293 名前:e1[] 投稿日:04/08/26 04:41 ID:wSwzrWkH
<<寛大な収拾策と居座る幹部>>
毛沢東死後、文革は収拾されていったが、このような犯罪者に対する措置はきわめて
寛大なもので、多くの食人事件は、確実な証拠を上げることが出来なかったとしたり、
これまで犯罪行為を認めていた者が次々と否認に転じたり、逆に「毛主席もこういう
話をしたのではないか。われわれが彼らを殺さなければ、逆に、彼らはわれわれを殺
す。彼らが死ぬか、私が生きるかというのが階級闘争である」として正当化さえ行わ
れた。また食人事件を画策した人々が現在なお、何ら問われることなく居座っている。
広西省党委員会書記であり、広西事件の最大の元凶である韋国清は、後日、人民解放
軍総政治部主任に栄転し、彼は「なぜ、人間を食べた人間は、続けて幹部であること
はできないのか」と反論したという。現在の中国では、毛沢東生誕百年でふたたび毛
沢東ブームがあおられているという。功罪あわせ持つというが、功の方はこれまで幾
度も称揚されてきたが、罪の方はいっこうに明確にされてはこなかったし、ブームが
あおられるときはきまって罪がまさっている。功とは、多様な存在を認める統一戦線、
人民戦線の思想、人民連帯、人類愛の思想であり、罪とは、個人崇拝、独裁権力、
セクト主義と内ゲバの思想であり、つまるところは抹殺と食入思想に行きつくものである。