除けば英主
>>438 逆だろ
どんな卑劣だろうが、戦に強くて人望まであったんだとしたら、そんな項羽を蹴落とした劉邦はもっと評価すべきだ
>>447 それが「今」の評価のされかたじゃないかと。
安能務曰く、
光武帝は歴史上に再登場した武帝。
まぎれもない王朝創業者であるにも関わらず、
彼が意識していたのは何故か高祖ではなく武帝。
武帝、光武帝は聡明ではあるが迷信深く、
無定見で自己満足な制度改革で王朝滅亡の原因を作った。
しかし、国威発揚の成功や儒教国教化などで後世の儒者などから人気。
光武帝の最大の失点は「人間性」という評価不可能な基準を登用の第一条件とした為に
選挙制度が中身のない役立たずなシステムと化したこと。
これにより役人の教養や事務処理のレベルが前漢以前より大幅に退嬰。
そして本質的に忠誠心のぺラい豪族たちは朋党比周と買収で簡単に出世栄達して台頭。
クオリティが暴落した「名士」が「外戚」や「宦官」をコントロール出来ずに
gdgdな内輪揉めを延々続けて無政府状態に陥り、王朝自体が自然消滅、と。
宮城谷氏も三国志一巻でそこらへんのことを匂わせていたように思う。
後漢の弊風の原因は光武帝にある、とかそんなんだったような。
なんでそうなのか読んだ時は分からなかったのだが
多分上記のようなことが原因なんだろう。
450 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/19(火) 13:36:57 ID:96qCw9vb0
>>449 その安能さんの意見はかなり違和感があるな。
光武帝自ら言ってるけど、光武帝が意識していたのは武帝ではなく文帝。
対外消極策、緊縮財政、薄葬令などかなり文帝の政策と共通点が多い。
文帝を尊敬していた光武帝は、儒教だけでなくかなり老荘思想の影響も受けており儒教一辺倒の人物ではない。
光武帝が各地に太学を建て儒教を民間に浸透させたのは間違いないけど、
同時にそのおかげで民間の識字率が上がり、このことが後に名士と呼ばれる知識人の登場の一因になったとも言う。
また後漢の儒教体制が確立したのは光武帝の孫の章帝の時だと言われている。
光武帝が後漢の体制を全て決めてしまった訳じゃない。
あ、あと武帝の儒教国教化説は今日ではかなり疑問が持たれている。
武帝の政策は実際のところはかなり法家的だし、この時代はまだ儒教はそれはど浸透してない。
それと武帝は後の儒者達からはかなり不人気だよ。光武帝は人気だけどね。
光武帝から三代は後漢は上手く回っていたじゃん
それ以降の幼帝の連続の方が直接的が後漢の衰退の原因だろう
ちょうど外敵も衰退している状況で、幼い天子で、こういう状況で
名士や外戚や宦官が増長しないってのが無理だ
ようするに、これまでの光武帝評価はあまり掘り下げられていなかったと。
>>450-451 スマン、
>>449の一段落目は読み返してみたら俺の思い込みが大分入ってたわ。
完全に安能さんの主張と何とか言い切れるのは二段落目くらいしかない。
まあどっちにしても光武帝はイマイチな扱いだった。
まあ安能氏は始皇帝をこれでもかってほど絶賛してて、彼の悪行は後世の儒者どもの
捏造だって言ってる人だからな。
そういう立場から見れば光武帝の政策は儒教かぶれなインテリの自己満足に見えたんだろう。
安能氏はちょっと・・・
孔子が太公望を敵視したとか言ってた人でしょう?
儒家を「文化マフィア」といってみたり。
封神演義の前文などでどこぞの中文系教授に中国関連の教養をかなり疑問視されてなかったっけ。
まあ安能氏の場合、少なくとも儒家敵視がトンデモの領域に達してるから、
多少なりとも儒学が関わる文の所は眉に唾をつけて見ないと。
追記
個人的にはまあ、他に関することではたまに凄い面白いことも言っていると思うんだけどね。
458 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/20(土) 15:40:23 ID:yrDxTTQM0
李自成だな
同じ農民反乱から成り上がった朱元璋様と比べたら小物すぎる。
459 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/03(土) 14:01:42 ID:8bZJkW900
朱元璋が化け物すぎるだけ
460 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/03(土) 15:01:26 ID:GI6yRqBI0
確かに朱元璋様が偉大すぎたのかもしれん
李自成は小物にしてはよくやったほうだな。
461 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/06(火) 11:42:38 ID:yVHsixUK0
清の皇帝たち
とくに乾隆帝
李斯は過小評価され過ぎ。
耶律楚材
歴史に名を残し、お前らでも名前を知ってる時点で大したものだ
過大評価とは思わん
ブルース・リー
466 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/26(木) 14:21:45 ID:K3S0j4Pn0
趙匡胤
そのうち有名人は全員過大評価にされかねんなw
468 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/28(土) 15:12:23 ID:Y72/TptQ0
ケ禹
雲台二十八将の一位だけど
トウ禹は確かに縁故採用臭い。
まぁ、だが人事面でかなりカバーしていたとは思わないでもない。
また、更始政権が現存する史書に書かれているような懦弱な人間達でないとしたら、
まぁ、そこそこの実力もあったのかも知れん。
470 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/02(月) 17:22:10 ID:eUZdgoTx0
人事面では優秀だけど
どうしても延岑に負けつづけてるイメージが・・
延岑が凄すぎたのかもしれんが。
472 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/02(月) 20:20:46 ID:eeieyW/i0
*警告*
我々はチベット問題を忘れない。
今年3月以降チベット弾圧が行われた場合、我々日本人は許さない。
その時は4月26日、長野で日本人の怒りを見るだろう。
これは中国共産党に対する警告である。
拡散推奨
473 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/04(水) 01:48:15 ID:+Xo+Z4ot0
呉漢
名将だけどケ奉に裏切られたり結構マヌケ
裏切られたというか、呉漢の部隊がケ奉の地元で略奪やったのが事の発端だしな。
蜀討伐の時も成都を滅茶苦茶にするわ降伏した延岑を独断で処刑するわやりたい放題で
後で光武帝に叱責食らってるし、どうも印象が悪い。
本人は無欲で清廉な人となりだったそうだが、キレると手つけられなくなるタイプ?
>>471 趙匡胤の人格って、あの乱暴者で小心さが過大評価?
皇帝になったあとは、いくらか政治的配慮とか計算もあるのだろうけど
それこそ必要な措置なのでは
476 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/04(水) 16:44:22 ID:+Xo+Z4ot0
>>474 そうそう配慮が足りないと言うかなんと言うか
>>474 呉漢の部隊は異民族の精鋭部隊で略奪OKにしなきゃ制御が効かん
478 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/05(木) 23:04:10 ID:NIh23uC90
>>468 ケ禹がイマイチ名将に見えないのは樊崇に三回負けてるからって意見があったな。
延岑にも負けたことあるし、呉漢も延岑に負けたことあるけど。
白起
項羽
武帝
480 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/06(金) 20:30:05 ID:p9hu1HSJ0
ケ禹は負け方が酷いのがね…。
馮異の諌めを無視して墓穴掘ったり、李宝を独断で処刑して事態を悪化させたりと空気読めなさ過ぎ。
大人気だな、鄧禹。
482 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/06(金) 21:18:32 ID:o+zAlvuj0
でもケ禹が居なかった場合、劉子輿に劉秀が勝てたとは思えないんだよな・・・
劉玄が殆ど兵とか出さなかったから。
483 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/06(金) 23:06:06 ID:jR/TdvCq0
ケ禹は優秀だよ
雲台二十八将の一位て言われると疑問だけど。
武功よりも重要な存在感があったんじゃないの?
ないよ。
486 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/07(土) 23:37:09 ID:EIpsNW6U0
あるよ
賈復、銚期、呉漢、寇恂を推挙したのがケ禹
これだけ見ても人を見る目はある。
487 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/08(日) 00:21:03 ID:vYjHJlwk0
人事がことごとく当たるんだから神としか言えない
馬ショク一人で人物癌とか言われる諸葛亮に比べれば
自分が不甲斐ないだけのケ禹は張良に匹敵する
488 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/08(日) 00:21:55 ID:mnikoTRE0
人を見る目があるとは後漢書にも書いてあるケ禹評だが
人を見る目があるケ禹が劉玄じゃなくて劉秀を選んだから劉秀は凄い人なんだ、
と匂わせるのは後漢書の巧いところというかある意味いやらしいところだな
過大評価って、28人のトップだからさぞかし戦上手だったんだろうと先入観にとらわれたまま
結構負けてる事を後から知って「なんだ過大評価されてんのか」と思ってしまう事か
>>489 その手のエピソードなら王朝創業者には付き物だと思うがな。
>>489 その…
>>28人のトップだからさぞかし戦上手だったんだろうと
これは、なんちゃら十人衆とか、なになに四天王とかと同じに考え
てしまうほうも、悪いかと。
そう助長させるひとつの悪影響は、言うまでもない田中芳樹の著作w
他の功臣「ふ。鄧禹を倒したくらいでいい気になるな。やつは
雲台二十八将の中で席次は一等だが、最弱…」
李世民の凌煙閣は、武功より親近者から始ま(李孝恭はすべてに功有りだけど)ってる。
確かに雲台のトップて言うからさぞかし名将なのかと勘違いしてた。
明での徐達みたいなポジションなのかと思ってた。
493 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/08(日) 18:40:45 ID:l4UmtVXX0
つーか、劉秀が、劉縯にとっての徐達ポジション
劉縯は皇帝を狙える位置にいたけれど、士大夫の派閥関係で劉玄に遠慮して暗殺される人
494 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/08(日) 19:36:19 ID:3lrlJZT40
>>491 最弱はねーだろw
部隊長程度にすぎない下位におかれた連中よりは武功は、はるか上
しょせん、結果論でしかないが、河北におかれ任せられた任務を成功させたのは
間違いなく、ケ禹。他の奴では失敗したかもしれん。
その時は政権の破滅につながる。少なくとも、関中の失敗は修復は可能だった。
基盤ができてから大きな功績をあげるのは、基盤が無い時の功績よりも遙かに劣ると思うのだが
それより光武帝ファンが呉漢の失敗に甘いのがあまり納得できん
自分的には、ケ禹>岑彭>呉漢
呉漢をはずして、ケ禹を入れた田中芳樹の人選はとりあえず支持する
ケ禹は海のリハクみたいなもんだろ
五車星の筆頭格だがフドウやジュウザには敵わん、それでいいじゃねえか
>>494 ネタのわからんやっちゃなw
なんかそんなノリのマンガかアニメかあったろ。
言いたいことは、あらかた了解しているから、むきにならんでくれ。
497 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/08(日) 20:23:08 ID:XCuwTBej0
雲台28将が選定されたのは明帝の時。
そしてケ禹は統一後太傅に就任し、明帝の教育係だった。
ここにケ禹が28将筆頭に選ばれた理由が有るのでは…。
>>496 分かってないわけじゃないが・・
むきになったつもりは無いので気にしないでくれ
やられた奴が最弱って設定の漫画があるのは知っている
(でも、たいがい、2〜3番目に強い)
リハクというより、フドウ、ジュウザより弱い疑惑のレイだな
>>497 確かに、そうはいっても、関中でのやつは相当に減点されてもおかしくないから
筆頭は内治的な功績も入っているかもね
499 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/09(月) 10:48:54 ID:G06OnKTP0
鄭成功
北伐でありえない大敗してる
501 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/10(火) 14:23:20 ID:LTiduMUJ0
絕對是關羽。關羽勇猛無雙。但是因為他的忠義﹐被後人無限的神格化。
這個從他各朝代的稱號可以看得出來。
漢朝 漢壽亭侯
宋朝 義勇武安王
元朝 壯繆義勇安武顯靈英濟王
明朝 三界伏魔大帝神威遠震天尊關聖帝君
清朝 忠義神武仁勇威顯護國保民精誠綏靖祤贊宣コ關聖大帝
基本上已經是全宇宙無敵。
中華圏からマジレスしてくれたのか極太の釣り針を垂らしに来たのか判断に迷う
なんだ、関羽厨か。
最も過大評価されているのは朱蒙だろう
ケ禹の関中攻略の功績は3つ。
1 北地郡・上郡・西河郡を光武陣営に懐けた。
ケ禹が関中に入る時には太原郡・上党郡は光武帝に帰順していなかった
から、早めにこの三郡を収めたのは戦略上大きい。
2 隗囂と親睦した。
光武帝が統一に成功した理由は、隗囂が東に動かなかったことである。
ケ禹は自分の考えで隗囂を西州大将軍に為さしめ、隗囂の専断権を認
めた。それが隗囂の足止めとなった。
3 十一帝の神主(位牌)を収めて洛陽に送った。
光武帝は、漢を復興するのを御旗としていた。大義名分を整えるには
前漢の位牌を保全しそれを蔑ろにしないことである。
戦術的大敗が目立つけれど、戦略的に見た場合、ケ禹が大敗した時点で、
上記の功績3つは損なわれていない。多分、光武帝はケ禹が印綬を返した
際、兵を失ったことより兵権を奪い、領地を得たことで封地を与えること
を考えて、大司徒の印綬のみ奪い、梁侯の印綬は返したのではないか。
>>501 GJ!
俺はお前の同志だぜ。
関帝生誕日には住む地が違えど
盛大にお祝いしよう。
日中の和を結ぶ英雄、関公最高。
何の断りも無く人名がポンと置かれているから、
過大評価されている中国の英雄は、
関羽ってことですね。了解。
乾隆帝に一票
祖父・親父の財産を食い潰しよった
そりゃ、清朝の最大版図を実現したがねぇ
509 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/11(水) 13:35:30 ID:UasuSXo50
乾隆帝は武帝に似てる気がする
>>505 いずれも軍司令官というより政治家・外交官としての功績だな。
511 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/18(水) 09:27:32 ID:4r27M3oZ0
完顔宗弼
田中芳樹が高評価してたけど正直無能だと思う。
512 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/18(水) 12:12:59 ID:QEBRbUYNO
それが説明できないなら、どっちが無能かな
キョンシー
あまり大きな声じゃ言えないが、完願宗シリーズは誰が誰だかワカンネ
515 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/20(金) 14:13:57 ID:7M4Ld5LE0
兀朮は基本的に抗金の名将の噛ませ犬だろ
516 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/23(月) 00:24:54 ID:/csCSughO
その噛ませ犬一匹の首も穫れない抗金の名将達
じゃあ完願宗シリーズより抗金名将達の方が過大評価ということで
518 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/24(火) 10:19:34 ID:MMpF230V0
岳飛に関しては、
民間伝承とか軍記物がまざりあって、
どれが史実なのか分からないだよね。
519 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/25(水) 00:38:44 ID:TG6BYZzK0
ケ禹はやる気の無い劉秀を煽てて、やる気にさせ、皇帝にさせたのが、一番の功績の様に思う。
520 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/26(木) 23:13:26 ID:L+0VlGwJ0
李密
521 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/28(土) 07:46:47 ID:05iE7RjX0
梁の?
魏だろ
ディガルドじゃね?
流れ的には漢だろう。
その王朝最大の繁栄を築いたが、前二代の遺産を食い潰しただけとの批判も多いという共通点。
内政に関して見るべきものがないって批判されてるな
527 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/30(月) 07:33:35 ID:KuKNd+tl0
林彪
528 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/03(金) 07:18:18 ID:atCCh4K10
唐太宗は2chでは過小評価
529 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/04(土) 11:20:33 ID:2f7PIXTm0
陳舜臣が唐太宗のことが嫌いなのが影響してるかも。
前にどこかのスレに書いてあったけど
2ちゃんねらーには李世民嫌いの朱元璋好きが多いらしい
朱元璋については、壇上さんの概説書がある影響もあるかも・・・・
ここ20年ぐらいで唐太宗の概説書って何があったかな?
則天武后はあるが
>>529 それはないw
陳瞬臣如きにそこまでの影響力はないよ。
>>532 それは舐めすぎ
『中国の歴史』『小説十八史略』は影響力ある
確かになぁ。
司馬遼太郎氏との対談なんかもあったせいか、知名度高くて大抵著書が図書館には置いてあるわ。
唐太宗は中国でも結構嫌われてるらしい
西遊記の序盤でも三塗巡りで唐太宗は殺害した自分の兄弟に恨まれて襲われそうになってたなあ。
やっぱり、中国は古今問わず仁義に厚くなければ偉人、英雄とは認識してもらえないのかもね。
>>536 あんまり権力中枢に居てもだめなんじゃなかろうか。
旧臣を大々的に処分するのは良くても兄弟喧嘩はダメ、仁義って厳しいですね。
>>531 李世民は今で言う所のボンボンだから
2ちゃんねらーには受けが悪いって意見もあったな
>>539 無能なボンボンではなく、欠点が少ないから気に入らないんでしょ。
541 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/09(木) 10:45:02 ID:niYafwid0
太宗が嫌われてるのは史書粉飾や改竄が気に食わないって奴が多いからかと
あと太宗は名君だけど結構欠点も多いと思うよ。
>>539 > 李世民は今で言う所のボンボンだから
とんでもない。
父親に挙兵を進めたのも李世民だし、多くの戦いで活躍している。
唐は、ほとんど李世民の手で建国されたといってもいいほど。
だからこそ、皇太子や三男との後継者争いが生じたわけだ。
はいはい粉飾粉飾
>>542 華北での戦いは、間違いなく李世民の才覚によってではある。
弟の斉王が失ったものを取り返したりもしているし、実際に
有力勢力の主力を、ほぼ同時期に伐ったのもすさまじい。
しかし、挙兵に至る経緯は、誇張であるとの見方は強い。
虚構というのではなく、手柄をすべて李世民に帰したみたいな感じ。
参与しなかったわけじゃなく、兄もいれば父あってのことであるのは
疑いようがないからだ。
>>542 ボンボンってのは別に実戦経験や能力云々の話ではなく、出自が高くて毛並みが良いって話でしょ。
劉邦や朱元璋みたいに下層から這い上がっていて、ファンがネガティブイメージ上等という訳じゃないし。
李世民、劉秀、趙匡胤の中で趙匡胤が一番2chウケがいいというか不平不満が出にくいのは、
多分、中では一番泥臭くて毛並みがよろしくないということはある程度関係してるだろうし。
弟がネガティブイメージ吸いとってるというのもあるかも知れんが。
それでも趙匡胤スレ見てると、無理矢理にでも叩こうとするやつは居るようだが。
趙匡胤を清廉潔白、聖人君子と勘違いしている人がたまにいるからな。
どっから、そういうイメージを得たのか不思議なんだが。
むしろ清廉潔白、聖人君子なイメージだと
2chウケ悪い気がする
料理人ジェノサイダーか。
>>548 そのときの料理人は、今の日本の給料泥棒正社員みたいなもんかと思った。
地位に見合うだけの腕がなく、いち老婦人の料理にすら及ばないことが
怠惰を嫌う趙匡胤の逆鱗に触れた…
もっとも、過去の思い出を美化してのことで、誰も再現などできなかったろうが。
ようするに、わがままなんだが、美談とするのは、その老婦人のまごころとか
そういったところなんだろう。
ちなみに、趙匡胤は六合の戦いのとき、動きの緩慢だった兵を幾人か
労働の怠慢として斬り捨てている。>怠惰を嫌う側面の現れ。
意外と厳格なところあるんだよね…
>>545 2chウケが一番いいのは光武帝じゃない?
洪武帝はある意味ネタキャラみたいな扱いだけど
>>550 光武帝は、厨だとか、他の英雄叩きの具にされたりだとか、
当人とはあまり関係のないところで余計な反感買ってるんだよなぁ。
叩きコピペ作られてる領域だと、流石に2chウケが良いっていうのとは違わないか。
アンチも人気のうちってのは芸能人やスポーツ選手に限ったこっちゃない。
劉秀にしろ趙匡胤にしろ今まで影が薄すぎたわけで。
叩きコピペってどれ?
「新末は三国時代よりレベルが低い」ってのじゃね?
あれは三国志厨の頭の悪さを嘲るのが趣旨だと思うが。
趙匡胤は寛容な面と残虐な面があまりにも両極端で、ある意味禿様より気持ち悪いわ。
能力はともかく人格面での過大評価はされてるとは思う。
>>555 両極端とは言うけど、残虐な面ってなに?
粗暴な面は多々あれど、残虐性を示すエピソードは信頼できる史料にあるのかな。
それとは関係ないが、無粛清と思っている人らも多いみたいで
たしかに高位高官の無意味な粛清はないが、趙匡胤が誅殺した臣下は
内容とりどりあわせて、188人ほどになるのだそうな。
その中には、沢潞軍閥や揚州軍閥の抵抗も数えられているのかもしれないが
仔細は知らない。
>>551 信者が痛いと本人関係なしに叩かれるからな
光武帝の凄さ、すばらしさを力説されればされるほど胡散臭く感じてしまう
劉秀は胡散臭いほどには凄くないぞ。結構ミーハーだし、ライバルの統制が弱く、
周囲が焚きつけたから皇帝になれた。
胡散臭いというのは、周の文王、武王とかだろう。
>>559 典型的な「光武帝のすばらしさを力説して胡散臭くなる実例」をありがとう
胡散臭く感じる、というだけで具体的な例を挙げられないのは
実情に精通していないからだろう。
つまり、単なる反感であって論理的なものはない。
2ちゃんなどの匿名性ある場所では、それが主流ではあるがな。
もっとも、実情をつまびらかにしていき、英雄などの付加価値を
取り除き、それらも血の通った単なる人間であることを、多角的に
説明していけば、即座に「アンチ」とか決め付ける手合いが多いのも
また、匿名性ある2ちゃんの大きな特徴ではあるがな。
世間一般で偉大な人物と目されてるほど2chでは叩かれる
563 :
559:2009/04/12(日) 12:07:39 ID:ZuR+cbV60
別に素晴らしいなんて言って無いんだがな。
劉秀は匪賊を吸収したり、反抗勢力を粛清したり、結構汚い奴だからな。
その癖、君子ぶって無防備で人と会ったりするのが、甘ちゃんなんだよ。
本当に凄い皇帝と言えるのは、目的達成のためなら仏にでも鬼にでもなれる
朱元璋ぐらいだよ。
564 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/12(日) 12:14:58 ID:LwDVDOzO0
>趙匡胤が誅殺した臣下は 内容とりどりあわせて、188人ほどになるのだそうな。
連座で何人殺されたか気になる。
朱元璋の場合、一人粛清されたら数万人連座ってケースがあるから。
>>564 その連座のケースはわからないし、その論拠になるのが
自分の所持していない、なんらかの資料によるから
又聞き以下の情報だなw
ただ、その188人を打ち出した資料は、続ツガンと宋史を詳細に検討
した結果だという。
本紀と多少の列伝をほんとにざっとだが見た結果、とくに一族連座とかの
数百数千規模の大掛かりな「粛清」はないように思う。
これは探すのが大変だから、今は適当なことを言っているかもしれないが
だいたいは、乱をおこしたりとかの「誅」かな?
しかし謀反したのを誅殺するのは、粛清かな?
その件でなら、連座しているのもあるが… それでも親族数百規模になるのかどうか。
顕著な功臣の場合、殺すような例はないように思う。
なにか問題があった場合、用いることをしない、王彦昇や王全斌の
ような例は散見するが。
あと、「誓碑」にあるように、柴氏の保護と、言論による士大夫の不死罪は、
実際に子々孫々に語り継がれたようではあるよ。
つまり、開国の祖としては、国内の人殺しは「まだ」少ない方という見解かな。
もっとも、趙匡胤の場合、真の守勢になる前に崩御しているから
生きていた場合のことはわからんがね。
566 :
けっこういいかも:2009/04/12(日) 13:16:06 ID:DvNbmCg40
なんとなくだけど劉秀は立花宗茂とかぶる
その二人はおっとりしてるイメージがあるな
569 :
痛い李世民信者晒しage:2009/04/13(月) 03:52:03 ID:X822SyRL0
233 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [] 投稿日:2009/04/12(日) 19:09:36 ID:yVbBWT7q0
>>229 過大評価スレもそうだが。ここまで、李世民だけ特別、改ざんしていると断言する連中が多いのはなぜだろ?
逆にそれが問題になったということは、まだ、唐代が史書を正しくしようとする動きがあったということだが
唐代ばかりが改ざんしていると決めつけ、唐代の歴史家が後漢書にあり方に疑問を
呈するだけだけで、感情的に反発する劉秀信者の方が、よっぽど、うさんくさい
敗戦も薛挙との一戦しかないし
(これも史書の言うとおり、李世民が本当に病気であった可能性もあるし)
その敗戦を父や兄弟に押しつけていないだけ、ましだろ
むしろ、本来なら美化すべき父や兄の真実を暴露した可能性も否定はできない
陳舜臣にしても正史をそのまま、受け取ることに疑問を呈した程度なのだが
きれい事といえばそれまでだが、『貞観政要』は現代の経営者からも高い評価を得ているが。
後代への影響力は劉秀とは比べ物にならないだろ
論理的に返答できねば、これまた、ただの感情的アンチってことで、解決だな
570 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/13(月) 07:41:26 ID:1y+fQ46+0
どっちも甲乙つけがたい偉人だろう。
俺>俺の嫌いなやつを好きなやつ
としたいだけに見えるが
すぐに信者認定したり他人を馬鹿にする人間は協調性に欠けている。
相手には論理を要求して自分は感情を剥き出しにして怒るのはおかしい。
先祖は血塗れの兄弟争いしたけど、
玄宗たんと李憲たんの兄弟関係は好き。
でもその前に血塗れの宮廷粛清劇はあったんだけどね。
関羽のスレか
太宗はキャラとしては中途半端なイメージががが
ネラー好みではあまりないというか
比較対象が朱元璋ではしょうがないんだが・・・
いや、良くも悪くもキャラ濃いだろ。
皇太子である実の兄を自らの手で殺して皇位についたってのは凄いインパクトあるよ。
575 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/20(月) 20:03:38 ID:EpKyinYG0
現代で言うリアル充だからあんまり感情移入できないんだよ>李世民
ネラーに嫌われる要素たっぷりだもん
576 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/20(月) 22:32:53 ID:VZ38Wx2d0
リア充といったら、劉秀の方がよっぽど、それっぽいが
実績の割に陳氏などの評価や知名度が低いのがかえって、人気を得たのかね
陳氏の評価
劉秀 ・・堅実だが、地味。粒が小さい。豪族や儒教を大事にしすぎ。
李世民・・すごい名君だが、歴史書には捏造があり、全てを信じるわけにはいかない
諸葛亮や司馬光に絶賛されてる割に
陳氏や宮城谷氏の光武帝評価は何故か辛口だよな
安能氏の評価が一番ひどかったけど
東晋次氏の『王莽』読んだんだけど、最初編集者からは光武帝について書いて欲しいと頼まれたらしいのだが、
「光武帝だと書く気がしない、王莽だったら書いて見たい」ということで、『王莽』書くことになったらしい。
歴史的には少なくとも王莽から語らないと光武帝の事(というか各地の反乱)が語れないから、どっちをタイトルにしても結果は同じになってしまうさね
それなら王莽の方が主題としては魅力的だろう
>>576 陳氏って陳舜臣だろう?
史書捏造以外にも結構李世民のこと批判してんじゃん。
長孫無忌に押し切られて優柔不断な李治を皇太子にしてしまったこととか、
魏徴が自分の諫言を記録してた事に激怒して墓を壊したこととか、
玄武門の変で兄弟を殺害して皇位についたこともな。
「魔性の人」「このような人物とは友達にはなりたくない」とまで言ってる。
581 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/21(火) 15:33:20 ID:uS3Jf/UO0
>>580 西遊記について書いた文章でも太宗の兄弟殺しの件に触れてたな。
武功や統治の業績は高く評価してるけど、人物としては嫌悪感持ってる感じ。
>>576 劉秀の方は色々苦心して得た充実生活だと思うわ
しょせん田舎皇族で、兄貴殺されて戦線にぶち込まれ、嫁の実家の援助もエンヤコラで軍団を維持して洛陽に反転した訳だし
八柱国で優秀な兄貴が後方守っていて、自前の兵隊で都を突いた李世民は比べるとやっぱりスタートライン良いとは感じるよ
584 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/22(水) 09:47:19 ID:CgpjEfecO
最近なら曹操
赤壁の大敗後 権力誇示体制にうつったのが彼の限界
李世民を初めとする 英雄と呼ばれる君主との明確な差だと思う
>>581 光武帝は武帝のコピー(なぜか説明がないけどそういう流れだった)
武帝同様、基本的に優秀だが
内朝を強化しまくったのは皇帝特有の一種の精神疾患にかかっていた
制度をいじろうが本質は変わらない
特に人格重視の選挙は事務処理がクソな役人が大量にのさばる原因で動機はともかく致命的
祖法を定める責任ある立場にも関わらず、いきなり意味不明な理由で廃后をやったのもアウト
とかそんな論旨だったはず
光武帝に関しては肯定的な評価が全然なかったな。
始皇帝毛沢東>文帝煬帝太宗太祖雍正帝洪武帝>武帝>>光武帝くらい
はっきりいってそこだけは疑問符のつく評価だが、
彼の著作は全体的に面白かった。
586 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/22(水) 15:06:32 ID:CgpjEfecO
毛沢東以外は理由がわからなくもない
>>585 武帝と光武帝じゃ真逆もいいところだろ。
自分は一度も戦場に出ていない⇔即位した後も最前線で戦う
衛青・霍去病を登用して匈奴に全面攻勢⇔北方辺境の住民を中原に移住させるソフト焦土作戦
租税強化・塩鉄の専売制を敷く⇔租税軽減、塩鉄の専売制廃止
刑罰強化・粛清しまくり⇔刑罰軽減・粛清はほとんどせず
どこがコピーなんだか。
似てるのは嫡男ではなかったのと儒教に傾倒したことくらいだ。
安能とやらの本は読んだことないが、ろくに調べもしないで的外れな批判すんなっつの。
>>587 いや、財政とか安全保障は全然話題にしてなかった
中国史を皇幇と士幇の対立という軸で割り切ろうとしたようだから
それは枝葉末節の部分になったんじゃないだろうか。
確かに評価低すぎだし、変な喩えだなあとは思ったけど
>>588 財政・安全保障は無視して自分基準でコピー認定か。
マルクス史観顔負けのDQN史観だな。
安能氏を批判していた某中文科教授の彼についての批判を読む限り、
安能氏は儒学とその関連人物について並々ならぬ憎しみのようなものを持っているみたいね。
だから、彼が儒学関連の事柄について触れている話は眉に唾をつけて読むべきかと。
その教授は「安能氏は中国についての教養を全く持っていない」と断言していたが。
591 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/22(水) 22:56:51 ID:/vEWmSPi0
>>584 ごく最近なら司馬懿も。
中国史上たびたび出てくる権臣の一人に過ぎないのに
たまたま、三国時代であったのと孫が天下統一の機会に恵まれただけで
中国を代表する英雄の一角にまで互する評価を得ている
これでそこまでの評価なら、楊堅や武照はどこまですごいやら
王莽にしても上昇が大きい分、プラマイして同等の評価をしてやってもいいだろ
592 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/22(水) 22:58:20 ID:znBirIcx0
安能氏は学者じゃなくて小説家だろ
>>585の評価は多分自分の好き嫌いで歴史上の人物を判断してるんだと思う
小説家ってそんな所あるじゃん、司馬遼太郎とか
安能「孔子さえいなければ……!」
あの方の儒者嫌いは、いっそすがすがしかった。
始皇帝の悪行は全部後世の儒者の捏造って決め付けちゃってる人だからな。
武則天マンセーなフェミ女と同レベル。
周の世宗
安能の書いてる無茶苦茶すぎて、批判する気も起こらない。
伝説時代を除いて、中国で一番評価されてる指導者は誰かと考えると、
最高の皇帝と呼ばれる康熙帝だろう。
しかし、康熙帝が最高の皇帝と呼ばれても過大評価という気はしない。
近代だとケ小平かな。これも過大評価という気はしないな。
自分が思うのはクビライかなあ。元は結局王朝としては失敗だと思う。
始皇帝
高祖
光武帝
隋文帝
唐宗
武則天
宋祖
洪武帝
永楽帝
康熙帝
雍正帝
乾隆帝
毛沢東
ケ小平
この中なら誰がトップでも違和感ない
599 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/01(金) 06:44:22 ID:4Z03TxIf0
>元は結局王朝としては失敗だと思う
遊牧民が農耕民の王朝の制度を用いざるを得なかった事に原因があると思う
600 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/01(金) 10:43:25 ID:UGZ+J6qa0
やっぱり関羽
んじゃ俺も関羽。
あと岳飛。
602 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/01(金) 18:58:30 ID:Qf8BdgGh0
ウルツサハリ
603 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/03(日) 11:18:28 ID:wY5hf2L20
しかし、関羽って過大評価されているか?
神になるほどの業績がないってなら、鍾馗もないんだが
日本で菅原道真よりも藤原不比等の方が偉いって言っているのと同レベルに聞こえるが
細かい実績は謎で、領土拡張などの目立った功績はないが、これは小勢力なら仕方ない面もあるし
魏や呉の敵からも恐れられていたのは本当だし
現代では、正史読者が同格以上におきたがる魏の五大将の于禁を
運よくかもしれんが、捕らえたのは事実だし
「春秋左氏伝」暗記とか、骨を削られても笑っていた話は普通にすごいし
出自もよく分からない人物がここまでなっただけで『神』認定されてもおかしくないと思うが
同時代、他時代をいれて『神』扱いされる中で彼が群を抜いたってのが引っかかるかもしれんけどね
604 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/03(日) 13:47:04 ID:5s2A12WvO
>>603 演義の関連で三国の魏、呉ファンにはやたら恨む人もいる様子。
605 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/03(日) 14:24:44 ID:ofx6cuLK0
関羽は最後が微妙だからな
前漢の武帝がダントツだろ。
内政に関しては最悪に近い。
先代までの治世で潤っていた国庫を一代で食い潰した上に民衆に重税・厳刑を課し
巫蠱の獄で多くの廷臣を無実の罪で殺した上に皇太子を追い詰めて反乱まで起こされた。
でも外政で先祖の雪辱を晴らしたのも武帝だしなあ……
内政を見ると鬱になるというのは事実だが
完全無欠には程遠いが
始皇帝に匹敵する偉大な暴君ではある。
半分くらいは衛・霍の功績の気もするが。
李広利のおかげで衛・霍を抜擢した武帝偉い!という方向に印象をもたれないんだよね。
しかし、武帝は本当に衛青、霍去病の才能を見抜けていたのかな?
もちろん、ある程度以上の才能はあったことは分かったのだろうけど
精鋭をもたせたぐらいで匈奴が勝てるほど甘い相手じゃないのは分かるが
たまたま、うまくいったから、柳の下の三匹目の泥鰌を狙った印象が強い
飼い犬に手を噛まれた玄宗に比べても、暴君的な傾向が強いな
玄宗も安禄山があんな無謀な反乱起こすとは思わないだろ
有る程度成功してはいるが、あれは玄宗がボケ過ぎなせいだし
611 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/04(月) 01:21:27 ID:YkmZcCpl0
最初は妃の身内に功たてさせてやりたいだけだったけど
ソレが以外に軍才があっただけかもね
衛夫人かわいそす
613 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/05(火) 09:58:44 ID:uXdvKVNw0
彭徳懐
moutakutou
林彪は過小評価
616 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/14(木) 07:42:08 ID:1VOJVaZt0
林彪はむしろ過大評価じゃないか?
建国以前について→過大評価
建国以後について→過少評価
現在中共において→評価以前の話
全員だろ?
619 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/14(木) 13:35:48 ID:ku1I57x3O
周富徳だろ
曹操だな
レッドクリフ見て曹操が悪役にされてるって火病おこすのはやめろw
621 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/15(金) 14:11:08 ID:MnpLnI/tO
ラーメンマンじゃね?
>>620 「レッドクリフ」ってもともと曹操を悪役扱いしている演義を
更に美周郎寄りに脚色したものだから
曹操が悪役になるのは当たり前なんだよね。
自分は曹操が過大評価だとは思わないが。
むしろ劉備や孔明が過大評価だと思う。
曹操と演義のせいで不当に2人は過小評価されてる感も否めない
孔明は兵法家として後世に影響与えてるし、
劉備は曹操が最も恐れた男であり、いろんなエピソードから見てもなかなか優秀な武将だと思うが
>>623 孔明は演義での描写があまりにも極端なので
現代の読者からすると
「実際はこんな神懸り的人物じゃないだろ…」
と思わせてしまう側面はあるだろうね。
劉備は実質的に彼自身が何をしたかというのが明確に見えてこない。
軍略を離れた項目で見ても、曹操には優れた詩人の顔があったのに
劉備にはそういう素養を感じさせるエピも作品もない。
何よりもジュニアの資質がry
確かにな。
劉備って何物?ってまっすぐ聞かれたらどう答えるんだよw
劉備に関しては、正史ですらほんとなのか?って思うような経歴だよ。
なんであそこまで諸将を転々と出来るのか、武将としての能力があるのか
ないのか。
経歴だけ見れば、ただのおべんちゃら上手の太鼓持ちとしか思えんw
劉備って何者と言われると劣化曹操としか言い様がない
劉備は知恵者だが考えつくのが一歩遅いという当人の評通り
曹操から出自と金と頭の回転速度と芸術能力を引いたのが劉備
劉備はただのテロリストだろ
木綿曹操
米劉備
曹操にしたらたまらねえよな。
一生懸命死力を尽くして戦ってるのに、何故か行く先々でいる、 あ い つ
ジャンバルジャンにおけるジャベールのような忌まわしい存在。
何もしてないのに最後は皇帝まで登り詰めてしまう。
「くそったれ!なんなんだよあいつって。何でいつもいるんだよ!何でいきな
り皇帝なんだYO!!」といって失意の内に死んでいく気の毒な天才。
曹操カワイソス・・・(´・ω・`)
あいつのお陰で小説になって、意味もなく有名になったんだから良いじゃん。
むしろ菓子折くらいは持って行くいくべき。
>>629 ささいなことかもしれんけど、曹操は劉備が皇帝になる前に死んでるよ
というか劉備は地位で曹操を追い抜いたことは無い
632 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 08:55:04 ID:s4KutwlZ0
蘭陵王かな
633 :
あ:2009/05/21(木) 13:38:35 ID:J+sit1diO
大橋と小橋って日本でいうマナカナみたいな存在なのかな
だとしたら大橋と小橋は偉大
634 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 16:38:52 ID:qtB+8HuL0
劉備と孫権は皇帝になったが曹操だけは皇帝にならなかった
635 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 22:26:21 ID:sxiw6hEL0
劉備ってたかが劉備なのに、演義でヒーローにされたせいか嫌われてるね。
劉備の癖に生意気だーってやつか
637 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/22(金) 10:33:31 ID:Wvaw6UCa0
中国での曹操の嫌われぐあいは劉備どころじゃないけどなw
日本人にとっての董卓ぐらいの悪役ポジらしいね
>>635 向こうにも「劉備借荊州」(借りたまま返さない)なんて例えがあるくらいだから
あの偽善者っぷりが鼻持ちならない人は少なからずいると見た。
640 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/26(火) 22:29:58 ID:zJOQqz3K0
『阿斗を捨てる』(みえみえの演技をする)という例えもあるしな
髀肉の嘆とか、あんましろくな諺もねえなw
三顧の礼だって、要するに何もないダメ親爺が、たかが妄言癖のある村夫子を
お迎えするのに、そこまでの礼を尽くさないといけなかったって話だろ。
毛
>>603 関羽は祟り神として供養の為に祀られたんだろ
三國時代で死後民衆が嘆いて祀られたのは孔明だけだと何かの本で読んだ
>>638 レッドクリフとかみると酷いからな
董卓どころか韓国人が見る秀吉レベル
645 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/14(日) 15:11:56 ID:LVc0AAbd0
>>643 中国人に祟りの概念があったんだ
ないと思ってた
あるだろ
曹操、呂蒙、孫皎と立て続けに死んだし
中国の場合、祭祀を絶やすと祟られる。
648 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/15(月) 19:16:28 ID:kc2Vu02zO
劉備にはゴキブリ並の生命力があるじゃないか
負けても大負けせず再起できるのは、英雄の資質
過大評価は寧ろ周瑜
649 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/15(月) 19:34:56 ID:J19ITQyM0
三国志の話題だと盛り上がるな
岳飛は?
651 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/18(木) 22:50:54 ID:cpzApfkU0
岳飛は名将
652 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/18(木) 22:58:18 ID:9jvTXPXXO
名将だが過大
>>645 史記の白起伝、王セン伝には古代中国に仏教に似た因果応報の概念が
あったことが記されている。
岳飛は名将だけど
講談や巷に伝わる風説での粉飾もかなり多いらしい
真田幸村みたい
655 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/20(土) 11:12:23 ID:M5Z3v2110
>>653 因果応報の概念があるわりに
むちゃくちゃな事をする人が現れるね
応報されないように虐殺するのでは?
因果応報ってのはやった相手の関係者からの報復に限られる訳じゃないし
仏教伝来以前から中国には善因善果・悪因悪果の話は結構あるんじゃないの
春秋楚の孫叔敖が「出会うと死ぬ」といわれた双頭のヘビを後人のために殺したら大出世した事とか
陳平が陰険な策を連発したからうちの家は長くは続かんだろうと予言した事とか
>>657 陳平の話はあったね
結局、子孫に向かうと考えるのか
張良・・・三傑と言う割に何もしてないほとんど韓信の手柄
漢の戦略方針は殆ど張良が策定したもの
三国時代の人たち全員。
中国にあまた存在した、短命政権の一つに関わっただけなのに・・・・・・
彼らにとっては、演義様様だと思う。
662 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/25(木) 17:12:59 ID:QhOXRfUn0
三国志演義みたいに隋唐演義の影響で得してる武将もいると思う
尉遅敬徳とか、多少伝説化しすぎじゃないかと思うことがある
663 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/25(木) 23:34:47 ID:kOcsd6/o0
やっぱり三国時代はファンタジーあり、華やかだから過小だろうが過大だろうがネタ尽きなくていいなあ
鄭成功と林則徐が好きで、スレも一応はあるんだけどなんか寂しいので名前出してみた
空気読めなくてゴメン・・・・
関羽や諸葛亮みたいな知名度が高いだけなのは過大評価とは言わんだろ・・・
関羽ってなんか実績あったか?
顔良殺したぐらいか
>>655 祟りとか恐れてた春秋時代はかなりまったりしてる。
戦乱が何百年も続いて、戦国時代になったあたりからだな、
無茶苦茶なやつとか現れるのは。
>>664 あの程度の功績でやれ関帝だの最強の軍師だのと呼ばれてるのは
もはや過大評価を越えてるよな
あの程度の功績だってw
やっぱり三国志関連じゃないとスレ伸びないな
天寿を全うした人物より悲劇的な最後を迎えた人物のほうが祭られやすいのかもな
日本でも菅原道真、平将門、源義経、楠木正成の例もあるし
真田幸村とかね
>>669 「あの程度の功績だってw」と言われましても、
(1) 劉備が車冑を殺した後、下?城を守備する
(2) 劉備が逃げたので曹操に捕まる
(3) 曹操軍の先鋒として顔良を斬る
(4) 長坂の戦いで別動隊の船団を率いて、逃げる劉備と合流、脱出に成功
(5) 劉備が地盤を固めると荊州を任される
(6) 樊城の曹仁を攻め、増援の于禁を降し、?徳を斬る
(7) が、背後の本拠を呂蒙に襲われ、魏の増援の徐晃に敗れ撤退
(8) 既に本拠が陥落していたので軍が瓦解、捕まって斬首される
本人の伝の軍事功績をざっと上げたけど、あの程度と言われても、この程度としか返せない
そりゃ将としてはまあ一流だろうし、統治や策略にも光るのがあったのはわかる
だけど、歴史を通じて語り継がれる、時代を代表する名将とはとても……
まあ、生前から名声は高く死後はさらに高くなるんで、それを功績に含めれば凄いんだが……普通評価っていうよね、それ
674 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/10(月) 23:33:19 ID:8rvkwqJk0
キョンシーやろ
675 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/24(月) 14:16:28 ID:nFYDWmBq0
関羽って総合的に見るとマイナスのほうが多いじゃない?
張良・・・三傑は陳平に譲るべき
677 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/28(金) 01:13:45 ID:/lMEnVpw0
>>1 間違いなく曹操。
袁紹南下=袁紹陣営の仲間割れ
北伐=袁紹死後の御家騒動
南征=劉表死後の御家騒動
関羽北上=呉蜀同盟の仲間割れ
馬超討伐=馬超陣営の仲間割れ
全て結果オーライ。
運だけは抜群。
ここも釣りしかいなくなったか…
中国史に対する知識があまりないから釣りかどうか判断できない。
称賛・批判どっちの意見でも、両極端に振れてるのは釣りだよ
歴史上一定の評価がされてる人物のなかで完全無欠超人も
箸にも棒にもかからん無能な人間もそういるもんじゃなし
681 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 08:59:02 ID:Q7yzN5v+O
張良を挙げている連中は素人過ぎる
戦略の全体を構想したからこその高い評価
小賢しい奇策ばかりの人物が三傑にあがるはずもない
682 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 09:30:46 ID:IxOkrheRO
中国を統一するためのヴィジョンと、プロセスを明確に画いたのは確かに張良。
彼がいなければ、統一ではなく分割統治され、いまの中国にならなかった可能性がある。
でも人は、壮大な計画よりも、小手先の変化の方が理解しやすい。
683 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 10:05:21 ID:Q7yzN5v+O
劉邦はそのあたりをちゃんと見極めて評価できる人だったと思う。
蕭何を第一位として評価したエピソードもあるし。
>>673 分かってないな。
関羽は死後も含めて関羽なんだよ。
大衆意識に広く認知されてこそ真の評価。
一介のしかも一時代の史書評価で評価が途切れてる
人物ならそれを総評と降しても問題ないけども。
史書から離れた評価=過大評価ではないと思う。
史書も完全な事実の記録ではないんだし。
大衆に広く認知されたって中国人限定の話しか?
日本人でカンウが商売の神様だとかごく一部の人間しかしらないし
マニアの間でも人気は昔と違い他の三国志人物と差はないだろ
そもそも奉られてるから凄いという認識がいかにも在日思考なんだよ
菅原道真が学問の神として奉られていて、毎年受験生の参拝が後を絶たないレベルでも
道真が史実でも凄い人物と言うやつは日本史板じゃ居ないし、道真信者とかも居ない
日本人は宗教感を嫌い信長、秀吉、家康、など実際に実績を残した人物を評価するからな
日本に限らずアメリカや先進国はだいたいそう
おまえら在日の感覚は創価の池田大作を国民総出で崇めるような、先進国じゃありえない価値観なんだよ
岳飛だろ
国を掻き乱した逆賊
↓
漢民族の誇りを守ろうとした英雄
になってるんだからな
ありえねえ
>>685 中国人限定って言っても今は約13億も居るんだぜ?
漢民族以外の民族も多いしな。
先進国にそこまでの影響力を誇る英雄なんて数えるほどしか
おらんだろw
それに関羽信仰は民間信仰発だぞ?
別に崇めたくなかった崇めなくてもいいの。
自由信仰の元にそこまで信仰が育ったんだよ。
>>677 曹操好きだがそれは一理あるな…
官渡なんか袁紹が勝てるチャンスが何度もあったが全て袁紹自身が蹴ったに等しい
ま運も実力のうちということで
>>687 カンウのどこが先進国に影響与えてんだよ
ゲームヲタの無双厨のそのまた一部のカンウヲタがソフト買うくらいのなにが影響だよ笑わせんな
寺と喧嘩してる創価も池田教の民間信仰だろが
ここは日本の掲示板だ。在日は本国に帰れ
華僑人の信仰を大切にすることは
今伸び盛りな中国史上で
一旗上げる時も良い絆を持ったビジネスパートナーとなることも
可能かもしれんよ?
逆に否定から生まれる影響なんてなにもないと思うが・・・
>>今伸び盛りな中国
わらたw
釣りにしても酷いな
え?つ、釣り?
>自由信仰の元にそこまで信仰が育ったんだよ。
これは明らかな飛躍
民間発だからって民間だけで育ったわけではない
忠臣を称揚することは体制側にも都合がいいのだ
今の中国の経済は圧倒的な伸びを見せているよな?
>>693 確かにそうだったな
民間だけでは国家的英雄とまではなってなかったか
アドバイスサンクス。
>>695 関羽信仰に関しては、結構複雑な経緯があるからね。
財神としても、趙公明だったのに、それはほとんど
知られていないってのは、清の政策の影響だとは思う。
史書上(後代含)での関羽の評価ってのは、案外まっとうな評価
しかされてないから、死後の地位向上はやはり過大評価になるのか
>>686 なにを勘違いしているのか
高順は過大評価
>>696 過大評価って意味を別にマイナス要素として
とらえるスレでもないしな。
正史の人物像から比べたら・・・う〜む、ちょっと私的な趣味に走ってしまうけども
ガンダム(正史関羽)→V2アサルトバスターガンダム(清代における関帝信仰)くらいには
なったと思う。
ガンダム知らなかったらごめんよ。
>>698 ガンダムで例えるなら清代の時はZガンダムくらい
さすがにV2アサルトクラスまでいくほど関羽は弱くない
張良だな、なんもしてないし。
机上の空論振りかざす奴より実戦で勝ち続けた韓信のほうがはるかにすごい。
夏休み終わったのになぁ
大学生は夏休みだし
703 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/02(水) 17:40:11 ID:i6JVyzt9O
戦場で実際に敵を殺した武将や兵士が最上ということになるな
脳よりも手の方が凄いってか
704 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/02(水) 18:55:45 ID:0XXsqD6V0
韓信は神経と手がすごいだけで
脳みその方は心もとない
705 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/02(水) 19:48:31 ID:B8iZq4UEO
>>703 実際に戦場では、名もない雑兵が一番、恐れられてたりするからね。
変に功名心もなければルールなくて、コチラが弱ったと思えば、
平気でかみつき、束になって襲いかかったりするから。
>>705 だがそれで、どうやって税をとりたてる?
どうやって衆をまとめることができる?
ってな論争が、五代十国時代にはあってだな……
707 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/02(水) 22:02:11 ID:i6JVyzt9O
まあ張良と韓信比較してどっちが凄いかなんて意味ないね。
超適当だけど、ボルトとビルゲイツはどっちが凄いかって言う感じ。
708 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/03(木) 00:23:30 ID:q68jYIEK0
張良=植物系の「英」
韓信=動物系の「雄」
項羽、劉邦=両方の属性を備える「英雄」
らしい
709 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/03(木) 14:34:51 ID:DKwyvicBO
劉備
張良は漢帝国成立したら真っ先に逃げ出したクズ
陳平や周勃はお国のために立ちあがった英雄
712 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/03(木) 16:28:28 ID:XhrtbhYwO
>>711 それって漢がすごいヤヴァイ国みたいだなw
>>713 ずっと上の方で過大評価による尾びれの一つでも
付かない事には英雄とか呼べないって誰かが言ってたな。
俺はそれがFAだと思ってる。
現実に中国で一般的に「英雄」と認められてる人物って
史実どおりのままで語れてないもの。
>>715 その、もともと過大評価気味という意味である英雄の中でも
さらに過大評価だ、ってのを語りたいのでしょ。
あるいはディスりたいのかも……
>>714 実際ヤバいだろ
粛清王劉邦と基地外皇后呂雉の国だぜ
普通なら逃げる
>>716 英雄の中の英雄を決めるとも言えそうな気もするな
・序列と人気があってない
・マイナス部分をオミットされている
劉邦は過大評価かもしれんね
721 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/18(金) 10:57:06 ID:PmEf2Vll0
軍人としては過小評価かもしれん
馬超は過大評価かもしれん
いっそ馬良を疑ってみるのはどうだろうか
むしろ関羽のほうじゃないかと
725 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/29(火) 01:50:09 ID:Igj5mhUH0
張良でしょ。
韓信>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>張良
張良がいなかったら劉邦は関中一番乗りできてない→覇権争いに加わることすらできなかったわけだが。
韓信を配下に加える事もなかっただろうな。
728 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/02(水) 03:23:41 ID:giMdsHnX0
>>727 その通り。
ついでに・・・・スレとは真逆wだが、もっともっと評価されていい英雄を一人上げておく。
その名は・・・・蕭何
この方がいなければ、漢軍は体をなさなかっただろう。
腹が減っては、戦は出来ない・・・・。
岳飛以外思い浮かばない…
英雄は歴史の一人物から英雄と呼ばれるまでになる間に色をつけて語られ
どんな人物でも英雄化したら過大評価されるもんだと思う。
皆、その人物を崇敬して良かれと思って色んな逸話を付加させるんじゃないかな。
逆に英雄となってない人物は結局、一時代の史書から語られる程度なのでは。
別に注目されることもなくそのまんま誰からもスルーされているという意味で。
文天祥
2chでは曹操
張儀
734 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/26(火) 09:15:14 ID:ApmqD5XH0
司馬遷
735 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/26(火) 17:49:12 ID:B9bJITIV0
貼るところ間違えてるだろ
明の崇禎帝
永楽帝
劉聡、石勒、石虎、冉閔、慕容儁、符堅ら五胡十六国の群雄全員
隋の時代の武将 張須陀
少数精鋭といえば聞こえはいいけど。逆をいえば10万以上の
大軍を動かす采配に欠けていただけの事ではないかと思えてきた…
>>740 石勒・石虎・苻堅は華北をほぼ支配していたという点では、北朝系君主並みの大物だがや。
(苻堅は一武将としては過小評価、君主としては過大評価気味だとは思うがね。)
石勒、良くも悪くも曹操クラスの評価に落ち着くだろう。
石虎、こいつは過小評価の最右翼
劉聡、性豪、現代に生まれていたら稀代のポルノ男優になっていただろう。
慕容儁、前燕歴代君主で一番まともだが、そもそも過大評価すらされていない。
冉閔は化け物、少し調べればそのネジの外れた強さにビビる。
三国志に出てくる蜀の文官の張松。劉備の味方だから善玉のように
見られてるけど、益州の住人から見たら自国を戦乱に巻き込んだ
裏切り者&売国奴でしかないだろ。
張松を密告した兄は、その後どうなったんだろう?
三国志の登場人物全て。
異民族の台頭とか特に外的要因も無かったのに
統一できなかった人物とその臣。
中国史上もっとも英雄の乏しい時代
李世民が三国時代にいたら10年かからず統一してたよね恐らく
大豪族のボンボンに生まれていればな。
李世民が袁紹、袁術の立場なら楽勝だったろう。
750 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/11(木) 22:28:23 ID:aiARfzwI0
孫策
そもそも「小覇王」という称号自体皮肉だろう。
「漢の高祖劉邦に負けた項羽をさらにスケールダウンさせた男」という
意味合いがあるように思える。
751 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/12(金) 22:12:57 ID:/dkMTwoy0
日本、特に2ちゃんで、圧倒的な過大評価を受けているのは
秦檜>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>(決して超えることのない絶対的な壁)>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>曹操
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>その他
だろうな(笑)
こいつを評価するような日本の精神風土がああいう売国の連中が国政を牛耳れるようにしてしまったのだろう
中国人はさすがに長い歴史を経ているだけはある
苛烈と思いながらも、こいつの像に唾を吐きかけるのは、こういう一面的には
もっともな平和主義者の皮をかむった奴がもっとも害悪をまき散らすことを忘れないためでだろうなw
中国人の歴史家の擁護も和議そのものを否定してはいけないと言っているだけなのに、
日本にはこいつの再評価をして悦にひたる奴が多すぎる
岳飛たちを始末した後、金が再度条約を破れば、南宋は詰んでいた
他国の内情など完全に分かるわけもないのに、こんな投機に勝った秦檜を評価するのはなんぞや?
死人に鞭打つような風習は日本にはないよ
そこに正義はない
素朴な疑問だけど、伍子胥が平王の死体に鞭を打ったことは非道だって非難されるのに、
なんで秦檜の像に唾はくのはいいんだろうか?
754 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 00:07:26 ID:/vMuoJxIO
伍子胥は、司馬遷には批判されたと思うけど、民衆には人気だったらしいよ。明代あたりには朱子学の影響か更に評価されてた気がする。
曹参
項伯
>>751 秦檜を本当に評価しているやつは、ただのへそ曲がりだから
現在のにちゃん見てればわかるだろ。
動画流出者を英雄視して(以下略
757 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 07:47:16 ID:N3236ibo0
758 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/13(土) 08:47:10 ID:7xPaLpxz0
>死人に鞭打つような風習は日本にはないよ
>そこに正義はない
それが、日本人的なメンタルだって
「正義」なんて所々で変わるだろ
生前、大きな罪を犯し、罰せられることもなく終わった人間を死後に罰することで
「この人は実は大きな罪を犯していた。生きている間、栄華を誇ったといっても
こんな人にはなっていけないし、屈してはいけないし、だまされてはいけない。
そして、このような人を二度と生み出させてはいけない。
死後にしか罰せられないのは悔しいけど、ずっと、罰せられることになるのだから」
って考えもある意味十分「正義」だろ(俺でも少しひくし、都合よく利用されやすいが)
どんな悪い奴でも死んだら全て許してしまうって考えの方が、逆に「正義」に欠けていると思う
>>758 中国は野蛮だって言いたいだけのヤツだろ、どうせ
というか、晒し首がある時点で「死者を辱しめる」習慣があるわけで
761 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/14(日) 00:06:58 ID:VNMZjAyt0
2ちゃんというか、中国マニアの間で過少評価を受けているのは孔子
ていうか老荘の評価が世間的に高すぎると思う
孔子は半島で大人気だからもういいだろ
>>750 決して孫策嫌いでは無くむしろ好きだからこそ、敢えて批判をするが、全く同意。
「項羽の足元にも及ばぬ小人物」という感じか。
(そういや「小●本」なんて侮蔑語もあった)
日本の歴史人物で言えば、ただ喧嘩が上手いだけが取り柄の、
無駄に敵を作りまくって自滅するトラブルメーカーと言う点で、源義経と通じるだろうね。
大体孫策が人気なのは基本的に源義経とか新撰組とか白虎隊なんかが
「悲劇の英雄」「薄命の英雄」として人気が出る日本、それも日本女の間だけ。
江南の1部以外の大陸と朝鮮では「なにその小物( ゚д゚)、ペッ」でおしまいになる程度。
最も近年では日本の孫策人気があちらにも逆輸入されているので、
昔ほど「小物( ゚д゚)、ペッ」されてはないはずだが、それは果たして良い事なのか悪い事なのか。
764 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/14(日) 22:14:15 ID:dDRjDSP/O
孔子は、中国に対する批判がそのまま孔子に対する批判になっているから評価されないという感じがする
>>761 道教の根幹思想にもなってるしな。
老荘は話の幅を広げやすいのもかもしれない。
>>752 あるよ、そういう人たちがいるから、天皇陛下は靖国神社に参拝できない。
767 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/15(月) 07:11:25 ID:mzs3vnRe0
■中国抗議デモ・大阪■
11月20日(土) 新町北公園(西区)
地下鉄四ツ橋線四ツ橋駅・鶴見緑地線西大橋駅。14時出発
●Sengoku38を逮捕するな!
★ 私のパソコンではヤフー、2ちゃんねるへ投稿不能になりま
した。某大国の駐日工作員が常時工作中。
ヤフーニュースコメント欄では削除、投稿妨害、点数操作。以前には強力な信号を送りつけられパソコンを壊されました。
08年チベット緊急東京集会でそれが話題に。パソコンを壊された人が何人もいました。
日本の主権侵害!あんな国は信用できない!
>>750 お前は孫策の嫁の大喬に対して
周瑜の嫁の小喬は「姉貴の美貌をスケールダウンさせた程度の女」という意味合いがあるように感じているのか?
大小には先後って意味もあるんだがな
北魏の皇帝たちはどうなの?
ふう太后なんかドラマやってるね。
小ピピンは大ピピンより有名だよな。
771 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/20(土) 00:33:43 ID:ozlumwajO
>>750 水滸伝だけど「小李広」なんてのもあるわけだし。
772 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/20(土) 00:39:35 ID:ozlumwajO
>>750 水滸伝だけど「小李広」なんてのも、あるわけだし。
フランスの作家で大デュマ・小デュマというのもある。
「小○」を「若い方の○」、「今業平」とか「平成光源氏」の「今」「平成」などと取るか、
「○もどき」、「○未満」などとと取るかで意味はひどく違ってくるね。
774 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/21(日) 11:23:40 ID:eo6Gb7tB0
孔子批判してるやつは、論語をちゃんと読んでないと思う。
論語読んで、孔子批判できる人ってそういない。
775 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/21(日) 13:59:37 ID:ZlG0Qaab0
「小」の意味はともかく最終的に「覇王」項羽は劉邦に敗れているわけで、
純粋な褒め言葉というわけではないと思う。
事実、孫策も非業の死を遂げたわけだし。
776 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/21(日) 23:44:21 ID:/YqYlMhKO
まぁ、良くも悪くも先陣切って突っ込んでいくとか、そういうイメージが「覇王」なんでしょ。
呉で兵を挙げたところとかね。
評価云々よりイメージなんだと思うよ?
三国の時、項羽がどういう風に評価されていたかは解らないけれど、400年近く前の人物なわけだし、史記も成立していて、「歴史」が「伝説」化されるくらいの年代が経過しているんだから、「歴史上の人物」として、愛されてはいたんじゃない?
あー、まず言っとくと、小覇王は演義が初出だな
ただ元ネタは江表伝にみえる許貢から献帝への上奏文で
「孫策は驍雄であり、項羽に似ている。厚遇を与えて都に召還し
目の届くところに置くべきだ。野に放てば必ず世の災いとなる」という内容
これが途中で孫策の手に渡って不興を買った許貢は殺され
許貢の食客が孫策に復讐するのは史実でも同じ
まあイメージで物を語ってるのは他ならぬ776自身であるという事だなHAHAHA
778 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/22(月) 08:18:13 ID:UrAl25x4O
>>777 演義由来なのは知らなかったなぁ。
勉強不足。ありがと。
あ、でも俺のはイメージで言ったんだろ、っていうお話しだからねw
779 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/22(月) 23:46:15 ID:/YMWJlJHO
過大評価とはちょっと違うけどいいかな?
関「羽」「雲」長
張「飛」益徳
趙「雲」子「龍」
劉備の子飼いとも言えるこの三人だけど三人とも空を連想させる字が名前に入ってるの事に作為的な物感じるのは俺だけかな?
劉備はいわゆるヤクザ者だったんだからこいつらの名前は本名じゃなくてニックネームな気がするんだよ
「華人與狗不得入内」
(犬と支那人は入るべからず)
演義で張飛の益が翼に変えられてるのはそういうことなのか
782 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/23(火) 01:32:13 ID:szJgsxetO
>>781 そう考えると納得行くんだよね
後昔はどうか知らないけど今の中国は「空」関係の名前は早死を連想させるから縁起悪くて嫌われてるって言う現状もあるから益々偽名臭く思えるんだよね
783 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/23(火) 02:09:03 ID:UQOApm/E0
そういえば、劉秀(光武帝)って過小評価というか、あまり知られてないよな。
中華史上でトップクラスの名君なのに。
過大 始皇帝 漢の武帝 三国志の英雄
過小 劉秀 明の弘治帝 順治帝
>>781 中国語の「益」と「翼」は発音が同じなので、
「翼の方が飛と調和するんじゃね?」というノリで、
演義の作者か三国志物語の語り手界隈が改変したらしいと聞いた。
劉備は落ちぶれたとはいえ元来は士クラスの家の人間だが、
関羽・張飛・趙雲あたりは親分が出世した後に良さげだったり
ハッタリの効きそうな文字を選んでつけた臭いが……。
>>774 ネットで孔子の名言集だけつまみ食いして
あとは批判の多い「女と小人は・・・」や「蛮族に名君がいるのは・・・」
みたいな言葉しか知らない奴が多すぎる。
あるいは少し読んでても「論語」「大学」「中庸」しか読んでないとかだな。魯迅とかもそうなんじゃないかと思える。
「春秋」「詩経」「易経」読んでたら、孔子のダ・ビンチっぷりが分かりそうなもんだ。
孔子は美術絵画に功績は無いけど、秦の焚書が無ければ、「楽経」が残ってたはずで、
おそらく音楽的才能も豊富だったとみるべきだろう。
そういうのをすっ飛ばして孔子批判しても説得力ないよな。
788 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/24(水) 23:29:48 ID:TnXDnFGy0
過大 文天祥
過小 賈似道
>岳飛たちを始末した後、金が再度条約を破れば、南宋は詰んでいた
劉リ、張俊、韓世忠、呉玠、呉璘、楊沂中、李顕忠らがまだまだ健在だったのに?
岳飛以外に対抗できる将がいないとでも?さすがにそれは無いと思うが。
790 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/29(月) 21:11:50 ID:2yEdc1N70
ヤンウェンリー、戦争と戦争の間に単純に平和があると思っている。
戦争と戦争の間は情報戦争の時代。
791 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/07(火) 04:41:22 ID:jGzH4tpq0
李靖
劉秀
劉邦
793 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/10(金) 04:05:45 ID:hMPpYaYn0
曹操って元々は過小評価だったけど、その反動で今は過大気味になってるな。
劉邦って過大評価されてんの?
むしろ過小評価されてる。
実際は将軍としてもそれなりに有能だが、無能というイメージが広がっちゃってるしね。
796 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/10(金) 22:26:33 ID:zW3lp6rp0
曹操だろうな
おおげさに言うと、2ちゃんの人口低下以上に、中英がさびれたのは曹操によるものと言っていい
ネタになるほど、マナーが最悪な信者を中心に、数がさほどでもない曹操ファンや三国志正史信者が
ネットに書き込み続け、初心者や人口の多い蜀ファンを罵り続け、
もはや、彼らが多数派なため、中英では居場所がないと思い、撤退させてしまった
中英の中国歴史マニアは似たような思想も多く、また、多数派を保護しようと助長または、放置した
実態は、大した知識もなく、議論もできず、煽りるばかりで、おそらくは自演工作も含まれた人数に過ぎなかった
そのせいで、人口は激減
また、感情的な曹操アンチも増え、さらに議論にならなくなった
曹操の真の人気や歴史的評価の実態を知れば、安易な多数派支持にはしった歴史マニアたちの歴史見解にも正直、疑問がつく
げに怖ろしき過大評価よ
797 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/11(土) 23:04:40 ID:Eld2mSqj0
孫堅
798 :
月孔雀:2010/12/12(日) 06:20:44 ID:ySxnKxaU0
一般論で、孔明かな
799 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/12(日) 15:00:43 ID:+TZOVioR0
曹操
800 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/12(日) 20:26:27 ID:P5MUaKus0
老子と荘子が過大評価されすぎだと思う
逆に儒家の評価はありえないぐらい低い
801 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/13(月) 05:05:30 ID:LMat10/40
>>787 俺もそう思う 大体儒教批判してるやつらはまるで経典を読んでいない
そのくせして偉そうに的外れな儒教批判を行う
思うに儒教がここまで不当な評価受けてるのは福沢諭吉と魯迅の影響が
強いと思うね 彼らは儒教を封建道徳として片づけた
そして後世の連中はそれを信じ込んだわけだ
802 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/13(月) 23:47:02 ID:3TqKmhbC0
孔子平和賞(笑)
英雄じゃないが、百里奚って過大評価だと思う
連戦さんディスってんのか、俺はディスってるけどwww
曹操
806 :
kei:2011/01/04(火) 22:59:31 ID:BLsyoeLF0
807 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/05(水) 21:23:51 ID:w9v35pbt0
ドコモ?
808 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/07(金) 01:07:39 ID:q2HmeqKw0
関羽
>>744 後に帝国になる蜀漢の側から建国の最大功績者たる彼に爵位を追贈するなどの動きがあってもいいのにというのをどこかで見たが
実はそのあたりがかなりフィクションなのか、それとも当事から評判が悪くてそんなことできなかったのかどっちだろうね
曹操だな
関羽の史書の絶賛ぶりと具体的功績の少なさのギャップがry
諸葛亮には実績も載ってるがな
歴史人物の活躍は、その手の過大評価(小説や講談やがて演義)が先にたって
史実像といったものは特定の研究者くらいしかやってないでしょ。
んで日本にも、演義が輸入され広く読まれると、そっちのイメージの定着が強く
史実とのギャップが生まれてくる。
ことに後から判明した演義ほどすごくない(ように錯覚する)実像は「史実」とされる
だけあって、鼻で笑い飛ばすことができなくて戸惑っている。
って感じ?
同じように史実と演義のギャップがあるやつで、とんでもない過大評価というか
贔屓なものはたくさんある。
ただし日本ではマイナーで、どちらかというと(三国志などの影響で)史実から
入る人も多く、先に正史の内実がネット上に公開されているので、あとから見る演義などの
過大評価は鼻で笑い飛ばすことができるので問題化したり、議論を生んだりしていない
(もっとも、それもマイナーだからだが)。
【例】残唐五代史演義伝
・後漢高祖劉知遠の即位前、後晋時代のとき福建にあった閩国が内乱で
滅びたとき、本来は南唐と呉越を交えた三つ巴の争奪戦だったのが、演義では
劉知遠が平らげたことになっている。
だけど劉知遠と訊いてこれを過大・過少評価されていると嘆く人は少ない。
三国志のように、演義の構成がすぐれていて一般に読まれていれば
話は違ったろうが、出来が悪いからなー
三国志は知ったか正史オタも多いけどな。
関羽、張飛は後の正史でもその名が伝説化するほどの豪傑。贔屓目線なしで
歴史的記述における事実のみを羅列するならば、関張に比肩できるほどの豪傑は
三国時代には存在しない。
しかし、こと豪傑評となると
たかが一時代の名声を誇る程度の魏呉の豪傑を持ち上げすぎて
関張の名を下手に見る知識足らずな恥を書いてる奴も居る。
これって、コーエー三国志とか三国無双の影響なんじゃないだろうか?
>>813 お前はとりあえず三戦に還れ。此処まで荒らすな
正史で言うなら、関羽・張飛は活躍をしているものの、そいつら以上に実績を残している同時代の将軍がいないわけじゃない
むしろ関羽とかは正史に記述されてる当時の評判や武名に比して功績が少ないと感じるくらい。曹操の所に居たときに活躍した以外だと荊州戦くらいしかない
張飛の主だった活躍も劉備が南下して以降で、若いうちのはよくわからん
そういう意味では十分過大評価の候補と言えるし、例外は無い
もちろん、例に当てはまるのはこいつらだけじゃないだろうがな
功績が多くても、評価されない功績が多かったところで大した将とは言えんだろ。
そんな対比でものを見るのなら天下統一を果たした、というだけで司馬炎は曹操より格上の君主になってしまう。
功績の「質」が問題なのではないかと。
武功の少ない関羽や張飛が後世で三国時代の豪傑の代表格的な扱いになったのは
その功績自体がハンパないものだったから。
そうでなければ、あれほどの後世史実で賛美を受ける理由も分からんよ。
歴史的な記述との接合面を合致させるように捕らえるのならば、功績は質が量ならば質の方が重要視されるのではないのかな、と。
勿論、量も質も備えた人物ってのは居るけどね。
三国時代には残念ながら居ないけどw
俺は別に三国時代の傑出した豪傑と言えば、関羽&張飛。と言われても別に荒らしとは思わんよ。
関羽と張飛に例えられる豪傑も多いもの。逆にメジャーな関羽、張飛の名に釣られてあれもこれもと名前を挙げてくる
三国オタによる三国時代のみの豪傑メドレーの方がよっぽどウザい。
三国時代にだけ一流がそんなに集中するわけねえだろうに。
>>815 ちょっと意味が解らない。功績の質?
曹操の功績は史書に記載されてるじゃん
その幕下の武将もいついつにどういう働きをしたというのが載ってる。それが「業績」「功績」というもの
諸葛亮は司馬懿の「天下の奇才」という評以外に、蜀書に宰相としての功績が随所に載ってる
でも関羽・張飛は評はあっても、記されてる功績は同時代の将軍に比して少ない
それって、普遍的な意味での「過大評価」って言えるだろ? 歴史と言うのは基本的には記録なのだから。活躍の記録が少ないのは事実
「功績自体」はどういうものであったか、史書に載ってるんだし
実際にそれが本当に過大評価であるか、記載されてる功績と見合う評価かはともかくとして、少なくとも議論の余地は十分にあると思うがね
というか、関羽・張飛に限った事じゃなく、誰もがそういう議論の対象になり得る。
曹操なんて赤壁でボロ負けして統一できなかったくせに「超世の傑」なんて評価は過大評価だ、とか、そういう提起も十分成り立つ
そもそも戦事だけが人物の評価じゃないとか、実際にどうかというのは議論次第だが
それ以前に、「賛美されてるんだから凄いに決まってる」という考え方がデフォなら、「過大評価」という言葉自体が存在し得ないんだが
同時に、過小評価という発想もな。評価が「すべて」ならな。
>>816 でも、中国ってそういう国じゃないだろ。
昔から出来る人物はいつまでも賛美されまくってたり、ランキング作って祀ってたり。
そうゆう中国独特の色合いは恐らく日本とは違う。
歴史書の中の人物を当代の人物のまま風化させない文化がある。
これは過大評価じゃなくて、中国の歴史が脈々と引き継いできた正統な評価だと思う。
この中国の文化を全く無視して考えるなら、その考えでもいいだろうが
中国の文化に則って考えるならばこの場合における「過大評価」とは
この図式に当てはまらない、一定の個人、もしくは集団が過剰に持ち上げてるだけの
素人見解が当てはまるのでは?
それこそ曹操が長期政権を保持した高祖や太祖に匹敵するほどの人物だ、とかいうのとかね。
さすがに俺は中国の伝統的な歴史観を排除して「中国の英雄」を語るほど畏れ多い事は出来ないわ。
>>817 いや、ここ日本だし、このスレ日本語だし……
お前の似非中国史観とかどうでもいいからw
そもそも、その中国史観とやらがお前個人の論に都合の良いように勝手にお前が捻じ曲げてるだけのもんではないと、なぜ言える?
なんの保障にもなりゃしない。スレタイ則れ。
大体もっともらしく語ってるが、お前のレスの内容見たら結局の所、好きな関張をマンセーして嫌いな魏呉や曹操をディスりたいだけだろが。こまっしゃくれた長文並べやがって
>>817は正史はどこまで信用できるのかスレでフルボッコにされた奴と主張がそっくりだな
中国の文化では(キリッ
って決まり文句でわかり易過ぎ
せいぜい、idの出ない三戦あたりで自演連投しまくって悦に入ってるのがお似合いだよw
まあそこでも受け入れられないから、過疎地を巡ってご高説を並べてらっしゃるんでしょうがねw
>>821 おいおい、マジで日本語わからないのか……?
その「評価」が実像に比べて過小、もしくは過大である可能性があるから「過大評価」とか「過小評価」って言葉が存在するんだよ
それが実際にどうであるかは議論で出す。
お前が関羽に都合の良い記事を転載してホルホルしてる行為ってのは、議論を放棄して特定の武将をマンセーしてるだけの自己満行為なんだよ。
結論ありきで持論をゴリ押しする、スレの趣旨の真逆を行く行為だ
つまり、スレタイを読めるだけの語学力を身につけてから改めてご入国下さい、ってこったなw
つーか、議論の趣旨も理解せずに関羽特集してる中国語サイトを「証拠」の合言葉を添えて転載する手法は、まさにくだんの輩と同一の手法なんだよw
いい加減にしてほしい。ガチのコミュ障か?
>>821 もう止めとけ
相手はマジのキチガイだ
関わるだけ損するぞ
こりゃ、過疎化もするわ
またいつもの演義厨か。
もはや名物だな。
またいつもの曹操厨か。
もはやネタだな。
曹操患者はまた敵作ったのか、よくやるよ。
関羽張飛が後の世でマンセーされてるからされてない奴より優れてる、とか
判官贔屓て言葉を聞いたことないかい?
僕ちゃん?
俺の従兄弟の友達の兄貴
>>830 議論に負けた後、こういうレイシスト丸出しのレスを貼るところを見ると、やはりあいつか
しかし、こいつもひどいが、
>>821の方が明らかに分があるのに、
正史派だからといって、ネットマナーを守らない曹操なんたらの
味方をする正史厨とはなんなのか、理解に苦しむな
そりゃ、過疎るわな
ネットマナー以前に知識不足なんだろうな。
だから、まともな証拠を持ってくる人間に対して異常な攻撃性をむき出しにする。
その方向性が自分も証拠を持って応戦。なら白熱したいい議論にもなるんだが
誹謗中傷が激しくなるだけというショボさ。まあ、相手にもされなくなるやね。
833 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/01(日) 23:21:38.50 ID:ofctBquJ0
伊達順之助(張宗援)
日本だと小説の影響で馬賊の豪傑みたいなイメージだけど
実際は馬賊て言うより満州国の傭兵みたいなもんで
日本軍の友軍・下請け業者に近い
孫武
過大に低く評価されてるパターンだと
夏王桀って無能だけどそんなに悪辣な王じゃないような
夏桀殷紂って並べるのはちょっとかわいそう
岳飛かなあ
>>789 呉玠はいない。説岳全伝なんかでは兄弟並び立つイメージで
最後まで書いているけど実際は第一次講和が成立した後に死んでいます。
呉璘は呉玠存命中は彼の副将みたいなもので、実際呉玠死後その軍を
同じく副将だった楊政や郭浩と分け合っているからそういう意味では
呉璘は過大評価されがちであると思う。
孫武だな
本の内容もいまいちだし
孫子は戦争のロジックとして概ね正当に評価され続けてるだろ
>正当に
ソースだして
>評価され続けてる
誰に?w
誰の入れ知恵だよww
李牧
楚漢戦争の有名人物達
蕭何は除く
>>842 劉邦には同意
コイツはいろいろひどいw
844 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/14(日) 05:05:15.11 ID:9yIJ28700
朱元璋。
2chでの朱元璋のヨイショぶりは異常。
明初は同時代史料が乏しいために研究が進んでいないが、
それをいいことに小説などに依拠して朱元璋の話をしようとする奴が多い。
朱元璋をやたらと持ち上げる「朱元璋スレ」は、
「明初を絶対的に良い時代として明初ばかりに注目する見方」や、
「皇帝ばかりに注目して官僚以下の階層は無視する見方」など、
明代史に対する著しく偏狭な見方を流布させた。
そのおかげで、
豊富な同時代史料があり、研究成果の蓄積も膨大にあるにもかかわらず、
明末史がまともに語られたことがない。
過大評価による持ち上げすらない人物を果して「英雄」と言えるのだろうか?
>>844 そんな狭いコミュニティでのこと持ち出されてもw
>>1 過小評価されてたもんだから最近では過大評価されまくりな曹操だな。
少なくとも日本では曹操が悪役の三国志演義ではなく
「強大な敵」として人気のあった吉川・横山三国志がメジャーだったと思うぞ
蒼天航路だって日本には曹操ファンが多いことを見越しての企画だし
849 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/20(土) 20:44:30.57 ID:om8uwF0h0
>>846 文徴明や董其昌の書画、万暦赤絵などの工芸品や、
一般公開されている明の十三陵の定陵(万暦帝陵)、万里の長城、
蘇州の拙政園、上海の豫園などの観光名所が示すように、
一般人には、明初よりも明代後期の文物が馴染みとなっていると思うが。
明代後期が人気であることは、研究者の狭いコミュニティだけではない。
>>849 >2chでの朱元璋のヨイショぶりは異常。
こっちのことだよw
朱元璋スレなんだから明初中心でスレが進むのが当然じゃねーの
明末もっと語れよ!って主張するのは結構だが、明末が語れないのは朱元璋スレのせい!なんてのは
言いがかり……っていうか、どんだけ影響力があるんだよ2ちゃんwって思うぞ
明末語りたいならまずは君が陳勝呉広になりなよ
>>851 たぶんだが、明末語っても、誰もついてこないのだと思う。
民衆叛乱のように一気に規模が膨れるほどの知名度もなく
興味の対象でもないとみるな。
興味の対象が戦乱部分に偏るのもしょうがないべ
普通に明末面白いやん
といってもホンタイジの離間の計とか呉三桂のNTRられ振りとかに関心が向くから
結局は戦乱とか女の話ししかできないけどさ
その離間策に乗せられたおかげで決して暗君じゃないのにバカ皇帝扱いされちゃう崇禎帝
やっぱりよりにもよって護国の柱石たる袁崇煥を讒言信じて陵遅刑にしたって大チョンボが他のすべての
長所を吹っ飛ばしてしまってるのかね
「碧血劍」でも主人公は父を陥れたホンタイジを敵ながら尊敬してるのに、崇禎帝は暗君扱いだし
崇禎帝は暗君ではない。ただホンタイジが有能すぎただけだよ
三国志に出てくる奴等全員
857 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/23(日) 17:06:00.38 ID:0ykITLjL0
むしろ知名度のある中国人全員
章邯と李斯は過小評価
859 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/24(土) 21:14:15.86 ID:sfA+G/vl0
劉徹
先代までの遺産を食い潰し晩年は耄碌して皇太子まで殺した
そもそもまず過大評価されてないだろw
861 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 00:22:48.35 ID:5fb36Rkv0
蘭陵王
好好・・・要高潮了
好棒!!好棒!!
再来!再来!
要去就去!!!
要去了!要去了!!
要去了!!要去了!!!要去了!!!!
私処要去了!!!!!!!
孫武
永楽帝
864 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/07(火) 08:25:13.89 ID:HDc6dapjO
孔丘
865 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/13(月) 21:31:09.18 ID:MfQbwdQu0
太史慈とか赤壁前に死んでてほとんど活躍してない
霍去病 孫策
張良だな
ちんけいし
869 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/25(土) 20:44:12.93 ID:a0Al+QPc0
呂布
870 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/06(火) 22:24:41.43 ID:EzxfgATJO
岳飛
劉備が回り回って過小評価されてる気がする。
貧乏人から大陸三分するまでになったんだし、かなりの大人物だと思う。
現代で言ったら暴力団の親分みたいなもんだろ?
それを言ったらいわゆる孫堅も孫策ももれなくヤクザの親分に(ry
874 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/09(金) 01:26:06.39 ID:yoEzYBBr0
>>871 金持ちのおじさんのおかげで遊学できてしかも遊び呆けてるような人間が貧乏人認定ってのもおかしいと思うけどな
乞食坊主から中華統一しちゃった人間がいる以上過大でありこそすれ過小ってことはないかと
孫権って印綬持ったまま嘘ついて自国に帰ったり黄祖軍如きに殺されたり小物っぷりが良いよな
>>874 それ考えると劉備と劉秀ってあんまり立場的に変わらないよな
劉秀の実家の方がより裕福だったってだけで
でも、劉秀は頼りになる豪族の親戚が周りに多かった品
逆に劉備が皆無なのが不思議だ。
でも劉秀のスタート時のアドバンテージは梁丘賜の敗戦と更始政権による劉糸寅派の粛清で
チャラになっちゃってるような
河北転戦時には劉備軍同様の規模でしょ
持節で行ってるから本来は現地の軍を使えってことだったみたいだね。>劉秀河北時
実際は連鎖的に叛乱されて信都の兵しかなかったけど。
持節・行大司馬事・開府辟召・破虜大将軍だから間違いなく河北の更始政権派では最大の権力を持ってたと見て良い。
兵こそ無いけど、更始政権派であると表明している人間相手には実効性の高い権限だから。
劉備と比べてでは、初期兵数は似たような物だけど権限だけはしっかり大きな物を抑えてたから絶対的には優位ではあるよ。
逆に挙兵時は劉秀の方が不利かも。
豪族とはいえドの付く末端だからろくに支援も受けられてない。
同姓の商人から資本提供受けられるような事態も発生していない。
そういえば劉備は地元のヤクザだったな。
商人から資本提供ではなく恐喝して巻き上げたのでは。
>>880 ヤクザではなく侠客な。
日本では江戸期に食い詰め牢人が任侠を自称して最終的にヤクザになったから混同する人が多いけど、
侠客というのは法や儒の規範に隷属しないだけであってゴロツキじゃない。
義に依って立ち名声を好む荒くれで、反体制的ではあるけど反社会的ではない。
所謂ヤクザは向こうでは「幇」といって別物。
あと結論から言うとそら無理だ。
漢代の商人というのは所謂「少年」と同じで相手も侠客だもの。
強引に巻き上げたら侠客なんかやってられない。
ついでに言うと、ヤクザと致命的に違う所の一つに侠客は集団を作らないというのがある。
このスレ的には関羽が過大評価で間違いない
最高神とかどういう発想なのか俺にはわからん
そんなん言ったら孫武が名将とかイミフだわ
>>883 視野が狭いだけじゃね?
生前の失敗だけを針小棒大に取り上げる陳腐な妬みはもう飽きた。
>>885 関羽を否定してるんじゃなくて関羽が最高神っていうのを否定してるだけなんだが。
視野が狭いんだ、知らんかったよ関羽が最高神だったなんて。
三國志全て
>>886 横レスだが、
>>275か。
4年近く前のレスに皮肉を返しているのを、何も言わずとも読んでる奴に察知しろっつーのは流石に酷にも過ぎると思うぜ。
皮肉言うにしても安価付けるか、ちゃんと普通に訂正するかしないと。
俺は君が
「世の中では関羽が最高神と言われているが、それは過大評価だ」
と主張しているんだと勘違いして内心
「天帝や太上老君差し置いて何言ってるんだこいつ」
だったぞ。
二階堂義弘氏のまとめより
・現在の関帝信仰と廟
民間における関帝の地位は現在でも向上の一途にある。
かつては「左玉皇」と称され、玉帝に比肩するものとされたが
近年の台湾では結社系の教派より
「関帝は第十八代の玉帝となられた」と言われる。
つまり関帝が最高神だというのである。
もっとも正統を標榜する派からはこの説の評判は芳しくない。
http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nikaido/guangong.html 民間道教の中では関帝を最高神に押す一派もあるみたいね。
さすがにこれが普及するには後200年ほどは掛りそうだけども。
玉皇上帝の左位に居るという名誉だけでもとんでもないステイタス。
>>888 書き方が悪かったのはわかるが視野狭いとかいきなり言ってくる奴にまともに答える気にはならん。
あまりにも飛び抜けてすごい発言だったので記憶に残りすぎたんだ、すまん
>>889 その政党から外れてる一派のとんでも説知らないだけで視野が狭いですかそうですか
政党ってなんだw正統だなw
892 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 11:43:03.73 ID:jjJVWIaB0
>>890 まともに答えないから視野が狭いって言われたんだろ。
何を持って「関羽が過大評価」なのかを言わない事には三国オタの
視野狭窄が炸裂したと思われても仕方がない。
>>892 三国オタの視野狭窄であると勘違いさせたならのが理由で
>>885のレスがついたなら、同じ人間が
>>889のレスつけないでしょ。
ID:XezSWWQS0にとっては関羽は最高神なんであって(200年後には最高神になってるというスタンスらしい)
関羽の功績云々の話じゃないんだろ。
大体にして清王朝の宗教政策の結果爆発的に廟がふえたってのにそれまで関羽の評価として正当だってするのかよ。
そういうとこまで含めて全て過不足ない評価だってんなら世の中に過大評価なんてものは存在するのか?
神としての話を振っといて玉皇上帝という存在がスルーされたことに虚しさを覚えた
やっぱり三国志中心なのね・・・
お前の相手するの馬鹿らしいしな
黙って消えてくれ
そんなんだから視野が狭いと言われる
人も居なくなるわけだ
俺もこれ以降は消えることにしよう
>>894 >>889であげてくれた
http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~nikaido/guangong.html より抜粋
>さて、北宋の時代になって、ようやく道教と関羽を結びつけるような説話が現れる。
それは、解州で害をなしていた水蛟を、張天師が神将関羽を呼び出して退治したというものである。
この話は『漢天師世家』などに見える。
>ところで、現在のような絶大な信仰が形成されたのは、実は清代になってからなのである。
清王朝は『三国演義』を経典視しており、また宗教政策の必要もあって、関帝を称揚することにつとめた。
清では県に必ず一座、孔子を祭る文廟と関帝を祀る武廟があったが、関帝の廟については制限なしとされた。
>後世関帝の事蹟もどんどん造られ、父や祖父の名や、生まれた日までわかっていることになっている。
民間の伝承に至っては、関羽の姓はもと関ではなかったとか、降雨を司るとか、様々なものがある。
ちなみに、関帝の聖誕日は、六月二四日とも五月十三日とも言われる。
台湾では前者によく祭りが行われる。
こういう時代背景とか含めてできた関羽の道教上の地位を関羽の評価に含めるのは視野が広いってより節操がないって言うと思うんだよ。
左玉皇という地位がいったいいつ頃ついたのかわからんのであれだが、もし清代だとしたら「三国演義」っていう小説が元なんだぞ?
ラーメンマン
案外早い段階で負ける。
899 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 00:17:14.84 ID:i5dL33Il0
諸葛先生
900 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 11:39:00.32 ID:XS3DQP3K0
趙雲
901 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 18:13:09.91 ID:i5dL33Il0
903 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/27(火) 06:45:42.72 ID:tRMGREP70
蒋介石
904 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/27(火) 20:23:02.77 ID:nr8B0xZm0
李纲、文天祥
張飛益徳
906 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/28(水) 05:14:53.06 ID:MDAHFaPM0
けざわひがし
907 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/30(金) 22:05:18.06 ID:qWJbzQDp0
諸葛亮は過大評価されていた反動で過小評価されてる
三国志の蜀アンチは基本的に知ったかぶりでモノを言うからな。
それでいて諸葛亮の凄さを認めざるを得ない中国史レベルでの話も嫌う視野の狭い種族。
関羽
顔良やぶっただけ、あと功績なし
あんなのでも親分(劉備)に気に入られると出世出来るあたり暴力団と変わらんわな
911 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/23(月) 19:16:57.53 ID:S95XF6Oc0
朱元璋
孔夫子
913 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/23(月) 23:10:33.59 ID:HavHh9e50
延々と蜀の人物を書いている奴は、昔、流行った(笑)
曹操なんたら、か?
少なくとも現在のネットでは過大どころか誹謗中傷まで受けている人物たちの
10年以上ディスっているってのはご苦労だよな
お前が相手したい演義をそのまま信じている奴は、ここにはいないからな
無駄なシャドーボクシングご苦労さん
>>907-908 別に諸葛亮は今でも十分過大評価されてる
つーか三国志の蜀勢は大半そうだろ
多少変わったとはいえ未だに演戯の力は絶大。
そりゃこの板じゃ違うが
こんなマイナーの中のマイナーで正しく認識されてても大して意味ないからな
諸葛亮は有能だろうし内政はうまいが
演戯が「神がかった軍師」にして勝手な脚色してるのも事実。
>>914 平日の朝に現われるだけあってホントに頭悪いな・・・。
916 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/25(水) 06:45:45.90 ID:zYPNZi+l0
>>915 平日の朝に書き込んで何が悪いの?
俺が会社をさぼってようが学校をさぼってようが無職のニートだろうが
レスの内容とは何一つ関係ないことすら分からないキチガイなの?
具体的に反論するでもなく、自分の意見を言うでもなく
「ホントに頭悪いな・・・。」とか書かれても死ねとしか言いようがないよね。
ホントに頭おかしいな・・・。
劉邦、項羽、韓信、張良、陳平、范増
秦が中華の人材をあらかた潰した後で残りカスの頂上を争っただけの人物たち。
劉備は過小評価されてる気はする
過大評価とは思えない生き方見てると
919 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/29(日) 10:23:21.36 ID:PeNrAht+0
光武帝の二十八将
光武帝の軍事功績が韓信と同じ程度なのに、
それよりかなり下の二十八将の上位が韓信と同等の力があると評価されている
韓信が過大評価ですし
921 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/01(火) 23:40:54.98 ID:dtmyFpb/0
二十八将の連中も過大評価と過小評価に分かれる様な気がする
そもそも過大評価ってなんだろう?
俺評価=世界標準
歴史評価&民間評価=過大評価
と、でも言いたいんじゃね?
曹操関連や光武帝関連の場合は、
ネット評価=過大標準
歴史評価&民間評価=世界標準
と、言いたいと思う
925 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/04(金) 13:31:46.67 ID:DdlyYJ4C0
__ノ)-'´ ̄ ̄`ー- 、_
, '´ _. -‐'''"二ニニ=-`ヽ、
/ /:::::; -‐''" `ーノ
/ /:::::/ \
/ /::::::/ | | | |
| |:::::/ / | | | | | |
| |::/ / / | | || | | ,ハ .| ,ハ|
| |/ / / /| ,ハノ| /|ノレ,ニ|ル'
| | | / / レ',二、レ′ ,ィイ|゙/ 私は只の数ヲタなんかとは付き合わないわ。
. | \ ∠イ ,イイ| ,`-' | 頭が良くて数学が出来てかっこいい人。それが必要条件よ。
| l^,人| ` `-' ゝ | さらに Ann.of Math に論文書けば十分条件にもなるわよ。
| ` -'\ ー' 人 一番嫌いなのは論文数を増やすためにくだらない論文を書いて
| /(l __/ ヽ、 良い論文の出版を遅らせるお馬鹿な人。
| (:::::`‐-、__ |::::`、 ヒニニヽ、 あなたの論文が Ann of Math に accept される確率は?
| / `‐-、::::::::::`‐-、::::\ /,ニニ、\ それとも最近は Inv. Math. の方が上かしら?
| |::::::::::::::::::|` -、:::::::,ヘ ̄|'、 ヒニ二、 \
. | /::::::::::::::::::|::::::::\/:::O`、::\ | '、 \
| /:::::::::::::::::::/:::::::::::::::::::::::::::::'、::::\ノ ヽ、 |
| |:::::/:::::::::/:::::::::::::::::::::::::::::::::::'、',::::'、 /:\__/‐、
| |/:::::::::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::O::| '、::| く::::::::::::: ̄|
| /_..-'´ ̄`ー-、:::::::::::::::::::::::::::::::::::|/:/`‐'::\;;;;;;;_|
| |/::::::::::::::::::::::\:::::::::::::::::::::::::::::|::/::::|::::/:::::::::::/
926 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 22:17:38.65 ID:7V4QrZTU0
ここの
>>408以降の劉秀信者マジでパネェ!!
読んでいて気持ち悪くなった
>大体唐代の学者がどの面下げて他王朝史の曲筆を批判できるんだか。
>まず李世民にへつらって奴の簒奪を正当化した史家どもを批判しろよw
↓
>後漢の歴史書が正しくて、唐の歴史書は嘘とか言った覚えはないぞ。
>他人の書き込みは知らないが、少なくとも俺は。
言葉の微妙な綾を利用して反論にならない反論
で、例の厨らしきレスを警戒した論客が(劉知幾にファビョる厨はこの頃にはいたはず)
厨のアオリにあって言い返したら、信者総掛かりでリンチ
煽った厨は前歴の含めて完全スルー
厨が許された本当の理由は、光武帝信者の『お仲間』だからだろw
後漢書は唐の李賢が注釈したのに、なにこのクソ理屈
しっかり玄武門の変まで書いている唐はまだ良心的だろw
後漢書だったら、李元吉が李建成を殺して、李元吉を誅殺したことになっていただろうな
孫武って伍子胥の影に隠れてあまり活躍した印象がないのが残念
>>927 ならば聞きたい。孫武ってどんな活躍したの?
劉備
>>926 一見さん装うならもうちょっと頭使えよ、新〜後漢初スレに粘着して執拗に光武帝disってる李世民厨
おまえの腐った脳味噌には酷な注文かもしれんがなwww
784 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/05/24(木) 21:48:44.97 ID:7V4QrZTU0
>>778 意訳すると、
『光武帝厨である自分は、光武帝は完全無欠だからマンセーし放題で、
論戦になっても、他の光武帝信者が加勢してくれるので、無双状態でした。
本当は何の知識も理論もないただの中年のアニオタです。後漢書すら読んだことはありません。
サイトを運営している光武帝信者の方々。ageるので早く来て。ライフが0です。
横から煽って、アンチがきれるまで工作するのでお願いします』
ってことだろw
俺もageるから早く来てくれるといいなw
931 :
名無しさん@お腹いっぱい:2012/11/09(金) 15:51:54.09 ID:oyFi5uCr0
北京首都圏無指定
光武帝はほとんど無名状態から漢の再統一して更新も粛清なしで
穏便に軍の縮小に成功してるし中国史上でもトップレベルの名君だと思うけどな
ほとんど無名状態→豪族で、劉氏の名、兄の力があるじゃん
ほとんどの群雄が劉氏を立てる状況で、漢の権威だけ強いだけ劉備より楽
劉邦や朱元璋より、はるかによい
漢の再統一→再統一じゃん。豪族論が正しければ、安史の乱後の唐の復興に毛が生えただけ
功臣も粛清なし→劉楊やっているじゃん。謀反の疑いがあるだけで第一の功臣を殺していいなら、
韓信を殺した劉邦だって似たようなもの
穏便に軍の縮小に成功してる→版図が小さくて、後に異民族に攻められまくっているじゃん
名君なのは認めるが、『中国史上でもトップレベルの名君』って決められると
ちょっとな
劉楊って光武帝とは利害関係だったと思うが
与党を増やしたい光武帝と、真定王の地位と河北の盟主に返り咲きたい劉楊の結託だろ
どこから「第一の功臣」なんて解釈が?
935 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/21(木) 09:23:05.05 ID:/FuCl0ZWO
全部だよ
俺はちょっと光武に対して現行の信者とも信者アンチの人とも異なる意見を持ってるんで、どっちに与するって気もないんだけど、
何か気が向いたんで、私見をがっつり投下してみる。
無駄に長文なんで面倒な方はスルーしてくれ。
>>933 豪族であることは赤眉以外の同時代の人間に対して、あるいは劉備に対しても相対的になんら優位ではないと思う。
むしろ出身が南陽という常安近隣地域であることの方が緑林軍に加わるきっかけになり(劉備などと比較して)優位に作用しているだろう。
あとは、長年の姻戚関係か南陽人に強いコネクションを保持した一族だったと見られることは
特に更始軍閥内での地位獲得や粛清回避などの上で有利ではあったろう。
兄の力は岑彭獲得以外にはほとんど左右していないように思う。
劉備より楽というのは確かだが、論旨はちょっと微妙だな。
劉氏軍閥も後漢末の方が多く、漢の権威も後漢末は決して弱くないし、
曹操が赤壁の敗北で魏公就任に方針転換した直後反乱が連鎖的に発生するなど、
決して漢の権威は失われて居らず、安穏に禅譲に向かったわけではない。
>豪族論が正しければ、安史の乱後の唐の復興に毛が生えただけ
これは光武信者もその逆もよく勘違いしていることだが、豪族推戴論というのは
別に作戦に決定的な参与をしていなかったり、傀儡であったりすることを意味しないぞ。
有名な信者サイトが暴走して無理矢理否定しようとしてたから勘違いしがちだが。
足利尊氏、源頼朝などの評価をする時は大抵の人間が普通に推戴された者の能力を評価出来るのに
なんで光武になると信者も、よくいる信者アンチもそういう見方を喪失するのかわからん。
>功臣も粛清なし
これは俺も疑問だな。
劉秀が謀殺に積極的参与している疑いがあるのは劉楊だけではないし、
劉秀が倫理的に方正な人間であったかというと個人的には疑問。
大体降伏者も、都合良く皆「自分の与党と引き離されてから」反乱するわけがない。
>版図が小さくて、後に異民族に攻められまくっているじゃん
版図は北方が縮小した程度で、王朝としての南方の人口把握能力はむしろ向上している。
単純に漢族の生存圏の変化として気候変動に理由を求めた方が正確だろう。
また、後に異民族に攻められていると言うが、光武が在命時は卒中で前後不覚に陥った
建武17年くらいしか異民族反乱は頻発していないし、光武死後の防備に関しては光武に責任を問うのは酷というものだ。
異民族に攻められるのはその異民族も切羽詰まる状況が年々進行しているんだからどうしようもない面もまたある。
鮮卑のように北辺を統一した遊牧民が同時期に漁労や農業の取り入れに必死になる時代なんて他の時代と比較出来るものでも無いだろう。
私は信者と違い、光武の時に匈奴が分裂したのは光武の力だとはとても思えないし、
逆もまた然りで、異民族問題ほど大きな問題になると個人の失策などより世情の力の影響の方が基本的に大きいと思う。
むしろ光武の軍縮絡みで突っ込むべきは、後漢が末期になって徴税能力を喪失したことだろう。
勿論これは中間の皇帝の責任の方が大きい訳だが。
>名君なのは認めるが
河西での人口減少が隗囂餓死と深く関わっていて、なおかつ劉秀の戦略によるものだとすると、
実は、名将だが名君かどうかは微妙なラインってのが本当は正しいんじゃないかと思う。
逆に軍事的な業績は(信者サイトの誇張や分かりやすい数的誇張、春秋の筆法で隠された敗北など以外は)およそ信用すべきと考えている。
謝躬や劉楊との政争に勝てたのが軍事的実績の裏付け抜きだとはちょっと思いがたいし、
よく言われる南朝での贔屓も、贔屓のコアになる対象としての大きな軍功があった方が理解しやすい。
劉秀は本当は前漢武帝や魏武帝とよく似た感じの評価の分かれ方が適切なんじゃないかなと個人的には思ってる。
実の所范曄などより諡号選定者の方を信頼するべきであり、まさしく「光」武帝というのが正しかったんじゃないかと。
あと、丁度良い機会だからついでにネットでよく流布される誤謬について言えば河北転戦時、別に光武帝は更始帝に放逐されてない。
どう考えてもごく当たり前の帰結として、更始帝の持節権限で河北方面を光武が総覧していたと見た方が分かりやすい。
だから光武は間違いなく更始帝を自発的に裏切ってるし、河北では最初から最後まで光武が親更始勢力をまとめて指揮していることも間違いない。
934だけど
俺のレスに対する内容が見受けられないんだが?
939 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/24(日) 18:58:25.28 ID:iYEip0+tO
夏侯玄
陳羣
中英マンセー厨の煽りによる過大評価四天王
劉秀
曹操
司馬懿
秦檜
こいつらに対する崇拝は、狂信といってもいいレベル
劉秀は優秀だろw
ほぼ0からの出発で統一したんだから
霍去病・孫策
典型的な若死にイケメソなだけで過大評価される人物
劉秀は、せいぜい司馬懿親子と並ぶ程度の人物
劉秀→豪族に頭を下げて妥協の上に弱体な王朝をつくる
おかげで子孫は苦労しまくり、汚名をかぶりまくり
地球の寒冷化の当初のため、北方民族が降伏してくる
司馬親子→貴族に頭を下げて妥協の上に弱体な王朝をつくる
おかげで子孫は地方に分裂しまくり、汚名をかぶりまくり
地球の寒冷化が進んだため、北方民族が攻めてくる
違いは地球寒冷化の差だけw
944 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/03(水) 21:50:26.99 ID:2S26X6s60
光武帝過大評価バカ発見!
劉備ならまだしも、劉邦までディスるとか、
完璧とか指先一つで討伐とか、トウ奉一人にあれだけ苦戦してよく言うわw
本当にカルトみたいな連中だなw
380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/08(土) 20:01:21.23 ID:7ALwRQHC0
劉秀<なんだ、天下統一できなかったの?情けない奴だなぁ。
そんなやつが俺を意識した諡号とかやめてくれない?
680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/10(火) 20:14:56.67 ID:iSR4+Xt+0
劉邦も劉備も劉秀と比べるとなぁ。
683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/11(水) 01:02:01.15 ID:fz29ZHd50
劉秀は功臣粛清とかと無縁だからなぁ
どこまで人間ができてるんだという
「俺は民の役に立つようなことは何もしていない」とか
謙遜にしても劉秀だと嫌味に聞こえない
今時の「私は子ども手当やりました」、「これは私が作った市民会館です」
みたいなカス政治家ばっかり見てると劉秀ってもはや神にしか見えない
687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/16(月) 06:29:10.11 ID:a2wLsXd90
>>683 なんて言うか部下が謀反起こしても指先一つで討伐とか自信に満ちてそうだよな>劉秀
688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/16(月) 11:13:36.13 ID:54XgV9NA0
劉秀は完璧すぎてドラマにならないのは皮肉だな
689 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/16(月) 12:55:24.39 ID:6YXRHcPG0
いつの間に劉秀と比べられちゃってる〜〜〜
後漢自体が三国志のせいでイメージ悪いしな
946 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/05(金) 01:18:03.26 ID:NmRf5NDV0
>>940 朱元璋は?
こいつのヨイショぶりも異常だと思うが。
朱元璋は頭がおかしいことは認められているからなあ
四天王に次ぐのが、
朱元璋
煬帝(擁護する学者もそこまで言っていないのに、厨から始皇帝と同等の革新者をされる)
馮異(劉秀マンセーの余光で、韓信、李靖並みの扱い)
李建成(未知数なのに、李世民と同等の皇帝になれたといわれる)
武照(信者により李治と李隆基の成功の功績を全て吸い取る)
の五人組かな?
948 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/04/15(月) 13:52:05.23 ID:FUmpMgio0
女武将は基本的に過大評価
武力80とか絶対にないわ
諸葛亮
魏に戦争おっぱじめるも戦果なしに自滅
呂后
諸葛亮の過大評価は大体羅貫中のせい
ただしそれは演義で人外レベルに描かれているからであって正史の事績だけを見ても傑出した能力を持った人物であることは間違いない
史実ってより郭沖の評で過大評価
>>947 煬帝を裏切り李建成を謀殺し武照をヤリ捨てた李世民はスルーか?w
あれこそ過大評価の見本だろ
統一戦の時は一方面軍司令官に過ぎなかった二代目が事実上の創業者()
煬帝を裏切り→やったのは李淵だろうが、親に従ったのは李建成も同じだろう
兄を殺されたとはいえ、いったん臣従した劉玄を裏切った劉秀の方が問題だろ
李建成を謀殺→謀殺したのはそうだが、もはや史書を見てもどっちが先に仕掛けたか分からんぞw
むしろ、李建成が仕掛けずに、危険な弟を黙って放置した方がよほど無能だわw
史書を信用せずとも、煬帝が兄を謀殺したのと大して変わらないな
史書をまるっきり信用したら、李世民の方に分があるがなw
武照をヤリ捨てた→子のいない側室など他の皇帝もたくさんいるわ
何がいいたいのか意味不明
皇后を変えた劉秀の方が責められるわw
事実上の創業者() →誰がここでそんなことを言っている。高祖は李淵だろうが
これは、中英マンセー厨の煽りによる過大評価だからな
史書での疑問点があるのが前提で、李世民は考えられているから
一方面軍司令官として活躍したこと、突厥を滅ぼしたこと、貞観の治を後世から評価された以外は
マンセーされたことはほとんどないと思う
実際、あんな恥ずかしい実績を記された劉邦ぐらいだろ
かなりの部分において、史書を信用できる創業皇帝はw
>>951 三国演義は現代ではそれが真実として当たり前のように
中華圏では浸透してるからな。
今更、時代に見捨てられた正史を持ち出してこっちの方が・・・なんてのは時代の変化について
これない化石脳みたいなもんだよ。
英雄は偉人は民衆目線でのその時代に応じた粉飾を受けるのは当然。
どのように時代が移り変わっても、その人を未来永劫讃え続けていきたいという
正史バカには理解できない敬虔な思いがあるからな。
それが現実
そもそも欧米では三国志なんて大して興味もたれてないだろ。
959 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/07(火) 00:26:47.21 ID:sUkdrGoZ0
李世民はネットでは厨はもちろん、自称中国史好きに叩かれまくって、
大体、代わりに曹操か光武帝が推薦される()から、過小評価されて、
厨な信者がおらず、かえって汚されなくてよかったような
好き嫌いはともかく、中国有名歴史人物の代表に李世民をはずして、
曹操や光武帝を普通にいれてくる人を見ると、なんかすげーなと思う
批判も多かれ少なかれある正史批判を拡大解釈した中傷みたいなものだし、
他は、ネットでは資治通鑑の翻訳とドラマの動画がほとんど全部
変な信者がかった素人サイトより、これを見てくれた方が害が少ないw
中国の英雄は始皇帝ただ一人よ
ほかは雑魚
>>959 最近は、中国人の史学者からすら
中国の歴史は捏造、改竄塗れと叩かれるくらいだからな。
史実オタは曖昧な記述をめぐっていつまでたっても
あーでもない、こーでもない・・・。
無駄な考察モドキな妄想の付け入る隙のない「有名」こそが最高の評価だな。
2000年近く前の歴史なんてそんなもんだろ
資料の解釈の違いなんかで人物の評価も違ってくる
でも、三国志演義のような小説を歴史的資料と同じように扱うのは論外
同列にある西遊記や水滸伝の登場人物まで有名であれば英雄扱いするのか?
まぁ史記でさえ記述間違いが最近の発掘から指摘されてるけど
でも資料価値が下がるわけでもない
意図的に改鼠してる訳じゃなく当時の伝承や資料がその時点で間違ってたって話だし
日本書紀みたいな明らかな捏造とは違う
>>962 まぁその辺りは日本で言う義経や真田幸村みたいなもんだから
>>150 馬超が曹操に負けて関中逃げてる時に、強盗略奪してホウ徳が嫌気さして逃げた
>>171 > 始皇帝は「守成」の名君。
アフォすぎる。法律でガチガチに縛って、死後簡単に崩壊して酒精の名君wだってお。
>>253 アメリカに買収された工作員とはっきり言える
>>962 水滸伝の武松や魯智深は、三国志正史の人物なんかより
よっぽど人気の英雄だよ。墓まであるからね。
それに西遊記の斉天大聖。究極の英雄だろう。
宗教的な意味では関帝とも並ぶ、大人気の英雄。
970 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/15(水) 10:24:31.27 ID:aC8NR53F0
>>965 それでも諸葛亮と関羽は別格だと思うけど。はっきり言って孔子並み。
信長や義経が人気で、菅原道真は人気が無いというのは分かる気がするけど。
なんだかんだで、受験生がすがるのは菅公の方だし。
971 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 22:32:16.88 ID:blSTHc1+0
蘭陵王
周恩来かなぁ
ポジション的には陳平っぽいんだが別になんら国救ってないしな
973 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 13:40:14.59 ID:IZ32kze5O
太史慈とか何もしてない
漢武帝
諸葛亮も何にもしてない
>>975何もしてないってのはさすがに過小評価すぎる
>>972 彼の力が無ければトウ小平は粛清されていただろうから、それだけでも十分な功績だと思う。
魏延は諸葛亮を批判する時に相対的に持ち上げられる
孫策
980 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 16:49:19.68 ID:aHzbFYsj0
郤正
劉禅の真意に気づかず忠臣面
亡宋の三傑全員
霍去病