あれは、以前白兎が日本語教師をやったときのことであった。
白兎は言語学部卒であるし、また友好教の信者として、
旧極東萌え国スレの住人として、
祖国の言語・文化を他国に伝えるという、
この意義ある仕事を経験してみたいと思ったのである。
数ヶ月であったが、初心者としてはまあまあと思える授業が出来たのは、
日頃、言語学板でききかじった豊富なうんちくのおかげだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題の女性は白兎の生徒であったが、
授業にまったくついて行けず、泣きついてきたのであった。
田舎とあって学校は和気藹々とやっており
授業外でもパーティーや遠足など楽しくやっていたので、
彼女が家に来たいといったときも、特に深く考えずOKしたのであった。
あどけなさの残る色白の美少女で、正直、
これから語るような大胆な行動に出るとは、露ほども予想していなかった。
彼女は白兎のアパートに来るなり、開口一番にこういった。
『シャワーかして』
『は?』
『雨に濡れちゃったの、いいでしょ?』
当日は確かに雨が降っていた。
上海ではめずらしくもなんともなかったが、
白兎は上海滞在が浅く、その不自然さには思い至らなかった。
『いいけど・・・狭いよ』
『いいわよ、タオルある?』
『・・・ちょっと待って』
タオルを渡してやると、彼女はすたすたと風呂場に入っていく。
『覗かないでね!』
『・・・覗かねーよ』
もちろん覗きたいのはやまやまだが、それを認めるのもくやしいので、教科書を下見する。
ええっと、こいつは動詞の活用がとにかくわかってないから、頭から教えなきゃな。
まったくなんでこんな奴が中級班に――
『白兎〜』
風呂場から呼ぶ声がする。
こんどはなんだよ『なに〜?』
『服がないの〜、なんでもいいからシャツかして〜』
ああ?シャツだぁ?まったくこいつは、教師をなんだと・・・。
しかし仕方がないので、綺麗そうなシャツを一枚出して風呂場に持っていく。
風呂場のドアから首だけ突き出して彼女が待っている。
濡れた髪が首筋にぴったり張り付いていて、普段は前髪で隠れているおでこがむき出しになっている。
そのせいで、もともと童顔なのが、さらに子供っぽく見える。
確か20のはずだが、高校生以上には見えない。
『ほらよ、これでいいか?』
『ありがと』彼女は裸の手を伸ばしてシャツを受け取る。
いたずらっぽい笑顔で僕を見上げ、ニッと笑う。
『見たい?』
『べ、別に・・・』
『見せてやらない!』彼女は風呂場にひっこみドアをバタンと閉める。
さすがの僕もこのへんでシチュエーションに疑問を抱く。
こ、これは、ひょっとして、おいしいシチュエーション?
いやいや、違うだろ、中国人はずうずうしいから、
人のうちでシャワー借りるくらいなんでもないんだろ。
彼女とは学校の遠足で一緒に泊まったこともあるしな、うんうん。クラス全員でだけど。
僕がそんなことを考えていると、彼女がシャワーから上がってくる。
『あ〜気持ちよかった』
僕のシャツをまとい――『ちょっと待った!』
『なによ?』
『あ、足!足!』彼女は上にシャツをまとっただけで、すらっとした足がまる見えになっている。
髪を拭くために腕を上にやるとシャツのすそから下着がちらりと見え、刺激的なことこの上ない。
『だってシャワーの後でジーパンはきたくないじゃない。白兎のズボンはいたら大きいでしょう』
『だからってそのカッコでは教えられません!』
おかしい、烈しくおかしい、僕はなにをやっているんだろう。
『わかったわよ、はけばいいんでしょう』彼女はしぶしぶジーパンをはく。
彼女には少し大きめのシャツは胸元が開き、白い胸元がかいま見えている。
彼女が髪を拭くのを待って教科書を出す。
『じゃ、ここに座って、17課からやるよ』
『17課ってなんだっけ?』
『あのな・・・先週授業でやったとこだろ』
『あ、そうだったね、ごっめ〜ん』
まったく、どうしようもない。
教科書を開いてやると、彼女は僕に身を寄せ、腕にもたれかかるように覗き込んでくる。
先生と生徒というには少し近すぎる距離だ。
彼女の体温が感じられる。かすかに石鹸の匂い。
『ええと、全然わからないんだよね、来週テストだけど、大丈夫?』
『駄目!私全然わからないの!先生助けて!』
彼女は僕のほうを振り向き、目をうるうるさせてお願いする。
こいつぅ〜と思いつつも、至近距離でせまる彼女の瞳に思わずタジタジとなる。
もともと僕は女に免疫があるほうではない。
しかし僕は教師だ。教師といえば聖職者だ。義務を果たさなくては。
『え〜と、僕に教えられることは教えてあげるけど、最終的には自分で勉強しなきゃだめだよ』
『ねえ、白兎』彼女は教科書から手を離し、完全に僕の方に向き直る。
いかん、やっぱこいつ勉強する気ない。
『白兎は私のことどう思ってるの?』
『え、どどどどうって、センスはあると思うよ、発音とかいいし』
いきなりの直球に僕はしどろもどろになる。
『そういうことじゃなくって、女としての私!』
『い、いや、カワイイとは思ってるけど、とととと特に、その、』
僕の目をまっすぐ見つめる彼女の視線に耐えられず、視線を落とすが、
彼女のつややかな唇が目に入り、あわてて目をそらす。
『白兎は彼女とかいるの』
『彼女は、いや、えーと、あの、一応いるけど』
『あたし見たことないわ』
『い、今オーストラリアに、その留学中で・・・』
しまった嘘っぽい。しかし本当だ。
『かわいいの?』
『ま、まあ』
『あたしとどっちが?』
『え?ええ?どどどどっちって言われても』
彼女は自分のシャツに手をやりボタンをひとつ二つと外す。
『ねえ、あたしのことをなんとも思ってないなら、どうしてあたしを部屋に入れたの?』
そ、そんな無体な。
『ま、待ってくれ』あわてて彼女の手をとめる。
『ぼ僕はけっしてそんなつもりで、きみきみ君を部屋に入れたわけじゃ』
『じゃあどんなつもり?』
彼女のちいさな手のぬくもりが伝わってくる。
いまやすっかり顕わとなった彼女の胸の谷間が、まぶしく自己主張をしている。
い、いかん。見ちゃ駄目だ、僕は教師だ、生徒に手をつけるなんて、
それに僕には玲子(白兎の彼女、仮名)がいるんだ!と心に言い聞かせるが、
どうにも目が吸い寄せられて離せなくなる。
『ねえ、』
『な、なななんでしょか?』
『あたしがいつもこんなことする女だと思う?』
『え、ええ』もう擬音語しかでてこない。
『私、男の子の部屋に来るの初めて』
彼女は、彼女の手を押さえていた僕の左手を取り、自分の胸へと誘導する。
近づけられた磁石が自然に引き寄せられるように、僕の手のひらは彼女の胸のふくらみをじかにとらえていた。
手のひらに彼女の乳首が感じられる。
『触って』彼女が耳元でささやく。
悪魔に支配された僕の中枢神経が勝手に僕の手に指令を与え、僕の手は彼女の胸をゆっくりと揉んでいた。
『あ・・・』彼女の唇から吐息が漏れる。
も、もはやこれまで、玲子ごめん!
僕は残った右手で彼女のあごを持ち上げ、いままさにキスしようとしたそのとき、
机の上の魯迅の肖像が目に入る。
“人は誰しも超人たれる能力を備えている!己に負けてはならない!人よ超人たれ!”
偉大なる思想家の声が、雷鳴のように轟きわたる。
そうだ!僕は超人になって祖国を救わなくてはならないのだ!
こんなところで支那娘などの誘惑に負けていては、超人になることができない!
さっと理性が蘇ってくる。
僕は彼女の胸から手を離し、乱れたシャツをかきあわせてやる。
『白兎?』
僕は彼女の肩を抱き、出来る限りの優しい言葉を選んで言う。
『ごめん、僕には彼女がいるんだ、君はかわいいけど、今は彼女を大切にしたい』
僕は彼女の額にキスをする。
『・・・』
彼女は落ち込んだ表情を見せ、うつむく。
『君なら、きっといい人が見つかるよ』
こういうセリフは言わないほうがいいことはわかっているのだが、どうしても言ってしまう。
『白兎・・・グスン』
泣き出した。
『あ、ごめん、泣かないで、お願い(日本語)』
『ウワワーン!』
その後彼女はひとしきり泣いたが、泣き止むと、おとなしくなり、
勉強しようと言い出した。
結局その日の夕方過ぎまで日本語を教え、返した。
別れ際に、彼女はずっと僕を待っている、また連絡してくれと言ったが、
もちろん連絡することはないだろう。
カワイイ子だったから、今頃はハンサムな上海ボーイとバンドでデートでもしてることだろう。
白兎は、超人となる為に、今もまだ修行中である。[ende]
〔※この物語はフィクションです。実在するいかなる人物・獣・地域・団体とも無関係です〕