現代幻影TRPG

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222グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/09/05(水) 05:11:10.38 0
>「ポリ公が来るにしちゃあ遅かったな。しっかしあのパンダ共も、もっとマトモなのを連れて来りゃあいいのに」
>「不本意ながら所属はアゲンストガードです。認識を間違えないでもらいたい」

こちらの思惑通り、ドミニクとエリートリーマンは火花を散らしあうように戦いを始めた。

「アゲンストガード……!?」

アゲンストガードらしからぬ服装とエリートオーラ。
しかしどこまでも服装フリーダムな当該職場においては
リーマンのコスプレをした人がいてもおかしくないののもまた真実かもしれない。

>「脳味噌焼きプディングになっちまいなァ!」
>「危ない!」

半ば観戦モードに入っていた所を、アッシュに突き飛ばされる。
直後、ほんの目と鼻の先で灼熱の火炎が渦を巻く。

「アッシュ……!?」
>「グランちゃん、俺のことは気にしなくていい!自分の尻くらい自分で拭けるから、ねっ」

炎の壁の向こうに隔てられたアッシュの身を案じるも、ただ無事を祈る事しかできなかった。
所詮は虚構の舞台で蝶よ花よと飾り立てられ踊ってきた人形。
そこでは争いすらも全て美しい紛い物で――本当の戦いも、殺し合いも、オレはまだ知らない――。
無意識のうちに左手の甲を押さえる。先刻から燃えるように熱い。
223グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/09/05(水) 05:12:14.54 0
>「グランちゃん、俺が奴の攻撃を防ぐ!けど体力的に長くは持たないから───速攻で決めてくれッ!」
>「確か枯れ木だの焼きプディングなど散々侮辱してくれたな。
 いいだろう、貴方がそれを望むならばッ!一切の慈悲なく制圧を開始する───!」

炎の渦からの脱出に成功したアッシュと、リーマン(仮称)がドミニクの攻撃をけん制する。
オレは蚊帳の外でマーク外になった感があるが、だからこそチャンスだろう。
オレは微笑の女神の肩に立ってドミニクを見下ろす。

「――重力操作《ウェイトコントロール》」

無重力の水滴は物体にひっつく性質があるのを利用して、先刻やったようにドミニクを雨粒の中に閉じ込める。
すぐに脱出されるだろうが、一時隙が出来ればいい。
直後、自分にかかる重力を最大にして、女神の肩から飛び降りる。

「彗星衝突《ディープインパクト》!!」

文字通り隕石が衝突するように左の拳が炸裂した。
増幅された重力と自由落下の加速度、それ以上に何かの力の後押しがあったような気がするのは気のせいだろうか。
ドミニクは眼下の雲を突きぬけて姿が見えなくなった。
倒せたかどうかは分からない、むしろ倒せていない可能性の方が高いが、暫くは上がってこないだろう。
だから今のうちにやっておく事だある。

「アッシュ、来てくれ! フラッグを回収するんだ!」

寄せて来たゴーレムに、オレはフラッグをひっつかんでゴーレム内に運び込む。

「え、回収って……」

「全部だ!! 見ただろう、さっきの。ありゃ戦闘狂の目だ。
フラッグをここに置いて逃げたらまた他の参加者とドンパチやる。
サンダーバードが逃がされるのもお構いなしにな!」

「多分まだ脱落していない参加者の殆どがこの辺で揉まれてる。
下手すりゃ参加者ほぼ全員に追われる事になるぞ? ――こりゃあ面白い事になってきたな」

「逃げ切ってみせようぜ! スタンプに一泡吹かせてやろう!」

何か指名手配されてるらしいが、MVP賞でももらってしまえば有耶無耶になるんじゃないかな!?
という希望的観測のもとにレースを続ける気満々だった。
それは、あのパン一王子が近くにいるような気がしていたからかもしれない。
実際に近くにいるだなんて、この時のオレは夢にも思わなかったのだが。

このまま特に何も起こらなければ、フラッグを積み込んだ最新型ゴーレムは全速力で復路を飛び始めるだろう。
224スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/09/10(月) 23:47:52.27 0
――時を同じくして、積乱雲下方もまた、小さな戦火に包まれていた。
警官隊と応戦するは、バンプスのリーダー・ゲオルグと魔法局魔法使い取締り課所属シェレン術師。
……とはいっても、戦っているのはゲオルグ一人だけだ。

「おいまだかよネーさん!流石の俺様もそろそろ弾幕切れちまうぜ!」
「んに゛ゃー、こなくそーーっ!つーえーよーうーごーけぇええーー!ハイィーーー!」

汗だくのゲオルグが振り返る。爆発呪文はゲオルグオリジナルの複雑な術式であるため、かなり体力を削られるのだ。
振り返った先のシェレンは、恨みがましげに歯を剥いて、火花散らす杖をブンブンと振り回す。
セイレーンの唄を食らった時から、どうにも杖が言う事を聞かなくなってしまったのだ。

「降伏しなさい、繰り返します、降伏しなさい、降伏しなさい降伏しなさい降伏しなさい降伏しなさい
 降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏降伏!!
      ...
 いい加減降ッ伏しろ屑共めらがァァアーーーー!!」

「るせえ豚野郎がァーーーー!豚ロースにしてやらァーーーーーー!!」

何度も降伏を促す警官隊の魔術師の一人が、氷槍を雨霰の如く馬車に向け放つ。
同時に、馬車の周囲に張られた結界、そのピンポイントに開いた隙間からゲオルグの爆発呪文が発射される。
巨大な氷柱と爆弾が空中でドッキングし、大気を幾度となく揺らす。

埒が明かない。拮抗状態から已然抜け出せず、ゲオルグは苛立ちから拳を握り、遥か上空を睨んだ。
積乱雲の中では何が起こっているのか。先程から感じる、肌を静電気が撫でるような嫌な空気。
その中心にドミニクの魔力を微量に感じ、悪寒が背をなぞった。
後を追うように、腹の奥から敗北した羞恥心がせり上がり、ゲオルグの闘争心を煽りたてた。

「だークソ!あの糞トカゲ、いつかゼッテー燃やしてやるッ!」
「あーもー!いい加減にしないと薪にくべてしまいますよッ!?」

ゲオルグとシェレンの怒りが同時に声を突いて出た瞬間、杖の先からバチッと光がほとばしる。

「あっ戻っ…………ハイ?」

シェレンの笑顔が咲いたのもつかの間、杖先からにょっきりと生える蔦。
喜ぶ暇もなく、蔦はジャックの豆の木の如くみるみる伸びていき、あっという間に車内をジャングルに変え、
遂には天井を突き破って結界をも力ずくで破壊してしまったのである!

「きゃああーーーーーーーっ?!何ですかこれェーー何でこんな事するんですかーーっ!?」
「オメーがやった事だろが何とかしろォーッ!!」

蔦は止まることを知らず、術者の意に反して伸びる伸びるどんどん伸びる!
馬車を根城にペガサスに絡みつき、四方八方に伸びて警官隊へと魔手を飛ばす。
ヒッポグリフは巻き込まれて堪るかと乗り手に反して四散し、空中は大混乱を極める。
ぎりぎりの所で逃げおおせた警官隊の一人が目にしたのは、宙に浮かぶ蔦の篭城であった。

 ○ 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 

※余談であるが、このレスを書いている最中に書き手のパンツが本当に破けた。縦に破けた。
体勢を変えた直後に起きた出来事で、驚きのあまり椅子から転げ落ち右足首を捻挫した。奇跡が起きた記念に記しておく。
225スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/09/10(月) 23:48:47.77 0
「け、警察が近寄れなくなったのは良いですけど……どうしろって言うんですか、コレェ〜〜」
「何てことしてくれやがんだ糞ッ、糞ッタレ、これじゃマスも搔けやしね……うん?」

車内は無数の太い蔓が縺れ合い、二人も蔦の間に挟まって動けないでいた。
ゲオルグは恨みがましげに天井を見やり、フと目を窄めた。積乱雲を突っ切って、何かが高速で落下している。
正しくは人型の何かがこちらに急接近している。人型で羽の生えた人間がこちらをマッハの勢いで急落して――

「おわああああああああああああああーーーーっ!?」

大気を震わせる程の轟音を立て、蔓の絨毯へと落下した。

「ハイィ!?女の子でも落ちてきたんですか!それとも天使?デーメ―デルからの使い!?」
「……女の子ならよっぽどキュートで良かったんだがなァ。あの糞親父共、一体あの中で何やらかしやがってるんだ?」

眼前に落下してきたそれを見て、ゲオルグは吐き捨てるように呟き、積乱雲へ目配せした。
落ちて来たのは女の子でも天使でもなく、気絶したドミニクその人であった。

 ○

積乱雲の中で何が起き、彼等に立ちはだかる次の障害とは。数分前に遡る事。
微笑の女神の影に隠れていたスタンプは、覗き見ようと顔を出しかける。刹那、爆音が空気を震わせ、術の余波が頬を裂いた。

「……上だ。ココからじゃ様子を見ることも出来ねえ」

埒が明かないとヒッポグリフを駆る。蒼褪めるスタンプを乗せ、ヒッポグリフは上空へ。
左肩が熱を持ち、激しく痛む。早くグランを連れ戻さなければ。微笑の女神の肩部分まで上昇する――

居た。銀髪をはためかせ、下方を見据える華奢な少女。見つけた。右手を伸ばす。

「グラ…………」
>「彗星衝突《ディープインパクト》!!」

グランが飛び降りるその一瞬、スタンプの右手の指先がグランの左肩を掠めた。
少女は背後のスタンプを振り返りもせず、ドミニクにむけて急降下。
彗星衝突をモロに食らった龍人は、雲の下へとフェードアウトしていった。

>「アッシュ、来てくれ! フラッグを回収するんだ!」
「!?」

半ば茫然と見下ろしていたスタンプだったが、グランの発言に度肝を抜かれた。
ここまで来て、まだ彼女は危機を背負おうとしている。どこまでも命知らずな少女だ。
普段は放任主義で他人に気を掛けないような男の中で、怒りの臨界点を突破しようとしていた。
226スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/09/10(月) 23:49:38.88 0
「あの特大莫迦娘、拳骨で済まそうなんて考えが甘かった」

ヒッポグリフの毛が逆立つ。肌が粟立つ悪寒を男から感じ取り、不安げに低く鳴く。
怒っていた。この男もまた、少女に対し我を忘れる程に憤怒していた。
痛みも忘れたかのように左手で手綱を撓らせ、右手にFN P90を装備し、微笑の女神を駆け降りる!

「お外に出たらチビって家から出られなくなる位に"世間の恐ろしさ"ってのを叩き込んでやる。
 楽しいレースの終わりは、『鳴く』子もイッちまうお仕置きの時間だぜ、グ ラ ン ?」


『フリークマン、フリット・フリークマン氏、状況報告願います!どうぞ!』

親父がブチ切れて垂直特攻する最中、警官隊の一人からフリークマンに念信が入る。
フリークマンが積乱雲に突入し、早三十分弱が経過していた。

『こちらはゲオルグ・ヴィオレッタ、ドミニク・グラルディオラ、シェレン=ドリュアスの三名と交戦中!
 一体そちらはどうなってるんです?「何故積乱雲が肥大しているのですか」!?ポイント確認を優先して下さい!』

……サンダーバードは通常、卵から孵って、死ぬまで積乱雲の中で生活する。
個体に合った積乱雲の大きさというものが存在し、活動の状態によって変動する。
例えば活発な状態であればニューラ―ク州を丸々覆える程の雲を形成することもある。
一番積乱雲が小さい時は、巣(積乱雲)の主が眠っている状態であるという証拠だ。
もうお分かりだろうか。「積乱雲が肥大している」という言葉の意味が。

スタンプは怒りに任せてヒッポグリフから飛び降り、グランの眼前に着地した。
嗚呼、爆発寸前の怒りに満ちたその表情は正に悪鬼、羅刹、修羅、形容し難い!

「こ ん の 糞 餓 鬼 共 ! も う 勘 ッ 弁 な ら ね ぇ!!」

P90のグリップを握る右手の甲の紋章がやけに赤い。血の色のように、活火山のマグマのように、煮え滾った赤の色だ。
怒りと興奮に色を付けて、ないまぜにしたら丁度こんな色になるだろう。
現に彼自身、右手が焼け爛れてしまいそうな程に熱を感じていた。

「だ、旦那!旦那!落ち着けって!」
「命乞いなら聞かねえぞ。人が心配して追っかけてみりゃ、まだチキンレースに挑む気か?もう充分楽しんだろ!?
 お前等は、何回、命捨てるような真似すりゃ満足するんだ!!100回か?1万回か?それとも10億回か!?」

激情に任せて弩級の怒鳴り声を散らす。段々怒鳴っているうちに情けなくなり、足元に視線を落とした。
最初から自分が止めていれば、こんな思いをせずに済んだはずだ。グランを叱り飛ばすような事をせずに終わったことだ。
中途半端で捻くれた性格が招いたも同じだ。最初から、素直に「心配するから止めろ」、そう言えば少しは――

「俺の寿命縮めるようなことして、楽しいか?そんなに俺を怒らせるのが好きなのか?どうなんだ、グ ラ ン!!」

違う。本当に言いたいのはもっと別の事だ。自分が前に犯したミスを、繰り返させたくないだけなのに――

「旦――グ――逃げ――サン――――雷――」

鼓膜を突き破るような落雷の音。アッシュが何か叫んでいるが、耳に届かない。
背後から太陽と錯覚するような光熱と、空を裂くような鳥の声が轟き、所構わず雷撃が落ちる。
その幾つかが、フリークマンやグラン達の元にも落ちた。
恐竜のような鳥の足を拘束していた鎖が、砕けて転がり落ちていく。

サンダーバード、覚醒。

【エマージェンシー:サンダーバード覚醒、暴風+雷撃+目が潰れる程のフラッシュ。各自避難しなきゃ危険が危ない】
227フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/16(日) 01:05:23.44 0
残り少ない魔力を惜しげもなく魔法に変えて、炎と風は無差別に周囲を侵略した。
その弾幕を打ち消すのに手一杯で思うように敵へ攻撃できない。
例え接近しても精々が牽制程度の役割しか果たせなかった。

(ちっ……「一枚刃」では準備不足だったか……!)

単なる警備だと思って最低限の用意しかしていなかったのは失敗だった。
こちらは「炎」や「風」といったシンプルな魔法の分野を専攻していたわけじゃない。
もちろん初等クラスは一通りマスターしていたが。
そうやってチマチマしている間に、ドミニクの綺麗なツラへ拳がクリーンヒットした。

>「彗星衝突《ディープインパクト》!!」

その小柄な体躯に見合わぬ重い一撃は相手を流星に変え、積乱雲を突きぬけ、彼方へと吹き飛ばした。
フリークマンは龍人が点となって消失した方向へ一瞥くれて視線をグランへ向き直す。

「絶対に許せん。公私共に許せん……!おつむの弱そうなガキの分際でェェェッ……!」

込み上げてくる怒りで自然と眉根が寄る。
例え腹立たしい容疑者が倒されようと逮捕できなくては意味を為さない。
よってドミニクに抱いていた怒りは自然と彼を倒したグランへ転嫁される。
何より相手を捕まえるのが仕事だ。事務的にやるか、私情込みでやるかの違いでしかない。

そんな煮え滾る感情に、突如として冷却剤が投下された。

>『フリークマン、フリット・フリークマン氏、状況報告願います!どうぞ!』

警官隊からの念信に熱を帯びた思考が急速に冷えていく。
自分を客観視してみて冷静さを欠きすぎていたことに羞恥心を覚えた。
そうしてクールダウンした頭はようやく警官の声色が尋常でないのを認識した。
とにかく報告に応じようとポケットから携帯念信機を取り出すと再び通信が届く。

>『こちらはゲオルグ・ヴィオレッタ、ドミニク・グラルディオラ、シェレン=ドリュアスの三名と交戦中!
> 一体そちらはどうなってるんです?「何故積乱雲が肥大しているのですか」!?ポイント確認を優先して下さい!』

「積乱雲が、肥大………?」

思わず質問を質問で返すとフリークマンはそれに心当たりがあることに気付いた。
嫌な予感が頭をもたげる。いや、正確に言えば事実から目を背けたいだけだったのだろう。

「サンダーバードが──────」

途端に視界を白が塗り潰した。突如のフラッシュに思考も追いつかなかった。
慌てて追いついた思考はそれが閃光だと理解し本能的に跨っているであろう天馬にしがみつく。
更に暴風が殺到すると風の激流に大きく流されペガサスが何度も揺れる。
空中へ幾度なく投げ出されそうになりながら、必死にしがみついていたお陰でどうにか耐え切った。

「目を覚ましただけでこれほどとはな……」

一難去って安堵と同時に独りごちた刹那。頭上から不穏な雷鳴が轟く。
回避の思考を遂げる間もなく鋭い光を伴って雷が降り注いだ。
出し抜けの落雷ゆえに回避も間に合わず、フリークマンは「うわぁっ」と小さく声をあげ硬く目を閉ざす。
だが雷撃はすぐ真横に落ちたため感電死の恐怖は杞憂に終わった。

(い、いかん……命中したら死んでいたな……日ごろの行いが良かったのか……!)

如何なる原理によって回避が為されたのか───ようはスタンプが乗っていたときと同じ理屈。
空を翔ける天馬は危険の匂いを本能で察知し避けようとする性質が作用したのだ。
決して日頃の行いが良いわけではない。決して。
228フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/16(日) 01:06:49.28 0
やがて視界に色が戻り始め、暗澹とした積乱雲の様相を掴むことができた。
目を細めて周囲を見渡すと雲の隙間からまばらに光が漏れるのが見える。
反射的に数分前のことを想起してしまい、生きた心地がしなかった。

(積乱雲の中で奴らを捕まえるのは些か困難か……
 いったん泳がせておいて外に出た瞬間を狙う、これがベターといったところか)

サンダーバードが目覚めた以上今までよりも捕縛は困難を極める。
先回りして外に出た方が安全・確実だろう。

(それに何度も言うが、枷をつけられているとはいえ
 精霊級の化物の周りをウロウロ飛び回るのは危険す…………)

サッ、とフリークマンの顔から血の気が失せる。
何故ならば微笑の女神を飛びたたんとする"それ"目にしたからに他ならない。
鎖の呪縛から解き放たれた巨鳥───

「こちらフリークマン!警官隊応答してくださいッ!
 サンダーバードが覚醒し、枷が外れました!繰り返します、ヤツを縛っていた枷が外れたッ!!」

気付いたときには携帯念信機に向かってがなり立てていた。
おそらくはドミニクの放った炎が鎖を溶融し枷が外れたのだろう。

「枷は特別頑丈だったんじゃないのか……!?魔法的な防御策ぐらい講じていろ……!」

あの足枷には"鎮静"の魔法でサンダーバードの活動を抑制する働きがある。
しばしば犯罪者を大人しくするため警察の手錠などに使われる手法だ。
当然この手の魔法は媒介が壊れてしまうと意味がない。

サンダーバードの厄介なところは風と雷、天候を操り大規模な被害を齎すことだ。
このまま積乱雲が拡大すれば観客にも暴風雨と落雷のセットが襲うだろう。
狂人の祭典といえど流石に死人はまずい。
それどころかニューラークを巻き込む嵐に発展すれば人的、経済的な被害は計り知れない。
責任はWHR運営、賠償金はもちろん今後のレース開催すら危うくなる。
超えちゃいけないライン、考えろよというわけで。

「危険人物を野放しにするのは癪だが。警備の義務を全うするのが道理ッ!」

仕事内容を考慮した上でフリークマンは優先順位を変更した。
倒すとまでは行かずとも積乱雲から参加者を逃がす時間稼ぎくらいはできる。
───何より観客といった関係のない人間が死ぬのは寝覚めが悪い。
ウィップエッジを発動して、鞭状の刃をサンダーバードへ振るう!

が、しかし。

「くぅっ……また風か………!」

巨躯の雷鳥が飛行の前動作に翼を三度羽ばたかせた。
それだけで暴風が吹き荒れ、フリークマンは振り落とされぬよう手綱を握り締める。
自己防衛に意識を向けたため同時にウィップエッジの挙動も止まった。
思念操作でネクタイを動かす仕様上の弊害である。

風が止んだところで再びネクタイを操り、青刃をサンダーバードへ伸ばす。
横薙ぎに放たれた刃は巨鳥の左翼に命中したがそこに傷一つもなかった。

(刀剣並みの切れ味ではナマクラか……!次はより切断力に偏重させる……!)

魔力を込め直し、ネクタイは再び左翼めがけて袈裟切り。
同時に翼は高く持ち上がり惨めにも刃は空を切った。
229フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/16(日) 01:08:03.70 0

「遂に飛ばれたか………!」

フリークマンは忌々しそうに舌打ちしたが足は震えていた。
間違いなくヤツはこの鬱陶しい蚊トンボを狙うだろうな───
これから訪れる風雷の雨霰に考えを巡らせていると、ガキッと何かが引っ掛かる嫌な音が鳴った。

「………は?」

どうも残っていた足枷にネクタイが引っ掛かったらしい。
まあ砕けたのは鎖の部分であって枷そのものは足首に残っているからおかしくはない。
問題はサンダーバードが飛翔しどんどん高度を上げていることだ。
それに比例してネクタイが引っ張られてフリークマンの身体も引っ張られていることだ。
ペガサスの手綱を必死で掴むのも虚しくブチッと綱が切れる音と共に、一人の男が宙へ舞った。

「うわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………‥‥‥‥‥‥‥」

耳も塞ぎたくなるような大絶叫の不協和音が積乱雲を衝く。
その姿はあるいは季節外れの鯉のぼり、あるいはケツの筋肉が緩い金魚のフンである。
諸君らも鳥の足首に引っ掛かっている人間を見つけたら是非助けてあげて欲しい。
230グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/09/19(水) 00:56:08.64 0
>「こ ん の 糞 餓 鬼 共 ! も う 勘 ッ 弁 な ら ね ぇ!!」

パン一王子が名状し難き表情で目の前に降り立つ。
一瞬何が起こったか分からずに唖然とする。

「スタンプ……!? なんでここにいる!?」

>「だ、旦那!旦那!落ち着けって!」
>「命乞いなら聞かねえぞ。人が心配して追っかけてみりゃ、まだチキンレースに挑む気か?もう充分楽しんだろ!?
 お前等は、何回、命捨てるような真似すりゃ満足するんだ!!100回か?1万回か?それとも10億回か!?」

スタンプはひとしきり烈火のごとく怒り狂うと、俯いた。
その姿を見て、制止を振り切って出場を強行した目的を思い出した。目的は果たされた。
左手の甲を目の前に掲げる。

「そっか、来てくれたんだ。来てくれたんだね……。
いついかなる時でも引き寄せあい、決して離れることは無い。契約は、本物だった」

オレは、文字通り人形《ドール》のように微笑んだ。
231グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/09/19(水) 00:57:16.95 0
>「俺の寿命縮めるようなことして、楽しいか?そんなに俺を怒らせるのが好きなのか?どうなんだ、グ ラ ン!!」

スタンプの怒りがすぐにおさまるはずはなく、落雷の音が響き渡る。

「ひいっ!?」

やけに演出が凝ってらっしゃる。でも音響さん、ちょっと効果音でかすぎ!
……そうじゃなくて! リアルにそこらじゅうに雷が落ちまくっている!

>「旦――グ――逃げ――サン――――雷――」

オレは声をはりあげて叫んだ。

「二人はゴーレムに乗って逃げろ!! オレは魔法使いだから箒が使える!」

スタンプが言う事を聞くとも思えないが、一応そう告げるしかない。
なぜかというとゴーレムは2人しか乗れないからである。
というかスタンプどうやってここまで来たんだ。

>「うわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………‥‥‥‥‥‥‥」

「……」

素敵な歓声が響き渡る。
目の前をリーマン(仮)が爽やかにスカイダイビングをしながら横切って行った。
次の瞬間、オレは弾かれたように足場を蹴り、跳躍した――。
何も困っている人は助けないといけないとか聖者や聖人君子のような思想があるわけではない。
演劇において例えば“うわああああああああ!”っと叫びながら鳥の足に引っかかって振り回されている人を放置すると話が進まなくなるわけで。
単なる前職の職業柄の脊髄反射である。

「ディープインパクト!!」

サンダーバードの足枷に狙いを定め、拳撃を叩き込む。
足枷は砕け散り、リーマン(仮)は自由の身となった。

「一人で立ち向かおうなんて無茶だ! ここは一端退いて……」

そう言っている間に、サンダーバードがこちらに向き直る。
周囲にバチバチと魔力をハジケさせながら。
―― 目を付けられた、ガチで目を付けられた!

「ははは、えーと、どうする?」

ジャングルでライオンに会った時以上の素敵な笑みをうかべながら、リーマン(仮)と顔を見合わせた。
232スタンプ ◇ctDTvGy8fM :2012/09/28(金) 00:09:29.17 0
同時刻、積乱雲下にて。

「―――――――!!」

警官隊全体に、かつてない緊張が走る。
ゲオルグと応戦していた警官隊の魔術師が、念信器から耳を離すや視線を積乱雲へ向けた。
事情を知らないゲオルグ達も、肌を幾度も刺す予兆を不審に思い、顔を顰める。

――空に聳え立つ巨大な雲柱を突き破り、ジェット機の如く飛び出す一つの影。
太陽を背にして、悠々と空を舞うその巨躯は、TV中継を通じてニューラ―ク中の、いや、世界中の人々の目に留まる。
誰もがその光景を見て、一瞬、水を打ったような静けさに包まれたことだろう。
そのあまりに、あまりにも大きすぎる鳥の姿を視認した警官隊の一人は、頬をひくつかせた。


『こちらフリークマン!警官隊応答してくださいッ!
 サンダーバードが覚醒し、枷が外れました!繰り返します、ヤツを縛っていた枷が外れたッ!!』


ニューラ―ク中が混乱に包まれるその数分前のこと。
耳を劈く雷鳴、体中を叩きつける豪雨、人間の身体など木の葉のように吹き飛ばさん勢いの強風。
アンハッピーセットのフルコンボが、その場にいる全員に襲い掛かる。
特大の雷鳴が一つ、微笑の女神の脇を掠めた。視界が白く染まり、目も開けられない。

「うがッ!?」
>「二人はゴーレムに乗って逃げろ!! オレは魔法使いだから箒が使える!」
「おいグラン、何処に行く気だ?オイ――糞ッ!」

閃光で目を潰された一瞬の隙に、目の前からグランの気配が消失する。
闇雲に腕を突っ込むも勿論のこと彼女を捕まえることは叶わず、どころか首根っこを掴まれた。
そうして抵抗する間もなく、流れ作業よろしく座席に押し込められ、視力が回復する頃にはハッチが閉まってしまった。

『ハァイ旦那、強制的だけど空の旅へごあんなーい』
「テメッ、アッシュ!今すぐ出しやがれ!!――うわぁああっ!?」

プシュン、と外界を遮断する音の直後にアッシュのアナウンスが流れる。
窓ガラスを叩いて外に出すよう主張するスタンプを黙らせるように、急上昇し積乱雲を突破する。

「〜〜〜〜頭ぶつけちまったじゃねーかマザーファッカーめ!何の真似だ!」
『シートベルトお締めなすって旦那、頭冷やしなよ。あ、フラッグには触るなよォ』

見れば、座席一杯にレース用のフラッグが百味キャンディセットのように詰められている。

『グランちゃんがよ、あのクレイジー蜥蜴野郎が他の参加者達に手ェ出さないようにさ、
 あえて皆から囮になろうってんで必死こいて集めてたんだぜ。あの娘ってホント、ケナゲだよなァ〜〜』

アッシュは前方の席で、深く吐き出した煙と共に、感慨深げに言葉を紡ぐ。

「……そんなのは健気じゃない。無謀っていうんだ。馬鹿で脳味噌のネジが緩みきった奴のすることだ」
『でもよォ、あんなクレイジーの極みカマせるなんざ、並みの女のコがするもんじゃねーや。
 旦那、賭けていい。ありゃイイ女になるよ。どんな方向であれ、とびっきり突き抜けた子供ってのは極上の大人になるもんだ』
「そもそも成長するかすら怪しいもんだがな。
 それにしたって、随分とアイツがお気に入りみたいだが、……まさかあんな小便臭いガキにほだされでもしたか?」

一見すれば軽薄で、誰にでも親しく接するこの男は、どうしてそう簡単に心を開く性分ではない。
誰かの肩を持つことも、ましてや舌を熱くするほど他人を評価する事も滅多にない男が、結構な入れ込みようだ。
知らずか切羽詰まった色を帯びたスタンプの声色に、アッシュはプッと吹き出した。
233スタンプ ◇ctDTvGy8fM :2012/09/28(金) 00:10:15.26 0
『……ハハ、ナーイスジョーク。俺が惚れるのは、何時だってオムネが自慢の可愛いブロンドちゃんだけさ』

「そうかよ。……で、どうする、あの状況?」

ゴーレムは体勢を戻し、サンダーバード周辺を旋回する。
既にその巨体を何十ものヒッポグリフが並走することで包囲しているが、一定の距離を保っている。
捕獲ランクA級(専門ハンター10人分)の代物だ、簡単に手出しすることが出来ないのだろう。
積乱雲はサンダーバードを追うようにどんどん肥大化し、被害を及ぼしていく。
本土に被害の範囲が届くまで余裕があるが、残された時間は限りなく少ない。

『! おい旦那、あれを見ろ!』

アッシュ達の視線の先に、乗り手のいないペガサスと、サンダーバードの足枷に引っ掛かったフリークマンが居る。
そして直後、銀色の弾丸が雷鳥とフリークマンを繋げていた足枷を完全に破壊したのだ。
雷鳥は非常に驚いただろう。魔力の塊が足元に特攻してきたのだから。
それが人型の生物二匹とくれば、おのずと敵であると認識するのは時間の問題だった。
遠目からでも分かる。紫電が空中を走り、雷鳥の敵意が瞬時にグランとフリークマンに向けられた!

「『させるか!!』」

スタンプは力任せにハッチの継ぎ目を蹴飛ばして無理矢理こじ開け、外へ飛び出す。
アッシュの指先がゴーレムのオーブモニターから命令術式を展開し、ゴーレムの両翼が開かれる。
顔を出したのは、自動追尾式機能付き超磁鉄弾――弾幕ミサイル。
元々、USA51は軍用機として開発された、対空戦専用戦闘ゴーレムである。
それを民間用に設計し直したものが試運転2012モデルだが、ミサイルの威力は軍用のそれ同様だ。

『3 2 1……F I R E!』

次々と発射されるミサイルは、サンダーバードの巨体向けて放たれる!
サンダーバードはその攻撃に気付くや、グラン達に向ける筈だった雷撃でミサイルを叩き落とす。
雷鳥の意識がゴーレムに逸れたほぼ同時、スタンプはゴーレムから飛び降りた。目下で駆けるペガサスの鞍へと!
悪態を吐いて千切れた手綱を掴み、ペガサスを上へと駆り立てる。電光石火の如き速度で、グラン達へ肉薄する。

「捕まえ…………!」

右腕がグランの襟首めがけ、伸びる。
その瞬間、上からモロに風圧を受けた。

「うわっ……!」

サンダーバードが威嚇するように羽ばたく。
そのまま二人が空中に留まり続ければ、もれなく風圧で吹き飛ばされることだろう。
しかもこのままでは、ペガサスに跨ったスタンプと激突し、固い両腕をクッション代わりにすること請け合いである。
234フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/29(土) 23:36:45.72 0
巨大なチキンの足に鯉のぼり状態で気分はさながら死へのエクストリームジェットコースター。
ネクタイ千切れて流れ星が先か。参加者のゴーレムにバードストライクでバラ肉が先か。
いずれにせよ碌な死に様ではあるまい。

(まずは引っ掛かったネクタイを外さなければ……!でないと身体がもっ、もたたたたたたた)

身に襲い掛かる風圧を五体一杯に受けてゆらゆらと宙を揺れる。
叩きつける風はサンダーバードが飛ぶ際に生ずるものだけではなかった。
おそらくは超質量ゆえにスピードに乗るまで風を操って飛行を補助しているのだろう。
絶叫マシンを凌駕する未経験の恐怖で満たされフリークマンは思考すら許されない。

だが流石というべきはサンダーバードの恐ろしき姿か。
羽ばたく翼は畏怖の象徴、鋭い眼光は雷の一筋。
暗雲から雷を招来しては総てを引き裂くように啼いた。

「うわあああああ‥‥‥‥うわあああああああ…………‥‥‥」

合いの手にフリークマンが悲鳴を木霊させて精霊とエリートの協奏曲。
これぞパーフェクトハーモニー。完全調和だ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………‥‥‥」

そこに情けない音をすり抜けて迫る影が一つ。

「うわぁ、うわぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁぁあぁあああああああ…………」

影はあらゆる柵──重力からも解き放たれたように、拳を引き、目標を見据える。

>「ディープインパクト!!」

衝撃。
踊り子は自由を奪う束縛を破壊して一人のエリート無職を救う。
だが残念なことに物理法則という束縛からは解き放ってくれなかった。

「う、お、お、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………………‥‥‥‥‥」

そのまま僅かに放物線を描いてフリークマンは真っ逆さまに落下開始。
ノーパラシュートスカイダイブで生命までうっかりノーになりそうだ。

(いかん、いかん……!と、にかく落ちるのは…………!)

恐怖信号が思考を白に染めながら生存本能が使うべき魔法を記憶のページを捲る。
だが突如として浮遊感と共に落下は止まり、フリークマンは命を繋ぎ止めた。
宇宙空間を漂うみたいに空に静止する男の傍らには銀髪少女がいた。

(重力魔法………『三流』か………)

助かったことに安堵し推定有罪の毒虫とはいえ救ってくれたことに感謝した。
それでもフリークマンの中で捕まえるべき敵というスタンスは揺るがない。
上の命令か、眼前の少女が犯人でないないと示す客観的な証拠でもない限り。
235フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/29(土) 23:38:57.02 0
九死に一生を得たのは良いが一つ腑に落ちないことがある。
どうしても彼女が自分を助ける理由が見当たらないことだ。
まさかアレで恩を売ったわけではあるまい。それはそれ、これはこれだ。

>「一人で立ち向かおうなんて無茶だ! ここは一端退いて……」

銀髪少女はこちらへ振り向くなりご丁寧にも戦術論を説いてくれた。
半拍遅れて「何故助けた」とか「何の真似だ」といった詰問しようとしたのに、その機会を見事潰される。

戦略的撤退。なるほど確かにもっともな意見だ。
おつむが弱いくせに存外冷静な判断力じゃないか、とフリークマンは感心した。
確かに仕事を果たすだけならそういう賢い一手もある。
代わりに罪もないレースの参加者達が危険に晒されるだけだ。
でも、それを知りながら逃げるのは、なんというか、その、それこそ────

「………プライドが許さなかった」

あの凶悪なサンダーバードに立ち向かうのが無謀であることなど先刻承知だ。
当然情けないくらい醜態を晒して酷くプライドが傷つくというのも。
だがあの時フリークマンは少しでも時間稼ぎをするのがベストだと判断した。
結果はご覧の有様。幸いなのは誇りがさほど傷つかなかったことだろう。

奇妙な話、その理由はどうにも見当たらなかった。
何度も風に流されて高慢な性情まで吹き飛ばされてしまったか。
フリークマンはそっと自身の左胸に手を重ねた。

(あれも見当たらない、これも見当たらない……か……)

どうも"優れた者"を自負し、冷徹に仕事をこなす自分らしくない。
ふうと溜息を吐いて───ぞくりと背筋に悪寒が駆け抜けた。

>「ははは、えーと、どうする?」

諦観に境地に達したか、調子外れの軽い声は災厄の報せだった。
強烈な殺気が発せられる方へ振り向くと暴虐の巨鳥と視線が衝突。
何事を寄せ付けぬ敵意が空中をスパークし何度も大気を震わせた。

「童話みたいに白馬の王子がやって来るのを夢想しては?お似合いでしょう」

皮肉たっぷりに現実逃避を奨励したのはどこか危機感の足りない態度に苛立ちを覚えたからだ。
そして頭の中を引っ掻き回している恐怖に対する精一杯の強がりでもあった。
現にフリークマンの体は細かく震え、逆流する胃液を必死で飲み下しながらサンダーバードに対峙していた。

(生意気を言ってみたが……自分が飛べない以上、このままでは逃げることすら……!)

どう頭を捻らせたって八方塞だ。あるのは数分ばかりの延命の手段。
死ぬほど腹立たしくて、認めたくもないが、自分がどうしても荷物になってしまう。
荷物。役立たず。クズ。フラッシュバックするのはお祈り通知を両手いっぱいにもらったあの頃。
早鐘を打つ心臓の音がフリークマンの鼓膜をしきりに叩く。
余りある自尊心が言葉を絞り出すべく口を動かす。

「……僕は………!僕は"一流"だ………ッ!」

どうせ死ぬなら抵抗の牙を突き刺して死ぬ。自分が見下す無能として死ぬのだけはお断りだ。
あの化物と戦っている間にお隣の脳内お花畑のお子様はスゴスゴと逃げればいい。
感謝しろ。尊い命を吸ってお前という粗大ゴミは生き延びられる。
フリークマンは──それが捨て鉢だろうが薄っぺらい自負心を守らずにはいられなかった。
236フリークマン ◆LtICClXKsY :2012/09/29(土) 23:45:23.16 0

「優秀でなくては意味がない……!有能でなければ価値がない………!!」

過去の失敗ゆえに『優れた人間』であらんとする強迫観念染みた執着心。
仕事以上に、純粋に他人を守るため動いた男の面影はどこにもない。
在るのは己は珠だと釜の底で叫ぶ憐れな男である。

サンダーバードの周囲を走る紫電がこちらへ向く。
対決するためウィップエッジを発動させた瞬間、思わぬ救いの手が差し伸べられる。

>『3 2 1……F I R E!』

灰色の流星群が尾を引いて暴虐の鳥へ殺到する。
フリークマン達へ向けられた雷はミサイルの迎撃に放たれ、激しい爆音を響かせた。
更に薄氷を踏むような行動をする男が一人。
己に口先だけで泥を塗ってみせた元上司、スタンプ・ファントムだ。

(この局面で、よくものこのこと……!)

憎き毒虫を認識した刹那、一つの影がフリークマンを攫っていった。
それは鷲の前半身に馬の後半身をもつ誇り高き伝説の生物、ヒポグリフ。

スタンプの舌先三寸に従いヒポグリフはずっと自身の乗り手を捜していた。
遂にフリークマンを見つけ出し危険も厭わず救い出して見せたのだ。
ヒポグリフはぐったり手綱を握る主人へ顔を向けて低く鳴く。
「これで白い馬公より私の方が上って証明できたかしら」とでも言っているのか。

フリークマンは心音が静かになっていくのを感じながら、酷く虚しさを覚えた。
優れた人間であろうとすればするほど無能と呼ばれる人種へ近づいている。
現に、自分の命は誰彼に助けてもらってようやく成り立っていた。
そうして容器の中の虚しさは捨てられて、代わりに憎悪と嫉妬が注がれていく。

「よりにもよって社会のクズに……!情けをかけたつもりか……?それとも僕を嘲る気か……?」

グランの余計なお節介がフリークマンの自負心の、水脈に近いところを掘り当てた。
怨恨が噴水のように心を浸す。路傍の石が宝石に勝る道理はない。あってはならない。
ゆえにあのスタンプや銀髪少女の存在は容認できない。今すぐにでも奴らを五分刻みにして───

(ちっ………馬鹿馬鹿しい。落ち着け、私情に流されるな。優先順位を間違えるな。
 どうまかり通ろうがサンダーバードを止めるのが先決だ。下手をすればニューラーク中が危ない……!)

寸でのところで理性が危ない思考を打ち切って、フリークマンは状況把握に努めた。
巨躯の鳥を警官隊のヒポグリフが取り囲みアッシュのゴーレムがサンダーバードへ攻撃。
銀髪少女とスタンプは、まあ死んではいないだろう。死んでもらっては困る。

「まずは仕事を果たす……!目標、サンダーバード───」

幸いなことに注意はゴーレムへ向いており、自分はサンダーバードの背後。
そこでフリークマンがまず翼を攻撃。機動力を奪って隙を作る。
後は警官隊なりミサイルなりがサンダーバードを手羽先かチキンナゲットにしてくれるだろう。

「制圧開始………!」

切断能力に魔力をつぎ込みウィップエッジを起動。
秋水の如き長大の剣が、暗雲を裂き巨鳥の左翼へ唐竹割るように飛来する──!
237グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/03(水) 21:59:17.70 0
>「………プライドが許さなかった」

「理由なんか後付だ。考えて出来るようなもんじゃない。
そういうのって、嫌いじゃない。いかにも物語の主人公みたいだから!」

そう言ってオレは場違いな、文字通り人形のような微笑を浮かべる。
オレが命知らずなのは、勇敢からじゃない。ただ単に魔導人形だから。
こんな状況でも笑えるのは、きっと対戦用に作られた魔導人形の血筋ならぬ魔力筋が混ざっているから。

>「童話みたいに白馬の王子がやって来るのを夢想しては?お似合いでしょう」

「白馬の王子様は無理でも……白馬のおじさまなら本当に来るかもしれないぜ!?」

>「……僕は………!僕は"一流"だ………ッ!」
>「優秀でなくては意味がない……!有能でなければ価値がない………!!」

そう言って青年は、何かに取り憑かれたように一人でサンダーバードに立ち向かおうとする。

「そんな寂しい事言うなよ。
人が誰かにとって大きな意味を持ってしまう事に優秀か、なんて重要な事じゃないんだ……
無職でも、貧乏でも、パン一で部屋の中をうろついたって、関係ないんだよ。
そりゃあ欲を言えば物語の理想の主人公像に近いに越したことはないけどさ!」

青年に言っていたはずが、途中からは自分に言い聞かせるように呟いていた。
縁って、神様の悪戯なのかもしれない。
噂をすれば――

>「捕まえ…………!」
>「うわっ……!」

ペガサスにまたがった白馬の王子(?)が背後に迫っていた。
もう魔法の契約が本物かなんてどうでもよくなっていた。
風圧に飛ばされ激突する直前、重力を操り自らペガサスの後部座席におさまる。

「もう逃げも隠れもしないぞ? でもあの人、放っとけない……!」

あの青年は自らが優秀だと世界に刻みつけるためなら、命すら犠牲にするだろう。
本人が気付いていないだけで、彼の事を何よりも大切に思っている人がいるかもしれない
仮に今はいなくてもまだこれから先、誰かにとって無条件で価値のある宝物になるかもしれない。
238グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/03(水) 22:01:01.59 0
>「制圧開始………!」

迷わぬ決意を秘めるように、それでいて焦燥に駆られるように、サンダーバードに突っ込んで行く青年。

「格好つけるために格好よく死のうなんざ許さないぜ!
仮に命を犠牲にしていい場面《シーン》があるとしたら、本気で世界で一番の宝物を守りたいと思った時だけだ!」

大きな対象に術をかけるには、それ相応の魔力が必要だ。
サンダーバードを縛るように、空中に巨大な術式を展開していく。
青年が魔法で作り出す大剣が巨鳥の翼を切り裂いた刹那――

「――重力操作《ウェイトコントロール》!!」

魔力を解放し、最大出力でサンダーバードの巨体に負荷をかける!

「―――――――!!」

巨鳥が表記し難い悲鳴をあげた。
片翼を切られバランスを崩したところに負荷がかかり、地上へと堕ちていく――!

☆  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

一方、積乱雲の少し下にいるチームといえば――そう、シェレン・ゲオルグ・ドミニクの三人組である。
警官隊と乱闘していた三人であるが――上から巨鳥が迫ってきた!
驚いた警官隊が蜘蛛の子を散らすように場所をあける。

「ちょっとばかり大掛かりですね……」

そんな中、シェレンは堕ちてくるサンダーバードを見据え木製の杖を構えた。

「――束縛せよ!」

通常サンダーバードが纏っている積乱雲が、今は無い。
刹那にして、森の様に成長した樹の枝がサンダーバードを拘束していく。
数秒後には、枝で簀巻と化した巨鳥の元を辿れば小柄な女性が棒一本で支えているというシュールな光景が展開されていた。
無論魔力が切れるまでにどうにかしなければならないのだが――シェレンは誰にともなく問いかけた。

「えーと……どうしましょう!?」
239スタンプ ◇ctDTvGy8fM:2012/10/09(火) 22:17:23.63 0
【馬車組 数分前】

「な、何だ、ありゃ……………!?」

ゲオルグは我が目を疑った。疑うしかなかった。
太陽さえ覆い隠してしまわんばかりの巨躯。常人ならばほぼお目にかかることのない霊鳥。
蔓が突き破った天井の隙間からでも、それが積乱雲から飛び出しす場面を視認することが出来た。

「オイ、蜥蜴野郎テメエ!一体ありゃ何だ?お前、一体何やらかしやがった!?」

蔓を引き千切り、ゲオルグはドミニクの襟首を掴み揺さぶる。シェレンも驚愕に満ちた表情で天に釘付けになっていた。

「……ハッ、サンダーバードだよ。見りゃ分かるだろう。ちょいと暴れたら目を覚ましやがったのさ。
 鎖って脆いのな。俺の魔法でも簡単に取れちまったぜ!あーユカイ、ユカイだ!」

「なっ……お前、自分でしでかしたコト理解してんのか?でなけりゃ脳味噌がプディングで出来てんのか!?」

「二人とも喧嘩は止めて下さい!」

シェレンが割って入り、今にも一悶着起こしかねない二人を諌める。
上空では既に、戦闘が開始されていた。警官隊と一機のゴーレムが包囲している。
その内、宙に浮く人影の一挙一動を視認したシェレンは驚いた。

「グランさん!?何て危ないことを……!」
「あ?グランか。とことん行動がクレイジーの斜め上をイッてるぜ。
 まーだ正義のヒーローごっこ続けてるんだな。飽きねえなァ、さっさと逃げりゃいいのに。
 あのセイレーンの二の舞になっちまうかもってのにな。あれは俺がやっただけだけど……」

軽い調子で、ドミニクは笑いながら言ってのけた。
シェレンは怒りに満ちた目でドミニクを睨んだ。先程から聞いていれば、この男の無責任なこと。
だが、小さな握り拳が開かれるより早く、ゲオルグの重い鉄拳が飛んだ。

「…………ッ!」
「俺も大概性根腐った奴だけどよ……お前ほどじゃなかったらしい」

ゲオルグは歯軋りし、見下ろした。ドミニクを見下ろす両目は、失望の色に満ちていた。
擦れた心を抱えて、世間に中指を突き立てる者同士、通じ合う物があると信じていた。

「何だ、お前も今更正義のヒーロー気取りたいのか?過激派『爆弾屋』らしくもない。
 俺達にゃ悪役がお似合いなのさ。たかだか州1つパニックに落とす位で何を怒る?」

そりゃあ、街を壊したり喧嘩に明け暮れてばかりの厄介者扱いだったが、それは今の社会に納得できない心情の表れで。
だからこそ、対等に接しあえる仲だと思っていたのに。

「心底ガッカリだぜ、ドミニク」

自棄っぱちの瞳が、ゲオルグを見上げた。そして、諦観の入り混じった自嘲を浮かべた。

「……………………ご期待に添えなくて残念だ、ゲオルグ」

いたたまれない空気に、シェレンはどうすればよいか分からず、おろおろと二人の顔を見た。
上空では戦闘が続いている。――こんな時、アイリーンがいれば。不甲斐ない発想が脳裏をよぎる。
だが激しく首を振り、すぐにその発想を改めた。こんな時に、なんて情けないことを。
自分だって、対魔法使い課の魔女じゃないか。魔法使いの味方が、自らの役目を全うしないでなんとする!
240スタンプ ◇ctDTvGy8fM:2012/10/09(火) 22:18:10.48 0
「ドミニクさん――」

ドミニクの傍らに座りこむ。金眼の鋭い眼光に一瞬たじろぐも、強い眼差しで見返した。

「貴方は重大な規定違反を犯しました。貴方の証言が全て事実ならば、魔法律全書第109条において、
 魔法使いの資格永久剥奪は確定、裁判にかけられれば最低でも第二級犯罪者の烙印は免れないでしょう」

でも、とシェレンは続けた。

「貴方はきっと、反省したいのですよね?だからわざわざ、批判されることを承知で、自分がした事を白状したのですよね?」

ドミニクは唇を噛んだ。その僅かな動作をシェレンは見逃さない。彼が固執していた一つのワードをちらつかせる。

「正義のヒーローに、なりたかったのですか?」
「……莫迦らしい。ドラゴンは悪の象徴だぜ。あのチビと同じ綺麗事をほざくのか?」

嘲笑うかのような面様だが、目は戸惑いの色へ変わっていた。
やはり。シェレンはドミニクの心情を分析した。彼のような青年が非行に走るには何らかの切っ掛けがある。
ドミニクの場合はおそらく「コンプレックス」だ。正義に対する、隠れた憧れ。それが彼を凶行へと及ばせたのだ。

「ドミニクさん、一言で良いんです。
 反省していると、自分の行いを悔いていると言って下さい。YES(ハイ)と一言、心をこめて言って下さい」

「……それで、何か変わるのか?俺のやった事が帳消しになると思うか?」

「そういう問題じゃないんです。今しかチャンスは無いんです。この瞬間しか、きっと貴方を助けるチャンスは無いんです。
 ニューラ―クを助ける時は沢山あります。でも貴方みたいな人を救えるのは、きっとごく僅かな一瞬なんです。
 そしてそれが今なんです。私、貴方を救いたいんです、ハイ!」

ドミニクもゲオルグも、上空の惨状を忘れてシェレンに注視した。

「私は魔法使いの味方です!自分にしかない力で、大切な物を守る人の味方です!」

バッと指を差す、その先は上空。多くの警官隊と、魔法使い達が闘っている。
ニューラ―クを、自身のプライドを、己の在り方を守るという使命の為、闘っている。

「私、ハッキリいえば弱いです!魔法だってショボイしよくトチります!おっちょこちょいだし、失敗ばっかです!
 でも、――――それっぽっちの事で、綺麗事を、やりたい事を諦めたくありません!だから!」

杖を強く、握った。笑ってばかりの膝を叩いて、笑顔を作った。

「――もう、悪い子なドミニクさんは、辞めちゃいましょうよっ!
 私が、対魔法使い課シェレン=ドリュアスが、僭越ながらお手伝いします!」

 ○

雷鳥の風圧に圧されつつも、ペガサスは特攻せんと嘶く。
積乱雲以上の猛威に、馬上のスタンプは、放り出されない事すら奇跡に近い。

「こっ……の…!………」

千切れた手綱を掴む手が、汗で滑る。体が浮き上がり、後方に投げ出されんとする。
それでもスタンプがペガサスの背に跨り続けていられたのは、

>「もう逃げも隠れもしないぞ?」

背後に、小さなグランがしがみついていたからに他ならない。
241スタンプ ◇ctDTvGy8fM:2012/10/09(火) 22:23:21.90 0
千切れた手綱を強引に動かせない左腕に縛り付け、右手で無造作にグランの頭を掴んだ。
先程までマグマの如く噴き出していた怒りが、スゥっと消えていくようだった。
それでも完全に怒りが消失したわけではない。表情に出すことはなく、スタンプは静かに言った。

「……そうか。で、どうするグラン。もう帰りたくなったか?」
>「でもあの人、放っとけない……!」

グランに倣い視線を移す。そこには、ネクタイに術式を施し、サンダーバードと対峙するフリークマンの姿。
警官隊でさえ迂闊に近寄らない相手にたった一人で挑むのは殊勝な心構えだが。
内心では、先程まで敵対し罵り合っていた男を助けるという選択肢はない。
向こうの性格を察するに、助けられたいとも思わないだろう。敵意の矛先がこちらに向くとも分からない。

>「制圧開始………!」

だが一方でこちらには、一度言い出したらテコでも聞かない我儘お嬢様がいらっしゃる。
そのお嬢様が放っておけないと言ったならば槍が降ろうが雷が落ちようが放っておかないのである。
助ける義理は無い、でも選択肢は二つに一つ。なんというジレンマ。

「……だぁあああっもう!こうなりゃヤケだッ!!」

旋回するゴーレムの乗り手、アッシュは、それを気取られまいとひたすら雷鳥の気を引く。
雷鳥が一声上げ、雷撃を落とさんと魔力を収束させる。
その隙にフリークマンの魔力がつぎ込まれたウィップエッジ、その切っ先が翼を狙う。
サンダーバードがその魔力に一瞬早く気づき、防御せんと電磁波の膜を形成しようとした。

だが、ペガサスを駆り、サンダーバードへと急接近。しかし只接近するのではなく、その頭上へ。
サンダーバードの死角を取り、その両目へ向けてスタンプのP90が火を噴いた。
焼けるような目の痛みに恨めしげな喚声が空を突き破る。
グラリとサンダーバードの巨体が揺らめいた。その翼の表面を、ウィップエッジが抉るように裂いた。

「今だグランッ!やっちまえ!」
>「――重力操作《ウェイトコントロール》!!」

グランの最大出力――サンダーバードの体重を地へと突き落とす程の重力が掛けられる。
みるみる巨体は墜落していく、下方に控える警官隊と馬車の下へと!
メルヘンな馬車の天井には、一人の女性が、杖を構え巨体を凛と見据える。

>「――束縛せよ!」

杖の先から伸びる伸びる蔦と樹の集合体。それらはあっという間に樹の檻と化し、雷鳥を閉じ込める。
雷鳥はあらん限りの不満の声をあげ、脱出しようと必死に足掻く。

>「えーと……どうしましょう!?」
「阿呆か、お前はああっ!ちったあ考えて術を使えよおおーーーーっ!」

杖を掲げたままプルプル震えるシェレンにドミニクが一喝し、腕を一振り。
鎌鼬が杖と蔦の檻を切断した直後、雷鳥の全身から雷が放射された。
警官隊は予測出来ない電撃に右往左往し、ゲオルグは雷撃から防御すべく爆撃魔法で相殺。辺りが黒煙に包まれる。

「ゲホッ、やったか?」
「……ゲオルグさん、セオリーって知ってます?」
「あのなあ、ゴリラに期待するのもあれだけど、相性ってもん考えろ馬鹿ゴリラ……」
242スタンプ ◇ctDTvGy8fM:2012/10/09(火) 22:28:38.14 0
馬車は黒煙の幕から脱出し、上空で滞空するアッシュやグラン、フリークマン達と並んだ。
ゲオルグの爆発魔法、その属性は火。爆炎魔法の火が自然の檻を炎上させ、サンダーバードは脱出を完了していた。
片目を潰され、ダラリと力無く片翼を垂らし、それでもサンダーバードはまだ羽ばたいている。

『ヒュー。あそこまで意地見せられると、いっそ尊敬すら覚えるね。最優秀賞あげたくなるよ』

軽口を叩くアッシュだが、声は若干の焦りを滲ませている。
視認できる限り、サンダーバードの周囲を薄い電流の膜が球状に覆い、ガードの役目を果たしている。
そのガードを破り、弱点を突かなければ勝つことは出来ない。

「あくまで予想だ。サンダーバードは翼以外に『何か』飛行する手段があるか……翼自体に秘密がある。
 恐らくそれが弱点だな。そこを叩けば、今度こそサンダーバードを止める事ができる筈だ。

 課題はあの電流のガードだな。全部破壊するのは無理だろうから、一点集中で穴を作る必要がある。
 それに奴を捕まえる檻も必要だ」

「それなら私達に任せて下さい!時間を下されば、今度こそやり遂げてみせます!」
「えっ俺もやんの!?確定なのネーさん!?」
「……言っておくが、俺は協力するなんてまだ言ってないぜ」

「オーケイ、良い返答だシェレン」

アッシュが不意に口を挟む。

『成程。でもさ、一息にサクッと殺っちゃうって発想はないのかい?いつもの旦那らしくないぜ』

「――――」

言葉が出ない。何故と問われても、その素朴な問いに答えられるだけの理由が思いつかなかったからだ。
確かに以前の自分ならば、屠ることを選ばなかっただろう。心境の変化?馬鹿な。
らしくない、その言葉が脳を巡る。降格されてから「らしくない」日々が続いている。
暫く黙り込んだ末に、スタンプは腹痛を訴えるような表情と共に、言葉を絞り出した。

「そりゃあ……………………………………その、鳥だって『カタギ』だからな」

一瞬間をおいて、アッシュの大爆笑が木霊した。笑いすぎて噎せる声まで聞こえた。
我ながら素っ頓狂な解答に、羞恥で耳まで赤くなったような錯覚を覚えた。
実際赤いのかもしれない。

『あっはは!そうだな、鳥はマフィアでも麻薬密売人でも密猟者でもないもんな!そりゃーそうだ!
「カタギは殺すな」 「上司に逆らうな」 「仲間を裏切るな」か。さもありなん!
 でもよ、俺は女子以外にゃ優しくないぜ!だから早いとこ済ましちまおうぜ、なあ。ミサイルも残り少ねーし』

残るはフリークマンとグラン。振り返ることなく、スタンプは懐から煙草を出す。
グランがやって来てからライターを捨ててしまった為、久し振りに咥えるものの、肝心の火がない。
243スタンプ ◇ctDTvGy8fM:2012/10/09(火) 22:30:12.00 0
「さて、お坊ちゃん。……俺は色んなモンさんざ相手してきたがよ。
 真正面からあんなヒヨコちゃんを相手するのは流石に初めてなんで、まるで勝手が分からん」

警官隊は士気を取り戻し、再びサンダーバードを包囲し直し始めている。
そこかしこに電流を放出させる雷鳥を見据え、スタンプは新たにマガジンを装填する。

「無理を承知で頼むぜ。俺達が時間を稼ぐ間、奴の弱点を見つけるんだ、坊ちゃん。
 ……それとも、お膝のコサックダンス教室で忙しいかい?」

ぼやぼやしている内にサンダーバードの攻撃範囲はこちらにも及ぶだろう。
足止めしているとはいえ、このまま突破されてしまえばニューラ―クの大惨事は免れられない。

「グラン、坊ちゃんのアシストに回るぞ。……放っておけないんだろう?」

サンダーバードは一旦攻撃を止め、自身の防御と回復に魔力を集中させることにしたようだ。
しかし元々攻撃されることが殆どなく、自然回復に頼りきりだった雷鳥に高度な回復スキルはない。
攻撃と防御、それが切り替わる間に僅かなタイムラグが発生する。
その瞬間が迎撃のチャンスである。

「それと、お説教は帰ってからだ。俺はまだ怒ってるんだからな、グラン」

サンダーバードが片翼を振るった。夥しい量の羽が襲いかかる。
ペガサスが空を蹴り、自身も翼をはばたかせ、威力を殺す。
それでも向かってくる羽の幾つかはスタンプが射撃で撃ち落とした。

「さあ臆病者共(チキンズ)、お待ちかねの鴨狩りの時間だ。しくじんじゃねーぞ!」


【1ターンで決めようぜ!VSサンダーバード最終戦!】
【MISSION:サンダーバードを捕獲or討伐せよ!ベストはノーキル】
【サンダーバード→PC:雷+羽攻撃、時折風圧。攻撃と防御・回復の繰り返し。状態:片目と片翼に損傷】
244名無しになりきれ:2012/10/21(日) 18:30:14.97 0
保守
245グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/23(火) 00:33:47.06 0
シェレンが植物の網でサンダーバードを拘束し、それをゲオルグが爆破する。
辺りが黒煙に覆われ、晴れた時――サンダーバードはまだ滞空していた。
片翼を負傷し、普通の鳥ならまず飛べない状態だ。

「なんであの状態で飛べる!?」

>「あくまで予想だ。サンダーバードは翼以外に『何か』飛行する手段があるか……翼自体に秘密がある。
 恐らくそれが弱点だな。そこを叩けば、今度こそサンダーバードを止める事ができる筈だ。
 課題はあの電流のガードだな。全部破壊するのは無理だろうから、一点集中で穴を作る必要がある。
 それに奴を捕まえる檻も必要だ」

>『成程。でもさ、一息にサクッと殺っちゃうって発想はないのかい?いつもの旦那らしくないぜ』

アッシュの言う事は最もだ。
様々な異種族が跋扈するこの世界だが精霊には人権はないどころか、動物保護団体ですら管轄外
それどころか生物ですらない。

>「そりゃあ……………………………………その、鳥だって『カタギ』だからな」

大爆笑するアッシュに冗談めかして言う。

「満更笑い事でもないぜ? ”ウンディーネ”って戯曲知ってるか?
水の精霊ウンディーネととある人間の青年が恋に落ち、二人は晴れて結ばれるが
人間の女性に心移りした青年はウンディーネの父親である水霊界の王によって殺されてしまう――
もしかしたら、あの鳥だって……サクッと殺ったら恐ろしいことになるかもしれないぞ!」

>「グラン、坊ちゃんのアシストに回るぞ。……放っておけないんだろう?」
>「それと、お説教は帰ってからだ。俺はまだ怒ってるんだからな、グラン」

「分かってる――必ず全員生きて帰るぞ!
シェレン、蔦の網を! 足場にする! 不良コンビはとにかく電気のバリアーを破れ!」

「分かりました――生い茂れ!」

シェレンが魔法を発動、空間に蔦の足場が出来上がった。
蔦から蔦へ飛び移り、サンダーバードを翻弄する。
サンダーバードの方は蔦が邪魔して思うように飛べずに、さっきから殆ど同じ場所に滞空している。
246グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/23(火) 00:35:44.87 0
「もしかして……重力操作《ウェイトコントロール》」

サンダーバードに少し荷重をかけてみる。
ちなみにギリギリのバランスで飛んでいる普通の鳥は、少し負荷をかけてやるだけですぐ堕ちるものだが……
案の定、この程度ではバランスを崩す素振りもみせない。
その代わりに、サンダーバードの首元が光ったような気がした。

「やっぱり……そうか!」

――飛空石、というマジックアイテムがある。
反重力発生装置、平たく言えば物体を宙に浮かせる力を持つ古代魔法文明の遺産だ。
おそらく紐状のもので首にかかっているのだろう。羽毛に埋もれて付いているのに気が付かなかったってわけか――
首をかききらずにネックレスだけ外すには絶妙なコントロールが必要だ。
踊って殴るのを専門とするオレは刃物の絶妙な取り扱いはできない。それが出来そうな人は――

「開いたぞ! 早くしろ閉じちまう!」

不良コンビ(なんだかんだ言いつつ協力してくれたらしい)の活躍で電気バリアーに小さな穴か開く。
そこでアッシュが気の力をまとった剣を一閃。電気バリアーの穴を引き裂き広げる。

「今だ――やっちまえグラン!!」

この場合のやっちまえとは“殺っちまえ”という事なのだろう。
ゆっくりと首を横に振り、リーマン風の青年に語りかけた。

「アイツをあそこまで粘らせてるのは首についてるマジックアイテムだ――外してやってくれ」

オレはというと次の魔法の準備だ。
外れた瞬間に、サンダーバードは今度こそ真っ逆さまに堕ちていくだろう。
すかさず重力軽減の魔法をかけてやらねば。
247スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/10/29(月) 22:45:33.76 0
>「分かりました――生い茂れ!」

各自が行動に移り始めた。
サンダーバードの攻撃が続く中、シェレンは蔦を螺旋階段の如く生成。
グランは雷鳥の猛攻を蝶のように避け、意識を自身に向けさせる。
お陰でフリークマンは完全に雷鳥の意識から外れ、若きエリートは目を皿にして弱点を見つけ出そうと集中する。

一方で不良共はといえば。
そのエリートからバリアを撃破する作戦を指導され、所定の位置にいた。

「かァーッ、何で俺達がこんな事……しかもあんなポッと出のモヤシに……」
「うっせ、黙ってやれゴリラ」
「しかも何でテメーまで指図してんだ!元はといえばテメーが招いたトラブルだろうが!」
「お二人共、私を挟んで大声を上げないで下さい!集中力が切れるでしょう!?」

馬車をギリギリの位置まで引き寄せ、不良二人が屋上に立つ。
ゲオルグは大きく息を吸い込み、――拳に灼熱の火炎を宿らせ、叩きこむ!
炎の一撃を食らった、電磁バリアの一部が赤く輝き、焦げるような音を立てる。
そこにドミニクが冷風を纏わせた風撃。急速に冷えた突風がバリアを穿つ。
ピシリ、とバリアが軋む。熱と冷却のコンボで、バリアが悲鳴を上げ始める。

「退いてな、ボーイズ!」
サッと馬車が退き、アッシュが双剣をクロス状に構え――気撃を一息に放つ!

「開いたぞ! 早くしろ閉じちまう!」
バリアもまた、こじ開けた所で雷鳥の魔力によってすぐ閉じられてしまう。
時間の勝負。フリークマンは魔力探知――つまり、魔力の出所を叩くことで鳥を墜落できると考えた。
そこでグランのアシストにより、サンダーバードの滞空し続けるカラクリも判明した。
しかし、何故、鳥にとって最も必要のない、反重力装置が首にかけられていたのか?

>「アイツをあそこまで粘らせてるのは首についてるマジックアイテムだ――外してやってくれ」
フリークマンは「もしかすると罠かもしれない」、と言い出す。
反重力装置を外せば雷鳥も滞空し続けることは出来なくなる。
だが……本当にそれだけで終わりだろうか?

「……ま、確かに怪しさプンプンだわな」
それについてはスタンプも同感だ。
サンダーバードが逃げ出したことは、第三者による完全な事故。
逃がす切っ掛けを作ったドミニクが仕組んだとも考えられないことはないが、暴れたいだけの一不良には動機がない。
そもそもドミニクにとっても反重力装置は縁の無い代物、障害の正体を知らなかったのも容疑者から外れる一因だ。

「でも、うだうだ考えてても仕方ねえ。敢えて罠に乗ってやろうじゃねーの」

スタンプはニタリ、と悪人面で挑戦的に笑った。
反対にフリークマンは青筋をたて「これがもし本当に罠で、命を落としかねない惨事に陥ったらどう責任を取るのだ」と喚いた。

「ま、そん時ゃ腹括って地上にオダブツだな」
スタンプは肩を竦めてそう言うや、フリークマンの背後、ヒポグリフの尻に飛び乗った。
そして手綱を奪い取り、GOサインの代わりに綱を強く撓らせる。
弾かれるようにヒポグリフは二人を乗せ、バリアの裂け目に飛び込んだ。

「ただ集中しろ、お坊ちゃん。お前の相手は魔具の首飾りだ」
再び至近距離でサンダーバードと対峙し、ひたすら「首飾り首飾り首飾り」と念じている。
その集中力を断ち切ろうとするかのように、雷鳥の眼がフリークマンを見据えた。
しかし、その目に迷いなく銃弾が撃ち込まれ、何度目かの雷鳥の悲鳴が空に轟く。
248スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/10/29(月) 22:46:55.98 0
「――今だ、断ち切れ!!」

ウィップエッジが唸りをあげ、飛空石は一刀両断された――――


◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

薄暗くただ広い室内で、6人の影が円卓を囲んでいた。
室内で行われているのは、観賞会。スクリーンに映し出されているのは、先日のWHRのVTRだ。
戦闘不能になったサンダーバードが警官隊によって回収されていく様子まで克明に表示している。

「今回のレース、中々愉快でございましたね」

ムービーが止まり、一人が愉悦の色を声に滲ませて切り出した。
スクリーンに最も近い影は、口元に歪んだ笑みを刻んでいる。
違う声が哀れっぽい声を上げた。

「あの飛空石、中々の高値でしたのに……壊すためだけに取り寄せるのは忍びありませんでしたわ」
「抜けぬけと仰いますがな『王女』、飛空石で戦う時間を長引かせようと言い出したのは貴君ですぞ」
「あらあら、そうだったかしら。そうかもしれないわ。ああでも忍びないですわ」

紳士然として語る男に、『女王』はころっと声色を変えて面白おかしく歌うように言う。
二人の会話は、まるで初めから雷鳥が人間を相手に戦い、飛空石を使う事態まで想定していたかのような口ぶりだ。
映像がコマ送りにされ、不良達が警官を相手に戦う姿が映し出される。

「中々に好戦的な連中だタヨ、ウチの組に欲しいあるですネ」
「フン、龍族の面汚しに出来損ないの不良少年ですか。戦果は期待できませんね」

次に、ヒポグリフの上で口論し合うフリークマンとスタンプが映された。
何を言い争っているかは分からないが、穏やかでない内容なのは確かである。

「フリークマン家のお坊ちゃんでないの。変わり者とは聞いていたが、まさか警備員などやっているとはな」
「彼は将来有望ですわ。私達の望む"候補"に最も近い」

スタンプについては一切触れず、またも映像が切り替わる。
この後、試合はそのまま続行された。勝利については――この6人は興味を示していない様子だ。
それよりも、12の目はある一人に釘付けとなっていた。

「WHRのスポンサーに就いていて正解でした。まさかこれほどの『上玉』とはね」
「ええ、ええ、全く。彼女こそ一番ふさわしいと思いますわ」
「早計ですぞ。候補はまだまだいる。これから厳選せねば」
「まだ揃わないのは『少女』と『まだ割れない卵』、それに『芋虫』か。『兎』もまだ『鼠』とお昼寝中ときた」
「なあに弟よ、まだ時間はある。『猫』が動かん限りは物語は始まらない。そうだろう、『帽子屋』?」

「勿論ですとも。さあ皆様、お茶の時間ですよ」

【レース編終了!勝敗の行方やいかに……?】
【飛空石はあらかじめ仕組まれた物。背後にはWHRのスポンサー? その謎はまたの機会に……】
249グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/30(火) 22:20:52.65 0
>「――今だ、断ち切れ!!」

飛空石が一刀両断のもとに砕け散り、破片の輝きが宙に舞う。

「やりい! 重力操作《ウェイトコントロール》」
「拘束せよ――」

――かくして、自由落下から逃れたサンダーバードをシェレンの魔法の枝が拘束していく。
魔力が解け出すように、サンダーバードが消えていく。
やばっ、消滅させちゃった!? と思ったが。
アッシュが、シェレンの杖と木で編まれた鳥かごを切り離す。
鳥かごの中には、インコのようなサイズの鳥がいた。

「あらら、こんなに小さくなって……」

とシェレン。
こうして物質界に顕現した雷の精霊は、迷子のペットの鳥を引き渡すがごとく警官隊に引き渡されたのであった。
それを見届け、オレはアッシュに声をかける。

「行こうぜアッシュ!」
「……どこへだ?」
「レースはまだ終わっちゃいないぜ! ゴールまで走り抜けるのさ!」
「アッハハハハ、そういやそうだな!」

オレ達はゴールへ向かって一直線!
もちろんその後ろを(今度は比喩的な意味で)雷を落としながらスタンプが追いかけてきて
更にその後ろを怒り狂ったエリート君が追いかけてきたのは言うまでもない!

☆ ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
250グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/10/30(火) 22:21:51.18 0
『――――レディースエーンドッジェントルメン!今年もこの瞬間がやってきたッ!
 真夏の日射とアスファルトの熱に浮かれた馬鹿野郎共による祭典"ウィッチ・ハイ・レース"!
 年に一度行われるレース、受賞者が決定しました!』

オレ達が団子になって雪崩れ込むようにゴールした時、やたらめったらハイテンションなナレーションが響き渡る。
結果発表らしいが、入賞どころか今だ捕まらずに野放しになっているのが不思議という有様である。

「アッシュ……また警察に捕まらせてしまうかもしれない!」
「なんてこったハハハ」
「ハハハ言うな」

やたらハイテンションに上位入賞者が発表されていくが、オレ達には関係ないことだ。

「今年はMVP賞が大量だあ! 上空部門スタンプ&シェレンチーム、グラン&アッシュチーム
ドミニク・グァルディオラとゲオルグ・ヴィオレッタ」

エリートリーマン(仮)の方をちらっと見ると、何でこいつらがと怒り心頭のようだ。
今にも食って掛かって来そうになった瞬間――

「――あと参加者ですらないけど会場警備のフリットフリークマン!」

それを聞いた時のエリートリーマン改めフリークマンの顔といったら!
様々な疑問は、割れるような拍手と歓声とバカ騒ぎにかき消されていくのであった。
もしかしたら裏に隠された陰謀が又の機会に語られる……のかもしれない。

とにかく――馬鹿の気狂いによる奇天烈共の祭典は、これにて閉幕!
251スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/05(月) 22:05:35.15 0

【レース後日談】

――大画面のTVに、先日のレースの様子が映し出されている。
画面の中では、MVP賞を振り回す青年と少女が、怒り心頭の中年男に追いかけ回され、
更にその後ろで苦い顔をしたエリート風の青年がMVP賞の銅板を睨んでいる。
中年男が警官の一人に手錠を掛けられるまでをニュースキャスターが面白おかしく伝えたところで、チャンネルが切られた。

「生中継、見てましたよ。中々の活躍じゃ御座いませんでしたか」
「そりゃどーも。お土産の一つでもくれりゃ最高だったんだがな」

アイリーンが振り返る。にやにやと笑っている。
リモコンを放り投げ、スタンプは苦々しいを全面に押し出した表情を滲ませた。

WHRは、少々のアクシデントを見逃せば大団円で終了した。
惜しくもアッシュ達は1位を逃したが、MVP賞とゴーレム会社からの報酬金で事無きを得たようだ。
肩に重傷を負ったスタンプは病院に担ぎ込まれ、一ヶ月の入院を言い渡された。当然だ。
シェレンはアイリーンから大目玉を食らい、ゲオルグとドミニクは数日間警官と追いかけっこの末に逮捕された。
余談だが、フリークマンからは「二度と関わりたくない」と渋い顔をされた。

「で、何しに来たんだ?魔法局は暇人さんばっかなのかい?」
「ええ――。一つ、忠告に参りましたの」

コートを羽織るスタンプの手が止まる。

「お忘れなきよう。ミス・グラン・ギニョールは現存する唯一の魔導人形一族です。
 彼女の身に何かが起きた場合、責任は貴方一人だけの問題に留まらないのですから」

冷ややかな声でアイリーンはそう宣言する。
「それに、」と続く。

「貴方自身もご自愛なさいますようにね。……魔法局とギルドの安寧のためにも」

「ご忠告どうも。……余裕があれば、覚えておくよ」

スタンプは相も変わらず不遜な態度を取る。
両者の間にピリピリとした雰囲気が漂う中、唐突に携帯の着信音が鳴り響く。
電話に出るべきかどうか逡巡し、アイリーンに目配せする。
彼女は「構わない」と顎で示唆し、スタンプはボタンを押した。

「どうした?」
『トト・リェンですにゃ。ご相談したい事がありますのでそちらに向かいますにゃ、Mrファントム』
「待て待て、初めから話せ。何の話だ?」
『すみません。病み上がりの所申し訳ないですけど――仕事のお話ですにゃ』



夏も過ぎ、涼やかな風が金木犀の香りを運んでくる頃。秋である。
秋とくれば、そう――入学式だ。

252スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/05(月) 22:07:40.81 0
アメリクでは9月から学校が始まる。
外を歩けば、真新しい制服に身を包んだ新1年生の緊張した面持ちとすれ違う。
初々しさと期待に満ち、様々なイベントも豊富な、人々にとってまさに心躍る季節だ。

しかし、大通りを歩くスタンプ達がこれから向かう先は、それらとは全く縁のない場所だ。
トト・リェン、スタンプ、グラン。全く不釣り合いな三人がこれから立ち寄る先は、
泣く子も滅ぶアメリク最大の刑務所、「ノクターンプリズン」。

「良いかグラン、頼むから、頼むから、良い子にしてろよ。
 これから俺達が行くのは、決してレジャーランドじゃねーんだからな」

バスの中で、スタンプはグランに対し執拗に同じ事を繰り返す。
それを呆れるように横目で見るのはトト・リェン。ニューラ―ク警視庁所属、獣人族の刑事である。

「二人共、レースでお見かけしたと思ったら親子だったんですかにゃ。……似てませんね」
「たりめーだ。似てて堪るかっつの、こんなじゃじゃ馬娘」
そもそも親子でない、と念を押すも、トトはさして興味がないのか軽く流す。
しかし何故この三人が刑務所に向かうことになったのか。きっかけは、トトの一言だった。


「女子学校で、麻薬密売?」
「はい。かなり被害の数が拡大しているんですにゃ」

スタンプとグランの暮らす事務所に、トトは緊迫した表情で赴いた。
そして相談の一言目が、「ある学校で麻薬の密売が行われている」という情報だった。
(閑話休題。来訪に応対したスタンプは何時も通りパンツ一丁で現れ、
 更に奥からグランの姿を確認したトトが怒りのあまり発狂し、危うく手錠を掛ける所であった。話すと長いので割愛する。
 「あの時は本当に犯罪の臭いを感じたにゃ、次は絶対警察に突き出してやるにゃ」「どうあっても警官ってのは俺を犯罪者にしたいのか?」)

「校長から、個人的に頼まれたんですにゃ。卒業生として、どうか解決に手を貸してくれって。
『学校の面子に関わるから表沙汰にしないでくれ』って泣いて頼まれてしまって……校長には恩があるから、頼みは聞いてあげたんですにゃ」

トトは渋い顔で俯いた。余程切羽詰まっているらしい。
しかしなあ、とスタンプも眉を顰めた。部下とはいえ学校に縁はないし、助けてやる義理もない。
仕事が無いからといって、私情をはさんだ得体のしれない依頼を受けるのも気が引けた。

「だからって、何で俺の所に来るんだよ。同僚達に頼めばいいじゃないか。そもそも刑事だろ、お前。検挙しろよ」
「アッシュが『困ったら旦那の所に行ってみな、正義のヒーローが助けてくれるさ』って……」

あの野郎。
今頃カジノでひいこら喘いでいる男のニヤケ面を思い出し怒りがこみ上げる。
間違いなくグランの事を指している。レース後嫌がらせとして書類を全部回したお返しに違いない。

――結局、交渉(「どうしても協力して下さらないなら、グラン・ギニョールに対する性的虐待で訴えてもいいんですよ?」「卑怯だぞお前!」)
の結果、最低限の協力は保障するという名目で今この場にいる。グランは置いていけないので連れて来ただけに過ぎない。

(それにしても、何でこんな時にばっかり俺に頼るんだ?他に手はあるだろうに――)

スタンプは気取られないよう、トトを見やる。
雲り気味の金色の瞳は、外の景色をぼうっと眺めていた。

【新章:学生の麻薬密売を阻止せよ!
 プロローグ・ノクターンプリズンへ向かおう】
253グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/11/07(水) 21:21:06.87 0
あの後スタンプに大目玉をくらった事は言うまでも無い。
オレはスタンプにとって、大きな意味を持ってしまったのかな――?

――お忘れなきよう。ミス・グラン・ギニョールは現存する唯一の魔導人形一族です。
――彼女の身に何かが起きた場合、責任は貴方一人だけの問題に留まらないのですから

「なーんて、な」

オレは魔導人形族の最後の生き残りで、スタンプは政治的事情で保護者として任命されてしまった。
もし何かあったら魔法局とギルドの政治的問題にまで発展するのだ。
あの態度も当然というものだろう。

そして今、オレ達は猫耳娘に連れられて何故か刑務所に向かっていた。

>「良いかグラン、頼むから、頼むから、良い子にしてろよ。
 これから俺達が行くのは、決してレジャーランドじゃねーんだからな」

「だーっ、分かったって! 耳にタコだよ!」

ノクターンプリズン――確かにテーマパークっぽいネーミングではあるけど。
流石に凶悪犯が集う刑務所で暴れるほど馬鹿じゃないぜ!
やがて目的地近くに停車したバスから降り、トトの先導でノクターンプリズンに向かう。

「ん、現場は学校なのになんで刑務所なんだ?」

「まあ付いて来るにゃ」

そういえばオレがまだギルドに入る前、とある麻薬密売人を捕まえる依頼で大騒動になった事があったらしい。
それが原因でスタンプが平アゲガに降格したとかなんとか……。
その密売人とやらは捕まったのかな。

「……おおっ」

アメリク最大の刑務所はいかにもなオーラを放ちながら聳え立っていた。

「ここがノクターンプリズン……感じる、奴の魔力を!」

「打ち切り最終回にならないように二人ともくれぐれも粗相のないようににゃ。
特にパン一だけは許さないにゃ」

トトはオレのネタを軽く受け流しながら裏口へと向かう。
254スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/09(金) 21:11:00.95 0
>「ん、現場は学校なのになんで刑務所なんだ?」
>「まあ付いて来るにゃ」

バスを降り、トトが「こっちだ」と目配せする。
それにグランが軽い足取りで付いていき、その後ろを冬眠明けの熊のような足取りでスタンプが続く。
ノクターンプリズン(暗闇の刑務所)。
名前の由来はその外観と、建築された場所が関係している。

>「……おおっ」

ノクターンプリズンは、監獄というよりも中世の塔を思わせる景観をしている。
階層ごとに罪状と刑罰が異なり、上へ行けば行くほど重大な罪を犯した犯罪者が収容される。
有刺鉄線のような、脱走者を逃がさない自動発動型術式が絡みついたそのデザインに、
何時誰が言ったか「眠り姫の塔」とも皮肉られた。
加えて、ノクターンプリズンの半径約30kmは、モンスターの出る鬱蒼と茂る森、
通称"自然の死刑執行所"に囲まれた形となっている。

>「ここがノクターンプリズン……感じる、奴の魔力を!」
>「打ち切り最終回にならないように二人ともくれぐれも粗相のないようににゃ。 特にパン一だけは許さないにゃ」

二人が軽口を叩く横で、スタンプの顔色はいつにも増して土気色だ。
裏口へ向かうすがら、何度も塔の最上階を見上げる。
スタンプの様子を訝ったトトが、控えめに話しかけた。

「気分でも優れませんかにゃ?もし寒気でもするなら、外で待つ事をお薦めしますにゃ」
「いや、大丈夫だ。それよりグラン、中に入ったら出来るだけ下を向いて俺達に付いてこい。良いな?」

裏口の警備を担当する警備員達にトトが警察手帳を見せる。
すると警備員は黙って敬礼の姿勢をとり、トトはジェスチャーで付いてこいと促した。

所内は尋常でない冷気に支配されている。
まだ9月の初旬であるにも関わらず、所内で吐く息は白い。
ロビーでトトが関係者と話し合いをする間、グランとスタンプは待たされる。

不意にスタンプは視線を落とした。グランにも「見るな」と合図する。
二人の前を、黒い影が横切って行った。外見はリビングデッドや死神の類を彷彿とさせる。
足音を一切立てず、地面を音も無く這いずるように移動し、消えていく。

「……さっきの忠告だが、正しくは、”看守”の奴等と目を合わせちゃ駄目だ。精気を吸い取られちまう」

”看守”。ノクターンプリズンの象徴ともいえる存在。しかしその正体は誰も知らない。
アンデッドないしはゴースト系の一種とされているが、種族名や分布などは一切不明。現在はノクターンプリズンで見ることが可能らしい。
――しかし、一度会えば誰もが「二度と会いたくない」と思うだろう。

「奴等は、記憶の中から心ある者なら誰でも持つ感情――
 「後悔」や「罪悪感」、「未練」を引きずり出して吸い取り、脱力感を与える。
 記憶の中の感情がデカければデカい程、奴等は喜んで吸い上げるのさ。アイツ等と毎日顔を合わせるなんて、これ以上ない罰だと思わないか?」

似たような種類に、吸魂鬼などが存在するが、それはいずれ後述する。
吐き捨てるようにスタンプは説明を終えた。額に脂汗を浮かべ、刑務所に入る前より大分やつれている。
それは決して只の疲れからくるものではないようだった。
255スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/09(金) 21:12:52.11 0
「Mrファントム、グラン、手続きが終わりましたにゃ。今から地下に行きますにゃ」
トトが二人の元へと戻って来る。
先導役の看守(こちらは人間だ)の案内のもと、階段を下りて行く。

「トト、そろそろ俺達をここに連れて来た理由を話しても良いんじゃないか?」
「……ええ、ですがその前に。Mrファントム、クライストンビルの事件は覚えてますかにゃ?」
スタンプの表情が凍りつく。
忘れもしない、彼にとって特別な、忌まわしいあの事件。過去に戻ってやり直せたらと何度思ったろうか。
沈黙を肯定とみなし、トトは再び言葉を続ける。

「まずは――被害の遭った女子高についてお話しますにゃ」

彼女の話はこうだった。

現場は私立聖マリア女子高等学校。主に聖職者、シスターを志す者が多く集う学校である。
(「お前がそこの卒業生とはイメージつかんな」「志望校を落ちたから親の言う事に逆らえなかったのにゃ……」)

切っ掛けはゆるやかに、影のように訪れる。
半年前、清く正しく美しくがモットーのこの高校で、初の被害者が出た。
まだ16の誕生日も迎えていない将来有望の少女は、突然退学届を提出し、更生施設に放り込まれた。
次の被害者も、突然校内で暴れ出し、そのまま拘束された。そちらは錯乱魔法が掛けられたという事で解決させたそうだ。

「でも、これ以上隠しようがないって……閉鎖された空間だから、校内に居る誰かが手引きしていることは間違いないらしいですにゃ」
「……なるほどな。これで納得した。お前がここに連れて来た理由も」
「はいですにゃ。……あ、グランは知らないんですっけ。ノクターンプリズンの地下は麻薬使用者更生施設の一つになってるんだにゃ」

そう、ノクターンプリズンの闇――地下は麻薬使用者更生施設として利用され、麻薬密売人の牢屋も同時に存在する。

「最初の被害者は未だここで治療を受けてますにゃ。
 ……しかも彼女は、麻薬密売人ビリー・イーズデイルの関係者と接触した可能性がある」
「! それは確かか」
「使用された麻薬と、辛うじて得た本人の証言から、ウラは取れてますにゃ。
 後は麻薬を斡旋している人物の正体が分かればいいんですがにゃ……」

「出してェエーーーーーーーーーーーッ!!」

突然、トトの言葉を遮り、ガラスをも突き破らん程の悲鳴が反響する。
乱暴に扉の一つがバン、と開かれ、白い服の少女が髪を振り乱し、こちらに向かって走ってくる。
咄嗟に前に出たスタンプにしがみつき、気が触れたように叫び狂う。

「助けて、殺される、殺されちゃうよおおーーーーーッ!!」
「お、落ち着けッ……!」
「警察はマフィアと通じてるのよ!私、口封じに殺されるんだわ!
 ああっほら見えないの!?鳥頭の悪魔がこっちを見て笑っているの!私を食べようとしてるんだわ!何で誰も信じてくれないの!?
 お願いよぉ、ここから出してぇええーーーー!!!
 しにっ、死にたくないぃいーー!!かえる、お家かえるのぉおおおーーーーー!!ママァーーーーーーーーーー!!」

違う。完全に彼女は狂ってしまっている。ありもしない妄想を喚き、奇声を上げる。
スタンプは絶句する。予想以上の『進行』に、精神をヤスリで乱暴に削られるような錯覚を覚える。
トトも顔を歪ませ、これ以上聞いてられないとばかりに少女に手刀を落とした。
256スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/09(金) 21:13:43.73 0
スタンプの腕の中で崩れ落ちた少女は、主治医達に連れられいずこへと姿を消す。
それを見送りながら、トトは静かに語る。

「……Mrファントム。校長への恩とは別に、私は純粋に後輩達を助けたいんですにゃ。
 ビリーのような麻薬密売人をのさばらせ続けるのは、心が痛むんですにゃ」

「斡旋者をあぶりだせば、ビリー達に近づくヒントにもなりますにゃ。
 もしリベンジを望むなら、これ以上ない切っ掛けだと思うのですにゃ」

スタンプは渋い顔のまま、黙って頷く。
今更正義漢ぶるつもりはない。しかし、視点の定まらないあの落ち窪んだ目を見て、少なからずショックも受けた。
ビリー逮捕……確かにそれも重要だ。汚名返上にもってこいだ。

「私達で潜入して情報を収集しつつ、犯人をあぶり出しましょう。その方が手っとり早いです」
「そういう事なら賛成だ。だが無茶はするなよ」

それにしても、「これ以上犠牲を出す訳にはいかない」なんて人並みの感性を未だに持ち合わせていたとは自分でも驚きだ。
当面の問題はグランである。彼女が問題を前にして簡単に引き下がってくれるような性分でないことは重々に承知だ。
何か良いアイディアは無い物か。

(潜入――学校―――― ! )

その時スタンプに天啓が下る――!

「…………グラン、お前は今のことは忘れて、先に家に帰れ」

今までなら、スタンプはそう冷たく突き放しただろう。

「――なんて、お前が聞く耳持つ訳ないわな。首突っ込むつもりなら、それなりの覚悟してもらうぞ」

しかし、やけにあっさりとスタンプはグランの介入を許した。
勿論、能天気に許可を出した訳ではない。彼とて企みの一つや二つはする。
まず1つ、介入させるにしても、あまり深く関わらせることはしない。潜入だけに留め、犯人を深追いさせるような事はしない。

「聖マリア女子高はノクターンプリズンとはそう離れてませんにゃ。
 学校に通いつつ、刑務所で彼女から情報を得られるよう、根気良く話をしましょう」

そしてもう一つ。グランが学校に通うとはつまり、「ギルド学生支援補助金制度」の発生だ。
あまり触れないようにしてきたが、アゲンストガードとしての薄給だけで二人分の生活費となると、家計は苦しい。
しかしグランの身分が学生となれば、ギルド学生支援補助金を受けられるようになる。
私立校に通うとなれば、それなりの援助金が約束されるのだ。うはうはである。
そこなお嬢さん、『他人を使って金を得ようなど卑怯千犯な税金泥棒め』などと罵るなかれ。
大人なんて汚く生きてナンボのもんじゃいだ。野菜が値上がりする度に戦慄する日々を味わえば嫌でもこうなる。

「そういうことでしたら、編入の件はお任せ下さいにゃ」
「いやあ助かる。持つべきは有能な部下だな」
「……あ、Mrパン1氏は自分で何とかして下さいにゃ」
「えっ」

【せんにゅーしましょう! 学校の描写はお任せします!】
257グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/11/12(月) 21:47:14.64 0
>「奴等は、記憶の中から心ある者なら誰でも持つ感情――
 「後悔」や「罪悪感」、「未練」を引きずり出して吸い取り、脱力感を与える。
 記憶の中の感情がデカければデカい程、奴等は喜んで吸い上げるのさ。アイツ等と毎日顔を合わせるなんて、これ以上ない罰だと思わないか?」

「スタンプ……」

スタンプは”看守”の影響をもろに受けているようだった。
その後の話から、麻薬密売人を取り逃がしたのをずっと後悔している事が伺えた。
ノクターンプリズン地下に案内されたオレ達は、麻薬中毒者の惨状を目撃したのであった。

>「…………グラン、お前は今のことは忘れて、先に家に帰れ」
>「――なんて、お前が聞く耳持つ訳ないわな。首突っ込むつもりなら、それなりの覚悟してもらうぞ」

スタンプの言葉にこくり、と頷く。
今度こそ、とっつかまえてやろう、な!

>「そういうことでしたら、編入の件はお任せ下さいにゃ」
>「いやあ助かる。持つべきは有能な部下だな」
>「……あ、Mrパン1氏は自分で何とかして下さいにゃ」
>「えっ」

そういえばスタンプはどうやって潜入するんだ!?
一瞬女子高の制服を着たスタンプを思い浮かべ、慌ててその図を脳内から追い出す。
教師……は無理だったら用務員さんあたりか?
258グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/11/12(月) 22:27:02.37 0
そして――いよいよ潜入の日がやってきた!
私立聖マリア女子高等学校――小高い丘の上にある理想的なフォルムのお嬢様学校である。
オレはシスター服をモチーフにしたようなワンピース型の制服に身を包み、校舎へと続く坂道を上っていた。
通常は私立には途中から入る事は出来ないので、系列姉妹校からの転校という名目である。
厳格なミッションスクールらしく、前もって聞かされた情報によると、DSや漫画持ち込み禁止はもちろん携帯電話もご法度。
(無論、携帯電話は鳴らないようにしてこっそり鞄に入れているが)
他にも化粧禁止、スカート丈は膝が少しでも出たらアウトと様々な校則がある。
“ディスコ禁止”なんていう死後が含まれた校則がそのまま残っていたりもするぞ!

――言葉づかいにも気をつけるにゃ。間違えてもオレ、なんて言ったら駄目にゃ

トトの言葉が思い起こされる。百ウン十年ぶりの学校、増してや高校に至ってははじめて。
果たして上手く潜入できるだろうか。
やがて校舎に到着する。
聖堂の鐘が鳴り響き、純白のマリア像が当校する乙女達を出迎える。
見回していると、シスター服を着た女性が近づいてきた。

「今日転入のグラン・ギニョールさんですね? 我が校へようこそ。」

「いかにも、わたくしがグランです。このような素晴らしい学校に来ることが出来て光栄ですわ!」

そこは元役者。演技している気分で流暢なお嬢様言葉で答える。
問題があるとすれば若干芝居がかってしまう事である。

「早速ですがクラスに案内しますね。1年B組への転入になります」

オレの外見年齢は人間で言うと中学生ぐらいらしいので、1年への転入だ。
教室に行って自己紹介を無難にこなしたオレは、自分の席を与えられる。

「はい、ではそちらの席にお座りになって」

指し示された席は、獣人種のネコ耳少女の隣の席だった。

「よろしくお願いしますわ……あっ」

獣人種のネコ耳少女……トトがぷっと噴出したように見えた。
同時に転入すると怪しまれるといけないので、トトは少し時期をずらして先に潜入していたようだ。

「口調変わり過ぎにゃwww流石元役者だにゃwww」(ひそひそ)
「放っとけ。まさかの席隣かよ」(ひそひそ)

「そこ! 私語しない!」

「はい、申し訳ありません!」

教師からぴしゃりと注意が飛び、慌てて前を向くオレとトト。
こうして潜入高校生活が始まったのであった!
259スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/18(日) 23:06:15.50 0
潜入当日――
中世のバロック建築を意識した、一国の城の如く聳え立つ私立聖マリア女子高等学校。
俗世と隔てるかのような白い壁の向こうは、"自然の死刑執行所"の森を挟んでノクターンプリズンが見える。

「お早うございますわ、皆さま」
「お早うございます、"お姉様"!」

門をくぐれば、そこはもう異世界。
清浄な空気に包まれ、ブルジョアジー溢れる装飾があちらこちらでお目にかかれる。
もしここに正規入学させたなら莫大な費用がかかるだろう。
潜入という名目で校長からタダ同然で入れて貰えたのは奇跡に近い。

で、当のスタンプはというと。
グラン達が授業を受ける西塔付近の中庭に、くたびれた作業服を着る掃除用務員が一人。
移動教室のため庭を横切る少女たちが、用務員を見て嫌悪感を顔に出した。

「やーねぇ、汚らしい」
「それも男よ、男。きっと浅ましい理由で働いてるに違いないわ」
「やだ、こっち見てる。気持ち悪ーい」

好き勝手言いながら、お嬢様達はさっさと別の塔に姿を消す。
煙草に火を付け、スタンプは深い深い溜息を吐いた。

「…………ケッ。女でガキの集団がうようよ、か。罰ゲームも良い所だな」

スタンプは一人ごち、ベンチにどっかり座りこんだ。
今頃グランは授業を受けているだろう。真面目に受けているといいのだが。

しかし、思ったより状況は芳しくない。
お嬢様学校と聞いていたが、ここまで男を嫌悪する存在だったとは。
学級ヒエラルキーが比較的曖昧なだけ幸いだが、男がここまで虐げられる場だとは予想外もいいところ。
情報収集は女達に任せる他ないだろう。

「……トト、グラン、聞こえているか」

『何ですかにゃ。今授業中なんですけど』

超小型念信器に語りかける。この学校は規則違反を厳しく取り締まる為、機械類は持ち込めない。

「矢張りというか、俺では迂闊に生徒と接触出来ん。さっきなんぞバナナの皮をぶつけられた。内部は頼んだぞ」

『まあ予想はしてましたけどにゃ。昼休みにどこか人気のない所で合流しましょう』

【昼休みまでに情報を収集せよ!】
260グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/11/21(水) 03:36:12.32 0
>「矢張りというか、俺では迂闊に生徒と接触出来ん。さっきなんぞバナナの皮をぶつけられた。内部は頼んだぞ」
>『まあ予想はしてましたけどにゃ。昼休みにどこか人気のない所で合流しましょう』
『予想してたって……昔からそうだったのか』

男性用務員では生徒とあまり話せないだろうとは思っていたが
ここまで酷い扱いを受けているとは思わなかった。
お嬢様学校の内情、恐るべしである。

【休憩時間1回目】
休憩時間になると、早速同級生たちが寄ってきた。
転入生が来るのは普通は無い事なので、興味津々だ。

「何処から来たの?」
「かわい〜い、お人形さんみたい」

真理を突いた言葉に一瞬ドキッとしつつ、用意してあった設定で質問に答えていく。

「それにしても立て続けに2人も転校生が来るなんてね」

そこでトトがすかさず核心に斬りこんでいく。

「にゃんで2人共このクラスなのかにゃ。
このクラスだけ人数が少なかったのかにゃ?」

「それはね……」
「こらルーシー、言ったら駄目よ!」

噂好きそうな生徒を、真面目そうな生徒が窘める。
すかさずに聞きたそうなキラキラとした視線を向ける。

「いいじゃないメアリー、誰にも秘密よ? いい?」

こくこくと頷く。
こうやって、世の中に公然の秘密という概念が出来上がっていくのだ。
予想通り、突然退学した生徒がいた事と、その少し後に暴れ出して拘束された生徒がいた事が語られる。
問題はここから先だ。
二人の共通点を聞き出せれば糸口になるのだが……。

「その二人は仲が良かったの?」

「いえ、特に……ねえ」
「ええ」

やはり話はそれ程簡単ではないようだ。
261グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/11/21(水) 03:37:02.89 0
【休憩時間2回目】
「ところで……青い髪のオッサン用務員は昔からいるのかにゃ?
今日目が合ってしまったにゃ」

どう聞いてもスタンプの事だ。思わず吹き出しそうになった。

「あいつ昨日か今日からよねー!」

「他には最近来た先生とかっている?」

「そういえば……最近多いわね。家庭科のグリーン先生に化学のブラウン先生。
二人ともこの前のハロウィーンパーティーでコスプレして大ハッスルだったわ。
クリスマスパーティーでもまた大はしゃぎするんじゃないかしら」

トトによると、
「クリスマスパーティーまでに何とかしないとまた被害が広がる予感がするにゃ。
刑事の勘にゃ」とのこと。

【休憩時間3回目】
移動教室中に職員室の前を通ったので、そーっと中を覗いてみる。

「あっちがグリーン先生であっちがブラウン先生……」
「若い美人とイケメンだにゃ……。怪しいにゃ」

「あら、何か御用かしら?」
「な、何でもないですにゃ」

教師に声をかけられ、そそくさと踵を返す。

【昼休憩】
昼食に行く振りをして、スタンプとの待ち合わせ場所に向かった。

「ああ、紅葉が綺麗だにゃあ」(棒)
「お弁当を食べるのにぴったりですわね」(棒)

実際には晩秋の木枯らしが吹く中、裏庭のベンチに腰かけてスタンプを待つ。
262スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/27(火) 20:46:08.74 0
『それはね……』
『こらルーシー、言ったら駄目よ!』

トトの通信機に入ってくる女子二人の音声を捉え、
スタンプは箒で塵取りに落ち葉の山を放り込む作業を中断させた。
中庭を横切る女子たちの黄色い声が、秋の空に反響する。
冷え切った風が耳たぶを冷やし、軍手をはめた手で押さえつけた。

『その二人は仲が良かったの?』
『いえ、特に……ねえ』
『ええ』

『でも、二人共すごく勉強熱心で、いつも上位の成績を収めてたわ。
 午前の授業が終わると、アクティビティーにも参加せずに、まっすぐ図書館へ向かっていくのを何度も見たの』

ルーシーの証言に、スタンプは眉間の皺の数を増やした。

通常、この学校は月曜日と水曜日に4回、その他の日に3回授業を受け、1時間の休憩の後にアクティビティが存在する。
アクティビティといっても内容は様々で、工場見学や社会研修、スポーツクラブも存在する。
他校の生徒と交流するクラブも存在し、スタンプ個人としてはそこが麻薬の流れ所ではと睨んでいる。
しかし、被害者の二人はどちらもアクティビティに参加していなかったようである。
そして二人に浮上した共通点、図書館。

その後も二人は、怪しまれない程度に生徒へ次々と質問していく。
中には訝る生徒も居たが、トトがそれとなしに誤魔化して流した。

(さて、こっちは……)

用務員として潜入した長所は、どのような場所にいても怪しまれないこと。
流石に女子トイレに入ればお縄物だが、教務室や廊下にいても誰も気に留めない
(最も、面白半分でちょっかいを掛けてくる『お転婆な女の子』たちを除けば、の話だが)

「あら、お仕事お疲れ様です」

ギクリと身を固める。背後にはいつの間にか、エルフの女教師がにこやかな笑顔で立っていた。
リサ・グリーンといったか。魔法科の、日常において使う魔法を教える家庭科教師だ。
隣の尖り耳の男も同様に教師だ。グレゴリー・ブラウン、普通科の化学教師である。
(※注釈しておくと、ここでいう化学は原子や単子などを研究対象にした無機化学、ほか物理化学を指す。
 化学とは別に生物科学、人文科学なども存在するが、それは追々。)

スタンプは無愛想に帽子を深く被り直し、一礼してやり過ごす。
しかしすれ違った直後、グリーンが振り返った。

「校舎内では脱帽してくださいね。規則ですから」
263スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/11/27(火) 20:46:56.40 0
秋は早く時が過ぎるもので、時計は既に昼休みを指していた。

>「ああ、紅葉が綺麗だにゃあ」(棒)
>「お弁当を食べるのにぴったりですわね」(棒)

「……猿芝居も、ここまでくると笑いすら出んな」

待ち合わせの場所に足を運ぶと、女二人がベンチでランチボックスを膝に乗せて待っていた。
相変わらずの憎まれ口を叩きつつ、帽子を振って二人の視界に入る。
しかしベンチには座らず、二人と背中合わせになる形で、反対側のベンチに腰を下ろした。

「こっちは教師を中心に調べてみた。が、特に怪しい奴は浮上しなかったな。

新しく赴任した二人の教師の内、リサ・グリーンは子持ち。以前はモノホンの修道女だったらしい。
化学教師のグレゴリー・ブラウンは経歴不明だが、こっちの線は薄いだろう。なにせ、男だからな」

「うーん、教師の線は薄そうですにゃ」

「となると、怪しいのは……上学年の生徒だな」

二人の報告を聞き、自身の推論を打ち立てながらサンドイッチをかじる。
この学校の特色は「上学年への異常なまでな従事心」だ。早い話が、「お姉さま」に対して服従のしきりなのだ。
先輩の言葉は絶対、女学校ではよくある現象だ。
「悪い先輩」にそそのかされて非行の道へ……可能性はゼロとは言い難い。

「ひとまず二人は、共通点と思われる例の図書館について調べてくれ。何か関係があるかも知れん。
 俺は念の為に教師側をもう一度洗い直してみる」

「了解ですにゃ、…ん?」

トトが何かを見つけたようだ。ランチを食べる手を止め、注視する。
グランたちと同学年であろう、一人の眼鏡の少女が、夢見るような足取りで石畳の道を歩いている。
そして不意に、分厚い眼鏡がこちらを見た。反射的にスタンプはベンチからずり落ちる。
こちらをしばし見ていた眼鏡の少女は、首を捻りながら再び歩き出す。

「ミラだ。こんな時間に学校に来るなんて珍しいにゃ」
「誰だ、そいつ?」
「ミラ・ホーカーです。週に1、2日ほど、学校にフラッと現れるんですにゃ。
 授業にもあまり出ないし、アクティビティもしませんし、読書ばかりしてる変わった子ですにゃ」

スタンプは身を起こし、落ち葉を払いながらミラの行き先を注視した。
その先は、図書室。三白眼が静かに細まる。

「グラン、お前は運動神経が良い。スポーツ系クラブの路線から攻めてみてくれ。
 トトはクラブで顔を知られてる可能性がある。引き続き、図書館の話も集めてくれ」

「アイサー」
264グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/12/01(土) 06:23:27.05 0
>「こっちは教師を中心に調べてみた。が、特に怪しい奴は浮上しなかったな。
新しく赴任した二人の教師の内、リサ・グリーンは子持ち。以前はモノホンの修道女だったらしい。
化学教師のグレゴリー・ブラウンは経歴不明だが、こっちの線は薄いだろう。なにせ、男だからな」
>「うーん、教師の線は薄そうですにゃ」

「この学校の男の不遇っぷりを見れば……な」

しかし、件の教師はエルフ。
※ただしイケメンは除く の但書が適用される可能性は捨てきれないが。

>「ミラだ。こんな時間に学校に来るなんて珍しいにゃ」
>「誰だ、そいつ?」
「ミラ・ホーカーです。週に1、2日ほど、学校にフラッと現れるんですにゃ。
 授業にもあまり出ないし、アクティビティもしませんし、読書ばかりしてる変わった子ですにゃ」

「不良高校ならともかくこんな名門でもサボリ常連がいるのか……!」

授業サボってやる事が暴走行為やゲーセンではなく読書というのは流石名門校といったところか。
これがいかにも不良ならともかく、まさか……ね。

>「グラン、お前は運動神経が良い。スポーツ系クラブの路線から攻めてみてくれ。
 トトはクラブで顔を知られてる可能性がある。引き続き、図書館の話も集めてくれ」
>「アイサー」

――放課後。

「初めまして、グランさん。ダンスは初めてかしら?」

「いえ、実は少しばかり齧っていて……」

スポーツ系クラブ、ということでダンスクラブに潜入する事にしたのだった。
体育館の割り当てられた区画の外壁には、数人の見物客がたかっている。その理由は……

「キャーーーーー、マリア様―――――!」
「こっち向いてーーーーー」

……ダンス部のキャプテンマリア様の追っかけだった。
長身の美人でダンスが上手い彼女は、そのいかにもな名前も相まって
下級生達に(同級生にも)カリスマ的人気を誇っているそうだ。

「今はクリスマスパーティーで披露するダンスの練習をしているの。
今からやるから見ておいてね」

部員の皆が踊るダンスを、見よう見まねで踊る。

「こうですか? お姉さま」

「――!! あなた、少し齧ったどころじゃないわね!?」

思いっきり驚かれた。ぶっちゃけ本職でした、サーセン。
こうしてしばらく踊り、今日の練習は終わりと相成った。
265グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/12/01(土) 06:24:37.58 0
「グランさん? ちょっといい?」

帰りがけにマリアに呼び止められる。

「はい、お姉さま」

「後で図書室の書庫に来て下さる?」

「ええ、もちろんです」

――来た! きっとヤクの受け渡しが行われるのだ。
オレは警戒しながら図書室の書庫に向かった。
マリア様が情熱的な瞳でこちらを見つめている。

「わたくしと踊るパートナーにふさわしいのはあなたしかいないわ。
わたくしと、付き合ってくださらない?」

返事を聞く前に、オレの背中に手をまわして顔をよせてくる。
え、何これ。これ何。いきなり!? オレはストロベリーなパニックに陥った!

「あ、いえ、あの! 貴女の事はとってもダンスが上手いし恰好いいと思うのですが
こういう事はじっくりとお互いの事を知ってから……今日はもう帰ります!」

書庫から駆け出した時に、丁度図書室の偵察に来ていたトトとぶつかった。

「うわー!」
「何でそんなところから出てくるにゃー!?」

後から冷静になって考えればああやって下級生を虜にしてから麻薬を出すという可能性もあるのだ。
捜査のためにはもう少し話に乗ってただの百合かそうではないかを見極めるべきだったのだが……。
容疑者は増える一方である。
266スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/12/06(木) 21:52:19.86 0
(……やっぱり辛気臭ェ場所だな)

さて、グラン達が上手く事を運んでいることを祈りつつ、図書室へ向かう。
図書室と呼称されているものの、規模は立派な市立図書館といい勝負だ。
アクティビティの時間、ここに人は滅多に来ない。

「何か御用でしょうか?」

受付から厳しそうな声色がスタンプの背中を刺した。
振り返ると、生真面目そうな少女が座っている。
隣では、本を膝に乗せて、胡散臭そうな視線を投げつけてくるもう一人の少女。
声で気づいた。司書らしき方は、グランと同じクラスのルーシーだ。
おそらくもう片方はメアリーだろう。

「……………………」

ここの学生とは極力関わらないに限る。
受付を横切ろうとしたとき、目の前を何かが瞬足で横切った。

「すみませぇ〜ん、品のない男性の入室はお断りしてマース」

意地悪く笑うメアリー。眼前を横切ったのは、空中で浮遊する本だ。
女尊男卑、ここまでくるか。それとも元からこういう性格なのか。
顔を強ばらせ、スタンプは無視して素通りしようとする。

「ちょっと、お耳付いてるのォ?」

機嫌を損ねた声色が背中を撫ぜた瞬間、浮遊感。次の瞬間、背中から思い切り叩きつけられた。

「がふっ……!?」
「メアリー!校内で、しかも一般人に魔法を使っちゃいけないでしょう!?」
「えー、でもコイツ超生意気じゃん?それに最初はルーシーだって無視してたじゃない」

遂にルーシーが怒り出す。しかしメアリーはどこ吹く風だ。

「それにさ、私らが何しようが先生たちは見て見ぬ振りだし?パンピーに何しよーがどうせ怒りっこないって」
(! それはつまり、教師の管理不届きということか?)

この事を校長は知っているのだろうか。だとすると、事情は少し変わってくる。
風紀に厳しく管理の行き届いた環境。そこにヒビがあるのだとすれば、ヒントはそこに眠っている。

>「うわー!」
>「何でそんなところから出てくるにゃー!?」
「げぶおっ!?」
「お待ち下さいませ、ミス・ギニョールー!私とダンスをーーーー!」

俄然やる気は出てきたものの、直後に飛び出してきたグラン達によって轢かれた。
後日、グラン達はマリアとのあらぬ噂がたち、さらにはマリアに容赦なく追跡される日々が始まることとなるのだが、それはまた翌日の話。
267グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/12/10(月) 01:46:00.21 0
その日はマリアの追跡を何とか振り切ることに成功した。
しかしこれは実録☆マリア様が視てる、の恐怖の始まりにすぎなかったのだ!

スタンプはというと、メアリーに酷い仕打ちをうけたようだった。
どうやらこの学校、表向き厳しい校則を持つ厳格な学校という体裁をとりながら
教師が生徒の狼藉を黙認するという奇妙な構造があるらしい。

――次の日。

「レッツダーンス!」「掃除道具入れの中に息をひそめるなぁああああ!」
「さぁミス・ギニョール、わたくしと踊りましょう!」「天井に張りつくな!」
「あ、あんな所に不自然な段ボール箱が……!」「怖いよー!」

マリア様の追跡を振り切るだけで一日が終わってしまい、放課後。
マリアはダンスクラブに行くので、ようやくまともに情報収集ができる。
勉強する振りをして図書室のミラに近づくことにした。
本を読んでいるミラの隣に座り、何気なく話しかける。

「はじめまして。今回転校してきたグランです。
どんな本を読んでるの?」

ミラは目の前に積み重なっている本を指さした。

『黒魔術辞典』『幻想狂気の世界』などというタイトルが見える。
怪しいわ! この子怪しいわ!
そうしていると、後ろから声がかけられた。

「ミラさん、よければうちのお菓子クラブに参加してみない?
今日は化学クラブと一緒に元気が出るお菓子作りをするのだけど……。
あなたは……転入生のグランさんね。よければ参加してみない?」

家庭科のグリーン先生だった。
不登校のミラの元には、時々こうしてクラブの誘いがくるらしい。
ミラは無言で頷いた。
当のグリーン先生は、自分で誘っていながら驚いたような顔をしている。
まさか本当に参加するとは思わなかったのだろう。

「本当!? グランさんも参加するわよね!?」

元気の出るお菓子作り、となればなんとなく怪しいので参加する他はない。
まさか分かりやすく怪しい粉を入れたりしないよな!?
さて、本日お菓子クラブと合同でお菓子作りをするのは化学クラブ――別名ブラウン先生ファンクラブ。
女尊男卑のこの学校においては異端の一派である。
やはりイケメンエルフ好きはどこの世界にもいるもので、その者達によって構成されているらしい。
何のことは無い、やる事はちょっとした魔法薬を使ったお菓子作りらしいのだが……。
268グラン ◆3rZQiXcf5A :2012/12/10(月) 01:46:59.54 0
「ミスギニョール〜〜! こんな所にいたのね!」

ケーキ生地を混ぜていると、マリア様が突撃してきた。ダンスクラブが終わったらしい!
生地のボールを取り落とし、生地が床に散乱する。

「あらあら、用務員に掃除させましょう」

グリーン先生が事もなげにそう言って内線電話をかけ、何事もなかったようにお菓子作りは続く。
こちらはたまったものではない。

「えーと、あの、今はお菓子を作らせて戴けたらうれしいです! 出来上がったら一つ差し上げますから!」

「わたくしが踊りのお相手するから我慢するにゃ」

トトがやっとの思いでマリアを大人しくさせる。
オレはブラウン先生のところに、新しい魔法薬を貰いに行く。

「すみませーん、あの通り落としてしまったので……」

「はい、分量は計ってあるからね」

その瞬間、化学クラブの面々から黄色い声があがり、それをお菓子クラブの面々が生暖かい目で見るのであった。

「キャーー! 直々に手渡しよ!」
「何て羨ましい!」

ブラウン先生ファンクラブ、ここまで重症か――!
269名無しになりきれ:2012/12/15(土) 13:49:16.30 P
保守
270スタンプ ◆ctDTvGy8fM :2012/12/16(日) 22:54:23.99 0
『ケーキ用の生地をぶちまけてしまったので掃除にきてほしい』

スタンプはこの時点で嫌な予感は感じ取っていた。
まさかケーキを顔面にぶちまけてやりたいから面貸せよ、
なんてことは流石に無いだろうが、第六感は『どうせロクなことにはなってないぞ』と警告していた。

「入り辛ぇー……」

キャアキャアと黄色い声が飛び交う扉の前で渋い顔を作った。
何故女子というものは動物園のサルのような声をあげることに嫌悪感を抱かないのだろう。
周りの視線も厳しくなってきたため、舌打ち一つ零し扉を開けようとして、

「!?」

扉が勝手に開いた――というのは勘違いで、内側から誰かが開けたのだ。
ミラが分厚い眼鏡越しに、眠たげな目でスタンプを見上げてくる。
咄嗟に本をぶつけられる、或いは家庭科室であるし包丁が飛んでくるのでは、
などと邪推して半歩ほど下がったが、ミラはそのような蛮行に及ぶことはなく、
扉を開けるだけにして、小脇に本を何冊もかかえ、さっさと出て行った。

(何なんだ、あの娘……)

なんとなしにミラの背中を眺め、扉越しに室内へ目をやる。

「…………」

カオスが広がっている。
エプロン姿のトトが麗しのお嬢様とダンスを披露し、
床にはぶちまけられたケーキの生地だったものが広がり、
グランは化学教師のブラウンに薬を渡されただけで周りから黄色い声を浴びている。

(関わらぬが吉だな)

渋い顔のまま、他人の振りを貫かんと、そそくさと脇を通ろうとした。
しかし、化学教師の持っていた瓶の中身を見て、サッと顔色を変えた。

「ちょっと通してくれ!」

女学生たちを押しのけ、二人の元へズンズン歩み寄る。
突然現れた第三者(しかも男)の存在に女学生たちがブーイングを入れるが、それどころではない。
グランの手を掴み、乱暴に薬を取り上げた。
再びブーイングの声が上がるが無視し、スタンプの鋭い視線がブラウンに向けられた。
271スタンプ ◆ctDTvGy8fM
「おい、これを何処で手に入れた?」
「何ですか貴方、無礼にもほどが……」

不穏な空気を感じ取ったグリーンが割って入る。
生徒に暴行を加えるのではと危惧したのだろう、声を荒げそうになるグリーンへ向け、
スタンプは先ほどの瓶を突きつけた。

「マンドレイクだ。しかも人間の血に浸して乾燥させて粉末にしたタイプとみた。
 この学校ではそんな危ないものをケーキに混ぜて学生に食わせるのか?」

ブラウン、グリーン共にサッと顔色を変えた。
トトを含めた生徒の何人かも、言葉の意味を察し、一斉にケーキを注視した。

マンドレイク――別名マンドラゴラ。人呼んで恋ナスビ。
魔法使いならば誰もが知る貴重な薬草だ。
用途は魔法薬、呪術や黒魔法での供物など多岐に渡る。
概ね伝承では絞首台の下で自生し、引き抜くと身の毛もよだつ悲鳴を上げ死に至らせる。

しかし、マンドラゴラは声だけでなく、薬となって尚、人を殺すことが可能だ。
煎じ方でその効能は様々。惚れ薬、睡眠薬、痛み止め、――製法によっては毒薬、麻薬にも姿を変える。
見分け方は簡単だ。マンドレイクを煎じた麻薬は、人間の血を吸って毒々しい赤紫色になる。
この麻薬を吸おうものなら、幻覚を見、幻聴を聞き、狂ったように泣き叫ぶ。
あの監獄に閉じ込められた少女のように。

「ミスターブラウン、どういう事ですか!?マンドレイクは所持すら禁止されている筈!それを…」
「誤解だ!こんな薬、私は一度も……! とにかく!皆さん、ケーキには絶対口をつけないで!」

学生たちの注意が教師二人とマンドレイク入りのケーキに向けられている隙に、
トトがさりげなく近寄りスタンプとグランに耳打ちする。

(さっきの…ブラウン先生がマンドレイクを所持していたとは考えにくいですにゃ)
(どうしてそう考える?)
(実はさっき、出来立てのケーキを一つだけ口にしたんですにゃ。でも、食べた感じでは、今さっきのは只の元気薬でしたにゃ…)

ならば、今あるケーキは安全ということになり、偶々グランが渡された薬だけがマンドラゴラということになる。
陳列した薬は、先ほどのマンドラゴラ以外は普通の薬に見える。
スタンプはさりげなく、開け放しの戸棚から幾つか薬瓶をくすね、ツナギの中に滑り込ませた。

(グラン、トト、一応全部のケーキを一部分でいい、怪しまれないように回収しろ。後で他に麻薬が入っていないか検査するぞ)
(イエッサー)

もうすぐ、騒ぎを聞きつけて他の教師たちがやってくる。
最悪警察が調査に赴いて、ケーキを没収されるかもしれない。
その前に証拠として、ケーキを先に回収する必要がある。

ところで、騒ぎに紛れて、いつの間にか数名の学生が――ミラ、ルーシーとメアリー、
あれほどグランにご執心だったマリア、容疑者候補の学生たちが、忽然と姿を眩ませていた。