TRPG系実験スレ その2 [転載禁止]©2ch.net
やあ (´・ω・`)
ようこそ、TRP系実験室へ。
このコピペはサービスだから、まず読んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このスレタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思って
このスレを立てたんだ。
じゃあ、実験《ものがたり》を始めようか。
□ □ □ □ □ □ □
物好き達が集まってTRPG系スレのような何かを繰り広げるための実験室です
飽くまでも実験室なので、そこで行われるのはTRPG系スレのような何かであってまともなTPRGスレであるとは限りません
全く無関係のスレの詰め合わせのようになるか同じ企画がずっと続くかは神のみぞ知る
スレタイを間違える痛恨のミス……ごめんなさーい!
【戦闘システムが確立すれば、文章が苦手でも戦闘で話を盛り上げられるのではないか。
そう思い、この企画を立ち上げます。】
≪テンプレ≫
艦名:
移動力:
耐久力:
装甲:
武装:(攻撃有効範囲、破壊力、命中率)
特殊技能:
例
艦名:テスト艦「MOGI」
移動力:前5
後2
横0
上5
下3
旋回力90°(1ターン)
耐久力:1000
装甲:50
武装:「熱線砲」
有効射程範囲 前10 後0 横10 上10
破壊力100
命中率30
「マイクロミサイル」
有効射程範囲 前30 後ろ30 横30 上30
破壊力20
命中率10
特殊技能:「全力射撃」:一度だけ、攻撃力2倍
ルール
1参加する艦は、現在参加している艦から見て、前後に何マス、左右に何マス、上下に何マス離れた位置にいて、その艦にどの方向を向けているのかを書く、ただし、上下角は変えられない物とする。
2一回の書き込みで、移動、旋回、攻撃、技能使用が各一度づつできる(登場したターンから可能)。
3攻撃は、書き込み時間のコンマ秒のところが、射程の数字以下なら、命中。
4攻撃が命中した場合、「破壊力−装甲」分のダメージを耐久力から減らす(装甲より破壊力が低いと当たってもダメージは与えられない)。
5耐久力が0になったらゲームオーバー。
例をあげると、
MOGI(A)とMOGI(B)が戦ったとして。
Bはまず、Aから見てどの位置にいるのかを書きます。
[Bは、Aから、後ろに31マス、左右に0マス、上に31マス離れた位置に現れました。]
次にBの行動が書き込まれます。
[BはAに前5マス、下3マス接近(ミサイルは下に射程が無いので使えない)]
次にAの書き込み
[AはBに対し、上に5マス接近、180°旋回して前方を向け、ミサイル発射]
ミサイルが発射されたので、次に命中判定に移ります。
命中の判定は攻撃した書き込みのコンマ秒が使われます。
書き込みのコンマ秒が02なので、ミサイルの命中率10より数字が下なので、ミサイルは命中。
しかし、MOGI(B)の装甲が50でミサイルの破壊力20より大きいので、MOGI(B)はダメージを負いません。
…っと言った具合です。
ここまでで何か質問は?
SRPG的な感じかな?とりあえず現在地が分かりにくいと思った
あとスタート時はどれぐらい離れてるのか
ステージは何マスくらいなのか、端とかないのか
書き込みのコンマ秒が02なので、ミサイルの命中率10より数字が下なので、ミサイルは命中。
しかし、MOGI(B)の装甲が50でミサイルの破壊力20より大きいので、MOGI(B)はダメージを負いません。
…っと言った具合です。
かなり簡単に作ったのであらだらけだと思います。
9 :
名無しになりきれ:2014/12/28(日) 00:39:40.48 0
>>8 せめて最低限のルールは事前に用意してから相談した方が好印象だよ
>>4のコンセプトはとてもいいと思うけど
それを支えるルールが雑なまま提示されてしまうと見てる方も不安になる
たとえば行動順を決めるルールが書いてないから先に投下できる中の人が有利すぎじゃ?など
それと一番大事な項目もすっぽりと抜けている
キャラメイクのルールをきちんと考えないとこういうのが出てきて終わってしまう
艦名:ぼくのかんがえたさいきょう艦
移動力:ぜんぶ無限
耐久力:無限
装甲:無限
武装:ぜんぶ無限
特殊技能:ほかの特殊技能を無効化する
>>7 意見をありがとうございます。
現在地に関しては、基点を用いて、そこから何マス、どう離れているかで表すとわかりやすいのではと思っています。
基点に対し、X(縦)Y(横)Z(高さ)で位置を示す方式で行くとして、どれだけ離れているか、どちらから始めるかは、戦闘前に投稿者同士で話し合って決めるのが今のところ最良ではないかと。
>>9 パワーバランスは、全く未知数なので、現在いじくる事が出来ません。
実際に動かしてみない事には、どんな艦が強く、どんな艦が使いやすく、どんな艦を作ると面白くなくなるか、今のところ俺の中に基準がないんです。
なので、まずは何かしろの基準を設けるために、物語を入れず、戦闘のみを何度か実際に戦って見て、データをとっていきたいと思っています。
勿論、例に挙げた艦のように、明らかに強すぎる艦が相手では意味がないですが、データ取り目的で戦ってくれる方、是非ご協力をお願いします。
ある程度基準がまとまったら、今度はそこに小規模なストーリーを盛り込んでみる実験や、
新たなパロメーターを盛り込む実験(例えば、レーダー(艦が相手の艦を認識できる(ストーリーに盛り込める)範囲)や、開発能力(新しい能力を発現するための機能)等)をいければ、と思っています。
>>10さん即レスありがとう
>>9を書いた者です
その基礎データ取りを主さん自身が行って基本ルールを作らないことには、興味がある人も協力が難しいと言いたいのです
ノートとペンとやる気さえあれば、ご自身で何度でも模擬戦はできるのですから
協力者を募っての実験以前に必要な下準備を怠っては、成功するものもできなくなってしまい、大変もったいないです
新たなパロメーターのアイデア例はゲーム的で面白そうだと思います
がんばって!
宇宙戦争だってわかってても言うと
スパロボ参考にして、上下の概念はなくした方が分かりやすいかと
あとこのルールでコンマを使うと、中々当たらなそう
後は戦艦を三パターンくらいにして、それぞれに割り振れるパラメーターの上限を作ると分かりやすいかな?
機動系、攻撃系、防御系
みたいに
バランス系は…逆にバランスとれなくなるから難しいかも
ただ、XYだけでも現在地把握が難しすぎるかな…
現在位置はXYZ軸で表現だろ
せっかく宇宙空間が舞台なんだぜ!
ボードゲームみたいにどこかにMAPを表示しないと位置把握が難しそうだな
前に似たようなスレ立てようとしてた時期があったわ
俺のは宇宙戦艦じゃなくて戦闘機だったが
ハイスピード空中バトルみたいなイメージを夢見てな
ストップウォッチのアプリを駆使して模擬戦もやった
クッソつまらんかったw
アレって延々と能力値の上限とか割り振りを調整しないと
TRPGの戦闘ルールとしてぜんっぜん使い物にならないんだよな
特化型のユニットを作るとワンサイドゲームになりがちで
平均的なユニット同士だとただのリアル運ゲーと化す
MAPは紙に書いとけば充分だった
あの苦行に耐えられる熱意があるなら応援するわ
俺の夢を継いでくれ
参加するかどうかは出来次第だけどなw
ヘックス型ボードゲーム+TRPGっていうとメックウォーリアーTRPGっていうのがあったな……素人アイデアじゃなくてちゃんとした商品ね
ロボットの戦闘ボードゲームのバトルテックとTRPGを両立させようとしてるけど、結局TRPGパートとボードゲームパートはわかれちゃうんだよね
ボードゲームだけでゲームとしては成立しちゃうから
あと全然関係ないけど、ロボものでいうとワースブレイドってのもあったけど、
あれはスキルの関係で1パーティにロボが1体くらいしかいなくて操縦者じゃない人はロボに乗れないんだよな
最初ルールブック買ったときはみんなで巨神兵にのれるものとばっかり思ってたわw
企画の話からは逸れてしまうが
数年前にちょっと触ったエムブリオマシンってのが面白かった
シンプルなルールでわりとバランスも良かったし
短時間でメカ戦闘が楽しめた覚えがある
【厨二病TRPG】
厨二病(ちゅうにびょう)とは
1.「中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動」を自虐する語。
転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング。
2.2005年以降、1に該当する10代の少年少女に発現した、超常的な能力。
及びその能力を行使する存在の事。(〜能力者、〜患者、等)
関連項目
・邪気眼
・厨二病管理研究機構
・カノッサ機関
・東京
―――jakipediaより抜粋
東京都【跡地】
2005年度まで日本国の首都であったその街は今、その大部分が瓦礫に覆われた廃墟と成り果てていた。
未知の物質が氾濫し、奇形の動植物が跋扈する街は、人間や軍隊、機動兵器でさえも寄せ付けず、
一種の異界とも呼べる空間を形成している
もはや人間の手から離れてしまった、その東京跡地……だが、その跡地にも『人間』は生きていた。
「――フフフ、計画は順調ですねぇ」
東京都跡地、その中央に屹立する異様な程に真新しく巨大な白いビル
『厨二病管理研究機構』が保有するそのビルの最上階で、黒いスーツを着た男がそう呟く。
「『あの年』から始まった研究もいよいよ佳境……世は全て事も無し、我々の勝利は間近です」
2005年から発生したと伝えられている、少年少女への特殊能力者の発現通称、『厨二病感染現象』。
かつての首都東京を廃墟へと変えた原因でもあるその現象の研究を政府により委託された機関の長である黒スーツの男は、
まるで自身の研究成果を眺めるように街を睥睨する。
そうして愉悦に口元を歪めていた男だったが、ふと何かに気が付いたかの様に夜空を見上げる
そして『それ』を認識した瞬間、驚愕に目を見開き呆然とした様子で呟いた
「バカな……早すぎる……」
厨二病によって破壊された世界
「や〜れやれ…『アイツら』は待つって事を知らないねぇ……」
異能の力を手に入れた者の、恐怖と増長
「ったく…どいつもこいつも喧嘩っ早いんだから」
力を得る為に厨二病患者達が殺し合う、獣の規則(ルール)
『もう俺には…縁のない話だと思ったんだがな…』
厨二病患者が力を手に入れてしまった世界で、戦え。そして生き残れ。
【厨二病TRPG】――ここに開幕
「っふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・」
【テンプレ】
名前:
年齢:
職業:
設定:
厨二病設定:
能力:
容姿:
武器:
性格:
好きな物:
苦手な物:
決め台詞:
余談:
年末だし久々にTRPGでもやるかと思ったらスレが立てられなかった
だから設定だけ書いた。今は反省してる
邪気眼は、もうどっかにスレがありそうだけど
これ実験室で扱って大丈夫なんだろうか
実験するまでもなく完全に確立してるジャンルだし
保存してなかったのでコテ変えました。
>>11 いっその事、既存のスーパーロボット大戦から能力値と計算式を持ってくればパワーバランス問題が解決するのではないか、と今日思いつきました。
攻略本買えば命中率の計算式が大抵書いてありますし、命中率の判定にはコンマ秒を使えばいいし。
>>12 既存のスパロボ、Gジェネ等の計算式を使うとして、MAPの上下は、Gジェネの多段MAPが活用できそうです。
最初はXYだけでやって、慣れてきたら、MAPを多段式にするという形でいこうかと。
>>14 地形に関しては、「宇宙空間だから何もない」と言う事にすれば、MAPは白紙に十字書いて、十字の中心を基点、0にして、そこから各艦のX軸、Y軸を線上に点で打ち、それを直線で結んでいくと、各艦の位置関係がわかりやすいと思います。
Z軸は、そこに高さを書き込めばいいのです。
>>15 頑張ります。
試作品ができたら書き込みますね。
では、既存のスパロボの計算式とユニットデータを基に、試作品を作ってみます。
うまく行けば、すぐにストーリー導入できるかもしれません。
>>23 自分で上手くできなかったからじゃない?
悔しいんだよ多分
ふと思う、宇宙空間だとxyzの概念ってないよね
→□□□□
□□□□□
□□□□←
これだと左上から見ると前4下2だけど、
↓□□□□
□□□□□
□□□□←
これだと左上から見ると前2上4になるんだよね
これが再現できれば……管理が無理か
>>25 基準となるポイントを動かない物にすればいいんだお
例えば下の図なら◆をX0、Y0、Z0として、右が−、左がプラス、上が+で下が−なら○と◎の位置は、○が−3,−3で、◎が−2,0
ここに、◆より高い位置にいるか低い位置にいるかでZが加わる。
◆が動かなければ、◎と○がどんなに動いても、最初の位置からどれだけ移動してどの位置にいるかを表現できる。
□□□□□□□□
□□□□◆□□□
□□□□□□□□
□□□□◎□□□
□○□□□□□□
もしくはXY概念を取り払って、移動力にしてしまうとか
A1からE5まで移動、とか
>>26 それで問題なさそうだが
もしもしが話についていけてなくね?
A1からE5って結局はZ軸が無い二次元平面のXY概念だろ
>>26 位置はそうなんだが、方向を自在に変えられる、とすると、勘違いが生じそうでね
要するに移動力の数値がxyzでないと管理が厳しそう、と
方向の概念を取り入れ、基準点から北をN、南をS、西をW、東をEにして、
□□□□□□□□
□□□□◆□□□
□□□□□□□□
□□□□←□□□
□👇□□□□□□
←=−2,0 向き、W
👇=−3,−3向き、S
これなら向きも取り入れられるのでは・・・
<vsフィロメナ>
遊鳥が駄目押しに叩き込んだフレイザード。
唐竹割りの軌道で、先端が飛行機雲を引くほどの速度で打ち下ろされたそれを、
しかしフィロメナが掴み取りに行ったのは流石の反応速度だ。
多聞正太郎、やはり劇団のA級エージェントの名は伊達じゃない。
いまの遊鳥では到底敵わぬ人形繰りの冴えである。
そう、敵わない。
――遊鳥一人ならば、だが。
刹那、フィロメナの胴体から下が分断された。
腰から生えたのは一本の槍。
オリハルコン・ゴールドに輝くそれは、マリアの魔獣人形・ヨシュアの角。
七星が武装の一つ、ECMフィラーにより迷彩化していた伏兵の一撃である。
脚部をふっ飛ばされ、ゆっくりと自由落下していくフィロメナの上半身。
ねばつくような凝縮された時間の中、多聞は遊鳥の問いに応えた。
>「……こ、高卒──」
遊鳥はそれを聞いて、ゆっくりと一度頷いた。
目を閉じ、息を吸い、目を開け、そして言った。
「高卒(笑)」
ドグシャアッ!
もはや為す術もないフィロメナの上に、大剣型冷却デバイスフレイザードが落とされた。
かの白磁の剣は、精密機器である以前に巨大な金属の板である。
格闘戦に耐えうるよう頑丈に作られた超合金削り出しの筐体は、そのままでも十分な質量兵器になり得る。
人形の膂力で加速をつけて振り下ろせば、その威力たるや最早語るまでもない。
結果は、フィロメナの惨状が証明した。
蒼の人形は、頭部から腰部までを完全に破断され、内部を循環していた伝導体が誘爆。
その最期を象徴するかのようにしめやかに爆発四散した。
その爆風を背に受けながら、学歴厨はここぞとばかりに勝ち誇った。
「よく学習しておくんだな――これが大卒の戦いだ」
>「う、お、おおおおおおおおおおおッ!!」
キメ顔で妄言を吐く遊鳥の背後で多聞の悲痛な叫びが轟く。
急ぎ振り返れば、ヨシュアがフィロメナをぶった斬った返す刀で多聞の片腕を切り飛ばしていた。
吹き出す鮮血、飛び散る苦悶の脂汗。
そして瞳孔の収縮の激しい双眸が、信じられないものを見るかのように見開かれた。
遊鳥もつられてそっちを見て、顎を落とした。
>「て、てめえ……何をしてやがる!? 魔術師ィィィィーーーーーーッ!!!!」
不審者が重要文化財を足蹴にしていた。
親の仇のように行李を蹴りまくるジョーカー、歴史ある遺産に放火する人形少女。
彼らはその不遜にも程がある行為とは裏腹に――めちゃくちゃイイ顔をしていた。
>「何をしてるって聞いてるんだッ! やめろよ……やめろやめろやめろ。やめろってんだよォ!!」
「ぼ、僕もそう思う……」
非常に悔しいことであるが、多聞に同意だった。
普段から奇行の目立つ同僚であったが、なにもこんな時にまで反社会的自己表現に勤しまなくたっていいだろう。
ジョーカーだってこの『天の人形』を手に入れるために少なからず身銭を切り、死にかける思いをしたはずだ。
それを――まったくの躊躇なく――蹴って燃やして破壊した!
>「この……死神がァァァァァァアアーーーーーーッッ!!!!」
多聞の絶望の叫び虚しく、天の人形は行李ごと細切れにされ、消し炭になって四散した。
そして遊鳥も今になって、魔術師の狙いを理解した。
(そうか……多聞の目的は天の人形の奪還!ならばその『目標』を消してやれば――)
任務を達成できなくなった多聞を撤退させられる。
何が良いって、文楽としては全然全くこれっぽっちも、天の人形に未練などないってことである。
開けてびっくり、魔術師はまったくの『宣言通り』に、多聞には一切危害を加えることなく……敵を退けたのだ!
そして――。
「そこまでだ多聞正太郎。お前の任務は失敗だ、帰って過去問でも解いているんだな。
もっとも、文楽をここまでコケにしてくれた貴様をこのまま帰す僕達じゃあないが」
投降の勧告とは裏腹に、遊鳥はヨシュアが放った『多聞を殺すための一撃』を止めなかった。
雪子の腹に穴を開け、地に付した彼女を踏みにじった多聞の所業に、いい加減遊鳥もプッツン来ていたのだ。
だが。頸動脈を確かに射抜いたはずの風刃は、しかし何者かに阻まれた。
「『くろがね』……」
多聞の足元に置かれた最後の行李――人形の古式ケースから、一体の人形が這い出て主を護った。
そのデザインに遊鳥はぎょっとする。
辛うじて人型の輪郭を保っているが、びっしりと張られた御札が全体のディティールを曖昧にしている。
夥しい紙片には茶褐色の――おそらく血文字で呪文が書き連ねられ、息の詰まるような凶状を放っている。
>「お前らよォォォォ〜〜……世界と世界を繋ぐ扉って……どんな形してると思う……?」
「知るものか……日本史Bの教科書には……載っていなかったな……」
腕から滴る血は既に勢いを失い、肌から色が消え、青くなった唇から漏れる多聞のつぶやき。
遊鳥はそのあまりの迫力に、殆ど無意識で応えてしまう。
>「『観音開き』だと……俺は思うんだよ。『観音開き』だからこそ、二つ揃えば安定もするし……制御もできる!
半ドアはよくないやり方だ……無作法だし、何が起きるか分からない。とても危険な行為だ……お勧めはしない」
(こいつ……もう殆ど意識が……?)
まるで何かを確認するかのように多聞はひとりごとのように零す。
その目は遠くを見ているようで――しかし確かに、ジョーカー達を見据えていた。
>「だが知ったことかッ!!」
寄り添うようにして立ち上がった最後の人形――『地の人形』の体表を覆う呪符が弾け飛んだ!
同時に出現した『何か』が空間を歪曲させ、周りの風景がぐにゃりと滲んだかと思えば――
「ここは……地上か!?」
地下にいたはずの遊鳥達は、気付けば空を仰いでいた。
周囲の町並みに見覚えがある。地下から地上へ、垂直に移動してきたのだ。
空間転移術!
遊鳥が大学で学んだどんな高等魔術よりも遥か高みに存在する奇蹟のような神代の術法ッ!!
「馬鹿な……人間が制御できる領域を超えているぞ!」
遊鳥の驚愕に満足気な多聞の声が返ってくる。
>「ふ……は、ははははははッ!! こりゃすげえや! たまんねぇぜッ!!」
>「地上のアイゼンガルドは目標をあそこの四人に変更!
状況はどうなってる? 他のエージェント達もただちに終結しろッ!」
隻腕の人形遣いは、既に前を見ていなかった。
その双眸は天を仰ぎ、視線の先には、遊鳥には目視できないなにか巨大な『力』のうねりがあった。
多聞はそれを見ているのだ。あの男はそれを『人形繰り』しているのだ!
なんたる天賦!なんたる才覚!!
生まれ持った人形の並列処理能力の全てをそこに注ぎ込んで、想像もつかない大きな人形を操っている!!
そして遊鳥達に訪れた危機は目の前の多聞だけではない。
アイゼンガルドと呼ばれた、主を持たぬ自動人形達が、光へ向かう羽虫のように殺到してくるではないか!
>「殺れるだけ殺ってやるッ!! もう、俺には何もないからな……
なりふり構わねぇ! 使えるもん全て使ってトコトン嫌がらせしてくれるぜッ!!」
そして多聞の方針は単純にして明快。
任務に失敗した。帰るところもない。後に待っているのは残酷な死のみ――
ならば、一人でも多く道連れにしようと。劇団の人形使いは任務に忠実なプロから、怨嗟に塗れた下衆に成り下がった。
多聞の頭上に更に力のビジョンが出現。
巨大な燃え上がる蛇を象った『力』が、その長駆にうなりをつけて振るうと、炎の塊が地表へと降り注ぐ。
「くそ……七星!」
イマジネーションの繰糸を手繰り、満身創痍の自機を躍らせる。
向かい来る無数のアイゼンガルドへ下から潜り込むようにして肉迫。
敵は自動制御である分、完全な連携とは裏腹に生み出される動きは無機質だ。
そして、そういう制御された動きこそ、悪魔の知慧が最も手玉に取りやすい戦術である。
かち上げたフレイザードは剣ではなく『壁』、アイゼンガルドを阻み、押し込み、その武装が同士を餌食にする!
「数が多いぞ!」
だが、やはり多勢に無勢!
いかに七星がラプラスの悪魔の加護を受けているとはいえ、雲霞の如き物量で攻め立てられれば陥落は遠くない。
何より、こうした混戦はそもそも七星の設計思想からして不得手の類である。
常識的な1対他の範疇を超えているからだ!
そして、武装・性能において混戦でこそ力を発揮する人形遣いもまた、遊鳥の傍にはいた。
>「…くろがね…?は、お願い、します。…小学校?も、行ってないです、から…」
マリア。
一角魔獣の人形を駆りし少女は、七星を押しつぶさんとするアイゼンガルドの群れを蹴散らし、微笑んだ。
ここは任せて先に行けと、遊鳥よりもずっと幼い彼女が、そう言ったのだ。
>《あの高嶺の黒い花は……それがいいわね。ジョーカーくらい背が高くて、彼よりもプライドが高くて、
もののついでに、学歴も高いユトリに任せておくことにするわ》
「収入もな――ッ!」
応じたのは魔術師ジョーカーが満を持して繰り出した彼の人形・アリス。
真紅で染め上げた外套は少女の肢体を礼服のように飾り上げ――鎧の如く堅護する。
>《まークン、聞こえていたわね? ……結束バンドの貯蔵は充分かしら》
「何故僕のハンドルネームを知っている!?」
だが、この手の中には確かにある。
この街全部の少女の親指を縛り上げても余るぐらいの結束バンドと……輝く未来への確かな布石が!
頼れる仲間という――あまりにも陳腐で――だからこそ渇望していた――遊鳥に必要な最後の1ピースが!!
思えば、若手人形遣いのSNSを運営しているのも、孤高のエリートを気取っていながらどこかでつながりを求めていたからだ。
「多聞!多聞正太郎!!君には仲間がいるか?友達は?恋人は?――僕は殆ど持ってない!
だから僕は人同士のつながりが素晴らしいとは思わないし、仲良しこよしなんて反吐が出る」
人形は、人のカタチを模したモノ。
人ならざる存在に、人の代わりをさせるために生み出された概念だ。
それは幼子の友達代わりであり、病に伏した者の身代わりであり、嫁に行く娘の代わりであり。
――戦う者の、味方の代わりだ。
最強無敵のからくり人形。
魔術や錬金、陰陽術の粋を集め、最新の武装を搭載した万能兵器。
その戦いの道具が、不合理をはねのけてでも『人のかたち』をしている意味。
「神の領域に足を踏み入れて、多聞正太郎!……それで孤独が癒せたか?
君の隣にいるのは、やはりどこまで行っても、ボロボロになったその小汚い人形でしかない。
人形は人にはなれない。人の機能を肩代わりしているだけの、代替物に過ぎないんだ」
遊鳥が20年余りの孤独を経て、ようやくそれに気づいた。
おしゃべりな七星のAIだって、知性はあっても意思はない。感情はない。
「だけどな多聞、"殆ど"だ……僕が持っていないのは。わずかにだが、ある。
そのほんのわずかな『つながり』で――お前を倒す!!」
意思がひらめき、相棒の鋼の偉丈夫が肉食獣の如く疾走する。
七星は人間に比べれば遥かに強力なアクチュエータで全身を駆動させる。
だが、他のあらゆる人形と比較すると、大柄で重量があるぶん遅い。どうしても遅い。
ヨシュアの防衛戦を突破してきたアイゼンガルドが数体七星にまとわりつく。
疾走に動力の殆どを割いている七星は殆ど無防備で攻撃を受けた。
「ッ!」
機関銃のマズルフラッシュが瞬き、七星の右腕をふっ飛ばした。
そこに握られていた大剣・フレイザードもまた床を滑ってあさっての方向へ飛んで行く。
豆鉄砲など何発食らったって耐えられるはずの装甲は――フィロメナにさんざん傷めつけられ、その意味を為さない。
間髪おかず、左翼からもアイゼンガルドの強襲。
「借りるぞ、ジョーカー!」
だが、黒人形は牙を剥く前に叩き潰された。
七星が残された左腕で振るったのは、分厚い樫製の板。
天封寺から簒奪され、ジョーカーから託された、濃尾無双の看板である。
「無価値なんかじゃないさ……目の前の敵をぶちのめす程度には有用だ!」
そして、七星は『くろがね』のもとへたどり着いた。
地の人形は、強引に力を引き出された影響で、各部ががたつき、悲鳴を上げている。
しかしそれでもなおあらゆる人形に頭を垂れさせる圧があった。
こんな看板一つぶつけただけでは到底破壊することなど不可能であろう。
フレイザードなき今、最後の武装を解き放たねばならなかった。
超電磁金属弾加速モジュール『御神槌』。
しかしかの武装は、ひとたび使えば戦場全域に破壊力を秘めた金属球をまき散らす相敵相殺の兵装だ。
ここで使えば、周囲の民家はおろか仲間の身さえ無事では済まないだろう。
だが、使える――遊鳥には直感があった。
LAPLUSの演算に頼るまでもなく、人の意思にこそ宿る絶対の予感――その名は『信頼』!
七星は"くろがね"に肉迫する。迎撃の届かぬギリギリの距離まで近づく。
そして遊鳥は命令を下した。
「『御神槌』――起動!」
七星の歪んだ胸部装甲が開き、無数の砲塔がくろがねへ向けて顔を出す。
背部コンデンサに圧縮された超電荷が戒めを解かれ、リニアレールモジュールの中を暴れまわる。
装填された大小百発の金属球は、赤熱し、かするだけでも生身なら肉を抉り取る一撃だ。
狙い過たず、橙に染まる波濤がぶち撒けられる――同時!
「――タリスマン!!」
背後の雪子とジョーカーへ向けて、遊鳥隊の隊長は指示を叫んだ。
【御神槌を発射。タリスマンでくろがねを囲うよう指示】
遥か古に作られた人形は、「からくり」と形容するには簡便過ぎる構造をしていた。
木製の装甲に球体関節の駆動系。思考操作のない時代に作られたそれは、手動の操作を強いる。
『くろがね』の各部から伸びる操り糸を指に繋げ、マリオネットのように動かす。
多聞もこんな人形で戦闘を行うのは始めてであったが、それでも十全に戦えるのが一流だ。
「この多聞正太郎はすでに、後世が『神話』と語り継ぐ領域に達している!
退場間際の瀬戸際で──頂点に立つ者のみ得られる優越感が、俺を貫いているぜェェーーーーッ!!」
幼い頃は要領が悪くイジメられ、グレてみてもパシリ扱い。
人形使いになるまで社会の底辺を歩く孤独な少年でしかなかった。
やがて花開いた天賦の才はコンプレックスという養分を吸って生長する。
傲慢な態度が不和を呼び、不和は孤独を呼ぶ。才に目覚めてなお孤独は同じであった。
多聞はそれを「天才とは誰にも理解されないものである」と結論付ける。
己を理解せず、認めない人間など必要ないし、孤独である事にも痛痒を感じない。
「……敵の数が多すぎる……っ」
百余の機械人形が鋼鉄の軍靴を鳴らして殺到。
アイゼンガルドが形成した包囲網は遊鳥隊を縛る結界に等しい。
覚醒しきらぬ頭でオリヴィエールに意思を飛ばすが、反応が鈍い。
ジョーカーの力で一命こそ取り留めたものの所詮は怪我人。
戦闘において足手まといは避けられないだろう。
(……私がもっと強ければ……)
祖父・両親共に人形使い。娘の雪子もまた人形使いとして育てられた。
ゆえに彼女が人形使いとして文楽に入るのは半ば確定した路線である。
雪子はこれまで身体に括り付けられた操り糸に従ってきた。
だから戦うときもあくまで「仕事」で戦い、己の意思で戦った事はない。
(私は私の仲間というものを守りたいの。だから──)
──だから、明確に自分の意思で戦おうとするのは、始めてであった。
己の居場所と同僚達を守るために対決せなばならない。
その意に反して身体は重く、思うように動かない。
>「…私達は、周りを」
出し抜けにマリアが言うと、ヨシュアと共に機械人形の野へ走る。
>《まークン、聞こえていたわね? ……結束バンドの貯蔵は充分かしら》
次いで紅衣の外套に身を包んだアリスが風を伴って征く。
少女の双剣が、白馬の刃が振るわれる度に奔るダークブラウンの血飛沫。
弾丸雨飛の中で二人と一頭は舞踏を踏む。道を切り開くために。
>「さあ、最後の仕上げだ。寝ぼけてるうちに、何も考えずに叫べ!!」
卒然、ジョーカーの腕が乙女を力強く胸に抱き寄せる。
満身創痍の身体は抵抗もできずに熱い抱擁を享受した。
白雪の頬が加熱するより早く、懐かしい匂いが鼻をつく。
(そうか……一人で出来なくとも、仲間に寄り添えば歩いていける。
道なき道も、皆の力を束ねれば切り開くことができる──私達なら!)
結んだ手が放つのは無敗の流派が伝える最終奥義。
マナ・ブラッドは伝導するエネルギーが莫大なほど高温になり、発光を伴う。
オリヴィエールを巡っている循環機構が黄金色に煌めく。
眩い輝きは内部に留まらず、白雪のボディをも染め上げた。
多聞も異常な輝きを示すオリヴィエールを察知。
冷静さを欠いてなお危機察知能力は鋭敏に働いている。
「な……んだァ、ありゃあ? だが発動前に叩き潰すッ!」
背後でうねる力の塊を最古の人形を介して操る。
火の蛇神が炎を吐きだそうとした瞬間、多聞に風の刃が飛来。
しかし命中する事はなく、周囲に展開する防御結界によって弾かれた。
「バァァ〜〜カッ! 十二天将・玄武の防御結界を貫ける訳ねぇぇぇだろおおおがッ!」
色褪せた思考はマリアの一撃を「無駄」と切り捨てた。
しかし、彼のお喋りという悪癖はオリヴィエールへ攻撃する機を永久に失わせた。
この時点で多聞の気を逸らせる意図は成功と言えるだろう。
>「多聞!多聞正太郎!!君には仲間がいるか?友達は?恋人は?――僕は殆ど持ってない!
> だから僕は人同士のつながりが素晴らしいとは思わないし、仲良しこよしなんて反吐が出る」
能大を卒業したエリートの遊鳥。人形の同時操作を行える、天賦の才を持つ多聞。
両者は高い能力を持ちながら、繋がりが希薄という点で共通している。
その遊鳥が、多聞に説く。
>「神の領域に足を踏み入れて、多聞正太郎!……それで孤独が癒せたか?
> 君の隣にいるのは、やはりどこまで行っても、ボロボロになったその小汚い人形でしかない。
> 人形は人にはなれない。人の機能を肩代わりしているだけの、代替物に過ぎないんだ」
「……孤独だと? 眠たいこと言ってんじゃねーぞッ!
俺はお前達よりずっと高みにいる、孤高なんだッ! 同列で語るなァ!」
多聞は、遊鳥の鋭鋒を怒りのもとに切り捨てた。
心の奥で軋む音を振り払って感情の炎に薪をくべる。
>「だけどな多聞、"殆ど"だ……僕が持っていないのは。わずかにだが、ある。
> そのほんのわずかな『つながり』で――お前を倒す!!」
「倒してみろッ! 俺を協会から追いやり、コケにしやがった"それ"でな!
お前が持っている脆弱な『つながり』を──灰塵に帰してやるッ!!」
十二の神が一柱、騰蛇が巨大な火球を打ち出した。
人間はおろか、からくり人形さえ塵芥に変える紅蓮の炎を。
放たれた火球は直線軌道で遊鳥と七星へ降り注ぐ。
>「二人の、この手が真っ赤に燃える――…」
騰蛇の火炎よりもなお、燦然と燃ゆるものがある。
激しく燃え上がりながらも水面に落ちる一滴の如く。
雫に視るのは仲間の顔。そして兄のように慕う男の背中。
「──仲間を守れと、轟き叫ぶ!」
最終奥義の発動に呼応して、逞しい男が腕組みで現出した。
オリヴィエールから解き放たれる光の奔流が騰蛇の炎を掻き消す。
多聞を守る防御結界に激突すると、干渉し合う二つの力が明滅。
半端に顕現した玄武は力を十全に発揮できず、結界に一筋の亀裂が走る。
「エターナルフォース──ブランネージュ!」
ハートを模した光が防御結界を貫き十二天将・玄武に風穴を開けた。
核を失い、甚大なダメージを負った玄武は姿を維持できずに粒子化していく。
玄武の防御結界とE.F.Bの干渉が起こす衝撃は凄まじく、生じた余波が多聞を襲う。
「げ、玄武が消えていくッ……そんな馬鹿な……ありえねえッ! そんなことがあってたまるかぁぁああ!!」
爆風が身体を叩き、多聞は地面に倒れこんだ。
薄汚れた最古の人形の背中が小刻みに振動している。
先の衝撃で内部の歯車が狂ってしまったのか、不自然にカタカタと揺れていた。
「動きやがれ『くろがね』ッ……人は裏切っても人形のお前は裏切らないッ!
何百年と封印され、蔵で埃を被っているしかなかったお前の力を見せてみろッ!!」
新たな一柱の降臨と騰蛇の炎を放つべく左の五指が地の人形を繰る。
高速の繰り手は熟練の技と見紛うような手捌きで、何かが憑いたように速い。
しかし、特殊繊維で作られた糸は突如断ち切れ、遂に命令は届かなかった。
経年劣化で脆くなっていたのか。先の激突の影響か。あるいはその両方。
人形と人を結ぶつながりは、呆気なく千切れ飛んだ。
>「無価値なんかじゃないさ……目の前の敵をぶちのめす程度には有用だ!」
右腕とフレイザードを失いながらも樫の看板を手に敵を薙ぎ払う。
長年最強の流派の標となった分厚い板には『濃尾無双』の刻印。
称号とは打ち立てた功績の象徴。実の伴わぬ称号は風船と同じである。
託された看板は濃尾無双の四字が飾りではない事を証明した──物理的に!
「クソがぁぁぁぁ!! そんなもんは額に入れて飾ってろぉぉぉぉおおおお!!!!」
多聞の怒号が響くと共に、七星は射程圏内への接敵を完了をさせた。
道程は短く、しかし艱難辛苦の距離であった。一人では辿り着けぬ道であった。
吹き飛んだ右腕はコードや駆動系が露出し、装甲は無惨に凹み、醜く歪んでいる。
それほど激しく損耗していても──七星の頭部アンテナは陽を反射して鈍く光っている。
人はその姿をこう形容した。
「格好良いじゃないか……」
魔術師の開けた穴から這い出てきた副会長・五十嵐里実が呟く。
侵入した機械人形の掃討を終えて、部下の助太刀に参じたが──無用であったらしい。
遊鳥が幹部候補として協会に入ってきた時分、五十嵐や幹部勢には懸念があった。
面接にて神の最終学歴を問うた彼が、いつか才に溺れて道を踏み外すかもしれないと。
かつて人形技工士の才を発揮し、子供の如く真摯に人形へ向き合った多聞正太郎のように。
ゆえに、五十嵐達は彼を現場に置いた。
厳しく下積みを経験させることで遊鳥を一流の人形使いに育てようとした。
雪子を教育係に置いたのはエリートの鼻っ柱をへし折るためである。
遥か年下の女の子に指導させることで、彼の全能感を削ぐ意図があった。
仲間のバトンを引き継いで対峙する姿に五十嵐は確信する。
人形使い遊鳥学は間違いなく部下を背負うに相応しい幹部だと──!
>「『御神槌』――起動!」
メカニカルな超合金の胸部に秘めしは、最後の武装『御神槌』。
七星が持つ唯一の遠距離武器であり、解き放てば味方もろとも敵を粉砕せしめる。
ベアリング弾とはいえその威力、人形の装甲を貫くに十二分。
遊鳥が『御神槌』を使用するのは味方への被害を無視したためではない。
確かな信頼が最後の武装を発動させたのだ。
(ええ──分かっています、遊鳥さん!)
オリヴィエールがやおら立ち上がった。
限界以上の稼働で関節各部は悲鳴を上げている。
それでもオリヴィエールが立ち上がれることを雪子は知っていた。
自分の人形は、この程度で壊れてしまうほどやわな人形じゃない。
雪子は叫んだ。最後の一手を。舞台に幕を引く言葉を、力のあらん限り。
七星の胸から必殺の怒涛が解き放たれたとき、咆哮が重なった。
「「――タリスマン!!」」
地の人形『くろがね』の足下に浮かぶ六芒星が六角柱の結界を紡ぎ出す。
タリスマンは展開した結界に敵を閉塞する拘束結界魔術である。
一度張れば堅牢な監獄はミサイルとて破壊不能。『御神槌』さえ外に漏らさない。
電磁加速で加熱したベアリング弾が暴れ、地の人形を引き裂き、歯車を撒き散らす。
破壊を極めた結界内部に残されたのは原形を留めぬガラクタだけであった。
「あ……あぁ……」
言葉を失い地面に這いつくばる多聞。見上げた先に遊鳥と七星。
完膚なきまでに叩き潰された地の人形が告げるのは敗北。
ここが彼の行き止まり──酷薄なほど、克明に突き刺さった。
烈火の如く燃え盛っていた感情も灰となり、残るのは心の奥で軋む音。
音の名は虚無。穴のような虚しさが胸に拡がっていくのを感じた。
焦点定まらぬ眼で遊鳥達を眺めていたその時であった。
彼の瞳に指揮官を失い残党となり果てた劇団のエージェント達が映った。
部下のエージェント達を見て、多聞の意識が急速に再始動していく。
「遅えんだよ、この……カス共がァァァァァァアアーーーーッ!!
早く俺を助けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
捨て鉢で道連れ作りに勤しんだ男は、絶望の淵に立って命が惜しくなった。
理屈ではそれが恥であることを理解していたが、衝動と本能のままひた走った。
なぜなら多聞正太郎にとって誇りとは己を飾る箔に過ぎない。
時間をかけて綺麗に貼りつけた箔であるから、傷つけられると激怒する。
だが箔は箔。実がないために緊急事態に陥れば容易く剥がして捨てられる。
恥も外聞もかなぐり捨てて、彼は生まれて始めて仲間を頼った。
「作戦指揮官の多聞正太郎は敵との交戦で敗北。回収は困難です。
……了解、代わって私が指揮を。残存のエージェントはただちに撤退を開始」
機械人形は全滅。目標である天地の人形は破壊され任務も失敗。
多聞の方を見向きもせず、エージェントは冷徹に撤退の判断を下した。
情はない。階級が上であっても秘密結社に足手まといは不要。
それがいけ好かない上司であれば容赦なく見捨てられよう。
「ハイハーイ、こちらリスベット。拘束結界の解除を確認しだい回収作業に入りま〜す」
遥か上空の空挺部隊──飛空人形達が文楽座を覆う結界を見下ろす。
拘束結界魔術は文楽座の周囲に突き刺さる黒柱を起点に発動している。
内の敵を一匹たりとも逃がさず、外からの介入をことごとく拒む障壁――
作戦を円滑に遂行するため劇団が張ったものだが、今や無用の長物だ。
「……って。何よ、あれ」
制空権を握る飛空人形の繰り手が空を仰いだ。
道を闊歩するように悠々と青空を泳ぐのは一機の飛行船。
その飛行船は、からくり人形を収容し目的地まで迅速に輸送する役を帯びている。
人形の名は万能工作人形『アスクレピオス』。使い手は人間国宝・千歳会長。
飛行船の格納庫が開くと途方もない質量を持った何かが降下した。
その鉄塊は文楽座を覆う結界をぶち抜きながら敷地に着弾。
盛大に巻き起こる砂埃から微かに視認できるのは、鉄塊が人のカタチに成る過程。
収納状態から通常形態へ変形したそれは、全高七メートルに達する『からくり人形』。
「人が留守の間に好き勝手暴れてくれたようだな……」
大型人形の頭部に据えられた取っ手に捕まる一人の老人。
齢七十過ぎてなお現役、千歳会長その人である。
「あれは五番飛行船キャロル・ブーケ……ということは、会長!?」
雪子の声には驚愕の色が混じっていた。
聞かされていたのは名前と能力だけで、実物は見たことがない。
巨大な胴体を支える太い足。両腕はやや短く、極端に小顔の頭部。
会長の人形はスケールもさることながら容貌もまた異形と呼べた。
「これから君達をもてなそうというのに、足早に帰られては困るというものだ」
アスクレピオスが腕を振るうと再び結界をぶち抜き、巨大な鉄柱を力任せに引き抜いた。
それを劇団の残党へ向けて投げつけるとエージェント達が蜘蛛の子を散らす。
結界の起点を喪失したことで文楽座を覆う結界もまた消えていく。
「まだまだ。アスクレピオス、『アルカヘストの門』を開けろ」
万能工作人形の胸部装甲が開いた。装甲内に満たされているのは液体である。
錬金術が生みし、オリハルコン以外のことごとくを溶かす万能の『溶媒』を湛えている。
同時に風の魔術が発動――残骸と化した『アイゼンガルド』が吸い込まれていく。
アスクレピオスの門が閉じると、千歳会長の周囲に次々とディスプレイが表示された。
ディスプレイには複雑なグラフやメーター、化学式が映り、慣れた手つきで浮かぶコンソールを操作。
「修復完了。アイゼンガルドリペア─―出撃」
万能工作人形『アスクレピオス』が備える驚異の能力。
それは錬金術とナノマシン技術の併用による万能工作システムにある。
溶媒を秘めた胸に吸い込まれたが最後、生物も兵器も等しく溶かして再構築。
物質(ざいりょう)を基に新たな武器・人形を生産する姿は小さき工房であった。
一分足らずで再度門が開きアイゼンガルド達が行進しながら現れる。
元の姿より三分の二ほどのスケールで、ややデフォルメされてはいたが。
劇団が抱える自動人形は会長の手により残党を狩る敵となって牙を剥いた。
「おっ、結界が解除されたみたいだぜ。ようやく文楽に帰ってこれたな」
「俺ァガキの頃、お袋に家から閉め出されたことを思い出しましたぜ、兄貴……」
増援は会長だけではない。結界の解除とともに文楽の人形使いが続々と帰還する。
残党のエージェントと精鋭人形使いの交戦が始まり、戦いは終焉を迎えようとしていた。
「五十嵐君、珍しく手こずったな。年か?」
「彼らがいなければこの戦い……負けていたかもしれません」
遊鳥隊の面々を見つめる五十嵐に、会長は一言「そうか」と応えた。
会長の視線は未だ消滅せず現界したままの十二天将・騰蛇に向いている。
騰蛇は『地の人形』が破壊されたにも拘わらず、この世に留まり続けていた。
それが何を意味するのか──会長は理屈以上に本能で理解した。
「いかん……! 皆、何かに掴まれッ! 『持っていかれる』ぞ──!」
騰蛇の身体がぐにゃりと大きく歪み、空間に溶けていく。
それは大きな渦を巻いて奈落のような昏い穴が拡がった。
穴の先を僅かに窺うと、夥しい青白い腕が見える。
死人に似たそれは掴んだもの引き摺りこもうと穴から這い出てきた。
耳元で聞こえる囁き声は怨念の籠った呪歌だ。
"神降ろし"は天と地、双方揃って始めて制御可能となる事象である。
無理な降臨にどのような危険が付き纏うか──誰にも予測などできない。
制御装置が破壊され、残された膨大な力だけが残ったとき、如何な結果を招くのか?
「な、なーんかヤバげっ……回収作業中止! ……これは戦略的撤退よっ!
エンターテイナー(二代目)緊急発進、高高度飛行に移るわっ!!」
仲間の回収もそこそこに、安全を優先したエージェント達は空へ逃げていく。
その場にいる誰もが感覚で理解できただろう。
ひずみの穴の先に、怨嗟絡む地獄のような場所が待つことを。
穴は物理法則を超越した「引力」に似た何かを生み、周囲の全てを飲み込まんとす。
その危機に最も晒されていたのは、皮肉にも使用者たる多聞正太郎。
そして多聞の『くろがね』を破壊した遊鳥学である。
「た、たす───―」
吐き出そうとした言葉を多聞は飲み込んだ。一体誰に助けを求めるというのだろうか。
多聞正太郎を助けてくれる人間など存在しない。彼は進んで孤独の道を選んだ。
残された左腕で未練がましくこの世にしがみつきながら、多聞はようやく理解した。
自分が虚しい一人相撲を続けていただけの事に。それに気づかずどれほど空虚な時間を過ごしたか。
怒りを燃やしながら劇団の工作員として忠実に働いた数年は何の実を結んだと言うのだろう。
「遊鳥さんっ、掴まって!」
右腕の聖剣を地面に突き刺してフック代わりに接近。
オリヴィエールに抱かれた雪子が遊鳥に手を伸ばした。
仲間と仲間が──同僚同士が手を取り合って協力する。
それは至極当たり前の光景で、あり得ない光景であった。
「は……はははははは! はっはっはっは……あーっはっはっはっは!!」
多聞は笑った。快活に。
「……負けたよ。完敗だ」
引力に耐え切れなくなった腕は地面を手放し、男は奈落の底へ消えていった。
贄を飲み込んだ捩じれた空間は歪みを解くように元に戻っていく。
後に残ったのは破壊された文楽座と、傷ついたからくり人形達。
──かくして、文楽を巻き込んだ長い一日は多聞正太郎の消滅で終わりを告げた。
球形を為す空間の中で煌めく星屑、数多浮かぶモニターが表示されては閉じられる。
世界に散らばった工作員達の定期報告が一挙に集約されし地球儀の中。
その中央で青く静かに揺らぎ続ける聖火は組織のボスの象徴である。
「多聞君、失敗したんですって? 折角我が社のアイゼンガルドを用意してあげたってのに」
投影された一際巨大なモニターには黒縁眼鏡を掛けた男が一人。
人工知能によって「人形操り」を補助する事で万人が容易に扱える人形を生んだ男。
それを量産化し破格の値段で売り出す大企業、アームガード社の社長である。
「活動拠点のない日本へ違法な人形を持ち込むのは骨が折れるでしょう? 私の力なしではね。
今回のMVPは間違いなく我が社であると、そう自負してるんですけどねえ。そこんトコ評価してくださいよ」
「負け戦にMVPなどあるか。通信を切るぞ」
「ああッ! 待ってくださいよ。ちゃんと褒め──」
モニターの消失を見届けて『大海の覇者』がマッチに火を灯す。
思慮深き男の周りに佇む、重く濃い煙が重厚感を演出する。
そうやってたっぷりと間を置き、燻らせたシガーと共に言葉を押し出した。
「徒花だったな。"死神の切り札"か……そろそろ本気で始末した方が良さそうだな」
組織の幹部たるA級エージェントの中で特に優れた頂点の中の頂点。
彼らこそ秘密結社の枢要にしてボスが認める特A級のエージェント達である。
「残念ね……あれは興味深い研究対象だったのに」
名残惜しそうに溜息を吐いたのは『呪いの黒真珠』。
「不可解な発言だな。アレは儂が調べるはずだぞ」
隣で『からくり儀右衛門』が老獪な視線を寄越す。
「博士が調べると最後にはバラしてしまうじゃないか」
謎を含んだ仮面を被るのは『死の舞踏家』。
「多聞君がやられたとあれば、私が出るしかないな」
「お前はドイツから出てくるな」
逸る『ゲルマン忍者』を『大海の覇者』が制した。
特A級は能力の高さゆえか我も強く、話が脱線しがちである。
線路を元に戻す役は『大海の覇者』か『帝釈天』が担うのが慣例だ。
「……私の見込み違いだったのかも知れんな」
『帝釈天』の瞳は閉ざされたまま開かない。
「天」と「地」双方の喪失は悲願達成を著しく後退させた。
神降ろしの力を手中に収め、解析し、その技術を組織のものとする。
その威力をもってすれば日本はおろか世界を統べる事も造作無かったであろう。
「かくなる上は、私の提案する『大陸畳返し計画』の実行を──」
「そこの忍者は静かにして。声が大きいのよ。声が」
「いずれにせよ軌道修正が必要だろう。我らのボスのためにな」
揺蕩う絶対悪の炎が常闇に消え行く。
公演は終いを迎え、劇団もまた舞台を去る。
しかし案ずるなかれ。劇は終われど劇団は終わらず。
きっと次なる物語を抱えて痛快娯楽の人形劇を演ずるだろう。
一時の眠りから目覚めたとき、開幕を告げる鐘が鳴る。
からくり人形協会本部の会長室にある机は世紀末的な様相を呈していた。
億劫だから整理をしないのではない。必要なものを片付けず机に置く悪癖があったためだ。
千歳会長はこれを獺祭と形容するが、ようするに言い訳に過ぎない。
「会長、失礼します」
ノックの後にサングラスをかけた中年が部屋に入ってきた。
副会長の椅子に座る男は、室内であろうと頑なにそのスタイルを崩さない。
名を五十嵐里実と言った。
「おお、五十嵐君。開いた穴は塞がりそうかね」
「ええ。つつがなく」
穴とは協会本部最下層に達する破壊痕のことである。
犯人は複数の証言から確認済みであり、修理費は犯人に支払われた報酬から差し引くという形で決着した。
『天地の人形』ほどではないにせよ、最下層には使い手の生命を危ぶむ人形が幾つも保管されている。
着工は早ければ早いほど良かった。早急に費用を確保できたのは幸運といえるだろう。
「結局、『天の人形』も『地の人形』も壊れてしまったなあ……」
千歳はどこか遠い目で飾ってある日本人形を眺める。
年齢よりずっと精力的な会長もこのときは年相応の爺さんに見えた。
「もしかすると国宝くらいにはなったかもしれませんが」
「何より古の中に消えた神降ろしの業。古代の天才が生み出した技術。
現代の魔術でも、錬金術でも、陰陽術でも再現できぬ秘法はとても魅力的だ」
しかし、結果的には壊れてしまって正解だっただろう。
物事には分というものがある。神を操るなど人間の身に余る行為だ。
それが胡散臭い組織の手に渡ってしまうくらいなら尚更である。
「ところで会長、人事交流の件ですが」
「うむ……はて、どこにあったかな」
「……そこに積み重なっている本の下敷きに」
とぼけた調子で取り出したのは一枚の書面。
中には「欧州人形協会」との人事交流に関する文が記載されている。
「今年は誰にしたものか。欧州協会の本部・フランスといえば人形使いの総本山だからな。
扱う事件も日本の比じゃなく危険だが、人形使いの質も違う。うちの人間も良い刺激になるだろう」
欧州協会は人形使いにとって一流企業に等しい。
所詮寄合の文楽と違い、会員は人形に自由に装備を施すことができる。
大剣の刃を潰すどころか、肩にガトリングを乗っけて胸に荷電粒子砲を仕込んだって構わない。
その背景には犯罪組織の多さや、意思を持つ自動人形の深刻な被害が関係している。
欧州協会が戦う敵は人間に限らない。ヒトを殺戮することに特化した『殺人兵器』を壊すことも仕事である。
──フランスへ行った文楽の人形使いは、その大半が恐ろしく魂を摩耗した顔で帰国した。
「誰に立てるべきかな、この白羽の矢」
人事交流という名の人身御供の采配は、この爺の手に委ねられていた──
あの事件の後、逃げ損ねたエージェント達は警察のお縄についた。
彼らは日本の法に則った裁きを受け、長きに渡り刑務所暮らしを強いられるだろう。
ただ秘密結社──劇団に関することだけは胸の内に収めたままである。
組織に関する情報を口外することは血の盟約で固く禁じられていた。
これに背くことは死より恐ろしい『罰』を意味している。
(……伏魔殿に風穴は空きませんでしたね)
祖父の墓を掃除しながら、早乙女雪子はそんなことを思った。
劇団という名を耳にすることは多かれど、その実態は謎に包まれている。
彼らは何をもって世界征服とするのだろうか。なぜその道具に『人形』を選んだのだろう。
雪子がそれを知る日が来るかについては、疑問符がつく。
だが彼女はそれでも構わないと考える。戦う理由はたった二つ。
仕事と─―仲間を守ること。
「……はい。早乙女です。了解しました、今から行きます」
艶のある黒髪を耳に掛け、携帯の通話を切る。
女性にはやや大きめの白いトランクケースを持ち、墓所を後に。
副会長から回された依頼を遂行するため雪子は急ぎ現場へ向かった。
何でも美術商を名乗る男が、海外から美術品の名目で「からくり人形」を大量に仕入れているとのこと。
雪子は大阪県警に協力して取引現場を押さえろ、という内容だ。
人形が美術品の名目で取引されるケースは存外多い。
携行武器として生み出されたはずの古い人形は、美術品や工芸品としての価値も高いからだ。
事実「天の人形」と「地の人形」の保護も、当初それが文化財であったためである。
県警が協力を依頼するということは、売り捌く相手は人形を全うじゃない方法で使う人間であろう。
ならば『自称美術商』か『取引相手』がにわか人形使いを雇っている可能性は捨てきれない。
人形使いに対抗できるのは人形使いだけ。からくり人形にとって、拳銃で武装した人間など赤子に等しい。
たとえ古い人形であってもこの力関係は崩せない。雪子の人形がそれを証明している。
「今日もよろしくね、オリヴィエール」
自身の人形は意思もないし喋らない。
けれどケースの中でキリキリ歯車を鳴らして、雪子に応えた気がした。
ふと、襟元に留めてある、銀十字のピンの持ち主を思い出す。
(何処で何をしていても構わないけれど──
もし、私のことを忘れて私を口説いたら、引っぱたいてあげる!)
可能性は高い。高いから、彼女は平手をもって親愛の情を示す。
彼が自分のことを忘れていても、自分は忘れていないと言うために。
祖父から託された相棒を抱えて坂道を駆けあがる。
前よりも軽い足取りで、早乙女雪子は今日を踏み出した。
全て終わった。
大切な人たちは無事で、ヨシュアもいてくれて、今後も住み込みでいられて…
お父さんの会社の人に、怪我の事を怒られたりして、今も道を駆けていて…
それでも、後悔は消えない。
最後の…本当に最後に聞こえた助けを求める声。
マリアは間に合わなかった、強化魔法で無理矢理動かしたせいでボロボロの体は、ヨシュアすがる力すら残っていなかった。
…敵だった、強かった、高卒だった、でも。
「…ただの、人間…だった…」
事情なんて知らないし、人を殺しているような存在。それでも最後に見た多聞は…救いを求めていた。
幼い手が届かなかった、命。
どこかで道を違えた人形師は、出会いが違ったなら…もっと楽しい話ができたのだろうか?
答えのない問いを空へ投げ、次に道を見て微笑む。
あの姿を見間違えたりはしない。
「…雪子さん、タクシーは…いかが、ですか…?」
任務に呼ばれた雪子を迎えに来た少女は、愛馬の背へ彼女を迎え入れたのだった。
…仇をうつまで、マリアの戦いは終わらない。
空き部屋かな?
■┠=≡=-━┣┫━-=≡=┨■ からくり人形劇 ■┠=≡=-━┣┫━-=≡=┨■
【解放/結合(T)】
『いかん……! 皆、何かに掴まれッ! 『持っていかれる』ぞ──!』
状況を即座に理解したジジイの指示が飛ぶ。
だが、魔術師の直感は異なった。
アレは、借金取りの手だ。
『な、なーんかヤバげっ……回収作業中止! ――…』
要するに、ハイ・レバレッジのツケを支払う時が来たってわけだ。
あの蒼白の魔性が、人間の持つ何かを不当に簒奪する類のモノだとは思えない。
有るべき物が、在るべき者の手に還されようとしているに過ぎない。それがコトの真相だ。
何処かに"不当なる所有者"が存在していたのだとすれば、それは人形使い(にんげん)側の方だった。
『た、たす───―』
結局の所、現代の錬金術師は等価交換の法則という檻から抜け出せなかった。
五十嵐の古書の記述を解釈した限りでは、平安の陰陽師もまた、そうだったのだろう。
後世へと先送りされた呪いの代償。砂上の千年城を黙して釣り支え、繋ぎ止め続けた抑止の鎖。
『遊鳥さんっ、掴まって!』
それが今、この場に集う無自覚な遺産の相続者達を絡め取ろうとしている。
もっとも―――借金なら問答無用で踏み倒したくなるのが賭博師のサガだ。
「アリス、フロアに"お宝"を置き忘れて来てたんだったな。
アレを回収して来い、然る後に全力で高飛びだ。
可能な限り高く、速くだ―――やれるな?」
《……貴方、本気で言っているの?》
「―――もちろん、冗談で言ってるのさ。
ネオ七星に悪魔の召喚料を請求しろ、ECMフィラーを使う。
ギャラリーが多いんでな、途中で捕まりたくない。対象は、お前とオレだ」
《……了解したわ。あまり気は進まないけれど》
無気力かつ無機質な表情で見開かれた魔導人形の瞳は、すでに光の滝――電子情報の潮流――を映し出している。
電子の海は広大だが、パイレート・ウィザードの不法所持する海図ならば、その全てが掌握可能だった。
目的の最終プロンプトへと到る航路もマーク済みだ。なにせ、そいつ隠したのは海賊本人だ。
「ああ。今回に限っては、それでいい。
周りを見てみろ、お前も同じ様に"退く"んだからな。
この先に"進む"コトになるのは、オレ一人で充分だ。行くぜ――――」
瑠璃色のコマンドシェルが不正起動のテキストラインを表示する。
"Hyper_Jammer"
「――――死神様の、お通りだ」
【解放/結合(U)】
『は……はははははは! はっはっはっは……あーっはっはっはっは!!』
多聞は笑った。快活に。
『……負けたよ。完敗だ』
引力に耐え切れなくなった腕は地面を手放し、男は奈落の底へ消えていった――――
「オレの腕を掴め! 多聞!!」
――――ただし、二名。
■┠=≡=-━┣┫━-=≡=┨■ からくり人形劇 ■┠=≡=-━┣┫━-=≡=┨■
【……どうやら、律儀な奴を待たせちまってたらしいな。すまない、ゆとり。気付くのが遅れた。
取り急ぎエンディングの前篇を書き上げてはみたが、後編があるのかどうか、オレにもわかってない。
タイミングがタイミングだったんでな、そのまま二週間ルールでターンを回すべきだったのかもしれないが。
そういう事情だ、今回のレスは拾わずに本編を終わらせてくれればいい。
もし必要なら、多聞の奴と同様、適当に失踪した演出でもしておいてくれ】
暗黒に落ちたとき、男は自ら敗北を認めた。
しつこい人間だと自認する男もせめて最期は潔くと考えたのか。
「うわ、なに腕掴み合ってんだよッ」
バッ、と汚物を払うように掴んでいた腕を振り解く。
赤髪の男の顔は心なしか渋い。男は構わず言葉を続ける。
「……ここが奈落の底ってやつか。人間ってぇチッポケな視点で形容するならだけどよぉ……
生身の人間でここに踏み入ったのは、俺が最初だろうが……まさしく前人未踏ってわけだな……」
笑えねぇな。笑えねぇ、と乾いた笑いを浮かべて周囲を見渡す。
赤黒い大地が延々と、漠然とした薄暗さで広がっている。
視界に映る限り人はおろか生物の気配すら感ぜられない。
やはりさっきの赤髪男は幻覚なのだ。そう結論して翻ると、奴は微動だにせずそこにいた。
「……地獄への道連れなら必要ねえ。だってのに……どういう訳だ? 死神本人が地獄に落ちてる」
ここに落ちる前、男は確かに飲み込んだはずだった。情けない最期の救難信号を。
仮に目の前の赤いのがそれを察知したとて、敵を助けるような慈愛に満ちた人間であったか。
否である。独自の判断基準でしか動かない彼でも、憎い敵を助けはしないだろう。
「お前が一緒にいる理由はこの際どうでもいい……ただ、諦めるんだな。ここからあっちに帰る手段はない」
帰ったところで何をするというのだろう。
秘密結社にノコノコ戻って始末されれば良いのか。
あるいはブタ箱に入って数えきれない罪を濯げばいいのか。
男は"向こう"に格別の未練がない。ゆえに帰る理由がさして見当たらなかった。
衝動的に右手で頭を掻き毟ろうとして、在るはずの右がない事に気付いた。
片腕はこちらへ来る前の戦闘で喪われてしまったことを男は思い出す。
ふと、麻痺していた痛みが忍び足で男の肩を叩いた。思わず顔が苦悶のうちに歪む。
滴る血は現在進行形で大地をドリッピングし、このまま失血死しかねない状況だ。
懐からマジックペンを取り出すと文字のようなものを書き込み、髪の毛を引っこ抜く。
拾った木の棒のようなモノで己を囲む魔法陣を刻む。魔力が溶けた溶媒を陣に撒いて起動。
髪の毛が断面にするすると癒着し、傷口を徐々に塞いで行く。
「つくづく、錬金術を齧っといた良かったが……」
一息つくと、男は人影を見た。背後の赤髪のことではない。
近づく影は無精髭を生やし、杖のようなものをついてこちらへやってくる。
ここは魔窟。奈落の底で邂逅するは果たして如何様な悪鬼羅刹、亡者の類か。
得物である『人形』がない今、男に抵抗の手段はない。状況は最悪と言えた。
「お前達……いや、まさか……人間、か?」
それが影の第一声であった。
影は驚くべきことに男と同じ人間であった。
話してみると存外気さくで、着物を纏っているあたりが時代劇を彷彿とさせる。
男は指六本ぶんあろう額を見るなり「こいつハゲてんな」と思った。
「私はここに来る前、傀儡子と呼ばれる一座の人間だった。
名乗るほどの者ではないから、私を呼ぶ際は傀儡子と呼んでほしい」
傀儡子はこの地に堕ちて十年余りここで過ごしているという。
なぜ堕ちたのか問うと、傀儡子はただ一言「罪を犯したからだ」と答えた。
作ってはならないものを好奇心で作った。危険性にも気づいていた。
それは人の身に余る破壊を巻き起こし、後世に災いを齎すものだと。
「最初はただ操り人形が好きだっただけなのにな……
はじめに狂った小さな歯車が、次第に全てをおかしくしてしまう……」
全てはあの陰陽師の甘言に乗った自分の責である。
きっと彼は禁術に手を出しながらも、自分で危険を背負うのは恐かったのだろう。
だから人形というカタチにして託すことで誰かにツケを支払わせようとしたのだ。
「もし君達が元の世界へ帰りたいと願うなら、あそこの真下を目指せ」
暗い雲に覆われた空は地層のように重なって光を遮る。
傀儡子の指が切れ間に差し込む微かな光をなぞった。
「運が良ければ光明が射す。急げ、夜になると亡者どもがあれに群がるのでな」
私は行かぬ。親友は戦場で皆死んだし、君たちを見る限り世間は様変わりしているようだ。
帰ったところで私の居場所など何処にもないだろう。それに寿命も長くない。
この世界はとても人間が生きていけるような場所ではないのだ。
今ここにいるだけで命の蝋燭がすり減って行く。私はじきに燃え尽きるだろう――。
そう言って傀儡子はやつれた顔で精一杯微笑んでみせ、二人を送り出した。
光明を目指して歩くと殺風景な世界の闇が次第に濃度を増していった。
奈落に夜が近づく度に、切れ間の光が相対的に強く鮮明になる。
歩調が速くなる。急いだ方が良いかもしれない、と男は思った。
夜になれば今度こそ得体にしれない奴らと遭遇するはめになる。
――そして、突然立ち止まった。
向こうに未練などないと心の中で断言したはずだ。
直接的に表現してしまえば男は死を受け入れた。
だが、男は傀儡子に言われる通り出口を目指してひた歩いている。
『オレの腕を掴め! 多聞!!』
あの時もそうだった。
気がつけば男は殺そうとしていた敵の腕を掴んでいた。
プライドも地位も居場所も無くした男に残る最後のモノを。
「俺に残ってるのは、俺の道を阻む敵だけだ。
だから、だからよ……次は負けねえ。お前にも、あの学歴厨にも」
学歴の差が戦力の決定的差ではないことを、男はまだ学歴厨に教えていない。
敗北を喫した"死神の切り札"――目の前の赤髪とだって、まともに戦っちゃいない。
男はしつこいし諦めも悪いうえ、負けず嫌いだ。奴らと再び戦い勝利するまで死ぬわけにはいかない。
「言っておくが死神、これはお前が悪いんだぜ。全部お前のせいだ。
お前が俺に手なんて差し伸べるから……ちくしょう、火がついちまったんだ」
天を仰げば曇天の切れ間から光明が射しているのが見えた。
光明は細い糸のように伸びて、二人の足下を薄く照らしている。
『ひずみ』である。気まぐれに光明となって生じる空間の『ひずみ』である。
元の世界で言えば霊山や霊地と呼ばれる場所に発生するのがそれだ。
「……くもの糸、か」
空間のひずみに飛び込むのは一種の賭けであった。
ひずみは二つの世界を繋ぐ扉ではなく、空間の穴に近い。
それが一体何処へ向かっているかなど誰にも分からないのだ。
知らぬ異界へ飛ばされるかもしれないし、次元の狭間に閉じ込められるかもしれない。
運良く同じ世界だとしても、辿り着いた先は原始時代ということもあり得る。
だとしても男――多聞正太郎は飛び込む。
「『リスク』って……言葉、あるよなァ。リスクが高い、リスクを伴う……
だが知ってるか。リスクはイタリア語で『勇気を持って試みる』って意味なんだぜ」
危険を背負えるチャンスがあるなら多聞はそれを背負う。
一度死んだような身だ。今更何が起こったって動じない。
「悪運に自信は? 俺は、これから試すつもりだッ!」
快活に見得を切ると、多聞は光明を手繰り寄せる。
光を指に絡ませる姿は人形使いに相応しい。
一先ずの道標を頼りに、暗闇の荒野へ飛び込んだ。
【拾うかどうかはお任せします。拾わない場合はIFストーリーということでっ】
お願い…ジョーカーさん…!
■┠―――━┣┫┓_.....┌〜┨□ からくり人形劇 □┠〜┐....._┏┣┫━―――┨■
【解放/結合(X)】
――――星が綺麗な夜だ。
高空から眺めるオーサカの夜景は、あまりにごちゃごちゃしていて、風情がないと思った。
三下ひこうきに良く似た機影も通り過ぎたけれど、きっと気のせいだ。
だって……翼のかたちが、ちょっと違うもの。
《この展開を見越してケルベロスを呼び戻していたのだとしたら……貴方、預言者になれるわ》
魔導人形は、最短ルートを辿ってマスターの指示を遂行していた。
本部最下層フロアに於ける"お宝"の回収……完了。
然る後に全力で高飛び……続行中。
そして―――
<THRUSTER WIND>―――Boost!
―――その時は来た。
両手に握りしめた"お宝"が突如、あるべき地平を目指して少女人形に加重する。
どんなに少なく見積もっても、リンゴ500個分以上の荷重はあるように思えた。
異界の精霊魔術を再現した魔導術式でも、落下速度を減衰しきれない。
《……だから言ったのに。あまり気が進まないって》
急激な引力に対して状況を均衡させるには、致命的な問題が未解決のままだ。
滞空状態を維持する魔力はともかく、少女人形の細腕では"お宝"を保持する膂力が足りない。
トーキョーで似非銀細工師を営むニンジャ・ブレイカーのインストラクションを思い出さざるを得なかった。
《インストラクション・ワン……》
曰く―――"引いて駄目なら、死ぬ気で引いてみろ"だったかしら。
ジョーカーが、明日の我が身も気にしない無秩序な死神だとするなら。
あの彷徨者は、今日の我が身さえ考慮の外に置いた無軌道な破壊神だった。
<THRUSTER WIND>―――Full Boost!!
《ジョーカー、私に力仕事をさせた貸しは高くついてよ……!!》
【解放/結合(V)】
『……地獄への道連れなら必要ねえ。だってのに……どういう訳だ? 死神本人が地獄に落ちてる』
「道連れだと? 勘違いするんじゃないぜ。オレは"仕事"で此処に来ただけだ。
"失敗したエージェントに後は無い。行き先には暗闇の荒野しか無い"……だったな。
その戯言に乗るなら、彷徨う魂を暗闇の荒野の果てまで導いてやるのが、死神の役目なのさ」
『お前が一緒にいる理由はこの際どうでもいい……ただ、諦めるんだな。ここからあっちに帰る手段はない』
「確かに、向こうに帰る手なら此処には無いな―――だが"それ"がいい。
無いモノねだりはしないってのが、賭博師の流儀だ。
どうやら錬金術師は違うらしいがな」
自前で応急処置を試みる多聞へ、煙草に点火しながら軽口を叩く。
無理な治療の痛みを、せめて愉快なトークで倍増させてやろうって心配りだ。
どうやら止血には成功した様だが、即席の杖として選んだ棒切れだけは、いただけない。
好意的に解釈すればシルバー・バーチの枝に見えないコトも無いが。おそらく人間の大腿骨だ、アレは。
『つくづく、錬金術を齧っといて良かったが……』
「ああ……"齧った程度"だったのは本当に幸運だったぜ、多聞。
これからオレに、その傷口を再切開されずに済んだんだからな」
流儀を語るのであれば、無意味に他人の傷口を抉るという行為は魔術師の流儀に反する。
地下フロアで巫山戯た真似をしてくれた錬金術師とは異なる点だ。
そう言えば、あの時の礼が未だ済んでいなかった。
「痛みは引いたのか、多聞? そういうことなら―――」
蹴打開始。
「くらいやがれ! こいつは、オレの雪子嬢を足蹴にしやがった分だ」
蹴打継続。
「くらいやがれ! こいつは、オレのマリアの服を汚しやがった分だ」
蹴打継続。
「そして、こいつは遊鳥の……いや、そっちはオレの知ったこっちゃ無いな―――」
蹴打中断。
「―――だが、構わん。くらいやがれ!」
蹴打再開。
『お前達……いや、まさか……人間、か?』
不意に響いた影からの誰何の声も、この怒りを鎮めるには至らなかった。
人間だと? それなら、この場に該当者は若干一名しか居ない。
―――今宵のオレは、阿修羅すら凌駕する存在だ。
『私はここに来る前、傀儡子と呼ばれる一座の人間だった――…』
しびれを切らしたハゲが唐突な自分語りを開始するまで、賭博師の無慈悲かつ不条理な蹴撃は続いた。
【解放/結合(W)】
"この地に堕ちて十年余り"――――傀儡子は、そう言った。
以上の証言から推測可能な事実が一つある。
この世界には"定期的に訪れる変化"が顕現するという事だ。
もっとも、堕とされた存在の時流が、等しく単一の法則に従っている確証は無い。
現時点で観測可能なのは、前を歩く多聞の煤けた背中と、確実に深まりつつある奈落の闇だけだ。
――――夜が来る。
『俺に残ってるのは、俺の道を阻む敵だけだ。
だから、だからよ……次は負けねえ。お前にも、あの学歴厨にも』
「うるせえな……いいから黙って歩けよ、多聞。
死神様は、おしゃべりが嫌いだ。特に野郎のおしゃべりがな。
この先で道を阻む敵が居るとすれば、そいつは勝ち負け以前の相手になる。
"勝負の前提条件"そのもの―――言わば、この殺風景な世界を支配する"時のダイス"だ」
魔術師は再度、移動開始からの経過時間を概算する。3時間か? それとも30億年か?
此処までの距離はどうだ。10マイルか? あるいは10光年か?
無論、どちらも当てにはならない。
何せ、斯かる試算の根拠となるデータは、この場に到るまでに消費した煙草の本数だ。
『言っておくが死神、これはお前が悪いんだぜ。全部お前のせいだ。
お前が俺に手なんて差し伸べるから……ちくしょう、火がついちまったんだ』
「だったら、こっちも言っておいてやる。
"手を差し伸べる"ってのは、お前がやらなきゃならない仕事だ。
段取りだけはオレが付けてやるが……それも此処に来る前に、とっくに終わらせてある」
狂った時計板を歩き回った挙句に辿り着いた世界の終着点は、やはり"空間の歪み"でしかなかった。
当然と言えば当然だ。時流を掌握し得る魔術など事実上、存在していないに等しい。
踏み出せば、吊り橋以下のスラック・ロープで綱渡りを演じる破目になる。
だが、その脆弱な一縷の可能性を多聞は、こう評した。
『……くもの糸、か』
【解放/結合(Y)】
『『リスク』って……言葉、あるよなァ。リスクが高い、リスクを伴う……
だが知ってるか。リスクはイタリア語で『勇気を持って試みる』って意味なんだぜ』
「驚いたな……イタリア製の辞書は"勇者"の訳語に"リスクジャンキー"を採用してやがるのか。
だが、そいつを聞いて納得だぜ―――道理で、あの国じゃ軍隊よりカジノが繁盛してるわけだ」
連中が斯かる文化的背景の哀れな犠牲者だとするなら、
語学者以外にしてみれば、随分と気の利いたジョークだ。
「語源の海図を辿って西地中海を横断すれば、"Risco(海岸の絶壁)"に行き当たる。
ボロ船で接岸のリスクに立ち向う水兵にでもなろうってのか?」
『悪運に自信は? 俺は、これから試すつもりだッ!』
「……付き合うぜ、海賊でも良けりゃな」
隻手の負傷兵が、運命の操り糸を手繰る。
多少の無茶は承知の上だ。分の悪い賭けは嫌いじゃない。
だが、たかが蜘蛛の糸に己の世界を賭ける心算など隻眼の海賊には無かった。
つまりは、こういう事だ―――
「―――"お前の"悪運の強さなら、運命の女神が保証してくれるさ。
忘れたわけじゃないんだろ? 今、お前の隣に立ってる男が誰なのか」
異界の門なんて概念は、人の身で動かすには、あまりに重過ぎる。それが片手なら尚更だ。
ならば、答えは決まっている。たったひとつのシンプルな答えだ。
"両手を使って抉じ開ける"それだけだ。
「お前が言ったんだぜ、多聞。
"半ドアは何が起きるか分からない、危険な行為だ"ってな。
ついでに、こうも言ってたか。"観音開きだ、二つ揃えば安定するし制御も出来る"」
外界の物理法則とは切り離された絶対的な虚無の空間。
その中に在って、任意の二者の相対座標を規定し得る要素が一つだけある。
即ち、同一の時間座標――異なる物理座標――に並立存在している多聞正太郎の身体。
それだけが唯一、この異界と外界を流れる時間が共有する事を許された"絆"であると表現してもいい。
「ブランド・オブ・アルカナ――――"治せ"! テンス・エリクサー!!」
[聖杯10]を躊躇無く多聞の傷口へと叩き込む。
奈落の理に楔を穿つべく切った最後の札は、ごく単純な治癒魔術だった。
その単純さ故に、この世界の上腕と元の世界の下腕を――その切断面同士を――問答無用で"接合"する。
「このまま二人で当ての無い航海に出るってのも、悪くは無いと思い始めてた所だったが……」
《ジョーカー、私に力仕事をさせた貸しは高くついてよ……!!》
「……どうやらガイドは間に合ったようだぜ――――Good Luck.(やれやれだ)」
異界の門が閉じ、蜘蛛の糸は途切れた。
儚い残光が、眼下に広がる都会の夜景に溶けて消える。
飛行魔術を発動した魔術師は、それを背中で見届けて、ようやく気付く。
――――想定していたよりも、星空が遠い。
その事実は、それだけ奈落の持つ引力が[聖杯10]の魔力と拮抗していた事を意味する。
結果を見れば、アリスに可能な限りの高度を稼がせておいたのは正解だった。
一連の賭けが賭博師の敗北で終わっていたパターンは、主に二つだ。
《……何か、私に言うことがあるのではなくて? ジョーカー》
一つは、多聞が自身に施した錬金術が、"欠損した人体"を練成する域にまで達していた場合。
一つは、アリスが牽引に耐え切れず、"お宝"である多聞の右手の方が奈落に堕ちていた場合。
「よくやったな、アリス」
素直に答えて銀髪を撫でてやると、少女人形は何故か急にしおらしくなった。
夜間飛行で街まで舞い戻ったら、上等なアップル・ジュースでも奢ってやるか。
《……本当によかったの?
劇団のエージェントを助けるだなんて。
協会には、もう顔を出せなくなってしまうわ。マリアにも……》
「―――ああ、これでいい。
元々、報酬を受け取った後は消える予定だったんだ。
こういった"腐れ縁"ってヤツが増えちまうと、何かと面倒が多いのさ」
この世界への接岸の功労者たる水兵は、雑なファイヤーマンズ・キャリーで担いでいる。
今回の依頼で取り逃がした二億を補填するまでは、五体満足でいてもらう必要があったからだ。
その条件として、口座を開設した本人の生体認証――右手の指静脈――あたりが設定されている筈だ。
《詩情に欠けた表現は控えてもらえるかしら。
これは、きっと大切な……そう、"絆の糸"だもの。
相変らず貴方は人の心がわからないのね、ジョーカー?》
人形師は口の端に銜えた煙草から紫煙を燻らせながら、近づく足元の星空を見下ろした。
夜風に解かれたネクタイが舞い上がり、遠のく頭上の星空に取り残される。
月光の色彩と共に、魔力と視力を取り戻しつつある左の魔眼。
「そんなモノは必要ないんだよ、アリス。
マリアだけじゃない、遊鳥にも、雪子嬢にもだ。
"人形使い"には、人形使いの冴えたやり方ってヤツがある」
人形使いにとって、距離感は重要だ――――
「オレ達に、糸なんて要らないさ」
――――想えば届く、その距離が。
【エンディング:"解き放つ糸、結び合う絆"】
□┠〜┐┏┣┫╋┣┫┓┌〜┨□ からくり人形劇 □┠〜┐┏┣┫╋┣┫┓┌〜┨□
それはただの偶然だった。
それはほんの少しの興味だった。
それは本当に…気まぐれだった。
「…ヨシュア」
夜の街で人形に乗り歩く、普段なら目立つ事としない行為だが、なぜか今夜は出歩きたくなったのだ。
一人で、大人には声もかけずに、警察に見つかれば厄介なことこの上ない。
それでも夜の街という風景を眺めたくなった。
夜の人々というものを見たかったから。
自分が知っているのは昼のような人達、でもあの人は…多聞は違った。もしかしたら夜に近づけば、あの心も少しは分かるかもしれない、そう思ったのだが…
「…やっぱり…怖いです…」
めずらしがって声をかけてくる若者や、怯えて逃げ出してしまう者…
こちらも人に慣れなくてはいけないのに、未だに少数の人としかちゃんと話せていない。
今日は帰ろうか、とアンドレを抱き締めて空を見上げる。
そこには街灯りで薄まっている星空と…何か異質なものが見えた。
…彼女達が新幹線のスピードで走り出すまで、あと五秒。