1 :
名無しになりきれ:
「お願いします。私に、戦い方を教えてください――――!!」
絞り出した私の声に、南雲さんがわずかに硬直する。
首に回した腕の感触からその肩が一瞬だけ震えて強張るのがわかった。
負ぶってもらってる私には顔の表情が見えないけれど……どうしよう、やっぱり困らせちゃったみたいです。
【南雲】「……うん。わたしに教えられること、そんなに多くはないけれど。がんばるから」
数秒の沈黙の後、南雲さんは静かに頷きそう言った。がんばらなきゃいけないのは、私のほうだ。
【南雲】「わたしも強くなりたいから――萌ちゃんに教えてもらいたいこと、たくさんあるよ」
萌さんは何も言わなかった。
代わりに自販機の水を買い、それを手にまじまじと私たちの顔を見つめる。
顎元に手を当てて何かを考えている仕草。あれ、何だろう、急に寒気が……貧血かな?
いたずらに上下を繰り返す体感温度と加速する季節感に混乱しつつ、私はカレンダーの日付を確認する。もうすぐ春休み。
磯野家や野原家の人たちは自分たちの生活を不思議に思わないのかな、などという月並みな疑問が頭をもたげたそのとき、
【南雲】「……『幸せ』って、何だと思う?」
南雲さんが呟いた。すごく難しいことを……呟いた。
国民的アニメのループ世界なんて月並みな疑問よりもっともっとありふれていて、だけど未だ誰にも解けない大きな謎の一つ。
大昔から続く、ヒトや生き物にとって永遠のテーマみたいなものだ。これがわかればきっとノーベル賞ものだよ。
以前私も叔母さんに聞いたことがある。
『それは誰もが知っているけど、誰もそれを知らないものよ』って、便利な言葉で誤魔化されちゃったけど。
隣を見る。麻子さんが何かを察したような、苦い笑みを浮かべた。南雲さんは続ける。
【南雲】「えげつないないよね、魔法少女って。自分で言うのもなんだけど、情弱しかやらないよこんな稼業。
残業どころか給料も出ないし、福利厚生は最悪だし、離職率バリ高だし、職場いじめどころか殺し合いなんてやってるし」
ブラック企業も助走つけて逃げ出すレベルで、魔法少女なんて名ばかりの、超絶ブラック――『ブラック魔法少女』」
「…………」
南雲さんの『それ』は決して『幸せ』に対する回答ではありませんでした。
けれど、ここにきて私はさっきの戦いで門前さんが『幸せ』について語っていたのを思い出す。
何を語っていたのか聞き取れなかったけど……門前さんが私の望んだものと真逆の魔法少女だったのは、何となくわかる。
ううん、違う。
ようやく私は現実を理解できたのかも。
闘って。打ちのめされて。奪われて。救えなくて。助けてもらって。奪い返して……。
『ブラック魔法少女』――むしろそれこそがこの世界の“リアルな魔法少女”の姿なんだって――――……
……私は感じた。揺らいだ。グラついた。悔しくても、この世知辛い現実を受け入れるしかないって。
私が信じた“魔法少女”は、やっぱり虚構の中でしか生きられない幻でしかないって。けれど、
【南雲】「わたしは、それでもやっぱり『魔法少女』でいたいよ。
毎週わくわくしながら観てた、テレビの向こうの世界みたいに……笑って魔法を使いたい。なれるかな――」
南雲さんは続ける。
【南雲】「職業としてじゃなく、生物としてでもなく――"信念"としての魔法少女に」
「…………」
私はしばらく何も言えなかった。
自分に“それ”を言う資格が――ううん、違う。私自身何て答えていいか、わからなかったから……
そのとき、躊躇いを誘う微かな霧を萌さんが吹き払った。
【萌】「……あたしガキの頃すっげぇ可愛い子だったの。今じゃ死んだ目だけどその頃はなんかおとなしそうな令嬢風でさ。
で、親がやたらひらついた服ばっか買ってくんのよ。いかにもそういう子に似合いそーな」
振り返る私たちに向かって、萌さんは語る。
自分が格闘技を始めたきっかけを。いかにして悪魔と出会い、自分がどうして変身後に"あんな姿"になるのかを。
ちゃぽん。時折口に含んだペットボトルの水が、晩冬の夜光の下で冷凛と輝いた。
【萌】「――以上、"自分"をちゃんと持ってないとろくな目に合わないというお話でした」
萌さんは自嘲的に肩をすくめたかと思うと、切り替えるように力強い笑みを浮かべた。
【萌】「逆に言えばさ。どこから来て今どこを歩いてて、何よりどこへ行きたいかが見えてりゃそんなに心配することないと思うよ。
それは、間違ったあとに戻るべき場所がわかるってことなんだから
だいたい、なりたいもんになれない程度のものを"魔法"だなんて言わせねーし」
ふいに、私は南雲さんの横顔をじっと見た。あんまりにもガン見してたせいか、南雲さんに気付かれた……ような気がした。
視線を合わせるのが気恥ずかしくなり、私は思い切り顔をそらす。ぶえんっ!
<――この翼で!どこにだって運んであげられる!!>
……うん、そうだ。そうですよね。
少なくとも、私は自分がどこから来たかはずっと知ってる……けど、どこへ行きたいかがいつもあやふや。
けれど、この人はそんな私にいつも道を切り開いてくれた――あの時だってそうだった。
私は萌さんの顔を見て、心の中でお礼をしつつ深く頷いた。もう一度視線を南雲さんの横顔に戻す。
「なれるよ……南雲さんならきっと、ううん……絶対なれる!!!」
南雲さんの翼には、願いを叶える力がある。
たとえ私が信じてるものがフィクションの産物で、偽者みたいなものでも、そればっかりは変えようの無い真実だ。
こればかりは嘘じゃない。嘘をつく必要なんて、どこにもない。
私は南雲さんの両肩に手を回し、抱きしめるように力を込めた。
そしてすぐに気付く――どうしよう、つい勢いでやっちゃった……。
多分赤くなっている自分の顔を隠すために、私は自分の頭を南雲さんの首筋に押し付けた。
――――息を潜めているうちに、私はいつの間にか眠ってしまった。
ごめんなさい、南雲さん。多分貧血のせいです。
【萌さんの言葉に勇気づけられた後、南雲さんの背中で爆睡】
――それから後、彼女たちの会話をそれとなく聞きながら歩いていた猪間麻子はふと立ち止まった。
坂上南雲の言う『ブラック魔法少女』という存在について、彼女にも思うところは勿論沢山ある。
それでも敢えて何も言わずにいるのは、それが言うまでもないことだと判断したからだ。
南雲も、萌も、そして理奈も、自分たちがこれまで何を見てきたのかをはっきりと自覚した上で言葉を発している。
分かれ道にさしかかっていた。
【理奈】「…………」
南雲の背中に顔を埋める理奈からは規則的な呼吸音が聞こえてくる。すー……。すー……。むにゃむにゃ。
【麻子】(完全無欠・絶対無比・完璧かつ円満におやすみしてやがる――!)
あれだけの失血の後ならば仕方ないと思う反面、負傷したりシンドイ思いをしたのは何もお前だけではないだろうとやや苛立ちの表情を作りつつ、
麻子は理奈を背負う南雲を見上げた。Y字路に設置された街灯が半眼になった麻子の顔を仄かに照らす。
【麻子】「あたしと理奈は一旦店に戻るよ。少し休ませりゃ一人で歩けるようになんだろ。南雲は家が反対方向だよな?
後は代わってやるよ――重いだろ、そいつ(色んな意味で)」
気を利かせた麻子に他意はない。南雲の住所を知っているのは従業員用の名簿で確認していただけだ。
無論、理奈を担ぐのはまともにやると疲れるので鎖で引っ張っていくつもりだが。
【麻子】「あんたは……どうする?」
萌にも尋ねる。時刻は【Tender Perch】の営業時間をとっくに過ぎている。先ほど当人も言っていたとおり、帰って飯食って風呂に入るのが幸せだ。
従業員用のまかないに興味がおありでしたら協力してさしあげますけどね……お客さん?――――片目を閉じ、麻子は冗談っぽくそう付け加えた。
【麻子さんから選択肢】
※ ※ ※
――もう一方
【ミサワ】「期待の大型新人現るー↑↑」
勝者の去りし戦場跡、瓦礫の海と粉塵の逆巻く「元・商店街」の一角で、男は呟く。
【ミサワ】「現るー↓↓(ため息)」
呟く。
【ミサワ】「僕はトンでもない拾い物をしてしまったようだ……」
がっくりと肩を落とすミサワ。こんなときでも顔に笑みを貼り付けたままだ。流石はプロ、見上げたものである。
坂上南雲。『ライトウィング<アサルト>』。往事の魔力数値、実に5100。単純に50個の魔力核を所持していたことになる数字だ。
魔法核の同調による魔力の上昇は以前から囁かれていたが実践できた魔法少女は少ない。……まさかこれほどまでシナジーを発揮するとは!
もはやエルダー級、いやいや、それ以上だって狙えるかm
【闇のセールスマン】「いやはや、これはまた随分と豪奢に花火をあげてくれたものですね――ミサワくん?」
【ミサワ】 「ボ、ボスッ!?……いえ、その、これには事情がありまして僕の命も危険が危なくてですね…………^^;」
【闇のセールスマン】「説明責任は求めません。いくつか懸念すべき状況が想定されます……が」
【ミサワ】 「……が?」
【闇のセールスマン】「あなたを消したところでそれらが解決するわけではありませんから」
【ミサワ】 「………………」
ミサワは――ミサワは最大限安堵すると同時に改めて確認した。「ああ、こいつは間違いなく悪魔なんだ」と。
ともあれ今回のことが不問となれば後は何も懸念することはない。
スカウトした魔法少女が注目される逸材となればそれだけで莫大なリターンが期待できるのだから。
倒された門前百合子と梔子 梓に視線を送る。
いつもならこの後首を切断するのだが、今回の上司にその様子はなかった。
【闇のセールスマン】「ああ、来ましたね。後は彼らに任せましょう」
いつのまにか、彼女たちの傍らにはそれぞれ一人ずつ違う人影が立っている。
彼らは敗北した少女たちの顔を覗き込むと満足げな表情を浮かべて指を鳴らした。
直後、門前百合子と梔子 梓の肉体は黒い沼のようになった地面に静かに沈んでいった。
【闇のセールスマン】「"アレ"らは私のものではありませんので、ね」
悪魔と魔法少女の契約関係による悪魔同士の横の関係について、ミサワは何も知らない。知ろうとも思わない。
少なくとも――ミサワは考える。
彼らがヒトよりも上の生態的地位(ニッチ)を支配している存在なのは、間違いなさそうだ。
【ブラック魔法少女 第四部 夜宴 篇 (了)】
>「……あたしガキの頃すっげぇ可愛い子だったの。今じゃ死んだ目だけどその頃はなんかおとなしそうな令嬢風でさ。
で、親がやたらひらついた服ばっか買ってくんのよ。いかにもそういう子に似合いそーな」
「それは、なんていうか……変わったんだねえ……」
萌の語る、過去の彼女の姿は、現在目の前に居る少女からはちと想像し難いものだった。
が、男児3日会わずんば刮目して見よと言うし、女児も十年ぐらい会わなかったらかように変貌するものなのだろう。
とは言え、どことなくそんな感じの面影を残してはいる。言われてみれば納得するぐらいには。
(背が高くて目に光がないけれど、立ち振舞には品があるし、足なんかすらっと長いし)
当人は反発しつつも、親の愛をしっかりうけて育ったのだろう。
南雲も人並み程度には愛されて育ったからわかる。萌の人生は、それはそれで健全なのだ。
魔法少女になる娘は、みんながみんな麻子のように強い渇望から垂らされた糸を掴んだ者ではない。
自分の人生を充実させるための一手段として参戦する者や、南雲を始めとした非日常を信じず日常の延長線を踏み間違えた者。
ゲーム感覚で超常の力に酔いしれた者……その在り方は様々だ。
>「――以上、"自分"をちゃんと持ってないとろくな目に合わないというお話でした。
逆に言えばさ。どこから来て今どこを歩いてて、何よりどこへ行きたいかが見えてりゃそんなに心配することないと思うよ。
それは、間違ったあとに戻るべき場所がわかるってことなんだから」
だからこそ、『願い』や『幸せ』といった、漠然としたものに誤魔化されて、魔法少女は道に迷うのだ。
魔法少女の戦いは、『指針のない航海』。萌の言うように、こればかりは他人任せじゃいられない。
定めるべきは、殺し合いという非日常に対する自分自身のスタンス。
翻弄されずに進むための足がかりを。
>「だいたい、なりたいもんになれない程度のものを"魔法"だなんて言わせねーし」
「……うん、そうだよね。わたし達は、魔法使いなんだから――わたしは、魔法少女になりたいんだから」
>「なれるよ……南雲さんならきっと、ううん……絶対なれる!!!」
萌の言葉を、背中の理奈が肯定した。
南雲が進むべき目標としている彼女。そのお墨付きがあるのだから、もう迷いなどあるはずがない。
南雲は二人の同僚たちの言葉を、目を伏せて聞き入り、そして真っ直ぐに前を見た。
「ありがとね。……もう、大丈夫」
彼女たちには、随分と救われた。
理奈がいなければ、最初の夜に南雲は死んでいただろうし、萌がいなければ狙撃手相手にどうすることもできなかった。
頼れる相手に頼りきりになるのは南雲の悪い癖だ。
自分がどれだけ弱いかを知っているから――死にたくない一心で、他人に依存する。
魔法少女の戦いは敵味方なしのバトルロイヤルだから、いずれは仲間とも決別せねばならない強迫がずっと南雲を苛んできた。
どれだけ頼りになる味方でも、最後には手ずから殺し合わねばならないと、そう考えてきた。
だが、今は違う。信念としての魔法少女ならば――システムに屈さぬ、本物の魔法少女ならば。
仲間と慣れ合う生温い戦い方を、良しとできる。堕落を平和と言い換えて、100%の肯定をくれてやれる。
――偽善を、貫く。
それが何を意味しているか、彼女はよくわかっていた。
「わたしは――魔法少女の戦いに、喧嘩を売る。この残酷を強要するシステムを、ぶち壊す」
屍の山の上に成り立つ紛い物の魔法少女――ブラック魔法少女から、彼女は飛び立つのだ。
* * * * * *
いつの間にか、背中の理奈が静かになっていた。
もの凄く嫌な汗を掻いて必死に揺すってみたりしたところ、どうやら眠ってしまっただけのようだ。
つい先程までマジ死にしていた理奈だけに、南雲は心臓を無駄に痛めつける羽目になった。
>「あたしと理奈は一旦店に戻るよ。少し休ませりゃ一人で歩けるようになんだろ。南雲は家が反対方向だよな?
後は代わってやるよ――重いだろ、そいつ(色んな意味で)」
「え……このままわたしの家に連れて帰って朝まで添い寝(いろんな意味で)する気まんまんだったんだけど!?」
眠ってしまったのなら好都合とばかりに悪い顔をしていた南雲は、突如の麻子の提案に理奈を落としそうになった。
(黙っていればいいものを、この女、どうしてくれようか……いっそ麻子っちゃんごと連れ帰ってサンドイッチの具になりたいっ!?)
わりと悪くない想像だ。付け合せに萌も添えておきたい。
着々と脳内で完成しつつある酒池肉林の極楽浄土に、南雲は鼻息を荒くしながら、しかしそこであることに気付いた。
(待てよ……テンダーパーチはとっくに閉店時間。店長はどうせ「夜更かしはお肌に悪いのよん」とか言って早々にご就寝!
いま、店内には誰もいない……ッ!!わざわざ家まで連れ帰らんでも、あそこなら全員と同衾したって不自然じゃない!!)
南雲は一瞬で思考をまとめ、努めて平然と言葉にした。
「まあ、まあ、麻子ちゃんも疲れてるでしょ。小学生に小学生のお守り任せて帰るなんて坂上南雲の名が廃るわ!
ここは高校生のおねーさんに任せておきなさい。店まで送ったげるよ――そうだ、」
南雲は『そうだ、』の部分で、さもたった今思いつきましたよと言わんばかりに掌を打った。
完璧な演技だったと自負している。ちょっと悪い顔が漏れでたが。
「確か、店には従業員用の簡易シャワーがあったよね。近くにスーパー銭湯も見かけたし。
みんなお腹空いてるでしょ?せっかくだから店寄ってかない?」
喫茶版満漢全席を平らげた萌はともかく、南雲達は昼に軽食をとったっきりで何も口にしていない。
どうやら魔法少女になると、相応にカロリーも消費するらしく、南雲の胃袋は思い出したようにギャン鳴きを始めた。
理奈に至っては、胴から真っ二つになった以上、胃袋に何かが残っているはずもない。
「店には『何故か』全年齢層の女の子の服の替えが揃ってるし」
腹の底から声にならない『店長GJ』を叫びながら、南雲は提案した。
「どうせなら、このままお泊り会でも、しよっ!」
【店に寄っていくことを宣言。あわよくば泊まり込もうと目論む】
「ちゃんとお祈りをすれば神様が願いを叶えてくれる」
母にそう言われ、幼い私は一生懸命祈ったことを覚えている。
それからしばらくして、母はボランティア活動の為に、中東アジアへ向った
その時も私は一生懸命に母が無事に帰ってくることを祈った。
しかし、祈りは届かず、母はテロに巻き込まれ帰ってくることはなかった。
どうやら神は私の願いを叶える気は無いらしい。
幼かった私にはその事実を受け止めることが出来ず、
必死で何かの間違いだと自分に言い聞かせて、祈ることを続けた。
母のような犠牲者が出ないように「平和になれ」と祈った。
祈って祈って祈って…何年も何年も祈り続けたが…
神は私の願いを聞き届けず、この世界はあの日から何も変わってはくれなかった。
神が世界を変えないならいっそ自分で変えようと思えども
壁は高く、敵は多い…そして、それに立ち向かおうとする私には
それに抗うだけの力も、知恵も無い。
1人で立ち向かえないのならば、声を上げ、善意でもって世界を変えることは…
出来るわけが無い。先人達が平和になれと説いた教えでは世界は変わるどころか
それが争いの火種になる始末だ。
もうこの世界はやさしいやり方で変わることは不可能だ。
力が欲しい!狂った巨獣たちを屠り、この世界を裏で操る者たちを一掃するほどの力が欲しい
この世界を破壊し、作りなおせるほどの力が手に入るなら…
私は…
悪魔に魂を売ってもいい
〔とある街にて〕
「案外あっけなかったね」
すでに虫の息の魔法少女を目の前にして
三人組の魔法少女の内の1人がそう話す。
「まぁウチらにかかればチョロいもんでしょ」
それに答えるようにもう1人の魔法少女が応える。
この魔法少女達は三人一殺を地でいくタイプらしく
今まで戦ってきた魔法少女たちも皆、この三人のコンビネーションに敗れ去っていった。
「てかさ、さっさと魔術核奪ってさメシでも行かない?」
彼女達からしてみれば、ここまではいつもの狩りとなんら変わらなかった。
だが、しかし、今回ばかりは違った。
三人組の1人が魔術核を奪い取ろうと近づいた瞬間
死に体の魔法少女の腹が裂け、そこから勢いよく飛び出した触手が彼女を縛り上げ
捕食するように腹の裂け目へと引きずり込む
「…は、はなせよ!!!コノヤロー」
呆気にとられた魔法少女たちは、すぐに我に変えると飲み込まれそうになっている彼女を助けようと必死に足を引っ張る
だが、触手は確実にゆっくりと引きずり込む。
絶望的な状況で彼女らは、半狂乱しならが飲み込まれている友人を引っ張り続ける。
そして、突如、彼女たちは後方へ倒れこんだ。
恐らく何かの拍子で触手が手を滑らせたお陰で助け出すことが出来たのではないかと思った彼女たちは
すぐさま友人の安否を確認した。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
だが、そこには…何も無かった
あるべきところにあるはずのものが全て無くなっている肉片しかそこには無かった
「まずは1人」
1人しとめたのを確認すると、腹の傷も触手も気にせず立ち上がり、残る2人を見つめる。
「こ…この化け物がぁぁぁ」
怒りに身を任せ、もう1人の魔法少女が向っていく
向ってくる触覚を見事になぎ払い、彼女に切りかかろうとしたその瞬間
「2人目」
今度は触手のように伸び、切りかかった彼女の心臓、喉、頭を貫いていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…」
最後の1人は恐怖で腰を抜かしてしまい、その光景をただ見ていることしか出来なかった。
「御自慢の連携プレーもこうなってしまえばお仕舞いですね」
恐怖で震える彼女を見ながらソレは微笑を浮かべてそう言った。
「しかし、あなた方には手こずりました。何せ二度ほど殺されかけましたしね
身に覚えが無い?当然でしょう。こうやって擬態したんですから」
そういうとソレは先ほど全く別の魔法少女の姿へと擬態してみせた。
「あ…あ…」
それを少女は絶句した。
ソレが擬態した少女は確かにこの間、取り逃がした獲物で間違いは無かった。
「あんた…一体何者なんだ」
彼女の問いにソレは笑みを浮かべ、
「私は………あなたと同じ魔法少女ですよ」
ソレは自身の本性をさらけ出してそう答えた。
その姿は魔法少女にしてはあまりにも異形だった。
シルエットは魔法少女らしさはあるが、体表から服まで触手で構築され
人らしい輪郭が残っている顔には、獣のようにするどい六つ眼光が此方を睨む
一見すれば、それは魔法少女という生易しいものよりも、魔人、怪人などの人外に類される姿だ。
「…さて、言いたいことはそれだけですか?」
………
「ふぅ…」
血溜りに沈む生き残りを見下ろしながら、西呉は変身を解いた。
どこにでも居そうなただの学生に戻った彼女は、血溜りに沈んでいる少女が握り締めていた魔術核を奪い取ると
即座に自身の魔術核に吸収させた。
それを確認すると、彼女は胸ポケットから手帳を取り出し、狩り完了のチェックマークをつけた
「これでこの街の魔法少女もあらかた狩り尽くしましたかね」
手帳に記されていたこの街の魔法少女リストに全てチェックが付けられているのを確認すると
彼女は自分の荷物が置いてある宿泊施設へと足を進める。
手際よく荷物を纏め、次の街へ向うつもりでいるらしい。
>「……うん、そうだよね。わたし達は、魔法使いなんだから――わたしは、魔法少女になりたいんだから」
>「なれるよ……南雲さんならきっと、ううん……絶対なれる!!!」
南雲と理奈は萌の言葉を飲み下して内心を吐き出す。
もちろん激励の意味を込めて放った言葉ではあるものの、あまり素直に受け取られると気恥ずかしい。
ならノーリアクションだったらどうかという話だが、その場合は萌が素直にヘコむことと思われる。
女の子とはいつでもセルフィッシュなものだ。
>「ありがとね。……もう、大丈夫」
南雲の呟きに(少なくとも今は)と萌はいささか意地悪く心中で付け加えた。
いつだって、地平は広く道は狭い。
可能性は多く示されているように見えるが、実際に選択できるものは一握りもないのが常だ。
そしてその狭い道を連れ立って歩くというのは少々難しい。
共通するのは、誰しも逆には辿れないということだけだ。
今は並んで歩けている。多分、この先しばらくも。ではさらに先は――?
もちろん理奈は全力で"それ"を避けようとするだろう。南雲もそうだろうし、麻子もおそらく。
萌自身も可能であるならそうする。
しかし、もしも不可避であったとしたら。
その時は、ためらうことなく萌は牙をむくだろう。
縁も恩もある。だが、願いも命も譲るつもりはない。
なので――
>「わたしは――魔法少女の戦いに、喧嘩を売る。この残酷を強要するシステムを、ぶち壊す」
なので、こう南雲が宣言した時、萌は目からうろこが射出されたような気分になった。
道が狭いなら広げればいい。転げて笑い出したくなるくらいのシンプルさ。
(――ああ。それでいいんだね)
具体的な方策はなく、それが解決したとしても困難はつきまとうだろう。
だが、"キツくても気分が良い方に努力するべき"だと、萌はいつでもそう思っている。
進路は示された。あとは進むだけだ。
が、とりあえず今は歩みを止めなくてはいけない。
交差点。ここからはそれぞれ別の帰路をたどることになる。
眠ってしまった理奈をテンダーパーチへ連れて行くという麻子の申し出に、南雲は、
>「え……このままわたしの家に連れて帰って朝まで添い寝(いろんな意味で)する気まんまんだったんだけど!?」
対峙した敵が髪の毛で剣を操った時でもこれほどではなかろうというほど意外そうな反応を示した。
それからほんの一瞬、灼熱の眼光を麻子に注ぎ、次の一瞬で別の光がその目に宿る。
>「まあ、まあ、麻子ちゃんも疲れてるでしょ。小学生に小学生のお守り任せて帰るなんて坂上南雲の名が廃るわ!
>ここは高校生のおねーさんに任せておきなさい。店まで送ったげるよ――そうだ、」
そこでひとつ手を打った南雲は店の施設物資に関してとうとうとまくし立て、最後を以下のように結んだ。
>「どうせなら、このままお泊り会でも、しよっ!」
「……まあ、悪かないわね」
最高の笑顔で言い放った南雲の提案に、萌は少しだけ考える素振りを見せてから承諾を返す。
もちろん、南雲が垣間見せたゲスい顔はしっかりと目撃していたし、
そこからなにか邪な匂いも感じ取ってもいた。
目が死んでいるからといって眼力までもがそうだというわけではないのだ。
ならばなぜ、萌はこの話に乗るのか――
(寝床に潜り込んで隣で変身してやる)
そう、大変に可愛らしいイタズラ心のゆえである。
ついでに就寝中にも変身を維持してられるかどうかという実験にもなる。
(必要なシチュエーションが生まれうるかはまた別の話ではあるが)
それに、テンダーパーチのほうが自宅よりはだいぶ近く、
まして賄いまでつくとなれば是非に及ばずというものだ。
多少の魔力を無駄遣いしても収支は合うだろう。
「んじゃとっとと行こうよ。マコっちゃんの手料理楽しみだしー」
そう声をかけて、皆を促した。
麻子は"協力する"と言っただけで別に料理をするなどとは言っていないが、
往々にして口に出されたことは既成事実化するものだ。
歩き出す。分かれ道を皆で同じ方へ。
これからも、多分。
【じゃあ店へ行こう】
守本祝子にはコンプレックスが3つある。
【1つ、字が汚い】
祝子は昔から「の」の字を「ゐ」、「り」の字を「い」と書く癖が染みついていた。
平仮名で「のりこ」と書こうとすれば自然と「ゐいこ」となる。これはまだ良い。
これを改善しようと努力した結果、小学校のテストの名前欄に「もりもと おに」と読めるまでに改善はした。
今の祝子のあだ名「鬼の守本」はここから由来している。
【1つ、目つきが悪い】
幼い頃園で遊んでいた時、ボールが目に当たり瞳孔散大を患ってしまった。
以来、眩しくても瞳孔を絞れないので自然と目付きが悪くなり、自然治癒した今でも目つきは治らず。
道を歩けば10人中12人は視線を逸らすほどのガン垂れっぷりとなった。
【1つ、背が高い】
家系的なものなのか、守本家の男共は背が高く、反対に女性は背が低い。
なのに祝子は一番身長の高い兄すら追い越し、めでたく今年で185cmを突破。全く嬉しくない。
因みに座高は91cmだ。だから何だという話だけども。
【けれどもそんな外見に合わず、祝子は暴力を嫌う大人しい少女に育った】
小学校の頃は男子とまともに口も利けず、兄弟げんかもせず、読書やアニメを見ることを趣味とした。
そうして18年間、口喧嘩ひとつせず平和に過ごしてきた結果……。
「おはようございやす姐さんッ!」
「姐さん聞きましたよ、東高のヘッドぶっ飛ばしたんでしょ?クーッ見たかったァー!」
「こないだ一緒に歩いてた背高い人誰っスか!?まさかヤのつく人とか?広島弁だったし」
…………………………………………………………………………………どうしてこうなった。
「どうしてこうなったァーーーーーーーっ!?」
ピンクのストライプ模様の枕に拳を沈め、今日も守本祝子(18)は吠える。
そして少女アニメのキャラクターぬいぐるみに占拠されたベッドにダイブし、足をばたつかせる。
何故だ、何故だと喚く祝子の外見は、ピンクで統一された可愛らしい自室に似つかわしくない立派な不良だ。
祝子はこの部屋に人を上げたことなど一度もない。見せられる訳がないのだ。だってヤンキーだもの。
「何でじゃ!ウチ何時から負け無しヤンキーになったん?ウチ喧嘩したこと一度も無いんじゃけど!?
東高のヘッドとかウチ顔も見た事無いんじゃけど!?誰じゃ訳分からん嘘ついたの!ええ加減にしいや!
アイツ等も姐さん姐さんて!恥いから呼ばんでって言っても聞かんし!つか一緒に歩いとったの兄貴じゃし!
あーもうこれじゃけー引っ越すのヤだったんじゃ!まだ広島で一人暮らししとるのがマシじゃったわ!」
ベッドの上で喚く巨女。下の階から「祝子、煩い!」と母親が怒る。
仕方ないじゃないか、不満を言ったって。祝子はぷくーっと頬を膨らませた。
両親が離婚したのを機に、広島からこの街に引っ越してきて約半年。
転校初日から最強のヤンキーと恐れられ、自分の知らないところでみるみる伝説が打ち立てられ、気づけば立派な不良の仲間入り。
ふざけるなと。こちとらビンタ1つすら浴びせたことがないチキンだというのに。
地元では背がデカいだけの祝子を怖がる人なんて誰一人としていなかった。からかいの対象にすらなったくらいだ。
だがそれでもまだマシな方だった。
憧れの先輩に「背が高い女の人はないわー」とこっぴどく振られても、慰めてくれる友達がいた。
この街にはそんな人すらいない。皆目を合わせようとせず、勘違いした不良達が擦り寄って来るだけ。
しかも自分が不良でないとバレれば即刻ぼっちコースは確実。不良になりきる日々にも限界が近づきつつあった。
「それもこれも全部、背が高いせいじゃ……」
ボソリと祝子はぼやいた。背が低ければ不良に間違われることもなかったのに。
広島弁を使っても妹のように「やだーこわーい」と笑われるだけで済んだのに。
男モノの服なんか着ずに可愛い洋服だって着れるのに。先輩と両想いになれたかもしれないのに。
昔見た魔法少女のアニメで、舐めると幼くなる飴というものがあった。あんな飴が本当にあればよかったのに。
昔欲しかった魔法少女のコスプレ衣装のサイズが合わず、泣く泣く手放したこともあった。
「……背、低くなりたいなァ……」
「なれるぜ。魔法少女になれば」
どこからともなく声が降ってきた。枕にうずめた顔をバッと上げて、声の元を探す。だが見つからない。
不良になりきる毎日に神経をすり減らし遂には幻聴まで……本格的にヤバイかもしれない。
「こっちだよ、こっち。上上」
見上げればそこに、女が居た。
ヤモリよろしく天井にへばりついて白い歯を見せつける、黒マントの可笑しな女。
女は音もなくふわりと舞い降りて、その存在が幻でないことを証明するように祝子の手を取った。
「お前の願い、叶えてやるよ。アタシと契約して、魔法少女になってくれるならね」
【 ブラック魔法少女 守本祝子編 開幕 】
「…………………………………なーンか、実感沸かんねェ」
ベッドの上で、祝子はしげしげと黒マントの女を眺めた。
女は祝子と契約し魔法少女にすべく現れた悪魔・『闇のセールスマン』だと名乗った。正直胡散臭い。
けれども認めざるを得ないらしい。どんなに祝子が喚いても教えても、家族は悪魔の存在に気付けなかったのだから。
人ならざる何かであることは確かだ。突然天井に貼りついて現れるような女なのだし。
「アタシが悪魔だってことが?自分が魔法少女になるってことが?それとも背が小さくなるってことが?」
「全部。……ホンマに背ェちっさくなれるんじゃろね。嘘じゃったら承知せんよ」
「隠し事はしても嘘はつかねぇよ。それよりそっちこそ、そんなチャチい願いでいいわけ?背が低くなりたいって…」
「ウチにとっちゃ死活問題なんじゃ。こんな未曾有のチャンス逃して、いつ背をちっさくするんよ」
「その為だけに殺し合いをするとしても?」
祝子は無言で肩を竦めた。
願いが叶うなら叶えたい。今まで祝子を悩ませてきたのはその身長なのだ。
周りからみれば下らない願いかもしれない。我慢すればいいだけの問題かもしれない。
けれども、……欲しい物を諦め続ける日々なんて、我慢しなければいけないのだろうか。
目つきが悪いのも、口調も、字が汚いのも、努力でどうにかなる。けれども身長はそうはいかない。
今この願いを叶えなきゃ、この先叶えていきたい願いも叶わなくなる。今しか変われる時はないのだ。
「ま、アタシがとやかく言うことじゃないか。本当に叶えたい願いなんて人それぞれだしよ」
「…………なんか、ごめん」
「何で謝るのさ。まだ悪いことした訳でもないのに。……そんじゃ、ハイコレ」
女は祝子の眼前にそれを――『魔法核』をちらつかせる。祝子は思わずそれに魅入った。
これに願いを注入すれば、契約成立となり魔法少女となる。祝子の願いを叶える第一歩が、始まる。
「引き返すなら、今の内だぜ?ノリコ」
今更になって心に揺さぶりをかけるような悪魔の声を、初めて鬱陶しく思った。
祝子は返事の代わりに挑発的な笑みを浮かべて魔法核を握りしめた。
その瞬間、不思議な温もりが掌で炸裂し、迸るような閃光が彼女を包んだ―――――――
「おおーっ……本当に魔法少女っぽいですね」
「変身する時はその手鏡を使いな。魔法少女としてのお前は鏡が必要不可欠となる。それはアタシからのプレゼントさ」
ピンク色のコンパクトミラーの向こうには、祝子に瓜二つな長い金髪と緑眼の少女が居た。
身長は以前変わらず、中世の魔女を彷彿とさせるような露出度高めのコスチューム(フリル多め)。
頭に乗っかった黒い三角帽をちょいと直し、片足を上げて姿鏡の前でポージング。…………悪くない。
「失くすなよォー。それアタシのなんだから」
「はいっ!肝に銘じておきますですっ!」
「…………なんか、性格変わった?」
「そうですか?自分じゃよく分からないです……」
(いや結構変わったと思うぞ…)
手鏡を閉じると、姿も元に戻った。時間を確認するともう夜も遅い。
「そろそろ寝にゃ。ウチ明日からカフェのバイトじゃけん」
「え、お前バイトなんかしてるの。受験生の癖に」
「大学行かんよ。その代わり専門学校行くけん金貯めんにゃいけんのよ」
「ふーん……因みに何の専門学校よ?」
「調理師専門学校。爺ちゃんの居酒屋乗っ取ってケーキ屋開くんじゃ」
「お前その見た目でそんな野望抱えてたの!?似合わなッ!!」
――この日、祝子は人生で初めて人(悪魔?)の脳天に鉄拳を食らわせたという。
「明日はバイトの後でええけん、色々教えてね。おやすみー」
「(痛い……)ああうん、おやすみ……ってあれ?アタシここに泊るの確定?」
こうして、魔法少女・守本祝子は静かに誕生した。彼女がこの先どんな未来を迎えるのか――今の祝子には知る由もない。
【導入完了。時間軸としては魔法少女たちの戦い終了後辺り?翌日テンダーパーチに押しかける予定】
【南雲】「え……このままわたしの家に連れて帰って朝まで添い寝(いろんな意味で)する気まんまんだったんだけど!?」
それとなく帰宅を促したつもりの麻子にとって、南雲の返答は意外なものだった。
いや、ある意味では納得できなくもないのだが……
【麻子】「いや、ちょっと待て! お前ソレ添い寝だけで済ませる気、全くないだろ(いろんな意味で)!?」
猪間麻子は思考する。今の坂上南雲を理奈と密室で二人きりにすれば何をしでかすやらわからない。
いや、流石に♀(おんな)同士で一線を越えることなど無いと思いたいが――問題は理奈のほうだ。
仮にそうなった¥鼾、これまでの態度を見た感じコイツは相手が南雲なら案外『満 更 で も な い』のでは……?
流石にそれは杞憂か。否、言い切れないから、恐い。
経歴の関係もあり他人の純潔や貞操がどうなろうと興味は無いが、友人が目の前で道を踏み外しうる様子を黙って看過できる程の度量は麻子にも無かった。
【麻子】「っていうか、南雲……何だよその眼は……アンタ何考えてんだよ?」
南雲の瞳から溢れ出る妄想と欲望の視線をまともに受け、背筋に生温いものが走り抜ける。
異性ならともかく、同性からそのような視線を受けたのは麻子とて初めての体験であった。
【南雲】「まあ、まあ、麻子ちゃんも疲れてるでしょ。小学生に小学生のお守り任せて帰るなんて坂上南雲の名が廃るわ!
ここは高校生のおねーさんに任せておきなさい。店まで送ったげるよ――そうだ、」
ぽんっ!と掌を打つ南雲。
【南雲】「確か、店には従業員用の簡易シャワーがあったよね。近くにスーパー銭湯も見かけたし。
みんなお腹空いてるでしょ?せっかくだから店寄ってかない?」
確かにシャワーはある。銭湯も。食事だって簡単なものなら作れるだろう……賄いの話をしたのは、アタシなんだから。
【南雲】「店には『何故か』全年齢層の女の子の服の替えが揃ってるし」
…………店のオープン前に、一時自分が店長の着せ替え人形として色々な格好をさせられたのは、墓場まで隠し通すと誓った麻子だけの秘密だ。
【南雲】「どうせなら、このままお泊り会でも、しよっ!」
高らかに宣言。まず発案者が一名。すやすや。保留一名(理奈)。残る一名に助けを求めるように視線を移す麻子。
【続く】
【萌】「……まあ、悪かないわね」
議題は賛成多数によりあっさり可決された。よもや萌に限って南雲が一瞬浮かべた「邪な表情」を見落としてるわけではあるまいが……彼女にも何らかの意図があるらしい。
素晴らしき哉、共和制。数がジャスティス。
【萌】 「んじゃとっとと行こうよ。マコっちゃんの手料理楽しみだしー」
え?アタシが作るの?スタスタと歩き出す萌の背中に唖然の表情で伸ばされた麻子の手が空を切る。理奈を担いだ南雲がその横を通り過ぎて行った。
【麻子】「……仕方ねーな」
ため息一つ。歩き出す二人の背中を追いかけて、彼女は本日二度目の台詞を呟いた。もとより、反対するつもりなどない。
自分のせいで『夜宴』に巻き込んでしまった二人に対し、少しでも楽をしてもらいたくて帰宅を促したまでのことだ。
ま、これはこれで楽しそうだしな――柄にもなくはしゃぐ自分の気持ちにくすぐったいものを感じつつ、麻子は頭上の月を仰ぎ見た。
――この判断により、彼女たちは後に新たな秘密を知ることとなる。
果たしてそれが魔法少女たちにとって吉報なのか、凶報であったのか――それは、誰にもわからない。
※ ※ ※
【Tender Perch】の店内は防犯用に常備灯を設置しているので、夜間でも仄かに明るい。
よって灯りが点っていること自体は不思議ではない。が、戸締りだけは最後に出る人間が必ず行って帰るはずだった。
【麻子】「あれ……まだ開いてる?」
故に、鍵も挿さずにドアノブが回ってしまったことに対して、麻子は驚いた。
【お店までご案内。しかし、誰もいないはずの店は鍵が開いていた……?】
ホス
【麻子】「あれ……まだ開いてる?」
裏口のドアを半分開いた格好で麻子が振り返る。
こちらの様子に気づいたのか、ホール側から床を叩く椅子の音が聞こえてきた。
少なくとも、敵意や殺気といった脅威になるものは感じられない。
仮に刃物を持った空き巣や強盗の類が店に潜んでいたとしても、このメンバーなら難なく取り押さえることができるだろう。
お互いに顔を見合わせつつ視線でそこまでを確認すると、四人(一人は寝たままだが)は厨房を抜けホールへと踏み出す。
店内には二つの人影があった。
一つはテーブルについたまま湯気のたつ紅茶をのんびりとすすり、もう一つは椅子から立ち上がった状態で顔に微かな驚愕の色を浮かべている。
【???】「もしかして、これも君の計らいかな……?」
【???】「ないない。いくらわたしでもこの子たちの行動を逐一把握出来るわけないもの――ま、ありえない事じゃなかったけど」
【Tender Perch】の経営者、都築ゆりかと『楽園』のリーダー、苗時 静だ。
テーブルの上には先ほどまで使われていたのだろう――動画サイトを開いたままのノートパソコンが確認できる。……何のために使用されていたのかは考えるまでもない。
【静】「確かにその通りだ。やれやれ……迂闊だったね」
平素の落ち着いた表情に戻った苗時の言葉に対し、ゆりかが肩をすくめて応じる。
一見すっとぼけた様子だが、ソーサーに置かれるカップが小刻みな音を鳴らして一瞬震えていたのを魔法少女たちは見逃さなかった。
開戦直前。暴発寸前。一触即発。そんな四字熟語と剣呑な空気を両隣から感じた(気がした)麻子が、とりあえず先手を打つ。
【麻子】 「……どういう状況か説明してもらおうか?」
【ゆりか】「えーっと、話せば長くなるって言うか……立ち話もなんだから、その辺適当に座ってくれる?」
各自が反応を示す中、苗時が口を開く。
【静】「ふむ、この場で隠し事をしてもあまり意味は無いからね」
口元に、自嘲的な笑みを。
【静】「ひとまずこう言わせてもらおうか――」
視線には、嗜虐と悔悟の光を浮かべて。
【静】「『デビュー戦、おつかれさま』」
直後……ホール内に漂う魔力がその密度を瞬時に増加させた。噴出する発生源の一つは間違いなく猪間麻子の【固有魔法《プロパティ・マジック》】である。
だが麻子は昂る感情を抑え、冷静に――努めて冷静に――己の思考を南雲と萌に送信した。
【麻子】『待て、先に理奈を起こしてからだ。コイツらをぶちのめすのはその後でも遅くねえ……』
あるいは自分に言い聞かせただけに過ぎなかったのかもしれないが。
【ゆりか】「あんたね……」
ゆりかの非難めいた視線に対し、今度は苗時が肩をすくめて受け流す。ゆりかは盛大に嘆息すると再び少女たちに視線を送った。
【ゆりか】「ラストオーダーの時間はとうに過ぎちゃってるけど……あなたたちなら特別よ。何か食べたいもの、ある?」
【ご注文は?】
>「あれ……まだ開いてる?」
満場一致(無投票一人)で向かったテンダーパーチ。
従業員用の無愛想な鉄扉のドアノブを捻り、捻れてしまったことに麻子が訝しむ。
施錠されていない。少しだけ開いたドアの隙間から、常備灯だけではない微かな明かりが漏れ出ていた。
明かりだけではない。物音――椅子を引く音が、中から聞こえた。
(誰かいる……)
店長がまだ残って仕事でもしているのだろうか。
よくよく考えれば月末も近いし、在庫のチェックや出納帳の締めの作業に時間がかかっていてもおかしくない。
テンダーパーチは個人経営ゆえに正社員という枠組みがなく、経営管理は都筑ゆりかが一任しているはずだ。
仮にそうではなく――何者かが不法に侵入しているとしても。
魔法少女四人の敵ではないし、萌あたりなら生身でも十分に制圧できそうだ。
よって、必要以上の警戒は無用。南雲たちは視線でそう結論づけて、全員が同意し、店内へ向かった。
「………………」
結論から言えば、どの仮定もはずれだった。
第三の答え。店長と、他にもう一人の人影が、そこにあった。
苗時静だった。
南雲の脳裏を様々な可能性が駆け巡る。
苗時が何故ここに?店長の安否は?言われた通りに夜宴にコナをかけにいったはず。――それとも二人はグルだった?
理奈を背負ったままでは機銃が出せない。ミサイルも出せない。
苗時静が、片手持ちの拳銃弾程度で倒せるとも思えない。
だが、南雲には殺る気があった。必要とあらば理奈を床に寝かせる隙を作ってでも、殺る気が。
>「……どういう状況か説明してもらおうか?」
制するように、麻子が問うた。
それは、おそらく南雲達四人がみな一様に問いたかった言葉の代弁だった。
ゆりかに着席を促され、南雲は掃除のために重ねてあった椅子を4つ引っ張り出して一つに理奈を座らせた。
隣の椅子に、自分も座る。いつでも立てるよう、無意識のうちに座りは浅くなっていた。
>「ひとまずこう言わせてもらおうか――」
>「『デビュー戦、おつかれさま』」
南雲の足がテーブルを蹴り上げた。
跳ね上がるティーカップ、滑り落ちるノートパソコン……ゆりかが器用にそれらをキャッチする傍の、苗時の額に銃を向ける。
AE50、デザート・イーグル。50口径という冗談みたいな大型弾を大砲の如く撃ちだす、史上最強のハンドガンだ。
この至近距離ならば人間の頭部など、肉片どころか血煙にすら変えられる。
>『待て、先に理奈を起こしてからだ。コイツらをぶちのめすのはその後でも遅くねえ……』
『そうは言ってもさぁ……理奈ちゃん起こしちゃったら、ぶち殺せないじゃない、こいつ』
南雲は、別に不殺を誓っているわけではない。
だが、理奈の信念を共に標榜している以上、彼女の意にそぐわないようなことはしたくないと思っている。
ならば今がチャンスだ。今なら、どれだけ苗時を残虐に死に至らしめても、気絶している理奈の心に後味の悪さは残らない。
麻子はそういうことを言っているんじゃなかったのだが、南雲はとっくの昔にプッツンきていた。
こいつが夜宴にちょっかいかけるよう強要しなければ、理奈が死にかけることもなかったのだ。
>「ラストオーダーの時間はとうに過ぎちゃってるけど……あなたたちなら特別よ。何か食べたいもの、ある?」
隣で人が殺されそうだというのに、ゆりかは平然と話を進めた。
銃をつきつけられた苗時に対して非難の目線すらある。
想像できる関係性は、おそらく二人は仲間。しかも、ゆりかはそれなりに苗時の実力を信頼している。
「………………」
この余裕。反撃の手筈が整っているのか、はたまた別の思惑か。
いずれにせよ間違いなく、ここで撃てば彼女たちの目論見通りだ。
南雲はテーブルを抱えて元の位置に戻した。ゆりかが手早くPCとティーカップを再配置する傍で、再び椅子に腰掛ける。
今度は、さっきよりもずっと深く。
「海鮮ピラフとコーンスープ、食後に砂糖をたっぷり入れたカフェオレで」
足を組み、暗記していたオーダー表からなるべく値の張るものを選ぶ。
指を振って拳銃を書き消し、返す指先で苗時を差した。
「まず聞きたいのは、店長と苗時さんがどーゆう関係なのかってこと。明確な回答が欲しい。
それから、苗時さん。アンタなんでここにいんの?何しに来たの?夜宴の戦闘記録なんか開いちゃってさ」
聞きたいことは山ほどある。
南雲の最終的な目的を達成するためには、なんとしても越えるべき壁でもある。
長い夜になりそうだと――今更ながら、泊まりの準備をしてきて良かったと南雲は思った。
【ジャブ程度に質問】
駅前にあるビジネスホテルの一室にて、食い入るようにノートPCを西呉の姿があった。
ディスプレイに映し出されているのは、最新の夜宴の動画だ。
始めに言っておくが、西呉は夜宴参加者ではない。
というよりも夜宴という行為を否定している。
効率性と興業性を重視するあまり、魔法少女としての本来の姿が失われていると考えているからだ。
確かに夜宴に参加し、戦えば強くなるだろうだが、その先にあるのはルールの中でしか戦えない『スプリンター』としての魔法少女だ。
それは大きな間違いだと西呉は断言する。
この戦いは『個』対『個』の戦争だ。理想的なのは『スプリンター』では無い
『兵士』否!一単位としての『戦力』にならなければならないと西呉は豪語する。
夜宴否定派の彼女が何故、夜宴の動画を確認するか…それは、狩る対象のデータを得る為だ。
夜宴の唯一評価できる所はノーリスクで敵の情報を得られる点ただそこだけである。
これを活用すれば、先ほど倒した三人組のときのように命がけでデータ収集する必要も無くなる。
加え、常に戦う相手を知ることの出来ない参加者に比べ、西呉は相手を分析することも相手を選ぶことも出来る
この戦いにおいて、この差は大きい。
万全の体制を作り、夜宴参加者を襲う『夜宴』狩りは有効な戦術だと確信している
それは、夜宴狩りを主として戦ってきた彼女の魔法核が証明している。
彼女が今まで吸収してきた魔法核の数は29、そして、その半数が夜宴狩りで得た物である。
とここで、彼女が一つの疑問を抱く
複数の悪魔達が関与している夜宴、その参加者を狙う行為を果たして彼らは許すのだろうか?
夜宴の動画サイトを教えた担当の悪魔は咎めようとしないところを見ると問題ないのだろう。
おそらく弱者をふるい落すための篩いか、それとも、自身対参加者大勢と大掛かりなマッチメイクを水面下で
準備しているのかもしれない。
仮にそうだったとしても、彼女には自信があった。
自身の固有魔法、そして、唯一同調することが出来た核の固有魔法の他に絶対的な切り札を彼女は持っている。
「あらら、負けちゃったんですか…門前さん」
萌に打ち込まれる門前の姿を見ながら、彼女は呟く
以前から門前のことを狙っていた西呉からしてみれば、この結果は残念なものだった。
だが、彼女の表情に落胆の色は無く、彼女の口元はニンマリと釣り上がっている。
「…まぁいいんですけどね。新しい相手が見つかりましたし」
画面に映った南雲の姿を見た瞬間、西呉の笑みがより邪悪なものへと変貌する。
西呉の願いは「世界征服」である。
母を奪い、自身の祈りさえも聞かぬ歪な世界を破壊し、強制的な世界平和を実現するのが西呉の目標だ。
仮に彼女が魔法核が満たされ、理想の魔法少女になったとき
その時は、同じ魔法少女ではなく、すべての国家が彼女の敵になるのは必然だ。
当然、映画さながらの激しい戦争も想定されている。
もちろん、その戦場には、南雲が魔法で作ったまがい物ではなく本物の航空兵器が襲い掛かってくるのは間違いない
その時を想定した練習及び、自身の力試しの相手として南雲に白羽の矢が立ったのだ。
だが、問題がそこにある。
彼女と共に行動する。三人の魔法少女の存在である。
三人一殺の魔法少女達とは違い、彼女達のチーム力とバランスの良さは目を瞠るものがある。
恐らく、この四人で何度か場数を踏んだことで確固とした信頼関係が出来上がっているのだろう。
そして、南雲狙いで戦いを挑んだとしても、彼女達は四人で立ち向かってくるはずだ。
それは西呉にとって不都合この上ない展開だ。
いくら魔力総数で上回っているとは言え、四人同時となると当初の目的を意識して戦うのは難しい
「困りましたね」
ノートPCを閉じ、西呉はベットに横たわった。
そして、天井を見つめながら坂上南雲と邪魔者無しで戦えるか思案を始める。
「…あっ」
だが、解決策は思っていた以上にあっさりと出てきた。
何のことは無い、解決方法は至極単純なことだ。
彼女達に思い出させればいいのだ。この戦いが『個』対『個』の味方なき戦争であることを…
言葉少なに道を辿り、しばしの後。
瀟洒な店構えとは真逆の佇まいを見せる鉄扉の前に、一行はいた。
なんなら変身後でもこじ開けるのに苦労しそうにすら見えるその無骨で重厚な構造物は、
しかしノブを捻るだけですぅと開いた。文字通り、音もなく。
>「あれ……まだ開いてる?」
「店長さんがいるんじゃないの?」
などというやり取りが届いたのか、誰かが急に椅子から立ち上がったような、床をこする音が店内から返ってくる。
よも物盗りが裏口から侵入して店内でほっと一息、などということはあるまいが、そうだったとしても問題はない。
お互いに交わした視線の意味をそう解釈した萌たちは、バックヤードを抜けてホールへ踏み入る。
結論から言えば、物盗りだったほうが良かった。
そこにいたのは苗時静だったからだ。店主であるゆりかと茶をすすっていたと見受けられる。
二人のやり取りを聞くに、一見というわけではないようだ。
一行からすると寝耳に水が入ったどころかミグが墜ちてきたくらいの驚愕の事態だが、
苗時にしてもそれは同様であるらしい。
>「……どういう状況か説明してもらおうか?」
麻子がまず口を開く。確かにまずはそこからだと、萌は考える。
ゆりかはそれには答えず、まず一同に着座を促した。南雲が椅子を運んでくる。
皆が腰を下ろしたあたりで苗時が口を開いた。
>「ひとまずこう言わせてもらおうか――」
>「『デビュー戦、おつかれさま』」
南雲が即座にテーブルを蹴り、銃を抜く。
銃口の向く先は言うまでもない。
>『待て、先に理奈を起こしてからだ。コイツらをぶちのめすのはその後でも遅くねえ……』
>『そうは言ってもさぁ……理奈ちゃん起こしちゃったら、ぶち殺せないじゃない、こいつ』
>『やめときなよ。つーか、蹴るなら直で本人蹴りなって』
萌は、跳ね上げられたシュガーポットを腿の上においた手で受け取りながら念話を交わす。
そうしながら流れるような動作で角砂糖を一つ取り出して口に放り込んだ。
萌は苗時静という人物に対し、ある種の敬意を持っている。
具体的には、自分が属する集団のために手段を選ばず、少ない労で多くの益を得ようとするその姿勢にだ。
情がなくては長など務まるものではないが、情に流されるのはなお悪い。
だが、萌が南雲を止めたのはその敬意のゆえではなく、苗時の魔法に対抗できるかが不明だからだ。
"やる"のであれば間を置かずにそうするべきだった。
今となっては撃鉄が落ちる前に"沈静化"されてしまうだろう。
全員分の核を誰か一人に集中させれば力づくで破れるかもしれないが、試すにはリスクが大きい。
しかしそういった事情がなければむしろ積極的に煽っただろう。
敬意を抱いていたところでされたこと言われたことをチャラに出来るものではない。
"よくわからない"という人物評はしっかりと根に持っている萌であった。
>「ラストオーダーの時間はとうに過ぎちゃってるけど……あなたたちなら特別よ。何か食べたいもの、ある?」
すぐ隣が鉄火場になっていることなどまさに眼中にない様子でゆりかが口を開く。
>「海鮮ピラフとコーンスープ、食後に砂糖をたっぷり入れたカフェオレで」
テーブルを元に戻した南雲が苛立たしげに着席して、オーダーを通す。
「パンの耳あります?……じゃそれをトマトスープで煮たやつください。あとミント緑茶」
なおも角砂糖をしゃりしゃりと噛りながら萌も続く。
それから南雲は二人の関係や目的について詰問する。それに関しては萌も疑問に思っていたところだ。
先んじて言われてしまったので、実のある問答は南雲に任せ、萌は好奇心を充足させることにした。
「そもそも店長さんも魔法少女なんすか?どーゆー魔法使うの?」
三つ目の角砂糖を口へ放り込みながら、ゆりかに問いかける。
【心と体の栄養補給】
27 :
佐々木 真言 ◆EDGE/yVqm. :2012/07/20(金) 22:30:13.93 0
私は悪魔に聞かれた、夢は無いのかと。
考えた、三日三晩、考えた。
夢は、それでも何一つ思い浮かばなかった、私の未来にはポッカリと穴が開いているだけだ。
真っ黒で、真っ暗な何も無い、『なんにもない』しかなかった。
でも、そんな空っぽで何にもない私の中には、ずっと煮えたぎって澱となっている物が有る。
もし、本当に何であろうと、叶えられるのなら。
私は一つだけ、願いたいことがある。
「夢、なんて無い。でも、したいことは、有ります。
悪人が、居ない世界が欲しい。殺人も、強盗も、強姦も、詐欺も、嘘も、暴力も。
――全部無くなればいい」
祖父は強盗にメッタ刺しに刺されて死んだ、祖父を殺した強盗を私が殺した。
私は、あんな存在が他にも存在している事が、我慢ならない。
全て消えて、全て苦しみながら死に絶えればいいと、心の底からそう思える。
私の心に火が灯る。
殺してから死んでいた私に、生きていると言う実感が湧いてくる。
私は生きている。
血の巡る感覚に、温かいこの身体に、嘔吐感が込み上げた。
ああ、生きている事は、こんなに辛いのだ。
でも、この辛さを感じることさえも奪い去ったのが、私で。
私が殺したあの強盗もまた、それを奪い取った存在なのだ。
意思を決めた私の目から涙が溢れる、悲しいのでも、辛いのでもない。
あの時流せなかった涙は、ここで流し尽くさなければならないから。
そうでなければ私はきっと……。
私は泣いた。
そして、亡き両親と祖父母に謝ったその日。
……その日、私は私の魂と人生を、捨てた。
夜。
子供は既に暖かなベッドの中で夢を見ているような、月が真上に登る頃。
街の静寂は荒い息と水音、靴が地面を叩く音で踏み荒らされた。
「逃がさない。絶対に――」
足音は二つ。
不規則かつ荒々しい音と、規則的で静かな音という対照さが目立つ。
音は次第に移動していき、道の隙間を縫い、駆ける。
走り抜ける夜の街は、猥雑な灯りに照らされている。
この街の一晩で、どれほどの悪徳が積み重ねられているのかは、想像もつかない。
夜の灯りは美しくなど、無い。ただ喧しく、ただ悪戯に人の心を乱すだけ。
喧騒を抜け、きらびやかなイミテーションの灯りが減っていく。
まもなく足音が一つ停止し、まもなくもう一つも止まった。
沈黙、静寂。音は無いのに、ぐわんぐわんと空間はざわめいている。
「――殺す」
静寂を破ったのは、規則正しい足音の主。
重々しくなど無い単なる意思表示。
放たれたのは単に純粋な殺意で構成された言葉に過ぎなかった。
言葉を受けて、もう一つの音が乱れる。灯り一つない袋小路で頼りになるのは音だけ。
「た、たすけ――ッ、ま、魔法核なら、ほ、ッ……ほ、ッら……!有るだけっ、有るだけ渡す!!渡すか――――ッぎ……ィ!?」
喚き声が呻き声に代わり、直後それは荒い吐息に取って代わった。
定義上命乞いと呼ばれる言動をした、黒いドレスの少女はすすり泣きと嘔吐の音を響かせる。
闇の中で、何が起きているのか、何も見えない、何も分からない。
「な、ん、で――私、が……ッ」
闇に沈み、呻く少女は理解できなかった。
なぜ、と疑問を抱く他に無かった。
もう少しで、願いが叶ったのに。
そのためにずっと戦ってきたのに。
なぜ、私はここで死ななければならないのだろう、なぜ血溜まりに沈んでいるのだろう、と。
そんな疑問に対する回答は、即座に返された。
「悪だから、殺す」
水音と、何かが地面に落ちて転がる音。
金属がぶつかりあう甲高い響きがそれに追従する。
ちかり、ちかり。
電灯が点滅して、スポットライトのように暗幕を引き裂く。
照らされてあらわとなるのは、四肢、首を落とされた肉塊。
そして鴉のような一人の少女の一つと一人。
色彩は、黒と赤が多くを占めていた。
「……もう、一年。まだ、叶えられないの、か」
少女はインバネスコートの前を寄せ、口元を隠しながら歩き出す。
後ろは、振り返らない。
いや、振り返れない。
彼女の名は、佐々木真言。
職業は――――魔法少女。
【南雲】「海鮮ピラフとコーンスープ、食後に砂糖をたっぷり入れたカフェオレで」
【萌】 「パンの耳あります?……じゃそれをトマトスープで煮たやつください。あとミント緑茶」
【麻子】「あたしはビーフシチューとシーザーサラダのセットで。食後の飲み物はホットココア頼むわ」
両手を塞いでいたカップとノートPCを伝票とペンに持ち替え、都築ゆりかは頷きながらメモを取った。
ここぞとばかりに値の張る品を選ぶ従業員二人と、まさかの裏メニューをオーダーしてきた年若い常連の渋いチョイスに仄かな苦笑いを浮かべる女店長。
寝ている愚姪の分はひとまず後回しとする。
ひとしきり注文を書き終えたゆりかはペンを走らせるのを止め、半眼で苗時を見た。見られた苗時の反応は静かにカップを掲げただけだ。
【静】 『紅茶のお代わりをお願いしようかな?』
【ゆりか】『あんた、あのまま南雲ちゃんに射たれてたら……どうするつもりだったの?』
【静】 『どうもしない』
【ゆりか】『…………』
苗時の手からカップを受け取り、続きを促す。
【静】 『黙って彼女に“私”を捧げてしまうのも悪くない……そう思ったからね』
【ゆりか】『止めてよ。自分の店でブラッド・バスなんてごめんだわ。掃除するほうの身にもなってくれる?』
【静】 『只で譲るつもりはないさ。洗いざらい全てをぶちまけて坂上さんには私ごと『楽園』を背負ってもらう――いい考えだと思わないか?』
【ゆりか】『アンタって、昔からそう。ホンット――――――にクソ真面目よね。正しすぎて嫌になるわ……もうちょっと狡く生きたらどう?』
【静】 『さっきの戦いを見て再び確信した。神田さんが死にかけた時は流石に少し冷やりとしたけど、彼女たちはやはり“持ってる”よ。
今の坂上さんの器なら私よりもはるかに上手く『楽園』のリーダーを務めてくれるだろうね。いや、間違いなく務められる』
【ゆりか】『まだそんなことを……この子達はあんたとは違うし、ましてやあんたが作った箱庭に閉じ込めていい人間じゃないわ』
【静】 『…………原因の一端を作った君に言われたくないな』
これらの念信は二人が瞳を交わした刹那、コンマ数秒の間に行われた。
それ以上語ることは無いと判断した彼女たちは、お互い目の前にいる魔法少女たちの質問に耳を傾ける。
【南雲】「まず聞きたいのは、店長と苗時さんがどーゆう関係なのかってこと。明確な回答が欲しい。
それから、苗時さん。アンタなんでここにいんの?何しに来たの?夜宴の戦闘記録なんか開いちゃってさ」
【萌】 「そもそも店長さんも魔法少女なんすか?どーゆー魔法使うの?」
指名を受けたゆりかが軽く手を振って応じる。
【ゆりか】「ご飯の支度も兼ねて……先に萌ちゃんの方から答えておくわね。ちょっと待ってて」
言いつつ伝票を片手に調理場の奥へと引っ込む。何やら物音をさせた後、数秒と経過しないうちに戻ってきた。まだ何の料理も用意されていない。
【ゆりか】「準備良し。先に言っておくわ。《因果接続 ‐ミッシング・コネクト‐》……私の使う魔法は主に因果律を操作するの。
食材と道具、調理できる人間という「条件」さえ整っていれば、文字通り時間をすっ飛ばして「原因」から直接「結果」へとたどり着ける――こんな風に、ね」
口元で印を結び、何かを囁くゆりか。理奈の魔法と同じく呪文によって起動するタイプなのだろう。
同じフレーズが2度、3度と唱えられ、緑色の魔力光がテーブルへと集まる。おそらく、南雲と麻子は今更のように思い出すだろう、この店には何故かコックが一人もいないことを。
【ゆりか】「とても便利な力だけど、誰かに怪我をさせたり他人の命を奪ったりすることには使えないわ。……さ、召し上がれ♪」
さっきまで何もなかったテーブルの上に温かい料理が立ち並ぶ……物体生成による一時しのぎではない。注文されたそのひと皿ひと皿が馥郁たる香りを静かに運んできた。
それらの光景と匂いを前にして、戦いを終えた彼女たちの中から不随意に胃が収縮する音をたててしまった者がいたとしても、何ら不思議ではないだろう。
【ひとまず、料理をお出しする】
……夢を見ました。
大きな物音が聞こえた直後、空から角切りの牛肉とみじん切りにされた馬鈴薯と人参が火山灰のように降ってくるのです。
トマトスープのように真っ赤な火砕流の上をパンの耳に乗って飛び越えつつ、灼熱のチーズに包まれた海鮮ドリアの砂漠を抜け、
やがてたどり着いたシーザーサラダのオアシスを分け行ったその先に綺麗な泉を発見するのです。
ミントの薫りがする泉の緑茶を手ですくって飲もうとしたちょうどそのとき――私は現実へと引き戻されました。
ぐううううう……
この音は、まさか…………乙女にあるまじき腹時計――――ふ、ふ、不覚……!!
それにナニコレいい匂い?真っ先に覚醒した嗅覚が浮かべる疑問符。目をこすりながら辺りを確認。
見慣れたテーブルの上に並んだ料理の数々。多分、私の見たヘンテコな夢の原因はコレだ。……お腹すいたよぅ。
「今(起)きた三行……(=。=)ZZZ....」
【麻子】「現在テンダーパーチ。
ゆりかが飯を出してくれた。
――で、今からこいつらが質問に答えてくれるってさ」
流石麻子さん、わかりやすいっ☆
……え。
……あれええええ?なんで苗時さんが叔母さんと一緒にいるのっ!?
【ゆりか】「ようやくお目覚めのようね、理奈。……それを今から答えんのよ」
左右の南雲さんと萌さんを見る。なんとなく、私のご飯がないことについては教えて貰えそうにない。
【ゆりか】「回答の続きをするわね……確かに私は魔法が使えるけど、もう魔法少女ではないわ。
元・魔法少女。魔力の使い方を多少覚えてるだけの――ただの魔女よ」
もしかして、私はまだ寝ぼけてるんだろうか……?残念だけど、それはないみたいだった。
いつもふざけている叔母さんの眼が、声が、それら一切の可能性をことごとく否定している。
【ゆりか】「あなたたちは自分が魔法核を集めて願いを叶えた後のこと――――考えたことがあるかしら……?」
正直なところ、私は無い。もう、普通の女の子に戻りたいっていう当初の目標は……すっかり変わってしまった。
私の願いは南雲さんや萌さん、麻子さん、そして茅野さんの願いを守ること。それは魔法少女で有り続けないと出来ないことだから。
【ゆりか】「魔法核がいくつ必要になるかはその子によって違うけど、魔法少女を卒業する権利がある子には3つの道が用意されているの。
1つ目、願いを叶えてそれと同時に自分が魔法少女だった記憶を一切消されてしまう。
2つ目、願いを叶えたあと自分が魔法少女だった記憶を全て胸に刻んだままこの世界にとどまる。
3つ目、願いを叶えずに魔法少女としてより強い願いを、より強い魔法を手に入れるために魔法核を集め続ける」
私は叔母さんの説明をただ黙って聞いていた。いずれやって来るかもしれない“そのとき”を前にして、みんなはどれを選ぶんだろう?
【ゆりか】「――で、私が選んだのは……このうちの2つ目というわけ。
願いを叶え、望んで犯した自分の罪を見つめながら漫然と生きてるフリをしてる魔法少女の搾りカス…………それが、今の私よ」
私は……私はこんな叔母を初めて見た。しゃべるたびにその声はだんだんと覇気を失い、最後のほうはかなり聞き取るのが難しくなっていた。
けれど、どうしてだろう――叔母が珍しく自分のことを語っていたこのとき、その瞳はずっと私のことを見つめていたんです。
見つめて――いたんです。
【続く】【訂正:
>>29はIntervalさんです】
【静】 「都築、もうその辺でいいだろ……?そろそろ本題に入ろうか」
【ゆりか】「ええ、そうね……」
苗時さんに促され、叔母さんが話題を切り替える。
【ゆりか】「苗時と私は……学生時代からの知り合いよ」
『知り合い』のところで、叔母さんは何故か音を大きく区切った。……同じタイミングで苗時さんも何故か大きく頷いている。
【ゆりか】「――そろそろ10年くらいになるかしら?」
【静】 「……それぐらいかな。やれやれ、時の経過は油断ならないね」
……この二人、仲いいの?悪いの?
【ゆりか】「私たちは同級生で、お互いに魔法少女だった。一時は敵対したこともあった。
そういうこともあってね。先週は顔に出さなかったけど何度も驚かされたわ……。
まさかお見舞いに行った自分の親戚が魔法少女になってて、連れてきた友達も客もみーんな魔法少女なんだからね。
オープン初日に『楽園』の連中が乗り込んで来たときなんか自分の魔法が暴走したんじゃないかと思ったわよ……
けれど、今日苗時を呼び出したのは……私のほうよ」
【静】 「私が君たちに『夜宴』への接触を依頼した後の話だ。いやしくもここの従業員を二人もお借りするんだからね。
何よりここの店長さんとは昔馴染み……挨拶ぐらいはすべきだろう?
上手くやってくれるであろうことは私は最初から疑っていなかったよ――なんせ君たちは『主人公』だからね。
だが実際は事を大きく外れた……いや、『上手く行き過ぎた』と表現すべきだったかな。
最初は動画を確認するつもりなんて無かったんだ。そうこうするうちに『夜宴』からミサワがアップした新着動画の知らせが届いた。
……まさか神田さんがあんなことになっていたなんて思いもしなかったよ……(後略)」
【続く】
相変わらず苗時さんの話は少し長いので、私なりにまとめてみるとこういうことらしい。
@苗時さんがここへ来たのは店の従業員や常連客を危ない目に合わせてることに対して叔母さんから呼び出しを受けたから。
Aなぜそれを受けたのかと言うと、叔母さんと苗時さんは古い知り合いでついでに苗時さんがタダでお茶を飲みたかったから。
B苗時さんは何事もなく私たちが『主人公』だから難なく目的を果たしてくれると疑っていなかったけど、叔母さんはそう思っていなかった。
C実際ミサワさんがアップした動画を見たとき、私が凄いことになっていたので正直苗時さんは少し焦ったらしい。
D私たちが依頼されていた仕事の内容を知っていた叔母さんは自分の魔法を使って因果関係を少しいじり、麻子さんの戦う場所が可能な限り近くなるようにした。
E結果的にみんな生きて門前さんに勝てたし、『夜宴』にスカウトされたからめでたしめでたし……な、はずだよね?
とのことでした。
ひとまず……ひとまずつじつまは合ってる…………はず。
けど私は、苗時さんからまだ聞くべきことが、隠されていることがあるように思えて仕方なかった。
この人は何だか……全部を理解した上で自分を悪者に仕立てあげているような――そんな気がする。
そのとき――生死をさまよった心象の中で出会った1つの言葉が、そのイメージを明確にした。
<先生にきいても『あぶないからわたしのそばにいなさい』っていうだけだったし…………>
「苗時さん……私からもひとつ、お聞きしてもいいでしょうか?」
【静】「どうぞ、何なりと」
「私が死にかけて魔法核の中でしか意識を保てなかったときに……門前さんの魔法核の中で、小さな女の子に会ったんです」
ここまで、苗時さんの表情は全く変わらなかった。……この名前を、耳にするまでは。
「郷原 桃ちゃんという、小学生でした」
【静】「…………」
苗時さんの顔が静かに強ばり、私の推測が確信へと変わる。ああ……やっぱり、やっぱりそうなんだ。
この人が『先生』だ。
『南雲さん……萌さん……』
私は言葉にならない思念で――言葉に出来ない気持ちで、二人に呼びかけた。
桃ちゃんの心は今、南雲さんの魔法核の中で眠っている。私が門前さんの魔法核で見てきたものを……この二人も共有できるはず。
ようやく――触れることが出来た。
苗時さんがこれまでどういう気持ちで『楽園』を治めてきたのか。どんな思いで、私たちに助けを求めてきたのか。
この人はきっと……きっと……この場にいる誰よりもずっと『守れなかった辛さ』を知っている人だったんだ。
けど、私はそんな苗時さんにどんな言葉をかけていいのか――わからない。
【一連の動機。門前さんと苗時さんの関係】
名前: 佐々木 真言(ササキ マコト)
所属: 高校生、図書委員
性別: 女
年齢: 17歳
性格: 潔癖かつ頑固であり融通が利かない
変身前の外見: 金髪ボブカットに黒縁メガネ
校則に反しない長さのスカートの紺ブレザー
大きなヘッドホン
体格はスレンダーで胸も少ない、背丈も低く150cm程度
変身後の外見: 黒地の和服に、袴、編み上げブーツといった服装。
上にはインバネスコートを羽織る。
場合にも因るが覆面で口元を隠している場合もある。
腰には大太刀が一振り、全長200cm、刃長160cm、重量14.8kgという少女の身には大きすぎる代物。
願い: あらゆる悪をこの世から消滅させる事
魔法: 極めて狭い範囲の念動力。
肉体の動作の補助、及び斬撃の威力強化、負傷した肉体の補修などに使用している。
干渉可能な範囲は、「基本的に」自分の肉体と肉体に直接触れている物体に限定。
その制限の代わりに大出力と細かい操作が可能となっている。
属性: 強化、干渉系統
本人曰くは「継戦に特化」している、とのこと。
行動傾向: 悪を憎み、悪を滅ぼす為に悪事を成す事を厭わない。
魔法少女に対しても、それ以外に対しても好戦的なスタンスであり、戦闘が必要であれば問答無用で刀を抜く。
基本戦術: 近接戦闘が得意だが、有利を得る為ならば外道と言われる様な戦略でも躊躇なく行う。
うわさ1: 育ての親である祖父は幼少時に殺害されたようだ
うわさ2: 体育は苦手で身体が弱く、常に体育は見学しているようだ
うわさ3: 校則を破った不良に殴りかかり、逆に病院送りにされた事があるようだ
うわさ4: 夜な夜な街を徘徊する姿が目撃されているようだ
「っは、ッハァ……ッ!!」
静謐な空気の満ちる道場、陽の光が登りはじめる頃。
道場の中は少女の荒い息づかいと気勢だけで満たされていた。
崩れ落ちるように片膝を付き、青ざめた顔をしているのは、佐々木真言。
その手に持っているのは、なんてことはない竹刀であるが、竹刀を握る腕は震え、びっしりと掻いた汗は尋常ではない様子を思わせる。
「……ッ、ご……ぉぇ……ッ!」
嘔吐。水音が道場の床に撒き散らされる。
少女は、無言でそれを掃除すると、また竹刀を握りしめようとする。
だが、震える右手は竹刀を握り締めるどころか、箸すらも持てそうにない程に弱々しい握りを返すのみ。
「剣を。振らなきゃ――負ける、死ぬ、終わるッ!」
少女は片方が輪になるように縛られた麻縄を取り出し右親指に引っ掛ける。
その間も、強迫観念に駆られるようにして、震える手で必死に竹刀を握りしめようとする。
その後、口と手を器用に使って、鬱血するほど強く右手を剣に固定させた。
当然、痛く苦しい。だが、それは問題ではない。
「……1265! 1266! 1267! 1268! 1269! 1270! 1271! 1272! 1273!」
大切なのは、これで素振りが出来るという事、それだけだ。
剣を振る度に辺りに血が飛び散っていくが、それも気にしない。
ただひたすら、己の剣に埋没するのみ。剣を振って、型を身体に痛みと苦痛で刻印していくだけ。
そのまま、ずっと、ずっと。型を変えれども剣を振り続ける事だけは変わらない時間が続く。
何時終わるのかは、彼女の心のみが決める事。
「――――12986! 12987ッ!」
手の甲が引き攣れ、痙攣しても縛り付けている限り剣を手放すことは出来ない。
12987回。痩躯の少女は剣を振り続け、そのまま血と汗の水たまりに倒れこんだ。
剣を振り始めてから何時間建っていたのだろう。束の間の休息は失神という形でもたらされた。
血と汗の中に沈む不快感の中ですらピクリとも動かないその姿は色白の肌も相まって人形と言う他無い。
どれ位経っただろうか。ふと、少女は傍らに気配を感じた。
手には竹刀を縛り付けたまま。即座に起き上がり、竹刀を振りぬく。
びちゃり、と血と汗を辺りに飛び散らせる竹刀の切っ先には、棒人間のような貧相な人影が座り込んでいた。
黒い肌、毛髪の無い肉体、目も鼻も口も無い顔、ひょろりと伸びる四肢。
異形が、目の無い顔で少女を見つめていた。
『佐々木真言。キミも大分、強くなった。魔法核も、この前で15個だ。
でもより強くならなきゃ、願いは叶わない、叶えたいだろう。
15個の祝いに、いいお話をしてあげよう。聞くだろう?』
悪魔だった、その影絵のようなヒトガタは。
甘言を耳に擦り込み、冥府魔道へと少女を導く事を生業とする存在。
悪魔は、疲弊し、朦朧とする少女の意識に鞭打つように、餌を目の前にぶら下げる。
目的のためならば手段を選ばない少女の答えなど決まっているのだから、最初から話せばいいというのに。
わざわざ恩着せがましくもったいぶってみせるそのやり口は、嫌らしい。
言葉を受けた当の少女はといえば、震える手を持ち上げて竹刀を突き付け続ける。
弱々しく、疲労困憊する肉体に反して、その双眸は餓狼のようにギラつき粘着く光が有る。
この光にこそ、悪魔は目をつけて付け込んだとも言えたが、それを少女は既に承知している。
その上で、迷うこと無く少女は
「……話して。直ぐに。全部ッ」
性急な様子で、悪魔を急かす。
目的を早く達成できるのであれば、なんであれ縋りつく。
悪魔の平坦な顔がぐにゃりと歪み、無地の上に笑顔がプリントされた幻視を少女に見せる。
目の前のコレもまた、悪。自分や、他の魔法少女のような存在を作り出すのだから、悪で間違いない。
少女にとっては、己の願いを叶える機会を与えた悪魔だろうと、殺すことに全く躊躇いはない。
ただ今殺せば、他の悪を滅ぼす効率が低下するから殺そうとしていないだけだ。
――もしいつか、悪魔を殺す段になったとして、彼女が殺せるかどうかは分からないが。
彼女、佐々木真言は悪魔に契約した魔法少女の魔法は通用しないことを知らないのだから。
『急かすね、佐々木真言。
――夜宴、知っているかい?
夜宴と言うのは――――』
剣呑な思考をする少女の内心や態度など気にも留めず、悪魔は勝手に口を開き、話を始める。
勿体ぶった口調と態度の悪魔の話は長く続き、少女は結局昼ごろまで話を聞く羽目になった。
最後に悪魔は、『キミの自由にすればいい』と言い残して消えていき、残ったのは綺麗に掃除された道場に座り込む、真言だけ。
「目的のために。手段を選ばない。……私の同類。
だったら、全員。悪、だろう。斬るしか、無い。殺すしか、無い。
……血を見るのが悦びなら、死を鑑賞するなら。
見せてやる。血も。死も。終わりも」
死も血も知っていた。
殺しあったこともある、殺したこともある、殺されかけたこともある。
何度も、何度も繰り返してきたが、少女はそれに喜びを感じる事も快楽を覚える事も無かった。
ただ、己の背中に何か重い物がのしかかっていく不快感、それだけが少女が感じてきたものだ。
少女は思う。そういうものではないだろう≠ニ。
「――――」
座禅。
夜を待ち、少女はしばしの間、瞑想という形で自己の内面へと埋没していく。
魔法少女達の殺し合いを見世物にしているという事実を知り、冷えた心の中に僅かな熱が灯る。
怒りに種別されるであろう思考を、剣筋が鈍るという理由で抑えこみ、落ち着かせていこうとした。
だが、鎮められていく心の中で、その揺らぎだけはいつまでも消えることはなかった。
――夜宴、その言葉は、少女の中の暗い部分に確として収められていた。
36 :
坂上南雲 ◆E2LWmlZqtA :2012/07/29(日) 01:31:24.19 0
>「ご飯の支度も兼ねて……先に萌ちゃんの方から答えておくわね。ちょっと待ってて」
南雲と萌の問いに、まず立ち上がったのはゆりかだった。
彼女は同時に三人の魔法少女から糧秣供与の要請を受けていたので、並行してそれを行う心積もりのようだった。
料理場へと消えていったゆりかの姿はここからじゃ見えない。じきに戻ってきたが、その手にはなにもない。
>「準備良し。先に言っておくわ。《因果接続 ‐ミッシング・コネクト‐》……私の使う魔法は主に因果律を操作するの。
すると。テレビをザッピングしたみたいに目の前の光景が一瞬だけブレる。
その継ぎ目の前と後で、眼下のテーブルの様相がNHKとテレ東ぐらい変わっていた。
頼んだメニューが漏れ無くフルコースで並んでいる。
幻でないことは、否が応にも鼻孔に滑りこんでくる上品な香りが、肌に伝わってくる出来立ての余熱が証明していた。
(あれだけ忙しいのに裏方が店長だけって、こういうからくりだったんだね……!)
確かに、便利極まる力だ。戦闘よりも日常生活を豊かにするという点で実に応用が効く。
過程を省いて成果物を手にできるということは、労働の過程を省いて賃金を手にすることも可能ということ。
一日30時間労働という矛盾も難なく達成し、日雇いで年収一千万だって不可能じゃない。
(『買う』という過程を省略して、お金から直接品物を生成したりもできるかも)
個人経営の飲食店だというのに、買い出しに行く気配がなかったのはそういうことだろうか。
もっとも、現代の飲食店は材料の発注を業者に任せることが多いだけかもしれないが。
>「とても便利な力だけど、誰かに怪我をさせたり他人の命を奪ったりすることには使えないわ。
そして、ゆりかの魔法は、苗時以上にこの場に居る全ての人間を制圧できる可能性を示唆していた。
それこそ一瞬で。南雲は萌、理奈、麻子にだけ通じる念信回線で漏らした。
『「殴る」「殺す」「魔法核を奪う」……全部省略できるなら、わたしたちに抵抗する術ないじゃん!』
いくらなんでもそこまで無敵だとは思いたくない。
過程を省く能力――つまり省略されただけで『あったこと』にはなっているのであれば、まだ反撃の余地はある。
『抵抗があった』ことになるならば、魔法を発動した瞬間、ゆりかと南雲たちどちらかの死体が転がっているはずだ。
高いところから飛び降りた場合を想定して欲しい。
その高さとい重力加速度が『なかった』ことになるのか『省かれただけ』なのかで、地表に降り立った者の生死が分かたれる。
ゆりかの魔法がどっちなのか、そして彼女にそれを行う予定があるのかないのか、南雲は嫌な汗をかいた。
>「今(起)きた三行……(=。=)ZZZ....」
と、そこでようやく爆睡中だった理奈がお目覚めのようだ。
タイミングとしては良いのか悪いのか判断もつかないが、おおかた料理の匂いに脳みそを刺激されたのだろう。
>「回答の続きをするわね……確かに私は魔法が使えるけど、もう魔法少女ではないわ。
ゆりかは、本題の問に応えた。
魔法少女ではない。『もう』、魔法少女ではない者――
「魔法少女、あがり……!?」
ゆりかが固有魔法を明かした時より何百倍も大きな衝撃で、南雲は頭を殴られた気がした。
魔法少女を卒業。つまり、魔法核を集めきって、悪魔に願いを叶えてもらったブラック魔法少女。
それが都筑ゆりかという女の正体。
神田理奈の叔母で、テンダーパーチの店長で、1000の顔を持つ女の、原初にして最後の姿。
魔法少女というシステムの、そのあまりのエグさととんでもないアコギさ――ブラックっぷりから。
どうせ願いが叶うというのも嘘っぱちだと信じていた。
南雲は既に殆ど自分がまともに魔法少女を終われるなんて考えちゃいなかった。
むしろそんな"まともな魔法少女"にクソ食らえと思っているからこそ、信念としての魔法少女を目指す段になったのだ。
無論、決意は揺らがない。だがその情報は、南雲にとって非常に都合が悪い。
(願いを叶えた『実例』がいるっていうのは、マズい!)
南雲が魔法少女を離脱すべくいくつか考えていたプランが、場合によっちゃ瓦解する。
現在、悪魔や魔法少女のシステムに疑問を抱く『灰色』な魔法少女は、南雲を含め一定数いるはずだ。
このまま殺し合いを続けても、未来はあるんだろうか。悪魔は約束通り願いを叶えてくれるだろうか。
そんな彼女たちを扇動し、システムに反乱を起こす……一番安直でシンプルな案は、当事者の『不安』がなければ成立しない。
ゆりかの如く、魔法少女としてちゃんと頑張って殺しあえば、願いは必ず叶う、なんて。
藁にも縋りたい魔法少女達がそんな朗報を耳にしたら、裏もとらずに盲信してしまうことは十分に予想できた。
――だが、南雲自身は知っておくべき情報である。
希望に沸く魔法少女を、再び絶望に追い落とすための詭弁を組み上げるには、ゆりかの実例という素材が必要だ。
南雲にそんな目論見があるなんて、理奈には絶対知られたくないけれど。
>「あなたたちは自分が魔法核を集めて願いを叶えた後のこと――――考えたことがあるかしら……?」
いいえ、生き残ることに精一杯でそんな場合じゃありませんでした。
南雲は心中でそう零しながら、ゆりかの話を頭の中で反芻する。
魔法少女が魔法核を集め切り、『あがり』を迎えた時、彼女たちには3つの選択肢があるそうだ。
魔法少女であったことを全て忘れ、叶えた願いを携えて日常に戻るか。
魔法少女の頃のことを覚えたままで、叶えた願いと殺しの記憶に向きあって生きていくか。
魔法少女であることを辞めずに、願いを更に大きなものにするため『強くてニューゲーム』をはじめるか、だ。
まあ、無難なのは全て忘れることだと南雲は思う。
魔法核を集める以上、よほど長期的なハイエナ戦術でも徹底しない限りは、どうしても相手を殺すことになる。
例え魔法核を奪うに留めておいても、相手が亡者になれば間接的にもっと多くの魔法少女を死なせるのと同義だ。
南雲は門前と梔子を見逃したが、あれは理奈の手前という理由の他に、夜宴の出方を見るという意味合いもあった。
夜宴、魔法少女同士の戦いを奨励する組織が、はたして生産性を持たぬ亡者という存在を許容するかどうか。
この先で亡者となった門前たちに遭遇すれば、夜宴がそれを許したということだし、遭遇しなければ許さなかったということだ。
いずれにせよ、魔法少女は常に死と隣り合わせにあると同時に、殺人という罪とも太い鎖で繋がっている。
自分のものではない血に染まった両手を眺めて生きる覚悟がないならば、いっそすっぱりと忘れ去ってしまった方が良い。
逆に、強くてニューゲームは論外だ。
やめれるときにやめないで、ゲームに更に没入することを求めるのは、ただの廃人でしかない。
それが命を狙われ命を奪い合うデス・ゲームなら尚更。死にたがりか戦闘狂か、いずれにせよ精神破綻者だけが選ぶ道。
修羅の道。イバラの道だ。
ゆりかはどちらも選ばなかった。
彼女は人を殺した両手で、料理を作り、客を迎え、姪を可愛がって生きている。
ほんの残滓のような魔法だけが、彼女の選択に付随したメリットである。
それだって、魔力を使う以上、敵とそうでない者の区別がつかなくなった魔法少女に狙われるリスクとなる。
ゆりかはあまつさえ、現役の魔法少女とも交流を保っているのだ。とても、平和に生きたい人間の所業ではない。
>願いを叶え、望んで犯した自分の罪を見つめながら漫然と生きてるフリをしてる魔法少女の搾りカス…………それが、今の私よ」
しかし、ゆりかは平穏を生きている。
犯した罪から目を背けず、苛む呵責に耐えながら、それでもささやかな幸福を頼って生きている。
魔法少女を卒業した者の、それは尊い在り方だった。
『……店長、どんな願いを叶えたんだろうね』
念信で理奈達に問う。
魔法少女は願いから固有魔法を創り出すから、逆説的に固有魔法から願いを類推することはできる。
だがそれを推理するのも、直接ゆりかに問いただすのも、いくらアナーキストな南雲にしたって、あまりにやぶさかすぎた。
>「都築、もうその辺でいいだろ……?そろそろ本題に入ろうか」
苗時が湿っぽい空気に掌を差し込んだ。
彼女にしては間の悪くない行動だと、素直に南雲は感謝した。
苗時の『本題』。つまりは苗時とゆりかの関係と、苗時が何故ここにいるかという問いに対する回答だ。
掻い摘んでまとめると、ゆりかと苗時は現役時代から浅からぬ縁があり、今日が久方ぶりの再会だそうだ。
姪である理奈が魔法少女として、しかも知り合いである苗時の組織の為に死にかけたこと。
それを知って、麻子を現場に乱入させるべく裏から色々と手を打ったこと。
いくつものすれ違いがあり、逆に歯車みたいに奇跡的にかみ合わさった事象があって、南雲たちはここに辿り着いた。
――理奈も、生きてここにいる。
>「苗時さん……私からもひとつ、お聞きしてもいいでしょうか?」
その理奈が、苗時に臍を向けて言葉を放った。
それが内包する意味は、きっと苗時にしかわからないことだったろう。
しかし、確かに苗時の余裕ぶった表情が、瓦解する石垣のように崩れ去った。
>『南雲さん……萌さん……』
「!」
テレパシーを介して理奈から送られてきたイメージは、なるほど他人事の南雲でも少々堪えた。
郷原・桃という女の子。魔法の力を得て、すぐに、門前百合子によって殺害され、吸収された幼い魔法少女。
彼女は『楽園』の構成員だった。苗時が、命に代えても守りたくて――守れなかった命だった。
一連の苗時の行動の、極端なほどの不透明さにようやく説明がついた気がした。
ようは、苗時は恐ろしかったのだ。自分が与り知らぬところで、自分の仲間が、自分の庇護を受けるまもなく死んでしまうことが。
だから、彼女は南雲たちに外注した。楽園を動けない自分の代わりに、楽園を脅かす存在を退けるために。
――その過程で、どれだけ汚い手を使っても、どれだけ嫌われ謗られようとも構わないと、覚悟したのだ。
「………………」
南雲は黙っていた。渋い顔をして黙っていた。
正直、苗時のことは嫌いだ。脅された恨みも、巻き込まれた怒りもある。
それらマイナス感情の集大成が、ちょっとした同情程度で覆せるほど、南雲は大人はないし、容易い女でもない。
しかし、何を考えているかわかったもんじゃなかった苗時の肚の裡が、ほんの少しでも理解できたのは、素直に嬉しいことだった。
南雲は、すっくと椅子から腰を上げた。
「わたしはさ……そーゆう話を聞いても『夜宴許せねー!』とか『代わりに楽園守ってあげたい!』とか、
そんなマッチョな結論を出せるほど脳みそエクササイズしてるわけじゃないんだよね。
苗時さんの事情や感情を知ったところで、されたことをチャラにするつもりもないよ。全然釣り合いが取れてないじゃない」
家族や友人を人質にとられて、脅されて、命令されて、戦って、死にかけて。
苗時が自分の庇護下を維持する傍らで、部外者の南雲たちはいつも血みどろを迫られていた。
例え苗時が必死だったとしても、そんなことは南雲たちには全然関係ない他人事なのに、無理やり巻き込まれたのだ。
その痛みや、苦しみに、贖うものが欲しかった。南雲は、仮借なく要求することにした。
「――大須ういろ全色と、両口屋是清の千なり、一番高いやつね」
* * * * * *
「建設的な話をしよ」
海鮮ピラフをスプーンで掘り起こして、鮮やかに色づいた車海老を発掘しながら、南雲は切り出した。
「わたし達は、夜宴にわたりをつけた。ミサワさんっていう人に、公式戦へのマッチメイクを組み込まれてる」
夜宴がどういうアプローチをかけてくるかは不明だが、いずれ対戦のお沙汰が下るだろう。
新米の夜宴派魔法少女(スパイ)としてすべきは、ひたすらに待機することのみだ。
こちらから動かなくてすむ分、別のことに時間を割り当てられて南雲たちとしては大きく助かる。
「だから、まずすべきことは地力の練成と魔法核との同調を目的とした対話、ここに時間を割くべきだと思う」
並行して夜宴動画のバックナンバーをダウンロードして、戦い方を研究しておく必要もある。
ここに関しては、動画を編集して戦闘シーンだけをハイライトしたものの製作を楽園に依頼してある。
「とくに地力の練成、つまり修行パートは魔法少女として戦うにあたって一番重要な部分だから、毎日みんなでしようね」
ちょうど南雲の高校はテスト期間に入って時間が多くとれるようになる。
本当は学校を休んでしまうことも考えたが、ただでさえ絶望的な成績にトドメを刺すわけにはいかなかった。
「さしあたって苗時さんに聞きたいことがいくつか。
苗時さんも魔法少女である以上、最初に悪魔と契約したはずだよね。その悪魔は、楽園について関知してるの?」
苗時と契約した悪魔が、楽園を許容しているとすれば、つまりは夜宴に敵対した悪魔ということになる。
複数の悪魔を要する夜宴派を相手取るにおいて、悪魔というケツ持ちの存在がいれば心強い。
「それから、これがわかったら苦労はしないよっていう話なんだけど……念押しで聞くね。
夜宴派も魔法少女の派閥であるなら、そのトップに立つ魔法少女がいるはず――苗時さんみたいに。
もちろんそいつを倒せば万事解決なんて都合の良い存在じゃないけど、潜り込む組織の上限レベルは知っときたいよね。
そこらへん、なにか情報ある?」
必要な情報が集まれば、南雲は翌日にでも早速皆を集めて地力練成を開始する所存だ。
魔法少女――ブラック魔法少女から、理奈や萌や麻子といっしょに、抜け出すために。
思えば自らの意志で戦いの道を選ぶのは、これが初めてだなと――皮肉ではなく南雲は思った。
【苗時との対立状態を解除。代償:名古屋銘菓】
【質問:苗時と契約してる悪魔は何やってんの?
夜宴派にもエルダー魔法少女はいるの?】
この物語に、救いは用意されていない。
「やあ、初めまして」
「……ん……何であたしの部屋に、銀髪赤目黒スーツの男の子とかいう不可思議物体が? ……夢か」
「残念ながら、現実離れしただけの現実だよ。さて、無駄な話は苦手なんで本題に行こう」
「ペース崩れないなー。まあ、退屈してたところだから聞くけど」
「ありがとう。さて、この国で最近、少女が昏睡したり、昏睡からさめた後失踪したりしてるのは知っているかな」
「情報はねー。親父殿と母さんには気をつけろって言われたけど……え、何? まさか、犯人あんた?」
「教唆したのは認めざるを得ないかな。でも、教唆された方にも莫大なメリットがなければこの取引は成立しないよね、当
然」
「メリットねー……巨万の富とか強大な力あたりがセオリーかな。まあ、どっちも持ってるけど、そのぐらいは知っててき
てるんでしょ?」
「真顔で富と力を持ってるとか言える女の子か……うん、まあ、そういう子だってのは分かるけどね。
メリットはもっとシンプルさ。『願いをかなえて差し上げましょう』
もちろんただでとはいかない。代償は、同じように願いを持つものを踏みつけること。
僕達は、願いのために他人を害することも厭わない少女達に加わらないかい? という意味をこめて、こう呼びかけるの
さ」
ブラック魔法少女 大饗いとり編
第1話『魔法少女になりたいかい?』
割と即答した記憶がある。
何にって、魔法少女になるかどうかの問いに、だ。
当時のあたしはいろいろと膿んでいて、そこに突破口を見出した形になったから。
そして、時は流れて幾星霜。ってほどでもないけど。
あたしは立派に、魔法少女……の敵役になっていた。
「うわ、すっごいなー……ほとんど蹂躙じゃーん」
明かりの消えた、暗い部屋の中。
ふかふかのソファに寄りかかって呆然と呟くあたし。
眼前の壁いっぱいには、戦闘ヘリが少女達を攻撃する、割と非人道的な絵面が映しだされている。
ちなみに、プロジェクターじゃなくて埋め込み液晶モニターだ。あたしの基準でもそこそこお高い。
この映像は、悪名高き夜宴からついさっき配信された物だ。
夜宴っていうのはえーと、魔法少女同士のバトルのプロモーターみたいな奴ら、って解釈でいいと思う。
そこがプロモートする『公式戦』はネットを通じて配信され、バトルマニアやあたしみたいな覗き屋の好奇心を潤している。
ちなみに、あたしの契約悪魔はこれにはノータッチらしい。あたしも触れる気は無かった。
なんでかって? だって、参加したら手の内はばれるし、同ランクの相手をあてがわれちゃうし、いい事無いじゃん。
もっとも、これをうまい形で利用している奴もいるらしいけど。
さて。夜宴が放送したってことは、これはフルメタルジャケットのワンシーンではなく、魔法少女同士のバトルだって事。
それが証拠に、あたしの感覚は、戦闘ヘリを構築するパーツを流れる魔力流を痛いぐらいに感じ取っていた。
あたしの『臣下』の一人の固有魔法……魔力の流れを五感で詳細に感じ取り、分析することができる力。
たしか彼女は《我が名は魔女-コールドウィッチ-》なんてけれんみたっぷりに名付けていたっけ。
実際にはひたすら地味な能力だけど……使いどころを見極めれば、これほどいやな魔法も無い。
「5000……いや、5100かー。あの子はさっきまで400だったから、2×2の……
麻子ちゃんが15個足して同調倍率ドン元値ドドンで……ぴったりと。うわー、えげつなー」
けらけら笑いながら一人でしゃべり続けるあたし。
別にこれは、あたしが独り言の多い痛い子だって訳ではない。
ちゃんと聞かせる相手がいるから話しているのだ。
その『相手』は、あたしの隣でがたがたと震えている。
「無理……無理……こんなの無理……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
すっかり怯えて、産まれたての子猫みたいな風情だ。
まあ、無理も無い。調べたところでは、この子……相山優(あいやま・ゆう)ちゃん小学3年生は、
魔法少女という言葉への憧れと、願いがかなうことへの希望を抱いてこの世界に入った口だ。
まさかこんな血なまぐさい……それも、大艦巨砲主義もいいところなバトルが待っているとは思ってなかったに違いない。
はっきり言って認識が甘すぎるというか、最初の悪魔の説明に穴があったとしか思えないのだが……。
まあ、そのおこぼれに預かろうという身としてはあまり強くもいえない。
……さて。
あたしは映像をリモコンで一時停止させ、呟いた。
「そーだね、ここまで来るとあたしでも無理だ」
びくり。優ちゃんが震えてあたしを見る。
「あたしの魔力値は今4400。ちなみにあなたは100。今のままじゃ、逆立ちしたって強い魔法少女……
たとえば、あの戦闘ヘリの魔法少女には勝てない。蹂躙されて、奪われて、はいおしまーい、だろうね」
優ちゃんは震えながらも、あたしから眼を離せずにいる。
あたしは次の一言をつぶやいた。
「だけど、抜け道がひとつある。あなたとあたしの願いが、ひとつになればいい」
「ひと……つに……?」
「そう。あなたの願いは何かな。もしそれがあたしの背負える物だったら、あたしが背負ってあげる。
魔法少女の魔力は、願いを背負った数だけ上がるんだ。だから、あたしがあなたを背負えば」
あの魔法少女にだって勝てる。
あたしはそう囁いた。
優ちゃんはしばらく黙った後、呟く。
「優のお願いは……誰も優をいじめたりしない事。痛くしたり、怖いことしたりしない事。
ねえ、お姉ちゃんは優のこと、いじめない? 痛くしたり、しない?」
少女の問いに、あたしは笑顔で答える。
「もちろん。いじめないし、痛くしたりも怖いこともしない。
もしあなたをいじめたり痛くしたりする奴が来たら、追い払ってあげるよ」
一拍置いて。
「あたしが、守ってあげる」
優ちゃんの顔に笑顔が広がるのが、液晶の明かりだけに照らされた部屋でも分かった。
「ありがとう! それじゃ、優のお願い、お姉ちゃんにあげる!
大事にしてね、お姉ちゃん!」
無邪気な笑顔に、思わずこちらも笑みがこぼれる。
「分かった。優ちゃんのお願い、大事にするね。
今夜はもう遅い。ゆっくりお休み、優ちゃん。
目が覚めたら、もう誰もあなたを傷つけるものはいない」
リモコンを操作して、ぷつり、と映像を消した。
完全な暗闇に包まれた部屋の中でしばらく待つと、優ちゃんの寝息が聞こえてくる。
……頃合だ。あたしは手に魔力をこめると、優ちゃんの胸にゆっくりと突き入れた。
「エルダークラス入りおめでとう、とか言ってほしいかな?」
「心にも無い台詞はノーセンキュー」
「そうかい、それは残念」
諸々の作業と処理を済ませたところで、いつの間にか黒服の少年が部屋に現れていた。
こいつはあたしの担当悪魔だ。出合った時にはレギオン、と名乗ったが、偽名らしい。
本名は知らない。というか、悪魔だから分からないのが普通か。
「しかし、相変わらず回りくどいなあ」
やれやれ、と言わんばかりにポーズをとってレギオンが呟く。
あたしの今回の……いや、いつものやり方のことだ。確かに、一般的ではない事は自覚はあるが。
「いいじゃん。戦わないで済んで、同調まで出来るんだから。お手軽簡単でしょ」
あたしの反論に、しかしレギオンは食い下がってくる。
「それで成果が上がっている以上、本来文句を言う筋合いではないのだけれどね。
君のやり方は少々以上に迂遠だ。君ならもっと『直接的に』できるはずだよ」
言葉の意味するところは単純だ。
『なぜ、直接魔法で魔法核を支配しないのか。お前にはそれが出来るはずなのに』
当然の疑問だとは思う。今回の過程で、あたしは情報収集要員の補助以外に一切魔法を使っていない。
同調しやすそうな願いの少女を探し出し、甘言で誘い、衝撃映像でショックを与え、吊橋効果で同調を勝ち取る。
どちらかというと詐欺師とかの手口だ。断じて魔法少女と呼ばれる者のやり方ではない。
加えて、あたしの固有魔法の特性から、直接的なやり方はむしろ得意とするところのはずである。
レギオンが疑問を持つのも当然ではあった。
しかし。
「これがあたしのやり方だってのー。文句を言う筋合いで無いなら言うなってね」
「ま、そりゃそうだ」
あたしがごり押しするとレギオンは肩をすくめ、それ以上は何も言ってこなかった。
さて、それはさておき、これであたしも晴れてエルダークラス……魔力値6000オーバーの魔法少女の仲間入りである。
しかし、『あたしはエルダークラスの中で一番の小物』だという自覚は必要だ。
なにしろ、あたしの魔法核の中の陣容を眺めてみれば、臣下(同調済み魔法核)がさっきの優ちゃんを入れても4人、
臣民(非同調魔法核)が7人。あわせて11人しかいない。あたし自身を入れても12だ。
魔力値の大雑把な公式を思い出すまでも無く、エルダークラスの中であたしの魔力核が最も少ない、
というのは厳然たる事実として重くのしかかってくる。
あたしの願いをかなえるために必要な魔力値を考えれば、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
つまり、そろそろ……。
「危ない橋も渡らないといけませんかねー、っと」
手元のリモコンをかちかちと操作する。表示されるのは、事前に調査しておいた魔法少女のリストの中で、
10前後の魔法核を所有している、と目されるレベルの少女達の写真。もちろんそこには、先ほどの映像で
戦闘ヘリを乗り回したりミサイルを蹴飛ばしたりしていた少女達(いや、後者はおっさんスタイルだったけど)の姿も
追加されている。
「猪間麻子、神田理奈、坂上南雲、佐々木真言、奈津久萌……」
さてさて、どの子からいこうかな?
【少女達のリストを前に考え中】
名前:大饗いとり(おおあえ・−)
所属:中学生。日本で有数の名家、大饗家の一人娘。
性別:女
年齢:15
性格:シニカルで嗜虐的。
外見(通常時):金髪(地毛)にシャギーをかけたショートヘアの小柄な少女(やや美形)。口元に皮肉げな笑みが特徴的。
Tシャツにジーンズもしくは綿パンツ(ズボン)といった男物風の衣服を好んで着る。
発育状況は聞くな。
外見(変身時):金色を基調としたドレスに毛皮のマントを羽織り王冠をかぶり錫杖を持った、
戯画化された「王女」的な服装をとる。服をまとう彼女の体自体は変化しない。
ちなみに、夏場にはマントは脱ぐそうだ。
願い:世界の文化レベルを6000年程度引き戻し、停滞させる。
魔法:魔力を干渉させたものを『支配(ドミネート)』する。対象は生物・非生物を問わない。
支配された対象は、いとりに心酔(心が無くても)しあらゆる命令を聞くようになる。
命令の実行にはいとりの魔力の補助も伴うため、相当無茶な命令(「人型になって動き出せ」
「○○を追いかけて飛び続けろ」等)も可能。また、命令を口に出す必要も無い。
いとりはこの魔法を「王者の道(ドミネーション・アレイ)」と名付けている。
属性:操作
「属性(パターン)「夢」、種類(カテゴリ)「操作」、その顕現(モーメント)は「支配」、ってな所かなー」とは
某小説を読んだいとり談。
行動傾向:慎重。暗躍することを好み、自ら戦いに赴くことはまずない。
魔法核蒐集には「王者の道」で支配、強化した部下(非魔法少女)による誘拐などの手段を用いる。
基本戦術:魔法で支配した物体を操っての遠隔戦闘。可能ならば相手の視界外から仕掛けようとする。
うわさ1:何不自由なく育ったはずなのに、満たされないものだらけらしい。
うわさ2:大饗家のエージェントを自らの魔法で支配、強化し、魔法少女達を誘拐させ、魔法核を集めているらしい。
うわさ3:なぜか、魔法少女や魔法核を魔法で直接支配することはしないらしい……?
注文を取り終えたゆりかが厨房へ姿を消す。
十数秒後。卓の上には注文通りの品がどれ一つ欠けることなく揃っていた。
戻ってきたゆりかの魔法によって。
>「食材と道具、調理できる人間という「条件」さえ整っていれば、文字通り時間をすっ飛ばして「原因」から直接「結果」へとたどり着ける――こんな風に、ね」
自らの魔法についてそう述べるゆりかに、南雲も麻子も驚愕の視線を注ぐ。もちろん萌自身も右に同じ。
まさに誰もが思い描くところの"魔法"そのものを目の当たりにしたのだ、無理もない。
(やたら豊富なメニューのウラがこれか……)
呟くだけで、加熱や盛りつけどころか下ごしらえの段階からすべて飛ばしていきなりフルコース。
なんなら食材を冷蔵庫から出してすらいないのかもしれない。
サマンサもタバサも真っ青だ。萌だって是非欲しい力である。
(なんであたしの魔法はあんな……)
なんだか魔法核がちょっと濁ったような、そんな感じを受けながら萌はパン粥の皿に手を伸ばす。
>『「殴る」「殺す」「魔法核を奪う」……全部省略できるなら、わたしたちに抵抗する術ないじゃん!』
南雲からの念信がいきなり脳裏に響いて思わず手を引っ込めた。
思ったより熱かったのも理由の一端だったが。
『後で帳簿でも見てみたら?』
再度、皿に手を伸ばしながら答えを返す。
過程を"短縮"ではなく"完全に無視"して結果だけを得るのなら、そこに当然あるべきエネルギーの消費すらゼロになるはずだ。
つまり、ガス代や水道代がえらく安くあがる。もしそうなら大変素晴らしい能力だ。
あるいは調理場の様子からも推察できるかもしれない。
鍋釜包丁が使われた形跡があるか、シンクは濡れているか、コンロに熱が残っているか。
とはいえ、固有魔法云々を考えなくてもまず純粋な実力差が不明である。
結局のところは「誰かに怪我をさせたり他人の命を奪ったりすることには使えない」というゆりか本人の言を信じるしかない。
"使えない"のではなく、"使わない"のかもしれないが――
(ま、結果は同じか)
などと考えながらスプーンを口に運んだ、その時。
>「今(起)きた三行……(=。=)ZZZ....」
ギターの五弦あたりをグリッサンドしたような音とともに理奈が覚醒した。
麻子がかいつまんで状況を説明し、ゆりかが回答を続ける。
>「確かに私は魔法が使えるけど、もう魔法少女ではないわ
> 元・魔法少女。魔力の使い方を多少覚えてるだけの――ただの魔女よ」
二口目を掬おうと下ろしたスプーンが皿とぶつかって音を立てた。
"元"魔法少女。血風の果てに願いを掴んだ存在。
南雲と違って、萌は願いが叶うという事実自体は疑っていなかった。
しかし、そこにたどり着くことなくみな散っていくのだろうと、いい加減そう思い始めていた矢先の達成者の出現。
"ちゃぶ台を引っ繰り返す"と断を下した南雲に乗る、そう決めた萌ですらいささか心が揺れる。
続いてゆりかはたどり着いたものが選びうる道について語る。
叶えた願いだけを持って進む。
血まみれの記憶も背負って歩む。
そして、さらに背負うものを増やして始まりへ戻る。
ゆりかが選んだのは二つ目の道だった。
そこにどんな理由が存在したかは与り知るところではない。
が、萌が同じ立場ならやはりそれを選ぶだろう。
自分が"ぶちのめした"相手を忘れることはひどく不実なことだと、そう考えるからだ。
>『……店長、どんな願いを叶えたんだろうね』
南雲が静かに念信を発する。
それはたしかに知りたいところだが、萌には昏い気がかりがあった。
苗時は相当に強力な魔法少女であるが、それは多数の核を所有しているということに直結する。
彼女が"三番目"を選んだとは考えづらく、つまり苗時が築いた"階"ですらまだ願いには届いていない。
――ならば、それを成し遂げたゆりかは一体どれほどの屍を積んだのだろう?
よもや口に出す訳にはいかないその問を、苗時の声が押し流す。ようやく本題だ。
以下、萌の主観による要約である。
・二人は昔からの知り合い
・苗時が身内を借りだしていったので、ゆりかはちょっと呼び出して説明責任を果たすよう要求
・事前に手は回してあったけど、実際に様子を見てみたら惨事一歩手前なのでびっくり
・でも結果オーライだったから苗時は素知らぬ顔で茶をすすってた
(隙見て殴ろう)
萌は決意を固めた。
>「苗時さん……私からもひとつ、お聞きしてもいいでしょうか?」
その"素知らぬ顔"を、理奈の告げた名が崩す。
理奈から送られてきたイメージに触れて、萌にも理由がわかった。
守りたかったもの。
守れなかったもの。
故に守るべきもの。
やはり長としての資質はあるのだなと、萌は思う。
とは言うものの、先述の通り、それで全てを水に流せるかというと否である。
夜宴は許し難いかもしれないが、楽園を許せる理由にはならない。
「……あたしゃそのうち一発ひっぱたかしてくれりゃいいよ」
肩をすくめながら言う。心が開けた分だけ手も開く。南雲の条件よりはまあ緩いと言えよう。
さしあたり賠償に関する議論は切り上げ、これからの話になる。
南雲が方針を打ち出し、苗時に情報の開示を迫った。
「そういや、顔合わさないで連絡付ける方法ちゃんとしとこうよ。テレパシーでも電話でも鳩でも犬でもいいからさ」
(少なくとも萌は)若干忘れ気味だが、これから行うのは敵対組織への潜入工作である。
楽しく茶しばいてるところを目撃されてバレました、では笑えもしない。
そこまで頻繁に情報のやり取りをするかはわからないが、わからないからこそ備えるものだ。
秘匿回線の念信がもっとも手っ取り早く安全性も高いのだろうが、距離がどの程度持つものか。
電話やメールならその問題はクリアできるが、安全性は劣る。
あるいは傍受の可能性も考えて、逆にフェイス・トゥ・フェイスのみで通すというのもひとつの手ではある。
が、いずれの場合でも"いつどこで誰に伝えるか"をあらかじめ明確に決めておくべきであろう。
「……つーかあたしらの間でもまだアドレス交換してなくない?」
横に並んで座っている一行へ顔を向けて尋ねた。
萌自身にはそういう意識はなかったが、こういう"繋がり"だってきっと必要なのだ。
【とりあえず赤外線通信を起動しつつ】
今この場で客観的に事実を捉えることができる人物として――猪間麻子の視点を少しお借りする必要がある。
時系列は少し遡り、神田理奈が覚醒する少し前から場面を再開しよう。
ゆりかの魔法によって突如として配膳(?)された料理に驚愕する三人。
否、彼女たちの心胆を寒からしめたのはゆりか当人によるその魔法《因果接続》の性質だ。
【ゆりか】「とても便利な力だけど、誰かに怪我をさせたり他人の命を奪ったりすることには使えないわ。……さ、召し上がれ♪」
送信先を絞った南雲の思念が届き、萌がそれに応じる。
【南雲】『「殴る」「殺す」「魔法核を奪う」……全部省略できるなら、わたしたちに抵抗する術ないじゃん!』
【萌】 『後で帳簿でも見てみたら?』
ゆりかの言葉を信用するかは別として、二人の発言が意図している点は麻子にもよくわかった。的を射ている。
麻子は考えをまとめつつスプーンを手に取り、ビーフシチューを口に含んだ。温かい。闘いで疲弊した身体の隅々にまで染み込んでいくようだ。
何やら料理の味に絆されたような気がして癪ではあったが、舌先が感じたそれに一切の悪意は感じられない。
麻子はこれから取る己の行動が南雲を裏切ることになるのではないかという自責を意識しつつ、しかし、敢えて自分の直観を信じてみた。
ゆりかに視線を向け、南雲や萌から受け取った内容をスピーカーのようにそのまま送信する。ゆりかは苦笑いを浮かべて肯んじた。
【ゆりか】『――うん、いい考えだけどちょっと難しいわね。基本的に「出来ることしか出来ない」のがこの魔法の限界だから。
間接的に「物を落とし」て結果的に攻撃として使うこともできるでしょうけど、それで魔法少女を仕留めるのは多分無理よ。
水道・ガス・電気代の請求書だって、毎月ちゃんと届いてるし』
萌の予測は半ば当たっていた。つまり、ゆりかの魔法は"過程を完全に無視"するのでは無く"所要時間を短縮"する力なのだ。
望んだ「結果」に至るまで相手から何らかの抵抗を受けてしまう可能性が少しでもある場合「条件」を満たせなくなる。それが食材と人間の大きな違いである。
「殺らない」のではなく、「殺れない」のだ。
【ゆりか】『それにね、麻子ちゃん……私にそんな問答無用なことが出来てたら真っ先にこの(腹)黒い女教師に使ってると思わない?』
【麻子】 (……納得)
攻撃対象となりうる人間と平気で茶をしばける女店長の神経については流石の麻子も不可解ではあったが、実際その通りだった。
彼女にそれだけの力があればこれまでの状況は起こり得なかっただろう。
血縁ということもあって面影こそ似てはいるが、この都築ゆりかという人間の持つ考え方はどうやら姪っ子のそれと大きく異なるらしい。
なるほど、そう考えてみると門前・梔子との闘いを経てようやく自分たちは苗時 静と対等のパワーバランスで交渉することが出来るようになったのかもしれない。
ゆりかの魔法について知り得た事を寝る前に三人にも伝えると心に誓いつつ、麻子はスプーンを動かし続けた。
【続く】
【南雲】『……店長、どんな願いを叶えたんだろうね』
どこか控えめな響きを以て、南雲さんの思念が私の胸中に届けられた。
正直なところ私もそれを考えずにはいられなかったけれど、今の叔母さんにそれを聞くのは……何だか凄く気が引けました。
誰もが叔母さんに気を遣ってくれた。多分、それもあるんだと思います。
けれど、私にはもう一つ個人的な理由があって……そう、叔母さんの視線が私に伝えていたもの。
彼女の"願い"が私と決して無関係ではない"何か"だったかもしれない、ということ。
そんな漠然とした大きな胸騒ぎが、私の言葉を塞き止めていました。
※ ※ ※
【南雲】「………………」
私が見たイメージを受け取った後、南雲さんも、そして萌さんも……しばらく何も言いませんでした。
【静】「神田さん、君は郷原さんに会ったんだね……?」
私は頷いた。苗時さんが静かに息を吐きながら、肩の力を抜いて、呟く。
【静】「父親想いの優しい子だった――もう会えないのが、残念でならない……」
こみ上げるものを抑え込むように、一度だけ深呼吸。
【静】「こういう別れは一度だけじゃない。実のところ、我々『楽園』はもう何度も経験してきた――何度もだ。
教え子を……幼い子供たちを決して戦いの犠牲にはさせないと、最初にそう誓ったはずなのにね。
特に同じ大人に相談できることじゃないというのがネックだった――フフフ、誰が信じてくれると思う?
この歳で「魔法少女だ」なんて、そんな世迷事を。そもそも魔法や悪魔といったものが法の外の存在だから、警察を頼ることすら出来ないんだよ。
だから戦い続けた。せめてもの償いとして、報復も行ってきた。今まで、ずっと……」
魔法核を取り出す。ランプの下で揺れた輝きの色は、私が好きな蒼穹の青ではなく、寂しさと憂いを秘めた……海の色。深く静かな、アクアブルー。
【静】「自分たちだけではどうにもならない外部の力――『夜宴』の存在を知るまでは、ね。ああ、勘違いしないで欲しい。
今更同情を求めようなんて考えは一切持ち合わせてはいないよ。だが、せめて――」
<――黙ってやがったお前ら全員皆殺しだ>
【静】「恨むなら、どうか私だけにして欲しい…………」
【続く】
この期に及んで、私はやっぱり何も言えなかった。
納得する気持ちの糸と出来ない気持ちの糸が雁字搦めにほつれ、丸くなり、喉のあたりで引っかかってしまったような……そんな気分。
認めてあげたい、なんて考え方は傲慢に思えて、だけどその気持ちをもう少し駆走さんにも分けて欲しかったって思う自分がいて、だけどそれすらも、やっぱりわがままで。
とにかく、自分の心や大事な何かを切り捨て、すり減らしながらそれでも戦ってきた苗時さんの生き方は――とても辛い在り方だと――私はそう感じました。
そのとき、それまで渋い顔をして黙していた南雲さんが椅子から勢いよく起立した。
【南雲】「わたしはさ……そーゆう話を聞いても『夜宴許せねー!』とか『代わりに楽園守ってあげたい!』とか、
そんなマッチョな結論を出せるほど脳みそエクササイズしてるわけじゃないんだよね。
苗時さんの事情や感情を知ったところで、されたことをチャラにするつもりもないよ。全然釣り合いが取れてないじゃない」
これまで彼女から受けた恨み辛み苦みの迷惑料と慰謝料に代わる要求を、次の一言に集約する。
【南雲】「――大須ういろ全色と、両口屋是清の千なり、一番高いやつね」
苗時さんは目を丸くし……数秒間固まっていたかと思うと、これまで私たちに見せたことのない、優しい笑顔でこう答えました。
【静】 「――約諾しよう。近日中に手配させてもらうよ」
【萌】 「……あたしゃそのうち一発ひっぱたかしてくれりゃいいよ」
【静】 「……うん、そのうちね」
続けて請求された萌さんの体育会系的な賠償額には、流石に笑顔で返す余裕はなかったみたいです。
【続く】
【理奈】 「幕間な会話ですいませんが、結局苗時さんの言う『主人公』というのは何だったんでしょうか?」
【ゆりか】「それについては私から説明するわ……いいでしょ?」
【静】 「ん、今となっては私ですら少し懐疑的だからね。構わないよ」
【ゆりか】「苗時の言っていたのはシミュレーション仮説から発展した考え方でドラマティック・ワールド・ヒストロジー(演劇的世界解剖学・以下DWH)の一部よ。
まあ、疑似科学みたいな分野だから覚える必要はないわ……今だけ知っといて。
シミュレーション仮説というのは「我々が生活してる世界は全て仮想現実《シミュレーテッド・リアリティ》である」って考え方のこと。
DWHは逆に「仮想現実(虚構)で行使されるシステムは我々の生活する世界や歴史にも適用しうる」って解釈をするの。
ここまではいい?」
【理奈】 「は……はい」
【ゆりか】「こんな考え方で生きてる連中は当然現実とフィクションの区別がつかない可哀相な人ってレッテルを貼られるわけだけど……
困ったことに私らの場合は頭から否定できない立場にいる」
【理奈】 「うん……魔法の存在だよね」
【ゆりか】「そう――物理法則を捻じ曲げるような特殊な力と出会ってしまったが故に、これまで強固だと思われていた現実と虚構の認識にゆらぎが生じてしまった。
その結果DWHのような思想を受け入れやすい精神状態になっているのがあなたたち魔法少女なの」
【理奈】 「で、でも叔母さん。私たちが現実か虚構かなんて、どうやって証明すればいいの……?」
【ゆりか】「あ、別にそこは ど っ ち で も い い の 」
【理奈】 「 え ! ? 煤i゚Д゚)」
【ゆりか】「重要なのはそこじゃなくて、私たちが『ここ以外の自分』を認識できないってところにあるのよ。
――仮に、私たちが本当にマンガやアニメの登場人物だとして「私たちは現実だ!」って声高に主張する事ほど滑稽なものはないでしょ?」
【理奈】 「う゛……言われてみれば、確かにそうかも」
【静】 「まあ、どこぞの漫画原作者みたいに内容を逆さまに印刷すれば大丈夫って解釈もあるがね」
【ゆりか】「虚構の反対は虚構以外の何か、という発想かしら。なんとも豪快だけど、アレってどうなの?」
【理奈】 「私に聞かれても困ります……で、話を戻しますけどそのDWHの中で『主人公』というのは一体何なんですか?」
【ゆりか】「DWHにおける『主人公』というのはね、早い話が特定の『因果値』を持った人間のことよ」
【理奈】 「『因果値』……って何ですか?」
【ゆりか】「読んで字のごとく、因果関係を司る値。人間に備わった隠しパラメーターみたいなものよ。
自分以外の誰かと会話したり助け合ったり、戦ったり、憎み合ったりすることで+の面や−の面(二つの軸)が上下するの」
【理奈】 「ええと、ゲームの好感度みたいな?」
【静】 「実際はそこまで単純ではないが考え方は近いかな。ちなみに歴史上の人物の多くは高い因果値を示していたそうだよ(+でも−でも)」
【理奈】 「――で、私たちはみんなその『因果値』が高かったから『主人公』だって認められたんですね(どうやって計測したのか謎ですけど)?」
【ゆりか】「高かったから、とは一概に言えないわね。元々少なかった人間が魔法と関わっていくうちに段々と高くなる場合もあるから。
もっとも、苗時の『主人公』に対する考え方は「絶対的勝利者」――ちょっとばかし少年誌的過ぎる感があったわけだけど」
【理奈】 「……萌さんが言ってました。死んでしまう主人公だっている、って」
【ゆりか】「その通りよ……だから『主人公』であることは決して自分の生存を保証してはくれないし、思い通りに世界を動かせることでもないの」
【理奈】 「そうなんだ……ところで、私のご飯まだですか?」
参考:シミュレーション仮説 魔法少女まどか☆マギカ ポータブル
【南雲】「建設的な話をしよ」
これまでのわだかまりを捨てて次のステージへと進むために、南雲さんが切り返した。
この先必要なことの再確認。
自分たちが『夜宴』のマッチメイクに組み込まれていること。
次の戦いまでに魔法少女としての地力をつけ、所有する魔法核と対話すること。効率よく動画を見て戦い方を研究しておくこと。
この次にどんな魔法少女と相対することになるのか……わからないのだから。
【南雲】「さしあたって苗時さんに聞きたいことがいくつか。
苗時さんも魔法少女である以上、最初に悪魔と契約したはずだよね。その悪魔は、楽園について関知してるの?」
続けて、問う。
【南雲】「それから、これがわかったら苦労はしないよっていう話なんだけど……念押しで聞くね。
夜宴派も魔法少女の派閥であるなら、そのトップに立つ魔法少女がいるはず――苗時さんみたいに。
もちろんそいつを倒せば万事解決なんて都合の良い存在じゃないけど、潜り込む組織の上限レベルは知っときたいよね。
そこらへん、なにか情報ある?」
苗時さんが一つの目の問いに答えようとしたそのとき――室内が突然暗さを増した。
天井に埋め込まれたオレンジ色のLEDが一斉に明滅を始め、周囲の視界がストロボのような影絵を映す。
再び明るさを取り戻した店内に出現した新たな人影に対し、苗時さんが眼に力の無い視線を送った。
【麻子】「よりにもよって……お前かよ」
麻子さんが嘆きともボヤきともつかない声を漏らす。――当然、私も同じ気持ちだ。
【闇のセールスマン】「ごきげん麗しゅう皆様方。……はい、そちらの苗時 静様と契約させていただいてる悪魔とは正に私めの事にございます」
黒スーツに七三分け、フレームの細いメガネと不気味な笑顔。忘れもしない。私をこの世界に引き込んだ悪魔…………闇のセールスマン。
【モグロ】「さりとていつまでも名前が無くてはご不便でしょう。そろそろ偽名の一つでも名乗っておきましょうか。
以後私のことは気軽にモグロとお呼びください」
【静】 「久しぶりだねモグロさん……契約してからほとんど接触してこなかったあなたが、今日はどういう風の吹き回しだい?」
モグロという偽名を名乗った悪魔が部屋の隅からコツコツと靴音を立てながらテーブルの端までやってくる。
【モグロ】「必要に応じて馳せ参じたまでですよ。アフターケアとサービスの徹底こそセールスの基本。
我々はお客様を大事にしてこそリピーターを得られるのですよ、苗時様」
そのまま苗時さんの耳元まで顔を寄せ、この場全員に聞こえるような声量で、一言。
【モグロ】「あなたのようにたくさんの"雛鳥"を抱えているお客様は――特に、ね」
もう、我慢できない……!!
「我は放つ光の――!」
【静】 『静粛に――』
悪魔に対して向けられた私の暴発寸前の攻撃呪文に対し、苗時さんが問答無用の『鎮静』を見舞う。
このときの私は苗時さんが悪魔を庇ったのだと思ったけれど、実際は違う。後で聞いた話、ここにいる全員が今の状況をこう解釈していたという。
命拾いしたのは――"私"のほうだと。
【続く】
【モグロ】「……お話を続けても、よろしいでしょうか?」
苗時さんの鎮静でテーブルに突っ伏した私を他所に、悪魔が再開する。
先ほどの問いに引き続き、南雲さんの質問に答えるつもりらしい。
ひとまず、誰も悪魔を止めようとする気配は感じられない……いいえ、「止めない」のではなく、きっと「止められない」んだ。
背中越しの悪魔からはそれほどまでに圧倒的な量の魔力が感じられたから。
【モグロ】「坂上様、あなたが今所有している『夜宴』の知識について、いくつか加えていただく項目がありそうです。
――まず、『夜宴』は魔法少女の集まりではありますが派閥とは少し違います。我々悪魔と人間の協力者たちによって形成された闘技場のようなものです。
――次に、『夜宴』を統括する魔法少女はおりません。しかしながら上層に君臨する方々が複数いらっしゃいます。
彼女たちはそれぞれ苗時さんが持つ『楽園』のような派閥、《氏族-クラン-》を形成し、それらのリーダーたる【エルダー・ウィッチ】と呼ばれる実力者たちです。
――また、各《氏族》は『夜宴』に対して足りなくなった魔法少女を派遣する役割も担っているのです」
つまり、『楽園』にも同じことをさせると……?
【モグロ】「いいえ、今のところその必要はございません。新たな挑戦者たるあなたがた三人(南雲・萌・理奈)を『楽園』所属として扱わせていただきます。
また、『夜宴』に登録されている魔法少女が対戦以外で『夜宴』の魔法少女を攻撃することは禁じられております。
お互いが『夜宴』所属ならば普段は襲われる心配がないのです」
【ゆりか】「逆に言うと所属してない魔法少女からは守ってくれない、ということ?」
【モグロ】「そうなりますね。と、いうよりあなたがたも最初そのように『夜宴』と接触されてきたのではないですか……?」
仰る通りだ。
【モグロ】「しかし、それには問題も生じております。
戦闘方法の開示を逆手に利用し、『夜宴』に所属する魔法少女を集中的に狙う人々……通称『夜宴狩り』を行う魔法少女も出てきております。
今でこそ私の魔法核はシェアナンバー1を誇っておりますが、昨今はそういった魔法少女と契約した他の悪魔に追い抜かれつつあるのが現状です」
【ゆりか】「ダメじゃん」
悪魔は肩をすくめる。
【モグロ】「問題ありません。かつてほど敗者の処遇について困ってはおりませんからね……いえ、この話は関係ありませんでした。
いずれにせよ、我々は今も昔も同じ目的の為に働いているのです。一番であるにこしたことはありませんが「自分が一番」であることにそんなにこだわりはないのですよ」
少し……喋りすぎたようです、悪魔はそう呟くと再びライトを明滅させて店から姿を消した。
【苗時】 「やれやれ、終始一方的にやり込められた感じだね」
【ゆりか】「張り合うにはいささか分が悪すぎる相手だもの――それよりこれ見てよ」
叔母さんが見せてくれたのはパソコンの画像に取り込んだ複数の夜宴の対戦風景だった。
「うしろ」と促され、背景に目を凝らしてみる。私は自分の目を疑った。日本各地の有名建築物が映り混んでいる。
ここから導かれる予想は一つ。『夜宴』の戦いは全国区、この国のあらゆる場所で起きているということだ。
まだまだ話すべきことはありそうだったけど、此度の情報交換はそこで一区切りとなった。
【萌】「そういや、顔合わさないで連絡付ける方法ちゃんとしとこうよ。テレパシーでも電話でも鳩でも犬でもいいからさ」
言いつつ携帯を開く萌さん。そう言われてみれば私は南雲さんの連絡先しか知らない。
【ゆりか】「今日はここに泊まるんでしょ?お風呂も布団も好きに使っていいから、保護者の方にちゃんと連絡入れておいてね」
アドレス交換も滞りなく終了し、私たちはようやくお泊り会をはじめることができたのでした(あ、ご飯……)。
【以上です】
――守本祝子が魔法少女の契約を終えた翌朝のこと。
祝子は雀の喧騒で目を覚まし、上体を起こして大きく伸びをする。
と、床に視線を向け、鼾をかいて熟睡する女、というより悪魔を見て一瞬硬直した。
(悪魔も寝るんだ……鼾かいてるし)
祝子は昨夜、この悪魔――闇のセールスマン(彼女を知る人からはヤモリと呼ばれているらしい。まんまだ)
――と取引し、魔法少女となった。悪魔とのやり取りを思い出し、拳を作ったり開いたりしてみる。
いまいち実感が沸かず、祝子は首を捻った。同じ魔法少女達と戦い、殺す。
殺人どころか暴力ひとつすら縁のない祝子にとって、非現実的な事実は未だ形を掴めてすらいない。
「あ、もうこんな時間」
時計の針は既に八時過ぎを指していた。
未だ夢の中のヤモリをまたぎ、クローゼットから服を引っ張り出す。
(時に悪魔も夢を見るのだろうか?とふと考えたが、愚問かとも考え直しその発想は切り捨てた。)
祝子が着替えを済ませダイニングに下りると、祝子の分の朝食だけがテーブルに残されていた。
家族は全員出掛けたらしい。椅子に座ってふと顔を上げると、向かい側にあの悪魔が座っていた。
「何時の間に起きとったん」
「ついさっき。学校行かないのかい?」
「今日は創立記念日。学校は休みじゃ」
「あっそ。で、アタシの分は?」
「あるわけないじゃん、自分で作りぃや悪魔」
ぶーたれるヤモリを無視し、朝食をかっこむ。そもそも悪魔は食事を必要とするのだろうか。
なんというか目の前の悪魔は、ナリはそれっぽい癖して全然悪魔らしくない。
もっと悪魔というからには、角が生えてたり凶悪な面構えをしたりだとか、非人間的なイメージを抱えていただけに、
それを見事にぶち壊してくれる存在を相手にして、肩すかしを食らった気分だった。
(肩透かしといえば)
祝子はヤモリと出会うより数時間前を回想する。
以前バイトしていたコンビニにクビを宣告され(舎弟達が押し寄せてきたからだ)、新たなバイト先を見つけた。
【Tender Perch】――祝子が以前から憧れていた喫茶店でのバイト。
雇われる際の面接で、店長の都築ゆりかと対面したのだが、彼女も変わった人だった。
端的にいえば、……変わっているの一言に尽きた。いや本当に。
とっつき易く話しやすいし、良い人ではあったのだろうが……………………。
【回想】
『貴女、服のサイズは?』
『…………はい?』
顔を合わせて開口一番、店長はあっけらかんとそう問いかけてきた。
『サイズ、ですか?』
『そ。一番大きい制服でもサイズ合わなかったら、オーダーメイドする必要あるし。
あ、でも敢えて小さめの服を着る事で胸やお尻を強調するってのも中々映えるんじゃないかしら……』
『(何を目指しとるんじゃろこの人……)で、でもまだ採用って決まった訳じゃないんですよネ?』
『えっ』
『えっ』
『採用って言わなかったっけ?』
『言っとらんよ!?いきなり服のサイズ聞いてきただけやんけ!……あっ』
計らずも女店長のボケに素でツッコミを入れてしまった後で、我に返った。
やらかした。只でさえ顔で何度面接を落ちたか分からないのに、店長に対して乱暴な口を聞いてしまった。
(しかも広島弁で……)祝子は恥と後悔で顔を覆い、打ちひしがれたように「失礼しました……」と席を立った。
が、ゆりかによって襟首を力任せに引っ張られ、着席を余儀なくされた。
『ちょっとちょっと、シフトも決まってないのに勝手に帰らないでちょーだい』
『今の流れで言うことそれ!?どう考えても採用の流れじゃないでしょう!』
『えー……じゃあ、不採用でいいの?』
う、と言葉が喉に詰まる。小首を傾げて祝子を見据えるゆりかに、並みならぬ圧力を感じた。
不採用は困る。やっと自分の顔を見ても引かない人を見つけたのに。
数拍の沈黙の末、蚊の鳴くような声で祝子は「……これから宜しくお願いします」と頭を下げたのだった。
その時ゆりかの目は、祝子よりも何か別の物を見ていた気がした。
以上、回想終わり。
「祝子ー、食べないならアタシが食うぞー」
「……えっ何?ライオンは味噌汁なんて飲まんよ?」
「何を聞いたらそんな返しが出るんだよ。キリンが鳩食う所なら見た事あるけど。アイツ等結構肉食だぜ」
「えっ嘘!ぎゃー止めて言わんでー!聞きとうないー!」
「ホントホント、動物園行ったらさ、キリンの口ん中から鳩の羽の骨っぽいのがこう、にゅっと出ててさー」
「きーやぁー!実演せんでー!!」
そんな調子で朝食を終え、祝子は【Tender Perch】へ向かうべく外出する。ヤモリもそれに伴う。
平日は夕方からのシフトだが、今日は学校が休みなので朝9時に入れておいたのだ。
何故ヤモリまで付いてくるのかと問うと「暇だから」と一蹴。
どうせ一般人には見えないのだから気負うなと他人事のように言うので、追い返すのすら億劫になりそのままにしておいた。
「こんちゃーす、店長いますか?」
扉を開けて店内に声を掛ける祝子の背後で、ヤモリは【Tender Perch】の看板を食い入るように見つめていた。
名前:守本祝子(もりもと・のりこ)
所属:某公立高校3年
性別:女
年齢:18
性格:単純?
外見:黒髪ベリーショートの巨女、服装は基本的にカッターシャツとスカート。傍から見たら立派な不良
外見(変身後):金髪ロング+緑眼、黒の三角帽+黒マント、臍とか太腿とか露出多め
願い:背が低くなりたい
魔法:複製・模写魔法(コピー&ペースト)
生物以外であれば何でも複製・模写することが出来る。
ただし複製・模写するものによってはその数が制限される。
また不可視のもの(声等)、巨大な物、他の魔法少女の魔法は1つしか複製できず、その間他の物は複製できない
属性:鏡
行動傾向:変身前は暴力を嫌い、変身後は好戦的となる
基本戦術:身近な武器や相手の魔法などを複製して闘う
うわさ1:地元では負けなしのヤンキーとして名高く、あだ名は「鬼の守本」らしい
うわさ2:実際は夢見がちな乙女思考で、魔法少女に変身するとキャラが変わるらしい
うわさ3:背が高すぎる故に憧れの先輩に振られた過去を持つらしい
【NPC】
名前:闇のセールスマン(屋守/ヤモリ)
所属:不明
性別:外見上は女
年齢:不明(20代後半?)
性格:自称サバサバ系女子
外見:黒コート
願い:契約
魔法:反射・透視
属性:光?
行動傾向:割と節操無く勧誘する(が、実績は微妙)
基本戦術:基本聞かれた事には答え、頼まれればサポートもする
うわさ1:セールスマンとしては新米のほうらしい
うわさ2:現れる時は何時も壁か天井に張りついているらしい
うわさ3:彼女を知る人からはヤモリと呼ばれているらしい
場所は繁華街の路地裏。
魔力の痕跡を追って追って、気が付けばこんな場所だ。
身体が弱いと学校には伝えてある為、どうせいつものことで片付けられている事だろう。
ブレザーとスカートの乱れを直し、学生鞄を持ち直すと、空を見上げる。
錆びた色の寂びたビルの間から覗く空は、忌々しいほどに色鮮やか。
「――腹、減ったな」
ふと、己の腹に手を当てて、少女は呟いた。
日が昇る前から修行を始めていた少女は、まだ何も胃に入れていなかった。
ヘッドホンから流れてくる重苦しい旋律に身をゆだねながら、周囲に少女は意識を巡らせる。
鼻が、ふと食事の香りを嗅ぎ当てた。
そして、僅かな勘のゆらめきも、彼女をそこに誘うにはきっと十分だった。
ボブカットにした金髪がふわりと揺れて、身を翻して少女は路地裏から場所を外して。
匂いと勘に誘われるまま、歩いていけば。
そこに有ったのは、一つの喫茶店。
「……へぇ」
祖父によく連れて行かれたことを思い出し、胸の中の黒い何かが突かれた。
どろりと溢れ出そうに成るそれを押し込めるようにして、努めて無表情を装うと。
佐々木真言はヘッドホンから流れる音楽の音量を下げて、何食わぬ顔で喫茶店【Tender Perch】のドアを潜るのだった。
魔力を隠すのと、表情と感情を隠すのは忘れていなかったし、迷惑にならないようにヘッドホンの音量を下げるのも忘れていなかった。
唯一忘れていたことはこんな時間に学生服で喫茶店に行くと、どう見られるかという一般常識だったろう。
【ゆりか】「ありがとうございました」
退店するお客様に対し、深々と頭を下げる。
振り返った店内にはまだ数名のゲストが在席していたが、朝の客数はひとまずここから先下り坂だ。繁忙時は過ぎたと言えよう。
アイドルタイムとまではいかないが都築ゆりかにとっては比較的のんびりできる時間帯である。
テーブルの間を練り歩き、カスターの中身や紙ナフキンを補充する。
ゆりかの魔法ならば省略できる作業だがオーダーが無いうちは厨房に引っ込む必要も無い。軽い暇つぶしだ。
苗時がいれば念信で話し相手にでもなったかもしれないが、あいにく当人は昨晩日付が代わる前にさっさと帰宅している。
今頃は勤務先の小学校で何食わぬ顔をしながら女教師をやっているのだろう。
壁の時計に視線を送る。
【ゆりか】「もうすぐね……」
新人のアルバイトが来る時間だ。サービスの仕方や店内の構造等、初回は説明に時間を食う為モーニングが終わったこのシフトに入ってもらったのだ。
制服の問題もある……案の定――規格外! あの長身をウェイトレス服で包むには通常サイズでは収まりきらなかった。故に、「自作」しなければならなかった。
だが彼女の魔法を以てすれば造作もないことである。そう、店長は一晩でやってくれました。
――無論、胸もお尻もぱっつんぱっつんな特別仕様。
ロリっ娘(理奈)・ドジっ娘(南雲)・ツンデレ(麻子)と、我が【Tender Perch】が誇る未成年ウェイトレスの布陣は磐石と自負してきた都築であったが、ある欠点を抱えていた。
“お色気”である。
【ゆりか】(……なるほど、理奈の貧乳にだってちゃんと需要はあるはずだし、南雲ちゃんの健康的なスレンダータイプだって悪くないわ。
麻子ちゃんは麻子ちゃんで年齢の割に結構ナマイキなボディの持ち主だったりするわけだけど――まだ、足りないものがある)
即ち、破壊力!!
大艦巨砲主義は廃れ、モーレツも、バブリーも、もはや前時代の遺物となって久しいがそれでも遺伝子が示す真理は普遍的。世の殿方は『どちらかといえば大きいほう』がお好みだ。
これからやって来る“彼女”にはそれがある。目つきこそ凶悪そのものだったがそれを覆す素晴らしい体つきをしているのだ!ばんっ。きゅっ。どーん。
加えて志望動機にあった「ケーキ屋」の四文字。バリバリの広島弁且つどう見てもヤンキーな彼女が何故!?『見た目で人を判断しちゃいけません』な典型例。
間違いない――これは“彼女”の武器となる。
【ゆりか】(あなたが秘める“ギャップ”という名のポテンシャル!それはうちの店に新しい客層を導く風となるはずよ……私の眼に狂いは無ひっ!!!)
当人達に聞かれれば明らかにセクハラでありパワハラにしかならんであろう無礼千万エクストリームな思考を垂れ流しつつ、【留り木】のオーナーが明後日の方向をビシッと見据える。
その虚空の先にある眩き光景は、もはや彼女以外何者にも視認することはかなわないだろう。……本当に、いやマジで、誰にもわかりません(汗)。
【ゆりか】(さぁ……早くいらっしゃい、守本祝子さん。私の色に染めてあげる……さあ!さあ!?ハァーリィァァァァァァァァァップ!!!!)
店の二階から姪っ子の悲鳴が聞こえた気がしたが、今はどうでもいい。時刻は午前9時前。はて、何か忘れているような……いや、 ど う で も い い 。
【祝子】「こんちゃーす、店長いますか?」
ゆりかのテンションが最高潮を迎えたちょうどその時――待望の“彼女”が来店した。
【続きます】
待ちわびていた守本祝子の登場。
【ゆりか】「いらっしゃーい!ようこそ、祝子ちゃん!待ってた――」
制服を手にテンションMAXで振り向いた都築ゆりかの笑顔が
【ゆりか】「――わ」
凍りついた。
【ゆりか】(………………´・ω・)アレ?
おかしいなあ。都築ゆりかの思考が困惑を示す。何の悪い冗談なんだろう?
つい先日面接した普通の女の子だったはずの新人アルバイトが、次の日には魔法少女になっていたなんて。
【ゆりか】(いえ、それよりもむしろ――)
ゆりかは祝子の背後に佇む黒い影を凝視した。向こうも自分が“見られている”ことに気づいたのだろう、ゆりかの視線を反射する。
【ゆりか】『“師匠”……どうして、あなたが…………!?』
念信は祝子の背後にいる黒い影に向けて送られた。常人には見ることの能わぬ魔界の住人、即ち悪魔、闇のセールスマン・ヤモリへと向けて。
※ ※ ※
ゆりかの念信に対するヤモリの応答にはしばらくの間が生じた。
その束の間を縫うようにして、店内に新たな客が来場する。佐々木真言だ。
【スタッフ】「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
彼女は魔法少女になりたての祝子とは違い魔力を抑える術を知っていた為、ゆりかから魔法少女と気付かれることはない。
しかし、学生服で来店するには明らかにおかしい時間帯であり否応なく衆目を集めてしまうのは誰もが認めることだろう……当の佐々木真言を除いて、の話だが。
【ゆりか】(制服?女子高生?平日にこの時間だとサボリかしら……でなければ、重役出勤…………あ」
ここに来て、都築ゆりかは自分が先ほど何について忘れていたのかをようやく思い出した。
なるほど……そういえば『あの子たち』を起こしていなかった。
時刻は午前9時過ぎ。もはや誰一人遅刻は逃れられまい。
胸中で独り言つゆりかの耳朶に、上階から本日二度目の悲鳴が響き渡った。
【祝子さん・真言さん、来店。ゆりかがヤモリさんに無茶ぶり】【上階から誰かの悲鳴】
夢を見ました。
ええと、またこのパターンなの?って思った人……すいません。
だって見たものは見たんだから仕方ありません。
私はロッククライミングをしています。理由はわかりません。
ゴツゴツとした岩肌にしがみつきながら、ひたすら頂上を目指しているのです。
息を切らしながら、
指を滑らしそうになりながら、
落ちないように……落ちないように……辛くても……辛くても……一生懸命次の足場を見つけて登っていくのです。
――やがて頂上が見えてきました。
最後の力を振り絞り、さあ上がろう!と思ったその刹那、一陣の風が吹き抜けたのです。
爽やかな風でした。むしろ爽やかな匂いでした。鼻の奥を突き刺すような、強烈なフレーバー……あ、これってもしかして
「メントール!?」
自分の言葉で目を覚ます。夢の正体は何だったのだろうと自分の状態を確認する私。
え?なんで?私……どうして…………こんなこと、してるの……?
ご つ い オ ッ サ ン に し が み つ い て い た 。
「――い、い――――いやあああああああああああああああぁ……――!!!!」
【麻子】「つえええい!!な、何だよ……おいっ!?敵か?敵なのか!!?」
近くで寝ていた麻子さんが私の悲鳴で飛び起きる。
「ごめん、違った!コレ(?)萌さんだった!!」
【麻子】「――……ばか、紛らわしいんだよっ!!」
ぺしーん! 叫びながら私の頭を叩く麻子さん。酷いっ、門前さんにしか殴られたことないのに!……それもどうかと思うけどっ!
「お、起こしちゃってごめんなさい…………」
私の悲鳴で強制的に覚醒したであろう南雲さんと萌さんに謝罪する私。アレ……でもこれって、本当に私が悪いの?
「起きると言えば――」
今、何時なんだろう?確かに昨夜は色々あってなかなか寝付けなかったけど――お腹も空いてたし。
かっち。
こっち。
かっち。
時計の針を見る。
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
午前9時を過ぎていた。
【平日だけど激しく寝坊。……二回目の悲鳴は誰だったんでしょうね】
その日の晩、西呉は配信された動画を何度も見直し、今回の作戦を練ることにした。
今回の標的は、坂上南雲を含めた四人組の魔法少女達
自身に比べれば個々の能力は大したことはないが、西呉には真似できない連携で格上を倒すほどの実力を要する
油断できないチームだ。
それを破る、もしくは連携を鈍らせる方法として西呉は彼女達を仲違いさせ、
お互いに不信感を抱くように仕向けようと考えた次第だ。
どのようにして亀裂を入れるかはまだ内緒だ。
次の日の早朝、西呉は私服姿で昨日のあの戦いが行われた場所に佇んでいた。
南雲の〔ライトウィング<アサルト>〕の威力をこの目で確認したかったのもあるが
狙いはそこではなく、彼女達が残していった残留魔力が目的だ。
残留魔力さえ辿ることさえ出来れば、おおよその居場所を突き止めることが出来ると判断しての行動だ。
別に南雲の残留魔力でなくてもいい、彼女達四人のうちの誰かの物であればよしと思って来たものの
同じことを考えた者がいたのか、果てまたまた別の目的の者がいたのか
そこには特定するのが困難になるほどの残留魔力が漂っていた。
加え、私服姿なのは、下手に制服で歩き回って補導されないための保険だ。
「やはりそう簡単にはいきませんか」
そうぼやいて、西呉が懐から取り出したのは、印や円などがやたら描かれたこの街の地図だった。
西呉は夜宴狩りでの経験から、二つのスキルを身に着けることができた。
一つは、自身の魔力を限りなく消すこと、そして、もう一つが
夜宴での試合場所から目標が潜んでいるポイントを探し出す能力だ。
だが、このスキルを用いても夜宴での試合が一回しかない南雲の居場所を絞り込むのは難しい
なので、西呉はあの四人の中で、唯一夜宴での試合を多くこなしている猪間に狙いをつけた。
そうして、西呉は猪間が潜んでいるポイントが書き込まれた地図を片手に捜索を始めた。
だが、それには一つだけ大きな誤算があるのをその時の西呉は気付いていなかった。
「おかしいですね。こんなに歩き回っているのに手掛り一つも見つからないなんて」
地図を片手に歩き始めて一時間、西呉は困惑していた。
いつもならば、この時点で目標を見つけるか、それに近づく手掛りを掴むことが出来ているはずなのに
全くといっていいほど見つからないこの状況に驚きを隠せずにいた。
「普通の魔法少女に比べ行動範囲が異常に広いので見つけにくい相手だとは思っていましたけど、う〜ん」
猪間の行動範囲は普通の魔法少女に比べ、倍以上ある。
それは、猪間が他の魔法少女と違い、家なき子であるが故に決まった拠点を持たずに
行動していた結果そうなったのかもしれない。
西呉の誤算、それは猪間がその歳に不釣合いなぐらいヘヴィーで特殊な環境にいることを知らなかったことだ。
「いい加減お腹が空きましたね。そういえば、昨日の夜から全然食べてませんし、寝てませんしね
どこかで何か重たい物と紅茶でも飲んでから、ホテルに戻って休みますか」
そう言って西呉は地図をしまい、辺りを見回しながら適当な飲食店を探すことにした。
とその時である。
「この反応!間違いない魔法核、それも複数」
反応があったほうに向きを直し、西呉は口角を吊り上げた。
複数の反応から考えて、おそらく彼女達と見ていいだろう。
仮に外れていたとしても、複数の魔法核を狙える好機と見ても良い。
西呉は即座に、反応のあったほうへ向かった。
「鴨が葱を背負ってやってきたってこういうことを言うんですかね?」
テンダーバーチの前で1人そう呟きながら、西呉は店の戸に手をかけた。
確かに反応はここで間違いは無いのだが、どうも様子がおかしい。
魔法核の反応が明らかに一つ多いのに加え、なにやら判断しかねるものの気配がいくつか感じた。
「ハズレかも」
おそらくここは、お目当ての4人組の拠点ではなく、別の魔法少女達の拠点なのかも知れないと結論付けて
西呉は入店した。
平日の昼間に喫茶店へ入るのは流石に抵抗はあるが、この状態ならば暇を持て余した大学生あたりに見えなくもないはずだ。
入店し、案内されるまま席につくと、メニューを眺める振りをしながら辺りを見回した。
「(あのウェイトレス、魔法少女と見て間違いなさそうですね。魔力の隠し方を知らないということは
まだ成り立てか、もしくは、あえて誘っているのか…魔法核とは別の気配も感じますし、様子を伺ったほうがいいかも知れませんね
そして、あの店長…おそらく魔法少女あがりのOGでしょうか、戦っても得はしませんしスルーでいいでしょうね)」
となんやかんや考えている最中、魔力とは別の気配を察し、視線をそちらに向けた。
「(なんかあーゆーの見ちゃうと態々私服に着替えて動いているのが馬鹿らしく感じますね
しかし、あの目、まるで親の仇を見るような目でウェイトレスを睨んでいますけど、浅からぬ因縁でもあるのでしょうか
それとも、彼女も魔力を隠しているだけで彼女も魔法少女なのかも…まぁどっちにしろ長生きは出来ないタイプですね)」
一通り現状を確認すると、ようやく視線をメニューに向け、自身の朝食をどれにするか思案し始めた。
「あ、すいません注文をよろしいでしょうか?このペスカトーレのサラダセットを一つ
パスタは大盛りでお願いします。それと…」
西呉の注文が何者かの叫び声で阻まれる
「随分にぎやかな止まり木ですね…あっあと食後にダージリンのアイスティーをお願いします。」
早朝、太もものあたりで携帯がブルった。
昨晩布団に入る前に、マナーモードにしてポケットに入れておいた携帯の、アラーム機能である。
吐く息白いこの時節、早朝と未明は同義であり、明かりを落とした寝室は暗く、小さな寝息だけが聞こえる静謐を湛えていた。
(魔力を眼だけに集中――視覚強化、オン)
手探りでバイブレーションを停止させながら、南雲がぱちりと両目を開けると、昼間と変わらぬ視界がそこにあった。
航空機の兵装をその身に再現する固有魔法『ライトウィング』の応用、暗視レーダー機能を発動したのである。
チンピラ悪魔の指導により、他の新米魔法少女達より一足先に訓練を積んでいた南雲は、
魔装を纏わずとも小規模な魔法ならば使えるようになっていた。
デフォルトの身体強化も含めれば、彼女はそのままでも最早常人より遥かに高性能な肉体を手に入れているのだった。
さて、そんな人越者たる南雲が、何故日も昇らぬこんな時間に起床しわざわざ魔力を使ったかと言えば。
当然、傍で眠る女子小学生二人を愛でに愛で尽くすという崇高かつ学術的に価値の高い目的があったからに他ならない。
本当は夜半にでも決行するつもりだったが、その日の南雲は例に漏れずあまりに疲れていて、
布団に入った途端に寝入ってしまいそうだったので、仕方なく早起きしてコトに移ることにした次第であった。
(夜這いならぬ――朝這い!這いよる混沌!)
ラブクラフト先生に草葉の陰から助走つけてぶん殴られそうなことを考えながら、南雲はそろりそろりと身を起こした。
耳を澄ます。聞こえる、聞こえる女子小学生共の寝息が!
ほんのすぐ傍まで邪悪な混沌が這い寄っているとも知らず、彼女たちは夢の中に深く深く没入している。
人間は起きる直前が一番深く寝入っているそうだ。
金縛りという現象は、脳が目覚めているのに身体だけが睡眠状態にあるために起きるのだとか。
すなわちこの時間、哀れにも南雲の歯牙に掛けられかねぬ少女たちに、魔手から逃れる術はない。ないのだ!
(てけりりーーーーーっ!!)
節足動物に進化した(比喩表現)南雲は蛇を思わせる素早さと柔軟さで寝室を這いまわり、勢いをつけて隣の布団に飛び込んだ。
寝る前の記憶が正しければ、まさしく理奈が隣で寝ているはずだ。
クロールのように羽毛入りの布を掻き分け、その先にある人肌の物体に手が触れた。
「ん?あれ?ずいぶん逞しくなったね理奈ちゃん!?寝てる間に筋トレでもしたの――」
がばっと布団を引っぺがすと同時、強烈なメントールの刺激臭が部屋に充満した。
そこで寝ていたのは萌だった……と、思う。目が死んでいるけど気品を残す彼女の姿はそこにはなかった。
萌の魔装――筋骨隆々の格闘技選手(おっさん)が、幸せそうな顔をして布団を抱き締め熟睡していた。
「そうだ」
南雲はわざとらしくぽんと掌を叩いた。
「二度寝しよう」
南雲は速やかに布団に戻り、そして夜が明けるまで二度と出てくることはなかった。
◆
>「――い、い――――いやあああああああああああああああぁ……――!!!!」
「なに!?殺人事件!?」
もうすっかり日が高くなってから、絹を裂くような悲鳴で南雲は目を覚ました。
ちなみに甲高い女性の悲鳴を絹を裂くようなと形容するけれども、実際絹を裂いたって出る音は人間の声とは似ても似つかない。
南雲は小学生の頃、母親秘蔵の絹布をいくつか裂いて実証し、そういう結論を出した。昔の人は耳がおかしかったんじゃなかろうか。
しかし、用事から帰宅した南雲の母親が、娘の周りに散らばる絹布の成れの果てを目撃したときに発した悲鳴が答えをくれた。
なるほど。絹を裂くような悲鳴とは、高級品である絹を裂かれた持ち主の女性が叫ぶ声のことを言うのだな、と。
鬼のような形相になった母親に尻を叩かれながら、南雲は一人で納得したものである。
閑話休題。どうやら無意識のうちに萌(変身後)に抱きついていた理奈が、それに気付いて悲鳴を挙げたらしかった。
>「お、起こしちゃってごめんなさい…………」
「まあ、気持ちはわかるよ。誰だってそーする、わたしだってそーする」
惜しむらくは、理奈が抱きついたのが南雲でなかったこと、その一点。
そりゃこの巨体の方がしがみつき甲斐があるのかもしれないけれど!ていうかなんでこんなとこに潜り込んでんだこのマッチョ。
南雲は肩を落として、ポケットに入りっぱなしの携帯を取り出し――
「 」
絶句した。
速やかに布団から這い出て、洗面所へ行き、冬の朝の冷ややかな水で顔を洗い、ついでに髪にもシャワーをしてドライヤーを当て、
再び寝室に戻ってきた南雲は携帯を開いて時刻を確認した。
九時だった。
彼女の通う高校は8:45にHRで出席をとるので、どうあがいても遅刻確定。
ちなみに制服をとりに家まで帰って引き返し、学校行きのバスに乗ると最短でも十時は過ぎる。
一限の数学を丸々すっぽかす計算だった。
裏ワザとして共通魔法の物体生成で制服を作ってしまい、ヘリを召喚して学校まで一飛びという手もあるにはある。
(……どんな重役出勤よ、それ)
ヘリで登校とかそれこそ漫画の中でしか見たことない。
ていうか漫画ですら最近はそういう極端な金持ち描写って見かけなくなったなーとか現実逃避もそこそこに南雲は電話帳を開いた。
学校に欠席の連絡を入れるためである。
何故遅刻ではなく欠席かと言えば、単に南雲の高校は遅刻二回で欠席一回扱い、端数切り捨てで計算される。
遅刻を二回するのと、遅刻一回欠席一回では、書類上では同じ欠席一回として扱われるため後者の方がお得なのだ。
……学校サボるのにお得もクソもないと言えばそれまでだけれど。
変にごまかすのも不誠実だなと思い、南雲は正直にすべてを話して担任に謝罪した。
「魔法少女になっちゃったんで来るべき戦いに備えて修行するため今日は休みます」
と言ったら、
「そうかわかったゆっくり休め。そして必ず病院へ行け、頭だぞ」
と快い承諾をいただき事なきを得ました。やったね!
(強くならないと。――来るべき戦いに、備えて)
昨晩、苗時と和解した会合に現れた悪魔――理奈や麻子や苗時の契約主は、南雲にこう言った。
夜宴は一人の頂点を掲げる組織ではなく、複数の頂点たちがその傘下の魔法少女達を持ち寄る寄り合いだと。
エルダー・ウィッチ。苗時も含む、各派閥の頂点に立つ魔法少女達のことを、そう言うらしい。
つまりは南雲の目的であるブラック魔法少女の打倒には、このエルダー級どもが不可避の鉄壁として横たわっているのだ。
相手取るだけの力量が必要で。
相手取らなくて済むような戦略の構築が必須だった。
いずれにせよ最終的に打ち倒さねばならないのは、エルダーなんちゃらではなくその背後に居る胴元の悪魔どもだ。
どうやらモグロと名乗った悪魔は夜宴に抱き込まれているらしく、対夜宴の助力は望めそうにもない。
つまるところ自助努力しかないのだ、南雲たちには。
「店長、学校フケちゃったんでシフトの前倒しってできませんか――」
さしあたり寝間着から着替えて階下の事務室へ降りると、ゆりかは接客に出ているようだった。
流石にホールに私服で出るのもどうかと思い、客引き用の店名の入ったブルゾンを羽織ってホールに顔を出す。
「!」
ずお……と風が頬を叩いたような錯覚。
この感じ、魔法少女だ。更にもう一つ、魔法少女とは異なる魔力の気配も感じる。
(新手の魔法少女が、悪魔を連れてやってきた……!?)
ブルゾンのポケットに素早く手を突っ込み、中で拳銃を生成する。
苗時クラスの化物ならともかく、駄々漏れの魔力から、拳銃の牽制が有効な相手と判断した。
しかし、店内でドンパチを始めるわけにもいかない。他にも二人ほど客がいたのだ。
一人は私服姿の、下がった目尻が穏やかで大人っぽい印象を残す少女。
そしてもうひとりは、この時間だというのに制服姿(南雲が言えたことではないが)で、ヘッドホンを着用した大人しげな少女。
暇を持て余した女子大生と、不登校の女子高生といったところだろうか。
どちらもテンダーパーチの客層としては違和感のない二人である。
(ていうかあの魔法少女、なんでうちの制服着てるの!?)
制服を着ているというからにはゆりかの裁量で雇用したには違いない。
しかし、理奈の知り合いだった南雲はともかく、あのゆりかが相手を魔法少女と分かってわざわざ雇うものだろうか。
なにせ、魔法少女である以上、そいつは姪を傷付け得る。そんな相手を理奈と同じ職場においておくのだ。
真意を問うべく、ゆりかの顔を伺うと、なにやら驚愕している様子だった。
『店長、なにがどうなってるんですか? あと、あの悪魔は一体……』
念信でゆりかに問うてから、南雲はしまったと思った。
念信は魔力を介して行われる以上、どんなに巧妙に隠しても一定以上の力量のある者には魔力を捉えられる。
南雲は、自ら自分が魔法少女であるとバラしてしまったようなものだ。
開き直って手の内で紙飛行機を作り出し、そこに文言を書いて理奈達のいる寝室にこっそり飛ばした。
『魔法少女来店セリ・要警戒・魔法使ウベカラズ』
理奈や麻子や萌が魔力を使う前に、このメッセージに気付いて警戒してくれれば僥倖。
魔法少女であることがバレてしまった南雲は、ブルゾン姿でホールに飛び出した。
「いらっしゃいませ〜ご注文をお承りいたします!サラダワン、パスタ大盛り、食後にアイスティーですね!
――ほら新人、根っこ生やしてないで動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!」
間近で見ると対面して話すのに首が痛くなりそうな巨女であった。
襟首に手が届かないので、エプロンの腰紐を引っ張って厨房に引きずり込んでいく。
【ホールに現着。店長に事態を問いつつ、新人を厨房にテイクアウト。魔法少女バレ】
南雲に先んずること数刻。
宵闇の中を疾る影があった。
影は音も立てずにその場から去り――、
「あ゛〜横着はするもんじゃないわー」
激しく水が流れる音と呟きとを伴って戻ってきた。
そう、萌がおトイレに行ってきたのだ。
実のところ尿意は早くから感じていたが、思ったより布団の外が寒かった。
なので極限まで我慢してみたものの、溜まっているものが消え去る道理など当然ありはしない。
つまり萌は無音かつ迅速に排尿しに行くという無駄にエクストリームな状況を自ら作り出してしまったのである。
寝ていた場所がドアに近いサイドだったのは僥倖というものだ。
「修行のテーマはテレポートにでもするか……」
もちろん転移したいものが何かは記すまでもないだろう。
横着はするものではないと口にしながら、より横着な考え。
魔法は素晴らしい力だが、それ故に人を堕落せしめやすいのかもしれない。
服の下で肋のあたりを掻きながら布団に戻ろうとする萌の動きが、ふと止まる。
南雲が手前、奥に理奈と麻子。自らがここに至った理由。全てが去来した時、体はひとりでに動き出した。
部屋を後にした時のように、音もなく理奈の枕元へ。
ここで目を覚まされては意味が無い。
そのままアップライトに構える。ごく静かに息を吸って、吐く。膝を利かせて体を揺する。
理奈が寝姿を変えようとかすかに身じろぐ。
その、瞬間。
瞠目した萌は変身しつつステップイン、足から布団に滑り込んだ。
即座に息を詰める。理奈が覚醒した気配はない。
肺に残った息を吐き出す。まずは成功。
なんのことはない、最前の腹案を実行に移しただけのことだ。
なぜ南雲の布団ではなく理奈の方へ入ったのかといえば、おそらくは南雲がそうするだろうから。
あとは意識を失っても変身を維持していられるか、だ。
理奈だと思ったらマッチョだった南雲の顔を想像して、ひとりほくそ笑みながら萌は目を閉じる。
まどろみは三秒で訪れた。
>「――い、い――――いやあああああああああああああああぁ……――!!!!」
そして次の瞬間、理奈の絶叫とともにそれは遁走した。
実際には数時間の間があるので、あくまでも本人の主観だが。
爆音に揺さぶられた鼓膜が唸りを上げて萌を苛む。
(迂闊ッ、まさか何も仕掛けてこず、あまつさえ理奈ちゃんが先に起きるとはッッッ!)
もちろん爆睡ぶっこいていた萌は払暁の一幕を知る由もない。
余人が見れば年長者が揃って何をしているのかと嘆息の一つもするだろう。
ともあれ、目論見は砕け散ったわけである。少なくとも一つは。
>「お、起こしちゃってごめんなさい…………」
>「まあ、気持ちはわかるよ。誰だってそーする、わたしだってそーする」
「こっちこそごめんねー、夢ん中で名探偵じゃない方のコナンと喧嘩しててさ」
萌はなぜ布団の中で変身していたかを、解除しながらわざとらしく説明した。
そもそもなぜ理奈の布団に潜り込んでいたかについては有耶無耶になったようである。
なお、未来少年でもないことは記しておく必要があるだろう。
南雲はうなだれた様子で携帯を見て、やにわに機敏な動きで布団を、次いで部屋を飛び出していった。
ほんの数分で寝乱れた髪を直し顔も洗って身支度を整えて戻ってきて、改めて携帯を見る。
釣られて萌も自分の携帯を見る。
09:04AM
「はなまるマーケットやってんじゃん」
思わずワンセグを起動しようとする萌の横で、南雲がどこかに電話をかけている。
>「魔法少女になっちゃったんで来るべき戦いに備えて修行するため今日は休みます」
欠席の連絡のようだ。正直は美徳だし、それを受け入れる学校側の寛容もまた美しいものである。
萌の方はというとそんな美徳とは程遠いので、堂々と嘘をつく。
「あ、すんません奈津久ですー。昨日の練習で開始直後に一発いいのもらっちゃって、
なにがなんだかわからなくなったので病院行くから休みますー」
南雲に倣って担任に一報を入れ、一分以内にKOされたボクサーのようなコメントを伝えて終話ボタンを押す。
格闘技をやっているということが認知されているとこういう時に便利だ。
しかし大筋で嘘とはいえ、ダメージが残っているのも事実。
まあ、魔力の無駄遣いで回復量を減らしたのは萌自身なのだが。
「んじゃ時間も確保できたことだし、とりあえず亀の甲羅背負って走ろー」
階下へ向かう南雲を尻目に、さしあたって一同へ王道のメニューを提案する萌。
掴みたいものが竜の玉でも魔法の核でも、必要なのはまず体力だ。
悲壮さすら感じさせる南雲に対し、萌はいたって飄然としている。
焦燥は強者を育てない。強さはどうあっても時間とともに得るものだ。
備えることは必要だが始終気を張る必要はない、というのが萌の考え方である。
もちろん萌とても事態が動けばデッドリーなシリアスさを発揮するのだが。
例えば、紙飛行機が何かに操られたような正確さで部屋に飛び込んできた時などに。
唇の前で指を一本立てつつ立ち上がる。
手の内にすいと降りてきた飛行機を開くと、もちろん文字が書き付けてあった。
>『魔法少女来店セリ・要警戒・魔法使ウベカラズ』
やはり、と萌は考えた。念話で済むところをわざわざ紙飛行機を使う理由はそう多くは思いつかない。
「……だって」
言いつつ、文言を二人にも見せる。魔法を使うなということは念話も禁止。
相手の"立ち位置"がわからない以上、できうる限り顔も晒さないほうがいいだろう。
昨夜交換したばかりのアドレスが早速活きることになる。
『相手の特徴plz あと、裏口から出て客としてお店に入るから店長さんに知らない人だと思っとけって伝えといて』
以上の文面で南雲にメールを送信した。戦いには"情報"と"物資"が何より肝要である。
「二人はとりあえず部屋にいたほうがいいと思う」
理奈と麻子にそう声をかけて、服を着替える。戦力は隠す方が都合の良い事も多い。
「万が一ここでやりあうことになったら、まずは店長さんとか連れていったん逃げて」
さらに言葉を続けてから部屋を出て階段を降りた。
バックヤードを抜けようとしたところで、魔力を感じた。
なんだかやたらとでかい店員が南雲の隣にいた。
「あれかよ」
呟いてしまって、慌てて一歩下がる。まだ気づかれてはいないはずだ。
(店員ってことは"来店"じゃなくて"入店"じゃん!――もう一人、いる……?)
些末な事にツッコミを入れつつ、息を潜める。
ヤモリのものである魔力も感じはしたが、姿はまだ確認できていない。
一度戻って理奈に「仲間が増えたよ!やったね理奈ちゃん!」とでも言ってこようかとか、
非常にどうでもよろしい思考が萌の右脳と左脳とを往復していた。
【出るに出られず】
72 :
名無しになりきれ:2012/08/21(火) 17:34:54.14 0
保守
保守
保守
>「いらっしゃーい!ようこそ、祝子ちゃん!待ってた――」
>「――わ」
一面に花を咲かせたような満面の笑みで振り返る店長。その手には制服。
しかし何故か固まっている。視線は祝子を追い越して外を、正確にはヤモリを見ている気がする。
いやまさかな。外を出歩いている間、ヤモリを視認した人を確認することは無かった。
そも、悪魔が普通の人に見える訳がない。ゆりかが普通の人でない限りは。
「えっと……これ制服ッスか?とりあえず着替えてきますね」
放心するゆりかの手から制服を頂戴し、スタッフルームへ引っ込む。
祝子が消えたのを見計らい、ヤモリに向けてゆりかが困惑を交えた念信を送る。
>『“師匠”……どうして、あなたが…………!?』
“師匠”と呼ばれ、女悪魔は眉尻を下げ、口角を釣り上げた。
音も無く闊歩し、テンダーパーチの入口に悪魔の手が掛けられる。その瞬間。
全身黒尽くめの悪魔は幻だったかのように消え失せ、気だるげなOL風の女がゆりかの目前で立ち止まった。
『その呼び方、恥ずかしいから公然じゃ止せって言ってんだろ……ゆりか。久しぶりだね。
遅ればせながら、魔法少女上がりおめでとう。ヤマトでメール便でも送れたら良かったんだろうけど』
手品のように現れたOLを、誰も気にも留めない。店内に居る魔法少女達ならば察しただろうが。
OLヤモリは自然な足運びで空いたテーブルに向かい、淑やかに座る。
当然のようにスタッフを呼びとめ、モーニングセットの注文を始めた。
中々様になる絵だ。これが悪魔(闇のセールスマン)でなければ、だが。
「て、店長……これちょっと胸の辺りがキツイんすけ……ど……」
同時に、ようやく着替え終わった祝子がおずおずとゆりかに話しかける。
多分に詰まった胸元を強調し、下半身は太腿が眩しい仕様。スカートをまともに履かない祝子にはハードルが高い。
無言で紅茶を飲み込み、祝子の格好を直視し盛大に噎せるヤモリ。
笑われて恥じらい全開で顔を紅くするも、OLがヤモリと分かるや、無言でツカツカと歩み寄り渾身の一撃(猫パンチ)。
「あの、やっぱり着換えて良いッスか?」
「何言ってんの!似合ってるわよ、うん!ほらオーダー取りにいって、ほらほらほら!」
スタッフの一人に祝子を押し付け、フウと一息。
一撃を食らったヤモリは、腫れた右頬を擦りながらも、二人の少女に視線を向けていた。
『積もる話は後だ。それよりこの店……』
>「店長、学校フケちゃったんでシフトの前倒しってできませんか――」
念信に割り込むようなタイミングで現れる新たな少女。ヤモリの視線が南雲へと向かう。
ブルゾンの下に収束する魔力を、『反射』して認知する。祝子は一切気づいていない。
南雲には異常に映っただろう。店の制服を着た奇天烈魔法少女と、OL風の悪魔。
>『店長、なにがどうなってるんですか? あと、あの悪魔は一体……』
「?」
ムズムズするような感覚が項を撫でた。南雲の念信を無意識に感じ取った祝子も振り返る。
しかしこれといって変わった様子はない。先輩の指導の通りに注文をとるべく、大学生風の女性に意識を戻そうとした時。
>「いらっしゃいませ〜ご注文をお承りいたします!サラダワン、パスタ大盛り、食後にアイスティーですね!
――ほら新人、根っこ生やしてないで動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!」
「えっちょ、痛い痛い痛い!締まっとる、腰締まっとる!あぁぁぁーー……」
「いい加減離しいや!何のつもりじゃ!」
ブルゾン少女によって厨房まで引き摺られ、祝子は苛立たしげに南雲の腕を払う。
ホールとは違い誰も居らず、二人きりという状況。まさか相手も魔法少女だなんて露程にも思っていない。
単純に「強引に自分を引き摺った失礼な女」としてしか南雲を見ていない。南雲を見下ろし、ジロリと睨みを効かせる。
「只でさえエライ締めつけようなのに、これ以上引っ張ってみいや。内臓出るっちゅうの」
ブツブツと文句を独りごち、エプロンを直す。ここで初めて、誰も厨房に居ないことを疑問に思った。
どうして誰もいないのだろう。これでは注文された料理は作れない。
三点リーダーを浮かべて悶々とこの状況を整理し、蜻蛉が飛ぶ頃に、ようやく合点がいったと掌をポン、と鳴らした。
「ハッ!まさか初日にしてもう厨房任されたちゅうんか!ハードル高すぎん店長!?」
それは流石にないだろう、常識的に考えて。
「いや確かにケーキ屋志望って履歴書には書いたけども!ウチ料理得意かって言われたら中の下くらいやし……」
馬鹿なことを一人延々と垂れ流し、勘違いモードがこのまま続くかと思われた。
不意に、ポロリと祝子の懐からピンクの楕円形が落下。コンッと軽い音を立て、コロコロと南雲の足元まで転がり、コテンと倒れた。
その音でようやく現実に引き戻され、祝子の顔色が変わる。
「あっスマン! ……良かった。大事なモンじゃけ、壊したらどうしよか思ったわ」
南雲の目の前で手鏡を開く。傷は見当たらず、安堵の溜息を落とす。壊したらあの悪魔が喧しかっただろう。
フと鏡が光を反射し、輝く。その瞬間、祝子の瞳が大きく見開かれた。
「な、何で……。誰じゃ、アンタ……!」
手鏡は祝子を映していない。
鏡に映っているのは、腰まである銀髪、フリルのあしらわれた何処かの国の軍服の少女だ!
祝子はもっと驚愕する。格好や髪は違うが、その顔は――目の前のブルゾンを着た少女なのだと!
手鏡を通して、目の前の少女が何者であるかを映しているのだと!
「っ、……寄らんで!」
咄嗟に祝子の手は、傍にあった包丁を掴んでいた。南雲に突きつけられた刃先が、蒼白になった祝子の顔を反射する。
今ようやく、祝子は項を撫でたあの感覚が何であるかを直感的に察した。
祝子は知らないことだが、鏡の元の持ち主はあのヤモリ。反射の魔法が掛かった手鏡だ。
魔法少女としての南雲の姿を反射させ、その鏡に映してしまったのだ。
予期せぬ遭遇。自分以外の同類の存在。祝子は何故か――明らかに異常なまでの恐怖を覚えていた。
蒼白し狂気に囚われたかのような表情と、震える包丁がそれを物語っていた。
祝子の怯えに共鳴するかのように、手鏡に魔力が集束し始めた時――!
『止しな』
魔法少女達の脳内に、ヤモリの念信が響いた。
【ヤモリ、OLに擬態。祝子、厨房にて南雲が魔法少女であると察知、暴走寸前】
「ん。一人」
目を伏せ、小さな声で一人と答えて、窓際のボックス席に座る少女。
下げた音楽の音量を少し上げつつ、近くのメニューを引っ張り、目を通して行く。
(……おなかへった。
食事、取らないと、効率悪いし、何、食べようか)
腹の唸る音が鳴り響いているのにも気づかず、少女は思考に没頭する。
味と腹具合と値段と相談し、口を開く。
「ナポリタン大盛りとホットサンドと紅茶とケーキのセット。
紅茶とケーキは後からで、紅茶はポットでお願いする。
ケーキはモンブラン」
早口で、ぼそぼそと呟くと、水をちびりと口に含む。
ウェイトレスが去っていったのを見送ると、息を浅く吐く。
直ぐに目を開き、背筋を整えて、呼吸も整え、ソファに背を預けて、学生鞄の中を物色する。
目当ての物は、書店で買ったばかりの本だった。
(妙に、懐かしい気分。不愉快。
……感情の揺れは、非効率。整えなきゃ。
それに、この気配)
本を取り出し、ヘッドホンからの音楽の音量を上げて。
佐々木真言は己の存在を世界から切り離し、そうすることで効率的に魔力の痕跡を消し、隠蔽をより強める。
意識的な問題と感覚的な問題は、少女にとって魔法の行使には強い意義を持っている。
外の音に意識を向けず、外の光景に興味を向けていなければもう少女がそこにいるとは言えない。
外に放つ魔力を内側に閉じこもらせる形での隠蔽は、特に分かりづらい隠蔽の仕方だ。
(魔法少女と、悪魔か。……バレる、かな?
警戒、強めつつ、不審に、思われない程度、に。
手は――いつもどおり動かない。大丈夫)
小刻みに震える、豆と蛸だらけの右手。
箸を握るくらいしか出来ない手を静かに握り、本を閉じ、音量を下げた。
隠蔽が少々(とはいっても並以上だが)下がるが、周りに警戒をするほうが安全と判断した佐々木は、眼鏡のレンズ越しに店内を睨める。
「……」
ふと目線が、店内に入店し席についた西呉と合ってしまう。
特段反応を返しはしなかったが、目付きが僅かに険を含み、即座に外される。
魔力には気がついていないが、動物的勘と魔法少女としての経験が、警戒心を煽る。
警戒度はより高まり、いざとなれば戦闘も辞さないと内面で決め、外面ではそれを出さず。
水を飲み干し、残った氷の中で小さいものを口に含み、転がし始める。
緊張した時の昔からの癖であり、祖父にはよく注意されていた行動だが、まだ治っていない。
(また魔法少女? ……ここの店員か、しかも魔力を隠す様子も無いし。
さっきの悪魔と魔法少女もそうだけど、何らかの形で組織だって活動している?
夜宴に参加しているのなら、刃を喉に通してでも話を聞かなきゃ、いけないけど。
この状況、戦略的には、極めて、不利。でも、収穫は、多い?)
悪魔を連れた魔法少女がここの店員をしていた点、及び奥から来たブルゾンの店員も魔法少女という点。
それらから、喫茶店という名目の魔法少女の集まりだと仮定する。
だとすれば、潜入した状態である程度情報を引き抜き、近くに張って一人づつ闇討ちするべきかどうか。
運ばれてきたナポリタンに舌鼓を打ちながらも、佐々木は一人でこの状況を打破する方法を考えている。
「――ん?」
ナポリタンを平らげ、ホットサンドにかぶりついた瞬間。
強い魔力の動きを感じ、顔がふと上がる。
表情に動きは無いが、僅かな硬さを雰囲気には含んでいる。
動くべきか動かざるべきか、厚いレンズの奥の瞳を僅かに伏せて、状況に意識を集中させていた。
【悪魔(ヤモリさん)と魔法少女(守本さん、南雲さん)に気づき、厨房の騒ぎも有り強い警戒。
また、西呉さんにも弱い警戒を向けている。
周囲に意識を向けながら現在食事中】
「まほーしょーじょって……そもそも、そんな悪魔との契約じみたメリットが実現できるわけ……」
「できるのさ。悪魔だからね」
「……」
「そんな顔をされても、事実だからしょうがないよ。
まあそれはさておき、この魔法核に願いをこめれば、それが何であれ叶うわけさ。いずれね」
「……いずれってゆーのは、いつ?」
「いずれはいずれさ。正確には僕も分からないけど、君が他人の願いを奪うことをためらわなければその期間は縮まる、とは言っておこうか」
「なるほど。……ちょーだい、その魔法核ってやつ」
「おや、迷わないね。懐疑的だからもうちょっと悩むかと思ってたけど」
「真実を隠してはいても、嘘を言ってるようには見えなかったからね」
「手厳しいね、というべきかな。ともかく、これを受け取ってもらって君が決めれば、契約成立だ。
さあ、魔法核を持って、想ってごらん」
ブラック魔法少女 大饗いとり編 第2話
『君の望んだ、君の願い』
飛び続けることを宿命付けられた小鳥達の、つかの間の止まり木。
喫茶、【Tender Perch】。
……から、20mほど離れた路上。
黒い色の、民放テレビ局を見ていればそれなりの頻度でCMを目にする、メジャーな車種の大型のワゴン車が停まっている。
フロントガラス以外の窓には黒いフィルムが張られ、内部の様子をうかがい知ることは出来ない。
状況を俯瞰し続けていれば、その車がここ数時間ほど、路肩に停車していることが分かる。
そして、それにもかかわらず、違法駐車取り締まりのおじさん達の魔手にかかっていないことも。
だが、もしそれに気がついた誰かがいたとしても、その車の目的が、近くの喫茶店である事までは気がつかないだろう。
ましてや、車の中で行われているのが、その店に集っている……少女達の監視である、などとは。
ワゴン車の中には、数人の男達が詰めていた。いずれも黒いスーツに身を固め、多くはミラーシェード型のサングラスをかけている。
彼らの前には複雑な計測機器らしきものが並び、そのうちのいくつかには外部の映像……望遠レンズで撮影している
と思われる、【Tender Perch】の店内が映し出されている。
MIB(黒い男達)、という言葉が連想された。
彼らのうち、最も若そうな男が、最も年嵩の男……一人だけサングラスではなく、度入りの眼鏡だ……に向けて報告する。
「魔力値100の個体と、魔力値不明の個体の入店を確認。後者は、揺らぎ値から悪魔と思われます」
「こぶ付きか。面倒だな。……さっきのエルダーは『触手』で間違いないか?」
「間違いありません。波形パターン、戦闘時の計測データとほぼ一致。隠蔽は通常モードです。
油断、とは言いませんが、平時の動きですね」
「行幸だ。奴が本気で隠れたら我々で気がつけるはずも無いからな。『O』への報告は?」
「上げています。……ですが、『触手』がいる以上動けないでしょう」
「だろうな」
一通りの報告は終わったのか、一瞬車内に沈黙が下りる。
二人が会話する間も、他の男達は黙々と機器の操作を続ける。
まるで、そう作られた機械の一部であるかのように。
年嵩の男が息を吐き、つぶやく。それに若い男が応じる。
「こぶ付き、『触手』……佐々木真言を追ってきてみれば、とんだ入れ食いだ」
「『O』も頭を抱えるでしょうね……おっと、魔力反応追加です。アンノウンと坂上南雲」
緊張が走った。
「アンノウン? まだいるっていうのか。照合急げ。それと、坂上南雲がいるなら他の3人も近いぞ。警戒しろ」
「了解」
年嵩の男が天を仰いだ。そうしても天井しか見えないが。
「くそ、どこがやさしい止まり木だ。扱いにくい淡水魚の間違いじゃないのか?」
「そういう冗談はやめてください。うっかり店員にでも聞かれたら殺されますよ」
「殺しあえばいい。我々を殺せるような店員ならな」
乾いた笑いが車内に満ちた。
それは、彼らの主が良く発する種類の笑いだった。
「……くそったれ」
「君は一応お嬢様ではなかったのかな……どこで覚えるんだい、そんな単語」
「うっさいなー、茶々入れるな。殴るよ」
「殴ってから言わないでほしいな……」
頬をさすって起き上がるレギオンを尻目に、あたしは眼前のモニターを見つめる。
市内に数台走らせている私の部下の乗る車……『監視車』の一台からの報告は、あたしに卑語を吐かせるにふさわしい物だった。
少しばかり説明が必要だろうか。
なぜ、一般人には感知できないはずの魔法少女、ひいては魔力を、『監視する』などという事が私の部下に可能なのか。
端的に言えば、『それが魔法と言うものだ』と言うことになる。が、これでは端的過ぎるだろう。
つまり、私の保有する固有魔法が、それを可能にするのだ。
それも、5つのうち3つも使っての合わせ技である。
《我が名は魔女-コールドウィッチ-》……魔力を詳細に認識する固有魔法。
《七日目の余技-トイクリエイト-》……魔法をこめた、非魔法少女の者にも使用可能な道具を作り出す固有魔法。
そして、《王者の道-ドミネーションアレイ-》……存在を“支配”し、“少しばかりの無茶”を可能にする固有魔法。
これらを組み合わせることにより、“魔力を探知し追跡できる道具を駆使する、あたしの意のままに動く部下達”が完成するという寸法だ。
(もっとも、あたしの意のままに動く部下、という点だけで言えば前からいたのだが……これは微妙に関係ない話なので省く)
魔法少女の発見から監視、必要ならばいざというときの排除まで担当してくれる。あたしの外付け手足である。
閑話休題。
その彼らからもたらされた情報。
つまり、魔法少女達がひとつの喫茶店に集まっており……それだけならいいが、そこにエルダー級の魔法少女が複数存在するという事実。
最高で、最高に最悪だった。
エルダー級の中ではあたしは一番の小物である。
つまり、正面から他のエルダーとがっぷり四つに組み合う、という展開は望むべくも無い。
ならばどうするか。
しばらく考えて、あたしは結論を出す。
「食い荒らされないことを祈りつつ……行ってもらうのを待つか」
「割と情けない回答だね」
「うっさい。殴るよ」
【いとりの魔力で強化された監視部隊、喫茶店近隣に駐留中。
いとり本人は超遠距離から静観の構え】
【NPC】
名前:闇のセールスマン(レギオン)
所属:不明
性別:外見上は男
年齢:不明(外見は10代前半)
性格:皮肉げな少年
外見:ブ○ースブ○ザーズのコスプレをした10代前半の渚カ○ル
願い:-
魔法:不明
属性:概念操作
行動傾向:大饗いとりの周辺をうろついている。勧誘はあまりしていない。
基本戦術:逃げるが勝ち
うわさ1:悪魔の中では無名な方らしい
うわさ2:戦闘しているところを見たことがあるものはほとんどいないらしい
うわさ3:レギオン、という名前はいとりにだけ名乗っているらしい
――――魔法少女が戦いに臨むシチュエーションは、およそ3つのパターンに分類される。
一つは【カチコミ】。
相手の住所や通っている学校・勤務先を特定し、その移動途中や油断している隙を急襲(Raid)する場合。
もう一つは【待ち受け】。
あらかじめ人気が無く戦いやすいフィールドを選び、自分の居所を対戦相手に伝えて招集(Call)する方法。
そして最後の一つが【出会い頭】。
文字通り魔法少女たちが予期せぬ状況下でお互いを認識してしまうことで引き起こる、突発的な遭遇戦(Encounter)のことである。
勿論これらの3パターンは『夜宴』が催しているようなマッチメイクによるものを含んではいない。
飽く迄それぞれの魔法少女が『個人』として戦いに臨む状況のみを示している。
シチュエーションに対する呼び方は個人や地域によって揺れがあるものの、ほとんどが3つのうちどれかに当てはまるだろう。
……【待ち受け】が釣り(Fishing)と呼ばれている程度の些細な違いだ。
最後の一つは別として前者二つは選択肢、攻める側が本人の意志によって決めることができる。
しかし、かつての猪間麻子はそれとなく【カチコミ】という手段を回避してきた。『夜宴』に所属する前も後もだ。
当時の彼女にとってそこにあった思考はいわゆる良心の呵責……とは少し違う。
単純に他者の生活や日常を調べあげ、そこに踏み込んでまで仕掛けに行くことに対して気分的な抵抗があったまでの話である。
殺人と同様。要するに「気分が悪い」からしなかったのだ。
魔法核を奪った相手は廃人同然になってしまう、という程度の知識なら比較的初期のほうから持っていたし、自ら徘徊して獲物を求めたこともあった。
未成年の路上生活者という非社会的ステータスもさることながら、当然自らの生活の為に魔法を悪用したことだって数え切れないほどある(多分もうやらないけど)。
今更他人の悪事をどうこう言う資格など自分には無い――というのが麻子の見解だ。
それでは【カチコミ】に対するこの抵抗感・不快感は何故起こるのだろう。
麻子は思考する。おそらくそれは理奈達に会う前の過去の自分、魔法少女の戦いを飽く迄「ゲーム」と割り切っている彼女自身にあるのかもしれないと。
たとえ敵対する相手とはいえ、その住処を突き止め生活空間や日常を破壊しに行くというのは、どういうことなのか……?
それはもはや「ゲーム」とは呼べない。「戦争」だ。
社会のルールから逸脱し、年齢相応の日常を持たない麻子にとって、魔法少女としての生活は昔も今も己が架した己の為のルールであり、ちょっとした矜持でもあった。
今でも――決して自分の願いを捨てたわけではない。高みに昇り、支配する側に立つという願い。少なくとも……自分を縛り、支配出来るのは自分だけだ。
どんなに傷を負っても、何度殺されかけても、それだけは……決して変わらなかった。
【続く】
――昨夜。
全員が寝静まり、奈津久 萌が尿意に目を覚ます少し前の丑三つ時のこと。
猪間麻子もまた尿意によって覚醒していた。
物体生成で温かい湯たんぽと毛布を作成し、我慢せずに素早くすませる。
屋外での生活が長かったのと『鎖』の魔法は金属と編み物両方の特徴を備えている為、動作から何まで手馴れたものだ。
そそくさと布団に戻ろうとして、不意に立ち止まる。馴染みのある気配にあたりをつけ、暗闇に向かって声をかける。
【麻子】 「……まだ何か用があるのかよ?」
【???】「ひとつ、あなたにお伝えし忘れていたことがありまして」
気配の主はいつもの悪魔であった。麻子は無言で先を促す。
【モグロ】「あなたが以前留まっていた町の“三人組の少女”のこと……覚えていますか?」
【麻子】 「覚えてたら、どうだってんだよ……」
麻子にとって悪魔の示す言葉はかつて天敵だった魔法少女たちを表すものだった。
忘れるはずもない。人数にモノを言わせて何度も殺されかけた相手だ。自分が多人数を相手どる為の技を創るきっかけになった連中でもある。
姿を見かける度に逃げ回っていた記憶がある――この自分が、だ。
【麻子】 「あいつらがどうかしたのか…………?」
【モグロ】「先日亡くなられました」
【麻子】 「全員…………か?」
魔法少女が事故や普通の人間の手で死ぬはずがない。他の魔法少女に殺害されたのだ。
【モグロ】「ええ、いずれ『夜宴』であなた達に引き合わせる予定だったんですけどね」
遠い記憶から彼女たちの顔を思い出す麻子。気分の悪い連中だった。
学校に行けず外で生活するあたしをよく三人で指差して「野良犬みたーい(笑)」とコケにしてくれたっけ。
そうか。死んだか。
文化祭の出し物だかどこぞの芸能オーディション受けるとか言ってショーウィンドウを鏡にして三人でダンスの練習とかしてたっけ。
そうか。死んだか。死んだのか。
【麻子】「――で、あたしにそれを教えてどうすんだよ?」
感慨は無かった。自分を殺そうとした他人の死を悲しむ心など麻子は持ち合わせていない。逆に、ざまあみろと感じるほど悪趣味でもない。
【モグロ】「猪間様がこれを聞いて“どんな奴が殺したのだろう”と考えることを私が予測し、
これを聞いたあなたがさらに“うざいな”と思われることをあらかじめ預言させていただきます」
【麻子】 「会話する気ねーならとっとと消えろ、この悪魔!!」
【モグロ】「では最後に。奴はあなたを追っています」
悪魔たちは助言はしても助太刀はしない。
【モグロ】「どうかお気を付けて……“すぐ近く”まで来ている可能性がありますので」
その一言を残し、闇の向こうに漂っていた悪魔の気配が消えて、麻子は再び眠りについた。
【回想:モグロ氏から麻子さんに情報提供(適切なものかどうかは、さておき)】
【真央】「あ、すいません注文をよろしいでしょうか?このペスカトーレのサラダセットを一つ、パスタは大盛りでお願いします。それと……
(悲鳴を聞いて)随分にぎやかな止まり木ですね…あっあと食後にダージリンのアイスティーをお願いします」
【真言】「ナポリタン大盛りとホットサンドと紅茶とケーキのセット。紅茶とケーキは後からで、紅茶はポットでお願いする。ケーキはモンブラン」
新しく来店した客がそれぞれにオーダーを通した。その様子を横目で眺めていたゆりかの脳内に食材の在庫と調理シークエンスが浮かぶ。
【ヤモリ】『その呼び方、恥ずかしいから公然じゃ止せって言ってんだろ……ゆりか。久しぶりだね。
遅ればせながら、魔法少女上がりおめでとう。ヤマトでメール便でも送れたら良かったんだろうけど』
一方で、祝子の背後にいた悪魔がドアをくぐると同時に先程までの魔女然とした黒衣からOLへと姿を変えた。
個人間で行われた念信のやり取りで公然も何も……というツッコミを入れる余裕は今のゆりかにはない。
よってヤモリが先の疑問について明確な回答をしなかったことについて、彼女は気がつかなった。
【ゆりか】(ま、昔から半ば気分で行動してる人……もとい悪魔だし、ここ来たことに大した理由なんてないのかもしれないけど…………)
上階で寝ている“あの子”たちのことを考えるとここは慎重にならざるを得ない――たとえ相手がかつての恩師だとしてもだ。
祝子の出方がわからぬ以上、まだ引き合わせないほうがいいだろう。
続けて注文されたモーニングセット含め、【因果接続】を使ってオーダーをまとめて用意するゆりか。
ヤモリに関しては隠しだてする必要もないのでウェイトレスを介さず直接テーブルにお出しする。
ゆりかの魔法によって発生する魔力は非常に微弱で検知されにくい。
これは魔法少女の基本スキルである【思念通信】にも同様のことが言える。
事実、これまで彼女たちが店内でお互いの正体を看破出来ず、またされなかったのはその為である。
――もっとも、苗時 静と同等クラスの魔法少女の場合はその限りではないのだが。
【祝子】「て、店長……これちょっと胸の辺りがキツイんすけ……ど……」
特注の制服にドレスチェンジした祝子が戻ってきた。
【ゆりか】(……うむ、GJ。我ながらいい仕事だわ)
惜しむらくはこんな状況じゃなかったらねー、としみじみ思う喫茶店経営者。祝子の猫パンチがヤモリの顔面にクリーンヒットした、その背後で。
【祝子】 「あの、やっぱり着換えて良いッスか?」
【ゆりか】「何言ってんの!似合ってるわよ、うん!ほらオーダー取りにいって、ほらほらほら!」
厨房に用意したメニューを運んでもらうようスタッフの一人に祝子を任せたその時――
【ヤモリ】『積もる話は後だ。それよりこの店……』
【南雲】 「店長、学校フケちゃったんでシフトの前倒しってできませんか――」
ヤモリの念信を遮るように、坂上南雲がホールへとやってきた。
【続く】
「(探し物は諦めたときに見つかりやすいと言いますが…まさかここでとは)」
笑みが漏れるのを堪えつつ、平静を装いながら店の奥に引込む南雲の姿を眺めていた。
早起きしてあれだけ探し回ったことを思い返すと、少しばかり複雑な心境ではあるが、
そんな心象に浸る間もなく、西呉は『ターゲットの捜索』から『ターゲットの身辺調査』へとシフトを変えた。
まず手始めに、この店の年長者、おそらく店長かそれに近い人物であろうゆりかに声をかけた。
「あのすいません。さっきのあの子、おっきい子じゃなくて、ブルゾンの子です。
なんか店の奥から出てきましたけど、もしかして住み込みで働いているんですか?」
まず確認したかったのは、ここが南雲にとってどういう場所なのか?その点だ。
ここで寝食しているのか?それとも、ここはタダのバイト先なのか
まぁ他の魔法少女もいることを考えると、タダのバイト先でもないのだが…
「従業員にしては、制服がかなり浮いているなぁって思ってしまったのでつい…
別に住み込みで働きたいわけじゃないので気にしないでください。」
ゆりかからの回答を聞くと、変に疑われないように適当に誤魔化すと
ポケットから携帯を取り出し、暇つぶしに弄る振りをしながらそのことを携帯のメモ帳に残した。
「(さっきから念話が騒がしいですね…何かトラブルでもあったのでしょうか?
それとも、正体がバレたか…それにしては行動が遅いところを見ると前者でしょうかね)」
注文した品を待ちながら、西呉はゆりかが隠蔽していた念話に気がついた。
だが、気がついたとしても、会話の内容はノイズしか聞こえず、西呉がわかるのは誰かが念話をしているということだけだ。
その気になれば、調整し盗聴することも可能ではあったが、彼女はあえてせず、聞こえない振りを続けた。
何故か、その理由は、先日殺した三人組の魔法少女が関係していた。
彼女達のコンビネーションが戦闘中の念話によるものだと見抜いた西呉は、彼女たちと戦闘中
彼女達の念話の盗聴に成功し、コンビネーションを逆手に取り撃破しようと思った瞬間
念話の内容とは全く別の攻撃が彼女を襲い、痛手を負うことになった。
彼女達の念話はダミーで、彼女たちの連携の要は戦闘中に聞く音楽だったのだ。
そのことが記憶の新しい為、西呉は無意識に盗聴を躊躇った。
盗聴しない代わりに、自分なりに念話の内容を考察していると、注文していた品がやってきた。
「(随分早いですね…もうちょっとかかるかと思っていたのに)」
サラダと一緒にやってきたペスカトーレを不思議そうに眺めながら、西呉はサラダのきゅうりをつついた。
「(あ…そういうことですか)」
口の中に広がるきゅうりとドレッシングの味の中にかすかに魔力を感じ取ったとき
この店のカラクリが見えたところで、食事のペースを少し上げた。
「(しかし、何を願えばこんなしょうもない魔法が使えるんでしょうね
大方、楽して家事がしたいとか、その程度の願いなんじゃないでしょうか
まぁこの程度の願いだから無事に上がれたんでしょうけど…)
あっすいません、食後のアイスティーお願いします。
(そんな願いの為に負けたんじゃたまったもんじゃないでしょうね)」
食後のアイスティーを飲んでいる最中、朝の疲れと眠気がドッと押し寄せるのを感じ
西呉は席を立った。
「ごちそうさまでした。御代はここに置いておきますね。じゃまた来させてもらいます」
手早く支払いを済ませ、店を後にすると足早に駅前のホテルへ向おうとしたが
数歩歩いたところで足が止まった。
テンダーパーチから感じられる魔力とは別の魔力の存在を察知したからだ。
ゆっくりと視線をそこへ向ける。先にあったのはどこにでもあるワゴン車であるのだが…
何かを隠すように張られた黒い窓が明らかに異質な雰囲気を放っていた。
こちらが気がついたことに気付いたのか、ワゴン車は逃げるように動き出した。
「…監視が目的でしょうか…誰の監視かはわかりませんが邪魔ですね」
まるでゴミを見るような目で走り去るワゴン車の姿を見た後、人通りの少ない裏路地へ身を隠し
魔法核を取り出した。
「まぁ確認したいこともいくらかありますし問題ないでしょう…変身」
西呉がそう唱えた瞬間、魔法核から無数生え、西呉を侵蝕し、もっとも醜い魔法少女へと姿を変える。
テンダーパーチにいる魔法少女達は驚くだろう。自分らの近くにエルダー級の魔力反応があるのだから
もしかしたら、巣穴をつつかれた蜂のように飛び出してくるかもしれないし
返り討ちにしてやろうと意気揚々と出てくるかもしれない。
うまくいけば、あのヘッドホンの不良学生がどっち側の人間かも判断が出来る可能性がある
それがこの場で変身した狙いであるが。
「あの車の奴を潰すのが第一ですけどね」
変身が完了すると、となりの雑居ビルの壁をスルスルと登り、屋上からワゴン車の行方を追った。
ちなみに壁を登れたのは、彼女の固有魔法によるもので、掌部の触覚に吸盤の機能を持たせたことで
スパイダーマンのような動きを可能にさせた。
「おやおや、まだそんなところでモタついてたんですか…甘く見られたものです」
ワゴン車の現在地を確認すると、次に彼女の両足が以上に風船のように急激に膨らんだと思った瞬間
彼女は炸裂音と共にワゴン車目掛け飛んで行った。これも固有魔法によるものだ。
大破されたワゴン車、足元には無残に引き裂かれた死体が三つ、周囲には騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬が集まり始めている。
その状況下で、西呉は1人だけ生かしておいた黒服の男の前に立っていた。
「不可解ですね。魔法少女並みの魔力を有しているのに魔法核は無い
一体何者なんですか?それともただの使い魔なんでしょうかね?」
周囲の様子を少し気にしながら、西呉は尋ねるが望んだ答えは返ってこなかった。
「…一体なんの目的があってあそこにいたのですか?」
これも望んだものが返ってこなかった。
西呉はその態度に対し、特になんの感情も抱かずに男の頭を鷲づかみにする。
「どうせ答えるつもりなんてないんですよね」
冷たくそう言い放った瞬間、掴んだ指先から微細の触手が伸び、男の頭へと次々突き刺さっていく
「痛いですか?残念ながらこれは尋問でも拷問でもないのでやめませんよ
別にもう自分から話さなくていいですから、脳を刺激して無理やり話させますし
どうせ、素直に話しても殺すつもりでしたしね」
――嘘、このタイミングで……?
都築ゆりかの顔面が再び笑顔のまま凍りつく。【Tender Perch】の空調はすこぶる快適だが暖房は心の氷まで溶かしてはくれない。
若き女店長は今日つくづくとそれを学んだ。今ひとつ実用頻度にかける学習ではあったが。
【南雲】『店長、なにがどうなってるんですか? あと、あの悪魔は一体……』
念信を使い、羽織ったブルゾンの懐に手を突っ込んだまま尋ねてくる南雲。膨らんだ脇元に何を忍ばせているかなど考えるまでもない。
――さて、どう説明したものか。
ゆりかが言葉を選び、一方の祝子が注意を外している隙に南雲は動き出した。
【南雲】「いらっしゃいませ〜ご注文をお承りいたします!サラダワン、パスタ大盛り、食後にアイスティーですね!
――ほら新人、根っこ生やしてないで動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!動く(ムーブ)!」
祝子が着用しているエプロンの腰紐をひっつかみ、厨房へ引きずり込んでいく。
南雲は実に勘の鋭い娘である。祝子の制服姿を確認し、彼女が敵性の魔法少女であるかの判断をひとまずは留保してくれたようだ……ひとまずは。
南雲たちを追いかけるように自分も厨房へ向かおうとするゆりかであったが、視界の端にあった人影に挙手で呼び止められ足を止める。
先ほど注文を受け付けた女子大生風の客(西呉真央)だった。近くを歩くウェイトレスには目もくれず、飽く迄ゆりかにだけ用があると態度で示している。
南雲と祝子を二人きりにするのは気がかりであったが……黙殺するわけにはいかない。
【ゆりか】「――お客様、いかがなさいましたか?」
【真央】 「あのすいません。さっきのあの子、おっきい子じゃなくて、ブルゾンの子です。
なんか店の奥から出てきましたけど、もしかして住み込みで働いているんですか?」
客が出す質問・要望にしてはあまりにも唐突だった。何故そんなことに興味を持つのか。ゆりかは失礼のない程度に首を傾げ、真央の言葉を促す。
【真央】 「従業員にしては、制服がかなり浮いているなぁって思ってしまったのでつい……別に住み込みで働きたいわけじゃないので気にしないでください」
【ゆりか】(ええと――それは、住み込みでなかったらここでバイトしたいって、遠まわしに言ってるのかしら……?)
勿論そんなはずはないのだが、さりとて従業員の個人情報を本人の許可もなく他人にべらべら喋るのは経営者として非常識というものだ。
たとえ相手がお客様で、男性であっても女性であってもそれは変わらない。ゆりかは笑顔を浮かべて丁寧に応じた。
【ゆりか】「ああ、そういうことでしたか。たいへんお騒がせしました。あのブルゾンもうちの制服でして、客引きで外に出るときの防寒具なんですよ。
カッコいいでしょ?当店のロゴ入りで一着2500円で販売もしております★」
それでは失礼いたしました。お辞儀をしてくるりと元の場所へと戻っていくゆりか。一方の真央はその背中を見送った後、携帯電話を取り出した。
友人にメールでも送っているのだろう。まさか【ブルゾンは客引き用。一着2500円】などという当店のどうでもいい素敵情報をメモしているはずがない。絶対に。
一体なんだったのだろうか。おそらく品物の催促だろう。
トレイに先ほど彼女が注文したペスカトーレとサラダを乗せたウェイトレスとすれ違いながら、都築ゆりかはそう判断した。
【>都築ゆりか、南雲さんと祝子さんが厨房に入っていくのを確認。真央さんの質問に返答。続く】
【ゆりか】『ところで師匠……じゃなくてヤモリ。先ほど何か言いかけていませんでしたか?』
【祝子】 「っ、……寄らんで!」
ゆりかが歩きながらヤモリに送った念信の代わりに返ってきたのは厨房から響く祝子の悲鳴であった。
駆け込むような速さで厨房へとたどり着き、その先で見た光景に彼女はぎょっとした。包丁を持った祝子がその刃先を南雲へと向けている。
――何て命知らずなっ!?
状況的に南雲には祝子を発砲、ないし反撃する権利がある。所謂『正当防衛』が成り立つ構図であった。
拳銃所持の段階で色々とアウトだが目撃者がゆりかしかいないので南雲的にはおそらく、ノー・プロブレムだろう。
【ゆりか】「ま、待って――」
果たして今からの制止が間に合うだろうか――と思われたその時、ヤモリの念信がゆりかの脳内に響き渡った。
【ヤモリ】『止しな』
魔力素養のある人間に対し限定的に送られた念信は祝子と南雲にも届いただろう。
悪魔たるヤモリの膨大な魔力量も、この場を抑止するには十分なものである。
【ゆりか】「……私からもお願いするわ、二人とも」
まずは南雲に向けて。
【ゆりか】「この子は守本祝子さん、うちの新人であなたの後輩。どうして魔法少女なのかは――私もさっぱりよ。
こないだまで普通の子だったはずなんだけど……。ちなみにあっちの悪魔とは縁があってね、昔魔法の先生をしてもらったことがあるの」
次に、祝子へ向けて。
【ゆりか】「で、こちらは坂上南雲さん。うちの従業員でここではあなたの先輩。もう知ってるみたいだけど魔法少女よ。
うちの姪っ子がしょっちゅうお世話になってる。後は――本人から聞いて頂戴」
ゆりかはポンッと手を打つとこう締めくくった。
【ゆりか】「とりあえず、ここで戦うのだけは勘弁して頂戴。
あと、南雲ちゃん……入るのはいいけど、学校のほうはいいの?」
【ヤモリの念信に重ねて都築ゆりかが仲裁。ひとまず、ここまで】
>『相手の特徴plz あと、裏口から出て客としてお店に入るから店長さんに知らない人だと思っとけって伝えといて』
紙飛行機の返事は振動だった。
マナーモードにしっぱの携帯電話がブルって、本来携帯持ち込み禁止の厨房で南雲は着信したメールを開く。
相手の特徴……南雲は無言で目の前の新人を見上げ、親指を踊らせた。
『すごく……大きいです』
>「只でさえエライ締めつけようなのに、これ以上引っ張ってみいや。内臓出るっちゅうの」
新人(進撃の巨人の略ではない)はぶりぶり怒っていた。
南雲が腰紐を引っ張ってバックヤードに連れ込んだのは、生意気な新人をシメるためではない。
魔法少女とは言え武闘派とは程遠い南雲は、至近距離で怒声を浴びせられてちょっとビビった。
「いや、内臓系はもうお腹いっぱいなんで……」
好き好んで2日連続で他人のはらわたを拝みたい南雲ではない。
ここへ来て駄目押しされたら、今度こそ大好きなモツ鍋やタラの白子が食べられなくなってしまう。
とりあえずTenderPerchは喫茶兼軽食屋であって、まかり間違っても臓物系を供する店ではないので、新人の提案は丁重にお断りだ。
>「あっスマン! ……良かった。大事なモンじゃけ、壊したらどうしよか思ったわ」
初対面の南雲にいきなり内臓の話を振ってきたコミュニケーション上級者の新人が、胸元から何かを床に落とした。
何を落としたんだろう。肝臓だろうか。それとも十二指腸?新人は拾い上げてブツの無事を確認している。
南雲は内臓系の話題に対抗すべくインパクトのある話を必死こいて頭の中から拾い上げていた――
>「な、何で……。誰じゃ、アンタ……!」
新人が慄く声で現実に引き戻される。
彼女は鏡――その中に映る、『銀髪で飛行服を纏った南雲』の姿を見て、驚愕していた。
>「っ、……寄らんで!」
目の前に銀光が閃く。新人は厨房に無造作に放置してあった包丁を、こちらに向けた。
彼我の距離、実に半メートル。一歩踏み込めばこの包丁は南雲の喉を裂く。
しかし新人が踏み込むことは叶わないだろう――足を踏み出すより、指先で引き金を引くほうが遥かに速い。
「………………」
南雲はブルゾンの中で、拳銃のトリガーに指をかけていた。
Px4という名前の、ベレッタ系コンパクト・ガンだ。この距離なら狙いを付けずとも撃てば身体のどこかに当たる。
至近距離で9ミリパラベラムの痛打を食らえば、致命傷にならずとも痛みで刃を構えることすらままならない。
故に、
(稚拙な威嚇――やっぱ、"なりたて"みたいだね、この娘)
南雲は相対的優位に裏打ちされた冷静さで新人の戦力を分析する。
魔力を隠そうともしない、念信を使った南雲の魔力にも気付かない。
ならば、よほど攻撃的な願いで固有魔法を創ってない限り、ここから逆転される出目は極微と見て良いだろう。
(問題はむしろ、保護者みたく同伴してきたあの悪魔)
昨日今日と、ずいぶん悪魔に遭遇することが多くなったが、未だその明確な立ち位置を把握できていない。
なにしろ、悪魔というナマモノは極端な個人主義者というか、類型的なプロファイルに悉く当て外れるのだ。
何がしたいのかわからない。しかし、確かに何かをしにきたのだということだけは、間違いない事実である。
確実に何かが潜む水面の、中身を確かめるのはそう難しくはない。
その辺の石でも投げ込んでやれば良い。南雲は指先に力を入れる。
刃物を持った敵は、頼るものがそれしかない故に、刃の届く範囲を絶対の自分の間合いと勘違いしやすい。
この国に住む者ならばなおさらだ。銃の携帯が許可されていないから――飛び道具への対処が驚くほどお粗末になる。
このまま引き金を引いて、殺ってしまえばいい。
右も左もわからぬルーキー一人手にかけて、魔法核一個棚ボタだ。
南雲の顔から表情が消え、双眸からは光が失せ、視界から色がなくなる。
見える範囲が狭窄し、ただ眼前の魔法少女のみを捉え続ける照準器と化す。
殺気の解放は一瞬。先に刃を向けてきたのは相手の方だ。ここなら理奈も見ていないし、殺る気は十分。
南雲は引き金を、
>『止しな』
――引けない。相手を殺すための集中を、自分の身を護るために振り向けねばならなかったからだ。
ほんの一言、悪魔が言葉を発しただけで、南雲は否応なく生存本能の助けを借りることとなった。
魔法少女なんか比較にもなりやしない、超弩級の魔力。それが、悪魔という存在を意味づける定義文だ。
>「……私からもお願いするわ、二人とも」
「店長」
いつの間にか滝のような汗を掻いていた南雲は、自身の身体から昇る陽炎の向こうにゆりかの姿を認めた。
からからの喉から、ようやく絞り出した一言は、力なく足元へと転がり落ちた。
>「この子は守本祝子さん、うちの新人であなたの後輩。どうして魔法少女なのかは――私もさっぱりよ。
こないだまで普通の子だったはずなんだけど……。
ちなみにあっちの悪魔とは縁があってね、昔魔法の先生をしてもらったことがあるの」
ゆりかは、まるで今にも崩れそうな平積みの本を両手で支えるような表情で、矛を収めることを請う。
新人――守本祝子は、まさに今日から魔法少女になったぐらいのド新人であるとのこと。
ゆりかの要請はシンプルだ。『この娘を見逃して欲しい』ではなく、『殺るなら外で』ときたものだ。
当然と言えば当然、彼女もまた殺し合って今ここに居る魔女なのだから。
>「とりあえず、ここで戦うのだけは勘弁して頂戴。あと、南雲ちゃん……入るのはいいけど、学校のほうはいいの?」
「……店長がそんなまともなこと言うなんて。今は、よほどシリアスな状況なんですね」
南雲は肩を竦め、四肢に張り詰めていた力を抜いた。
ブルゾンの中で弄り回していた拳銃を魔力に還元し、両手をポケットから抜く。
手汗でびちょびちょになった右手を拭ってから、祝子に差し出した。
「坂上南雲16歳、好きな臓物はアンキモとからすみです。新鮮過ぎるのは勘弁な!
――包丁で握手するつもり?」
刃を構えたままの祝子を茶化しながら、南雲は彼女の手を握った。
指と指を絡める、実に濃厚な握手方法だった。
祝子が味方と決まったわけではないが、少なくともこの場で南雲にことを構えるつもりはない。
ゆりかの言うとおり、こんな場所で殺し合うのは馬鹿げている。まして、二階にはまだ理奈達がいるのだから。
『萌ちゃん、こっち出てきて大丈夫だよ。この不良新人マジ怖いから囲んでシメよ――』
とりあえず新手の魔法少女という難に一段落ついて、南雲は念信を使った。
客として来店し、挟み撃ちにする算段だった萌を呼び寄せて、これからのことを相談するつもりだった。
しかし、念信は届け終わる前に掻き消された。
テレパシーの微弱な魔力など紙切れのように吹き飛ばす、暴風雨のような魔力が彼女達を襲ったのだ。
「!!」
初めに来たのは、不可視の突風。
洗いかけのカップも、冷蔵庫に貼ってある発注表もたなびきさえしない無風状態だというのに、
南雲の結わえた黒髪が根こそぎ逆立ったのだ。
獰猛で攻撃的な気配を感じて、反射的に振り向き両腕で喉と頭を護る。
覚悟した痛みも衝撃もなかったが、体表面を密かに覆っていた防御の魔力膜が残らず破壊されていた。
迷わず、変身する。
空色の輝きを四肢に浴びて、一瞬。南雲は祝子が鏡の中に見た、長い銀髪と蒼の飛行服を纏う魔法少女へ変わっていた。
粒子のように舞う長髪を風に流しながら、彼女は魔法核に願いを問うた。
「『ライトウィング<ホークアイ>』!」
連続して空色が爆ぜる。南雲の双眸を覆うように、半透明のレンズを持つゴーグルが出現した。
レンズは画面となっていて、様々な情報が奔るように記述されていく――戦闘機用のヘッドマウントディスプレイ(HUD)である。
南雲が飛ばす手のひら大の紙飛行機を偵察機として、テレパシーの相互通信により俯瞰情報を取得していく固有魔法の応用だ。
この魔法によって彼女は広い視野と高精度な戦術情報を手に入れることができる。
そうして手に入れた情報は、絶望の一言に尽きた。
「なに、この大きさ……!!」
魔法少女は体得的に自分以外の者の魔力も感じ取ることができる。
大きさや、質で、ある程度相手の力量や自身の勝率をも計り知ることは、熟練の魔法少女ならば可能だ。
南雲にもそうした素養は備わっていて――彼女の感覚器たる偵察機でそれを感じることができた。
魔力量だけならば昨夜戦った門前百合子も相当なものだった。
しかしいまもなお肌を叩き続ける余波の源は、どんぶり勘定でも門前の五倍近くを叩き出している。
「苗時さんクラス――『エルダー級』!この街にまだ、このレベルの魔法少女がいたなんて!」
しかし、ありえない話ではない。
魔法少女もベテランになると、隠した魔力の残り香すら捉えられない隠匿技術を持つ。
常に実力の半分も出さず、密かに狩りを続けてきた魔法少女がいるとすれば、まさに今そいつとニアミスしている!
偵察機がようやく偵察情報を持ってきた。魔力爆発の爆心地は――この店のすぐ近く。
鯨のように巨大な魔力の持ち主は、現在高速でTenderPerchから遠ざかっている。
すぐさま念信で、得た情報を萌・理奈・麻子――それからゆりかと祝子にも送り、偵察機を二機ほど、その後を追跡させる。
「どうする、このまま店内で息潜めてれば、少なくともいまあのエルダーに襲われることはない。
でも、これはチャンスでもあると思う。あのエルダーが誰かと戦うなら貴重なエルダー級の戦闘情報を掠め取ることができるし、
それこそ潰し合ってくれるのなら、漁夫の利狙いでみんなで奇襲ってプランも現実味を帯びてくる」
しかしこれは賭けだ。
エルダーが『そこまで読んで』、間抜けな魔法少女を釣り上げるつもりで餌を撒いているのだとしたら、
勢い勇んで出ていくのはそれこそ奴の大口に自ら飛び込むようなものである。
そして懸念はもう一つ。エルダーへの反応で魔法少女を見分けられるのは、なにもエルダー当人に限らないということ。
その辺で一般人面して潜んでいる魔法少女が、エルダーに気を取られている南雲たちを奇襲しても不思議はないのだ。
「日和った意見を言わせてもらうと、ここは"見"に徹するのが安牌だとは思う。
状況が流動的すぎるよ。何一つ安心して決断を下せない現状じゃ、何もしないのが一番の安全策ではあるよね」
【真央ちゃんの魔力に反応。超絶ビビる。紙飛行機の偵察機を二機、真央ちゃんの追跡に回す】
もう日も昇り切った時刻だというのに、その部屋は依然として闇の帳を下ろしていた。
否、光源はある。ちいさな灯が、二つ並んで虚空に赤を点している。
ゆらり、ゆらりと不規則に揺れる二つの炎は、まるで闇に住まう獣の眼光のよう。
「通りゃんせ」
揺れる光に呼応するように、声があった。
声は穏やかなリズムを刻む、歌声だ。曲調とは裏腹に、歌は今にも消え入りそうな、掠れたか細い音だった。
「とおーりゃんせー」
炎に照らされた、灯台の下には、歌声の主の顔があった。
橙色の灯の傍でも、際立つほどに白い肌は、いっそ病的ですらあり、双眸など店先に並ぶ鮮魚を想起させる。
若い、少女だった。ぞっとするほど長い、艶のない黒髪を額で分け、鉢巻のように白布を巻いている。
両こめかみの部分に、一本ずつ蝋燭を立ててあった。二つの灯は、真っ暗な部屋を仄かに照らす。
少女は白い肌襦袢に身を包んでいた。
もしも彼女が目を閉じていたら、これから火葬される死人にしか見えないことだろう。
しかし、少女は眼を閉じない。眼球が乾ききって光が消え失せても、それこそ魚のように見開き続けている。
そして彼女の足元には、二つの人影が転がっていた。
この部屋の、本来の持ち主たる老夫婦。彼らは縛られてもいないのに動かず、轡をされてもいないのに喋らない。
死んでいるわけではない。意識もある。故に老夫婦は、自分たちが指先ひとつ動かせず、声も出せないことに混乱していた。
彼らのすぐ傍に、藁人形が二つ落ちている。
それぞれ、胸の部分に五寸釘が刺さっていて、下の床へ藁人形を縫い止めていた。
「こーこはどーこの細道じゃ……フフフ、い、一体どこなのかしら、私の歩く修羅の道は……!」
少女――『縁籐きずな(えんどう きずな)』は、自らのものも含めて10の魔法核を保持する『夜宴派』。
公式戦においては、正面きっての戦闘よりも密かに相手を呪い殺す戦法に定評のある――遠隔呪殺系魔法少女である。
* * * * * *
『不自然なワゴン車』に目を付けていたのは、真央だけではなかった。
この街に潜む、何人かの魔法少女のうち、熟練の者は違和感を確信に変え、独自に対処を打っている。
きずなもその中の一人だった。
彼女はワゴン車を発見してすぐに、適当なマンションの一室に押し入って住人を『制圧』。
きずなが『呪術』と勝手に呼称している固有魔法発動の儀式を行う祭壇を構築していた。
縁籐きずなの固有魔法『友情絶対☆不滅宣言』は手元の類似物を対象に"見立て"、両者の状態や動きを強制同期させる魔法。
この国では古来から、人形や相手の身体の一部を『相手に見立てて』、そこに攻撃を加えることで呪詛としてきた。
藁人形を痛めつけることで、同じ災難が相手本人にも起きるよう願ったのが『丑の刻参り』と言う呪いの祖だ。
同じように、きずなは例えば藁人形を相手に"見立て"て、それに釘を打って固定すれば、相手を金縛りに陥れることができるのである。
同様に藁人形を自分自身に見立てることで、藁人形の見聞きした情報を自分と同期することも可能。
そうして創った、意のままに動きまわる藁人形の使い魔を、きずなはワゴン車の周りに多数放っていた。
>「 どうせ、素直に話しても殺すつもりでしたしね」
そして現在。
ワゴン車を追わせていた使い魔が大破した追跡対象の現場へ辿り着いたとき、真央は生き残りの一人を尋問している最中だった。
遥か遠くの『祭壇』で、儀式の準備を完了させていたきずなは、手元に新しく用意した藁人形へ固有魔法を発動。
五寸釘を掲げ、藁人形の胸のあたりへ金槌で思い切り打ち込んだ。
生き残りの頭へ刃を差し込まんとしていた真央の動きが停止する。
彼女が如何に強靭な肉体を持ち、不屈の精神を持っていても、この硬直は固有魔法によって保証されている。
駄目押しのように藁人形の右腕の部分にもう一本。真央の右腕にぶら下げられていた、男の身体が地面に落ちた。
真央は、注意深く観察すれば己の胸と右腕に不可視の杭が刺さっているのに気付くだろう。
五寸釘を人間サイズに巨大化させたようなこれは、痛みはなく、異物感もないが、虚空に対象を縫い止める力を持つ。
そして、魔法少女の膂力ならば案外簡単に抜くことができることも知るはずだ。
不可視の釘も、抜いてさえしまえば真央の動きを束縛する役目を失いただの見えない杭と化す。
だから、きずなは既に次の手を打っていた。
真央の背後に、巨大な人影が現れる。身長2メートルはあろうかという、特大サイズの藁人形だ。
藁の繊維で編まれた四肢は、本物の筋繊維のように密度高く硬く引き締まってる。
そんな、偉丈夫の右腕が、拳の形に握られた。魔力による強化をされた横薙ぎのパンチが真央を襲う!
―― 一方、締め切られた部屋できずなは真央と同期させたものとは違う藁人形を弄っていた。
まるで人形遊びのように、藁人形の両腕を両手で握って動かす。その動きが、真央と戦う藁人形に反映される。
五寸釘で動きを停めて、巨大藁人形による近接攻撃で仕留める。きずなの常勝戦術であり、長い戦いで磨きぬかれた戦法だ。
巨大藁人形を破壊されても、ダメージを受けるのは手元の操作源たる藁人形だけ。
自分の命は賭けに晒さず、一方的に相手を殺す、実にシステマチックに構築された呪術狙撃であった。
魔力を辿られて居場所が露呈しないように、市内数カ所に設置した使い魔を経由して魔力を送る周到ぶりである。
『え、エルダー級……!お、お、大物が釣れたわ……!ここで勝って、一気に魔法少女卒業よ……!!』
手元の藁人形がきずなの声を拾って、真央と対峙する巨大藁人形に音声を同期する。
西呉真央は、不可避の硬直と強襲してきた人形、そして居場所の掴めぬ敵本体を相手取らなければならない。
この苦境に、彼女はどう立ち向かう?
【真央→遠隔呪殺系魔法少女「縁籐きずな」による呪術攻撃】
【状況:・胸と右腕に不可視の五寸釘が貫通、抜かない限り金縛り継続。
・巨大な藁人形が現れ、近接攻撃を仕掛けてきた!
・敵本体はこの街のどこかの部屋に潜伏しており、魔力の出処を悟らせない工作をして隠遁中】
名前:縁籐きずな(えんどう きずな)
所属:夜宴派(元の所属は『隠形派』と呼ばれる暗躍系派閥の一員)
性別:女
年齢:15
性格:非常に根暗で陰気だが無駄に行動力がある
外見:艶のない黒の長髪を真ん中分け。肌が死人のように青白い
魔装:白襦袢、蝋燭を立てた頭巾。いわゆる丑の刻参りの衣装そのもの
願い:好きな人とその彼女が末永く幸せにいられますように
魔法:『友情絶対☆不滅宣言-ウラミハラサデオクベキカ-』
対象を手元の類似物に"見立て"、動きや状態を強制同期させる魔法。
藁人形を特定人物に見立てて動きを封じたり遠くの大きな藁人形を手元の小さな藁人形で見立てて遠隔操作したり。
五感も同期可能。なお硬度などの性質も見立てた対象と同じになるため、
例えば人間に見立てた藁人形を捻り切って殺害、といったことはできない。人間を捩じ切る腕力がない限りは。
属性:呪
行動傾向:周到な準備と情報さえ持てば、エルダー級にも立ち向かうガッツはある
基本戦術:五寸釘で動きを停めた後に巨大藁人形でまったり撲殺
うわさ1:懸想していた彼の心を射止めたのが彼女の親友だったので、友情を選び身を引いて応援することにしたらしい。
うわさ2:なのに願いを込めて見たら何故か呪い系の能力になっちゃったわー(棒)
うわさ3:実は親友も魔法少女だったらしい。
まるで合一を望むかのように背を壁に貼り付ける萌。
悲しいかな、そこまでしたところでもともとが長身なのだからさして隠身効果もないのだが。
そのタイミングで携帯が鳴動した。
マナーモードにしたままだったのは何よりだ。
"新人"が物音一つでいきなり暴れだすこともあるまいが無用な刺激は与えるべきではない。
もっとも、マナーモードにしていなかった場合ちゃんとアラームで目を覚ましていたであろうから、
そもそもこんな状況にいない可能性のほうが高いのだが、今となっては詮無いことだ。
(いいかげんスマホに変えよう)
固い決意とともにポケットからそろりと携帯を引きぬき、ヒンジの音がしない程度まで開いた。
>『すごく……大きいです』
ディスプレイから目に飛び込んできた文面がそれだった。
(うーん、既知の情報だなあ)
しかしながら的確ではある。
萌は、南雲との対比からすると祝子の身長は最低でも180と目星を付けた。
少なくとも半径数百m以内には同等の体格の女性など居はしないだろう。
その誤認不可能な少女("少"かどうかは疑問が残るところではあろうが)と南雲の間に一悶着起きているようだ。
顔を半分だけ出して様子をうかがうと、南雲が包丁を突きつけられていた。
常人であればここで慌てて止めに入るのだろうが、それは間違いというものだ。
こういった状況下ではそれこそ物音一つで暴発しかねない。
(つーか下手に割って入ったら刺された上に撃たれるでしょこれ。しっかし、魔法の使い方も知らんのかね、これだからルーキーは)
そして、奇しくも南雲と同じような思考から、祝子の"歴"を推量する。
正面切って一対一、相手は不慣れとくれば南雲が負ける道理などありはしない。
結果を先に言えば、確かに南雲は負けはしなかった。ただし勝利を得られもしなかった。
>『止しな』
念信が響く。それだけで南雲は動けなくなった。そして、萌も。
それから直感する。もうひとつ感じた魔力反応が悪魔のものであることを。
(……いやさすがに魔法核ばら撒いてるだけあるわ)
暴れ始めた心臓を、呼吸によって制御しつつそう考える。
場が硬直したのを見計らったようにゆりかが仲裁に入った。
それから南雲と祝子は手を握り合った。とりあえずは和解が成立したようだ。
>『萌ちゃん、こっち出てきて大丈夫だよ。この不良新人――』
念信に従って踏み出しかけた足が、瞬時にバックステップを刻んで萌を物陰へ押し込む。
ヤモリの念信と違い、明瞭明白な害意を含んだ膨大な魔力。
それが、この場に居合わせた一同に防御行動を取らせた原因だった。
南雲は即座に変身し、魔法を展開する。
萌も変身しかけたが踏みとどまった。祝子に目撃されたらまたぞろパニックの元だ。
もう一度呼吸を整え直してから、ゴーグル越しに宙を見る南雲の元へ歩み寄る。
>「苗時さんクラス――『エルダー級』!この街にまだ、このレベルの魔法少女がいたなんて!」
出てきた情報は概ね予想していたとおりだった。
門前や梔子と向かい合った時でも笑っていられた表情筋がすっかり凍っている。
萌にしてみれば相手の"でかさ"を推し量るだけならそれで足りた。
それでは足りない細かな情報は南雲が拾い集めて周囲に送る。
魔力源は店の近くから高速で離脱中。
追うか、留まるか。
>「日和った意見を言わせてもらうと、ここは"見"に徹するのが安牌だとは思う。
> 状況が流動的すぎるよ。何一つ安心して決断を下せない現状じゃ、何もしないのが一番の安全策ではあるよね」
「序盤は相手の出方を見るべき……ってね。
頭っから飛ばしてって30秒でKOとか笑ってらんないでしょ。試合ならまだしもさ」
萌は即座に南雲の意見に賛同する。
不可避の状況下でなら前に出ることを第一義としていても、のべつ幕なしフルアヘッドしているわけではない。
(それに、今までこそこそやってた奴がいきなり全力出す、ってねえ)
もしも以前からこのエルダーが力を振るっていたのであれば、苗時やゆりかから何がしかの情報が得られたはずだ。
それがなかったということは、これが"初見"である可能性が高い。
何のために"今""ここ"でそうするのか。
示威か、さもなければ誘いであると萌は断定する。
示威だというならこのまましっぽを巻いているところを見せてせいぜい好い気にさせておけばよし。
もちろん誘いなら出ていくのは論外だ。
『それよっかこっちの処遇じゃね?』
肉声ではなく念信を送りつつ、視線を送る。
その先には人間山脈守本祝子が屹立していた。
(しかしでっけーなー、あたしより10センチ以上あるよね)
改めて祝子を見ると素直に圧倒される。
少なくとも萌が対峙してきた相手の中に、こうはっきりと"見上げる"事が必要だった相手はいない。
(さすがタッパの分だけリーチもあんなー。あれ、この服……)
一度頭から足まで下ろした視線を、再び上げていく。
やたらと強調されたヒップやバストが否応なしに目に入ってくるが、ちょうどそのあたりで萌は首を止める。
(まさか――コンプレッションウェア?この女、自分からこれを……?)
コンプレッションウェアとは、適度な加圧を行うことで様々なサポートを得られるとする衣類を称して言う。
不要な筋肉の動きを抑制することで疲労を軽減させたり、姿勢や動作の矯正を行うなど目的は様々である。
当然のことながら圧力を与えるため完全に身体に密着している。
ちょうど、祝子が着用している制服のように。
もちろんこれはただのゆりかの趣味なのだが、知らない萌からすれば
(これ着て店に出るとか有り得ねーだろフーゾク一歩手前じゃん)
と言うのが正直な感想なので、何かしらの意図があってのこの服装であると結論づけられることになる。
ならばその意図とは――
(常に備えている――何に――?そう、闘争に――!)
この時点で萌えは祝子を油断のならない闘士であると見立てた。
そして視線はさらにその上――顔へと至る。
黒く短い髪。
射抜くような視線。
そして、その瞳の奥。
萌はそこに虎を見た。
「よし、来い」
認識した瞬間、萌は自然に構える。
(棚や台で寸断されたこの厨房という閉鎖空間……、つまりサイドを取るのは絶望的。
リーチの及ばないあたしが圧倒的に不利に見える……。
でも、手足の長さは回転の遅さに繋がる。なら、手数で押し込んでやれる。
怖いのは……やっぱ前蹴りと打ち下ろしのストレートか……)
そしてリーチを生かした相手の攻撃をいかにいなすかを瞬時にシミュレート。
むろん一連の思考、行動の何もかもが思い込みの産物だ。
萌の主観からすれば祝子ほどの体格を有していながら"何もやっていない"などもはや理解の外なのである。
【牙をむく】
何故、南雲を魔法少女と認識した瞬間に敵意が沸いたのか、今の祝子には説明出来ない。
ただ漠然と、「彼女は脅威である」と第六感が告げたに等しい。
その理由は一つ、ヤモリの手鏡。
反射魔法を併せ持つ鏡は、南雲の魔法少女としての姿だけでなく。
彼女の魔力をそのままダイレクトに、祝子に向けて反射した。
魔法少女になりたての祝子にとって、魔法核を幾つも所有する南雲は、どれほどの脅威になりえるか。
>「……私からもお願いするわ、二人とも」
ヤモリからの念信で硬直した一瞬を狙ったように、ゆりかがその場を諌めるべく言葉を重ねる。
祝子は蒼褪めたまま、壊れたロボットのように視線を向ける。
>「この子は守本祝子さん、うちの新人であなたの後輩。どうして魔法少女なのかは――私もさっぱりよ。
こないだまで普通の子だったはずなんだけど……。ちなみにあっちの悪魔とは縁があってね、昔魔法の先生をしてもらったことがあるの」
>「で、こちらは坂上南雲さん。うちの従業員でここではあなたの先輩。もう知ってるみたいだけど魔法少女よ。
うちの姪っ子がしょっちゅうお世話になってる。後は――本人から聞いて頂戴」
「ア、ハ、ハイ」
>「とりあえず、ここで戦うのだけは勘弁して頂戴。 あと、南雲ちゃん……入るのはいいけど、学校のほうはいいの?」
祝子だけが状況を把握しきれず。カオナシのような受け答えで済ませる。
――待てよ。あっちの悪魔とはつまりヤモリの事じゃないのか。魔法の先生て。そんなキャラかアイツ。
それ以前に店長も魔法少女かっていやいや年齢的にアウトだろ。あー元か、そうか。後でヤモリは殴ろう。
で、目の前の少女・坂上南雲も魔法少女。ブルゾン姿の魔法少女。色んな意味で残念すぎやしないか。
コスキャバ一歩手前の自分が言えた義理ではないが。
祝子のお粗末脳味噌がキャパシティが限界を超えかけた頃、すっと南雲から手を差し出された。
>「坂上南雲16歳、好きな臓物はアンキモとからすみです。新鮮過ぎるのは勘弁な!
――包丁で握手するつもり?」
「(ぞ、臓物?)
えっと……守本祝子、年は18。砂肝とこのわたが好きデス。……よ、よろしく」
言われて包丁を逆の手に持ち(頬がやや紅潮させつつ)、握手を交わす。
何が悲しくて花の乙女が自己紹介で酒の肴を語らざるを得ないのか。本人は同類の登場でそれどころではないが。
>「!!」
「ひっ……!?」
握手したまま「今日の晩御飯はタコのカルパッチョかなー」などと暢気に構えていたその一瞬。
ぞわり、と項を、味わったことのない悪寒が駆け抜ける。
”なりたて”で右も左も分からない祝子でさえ、その強大な魔力を全身で感じ取る事が出来た。
南雲と違い剥き出しの祝子は、一瞬にして不快感に襲われ、その場に崩れ落ちる。
『気をしっかり保ちな、祝子。気圧されてんじゃないよ』
ヤモリの念信が届く。同時に、祝子の周囲にのみ、先程襲ってきた強烈な気配が途絶えた。
雛鳥同然の祝子を守るかの如く、ヤモリが祝子の周囲に反射魔法を展開させ、不可視の壁を作ったのだ。
ともあれ、ヤモリのお陰で立ちあがれるだけの余裕が出来た。脳内でイメージし、念信を送る。
『あ、あんがと。変な奴や思うとったが、優しい所もあるんじゃな……』
『んにゃ、ここで恩売っておけば晩御飯にはありつけるかにゃー、なーんて』
「……………………。」
感謝しなきゃよかった。やっぱり一発は殴っておこう。それに聞きたい事も、それはもう山ほどある。
>「日和った意見を言わせてもらうと、ここは"見"に徹するのが安牌だとは思う。
状況が流動的すぎるよ。何一つ安心して決断を下せない現状じゃ、何もしないのが一番の安全策ではあるよね」
>「序盤は相手の出方を見るべき……ってね。
頭っから飛ばしてって30秒でKOとか笑ってらんないでしょ。試合ならまだしもさ」
また新たな少女が現れる。変身した南雲を見ても驚く表情一つ見せず、冷静に意見を述べる。
察するに、南雲の仲間か。もしかすれば、ゆりかの姪とやらかもしれない。
じろりと少女(萌)に睨みあげられ、祝子は居住いを正した。自然と互いにガン垂れる形となる。
>「よし、来い」
「えっ」
何を思ったか、少女は構えた。
洋画か、でなければ年末年始のTVで見たような見たことないような構えだ。
どうすべきか。来いと言われたからには行けばいいのだろう。
萌の勘違いなど露知らず、祝子は字面通りに受け取り、そのまま萌に向かって歩き出す。
「ひぇあっ!?」
転んだ。正しく表現すれば、何も無い厨房の床で踵が滑り、スライディングの格好で萌に向かって転んだ。
その姿はウンヶ月ぶりに満塁ホームランを決めホームベースに突っ込むカープ選手のバッターが如く。
かの、えの素の菖蒲沢よろしく、モロパンチラを主張するように、そりゃあもう派手に転んだ。
ついでに周囲の人間も巻き込んだやもしれない。
「痛たたた……」
起き上がった瞬間、転んだ拍子に手放した包丁が、萌の頭に向かって落下する――。
刹那、切っ先が見えない壁にぶつかったように跳躍し、その矛先が高速で天井へと向かう。
「――何やってんの、お前?」
黒い革手袋を嵌めた右手が、鮮やかな手並みで包丁の切っ先を受け止める。
何時からいたのか、厨房の天井から、スーツ姿のヤモリが呆れ返ったようにこちらを見下ろしていた。
「…………………………そーいうアンタはそこで何しとるんね」
「んん、ゆりかの『お気に入り』達の顔が見たくってさ」
ヤモリは包丁を棚へと投げつけて仕舞い、地上へと降りた。正しくは祝子の腹へと落下した。
「へぶぅっ!?」
「パンツ見えるぜ、クマさんプリント。さて……坂下北雲にナックル・ジョーだっけ?
初めまして、アタシは闇のセールスマン『屋守』、コイツ(祝子)担当。用件はシンプルに1つだ」
ニタリ、と悪魔特有の笑みを浮かべる。
意味不明な登場を披露した正体不明の悪魔。その目的は――
「――――どっちでもいいから、ここの代金(朝食代)、奢ってくんね?」
只のタカリだった。
【派手にすっ転ぶ】
(最近、視線を感じるけど。ここでも、有るな)
ちらりと窓の外を伺い、また食事へと戻っていく佐々木。
車の方向を一瞬一瞥したのは偶然だったが、その時点で僅かな違和感を感じていた。
そして、その違和感は徐々に増していたが、そもそものこの状況の異常さにカモフラージュされ、己が追跡されていたことにはこの時点では気がつくことはなかった。
ホットサンドに大口を開けてかぶりつき、溶けたチーズの熱さに顔を顰めている最中、状況が動いた。
「……ッ」
僅かに目付きに鋭さを混ぜ込み、顔を上げ窓の外に視線を向ける。
魔力の探知の為に魔力の隠蔽のレベルを普通程度に下げようとするも、その必要すらなかった。
――エルダー級。
何時か佐々木真言が倒さなければならないであろう存在。
この世に害を成す為の願いの為に他者の魔法核を奪うのならば、それがどれだけ強大な存在であろうとも佐々木にとっては全て敵に他ならない。
満足に動くことのない右腕が痙攣を起こし、麻痺していた意識は断続的な疼痛によって即座に現実に引き戻された。
皿の上には手からこぼれ落ちて崩れた無残なホットサンド、制服の胸元にはチーズが飛び散っていたが気になどしている場合ではない。
(考えろ、今、取るべき行動は。
……隠密? いや、エルダー級を前に存在を隠しきるのは私の魔力隠蔽でも難しいか。
今ここでエルダー級を討つ、いや、無理だ。私一人で準備も無しに敵うはずは無い。
だとすれば、ここは助勢。下手に迷うよりは、大きく動くべきだ)
ぐるぐると思考を回し、展開し、積み上げ、塔は結論に達する。
即ち、エルダー級に一時的な協力者として接触し、エルダー級の魔法少女と魔法少女ではないのに魔法少女並の魔力を持つ存在についての情報を得る事が今取るべき行動だ。
決まれば行動は迅速だ。刃を振るう心が定まれば刀は使い手の意思のままに振るわれるだけなのだから。
鞄から財布を取り出し机に叩きつけ、眼鏡を放り投げながら店のドアに向かって佐々木は駈け出した。
行動を見れば、文字通り坂上南雲の言う所の間抜けな魔法少女に他ならないが、そこでこうするのが佐々木真言の思考。
覚悟を決めれば虎穴にすら望んで入る、己に対する危機と成功した場合の利益を天秤にかけ今は動くべきと決めた。
「行く、よ」
外に躍り出ると同時に小さく呟き、次の瞬間には佐々木の肉体に黒い靄が絡みつき、靄が全身を覆えば霞を切り裂く黒いコートの裾が翻り、魔法少女は駈け出した。
魔力量としてはそれほど特筆する点は無い、2000程度の中堅程度と言った魔力量だ。
逆に特筆すべき点としてはその外見に有るだろう。
あまりにも華やかさ、美しさからはかけ離れた暗色の衣装は、その他の魔法少女が勇者や魔法使いに例えられるのならば暗殺者のそれに近いものだ。
彩度の低い灰色と鈍色を基調とした和装の上にインバネスコートをはためかせる少女は鴉にも見える。
編み上げブーツの靴底が地面を強く叩くと同時に、スポーツカーもかくやという速度で剣士は駆け抜ける。
(喫茶店の魔法少女か、偵察……だね。
なら、今すべき事は前に進むこと、手の内はなるべく明かさずに)
障害物の多い地上では速度が落ちる。
佐々木は地面を踏み、前方向ではなく斜め上方向――ビルの壁へと向けて跳躍。
地上のそれを踏みしめるのと変わらぬように当然な様子で壁を足場として踏みしめれば速度を遮るものはもはや存在しない。
一般人と90度ズレた地上を駆け、佐々木真言はエルダー級と黒服の男、そして新たに現れた魔法少女の元にたどり着く。
着地の瞬間に衝撃を逃がすために地面を転がり即座に立ち上がる。
全身をすっぽりと覆うマントのようなコートに体は隠され動作の起こりを認識する事は難しい。
長めの金髪の前髪から覗く瞳は周囲を睨めつけ状況を確認、精神を整え深く息を吸い、腰を落とした。
「エルダー級。そこの黒服に対する行動が終わるまで、私が藁人形を相手する。
お前を狙うつもりは無い。……そもそも、敵うはずは無いから」
淡々とした事務的な口調で西呉にそう話しかければ、その後は一瞥もせずに藁人形の前に立ちはだかる。
細身、小柄。だがこの少女は魔法少女であり、外見のイメージなど一瞬で覆されるのも当然の道理。
「遠隔系。本体は弱い。
拘束しなければ、相手を倒せないのならば。
藁人形単体は、大した脅威ではない」
藁人形と西呉の間に佐々木は割り込み、そのパンチを前にして引く事は無く、逆に一歩前に前進する。
体の軸をずらし、薄い胸をこするようにして腕は振りぬかれた。
その動作で藁人形の懐に入ると同時に佐々木は右腕を左の腰から右上に向けて袈裟に振り上げる。
「試し切りの、感覚に似ている」
竹を芯に濡らした藁を巻いた巻藁は、切った感触が人間によく似ている事から居合や剣術の鍛錬に良く使用されているものだ。
要するに、異形の藁人形だが、それを切り裂く感覚は佐々木にとっては日常的なもの。
全身を捻り刀を引きぬく動作はぐんと伸ばされた藁人形の右腕へと藁人形の胴体も同時に引き裂きながら切り裂く袈裟斬り。
魔力で生成された大太刀の切れ味は並み居る名刀妖刀にも負けず劣らず。
それに更に佐々木の固有魔法『念動力』が加わる事で常識外の膂力と速度と切れ味が更に上乗せされている。
特殊な魔法は同調した魔法核の分の1つしか持たず、己の固有魔法は身体能力強化と装備に強化に特化している。
それが極めて高い魔力効率と高い出力を佐々木に約束していた。
魔法少女、佐々木真言は剣を抜いた。
藁人形の胴体に刀の切っ先がめり込み、繊維を断ち切る感覚が指先、掌の神経を駆け抜け脳髄に伝わる。
意図せずして佐々木の口は自然に開き、肺の中の空気は押し出され声帯を震わせ、空気に音響を響かせた。
「ダァ゛ア゛ァ゛ア゛――ッ゛!」
奇声染みた気勢と共に、佐々木の剣閃は銀色の弧を描く。
この剣閃が通れば藁人形の腕は間違いなく落ちることだろう。
【・佐々木変身
・鞄とか財布とか眼鏡とかはテンダーパーチに置きっぱなし
・坂上さんの偵察機には気がついている
・現状は西呉さんに加勢
・藁人形に対して袈裟斬り中】
端的に言って、状況は最悪だった。
監視を看破される事はまだいい。
看破されていても一定以上の情報を得ることは可能であるし、仮に戦闘となっても
数の論理で何とかしてしまえるだけの性能が彼らにはあったからだ。
干渉し返してこないなら見逃せばよいし、血の気の多い相手なら撃退すればよかった。
だがそれは、一般的な魔法少女相手の話だ。
エルダー級。
彼らの主人も含めて十数人しか存在しない、圧倒的な力の保有者。
しかも、“触手”……西呉真央は、純粋な戦闘能力にステータスのほぼすべてを割り振ったタイプだ。
そして、ステータスの総合値……魔力値は、彼らの主人のものと完全に拮抗する。
まともな戦闘では勝ち目があるはずも無い。
小細工が通用する相手でもない。
小蝿と人間の力関係を連想してもらえれば分かりやすいだろうか。
小蝿は人間の様子を観察することが出来るし、その気になれば鬱陶しがらせる事も可能である。
だが、ひとたび人間が小蝿を排除することを決めた場合、小蝿が逃げ切れる可能性はゼロに等しい。
なので。
交戦状態に突入した段階で、彼らの目的は生存ではなくなっていた。
黒服たちの中で最も年嵩だった男……彼の名前に意味は無いが、仮に黒木としておこう……は、地面に落下して咳き込んだ。
黒木はこのワゴン車内の黒服のまとめ役であり、それに見合った実力を持っていた。
それが彼を、西呉真央との交戦を経ていまだ生にしがみつかせていたと言える。
もっとも、それが仇となり、西呉真央に情報を与えてしまうところだったが。
黒木は状況をすばやく認識する。
西呉真央は硬直している……そして、彼女の背後に現れた巨大な藁人形。
覚えがあった。文字通り、黒服たちの間で通称“藁人形”と呼称されていた魔法少女、縁籐きずな。
助けに入られる覚えはないが、黒木にとってその介入が好都合であることは確かだ。
黒木は即座に西呉真央から距離を置こうとして……身体がろくに動かないことに気がつく。
緑籐きずなの魔法ではない。純粋に肉体的ダメージの影響だ。
しかたなく、西呉真央の足元にくず折れたまま、スーツのカフボタンに手をやる。
ダイイングメッセージを残そうというのではない。ボタンに仕込があるのだ。
彼らの主人の固有魔法の産物。
リーダー格である黒木にのみ付与された切り札。二つの魔法のあわせ技。
《七日目の余技-トイクリエイト-》……魔法をこめた、非魔法少女の者にも使用可能な道具を作り出す固有魔法。
《即席英雄-インスタントマスタリー-》……ごく短時間の間、特定の事象に対しての能力を飛躍的に向上させる固有魔法。
『念を込めることで誰でも能力を強化できるボタン』。状況を選ばず対応できる、万能の一手。
それを、黒木は二つ使用する。
一つは自己治癒力の強化。
もう一つは肉体の敏捷性の強化。
それを、可能な限り魔力を隠蔽し、倒れたままの状態で起動する。
逃げの一手。
西呉真央と交戦して勝てるなどと言う夢物語を、黒木はまったく念頭においていなかった。
チームのメンバーが壊滅した今となってはなおのことだ。
そして、彼はまだ『死んでいない』。
ならば出来ることは、戦力損耗を抑えるための、撤退だった。
だが。
魔法が発動し、黒木のダメージが回復し始めるのとほぼ同時。
鉛色の閃光が目を射る。
(……佐々木……真言……!)
完全に想定外の介入だった。
これでは、黒木のダメージが回復しきる前に西呉真央が呪縛を解く可能性が高い。
やむをえない。
黒木は悲鳴を上げる身体に鞭を打って、なんとか地面を転がり、西呉真央から距離を置く。
立ち上がれるまで後数秒、と言ったところか。
その間に西呉真央が呪縛を解けるかどうかが、黒木の生死の分かれ目だった。
「……」
あたしは沈黙する。
あたしは思考する。
あたしは沈思黙考する。
答えは未だ出ない。
【ワゴン車部隊:リーダー格を残して壊滅。
ワゴン車部隊リーダー(黒木):逃げようとするも逃げ切れるかは不透明
大饗いとり:謎の沈黙……?】
――結局のところ、二度目の悲鳴も私のモノでした。
【南雲】「魔法少女になっちゃったんで来るべき戦いに備えて修行するため今日は休みます」
【萌】 「あ、すんません奈津久ですー。昨日の練習で開始直後に一発いいのもらっちゃって、
なにがなんだかわからなくなったので病院行くから休みますー」
時計の針を見るなり直ぐさま欠席という判断をくだせる素敵なお姉さま方に倣い、携帯電話を取り出してみる。
私の場合、学校よりも家族に連絡したほうがいいのかもしれない。
電話帳を開き、ママの番号にコールを入れる。
【ママ】『はいもしもし』
「あ、理奈ですけど――」
【ママ】『……誰?』
「ママ、冗談キツいよ(T∀T;)」
【ママ】『え?……あ、ああ!ごめんね、理奈。寝ぼけてたわ。それよりアンタ学校はっ!?』
「えっと、まだ叔母さんのお店……その事なんだけどね。ちょっと――風邪、ひいちゃったみたいで……」
【ママ】『…………』
「きょ、今日は、休もうかなー……なんて(ゴ、ゴホゴホ)」
【ママ】『……………………』
うわー、すっごい疑われてる。 まあ、当然ですけど。
「だ、駄目かな?(||´Д`)oゴホゴホ!!」
【ママ】『……今回だけよ』
「あ、ありがとうございまーす!!」
よかった――って、完 全 にバレてるよコレ……。
はあ、やれやれ。終話ボタンを押し、深く溜息をつく。
【麻子】「……何かよくわかんねーけど、学生って身分も大変なんだな」
生きるか死ぬかを学ぶより大事な勉強って何だろうって気もしますけどね、今の状況だと。
まあ、普通はコレが子どもの仕事みたいなものですから……っていうか、麻子さんも本来なら私と同じ義務教育を受けてる年齢ですよね?
【萌】「んじゃ時間も確保できたことだし、とりあえず亀の甲羅背負って走ろー」
階下へと去っていく南雲さんを他所に早速練習メニューを提示する萌さん。
それを聞いた麻子さんが「よしきた」とゾウガメサイズの甲羅を生成する。私の体重を遥かに超える質量がズシリ!と床を軋ませた。
【続きます】
ねえ、麻子さん。なんでもいいけど、どうして私の分しか甲羅がないの……?
朝日が差し込む冬の室内でふと冷や汗を流しそうになったそんなとき、開け放したドアの隙間から一機の紙飛行機が飛んできた。
目の前にいた萌さんが唇に人差し指を当てつつ立ち上がる。多分、南雲さんからの伝言だろう。
渡された紙にはこう書かれていた。
『魔法少女来店セリ・要警戒・魔法使ウベカラズ』
【萌】「……だって」
言いつつ携帯電話を操作する萌さん。南雲さんにメールを送ったらしい。
(あ――そっか、魔法少女だからって魔法だけに頼る必要はないもんね)
念信は確かに便利だけど、今は使えない。時にはマジカルよりデジタルのほうが有効な時もあるのだということを学んだ瞬間でした。
【萌】「二人はとりあえず部屋にいたほうがいいと思う」
「あの……私たちも一緒に降りたほうが」
萌さんの意図が読めなかった私は小さな声でそう返す。が、着替えながら喋っていた萌さんには聞こえなかったみたいで、重ねて次の行動を言い渡される。
【萌】「万が一ここでやりあうことになったら、まずは店長さんとか連れていったん逃げて」
そう言い残し、萌さんは下のフロアへと降りて行った。
【麻子】「まさかもう来やがったのか……早すぎだろ」
二人だけになった二階の寝室で、麻子さんが舌打ち混じりにそう呟く。
えっと……何の事言ってるのかさっぱりわからないんですけど。私は麻子さんに呟きの意味を尋ねようとした。
けれどそのとき――私の電話が鳴り響く。着信。知らない番号。
「……はい?」
【??】『もしもし。神田さんの携帯で合ってますよね?』
「そ、そうです。失礼ですけど……どちら様ですか?」
【??】『あ――やっぱり覚えてませんよね。こないだ『楽園』でお会いした……』
この、大人しそうな喋り方は……もしかしてっ!!
「日立さん!?」
【零子】『目立です……お約束なボケをくださってありがとうございます』
「わああ!すいません!すいません!」
【零子】『いいんです。こんな地味な私でもちゃんと覚えてくれてる人がいるんだなって思うと――嬉しいですから……』
あの、それはちょっと喜びのハードルが低すぎやしませんか……?
【続きます】
麻子さんが私の方を見ている。念信が使えないので受話器の口を塞ぎ、「『楽園』の人」と簡単に説明を済ませる。
「と、ところで……どういったご用件ですか?」
【零子】『苗時さんのお使いです。頼まれていた『夜宴』の動画ディスクを焼いたので、お届けしようかと……』
あ、それって昨日の晩南雲さんが『楽園』に依頼してたやつですね。
「早っ……もう出来たんですか!?」
【零子】『いえ、こういう時のためにあらかじめ作ってあったんです、苗時さんの指示で。私、データの整理とかそういう編集作業、何気に得意ですから』
流石苗時さん。用意がいいというか何というか。目立さんが私の番号を知ってるのはそういう理由らしい。
【零子】『本当は坂上さんに直接お渡ししたほうがいいんでしょうけど……私その……あの人のこと…………ちょっと(震え声)』
「えっと……何となくわかりましたから、無理に言わなくていいですよ(−−;)?」
【零子】『すいません。店長さんにもお電話したんですけど全然繋がらなくて……」
この時間だとお店にかけないと出ないんじゃないかな?叔母さん「仕事中だと集中し過ぎて鳴ってても気づかない事が多い」って言ってたし。
なるほど、消去法的に後は私か萌さんしかいないわけなんですね。麻子さんは携帯電話、持ってな――
【???】『止しな』
――――ビクッ!!!!
突然聞こえてきた念信とそれに伴う巨大な魔力に飛び上がる私。隣にいた麻子さんにも届いていたらしく、驚愕の表情を浮かべている。
何、なに、ナンナノ? これって下から……? 下の階に一体何がいるの??
【零子】『神田さん……どうかしたんですか?』
「いえ――何でもありません。大丈夫です。あの、ディスクならわざわざ持ってきていただかなくても郵送とかで良かったんじゃ……?
それに目立さん、学校は行かなくていいんですか?もうこんな時間ですよ?」
折角持ってきてもらうのにこの言い方は気を悪くするんじゃないか、と思いつつ、それでもやっぱりそこまでしてもらうのは気が引けてしまいます。
……既に学校をサボることを決めちゃった私が言うのも何ですけど。
【零子】『ああ、それなら気にしないでください。家はこの近くですし、私の学校今日は“創立記念日”でお休みなんです♪』
「そ、それならいいんですけど……今、どの辺りにいるんですか?」
【もう少し続きます】
一部訂正:麻子さんは携帯電話持ってます。
【零子】『お店のすぐ近くですよ。駅周辺のマンションの下あたりって言えばわかります?』
「あ、はい、だいたいは」
【零子】『…………』
受話器の向こうから不自然な沈黙が流れて会話が途切れる。散発的に聞こえてくる車の音で、目立さんが今車道の横を歩いていることをぼんやりと知ることができた。
「どうかしたんですか?」
【零子】『――いいえ、何だか今日は黒いワゴン車を何台か見かけたなって。別に特別珍しい車種ではありませんが」
「ワゴン車ですか?」
【零子】『はい、側面の窓にスモークを貼っててちょっと怪しい感じの車です。それだけならいいんですけど……何だか、見られてるような気がして』
「…………」
【零子】『あはは、やだ。自意識過剰ですよね///? 私みたいな地味な人間が誰かに見られてるなんて――――』
通話に対する意識はそこで消し飛ばされた。
「!?」
突如出現した強大な魔力。
先ほどのものとはまた違う、高い攻撃性を秘めた“それ”の圧力に当てられて、私は弾かれるようにすぐさま魔装に身を包みました。
【零子】『い、今のは何でしょうか……?』
目立さんも同じものを感じ取ったらしい。発生源は――――外。
「わかりません…………でも、気をつけて」
直後、階下から南雲さんの念信がイメージとして届けられる。
『ライトウィング<ホークアイ>』。その遠距離情報集・共有能力によって補足した新手の魔法少女。その実力……エルダー級。
【麻子】「こいつ、誘ってやがるな」
私同様、魔装に身を包み既に臨戦態勢に入っていた麻子さんが険しい表情を浮かべて鼻を鳴らした。
けれど、幸いな事に“それ”はこの【Tender Perch】から遠ざかっているという。
「もしもし、目立さん?今外にいるのは多分危ないです。今日はもう帰ったほうが……」
受話器の向こうから返ってきたのは、大きな破壊音。
「目立さん?どうかしたんですか!?」
【零子】『嘘……そんな……こんな所で…………人を………………殺した?』
何者かの恐怖に震える目立さんの声を最後に、私と目立さんの通話は「ガチャ」という鈍い音によって途切れてしまいました。
【理奈・麻子さん共に変身しました。西呉さんの黒服さん殺害現場に目立さんが居合わせている様子】
何度掛け直してみても、目立さんは電話に出ませんでした。
【麻子】「……下りるぞ」
携帯電話を持ったまま絶句する私を麻子さんが呼びかける。
こないだ会ったときに思ったけれど、目立さんは戦いが得意な人じゃない。
きっと無理はしないはず。もし本当に危ないと思ったときは『コール』か何かで助けを求めてくるはずだ。
今のところその様子は無いから……うん、きっと大丈夫。
【南雲】「日和った意見を言わせてもらうと、ここは"見"に徹するのが安牌だとは思う。
状況が流動的すぎるよ。何一つ安心して決断を下せない現状じゃ、何もしないのが一番の安全策ではあるよね」
【萌】 「序盤は相手の出方を見るべき……ってね。
頭っから飛ばしてって30秒でKOとか笑ってらんないでしょ。試合ならまだしもさ」
聴覚を強化し、階段を下りながら南雲さんと萌さんの声を耳で拾う。
何だか厨房が騒がしいけれど、気にしてはいられない。
【祝子】「へぶぅっ!?」
!?
厨房にはまるで格闘ゲームのような光景が広がっていました。
うちの制服に身を包んだ大柄なお姉さんが、天井にへばりついていたスーツ姿の別のお姉さんからのしかかりを受けていたのです。
あれって確かヘッドプレスって言うんですよね? ベガ様が使う有名な技なので私でも知ってます。
どう見てもヘッド(頭)じゃなくてお腹に落ちてますけど。
【屋守】「パンツ見えるぜ、クマさんプリント。
さて……坂下北雲にナックル・ジョーだっけ?初めまして、アタシは闇のセールスマン『屋守』、コイツ(祝子)担当」
闇のセールスマン! ということは……この人も悪魔なの?
じゃあ、さっきの大きな魔力はこのお姉さんが原因なんだ……一体、何のつもりでここへ?
【屋守】「用件はシンプルに1つだ――――どっちでもいいから、ここの代金(朝食代)、奢ってくんね?」
魔法少女にタカる悪魔。私の知る限り聞いたことがありません。新しいです。新しすぎて意味がわかりません。
叔母さんが何か言いたそうな顔をして……止めました。溜息をついてます。「一度や二度じゃない」って顔をしています。何があったんだろ?
【麻子】「ふざけんなよ――」
隣にいた麻子さんが顔を俯かせ、肩を震わせていました。続く叫びはきっと魂の遠吠えに相違ありません。
【麻子】「悪魔の辞書には“働かざるもの食うべからず”って言葉は無えのかああああぁ!!?」
麻子さんが言うと……なんか切実です。
そんなことよりそこで踏まれてるお姉さん、早くどいてあげたほうがいいんじゃ…………ほら、段々顔が青くなってるし。中身出ちゃいますよ?
【合流。今回は以上です】
112 :
西呉真央 ◆yAQfcFtrvY :2012/10/15(月) 16:40:23.24 0
世界征服に必要なものはなんだろうか?
どの国家よりも強大な軍事力だろうか?
それとも、この世のありとあらゆるものを買えるほどの資金力か?
いや、あらゆる人を引き付け、魅了し、狂奔させるほどのカリスマかも知れない
だが、それを魔法に求めるのは…間違いだ。
それでは、ただ自分が倒すべき相手と同じ立ち居地に立つだけで
目的を達成するにはほど遠い。
それ故に、西呉の固有魔法は自身が掲示した支配者の三条件とは別のベクトルのものになった。
それは、『規格外の怪物への変貌』という世界征服から少し離れたような魔法だ。
人と同等の知能を有し、一個大隊以上の戦闘力を持ち、核の炎の中でも悠々と歩き
どこにでも潜み、どこにでも潜入出来るほどの潜伏能力を併せ持つ怪物
その圧倒的な暴力で人類を蹂躙し、そして、さながら魔王のように世界を支配することが
西呉の目的であり、その為の作った固有魔法こそが
『破滅を齎す者【サタンオブアポカリプス】』なのである。
だが、あくまでもそれは理想、完成形だ。
エルダー級の魔力を有していても、未完成な現状は理想とはほど遠い触手の化け物と言える。
触手が黒服の頭蓋を抉る感触よりも先に感じたのは『固定』だった。
まるで何かに縫い付けられたかのように、自身の体と右腕、そして、触手たちが動きを止める。
「な・・・」
リアクションを取る間もなく、背後から何者かによる打撃が脇腹に突き刺さる
「がぁ…!!!」
痛みで思わず声が上がった。
この程度の打撃ならば、体を『緩ませる』ことで無効化できているはずなのにそれさえも出来ず
モロに入ってしまったらしい。
悶絶しながらも、真央は目の一つを体表を滑るように動かし、背後にいる敵を視認する。
「…どうやら、やっかいな相手に目をつけられてしまったようですね」
視線の先に居た藁人形を見た瞬間、真央の表情が曇った。
縁籐きずな…固有魔法で不可視の杭で相手を拘束した後でダラダラと殴り殺すいけ好かない魔法少女
戦法から見て、接近すればどうとでもなる相手ではあるが、問題なのは固有魔法の性質だ。
射撃系の遠距離魔法とは違い、彼女の魔法はどこから来るのか見当がつかない。
仮に分かったとしても、そこまで行く前に彼女の魔法で拘束されて終わり
と先手を打たれてしまった場合、どうすることも出来なくなってしまうのだ。
だが、あくまでも、それは一対一でやる場合だ。二人がかりで戦った場合ならば、まだ勝機は見えるが…
個人主義の自身にそんな都合のいい味方なんて存在しない。
113 :
西呉真央 ◆yAQfcFtrvY :2012/10/15(月) 16:42:45.63 0
(とにかく耐えながら、居場所まで接近するしか無いようですね)
そう覚悟を決め、辛うじて動く左腕を胸と右腕に刺さっている杭に絡ませ引き抜こうとするが
次の一撃までに間に合いそうにない。
その次の瞬間、黒衣の魔法少女が真央と藁人形の間に入り、藁人形を斬りつける。
「自身の実力を過信しない人は好きですよ」
にんまりと微笑みながら、真央は杭を引き抜く
抜けた瞬間、「固定」の感触が消え、真央はすぐさま、距離をとり、辺りを伺う
先ほど逃がした黒服はダメージが回復していないのか、視界の範囲に居る。
喫茶店のほうから魔力の反応を感じる、おそらく何かしらの魔法で情報収集しようという判断だろう
「ただ…見ず知らずの相手の言うことを聞くほどお人よしじゃないんですよ…ねッ!」
続けざまにそう言いながら、真央は先ほど引き抜いた杭を藁人形と黒服に投げつけた。
杭はどちらにも刺さったが、黒服は何も刺さらなかったように逃げ、藁人形は先ほどの真央のように固定された。
「残念…どうやら、杭の効果があるのは自身か対象にした相手だけみたいですね
アレにも効果があったなら、少しは考え直したんですけどね」
わざとらしくそう言いながら、黒衣の魔法少女を見やる。
魔装で印象がやや変ってはいるが、あの喫茶店にいた不良学生と見ていいだろう。
(見られるつもりは無かったのですが…これでプラマイゼロということにしておきましょう)
元々の目的に区切りを付け、思考を切り替える。
(早々に白旗を揚げた魔法少女を嗾けても靡くとは思えませんし、戦闘を継続するつもりなら
きずなは彼女も殺しに来ると考えていい。)
「私を説得しようとか考えないほうがいいですよ。そうしている間に藁人形に殺されますからね
私よりも先にあっちを殺したらどうです?もしかしたら、それで光明が見えるかも知れませんよ」
(ならば、こちらから嗾けるだけのこと。)
そう言い残して、真央は壁を駆け上がり、縁藤の魔力を感じ取る。
(なるほど、辿られないように使い魔を使ってカムフラージュしている訳ですか…)
考えを巡らせながら、真央は宙へ身を投げる。
落下している最中、彼女の両手の形は崩れ、そして、翼竜のような翼に形を変える。
(だが、その警戒心が裏目に出たようですね!!!)
疾風と共に彼女はある点に向かって羽ばたいた。
114 :
西呉真央 ◆yAQfcFtrvY :2012/10/15(月) 16:44:12.16 0
数分もしない間に縁籐きずなは恐ろしい光景を目の当たりにするだろう。
何故なら、決して辿り付く事のないエルダーが目の前に迫っているからだ。
「聞かれる前に答えてあげますよ。どうしてここがわかったか」
機嫌が良さそうな口調で真央は話すが、既に部屋いっぱいに凍りつくほどの殺気が充満している。
「簡単ですよ。あなたが警戒心の強い魔法少女だからですよ
使い魔を使い魔力を木の根のように張り巡らせたのは、ただ単に自分の居場所を隠す為だけじゃなく
相手に『辿った先にあなたが居る』と錯覚させるのが真の目的だった。
そうやって偽のポイントに誘き寄せ、徹底的に叩きのめすか、そそくさと逃げる為にね」
一歩近づく
「だから、あえて反応が薄いここに来たということです。
まぁここに来る前に杭を打たれるかと思いましたけど、その辺は運が良かっただけなのかも知れませんね」
もう一歩踏み出した瞬間、真央の指が縁籐の腕を突き刺す。
「どうやら、この距離なら私のほうが早いようですね」
一歩近づく、今度は足が切り落とされた。
一歩近づくたびに、真央はきずなの体の一部を奪い取っていく
もし真言が真央の魔力を追って来たなら、血塗れの真央と原型を留めていない肉塊が散ばっている光景を見ることになる。
「案外早かったんじゃないんですか?藁人形の魔法少女ならこの通り片をつけたところです。
いつもならこんなことしませんが、特別にあなたにあげますよ」
そう言って魔法核を真言に渡すと真央は大きく欠伸をして、部屋を後にしようとする。
「全くとんだ食後の運動でした。やっと寝れますね。あ…そうでした今は見逃してあげますけど
油断したところを…なんて考えないほうがいいですよ。じゃあ、 さ よ う な ら 」
「やばい、やばい!」
黒いバンに突っ込むエルダーを見たあたりで、南雲は偵察機を戻した。
魔法少女としての強さもさることながら、残虐性が上記を逸している。
あんな街中で、誰が見ているかわからないような往来で人を殺しに行った。
南雲が短い魔法少女としての戦歴で培った、人外としての常識や定石に一つもまともにあてはまらない。
これで、偵察機に気取られていれば、あのエルダーは確実にこのテンダーパーチを突き止めるだろう。
そうなったとき、この都筑ゆりかが築いたささやかな幸せの灯る場所がどのような惨状を辿るか想像に難くない。
だから、南雲は腰を退いた。情報収集などと悠長なことは言っていられない。関わりあいになることすら禁忌に思えた。
幸いにもエルダーが尾行に気付いた様子はなかったので、これ以上ちょっかいをかけなければ大丈夫だろう。
>「序盤は相手の出方を見るべき……ってね。
頭っから飛ばしてって30秒でKOとか笑ってらんないでしょ。試合ならまだしもさ」
そして先刻の南雲の提案に、萌も異論はないようだった。
流石にエルダー級。麻子を含めても魔力量のアベレージが1000前後を行き来する彼女たちに勝ち目は乏しい。
ジャイアントキリングにしたって、程度の問題ってもんがある。
>『それよっかこっちの処遇じゃね?』
そしてある意味こちらもジャイアントキリング……守本祝子こと巨新人。
萌は、祝子の頭のてっぺんからつま先までを舐めるように観察していた。
南雲もそれに倣うが、
『あーわたしムリ。つま先まで見る頃には頭がどんな形してたか忘れちゃいそう』
ピチッピチの制服は、いまにもはちきれんばかりに肉感を湛えている。
見る人が見れば大変劣情醸す素敵な造形ではあるのだろうが、生憎と南雲のストライクゾーンからは外れていた。
申し訳ないが未開の地で部族に崇め奉られそうなタイプの女子はNG。
>「よし、来い」
萌が拳を構えた。
ゴリアテと対峙した少年ダビデの如く、その目線は遥か上方を貫いている。
……でもこれ、萌ちゃんが変身したらわりと体格的にもどっこいどっこいになるのでは?
しかし実現してしまうとちょっと喫茶店の背景としては濃厚すぎる光景なので南雲は黙っておいた。
「はい、じゃあ金的・噛み付きなし1ラウンドスリーカウントで手早くお願いします。……ファイッ!」
傍にあった中華鍋をおたまで小突く。
魔装を纏っての膂力だったので、思いの外でかい音が厨房に響いた。
>「ひぇあっ!?」
ゴングに弾かれるように祝子が動いた。
身体を前に深く傾け、両腕を真っ直ぐ前へ――いきなり仕掛けるつもりだ!
冷静に見てみると躓いてすっ転んだ以外のなにものでもなかったが、間の悪いことに祝子は包丁を所持していたッ!
手から放たれた包丁は不自然な放物線を描いて萌の頭蓋を貫かんと迫るゥゥゥ――!!
>「――何やってんの、お前?」
しかし、包丁が萌の顔面に到達することはない!放物線の頂点で、何者かが刃を掴み止めたのだ!
意外!それは天井に直立する人影ッ!烏のように真っ黒なスーツに身を包む謎のスレンダー美女ッ!!
女は包丁をどっかにやると、天井から足を離しくるりと回転して祝子の腹の上に降り立った。
メメタァ失敗したカエルみたいな声を出して祝子がうめく!
>「パンツ見えるぜ、クマさんプリント。さて……坂下北雲にナックル・ジョーだっけ?
初めまして、アタシは闇のセールスマン『屋守』、コイツ(祝子)担当。用件はシンプルに1つだ」
小学生みたいな覚え違いをして屋守と名乗った悪魔が言う。
おそらくこいつが、さっき止めに入った、祝子贔屓の悪魔に違いない。
>「――――どっちでもいいから、ここの代金(朝食代)、奢ってくんね?」
「ええー……」
残念すぎる悪魔の要求に、南雲は隠さず肩を落とした。
悪魔ってモノ食うの?とかお金ぐらい物体生成で作れや!言いたいことはたくさんあった。
(もっとも、日本で流通している貨幣にはシリアルナンバーが入っているので精巧な偽札でもバレるときはバレるが)
しかし諸々の文句が口から出る前に、二階へ続く階段から怨嗟に満ちた声が聞こえた。
>「ふざけんなよ――」
魔装に身を包んだ麻子が、射殺さんばかりの視線で悪魔を睨めつけていた。
なんだろう。なにか深刻な因縁でもあって、ここで会ったが百年目的な状態なのだろうか。
>「悪魔の辞書には“働かざるもの食うべからず”って言葉は無えのかああああぁ!!?」
違いました。この年で尊き労働をご経験なさっている麻子っちゃまのお怒りは上記の通りでした。
学生の本分たる勉強もろくにしないで親のスネをしゃぶりまくってる南雲には耳の痛いご指摘、ご尤もです。
そして確かに、いい年こいた大人が学生にメシたかるとかみっともないにも程がある。
「……よござんしょ。ご飯代、払ったげるよ」
南雲も店員としてメニューには精通しているので、客の机を見れば大体の金額は計算できる。
屋守がたいらげた量は、一般客基準で言えば相当多いけれど、まだ常識的な範疇だ。
店員割引を使えば南雲の給料一日分ぐらいで払いきれる、はず。
「でも働かざるもの食うべからずってご意見にはわたしも同意です。
メシ喰わせてもらうんなら、相応の労働にて対価を貰わないとね」
そろそろ祝子の顔が青紫を通り越して土気色になり始めたので、腹に陣取っている屋守の手を引きどかしてやる。
「わたしたち、そこの祝子ちゃんと同じで魔法少女になってから日が浅い。
ついさっきニアミスしたエルダー級みたいに、いつ強敵と殺し合いになるかわからないってのが目下の懸念です。
というわけで、タカリ悪魔こと屋守さん。一宿一飯の対価に貴女に要求します」
南雲は変身を解いた。祝子を助け起こそうとして、あまりにも体重差がありすぎて、やめた。
さっき聞いた、耳寄りな情報。屋守とゆりかの関係について――
「――わたしたちの師匠にもなってください」
【屋守にメシをおごる代わりに、魔法の指南を要請】
>「はい、じゃあ金的・噛み付きなし1ラウンドスリーカウントで手早くお願いします。……ファイッ!」
つまり頭突きしようが目を潰そうが肛門に指突っ込んで寝技から抜けようが何でもあり。
(うーん、実にさらりとエグいレギュレーションを設定する……)
ナチュラルに初期UFCばりの緩いルールを提唱し、有無をいわさず試合を運ぶ南雲の手腕に萌は思わず舌を巻く。
遊園地跡における知史との一幕を見るにトラッシュトークもいけるようなので、良いプロモーターになれるだろう
(選手だけではなく主催者も口が悪いのが最近のトレンドだ)
鉄と鉄が触れ合う、ゴングよりは銅鑼に近い音が厨房の空気を圧する。
それよりも先に祝子は既に動いていた。
構えを取らず、全く力感なくただ歩いているように見える(事実そうなのだが)挙動から、音に背を押されるように
>「ひぇあっ!?」
これも全く予備動作を見せないレッグダイブ(ただの転倒)。
(この力みのない動きからのテイクダウン!!こいつ、まさか……!?)
変身していないにもかかわらず、それと変わらない速度で思考を走らせる萌の脳裏に、一つの名前が浮かぶ。
旧ソビエト時代、広大な国土に起因する多様な人種、民族、地域それぞれの、
あるいは他国の技術をも統合して創設された格闘技。
――システマである。
ほぼ同じような過程を経ているサンボとの違いは、
徒手格闘術だけではなく銃器、刀剣などを有する者同士での攻防、
あるいは一方のみが武装した状況での戦闘法などを包括している点にある。
日本において学ぶことができるのは護身術としての部分を抽出したものだけだが、
軍隊格闘技としてであれ、護身術としてであれ、根底には"脱力、呼吸、姿勢、移動"の4つを保つという原則がある。
露骨な構えを取らず、脱力することで相手に無用の刺激を与えない。
深い呼吸を意識することで脱力を持続させる。
同時に姿勢を保ち、不意の事態への即応を可能にする。
そして、捉えられることがないように位置を変え続ける。
つまり、ただ歩くように近づいてそこから即座に足を狩りに行き、
ついでにナイフも投げるという祝子の戦術はまさにシステマのそれなのだ――
――再度確認しておくが、もちろんこれは萌の思い込みである。
余談だが萌はシステマがあまり好きではない。
目元を叩いてから金的、手を捻り上げて金的、前蹴りで金的、しゃがみこんで金的、目標をセンターに入れて金的……と、
効果的なのは疑いようがないのだがあまりにも即物的ではないかと思えて仕方がないのだ。
(などと考える萌でも実際に暴漢に襲われたとしたら股ぐら蹴りあげることを選択するのだろうが)
更に余談を重ねるが"優しく指導します"などという護身術教室には通わない方がいい。
是非、本気で落ちる寸前まで首を絞めてくれそうなトレーナーがいるところを選ぼう。
暴漢が優しく襲ってきてくれるはずなどないのだから。
一番いいのは逃げるための脚力を鍛えることだが、そのために走りこむのにすら危険が伴う昨今、
悲しいことだが振るうにせよ受けるにせよ暴力には慣れておくべきである。
最も望ましいのは離れておくことなのだが。
などという尺稼ぎはさておくとして。
相手がストライカーではないということも当然想定済みの萌は最小限のステップでタックルを切る。
(しつこく繰り返すが、そもそもファイターでないという想定はしていない)
――しかし、頭上への警戒は怠っていた。
きん、と鋼の跳ねる音がして、そこで初めて上を向く。
>「――何やってんの、お前?」
黒尽くめの女が一人、天井に"立って"包丁を摘んでいた。
その台詞は明らかに萌に向けられた言葉ではない。
だが――
ヤモリがいなければ確実に包丁は萌に当たっていた。
致命の一撃には程遠いだろうが、しかしそこへ繋がる隙になった可能性は高い。
粋がって挑んでおきながらのこの体たらく。
アマで無敗というありがちな実績に慢心していたのではないか。
萌にはそう言われているように感じられた。
>「パンツ見えるぜ、クマさんプリント。さて……坂下北雲にナックル・ジョーだっけ? 」
「……誰がワドルディだテメー」
軽やかかつ的確に祝子の上に降り立ったヤモリの言葉に応じる萌。
しかしその舌鋒にはどうにもキレがない。
「何をやっている」という言葉は心を押しつぶしていた。
ちょうどヤモリの下の祝子のように。
>「初めまして、アタシは闇のセールスマン『屋守』、コイツ(祝子)担当。用件はシンプルに1つだ。
>――――どっちでもいいから、ここの代金(朝食代)、奢ってくんね?」
強大なる悪魔の厚顔無恥さに萌は思い切り眉を顰める。
自分が苗時にしたものも大概だが、これは何の対価もない一方的な要求ではないか。
その時、背後から萌の内心を代弁するかのような叫びが轟いた。
>「悪魔の辞書には“働かざるもの食うべからず”って言葉は無えのかああああぁ!!?」
その咆哮に、かけられた鍋や調理器具が共鳴を起こしている。
「そーだそーだ、弱者からの搾取を許すなー。貧民にもパンをー。労働者は団結せよー」
萌は便乗して、青さを通り越して赤い思想をぶちまけた。
しかし加熱してゆく二人とは裏腹に、一人南雲は冷静だった。
>「……よござんしょ。ご飯代、払ったげるよ」
ヤモリの手を引いて祝子の上からどかせつつ、言葉を繋ぐ。
>「わたしたち、そこの祝子ちゃんと同じで魔法少女になってから日が浅い。
> ついさっきニアミスしたエルダー級みたいに、いつ強敵と殺し合いになるかわからないってのが目下の懸念です。
> というわけで、タカリ悪魔こと屋守さん。一宿一飯の対価に貴女に要求します」
そして変身を解いて、次のように結ぶ。
>「――わたしたちの師匠にもなってください」
なるほど、考えてみれば報酬を先払いするだけのことでしかない。
そう気づいた萌は、自分からも条件を出す。
「それがアリなら、じゃあ昼と晩持つからさ……あたしの担当になってください!」
言いながらヤモリに肉薄し、柔道のメダリストの如き神速の組手で両襟を取ってしがみつく。
「頼むよルー!なんでもしますから!オナシャス!」
右を向いても左を向いても新顔がどっさり。
そんな状況下で、キモカワイイ系キャラクターからカワイイを取り去ったような、
あるいはファッションモンスターからファッションを抜いたようなナマモノの下で命を張るのは、
なんともモチベーションが上がらないものなのだ。
しかし――一番の懸念である変身後の外見は、担当が替わったところで変化しない可能性のほうが高いのだが。
【リクルート】
>「自身の実力を過信しない人は好きですよ」
「過信は技を鈍らせる。から」
藁人形の腕を切り落として、跳ねるような動きで後ろに飛び退ると同時に刀を構え直す。
距離を作るためにこちらに腕を振るう藁人形を見て、少女は咄嗟に右腕を振りぬいた。
風を切る音が響き、藁人形の腕には投擲された刀が垂直に突き刺さる。
曲がらない芯を得た藁人形は、その動作を鈍らせるのは必然だったろう。
なにせ、筋肉のように絡み合い柔軟性を持っている故の戦闘力だったというのに、その柔軟性を阻害するような異物を差し込まれたのだから。
>「私を説得しようとか考えないほうがいいですよ。そうしている間に藁人形に殺されますからね
>私よりも先にあっちを殺したらどうです?もしかしたら、それで光明が見えるかも知れませんよ」
「言われ、無くとも。……やる、さ」
次の一撃を放つことができずに硬直する藁人形を前に、佐々木は魔力を練り右手に日本刀を作り出す。
西呉の姿が消えると同時に、佐々木は藁人形に向き直った。
関節部から刀身を飛び出させ、腕を振りかぶる目の前の藁人形、だが、遅い。
「――キィィィエァッ!」
響くのは、雄叫びのような気勢。
黒いインバネスコートの裾が翻り、銀の弧が二度描かれる。
佐々木の居場所は、藁人形の頭上、刀を両手で握りしめた唐竹割りの構え。
「シィッ!」
もう片方の腕を切り落とされ、胴を横に両断された状態の藁人形に、ダメ押しの空中からの唐竹割りだ。
異様な動作――地面に向けて体を引き下ろすような加速――を得た佐々木の斬撃は、人に近い感覚を持つ巻藁で出来た藁人形を人間を解体する様にバラバラに切り砕いた。
藁人形の肉体に突き刺さっていた日本刀は粉々に砕けて魔力となって霧散する。
一瞬の沈黙の後に、残心を解く。
深く息を吸い、吐いて黙想。精神の昂ぶりを沈めた後に、現在の状況を確認する。
まず、周囲を見回せば、見覚えは無いが、魔法少女であることが分かる者の姿があった。
「――そこの、人。私が、見えているなら、あなたは魔法少女の筈。
私の来た方向に、他の魔法少女も居る模様。
状況確認をしたいなら、そっちに逃げることを、お勧めする」
目立と理奈には呼ばれている魔法少女に、淡々と早口でそう提言すると、佐々木は他の魔力を探知し始める。
あまり魔力の探知は得意ではないが、エルダー級の気配ともなれば読み取れない理由は無い、そして恐らくその先には、今しがた引き裂いた藁人形の主が居るはずだ。
(急ぐ、か。相手の実力と情報、できる限り掴んでおきたい)
小走りでビルの壁に向かって歩き出し、ビルの壁に足をつければ、そのまま全速力でビルの屋上へと駆け上る。
壁を蹴って、高く跳躍し、魔力の感じられる方向を視認、着地と同時にビルの屋上を飛び移りながら黒い風は駆け抜けていく。
外部に魔力をあまり開放しない佐々木の移動ルートは、他の魔法少女にはあまり掴みづらいものだったろう。
「――こっちのほうが、早いッ」
刀を振りぬき、ビルの窓ガラスを吹き飛ばしながら、西呉と緑籐の居る部屋に乱入する佐々木。
そして、場の状況を確認すれば、既に凄惨に緑籐は清算され、エルダー級は傷一つなく立っている光景がある。
理不尽としか言い用のない力、光景を前に、しかし佐々木は怯える様子は無い。
本来は痙攣をしているはずの右腕は固有魔術によってミリ単位で掌握されている為、表面からは何一つの動揺は見受けられなかった。
が、その目つきを見れば、明らかに露骨な警戒が存在しているのは明白だ。
>「案外早かったんじゃないんですか?藁人形の魔法少女ならこの通り片をつけたところです。
?いつもならこんなことしませんが、特別にあなたにあげますよ」
「あなたがそれを持つよりは、私がそれを持つほうがまだ彼女の精神衛生にもいいだろうし。受け取る」
相手の差し出す魔法核を受け取り、懐にしまい込む。
減少した僅かな魔力を取り戻す様に、佐々木の魔力が追加された。
血に塗れた力だが、もとよりこれまでに集めた魔法核の大半も血肉を引き裂きながら手に入れたものだ。
僅かな嘔吐感を感じながらも、それを灰色の感情の奥に塗り込めて努めて平常通りの無表情を顔に貼り付ける。
>「全くとんだ食後の運動でした。やっと寝れますね。あ…そうでした今は見逃してあげますけど
>油断したところを…なんて考えないほうがいいですよ。じゃあ、 さ よ う な ら 」
「――ん、エルダー級。あなたが、油断している程度で獲れる相手とは私も思っていない。
私は、少なくとも分を弁えてはいるから。滅多に、分の悪い賭けはしない主義」
佐々木は無駄な事をしない。
少なくとも、勝ち目が一分もない状況で、無意味な正義感に駆られて無意味な戦いを挑み無意味に終わるようなことは決して考えない。
ひたすら堅実に、倒すべきもの≠倒すための下準備をした上で、佐々木はこれまで得てきた魔法核の内の半分を手に入れていた。
故に、今は下手な動きをすべき時でも無いし、大胆に動いたのは最初にあの状況に介入しようと思ったあの決断一つで十二分に過ぎていると判断していた。
その為、取るべき行動は相手を追わぬことであり、下手に相手を刺激しないことに尽きる。
が、しかし。
帰り際の西呉を見て、命知らずな事に佐々木は西呉を呼び止めた。
刀を構えず、闘うつもりは無いという事をアピールしながら、小柄な少女は目を細めて相手を見定めるような視線を向ける。
「去る前に、答えてもらえるなら答えて欲しい。
――あなたは、何を望んで魔法少女になったのか。
教えてくれない、か」
佐々木の無機質な瞳の奥には、揺れ動く狂熱が見え隠れする。
魔法少女である以上は、他人のことなど気にせず己の夢のみを突き詰めるのがある意味ではあるべき姿である。
そして、どちらかと言うとストイックな部類に入る佐々木が、あろうことか他人の夢を気にするような言葉を口にする。
妙な違和感のようなものが、その言動からは感じられるかもしれない。
相手が答えれば、相手をこれ以上引き止めることは無い。
相手が答えなくとも、それ以上相手を引き止めるようなことはしないだろう。
そして、戦闘が終わり、西呉と別れれば、放置した学校の鞄等の回収をする為にテンダーパーチへと歩みを進めていく。
魔力を極力隠蔽しながら、油断をせず腰には日本刀を携えたまま。
店の前で一瞬躊躇った後に、書生の様な格好をした魔法少女は、素性を明らかにした姿で本日二度目の来店をするのだった。
【・藁人形惨殺
・西呉さんから、緑籐さんの魔法核を受け取る
・なぜ魔法少女になったのかを西呉さんに問いかけ
・魔法少女姿のまま警戒状態でテンダーパーチへ帰還】
真言に呼び止められ、西呉は思わず足を止めた。
「なにか?」
振り返らず、目を一つだけ真言に向け、相手の様子を伺う。
出会いがしらに白旗を上げているだけあって、闘争の意思は感じることは無かったが
何かを見極めようとする真言の視線が気にかかった。
そして、真言は「何を願ったか」と問う。
「…」
西呉はしばし黙ったまま真言を見る。
真言に堅実な印象を受けていた西呉からしてみれば、この問いは予想外のものだったので
西呉は少しばかり困惑していた。
思わず何かの罠なのではないかと思い、真言には悟られぬように周囲を警戒しようかと考えたが
改めて真言の目を見て、それを止めた。
(この問いは彼女の願いによるものと考えていいでしょうね)
人は時に目的、信念の為にソレとは真逆のことをする。
時に、遊ぶ為に働き、得る為に浪費し、そして、平和の為に人を殺す。
それは西呉も例外ではないし、また、真言も同じだ。
西呉はそう結論づけ、目を戻して振り向く
「…ニュースを見たとき度々思うんですよね。なんで、こんなにもこの世界は不安定なんだろうって
争わずに平和に暮らしましょうと言っているのに、未だに戦争を続けている地域があるし
それとは無関係な国は国で裏で何をやっているかわかったもんじゃない」
おもむろにそう語りながら、西呉は掌の上に地球儀を作り出す。
「何年もの間、ずっとその原因を考えたんですよ
そして、分かったんです。誰も望んでいないからならないんだって
平和になってしまえば、この陣取りゲーム(戦争)が出来なくなるから、だから、
人は争いの火を灯す訳ですよ。どこかの国が完全に勝つまでね」
地球儀を弄びながら淡々と話を続ける。
「だから、こうしてしまえば、誰も戦争しようとは考えなくなる
それにこうしてしまえば、少年兵、食糧不足、難民の問題も解決できますしね」
西呉は地球儀を思いっきり回し、それを真言に投げ渡す。
回転を止め、地球儀を見たなら、普通の地球儀にあるはずのものが無くなっていた。
「私は、世界征服による世界平和を実現するための力を願いました…じゃ、今度こそさようなら」
国境が消された地球儀を残して、西呉はその場を去った。
「思わずあんなことを言ってしまいましたが…大丈夫でしょうか」
エレベーター内で1人そう呟きながら、後悔した。
真言は氏族所属の魔法少女ではないと考え、正直に話したが
今思うと、所属してもしなくても、あんなヤバいことを抜かすエルダーの存在を知ったなら
駆け込み寺よろしく、氏族に逃げ込み情報を流す可能性もあることを失念していた。
「まぁいいでしょう。これも世界征服の為だと思いましょう」
エレベーターを出て、西呉はそのまままっすぐ部屋に向かい
着替えずにそのままベットに突っ伏し、そして、そのまま眠りに落ちていった。
>「ええー……」
>「ふざけんなよ――」
真っ先に屋守のタカリに反応したのは、呆れて物も言えない南雲……
ではなく、幼い幼女を伴って新たに顔を出した魔法少女・猪間麻子。
面を俯かせ、わなわなと震えている。泣いているのかと思ったが――
>「悪魔の辞書には“働かざるもの食うべからず”って言葉は無えのかああああぁ!!?」
違った。憤怒と共に吠えられた。
麻子の熱の入った言葉に、屋守はニヒルな笑みを浮かべた。
「フッ、ならば敢えて私のモットーを答えてやるさ――”働いたら負けだと思っている”ッ!!」
発想が只のニートだ。
>「そーだそーだ、弱者からの搾取を許すなー。貧民にもパンをー。労働者は団結せよー」
「貴様、よもや北国の共産主義者の手の者か!皆の者、出会え出会えー!」
(早く退け馬鹿悪魔ッ……!)
完璧に只の悪ノリと化している。
下敷きにされた祝子はといえば、屋守の重みに耐えかねて死にかけていた。
>「……よござんしょ。ご飯代、払ったげるよ」
わあわあと騒ぐ(大人げない)大人のやり取りを尻目に、やれやれと南雲が名乗りを上げる。
しかし交換条件を持ちかけられる。飯代を支払うのだから相応の労働を要求する、と。
>「わたしたち、そこの祝子ちゃんと同じで魔法少女になってから日が浅い。
ついさっきニアミスしたエルダー級みたいに、いつ強敵と殺し合いになるかわからないってのが目下の懸念です。
というわけで、タカリ悪魔こと屋守さん。一宿一飯の対価に貴女に要求します」
>「――わたしたちの師匠にもなってください」
「ちょ……ちょお待ちィ!自分らにも悪魔おるんやろ!?そっちに教わりぃや!」
咳き込みながら起き上がるや、祝子は凄い剣幕で割って入る。
南雲達もなりたてだというのなら、自分は先日なりたてのぺーぺーも良い所だ。
基本のノウハウすら教わっていない状態で師匠をいきなり奪われることに、祝子は危機感を抱いた。
「アンタも何とか言いや!」
「オッケー」
「そうそうオッケー……ってアホかァ!!」
オッケーサインを出した屋守に、すかさず脳天からコンマ0.5秒で突っ込みの張り手を入れた。
予想外のノリのよさだったのでついつい乗せられかけた自分が憎い。
>「それがアリなら、じゃあ昼と晩持つからさ……あたしの担当になってください!」
「待ちィっちゅーとろーがァ!屋守取られたらウチはどうなるんじゃあ!」
>「頼むよルー!なんでもしますから!オナシャス!」
「えーどーしよっかなーアタシ力道山が好きなんだよねー(チラッチラッ)」
「あーも゛ー!毎朝飯作っちゃるけんウチの指導しぃや!まともな術の一つすら覚えとらんので、こっちゃあ!」
傍から見たら悪魔の競り合い。正し賭け金は飯代である。
当人は「だーれーにーしーよーうーかーなー」等と楽しんですらいる。
しかし飽きたのか、いい加減収集をつけようと決めたのか、「まあご飯代はともかく」と切り出す。
「アタシとしちゃあ鍛え甲斐のある子を育てたいのよねー。強さへの執着心!ガッツ!何より情熱のある子ッ!まあ後半は嘘だけど」
邪魔にならぬようカフェの隅の席へと移動し、椅子の背にふてぶてしく凭れかかる。
性懲りもなくまだ食事を頼む。人の奢りだろうがこの悪魔は容赦というものを知らないようだ。
話を戻して、屋守は全員の申し出を断る様子はなかった。
他の悪魔の担当だろうが、全く関係ない様子である。
「ええの?ウチ等からすればライバルみたいなもんじゃろ?」
「いーのいーの。魔法核を集めさせることより、魔法の指導する方が性に合ってるっつーか?
第一はアタシが面白いと感じて、自分勝手好き勝手出来ること。先輩達にゃ変な奴って思われてるだろーけど」
けらけら笑う。
「先輩達が見込んだ子なら、尚更鍛え甲斐がありそうってもんよねー。
東雲(しののめ)ん所のは下手に弄くり回したら何て言うか分からないけど、まあその時ゃ逃げりゃいいし」
このごに及んで南雲の名前を覚える気が更々ない様子を醸し出しつつ、あっけらかんと言ってのける。
「それに祝子、お前にとっても悪い話じゃないぜ?
何せお前は魔法少女なりたて!雑魚!体の良いサンドバック!ショッカー!スライムA!路傍のアリンコに等しい!
今の内にチーム戦で敵グループを一掃、ついでにおこぼれ預かれるかもしれないぜ?悪い話じゃないだろ?」
酷い言われようだ。
屋守の汚いプランなど、泣き崩れ、机に突っ伏す祝子の耳には届かない。右から左へ流れて行く。
言うだけ詰り倒すと、屋守の興味は理奈と麻子達に移った。
「どう?お望みならチミ等にも稽古つけたげるよ?勿論、見込み次第では修行代はタダにしてやっても構わないぞっ」
「上から目線な上に、こっちが受ける前提で話してないか……?」
麻子の睨みを受け流し、屋守は豪快に笑い飛ばす。
「どっちにしろ、今のままじゃ誰一人、到底今のエルダー級には抗えないんじゃね?つか潰されるって、アリンコみたいに」
頬杖をつき、あっさりと断言する。
「アタシなら強くしてあげられるぜ。短期間で、今の2倍、いや3倍の戦闘技術を身につけさせてやるさ」
自信ありげ、否、確信すらある物言い。
その根拠はどこからくるのか、身近な「経験者」が教えてくれるかもしれない。――見栄っ張りの可能性も捨てきれないが。
ピッ、と鋭く指を振った。
「1週間!お手軽体験コースだ。アタシがみっちり修行してやる。これで効力が効かないと思ったら……破棄してくれて構わない」
「今のチミ等は”まだまだ”自分の持つ魔法ってのを開花しきれてないのさ。だからアタシの手で、見違えるほどに花開かせてやるよ――!」
【まずは体験コースから如何です?】
鉛色の魔法少女の乱入。
数合の交戦。
それですでに決着はついていた。
いや、「乱入」から「交戦」に至った段階でもはや緑籐きずなに勝ちの目はなかった、と言えるだろう。
緑籐きずなは「呪い」を操るタイプの魔法使いだ。
呪いは、事前に相手の存在を認識し、対応していなければ効果を発揮し得ない(少なくとも緑籐きずなの操る呪いはそうだ)。
それはつまり、乱入者の存在を何よりも苦手とすることを意味する。
交戦対象をあらかじめ緑籐きずなが選んでおけるような状況ならば(例えば「夜宴」での戦いや、的を絞った不意打ちのような状況ならば)有利。
そうでないならば不利。
魔法少女には非常に良くある、濃淡のはっきりした戦闘スタイルであった。
無論。
上記のような冗長な分析をしている余裕は、黒服の年嵩の男……先ほどまでに引き続き、黒木と呼ぼう……にはなかった。
彼が今するべき事は、生き延びること。
それ以外に思考を行うことは彼のするべきことではなかったし、実際彼はそれを行っていなかった。
疑問に思う人がいるかもしれない。
いかに厳しい訓練を受けたであろう猛者とはいえ、まったく無駄な思考を行わないなどということが、果たして人間に出来るのか。
その疑問には、そう答えよう。
人間にできるかは分からないが。
彼らにはできる。
話を戻そう。
さきほど、黒木が立ち上がるまでに西呉真央が呪縛を解けるかどうかが、彼の生死の分かれ目だ、と述べた。
その言は、結果的には間違いだった。
西呉真央は、黒木が立ち上がる一瞬前にその呪縛から逃れていた。
が、黒木の生死を分けたのはその事実ではなく、次に彼女の行った行動だった。
西呉真央は、自身に刺さっていた杭を、藁人形と黒木にそれぞれ投擲したのだ。
黒木にとっては嬉しい誤算である。
彼は(この表現は正確ではないが、今はあえて訂正しない)、緑籐きずなの固有魔法の特性を熟知していた。
彼女の魔法の特性上、事前に存在を察知していない者を、その杭は束縛しない。
結果、黒木は立ち上がり、西呉真央から十分に距離をとることが出来た。
触手による直接物理攻撃「のみ」を得物とする西呉真央相手なら、この状態からどのような攻撃が行われても対応、逃走することが可能な距離だ。
もっとも、その警戒自体は杞憂に終わった。
西呉真央は、空高く舞い上がるとどこかへ飛んでいったのだ。
おそらく、何らかの手段で突き止めた緑籐きずなの元へだろう。哀れ彼女はまな板の上の鯉、と言うわけだ。
次いで佐々木真言も戦闘態勢を解き、周囲を見回す。
そのタイミングで、黒木は、ある少女の方に目を向けていた。
もし、目立零子がこのタイミングで黒木と目が合っていたら、彼女は奇妙な感覚を味わったことだろう。
それは、無機的な何かを通じて、何者かに見られる感覚。
例えば、監視カメラが自らに対してズームした瞬間を目撃したかのような……。
「目立零子……『楽園派』の囲われ、かー」
「うわあ」
ソファにもたれかかりつつ思わず漏れたあたしの呟きに、レギオンはわりと素に近い(そう見える)反応を返した。
というか、若干引いていた。なんでだ。
「いやだって、ねえ……こんな地味な女の子の事まで調べ上げているなんて、どんなえげつない事をしたんだろうって思うよ」
「失礼なー。ちょっとローラー作戦で顔写真リストアップして、後は興信所の真似事しただけだよ」
「うん、十分にえげつない。それの元締めが魔法少女だって言うんだから世も末だね」
やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめるレギオン。
それをジト目で眺める間も惜しかった。あたしは現状、目立零子をどうするか、即断を求められているのだ。
そして、あたしはそうした。
「んー……放置」
「おや、即答でそっちにいくか。非戦闘系の弱い魔法少女はねらい目なんじゃないかと思ったけど」
「冗談。『楽園派』の元締め……苗時静のエグさを知らないからそういう事言えるんだよ。
伊達であの人数をまとめられてる訳じゃないベテランだ。あたしなんて全力でいってもやり合えるかどうか」
「ふうん」
興味なさそうに流したレギオン。
あたしが視界を共有している男の視線の先では、佐々木真言が目立零子に一言二言言うと、その場を立ち去っていた。
さて、と。男に立ち去る命令を発しようとしたあたしの耳に、レギオンの呟きが届いた。
「楽園を標榜する臆病者を君がどうするか、興味があったんだけどな」
思わず表情を凍らせるあたし。
とっさに、ある命令を発していた。
「『目立零子』」
目立零子は驚いただろう。これまで一言たりとも言葉を発していなかった男が、急に自分に声をかけたのだから。
あたしは命令を続ける。男は言葉を発する。
「『命と魂が惜しければ、今見たことは、全て忘れろ。誰にも言ってはいけない』」
さもなくばどうこう、という文言は必要ないだろう。さすがにこれで通じないほど鈍い娘ではないはずだ。
私は男に撤退の命令を出すと、ソファに深く、深く身体を沈めた。
「いやあ、お見事。きれいな挑発だね」
「どっちがよ、殴るよ」
「殴ってから言わないでほしいな……うん、これでどっちに転がってもそこそこに面白い」
レギオンは頬をさすりながら、満足げに笑う。
そう。あたしの今の行為は、明確な挑発だった。
俗に、「人に情報を広めたければ『これは内緒の話なんだけど』と冒頭につけろ」と言ったり言わなかったりする。
人は、妙な条件付けをされるとそれに逆らう方向のベクトルが発生してしまう生き物なのだ。
元々、目端の利く魔法少女の間ではすでに「奇妙なワゴン車」の情報が流れていると聞く。その拡散速度はこれで一気に加速するだろう。
特に、『楽園派』を標榜するあの連中……もしくはそれに近しい魔法少女の間には。
そうなれば、ちょっかいを掛けてきた連中があたしに魔法核を(結果的に)持ってくることも増えるだろう。
もちろん、広がらない可能性もある。すべては目立零子の出方次第、という側面は否めない。
だが、それはそれで損はない。現状が維持されるだけのことだ。
腹立たしいのは……。
「全部あんたの仕込みどおりかー。あーあ、乗っちゃったあたしもバカだよなー」
「それでも君はあそこで乗ってこざるを得ない。知ってるよ、聞いたからね」
「……やれやれ」
そのとおりだ。かつて、あたしはこいつに全てを吐いていたのだ。
いろんな感情がごたまぜになったので、あたしはとりあえずソファに深く、深く身体を沈めた。
「なんだ……そりゃ」
「おおー、なんか煌びやかな感じに……って、どーした。まじめな顔して」
「何をどう願ったらそんな悪い冗談みたいな魔法が発現するんだろうね……。
支配と隷属を司る、いわば王の魔法。僕の知るパターンの中でも最悪さでは群を抜く奴だ。
君、一体何を願ったんだい?」
「世界纏めて約6000年分の文明退行と、以降の永遠の停滞」
「……また、ずいぶんと悪趣味だね。何だってそんな願いを……」
「もちろん、意味はあるよ。ヒントは戻った後の年代。
あんたが悪魔だっていうならわかるでしょ? これぐらい」
「……アッシャーの年代記。天地創生か」
「そ。神は世界をつくり、楽園に人を住まわせた。その楽園に世界を戻す。人類に知恵の実は必要ない」
「そうか、君の望みは……」
『揺り篭の如き楽園。永久の安寧か』
【黒服たちのリーダー格(黒木):撤退。その際、零子に口止めをする。
大饗いとり:黒木に指示を出して高みの見物。
レギオン:見物
目立零子:言うだけ言われて放置】
麻子さんの叫びに対し、屋守さんなる悪魔は虚笑を以て応じた。
【屋守】「フッ、ならば敢えて私のモットーを答えてやるさ――”働いたら負けだと思っている”ッ!!」
【麻子】「…………ッ!!?」
うわ、どうしよう。悪魔というより、駄目な大人だよ!っていうか、モットーってあなた……潔いにも程があります。
絶句する麻子さんの側面から萌さんの援護射撃が入る。
【萌】 「そーだそーだ、弱者からの搾取を許すなー。貧民にもパンをー。労働者は団結せよー」
【屋守】「貴様、よもや北国の共産主義者の手の者か!皆の者、出会え出会えー!」
そういえば最近の中国は半分資本主義みたいなものだって、担任の先生が言ってた。あ、今は関係ないか。
前時代的闘争に空騒ぐそんな厨房で、この人が静かに口を開く。
【南雲】「……よござんしょ。ご飯代、払ったげるよ」
南雲さんだ。
【南雲】「でも働かざるもの食うべからずってご意見にはわたしも同意です。
メシ喰わせてもらうんなら、相応の労働にて対価を貰わないとね」
一宿一飯の対価として南雲さんが出した要求、それは――
【南雲】「――わたしたちの師匠にもなってください」
――ええ!?南雲さん、それ……どういうこと。本気で言ってるんですか?
だってその人……それは悪魔なんですよ?だいたい私たちがこんな目に合ってるのだって、元はと言えば…………
【祝子】「ちょ……ちょお待ちィ!自分らにも悪魔おるんやろ!?そっちに教わりぃや!」
いつの間にやら回復したお姉さんが割って入る。不思議な事を言う人だ。
教わるも何も、私と契約した悪魔なんて普段どこにいるかも分からないし、魔法の使い方なんて教えてくれた例(ためし)が無い。ゆとり教育?何デスカソレ?
性格の違いなのか何なのかわからないけど、悪魔によってそんなにも魔法少女の扱いに差が出るものなの?
【祝子】「アンタも何とか言いや!」
【屋守】「オッケー」
【祝子】「そうそうオッケー……ってアホかァ!!」
屋守さん、了承。あまりの快諾っぷりにお姉さんがノリツッコミを入れている。このお姉さん……結構乗せやすい人なのかも(をい)。
【萌】「それがアリなら、じゃあ昼と晩持つからさ……あたしの担当になってください!」
萌さんまでっ……!?Σ( ̄□ ̄lll) さっきまであんなこと言ってたのに、変わり身早過ぎですよぉ〜!!(TдT) グスン…
【続きます】
【屋守】「まあご飯代はともかく――アタシとしちゃあ鍛え甲斐のある子を育てたいのよねー。強さへの執着心!ガッツ!何より情熱のある子ッ!まあ後半は嘘だけど」
厨房からホールへと移動し、屋守さんはそう言った。都合私も麻子さんも魔装を解き、全員お店の隅にあるテーブルに集まっている。
背もたれに体重を預けた屋守さんが追加注文。……まだ食べるんだ。
【ゆりか】「毎度ー★」
直ぐさま叔母が応じる。……これで南雲さんの時給にして約一時間半が飛んだ。
お姉さんと屋守さんのやり取りを眺めている間、例によって魔法で料理を配膳した叔母が私に念信を送ってきた。
【ゆりか】『まだ言ってなかったわね。そこにいる悪魔はかつて私の魔法の先生だったの』
屋守さんが?
【ゆりか】『屋守がいてくれたおかげで私は自分の願いを叶えることが出来た。
あんたがどう思ってるかは知らないけど――――それだけは動かしがたい事実よ。受け止めなさい』
スタッフの人に呼びかけられ、叔母は厨房の方へと戻っていった。
【屋守】「どう?お望みならチミ等にも稽古つけたげるよ?勿論、見込み次第では修行代はタダにしてやっても構わないぞっ」
【祝子】「上から目線な上に、こっちが受ける前提で話してないか……?」
「…………」
【麻子】「てめぇ……いい加減にしろよ」
【屋守】「どっちにしろ、今のままじゃ誰一人、到底今のエルダー級には抗えないんじゃね?つか潰されるって、アリンコみたいに」
<…………身の程を知りなさいな、おチビさん> <……オッケ。安い買い物だよ>
「――――!」
蘇る銃声の記憶。屋守さんは頬杖をつき、見透かすような視線で私を見た。
【屋守】「アタシなら強くしてあげられるぜ。短期間で、今の2倍、いや3倍の戦闘技術を身につけさせてやるさ」
もう二度と、あんな思いはしたくない。
今私が使うことができる魔法だけで。その全てで。せめて自分だけでも……大事な人を危険な目に合わせないだけの力が、技術が欲しい。
思えば初めて戦ったあの夜――私が麻子さんに勝てたのは本当にただの幸運だった。
南雲さんに助けてもらって、萌さんがいて、茅野さんや蒼月さんもあそこにいて、麻子さんが連戦の後に無理な大技を何回も繰り返して疲れていたから勝てたようなものなんだ。
私だけの実力じゃない。確かに魔法は私の思いに応えてくれる。けれど、ここから先の戦いは……思いだけじゃ、きっと勝てない。
【屋守】「今のチミ等は”まだまだ”自分の持つ魔法ってのを開花しきれてないのさ。だからアタシの手で、見違えるほどに花開かせてやるよ――!」
「お願いします。私――強くなりたいです!!」
教わる相手が悪魔か人間かなんて、この際関係ありません。
考えてみれば同じ悪魔でも私は別に屋守さんに恨みがあるわけじゃないしっ! ……都合良過ぎるかな、私。
【麻子】「あたしはいい……こんなやつの世話になるなんて御免だからな」
麻子さん……何だかめちゃくちゃ怒ってる。今のままでも十分強いと思うけど、それでいいの?
私は屋守さんにお辞儀をした後、隣にいるお姉さんに視線を送った。こういうノリのいい人には先制攻撃が一番。まずは――
「はじめまして!私、神田理奈っていいます。うちの店長……もとい叔母さんがお世話になってます。
これから大変ですけど――――“一緒に!”がんばりましょうね! よろしくお願いしますっ☆」
挨拶!見上げるような身長差など恐れず、果敢に握手!!
【屋守さんに特訓の申し込み。祝子さんに自己紹介】
【零子】(な、何が――起きてるんですか?)
眼前で捻転し続ける情報と状況の渦。
彼女が先ほどまで何を見ていたかということについての詳細は省くべきだろう。
往来でワゴン車が破壊され、
それに乗っていた男たちが魔法少女に殺害され、
その背後に突然藁人形が出現し、
さらに現れた黒衣の魔法少女がそれを切り倒した。
事実だけを簡潔に並べるならばこういうことなのだが、これらが一体どういう事情によって引き起こされたかについて、目立零子は全く理解できなかった。
男たちを殺害した魔法少女――西呉真央がその姿を翼竜のようなものに変えて飛び去っていく。
その一方では黒衣の魔法少女による無数の剣閃が藁人形を八方四散に寸断していた。
へたり込む目立零子。
魔力の塵と消える刀。
呼吸を沈め、黒衣の魔法少女――佐々木真言が振り返る。
和装の上に羽織った漆黒のインバネスコート。……まるで大きな鴉だ。同じ剣士型の魔法少女でも白袴に身を包む影野刃月とは全く対照的な印象である。
零子の視線に気付き、佐々木真言がやってくる。
【零子】(どうしよう……目が合ってしまいました)
魔装に身を包んだ魔法少女を見ることが出来るのは同類だけだ。原理までは不明だが魔法少女の共通認識である。
背筋に震えが走る。自分も先ほどの藁人形のように、バラバラにされてしまう――ということにはならなかった。
【真言】「――そこの、人。私が、見えているなら、あなたは魔法少女の筈。
私の来た方向に、他の魔法少女も居る模様。状況確認をしたいなら、そっちに逃げることを、お勧めする」
【零子】「……え?」
それだけの情報を告げ、大鴉は去っていった。壁面を疾駆し、ビルの隙間へと消えていく。
【零子】「何だったんでしょうか……?」
Tender Perch。彼女の来た方向の先に自分の目的地があることは明白だ。零子は西呉を追った真言の背中を見送り、立ち上がった。
スカートの埃を払いつつ、ふと周囲を見渡す。半壊したワゴン車の周囲に人が集まってきた。離れたほうがいいだろう。
その時、零子は人ごみの中にいる黒服の男に見られていることに気付いた。彼女はその名を知らないが敢えて付け加えよう。
ワゴン車に乗っていた男たちの一人、黒木だ。
零子は全員殺されたかと思っていたが彼だけは生きていたのだ。
【黒木】「『目立零子』」
【零子】「……?」
何故自分の名を知っているのか。いぶかしむと同時に零子は目の前の男から奇妙な印象を覚えた。
まるで人間の形をした無線機と会話しているような――その眼球の先に別の人間がカメラで観察しているような――
【黒木】「『命と魂が惜しければ、今見たことは、全て忘れろ。誰にも言ってはいけない』」
それを伝えるや否や、男は新たにやってきた別のワゴン車に乗って去っていった。
【零子】「…………」
蒼白の顔面で立ち尽くす、目立零子。合図のように電話が鳴った。
※ ※ ※
【南雲】「わたしたち、そこの祝子ちゃんと同じで魔法少女になってから日が浅い。
ついさっきニアミスしたエルダー級みたいに、いつ強敵と殺し合いになるかわからないってのが目下の懸念です。
というわけで、タカリ悪魔こと屋守さん。一宿一飯の対価に貴女に要求します
――わたしたちの師匠にもなってください」
【萌】 「頼むよルー!なんでもしますから!オナシャス!」
一方のTender perchでは南雲と萌が飯代を対価に屋守に魔法の師事を要求していた。
屋守のタカりに対する南雲の切り替えしに関心する一方、都築ゆりかはある種の懐かしさを覚えた。
彼女もかつてあのような形でなし崩し的に弟子になったのだ。
働いたら負けと当人は口にしている。が、おそらく屋守による食事の無心はあくまで自分が世話を焼く為の口実に過ぎないのだろう。
【ゆりか】(……悪魔だけに、なんてことは口が裂けても言えないけど)
その悪魔に対し抵抗感を抱いていると思しき理奈に念信を送った直後、ゆりかはスタッフから電話の呼び出しを受けた。苗時 静だ。
【ゆりか】「もしもし」
【静】 「平日のこの時間にしては随分騒がしいね。まさか昨晩から彼女たちは一度も帰らず、学校も休んだのかな?」
【ゆりか】「そうだけど、何か文句ある?」
【静】 「ふむ、一教育者としては本来なら咎めるべきところなのかもしれないが……今回に限り都合がいい」
【ゆりか】「で、用件は何なのよ?」
【静】 「少し……厄介なことになった」
ゆりかは無言を以て会話を促した。
【静】 「先ほど『夜宴』に属する氏族『穏形派』の構成員が何者かに殺された。そのことで『楽園派』に嫌疑がかけられている」
【ゆりか】「殺された?『夜宴』なら当然でしょうに。何か問題でもあるの?」
【静】 「モグロの話を忘れたかい?『夜宴』の魔法少女が試合以外でお互いを襲うのはご法度だ。粛清の対象なんだよ」
【ゆりか】「話が見えてこないわね。それでどうして私の店に電話する必要があるの?」
【静】 「順を追って説明しよう。
非常に不愉快な話だが、『夜宴』の悪魔とその運営は登録された魔法少女と、その属する氏族の構成員全てのおおまかな位置情報を常に把握している」
もっとも、その権利は各氏族のエルダーにも与えられている。苗時 静も例外ではない。
【ゆりか】「えぐいわねー」
【静】 「……で、殺された『穏形派』の構成員というその娘は君の店の近所で生命反応が途絶――消息を絶ったそうだ。およそ十数分前に、ね」
【ゆりか】「言っとくけど、うちの店の子じゃないわよ」
【静】 「わかってる。だがさらに間の悪いことに、現場にはうちの子(目立零子)も居合わせていたようなんだ……容疑者というわけさ」
【ゆりか】「じゃあその子が?」
【静】 「まさか。あの子には無理だよ。だが、この件について何らかの形で関与していた重要参考人なのは確かだ」
【ゆりか】「どうしてそう思うの?」
【静】 「先ほど彼女に電話してみた。あの子は私に隠し事をしている――あの年頃の子どもがつく嘘なんて私には手にとるようにわかるんだよ」
【ゆりか】「……あんたみたいな先生がいたら学校に行くのも楽しくなりそうね。勉強だって捗るんじゃない?」
【静】 「減らず口は構わないが無関係を装うのは止めてくれよ」
【ゆりか】「どういうこと?」
【静】 「『穏形派』は犯人の身柄引渡しを要求している。できない場合は報復行為を宣言されたよ」
【ゆりか】「言いがかりね。知らないもんは知らないんだから仕方ないじゃない。だいたい『隠形派』とやらの自作自演かもしれないわ。正義があるなら受けてたてば?」
【静】 「分が悪いな。『隠形』と『楽園』じゃ象と蟻とまではいかないまでも象と牛ぐらいの力関係だ。
向こうとしては大量に魔法核を得る大儀名文が出来て願ったり叶ったりというわけさ。氏族間抗争に発展すればまず君の店が発火点になるだろう……。
君の店の従業員及びお客様は『楽園』所属として登録されているからね」
【続きます】
電話越しから一蓮托生を迫る苗時に対し、ゆりかは聞こえよがしに舌打ちした。
【屋守】「アタシなら強くしてあげられるぜ。短期間で、今の2倍、いや3倍の戦闘技術を身につけさせてやるさ」
厨房からホールの風景を覗き見るゆりか。かつての師が理奈達に対し自信に満ちた啖呵を切った。その内容に偽りは無い。
【ゆりか】「……要求の期日は?」【静】『――――』
【屋守】 「1週間!お手軽体験コースだ。アタシがみっちり修行してやる。これで効力が効かないと思ったら……破棄してくれて構わない」
悪い条件さえ重ならなければ……。
【ゆりか】「ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一度教えて★」
【静】 『1週間だ……それ以内に真犯人を特定し、身柄を『隠形派』に引き渡す必要がある』
【ゆりか】「はあ……………………厄介なことになったわね」
【静】 『はじめにそう言ったはずだけど?』
【ゆりか】「ええそうでした――ところで苗時、“できなかった場合”はどうするの?」
【静】 『…………』
【ゆりか】「目立さんとやらを向こうに引き渡す?」
【静】 『そのときはそのときで別に考えるとしよう。とりあえず、もうすぐ目立さんがお使いついでにそちらへ到着するはずだ。どうにかして情報を引き出して欲しい』
【ゆりか】「簡単に言ってくれるわね」
【静】 『ついでに殺された少女――縁籐きずなの所持していた魔法核の魔力波長も伝えておこう。届いたかな?』
【ゆりか】「来た……最近は電話でこんなこともできんのね」
【静】 『では、後は頼んだ。私のほうも独自に調査しておこう』
通話はそこまでだった。再び大きな溜息をつき、都築ゆりかはホールへと顔を出した。
いくら常時自然体で通している変人店長でも、これから修行に向けて頑張ろうという空気の彼女たちにこんなことを伝えに行くのは……流石に気が重い。
厨房から出てきたゆりかに屋守が視線だけで振り返る。
【屋守】 『苗時か』
【ゆりか】『……どうしてわかるんですか?』
【屋守】 『デビルイヤーは地獄耳なのさ♪』
師匠、それはいつの歌ですかと突っ込む余裕は無かった。ホール内にいる5人の魔法少女に対し、一斉に思念を送信する。
【ゆりか】『みんな――ちょっと聞いてくれる?』
※ ※ ※
――数分前。
目立零子の電話が鳴った。
【零子】「……はい」
【静】 『私だ。お使いの途中に済まない。妙なことを聞くようだけど、何事も無かったかな?」
【零子】「え……はい、あの……いえ、どうぞ」
【静】 『実はね――』
苗時は遠籐きずなが今零子のいる場所のすぐ近くで殺害されたこと、それによって『楽園派』が『隠形派』に嫌疑をかけられていることを告げた。
【続きます】
【静】 『勿論、私は君が犯人だなんて思ってはいないよ。ただ、君がそこにいるということだけは確かなんだ……何か見たりはしてないかな?』
【零子】「あの……」
<命と魂が惜しければ、今見たことは、全て忘れろ>
【零子】「知りません」
【静】 『先ほど君は何か言いかけていなかったかな?」
<誰にも言ってはいけない>
【零子】「…………いいえ、何も」
【静】 『…………わかった。そのままお使いを続けてくれ。休みの日に悪かったね』
通話はそこで終わった。終話画面を見たまま立ち尽くす目立零子。これでよかったのだろうか、否、いいわけが無い。
しかし、周囲を取り囲む雑踏の中にあの視線が――人型のカメラ越しに感じたあの眼が――まだ近くで己を監視している錯覚に襲われ、零子は恐ろしくなっていた。
“ここ”では無理だ、とても喋れない。裏返せば零子は自分の気持ちと正反対の事をしていたことになる。
<状況確認をしたいなら、そっちに逃げることを、お勧めする>
大鴉の助言を思いだし、零子は歩を進める。それが本来の役目だと、自分にそう言い聞かせながら。
※ ※ ※
【ゆりか】『――と、いうわけなの』
都築ゆりかは苗時との会話内容ときずなの魔力波長を全員に伝えた。
【屋守】 『はっはっはっ、こいつらのお試し期間と丸被りじゃないか――どうしてくれんだよ?』
【ゆりか】『そんなの、私に言われましても……』
場が状況整理に費やされていたその時、魔法少女が来店した。正確には再入店、というべきなのか。
彼女はどういうわけか魔装に身を包んでいる。
魔装と判断出来る材料については周囲の反応により明白であった。
この場にいる魔法少女五人+魔女一名+悪魔一柱以外、店内スタッフの誰ひとりとして彼女の来店に気付いた者がいないからだ。
【目立零子:身の危険>条件付けとなってしまい、本当は伝えたかったがこの場では苗時に嘘をつく】
【佐々木真言さん来店】【もう少し続きます】
【次のセリフまで】魔法少女の不可視とそれに伴う犯罪性について【読み飛ばし可】
かつて坂上南雲は後見及び担当のヤクザ……もとい悪魔から魔法少女が見えない理由について「物理法則から踏み出している」という説明を受けた。
人間の認識能力という意味においてはこの説明で十分なのだが、ここでは少し解説を加える。
そもそも「見る」という行為は光の可視領域における映像の投写と、それを受容した脳の意味付けによって成立する。
魔装にはこれら両方を歪める力があるのだ。幽霊のように影を作らず、また通常のカメラで撮っても“映らない”のはこの為である。
故に、人々は彼女たちの存在に気付くことができない。
彼女たちの行為――戦いを隠蔽する目的で悪魔が用意した独自の法則、それがこの『魔法』の正体である。
時に、この法則は魔法少女たちに思わぬ副産物をもたらす。
実質的に古典的サイエンスフィクションに登場する透明人間へ任意で変身できる彼女たちは、あらゆる特権を手にしたことになる。
まず手始めに映画やライブ、温泉、鉄道といった娯楽施設や公共交通機関……本来有料であったそれら全てを誰にも見つからずに無料で利用できてしまうこと。
当然、これらは犯罪であり反社会な行為に他ならない。だが知ってしまったが最後、彼女たちは常にそういった誘惑と戦い続ける宿命を負うこととなる。
バレなければ傷つく人間がいないからだ。
良心と戦う者、使っても罪悪感に苦しむような者はまだマシな部類と言えよう。
酷い輩になるとこの特権をさらに悪用し、住居の不法侵入や窃盗・万引き、無銭飲食、果てはここでは書けないようなあんなことやそんなことにまで手を染める者すら存在する。
稀に存在する男性の魔法少女(?)が同類の中でも特に忌避されているのは、このような事情が潜在的にあるのかもしれない……。
――で、あるからして
【ゆりか】(わざわざここに戻ってくる理由がわからないわね……)
都築ゆりかは黒衣の魔法少女――佐々木真言の顔を覚えていた。
平日の午前中から堂々と制服姿で来店してきた女子高校生……印象に残らないほうがおかしい。
忘れ物を取りに来た……無銭飲食が目的ならあまりにも間抜け過ぎる。それはない。となると彼女は何か別の理由で外にいたのだ。
そこへ――
【屋守】『手間が省けて良かったな……』
真言の魔力波長を感じ取った悪魔が静かに囁く。エルダーに出来て彼女に出来ない道理がない。何より、悪魔は助太刀こそしないが――
【屋守】『どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
助言だけはしてくれる。魔法少女たちの視線が佐々木真言へと集められた!
【レスは以上です】【長いので避難所にて要約&解説】
>『――と、いうわけなの』
巨大な新人・祝子の登場を皮切りに状況は転がり始めた。
謎のエルダー級の出現、祝子びいきの悪魔屋守の甘い誘惑……。
南雲たちを取り巻く現状が、山道を転がり落ちるかのように、流動し、流転していく。
そして、事態は一層深刻なものへと変わってしまっていた。
「目立ちゃんが、被疑者に……?」
ゆりかが受けた電話の相手――楽園派の首魁こと苗時静が語った内容。
それは、ついさっきこの街で一人の少女が殺され、その咎を南雲の知っている者に負わされかけているというもの。
目立零子。直接的戦闘力に乏しく氏族に庇護を求めた、典型的な『楽園派魔法少女』。
殺された魔法少女――『縁籐きずな』が所属していた氏族、『隠形派』。
彼女たちが"被疑者"目立零子を擁する楽園派に提示した、下手人引渡しの期限は一週間。
奇しくもそれは、屋守の言う『おためしコース』の期間と同一である。
そこに因果関係は見えないが、もしもこの悪魔がはじめから全て分かっていて言っているのであれば、説得力のある数字だ。
一週間。
それまでに、縁籐きずなを殺した真犯人を突き止めなければ、目立が代わりに制裁される。
そんなこと、あの苗時が許すわけがないから――そのときは、戦争だ。もっと多くの魔法少女が駆り出され、死ぬことになる。
死者の中には、楽園派の代理屋をやっている南雲や萌や理奈も、きっと入っているのだ。
(最も双方に被害が少なくて、穏便にことが運ぶのは、目立ちゃんをとっとと隠形派に引き渡すこと)
目立の固有魔法は戦闘に使えるものではないから、南雲一人でもなんとか制圧可能だろう。
あとは、苗時が背信に気づいて動き出す前に目立の素っ首を箱詰めして隠形派宛てに着払いで送付すればおしまいだ。
それで済む。目立と殺された魔法少女以外の、誰も傷つかずに済む、コスパ最強の選択肢だ。
苗時と仲の悪い南雲が一人で先走ったならば、萌や理奈に塁が及ぶこともないだろう。
(だけど――目立ちゃんは、)
かつて。
ほんの数日前の南雲が、その手で殺害した少女の仲間。
そして南雲はあの時――目立をも殺そうとしていた。哄笑(わら)いながらの、機銃掃射で。
その件について、南雲の思うところは大きい。
謝るつもりはない。反省もしない。殺し合うのが魔法少女の本分ならば、彼女と目立は正当に己を果たそうとしただけだ。
しかし、それでもいまは、苗時と示談し、敵対関係を解いた身。
まして南雲は、殺せるほどに目立を憎んじゃいないのだ。
『信念としての魔法少女』。
魔法少女をとりまく残酷なシステム――ブラック魔法少女に抗うために南雲が標榜する哲学。
そこに則れば、ここで目立を殺して隠形派に差し出すことなど、それこそ己に対する背信だ。
それに、事態はそんなに単純でない可能性がある。
隠形派の目的が、『仲間を殺されたことに対する報復』ではなかった場合だ。
つまり、そんなことは些細なきっかけに過ぎず、もっと壮大なものを彼女たちが狙っているとしたら。
例えば――楽園派を攻める大義名分を獲得したいとか。
夜宴派同士の潰し合いはご法度。しかし、相手が先にそれを侵したならば、紳士協定を護る謂れもない。
多くの魔法少女が夜宴派に所属する第一の理由は、この同士討ち厳禁の鉄則によって野良試合での死亡リスクを減らすためだ。
逆に言えば、好戦的な魔法少女にとって、夜宴に参加している非戦闘系氏族の魔法少女達は――
(囲われた羊のようなもの!戦闘慣れしておらず、しかもそれなりに魔法核を所有してる、絶好の獲物……!!)
夜宴のシステムは弱者に理想的だ。
特に、氏族として参加している場合、実際に戦うのは代表者のみで、その他の者は戦闘義務を課されない。
それでいて、野良試合で他の夜宴派に狩られる心配もなくなる――安心して生活できる。
結果的に、長く生き残っていながら戦闘経験に乏しく、氏族内の配分で魔法核だけはちゃっかり受け取っている、
言わば『養殖モノ』な魔法少女を、結果的に夜宴は多数輩出しているのだ。
誰かが、その旨みに気付いたのだろう。
そして、手を出さずにいられなくなった。
今回の、隠形派と楽園派との緊張が、そういう思惑の果てに生まれたものなのだとしたら。
――目立を差し出したところで、何も好転しない!
また別の言いがかりをつけられて、じわじわと搾り取られていくだけだ!
「とりあえずこの件について、わたしのスタンスをはっきりさせておくね」
ゆりかの説明を聴き終わってから、五分近くを彼女たちは沈黙で埋めた。
それぞれ、思うところがあるだろう。そして南雲は、己の中に方針を得た。
「こういうのは絶対に自分から謝っちゃだめだよ。非を認めれば、確実にそこに漬け込まれる。
目立ちゃんを引き渡すってことは、どんな形であれ『うちが悪かったです、ごめんなさい』って意志の表明になっちゃうから。
既成事実ができれば、この先のあらゆる交渉ごとで、楽園派は隠形派に頭が上がらなくなる」
徹底抗戦――まではいかないにしても、下手に出るものではない。
目立の名誉はもちろん大事だが、それ以上に、いま彼女をないがしろにすることは全ての最悪の発端になりかねない。
南雲は
「わたしは、目立ちゃんを守るよ。真犯人が見つかろうが見つかるまいが、ここだけは変わらない。
それで隠形派が怒って攻めてくるんなら――この一週間で、わたし達がそいつらより強くなれば良い」
新しい師匠もできたことだしね、と南雲は言葉を締めた。
そして――しばらくして。
>『手間が省けて良かったな……』
屋守が、声ではなく念信で言葉をつくった。
>『どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
屋守が顎を向けた先。
そこには魔法少女がいた。
(気付かなかった――――ッ!)
魔力の隠蔽。その点にかけて、襲来した魔法少女は達人級の技術を持っていた。
感知能力に優れた南雲が、変身していなかったとは言え、屋守に言われるまで気付かなかったのだ。
それともエルダーの大きすぎる魔力にあてられて、感覚が狂わされた――?
そして、魔力を隠した魔法少女をひと目でそれだと認識できたのには理由がある。
袷に袴、軍用みたいなごついブーツ。インバネスコートに、あろうことか帯刀(!)までしている。
かような時代錯誤も甚だしい仮想を、大須観音以外の場所でする者がいるとすれば、魔法少女に他ならないだろう。
魔装を纏っている。つまり――戦闘態勢だ。
「ッ!」
二人して唖然としていた理奈と麻子をそれぞれ左右の脇に抱えて、南雲は背後へ跳躍した。
室内ゆえに大した距離は稼げない。それでも、一足一刀の間合いからは脱出する。
魔装も纏わずに無理に跳んだものだから、体中の筋肉が悲鳴を挙げていた。
しかしそれらの悲鳴が蚊の鳴くように聞こえるほど、心臓がとんでもない鼓動を刻んでいた。
『縁籐きずなの魔法核を持つ魔法少女――それって、真犯人ってことなんじゃあないの!?』
殺し合いが珍しくもないこの業界において、殺害がちょっとしたトピックスになる人物――
縁籐きずなは、それなりに手練の魔法少女だったのだろう。それを、ほんの短時間で殺してのけた。
その事実からでもこの書生風の魔法少女が只者じゃあないことがありありとわかる。わかってしまう。
それこそ、エルダー級並の……
(……ん?そういえば、この魔法少女はあのエルダー級とは違うんだよね)
南雲はほんの少しの間だが、この近所に現れたエルダー級の姿を目撃している。
そして目の前の書生風の魔法少女は、明らかにそのエルダーとは異なる外貌をしていた。
『縁籐きずなを殺った犯人は、てっきり例のエルダー級だと思ってたけど……違うのかな』
念信を襲来者を除く全員に通した。
この魔法少女が縁籐殺害犯だとすれば、あのエルダーの魔力爆発は一体何だったのか。
それとも、エルダー≠書生という認識がそもそも間違いで、二つは同一の存在なのかもしれない。
外見を変える魔法なんて珍しくもない。目立の固有魔法がまさしくそれだ。
しかし書生風から感じる魔力の量は――
『エルダーほどの圧はない……だけど、わたしたちより遥かに強い。気をつけて』
低く見積もって、南雲の三倍――四倍はあろうかというもの。
対してこちらは南雲、萌、麻子、理奈の四人。祝子の協力を得られれば、数字の上ではなんとか拮抗できるレベルだ。
あとは、相性と経験の差。そして地の利だろう。勝手知ったるテンダーパーチの環境が、吉と出るか凶と出るか。
『萌ちゃん、相手を刺激しない範囲でわたしから距離をとって。祝子ちゃんも』
相手の得物が腰に帯びただんびらなら、能力は近接攻撃系と推測できる。
こういうとき、まず考えるべきがお互いの位置取りだ。
少なくとも、刀の長さ分だけは離れるべき――これなら誰か一人が斬られても、残った者がフォローに回れる。
最悪なのは、味方同士の距離が近すぎて纏めて攻撃を食らう羽目になることなのだから。
南雲は動いた。念信の周波数をオープンチャンネルに切り替え、書生風の魔法少女に言葉を放つ。
『いらっしゃいませお客様、ご来店ありがとうございます――ご注文は?』
まず知るべきは、相手の目的。
縁籐きずなを殺した帰りに、魔装のままでお茶しに来た意味。
書生風が隠形派と楽園派のいざこざを把握しているとしればなおのこと、リスクの高い行為に身を投じる必要がどこにあるのか。
見極めるための質問を、念信越しに投げた。
【真言ちゃんの出現にビビり、後ずさる。真犯人=真言ちゃんと誤認中、エルダーとの関係に疑問】
【生身のまま(変身すると戦闘意志ありと思われるおそれがあるため)、真言ちゃんにここへ来た目的を念信で質問】
>「待ちィっちゅーとろーがァ!屋守取られたらウチはどうなるんじゃあ!」
「知るか!野垂れ死ね!」
すっかり和気藹々と打ち解けた様子で言葉を交わす一同。
今日この時が初対面であることなど忘れてしまいそうな光景だ。
萌は祝子の顔面に投げつけてやろうと塩を握りこむ。
しかし、そのあたりで屋守が河岸を変えようとホールへ出た。
収集をつけかねたのか、あるいは仕事の邪魔だけれど雰囲気が妙すぎて声をかけられずにいる従業員(非魔法少女)が
厨房の隅でいよいよもって泣き出しそうになっていたりしたのが見えたのか。
しかし真実はどちらでもなかった。
なんと屋守は座るなりオーダーをしたのだ!
(まだ……まだ食う気か!)
魔法が使えても、自らを客観視するというのは難しいものである。
「負けるか!とりあえずワンプレートください!」
ワンプレートとは読んで字のごとく、一つの皿に全ての料理を載せたメニューのことだ。
今日はグリルドベーコンにスクランブルエッグがメインになるらしい。
しかし、茶碗に盛ったライスの上で同じ事をすると、
途端にただのズボラ飯という扱いなってしまうのはなぜなのだろう?
そんな命題に取り組む萌には一切構うことなく屋守は厨房での話を続ける。
>「アタシなら強くしてあげられるぜ。短期間で、今の2倍、いや3倍の戦闘技術を身につけさせてやるさ」
その言葉に、紙ナプキンで金魚を折っていた萌の手が一瞬止まる。
仮にこれがスポーツや格闘技の話題であったとしたら「適当ぬかすなコラ」と屋守の頬げたを張り飛ばしているところだろう。
努力は即効性がない薬である。萌は十分すぎるほどにそれを知っている。
しかし、今回に限っては有り得ないことではない。
なにせ魔法という肉体を凌駕した領域の話で、しかも一同もれなく初心者なのだ。
ここから倍くらいならたしかに難しいことではなかろう。
――そうなってもまだまだ上がいるというだけのことだ。
>「1週間!お手軽体験コースだ。アタシがみっちり修行してやる。これで効力が効かないと思ったら……破棄してくれて構わない」
>「お願いします。私――強くなりたいです!!」
最終的な屋守の提案に意外にもまず理奈が乗った。
理奈もまた岐路にいる自分を意識しているのだろう。
さて萌としてももちろん拒む理由はない。
闇雲に自己流で鍛錬するよりもトレーナーがつくほうが効果が高いものだ。
というわけで屋守教官によるデビルズブートキャンプへの参加を表明せんとした萌の動作を、ゆりかからの一報が中断させた。
>『――と、いうわけなの』
>「目立ちゃんが、被疑者に……?」
誰だっけ?とは聞くまい。萌が目立を知っているかはこの問題の本質には一切関係がない。
少なくとも今のところは協力体制にある楽園派所属の魔法少女に、
他派閥構成員殺害の嫌疑がかかっているということだけ理解していれば済む。
>「わたしは、目立ちゃんを守るよ。真犯人が見つかろうが見つかるまいが、ここだけは変わらない。
> それで隠形派が怒って攻めてくるんなら――この一週間で、わたし達がそいつらより強くなれば良い」
「つーか、わかってていちゃもんつけに来てるんだろーしねえ、そいつら……」
苗時によれば勢力規模において楽園派は隠形派に劣るのだという。
飲み込まれずに済んでいるのは氏族間に"惣無事令"が布かれていたおかげ。
図らずも大手を振ってそれを破る絶好の機が訪れた。これを逃すはずはない。
もちろん隠形派とて無傷ではすまないだろう。
だが構成員の数が減っても所有する核が増えれば勘定は黒字と考えられないだろうか。
(萌自身はあまりそういう思考はしたくないが)
聞けば、目立は戦闘は不得手。引き渡してもすぐにそれは先方にもわかるはずで、
『一人で縁藤を殺害できたとは思えない、共犯がいたはず』などと言われてしまえばどうしようもない。
逆に戦闘力の高い魔法少女が被疑者だったとしたら、最低でもそのまま血祭りにあげて戦力を削りにくるだろう。
事件が起きてしまった時点で、差し出すという選択はマイナスにしかならないと決定されているわけだ。
「とりあえずやりあう方向で考えるっきゃねーでしょ、完全に余計なゴタゴタだけどー」
心底嫌そうに呟く。もちろん実際に嫌がっているのだが。
とはいえ、これから先、しくじれば夜宴本体と事を構える可能性すらあることを考えれば
"前哨戦"がこの程度ならむしろ僥倖というべきなのかもしれない。
「なんとかおさめてせいぜい高く恩売ろーぜ」
売る先は言うまでもなく苗時だ。無くすものばかり考えてみても仕方がない。
得られるものについて思いを馳せねばやっていられないこともあるものなのだ。
萌は一日が始まったばかりだというのにはや疲れきった様子でテーブルに突っ伏す。
顔が窓に向いた。その向こうに黒い服の少女が見えた。店に入ってくる。
>『手間が省けて良かったな……』
>『どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
屋守が間口に降り立った八咫烏、佐々木真言へ向けて顎をしゃくる。
三本目の足と見まがうばかりの大太刀の、黒塗りの鞘がぬるりとした光を放った。
(――見える距離なのに反応がない!?)
初来店時の経験から、萌にはお互い変身していなくてもある程度の反応は追えるという意識があった。
だが、真言は見えているどころか近づいてきているのに一切波動を感じられない。
>「ッ!」
南雲が即座に間合いを切る。"荷物"二つ抱えての割には見事な跳躍だ。若干足がグネったようにも見えたが。
>『縁籐きずなの魔法核を持つ魔法少女――それって、真犯人ってことなんじゃあないの!?』
『知らん。でも都合はいい』
正面から撃破したのかもしれないし、脇から掠めとったのかもしれない。
しかし真犯人かどうかは最早どうでもいい問題だ。魔装状態で乗り込んでおいて害意がないとは言わせない。
魔装ではなくコスプレで、それで出歩く趣味の持ち主であると考えられなくはないが、
そんな痛い人がたまたま殺害された少女の核を持っている可能性は、さて何パーセントになるだろう。
>『萌ちゃん、相手を刺激しない範囲でわたしから距離をとって。祝子ちゃんも』
真言の魔力圧を探った南雲が一同へ指示を飛ばした。
初撃で一網打尽という可能性を考慮したのだろう。まずはセオリー通りの行動だ。
もちろん萌は
『断る!』
それを一言に切って捨てた。なぜか――
「ご、ご注文頂いいた分は以上でおそ、おそろいですね……?」
さっき厨房で泣きそうになってた店員が料理を運んできたからである。
噛みまくりの台詞からは明らかに"追加注文はかんべんしてください"という空気が渦巻いている。
まったく接客業は楽ではない。
もう一つ。
いざやりあうとなった場合に間合いが離れすぎていると萌にとって不利なことも理由に挙げられる。
萌の有する飛び道具は隙の大きいカマイタチのみなのだ。
悠長に狙ってる間に、切り刻まれてそのまま粘りが出るまでよく捏ねられかねない。
この位置からなら南雲が斬られる隙に仕掛けられるし、また逆に萌が斬られている隙に南雲がフォローできる。
しかし、断りはしたが南雲の懸念ももっともなことである。
というわけで、萌は皿に手を付ける屋守に擦り寄った。
抜き合わせてからの逆胴であればいささかなり対処の時間が増えるし、上段や突きなら的になるのは一人。
一番まずいのは腰から抜きざまの一撃である。
仮にあの太刀が及ぶ範囲だけが脅威になるとしても、一歩と少し踏み込めば大半が間合いの内だ。
しかし南雲を別とすれば一番近いのは屋守。当然、斬撃は先に屋守に到達する。
(ま、師匠とするからには手並みを見ておきたいってことで一つ……)
などと考えながら萌はパンケーキにナイフを入れた。
【屋守を平気で盾にする】