パリエスについて俺が目にしたのは、大きな炎の四角、だった。
また洒落になんないバトルやってんだなぁなどと思いつつその炎の部屋に近づいていった俺は…。
…っと、いきなり俺が現れたから読者の皆さんが混乱していると悪いのでここに至るまでの経緯を書いておこう。
やぁやぁ皆さん、出たり入ったり忙しい男、トム・ジリノフスキーです。
ロンデニウムでアイネに吹っ飛ばされていらい出番の無かった俺が何をしていたかといいますと…。
…入院、してました、頚椎損傷して。
えぇ、アイネさんです、あの時彼女に突き飛ばされた際倒れた先に三角錐の硬い物が落ちてましてね。
はい、そうです、そこで首を打って、能力が回復してなかった俺は首の骨にひびが入ったため、ロンデニウムで養生しててシャルル先生達と一緒に行動できてなかったわけなのです。
で、能力が回復して、例のエアバイクで追っかけてきたらこうなってた、とそういうわけなのさ。
あ、何かこう、街の中に外壁上って入ったりとかしたから罠とかかからず無事ここまでこれた…のはいいけど、どういう状況だ?これ?
制服の上に猫バスダンジョンで見つけたボディアーマー、そいで腰には拳銃を3っつ、両脇と後ろにつけて、懐にはアキヴァで手に入れた強力兵器を入れていて完全装備の俺は。
装備のおかげで心に余裕を持って炎の壁に近寄り、その周囲をぐるっと回ろうとして…。
「あ!アイネじゃん。よかったよかった、合流できて」
アイネを発見する事に成功した。
あ、もち、わざとじゃなかったしあの場合彼女は最良の手を打っていたので、アイネに俺は別に何か恨みをもってたりはしてないよ、うん、病室来て謝ってくれたし、もうチャラ、チャラ、この話題なし。
同じような状況でシャルル先生は胸もましてくれたのにこいつは…とか思ったり何かしてないよ、マジで。
……そういえばマジで無いなーと思い視線を胸に一瞬向けたらアイネから殺気が感じられたので、顔に視線に、頭を現実に戻して彼女に質問する。
「そのおっさんどうしたんだ?ってかシャルル先生は?あ、着るか?これ?俺いらんから」
とりあえず、彼女に状況を聞いてみる事にする。
ついでに自分が着てたボディアーマーを彼女に勧めてみた。
ちょいとサイズが大きいけれども、まぁ、能力で戦うこいつには動きが少し乱されても問題ないだろ。
>「……勘違いするな。殺さないから優しいとは限らない。
アタシの仲間には殺してもらえずに捕虜として扱き使われている元天使もいるんだからな」
やだー、それ含めた優しさだって言ってるんですよ先輩。
その元天使のお仲間とやらだって本当に嫌なら、とっくに自害してますって。
それを死なせずに仲間にするってどんだけ凄いことか分かります? いやんホントマジ優しーマジ惚れそう!
私は身体を震わせ、ぐねぐねと身悶えた。
>「アタシに言わせりゃあなたの方こそ『お遊び』に見えるわ。目的が見えてこないんだもの。
そうね、例えば……アタシ達がこの街から撤退する――って言ったらどうする?」
ぐねぐねと身悶えしていた身体がピタリと止まる。
「あは、いやですねぇ、諦めないに決まってるじゃあないですか。私しつこいんですよ?
どんなに逃げても追いかけます、何回何十回何百回何千回何万回何億回何兆回何京回、那由多の彼方まで逃げても追いかけます。
それこそ神話のストーカー級も裸足で逃げ出すほどの粘着っぷりをご披露しますよ先輩。
でもアレですねぇそれじゃあ先輩達は逃げてればOKみたいになっちゃいますね、じゃ、逃げたらその街がドッカーン、ってどうです?
たまたま私が爆弾を持ってて、たまたま爆弾の威力が街を吹き飛ばせる程で、たまたま落としちゃって、たまたま爆発しちゃったみたいな?
そーんな不幸な出来事が起こっちゃうかもしれませんねぇ、っと」
ふと、結界を見れば火力が弱まってきている。
「あーあ、残念。もうちょっと先輩とお喋りしたかったですねぇ、ま、次の機会もありますよね?」
そういって先輩に背を向けた。炎は急速に勢いを弱め部屋としての役割を保てなくなる。
まるで見えない扉が開くように炎が一部が雲散し、外への出口が現れる。
一度出口が開いてしまえば、そこからジワジワと炎の壁は崩れていった。
私は倒れているおっさんとアイネ先輩と、誰か、視認すると同時に明るく声をかけた。
「いやーん! アイネ先輩、弱い者いじめは駄目ですよ。しかも絵的になんだか危ない感じぃ。
そういうPlayですか? Deepですねぇ、これもart? なぁんて、冗談ですよ冗談!」
アイネの足元に倒れてるおっさん(天使)を見て、溜め息を吐く。
「あは、その様子じゃあ疲れさすことも出来なかったみたいですねぇ、うーん予想道り。
まったく優秀な能力なのに使う側の性能が悪いとこうまで残念になるのねぇ。
ねぇ、さっさと能力解除なさいな。使い捨ては貴女の能力の利点の一つでしょう」
僅かにピクリとおっさんの身体が動く、うつ伏せの状態でぼそぼそ何かを言っているようだが聞こえやしない。
「はいはい、恨み言は後で聞いて上げるから、さっさと帰りなさいお疲れ様でした」
そう言うとおっさんの身体は動かなくなる。
はぁ、ともう一度溜め息を付くと再び笑顔を作りアイネ先輩に声をかけた。
「というわけで、アイネ先輩楽しめなかったみたいですいませんね。ま、次の機会に……?」
と、そこまで言った時、アイネ先輩といた誰かの顔が目に入った。
「おや、こちらもしかしてトム先輩!? いやん、一度会ってみたかったんですよぉ! あ、握手いいですか?」
そう言ってトム先輩の手を無理矢理掴むと強引に握手をする。
「あは、以後よろしくお願いします。トム先輩とスルのも楽しみにしてますので……あ、これお近づきのしるしですぅ」
片手をトム先輩の眼前に突き出す、手には黒銀の小さな鉄の塊、ワルサーPPKが握られている。
「I hope my feelings reach you♪」
言いながら私はその引鉄を絞った。
相変わらず足元に伏し何事か呟いているおっさん(天使)を眺めていると、思わぬ方から声が掛かった。
>「あ!アイネじゃん。よかったよかった、合流できて」
顔を出したのは懐かしいトムの姿。療養を終えたのだろう。その姿は元気そうに見える。
ここまでのトラップにも掛からなかったようだし、相変わらず不思議な男だと思ってみたり。
まぁ彼の能力なら、トラップに掛かっても致命傷には至るまい。ここのトラップは対人戦仕様だし。
「ああトム、久しぶりですよ。ちょうど飽きていたところだったから良かったですよ」
そう言って、つま先でおっさん(天使)を軽く蹴っ飛ばす。
大勢で襲ってきたのにこの体たらく。私は心底呆れ返り、退屈していた。
対人格闘戦も満足に出来ないのか、最近の天使は。ちょっと絞め殺してやりたい気分である。
まぁ、私の格闘術は対人戦ではなく対トライブ用に形成されてきたものだし、仕方が無いのかも知れないが。
>「そのおっさんどうしたんだ?ってかシャルル先生は?あ、着るか?これ?俺いらんから」
「このおっさんは天使の傀儡ですよ。シャルルはあの炎の中にて交戦中、あとアーマーは汗臭そうだからいらないですよ。
現在はカミラというデビチルが離反して暴れているですよ。それの捕縛が任務ですよ」
本当のところ、アーマーが必要ないのはこれ以上装備を重くしたくないためである。
腰のベルトに吊るした液体の量は約5リットルに相当する。これが案外重いのだ。
私は小さな体躯だし、あまり体力には自信がない。素早く動くためには重量を削減する必要があるのだった。
そのとき、ようやく炎の壁が崩れるように消え、中からカミラの姿が現れた。
その後ろにはシャルルの姿。見たところ怪我はないようだし、どうやら無事だったらしい。
現れたカミラはこちらの姿を視認すると、嬉しそうな笑顔を浮かべ近づいてきた。
>「いやーん! アイネ先輩、弱い者いじめは駄目ですよ。しかも絵的になんだか危ない感じぃ。
そういうPlayですか? Deepですねぇ、これもart? なぁんて、冗談ですよ冗談!」
「この天使が弱いだけですよ。こんな歯ごたえのない天使、初めてで呆れるですよ」
カミラはいまだうずくまる天使に声を掛けると、やがて天使が抜けたのか動かなくなった。
>「というわけで、アイネ先輩楽しめなかったみたいですいませんね。ま、次の機会に……?」
そこまで言ったカミラだが、ふと視線を逸らしトムの方を見ると、言葉を紡ぐのをやめそちらに向き直った。
>「おや、こちらもしかしてトム先輩!? いやん、一度会ってみたかったんですよぉ! あ、握手いいですか?」
そう言って半ば無理やりにトムの手を取り握手をする。相変わらず行動の意図が読めない奴だ。
>「あは、以後よろしくお願いします。トム先輩とスルのも楽しみにしてますので……あ、これお近づきのしるしですぅ」
>「I hope my feelings reach you♪」
突然トムの眼前に突き出されたのは銃。当たり前のようにそれは眉間を捉え、引き金が引かれた。
銃声と共に、大きく仰け反るトムの姿。私は倒れるトムを視界から外し、素早く液体を支配下に置く。
トムのことなら大丈夫だ。避けたか、当たったとしても能力があるはずである。
私は液体を放ち、カミラを覆うように展開する。
「動くな、ですよ。今お前の周りにあるのは濃硫酸。動けば火傷じゃ済まないですよ」
>「あは、いやですねぇ、諦めないに決まってるじゃあないですか。私しつこいんですよ?
(中略)
そーんな不幸な出来事が起こっちゃうかもしれませんねぇ、っと」
思った通り、彼女の目的は街の支配ではないらしい。
ではアタシ達の抹殺が目的かと言うと、それも違う。
今までにこちらを仕留められるチャンスが何度もあったにも拘らず、自らそれを逃している。
もしかして戦い続ける事自体が目的?
そうだとすれば戦意喪失させるのは至難の業、ある意味一番厄介だ。
やはり息の根を止めるしか方法は無いのだろうか……。
そうしている間に、炎の壁の持続時間が切れたようだ。
>「あーあ、残念。もうちょっと先輩とお喋りしたかったですねぇ、ま、次の機会もありますよね?」
「……そうね。アタシもあなたの事をもっと知りたいわ」
それは紛れもない本心だった。デビルチルドレン――イレギュラーで運命を切り開く存在。
リリスさんの言葉を信じるならば――どんなトンデモないデビチルだって
いや、トンデモなければトンデモないほど、この世に送り出された意味はあるはずだ。
炎の壁が無くなってみると、そこにはおっさんを蹴っ飛ばすアイネ。
えーと……これってどういうシュチュエーションだろうか。ってかアイネってここまでドSキャラだったっけ!?
とシャレでは済まない事態かもしれない事に思い当たる。
このところ魔人化能力を連続して使っている影響が出ているのかもしれない。
アタシはリンネ時代にその分野の講師をやっていただけあってまだ大丈夫だが、アタシだって時間の問題だ。
派手にドンパチやるのはクライマックスだけで良かった今までの街と違い、戦闘狂カミラを相手取る限り、断続的に戦いを仕掛けてくるだろう。
早く決着を付けなければ最悪の事態になる……。アタシ達はすでに凄まじくヤバイ状況に陥っているのかもしれない。
大変由々しき問題だが、しかしその思考は一端脇に置かれる事となった。
その横にボディアーマー売り込み中のトムがいたからだ。
カミラがこの思わぬニューフェイスを見逃すはずはない。
>「おや、こちらもしかしてトム先輩!? いやん、一度会ってみたかったんですよぉ! あ、握手いいですか?」
怪我治ったんだ、とかよくここまで一人で来れたね、とか言う暇も無く、トムはターゲットロックオンされた。
これはヤバイパターンだ!
>「あは、以後よろしくお願いします。トム先輩とスルのも楽しみにしてますので……あ、これお近づきのしるしですぅ」
>「I hope my feelings reach you♪」
注意を促す間もなく、撃たれた。
当たったのかマ○リックス避けを敢行したのかよく分からないが、大きく後ろにのけぞるトム。
倒れないように後ろから抱きとめる。
「大丈夫!? 訳わかんない奴だから気を付けて!」
その間にも、いち早くカミラを濃硫酸の檻で囲むアイネ。
>「動くな、ですよ。今お前の周りにあるのは濃硫酸。動けば火傷じゃ済まないですよ」
実のところ、こっちの世界でデビチルがトライブ化した、という報告はまだ聞いていない。
だからといってならないという保証はない。
「アイネ、もう魔人化してはいけない。……でも、今だけはそのまま――」
もはや同じデビチルを殺したくないなどと悠長な事を言っている場合ではないのだ。
仲間がトライブ化する事だけは避けなければならない。
カミラを見据え、静かに問いかける。
「彼女の言う事は本当よ。教えて……天使の本体はどこにいるの?」
カミラは相当な強敵。正直、今の状態のままでは全員で殺す気でかかったとしても100%勝てるわけではない。
ならば先にホスト天使をピュグマリオンの矢で撃って街を制圧し、天使達を動員すれば戦いは大幅に有利になる。
そう思っての事だ。
>「このおっさんは天使の傀儡ですよ。シャルルはあの炎の中にて交戦中、あとアーマーは汗臭そうだからいらないですよ。
現在はカミラというデビチルが離反して暴れているですよ。それの捕縛が任務ですよ」
「いやどっちかと言うとお前の方が離反したように見えるんだが気のせいか?」
羽もわっかも無いおっさんを蹴りながら凶暴な事を言うアイネに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
アイネは真面目でいい子なんだろうが、ちょいと性格がきついとこがあるな…。
いや、まぁ、俺が前回あんなすさまじいセクハラをしでかしたのがいけないのと、母なる海のように懐が広いシャルル先生しか近場に女がいない状況が続いたから(ってもこっちきてまだあんまり日がたってないわけだけれども)比べるとあれなだけで彼女は普通…。
>「いやーん! アイネ先輩、弱い者いじめは駄目ですよ。しかも絵的になんだか危ない感じぃ。
そういうPlayですか? Deepですねぇ、これもart? なぁんて、冗談ですよ冗談!」
などと考えていると、明らかに普通で無い声が聞こえてきて、俺はわれに帰った。
見れば、そこにはいつぞやの軍人女のような女性が一人…。
しかし雰囲気はあの真面目な軍人女と違い、ふざけてる…というか、壊れている、というか…。
>「あは、その様子じゃあ疲れさすことも出来なかったみたいです〜〜
女の口ぶりから、どうもこの男は天使に操られていたらしい。
あー…、そういう天使も出てきたかー、そろそろそーいうのも出てくるんじゃないかなーなんて思ってたんだよなー。
>「おや、こちらもしかしてトム先輩!? いやん、一度会ってみたかったんですよぉ! あ、握手いいですか?」
「っお!?」
などとぼんやり考えていると、女の方が俺に気づいて近づいてきた。
瞬時に間合いをとろうとするが、素人の俺にはそれすらもできない。
あっという間に間合いに入られてしまう。
>「あは、以後よろしくお願いします。トム先輩とスルのも楽しみにしてますので……あ、これお近づきのしるしですぅ」
や……ややややべェこの女、強い!
駄目駄目だ駄目だやられるやられるやられるやられる!?
スル?スルってアレか!
もしかしてシャルル先生等が戦ってるのって女同士でスルのがいやで…
>「I hope my feelings reach you♪」
「わげねよな”」
女の腕に握られていたワルサーが火を吹き、俺の眉間に穴が開いた。
弾丸は頭蓋骨を貫通し、脳の中心の辺りで停止する。
即死…である。
意識が薄れていく……。
>「大丈夫!? 訳わかんない奴だから気を付けて!」
カサイセイの能力で地獄から瞬時に意識が舞い戻ってきた俺は、柔らかくて暖かい感触の中で覚醒する。
その感触の中で、俺を気遣うやさしい言葉をかけてくれたのは勿論…。
「シャルル…先生…。」
うェ〜〜んシャルル先生、あの女が俺の眉間をワルサーで撃った〜、首チョンパにして〜。
とその胸に泣きつきたい気持ちを抑え、俺は名残惜しい気持ちをこらえながらその懐から開放してもらうと、頭を振って頭の中に入った銃弾を摘出する。
…流れ弾とかで頭撃たれるのは初めてじゃないので、こういう時の対処には実はなれてたりするんだ、俺。
>「アイネ、もう魔人化してはいけない。……でも、今だけはそのまま――」
などと考えていると、シャルル先生が衝撃の告白をした。
どうもこの馬鹿女との戦いで、シャルル先生達は魔人化能力を使いまくってしまい、最早危険らしい。
しかし、こういう相手は意外としぶとく能力を温存してたりするものである。
まして…。
>「彼女の言う事は本当よ。教えて……天使の本体はどこにいるの?」
素直にシャルル先生の質問に答えるとも思えない。
……よし、会話に気を取られている隙に俺が撃ってしまおう。
腹とかに当たっても即死でなければ今は未来なんだから医者行けば直せるだろう…。
仮にそこで死んでも正当防衛だ、こっちは頭撃たれたんだから文句なんぞ言わせない。
俺はさりげなく、女の視界から外にでると、取って置きを使うべく、懐に手を入れた。
よし、悟られて無い、行ける。
俺が懐から出したのは、アキヴァ丸三工房で作った取って置きのレーザーガンだ。
銃弾では避けられる可能性があるが、こいつなら光の速さだから避けられないし。
0、5秒の照射で厚さ5cmの鉄板も貫通するから防弾着も無意味。
更に、今はアイネの濃硫酸で動きが取れていない。
イケる。
俺はためらわず、女のわき腹めがけてレーザーガンの引き金を引いた。
銃口が赤く輝き、熱線が女めがけて発射される。
>「動くな、ですよ。今お前の周りにあるのは濃硫酸。動けば火傷じゃ済まないですよ」
「Wow! 相変わらずアイネ先輩は容赦がないですねぇ。ま、それがアイネ先輩の魅力なんですけど」
周囲を覆うように展開された濃硫酸をチラ見しつつ、軽口という名の本音を叩く。
>「彼女の言う事は本当よ。教えて……天使の本体はどこにいるの?」
「いやん、シャルル先輩そんな凄んじゃいやですよぉ。あー、でもそうですねヒントくらいなら、っと……?」
……? 瞬間、腹部を肘で小突かれた感触が身体を駆け巡る。一歩、歩を後ろへ。
脇腹にポツンと空いた黒い穴。一瞬、それが何であるか理解できない。
数瞬の葛藤の果てにこれが狙撃された物だと理解する。
「ッッッ―――!? アッッッ!?!? ――――――ッ!?」
痛みが身体から脳へ伝わった瞬時にその身体をくの字に身体を折り曲げる。
高温で熱された赤い火箸を臓腑の最奥へと突っ込まれた感覚。
口からは涎ではない泥のような粘ついた赤い液体が吐き出される。
目からは水ではない熱水のような透明の液体が零れあふれる。
撃たれると理解して撃たれるのと、理解できずに撃たれるのではその衝撃は異なる。
身体は痛みに対して準備出来ていないし、心は覚悟を決めていない。だからこの醜態もしかたがない。
……いや、これは言い訳。ここは戦場で、目の前にいるのは敵だ。
敵の能力を見誤った私の失態。だからこの痛みと醜態は必然の罰なのだ。
トム先輩の再生能力がここまで高性能だとは……。
脳を打ち抜かれもこの短期間に蘇生・活動が可能、なんてペテン、なんてチート。
……否、能力だけじゃあない。トム先輩の状況判断含めた基本スペックも滅茶苦茶高い。
その事実に思わずにやけてしまう。ああ、私が敵に回しているのはそういうとんでもない奴らなんだ。
傷口を押さえた手からは依然、鮮血が溢れ出ている。私はその傷口を『焼いた』。
「――――――――――――ッッッッッ!!!」
声に為らない絶叫を上げ、くの字に折れ曲がった肉体が弾ける様に弓なりにしなる。
肉と血液が焼ける匂いが当たりに漂う。
血を止める為とはいえ、我ながらトンだ荒療治だ
「き、希硫酸は100℃以上で濃硫酸に……濃硫酸はさらに300℃以上加熱することで分離し物質へ……」
呻くようにその言葉を口にしながら、私の周囲の濃硫酸の檻を超高火力で熱していく。
不揮発性の濃硫酸中の水分が蒸発し、分離していく。
周囲に残ったのは物質となり粉状となった三酸化硫黄のみ、それをまたいで歩を進める。
口に含まれた粘ついた液体を吐き出し、口内を自身の能力で熱し浄化する。
「あは」
その言葉を絞るように口に出し、活歩しトム先輩と距離を詰める。
まるでその腕は蛇ようにトム先輩の首に絡みつく。
その身体は娼婦のようにしなだれトム先輩身体全体に絡みつく
そしてその唇を奪った。唇をこじ開け、舌をねじ込み、口内を蹂躙する。
十数秒の時が過ぎ去った後、ゆっくりとその唇を離した。
「……はぁ、良い気付け薬代わりになりました、どーも感謝です。初めてだったらすいませんねぇトム先輩。
にして私、トム先輩のこと本気で気に入りそうです。だって私にここまでの傷を負わせた人、久しぶりですから」
トム先輩から身体を離し、2人の先輩を見つめる。
「ヒントを上げると言いましたけど、少し待ってくださいねぇシャルル先輩アイネ先輩。
とりあえずこの傷、治してきちゃうので……それじゃあ愛おしい先輩方、また後ほど、ばぁい」
そう言いながら片手を上げる。瞬間、炎が辺りを紅蓮に染め上げる。
私は炎に紛れ、その場から姿を消す。閃光弾を撒き散らしながら。
カミラの動きに注意しつつ、私は彼女を逃さぬよう集中する。
>「アイネ、もう魔人化してはいけない。……でも、今だけはそのまま――」
そう言えば、最近魔人化能力を酷使していたのかも知れない。色々忙しかったのだ。
このペースで使い続ければ、遠くない将来私もシャルルもトライブ化してしまう。
しかし今は強敵が目の前。果たして力をセーブしたまま戦うということは出来るのだろうか。
>「彼女の言う事は本当よ。教えて……天使の本体はどこにいるの?」
>「いやん、シャルル先輩そんな凄んじゃいやですよぉ。あー、でもそうですねヒントくらいなら、っと……?」
次の瞬間だった。カミラが驚いたような顔で脇腹を押さえ、うめき声を上げる。
手の隙間から見えたのは黒い穴。間もなく、その穴から赤い液体があふれ出した。
今のは射撃ではない、もっと別の何か……そう思って振り向くと、トムが銃のような何かを構えている。
あれはレーザーガン?なるほど、対象を音もなく射抜ける訳だ。
深手を負ったカミラなら簡単に捕らえられるだろう。そう思ったのもつかの間、彼女は意外な行動に出た。
>「――――――――――――ッッッッッ!!!」
肉の焼ける匂い。そう、彼女は自らの能力で傷口を焼いたのだ。
その痛みは尋常ではないだろう。しかし自殺行為ではない。止血は効果的な治療法だ。
あっけに取られ見ていると、更に彼女は能力を発動する。
>「き、希硫酸は100℃以上で濃硫酸に……濃硫酸はさらに300℃以上加熱することで分離し物質へ……」
周囲を覆っていた濃硫酸を熱したのだ。思わぬ誤算である。彼女の能力を見誤っていた。
薬品だろうと水だろうと、液体であれば熱すれば蒸発する。
私の能力の応用で熱湯を蒸発しない程度に熱を維持するなどは出来るが、基本外部からの熱はコントロールの埒外だ。
気体となった液体は能力では元に戻せないのだ。氷になってしまっても同じである。
言わば、炎熱系の能力者は私にとって最悪の相性なのだ。これ以上の敵はない。
枷となっていた硫酸の壁から開放された彼女は、悠然と歩を進めトムのほうへとやって来る。
そして、またしても驚くべき行動に出た。
トムの身体に絡みつくようにしなだれ、その唇を奪ったのである。
濃厚なその行為は、十数秒にも及んだ。その間、ただただ見ているしかない。
トムがショックを受けなければ良いのだが……私の脳内では、そんな心配が渦巻いていた。
>「……はぁ、良い気付け薬代わりになりました、どーも感謝です。初めてだったらすいませんねぇトム先輩。
にして私、トム先輩のこと本気で気に入りそうです。だって私にここまでの傷を負わせた人、久しぶりですから」
>「ヒントを上げると言いましたけど、少し待ってくださいねぇシャルル先輩アイネ先輩。
とりあえずこの傷、治してきちゃうので……それじゃあ愛おしい先輩方、また後ほど、ばぁい」
その直後、彼女が腕を上げると同時に炎が周囲を取り巻く。しまった、逃げる気だ。
私はすぐに行動を起こそうとしたが、もう遅い。カミラの姿は炎に紛れてしまう。
続いて小さな爆発と閃光。その衝撃に意識が揺れ目が眩む。
おそらくは閃光弾だろう。自由に武器を調達できるあの道具は最早チートである。
こうして、私たちはまたしても彼女を取り逃がした。探してももう遅いだろう。
「どうするですよ、今のうちに地下への入り口を押さえておくのかですよ?」
芸術は爆発だとか言っていた人物は物陰からこちらを観戦していたようだ。
こんな戦闘を見て芸術に良い影響でもあるのだろうか?芸術家の思考は分からない。
きっとたくさんの炎や爆発を見て満足しているだろうその芸術家に話しかけてみる。
「アトリエに行きたいのか?ああ、構わない。ただし、条件がひとつある」
「その条件とは何だですよ」
「描きかけの絵があるのだがな、いまいち構想がまとまらない。
お前さんたちの力で絵を完成して欲しいのだ。このくらい出来るだろう?」
「あんたの絵に私たちが加筆してもいいのかですよ?」
「何、構わんさ。どうせ完成しなければ捨てる絵だったのだからな」
そう言って、とりあえず家の中に案内された。中はそこらじゅう汚れだらけ、未完成の作品だらけだった。
これだと言われ見せられた絵は、何を描いたものなのか皆目検討が付かなかった。
前衛芸術とでも言うのだろうか?キュビズムなのかシュールレアリズムなのか。
これに加筆しろと言われても、果たして何を描けば良いのだろう?
「諦めたですよ、他の二人に任せたですよ」
そう言って早速投げ出す。絵など一度たりとも描いた事はないのだ。出来る訳がない。
教師であるシャルルなら、あるいは独自の思考を持つトムなら、あるいは何とかなるかも知れない。
>「いやん、シャルル先輩そんな凄んじゃいやですよぉ。あー、でもそうですねヒントくらいなら、っと……?」
アタシの質問に答えようとして急に言葉を止めるカミラ。
正直アタシも一瞬何が起こったのか分からなかった。
>「ッッッ―――!? アッッッ!?!? ――――――ッ!?」
トム君の手には銃。彼は見事不意打ちを成功させたのだ。
再生能力が想像以上で相手もノーマークだったのだろう。
それにしてもここまでガチでダメージが入ったっぽいのは初めて見た。
>「き、希硫酸は100℃以上で濃硫酸に……濃硫酸はさらに300℃以上加熱することで分離し物質へ……」
傷口を焼いての荒療治に、硫酸に対するこの対処。この状態で何たる冷静な判断力。
やはり相手はあらゆる意味で戦闘のプロだ。
>「あは」
「な、何よ……」
流石に痛みのあまりおかしくなったのか、フラフラと歩みを進めるカミラ。
そのまま倒れる、と見せかけてトムへとしなだれかかる。
「ちょっと……!」
もしかしてこのまま戦闘不能かな?と思ったせいで反応が遅れた。
哀れ、トムは唇を奪われてしまったのである。
「えぇえええええええええええええ!?」
>「……はぁ、良い気付け薬代わりになりました、どーも感謝です。初めてだったらすいませんねぇトム先輩。
にして私、トム先輩のこと本気で気に入りそうです。だって私にここまでの傷を負わせた人、久しぶりですから」
「あ、あなたねえ、いきなりちょっと濃厚すぎるわよ! そ、そもそもそういうのは双方の同意の元に……」
>「ヒントを上げると言いましたけど、少し待ってくださいねぇシャルル先輩アイネ先輩。
とりあえずこの傷、治してきちゃうので……それじゃあ愛おしい先輩方、また後ほど、ばぁい」
アタシもこれには動転して、ピントのズレたツッコミをしている間に逃げられてしまった。
こうやってこちらを動転させるのも、相手の戦術の一つなのかもしれない。
気を取り直してこちらはこちらで探索を進めるとしよう。
そして現在――アタシ達は謎の絵の前にいた。
>「諦めたですよ、他の二人に任せたですよ」
アイネがいち早く匙を投げる。
そもそもこれは本人すら何を書いているのか分かっていないのではないだろうか。
こうなりゃハッタリで何となくその気にさせる作戦だ。
「これは予言の絵……? きっと神と悪魔の最終決戦ね!」
とりあえず絵の中のよく分からない楕円に耳と足を付けて猫バスにしてみる。
「こっちのごちゃごちゃしたよく分からないのがゼウスかしら」
かなりのキラーパスだが、妄想力が豊かなトム君ならまあ大丈夫だろう。
>「いやん、シャルル先輩そんな凄んじゃいやですよぉ。あー、でもそうですねヒントくらいなら、っと……?」
俺の放ったレーザーは、狙い通り女の脇腹を貫通した。
命中だ!やった!いや、まだか?
どうだ?やったか?やったか?
> 「ッッッ―――!? アッッッ!?!? ――――――ッ!?」
思わず生唾を飲み込み、じっと効果の程を凝視する俺の前で、女は体を折、苦しみだす。
やった!
効いてる!効いてる効いてる!
……あれ?この後どうしよう。
俺はこの時気づいた、女を撃ったはいいが、相手が苦しんで意識を失うなり、死ぬなりしなければ、拘束する事など今ここにいる面子にはできないのだ。
あんな風に半端に意識があって苦しんでいるだけでは、下手に拘束しようと近づいたところでイタチの最後っ屁で殺されかねない。
かと言って、追い打ちをかけるわけにもいかない。
あれは本気で死にそうな様子なので、ここで銃撃で追い打ちをかけたりしたら本当に死んでしまう。
それはしたくない、そんな人を殺した罪を背負い続けるような覚悟は俺にはない。
だから、相手がダメージを負って大チャンスなのだけれども、結局何もできないまま、俺は女を見ているしかない。
だけれどもこのまま相手が意識を失ってさえくれれば後はワイヤーか何かで縛って…。
>「あは」
「あ…アワワ…」
結局、俺が脳内で意識のないあの女を亀甲に縛る妄想にかられている間に、女は動けるまでに回復してしまった。
やばい。
これ絶対やばい、
殺される。
本気のシャルル先生と互角に渡り合うっつーことはあれだろ?俺の逃げ足やら銃撃やらじゃ真正面からじゃどうしょもないってこったろ?
2秒で俺5体バラバラだろ?
ヤバイ。
しぬしぬしぬ!死ぬ!死ぬ!やめてこないで、あばばばば…。
あ、去年の暮に死んだばーちゃんが、ばーちゃんが見える。
トム、何とかオリジナルとかいうクッキーもって川の向こうで俺を…俺を…
うわあああああああああああああああああああああああああ
距離、距離詰められた、いるいるいる、目の前、死ぬ!絶対痛くして殺される。
助けて!シャルル先生助けて、助けて!死ぬ!怖い、まだやだ、俺死にたくない。
DTを、せめてDTを捨ててこの世に俺の種をまいてから…
あとまだ、まだあれ、続き、続き見てない、帰ってきたウルトラマンの。
いやだ、やだよ!マジやめて、ウルトラマン助けて!
あ……ば…漏らした、今、ズボン濡れて…。
「むぐぅ!?」
何か?何か口の中入ってきた!?
何?何か、口が、口の中が…。
死ぬの?俺死ぬの?
でも何かこう…異物感が…柔らかくて…。
息が…いい匂いがする…。
あったかい?首が…手が回っててあったかい。
あれ?え?俺、何されてんの?
唇に…唇が重なって…え?
頭の中が真っ白になってた俺が意識を取り戻した時、俺の唇と女の唇の間に糸が引きながら、女の顔が俺の顔から離れていった。
…き…キスされちゃった…。
>「……はぁ、良い気付け薬代わりになりました、どーも感謝です。初めてだったらすいませんねぇトム先輩。
にして私、トム先輩のこと本気で気に入りそうです。だって私にここまでの傷を負わせた人、久しぶりですから」
へ?
え?何?不意打ちされて喜んでるわけ?
あ、え?あれか、弱い俺が自分に傷をつけたから、ごほーびってわけ?
え?
え?で、キス?舌入れてきて。
「……初めて、でした、どうも。」
あまりのことに俺は茫然としながらも、とりあえず嬉しかったので素直に今の気持ちを口にした。
どうしよう、まだ気持ちの整理がつかない…。
>「あ、あなたねえ、いきなりちょっと濃厚すぎるわよ! そ、そもそもそういうのは双方の同意の元に……」
意識の向こうで、シャルル先生が動揺しながら突っ込みを入れてるのが聞こえた後、何やらまぶしい光が輝き、目の前にいた女は消えた。
…確認しよう。
キスされた、俺、キスされた。
……あとおしっこ漏らした。
>「どうするですよ、今のうちに地下への入り口を押さえておくのかですよ?」
初キスを奪われるという俺の人生の一大事にかかわらず、しかし、アイネは冷徹に話を先に進め始めた。
うん、うん、確かに、そうだ、俺の唇の件は今、どうでもいい、っつーかどうしょうもない、置いておこう。
初キスは好きな人と決めてたわけでもないし、いい。
いいんだ。
今は考えるのよそう。
…その代りこの感触は覚えとこう。
忘れないようにしよう。
…しばらく、夜中に使えるから。
ともかくそうこうしてるうちに俺達は、芸術家のおっさんに協力を得るべく、アトリエに行くためにおっさんの書いている絵を完成させる事となった。
その前におっさんに洗濯機と乾燥機を貸してもらい、ズボンを洗って乾かす。
…さすが未来、ズボンはあっという間に元通り。
便利だな、おい。
こういうもん作ってくれてるところだけは俺ゼウスを評価できるよ、ほんとに。
で、俺達はアトリエとやらに行くために、おっさんの構想中の絵を完成させることとあいなった。
>「諦めたですよ、他の二人に任せたですよ」
一番手、アイネはすぐに諦めて投げ出し。
>「これは予言の絵……? きっと神と悪魔の最終決戦ね!」
二番手、シャルル先生は前衛芸術にパーツを加えて今の世界の状況を描いた絵にしようとし始める。
要するにシャルル先生もどうしたもんだかわからないという事だろう。
…どうでもいいが、アイネって見た目や話し方に反してやたらドライでクールなとこあるな。
ヴィエナでも簡単に改造人間倒してたし。
こいつ何者なんだろう。
っつか一緒に旅してる仲間がエッチな目にあって動揺してるんだから少し位気にかけてくれたってよさそうな…。
いや、あって間もないもんな。
まともに話したこともないし。
…いや、でもそれにしてもなんかこう、仲間が傷つくのに慣れてる節があるな、こいつ。
俺が頭撃たれたってのに全く動揺してなかったし。
戦闘系の学科の出身か?
聞きづらいな…。
…まぁ、どっちみち仲良くはできそうにないな。
住んでた世界が違いすぎるし、俺何かこいつには捨て駒にもならない使えない奴程度にしか…。
シャルル先生だってキスの件について触れてくれたっていいじゃねぇか。
いや、まぁ、大丈夫なのは明白だけど、さ。
俺ってそんなメンタル強いやつに見えるんだろうか?
…いや、思われてないだろうけど、逆に面倒くさいやつって思われてるんだろうなぁ…。
大体この世界じゃもうシャルル先生は先生でもなんでもなくて、俺の保護義務も糞もないんだし…。
きっと本当に面倒くさくなったらあっさりと…。
「君」
「うお!?は、はい、すいません、何でしょう。」
「いや、絵について、何か思いついたかい?」
「あ、ぇ?ああ、そうでしたね」
キスされた事がきっかけで、それに対して動揺し、俺がキスされた事など全く無視して目の前の問題に黙々と取り組む仲間たちに、
俺の思考が負の連鎖に陥っていたところで、おっさんが俺に話しかけてきた。
そうだ、絵だ、絵を完成させるんだよな。
動揺してる場合じゃない。
大体、こんな世界にいきなり連れてこられて、シャルル先生もアイネも人のことなんかかまってられない位に動揺してるはずなんだ。
それを俺ばかりわがまま言ってたらいけない。
むしろ俺は死ににくい体なのだから、この体を生かして仲間を助けなければ…。
…死ににくい、体?
で、シャルル先生が描いてるのは…この世界を描いてる絵で…。
そうだ!!
「借りますよ」
「え?君、それは私の鋏……うわあああああああああああああああああな、何してるんだ!て…手首を!?」
俺はおっさんから鋏を借りると、おもむろに腕の動脈をぶった切った。
俺の腕に激痛が走り、血がどくどくどくどくと噴水のように噴射する。
ええい、これでは足りない!ここもだ!!とうっ!
「ひぶ!?くひゅーくひゅー…」
「う…うわあああああああああああああああああ首が、く、首が…」
俺は今度は鋏で頸動脈を切断し、さらに血を噴出させる。
カサイセイはまだ発動しない。
ギャグキャラボディで補えるダメージなので、痛みと貧血感が俺の意識を朦朧とさせる。
そんな中で、俺はアイネを見た。
「液体を使う能力者」のアイネを見た。
「アイネ、俺の……れの…血を………血を…使え!書くんだ。直感で、お前の見た中で一番やばかったトライヴ……絵の……絵の…」
薄れゆく意識の中で俺はアイネに訴える。
俺は絵が全く得意ではない。
それはアイネも同じだろう。
だが、俺は最高の画材を提供できるし、アイネは見るものに不安と恐怖を与える文字通りの悪魔…形を持った絶望達をいくつも見ていて、それを自由に操れる水で描くことができる。
そうして描いた形を持った絶望を、シャルル先生が描いた最終決戦の場に書き足すのだ。
書き足す場所は指定しない。
恐らく、直感でここだっと思えるところに配置できるはずだ。
どうだアイネ、俺だって役に立つんだぜ!ないがしろの捨て駒なんかにすんなよ!
…って、アイネは別に俺を仲間はずれにも邪魔者にもしてないんだけれども、さ。
あー…意識遠くなってきた、早く止血、止血…。
炎と閃光弾で先輩達の目を眩ませた後、私は最初に先輩達を狙撃した塔に戻っていた。
同じ場所への連続の帰還は避けるべきだし、単純に天使を隠した場所に行く体力と気力が無かったという理由もある。
それに能力を使い過ぎた。私の能力は無限ではない。
炎を操るのは簡単だが、火力を増したり熱を上げたり戦術として使用するのに莫大なカロリーを消費する。
様々な武器や道具が乱雑に転がる床に座り込み、身体を壁に預ける。
「……あー、本当に先輩達パネェ、痛ッ……」
ジリジリと焼けるように痛む腹部、というか、実際焼けているんだけども。
既に血は止まっているけれども流し過ぎたし、痛みは毛ほどもとれやしない。
あまりの痛みに頭がグラグラする、吐き気もする、明らかに血が足らない。
無言で床に散らばった中の救急キットに手を伸ばし、中から減痛剤が入った注射器を取り出す。
「……感覚鈍くなるから嫌なのよねぇ、これ……ouch!」
ブスリと注射器を腹に刺し、グルグルと傷口を包帯で覆う。
ふう、とりあえずはこれでいい。トム先輩が撃ったのがレーザーガンだったのは不幸中の幸いだ。
弾丸が内部に残ることはないし、重要な臓器も逸れているのも幸運だった。
「……はぁ、傷残るかしらねぇこれ。んもう、トム先輩ったら容赦ないんだから」
ジクジクと嫌な痛みを発し続ける脇腹を撫でつつ嬉しそうに唇に笑みを浮かべる。
ま、それはそうと血もカロリーも足りないわね、ここで食事ってのもいいけれど……1人じゃ寂しいわ。
陰気な天使との食事ってのも気が滅入るし、ここはやっぱり。
憲兵服を羽織り、外套を装備しいつものように千里眼を覗き込み先輩達の様子を探る。
? そんなに移動はしてないようね、それじゃ食事をしにいきましょう。
>「アイネ、俺の……れの…血を………血を…使え!書くんだ。直感で、お前の見た中で一番やばかったトライヴ……絵の……絵の…」
「oh……なんてSplatter……なぁんでいきなりトム先輩が首掻っ切ってんですか?」
先ほどの戦闘箇所からあまり離れていない家に無断で入り込むと修羅場の真っ最中だった。
締め切り間近の漫画家でもここまでの修羅場はそう無いだろう。
急に進入してきた私にトム先輩以外の全員の目が向けられるが、正直、私に注目してるどころではない気がする。
「いやん、まさに修羅場って感じですかぁ? あぁ、私のことならお気になさらず、邪魔はしませんよ。
今回は戦闘が目的じゃないですし、私の用事は先輩方の用事が終わった後、ということで。
トム先輩止血手伝いましょうかぁ? 舐め取っちゃいます? ペロペロしちゃいますぅ?」
私が早々に投げ出した絵を、シャルルとトムは真面目に取り組んでいるようだ。
>「これは予言の絵……? きっと神と悪魔の最終決戦ね!」
まずはシャルル、絵筆を取った彼女は中央付近の楕円を猫バスへと描き換える。
出来はまずまずと言ったところだろう。しかし……。
「ふむ……もう一声欲しいところだな」
画家の彼はいまだ納得していないようだ。これ以上何を描けば良いのだろう?
私には端から何が描いてあるのか分からないので、これ以上手を出しようがない。
トムは何やら考えている様子だったが、おもむろに鋏を手に取ると意外な行動に出た。
>「借りますよ」
>「え?君、それは私の鋏……うわあああああああああああああああああな、何してるんだ!て…手首を!?」
手首の動脈をぶった切る。紛れもない自傷行為だ……一体何のつもりなのか。
彼はその程度の怪我で死ぬようなことはない。では一体何の意味があるのだろう?
呆然と見ていると、トムは更に自らに鋏の刃を向ける。
>「ひぶ!?くひゅーくひゅー…」
>「う…うわあああああああああああああああああ首が、く、首が…」
今度は頚動脈。普通の人間ならこれで死んでいるところだろう。
しかしこれだけ血をばら撒いて、一体何のつもりなのか……血?
何かを思いつきかけた私に、トムは視線を向け訴える。
>「アイネ、俺の……れの…血を………血を…使え!書くんだ。直感で、お前の見た中で一番やばかったトライヴ……絵の……絵の…」
血液、絵の具、トライヴ……私の中ですべてが繋がる。
血の絵の具でトライヴを描けと言うのか。なんという無茶を言う男だ。
確かに私はあらゆる液体を制御する事が出来る。血液とて例外ではない。
液体を用いて、建物の見取り図などを描いた事もある。確かに出来なくはないのだ。
「トライヴ……あの化け物を描けば良いのかですよ」
意識を集中、飛び散ったトムの血液を一滴残らず集める。
どうでも良いが出し過ぎだ。これだけあれば立派な壁画が描けるだろう。
更に集中、血液を生き物のように動かし、かつて見たトライヴの姿を模倣する。
最も恐ろしかったトライヴ、私はその姿を忘れたことはない。
それは、私と同じトライヴ殲滅部隊に所属していた男だった。
皆を助けるために能力を酷使し、とうとうトライヴへと堕ちてしまった男。
悪魔そのものと言った姿へと変化した彼は、圧倒的な力で蹂躙した。
一体何人の同志が力尽き倒れただろう。残ったのは、私を含めたほんの数人だった。
彼が倒れる時、最後の理性を振り絞って残した言葉は懺悔だった。私はあの言葉を忘れない。
彼の生き様、トライヴとしての恐ろしさ、そしてあの悲しい懺悔の言葉を、私は血液に込めてひとつの形を成す。
それを平面にして転写。絵画の中央に堂々と描いた。
出来栄えは上々。トムの命と私の恐怖を具現化したのだ。
果たして画家はどんな反応を返してくれるだろうか?……と、彼を振り返ると。
そこにいたのは、いつの間に紛れ込んだのであろう、カミラの姿だった。
>「いやん、まさに修羅場って感じですかぁ? あぁ、私のことならお気になさらず、邪魔はしませんよ。
今回は戦闘が目的じゃないですし、私の用事は先輩方の用事が終わった後、ということで。
トム先輩止血手伝いましょうかぁ? 舐め取っちゃいます? ペロペロしちゃいますぅ?」
「トムは死なないから問題ないですよ。それより貴様、何の用で来たですよ」
余ったトムの血液で短刀を作り、刃を向ける。あれほどの怪我をしたと言うのに、もう復活したのか。
液体で構成した刃物はあまり切れ味が良くないのだが、今はこれしか手持ちがないので仕方ない。
この女……本当は私たちを遊びたいだけなのだろうか?そんな疑問が頭をよぎる。
そうだ、例えカミラだろうと元は私たちの仲間なはずだ。話し合いで何とかなるかも知れない。
「何のために私たちを攻撃するですよ?遊びのつもりか……それとも離反かですよ?」
>「君」
>「うお!?は、はい、すいません、何でしょう。」
>「いや、絵について、何か思いついたかい?」
>「あ、ぇ?ああ、そうでしたね」
トム君はやはり先程の事件の動揺を隠しきれない様子。
ズボンが洗濯機逝きになるという二次被害も出てしまった事もあって(もう乾いたけど)敢えて触れないでおいたのだが……。
>「借りますよ」
>「え?君、それは私の鋏……うわあああああああああああああああああな、何してるんだ!て…手首を!?」
トム君は鋏を手に取ると突然リストカットを敢行した!
そこまで深く傷付いていたとは……! やはり慰めておくべきだったのか。
リンネ時代に一応講師をやっていたアタシともあろうものが痛恨の判断ミスである。
>「アイネ、俺の……れの…血を………血を…使え!書くんだ。直感で、お前の見た中で一番やばかったトライヴ……絵の……絵の…」
その言葉を聞いてはじめて、トム君の意図を理解する。無茶しやがって……!
>「トライヴ……あの化け物を描けば良いのかですよ」
トムの血を操り、アイネが鬼気迫る絵を描く。
トライヴ殲滅部隊にいたアイネだからこその絵だ。
>「いやん、まさに修羅場って感じですかぁ? あぁ、私のことならお気になさらず、邪魔はしませんよ。
今回は戦闘が目的じゃないですし、私の用事は先輩方の用事が終わった後、ということで。
トム先輩止血手伝いましょうかぁ? 舐め取っちゃいます? ペロペロしちゃいますぅ?」
「あぁ、またなのね……」
アタシは頭を抱えた。今度は流石にもうちょっと間が空くと思ったんだけどなあ。
幸いアイネは先程のアタシの忠告を忘れていないようで、臨戦態勢に入る様子は無い。
むしろトライヴの恐ろしさをより知っているのはアタシよりアイネの方だろう。
>「何のために私たちを攻撃するですよ?遊びのつもりか……それとも離反かですよ?」
丁度格好の教材が目の前にあるし、久々に授業だ。
カミラもリンネから生み出された存在なら知っているはずではあるのだが……。
「好戦家も大概にしないと……あなた戦いの度に魔人化してるでしょう。
その調子で戦い続けたらこうなるわよ」
そこまで言って、ある考えが頭をよぎる。
デビチルには誰しも抑えられない衝動という者がある。
アタシだったら食いしん坊、アイネだったら水分、トム君だったら騒動に首を突っ込むことという具合にだ。
もしかしたら、カミラの場合はそれが戦いなのだろうか。
しかし、そうであるとすればリンネ時代にとっくにトライヴ化し、この世に生み出されることは叶わないはずだ。
もしかしたら、彼女はトライヴ化を克服した固体なのかもしれない。
そうだとしたら凄い発見じゃないか!? 久々に研究者としての好奇心が首をもたげてしまった。
トライヴ化しない方法を確立するのが、アタシの研究の究極の最終目標だったのだ。
「あなたもリンネのプログラムから生み出されたのよね。
リンネ時代から今みたいに戦い好きだったの?」
俺の流した血液で、アイネが世にも恐ろしい形相のすさまじいトライヴを書き上げる。
白い憲兵服、憲兵帽、外套を着用。腰まで届く長髪、切れ長の目…。
「ってさっきの女じゃねえか!!」
薄れていた意識もどこへやら、マジ物の脅威の出現に驚いた俺は、傍にいたおっさんの手を取ると、おっさん宅の風呂場に駆け込み、内側から施錠した。
…こんなちゃちなカギなど速攻で破壊されそうだが、この隙に窓から外に逃げればいいのである。
「おっさん!行け!GOGOGO!!」
「いや、外へ出るといたるとこに罠が…」
窓を指さし、おっさんを逃がそうとしている俺に、そういえばそういう場所だったことを告げて外に逃げられないと告げるおっさん。
アカン、これじゃどうしようもない…。
俺一人ならどうにでもなるが、正義の味方デビルチルドレンが民間人のおっさんを火の海になる5秒前な家屋に残すわけにもいかないし…。
…ってしまった!シャルル先生たちを置いてきたままだった!!
い…イカン!シャルル先生達は今魔神化できない!
ドアの向こうですでに大ピンチに陥っているかも…。
武器だってアイネにヴィエナで拳銃渡した位しか先生たちが武器らしい武器持ってる記憶が無いから、生身の先生達じゃ相手が例の拳銃出しただけで大ピンチ…
「お…おっさん!ピンチになったら窓から逃げろ?な?すぐ逃げろ?」
俺はおっさんにそう指示すると、そっと、風呂場から出ると、脱衣所の戸を少しだけ開けて、そこから拳銃を出して外の様子をうかがった。
幸い、先生たちはまだ無事なようであり、相手も魔神化してないようだ。
流石に今撃っても絶対に効かない事は分り切ってるので、シャルル先生が何やら質問しているようだし、俺も様子を見る。
>「トムは死なないから問題ないですよ。それより貴様、何の用で来たですよ」
その言葉と共に私の眼前に突き出される真紅のナイフ。
>「何のために私たちを攻撃するですよ?遊びのつもりか……それとも離反かですよ?」
「やーん、アイネ先輩怖いですぅー。遊びのつもりでも離反のつもりもないんですぅー、許して? ね? きゃは!」
最っ高に腹の立つスマイルでアイネ先輩の言葉に答える。
あ、やばい。ナイフの切先が私の胸部にちくりと刺さった。おこですか? おこなんですか?
>「好戦家も大概にしないと……あなた戦いの度に魔人化してるでしょう。
その調子で戦い続けたらこうなるわよ」
と、助け舟を出すようにシャルル先輩が言葉を挟む。
「あは、心配してくれるんですかぁ、どうも感謝ですぅ」
>「あなたもリンネのプログラムから生み出されたのよね。
リンネ時代から今みたいに戦い好きだったの?」
「Yes、私はEveryday年がら年中平常運転で戦うの好きですよ。
でもでも、勘違いして欲しくないんですけどぉ、別に私はそこまで戦闘好きって訳じゃないですよ? 私が好きなのは……」
言いながら人差し指を立てた腕を掲げ、少し言葉を溜める。
「Victory! そう私が愛してやまないのはVictory! 勝利です!
ただの勝利じゃないですよ。逆境に逆境を重ね、絶望の淵からか細い光明を見つけ出し、その腕で泥まみれになりながら掴む勝利。
互いの心臓を取り出して目の前でそれを潰しあうような真剣勝負、互いの全てを出し尽くして勝利を奪い合う真剣勝負。
あぁ、それを出来る相手がいると思うだけで胸が高鳴ります興奮します濡れちゃいます」
それだけを一方的に捲くし立てると身体を抱え身悶えする。
「アイネ先輩さっき言いましたよね? 何のために先輩達を攻撃するのか? この為です。
私が極上にして最高の勝利を手に入れる為には先輩達に本気になって貰わなきゃ『全力』じゃあ意味ないんですよ。
その為には私は何を捧げても惜しくないのです。身体も命も尊厳も、小さな犠牲にすぎないのですから」
アイネ先輩の目を覗き込むように私は言葉を紡ぐ。
アイネ先輩の瞳からは何も読み取れない、否、そもそも私には何も読み取る気は無い。
私の衝動が理解してもらえるとは思っていない。今までもこれからも、敵も味方もころころ変えて私は生きていくのだ。
まあ、この戦いで生き残れるとは限らないのだけれど。
私は場の空気を変えるようにパンと両手を叩く。
「ま、私のクソつまらない話はどうでもいいんですよ、先輩達へ用事があって来たんですから」
そう言いつつ床に置いた大きな麻袋を掴むと大きなテーブルに乱雑に投げる。
袋の中身は天使の貯蔵庫から奪ってきたチーズにミネラルウォーター、携行糧食、トム先輩は趣向が分からなかったので適当に。
「あは、食事にしません? さっきも言いましたけど今回は先輩達と戦うつもりはありませんので。
トム先輩も、今は銃撃ったりしないですから出てきてくださいよー、カミラ嘘つかない、ですよー!」
>「やーん、アイネ先輩怖いですぅー。遊びのつもりでも離反のつもりもないんですぅー、許して? ね? きゃは!」
カミラの軽口に、思わずいらっとして血のナイフを突きつける。
一体どういうつもりだろう、この女は。
先ほどのダメージは相当深刻なものだったはずだ。すぐに復帰するのにどれだけの精神力を必要としたのか。
いずれにせよ、侮れない相手ということは間違いない。
その動向に注意し、警戒を怠らないのが最善の策である。
>「Yes、私はEveryday年がら年中平常運転で戦うの好きですよ。
> でもでも、勘違いして欲しくないんですけどぉ、別に私はそこまで戦闘好きって訳じゃないですよ? 私が好きなのは……」
>「Victory! そう私が愛してやまないのはVictory! 勝利です!
> ただの勝利じゃないですよ。逆境に逆境を重ね、絶望の淵からか細い光明を見つけ出し、その腕で泥まみれになりながら掴む勝利。
> 互いの心臓を取り出して目の前でそれを潰しあうような真剣勝負、互いの全てを出し尽くして勝利を奪い合う真剣勝負。
> あぁ、それを出来る相手がいると思うだけで胸が高鳴ります興奮します濡れちゃいます」
要するに戦闘狂の一種なのだろう。なんと業の深い衝動なのか。
ぎりぎりの勝負、その果てにある勝利を掴みたいという気持ちくらいは私にも理解出来る。
だが、狂おしいほどにそれを欲する姿は、最早狂気としか言いようがない。
>「アイネ先輩さっき言いましたよね? 何のために先輩達を攻撃するのか? この為です。
> 私が極上にして最高の勝利を手に入れる為には先輩達に本気になって貰わなきゃ『全力』じゃあ意味ないんですよ。
> その為には私は何を捧げても惜しくないのです。身体も命も尊厳も、小さな犠牲にすぎないのですから」
そう言って、彼女は私の目を覗き込む。
カミラの目は、狂気に染まっていた。
勝利のために何を捨てても構わないという信念、それが恐ろしいほどに。
思わず何かを口にしようと思ったそのとき、彼女は突然手を叩いた。
そして手にしていた大きな麻袋をテーブルに投げる。
袋を覗き込んでみると、チーズにレーション、そしてミネラルウォーターが!
>「あは、食事にしません? さっきも言いましたけど今回は先輩達と戦うつもりはありませんので。
> トム先輩も、今は銃撃ったりしないですから出てきてくださいよー、カミラ嘘つかない、ですよー!」
意図は不明だがミネラルウォーターがあるならば仕方がない。
「まぁ私たちも休憩を必要としていたですよ。
カミラ、あなたを信用した訳ではないが、ここは休戦にしようですよ」
そうまくし立てると、適当に席に着きミネラルウォーターのボトルに手を伸ばす。
毒入りの可能性もあったが、私には水に混入物があれば即座に知覚できる。
ボトルの水を検分した結果、毒は含まれていないことが分かった。
「少なくとも水に毒は入っていない様子だですよ。
シャルル、それにトムもそんなところに隠れていないで席に来いですよ」
ボトルの栓を開けると、カミラに小さく礼を言って口に含む。
口内に広がる爽やかな冷たさと微かな甘み。
この銘柄の水ははじめて見たが、どうやら当たりだ。とても美味しい。
水をもう一口飲んで、次いでレーションに手を伸ばす。
不味いとよく言われるレーションであるが、私はこの食べ物は嫌いではない。
作られた目的が明確である。その一点において、レーションは信頼出来るのだ。
私は厳重に密閉されたパンの容器を開くと、水と一緒に口に運んだ。
うん、普通に美味いじゃないか。
「さて、食事にするということは話し合いの場が欲しかったということかですよ?
どういう目的があるにしろ、話があるのなら話で穏便に決着を付けたいですよ。
カミラ、あなたが勝利したいというのは理解出来たですよ。
でも、仲間である私たちを襲う理由にはならないですよ。
カミラは既に天使と戦ったはず、もう戦う理由など存在しないはずではですよ?」
>「おっさん!行け!GOGOGO!!」
>「いや、外へ出るといたるとこに罠が…」
トム君が芸術家をこの場からひとまず退避させる。
確かにただでさえややこしいこの状況にこの芸術家がいると更にややこしくなりかねないので、妥当な判断だろう。
>「Yes、私はEveryday年がら年中平常運転で戦うの好きですよ。
でもでも、勘違いして欲しくないんですけどぉ、別に私はそこまで戦闘好きって訳じゃないですよ? 私が好きなのは……」
>「Victory! そう私が愛してやまないのはVictory! 勝利です!
ただの勝利じゃないですよ。逆境に逆境を重ね、絶望の淵からか細い光明を見つけ出し、その腕で泥まみれになりながら掴む勝利。
互いの心臓を取り出して目の前でそれを潰しあうような真剣勝負、互いの全てを出し尽くして勝利を奪い合う真剣勝負。
あぁ、それを出来る相手がいると思うだけで胸が高鳴ります興奮します濡れちゃいます」
カミラの話を聞いて、益々謎が深まった。
年中そんな調子で戦ってトライブ化しなかった、とはどういうことだろう。
>「アイネ先輩さっき言いましたよね? 何のために先輩達を攻撃するのか? この為です。
私が極上にして最高の勝利を手に入れる為には先輩達に本気になって貰わなきゃ『全力』じゃあ意味ないんですよ。
その為には私は何を捧げても惜しくないのです。身体も命も尊厳も、小さな犠牲にすぎないのですから」
彼女が望む物は、真剣勝負らしい。間違いない、彼女の抑えられない衝動はそれだ。
命すら小さな犠牲と言い切る彼女にとっては、トライブ化する事の危険を脅したり諭しても無駄。
一方、魔人化し過ぎるとトライブ化するという制約が根本にあるアタシ達は、常にいかに真面目に戦うのを最小限に勝利を収めるかを課題としている。
困った話である。
>「あは、食事にしません? さっきも言いましたけど今回は先輩達と戦うつもりはありませんので。
トム先輩も、今は銃撃ったりしないですから出てきてくださいよー、カミラ嘘つかない、ですよー!」
「食事って……いくらなんでも……、と思ったけど腹を割って話すには悪くないかもしれないわね」
テーブルの上に広げられる食料。その中にチーズを発見してしまったのだ。
チーズを出されてしまったからには抗う事はできない。
>「まぁ私たちも休憩を必要としていたですよ。
カミラ、あなたを信用した訳ではないが、ここは休戦にしようですよ」
>「少なくとも水に毒は入っていない様子だですよ。
シャルル、それにトムもそんなところに隠れていないで席に来いですよ」
アイネもミネラルウォーターの魔力には勝てなかったようだ。
それでも毒が無いか検知するのを忘れないのは流石である。
>「さて、食事にするということは話し合いの場が欲しかったということかですよ?
どういう目的があるにしろ、話があるのなら話で穏便に決着を付けたいですよ。
カミラ、あなたが勝利したいというのは理解出来たですよ。
でも、仲間である私たちを襲う理由にはならないですよ。
カミラは既に天使と戦ったはず、もう戦う理由など存在しないはずではですよ?」
チーズをかじる。程好い塩味とコクが口の中に広がる。
思わずどこで買ってきたのか聞きそうになって、やめる。
強奪してきたものだと言われたところで、食べるのをやめる事はできないからだ。
抑えられない衝動というやつは本人にはどうしようもないものなのだ。それはカミラも同じ。
ならば、その衝動を他に向けさせるしか手は無い。
「そうなのよね。
世界を支配する神であるゼウスに立ち向かう方が一介のデビチルであるアタシ達を相手にするより遥かに強大で燃えると思うけど……。
それに全力の真剣勝負がしたいと言われてもアタシ達は頻繁に魔人化するとトライブ化してしまうからなかなか全力で戦えないのよ。
もしあなたがトライブ化しない方法を教えてくれる、なら話は別だけど……」
聞いてみたものの駄目で元々、明確な答えが返ってくることは期待していない。
彼女がここまでトライブ化せずにすんだのは、単に運がよかったか、特別トライブ化しにくい体質か
仮にトライブ化しない方法があるとしても無意識に行っているというところだろう。
主な意図は、飽くまでもアタシ達との真剣勝負を諦めさせ矛先をゼウスに向けさせるための交渉材料だ。
シャルル先生の質問に、おとなしく答えながら、女…カミラか、カミラは食事の用意を開始する。
>「あは、食事にしません? さっきも言いましたけど今回は先輩達と戦うつもりはありませんので。
> トム先輩も、今は銃撃ったりしないですから出てきてくださいよー、カミラ嘘つかない、ですよー!」
なるほどなー…、この女は勝利を欲する性なわけだ。
ヴィエナみたいに,世界にはゼウスに壮絶に苦しめられている街の人たちが大勢いるだろうに、自分勝手な事をほざいてくれるもんである。
こいつの自分勝手な態度と、全世界にかけている壮絶な迷惑には憤りを感じる…が。
それは…仕方がないのだ。
だってこの女もデビルチルドレン、俺がヘタレで平和主義者()なのに厄介ごとに突入するのをやめられないように。
この女も他人の迷惑になる事がわかっていても、戦うことをやめられないのである。
> シャルル、それにトムもそんなところに隠れていないで席に来いですよ」
そんな事を考えていたら、アイネが俺を一緒の食卓につくように呼んできた。
やはりこの女は肝が据わっている。
対人戦…心理戦の経験もあるのかもしれない。
彼女もああ言っているし、あまり空気を読めない真似もしたくないし、ここは出ていくことにしよう。
………ああ!ダメだ!トム・ジリノフスキー!またエッチなハプニングを期待するな!
あのベロチューみたいな出来事は絶対起こらない、っていうかここから俺を待つカミラの態度は、雑魚を見るハイパー虫を見るような目で見られるタイムだけだ!
忘れろ、ベロチューは忘れろ、俺!
>「そうなのよね〜
俺が煩悩に悶えながらぎくしゃくとテーブルにつく横で、シャルル先生は冷静に自分らと戦うよりもゼウスと戦った方が燃えると証言した。
それは俺も同意できる。
「うん、シャルル先生の言う通りだと思う。
この町の天使がどうだったか知らないけど、ヴィエナだと強力な改造人間、ロンデニオンだと魔法使い、どっちも相当ヤバイ相手だった、それこそ、全員生還できたのが不思議なくらい。
俺はどっちも途中から病欠したからよくわからないけど、少なくとも楽勝じゃ無かった、間違いなく」
そう言って、一人頷く俺。
実際、俺はもしあのままヴィエナやロンデニオンでシャルル先生達と一緒に戦っていたら、死んでいたかもしれない。
それほどまでに、厳しい戦いだったのだ。
そして…。
「あとさ、ゼウスはまだ……俺達と戦うための天使を繰り出してきていない。
ウルトラマンに対するブラックキング、キカイダーに対するハカイダー、仮面ライダーに対するイカデビル。
そんな強力な…デビルチルドレンと戦う事に特化した天使がまだ現れていないって事は、ゼウスはまだ全然本気じゃないんだと思う。
だから、こんなとこで俺達相手に戦うより、そいつらとまず戦った方がいいんじゃないかな…。
あとさ…ヴィエナでゼウスの使徒が住民を無慈悲に殺したり拷問したり、改造したりしていた。
そういう連中を何とかできるのは俺達しかいない。
だから…良心が残ってるなら、性に打ち勝って、邪悪な敵と戦ってほしい…。
それが出来ないなら……ファーストキスの相手を殺したくないけれども…」
言って、言葉を斬る俺。
この後の台詞が、一番大事だ。
俺はそっと、アイネの肩に手を置く。
「お前をアイネが成敗する。うん、主にアイネが!」
戦闘能力、経験、そのどちらも俺は劣っているから無理なので、正直なところを俺は述べた。
【現在のシナリオは一端保留として次のシナリオを開始します】
パリエスでの騒動がひと段落し、アタシ達は猫バスのオペレータールームに集合して次の行先の選定に入っていた。
(パリエスでの顛末については機会があれば他の場所で語られる事であろう)
地図上にいくつか光る点が表示されている。
「なんだかんだでもう4つ都市が解放されたのね。この調子で行きましょう」
「そうですね! と言いたいところですが……」
シュガーちゃんが思わせぶりな発言をする。
「何よ、気になるじゃない」
「そろそろゼウスが我々デビルチルドレンを危険視し始めるかもしれません」
「というと……?」
「今までの敵は飽くまでも人間を支配するために作られた天使でしたよね。
対デビチル戦に特化した天使を作ってくるやも……」
「やめてよ演技でもない!」
平和な荒野をとっとことっとこ走る猫バス。
バリエスではやばかった。
何がどうやばかったかは…俺の言葉では言い表せない!
特にあれだ、カミラが……。
……そういや次の目的地ってどこだろう。
「シュガーちゃん、次ってどこ向かうんだ?」
「次は……食欲の町、コリットー・スナーロです。
美食が自慢の町ですよ」
「美食の都市ねぇ…、どうせまた滅茶苦茶になって美食どころじゃないんだろ?」
「それがその…」
シュガーちゃんの返答が、何やら尻すぼみになった。
どうしたんだろう?
各都市がゼウスのために各々の好きな物を封じられてる事なんて、今までよくあった事だろうに…。
「コリットー・スナーロは今もしっかり、美食の町として機能し続けているんです…。
しかも、かつての栄光時代よりもはるかに…」
「えぇ!?どういうこったいそりゃ」
「人間の三大欲求、食欲、性欲、睡眠欲はゼウスも必要な物だと認めているんです。
だから、この三つをつかさどる街だけは、ゼウスも押さえつけたりせず、むしろ盛り上げているんですよ」
ゼウスが認める街……ねぇ…。
「それって解放する意味あんの?」
「問題は、それらの町はその一点に特化しすぎている事です、つまり、それ以外の楽しみは完全に封じられ、しかも、人々はその楽しみを得るために過酷な労働が強いられていて…。
……もしかすると住民の労働量はヴィエナ以上かもしれません」
「過労死者続出って事かよ!」
「コリットー・スナーロは平均寿命がワースト5位以内に常にある、街なんです。ちなみに一位は性欲の…」
「そっちはこのスレでは行かん!」
何かとても俺の行きたくなるような街の名前が出てきかけたが、カルレアさんがシュガーちゃんの口をふさいだ。
それにしてもたった一つの楽しみのために、過剰な労働を強いられる街…。
手ごわい戦いになりそうである。
コリットー・スナーロ、管理施設、Bショック・クラブ
コリットー・スナーロを収める、殿様みたいな格好の天使、U・ザンは、その日も自らの作った料理に酔いしれる街の人々を、巨大なBショック・クラブの塔の天辺から見下ろしていた。
街はこの塔の下にある巨大な食堂を中心に、広大な工場施設が並んでいる。
その工場では寝る時間まで管理された作業員達が生産ラインにしばりつけられ、一日15時間、労働を行っていた。
だが、すぐ下の食堂だけは違う。
仕事で疲れにつかれ、腹を空かせた人々は、そこでUザンの作っためちゃくちゃおいしい料理に酔いしれ、生きる喜びに満ち満ちている。
「わしの収めるこの街は今日も完璧、早う邪魔なカタコンベを叩き潰し、永遠の平和を…」
「無理ね、少なくとももうすぐそれは不可能になる」
悦に浸るUザンの後ろに、いつの間にか、黒いフードの影が3っつ、音もなくたっていた。
驚いたUザンは、すぐさま声を張り上げる。
「ええい曲者か!であえであえ!」
Uザンの声にこたえ、部屋のあちこちから武装した天使が出現、フードたちを取り囲む!
「何者ぞ!貴様らは!」
「落ち着きなさい、Uザン」
問いかけるUザン、その後ろから聞こえた声に、びくりとしたUザンが振り向くと、そこには今そこに包囲されているはずの黒フードの一人の姿があるではないか!
「な…」
「私たちは対デビルチルドレン特殊天使!もうすぐこの町にデビルチルドレンが来る。
私たちは、ゼウス様の直命で、ここに参上した」
驚くUザンを無視して、黒フードは証明書を見せながら、淡々と言った。
それを聞いたUザンが激しく動揺する。
「デビルチルドレン、だと!?それで…この町はどうすれば…」
「奴らを街に招きいれてほしい、そこで、正々堂々戦いを挑む」
「無茶な!相手は今まで複数の都市で無数の天使を倒してきたのだ!真っ向勝負など…」
「私たちはゼウス様が新たにデビルチルドレンを倒すために生み出した存在、敗北はありえない」
ゼウス様が新たに生み出した。
その言葉を聞いた途端、今まで黒フードに敵対的だったUザンの顔に、なあんだという安心が生まれる。
「ならば安心した、ゼウス様に敗北はない!特殊天使殿、コリットー・スナーロ、戦いの役に立ててくだされ」
「ありがとう、Uザン、協力に感謝します」
食欲の町、コリットー・スナーロ。
そこで待ち受けるゼウスのしもべは、これまでとは一味もふた味も違う!
はたして、デビチルたちの運命は…
「コリット・スナーロ、ですか。私はおいしい水があれば十分ですよ」
猫バスに揺られる車内、私はいつものように水を呷りながらトムたちの話に耳を傾けていた。
食欲を満たすための街、さながら美食の街ではなく飽食の街と言ったところか。
なんにせよ、人間を蹂躙する天使のやり方には反対だ。なんとしても止めなければなるまい。
しかし天使はなぜ人間の管理にそこまで執着するのだろう?
彼らの技術があれば、人間を管理するまでもなく滅ぼす事も可能だろうに。
ゼウスが作られたという経緯に秘密があるように思える。
いつか分かる事かも知れないが、少なくとも今はまだ分からない事なのだろう。
「ところで、今のうちに宣言しておくのだが、ですよ」
そう言って、私は立ち上がる。
今のうちに伝えなければ、作戦も大きく変更されてしまうのだから。
不思議そうに私を見る視線にちょっとこそばゆさを感じながら、私は大きく言い放った。
「時間的にそろそろ限界だから、向こう一週間は魔人化をやめようと思うですよ」
変身時の時間を正確に測定した結果の判断である。
魔人化能力は強力だが、反面トライブ化を促進させると言う特性も持つ。
私はそのまま解説に移る。
「先の対カミラ戦、及びパリエス攻略戦において、私は少々能力を酷使し過ぎたですよ。
ご存知の通りこの能力は時間制限付き、あまり無理は出来ないですよ。
私の計算によると、今週中に能力を使えたとしてもあと一回限り。それ以上は限界ですよ」
ちなみに計算式は、対トライブ部隊が死ぬ気で計測した実戦に基づく証明付きである。
「おそらく二人の能力は無理しない範囲なら使用可能。でも、私は限界ですよ」
私は今回戦力として期待が出来ない。その事はどうしても伝える必要があった。
一週間も休めば、また問題なく能力を使う事は出来るようになる。しかし、それを待つ事は出来ない。
なぜなら、人間たちの命が掛かっているのだから。一刻も早く駆けつける必要がある。
「まぁ心配ないですよ。今回はこれを使うつもりだからですよ」
そういっていつの間にか足元に置かれていた得物を持ち上げる。
アンチマテリアルライフル、一般に対物ライフルとも呼ばれる大口径の銃である。
その威力はすさまじく、二キロ先離れた人物の胴体を両断するほどである。
なぜ対物ライフルなのかと言うと、私の能力との親和性が高いから、なのだ。
その威力ゆえに反動が大きく、二脚なしで使おうとするのは難しい銃なのだが、私の能力「水を自在に扱う能力」と合わせると面白い事になる。
反動制御に水を用いる事で、立ったまま対物ライフルを構えて精密射撃が可能になるという訳である。
銃の扱いに長けているほうではないが、これだけは私の特技なのである。えへん。
>「コリットー・スナーロは今もしっかり、美食の町として機能し続けているんです…。
しかも、かつての栄光時代よりもはるかに…」
>「えぇ!?どういうこったいそりゃ」
>「人間の三大欲求、食欲、性欲、睡眠欲はゼウスも必要な物だと認めているんです。
だから、この三つをつかさどる街だけは、ゼウスも押さえつけたりせず、むしろ盛り上げているんですよ」
「それは素晴らしい……じゃなかった、まずいぞ!」
性欲とかいうワードが聞こえてきた気がするが、色んな意味でヤバそうなので気のせいという事にしておこう。
それは置いといて、目下の問題は今から行くのが美食の町ということだ。
アタシの衝動は美味しそうな食べ物に目が無い事。
普段は死闘の場に目につく所に食べ物は置かれていないので
アタシの衝動を知っている敵が食べ物で釣ろうとでもしてこない限り表立って問題にはならないのだが……。
今回は何と言っても美食の町。衝動が 大☆暴☆走 してしまう危険性があるのだ。
高級チーズがずらりと並んでいよう日にはもう……。
>「コリット・スナーロ、ですか。私はおいしい水があれば十分ですよ」
色んな意味で舞い上がっているトム君やアタシを尻目に、アイネは落ち着いている様子。
食欲を満たすために過重労働を強いられる街は、美食の町ではなく飽食の町だろうと冷静に分析する。
「それもそうね。……そうよ、そんな悪趣味な生産体制じゃあきっと安かろう悪かろうの量産体制。
味はどうでもいいさっさと大盛り持ってこい! 的なやつよ!」
そう自分に言い聞かせる。本当にそうだとすれば大した問題は無いのだが……。
アタシの衝動は食いしん坊と言ってもどちらかというとグルメタイプであって大食いタイプではない。
>「ところで、今のうちに宣言しておくのだが、ですよ」
>「時間的にそろそろ限界だから、向こう一週間は魔人化をやめようと思うですよ」
アイネのこの言葉に、食欲が暴走したらどうしようという端から見るとギャグのような悩みは一端脇に置いておかれる事になった。
>「先の対カミラ戦、及びパリエス攻略戦において、私は少々能力を酷使し過ぎたですよ。
ご存知の通りこの能力は時間制限付き、あまり無理は出来ないですよ。
私の計算によると、今週中に能力を使えたとしてもあと一回限り。それ以上は限界ですよ」
「そうね……随分無理をさせてしまったわ」
まだ記憶に新しいパリエスでの死闘。
途中でアイネの異変に気付いたアタシは魔人化しては危ないと言ったものの
結局どうにもならずにあの後もアイネは危険を承知で魔人化して戦ってくれたのだ。
アイネの魔人化能力は強力であるが故に、制限や弊害も厳しいものなのかもしれない。
>「おそらく二人の能力は無理しない範囲なら使用可能。でも、私は限界ですよ」
「大丈夫よ!
ほら、前回はデビチルが相手だったからアレだったけど
そもそもゼウスの手下と戦う時はいかにして真面目に戦わずして勝つかが課題なわけだし……。
アタシ達の本来の戦い方に立ち戻るいい機会よ」
そもそもデビルチルドレンというのは華麗な作戦
(端から見るとふざけた作戦に見えるかもしれないがその時当事者達は大真面目なのだ)
で戦わずにして勝とうとした挙句に
うっかり作戦失敗する事こそが成功の元というジレンマを抱えた存在なのだが
正統派バトルではうっかり作戦失敗も起こらなくなってしまう。
仮に戦闘能力を磨きまくって勝ち進んでいったとしてもそれではいつか壁にぶつかるのだ。
>「まぁ心配ないですよ。今回はこれを使うつもりだからですよ」
アイネが持ち上げたのは、小柄な体躯に似合わぬ大型の銃。
どう見ても地面に固定しなければ無理そうだけど、水を操る能力と組み合わせる事で手で持って撃てるらしい。
「さ……流石元戦闘部隊」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして猫バスはしばらく走り……
「んー?」
双眼鏡をのぞきながら首をかしげる。何かやたら派手じゃないかい?
色とりどりのアドバルーンがあがってるし横断幕みたいなのがはためいてるし。
横断幕をよく見ると「ようこそデビルチルドレン様御一行!」と書いてある……。
「なんだかすでにバレバレみたいなんだけど……どうしましょう」
ここまでのあらすじ。
トムはメインキャラと敵を一度に動かすのは難しいため、アキヴァを守るユダが風邪引いたとの知らせを受け、代わりにアキヴァを守るべくアキヴァへ戻る事とあいなった。
☆ ☆ ☆
「皆さーん」
コリットー・スナーロの入り口の横断幕やアドバルーンに呆けるシャルル達に、横合いから声がかかった。
見ると、そこには、緑色のウェーブ髪をした女性、そう、イトの姿があるではないか。
「お久しぶりです、皆さん」
「イトさん、どうしてここにいるんですか?」
手を振りながらホバーオートバイで近づいてきたイトに、シュガーちゃんが驚いて尋ねると、イトはオートバイから降りて、微笑んだ。
「ご心配なさらずに、わたくしは戦うつもりはありませんわ、証拠に、ほら」
そう言って、イトが遠くの荒野を指さすと、そこの地面が盛り上がり、隠れていたミサイル砲台や大砲が現れた。
「皆さまがここに来るまでに、幾らでもわたくしたちは皆さまを攻撃する事が出来ました。
しかし、武力行使で皆様デビルチルドレンを叩き潰しても、それは私たちの勝利にはなりえません」
「どういう事です?」
「皆さまデビルチルドレン、その目的は、人類の解放。
仮に皆様がそれを成しえたとして……その先に人類を待つのが、真の絶望だけである事、それを知っていただかなければ、勝ったとは言えないのです」
イトはそういうと、何か言い返そうとするシャルル達を手で制した。
「口ではなんとでもおっしゃれます、しかし、それはあなた方が自分たちの非力さを理解していないがための事。
もし、あなた方がそれは違うと力いっぱい胸を張っておっしゃりたいのならば…」
びしっと、イトはシャルル達を指さす。
「私たちとの戦いをお受けくださいまし!
真正面から私たちに挑み、勝ってお見せてください。
それができないのなら、あなた方には人類を解放した後、その後の世界を支える事なんかできませんわ」
シャルルとアイネ、二人の瞳を交互に見据えながら、イトは力強く行った。
「ちなみに…」
……突然、シャルル達の「すぐ後ろ」から女性の声がした。
見れば、いつの間にか、息のかかるくらいの距離に、フードをかぶったアイネと同じくらいの背丈の人物が立っているではないか!
全く気配は無い。
「勝負の内容は……料理対決!!」
そして、その人物は真剣な口調で、脱力するような事を述べた。
いざコリットー・スナーロに到着した私たちを待ち受けていたのは、色とりどりの横断幕やアドバルーン。
まるで歓迎されているかのようなムードに、出鼻をくじかれて驚くことになってしまった。
入り口に到着し猫バスを降り、辺りを見渡してみると、そこにあったのは懐かしいイトの姿。
どうやら彼女は、いまだ工作員として活動しているらしい。妙な因縁もあったものだと思う。
重たい背中のライフルを揺らし、私はイトに近づく。武装はしているが、一応敵意はない。
>「ご心配なさらずに、わたくしは戦うつもりはありませんわ、証拠に、ほら」
「歓迎してくれるとは驚いたですよ。それで、今回は話し合いで決着を付けるとでも?」
その問いに答えはない。
私は彼女の説明を聞く姿勢をとる。どういうつもりかは、すぐ分かる事だろう。
と、話を聞いているうちに周囲への警戒を怠っていた。
そのために、私たちは「彼女」の接近に気づく事が出来ない。
気付いたのは、「彼女」が十分に接近し声を発したあとだった。
>「ちなみに…」
とっさに振り向きざま、大き過ぎる銃を腰溜めに構え警戒をする。
気配はなかったように思う。だとしたら凄腕の手練か?まさに脅威に感じた。
体格は私と同じくらいの小柄、気配がない以外は特に何も感じることは出来ない。
その彼女は、イトの言葉に続くようにして驚くべき事を言った。
>「勝負の内容は……料理対決!!」
料理、対決?今料理対決と言ったように聞こえたが、何かの聞き間違いだろうか?
困ったような面持ちでシャルルのほうを見ると、彼女も混乱している様子だ。
「えーと、確認すると料理対決とは、お互いに料理を作ってその腕を競う、あれ……ですよ?」
「その通りです。他に料理対決などありますか?」
イトに質問を質問で返されてしまう。確かに、他に料理対決などあろうはずはない。
このメンバーに料理が出来る人物などいただろうか?シャルルはお菓子を作れるとしても……私は料理など作った事もない。
ちょっと相談。そう言って、私は一同を集め会議を開く。
「私は料理などしたことはないですよ。シャルルと……それにシュガーは料理の経験はあるですよ?」
「残念ながら私も料理の経験はありません」
シュガーも料理の知識はないと言う。まぁ当然の事だろう。
私はため息を付いて、今後の方針を決める。彼等の対決を受けるか否か……悩むべきはそれ以前か?
軽く頭を振り雑念を取り払う。私たちデビチルはいつもそうだったではないか。今後の方針など、決めるべくもない。
「分かった。その対決、確かに受けようですよ。ただし条件と質問があるですよ」
「ええ、何ですか?」
「まずは質問。食材などの持ち込みは可能だろうかですよ?」
そう、食材だ。料理の決め手は食材の選び方にあると聞いたことがある。
こちらで何とかして最高の食材を手に入れることが出来れば、あるいは勝てるかも知れないのだ。
「続いて条件ですよ。時間が欲しい、料理の特訓をする期間を設けてはどうだろうですよ?」
私たちは今のままで勝機はないだろう。しかしここは美食の街、人や書物を頼れば何とかなるかもしれない。
そのためには時間が必要だ。何とかして時間を稼ぎ、勝機を見出す必要があるだろう。
アドバルーンや横断幕に呆然とするアタシ達を、行く先々で現れる謎の女性――イトが出迎える。
敵か味方か、その真の目的や素性は謎に包まれている。
今の所分かっている素性としてはゼウスの工作員なので敵対関係にあたるのだが
彼女のお蔭で窮地を切り抜けた事があるのも事実だ。
>「皆さまがここに来るまでに、幾らでもわたくしたちは皆さまを攻撃する事が出来ました。
しかし、武力行使で皆様デビルチルドレンを叩き潰しても、それは私たちの勝利にはなりえません」
>「どういう事です?」
>「皆さまデビルチルドレン、その目的は、人類の解放。
仮に皆様がそれを成しえたとして……その先に人類を待つのが、真の絶望だけである事、それを知っていただかなければ、勝ったとは言えないのです」
「真の絶望……?」
彼女は何かアタシ達の知らない事を知っているのだろうか。
それをアタシ達に知らしめなければ勝った事にならないとはどういう意味だろう。
>「口ではなんとでもおっしゃれます、しかし、それはあなた方が自分たちの非力さを理解していないがための事。
もし、あなた方がそれは違うと力いっぱい胸を張っておっしゃりたいのならば…」
>「私たちとの戦いをお受けくださいまし!
真正面から私たちに挑み、勝ってお見せてください。
それができないのなら、あなた方には人類を解放した後、その後の世界を支える事なんかできませんわ」
有無を言わさぬ気迫に質問するタイミングを逃してしまった。
まあ謎多き彼女の事、もし何か知っていたとしても今はまだ教えられない、というところだろう。
>「ちなみに…」
>「勝負の内容は……料理対決!!」
「えっ!?」
背後で声がしたような気がして振り向くと、いつの間にかフードを被った人物が現れていた!
アタシのみならず戦闘熟練者のアイネも気配を感じられなかったようだ。
それだけでも驚きなのだが、更に驚きなのはその内容である。
>「えーと、確認すると料理対決とは、お互いに料理を作ってその腕を競う、あれ……ですよ?」
>「その通りです。他に料理対決などありますか?」
相手の意図は不明、はっきり言って料理対決などしている場合ではないというのが正直なところだが……
相手は全く気配を感じさせずに背後を取る程の手練れだ。
普通に戦っても勝ち目はない気がする。
かといって料理対決なら勝てるのかというと微妙なところだが……
寄り集まって作戦会議。
>「私は料理などしたことはないですよ。シャルルと……それにシュガーは料理の経験はあるですよ?」
>「残念ながら私も料理の経験はありません」
「お菓子なら少し。まぁ能力を使えば一級品を作れるけど多分能力の使用は禁止……よね。
料理は……あると言えるほどは無いかな。カルレアさんは……」
「うむ、私は対戦相手をずんばらりと捌く事なら出来るが」
「……ですよねー」
結局誰も料理対決を受けられる程の料理技能は無いという結論に落ち着いた。
お茶会対決ならアイネのお茶淹れとアタシのお菓子で上等なんだけどねえ……。
と、いうわけで。
>「分かった。その対決、確かに受けようですよ。ただし条件と質問があるですよ」
無理無茶無謀でも受けて立つ、それがデビチルクオリティ。
ただし勝つための足掻きは忘れない。
>「ええ、何ですか?」
>「まずは質問。食材などの持ち込みは可能だろうかですよ?」
>「続いて条件ですよ。時間が欲しい、料理の特訓をする期間を設けてはどうだろうですよ?」
料理の特訓をする期間、と言ってはいるが短期間では限界がある。
実際には食材の調達をする時間にあてるつもりだろう。
リンネ時代に読んだ漫画の中には毎回究極の食材を手に入れるために魔境の地に踏み入ってバトルする
料理漫画か異能バトル漫画か分からない漫画もあった。
アタシ達も究極の食材を手に入れる事が出来れば勝てるかもしれないのだ。
どうやってかって? それはいつも通り地下住人ネットワークやらを駆使してだな……。
この街の住人は美食のために過酷な労働を強いられているという。
ゼウスの支配に反感を持っている者達もいるはずだ。
「それと……作る料理は自由、ということでいいかしら」
課題メニューが決まっていては勝負に勝てる程の食材を調達できる確率は格段に低くなってしまう。
ましてやその場で課題メニューを発表、などもってのほかだ。
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名無しになりきれ:2014/07/08(火) 03:15:57.78 0
正規空母 加賀 ◆KAGAzJ8GUMさんチィーッス!
関係ないスレに誘導されてやんのw
保守