邪気眼-JackyGun- 第X部〜黎明ノ紡ギ手編〜

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1名無しになりきれ
かつて、大きな戦いがあった。

個人、組織、そして世界をも巻き込んだ戦い。

戦士達は屍の山を築き上げ戦い、

それでも結局、勝者を産まぬまま、

戦いは、全てが敗者となって決着を迎えた。

そして、『邪気眼』は世界から消え去った――――筈だった。
2名無しになりきれ:2010/10/22(金) 22:58:47 0
《過去への扉》─カコログ─

邪気眼―JackyGun― 第零部 〜黒ノ歴史編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1225833858/
邪気眼─JackyGun─ 第T部 〜佰捌ノ年代記編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1251530003/
邪気眼-JackyGun- 第U部 〜交錯世界の統率者編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1260587691/
邪気眼-JackyGun- 第V部〜楽園ノ導キ手編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1267327455/
邪気眼-JackyGun- 第W部〜目覚ノ領域編〜
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1275651803/


《堕天使の集いし地》─ザツダンスレ─
http://yy702.60.kg/test/read.cgi/jakigan/1280151413/

《世界ノ真実》─マトメウィキ─
http://www31.atwiki.jp/jackygun/


Q.ここは何をする所だ?
A.邪気眼使いたちが戦ったり仲良くしたり謀略を巡らせたりする所です。

Q.邪気眼って何?
Aっふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・
 邪気眼のガイドライン(http://society6.2ch.net/test/read.cgi/gline/1261834291/)を参考にしてください。
 このスレでの邪気眼とは、主に各人の持つ特殊能力を指します。
 スタンドとかの類似品のようなものだと思っておけばよいと思います。

Q.全員名無しでわかりにくい
A.昔(ガイドライン板時代)からの伝統です。慣れれば問題なく識別できます。
どうしても気になる場合は、上記の雑談スレでその旨を伝えてください。

Q.背景世界とかは?
A.今後の話次第。
Q.参加したい!
A.自由に参加してくださってかまいません。

Q.キャラの設定ってどんなのがいいんだろうか。
Q.キャラが出来たんだけど、痛いとか厨臭いとか言われそう……
A. 出来る限り痛い設定にしておいたほうが『邪気眼』という言葉の意味に合っているでしょう。
 数年後に思い出して身悶え出来るようなものが良いと思われます。
3名無しになりきれ:2010/10/22(金) 22:59:43 0
世界観まとめ

邪気眼…人知、自然の理、魔法すらも超えた、あらゆる現象と別格の異形の力

包帯…邪気を押さえ込み暴発を防ぐ拘束具

ヨコシマキメ遺跡…通称、『怪物の口腔』
            かつての戦禍により一度は焼失したが、アルカナを率いる男【世界】の邪気眼によって再生された。
            内部には往時の貴重な資料や強力な魔道具が残されており同時に侵入者達を討ってきたトラップも残存している。
            実は『108のクロニクル』のひとつ
            
カノッサ機関…あらゆる歴史の影で暗躍し続けてきた謎の組織。

アルカナ…ヨコシマキメの復活に立ち会い守護する集団。侵入者はもとより近づくものすら攻撃する。
       大アルカナと小アルカナがあり、タロットカードと同数の能力者で構成される。

プレート…力を秘めた古代の石版。適合者の手に渡るのを待ち続けている。

世界基督教大学…八王子にある真新しいミッション系の大学で、大聖堂の下には戦時から残る大空洞が存在する。

108のクロニクル…"絶対記録(アカシックレコード)"から零れ落ちたとされる遺物。"世界一優秀な遺伝子"や"黒の教科書"、"ヨコシマキメ遺跡"等がある。

邪気払い(アンチイビル)…無能力者が邪気眼使いに対抗するべく編み出された技術

遺眼…邪気眼遣いが死ぬとき残す眼の残骸。宝石としての価値も高いが封入された邪気によってはいろいろできるらしい
4名無しになりきれ:2010/10/23(土) 00:44:06 0
>「 ───!?グ……ガハッ…!」

叩き込んだ拳に手応えあり。
豪雨の如く降る光槍の迎撃に『影』の殆どを消費させた上での近接攻撃は功を奏し、ステラの正拳はシェイドの実体を捉える。
拳から肉の弾ける感触と、せり上がる血潮の脈動を感じた。呼気が漏れるのと血泡の湧出は同時だった。

>「……こ…の………わ…た、し……に……!」

(――!!まだ動けるの!?)

確かに打ち抜いたはずなのに。
急所を、傷を、鳩尾を、正確に。最早シェイドの身体に刻まれた裂傷は十をゆうに超え、その全てが内圧で炸裂していた。
それでもなお、白衣の狂人はステラを捉え、捕え、掴み、留める。己の眼前に。絶対の殺傷領域に。

男は、大きく身体を反らせた。

>「『人殺し』を…させるなァァァァァァァァァァァッッッ!!」

そして降ってきたのは、四方一里を焦土に変える劫火でもなく、鋼を断ち切る斬撃でもなく、頭突き。
ただのヘッドバット。

ステラは避けられなかった。

全ての邪気を一撃のもとに使い果たし、そして最後に残ったのは、どうしようもない心の差。覚悟の違い。
最後まで正当者になれなかった女と、どこまでも己の正しさを貫いた男。

(スピカ、ごめん、仇、とれなかっ――)

互いの頭部が熱烈な邂逅を果たし、反面、互いの意識はその場から消失した。


【気絶しました。時間軸は学長突入直前です】
5名無しになりきれ:2010/10/24(日) 22:18:41 0
保守
6名無しになりきれ:2010/10/25(月) 20:02:15 0
「うおぉおぉおおおぉおおおおおおおおおぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおおおッッッ!!!!」

高らかな咆哮が、茜色の空にこだまする。
もはや涙は出てこなかった。
枯れるほど泣いて、それでもなお捨てきれない戸惑い、そして後悔

「レイ…」

今さら"他に救う方法があったのでは"と考えても意味はない、意味はないし、それ以外に方法など無かった。
なのに、捨てきれない後悔が、ぐつぐつと胸の奥で沸騰している。

「ごめんね…本当に、ごめんね」

それしか言えなかった。もはや何も応えてくれない亡骸を遠目に見て…ピアノは真っ赤に腫れた目を軽くこする。
それは子供が泣いているようにしか見えなかった。いや、そう見えるようにしていた。

(今さら泣けないわよ…もう戻らないってのに)

時間流一定の法則に従い、時間は過去から未来へ止まる事無く流れ続ける。
過ぎ去ってしまった存在は、二度と戻らない…それをよく知っている彼女だからこそ、もう一度涙を流す事など出来なかった。
そもそも、もう涙腺も枯れ果てている。どう悲しめばいいのだ。

「……ピアノ。」

「……」

鷹一郎がハンカチを差し出してくる。
黒の生地に金の刺繍という小洒落たハンカチだ、こいつの素敵ファッションには到底似合わない

「征こう、ピアノ。
 俺達には、倒さなきゃならない敵がいる。」

「恰好つけた言い方しなくてもいいわよ…当然でしょ
 レイを、この街を、人々を…ここまで苦しめた奴らが未来を作る事なんて絶対に許さないわ」

"枢機院"

『世界の管理者』とはよく言ったものだ。
全世界の宗教を管理下に置き、人々に精神面から創造主の力を植え付ける機関

「レイはそれを望んでた。そして、俺達に託したッ!
 なら、……俺達が、その正しき遺志を遂げてやるんだ。…それがレイの、何よりの供養なんじゃ、ねえかな。」

「分かったつもりみたいに言うわね…言っておくけど、枢機院は今やカノッサ機関よりも強大な組織よ。
 創造主の直属管理下でもある。そいつらに歯向かう事がどういう事か……分かってるわよね?」
7名無しになりきれ:2010/10/25(月) 20:04:00 0
全世界を敵に回す事になる。
正確には、全世界の宗教信者を敵に回すと言ったところか、しかし人間は誰しも必ず宗教を信仰している。
多信教の日本人でさえ、盆は墓参りに行き、クリスマスを祝う…形式化してはいるがそれも宗教の一つだ。
それを分かっているのか知らないが、鷹一郎は続けた。

「俺は、……征く。
 もしピアノも征くのなら、…ハンカチを取って、涙を拭ってくれ。」

鷹一郎が言い終わるより先に、ピアノはひったくるようにそのハンカチを取る。

「馬鹿にしないで、レイを殺されて、私が黙っているとでも思ったの?
 ……涙はとうに枯れてるわ、それに、あんた一人で征かせる訳にはいかないのよ。」

ピアノはハンカチを鷹一郎に投げ返し、ふいと横を通り過ぎる。

「レイに認められた人間なんて、数えるほどしかいない
 私も、あんたもその一人…なら、その"遺思"は私にも掛けられてる。
 あんたがレイの仇を取ってくれるってんなら、私は別の"遺思"を遂行するまでよ。」

ピアノは夕日を背景に、鷹一郎に向き直り、叫ぶ

「私はあんたを護る!」

レイが成そうとしていた事、最後の最期に、思い出した事
ピアノはそれを成そうと思った。レイに認められたこの青年を、レイが護ろうとしたこの青年を、護ろうと思った。
そして、また歩き出そうとして、何かに気付いたかのように早足で鷹一郎に歩み寄り、その鼻の頭に指を押し付ける。

「……勘違いしないでよね、これはレイがやろうとしていた事を代行するためだけであって、私は相変わらず男嫌いだから」

結局最後までツンデレなのである。
8名無しになりきれ:2010/10/26(火) 00:07:19 0

「私はあんたを護る!」

(夕陽を背にそう宣言する少女は、もう儚さなんて背負っていない。)
(何て強いんだろう。)
(愛しい人を目の前で失って、辛くない訳がない。涙なんて涸れ果てているだろう。心が朽ちてもおかしくない。)

(それでも、ピアノは前に進むことを選んだ。)
(誰にでもできる『選択』ではない。冷雨のような痛みを抱いて尚、彼女は笑うのだろうか。)


(心が軋むのを鷹逸カは感じる。「非日常」が強いる覚悟とは、これほどまでに無慈悲なものなのか。)

「……勘違いしないでよね、これはレイがやろうとしていた事を代行するためだけであって、私は相変わらず男嫌いだから」

(歩み寄って鷹逸カの鼻に指を押しつけながら、そう言ってみせるピアノ。)
(上等だ、と青年も力強く笑う。)
(哀しみに暮れないピアノに、鷹逸カも応えてみせた。)



(ピピピ、と飾り気のないデフォルトの着信メロディが鷹逸カの携帯から聞こえた。)
(ズボンのポケットから取り出して画面を開くと、丁度『情報屋』の定期報告メールが送られていた。)

(そこに載っているのは、鷹逸カが求めていた情報。)
(『世界政府』が擁する行政機関の一つである”敵”、『枢機院(カルディナル)』の手に入れられる限りの情報。)
(何処かの外国の地図が表示されている携帯画面をピアノにも見せながら、)


 ラツィエル城、か。
 『枢機院』の本拠地の場所が分からねえ以上、行く場所は此処しかないだろうな。
 多分、すぐでにも戦力を送り込めるように本部への移動術式か何かが設置されてるはずだぜ。


(ラツィエル城。)
(『情報屋』のメールによると、『枢機院』が西方に構える一大拠点の城塞のようだ。)
(古城を改造したもののようで、添付された外観写真は中世の《帝国(ドイツ)》のような雰囲気を醸している。)

(なるほど、諸外国は歴史上『十字教』や『啓典教』などの宗教戦争に縁がある。)
(宗教関係を一手に統括する『枢機院』にとっては、これ以上ないぐらい拠点設置に打って付けの場所だ。)


 問題はアシ、だな。
 秋葉原は政府軍にインフラを封鎖されちまってるから、何とか突破しなきゃいけねえ。
 そんで仮に突破したとしても、多分《Yウィルス》のガセ報道で航空関係が塞がれちまってるだろうし……。

(出来れば、秋葉原に取り残されている人々を家に帰してやりたい。)
(しかしその為には、政府軍との戦闘は避けられない。解決するべき問題は山積みだった。)
9名無しになりきれ:2010/10/27(水) 22:57:43 0
「───!」

 破壊系修道女からガンスリング・メイドと進化を遂げたアスラは、今のどの要素よりもまず「己の手首の向いた方向」に動揺した。
 これでも鍛錬は欠かしてはいない。射撃訓練や対人戦闘術も、日進月歩の信条の下に日々磨きあげてきた。
 だが、それ故に。
 たった今言う事を聞かなくなった自分の身体に対しアスラはひどく驚いていた。

「これがアンタの異能か…ええいくそ、相性バッチリすぎて涙が出るわ!」

 言いつつ、弾倉を再装填し再び『ケテル』へ狙いを定める。両の目と照準で捉えたのは確かに敵・『ケテル』の姿。
 だが、それは実際には『ケテル』ではない。それは彼女が『ケテル』であると認識しているヨシノ・タカユキの姿だった。

 たらりと頬に一筋の冷や汗が流れる。メイドは舌打ち一発と共に拳銃を戻し、ひとまずヨシノの陣営へと向かう。
 なぜか部屋の中央にぽっかり空いた、でかい穴だ。
 …ここで気付いた事だが、相手はどうやらヨシノを『ケテル』であると認識させても『ケテル』をヨシノと認識させる術は用いてないようだった。
 でなければ、自分はノコノコと敵陣に入り込みとっくに殺されていた筈だから。

「唯一の救い…か。だけどいつ何されるか分かったもんじゃないね…こいつは迂闊に動けないな」
「指向性のある攻撃は逆手に取られるぞ姉さん!範囲攻撃だ、爆弾とか無駄に持ってきてるだろう!」
「無駄とか言うなオラッ!じゃーアンタはこの精神感応なんとかしといて!頭の中でカレーとシチューを同時に作られてるみたいで超気持ち悪いのよ!」

 言いながら、壕の中から躍り出る。
 その手には、握り手に金の十字が彫られた一丁の自動拳銃。

 それは、ほんの数秒の出来事。

 まずアスラは地を蹴り、部屋の隅に向かうように駆けながら振り向きざまに銃弾を放った。
 薬莢が二つ、銃身からこぼれ出る。放った弾丸は部屋を照らす照明具にぶち当たった。
 天井からつり下がった飾り気のないシャンデリアを思わせるそれは、甲高い声を上げて幾重ものガラス片へと昇華する。薬莢は、まだ地に接してはいない。

 撃たれた事に気付いた照明が自由落下を開始し始めた頃に、アスラは大剣を振りかざし一文字に切りつける。
 紅がかった銀の刀身からは炎が、まるで煙のようにどこからか現れ正面全範囲へと襲いかかる。

 ここまで、秒数にして約四秒。

「名付けて──《超熱風鉄鋼刃(イグニッション・エッヂ)》!」

 強い炎は風を生む。

 薬莢が、くすんだ朱色の絨毯に音もなく落ちた瞬間。
 デスフレイムの蛇のような逆巻く炎が、熱波で巻き上げられたガラス片が、丸裸の『ケテル』へ向かって降り注いだ。
10名無しになりきれ:2010/10/31(日) 20:04:57 0
保守
11名無しになりきれ:2010/11/07(日) 19:52:38 0
「ラツィエル城、か。
 『枢機院』の本拠地の場所が分からねえ以上、行く場所は此処しかないだろうな。
 多分、すぐでにも戦力を送り込めるように本部への移動術式か何かが設置されてるはずだぜ。」

「…前も思ったけど、この"情報屋"、信じられるんでしょうね?」

ピアノが腕組みをしてそれを眺める。
まるで進みたい道をリアルタイムで把握しているような正確なる通信を送ってくる"情報屋"
非日常を幾度となく体験しているとは言え、鷹一郎に味方する存在としてはあまりに異端だ。
全世界の暗部である異能の力もことごとく知っているようにも見受けられる。

「まあ、信じるも信じないも、今はこれしか情報が無いのも事実ね…」

やれやれと首を振るピアノ

「ともかく、問題はアシ、だな。
 秋葉原は政府軍にインフラを封鎖されちまってるから、何とか突破しなきゃいけねえ。
 そんで仮に突破したとしても、多分《Yウィルス》のガセ報道で航空関係が塞がれちまってるだろうし……。」

「そうね、困ったものだわ。」

手を頭の後ろに回し、気楽にものを言うピアノ

「出来れば取り残された奴らも帰してやりたい、けどそんな大人数で移動すりゃ軍との衝突はなあ…」

ぶつぶつと一人呟く鷹一郎をよそに、ピアノはふ、と目線を落とす。
そこにはほんの数分前まで"人"だった存在が安らかに眠っていた。夕日にほんのりと赤みがかった肌はまるでまだ息をしているかのようである。

「……それよりも、レイを弔ったほうがいい気がするわね」

そっとその脇に屈みこみ、柔らかな髪を撫でる。

「長野か、その辺りの山奥に、ね…ウィス?」

「はいなー」

「…出来るわね?」

「確定じゃないけどね、ピアノだって設計図は頭に入ってるでしょ?」

「あんまり出来るとは思えないわ、やった事も無いし」

頭上の小人と話しながら、ピアノは一人で考えこむ鷹一郎を呼ぶ

「私の邪気はもうほとんどカラ、電池ぐらいしか作れるものは無いわ
 だから私はこの街に協力してもらう 世界屈指の、この電気街をね」
12名無しになりきれ:2010/11/07(日) 19:53:23 0
場所は変わって、家電量販店のビル内部
イェソドとの戦闘でボロボロになったビルを除いても、この街にはあり余るほどの電子機器がひしめいている。
ちょっと裏路地に入れば、ジャンク品や不正規品も並んでいたりする場所だ。

もちろんそれらも十分価値はあるが。あえて大型の家電量販店にしたのは、やはりその品ぞろえの多さだった。

「テレビ4台、ドラム式洗濯機3台、冷蔵庫8台、ラジオ24機、LED懐中電灯16本、大型のスピーカー二台
 パソコン20基、レーザープリンター2台、デジタルカメラ13機、あと扇風機が2台あれば効率が上がるわね
 有機ELディスプレイもあればなお良し」

鷹一郎にああだこうだと命令をしつつ、ピアノ自身はそこら辺で拾ったノートパソコンと睨めっこをしている。

「冷蔵庫は持ってくるのは無理そうだから、そこで待ってるわ。パソコン20基はキツイかもしれないけど、テキトーに台座でも拾って持ってきなさい 急いでね」

ちなみに冷蔵庫売り場は1階、パソコン売り場は3階である。ピアノさんマジ鬼畜
キョトンとする鷹一郎に、ピアノはうすら笑いをかけてその背中を押す。

「あんまり時間かけてると、私の邪気力が回復して自前で調達しちゃうわよ、ほら行った行った。」

以前もこんな事があった気がするが、たぶん気のせい
ピアノはここに来る途中で拾った幾つかの電子部品(崩壊したビルのそばに落ちていたからおそらくあの戦闘で吹っ飛んだ何かの一部だろう)を手でくっ、と握り締める。
カションキリキリィと小さな音が鳴る。手を広げれば電子部品が一つにまとまり、複雑な回路を構成していた。

「構成式はほぼ一緒か、問題は材料制限だけね…
 回路については自由になりそうだけど。これでどこまで行けるかなっ…と」

ノートPCのエンターキーをぽんと押す。じ、じじとHDDが回る音が鳴り、画面がぱっと映り変わった。
映るのはもはや何が映っているのかも分からないほど複雑な回路図。
それを見て、ウィスはため息交じりに呟いた。
        コノホシ
「"キニャック"…地球で自作できるとは思わなかったなあ」
13名無しになりきれ:2010/11/08(月) 21:40:36 0
「…前も思ったけど、この"情報屋"、信じられるんでしょうね?」

 ん?
 ああ、まあな。迅速さと正確さには定評がある、って前メールで言ってた気がする。
 実際何度か助けられてるしな。…依頼料けっこう嵩むけど。

シークレットブレイカー
(『 情報屋 』)
(鷹逸カの『知り合い(コネクション)』の一人で、素性が一切不明の謎の人物だ)
(情報稼業を営んでおり、依頼されれば気になるあの娘の3サイズから国家機密まで何でも手に入れる、らしい。)

(『秘密を曝く者』なんて物騒な二つ名を持っているが、勝手に鷹逸カが名付けただけだ。)
(齢、二十二。未だ厨二精神(ソウル)は失われていない。)

「まあ、信じるも信じないも、今はこれしか情報が無いのも事実ね…」

(やれやれ、といった調子でかぶりを振るピアノ。)
(確かに怪しい情報筋だが、商売に関しては嘘を吐かない奴だ。…と、経験から楽観してみる鷹逸カだった。)


「……それよりも、レイを弔ったほうがいい気がするわね」

(夕陽に沈む秋葉原の街。)
(かなりの人数がいたはずだが、避難所へ移ったのか、喧噪がすっかり静寂に取り変わられている。)
(平日の秋葉原とは思えない光景だった。…これも歴とした、「非日常」なのだろうか。)


(膝を屈めて、路上に横たえられた女性の御髪を撫でつけるピアノ。)
(レイ=C=アークウィル。)
(ピアノが同性でありながら慕い続け、最期はピアノの手で逝った女性は、静かに永遠の眠りについていた。)


(ピアノに手招きされた鷹逸カは二人の元に駆け寄り、レイを弔う旨を伝えられた。)

 でも、一体どうやって?
 ここら辺には墓所は無いし、移動するにしたってまずはこの街を脱出しなきゃいけねえんだぞ?

「私の邪気はもうほとんどカラ、電池ぐらいしか作れるものは無いわ
 だから私はこの街に協力してもらう 世界屈指の、この電気街をね」
14名無しになりきれ:2010/11/08(月) 21:44:40 0


(二人が移動したのは、秋葉原に所狭しと立ち並ぶ家電量販店ビルの一つ。)
(枢機院【生命ノ樹(セフィロト)】第九位『基礎(イェソド)』の攻撃で、半壊した大型電気店に次ぐ規模の老舗店舗である。)
(電気製品を購入する客は、大抵この二つの店を行き来して安い方を買っていくのが通例だ。)

(店内には、ピアノと鷹逸カの二人以外誰もいない。)
(当然と言えば当然だ。さっきまで犇めいていた秋葉原ウォーカー達は、恐らくとっくに避難所へ移動しているだろう。)


(しかし、)

 (何だって電気店……?)

(死者を弔うにはあまりに不釣り合いな場所じゃないのか、と鷹逸カは思う。)
(弔うにあたって必要なものを揃えるにしても、埋葬に電気製品は必要ないんじゃないかとも思うのだが、)


「テレビ4台、ドラム式洗濯機3台、冷蔵庫8台、ラジオ24機、LED懐中電灯16本、大型のスピーカー二台
 パソコン20基、レーザープリンター2台、デジタルカメラ13機、あと扇風機が2台あれば効率が上がるわね
 有機ELディスプレイもあればなお良し」

(そんな鷹逸カに疑問に反して、ピアノは次々と代名詞的な電気製品を列挙して要求してきた。)
(えええええ、と鷹逸カの頭に大いなる混乱が降臨する。確実に埋葬には要らないむしろ邪魔なものオンパレードだった。)

「冷蔵庫は持ってくるのは無理そうだから、そこで待ってるわ。パソコン20基はキツイかもしれないけど、テキトーに台座でも拾って持ってきなさい 急いでね」


(そこ、というのは一階のことで、つまり冷蔵庫売り場のこと。)
(ちなみにパソコン類は三階で、扇風機などの日用製品は更に上に行った所にある五階。ピアノさんマジ鬼畜。)
(しかも数量が半端じゃない。たとえ台座を使用したとして、全てを足し合わせた重量はもう想像に難くないっていうかしたくない。)
パラレルプロセス
(『並列演算』でもすんのかコノヤロウとツッコみたくなる鷹逸カの背中を、鬼畜少女は薄笑いを浮かべてポンポンと押すと、)


「あんまり時間かけてると、私の邪気力が回復して自前で調達しちゃうわよ、ほら行った行った。」

(むしろそうしてくれと願わないでもない鷹逸カだったが、もしレイを弔えるなら早くしてやりたいと思うのも事実。)
(だああああ畜生やってやるよ!! と棄て台詞を残し、鷹逸カは不本意な筋トレマラソンを開始した。)

15名無しになりきれ:2010/11/08(月) 21:47:26 0




(結果。)                                     ミッションコンプリート
(限界寸前と何度も地の文で描写されていたはずの鷹逸カは、何とか 任 務 を 完 遂 した。)
(意外と出来るもんである。そう言えばヨコシマキメでも限界限界とか言いながら生還したし、火事場のくそ力って奴だろうか。)


 に、……二度と……。
 二度と……こんな限界の超え方はしたくねえ……、ゼエ、ゼエ……。

(実は、秋葉原を襲った水害のせいでエレベーターやエスカレーターは故障していた。)
(ゆえに階段で何度も往復する羽目になり、結果としてこんな悲惨な状態でぶっ倒れている訳である。)
(特に『ドラム式洗濯機』はサイズ的に一つにつき一台で鷹逸カを苦しめた。しばらくあの寸胴野郎は目にもしたくない。)

(一階の床に突っ伏している鷹逸カの周囲には、数十台もの台座が兵馬俑みたいに周囲を取り囲んでいる。)
(これぞまさに鷹逸カの汗と涙と血(転んですりむいた)の結晶と言っても過言ではなかった。)


(さて、そんな過酷な労働を強いた女王ピアノはさっきからパソコンにご執心だ。)
(彼女が食い入るように見つめているディスプレイの画面には、何やら複雑な幾何学図形が映っている。)
(よく見てみると、小学校理科で学習するような電気の回路図的なものを何十倍何百倍も複雑にしたみた感じの図形だ。)

(白魚みたいな手の中には、変な機械音を立てる奇妙な物体が収まっている。)
(もし電気的な知識が鷹逸カに備わっていれば、それは幾重にも構成された回路そのものだと分かっただろう。)

(ピアノの頭に住んでいる小人(語弊アリ)は、キニャックがどうたらと呟いていた。キニャック?)


 ……ロシアの、ゼエ、酒みたいな名前だな、ゼエ。
 キニャック、聞いたことねえな……ゼエ。こんな大量の電化製品を用意させて……、ゼエ、一体、何を作ろうってんだ?

(超人的な回復能力を持つ鷹逸カも、今回の疲労は中々抜けないらしい。)
(ともすれば変態とも捉えられかねない息切れをしながら、鷹逸カはピアノの真意について問うてみた。)
16名無しになりきれ:2010/11/12(金) 07:26:49 0
焦げた匂いが大気に充満している。
ぽっかりと抉られたクレーターがあちらこちらに点在している。
そしてその中心部に、だらだらと鮮血を流して重なるように倒れこんでいる二人の人間がいる。
もしもこの状況に何者かが居合わせたのなら、その脇で頭を抱えてうずくまる小さな老人の姿を見た事だろう。

年の頃は把握できない。五十代の半ばにも、あるいは米寿を過ぎたようにも見える。ただし髪と髭はあくまで白く染まっており、そこが唯一年齢を感じさせた。
袂に置かれた杖は老人の愛用品だろう。樫の素朴ながら威厳のある作りで、身に纏った法衣姿と合わさって少しばかりちぐはぐに見えた。

世界基督教大学学長・布兵庵竜蹄は、都合良くも気絶してしまった戦禍の二人の姿にあいたたたたたと頭を抱えていた。
彼が取り仕切るこの大学は、都会の喧騒を離れた長閑な空間として近年人気上昇中の私立大学だ。
近年は受験情報誌にもちょくちょく顔を見せるようになっていて、竜蹄としては目立ちたくないと考える半面、そこには確かな喜びもあった。
育てた盆栽が評価を受けたようなものだ。異能者達を匿う「箱庭」としての一面があるとはいえ、褒められれば嬉しい。
今の気分を形容するのなら、盆栽の鉢植えにサッカーボールを投げ込まれたようなものだろう。

≪……ああ…修繕どうしようかのう…≫

修繕、とは場所の復元のみを指す言葉ではない。この戦闘を完全に「無かった事にする」のがここでいう修繕だ。
そもそも修繕作業からして人に見つかってはいけないし、そのほかにも残留邪気の根絶、データ改竄、
目撃者の記憶消去、それ以前に目撃者の洗い出しなど、とにかく大学内戦闘の後始末は本当に手間がかかる。
一応、大学側としても「安寧を守る」程度には戦闘行為を認めてもいる。
だが──そもそもここへ集まるような異能者は殆どがひっそりと暮らしたい者ばかりなので、実際には戦闘に及ぶ事すら珍しい筈なのだが。

老人は改めて、目の前の災禍を見やる。
無論、その爪痕は綺麗さっぱりと消えている──筈もなかった。

≪……………ええい、もういいわ。来訪者が帰ってきおったら目も当てられんわい≫

老人はすっくと立ち上がり、杖を拾って上へくるくると回し投げた。
先端が弧を描き、やがて竜蹄の手元に収まる。その弧へ向かうように、竜蹄は二言三言指示のような言葉を飛ばした。

≪……儂じゃ。計画はBプランで実行。庭の傷は日没までに消せるな?…結構。
 ああ、それと人を二人ほど運べるものを持ってきておくれ。……仕方あるまい、あれでも一応教授職じゃからのう…≫

赤い白衣を纏う後ろ暗い研究者を横目で見やる。
ぶっ、と杖を横に振りきると、竜蹄は再び紅い血だまりに向き直った。

≪……負傷など、言い訳に出来ると思わない事じゃのう…ククク…≫

そこでようやく、老人は愉快そうに笑ったのだった。
17名無しになりきれ:2010/11/12(金) 07:27:42 0
ステラ=トワイライトとアリス=シェイドはそれぞれ別の部屋へ移された。
移送に関わった「管理役」達は一様に苦虫団子をむしゃむしゃと噛み砕いたような顔をしていたが、それは竜蹄にしても同じなので無視しておく。

学長室のある建物に隣接、いや寄り掛かるように建てられた小さな小屋、事務棟。
更にそこの地下に作られた隠し部屋・第八裏研究室「乙巳」。ステラはひとまずそこのベッドでひとまず治療を受けさせた。

意外な事に、彼女の傷は思ったよりも浅かった。…いや、一般人からすれば十分重体なのだろうが。
恐らくは、身体という身体の血管がぶっ飛んだような血の流しかたをしていたシェイドの印象が強すぎたのだろう。
彼は二部屋隔てた別の病室で寝ている。目を覚ましたら有無を言わさず「指令」に巻き込む予定だ。

≪さて…眠る女性は美しかれども、そう時間を費やされても困るのよなあ≫

いつのまにか老人の手元に収まっていたのは、銀の土台に備え付けられた赤いスイッチ。
タイガーストライプの地に髑髏マークと言う自爆スイッチのお手本のようなそれを、竜蹄は何の躊躇いもなく押した。

がちゃり、と部屋の照明が一気に落ち、地下室はまったくの闇に満たされる。
まず現れたのは魔法陣。ステラのベッドを中心に数多の図形と共に浮かび上がり、あちらこちらで点滅を繰り返す。
続けて地下室の中を風が舞い始めた。ばたばたと部屋に置かれた物をはためかせ、やがて空気の渦を形成する。
同時に部屋のあちこちから蝋燭が勝手に出てきてひとりでに灯り、趣味の悪いプラネタリウムのような部屋に紅い光を放った。
それからきっかり一秒後に、部屋の壁という壁に電子回路が走り出す。
少し遅れて天井には用途の分からない満天の星空が映し出され、一層のカオスを形成した。

部屋が魔術だか科学だかまるで判別できない無秩序状態に支配されたのを確認すると、竜蹄は指をパチンと鳴らす。

それを合図にぽんという軽い空気音が鳴り、ステラのベッドから白い煙が上がる。
同時に、この部屋の全ての異常事態はまるで最初からなかったかのように撤収した。

酔っ払いと幼稚園児が書いた落書きのような世界は、一瞬で清楚な病室へと早戻りする。
この時ステラ=トワイライトは、すっかり意識を取り戻していた。
18名無しになりきれ:2010/11/12(金) 07:29:37 0
≪……お早う、ステラ君≫

どこか某スパイの親玉のようなイメージで、竜蹄はゆっくりと告げる。

≪まずは初めまして、というべきかの。儂は世界基督教大学学長、布兵庵竜蹄。
 大学内でちょいと異能者を束ねさせてもらっておる。よろしく頼むよ≫

≪身体の調子は如何かね。一応、我が大学の引き籠り共が作った“独自”の医療術式を使っておる。
 …見慣れない、かのう?ふふ、どうにも儂の下には「外」に関わりたがらない若者が集うてな。
 それが世界を揺るがす大発明となろうとも、ちっぽけな研究室からひとつも出そうとせん者が多いのよ≫

≪先の戦闘は見せてもらった。いや、正直驚いたわい。あの男相手にあそこまでやるとはのう。
 …うん…本当に、随分派手にやってくれたのう………あ、いや、別に責めてるわけではおらんよ。本当じゃて≫

≪博学多識、腕も立つ、と。本来なら学長室で茶の一つでも出しながら現代の大学の在り方についてゆっくり話したいところなのじゃが…
 生憎、こちらも少し訳ありでのう。すまなんだが、手短に儂の用件だけ伝えさせて貰おうか≫

≪用と言うのは他でもない。我々の遂行する「任務」に、君も加わってもらえないかという事なのじゃよ≫

≪枢機院──創造主の下、「カノッサ機関」と世界を二分する一大宗教機関。
 その組織が最近妙な動きをしていると…聞いたことは無いかね?
 いわゆる「邪気眼狩り」と呼ばれている、ここ最近の異能者組織襲撃事件じゃな≫

≪いままでカノッサの影として動いてきた枢機院はカノッサへ敵対意思を向け、また邪気眼を創造主の意にそぐわぬ物として排除を開始した。
 ここのあたりがどうにも胡散臭いのじゃが…まあ、本来の問題はそこではなくての≫

≪問題は、君や儂も邪気眼使いであるということじゃ≫

≪我々「世界基督教大学」は…まあ、異能者の所属機関としての側面を持っておる。…おっと、ここはオフレコで頼むぞい。
 枢機院…あるいは創造主の思惑がどうであれ、我々も大人しく排除されるのを待つほど潔くは無いのじゃよ≫

≪何を言いたいかと言うと、我々はこれから枢機院本部に乗り込んで壊滅させるつもりじゃ≫

≪…だが、こちらの兵力は手慣れとはいえ数えるほどでしかない。おまけに枢機院には「生命ノ樹」と呼ばれる圧倒的な実力の幹部組織も存在していると聞く。
 君ほどの実力者が枢機院討伐に加わってくれれば、こちらとしても申し分はない。
 これは一時的なスカウトじゃが…どうじゃ、ひとつ我らに協力してはくれんかね?≫


───賽は振られた。あとは出目を待つのみ。
19名無しになりきれ:2010/11/12(金) 19:06:35 0
アスラの方向感覚は正常に異常を招いた。
銃撃がヨシノを殺傷する事はなかったが、精神に隙は出来た筈だ。
すかさず『ケテル』は攻撃に転じようとして――やめた。『ケテル』の精神は既にタスク超過の状態にある。
先程ヨシノが見せた邪気眼による対処は『ケテル』の異能とは別次元の手段だ。
打破する術は単純な物量攻撃しか無いと彼は判断する。だが今の彼に大規模な精神攻撃を行う余裕はない。
ならば生半可な攻撃では防がれるのが関の山。残る結果は自分が精神面での隙を晒す事だけ。
策が一つ失敗した。ただそれだけだと『ケテル』は断じ、割り切った。
意識の矛先を向けるべきは、次だ。
敵の思考を読み取れる『ケテル』は常に一手、相手の先を行く事が出来る。

>「いいだろう。駒は揃った!あとはどれだけ事が俺達に『都合悪く』進むかだ。
 おっと、盗み聞きしたって無駄だぜケテル。何故なら俺はまだなんにも考えてないからな!」

例えそうであっても行動の直前に発露する意思は必ず存在する。
それがあるだけでも『ケテル』の優位性は保たれる。故に『ケテル』の精神は揺るがない。

>「使えデバイス!高高高密度に圧縮した俺の波乱に満ちた人生!その複雑怪奇さはどこまでも罪深いぞ」

「……その程度か、邪気眼使い。この私が、お前の産業廃棄物にも劣る人生をむざむざ観賞すると思うのか?」

鋭利な眼光と共に問いを放つが、答えは無い。帰って来ないのではなく、ヨシノの脳内の何処にも存在しない。
宣告通りの行き当たりばったりなのだろう。それならそれで、問題はない。『ケテル』は対処の準備に取り掛かる。
防壁で防ぐのは得策ではない。重量で押し切られかねない。故に彼は『転送』の準備を始めた。
来たる情報の重爆の行方を、アスラの精神に逸らすつもりだ。
しかくしてアスラの精神が処理落ちを迎えれば、後はチェスや将棋で言う『王手』《チェックメイト》だ。
現実世界に対する警戒が必要なくなれば、『ケテル』は精神世界の戦闘に全力を注げる。
万全の状態で臨めば『デバイス』など赤子の手を捻るように仕留められる。
『デバイス』を消去《デリート》し、残る精神攻撃に対する対策を失った二人を掌握し、勝利だ。

>《こ、根性おおおおおおおおお――攻性プログラムっ……《ファランクス》!!》
>無論、これだけでケテルに通用するとは考えていない。
>「姉さん、スタングレネードでも音響爆弾でもなんでもいい、あいつの思考を一瞬でも削れるような攻撃をッ!!」

「……成る程、悪くないぞ邪気眼使い。既に『左右逆転』の種は割れている。
 今再び『分かっていても避けられない』攻撃が来れば、私には為す術が無い。ふふ……これはいよいよ絶体絶命だな」

語る内容とは裏腹に、『ケテル』の表情に焦燥はない。
銃声が響き、業火の生んだ熱風が髪を揺らし頬を撫でても、彼は動じなかった。

>「名付けて──《超熱風鉄鋼刃(イグニッション・エッヂ)》!」

熱風に吹き飛ばされたガラスの破片が不可視の速度で『ケテル』に迫る。
小さな破片が白い頬を裂いた。傷口に熱が宿る。
破片が勢いよく眼球に飛び込んだ。視界が閉ざされ、微かに『ケテル』が仰け反る。
一際大きなガラス片が首の横を切り裂いた。鮮血が噴き出す。
次々にガラスの刃が皮膚を裂き、体内に埋まり、だが『ケテル』は一切動じなかった。
ただ冷冽な眼光でアスラを捉え、唇を微かに動かす。

「……遅いぞ、背信者。『転送開始』だ」

ヨシノの《ファランクス》の矛先は、アスラへと変更された。
常人が受信すれば脳が焼き切れるだろう情報の重爆が彼女を襲う。――しかし『ケテル』は知らない。
彼女が過去に『セカイに積み上げられた全ての罪』を見せつけられ、尚も正常な精神を保っていた事を。
あの時の事が奇跡に等しい幸運だったにしても。彼女ならば或いは、
再び『超処理能力』の発露を迎えられるかもしれないと言う事を。
20名無しになりきれ:2010/11/12(金) 19:07:25 0
だがともあれ――ひとまず、『ケテル』は絶命した。
ガラスの刃が全身余す所なく突き刺さり、頚動脈を裂かれ、死んだ。
一層白く、蒼白になった『ケテル』は深紅の血溜まりに沈んでいる。
ヨシノと『デバイス』はその光景にどんな感情を抱くだろうか。
安堵の類か。それとも不可解や警戒か。

《――ふむ、奇妙な感覚だ。感覚器官を介した五感はなく……だが視える。聴こえる》

どちらであったにせよ、響いた声は彼らに絶望を齎す事だろう。
頭の中で直接発せられているような声は、紛れもなく『ケテル』の物だった。

《何より、とてもクリアな気分だ。自分と言う存在が白よりも更に純粋な、透明感に満ちた物に感じられる》

『ケテル』は、ヨシノの精神世界にいた。『デバイス』の前に凛然と立ち、変わらぬ冷淡な視線で彼女を睥睨していた。
肉体は間違いなく絶命している。だが『ケテル』の精神は生きていた。
『デバイス』が自己の喪失から逃れる為にした行為を、彼は進んで行ったのだ。

《予想以上に快適だ。かつて東洋では肉体を捨てて神に近しい存在になろうとする者がいたと聞いた。
 あの時は不遜以外の何物でもないと嘲ったが……成る程、それは寧ろ最大級の親愛であり尊重なのだな。
 自らが信じる者に少しでも近付く。何とも心地いい。無論この境地に至っても尚、創造主様は別次元の存在で有らせられるがな》

言葉の直後、『ケテル』は『デバイス』の眼前に移動していた。
歩行も跳躍も必要無い。肉体の概念を捨てた彼は最早、『思うだけで全てが出来た』。
生来の才能、『生命ノ樹』として賜った異能、肉体の死を物ともしない際限なき好奇心と向上心。
それら全てが今、『ケテル』を精神世界における無敵に押し上げている。

《集合的無意識と言う言葉を知っているか、裏切り者。万人の無意識の底にあると言われる、世俗における神の代名詞だ》

言葉と同時、『ケテル』の右腕が『デバイス』の喉元を掴んだ。
細い首に白い指が減り込む。それだけでは終わらない。指は一瞬の後に『デバイス』の首に溶け、完全に同化した。
そして、『ケテル』は『デバイス』を侵食していく。

《……ならばこうして数多の精神を取り込んでいけば、いずれ私は集合的無意識となれる。
 また一歩、創造主様に歩み寄る事が出来る。そうは思わないか?裏切り者よ》

『ケテル』の口元に笑みが浮かぶ。
精神体の心地良さ、勝利への確信、『創造主』に対する信心、様々な感情を内包した笑みだ。
思わず笑いが零れる程に、『ケテル』は圧倒的だった。

だがそれ故に、彼は一つ重要な事を忘れている。
精神戦でもっともしてはならない事を、してしまっている。
油断だ。今の彼には油断が、心の隙がある。

それはほんの些細な物だが、彼と同化しつつある『デバイス』ならば気付き、付け入る事が出来る。
或いは『ケテル』の――否、『創造主』から異能を賜りし者ならば誰もが抱く懸念を突き止める事も出来るかもしれない。
即ち異能の源泉、彼の死体の頭部に未だ残る『人工邪気眼』の存在を。

【アスラへヨシノの人生爆弾を転送。肉体を捨て精神体に。デバイスを取り込もうとする。でも油断中。頭部に異能の源アリ】
21名無しになりきれ:2010/11/20(土) 21:40:24 0
あげ
22名無しになりきれ:2010/11/21(日) 18:10:25 0
(竜蹄がステラに共闘交渉を持ちかけている間、シェイドは二部屋挟んだ隣の部屋に寝かされていた)
(体中の至るところが包帯と乾いた血液で占められており、その姿は一種ドイツの人造人間か、あるいはエジプトの歩く死体を感じさせる)
(微動だにしないシェイドの横では、助手が一人ノートパソコンの画面に見入っていた)
(助手と教授の関係である筈だが、彼女に今のこの状況を心配するそぶりは微塵もない)
(いやむしろこんな事は当然だとでも言うように、眉ひとつ動かさず複雑怪奇に蠢くグラフの表を見つめていた)

(ふと、シェイドの指が動き出す)

 ─────第三食堂中華フェア新作杏仁豆腐試食無料提供中だとっ!?

(細い眼を見開いて、がばっと布団をめくり上げおおよそらしくない台詞と共に起床した)

 ……ん…なんだ、夢か…。
 助手A、眼鏡だ。それとこの状況は…チッ、この私が意識を手放すとは……忌々しいな。

(手渡された眼鏡を再装着し、頭を手の平で覆いシェイドは苛立ち混じりの声で呟いた)

 あの女はどうした?……ほう、学長が…。
 ……全く…義だの正義だの愛だの恋だの…自分の正義で動く実力派邪気眼使いほど嫌な相手もいないものだ……。

(随分と限定的なシェイドの思う嫌いな性質(タイプ)。それを話す声はどこまでも苦く、淀んでいた)

(アリス=シェイドは、絶対的に利で動く性質の人間だ。その為なら幾度も裏切り、背中から刺し殺しもする)
(それらの外道と呼ばれる行動のベクトルはすべからくたった一つ“きり”の、研究という信念の為に向けられる)
(そうする事で彼は今まで生きてきた──否、シェイドはそれしか生き方を知らなかった)
(故に、先のステラとの戦いでの一部始終の展開は、全て彼にとって本質的に受け入れがたいものだった)
23名無しになりきれ:2010/11/21(日) 18:11:13 0
 ────おまえかァァァァァアアアァァァァアァァァァァ!!!!!!!!!!!!
(妹自身が既に死んでいるにもかかわらず、かつて殺した“というだけで”相手を自らの手で打ち倒す事を選び)

 ────どうして、笑って人を殺せるの……?
(殺し合いの最中でさえ、敵の心を理解しようと努め)

 ────歯を食いしばれぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!
(例え打ちのめされ絶対的な実力差を示しても、そんな理由でただ立ち向かい続ける事を選択して)

(だから彼はこう言った───「私は貴様が大嫌い」だと)

(そして別の意味で解せないのは、シェイドが【飢天裂通・大百花】を放った後のステラ渾身のボディーブロー)
(激昂のせいもあって大技を繰り出し続けていた彼女の邪気と体力は、【ニードルバインド・レギオン】の射出で完全に底をついていた)
(本来なら技の発動直後に膝から崩れてもおかしくない…いや、‘崩れなくてはいけない’ダメージ)
(だが、彼女は最後の最後で【ライトニング・セイル】を発動。人を殴る力も無かった筈の彼女は、見事にシェイドの肋骨をへし折ったのだ)

 ……やけくそで片付けるのは簡単だ…だがそれはあまりに美しくない。
 だが…あの手の訳の分からない最後の一撃は、実際今の知識では解明しきれない……。

(だからシェイドは、あの一撃を【認めない】)

 フン、それも「今」の知識での話だ…いずれ必ず、解体する。
 認めるものかよ…「正義」「愛」「友情」そんな曖昧な不思議パワーなどな……!

(拳を砕けんばかりに握り、静かに吼える)
(あるいは内なる自分に言い聞かせているような、静かな声だった)
24名無しになりきれ:2010/11/21(日) 18:12:38 0
 ……ん。どうした、A。
 学長からの指令…だと…?その書類か、寄越せ。

(助手Aの手元に置いてあったバインダーをひったくる)
(そこには枢機院討伐の旨、敵組織の分かる範囲でのデータ、概要などが二〜三枚ほどの紙にまとめられていた)
(学長の茶目っ気か、一枚目のタイトルにはでかでかと「秋の枢機院撃墜作戦〜制圧のしおり〜」との文字が書いてあった)
(ちなみに、おやつは300円以内らしい)

 ………休む。

(シェイドはまるでその発言がまかり通るかのように言い放ち、しおりをベッドに放りその紙を使って「鶴」を最速何秒で作れるかの実験を始めようとした)
(が、助手Aがそれを手で制す)

 …何だ助手A、私は見ての通り満身創痍だ。
 この上組織壊滅なんて野蛮な行事、参加出来る筈が無いだろう……ん?

(ふと、そう言えば先程の戦いで破壊の限りを尽くしたあの大学の一角はどうなっているだろうと思い当る)
(頭に学長のにこやかな笑みが浮かび、やがてそれは頭の中で禍々しい雰囲気を放つ般若の笑みにすり替わっていった)

 ………。

(握った手の平を開く。また閉じて、開く)
(包帯まみれの身体をごきごきと鳴らし、ありとあらゆる方向に曲げてみる)

 ………ええい、大学最高の治癒術式を惜しげも無く使ってるのはそういう理由かッ!

(布団をがばっと撥ね退け、枕を全力でベッドの上へ叩きつける)

 行くよ、行けばいいんだろう!元より枢機院は「魔導回路」の件でお邪魔したかったところだしなッ!

(理知的な教授、というよりはやけくそ気味の子供のような様子で、シェイドは出陣への支度を開始したのだった)
25名無しになりきれ:2010/11/23(火) 05:17:51 0
深く重く伸し掛る闇の帳を押しのけて、どうにかようやくやっとのこと目を覚ましたステラの目に最初に映ったのは、
知らない、天井。

>≪……お早う、ステラ君≫

「う……?」

あの、シェイドとの戦いで意識を手放してから、どれだけの時間がたったのだろう。
邪気眼使いとしての威信と、姉としての仇情を賭けた一戦は、しかしその決意に反して完膚なきまでに痛み分けだった。
最後の一撃を凌ぎ切られ、頭突きで昏倒させられたはずだが、五体が満足にあるということはとどめは刺されなかったのだろう。

>≪まずは初めまして、というべきかの。儂は世界基督教大学学長、布兵庵竜蹄。
  大学内でちょいと異能者を束ねさせてもらっておる。よろしく頼むよ≫

「――ッ!!」

さっきからベッドの傍で語りかけているのは一人の老人だった。
酸いも甘いも噛み分けた好々爺の風体をしていながら、その挙動には驚くほど隙がない。
否、『そもそも隙を突こうとせん意志』こそがこの老人に向けることができない。目を逸らさせるだけの凄みがあった。

「ここは……一体」

>≪身体の調子は如何かね。一応、我が大学の引き籠り共が作った“独自”の医療術式を使っておる。>>

まるで歌いあげるように語られる、事実と概要の数々。
ここは世界基督教大学の管理する研究室の一つであり、ステラの治癒も彼らの力を借りたもであると。
この老人はアリス=シェイドの親玉であり、彼女達の戦いの一部始終を眺めていたこと。

そして。

>≪用と言うのは他でもない。我々の遂行する「任務」に、君も加わってもらえないかという事なのじゃよ≫

老人の本題は、ステラの持つ純粋な戦闘力――邪気眼使いとしての助力である。
大学でステラ達を襲った『枢機院』、『楽園教導派』の異能者達と全面戦争。その尖兵として、ステラの力が求められていた。

「…………研究室を一つ、壊した」

返答の可否を問われ、ステラは静かに零した。
憎き仇敵との戦いに割って入られ、あまつさえあの男の上司である学長は、今すぐ略取し人質にとって交渉することもできるだろう。
が、ステラはそれを是としなかった。信ずる者の為に。義に誓った心の為に。何より、これからも正義を名乗っていけるように。

「『結城教授』の……研究棟にある一角を、『あの男』との戦闘で壊した」

だから、と言葉を繋ぎ、

「――だから、私には貴方達への『負い目』がある。出した損害を補填するまで、協力する」

くしゃり、と前髪をゆっくり握り。

「教えて。わたしはこれからどこへ行って、何をすればいい?」
26名無しになりきれ:2010/11/27(土) 03:43:26 0
>「名付けて──《超熱風鉄鋼刃(イグニッション・エッヂ)》!」

アスラの器物損壊を織り込んだ熱波と礫の暴風雨がケテルへ迫る。
当たれば致死確実の攻撃を前に、ケテルのとった行動は防御でも回避でもなく。

>「……遅いぞ、背信者。『転送開始』だ」

それは『何でもなかった』。
爆炎さながらの波濤はケテルを飲み込み、揉み潰し、擂り潰し、砕き尽くした。
ぶちまけられた脳漿と血液と肉片と骨の一片一片が瓦礫とガラスと混ざり合い、人でも肉でもない最悪の物体へと変えていく。

「死ん、だ……のか?」

ケテルは動かなかった。動きようもないぐらい、壊れていた。
四肢と胴体との区別がつかないまでに肉体を撹拌され、焦がされ、血液は沸騰し、脳漿は蒸発した。

《うそ……ケテル様が、ケテル様がこんな目眩まし前提の技で殺られるわけないよ!》

「斬新っちゃあ斬新な死に方だな……流石の俺も意表を突かれたぞ、ってどうした姉さん」

さしものヨシノもアスラに訪れた異変に気付かないわけにはいかなかった。
そして異常を超えた非常は、彼の脳裏にもまた直接舞い降りる。

>《――ふむ、奇妙な感覚だ。感覚器官を介した五感はなく……だが視える。聴こえる》

ヨシノの精神領域。
肉を穿たれ骨を砕かれ血を焦がされて死んだはずのケテルは、そこにいた。

「何ィィィィィィィィ!!!???」

《ほ、ほら!ボクの言ったとおりこんなんで終わるわけなかったでしょー!》

「勝ち誇るなっ! おいこれは一体どういうことだ? ……いやわかってる。
 現実から目を背けるな。『ただ理解したくないだけ』のことは、理解しなくちゃいけないんだ……!」

そう。
肉体が死んで、誰かの精神に直接乗り込んでくる。
その手法に、その事象に、その現実に。甚大な既視感があった。

「――『デバイス』をパクったのか!」

《身も蓋もないこと言わないでよっ!!》

肉体を捨て、他者の精神に寄生する。
それはつい半日ほど前にデバイスが受難した事態であり、ヨシノと出会った原因にして諸悪の根源。
<ブレイントレイン>の精神連結。上位互換の異能を持つケテルがそれを行使できても、なんら不条理はない。

「――理不尽ではあるがな!」

ヨシノの思念体は大きくバックステップでケテルから距離をとった。
その右腕にデバイスを抱えて、未だ未知数極まりない敵の内情と実情とに当たりをつける。

《お兄ちゃん、》

「待てデバイス、細かいこと考えるのはナシだ。読まれるからな――感覚で捉えろ、『奴は一体何だ』?
 デバイスと『同じ』ならッ! 俺に勝てない道理はない!! なぜならここは俺の脳内だからだ!!」

精神領域に無数の触手が隆起し、かつてデバイスに襲撃された時と同じく全方位からケテルに迫る。
津波のごとく押し寄せる触手の束はモーセの割った海が閉じるかの如く圧倒的質量で挟撃した。
27名無しになりきれ:2010/11/27(土) 03:44:19 0
――だが、誤算がある。

>《予想以上に快適だ。かつて東洋では肉体を捨てて神に近しい存在になろうとする者がいたと聞いた。
 あの時は不遜以外の何物でもないと嘲ったが……成る程、それは寧ろ最大級の親愛であり尊重なのだな。
 自らが信じる者に少しでも近付く。何とも心地いい。無論この境地に至っても尚、創造主様は別次元の存在で有らせられるがな》

気付けば横から声が飛び、ヨシノは前から目を離した。
『押し潰されるケテルを見ていた目を、横でデバイスの喉笛を掴むケテルへ移した』。

「なん……だと……!?」

《かっ……は、そんな、動く挙動も予兆もなかった……のに!》

ケテルはそこにいた。歩いたのでも、跳んだのでも、ましてや転移してきたわけでもない。
『ただケテルがそこにいる』――ヨシノの精神領域にそういう現象を書き加えたのだ。
桁違いの支配力、段違いの精神力。畑違いのヨシノですら彼我に致命的な実力差が横たわっているのを認識せざるを得ない。

>《集合的無意識と言う言葉を知っているか、裏切り者。万人の無意識の底にあると言われる、世俗における神の代名詞だ》

「ば、馬鹿な、集合的無意識だと!? まさか、万人の無意識の底にあると言われる世俗における神の代名詞のことか……!?」

《わかんないなら無理やり話合わせなくていいよっ! どーせ物知り設定なんて埃被ってたじゃんk――っああ!》

「デバイス!」

悲痛な声を挙げるデバイスの、その白い喉にケテルの白すぎる指が埋まり始めていた。
肉と肉とが練り合わさるように、ケテルとデバイスの思念体はゆっくりと混ざり合う。両者の範図はやがて、ケテルに傾き始めた。

>《……ならばこうして数多の精神を取り込んでいけば、いずれ私は集合的無意識となれる。
  また一歩、創造主様に歩み寄る事が出来る。そうは思わないか?裏切り者よ》

(? ……こいつ、なんでこんなことを)

《お兄ちゃん……!》

デバイスの声にヨシノは思考を中断する。それは咎めの声だった。
彼女の声がなければヨシノは索巡に没入して手の内を無防備に晒す羽目になっていただろう。
デバイスは抗っていた。抗うが、それは軽量級が重量級と殴り合うに等しい戦力差であり、最早ケテルを押し戻す術はない。

(くそ……手の打ちようがないっ! 姉さんは姉さんで別の攻撃を受けているようだし、俺がなんとかしなきゃならんというのに!)

確実に塗り替えられていく。着実に染め上げられていく。顕実に取り込まれていく。
焦りで思考は上滑りし、上滑りするが故に加速していく。精神の表面を滑走し、いくつもの記憶を走馬灯のように俯瞰していく。

(考えすぎるのは俺の悪い癖だ。『邪気眼』はなんでもありの能力。感じたままに現実を捉え、塗り替える力。
 なんでも理屈で測ろうとするな。そうだ、こいつは何だ? 俺のデバイスちゅわんにイタズラするこの変態は!)

《いやあの、繋がってるからね? 思いっきりホットラインだからね!? ダダ漏れだよお兄ちゃん!!》

「なんだと!? もう一回言ってみろ!!」

《ええーっ! 今のセリフのどこが逆鱗に触れた!?》

「間違えた! もう一回呼んでみろ!!」

《お兄ちゃんって呼ばれたいだけかーっ!!》

「――穿ち貫き抉り抜け『倒錯眼』!!」
28名無しになりきれ:2010/11/27(土) 03:45:34 0
穴あけパンチ、鋲、彫刻刀の三種同時発動。
精神世界ならではのリソースに任せたゴリ押しで、デバイスを侵食するケテルの残った身体を叩く。
塵に還ったケテルの身体は、それでもデバイスに入り込んだ部分を呼び水にして高速で再生していく。

「集合的無意識――神になりたいとか抜かしていたな」

だがそれでも構わない。どの道あくまでデバイスへの侵食を抑える為の、そしてヨシノに振り向かせる為の方便に過ぎない。
ヨシノ=タカユキの真骨頂は、その貧弱な能力でもなく、脆弱な肉体でもなく。――屁理屈を理屈に変える舌先三寸にあるのだ。

「舞い上がるなよ宗教屋。確かにお前は無敵だが、無敵と全能は違う。無敵は不死身とも違う。無敵と最強もまた然りだ。
 『敵がいない』ということは、『敵を知らない』と同義であり、すなわち敵以外にはめっぽう弱いんだぜ」

ヨシノは思考を放棄しない。
敵に心を読まれるのなら、読まれた上で勝てば良い。かつてデバイスにそうしたように、心に毒を仕込めば良い。
現状でヨシノ達がケテルを相手に上回れる要素は、たった一つしかないのだから。

「――そう!貴様には『経験』が足りない!! 強力過剰な異能を持つ貴様だからこそ俺たちに遅れをとったもの!
 誰かを支配するんじゃなく、誰かと一緒に立ち向かうこと!他者と手を取り力を重ね合うこと!こればかりは俺達に一日の長がある!」

例え精神体を完璧無比に操れるケテルの異能とて、否『完璧だからこそ』、他者が関わる余地がない。余裕がない。
ケテルも、もちろんデバイスも。精神系の能力者たちは、いつだって一人で戦ってきた。必定の選択。絶対の孤独。

《ボクらはまだまだ弱いから、誰かと手を組む選択ができる!確定してない未来を、望む形に変えられる!》

「俺達は既に、お前の知らないものを知っている! つまりだケテルよ、俺達はお前の先輩に当たるわけだ。だから――」

《死んでも地下に行かない貴方は既に『セフィロト』でもなんでもなく、ただの精神支配に長けた浮遊霊。だったら――》

最早覆しようもなく、ケテルは後発なのだ。彼が歩もうとしている道は、既にヨシノとデバイスの足跡だらけなのだから。

二人は互いに呼吸をあわせ、


「《――――敬意を払えよ三下野郎》」


付和雷同に言い放った。
29名無しになりきれ:2010/11/27(土) 03:46:37 0
デバイスには勝算がある。勝つ為の算段がある。それをケテルに気取られぬ為に、彼女は自身の記憶にある細工をした。
『とあるデータ』をパスコードにした自己解凍式プログラムを自分の思念体に埋めておいたのだ。

《そのデータは『行きの車で読まれたお兄ちゃんの記憶』――!》

それはケテルにとってこの上なく不快な記憶。すなわち思考に仕込まれた猛毒。
『ヨシノの記憶』を内包したケテルと接触した瞬間、デバイスが組み込んでおいたもう一つのプログラムが目を覚ます。

《攻性プログラム――『トロイの木馬』》

史上最も人口に膾炙したスパイウェアと同じ名を冠するプログラムは、その名の由来となった逸話と同じく内側から対象を食い荒らす術式だ。
ケテルに偽のヨシノの思念を読ませた時、デバイスは記憶の詰め合わせが一定のプログラムコードを意味するよう配列して送り込んだ。
そのプログラムは単体で何の効力も持たないが故に無視され、潜伏する。そして術者が直に触れた瞬間にその毒牙を発揮するのである。

デバイスはずっとこれを待っていた。自分がケテルに一撃入れるか、はたまたケテルが自分に触れるか。
そのどちらかさえ達成すれば、このプログラムは発動するのだから。――デバイスの生死に関わらず、公正に明大に全てを喰らい尽くす術式。

《命と引換えでも良かったんだ――どうせ仲間に殺された命だから! もう帰る場所なんてないと思ってた……!!》

だけど。だけれど。
魂だけの存在となって、愉快で不快な饒舌家に行き遭い、不遜で粗暴な修道女に魅せられ、擂り潰していた自分の意志に出会ってしまった。

《ボクは――わたしは自分を愛したいよ……! 下らないジレンマなんか無視して、自分の未来を選択したいんだ!!》

求める生き方に必要なのは誂えられた敵なんかじゃない。
脆弱でも、貧弱でも、弱いなりの『無敵』は貫ける。誰よりも速く生きれば、自分以外に敵などいないから。

《シスターさん!ケテル様はまだ生きてる!! 上位権限は『万物照応』――頭を潰せば全てが終わるはずっ!!》


【仕込んであったトロイウイルス発動。ケテルを内側から食い荒らす】
【姉さんにケテルの頭部にある上位権限の根源を叩くことを指示】
30名無しになりきれ:2010/11/27(土) 20:10:39 0
「ふんふんふふーん♪」

超グロッキーな鷹一郎を差し置いて、ピアノは鼻歌を歌っているほど気楽だ。
彼女には労わりの言葉というものがないのだろうか

後ろでぜいぜいともはや危険な香りがするほど息を荒くしている鷹一郎に、感謝の言葉も掛けず、彼が持ってきた家電製品の数々を眺める。

「まあ及第点ね
 WinじゃなくてMacが欲しかったんだけど、この際仕方ないわ」

そう言いながら、彼女は乱雑にPCを敷き、その上にデジカメをごとごとと置き、携帯電話を開き、冷蔵庫の前にぴったりと付ける。
それはまるで異質な宗教の祭壇を作っているようだ。
冷蔵庫の扉も開いてそこにラジオとテレビを押しこむ、そこ、入らないとか言っちゃだめ、気力で入れてるんです。
まあ、鬼のようなバランスである。ちょっと叩けばどんがらがっしゃんといきかねないのが事実だった。

「よし」

全てを配置し終えると、ピアノは手をぱっぱと払い、その異形の祭壇の前に胡坐を掻いて座りこむ。
鼻歌を歌っていた気楽さは、どこかへ消し飛んでいた。
ピアノの一歩手前には50インチの超大型プラズマ液晶TVがでんと腰を据えているが、その画面に手を当てる。

「…電力供給開始」

ヴン…と鈍い音を立て、コンセントなどどこにも繋がっていないテレビの画面が鈍く光りだした。
それに呼応して、各所に配置されたテレビ(もちろん冷蔵庫の中のも)、パソコンのモニター、HDDが起動を始める。

「回路切断、再構築シークエンス開始…」

パキン、と何かが割れる音がした。縦に置いた懐中電灯がカタカタと振動を始める。

「編成工程N12-33、冷却装置機動」

ピアノの言葉の通りに、冷蔵庫が独特の重低音を唸らせる。
旧型のフロン式冷蔵庫の頃によく聞いた突如鳴りだすあの音だ。
異形の祭壇は、鈍い明かりと音でより異質さを増していた。
その前に座るピアノも、8台の冷蔵庫が吐き出す冷気に息をわずかに白くし眼前の大型テレビを凝視している。

「工程C32-57…回路再構築…開始ッ」

ピアノが小さいながらも鋭く叫ぶ、途端、変化が起きた。
いや、変化などという生易しいものでは無かった。まさしくそれは――

 トランスフォーム
「 "変形"っ!」

ドラム式洗濯機が二つに割れ、ドラムが露出、冷蔵庫は内部基盤を基底部に移動させ、テレビはモニター部分ごと分解されていく
配線がつながり、基盤が重なり、分裂した外装が規則正しい形で再配列されていく
金属同士のぶつかり合う、もしくは巨大なネジが回る、さらに電子的な機動音が絡み合い、混沌とした快音が響いた。

レーザープリンターのレーザーラインが宙を彩る。ラジオのスピーカー部分は外装を2列でぐるりと周回し、アンテナは二本に統一され天井へと伸びる。
それと同時にスピーカーが内部へ移動し中空になった部分へ収まった。露出したままだったドラムは等分割され、その中空の上と下へ綺麗に収まる。
最初ピアノの前に存在した50インチTVは、モニターを分割しプラズマイオン収束機を基底部に持って行かれ外装だけが正面に残った。
その代わりに、有機ELディスプレイが彼女の眼前へと回り込み、縦向きになったまま正面にカチリとはまる。
20基もあったパソコンは、そのほとんどが外装へと姿を変えHDDの磁気ディスクとメモリが懐中電灯に組み合わさりコックピットランプのようになった。

これら全ての作業が同時に発生、完了し、10秒も経たないうちに異形の祭壇は円柱状の謎の機械へと変貌を遂げたのである。

「…全行程、完了。
 識別番号H-22156"Kniac"。構築完了」
31名無しになりきれ:2010/11/27(土) 20:12:08 0
ふー、と大きく息を吐くピアノ。その額にはわずかに汗が浮かんでいた。

「出来た…」

「すごいすごい、確かにこれはキニャックだよ!」

ウィスが興奮した様に完成した機械へと走り寄る。
まるでモジュール装甲のような外壁は、冷蔵庫のそれだ。真横の部分にはちいさく「National」と書いてある。
もちろんそれだけではない、各所にPanasonicだとか、SONYだとか、Canonだとかの有名電子機器各社の名前がちりばめられていた。
それが、この地球のものとは思えない機械を、かろうじてこの星のものだと象徴していた。
そして正面、ハッチの様になった部分には、そんなロゴを切り貼りして作った「KNiaC」という文字が

「Kebitse Normonter Instegt An Carpals…"閉塞回帰された空間を断絶して繋ぐ機械" 安直なネーミングね」

呼び方はキニャックではなく、むしろキニアックという方が近かった。
銀河の辺境に住んでいた高度知性体が、銀河の中心へと向かう為に製造したいわゆる"テレポーター"という奴である。
ワームホールの一部を用い、離れた空間へと一瞬で飛ぶ装置。本来の形はサークル状のゲートのような形だが、小型化、機能化するとこのような円柱状に落ち着く。

「でも、まずは動作テストをしないとね…地球の製品で作った急造品なんだから、不備があってもおかしくないわ」

という事で、先程握っていた電子回路をテストに使用する事にする。
ハッチを開き、中心に電子回路を置くときっちり閉める、そして唯一形を保っていたPCの前に立った。

「座標は…そうねえ」

ピアノはキョロキョロとあたりを見回し、相変わらずへたれている鷹一郎を見つけ、にやりと笑った。

「転送。」

カカッと座標を入力し、脇の赤いボタン(洗濯、と書かれている)を押す。
がががががが…という音とともに、わずかに見える内部に、等分割されたドラムが浮かび上がり、回転するのが見えた。

ド ン っ !

振動。そしてドラムが回転を緩め落ちていく

「痛っ!」

予想通りの鷹一郎の声に、ピアノはにんまりと笑う。
モニターには、鷹一郎の頭上の座標が入力されていた。
32名無しになりきれ:2010/11/28(日) 09:23:04 0
───────────────
秋葉原、とある老舗電気店1F
───────────────



 な、何だそりゃあ……。

(リノリウム床に突っ伏す鷹逸カは、眼前の光景に全力で驚愕していた)             トランスフォーム
(そこらへんの家庭にお邪魔すれば必ず見かけるようなお馴染みの電化製品たちが、まさかの変形合体)
                                                     ナニカ
(満足そうな笑顔を浮かべたピアノの向こう側に鎮座する、近未来デザインの円筒的な謎物体がそのなれの果てだった)

「…全行程、完了。
 識別番号H-22156"Kniac"。構築完了」

("Kniac")
(なるほど、言われてみれば確かに何となくキニャックの発音に聞こえなくもない)
(こんにゃくのいとこみたいなネーミングだが、恐らく日本語ではなく何処か別の言語だろう。あるいは何かの略称か)

(ピアノは一仕事終えた職人みたいなため息を漏らし、謎の小人がぴょんぴょんとはしゃいでいる)
(あの小人は一体何なのか質問するタイミングを逸したことに今更気付く鷹逸カだったが、とにかく今はあの謎物体が先だ)

 ……ロボットアニメのノリで家電が変形合体した仕組みは深く考えないでおいた方がよさそうだな。
 それで、一体何が出来上がったってんだ?

「Kebitse Normonter Instegt An Carpals…"閉塞回帰された空間を断絶して繋ぐ機械" 安直なネーミングね」

                                    テレポーター
(全く耳慣れない言葉が聞こえてきたが、要するに一種の空間転移装置ということだろうか)
(鷹逸カの脳裏に、紙を折り曲げて二つの地点を接着させるあのワープのふざけた説明がぼんやり浮かび上がってくる)
(家電製品で何でそんなものが出来上がるかが謎だったが、)

 (もしかしたら、ピアノは機械に強い『異能』を持ってるのかも知れねえな。
 機械眼とか、機構眼とか、そんな感じの名前の。……って、もう超常的な諸々に動じなくなってる自分が素晴らしいなオイ)

(何の異能もないことを覗けば、すっかり異世界の住人の貫禄が備わってきたと見える)
(果たしてそれは良いことなのかどうなのか。取りあえずハハハと日本的な笑みを浮かべるしかない鷹逸カだった)
33名無しになりきれ:2010/11/28(日) 09:24:32 0


(そのあと簡単な”動作テスト”を行い、この機械が転送装置であることが改めて証明された)

(そりゃああの近未来ドラム缶に入れた集積回路が突然鷹逸カの頭にぶつかれば、もううだうだ言わずに認めざるを得ない)
(ちなみにその集積回路はひそかに回収済である。どうやら何事か閃いたらしく、色々と使う予定らしい)

 色々ツッコまなきゃいけないことがある気もするけど……。
 こんな便利なモンが出来ちまったんじゃ、利用するしかねえ。……これを使って、この街を脱出しよう。

(レイを然るべき地へ埋葬した後に、自分達も転送)
(これを使えば移動時間も大幅な短縮が可能だ。しかしその場合、あとあと不法入国を咎められる危険は無くもないのだが)
(そこはもう、ピアノの不思議パワーで何とかしてもらいたい所存である)

(そして、大切なことがもう一つ)


 もしかしたら。
 ……コイツを使って、まだ秋葉原に取り残されている人たちを解放できるかもしれねえんだ。

           カルディナル
(秋葉原は現在、『枢機院』派の政府軍によって全ての交通機関を封鎖中だ)
(理由は分からないが、そのおかげで今日この場を出歩いていた人々は事実上、この街の避難所に閉じ込められてしまっている)
(戦闘によるビルの倒壊、突然の水害、そして――――。今日一日で、体力はもう限界のはずだ。これ以上の消耗は、命に関わるかもしれない)

 この非日常の技術を受け入れてくれるかは、微妙な所だけどな……。
 でもこのままアイツらに閉じ込められていたら、このままだと良くないことになるのは俺でも分かる。

(最悪、あの政府軍と戦端を開くことにもなりかねないと危惧していたが)
(この転送装置があれば、無用な戦闘を避けられる。少なくとも、これ以上の犠牲に見舞われることは絶対にないのだから)

                  ヒーロー
(別に、何でもできる万能の『主人公』を気取るわけじゃない)
(むしろ、こういった局面で自分に出来ることは何も無かった。精々力仕事を引き受ける程度が関の山だ)
(それでも。人が傷つかずに済むというのは素直に嬉しい。それが元々戦いに何の関係もない人々なら、なおさらだった)
34名無しになりきれ:2010/11/28(日) 09:26:06 0


(鷹逸カは自分を励ますように一息を置く)
(ぐ、と感触を確かめるように立ち上がる。失われた体力は大分回復したようで、もう平衡感覚のズレもない)
(精神の疲労の方はどうしようもないが、ひとまず身体が動くだけでもありがたい)

      ・ ・ ・ ・ ・
 レイを、連れてくる。
 ピアノはいつでも"キニャック"を使える状態にしておいてくれ。…レイを弔った後、俺達も出よう。

(自動ドアを潜り、外へと飛び出す鷹逸カ)
(血生臭い風は降りしきる雨で洗い流され、うっすらと星空を映した斜陽の街はただ静かに黙してそこにあった)
(するべきことは二つ。レイをここまで連れてくることと、その道中で避難所の彼らに連絡を取ること)


(数十分後、鷹逸カは戻ってきた)
(背負ってきたレイの亡骸をピアノに預けて、するべきことを終えた。後は、見守るのみ)

35名無しになりきれ:2010/12/04(土) 19:52:09 0
「――だから、私には貴方達への『負い目』がある。出した損害を補填するまで、協力する」

≪そう、か。いや、大変よい答えじゃ。嬉しく思うぞ≫
(…ううむ、引き受けてくれたはよいが…若いのに随分と義に厚いのう。ウチの連中にも見習わせたいもんじゃて…)

竜蹄は予想以上に律儀な答えを出したステラに安堵し、それから補償について軽く述べた。

≪…あー、先の戦闘については、君がそれほど気に病む事は無いぞい。損失した資料についてはコピー品が殆どじゃったし…そもそもきっかけは奴じゃしのう≫

ステラとシェイドの戦闘は、シェイドが仕掛けなければ起こりえなかったもの。
先手を打ったのはステラだが、火種に着火したのは他ならぬシェイドだ。
本来なら伏せておいてもよい情報だったが──ステラの気負い方を見て、つい零した。

≪…さて、これからの動きについてじゃが…身体はもう十分に動かせるな?≫
≪ふむ、結構、ではまず表に出ようか。他の連中と一緒に作戦を説明をしよう…おっと、その前に≫

ごそごそと懐を探り、老人はいい笑顔で書類の束を差し出した。
ホッチキスで束ねられた、会議などによく使われるごく普通のものだ。

タイトルには見事な達筆(フォント)で、「秋の枢機院撃墜作戦〜制圧のしおり〜」と書かれていた。

≪先程、一部追加で刷ってきての。よく見ておくがいいぞ≫

おやつは300円までである。
36名無しになりきれ:2010/12/04(土) 19:53:58 0
表には大学に相応しく無い、大型のトレーラーが置いてある。
中には数席のソファとテーブル、ご丁寧に絨毯まで敷いてあり、立派な応接室と化していた。

≪……そうそう≫

ステラに顔を向けぬまま、先を行く竜蹄は呟く。
反論を受け付けない威圧的な雰囲気の下、あくまで優しげに。

≪これから君が抱える感情、および行動を儂は一切否定せん。…じゃが、できるだけ大人な対応をしてくれると、こちらは助かる≫

何も言わせないまま、老人はトレーラーに乗り込むよう促す。
その中には、撃墜作戦に抜擢された数名の管理役──見た目は普通の医学生、研究者、果ては食堂の調理師などが並んでいる。

ソファの一番右奥には──影使いの狂人が、不機嫌な顔を隠そうともせず座っていた。
37名無しになりきれ:2010/12/11(土) 01:15:23 O
保守
38名無しになりきれ:2010/12/13(月) 02:10:08 0
>≪…あー、先の戦闘については、君がそれほど気に病む事は無いぞい。
  損失した資料についてはコピー品が殆どじゃったし…そもそもきっかけは奴じゃしのう≫

「よかった……」

硬く強ばっていたステラの表情が緩み、本気の嘆息。
彼女は研究者であり、時代は違えど職を同じくする鷹逸郎の情熱はよく理解できる。遺産物に対する価値と、彼がどれほど大事にしているかも。
ステラの研究者たる矜持と、日常に繋がる希薄な要素として、どうしても破壊してしまった研究室がきがかりで仕方がなかったのだ。

――そして、彼女自身の意志として。鷹逸郎に敵意を持たれたくなかった。砕けた言い方をすれば、彼に嫌われたくなかった。

>≪…さて、これからの動きについてじゃが…身体はもう十分に動かせるな?≫

ステラは首肯する。最先端の更に先をいく医療術のお陰で傷は概ね塞がり、気力も充溢している。
邪気も回復し、新たな色を得た『暁光眼』も十全に世界を映していた。

>≪ふむ、結構、ではまず表に出ようか。他の連中と一緒に作戦を説明をしよう…おっと、その前に≫

学長から書類を手渡される。
「秋の枢機院撃墜作戦〜制圧のしおり〜」

(う……)

制圧のしおり。
辛うじてステラの背後に張り詰めていた、シリアスパートの空気がガラガラと音を立てて崩壊していくのを感じた。

>≪先程、一部追加で刷ってきての。よく見ておくがいいぞ≫

「や、やめて!そんな期待に満ち満ちた目でわたしを見ないで!面白いリアクション返せそうにないから!」

愉快な老人だった。
促されるままにしおりに目を通しながら表へ出ると、ステラの自室ぐらいはある巨大なトレーラーが停留していた。
中は見た目に違わず広々としており、既に居た何人かがその風体に似合わぬ鋭い眼光でこちらを射ぬく。
そうそう、と学長は前置きして、ステラはそこにシリアスパート再開の匂いを嗅ぎとった。
39名無しになりきれ:2010/12/13(月) 02:10:50 0
>≪これから君が抱える感情、および行動を儂は一切否定せん。…じゃが、できるだけ大人な対応をしてくれると、こちらは助かる≫

言葉通りに。
そこには奴がいた。ステラが全てを賭け、全てを犠牲にし、それでも痛み分けにもならない一撃しか与えられなかった男。
ステラから全てを奪い、それ以上の黒い世界を与えた白衣の狂人。妹の仇――アリス=シェイド。

「………………!!」

髪が逆立ち、毛先が重力に反して天を指す。瞳孔は一瞬にして開ききり、奥歯がギシギシと軋んだ。
しかし。すぐにでも肉迫し喉笛に喰らいつくつもりだったのに。それ以上身体が動かなかった。理由はすぐに直感した。
トレーラの中に待機する連中の存在。その気当たり。一人ひとりが一騎当千、一個大隊にも匹敵する戦闘能力の持ち主なのだろう。

さしものステラとて、例え怒りに我を忘れようとも――本能で。それを理解した。戦いに身を置く者特有の緊急回避。
悔しくて涙が出そうだった。すぐ目の前に仇敵がいるのに、不可視の壁に阻まれる事実と、それを是としてしまう己の力不足。
『ただ、彼らの方が強いから』というシンプルでナチュラルな理屈で、ステラの刃はシェイドに届かない。

「……了解」

ステラは手のひらで目を覆い、ゆっくりと落ち着かせるようにして瞳孔の昂ぶりを鎮めた。
ゆっくりと車内を見回し、深呼吸。備え付けのグラスにボトルの中身を注ぎ、一気に飲み干した。

「!?」

酒だった。脳が鈍るからという子供じみた理由で酒を避けていたステラは耐性が養われておらず、たちまち真っ赤になってソファに沈んだ。
あるいは、彼女なりの遁走」だったのかもしれない。感覚と感情を麻痺させて、ことを構える意志を抑えこんだ。
精一杯の、『できるだけ大人な対応』。処世術を知らない彼女の、これが限界だった。

「それで、これから、どこへ、向かうの……?それから、連中に、ついての、詳細を、知りたい。わたしは奴らが邪気眼を狩ってることぐらいしか知らないけれど」

呼吸が浅くなってしまって息継ぎをしないとろくに喋れない。
呂律の心配をしながら、ステラは今後の指針を問うた。
40名無しになりきれ:2010/12/16(木) 21:26:59 0
 暴風と共に部屋のガラスが舞い散り、『ケテル』の身体を肉片へ変える。
 大量の血液を撒き散らして飛ぶその姿に、アスラはあ、やっぱ別の技のがよかったかーと今さら後悔した。
 後に残ったのは、白と赤に染まった「遺体」だけ。

「はっはーっ!見たか知ったか私は無敵っ!そんだけ切り刻まれちまえば流石に死んだでしょ!
 …死んだよね?うん、ええ、死んだよね。…言っとくけど肉体再生ネタは【世界】戦で使われてるんだからね!もうあんなん出てきてたまるかっ!」

「……遅いぞ、背信者。『転送開始』だ」

「やっぱりかド畜生ーーーーーっ!」

 アスラ魂の叫びはさておき、現実は非情である。体を焼け焦げさせられてなお出現するこの笑顔に、何かあると踏んだアスラは正面をガードした。
 何も起こらない────ように、見えた。

「………ガッ…ァッ!?」

 刹那、アスラの目の球が見開かれる。
 走馬灯なんて目じゃない。パソコンに例えると、数百の映像ファイルを同時に再生したようなものだ。
 あるいは世界基督教大学、あるいはヨコシマキメ遺跡、あるいはアスラの知る筈もないどこか。
 ヨシノの人生という名の「情報」が100%、それも同時に彼女の脳内に再生された。

「ガッ…ガガガガガギギギギグググゲゲーーーッ!!!!!」

 喉が跳ね、声にならないエラー音を発する。
 知恵熱どころの騒ぎではない。そもそもヒトの脳が行える操作ではないのだ。

「(iitskitmsykdutittdunn─────!)」

 依然、頭には幾多もの情報コードが流れ続けてくる。
41名無しになりきれ:2010/12/16(木) 21:27:59 0
 頭が焼けるような感覚を最後に、アスラは最後、わずかに残った残滓の意識を頼りに──。

「(精神攻撃───ガ───死ぬくらいなら───ガガガガガッ!)」

 がす、という斧で木を割ったような音が響く。
 アスラは懐のサバイバルナイフで、自分の額をかっ切った。

 それほど派手な出血こそ見られなかったが、それほど派手な量の血が流れ出る。
 脳に送られる血液を無理矢理減らすことでひとまず窮地を脱したアスラは、そのまま震える手で鉢巻きを額に巻いた。でたらめだが、応急的な止血テクだ。
 だが視界はもはや霞のかかったようになっており、このまま狙いなどつけられるはずがない。
 さらに少しでも隙を見せると、ヨシノの人生爆弾が依然として再生され続ける。
 そこでアスラは何も迷う事は無く、腿のホルスターから一丁の拳銃を取り出した。

 何千何万回と拳銃を抜く鍛錬をしてきた彼女だ。目隠しをしてようが、取りだす銃は間違えない。
 握りの感触で目当ての物と判断すると、彼女はそれを迷うことなく自分の口に銃口を向けた。

 そしてそのままするりと引き金を引き、弾倉の中のものを自分の喉に打ち込んだ。

 ぱん、と軽い音がする。続けて、一人の女性が地に伏した音。
 そう──これが『ケテル』の技に対する、唯一の対処法。
 人の意識を掻きまわす技相手に、ただの人間に出来ることは「これ」しかない。

 つまり、自ら全ての意識を放棄することだ。

 電池の切れた振り子のように、アスラの生体機能はゆっくりと色を失っていく。
 やがて彼女の全てが動きを止め、血にまみれない、いやに小奇麗な死体が一つできあがった。
42名無しになりきれ:2010/12/16(木) 21:29:38 0
 それから数秒もしただろうか。
 がちり、と、歯をかみ合わせる音が静寂に満ちた応接室にいやに甲高く響いた。
 それは歯の奥の何かが潰れた音。歯に挟まっていた「それ」は中から粉末を撒き、その喉奥へと注がれていった。

 ゆっくり、ゆっくりと粉末は体内へ沁み込んでいく。
 復活までは数秒かかったろうか。白くなりかけていたその女の顔が、やがてゆっくりと赤みを取り戻していく。

 徹夜明けの寝起きのようなけだるさで、アスラはゆっくりと目を開けた。

 「死んだと思った?意外と死なないもんなのよねー、人間ってやつはさ」

 あちこちを痛そうにさすりながら、片手をついて立ち上がる。
 残った傷は多かれども、精神攻撃のうざったいのが無くなった彼女の表情はあくまで健やかだった。

 ──先程口にくわえて撃ち込んだのは、アスラカンパニーオリジナルの変態商品、「リボルバー式錠剤」である。
 拳銃の引き金を引くと喉の奥まで強制的に薬が撃ち込まれるという、人としてアレな代物だ。
 弾はたった一発、身体の機能をゆるやかに停止させる「致死薬」が埋め込んである。
 これは彼女の奥歯に仕込んである「蘇生薬」とセットで、死んだふりに使うのが正しい用い方だ。

「パソコンのフリーズを再起動で直すみたいに、ほんの一瞬、自分の思考を完全に止めてみたわけよ。
 まー正直かなりヤバい賭けだったけど…うん、視界は良好。うまくいったから無問題ね」

 改めて救護セットで、額に付けた傷を処理する。少々深くまで入ってはいたが、なんとか戦う分には問題はなさそうだ。
 そして彼女は『ケテル』を見やる。意識と肉体を手放し、既に生きる躯となったその表情からは何も読み取る事が出来ない。
 軽蔑するような眼差しを向け、その【抜け殻】に語りかけた。

「ま、これが人間様の強さってことよ。神を狂信して、ヒトであることを捨てたアンタにゃ一生分かりゃしないでしょうけどね。
 肉体を捨てて、それで神に近づいたつもり?ふざけんじゃないっての。今のアンタは神でも仏でもない。さしずめイカロスか、バベルの塔の設計主任よ」

 『ケテル』だったものが座っていたソファに足をかけ、懐から取り出したでっかいマグナム銃を両手で構える。
 じゃき、と金属質な音を響かせ、銃口をその白くて赤い脳髄に突き当てた。

《シスターさん!ケテル様はまだ生きてる!! 上位権限は『万物照応』――頭を潰せば全てが終わるはずっ!!》

 脳内を引っ掻き回されるのはもうたくさん、と言わんばかりに。
 アスラは引金を数回引き、マグナムの炸裂音で甲高いその声を打ち消した。
43名無しになりきれ:2010/12/17(金) 12:52:24 0




 地平線のはてまで続く、綺麗な草原。
 可愛らしい彩りに満ちた花々が咲きほこって、爽やかな風と緑の海に季節の色を添えています。

 佇むのは、そんな花たちに負けないくらい可愛い女の子。
 冬の湖面に張ったはく氷を思わせる青のエプロンドレス。つまめばするっと指から逃げる絹のように上質な前かけ。
 ソックスは純けつの白で、靴はセンスのよいローファ。せい流の銀のかみがそよ風に誘われ、小ぶりな顔をくすぐります。

 女の子の顔は、とても不満そう。
 赤みをおびたほおを風船のようにふくらまして、かたわらにいるティーカップの執事をぺしぺしとほほえましく叩くのです。


「もう!
 じいやのせいで逃げられちゃったじゃない!
 せっかくアリスの遊びあいてができたと思ったのに。こんなに楽しかったのはほんとうに久しぶりだったのよ!」

「申しわけございません、お嬢さま。
 お嬢さまのかわいらしいお姿がみるみる傷だらけになっていくのを、じいはとても見るにたえられなかったのでございます……」


 お怒りのお嬢さまをどうなだめたらいいものか。
 食器やしょく台の召使いたちがおろおろと、少女の後ろにひかえたままどう声をかけるか迷っているようでした。
 こうなったお嬢さまはしばらく機げんを直しません。
 ティーカップの執事がおいしいおいしいローズヒップをいれるまで、つんと拗ねたままなのです。

 彼らのさらに後ろには、大きな大きなお城があります。まるで空に触れているかのよう。
 壁めんの四角い窓からはくろがねの大砲が顔を出し、さっきまでボンボンとほう弾を吐き出していたのです。
 そのさらにさらに後ろには、炎をふく恐ろしいドラゴンが、お嬢さまの怒ったようすをお城にかげに隠れてこっそり見つめていました。


 ここは、少女の世界。
 全てが少女の思った通りになる、素敵な世界。

44名無しになりきれ:2010/12/17(金) 12:54:42 0





 草原には、塔や大ぼくのようなペロペロキャンディやスコーンがささっています。
 これはなんと、みんな空からやってきたおかし。さっきお嬢さまが遊んだとき、たわむれに降らせたものでした。
 召使いはみんなでこれを切り分けて、ごはんに食べるのです。
 

 青く澄み渡った空には、白くたなびく雲。さんさんと大地をてらす太陽。
 そして、ふしぎな黒いひびがあります。
 さっきまでお嬢さまの遊びあいてをつとめていた紳士のいでたちの少年が、逃げ出してしまった”あと”なのでした。
 それを見つけたお嬢さまはさらに怒りしんとうになって、隣のティーカップの執事をぺしぺしとたたきます。

「もうもう! じいなんて嫌い!
 こうなったら、もう絶対ぜったいぜ〜ったい! しばらく遊びにきてあげないんだから!」

「ああ、お嬢さま! せっしょうな!
 老いさき短いじいめは、お嬢さまのお世話をするのがただ一つの生きがいなのでございます! どうかそれだけは……」

「いーや! しばらく反せいしなさい! べーっだ!」

 ティーカップの執事のお願いもむなしく、お嬢さまはべろを出すと指をぱちんと鳴らします。
 すると、空が、草原が、みるみると崩れていき……。
45名無しになりきれ:2010/12/17(金) 12:57:18 0




 ――――秋葉原、とあるビルの屋上。

 何故か深い白の霧に鎖され亜空と化したその場所を、突如縦に走った光が切り裂く。
 響き渡るのは荘厳の軋み。例えば大聖堂の重い扉を開いたときに聞こえる、ある種神聖そのものとも言える木の音色。

 そしてその通り、扉が開くようにして、その霧は破られた。

 縦に裂かれて押し広げられた霧が、風に吹き払われるかのように空へ地へと散っていく。
 白霧の向こうから現れた軍服を着込む女性――『王国』マルクトは流麗な銀の髪をかき上げ、憂鬱なため息を漏らした。
 微細な水の粒に濡れた北欧の肢体は、妖艶ではなくしかし少女のような純潔と美麗を誇る。


「……。仕留めきれませんでしたか」


 屋上に立ちこめていた不自然な霧は、霧の結界。
 先ほどまでマルクトと対峙していたカノッサの先兵・レインマンが、戦闘の開幕も早々に展開した水の属性を宿す属性領域だ。

 雨、即ち水を操るのを得意とするレインマンにとって、これ以上有利な戦場はないと言って良い。
 事実マルクトは、軍人としての体術の素養も、上位権限『ケリッポドの地獄門』も駆使しても苦戦を強いられてしまった。
 相性が悪い相手は地の利で殺す。なるほど、戦術の基礎の基礎だ。


 だからそれを、マルクトも実践した。


 『ケリッポドの地獄門』。
 何てことはない、ただの異空間へ通じるゲートを操るだけの些細な能力だ。
 『贋物を真実へと変化』したり、『あらゆるものを分解・再結合』したり、『全ての力を司る』力に比べればとても平凡なもの。

 そんなマルクトを一介の上位幹部『生命ノ樹』に押し上げたのが、この力。
 どこか別の世界、いつか幼き少女の時分に偶然――――あるいは必然手に入れてしまった、忌まわしい力。

     プ   レ   ー   ト
「『視えざる者が持ちし聖書の断片』No.11 野心の章 ……、『アンビシャス』」

46名無しになりきれ:2010/12/17(金) 13:01:25 0


 『プレート』。
 遙か遙か先史(ムカシ)。”邪界文書”にも序章の序盤でしか触れられることなく、辛うじてヨコシマキメ遺跡の壁画が物語る起源。
 人間界を巻き込んだ『天使と悪魔』の戦争で、天使が人間に与えたとされる力。

 その力は悪魔が授けたという力『邪気眼』と並んで、『旧世界』で数々の隆盛を誇った。


 死も傷も受け付けない不死身となる、永久の章『アンブレイカブル』。

 あらゆるものを透過させる、不可視の章『インビジブル』。

 殺戮のための手段と力を得る、誅殺の章『ターミネーター』。

 肉体と異能の全盛期を再現する、英雄の章『ヒーロー』。

 動物の概念に内包される全てに変身できる、進化の章『レボリューション』。

 栄光とそれに見合う力を授ける、栄光の章『グロリア』。


 そして、その『プレート』の一つ。   コピー
 かつての地龍”不死不滅なる将”の複製品と呼ぶべき存在が手にし、その手を離れた後、無邪気な銀色の少女に渡った呪われし石版。

 人の欲や渇望の内容に応じた力を、選んだ所有主に与えるNo.11――――野心の章、『アンビシャス』。


 その石版が少女に与えた力は、『少女の望みが何でも叶う素敵な世界』。                    テリトリー
 あえて異能世界で用いられる専門の言葉で表現するなら、世界の構成情報を改変/改竄する限定能力『 領域 』。
 幼き心と身に過ぎる力を手にした少女は、やがて世界を亜空間『∞(インフィニティスペース)』へと巻き込んで、崩壊の危機へと陥れる……。


 そんな少女に、新しい世界での居場所などあるはずもなく。      アリス
 無邪気のまま恐ろしい罪業を成し、忌避と迫害に晒された可哀想な《少女》は、やがて自分を慰める『主』に拾われた――――。

 やがて少女が『主』の愛を受ける為、自らの手を血で染めたのは、至極自然なことだった。
47名無しになりきれ:2010/12/18(土) 17:52:39 0
「レイを、連れてくる。
 ピアノはいつでも"キニャック"を使える状態にしておいてくれ。…レイを弔った後、俺達も出よう。」

「ん。」

鷹一郎の声を聞いて、ピアノは俯く様に小さく頷く。
彼の声はもう気力が戻っていたが、その内の精神的な疲労は拭いきれておらず、わずかに枯れた声色にありありと映し出されていた。

「限界が近いようね、私も、あいつも、」

そんな事を呟きながら、ピアノはまた眼前の操作盤をカチカチと弄る。
映し出される座標点は、先ほどよりも遥か遠く。

「届くかしらね、こんな距離」

「100kmちょいでしょ?大丈夫だよ。
 空間歪曲投影は数十mっていう短距離だけど、空間歪曲跳躍は数千km単位まで届くんだから
 あ、もちろんしっかりしたのだと、だけど…」

博識な小人の助言に少しほっとするピアノ。彼女から貰いうけたデータベースは、その大半が圧縮されておりピアノもまだ網羅していない。
せいぜい戦闘、移動に役立つものだけだ。キニャックもまた、先の王国(マルクト)戦においてちょっと使用しただけである。

「待たせたな。」

鷹一郎が戻ってきた。その肩にはピアノの愛した女性がぐたりと乗せられている。
どこか、見ていて痛々しいものを感じ、ピアノは返事もままならないまま目を伏せた。

「キニャックはいつでも動作可能よ、レイを…中に入れて」

鷹一郎が亡骸をキニャックの中に横たえる…ほどの広さはないため、壁によりかからせた。
死後数十分経っているにも関わらず、彼女の遺体はいまだ生きているかのように綺麗なままだった。
レインマンがもたらした純潔な冷たい雨が、死後硬直を防いでいるのかもしれない、まあ根拠のない考えだが…

転送はすぐに終わった、問題ない。そんな急造品で大丈夫か?とか言われそうだったが、特に問題もなく転送出来た。
ピアノも、同様に

「…鷹一郎、あんたも来なさい。」

えっ、とばかりにまたしてもきょとんとする鷹一郎、それを見て、ピアノは少しイラついたように彼に詰め寄る。

「私だけの問題じゃないでしょうが、レイが死んだのは
 あんたはレイを救ったし、共に戦った。
 最後の最後に、レイを"人間"に戻してくれた。
 狂気から救ったのは、他でもないあんたでしょうが」

ピアノは鷹一郎の背中を押して、キニャックに押しこむ
入り際、操作盤にちょこんと座るウィスに一言。

「スコップの転送お願いね」
48名無しになりきれ:2010/12/18(土) 17:54:16 0
転送地点は、長野県のとある山中。
夕日が綺麗な高台の上であった。

秋葉原の淀んだ空とはまた違う美しい輝き、周囲には鴉が群れて巣へと帰る姿があった。
鳥達が向かう東の空は薄暗く、明るい星の輝きと、半分よりすこし膨れた形の月が煌いている。

「弔うにはちょっと贅沢過ぎたかしらね?」

がらがらどん、とスコップが転送されてくる。大小二つ、あの小人は中々気がきくようだ。

「さ、掘るわよ。」

淡々としている、と思われたかもしれない
だが彼女の中では、葛藤で溢れていた。
あんな事を目の前にしてもなお、レイが死んだのを受け入れられていないのだ。
亡骸を目にしても、その手を触れば凍えるように冷たく、死者の持つ独特の柔らかさが肌を伝わって感じられるのも、嘘だと思えて仕方なかった。

(長い時間を生きていると、現実を受け入れにくくなるものね…)

彼女の場合、異能の力とともにありすぎた。というのも理由になるかもしれない
100年を超す彼女の人生は、あまりに非現実的で、非情だったのである。

スコップで柔らかい土を掘り続けて数十分、人一人がすっぽり入れる穴ができた。
そこに、再度転送されてきた木棺を入れる。いつの間に用意していたのか、と思われるだろうが、ピアノ自身も驚いていた。

「まさかここまで気のきく奴とは思わなかったわ…。」

宇宙からの訪問者、恐るべし、である。
木棺にレイを横たわらせると、その隣へ漆黒の刀をそっと置いた。

"黒爪"、彼女の武器にして、相棒。そして狂気へと歩ませる要因だったこの刀は、もうあの禍々しい邪気も放つこともなく、ただの黒刀へと変わり果てていた。
彼女が人間に戻ったのと同様に、この刀もまたただの刀身へと戻ってしまったのだろうか、レイの父親によって鍛えられたと言う名刀は、主人の娘の死と同時に、黄泉へと消えたのかもしれない。

「魂よ安らかに眠りたまえ、アーメン。」

呟き、木棺を閉め、土をかぶせる。
その上に石を敷き、簡単に作った十字架を立て、埋葬は完了した。

「結構豪勢なお墓になったわね…」

もう、日は沈もうとしていた。
49名無しになりきれ:2010/12/19(日) 11:18:50 0

───────────────
長野県、とある山中
───────────────


(その小高い丘は、夕闇の空にとても近く――――。)


(高空に吹き渡る夜気の風が、身体から体温を奪っていくのを鷹逸カは感じた。)
(まだ冬でもないはずなのにそこそこ冷え冷えとしていたが、昂ぶりすぎた熱を持て余していた身体には心地よく染み渡る。)

(目の前には、墓標。)

(盛り上がった黒土と、整然と並べた灰石。山中に見付けたもので簡易に組み上げた、十字架)
(冷たく佇む墓の手前ではピアノが真摯に祈りを捧げている。…これから立ち向かう”敵”、その正体を考えれば、何とも皮肉な構図だった。)
(だが、むしろこれが正しいあり方のようにも思えてならない。)


 …信じ、祈り、仰ぐ。
 人の想いは天に通じると。そう願うからこそ、神は聞き入れ給うのだと。

 ……人の「想い」ってのは、それ自体がもう『力』なんだ。
 疲れ切った心を癒す優しい『薬』にもなれば、行方の見えない闇を照らす灼かな『炎』にもなる。
 信じることで神なんて存在が俺達の中に生じるってなら、もはや「想い」そのものが『神の如きもの』なのかも知れねえな。


(宗教の本義は、信じることだ。)
(それが本当に心の底からの希求であったならば、捨て置かれた鰯のかしらでも神に上がれるのだから。)
(「信仰」とは、つまりそういうことなのだろう。信じることで救われる。教父や聖書が説くような死後の安息や最後の審判など、その延長線に過ぎない。)

(だが永い歴史の中で、人はその本質を見失う。)
(かつて神の名の下に十字を切る経典の民は、勢力版図を拡大するために数々の悲惨な侵略と犠牲を出したように。)


 ――――止めよう、こんな誰も幸せになれねえような下らない戦いは。

(歴史は繰り返す。)
(それは人が学ばねば、同じ過ちが、悲劇が、幾度も未来へ巡り続けるということなのだから。)
50名無しになりきれ:2010/12/19(日) 11:25:28 0


(ピアノが祈りを終えた後で、鷹逸カは細長い板のような石を抱えて持って来ると墓標の前へと置いた。)


 石と十字架ってだけじゃ、あまりに寂しいしよ。
 少し、手を加えさせてくれると嬉しいぜ。……これが死者を弔う墓標だと分かるように、さ。

(薄汚れたコートの懐から取り出したのは、透き通った深紅の綺麗な石。)
(世界的にも僅かしか産出されない珍しい貴石だ。東の果てでは『魔除け』として知られ、昔の文献では多くその名が載っている)
(石に刻まれた銘は、”Abramelin”。)

(鷹逸カは深紅の石に力を込め、細長い石版に文字を刻んでいく。)
(その筆致は彼の見てくれ通り荒々しい文字と思いきや、意外に丁寧で端正な、海外の墓碑に書かれる文字の字体のようだった。)



    『
               HIC JACET GLADIATORIA CORVA ALBA    ――――   REQUIESCAT IN PACE
                   ( 白鴉の女剣士よ、ここに眠れ。               永久の安らぎの内に。)

                                                                                   』


(”白鴉”。)
(レイが自身のヤミを撃ち払い、最期の最期でヒカリを取り戻した。その象徴の銘。)
(その解釈はとても一般的とは言えない特殊なものだが、いかにも邪気学に通じる鷹逸カらしいセンスの贈り名とも言える。)


 ……陽が、沈むな。

(そう呟いた鷹逸カの視線の先には、地平線。)
(あれだけ綺麗だった夕空が西へと宵闇に追いやられ、斜陽を追いかけるかのようにカラス達が群れを成して飛んで行く光景。)

(いよいよ、宵闇が訪れる。)
(ラツィエル城のある国は時差の関係でまだ明るいはずだ。だが……、丘から見えたこの空が、鷹逸カの胸に一抹の不安とざわめきを宿す。)
(行く手に待ち受けるものは、…世界規模の宗教統括機関。そして遺跡で共に戦った『仲間』と、首領を失った『残党』たち。)

(迫る夜のヤミがヒカリを薙ぎ払うように、鷹逸カへと運命を運ぶ。)
(グッ、と、右胸に仕舞った『白亜のプレート』を握り締める。いよいよだ。いよいよ、無慈悲な幻想の第二幕が重い緞帳を上ける。)
(恐怖を振り払うように、躊躇を振り捨てるように。広げた右手を、ピアノへと差し出した。)

                                     ヤミ            ヒカリ
 ―――――――さあ征こうぜ、ピアノ。下らねえふざけた”宵闇”を、『俺達』の”夜明け”で撃ち払いに!


(そして。鷹逸カは再び、非日常へと自ら足を踏み入れる。)

51名無しになりきれ:2010/12/21(火) 23:26:39 0
(新品の白衣に腕を通しながら、シェイドは一人言を呟く)

 思えばこの間から事あるごとに妙な連中に絡まれ、いたずらに時間を消費してきた。
 この事について私はこう思う訳だ。
 「私という人間は、何かこう、ヒトと対立しやすい雰囲気があるのではないか」──とな。

 術式をもって存在感を極限まで消す事も…出来ないではないが、面倒くさい。
 ここはひとつ自己変革を試みて、私にまとわりつく雰囲気から変更する必要があると思うのだよ。
 「image change(認識変換)」とでも言ったか?まあ、手間がかからなければ一番だな。

 さて、対人関係において最も重要になるのは「外見」だと聞くが…。

(総白髪、万年白衣、顔面蒼白、瓶底眼鏡の自分の姿を省みて)

 …ふむ、特に問題無しと考えていいだろう。実に親しみやすい風貌だしな。
 とくれば次は「口調」だろうか…。さて、雑魚共相手にこびへつらうような真似は死んでも御免だが、多少の改善はできるかもしれん。
 そうだな…まずは「口癖」がいいか。語尾に何かしらつける事で容易くimageを変える事が出来るという…試す価値はあるだろう。

(こほん。と、鏡の前で咳払いを一つ)

 私の名はアリス=シェイド…ただの善良な、研究者だにゃ。

(刹那、大学構内でのどかに鳴いていた鳥たちがその身に言い知れぬ危機を感じ、一斉に巣穴から飛び立った)

 ふむ…少し違うか。研究者だにゃん…にゃんにゃん…いや、これも違うな。 …まあいい。今後各所で実験を重ねていくとしよう。
 助手A、装備は揃えたか───なんだ貴様、何故床に突っ伏してぴくぴく震えているのだ?

(AMS(アルティメット・マッド・サイエンティスト)アリス=シェイド。天才と狂人の間を行ったり来たりする、ある意味では究極の馬鹿とも言える男だった)
52名無しになりきれ:2010/12/21(火) 23:29:35 0
(大学地下、裏研究棟を抜けてトレーラーへ向かう)
(中には既に、討伐部隊に選抜された「管理役」達が集結していた)

 …クク…「管理役」召集とは、珍しい事もあったものだ…。
 学長殿は今だ来らず、と…? ならば私も、待たせてもらうか……。

(ソファの片隅に腰を下ろす)
(トレーラーの中には十名弱の人間がいたが、生きてるのか、死んでいるのか、それすらも分からない静謐とした雰囲気を保っていた)

(それからさらに数分経って、トレーラーの外から足音が聞こえてくる)
(石畳にぶつかる金属質な音は、学長の杖によるもの。そしてそれに重なり、もうひとつの足音がトレーラーに近づいた)

 ………………。

(黄髪がなびき、少し幼さの残る顔立ちをした女性が顔をのぞかせる)
(それは紛れもなく、ステラ=トワイライトその人だった)

 ……ほう。

(『は、貴様か…まあいい。花瓶程度には役に立つだろうな。…フン、せいぜい私の足を引っ張ってくれるなよ?』)
(と言おうとして、実際に「貴」の字まで出かかった言葉をシェイドは飲みこんだ)

 (っと…image change…だな。もう少し柔らかい物腰で…と)

(コホン、と咳払いをし、改めて)

 おや、貴方だったか…昨日の敵は今日の友とは言うが、こんな展開になるとは流石の私も予想できなかったな。
 まあ、さっきはさっきだ。互いに水に流し、ひとまずはこの計画を完遂する事に全力を尽くそうじゃないかははははは。

(棒読み、作り笑い、そして先程まで妹の敵として救いようがないまでに敵意を向けられた男の台詞である)
(唯一救いがあるとすれば、その台詞をステラが全く、全然、まるっきり聞いていなかった事だろう)

(彼女はこみ上げる怒りを押し殺すように小さく何か呟くと、そのままシェイドの前を素通りして壁際の一席に腰かけた)
(そのまま粗雑な手つきで洋酒の瓶をひとつ取ると、グラスになみなみと注いで一気に飲み干したのだった)

(ただでさえキレやすいシェイドの血管が、みしりと音を立てた)

 …フン。まあいい。最初から自分を偽るのは性に合わなかった所だ。
 せいぜい花瓶程度には役に立て…は、私の足を引っ張ってくれるなよ?

(ステラの方には目もくれずに、結局、最初の台詞を口に出した)
53名無しになりきれ:2010/12/23(木) 22:40:53 0

大地は至る所が抉れ、砕け、破砕していた。
そこが数刻前まで草原であった事など、もはや誰にも想像出来ないだろう。
そして、そんな地の上を風と共に舞うのは、白い無機質な光の粒子。
風に流される様に光が散っていくその光景は、美しくもあり、不気味でもあった。
終末。今此処にあるのは、見た者にそんな言葉を想起させる光景。
そして、そんな情景の中央に二つの存在が在った。

一つは天使。
無機質な、作り物めいた、吐き気がする程に清浄な光を身体から放つ天使だった。
膨大なエネルギーを保有する、人を辞めた絶対的な存在。
並の異能や邪気眼など歯牙にもかけない、創造主への信仰を以って変質した【力】そのもの。

「……バケモノガ……!」

だが、その天使は今や片羽を失い、腕は千切れ、その存在自体が消えかけていた。
瀕死の天使……枢機院「エヴァー」はもはや感情を失った筈の目で、声で、無機質に敵意を向ける。
自身の首を片手で掴み、締め上げる白衣の女……裂ける様な下卑た笑みを浮かべ、
『口端から』エヴァーと同じ色の天使の光を洩らす、片目に真紅の光を宿した黒野天使を睨みつける。

「おいおい、そんなに褒めんなよ。テレるだろ?」

黒野天使は、そんなエヴァーの台詞に照れた様に頬を染めると、
エヴァーを掴んでいる腕とは反対の腕に持った『エヴァーの片腕』を、まるで菓子のように
齧り、咀嚼し、飲み込んだ。

「ふぅ……しかし、お前らって量ばっかで糞不味いな。
 アタシの世界に生きてた邪気眼使いとか龍族はもっと美味かったぜ?ひひひ」

まるで世間話でもする様にそう語る黒野天使を、エヴァーはただ睨みつける事しか出来ない。
もはや彼の狂信を以ってしても指一本として動かす事が出来ないのだ。

「……キサマノヨウナ存在ハ、在ッテハナラナイノデアル。イズレ我ラガ創造主様ガ――――」
「うるせぇよ養食品。いただきまーす、ってか?」

――そうして、枢機院「エヴァー」は消滅した。
大学を強襲した部隊の長は、天使達は、たった一人の「黒の」天使に捕食されたのだ。
それは、あまりにあっけない結末であった。
光の粒子……喰われた人工の天使達の残滓に浸りながら、
黒の天使は満足げに腹を摩ると、その口に楽しげな笑みを浮かべる。

「へへ……そろそろ時間か。全く、この女、眼だけは強過ぎて困るぜ(笑)
 本人の精神は惰弱だってのによ……ひひひひひ」

呟くと、黒野天使は糸が切れたかの如く意識を失い、崩れ落ちた。
草原にはもはや誰の姿も無い。ここに居るのは黒の天使ただ一人。

枢機院も、白い侍も、誰一人いない。

ただただ、一人だけ。


ここは、ラツィエル城の東に位置する草原地帯――――
54名無しになりきれ:2011/01/03(月) 00:39:21 0
保守
55名無しになりきれ:2011/01/06(木) 00:23:38 0
HIC JACET GLADIATORIA CORVA ALBA    ――――   REQUIESCAT IN PACE
( 白鴉の女剣士よ、ここに眠れ。               永久の安らぎの内に。)

「…へえ」

なかなか洒落の効いた事を書くわね、とピアノは少し感心した。
ラテン語も今では随分と廃れた言語だと言うのに、それをサラサラと書く辺りは、さすが教授と言うべきなのだろうか
白い鴉という言葉にも、彼の専攻である邪気学らしい

「……陽が沈むな。」

自らの書いた文字を少しばかり見た後、鷹一郎はその眼を夕焼けへと向ける
言葉には、この地に眠る人の鎮魂の意が供えられているように感じられた。
夕日に向かう鷹一郎は、手を胸に当て、ぐっと握り締める。

「―――――――さあ征こうぜ、ピアノ。下らねえふざけた”宵闇”(ヤミ)を、『俺達』の”夜明け”(ヒカリ)で撃ち払いに!」

「…そうね」

ピアノは溜息と見紛う程に大きく盛大に息を吐いた。
哀愁を打破した言葉を更に打破するような息である

「で、も、あんたも、私も…もうあいつらと戦える力は残ってないんじゃない?」

ピアノはさらにトドメの一言をかました。

またか、と思いたくなるだろうが、どうしようもない事実である。
ピアノは昨宵から太平洋を横断して日本へ来てから、戦い尽くしの一日。
一時は上野にまで移動し、慌ただしい戦場を駆けまわっていたのだ、正直クタクタだ。
鷹一郎だって当然だろう、何があったかは知らないが誰かに撃たれ、イェソドに粉砕されかけ、R戦とレイ戦ではあの謎の力を解放していた。見た目も精神もズタボロのはず。
これから挑む相手はカノッサや世界政府などが手こずるほどの強豪だ、こんな満身創痍の状態で行っても、一瞬で返り討ちにあうのが落ちだろう

「出鼻を挫いちゃってすまないとは思うけど、私は昨日から寝てないし、身体も汚れまくり
 第一あんただって、服とかボロボロで血まみれじゃない
 そのまま敵の情報もロクにないまま突撃するつもりだったの?日本軍の万歳特攻より酷いわね」

酷い言われようだが、しかし事実である事に(ry
すなわち彼女が提案しているのは、休憩である。シンプルだが、必要不可欠だ。
盛大なのびを一発すると、ふむとピアノは考え込む

「でも、あんたを普通の場所に置いておくのは得策じゃないわね
 ただでさえ生命の樹(セフィロト)の面々に命狙われてるんだから、だから、比較的安全なとこにあんたを匿う事にするわ、ウィス!」

ピアノが言うと、キュンと目の前の空間が歪む
ここに来る時にも見た、キニャックが遠隔操作した歪曲空間の入り口である。

「一般人をここに入れるのは、2回目ね…あーまた"指揮者"に怒られる。」

空間に消えるピアノに、鷹一郎が続く
一瞬細いゴムホースに無理やり身体をねじ込んだかのような感覚と、目眩が襲う。空間跳躍に伴う"次元酔い"の軽症状だ。
キニャック本体には酔い止めのようなシステムがあるため感じ取れなかったが、素で空間跳躍を行うとこう言った事が起きる。細かい事は割合しよう
パチン、という音とともに、目眩が消え文字通り地に足がつく
二人が降り立ったそこは、広々としたホール
それも、まるでオーケストラでも演奏するかのような広いコンサートホールだった。

「何日ぶりかしらね…"オーケストラ"」

ここはピアノの所属元、カノッサの傘下機関が一つ「オーケストラ」本部。
56名無しになりきれ:2011/01/06(木) 00:27:39 0
「ここはまだ入り口にすぎないわよ、本番はこっから」

ピアノは咳払いを二三度すると、胸に手を当て澄んだ声で歌い始めた。
いや、歌というよりオペラだ。硝子のようなソプラノヴォイスががらんとしたホールに響き渡る。
短い、10秒程度の歌声が途切れると、ステージの中央が突如としてせり上がり始めた。
現れたのは、側全面ガラス張りの円柱型エレベーター。
軽く20人は入れそうなぐらい広いためエレベーターには見えないが、内側に設置された階を選択するボタンと開閉ボタンでようやく分かる。
ピアノは慣れた手つきでB11というボタンを押すと、エレベーターは音も無く動き始めた。
しばらく暗黒の世界が続く、振動も音も無いため、止まっているのではと不安を抱きそうになるかもしれない

が、そんな疑問が浮かびそうになった途端、ぱっと視界が明るくなった。
そこでようやく、このエレベーターがガラス張りである理由が分かる。
広い広い、東京ドームほどもある地下空間のちょうど中心から、このエレベーターは降りてきているのだった。
円柱形の空間は、その淵に当たる部分に広い通路が敷かれ、通路の各階層ごとに十字型に突出、交差し、このエレベーターを支えている。
そして最下層には、入ってきたホールをそのまま縮小したかのようなミニ公演会場みたいな場所があった。海兵隊ブラスバンドなんかが出来そうである。
そしてその公演会場の指揮者席に、一人の男性が座っているのが遠目で確認できた。

「うげっ…待ち構えてやがるし…」

それを見てピアノは苦い顔をする。
エレベーターは音も無く最下層に到着し、これまた音も無くガラス張りの扉を開いた。
降りた目の前には、ミニ会場が堂々たる存在感を放っている。
ミニとは言え、その外見はかなりの一級品だ。細かな装飾や赤い革張りの椅子達。ステージも綺麗に整っており、その後ろの金細工もまた細部までこだわったものであった。

「………。」

そしてその中央でじっとこちらを見据える中年の男性。

「…中に入れたって事は、少しは分かってくれてるの、よね?指揮者、さん…?」

「さんづけなんてするな、落ち着かないだろう。」

落ち着いた様子の渋い声だ。無いが、髭が似合いそうな声である。

「それにお前が居なくなるのはいつもの事だ、2年もいなかった事がある癖に」

指揮者と呼ばれた男性は、「はぁ」と溜息をつき、鷹一郎の方を見やった。

「で、誰かな君は」

「あー…世界の選択(マスターピース)よ。それよりももっと重要な事g、」

指揮者が手をかざすと、急にピアノが黙った。自分の意志では無く、何かに邪魔されたかのように口をもがもがさせている。
それを横目に見て、指揮者は再び鷹一郎に向き直る。

「すまないね、本人から聞かないと信用できないたちなんだ、で、君は何者なのかな?その血糊と顔つきからして、只者ではないと思うがね」

(オーケストラのトップ「指揮者」 能力は「拒絶眼」 万象を、それこそ邪気眼の能力ですら拒絶する事が可能だが、燃費が著しく悪く効果も狭い
 性格は至って温厚で、少々心配症だったり顔見知りが強かったりする。オーケストラ奏者達からの信頼は厚く、この機関の人間精神的堅牢さが伺える。)
57名無しになりきれ:2011/01/07(金) 20:15:32 0
>《攻性プログラム――『トロイの木馬』》

《ふん……油断したか。だが……この程度で私をどうにか出来ると思ったか!?
 貴様の行動は、裏切り者よ!死の前に立つ絶望との対談をほんの少し長くしただけでしかないぞ!!》

自身を内側から喰い尽さんとする毒を、『ケテル』は逆に圧殺せんとする。
彼にはそれを可能とするだけの力がある。
生来より持ち合わせた天賦の才と、『創造主』から賜った格別の異能が。

>「死んだと思った?意外と死なないもんなのよねー、人間ってやつはさ」
>《シスターさん!ケテル様はまだ生きてる!! 上位権限は『万物照応』――頭を潰せば全てが終わるはずっ!!》

《……ッ!何故貴様が生きている背信者!いや……それよりも、させると思うか!?この私が!!》

精神世界に叫びを反響させて、『ケテル』は異能を振るう。
だが届かない。アスラへの攻撃に意識を割くと、
『デバイス』に仕込まれた『トロイの木馬』が再び侵食を始めるのだ。
どちらか一方しか阻止出来ない。更に言うならば、彼はどちらか片方を完全に阻止すべきだった。
トロイの木馬を封殺すれば、例え異能の源を破壊されようが地力で『デバイス』を取り込めた。
アスラの自由を奪ってしまえば、精神体となった『デバイス』の拠り所であるヨシノを現実的に殺害出来た。
しかし彼はそのどちらも、完璧に成し遂げられなかった。
『創造主』に近付きたいが為に、万能への憧憬が故に、彼は両方を上回ろうとしてしまった。
結果、『ケテル』はどちらも阻止出来ないまま、ただ時間を浪費する。
最悪の一手は、最悪の結末を招く。
『ケテル』は最早押し戻せない程に『トロイの木馬』に侵食され、更に死体の頭部にあった異能の源は破壊された。
最早何の手も打てない。ただ精神を喰い荒らされ、取り込まれるのを待つだけだ。

《――私の負けか》

精神世界に、小さな声が響く。

《……いや、これでいい。私は『創造主』様に歩み寄ろうなどと、驕り高ぶった思想を抱いていた。
 私は過ちを犯したのだ。この敗北は、その罰として受け入れよう》

徐々に自分が損なわれていく中で、『ケテル』はただ思考を横溢させる。
最後の足掻きが、悟られぬように。
自己の完全な消失を免れる為に、『デバイス』に取り込まれる自分自身に、彼はあるプログラムを潜伏させる。
自身の人格と能力の一部を圧縮して隠蔽した、一定の条件で起動するプログラムを。
急仕上げのそれは果たして正常に機能するかすら怪しい。
だが一筋の希望も無い完全な消失よりかは、遥かにマシだ。

《残念だが背信者よ、お前に私の全てを渡しはしない。そうなるくらいならば、私は自ら私を消滅させよう。
 ふふ……私の身も心も能力も、全ては『創造主』様の為に……あるのだからな》

最後に一つ嘘を吐いて、第一セフィラ『ケテル』は消滅した。


【『ケテル』敗北。あるプログラムは別に何も考えてなかったり。用途があったら都合よく使って下さい】
58名無しになりきれ
保守