魔装状態のまま店内に入った佐々木。
それには理由がある。魔法少女である事を示す事と、敵対するかもしれない者の中に無防備で立てる程剛気な性格はしていない、という二つだ。
息を吸い、吐き出すことで己の中にリズムを作り、心のなかに落ち着きを作り出す。
瞳には強い輝きを宿さず、かと言って暗さもなく。掌握された安定状態で、佐々木はキッtンへと歩いて行く。
この姿を他の客が見なかったことは間違いなく幸運だったにほかならない。日常の中にどう見ても辻斬りの少女が紛れ込んでいるようにしか見えなかったのだから。
魔力を隠蔽するのは最早癖で、暗殺者のように足音すら立てずにキッチンへと歩き、こっそりと中を覗きこむ。
(――悪魔と、魔法少女が……、5人? 他に――あそこに居るのは、悪魔。
魔力を感じる人がもう一人、か。……人外魔境、なの、かな。
魔法少女五人と、魔女一人、そして悪魔。
間違いようもなく、一人で挑むには不利にも程がある戦力が目の前にはあった。
幸いなことに個々の魔力はそれほど多くは無いが、徒党を組み、協力的な悪魔の存在が有る事は脅威だ。
基本的に佐々木の戦闘スタイルは、不意打ち闇討ちを主体とした暗殺が主なのである。
乱戦や正面からの戦いも苦手なわけではないが、魔法少女という常識が通じない相手を敵とした時点で有利の状況を作ってから狩り続けていた。
この状況は間違いなく、不利。そして、佐々木が魔法少女を倒すと決めるのには、ルールが存在している。
そのルールを未だ5人の魔法少女達は満たしていない為、佐々木は剣を抜くことはあっても、殺害に進む予定は無い。
佐々木は隠密に長ける。
自己を他者から隔離させるように、念動力の力場を膜の様に全身に纏っているからだ。
外部に力を殆ど解き放たず、殻の中で魔力を行使する佐々木は、古武術の体捌きによるものも相まってかなり薄い気配を持つものだ。
佐々木は部屋の中での会話に耳を傾け、脳内で彼らの性質をプロファイリングしていく。
>「今のチミ等は”まだまだ”自分の持つ魔法ってのを開花しきれてないのさ。だからアタシの手で、見違えるほどに花開かせてやるよ――!」
(――、修行か。そして、新米にお守りに悪魔が一人。
……ッ、気づかれてる……か。あの、女の人も)
状況から、彼らは何らかの目的のため強くなりたがっている事は分かった。
少なくともエルダー級に対抗できるほどの戦闘力を身につけようとしていることも。
そして、先のエルダー級の魔法少女を思う。
世界征服。その壮大な目的と、それを達成せんとする強い意志とそれに見合う実力を持った魔法少女だった。
世界平和のために世界を征服する。それを間違っていると佐々木は一刀両断に断じる事は出来ない。
己の夢である、この世からあらゆる悪を抹消する事だって、ある意味では悪人を皆殺して作る世界平和だ。
だからこそ、あの相手の有り方が間違っていると言う事は出来ない。
だが、それでも腰の巾着に収められた魔法核が、あの魔法少女の恐ろしさを教えてくれている。
一瞬で相手を肉塊に変えるあの戦闘力よりも、あのゆらぎ一つ見えない深い瞳が一番の恐ろしさの確証を与えている。
同時に、あの相手を自分一人で倒せると思える程幸福な精神構造を佐々木はしていない。
>【屋守】『どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
出る機会を伺っていた佐々木に、機が与えられた。
迷うこと無く、黒い鴉はキッチンへと足を踏み入れる。コートの裾をひらつかせ、足音一つ生むこと無く。
金髪黒目の魔法辻斬りが、五人の魔法少女と一人の魔女、一人の悪魔の前にその姿を晒した。
黒い瞳は、伏せられる事も逸らされることもなく、全体の顔を確認するように部屋の中をぐるりと動いた。
一言も言葉を発しなかったのは、単に初対面の人と話す事が得意ではなかっただけで、それ以外の理由は存在しない。
だが、物々しい暗色の魔装や、彼女自身の纏う雰囲気がそれらを威圧として表現させてしまっていた。
>「ッ!」
「良い。動きだ」
飛び退る南雲を見て、素直な称賛を相手に送る。
開口一番の言葉は、どことなくぎこちない硬質な音色。
言うなれば、一週間引きこもってからコンビニで注文をした場合に出る類の声と言うべきか。
本来なら緊張で痙攣し始める筈の右腕は幸いなことに魔装状態であった為に念動力で掌握されている。
この一言は真言なりに精一杯のフレンドリーな対応だったが、きっとそうは見えないのだろう。
>『いらっしゃいませお客様、ご来店ありがとうございます――ご注文は?』
目の前の魔法少女から、問いかけが投げられて。
佐々木は、わずかに逡巡した後に念信を相手に返信する。
どうやら他人と念身するのがあまり得意ではないようで、繋がる際に僅かにノイズが混ざる。
『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。
私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい。
あと、魔装を纏っているのは、気にしないで。……流石に知らない魔法少女五人前にして、無防備ではいられないだけ』
念話を全体に向けて、佐々木は軽く全体に向けて、会釈。
腰の刀には、常に手をかけ続けているが、それでも魔力はこの距離ですら殆ど漏れる事が無い。
この隠密性こそが類稀なる才能だ。特に魔法少女が多いこの場所ならば、他の魔法少女の魔力に埋もれて更に存在感が薄まってしまう。
敵が強ければ強いほど、数が多ければ多いほどに見つかりづらくなるのが彼女の特徴だ。
と言っても、透明になるなど視覚的な隠密能力は無い為、今のこの状況では単に奇妙な魔法少女であると言う以外に特筆すべき点は無い。
『先に言っておくと、現場には四人居た。
私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
そう佐々木が念信を送った直後に、喫茶のドアが鈴を鳴らす。
店の入口には憔悴した様子で立ちすくむ、目立零子が一人。
不安げな顔は、恐らく恐喝されたからに他ならず、不安から逃げ出すように走ってきたのか荒く息を吐いている。
肉体的に疲労しづらい魔法少女だが、恐らく精神的な負担が彼女に肉体的な疲労感も感じさせているのだろう。
腰のだんびらに手を掛けたままに、佐々木は振り返ってその零子の方を向く。
『――聞こえるなら、こちらに来ると良い。
緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級だという証明は貴方に出来るはず。
……良い?』
首を傾げ、オープンチャンネルで零子に語りかける佐々木。
揺らぐことのない零度の瞳が、零子に向けられて、小走りで零子はキッチンに入っていく。
憔悴した様子の零子を見て、落ち着くまで淡々と待ち続ける佐々木。
警戒を忘れぬままに、もう一度顔を覚えるように喫茶店の魔法少女、悪魔、魔女を見回していた。
多彩な面子であると、改めて思った。
(――……知らない人って、やっぱり。怖い、かも』
身も蓋もない本音が、半ば辺りから念話にだだ漏れだったが、佐々木は気づいていない。
見た目上では、先ほどから変わらぬ様子で目を僅かに細めて立ち尽くしているだけだった。
西呉がこの世界に嫌気がさし神への信仰をやめてから、数日後、西呉は灯の消えた隣接してある教会で佇んでいた。
あれは気の迷いであると気がつき祈り懺悔しにきたのではない。
その証拠に、片手には倉庫から持ち出してきた斧が握り締められている。
黒い感情が篭った視線の先には貼り付けにされている神の子の像が写しながら
西呉は使い慣れない得物を引きずりながら、それに向かっていく
あと少しで斧が届きそうなところで、物音がそれを阻んだ。
身動きを止め咄嗟に視線をそちらに向けると、使われていないはずの懺悔室の扉が
まるで招き入れるように開かれていた。
だが、西呉はそこへ向かうつもりは無かった。
ぶつけようのない怒りで頭が一杯で好奇心なんてわかなかったのかも知れないし
鼠が扉を押し開けて出て行ったと一人納得したのかも知れない。
そして、もう一歩踏み出し、渾身の力でもって得物を振ろうとしたとき
今度は入口のほうから灯と複数の足音が向かってくることに気がついた。
まだ何もしていないというのに、ここで誰かに見つかりたくはない。
悩む間もなく、西呉は懺悔室に飛び込み、扉を閉めた。
懺悔室の中は思った以上に狭く、薄暗かった。
よく部屋の中を見ると、聞き手と話し手がスモークガラス越しに話す構造であることがわかった
「あのぅ〜お座らないんですかぁ〜」
その女性の声を聞いた瞬間、驚きを隠せずにいた。
なぜなら、開かずの間と化していた懺悔室に誰かがいただけではなく
その声をどこかで聞いた覚えがあったからだ。
驚きを隠せないまま、西呉は促されるように椅子に座りスモーグガラスの向こう側を見やる
だが、見えるのはぼんやりとした輪郭だけだった。
「そんなに見てもぉ〜何も見えませんよぉ〜ところでぇ〜」
テンパっている西呉を置いて、シスター?は話を続ける。
「どうしてぇあれを壊そうかと思ったんですかぁ〜」
その言葉を聞いた瞬間、西呉は心臓が止まるような衝撃を受けただろう。
何故なら、先程までの自分の一部始終だけではなく、目的までも知られてしまっているのだから
「別にぃ〜壊すのはいいんだけどぉ〜私それで何も変わらないと思うなぁ〜」
「じゃあ、この感情はどうすればいいんですかッ!」
西呉は衝動に身を任せ、声を上げるが、すぐさま我にかえり口を塞ぐ
隠れる為に懺悔室に入ったのに、これでは自分の居場所を教えているようなものだ。
しかし、懺悔室の扉はピクリとも動かなかった。
「大丈夫ですよぉ〜どんなに叫んでもぉ〜誰も気づきませんからぁ〜」
とシスター?は何かを取り出して、声のトーンを少し落として話し出す。
「衝動、怒り…何があなたを駆り立てているかなんてぇわかりませんけどぉ
物に八つ当たりするのはぁ、正しいとは思いませんよぉ…頭を冷やして、その怒りを収める」
「ッ!」
思わず、また叫びかけた瞬間、シスター?の言葉がそれを止めた
「なんて綺麗事とかぁ反吐が出ますけどねぇ…私がぁ思うにぃ
物にあたるぐらいならぁ、感情の対象にぃありったけぶつけるべきなんじゃないんでしょうかぁ」
西呉は耳を疑った。今目の前にいる人物が自分の知る教えとは真逆のことを言ったのが信じられなかったからだ。
「それが…出来たら」
「私のぉ勝手な印象で話すとぉ、あなたは多分、それがぁ出来る人だと思うんですよぉ
でもぉ、あなたはやらなかった…違いますねぇ、やれなかったと言うべきでしょうかぁ
ソレがあまりにもぉ強大でぇ一人では立ち向かうことがぁ出来なかったぁ」
「…」
「ですからぁ私はぁあなたをここに招いたんですよぉ
あなたにぃソレを実行出来る力をぉプレゼントするためにぃ」
気がつけば、西呉の目の前に宝石のようなものが置かれていた。
「それをぉ手にしてください。そうすればぁ、あなたのぉ望んだ力がぁ手に入りますよぉ
ただぁ、一度ぉ手にしてしまったらぁ、やりきるまでは退き帰ることはぁ出来ませんからねぇ」
暫く、西呉はそれを見ながら考え込み、そして、ゆっくりと魔法核を掴んだ。
「へぁ!?」
ホテルの一室で眠る西呉をたたき起こしたのは、部屋いっぱいに響き渡るワーグナーの調べと
銃撃戦を映している大音量の備え付けのTVだった。
「紅木(あかき)先生ぇ!」
西呉が声を荒げ、睨む先にいたのは、紅木と呼ばれたシスターだった。
正確に言うならば、彼女はシスターではない。
確かに修道女っぽい衣服を纏ってはいるが、クロスペンダンドの類は一切身につけてはおらず
それ以上に目立つのは、昼食中の彼女が食している分厚いステーキところから、まともなシスターではないことがわかる。
ざっくり言うなら、紅木は西呉担当の悪魔なのだ。
「すいませぇん西呉さん。お腹がすいてしまってつい」
と紅木はしょんぼりとそれぞれ音量を下げた。
西呉はそれを確認すると、悪魔のとなりに座り、ルームサービスのメニューを眺めつつ話しかける
「また中東ですか?」
「そうなんですよぉ!今出ているのはぁ注目している過激派の最新映像ですよぉ」
とまるでアイドルの話をするように、紅木はごきげんに話す。
付き合い始めのころは、戦争映画でも見ているのかと思っていたが、
たまたま見てしまった映像の中に、日本人記者が流れ弾に当たって死ぬのを見たあとに
その記者についてのニュースが流れたのを見て、本物だと気づいた。
「ところで、それを見る為に来たわけでは無いですよね」
頭の片隅でピラフかチャーハンで悩みつつ、西呉は紅木に尋ねる。
紅木は週一で遠征に行っている西呉の元へ訪れる。
それは、担当悪魔としての業務の一環でもあるし、休学中の西呉に授業の経過具合を報告するタメでもあるが
しかし、今回の来訪はそれではなかった。
加えて、今日の紅木は大層ご機嫌なところを見ると、トラブルが発生したと考えられたからだ。
「そうですよぉ、あの隠形派が今日大きく動き出したのでぇその報告に来ましたぁ
今日隠形派の一人がぁ何者かに殺されたようでぇ、現場に居たぁ楽園派の人間が犯人だと断定して
それのぉ身柄を要求したようなんですけどぉ…」
「殺したのは私ですよ?」
「まぁそうでしょうねぇ、恐らくぅ隠形派もぉそれを理解しているはずですよぉ」
紅木は怪しい笑を浮かべ続ける。
「仮にぃ楽園派がぁトカゲの尻尾切りで差し出したとしてもぉ、隠形派はぁそれでも楽園派を潰しにぃかかるでしょうねぇ
でもぉ、そうなればぁ、夜宴でぇ保っていた均衡はぁ一気に崩れるでしょねぇそうなればぁ…フフフ」
「いいんですか、ほかの悪魔にどやされますよ」
「別にぃいいじゃないですかぁ、あんな子供だましをぉダラダラやっているほうがぁ悪いんですぅ」
「…それで、戦争が見たいから私には邪魔をするなと」
脱線しかけた話題を戻すと、西呉はて早くルームサービスを注文する。
「私はぁ何も指示しませんよぉ、あなたがぁ自ら名乗り出ようとしてもぉ隠形派がぁそれを止めにぃ来ると思いますしぃ
あのぉ苗時さんがいるぅ楽園派がそんな真似するとはぁ思えませんからぁ…」
「そうですか」
そう言いながら、西呉は頭を悩ませる。
坂上と戦う為にこの街まで来て、一体一で戦う為の作戦を練っていたが
二つの不確定要素と、一つの不安を抱えたまま、それを実行には移すことは出来ないだろう。
一からの作戦の組み直しが必要だろう。その為には
「隠形派は私に対してどうでるか確認しておくべきですかね」
隠形派からして見れば、西呉と黒衣の魔法少女は、真犯人とその目撃者だ。
大義名分を掲げ、楽園派を潰そうとしている隠形派からしてみれば、この存在は見逃せないだろう。
隠形派のやり方から察するに奇襲でも仕掛けてくるだろうか?
それとも、穏便にすませにくるだろうか
暫く考えた後、西呉はある結論に達し、この後、昼食を取った後、変身し魔力を抑えて街へ飛び出していった。
「……ちなみに、アダムの誕生が6000年前というのは、聖書の記述だけから計算した話だよ。
まともに資料を漁れば、人類の歴史はもっと長い。君ぐらいの人間なら知ってると思ったけど」
「悪魔が聖書否定する……のは普通か。だからって科学的なアプローチもどーかと思うけど。
ま、いーじゃん。要はシンボルとしての問題だよ」
「ひとつだけ聞かせてほしいな。
その願いで踏み潰される物はあまりに多い。6000年分の人類の歩みに丸ごと喧嘩を売っている訳だからね。
何故、そういう事を願おうと思ったんだい?」
「……あたしみたいな立ち位置にいるとね、分かるのよ。世界がどーにもならなくなってるのがね。
どこに行ってもどん詰まり。なら、引き戻してやって、留めてやればいい。
少しでも世界が良くなるために。今よりほんの少しでも、世界が楽園に近づくように。
6000年分の破滅への迷走なんて、知ったことか」
「……なるほどなるほど。自分のためより、人間のためより世界のため、か。これだから……」
『人間は面白い』
「……コメントしずらい夢見ちゃったなー」
ソファに体をうずめたまま、独りごちる。
どうもあたしは、戦いの緊張から解放されたのち、うたた寝をしていたようだ。
あれはレギオン……あたしの担当悪魔と出会った時の夢。今のあたしの生活を始めるきっかけになった夢。
そういう意味では少々の感慨を持ってもいいのかもしれないが、そんな気分にはさっぱりなれなかった。
夢で願ったあの夢を現実に変えるためには、乗り越えるべきものはまだまだ多い。
目的地に向け歩むときにするべきことは足を前に出すことだ。これまでの道のりに感慨を覚えることではない。断じて。
時計を見る。時間はほとんど経っていない様だ。
あたしは頭を軽く振って眠気を払うと、脳細胞に寝起きの運動をさせ始めた。
さて、さしあたってやるべきは宴の始末。
触手の魔法少女、西呉真央の暴れた被害は甚大だ。
公共物の損壊や後片付けはしかるべき機関(レッカー業者とか、警察の皆さんとか、道路工事のおっちゃんとか)が対応するとして、問題がいくつかある。
遺留品からこちら……あたしや大饗家につながる可能性がぬぐえないことだ。
具体的には車と死体の山。
その1、車。こちらはまだ事前対応の範囲でなんとかなる。
ナンバープレート(外すわけにはいかなかった。逆に目立ってしまうからだ)や各種の登録は、この車がとあるレンタカー会社所有の物である事を示す。
その会社はどこにでも転がっている何の変哲もない中堅会社で、あたしや家との関係はない。
唯一の接点は車を借りた人間だが、当然そいつには偽名を使わせたし、特に特徴もない男だ。辿られる心配はまずないだろう。
(ちなみに、その男は死体の山の中に混ざっている)
もちろん、僅かな情報から追跡を可能にするタイプの魔法少女に追われる……という可能性は捨てきれないが、そこまで心配していては何も始まらない。
《王者の道-ドミネーションアレイ-》で記憶を操作することも可能ではあるが、その手間、更に魔力波長をたどられる危険性を考慮した方がいいだろう。
というわけで、この線は放置。
その2、死体。こっちはわりとどうもならない。いや、どうかしなければならないのだが。
失った分の穴埋めもさることながら、当座の証拠隠滅だけ考えても真剣に頭が痛い。
あの男達は、元はその辺りに転がっていた「消えても誰も困らない種類の人間達」である。
えーと、具体的に言うと、元暴走族今犯罪集団、って感じの。
で、それをあたしが涙ぐましい努力の末うちの兵隊に鍛えなおした次第なのだが、その過程で、
こいつらの活動範囲内であたしが「映像に映る状態」で移動していることが少なからずあったのだ。
自分で言うのもなんだが、あたしの外見は非常に目立つ。もちろんごまかす扮装はしたのだが、それでもばれるときはばれる。
そもそも、そんな場所に少女がいること事態がレアで、その辺の連中の記憶に残ってる可能性も高い。
つまり、彼らを追われるとあたしが見つかる可能性が非常に高くなる。
では、どうするか。
(ちょっと魔力喰うけど……他に手はないかな)
あたしは覚悟を決めると、軽く手をあわせた。
ちょっと前に終わった人気漫画のワンシーンみたいだが、別にそういうつもりはない。
単に……手向けの合掌だ。
『骨も残さず燃え尽きろ』
以上、終了。
男達の亡骸は『命令』どおり、骨も残さず燃え尽きましたとさ。
問答無用すぎるって? そういう魔法なんだからしょうがないじゃん。
そう、これがあたしの《王者の道-ドミネーションアレイ-》。
魔力を注いだ対象にいかなる命令でも実行させる、絶対遵守の王者の魔法である。
現場の人間達には、ガソリンか何かが発火したとでも思ってもらえるだろう。
ひょっとしたら本当にガソリンにも引火したかもしれないが、まあその時はその時だ。
さて、後片付けを続けよう。
まずは、男達に渡していた実体化アイテムを魔力に戻すことから……。
* * *
片付けは小一時間で済んだ。
一番の懸案だった死体を無理やり片付けてしまってからはたいした手間でもなかった。
さて、ここからは脳細胞の運動第二段。未来に向けてレディーゴー(仮)の時間。
さしあたっての、あたしの未来に向けての障害は……。
「……やっぱ触手かなー」
触手、こと、西呉真央。
魔力があたしとほぼ同等のエルダー級でありながら、その性質はあたしとほぼ真逆と言っていい、魔法少女。
彼女の最も恐ろしい点は、その「ためらわなさ」と、それを実行できる「実力」の両立にある、とあたしは見る。
具体的に言うと、「怪しいワゴン車がいる」→「よし、叩き潰そう」の超短絡思考。
何人かの魔法少女があのワゴン車の存在に気がついていたのは確認済だが、あそこまで直接的な手法に出たのは彼女が初めてだ。
他の魔法少女は、せいぜい動向を監視する程度にとどめていた。例えば、緑藤きずなのように。
「そーだ、藁人形どうしただろ」
藁人形、こと、緑藤きずな。
動向を監視していた範囲では、彼女も相当な規模の魔法少女集団と接触があったはずだ。
例えばあの楽園派の連中のように、徒党を組んでいたようにも見えた。
仮に。緑藤きずなが西呉真央に殺害されていたとして(先の状況を見るに、それは十分にありえる可能性だろう)。
さらに、緑藤きずながなんらかの勢力に属していた場合。
その勢力はどのように動くだろうか?
調べてみる価値はありそうだ。
あたしは、目を閉じて、生き残っている部下達に「命令」を送り始めた。
【大饗いとり:遺留品の始末を完了。陰行派の動向を探り始める】
>『断る!』
萌のすげない返答に一瞬面食らうが、そちらに目配せして南雲は状況を理解した。
ウエイトレス――南雲や理奈の同僚が、オーバーワークにべそをかきながら料理を供しに来たからだ。
「坂上さん、シフト入るなら手伝ってよ……」
潤んだ両眼がこちらを非難する――来襲した書生姿の肩越しに。
これであの書生風が魔法少女であることは確定した。ウェイトレスには見えていないのだ。
ただのコスプレであるならば、腰に帯びた大太刀に真っ先に視線が集まるはずである。
「や、ごめんね。ちょっと店長とこれからの給与体系と労働環境について労使交渉しなきゃだから」
南雲は変身していない。だからこのフロアの全ての者に姿が見えている。
そして萌も同じく。運ばれてきた料理を目の前にしての中座はあまりにも不自然だし、店員的には不条理だ。
書生風は――その挙動に一切の気配を感じさせず、半ば唐突に念信を返してきた。
>『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい。
『? ……どういうこと』
放たれた言葉が、南雲のシナプスと結びつくのに若干のタイムラグが生じた。
現れるのが唐突なら、話の持って行き方も唐突だ。
暫定、縁藤きずな殺害犯が、今度はエルダーを殺したいから協力してくれと言っている。
エルダーというのは先程の魔力爆発のアレのことだろう。
書生風はそのエルダーを追ってこの街に?しかし、縁藤きずなを殺した件と結びつかない。
>『先に言っておくと、現場には四人居た。私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
『現場――縁藤きずなの殺害現場?』
情報が断片的すぎて、事の全体像がつかめない。
南雲の知る"例の"エルダー級は、黒いワゴンに襲いかかって中の人を殺し尽くした、あの時までだ。
そこで偵察を打ち切った。おそらく書生風の言っているのはその直後の話だろう。
(うーんこの話題のとっちらかってる感じ。人と話すことに慣れてない――ソロプレイヤーかな)
手を組んでもいつ後ろから刺されるかわかりゃしないこの稼業、独り身を貫く者も珍しくないだろう。
麻子がそうだったろうし、南雲も理奈と出会わなければそうなっていただろうから、よくわかる。
となれば書生風の、卓越した気配断ちの技術にも頷けるというものだった。
>『もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
もう一人――あの時現場にいて、当事者以外の者。
そう、ただ単に、無関係に、その場に『居合わせてしまった』だけなのに、嫌疑をかけられてしまった受難の魔法少女。
目立零子だ。書生風に促されて、彼女がホールへ駆け込んできた。
「目立ちゃん!無事だったんだね」
思わず手を差し出すが、目立は南雲の顔を見て、びくりと大きく震えた。
足が止まり、ホールに入って直ぐの場所で俯いてしまった。
(あ……、)
そうだ。そうなのだった。
南雲が彼女に対して、何をしてきたか。それを紐解けば、この反応も理不尽じゃない。
目立からしてみれば、南雲は友人を殺害し、自分たちにまで殺意を向けた、恐るべき殺人者なのだ。
目立からしてみなくとも、それは紛れない事実だった。
「理奈ちゃん、目立ちゃんのとこについててあげて。理奈ちゃんのいる場所に、わたしは銃口を向けないから」
空を切った手を所在なくぶらぶらさせながら、南雲は書生風を再び見た。
書生風は動かない。だが、動かれてもおそらく南雲たちには反応できないだろう。
魔法少女は戦闘状態にあるとき、身体能力の底上げや生命維持などで常に魔力を纏い続けている。
しからば魔力の流れを感じ取れば、相手の初動はある程度予測がつき、対応をとる時間がある。
達人が、気配から相手の機先を制すように。
だが魔力を完璧に隠蔽している書生風は、あらゆる動きが唐突に見え、故に反応が致命的に遅れる。
そこに加えてだんびらによる完全近接戦闘スタイルときたものだ。考えるだに恐ろしい組み合わせである。
>『緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級ではないという証明は貴方に出来るはず』
『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。
あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
書生風の発言をまとめてオープンチャンネルに放ってから、南雲は書生風をはずした秘匿チャンネルに切り替えて念信した。
『縁藤殺しの容疑者が、エルダー討伐のパーティを募りにテンダーパーチにやってきた……。
事象を分割して考えよ。縁藤云々と、エルダー討伐はまったく別のクエストで、たまたまあの書生風は両方に参加してた。
で、魔法少女率高めのこの店に、わたしたちが縁藤殺しの犯人を探しているともつゆしらずにのこのこやってきた。
って考えるのが自然かな。いやでも、ならなんで縁藤殺しの話をこのタイミングでしたんだろ……』
どこかで二つの動線がクロスしたのだろう。
そして再び離れていった。書生風がこうしてここに来るまでに、いくつかの偶然が重なったのかもしれない。
周囲に視線を走らせる中、脇に抱えた麻子と眼が合った。
意見を問うと、『とりあえずこの書生風を隠形派に突き出せば万事解決じゃねーの?』と身も蓋もないことを言った。
身も蓋もないが、一番シンプルな回答で、南雲もそれが気に入った。
『萌ちゃん、わたしから提案。……店の裏口から出よう。
パンピーもいるこの店でことを荒立てたくないし、ろくに距離をとれない狭い店内じゃだんびらと相性が悪い。
近くに、わたしがいっつも特訓に使ってる、人払い済みの公園があるから、そこに誘い込もう』
店の外なら、仮に戦闘になったとしても南雲の航空兵装や麻子の鎖を展開しやすい。
萌も身体性能を十全に発揮するとなれば、それなりの広さの空間が必要になるだろう。
公園に誘い込んだら、あとは交渉でも戦闘でもなんなりとすれば良い。
とにかく南雲たちにとっての最悪は、テンダーパーチが戦場となり、あの場所が他の魔法少女に嗅ぎつけられることだ。
逆説、それさえ防げればあとはある程度融通が効く。
『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
南雲が思っていたよりも、さらりとその言葉は口を付いて出た。
あの喫茶店を自分たちの拠点にすると決めた時から、いつかはこうせねばならないと覚悟はしていた。
新米魔法少女が四人も集っているあの店は、他の魔法少女達からしてみれば絶好の狩場なのだ。
例えば門前や梔子が、テンダーパーチの存在を知っていたら――きっと一晩おかずに強襲をしかけてきただろう。
だから知られたら、あの店の存在が魔法少女に露呈したら、必ず殺す。でなきゃ護りきれない。
「絶対の勝算があるわけじゃあない。だけど、わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ」
南雲の信念。信念としての魔法少女は、あのちっぽけな喫茶店から始まるのだ。
だから、護る。護るために殺す。そこには、髪の毛ほどの異論もなかった。
【場所を移すことを提案。 真言に対して→縁藤殺害の真犯人として戦うつもり】
【市立図書館・一般書籍コーナー】
端から端まで日に焼けて黄ばんだ背表紙の並ぶ本棚が、さながら林の如く散立していた。
図書館――この街でも有数の規模を持つ噴水公園のとなりにある、市立図書館だ。
地下鉄の駅が乗り入れ、借りた本を飲み物と一緒に楽しむサロンがあり、地下にはスガキヤがテナントに入っている。
その図書館のロビーを入ってすぐの空間、児童書と一般書籍を扱うコーナーに、一人の少女が座っていた。
亜麻色のゆるやかにウェーブのかかった髪を肩口で揃え、上下共にチェック柄の、シンプルな衣服を着ている。
全体的にゆったりとしたデザインで、ベルトなどはなく、ボタンとゴムで固定するタイプの簡易なものだ。
外に出かけることを想定したものではなかった。部屋着――眠るのに都合が良いよう、身体を締め付けない配慮のされた衣服。
パジャマである。
本を構成する紙の原料は、主に木材から取れる繊維だと言う。
ならば、ぎっしり本を詰めた木製の本棚は、ある意味では木本来の在り方に回帰しているのだろうか。
鼻から息を大きく吸う。古書の黴びた匂い、本棚の上から漂う埃の匂い、長い時間で酸化し切った本の糊付けの匂い。
胸いっぱいに吸い込んだ空気をの使い道を探すように、彼女は息を吐いた。
吐息は、澄んだ音を伴っていた。
歌だ。
「ねーんね、ころーりよ、おこーろーり、よ」
澄んだ声が、なにものも邪魔しない空間を穏やかに震わせる。
吐息に吹かれた微細な埃が、舞い上がって壁際の『図書館ではお静かに!』の張り紙を撫でた。
いまは、平日の昼間。当然ながら営業時間中だが、彼女の歌を咎める者は誰もいなかった。
人がいないわけではない。
この日、この図書館を利用しにきた一般客、ここで働く司書、テナントやサロンの従業員……
総勢で30は下らない数の人間が、いまこの時もこの場には存在した。
そして、全員が――歌声の彼女を除いて――机や床に倒れこみ、動かなくなっていた。
あるものは床に仰向けで、あるものは本棚の中に頭を突っ込んで、肩や胸を穏やかに上下させている。
眠っているのだ。この図書館に足を踏み入れた人間が、一人残らず昏倒し、昏睡していた。
異常というほかないこの事態は、無論のこと魔法少女によって引き起こされたものである。
たった今、歌うのをやめた少女の、固有魔法による集団睡眠だ。
「……あえて全員眠らせてから、子守唄をうたってみたわ。圧倒的徒労感に震えろ、あたしッ☆」
少女の名は『草枕夜伽(くさまくら・よとぎ)』。
暗躍系氏族『隠形派』に所属する、広域制圧型魔法少女である。
* * * * * *
「一人ごとがでけえよ、夜伽」
こつ、こつと革靴が床を叩く音を伴って、眠っていない人影がもう一つ増えた。
こちらは男。糊のきいたスーツを着用した、長身の若者。入社したてのビジネスマンといった風情の男だ。
男の名はイナザワ。魔法少女ではない、ただの人間だが――魔法少女の戦いに関わる者。『夜宴』の撮影者である。
「聞こえるように言ってるのよ。悪魔から借りたそのチンケな魔法じゃあ、魔装状態の魔法少女を視認するのも一苦労でしょう?」
「だったら普通に声をかけろ。あるいは魔装を解いて待ち合わせろ」
うんざりと言葉を零す、イナザワの双眸には地味なデザインの色眼鏡がかかっている。
ただの人間である撮影者が、魔法少女を見るために悪魔から貸与された魔法の一つだ。
レンズを通して見える景色において、魔装の不可視化の影響を受けない眼鏡だが、範囲が狭いので人捜しには向かない。
魔法少女に対向するための道具ではなく、単純に観戦を捗らせるための措置に過ぎないからだ。
「縁藤きずなの検死結果が出た」
イナザワは、小脇に抱えてきたファイルを夜伽に放った。
風をはらんでばらばらとめくれるページは、ときおり一面を赤で塗りつぶしたような色合いを見せる。
それが『何』の色なのか、彼と彼女は否が応にも理解していた。
「原型を留めちゃいなかったホトケの肉片かき集めて復元して、どんな風に攻撃を受けて死んだかまで割り出した。
それと、現場に残っていた魔力反応と、僅かなホトケ以外の体液……総合して分析するに――」
無言でファイルに目を通し続ける夜伽をレンズの端にとらえながら、イナザワは吐き捨てるように言った。
「――『夜宴狩り』だ。過去の犠牲者のデータと照合したが、得物から殺り方に至るまでピタリ一致した。
やはりというか、魔力解放後の残り香を隠そうともしていやがらねえのは、いっそ挑発的ですらあるな」
「実際、挑発してるんじゃないかしら。
ここ最近、夜宴派魔法少女ばかりが連続して――肉片になるまで切り刻まれて殺されてる。
きずなもそれに巻き込まれちゃったんだろうけど、多分これ、怨恨や行きがかりの殺しじゃあないと思うの」
『夜宴狩り』。
夜宴に所属する魔法少女ばかりを狙った連続殺人事件は、当の少女達にとっても大きなトピックスの一つだったが、
とりわけ大事件として取り扱っているのは他ならぬ夜宴の運営本部の者達であった。
傘下の魔法少女が死ぬのはまだ良い。問題は、その貴重な『死』のシーンを犯人だけが独り占めしていることにあった。
言うまでもなく夜宴は、命のショーで興行収入を得る営利組織だ。
そこに参加する魔法少女達は、重要な経営資源であり、それが消費される時は利益を生まなければならない。
大事な商材が、公式戦以外で死ぬことがあってはならないと、厳正な管理のもと同士討ち厳禁を触れ出すなど工夫を凝らした。
だが、『夜宴狩り』は、そんな品質管理の努力をあざ笑うようにして、大切に育てた羊を横からかっさらっていくのだ。
現状、夜宴は後手に回るばかり。
対策として撮影者を増員し、派閥ごとに担当をつけて常駐させてはいるが、それ以上の動きはとりようがなかった。
だが、『夜宴狩り』に対してただ襲われるのを座して待つばかりの魔法少女達ではない。
各氏族は既に行動を開始していた。
そして、直近の被害者、縁藤きずなを擁していた『隠形派』もまた、独自に動き始めている。
「まずは、きずなが死ぬ前に追っていた『黒いワゴン車』ってのをあたってみるわ。
ここ最近、怪しい車が路駐してるってタレコミが数十件のペースで、地域安全掲示板にあったみたい」
「それが夜宴狩りと関係あるのか?」
「少なくとも、この街で『何かをしている集団』がいて、きずなはそれを調べていて夜宴狩りに遭遇したの。
芋づる式とはいかなくても、どこかで何かしらの繋がりがあった、はず」
――夜宴狩りの動向捕捉。
それは自分たちの身を守るのと同時に、他氏族へ高く売れる情報になる。
『隠形派』は、積極的な戦闘を好む派閥ではない。
暗躍――武闘派達の隙間を縫って立ち回り、裏で糸を引く傀儡の繰り手達だ。
「それでいて、『楽園派』にはしらっと"生贄"の要求か。たくましいな、お前らも。
転んでもタダじゃ起きないってか?」
「違うわ。友達が死んだんだもの――その死に、たくさんの意味があって欲しいだけ」
図書館における集団昏睡は、『黒いワゴン』の連中を誘い出す夜伽の仕掛けだ。
魔法少女や、その使い魔がわざわざ車を用意して行動するメリットは薄い。
ならば黒いワゴンを駆る者達は、おそらくただの人間で大部分を構成する集団だ。
街の各所に散らばっていることから、なんらかの工作活動ないし調査活動を行なっていると推測される。
そこで、夜伽は図書館を一つまるごと眠らせて、制圧した。
従業員も含めた全員が眠り続けていれば、電話も繋がらないし、利用者の家族も帰りが遅いことに心配する。
その不安や、ほころびは、必ず『噂』という形になって街中を駆け巡る。
黒いワゴン車の連中が、路上の会話や携帯電話の傍聴にまでアンテナを広げているならば。
――必ず、この図書館の異常に気付く。
それは魔法少女には感知できない異常。"人間"の感覚器でなければ知りえぬ異常。
言わば、夜伽がやっているのは『人間限定のコール』なのであった。
「あの世できずなに、死んだ甲斐があったって、言わせてみせるわ」
草枕夜伽は待つ。
夜宴狩りに届きうる、足がかりの到来を。
【隠形派:広域制圧型魔法少女『草枕夜伽』をこの街に派遣。楽園派に対する脅しと平行して夜宴狩りの手掛かりあつめ】
【夜伽:夜宴の撮影者・イナザワと共に市立図書館を魔法で制圧。異常事態に気付いた者が駆けつけるのを待つ姿勢】
名前:草枕夜伽(くさまくら・よとぎ)
所属:隠形派(ただし、縁藤きずな死亡によって夜宴派にも繰り上がり当選)
性別:女
年齢:16
性格:落ち着きがあり、辛抱強い。つらい現実に立ち向かうよりも、じっと耐えてやり過ごすタイプ
外見:亜麻色の髪、ふわりとしたウェーブのかかったセミロング。血色は良い
魔装:チェックのパジャマ
願い:眠い
魔法:「スリーピング・ビューティー」
魔力で編んだ"いばら"を具現化し、自在に操る能力。
この茨の刺で傷つけられた者は、痛みや出血の代わりに『眠気』を得る。
眠気は追加で攻撃を受けることで蓄積し、限界が来ると『寝落ち』してしまう。
『対象を眠らせる能力』ではなく『対象を眠くさせる能力』なので、気力でこらえたり眠気覚ましによる対処が可能。
武器などにいばらを巻きつけて攻撃すると、その武器の殺傷力分だけ強い眠気を与えることができる。
例えばナイフにいばらを纏わせて相手の心臓を貫いた場合、対象は傷つかないが、即座に深い眠りにつく。
いばらそのものは長さや太さを調節できるものの、普通の植物としてのいばらの強度しかない。
属性:眠
行動傾向:わりと一般人を巻き込むことを躊躇わず、環境を広く使って戦う
基本戦術:いばら単体での攻撃力はたかが知れているので、武器を生成しいばらを纏わせて白兵戦。
うわさ1:ある寒い朝、枕元に立った悪魔と契約してこんなことになっちゃったらしい。
うわさ2:幼い頃は身体が弱く、長期の入退院を繰り返したせいで、たまに学校行くと浦島太郎状態だったらしい。
うわさ3:眠ることは彼女の中で一種の儀式と化しており、つらいことがあっても寝れば封印してけろりとしている。
>『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。
> 私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい』
>『? ……どういうこと』
注文を取りに行った南雲も、まさか厨房でまかなえないオーダーをされるとは思ってもいなかったのか、
反応にいささかの遅延が生じている。
対して萌は非常に率直な感想を脳裏に浮かべた。
すなわち――"うさんくせー"
一同のいずれも及ばない強者。探知に秀でた南雲が、真言の魔力量を計って出した結論だ。
それだけの実力があるならいきなり全員切り捨てて核だけ持ってゆく方が話が早くはないか。
(あるいは――"これ"を気にしたか)
と考えながら目だけを横へ向ける。
屋守が実に楽しそうにカトラリーを動かしていた。
表情のわけは料理と状況のどちらか、あるいは両方か。
悪魔と事を構える可能性を忌避するのは十分に理解できる。が――
(そんでも、あたしらのツラだけ覚えて後で仕切り直しもできたはず……)
萌は真言の"ルール"を知らない。故に、警戒感も消えない。
>『先に言っておくと、現場には四人居た。
> 私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
> もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
続く念信の最後に、鈴の音が重なる。
戸口には黒髪、おさげ、メガネという地味の金型から射出されてきたかのような、
クラシカル通り越してアルカイックな少女が立っていた。
>「目立ちゃん!無事だったんだね」
(あーこの子か、遊園地に居た……はず)
萌は目立のつま先から頭頂まで視線を無遠慮に数往復させる。
そうするだけの時間的余裕が十分にあった。目立が竦んでいたからだ。
(ああ、やっぱり居たんだ……)
無理もない、と萌は思う。
あの廃遊園地に居たということはつまり南雲の凶行に曝されたということだ。
明確な害意を持って銃口を向けてきた相手を前に、平静でいられる者の方が少ないだろう。
それに気付いた南雲は理奈を目立の側に付けて、それから考察を開陳する。
途中、麻子にも意見を求め、それから最後をこう結んだ。
>『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
> 仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
萌は茶をすすりながら秘匿回線で返信する。
隠れ家的というか隠れ家そのものだがそれは置くとして。
麻子や南雲の言うとおり、真言に協力するよりここで真言本人を倒してしまうほうが話は早い。
エルダーにまで上り詰めた相手よりまだしも与し易くもあるだろう。
とはいえ、話を聞くだけなら労力などかかりはしない。
聞くだけ聞いて断ることもできるのだから。
ともあれ、どう断を下すにせよまずは当事者の一人である目立の話も聞くべきだろう。
萌はそう考え、ちょうど平らげ終わった皿の上にフォークを置いて、そちらへと目を向けた。
『こちらさんの言ってることはマジなの?』
急に水を向けられた目立は肉声で「あの……」と漏らす。
それから無言。
萌は茶をすする。カップが空になった。
無言。
少し待つ。
無言。
手持ち無沙汰になって屋守のカップをかすめ取る。抗議は無視。
無言。
萌の中で何かが切れる感触。
「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
叫びながらテーブルに手をついて前宙、その勢いのまま目立に詰め寄り両の頬を掴んだ。
「人が!聞いてる!でしょうが!こー!たー!えー!なー!さー!いぃー!よっ!」
なおも叫びながら掴んだ頬を思い切りこねくり回す。
もちろん目立には事情があるが、萌はそれを知らない。
目立は普通に泣いていた。
その後。捻り上げられた頬の内から絶え絶えに絞り出された言葉によって、一同は大体の顛末を知った。
心の枷も肉体的な痛みの前には結構無力なものである。
もう一派に対する目立の心象は"最悪"を脱することはなかろう。
いまだギーギー言いながら頭からキノコ雲を立ち上らせる萌は理奈に腰を抱えられて引き剥がされた。
それから、
>『やっぱり。怖い、かも』
「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
思わず漏れでた念信の元である真言に向き直って凄む。
視界の端では件のウェイトレスが、空気を相手に喧嘩を始めようとしている客を恐怖の目で見ていた。
目を逆へと巡らせると、店内の他の客も同様だった。
『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
バツの悪さもここに極まれりといった表情でそう提案した。
銘柄指定なのは単純に萌本人の好みである。
『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
テーブルに載せられた伝票から屋守の分を除けつつ(まだ参加表明はしていないのでこの時点での支払い義務はないはずだ)、
萌は真言へそう伝え、それから南雲に道を尋ねた。
【至って自然に場所を変える】
佐々木は悠然と、厳然とそこに立っているように見えた。
立ち姿に揺らぎはないし、視線は前をひたすらに見据えているし。
いつも通りに、気配はひたすらに隠されて、体には気力が張り詰めている。
しかしながら、実際の所佐々木は怯えていた。
これまで、魔法少女と交渉という行動に出たことは、そう多くはない。
大抵において、相手の魔法少女が悪であると感じ次第に、殺害してきた。
今現在まで一人で倒せる魔法少女ばかりであった事で、そのような他者との接し方しかして来れなかったのだが。
今この時点で、佐々木真言は西呉真央を殺害できないだろう、と佐々木自身が思う。
弱いつもりはないが、強いつもりもないのだ。そして、己が真正面から挑もうと、闇討ちをしようとも佐々木は西呉に勝利できない。
だが、あの西呉の在り方は、理由がどうであれ悪だと佐々木は思う。だからこそ、殺さなければならない。
だが、殺すには力が足りない。だから、何とかしなければならないが、佐々木には協力をして貰える魔法少女も、支援者も居ない。
故に、佐々木は此処に来た。多くの魔法少女の気配がする此処で、助力を得られないかと一つの賭けを。
>『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。
> あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
『緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた。……まあ、証明は。出来ない、けど。
それでも、私はあの。エルダー級を、倒さなきゃ、ならない。それだけは、間違い無く事実』
証明のない発言ほど、どうでもいいことはない。
なにせ、何を言ってもその発言が事実であることを証明することは出来ないのだから。
だが、それでも佐々木は言う。己は緑藤を殺していないことと、エルダー級を倒したいという事を。
『あなた達が、悪なら。この場で全員殺して、核を奪うところだけど。
あなた達。なんだかんだで、まだまとも。
だったら、まだ殺さない。あなた達が、致命的な間違えを犯さない限り、は』
萌の、なぜ?という思考に答えるように、朴訥と念話が垂れ流される。
致命的な間違えが何なのかは、分からないが、少なくとも口頭の上では殺害の意志は無さそうだ。
そして、動作の前触れがわかりにくい佐々木だが、少なくとも臨戦態勢ではない。警戒態勢では有るが。
>「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
「ひゃ、っふ!?」
萌の叫び声と同時にじゃきぃ、と反射的に抜刀してしまう佐々木。
なんとも情けない声が一瞬漏れたが、佐々木自身、初対面の魔法少女を複数という状況で凄まじく緊張していた。
そう、うっかり驚きで太刀を抜いてしまう程度には。
やってしまった、と心の中でため息を付きつつ、同したものかと思う。
とりあえず、素早く刀を納刀し、無かったようにしようとするが、刀を収めた後に、右の震えが止まらなくなり始めた。
感情が乱れると、佐々木は発作的に右手が痙攣し始める癖がある。頑なさを失った少女は、ある程度歳相応に見えたかもしれない。
数度、息を吸って吐けば、右手の震えは止まり、先ほどの狼狽えた様子は欠片もなくなった。無かった事にしたいらしい。
>「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
『怖い』
もう一回、律儀に怖いと言い返した、佐々木。
どこと無く、ズレている。
どちらにしろ、佐々木の頭のなかでは、萌はヤンキーであると位置づけられた。
>『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
『ココアが……、良い。外、寒い。から。バンホーテンが、好きだけど。
あと、戦って。お腹減った。代金、払うから。ホットサンド、テイクアウト』
発言や態度が少々ズレているが、食い逃げをしたわけでもない。
まだ、伝票は出していないため、それにホットサンドを加えてもらうように頼んだ。
敵対の意志を見せる者も居る中で食事ができるのは、図太いのかズレているのか可笑しいのか。きっとそれのどれかの複合系だろう。
>『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
どうやら、相手の陣営は場所を変えようとしているようだ。
警戒の意志を深める、佐々木は、魔力で右手を締め上げるように押さえつけ、丹田に意識を向けて深く深く集中する。
いつ背後から撃たれるとも限らないのだ。いつでも対応できるようにしておくのは、当然。
魔力的な実力差は開いているものの、数の有利は相手にある。決して、油断していい相手たちでは、無かった。
テンダーパーチ組が話している間、佐々木は勝手にお冷を注ぎ、飲んでいた。
緊張で喉がからからで、何か水分を口に含まなければやっていられなかったのだ。
まず考えるに当たって、あの黒服の主人に対して、どう対策を練るか考えねばなりません。
先ほどの黒服との戦いの時も彼らは私の戦法を把握しているような素振りを見せていました。
それはつまり、彼らの主人が私に目をつけているということになります。
それが自衛の為なのか、私を倒すためなのかはわかりませんが、自身の情報を明かさないように
転々と狩場を変えている私にとって、彼らの主人が持っている情報網は脅威以外の何者でもありません。
可能であれば、優先的に狩らねばならないのですが、この複雑な状況の中で
ターゲットを絞って行動するのは悪手なような気がしますね。
なので、彼らの主人に関しては狩るのは保留にしておきましょう。
ですが、私の情報を流さない為にどちらの氏族にも接触にくくなるよう策を仕掛けておきましょう。
と行動に移る前にあの魔法少女のことが気がかりですね。
彼女の目的も気になりますが、彼女がどちら側につくかで少しばかり話が変わってくるかもしれません。
まぁ、お礼のつもりで渡した遠藤きずなの魔法核のせいで犯人に間違われている可能性もありますね。
『世界征服を願ったエルダーから貰った』と正直に話しても、そう簡単に納得できるとも思えませんからね。
そんなつもりで渡した訳ではない此方からしてみると少しばかり罪悪感を感じてしまいます。
彼女がもしどちらにもつかず、どこにも接触していなかったのなら、その旨を話して返してもらうことにしましょう。
まず先に西呉が向かったのはテンダーパーチだった。
現在の坂上達の状況を確認したかったというのもあるし、報復と恩を売るために
先に黒服達が楽園派と接触する可能性が高そうな気がしたからというのがある。
魔力を抑え、建物を飛び移りながらテンダーパーチに向かっていると西呉はあることに気がついた。
「魔力反応が減っていますね」
今朝確認した時よりもテンダーパーチから感じ取れる魔力反応が明らかに4、5人ほど減っていたのだ。
「逃げられましたかね?それとも、早速調べに出たと見たほうがいいのかも」
むしろ、留守にしていたほうが今の西呉にとって好都合である。
西呉は早速、今朝方変身したテンダーパーチ近くの路地裏に引っ込むと自身の固有魔法を使って擬態を始めた。
西呉は「変化」に特化した魔法少女である。
ある人曰く『自分が変われば世界が変わる』、まさに西呉の魔法性質はそれを体現しているといっていい。
そして、エルダー級ともなると、ただ自身の体を『変化』させるだけではなく、魔法波長、核さえも『変化』させることが可能になる。
西呉の擬態は、その『変化』によって、外見だけではなく波長でさえも見抜けないほどのレベルに達していると言っても過言ではない。
擬態をすませた西呉の姿は、先ほど殺害した黒服の姿だ。
その姿で路地裏から出てくると、早歩きでテンダーパーチへと向かう。
その両手には物体生成によって作られた機関銃が握られている。
西呉の策、それは黒服に擬態して、両陣営に宣戦布告をするという単純明快にしてはた迷惑な作戦である。
本来ならば、黒服の姿ではなく、坂上、猪間に擬態し楽園派の人間に奇襲を仕掛け仲違いさせるつもりだった。
(坂上だけではなく猪間にも擬態しようと考えたのは戦闘スタイルが近かったので)
西呉は店先につくやいなや、ドアを蹴破り、少しの間も与えずに両手の機関銃をぶっぱなした。
目的は黒服による襲撃があったという事実だけなので、狙いは専ら壁や天井等と人を避けるように配慮を欠かさない。
ある程度、店を破壊したのを確認すると、追っ手が来る前に西呉は直様、逃亡を始める。
近くを走っていたタクシーに飛び乗り、そのまま、追っ手が来ないことを確認しつつその場をあとにした。
しばらくして、西呉は擬態をとき、鉄塔の上から街の様子を眺めていた。
黒服→楽園派への宣戦布告の次は、黒服→隠形派の宣戦布告なのだが…
拠点らしきものを持っている楽園派と違い、隠形派の場合はそれの情報さえも掴めていない。
先ほどのような真似は出来ない以上、こちらは黒服と隠形派の接触する動きを見てから動かねばならない状況である。
それを見逃さない為にも、西呉は六つの目を監視カメラの用に体表を這い回らせ
黒服車の動きを一台一台監視する。
「しかし、全然気が付きませんでしたね。こうして見るとまるでゴキブリのようにそこら中にいるじゃないですか」
気がつかなかったのではなく、見つからないよう隠れていたのではないかと西呉は思う。
「今のところ、何の動きもなさそうですね」
保守
保守
「何がおかしいのさー。殴るよ」
「殴ってから言わないでほしいな……。でも、うん、理解はできる。
踏みつけ、導き、傲慢に、愛する。それゆえの王の魔法か。魔法核も粋な答えを用意したというべきかな」
「一人で納得するなっての。要はどういう話なのさ」
「君は立派に王様だ、って話だよ。しかし、いつまでも君じゃ座りが悪いな。名前は?」
「まあ、立派な王様目指して教育されたしなー。性は大饗、名はいとり」
「オオアエ、イトリ? へえ、面白い名前だね」
「人様の名前捕まえて面白いとか言うな」
「ごめんごめん。……そうだ、いいことを思い付いた」
「?」
「イトリ、祝福をひとつあげよう。
オオアエ・イトリの、オオアエ・イトリだけの魔法。その名前さ」
『王者の道-ドミネーションアレイ-』
情報を御するのは、波乗りに似ている。
いや、あたしに波乗りの経験はないから、波乗りの方に関しては耳学問以外の何物でもないのだが。
感覚を研ぎ澄ませながら、波が訪れるのをじっと待つ。
一時も油断は許されない。退屈とも思われる時間に、退屈を覚えてはいけない。
ただひたすらに、時が来るのを待たねばならない。
そして、ひとたび波が来れば、自らの技量の全てを賭けてそれに乗る。
乗らない、と言う選択肢はない。海に出てきている時点で、その選択肢は消え去っている。
結果は二つ。
乗りこなして高みに上るか、波に呑まれて藻屑となるか。
呑まれたくなければ、高みに上るしかない。
そして無論、波は一度では終わらないのだ。
あたしは今、情報の波乗りの只中にいる。
ワゴン2番より。北部地域巡回中。新規の魔法少女反応は確認できず。既知の魔法少女数名を個別に確認。引き続き巡回。
資料班3番、先日確認の魔法少女反応数件について照合完了。資料まとめと転送は追って今日中に。
ワゴン5番。南部市境地域巡回中。魔法少女反応なし。巡回続行。
通信班3番。消防無線傍受中。ワゴン4番の残骸は現在消防車が出て消火作業中。鎮火次第警察の調査が入る見込み。
ワゴン1番より。商業エリア移動中。ワゴン4番の報告にあった喫茶店より距離300、現在はアンノウンの反応のみ。ワゴン4番残骸に過度の接近を避け巡回ルートを修整。
通信班4番、ネット通信トラフィック解析続行。魔法少女についての言及はステージ2を維持。特記:市立図書館に関する言及が増加。詳細解析中。
ワゴン3番。『楽園派』本拠近郊を巡航中。魔力強度、波長、変化なし。解析続行しつつ離脱。
【レギオン】「……よくそんなに並列処理できるね。そういう魔法とはいえ」
【いとり】「この会話も並列処理に入るって分かって言ってるだろ。後で殴るぞ」
【レギオン】「おおこわいこわい。即座に来ないだけテンパってるのが分かるね」
軽口を叩くレギオンを軽くにらみつけると、あたしは再びソファに座りなおした。
魔装のドレスの豪奢な黄色が目に痛い。相変わらずこれだけは慣れないな、と思考の片隅で思う。
鬼のような並列思考をこなしながらそんな事を考える余裕があるのも、魔力で思考性能を強化しているからだ。
あたしの“臣下”の固有魔法の一つ、《即席英雄-インスタントマスタリー-》。その顕現(モーメント)は強化。
短時間なら、という制限つきで、個人に属するおよそあらゆる能力を強化できる、汎用性の高い魔法だ。
“彼女”は割と完璧主義なところ……おっと、話がそれた。
魔力で思考速度を強化してまであたしが何をしているかというと、情報の集積である。
普段あたしの命令で動いている部下達とは、完全に情報が共有できているわけではない。そんな事をしたらあたしの脳が焼き切れてしまう。
それを今回は、完全に状況モニターを同期させ、部下達を文字通りあたしの手足のように認識する状態にしている。
この過程を、全ての部下に対して、通信による情報転送と平行して行う。
そうする事で、『王』であるあたしは完全に情報を掌握し、次の一手が打てるようになる、というわけだ。
聖徳太子は10人の部下の陳情を同時に処理できたという。あたしもそのくらい出来なければ、王様に近づくことは出来やしない。
とは言うものの、今のところ、気になる情報はあまりない……いや、一つだけあった。
【いとり】「市立図書館……から、人が帰ってこない?」
通信班4番の得ている情報……入手経路は極秘だ……によると、曰く、
「市立図書館に行くといって出て行った娘が数時間たっても帰ってこない」
「市立図書館に電話しても留守電になる」
などの通信が、ここ数時間で激増しているらしい。
一つ二つ三つぐらいならただの偶然だが、それ以上の数がそろっている、との事だ。
【いとり】「ふうむ……」
これが事実だとすれば、まず間違いなく魔法少女による行動だろう。
ただ、何故そんな事をしたのか。
自分の欲望のままに魔法で暴れる魔法少女というのも、まあいないではないが、あたしがこれまで見てきた中では比較的少数。
しかも、市立図書館を丸ごと沈黙させられるとなると、そこそこ魔力のある魔法少女だ。
そんな少女(だと思いたい)がこんな行動に出る理由というと……。
………。
【レギオン】「あっ」
あたしの思索は、レギオンの楽しそうな声でさえぎられた。
【いとり】「なにさー」
【レギオン】「いやあ、なかなか面白いことが起こっててね。あ、いとりの部下達もそろそろ気がつくと思うよ」
その通りだった。
ワゴン1番。緊急:ワゴン4番報告の喫茶店に……『私達』に酷似した外見と魔力波動を持つ何者かが侵入。発砲を繰り返した後、逃走。怪我人の有無は不明。
その時のあたしの顔を、海賊漫画と死神漫画と死の帳面漫画のどれで例えるべきだろうか。
鏡がないのが幸いだった。
大饗いとりがものすごい顔になってから数時間後。
市立図書館の地下鉄駅の改札口から出てくる、一人の男の姿があった。
私達は彼の事を知っている。
西呉真央と交戦し、唯一生き残った、黒服の男。
その名に意味はないが……以前の呼称に習い、黒木と呼ぶことにしよう。
黒木がここに来たことに……正確には、黒木以外がここに来なかったことには、いくつか理由がある。
巡行経路のワゴン車が遠距離から観察した段階で、ここを制圧している魔法少女が、彼らの間で通称眠り姫と呼ばれる広域制圧型魔法少女だと判明したことが一つ。
ワゴン車を向かわせてしまっては、本来の探索任務に支障が出ることが一つ。
『特別な事情』により、黒木の手が空いていたことがひとつ。
黒木単体でもそこそこの魔法少女なら対応できるレベルの戦闘能力があることが一つ。
そして。
大饗いとりが推測した理由からすれば、黒木こそがこの件に適任だという事が、一つ。
彼は迷い無く歩を進める。階段を上り、図書館の入り口に向かう。
図書館は、冗談かと思うような有様だった。
うねうねと動く茨が要所を覆い、近寄るものを傷つけようと唸りを上げている。
ガラスの自動扉こそ開きっぱなしで機能していないものの、そのまま入るのはためらわれる状況だ。
黒木は特に警戒するそぶりも無く入り口に……茨に近づいていく。
そしてそのまま。
飛び越えた。
当然、茨は彼の身体を追い、縛り付け、眠りに落とそうとするが……それは適わなかった。
黒木の体に及んでいる《王者の道-ドミネーションアレイ-》の効力は、茨の……スリーピングビューティーの効果に対抗する場合、すこぶる相性がいいのである。
『眠るな』
そう命令すればいいだけの話なのだから。
黒木は茨を力づくで引きちぎると(その過程で、彼が保有する「能力を強化するカフスボタン」の効果が発動したことは付記しておく)、ゆっくりと中に向かって歩いていく。
そして、唯一眠っていない二人の人影を認めると……。
【黒木】「やあ」
声を、かけた。
【黒木】「私達の予想が正しければ、ここである程度歓談が出来るはずなのだが……違っていたら、言ってくれたまえ」
【大饗いとり:相変わらず自室から部下を介して暗躍中。
黒服の男(黒木):図書館に到着。草枕夜伽と対峙】
【ゆりか】『みんな――ちょっと聞いてくれる?』
おっきなお姉さん(守本祝子さん)との自己紹介を済ませ、いざ修行開始!――と、思ったその矢先。
厨房から戻った叔母さんがすごく申し訳なさそうな顔で私たちに念信を送ってきた。
それもそのはず。
叔母が伝えてきた話の内容は冷めて硬くなったエビドリアの40倍は不味そうな凶報だったからだ。というかそれ、もう不味いじゃ済まないです。
無害じゃないので食べられません。
詳しい内容はややこしいので要点だけ。穏形派が恐い。苗時さんがキツい。目立さんがピンチ。
きっちり三行! やったね私! あとはいつもどおり学校に行けたら幸せなのに……いえ、嘘です。
【南雲】「とりあえずこの件について、わたしのスタンスをはっきりさせておくね」
思わず現実から目を背けそうになってしまった私の前で、南雲さんが口を開く。
『穏形派』の人たちがどんな魔法少女で、裏で何を考えているのか、私にはわからない。
けれど、目立さんを向こうに引き渡せばきっと今よりも悪いことになる――南雲さんの言葉を聞いて、それだけは間違いないと思った。
【南雲】「わたしは、目立ちゃんを守るよ。真犯人が見つかろうが見つかるまいが、ここだけは変わらない。
それで隠形派が怒って攻めてくるんなら――この一週間で、わたし達がそいつらより強くなれば良い」
新しい師匠もできたことだしね、と言葉を繋ぎ、南雲さんは決然と言い放った。
【萌】「つーか、わかってていちゃもんつけに来てるんだろーしねえ、そいつら……」
わかってて――なのかな?だとすれば『夜宴』にいる魔法少女達はとてもしたたかな人たちなのかもしれない。
自分たちの仲間を殺されて……それをダシにして誰かを仕留めようとするなんて。
【萌】「とりあえずやりあう方向で考えるっきゃねーでしょ、完全に余計なゴタゴタだけどー」
料理を待ちながらげんなりと呟く萌さん。私も何か食べよっかな……。
【萌】「なんとかおさめてせいぜい高く恩売ろーぜ」
萌さんが言っているのは多分苗時さんのことだろう。確かに、この問題をおさめることが出来たらそれなりの何かを要求したっていいはず。
状況的に一番頭を抱えているのは多分あの人だと思うけど……そんなの、もうお互い様だよね☆ ――こんな風に思う私も、案外したたかなのかもしれません。
と、思ったそのとき――
【屋守】『手間が省けて良かったな……どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
(そいつ……?)
屋守さんの言葉に促され、入口の先に視線を送る。目に飛び込んできた映像は、大鴉のごとく黒い影。そして、腰に帯びた大きな刀。
【南雲】「ッ!」
え?誰なの、この人――――呆然と立ちつくす私を素早く反応した南雲さんが引っこ抜く。
子犬のしゃっくりみたいな悲鳴をあげる私を小脇に抱え、大きく、バックステップ。私が立っていた場所は……確実に刀の届く範囲だった。
【続きます】
【真言】「良い。動きだ」
独特の抑揚と響きをつけて、黒衣の剣士が言葉を紡いだ。暗く沈んだ瞳からはいかなる感情も読み取ることができない。
いわゆる明鏡止水の佇まい。もの静かなその影からは幽かな殺意すらも伝わってこない。
一体……いつからいたんだろう?反対側で私同様一緒に抱えられていた麻子さんが悔しそうな表情で舌打ちするのが聞こえた。
南雲さんの動きを見た近くのお客さんが目を丸くしている。
普通の人には見えていない。この人は……新手の魔法少女だ。
【南雲】『縁籐きずなの魔法核を持つ魔法少女――それって、真犯人ってことなんじゃあないの!?』
え……この人が犯人?
南雲さんのブルゾンの端を掴みながら立ち上がる私。背中に触れた手のひらの間から激しい鼓動が伝わってくる。
【萌】 『知らん。でも都合はいい』
【南雲】『縁籐きずなを殺った犯人は、てっきり例のエルダー級だと思ってたけど……違うのかな』
『…………わかりません』
正直なところ、私は屋守さんの言葉を疑いたい気分に駆られていた。けれど、あの悪魔がこの場で私たちに嘘をつく理由なんてどこにもない。
この人が本当に縁籐きずなという人の魔法核を持ってるかどうかなんて……確認すれば直ぐにわかることだもの。
つまり状況証拠だけを見れば、この人は限りなく黒だ。
……見た目もかなり黒いけど。
南雲さんの指示を受け、お互いの距離を空ける私たち(ちなみに萌さんは屋守さんを盾に山盛りのプレートを喫食中)。
【南雲】『いらっしゃいませお客様、ご来店ありがとうございます――ご注文は?』
刀を下げたお姉さんの意図を知るため、南雲さんがまず念信を送った。
【真言】『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい』
【南雲】『? ……どういうこと』
【真言】『先に言っておくと、現場には四人居た』
【南雲】『現場――縁藤きずなの殺害現場?』
【真言】『私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、証人にも良いと思って』
剣士からの「注文」はとても意外なもので……南雲さんの表情は困惑していた。
傍で聞いている私にも話がすっ飛び過ぎててわけがわからない。一体この人は何を知っていて、何を知らない状態でここにいるんだろう……?
黒い剣士は振り向き、入口の方へと目線を向けた。ガラス枠の扉の向こうに人影が見える。この人が、証人?
【真言】『――聞こえるなら、こちらに来ると良い』
【南雲】「目立ちゃん!無事だったんだね」
導かれるように入ってきたのは目立零子さん。今現在『穏形派』から容疑者にされてしまっている、正にその人だった。
さっき電話が繋がらなくなったときはどうしたんだろうと心配だったけど……よかった。特に怪我はしてないみたい。
でも、余程恐い思いをしたのだろう。ホールの中に駆け込んできたその顔は、ひどく青白く見える。
南雲さんが気遣うように駆け寄るも、目立さんは体を大きく震わせて俯いてしまった。
【南雲】「理奈ちゃん、目立ちゃんのとこについててあげて。理奈ちゃんのいる場所に、わたしは銃口を向けないから」
「……はい」
私は目立さんの腕をとった。私たちの過去を考えるなら……この人の反応は無理もない。
【続きます】
黒い剣士が目立さんに目線を向けた。
【真言】『緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級ではないという証明は貴方に出来るはず。……良い?』
【南雲】『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
【真言】『緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた。……まあ、証明は。出来ない、けど。
それでも、私はあの。エルダー級を、倒さなきゃ、ならない。それだけは、間違い無く事実』
この段階で得られた情報を南雲さんが内側でまとめる。
【南雲】『縁藤殺しの容疑者が、エルダー討伐のパーティを募りにテンダーパーチにやってきた……。
事象を分割して考えよ。縁藤云々と、エルダー討伐はまったく別のクエストで、たまたまあの書生風は両方に参加してた。
で、魔法少女率高めのこの店に、わたしたちが縁藤殺しの犯人を探しているともつゆしらずにのこのこやってきた。
って考えるのが自然かな。いやでも、ならなんで縁藤殺しの話をこのタイミングでしたんだろ……』
答えられる人はいなかった。厨房にいる叔母がわずかに口を開きかけて、止めた。――何て言おうとしたんだろ?
【真言】『あなた達が、悪なら。この場で全員殺して、核を奪うところだけど。
あなた達。なんだかんだで、まだまとも。だったら、まだ殺さない。あなた達が、致命的な間違えを犯さない限り、は』
さらっと恐い事をぶっちゃける書生風の剣士さん。
もしかすると――この一言で何かが決まってしまったのかもしれない。意見を募る南雲さんに対し、半眼の麻子さんが呟いた。
【麻子】『とりあえずこの書生風を隠形派に突き出せば万事解決じゃねーの?』
身も蓋もない意見に南雲さんが頷く。
【南雲】『萌ちゃん、わたしから提案。……店の裏口から出よう』
目的地は南雲さんがいつも特訓に使っているという、近くの公園。
【南雲】『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
【続きます】
南雲さん……それで、いいんですか?
【南雲】「絶対の勝算があるわけじゃあない。だけど、わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ」
【萌】 『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
話を聞く――それについては私も同じ意見だった。後半は多分意味が違うと思うけど。
あの人と本当に戦わなきゃいけないなら、せめて、納得の出来る理由が……ううん、違う。確信≠ェ欲しい。
【萌】『こちらさんの言ってることはマジなの?』
食べ終えたお皿の上にフォークを乗せ、萌さんが目立さんに視線を送る。
私の隣にいた彼女の肩がビクッと震えた。突然注目を浴びて驚いちゃったのだろう――と、私は単純にそう考えていたんだけど。
【零子】「あの……」
スカートの両側面を握りながら、目立さんは肩ではなく今度は唇を震わせていた。
目尻には涙を浮かべている。何かを堪え、酷く迷い、とても苦しそうな表情だ。
【零子】「……」
無言のまま私を見る。
【零子】「…………」
南雲さんと麻子さんを見る。
【零子】「………………」
最後に縋るような目で書生風の剣士さんを見つめたところで――誰かの頭からぷツン!という音が聞こえた。
【萌】 「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
【真言】「ひゃ、っふ!?」
萌さんだった。座った状態から宙返りを決めるというアクロバティックな手段で目立さんとの間合いを詰める。
【萌】 「人が!聞いてる!でしょうが!こー!たー!えー!なー!さー!いぃー!よっ!」
【零子】「ひいいいいいいいいいいいい…………!!?」
目立さんのほっぺたがグニられる。プニられる。イジられる。ぐにょおおおおおぉぉ〜ん……と、しまいにはとんでもない長さに引き伸ばされる。
やだ、すごい。目立さんのほっぺ、柔らかくてすごく気持ち良さそう――いや、そうじゃなくて!
萌さん!目立さん泣いてる!マジ泣いてるから!! 止めたげてよぉーっ!!!
……と、まあそんな慌ただしい状況の中、断片的ではあるけれど私たちは目立さんからだいたいの情報を聞き出すことが出来ました。
・私たちと電話していた時、南雲さんが確認したと思しきエルダー級が黒いワゴン車に乗っていた、これまた黒い服の男たちを殺害したこと。
・そのエルダーに対し、背後から突如現れた藁人形(縁籐きずなさんの手によるもの)が襲いかかり、書生風の剣士さんがそれを切り倒したこと。
・エルダー級と剣士さんはその後現場から離れ、目立さんの前にはいなかったこと(つまり、縁籐さんが殺されたのはこの後)。
・そして最後に――ワゴン車に乗っていた黒服の生き残りが目立さんに対し『命と魂が惜しければ今見た事を全て忘れ、誰にも喋ってはならない』と、そう脅したこと。
色々と気になるところはあるけれど、残念ながら目の前にいる書生風の剣士さんが『縁籐きずなさんを殺していないという証拠』が、全く見当たらないことがわかった。
私は頭からもくもくと煙のようなものを吹き出す萌さんの腰にしがみつき、何とか目立さんから引き離しました。
散々コネ回された目立さんはしくしくと涙を流し、今にも枯れてしまいそうな勢いです。「聞き出した」っていうより「絞り出した」って感じだよね、コレ……。
【続きます】
と、そのとき。
――パチン
背後から何やら金属質な音が聞こえた。振り向いた先には件の剣士さん。
ええと、もしかして……今のは『鍔鳴り』の音?この人、今、刀抜いてたの??
【真言】『やっぱり。怖い、かも』
あの、それはこっちの台詞なんですけど……。
【萌】 「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
【真言】『怖い』
うわああ、普通に言っちゃうんだ!何なのこの人……?でも確かに今の萌さんは、ちょっと怖いかも。
周囲に視線を走らせる。ウェイトレスのお姉さんや10歩以内に座っているお客さん全てから、変なモノを見るような眼がこちらに向けられている。
事情を知らない人からは萌さんが他のお客さん(目立さん)に絡んだ後、突然虚空に向かって吠えてる風にしか見えないわけだから、無理もない。
本人もそれに気付いたのだろう。気まずそうな顔で会話を肉声から念信に切り替えた。
【萌】 『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
【真言】 『ココアが……、良い。外、寒い。から。バンホーテンが、好きだけど。あと、戦って。お腹減った。代金、払うから。ホットサンド、テイクアウト』
どうやらこの剣士さんにとって空気とはぶった斬るものらしい。かろうじて会話を成立させている二人。何かよくわからないけど、スゴいです。
【ゆりか】『――はい、毎度』
叔母さんが注文に応じると、目の前の空間に突然紙袋と伝票を乗せたトレイが現れた。落ちそうになる前に慌ててキャッチする(え?私が出すの……?)。
顔に縦線を浮かべつつも、ホッとしている自分がいる。これ以上二人のコミュニケーション・ブレイクダンスを見せられたら、私の心が持ちそうにありません。
俗に言うSAN値がずんずん下がっていく中、萌さんが伝票を分けつつ話を進める。
【萌】『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
場所を移して、話を聞くらしい。でもどうしよう……萌さんはともかく、南雲さんと麻子さんはこの人と戦う気だ。
書生風の剣士さんに目を向ける。お冷を自分で注いで飲んでいた。魔装状態だとウェイトレスさんには気づいてもらえない。
『あの……どうぞ』
私は剣士さんにホットサンドを乗せたトレイを差し出した。この書生風大鴉な人は、一見悠然と――ただただ平静に振舞っているように見える。
けれどさっきからのズレた発言といい、発作的な抜刀といい、何かが腑に落ちない。
それに、私は見てしまったのだ。さっき刀を納めたこの人の右手が…………怯えるように震えていたのを。
二人を止めたほうがいいのかな……?でも、どうやって?
うろたえるだけの私の前で、流れをまとめつつあった南雲さんたちに叔母さんが声をかけた。
【ゆりか】『ひとつ、いいかしら――?』
【もうちょっとだけ続きます】
厨房とホールを繋ぐカウンターに右手だけで頬杖をつき、叔母は続ける。
【ゆりか】『さっきその子が言ったこと……多分、本当だと思うわ』
その一言にホールの空気が微かに揺れた。言葉にされない思念の波。叔母に対して一瞬だけ向けられたそれは疑念か、驚愕か、それとも――落胆か。
<緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた>
【ゆりか】『勘違いしないでね。弁護するつもりはないの。
ただ、あなた達がこの状況をきちんと判断したいなら、もう少し材料を加えておいたほうがいい……』
叔母は目を下に落とし、それから言葉を選ぶようにゆっくりと、慎重に思念を送ってきた。
【ゆりか】『先ほど南雲ちゃんに聞かれて言おうかどうか迷ってたことがあるの。
確信が持て無かったし考え事をしててタイミングを逃しちゃったけど、今伝えておくわ……。
その子が縁籐きずな殺害の話を、ここでした理由ね。
すごく簡単…………私たちが気づくずっと前からその子は店内にいたのよ。
間抜けな話だけど、彼女の隠密性を考えれば無くはないでしょ……?
その状態のまま私は苗時の話をみんなに伝えた。念信を使って魔法少女全員に届くように=x
叔母さんは目を上げた。その瞳が剣士さんに向けられている。叔母の念信は現在はこの人に向けられていないみたい。
【ゆりか】『盗み聞きというわけじゃないけど、つまりそういうこと。不思議でもなんでもない。
問題はそれを知っていたのにどうして逃げなかったのか≠ニいうことよ。
悪魔がいることも、自分が容疑者として真っ先に疑われるリスクも承知の上で、屋守に名指しされるまでこの場に留まった……それは、どうしてかしら?』
……どうして?私たちは顔を見合わせる。そうだ。私の感じた違和感は、まさにソレ≠セった。
【ゆりか】『その子が恐ろしく察しの悪い人間で、犯人探しをしている私らの前にのこのことやってきた――確かに、その可能性もゼロじゃない。
ゼロではないけど、魔装で潜んでおく程の警戒心がありながらこの状況に対して危機回避能力がまるで無いというのもあまりに不自然よ。
あるいは自分の能力にかなりの自信があって、あなた達に見つからないようこっそりとお店の伝票を切りに戻ってきた。
人間的に素晴らしいことだと思うし、経営者としてはすごく嬉しいけど…………ま、理由にはならないわ。だとすれば本当の犯人は』
【麻子】 『……もういいよゆりか』
叔母さんの念信を麻子さんが遮った。
【麻子】『あんたの言いたいことはわかった。南雲も萌もその辺はとっくに折込み済みだ。
でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……。
ついさっき死んだばっかの、他人のものをだっ!!――――あたしにゃそれが理解できねー』
『でも、麻子さん…………』
【麻子】『なんだよ、理奈。まだこだわる気か?他人の夢を奪うのは良くないって、そう言いたいんだろ?あたしだってそう思う。
こんなの魔法少女≠フやる事じゃねーからな。でも現状はやっぱりアイツが犯人としか考えられねーだろ。
あたしらはゆりかや楽園の連中を助けるために犯人を捕まえなきゃいけない……他に冴えたやり方があるってんなら、今すぐ教えてくれよ?なあ!』
私は南雲さんと萌さんを見て――――何も言えず、目をそらした。こんなときに何もせず、ただすがりついて助けを求めるのは、狡すぎる。
【麻子】『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
溜息をつく麻子さんの横顔が、今はただひたすら悲しかった。
【理奈、公園へは同行せずTender Perchに残留】【今回のレスは以上です】
>『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
「そ、そうかな。テンパっちゃってるかな、わたし」
萌にやんわりと諌められて、南雲はほんのりと内省する。
悠長なことを言っていられないのは確かだが、疑わしきは爆(ば)っせよと言うのも些か急きすぎかもしれない。
奈津久萌。変身後の見た目はキワモノ以外の何物でもないが、中の人は冷静だし、対局を見る目がある。
直情傾向で頭に血が上りやすくてすぐ破壊的手段に訴える南雲にとって、年の近いブレーキ役はありがたいものだ。
うんうん、萌ちゃんのように冷静にならねばなあと南雲は改めて思い入り――
>「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
「あれ――!?」
目立の両頬をクラッチして吠える萌の姿に積み上げられた内省が全部吹っ飛んだ。
いやいや、話聞くってそういうこと!?尋問って言うんじゃないのそれ!
思わず目を剥いて、書生風の方を見る。証人として喚問した目立の扱いに、何かしら思うところがあるはずだ。
>『怖い』
「普通にドン引きしてるだと……!」
自動車だって真っ二つにできそうなぶっといポン刀ぶら下げといてその感想はないだろう。
いや確かにうららかな午後の飲食店で突如叫びだす女性客は怖いけれども。
さてさて、萌の促しと書生風の要求によって、彼女に軽食を供しつつ店を出ることになった。
いい加減ぎゃーすか騒ぐと営業妨害になりかねないので、南雲としては胸をなでおろすばかりだ。
(いかんいかん、なんかわたしが常識人の突っ込みポジションになりつつあるなあー。
街中でのヘリ召喚だって厭わない血みどろドロドロ南雲さんはどこ行った)
>『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
水を向けられて、南雲はオーキードーキー、と応答した。
携帯を開いて、着歴からアドレス帳に登録されていない番号を呼び出してコールする。
『ワシじゃ。おう、坂上か。
この前おどれに貸したはだしのゲンの3巻、他に読みたいって言っとるヤツおるからそろそろ返せや』
繋がったのは、南雲を魔法少女に変えたチンピラヤクザの担当悪魔。
人間ではない故に戸籍がなく、携帯電話などの契約もできないため、一昔前のプリペイド式を持ち歩いている。
これは有効期限が切れると自動で解約となるので、電話番号がころころ変わるという大変不便な制約があった。
ただ悪魔の大部分は魔法少女とは一度契約したら没交渉が基本なので、都合が良いと言えば良いらしい。
ちなみにこのチンピラ悪魔は、番号が変わる度に逐一ワン切りで知らせてくる律儀な男だった。
「ピラっさん、今どこにいる?」
『おお、丁度いまおどれの街に滞在中じゃ。例の公園でアフタヌーンティーの最中しとる。
なんじゃ、おどれもワシの焼いた絶品スコーン目当てか?ええでええで、茶飲み話の一つもしたいところじゃ』
悪魔がスコーンとか焼くなよ、と内心で零すに留めて、南雲は改まって咳払いした。
「悪いけど、ちょっと外してくれない?人払いは維持したままで」
『あん。――戦うんか?』
電話口の向こうで、悪魔の気配が変わった。
似非広島弁で、甘いものと漫画が好きで、いまいち貫禄がないけれど、こいつもやはり悪魔なのだ。
彼は南雲を甘やかさないし、特別な支援をしてくれるわけでもないが、真っ当に魔法少女をこなそうとする者に協力的だ。
言えば、公平を期することを大前提に、気兼ねなく戦えるフィールドぐらいは用意してくれる。
「結果次第だけど、まあそんなとこ」
『把握した。ほったらワシは北斗打ちに行くから――終わって生きてたら呼べや』
命懸けの戦いに臨む、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない相手との別れ際でも、いつも通りのテンション。
南雲としても、あんまりウエットに対応されても困るので、悪くない距離感だった。
「場所取れたよ。ここから大通り超えて少し行った住宅街にある、『さくら通り第三公園』。
平日の昼間なんか、ハトと野良猫しか寄り付かない、ちいーさい公園だよ――」
通話を切り、振り返った途端、南雲は再び目を剥く羽目になった。
>『あの……どうぞ』
理奈が軽食を載せたトレイを書生風に差し出しているのだ。
そう――だんびらの届く範囲まで近づいて!
「り、理奈ちゃん!」
あのまま書生風が横薙ぎに抜刀したら――理奈の胴体が真っ二つに絶たれることになる。
想像はいやに明確にはっきりと脳裏を埋め尽くした。何故ならつい昨夜、まったく同じ光景をこの目で見たからだ。
携帯を投げ理奈と書生風の間に割って入らんと身を沈め、爪先に力を込める。
だが、間に合うか?このタイミングで鯉口を切られたら、どれだけ速く跳んでも刃の速度に敵わない。
バキィ!と厨房の床が砕ける音がした。爪先が床板を踏み抜いて、割れた木片が南雲のスニーカーに噛み付いた。
引っかかって、動けない。動けなくて、助けられない。そして。
――書生風は何もせず、理奈も無傷でバックヤードに帰ってきた。
良かった――と安堵に今更ながら汗が出る。
震える膝を拳で叩いて、床に埋まった爪先を、木片を一つ一つ丁寧に取り除いて抜く。
屈んで行うその作業の頭越しに、ゆりかの念信が飛んできた。
>『先ほど南雲ちゃんに聞かれて言おうかどうか迷ってたことがあるの。
『書生風は何故縁藤きずなの話をしたか』。
その不可解な事象に対する、現状最も説得力のあるアンサー。
書生風の特質は、その尋常ならざる気配隠蔽術。己の影すら絶つほどの、"見えざる者"。
故に、はじめからこの店にずっといたと考えれば、縁藤殺しにまつわるテンダーパーチの右往左往に言及してもおかしくない。
だが、
>『問題はそれを知っていたのにどうして逃げなかったのか≠ニいうことよ』
――結局のところ、全ての疑問はそこに集約される。
縁藤殺しの犯人探しに躍起になっている魔法少女の集団に、殺しの証拠品を持参して、わざわざ存在を明かした理由。
全員を相手にする自信があるのなら、そもそも気配を消したまま後ろから刺して回ればいいだけのことで。
ならば交渉に来たと言うのであれば、書生風が持つカードは南雲たちにとって判断材料であっても交渉材料にはならないのだ。
おしなべて言えば、"何を目的にしているのかわからない"というのが現状彼女たちの警戒と恐怖を煽った。
(表向きの目的は、『エルダー討伐にあたっての募兵』……でも、話にスジが通ってない)
負うべきリスクと、得るべきリターンの関係が完全に崩壊している。
これはもう交渉慣れしていないとかそんなレベルじゃなくって、書生風と南雲たちの間に重大な認識のズレがあると言う他ない。
(『怖い』のは、こっちの方だよ……マジで……!)
どこに触れたら爆発するかわからない爆弾が、間違いなく一つ、この空間に存在する。
そして、書生風自体の戦闘能力は、この場にいる全員と対峙したとしても遅れを取らぬ相当な実力者なのだ。
確かに、目立の証言を全面的に信用するならば、この書生風は少なくとも今戦うべき敵ではない。
だが、彼女の証言には一つだけ、書生風を弁護し切れない点があった。麻子が吠えるように事実を叩きつける。
>『でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。
どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……。ついさっき死んだばっかの、他人のものをだっ!!』
――縁藤きずなの魔法核。
これも屋守の証言でしかないが、本人が否定しない以上、間違いなく書生風は被害者の魔法核を持っているのだ。
魔法少女が魔法核を得るパターンは大別して二つ。『譲り受ける』か、『奪う』かだ。
そして縁藤きずなが死亡している以上、書生風が殺して魔法核を奪ったと考えるのが妥当だろう。
妥当というか、それ以外にありえない。まさか表を歩いていたら拾ったなんて言うつもりでもあるまい。
南雲も念信で言葉を作る。
『うん。ましてや、その書生風さんは、一度縁藤きずなと交戦してる。ってのは目立ちゃんの証言で明らかになったよね。
戦ってた二人のうち、一人が生き残って、魔法核を得たのなら、もう状況証拠だけで十分有罪判決だと思うけどなあ』
有罪とはいえ、別に罪があるというわけではない。
魔法少女の殺し合いは、お互いが納得ずくのうえ(縁藤きずなによる魔法攻撃があったのなら特に)で行なっている。
殺しあった末に勝利した者に、それを咎めるつもりはない。だが、目立にかかった疑いは晴らさなければならない。
眼下、理奈と麻子が言い争いを始めた。
確証がない以上、殺し合いにしたくないとの理奈に対して、麻子の考えは南雲と同じくシビア。そして彼女は正しい。
やがて麻子は吐き捨てるように声を叩きつけた。
>『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
言われた理奈が、一瞬だけこちらと萌の方を見て、すぐに目をそらした。
南雲はそれでも、理奈の横顔をじっと見る。一度だけゆっくりと瞬きをして、頷いた。
「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
自分で言った言葉の真意に身震いする。
そうだ。終わらせる。戦いになれば、必ずどちらかの人生が終わるのだ。
冷酷な響きに何のフォローも入れられぬまま、南雲は踵を返して理奈に背を向けた。
――あのとき。理奈がホットサンドを書生風に手渡した時。
間に割って入って、理奈を守ろうとした。だが、床が割れて躓き、跳ぶことができなかった。
それでも、バランスを崩すことを覚悟で、体全体でぶつかっていけば間に合ったかもしれない。
滑り放たれるであろうだんびらの刃と理奈との間に、戦闘機の装甲板でも差し込んで、止められたかもしれない。
だが、できなかった。
爪先が床に埋まった時点で、南雲はこう考えたのだ。
『足場が崩れてしまったから仕方ない。助けに行けなくても仕方ない』
――理奈の命すらも、"割りきって"、諦めようとしてしまった。
南雲はそれに気付いた時、己の首を絞め殺してやりたいほどの自己嫌悪に苛まれた。
そして同時に、『また同じ事が起こったら』を考えて、どうしようもなく怖くなってしまったのだ。
……次は、本当に理奈ちゃんが殺されるかもしれない。そのときわたしは――割りきらずに助けに行ける?
麻子は――ああは言っても、理奈のことを一番に考えて行動している。
いまこうやって厳しい言葉をぶつけるのも、覚悟の決まらないまま戦場に立つ危険さを身をもって知っているからで。
全ては、理奈を"しゃんとさせる"ための大切な指摘だ。
南雲は、自分よりも3つも年下の彼女の、そんな偽悪的で不器用な優しさが、途方もなく眩しい。
……わたしは、あんなふうに自分が嫌われることも覚悟で、相手のために怒れるのかな。
あるいはそれこそが、理奈という少女の優しさ、寛容さに対する甘えなのかもしれない。
南雲は理奈のことを大切な友達だと思っている。
だが、打算の入ってしまった友情は、いくら綺麗な理屈を並べても、自分自身を納得させてはくれないのだ。
我ながら面倒くさい女だなあ、と頭を抱えたくなった。
萌、麻子、そして書生風を伴って、テンダーパーチを後にする際、南雲は前を向いたまま呟いた。
「いやな役目を押し付けちゃったね、麻子ちゃんごめん、ありがとう」
一同は、南雲の指定した公園へと向かった。
* * * * * *
【さくら通り第三公園】
駅前から大通り越しに広がる住宅街。
テンダーパーチが軒を連ねる商業区や、駅向こうのオフィス街、合同庁舎、そして高校や大学など、
そこそこの規模の都市であるこの街において人の動きはいつも荒波の如くだが、
住宅街においては朝と夕方のラッシュアワーを除いて閑散としたものである。
ここに住む人間の殆どは、駅から他の都市へ行くか、オフィスや学校に出払って、主婦と未就学児しか存在しないのだ。
そして今日のように寒い日は、公園で子供を遊ばせようなんて修行パート一歩手前の発想に陥る者もいない。
わざわざ人払いなんかしなくったって、この公園はいつも閑古鳥が鳴いているのだ。
「あ、ピラっさんの野郎、可愛らしいバスケットにスコーン入れて置いて行ってる。
『みんなで食べてください』だって。こっちには魔法瓶入りの紅茶も。萌ちゃーん、差し入れもらったけど食べる?」
後でバスケットを返しにいかなければなるまい。これは死ねなくなってきた。
あとはだしのゲンも死んだら借りパクになってしまうので、ますます死ねなくなってしまった。
「さて」
スコーンを齧りながら、南雲は右胸、心臓のあたりに手を当てた。
胸の中身を掌握するように念じ、空色の光が溢れだした。
「『魔装』――変、身ッ!」
光の粒子を振りまくように、左足を軸に一回転。
空色が彼女を覆い隠し、一瞬の後には蒼い飛行服と長く解けた銀髪の魔法少女がそこにいた。
腰のホルスターには今回、だんびらに対抗できるよう分厚いコンバット・ナイフを差している。
……リーチが段違いなので気休めにしかならないだろうが、拳銃よりはマシだろう。
「早速だけど、話を始めよっか」
南雲は書生風と戦うつもりだ。しかしそれを正直に書生風に伝えるほど平和ボケしてもいない。
表向きは交渉の余地あり、という体で話を進める。決裂しそうなタイミングで、先手を打つ。
萌と麻子にもプランはおおまかに伝えてある。
魔装に換えたのは、相手に合わせるという意味と同時に、生身で不意打ちされる最悪を避けるためだ。
「わたしが貴女に聞きたい点は二つ。
1.貴女が縁藤きずなを殺害していないのなら、どうして縁藤きずなの魔法核を貴女が持っているのか。
2.縁藤きずなを殺したのがエルダーだとして、話を聞くに貴女たちは共闘関係にあったはず。
それが、どうしてエルダーを殺すために仲間を募ることになったのか」
同時に南雲は、携帯電話の録音機能をオンにして胸ポケットに入れておいた。
念信ではなく肉声で交渉を始めたのは、今回が交渉だけで終わった際に、録音を議事録として使用するため。
場合によっては録音の内容を持って隠形派との折衝にあたる必要が出てくるからだ。
「わたしからはとりあえず、以上。あと萌ちゃん、麻子ちゃん、何か尋問したいこと、ある?」
【公園へ移動。魔装に着替えハイパー尋問タイム発動】
「……エサを撒き終えたから、暇ねえ。少し寝ようかしら」
草枕夜伽がそんなことを言い出した。
イナザワは図書館内で火も付けられずに弄ぶだけだった煙草を折りそうになった。
「マジか。お前、いつも正午まで寝てるから昼待ち合わせって言ってたろ。今一時だぞ」
「適度なお昼寝は午後からの作業効率を飛躍的に上げるって科学的に立証されているそうよ」
「活動時間一時間で寝るのはお昼寝とは言わん。そいつは二度寝って言うんだ」
「どっちでもいいわ。じゃ、寝るから、お客さんが来たら起こしてね。ばっははーい」
閲覧用の長机に、ご丁寧に物体生成で布団を敷いて、夜伽はさっさと潜り込んでしまった。
イナザワが顎を落として見ている傍で、速攻で寝息を立て始めた。
「あっクソ、こいつ自分に固有魔法かけて熟睡してやがる……。俺が暇になるだろうが」
手持ち無沙汰になったら二人で遊ぼうと、折りたたみ式のオセロ板を持ってきていたのに。
しかたがないので、自分対自分で白と黒の盤面を争うことにした。
「俺の野郎……なかなかやるじゃねえか。俺の張った罠を悉く見抜くとはな」
「フッ、俺こそここまで食らいつくとは思わなかったぜ……だがこれで終わりだ、食らってくたばれ、俺ッ!」
イナザワ(黒)がイナザワ(白)を追い詰めようとしたその瞬間。
革靴がリノリウムの床を叩く微かな音を彼は耳聡く聞きつけて、立ち上がった。
侵入者だ。それも足音に淀みがない。この異常事態を知ってここを訪れた――魔法関係者だ。
「おい、夜伽、来客だ。おそらく多分間違いなく"招いた客"だぞ――」
イナザワが布団の中の夜伽の頬を二本指でペシペシ叩くと、
「うーん――もう眠らんないよぅ」
「夢ん中でも寝てんのかこいつ……!!」
夢中夢という、夢の中で寝て二重に夢を見る現象があるが、そうなるとなかなか起きることができないらしい。
というか脳の方は自分が起きたと勘違いしているのだが、体のほうが眠ったままで動かない。
いわゆる"金縛りに遭う"という状況は、そういうことなのだそうだが。
やがて、昏睡した人間だらけの閲覧室に、夜伽とイナザワ以外の"眠らない者"がぬっと顔を出した。
>「やあ」
片手を上げて挨拶したのは、街中じゃ滅多にお目にかかれない割合で黒尽くしの服装をした壮年の男。
ここが魔法少女によって制圧された空間で、そこに踏み込んできた只者ではない男でなければ――間違いなく変態だ。
そんな意味不明存在に気さくに挨拶されたところで、イナザワは「あ、どうも」と至って無難な対応を取らざるを得なかった。
だが、ついに邂逅した。
夜伽とイナザワが追う、『黒いワゴン』の関係者。
目の前の男がそれである確証はないが、イナザワは殆ど直感でこの男が黒いワゴンの関係者だと理解していた。
イナザワとて、裏社会に身をおいてそれなりの年月を生き残ってきた。
その世界で生きる者だけが持つ"嗅覚"が、自信を持ってこの男をクロだと言っている。
――おしなべて言えば、この黒服の男からは、ゲロ以下の匂いがぷんぷんしていたのだ。
>「私達の予想が正しければ、ここである程度歓談が出来るはずなのだが……違っていたら、言ってくれたまえ」
黒服の男の言葉――冗漫で、意味のない問いかけ。
わかりきったことを、口に出して説明するのは、時間稼ぎかはたまた余裕の現れか。
(入り口には夜伽の張った魔法トラップがあったはずだ。
そいつを突破してきたってことは、こいつは少なくとも常人以上魔法少女以下の能力があるってことか)
イナザワは煙草を手の中で握りつぶした。
仮にこいつが"夜宴狩り"や、その協力者なら、常人であるイナザワに勝ち目などない。
細切れの肉片となって明日の朝刊に載るだけだ。
彼は、速やかに覚悟を決める。
「歓談だぁ?てめーは頭脳が間抜けか、目の前の壁に張り紙が貼ってあるだろーが。
――『図書館ではお静かに』、だ。このスカタン」
「そうね。法律なんかいくらでも違反してくれて構わないけれど――みんなで決めたマナーぐらい守りなさいな」
イナザワの隣で、いつの間にか起き上がっていた夜伽が掌を黒服の方へと向ける。
魔力のほとばしりが、可視化した茨となって閲覧室を駆け巡る。
「こいつは魔法少女じゃないわ。だけど、魔法少女の魔力をその身に宿してる。つまり、」
「"使い魔"か――!」
使い魔とは、魔法少女がその固有魔法によって創り出す、己の意志に従って動く傀儡全般のことを指す。
魔法少女がみな使い魔を作るわけではないが、魔法少女として活動するうえで非常に便利なので、使用する者は多い。
例えば故・縁藤きずなの藁人形がそうであるし、既存の小動物や犬猫のような生物を支配して使い魔とすることもある。
「人間を使い魔にする魔法、ってところね。しかも、あたしの魔法がまったく効いてないところを見るに、
ここへ来る前になんらかの対抗魔法を仕込んできた。――あたし対策を施した使い魔を送り込んできた!」
「こいつの親玉は、ここで罠を張ってるのが夜伽だってことまで知っていやがるってことか」
草枕夜伽の、魔法少女としてのデータを知る者は少ない。
隠形派という組織の特性上、存在を秘匿する傾向にあるし、表立って戦うこともしないからだ。
だが、例外がある。殺された縁藤きずなが代表として所属していた、『夜宴』――
「あたしの能力を知っている。夜宴のデータベースを閲覧でき、かつ野良試合禁止のルールが適用されない者。
イコールこの黒服の『本体』は――"夜宴狩り"の公算がバリ高なのよ!」
魔力が練り上げられ、夜伽の魔法が発動する――!
黒服の男は気付くだろう。己の周囲で転がっていた数人の『昏睡者』が、いつの間にか立ち上がって自分を取り囲んでいることに。
彼らはみな瞼を閉じ、穏やかな寝息を立てている。吊られた操り人形のように、体だけが動いている状態だ。
「『スリーピング・ビューティー<ナイトウォーカー>』。
"夢遊病"ってあるわよねぇ〜〜。寝ているはずなのに体が勝手に動いて外とか出歩くってやつ。
一節によるとあれは、頭は眠っていても体は起きていて、夢の中と同じ動きをしてしまうそうなのね。
あたしは自分の魔法で眠らせた相手の『夢』を自在に操れる。これは夢で相手を縛る魔法!
――人間を使い魔にできるのはあなただけじゃないのよ……!」
夜伽が指をパチリと鳴らすと、夢を縛られた三人の男が黒服を抱擁するように三方向から飛び込んできた。
一人一人の力は常人のものなので黒服の敵ではないだろうが、一度に三人を相手にするとなればどうだろうか。
「さあ、答えなさい。あなた達は一体何者で、この街で何をやろうとしているの?
口を噤んだって無駄よ。解呪の方法なんていくらでもあるんだから。
『歓談』は既にッ!『尋問』に変わっているのよ……!!」
【夜伽:黒木と接触。夜宴狩りの使い魔と勘違いして魔法攻撃】
【図書館、B1F。】
「カーッ。カーッ。・・・ッ!?」
図書館で寝ていた、男にしか見えない、だが頭に大きなリボンを付けているため、女とわかる子供が眠りから覚める。
「・・・うっせーな・・・」
B1Fは、上の階とは比べ物にならない程寒い。
「叫ぶ奴は嫌いだぜ。図書館ですらゆっくり眠らせてもくれねぇのかよ。」
少女は、周りを見渡す。
「ん?皆眠ってやがる。おい、起きろ、おい!・・・覚めねぇ。全く、昼間だってのに呑気な奴らだ・・・」
さっきまで眠ってた奴に言われたくはない。
「上の階がうるさいな・・・いってみよっと。」
少女は、階段を一歩ずつ上がる。動くもののないそのB1Fは・・・
完全に凍りついていた。
彼女の名は『氷床 凍結(ひょうしょう とうけつ)』。
広範囲攻撃型魔法少女である
>>41 えっと……もし参加をご希望でしたら、避難所でお声かけくださいm(- -)m
千夜万夜はご存知ですか?
萌は、奇矯な客にちょっと説教の体を装ってバックヤードへ連行してもらった。
もともと裏口から出るという流れだったことに加え、
レジを通ると衆人に環視されている時間が長くなってしまうためだ。
先程まで座っていた席には代わりにくまのぬいぐるみでも置いておこう。
>「場所取れたよ。ここから大通り超えて少し行った住宅街にある、『さくら通り第三公園』。
> 平日の昼間なんか、ハトと野良猫しか寄り付かない、ちいーさい公園だよ――」
電話をかけていた南雲が、壁の向こうから顔だけ出して伝えてくる。
その直後、一声叫んで駈け出す。半歩動いて視界から消えた瞬間に破砕音がした。
バックヤードからキッチンへ顔を出すと、南雲が床に爪先を食われていた。
その背に、何やってんの?とかけようとした声を
>『ひとつ、いいかしら――?』
ゆりかの念信が塗りつぶす。
真言は初めからこの店にいた。
伝えられた言葉の、最も重要な一点を抜き出すならここだろう。
そして全て知った上でなおも留まった。
>『その子が恐ろしく察しの悪い人間で、犯人探しをしている私らの前にのこのことやってきた――確かに、その可能性もゼロじゃない。
> ゼロではないけど、魔装で潜んでおく程の警戒心がありながらこの状況に対して危機回避能力がまるで無いというのもあまりに不自然よ。
> あるいは自分の能力にかなりの自信があって、あなた達に見つからないようこっそりとお店の伝票を切りに戻ってきた。
> 人間的に素晴らしいことだと思うし、経営者としてはすごく嬉しいけど…………ま、理由にはならないわ。だとすれば本当の犯人は』
続けられる念信を、麻子が遮る。
>『あんたの言いたいことはわかった。南雲も萌もその辺はとっくに折込み済みだ。
> でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……』
麻子の言うことは全くその通りだ。そして、求められているのはそれだけ。
『やっぱ察しは悪いんじゃないすかね。聞いてたんならノコノコ出てくりゃどうなるかわかったろーに』
萌はゆりかに念信を返す。
必要なのは隠形派に差し出す"羊"なのだ。
体裁さえ整っているなら実際の中身が狗だろうが虎だろうが構うものではない。
もしそれが用意できないなら……卓に上るのは萌たちなのだから。
あるいは――"どう"にかされない自信があるのか。
何にせよ、萌たちとしてはやるしかない。
真言という個人に勝てないのなら、それより強力な個人であるエルダーや隠行派という集団になど勝てようはずがない。
理奈は今ひとつそれを割り切れないでいるが、麻子はその姿勢を叱責する。
それから突き放すように理奈を置いての移動を促した。
>「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
南雲はそれを受ける。
かくして一行は止まり木を離れた。
途中、萌は一人コンビニに立ち寄り買い物を済ませる。
おごると口に出してしまった以上はおごらねばならないのだ。
小走りで追いつき、程なく。
遊具は少なめ、芝生の広場にベンチと、いかにも昨今ありがちな風情の公園へと着いた。
>「あ、ピラっさんの野郎、可愛らしいバスケットにスコーン入れて置いて行ってる。
> 『みんなで食べてください』だって。こっちには魔法瓶入りの紅茶も。萌ちゃーん、差し入れもらったけど食べる?」
公園の中央近くに差し掛かったところで南雲がベンチの上の遺留物を目ざとく見つけた。
萌は「是非に!」と声に出しかけたが、そこで真言の腰のものが目に映った。
それは、萌の脳裏を裂いてある記憶を引き出す。
腹にものが入っている時に斬られると見苦しい事になるらしい、と。
笑うという行為が本来攻撃的なものだとか封建制は多数のマゾヒストが支えているだとかの一切無関係な知識も去来したが、それは置くとして。
「う……やめとく」
思わずそう口にしてしまってから気づく。
(やる前に負けること考えるバカが居るかよ!)
と。
ついでに言えば既にテンダーパーチで飲食しているので気遣うだけ無駄である。
勝手に呑まれた自分に苛立ちを覚えつつ、手にした袋を真言へ放った。
入っているのはバンホーテンではなくレディボーデン。
中々無理のあるミスだがもちろん故意だ。
(この寒空にアイス、さすがの鉄面皮も歪まずにはおれまい!)
単純になんでもいいからリアクションを引き出そうという目論見である。
そこを取っ掛かりにして真言の人となりというものを少しでも理解したかったのだ。
南雲は真言の行動の不可解さに恐怖に近い感情を抱いているが、萌にしてみてもそれは同様。
まあ、店内での余りにも平静な様子を見て少々悪戯心を刺激されたという面もないではないが。
しかし、真言の反応を観察する前に南雲が動いた。
>「『魔装』――変、身ッ!」
掛け声とともにくるり一回転、戦闘状態へと移行する。
と、同時に脳裏に響く声。ざっくりとした方針が萌と麻子に伝えられた。
南雲は並行して肉声で真言への質問を行なう。
まずは萌の言ったとおり、ガールズトークのお時間である。
内容はOLの茶飲み話よりなおエグいものだが。
>「わたしからはとりあえず、以上。あと萌ちゃん、麻子ちゃん、何か尋問したいこと、ある?」
話を振られてふむう、と唸る。萌はテンダーパーチで真言が発したほんの数十語を必死に思い出していた。
(あたしらが"まとも"だから殺さない。ってことは、殺したいエルダーはそうじゃない、と。
そりゃあ他人の願いかき集めてるようなのがまともなわけはないけど、基準は何なんだろうな……)
言ってしまえば萌達一行だって大概まともとは言いがたい。
南雲はいきなり機関銃を乱射するし麻子は狂犬だし萌はもうアレだ。
(見てないから言ってるだけなのかな……。それともそのエルダーがもっとクズいってこと?)
得られた情報から勘案すると、エルダー――西呉真央と真言が一時的に共闘したのは明確な事実だ。
(そこでなんか裏切られたとか騙されたからその仕返し?それもなぁんか違いそうなんだよなあ)
なおも考えながらあー、うー、と唸り続け、先ほど目立の反応を待った時間の半分ほどが経過する。
そこでようやく何かに思い至ったらしく顔を上げた。
「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
萌は真言に名を問い、自らも名乗る。それから続けて質問をした。
「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
これは南雲の二つ目の質問ともリンクするかもしれないが、
萌はおそらくこの質問が真言を理解する上で最も手っ取り早いものだと、そう考えた。
理解したからといってやりあうのが避けられるかは――また違った話だが。
【とりあえずお互いに自己紹介】
>『あの……どうぞ』
『ん。あり、がとう?』
作戦会議でもしているのだろう、と生まれた沈黙と間の中で意識を整えながら佐々木は思考を巡らせる。
実際問題、状況は芳しくない。もとより口下手なのは有るが、そもそも他の魔法少女とこれ程長く会話したことすら殆ど無いのだ。
己の元にホットサンドを運んでくる里奈に目線をずらすと、ゆるりと左手を動かしてホットサンドを受け取った。
紙袋に入ったそれは、まだ暖かそうで。両手で抱えてみるとその熱が右手の痙攣を止めてくれるような錯覚を覚えた。
慣れない礼は、何処と無くぎこちない。
人とまともに話さない生活は、魔法少女として共闘が必要となった時に困るかもしれないと思った。
個人的戦闘力を高めることに腐心し続けてきたが、こういった時に問題が起こる。
だとしても、今更己のコミュニケーション能力がどうにかなるものとは到底思えない佐々木は、小さく嘆息するしかないのだった。
「……?」
ふと、首を傾げる。
空気の変化には極めて敏感なタイプである、佐々木。だからといってそれを読んだ言動が出来るとは限らないのだが。
それでも、南雲達の雰囲気が変わったことは、意識を臨戦態勢程度の警戒状態に維持していた佐々木には理解できる。
僅かなざわめき、空気の揺れ。そして、此方に向けられるゆりかの静かな瞳。
恐らく、この空気を動かしたのは目の前に居る女。交錯する視線。佐々木の墨を流した様な黒い瞳は僅かな揺らぎを返すのみ。
何を喋ったのかはわからないが、これによって少しでも状況が好転すれば――、佐々木はそう思わずに居られなかった。
>『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
>「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
場が動く。
荒々しく立ち上がり、ため息を突きながら店を後にして行く皆。
その後ろにそろそろと付いて行く佐々木。警戒に余念はない、行き先に罠がある可能性も無くはないのだ。
その手の魔法少女が店内に潜んでいたとしても可笑しくない。今の念話のざわめきが、己を陥れる為のものであるかもしれないのだ。
故に、孤独である佐々木は敵地の真っ只中で警戒を解くことなどあり得ない。
高まり続け、張り詰め続ける緊張は佐々木の右腕に疼痛を感じさせ、痙攣をより強めていく。
それを固有魔法で無理矢理に押さえつけながら、素知らぬ顔で佐々木は公園まで辿り着くのだった――。
コンビニで買いものをしてきたであろう萌が、こちらに向けて袋を放ってくる。
僅かに距離が足りず、佐々木は手を伸ばして前傾姿勢を作り、それを指先で引っ掛けてキャッチした。
「……食べ物、投げるのは。ダメ」
眉根を寄せて、あいも変わらずの細切れな口調で、淡々と萌に注意をする佐々木。
そして、おもむろに袋を開き、中身を確認して。沈黙。
たっぷり3秒、袋の中に目を向けて、首を右にひねる。次は2秒、袋から取り出したアイスを見て、左に首を傾けた。
顔を上げて、萌に目線を向けて。鉄面皮のままなのだが、僅かに困ったような雰囲気を醸し出し始めた。
「あの。……私。その。ココアって……。
いや。……奢ってもらってる、から。食べる、けど」
佐々木の頭のなかでは、萌の事はヤンキーと既にインプットされている。
魔力量の上では明らかに此方が強いのだろうが、正直苦手なタイプで戦闘時以外なら気圧されかねない。
だからこそ、バンホーテンじゃなくてレディボーデンが入っていたとしても、強く出る事は出来なかった。
それに、奢ってもらっているという手前、佐々木は文句を言う事は出来ないと思っている。
故に、どういったものか分からないと言った困惑の様子を、目線の揺らぎから放っているのだった。
とりあえず、ホットサンドとくっつかないようにして、近くのベンチに両方置いておいた。この寒空だ、アイスもそうそう溶けはしないだろうから。
>「『魔装』――変、身ッ!」
間食をベンチに置き、皆の方に向き直って見れば、南雲が魔装を纏い、そこに立つ。
影のような己に対して、華やかな外見は対照的といえるだろう。何方が魔法少女らしいと言われれば間違い無く相手だ。
腰のホルスターに刺さっているコンバットナイフに目線をずらして、闘うなら近接で来る積りか、と理解。
リーチの差は何にも勝る、それが佐々木の考え。
腕をめいいっぱい伸ばしてナイフを振るっても、腰を入れて振り下ろす長刀の一閃と間合いは同じ。
そして、動作が違えば威力が違う。全身運動による斬撃と、腕だけの斬撃ではその威力は別物となる。
一対一ならば、不意さえ打たれなければある程度の対応は可能であると判断。
意識の割り振りを戦闘的思考に3割、会話に7割程向けることとして、佐々木は浅く息を吸って吐き己の中にリズムを作った。
>「早速だけど、話を始めよっか」
「う……ん」
南雲の気配からして、穏便に話が進む気はしない。
インバネスの中で体を静かに整えて、いつでも抜刀できるように体と心を構えておいた。
いつ襲い掛かられても一刀の元に斬り伏せることが出来る。その安心感が、佐々木に鉄面皮を与えている。
緊張から顔の筋肉は次第に硬直していき、また感情の読めない無表情へと佐々木はシフト。墨染の瞳は揺らぐこと無く南雲を映しこんだ。
>「わたしが貴女に聞きたい点は二つ。
> 1.貴女が縁藤きずなを殺害していないのなら、どうして縁藤きずなの魔法核を貴女が持っているのか。
> 2.縁藤きずなを殺したのがエルダーだとして、話を聞くに貴女たちは共闘関係にあったはず。
> それが、どうしてエルダーを殺すために仲間を募ることになったのか」
「あっ」
うっかり声が出た。失念していたのだ、確かに怪しい。
殺害していないのに、緑藤きずなの魔法核を持っている事自体、変なこととしか思えないのは間違いない。
そして、そのままエルダーにもらったと言っていいものか、佐々木は表情を変えないままに思考を巡らせる。
「一つ、め。緑藤きずなを追って移動したエルダーを追った先で、既に殺害し終えていた。エルダーと遭遇。
気まぐれなのか、それとも懐柔策なのかは分からない。けど。私に魔法核を渡してきた。以上」
「二つ、め。……そも、そも。共闘じゃ、無い。あそこで、エルダーと事を構えると流石に死ぬ危険性が有る。
でも、エルダーの情報は欲しかった。だからあの場では、エルダーの側に立って、間近で情報を集めようとしていた。
で、さり際に私。エルダーに聞いた、何を願って、望んで。魔法少女になったのか、を」
そこで、一息。何か飲みたかったが、バンホーテンではなくレディボーデン。
飲み物は存在せず。ちらとアイスの有る方へ目線をずらし、恨めしげに萌に視線を向けた。
諦めたように一度深く息を吸い込んで、瞬きをしてから佐々木はまた口を動かし始める。
「世界征服。冗談に思うかもしれない。でも、それがあのエルダー級の目的で。その為に何人も殺してきた。
国境をなくして、世界征服による世界平和を実現する。それが、あの魔法処女の夢。
その為なら、多分何だってするだろうし。何人でも。どんな手段を使ってでも殺すのだと思う。
そして、そのやり方は。私が許せないもの」
佐々木真言は、夢の為に戦っているというよりかは、信念で立っている魔法少女といえる。
己の律を破ることはしないし、己のルールに反する相手のみを真言は狩り続けてきた。
そして、真言が殺すと決めるということは、真言にとって正しくないと思った相手であるという事だ。
「私は、そのエルダーが生む犠牲を。止めたい。だけど、私一人じゃ勝てない。
それに、私。友達、居ない、仲間も。居ない。だったら、って。思って。あの喫茶店にたまたま居たあなた達に。
助力を、頼もうと思った。――倒そうと思えば。あなた達を倒して。魔法核を奪えるかもしれないけど。
それは、私の矜持と私の心が。許さない。から。あなた達が断るのなら、私はもう関わらない。
そうなれば、一人で挑むだけだから。……勝てるかは、わからないけど。絶対に」
真言は、必要ならば闘うことを厭わない主義だ。相手が襲い掛かってくるならば躊躇いなく剣を抜く。
そして、己の中で倒さなければならない相手ならば、確かな殺意の元に剣を振るう。
だが、必要がないならば剣を振るいはしない。警戒はしても、今の佐々木に率先して剣を振るう積りは無かった。
友人も仲間も居ない、存在感の無い魔法少女は、テンダーパーチの面々に目線を滑らせて、頭を下げた。
>「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
「佐々木、真言」
硬質な音色で、己の名前を名乗る佐々木。
なんてことはない、何処にでも有り得そうな名前の少女。
そして、萌から投げかけられる質問に、佐々木は僅かな間を置く。
>「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
「人を傷つける事を躊躇う事が出来て。動き出した足を止めることが出来る人間。
夢のためならなんだってする、人が何人死のうが関係ない、どんな相手でも殺して奪う、手段などなんだって良い。
または、その夢が叶うことで多くの人が不幸になる夢を持つ魔法少女。
そんな魔法少女を、私は殺してきた。――ああなったら、魔法少女ですらない。
まともな精神構造をしていれば。いつか気づくはず、この仕組みは悪辣なんだって。
その悪辣さに気づいてなお止まれない、無数の血肉の上に尊い願いを掲げようとする事を厭わないなら。
私は。殺す。あなた達は、まだ良識も。人間性も捨ててないように思えたから。だから、殺しはしない」
佐々木の言いたいことは、それ。
己の夢の為に、なにを犠牲にしても構わないとする者、他者の夢を踏みにじることをどうとも思わないもの。
そして、その夢が多くの人を傷つけ、不幸にするというならば。佐々木は剣を振るう。
それが、殺人を犯して夢を叶える魔法少女となるときに、己に課したルールであり、枷。
佐々木の夢は、悪性の根絶。この世から悪い人を無くすなんて、そんな夢物語を大真面目に追っているのがこの少女。
「――あの。私。話下手だから。
上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
……それだけ、は。本当。だか、ら」
前髪で少し隠れた目線を、髪の隙間からのぞかせながら。
全て話し終えた佐々木は、何か飲みたそうに喉を鳴らしてベンチにまた視線をずらして。
あいも変わらずアイスとホットサンドしかないベンチを見て、なんとも言えない表情をつくり上げるのであった。
【――市内警察署】【正午】
その日、署内の空気はいつにも増してざわめいていた。
地域課では図書館に行ったきり戻ってこない、連絡がつかないという通報が多数寄せられ、
交通課からは駅近くで事故を起こしたワゴン車に乗っていた人間の遺体が「骨も残さず燃え尽きた」という与太話が飛び交っている。
聞いたときは流石にそれはないだろうと誰もが否定したが、消防の人間をはじめとした複数の証言があり、笑っていられない状況だ。
加えて先日起きた【中央商店街爆破事件】には今日も多くの捜査員が割かれている。
こうも不可解な事件が立て続けに起こるものなのだろうか。
「現場で『戦闘ヘリを見た』って話……本当だと思います?」
「何とも言えないな」
昼食に弁当を広げた若手の巡査が出した質問に対し、調書を片手に煙草を吸っていた初老の警官が煙を吐いた。
「見たって人間がいて、こうしてモノが壊されてんだから『何か』はあったんだろ。
だが近場の自衛隊駐屯地や米軍基地に問い合せても『出した事実はないし、記録も残ってない』ことは確認済みだ。
実際そんな大げさなモノが街中で飛び回ってたにしちゃ見聞きした人間が少なすぎる=v
「……どこに消えた≠でしょうね?」
割り箸を片手に巡査がぼやくように呟いた。初老の警官は灰皿に煙草を押し付ける。
「ま、これだけの惨事に怪我人ひとり出て無いのが不幸中の幸いだったな。
店を壊された住人には非常に気の毒だが……ここだけの話、本気でそう思うよ」
「【女子児童が真っ二つになった】っていう証言もありますけどね」
「まるでホラー映画だ。肝心の遺体がどこにも見つかってないんじゃカウントのしようもねえよ」
「ですよね……」
若い巡査は微苦笑を浮かべた。しばらく箸を動かしておかずを口に入れた後、彼は思い出したように口を開く。
「そう言えば商店街の国道付近で起きた【陸橋倒壊事故】。これも何か関係あるんでしょうか?」
「ん?どうしてそう思う?」
「いえ、何となく。警官としての……勘、と言いますか」
「ほお、いつまでも新米と思ってバカにできんな」
「先輩、どういう意味ですかそれ」
「悪い悪い。お前にはまだ言ってなかったな――――この件には公安部の人間が出張ってきてる」
「ええっ?」
「右か左かは知らんが、一連の件を何らかテロリストの犯行だと上は考えとるんだろうな」
「テロリスト……ですか」
沈痛な面持ちの後輩に対し、先輩と呼ばれた初老の警官は言う。
「実際どうなのかはまだわからんがな。兎に角、うちも捜査協力はするがこれらの案件は実質あの人らが引き継ぐんだとよ」
「そうですか……」
「浮かない面だな。そうしょげるなよ。ここのところ仕事が山積みで大変だったんだ。
こういうキナ臭いヤマを少しぐらい任せたってバチは当たらんよ」
そう言うと、先輩警官は席を立って緑茶を淹れる準備を始めた。
【続きます】
「お前も飲むか?」
「あ、すいません……」
席に戻った初老の警官は手にした緑茶をひとすすり口にすると、再び調書に目を落とした。
彼らの所轄――生活安全課がここしばらく抱えていた案件は確かに多い。
特に近頃急増しているのが【未成年者の失踪】だ。
日本の行方不明者は年間8万人に及ぶと言われ、その約20%が未成年だ。
実際のところその9割以上は所在が確認されている――生存とは限らないにしても――ので、実際の人数ははるかに少ないと言えよう。
保護者への連絡を怠った無断外泊……いわゆるちょっとした家出がほとんどだ。
自分たちが本気で探せば数日以内に発見できるような、他愛もない家族間トラブルで終わる。
だが――この子達の場合は違う。
警官は調書に貼付された顔写真と名前に視線を走らせた。【郷原 桃】【駆走知史】【茅野いずみ】【門前百合子】……その他、十数名。
少女達の行方は未だにわからないままだ。誘拐か、連続殺人か、いずれにせよ謎の失踪が相次いでいる。
しかもそれはこの町に限ったことではない。警察庁の中間報告によれば似たような事案が全国規模で起こっているというのだ。
「この門前百合子さんって……あの門前さん≠ナすよね?」
「ああ、財閥のご令嬢だ。【大饗】【壱斬】【塞守】と並んで大正から戦後にかけてこの地域を影で牛耳ってた一族の関係者だよ」
「実在するんですね、そういうお家。そう言えば前にこの子の通ってた高校で男子生徒が一人自殺してましたけど、もしかしてこの失踪と関係あるんじゃ……」
「知らん。立て続けにこうも事件が多発してたんじゃそこまで手を伸ばす余裕なぞない。だいたい自殺他殺の調査は刑事課の管轄だ。
それにこの子の実家は自前の調査機関とやらを持ってて、警察に頼ったのも時間が経ってからだったしな」
「誘拐事件にしては身代金の要求も未だに無し。……一体何なんでしょうね」
「もしかすると、この子達は同じ『何か』に巻き込まれたと考えたほうがいいかもわからんな」
「『何か』……って何ですか?」
「わかってりゃ苦労しねえよ…………それを調べるのが俺たちの仕事だろう?」
「ですよね……」
揃って溜息をつく先輩後輩。二人の警察官は再び緑茶をすする。昼休憩もそろそろ終わりだ。
「生きて、親御さんの元に帰してやれたらいいんだがな……」
「……娘さんのこと、気になるんじゃないですか?この子達と同じ年代ですよね」
「そうだな。まあうちのはそう簡単に拉致られるようなタマじゃ無さそうだから言うほど心配はしとらん」
「格闘技とかやってましたっけ?」
「おう、立ち技打撃限定なら下手すると俺(空手三段)より強いかもしれんぞ。ある意味嫁より怖い」
「なら安心ですね――――奈津久さん」
「昔はあんなに可愛かったんだがなあ……ε=(TдT)ハァ…」
二人が午後からの捜査を再開しに部屋出ようとしたその時、電話が鳴った。若い巡査が通話に応じる。
「はい……はい、わかりました」
「どうした?」
「――駅前の喫茶店で発砲事件だそうです」
【警察サイドの1コマ・了】
【喫茶Tender Perch】
【南雲】「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
麻子からの視線を受け、坂上南雲は理奈に決然と言い放つ。
裏口から去っていく4人の魔法少女達を、都築ゆりかは静かに見送った。
【南雲】「――――」
【麻子】「――――」
姿が見えなくなる直前にゆりかは南雲と麻子が何らかのやり取りをしているのを見たが、彼女達がどのような言葉を交わしたのか……聞き取ることは出来なかった。
ホール内を振り返る。取り残された理奈が崩れる落ちるように近くの椅子でへたり込んでいた。今度は目立が理奈を支える番だ。
これまで様子をうかがっていた祝子が心配そうな表情を浮かべている。
年下の少女を気遣う素直な視線で、ゆりかと屋守にフォローを求めるようにきょろきょろと顔を動かしていた。
カウンターを出たゆりかは祝子のもとへと歩み寄る。
【ゆりか】「祝子ちゃん、ありがとう。後は自分の仕事に戻って頂戴」
【祝子】 「じゃけ……ですけど…………」
【ゆりか】「いーからいーから」
祝子は魔法少女であることもここの店員であることも今日が初日だ。
これ以上深入りさせなければ巻き込まれる事は無いだろう。後は――――
【ゆりか】『ねえ、屋守……どうしてあんなことを言ったの?』
【屋守】 『――ん?』
どこから取り出したのか『はだしのゲン』2巻を読みながら追加のスコーンを頬張る悪魔に、ゆりかは問う。
何故、佐々木真言が縁籐きずなの魔法核を所持していることを南雲や萌達に暴露したのか、を。
【屋守】 『先に言っただろ?手間が省けるって』
【ゆりか】『そうかもしれないけど、こういうやり方は……』
【屋守】 『気に入らないか?おい、ゆりか。お前まさか、自分がまだ善人だなんて思ってるんじゃあないだろうな?
いくらなんでもそりゃないだろ。一度上がった≠ィ前がこうしてあたしの記憶を残したまま魔女になってるのは――――どうしてだ?」
【ゆりか】『それは……』
――自分のした事を、忘れない為だ。
【ゆりか】『……それを抜きにしても、私にはあの書生風の子が嘘を付いたとは思えない。たとえ魔法核を持っていたとしてもね』
【屋守】 『は、飽く迄正しさを求めるわけか。確かに殺したのは南雲が見た触手のエルダー級かもしれないな。あいつらも心の底じゃ多分そう思ってるよ』
【ゆりか】『だったら――』
【屋守】 『だったらどうする?いや、どうして欲しかった?あの太刀を佩いた書生風の話に乗って真犯人を倒して欲しかったか?』
【ゆりか】『…………』
【屋守】 『お前はあたしなら一週間で何とかしてくれると考えたのかもしれないけど、結論を先に言ってやる……無理だね』
熱を失った紅茶を飲み干し、悪魔は冷たい声色でこう締めくくった。
【屋守】『仮に理奈も入れた5人であのエルダーに戦いを挑んだとしても勝てない、全員間違いなく―――――死ぬぜ』
【続きます】
屋守の発言にゆりかは絶句する。
しばし黙考した後、彼女はわずかな思念を呟いた。
【ゆりか】『剣士の子には、とても気の毒な話ね……あまりに現実的だわ』
【屋守】 『今更だな。世の中に転がってる夢や幸福ってのは他者の絶望で成り立ってんだぜ?特に――おまえら≠フ場合は』
悪魔は嗤う。
【屋守】『あたしらはその「近道」を用意してやってるに過ぎないのさ。ヒトが生まれたずっとずっとず――っと昔から……な』
※ ※ ※
それから数十分後。時刻は正午に差し掛かる少し前、午前11時44分。
早めのランチを摂りにきたお客が次々と来店してくるその頃に――事件は起きた。
前触れもなく蹴破られるドア。
ダークスーツに身を包んだ男の影。
両手に構えられた大きなマシンガン。
火を噴いた銃口。床を跳ねる薬莢の音。音。音。音。
テーブルに並んだ杯や食器が音もなく砕け散る。否、銃声にかき消されてそう感じるだけだ。
毎分1000発近く放たれる弾丸が壁床を穿ち、着弾までの間に存在する店内のあらゆるオブジェクトを貫通していく。
遅れてやってきた悲鳴の嵐を聞きながら、店のオーナーは静かにこの時が終わるのを待った。
やがて銃声が止み、男の気配が消えたところで都築ゆりかは伏せていた状態から起き上がる。
硝煙と砂埃の舞う空気を手で扇ぎながら状況確認。なるほど、こ れ は ひ ど い 。
ただ独りピンピンしている屋守はお冷を飲んでいた。
悪魔が嗤う。
【屋守】「カカカカカカカ。前途多難だなあ、店長!」
勿論スルー。
【ゆりか】「理奈、生きてる?」
【理奈】 「は、はひ…………」
引き続き状況確認。これだけの破壊行為が行われたにも関わらず、奇跡的な事が起きていた。
【ゆりか】『屋守――』
【屋守】 『んん?』
【ゆりか】『店内にいる普通の人間の120秒前までの記憶を全部消して今すぐ!支払いは全部タダでいいから!!』
【屋守】 『お安い御用だ♪』
同時にゆりかは自身の固有魔法《因果接続 ミッシング・コネクト》を発動させる。およそ自分ひとりで可能な店内の清掃・修繕作業を可能な限り一瞬にして実行した。
一部の割れてしまった照明や深く抉れた弾痕等、充分で無い部分が散見されたが、しかし、今はこれでいい!
【ゆりか】『理奈、目立さん、祝子ちゃん!……ちょっと厨房まで来てくれる?』
【続きます】
「何……どうしたの?」
「停電?」
屋守に記憶を巻き戻され、突然周囲の照明が消えたと勘違いした客たちによって店内が騒然となる。
それは通常のスタッフも同様らしく、みな不思議そうな顔でゆりかを見つめていた。
【ゆりか】「お客様!!」
――ぱんっ!と、大きな柏手を一つ。あまりよろしくないやり方だが、ひとまず全員の注目を集める。
【ゆりか】「誠に申し訳ございません。ただいま配線に不備が生じた模様で照明が使えなくなっております。大変ご不便かと存じますが、どうかご了承くださいませ――」
灯りのないホールで客達が「お、おう・・・」と頷いてくれたのを確認し、ゆりかはすぐに踵を返した。
窓から入ってくる光だけでも充分明るいため実際は不便など無いのだ。日中でまだ良かった。
【スタッフ】「店長……どうしたんですか?」
【ゆりか】 「大丈夫、ただの故障よ。あと、今日はもう看板下げてちゃって。それから今テーブルに座ってるお客さん方には全員ドリンク無料サービスで!」
【スタッフ】「は、はぁ……」
厨房に入る。魔法少女+悪魔。総員4名、事故無し、現在員4名。生存確認。
【理奈】 「叔母さん、さっきのは一体何なの!?」
【ゆりか】「わからないわ…………心当たりがありすぎて検討もつかない」
あからさまに嫌そうな顔をした姪っ子の横で、目立零子がガタガタと震えだした。
【零子】 「わ、私だ……あの黒服の人……きっと私を殺しに来たんです…………!」
【ゆりか】「零子ちゃん、だったっけ?多分違うわよ」
【零子】 「……へっ?」
【ゆりか】「店内のお客さん、だーれも死んでないもの」
驚きの表情を見せる魔法少女たち。当然だ。あれだけの鉛弾が飛んできて死傷者ゼロというのはおかしい。
信じられない話だが襲撃者は無差別に撃っていたのではなく、狙って外したのだ。誰にも当たらないよう、正確に。慎重に。精密に。
【ゆりか】「本気で殺すつもりならもっと確実な手段をとってくるはずよ。これじゃまるで――」
「襲ったふりをしにきたみたい」という言葉を飲み込み、ゆりかは「なんでもないわ」と語尾を濁した。
【ゆりか】「少し検証してみましょう……」
固有魔法を発動させるゆりか。調理台の上にボールを置き、打ち込まれた弾丸をはじめとする店内にある全ての【異物】を走査し、集積する。
集められた弾丸の1個をつまみ上げ、少女たちの前にかざした。
【ゆりか】「ご覧なさい――」
弾丸はみるみるうちに分解され、青い魔力の塵となって消えた。
【ゆりか】「やっぱりね。見ての通り、この弾丸は物体生成によって作られた疑似的なモノよ。つまり、さっきの襲撃者は魔法少女ということになる……」
【屋守】 「なあ、祝子。お前さっきの黒服の正体……『鏡』で見たんじゃないのか?」
【理奈】 「え、そうなんですか?」
【祝子】 「うん……」
守本祝子が持つ『鏡』には、魔法少女の正体を暴く能力がある。
彼女の固有魔法であると同時に変身アイテムなのだが、先ほどはそれで南雲の魔装姿を映してしまったのだ。
【祝子】「なんか目がたくさんあって……魔法少女っていうより、触手で出来た化物みたいやったよ…………」
【続きます】
【理奈】「触手の……化物?」
祝子の発言に怪訝な表情を浮かべる神田理奈。それは他の者も同じだった。
魔装の形状は多種多様だが彼女達は西呉真央の変身後の姿を知らない。よって、この場で襲撃者と先のエルダーを結びつける事は誰にも出来ないのだった。
【ゆりか】(仮に、その化物が南雲ちゃんの関知したエルダー級とするならこの店を襲ってきた理由って、何なのかしら……?)
都築ゆりかは思考する。目立零子の発言によれば、あの黒い書生風剣士と件のエルダーは一時的にせよ共闘関係にあった。
縁籐きずなの魔法核を持ってここへ来てしまった書生風を助ける為、ここへ殴り込んできたという推測は妥当だろうか?
【ゆりか】(書生風の子はエルダー討伐を依頼しにここへやって来た。
襲撃者がエルダーだとすると、そいつは自分を殺そうとしてる人間を庇いにきたことになる――筋が通らないわね)
ゆりかは自ら組み立てた仮定を棄却した。
実際のところ西呉真央の意図はそれ以外の別な所にもあったのだが、現在出揃っている情報だけで真実に辿り着くことは不可能と言える。
――人間は己の立つ場所と時間の中でしか、物事を理解出来ないのだから。
他方、西呉真央に誤算があったとすればこの店にいた悪魔『屋守』と魔法少女『守本祝子』の存在だろう。
二人の能力によりTender Perchの人々は本来知り得ぬはずの情報を取得し、西呉真央の計算を大きく狂わせた。
無用なき混沌=\―全ての要因が絡み合い、この歪にして複雑な状況を完成させている。
【ゆりか】(! ……何かしら、これ?)
ゆりかはボールに集積した弾丸の中から異質なものを発見した。カード型の薄い機械のようだ。
これまで気がつかなかったがテーブルの死角にでも設置されていたのだろう、先の襲撃で弾丸による穴が開いている……。
【ゆりか】(――――盗聴器!?こんなもの誰が……)
開店してからまだひと月も経っていない。
一体何時から≠セ?これを仕掛けた相手に、一体何処から何処まで≠聞かれていた……?
※ ※ ※
【市街地/駅周辺】
【*】「……こちら00(マルマル)。感明送れ」
【?】「こちら01(マルヒト)。感明良し。00送れ」
携帯電話(Cellular Phone)が大量に普及している昨今、街中での無線機使用に疑問を持つ方もいるかもしれないが、実のところそれなりの理由がある。
その利点については携帯電話の送受システムを参照し、比較してもらう必要があるのだがここで詳らかに解説するのは控えよう。
少なくとも「彼ら」の場合、自前の中継点をどこにでも設置できて都合がよい事。また、独自の暗号化によって通信内容を秘匿出来る事にある。
誤解の無いよう付け加えると警察無線もそのような暗号化がされているので、素人が簡単に傍受できる代物ではない。そう、本来ならば……。
【*】「目標甲≠ヘ調査地点を襲撃後、車両で北の方角に移動した。追跡しろ」
【?】「了解。甲の襲撃で発信機が破壊されてしまったようですが?」
【*】「それはもういい。必要とされる会話は全て録音済みだ。これで少しは上も考え方を変えるだろう……後は成果だ」
【?】「米軍の介入は?」
【*】「M.E.S.S.I.Aはまだ動かん。今は甲との接触の事だけに集中しろ。やれるか、准尉?」
【?】「先方の出方次第としか。そもそも、現状では私の他に適任者がいませんが」
【*】「その通りだ。くれぐれも殺されんようにな――――始めろ」
【?】「……了解。状況を開始します」
【もう少しだけ続きます】
【?】「着装――近銃撃《アグレッサー》!」
緑色の魔力光が粒子となって彼女の躰を包み込む。装いに費やす時はまさに刹那。
少女は簡素な私服から軽装のボディーアーマーへと変身を遂げた。
身体強化のリソースを脚力に集中させ、瞬時に跳躍――そのまま家屋の屋上へと着地する。
【*】「対象甲≠ヘ警戒心が強い。追跡を悟られるなよ」
【?】「彼女が乗った車両の行方は?」
【*】「市中の監視カメラで確認した。北の方角内陸へと約1キロ進み、事後鉄塔の近くで下車している。
途中でまた変身されてわからなくなったが……衛生から撮った映像でだいたいのポイントは絞り込んでいる。その付近を捜索しろ」
【?】「やってみます」
疾走。跳躍。
疾走。跳躍。
建物の上を屋根伝いに飛び移り、少女は白昼の空を舞う鷲の如くに翔け抜ける。
その四肢のしなやかな動きに気づく者はなく。人知れず風を斬って進むその影は忍のようであり、妖精のようでもある。
【?】(先にこちらが見つからなければいいけど……)
程なくして、彼女は鉄塔の麓へと到着した。放出される魔力を最小限に抑え、周囲を探索する。
ふと空を見上げた先に人影を発見……いた、鉄塔に登っている。何かを監視しているようだ。だとすると既に気づかれている可能性がある。
【?】「とりあえず、昇ってみるか」
物体生成と固有魔法を組み合わせ、アンカーを射出。ワイヤーを巻き取りながら静かに上昇する。
目前の後ろ姿に……息を飲む少女。間違いない。
現在確認されている中で国内唯一、【氏族】を形成せず『夜宴』にも所属していない超級契約者《エルダー》。
【?】「もう、既に私に気付いてるわよね。
ここまで近づかせておいて何もしないということは……私を敵か味方か判断しかねている。そんなところかしら?」
対象甲=\―西呉真央。
【真衣】「結論を先に言うと、私たちは貴方の力を必要としている。同時に貴方がこの先必要とするであろうほぼ全てを提供できる……。
私は塞守真衣。MIC(中央情報隊)に所属する特務准尉よ。あなた達民間人が陸上自衛隊と呼んでいる組織、その末端というわけ――」
そこまで言いかけて塞守は通信機を取り出し、これみよがしに通話音量を絞った。これで次の会話は二人の間≠ナしか聞こえない。
【真衣】「――と、いうのは建て前の話。
西呉真央。
あなたがこの世界を壊したいのと同様に、
私もまたこの世界を許すことができない。私の大事な人を奪った……この世界が!
けれど私たちが敵に回そうとしている「その世界」は、あなたの想像以上に強大かつ深遠なものよ。
あなたの願いがどうあれ、それだけは認めておいたほうがいいわ。だから、貴方には選んでもらいたいの」
【公】という名の闇を背に、総ての【魔】を喰らい尽くす【皇】となることを。
【真衣】「世界を変えたいと望むなら、まずは世界を味方につけなさい――――!!」
【Intervalは以上です】
【以下、TRPG広辞苑トップページから転載】
TRPG掲示板『千夜万夜』をご利用の皆様へ
TRPG専用掲示板『千夜万夜』のサーバが不安定なため
管理人様が、したらば掲示板に緊急避難所を用意して下さいました。
千夜万夜が見られない、書き込みが出来ないという場合、下記の避難所をご利用ください。
TRPG総合避難所【夜鳥乃巣】
http://jbbs.livedoor.jp/internet/17427/ 【転載は以上】
夜鳥乃巣にて雑談所の別館を作成しました。
同僚の皆様にはお手数ですが、該当スレにて確認のための点呼をお願いいたします……m(- -)m
「…はぁ?」
西呉が背後の魔法少女に放った第一声はソレだった。
あまりにも予想外の発言に呆気をとられてしまったからだ。
流石にこうなってしまっては、黒服の監視どころではなく、体表を巡らせていた目を元の位置に戻すと
振り向き、謎の魔法少女に視線を移す。
その表情からはまだ動揺が消えてはいない。
「・・・・・・」
直様視線を逸らし、手のひらを相手に向け待ったのポーズをしながら
西呉は、状況の整理、確認をする。
「あ〜…先に2、3聞きたいことがあるのですが、答えてくれませんかね?
まず聞きたいのは、私が何を願ったか貴女方はご存知なんですしょうか
寧ろ、私のことをどこからどこまで知っているのか教えていただけませんか?
そして、次に、何故私の力が必要なのか?
国がバックにいる貴女方なら、あの手この手で魔法少女部隊でも作れるんじゃないんでしょうか?
そこで何故私なのか?こともあろうに将来の敵になりかねない私にですよ」
さらに西呉は続けた。
「それとこれはもしもの話ですが、貴女方は私に何を提供してくれるんです?」
『あなたの想像以上に強大かつ深遠…ですか』
喋りながら西呉は同時に念信を送る。
彼女の個人的な話に対することは口に出さずに答えたほうがいいと配慮してのことだ。
「私を仮想敵として演習にでも参加させてくれるのでしょうか?」
『まるで違う脅威がさも存在するような言い方ですね』
「まぁ端役のあなたに訪ねても無駄でしょうけど」
『知っているのなら教えてほしいものです。』
「まぁこんなところでしょうね…とにかくこの質問に答えないかぎり
この話は先には進めませんよ。どうします?」
書生風にまつわる二つの不自然について、南雲は確かに問い質した。
死んだ縁藤きずなの魔法核を、書生風が所持している事実。
そして、仲間だったはずのエルダー級を今になって殺したくなった心変わりの理由。
立証できたところで状況証拠に過ぎない、しかし確たる矛盾を付きつけられた書生風は、
>「あっ」
と零した。
(『あっ』!?いまこの女、『あっ』って言った!?自分の不自然さに気付いてなかったの!?)
指摘されてようやく己の不整合を理解した、と思しき書生風。
表情こそ変わらぬ鉄面皮ながらも、そのまましばらく固まっていた。
やがて結論が出たのか、彼女がゆっくりと問いの応えをつぶやきはじめた。
>「一つ、め。
――要約。魔法核は縁藤を殺したエルダー級から現場で貰い受けたものらしい。
意図は不明。だがこうして南雲たちとの対立に陥る鍵となった以上、罠として成立している。
>「二つ、め。
――要約。エルダーと書生風は厳密には共闘関係ではなく、同じ敵と相対しただけだと言う。
縁藤きずなとの戦闘に同時に巻き込まれたが、エルダー側につくことで、有利に戦いを運ぼうとしたのだろう。
>で、さり際に私。エルダーに聞いた、何を願って、望んで。魔法少女になったのか、を」
「…………。」
南雲は思考をぐるぐる回すのを止めた。
エルダー級の化け物が願ったこと。それは固有魔法の類推材料という戦略要素の他に、もう一つ価値を備えている。
(エルダー級まで上り詰めてなお、"あがり"に満たない願い。それって一体?)
魔法核の奪い合いは、『願いを叶える力』の争奪戦だ。
自分の力だけでは叶えようのない願いも、誰かと一緒ならきっと叶う――そんな綺麗事を捻じ曲げたシステムだ。
エルダー級に至るのに必要な魔法核は、同調なしの単純計算で60個。
それだけの人数の助力があってもまだ叶わない願いなど、それこそ死者の蘇生とか世界の平和とか、
>「世界征服。
ぐらいしか、ありえないだろう。
南雲はぞっとした。そんな、少年漫画の悪役みたいな陳腐にもほどがある願い。
それを大真面目に追求した結果が、あのエルダー級のような化け物の存在なのだ。
(やっぱり、ブラック魔法少女……!)
世界を征服し、支配することで完全なる戦争の根絶を実現する。
そのためなら何人死んだって構わないし、殺せてしまう――完全に倒錯している。
>「私は、そのエルダーが生む犠牲を。止めたい。だけど、私一人じゃ勝てない。
つまるところ、この書生風の目的とはシンプルに一つだ。
『エルダー級を倒したい』。そこだけは、何にも矛盾せず、徹頭徹尾貫いていた。
その一点においてだけは信用できると南雲は思う。魔法少女なら誰だってそう思う。
"エルダー級が持つ大量の魔法核を簒奪したい"でも、
"いつか自分の敵になるだろうから今のうちに排除しておきたい"でも、
"平気で人を殺せる奴をほうっておけない"でも良い。
魔法少女なのだから、戦おうとするのは当たり前なのだ。
(でも、ごめんね書生風さん)
それでもだ。南雲たち新米組は、有り体に言って――それどころではない。
世界征服だとか、人知を超えた化け物だとか、そういった連中に関わっている暇などない。
彼女たちの抱える頭痛のタネを手っ取り早く消化するには、そこの書生風の首を差し出すのが一番なのだ。
>「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
(うわー、聞きたくない聞きたくない!)
萌は至極当然のことを書生風に問うたが、南雲は耳をふさぎたくて仕方なかった。
彼女の名前を――知りたくなかった。
名を知れば、目の前にいる書生風が、『敵の魔法少女』から『敵対する一個人』にクラスアップしてしまう。
人の形をした化け物から、名前があり、立場があり、帰る場所のある人間を殺すと、そう肯定してしまう。
(でも、そういう『逃げ』って、やっぱり卑怯なのかな)
ズルい考え方だと、そう思う。
戦おうと思って構えた刃は、相手の名前なんかで出したり引っ込めたりするようなものじゃないはずだ。
現実として一人の人間を殺す。その事実から、目を背けて良いわけがない。
かつて苗時は、南雲が機銃を掃射したことを『殺人意識から目をそらすため』と評した。
派手な音の出る機関銃で断末魔を聞くことなく跡形もなく吹き飛ばせば、殺した事実まで掻き消えるかのように。
そんなわけがない。
早い話が、覚悟を決めたくなかったのだ。
己の理想とする『信念としての魔法少女』から、どんどん遠ざかっていってしまうようで、怖かった。
>「佐々木、真言」
書生風改め真言の名乗りに、南雲は肩を落として応じた。
「わたしは坂上南雲。坂の上のみなみ雲と書いて南雲。こっちのちっこいのは私のバイト先の麻子先輩」
名乗りあってしまった。これでもう人間同士の殺し合いだ。
速やかに覚悟を決めるか、全てを振り捨ててこの公園を後にするか、どっちかだ。
>「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
>「人を傷つける事を躊躇う事が出来て。動き出した足を止めることが出来る人間。
> (中略)あなた達は、まだ良識も。人間性も捨ててないように思えたから。だから、殺しはしない」
『やっべーな。つい先日ミサイルぶっぱして約二名ほど爆殺した覚えがあるんですが、わたし』
洒落になってないことを念信で漏らす。
真言の判断基準で言えば、萌はともかく南雲と麻子は完全にクロだ。
萌に関しても、『なんでその魔装、躊躇えなかったんだ!』という論法ならアウトである。
というか、真っ当に魔法少女やってる人間なら大抵アウトじゃないのかこいつにとって。
『魔法少女である以上、相手を殺して夢を奪って、自分の糧にするのが常道だしねえ』
殺さなくても、魔法核を簒奪された者は亡者となって死よりも陰惨な末路を辿る。
それが魔法少女なのだ。そして、佐々木真言も魔法少女を名乗り、敵対する者を殺してきたのならば、
相対してきた者達の誰よりも多くの屍を積み上げて、ここまで登ってきたのだ。
『――とんでもない自己矛盾を抱えてるよこの娘』
蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。
修羅を斃して回るために、己も修羅に身を窶したか佐々木真言――!
>「――あの。私。話下手だから。
上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
……それだけ、は。本当。だか、ら」
たどたどしく、途切れ途切れに彼女は言った。
(まいったな……)
南雲は頭を書きながら俯いた。
佐々木真言の信念は、直角定規のように真っ直ぐひん曲がっている。
彼女が"まともではない"と断じた相手を容赦なく殺し、獲物を探して渡り歩く魔法少女。
だが、南雲が本当に参るのはそんな表層的な属性によるものではなく、
(この娘――理奈ちゃんと同じ信念を持ってる)
同じだ。やり方や現状は異なれど、理奈と真言には根底に通ずるものがある。
人間の善性を信じ、願いの奪い合いを良しとせず、この悪辣のシステムに立ち向かわんとする意志だ。
真言が理奈と異なったのは、彼女にとって幸か不幸か、一人でも戦えるだけの能力があったことである。
理奈は、決して弱くはないが強くもない。
優秀な制圧魔法を持っているが、防御は脆弱で、何より年相応に惑い、迷う。
そしてだからこそ萌や南雲といった仲間を頼り、現在のように意見の相違で壁にぶつかったりもする。
だが、真言は一人だ。一人でも戦ってこれた。
己の信念だけを信じ、それが少しずつ本来至りたかった道とズレを生じ始めても、比較する他者がいないから気付けない。
わかった時には、もう後戻りが効かないほどに、深く遠く逸れてしまっているのだ。
理奈をここへ連れてこなくて良かったと、そう思った。
この女は未来の理奈だ。南雲が標榜する魔法少女の信念が、折れたまま歪に伸びた未来の姿だ。
「……平行線になっちゃったね、真言ちゃん」
南雲は一度深く息を吸って、肺の中身を全部出すまで吐いてから、そう言葉にした。
「貴女はエルダー級を倒すために、わたし達を仲間に引き入れたい。
だけどそんな命懸けのリスクを負うには、わたし達の得るリターンが小さすぎる」
エルダー級を四人で仕留めたとして、推定60個の魔法核を四人で分ければ一人あたり15個だ。
15個。今の南雲達が夜宴で手堅い勝利を得れば、二戦ほどこなして手に入る数だ。
確実に犠牲が出るであろうエルダーとの野良ファイトで得られる報酬としてはあまりに有り難みに薄い。
それに、いざ山分けする段になって真言が翻意しないという確証だってない。
なにより、この四人であの化け物を相手取ってまともに戦えるかどうかすら怪しいものだ。
「それにさ、世界征服を止める?
振りかかる火の粉を払うだけでも精一杯なのに、世界がヤバイとか言われても現実味ないよ。
わたし達にはもっと等身大の問題があるわけですよ、真言ちゃん」
南雲はゆっくりと手を掲げ、人差し指で真言の胸を指さした。
「貴女とエルダー級が戦ってた魔法少女、縁藤きずなって言うんだけどね?
その娘の氏族から、『うちの縁藤殺った奴出せやコラ』って言われてるの、わたし達。
暫定容疑者は、貴女が連れてきたあの眼鏡の子。まー有り体に言うと、冤罪、かけられちゃってるんだよね」
目立の話では、縁藤の放った使い魔がエルダー級を拘束したとき、それを助けたのは真言だったそうだ。
共闘関係になくとも、エルダーを解放する手助けをしたのであれば、間違いなく縁藤が死んだ遠因の一つになっているのだ。
「エルダー級と、貴女のせいで、なんの罪もない女の子がハラを切れと要求されています。
そんでその冤罪を払拭する一番の方法は、縁藤殺しの犯人を捕まえて先方に突き出すこと。
真犯人であるエルダー級を倒して、誰も不幸にならなくて済むんだろうけどさ――ほら、エルダー級ってメチャ強だし」
南雲の主張はこうだ。
(暫定)真犯人であるエルダーを倒すのは難しいし犠牲も出るから、
結果的にその片棒を担ぐことになった真言ならエルダーよりかは勝率あるしこっちを突き出そうぜ!
縁藤きずなの魔法核という動かぬ証拠もあるしね!
やってることの卑劣さで言えば隠形派の理不尽要求とあんまり変わらない。
身内から犯人を出すのが嫌だから、他の関係者を犯人にでっち上げようとしているのが南雲のプランだ。
「だからさ、大人しく殺られてよとは言わない。
だけどお互いに平行線の主張があって、目的がぶつかり合ってるんだから、もう悠長な話はやめようよ。
わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
腰のホルスターの留め金を指で弾き、コンバットナイフのグリップを握る。
抜き放たれた分厚い刃は鏡のように青空を映し、閃き、南雲の手の中で順手に収まった。
「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
萌と麻子に目配せをして、南雲は身をかがめた。ナイフを腰だめに構え、前方の敵を見る。
真言との距離は約15メートル。閑静な公園で魔法少女の聴覚なら呟きも余裕で聞こえる距離だ。
だんびらによる先制攻撃を警戒して空けた彼我の距離を、埋めるように最初の一歩を踏み出した。
「行くよ」
南雲が走りだした瞬間、キィンと風を斬る音が上空から聞こえてきた。
滝のように落ちてくる穿音の正体は、直上の空から降ってくる一翼の紙飛行機だ。
この公園に入る前に秘密裏に生成して空に放っておいたこの紙飛行機は、無論のことただの紙飛行機ではない。
(『ライトウィング』――戦術爆撃機の兵装再現!)
紙飛行機の腹の部分が開き、包まれていた物体がジェットの速度で宙に放り出された。
細長い茄子のような外観のそれは、現物に比べスケール相応に小型化されているが――焼夷弾である。
紙飛行機から射出された焼夷弾は、佐々木真言の頭蓋を目掛けて、信管を作動させながら直撃コースで降ってくる!
ナイフも突撃もフェイク。彼女はそもそも接近戦を行うつもりなどない。
近接戦闘を行うと誤認させて、視覚外からの爆撃で仕留める――ルール無用の戦術であった。
【交渉決裂。戦闘開始。先制攻撃。ナイフで突進すると見せかけて頭上から焼夷弾爆撃】
数分、時間を前後して。
南雲は尋ねる。真言は語る。萌は聞く。
(アイス、自分の分も買っておけばよかったかな……)
まあ、概ねは聞いているはずだ。
何せ真言の言葉はたどたどしく、それゆえに時間が掛かる。
萌の精神が思索に遊ぶのも無理からぬことと言えよう。
とはいえ話の内容自体はシンプルで、耳に届きさえすればすんなりと脳に染みた。
(勇者様が大魔王倒しに行くのに仲間集めって?断ったらあたしらが悪者じゃね?)
内心で苦笑いを浮かべる。
(すげーな、あたしらのうちの誰よりも真っ当に"魔法少女"してるよねぇ)
ひどく戯画的で浮世離れしたその動機は、
少なくとも"少女"という点において何一つ真っ当ではない萌からしてみると眩しくて仕方がない。
その捻じ曲がった真っ直ぐさのゆえに、手を貸してやりたいと思わないでもない。
それに加え、ひとつ懸念も湧いた。
(考えてみりゃ、コイツひっくくって連れてっても追求が収まんないっていう最悪のシナリオもあるよなぁ)
縁藤きずな殺害の犯人の身柄。隠形派の要求はそれだ。
このまま首尾よく真言を捕縛できた場合、その所持している核は当然隠形派に渡るはずである。
つまり楽園派との戦力差がさらに開くわけだ。
ここでさらなる要求をされたとして、はたして拒絶しきれるだろうか。
例えば――"もう一人の犯人"の確保であるとか。
(つっても、向こうがエルダーのこと知ってるかどうかなんてわかんないけど……)
この一件以前にすでに接触があった可能性は?
縁藤が戦闘中に仲間に伝えた可能性は?
萌たちが現在持っている材料ではどちらも否定し得ない。
最悪を想定して動くのであれば、ここは真言と結んで真央を倒し、しかる後に真言を捕らえるのが最善だろう。
最大で百に届かんとするだけの核をただでくれてやることになるのは惜しいものの、
それで隠形派の大義名分をすべて潰せるのなら高すぎる価という程でもない。
「うーん、でもなあ……」
そしてここで、ようやく時間軸上の点が元の位置まで至った。
「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
南雲にとっては名を知らぬことが重要だが萌にしてみると知ることこそが重要だ。
ご存じの方も多いだろうが、ムエタイでは試合前にリング上でひとさし舞う。
ワイクルーと呼ばれるそれは、実際には踊る必要はなく、リングを一周してお辞儀をするだけでも問題はないものだ。
しかしウォームアップ代わりに丁度よいものだし、さまざまな呪術的な意味合いも含んでいる。
例えば、足先で相手の名をリングに書き、それを踏むという行為がある。
説明するまでもないだろうが、そうすることで相手を挑発し、また、自分のほうが強いと自己暗示をかけるのだ。
萌にとっては戦闘の前の一つのルーチンである。今までは突発的な戦闘ばかりでする機会がなかったのだが。
真言は萌の問いを受けて名乗り、萌もそれに応える。
南雲もまた己の名を述べ、ついでに麻子の名も伝える。
それから真言は、萌の二つ目の問いに対して口を開いた。
(あれ、なんだろ。あたしらからめちゃくちゃ縁遠い人の話をしているような)
聞き終わった萌の、率直な感想がこれである。買いかぶられ過ぎている気がしてならない。
>『やっべーな。つい先日ミサイルぶっぱして約二名ほど爆殺した覚えがあるんですが、わたし』
『あたしもそれ関与してるしねえ……』
そのミサイル、生成したのは南雲で、軌道修正したのは萌だ。
南雲の念信に答えるその背を走った寒さは、はたして吹き抜ける風だけのせいだろうか。
(あーこりゃもうやるしかねーか)
>「上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
> ……それだけ、は。本当。だか、ら」
自らの言をそう締めくくった真言に対し、南雲が長い長い溜息のあとにこちらの状況を突きつける。
ひと通り伝え終えたあと、南雲は腰に手をやった。
>「わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
ぱちり、とホックの外れる音がして、南雲の手に"敵意"が握られる。
>「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
「ま、そうなるよねえ」
ザ・ウィナー・テイクス・イット・オール。
ABBAの歌と違ってゲームは終わっていないし敗者は立ちすくむことすら許されない。だがそれだけはいつでも真実だ。
>「行くよ」
宣言して南雲が踏み出す。萌は動かない。
段平の間合いまで一歩に満たないところで南雲が退く。
予期していたかのようなタイミングで萌が踏み出す。
かのような?いや、本当に予期していたのだ。目配せなど無くともわかる。
南雲は真っ先に腰のナイフに手をかけた。
だが、近接戦闘を得手としているであろう相手に、まず刃物で挑むような無思慮をするだろうか。
否。萌はそう確信している。では、今このタイミングでそうする理由は?
無論、陽動。これもまた確信がある。ならば、萌がすべきことは――
前に出した右足が地面に触れ、そこから白い炎が立ち昇る。
炎は刹那で全身を包み、その内でシルエットが膨れ上がる。そして――
「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
変身が完了する。
今回もワイクルーの機会はなかった。
さらに強化された身体能力でもってなお加速し、真言の右手側から間合いの内へ踏み込む。
そこから左のミドルキック。無手で最も遠くを攻撃できる手段の一つだ。
だがそれでもわずかに遠く、左足は空を切る。予定通りに。
蹴り足を地に着いて、そこを軸として跳躍、予測される斬撃の範囲の外へ体を運ぶ。
つまるところ、これもフェイントだった。
相手の意識を下、下と振る。セオリーに則るなら次は……
(上!)
見上げた萌の視界を、"何か"が縦に貫いた。
【振り逃げ】
>「エルダー級と、貴女のせいで、なんの罪もない女の子がハラを切れと要求されています。
> そんでその冤罪を払拭する一番の方法は、縁藤殺しの犯人を捕まえて先方に突き出すこと。
> 真犯人であるエルダー級を倒して、誰も不幸にならなくて済むんだろうけどさ――ほら、エルダー級ってメチャ強だし」
「……、そう」
目を僅かに細め、感情を漏らさない仏頂面のままで、一言だけ言葉を漏らす佐々木。
相手の言いたいことは分かるし、相手の言い分は確かに納得できる点がある。
だが、だからといって止まれる訳がない。佐々木真言が己の願いから目を逸らすことはあり得ないから。
まっすぐに折れ曲がった意志の持ち主は、曲がっても折れぬ意志を携えてそこに立っている。
その意志に対して、相手がぶつかるという選択肢を取るのであれば。
>「だからさ、大人しく殺られてよとは言わない。
> だけどお互いに平行線の主張があって、目的がぶつかり合ってるんだから、もう悠長な話はやめようよ。
> わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
>「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
佐々木真言は厭わない。闘うことを、刃を抜くことを、敵を切り裂くことを。
いつだってそうだ、戦う前までは悩んでも、戦い始めてからは一振りの剣として振舞ってきた。
だからこれから南雲、萌達を闘うのであれば。いつもどおりにするだけだ。
「分かった。今から私は、倒す。あなた達、を」
佐々木は、シンプルに相手の発言に同意の意を示した。
息を深く吸い、佐々木の薄い胸が膨らみ、気力が全身に満ち満ちていく。
地面を掴むブーツの靴底を通して、足場の情報を算出し、自分が出来る動きを予測していく。
腰を僅かに落とし、臍下丹田に力が入る。身構えは十分、心構えは魔法少女となった頃から既に十二分に携えている。
だから子細なし、此処から先は胸据わって進むのみだ。
>「行くよ」
>「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
空の上から聞こえる異音、視線を上へとずらしてみれば、紙飛行機が有った。
見覚えがある。あれはエルダー級の魔力を感知して佐々木が走った時に見たものだ。
要するに、あれは固有魔法によって作られたものと判断。危険性は極めて高い。
そして、視界の端には異様な筋肉量を誇る大男に返信した萌の姿があった。
動きを見て分かる。アレは冗談でもなんでもなく、強者だということを。
武の息吹を感じた。己も又、邪道に落ちたとはいえど武門の身だ、独特の気配は分かる。
剣道三倍段と良い、無手が武器に勝つには三倍の実力が必要であるという言葉は有る。
だが、こっちもあっちも魔法少女。そんな普通≠フ理論など糞の役にも立たない物事だ。
油断は不要。必要なのは臆病さと、恐怖の感情。そして、その恐怖と臆病を飼い慣らす強い意志だけ。
(――身のこなしから、南雲は近接が得意ではない。要するに、陽動。
そして、陽動に合わせて動く――萌)
視界の端から迫る蹴りを、寸でで回避しようとする剣士。
だが、そもその蹴りがフェイントである事を、こちらの顔の前をすり抜ける事で理解。
二段構えの騙しである事を理解した瞬間に、佐々木は上の音に意識を向ける。
よくわからないもの≠ェこちらに向けて落下してきていた。
焼夷弾と呼ばれるそれだ。佐々木は現代兵器には残念ながらそれほど明るくない。
刀剣の良し悪しや、武術の身のこなしであればある程度ならば分かるが、兵器となるとどうしようもない。
それでも理解できることはいくつか有った。
それの速度が早いことと、それは恐らく危険である事と、それを回避する事が難しいということ――だ。
だから佐々木は行動した。迷わずに。
佐々木の足元で砂をこする音が響き、佐々木のカラスのようなコートのシルエットが一気に膨れがあった。
そして、着弾。業火が佐々木の居た空間を満たし、佐々木を火だるまへと変えてしまう。
コートは消し炭になること無く、佐々木を包んだままに火炎は中身の佐々木を蒸し焼きにしようとした、その瞬間に。
「う……おォッ!!」
コートを引き裂きながら、雄叫びを響かせて、佐々木真言は飛び出した。
道着姿の佐々木は、右手で刀を振りぬきコートを引き裂きそこから飛び出して。
そのコートを左手で引っ掛けるようにして掴み、燃えるコートを萌に向けて振る。
不思議な事に、コートは生物の如くに柔軟に動作し、鞭のように変幻自在に動き、萌の顔を包み込もうとするだろう。
その動作の途中でコートを手から離し、両手で刀を持ち替えて佐々木の体は地面にへばり付くようにしゃがみこんだ。
獣といっても良い程の前傾姿勢。ただ、獣と違う点は、その獣が理性と武器と魔法を持っているという点だ。獣より最悪である。
「キィィィイィェエエ――――――ァッ!!」
地面を踏みしめるコンバットブーツ、スパイクが土を噛み締め、重心移動から生み出される力は地面に伝わり反作用で加速を産む。
生み出された加速の受け皿は152cm、43kgの小さな弾丸。魔力を燃料にして生み出された加速を受けて、灰色の烏は銀刃を携え10mに満たない長さの線を引く。
一部の流派では猿叫と呼ばれる気違い染みた雄叫びを置き去りにしながら、数秒とかからず佐々木は距離を詰める。
加速をそのままに、距離を詰めた佐々木は地面を捉えて体を駆動させる。肩に担ぐ刀は既に両手で握られ、振り下ろす事の出来る構えにある。
一歩、右足が地面を噛み、瞬間的にさらなる加速を生み出し、重心移動と同時に両手に張り付くように存在していた長尺の刃は弧を描く。
「ッダァア――――ッ!!」
軌跡は、相手の右肩から左腰にかけて伸びていく。
いわゆる、袈裟斬りと言うものだ。振り下ろしの動作をする事を前提とした構えからのそれは、速度と威力を両立したものだ。
日々手の皮がずるずるに向けて血だらけになるまで身に染み付いたその動作は、魔法だ何だなど関係ない代物。
佐々木真言の魔法は、佐々木が本来持つものをより強力にするものでしか無い。
10年という積み重ねの技術と、それを強化する邪道の魔法によって生み出される、神速の袈裟斬り。
火傷で皮膚が引き攣れようと、髪の一部が焦げようと、鎖骨が粉砕していようと。
佐々木真言の振るう、正道と魔道の生み出す魔剣に――鈍りはない。
【戦闘開始。焼夷弾を受けるも、コートを膨らませて大ダメージは回避。
燃え盛るコートの切れ端を萌の顔面に投げつけつつ、近接が苦手であろう南雲に接近。
十分な加速からの全力の袈裟斬りを放とうとする】
麻子さんの念信を受け、南雲さんが頷く。
重く、感情をおし殺した静かな肉声が、俯く私の耳朶にそっと届いた。
【南雲】「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
――息を呑む。私が顔を上げたその時、南雲さんはもう踵を返して歩き始めていた。
視界に一瞬だけ映り込んだ暗い横顔。私はその表情に見覚えがあった。
あの日――駆走さんが『死んで』しまった楽園からの帰り路。
何かを振り捨てる≠謔、に差し出されたその手。微かにためらい、その手を取って握り締めた私。
その時見た表情に、とてもよく似ている。
【理奈】「ま、待って――……」
行かないで。
そう続くはずだった言葉が声になる前に立ち消えて、唇の中で溶けていく。
私が抱えている大きな矛盾が、引き止めることを拒んでしまったみたいに。
やがて四人が裏口から出て行くのを見送ることしか出来なかった私は、近くの椅子にヘタりこんだ。
深く溜息をついた私の横へ目立さんが並んで座る。
【零子】「大丈夫ですか……?」
頷いて反応を示す私。先ほどの剣士さんのように冷水をグラスに入れ、一息に飲み干した。ふぅ……
【零子】「坂上さん、やっぱり怖い人なんですね。話を聞くだけならここでも出来るじゃありませんか。これじゃまるで――」
【理奈】「それは違うよ目立さん」
言いかけた目立さんの言葉を、私はたまらず遮った。
【理奈】「そうじゃない……」
そうか、この人は何も知らないんだ。私は先ほどの叔母さんから聞いた話を目立さんに説明した。
【零子】「『穏形派』が私の身柄を……?」
【理奈】「……苗時さんからはこの事について教えてもらってないんですか?」
【零子】「私が原因で『楽園』が疑いをかけられてる、という事までは知ってました……けど…………そこまでは」
苗時さんに言わせれば「聞かれなかったから」ということなのだろうか。
あるいは目立さんに余計な不安を与えたくないという気持ちがあったのかもしれない。よくわからないけれど。
【理奈】「南雲さん言ってたよ――目立さんを守りたいって」
【零子】「ごめんなさい。私、何も知らないで坂上さんに酷い事を……」
【理奈】「私に謝っても仕方ないです。でも、この次に会った時は――もう少し普通に接してあげてくださいね」
そしてこの次≠ェ必ずやってきますように――と、私は心の中で強く願いました。
…………変なフラグとかじゃなくてマジで。
【続きます】
私が抱える大きな矛盾は、やっぱり以前苗時さんに指摘された欺瞞――嘘にあるのだろう。
本当は自分でも麻子さんの言ってることが正しいと解っているくせに、何かを信じて、未だにそれを捨てられない自分がいる。
何か他に方法があるんじゃないか。
もっといいやり方があるかもしれない。
誰も傷つかず、誰も悲しまずに済む希望みたいな何かが……きっとどこかに残ってるはずだって。
そう思って、いつも立ち止まってしまう。
それ≠かなぐり捨ててしまったら、私が「私」でいられなくなる気がするから。
せめて自分の心にだけは嘘をつきたくないという、そんなわがままな「私」が、いつも大事な人の足を引っ張って困らせてしまうんだ。
だから自分の中で抱えきれないジレンマを誰かに委ねてしまうんだ。
そうすることで、まるで自分だけが世の中の理不尽に抗っているんだって…………わめき散らしたいだけの為に。
――そっか。
私が南雲さんと萌さんを引き止める事が出来なかったのは、きっとそういう理由があったんだよ。
自分が下せそうに無い決断を三人に預けて、私は誰かに「優しいフリ」がしたいだけだったんだね……。
気持ち悪い……。
気持ち悪い……!
こんなの、友達にすることじゃないよ。
こういう時に何かを言う資格があるのは、きっと闘って傷つく覚悟がある人だけなのに……私はそれすらもしようとしなかった。
残酷な戦いに身を置こうとするあの人のそばに、立とうとしなかった。
もしかすると、私はとんでもない間違いをしてしまったのかもしれない。
私はみんなに――――着いて行くべきだったんだ。
うなだれる私の所へ屋守さんがやってきた。皿に盛ったスコーンを片手に、きっぱりと言い放つ。
【屋守】「お前、向いてないわ」
【理奈】「…………」
【屋守】「ちょっとは見所あるかなーと思って期待してたけど、さっぱりだな。お前は戦士にもなれなきゃ魔法少女にもなれねえよ」
【理奈】「屋守さんの言う魔法少女って……」
【屋守】「ああ、勿論貪欲に魔法核を集めてくれんのが理想的だな?かと言ってお前が望んでる獲らない魔法少女を否定するつもりもないよ。
――で、それならどうしてそれを貫く為に戦おうとしない」
【理奈】「私が戦うべき人はあの剣士さんじゃありません。それに私、エルダーと渡り合える程強くもないし……」
【屋守】「強くなったらやりあえるのか?」
【理奈】「その為にさっきあなたにお願いしたんですけど……」
【屋守】「アホだな。バカだな。マヌケだな。くるくるぱーのトーヘンボク。おまけにチビだ。木陰を作れるだけウドの大木のほうがまだ役に立つ」
【理奈】「……ウドって実は木じゃなくて草だそうですよ」
【屋守】「うるさい。いいかよく聞け。少年漫画の重要なキーワード、友情・努力・勝利ってあるだろ。
実生活でも使える大事な教えだが、ありゃ現実で応用する際に肝心な事がすっぱり抜けてんだよ――何だかわかるか?」
【理奈】「…………」
【屋守】「努力も勝利も、当人が強くなるまで待っちゃくれないって事だよ」
【理奈】「あの、それってどういう――」
【屋守】「さーな、後は自分で考えなー」
それだけ言うと、屋守さんはさっさと行ってしまった。……何がしたかったの、あの悪魔?
グラスの水を揺らしながら、私はまとまらない考えをいつまでもこねくり回していた。
【続きます】
――その後、誰からの連絡もなく、誰も戻らないまま数十分が過ぎてしまった。
時計の針がもうすぐ正午を指そうとしている。いい加減不安になってきた私は電話をかけようと思って……やっぱりやめた。
そうだ、メールにしよう。
でも……文面が思い浮かばない。あんな別れ方した後で何て送ればいいの?
…………めるめる……める……めるめる
う〜ん。打っては消し、打っては消し――――よし、これだ!
三人に送信っと♪
【理奈】『お昼は何食べますか?』←コレ
ハッ(゚ロ゚〃)
って、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!
散々迷った末にコレ≠ゥよっ?向こうどうなってるか分かんないのに!少しは空気読みなよ、私!
あー、でももう送っちゃった〜♪送ちゃった〜♪
※脳内イメージ
*'``・* 。
| `*。
,。∩ * もうどうにでもな〜れ☆
+ (´・ω・`) *。+゚
`*。 ヽ、 つ *゚*
`・+。*・' ゚⊃ +゚
☆ ∪~ 。*゚
`・+。*・ ゚
【理奈】「あは、あははははは……」
【零子】「ど、どうかしたの、神田さん?」
いえ、なんでもありません。
……メールが返ってきてくれさえすれば、本当にもうなんでも。
そんなやりとりをしていた最中――それ≠ヘ突然やってきた。
ドアを蹴破り、押し入ったるは謎の黒づくめ。彼の両手には機関銃が握られていた。あ、何かやな予感……
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ――!!!!!
素早くテーブルの下に退避。直後に撃ち込まれる弾丸の雨。私にとってはトラウマ以外の何物でもない。
ただ耳を塞ぎ、やり過ごすだけの時間が過ぎていく。
……………………
いつまでも続くと思われたその時間は、わからないうちに終わっていた。
【ゆりか】「理奈、生きてる?」
【理奈】 「は、はひ…………」
頭に被さった破片や埃を払いつつ、私は小さな声で応じる。
次の瞬間、二色の魔力光が店内を覆い尽くした。叔母さんと屋守さんがこの惨状を突貫で補修したみたい。
ホールの掃除とお客さんの記憶の消去、大急ぎでそれだけをやってしまうと叔母さんは直ぐに次の念信を飛ばしてきた。
【ゆりか】『理奈、目立さん、祝子ちゃん!……ちょっと厨房まで来てくれる?』
【続きます】
【理奈】「叔母さん、さっきのは一体何なの!?」
厨房に入ると、私は開口一番叔母に尋ねる。
【ゆりか】「わからないわ…………心当たりがありすぎて検討もつかない」
白昼から店先に鉛玉をしこたま叩き込まれる心当たりが数え切れないなんて、どれだけ殺伐とした人生送ってるんですか?
私が顔だけで突っ込みを入れていた隣で、目立さんが唇を震わせた。
【零子】 「わ、私だ……あの黒服の人……きっと私を殺しに来たんです…………!」
【ゆりか】「零子ちゃん、だったっけ?多分違うわよ」
【零子】 「……へっ?」
【ゆりか】「店内のお客さん、だーれも死んでないもの。本気で殺すつもりならもっと確実な手段をとってくるはずよ」
嘘……あれだけ撃ち込まれて一人の怪我人も出てない――いえ、むしろ出してない=H
【ゆりか】「これじゃまるで――いえ、なんでもないわ。少し検証してみましょう……」
※ ※ ※
撃ち込まれた弾丸や祝子さんの『鏡』の魔法による検証の結果、先ほどの襲撃者が変装した魔法少女であることがわかった。
けれど――
【理奈】「触手の……化物?」
女の子がオッサンになっちゃったり、女の子と見せかけて実は男の娘だったり――
『虚構』も『実物』もジャケット詐欺も含めて今まで色んな魔法少女≠見てきたけれど、変身後にそんな姿をしてる人なんて初めて聞いたよ。
っていうか、それ本当に魔法少女?……ううん、考えるだけ無駄だよね。魔法相手に常識の尺度が通じるわけないし、今更過ぎる。
けれど今はそんなことより
【理奈】 「捕まえに行ったほうが……」
【ゆりか】「……無駄よ。奴さんタクシー乗ってさっさと逃げたわ。追いつけるわけが無い」
【理奈】 「でも……」
【ゆりか】「被害総額は甚大だけど今回は泣き寝入りするのが正解ね。幸い死傷者は出てないし、やり過ごせるならそれに越した事はないわ」
【理奈】 「でも……!」
またやって来ないなんて保証はどこにもないんですよ……?それに――
<わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ>
こんなの、あんまりだ……!!
【屋守】「手が無いわけでもないぜ」
【理奈】「えっ?」
【屋守】「こっちに来い、理奈。ついでのサービスだ。お前に魔犬の鼻≠くれてやる」
口元にニイィ……と歪め、屋守さんが私の頭に手をかざす。紫色の魔力光が粒子の渦を作り、顔の周りで消失した。
【理奈】「一体何を……」
【屋守】「空気中に残存している微かな魔力《オド》の痕跡を一時的に視覚化出来るようにしてやった――後は、お前が決めろ」
…………。
【悪魔からチート能力を付与される→追跡するorしない】【レスは以上です】
>「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
南雲が突撃姿勢から一歩目で上体を戻し、ブレーキをかける一瞬。
すぐ傍を駆け抜けていく影があった。
萌だ。白炎の残滓が尾を引いて、既に魔装――巨躯の格闘者へと変身を完了している。
(陽動二段重ねからの対地爆撃……これで殺れなきゃ嘘だよホント!)
この連携にあたって、萌とは特に念信や事前の取り決めなどを交わしてはいない。
つまりは完全なアドリブである。
一緒に死線を潜ってきた回数が、その濃密な経験が饒舌にものを言った。
萌は、南雲のちょっとした挙動の差異から作戦を瞬時に読み取り、最適なサポートとして行動に移したのだ。
ゆえに連携の成立までほぼノータイム。真言が気取る隙がない。
「喰らって――!!」
萌の体捌きによる至近距離でのヘイト取り、そこから空を貫くように奔る焼夷弾。
家屋一棟を火だるまに変える威力を秘めた再現武装が、黒の剣士の頭上にて炸裂した。
瞬間的に周囲の酸素が消費され、寄せては返す荒波の如く大気が揺れる。
地上二メートルの至近にて咲いた火焔の華が、その花弁で佐々木真言を包み込む――!
>「う……おォッ!!」
上がった叫びは狼狽えか――はたまた裂帛の気合か。
焼死か爆死か分かれ道、黒鴉が選んだのは道なき道の獣道。
黒の外套、インバネスコートがそれこそ夜鳥の翼の如く閃き上がり、堕ちゆく炎と激突する!
炎はまずコートを灼き、故に生まれた一瞬の間隙が、真言の命を焦がさなかった。
外套を脱ぎ捨てた少女は、炎から身を逃がす方向を、下に求めたのだ。
空間に身を滑り込ませるように、四肢を地面につけ、剣士は五体を投地する。
獣の如く。
>「キィィィイィェエエ――――――ァッ!!」
咆哮した。
屈めた身が全てのバネを解放し、膂力というカタパルトに乗せられた少女の矮躯が離陸する!
(え……速……!?)
南雲には、真言の身体が一瞬にして巨大化したように思えた。
遅れて追いついた風が頬を洗ってから、初めて超高速で肉迫されたのだと気が付いた。
だが、時既に時間切れ。真言は炎に巻かれた時ですら手放さなかっただんびらを、既に振りかぶっている。
じゃり、とブーツが砂を噛む音がした。
後ずさる自分の靴音だと南雲は思ったが、次いで響く震脚が地面を砕く音で、真言の常軌を逸した踏み込みだと気付いた。
大地から跳ね返った力が膝、腰、背、肩と各器官のバネを以て増幅され、腕と手首が確たる攻撃力へ変換する。
掲げられた刀が、その顔が映り込みそうなほど磨かれた刃が、尋常ならざる重みをもって打ち下ろされる。
>「ッダァア――――ッ!!」
理性よりも生存本能が、反射神経を通じて南雲の肩をプッシュした。
辛うじて間に合ったのはナイフによる防御。
真言の斬撃に、振りかぶりという予備動作があったのは僥倖だった。
予備動作無しで剣を振りぬく抜刀術を使われていれば、本能すら斬撃に反応できなかったことであろう。
分厚く鍛造されたコンバットナイフ、その峰にもう片方の手を添えて、佐々木真言が斜め上から振り下ろす太刀筋を受け止める。
――そこで南雲は、一つ大きな選択の誤りを知った。
佐々木真言が抜刀術を使わなかった意味。それは単純に、刀は片手で振るより両手で振った方が強いからだ。
強いというのは、重いという意味でもあり、同時に鋭いという言葉とも同居する。
音はなかった。
ただ豆腐かなにかに包丁でも入れるみたいに、鋼鉄製のコンバットナイフが根本から寸断された。
硬い地盤を掘ることすら想定して設計された刃をぶった斬ってなお、真言の斬撃は一切の停滞をせず南雲の懐に落ちてきた。
ぎらぎらに光る刃紋が、凝縮する時間の中で、ゆっくりと南雲の肉と血潮の中に埋まっていく――
* * * * * *
『――のう坂上、魔法少女の戦闘と人間の戦闘、最も明確に異なる部分ってなんじゃと思う?』
『ええ?そりゃあ、ド派手な魔法攻撃の応酬!とかじゃない?』
『違うのお。おどれも前に言うとったが、魔法で実現できる攻撃なんてのはだいたい現代の技術で再現可能じゃ。
単純な破壊力なら戦車砲や爆弾がある。炎を出したきゃ火炎放射器がある。空を飛びたきゃ飛行機がある』
『うーん、常人には見えない、ってとことか?』
『それもちゃうのう。人気のない場所で戦っとる分には、魔法少女と人間で戦闘方法に違いはないじゃろ』
『えーと……じゃあアレかな――魔法少女は簡単には死なない』
『いかにも。魔法少女は常人に比べ遥かにタフじゃ、鎧や防弾チョッキじゃ追いつけない程にの。
そして手足の一本や二本吹っ飛んでもすぐに回復する。
即死しない限り、魔力の続く限り、魔法少女はほぼ不死身の存在と言ってもええ』
『でも、魔法核を集めるには、魔法少女を殺す必要があるんでしょ?
死なない魔法少女を、どうやって殺せばいいってのよさ』
『まあ、泥仕合じゃな。お互いに肉を削ぎあい、骨を砕きあい、血をすすりあい……。
気の遠くなるような傷付けあいの果てに、ようやくどちらかの魔力が付きて絶命する。
ある程度年季の入った魔法少女はそこらへんをよく心得とってな?』
『心得て、どうなるの』
『――手足の一本や二本、平気で捨てるようになる。
どうせまた生えてくるんなら、手足護る時間とリソースを、相手の頭や内臓狙いの攻撃に費やした方が効率が良い。
そういう風に考えるようになるんじゃ』
『……それはちょっと、適応しすぎじゃないかなあ』
『魔法少女として戦っていくには重要な思考法の一つじゃぞ、坂上。
不可避の攻撃に遭ったとき、自分の身体で護るべき箇所と捨てても良い箇所を瞬時に判断し、命だけは護り切る。
そういうダメージコントロールこそが、魔法少女の戦いの基礎にして奥義と言えるとワシは思う』
『できれば、そこまで順応しちゃう前に卒業したいね』
『はっは、まあそうじゃろな。新米ひよっこのおどれにゃ早い考え方じゃろ。
適当に、頭の片隅にでもメモっとけ。役立つ日が来なけりゃいいな』
* * * * * *
* * * * * *
鎖骨を裁ち、右胸へと抵抗なく沈んでいく真言の刃。
ほんの寸毫にも満たぬ時間で、南雲は一つの結論を出した。
刃に押されるように、南雲もまた上体を下げる。両足を投げ出し、滑って仰向けに転ぶような姿勢をつくる。
そのまま身体をひねり、左半身を上にする時計回りのきりもみ回転。
「――っつああああ!!」
叫びは意識を飛ばさないための気付けだった。
自分の身体の右側面にぶち当てる形で高速飛行の紙飛行機を多段生成。
鎖骨を断たれ、動かなくなった右腕を紙飛行機の衝突で無理やり動かし、刀の根本へと激突させた。
真言のだんびらが振り切られる。
ざくん、とパイでも切り分けるような気楽な音。
続くのは重量のある何かが砂利に落ちる音と、粘り気のある水音。
肩口から切り取られ、さらに中央で真っ二つに切断された腕が、公園の地面に放り出された。
腕は、蒼の飛行服を纏っている。南雲の腕だった。
「ッ!」
真言が刀を振り切った直後、南雲はありったけの力でバックステップした。
距離にして10メートルを離す。彼女の額にはびっしりと脂汗が浮いている。
その右肩にはあるべきものがない。腕が消え失せ、代わりに動脈血が脈拍に合わせて虚空に放物線を描いていた。
――魔法少女のダメージコントロール。
真言の斬撃を回避不能と判断した南雲は、右肩に刃が触れた段階で一つの決断を下した。
右腕を犠牲とし、切断させることでだんびらの斬撃力を使い切らせたのだ。
鎖骨を断たれた段階で、使い物にならない腕だった。それを紙飛行機で無理やり押し出し、刀にぶち当てた。
結果として南雲は右腕を失い、しかし即死級の攻撃からこうして命を拾った。
「……こっの!!」
左手に拳銃を生成し、真言の腰から下を狙って連射する。
上半身に比べ動きの少ない足元だが、利き腕でない左で扱う拳銃の命中率などたかが知れているだろう。
牽制できればそれで良い。萌というアタッカーが活きる環境を作られれば良い。
右肩の痛覚は遮断したが、四肢を欠損した喪失感とバランス失調、失血による眼のかすみなど数々の不具合が彼女にはあった。
ふと、引き金を引きながら思うことがある。
(あれ、なんでわたし、こんな痛い思いしてまで必死こいて目立ちゃんを救おうとしてんだろ……?)
目立に恨みはない。だが、恩があるわけでもなければ特別親しい友ということもない。
ただの、知人程度の関係――いや、向こうからすれば知史の仇なのだから、敵意すら持たれていてもおかしくはない。
南雲が目立を救う理由なんか、どこにもないはずなのに。
真言は強い。南雲達が束になってかかってようやく互角か少し下といったところだ。
純粋な魔力量の差も然りであろうが、一番はやはり覚悟の差なのだと思う。
南雲は真言から斬撃を受けた際、彼女の拳を垣間見た。
少女の手とは思えない、傷と、汚れと、角質化した皮膚によって覆われた獣のような手であった。
それこそ、おぞましくなるほどの反復した鍛錬でも積まなければ形作られない手だ。
そして挙動の読めない気配隠蔽から繰り出される、一切の無駄と迷いのない太刀筋。
どれほどの反復を行えば、小柄な少女が淀みなく剣を振れるようになるのだろう。
どれほどの覚悟があれば、ただ剣を振るうという行為をあのレベルに練り上げられるのだろう。
……わたしには、覚悟が足りないのかな。
何が何でも目立を護る、といういう迫真性がないから、真言に気迫で負けている。
中途半端な戦術で、敵の手痛い反撃を呼び込むことになる。
南雲は目立を守りたいのではなく、目立を見捨てることによって発生するデメリットを嫌って楽園派に協力していた。
信念としての魔法少女。
打算で積み上げられた土台の上に、信念という城は築けなかった。
そして彼女は、己の打ち立てるべき信念を持たずにここまで来た。
だが敵は、真言は、確たる信念を刃に纏って戦いに臨んでいる。
だから強い。だから怖い。
怖い。
『怖っ……!いま、死にそうだったよわたし!右腕もどっか行っちゃったし!血とかすごい出てるし!怖っ!!』
凝縮された時間の中では、喉が遅くて言葉が出てこなくて、仕方ないので念信で叫んだ。
気が付けば、僧帽が滂沱の涙で川を作っていた。
泣きながら、しかし左手は銃撃を止めることはない。
『たったいま気付いたんだけど――殺し合いってめちゃくちゃ怖いよ!だって殺られたら死んじゃうんだよ!?』
念信はオープンチャンネルで、つまりは真言にも駄々漏れだ。
そんなことにすら気付く余裕もないまま、南雲は己に芽生えた感情をぶちまけた。
『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
それは、自分自身への自問自答に近かった。
飛行服のポケットの中で、メールを知らせて携帯電話が振動した。
【真言の即死級斬撃を右腕一本にダメージコントロールして持ちこたえる】
【真言へ向けて拳銃を連射しつつも初めて受けた大ダメージに狼狽え気味】
黒い線。
高速で落下した焼夷弾は強化された萌の視力でもそう見えた。
そしてそれは地上で黒と接触し――次の瞬間、赤が弾けた。
>「う……おォッ!!」
巻き込まれぬように一歩退いた萌を、雄叫びとともに黒が追う。
加速された思考で置き換えても一瞬。
真言が斬りかかってきたと判断した萌は距離を潰すために前に出た。
(――服、だけ!?やべっ!)
無論、その判断は誤り。
だがとっさに顔の前に腕を立てて隙間を作る。
切っても突いてもそうそう堪えない魔法少女だが、息ができないとなるとやはり苦しい。
意識を失うところまではいかない場合でも、思考や集中を乱されるのは止められるものではない。
しかし呼吸は確保できたが視界は塞がれたまま。
コートを引きちぎる、その一瞬ですら怖くて仕方がない。
闇の向こうから"猿叫"が聞こえてくるのだから。
新撰組局長、近藤勇。
士道不覚悟という名目で局員を切腹させることを趣味としていたこの男をして、
「何をしても初太刀は外せ」と言わしめた剣術がある。
――自顕流である。
恐らく得物からすれば真言が修めたのもこれであろう。
少々武術に詳しいと言ったレベルの人間ですらよく知るところのこの剣術は、
とにかく全力全速で撃ち込むという何もかもを削ぎ落した術理の上に成り立っているものだ。
猿叫とは自顕流に特有の掛け声で、誤解を恐れず言ってしまえば狂人の雄叫びである。
そんな大声を出しながらひたすら木刀で木をぶっ叩くというやかましい鍛練の故、
周辺住民からの苦情が寄せられ移転を余儀なくされた道場も実在する。
動画などでその風景だけ見るのであれば、正直なところ笑ってしまうようなものだ。
だが。
相手より先に動いて斬る。
相手より後に動いても先に斬る。
相手が防御してもそのまま斬る。
上記を理想として終えるのではなく、その鍛錬を通して実際にやってしまう。
それが自顕流である。
で、あるからして。
視界が開けた時、振りかぶった、いや既に振り下ろした真言の姿があるのでは。
そう覚悟していた萌の前にはしかし焦げた地面があるだけだった。
先ほどの一瞬よりもなお短い時間で事態を把握して振り向く。
>「――っつああああ!!」
その目に映ったのは、またしても赤だった。
真っ白い紙飛行機の群れが南雲を横合いから殴り飛ばす。
間合いを切り直したその姿からはあるべきものが欠けていた。
右腕が根本から綺麗になくなっている。
つまり、真言はより近くに居た萌を無視して南雲に斬りかかったわけである。
自らも無傷ではないにもかかわらず。
(なるほど、あたしゃ後回しでも構わんと。なるほど……)
確かに、真言の立場で考えればまず排除すべきは南雲であろう。
能力的に咬み合わない相手なのだから、機があるなら逃すべきではない。
一方、萌とは能力的に噛みあうし、その上で地力が違う。
それは認めざるをえない厳然たる事実である。
しかし、そんな理屈をすべて脇に追いやったとしよう。
残るのは当然、感情だ。
同じ土俵の相手に"軽んじられる"のは我慢がならない。
本当に価値のない、純度百パーセントのわがままである。
だが心中にそれが芽吹いてしまった以上、もはやその生育は止められはしない。
我を見よ。我を見よ。我を見よ。
ぎりぎりと歯が鳴る音がしたが、それはすぐに銃声にかき消される。
南雲は腕ではなく銃を生成して真言へ向けていた。
>『たったいま気付いたんだけど――殺し合いってめちゃくちゃ怖いよ!だって殺られたら死んじゃうんだよ!?』
『あんた人の腹に鉛玉ねじ込んどいて今更それ言うの?!そんでまた当てるつもり!?』
ひどい精度の援護射撃の隙を突いて踏み込みながら悪態をつく。
置いた足でそのまま舗装を踏み抜き、蹴り上げる。
コンクリートやアスファルトが散弾と化して真言のいた空間を襲う。
つまり、かわされた。
しかし萌は結果を全く見ずに動作を継続。
上げた足を再び地面へ下ろし、それを軸足としてさらに前進。
逆の足を思い切り外に払う。
綺麗にさばかれた南雲の腕が、持ち主の元へ帰っていった。
別にぞんざいに扱ってやろうなどという邪心があったわけではない。
手で拾って持って行ってあげることなど到底できそうもなかっただけだ。
>『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
向き合ってやりたいのは山々の疑問だが、何せ状況が悪い。
どうしても突き放す格好になってしまう。
さて、知るかと言いはしたものの、萌には理由がわかっている。
練り上げた心身の強さを、学んだ技の正しさを、自らを顕す。
などと表現すれば格好はつくかもしれないが――
要は"始めてしまった以上、負けるのは嫌"なのだ。
空手、剣道、柔術にボクシング、もちろんムエタイ。
素手で、あるいは武器を用いて殴りあい、骨を折り合うような行為を始める動機は人によって様々だ。
しかし、"続ける"理由が他に考えられるだろうか?
とはいえ伝える暇はないし、あくまでも個人の理由なのだから伝えた所で南雲の疑問は晴れはすまい。
南雲が求めているのは、南雲自身の答えなのだ。
ここで萌がまず考えるべきは――負けないためにどうするか、である。
考える。
(リーチ:論外)
考える。
(速度:素手と刀でなんとか互角)
考える。
(威力:考えたくねー。勝てる要素ひとつもないじゃん……)
ウラジミール・クリチコというボクサーがいる。
地元ウクライナや活動拠点ドイツでは凄まじい人気を誇っているが、それ以外の国ではさほど人気がない。
なぜか。
やっているボクシングがつまらないからだ。
変身後の萌にも勝る巨体を用いてしっかりとガードを固め、長いリーチでワンツーを突く。
基本的にやることはそれだけ。KOばかりの戦績だが、地味な印象は拭えない。
では地元で人気がある理由は?
ごくごく単純、ひたすら強いのである。
一部過激なファンからは"それのみが真のボクシング"と言われるヘビー級という階級にあって、
四団体のタイトルを保持している文字通りのスーパー王者だからだ。
でかい+早い+重い=強い。誰にでもわかる足し算。
真言はなりは小さいが、身の丈ほどの段平でリーチを稼いでいる。
それを棒切れのごとくに振り回し一瞬で十メートルを詰める速度も持っている。
そして斬り飛ばされたナイフは一撃の重さを物語っている。
"強い"要件は存分すぎる。
勝とうというなら、せめてどれか一つだけでも殺さなければならない。
萌はガードを上げた。もちろん腹が開く。
それから真言の右手側へと滑るように動く。
通常、剣術においては剣士から見て右のほうがいささか危険域は広い。
剣術の型が右利きの人間が使うことを想定して組み立てられているからである。
つまり、萌の狙いは明白。誘いだ。
刀を振らせる。それを止める。いやでも隙ができる。
これまた単純な計算式である。
目にリソースを振って軌跡を追う。
当たる箇所の皮膚にリソースを突っ込んで硬化。
それ自体は可能だ。"その先"も決して絶望ではない。と思う。
皮膚が熱を持つ。蟻走感が起きる。
萌はこの感覚を知っている。殺気だ。
「……ッッしゃあ!!」
それを振りきって、さらに一歩を踏み込んだ。
【肉を切らせて骨も持ってかれそう】
意外に思われるかもしれないが、今回の接触において、黒木は最大限友好側に天秤を傾けていた。
接触する勢力がどのような目的を持ち、どの程度の規模なのか十分に図れない以上、最初から交戦をちらつかせるのは下策でしかないからだ。
だからこそ、彼は『初期段階』では武装をしていなかったし、いきなり戦闘を仕掛けず、まず声をかけて『接触』したのである。
楽観的な予測では、それこそ彼の発言のとおり『歓談』が始まってもおかしくなかったのだが……。
>「歓談だぁ?てめーは頭脳が間抜けか、目の前の壁に張り紙が貼ってあるだろーが。
> ――『図書館ではお静かに』、だ。このスカタン」
「ふむ、これは失敬」
黒木は口をつぐむ。
なるほど、黒木の視界には、確かに男の言う通りの張り紙(口の前で×字型に指を交差させる少女のイラスト付き)が映っていた。
だが、この男(様子を見るにオセロに興じていたようだが、対戦相手が見えないのはどういうことだろう?)も、本気でこの張り紙を
根拠に黒木を非難しているわけではあるまい。
彼はこう言いたいのだ……お前と歓談をする義理など、存在しない、と。
「……しかし、スカタンは酷いねえ」
黒木はぼやく。彼にとって、ストレートな悪口は霧雨のようなものだった……たまに浴びる分には気分が変わっていいが、好んで受けたいものでもない。
ちなみに、ぼやきは黒木の数少ない癖だ。真偽織り交ぜたぼやきで相手を煙にまくのが、彼の会話スタイルである。
>「そうね。法律なんかいくらでも違反してくれて構わないけれど――みんなで決めたマナーぐらい守りなさいな」
と、突如割り込む少女の声。解放される魔力。同時に、黒木の眼鏡にいくらかの光の文字が浮かび、黒木に情報を与える。
『Main core:"Sleeping Beauty"
Sub core :none
MP rate :1600』
大饗いとりの固有魔法の一つ、《我が名は魔女-コールドウィッチ-》が付与された、『魔法少女を認識し、その能力を解析できる眼鏡』。
賢明な読者諸氏は、かつて登場した黒服の男たちが全員サングラスをかけていた事を覚えているだろう。黒木のみ度入りの眼鏡だが、本質は同じだ。
眼鏡型の解析アイテムは、黒木を含めた黒服の男たちの基本装備にして、最大の奥の手の一つなのである。
本来存在する認識撹乱を無効化するのみならず、相手の手の内が戦う前から分かってしまう。スカウターよりなお酷い。
普段黒木たちがワゴン車内で使用している解析装置はより遠距離から、より詳細な解析結果の表示が可能だが、持ち運びに難がある。
眼鏡型とは一長一短。互いに組み合わせる事で真価を発揮できる、という寸法である。
(余談だが、草枕夜伽の魔力解析のコードネームと彼女自身が魔法に付けた名称が一致しているのはただの偶然である。
さすがにエルダー級の解析魔法といえど、魔法少女個人の趣味を読み取る能力まではない)
黒木は無言。表情は飄々としたままだ。
ここまでは、草枕夜伽の存在も含めて予測の範疇である。問題は、彼女たちが『何を思ってここにいるのか』……。
>「こいつは魔法少女じゃないわ。だけど、魔法少女の魔力をその身に宿してる。つまり、」
>「"使い魔"か――!」
「使い魔」
黒木はきょとんとした顔になった。が、それも一瞬。すぐに笑顔になる。
その表情は、幼児が車をブーブーと呼んだ時に父親が見せるものに似ていた。
「なるほど、使い魔。魔法少女だけに、か……いや、失礼。馬鹿にするつもりはないのだが、その手の単語にはこれまで縁遠かった物でね」
笑顔を浮かべたまま、彼は言う。
「正解だよ。もっとも、私達は『端末』と呼んでいたが……使い魔もいいな。進言してみようか」
もっとも、それが聞き入れられる事はないだろう、と黒木も理解していた。
大饗いとりがその名称に至った事には、それなりに理由があるからである。それが読者諸氏に対して明らかになるかは、定かでないが。
>「人間を使い魔にする魔法、ってところね。しかも、あたしの魔法がまったく効いてないところを見るに、
> ここへ来る前になんらかの対抗魔法を仕込んできた。――あたし対策を施した使い魔を送り込んできた!」
>「こいつの親玉は、ここで罠を張ってるのが夜伽だってことまで知っていやがるってことか」
「(いい読みだな)」
黒木は、今度は口には出さず思考する。
今の彼の装備には、能動的に念話を送る能力はない。だから、個人で思考するだけだ。
さらに言うなら、彼の主人である大饗いとりも、相談する相手はいない。彼女と同格で思考できる存在は、彼女の世界には彼女だけだ。
「(一般人を無差別にまきこむ手管から魔法馬鹿かとも思っていたが、なかなかどうして頭も回る。
私が対抗手段を持っていなければそのまま捕獲するつもりだった訳か。いや、怖い怖い。"O"には感謝しなくては)」
だから、気がつくのが遅れた。
「(……待て。私達が彼女の魔法対策を行った事を彼女は知った……だが、
『彼女は私達が魔力解析を行える事を知らない』。むろん、教える義理もないが……その結果、『彼女はどう考える』?)」
回答は数秒後、他ならぬ彼女からもたらされた。
>「あたしの能力を知っている。夜宴のデータベースを閲覧でき、かつ野良試合禁止のルールが適用されない者。
> イコールこの黒服の『本体』は――"夜宴狩り"の公算がバリ高なのよ!」
「……ふむ」
黒木は描写が困難な表情になった。
仏頂面、というには感情がにじみ出すぎ、苦虫をかみつぶしたような、というには無表情に過ぎる。
誤った根拠を元に追及してくる検察官を見る容疑者の表情、とでも言うべきだろうか。
草枕夜伽の推測は、確かに理にかなったものだ。彼女の知りえる情報の範囲においては唯一の解と言っていいだろう。
問題は、彼女の知りえないファクターが存在しており、そのファクターが本来の解に占めるウェイトが非常に大きいことだ。
『夜宴の情報データベースによらない魔力解析手法』。
大饗いとりの握るこの手札が、双方の計算を狂わせていた。
草枕夜伽の高らかな宣言と同時に、哀れな犠牲者たちが立ち上がり、黒木を取り囲む。
それを目の当たりにしてなお、黒木の表情はそのままで固定されていた。
>「『スリーピング・ビューティー<ナイトウォーカー>』。 〜
夜伽の細やかな説明をよそに、黒木は一瞬意識を自らの内に向けた。
黒木は問う。自らの主に、『彼女』への対応を。
帰ってきたのは簡潔な一言だった。
>「さあ、答えなさい。あなた達は一体何者で、この街で何をやろうとしているの?
> 口を噤んだって無駄よ。解呪の方法なんていくらでもあるんだから。
> 『歓談』は既にッ!『尋問』に変わっているのよ……!!」
あるいは、黒木が自らの持つ情報を開陳し、素直に協力を求めるという手もあっただろう。
だが、彼女に……大饗いとりに、それを許す気はなかった。
「『尋問』」
オウム返しに、言葉を返す。と同時に、両手を交差させるように動かし、両袖のカフスボタンを複数起動させる。
黒木に課せられたのは、極めて困難な命令だった。だが、それを拒否する事は黒木の選択肢にはない。
故に、尽力する。主命に対し、全力で。
「それはいいな。そうしよう」
夢遊病で歩く3人の男たちにより、一瞬黒木と夜伽の間の視線が遮られる。
次の瞬間、3人が、時間差をつけて跳ね飛ばされた。
まずは両端の二人が、何かがはじけるような音とともに後方に。
次いで、中央に残っていた一人が、打撃音と同時に横薙ぎに。
後者は分かりやすい。筋力、瞬発力の強化された黒木の中段回し蹴りが、男の脇腹を薙いだのだ。
少々骨か臓器にダメージが残るかもしれないが、黒木の知った事ではない。
それに、最初の二人に比べれば、まだしも彼は幸運な方だろう。
最初の二人には何が起きたのか。それを知る手掛かりは、黒木の両の手にいつの間にか握られていた、長さ30cmほどの2本の棒状の物体だ。
よく見れば、それぞれの棒の先端には二つの金属端子が伸びており、その隙間を繋ぐように白色のねじ曲がった線が蠢いていることが分かるだろう。
さらに、跳ね飛ばされた二人は、びくり、びくりと不規則な痙攣を繰り返している。
それはまるで、理科実験に使用されたカエルのようで……。
……電磁警棒(スタンロッド)。
それも、人道上の配慮を欠いた、高圧、高電流の代物だった。
もちろん市販などされているはずもない。魔法の産物だ。
あわれ、電撃の直撃を受けた二人がどうなっているか、想像に難くない……いや、想像したくない。
自己強化(身体能力)、自己強化(想像力)、物質生成(スタンロッド×2)。
3つ(正確には4つ)の魔法を同時に発動してなお、余力がある。大饗いとりの端末たる黒服の男たち、その班長クラスの実力が、これだ。
本来、エルダー級と正面からやりあうという事態でもなければ、そうそうやられる事はないだけのスペックなのである。
「……さて」
黒木は改めて構えをとる。夜歩くだか何だか知らないが、ザコでは相手にもならない。が、本丸なら別だ。
「宣戦布告はお互い済ませた、と認識して問題あるまいね?」
黒木は床を蹴った。
魔法少女といえど、一般人の意識を『刈り取る』だけの電圧、電流を持った電撃を流されればどうなるのか。
何の対応もしなければ、草枕夜伽は身をもって検証する羽目になるだろう。
【黒服の男(黒木):交渉決裂。接近してきた一般人をさばき、夜伽に接近を試みる】
一瞬の攻防だった。
佐々木の斬撃は裂帛の気合を持って振り下ろされ、南雲のナイフとかち合った。
だがしかし『防御されたならば防御ごと斬り伏せる』という佐々木の斬撃は、ナイフを蝋細工のように引き裂いてしまう。
そして、その防御を無意味に帰しながら、白刃は皮膚を裂いて、肉を割って行った。
「――カァッ!!」
ざくり、白銀が駆け抜け、皮膚を裂き、肉を割き、骨を断つ感覚が刃の先まで繋がっている錯覚から感じられる。
いつも通りだ。毎日何度も、何度も何度も巻藁に全力の斬撃を振りぬき、一刀の元に斬り伏せてきたそれと一緒だ。
己が悪と断じ、迷うこと無く切り裂いてきた前途有る己とそう歳の変わらない少女たちを切り伏せたそれと一緒だ。
だから佐々木は――、その感覚に意識を奪われること無く、目を見開きながら残心し、己の行動の帰結を目の当たりにした。
(――それが出来るという事は……、紛れもなく魔法少女としては正しいということ。
そして、その選択は正しいし、賢い。私だって間違いなくそうしていた。
なら、私がすべき行動は――――)
「う、オァッ!!」
右の手を柄から離し、バックステップをする南雲に向けた右腕を跳ねあげてみせた。
飛ぶのは銀色。小柄を咄嗟に投擲武器として選択し魔法で生成、引く相手に合わせて投擲したのだ。
小柄とは日本刀の鞘などに付属する、ごくごく小さな短刀の事だ。剃刀としてなども使うが、咄嗟の暗器として使用される事も有った。
直打法により殺傷力を保持できる最大の射程は10mが精々だが、佐々木の場合は別。
肉体の限界など考慮されないその鞭の様な動きと、念動力により手元で物体が加速される事も相まって、ちっぽけな短刀は一閃の矢と化して飛翔する。
攻撃の狙いは――相手の右肩。傷口に異物を押しこむことで、相手の治癒を阻害し、傷に意識を向けさせる事を意識した一手。
>「……こっの!!」
怒りとともに乱射される南雲の弾丸。小口径ながらも、その連射速度は中々のものと言えて。
膝を駆使した、鍛錬の結果がもたらす足捌きによって弾丸を捌きながら、佐々木は機を伺う。
濡羽色の瞳はあらゆる感情を写しこむこと無く、只ひたすらに戦闘に置いて正しい判断を思考し、実行に移していく。機械の如くに。
袴を数発の弾丸は貫通していき、足の皮膚を抉り肉を飛び散らせる。だが、表から見れば袴の中の足がどうなっているかは分かり難い。
痛みを遮断し、負傷に因る体捌きの変化は念動力で補うことによっておくびにも出さない。
傍から見ていれば、人を切り裂いても顔色一つ変えず、猛禽の様に獲物の隙を伺うサイコパスにしか見えなかったことだろう。
実際問題、その見方はそれ程間違っているとは言えないのが確かなところである。
「……まだ、ま、だ」
最初から変わらぬ、朴訥とした口調で佐々木は真っ直ぐに南雲の瞳を見据える。
そして、相手のその行動、視線の動きから弾丸の乱射は闇雲なものではないと理解。
ならば次に来るべきものは一体何か。佐々木は思考を巡らせるまでもなく、その結論に至った。
佐々木が一人結論を叩きだした最中に、己の脳裏に今先程腕を切り落とした女が怖いと叫び、疑問を響かせていた。
その疑問は、佐々木にとってはとても懐かしいもので、鋼で覆った心に僅かな痛痒を覚えさせた。
だからだろうか、
>『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
足を貫通した鉛球の痛みにも、痛みはなくとも盲管銃創に潜り込んだままの吐き気を催す違和感にも。
佐々木は願い′フに歪んだままでも微塵も揺らぐこと無く答えを返す。
普段であれば戦闘中の念話などする相手も居ない一人の戦場だが、今の佐々木は違う。
一人では戦えぬ戦場に行くために、一人で無くなるために今ここに居る。だから、相手の言葉に答えてみせた。
佐々木が一人で進み、歪み、それでも信念だけを信じて魔法少女をしてきたのは、願いが有ったから。
そして、その願いを生んだ想いが体を、心を支えたからこそ、佐々木は修羅に落ちながら人を捨て切れていない。
恐らく、人が人でなくなるのは、魔法少女が人を辞めるのはきっと。
願いの輝きも美しさも何もかもを擲ってでも、願いというカタチ≠求め始める事から始まるのだろう。
その点で言えば、腕を捨てる選択を迷いなく出来たとしても、笑いながら人を機銃掃射したとしても。
願いの尊さを、願いの輝きを、信念≠フ尊さを忘れていないのなら、それらを捨てていないのならば。
まだ、その人物は人間で、ついでに迷うことも出来るなら、世間一般の基準とは異なるかもしれないが――悪人であるはずが、無い。
佐々木の思考は、戦場の判断の中で散け、より実践的に回されていく。
だがそれでも、南雲のそのオープンチャンネルで駄々漏れの心の叫びは、感情は。
好ましいもので、懐かしくて、何処か胸の痛むものであったのは間違いなかった。
そしてその直後に萌が動く。此方に向けて距離を詰めながら、足で南雲の腕を蹴りあげ、南雲の方へと送り込む。
良い連携だと素直に思う。その手の行動は、魔法少女を初めて以来、一度として経験していなかった。
目の当たりにすることは有ったし、誘われることも有ったが、全部それらを切り捨てて斬り伏せてここに居る。
だからすべきことは変わらない。
(相手より速く斬って、相手に勝つ。それだけ)
それだけとはいっても、相手は魔法少女、それも萌は武術の心得を携えている。
ムエタイは戦場格闘技だ。佐々木の祖父から聞いたおぼろげな記憶の中にもその強さは語られていた。
通常の格闘技に置いて膝と肘の使用が禁止されている理由も知っている。
要するに、当たれば危険で、当たりどころが悪ければ死ぬこともありえるから膝と肘の使用は禁止されている。
逆に言えば、上手く当てれば簡単に相手を殺したり傷つけたりすることもできるということ。
武術とは極論相手を効率的に破壊し、無力化し、場合によっては殺害せしめる為に有る。
その点に置いて、徒手の中でムエタイという武術は一つ抜きん出たポテンシャルを誇っていると言っても良いだろう。
変わって佐々木の流派は、自顕流にとても近い流派ではあるが、実際はそこから派生した流派の一つだ。
その名は、薬丸自顕流。またの名を、野太刀自顕流とも呼ばれている流派。
その特徴は自顕流と酷似したものではあるが、さらにそれを突き詰めたものといっても良い。
実戦派の中の実戦派、他の流派の様なややこしい精神論すら存在せず、実戦派の自顕流のそれよりもシンプルだ。
唯一掲げるのは、「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」という一撃必殺の精神だけ。
裂帛の気合で一撃で相手を斬り殺す事だけを考えて鍛錬し、実戦でも一撃で相手を切り伏せる事だけを考える。
此方は、死合という点だけで見れば、どの流派よりもそれだけに特化した流派の一つと言える筈だ。
互いに実戦に向く性質を持つ武と武のぶつかり合い。
しかしながら無手と武器では、三倍段という壁が立ちふさがるのが異種格闘の定め。
だが、それは普通の人間であればの話。佐々木真言も、奈津久萌も――魔法少女だ。
そして、佐々木は一人だが、萌達は一人ではない。勝負の行方は、それらの要因が決めることとなるのだろう。
(……これは、誘い。……そして、相手は私の流派を看破している筈。
だけど、まだ私の手札は――出し切ってない、ここからが始まり、だから)
相手が此方に向けて誘いの動きを見せたのに対して、佐々木は腕をだらりと下げた構えを取った。
そう、相手の視線は白刃を追おうとしただろうが――白刃は、そこにはない。
なぜなら佐々木は、刃を振らなかったから。それでも、佐々木は殺気だけを全力で萌に振りかざした。
相手ならきっと、この殺気に答えてくれるだろうことを信じていたからだ。
>「……ッッしゃあ!!」
そして、予想通り萌は此方に向けて動き、一歩を全力で踏み込んだ。
それに対して、佐々木が取った行動は、シンプル。
「ッ」
その移動の軌跡に刀を跳ね上げるように放り投げたのだ。
あまりにも無造作な動き、先ほどの殺気とは決して繋がらないようなその突拍子もない行動。
相手の機に対して、此方の機を合わせずずらす事で、相手が戦端を開き引きこもうとした戦いの流れを此方に引きこもうとしたのだ。
前身の先には切っ先を萌に向けた段平が一振り、そこに放られて宙に一つ。しかしながら、それはあくまでも次への布石に過ぎない。
体をひねった佐々木の左手には、鈍い灰色の何かが握られていた。そして、それは全身運動で前方へと振りぬかれ、一筋の線を宙に引く。
「ぬ、ウリャアアアアアアアァッ!!」
投げ放たれたのは、ただの石だった。
しかしながら、ただの石と舐めてかかってはならない。
かの大剣豪宮本武蔵もまた、投石によって負傷をし、撤退をしたという逸話すら存在するのが投石。
武田信玄の家臣である小山田信茂などは投石隊すら率いていたというのだから、その強さは折り紙つきと言える。
冷静に考えれば、プロ野球選手のストレート並の速度で石が投げられ当たれば人は死ぬ。
ましてや、佐々木や萌など、身体能力に特化した魔法少女が全力で投石をすれば、それはもはや石ではなく弾丸で間違いない。
全身を使いながらの腕のふりと、手元の念動力の力場による加速で打ち出された石くれは、凶器と化して萌の顔に向かう。
狙いはダメージよりも、斬撃以外の攻撃手段も存在すると示すことで、相手の脳裏に警戒の種を撒くこと。
相手が慎重になり、動きや思考に迷いが生じれば生じるほど、佐々木の真価は純粋なものとして発揮されるのだから。
無表情を最初から崩すこと無く、淡々と相手の行動に対処し続ける佐々木の振る舞いは、揺らがぬ大樹のそれ。
ただ大樹と異なる点は、防御を考慮せず高速で移動しながら全力の斬撃で人を斬り伏せに回るという点だろう。
しかし、佐々木の殺気は何処か甘い。先の佐々木の言葉は覚えているだろうか。
覚えているならば、佐々木が南雲を真っ先に追い殺しにかからなかった理由も、萌の誘いに素直に乗り殺しにかかりにいかなかった理由も分かるかも知れない。
【真央】「…はぁ?」
塞守真衣による突然の勧誘行為と自己紹介に対し、西呉真央は呆気にとられた表情を浮かべた。
某匿名掲示板における古式ゆかしい記号表現に置き換えるならばこんな感じか。
(゚Д゚)ハァ?
【真衣】「――――」
即興にしてはおよそ最高の口説き文句を並べてみせた(つもりの)塞守にとって、彼女の反応はやや冷淡に思えた。
表情にこそ出さないものの、魔法少女・特務准陸尉・14才の胸には微かな寂寞の念が刻まれていた。端的に言おう。ちょっぴり傷ついている。
もっとも、いささか大仰な言い回しであったかなあという自覚は塞守にもあり、且つ話があまりに急過ぎる。西呉の反応は極めて常識的だったと言わざるを得ない。
取り合えず、捨て身のブチかましは成功だ。状況はフェイズ3へと移行する。思春期の感傷など犬にでも喰わせればいい。掃き溜めに捨ててしまえ。
細い鉄骨を渡りながら、要塞はゆっくりと対象に歩み寄る。西呉は顔に困惑の色を滲ませ、手のひらを見せて「ヘイ、ストップ!」という態度をとった。
【真央】「あ〜…先に2、3聞きたいことがあるのですが、答えてくれませんかね?」
【真衣】「ええ、何でも聞きなさい」
【真央】「まず聞きたいのは(中略)まぁこんなところでしょうね…とにかくこの質問に答えないかぎりこの話は先には進めませんよ。どうします?」
どうするも何も、答えないわけにもいかないだろう。
逆に何の疑問も挟まずに承認されてしまっていたら、それはそれでこっちが困っていたところだ――塞守はそう考える。
冷たくあしらわれれば寂しがるくせに、乙女心、否、中二病とはげに難儀なものだ。
塞守は頭の中で西呉の質問を項目別に整理した。
・私が何を願ったか貴女方はご存知なんですしょうか(原文そのまま)
・むしろ自分の何を知っているのか?
・何故自分の力が必要なのか?自分は将来の敵になりかねないにもかかわらず。
・国がバックにいるなら、あの手この手で魔法少女部隊でも作れるんじゃないのか?
・IMC(中央情報隊)は自分に何を提供出来るのか?
【真衣】(…………『2、3』?)
「端役にたずねても無駄」と吐き捨てておきながら、一体コレはどういうつもりなのか。
だが、ここで彼女の言葉を間に受けて感情的に楯突いたところで何の益もない。相手は自分よりもはるかに強大な魔力を誇るエルダーなのだから。
確かに塞守は自分の言ったとおり組織内部から見れば枝葉の存在である。が、今作戦及び国内の対契約者司令部においては重要な役回りを任されている。
そこまで舐められる筋合いは無かったが、民間人である西呉真央には預かり知らぬことだ。
塞守は己の矜持を保つべく、これら一つ一つの問いに対し詳細かつ丁寧に答えようとして――――――止めた。
何かがおかしい。質問に込められた別の意図を読み解くべく、冷静に思考を働かせる。
ひとまずこれらの問いかけは根底の部分においてリンクしている。まとめて答えることが出来るだろう。
【1/3】
【真衣】「……動揺しているのはわかるけれど、もう少し落ち着いて喋りなさいな。
あなたの願いは既に言ったはずよ、西呉真央。『世界の破壊』――今の世の中を否定し、新しい世界に作り変える事よ。
そこでとぼける事に何か意味でもあるのかしら?
意外に思う?実はそうでもないのよ。
あまり興味が無いだろうから簡単に済ませるけれど、魔法少女の見た目(魔装)は願いのきっかけ≠ノ深く関わっているものなの。
『今の自分に対して否定的な感情を持った人間』ほどその度合いや傾向は顕著に現れる。
疑似科学的な言葉で申し訳ないけど、【防衛機制】という考え方をご存知かしら?
人間は多かれ少なかれ変身願望というものを持っている。自分ではない自分に対し、今ある現実に別の可能性を求めるように。
悪魔による魔法少女という「役割」はそれを実現させるためにとても便利なシステムと言えるわ。
わかりやすいのがまず服装の交換。なりたい職業や自分が最も強くて美しいと感じられる、理想的な姿を取るタイプ。
既存のキャラクターを模倣する場合もあれば、私のように機能性を重視したフォルムをとるもの、とにかく可愛い格好になる娘が大半かしら。
次に、瞳や髪の色が変色するタイプ。……心のどこかで今の自分が好きではない人間が多いようね。
自分が倒してきた子と魔法核に込められた願いを比較してみるとだいたいそんな感じだった。神田理奈や坂上南雲も案外このタイプかもしれないわ。
そして最後が肉体そのものを変化させてしまうタイプ。自分だけでなく、自分の外側≠ノ対しても変化を求めている人間と言ったところね。
奈津久 萌の変身後の姿、見たことあるでしょ?まるで大男。
何を願ったか知らないけれど、自分が女性であることに何らかの不満やコンプレックスを抱えている可能性が高いと推測されるわ。
最後に――――西呉真央。あなたはヒトの姿を取る事すらしなかった。
人間≠ニいう社会≠フ否定。己が願望を叶えるその最も適した存在として、あなたは怪物の姿を選んだのね……。
『自分が変われば世界が変わる』……まるである呪術師の説いたその言葉を体現するかのように、ね」
――風が吹き抜けた。塞守はたなびく髪を手で抑え、わざとらしく眼を細める。
【真衣】「間違ってると言うなら、きっぱりと否定すればいいわ。『全て当てずっぽうだ』ってね。
けれどあなたはそうしなかった……それどころか、『自分は将来の敵になりかねない』と我々≠ノ対して言ってみせた。
これってあなたの『願い』がそういう(反社会的な)モノだって、遠まわしに認めたってことよね?」
塞守が今とっているのは狡猾にして稚拙な誘導尋問であった。
だが、これは西呉の立場を危うくさせる為のものではない。彼女は自分自身が孕んでいる危険性を先に排除する必要があったのだ。
確かに無線機の音量を絞れば上司に声は聞こえないはずだ。だが、塞守はまだ己の会話が盗聴されている可能性を考慮している。
いや、間違いなく聞いていることだろう。西呉と接触するにあたって――塞守はまず味方を欺かねばならない。
【真衣】「……まあ、そこはいいわ。実際はあなたが何を願ったかなんて話はさして重要ではないの。
目下優先すべき事項は『夜宴』が国内の秩序を乱しうる存在になりつつあることと、あなたがそれに属さない契約者として最も大きな実力を有していたという事実。
――それがこちら側の事情よ。一時的な同盟関係というわけ」
故に、西呉が『もう一つの用件』を尋ねてきた瞬間、塞守は口元に薄く笑みを浮かべた。現代科学に魔法少女の念信を傍受する手段は無い。
良い共犯者を得るには秘密を共有することから始まる。西呉は塞守の本意を察していたようだ。
だが西呉の態度を見るに彼女が必要としているのは仲間を得ることなどではない、むしろ――
<あなたの想像以上に強大かつ深遠…ですか>
<まるで違う脅威がさも存在するような言い方ですね>
<知っているのなら教えてほしいものです>
これらの情報だろう。
【2/3】
【真衣】「魔法少女部隊……か。あなた、面白い事を考えるのね。自分がどうやって契約者になれたのかをもう忘れたの?
あの手この手を尽くしてやってる事がコレ≠ネのだけれど……魔法少女について何か安定した生産手段があるなら教えて欲しいぐらいだわ」
『逆に言うと……そこから先のことは考えていないわ。彼ら単にあなたを監視しやすい場所に置きたいだけなのよ――いつでも処理出来るように、ね』
「話を戻すけど、あなたについて知ってることは例えば【あなたが何処に住んでてどの学校に通い】【どの程度の頻度で休学しているか】とか……」
『私の姉はそうして殺された。米軍の実験材料にされた末、最後に自ら命を絶つことを選んだの……』
「【あなたの母親がどこでどのように命を落とし】、それこそがあなたが悪魔と契約するきっかけとなった、とか――」
これで西呉が「我々」に組する可能性は消えた。額に汗を滲ませながら、塞守真衣は言葉を紡ぎ続ける。
【真衣】「…………まあ、そんなところかしら。これが『あなたに提供出来るモノ』としての返答替わりよ」
『姉を利用し、彼らは【見えざる軍事力】を有するようになった。魔法という第6の戦場を駆ける、猟兵の群れを……』
「我々IMC(中央情報隊)はヒューミント(人的情報収集)を行う部所なの。あなたが倒したい獲物の情報なんて簡単に見つけ出せるわ」
『けれど実際のところそれすらも彼女≠ノ対抗するための苦肉の策に過ぎなかった。世界の守護者たる彼女≠フ前では――』
『夜宴』がもし彼女≠ノよって滅ぼされてしまったとして、対抗出来るのはおそらく目の前にいる西呉の『能力』だけだ。
【真衣】「以前から仕掛けてた盗聴器であなたの【Tender Perch】での聞き込みを確認したけれど……随分と大胆な事をしたものね。
あそこの店長がバカだから良かったけど、現役の魔法少女だったらあの場で全員敵に回していたところだわ。
我々に協力してくれれば、そんな無駄なリスクを犯さずに『夜宴狩り』を継続できる。どう?悪い話ではないはずよ」
その為に西呉が「我々」を利用したとしても、利用される立場であっては困るのだ。
【真衣】『――行きなさい。次の連絡手段はそちらで指定してくれればいいわ』
【3/3】【「建て前」と『本音』の同時進行】
草枕夜伽は見た。
三人の『使い魔』が襲いかかる交差点上で、黒服の男が身体を折るように屈むのを。
その刹那、彼の身体を覆っていた『彼のものではない魔力』が、水に落とした墨のように膨張するのを。
>「『尋問』」
>「それはいいな。そうしよう」
黒服が動いた。肝心の機動は、使い魔達の身体が遮蔽となって見えなかったが――
結果だけは確かだった。三人の使い魔が、残らずふっとばされたのだ。
「――!」
夜伽が息を呑み、見据える先。
黒服が広げた両腕に、握られていたのは一対の警棒。
その表面に、舞った埃が触れた途端、誘蛾灯の弾けるのと同じ音が空気を叩いた。
「スタンガン……いや、スタンロッドか。エグい得物を使いやがるぜ」
隣でイナザワが見たままの意味のない解説をした。
よくドラマなどで使われる小道具としてのスタンガンは、派手な火花を立てていかにも効果がありそうだが、
あんなものは演出上の都合で派手に見せているだけの、虚仮威しだ。
実際のところ触れるだけで人体を無力化できるほどの威力をもったスタンガンなど存在しない。
基本的にスタンガンとは、痛みとスパークの威圧効果を求める道具であり――
人間が気絶するほどの威力の高圧電流を流せる武器があるとしたら、それは既に別の兵器なのだ。
(あたしの魔法で操った使い魔は、気絶しない……既に寝ているものね)
だが、実際問題として使い魔たちは起き上がってくる様子がない。
筋肉か、内臓か、そのほか運動をつかさどる器官に重篤な損傷を受けたということだ。
>「宣戦布告はお互い済ませた、と認識して問題あるまいね?」
眼前、黒服が再び腰を落とし、今度はこちらへ向かって身体を飛ばしてきた。
両手のスタンロッドは健在――あれをまともに食らったら、魔法少女の肉体とてただでは済まないだろう。
人体は不純物の混じった液体の詰まった袋だ。電流は自由自在に体内を駆け巡る。
よくて半身不随。悪ければそのまま死だ。
「あなた、歓談をしに来たんじゃあなかったかしら――!」
わずか三歩で黒服は彼我の距離を詰めてきた。振り上げられ、打ち下ろされる紫電の双頭。
夜伽の判断はそれより少しだけ早かった。生成した茨を無作為にスタンロッドへぶち当てたのだ。
落雷を耳元で聞くような、轟音が鼓膜を打った。
「…………っ」
大音声に耳を劈かれて、夜伽は片目を瞑って顔をしかめる。
瞬間、彼女の足元、リノリウム張りの床が焼け焦げ、弾け飛んだ。
――まるで落雷にでもあったみたいに、だ。
他には、スタンロッドを受け止めた茨がずたずたに引き裂け、焦げた匂いと共に床から生えていた。
「『通電率が極めて高い茨』を生成したわ……茨はアース線となり、床と地面へ電流を逃がす!」
魔法少女の物体生成は、あまりに現実味のないものを創ることができない。
生成には確たるイメージが必要であり、リアリティの薄いものを細部まで想像することができないからだ。
しかし逆に言えばそれは、現実に存在するもの同士を合致させたイメージを創ることは可能ということだ。
夜伽は茨のイメージに電線のイメージを加えて、茨のアースを創造した。
ある程度のレベルに至った魔法少女の魔法には、これぐらいの融通が効く。
「そしていいのかしら軽はずみに近づいて。
宣戦布告を済ませたということは――どんな不意打ちに遭っても文句は言いっこなしなのよ」
スタンロッドを振り切った黒服の背後。
読書机に備え付けのパイプ椅子を、脚の部分を握って振りかぶったイナザワが立っていた。
「ぅお――らっ!!」
渾身の膂力をもって振り下ろされるパイプ椅子は、攻撃後の硬直解けぬ黒服の後頭部を確実に強打した。
ごしゃ、ともぐちゃ、ともつかぬ破壊の音が聞こえた。
砕けたのは、パイプ椅子の方だった。
「流石に硬ぇな……身体強化もかけてやがるか」
完全に無防備だった頭部へ、成人男性が鈍器の一撃を叩き込んだ。
にも関わらず、黒服は負傷どころか微動だにせずパイプ椅子は後頭部に当たり負けした。
イナザワは打撃の勢いを殺さず、足元でその方向性を変えて跳躍。
黒服の間合いからバックステップ二つで離脱した。
彼は夜宴の撮影者であり、魔法少女を認識する力を与えられているが、それ以外は常人だ。
「常人の打撃力では破壊は不可能、と。一つ検証できたわ、ご苦労様」
ねぎらいの言葉を投げるとサムズアップが返って来てこんな状況で爽やかウザいので親指下にして返答した。
しかし、となると厄介だ。夜伽は臨戦において高速化された意識の中で思考する。
(あたしの魔法は物理的な攻撃力を持ってない……使い魔による打撃が効かないとなると、ダメージ通す手がないわね)
そも、夜伽の固有魔法はRPG(兵器じゃない方)で言えばバッドステータスを主武器とする補助タイプだ。
敵全体に睡眠の状態異常を与えられるため、『隠形派』では暗殺やキルゾーンの確定などを任としてきた。
だが今はこの黒服とタイマンだ。絶望的なことに、こいつは固有魔法を当てても眠らない。
強固な対抗魔法がかかっているからだ――更には、物理打撃をものともしない強化魔法も備えている。
使い魔ですらこれほどの戦闘能力。
一体こいつの親玉はどれだけの化物だ。
「本当、厄介だわ……!貴方相手にどれだけ頑張っても、その向こうの誰かさんには届かないんだから」
この黒服はあくまで使い魔。使い捨ての傀儡でしかない。
仮にここで夜伽が黒服を制圧したとして、『操り主』が黒服の投棄を選択すればそこで糸は途切れる。
あるいは、少しでも被害を与えられるよう自爆でもさせてくるかもしれない。
夜伽は座っていた長机から跳躍した。茨を柱に結びつけて、引っ張り上げるようにして跳んだのだ。
『図書館ではお静かに』のポスター
(少女が血の海を背景に『みなさんが静かになるまで五秒もかかりませんでしたね☆』とか言ってる。静かにの意味が違う)
が茨の刺でずたずたになって床に散る。
イナザワが「あれ?俺は?」という顔をして一階に取り残され、急いで適当な本棚の向こうへと隠れ飛び込む。
距離をとり、彼女は二階へ上がるための階段に着地した。
そのまま上の段へと脚をかけて、声を投げる。
「これから貴方を叩き潰すための策を練るけど、その前に聞いておくわ。
――『歓談』と言ったわね。お茶菓子も持参せずの来訪のようだけど、話のネタぐらいは用意してきたんでしょうね?」
彼女は階段を駆け登って二階へと姿を消した。
発声から念信へと切り替えて言葉を飛ばす。声で居場所を気取られないようにするためだ。
『あたしが仕込みをするまで暇になるだろうから、歓談に付き合ってあげるわ。
それとも少年漫画風にこう言ったほうが良いかしら?――"待て、話せばわかる"』
言いながら、夜伽は情報を整理する。
現状で彼女達が持ち得る疑問、そして知った情報は下記の通りだ。
・彼女たちは縁藤きずなを殺害した犯人『夜宴狩り』を追っている
・きずなが殺される前後で、街中に複数目撃された不審な『黒いワゴン』が彼女の死に関係あると考えている。
・目撃されるリスクを承知で車で行動していることから、常人が関わっていると判断し、図書館を制圧して罠を張った。
・結果、やってきたのがこの黒服の男だった。
・夜伽の能力を知っていることから、夜宴のデータリストを参照できる『夜宴狩り』の使い魔と考えられる。
・だとすれば、この男が最初に言った『歓談』とは?夜宴狩りは見敵必殺ではないのか?
『あたしの誘いに乗ってここまで来たのよね。この図書館を根城にする魔法少女に、貴方は何らかの目的を持ってきた。
ぶっちゃけ、夜宴狩りの手先が威力偵察来てるもんだとあたしは考えているけど……本人様に聞いてみるわ』
夜伽の声が、その場にいる全ての者の脳裏へと伝播する。
黒服がテレパシーを使えなくとも、夜伽の方で送受信の回線を設定しているので通話は可能だ。
『貴方、何をしにここへ来たの?ああ、別に回答は急かさないからゆっくり考えて答えてくれていいわ。
あたしはその間、じっくり罠を張っておくから』
黒服が二階に上がってきたとしても、既に夜伽の姿は消えていることだろう。
林立する本棚の影、どこに隠れているかわからない魔法少女を探すのは不意打ちのリスクを増すだけだ。
『――貴方をぶっ倒すための罠をね』
【夜伽:二階へと逃げこむ。歓談開始】
射撃、射撃、装填、給弾、射撃――。
右腕を失ったことで崩れたバランスから、上体を不自然に左へ傾けながら南雲は引き金を引き続ける。
ほとんど盲管射撃に近い形で発射された弾丸のうち、何発かが真言の袴へと吸い込まれていく。
ダメージになったかはわからない。しかし、返砲のように飛来するものがあった。
「ナイフ――!?」
刃物だった。形はちょっと高級な店で和菓子に添えられる竹楊枝に似ている。
細く、それ故に視認性の低いそれは、真言の膂力で投擲され、狙い過たず南雲に突き刺さった。
「っつ……!」
たった今ぶった斬られたばかりの、止血もままならない肩口の傷。
そこに小刀が飛び込み、肉と神経をずたずたにし、遮断していた痛覚を強制的に復帰させた。
たまらず南雲は左手の拳銃を落とし、右肩を抑えこむ。
「く……が、あっ」
魔装の一部である、革手袋越しにもはっきりとわかる自分の肉の断面、その暖かさ。
手袋はあっという間に熱い血液でひたひたになり、中で指先がぬるりと滑った。
南雲は手袋を脱ぎ捨て、新しいものを生成して、手ではなく口に加えた。
止血の前に、すべきことがある。裸になった手の、指先二本を、傷口へと突っ込んだ。
「――――ッ!――――ッ!」
ブチュブチュと肉をかき分ける音とともに、気絶しそうな激痛と吐きそうな異物感が肩にある。
彼女は咥えた手袋を奥歯で思い切り噛み、眼をひん剥いて痛みに耐えた。
人差し指と中指が、熱い肉の隙間から、硬い手応えを二つ得る。
一つは真言が投擲してきた小刀。もう一つは――半ばで断たれた腕の骨の断面だ。
そのざらついた表面は、千歳飴のようだと南雲は灼熱感と共に感じた。
用があるのはそっちではない。小刀の方だ。
柄尻を二本指で掴み、一気に引きぬく。
「う――ああああッ!」
引っ張りだされた小刀。その黒く鈍く光る刃の先端と、傷口とが糸引く血液で橋をかける。
南雲は刃が骨に当たって欠けてないかを確認した。破片が体内に残っていれば、再度指を突っ込まねばならないからだ。
幸いにも魔法少女の武器は強靭で、刃には傷ひとつなかった。
彼女は小刀を地面へ叩きつけ、傷口にリソースを集中してとりあえずの止血を施す。
刹那、南雲の眼前に青色が飛び込んできた。萌が蹴り上げて寄越した自分の右腕だ。
(ナイス、萌ちゃん……!)
飛んできた己の腕を、残っている方の腕でキャッチ。
そのまま裏表を間違えないように傷口へくっつける。
空色の燐光が接続面に発生し、すぐに皮一枚が繋がって、手を離しても落ちなくなった。
とにかく骨さえつながれば、使えなくても邪魔にはならない。
>『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
南雲の念信での問いに、腕とともに返ってきたのはあまりにご尤もな萌の回答であった。
そりゃそうだ。魔法少女の大半は、身に降りかかる火の粉を払うかたちで鉄火場に入り込んできている。
襲い来る敵に殺されないためには、自分が相手を殺すしかない。
そこに、『どうして?』は介在しない。
"死にたくないから"などというのは、あくまで本能レベルの話であって理性的な理由にはなりやしない。
>『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
しかし――萌と格闘戦に入った真言が零すように飛ばしてきた念信が、答えの一つを知っていた。
佐々木真言。おそらくは南雲達よりもずっと多くの戦いを経験して――ずっと多くの敵を斬ってきた傑物。
化物だと思っていた。得体の知れない、何を考えているかわからない、生理的な恐怖を感じていた。
だが、彼女は南雲の問いに答えたのだ。
それは怪物の思考ではなかった。超人の理想でもなかった。
信念――それを貫き、願いを叶えるため。それだけが彼女に刃を振るわせる原動力だ。
恐るべきことに佐々木真言の剣には信念以外の一切が存在しない。
曇りがない。淀みが、ない。
(強い……)
真言は強い。
でもそれは腕力の強さとか武器の強さとか、ましてや魔力の強さなどでは断じてない。
想いの強さ――長い孤独の中、唯一傍らに認め続けた、信念の強さだ。
(勝てない――?)
南雲が理奈に見出し、己に渇望した魔法少女の在り方――『信念としての魔法少女』。
真言もまた、それを体現する魔法少女の一人だった。
勝てるのか。信念を持たぬ南雲が、自分の目標とする地点にいる者相手に追いつけるのか。
(勝てなかったとして――わたしはまた『割りきって』、諦めるの?)
テンダーパーチで、理奈を諦めてしまったように。
今度は自分の命すらも諦めて、運命のなすがままを受け入れるのか――?
* * * * * *
坂上南雲は、敢えて言語化するならば"割り切り屋"とでも言うべき性格の少女だった。
彼女は16歳の高校生で、子供から大人へ変わる境界線を跨いでいて、世の中の酸いと甘いをちょっとだけ知っていた。
南雲が現在通っている高校名は、中学時代に擦り切れるほど反復した受験対策本の志望校名とは違う。
高校受験に、失敗したのだ。
願い続ければいつか必ず叶う夢――などというものは存在しない。
死ぬ気で繰り返せばきっと報われる努力――なんてものもありはしない。
視力が両目とも0.1にまで下がって、体重が8キロ減って、肌がもやしみたいに白くなるまで勉強して、
志望校の合格発表欄に自分の番号がないのを確認した時、彼女は一つの真理を悟った。
努力とは量より質。ただ闇雲に、盲目的に、漫然と努力を重ねるだけでは駄目なのだ。
難関に挑むにあたって必要な努力の種類と量は決まっていて、それ以外の努力はいくらしたって無駄になる。
英語のテストの前日に国語の勉強をしたって意味がないように。
無駄な努力はすればするほど、時間だけを浪費して取り返しがつかなくなっていく。
夢を叶えるには、叶うような夢を願う必要があって。
努力が報われるには、報われるような種類の努力を重ねなければならないのだ。
だから、彼女は見限りをするようになった。
高望みな願望を早急に諦めて、もっと実現可能な夢に乗り換えるために。
無駄だと悟った努力をさっさと諦めて、他の努力に時間を回せるように。
この努力は無駄だなと『割りきって』、他にできることを探すようになった。
……でも、それって裏を返せば。
簡単に諦められるってことで、とどのつまりその事柄と真剣に向き合ってないってことじゃないの?
気付いた時には、最早矯正しようもないほどに、見限りの癖は悪癖と化していた。
いやなこと、つらいこと、面倒くさいこと。あらゆる困難と理不尽から、彼女は目を逸らし続けてきた。
結果、理奈が一度死んだ。門前百合子に胴から真っ二つにされて、はらわたをぶち撒けて死んだ。
二度と傷付けさせないと決めたはずなのに、今度はテンダーパーチで、理奈の救出を諦めそうになった。
理奈を護るという第一義すらも、安易で安直な第二希望へ切り替えようと思ってしまったのだ。
だが。それで良いわけないはずだ。
……諦めるのは、もう嫌だ。
理奈を、その生を、その笑顔を、その信念を。
代替不能なそれらを、かき抱いた両腕から、二度と手放したくない。
理不尽も。
困難も。
痛みも。
目を逸らすことなく、『そこにあるもの』として認め、乗り越えて行こう。
殺し合いが怖いのは当たり前だ。
怖いのは自分だけじゃなく、誰でも同じだ。
>『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
気高き黒鴉が謳う、彼女の信念。
勝てるだろうか?
>『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
そりゃそうだ。――やってみなくちゃわからない。
わたしがわたしで在り続けるために。
立ち向かうべき戦いが、そこにある。
* * * * * *
真言が投擲した石礫。
直撃すれば銃弾にも匹敵する威力を秘めた質量の塊が、しかし、萌の顔面に届く直前で消滅した。
消滅には音が伴っていた。
鉛と石が激突してお互いを砕き合う破壊音と――それを生み出した銃声だ。
南雲が左手で構えた拳銃から、ゆっくりと硝煙が立ち上っていた。
飛翔する石礫を正確に撃ち抜く射撃精度は、無論のことマグレでもなければ訓練の賜物でもない。
「『ライトウィング<ホークアイ>』……!」
南雲の双眸には、ゴーグルを模したコンソールが出現していた。
エルダー級を追跡した際にも使用した、電子兵装の再現武装である。
テレパシーを応用し、萌の視界とリンクすることで二点観測により石礫の正確な位置を特定。
連動させた照準機能により、拳銃による狙撃という出鱈目を完遂して見せた。
味方全体に大幅な命中率向上補正――それがこの魔法の副次効果である。
「真言ちゃん」
右腕はまだ動かない。回復が遅いのは、あの小刀を傷口に打ち込まれたからだろうか。
南雲は左手の拳銃を掲げながら、萌と真言の方へと一歩踏み出す。
「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
南雲は――
知史の眉間に風穴が空き、中身を残らず後ろの壁にぶち撒けた瞬間のことを、まるで昨日のことのように思い出せる。
一昨日だが。
「――わたしは、『こいつは殺されても仕方のない奴だな』って思ったから殺した。
殺されても仕方がないような悪者だから、殺した私は悪くない。そう確信を持って殺した。
くだらない、吹けば飛ぶような陳腐な言い訳だけどさ、必死でそれにしがみついていたんだ」
今でもその判断は間違っていなかったと、そう言える。
だけれどそれは、他の楽園派の少女達にとっては違った。
南雲は恨まれ、怯えられ、疎まれ、どうしてか彼女達を救うために戦っている。
「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
そして今もまた、『信念がないのだから負けてもしょうがない』と割り切るところだった。
「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
そのために、魔法少女になったんだよ」
右腕に触れる。まだ動かない。
神経が繋がっていないのか、肩から先に感覚がなくて、水袋でも背負っているみたいにずしりと重い。
「……だから、勝ちたい」
地力に差があっても、リーチで遥かに負けていても、血が足りなくても、右腕がなくなっても。
そんなことは、目の前にある戦いから逃げ出す理由には、一つもなりやしないのだ。
「勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
拳銃を消去し、還元した魔力で新しい物体を生成する。
全長50センチはあるような、大振りの紙飛行機。空色の生成物を、左手のオーバースローで真言へ放った。
真言へ向けて打ち出したように見えて、その実この紙飛行機は萌宛だ。
萌ならば、この紙飛行機は南雲が念信を用いないメッセージを送る際に使うものだと分かるだろう。
だが、敢えて南雲は真言を経由するようにして放った。
しょせん銃弾に比べれば遥かに遅い紙飛行機だ。
真言が本気で撃墜を考えれば、だんびらの斬撃には耐えられないし、小刀で撃ち落とされるかもしれない。
それでもなお、萌に渡ることができれば、それこそが南雲の最後の策の起点となる。
【右腕くっつけるもダメージが深く使用不可。片手で萌へ紙飛行機を飛ばす】
【南雲の信念:『諦めない』】
火花が弾けた。
それから半拍置いて血がまぶたを濡らす。
「てっ、めェ……」
額にできた傷から薄く煙が立ち上る。
_
―
 ̄
「……ッッしゃあ!!」
萌は殺気を振りきって踏み込む。
――それがフェイクだとわかっているからだ。
こちらのあからさまな誘いに対して、向こうもあからさまに返してきたのだと、そう読んだ。
それは正鵠を射ている。しかし――そこまでだった。
>「ッ」
ごくごく自然に放られた刃には当然ながら何も込められていない。
ただそこに在るだけだ。
それ故に思考ではなく反射を引き出す。
(おいおい、これ読めた?)
力なく放られた段平の腹を思わず叩いて払い、そこに映る自分に問うた。
もちろん答えはわかっている。否だ。
そして萌が不利を悟ったのは、行動が終わってしまった後だった。
(やべ、今度こそ斬られる)
踊る刃の向こうに真言が見える。
手には何も握られていないが、次の瞬間には刀が生成されて振り抜かれる。
何も? いや、真言は手の内になにか収めている。
その辺に転がっていそうな石ころ。狙いは顔。
強化された動体視力でそれを見切った萌は、
筋力に回しているリソースの許す限りで回避行動を取る。
といっても、かすかに腰をかがめるだけだ。
それ以上の動きはもはや間に合わない。
真言の手から石が離れる。
そして――眼前で火花が弾けた。
―
―
―
南雲が撃ち落とした際に発生した小さな飛礫は、硬化していた萌の額を裂いた。
破片でこれなら直撃されていればそれなりの深手を負ったことは間違いない。
だが、それでも戦闘不能にまではならなかったはずだ。
確かに投石は脅威である。
神話の時代から現代まで、盛衰はあれど洋の東西を問わず使われ続けた不変の戦術。
聖書にすら投石で巨人を倒す少年の話があるではないか。
投げる方と投げられる方の体格差を考えればむしろ今回のほうが有利と言えるかもしれない。
しかし、一つ問題がある。投げられたのがただの石であるということだ。
尋常ならざる力によって投擲され尋常ならざる強度の防壁に叩きつけられたそれは、
自己の損壊にそのエネルギーのかなりの部分を消費しただろう。
足元の石を掴み上げるより手元に生成してしまうほうが早い。
そして生成するのであれば石ではなく、脇差や手裏剣でも良かった。
どうあれ、わざわざ石を選んだその理由は――
(――加減した、ってことか)
「てっ、めェ……」
(どこまで舐めれば……!)
憤りが即座に表面に噴き出す。
真言からすれば元々がエルダーに対抗するための仲間集めなので、
殺すという選択肢が最初からないだけの話なのだろうが。
>「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
猛る萌の気持ちに水を掛けるようなタイミングで、南雲が話を切り出す。
いっそ消火器でもぶちまけてもらったほうが頭も冷えようというものだ。
>「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
> わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
南雲が言葉を紡ぐ。萌はため息を一つ入れて、転がっていた段平を足ですくって真言へ放る。
あえて返す理由もないが、どのみち生成できる以上、武器を抑えておく意味も薄い。
>「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
> そのために、魔法少女になったんだよ」
両肩の力を抜いて数回上下させる。首を左右交互に倒す。くきくきと頚椎が鳴った。
あまり関節を鳴らすのは良くないと聞いたのを思い出したが、
これから何かの手違いで首そのものがなくなるかもしれないので気にしない事にする。
>「……だから、勝ちたい
> 勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
「んじゃ勝とうぜ」
下げていた腕を上げ直し、構える。
言って勝てるなら世話はない。
まして実力差が埋めようもない相手に。
しかし言わない――つまり意志を示さない者に、勝利は訪れない。
視界の端では南雲が巨大紙飛行機を投げる。
風を裂いて飛ぶその速度は通常の折り紙では比ぶべくもないほどのものが、
銃弾や真言の印地には遥か遠く及ばない。
それをわざわざ放る意味は?
陽動か、あるいは――
萌は動く。地を蹴ってもう一度間合いの内へ。
相手が飛び道具を持っていようが関係ない。
なぜなら、萌の方が近寄ってぶん殴るしかできないからだ。
できることは一つだけ。ならば迷いが入り込む隙間も存在しない。
南雲と違って腕を斬り飛ばされたわけでも、腸を引きずり出されたわけでもない。
下がってなどいられるか。
では真言の方ではどうだろうか。少なくとも紙飛行機を放っては置けないだろう。
最も警戒すべき搦手の持ち主からの"便り"だ。
おそらくは斬るか、小柄なり石なりを投げて撃ち落とそうとするか。
そこへ萌が仕掛ける。ひょっとしたら一瞬の逡巡を生むことが出来るかもしれない。
一瞬が一秒でも付け入ることができるかどうか、という相手ではあるが。
さて、受けられたらそれごと潰すのは何も自顕流だけの専売ではない。
ムエタイにもそれはある。
テッ・スィークルーン。何の変哲もない中段蹴りである。
およそムエタイ、キックをやっているのであれば最も多くこなしている動きだろう。
ラッシュに必要なスタミナを養うために延々ミドルだけを蹴り続けるのは必ずやるものだ。
そのひたすらな反復から得られる威力は、甚だしくは相手がガードした腕を破壊し、
そうでなくともガードごとボディにねじ込んでダメージを与えるほどのものである。
受け止めた相手の刀をそのまま頭にねじ込んで絶命せしむる薩摩剣術のその思想と同じ線上にある武技だ。
そして更に一手。
『麻子っちゃん!!』
完全に存在感をなくしていた麻子に念信。意図を汲んで即座に数本の鎖が地面から生える。
半分は萌の左側を守るように直立し、残りは振り上げんとする右足へ巻き付く。
打撃力を増すための即席レガースだ(レガースは本来防具だが)。
皮膚そのものを硬化したり、自分で生成したものを強化する魔力すら惜しんで、
筋力にほぼすべてのリソースを突っ込む。足に振り回されて倒れない程度の平衡感覚強化も忘れずに。
まさに渾身の一撃を萌は振りぬいた。
【ぶっちゃけ一歩下がったら当たらないんですけどね】
>「『ライトウィング<ホークアイ>』……!」
>「てっ、めェ……」
己の全力の投擲を、南雲は狙撃し、萌に届く前に無力化してみせた。
これだ。これが一人の佐々木には出来ないことだ。
幾ら魔力が有ろうと、幾ら経験を積もうと、幾ら度胸が有ろうと、幾ら信念が強かろうと。
一人で協力する事は神様にだって出来やしない。仲間がなければ強力はあり得ない。
だから佐々木は求めた。一人で無くなることを。魔力でも経験でも度胸でも信念でも補えない、可能性≠。
この連携にもし己が入ることが出来れば。佐々木はそう思わずに居られなかった、そして眩しさと一抹の寂しさを覚えた。
己が魔法少女となった頃の、最初の頃の、もう記憶がセピアになったあの頃の。
己の傍らにいた=\―もう一人を、思い出したから。己が胸の中の核の鼓動が、僅かにその痛痒を癒し。
佐々木はその癒しに浸ること無く、精神と肉体の耐性を咄嗟に立て直した。
立て直しの直後、佐々木の心の防壁の隙間に割りこむように、剃刀の刃が差し込まれる。
>「真言ちゃん」
>「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
南雲のその言葉、呼びかけに一瞬佐々木は瞼を瞬かせた。
僅かな表情の乱れとはいえ、少女にとっては珍しい程の表情の変化だった。
思い出すのは、己の記憶の奥底の澱。赤い記憶が、掘り返される。
■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■
幼少時。佐々木が中学生に上がる少し前の頃だ。
春休みだからという事で、佐々木は大好きな祖父と共に、日課の練習に励む日々を送っていた。
近所迷惑な上に、源流の故郷から離れた流派は他の道場に比べて特段流行っているという事は無かった。
今の御時世に真剣を振るって剣術の鍛錬をするなんて時代錯誤だ、五月蝿いなどと近所からの評判も有った。
祖父の人柄からそれらの意見も風当たりはそう強かったわけではないが、子供心には複雑な気分であったのは間違いない。
ある日、だ。
祖父の家は道場を併設している為、そこそこ大きな面積を誇っている。
そして、齢八〇を越えようとしている老人と、年端もいかぬ少女のふたり暮らしというのは、獲物を狙う獣にとっては格好の条件と言えた。
そう、強盗だ。家に入り込み、物品を物色している事に祖父が気づき、布団から這い出した。
祖父は道場の保管庫から刀を取り出して、強盗の背後を取り、恫喝をした。よく響く声は日頃の鍛錬が生み出したものだったろう。
老人は刀はあくまで威圧の為で、振るわずとも日本刀を持っていれば相手も迂闊に動けないだろうと踏んでいた。
だが、錯乱をした強盗は振り返りざまに祖父を切りつける。
日本刀を持つ有段者に恐怖を感じた強盗は、祖父が絶命するまで刃を振り下ろす。
そして。その騒ぎに眠りを覚まされて階下に降りた佐々木が見たのは、血だまりと見知らぬ男性。
足元には、血糊にまみれた日本刀が有った。
目の前には震えながら包丁を構える強盗の姿。死の危険に本能が警鐘を鳴らした。
少女の甲高い雄叫びと同時に、日本刀が振るわれる。空振り。
切っ先が床板にめり込み、眼前の強盗は両手で包丁を握り、顔面へと振り下ろしてくる。
咄嗟に右手を間に割りこませれば、皮膚と肉を貫通して切っ先が頬に触れ、血を吹き散らす。
人生で味わった中でも最悪の痛みに少女は目を見開き、絶叫を響かせた。
その後は、何もわからないままに左手の日本刀を無茶苦茶に振り回すだけ。
十数分後。少女が正気を取り戻せば、大好きだった人の肉塊と、大好きな人を殺した人の肉塊がまぜこぜに転がっていた。
生きていたのは自分だけ。途方も無い孤独感と虚無感に少女は襲われ血だまりの中に沈み込み、眠りについた。
その後、佐々木は状況と年齢から保護観察処分となり、今に至る。
そして、佐々木はその経験があったからこそ、願いを抱き黒い鴉として魔法の装束に身を包むことを選択した。
願いの内容は至極単純。――悪人の居ない世界が欲しい=B
その願いが、決して折れぬ黒衣の魔法少女をこの世に生み出した。
■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■
がくがくぶるぶると、右腕が無性に震える。
魔法の制御を外れた右腕が、精神的な要素と神経の傷から不随意運動を起こしていた。
ぎちり。と魔法で無理やり右腕を押さえつけその震えを止めると、佐々木は南雲に黒い瞳を向けた。
>「――わたしは、『こいつは殺されても仕方のない奴だな』って思ったから殺した。
> 殺されても仕方がないような悪者だから、殺した私は悪くない。そう確信を持って殺した。
> くだらない、吹けば飛ぶような陳腐な言い訳だけどさ、必死でそれにしがみついていたんだ」
「私は。――魔法少女になる前に、祖父を殺した男を、殺したことが有る。
一撃じゃ死ななかったから、逃げる、相手を。追って、何度も何度も、がむしゃらに刀を振り下ろした。
祖父の敵はとれたけど。私は。ただ――虚しかった。達成感も、何も。無かった」
佐々木は。語る。
この戦いは、相手を殺すための戦いでは無く、己の意志を通し手を繋ぐための戦い。
拳で語り合うなどと熱血めいた思考は出来ないが、このような本能がむき出しにされる場だからこそ本音をむき出しに出来ると思った。
だから、包み隠さず。佐々木は己の過去の一部を口にして、魔法少女でも何でもない、普通の少女が人を殺した感想を口にした。
瞳は当時の記憶で震える。魔法の衣に、魔法の煌きで隠し切れない、一人の少女の感情が、僅かに漏れる。
こみ上げる嘔吐感を佐々木は押し込めて、深く深呼吸をする。丹田に意識を込め、一人の少女の心を黒い布で覆い隠して。
願いから生まれた信念を五体と精神に込めて、佐々木は口を開いた。
>「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
> わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
>「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
> そのために、魔法少女になったんだよ」
「だけど、いや、だから。私は、願った。悪人なんて居なければ良い≠ニ。
誰かに傷つけられるのも、傷つけるのも怖いから。だから、それを無くすことを、私は願った」
佐々木は己の願いを、はっきりと口にした。悪人が居なければ、己のような人間は生まれなかった。
そして、祖父が死ぬこともなかったし、魔法少女になることも無かった。苦しむこともなかった。
だから、これ以上傷つきたくなくて、苦しみたくなかったから、願いを告げて佐々木は黒衣を衣装とし、夜を闊歩した。
その時の強い思いを。その時の熱量を、どろりとした生々しい感情を。目の前の少女の叫びから、掘り起こされ、思い出さされた。
>「……だから、勝ちたい」
>「勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
「だから、私は今。此処に剣を携えて、ここで魔法少女をやっている。
だから、私は勝利を望み、あなた達と組むことを願う。
だから、私はあなた達を殺すこと無く。あなた達と手を組むために私の本気をあなた達に示す。
――私を知ってもらう、為に」
そう、佐々木は口にする。己の意志を言葉にし、それを達成する事を己に強く意識させた。
全身に纏う無色の力場が俄に存在感を増し、周囲の空間を歪ませるような感覚をその場に生み出した。
手元に飛び込んでくる己の段平。イメージを深めるために多様な文献を読みあさって設定を固めた、佐々木の刀=B
切っ先から柄頭まで、佐々木が把握していない所は微塵として無い。その柄の感覚は、佐々木の手と同化する錯覚すら抱かせた。
故に、佐々木は謝る。己の唯一信じられる相方に、これから酷いことをするから。
>「んじゃ勝とうぜ」
大男と化した萌が、武人として鍛えぬかれた動作に、魔法を加えた超速度で接近してくる。
佐々木はそれに対して大上段――蜻蛉を持ってして相対する。
相手の隙を一瞬として見逃さないように、佐々木はその双眸を二人の警戒のために運用して。
視界の端に入る飛行機。南雲の固有魔法によって生み出されるそれは、佐々木の警戒を確かに呼んだ。
だが、構わない。必要なのは――、全力の袈裟斬り、それだけ。
刀身に意識を向けて、魔法によって干渉をしていく。刀身と五体が一体になった感覚、刃の気配が萌を貫く。
当たれば内臓破裂必至の萌のミドルキックは、その軌跡の終端を佐々木の腹部と定める。
後は体捌きが産む流れに沿って足を叩きこめば、防御ごと佐々木が吹き飛ぶ試算。
故に、佐々木は防御を選択しない、そも自顕流に防御など無い。あるのは只管な一の太刀だけ。
「イィイィィイィぃぃェア――――――っ!!」
雄叫びを上げて振り下ろされる、佐々木の斬撃。互いに異様な練度、互いに魔法の補助を受けた一撃必殺。
そして、佐々木は眼前にて、また可能性を目の当たりにする。足に鎖が巻きつき、防御と攻撃の双方を補助し始めたのだ。
だが――問題はない=B萌はムエタイのファイターで、武術家なのかもしれない。
だがしかし、佐々木は違う、武術家ではないと己をカテゴライズしている。
佐々木はあくまでも自顕流の心得を持ち、相性の良い固有魔法を持つ魔法少女≠ノ過ぎない。
それが、ここで佐々木だけにしか出来ない戦い方を選択させ、萌に対してそれを振るうことになった。
衝突する足と刃。鎖によって強化された蹴撃は、佐々木の刃と拮抗――しない。
先ほどからの堅牢さなど無かったかのように容易く砕け散った刃。そしてその衝撃で後ろにたたらを踏む佐々木。
蹴り足によって腹部の布が引きちぎられ、薄皮どころか腹筋を引き千切りながら佐々木の身体から鮮血を吹き出させる。
そして、砕け散った刃は佐々木の身体の随所に突き刺さり、更に負傷を増やし出血を増加させた。
血煙が萌の視界を埋める中、赫のカーテンの向こうから、淡々とした声が紡がれる。
膨れ上がる存在感、溢れる殺気、威圧。剣士、佐々木真言≠ナはなく、魔法少女、佐々木真言≠フ声。
「邪道、一の太刀」
足を振りぬいた萌目掛けて血のカーテンを引き裂きながら迫るのは、十の紅の紐、糸。
虫の羽音のような低い音を響かせながら、その紅の線は萌の身体に絡み付こうとする。
触れればその瞬間、皮膚を超高速で行き来するやすりで引き裂かれるように、裂傷を刻み込まれるだろう。
佐々木の固有魔法は、自分の肉体と肉体に直接触れている物体に限定された念動力。
血液も又佐々木の肉体の一部であるのならば、自在に操作する事は出来て当然といえる。
要するに、佐々木は攻撃を食らうことを織り込み済みで、そこからのカウンターを目的として萌と真向から対峙した。
これが佐々木の戦い方。己に出来る全てを使い潰し、己の肉体も道具として使い潰し、相手を確実に倒しに行くやり方。
華やかさからは程遠い。魔法少女という言葉のイメージの真逆を行く。少女の戦場にしては異様に血なまぐさい。
だが、これが佐々木のやり方。己を理解してもらわんがため、佐々木はなりふり構わないことを選択した。
【紙飛行機はノータッチ、皮と腹筋を引きちぎらせて肉を断つ、出血大量、大怪我】
>「私は。――魔法少女になる前に、祖父を殺した男を、殺したことが有る。
佐々木真言の過去。
彼女はこの人知を超えた常識の外側での殺し合いに踏み込む前に、一人の男を殺した。
魔法少女でもなければ、きっと殺す覚悟も死ぬ覚悟もなかった、"ただの悪人"。
武装した犯罪者を斬殺に至らしめたのは、ほんの年端もいかぬ"ただの少女"であった。
>「だから、私は今。此処に剣を携えて、ここで魔法少女をやっている。
ただ祖父を殺されただけならば、真言はきっと、著しく不幸だが、それでも普通の少女だったろう。
だが、普通――。
身内が殺されたからって、その相手を迷わず殺しにいけはしない。
人を殺せる人間が、人を殺せる道具を持って目の前にいるのに、歯向かえるわけがない。
常識的に考えれば、逃げるか、足がすくんでしまって第二の犠牲者になるだけだ。
真言は剣を振るえた。
目の前で家族を殺されて、しかし哀しみや絶望に蹲るよりも、真っ直ぐ立ち向かうことを選んだ。
真言の直角な人格形成には、幼少期の常軌を逸した殺人経験が深く根を張っているには違いない。
しかし、精神のもっと深い部分、それこそ"信念"と呼べる場所は、もっと前から確かに形作られていたのだ。
佐々木真言は真っ直ぐだ。実直で、愚直と言い換えても良い。
幼少期の陰惨な体験が彼女を曲げても、曲がった先で真っ直ぐに成長したのがその証左だ。
「参ったな……わたし、真言ちゃんのこと結構好きかもしれない」
得体のしれない化物だと思ってた。
支離滅裂で、解釈不能で、交わることのできない存在だと決めつけていた。
だけれど、蓋を開けてみれば事態はずっと単純だった。
真言はいま、あるいは会ったときから、ずっと同じ一つのことを南雲たちに求め続けてきたのだ。
>だから、私はあなた達を殺すこと無く。あなた達と手を組むために私の本気をあなた達に示す。
――私を知ってもらう、為に」
真言の言葉は、説明不足で、時々話につながりがないけれど、その訴えは一貫していた。
ここへ来てはじめて南雲は、耳をふさがず真っ直ぐに真言の言葉に向き合えた。
だったら、やることは一つだ。
勝てるだろうか、とは迷わない。
>「んじゃ勝とうぜ」
――そう言ってくれる仲間がいる。
100%の肯定を携えて、萌の魔装が踏み込んだ。
地面を割り、応力を完全に伝達した神速の右回し蹴り。
そこに麻子の鎖を纏い、質量と硬度を付与されて真言を刈りに行く。
同時、南雲の放った紙飛行機が背後から真言へと迫る。
直撃すれば意識ぐらいは飛ばせるであろう魔法を込めた紙飛行機に、しかし真言は振り向かない。
多少のダメージなど無視してでも、萌へ袈裟斬りをぶち込みに行く算段であろう。
南雲の目論見通りであった。
紙飛行機を萌へ投げたのであれば、何らかの搦手の布石であることを看破され、撃墜されていただろう。
しかし南雲は敢えて萌宛の紙飛行機を真言へ打った。
右腕を無力化され、まともな攻撃手段の存在しない南雲の、あがきのような『真言への攻撃』として。
そして萌の蹴りという最も危険な攻撃――最も隙の大きい攻撃が目の前に迫っているとすれば。
紙飛行機の直撃というダメージを受け入れてでも、萌へのカウンターをとりに行くだろう。
そのとおりになった。
『萌ちゃん!』
紙飛行機が真言の頭を掠め、萌へと届く。
ほぼ同時、萌のミドルキックが、真言の打ち下ろしただんびらと交差した。
近接特化型魔法少女がリソースを極振りし、更には鎖で強化した破城槌の如き蹴り。
同じく近接特化型が固有魔法をつぎ込んだ、己の身長ほどもある長大剣。
激突する。
金管楽器をぶち撒けたような音がした。
コンバットナイフすら豆腐のように寸断した斬鉄の剣が、麩菓子のように砕け散ったのだ。
「――!」
南雲が息を呑む音が喉から大気を震わせるより早く、萌の蹴りが無傷で振り抜かれた。
真言の、黒鴉のコートの内側へ弧を描いて銀色が飛び込み、赤色を伴って出てきた。
浅くだが――急所となる腹部を、確かに抉ったのだ。
「勝った――?」
疑問より先に、結果としての"否"を南雲は見た。
真言の腹部より噴出した鮮血の霧。
魔法少女であっても行動不能になるであろう多量の出血が、しかし魔力を纏っていたのだ。
何かが来る。
>「邪道、一の太刀」
来た。
真言の傷口から伸びたのは、十を数える赤の索条。
血液と魔力によって構成された、さながら血管のようなそれらが、八方から萌を捕らえに迫る。
音があった。羽音のような、振動を伴う音は、高速で前後する電動糸鋸と同じ震えだ。
(血液を魔法で操作して――自分の身体をあんな使い方できるの!?)
思いついたって普通はやらない。遮断しきれない夥しい激痛が身体を奔るはずだ。
ましてやそれを、この土壇場で、致死の攻防の中で、戦略として織り込んできた!
佐々木真言。彼女はどこまでも、南雲の想像の上を行く。
だが――"上を行かれた"程度のことで諦めるような策など、南雲は初めから頼りにしちゃいない。
萌へ届けた紙飛行機。その中に内包されていた魔法が展開した。
* * * * * *
花開いた魔法の一つは、萌の脳裏に直接投影されるイメージと言葉だった。
『萌ちゃん、念信だと傍受されかねないから、紙飛行機に込めて渡すね』
凝縮された時間の中、言葉にするよりずっと早く、イメージとしての"理解"を萌にもたらすだろう。
『何度か真言ちゃんと刃を重ねて、一つわかったことがある。彼女の、弱点みたいなもの。
――真言ちゃんは、"一対一の戦闘にしか慣れてない"。
気配を覆い隠す固有魔法のおかげかな、彼女はこれまで、徒党を組んでる相手にも、一対一で戦ってこれた。
姿を気取られずにヒットアンドアウェイを繰り返せば、実質的にタイマンの連続だもんね』
おそらくは、一人で戦い続けるためにつくりあげた戦術だ。
多数を相手にしても、複数人と同時に攻防することはない。
ターゲットを決めて、気配隠匿で近づき、一撃をくれるスタイルなのだろう。
『わたし達と戦ってる最中も、まずわたしと萌ちゃんを分断し、一人ずつ潰しに来た。
RPG風に言うなら、真言ちゃんの戦闘には単体攻撃しかない。全体攻撃も遠距離攻撃もない。
本質的に言えば、彼女は複数人を同時に相手にすることはできないんじゃないかな』
一人を一撃で仕留められたとしても、敵の仲間が傍にいれば隙だらけの横っ腹に打撃を受けることになる。
しかし真言の場合、その"隙"がほんの一瞬しかないのだ。
真言は一度に二人以上と同時に攻防することはできないが、
敵A,Bの連携に一瞬以上のズレがある場合、攻防は『Aと一対一、次の一瞬でBと一対一』になってしまう。
否、そう持ち込める真言の戦闘能力がそもそも常軌を逸しているのだ。
『真言ちゃんが倒したいエルダー級ってのは、きっと、複数人分の戦力を完全同時に展開できるんだろうね。
だから仲間としてのわたし達を求めた。
つまりはそれこそが、真言ちゃん本人も自覚している重大な弱点ってこと!
正確に、同じ瞬間に多方向から攻撃を叩きこめば、真言ちゃんは対応できない――はず!』
問題があるとすれば、前線格闘型の萌と、後方支援型の南雲では、攻撃のタイミングを合わせようがないということ。
南雲の銃弾は萌の拳より速いし、南雲の疾走は萌の一歩よりも遥かに遅い。
否、たとえ近接特化の二人組でも、寸分の狂いなく攻撃のタイミングをあわせるなんて不可能だ。
『いまのわたし達には、一瞬を合わせることは無理……だから、真言ちゃんを巻き込んでやろう。
真言ちゃんの、一瞬しかない隙を、『二瞬』にまで引き伸ばす――!』
注視すれば、イメージの他にもう一つ魔法が込められているのがわかるだろう。
それは、南雲の固有魔法『ライトウィング』の再現武装の一つ。
無数の金属粉末、チャフだ。
南雲はこれに己の姿を投影し、囮や身代わりにする擬似的な幻術を用いることができた。
『萌ちゃんの姿を写しとって投影するようプログラムしておいた。
真言ちゃんの攻撃がだんびらによる一刀両断しかないなら、これで一撃は躱せるはず』
自分の一歩前に投影済みのチャフを置き、これを斬らせれば無傷で剣を振りぬいた後の隙をつける。
誤算があるとすれば、南雲は真言の攻撃手段を斬撃しかないと高をくくっていたことだが……。
『――勝とう。諦めないために』
* * * * * *
南雲は、走り出した。
真言が展開した鮮血の索条が、萌を捉えてしまうより早く、前方へと身体を飛ばした。
間に合わないかもしれない。
それでも、もう、諦めたくないのだ。
真言の踏み込みで開いた穴に足が引っかかって、もつれ、転びそうになる。
倒れこんだ上体は、しかし地面にぶつからなかった。
銀色が地面から伸びて、南雲の胸のあたりを支えていた。
鎖だ。
『麻子ちゃん』
『ああそうだよ、あたしだ。くそ、なにもしないつもりだったんだけどな。
お前らがあの真言って奴を倒せればよし、負ければあたしが不意討って真言を倒すつもりだった。
卑怯だなんて言わせやしない。それが、あの日常(ばしょ)を護る最善手ならなおさらな』
だけど、と麻子は念信を言葉にした。
『うまく言葉にできねーけど……多分、覚悟が決まっちまった。
あいつの独白聞いても、あたしは同情なんかしない。それでも、あいつの戦う理由を知った。
"だったら負けられねーな"って。柄にもなく腹の中が燃えたんだ。
あたしもいい加減ヤキがまわったもんだと思ってたけど……まだまだ青いな』
苦笑交じりに麻子は言う。
南雲にしたって萌にしたって、もちろん麻子にしたって、共通するものが二つある。
"勝ちたい"という意思。
"負けたくない"という渇望。
生き延びることに精一杯で、余裕のなかった彼女達に、それを思い出させてくれたのは真言だ。
南雲は笑みを濃くしてしまう。
『いいじゃない、まだ麻子ちゃん、小学生なんだしさ。
それくらい青くて、若い方がわたしは好きだよ。――若い方が好きだよわたしは!!』
『二回言いやがったな!? 大事なことなんだなそれが!? それでいいのかお前!』
前方、真言へと伸びる一筋の銀光がある。
南雲の足元から生えていた麻子の鎖が、真言の元へと飛んでいった。
攻撃ではない。
『借りるよ、麻子ちゃん!』
鎖の上を、滑るように奔る影がある。
紙飛行機と、その上に乗る南雲だ。
鎖をレールにして滑走する紙飛行機に、スケートボードのように足を乗せて南雲は奔る。
現在の魔力量では自分を乗せる出力の紙飛行機は生み出せないが、鎖が重さを支えてくれる。
ジェット燃料を爆発させ、急激なGに耐えながら、南雲は一直線に真言の元へ跳んだ。
『真言ちゃん』
凝縮した体感時間は、客観時間にしてほんの一瞬。
しかし念信は、時間的制約を無視して即座に言葉を伝えられるから便利だ。
『戦うよ、君と。その先にあるものを、諦めないために』
凄まじい加速度と空気抵抗で、南雲はふっとばされそうになる。
風防を召喚して風を防ぐが、体中の血液がGの影響で滞り、意識がブラックアウトしそうになる。
既に彼女の速度は新幹線を越え、レシプロ機を越え、音速の域に達しようとしている。
それでも遅い。真言や萌の戦闘速度に辿り着くには、あと一歩及ばない。
そこで気付いた。限界を超えて速度を上げるにはどうしたら良いのか。
……余分なものを切り捨てて、軽くすれば良い。
『だから、始めよう』
決断は、一瞬なんかよりずっと速かった。
『――――今日の敵を、明日の友にするための戦いを!!』
刹那、南雲の右腕が飛翔した。
肩から先、真言に切断され、一度はくっつけるも骨まで繋がらずうごかなかった右腕。
それをもう一度、ようやく繋がった皮一枚を再び引き千切って、ジェットの爆発力で射出した。
高速で飛翔する基部から更に爆発によって切り離された南雲の右腕は、容易く音速を超えた。
ソニックブームの衝撃音。
右腕を覆う飛行服が、弾け、裂ける。
顕になった白い肌と、蝋のように血の気の失せた腕は、しかし空色の光を纏っていた。
魔法少女の胸から魔法核を奪い取る時に発する魔力光。
南雲は、右腕だけを真言の胸部へ撃ち込み、そこに在る真言の魔法核を直接打撃する算段だ。
奪うことはできなくても、衝撃を与えて一時的な機能停止には追い込めるはずだ。
『生ロケットパンチ……!!』
戦闘速度において、いまこの瞬間だけ、南雲は真言に並んだ。
あとは、萌との連携が二瞬以内に収まるかどうかの戦いである。
【萌へチャフ配布。囮に使うよう頼む】
【麻子の鎖をレールにした高速移動+ナマロケットパンチで真言の魔法核を直接打撃】
塞守の返答を聞きながら、真央は迷っていた。
断る理由も、見せしめに塞守を屠る理由もあるが、仮にそうした場合
ただでさえややこしい状況が更にややこしくなるだけではなく、自身の情報を流される可能性がある。
それだけは避けなければならないのだが、
「ドヤ顔で話す割に随分と的はずれなことを言いますね
私はリスクやトラブルをマイナスとは考えてないんですよ。
だってそうでしょ?将来的には私は一人で世界と戦わないといけないんですから
リスクを負うことに慣れてないといけませんし、それ以上にありとあらゆるトラブルへの対処法を
確立させおく必要もあります
あなたがいま提示した報酬はむしろ損なんですよねぇ、
おまけに嘘の情報を掴まされる可能性だってあるわけですし、
せめて、作戦行動中に得た魔法核を全部私に渡すとかそういう報酬なら素直に喜べるんですけどね」
真央は報酬に対する不満を吐露した。
しかし、そこから去る訳でもなく、塞守に襲いかかる訳でもなく、ジッと塞守の表情を観察しながら
静かに笑みを浮かべた。
「ですが、まぁいいでしょう。いずれ戦う相手の手の内を知るいい機会ですしね」
真央は自身に不利な取引であると言った上で、それに乗ることに決めた。
決め手はやはり、塞守の言葉ではなく、念信だった。
(大国の魔法少女部隊、加えて守護者…どうりでエルダーになっても願いが叶わない訳ですね)
念信で知らされた脅威の存在に対し、真央はまるで好敵手を見つけたような興奮を感じた。
塞守がその情報を聞き出せるのなら、この不利な条件も十分に許容出来る。
『勝手に来たのはそっちでしょう?まぁ帰りますけどね
連絡は…そうですね、泊まってるホテルも部屋番もわかっているんですよね?じゃあ、直接来てくださいよ』
最後に念信で塞守にそう返すと、真央は鉄塔の上から飛び降りた。
落下の最中に、触手を鉄骨に巻きつけバンジージャンプの要領で落下エネルギーを減少させると
まるでちょっとした段差から降りたかのように着地した。
【屋守】「お前に魔犬の鼻≠くれてやる」
屋守さんの掌はとても綺麗だった。すらりと白い繊細な五指とラベンダー色に艶めくネイルが、私の視界を覆い尽くす。
掲げられた右手が紫色に輝き、その光が私の瞳に焼き付けられた。
抗う暇もなく施されたのは強力な魔力付与《エンチャント》。……そして悪魔が微笑み、囁く。
【屋守】「空気中に残存している微かな魔力《オド》の痕跡を一時的に視覚化出来るようにしてやった――後は、お前が決めろ」
おど?オドってもしかして、魔力のこと……?
私は自分の知識の中から当てはまる言葉を検索した。『Fate』や『空の境界』『月姫』『魔法使いの夜』といった所謂TYPE-MOON系列の作品に出てくる用語だ。
要するに土地由来のマナと違い、自分の中に貯蔵された魔力のこと。チャクラや波動、霊力、気力とも呼ばれる精神エネルギーの一種らしい。
一晩寝ればある程度回復できることを考えると、所謂MP(マジックポイント)という考え方に近いのかもしれない。
……自分でも言うのもアレですが、こう書くと何だかわかり易すぎて拍子抜けです。
私は店内に向けて眼を凝らしてみた。……視える。青や緑、鈍色や赤色に光る魔力の粒が、微かに漂っているのが。
そのうちの4つは裏口の方へと流れ、外へとつながっていた。これは南雲さんたちの跡だ。
私は店の入口に注意を振り向ける。ひときわ深い海の色――誰かの色に似てる――けれど、知らない人のもの。
先ほど襲撃してきた魔法少女で間違いない。
【ゆりか】「理奈、止めなさい」
叔母が私の考えを推して止めにかかる。私は「どうして?」と返した。
【ゆりか】「一人で行くのは危険よ」
叔母さんにしてはつまらない応えだと思った。当たり前で無難過ぎ、それぐらい私だってわかってるよ。
【ゆりか】「それに……」
【理奈】 「さっきのエルダーかもしれない、でしょ?」
私の発言に対し、叔母は眉をひそめた。それが図星なのか見当違いなのかわからない。けれど――
【理奈】「どっちでもいいよ、そんなの」
<緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた>
<わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ>
<努力も勝利も、当人が強くなるまで待っちゃくれない>
<ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』>
【理奈】「私はただ、この店を襲ったさっきの人が……絶対に許せない…………それだけだから!」
そして何より、あのとき動こうとしなかった自分自身も。
【続きます】
【理奈】「ありがとう、屋守さん!」
私は叔母さんがこれ以上何かを言う前に店を飛び出した。
魔力の痕跡は微かだが確かに少しだけ残っていた。でも、その光は店内で見たものよりもはるかに薄く、ひどく心もとない。
車の速度で移動したんだから当然と言えば当然なんだけど……
【零子】「神田さんっ」
店の扉を開けた目立さんと視線が合う。
【零子】「行くなら私もついていきます」
それは私に対する頼みごとではなく、年上としての明確な意志表示だった。拒否は出来そうにない。私は直ぐに頷いた。
まずはこの光の跡を追いかけよう。その為にはもっと早く移動出来るようにしないと!
【理奈】(...Make up!)
願いの石から溢れ出す緋色の光に包まれて、私は魔装へと変化する。
真紅のドレス、白いフリル。瞳の色は茶から翠へ、髪の色は黒から金に――本当を知るためにお化装(けしょう)をした、偽りの姿。嘘の私。
それでもお願い。力を貸して!
リソースを眼に集中し、視力を強化。先ほどまで朧ろげだった海色の光が鮮明に映る。
魔力というのは不思議なもので、こういう基本的な事は覚えるより実際にやってみて慣れていくほうが簡単なようだ。
次は両足。脚力を強化。車の流れに気をつけて、路上を疾走する。車のほうは私の姿が見えてないから轢かれたらかなり痛いだろうな……
痛いで済んでしまうのが微妙な気分だけど。
気がつけば私は車に追いつきそうな速さで走っていた。道路標識は読めないけれど、50と書いているからそれに近い速さが出てると思う。
そのまま十分近く走り続けたところで立ち止まった。周囲に漂っている魔力光が濃くなっている。きっと、この辺りで降りたんだ……
山のふもとにある林だった。近くには大きな鉄塔が立っている。どうして――こんなところに?
私は息を整えながら周囲を警戒した。気配が感じられない。けれど、近くに必ずいる。何となくわかる。
【零子】「か、神田さん……早すぎますよ〜」
目立さんがゼーゼー言いながら追いついてきた。私より疲れてるみたいだけどしっかりここまで来れてる時点でこの人も結構人間じゃない。
【零子】「いたんですか?」
【理奈】「……いえ、わかりません」
奇襲する機会を伺っているのか、それとも気配を消したまま逃げていくつもりか。
いずれにせよ魔装に身を包んでいる時点で私の位置は丸分かりだ。けれど相手は銃を生成出来る。迂闊に魔装を解くのも危険だ。
どうしよう……?
【零子】「な、何をしてるんですか神田さん!?」
【理奈】「こちらから呼んでみます」
私は懐から魔法核を取り出した。魔力を込め、魔法少女だけが聞くことのできる音を周囲に拡散させる。
魔法少女が魔法少女を誘い出すためにとる方法だ。私はかつてこれで麻子さんに呼び集められ、南雲さんや萌さんが行っているところも見た。
少なくとも、これで私が相手の存在に気づいているということだけは示せるだろう。
私の魔法核が奏でたのは綺麗な鐘の音だった。最近テレビで見た外国の特集が印象に残っていたのだろう。
静かに、厳かに響くその音は――古びた時計塔か、聴く人によっては教会にある鎮魂のそれを思わせたかもしれない。
【追跡:鉄塔まで移動】【西呉さんに対してコール】【私のターンは以上です】
振り上げた足。
振り下ろす刃。
(――当てにきた!?)
真言の太刀筋は阻むものごと萌を切り捨てるという風ではなく、
足を狙って打ち込まれているように感じられた。
交錯。
鎖の巻きついた右脛はたやすく野太刀を蹴り砕く。
白銀と鈍色が舞う。
そして、幾度めかの赤。
(……柔すぎる!)
勝つと口に出した。しかしそれは自惚れの故ではない。
だから、"こう"なるはずがないのは解っている。
だが事実として萌の蹴りは真言を切り裂いた。
真言が蹴られた衝撃で下がる。
萌は振りぬいた足のあまりの抵抗の無さに体を泳がせる。
それをこらえて右肩越しに前を見る額に、こつりと紙飛行機がぶつかった。
即座に脳裏に注入され、展開されるイメージ。
述べられる考察、重要なのはただ一点。
>『正確に、同じ瞬間に多方向から攻撃を叩きこめば、真言ちゃんは対応できない――はず!』
知らず、笑みがこぼれた。
念信領域でのことなので、実際にそれが表情筋に伝わるのはだいぶ後なのだがそれはともかく。
はず。きっと。かも知れない。
いつだってその上で戦っていた。
愚にもつかない思い込み。つたない策。
それでいくつかの勝ちを積んだが、痛い目も何度も見た。
結局のところ、いつもと変わりはしないのだ。
翻って、真言の方ではどうだろう。
基本的な行動傾向は、悪は斬る。そうでないなら放っておく。
つまり、やる以上常に相手を斬ってきた。
だから、加減など知らない。
どこまで緩めていいかまだ見当がつかないのだろう。
おかげで腕一本、額の傷で済んでいる。
一撃で終わらせるつもりがあったのなら最初の打ち込みで南雲が殺られ、次の投擲で萌が死んでいた。
最も遠くにいた麻子は逃げるだろうが、それは薄情さではなく無意味を避ける分別というものだ。
ともあれ、これでまた一つ塵を積む。
向こうは殺してはいけないという慣れない戦い。
こちらは挟撃。
そして――紙飛行機が解けて無数の銀の薄膜へと変わる。
それは砕けて舞う刃の間で像を結んだ。
チャフによる欺瞞だ。
正直なところ、そんなものをどれだけ積み重ねたところで真言へ届くことはないだろうと萌は思っている。
だが、真っ当に一撃入れもしないで終われるものではない。
萌は眼前にある自らの背を追い越すべく加速。
――開けた視界に網がかぶさった。
(これ……血!?)
舗装に足を突き立て瞬時に速度をゼロにした萌の横で、鏡像が文字通りに寸刻みで断たれた。
萌は映画バイオハザード第一作目を思い出す。
レーザーによるトラップで登場人物の多数が殺害される、
ファンの間ではサイコロステーキなどとも呼ばれているシーンがあるのだ。
(冗談じゃねえ!)
下がる?しかしそれでは南雲とのタイミングが合わなくなる。
横に躱す?それでも同じことだ。
留まる?ただなます切りになるだけだろう。
ならば道は一つ。
萌は頭を下げて再び加速する。
致命の罠の中へ、ためらうことなく突っ込んだ。
「ぃぎっ…………!!」
思わず声が漏れた。
強化された自らの速度を捉えるためにリソースを割かれた神経の上を痛みがゆるやかに、しかし鋭く走る。
そこから主観時間でコンマ1秒。体が前進した分だけ網が触れる面積が増えた。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)
最低限の強度を肌に付与するという手段は、皮膚の直下にある痛点を直接苛まれ続けるという事態をもたらした。
それでも痛覚遮断に回すリソースすら惜しんで前進する。
一刻もはやく抜けなければ削り殺されるだけだ。
だが、付着する血が増えるに連れて、痛みは加算ではなく乗算で増えてゆく。
(もう、だめ……!!)
ついに萌の心が折れた。
痛みから逃れるため痛覚を遮断し、体表をより硬化させる。
できたはしから傷を塞ぎ、さらに痛みを遠ざける。
そうして与えられ続ける痛みを殺し続れば当然、魔力は加速度的に消費されていく。
そして、有限である以上それは枯渇する。
目線が下がった。
変身が解けたのだ。
それに気がついた次の瞬間。
「ひっ……!」
もはや叫ぶことすら叶わぬほどの痛みが萌を襲う。
巻き付いた無数の毒蛇が一斉に牙を突き立てればこうもなろうかという感覚。
体が意思に反して背を丸め、硬直する。
その最後の動きでようやく網を抜けた。
地面を右の掌底で殴りつけるようにして倒れかけた体を無理に起こす。
涙が眼下の舗装に染みを作った。
それは痛みのせいか、それとも――自責か。
激痛に尻尾を巻きさえしなければ、少なくとも届かせることはできた。
今引きずるこの痛みは己の怯懦のせいでしかない。
認識すると、心中に満ちた情けなさがさらなる涙を押し出した。
それでも。顔を上げればぼやけた視界に黒い塊が映る。
手の届くところに真言がいる。
左の拳を固めた。握っている感覚がない。
オーバーハンドで横面を張り飛ばしてやろうと振り上げる。
だが、恐らくは叶うまい。
そもそも左の拳など斬り飛ばされてありはしないのだから。
【痛すぎてギブ】
「事も済みましたし、(魔装を)解除しますか」
鉄塔から林道を歩きながら、真央は魔装を解き人間の姿に戻った。
唯一昼間と違う点をあげるとすれば、服装が私服から高校の制服に変わっていることぐらいだ。
特に狙いは無い、昼間と違いこの時間帯ならば、この姿でも補導されにくいだけという安直な理由なだけだ。
今現在の自身の格好が目立つリスクとは釣り合わない理由ではあるが
真央はそれでいいと考える。
仮に敵対者が「明らかに地元の学生ではない少女」と自身との繋がりを発見したとしても
その時は、その情報をエサに相手をおびき出せば済む話だからだ。
だが、しかし、こんなことを考えるのも無駄だったと真央は自身の脳内にある
そのデータを消した。
既に自分は国にマークされてしまっている以上、隠そうが攪乱しようが
自分の情報が既に握られてしまっている時点で無駄なあがきにしかならないからだ。
(情報を握られてしまっている以上…この生活も続けることは難しいでしょうね)
名残惜しそうな顔で空を見上げつつ、夜宴狩りの合間にあった旅の思い出を振り返る。
だが、感傷に浸る間もなく、真央は足を止め、周囲を警戒した。
(彼女に気を取られたせいで、魔法少女の存在に気がついてませんでした)
自分を追ってきた理奈たちの波長を感じ取り、真央は追っ手の存在に気がついた。
(この波長、一つはあの時店から感じ取ったものだと分かる、もう一つは…どうも記憶に残っていませんね)
波長から得られた情報から、真央はそれが追っ手であることと断定し、周囲を見回す。
どうやら南雲の紙飛行機は展開していないようだ。
だが、展開していようが大人数だろうが、真央がやることは一つだけだ。
何食わぬ顔で林道を進む、それだけだ。
例え自分の魔力を探知されたとしても、襲った時とは真央の波長が違う為
襲いかかる口実に成りえない。だからこそ、何食わぬ顔で歩き去れるのだ。
暫く歩いていると、まるで林道を封鎖しているかのように仁王立ちする理奈の姿が見えた。
しかし、鐘の音が鳴り響く中、真央は魔装状態の理奈から直視せず平然と進む、あくまでも一般人を装おうつもりだ
そして、2、3歩進んだところで理奈の視線の異常さに気がつく
(…あの眼差し、確信している)
真っ直ぐと自身を睨む理奈の目には、一辺の迷いが無かった。
それとは対照的に、連れの少女の視線は自信の無さ、不安、迷いが篭っている。
自身の予定では、二人から向けられる視線はそういうもののはずだった。
だが、理奈だけは違った。
(情報が漏れた…とは考え難いですね。知っていたなら不意打ちでも何でも準備できたはず
態々リスクを覚悟でコールしてくるはずが無い)
いつもとは違う状況、しかし、真央はあゆみを止めない。
(波長探査による追跡ではない別の手段を講じていると考えたほうが無難でしょうね)
そう過程付け終えると、何食わぬ顔で歩を進めていく
そのまま、すれ違いかけた瞬間、真央は足を止め、囁くように呟く
「いったい誰が為の鐘の音でしょうか?あなた?それとも彼女のでしょうか?
そんなに慌てなくてもいいですよ。何を企んでいるか知りませんが、先手を打つ権利はあなたにあげますよ
そうしても、あなたがたの命は私が握っているようなものですし」
萌が成し遂げた刃の粉砕、ミドルキックで腹は引きちぎられ、激痛と鮮血を真言に齎した。
そう、普通であれば勝負が決まってもおかしくないほどに、完璧なタイミングで攻撃は成功した。
その成功が逆に可笑しかったのではないかと思う程に、最高の形で。
故に、
>「勝った――?」
南雲がそう思ったのも仕方がない。
そして、
>(……柔すぎる!)
萌がそう思ったのも当然だったろう。
違和感しか無いのだ、これまで堅牢に、そして高い攻撃力を発揮し続けてきた者がいとも容易く崩れ落ちる。
その構図には現実味が無く、心には疑念と違和感、そして不安を生み出す。
それもまた、佐々木の布石。
(――私に出来るのは、一期一殺。殺す時に、二度目はない)
佐々木の戦いの前提は、相手を殺害する事を軸として作り上げられたものだ。
そして、佐々木の戦いは、一度の戦いで相手を屠る事に特化した発展の結果にあるものだ。
戦闘後の負傷など埒外に置き、如何に相手を倒すか、如何に相手を傷つけるか、殺すか。
それを突き詰めていけば、自然と己の身体すらも攻撃のためのギミックとして扱うようになっていく。
その戦法の一つが、文字通りに肉を切らせるこの一瞬。
吹き上がった血液は高速振動し萌を引き裂こうと襲いかかっていく。
眼前には銀の薄膜が舞い散り、萌の幻影をその場に生まれ出たのが視界に収まる。
視界の端には走りだす南雲。戦況が大きく動く感覚を覚えた。
「ッ、ふぅぅぅ――――」
佐々木は、激痛を堪えながら腰を落としていく。
待ちの構えだ。腰に左手を伸ばしていき、腰帯に佩いた野太刀の柄を強く握り締める。
構えは居合。そして、その隙を潰すための要素として、血の糸という武器が今の真言には有った。
(…………私の全部、見せられる訳じゃ。無いけど。
それでも、今私ができることの中で、最良を選び続けてみせる。
本気には、本気で居たい、から)
佐々木真言は、直線的な女である。
何時だって、決めてからはその決定を実行しつづけてきた。
佐々木が本気で行くと決めたのならば、殺すか殺さないかは別にしろ、必ず本気で行く。
油断もしないし、舐めもしない。何故ならば、本気だからだ。
相手の全力に恥じぬ全力を示すために、佐々木は己の愛刀に意識を向ける。
最速最強、至高の一閃を示し、己の望む道を切り開く。その為に。
>「ぃぎっ…………!!」
此方に示された麻子の鎖のレール、レールを走り接近していく南雲。
そして、南雲の為の道を切り開くために、血の網、切断網に挑む萌。
チームワークというものを、佐々木は目の当たりにし、眩しげに瞳を細めて口元を引き締めた。
此処から先が決着の境界線だ。そう理解したからだ。
>『真言ちゃん』
>『戦うよ、君と。その先にあるものを、諦めないために』
圧縮された体感時間の中で、念話が佐々木の脳を叩く。
視界の端には己の固有魔法が生み出したウォーターカッターで血飛沫を撒き散らす萌。
だが、それでも眉一つ動かさず、全身に気力を漲らせてそこに居た。
>『だから、始めよう』
>『――――今日の敵を、明日の友にするための戦いを!!』
『私は、進むだけ。真っ直ぐに、ただ、願いを携えて。
だから、言う。――――負けるつもりはない、あなた達と一時でも同じ道を歩むために』
相手の宣言に、佐々木も己の思いを込めて念話を返す。
そして、その直後に、大きく戦況は動いた。
>「ひっ……!」
>『生ロケットパンチ……!!』
萌の魔装が解け、崩れ落ちるように地面に倒れこみ。
また、南雲は己の腕を切り離し己の魔法核を狙わんと生身のロケットパンチを放ってくる。
その捨て身の戦い、全身全霊で此方に挑む様に、『本気』を感じた。
だから、佐々木は見せる。魅せる――己の、全力を。
ばしゃり。足元の血溜まりが水しぶきを上げ、音を響かせた。
手と柄は吸い付いたようにもはや一体、刀身の先まで意識は通っている。
丹田に力は篭り、激痛の最中、霞が晴れたように感覚は研ぎ澄まされて迫り来る力の打倒に全てが捧げられる。
鯉口を切る。その後は、全身が刃を振るうための一つの仕組みとして駆動し始める。
全身に纏う念動力の力場が全身をタイトに締め付け、一連の動きを支援し――その一閃が生み出される。
「キィィィイェ――――――ァァァアアア――――――ァッッッ!!!」
雲耀の太刀。佐々木や萌の戦闘速度を凌駕して放たれた、引きちぎられた南雲の右腕を超える速度の居合い切り。
異様な負担に両手の骨に罅が入り、激痛が襲い来るが、骨が折れようが筋肉が断裂しようが問題はない。
佐々木の全身を締め上げる念動力の力場が、骨も筋肉も、あらゆる肉体の損傷を気にせず、全力と本気を約束させているから。
白銀の刀身に斑に混ざるのは、佐々木の血。腕を伝って刀身にまとわりついた鮮血もまた、念動力の支配下にある。
「カァッ!!」
足元の血溜まりが途端、噴水のように吹き上がり刀身に纏わり斬撃の範囲を拡張。
横薙ぎに振るわれた居合の太刀は縦半分に南雲の腕を両断し、紅の切っ先を南雲の鼻面に突きつけることだろう。
血液の操作による、斬撃の範囲拡張。それによって、通常の二倍のリーチを発揮し、佐々木は最後の一撃を止め、また南雲の追撃を阻もうとする。
そして、その一閃の数秒後。
右腕をおもむろに横に伸ばした佐々木の手のひらには、萌の手首の断面が握りこまれていた。
強く、しかし優しく止血するように傷口を握りしめつつ、佐々木は口を開く。
「――まだ、やる? 私は、私を知ってもらえるまで、認めてもらえるまで。
幾らでも、血と泥にまみれて戦う覚悟があるけれど」
黒烏は、目を細めて南雲にそう問いかけて。
わずかに仏頂面を崩して、心配そうに萌の方に視線を一瞬ずらすのであった。
――ゴ……ーン
――――ゴ……ーン
――――――ゴ……ーン
西日がつくる陽だまりの下、木枯らしの吹き抜ける林道に形なき鐘楼の音が響き渡る。
幻の音を奏でながら、私はゆっくりと辺りを見回していた。
傍らにいる目立さんから送られてくる視線に何となくチクチクしたものを感じるのは、多分気のせいじゃない。
だけど私は自分のやってる事が馬鹿げてると判っていても、こうすることに意味があるように思えた。
紅い魔法核を手の中で転がしてみる。
<店内のお客さん、だーれも死んでないもの>
……改めて考えると、あの襲撃にはお店を襲うこと以外に何か別の目的があったのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎったその時。
――――ゴー……ン!
林道の向こう、鉄塔の方角からやって来る人影に私たちは眼を見張った。
女の人だった。年齢は高校生ぐらいか。どこかの制服を着ている。でも、どうしてこんな時間、こんな場所にいるの……?
既にお昼過ぎとは言え、今日は平日だ。学校をサボった私や創立記念日でお休みの目立さんならともかく、明らかに不自然だ。
おそらく、この人が魔法少女だろう。
私は目立さんと顔を見合わせ、互いに頷く。けれど、どうも様子がおかしい。
【零子】『神田さん、この人……?』
目立さんが首を傾げる。魔法核が反応しない。おまけに魔装状態の私たちに対して全く注意を払っていないようだ。
もしかして、全く関係ない普通の人なのだろうか?
そうこうしているうちに女性はゆっくりとこちらへやってくる。歩いて、こちらへ近づいてくる。
私は目を凝らした。――刹那、女性の肩に海色の光がうっすらと滲み出る。
【理奈】『――ええ、やっぱりこの人です』
私は女性の顔を見て……一瞬だけ目があったような気がしたが、向こうはそのまま何食わぬ顔で歩き続けた。
三歩、二歩、一歩。距離を縮め、やがて私の横を通り過ぎるかと思われたその時……彼女は歩みを止めた。
――――ゴー……ン!!
【??】「いったい誰が為の鐘の音でしょうか?あなた?それとも彼女のでしょうか?」
!?
【??】「そんなに慌てなくてもいいですよ。何を企んでいるか知りませんが、先手を打つ権利はあなたにあげますよ」
いきなり、何を――――
【??】「そうしても、あなたがたの命は私が握っているようなものですし」
振り向いた先にある彼女の瞳が、冷然と輝いていた。
【接近遭遇(ちなみに「私」は西呉さんの名前を知りません)】【1/2】
突然の宣告に身構える私、そして目立さん。
対する彼女は姿勢を崩さずただ静かにこちらを見つめるだけだ――まるで威きり立つ猫を、観察するように。いや、もっとちっぽけなものかもしれない。
私は背筋に冷たいものを感じていた。冬の寒さじゃない。門前さんと相対したときに似た……その何倍も何倍も強い悪寒。
待て。落ち着け。そもそも私はさっきこの人が言ったことの半分ぐらいが理解出来ていない。
深くひと呼吸。
【理奈】「……さっき、黒服の男の人に化けて喫茶店を襲ったのはあなたですよね?
教えてください、どうしてあんなことをしたんですか? 叔母さんの店に何か恨みでもあったんですか?
それに――」
魔法核を胸元へとしまう。鐘の音は既に止んでいた。誰がためのものであったか……私には答えられない。
【理奈】「彼女って、誰のことですか……?」
もう一つ、深呼吸。慎重に言葉を選び、そして紡ぐ。
【理奈】「戦うかどうかは、それを聞いてから…………決めます」
震え出して止まらなくなった指先を、私は無理やり握り締めた。
【最終確認】【2/2】
test
人為的な霹靂が図書館に響き渡った。
黒木の持つ電磁警棒と、夜伽の作りだした茨の接触。その結果発生した過電流によるものである。
「……!」
黒木は少なからず驚いていた。
受ければほぼ致命傷といっていい大電流電磁警棒の一撃だ。単にかわされるならいざ知らず、『受け止められる』とは!
一瞬浮かんだ疑問は、次の夜伽の発言が解いてくれた。
>「『通電率が極めて高い茨』を生成したわ……茨はアース線となり、床と地面へ電流を逃がす!」
「(やはり頭が回る。茨をこういう使い方をする……いや、『こういう使い方をできる茨』とは。意外だな)」
常識からいえば、茨はさほど通電性が高い物質とは言えない。
その辺りの常識を覆せるという事実を……実は、黒木、そして大饗いとりは知らなかった。
図らずも夜伽は、いとりに対し『魔法の利用:実践応用編その1』をレクチャーした事になる。
教えてくれてありがとう、とばかりに再び電磁警棒を構えかけた黒木の鼓膜を、夜伽の声が叩いた。
>「そしていいのかしら軽はずみに近づいて。
> 宣戦布告を済ませたということは――どんな不意打ちに遭っても文句は言いっこなしなのよ」
「何!?」と叫んで隙ができる……ような事は黒木にはなかった。
しかし、そもそもそれ以前に生じている隙はいかんともしがたい。
ごしゃ、ぐちゃ、黒木は死んだ。エルダー(笑)
……冗談はさておき。
「……いや、まいったね。彼が魔法少女だったら冗談では済まなかったよ」
黒木のぼやきからは、冗談めかした風が少しだけ抜けていた。
彼は、いとりの端末となる以前から、電磁警棒を使ったこの戦法に慣れ親しんでいる。
それはつまり、後頭部にパイプ椅子がめり込んだら気絶する体だったころからのキャリアがあるという意味であり、
後頭部にパイプ椅子がめり込まされるような事態があれば負けだった時代があるという意味である。
つまり、彼からしてみれば、このような隙が発生し、実際に攻撃を受けた時点ですでに大減点なのだ。
「鈍ったかな……やれやれ、傷病休暇は返上する事になりそうだ」
ぎりぎり飄々とした風を保ちながら、黒木は気を引き締め直す。
見れば、彼にパイプ椅子をたたき込んだ男は射程外に逃れ、草枕夜伽もすでに退避行動に移っている。
>「本当、厄介だわ……!貴方相手にどれだけ頑張っても、その向こうの誰かさんには届かないんだから」
「さて、どうだろうね。熱意とメッセージぐらいは伝わるかもしれないな。私の決める事ではないが」
どこまで本気とも取れない発言をしつつ、黒木は二階へと跳躍する夜伽を視線で追った。
彼の強化された身体能力からすれば、『直接』彼女を追う事も不可能ではない……が、現実的でもない。
夜伽や、あるいは西呉真央のように小回りのきくロープ状のものを生成できればぐっと現実味は増すが、
あいにく彼にそのような能力はなかった。
だから、黒木はゆっくりと歩を進める。焦る事はない、彼女の目的が恐らくは誘いである以上、最終的に逃走に移る可能性は低いのだから。
草枕夜伽が声をかけてきたのは、黒木が3歩ほど歩みを進めた時だった。
>「これから貴方を叩き潰すための策を練るけど、その前に聞いておくわ。
> ――『歓談』と言ったわね。お茶菓子も持参せずの来訪のようだけど、話のネタぐらいは用意してきたんでしょうね?」
黒木の歩みが止まった。きっかり3秒。その間に、夜伽は2階の奥へと姿を消している。
その間隙が意味するものは、実は大きい。
夜伽の指摘は正鵠を射ていた……黒木は、正確には『黒木自身』は、『まだ』話のネタを保有していなかったのだ。
彼はあくまで端末である。少々ウィットにとんだ会話が出来はするが、本来人間が持ち得るものの多くはごっそり封じられている。
なぜなら、持つ必要がないからだ。例えば今の彼には睡眠欲がない。これは草枕夜伽の魔法に対峙する為の特例措置だが、
もっとも端的な、端末に対する措置の一例といえる。
コンピュータ用語でいうところのシンクライアント方式といえば、分かる人間には分かるだろうか。
端末には必要最低限な機能しか持たせず、中枢コンピュータにのみ重要なデータを保有させ、必要に応じて引きだす方式の事だ。
もちろん、この場合の中枢とは大饗いとりその人である。
3秒とは、夜伽の発言を受けたいとりが、黒木に情報を伝達……いや、『命令』するのに要した時間である。
『命令:〜〜という事を覚えろ』。黒木は命令に忠実だった。
その3秒間の間に、夜伽による念信が送られてくる。
>『あたしが仕込みをするまで暇になるだろうから、歓談に付き合ってあげるわ。
> それとも少年漫画風にこう言ったほうが良いかしら?――"待て、話せばわかる"』
『それは少年漫画というより昭和史だね。ちなみに、言われた男は問答無用と言って発言者を斬った。君も気をつけた方がいい』
ちなみに、この知識はいとりの伝えたものではない。
『念信というのはなかなか慣れないが、これでいいかな? 間違えて恥ずかしい映像等が流れたら教えてくれたまえ』
この冗談のセンスもいとりの伝えたものではない。
>『あたしの誘いに乗ってここまで来たのよね。この図書館を根城にする魔法少女に、貴方は何らかの目的を持ってきた。
> ぶっちゃけ、夜宴狩りの手先が威力偵察来てるもんだとあたしは考えているけど……本人様に聞いてみるわ』
>『貴方、何をしにここへ来たの?ああ、別に回答は急かさないからゆっくり考えて答えてくれていいわ。
> あたしはその間、じっくり罠を張っておくから』
夜伽の言葉に、黒木は独り言じみた念話を返す。
『夜宴狩り……か。なるほど、実際にやる者がいるとは』
実は、夜宴狩りという発想自体はいとりも持った事がある。夜宴の存在をレギオンから聞いた時点で構想を始めたほどだ。
魔法少女のコロシアムとでも言うべき夜宴、その存在を知ったいとりは、まず『閲覧者』希望としてコンタクトを取った。
参加費用は全額いとりのポケットマネー。彼女視点でもなかなかの出費であった
その後、彼女は夜宴の閲覧を繰り返し、魔法の知識を深め、夜宴参加者のデータを収拾した。
同時に、彼女らとの交戦の算段をしたのは当然の成り行きだろう……だが、実行にはうつさなかった。
理由は大きく分けて二つ。
ひとつは、夜宴データベースにノミネートされるような魔法少女というのは、程度の差こそあれ戦闘に習熟している事。
もうひとつ、夜宴という組織の大きさに対峙するだけの力を、いとり個人が(少なくとも今までは)持っていなかった事。
基本的に、必要な時以外はリスクを取らない主義のいとりにとって、夜宴にたてつく事は事前情報を加味しても『大きなリスク』だったのだ。
いとりが想起しながら、実行していなかった『夜宴に参加する魔法少女への狩り』
それを実行している存在がいて、そして草枕夜伽は……隠形派所属の魔法少女は、それを追っている。
この段階で、いとりの手元にもある程度の情報が集まってきた。
それを元にいとりは次の手を考える。
さて、どうすれば最終的にいとりの得られるリターンが最大になるだろう?
『誘っておいて何をしにとはご挨拶だが、礼儀として答えようか』
相変わらず慇懃な念信が草枕夜伽の脳裏に響く。
『端的に言うなら、誘いに乗ったのだよ、草枕夜伽。君の……いや、“隠形派”の誘いにね。その理由は三つある』
その意味することに気が付けば、先ほどの念信と合わせて夜伽は少々混乱するはずだ。
この黒服の男が夜伽の名と“隠形派”の存在を知っている、さらには夜伽が隠形派であることを知っているという事は、
つまり彼が(彼の主人が)夜宴のデータベースにアクセスできる存在であるという事を意味すると言ってほぼ間違いない。
だが、それなら先程の、夜宴狩りが実行されている事に驚くような念信はなんなのか。
ブラフか、それとも……。
『さすがに、私達がここに気がついた理由から説明する必要はあるまいね? 魔法少女ではなく私たちを呼び出したい意図が明確だ。
だが、その理由までは分からない。いや、分からないは言い過ぎだが、推測の域を出なくてね。其れを確かめに来たというのが、一つ』
朗々と語る男の念信。
先ほどの発言のように妙な映像が流れ込む余地など微塵もない。制御された念信だ。
『二つは、君たちと接触するためだ。魔法少女の氏族(クラン)の一つ、隠形派。君たちは、現状の魔法少女のパワーバランスの中で、
控え目に言って無視できないレベルの勢力だ。どういう関係であれ、親交を結んでおくのは悪くないと私達は判断した』
彼の発言が事実であるなら、彼(ら)は隠形派に対して敵意は持っていないという事になる。
ならば、夜伽が戦闘を停止すればこの場は丸く収まるのだろうか?
事実か、そうでないか。事実であれば、丸く収めるために戦闘を停止するか、否か。
もしも夜伽の頭の出来が悪かったなら、この難題に頭を悩ませてしまっただろうが、そうではなかった。
そう、先の発言が確かなら、彼はひとつ、重大な要素を隠している……。
『三つ』
刹那、
『君が隠形派であると分かった時点で、伝えなければいけない事項が一つ生じてね。其れを伝えるためだ』
男の念信が、まさに夜伽の感じた重大な要素を伝えた。
『私は、縁藤きずなが殺害される前段階を目撃している。
正確にはその使い魔が撃破される事を、だが、一度彼女がそうなったら末路は言うまでもないだろう。
そういう訳で、だ。私は緑藤きずな殺害の犯人を、おおむね把握している』
今日一番の衝撃だろうそれは、夜伽のメンタルに見事にヒットした。
そして、それにより彼女がどんな行動を起こそうと、行動から抜け落ちてしまう事が一つ。
彼はなぜ、こんなに長いセリフを朗々と伝えたのか。
その追及。
「(……付与完了。やれやれ、さすがに疲れたな)」
その答えはこれだった。
長いセリフを隠れ蓑に時間を稼ぎ、その合間に何かをなす。
古典的ともいえるトラップだが、見事に決まった。(少なくとも黒木はそう認識した)
現在、2階全域の大気には分子レベルでごく微量の魔力が付与されている状態となっている。
稼いだ時間で黒木が必死に仕込んだ罠の原型だ。
魔力自体は高くないため、基本的な魔力探知で発見することは困難(黒木自身の方が強く観測できるほどだ)。
その分できる事も限定的だが、それでいい。
さて、何故彼は、敵意のないことをアピールしながらこのような罠を仕掛けたのか。そこにはいとりの計算が働いている。
黒木が宣言した2番目、隠形派と友好的になりたい、というのは、いとりの比較的本音に近い部分から出た発言だ。
だが、何の後ろ盾のないただの魔法少女に「なかよくしましょっ」と言われて仲良くなれるほど、隠形派は甘くないだろう。
そこで、黒木の罠だ。これが決まれば夜伽はおそらく戦闘不能。魔力核を奪う事が可能となるが、あえてそれをしない。
そう、いとりは、夜伽の無事を担保に隠形派との関係の橋頭保を確保する腹づもりなのである。
目論見どおりに行くかどうか。
黒木は魔法を起動させるため、カフボタンに両手を滑らせた。
【いとり:色々悪だくみしてるけど結局表舞台には出ない。
黒服の男(黒木):現場労働者の悲哀】
血と、肉の切れ端と、爆焔を撒き散らしながら南雲の右腕は飛翔する。
速度は音の壁を破った。
不可視の領域で攻防を重ねる萌と真言の戦闘速度に、食らいつくものであった。
「穿って――――!!」
この速さでも、ほんの一瞬しか発生しない真言の隙には届かない。
だが、二瞬――それだけあれば、届き得るはずだ。
萌との連携に申し分はなかった。
針の穴を通すような挟撃を、捨て身と策の双方を尽くして押し通した。
>「ぃぎっ…………!!」
誤算があるとすれば、唯一つ。しかし致命的な想定外だった。
真言の攻撃手段が、だんびらによる斬撃一辺倒ではなかったということ……!
普通ならばもっと早く気付ける誤算だった。
多彩な手管を用いるタイプでなくとも、主武器とは別にサブウェポンを用意することは不自然ではない。
一人で戦い続けるつもりなら尚の事、いくつかの攻撃手段は選択肢として準備しておくべきだ。
しかし、欠如していた。
極限の高速戦闘状態において、最も信頼性のある大太刀ではなく――
己のダメージを前提とした血の糸刀を選んだ、あまりにクールでクレイジーな一手。
限界を超えた先にある最後の駆け引きにおいて、佐々木真言は坂上南雲に読み勝ったのだ!
「萌ちゃん――!」
十の血風は、南雲が届けたチャフの幻影を瞬く間に寸断し、その向こうの偉丈夫を捉えた。
刻まれるようにして萌が巻き込まれていく。
二人分の血が霞となって夕暮れの空を彩り、乾いた砂場に温かい雨を降らせる。
だんびらによる斬撃とは違い、血の索条はその切断力を発揮するのに刃を振るう必要がない。
チェーンソーのように、刃が独立して蠕動するために――ただそこにあるだけで触れたものを切り刻む。
すなわち、一瞬さえも隙が発生しない。
刀を振り抜いた瞬間を狙う南雲の策はこの時点で砕け散り、それを信じた萌は索条をまともに受ける羽目になった。
>「ひっ……!」
萌の魔力が消失した。
魔装が解け、筋骨隆々の偉丈夫が砕け散り、少女の細いシルエットが倒れこむ。
索条は抜けたようだが、彼女は生身。真言の次撃に耐えられるはずもない。
既に真言は刀を再生成し、鞘に収まったままのそれを腰だめに構えている。
南雲にできることがあるとすればそれは、
「届、けえええええええええッ!!」
飛ばした右手が、真言の魔法核を打撃するよう祈るのみ……!
空色の燐光を纏った右腕が、いま、黒衣の魔法少女の背を穿つ――!!
>「キィィィイェ――――――ァァァアアア――――――ァッッッ!!!」
瞬間、鉛色の魔力が爆発した。
裂帛の猿叫が戦闘領域を揺るがし、真言の痩躯が何倍にも膨れ上がる錯覚を得る。
比して、鯉口を切る動作はあまりに静かだった。
親指を僅かに弾く、それだけで弾丸のように射出されただんびらが、真言の右手に導かれ、大振りの銀孤を描く。
だが甘い。こちらの右腕は爆圧による加速とは言え、魔力による制御が可能だ。
紙飛行機を操る応用で、横薙ぎに振るわれた刃の下をくぐってやり過ごすことなど容易い!
この速度だ、一度振るわれた刃の軌道を途中で変えることなど不可能だろう。
勝てる。一度は負けた読み合いに、今度こそ上回れる。
>「カァッ!!」
だが、真言の能力はさらにその上を行った。
鴉の咆哮と共に彼女の足元から立ち上がる赤がある。
それは血液だった。
拳と刃を重ね続けた結果、公園の地面が吸いきれなかった大量の鮮血が、水柱のように打ち上がったのだ。
赤の柱は振り抜かれる途中の大太刀、その刃に激突し、纏わりつき、その存在を確定した。
「あ――!!」
南雲が声を出すより早く、彼女の飛翔する右腕が、今度は縦に真っ二つになった。
引き裂かれた腕は、骨まで分かたれたその断面を見せながら、失速し、それぞれ別々の場所を穿って果てた。
南雲はそれ以上進めなかった。
急ブレーキをかけ、振り戻しのGが体中の血液を振り回す痛みに耐えながら、まっすぐ前を見た。
眼前に、赤の刃が突き付けられていた。
遅れてきた風が、戦場の血煙を残らず洗い去った。
>「――まだ、やる?」
真言の問いかけは穏やかだ。
南雲は理解する。
確かに刃を躱したはずの己の右腕を断ち、そしてたったいま突き付けられているものが何か。
(血霞の、剣……!!)
その正体はやはり血液だった。
抜刀されただんびらに、血柱が絡みつき、纏い、硬質化して、仮想の刃を形成しているのだ。
間合いにして約二倍。単なる血刀ではなく、血霞を自在に形成する斬撃範囲の拡張であった。
凶悪な威力を誇るだんびらを印象づけて、しかし奥の手で血液操作によるまったく別の間合いを持つ魔法少女。
なるほど、一人で戦えるわけである。
初めから、彼女は自分自身の死角を理解し、その対策を知っていたのだ。
>「私は、私を知ってもらえるまで、認めてもらえるまで。幾らでも、血と泥にまみれて戦う覚悟があるけれど」
真言の双眸が細くなる。
しかしその語調に剣呑さはなく、こちらを気遣うような口ぶりに、南雲は苦笑した。
狂ったように叫びながら刃物を振り回していた黒鴉と、本当に同じ人間なのだろうか。
だけど、と南雲は思う。
同じ人間には思えなくとも――どちらも確かに、『人間』なのだ。
異能を振るう魔法少女だって、殺しも厭わぬ人越者だって、結局のところみんな、人間だ。
南雲と同じ。意思があり、信念のある、戦友になれる存在だ。
「……やめとくよ。腕もなくなっちゃったし」
音速を超えた右腕は、二つに分かたれた時点で、空気抵抗に耐え切れず弾け飛んだ。
今は血煙と細切れの肉片になって、そのうち鴉の餌にでもなることだろう。
南雲は右腕にリソースを集中――したところで魔装に割く分がなくなり、変身が解除された。
「いっ……だだだだだだだ!!」
痛覚遮断がなくなり返ってきた痛みに泣きそうになりながら、なけなしの魔力で止血を施す。
気休め程度に痛覚緩和もかけ直しておいたが、どうしても片腕の不便さは残るものだ。
少し魔力を回復させたら、生体式の義手でも生成してぶら下げておこう。
「お互い、不便になっちゃったね萌ちゃん」
萌もまた、左手を切り飛ばされて失っていた。
南雲が右手、萌が左手とバランスが良いと言えば良いのかもしれない。
ただ、萌の左手は運良くきれいな形で真言の手の中にあるので、くっつければ戻るかもしれないが。
あー利き腕かー勉強とかどうしよっかなーとか、南雲は他人ごとのように思った。
『ごめん萌ちゃん、麻子ちゃん、負けちゃった』
念信で謝るのは、無論のことこの一連に関する失策についてだ。
喧嘩をふっかけたのは南雲で、しかも最後の最後で読み負けたのも南雲だ。
策士が策に溺れたのではない。純粋に、相手の持ち得る全てが南雲の策を上回ったのだ。
完敗だった。言い訳はできない。
『A級戦犯坂上南雲……!』
しかも今回、わりと深刻に後に残っちゃう損害を出している。
『すぐ終わらせるから』とかどや顔で出て行っておいてこの体たらく。
理奈からすれば、信じて送り出したお姉さんが直角女の斬撃魔法にドハマリして片腕ちぎれピースみたいなみたいな。
いやほんとマジで、理奈ちゃんにどう言い訳したものだろう。
閑話休題。
「あたしはまだやれるけど、どうする?」
麻子の声が飛んできた。
念信ではなくわざわざ口に出して言ったのは、奇襲をするつもりはないという意思表示だろう。
やるつもりならば、とうの昔に鎖のあぎとが降ってきている。
「やめとこ。次は生きて終われる自信もないしさ」
佐々木真言がこちらのことを殺さないのは、来るエルダー戦においての戦力として期待されているからだ。
逆に言えばそれは、戦力にならないと判断されれば彼女にこちらを生かしておく理由がなくなることを意味する。
すなわち、南雲と萌の双方が重傷を負ったここが損益分岐点。
これ以上の損耗を彼女たちが負えば、真言の刃が再度振り下ろされるのに迷いなどないだろう。
南雲は萌の傍に腰を下ろした。左腕と、半ばから欠損した右腕を上げ無抵抗を示す。
「……負けました!わたしたちの完敗です。
真言ちゃんの言い分を全面的に信用するし、君の目的に全面的に協力するよ。
だからその……、その手の中にある萌ちゃんの左手、返したげて?」
ブルゾンのポケットで携帯がブルった。
取り出して開いてみると、それは理奈からのメールだった。
気まずい……だいぶ突き放すような別れ方をした後だ。
帰ったら謝るつもりだったが、このタイミングで着信となると、向こうからのごめんねメールかもしれない。
このままだと坂上南雲は小学生に謝らせるとんでもない女になってしまう……!!
恐る恐る、文面を確認した。
>『お昼は何食べますか?』
南雲は少しの間空を見上げて、それから親指をキーの上に滑らせた。
『スコーンがあるよ☆』
携帯を閉じ、埃を払いながら立ち上がった南雲は皆に言った。
「お腹空いちゃった。ほら真言ちゃん、仲間になるんだし、お互い相手のこと知らなきゃいけないからさ。
こんなしみったれた公園で長話ってのもなんだし、おしゃれなカフェでお茶でもしばこ」
【南雲:真言に敗北、右腕欠損の大怪我を負って戦闘終了】
【萌ちゃん→場面転換ということでテンダーパーチへの移動お願いです】
音のない世界の中、萌は拳を振る。真言もまた刀を振るう。
真言の斬撃はしかと目標を捉えた。
萌の打撃は地を打っただけだ。
変身をっ全く維持できない程度の魔力残量では思考も肉体も加速させられない。
であるので、位置を変えていない真言に対して空振ったことに疑問を抱くよりも速く、痛みが来る。
見る。手がない。
「――――――っっ!!?」
萌の打撃は地を打った。
つまり、空振りにバランスを崩して手首の断面を思い切りコンクリートの舗装へ突いてしまったわけだ。
荒れた表面がやすりのように骨を削り、砂や小石は肉へ食い込む。
もはや呼吸がままならないほどの激痛だった。
またも反射的に、左手を抱え込むように背を丸める。
今度は両膝と額が地についた。
そのすぐそばで刀を構えたままの真言が口を開く。
>「――まだ、やる? 私は、私を知ってもらえるまで、認めてもらえるまで。
> 幾らでも、血と泥にまみれて戦う覚悟があるけれど」
その台詞で、南雲の一手も失敗に終わったのだと悟る。
誰が見ても非常にわかりやすい屈服の構図。
「当っ……たり前だ、年度っ、替わりまで、付き合ってやんよ」
痛みでしゃくりあげている喉の隙を突いて、虚勢を絞りだした。
いささかなりの余裕がある南雲と違って萌は完全に搾りかすだ。
魔力ではなく物理的圧迫で出血を減らすぐらいしかできない。
>「お互い、不便になっちゃったね萌ちゃん」
>『ごめん萌ちゃん、麻子ちゃん、負けちゃった』
「ふざっ……けんな、まっ……だやれるっつの」
呼吸や拍動のごとに襲う痛みの隙間を縫って虚勢をもう一つ。
デコピン一発で再起不能にされかねない状態を「やれる」と評するのは今の萌くらいだろう。
>「あたしはまだやれるけど、どうする?」
>「やめとこ。次は生きて終われる自信もないしさ」
「だから、まだっ……!」
さらに虚勢。しかし周囲は「いいから怪我人はおとなしくしてましょうねー」と言わんばかりに無視。
ちょっとだけ痛みとは別の涙がこぼれた。
>「……負けました!わたしたちの完敗です。
> 真言ちゃんの言い分を全面的に信用するし、君の目的に全面的に協力するよ。
> だからその……、その手の中にある萌ちゃんの左手、返したげて?」
南雲が敗北を宣言する。
真言は即座に手を返してきた。
向こうは向こうなりに萌を気遣っているのだし、そもそも気持ち悪かろう。
持っている理由など何一つないのだから当然と言える。
萌はそれを受け取る。
こうしている間にも回復した僅かな魔力を使い、とりあえず接合。
握れもしないし手首も動かない。本当にただ付いているだけだ。
何かの拍子にもげるかもしれない。
その血の気の失せた甲に、涙が落ちた。
負けるという経験自体は萌にもある。
テンダーパーチでの一幕だって萌の意識の上では負けだ。
だが、本番で負けたことはただの一度もなかった。
新空手、アマキックは言うに及ばず、大きな大会ではなかったがシュートボクシングやMMAのマットにも上がった。
その全てで勝ってきた。自室の収納はトロフィーや盾で埋まっている(意外と処分に困る)。
それが――惨敗。
南雲が空を見上げる横で、萌は地面を見ていた。
右の拳を振り上げ、そこに鉄槌を叩きつける。
小指の関節のあたりが内出血で青くなる。
すぐそばの皮膚が破けて血が滲む。しかし萌は手を振り下ろし続けた。
全力を尽くした結果なのだから悔いはないなどとよく耳にする。
だが、経過に対して悔いがないからといって結果を悔しく思わないなどということは決してない。
つごう八回地球を殴りつけたところで、ようやく萌の動きが止まった。
八つ当たりだからといって八で止めたというわけでもないのだろうが、
とにかく肩を上下させて荒い息を付いている。
「……ふっ」
その息の中に声が混ざり始め――
「ふああああああああああああああぁ……」
それはすぐに泣き声に変わった。
悔しいし服は大部分ズタズタだし左手は痛いし右手も痛いしで、
どうにもキャパシティがいっぱいになったらしい。
その後。
移動を促す南雲の声をかぶりを振って拒絶し、
じゃあどうするの?と問われてももちろん何もあるはずもなく。
萌はひたすら他の三人の手をわずらわせていた。
さらに数分。
テンダーパーチへの帰路の途上。
業を煮やした真言の絶妙に加減された当身で昏倒させられたのち、
ぐんにゃりしたまま麻子の鎖に巻かれて引きずられてゆく萌の姿があった。
奈津久萌(17)、一同の中では――最年長である。
【強制送還】
――沈黙。
一陣の血風が駆け抜けて、斬撃が振りぬかれた後に有ったのは、停滞。
沈黙に継ぐ沈黙、佐々木の視線は真っ直ぐに、どこまでも直線的に南雲を見据えて存在していた。
静寂を破る声は、南雲だった。
>「……やめとくよ。腕もなくなっちゃったし」
「そう。……よかった」
声色も表情もそれ程揺れることは無いが、最後の良かったの声には少しの穏やかさが有った。
戦いとなれば首を落とす事も腕を落とす事も胴を落とす事も躊躇うことはない。
しかし、だからといってそれらの行動を好んで行うかと言われれば断じてそうではない。
だから、これ以上目の前の少女たちから部位や血液を喪失させずに済む事に、佐々木は感謝した。
>「当っ……たり前だ、年度っ、替わりまで、付き合ってやんよ」
しかし、そこに割り込むのは萌の声。
しゃくりあげながら、未だ敗北を認めずに、闘志と虚勢を此方に向ける。
僅かの沈黙の後に、黒衣の少女は口を開く。淡々と。
「少なくとも。今、戦うのは無駄だと思う。けど。
死にたいなら。掛かって来れば良い。私は変わらず剣を振るだけだから」
佐々木が口にするのは、紛れも無い現実。
少なくとも、今の萌の状態で佐々木に挑むのは無理無茶無謀の三拍子が揃っていると言って良いだろう。
だから、佐々木は素直にその事実を萌の前に示してみせた。
>「お互い、不便になっちゃったね萌ちゃん」
>『ごめん萌ちゃん、麻子ちゃん、負けちゃった』
>「ふざっ……けんな、まっ……だやれるっつの」
「…………」
萌の言葉と全体の空気の差を感じつつ、少女は無言で俯いて、深く息を吸い込み始める。
ふるふると震える身体からは、珍しい感情というものが感じられたかもしれない・
>「あたしはまだやれるけど、どうする?」
>「やめとこ。次は生きて終われる自信もないしさ」
>「だから、まだっ……!」
「――見苦しいッ!」
公園に響き渡る怒声。その音量は先の剣戟の際の猿叫に勝るとも劣らないデシベルであった。
そう。これまで、念話の中でしか感情を見せなかった佐々木が、声を荒げたのだ。
少女である前に、魔法少女である前に、邪道に、外道に落ちたとはいえ武の道を進んでいた佐々木は萌を放っておけなかった。
刀の切っ先を萌の眼前に突きつけながら、深く深呼吸をして佐々木は口を開く。
「まだ終わってないと言うなら。喚く前に真っ直ぐ拳を握りしめて殴りかかって来れば良い。
最初から私は、貴方達を説得する為に来ている。だから、何度でも幾らでも、何時までも付き合う覚悟は、有る。
だから、うだうだ言うなら拳を握って掛かって来い。それが出来ないなら、萌。――貴方の負け。少なくとも、今回に限っては」
佐々木は、最初から相手が諦めるまで戦い続けるつもりでこの場に来ていた。
だから、萌のように負けても敗北を認めないのは織り込み済みでは有った。
だが、認めないなら認めないなりの振る舞いが有るだろうと、佐々木は思う。
目の前の萌の姿は、どうしても佐々木には誇りの有る武人というよりかは駄々をこねる子供にしか見えなかったから。
己の対峙した、強力なムエタイの使い手のその醜態をこれ以上晒させる事は、佐々木の感情が許さなかったのだ。
>「……負けました!わたしたちの完敗です。
> 真言ちゃんの言い分を全面的に信用するし、君の目的に全面的に協力するよ。
> だからその……、その手の中にある萌ちゃんの左手、返したげて?」
「この敗北に納得出来ないというなら。腕を繋いで、魔力も完全に復活した後なら、相手する。
何度でも、何度でも。叩き斬って打倒して、貴方に私を。認めさせるけど。だから、この腕。繋ぐと良い。
南雲、麻子。――あり、がとう」
足元の手を拾い上げて、萌の眼の前に放り投げる佐々木。
後は任せたとばかりに、南雲と麻子に軽く会釈をして、慣れない引きつった笑みを浮かべてみせた。
慣れない長時間の会話に咳き込み、眉間に皺を寄せて、ふとベンチに視線を移す。
その先には萌が買ってきたレディボーデン。魔装を解除しながらその袋を手にとって。
アイスでも食べて喉を潤そうと思い、その蓋を開けた。
「……とけてる」
ぽつり、と落胆の声色が漏れ、おもむろに佐々木はそのカップに口をつけ一気に傾けた。
祖父から食べ物を粗末にしてはいけないと昔から躾られていた以上、溶けたアイスであれど捨てるのは良心が許さなかった。
喉を通るとろみのある白い液体の甘さで喉が焼け付くが、戦闘によってひりついていた脳にとっては丁度良い栄養とも言えただろう。
喉を鳴らしてアイスを飲み干すと、眉間に皺を寄せながら文字に表し辛いうめき声を漏らしつつ、ゴミを分別してゴミ箱に捨てた。
>「お腹空いちゃった。ほら真言ちゃん、仲間になるんだし、お互い相手のこと知らなきゃいけないからさ。
> こんなしみったれた公園で長話ってのもなんだし、おしゃれなカフェでお茶でもしばこ」
「……私も。おなか減った。その、萌の世話。二人、お願い。私だと、多分。逆効果……だから。
あの。人と、話すの得意じゃ。無いんだけど。えっと。……よろ、しく。おねがい、します?」
南雲のお誘いを受けつつ、萌の世話は二人に頼みつつ、気まずそうに視線を萌にずらす。
人と接する事に慣れていないのか、敬語で喋るかどうかで迷っているようだ。
萌の泣き声をバックメロディにしつつ、佐々木はカフェで何を食べるか思考を巡らせて。
流石に泣いたままで往来を歩かせるのはどうかと思い、少女は拳頭をムエタイ少女のみぞおちにねじ込んで歩いて行き。
「喫茶店の、ナポリタン。……でも、さっき血見たばかりだし。
……赤くないの、食べたいかも。肉じゃないの」
と、食い気を発揮しつつ。
流石に引き摺るのはかわいそうと思ったため、鎖です巻きにされた萌を肩に担ぎながらテンダーパーチへ向かうのであった。
【テンダーパーチへ帰還。萌は担ぐ。肉っぽくなくて赤くないものが食べたい、アイスが溶けていた】
緊張で震える理奈と目立を目の前に、真央はまるで少しばかり考える。
素直に質問に答えるべきか、白々しく惚けてみるか…それとも殺してしまうべきか
殺すことは容易い、この二人が知っているのは自分の擬態能力だけ
十二分に付け入る隙が存在するが…気が乗らない
真央は不意に先程まで登っていた鉄塔を睨む。
きっと塞守たちはこの状況を監視しているに違いない。
そして、ここから戦闘に発展してほしいと多少は願っているかも知れない
リスクを犯すことなく敵対者の戦闘データがとれるいい機会のはずだからだ。
そう思うと無性に腹が立ち、意地でもこの場を穏便に済ませたくなってきた。
「そうですね…まぁまずはどうでもいい質問から答えて行きましょうか」
そういって真央は目立ちを指差した。
「私はあなたかこの地味ーな人の為に鐘がなっているのかって言ったんですよ
深読みしすぎですね」
と手を下ろして、そのまま近くのベンチへふてぶてしく座り込んだ。
「とどうでもいい話はここまでにして、次の返答ですね。
とは言っても理由とか恨みとか話すつもりはないんですけどね
だって、私やってませんから」
当たり前のことのように真央は堂々と嘘をついた。
勿論、すでに容姿と波長の二重擬態が見破られていることも理解している。
この嘘の狙いはその場しのぎではない。
自身が騙った偽りを軽々とひっくり返すほどの確証を確認したかったからだ。
固有魔法によるものか、それとも基礎の応用か、それとも、自身も知りえない何かなのか
知る必要があった。
「私は課外授業の最中に偶々コールを聞きつけてここに寄っただけであって
そんな馬鹿見たいな真似することもやることもできませんよ
それでも言い張るのでしたら、確かな証拠を見せてもらいたいものですね
それとも私を殺して、そういうことにしますか」
【図書館・草枕夜伽】
二階へと姿を消した夜伽が置き土産のように放った念信に、黒服の男が反応した。
思考の水面に石を投げてできた波紋のような、飾り気のない意思の煌めきだ。
一階に取り残されて本棚の影から隙を伺うイナザワは、悪魔から貸与された自前の念信でそれを聞いた。
>『夜宴狩り……か。なるほど、実際にやる者がいるとは』
(驚いている――こいつ自身は夜宴狩りとは関係ないのか?)
思わず胸ポケットのあたりを叩いて煙草を探す。
男が深い思考に没入するとき、コーヒーか煙草のいずれかが必要だ。
生憎と飲食厳禁の図書館におぴて缶コーヒーの自販機は2Fの休憩所にしか置いていないし、
煙草は一人オセロの時にホールの長机に出してそのままだ。
黒服と対峙してまでそれを回収するリスクは負えないので、マッチの端を咥えて自分を誤魔化すことにする。
(俺も夜伽も、"夜宴狩り"の手先を引っ掛けるつもりで罠を張った……。
だから、まんまと釣り上げられたこのお通夜野郎が"夜宴狩り"の関係者であることに疑いようもなかったが)
当てが外れたのか。
それともただ単に、黒服が事実を隠しているだけか。
現状、夜伽とイナザワが"夜宴狩り"について知る情報は多くはない。
・共食い禁止のルールがあるため、夜宴狩り本人は『夜宴派』の参加者ではないこと
・しかし、どういうわけか夜宴のデータベースを閲覧することが可能であること
・殺された縁藤きずなの遺した最期の定時報告から、単身でも強力な『エルダー級』であること
・民間人を殺すことに一切躊躇しないこと
以上4点。
夜宴狩りの実態に迫る情報は一つとして持っていない。
相手の容姿や形態、能力はおろか夜宴狩りが一人で行動しているのか誰かと組んでいるのかすらわからない。
故に、目の前のこの黒服が、夜宴狩りとどんな関係にあるのか想像に任せるしかなかった。
>『誘っておいて何をしにとはご挨拶だが、礼儀として答えようか』
だが、夜伽が時間稼ぎと自己申告して置いていった疑問に対し、黒服は回答を寄越すつもりのようだ。
無論鵜呑みにして良いものではないし、戯れで嘘を言う可能性も充分に有り得る。
彼の求めているメリットが判然としない以上、迂闊な信用は危険だ。
>『端的に言うなら、誘いに乗ったのだよ、草枕夜伽。君の……いや、“隠形派”の誘いにね。その理由は三つある』
『こいつ、"隠形派"の――俺達のことを知ってるのか』
『あなたあたし達の仲間じゃないでしょう』
念信に念信が返ってきた。
仲間だとは思われてなかったっぽい。さっきも命がけで共闘したというのに。
イナザワは震える手で口端のマッチを抜いた。
フ……と息が漏れる。心理的な動揺を、呼吸制御によってどうにか抑えつけた。
しかしどうしてもこらえきれなかったごく僅かな感情が、一筋の涙となって頬を伝った。
『マジ泣き――!? 女子高生の仲間に入れなかったのがそんなにショックだったと言うの……!』
閑話休題。
ここでイナザワと、思考を念信で共有する夜伽は一つの矛盾に気付いた。
夜伽と隠形派のことは知っているのに、夜宴狩りのことは知らないという、矛盾だ。
前述の通り夜伽はただでさえ暗躍を好む隠形派の中でもさらに後方支援タイプであり、
表舞台に顔を出すようになったのはきずなが殺されてから、つまりごく最近のことだ。
それこそ、更新されたばかりの夜宴のデータべースでも参照しなければ知りえぬ情報。
だが夜宴への関わり方が"参加者"であれ"閲覧者"であれ、
いま最もホットなトピックスである夜宴狩りを知らないはずがない。
(これは、ボロを出したってことでいいのか……?)
無知か既知か、どちらかが嘘。
暗中の二者択一……!!
> だが、その理由までは分からない。いや、分からないは言い過ぎだが、推測の域を出なくてね。
其れを確かめに来たというのが、一つ』
黒服は矛盾に構わず話を進める。
夜伽がわざわざ図書館を制圧して起こした『人間相手のコール』――そうしてまで黒服を呼んだ理由。
それこそまさに夜宴狩りの情報集めのためであったが、如何せん、双方に謎が残るばかりだ。
『(教えちまったらどうだ、夜伽。夜宴狩り向けに餌撒いてたら変なのが釣れましたってよ)』
『(あたしって釣った魚は骨までしゃぶり尽くすタイプなのよ。情報絞れるだけ絞ってやるわ)』
つまりは勘違いなのだ。
夜伽も黒服も、お互いに何らかの成果を期待してここに集まったが、微妙なミスマッチが起きている。
そのズレを修正するにはお互いのハラワタを見せ合う必要があるが、やはり互いに警戒を捨てられない。
まして、彼女たちはいま戦闘状態にあるのだ。腹を割って話すのと、敵を制圧するの、どちらが楽だろうか。
>『二つは、君たちと接触するためだ。魔法少女の氏族(クラン)の一つ、隠形派。
黒服は続ける。
やはり、彼はこの図書館で罠を張っているのが隠形派の魔法少女だと理解してここへ来たのだ。
対抗魔法を入念にかけていることからも伺えるが、こいつの親玉はかなり広範な情報網を持っている。
そこに夜宴のデータベースも合わさっているのに、夜宴狩りのことだけを都合よく知らないというのは出来過ぎだ。
(……待てよ)
そこでイナザワは気付いた。
"夜宴狩り"のことを黒服の中の人が知っているとしたら、独自の情報網でそれを調べていても不思議はない。
思えば、この黒服と十中八九関係しているであろう『黒いワゴン』。
これを追跡している最中できずなは夜宴狩りに遭遇し、殺害されたのだ。
黒いワゴンがまさに夜宴狩りを嗅ぎ回っている最中だったとすれば――全てのピースが綺麗に嵌り込み、一つの絵が見えてくる。
『夜宴狩りの正体』という絵だ――!
>『三つ』
疑念は、他ならぬ黒服の言葉によって、確証へと変わる。
>『私は、縁藤きずなが殺害される前段階を目撃している。
正確にはその使い魔が撃破される事を、だが、一度彼女がそうなったら末路は言うまでもないだろう。
そういう訳で、だ。私は緑藤きずな殺害の犯人を、おおむね把握している』
縁藤きずな殺しの犯人――すなわち夜宴狩りの正体を、こいつらは知っている……!!
それは夜伽を始めとした隠形派、そしてイナザワの所属する夜宴派が喉から手が出るほど欲しい情報。
なにせ遭遇者はみな例外なく殺されており、夜宴狩りの姿形や戦法など誰も知るはずがないのだ。
この情報は高く売れる。なにより、隠形派が夜宴狩りを討ち取るのに無くてはならない情報だ。
『(夜伽、)』
『(分かっているわ……こいつの言ってること全てが事実とは限らない。
確かめようがない以上、ガセネタ掴まされる確率の方が遥かに高いってことも。
でも――!)』
夜宴狩りは、きずなを殺した。
草枕夜伽の仲間であり、大切な友人を、人の形すら留めないほどに惨たらしく殺した仇敵。
そいつにようやく一歩近づいた、その高揚と、心の跳ね上がりは、イナザワにも痛いほど伝わってきた。
『(分かってるようだが敢えて改めて言っとくぜ。"出るなよ"、夜伽。
お前はそのまま二階に引きこもってりゃ負けないんだ。何故なら奴はそこから動いていねえ)』
黒服は、夜伽が二階に罠を張りに行っても、一階の広間から動こうとしなかった。
時間を与えれば与えるほど、夜伽を捉える成功率が目減りしていっているとわかっていてもだ。
黒服には一階にい続けなければならない理由がある。
(この俺の見立てじゃあ、あの黒服の戦闘技能は近接特化……。
迂闊に敵のテリトリーに入ることを警戒してんだろうが、このまま出方を窺ってるつもりか?)
対する夜伽もまた、相手が二階に登って来なければ罠を張る意味がない。
というか罠を張ってることを公言しているところへノコノコ出てくる者もいないだろうが、
一連の夜伽の行動には一つの狙いがあった。
――黒服の手札の見極めだ。
ただ電磁警棒を振り回すだけじゃ夜伽には勝てない。
更に肝心の夜伽は二階へ姿を消し、挙句の果てには罠を張っていると警告までしてきている。
この時点で黒服の近接攻撃手段はほぼ全て封じたと言っていい。
(近接系の手札をごっそり捨てさせられて、一枚もカードが残ってねえなら、黒服野郎はとっとと退散するだろう。
交渉が通じてねえ以上、相手を制圧できないなら、ここにいるだけ時間の無駄だもんな)
腹いせに自爆ぐらいしてくるかもしれないが、それも二階にいる夜伽には関係ない話だ。
手札が近接攻撃しかなくてもなお、夜伽を倒すこと前提で攻めてくるなら罠の餌食になること覚悟で二階へ登っていくだろう。
だが、いま黒服はそのどちらでもない。夜伽の質問に答える以外は、構えすらとらず棒立ちしている。
導き出される結論は二者択一。
手札の全てを失ったうえで何かを待っているか。
あるいはその場から動かなくても死角にいる夜伽へ決定的なダメージを与えられる切り札を持っているかだ。
黒服が場に伏せたカードは一枚。是か非か、答えがいま、めくられる――!
「夜伽――!!」
イナザワは叫んだ。黒服が動いたからだ。
彼は己の両袖に据えられたカフスを指で撫ぜる。瞬間、何らかの魔法が発動した。
おそらく"カフスに触れる"という行動そのものをキーとして親玉が遠隔魔法を使ったか。
あるいはカフスそのものに魔力が込められていて、黒服が任意でそれを引き出し出したか。
いずれにせよ、迸った魔力の光が、一直線に二階へと駆け登っていく。
轟音が炸裂した。
それはさながら雷。光が稲妻となり、衝撃がいかづちとなって図書館全体を震わせる。
爆心地は上、二階書庫――夜伽が身を隠した先だ。
「いつの間にこんな大規模な魔法を組んでやがった!?」
雷を再現する魔法というのは実のところ珍しいものではない。
電気や雷は、個々人のイメージする中で最も分かりやすく破壊や攻撃の象徴となるものだからだ。
しかし、ワンフロアを埋め尽くすような爆光と激震は、一朝一夕で生み出せる現象ではない。
ましてやノーモーションで、容易く発動できるような魔法でもない。
長々と"歓談"に付き合っていた時点で、種を巻いていたのだ。
秘密裏に、バレないように!
『お、おい、夜伽……』
雷が終息し、音が消えた。
まったくの無音。念信で話しかけても反応がない。
イナザワは魔法少女ではないので、魔力反応による生体探知もできない――夜伽の生死は依然、不明だ。
そして、イナザワの生死もまた、これから秤にかけられる。
夜伽が無力化された時点で、イナザワが黒服相手に生き残る術は皆無だからだ。
「……上等だ」
煙草がないのが本当に惜しい。
ここで諦めを煙にまくことができたら、きっとクールな死に様でこの世を去ることができただろう。
それももう叶わない。みっともなく生にしがみつき、やがて無様に殺されるしかない。
だったら。
「だったら、せめて煙草一本分ぐらいはカッコつけてから死なねえとな……!」
崩壊したパイプ椅子の、骨組みを一本手にとった。
ひしゃげたおかげで先端が鋭利になっている。刺突ぐらいには使えるだろう。
「あの世でオセロでもやろうぜ夜伽――!」
イナザワが叫び、突貫する一歩目。
彼の、常人の踏み込みが、わずかに図書館の埃を舞い上がらせた刹那、声が降ってきた。
「――そうね。じゃあこの世では別のゲームをしましょうか、将棋とか」
瞬間、一階の上部に設けられていた換気窓が粉砕した。
小気味いい破砕音と、ガラスの破片を引き連れて飛び込んできたのは、
「夜伽……!」
だった。
彼女の魔装、フリル付きのパジャマは既に襤褸のようにずたずたで、ところどころ炭化している。
しかし切れ目から垣間見える白い肌は、彼女が感電による外傷を防ぎきったことを意味していた。
「二階の窓際にいて正解だったわ――!」
夜伽が最も警戒していたのは、閉鎖空間における範囲攻撃。
ゆえに彼女自身は二階の窓を全開にし、外気を背に受けながら黒服の出方をイナザワに実況させつつ待っていた。
まさか大気全体に大電流を流してくるとは思わなかったが、それでも対処は間に合った。
すなわち、窓から逃げたのである。
茨によって自身を窓から放り投げ、そのままロープアクションの要領で一階の窓へ突撃。
共通魔法による身体強化と、振り子のように身に蓄積した慣性力によって、彼女は容易く窓硝子を突破!
突き破った勢いそのままに、滑空するように彼女の身はホールにある背の高い本棚へと激突し、
「吐いてもらうわ、夜宴狩りの正体について――!」
黒服のいる側へと思い切り蹴り込んだ。
茨によるアシストも受けて、ゆうに重量500Kgはありそうな本棚が、黒服を押し潰さんと倒れていく――!
【黒服の遠隔範囲攻撃を看破、窓の外へと逃げて壁伝いに一階へ突入】
【でかい本棚に身体強化込みの蹴りを入れ、黒服の方へと倒す】
さくら通り第三公園の位置する住宅街の、公園から2区画ほど離れた一角。
そこに、もはや読者諸兄にはおなじみになったであろう、黒いワゴン車が鎮座していた。
といっても、無論、西呉真央と交戦してスクラップになったワゴン車とは別のものである。
ワゴン6番。それが、彼らにつけられた名だ。
「ワゴン6番、さくら通り第三公園での魔法少女同士の交戦は終結。佐々木真言が勝利したものの、魔法核の移動は発生せず」
「ふん……」
部下の一人が本部に報告する様に鼻を鳴らして応じたのは、ワゴン車の中でもひときわ目立つ、大柄な男だった。
体躯もさることながら、特に目を引くのはその頭だ。頭部の毛は眉を除いて一本残らず無く、つるりとした表皮が車内の明かりを反射している。
仏頂面をしているが、こんなところに黒スーツ姿でいる以上、僧職なはずもない。
彼の名にも意味はないが、便宜上「黒原」と呼ぶ事にしよう。
「血沸き肉踊る戦いではあったがのう……なんじゃ、何かが足りんの」
禿頭をがりがりと掻きながら、黒原は唸る。
独り言に、しかし周囲は誰も答えようとしない。
黒原自身も、そして彼らの主も、それを望んでいないからだ。
……幸い、ほどなくして黒原自身がその答えを見つけたようだった。
「おお! そうじゃ。そうかそうか、それか」
うんうん、と頷く黒原を完全にスルーする周囲の部下たち。
このままでは黒原の疑問の答えは彼の脳内に消えてしまうので、ここでは語り手がそれを代弁することとする。
足りなかったのは、本物の殺気。
魔法核を奪い取り、相手を亡者とするか、あるいは完全に息の根を止めるという、強い意志。
黒原は、少女たちの戦いにそれがなかった事を目ざとく突き止めていたのだ。
……だからどうという事もなかったが。
そして
「ワゴン6番、交戦していた魔法少女たちが移動を開始。向きはこちら側です。移動しますか?」
「なあに、それには及ばん。ワシらはただここに停車してただけで、娘どもがこちらに来ようが無関係じゃ。じゃろう?」
「……了解。この位置に待機し、観測続行します」
公園から出る少女たちの視界の片隅に、黒いワゴン車が停車しているのが見えた。
【ワゴン6番:さくら通り第三公園近辺で魔法少女の監視中】
惜敗。
佐々木真言との戦いの結果に、最後まで抗い続けたのは、意外にも萌であった。
いつもそれなりに低血圧で、のっぴきならない現状をシニカルに受け流す、最年長の彼女が。
しかしいまは、目端から二筋の涙をこぼし、感情を声に変えて挙げ続けている。
(………………)
南雲は、そんな萌の往生際の悪さを、無様であるとは思わなかった。
ともすればここで泣いていたのは自分だったかもしれない。
そしてそうだったらきっと、萌は己の感情を押し殺してでも南雲を慰めてくれただろうから。
それとこれとは話は別で、
「萌ちゃん、萌ちゃん。見てるだけで痛いからマジ御自愛して」
左手の切断面を地面に叩きつける萌の姿は、自身も右腕を欠損している南雲をして目を覆うばかりだった。
傷口に塩を塗りこむどころか砂と砂利だ。
下手すると腕がくっつかなくなるかもしれないので、本人の気の済むまで、とはいかなかった。
佐々木の(愛のある)当身が萌の鳩尾に食い込み、その意識を優しくふっ飛ばした。
畳み掛けるように麻子の(愛のある)鎖が左手を繋ぎ直した萌の身体を簀巻きにし、拘束。
もともと長身な萌に、更に金属がじゃらじゃらと巻き付いた、重量100キロは下らないそれ(愛のある)を、真言は担ぐ。
>「この敗北に納得出来ないというなら。腕を繋いで、魔力も完全に復活した後なら、相手する。
何度でも、何度でも。叩き斬って打倒して、貴方に私を。認めさせるけど」
「その時はわたしも相手になるよ、真言ちゃんの。負けて悔しいのは萌ちゃんだけじゃないんだから」
あたしもな、と麻子が同調するのに頷き、南雲は踵を返した。
チンピラ悪魔に電話し、敗北と無事を伝え、公園に張られた人払いの結界を解除してもらう。
「真言ちゃん、何食べたい?」
>「喫茶店の、ナポリタン。……でも、さっき血見たばかりだし。
……赤くないの、食べたいかも。肉じゃないの」
「あー、あるよねそういうの。わかるよ。
わたしも内臓見たあとはしばらく臓物系食べたくなかったもん」
これからみんなで喫茶店に行こうとわいわい計画する年頃の娘の集団。
そんな連中から飛び出てきたあまりに物騒なワードの群れに、通行人たちは思わず二度見した。
女子高生と、隻腕の女子高生と、女子小学生と――その一人に担がれた鎖で簀巻きにされた謎の物体。
珍妙の塊みたいな連中が、傾きかけた陽光の中を帰って行く。
安寧の場所へ。
誰一人として欠けることなく、彼女たちはテンダーパーチに戻ってきたのだ。
* * * * * *
* * * * * *
「臨時閉店……?」
住宅街にあるさくら通り第三公園から、幹線道路を超えて商業街に戻ってきた南雲達。
そこで彼女達を待っていたのは、そろそろ繁忙時だというのにCLOSEの札を下げた喫茶店の扉だった。
ガラス張りのドアはいまはカーテンがかけられていて中の様子が伺えない。
しかし、蛍光灯の灯りが漏れていることから留守というわけではなさそうだ。
「っかしいなあ。まさかついに、当局のガサ入れが……!?」
心当たりは大いに有り得る。
小学生に就労させたり、コスプレまがいのパツンパツンないやらしい制服姿で接客させたり。
後者は祝子のサイズに合う制服がなかったのが原因だが、風営法に遅かれ早かれ引っかかっていたことだろう。
さすがの都筑ゆりかも、国家権力には抗えなかったということだろうか。
「ゆりかが逮捕されるのは(妥当だし)別にいいけどよ、給料が未払いのままってのは勘弁だぞ」
生活のかかっている麻子が切実な懸念を口にして、一同を沈黙させた。
というか麻子ちゃんってどこ住んでるんだろう。この歳で住所不定か!?
「麻子っちゃん……ダンボールが足りなくなったらいつでも言ってね。Amazonのやつが余ってるし」
「失礼な想像すんな。いまはこの店の二階に住み込みだよ。
つーわけで通用口の鍵はあたしが持ってるから、裏から回りこもうぜ」
麻子が首から提げてシャツの内側に入れていた鍵を引っ張りだす。
一行は頷きで意思の同調を行うと、静かに店の裏口へと回り、直通の厨房件事務所へと入った。
「坂上、猪間帰りましたー」
一応バイト用の挨拶で入室すると、薄暗い事務所に二つの人影があった。
店長・都筑ゆりかと、その師である悪魔・屋守だ。
ゆりかは休憩机のパイプ椅子に、屋守は机に直接腰掛けている。
人影はそれだけだった。そこにいるべき姿が二人分、そこには確認できなかった。
「店長。どうしたんですか、昼間っから店閉めちゃって。
……理奈ちゃんと目立ちゃんは?」
南雲に問われ、初めてその存在に気付いたかのように顔を上げたゆりかは、一瞬だけ息を呑んだ。
その視線は南雲の中身のない右袖を捉えている。
「あ、これですか?名誉の負傷ってことで……そのうち生えてきますから気にしないでください。
それより理奈ちゃんですよ、帰っちゃいました?さっきメールもらったんだけどなあ」
南雲の混乱に、前方で一つの動きがあった。
屋守だ。彼女はふわりと膝だけで跳躍して南雲の肩に重さなく飛び移った。
字面だけならさらりと流せるが、屋守は小動物などではなく成人女性だ。
女子高生の肩に、いい年した大人が乗っかるというのは絵面で見た場合すごく違和感のある光景だった。
「お前劇的に体重減ったなあ、片腕分。斬新なダイエットだな、田村麻呂」
「坂の上じゃなくて坂上だから!日本史とってる人にしかわかんないマイナーな間違い方やめない?」
「そうか?墾田永年私財法ばりに語呂良いからみんな憶えてんだろ。
ま、あたしが知ってる"当時"は、田村麻呂とか長すぎキラキラネームかよ!とか叩かれてたもんだけどな」
「平安時代にキラキラネームとか概念あったんだ……」
「呼ばれ方は違うけど、当時から名付けのスタンダードってのはあったんだぜ。
そこから外れた連中が叩きや嘲笑の的になったってのも、現代と意外と変わんねーな。
小野さんなんか生まれた息子に妹子って付けてんだぜ、小野さんパネーわ。息子もパネーけど」
「齢がバレるよ、屋守さん……」
小野妹子の親に敬語。
少なくとも奈良時代から平安にかけての生まれということだろう。
そんな規模で生きてる悪魔に、年齢の話振ったところでなんの弱みにもなりやしないが。
「や、実際そーでもねえんだこれが。悪魔的には、女は2500歳頃がお肌の曲がり角ってな。
あたしはあと1000年くらいは現役だけど、諸先輩方にはでけえ地雷抱えてるのもうようよいる。
そこいくと人間がうらやましーぜ。ヨメに行き遅れても、残りの人生なんてどうせ50年ぽっち。
諦めもつくってもんさ。なあ、ゆりか? ――ヘイヘイこっち見てゆりか!なんで目ぇ逸らすの!」
(すげえ……あの店長が齢のこと言われても実力排除に出てこない……。
よっぽど魔法少女時代に上下関係染み付けられたんだろうなあ)
屋守はひとしきりゆりかを煽った後、再びふわりと飛んで今度は真言の頭の上に立った。
「店ン中が辛気臭い理由を教えてやるよ。ホール見てみな」
屋守に促されて、一同はホールへと出る。
一見、何の変哲もない灯りの消えた店内だ。しかし屋守は人差し指を立て、上への視線を促した。
「なに、これ……!」
よくよく見ればそれは酷い惨状だった。
天井は穴だらけで、ときおり焦げ跡のようなものも散見される。
照明は一部を残してあらかた破壊されており、店が薄暗かったのはこれが原因だろう。
南雲にはわかる。この破壊を引き起こした得物の正体。
「弾痕……それも小銃以上の大型弾丸を乱射した痕跡――!」
「お、流石にミリオタは察しがいいな。いかにもそいつは米軍仕様のライフル用NATO弾、その銃痕だ。
弾は実物じゃなく魔力で生成された魔法少女謹製の逸品。
そいつを作った奴は弾の細部まで知ってる重度のミリオタか――実際にその身に弾を受けたかだな」
「なんでこんなのが店内に!?皆は無事だったの?」
NATO弾はアメリカを始めとした北大西洋国家の中で統一された弾丸の規格のことだ。
大西洋に面していない日本はこの規格に加盟しておらず、よってNATO弾が国内に流通することもない。
手に入るとしたら、米軍基地から盗み出すか、魔法少女が生成するかのどちらかしかない。
つまり、
(害意を持った第三者の魔法少女がこの店に……!!)
南雲が最も恐れていた事態が起こってしまった。
新米魔法少女の集まるテンダーパーチを良質な"狩場"と認識した魔法少女が、ここを襲撃したのだ。
白昼堂々と粉をかけにきたのは、よほどの自信か何かの罠の端緒なのか。
「店長!!」
南雲はほとんど怒鳴るような語調でゆりかに問う。
体中の血液がぐるぐると早回しに動き、切断されたばかりの右腕が幻の痛みをぶり返す。
ここに理奈がいないのは何故か。
ゆりかが暗い表情で俯いているのは何故か。
この惨状を引き起こした魔法少女はいまどこで何をしているのか。
聞きたいことはやまほどあって、だけれど南雲の口を最初に衝いて出てきたのはやはり、
「理奈ちゃんは――!?」
襲撃された店内で、姿の消えた理奈。
小学生が考えても二秒で答えが出そうな疑問を、しかし認めたくない一心で、南雲は問う。
店長が、都筑ゆりかが、あのいつもの飄々とした態度で安心させてくれることを、心の底から渇望して。
【テンダーパーチに到着】
【店内の惨状に愕然。ゆりかに理奈の行方を問う】
愛とは重く、時として痛みすら与えるものである。
残念ながら"愛"がねじ込まれた瞬間に意識を手放していたので、萌には今ひとつそれが理解できなかったが。
むしろ重さを感じているのは担いでいる真言の方だろう。
そのまま肩の上で揺られてしばし。
全身きっちり鎖で巻かれているため顔は出ていない。
おかげで人相を衆目に晒すことは避けられた。が、声すらもほとんど出せない。
そんな状態なので酸素の供給も若干怪しく、そのため萌の意識はより深層へと滑り落ちていった。
泥濘の中に沈んでゆく感覚。
目を開ける。白。
他には何も見えなかった。自分の体ですら。
恐怖から有るか無きかわからぬ手足を振り回す。
手繰り寄せたのは左手の痛みとそこから想起される別の恐怖だった。
斬り飛ばされた腕の断面が眼のようにこちらを見つめ返す。つい先刻の光景。
さて、突然だがスポーツや格闘技をやっている者にとって、仲間というものは最も身近な仮想敵である。
萌もまた、南雲や理奈や麻子をどう相手取るかというシミュレーションは何度もしていた。
もちろん彼女らを信用していないわけではない。ただの習性というものだ。
めでたくそこに真言が加わるわけだが、どう組み立ててみても勝利のビジョンが浮かんでこない。
そして、これから実際に相手取らねばならないのは、それよりもさらに上の実力を持つエルダーである。
率直に思う。
何もかもが足りない。
今以上の力が欲しい。
『力が欲しいか?』
それに呼応するように、萌のものではない少女の声が響いた。
『力が欲しいか?』
どこから響くのか判然としないそれに反応しかねていると、声は再び同じ文句を発する。
「あたっ、あたしは……」
言いよどむ。
力とはそんなに手軽に得られるものではないと知っている。
それに、あまりにもタイミングが良すぎる。
何らかの罠としか思えない。
だが、それでも――それでもなお、萌は僅かな可能性にすがりつきたかった。
「欲しい!あたしは、誰にも負けない力が!」
『じゃあよそ当たってくんな!ウチじゃそんなもん扱ってねえよ!』
神に祈っていたら真っ向から冷水をぶっかけられた、そんな気分。
罠ですらなかった。
『あっはっは、いやーいっぺんあの台詞言ってみたかっただけなんだよね』
「……なんなんだよチクショー!そもそも誰だテメー出てこい!」
『んー、俺がお前でお前が俺で?』
「っきぃーーーーー!!」
どこまでもはぐらかすようなその態度に萌は癇癪を起こした。
『んな怒んないでよ、わりと事実なんだし』
声は呆れをにじませて言う。
「……あんた、あたしの核の中の――」
"元"魔法少女。それ以外に考えられない。
『あれ、以外に冷静?そうだよ』
それはあっさりと肯定される。
「出てけぇーーーー!」
架空のちゃぶ台をひっくり返しながら萌は叫んだ。
『いや自分の意思じゃ無理だし』
「じゃ、じゃあ後でお前の分だけちぎって捨てる!」
『その分弱くなるよ?』
「う……」
声の言う通りだ。
ただでさえ足りていない現状において、さらに戦力を低下させることなど出来ようはずもない。
「ぎいぃぃぃぃぃぃ……」
指摘された悔しさから萌がカミキリムシのような音を発していると、だんだんと周辺が明るさを増していく。
『お、そろそろお別れの時間だね。お名残惜しい』
一つも惜しんでいない調子で声が言う。
「ちょっと待って、どういう……あ、そもそもテメー誰だって答えてねーぞ!」
萌が応える間にも光は加速度的に強くなり、そして――
「むうー!?」
光を抜けた先は冷たい闇だった。
無論、言うまでもなく鎖の中なのだが、萌の記憶は拳を突き出す真言で途切れている。
その最後の記憶と、拘束された上に視界まで奪われているという現状が一切結びつかない。
タイミング的にはちょうど南雲がゆりかに詰め寄った直後、かすかに存在した沈黙の時間。
周辺の音を聞いたところで状況の把握はできなかった。
そのため半ば以上パニック気味の思考でなんとか下記のような推論を絞りだす。
(これはっ……もしや糸鋸殺人鬼に囚われの身に!?あるいは条例に触れるもろもろの行為目当ての変質者!?)
即座に自分の状態をチェックする。
変身しての戦闘に耐えるほど魔力は回復していない。
しかし悠長に構えてもいられない。
(こういうのは苦手だけど……やってみるしかないか!)
萌は姿の見えぬ下手人へと反撃すべく、弾丸を生成し、放った。
弾丸を構成するのは銅と鉛とアンチモンではなく、タンパク質とカルシウムとDHA。
そう、"海の弾丸"ヒラマサである。
萌自身の知識、経験、イマジネーション。
それにより遊泳力から食味に至るまで完全再現された80センチ級のヒラマサが三尾、高速で空を泳ぐ。
同時に、萌自身も水揚げされたカジキマグロのようにその場でびちびち跳ねて抵抗を開始した。
【弾幕を張る。ヒラマサは決定リール可能】
>「臨時閉店……?」
「……昼寝、タイム。かな……?」
戦闘中でない佐々木は、何処と無くズレた思考を巡らせる。
昼も過ぎたし、疲れて皆で昼寝でもしてるんじゃないかな、なんて思ったりして。
しかしながら、積み重ねた経験が、匂いを感じ取る。不自然な気配だ。
>「ゆりかが逮捕されるのは(妥当だし)別にいいけどよ、給料が未払いのままってのは勘弁だぞ」
>「麻子っちゃん……ダンボールが足りなくなったらいつでも言ってね。Amazonのやつが余ってるし」
「……あの。部屋、家の。私一人暮らし、だか、ら。あの、余ってる……」
麻子と南雲の掛け合いを聞いて、この小学生はホームレスなのかと衝撃。
組んでいる間の生活に問題が有って、戦力にならなかったら困る。
きっと満足な食事も出来てないからこんなに小さいのだろう、しっかりご飯を食べさせてあげないと。
そんなふうに思い、今日の晩御飯の献立を考え始めた所、当の本人からツッコミが入った。
>「失礼な想像すんな。いまはこの店の二階に住み込みだよ。
> つーわけで通用口の鍵はあたしが持ってるから、裏から回りこもうぜ」
「あっ」
良かった、と小さく聞こえないように呟いて、安心する剣呑な剣士の少女。
二人に付いて行くように、簀巻きにされた萌を担いで裏口に回る。
ドアにごりっと萌を引っ掛けて、心のなかでごめんなさいと頭を下げて、店の中に今度は仲間としてエントリー。
「佐々木、です。あの……おじゃま、してます」
床に萌を痛くないように転がして、ぺこりと店長に頭を下げる。
眼鏡で普段は緩和されているどんよりした目つきは、何を考えているかわかりづらい。
そこでようやく眼鏡が無いことに気がついた佐々木は、きょろきょろと店内を見回し、忘れたんじゃないかと眼鏡を探す。
十数秒慣れない場所で警戒をしながら右往左往してから、制服の胸ポケットにしまっていたことを思い出した。
気まずげに眼鏡を取り出すと、眼鏡を掛けて少し安心する。魔法少女ではない時の佐々木は臆病で、己を守るために眼鏡とヘッドホンが必要だったのである。
>「あ、これですか?名誉の負傷ってことで……そのうち生えてきますから気にしないでください。
> それより理奈ちゃんですよ、帰っちゃいました?さっきメールもらったんだけどなあ」
>「お前劇的に体重減ったなあ、片腕分。斬新なダイエットだな、田村麻呂」
軽口を叩く南雲、驚くゆりか、肩に飛び乗る悪魔・屋守。
目の前で突然人が人の肩に乗っかれば、普通なら驚いてしかるべきだ。
二人の漫才を前にしながら、いつの間にかかちゃりと鯉口に手を掛ける音。
「……っ」
魔装を纏わず、物質生成で刀だけを生成した状態で、佐々木は数m引いて腰を落としていた。
先の時もそうであったが、佐々木には抜刀癖が有る。ある程度危険のある可能性があって、不安なときは特にだ。
幸いまだ刀は抜いてないが、何時抜いても可笑しくないくらいには、動揺していた。
(あの悪魔、私のと、ぜんぜん違う)
人間臭い悪魔の振る舞いを見て、なんとなくだが親しみやすく感じて。
しかしながら、悪魔も又己の屠るべき悪であると定義している佐々木は、気を引き締め直す。
目つきが僅かに変わり、魔法少女としての目線で佐々木は悪魔を観察し始めて。
>「店ン中が辛気臭い理由を教えてやるよ。ホール見てみな」
>「なんでこんなのが店内に!?皆は無事だったの?」
直後の悪魔の発言から、ホールへと移動。
そして、そこに鉄火場が展開されていたことを理解し、火薬の香りを思い切り吸い込んで咽そうになった。
口元を抑えつつ、相手の戦力を確認。魔力の残滓を感じ、またその残滓には僅かな違和感を感じていた。
――この魔力は、知っている。それも、つい最近遭遇したものだ。
そして、今は此処に居ない少女が何処に行ったのか。
>「理奈ちゃんは――!?」
「エルダー級。私が討伐したい輩に、誘拐された?」
現在持ちうる情報を元に、何らかの理由で殺害ではなく誘拐されたのではないかと思考。
そして、躊躇うこと無くその思考を結論として、口から吐き出し問いかける。
少なくとも、ここに襲撃をかけたものの正体については、なんとなくの予想はついていたが。
>「むうー!?」
そして、その直後に横殴りに襲いかかってきたヒラマサが三尾。
なんで、なぜ。困惑を隠し切れない佐々木、次の瞬間には袴とインバネスを身に纏う。
抜刀。
「――料理店、なのに。食べ物、粗末にしちゃ。だめ」
ヒラマサの首を落とし、空中のヒラマサに刀を握らぬ左手で触れることで念動力で干渉。
テーブルの上に活〆されたヒラマサが、三尾踊る結果となった。
あとで冷蔵庫に入れておいて帰るときに一尾だけ持って帰ろうか、なんて思わぬ高級魚の収穫に取った狸の皮算用。
アイスを投げたりヒラマサを攻撃にしたり、食べ物には感謝しろと祖父に教えられた佐々木は少し怒り気味。
具体的に言うと眉間に僅かにシワが入り、眉が数ミリ程釣り上げられている。
無言で歩みを進め、足元の萌に向かって刀を振りかぶり、振り下ろす佐々木。
金属音が響き渡り、鎖が断ち切られ萌は自由の身となるだろう。
開けた視界に移るのは、刀を振り下ろしたインバネスの魔法少女。
先ほどまでの戦闘までしか記憶が残っていないのならば、面倒なことになること必至だろう。
【エルダーの気配を嗅ぎとる、コミュ障爆発】
【Tender Perch】に設置していたレコーダー(もう使い物にならないが)の会話記録によると、坂上南雲は佐々木真言と交戦している可能性が高い。
このあたりの事情については今更説明するまでもないだろう。
要は西呉真央が縁籐きずなを殺害して得た魔法核を、佐々木真言に譲渡していたことに起因している。
先のレーダーによって本部から魔力の動きを聞くことができた塞守は、状況を概ね把握していた。
【真衣】(短期的な収益を敢えて手放したのは、こうなることを予測していたということ?
坂上南雲と佐々木真言が潰し合うことで戦力を疲弊し、結果的に自分が狩りやすくなると……。
西呉真央。もしそうだとすれば、あなた――――たいした策士だわ)
実際のところ、西呉真央にそのような打算は無かった。
貴重な10個分の魔法核をあっさりと佐々木真言に譲ったのも、単なる気まぐれに過ぎない。
だが塞守がそのように誤解してしまうのには理由があった。
これまで対象甲≠ニして西呉真央を調査していた彼女は、西呉の殺害対象が主に『夜宴』の「出演者」である事に気が付いた。
戦闘動画を参考とし、あらかじめ対策を練る。一度でも『夜宴』で勝利を収めている魔法少女なら保有している魔法核も当然多くなる。
既にエルダー級の魔力を有する西呉が狙わない理由は無かった。これが所謂『夜宴狩り』である。
こういった戦術的傾向から、塞守は西呉真央に対し『非常に好戦的かつ魔法核収集を最優先に考える』契約者であると認識していたのだ。
基本的に高位の契約者ほど慎重で、戦闘行動に対して消極的になる。
お互いの全力が市街地……自分の生活領域にどれほどの損害を与え、あるいは他のエルダーを引き寄せてしまうかを自覚しているからだ。
故に、レーダーが彼女達を探知する事はほとんどない。
日常的に戦って魔法核を簒奪し合っているのは、主に【仔猫《キティ》】や【修女《シスター》】と呼ばれる下級から中級の契約者たちだ。
【古老《エルダー》】として時折魔力を放出していた西呉の位置を彼らが掴むことが出来たのも、そういった事情によるものだ。
【真衣】(――彼女独りが力を蓄えていくだけなら、まだよかった)
そして、事件は起きる。
先日の国道における陸橋の倒壊。及び、中央商店街の爆破・崩壊。
『夜宴』未所属・門前百合子/梔子 梓と、苗時 静が率いる『楽園』派の依頼で動いていた坂上南雲/奈津久 萌/猪間麻子/神田理奈の間で開かれた一連の戦闘行動。
死傷者こそ出ていないものの、あってはならない大惨事であった。
坂上南雲がつけた破壊の爪痕は【淑女《レディ》】つまりは上級契約者によるそれを凌駕しうる。
つい先日までキティに過ぎなかった彼女が、一体何の因果で……?
資料によると、上級契約者によるこういった大規模な建造物損壊は十年に一度の割合で起きていたようだ。
政府はその度に契約者の不可視性を逆手に取り、竜巻や土砂崩れ、落雷といった『局地的災害』としてこれらを処理してきたらしい。
しかし、今回はそうもいかない。いくつかの目撃証言が警察関係者によって入手されてしまっている。
『少女の胴体が分断されるのを見た』 『戦闘ヘリが街中でミサイルを撃っていた』
近隣の駐屯地や在米軍基地には問い合わせが殺到したらしい――随分と困惑したことだろう。
現段階において、政府は『市街地が爆発・炎上した』という事実のみを公表するに留めている。
無責任な憶測だけで記事を発信してしまうような媒体はさておき、まともな報道機関ならそれに準じるはずだ。
以上の背景を以て、中央情報隊は坂上南雲を第二の要注意契約者……対象乙≠ニして認定するようになったのであった。
【三佐】「対象乙=c…坂上南雲は先ほど奈津久 萌、佐々木真言、猪間麻子を伴い『さくら通り第三公園』から来た道を戻って移動中だ」
【真言】「…………一人も欠けずに、ですか?」
【三佐】「ん? ああ、来たときと人数は変わっていない。魔装中に何があったかわからないが、坂上の右腕が欠損しているようだがな。
後は……約一名、鎖で簀巻きにされた状態で佐々木に運搬されているがおそらく生きてる(汗)」
【真言】「――わかりました。ありがとうございます」
通信を切る。
対象乙″竢纉雲は健在である。交戦した佐々木真言も、共闘した奈津久 萌と猪間麻子も、全員生存している。
己にとって予想外の結果に塞守は眉をひそめた。
【続きます】
【真衣】(あの状況下で『全員が生きて戻る』――そんな事が、ありえるなんて……)
塞守真衣は思考する。
坂上達が避けたかったのは『穏形派』との全面戦争。
その為には名目だけでも容疑者の首級=c…佐々木真言の身柄が必要であった。
佐々木の発言を信じ、エルダーと対決することや何もしないという選択肢など論外≠ナある。
故に、彼女達は戦った――実際に負傷もしている。
にもかかわらず、何故一緒に歩いているのか……?
思うに戦闘の「結果」は佐々木真言の勝利によって決したのだろう。
負けていれば佐々木は拘束されているはずだ。だからこそ、妙なのだ。
これまであの黒い剣士は自身に害意を以て挑んできた契約者を、ことごとく斬ってきたはずだ。
ならば、跡には彼女だけが立っていなければおかしい。それこそが最適解ではないのか……?
塞守の肺腑から熱く、苦味を含んだ吐息が漏れる。
どうやら彼女達の間には血塗れの戦いを通じ、それでもなお生じた何か≠ェあったらしい。
少なくとも、それが彼女達に新しい道を切り開いたのは間違いないようだ。
だが、その何か≠ェどういうものであるのか――今の塞守には、理解出来そうになかった。
【真衣】「………………」
塞守は湧き上がる謎の感情を圧し殺し、思考を現状の把握へと切り替えた。
多くの問題が同時に進行し、事態は大きく動き出そうとしている。その中心にいるのが、坂上南雲であり、奈津久 萌だ。
一つは彼女達の動画を確認した西呉真央がこの街に移動してきたこと。
もう一つは彼女達の戦い、市街地の破壊によって国内の保安機関及び調査組織が事件の真相究明に動き出してしまう可能性があること。
……これは決して望ましいことではない。彼女達契約者の存在露呈はこの国の社会に大きな歪みと混乱を引き起こす。
そして最後に、国外からの介入。
これまで治安維持という名目で国内の契約者を管理――否、保護であり、間引きか――を委任されていた陸自の権限が剥奪されてしまう恐れが出てくる。
そうなれば契約者と国外勢力との衝突は明白であり、『夜宴』の契約者達がその後どんな行動を出るか、全く予想できない。
いずれの国にとっても、契約者の能力――【魔法】は新次元の兵器であると同時に次世代のエネルギー資源なのだ。
プロメテウスが人類にもたらした火≠フように。あるいは、それ以上の……。
国外勢力と『夜宴』。両者が戦争となれば最悪の場合【聖女】の降臨を誘致するだろう。
先ほど西呉真央にはそういった断片的な情報を与えた。
彼女がそれをどのように受け取ったかはわからないが、今は――それだけでいい。
今のところ外部の反応が得られない以上、これらはまだ実態の無い懸念≠ナしかないのだから。
【真衣】(今は唯、状況を観察するしかない)
先ほど西呉が去っていった眼下を見下ろす塞守。すると、
――――ゴー……ン!
何処からともなく鐘の音が響いてくる。契約者が時折使用する『コール』だ。塞守は視線を巡らせ、音源を辿る。
果たして、先ほどの自分が論外≠ニ下したはずの存在がそこにいた。
【真衣】「――――命知らずね。この、偽善者が」
塞守は無感動に唯、それだけを呟いた。
如何なる手段でここまでやって来たのか、エルダーの前に立っているのは一人の少女。
紅の魔装に身を包んだ――神田理奈だった。
【Side:塞守真衣 了】
黒木の編んでいた魔法。
それは実にシンプルで、合理的なものだった。
自らの使用しているスタンロッドを起点に、最大火力を伝達できる、その手段とは。
『即席英雄:通電率強化/限定10秒
(コンダクタンス:マスタリー/リミテーション10)
即席英雄:電流量/限定7秒
(アンペア:マスタリー/リミテーション7)』
閉鎖空間である2階に満ちている、空気。
その通電率の強化……すなわち、電気抵抗の低下。
自らの手の内にある、スタンロッド。
その電流量の強化。
これが、黒木の伏せていた札だった。
突然だが、雷が高いところに落ちるのは何故か、という話を聞いた事はあるだろうか?
難しい説明を省いて簡単に言うと、空気の通電率が非常に低いことが要因である。
雲と地面の間で電気を流そうとするとき、可能な限り通電する部分の通電率の平均が高い方が電気は流れやすい。
つまり、空気の中を流れる距離を出来るだけ短くするように電気は流れるのだ。
高いところに落ちるのは、空気でない部分を流れる距離を出来るだけ稼ごうとするためなのである。
閑話休題。
では、高電流高電圧のスタンロッドが、通電率が高くなった空気のごく近くで起動した場合、どうなるだろうか?
通電率が低いままなら、近くの空気をバチバチ言わせるだけ。
電圧が過小なら、空気の層に阻まれて通電しない。
電流が過小なら、ごく小さな電流が流れるが、それだけ。
ならば、その三つの条件がすべて『そうでなかった』なら?
黒木はスタンロッドを高く振り上げ、起動スイッチを押す。
爆音が響いた。
巨大な電流が、図書館の2階を駆け巡ったのだ。
魔法は十全に機能し、雷のまがい物は定められた時間、つまり7秒間に渡り、暴虐の力をふるい続けた。
静寂が場を支配する。
そんな中でも、黒木は気を抜く事はなかった。万が一、草枕夜伽が生きていて反応してくる場合、その兆候を見逃すわけにはいかないからである。
……と、その時。
>「……上等だ」
ゆらり、と男が動く。
やれやれ、諦めの悪いことだ、と、黒木は内心苦笑した。
彼がただの人間(概ね)である事は、先のパイプ椅子の一撃からすでに分かっている。
おそらく、夜宴の撮影者か何かだろう。不幸なことだ、と黒木は思う。
・ .・ .・ .・ ・ .・ .・ ・
実に不幸な事故だ。そう思いませんか、「O(オー)」?
明確な返答はなかった。ただ、含み笑いをするような気配だけが黒木を支配する。
では、おおせのままに。
>「だったら、せめて煙草一本分ぐらいはカッコつけてから死なねえとな……!」
男は1本の金属製の棒を手に取る。少々鋭利だ。これは、無視していては怪我をするかもしれない。
>「あの世でオセロでもやろうぜ夜伽――!」
男は突進しようとする。黒木もそれに呼応してスタンバトンを構え……。
>「――そうね。じゃあこの世では別のゲームをしましょうか、将棋とか」
「……!!」
しまった、と思った。
そしてその時には、もう手遅れだった。
巨大な本棚が、自らに向かって倒れ落ちてくるのをみて、黒木は一瞬呆然としてしまった。
その一瞬がさらに命取りとなり、黒木から「体を逸らす」という選択肢を奪い取っていく。
結局、黒木はスタンバトンを投げ捨て、両手で本棚を受け止めるという、次善にして最悪の手を打たざるをえなかった。
「ぐっ……!」
みしみし、と音がする。
それが本棚から発しているのか、自身の体から出ているのか、黒木には判断できない。
この体制では、カフボタンに仕込んだ魔法を発動させることもままならぬ。
もはや身動きもまともにとれず、夜伽達に止めを刺されるのを待つのみだ。
だが、負けは許されない。
彼の主が負けを認めていないのならば、彼が認めていいはずもな……。
『あちゃー、やっちゃった。そっちのチェックメイトだね、お見事お見事』
「……!?」
『彼の主』が負けを認める念信が、その場にいる全員の脳裏に響いた。
『あ、4番班長、しばらくそのままでいてね。負け認めた以上さくっと助ける訳にもいかないから。
ま、後でなんとかしたげるよ』
「……はい」
『それでえーと、草枕夜伽さん。なんか話がこじれちゃったみたいでごめんねー。うまくいけば歓談だけで終わる予定だったんだけどさ。いやほんとほんと』
ぺらぺらとよくしゃべる念信。発信源は黒木に内包されている魔力だ。
正確には、そこを中継点として何者かが念信を発信しているという事になる。
適当な固有魔法があれば逆探知する事も可能かもしれないが……。
また、夜伽達は何か念信を返して情報を得ようとするかもしれない。だが、念信の主は動じず、しばらくは自分の言いたい事を言うのみだ。
『なんというか、迷惑掛けてごめんなさいって事で、食事でも奢ろうか? それは半分冗談にしても、1回お話してみたいんだよね。
ちゃんと魔法少女相手にするのって、久しぶりだから』
「……」
黒木が無貌の面のような表情になるが、念信の主が気に留める様子はない。
『あなたたちの聞きたい事も、その場でなら話してもいいよ。来るかな? 来るならタクシー呼んどくから。図書館前でいいよね?』
夜伽達がどう答えるかにかかわらず、念信の主は最後まで言いたい事を言う腹づもりのようだ。
『行先は「年中休みの宴会場」っていえば運転手さんが分かるから。それじゃ、またあとでー』
ぶつり、と音を立てるような唐突さで、念信は切られた。
「やれやれ、おめかししないと」
「いいんじゃないかい? そういうラフな格好の方が親しみやすくて。僕は嫌いじゃないよ」
「あたしが嫌なんだって。……しかしなんだ、緊張するね」
「おや、珍しい。そういえばさっきも言ってたけど、魔法少女との会話なんて何回もしてるんじゃないかい?」
「魔法核ベースであたしより多いのはすごく久しぶりなんだって。転びようによっちゃ喰われかねない。緊張だってするさ」
「……やれやれ」
「何か言いたそうだね。けど、安心していいよ。あたしはまだまだ、歩みを止めるつもりはないからね」
「ま、楽しみにしてるよ、イトリ」
「魔法に名前も付いて、イトリも晴れて魔法少女になったわけだ。ご意見ご感想は?」
「衣装が微妙に重い」
「それは慣れてもらうしかないな」
「あんたの喋りがいちいち鬱陶しい」
「それは慣れてもらうしかないな」
「そもそも、あんたの名前を聞いてない」
「なるほど、そう言えばそうだ。……そうだな、レギオン、と名乗っておこう」
「……一人しかいないのに?」
「つまりそれは、他に意味があるってことさ。イトリ、君はもうその鍵を持ってる。
二つの扉を開く一つの鍵。いつ気が付くかは君次第だけどね」
「?? なにさーそれ」
「僕なりのきまぐれ、僕なりの気づかいだよ。さて、では始めようか、イトリ」
『君の願いを、叶える歩みを』
>>129 西呉真央
私の質問に対し、彼女は少し考えるような仕草を見せた。
その顔はまるで無表情で、何を考えているのか全然わからない。
わからないけれど――こちらに向けられた視線の奥に、私は微かな悪意のようなものを感じた気がしました。
彼女は不意に後方の鉄塔を睨みつけると、何故か不機嫌な様子を見せて、そのまま何事も無かったかのように私の問いに応じてくれた。
【??】「そうですね…まぁまずはどうでもいい質問から答えて行きましょうか」
出し抜けに目立さんを指差す彼女。
【??】「私はあなたかこの地味ーな人の為に鐘がなっているのかって言ったんですよ」
うわっ、本人が気にしている事をズバリと……言われた当の目立さんはおずおずと肩をすくめた。
魔装状態で道を塞いでる私が言うのも変かもしれないけど。この人、ちょっと失礼じゃない?
とは言うものの、私は少しだけ安心した。
実のところ、私はこの人から「鐘」について聞かれた時、ちょっとだけカマをかけてみたのだ。
わざわざそんな事を聞いてくるからには「鐘が必要な人」に心当たりがあるんじゃないかと、そう思ったのだ。
……魂を鎮める為の、鐘の音を。
でも違うみたい。この人もかなり強い魔法少女かもしれないけれど、縁籐きずなさんを殺したエルダーじゃない――多分。
【??】「深読みしすぎですね」
ぇー……
最後に発せられた一言で、私は急に自分の考えに自信が持てなくなってしまった。
ざわざわする気持ちを嘲笑うかのように、彼女は指を下ろして近くのベンチへと座り込む。
【??】「と、どうでもいい話はここまでにして、次の返答ですね。
とは言っても理由とか恨みとか話すつもりはないんですけどね」
意外な事に、彼女は自分が犯人だとあっさり認めてしまった。
本当は何らかの理由があるけど私に聞かれたところで「話すつもりはない」と、きっとそういう意味だろう。
【理奈】(戦うしか……無いんだ…………)
私は苦い思いで唇を噛みながら、彼女の顔を見ました。
彼女はベンチに深く座ったまま、見下ろすような視線でこちらを睥睨している。
<あなたがたの命は私が握っているようなものですし>
彼我の実力差が絶望的なのは火を見るより明らかだった。理屈よりも早く、体が先に理解している。判ってしまう。
私はこの人に絶対勝てない――間違いなく、死……駄目だ、考えるのは止そう。
恐怖による緊張が指先から全身に広がり、肩が震える。けれど――
【??】「だって、私やってませんから」
この一言を聞いた瞬間、私の震えは止まった。
【続きます】
――――やってない?
【理奈】「どういう意味ですか……それ?」
恐怖から別の感情へとシフトしつつある私の情動が、問いを投げかける。
ベンチの上から白々しい言葉が返ってきた。
【??】「私は課外授業の最中に偶々コールを聞きつけてここに寄っただけであって
そんな馬鹿みたいな真似することもやることもできませんよ」
馬鹿みたいな真似。
へー…………
【??】「それでも言い張るのでしたら、確かな証拠を見せてもらいたいものですね」
――ああ、そっか。
沸々と込み上げてくるものを感じながら、私は冷静に頭を働かせる。
さっきの発言でわかった。この人は自分がお店を襲ったことが私にバレてるって、ちゃんと自覚してる。
自覚した上で聞いてるんだ。
私にとってこの人が犯人なのは明らかだけど、この人にはどうしてそれがバレたのかが、わからないから。
何て。
何て一方的な要求なんだろう。
自分がやったことを馬鹿みたいな真似≠ニわかってるくせに、やったことを認めない。その上でこんな事を聞いてくるなんて……
<ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』>
南雲さん達の後ろ姿が、脳裏をよぎる。
この人はきっと知らない。
南雲さん達がどんな気持ちであの店から出て行ったかなんて。何を守ろうとして、辛い目にあっているかなんて。
うん、ようやく気がついた――私…………怒ってるんだ。
【続きます】
【??】「それとも私を殺して、そういうことにしますか」
震えが消えた指を、強く、固く握り込む。静かなリソースの流れが、熱く、右の拳に集まる。
【理奈】「そうですね。――本来ならあなたに教える義理なんて、コレッぽっちもありませんが……言います」
せめて、ここだけは正直に答えよう。
これから自分が抱くであろうほんのわずかな罪悪感を軽くするという、身勝手な理由で。
だから、その前に。
瞬時に左足を踏み出し、腰の辺りに重心を乗せる。打撃のフォームは見様見真似。本家≠フ撃ち込みには遠く及ばない。
けれど、魔法核に刻まれた一つの記憶が、私の身体を導いた。昨夜門前さんと戦った時、共に放ったあの一撃、萌さん≠フ姿。
腕の振りだけでなく体重のすべてを威力に換えて、右拳を…………一気に振り抜く!!
ド ガ ッ !!!!
鉄槌のような音を響かせ、放たれた拳が丁度殴りやすい高さにあった彼女の顔面を正確に捉えた。
衝撃の余波がベンチをなぎ倒し、彼女の体を後方数メートルまで盛大にぶっ飛ばす。
【理奈】「ごめんなさい。私、普段なら初めて会ったばかりの人にこんな真似、絶対にしないんですけど……」
言葉を濁す私。拳を下ろし、改めて彼女の問いに答える。
【理奈】「残念ながら形のある証拠はお見せできません。
ですが――私があなたを犯人だと見分け、追いかけることができたのは、屋守と名乗る悪魔が私に『そういう魔法』をかけてくれたからです」
手応えもあったし、見た目も派手だったけど……おそらくたいしたダメージにはなっていないだろう。私は続ける。
【理奈】「立ってください。私はあなたを殺すつもりはないし、殺されるつもりもありません。でも――」
私は、嘘つきだ。これまで色んな人に本当の気持ちを偽ってきた。自分も、他人も、親しい人や大事な人でさえも。
本来なら誰かがついた嘘をこんな風に責める資格なんて、あるはずが無い。そう思う。だとしても、私は……
【理奈】「あなたの事、許せそうにないです」
【西呉さんに右ストレート】【レスは以上です】
巨乳は人類の心を母性で癒す。
貧乳は人類の心に殺人衝動を洗脳する。
おっぱいはみな平等などと綺麗事をほざくやつは己をヤハウェだと思っている傲慢なファシストか、あるいは
「誰が死んでも笑い物にする」猟奇殺人犯だ。
そんな野蛮な悪賊が俺の最愛の妻を殺した………
(そういえば、相手は小学生だったってことをすっかり忘れていました。)
理奈に殴り飛ばされ、地に伏せたまま思考を働かせる。
(しかし、肝が冷えました。もしも、肉体強化が間に合ってなければ
意識さえももぎ取られていたかもしれませんね。)
自身のダメージの具合を確認すると真央は思考を次へ移す。
ちなみに、今真央が顔をあげたのなら、右目あたりが思い切り腫れ上がっている状態だ。
(幼さ故に、真実の力を過信し、屁理屈を暴力で押し通す…なんと愚かな)
真央は顔を伏せながら、悪意を滲ませるようににやけると、ゆっくりと立ち上がった。
顔を上げ、理奈たちを睨む、その顔は先ほどまでの邪悪な微笑みとは違い
侮蔑と怒りに満ちていた。
「…あなたに一つお尋ねしたいことがあります」
そう言って真央は理奈ではなく目立を指差す。
「あなたには今この状況はどのように見えますか?
私には『被害者ヅラを装って、コールで無関係な魔法少女を呼び出し、冤罪を着せようするクソガキと被害者』
とこんな風に見えますよ」
真央は携帯を取り出しつつ、言葉を続ける
「だってそうでしょ?証拠を出してと言ってこのザマですよ
これって確証はないって自分で認めていることに変わりありません?
それに…情報提供者が悪魔ってのもちゃんちゃらおかしいんじゃありませんか」
終始理奈を見ず、真央は目立ちに話しかけるように言葉を続ける。
「だってそうでしょ、悪魔ですよ。人を唆すのが仕事のような連中ですよ
例え、親の代からの付き合いでも手放しで信用しますかね普通
それともそのヤモリさんは例外的ないい悪魔なのでしょうか?
じゃあ、その例外的に優しい悪魔は全体の何%ぐらいいるんでしょうか」
ある程度話すと、真央は取り出した携帯を操作し、電話をかける動作をしながら
再び、話し始める
「まぁ私も隠し事はしてましたが、それでも、あなた方はもっと冷静に動くべきでした
実をいうと私は隠形派の魔法少女なんですよね。遠藤さんが殺された時
現場にいた黒服の正体を探っていたら、たまたまあの現場に目撃したのでここまで追って来た訳です」
真央は理奈へ視線を向けた。仲間の冤罪を晴らそうと奮闘していたであろう理奈に
墓穴を掘ってしまったと誤解させるための嘘はどこまで揺さぶりをかけているか確認したかったからだ
「しかし、これではっきりしたことがわかりました。
仮に貴女方が遠藤さんを殺していなくとも、こんなヤクザじみた方法を実践する貴女達は夜宴から排除されるべきです」
そう言い切り、耳元に当てていた携帯をしまった。
「携帯で連絡を取ろうとしていたように見えていたでしょう?
実は携帯を取り出した時にもう秘匿通信で上への報告は完了していたんですよ」
そうして真央は理奈に冤罪をかけられた隠形派を装うとゆっくりと理奈へ迫っていく
「さっきの拳、とても痛かったです。先程から治そうとしているのですが
まだまだ時間がかかるようです。」
目の前まで近づくと耳元で囁く
「本当は貴女を気が済むまで甚振りたいのですが、それでは、貴方に対する罰が足りないので
私はこのまま、何もせず帰ろうかと思います。
そして、フカフカのベッドでグッスリ眠る前に部屋の隅で頭を抱えて震え上がっている貴方の姿を想像する
ことで、あなたのことを許そうかと思います」
そう言い残し、真央は理奈の肩を軽くたたくとゆっくりと歩いていく
真央の言うことに一切合切耳を貸さず、追撃をかけることは十分に可能ではあるが
真央の手には既に魔法核が握られている。
先程携帯をしまう際に既に取り出していたからだ。
【隠形派を偽り、理奈を精神的に追い詰める。
背後から理奈が襲っても対応できるよう魔法核の準備は万端】
【Side:都築ゆりか】【Tender Perch】
厨房は鎮痛な空気に包まれていた。
否、そう感じているのは自分一人だけだろう。
成り行きで傍らにいる守本祝子はともかく、少なくとも目の前にいる悪魔の表情からは悲壮感の欠片すら取り出せそうにない。
先ほど飛び出してしまったあの二人……神田理奈と目立零子の背中を見送る事しか出来なかった都築ゆりかの渋面が、屋守を睨みつける。
【ゆりか】「……どうして、あんなことをしたの?」
屋守は口許に笑みを浮かべてこれに応じた。しれっと一言。
【屋守】「あいつがそれを望んだからさ」
ゆりかの視線が険しさを増す。だが、悪魔はその笑みによりニヒルな色を加えるだけでそれを受け流した。
【屋守】 「勘違いするなよ? あたしは追いかけろ≠ネんて一言も言ってないんだぜ。
ちょっと便利な魔法をかけて自分で決めろ≠ニは言ったけどなっ」
【ゆりか】「……同じことだわ。さっきの黒い剣士の子の時もそうだけど、あんたは一体誰の味方をしたいの?
以前はこんなことをする人じゃ――」
【屋守】 「違うぜ、ゆりか。間違ってるぞ」
【ゆりか】「……?」
【屋守】 「あたしは悪魔≠セ。人間の願いを叶える手助けをする存在≠セ。それ以上でもそれ以下でもない」
【ゆりか】「じゃあ、かつて私に魔法の使い方を教えてくれたのは、どうして……?」
【屋守】 「結果的にお前の願いは叶ったんだろ? 別に矛盾はしてないじゃないか」
【ゆりか】「……そうね。確かにその通りだわ」
【屋守】 「おいおい、頼むぜゆりか〜?( ´Д`)=3 それとも何だ?
まさかお前本当にさっきの乱射魔が件のエルダー級だなんて思ってんじゃないだろうな?」
【ゆりか】「そんなこと――」
<さっきのエルダーかもしれない、でしょ?>
ここから去る直前に漏らした理奈の言葉が脳裏をかすめる。
既にその可能性は否定していたはずだ。自分を倒そうとしている黒い剣士を件のエルダーが助けに来る道理は無い。
あの子が言ったことは全く根拠の無い、口からの出まかせだ。
【ゆりか】「――あるわけ、ないじゃない」
おそらく。いや、多分。
【祝子】「ねえ、屋守……」
【屋守】「んん? どうしたノリコ」
【続きます】
【Side:屋守】
おずおずと呟く祝子に屋守が視線を向ける。
【祝子】「ウチからも聞いときたいわ。アンタ本当は何がしたいんじゃ……?
人間の願いを〜≠ニか言っときながらさっきからここの人達を困らせてるようにしか見えんわ。
そうかと思ったら――魔法少女になって右も左もわからんウチに優しくしてくれてる。
一体どっちが本当のヤモリなん?」
【屋守】「そりゃさっきも言ったろ。あそこで恩を売っときゃ晩飯にありつけるからだって――」
【祝子】「………………」
【屋守】「……ちっ、しゃーねーなぁー」
┐(´д`)┌ヤレヤレというジェスチャーを示しつつ、祝子とゆりかを交互に見る屋守。
【屋守】「一つだけヒントをやるよ。
確かにあたしら悪魔の中には契約した魔法少女に協力的な悪魔と、そうでない悪魔がいる。
あたしは【魔法核】を配る身としてどちらの方法にも経験豊富な先輩方を知ってるわけだ。
でもな、あたしらのやり方は単に契約者に対する気分≠フ問題であって、どっちの方法が正しいってわけじゃないのさ……」
祝子とゆりかは顔に疑問符を浮かべている。
屋守は顔の前で人差し指を立て、チッチッチッっと振ってみせた。紫に塗装されたネイルが一往復半の輝く曲線を描く。
【屋守】 「わからないか? つまり、こういうことだ。
お前らが真面目に『魔法少女』をやる限り、あたしらが手を貸そうが貸すまいが得られる結果は同じ≠ネんだよ」
【ゆりか】「…………なるほど、そういうこと」
【祝子】 「え? ええ? 店長、今のでわかったんか……ですか?」
【ゆりか】「概ね、だけどね。ねえ屋守、確かにあなたは――――悪魔だわ」
【屋守】 「ようやく気づいたか。全く、出来の悪い弟子だぜ」
――沈黙する時間と言葉。
――――交錯する視線と記憶。
――――――対峙する魔女と悪魔。
その過去を誰にも知られる事もないまま、一つの師弟は今、こうして訣別した。
【ゆりか】「屋守……あなたが何を考えているか知らないけれど、こっちもそれなりに手を打たせてもらうから」
【屋守】 「ああ、そうしてくれ♪」
厨房にある外線の受話器を取ったゆりかを確認しつつ、屋守はくるりと反転した。
もしもし。持ち前の地獄耳で回線の向こうにいる声の主を知覚し、悪魔は微笑む。
【屋守】(さーて、仕込みはここまで。後はあの娘がどう動くのか、蓋を開けてのお愉しみ。そうだったな――――紅木?)
【都築ゆりか、ある人に電話をかける】【以上、南雲さん・萌さん・佐々木さん達が帰ってくるまでのやり取り】
【図書館】
天窓をぶち破り、光と共に降ってきた草枕夜伽、渾身のフライングソバット。
近接戦闘を不得手とする魔法少女の彼女とて、デフォルトで備わっている身体強化を全開にすれば――
ハードカバーを五百冊はぎっしりと詰め込んだ本棚が、巨木の枯死する瞬間のように倒れていく。
耐震補強の留め金が次々にはじけ飛び、埃の尾を引いて床に転がり、快い金属音を奏でた。
俺は握っていた鉄パイプの残骸をほっぽって、巨大質量のぶつかり合う轟音を聞いた。
「…………やったか?って聞いていいか」
「……この惨状では生きてはいまい、って答えるわよ」
俺のすぐ隣に、音も立てずふわりと着地した夜伽は、手櫛をばさっとやって事も無げにそう言った。
そのゆるくウエーブした長髪こそ輝きを維持しているが、それ以外の格好はひどいもんだ。
夜伽の魔装、寝間着姿は、あちこちが焼け焦げ、引き裂かれ、真っ白な肌が露出していた。
本当に白い。オセロの駒かっつーの。
「裏返っても黒くはならないわよ、裏返したことはないけれど」
「焦げなくてよかったな、肌」
夜伽は横目で俺を睨んで鼻を鳴らし、すぐに視線を前方に戻した。
俺達二人でわざわざ敵の生存フラグを建てたのは、決して戯れというわけじゃあない。
敵――スタンロッドと範囲型電撃魔法で夜伽を苦しめた黒服の男には、まだ死なれちゃ困るのだ。
具体的には、尋問。
『隠形派』の擁する"解呪"や"感応"の能力者によってこいつから情報を引き出さなきゃならない。
さて、眼前には倒れかけた本棚がある。
しかし超重量のはずのそれは、どこかに引っかかっているわけでもないのに、『倒れかけたまま』だ。
その下で、黒服の男が今も踏ん張り続けているのである。
常人ならとっくに1トンは超える重量に押しつぶされて、ド根性黒服が出来上がっているだろう。
ひとえに黒服の命を支え続けているのは、『魔法少女の使い魔』というその存在の特異性のみだ。
とどのつまりは、常人より肉体が頑丈だから、潰されていないというだけに過ぎない。
これ以上の抵抗など不可能だ。
「どうする?このまま二、三時間放置して充分弱らせてからふん縛って連れてくか。
なら二、三時間ここで見張ってないとだよな。二、三時間暇になるよな。
寝るわけにもいかないしな。ところで俺、いまオセロのセット持ってきてるんだけど……」
「お構いなく。ケータイ弄ってるから」
「ああ、そう……」
俺の提案をぴしゃりと撥ね付けて、夜伽は今どき少数派となったガラケーを取り出した。
ガラケーで何やるんだろうな。ラインもツイッターもスマホでないと使いづらいし。
でもスマホって意外と暇つぶしには使えねえよな。なんであんなすぐ電池なくなってしまうのん?
家でごろごろしながら使う分には大変便利なんだが。
「ケータイで何してんの?」
「アドレス帳の電話番号を片っ端から四則演算で10にしていく遊び」
「渋滞中のお父さんかお前は」
ゆっくり動いてる渋滞とかで、前見てなきゃいけないけど暇な時とか、よくやるよね。
前の車のナンバー四桁を加減乗除で繋いで答えを10に合わせてくの。
流石に11桁の電話番号でそれやる気にはならねーけど。
つうか、そんな不毛な遊びの方が俺とオセロするより優先度高いのかよ……。
強烈なもの悲しさに襲われた俺は、埃まるけになった長机から煙草をとった。
館内禁煙で書庫内は火気厳禁なので火はつけられないが、フィルター噛んでるだけで不思議と落ち着くもんだ。
こういうのは、メンソール吸いの特権だよなあ。
しばらく、夜伽がテンキーを打つカコカコという音だけが静寂を上書きしていた。
俺はフィルターに添加された清涼剤を深呼吸して、フリスクでも齧ってた方が経済的だという真理にぶち当たった。
時間にして十数秒。やがて、停滞していた状況が動く。
>『あちゃー、やっちゃった。そっちのチェックメイトだね、お見事お見事』
「――ッ!」
突如として意識に直接響き渡った声。念信が飛んできたのだ。
俺達は即座に身構え、同時にニコチン不足の頭をフル回転させて状況の把握に務める。
聞こえてきた声は、年若い少女のもの。発信源は本棚の裏、黒服の男。
なんの根拠もないが、しかし俺は直感していた。
こいつが、この黒服の『親玉』。
夜宴狩りの正体を握る者――!
>『それでえーと、草枕夜伽さん。なんか話がこじれちゃったみたいでごめんねー。
うまくいけば歓談だけで終わる予定だったんだけどさ。いやほんとほんと』
「よく言うぜ。ビリビリ棒二本持ったおっさん送り込んどいてよ……
――これじゃ歓談じゃなくて感電だぜ?」
俺は場を和ますために面白いことを言った。
誰も笑わなかった。夜伽が携帯を閉じるパチンという音だけがたったひとつのリアクションだった。
いや、俺の隣の魔法少女はこちらを見てふっと微笑んだ。
「煙草、吸っていいわよ」
「別に禁断症状でこうなったわけじゃねーよ!なにその慈愛顔やめてくれない!?」
夜伽が「え、素面でこれなの……?」といった目で俺を見てくるが視線を合わせず俺は言った。
「ようやくお出ましか、『黒いワゴン』の元締め、そこのド根性使い魔の親玉様がよ。
夜伽のことを知ってるみてーだが、てめーも名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
>『なんというか、迷惑掛けてごめんなさいって事で、食事でも奢ろうか?』
「……名前ぐらい、名乗ったらどうなんスかね?」
>『それは半分冗談にしても、1回お話してみたいんだよね。 ちゃんと魔法少女相手にするのって、久しぶりだから』
「名前……」
「もういいから!わかったから……!」
怒涛の三連シカトを喰らって俺は涙目になった。そして女子高生に宥められた。
何がつれーって、こいつマジで俺のこと目に入ってねえんじゃねえかってぐらい見事なスルースキルだ。
なんなの。羽虫なの。
俺の頭越しに夜伽と会話するんじゃねーよ。桂馬かてめーは。
>『あなたたちの聞きたい事も、その場でなら話してもいいよ。来るかな?
来るならタクシー呼んどくから。図書館前でいいよね?』
「おい夜伽!あいつ名前教えてくれるってよ!!」
「落ち着きなさい、目的ズレてるズレてる」
はっ!いっけねえ、女の子に名前教えてもらえるからって興奮し過ぎたな。
しかし場所を変えるか、こいつは一体? 悪魔に貰ったイヤホンを撫でて、念信を発動する。
網膜に魔術的に投影されるプリセットメニューから、回線を秘匿に設定して夜伽に繋ぐ。
『(どう思う、夜伽?)』
『(どうもこうも、罠でしょうね)』
ですよね。俺もそう思う。
"声の主"の目的が単に隠形派との情報交換であるなら、黒服を通してこうして念信するだけでこと足りるはずだ。
わざわざ場所を変えて――自分のホームに呼び寄せるからには、なんらかの意図があると考えるべきだ。
だが、そうなるとどうしても不自然の影が鎌首をもたげる。
『(単純に夜伽を撃滅するための罠なら、ここまであけすけに誘ってくる意味がねえ)』
『(黒服を軍団じゃなく単身で送り込んできたところから見ても、
当初の目的は本当にあたしとの戦闘ではなく交渉、あるいは魔法少女同士の世間話だったのかもね)』
この正体不明の魔法少女の目的はあくまで、"歓談"の延長線にあるとするならば。
ここで誘いに乗ることは、必ずしも致命的な事態を呼ぶとは言えないんじゃないだろうか。
たとえそれが罠だとしても。死に至る罠でないならば魔法少女は大丈夫だ。
大抵の傷は、死ぬ前に治るから。俺の傷は治んないんですけどね。
「……行くわ、貴女のところに。こんな埃っぽいところで立ち話というのもなんだしね。
今度こそ、ちゃんとお茶請けを用意して置きなさいよね」
夜伽が、ここへ来て初めて黒服の中の人の言葉に応じた。
埃っぽいのは主にこいつが本棚を倒したせいなんだけれども……
そんなことはおかまいなしにぼろぼろパジャマの魔法少女は踵を返し、出入口の方へと向かっていく。
「あっおい、あれどうすんだ」
夜伽が振り向くと同時、俺が指差したるは黒服を封じた本棚、そしてその足元の本の海。
「放っといていいでしょう。どうせもう抵抗できないのだから、力尽きるか親玉が助けるかのどっちかね。
いずれにしてももはや、あたし達の関知するところではないわ」
「そうじゃなくて」
夜伽は無言で、小首を傾げる仕草をした。
はーやれやれ。こんなことも言わなきゃわからねーとはガキはこれだから困るぜ。
「本。片付けてかないと次使う人に迷惑だろ」
* * * * * *
結局、そのあと俺達は二人で手分けして散らばった本を拾い集めた。
ハードカバーばっかでとても面倒な作業だったが、ぶち撒けたのも俺達なので仕方ない。
本棚だけは、どうしても戻しようがなかったので、これ以上崩れないように本だけ抜いて安置しておいた。
黒服、死んでねえよなこれ。
で、今に至って。
俺達はふかふかの後部座席で窓の外を流れる景色を眺めていた。
図書館を出ると、本当にタクシーが入り口に横付けしてあってビビった。
夜伽が人払いの結界も張っていたのに平然と入ってきてるところから見て、このタクシーもまた超常の者。
タクシーっていうか、ハイヤーだったけど。
後部が全面スモークで、運転席とさえも真っ黒なガラスで隔てられていた。
「『年中休みの宴会場』へ」
声の主から教えられたキーワードを夜伽が口にすると、運転席からなんの応答もないまま車は走り出した。
見た目こそは普通のハイヤー仕様のクラウンコンフォートだが、乗った時にドアを触って分かった。
「この車、防弾だぞ。分厚い鉄板入ってる」
「高度な防御魔法も施されているわ。たぶん、地雷踏んでもびくともしないわね、これ」
一体『何の襲撃』を想定しているとも知れない装甲車両を分析していた夜伽は、やがて観念したように鼻を鳴らした。
ボロボロになってしまった魔装を解き、普段着に身を包んでいる。
変身していないのでもう俺も眼鏡を外しても夜伽が見える。
「内側からは開かないように完全施錠。罠だったとしても、もう逃げられないわね。
……あなた、別にこんな死地までついてこなくてよかったのに」
夜伽は眠そうに、眩しそうに目を眇めて言った。
俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。当たり前のことを聞かれたとおもったからだ。
「そりゃ、夜宴狩りの情報を一番欲してるのは夜宴派その人だぜ。
うまいこと生き延びて情報を持って帰れれば、借金返してもまた遊び歩ける額の金が手に入る」
俺や、同僚のミサワも含めて、夜宴の撮影者になる奴はどうしようもないクズばかりだ。
クズが、額面だけは魅力的な給料や、借金のしすぎで回らなくなった首の担保に夜宴派に売られたりしてここにいる。
俺は後者だった。
だから、俺にとっちゃここが正念場なのだ。
生きて帰って、まともな人生ってやつを取り戻すか。
死んで、このクソッタレな人生とおさらばするか。
その二者択一は、どっちに転んでも――結果に差はあれ、悪くない結末だ。
「それに夜伽。お前今暇だろ――オセロの相手がいるよな?」
「あ、対向者のナンバーで加減乗除ゲームやるからお構いなく」
そうだよね!頭の体操になるもんね!!
【いとりちゃんの誘いに乗る。タクシーに搭乗し目的地へ】
電話を済ませた後、都築ゆりかは店内の客全てがいなくなってからスタッフ全員を臨時帰宅させた。
その中には守本祝子も含まれている。勿論、本人は腑に落ちない様子であったが彼女の身の安全を考えるなら致し方ない。
これ以上ここにいられると『楽園』の危機や『夜宴』との諍いに巻き込んでしまう可能性があった。
もっとも、祝子が今後もここで働き続けるなら多少の危険はつきまとうのかもしれないが。
【ゆりか】「……で、あなたは帰らないの?」
休憩机のパイプ椅子に腰を下ろし、ゆりかは物憂げな態度で屋守に尋ねた。眼に光が無い。
対する屋守は机の上に直接腰を乗せてくつろいでいる様子だ。
【屋守】 「ああ、もう少しここに居させてもらうぜ」
【ゆりか】「そう……」
ゆりかにしてみれば早いところ追い出したくて仕方無い気分であったが、この悪魔に実力行使など通じるわけが無い。
幸いこれ以上の無銭飲食を要求してくる様子も無いので己の心情さえ無視すれば実質無害だ。ある種の虚脱感に包まれ、頭を垂れるゆりか。
だが数秒後、悪魔がまさにその時が来るのを知っていたかのように勝手口のドアへと視線を向けていた。
開錠の音。扉の開く音。複数の足音。
【真言】 「佐々木、です。あの……おじゃま、してます」
肩に担いでいた萌を床に転がしながら、制服姿の女学生がやって来た。先ほどの黒衣の剣士だ。
どうやら『話し合い』は終わったらしい。
【南雲】 「坂上、猪間帰りましたー
店長。どうしたんですか、昼間っから店閉めちゃって。……理奈ちゃんと目立ちゃんは?」
【ゆりか】(あなたたち……!)
還ってきた日常の一部。
無事生存を果たした姪っ子の友人達(一人地面に転がっているが)を確認したゆりかは面を上げ、安堵の息を漏らす――が、しかし――次の瞬間には息を呑んでいた。
中身の無い右袖が視界に入る。坂上南雲にあったはずの一部が、少し……いや、かなり足りない。
【南雲】「あ、これですか?名誉の負傷ってことで……そのうち生えてきますから気にしないでください。
それより理奈ちゃんですよ、帰っちゃいました?さっきメールもらったんだけどなあ」
ゆりかが口を開きかけたところで突然、屋守が南雲の肩に飛び乗った。
何を言ってるか判らないと思うが、まあ屋守の事なので気にしないで欲しい。
気にしないと言えば閑話休題――――かつて、女性の結婚はクリスマスケーキの値段に喩えられたと云ふ。
25までが適性価格。それ以降は半額。投げ売り。大安売り。大安吉日を迎えなければ大晦日を抜けて晴れてお正月というわけだ。
おせちもいいけど、カレーもね♪ ……当然ケーキに目を向ける者など何処にもいない。売れ残った商品にはイカズゴケ≠ェ生えるのみ。
来年の事を言えば鬼が笑う。今年は今年で悪魔に嗤われる。
うるさい! 黙れ! 何がU−25だ! アラウンドサーティの底力を舐めるな!!
自分は目を逸したのではない……その先の未来を見据えているだけだ…………
――と、かようなモノローグが都築ゆりか(2X歳)の脳内で必死に再生されていたかどうかは定かでは無いが、以上で閑話休題を締めくくる。
【南雲】「店長!!」
現場検証≠終えた坂上南雲の声がゆりかを逃避から引き戻した。
【南雲】「理奈ちゃんは――!?」
【続きます】
保守
【南雲】「理奈ちゃんは――!?」
凡その修繕で誤魔化されてはいたものの、所々に禍々しい弾痕が散見された店内の検分を終え、坂上南雲が都築ゆりかに問いかける。
物体生成による銃弾の規格については何の話かさっぱりわからないが、南雲の眼には焦燥の色が浮かんでいる。猪間麻子もまた同様の視線を店長に送った。
『荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけ』
ここを出る時、自分は確かに理奈にそう伝えた。突き放すような言い方になってしまったのは少し気の毒だったが、間違いなく本心だった。
半端な覚悟で戦いに身を置く事は本人の為にならない……そんな殊勝な気配りがあのときの自分にあったかなんて、覚えてはいない。
けれど、少なくともこの店に留まるのが理奈にとって一番安全なはずだった。にもかかわらず――
【麻子】(何なんだよ……この有様は!?)
どう返事をしたものか答えあぐねているゆりかを前に、傍らにいた少女がぽつりと呟く。
【真言】「エルダー級。私が討伐したい輩に、誘拐された?」
佐々木真言だった。何処から取り出したのか、眼鏡とヘッドホンを身につけて随分と印象が変わっている。
いや、それよりも今の発言の内容だ。理奈がエルダー級に誘拐された? ……何の目的で?
今の麻子には見当もつかない。状況を判断する為の材料があまりに少なすぎる。
麻子は再びゆりかを見た。真言の推測が正しかったのか、目を丸くしている。
もし本当にそうなら、こんなところでボサッとしている場合ではない……
【萌】「むうー!?」
その時、突如覚醒した萌の魔法によって生成・発射された謎の飛行物体が高速で接近してきた。
闇雲に放たれたその数は三つ。うち一つが麻子の顔面に向かって来る。このままいけば確実に直撃するコースである。
【ヒラマサ襲来】【続きます】
【麻子】(うおっ! 何だコレ!?)
まさしく思考した感動詞と同じ発音を持つ魚《うお》なわけだが、そんなことは激しくどうでもいい。
重要なのはいかに歴戦の魔法少女と言えど、味方から受けたまさかの奇襲に即応出来なかったという痛切な事実のみ……
予想外の“ヒラマサ”! またの名を海の弾丸=I 特に理由の無い暴力が麻子を襲う――!!
しかし、その刹那。
翻るインバネスコート。煌く剣閃。そして、何事も無かったかのように納刀している佐々木真言。
【真言】「――料理店、なのに。食べ物、粗末にしちゃ。だめ」
テーブルの上に活〆されたヒラマサを確認し、麻子はすべてを理解した。
【麻子】「あ……ありがと…………な?」
おっかな吃驚で謝辞を述べる麻子。
当の真言は気にする風でもなく己が調理した高級魚を見つめている。
確かに美味しそうだが、悲しいかなどんなに味が良くても『物体生成』で作った食糧は栄養にはならない。
熱量に変換される前にこの世から消えてしまうからだ。これは路上生活の長い麻子が空腹時に散々試してきたことだし、それぐらい真言も承知の上だろう。
所詮は狸の葉っぱ。万能に見えて魔法少女は自家発電が出来ない生き物なのだ。
【麻子】(気持ちはわかるけど、コレばっかはどーしようもないんだよな……)
逆に言うと、ゴミを出さないので使い捨ての日用品≠作る時は非常に便利な魔法……とも言える。
何とは言わないが。
と、アレコレ考える麻子の前で佐々木が再び刀を抜いた。
自分の鎖で縛られたまま、びちびちと床を跳ねる活きのいい萌の所へ無言で歩み寄り、刀を――
【麻子】(……って、をいをいをいをいいいいっ!!?)
振り下ろした。
【店長の発言を待ちつつ萌さんと真言さんの様子を観察する麻子さん】【続きますが今回は以上です】
(おらあああああかかってこいやああああ!!)
声を出さぬまま、しかし闘気は剥き出しに萌は跳躍を続ける。
だがもう息が切れた。
聞くだけで体調が懸念されるような呼吸音が鎖の隙間から漏れている。
つい先刻まで殺し合いをやって血から魔力から絞りきったあとのなのだ。
そのうえ簀巻きにされているので胸郭が大きく膨らむような深い呼吸もできない。
どだい、運動ができるコンディションではなかった。
(……さよなら父さん)
萌の視界にかすかに川が見えた。
しかし忍び寄りかけた諦めは、鎖ごと文字通りに両断される。
締め付けられていた肺が解放されて酸素を取り込む。
そして、顔を上げると刀を下げた真言が立っていた。
萌は摂取したばかりの酸素を全身の筋肉へ叩き込む。
バーピーの体勢から足を戻して後転、間合いを切った。
そして棚に直撃、吊ってあったレードルもまた頭部へ直撃。
さらに鍋釜を降らせながら棚そのものが倒れこみ萌にのしかかる。
と、実に流麗な体捌きでダメージを積み重ねた。
「――ひ、卑怯なり佐々木真言ぉ……」
測ったように頭にかぶさった鍋(22センチ、銅製)を除けながら声を絞り出す。
言いがかりも甚だしい。
何とか這い出そうと試みるものの、これまでの無駄な動きにつぎ込んだせいでまたも体力が枯渇している。
重たいステンレス棚を動かす事はできそうもない。
萌が顔を上げる。見下ろしている真言と目が合った。
「…………」
見つめ合うことしばし。
「……たっけて?」
卑怯者呼ばわりした相手にペコちゃんスマイルで助けを求めた。
いかにも不承不承といった様子の真言と麻子に救出された萌は
「ケホっ、ケホ……いつもすまないねぇ」
とわざとらしい咳を交えつつ謝意を表す。
ついでに小道具の粥でも炊いてもらうべきかなどと考えながらあたりを見回した。
そこで調理台の上の切り身に目が留まる。
(あれは……!?)
見事三枚に下ろされたヒラマサ。
そして――そのすぐ横により分けられたカマや腹骨。
やったのは誰か見当がつく。しかし問題はそこではない。
萌はゴミ箱を覗いて検める。
(中骨に身が残っていない。ワタもエラごと一気に外してある。これを一瞬にも満たないあの時間で……!)
そう、一瞬で三匹を店で売っている状態へと変貌させたその腕前、それが問題だった。
(勝てるか、今のあたしで……)
自問する。答えは否。
魔力で負け、女子力でも負け、どこへ行くのか奈津久萌。
周りからすればゴミ箱見つめて唸っているようにしか見えないのだが。
「……で、何があった?」
それはともかくとしてヒラマサの半身を柵取りして刺し身を引きつつ萌は皆に尋ねた。
店内の様子は先ほど見回した時に目に入った。
厨房から料理を渡すカウンター越しの狭い範囲だが、惨状はよくわかる。
一方、意識がない状態で簀巻きにされて搬入されていたので"こう"なった背景はわかりようもない。
「二度手間で悪いけど聞かせてよ」
置いてあった醤油(みたらしダレ用のものだろうか)を刺し身に一滴たらし、
包丁から直で口へ運ぶという行儀悪をしながら乞う。
ちなみに、麻子の経験通り、少なくとも自分で生成した食品から栄養を得ることはできない。
とは言え使った分の魔力には戻せる(あるいは他者の魔力回復や一時的な増強にも使えるかもしれない)のだし、
味や食感は再現可能である。
逆に捉えると、しっかりと食べた感覚があるにも関わらずカロリーになることはない。
つまり減量食として相当に優秀なものであるということになる。
萌は今、大きな可能性を手に入れたのだ。
【還元中】
ごめんなさい。
ネット環境が不調の為しばらく書き込みが出来ません。
復旧しつつレスも作成していますのでもう少々お待ちください……本当にごめんなさい。
170 :
名無しになりきれ:2013/09/30(月) 00:40:28.89 0
保守
思っていたとおり、彼女はすぐに立ち上がった。
突然の不意打ち(私にとってもだけど)にダメージの軽減が追いつかなかったのか、足元が少しだけふらついている。
顔を上げ、もの凄い形相で私を睨でいるお姉さん。さっきまでのニヤけ面はとうに消えていた。
――来るか?
私は身構えた。今更謝るつもりなんてない。この人は、それだけの事をやったんだから……!
それに、殴られた方も痛かったと思うけど、殴った私の方も今のは結構痛かった。
心が……とか、そんな学校の先生みたいな優しい意味じゃない。――確かにそれもあるけど、リアルに体が……右手がやたらと痛い。
多分、力の加減を間違えて指の骨が折れちゃったんだ。痛みによる痙攣でブルブルと手が震えている。
は、早く治さなきゃ。
私は右手の修復を急いだ。そこへ――
【??】「…あなたに一つお尋ねしたいことがあります」
彼女が問いを発する。けど、それは私に向けられたものじゃない。
【零子】「わ、私ですか?」
彼女の指は目立さんを差していた。うわー、やな感じ。
さっきもそうだけど、その仕草は相手に対して失礼だからあまりやらないほうがいいんじゃないかな、と子供心に思う。
ううん、違う。もしかすると、この人の場合「意図的」にやっているのかもしれない。
人を指差す動作……所謂『指差喚呼』は、北欧では『ガンド』――つまり、呪い≠フ一種といわれているそうだから……
【??】「あなたには今この状況はどのように見えますか?」
【零子】「ど、どのようにって……」
目立さんが私を横目でチラリと見た。そんなの、決まってる。
『散々他人の店を壊しておいてやってない≠ニふてぶてしくのたまう、あなたを犯人です。だから殴りました(過去形)』。
……何だかちょっと日本語が不自由だけど、つまりはそういうことでしょ?
しかし、
【??】「私には『被害者ヅラを装って、コールで無関係な魔法少女を呼び出し、冤罪を着せようするクソガキと被害者』
とこんな風に見えますよ」
――ふえっ?
【??】「だってそうでしょ?証拠を出してと言ってこのザマですよ
これって確証はないって自分で認めていることに変わりありません?
それに…情報提供者が悪魔ってのもちゃんちゃらおかしいんじゃありませんか」
いや、だって、私はただ現場に残っていた魔力を追いかけたらあなたに行き着いたのであって……
【??】「だってそうでしょ、悪魔ですよ。人を唆すのが仕事のような連中ですよ
例え、親の代からの付き合いでも手放しで信用しますかね普通
それともそのヤモリさんは例外的ないい悪魔なのでしょうか?
じゃあ、その例外的に優しい悪魔は全体の何%ぐらいいるんでしょうか」
ちなみに「唆す」とは「そそのかす」と読むらしい。勉強になりました。
いやいや、そうじゃなくて!
さりげなくクソガキ呼ばわりされたことにムッとする暇もなく、私は畳み込まれるような『だってそうでしょ』にアタフタした。
『働いたら負けだと思っている!』と高らかに宣言しちゃうような駄目な大人を、いい悪魔と呼べるのかは定かじゃない。
けれど、私は迫られているのだ。果たして、自分が見て行ってしまった事の真偽を――――
【続きます】
お姉さんはスカートのポケットから携帯を取り出すと、それを耳にあてた。
電話? メール? この人は何をしてるんだろう……
質問の体で目立さんに話かけるも、その言い分を聞くこともないまま彼女の一方的な話は続く。
会話って、難しいです。
【??】「まぁ私も隠し事はしてましたが、それでも、あなた方はもっと冷静に動くべきでした。実をいうと私は隠形派の魔法少女なんですよね」
え…………マジで?
【??】「遠藤さんが殺された時、現場にいた黒服の正体を探っていたら、たまたまあの現場に目撃したのでここまで追って来た訳です」
「それならさっさと教えてよっ!?」と叫びたくなるのをグッとこらえる私。
つまり私たちは共通の相手を追いかけ、その上で同士討ちをしてしまったことになる。
縁籐さんが殺害されてから1時間以上。
お互い情報を共有していればこんなことにはならなかったと思うけど……『穏形派』はそれすらも思いつかなかったのだろうか…………?
うう、でもこういうのって責任転嫁って言うんだっけ……
【??】「しかし、これではっきりしたことがわかりました。
仮に貴女方が遠藤さんを殺していなくとも、こんなヤクザじみた方法を実践する貴女達は夜宴から排除されるべきです」
そんな……こ、これってつまり、私がこの人を殴っちゃったせいで『楽園』が『穏形派』を完全に敵に回しちゃったってこと?
お姉さんは耳にあてていた携帯をスカートのポケットにしまった。
【??】「携帯で連絡を取ろうとしていたように見えていたでしょう?」
――ごめんなさい。「電話したいのか人と話したいのかどっちだよっ」って思ってました。
【??】「実は携帯を取り出した時にもう秘匿通信で上への報告は完了していたんですよ」
そんなカッコいい用語使わなくても内緒のお話ならLineで十分間に合うと思いますけど。
彼女から受け取る言葉に対し、私はいちいち毒づいた。言葉には出さず、ひたすら胸中だけで。
ああ……すごくみじめ。こんなの、ただの八つ当たりだ。
己の失敗で呼び込んでしまった新たな危機に、心がささくれる。
お姉さんが呟いた。
【??】「さっきの拳、とても痛かったです。先程から治そうとしているのですがまだまだ時間がかかるようです。」
呆然と立ち尽くす私の方へゆっくりと歩み寄り、今度は私の耳元で囁いた。(;´∀`)…うわぁ…←上手く言葉に出来ない
【??】「本当は貴女を気が済むまで甚振りたいのですが、それでは、貴方に対する罰が足りないので私はこのまま、何もせず帰ろうかと思います。
そして、フカフカのベッドでグッスリ眠る前に部屋の隅で頭を抱えて震え上がっている貴方の姿を想像することで、あなたのことを許そうかと思います」
【理奈】「…………ほえ?」
思わず、声が漏れる。
キャラ付けとかぶりっ子とか、そういった混じりっ気と一切無関係無い、ごくごく自然な感嘆符として。
ううん、違う。多分私、「Why?」と発音したかったんじゃないかな……ほら、ちょっと似てるし。
とりあえず言ってる事の意味が、一瞬よくわかりませんでした。
お姉さんが私の肩を軽く叩き、ゆっくりと歩き去る。
【困惑中】【続きます】
【業務連絡】
――ほ、ほむらさん、何てことをっ……!? いえ、なんでもありません(==;)
理奈です。大変お待たせいたしました。
ちょっと、私の中でいただいた意見の整合性がつかなくて完全にフリーズしちゃってました。
今はもうだいたいまとまってきたのでここから先は何とかなりそうです。
ごめんなさい、今後はもう少しこまめに相談します。
本スレのお目汚し失礼します。
現在使用中の避難所ですが、度々書き込めなくなったり動作が遅かったりで非常に不便に感じます。
あそこに立てたのは私なのですが……何処か他の所に移したほうがいいかもしれません。
みなさんのご意見をお聞かせくださいm(_ _)m
私のショボい読解力によれば――このお姉さんは『おやすみ前に色々と想像するけど、このまま私に何もしないまま許してくれるそうです』。
えーっと……これでいいんですか? ほんとうに、これでいいんですか?? いや、いいわけ無いし。これじゃただの不思議なお姉さんだし。
そのまま受け取っちゃ駄目だ。
これはきっと『今日のところは見逃してやるけど、これから先、穏形派は朝から晩までお前の命を狙い続けるから覚悟しろよ』ってメッセージなのかも……
え、何それ? 嫌すぎる!
お姉さんが遠ざかる。その背中からは、やはりTender Perchで見た残留魔力と同じ色の光が尾を引いていた。
追いかける……何を理由に? あの人の言うとおり、私が屋守さんに騙されていない可能性が無いなんて言い切れない。
――そうだ。
結局のところ、私のせいで『楽園』と『穏形派』の敵対関係が本格化してしまっただけだ…………
全部、私の責任なんだ。
【理奈】「そんな……」
<ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』>
【理奈】「そんな……!」
お姉さんの背中が遠ざかる。一歩。また一歩と進む度にそれは小さくなっていく。
ゆっくりとした動作。まだ、間に合う。……何が?
何が?
不意に浮かんだ恐ろしい考えが心臓を揺さぶる。言葉にする代わりに、私は右腕を動かしていた。
指が折れたままの掌を掲げ、彼女の背中に狙いを定める。勝てるとか捕まえるとか、そんなこといちいち考えなくっていい。
要は……帰さなきゃいいんだ。この人が敵になるなら、先に数を減らしておいたほうがいい。だったらいっそこの場で息の根を――
息の根を――?
【理奈】「うぅ……!!」
ダメ! この人は多分、何もしてないんだからっ! ただ私が勘違いして殴ってしまっただけかもしれないから!!
掌に集めた魔力が霧散する。身体が行動を拒絶した。止めたいけど……これ以上意味もなく誰かに傷ついて欲しく無い。
でも、どうしよう? このまま『楽園』と『穏形派』が戦うことになったら、さらに沢山の人が犠牲になる。
南雲さんや萌さん、麻子さん。そしてあの黒い剣士の人が傷つく事になってしまった意味が、わからなくなる!
なのに、私にはどうすることも…………出来ない。
あまりの無力感に動けなくなってしまったそのとき――目立さんが叫んだ。
【零子】「勝手なこと言わないでください!」
お姉さんが歩みを止め、
【零子】「さっきからあなたの言ってることは滅茶苦茶です」
振り向く。違う。目立さんが振り向かせたんだ。
【??】「流石に今のは聞き捨てなりませんね。何が滅茶苦茶なのか説明してもらえますか。
まあ、あなたには多分無理でしょうけど」
【目立さんが西呉さんを呼び止める】【続きます】【
>>173に連絡事項アリ】
>>173 ワタシ、避難所移ス言ウ意見ニ賛成ネ。
三回に一回クライ書き込み失敗シテトテモ不便ヨ
176 :
名無しになりきれ:2013/11/10(日) 12:02:52.27 0
保守
保守
保守
お姉さんの冷たい視線をまともに受け、目立さんが一瞬怯んだ。けれど、意を決した目立さんは、直ぐさま毅然とした態度を取り戻す。
【零子】「無理じゃありません。あなたの言ってる事は、前提がおかしいんです――」
眼鏡の奥に明晰な光が宿る。『楽園』の情報管理を任されているだけあって、目立さんの話は整然としていた。
ちょっと長いので、私なりにまとめるとこういうことらしい。
@『夜宴』から排除されるべきだと言うが、そもそも『楽園』は『夜宴』へ望んで参加したわけではない。
『夜宴』参加者(門前百合子のような)からの攻撃を恐れて行動した結果、事後承諾的に登録されたに過ぎない。
Aそもそも『穏形派』は『楽園』に対し本当の犯人ではない自分(目立零子)の身柄引き渡しを要求している。
『楽園』及び『Tender Perch』の魔法少女はそれを回避する為に必死で真犯人を探していた。
怪しい人間がいればそれが【『夜宴』所属の魔法少女を名乗らない限り】攻撃対象になるのは当然である(あの「大鴉の人」がそうであったように……)。
B加えてあなたが『穏形派』であるなら、同じ『夜宴』として真犯人の捜査に協力するべきであり、実際あなた自身も捜査中であると言っている。
にも関わらず、あなたはこちらが同じ『夜宴』である事を承知の上で情報を隠蔽し結果的に捜査を撹乱するような真似をしている。
これは『夜宴』全体にとっても『穏形派』にとっても不利益な行動だ。
Cあなたが本当に『穏形派』であるなら【ヤクザじみた方法】で『楽園』を陥れようとしているのは、どちらだろうか?
また、己の組織に不利益な行動をとっているあなたは果たして本当に『穏形派』の人間なのだろうか?
【零子】「……どうなんですか?」
目立さんが尋ねる。完全に空気と一体化する私(理奈)。気分はワトソン博士やヘイスティングス大尉です。
やりましたね、目立さん。今のあなたは――最高に輝いています!!
【??】「くだらない。そんなゴリ押しの推理もどきで私を論破したつもりですか?呆れてものも言えませんね。
百歩譲ってあなたの意見を採用するとして、私が『穏形派』の人間では無いという証拠が、何処にあるんでしょうか……?」
出たよ、証拠。そんなもの、あるわけないじゃない……
狼狽える私。しかし、横にいる目立さんは薄く微笑んでこう応えた。
【零子】「それはこちらではなく、あなたが証明することですよ」
目立さんは物体生成でメモ帳とペンを作り出し、お姉さんに向かって放り投げた。
【??】「……何のつもりですか?」
【零子】「そのメモにエンドウキズナさんの名前を書いてみてください」
【??】「何故私がそんな事を?」
【零子】「書けないんですか?」
まあ、いいでしょう――しばし見つめあった後、お姉さんが渋々ペンを動かす。
特に迷うこともなく直ぐに書き終えると、面倒くさそうに目立さんに投げ返した。
【??】「書きましたよ。これで満足ですか?」
【零子】「……ええ」
目立さんは受け取ったメモを見て、ゆっくりと頷いた。
【零子】「これでハッキリしました――あなたは『穏形派』の人間じゃありません」
目立さんがそのメモを私に見せてくれた。……あ、あれ? これって、どういう――
【零子】「あなたは、ご自分の仲間の名前をご存知ないのですね」
そこに書かれていた文字は遠藤きずな=B音こそ同じだが、今回の被害者の名前ではない。
【零子】「他人の私ですら、知っているというのに……!」
目立さんはお姉さんが書いた字に線を引き、その横に正しい名前を書き加えて相手に見せつけた。縁籐きずな≠ニいう、その名前を。
【伏線回収】
180 :
名無しになりきれ:2013/11/24(日) 09:12:18.21 0
保守
【零子】「特徴的で珍しい苗字だから、仕方ありませんけど……」
目立さんは持っているメモ帳とペンを消した。還元された魔力が白い光の粒子となって掌に吸収されていく。
【零子】「まさかこうもあっさりひっかかってくれるなんて、思いもしませんでした♪」
口元に右こぶしを当て、クスッとほほえむ目立さん。アレ? 何か……微妙にキャラ、変わってません( ̄∀ ̄;)?
一方のお姉さんは――――
【??】「くだらない」
目立さんを見つめたまま不快な表情を隠すこともなく、はっきりと言い捨てる。
【??】「名前を書けなかったから仲間では無いと? 随分と乱暴な事を言いますね」
発言の後半で私のほうをちら見するお姉さん。いや、仲間だと言い張るほうが無理あると思うんですけど……
【??】「お粗末過ぎます。そんなもの証拠には――」
【零子】「なりませんよね。でも、まだありますよ」
目立さんは続ける。
【零子】「今のはただの確認、『答え合わせ』です。
お忘れですか? さっき、自分が何とおっしゃったかを……」
目立さんの魔法核が輝いた。魔法核には所有者の記憶が込められている。
音声、映像、そして感情までも覚えさせることができる記録媒体。念じるだけでその内容を他の人間に伝えることも可能だ。
先日私が郷原 桃さんの記憶を南雲さん達に見せたように……。
<遠藤さんが殺された時、現場にいた黒服の正体を探っていたら、たまたまあの現場に目撃したのでここまで追って来た訳です>
念信によって送られてきた音声はお姉さん自身の発言だった。
【??】「これがどうかしましたか?」
【零子】「私があなたたち――いいえ、『穏形派』に嫌疑をかけられたのは、縁籐さんの殺害現場付近に私の魔力反応があったからです。
それはつまり、あの場には縁籐さん≠ニ私=Aそしてエルダー≠フ3人しかいなかったということ。
同時にそれは『殺害現場に黒服の人たちがいた事を知っている』のがその3人しかいない、ということでもあるんです」
黒服。さっきお店を襲ったのも黒い服の人だった。けれど、それ以前に私は目立さんから黒服の人たちがエルダーに殺されていることも聞いている。
【零子】「……その話はまだ苗時さんにも伝えていません。
縁籐さんが亡くなった今、『その事』を知っているのは私(目立零子)≠ニエルダー≠セけなんです。
仮に縁籐さんが死ぬ前に『その事』を誰かに伝えていたとしたら、その相手はお互いの名前をちゃんと覚えているはずですよ?
だから、この人はさっき自分が何者であるかをしっかりと白状してくれたんですよ、神田さん」
( ゚Д゚)ポカーンとする私に向けた目立さんの解説は終わった。
目立たない自分を気にしていた魔法少女は、それまでのオドオドとした態度が嘘であるかのように、目の前の犯人を指差した。堂々と差し返した。
【零子】「縁籐きずなさんを殺したエルダーは――――あなたです!」
【眼鏡委員長の事件簿 編・終了】【次のレスでTender Perchに戻ります】
【理奈】「……」
【零子】「……」
【??】「……」
沈黙がわだかまる。
お姉さんは無表情だった。自分の正体を暴露されたところで特に焦った様子もない。
何か、考え事をしているように見える。
目立さんが指を下ろし、私のほうを見た。向こうのリアクションがあまりに薄いので、ちょっぴりご不満な様子です。
やがて、私たちの間に木枯らしが吹き抜けた。
いくつもの紅い枯葉が舞い上がり、お姉さんの前でふわふわと舞い落ちる。
彼女はその一枚を空中で摘み取った。
【??】「そうですか」
視線を落とし、摘み取った葉っぱを手のひらで転がしながら、呟く。
【??】「いやいや、驚きました。まさかこんな地味ーな人にここまで追いつめられるなんて予想外でした。
まあ仕方ありませんね。こちらとしては余計な戦いを避けるためにわざととぼけていただけなんですけどね」
【零子】『…………』
目立さん、念信を使って私に無言で何かを訴えられても困ります……。お姉さんが顔をあげてこちらを見た。
【??】「見逃してあげるつもりでしたが――――気が変わりました」
クシャ、という乾いた音をさせ、枯葉が握りつぶされる。……何か、やな予感。
【??】「あなたがたはここで始末していきます」
砕けた葉っぱがパラパラとこぼれ落ちると同時に、巨大な魔力が膨れ上がる。
今朝お店の外で感じたそれと同じものでした。当然と言えば当然だけど。
頭の中で、不意に色んな考えがぐるぐると回りだす。走馬灯…………ちょっと、違うみたい。
とりあえず、今回私が得た教訓は一つ。『たとえ犯人がわかっていても、捕まえられないんじゃ意味がない』ということ。
その一方で、今回疑問に思う事が一つ。『童話の狼さんは、何故最初会った時に赤ずきん襲わなかったのか』ということ。
恐怖に震え、足がすくむ中で出てきた、そんな思考。どうでもいい課題。解けそうに無い宿題。
【??】「変身……」
お姉さんの身体が輝き、魔装へと変化する。逃げる時間はもう無い。逃げる意味も最初から無い。
私は拳を握り直した。もうさっきみたいな猫だましは期待できなかった。この人は本気でくる。本気で殺しにくる。
その時、スカートのポケットで携帯電話が鳴った。メールだ。私はちょっとだけ迷ってそれを取り出し、画面を確認する。
『スコーンがあるよ☆』
南雲さんからだった。
【理奈】「…………!」
急いで電話をスカートにしまう。不意に目頭が熱くなった。
南雲さんは生きている。多分、萌さんも麻子さんも。後で、必ず返事を送ろう。
だから――――死ねない。
【私のターンは以上です】
>>167-168 奈津久 萌 坂上南雲 佐々木真言
【Tender Perch】
都築ゆりかは考えていた、現在の店の状態とその後の理奈の行方を南雲たちにどう伝えるかについて。
その時、大きな物音を聞いてゆりかは思考を中断させた。何らかの衝撃を受けたのだろう。目前の棚が盛大に倒れる。
様々な調理器具を厨房の床にぶちまけ、ステンレス製の棚が奈津久 萌を下敷きにしていた。
【ゆりか】「………………」
ゴロゴロゴロ、カツーン。
落ちた拍子に転がった寸胴がテーブルの足にぶつかって動きを止めるまでをたっぷり見届けてから、ゆりかは溜息混じりに呟く。
【ゆりか】「やだ……どうしよう。萌ちゃん従業員じゃないから労災おりないわ?」
【麻子】 「いや、そこじゃねーからっ!!」
近場にいた二人が萌の救助に動く。
【萌】 「ケホっ、ケホ……いつもすまないねぇ」
【屋守】「ほぉー、優しいところもあるんだな。マコトマコ」
【麻子】「――おいそこの悪魔。まとめて呼ぶな」
真言と少しだけ目を合わせた後、麻子が嫌そうな顔で漏らす。脱出した萌は何故かゴミ箱を漁っていた。魚の内蔵に興味があるのだろうか……?
【萌】 「……で、何があった?」
真言がさばいたテーブル上の刺身に醤油を垂らし、包丁で豪快に食べながら萌が問う。二度手間で悪いけど聞かせてよ、と。
ゆりかは会話の途中であった南雲と目を合わせた。頷き、改めて口を開く。
【ゆりか】「二度手間じゃないわ、丁度今から説明するつもりだったから」
ゆりかは店が突然【謎の黒服から襲撃を受けたこと】と【その正体が変装した魔法少女(勢力不明)であること】。
そして、【神田理奈と目立零子が襲撃者を追跡する為に飛び出してしまったこと】を告げた。
【ゆりか】「ごめんね南雲ちゃん。止めるのが間に合わなかった……。パッ見素直だけど、昔からちょっと強情なところがある子だから」
重い表情を浮かべるゆりかの横で、屋守が続ける。
【屋守】「お前のせいじゃねーよ、ゆりか。本人が決めたことさ。
さーて……お前らはどうする? 追いかけるか? なら手伝う≠コ?」
怪しげに微笑む悪魔に対し、ゆりかが冷たい視線を送る。
屋守にとってはフォローのつもりだったのだが、この反応を受けて流石に肩をすくめた。そのとき――
【??】「いや、もうその必要は無いよ」
【屋守】「ほーぉ……?」
勝手口に現れた三つの人影が注目を集める。
【静】 「先ほど決着をつけてきたから……ね」
【理奈】「南雲さん! 萌さん! 麻子さん!!」
これから海外にでも逃げるのかというほど【巨大なスーツケース】を転がし、神田理奈と目立零子の二人を連れた苗時 静だった。
【苗時さんが神田理奈を連れてTender Perchに帰還】【謎の手荷物】【お待たせしました。ターン終了です】
>「ほぉー、優しいところもあるんだな。マコトマコ」
「やさしい訳では、無い。単純に、そのままにしておく意味が無い、だけ」
制服姿に戻り、半眼で無作法をする萌を睨みつける真言。
祖父からの厳格な教えは、祖父の死後から長きの年月がたった今でも、確りと守られており。
そも、刃物で人を切って捨てる真言だからこそ、刃物に対するその無遠慮な扱いは、なんとも言えない感情を呼び起こす。
不快な感情と共に、舌や口を切ったらどうするのだろうと俄にその場でオロオロし始める。
基本的に、魔法少女でさえなければ、刃物を握らなければ。佐々木真言は単なる善良なコミュ障の1人でしか、無いのだ。
>「お前のせいじゃねーよ、ゆりか。本人が決めたことさ。
>さーて……お前らはどうする? 追いかけるか? なら手伝う≠コ?」
悪魔がエルダー級を、神田理奈を追う行動に対するフォローをする発言をした事に、納得。
己の知る悪魔はどこまでもビジネスライクであったが、この悪魔は大分人間臭く、何を考えているかわからない。
気まぐれに人に力を貸すことくらいするだろうと、佐々木は結論づけた。が。
直後、己の第六感。孤独で鍛えぬかれた自己防衛の為の気配認識が、ここに近づく気配を認識し、真言の手元に刀を生成させた。
「――――いや」
佐々木が断ち切ろうとした悪魔の言葉は、しかし佐々木でない者に最終的に断ち切られる事となった。
>「いや、もうその必要は無いよ」
断ち切る音声の主は、苗時静。佐々木は面識が無いが、どうやら他のものは見知った顔のようで。
知らぬ者の前である以上、佐々木が腰を落として構えを取るのは必然で。
即座に抜刀できる体制へと映ったまま、理奈の方へと無表情のまま、瞳に安堵を浮かばせて声を発する。
「――無事、か。良かった。
ごめん。神田理奈。君の友人の、腕。斬り落とした」
無事を喜ぶ声であり、そして謝罪の意図を含む足りない言葉。
見れば確かに、理奈の友人である南雲の腕が失われていることは、認識できただろう。
佐々木はその場に鎮座したまま、ほぼ部外者である己は影に徹そうと、壁の隅へと移動し、固有魔法で気配を消す。
エルダー級の安否がわかり、討伐されたのならば、佐々木はこの場から静かに立ち去るつもりだったのだろう。
(――エルダー級を倒すまでの同盟。倒されたのならば、私がここに居る理由は、無い)
無駄足を踏んだとくやしがることはない。
己の目的は、悪の断罪=B他者の手であろうと、結果的にそれが為されたのならば、それで良い。
故に、それだけを確認するために、佐々木はこの場に残ることを決定するのだった。
(……おなかへった)
空腹を抱えながらも、表面上は鉄面皮を守り。
佐々木は灰色の影となって、刀を握りしめて、壁際に佇み続けていた――。
/コテ忘れてました……
【テンダーパーチ・ホール】
「理奈ちゃんは――!?」
振り返りざま、叩きつけるようにして南雲がゆりかへ飛ばした問い。
その背景では魚が飛び交ったり三枚におろされたり刺し身に加工されたりと、
ここ、何屋だんだっけ?と疑問したくなるような光景が繰り広げられていた。
南雲はゆりかから視線を外さず、提供されてきたヒラマサの刺し身を一口。
(あ……すごい、口のなかでまだ跳ねてる)
極端に新鮮な刺し身は、筋肉を動かすエネルギーがまだ残留しているために、
切身単体でも醤油の刺激に反応して筋収縮運動が微妙に起きるそうだ。
南雲は高校の生物の授業で習った『脊髄ガエル』の実験を思い出していた。
いわゆる活造りなどは、そうした生命の残り香を見て楽しむ高級料理なわけだが、
よくよく考えると残虐にもほどがあるだろう。美味しいから文句は言えないが。
ともあれ、夏が旬のヒラマサにもかかわらず、この刺し身には潤沢に脂がのり、滋味がある。
一同は魚屋に寄って帰ってきたわけではないし、喫茶店で新鮮な魚が手に入るはずもないから、
このヒラマサは萌が物体生成で生み出したものになるわけだ。
納得、生成した食べ物には旬が関係ない。いつでも最も美味しい時期の食材が召喚可能なのだ。
ってことは、Rのつく月に牡蠣を食べたり、土用丑の日にちゃんと旬のうなぎを食べたりできる……!
ビッグビジネスの予感がした。
閑話休題。
そんな寸劇を新米魔法少女+αが繰り広げている数十秒の時間を以て、ゆりかは結論を出した。
彼女の説明は以下の通りだった。
1.テンダーパーチを何者かが襲撃、ありったけの銃弾をばら撒いて姿を消した
2.幸いにも死傷者は出なかったが、襲撃が魔法少女によるものだと知った理奈が激怒
3.目立を伴い、襲撃者を追跡して飛び出して行ってしまった。
以上。現在に至る。
>「ごめんね南雲ちゃん。止めるのが間に合わなかった……。パッ見素直だけど、昔からちょっと強情なところがある子だから」
南雲はあらゆる血液が頭部から総退避していくのを実感した。
テンダーパーチを魔法少女が襲撃?理奈が襲撃者と対峙すべく出奔?
双方とも、彼女が最も恐れていたケースだった。
言うまでもなく、南雲が右腕を失ってまで真言との対立を選んだのは、テンダーパーチの存在を秘匿するためだ。
もちろん楽園派への義理立てという大義もある。
だがそれ以上に、在野の魔法少女たちにとって優良な"狩場"であるテンダーパーチが敵意あるものに知られれば、
南雲達の『帰る場所』であるここが如何なる憂き目に遭うかが容易に想像できたからだ。
だから、既にここを知っている真言を懐柔するか、あるいは口を封じるしかなかった。
そしていま。懸念は現実となった。
(どこから情報が漏れた――!?店にお客がいるときには魔法を使わないようにしていたはず……)
魔法少女は魔装状態にある時、その維持や身体強化のために常に魔力を放出している。
感知能力に優れた魔法少女なら魔装の魔力を追ってどこに敵が存在するかもおおまかに割り出せる。
逆に言えば、積極的に魔法を使わない限り――変身しない限りは、魔力が外に漏れることは殆ど無い。
魔法少女であっても、魔法の行使を禁じてひっそりと暮らせば戦いに巻き込まれることはほぼないと言って良い。
しかし、魔装を纏っていなくても戦いを挑まれる例外のケースがある。
魔法少女としての自分と、常人としての自分を同一人物だと看破されている場合。
すなわち――『リアル割れ』である。
多くの魔法少女にとって、自分が魔法少女であることを他者に知られることは最大の禁忌だ。
本来の姿を特定され、監視され、住所や所属まで露呈すれば……『カチコミ』を受けるのは時間の問題と言えるからだ。
だから魔法少女は『変身』というプロセスを経てまず自分自身の姿を変える。
無用なリスクを日常生活に持ち越さないために――
そこまで考えて、南雲はふと記憶の隅に思い至った。
そういえば、一度だけ、客がいるときに店内で魔法を使ったことがある。
今日の午前に、新人の守本祝子が悪魔・屋守を伴って入店してきた際。
南雲は不用意にゆりかへ念信を送った。『どういう状況なんですか』と。
そのときホールには真言がいて、それで午後からの一悶着に発展したわけだが――
もう一人いた。確か、女子大生風の女が一人、確かに、店内の端っこの方で本を読んでいたのだ。
もしもあのときの女性が、魔法少女だったとしたら。
(わたしが、喧伝したようなものじゃない――!!)
南雲が念信を使わず耳打ちなりでゆりかと話していれば。
この店に魔法少女がいるということを、あの女子大生に気取られることはなかったはずだ。
何が『この店を護るためならなんだってする』、だ。
自分で危機に陥れてれば世話がない。
そして理奈は、襲撃者を追って店を出て行った。
もしもこのまま理奈が帰ってこなかったら。襲撃者に返り討ちに遭ったとしたら。
そのとき南雲は、どんな顔をして地獄に落ちればいいのだろう。
だが。
仮にそうなったとしても、たとえわたしが地獄に堕ちるべきだとしても。
その前に襲撃者は殺す。必ず殺す。わたしの実存にかけて、この世から消滅させる。
ばち……と空気を弾く音が後ろで響いた。
それはすぐに無数の音の連なりと鳴って響き渡る。
ばちばちばち、と幾度と無く音が爆ぜ、その度にストロボのように光が店内を染める。
青い光。空色の光。坂上南雲の魔力光だ。
気付けば結っていた長髪がほどけ、さらに毛先が銀色に染まり始めていた。
魔装状態の髪色へと、変身してもいないのに変貌を始めようとしている。
>「お前のせいじゃねーよ、ゆりか。本人が決めたことさ。
さーて……お前らはどうする? 追いかけるか? なら手伝う≠コ?」
屋守が心底楽しそうにこちらを睥睨して言う。
南雲は眼球の動きだけでそちらを見て、問うた。
「…………手伝う、ってのは?」
「おっ、よくぞ聞いたな。ゆりかの姪にもくれてやったんだが、いくつか便利な魔法アイテムがある。
あいつには『鼻』をやったが、お前は確か空域掌握型の魔法少女だったよな。
お誂向きの良いのがあるぜ、『魔鳥の眼』、鳥瞰図で魔力反応を追えるスグレモノだ。
おっと、もちろん悪魔からロハでものが貰えるなんて思っちゃいないよなあ〜?
左の目玉一つ。えぐって寄越しな、そしたらこいつはお前のもんだ」
ここぞとばかりにまくしたてる屋守は、再びふわりと南雲の頭上に飛び乗った。
爪の整った指先で、南雲の左目の角膜ぎりぎりのところをつつく。
「どうした、沈黙か?チート魔法の対価が目玉一個なら安い買い物だろ?
ま、ゆりかの姪にはタダでやったが、あれはゆりかのコネの友情価格ってやつだ。
あいにくとあたしはお前に対してなんの感情も抱いちゃいない。ビジネスライクにいこうぜ?」
南雲は左目で屋守を見上げる。
しばし黙考のあと、乾いた唇を震わせるように言葉を漏らした。
「目玉をひとつ。――それだけでいいの?」
「お?」
「まだあるんでしょう、悪魔謹製の、都合の良い便利なアイテムが。
対価は何?もう一個の目玉?寿命を半分?肋骨を一対?残った左腕?」
頭上から悪魔を引きずり下ろし、床に立たせた南雲はさらに距離を詰める。
屋守の顔と南雲の顔が、ほとんど一センチもない隙間を挟んで対峙する。
ごっ、と南雲は額を屋守にぶつけて、胸の底に沈殿した言葉を吐き出した。
「屋守さん。――全部くれてやる。だから、お前の持ってるもの残らず寄越せ。今すぐ寄越せ……!」
屋守から頭突きが返ってきた。
攻撃ではない、単に距離をとるかのような挙動で、密着していたお互いの身体が離れる。
屋守はほんの少しだけこちらに目の焦点を合わせて、やがて愉悦に双眸をねじ曲げて言った。
「お前、狂ってやがるなあ、お前」
ひはは、と呼気の漏れるような笑い声。
「いつからこうなったんだ?流石に始めっから狂ってたってわけじゃねえだろ。
魔法少女になって一年か?三年か?神経すり減らして倒錯する奴は山ほど見てきたが、こいつはなかなか……んん?」
屋守はしばらく南雲を見つめていた。
より詳細には、南雲の胸の奥――魔法核を知覚しているようでもあった。
魔法核はもともと悪魔側の技術だ。そこに集積された戦闘記録なんかも悪魔は参照できたりするのだろう。
やがて、屋守は目を見開いた。同時に口端が凶悪な形についっと上がる。
「おいおいマジかよ……!お前、坂なんとか、お前!
――魔法少女になってからまだ一週間も経ってないじゃねーか!
それでそこまで狂ったのか?あたしの知るかぎりじゃ最速レコード保持者だぜ、お前!」
事実であった。
南雲がさくら通り第三公園でチンピラ悪魔と契約してから、まだ6日しか経っていない。
夜宴に入門すべく門前・梔子組と衝突したのが昨日。
テンダーパーチでバイトを初めて、楽園派に呼び出され――馳走知史を殺害したのが一昨日。
さらにその二日前に勃発した猪間麻子との戦いではじめて魔法少女戦を経験し、
その前日が坂上南雲が魔法少女となった日だ。
「出会って一週間の女子小学生にそこまで執着すんのも、やっぱ狂ってるからかぁ?
いいぜ、心が邪悪な奴はだいたい友達だ。もっと良い悪魔アイテムを用意してやるよ。
対価を払いな、その狂気に値段をつけてやる――"坂上南雲"」
それは、まともに人の名前を覚えようともしなかった屋守が、坂上南雲という魔法少女をはじめて認識した瞬間だった。
差し出された手のひらに、南雲は己の掌を重ねようとして。
>「いや、もうその必要は無いよ」
ゴロゴロと車輪の動く音と共に、勝手口に人影が現れた。
長身の女性。魔法少女相互扶助組織『楽園派』の頭目、エルダーウィッチ苗時静だ。
どうして苗時さんがここに?と南雲が疑問を呈するより先に、
>「先ほど決着をつけてきたから……ね」
苗時が身体を避けると、背後からさらに2つの人影が顔を出した。
小さなその影は、こちらの姿を認めると、ぱっと花のさくような表情で声を発した。
>「南雲さん! 萌さん! 麻子さん!!」
「目立ちゃんと、理奈、ちゃん……!!」
南雲がその名前を口に出した途端、髪の半ばまでを染め上げていた銀色が消え失せた。
空色の燐光もホタルの止むように消失し、何事もなかったかのように髪を解いた南雲だけがそこにいた。
南雲は悪魔に差し出そうとしていた左腕を切り返すと、空を切った屋守の手が所在なさげにぶらりと下る。
「おい」
「ごめん屋守さん、その話保留で!」
なにせいまは一大事、悪魔なんぞより理奈の安否のほうがよほど重要だ。
中身のない袖を振り回しながら、南雲は勝手口へと駆け寄った。
膝を折り、残った方の左腕で、救い上げるように、理奈の腰をかき抱いた。
「よかった、生きて帰ってきてくれて……!」
本当は、危ないことしないでよ、とか心配かけて!とか文句の一つも言うべきだったのかもしれない。
麻子のように、本当に彼女のことを思うならば、厳しくとも諫言を放つべきなのだろう。
だが、理奈は対等な南雲の仲間だ。
南雲ははじめから、『彼女に戦わせたくない』とは思っていない。
ただ、理奈には死んでほしくない。
それは、都合の良い考え方かもしれないが……それでも、南雲は彼女の選択を尊重したかった。
>「――無事、か。良かった。ごめん。神田理奈。君の友人の、腕。斬り落とした」
真言がぼそりと謝罪の言葉を漏らした。
謝る必要はない、と思う。真言が南雲の腕を切り飛ばさねば、今度は南雲が真言を爆殺していただろう。
そういう紆余曲折を経て、彼女たちは同じ地平に立っているのだ。
「うん。斬り落とされちゃった。丁度苗時さんもいるし、義手の相談でもしとこっかな」
だから南雲は、あっけらかんと事実を肯定することでこの話を締めた。
正当な対決の結果であり、遺恨は残っていないと――言外に真言に伝えた。
「それで、理奈ちゃん、何があったの。苗時さんはどうしてここに?」
【理奈ちゃんの無事を確認し超安堵。状況確認】
(大根は……ないかな。じゃ人参はー、と)
などと、容赦なく冷蔵庫内を捜索して刺身のツマの材料を探している萌を背景に、事情の説明が成された。
かいつまむと、所属不明の魔法少女がここを襲撃し、逃走した襲撃者を理奈たちが追っていったということだ。
見つけられずに戻ってきた萌は、やはり包丁に載せた刺し身を口しつつ考える。
(なるほど、大根はなかったが大混乱はしていた、と――!!)
さすがにそれを口にしないだけの分別は持っているようだ。
南雲に聞かれたら即座に撃たれるだろう。
麻子や真言だったら間違いなく呆れた目で見てくるがどちらかと言えばそのほうが辛い。
さてその一同の反応だが、当然南雲はキレかけている。
おそらくは自分自身に対して。萌はそうあたりをつけた。
麻子は一度片眉を上げて、ただそれだけ。
状況が切迫している時ほど冷静だ。日常だと意外と騒がしいのだが。
真言はなんだか狼狽している。
それを理奈を行動に対してのものだととった萌は
(あれ、こんなキャラだっけ?マコっちゃんと同じで平然としてそうだけど)と心中首をひねる。
もちろん自分のせいだとかは微塵も思っていない。
>「お前のせいじゃねーよ、ゆりか。本人が決めたことさ。
> さーて……お前らはどうする? 追いかけるか? なら手伝う≠コ?」
楽しげに謳う屋守にゆりかが冷えた視線を突き刺す。
肩をすくめた屋守に南雲はやはり冷えた視線を突き刺した。
>「…………手伝う、ってのは?」
反応が返ってきたのがよほど嬉しかったのか屋守は早口にまくし立てる。
内容は眼をやるから目をよこせ。
「先に手やれよ」
萌が南雲の頭上に移った屋守にツッコむ。
それをよそに南雲が口を開く。
>「目玉をひとつ。――それだけでいいの?」
視線の温度が急激に上昇していく。
「おい」
不穏さを感じた萌が口をはさむが南雲は全く構い付けもせずに続ける。
>「まだあるんでしょう、悪魔謹製の、都合の良い便利なアイテムが。
> 対価は何?もう一個の目玉?寿命を半分?肋骨を一対?残った左腕?
> 屋守さん。――全部くれてやる。だから、お前の持ってるもの残らず寄越せ。今すぐ寄越せ……!」
「おい!」
萌はより強く声をかけた。
安易に悪魔に頼るものではない。
確かに助けられたことがないわけではないが、しかし結局のところ相手は悪魔なのだ。
人を襲って生き血をすすったり娘をさらって売り払ったり
隣の夫婦の営みを天井裏からアドバイスしたりするような奴らなのだ。
現場は目撃していないがきっとそうに違いない、違いないのだ。
(いや……よく考えたら助けられたことすら!?)
まあ"悪魔がくれた力"に助けられてここに居られるわけではあるが、くれなければ命のやりとりなどせずに済んでいたわけなのだ。
しかし、そんな萌の内心にはやはり構いつけること無く話が進んでいく。
何度となく声をかけるが完全に二人の世界に入っているためにそれが届くことはない。
>「対価を払いな、その狂気に値段をつけてやる――"坂上南雲"」
交渉は最終段階に入ったようだ。
事ここに至っては肉体言語にての阻止を試みるが上策と踏み出した萌の足が、一歩目で止まる。
>「いや、もうその必要は無いよ」
死体遺棄に使用されそうなスーツケースを転がしながら苗時が店に入ってきたからだ。
決着をつけたと言いつつ敷居の段差を車輪ガタガタ言わせて超えてくるその背後から、見知った顔が飛び出した。
>「南雲さん! 萌さん! 麻子さん!!」
決着をつけたという言葉と引きずった荷物を結びつけると"内容物"にもだいたい想像がつく。
そしてもし想像通りのものが入っているのであれば……
(なんか……なんかあたしより丁重な扱いされてるような)
鎖で簀巻きよりスーツケースに押し込まれる方がまだしも居住性は高そうである。
そんな萌はさておいて、弾んだ理奈の声を耳にした南雲が膝から滑りこんで片腕で見事な胴タックルを理奈に極める。
>「よかった、生きて帰ってきてくれて……!」
いや本当によかったと萌も胸を撫で下ろす。
これで南雲を止める手間が省けた。
確かに力は欲しい。いくらあっても困るものでもない。
それに対して対価が必要なのも当然のことだ。
だが――全てを打ち倒す力を得るために全てを。それは違うと萌には言い切れる。
なんのための力か?理奈を守るため。
ならば、その力を得たあとの南雲は理奈を認識できるのだろうか?
なにせ捧げるものは"すべて"で、その相手は悪魔なのだから。
>「――無事、か。良かった。ごめん。神田理奈。君の友人の、腕。斬り落とした」
萌の思考を真言の声が中断させる。
>「うん。斬り落とされちゃった。丁度苗時さんもいるし、義手の相談でもしとこっかな」
「全くだよ、まだいてーっつーの。気ぃ緩めると取れそうだし」
左の手首をぷらぷらさせながら、それに応える南雲にかぶせる。
さっきの飛んだり跳ねたりで取れなかったのなら問題はなさそうなのだが。
まあ、問題が生じていたとしても、集団でボコリ殺そうとした代償としては超がつくほど良心的であろう。
理奈たちに問いかける南雲の背を見ながら萌はそう考えた。
【一人で勝手に戦々恐々】
保守
保守
ゴロゴロゴロゴロゴロ……
キャスターの音が路面に響く。大きなスーツケースを押しながら苗時さんが前を歩き、私はその背中を追いかける。
隣を歩く目立さんが溜息をつきながら額を抑えていた。
【理奈】「あの、大丈夫ですか……?」
【零子】「――え? あ、はい、大丈夫です! ちょっと血が足りないのかもしれませんね、すいません」
【理奈】「…………」
無理もない。さっきまで『あんな状態』だったのだから。そういう私も似たようなもので、とても平気とは言えない。けれど――
ゴロゴロゴロゴロゴロ……
『ああなる』よりはまだマシかもしれない。スーツケースを見て、その中身のことを考えながら、私はふとそう思った。
ひとつ何かが違えば、あちら側にいたのはきっと自分のほうだったから。
【静】「おや……?」
前を行く苗時さんが足を止める。やっぱりというか、お店は当然のように閉まっていた。
【静】「ふむ、仕方ないね。裏口から入るとしよう」
※ ※ ※
【屋守】「――――」
勝手口から入った私が最初に耳にしたのは屋守さんが誰かに呼びかける声だった。会話の内容が聞こえていたらしい苗時さんが止めに入る。
【静】「いや、もうその必要は無いよ。先ほど決着をつけてきたから……ね」
私は奥へ進む苗時さんの横からひょっこりと顔を出し、急いで中の様子を確認する。
……いる。麻子さん。萌さん。そしてその隣。数日前の夜に見た時と同じ銀色の髪≠振り乱しながら、悪魔へと手を伸ばすあの人の姿は――
【理奈】「南雲さん! 萌さん! 麻子さん!!」
叫んだ。名前を呼んだ。胸がいっぱいで、視界がぼやけて、これ以上何も言えない……。
【南雲】「目立ちゃんと、理奈、ちゃん……!!」
声が出ない。返事の代わりに私は頷いた。
【屋守】「おい」
【南雲】「ごめん屋守さん、その話保留で!」
何の話だろ……と疑問に思うもつかの間。次の瞬間、私は既に南雲さんに抱きしめられていた。
【理奈】(――って、は、はわっ!? ほふ……? ほ、ほ、ほ、ほわわわわわわわわわ……ほわぁっ〜!!?)
多分「喜び」を現しているんだろうなあと思いつつ自分でも意味不明な脳内言語を垂れ流しながら、私は体温がすこぶる上昇していくのを感じた。
音のない奇声にして喜声を発する私の耳へ、次の言葉が届く。
【南雲】「よかった、生きて帰ってきてくれて……!」
…………南雲さん。
私は――私は、この時になってようやく、自分の衝動的な行為が南雲さんにこんな思いをさせてしまったことを後悔した。
膝を折った南雲さんの首周りにそっと手をまわし、この人だけに聞こえるよう私はそっと呟いた――――ごめんなさい、と。
【続きます】
2、3秒が経っただろうか。ふと視線を感じて顔を上げると
【麻子】「………………」
麻子さんが膝立ちで抱き合う南雲さんと私をじーっと見つめていた、何とも複雑な表情を浮かべて。
その言わんとするところを理解出来たわけじゃないけれど、何だかとてつもなく気恥ずかしくなった私はむすんでいた腕を南雲さんからゆっくりとほどいた。
その時、
【真言】「――無事、か。良かった。
ごめん。神田理奈。君の友人の、腕。斬り落とした」
突然現れた気配に声をかけられて、私は驚いた。
その姿を見て、私はさらに驚愕する。魔装を解いて随分印象が違うけど、間違いない。
『話し合い』をする為に南雲さんたちとお店を出た、黒い剣士の人だ――この人も無事だったんだ。
安堵の息を漏らしつつ、私は状況を再認識する。
すると同時に――言葉の意味が私の気持ちを追いかけてきた。
【理奈】(……斬り落とした?)
今更になって気がついた微かな違和感。南雲さんにあったはずの一部が、確かに足りない。
…………
不意に、私は胸の中で何かが灯るのを感じた。それは例えて言うなら『冷たい炎』のような……無表情な何か。
私は――これを識っている。つい昨日、散々私たちを傷つけた末、瀕死の重傷を負って落ちてきた門前さんを見たときのそれ、『あの感情』だ。
表情が消えたまま、無意識に指が動く。私は手のひらに爪が食い込むぐらい拳を握り、そして――
【南雲】「うん。斬り落とされちゃった。丁度苗時さんもいるし、義手の相談でもしとこっかな」
そして、何もしなかった。
【萌】「全くだよ、まだいてーっつーの。気ぃ緩めると取れそうだし」
萌さん・・・( ̄∀ ̄;)
うん、二人がそう言うのなら、『これ』はそれでいいんだよね?
謝ってくれた剣士さんも、あの闘いは多分不本意だったわけで……きっと辛かったはずだよ。
むしろ今は、みんなが生きていることを喜ぶべきなんだ。
そう結論付け――――私は『あの感情』を奥へとしまいこみました。
【静】 「義手、か……手配出来なくは無いと思うが。
それにしても久しぶりだね――――屋守、かつてゆりかの瘤付きだった君がどうしてこんな所に?」
【屋守】「こっちにもいろいろあるのさ。にしても、お前やっぱ老けたな?」
【静】 「…………。先ほど坂上さんに何か商談を持ちかけていたね。よく聞こえなかったが、一体何を売りつけようとしたのかな?」
【屋守】「お前に教える義理はないね。企業秘密ってヤツさ♪」
背後でそんなやりとりがあった中、南雲さんが私に問いかける。
【南雲】「それで、理奈ちゃん、何があったの。苗時さんはどうしてここに?」
私は苗時さんと顔を見合わせた。向こうが頷き、先に私が口を開いた。
【続きます】
【――およそ30分前】【鉄塔付近】
紅色の雫が枯芝を濡らす。
脇腹から流れる鮮血はじわじわと量を増しながら、私の集中力を奪っていた。
動き疲れた身体が酸素を欲しがり、乱れた呼吸が止まらない。肺の奥からは鉄の味がする。
寒さと痛みを堪えつつ、涙で霞んだ視界で傍らを見た。
【??】「……なかなかしぶといですね。早く死んで≠ュれませんか?」
額に小さな穴を穿たれ、横向きに倒れた目立さんが虚ろな視線で宙を見ている。
【??】「先程も言いましたように私はあなたをいたぶって殺すつもりはありません。
さっさと戦闘不能にして、魔法核を頂戴したいだけです」
【理奈】(どこがっ……!?)
私は左手で脇腹の傷を抑えながら『それ』を睨みました。
つい先ほどまでお姉さんの姿だったもの。鋭い触手のようなもので目立さんを瞬殺した、黒い塊。
かろうじて人の形を保っている『それ』は、どう形容していいかわからない姿をしていた。
黒い触手に覆われた身体は、まるで無数の蛇や蛸の足、ミミズの群れが這いずり、蠢いているように見える。
動くたびに糸を引く体表は、蛞蝓《なめくじ》のような粘液性の光沢を放っている。
頭の部分では6つの眼球が独立した意志を持ったようにギョロギョロと周囲を観察していた。
………………これが、魔法少女?
6つのうち2つの目玉が私を捕捉する。
あの体のどこに口があるのかわからないけれど、黒い塊は私の心を読んだように喋り続けた。
【??】「だって、仕方無いでしょう? あなたがネズミの如くチョロチョロと逃げ回るから、逝けないんです」
――ああ、やっぱりさっきのお姉さんなんだ。
未だに信じられないけれど、この台詞を聞いて私は目の前にある『それ』がただの化け物では無いという事実をつくづくと思い知らされる。
一体、何を『願って』この人は『そんな姿』になったんだろう。
こういう疑問を抱くのは、私のいつもの癖かもしれない。私は何か『願い事』があって魔法少女になったわけじゃないから。
いつもいつも、他の人の『願い』が気になる。気になってしまう。
それがいけなかった。
【理奈】「……あ」
風を斬る音がした。首筋の肉がごっそりと喰いちぎられる感触がして、その部分から熱さを感じる。
これまでギリギリでかわし続けてきた触手が自分の急所を貫いたのだと、私はすぐに理解した。
【続きます】
ほ
赤い噴水が見えた。
動脈を切り裂かれた私の首から、鮮血が勢いよく飛び出していくのがわかる。
【理奈】「あ……ああ……あああああ…………!!」
戦いで魔力を疲弊しすぎて身体の再生が機能しない。
直ぐさま傷口を手で抑えるも、血の勢いは止まりそうになかった。
私は地面に膝をついた。失血によるショックで、意識が朦朧とする。
………………グヂュ!
…………グヂュ!
……グヂュ!
一歩、また一歩と。
赤く霞んだ視界の向こうから、黒い塊が徐々に近づいて来る。
六つの眼球が笑みを形作るような半眼で私を見つめていた。
【??】「思いのほか頑張りましたね――お疲れ様でした。
随分とあっけない終わり方ですが、屁理屈と暴力で私を追いつめた愚かなあなたには、丁度いい塩梅でしょう」
触手の先端が私に狙いを定め、恐怖が心を締め付ける。
けれど、私の身体は動かない。動けない。
【??】「さようなら」
鋭い触手が私の頭を貫こうとした、そのとき
【?】「――――静粛に」
その言葉と同時に発せられた魔力の波動が、あらゆる動きを無効化した。
鋭い触手は勢いを殺がれ、完全に萎えている=B同時に、私の首からの出血も完全に止まっていた。
これまで何度も見たことがある『鎮静』の魔法。隠すまでもない、これを操る事が出来るのは――
【理奈】『苗時さんっ……!?』
【静】 「やあ、どうやら差し迫った状況だったみたいだが、間に合ったようだね」
言いつつ、手の中で生成した拳大の物体を私に向けて放り投げる。
【静】 『受け取りたまえ』
キャッチしたそれは銀色の袋が特徴的なゼリー飲料でした。
もしかして、○ィダー○ンゼリー??(マスカット味)
【鉄塔にて苗時さんに助けられる】【続きます】
【理奈】『あの、苗時さん、コレは一体……?』
【静】 『濃縮した私の魔力だ。形状は何でもいいがそれが一番摂取しやすい。さっさと飲みたまえ』
つ、つまり――回復アイテムッ!?
どこかの勇者様が栄養ドリンク(の偽装をした瓶)で力を補充するラノベがあるらしいけれど、魔法少女にも同じことが出来るなんて……
【静】 『しかし……君はよく死にかけるね。先週病院を出て昨日の今日か。
褒めるつもりはないが、短期間の間にこれだけ立て続けに致命傷を受けたヒロインは商業ベースでもそうそういないだろうね」
【理奈】『…………』
苗時さんお得意の主人公論を聞き流し、私は10秒と言わず3秒でゼリーを飲み干した。
【??】「…………」
一方、私の目の前にいる黒い塊は苗時さんが現れてからずっと沈黙を続けていた。
間違いなく警戒しているのだ。『楽園派』を率いるエルダーの存在を、ここに現れた意味を……
【理奈】『でも、どうしてここに――?』
【静】 『先ほど都築から連絡を受けてね。君がエルダーを見つけ、追跡している≠ニ。それで私もここに来たのさ』
【理奈】『………………え?』
お店で聞いた話によると、『夜宴』に加盟している氏族《クラン》の長老の魔女《エルダー・ウィッチ》は所属する魔法少女たちの居場所をトレースする事が出来るらしい。
それはいいんだけど、私は当初エルダーを追いかける為に店を出た≠けじゃない。追いかけた相手が結果的にエルダーだっただけだ。
どういうことだろう?
【静】 『……なるほど。担がれたわけだね、私は』
【理奈】『あの、何か……すいません』
【静】 『いや? 構わないよ――――』
――刹那、空気が氷結した――――ような気がした。
ううん、実際、そうだったのかもしれない。初めて見る苗時さんの魔装姿は、そういうイメージをもたらすものだから。
【静】 「近くに立ってようやく分かったよ。内在する強大な魔力量……何より、そこに倒れている零子くんから伺える残虐性」
白装束に黒い帯。その姿はまるで北国の伝承に謳われる氷の妖し。雪の麗人へと変幻した苗時さんが、静かに囁く。
【静】「咎人はこの化け物で間違いないようだ」
【苗時さんがここに来た理由→魔装】【続きます】
直後、苗時さんが来てから黒い塊が初めて言葉を発した。
【??】「化け物、ですか。自分でもある程度自覚はありますが、非道い言われようですね」
【静】 「何だ、喋られたのか」
【??】「ええ」
【静】 「ふむ、ならば武勇の誇示ではなく一応の礼儀作法として名乗っておこうか。はじめまして、かな?
私の名前は苗時 静。『楽園派』を統括しているものだ。君は?」
黒い塊は……いえ、その正体であるお姉さんは、数秒の間を置いた後に短くこう答えた。
【真央】「まお」
【静】 「へえ、まおさんと言うのか。それではまおさん。
今日君が起こした出来事により、我々は多大な被害を受ける恐れがあるんだ。その事は自覚しているのかな?」
【真央】「知りません。いいですよ、そういう周りくどいのは。つまり、私の命が欲しい……そういう事でしょ?」
【静】 「話が早くて助かるよ。それじゃあ――――『夜宴』を震撼させたこの一連の事件、君の死を以て終幕としよう」
再び、空気が凍りつく。
【静】 「贖罪の眠りにつく覚悟はいいかな?」
【真央】「…………贖罪?」
【静】 「ああ、罪を償ってもらう」
【真央】「へえ、他人の命を差し出す事で自らの許しを乞うわけですね、『あなたがた』は?」
黒い塊がくぐもった嗤い声を漏らし、白い魔女が眉を顰めた。
【真央】「おかしな事をいいますね。『私たち』が一体どんな罪を犯したというのでしょうか」
【静】 「…………」
【真央】「だってそうでしょう?
元々この世界は『個と個の戦い』がルールです。あらゆる存在が他者から奪う事を許されているんですよ。
私がどんなにどんなにどんなにどんなに祈っても≠サれは変わらなかった……」
【静】 「続けなさい」
【真央】「どうしてでしょうか」
お姉さんの言葉に、問いかけの響きはなかった。苗時さんは答えない。
【真央】「それこそが神様の望んだルールだからです」
しばしの沈黙。
マオさんがそれ以上何も言わないのを待ってから、苗時さんが口を開いた。
【静】「言いたいことは、それだけかい?」
私が『楽園』を作ろうと決意した時のことを思い出したよ……で始まり、苗時さんは語り始めた。
えーと、ごめんなさい。ちょっと長くてクドいので割愛します!
【静】「(省略)――だからこそ言おう。君は裁かれるべき存在だ」
【戦闘開始直前】【あと1レスで終わります】
グランド・レヴァリエ・スクエア。
この地域の基幹駅の駅前に位置する超高層ビルディングだ。
その高さは約250m。階数にして47階に達し、日本の高層建築物の中でも5本の指に入る。
その主な用途は企業のオフィスだが、5階建ての商業棟も併設されており、平日には出勤する会社員で、休日には買い物などを楽しむ家族連れで大変にぎわう。
上層階には眺望を楽しみながら食事が出来るレストランなどもあり、この街でも指折りの名所の一つ、と言えるだろう。
さて、このグランド・レヴァリエ・スクエアの建物案内を見ていると、目ざとい者はいくつかの奇妙な点に気がつくはずだ。
一つ。これだけ高層の建築物ならあってもおかしくない、展望スペースのような物が存在しないこと(レストランはあくまでレストランで、展望をメインにした施設ではない)。
一つ。それどころか、最上階から5階分には何の施設もない、とされていて、平面図も公開されていないこと。
一つ、建物の中心部付近に、どのフロアにも3m四方ほどの謎のスペースが存在していること。
以上の3点だ。
ある程度洞察力がはたらくなら、最上階近辺に何らかの施設がある、と想定するのは自然な考えだろう。しかし、その先にたどり着く物はなかなかいない。
答えを明かそう。
グランド・レヴァリエ・スクエアの最上階から5フロア分。
そこは、この建物を所有するある一族の……より正確に記すなら、その一族に属する少女の私邸なのだ。
一族の名は、大饗家。
少女の名は大饗いとりと言う。
草枕夜伽とイナザワを乗せたハイヤーは、街中を縦横無尽に移動していた。
普通に目的地に向かうだけならこんなに時間をかける必要も無い。あからさまな時間稼ぎとルート偽装だった。
観光用の周遊バスが1時間半かければ一周できるこの街で、ハイヤーは実に3時間近くも移動を続けたのである。
さて、移動時間が3時間に達しようかという頃。
夜伽たちにまだ外の景色を楽しむ余裕が残っているなら、今居る場所がこの街の基幹駅の駅前であることがわかっただろう。
辺りを見ればすっかり暗くなり始め、代わりとなる街灯もまだ仕事を始めるか否かと言ったような頃合で。
ハイヤーは突如、蛍光色の明かりに包まれた建物の入り口に進路を向けた。
ハイヤーが進むのは、地下に向かう車専用通路だ。らせん状にこしらえられたループをぐるぐると7階層分くだり、最下層と思しき駐車場フロアに到着する。
そこに停まっているのは、どれもマニアが見れば卒倒するようなレベルの高級車(それも「実用的な方面で」高級なほうの、だ)の一群。
夜伽が調べれば、その全てに魔法的保護がかかっているのがわかっただろう。
ハイヤーはその片隅に、静かに停車した。
「長旅、お疲れ様でした」
後部座席の扉が開き、夜伽たちに声がかけられる。移動中無視を決め込んでいた運転手、ではない。
白髪をきれいに撫で付け、嫌味に為らない程度に装飾を施した丸眼鏡をかけた、執事服の男性である。
「こちらへお越しを。我らが主人がお待ちです」
執事は言う事を言い終えると、すたすたと歩き出した。
夜伽たちがついて来るならばよし、そうでないなら、と言う態度が鮮明だ。
夜伽はここを力づくで突破しようと考えるかもしれない。だが、すぐに思い直すことになるだろう。
なぜなら、先ほど図書館で交戦した黒木と似たような姿の20人ほどのサングラスつき黒服たちが、執事が歩む道の両側をびっしりと埋めているのだから。
夜伽とイナザワが執事についていった場合、彼は空間の中央に立つ3m角ほどの柱の前まで二人を誘導し、立ち止まる。
目立たないよう柱に刻まれたスリットに執事がカードキーを通すと、しばらくして柱の一部が横開きに開く。エレベーターだ。
「どうぞ。主人は上であなた方をお待ちしております」
執事は一礼して、夜伽たちにエレベーターに入るよう促す。
これは、天国への階段か、地獄への門か。
すくなくとも、夜伽とイナザワに、知る由は無い。
エレベーターの階数表示が一つずつあがって行く。
私の居る43階まで到着するのは、すぐだ。
さて、慣れないけれど、やるしかない。楽しい楽しい交渉の時間だ。
なに、私には親父殿と母さん直々の薫陶がある。やってやれないことは無いはずだ。
41,42,43.
エレベーターの扉が開く。中に居た二人が目にするのは、まず、赤を基調とした豪奢な絨毯。天井できらめくシャンデリア(中くらい。エレベーターホールに大きいのは流石にね)
そして、突き当たりの壁の付近に立つ、豪奢な黄色のドレス……魔装に身をまとい、王冠をかぶった少女。
つまり、私だ。
「やっほー。ようこそ私の家へ、草枕夜伽さん。それからえーと……夜宴の撮影者さん。
私はいとり。大饗いとり。大きな饗宴から宴とっておおあえで、いとりはひらがな。私より親父殿が有名だからテレビとかで見てるかもね?
じゃ、とりあえずおもてなしと行こうか。ついてきてー」
くるりと90度回転し、一歩一歩歩を進めていく。
うちのお抱えシェフの料理とデザートで、まずはお腹から懐柔といこう。
【ハイヤー:夜伽、イナザワを載せていとりの本拠地へ。
いとり:ついに動く(物理) 二人をお出迎え。】
【静】「――だからこそ言おう。君は裁かれるべき存在だ」
目の前に立つ黒い異形の意思を確認して、自分が何故『楽園』を守り続けたのかを語り終えて。
苗時さんはそう結論付けました。
【真央】「なるほど……つまるところ弱者の保護と専守防衛、それを邪魔するものは速やかに排除するのがあなたの考え方というわけですね、苗時 静?」
黒い塊が、いえ、マオさんが含み笑いを漏らす。
【静】 「おかしいかな?」
【真央】「別に」
マオさんは少しの間黙り込むと、苗時さんから視線を外して次のような感想を告げた。
【真央】「実にこの国の人間らしい発想だな、と」
【静】 「…………」
何だろう、ここにいない誰かに話しかけているような……
【真央】「最後に一つ」
【理奈】「…………?」
【真央】「――And do not fear those who kill the body but cannot kill the soul.
But rather fear Him who is able to destroy both soul and body in hell. (Matthew 10:28)」
苗時さんが見つめる前で、黒い塊が悠々と何かの一節を諳んじる。
詠うように。
挑むように。
後で知ったことなのだけど、それは彼女に残されていた信仰≠フ欠片だったらしい。
【真央】「…………さて、あなたに私が裁けますか?」
※ ※ ※
――結果だけを伝えると、最後に立っていたのは苗時さんの方でした。
戦いの詳細は私にもよくわかりません。あまりの『寒さ』にしばらく気を失ってしまっていたみたいで……
目を開くと、そこには雪原が広がっていました。枯芝に覆われていた地面が、真っ白になっていたんです。
その中に魔法核を持った苗時さんと、傍らに置いてあった大きなスーツケースを見て、何となく状況を理解しました。
目覚めた私に気がついた苗時さんが私に声をかけます。
【静】 「やあ……今回は、命拾いをしたようだね」
【理奈】「あ、ありがとう……ございます……」
【静】 「違う。私のほうがだ――」
【理奈】「?」
【静】 「さて、都築のところに行こうか。目立くんの治療を頼めるかい?」
【理奈】「は、はいっ!」
その後、私たちはタクシーを拾ってここまで戻ってきました。
【回想編・終了】
南雲さんや萌さん、剣士さん、そこにいなかった全員の顔をもう一度見て、私は締めくくった。
【理奈】「――私が知っているのは、これで全部……です」
長い話を終えた私の口から溜息が漏れる。何だか、ドッと疲れた。
【麻子】「要するに、この店を襲った奴がエルダーでお前がそいつを追いかけた後にゆりかが苗時に電話を入れた。
で、駆けつけた苗時がそいつを倒してお前と一緒にここまで戻ってきた――そういうことだな?」
【理奈】「う、うん……」
そういうことです、麻子さん。二行でまとめられちゃうと、身も蓋もないけど( ̄∀ ̄;)アハハ...
【屋守】「ふふん、ひとまずはコレで一件落着ってわけだな? ところで苗時よ、そのでかーいスーツケースの中身はなーんだー?
お前が聞いて欲しそうなのに誰も触らないから、敢えて聞いてやるよ?」
屋守さんの発言に厨房の雰囲気が一瞬だけ揺れ動く。き、聞いちゃうんだ……?
【静】 「お気遣いどうも。ああ、コレの中身はお察しの通り――――咎人さ」
ケースの蓋が開き、幽かな冷気の煙が床へと流れる。直後、
ゴトッ
という音を立て、制服を着た少女の身体が投げ出された。横向けに倒れた寝相が、実際は全く正反対のものなのに、胎児の姿を連想させる。
そのとき、叔母さんの口から「ペスカトーレ……」と呟くのが聞こえた。気のせいかな?
【静】 「何か言ったかい、都築?」
【ゆりか】「いいえ――ところでここ、飲食店なんだけど?」
【静】 「固いこと言うなよ、休業中だろ。
……まあ、ご覧の通りさ。魔法核は抜き取り、亡者化を防ぐ為に死んだ状態≠ノしてある。
本当は首だけでもよかったんだが、見た目がゴツいし、何より切り離す手間が大変だからね」
色々と手遅れだと思います。
【静】「――勘違いしないでくれよ? わざわざ見せるのにも理由があるんだ。
そこの黒い君……そう、君だ。都築から一応話は聞いている。君はこのエルダーと面識があるようだが、本人で間違いはないかな?」
私は……恐る恐るそこに転がっている顔を見た。
青白い肌にも光を喪った眼にも、全く生気は感じられなかったが、変身前に遭遇し、私が殴りつけた人で間違いないようだ。
でも、何だろうこの感じ。人の死体を見ているはずなのに気持ちが全く揺らがない。
こうやって、段々と他人の死にも慣れてしまうのかな……私たち。
顔を上げる。みんなの表情が読めない。――ただ、屋守さんだけが、ゴミ箱と萌さんを交互に見つめながら……笑っていた。
小学生並の感想だけど、やっぱり悪魔だと思った。
実際小学生だけど。
【佐々木さん、メンバー全員に検死依頼&本人確認】【たいへんお待たせいたしました。私のターンは以上です】
>「おいおいマジかよ……!お前、坂なんとか、お前!
> ――魔法少女になってからまだ一週間も経ってないじゃねーか!
> それでそこまで狂ったのか?あたしの知るかぎりじゃ最速レコード保持者だぜ、お前!」
「やっぱり。悪魔は――悪魔。か」
南雲と屋守の会話を聞きながら、佐々木真言はざわりとざらついた気配を一瞬だけ顕として。
刀を手で握りしめることで精神の平衡を保ち、その小さなつぶやきを空間にかき消した。
南雲の狂いぶりも、納得している。そも、多かれ少なかれ狂っていなければ、良く分からないものに願いを託したりなどはしない。
「……なる。ほど」
理奈の話を聞いた上で、佐々木が最初に考えることはエルダー級の境遇などではなかった。
思考する。目の前の静がもし敵となった場合に、己は勝利することが出来るのかを。
未だ見せぬ奥の手はある、だがこの異質なあまりにも強大な力を屠ることが出来るのか、佐々木は戦慄する。
あのエルダー級すら手玉に取り、こうしてここに持ってくる℃魔フできるほどの実力。
戦慄し、手をぎしりと握りしめる。がくがくと震えを帯びる、傷跡の目立つ右腕。それを魔法で押さえつけて。
その上で、押し込めた臆病さを己の魔装に覆い隠し、佐々木は濡羽色の瞳を僅かに細め、こぼれ出たそれを視認した。
(――強い。氷とか、剣で切れるものなら良いけど。
切れないもの――冷気とかだったら。凍らされる前に斬り殺すしか無い。
……怖い。やっぱり、これも――エルダー級。私が、屠るだろう罪人、か)
眼前の隔絶した実力差に対して、己がどこまで食らいつけるのか、少女は思考を回転させる。
咎人。しかしながら、このエルダー級を屠った者もまた、数多の夢を手にかけてここに居る筈だ。
ならば、彼女もまた咎人。そして、己もまた咎人。咎人が咎人を裁くというその皮肉に、佐々木真言は本日初の自嘲気味な笑みを静かに零す。
>【静】「――勘違いしないでくれよ? わざわざ見せるのにも理由があるんだ。
> そこの黒い君……そう、君だ。都築から一応話は聞いている。君はこのエルダーと面識があるようだが、本人で間違いはないかな?」
静の声を受けて尚、身体をぴくりとも動かさなかったのは、自己支配が完全であったゆえか。
声を受けて、ゆっくりと顔を上げて。僅かに掠れた声を零し、咳き込む。
感情を努めて隠す、漆黒の瞳。澄んだ水面の様な双眸に、魔法少女が写り込んだ。
「ささ……っこほ。佐々木真言。黒い君ではない。よ。…………、一応。よく見る。確認。するから」
己の名を名乗り、ゆっくりと歩みを進める。そして、しゃがみ込みエルダー、西呉真央を視認する。
己の目で、五感で、確認する。それが、あの死地にて一時的に共闘し、惨殺した魔法少女の核を己に押し付けたエルダーだという事を。
そして、己が屠ると決めていた敵が、こうして己の知らぬ所で斃されていた事を改めて実感する。
これが己の倒すべき敵であったことを確認した時点で、佐々木は有る一つの事に気がついた。
わずかに心に生まれる波紋。それを、黒いヴェールで覆い隠して、表向きは変わらぬ様子のままゆっくりと立ち上がっていく。
「――私の知るエルダー級で。間違いない。
そして。彼女が死んだという事は。私の現在の目的は。達せられたという事に。なる。
彼女を倒してくれた。事に、感謝する。私ではきっと。難しかった、から」
これが、間違いなく己が知るエルダー級である事を認識した上で、彼女を倒したことに礼を述べる。
佐々木真言は正義の味方でも英雄志望者でもない。最終的に悪が居なくなったのならば、己が手を下さなくとも問題はない。
屠るべき罪人が一人減った事に対しての感謝を述べ、その後に佐々木はくるりと転身して他の皆に黒い瞳を向けた。
「坂上南雲。神田理奈。奈津久萌。猪間麻子。えと。店主。……迷惑をかけて。その。すまない。と、思う。
坂上。義手に金が要るなら。電話。して。私。携帯持ってない。から。……多分、朝と夜以外。出れない、けど。悪かった。
それ以外で今後。君たちが。私の、斬る。相手で無ければ。会うことは、無い。筈。たぶん」
ゆっくりと佐々木は頭を下げる。ふわりと風を孕んだ、プラチナブロンドのボブカットが揺れる。
またゆっくりと上げる顔。無表情で淡々と述べられるのは謝罪の言葉。
結果として、必要もないのに南雲の腕を切り落とすことになった事。それに対して、少女は申し訳ないと口にして。
そして、黒い少女は店の裏口へと、ゆっくりと歩き出していく。
「……じゃあ。家に帰る。私」
倒置法で帰る意志を口にして、もう一度小さく頭を下げると振り返ること無く少女の背は消えていき。
店から消え去って10秒もした後に、灰色の袴をなびかせて少女はまた戻ってくる。
「財布。忘れた。……定期無いと。帰れない」
バックヤードをきょろきょろと周囲を見回しながら、ゆっくりと店内に戻ってくる少女は、少々滑稽だったろうか。
そもそも、電話をしてと言ったは良いが、電話番号を教えても居ない。
静かな佇まいと、重い気配に反して案外にもこの少女はそそっかしいのかもしれない。
ほ
【テンダーパーチ・ホール】
>「全くだよ、まだいてーっつーの。気ぃ緩めると取れそうだし」
「ま、まあ、腕の二三本吹っ飛んでからが本番って言うしね、魔法少女……」
腕なんかも一回取れるとなんだか"取れ癖"みたいなのがついてしまいそうで怖い南雲である。
すでにロケットパンチをやらかした身だ。
着脱可能ならそれはそれで有効活用できるのかもしれない。
と、そんな軽口を萌と叩き合ってる傍で、ようやく人心地ついた理奈が事情の説明に入った。
掻い摘むとこうだ。
店を襲撃してきた所属不明の敵性存在を追跡した理奈は、辿り着いた先でエルダー級と交戦。
歯が立たず瀕死にまで追い詰められたが、土壇場で駆けつけた増援=苗時により救出。
そのままエルダー大戦が勃発し、最終的には苗時が勝利し、敵をトランクの中に確保してきた。
>「――私が知っているのは、これで全部……です」
南雲は黙って聞いていたが、理奈が首筋を食いちぎられた下りで二三回卒倒しかけた。
それでもなんとか意識を保ちつつ最後まで聞き、改めて深く息を吐いた。
「本当に、生きてて良かった。"死にかけ癖"がついちゃってるよ、理奈ちゃん……」
個人的な見解を言わせてもらえば、魔法少女戦において死んだり死にかけたりする一番の原因は実力不足ではない。
実力を鑑みずに戦いに突っ込むことこそが死と蜜月を結ぶ一番の近道なのだ。
苗時に言わせればそれもまた主人公の要件なのだろうけども。
>「お気遣いどうも。ああ、コレの中身はお察しの通り――――咎人さ」
屋守に水を向けられて、所体なさげにしていた苗時がスーツケースを開く。
理奈の話から察しはついていたが、案の定出てきたのは人間の死体だった。
否、魔法少女を人間と呼んで良いのかは知らないが、少なくとも見た目はヒトの少女のそれである。
「ああ、やっぱり……」
やはり。今日の午前、守本祝子との第一種接近遭遇の際にホールの隅で読書をしていた客だ。
念信を使った南雲を魔法少女だと知った、真言を除けば唯一の部外者。
何故テンダーパーチにいたのかは、それこそ偶然や気紛れ以外に説明は付かないが、
皮肉にも三度目の来店は無言の帰還となった。
人間の死体を見るのはこれが二度目だ。
一度目は――他ならぬ南雲が殺害した相手。馳走知史の射殺体。
既に、死体を見ても特段心を動かされずにいる。
ほんの一週間前までは虫だってよほどでなくちゃ殺せないような人畜無害だったのに。
嫌な慣れだなあと、我ながら思った。
>「――勘違いしないでくれよ? わざわざ見せるのにも理由があるんだ。
そこの黒い君……そう、君だ。都築から一応話は聞いている。
君はこのエルダーと面識があるようだが、本人で間違いはないかな?」
「首実検ってわけね。わたしも顔は見てるけど、午前の客=エルダーって証明はできないし」
"エルダーとしての"この女と対面して、生き残っているのは佐々木真言しか存在しない。
だから彼女の承認を以て、この死体を『縁籐殺しの首級』と正式に認定する作業が必要なのだ。
あとはこのまま死体ごと隠形派へ提出すればとりあえずの義理は立つ。
真言が口裏を合わせている等の因縁はつけられるかも知れないが、
そこはそれ、魔法があるのだから真偽ぐらい自分で判断せよとの反論もできる。
>「ささ……っこほ。佐々木真言。黒い君ではない。よ。…………、一応。よく見る。確認。するから」
真言が暫定エルダーの首を検める間、南雲は残った手で顎を叩きながら漠然とした思考を練っていた。
エルダー同士の戦闘。と言うからには、相当な規模での大魔法戦になったのだろう。
なにせ、単純計算でも南雲の7倍は固い魔力量を持つもの同士が殺し合いをしたのだ。
魔力量6000ともなれば、強力な魔法を撃ち放題だろうし、威力も桁違いだったに違いない。
そして、
(エルダー級を倒したってことは、魔法核も相当鹵獲できたんだろうなあ。
その場で"あがり"になったりしないのかな)
同調なしとすればエルダー級に至るに必要な魔法核は60個。
それを全て苗時が得たとすれば、魔力量は一気に一万の大台に乗りかねない。
それでもあがらないとすれば、100人分の魔法でも叶わない願いって一体なんなんだろう。
(いや、でも待って……同調してる魔法核の数次第では、同じ魔力量でも魔法核の数は激増減する。
エルダーでも一個同調してれば総数は30個だし、同調二個なら20個、三個なら15……。
鹵獲できた魔法核の数からは、相手の魔力量は正確に判断できない――?)
最大数の60個を鹵獲できでもしない限り、倒した相手がエルダーだったとは言い切れないのだ。
極論を言えば、この死体がエルダーでもなんでもなく、それこそ替え玉だったりしてもおかしくはない。
死体がエルダーであると立証する根拠がない。
>「――私の知るエルダー級で。間違いない」
考えがまとまりきらないうちに、真言が検分の結果を述べた。
縁籐きずなを殺害した犯人と同一であるとのお墨が付いた。
考え過ぎか――と南雲がまとまらない思考をうっちゃった目の前で、真言は更に続けた。
「そして。彼女が死んだという事は。私の現在の目的は。達せられたという事に。なる。
彼女を倒してくれた。事に、感謝する。私ではきっと。難しかった、から」
「あ……」
そうだ。
南雲達が腕ぶった斬られながら繰り広げたあの戦闘は、真言に協力するか否かを決める戦いだった。
そして真言と手を組む目的こそは、このエルダーの討伐の為だったのだ。
大元の目的が消滅したいま、真言が南雲達と共同戦線を張る意味は薄い。
>「坂上。義手に金が要るなら。電話。して。私。携帯持ってない。から。……多分、朝と夜以外。出れない、けど。悪かった。
それ以外で今後。君たちが。私の、斬る。相手で無ければ。会うことは、無い。筈。たぶん」
真言が頭を下げる。色素の薄い髪が揺れる。
そこで南雲もまた、言葉少なな彼女が言わんとしていることをなんとなく理解した。
(わたし、片腕斬られ損――!?)
エルダーが討伐され、魔法核の増減もなく、真言ともここでお別れ。
そうなれば、一連の騒動の前と後で変わった点は南雲の片腕がなくなったことだけとなる。
骨折り損のくたびれ儲けどころか、骨も肉もぶった斬れているわけで、収支的には赤字もいいとこであった。
>「……じゃあ。家に帰る。私」
愕然とする南雲の表情を見てか見ずか、真言は踵を返すともう振り返ることなく退店していく。
「ま、待って!」
その背中へ南雲は思わず呼びかけるが、ヘッドホンに阻まれて聞こえないのか真言は停まらず出て行ってしまった。
で、すぐに戻ってきた。
>「財布。忘れた。……定期無いと。帰れない」
多分もうちょっとテンション高かったらズコーっと昭和なリアクションをしてたと思う。
「……忘れ物ならバックヤードに置いてあるよ。それより帰るのちょい待ち。
このままアディオスってのも寂しくない?お互い文字通り腹割った仲(物理的な意味で)なんだしさ?」
萌の蹴りは真言の腹のかなり深い部分までえぐっているはずだ。
近接系の魔法少女ならば回復も早かろうが、魔力を使い切るような戦闘の後だ、あまり無理はできまい。
「ほら、まだ理奈ちゃん(の魅力)を紹介し切れてないし。
それに真言ちゃんの討伐対象って、なにも"このエルダー"だけじゃあないでしょう?
まあそこにももう一人いるけどさ、エルダー。こっちは建前上わたしのお友達だから斬っちゃだめね」
真言をここから返しちゃ駄目だ、と殆ど直感で南雲は思った。
来たるべく隠形派との折衝の際に、証人として身内でない者が必要だったのもある。
新米組としては、中堅の近接アタッカーとして頼れる戦力である真言を手放したくなかったのもある。
だがなにより、この直角な魔法少女は、ここで別れればまた一人きりで戦い続けるのだろう。
誰にも頼らず、存在を摩耗し続けるのだろう。
それはとても寂しいことだと、南雲は思うのだ。
だからたまには、去る者の手を引いてみよう。
南雲が標榜する『信念としての魔法少女』ならば、きっとそうするだろうから。
【真言ちゃんを引き止める】
【草枕夜伽(+イナザワ):黒のハイヤー内】
俺と夜伽を載せたハイヤーは、防弾車としては驚きの静粛性で図書館を後にした。
鉄板を重ねるせいで糞重い車体を動かすためにエンジンを吹き上げる気配すらない。
トルクの太いディーゼル仕様なのか、あるいは文字通りの『魔法の車』なのか。
マクフライ少年は科学技術の結晶たる自動車デロリアンに乗って過去へ跳んだが、
魔法のクラウンはさて俺達をどこへ連れて行ってくれるのか……。
とかなんとか言っちゃって。
あまりに暇すぎてモノローグを凝っちまったぜ。
なにしろかれこれ、三時間近くも車は市内を走り続けているのだ。
『当たり前だけど、ルート偽装と追跡対策ね。こっちも氏族の代表でお招きあずかったんだもの。
仲間の所在を捕捉しておこうとする動きは充分予想され得ることだわ』
夜伽が俺の手に自分の手を重ねて直通念信を送ってくる。
念波を介さないので傍聴対策になるが、女子高生に手を握られてドキドキしない奴は男じゃあねえよな。
『隠形派そのものには動きを探られたくないってことか。夜伽本人に用があるって感じでもねえようだが』
『向こうさんのヤサが割れた時点で、隠形派(うち)が強襲をかける可能性を懸念しているんでしょう。
氏族まるごと一つと全面的にことを構えるつもりはないみたいね――現段階では、だけれど』
夜伽も俺も、隠形派/夜宴派という団体の窓口に過ぎない。
重要な決断をするのは組織の頭であって俺達ではない。
ならばこの会合の意味は、知っていることを教え、知らないことを教えてもらい、組織の情報として吟味するだけのことだ。
そういう意味じゃ、本番はこれから行う会合ではなく、その後家に帰ってからとなる。
まあそれはいいんだけど本当に暇だ。マジで。
俺も夜伽も、積極的におしゃべりするタイプではないので、念信での話題も即刻尽きた。
夜伽は窓の外の景色から目を離さない。もしかして本当にナンバーで四則演算してんのか?
暇つぶしのタネを捜して、もう何度目になるかもわからないがスマホに手を伸ばす。
表示されるアンテナの数はゼロ。当然のように圏外……。
眼鏡に付与された念信で夜宴本部に連絡をとろうにも、ひどいノイズで送信も受信もままならない。
この車、電波的にも魔法的にも厳重にシールされていやがる。
俺が愛用しているオセロアプリは、ネット経由で世界中の相手と対戦できる大変素晴らしいものだが、
圏外にあっては完全に死にアプリとなっていた。
『なあ、窓の外にそんな面白いもんでもあんのか?もう何回も同じところを通っている気がするぜ』
荒廃した心に少しでも潤いが欲しくて、隣の女子高生に直通念信で声をかける。
そして、他愛無い内容でも口に出さなかった自分の判断を自賛することになった。
夜伽が眺める視線の先。
窓硝子に、小さなトカゲ状の生き物が張り付いていた。
白く、のっぺりとしたデザインで、赤い両眼だけが全体に色彩を加えている。
白蛇をトカゲ型にむりやりリサイズしたかのようなその小動物は、実在するトカゲではない。
『"ボス"の式神。図書館から出るときに、車に張り付かせておいたのよ』
夜伽が"ボス"と呼ぶこのトカゲの主は、隠形派のトップに君臨するエルダー・ウィッチである。
俺も担当になってからまだ直接会ったことはないが、夜伽からいろいろと話は聞いている。
『式神』と名付けた強力な使い魔を複数使役し、本人は姿すら見せず敵の屍だけが彼女の存在の痕跡なのだと言う。
強力な使い魔で暗躍って点でこれから会う黒尽くめの親玉にも通じる点があるかもしれない。
夜伽が図書館で制圧活動を始めた時、ボスより使い魔を一匹貸与されていたそうだ。
戦闘能力は皆無だが、隠密性に長け、魔力の残滓すら残さず諜報活動が可能なトカゲ型。
並の魔法少女の使い魔であれば魔力源を辿られかねないが、そこはやはりエルダー級の面目躍如ってところだ。
『窓越しに指文字であらかたの事情は伝えたわ。
追跡対策をされているから、ダビさんとみそぎの二人を監視につけているみたい』
言われて、俺は首を動かさずに視線だけでバックミラーを見て、ハイヤーの後続車両を確認した。
つい先程までステーションワゴンが後ろについていたが、今は二人乗りのハーレーが走っている。
半ヘル革ジャンでハンドルを握っているライダーの顔を、俺は知っていた。
ダビさん。隠形派に所属する間接支援型魔法少女だ。
本名は普通に日本人名だけれど、本人が自分のことをダビさんと呼ばせたがるのでそう呼んでる。
エンジンのついた乗り物であれば何でも具現化でき、またその生成物の運動性能を物理限界まで引き上げる固有魔法を持ち、
隠形派ではもっぱら戦闘人員の輸送や撤収、敵の追跡や偵察など機動性を問われる役柄を担当している。
モジャ髭に禿頭の豪快な中年男性だが、魔装を纏うと金髪巨乳のチアガール風魔法少女に変身する。
いろんな意味で業の深いおっさんである。
ダビさんは同じく間接支援型の『大祓(おおはら)みそぎ』とバディを組んで行動する。
大祓についてはいずれ紹介するとして、彼らが追跡任務に適任な理由は機動力の他にもう一つ。
ダビさんの固有魔法。アシを乗り捨てては新しいのを作って乗り換えをほぼ無限に繰り返せる。
よってこういうオーソドックスな追跡封じ、同じルートをぐるぐる回って後続車両を炙り出すなんて手法にめっぽう強い。
乗り換えるごとに変装まで変える徹底ぶりで、これまでいくつも敵の本拠地をすっぱ抜いてきたのだ。
俺は数瞬の確認に留めると、深くシートに腰を預けた。
見れば、車が新しいルートを辿ろうとしている。
これまでになかったルート。ようやく入念な尾行撒きを終えて、本当の目的地へ向かうようだった。
* * * * * *
* * * * * *
「って、ランドマークど真ん中じゃねえか!」
吸い込まれるよう地面を滑っていくハイヤーの中で、俺はつい声を荒らげてしまった。
どこの家屋やら雑居ビルに連れ込まれるかと思ったら、ハイヤーが最後に向かったのはこの街で最も目立つ高層ビルだった。
「グランド・レヴァリエ・スクエア。
企業城下町であるこの街の枢軸企業が出資して建てた多目的高層ビルディングね。
街のどこからでも見える、文字通りランドマークとしてこの街を象徴するような人気を誇る建物よ。
東にスカイツリーあれば、この街にグラスクありってところかしらね」
「なんだそのるるぶから引っ張ってきたみてーな解説はよ。
つうか、ルート偽装する意味あったかこれ?一度きたら忘れようにも忘れられねーだろ」
「あたし、ここの商業棟でバイトしているのよね……二階のスタバで」
「バイト?お前が?そのマイペースさで?」
「適当に作って出せば良いのよ。どうせオーダーの呪文なんか言ってるお客もわかっちゃいないわ」
「最悪だなお前!」
就労態度が舐め腐りすぎだろ。
でもまあ、スタバの呪文意味不明すぎて気後れするのは俺も経験あるからわからんでもない。
あれもっと日本語で簡素にしてくんねーかな。
「量多め砂糖抜きミルクマシマシとか?」
なんか脂でギトギトしてそうなコーヒーだなそれ……。
いや、しかし案外二郎方式のオーダーを取り入れた喫茶店とか流行るかもしれん。
こう、カウンター挟んで向かいで店主が大鍋でコーヒー沸かしててさ。
食券机に叩きつけて『濃い目、砂糖チョモ、ミルクなしで!』とかコールすると、
店主もダァン!とコーヒー入りのカップをカウンターに叩きつけてサーブしてくれんの。
そんで隣の奴と熱々のコーヒーどっちが早く飲めるかバトルになったりすんのな。
「喫茶店の趣旨とは完全にかけ離れた店になるわねそれ」
うんまあ、喫茶は出来ねえな。
回転率はめちゃくちゃいいんだろうけど、コーヒー飲むためだけに喫茶店来る客はそうそういまい。
休憩したり待ち合わせたり時間つぶしたりするための場所なわけだから。
ああいかん、話が脱線しすぎた!そうこう言ってるうちにハイヤーはグルグル通路を降りて地下へ!
>「長旅、お疲れ様でした」
最後まで静粛に走りきったハイヤーが停車すると、後部座席のドアが丁寧に開かれた。
老紳士の顔が入ってきて、俺達に目的地へ到着した旨を告げた。
マジでお疲れ様だぜ。くたびれたって言ったほうが正しいかもだけど。
夜伽の後に車を出て、三時間姿勢座りっぱなしだったせいで凝り固まった筋を伸ばす。
「駐車場……利用客の為の、って雰囲気ではないわね」
夜伽があたりを見回しながら所感を述べた。
俺も見るが、確かにこりゃ一般客用の駐車場じゃあねえな。
なにせ、白線の中にずらりと並んでいるのは見ただけでその価値がわかってしまうレベルの高級車達。
それもポルシェとかBMWみたいなスポーツ系の高級車じゃなく、マジもんのやんごとなき人種が乗る奴。
金の掛け方を走行性能ではなく乗る人の快適居住性に全振りした系のラインナップだ。
ベンツも当たり前のようにSクラス。やけっぱちのように胴長なリムジンまである。
おいマジかよ、ロールスロイスのファンタム6とか映画の中でしか見たことねーぞ、おい……。
「これ一台でこの街ならお家が一軒買えちゃうぜ、夜伽……」
「車の種類はよく知らないけど、尋常じゃないことは確かね。
防御魔法がいくつ掛かってるの?対物理、対魔法共に恒常運用が可能なレベルでは最強クラスよ」
「それってどれくらい凄いんだ?」
「そうね……このビルの屋上から落とした鉄骨が直撃しても多少凹む程度、かしらね」
「お、おう……それなら戦車砲でギリダメージ与えられるレベルだな、無敵ではねーな」
戦車砲レベルの攻撃魔法の使い手なら、夜宴の上位クラスに何人かいる。
仮に戦闘になったとしても、めちゃくちゃ硬いけど決して倒せない相手ではないというのは希望が持てるな。
しかしそんな俺の目測とは裏腹に、夜伽は自分の腕を抱いて俯いた。
「このプロテクトの尋常じゃないところは別にあるわ。
恐ろしいのは、それほどの超質量攻撃をぶつけても、『乗っている人』には揺れ一つ伝わらない、こと。
鳥肌が立つわ。この魔法の設計者が求めているのは搭乗者の"安全"ではないのよ」
「……なんだよ、そりゃ」
「――"快適性"。護衛対象は護れて当然、その先の不安も不快も与えないことに、偏執的なまでに拘ってる」
夜伽の言った偏執という言葉の意味が、俺の脳裏に溶け込んでくる。
しっそ妄執とすら言える、徹底的すぎる防御。
そこから伺えるこの車の持ち主の性格は、決して『臆病』ではない。
自身を不快たらしめるものがあってはならぬという、絶対的な王者の視点。
狂王の思想だ――!
>「こちらへお越しを。我らが主人がお待ちです」
その『主人』への言及が黒服からあり、俺は息が止まりそうになった。
待っている。この車に乗り、そして俺と夜伽に掌の上で繰糸をくくりつけようとする存在が。
なんとなく楽天的に捉えていた俺だったが、ここへ来てぬるりとした汗が背筋を降りるのを感じた。
『……いまから逃げて、間に合わねえかな』
『止めはしないけど、お勧めもできないわね。回りを見てごらんなさい』
言われて、車に釘付けだった視界を広げてみる。
するといるわいるわ、黒服姿の連中が一山いくらの状態で整列していた。
図書館で戦ったあいつと同じ術者の使い魔だとすれば、こんな絶望的な光景もない。
あれ一人でもめちゃくちゃ苦労して地形効果を利用して制圧したってのに、
それが云十人も、それも完全なアウェイで囲まれているとなれば、抗おうと思うことすら難しい。
無意識のうちにホールドアップの姿勢をとってしまったぜ。
>「どうぞ。主人は上であなた方をお待ちしております」
俺達を案内してきた白髪の黒服は、エレベータを呼び出すとさっと道を空けた。
ここから先に着いて来てくれるつもりはないらしい。
これ、エレベータのフリした棺桶とかじゃねえよな?
やめろよヤダよ怖ェよ……。
かくして、俺と夜伽を載せたエレベーターの扉が閉まる。
瀟洒な内装に囲まれたと思った瞬間、強烈な下方向へのGが俺を襲った!
超高速で!上階へと登っていく!
しばらくぐいいいんと低い音をBGMに箱は上昇を続け……って長いな!どんだけ登るんだよ!
まさか最上階か?ここって確か43階建てだったよな。43階まで直通か!?
駐車場まで降りるのに七階ぶんぐらい下ったはずだから、通算50階分の距離を一気に登る!
そして、回数表示が43に達し、到達を知らせるベルが澄んだ音を立てた。
強烈なGを受けた感覚が抜けず、ふらつきながらまろび出た俺達は、そこでひとつの光景を目にすることになる。
格調高いエレベータホールの、突き当りの壁に背中を預ける人影。
俺は色眼鏡を外して、その人影が見えなくなることを確認した。
――魔法少女だ。
まだ年若い女の子だった。
年齢で言えば夜伽よりも一個か二個下だろう。
細い体躯に、ワンピーススタイルのドレス――金色の装飾がそこかしこに施されている――を纏っている。
脱色などではない、天然ものの金髪。その上には、何故か王冠が載せられていた。
あまりにも豪奢な洋装。小柄だが、服に着られているという印象は受けず、成金臭くもない。
むしろ、その絢爛な装いを唯一無二の存在感として従えているフシすらある。
言葉をかわさずともわかった。
あの車の持ち主はこの少女だ。
自分以外のあらゆる全てを支配下におくことのできる、生まれながらの帝王。
>「やっほー。ようこそ私の家へ、草枕夜伽さん。それからえーと……夜宴の撮影者さん」
「――――!」
金色の少女が発した言葉は、その神がかった豪壮さとは裏腹に、年相応の砕けたものだった。
そして、声を聞いて理解する。
「図書館で黒服越しに話しかけてきたのは貴女ね」
夜伽が代弁するようにそう言った。
口調も声質も、あの時俺達をこの場所へ誘ったあの声と同じだった。
>「私はいとり。大饗いとり。大きな饗宴から宴とっておおあえで、いとりはひらがな」
そうか……いとりちゃんって言うのか……。
ようやく名前、教えてもらえたな――大饗?
「おい、大饗ってもしかして」
>「私より親父殿が有名だからテレビとかで見てるかもね?」
大饗家――!
この街を企業城下町たらしめている大企業の、会長一族じゃねえか!
「あたしテレビを見ない子だからよく知らないのだけれども」
「夜伽お前いま高校何年だ?現社の時間にでもそのうち習うはずだぜ。
この街を戦後の焼け野原から政令指定都市にまで発展させた立役者だ。
テレビどころか、いとりちゃんのお祖父さんは教科書に載ってるレベルだぞ」
「いとりちゃんて」
あっ!心の中でこっそり呼ぼうと思ってたのに口に出しちゃったじゃねえの。
うわ、女子中学生をちゃん付けで呼んじゃう成人男性を見る眼で夜伽が俺を見ている……。
完全なるドン引きである。
そういやこいつ、初めて俺が名前で呼んだ時も相当微妙な顔してたなあ……。
>「じゃ、とりあえずおもてなしと行こうか。ついてきてー」
いとりちゃんはくるりと踵を返すと、重さのない挙動で歩き始めた。
俺達はその後をついていくかたちで歩き出す。
いとりちゃんはステップを踏むように軽い歩調で先を行く。
うんうん、実に女子中学生らしい若々しい仕草がGoodだNE!
お客さんが来たことでちょっとはしゃいでいるのかな?
そんな、神秘的な魔装とは裏腹な子供っぽさもファンタスティック!!!
うちの夜伽にもその辺りの初々しさあどけなさが欲しいところですな。
ね!夜伽ちゃん!ねえちょっとなんで俺の首に茨かけてるの刺食い込んで痛いんですけど!?
「テレパシーに邪念を乗せるんじゃないわよ。
具体的な内容はわからないけどおぞましさだけは伝わってきたわ」
「俺、女子中学生にもてなされるのが夢だったんだ……」
「……貴方が魔法少女にならなくて本当に良かったと思うわ」
益体もないことを言い合いながら、俺達はいとりちゃんの背中を追った。
【夜伽・イナザワ:いとりちゃんの魔装姿に気圧される。
図書館での誘いの声と同定し、もてなしを受けるためにいとりちゃんに同行】
【隠形派:追跡に長ける構成員を二名投入。レヴァリエスクエアの周辺にて監視中】
ほしゅ
【静】 「そこの黒い君……そう、君だ。都築から一応話は聞いている。君はこのエルダーと面識があるようだが、本人で間違いはないかな?」
【南雲】「首実検ってわけね。わたしも顔は見てるけど、午前の客=エルダーって証明はできないし」
苗時さんの呼びかけに応じ、剣士のお姉さんはゆっくりと顔をあげる。
小さな咳払い。銀髪の隙間から黒曜石のような瞳を覗かせて、横たわるエルダーの亡骸を見つめる。
【真言】「ささ……っこほ。佐々木真言。黒い君ではない。よ。…………、一応。よく見る。確認。するから」
ここに来て、私は初めてこの黒い剣士の名前を聞いた。佐々木真言さん。
佐々木さんが遺体のそばへとしゃがみこみ、じっくりと検める。
気まぐれか策略か、一個の魔法核を渡す事で自分に濡れ衣を着せた相手を。
私の記憶が確かならば、佐々木さんは私たちに対して一緒にマオさんを倒すよう呼びかけてきた。
実際は南雲さんや萌さん達と戦う羽目になってしまったわけだけれど、その目的は達成された――ということになるのかもしれない。
しばしの沈黙。
こういう形で結果だけ≠渡されて、佐々木さんが今どんな気持ちでいるのか、私にはわからない。けれど、
【真言】「――私の知るエルダー級で。間違いない」
彼女は何事も無かったかのように――少なくとも、私の見た限りでは――ゆっくりと立ち上がり、マオさんの死亡を確認した。
その時、自分でも上手く言い表せない違和感を感じた私は、ふと隣にいる横顔を見上げた。
南雲さんも口許に手を添えて何か≠訝しんでいる表情を浮かべている。
気になって理由を聞こうと思ったけれど、それよりも先に佐々木さんがエルダーを討伐した苗時さんにお礼を述べ、私たちの方へと視線を巡らせる。
【真言】「坂上南雲。神田理奈。奈津久萌。猪間麻子。えと。店主。……迷惑をかけて。その。すまない。と、思う。
坂上。義手に金が要るなら。電話。して。私。携帯持ってない。から。……多分、朝と夜以外。出れない、けど。悪かった。
それ以外で今後。君たちが。私の、斬る。相手で無ければ。会うことは、無い。筈。たぶん」
プラチナブロンドの髪をふわりと揺らし、佐々木さんがちょっぴり物騒な謝辞を述べる。
同じ銀髪でも南雲さんのそれとは質感や光沢が少し異なるみたいです。どっちもカッコいいけど。
【真言】「……じゃあ。家に帰る。私」
【南雲】「ま、待って!」
私のどうでもいい感想を他所に謎の倒置法で去っていく佐々木さん。それを追う南雲さん。
けれど、追いつけず。
そのまま出て行ってしまったかと思ったのも束の間。疾風の如く消えた剣士は、そのまま旋風の様に舞い戻ってきた。
【真言】「財布。忘れた。……定期無いと。帰れない」
ついでに彼女が連絡先の交換も忘れている事など、このときの私には気付きようもありませんでした・・・( ̄∀ ̄;)
【もうちょっと続きます】
【南雲】「……忘れ物ならバックヤードに置いてあるよ。それより帰るのちょい待ち。
このままアディオスってのも寂しくない?お互い文字通り腹割った仲なんだしさ?」
【理奈】(……南雲さん?)
私は目を丸くしながら二人のやり取りを窺った。
【南雲】「ほら、まだ理奈ちゃんを紹介し切れてないし。
それに真言ちゃんの討伐対象って、なにも"このエルダー"だけじゃあないでしょう?
まあそこにももう一人いるけどさ、エルダー。こっちは建前上わたしのお友達だから斬っちゃだめね」
…………
それはとても、とても不思議な気分でした。
多分私に行間――どこかに隠れている( )の中身とか――を読みとる能力が足りないだけかもしれない。
けれど、南雲さんはさっきまで佐々木さんと『腕を切り落とされる』ような戦いをしたばかりなのに……どうして、こんな…………
困惑する私が感じたのは、麻子さんからの視線だった。
壁に寄りかかりながら頭の後ろで手を組み、片目を開いて萌さんに目配せをしている。
再び私の方へと視線を戻すと、その肩が上下に揺れた。
あ――――そっか。
きっと、私が見ていなかったさっきの闘いで、『何か』があったんだ。
そしてそれは佐々木さんの『願い』に関わることで、南雲さんは今それを汲み取っているのかもしれない。
誰かの夢を奪うのではなく、
誰かの夢を守るために闘う、
一人の魔法少女≠ニして。
佐々木さんの夢……その『願い』がどんなものなのか、私は全く知らないから何も言えません。
けれど、少なくとも南雲さんは佐々木さんの事を考えて声をかけて……名前を呼んでいるような……そんな気がします。
傷つけあった過去があったとしても、お互いを友達として認め合い信じ合えるようになれたなら――――それはきっと素敵な事だと、私はそう思いました。
【理奈】(ン……でも、何だろうこの感じ。二人が仲良くなるのはいいことなのに、どうして私、ちょっとだけ寂しいんだろ……?)
自分の感情にどんな名前をつけてあげればいいのかを迷ってる間に、苗時さんが口を開く。
【静】「……まあ、そういうことだね。
先ほどの君が私を『どういう対象として認識していたか』はさておき、この世界では建前も重要なんだよ――佐々木真言さん?」
意味深な微笑を浮かべ、続ける。
【静】「本音の話をしよう。君にはまだ我々『楽園派』の無実を証明してもらう必要がある。
その為にはここにある犯人の死体と併せて遺品――縁籐きずなの魔法核が必要となる。
そこで提案なんだが……」
苗時さんの掌に群青色の宝玉が現れる。件のエルダーから抜き取った魔法核だ。
【静】「……30個分ある。ここから10個を分割して、今君が持っている縁籐さんの魔法核と交換して欲しい。
ちょっとした迷惑料替わりさ」
以前門前さんと戦った時に知った事だけれど、魔法核にはそれを持っていた魔法少女の記憶が宿っている。
ということは、縁籐さんの核には自分が殺された時の光景も残されているはずだ(あまり考えたくないけど……)。
【静】「どうだろう? 悪い話では無いはずだが……?」
【理奈、真言さんと南雲さんのやり取りを傍観】【麻子さんが萌さんに目配せ】【苗時さんが真言さんに対し魔法核の同数交換の提案】