内心少し冷やりとしているとカナが手近に人だかりに近づいていく。どうやら薬箱の在処を聞いているようで
確かによく見てみれば、赤くなってはいたが見覚えのある顔がちらほらとあった。
ただ文字通り全員デキ上がってしまっているようで、こうなるともう後は笑うか怒るか泣くかの何れかしか
反応は帰ってこないだろう。カナがしきりに聞いているがやはり話にならないようだ。マイノスはマイノスで早々に諦め
薬箱を探すが見つからない。誰かが椅子にでもしているのだろうか。
そう思っていると小さく悲鳴が聞こえる。今の彼女は一般人と大差がなかったことを思い出し急ぎ振り返る。
そこには酒を頭から引っ被ったカナがマントを外してかかった酒を拭いているところだった。健全な男子なら眼前の
女性の裸に興奮の一つもした方がいいのだろうが、あることがマイノスにそうさせなかった。
酒を被った部分が赤くなっている。安酒に含まれる微量な消毒作用でさえカナには毒なのだろう。
(料理用のお酒も止しといた方がいいな、これは)
そう肝に命じながらカナの方をなるべく見ないようにしながら引き続き薬箱とついでに代えの服を探す。
すると今度はすぐ近くで尋常でない魔力とそれに合わせたようなどよめきが聞こえたので、「今度は何だ」と「まさか」
という気持ちを半々に振り返るとカナがかなり細かい魔方陣を空中に書き出している。完成が近づくに連れて
魔方陣が輝きを増し、火花が散る。
酔っ払い達も自分たちが「しでかした」のに気づいたのだろう、顔色が青くなっている。自業自得と思わないでも
なかったが、かと言って巻き添えは御免だった。
止めようとカナに声をかけるが時既に遅く、「カナさ」まで言った所で光が弾けて激しく吹っ飛ばされる。
ごろごろと転がりどこかの壁にぶつかって止まると目の前に何かが飛んでくる。
どこかで見たことのあるソレが自分たちが探していたものだと判明するのは薬箱が少年の顔に綺麗に着席してから
きっちり三秒たってからのことだった。
(あ、薬箱、ありましたよカナさん)
頭の中でそう言うが声には勿論なっていなかった。沈みゆく意識の中でマイノスは思った。
たぶん酔っ払いたちは無事なんだろうな、と。これまでの短い人生の中で培った不条理感に裏打ちされた
考えだったが今となっては確認できそうもない。
それでも心のどこかで、何かが、大丈夫のような気がしたから、マイノスは薬箱の枕になりながら、
一足早くこのまま眠ることにした。