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名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:
前回までのあらすじッッッ!!!
◆前回のあらすじ
・公務執行妨害で逮捕される自称ヴィランの真性童貞(無職、22歳)
・銀行強盗をリンチするヒーロー達
・汎用戦士メタルボーガーは金曜夜放送
の三本でお送り致しました
「街」市庁舎
武中は石原と手を取り合うと、しっかりと握手を交わした
「不知火重工第三開発部部長兼対ヴィラン部隊総監、武中文雄です突然の会談を認めていただき、ありがとうございます」
石原が不知火重工へコンタクトを取ろうとした、その矢先、武中の方が先に石原の下を訪れてきたのである
深々と頭を下げた武中は早速ですが…と石原に一通の封筒を手渡す
「今回ご説明したい計画の資料です」
言いながら、武中は部下に市長室内にプロジェクターとスクリーンを運ばせる
説明会的な事をするとあらかじめ説明しなかったので、市長室の道具を使わず、準備は自前で行うのだ
その間に石原が手元の資料を開けるとそこには「主要ヴィラン殲滅作戦概要」の文字がある
これが例の「ハイメタルボーガーの力を見せる」事の概要だ
市長室の灯が消え、スクリーンに主要ヴィラン殲滅作戦概要の文字が現れる
「では、ご説明致します、最初にお断り致しますが、本計画は極秘事項という事でお願いします」
言って、頭を下げると、武中は本格的に語りだした
同時に、スクリーンも「ダミーブラックダイヤ」と書かれたブラックダイヤそのものに見える宝石と、何かを比較した二つのグラフに変わる
「これは国際科学研究所に分析を依頼して計測した最近この街を騒がしているブラックダイヤの力が人間の脳に石の力を「感じさせる」精神波をグラフにあらわした物です
ブラックダイヤは見た物が己に「力を与える存在である」と「感じさせる」力を持っており、人間はそれを感じとってただの石にしか見えなくもないブラックダイヤの破片を回収している事が逮捕された異能者の証言からわかっています
これを利用し、不知火重工が出資する日本超能力研究所の協力を得て、人間に「ブラックダイヤ並の力を与えると感じさせる」石を製作する事に成功しました
この通称「ダミーブラックダイヤ」を「トリッシュ・スティールの物とほぼ同じブラックダイヤ」として1日限定でこの街の博物館に特別展示させてください
欲深く、更に凶悪な異能者が集結する事は間違いないため、これを包囲、一気に殲滅します
つきましては作戦決行許可並びに自警団の協力を要請します
既に警察関係の許可は得ていますので、後は市長の一存で、作戦は実行に移せます
市長、ご決断を」
そこまで言って、武中は「あっ」とわざとらしく声を上げた
「失礼、前回までの不知火重工の不様な姿しかお見せできていない市長に、いきなりこの作戦をご許可いただくのは、多少無理がございましたね
大変失礼しました……
本作戦の…いえ、これからこの街のヴィランを一掃していく計画の第一歩と致しまして、我々は新兵器を開発致しました
と…私が言っても、市長はその実力を疑うでしょう」
そういう武中の顔は、笑みに満ちている
それは…技術者の自信の笑み
「そこで…先の戦いで我々は市長が多数のヴィランを殲滅できてきたアイアンメイデンに匹敵するパワードスーツを所持していると聞きました
………警察の演習施設を一時借用しております
我々の新兵器の力を、是非、その目で確かめていただけないでしょうか」
そう言った武中の目には、嘲笑や怠慢、慢心の色は全く無かった
そこにあったのは…挑みかかるような闘志の瞳
我々の兵器の力を見てくれ!そして、力強く首を縦に振ってくれ、それは価値のある事なのだから!と訴える技術者の瞳
そして、法の下に街が平和を取り戻す日を見据える希望の瞳…
今、超合金の戦士は鋼鉄の切り札に、最初の戦いを挑もうとしていた
それは言うならば子が父を越えて、新たな大黒柱とらろうとするかの様に…
異能は成功した。
犯罪者共は石化して沈黙したスイッチを相手取り四苦八苦している。
時間の無駄だ。いや、時間が無駄だ。
私でも分かる単純な事実に囚われて、奴らは無駄な時に身を投げる。
それが敗北を意味する事さえ、彼らには分かっていないのだろう。
私は戦闘の経験なんて無いけど、物事の真理と言うものは何事にも共通するのだ。
勉強でも部活動でも恐らくは社会に出てからの仕事でも、人が生ある内に歩み足跡を刻む遍く事象なら。
自分が歩みを止めている内にでも他人は進歩していく。成長し、更なる上を行こうとしている。
ならば自分だけが止まっている事は停滞ですらなく、退化なのだ。
つまり……犯罪者共はサイカを名乗ったヒーローに殴られ、更には炎上し、無力と淪落に沈んだ。
流石に突然男の姿が炎に塗り潰された事には驚かされたが、どうやら死んではいないらしい。
消火の為に異能を振るうべく吸い込んだ空気は、安堵の温もりを得て私の体内から逃げていった。
だが安心を抱くにはまだ早すぎた。
粗雑な暴風の如きあの男は私の異能でも倒れ切らず、多少勢いは削げたものの旧態依然と暴れまわっているではないか。
サイカが身を挺して拳を受け止めて男を道連れにしたが、もしも彼が間に合わなかったら。
私は奥歯を軋みが上がる程に噛み締める事を、禁じ得なかった。
しっかりしろ、縁間沙羅。未熟は重々承知の上だろう。
死人を前に未熟でごめんなさい次からは頑張りますとでも言うつもりか。
そんな事は言い訳にならない。
人間は死んだ
らおしまいなんだ。
生者の声は生者にしか意味を成さない。
死人の声が生者を動かす事はあっても、逆は絶対にあり得ないんだ。
私の『異能』だって同じだろう。
私の言葉は、人を救う為にこそあるんだ。
> 「………君って…結構ヒステリック…なんだね」
深慮の海に囚われていた私の意識は、はたと耳朶を打った声によって現実へと釣り上げられた。
「……怒り猛らず、黙して淑やかにしている事が必ずしも美徳とは限りません。
寧ろ他人の過ちを知りながらそれを諌める事が出来ないのは、その過ちと同じくらい大きな過ちなのです。
分かりますか?君子は和を貴ぶと言いますが、互いが過剰に寄り添いあっては、それは停滞に繋がります。
だからこそ君子は和を貴び、礼を以って之を成す。ここで言う礼とは感謝の気持ちや礼儀正しい言葉遣いではありませんよ。
礼節、即ちルールがあるからこそ人は相互に正し合い、高め合う事が出来るのです。分かりますね?
だからこそ過ちに対しては厳しく当たる必要があるのです。
礼節を設けながらも日和見に甘んじ結局相手を叱り付ける事が出来なければ、やはりそれは過剰な和。
言葉を変えるのならば馴れ合いの泥沼に相手諸共沈んでしまうのですよ」
別に私個人への不名誉はどうでもいい。
けれども過ちを看過すると言うのはどうにも私の性分に合わない。
私は思わずほんの少しばかり長い語り口を始めてしまうが、
> 「あの…アイツです!アイツがコイツらのリーダーです
> アイツをやっければ多分爆弾が解除されるはずです」
すぐさま振り返る。
銀行員二人に一般人が三人……そして見るも悍しい異形が一人。
アレが強盗犯、この事件を起こした裁かれるべき犯罪者。
……の筈なのだけど、何処か違和感が拭えない。
その為か思考にも靄が掛かり、いまいち振るうべき口舌の刃が研ぎ澄ませない。
何だろうか、この不可解な感覚は。
>「あぁ……そうそう、忘れてたよ。実は僕、存外目立ちたがりでね」
>「君もだよ。まったく赤い着物に化粧までしちゃってさぁ」
バスタードが、私に何かを投げ付けた。
それは私の足元に落ちると見る間に芽を出し、蔦を伸ばして私を絡め取る。
身動きは出来そうにない。だけど取り乱したり、彼に憤りを感じる事は無かった。
彼ならきっと何か考えがあるだろうと思ったから。
私は彼が嫌いだとは言ったが、彼が持ち合わせる能力と……性質にはある種の信用とも言える感情を抱いている。
そして予想通り、這い登ってきた蔦から生えた葉の葉脈は私に伝言を果たしてくれた。
……随分と見難かったけど、緊急時だし仕方ないだろう。
ともあれこれで私のすべき事は決まった。
言葉を積み上げ想像を練り上げ、あの犯罪者を一瞬で昏倒させる。
決して容易とは言えないけど語彙を選別し篩に掛け、心の曇りを拭い鮮明な想像を現実に落とす事が出来れば。
私の異能ならそれは不可能じゃない。
> 「ったく。見た目と言い、やる事と言い、ゴキブリみたいな奴だな君は!さっさとくたばれってんだよ!
> ……よし、と言う訳でだね。僕らはアイツらを一瞬で仕留めなきゃいけない。
> 僕が奴らと握手をしたら、合図だ。全員で叩き潰す。……もう他の奴らには伝えてある」
……それにしても、徹底している。
余りにも見事にあの異形……スカイレイダーと言うらしい、ヒーローに決まった膝蹴りに、私は思わず顔を顰めた。
バスタードを責めているのではない。逆だ。
彼の徹底した現実主義かつ用心深いと言える物事へのスタンスには重ね重ね、私は好感さえ覚える。
それでも尚、私が彼を心底嫌っている由縁はまた別の所にあるのだ。
……そう言えば、私は先程スカイレイダーを見るも悍しい異形と称した。
それが真実である事は主観的にも客観的にも間違いない。彼には悪いが、真実は真実である。
しかし私はその呼称の中に、本当に彼に対する理不尽な悪意を装填して居なかったか?
銀行強盗だと濡れ衣を着せられた彼に対して先入観から過分な敵意を彼にぶつけなかっただろうか。
……恐らくは一握り、私は彼に筋違いの悪意を覚えて、また心中での呼称を以ってそれを彼にぶつけていた。
恥じ入るべき事だ。
彼には聞こえなかったにせよ、関係ない。
私は自身の勘違いから彼の名誉に傷をつけ、魂に泥を塗りたくったようなものだ。
然る後に、謝らなくてはならない。
そう、この事件が一段落したら、そうするべきだ。
>「……ふう、やっとくたばったか。社会の害悪め。……あぁ失礼、もう大丈夫だよ。何と言ってもヒーローであるこの僕、バスタードが君達を助けてあげたからねぇ?」
来た。こちらの準備も万端だ。
言葉も想像も、凛然たる清流のように澄み渡っている。
『闇に沈め。お前の狡猾窮まる心奥に沈殿する闇は夜空よりも深く、魔獣の口腔の如く獰猛で、蟲のように執拗だ。既に闇に魅入られたお前が逃れる術はない』
足元から這い登り、胸の奥から湧き出す闇があの男を包み、声を上げる暇すらなく意識を呑み込む。
イメージはハッキリしている。あとは言葉を吐き出すだけ……
> 「死にさらせ強盗野郎がぁああああああああああああああ!!!」
獣の咆哮を追って、影が視界を横切った。
頬に体温よりほんの僅かに温い液体が飛んだ。
犯罪者の胸を、野獣が貫いていた。
視界が、意識が、理性が、飛び散った液体に交わって赤く染まる。
「……っ!貴方はどうして!そんなにも野蛮なのですか!」
気付けば私は異能を用いるでもなく獣の魂に憑依された男に詰め寄り、その頬を張っていた。
「貴方も私も決して法の番人では無いのですよ!犯罪者に裁きを下す権利などない!
私達はあくまでも親愛なる隣人を護り、犯罪者を正義の庭に引き摺り出す事が使命なのです!
それが何ですか貴方は!後先考えず人質を危険に晒し、あまつさえ人を殺め……!」
人が殺められた。
口にした瞬間、心臓が凍り付いたように全身を冷たい血が駆け巡った。
それでも言葉は止まらない。
「貴方は野蛮過ぎる!浅慮過ぎる!人の皮を被りながらも己を律せぬ野獣を人の世ではこう呼ぶのですよ!そう、犯罪者と!!」
(マジギレタイム。我を忘れてお説教)
金曜の夜に、来訪者がやって来た。
秘書に通され、部下を引き連れたスーツ姿の男が市長室にやってくる。
>「今回ご説明したい計画の資料です」
「なるほど……ヴィラン殲滅作戦か。ハニーも、いやトリッシュ社長も
同じような事を計画していたね。で、君達はどう考えてるんだ?」
部屋が暗転し、スクリーンに映し出される内容を
石原は次々に頭の中へ放り込んでいく。
ここ最近、あの黒い石の模造品が出回っているようだが
それよりも高度な形で再現された”ダミー”を囮に使い
ヴィランをおびき寄せるという事のようだ。
>――欲深く、更に凶悪な異能者が集結する事は間違いないため、これを包囲、一気に>殲滅します 。つきましては作戦決行許可並びに自警団の協力を要請します
>既に警察関係の許可は得ていますので、後は市長の一存で、作戦は実行に移せます
>市長、ご決断を」
「確かに、確かにいいアイディアだ。それは認めるよ。
でも、君たちに出来るのか?この前の、あの戦い方では
難しいと思うが。あ、チーズバーガーを2つ。君達も食べるかい?」
秘書にバーガーをオーダーし、それを手に取りながら
計画の続きを問う。
>本作戦の…いえ、これからこの街のヴィランを一掃していく計画の第一歩と致しまして、我々は新兵器を開発致しました
>と…私が言っても、市長はその実力を疑うでしょう」
「新兵器か。興味深いね。」
資料を机に置き、武中の顔を見つめる。
その目は、自信に溢れこちらをじっと見つめている。
>「そこで…先の戦いで我々は市長が多数のヴィランを殲滅できてきたアイアンメイデンに匹敵するパワードスーツを所持していると聞きました
「ジョーカーの事か。あれは、我々公的機関のSPみたいなもんさ。」
自らの素性は明かさず、石原は淡々と答える。
>………警察の演習施設を一時借用しております
>我々の新兵器の力を、是非、その目で確かめていただけないでしょうか」
「なるほど。まずは、お手並み拝見というわけだ。
スコープ社のように入札額で勝負するわけではなく、自社の技術で勝負をする。
気に入ったね、実に気に入ったよ!
――ただし、こちらも本気で行かせて貰う。」
武中の目を鋭く見つめ返し、石原は武中達を送り出した。
【NEXT:不知火重工の”プレゼン”は明朝後に決定。準備完了次第、演習場へ】
戦闘員B「雷羽さん大丈夫ッスかね……いくらあんな事があったからって、
もう三日も部屋に閉じこもりっきりなんてやばいッスよ……」
戦闘員C「……超心配」
ヒーローとヴィランが蔓延る街の一角。そのどこかにあるボロアパートの一室の古めかしいドアを、
いかにも『戦闘員』という様相の黒いスーツを着た者達が二人、心配そうに眺めていた。
戦闘員達が眺めるこの部屋の住人の名は旋風院雷羽。またの名を『ブラックアダム』という。
雷羽は悪の組織に所属するヴィランの幹部……なのだが、どうにもここ数日、
具体的に日数を言うのならば、矯正所から脱獄を果たしてからずっと、部屋から出ずに
引きこもってしまっているらしい。
ドアの前には戦闘員達が作った食事が手をつけられた状態で置いてある事から
生きているという事は判るのだが、いつでも迷わず真っ直ぐな……要訳して言えば
単純バカな雷羽がこんな状態になったのを見た事が無い雷羽の部下である戦闘員達は、
戸惑ってどうしたらいいのか解らないでいた。
戦闘員B「あの雷羽さんがこうなったのは、やっぱりアレが原因ッスかね
首領直々に下されたって言う、戦闘員降格処分一ヶ月……」
戦闘員C「……それもあると思う……けど、たぶん違う」
余談だが、悪の「組織」である以上、そこには規律が存在している。
今回、水道施設に毒を流す作戦を失敗し、更にヒーローに無様にやられて
矯正所にぶち込まれるという失態を犯した雷羽に与えられた罰は、
一ヶ月間、戦闘員と同等の扱いを受けるといったものであり、
無駄にプライドの高い雷羽には苦痛極まりないものである筈……であった。本来なら。
戦闘員B「はぁ……こんな時、戦闘員Aがいれば雷羽さんを引きこもり状態から
脱出させるいい作戦を思いつくんだろうッスけど、一体どこ行ったんッスかね」
戦闘員C「……戦闘員の長期休暇は初耳」
そんな感じで戦闘員二人がため息をついた、その時であった。
「――――俺様は、ヒーローになるっ!!」
『バン!』とドアを開く音と共に、ドアの中からツンツンとした黒い髪に八重歯の
男が――先程の戦闘員達の話題の中心であった、旋風院雷羽が出てきたのだ。突然に。
なんだかアホな台詞を伴って。
戦闘員B「ら、雷羽さん?出てきてくれたのは嬉しいッスけど、
その……いきなり何言ってるんスか……ヒーロー?」
戦闘員C「……壊れた?」
突然の雷羽の復活に慌てる戦闘員。雷羽は、そんな戦闘員達に対して
ビシッと右腕を突き出すと、眼を瞑り額に人差し指を当てながら口を開く
「……許せ俺様の可愛い部下共。俺様は決めたのだ。えーと……『組織の俺様への扱いが
嫌になったから、清く正しく美しいヒーロー『シーフ』になります』……と!!」
何だか支離滅裂かつ一部棒読みな事を話す雷羽だったが、戦闘員達は彼がその手に
一枚の紙……彼等のボスからの『指令』が書かれた紙を持っているのを見て、心の中で
「あー」と納得をした様だ。どうやら、またも雷羽に妙な指令が下ったらしいという事を。
戦闘員B「えーと……そんな!さびしいッスよ!!」
戦闘員C「……超寂しい」
「くうっ!許せ!俺様だってお前らは大好きなんだ……! さらばっ!!」
そんな戦闘員達の気を使った言葉に気付く事無く、雷羽はそのまま部屋を飛び出していった。
戦闘員達は、その背中をなんだかやるせない眼で見送りながら呟く。
戦闘員B「元気になった……というより、空元気ッスよね、あれ」
戦闘員C「……任務に集中する事で悩みを忘れようとしてる感じ」
そうして、その日から『シーフ』と名乗るヒーロー(?)の噂が、
急造のヒーローとヴィランで溢れかえるこの街で流れ始めるのであった……。
堅い表皮を身を覆っていても、生物であるならば、内臓は例外なく柔らかいものである
それは、人の身を超えた八代も例外ではなく
先ほどの猪狩の拳が八代の脳をこれでもかと揺らした結果
酷い車酔い以上の不愉快さを感じた瞬間、八代はその場に崩れた。
視界が歪み、意識が朦朧としている中、着物の女の声が聞こえる。
思考が上手く廻らず、細かいことは理解できなかったが…完全論破されたというのは何となくわかった。
とそこへ学帽の少年が視界に入ったと思った瞬間
「…あだぁ!」
鼻を蹴られてしまった
鼻の痛みに身悶えし、とっさに体を起こす。
その時、鼻血が出ていることに気がつき手で押さえるが止まる気配がない
今までの人生の中でここまで派手に鼻血を出したことがなかった八代は当然のように慌てたが、あることに気がつく
流れ出た鼻血は無造作に広がらず、まるでそこに溝があったかのように線を描く
鼻から手を離し、しばらく、そのままにして見ると
そこには学帽の少年からのメッセージが現れた。
意図を理解し、自分なりにどうするか考え、覚悟を決める。
そんな中、演技とはいえ、ボコボコにされるスカイレイダーにある種の申し訳なさを感じる
自分が紛らわしい言い方をしたせいで彼にそんな不名誉な真似をさせてしまった。
後で謝ろう。そして、感謝しよう。
八代はそう決意した。
そして、運命の瞬間は訪れる
学帽の少年が強盗と握手した瞬間、立ち上がり走りだそうとした瞬間
「ふべらッ!」
先ほどのメッセージで足を滑らせ、顔から思い切り転んでしまった。
すぐさま立ち上がるも、すでに手遅れだった。
といっても、別に人質と自分についていた爆弾が爆発した訳ではなく
強盗は1人を除いてほぼ沈静化されているわけだから、特に問題はなさそうに見えるが
その1人が問題なのだ。
コートの男の拳がその1人の胸を殴り抜いている。
どう良く見ようとも即死である。
その光景を目の当たりにした着物の女が激昂し、コートの男を罵る
このままではマズいと直感的に感じた八代はすぐに行動に移った。
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
両者を宥めつつ、険悪なムード漂う間に割り込んでいった。
もしかしたら、「邪魔だ」と一蹴されるかも知れない。
だが、八代はそれを承知で割り込んでいった
「く、来るなぁぁあああ化け物ぉおおおおッッ!!」
平凡な一軒家で夫婦は叫んだ。
周囲のものを撒き散らしながら、持っていた猟銃を捨て脇目も振らずに後ろへ、後ろへ逃げていく。
その場に居合わせた青年の視界が歪み、暗転し、顔が青ざめていく。
上も下も碌にわからない精神状態で青年は割れたガラスから顔を覗いた。
銃弾を受け血と剥がれた皮膚から露になっていたのは
鉄と肉が混じった“正体”───今の自分の中身。
そうか。
自分は皆と同じ血と臓物が詰まった『ヒト』じゃなく、鉄と毒袋が詰まった『猛獣』なんだ。
人の皮を被った『怪人』に……人権などありはしない。両親に発砲されて当たり前の世界。
例えそれが被害者だとしても、例外なく。周りにとって、自分はただのヴィランでしかないんだから。
なんで。
なんでこうなったんだ………!
※ ※ ※
(……こんな時に何を考えてるんだろ)
昔の記憶の断片が日比野の中でフラッシュバックした。
唐突に目覚めたそれは日比野に言いようもない不快感を残す。
拉致されたヴィランから改造手術を受け
洗脳を受ける前にヒーローから助けられた後の、苦い記憶。
あの後だったろうか。ヒーローになることを決意したのは。
>「さて……それじゃ、悪党退治のお時間だね?」
バスタードの声と共に胸糞の悪くなる思い出タイムに終止符を打ち、切り替えるスカイレイダー。
右手に逆手で握られた刃をじっと見る。
異能で構成した刃か?どちらにせよ異能で何らかの能力を付加されているのは理解できる。
アレが異能のナイフならば防御は意味を成さない。しかし避けることは可能だ。
(でも────)
背後の銀行強盗をちらと見る。僅かに首を横に振り、ほくそ笑んだ。
「避けるなってことか……」
バスタードが目と鼻の先まで迫る。スカイレイダーはそれを避けようともせず動かない。
しかしぶすりと容易く突きつけられたナイフは、鎧を貫きはしなかった。
普通ならば異能のナイフが腹に到達して重症患者の仲間入りを果たしていただろう。
しかし今回に限ってはそうではなかった。柄の中に刃が引っ込んだらしい。
>「……やぁ、アンタたまに街で見かけるよな。テレビじゃ全然見ないけどさ。……ま、アレだ。お勤めご苦労さん」
>「……普段あんだけヒドイ目に合ってもヒーローやってたアンタがいきなり銀行強盗ってのも信じ難いんでね。
>それにアンタ普段異能使ってないし。見た目も異能者っぽくないし。
>……いいかい。僕らはアンタの後ろにいる奴と殴り合う暇は無いんだ。起爆の手段も分からないし、最悪念じるだけなら一瞬だ。と……しぶとい奴だなぁオイ!?」
「おっふ!?」
間を繋ぐためなのか、キレのある強烈な膝蹴りを脇腹に貰った。
スカイレイダーから漏れた声は演技などではなく、単純に痛いのである。
そのリアルさから銀行強盗犯からも何ら疑問に思われていないようだ。
>「ったく。見た目と言い、やる事と言い、ゴキブリみたいな奴だな君は!さっさとくたばれってんだよ!
>……よし、と言う訳でだね。僕らはアイツらを一瞬で仕留めなきゃいけない。
>僕が奴らと握手をしたら、合図だ。全員で叩き潰す。……もう他の奴らには伝えてある」
「…わかりました。その対応力、敬服しま……」
次は突き飛ばされた。ご丁寧に異能で火花を発生させて。
芸が細かい。
※ ※ ※
(ここまでは…なんとか成功、か?いや、予想外の事態なんざ往々にしてあるもんだがな)
突き飛ばされたスカイレイダーに一瞥をくれ、逃げる算段を頭の中で組むリーダー。
このまま地面を爆破し煙に紛れて逃げる辺りが最善か。
当然ながら彼の胸中にヒーロー達が一芝居打った、などという発想はない。
>「……ふう、やっとくたばったか。社会の害悪め。……あぁ失礼、もう大丈夫だよ。何と言ってもヒーローであるこの僕、バスタードが君達を助けてあげたからねぇ?」
バスタードの台詞と共に差し出される手に、強盗犯リーダーの表情が僅かに歪む。
心情としてもあまりヒーローには触りたくないのだろう。
しかしここで差し伸べられた手を掴まずに立ち上がると怪しまれる可能性がある。
……そもそもこの考えそのものが破綻しているのだが、とにかく強盗犯の中で漸く考えが固まる。
(……いいぜ?こいつの手を掴んだ瞬間、異能で爆破してやる…!
その隙に逃げて銀行ごと他の奴も消すッ!こうなったら絶対に逃げ切ってやる!)
そんな胸中と共にバスタードと握手を交わした瞬間だった。
>「死にさらせ強盗野郎がぁああああああああああああああ!!!」
あろうことか人質がいるにも関わらず包帯野郎がその豪腕を振るい仲間の胸を貫いたのだ。
>「貴方は野蛮過ぎる!浅慮過ぎる!人の皮を被りながらも己を律せぬ野獣を人の世ではこう呼ぶのですよ!そう、犯罪者と!!」
>「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
「オメーらは天文学的数字のボケかぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!
状況を把握する能力もねーのかッ!ヒーローのテンプレ読み直せバカッ!」
あまりの常識知らずの行動に、リーダーの沸点が遂に超過する。
ちなみに生き残った片方の仲間は錯乱して動けるような状況ではない。
沸点超過したリーダーが握手を交わしたバスタードの肩に異能の爆弾を発現させ、
人質もバスタードも爆破させようとした瞬間だった。バスタードの爆弾だけおかしい。
いつもの形状と違って小型の爆弾。能力を発動させた手ごたえからして威力もあまりなさそうだ。
そしてその直後、リーダーの身体に電撃が流し込まれる。
「がっ…突っ込んでる場合じゃなかった…」
電撃の痛みで起爆のタイミングも遅れてしまった。
Σの方向へと「倒してください」と言わんばかりによろめきながら
ヒーローに八つ裂きにされる予感がそれこそ電撃の如くリーダーに走った。
※ ※ ※
スカイレイダーはこの混沌とした状況に既についていけなくなっていたが(置いてけぼりとも言う)
とにかく自分の責務と当初の目的をを果たすべきだ、と雑念を振り払う。
言いたい事は全て後回しにするべきだ、と。
スカイレイダーは錯乱する強盗犯の仲間を掴んだ。掴んだ右手はうっすらと青く輝いている。
そして輝く光は奔流となって一気に身体を巡る。奔流の正体は電撃。
強烈な電撃は一撃で銀行強盗を昏倒させる。
これで残るは強盗犯リーダーのみ。
油断はできないので今すぐ意識を奪いたいところだが、この距離だと一手遅れる。
一番近いのは砂にずっこけたヒーローだ。彼にフィニッシュを任せるのが妥当だろう。
後は険悪ムードの二人。
銀行強盗とは言え一つの生命を奪った包帯の人は許せないが、喧嘩を放っておく訳にもいかない。
時としてチョコレートよりも甘ったるいこの性格こそ日比野翔一という男なのである。
「ああ、喧嘩はしちゃダメですっ!」
そのグロテスクな外見とは裏腹な明るい声でサイカの後に続くように揉める二人の仲裁に入る。
怪人がヒーローの喧嘩を止めなければならないこの状況、どうかしてるぜ。
【大神さんフィニッシュをかっちょ良くよろしくですー】
前スレでの大神タクミ=Σの活躍
(強盗に逆ギレ→何故かヒーローに転ばされる)
Σは突然の出来事に呆然としていた。
何だか知らないが、彼らは争っているらしい。
Σは面倒臭そうに右手を振り上げると、立ち上がろうとする。
>「お前もだよ、イイとこ取りは感心しないねぇ?……あぁ、僕もそうか。ま、どうでもいいけど」
「おい、どうでもいいけどよ。お前、何だか気に食わないな。
その声、俺を小学校の時に勝手に班長にした奴に似てる。」
ヒーロー達の小競り合いに、興味を見せず
Σは銀行の椅子に腰掛け、両腕を頭に回しくつろぎ始めた。
>「オメーらは天文学的数字のボケかぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!
>状況を把握する能力もねーのかッ!ヒーローのテンプレ読み直せバカッ!」
その叫びに、変身したまま眠りかけていたΣが起き上がる。
眠りを邪魔されたのが少し勘に触ったのだろう。
「さっきから、ヒーロー・ヒーローってうっせーぞ!!
ヒーローがそんなに偉いのか?
あのな、ヒーローだろうが何だろうが腹も減るし、金だっている。
お前は、俺の幸せを奪いやがった。
まずは1発殴らせろ。話はそれからだ。」
よろめきながら迫るリーダーをΣは中腰の姿勢で
迎え撃つ。
そして一気呵成に駆け抜け―――
「たぁぁぁぁぁああっ!!」
勢いよく放ったケンカキックがリーダーの米神にヒットする。
エネルギーストリームの持つ光が電撃と合わさり、リーダーを吹き飛ばす。
同時にΣの変身を解除したタクミがそこにいた。
「次からは、銀行強盗なんざ止めて地道に働くこったな。
お前の力があれば、地面の掘削くらいには使えっだろ。」
【強盗に制裁、あくまで己の為に?】
『悪い』とは何ぞや?
という問いに対して、多くの人々は『ただしくないこと』と答えるだろう。
法や倫理や道徳があって、そこから逸脱した者が悪者。ヴィラン。アウトロー。
それはすなわち『正義の敵』。物語の中の悪役は、得てしてヒーローの怒りを買って滅ぼされる。
おどろいたことに『悪』という概念は受動的だ。その存在の大前提に『正義』からの離反があり逸脱がある。
対して正義もまた悪に対して受身だ。存在しないヴィランを殴りにいくヒーローなんか存在しない。
振り上げた正義という名の拳を打ち下ろす悪がなければ、そもそもの存在意義が瓦解してしまう。
結局正義を名乗る者は、『目の前の敵が悪だ』という理論で武装しなければ何も立ちいかなくなってしまうのだ。
じゃあ『悪にとっての敵』ってなんだ?
『自分と対立する存在』が『悪』ならば、一体物語の悪役は何に滅ぼされるというのだろうか。
――かつての僕は一体、何と戦っていたんだろう。
矯正所の『あの事件』から三度目の月曜を迎え、刑務所での生活にもだんだんと慣れてきた。
ここのところの僕の日課は、早朝に監査員にドアをバシバシ叩かれて目覚め、部屋から出る前に異能無力化手錠を装着される。
これが嫌なくらいにクセモノで、ちょっとでも力んで"神様"を出そうものならマジヤバイレベルの電流が僕を苛むのだ。
あんまり電流受けると男性機能に重大な障害を負うと聞くし、ヘヴィユーザーの僕としては割とマジで遠慮したいところなのだけど。
閑話休題。さて、共同洗面所で洗顔と歯磨きを済ませたら、味つけの薄い朝食をかっこみ、労働奉仕の時間だ。
近年の異能犯罪特別措置法案で、異能を持つ受刑者は能力を活かした奉仕活動を行うことになる。
僕の能力は生産性があるので、流れてくる土塊の中から特定の金属を選別したり、壊れた器物を修繕したりするのが僕の仕事だ。
同じラインには磁場操作能力者の千葉さんや、千里眼をもつマー君とかがいる。みんな優しくていい人たちだ。話したことないけど。
午前中に労働奉仕を終えたら昼食を採って、いよいよ自己啓発カリキュラムを受けに行く。
啓発室に入ると部屋一面に並んだソファに受刑者たちが水揚げされた魚のように寝そべっている。
みんな一様に頭を埋めているのは、アイマスクとヘッドセットが一緒になった啓発マシン。僕も先人に習ってそれを被る。
『みなさーん、おねえさんとのやくそくをまもっていいこにしてたかなー?』
「はーい」
『えーっときみは、収監番号59884……しんせいどうていくんだねーっ?』
「まさがみちのりです」
『あそう。まあどうてい君でいいや。間違ってないでしょ?ねえ、見るからに幸薄そうな顔してるもんねーっ?』
「いや、あの、その、」
『それでどうていくんはなんで生きてるのかなーっ?なんでまだ生きてるのかなーっ?
さんざん罪の無い人死なせといて申し訳無くない?おねえさんなら間違いなく今この場で舌噛み切って死ぬけどー』
「……すいませんでした」
泣きそうになった。
『えーなに?聞こえない。道程君さあ、今いくつ?22っしょ。周りの同年代の子たちはそろそろ就職も決まって順風満帆かな?
それにくらべてこんなところで泣きそうな顔してる犯罪者は何なんだろうねえ。そういえば道程君、大学は?』
「その、中退、しまして……」
『へえっ。そりゃまたなんでー?』
「……理由とか、聞いてくれるんですか?」
『まあ、啓発の一環としてはね。おねえさん的にすっげえどうでもいいんだけど、患者のバックボーンは知っとかないと』
「じゃあ話しますんで聞いてください」
『やだ』
「あれえーっ!?」
『よく考えたらどうでも良すぎて死にたくなるほどどうでも良いわ。マジどうでも良いすげーどうでも良い』
「おねえさんボキャブラリー少なくねえ?」
『マジ殺したくなるほどどうでも良い』
「ああっ、殺意がこっちに!ちょっ、ちゃんと啓発してくださいよ!地の文まで『僕』に変えて洗脳済みっぽい描写してたのに!」
『おねえさんさあ、ぶっちゃけ犯罪者の自分語りとかどうでもいいわけ。たかだか不幸なぐらいで犯罪に走るわけがないでしょ。
人を犯罪に駆り立てるのは一時の迷いと鬱屈した精神よ。そういう連中の性根をたたき直すのがこのカリキュラムなわけ』
反論できなかった。よくよく考えたら俺には主体性というものがなかった。
降って湧いた能力に流されるようにして鉄火場を経験し、結果流されてここにいる。
俺の意志ってどこ行った?
『大体、童貞君なんで自分がここに収監されてるかもわかってないでしょ』
「え、そりゃだって、犯罪を犯したからじゃないスか?」
『もう一度自分の罪を思い出してみなさいな。不法侵入と公務執行妨害、両方共現行法では懲役刑が課されない罪なのよ。
異能力取り扱い責任法も保護観察と一定期間の社会奉仕でおつとめ終了。とどのつまり、アンタがここにいる理由がないの』
「でも、人がいっぱい死んだって、」
『そうねえ、アンタが矯正所に乗り込んだせいで結果的に人死にがでたのは事実ね。でも童貞君、人を殺してないでしょう?
『少なくとも法的には』……監視カメラに記録があるから、警察もアンタの殺人罪を立証できなかったみたいだし』
「…………」
『どうして判例も量刑も無視して刑期も決まらないまま投獄されたんでしょーねえ』
「……世論か」
『そ。世間的にはさ、あれだけ人死に出しといて犯人がヒーローでもない無職に討たれましたじゃ格好つかないわけよ。
しかたがないから『現場に急行しヴィランを制圧、しかるのち投獄』っていう結果だけを求めたのね』
すなわち俺は、言わばひとつのスケープゴートなのだ。
矯正所大虐殺の実行犯はレギン=サマイドちゃんその人であるが、それを実質討った俺はヒーローじゃあない。
そこには単に、『仲間割れして片方だけ生き残ったヴィラン』だけが存在するという構図なのだから。
でも、それで俺はいいと思う。
「俺のせいで人が死んだのは事実ですからね」
決まった。超かっこいい発言だったと自負してる。
が、おねえさんから返って来たのは気だるい嘆息と心底馬鹿にしたような声音。
『そーいうことを言ってるんじゃなくてさあ、童貞君。誰がアンタの罪の可否を問うたのよ?
いい?おねえさんが言いたいのはね、『それだけアンタが世間から注目されてる』ってことよ。非常にデリケートな存在なわけ』
「だったらもうちょっと優しくして下さいよお」
『あー、んー、――死んでみるのも選択肢の一つだと思うよ?』
「おお!言い方が優しくなった!」
『おっと、そろそろカウンセリング終了ね。まあ、そのうち嗅ぎつけたマスコミとかが取材面会にくるかもだけど、
消されたくなかったら余計な発言は慎みなさいな。それじゃ、ばっははーいまた来週ーっ!』
最後まであっけらかんと不穏な言葉を放ちながら、啓発カリキュラムのお姉さんは回線を閉じた。
頭を押さえつけていたヘッドセットが開放され、眼球が再び外気と邂逅する。
見回せば周りの受刑者たちもみなソファから身を起こしていた。怠そうに頭を回している奴や、穢れを知らない眼をした奴もいる。
ここは『啓発室』。
人格破壊のカウンセリングを通して、徹底的に性根を叩き潰される場所だ。
俺の担当のおねえさんは手心を加えてくれているのかはたまたそういう手順なのか、未だ俺は俺を保てているが。
そしておねえさんの忠告通り、日を待たずして俺に面会者が訪れた。
【ケース1:秤乃光の場合】
おお、秤乃光っていうのか白ゴスちゃん。面会届にそう書いてあったけど、本名なんだろうか。
面会室の分厚いアクリルの向こうで伏し目がちに座る少女は、在りし日の矯正所で敵として戦った白ゴス。
見るからに黒ゴスと双子設定ついてそうだし、となると黒ゴスは秤乃なんちゃらちゃんか。
>「真性道程さん……で間違いありませんよね」
鎮火した炭のような、存在そのものが消え入りそうな線の細さ。
だけれどその面影はやはり、黒ゴスを彷彿とさせる。俺はこの娘を恨んじゃいないがそれでも、
>「……その節は、どうも」
『その節』について思い出してしまうので、あんまり精神の余裕のないときに見たい顔ではなかった。
これって俺、辛く当たったり追い返したりしてもバチはあたらねえよな。どうなんだろ。流石に被害者面はアレか。
それにしてもこの娘もずいぶんとしおらしくなっちゃってまあ。眼にハイライト戻ってるし、やっぱあれは正気じゃなかったのか。
>「……手短に説明しますね」
白ゴスちゃんが説明した内容は以下だ。
引用がめんどいから箇条書きでいくぜ!
・俺たちがあの日矯正所から逃がしたヴィラン達はまだこの都市をうろうろしてること
・その理由に、異能者大量発生に伴なうヒーローの増加、及びその組織による都市の封鎖があること
・ヒーロー組織は事態に収拾をつけるためにこの街ごとヴィランを消滅させようとしていること
・マジヤバいからさっさと逃げたほうがいいこと
>「……逃げて下さい。この都市から抜け出すのはとても難しいと思いますけど……あなたなら出来る筈です。
お姉ちゃんが見込んだ人だから。お姉ちゃんが助けた人だから……私は、あなたにこんな所で死んで欲しくないんです」
今の白ゴスは姉である黒ゴスの遺志で動いているに等しい。
だから、俺に忠告しにきた。場合によっては命を助けることも厭わずに、ここへやってきた。
ここで彼女の手を取れば、俺はどうにかこの街から逃げおおせるだろう。
幸い家族も知人もこの街にはいないし、なんの後ろ髪も惹かれることなく俺は脱出を成功させられる。
「……帰れよ」
願い下げだった。
「俺はヴィランだぞ、この街の裏側でヒーローのそんな陰謀があるなんて聞いて、
――逃げ出したら嘘だろ。立ち向かわなきゃ嘘だろ。黒ゴスの遺志ならなおさらだ」
にしても最近のヒーローは節操がなくなってきたな。無理もないか。
俺は外の状況がわからないからなんとも言えないが、本当にそんな計画が進行しているなら疎開が始まっててもおかしくない。
下手したら、日を待たずこの街は異能者だけが徘徊するゴーストタウンになるぞ。
「とりあえず情報をありがとうよ。だが俺は逃げないぜ、大悪党へのステップ4だ。黒ゴスもきっと、そう言うだろうから」
白ゴスはしばらく口をもごもごさせたあと、静かに面会室を去った。
そういうとこまで姉にそっくりで、俺も少し泣きたくなった。
【ケース2:其辺忠年の場合】
そのべただとしって読むの?これ。面会届ってよみがな書いてくれないからなあ。
そんなわけで白ゴスと入れ違うように現れた男は、角刈り頭の端っこに大きなサンマ傷が付いた超強面。
高い鼻の上に乗った丸メガネは、その野暮ったさでその奥で光る双眸の剣呑さを覆い隠しているような。
掴み所のないようで、その実突起が360°全てに傷を加えんとしているような、そんな印象を与える男だった、
「……矯正所を潰したヴィランというのは君で間違いないか?道程君」
「外でどういう風に伝わってるんだ俺のこと」
「ああ、問題ない。君の詳細な情報については報道規制がかかっているからな。これっきりにしたいが、裏ルートを使った」
「じゃあその裏ルートってのも知れたもんだな。思いっきり伝言ゲームの弊害受けてるじゃねえか」
正味なところ、矯正所を実質的にぶっ壊したのはレギンなのだから。買い被ってもらっちゃ困るぜ!
「過程は然程重要ではないさ。『あの場で最後まで生き残ったヴィラン』であるという事実が肝要なのだからな。
――申し遅れたが、当方は其辺忠年。"あの晩"にブラックダイヤモンドの天恵を受けた一人だ」
"あの晩"。すなわち黒ゴスがダイヤを降らせた日。あの日を境にこの街に異能者が急増したが、こいつもその手合いか。
その割に心を飲まれた気配がない。往々にしてブラックダイヤを得た者で、ダイヤに支配された者がヴィランとして
この街を闊歩するのが今のとこパターンになってるが、こいつは『克服した者』――ヒーローになってる公算が高い。
「そんな御仁が何の用だよ?俺ちゃん罪を償う作業に忙しいのだけど」
「うむ。率直に言おう――君を我らが組織にスカウトしに来た」
「断る」
即答した。
「そうか。じゃあご縁がなかったってことで」
向こうも即答だった。
「あれ!?ちょ、ちょっと待った!ストップ!うそです!もうちょっとお話訊かせてくれてもいいんじゃない!?」
立ち上がりかけていた其辺は眼光だけで鉄板焼きが作れそうな視線で俺を焼きながら、しかし静かに着席した。
あぶねー。ノリで断ってノリで引き止めちまったけど、俺こいつが何なのか未ださっぱりわかってないんだよな。
こういうのって最初断って粘って説得みたいな流れじゃねえのかよ。三顧の礼とかさあ!
「何が聞きたい?」
「えっと、お仕事の方は何をされているんで……?」
なんかお見合いみたくなってるぞ。
「特に何も」
「さいですか……」
無職かよ。一気に親近感湧いたなこのおっさん。
職業訊かれてヒーローと答えないところを見るに、素顔隠す系の手合いか?いやそれだとすっぴんでこんなところ来るわけないか。
「そのスカウト……ってのは、一体何の組織に?あんた一体何をしようってんだ?」
「ブラックダイヤが降った夜から、この街に異能者が増えているのは知っているな?
そしてその大多数が、『ヴィランでもヒーローでもない』中間層であることも。双方どちらの天秤にも傾かない連中だ。
この浮遊票とも言うべき異能者が大多数を占めているおかげで、未だこの街のパワーバランスは均衡を保っている」
つまりはこういうことだった。
己の在り方に迷った者達、浮遊票の異能者達を掌握すれば、この街の善悪の天秤を握るに等しいということ。
悪側に傾かせて街の防衛ラインを突破し、一気呵成に世界を混沌に陥れることも、その逆だって可能だ。
「なるほど、あんたはその『実権』を握って、政府だか警察だかにビジネスの話でも持ちかけようってか。
浮遊票の天秤をどっちに傾かせるかの『権利』は、それはそれは高く売れるだろうな」
俺の推論に、其辺はしかし頷かなかった。
「『実権』は当方が使う。急増した能力者達……世間では『粗製濫造《ゴールドラッシュ》』と呼ばれている彼らを纏め上げれば、
この街のどんなヴィランのもヒーローにも数の力で負けない戦闘組織が作れるだろう。彼らは迷っている。
突如降って湧いた能力に、それを行使できる己の有り様に。そんなとき、真に必要なのは確固たる思想を持った先導者だ」
期せずして手に入れた力というのは、得てして誰もが持て余すものだ。
誰だって突然拳銃を渡され自由に使って良いと言われて、いきなりそれで人を殺す奴はいないだろう。
逆に言えば、『誰かを傷つけることに使う意志のある者』が本当に力を持ったとき、それがヒーローやヴィランと呼ばれるのだ。
「この街には現在、振り上げた拳の下ろし場所に困っている『粗製濫造』が多く存在している。
当方がやろうとしているのは、そんな彼らに納得のいく『敵』を与えてやることだ。無論仮想のそれではなく、実在する敵を」
「それってつまり、あんたは、」
「ああ。――テロリストだ。いや、『革命の志士』と呼称すべきだろうか。世界の腐敗はどうしようもないところまできている。
景気悪化、犯罪急増、止まない汚職、足を引っ張りあうだけの為政者たち……『ヒーローにできない世直し』をしたいのだ」
「んな、中学生の妄想する理想論じゃあるまいし……」
「浅いな道程君。理想論が理想論の域を出ないのは、それを唱える者に力がないからだ。
自分からは何もせずただ理屈をこね回す連中の轍を、当方は実を伴った力で踏む。理想論を現実にする時は来たれり!」
なるほど筋は通っていた。『犯罪者全員死刑にしろ』とか、『汚職政治家全部暗殺したら世の中よくなるんじゃね?』みたいな、
中学生が友人と議論したりネットに書き込んだりするような稚拙な理想論を、この男は実践しようというのだ。
『世の中を良くしてやる』なんて言ったところで、実際の障害は大きい。
本当に世の中を良くできるような力のある者は、そもそも世の中が悪いと思うほど困窮した暮らしをしていないからだ。
だが、『粗製濫造』は違う。『世の中が悪い』と常日頃から考える庶民が異能を得たのだから、原動力は十分だ。
「その為に君の力が必要なのだ道程君。真実はどうあれ君は今、裏社会のスーパースターだ。
士気上昇のためのプロパガンダとしてこれほど優良な人材もいまい。君には我が組織の広告塔として活躍してもらいたいのだ。
こう言うと客寄せパンダのように聞こえるかもしれないが、これは君にしかできないことで、当方は君を欲している。さあ――」
其辺は両腕を広げてアクリル越しに俺を誘う。
「――世界とか、変えてみたいと思わないか?」
その仕草に、言葉に、表情に。妙な引力があった。魔力があった。魅力があった。
「……それって、俺に傀儡になれってことかよ」
「指揮も運営も当方がやるさ。君はあくまで当方の傍に立ってときどき素敵台詞を吐いていれば良い」
等身大POPと何が違うんだそれ。
「不満か?」
其辺はすっと俺を見る。眼鏡・空気・アクリルの三層を透過して、その視線は俺の意識を貫いた。
「強制するつもりはないがな。君がいればことが進みやすいというだけの話だ」
「もう一声!」
「頼む協力してくれ」
「よし任せろ!!」
協力することになった。俺は勢い良く立ち上がり、監査員が慌てて俺を抑えつける。
こいつら今まで俺たちが何話してたのか分からなかったのか?其辺の能力だろうか。
「脱獄に手助けは?」
「いらねえ」
両手を戒める異能抑制手錠。
異能を打ち消す効力を持つこれを無力化するのは結構簡単だ。抑制限界を超えた出力があれば良い。
そして、それを目指した時の努力も単純だ。『限界を越える努力をすればいい』だけなのだから。
「ここの連中は、手足に錘つけて動けなくしたつもりになってるようなもんだよ。
それを逆手にとって能力を鍛えることだってできるんだぜッ――!!」
パギン、と硬い音がして、手錠が自壊した。精密機械の成れの果てが床で乾いた音を立てた時には、俺は自由になっていた。
「お前ッ!」
監査員が警棒を抜く。俺は避けずに殴られた。地面に倒れ伏す俺。動かない俺。駆け寄る監査員。息をしてない俺。
呼ばれてやってくる医師。頚動脈に手を当てて首を振る医師。責任を問われて拳骨を頭に可愛く舌を出す監査員。
フルボッコにされる監査員。唖然として見ている其辺。その隣に、俺は静かに立った。
「待たせたな」
「……おや道程君。ではあそこで床に伏し死亡確認された道程君は一体?」
「『パラダイムシフト』――殴られた瞬間に床材でもう一人の俺を作った。さあ帰ろうぜ堂々と」
刑務所全体を揺るがすような騒ぎの中、俺たちはわりかし堂々と正面玄関からその場を去った。
監視カメラには俺が暴動して正当防衛されたように見えるだろうから、あの監査員が罪に問われることはないだろう。
件の『組織』は、まだ名前も決まっていなかった。
其辺と俺、たった二人から始まった世直しの行道は、今日ここからが本編だ。
名前:真性道程 (まさが みちのり)
職業:服役者(脱獄中)
勢力:悪
性別:男
年齢:22
身長:175cm
体重:57cm
性格:小悪党
外見:そこら辺にいるような無職。でも眼は綺麗
外見2:喪服。
特殊能力:『フラスコの中の神様《パラダイムボトル》』
物体を自在に透過・浸透し、浸透した領域に望んだ事象を励起する流動状の思念体"神様"を生み出す能力
ただし生み出し・操作できる"神様"の体積は500mlのペットボトル二本と同量であり、動かす速度もシャボン玉のように遅く不安定
1リットルの範囲内ならばいくらでも分割して別個操作や細く引き伸ばして動かしたりできるが精密性は反比例していく
何か物体を作り出す場合は別途材料になる物が必要
『写身の中の神様《パラダイムシフト》』
あらゆる異能の原型である"神様"に指向性を与え、他者の異能を再現する。
再現するのは異能力に限らず、物体の複製から現象の再現まで可能
ただし再現するにはその事象・異能を詳しく知っている必要があり、一度見ただけでコピーすることは不可能
備考:常日頃から平々凡々よりちょっと下の階級を生きてきた非リア充
異能者収容施設『矯正所』を壊滅させた事件の張本人。現行犯で逮捕され実刑を喰らった。
とある少女をヴィランの師として仰いでいたが件の事件で彼女を亡くしている
んで本編。
其辺によって案内されて来た本拠地は、街の風景に溶けこむ普通の駅前雑居ビルだった。
もともとはとあるヴィラン組織のアジトだったらしいが、其辺が『貰い受けた』らしい。
そのヴィラン組織が今どこで何をしているのか定かじゃないが、つくづく只者じゃないなこいつ。
「これを渡しておこう」
本拠のソファに腰掛けて茶が出てくるのを待っていると、差し出されたのは湯のみではなく何かの包み。
茶菓子かな?と思ってやたらずっしりと思いそれを開封してみれば、出てきたのは
「拳銃じゃん」
「左様。君の戦闘能力の如何は知らないが、丸腰で武装勢力の幹部というのも格好がつくまいと思ってな」
削り出しのような無骨で長大な銃身、銀に鈍く輝く回転式の弾倉、握れるか不安になるぐらいデカいグリップ。
ゴツい銃だった。これまで自動小銃とショットガンは扱ったことがあるが、それらと遜色ない威圧感。
大口径のようだし、実用性よりもマジに示威用のお飾り銃と思っといた方がいいなこりゃ。
「本当はオートマチックが良かったんだがな。マフィアやヴィランの裏ルートを極力頼らないように揃えるとなると、
構造が単純なリボルバーを部品ごとに個人輸入して組み立てるしかなかったのだ。奪おうにも最近のヴィランは銃を使わないしな」
「まあ、異能があるのに銃使う奴もいねえか……」
拳銃と弾薬をいくつか受け取り、まさか腰に吊って街を歩くわけにもいかないので斜めがけの鞄に放り込んでおく。
「んで、異能者集めるアテとかはあんの?」
「そうだな、いくつか候補を考えてみたが、ビラ撒くのが一番手っ取り早く大々的じゃないか」
茶を飲んでもいないのに吹き出しそうになった。
「ビラぁ?んなもん駅前で配るのかよ。よろしくどうもってか。そりゃなんつうか、格好つかなくねえ?」
「革命起こすのに手段なぞ選べるか。と言うわけで早速100部ほど刷ってみたんで駅前で配ろう。
当方は西口、君は東口で各自50部ずつ捌く。なに、石を投げれば異能者に当たるような時代だ。少なからず効果はあるだろう」
マジかよ。
言われるがままに俺はビラを押し付けられて本拠地を飛び出した。
アジトのある雑居ビルは駅西口の向かいなので行くのにそんなに時間はかからないが、あの野郎。楽な方選びやがった。
俺の担当である東口までは、都市の基幹駅の広大な構内を突っ切らなきゃなのだ。
ああでもこういうの久しぶりだ。この喧騒。この人ごみ。この空気。この臭い。ああ、腹へった。
「はっはー久々のシャバだぜ!空気が美味いなあ!!」
実を言うとそうでもないんだけどな。人口密度少ない刑務所のが空気は美味しいに決まってる。最近は衛生環境も良いし。
しかしながらシャバの美味しい空気だけ食ってても腹は膨れないので、キオスクでパンとコーラ買って遅めの昼食にした。
東口についたら、ティッシュ配りのお姉ちゃんと並んで本格始動だ。
「よろしくおねがいしまーす。あ、どうもこういうの興味ないですか?あ、違うんです宗教とかそういうんじゃなくて、」
そういえばまだビラの内容読んでなかったな。
滑らかな動作で俺から通行人へサーヴされる紙切れには、こう書いてあった。
* * * * * *
【PR】スタッフ急募! アナタの異能で世界を変えるだけの簡単なお仕事です★
募集人数:多数名
募集要件:『粗製濫造《ゴールドラッシュ》』で異能を得た方 又はそれ以外の経緯で異能を持つ方
応募条件・資格:
・異能力者であること
・この世界に理不尽な生き方を強いられていること
・革命に対して強く関心を持っていること
・無職
上記のいずれかの条件を満たしていることが最低限採用資格となります
☆戦闘系異能力者を優先的に採用させていただきます
☆非戦闘系の方も応相談
待遇:勤務時間裁量制・社会保障有り・武器貸与
給与:成果給
勤務内容:テロ活動実働・革命支援
勤務時間:フレックスタイム導入済。裁量範囲内でお好きな時間に働けます★
休日:応相談
勤務地:都市駅向かい○○第一総合ビル3F(交通費支給)
応募方法:実地にて面接を行ないますので直接お越しになるか代表取締役其辺(XXX-XXXX-XXXX)まで
独立革命団体『フラタニティ』
* * * * * * *
「あいつこれ真面目にやってんのか……?」
口コミに期待するしかないということだけは、紙面から切実に伝わってきた。
【世直し組織『フラタニティ』への参加募集。能力の使い道に迷う方は是非是非ご参加ください】
「へぇ、こんなものがあるんだ」
>>25 おそらくビラだろうか。
地面に捨てられ、それは泥と煤で汚れていた。
白い服を着た青年は、それを手にしてしばらくの間見つめ続けた。
数分が経ち、青年は無表情でその紙を無造作にポケットへしまう。
「世直しか。でも、本当にそんな事が出来るのかな?」
道行く人、人が自分を見ない。
誰も、自分を見てくれない。青年はこの街にいる人達がまるで人形のように見えた。
自分とは住む世界が違う、厚いガラスの壁で遮られたモノのように。
青年は、裏通りを抜け商店街がある通りに面した場所で1人の強盗を見つける。
どうやら、盗みを働いた強盗犯がここまで逃げてきたようだ。
「君、どうしたの?」
青年は足が縺れて動けない強盗を見下ろす。
強盗犯が銃を向けた瞬間、青年はそれを超えるスピードで犯人の腕を
斬り落とした。
絶叫する犯人を尻目に、青年は白い仮面の戦士へと変貌していた。
地面を這い蹲り、何とか逃げようとする犯人の腹部に鋭い爪が打ち立てられたのが
それから数秒も経たない内であった……
「少し、血が匂うかも。気分を変えたいな。」
青年は公園の洗面所で血に塗れた手を洗いながら、
静かに呟いた。
「そうだ、カレーでも食べに行こうかな。お腹、減ったし。」
【カレー屋】
「すいません、カレー下さい」
【八代の下宿先へ向かう】
名前:素人 英雄(すびと ひでお)
職業:派遣社員
勢力:ヒーロー
性別:男
年齢:22
身長:175
体重:57
性格:善意の人間。どちらかというと草食系男子
外見:ボサボサのおかっぱ頭、白黒のフリース
外見2:純白のボディスーツ、黄色の複眼と2本の角(仮面ライダー系の見た目)
特殊能力:両腕に供えられた隠し武器(巨大な爪)、フリーズ
備考:派遣社員の青年。最下層の人間である事を自覚しながらも
自分は誰からも好かれるヒーローであるという妄想を抱き現実逃避をしている。
度々、犯罪者を血祭りに上げ「綺麗な世界の実現」の実行を行っている。
トリッシュは、自らの死を乗り越えアイアンメイデンとして蘇った
彼女はアイアンメイデンも自分だと言い量産を拒んだ。一体を除いてな
だが、量産しないのにはもっと重大な理由がある
それは、彼女が同じ過ちを犯さない為の防止策とも言える…
だが、不知火重工…貴様たちは違う
罪を背負ったのでもなければ、信念も無く、自分を犠牲にする訳でもない
ただ競争の為にアーマーを作り、量産した
…実に愚かしい。
どこぞの一室で1人語りをする男の目の前にあるのは
ハイメタルボーガーの設計図とメタトルーパーのシステムプログラムがあった。
嘆くがいい…自分たちの愚かさをな
強盗犯のリーダーと思しき男が、バスタードの手を取った。
バスタードは男の手を強く握り返し、引いて起こす。
(よし……やれるもんならやってみろ。異能の気配を感じた瞬間に出端を挫いてやるさ)
どんな強大な力にも、発生する瞬間と言うものがある。
即ちゼロから一へ。無から有へシフトする瞬間が。
そこを叩き潰せば、如何なる異能であろうと無力化が可能だ。
あらゆる属性を操るバスタードならば相手の異能がどんな物であろうと、それが出来る。
>「死にさらせ強盗野郎がぁああああああああああああああ!!!」
(この野郎!タイミング合わせたのはいいけど何だってこうも粗暴なんだよやり難い!)
けれどもそれは、彼が正常な状態ならばだ。
猪狩の暴挙に、バスタードは驚愕を禁じ得ない。
縁間ほどでは無いが、人の死を目の当たりにして心臓も跳ね上がる。表情も強張る。
更には縁間が猪狩の暴虐に怒り、サイカが彼女を宥めに掛かる。
突っ込み所満載だ。
>「オメーらは天文学的数字のボケかぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!
>状況を把握する能力もねーのかッ!ヒーローのテンプレ読み直せバカッ!」
「その通り過ぎてフォロー出来ないじゃないかこのバカ共め!
マジギレしてる嬢ちゃんは怖いからほっとくけどそこの虫けら野郎は状況以前に空気を読め!」
思わず強盗犯のリーダーに便乗してバスタードは叫び――リーダーとふと目が合った。
何処となく気まずい沈黙が流れ、
「って……んな事言ってる場合じゃないんだよ!」
慌てて彼は繋いだままの手に異能を呼び起こす。
(クソッ!一手遅れた……!)
バスタードの肩に、小型とは言え爆弾が設置される。
緊張から真一文字に結ばれた唇の奥で、歯が軋む。
彼の異能は兎にも角にも出力が低い。
だからこそ、出端を挫く事で相手の異能を牽制するのだ。
真っ向からぶつけ合っては、到底勝ち目がない故に。
(死にはしないだろうが……こんなモン喰らったら僕の正体に足がつく!その前に……!)
世の中には腕の切り傷から悪党に正体を悟られたヒーローもいるくらいだ。
異能の爆発を喰らって負った手傷は、到底隠し切れる規模ではないだろう。
正体が露呈すれば、自分の周囲にまで被害が及ぶ可能性が産声を上げる。
それでは、本末転倒なのだ。
(ぶっちゃけバイク便に掠められたって言い訳はどうかと思ったけどね!とにかく喰らえッ!)
爆弾が起爆されるに先んじて、バスタードは電撃を繰り出した。
リーダーの身体が弾けるように跳ねる。
しかし――
(……足りてないッ!)
体内を電流電圧の獣に蹂躙されながらも、リーダーは意識を保っていた。
額に脂汗を浮かべた彼の不敵な眼光が、バスタードに突き刺さる。
「耐えた……ぞ……!戦いを制するのは……俺だッ!このままお前を起爆し、
人質達も吹き飛ばしてやるッ!なぁに、殺しはしねー!吹っ飛ばすのは『半分』だけで『半殺し』だッ!」
破れかぶれで人質を殺してしまうよりもその方が、ヒーロー達に救命救助を強いて足止め出来る。
人質を度外視している猪狩は幸いにも縁間と揉めており、その隙に離脱は可能だ。
と言うよりしなければ死ぬだけである。
そして然る後に残したもう『半分』と『切り札』を最高出力で起爆すれば――彼はまんまと逃げ果せた上で、後始末が完了する。
「つまり俺の勝ちだッ!さあ押すぜッ!『今だ』ッ!」
スイッチを模して右拳から立てた親指に、力が篭る。
バスタードはまだ水の属性も雷の属性も使えない。
何とか殴り倒そうと左拳を土の属性で固め振り被るが――遅い。
致命的なまでに『一手』、遅れている。
勝利を確信した笑みをリーダーが浮かべ、
>「たぁぁぁぁぁああっ!!」
何やらよく分からない激しい光と音を伴なう蹴りによって。
彼の笑顔はバスタードの視界の外へと弾き出されていった。
リーダーは壁で強かに頭を打ち、同時にバスタードや人質の爆弾が消失する。
と言う事は
「……随分締まんない終わり方だけど、まあ一応一件落着……かな?」
とは、ならない。
表面上は冷静に呟いたが、彼の唯一にして最大の目的はまだ達成されていないのだ。
つまり、友人の救出は。
「……一件落着じゃねえよ」
「あん?」
口元に右手を当てて思案面のバスタードに声が投げられた。
怨嗟に染まった、恨みがましい音声だ。
「何が目立ちたがり屋だよ!まんまと犯人に騙されやがってよ!他のヒーローがいなきゃ俺達皆死んでたじゃねえか!」
罵声が続く。
バスタードの弄した策を、人質達は知らない。
ならば彼らにとってバスタードは、「まんまと強盗犯の策に嵌り、自分達の命を危険に晒したろくでなし」でしか無いのだ。
「……だから?誰にだって間違いはあるし結果オーライって言葉もある。
そもそもどっちにしろ僕がいなかったら君らは一手遅れで起爆されてたんだぜ?
ありがたく感謝して僕の英雄譚を膾炙すべきじゃないのかい?」
「……ッ! 誰がそんな事ッ!」
そして彼は――伊達一樹はそれをどうでもいいと思っていた。
彼の目的はあくまでも自分に近しい人間を守る事だけであり、ヒーローとしての名誉など興味がないのだ。
むしろ有名になり正体を探られるようになってしまったらと考えれば、知名度は不要な物でさえある。
「ま、そう言う訳だからさ。君らは黙ってればいいのさ。どうせ何も出来ないならね。
……あぁそうそう、黙っていろってのは君らも同じだぜ。余計な事を言ってみろ?承知しないぞ」
後者の「君ら」とは、この場にいるヒーロー各位の事だ。
特に縁間やサイカは余計な事を言いそうだ。
鋭い視線を向けて、念を押す。
(さて……そんな事より問題はアイツだ。人質の中にいなかったとなると……)
再び顎に手を運び、バスタードは思案を始める。
「……ク、クク。何だぁ?もうめでたしめでたしの漫談タイムか?えぇ?
甘ぇんだよ。悪いが俺にはまだ『切り札』があるんだよ。とっておきの爆弾がな」
直後に、いつの間に目覚めていたのやらリーダーが不遜な声を発した。
「……こう言う事だよなぁ」
「あぁ?」
「いいや別に。どうせそのとっておきは隔離してある人質の一人に設置されていて、
君が起爆する他にも死んだりしても爆発してしかも超高威力とか言うんだろ。
で、君はそれを盾に逃走するって寸法だ。下手に手出しすれば今度は僕らまで死にかねないから、
僕らは君が外道な真似をすると分かっていながらも逃すしかない……と。大方そんなところだろう?」
「俺のセリフをことごとく取りやがったな。でもまあ、ご明察だ」
「僕が君ならそうするからね。……ところで、さっきまで君は気絶していたけど今んとこ僕らは生きてる。
つまり君のとっておきは君が気絶しても爆発する事はない……って事で間違いないのかな?」
「あぁ、だがそれがどうしたってんだ?そんな事をしても爆弾は解除されねえ。所詮問題を先送りするだけの時間稼ぎ……」
「そうとも。時間が稼げりゃそれでいいんだ」
言うや否や、バスタードは間髪入れずリーダーの腹部に拳を叩き込む。
雷に加え、水の属性で意識そのものを沈静化する一撃だ。
小刻みに痙攣した後、リーダーは糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「お、おい!そんな事したら!」
元人質の一人が、焦燥の滲んだ声を張り上げた。
「問題ないさ。なにせコイツにとって『切り札』は本当に最後の手段だ。
使っちまったら今度こそヒーローから逃れる手はないし、
それどころか大量虐殺の重罪が漏れなく付いてくる。そもそも今この場で起爆したらコイツ自身もヤバそうだし」
つまり、
「コイツが自分を「僕らが逃さなければならない」よう仕向けたように、
僕だって「コイツが爆弾を爆破出来ない」状況を作ってやったまでさ」」
余裕の表情と音律で、バスタードは説明する。
だが、元人質の表情は未だ優れないままだった。
「……それは、悪党のやり口じゃないか」
「へえ、じゃあ正々堂々コイツを逃がしてやればよかったって言うのかい?」
元人質は納得はしなかったようだが、それでも反論の切り口を失い押し黙った。
改めてバスタードはリーダーのとっておき、即ち自分の友人を探しに掛かる。
他のヒーロー達は、今となっては特に協力を仰ぐ理由もない為気に掛けていない。
銀行内を歩き回り始めてから暫くもしない内に、バスタードは友人を見つけた。
縛り上げられて金庫室に放置された友人を。
背中には明らかにこれまでとは規格の異なる巨大な爆弾がのしかかっている。
友人が苦しげな表情をしている所を見るに、どうやら重量があるようだ。
苦悶の面持ちだった彼はようやく現れた人影に、
「おいおい、折角ヒーローが来てやったんだ。もうちょっと嬉しそうな顔をしたらどうだい?」
――しかし希望の色を浮かべる事は無かった。
「……ヒーロー、か。……なぁ、頼みがあるんだ」
「……なんだい?」
暗澹たる表情のまま持ち掛けられた提案からは、不安しか滲まない。
目深く被られた帽子の内側で、バスタードの僧帽を細まる。
「俺をさ、どっか遠くまで連れてって欲しいんだよね」
「へえ、僕に惚れ込んだかい?君が女の子だったら検討したんだけどね」
「ねーよ。……背中のコレ、見えるだろ?ちょっと弄ろうものならドカン、だとさ」
友人の顔へ定められていたバスタードの視線が、彼の背の爆弾に推移する。
目に優しくない煌々とした光が、様々な色彩で点滅していた。
難解なパズルを彷彿とさせる光が。
「……なるほどね。随分と殊勝な決断をしたものじゃないか。君ぐらいの年頃だ。
まだしたい事も沢山あるだろうに。……それに悲しむ人だっているんじゃないか?家族や……友人とか」
「あるに決まってるじゃないか。会いたい奴だって、沢山いる」
なら何故諦めるのかと、バスタードは問う。
「そりゃあ、さ。もしこの爆弾が爆発して、俺の会いたい奴が巻き添えになったりしたら……嫌だろ?」
強がりである事が丸見えの笑みと共に返された友人の答えに、彼は一瞬押し黙る。
「……うん、やっぱり君を助けに来てよかったよ」
そして誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。
瞳を和らげ、口端をささやかに吊り上げる。
しかくしてバスタードは口を開き、制服のポケットに右手を忍ばせ、語り出す。
「……爆弾解体の手段ってのは多々あるよね。作る側がいて、バラす側がいるんだから、当然だ」
およそ現状を理解出来ていないのかと問いたくなるような、口上を。
「赤のコードか、青のコードか、どっちなんだ!なんてのはもうアナクロだ。
最近は液体窒素で瞬間冷却で爆発させないってのが常套手段らしいけど、それも最近じゃマズいとか。
じゃあ最新の解体方法って、どんな手段だと思う?」
返答はある筈もない。
「吹っ飛ばすのさ。水を使ってね」
事も無げに、バスタードは自答する。
友人の呆然とした顔を見て、笑みが微かに色濃く化けた。
「おいおいそんな顔するなよ。瞬間冷却と根本的な所は同じなんだぜ。
要するに……爆弾の構造がどれだけ難解で、爆薬がどれだけ強力だろうと。
爆発する前に電気回路を駄目にしてやれば、爆発は出来ない。
だから超高圧の水を使って一瞬で爆弾をバラバラにしてやるのさ。そう、丁度……」
ポケットに潜らせていた右手を抜き、バスタードは爆弾へと右手を翳した。
コーラ瓶を模したキーホルダーが中指に掛けられて、手の平の前で揺れている。
刹那、水の奔流が迸った。
「こんな具合にね」
バスタードがそう言った時には既に、友人の背にあった爆弾は影も形も無かった。
正しく一瞬の内に消滅させられたのだ。
それを可能としたのは、彼が中指に掛けている小瓶のキーホルダーだ。
彼の『一握りの宇宙』は低出力だが、何かに宿す事が出来る。
丁度彼が正体を隠すべく、学生帽に風の属性を蓄積させているように。
「ま、言わば僕のとっておき。……『切り札』って奴さ」
彼は小瓶に貯蓄していた水の属性を全て解放する事で、爆弾を瞬時に鎮静――消滅させたのだった。
「さて、それじゃあ僕はこれでおさらばしようかな」
僅かに浮いた帽子を被り直し、バスタードは身を翻す。
後の事は警察にでも、他のヒーローにでも任せればいい。
彼は静かに裏口から銀行を後にした。
【なげー!スイマセン!友人の件とか回収しなきゃと思いつつも長引かせる訳にもいかなかったんで一人で終えてしまいました。
ともあれバスタード撤収→このまま何もなければ明日へ】
警察演習場
不知火重工によって早朝の内に準備が完了した演習場に、アイアンジョーカーが到着する
いよいよ不知火重工のプレゼンが始まろうとしていた
「例の、ハイメタルボーガーは?」
警察側の代表として、市長以外に雄一この場に呼ばれた警察の重役が、挨拶した武中に尋ねると、彼は演習場の入口を指差す
全員の視線がそちらへ向くと、バイクを駆り、演習場へと入ってくるハイメタルボーガーの姿があった
「トレーラーは必要としないのかね?」
「はい、新型はデータ収集の効率をよくし、なおかつ長期間の作戦行動を想定し、整備無しで30日間の連続稼動が可能です」
なるほど、と幹部は感心する
バイクを停め、こちらに向かい来るハイメタルボーガー
その言い知れぬ雰囲気に、警察幹部は思わず息を呑む
「では、このままはじめようと思いますが、よろしいでしょうか?」
ジョーカーが頷いたのを確認すると、武中等は後方のシェルターへと走っていった
(勝つ…勝たねばならない、絶対に)
宙野はハイメタルボーガーの装着員に選ばれ、それが完成し、今日に至るまでずっとハイメタルボーガーを着込み、生活している
己の体の一部として、完全にハイメタルボーガーを使いこなすため…そう、一刻も早くこの最強の鎧を使いこなせるようになり、二度とあの時のような不様な姿をさらさないようにするためだ
如何に免疫があったとはいえ、レギンに全く成すすべなく敗北した事は、宙野にとって大きくプライドを損ねる物だった
それはメタルボーガーとレギンの力の差を考えれば当然の事だが、それでも彼はそれをよしとしない
大体、自分は国家の代理人として怪人達と戦う立場にあるのだ
二度と、絶対にもう二度とあんな不様な敗北はしない
その硬い決意が、宙野を突き動かしたのである
宙野はアイアンジョーカーの方を向くと、すっと拳を身構え…
次の瞬間、ハイメタルボーガーの強靭な脚力をもって飛び掛り、アイアンジョーカーに鋭い拳を放った
命中すれば装甲車すら横転して吹き飛ぶだろう
名前:ジョージ・マッコイ
職業:エル・デストロイ社傭兵隊長・階級大尉
勢力:悪
性別:男
年齢:38歳
身長:300cm
体重:500kg
性格:完全にイッちゃってるとしか言い様がない
外見:緑色の傭兵軍服に黒のベレー帽を被った筋骨隆々+メタボな黒人の巨漢
精悍かつ生傷だらけの顔に似合うサングラスと葉巻を忘れてはいけない
外見2:変化無し
特殊能力:常識を超越したパワーとタフネス、どこからともなく特注の重火器を取り出して扱う
備考:傭兵派遣企業「エル・デストロイ社」から派遣されてきた傭兵隊長
巷では「一人傭兵大隊」の名で通る恐るべき男で、超人的な戦闘力と体躯で戦場を渡り歩いてきた
しかし、真に恐るべきは戦争と殺戮を純粋に楽しむ下種で残虐な性格である
口癖は「マッコオォイッ!」
エル・デストロイ社
マッコイ大尉を派遣した傭兵派遣企業
どのような人間でも分け隔てなく傭兵として雇い、様々な戦地に派遣する
取引相手を選ばない死の商人のような会社で、いくつかのヴィラン組織とも提携している
また、傭兵の派遣だけではなく特定の人物の暗殺を請け負う殺し屋稼業まで行っている
この会社の傭兵は、マッコイ大尉も含めて全員が金のためなら無抵抗の女子供も平気で殺せる連中である
むしろ、そういった行為を楽しんでいるとも言える
「はぁぁ……」
合金の腕を無造作に振り払い、猪狩は強盗犯の胸から血塗れの腕を引き抜いた
支えを失い地面へと落下する強盗犯の体、それを見つめながら猪狩は低く笑う
憤怒と憎悪で歪みきった、悪鬼のような笑顔
それが強盗犯の男が見た、最期の光景だった
>「……っ!貴方はどうして!そんなにも野蛮なのですか!」
「……あん?」
猪狩が縁間の怒声に振り向くと同時、その頬に痛みが走る
「おいおい、まだ敵さんが残ってるんだぜ?」
いきなり頬を叩かれたことに激昂するでもなく、猪狩はただ呆れたように言葉を返す
殺人について何かしら言われることは覚悟していたが、まさか戦闘中にお説教を食らうとは思ってもいなかったのだ
>「貴方も私も決して法の番人では無いのですよ!犯罪者に裁きを下す権利などない!
>私達はあくまでも親愛なる隣人を護り、犯罪者を正義の庭に引き摺り出す事が使命なのです!
>それが何ですか貴方は!後先考えず人質を危険に晒し、あまつさえ人を殺め……!」
「……」
叩かれた頬を血塗れの手でさすりながら、猪狩は大人しくその言葉を聞き続ける
おかげで顔に巻いた包帯がどんどん赤く染められていき、ちょっとしたホラー映画の怪人のような様相になっていた
>「貴方は野蛮過ぎる!浅慮過ぎる!人の皮を被りながらも己を律せぬ野獣を人の世ではこう呼ぶのですよ!そう、犯罪者と!!」
「……あのなぁ、確かにアンタの言うことは正論だが……」
ようやく言葉の嵐が止んだのを見計らい、猪狩は何か言葉を返そうとして……邪魔が入る
>「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
>「ああ、喧嘩はしちゃダメですっ!」
何とかして険悪なムードを打開しようと仲裁に入ってきた、サイカとスカイレイダーだ
「……いやいや、別に喧嘩なんざしちゃいねぇよ? この着物女が急に突っかかって来ただけだ」
目の前の縁間を指差しながら、仲裁に入って来たサイカとスカイレイダーに話しかける
「というか、お前らもまだ敵が残ってるのに何で喧嘩の仲裁なんか……」
>「オメーらは天文学的数字のボケかぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!
>状況を把握する能力もねーのかッ!ヒーローのテンプレ読み直せバカッ!」
>「その通り過ぎてフォロー出来ないじゃないかこのバカ共め!
>マジギレしてる嬢ちゃんは怖いからほっとくけどそこの虫けら野郎は状況以前に空気を読め!」
そこに今度は、強盗犯とバスタードによる、絶妙のコンビネーションのツッコミが入る
「ほらみろ! 悪党にまで言われちまったじゃねぇか!
それとお前も! 悪党の分際でヒーローを語るんじゃねぇ!
あとそっちの学帽野郎もだ! ヒーローの癖に強盗の意見に乗っかるな!」
ひたすらツッコミ続ける猪狩、銀行内部はすっかりギャグ空間に成り果てていた
「ったく、どいつもこいつもふざけやがっ……ん、あれ?」
色々な意味で疲れた猪狩は、頭を掻きながら周囲を見回し……気付く
強盗犯の1人は猪狩が始末し、1人はサイカが倒し、もう1人はスカイレイダーが倒し
そして強盗犯のリーダーは、Σの派手な蹴りを食らい昏倒していた
つまり、この場にはもう戦える強盗犯がいない
「おいおいおいおい、もう戦闘終わっちまってるじゃねぇか!?
俺まだ1人しか始末してねぇぞ!? これで一件落着なのか!?」
釈然としない様子で猪狩が叫ぶ、まだまだ殺り足りないようだ
どうやらバスタードも同じようなことを言って、人質に罵倒されているらしい
というか彼の場合は、先ほどの強盗犯を騙すための演技が原因のようだ
……まぁ、何やら滅茶苦茶な理屈で簡単に黙らせたようだが
>……あぁそうそう、黙っていろってのは君らも同じだぜ。余計な事を言ってみろ?承知しないぞ」
わざわざ釘を刺されるまでもなく、猪狩は何も言う気はない
そもそもバスタードに助け船を出す義理がないし、単純に説明するのが面倒臭かった
(あー……でも、こいつらは何か余計なこと言いそうだよな)
そんなことをぼんやり考えていると、突然耳障りな声が聞こえてきた
どうやら強盗犯のリーダーが目を覚ましたらしい、さすがリーダーだけあってタフだ
「これだから、悪党にはちゃんとトドメを刺せってんだよ……」
ぶつくさボヤキながら、強盗犯リーダーとバスタードの会話に耳を傾ける
強盗犯リーダーとバスタードの会話の内容を、箇条書きで要約すると
・他の部屋に特別製の超強力な爆弾を仕掛けた人質がいる
・その爆弾は強盗犯リーダーが死ぬと起爆する
・だから大人しく見逃せ
ということらしい
そして会話を終えたバスタードは、強盗犯を容赦なく気絶させると何処かへ走り去って行った
おそらく爆弾の解体にでも向かったのだろう
「さて、爆弾処理は奴に任せるとして……俺としては事後処理がしたいんだがな」
言いながら猪狩は周囲のヒーローの様子を窺う
事後処理というのは当然、まだ息のある強盗犯にトドメを刺すことだ
しかし当然、ヒーロー達はそれを許さないことは分かりきっていた
「……分かってるよ、そんな怖い顔するなって。今日は大人しく家に帰るさ」
いくら何でも、4人のヒーローを同時に相手にして勝てると思うほど、猪狩は馬鹿ではない
そして、最初に自分が開けた壁の大穴へゆっくりと歩み寄る
「ああ、そうだ、そこの着物女と虫っぽい奴……サイカだったか?
さっきは止めてくれて助かった、ありがとな」
最後にそんな捨て台詞を残して、猪狩礼司は銀行から立ち去る
その直後、銀行内まで響く女性の甲高い悲鳴と、「やっべ、血塗れなの忘れてた!」という猪狩の狼狽した声が聞こえてきた
【あっさりと猪狩撤退。あまり銀行強盗編を長引かせてもアレですしね】
コートの男は案外、冷静だった。
てっきり、二、三発程殴られるつもりで仲裁に入ったのに、コートの男の冷静さに
八代はきょとんとした。
>「というか、お前らもまだ敵が残ってるのに何で喧嘩の仲裁なんか……」
>「オメーらは天文学的数字のボケかぁぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!!
>状況を把握する能力もねーのかッ!ヒーローのテンプレ読み直せバカッ!」
>「その通り過ぎてフォロー出来ないじゃないかこのバカ共め!
>マジギレしてる嬢ちゃんは怖いからほっとくけどそこの虫けら野郎は状況以前に空気を読め!」
強盗と学帽の少年によるツッコミがそこへ入った。
「そうやって強く言える相手を選ぶのはどうかと思うよ!」
とそんなことを言っている合間に、強盗犯達を無力化することが出来た。
大きく深呼吸でもして伸びようかと八代が思ったとき
学帽の少年と人質たちが口論になっているのが見えた。
犯人の策にあえて嵌ったのが問題だったようだが、学帽の少年の無茶苦茶な屁理屈ですぐに黙らされた。
>……あぁそうそう、黙っていろってのは君らも同じだぜ。余計な事を言ってみろ?承知しないぞ」
>鋭い視線を向けて、念を押す。
「悪事千里を走るってことわざ知ってる?そんな態度じゃ黙ってても変わんないと思うんだけどな」
と暢気にそう学帽の少年に返すと強盗のリーダーが学帽の少年に脅しをかける。
どうやら、爆弾はまだ残っているらしい。
すぐさま学帽の少年の後を追うとするが、なぜか人質に阻まれてしまった。
人質たちの顔には、感謝やそういう類の感情はなく、逆に怒っているようにも見えた。
「おい!なんですぐに戦わなかったんだよ!」
学帽の少年に対する怒りが、次に、他のヒーローが到着するまで変身しなかった八代へと向かっていた。
「いや…それは…」
「あんたが怠けたせいで俺達が死ぬところだったんだぞ」
「それは僕も…」
学帽の少年がメチャクチャなことをいったせいなのか、人質が妙に殺気立っているのが感じられる。
八代がたじろいでいるのを見るやいなや、罵声の勢いが徐々に増してくる。
もしかしたら、このまま集団暴行に発展しかねないかもしれない。
「すいませんでした!!!」
窮地に立たされた八代が取った行動はシンプルだった。
力の限り謝罪の意を込めた言葉と行動…この場合の行動とは、全力の土下座である。
あまりの予想外の行動に人質たちが静まる。
それを確認した八代は、誠心誠意をこめて、行動の理由と謝罪の言葉を話す。
さきほどの学帽の少年とは真逆の行動に人質たちは驚き、勢いを失った。
なんとか窮地を脱し、大きくため息をした。
遠くでサイレンの音が聞こえる。もう少しでここに警察が来て…これでこの事件は一段落を迎える
引き時と思ったのか、コートの男は自身があけた穴から帰ろうとする。
そのときであった。
>「ああ、そうだ、そこの着物女と虫っぽい奴……サイカだったか?
>さっきは止めてくれて助かった、ありがとな」
「いえ…みんなの笑顔を守りたかっただけですから」
淡々とコートの男にそう返した後、着物の女に視線を向けた
「彼のやり方は確かに粗暴でヒーローとはいいにくいかも知れないけど
彼は彼なりに考えていたんじゃないかな?いや、人殺しを肯定するわけじゃないけど
・・・なんというかな、えーと…彼はただ不器用なだけだよ。きっと」
八代なりにコートの男をフォローし、近くのソファーに腰をかける。
「(警察がくるまではまだここに居よう)」
【八代、警察が来るまで待つことにする
すいません。素人さんに対するレスは明日になります】
私の視界は、心は、まだ真紅に染め上がっている。
視野は狭窄となり、周囲の出来事は千里の彼方の出来事に感じられた。
>「……あのなぁ、確かにアンタの言うことは正論だが……」
「正論だが何だと言うのですか!貴方に正義を捻じ曲げ法に背き、
人を殺める事が許されるだけの道理があると言うのですか!
その血塗られた手の中に!あると言うのならば見せてみなさい!」
心臓が乱暴に高鳴る。
怒りに滾り沸騰した血液を、全身に巡らせていく。
>「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
>「ああ、喧嘩はしちゃダメですっ!」
「黙りなさい!そもそもサイカと言いましたか、貴方は一体何がしたいのですか!
さっきから煩わしい事この上ない!悪戯に日和見をする事が正義だとでも思っているのですか!
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずと言うでしょう!過ちは過ち、罪は罪です!それを理解しなさい!」
一息に叫び、肺腑が吸気を使い果たした。
脳髄が酸素を求め始め、砂塵と霧散した理性が少しずつ舞い戻る。
>「……随分締まんない終わり方だけど、まあ一応一件落着……かな?」
気が付けば、全ては終わっていた。
強盗犯は三人とも意識を……一人は命を落とし、床に転がっている。
やってしまった。
後悔の念が大瀑布となって、私の心を深く沈める。
一歩間違えば、取り返しの付かない事になっていた。
先の一瞬は、人の命が天秤に載せられた運命の三叉路だったと言うのに。
だと言うのに私は何をしていた?
怒りに任せて暴力に訴え、憤懣に背を押されるがままに怒声を撒き散らし、周りの事などまるで見えず。
恥ずべき……いや、我が事ながら救い難い失敗だ。
怒気が灯した胸中の炎が潰え、頭も心も凍土に投げ出されたように冷えていく。
>「何が目立ちたがり屋だよ!まんまと犯人に騙されやがってよ!他のヒーローがいなきゃ俺達皆死んでたじゃねえか!」
「あ……いえ、それは……!」
恨みがましい音声に、思わず声が零れる。
自分が過ちを犯したと理解しているからこそ、微かでも善行を積み罪滅しをしたいと。
そんな浅はかな本能を我ながら自覚出来る、咄嗟の発言だった。
>「……あぁそうそう、黙っていろってのは君らも同じだぜ。余計な事を言ってみろ?承知しないぞ」
けれども、それすら許されない。
私の身勝手な、贖罪願望を包んだ弁護だ。
そもそも許されるべきではない。
だからこそ、尚更辛い。
>「悪事千里を走るってことわざ知ってる?そんな態度じゃ黙ってても変わんないと思うんだけどな」
(……この男は、盲目ですね。まるで、物が見えていない。何をどう見たらそんな馬鹿げた答えが出てくるのですか)
本当に、本当に馬鹿馬鹿しい。
……だがさっきの私は、この男にも劣る愚かさを露呈させていた。
本当に、恥じ入るべき愚行だった。
この男の過ちを、正す気にもなれない。
過誤に囚われすべき事が出来ない。
それさえも過ちであると、分かっているのに。
自分の脆弱さに、心臓が締め付けられる。
俯き、目を固く閉ざし、拳を強く握り締めても、
私の心を圧迫する手を振り払う事は出来なかった。
>「……ク、クク。何だぁ?もうめでたしめでたしの漫談タイムか?えぇ?
> 甘ぇんだよ。悪いが俺にはまだ『切り札』があるんだよ。とっておきの爆弾がな」
けれども、現実は私の都合に合わせて待ってくれたりはしない。
心が引き裂けてしまいそうでも、そこに問題があれば向き合わなくてはならない。
>「すいませんでした!!!」
感情に任せ不穏な空気を発する人質達と、
またも理と和を捨てて、媚を売るかのような愚行に走るサイカ。
そのどちらにも、私は何を言う気にもなれなかった。
今の私は何を言うにせよ、誰を諭すにせよ。
そこに憂さ晴らしの悪意を忍ばせてしまいそうで、怖かったから。
それよりも……だ。私の為すべき事は他にある。
私の異能ならば、犯罪者の残した『切り札』を無力化出来るかもしれない。
思い立ち、思い切り、私は犯罪者を下したバスタードの後を追う。
>「さて、爆弾処理は奴に任せるとして……俺としては事後処理がしたいんだがな」
……つもりだったが、義手の男が野獣の眼光で気絶した犯罪者達を睥睨していた。
「……貴方は、何を見ているのです。彼らは犯罪者ですが、だからと言って。
貴方の、正義の名に包み隠された欲望を満たす為の餌ではないのですよ」
こんな時にと内心で禁じ得ない悪態を吐きながらも、私は彼を睨み、牽制を図る。
今の私の視線に、この男を制するだけの威力があるのかは甚だ疑問だったが。
>「……分かってるよ、そんな怖い顔するなって。今日は大人しく家に帰るさ」
>「ああ、そうだ、そこの着物女と虫っぽい奴……サイカだったか?
>さっきは止めてくれて助かった、ありがとな」
ともあれ、この男は野獣の魂を身に宿しながらも、冷静になる事は出来るようだ。
猛虎が虎穴に帰るように、彼は自らが貫通させた大穴から帰っていった。
「……貴方の思考は、画一的過ぎる。罪無き人を巻き込んだと悔いる事が出来るのなら、
何故その彼らさえもが罪人になり得る事を、そして更生が出来る事を理解しないのですか。
一刻の迷いから罪に流れる人だって、います。いや……罪を完全に振り切れる強い心を持った人など、そうはいない。
そして、罪に溺れ切る事が出来るほど心の弱い人間も、いないのです。それが分かりませんか?」
立ち去らんとする背に、声を投げ掛ける。
それが彼に届いたのかは、分からない。
分からないが、私は彼にも「更生」に至るだけの心があると、信じたい。
本来なら彼を逃す事も本来なら間違いだ。彼は、人殺しなのだから。
私はそれを、私の精神的な瑕疵によって止める事が出来ない。本当に、情けない。
後ろ髪を引かれる思いは断ち切れない。だがそれでも。
今度こそ、私はバスタードの後を追う。
……爆弾は霊峰の如く、巨大さと不気味さを兼ね備えていた。
少しでも手を加えれば即座に、死が振り撒かれる。
私はこれに、対処出来るだろうか。
失敗すれば無関係な人々を、命を巻き添えにするこの爆弾を、処理出来るだろうか。
過ちを犯さずに、成し遂げられるだろうか。
散り散りにした筈の恐怖が死を運ぶ風のように、私の心中をざわめかせる。
そうしている内に結局、爆弾はバスタードの手によって解除された。
(――私は、何も出来なかった)
激昂に駆られ、恐怖に押し潰され、私は何一つすべき事を出来なかった。
私の嫌う男は、確固たる正義を体現していたと言うのに、私と来たら。
最早、恥じるべきも許されざるも無かった。
ただ不甲斐なく、惨めで、情けなかった。
後ろで棒立ちするばかりだった私の隣を、バスタードがすれ違う。
思わず、俯いた。
重力に従う前髪で顔を隠す。
こんな顔も、こんなものも、他人に見せられるものではない。
両目を擦り、残された学生に背を向けて、私は足を動かす。
表からは喧騒の残滓が微かに聞こえてくる。
大方、話題になりそうなヒーローを嗅ぎ付けてやってきたマスメディアの手先だろう。
今の私が、最も接したくない連中だ。
今日の醜態が公共の電波に載せられて世界へ配信されようものなら、私は悶死を免れない。
私は裏口から静かに、逃げるようにして銀行を後にした。
「……あ」
ドアを潜ってすぐに視界に映ったバスタードの背に、図らずも声が漏れた。
彼が振り返る。気不味い沈黙が彼我の距離を支配する。
やってしまった。
彼もまた過程はどうあれ、私と同じ結論と行動を取るであろう事は、十分に予想出来た事なのに。
私は幾許かの時間を空けて、銀行から出るべきだったのだ。
どうしたものだろうか。
どうぞお構いなくお帰り下さいと言えるような雰囲気では、ない。
何か、何か喋らなくてはと言う強迫観念が糸となり私の口舌に繋がれる。
「……貴方は何故、悪名に甘んじるのですか?」
私の意図を離れて飛び出した言葉は、問い掛けだった。
どうして彼は正義をその身に宿し体現しながら、悪名を甘受しているのか。
それこそが私が彼を嫌う、理由だった。
彼はただ、己の為すべき事に真摯なだけではないか。
教師が生徒に厳しく当たるように、法の番人が厳正であるように。
多少極論の方向へ傾くが、軍人が人を殺すように。
彼は悪を倒し愛すべき隣人達を護る為に、何処までも真剣なだけだ。
なのに彼は己に対する暴言に反駁せず、寧ろ煽り立てすらしている。
徹底した態度は時に美徳だ。だが……私には、認められない。
わざわざ己を貶め、接する人々に憤怒と言う悪感情を悪戯に想起させる、彼の態度が。
(撤退です。ちょっと絡ませて下さいな。あとビラ撒きの方向に誘導して頂けたら嬉しいです)
>>35 【演習場】
≪ご主人様、準備完了です≫
高性能AI、マイケルの声を聞き”鉄の切り札”アイアンジョーカーは
不知火重工の技術を結集した新兵器、いや新ヒーローと対峙していた。
【観覧席】
警察幹部は市長の姿が居ないのを不思議に思うと、近くにいた社長秘書・メリル桂木
を問い質す。
「君、市長はまだ来ないのかね?もう時間だぞ。」
秘書は曖昧な笑みを浮かべ、少し考えたような顔をした後
ようやく答えを返した。
「申し訳ございません。本日、市長はその――ミス・カールスラントとの
会食を優先されるという事で。」
幹部達はどういう顔をしていいか、困ったような雰囲気だったが
副市長の「まぁ、いつもの事ですな」という言葉で
ようやく落ち着きを取り戻した。
【演習場】
向かい合うハイ・メタルボーガーへ向けアイアンジョーカーが両者のみに
伝わる通信信号で語りかける。
≪装着者の情報は分からないが、君が誰かの見当は付くよ。
私は、アイアンジョーカー。そして、この都市の施政者だ。≫
メタルボーガーが急激な速度で有無を言わさずジョーカーへ向かう。
その拳を受け止めようと腕を動かしたかに思えた瞬間――
≪敵速度異常値、予測反応を遥かに≫
「報告はいい!!なっ……うぉお!?」
予想以上の衝撃がアイアンジョーカーの装甲を抉るようにかすめる。
寸でのところで回避したものの、攻撃を受けたその場所は火花を散らし破損している。
「予想、以上だな……だが!!」
アイアンジョーカーの両肩から小型ミサイル弾が発射される。
同時に右腕に内臓した小型マシンガンを連射しながら接近を試みる。
≪ご主人様、敵スピード加速しています。ご指示を≫
「特殊冷凍弾をかましてやろう。この前、あのアイアンアーマー
もどきに仕掛けたあれさ。」
ミサイルとマシンガンの雨がメタルボーガー、いや宙野を翻弄する中、
ジョーカーの隠し腕が後部より出現し冷凍弾を発射する。
≪特殊冷凍弾発射、散弾により命中精度を上げます≫
発射された冷凍弾は6個に分裂し、上空・下段・そしてど真ん中から
宙野へ迫る!!
【アイアンジョーカー起動。宙野へミサイル・マシンガン・冷凍弾の3連射】
>「……いやいや、別に喧嘩なんざしちゃいねぇよ? この着物女が急に突っかかって来ただけだ」
>「正論だが何だと言うのですか!貴方に正義を捻じ曲げ法に背き、
>人を殺める事が許されるだけの道理があると言うのですか!
>その血塗られた手の中に!あると言うのならば見せてみなさい!」
「……みたいですね」
出鼻を挫かれたスカイレイダーはおざなりな相槌を打つしかなかった。
そして着物の女性に対しよくぺらぺらと早口で言えるものだ、と感心すらする。
達者な言葉と恐るべきスピードで口論では間違いなく負けなしだろう。
>「黙りなさい!そもそもサイカと言いましたか、貴方は一体何がしたいのですか!
>さっきから煩わしい事この上ない!悪戯に日和見をする事が正義だとでも思っているのですか!
>君子は和して同ぜず、小人は同じて和せずと言うでしょう!過ちは過ち、罪は罪です!それを理解しなさい!」
我が強い、というか。頑固者のケがあるなあ、と日比野は呑気に思った。
呑気というより着物の女性の勢いが凄すぎてついていけない、という方が正しいかもしれない。
これでは何をしに割って入ったのやら…と言われればそれまでだが。
そして称賛に値する作戦立案能力で事件解決へと導いたバスタードが人質達に責め立てられている。
どうやら犯人の策を踏まえた上で騙したあたりが誤解を生んだらしい。
いたたまれない光景に、日比野は忌まわしい過去がフラッシュバックする。
外見から護るはずの市民に疎まれ、憎まれ、恩を仇で返されるような毎日を(ちなみに現在進行形)
不幸の主人公を気取る訳ではないが大して気にしていないと言えば嘘になる。
いくら自分で決めた道といえどもそれなりに辛い。
そしてそんな過去があるが故に日比野は憑かれたように叫ぶ。
「違います!それは……」
>「ま、そう言う訳だからさ。君らは黙ってればいいのさ。どうせ何も出来ないならね。
>……あぁそうそう、黙っていろってのは君らも同じだぜ。余計な事を言ってみろ?承知しないぞ」
余計なお節介でバスタードの誤解を解消しようと叫ぼうとした瞬間、釘を刺された。
個人的には不名誉な誤解を解いてやりたかったが本人が拒んでいるのだから引き下がるしかない。
爆弾魔の最後の抵抗も呆気なく終わり、人質だった市民や銀行員達が未だ浮き足立つ中で
ふうと一息ついて日比野は誰もいないところで変身を解除し、警察に一応通報した。
これで十数分とかからずこちらへ到着し強盗犯達は手錠をはめられるだろう。
色々あったがとにかく一件落着、日比野はいつものように一人孤独に帰ろうと足を動かす。
そして記憶の片隅に自分が強盗犯の汚名を着せられた中いち早く動いてくれた者がいたことを思い出した。
何気なく記憶の紐を解いていくと変身を解除したそのヒーローとは、
このよつば銀行へとやって来る前に居合わせた青年だった。
大神の前まで半ば無意識に足を動かし、お辞儀をして言葉を綴った。
「さっきはありがとうございました。僕は日比野翔一って言います。
また、縁があったら何処かで会いましょう」
それだけ言い残すと日比野は銀行を去る。
考えてみればこれだけ一方的な挨拶も珍しい。
【とりあえず銀行離脱。大神さんに一方的に自己紹介をして去る】
迫り来るミサイル、冷凍弾、銃撃の一斉攻撃に対し、宙野は上半身を右に翻し、スペシウムエネルギーを腕に溜める
その体に弾速の早い機銃弾が炸裂するが、まるで物ともしない
(冷凍弾を一気に薙ぐよりも……あっちを狙って誘爆させて本体にも攻撃を加えた方がいい…)
冷凍弾とミサイルが迫る中一瞬で冷静に行動を決めた宙野は、次の瞬間には腕のスペシウムを解き放った
青く輝く細い光の柱は一直線に上空から迫る冷凍弾をなぎ払って全滅させ、次にミサイルに突き刺さって爆砕し、爆発は下と中央から迫る冷凍弾を巻き込んで消し飛ばす
そしてスペシウムの輝きはアイアンジョーカーに襲い掛かる
同時に、光線を放ちながら煙の中からブースターで加速したハイメタルボーガーが飛び出し、アイアンジョーカーに高速の拳を放つ
裏口を出て数歩、バスタードはふと銀行を振り返った。
先程すれ違った少女が微かに肩を震わせて俯いた様が、どうにも心に染み付き離れなかった為に。
(おっそろしい剣幕だったけど……あれで存外、人間臭いと言うか……。
よく見りゃまだガキだったな。僕が言うのもなんだけど)
だが彼に出来る事は何も無い。
何かをしてやる義理も、つもりも無い。
ただ少し、気になっただけだ。
再び身を翻し、帽子を脱ごうと鍔を指で摘み、
>「……あ」
不意に背後から響いた声に、浮かせかけた帽子を深く被り直した。
頭を左右に振り、溜息を吐いて見せ、彼は振り返る。
「……何か、用事でもあったかい? 僕みたいな奴と言葉を交わすのは君の趣味じゃないと思ってたんだけどね」
ぶっきらぼうに、憎まれ口を叩く。
バスタードは彼女から自分へと滲む曖昧な敵意を理解していた。
だからこそ今の彼女と彼が言葉を交わす事は、双方にとって得はない。
>「……貴方は何故、悪名に甘んじるのですか?」
だが彼女は、問いを発した。
再び、バスタードは深い溜息を零した。
彼女の性質上、こうなれば逃げるのは逆効果と彼は判断する。
自分の問いを無視されれば、彼女の激情を呼ぶ事になると。
(……いや、嘘はよくない。「今の」彼女ならきっとそんな事にはならないだろう)
彼女は今、見るからに気概を喪失している。
このまま無言で背を見せて立ち去ったとしても、彼女はきっと何もしないだろう。
しかし、バスタードはそれをしない。
(……結局、僕もガキだな。甘っちょろ過ぎて馬鹿みたいだ)
先の憎まれ口で、彼は彼女が憤慨し、いっそ「誰が!」等と言ってくれる事を願っていた。
それが出来るようならば、彼女にはまだ意気が残されていると言う事だから。
けれども彼女は、そうはしなかった。
「いいぜ。答えてあげようじゃないか。……でもここはその内面倒な輩がやってくる。歩きながらでいいだろ?」
彼女は曇りを帯びたガラス細工のように、精彩を欠いている。
それを放っておく事が、バスタードには出来なかった。
(……ま、別に答えた所で何が減る訳でもなし。ゴタゴタを避けるだけの事さ)
故に、彼は答える。
あくまでも、自分は甘さに絆されて彼女に応じるのではないと欺瞞を用意しながら。
「僕は……別に、有名になりたい訳でもないからね。僕は自分の守りたい人を守るだけさ。
それ以上の事はどうでもいいよ。僕の掌は小さいんだ。この手に収まる、一握りの世界を守るくらいで丁度いいのさ」
彼は答えを返し、
「まぁ……それに有名になっても良い事なんて何もないじゃないか。
精々、僕の貧相な異能の使い勝手が悪くなるだけだ。目立ちたがりのヒーローなんて、馬鹿馬鹿しいね」
少々皮肉った口調で、気障ったらしく両手のひらを空へ向け、そう付け加えた。
別に照れ隠しと言う訳ではない。
前者は目的であり、後者は理由。それらは矛盾なく結合するのだから。
「ま、そんな所さ。これで満足かい?」
そしてふと、バスタードは辺りを見回した。
人気のない裏通りばかりを通ってきたが、いつの間にか駅前へと通じる道に至っていたらしい。
人混みの喧騒が距離に阻まれながらも微かに、彼の耳を撫でる。
あと少し歩けば、人通りの溢れる駅前に出るだろう。
「少し話し過ぎたかな。それじゃあ僕は……わっぷ!?」
はたと裏通りに吹き込んだ風に乗って、紙切れが飛来した。
それは宙空を不規則に踊り、バスタードの顔面に衝突する。
よろめきながらも帽子は飛ばされぬように死守して、彼は顔に張り付いた紙を乱暴に剥がす。
「……笑うなよ。ったく、何だよこれ」
バツの悪そうな表情を浮かべつつ、彼は紙面に目を通す。
>【PR】スタッフ急募! アナタの異能で世界を変えるだけの簡単なお仕事です★
>募集人数:多数名
>募集要件:『粗製濫造《ゴールドラッシュ》』で異能を得た方 又はそれ以外の経緯で異能を持つ方
「……なんだこりゃ」
思わず零れた言葉は、それだった。
余りにも荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい広告に、苦々しい笑いが滲む。
彼はそれを再び風に返そうとして、
「まさかポイ捨てはいけませんとか言い出したりしないよな?」
確認しておきながら答えを待たずして、ビラを手放した。
「それじゃ、僕はここらで失礼するよ」
そして小言を喰らうに先んじて、傍らのビルの屋上へと何かを投じた。
ビルに挟まれた狭い空から降り注ぐ陽光を受け輝くのは、金の属性で創ったフック付きのワイヤー。
手すりに絡まった異能の金属線は独りでに縮み、バスタードの体をビルの屋上へ誘う。
「もう二度と会わなければいいんだけどね。ヒーローが顔を突き合わせるなんて、ろくな事じゃない。
……けど、そうはいかないだろう。この都市にいる限りは」
眼下の彼女へ、バスタードは言葉を投げた。
「だからこう言っておくよ。……また会おう、ってね」
言うが早いか、彼は手すりを飛び越える。
そのまますぐにその場を離れ、彼女の視界から消え去った。
>>45 アイアンジョーカーの放った弾丸、ミサイル、そして冷凍弾。
その全てを、ハイメタルボーガーは薙ぎ払って見せた。
その根源は、青い光線。
正体不明の、それでいて強烈な一撃だった。
≪敵機体、正体不明の攻撃を放っています。回避行動を取りながら
データの収集を急ぎますが≫
マイケルの解説に耳を傾けながらも、ジョーカーは光線を寸前で
回避しながら相手の懐へ潜ろうとする。
しかし、光線の追尾性能はジョーカーの運動性をも掌握し
絶対的な優位性を保ち続ける。
(まさか、これ程とはな。余裕こいて戦うなんて、まったく
俺らしいが。しかし、そんな余裕はもう消し飛ばされてしまったよ。
まったく……不知火工業ってのは底知れないな。)
≪光線、右方向から来ます≫
一瞬、ほんの一瞬動きが鈍ったところを青い光がジョーカーに追いつく。
その光は一気にジョーカーの左肩を削り取り、破壊して見せた。
≪右肩、ミサイル発射不能。全エネルギー60パーセントに減少≫
「おいおい、こいつは一張羅なんだぞ?そんなに気張ると
本気でぶっ壊れ……なんとぉぅお!?」
紫煙の中から飛び上がったハイメタルボーガーが、息吐く暇もなく
高速の拳をジョーカーへ連打する。
その一撃、一撃がジョーカーの体を大きく揺らす。
≪胸部装甲、ダメージ45パーセント。50パーセント……≫
ジョーカーは右肩の大筒を起動させる。
それは地上最強の弾幕兵器、ガトリングガン。
「マイケル、零距離で放つ。いいな?」
≪了解、フルオート・前方の敵捕捉≫
凄まじい回転音と共に、ジョーカーのガトリングガンが火を吹く。
零距離で放った反動で両者の体が離れそうになる。
しかし、メルボーガーの機体をジョーカーの両腕が離さない。
「鉛の弾のフルコースだ!!遠慮する事は無い、全部平らげて貰おうか!!」
【ジョーカー、相手の接近を利用しガトリングガンで反撃】
「無駄だ!!」
隣接するアイアンジョーカーがハイメタルボーガー目掛けガトリングガンを撃ち始めた
瞬間、ハイメタルボーガーの強烈なフロントキックがアイアンジョーカーの腹部に突き刺さる
同時に、アイアンジョーカーのガトリングの銃弾がハイメタルボーガーに命中し始めるが、装甲はまだ破られない
しかしそういつまでも貰っているわけにもいかない
一瞬、死の恐怖を感じた
ハイメタルボーガーを装着しているのだから銃弾などおそるるに足りないのだ
が、それでも被弾の恐怖を味わった事のある宙野は、弾丸が命中していく中で、その身が銃弾に削られ、死ぬ姿が浮かんだのだ
思わず腕にスペシウムエネルギーを充電せんとし、頭を振る
如何にアイアンジョーカーといえど、スペシウムを至近距離で撃たれれば、中の人間は死ぬだろう
自分の目的は、彼の抹殺ではない
ならば、別に、もっと良策を考えるべきだ
そう、それはこれからヴィラン…異能者達を殺すのではなく、「逮捕」していかねばならないのだから
ハイメタルボーガーは襲い来るガトリング弾による装甲貫通の恐怖と戦いながら、隣接するジョーカーを逆に押さえつけ、空高く飛び上がり、高速回転を開始した
両者の間に凄まじい遠心力が働いていき、遂にアイアンジョーカーを吹き飛ばす
宙野はそのまま近くの建物に不時着すると、身を隠して休息をとる
今の高速回転で目が回って吐き気を催していた
一回鎧をといて嘔吐しようかとも考えたが、流石に不様と考え、何とか立ち上がって周囲を警戒する
……恐らくアイアンジョーカーの方も目を回している事だろうが……
問いを発して暫く、バスタードは何やら思案面を浮かべていた。
静寂が重い。勢いに任せて言葉を放ってしまった事を、私は若干後悔してきた。
だが何も言わず、彼を突っ撥ねて帰っていたとしたら。
そうしていれば私は後悔しなかったと言えるのだろうか。
答えは……恐らく、否だ。
この後悔はきっと私にとっての門であり、山であり、試練なのだ。
真正面から衝突しなければいけないものなんだ。
>「……何か、用事でもあったかい? 僕みたいな奴と言葉を交わすのは君の趣味じゃないと思ってたんだけどね」
彼から帰ってきた皮肉が、私の脳裏で反響する。
そんな事はない。
私は確かに彼を好きになれないが、だからと言って会話を避けるのは愚かな事だ。
寧ろそう言った相手にこそ、積極的に言葉を投げ掛けるべきだろうに。
自分の思考にそぐう人間のみと接するばかりでは、人は矮小に纏まってしまう。
私はそうはなりたくない。
誤解を解こうとも思ったが、やはり今の私はどうにも、
弁舌を巡らせる歯車に留め具が差し込まれてしまっているようだ。
口を開いても、上手く言葉が出て来てくれない。
未熟が心に染み込み、何処までも情けなく思えてくる。
>「いいぜ。答えてあげようじゃないか。……でもここはその内面倒な輩がやってくる。歩きながらでいいだろ?」
薄暗い深慮の海に沈み俯き加減になっていた顔が、はたと上がる。
まさか答えが得られるとは、思っていなかった。
てっきり彼は皮肉を一言残して去っていくだろうと踏んでいたのに。
知らず知らずの内に、ぽかんと口が開いていた。
気がついて、私はすぐに唇を結び直す。
最近下級生は愚か上級生、ひいては街中で見かける
年長者さえもが口を半開きにしている様をよく見かける。
あれは良くない。
顎の筋肉が弱体化しているだとか呼吸の為だとか理由はあるだろうが、何よりも馬鹿みたいだ。
人は見た目のみで判断するべきではないが、しかし赤の他人を判断する最初の基準はまず視覚的な情報なのだから。
……そう言えば、あの異形のヒーロー。
私は彼を心の中で悪意に根ざす罵倒をしておきながら、結局謝る事なくここへ来てしまった。
次の機会があれば必ず謝らなければならない。
……本来ならば、彼にも二度と会いたくはないのだが、そうもいかないだろう。
ここで言う会いたくないとは、何も私が彼に悪感情を抱いていると言う意味では、ない。
って、そうじゃない。
何をぼんやり押し黙っている縁間沙羅。
バスタードは私に誠意を見せたと言うのに。
「……ありがとうございます」
頭を下げて、一礼する。
そうして小走りで彼の隣へ並んだ。
歩調が合わず若干前を行く彼に細めた視線を送ってみるが、気付きもしない。
けれども、これくらいで丁度いいかもしれない。
今の私は彼の隣に並べる程、大層な人間ではない。
それに何より……小恥ずかしい。
別に「そう言う事」ではない。断じて。
単に改めて隣に立ってしまえば、私の後悔と劣等感が忽ち膨張して心を張り裂けてしまいそうで、怖いのだ。
>「僕は……別に、有名になりたい訳でもないからね。僕は自分の守りたい人を守るだけさ。
> それ以上の事はどうでもいいよ。僕の掌は小さいんだ。この手に収まる、一握りの世界を守るくらいで丁度いいのさ」
背中越しに、答えが返ってくる。
ヒロイックの言辞からはやや離れるが、それでも納得が出来る。
それも正義の一つの形だろうと思う事が出来る答えだった。
守りたい人が、誰なのか。
それを尋ねるつもりはない。
あの中にいたのか、いなかったのかさえ、追求する事に意味はない。
>「まぁ……それに有名になっても良い事なんて何もないじゃないか。
> 精々、僕の貧相な異能の使い勝手が悪くなるだけだ。目立ちたがりのヒーローなんて、馬鹿馬鹿しいね」
ただ彼は確固たる目的を持って正義を行い、悪名に甘んじる事さえその為に過ぎないと言う。
>「ま、そんな所さ。これで満足かい?」
「……やはり、私は彼の行いを好きにはなれません」
この一線は、彼がそうする理由が明確になったとしても、譲れない。
「ですが……貴方のその気高い金剛の精神は好意に、尊敬に値します」
返す言葉は彼と同じように背中越しで、彼の表情は伺えない。
だが、それでいいのだ。
私が何と言おうと彼は自分の姿勢を崩さないだろう。
だから同じように彼がどう思おうと、私は彼を尊敬する。
悪名高い『バスタード(ろくでなし)』などではなく。
確固たる正義をその胸に宿す者として。
彼もまだ姿を現してからそう長くはないけど、尊敬すべき先輩たるヒーローとして。
>「少し話し過ぎたかな。それじゃあ僕は……わっぷ!?」
突然、彼が仰け反った。
吹き込んだ風に誘われた紙切れに顔面を覆われて。
けれども防止だけは吹き飛ばされないように死守しつつ、彼は紙を顔から剥がす。
その様は何とも、その……間が抜けていて。
さっきまで私が彼に抱いていた心証との落差が凄まじく。
「……ふふっ、おかしな人ですね」
私は思わず、笑ってしまった。
>「……笑うなよ。ったく、何だよこれ」
「あははっ、ごめんなさい。……それは、ビラですか?」
後ろから覗き込もうとしたものの、身長差があり過ぎて見られない。
>「まさかポイ捨てはいけませんとか言い出したりしないよな?」
「いい訳がないでしょう……って、言ってる傍から何をしているんですか貴方は!」
例え素晴らしい精神を有していたとしても普段の素行が悪ければ台無しだ。
ある意味、彼が『バスタード』などと不名誉な名を得てしまっている所以でもある。
だと言うのに彼は、まったく。
>「それじゃ、僕はここらで失礼するよ」
少しばかり諭す必要があると吸気を取り入れている隙に、彼はビルの屋上へと逃れてしまった。
引き止めようと反射的に動いた腕は、しかし伸び切る事なく失速して、再び下ろされる。
両手を腰に当てて、私は思わず嘆息を零した。
>「もう二度と会わなければいいんだけどね。ヒーローが顔を突き合わせるなんて、ろくな事じゃない。
> ……けど、そうはいかないだろう。この都市にいる限りは」
>「だからこう言っておくよ。……また会おう、ってね」
その通りだ。
私が先程サイカとの再開などしない方がいいとした理由も、それである。
ヒーローが一堂に会する場所は、人の悪意の吹き溜まり以外に有り得ないのだから。
でも、それと私個人のすべき謝罪や彼の反省すべき点は別の問題である。
異能を振るってでも彼にはお説教をしてあげなければ。
と言う訳で、
「待ちなさ……ひゃっ!?」
言葉を紡ぎ切るよりも早く、私の視界を何かが唐突に遮った。
面食らい、私の顔を覆う……手触りからして紙を剥がした時には、既にビルの屋上にバスタードの姿はなかった。
「あぁもう、全く何だったのですか。……これは、さっきのビラですね。えぇっと……『フラタニティ』?」
……馬鹿馬鹿しい。何ですかこれは。
革命だなんて。それも異能や武器、戦闘などの言葉が散りばめられている。
救い難く、野蛮極まりない。
私はビラを丸め……ついでに今しがたまで忘れていた変身を解き、学生鞄に潜らせた。
「それにしても……こんな物をばら撒いて。ただでさえ治安の悪い今日この頃にこれは、冗談では済みませんよ」
一言忠告する必要があるだろう。
こんな馬鹿げた事に力を注ぐ暇があるのなら、もっと出来る事があるだろうに。
私は路地を出た。
そしてビラまきをしている……恐らくはまだ二十代前半ばかりの男性へと歩み寄る。
「貴方達、一体どう言うつもりですか? こんな低俗で悪辣なビラを配るだなんて。
法によって治められたこの国で武力を以て思想を貫き通すなど許される事ではありません。
幾ら悪戯とは言え一部の人々が変な気を起こしたり魔が差したりしたらどうすると言うのです。
貴方達のしている事は世に悪意の種をばら撒くようなものですよ。自重すべき行いです。まったく何を考えているのですか」
(全然一言じゃないけどお説教を。あくまで悪戯と思ってます)
《ありがとうございましたー、またご利用くださいませー》
ビニール袋を片手にした自分の背後から声がかかる。
最も、すぐ自動ドアが閉じてくぐもった声にしかならない。
駅近くのよく利用するコンビニを出ると、目の前を雑踏が横切っていく
思わず空いた手を、右肩に背負った製図筒に伸ばしたくなるが自重する。
グレーのカーゴパンツに、白地にプリントの施されたTシャツ、乱雑にまとめた腰まで届く黒髪にスニーカーと製図筒
背の低さとこの女顔も相まって、道行く人のほぼ9割9分には『外見に無頓着な少女』にしか見られない。
とかく自分の外見が恨めしい、これはこれで便利な所もあるが雑踏に混じるとなるとほとほと憂鬱にさせられる。
ともかく苛立つ気分を抑え、覚悟を決めると・・・途中で雑踏が割れた。
つい、気分を害した苛立ちに意識を持っていかれて流れに乗り損ねた。
>「・・・ういう・・・か?・・・な・・・で悪・・・て。」
ぱっと見ると冴えない男に女が突っかかっている。
男が紙束を抱えている様子から見て、何か女が気分を害したんだろう
その男の手元から舞った紙を手にとって、ビニール袋に一枚入れておく。
更に近づくと大体聞き取れるようになってきた
>「幾ら悪戯とは言え一部の人々が変な気を起こしたり魔が差したりしたら・・・・・・
自重すべき行いです。まったく何を考えているのですか」
はっきり聞こえてきたオレに判断できたのは・・・
(これ要するにどっかのヤバイ宗教の信徒が別の宗教にでも絡んでるってことか?)
さっきビニール袋に突っ込んだチラシを読めば大体の事情は分かるんだがめんどくさい。
ので、強行突破することにした。とりあえず二人に話しかけて抜けるとしよう。
「あー・・・その、なんだ。この国にはケンポーって奴で『シソーリョーシンのジユー』だの『シンキョーのジユー』ってのが保障されてるらしいから?
別にどこで論争始めようとあンたらの勝手なんだけどさ・・・とりあえず、通行の邪魔なンだけど?」
まとまりの悪い髪を左手で軽く掻いて、私より20cmは高いだろう連中の顔を精一杯『迷惑だ』っていう表情を向ける。
【買い物帰り、とりあえず長く絡まず顔見せのつもりですがよろしくお願いします】
カウンターの上に置いてあるメニューを渡し、店主はカウンターの中へ入り
すぐに調理を始められる状態へ移った。
その時、店内においてあったTVの画面が切り替わった。
「番組の途中ですが、緊急速報です」
緊迫した面持でキャスターが淡々と話す。
どうやら、先ほどのよつば銀行で起こった事件について報道している。
「また事件か…全く最近はこういうことしかおこらねぇな
魔が差しても何しても人に迷惑かけたらいけないってのがわかんないのかね?
なぁ兄さんそう思うだろ?あと、何食うかきまったかい?」
>>49 「「無駄だ!!」」
ハイメタルボーガーの勇ましい声に、思わず石原は笑みを浮かべた。
こちらが追い込まれている状況なのに、意外だと自分でも思った。
しかし、彼の矯正所での姿からは考えられない程の「逃げようとしない姿」に
感嘆したのかもしれない。
≪ハハ、随分と勇ましくなったじゃないか。どうした?何かカウンセリングでも受けたのかい?
逃げない為の防衛術とかさ。≫
ハイメタルボーガーはガトリングをものともせず、そのまま空中へ舞い上がり
凄まじい速度で回転を始めた。
まだ何か言おうとした途中だった石原は、全身を襲う違和感に思わず
ゲロをはきそうになっていた。
≪緊急補助システム起動、補助ブースターに切り替えます≫
「マイケル!!ついでに、注文だっ……!!リアクターの全エネルギーを
胸部コアに集中させろ!!」
吹き飛ばされながらも何とか地面に立て膝を付き着地するジョーカー。
そのまま倒れるかと思いきや――
≪ふぅ、随分とやってくれたな。だが、勝負ってのは最後まで分からないもんだ。
こういう風に……な!!≫
アイアンジョーカーの胸部―リアクターコアが発光し、凄まじい量のエネルギーが
ハイメタルボーガーへ向け放たれる。
同時にハイメタルボーガーが迎撃で放ったスペシウムと激突し、辺りは凄まじい
閃光に包まれた……
≪戦闘終了、アイアンジョーカー機能停止≫
エネルギー切れを起こし、地面に横たわるジョーカーを見下すのは
尚も稼動するハイメタルボーガー。
不知火重工は、その技術をこの都市の首脳陣にまざまざと見せ付けたのであった。
―1時間後 市庁舎 応接室(45階 高級バー:バー・クローバー)
「いやぁ、驚いたね。私は、帰りのリムジンで見ていたんだが、その――
少しばかり馬鹿にしていたんだ。まさか、本当にジョーカーを倒すとは。」
赤ら顔でふらつきながら応接室に入ってきた石原は千鳥足もそのままに、
武中たち首脳陣の前に現われた。
かなり酔っているのだが、理由は2つある。
今は、その1つしか言えないのではあるが。
「しかし、相手がトリッシュ社長だったらこうはいかなったかもしれないよ?
何せ、彼女はオリジナル。私の抱えてるボディガードは贋作だからね。
まぁ、何にせよ約束は約束さ。君達のプランに乗ろう。
既に今晩の会場を押さえている。宣伝も今から一日かけて都市中全ての
広告媒体を使って行おう。しかし、1つだけ約束してもらいたい事がある。」
書面を机に置き、じっと不知火重工幹部を見つめる。
そこには次のような文面が書かれていた。
〔この兵器を平和利用以外の目的に使用する事を禁じる〕
「分かって貰いたいが、我々は戦争屋と組むつもりはない。
それは、彼女との約束でもあるしね。」
石原が指す、彼女とは他でもない。
アーマーを開発した”産みの親”トリッシュを指しているのだ。
石原は傍に寄ってきたミス・ヴァフティアと記念撮影を行いながら
武中達にウインクしてみせた。
「それじゃ、今晩。成功を祈っているよ。ヒーローもヴィランも
この街に関る全てが集まるかもしれない。
あ、ミス・ヴァフティアのミカエラさんは古代遺跡があった近くの生まれらしいね。
どうだい?今度僕とデートでも。え?ダメ?」
キャンペーンガールに軽口を叩きながら石原は部屋を出て行く。
そして、武中達と別れた後ようやく赤ら顔の化粧をタオルでふき取り素面に戻った。
「しかし、問題なのはヒーローとヴィランの壁がなくなって来たことだ。
まぁ、当然といえば当然だが。人間は、まぁ何というか。
不安定なもんだからなぁ。善が悪に、悪が善に。
どうにでも転がる。まぁ、見せて貰おう。
不知火工業の真価と、この街のヒーローとヴィランを。」
【戦闘終了、今晩イベント予告】
>>54 カウンターに置かれた水を手に、素人英雄(すびと ひでお)は
テレビ画面に釘付けになっていた。
街頭インタビューでは、街の人々がリポーターの質問に答えている。
それは銀行強盗を倒したヒーロー達を賞賛、或いは一部の行き過ぎた行動に非難するような内容だった。
・「あの変な怪物キモかった。」
・「変な女の子がいました。でもかわいかったです……グフフフッフ」
・「銀行強盗とは別に、金を盗もうとしてたロン毛のチャラ男がいました」
・「学生っぽい子がいたけど、あれ何?」
・「サイカっていってました、あのヒーロー」
>「また事件か…全く最近はこういうことしかおこらねぇな?
>魔が差しても何しても人に迷惑かけたらいけないってのがわかんないのかね?
>なぁ兄さんそう思うだろ?
マスターの言葉に対し、素人は無表情のまま水を啜ると
おかわりをした。
そして、ようやく言葉を返した。
「でも、あんなゴミみたいな奴らがいるからヒーローは必要なんじゃないかな。
僕は、そう思うけど。それに、何か楽しそうだし。」
抑揚のない言葉でマスターをじと目で見つめながら
素人は氷を何度も噛み砕いた。
>あと、何食うかきまったかい?」
「カレー。甘口がいいかな。僕、辛いの苦手かも。
それで、マスター。八代さんはいつ帰るのかな?」
八代雄作。それがここに来た本当の目的だったのだ。
素人は急にはにかむような笑みを浮かべてマスターの方を向いた。
「僕は彼と同じなんだ。だから、友達になれるかも。」
今日も今日とてこの僕、宇々島夢視(ううじま ゆめみ)は踏まれていた。
別に僕に被虐欲求がある訳でもなければここが如何わしい夜のお店と言う訳でもない。
ここは放課後の教室で、相手はボンテージの女王様ではなく学生服を着た同級生だ。
要するに、僕はイジメを受けている。僕としては小学校からの恒例行事なのでまあ慣れっこだ。
それにしても周りが頭のいい進学校に行けばイジメが無いなんてのは大嘘だったなそれどころか
コイツらなまじっか頭が良いからバレないように手練手管を凝らしてくるから困る。
まあ別に期待なんかして無かったけどね。さて僕の経験則が確かならもうそろそろ蹴りの嵐もやむ頃だ。
「……ふぅ、じゃあこの辺にしておこうか」
ほら来た。あーやれやれ今日も酷い目に遭った。
「あ、でも何か安堵してそうでウザいからもう一発」
ぐええ。畜生油断した。これだから賢い奴は嫌いだ。と言うか賢しい奴と言うべきかな。
それにしても苦しい。痛くはない。連中は痣になるような打撃はしてこないからね。
足の裏の大きな面を使って背中を思い切り叩かれた。肺の空気が一気に奪い去られて、酷く苦しい。
ただでさえ張り手のようなパンチを腹に、正確には横隔膜だかに喰らって酸欠状態なんだ。
なんだか知らないけど鳩尾や胃なんかを重い打撃を貰うと肺臓が機能低下するらしい。
何かの漫画で読んだ事がある。まあ多分こいつらはそれを狙ってるんだろうね。
僕の顔が酸欠と苦痛で歪むのがさぞや楽しいんだろう。
「バイバイ、最低くん。また明日」
最低くんか、ホントに僕に相応しいあだ名だよ。
畜生、死んでしまえ。
胸の内側で渦巻く苦しさに、憎悪のエッセンスが一滴落ちる。
慣れただなんて嘘だ。悔しいに決まってるじゃないかこんなもの。
出来る事なら奴らを殺してやりたい。当たり前だ。
でもそんな大それた事僕には出来っこない。それも当たり前で、だからこそ奴らは僕を虐めているんだ。
一度思い切りやり返してやればイジメは終わる?馬鹿言うなよ。その一度が出来ない奴がイジメの対象になる。
当たり前の事じゃないか。
僕は右の腕を抑える。
先日拾った、とても綺麗な石を埋め込んだ腕を。
中学の頃にシャーペンの芯を手のひらに埋められた事もあったし、痛くはなかった。
なにも僕が痛みに耐えられた理由は過去の経験だけが理由では無いんだけれど。
この石は僕の中にある最後の尊厳なんだ。
虫ケラみたいな僕でもこの綺麗な石を内側に秘めている。
僕にはまだ価値があるんだと思い込む為の最後の一線。
そう思えば多少の痛みなんて何でもなかった。
僕が制服ついでに体調も整え学校を出ると、辺りはもう暗かった。
人通りのない通学路で、僕はふと背の低い街頭に群がる羽虫を見上げた。
方向音痴な一匹が街頭の胴にぶつかって、僕の眼前に落ちてくる。
僕はそれを捕まえた。
気味の悪い胴体に、似合わない怪しく綺麗な模様の羽。
まるで僕みたいじゃないか。だけど、僕とコイツには絶対的な差があるんだ。
僕と僕を虐める奴らの間に横たわるそれと、同じものが。
出し抜けに、僕は羽虫の羽をもぎ取った。
彼らの唯一の、綺麗な部分を。
手を離す。羽を失った虫は落ちていく。
地面にぶつかって、仰向けになって藻掻いている。
僕はそれを、ただ眺める。
とても気分が良かった。
僕は人間として最低で、人間の中で最低だ。
だけどコイツら相手になら、好き放題出来る。
僕はもう、人じゃなくていい。
限りなく人に近い虫ケラでいい。
僕は人間の最低よりも、虫の王様になりたい。
「そうだ……。僕は、虫の王様なんだ」
足を忙しなく動かしていた虫を踏む潰して、僕は再び街頭を見上げた。
そして衝動に任せて、言葉を紡ぐ。
「お前達も傅けよ。無様に落ちて、腹を晒して服従しろ」
瞬間、視界から虫が消え去った。
網膜に縦に移動する軌跡の名残が、残像が滲み込む。
一瞬驚愕して、だけど僕ははたと、足元を見た。
まさかとは思いながらも、虫が光に走性を持つように。
僕は希望の眩さを求めて、視線を落とした。
虫ケラ共が、転がっていた。
僕の命令通りに、無様に腹を見せて。
「……は、ははは」
思わず、笑いが込み上げた。
この明らかに人の枠組みを外れた力に。
世間が言う、異能の力に。
一体何故急に僕が力に目覚めたのか。そんな事はどうでもいい。
僕は王様になったんだ。
名前:宇々島夢視
職業:高校生
勢力:ヴィラン
性別:男
年齢:17
身長:165
体重:46kg
性格:卑屈で暗い
外見:学ラン。目を覆う長髪に眼鏡
外見2:
特殊能力:『虫に報せ』(バグ・トゥ・バグ) 虫を操る能力
備考:元、ただの虐められっ子。現在、悪のサナギ。未来、不明
よろしく
>>44 「終わったか。」
タクミはベルトから携帯デバイスを取り外し変身を解除する。
周囲ではなにやらゴタゴタしているが、面倒事を嫌う彼は
それに組しようとはしない。
さっさとベルトをバックへしまい込むと銀行員達の前を通り過ぎて
去って行く。
「ふぅ、とんだ仮装パーティに巻き込まれたな。
どいつもこいつも物好きが多過ぎる。」
『「さっきはありがとうございました。僕は日比野翔一って言います。
また、縁があったら何処かで会いましょう」』
誰かの声が背後で聞こえる。思わず振り向いたタクミの前に立っていたのは
錆びた鉄の塊に変身していたあの男だった。
何故か、この男には不思議な親近感を覚えていた。
自分でも思い出したくない、遠い昔の記憶に彼との繋がりを感じたからかもしれない。
しかし、タクミは馴れ合おうとはしない。
人との絆。それは彼が一番嫌う事だからだ。
「礼なんかいい。それより、あんまり無茶はしない事だな。
誰かを守ろうとしても、相手はあんたを信じてくれるとは限らない。
まぁ、分かってるかもしれんが。」
黒いコートを羽織り、タクミはバイクに跨る。
そして、日比野を一瞥するとそのまま夜の闇へ消えていった。
【時間軸は明日へ】
僕は久し振りに学校を休んだ。誰にもこの感動に水を差されたくなかったからだ。
僕は異能を手に入れた。僕は虫を操る事が出来る。
僕は王様になったんだ。
「ふ、ふふ……」
頭の中で反復した言葉に思わず口の端が吊り上がった。
そうとも、僕は虫の王様になったんだ。けれども僕は考える。
虫の王様になっただなんて言ってるけどやっぱり僕は人なんだ。
人間ではないけど、人だ。だからお腹も空くし喉も渇く。
そしてそれらを葉っぱを齧ったり木の蜜を舐めたりして凌ぐ事は出来ないんだ。
だったらどうしたらいい?考えてみて、答えはすぐに見付かった。
王様になったら次に何をするべきか。当然と言えば当然の事だ。
――侵略だ。
虫の王である僕が、虐殺して、略奪して、搾取して、人間を侵略するんだ。
実はお誂え向きの侵略先は、もう決めてあるんだ。
何だか知らないけど昼頃に蝉みたいな大音声で宣伝して回っていた、ブラックダイヤとやらの展覧会。
ちょっと前にニュースになってたよね。今考えてみれば僕の右腕のこれも、きっとそう言う事なんだろう。
ま、どうでもいいけどね。肝心なのは僕が王様になったと言う事実だけなんだから。
しかしそれにしても、お粗末過ぎるでしょこの作戦。
大方ヴィランを誘き寄せて一網打尽とかそんな事考えてんだろうね。
バッカじゃなかろうかね本当にさ。頭足りてないね。こんな露骨なやり口じゃバレバレじゃないか。
そもそも前回のトリッシュ……だっけか?の時だってヒーローが生ゴミに群がる小蝿よろしく
集まってきたから結果としてヴィランもあんま集まらなかったんだろ。
ちったあ過去に学べなかったのかねぇ。最低で虫けらの僕が同情しちゃうくらいに脳味噌足りてないなぁ。
ま、それでも行くんだけどね。何たって僕は虫けらだし。
間抜けなヴィラン達の影に隠れさせてもらうとするさ。暴れ回る彼らに踏み潰されない程度にね。
そうだな、暫く寝ていようかな。どうせその展覧会とやらは夜に行うらしい。
そして今夜、僕は虫になろう。
夜闇に輝くブラックダイヤに惹かれる、虫に。
「か…勝ちおった」
「本当にアイアンジョーカーに」
「これはいけるぞ」
『勝利』に警察幹部が沸きあがる
憎むべき敵に対し確実に有効な兵器が、自分達の手元に入ってきたのだ
皆一様に喜びの表情を浮かべている
「おめでとう武中君、これならば如何なるヴィランが現れても確実に殲滅する事ができるだろう」
「ありがとうございます」
応える武中の表情も、流石に緩んでいた
未だ実戦で活躍していないとはいえ、確かにハイメタルボーガーは実績を上げたのだ
彼だって嬉しい
「ハイメタルボーガーは多大な予算をかけ、火星から極少量送られてくる入手が大変困難なスペシウムを用いた超高コストの一品です
自信はありましたが、やはり不安も無かったと言えば嘘になります
…しかし、今回の模擬戦で確信しました。コストに見合った活躍が、確実にできるだろうと
そして…これから人類が異能者と歩んでいかねばならない世界、その世界でただの人間が異能者に対抗できる力の、切っ先になっただろうと…」
思わず語りだした武中を、官僚達はねぎらいの視線で見守った
量産化は愚か、実用化すら難しい対異能兵器、そんな兵器を兵器会社で作り続けている彼が、今ここで世間に認められるまで、並々ならぬ苦労があった事だろう
その苦労は今、確かに実を結んだのだ
石原が渡して来た書面に、武中は迷わずサインする
ハイメタルボーガーは「兵器」としては最高レベルだが「商品」としては数も揃えられず、エネルギー源であるスペシウムの希少価値も相成って価値は無い
このパワードスーツで戦争ごとをするつもりは、武中は無論、不知火重工側には無いのだ
「あぁ、市長、展示会について一箇所だけ、新たに追加していただきたい物があります」
去り際の石原に武中は一枚の書類を手渡した
中身はダイヤを展示した後、午後**時をもって完全に破壊する作業も行うので、それも報道して欲しいというものだ
これで、ダイヤ展示当日を襲う以外、ヴィラン側にダイヤを獲得するチャンスは無くなる計算になる
「なんでぇ、おめぇさん雄の知り合いか?」
珍しいものを見るような目で素人を見るが、店主は手を休めずカレーを作る。
それもそのはずだ。八代がこの店に友人をつれてきたのは一度もない。
素人の口ぶりからして、店主は素人のことを旅先で知り合った冒険仲間だと認識した。
ほんの2、3秒程度、素人に目を向けた後、すぐに振り返る。
「悪いな。雄なら今朝から大学の研究室にいったまま、まだ帰ってねぇんだ
…あいつはちょっとした調べものだっていってるが、違うな
多分、大学に誰かに恋してるんじゃねぇかな?
じゃなきゃ、半年以上もここにいねぇよ」
八代の知り合いだと思った店主はそんな与太話をしながらカレーを作る。
暫くし、先ほどまで緊急速報を流していたTVも通常の番組プログラムに戻り
まるで、何事もなかったかのように、番組の続きを移す。
「ほいっおまっとさん、甘口のポークカレーだ」
素人の目の前に出されたカレーは所謂、老舗洋食屋で出されるようないたって普通の洋風カレーであった。
素人のカレーを出してから暫くして、店主の様子が変わる。
何度か時計に目をやり、どことなく慌てているようにみえる。
「しっかし、おっせなー雄の奴…今日、商店街の集まりがあるってのに」
そうぼやいた瞬間、やっと目的の人物がそこへやってきた。
「すいません、途中で事件に巻き込まれちゃって」
店の扉を少し開け、八代が申し訳なさそうな顔を覗かせる。
「またかよ!おめぇも随分運が悪いというかいいというか
まぁいいや、雄戻ってきて悪いがすぐ厨房入れ!俺はこれから集まりがある」
カウンターから出てきた店主は徐にエプロンを脱ぐと、そのエプロンを八代に渡す
「あと、カウンターにおめぇの友達が待ってるから、ま…積もる話もあるだろ
それと、知り合い割するんじゃねぇぞ」
「へ?」
困惑する八代の肩をポンッと叩き、店主は店を出て行った。
残された八代は、少し戸惑いながらも、エプロンを付けカウンターに入っていく
「えっと…久しぶり…?」
些か疑問系で話しかけたのには理由がある。
八代は旅先でよく友人を作るが、どんなに仲良くなったとしても
ここの店の名前は一回も教えたことがないのだ。
八代の紹介で店が少しでも賑わうのはいい事ではあるとは思うのだが
場所が場所だ。招待するにはこの街は危険すぎる。
親しい人間を守る為にあえて下宿先を教えていないのである。
声をかけ、素人の顔を見た八代は暫く考え込んだあと、静かに声を出す
「ゴメン…はじめましてだよね?大学で…いや違うな…」
そう言ったあとも、しきりに考え込む中、八代は自身の体の異変に気がつく
下腹部が異常に冷たいのだ。
まるで、腹部を切開し、その中に氷を入れられ閉じられたような
もちろん、腹部を切り開かれた覚えもなければ、氷も入れられた覚えも無い
ただ…八代には1つ思い当たる節がある。
「(…ベルト…ベルトが冷たいのか)」
いつの間にか八代は脂汗を掻き、目の前にいる得体の知れない人物を警戒している
>>65 主人のべらんめぇ口調を聞きながら、素人はカレーを無言で頬張る。
しかし、カレーの器に異常な量の七味唐辛子と、ラー油をぶち込み
かき混ぜる姿に主人の顔も歪んでしまう。
>「すいません、途中で事件に巻き込まれちゃって」
現われた雄作の姿に、素人は不気味過ぎる笑みを浮かべた。
それは喩えるならば、積年の恨みを晴らす相手へのそれとも思える。
しかし、素人の笑みの本質は違った。
その意味を知るのは、少し先になりそうではあるけれども。
「やぁ、八代君。それとも、君のことは≪サイカ≫って言った方がいいのかな?」
主人に聞こえないようなか細い声で雄作の右耳へ言葉を伝える。
そして、口に残ったカレーの租借音を立てながらカウンターの席から素人は立った。
彼の目線の先は、八代の下腹部を指している。
冷たい眼、そしてゆっくりと自分の下腹部を指差した。
「きっと、僕と同じだからだよ。君も、ヒーローなんでしょ。」
======数年前=======
素人は、大学を出ても定職に就けずフリーターをしていた。
バイトといっても、コンビニである。
毎日、いらっしゃいませとありがとうございましただけの毎日。
そして、度重なる女店長からの嫌がらせと体罰。
素人はその日も、殴られそうになっていた。
「君、やる気ないんなら辞めてくれない?」
怒気を強める店長の前で素人は小さく固まっていた。
そんな素人の窮地を救ったのは、雄作であった。
たまたま立ち寄っただけで、今の彼が覚えているはずもないのだが。
「あの、殴るのは止めましょうよ。こんなものでしか、分かり合えないなんて
悲しいじゃないですか、なんか。」
雄作の笑顔に、思わず手を下げる店長。
素人は、彼の姿に何かを感じ取った。
それ以来だ。彼がヒーローという言葉に固執したのは。
「古代遺跡だよね、都市の郊外に在る。」
素人は窓の外に浮かぶ赤い月を見つめ呟いた。
血をたらふく吸ったようなそれは、今にもこちらへ
迫って来るほどの圧力を放っている。
その月夜に、行き交う幾つかの影。
異能者か?いや、違う。
あれは、古代から蘇った異形の者達。
最近、UMAと呼ばれている謎の生命体だ。
「へぇ、また来たんだ。きっと、君の力を感じたからだろうね。」
素人は店を出ると、人々を襲う異形へ向け歩き出した。
そして、瞳を閉じ意識を集中させる。
その腹部には、真っ白な魔石を埋めたベルトが出現していた。
「じゃ、やろうかな。僕も。」
素人の無表情だった顔が、一瞬にして生気に満ちたそれに変わる。
そして、彼の体を白の鎧が覆いかぶさった。
【PM7:00過ぎ 商店街前 謎の生命体と戦闘】
>>64 武中から手渡された書面を見つめながら、石原はリムジンへ乗り込む。
最近では公用車を安物にしろと市民グループは五月蝿いが、石原は
それに聞く耳を持たない。
石原のモットーは「欲望には忠実である事」である。
それ故に、乗る車も自費で購入した。公用車はオークションにかけて財政に
還元してまでである。
「なるほどなぁ。では、シンデレラの魔法が解ける午前零時ってのはどうだい?
君の化粧の魔法が解けるのも、丁度その頃だろ?」
秘書のメリルが石原の靴を思いっ切り踏み付ける。
ヒールが親指に食い込む程の強烈な痛みに、石原は思わずリムジンの天井まで
飛び上がると頭をしたたかに打ち付けた。
「つぅ〜。おいおい、冗談だよ。あ、運転手何でもないよ。
こっちで少しばかり話が込み合ってね。あ、そこの門を左だ。」
リムジンが都市で最大のテレビ局に到着する。
ここの大ホールで、ラジオ・テレビなどを通して大々的に宣伝する事にしている。
石原はタキシードに着替えると、テレビ局のスタジオへと入っていた。
【都市・テレビ局 第一スタジオ 都市全区域にテレビ&ラジオで放送中】
舞台に照明が輝き、そしてスタジオの中央に巨大なショーケースが出現する。
そこにはダミーダイヤの見本が鎮座していた。
次にカメラは突然美女を連れて会見場に現われた石原・マーク・マダオ(市長)を
映し出す。
「やぁ、諸君。今日も曇り空だが、いかがお過ごしかな?
先日の矯正所の件は非常に残念だった。しかし、凶悪犯は必ず逮捕する。
それは約束しよう。必ずね。
こんな嫌な天気の日に、私から朗報を1つ。ビッグイベントを用意させて貰った。」
巨大なスクリーンが石原の背後に出現し、それは博物館を映し出す。
【黒いダイヤ 世界最大級の物が発見される!?】
スクリーンに出された大袈裟なトリップが更に会場を煽り立てる。
「嫌な気分の時は、何をすればいいのか。私は知っている。
そう、祭りだ。好きなだけ騒いで、遊べばいいんだ。
そこの君も、そう君もだ。私は誰も拒まない。
今夜、夕刻に会おう。あ、それと。」
美女に投げキスをしながら石原は踵を返す。
ビジョンには午前零時の表示が映し出される。
「ダイヤモンドが見れるのは今日だけだ。
シンデレラの魔法が解ける前に、さぁ出掛けよう!!」
【都市全域の放送網を利用し、大々的にダイヤイベントを宣伝。
不知火工業主催のこのイベント。ヒーローも悪党も問いません。どうぞお越し下さい。】
>「やぁ、八代君。それとも、君のことは≪サイカ≫って言った方がいいのかな?」
素人がそう八代に告げた瞬間、下腹部の冷感が胸の辺りにグッと上がってきた。
そんな錯覚に陥る。
八代がサイカだということを知っている人間は今のところただ一人だけしかいないはず
そのはずなのに、目の前にいる素人は知っている。
得体の知れない恐怖に八代は唇を震わせ、思わず後退りする。
もはや、素人が何を話しているか聞き取ることすら適わず
恐怖の臨界点に達した瞬間、八代は気を失いその場に倒れた。
八代が目を覚ました瞬間、視界に入ったのは心配そうな顔を浮かべた店主の顔であった。
そして
「冷た…」
自身がびしょ濡れになっていることに気がつく
「はぁ…驚かせるんじゃねぇよ雄!死んでたかと思ったじゃねぇか」
どうやらテンパった店主が水をぶっかけたようだ。
気がついた八代は、先ほどまでカウンターに座っていた素人のことを思い出し
すぐさま、立ち上がり辺りを見回した。
「どうしたんでぃ雄?」
珍しく慌てた様子の八代を見て、店主が声をかける
「ここに座っていた男は!?」
「え…いや、俺が帰ったときは誰もいなかったぞ」
そのことを聞いて、八代は大きくため息をついて、その場にへたり込んだ
「おい雄?カウンターの客はおめぇの…」
「赤の他人です…いや、なんというか…ストーカーに近い感じの
あれ?ところで…無事だったんですか?」
「無事って…この近くでなんの事件も起こってねぇよ」
「…そうですか」
気疲れしたのか、八代は気がついた後、店の片付けを済ませた後、店の椅子に座り込んだまま
深い眠りに落ちていった。
【後手キャンで戦闘イベントは流しました。】
前回までのあらすじ!!
強面のおっさん革命家に協力を要請された俺は持ち前の主体性のなさで二つ返事で引き受けた!
そうして所属することとなった革命結社『フラタニティ』での最初の任務はなんと!駅前でビラ撒きだったでござるの巻――!
バイト雇えよ。
>「貴方達、一体どう言うつもりですか? こんな低俗で悪辣なビラを配るだなんて。
法によって治められたこの国で武力を以て思想を貫き通すなど許される事ではありません。
幾ら悪戯とは言え一部の人々が変な気を起こしたり魔が差したりしたらどうすると言うのです。
貴方達のしている事は世に悪意の種をばら撒くようなものですよ。自重すべき行いです。まったく何を考えているのですか」
「ひぃっ!」
順調に割り当てられたビラのうち大体4%ぐらいを消化していた俺に、女子高生的な生物にシンボルエンカウントした。
自慢じゃないが15歳以上の女の子とおはなしするのはかなり久しかったので冷や汗がもの凄いことになってる。
更に残念なことに、女子高生はポジティブな感情で俺に話しかけてきたのではなかった。ていうか説教だった。
「す、すいません……」
ついつい謝ってしまう。いや、これは十分謝罪に値する案件なような気がせんこともない。
駅前でテロリストの勧誘なんぞやってたらそりゃ怒る人だっているだろうしな。そんな義憤に駆られたのがこのJKってわけだ。
しかし今時珍しい殊勝なお嬢さんだな。大体の人間は冗談だと思って笑い捨てるか、不快感だけ残して無視していくのに。
「でもさ、法に定められてるったって、結局それをみんなに順守させてるのは武力のケツ持ちがあるからだろ。
そういうのに納得いかない連中が、『同じように』武力でそれに抵抗するっていうのは、そこまで悪いことか?」
大の大人が圧されっぱなしというのも格好がつかないので精一杯の反論。
気の強い女は苦手だ。
「それにさ、何か勘違いしてるかもしれないからこれを機に正しとくぞ。
『悪意の種をばら撒くようなもの』……違うんだ。そこ間違ってもらっちゃ困るぜ。『ばら撒いてる』んだよ実際にっ……!」
俺はともかく其辺のおっさんは確かに本気だ。でなきゃあんなリスクを侵してまで俺を勧誘しにくるもんか。
だからこそ、それゆえに、このビラ撒きには意味がある。こんな冗談みたいなものの縋らなきゃいけないほど困窮してる奴を炙り出す。
「だからお嬢さん、異能者じゃないないならお呼びじゃねえよ。ていうかビビるんで見逃してくださいお願いっ☆」
可愛くお願いしてみる22歳童貞。猛烈に死にたくなったが残念ながら俺には使命があるのだ。
全部ことが済んだらどっかでひっそりと80年ぐらいかけて自ら命を絶つ所存である。
>「あー・・・その、なんだ。この国にはケンポーって奴で『シソーリョーシンのジユー』だの『シンキョーのジユー』ってのが
保障されてるらしいから?別にどこで論争始めようとあンたらの勝手なんだけどさ・・・とりあえず、通行の邪魔なンだけど?」
議論も沸騰しかけた頃、いつの間にか通行人の邪魔になっていたらしく横から声が飛んできた。
正確には横ななめ下方向から突き上げるような言葉のアッパーカット。俺は顎を撃ちぬかれ、反射的に見る。
「あ、サーセン」
そこにいたのは背の低い女の子だった。
無造作に纏めた長い黒髪と、実用性重視にも程がある服装だが不思議と野暮ったい印象はなく、これはこれで完成された見た目だった。
「ほ、ほらこの通りすがりの女の子も言ってるだろ!この国じゃ何でも言っていいんだよ言うに留めるだけならな!
さっすが良い事言うね!おじさんが飴をあげよう!そしてマジで通行の邪魔になってるっぽいから解散するか場所を移そう」
立ち話もなんだからね!事務所にお越し願ってじっくりお話したいね!
正直なところめちゃくちゃ犯罪の香りのする提案だったが、俺とてあまり目立ちたくはない。
報道規制のおかげで顔も名前も世間には公表されていないものの、『あの場』にいた人間がこの雑踏に紛れてるとも知れない。
「お嬢さんと正しさを競うつもりはないけれど、理解はしてもらいたいからな。あ、良い事言った君も来る?」
【立ち話もなんなので場所を移すことを提案。行き先を選んで下さい。喫茶店でも居酒屋でもカラオケでもアジトでも】
【5日ルールぶっちぎってしまい大変ご迷惑おかけしました】
>「す、すいません……」
言葉は返さない。反応も示さない。
悪事と言うのは謝ればいいと言うものではない。
謝罪の言葉を吐くだけならば稚児でも、鳥にだって出来る。
犬だって叩かれそうになれば身を縮こめて、媚びるように鳴くのだ。
その言辞に悔い改め反省の意志が篭っていなければ、一体どうしてそれが人の言葉であると言えるだろうか。
>「でもさ、法に定められてるったって、結局それをみんなに順守させてるのは武力のケツ持ちがあるからだろ。
> そういうのに納得いかない連中が、『同じように』武力でそれに抵抗するっていうのは、そこまで悪いことか?」
ほらこのように、口先三寸の謝辞の尾に詭弁を弄した言い訳を付着させて。
反省も考えを改める気もないなら、初めから謝るなと言うのだ。
いっそ開き直られるよりも姑息で、不愉快な気分にさせられる。
>「それにさ、何か勘違いしてるかもしれないからこれを機に正しとくぞ。
> 『悪意の種をばら撒くようなもの』……違うんだ。そこ間違ってもらっちゃ困るぜ。『ばら撒いてる』んだよ実際にっ……!」
>「だからお嬢さん、異能者じゃないないならお呼びじゃねえよ。ていうかビビるんで見逃してくださいお願いっ☆」
……そのついでにと言わんばかりに開き直られれば、尚更に。
視線に険が宿り、細く痩せたのが自覚出来た。
嫌悪感が沸々と胸の奥から産声を上げるのをを感じる。
>「あー・・・その、なんだ。この国にはケンポーって奴で『シソーリョーシンのジユー』だの『シンキョーのジユー』ってのが
保障されてるらしいから?別にどこで論争始めようとあンたらの勝手なんだけどさ・・・とりあえず、通行の邪魔なンだけど?」
「……それは失礼しました。どうぞ、お通り下さい」
小さく頭を下げて平坦な口調で詫び言葉を述べ、一歩退いて道を開ける。
この女性が言う事は尤もで、だからこそ私の言葉を阻害されたからと言って恨みを抱くのはお門違いだ。
そして私は再び、ビラ撒きをしていた男へと視線の焦点を定める。
>「ほ、ほらこの通りすがりの女の子も言ってるだろ!この国じゃ何でも言っていいんだよ言うに留めるだけならな!
> さっすが良い事言うね!おじさんが飴をあげよう!そしてマジで通行の邪魔になってるっぽいから解散するか場所を移そう」
「お嬢さんと正しさを競うつもりはないけれど、理解はしてもらいたいからな。あ、良い事言った君も来る?」
「結構です。そんな時間は取りません。……貴方達の言葉は少し稚拙過ぎる。
そもそも私一人の理解さえ得られぬ志が、国全体に膾炙出来ると思っているのですか?」
この男達は、救い難い。幼稚にも程がある。
己の主張に一定の正当性が宿っていると考えている分、ただの悪戯よりもずっと性質が悪い。
物事の上辺しか見ていない浅はかな、理想の皮を被った怠慢と独善の理論に身を寄せるなど。
「そもそも国と言うのは、法のみによって纏まる訳ではありません。最後に民の心を掴み国に留めるのは法ではなく、徳です。
即ち為政者の志、誠実さ、信頼感。今は昔、古き時代においては特にそれは顕著でしょう。
根源に人徳があるからこそ国は国たるのです。……尤も、今のこの国に果たしてそれがあるかは断言し兼ねますが」
それでも、私は言おう。
……決して、私の正当性を主張する為ではなく。
彼らが考えを改める事への期待を込めて。
「だからと言って、相手が腐っているのだから自分達はもっと腐ってもいいじゃないか。そんな戯言が通じると思いますか?
少なくとも民は付いて来ないでしょう。貴方達は正義や理想を盾に自己の思想を主張しているようですが……断言しましょう。
貴方達は卑怯者だ。貴方達の本性は目的への正答な手段があるにも関わらず安易な道を選ぶ、野蛮人です」
一呼吸置いて、私は更に続ける。
「無論、過去に武力を以って革命を成し遂げ……後世となった今それが評価されていると言う事例はあります。
ですがそれらは総じて、武力の担い手に確固たる思想がありました。
市民社会化、政治的独立、王族の横暴、社会契約説……どれも民衆が手を取り合い納得し、立ち上がるに足るものです」
我知らずの内に鋭利化していた双眸を見開き、彼らの瞳をしかと捉える。
彼らの心奥に私の声が、言葉が届き、響き渡るように。
「貴方達にありますか? これらに見劣りしない思想が。もしも無いのならば、貴方達がせんとするのは単に
自分達に都合の悪い社会を力任せに打ち砕かんとするだけの忌むべき行為です。
人の世ではそれを革命とは呼びません。テロリズム紛いの悪虐です」
そんな物を理解する必要など、ある筈もない。
私に限らず、誰だってそれは同じ事だろう。
よほど劣悪で、凶悪な精神を有している者でなければ。
「今一度、自分の内なる声と対話してみる事ですね。自分達の主張に人々を納得させ、立ち上がるに至らせる思想があるかどうかを。
それが無ければ、貴方達が如何に異能者を束ね武力を重ねたとしても、その矛先が向かうは滅びの道のみと知る事です」
言うべき事を全て紡ぎ終えて私は目を瞑り、もう一度頭を下げる。
そして身を翻し、いつもよりも随分と遅くなってしまった事をふと思い出しながらも、帰路に就いた。
【随分と先を行ってしまっている方もいるようなので、ひとまず帰りますね。それではご縁があれば、三日目で】
・・・二人が話している(というよりは一方的に説教されている)間
オレはただぼーっとその成り行きを眺めていた。
それは説教している側の女が、今時珍しいぐらいストレートにムカつくタイプの人間だったからだ。
傍から見れば大概の奴はもっともだと頷くだろう正論中の正論。
だが、こいつの話し方は言われる側からすればただ怒りを煽ってくるだけにしか聞こえない
正論正義を振りかざして、本人が優越感に浸っているだけにしか思えない。
そこを自覚して尚話しているなら只の下種だが、無自覚に妄信してるなら
無関係な一個人としてはまだ好感が持てるかもしれないが・・・・・・
>「……それは失礼しました。どうぞ、お通り下さい」
そう、この感じだ。
『私は今とても重要な用件があってアナタ如きには構っていられません。』
という具合の、謝罪の意志等感じられない謝り方・・・
今が人通りの多い昼日中でよかった、まだ『ソレを理由に殺さずにいられる。』
>「お嬢さんと正しさを競うつもりはないけれど、理解はしてもらいたいからな。あ、良い事言った君も来る?」
どうやら話は打ち切りらしい。まぁ、明らかに水掛け論にしかならないのは目に見えていたからいいか。
「そうだな・・・・・・興味はなくもない、かな?んじゃ、悪の種の巣窟にでも案内してもらうとすっかな?」
傍目には微妙に犯罪的に見えるような組み合わせで歩く。こちらはほぼ無言。
恐らくは20代前半ぐらいの男と、10代前半の見た目は女(中身は男)か、通報はまぁされないだろ。
「興味がある理由はごく単純だ・・・・・・実力で排除する為なら、殺しても構わないんだろう?」
道中、発したたったの一言で相手が僅かに怯んだのを感じるが、こっちは愉快で堪らない。
ようやく、力を存分に振るえる場所ができるのだから。
【アジトへ同行で、特に無ければすっとばして仲間になって3日目かな?】
>>69 素人は妄想していた。八代と共に空想上の怪人を倒す光景を、夢の中では
素人は美少年だった。前髪を分けた爽やかな青年。
「八代君!!大丈夫かな?」
「あぁ、素人さん!!俺なら大丈夫!それより、みんなの避難を。」
「任せてくれ!!ヒーローは助け合いだろ!!」
なんだ、夢か。僕は、また空想の中で都合のいい自分を演じてただけだ。
現実は違った。素人のあまりの異常さに、八代は気絶してしまっている。
「なんだ、君も疲れてるの?へぇ、ヒーローでも疲れることがあるんだ。」
棒読みに近い台詞で気絶した八代を見下す。
そして、傍らに落ちていたハンカチを拾い上げると
それを鼻に押し当て匂いを嗅いだ。
すえた、汗の匂いだ。血の匂いも微かにする。
素人は、興奮した。ヒーローというものは、こんな汗の匂いなんだ。
子供の頃、ブラウン菅の中にいたヒーローもきっとこんな匂いをしてたんだろうか。
素人は、喜びに満ち溢れた表情でマスターへハンカチを返し店を出た。
「僕はヒーローにならなきゃいけない。その為にも、八代君。
君が必要なんだ。君の、ヒーローとしての全てが。」
素人は闇夜の中に、乞食をしている兄弟を見つける。
そしてその罪を、自分の尺だけで裁く為に歩き出した。
「君達は、犯罪者だ。僕が、罪を数えてあげるよ。」
また、今日も無慈悲な血が流れる。
異能が溢れたこの都市は、悪意もまた溢れている。
とは言え国を落とすだとか度外れた悪事を画策する者がいるとは言え。
大抵の者はもっと矮小で即物的な悪意を抱き、画策なしに悪事に走る。
「おうオッサン、死にたくなかったら金出しな」
最も分かり易いのは、やはり金銭欲――恐喝だろうか。
それは夜中の出来事だった。
手から火を出したり電気を纏ったりと凡庸な異能をチラつかせて若者達が中年の、
しかし特に派手な時計や鞄を持っているでもない男性を囲っていた。
凡庸とは言っても無能力者からすれば脅威だろうし、何より数が多い。
これでは若者達に異能が無くとも、男性が異能者であろうと勝負にならない。
だが異能はただの戦闘力である以前に脅迫に絶大な効果を発揮し、
また下劣な精神の持ち主たるチンピラ連中が派閥を作る事を助長させる。
異能を用いた暴力集団は何も『フラタニティ』だけではない。
今やこの都市には大小様々な異能者の組織があった。
とは言え、それは余談である。
ともあれ中年男性は素直に財布を差し出し、事なきを得た。
厳密に事が無かったとは言えないかも知れないが、少なくとも痛みを得る事はなかった。
それに財布もこの都市の治安を考え、大した額は入れていない。
悪事に走るような馬鹿な若者が満足する程度の額のみに留めてあった。
さておき、中年男性は嘆息を零して岐路に着くべく再び歩き出し、
「なーるほど。その程度の端金で身の安全が買えるなら安いものだって事だね」
不意に背後で響いた声に思わず立ち止まり、振り返った。
「時計や鞄も安物を選んでるみたいだね。でもスーツには皺一つなくて、
靴も艶消しを施してあるけどとても手入れが行き届いてる。見るに結構なお偉いさんか、
優良企業にお勤めだね? ほんの僅かばかりのお金なんて言わば必要経費だ。
未来を守る為の。なにせ君には将来の約束された人生が待っている」
男性の振り返った先。
そこには星空を閉じ込めたような瞳と、口元に穏やかな曲線を描いた端正な顔立ちをした少年がいた。
少年は立て板に水を流す滑らかさで滔々と、語りを続ける。
中年男性に言葉を挟ませる事を許さない。
暗い夜に、未だ辺りに残留する悪意の残り香に何処までも相応しくない、明朗な声色だった。
そして、
「――だから捻り潰す」
瞬きの内に、少年は男性の頭を掴んだ。
同時に少年の右手が不自然に、不可解に隆起する。
膨らみ、角張り、尖り、彼の手首から先が凶悪な造形の万力へと変貌した。
男性の側頭部に螺旋の刻まれた先の丸い螺子と平面が触れる。
そうして徐々に徐々に、螺子の先端が回転する。
男性の頭にゆっくりと、だが確実に減り込んでいく。
「きっといっぱい勉強したんだろうねえ。色んな物を捨ててきたんだろうねえ。
それとも何もしなくても順風満帆で何もかもが手に入る人生だったのかな?
まあいいや。ねえ今どんな気分? 右肩上がりの人生が自分の頭と一緒に狭まっていくのは」
頭蓋の軋む感覚が万力となった手を通じて少年に伝う。
「やめっ……! やめてくれ! 何でこんな事を!? 金か!? 金なら幾らでも出すから! 勘弁……助けてくれ!」
中年男性が発したのは問いの答えではなく、命乞いの言葉だった。
少年の顔から微笑みが立ち去り、代わりに彼は唇を尖らせて拗ねた表情を見せる。
「えー無視ー? ひどいなあ、傷ついちゃうなあ。でも僕はとても優しいから君の質問には答えてあげるよ」
ほんの数秒で笑顔を取り戻した彼は最後に「あ、お金は別にいらないからいいよ」と付け足した。
中年男性が眼球が零れ落ちんばかりに目を剥き、歯を震わせて顔を悲痛に染める。
その様を見て僅かに、本当に僅かだが――少年の笑みを模る口端の曲線が、邪悪に歪んだ。
「悪い事したい」
そして事もなげな音律で、少年はそう言った。
思わず中年男性が「は」と呆然の響きを喉の奥から漏らした。
「だーかーらー、悪い事したいの」
稚拙な欲求を、少年は繰り返す。
「君は僕より年配者で敬うべきだ。だからタメ口を使う。
僕は血塗られた悍ましい殺人者だ。だから純白のシャツで身だしなみを整える。
僕は凶悪な犯罪者だ。だからあどけない容姿で笑顔を振りまく。
君の未来は多分、前途洋々だ」
一旦言葉を切って、少年は男性に微笑かける。
とても柔和で朗らかな、しかし慈愛の欠片も感じられない微笑だ。
例えるなら産業廃棄物が蠢いて、偶然人の笑顔を描いたような、そんな笑み。
「だから殺すんだよ。別にお金が欲しいとかそう言うのは無いんだ。
だから助からないよ、君は。残念だったねー。まあ来世に期待しよっか」
長々と続いた台詞が締め括られ、いよいよ螺の先端が男性の頭皮を破った。
「やめっ! やっ! あ゛ぁ゛ああああああああああああああああ!」
穿たれた穴と螺の隙間から血が噴き出て、男性が叫ぶ。
助けの懇願は意味のない悲鳴と成り果てて、次第に音量を増していく。
螺が回転を重ねた回数に比例して悲鳴はより大きくなり――しかし不意に、
一際大きな絶叫を上げるとそれっきり、男性は声を発さなくなった。
万力に逆らおうと徒労を強いられていた両腕も力なく垂れる。
「ん? あぁ、死んじゃったんだ」
特に感慨も無さそうな口調で少年は呟いた。
それから暫く何かを考え込むように黙り込む。
「……しまったなぁ。どうせなら殺すんじゃなくて目玉を繰り抜いて切り取った後に視神経だけ焼いちゃって
万一にも視力回復の見込みがないようにしたらついでに舌と耳も同じように壊滅的にしといて
極めつけに両手両足も使い物にならなくしてやればよかったなあ。
誰とも意思疎通が出来ないただ生かされるだけの人生になるだろうし」
万力となっていた右手を元に戻し、中年男性を路上に放り捨てて少年は項垂れた。
首を横に何度も振り、溜息を零す。
「あーあ、今まで殺してきた人達も殺すんじゃなくて、そうしてやれば良かったのに。
僕もまだまだだなあ。これじゃあとてもとても、悪い事をしただなんて言えないよね」
再び少年は沈黙、黙考。
ややあって何かを閃いたのか。左手のひらに右拳を落として、とても楽しげな笑顔を浮かべた。
「あぁそうだ。これで過去の失態が無くなる訳じゃないけど、せめてもの罪滅しをしなくちゃね
人間、反省が大事さ。そうとも、もっとポジティブにいかなくちゃ」
言葉に次いで少年の両腕が左右それぞれ、小さな炎を吐き続けるノズルと巨大な金槌に変貌する。
そして彼は中年男性の死体を焼き、叩き潰す。
「よいしょ、よいしょ……っと」
童子が遊具で遊ぶ時そっくりの笑顔で、何度も何度も、念入りに。
飛び散った血飛沫や肉片が、彼の顔や衣服に付着する。
「うん、こんなもんかな」
それらは一切気にした様子もなく、彼は爽やかな口調と共に額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
「これでさっきのチンピラさん達は捕まってドえらい目に遭っちゃうよね。
最近は異能者の暴れっぷりがハンパじゃないからねー。きっと躍起になって探すだろうなあ。
捕まった後はとびきりの矯正プログラムで混じりっ気なしの純正人格破綻者かー。見れないのが残念だよまったく」
一仕事終えた少年は満足気に何度も頷いて、男性の惨死体に背を向ける。
家に帰るのだ。
最悪の殺人者で犯罪者の彼には、帰る家があった。
人を殺しておきながらのうのうと我が家に帰り、家族に自分の悪事を隠し偽りの態度で接する。
それもまた、彼の言う「悪い事」だ。
「あ、いけない。忘れてた。こんな格好で帰ったら
妹が卒倒しちゃうじゃないか。妹思いの僕としてはそれは頂けないなあ」
ふと思い出して少年はその場で両腕を広げ、くるりと一回転。
ただそれだけで、彼の服装や顔に付着した中年男性の肉片と血痕が綺麗さっぱり消え去った。
彼が悪事を犯し、人が一人殺されたのだと言う証拠が、余りにも容易く抹消された。
「あぁ……もっともっと、悪い事したいなあ」
一人ぼやいて、今度こそ少年は、和明日灯(わあす あかし)は帰路についた。
名前:和明日 灯真(わあす あかし)
職業:高校生
勢力:悪
性別:男
年齢:16
身長:162
体重:42kg
性格:分別がある
外見:真っ白なカッターシャツにくすみ一つない黒のズボン
外見2:異能によって部分的に変身
特殊能力:【悪意の体現】(イッツアワンダフルワースト)
悪意を体現する能力
備考:悪い事したい
私、縁間沙羅は今日一日を振り返る。
人はどれだけ高潔を意識しても過ちを犯す生き物であり、知らずの内に道を違えてしまう。
例えほんの僅かでも道を踏み外した事を看過すれば、それは積み重なり、大きな間違いへと繋がる。
だから私は今日と言う日を顧みて、省みるのだ。
――易きに流れなかったか。
私は今日、銀行員の精神感応を受けて、逃げると言う選択肢もあった。
だがそうはせず、私は自分の正義感に従い行動出来た。
とは言えその結果は、揺らぎなく芳しい……とは到底言えないものだったが。
――己を見失う事なく律する事が出来たか。
今思い返しても恥ずべき失態だった。だからと言って、目を逸らす事は許されない。
私のあの行動が、私の正義心に基づくものであったのは、間違いない。
だが同時に人質の命を無闇に危ぶませる事であったのも、事実なのだ。
正義の御旗を掲げた行動ならば何をしてもいい。そんな筈はない。
あの猛獣の魂を宿した野蛮な男だって、一応は悪を憎む……彼なりの正義の信条に従って動いていたのだろう。
しかしそれが、人を殺していい理由になる訳がない。それは悪であり、犯罪者の業だ。
私のした事は、それと大差なかった。単に結果が僥倖で護られただけで。
本当に……固く心を戒めるべき、愚行だった。
そして――清純を装って言葉に私的な悪感情を篭めなかったか。
私があの馬鹿げたビラを撒いていた男達に嫌悪感を抱いたのは、否定しない。
だがしかし。いや、だからこそ、私は私の言葉にそれが滲まぬよう強く心掛けた。
意図せずとも純善の言葉を放てると自称するには、私はまだまだ途方もなく未熟だから。
……彼らの心に私の言葉は届いただろうか。
凶行に走る事なく思い止まり、何か他の道を選んでくれたならいいのだが。
彼らは曲りなりにも、国を憂いているのだ……と、私は信じたい。
ならば手段さえ、間違えなければ。
彼らはきっと善い人となる事が出来る筈なのだ。
……私の考えは間違っているのだろうか。
問答無用で通報して矯正所の強権に任せてしまった方が、良かったのだろうか。
罪の可能性を未然に摘み取る。罪に傾きつつある人に尚、説得を試みる。
どちらが正解で、どちらが間違いか。
どちらが正義で、どちらが悪なのか。
私には分からない。
私はまだまだ、未熟過ぎる。
【暇になったので、単に日記帳めいた内面描写です】
(大神タクミの2日目、夕方)
俺は大神タクミ。まぁ、この街に来た大した動機もない。
ただ、このベルトを返しに来ただけだ。
そもそも、馬鹿みたいな仮装パーティに付き合う程俺はお人好しでもない。
しかし、今日も俺は金が無い。金が無いなら稼ぐしかないわけだ。
暴力で人から金を奪う事も出来るだろうけど、それだけは何か違う気がする。
【職業安定所】
ここでは、街で溢れたヒッピーどもが屯している。
タクミはバイトをクビになったせいで無職となっていた。
とにかく短期でもいいので、働き口を探さなければならない。
「で、おたくは資格あります?」
「ねぇよ。働くのに資格なんているのかよ?あ?」
「はい、次の方ぁー」
体よく追い出されたタクミの目に、1枚の掲示板が止まる。
警備員緊急募集!!時給1000円!!弁当あり!!
この文字に、タクミの目が輝く。とりあえず明日の食い扶持は大丈夫だろう。
「あ、あの。このバイト、希望したいんっすけど。」
すぐに応募用紙を書き込みワッペンなどを貰うと、安定所を後にした。
「ダイヤモンドパーティの警備員か。まぁ、大した事ねぇだろ。
まぁ、あいつ等が来ないといいけどな。」
銀行で出会ったヒーロー達を思い出す。
彼らが来たらなんだか面倒な事になりそうだ。
一抹の不安を抱えながら、タクミの1日が終わる。
>「結構です。そんな時間は取りません。……貴方達の言葉は少し稚拙過ぎる。
そもそも私一人の理解さえ得られぬ志が、国全体に膾炙出来ると思っているのですか?」
「う……」
ノリと勢いだけで煙に巻こうとしていたところに正論で返された。
>「今一度、自分の内なる声と対話してみる事ですね。自分達の主張に人々を納得させ、立ち上がるに至らせる思想があるかどうかを。
それが無ければ、貴方達が如何に異能者を束ね武力を重ねたとしても、その矛先が向かうは滅びの道のみと知る事です」
「…………」
俺は言葉を返せない。
彼女の言っていることは正しく、そして断崖絶壁だ。反論の余地がない。意図的に残していない。
議論を長続きさせるには正論を言わないのがコツだが、なるほどこのJKは短期決戦に重点をおいた理論武装なのだった。
女子高生は一度だけ頭を下げると、そのまま踵を返し、駅の雑踏の中へ消えていった。
「なんなんだあれ」
通り魔的説教か。
>「んじゃ、悪の種の巣窟にでも案内してもらうとすっかな?」
隣で同様に女子高生を見送っていた女の子が言う。
この娘もノリで誘っちまったけど、そもそも異能者なんだろうか。
ともあれ我々の活動思想に興味をもって貰えるのは素直にありがたいことなので同行を願うことにした。
「今日は顔見せ程度になると思うけどな」
二人連合って駅を横断する。雑踏の中、特に話すこともないので沈黙が両者を繋ぐ。
若干気まずいけど俺はそこまで舌の回るタイプでもないし、あんまり構い過ぎてウザがられてもアレだしな。
>「興味がある理由はごく単純だ・・・・・・実力で排除する為なら、殺しても構わないんだろう?」
道中、彼女はぼそりとこう呟いた。
喧騒の中で、その一言だけは酷くクリアに聞こえて、同時に俺は肛門から氷柱を産んだような錯覚を得た。
「あ、ああ……俺たちゃ悪の組織だからな。さもありなんだ」
その凄絶な言葉に全身が総毛立つのを感じながら、当たり障りのない返答でお茶を濁すのだった。
【駅前ビル・『フラタニティ』アジト】
「ここの2階に事務所があるんだ。下のテナントにコンビニ入ってて便利だろ?」
なんてことも言っちゃう。会話途切れさすとまたどんな発言が飛び出すかわからんからな。
ビルの案内図がいつの間にかすげ変わっていた。『異能者支援法人フラタニティ』とかご丁寧にビラまで貼ってある。
女の子と密閉空間で二人っきりになるのは流石に危ないかなと判断し、階段で二階の事務所まで上がった。
「ただいま。喜べ其辺、入団希望者連れてきたぞ……っと?」
事務所には其辺以外にも数人がいた。
小学生を促成栽培したようなヒョロッポな青年に、泣き顔とデフォルトの表情がつかないしょぼくれたおっさん。
それからそのおっさんに寄り添うようにして腰掛ける中学生ぐらいの女の子。
「遅かったな道程君。当方は既にトリプルスコアをつけているわけだが気分はどうだ?」
三人の更に向こうでサンマ傷の強面がデスクに肘をついていた。丸眼鏡が夕日に反射して間抜けなことになっている。
今だにこいつのキャラが掴めないな。面白いこと言うタイプなのか。とりあえず突っ込んどこう。
「いつの間に競う話になってんだよ」
「ははは、まあ良い紹介しよう。彼らは『粗製濫造』で期せずして異能力を習得し、その振るい方に迷う者たちだ。
駅前で網を張っていたにしては少ない方だが、よくよく考えれば異能者が通常のサイクルで生活するのも変な話だな」
とにかく自己紹介を、と其辺に促されて俺は部屋の中心へ。
連れてきた女の子も含めて4人の新顔に、俺という人間の存在価値を発表する。
「俺の名前は真性道程。異能力は限定空間内事象再現。職業は受刑者で、今日脱獄してきましたっ」
主に三人組のあたりがざわっと色めき立った。
つい先日までパンピーだった彼らにとってナマの犯罪者というのはなかなかに親しみ難いものなのだろう。
「このお三方は?」
「彼らについては既にエントリーシートを作成してある。
道程君の連れ込んだ入団希望者にもおいおい書いてもらうことになるが、とりあえず目を通しておけ」
受け取った三枚の履歴書っぽい紙には、なるほど三人の氏名から職業、略歴、異能力まで詳細に記してあった。
えっと……ヒョロッポが朽葉君。異能は流体喚起、高校中退後無職の引きこもり、就業経験無し。うわあ、一人目から光る人材だ。
おっさんが山吹サン。能力は推進力付与?念動系か。職業はコンビニ店長……すぐ下のコンビニじゃねえか。世間狭いな。
んで女の子が山吹……おっさんの娘か。中学三年生、能力は広域サイコメトリー。親子そろって異能者なのか。
うーむ、言っちゃなんだけど、なかなかにアレな人間ばっか集めてきたな。大丈夫かこの組織。
「ではこれを」
続いて渡されたのは白紙のエントリーシート。
俺の連れてきた良い事ちゃんの分だな。俺経由で彼女へと回す。
「必要事項を記入したら、今日はもう遅いので一旦帰ると良い。明日の朝またここに集合して、早速最初の任務だ」
エントリーシートが問うのは、氏名、年齢、職業、異能力。
そして――志望動機。世の中にどんな不満を抱えているか。己の能力で、何を為したいか。
【アジト到着。何事もなければ三日目に再集合】
【夜之咲くんにエントリーシートの記入を要請。自己紹介程度にお使い下さい】
【3日目早朝】
「『不用意にダイヤの入っているケースに近づく人間に一言注意する事』『襲撃があった際一般のお客さん避難誘導を行う』事、『可能ならば一般展示物をなるべく避難させる事』それが君達の仕事内容だ
ブラックダイヤモンドの特設展示会場は不知火重工の対ヴィラン特設部隊と警察が守る
君達臨時の警備員はそれ以外の展示品の保守点検を行って欲しい
ヴィランは生身の警備員でどうにかできる相手じゃない
異能犯罪者が現れたら周囲の一般客を避難させる事だけに専念しろ、避難完了次第、警察に全てを任せて、撤収だ
怪人の相手は職務に含まれていないので安心して欲しい
なお一般展示物をここから地下金庫へ避難させた数と展示物の質に応じ追加報酬が払われるが、ヴィランがダイヤだけを狙ってくると考えてはいけない
金で命は…」
本来の博物館の警備員がトリッシュ邸の事件を耳にして恐ろしくなって一斉に辞表を提出したため
急遽「ダイヤ以外」の一般展示品を保持するために集まったアルバイトの「ダイヤモンド展示会臨時警備員」達の職務説明を横に聞きながら、宙野は博物館の地形を把握すべくマッピングを行っていた
スプリンクラー、消火器、防犯装置、廊下の広さ、壁の材質、シャッターの位置
それらをくまなく点検し、頭の中に叩き込んでいく
ダイヤが展示されるのは、入り組んだ博物館の中心で
今この街を騒がす台風の目であるBDに近づく命知らずな善良な民間人は恐らくよほどの物好きだけでそうはいないだろう
だからBD展示会に訪れる人間=変人orヴィラン、もしくはでしゃばりな民間人のどれかで
ヒ ー ロ ー
変人などそう多くは無いだろうから、戦闘が始まってそこにいるのは流れ弾が当っても何ら問題ない奴だけと言う事だ
なので、BD周辺の「警備」は全く一般人への配慮の無い者になっている
BDが置かれた50tの衝撃にも耐える特殊強化ケースと台座の周辺は「戦いやすいように」小さな体育館ほどの広間になっていて
展示中は人間に扮したメタトルーパー4機と、自警団のメタルマン、武装警官と以前宙野が着ていた旧メタルボーガーが「重火器で完全武装して」広間の直接の守りにつく事になっており
BD展示会場で戦いが起こってもそこまで被害が及ばない程度はなれた位置にある「迷惑をかける事になった」哀れな博物館の一般展示品にはバイトで雇われた一般の「自分の命を優先するように言っておいた」警備員が専属で守りにつき
更には機動隊と警察特殊部隊が出動準備万全で待機
と言う至れりつくせりな状態だ
…しかし
『この程度』ではレギンや秤乃級のヴィランの襲撃は防げないだろう
(だから俺がいる、俺がやる…必ず)
自身の立場と役割をもう一度胸の中で反芻した宙野は、一つ気合を入れ、自分を鼓舞した
決戦の時は…今夜である!!
【準備完了しました】
>>78 世の中そんなに甘くない
近隣住人の目撃証言や、たまたまその場面を写した監視カメラの存在により
和明日は即日全国指名手配になった
【今から3週間程前。矯正所事件から2日後、デフォルトコープ本社・社長室】
ウィリアム・デフォルトは、目の前の男に紅茶を差し出しながら
笑みを浮かべていた。これまで、散々辛酸を舐めてきた彼がようやく日の目を見る事が叶うかもしれないからだ。
目の前の汚らしい長髪、みすぼらしい襤褸切れとタンクトップだけの男に。
「君を、矯正所から見つけ出せて良かったよ。しかし、驚いたな。
まさか、あそこでの矯正を受けずに脱獄したのか?イワンコフ君。」
男の名前は、ボルゲイ・イワンコフ。かつて、トリッシュの父の元で
リアクター製作に携わっていた者だ。
現時点で、トリッシュ以外でリアクターを完全に再現できる唯一の人物。
しかし、テロ組織にトリッシュの殺害を依頼した事が当時副社長であった
石原により発覚し懲役刑を受けていたのだ。
悲しい天才―セッド・ジーニアス。そう、彼を人々は呼んだ。
「よぅ、ウィリアムの坊ちゃん。てめぇの言いたい事は分かるぜ。
俺は、リアクターを作れる。だが、ノウハウだけじゃ意味が無い。
だから、施設と機材をやる。そうだろ?」
ウィリアムは目の前の男のにやけた口元の奥に光る銀歯に、嫌な顔を見せながら
数枚の資料を見せた。そこには、トリッシュと石原市長。そして不知火工業の
現在の戦力が記載されている。
ブラックダイヤの事も、そしてそれにより生まれた能力者達の事も。
「Mr.イワンコフ。君に、アイアンメイデンやジョーカーを超える力を持った
アーマーを作り出して欲しい。そして、それを量産できる体制を整えたい。」
邪悪な笑みを浮かべ、提案するウィリアム。しかし、それすら上回る程の
強烈なスマイルでイワンコフは返答する。
「2週間あれば充分だ。その代わり、俺に研究所を貸せ。
口出しは無用だぞ、ボウズ。」
【時間軸
>>68より数時間後、都市・車の少ない裏通りにて】
石原達を乗せた公用車が、裏通りを抜けて走る。
イベントへ向け、最終的な詰めを行う為に不知火工業へ向かう予定だった。
しかし、それを遮る様に1つの影が立ち塞がる。
「市長!!あれは……!!早く退避を!!」
秘書のメリルが石原を逃がそうとする、しかし石原は逆にメリルと運転手を車外へ追い出す。
「君達が逃げろ!!いいか、僕は酒飲みで女好きで最低な奴だ。
僕みたいな奴が逃げるくらいなら、君達が逃げる方がいくらか理に適ってる。
もしもの時は不知火工業に、私の事はベニスにでもいったと伝えてくれ。
進行と提案は、メリル。君に任せる。いいな。
さ、早く。」
「市長!!そんな……」
強引にドアを閉め、車のアクセルを吹かす。
石原は、目の前の影が何者か。察しは付いていた。
「君か……イワンコフ。だが、逆恨みは良くないな。
君がやった事は鬼畜にも悖る。まぁ、今の君には馬耳東風だろうが。
さぁ、来い!!相手になろう、この私が。」
影の正体は、赤と黒の鋼鉄のアイアンアーマー。
イワンコフが数週間で作り上げた異形の怪物。
「よォ、よォ、よォ……ひっさしぶりじゃねぇか。
クソ髭のクソ面。まぁ、テメェに顔向けするのも今日で最後だ。
こいつは、アイアンベリアル。貴様らの顔を引き裂く、最高の玩具だ。」
イワンコフの言葉を無視し、石原は車を突進させる。
いくらアーマーといえど、こちらの突進に無事では済まない。
これは賭けだった。しかし、その賭けは余りにも無謀だった。
「――シャァアアアアアアアアアア!!!!」
イワンコフの叫び声と共に、突進した車が真っ二つに切り裂かれる。
電撃と火。それに焼かれ、石原の乗った車は爆発に消えた。
切り裂かれたそれを見つめ、満足そうに喉を鳴らすとアイアンベリアルは
踵を返し去っていく。
その様子を、運転手とメリルは呆然と見詰めるしかなかった――
【石原市長、正体不明の敵に襲われ死亡?この件は公にはせず、3日目へ】
名前:セルゲイ・イワンコフ
職業:元トリッシュインダストリー技術職、現在逃亡犯(矯正所)
勢力:ヴィラン
性別:男
年齢:49
身長:190
体重:96kg
性格:自己中心的
外見:ざんばら髪、汚らしい髭面。体の各所のタトゥー
外見2:リアクターを使用した新型アーマー(デフォルトスコープ社製)
特殊能力:強化型リアクターにより、アイアンメイデンに匹敵する
戦闘力を得ている。
備考:元はトリッシュの父の弟子。自らもリアクター製作のノウハウを得たが、
トリッシュの才能に嫉妬。彼女の殺害を計画するが、結果的にはそれがアイアンメイデンを
生む事になってしまう。
憎しみに支配された彼は、毒殺を計画。しかし、副社長だった石原に阻まれ矯正所送りになる。
矯正所事件の中、混乱に乗じて脱出しデフォルトの元で働く事になる。
矯正所の矯正プランにも屈しなかったほどの、驚異的な精神力の持ち主。
ビラ配りのバイト(?)に連れられてビルの階段を上る
・・・・・・『異能者支援法人フラタニティ』?
表の顔にしたって名前一致させていいのか、とも思うが野暮は言わないでおいた
事務所に入ってみれば、怪しいヤクザと他にも3人ほど先客。
・・・かなりこじんまりとした組織であることに若干目眩がしたけどまぁいい。
どうせ理由があればどこでも同じだ
>「俺の名前は真性道程。異能力は限定空間内事象再現。職業は受刑者で、今日脱獄してきましたっ」
「罪状は家屋不法侵入か、それとも婦女暴行?それほど図々しくも見えないから窃盗あたりか・・・?」
とついうっかり思ったことが口に出てしまう。
各自の紹介の後、エントリーシートって奴を受け取った。
何となく紹介を求められてる視線を感じるので、頭をがりっと掻いてから簡潔にまとめた
「あー・・・夜之咲 凍空。凍てつく空でISOLA。職業は高校生、現在休学中。
先ごろの一家消失事件の残り一人、ってことでな。詳細は黙秘させてもらうけど
で、能力は・・・・・・あー、説明めんどいな。早く動ける、『音や風』と『光』を操る。か○は○波でも撃てるぞ。
・・・・・・で、前もって言っておくけどオレは男だからな、女と間違えたら張り倒す。」
ざっくりと紹介した後に、ちゃっちゃとエントリーシートを書き上げる。
入り口に近い立ち位置から『風』に載せてシートを送り出す。机に着地するまでを見るまでもない、計算済みだ。
今度の集合時間だけ聞いて、帰る事にした。
【エントリーシート】
*氏名 夜之咲 凍空 (やのさき いそら)
*年齢 15
*職業 高校生(休学中)・・・殺人鬼
*異能力 ・・・自分でもどこまで応用が利くか試してないのでざっくりと
1、『光』を操る (ビームにしたり、剣にしたり、外見を誤魔化したり)
2、『音』や『風』を操る (剣に振動を加える、声を変える、剣閃で鎌鼬)
2−2、身体能力の強化(ただし速さに偏っている、頑強じゃない)
3、脳神経の強化
*補足:一点特化じゃないから、個々の能力の高さには期待すんな。以上
【夜之咲 凍空】
――――――夜、バカが二人釣れた。
「・・・これで二人死亡っと。証拠も消しておかないとな。」
【特別やることがないので今度のレスから三日目へ移行しようと思いマス】
強盗事件から一夜明け、日比野は喫茶店で朝食を摂っていた。
ブラックダイヤが博物館に展示され石原市長直々の宣伝で大騒ぎだ。
もちろん一般人が展示される博物館に行くことは決してない。
これがヴィランを釣るための餌であることは明々白々だからだ。
例え気付くことはなくても台風の目であるブラックダイヤに近づく者は誰もいないだろう。
しかしそれでもヴィランはやって来るだろう。ブラックダイヤにはそれほどの魅力がある。
「市長やスポンサーも気合入ってるなぁ…
でもブラックダイヤでヴィランは増加、矯正所からはヴィランが脱走したし
ここら辺でなんとかしようとするのは当たり前、かな…」
彼らにも作戦プランというものがあるだろうし、無闇やたらと掻き乱すのはよくないだろう。
こんな作戦を打ち出すのだからあちらには切り札もあるのだろう。
しかし、それでも見過ごせない。万が一ということもある。
「……ブラックダイヤ、見にいこうかな…邪魔にならないようにしとけば大丈夫だろうし」
…どうやら後ろから蜂の巣にされるかも知れないという考えには至らないらしい。
店を出てバイクに跨ろうとした瞬間、女性の抵抗を示す叫び声が響く。
男性に強引に引っ張られ、車の中に引き摺り込まれた。
そして急ぐように車は走行を始める。
どうやら女性は拉致られたらしい。
※ ※ ※
『麻酔の量を少なくして、いいのかよ』
『いいんだよ。
他の奴らも次はこうなるんだ、って思わせとけば抵抗する気も失せるだろ』
『酷い組織だな…この改造手術が失敗すりゃ、俺らも前線送りなんだろうな』
『洒落にならねーからやめろよ。
…つーか結局最後はどいつもこいつも脳改造受けて人間の時の記憶なんかなくしちまうんだ。
それならローリスクな方が良いに決まってる』
『酷い組織だな。…人工細胞の移植はじめるぞ』
程なくして青年は目覚める。痛みに耐えかねて発狂しそうになった。
※ ※ ※
日比野はバイクで車を追いかけながら、ヴィランに拉致られた後のことを思い出した。
思い出す度に胸辺りに引き攣った痛みを覚える。
走行を続ける車の目の前にバイクが停まる。
突然の出来事にブレーキをかけ、ハンドルを切る。
車は安っぽいスピンで回転しながら対向車線に突っ込んで停車した。
幸いこの時間帯は車はあまり通っていなかったため、被害はないに等しかった。
「テメーーッ何してんだ!死にてーのか!」
男が二人、安っぽいスピンを描いた車から飛び出してきた。
30代あたりだろうか。スーツを着ているあたりサラリーマンなのだろう。
どちらも卑屈そうな顔立ちだ。車の中にはうっすらと縛られている女性が見える。
「拉致られた人の気持ちを、理解できるのか?」
「は?」
「どれだけ怖いのか知らないくせに、軽い気持ちでそんなことするな…!」
バイクを降りてヘルメットを脱ぎ捨てると同時に「変身」と呟く。
濁った光が日比野を包み一瞬にして異形の姿へと変わる。
「ば…ばけ…」
二人の胸倉を掴むとそのまま歩道へと投げ飛ばす。
「化物」と叫びながら逃げ惑う拉致犯罪者に一瞥をくれる。
反撃もせず逃げる辺りゲスな理由で犯行に及んだ愉快犯なのだろう。
車に置き去りにされた女性を助けるため
ロックのかかった後部座席のドアを強引にこじ開ける。
縛られた縄を引き千切り口に貼り付けられたガムテープを引き剥がす。
外見とは裏腹なちまちまとした作業だ。
「もう大丈夫ですよ」
「分かってるわよ。キモ格好悪いんですけど。
どうせならもっと格好良いヒーローに助けて欲しかったし。大気圏外で死ね」
恩を罵倒で返された。日常茶飯事ではあるが。
女性は異形に一瞥くれるとそそくさと歩き出した。
『誰かを守ろうとしても、相手はあんたを信じてくれるとは限らない』…正にその通りである。
恐らく日比野翔一は一生英雄(ヒーロー)にはなれないだろう。
しかし人々を守ることはできる。誰かのために戦うことができる。
そしてあの義賊の後姿が一瞬フラッシュバックする。
(……あの人やヒーローにはなれないけど。皆は守れる。守れるんだ…)
変身を解き決意を結び直してヘルメットを被る。
そして、
「ママーあの人ずっと道路の真ん中で空を見上げてるよー」
「シッ!見ちゃいけません!」
バイクからずっこけた。
【次レスから三日目へ、ということで宜しくお願いします】
「……ブラックダイヤの展覧会、ねぇ」
朝の新聞を広げて、伊達一樹は呟く。
同時に、馬鹿だなと心中で断じた。
幾ら何でもやり口が露骨過ぎる。
ヴィランを集めるつもりでいるのは分かるが、これではそこらのヴィランは敬遠してしまう。
来るとすれば余程の大悪党か、そうでなければ大馬鹿者、或いはその両方の素質を兼ね備えた者。
そんな所だろう。
(どう考えても功を急ぎすぎだろ。矯正所の一件でヘマやらかしたから躍起になってるんだか知らないけど……)
このままでは二の轍を踏むのが関の山だ。
そう、一樹は失望の溜息を零した。
彼は知らない。警察が、不知火工業が現状を打破すべく秘密兵器を開発してのけた事を。
(ま、何にせよ僕が出る幕じゃないな。別にヒーローごっこが趣味って訳じゃない)
新聞を居間のテーブルに放り、テレビの電源を付ける。
この都市の情報媒体は都市外と異なる。治安の関係上だ。
どのチャンネルを映しても、展覧会の事ばかりが放映されていた。
(ホント、なーにやってんだか。こんなのに引っかかるなんて、余程の馬鹿……)
「あらぁ! 何それ、タダでパーティに参加出来るの!? 素敵じゃない! ねえ一樹、行きましょうよ!」
背後からけたたましく響いた母の声に、伊達一樹は沈黙。
そして本日二度目の溜息を零した。
(……この都市の人間って、どうにも危機に疎いよなぁ)
ヒーローがいて、助けてもらえる。
悪人達がいても、退治してくれる。
(ま、行くしかないか。母さんを一人で行かせる訳にはいかない。警察は不甲斐ないし)
それが当たり前となっているのだ。
誰も助けてくれなかったら、誰も何ともしてくれなかったら。
そう考えようとはせず。
その先の未来に横たわる、結末と言う名の自分の屍を見ようともしない。
日常の水面の底で揺蕩い、すぐ上に揺れる悪意の名を掲げる銛に気付かない。
(だから……僕がやるしかないんだ)
【三日目入りました。次で展示会入ります】
【事故後、市庁舎】
副市長の押尾誠之助は、市庁舎の椅子に座りウィリアムと向かい合っていた。
その手には、ウオッカが入ったグラスが握られている。
「やりましたね、副市長。いや、次の市長。」
押尾の笑みに満ちた顔を見つめ、ウィリアムも邪悪な笑みを浮かべた。
全ては計画通り。邪魔な市長を、イワンコフに消させて後はこの狸顔の金と女にしか
目の無い男をこちらの思うがままにさせればいい。
もう、この街は私のものだ。誰にも邪魔はさせない。
ウィリアムは、グラスを傾けるとそれを一気に呷った。
「私も待っていたんだ。あのクズのような、石原の下で雲泥たる毎日を
送っていたのも今日の為だよ。ウィリアム社長、これからは我々の時代だ。
で、明日のイベントはどうする?面倒だし、やめておくかね。」
押尾の言葉に、ウィリアムは首を横に振る。
あのイベントは、大切な実験だ。そして、このウィリアムの時代を
告げる大々的な広告にも成り得る。
「いや、イベントは通常通り行うとしよう。私達がここで浮ついていては
話にならない。何事も、万事抜からず。そうだろう?」
二人の居る部屋に、数名の美女が入ってくる。
下着姿の彼女達を、押尾はだらしのない笑みで迎えていた。
######################
「はい、ええ。やはり副市長は。はい。そうです、また連絡を。」
市長の公用車の運転手であった小太りの男、杉作が何者かに
電話をしている。
場所は市長室の横。耳にはイヤホン。どうやら盗聴をしながら
誰かと会話しているらしいが――
【導入終了・舞台はダイヤイベントの3日目へ】
朝起きて、朝食を作り、父と食卓を挟む。
会話はない。食卓において口は言葉を吐く物ではなく、食物を運ぶ物だ。
ただ黙々と互いに食事を口に運ぶ。いつもの事だ。
食事が終わったら洗い物をして、朝食の準備をしている間に父が読み終えた新聞を手に取る。
全てが、いつもの事だ。いつも通りの、縁間沙羅の日常だった。
『号外――ブラックダイヤモンド展覧会』
有り触れた朝に、亀裂が走った。
眉間に微かに皺が寄るのを感じ、私は思わず一瞬止まった呼吸を再開して嘆息を零す。
何だ、この馬鹿げた見出しは。
つい先日、矯正所襲撃事件で味わった屈辱の味は、早くも彼ら
……警察組織の喉元を過ぎ去ってしまったとでも言うのか。
このような馬鹿げた触れ込みで無闇に悪党共を呼び寄せて、どうすると言うのだ。
いや、尋ねなくとも答えは分かっている。
大方、万全の準備を期しているとでも言うのだろう。
だとしたら、矯正所の際には万全を期していなかったとでも言うのか?
悪党がのさばり、警察ではなくヒーローがそれを退治する日常に甘んじるのが万全か?
彼らはこの期に及んで、自分達の万全が如何に無力であるのかを自覚していないと言うのか。
新聞の紙面の向こう側に、まるで父の言葉……いつかの論争をした際に
聞かされた言葉が見えた気がして、思わず私は心が波立つのを禁じ得なかった。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
私がすべきであるのは、憤懣を心中で煮沸し培養する事ではない。
そう、私は知ってしまった。
無力な者達が、無謀な者達の試みによって虐げられるかもしれないと。
かもしれない……それだけでも、動く理由としては十分過ぎる。
何も起こらなければそれでよし。
もしもこれで、後になって何かがあったと知ってしまったら。
私は悔やんでも悔やみきれないだろうから。
……訂正しよう。取り返しがつかないから、だ。
私は今、私が感じるだろう自責の念を無意識に優先して考えていた。
自分の精神衛生の保持に、正義の名を掲げてしまった。
やはり、私はまだまだ未熟だ。
だがこうして自覚出来た事だけは、幸いに思おう。
私はまた一つ、正しい道理を見つける事が出来たのだから。
目を閉ざして思考に区切りを刻むと、新聞をそれ専用の籠へ収めた。
そして、私は展覧会の時を待つ。
【おさきに三日目でーす。同じく次から展覧会へと!】
「待て……待ってくれ! 待て待て待て待て! やめろやめろやめろぉおおおああああああああ?!!!!???」
大の字を描くようにして、両手足を壁に固定された白衣の青年
必死の形相で許しを請うが、その言葉は途中から絶叫に変わる
同時に彼の目に映ったのは……細切れになった自分自身の右腕
次いで左腕が、右足が、左足が、まるで子供の玩具のように体から切り離されていく
「あ……かっ……」
許容量を遥かに超えた激痛に、青年は声にならない悲鳴を上げた
手足を失った体は、ゴミのように地面に転がっている
「な……にを……」
何かを言おうとするが、激痛のあまり言葉にならず、意味不明な呟きにしかならない
そんな青年の体に、何らかの液体が振りかけられた
(この……臭い……ガソリン……か……?)
男がマッチを取り出し点火する
このまま放っておいても死ぬだろうに、最後の駄目押しというやつだろうか
(ああ、糞……何故……私が……死ななければ……)
徐々に遠のいていく意識の中、男の手から離れたマッチがゆっくりと近づいて来るのが見える
青年の体が炎に包まれ、周囲に再び絶叫が響いた
「がぁあああああああぁぁああぁああああああ!!!」
絶叫と共に飛び起きた猪狩は、今まで自分が眠っていたソファーを持ち上げ放り投げる
「ああっ! ああああああああああああ!!!」
激情のままに両腕を滅茶苦茶に振り回し、破壊の限りを尽くす
机が吹き飛び、テレビが倒れ、窓ガラスやコップが粉々になっていく
「はぁっ……はぁっ……はぁ……夢か」
暴れに暴れて怒りを発散したところで、乱れた呼吸を整える
ゆっくりと周囲を見回し、自分が今どこにいるのかを確認する
彼が勝手に住み着いている街外れの廃工場だ
「夢の中でまでイラつかせやがって、糞野郎どもが……!」
こうして、猪狩礼司は最悪の気分で目を覚ました
「あーあ……また、やっちまったな」
ひとしきり暴れて幾分か気が済んだ猪狩は、いそいそと掃除を始める
先ほどまで豪快に暴れ回っていた男と同一人物とは思えない、なんとも情けない姿である
椅子とソファーを元の位置に戻し、割れたガラスなどは纏めてゴミ箱に叩き込んだ
ゴミの分別? なにそれおいしいの?
「こんなもんか、あとはテレビが無事かどうか……おお、ついたついた」
数分かけて掃除が終わったところで、ソファーに腰掛けテレビをつけてみる
多少映りは悪いが、どうやら壊れてはいなかったらしい
画面に映し出されたのは、たまたま流れていたブラックダイヤ展覧会の宣伝だ
「ブラックダイヤの展覧会ね……ヒーローとヴィランの見本市の間違いじゃないのか?」
宣伝の内容を見て、猪狩は笑った
誰がどう見ても、ヴィランをおびき寄せる為のあからさまな罠だ
しかしヴィランは、それを承知で集まってくるだろう
特大のブラックダイヤを、より強大な力を得るために
「それにしても、昨日の今日で大した自信だなオイ
とっておきの秘策か、秘密兵器でも用意してるのか?
……まぁ、俺の知ったことじゃないか」
市長が何を考えているのか、どのような作戦を用意しているのか、そんなことは知ったことではない
そこにヴィランが集まるのなら、猪狩のやることは一つだ
「俺も手伝ってやるとするか……俺なりのやり方でな」
【遅ればせながら三日目突入、次から展覧会に入りますね】
ZENKAIまでのあらすじ
服役者から強面革命家・其辺の腰巾着へとクラスチェンジを果たした俺こと真性道程は、力を二つ持っている。
一つは『神様』。掌の上にあらゆる事象を顕現する絶対全能の能力。
一つは組織。悪の革命団体『フラタニティ』は、新たに4人の仲間を経て世直しへの大海原へと漕ぎ出した。
――――ヒーローTRPG第三期・第承章『決起』――――
>「あー・・・夜之咲 凍空。凍てつく空でISOLA。職業は高校生、現在休学中。
先ごろの一家消失事件の残り一人、ってことでな。詳細は黙秘させてもらうけど
へえっ、ISOLAちゃんていうの。
さらっと出てきた言葉の中にはまたしても不穏なワードがちらほら散見されたが、
この街の治安状況はもうどうしようもない域にまで達しているので、案外この娘みたいな境遇の連中は少なくないのかもしれない。
>「で、能力は・・・・・・あー、説明めんどいな。早く動ける、『音や風』と『光』を操る。か○は○波でも撃てるぞ」
その説明は己の能力を紹介するにしてはやたらに抽象的で、つまりは『再現型』に分類される能力なのだろう。
刑務所に入ってた時にも時々見かけたからわかるんだが、『再現型』ってのはすなわち『ごっこ遊び』の延長線だ。
マンガでもアニメでも実在の能力者でも何かから影響を受けた能力ってのは往々にして存在する。
つまり、『既存の何かの模倣』――変身する系統の能力者は十中八九が特撮とかの『再現型』だ。必ず何かしらのモデルがある。
この娘が何を目指しているにかは定かじゃないが、この手の能力者はモデルがあるだけ強力なのが多いから心強いぜ。
「・・・・・・で、前もって言っておくけどオレは男だからな、女と間違えたら張り倒す」
「え?」
ん?え?ちょっと待って、ん?
付いてるの?こんなきゃわわな感じの身体で?ちょっ、冗談やめてくださいよぉ。
あー、うん、そろそろリアクションとったほうがいいかな。なんか世界止まってるし。よし。驚くぜ。せーのっ
「何
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
出鼻を挫かれた。腰を砕かれた。
俺よりワンテンポ遅れて俺よりワンオクターヴ高めの嬌声を挙げたのは広域サイコメトラーの山吹ちゃん。
「せっかくわたしの他にも女の子がいて安心だと思ってたのに!これじゃ紅一点じゃないですかぁーっ!」
おいしいポジションですやん。
「だってこんな男所帯の中に女子中学生がひとりって!ひとりって!!」
なるほどそれは確かに危うい。
父親同伴とはいえ見つからにうだつの上がらなさそうなパパ上だし、残りの三人でジェットストリームアタックかけたら撃墜できそうだ。
「貞操なら問題はないぞ」
夜之咲ちゃん(なにがなんでも『ちゃん』だ)から飛ばされたエントリーシートをキャッチした其辺が静かに窘めた。
ツラの極悪さだけで懲役刑が勝ち取れそうな眼光が山吹ちゃんを射抜く。
「よく周りを見回してみろ。三次元を見限ったヒキオタに、女の子の手すら握ったこともない真性童貞と、男の娘だ」
「なら安心ですねっ!!」
「安心しちゃうのお!?」
両者一歩も惹かぬ超理論の応酬だ。
肝心の其辺本人が数に入ってない件についてはスルーした方がいいんだろうか。
いや、それより、そんなことより。俺達にはもっと議論しなきゃいけない問題があるはずだ。
「……認めねーからな」
震える拳を白くなるまで握り締め、搾り出すように俺は言う。
逆境に、悪路に、艱難辛苦に、直視しがたい現実に、それでも抗い得るのは血の通った言葉だけだ。
だから俺は、ここで引き下がっちゃ駄目なんだ。
「夜之咲ちゃんが男だなんて認めないッ!絶対にだ……!こんな可愛い娘についてるわけねえだろっ!!」
「意義あり」
ヒョロッポ君――朽葉君がわざわざ挙手して発言の機会を要求してきた。
仕方が無いので「どうぞ」と言って口を噤む。
「本人が男性であると明言しているのですからその足掻きは美しくありませんな真性殿」
「本音は?」
「オールハイル男の娘」
「ちくしょうやっぱりか!!」
四面楚歌。孤立無援。閉塞戦況。多勢に無勢。
孤軍奮闘する中で、唯一俺の味方であるだろう其辺サンに泳ぐ視線の終着駅を定める。
ヤクザ顔負けの強面は、側面にできたサンマ傷を撫ぜながらゆっくりと首を横に振った。
「認めろ道程君。君がどう藻掻こうと足掻こうとパンツの中の真実は一つ」
「う、うう……」
気付けば崖っぷちに立たされていた。
最早この界隈で俺に賛同する者はなく、世界にただ一人『夜之咲ちゃんは女』と声高に叫ぶのみ。
やがて声は枯れ喉は潰れ、誰にも届くことなく荒野に虚しく霧散していく俺の言葉達。
「――お、覚えてろよ!!」
俺は逃げ出した。事務所を飛び出し、夕暮れの雑踏へと走りだす。
何を覚えておけばいいのか言い残しておくのを忘れた。誰も追ってこなかったのでなんとなく帰りづらく、
仕方が無いのでそのまま隣のビルの満喫で二時間ほど潰してアジトに帰った。
事務所に戻ると既に三人組も夜之咲ちゃんも消えていた。解散したらしく、日の落ちた窓辺に其辺が一人腰掛けていた。
奴はPCに向かってなにやら作業をしていた手を止めて、凱旋した俺をその双眸に捉えた。
「明日の日程が決まった。昼前にここへ集合し、作戦位置へ向かう。もう四人には伝えてあるぞ」
「へえっ、記念すべきフラタニティ結成第一回の任務はどこへ何しにいくんだ?」
「なに、そう遠くじゃないさ。ちょっと公的権力に喧嘩を売りにな」
よくわからんがそこら辺は俺の出る幕じゃない。
俺はただ、言われたことを忠実にこなすだけだ。指示待ち人間が下手に主体性を持つとロクなことがないからね!
「さて、夕食がまだだったな。アジトには自炊設備がないから下のコンビニで何か買ってきてくれ。釣りは駄賃にして良い」
パシリの対価として受け取ったのは少しだけ厚みのある封筒。
中身を覗いてみれば、20枚ほどの諭吉ちゃんが整列していた。
「お、おい、こんな大金……」
「ははは、聞きしに勝るヘタレっぷりだな道程君。まあ給与みたいなものだと考えてくれれば良い。幹部だからな」
「……ヤバいルートの金とかじゃねよな?」
「奥の部屋の金庫に入ってた」
「ヤバい金じゃねえか!」
「問題あるか?」
「…………特にねえな」
こうやってのほほんと生きてると、時々自分がヴィランであることを忘れそうになる。
そうだ。俺達はテロリストで、革命家。昔は紙幣偽造で食ってたけど、これからは気にせず汚い金をばんばん使えばいいんだ。
俺は懐をまさぐり、よくよく考えたら着のみ気ままで刑務所から出てきたから財布は愚か最低限の衣類しか持ってないことに気付いた。
「色々と日用品とかも買い足さないとなあ。うっし、纏めて買ってくるからちょっと時間かかるぜ」
所持金は20諭吉。向こう三ヶ月はなんとかなりそうだ。
さて、この街の商店街は大都市の駅前にも関わらずえらく閑散としている。
ここのところの『粗製濫造』騒ぎで強盗事件が蔓延り、まともに営業しているのはコンビニと銀行、最低限のインフラぐらいだ。
この中で一番安全なのは対異能対策戦闘員の配備されてる公的インフラ。次いで会社によりけりだけど警備員のいる銀行。
人通りの多い駅前はともかく、路地裏にあるコンビニなんかは今じゃ日没と共にシャッターを降ろす始末だ。
「それとは別に公共交通機関は安全なんだよな」
一連の治安悪化に警察が動いたらしく、大きな駅には漏れなく常駐警備詰め所が設置され、厳戒態勢が敷かれていた。
従ってこの街で一番安全な店は駅ビルの中のテナント店舗だったりする。
「石鹸も歯ブラシもコンビニで買えばいいから……とりあえず服だけでも揃えとくか」
そういや其辺はどこで寝泊りしてるんだろうか。まさか俺と同衾なんてことはないだろうけど……そもそも寝具はあるのか?
最悪ソファで寝ることも考えて枕と毛布も買っとくか。事務所にカーテンはないからアイマスクもあると便利かもしれん。
……ってな感じで封筒の中の諭吉ちゃんはあれよあれよというまに出撃し撃墜され二度と帰ってはこなかった。
残ったのは両手一杯の買い物袋と、小銭が数百円と、空っぽの封筒。
酷い話もあったもので、テナントショップの商品の値札は全て貼り直されていた。定価の二倍近くに。
これも『特需』って奴なのだろう。
最早この街で安全に買い物できるのはこの駅ビルぐらいなもので、しからば高くても買い手はついてしまう。
ヒトの足元見くさったふざけた商売だが、このご時世『安全』もタダじゃないってことなんんだろう。
すっかり冷え切った懐を抱え、せめて適当なパンでも買ってやり過ごそうとアジト下のコンビニに入った。
「いらっしゃいま……ああ、昼間の!」
夜の帳に煌々と抗い続けるコンビニのレジカウンターの奥には、見覚えのある男の姿。
蛍光灯の下でも変わらず泣きそうな顔で接客するのは山吹ちゃんの父親にしてこのコンビニの店長山吹さんだ。
「ああどうもっす」
「今から夕食かい?」
「ええ」
この人も異能者のはずだが、なんだってこの期に及んで普通に働いてるんだろうか。
他に店員の姿がないことを見る限り、夕勤以降のバイトはみんなシフトを敬遠してるっぽいのに24時間営業だし。
「随分と大荷物だね。この時間に買い物に出たのはマズったね、開いてるのはコンビニとぼったくりの駅ビルぐらいだよ」
「まったくですよ。必要なもの買ったら食費が残らなかったんスよね」
これで歯ブラシ買ったら本格的に一文無しになりそうだ。
それにしても客もいないのかこのコンビニ。日没後とはいえまだ駅前に人通りはあるし、今日はジャンプの発売日なのに。
「ああそういうことなら夕方出たばかりの廃棄弁当があるから好きなのを持って行くといいよ」
「良いんすか!?」
「どうせ捨てる分だしね」
「うわ、ホント助かります!」
マジでありがたかった。一旦手荷物をカウンターの裏に置いてバックヤードへと誘われる。
このおっさん、バックに居る間に客が来ることをまったく警戒してないな。いいんかそれで。
「ここにある物は全て廃棄登録済みだからね。なんなら全部持ってったっていい」
狭っ苦しいバックヤードにはロッカーとファーストフードの揚げ台、巨大な業務用冷蔵庫にデータ管理用のパソコン。
床には買い物かごが三つほど並べてあり、その中には所狭しと大量の弁当が平積みされていた。
これ全部廃棄かよ。どんだけ売れてないんだこの店……。
「はは、びっくりしたかい?」
「……いつもこんなに余るんすか?」
「まあ、アベレージで12万近くが廃棄処理になるね。発注減らそうにも本社から毎月ノルマが課されてるからどうにも」
コンビニのフランチャイズ店舗ってのはある意味物凄い博打になる。
上手く繁盛すればそれに越したことはないが、失敗すると残るのは巨額の借金と在庫の山と敷地と店。
山吹さんは脱サラ組らしくここに店を契約してまだ半年になるかならないかだが、既に首が回らなくなり始めていたそうな。
「『自分の店を持ってみないか』という甘言に誘われて退職金で店を買ったはいいが、どうにも上手く立ちいかなくてね。
そのくせ本社からは毎月高額のロイヤリティーを請求され、――ここだけの話、サラ金に手をつけてしまったよ」
さらっと言ってるけど大丈夫かこの人。
「一時期は取り立て屋の嫌がらせが酷くてね、おかげで僅かにいた客もみんな寄り付かなくなってしまったよ」
「どこからそんなに借りたんです?」
廃棄品の中から野菜ジュースを拝借し、すっかり温くなってしまったそれをストローでちゅーちゅーやる。
「このビルの二階に先月まで入ってた消費者金融」
「ぶっ!」
あががが鼻に入った鼻に!
もしかして凄まじく馬鹿なんじゃないかこの人!?
「……なんでまた、そんなとこから」
「え?近いからいいかなと」
やっぱ馬鹿だ!でなけりゃとんでもないお人好しだ。
どこに世界に返す当てもない借金を真上のヤクザから借りる馬鹿がいるんだ……ていうかあそこサラ金だったのな。
其辺が金庫から持ってきた金の中に、この店長が過払いした金も含まれてるんだろうか。
ん?ってことは、
「其辺のおっさんと前から知り合いだったとか……?」
「そうだね。借金を帳消しにしてもらった恩義がある。
『フラタニティ』に参加したのもそういう恩を着た所もあったんだろう。夏目――娘は、そこまですることはないと言ってたが」
そりゃまあ、金の恩と実際に命かけるのとじゃやっぱ違うんだろう。
なんとなく、俺はこのおっさんに好感と親しみを覚えた。いや、別にご飯もらったからとかじゃないんだからねっ
慇懃な礼と共にたっぷりの廃棄と奢りのファミチキを抱えて俺はコンビニを後にした。事務所に帰って其辺と夕飯に洒落込む。
俺の寝床として指定されたのは、案の定事務所のソファだった。よく考えたら別にホテル泊まってもよかったな。
――その後もときどき二階から下を見たけど、客はやっぱり来なかった。
「任務を説明する」
翌朝、皆が集まって開口一番其辺はこう言った。
どこから出したのかコンバットスーツを人数分用意し、マスク収納型のヘッドギアまで揃っている。
「市立博物館でブラックダイヤの展覧会がやっているのは知ってるな?さんざんワイドショーを賑わせているだろう」
「なるほど読めたぜ、つまり俺達はその展覧会に乱入してブラックダイヤを頂戴しようってわけだな!」
「話の腰を折るな道程君。そして相変わらず考えが浅いな。――というわけで道程君がどう間違ったか分かる人ー?」
くっ、なんだこの流れ俺を晒し者にしようってのか。
と、またしても朽葉君が挙手をした。こいつ絶対小学生の頃発言しまくってウザがられたぜ。俺もそうだったから間違いない。
「罠……ですな?」
「そう、これは間違いなく罠だ。それも恐ろしく稚拙な。道程君、考えても見ろ。この都市ではつい最近も似たようなことがあったろ。
――トリッシュ=スティール邸のブラックダイヤ強奪事件。数カ月前に起こった、そしてここに居る全員の人生を変えた事件だ」
「う……」
その件についてはあまり思い出したくない。
確かにあの晩この街にブラックダイヤが降って、そして『粗製濫造』が生まれた。
つまりはあの事件があなければ其辺も朽葉君も山吹親子も夜之咲ちゃんも、ここに一同には会さなかったわけだ。
やべー、俺すげえ余計なことしたかな。
「つまり、『あの事件みたいな状況をもう一度つくろうとしてる』ってことか?何の為に」
「どさくさに紛れて暴れ回っていたヴィランの殆どがあの晩ヒーローによって逮捕されているんだ。
つまりこの展覧会を企画した連中は、増えすぎたヴィランを一箇所に集めて大規模な鴨撃ちをしようというわけだ」
――――。
『……逃げて下さい。この都市から抜け出すのはとても難しいと思いますけど……あなたなら出来る筈です。
お姉ちゃんが見込んだ人だから。お姉ちゃんが助けた人だから……私は、あなたにこんな所で死んで欲しくないんです』
なんとなく、白ゴスの言葉が脳内をリフレインした。
『この街を地図から消す』――そんな計画の、もしかしたら予行演習なのかもしれない。
「おいおい、罠だってわかってるならなんだってわざわざブラックダイヤなんか盗りにいこうってんだ?」
「そこが浅いのだよ道程君。ブラックダイヤが罠ならば、逆説それ以外は罠ではないということ。
つまり我々が狙うのはそれ以外に展覧会場に存在するブツだな」
「……? 展覧会で他になんか金目のものってあったか?」
その時、其辺は確かに俺の眼を見て、ニヤリと不敵に微笑んだ。
それは強面も相まって、かなーりあくどい笑みだった。
「あるだろう。ある意味無警戒で放り出されてる『お宝』が。我々に必要なのは異能力の増強じゃない。それ以外の戦力だ」
異能力以外の戦力っつうと、ヴィランでもヒーローでもそれは限られてくるな。
稀に武術とか銃の腕前だけで異能者と張り合う輩もいるにはいるが、そうでないなら――パワードスーツか戦闘重機ぐらいなもんだ。
……まさか。
「『科学力』……?」
「ご名答。我々が次に得るべきは異能に頼らず異能を穿つ最先端の科学力!
すなわちパワードスーツ『メタルボーガー』……ブラックダイヤの警備に配属されているであろうこれを鹵獲する!!」
【イベント:『メタルボーガー鹵獲作戦』】
◇『フラタニティ』は戦力増強の為に不知火重工のメタルボーガーを奪取しようと目論んでいます
◇夜之咲ちゃんが直接戦闘系なら彼を前線に、長距離砲撃系なら真性が前線に赴きます
◇三人の志願者はNPCですが、直接戦闘能力をもっていないので後方支援に就かせてやってください
【夜之咲ちゃんに前線・後方の選択肢。コンバットスーツがあるので顔見せNGならお使いください】
【展覧会が開始されたら現地へと移動します】
「うぅ……パーティかぁ。どうしよう……」
泡野姫子は途方にくれていた。
足取りは重く眉尻はしょんぼりと下がって、
胸には何故か、ビニールにラッピングされたドレスが抱えられている。
「お仕事だって、別にお休みなんていらなかったのになぁ……。お客さんとのお話、楽しいし」
がっくりと肩を落としうな垂れて、姫子は溜息を零した。
事の発端は、ほんの数分前の出来事だった。
泡野姫子は、風俗店『人魚姫』で働いていた。
人気はそれなりにあり、今日も指名をくれた客と触れ合い、接待していた。
時間も残り僅かとなって、会話が弾む。
「姫ちゃんはさー、このお仕事好き?」
「好きですよー。好きじゃなかったら、さっさと辞めちゃってますよぉ」
「あ、そうなの。いやさ、やっぱこう言うお仕事って何か訳ありな事が多いイメージだったからさ」
少し当てが外れた調子を隠すように笑って、客は続ける。
姫子の笑いに僅かに苦味が滲んだ。客には決して見えない、だが同業者ならば気付ける苦さ。
客の下心を垣間見てしまった時の苦さだ。
「あはは、ドラマの見過ぎですって。皆結構、普通な理由ですよ。中にはびっくりしちゃうような理由の人も、いますけどね」
初めはこの手の探りを入れられる度に困惑していた姫子も、今では軽く流せるようになっていた。
「ふーん。……じゃあさ、姫ちゃんはどんな理由でやってんの?この仕事」
そんな彼女が、不意に固まる。
「え、えーっと……」
姫子は答えあぐねて、
「あ!もう時間ですよ!この話はまた今度って事にしましょう!」
ふと時計を見て、手を叩いてそう言った。
「ちぇっ、しょうがないなあ」
客も少し渋りながらも、席を立つ。
これで延長でもされていたら堪らなかったと、姫子は笑顔の内側で安堵の息を吐いた。
「――アンタは二時間半、この店で女の子との時間を楽しんだ。なのに金が払えないって言うのかい?」
「しつけーぞババア!金ならねーってさっき言ったろうが!」
客を見送ろうとロビーに向かうと、そこでは騒動が起きていた。
散々楽しんだ客が、いざ支払いを迎えてゴネ始めたらしい。
粗暴そうな男と、店長である恰幅のいい――を通り過ぎて
鞠のような体型をした女性、それぞれの怒声が響く。
「そもそもあんなブスに相手させといて金を取ろうなんざ悪どいんだよ!」
怒りに任せて振り回された人差し指の先には、風俗嬢の姿。
まだ若いし、適度に着飾り化粧もしている。十分に綺麗な女性だった。
発散される怒気に怯えていた所に罵声を受け、彼女は悲しげに俯いた。
慌てて他の娼婦が彼女の傍へ駆け寄って、励ましながら店の奥へと連れていく。
「酷い事を言うじゃないか!金がないならまだしも心すら持ち合わせてないとはね!見下げた男だよ!」
荒々しく怒鳴り散らす男に、負けじと店長は食って掛かった。
罵声を浴びた男の表情が、プライドに引っ掻き傷を刻まれ怒りに歪む。
「んだとこのクソババア!」
男は拳を握り、振りかざした。
そして激昂に任せて店長へと殴りかかる。
拳が迫り、しかし男と店長の間に誰かが割り込んだ。
緩く波打つ栗色の髪を棚引かせて、両手を広げ、泡野姫子が身を投げ出した。
拳は止まらない。
真剣味を帯びた、しかし無防備な姫子の顔に、横暴の拳が迫る。
命中した直後に、その軌跡が大きく逸れた。
直前ではなく、直後。
拳は彼女に触れた瞬間、明後日の方向へと誘われた。
「なっ……」
男の面構えが怒りから、呆然に変わる。
その隙を突いて、姫子の右手が男の首筋へと伸びた。
しかと掴み、先の丸い爪を食い込ませて離さない。
「謝って下さい」
ただ一言、姫子は告げた。
客を相手にする時の甘く柔らかな声色ではない。
剣幕こそ静かなものの、確かな怒りを感じさせる声だ。
男は彼女の右手を掴み剥がそうとして――しかし叶わない。
どれだけ力を込めても、指先があらぬ方向へと滑るのだ。
まるで濡れた石鹸を掴もうとするかのように。
「ひどい事を言って、ママさんに乱暴しようとした事を、謝って下さい!」
首を掴む力は更に強まる。
喰い込む爪が皮膚を裂いて、微かに血を滲ませた。
鬼気迫る目線が、男を捉えて離さない。
「わ……悪かった……」
気圧された男は情けない声で謝った。
ここぞとばかりに、店長――ママと呼ばれた女性が人差し指を彼の鼻先に突き付ける。
「お金の方も忘れるんじゃないよ。ほら、財布出しな」
男の身体を素早い手捌きで検め、ママは財布を奪い取った。
「なんだい、あるじゃないか」
そう言って、彼女は男の免許証を財布から抜き去る。
慌てて、男が手を伸ばした。
「ちょ、それは……」
「なんだい?まさかこんだけゴネて騒ぎを起こしておいて、通常料金で帰れると思ってるのかい?
いいんだよ。別にこっちはアンタがチワワの餌になろうが、悪の秘密結社の研究サンプルになろうが。
アンタが希望するならそっちのコースを紹介してあげるけど、どうなんだい?」
早口に抗議を切り捨てると、ママは伸びてきた手をはたき落とした。
手を下から上へ手首だけの動きで降って、男を追い返す。
姫子が少し躊躇いがちに、警戒心はそのままに手を放す。
男は暫し動かず立ち尽くしていた。
が、一度姫子と視線が交錯すると小さく震え、小走りに店から出て行った。
そして、
「……こ、怖かったぁ〜」
へたりと、姫子はその場でへたり込んだ。
強気な雰囲気は霧散して、膨らんだ泡が徐々に小さくなっていくように。
彼女は背を丸めてうな垂れ、大きく息を吐いた。
「まったく、無茶をして。あんなガキにやられる私じゃないよ」
「あはは……ですよねぇ。でも、やっぱり許せなくかったんですよ」
少し苦味の混じった、はにかんだ笑顔で姫子は答える。
彼女の様子を見て、ママは腰の手を当てて、首を横に振り溜息を零した。
けれどもその表情には呆れではなく、微笑みが浮かんでいる。
「まあ、嬉しかったよ。……今日はもう上がっていいよ。のんびり心身を休めるといい」
手足が震えて立ち上がれない姫子に、ママが手を貸した。
辛うじて直立の姿勢を取り戻しつつある姫子の背を、軽く二度叩く。
それから口元に右手を運び、沈黙する。
「……あぁ、そう言えば今日、博物館でパーティがあるとか客が言っていたね」
ふと思い出したように、ママが呟いた。
まだ少し背の曲がっている姫子が、ママの顔を見上げる。
にやりと小さく笑って、ママは姫子と目を合わせた。
「よく分かんないけど、あのオトボケ市長がまた何かやるんだとさ。
誰でも参加出来るみたいだし、行ってきなよ。なんなら店のドレスを貸してやってもいいよ」
「え、えぇ!?いいですよそんな!お休みを貰うだけでも悪いのに!」
慌てて、姫子は両手を身体の前でぶんぶんと振る。
「えー、いいじゃん。折角だし行ってきなよ。てゆーかさっきカッコよかったよ、まるでヒーローみたいでさ」
「そうだよ、姫ちゃん普段頑張ってるし」
しかし他の風俗嬢や客は口々にそう言った。
あわあわと狼狽えて、姫子は視線をあちこちに拡散させる。
「ほら、皆も言ってるだろう?たまには羽を伸ばしてきなよ」
そうして特別休暇と上等なドレスを一着押し付けられ、
泡野姫子はママに背中を押されて『人魚姫』を後にさせられた。
――そして、今に至ると言う訳だ。
「……でも他にする事もないし、お店に帰っても追い出されちゃうだろうしなぁ」
店に帰った途端に岩壁の如く出入口に立ちはだかるママが、ありありと想像出来てしまった。
右手を頬に当てて、姫子は小さく息を零す。
「……まぁ、ママも皆もああ言ってたし、行ってこようかなぁ。美味しい物とか食べられるかもしれないしね」
ようやく諦めがついたのか、彼女はいっそ吹っ切れた様子でそう呟いた。
【よろしくおねがいしまーす】
名前:泡野姫子
職業:風俗嬢
性別:男
年齢:22
身長:158
体重:43kg
性格:頭がちょっと緩い。感情的
外見:ピンクのドレス。緩いウェーブの長髪
外見2:特に変化なし
特殊能力:『発泡美人』(マーメイド)、泡を発生させる。体を泡にする
備考:備考って何書けばいいのん?
とりあえず一般人って話に飛び込むの難しそうですよねー
巻き込まれ続けるとかそれなんて少年探偵?ってなっちゃうし
なにげなーくレスを見直したらテンプレにとんでもないミスがwww
これはこれでアリかなとか思ったけどやっぱ女でお願いします!
【展覧会当日、早朝】
完全な宵闇に包まれた街に、今日もまた青みが差していく
早朝に自分の家の屋根に転がって日の出を眺める――
今までなかった自分の新習慣を今日も実行する。
正確に言えば朝日が見たい訳じゃない。
この街のどこか遠くから響く、悲鳴、断末魔、破壊音・・・それを聞いている。
『あの日』以来、この街から100%安心して眠れる夜はほぼなくなった。
人間の形をした『化け物共』がうろついている・・・今までの日常が壊れたことを自分は心から歓迎していた。
「今日が、また新たな始まりの日、だな。」
【朝、フラタニティ事務所】
今日もっとも遅く集合したのは自分だった。
何せ、『ちょっとした盛装』の用意に手間をかけたせいだったのだが・・・
前日のラフな服装とはうって変わって、髪を下ろして白いドレスを着込んでいる。
>>「おぉ、黒髪とのギャップg」
昨日に続いてまた下らない事を言わないように、口を開いた朽葉の脛を蹴っておく。
>「任務を説明する」
内容を簡潔に纏めれば『鉄火場泥棒』。
能力を持たない人間を守る為の兵器を混乱に乗じて強奪する。
確かにほぼ直接攻撃力のない3人に関しては、あった方がより今後が楽になるだろう。
「ま、オレはこの服装で潜り込ませてもらうさ。それに、《変装は得意だし》?」
言葉の後半部分で、光と音を同時操作。
周囲から見えるオレの顔と声が変わって聞こえるだろう。
「それに、用意したそのカッコだと戦う時に動きづらいしな。切り込み役、任せてもらうぜ?」
ちなみに、事務所に入る段階から光を偏向させて隠しているが今日も製図筒は持ってきていた。
【女装して集合、前線前衛役を選択で。光と音でさらに外見を誤魔化しつつ展覧会へ行きます。】
広大な土地の上に建つ白亜の博物館。
今日はここで『一日だけ』ブラックダイヤが展示される。
そして日比野はと言うと、乗ってきたバイクを駐車して博物館内に居る。
服装はジーンズにパーカーとやや展覧会に向いてない格好ではあるが。
展示時間と同時に博物館内に入ると、
緊張した息苦しい雰囲気に包まれており中に入ってもいいのか躊躇ったほどである。
ブラックダイヤを展示している周辺など軍隊の基地かと見間違えた。
体育館ほどの広さの部屋に片手で数えれるほどしか一般人はおらず中央には堂々とダイヤが展示されている。
警備体制は確認しただけでも自警団のメタルマンに多数の武装警官、
戦争でもする気かというほど武装を積んだメタルボーガーが周辺にキッチリ配備されている。
通常のヴィラン相手ならばこれだけで十分制圧可能だろう。
そして黒々と艶のある光を放つダイヤに不用意に近づくと
『それ以上近づくな。近づくと真っ先に撃ってやる』と言いたげに武装警官に睨まれた。
過去、これほどまでに雰囲気の悪い博物館があっただろうか。
日比野の記憶が正しければそんなところはない。
今回はそれほど本気なのだという表れなのだろう。
やる気、いや殺る気まんまんで見ていて誰も寄り付かないのでは?と危惧してしまいそうな程に。
(うぅ、なんか居にくいなぁ………空気が息苦しい)
まだ人もあまり集まっていないようなので
ずっと突っ立っているのもどうかと思いソファや椅子がないかきょろきょろと探す。
もしこの1カットだけを抜き出せば間違いなく日比野は『挙動不審の怪しい奴』だっただろう。
手近なところに幾つか殺風景なブラックダイヤ周辺を飾るようにテーブルとソファが幾つか配されていた。
流石不知火重工。例えヴィランが集って戦場になるであろう場所にでも
お客様へのきめ細やかな配慮がしっかりと行き届いているようである。
カーキ色のソファに座り込み、遠くからブラックダイヤを覗く。
そういえば変身の時に現れるブレスにも
色や輝きは違えど石みたいなのが埋め込まれていたな、と思い出す。
出処は知らないが動力部的役割を担っているらしい。
そこまで思考を巡らせた時、そもそもブラックダイヤとは何なのだろうと疑問符が浮かんだ。
知っているのは性質だけで肝心なところは何も知らない。
「実は分からないことの塊なんじゃないのかなぁ、ブラックダイヤって…」
まあ、そんな事を今更疑問に思っても日比野は学者でもなんでもないので
研究することも理解することも叶わないが。
なので自分が生きている内になにかしらの解明があることを願っておくことにした。
【一足お先に展覧会に来てます】
会場に到着して早々、私は驚愕を禁じ得なかった。
溢れ返らんばかりの人混み、一般人の姿と、
危機感と言うものが残らず抜け落ちたかのような、太平楽な態度に。
今日この場が犯罪者の坩堝と成り果てる事は、想像に難くないと言うのに。
大方、どうせ何があってもヒーロー達が守ってくれるのだろうと高を括っているのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
危機回避とは、救済とは、双方に安全保持の精神があるからこそ成し遂げられるのだ。
火薬庫で煙草を吸う者を助けられるか?
朽ちた橋を駆け抜けんとする輩を止められるか?
毒薬を辺り構わず撒き散らす愚者にどうして近付けるのだろう。
人知れず首を括ろうとする人がいたら、どうすればその人を助けられると言うのだ。
私は我知らずの内に唇を噛み締めていた。
はっとして、小さく首を左右に降る。
「何をしているのですか、私は。彼らが如何に愚かであるのかを憤慨する為に、ここへ来た訳ではないと言うのに」
そうとも。
彼らが愚かであろうがなかろうが、私は正しい道を行く。
その為に私はここにいるのだ。
神経を研ぎ澄ませてみれば既に何処となく、水面下を揺蕩うように秘かな臨戦の空気を感じられる。
犯罪者共の横暴を許してはいけない。
ましてや、その横暴の余波が罪無き人々を傷付けるなどと言う事は、断じて。
【到着でーす。ヴィランさん待ちです】
【博物館・会場】
イベントの開始時刻と同時に、一斉に花火が上がる。
虹色に輝くそれを観客達が見つめながら、同時にイベントステージには漆黒のダイヤモンドが出現した。
メインにベンターである不知火重工の兵器がダイヤモンドを守るように鎮座している。
イベントガールと共に現われたのは、石原市長ではなく――副市長の押尾であった。
狸親父とでも言うべきその突き出した腹が、スーツの上からでも分かる。
押尾は華やかな女性の笑顔に囲まれ、意気揚々とマイクを握った。
「これはこれは、皆さんこんにちは。本来ならば、この挨拶は市長がするべきところですが
現在市長とは連絡が取れておりません。まぁ、いつもの事でしょうから
気にする事でもありませんがここでお詫びを申し上げます。
あと、今晩の飲食代等は全て我々が負担いたしますのでどうぞご自由に。
入り口で”マダオ君人形”が配られてますので、そちらは携帯しておいて頂きたい。
全て、そちらの人形で無料の許可証としますのでね。失くさないように、お気をつけください。
では、話が長くなりましたのでこの辺で。皆さん、良い夜を!!」
武中と握手をし、バックステージへ消えていく。
押尾はマダオ君人形をゴミ箱へ投げ捨て鼻で笑った。
「くだらん、何がマダオ君人形だ。あのバカ市長、どこまでふざけた真似をすれば
。まぁ、いい。あいつはもう死んだんだ。今更腹を立てる程の事でもないな。
なぁ、ウィリアム君。」
ワインを片手に微笑むウィリアムに呟く。彼の手にもマダオ君人形が握られていた。
その横には、イワンコフの姿も在る。
「副市長――観客の中に、必ずヒーローとヴィランはいる。これはチャンスだよ。
この街からゴキブリどもを殲滅させる。そうだろ?Mr・武中。」
ウィリアムの微笑に、不知火重工の社員たちは侮蔑の目を向ける。
仕方ないだろう。現在のデフォルト社の悪辣な経営を聞いていれば、そう思う事も仕方ない。
だが、いつかこいつらすら自分の下僕へと変えてやる。
ウィリアムの目には野心の炎が燻っていた。
【会場 ゲート】
「はーい、マダオ君人形は胸のワッペン辺りにつけて下さいね〜
お姉さんみたいに!」
会場スタッフらしき女性が1人1人に人形を配っている。
キーホルダーサイズの小さなマスコット人形である。
これが入場券代わりというわけだ。
そのスタッフの中に、市長の秘書・メリルの姿があった。
「やはり、市長の言った通りです。ええ、トリッシュ社長。
で、そちらの方は?はい、分かりました。
目覚められたようでよかったです。準備が済み次第すぐに、向かいます。」
携帯で連絡を取りながらメリルは時計を見つめる。
既に、夕刻は迫っていた。
【会場で人形を配布、入場券変わりです】
殺人15件
強盗44件
窃盗88件
暴行133件
器物破損190件
これらの数字は街異能者が起こした犯罪の数の一部であり、
この数週間で町に新たに現れた『ヒーロー』が阻止した事件の数でもある。
最近になってこの街に現れたその純白のヒーローは、灰色のダイヤを手に入れて
異能者となった民間人の起こす犯罪を、まるで予知していたかのように次々と
阻止し、街の重鎮達から浮浪者まで、その命を何度も救っていた。
初めこそ、とあるヴィラン――――『ブラックアダム』と色以外が瓜二つである
という事から、ヴィランが何か企んでいるのではないか疑われていたのだが、
彼の命を顧みぬ様な人助けと、損得を無視して善行を行うその様子から、
今では立派なヒーローとして認められてきていた。
その戦い方が誰とも無くかつて『街』に存在した『義賊』という
名前のヒーローに似ている事から、人々はやがて彼の事をこう呼ぶように
なっていた。義賊の再来。即ち『シーフ』と。
「……ぜぇ、ぜぇ……き、キツ過ぎる。いくらボスの命令とはいえ、
このままでは俺様が死んじまうぞ……」
街にある廃屋の一室。現在ここが『シーフ』のアジトであった。
先程窃盗犯を一人捕まえた『シーフ』は、むき出しのコンクリートの床の上に置かれている
黄色いスポンジがはみ出したボロいソファーに腰掛け、天を仰ぐ。
この数週間、彼に休みという時間はなかった。分刻みのスケジュールで現れる粗製乱造の
ヴィランたちを迎撃し、捕獲してきたのだ。
初めこそ、自身の抱いている謎の違和感を拭い去れると、このヴィラン退治に打ち込んでいたが、
数週間休み無しという荒行は、彼の悩みを吹き飛ばすどころか、何も考えられない精神疲労の
局地へ追い込みつつあった。
「……ったく、いつまでたってもボスから裏切りの命令がでねぇし、俺様はいつまで
こんなことを続けなきゃならんのだ……うぅ……戦闘員共の作るスープが懐かしいぜ」
そう言いながら『シーフ』は手元にあった濡れタオルで自身の真っ白な装甲をゴシゴシと
拭き始める。すると――――皆様だれも予測していなかったと思うが、そこから現れるのは黒い装甲。
そう、驚いた事に、『シーフ』の正体は自身の装甲をペンキで白く塗った『ブラックアダム』。
即ち、とあるヴィランの組織の幹部、旋風院雷羽だったのであるっ!!
何故雷羽がヒーローの様な行為をしているのかといえば、それは当然彼のボスの命令であった。
以前矯正所脱獄の後に雷羽が受け取った指令には、簡単に纏めるとこんな事が書かれていた。
『ヒーローのふりをし、ヴィランを倒して人気を集めろ。
そうしてボスの指示があり次第裏切り、お前を信頼しているヒーロー達を背中から刺せ。
ヒーローの裏切りで、大衆の心に絶望を与えるのだ! ※尚、倒すヴィランはこちらで用意する』
と。そう、雷羽が『シーフ』をやっているのは裏切る為なのである。
そして、彼がこの数週間で解決した事件、倒したヴィランの多くは、組織が作り出した
グレーダイヤで異能者と化した物や、量産型の怪人であった。
――――つまり『シーフ』の活躍は自作自演だったのである!
しかして、その自作自演は極めて有効な効果を持っていた。
なぜならば、自分が受けたヒーローの善意を疑う者というのは、この町では少ないから。
ヒーロー達が今まで積み重ねてきた活躍が、自作自演の露見を防ぐフィルターとなっていたのである。
その証拠が、彼が手の持つ一枚の紙切れ――――自分の子供が誘拐されるのを『シーフ』に
よって助けられた町の重鎮が渡した、一枚の依頼書。
「しっかし、この俺様にブラックダイヤの警備を任せるとはバカな奴らだぜ。
……いや、それ程にボスの作戦と俺様の演技が完璧なんだな!!
ふふふ……なーっはっはっはー!!!! ……はぁ」
バカ笑いをした後、雷羽は大きくため息を付く。
……どうやら、まだ本調子ではない様だ。
―――――そうして、ブラックダイヤ展覧会当日
「では頼んだよ『シーフ』君!会場の警備は万全だが、君がいれば鬼に金棒!
私の息子を守ったときの様に、ダイヤを守ってくれたまえ!」
「任せとけ!この俺……じゃなくて、ボクに掛かればヴィランの一人や二人、
軽く捻ってやるぜ!!」
『シーフ』の肩をバシバシと叩くでっぷりとした男に、雷羽は親指を上に向けて返事をする。
現在雷羽は、ブラックダイヤの展示されているケースの前方でメタルボーガー達に混じって
ブラックダイヤの警備に当たっていた。
本来ならばダイヤにこれ程まで近い位置に戦歴の浅い『ヒーロー』を配置するという事は稀なの
だが、重役の一人の強い押しで『シーフ』はこの位置に配置されていた。
(ったく、何故俺様が薄汚い石ころの警備なんぞやらねーといけねぇんだ。
……うがーっ!!ボスの命令はまだかあっ!!!)
歩き去っていくその重役の背中を見から、雷羽は腕を組みじっと待機をする。
ダイヤを狙うヴィランを、或いは彼のボスからの命令を、待っている。
一般人が、ヒーローが、ヴィランが集まる展覧会。
その中で和明日灯は、
「本日はようこそいらっしゃいましたー。こちら、石腹市長の取り計らいによる高級料理でございまーす。
あれ?石腹だっけ?石原だっけ?まあいいや。とにかくどうぞー。あ、そこのお嬢さんも如何ですかー」
白いエプロンに黒いズボン、頭にはコック帽を被り、料理を振る舞っていた。
学生服の青年や気の強そうな少女、挙動不審の男など、様々な相手に。
無論これは成り済まし、悪党風に言うならば仮の姿である。
本物の料理人は両手を切り落として丹念に叩き塩コショウを塗してさっと焼いたまごころ料理を口内に捻じ込まれ、
その後で舌の表面の神経が死滅するまで顔面を熱したフライパンに押し付けられ、外にある調理場車両に放置されている。
「うーん、しかし彼には悪い事をしたなあ。
最後に味わったのが自分の両手の叩きだなんて、哀れ過ぎて同情しちゃうね」
平然と来客に料理と笑顔を振り撒きながら、彼はとても満足げに呟いた。
「だけど、そろそろこれは飽きちゃった。いい加減もっと悪い事がしたいや」
腰に右手を添えて、和明日灯は溜息を零す。
そうして視線を展覧会場の中央に位置するダイヤへと向けて、考える。
ダイヤには特に興味無いが、だからこそどうせ奪うなら大々的にやりたい。
より悪く、最悪に近い形でダイヤを奪いたい。
彼は想像して――それを実現出来る。
体現出来るのだ。
彼の異能【悪意の体現】《イッツアワンダフルワースト》によって。
「へえ、これがブラックダイヤモンドかあ。すごいね、実際触れてみると力が溢れてくるのが分かるよ」
次の瞬間、和明日灯はブラックダイヤの展示された台の上に座っていた。
人差し指の先にブリリアントカットのブラックダイヤを器用に乗せて、無邪気に笑っていた。
厳重極まる警備をものの一瞬で、余りにも容易く無意味に帰す。
それが彼の考えた最悪の始め方だったから。
まず彼が言う「力が溢れてくる」とは当然、嘘八百だ。
だがこの場にいる人間の大多数は、そんな事は分からない。
彼の登場が劇的であったからこそ、言葉には贋物の説得力が宿る。
「あぁそうそう。折角だからさ、僕がどうやってここまで辿り着いたか教えてあげるよ」
宝石にも等しい澄んだ瞳と、描かれたように優美な微笑みで、彼は語る。
「僕の異能はね、【反則】《オールイレイザー》って言うんだ。
右手で触れた物を問答無用で消滅させる能力。それで僕とダイヤの距離を消滅させたんだ」
陶芸品の描く曲線の滑らかさで、彼は騙る。
「さて、このダイヤを手にした今、僕の異能はどれだけ強力になったのかな?
最早右手で触らなくても、全てを消滅させられる気さえするよ。
でも有効射程はどんなもんだろう?一メートル?十メートル?百メートル?」
芝居がかった口調で彼はとぼけて見せて、
「ちょっと試してみようかな?」
そして太陽をも凌ぐ眩しい笑顔で、周囲を見回した。
忽ち、館内の空気が恐怖の悲鳴に震えた。
観客達が逃げ出していく。
我先に、少しでも和明日灯から遠ざかろうと。
「なーんて、冗談だよ冗談。……あれ?誰も聞いてないや。
酷いなぁ、僕を無視するだなんて。傷付いちゃうじゃないか、まったく」
人差し指に乗せたダイヤのバランスを取りながら、拗ねた児童のように和明日灯は頬を膨らませ唇を尖らせた。
【いえーい悪い事したいぜ】
――和明日灯の登場によって、会場は動揺した。
精神的な意味では言うまでもなく、物理的にも戦局的にも揺れ動いた。
潜んでいたヴィラン共が姿を表したのだ。
彼らの目的――求める悪の形は各人各様だ。
ブラックダイヤを奪わんとする者もいれば、そうではなく単に悪虐を。
弱者の殺戮や誘拐、快楽を求めるが故に暴れる者もいる。
ヒーロー達が動かなければ彼らはいとも容易く、その悪意を実現してしまうだろう。
「何だか騒がしいなぁ。僕、人ごみは嫌いなんだけど。」
素人はダイヤの会場で呆然と突っ立っていた。
周りでは楽しげな声や、連れ添う人々の笑顔が見える。
素人はそれをただ、「羨ましい」と思った。
そして、何故か彼らがグチャグチャになる様子を想像していた。
こんなに幸せな奴らが、僕より不幸になればいいんだけどな。
なんで僕だけが、こんなところで1人なんだろう。
そう思うと、少しだけ自分の境遇を寂しく思った。
「あれ?なんか知らないけど、人が逃げていくんだけど。
もしかして、悪い奴らが来たとか。
まぁ、どうでもいいけど。」
素人は走って逃げていく少女の足を自分の足で引っ掛け転ばしてみる。
勢いつけて倒れた少女は、鼻から血を流し泣き喚いているようだ。
彼氏らしき少年が、それを庇うように立つが素人は無視して歩いていく。
混乱の中心、悪の渦巻く中央へ――
「へぇ、八代君が来てると思ったけど彼はまだなのかな?
まぁ、別にいなくてもいいけど。少しだけ残念、かも。
でも、君はどうかな。楽しいの?そういうことして。」
中央に陣取る悪とは言い難い少年のような姿のそれを向け、素人は無表情で
口を歪ませてみせる。
「君みたいな人間は存在しちゃいけないんじゃないかな、って。
僕は良い事をしたいんだ。英雄になる為に。
だから、死んでくれないかな。」
素人の手から出現した異形の爪が近くにいた名も無い悪党に突き刺さる。
―「あが、ががあっ!!てめぇ……後ろに、客が」
しかし、同時に後ろにいた先ほどのカップルまで巻き添えにしていた。
それを見た悪党は血を吐きながら大声で笑ってみせる。
「馬鹿が!!てめぇのせいで罪もねぇ奴らまで巻き添えだぜ!!へへ……があっ」
「……ごめんなさい。」
素人は突き刺さった爪を引き抜き、痙攣するカップルへ向け
涙を流しながら言った。
「……ごめんね、ごめんなさい。でも、でもね。
もう、やっちゃったからぁ。」
そして、涙を拭うと周囲の悪党へ向け爪を再び振り上げた―
パーティ会場は人に溢れていた。
ヴィランがやってくるとは露ほども考えていない者。
来たとしてもヒーローがどうにかしてくれると考える者。
この都市の人間のお気楽な人間が揃い踏み、と言った様相だ。
そう考えると、博物館と言う場所はどうにも皮肉だ。
伊達一樹は苦笑を漏らす。
「あらあらあら!ほら見て一樹、ご馳走がいっぱいよ!」
(……展示物の中に自分と母さんが含まれているとあれば、尚更だね)
彼は学生の正装、つまり学生服に身を包んでいた。
学帽は制服の裏に、落ちないように仕込んである。
目立ってしまわないかと懸念した彼だったが、その心配は無用だったようだ。
何せ周りには彼以外にも、制服姿の学生がごまんといた。
これならば伊達だけが誰かの印象に残る事はないだろう。
(で……肝心のブツは、アレか)
視線をブラックダイヤの方へと泳がせる。
如何にも科学の粋を結集させたと言わんばかりのパワードスーツと、武装警官が四方を守っていた。
(物々しいのは結構だけどさ。張子の虎じゃあ、ねえ?)
武装警官の一人と視線が衝突して、伊達一樹は目を逸らす。
濃霧のように立ち込める呑気な空気の中に、しかし険悪な気配が確かに潜んでいた。
それは武装警官や警備員達の物だけではない。
(……多いな。母さん、離れないようにしないと)
迫る受難に、彼はもう一度深く溜息を吐いた。
【書くだけ書いて投下を忘れてたって言うね。ちょっと間を開けて次のレスも投下するよ】
>>117 伊達さん、次レス投下前にちょっと避難所へお願いします…
灯君も避難所見た方がいいよ
パーティ会場でも、僕は一人だった。
当然だ。パーティだって日常の延長線上にあるんだから。
平時から一人ぼっちの僕がパーティでいきなり人気者になるだなんて事は、
僕がパーティグッズの鼻眼鏡を装備したって土台無理な話だね。
まあ別にいいんだけどね。痛くて悔しいのは慣れないけど、一人でいる事には慣れてるし。
……と思ってたんだけど、人混みと喧騒の向こう側に同級生の姿を認めてしまったもんだから厄介だ。
連中もこんな公共の場で何かをしでかす事は無いだろうけど、僕の精神衛生と気分の問題上、彼らと顔を合わせたくはない。
僕は僕が虫の王様となったあの時からずっと、気分が堪らなく良いんだ。
こうも長く続いてる高揚感に終止符を打つのが彼らでは、台無しだ。
僕の高揚感を断ち切るのはこれから始まるであろう、本当のパーティ。その阿鼻叫喚と戦火であるべきなんだ。
と言う訳で僕は岩の下に潜むダンゴムシよろしく人の群れに姿を眩ませた。
「ふふ……君達も、まだ隠れているんだぜ?」
僕は何処へともなく命令を下す。
既にこの会場の周囲には僕が掻き集めた虫達がそこここに潜んでいる。
ま、どれだけ集めても虫は虫。ヒーローやヴィランを相手に戦える訳はないんだけど、別にいいんだ。
僕の目的はあくまでもブラックダイヤ。それも勿論、あんな馬鹿げた宣伝がされていた偽物じゃない。
倒されるヴィランや、或いはヒーローが持っているだろう小さな宝石。
それこそが、僕の目的だ。貧弱な蜜蜂が群れて雀蜂を殺すように、小さな欠片でも集めればきっと大きな力になるだろう。
いやあ、楽しみだなあ。
「んー、おいしっ。やっぱ来て良かったかも?」
振る舞われる料理を頬張りながら、姫子は首を傾げて唇に人差し指を添える。
目に付いた何品かを堪能すると、次に彼女は美術品の鑑賞に乗り出す。
見て回る傾向は宝石や陶器、彫刻など分かりやすく美麗な物が多かった。
逆に芸術性に溢れる絵画などには、いまいち興味が向かないみたいだ。
良くも悪くも、彼女は現代の若者らしい。
「……ん」
そんな姫子だったが、不意に彼女は立ち止まり、一枚の絵に向き直った。
磔にされた男性の下で、多くの人々が嘆く様が描かれた絵画。
彼女はその絵を、じっと見つめる。
揺れる瞳の水面に沈んでいるのは、羨望の輝きだった。
数秒ぼんやりとしていた彼女は、はっとして首を横に振る。
それから表情を微かに顰めて、逃げるような足取りで絵画の前から去った。
【一応いますよーって事で。あと自分語り用の複線とかぽいっちょ】
未だ騒乱は起こらない。このまま何事もなく時が過ぎ去れば最良なのだが、そうはいかないだろう。
だが折角の機会でもあり、また終わりの見えない臨戦状態を前に
ずっと気を張っていては、私の気が持ちそうにもない。
気張り通しでいざと言う時に疲弊しているなど、馬鹿馬鹿しい事だ。
私は気分転換に、振る舞われている料理を少々口にして、展示された美術品に目を向ける。
俄かに、私の心に些細な疑問が浮上する。即ち、美術品の優劣とは一体何なのか。
如何に流麗な曲線を描き、鮮麗な色彩を再現する事だろうか。
ならば美術とは何処まで行っても自然の模倣、劣化物でしかないのか。
或いは何らかの精神を曲線に、模様に、色彩に、形状に宿し他者や後世へ伝えられれば良いのか。
だとすれば美術とは酷く選民的な分野である事になる。それは既に、『美』徳とは言い難い。
……だが仮にそうだとしても、自然の壮大なる神秘に両の手のみで挑まんとして。
また一瞬の光景や感情、思想に永遠を付加しようとする志は、きっと美しい物だ。
美的感覚は人によりけりだ。
しかし人の心根の美しさは、時代によって変わる事はあっても、そうではない。
正義は正義であり、悪は悪であり、美徳は美徳で、悪徳は悪徳だ。
ならば真の美とは美術品そのものではなく、それらに塗られ、練り込まれ、または刻み込まれた物の事ではないのだろうか。
……無論私はこの、目覚しいまでの陽光と心踊る緑を描き切った色調を、自然の劣化物と思いはしないけれど。
「これもこれで、とても良いものです」
小さく、私は独りごちた。
【びっくりするくらい喋る事がない!暇なので美術品巡りでもね】
「大した盛況ぶりだな、この街には馬鹿と阿呆しかいないのか?
……ん、馬鹿と阿呆ってどう違うんだったか」
人混みで溢れかえる博物館を外から眺めつつ、猪狩は独りごちる
彼はまだ博物館には入っていなかった、というか入れないでいた
全身包帯グルグル巻きの不審者をすんなり通してくれるほど、この街の警備員は甘くはないのだ
「……変装の一つでもしてくりゃ良かったな」
こっそり忍び込むには警備が厳重過ぎ、かといって強行突破して騒ぎを起こすのも得策ではない
ヴィランの襲撃が始まるまで、猪狩は下手に動くことは出来ない
今はただ、博物館の近くの物影に隠れて待ち続けるしかないようだ
「……まだ暫く待たされそうだな、座って待つか」
猪狩はそう言うと、片手に持っていた大型のトランクを地面に置き腰掛けた
この中には予備の義肢が二組分、つまり両手足がそれぞれ二本ずつ入っている
猪狩の義肢は確かに頑丈だが、決して無敵というわけではない
ダメージを受け続ければ劣化もするし壊れもする、中に仕込んだ爆薬によってヴィラン諸共爆破することもある
猪狩にとって義肢とは大切な手足の代わりではなく、使い捨ての消耗品に過ぎないのだ
数分後、暇を持て余した猪狩は、今回の展覧会についてぼんやりと考えていた
(……しかし、どいつもこいつも命が惜しくないのか?
たかが馬鹿デカい石ころを見るのに、命を賭ける価値があるとは思えないが)
まさかあの場にいる全員がヒーローやヴィラン、ということはないだろう
ある程度は紛れ込んでいるだろうが、殆どは単なる一般市民のはずだ
何故彼らは、危険と分かり切ったイベントに好き好んで参加するのか
答えは単純だ、彼らはヒーローを過信しているのだろう
(いざとなったらヒーローが助けてくれる……か?
呑気な連中だ、どんな時でもヒーローが駆けつけて、必ず助けてくれると思っているらしい)
どんなに強大な力を持っていようと、ヒーローも所詮は人間だ
ヒーローに助けられる者がいれば、その裏には必ず助けられなかった者がいる
ヴィランの魔手から全ての人間を守りきることなど、どんなヒーローにも出来はしない
猪狩はそれを、文字通り身に染みて理解していた
「さぁ……早く集まって来いクズ共、こっちの準備は万端だぜ?」
トランクに腰掛けて頬杖をつき、のんびりとした口調で呟く
その心中で、ひたすら怒りと憎しみを煮詰めながら
【博物館の外で待機中。どう見ても博物館を狙うヴィランです本当に(ry】
(確かに…この人形はちょっとどうかと思うな…)
緊張にかける人形に関する点、そこだけ同意しつつ、武中はウィリアム等を無表情に、相づちだけうって適当に相手する
何となく黒い雰囲気のする輩達だが、今彼等を気にかけている余裕は無い
会場は不知火重工、警察側に想像以上に不利な状態だったからだ
(何故だ?何故これほどまでに人間が集まっている…)
ヴィラン…異能者の力を知る者なら、それが現れる可能性のある所に近づこうなどと愚かな事は無いだろう
そんな『常識』を無視して、明らかな一般人が会場には大量にいた
警察も、メタトルーパーも、周囲の被害を度外視して強力な武器を搭載している
こんなに大勢人がいては、周囲の人間を考慮して、こちらは全力でヴィランを叩く事はできないのだ
十人二十人なら、まだ何とかなったかもしれない
無論、それはその数ならば犠牲にしても構わない…と言うわけではなく、ヴィラン襲撃時、警察戦力を割いて安全地帯へ誘導できる、という事だ
だが、会場には百名以上の民間人がいる
異常だ
余りに、異常だ…
(そういえば…)
ふと、武中は、この街の事を調べた時、気に止まったことを思い出した
(これまで幾多の凄惨なヴィランによる犯罪が起きたにも関わらずこの街の住民が大幅に街を出たという情報は無かった
…もしや…この街は……)
武中がある考えにいきつこうとした、その時
遂に、ヴィラン共が動き出した!!
怪人の強力な攻撃に対し、足止め程度になるかと思われた大型ケースは、しかし現れた謎の少年を、警官隊の銃口から守るための盾として、かえって味方の足を引っ張ってしまった
それどころか、怪人化して暴れだしたヴィランと、ケースの中の少年に、大勢の民間人と防衛隊は挟まれる形になってしまったのだ
(空間転移か…糞!このまま逃げられるわけにはいかない、ここでダイヤがなくなれば、せっかく集めたヴィランをミスミス逃す事に……いや、今はそれより)
「撃つな!!メタルマン、ボーガー、トルーパー、格闘で応戦!警官隊は市民の避難を優先!」
如何な能力を持つかわからないヴィランに対し、格闘戦ではパワードスーツは分が悪い
更に、金のかかるパワードスーツは数が少ない
かといって、銃の使えない警官隊では足を引っ張るばかり…
(迂闊だった、もっと早く、この街について気づいていれば…)
副市長等と別れ、護衛に伏せていた装甲警備隊員に守られながら、武中は旧ボーガーの指揮車両へ移動していた
オペレーターのマイクからは、不利な戦いを強いられる警官隊とメタルマンからの悲痛な声が聞こえてくる
応戦も満足にできない状態で、会場内の客を全員逃す事などできようはずがない
そうこうしてる間に、肝心のダイヤは突然現れたテレポーターに持ち去られてしまうだろう
最早、ヴィラン殲滅作戦は失敗していた…
なら…もう出し惜しむ必要は無い
「宙野、直ちに出撃し、会場に現れたヴィランを片っ端から殲滅しろ、作戦失敗、しかし、現れたヴィランだけでも殲滅する!」
『こちらハイメタルボーガー、了解!行動を開始します!!』
勇ましい宙野の叫びと共に、彼方から無数のサイレンが響き渡ってくる
だが、ハイメタルボーガーが来たとしても、周囲に犠牲を出さずに戦う事はできない
『街』を舐めたことを、武中は心から悔やんだ
まさか、こんな落とし穴があるとは…と
>「へえ、これがブラックダイヤモンドかあ。すごいね、実際触れてみると力が溢れてくるのが分かるよ」
その少年が全てを台無しにするのに、一秒と要さなかった。
少年は一瞬で会場の中心へ現れ、ダイヤを手にする。
そして穏やかで明るい笑顔と語調で、絶望を語る。
>「ちょっと試してみようかな?」
明朗快活な悪意によって、堰が切られた。
恐怖に当てられて、観客達が逃げ惑う。
同時に潜んでいた悪党達もが、悪辣の本性を曝け出す。
>「なーんて、冗談だよ冗談。……あれ?誰も聞いてないや。
> 酷いなぁ、僕を無視するだなんて。傷付いちゃうじゃないか、まったく」
(この野郎……!マズい!母さんは……流された!)
人の奔流が、伊達一樹の母を押し流していく。
焦燥が湧き起こる。すぐにでも追わなければならない。
だがそれすら許されない。
セーラー服を着た少女が、悪党に追われていた。
見知った顔だ。同じ学校の同じ学年。
そこまでの関わり、廊下でたまにすれ違う程度で、名も知らない。
「……ッ、何やってる、このクソ野郎ッ!!」
だが、伊達一樹はそれを看過出来なかった。
もしも彼女がここで失われてしまえば。
きっとそれは明日、学校で悲しいお知らせとして公表される。
全校集会が開き、場合によっては献花を行い。
それだけで、終わりだ。
二度と、彼女と廊下ですれ違う事はない。
その未来が脳裏を掠めた途端、彼は背筋を氷柱で貫かれるような感覚に襲われた。
だから彼は、人混みに潜行。
腰を落とし、姿を潜め、制服の内側に隠した学帽を深く被り込む。
変装が完了すると同時に、火の力を脚部に宿して高く跳躍。
降下の勢いを秘めた飛び蹴りを、ヴィランに見舞った。
(クソ……数が多すぎる!)
暴れ回るヴィランは、見回せば数限りなく視認出来る。
逃げ回る学生服の男女も、無数だ。
その中に何人、伊達一樹の知り合いがいるのだろう。
母は今、何処にいるのか。学校の教師や、たまに立ち寄るコンビニの店長。
蹂躙されるばかりの人々の中に、自分の知った顔が一体幾つあるのか。
考え始めたら、止まらなかった。
不安は瞬時に膨張し、彼の内面を満たす。
気付けば彼は、手当たり次第に悪党を止めていた。
細々とした電撃を放ち、小さな石礫を投げ、
朧気な炎を飛ばし、ちゃちな水溜りで足止めし、脆い鎖で悪党を縛る。
彼の異能の威力が及ぶのは、あくまでも止めるのみ。
倒すには至らない。
けれども悪党共の悪意の矛先は、彼を標的と見定めた。
「オメー……馬鹿か?この数を前に、何をするってんだ?」
悪党の問いに、彼は苦笑。
「……決まってるだろ。活躍するのさ。僕の異能は万能だからね。
明日の新聞の一面は『バスタード大活躍』で決まりだ」
彼の答えに、悪党も苦笑。
「ハッ……無理だよヒーロー。お前の名前は……
あぁ、いや、何処にも載らねえか。見たとこ未成年っぽいしな」
悪党達とて、彼――バスタードの狙いが時間稼ぎである事は分かっている。
その上で、悪党達はバスタードを相手取った。
。
それは彼らが悪党だからこそ、人の願いをへし折る事に快感を覚え、
またバスタード一人ごときならば持って数分。
彼を始末して然る後に悪行を再開すればいいと言う、理由と目論見があっての事だった。
【早速でなんですけど、ピンチです】
「どう?僕ダイヤ貰っちゃったけど君達は手を出せないよね?
自分達でセットしたケースがあるもんねー。ねえ今どんな気分?無力感で胸がいっぱいかな?
残念過ぎるよねー、こんな頑張って色々準備したのにさあ。……ホント、最悪だよね?」
透明なケースの外側で自分を睥睨する警備員達に、和明日灯は快活に笑いながら問う。
しかし警備員達は暫くは彼を睨んでいたものの、すぐに騒動の対処に追われ、彼に背を向ける。
「そうそう。僕なんかを相手にしている暇ないよね。仮に僕が君達の背中に、
『ホントに役に立たないな君達は。いっそ野良犬に首輪でも付けて、台座に括りつけておいた方がマシだったんじゃないのかい?』とか。
『ところで参考までに聞いておきたいんだけど君達の算段じゃ、君達はどうやって活躍するつもりだったんだい?ねえねえ、教えてよ』とか。
語彙の限りを尽くして罵倒の言葉を投げかけても、君達は僕じゃなくて他のヴィランの相手をしなきゃいけないんだよねー」
戦いに挑む彼らの神経を逆撫でする毒舌を、和明日灯はここぞとばかりに撒き散らす。
自分が何を言おうと、物理的にも状況的にも彼らが自分に何も出来ないと分かっているから。
「さぁて、ここで凡百の悪い奴だったら「ダイヤを手にして騒ぎも起こした。
もう十分悪い事はしたし、自分は捕まる前に帰ろう」……とか言い出すんだろうけど」
彼は独りごちて、人差し指をつけ根の動きだけで上へ向け、ダイヤを宙へ放る。
「それじゃあとてもとても、最悪とは言えないよねぇ?」
瞬間、彼は戦闘を繰り広げる警備員の目前に姿を現した。背後で、ダイヤが床と衝突して奏でた硬質な音が響く。
視界が朗らかな微笑みで埋まる程に肉薄された警備員には、気付けないかもしれない。
――彼の両腕が左右それぞれ、冷ややかに煌く刃と、獰猛なまでに鈍重な鉄槌と化している事に。
左足を半歩踏み出し、腰を捻り、和明日灯は刃を突き出す。
身体を押す慣性を閃く切先に乗せて、警備員の腹部を一息に貫く。
だが宙野以下警備員達とて、完全に無策だった訳ではない。
異能者への対策が甘かったのは事実だが、防弾防刃の装備くらいは、配給されていても不思議ではない。
「ま、どっちにしろぶん殴るから関係ないんだけどねー」
刃が貫通したにせよしなかったにせよ。
一瞬息を詰まらせた警備員に、和明日灯は右の鉄槌を振るった。
鈍い手応えが、鉄槌から彼の腕に伝う。特に、彼に感慨はない様子だった。
警備員が吹っ飛び、彼の描いた放物線の彼方で一般人の悲鳴が上がった。
耳に飛びこみ鼓膜を揺らす音が、和明日灯の胸の奥をくすぐる。
警備員を殴打した手応えとは全く違う、感動で心が波打つ。
彼は満足気に目を瞑って微笑み、顔を上に向けて肩を竦め、小刻みに身体を震わせた。
「そうそう、やっぱこう言うのは自分でやるからいいんだよね。
自分で作った料理はとても美味しく感じるって言うけど、つくづく至言だね。
あぁ、さっき作った料理も少しくらい、自分で食べてみても良かったかもなぁ」
【ケースを出て警備員に攻撃。ダイヤは別に欲しくないのでケース内で放置。
殴られた警備員がどうなったかは明記しません
耐衝撃装備とかあっても不思議じゃありませんし、負傷の有無に関わらず人が吹っ飛んでくりゃ悲鳴は上がるでしょうから】
「準備は出来ているな?さぁ、出番だぞ。」
逃げ惑う人々を眺めながら、ウィリアムは警備員の中に紛れていた。
そして、遠くから現われるセルゲイの姿を見つめる。
彼は、スティールインダストリーの整備服を身に纏い
そのままハイメタルボーガーやヴィラン、ヒーロー達が集結し始めた戦火の中へ
その歩を進める。
ボイスチェンジャーを使用し、トリッシュの声を擬似的に再現している為
周囲の人間はアイアンメイデンが来たと疑わない。
「よォ、よォ、よォ。アイアンメイデン様のお通りだ。ケツを切り裂かれたくない奴は
さっさと家に帰ってクソでもして寝るんだなぁ……」
セルゲイが服を脱ぎ捨てる。同時にその胸の中央には、アイアンメイデンのそれと
同じ青白い光を放つ、リアクターコアが存在していた。
やがてリアクターの光で服は焼き尽くされ、その中から鋼鉄のアーマーが出現した。
トリッシュのアーマーに酷似した、それでいて邪悪さを感じさせる赤と黒のアイアンメイデン。
両腕から火花を散らし、それが光の鞭に変化する。
周囲の物、さらには警備隊の鎧さえを切り裂きながらセルゲイは前進する。
>>127 悪党に囲まれた学生らしき少年を見据え、セルゲイは喉を鳴らす。
そして、鞭の一振りで悪党の1人の体を「半分」にすると
少年の顔を見つめた。
恐れが無いのは、大胆不敵か。それともただの馬鹿か。
セルゲイにはどちらにも見えた。
「ボウズ、ヒーローごっこは楽しいか?
俺も混ぜてくれよ。今日から俺がアイアンメイデンだ、トリッシュスティールの
代理でな。」
アーマー内の無線を、直接博物館内に繋ぎセルゲイは高らかに叫ぶ。
今日、ここでアイアンメイデンの名誉は死ぬ。そして、スティール親子に対する復讐が始まる事を。
「アイアンメイデンは今日から、貴様らのヒーロー等ではない!!
お前等はいつまで経っても私に頼って生きていた。平和ボケの
お前達に最早私は守る義理などない。
私は、平和ボケの貴様らに恐怖を教えてやろう。」
両肩から出現した焼夷弾が空中へ向け放たれる。
それは放物線へ描き、逃げ惑う市民達へ向け放たれた――
【セルゲイ、アイアンメイデンを騙り市民を攻撃】
ははは、何てこったい。突然の登場には驚かされたけど、全てを消滅させられると来たもんだ。
最早何でもあり過ぎて笑っちゃうね、この都市は。
ともあれこの大騒ぎ、どうにかならないものかね。鬱陶しくて仕方ないよ。
叫び声が鼓膜を殴りつけて頭に響くし、さっきから全身至る所が逃げる身体をぶつけられて痛いんだよね。
別に痛いのも慣れてはいるけど、慣れているってのはあくまで慣れているだけで、感じない訳じゃないんだよ。
まったく、本当にまるで虫みたいに逃げ惑って。馬鹿みたいだよ。
蟻が全力疾走した所で、人間の一踏みから逃れられると思ってるのかい?
そもそも彼はさっき距離を消滅させたと言った。それが本当に出来るなら逃げる事には何の意味もないよね。
だったら僕は、逃げたりしない。逆を行く。
ヴィランが暴れる戦火の中心に、飛び込んでやろうじゃないか。
そこは同時に、ヒーローの集う場所でもあるんだから。
そう、無条件に僕を守ってくれる連中が蔓延る場所だ。
僕はパッと見、逃げ遅れた鈍臭い学生でしかないだろうからね。
丁度お誂え向きに、何だか頑張り過ぎなくらい頑張ってる奴もいるし。ホント、ご苦労様だよ。
そう、銃弾の風切り音が耳に囁きかけ、炎が髪を焦がす臭いが鼻腔を刺す場所こそ、向かうべき所なのさ。
……なんて事を考えていると、不意に僕の頭上を何かが通り過ぎた。
直後に、轟音と熱風が僕を追い越していった。
それは通り魔のように僕の背中を強かに殴っていく。おかげで僕はよろけてしまい、ややつんのめって体勢を整えた。
となると、今のはきっと爆弾の類だったのだろう。ほうら、前に出て正解だったろ?
後ろから何だか沢山悲鳴が上がっているけど、振り向く気にはなれないなあ。
さて、この辺でいいかな。
もう随分と僕は戦いの中心に辿り着いた。
さあヒーローさん、僕を必死こいて助けてくれよ。
君らが倒したヴィランのブラックダイヤは、僕がちゃーんと回収してやるからさ。
【逃げ遅れを装って戦地の真っ只中へ。しかしまー自分も自分で台詞ねーなー】
人が溢れかえる展示会の中でヴィランが暴れ出す気配は今のところない。
そして日比野は、警戒は解けないけど展示会がお開きになる瞬間を狙うかも知れないな。
などとそれらしく思考を巡らせていた。
しかしずっと一人で気を張ってはいられない。
例え改造人間、人モドキであっても人という枠組み、性を越えることはできないのだ。
夕食は済ませていたが小腹は空いていたので差し出された料理に手をつけることにした。
皿に盛られたパスタをフォークに絡ませる。
回転に合わせて椎茸であったり、しめじであったり、ソースが捩れていく。
色々なものが渦の中に巻き込まれていく。
そんな様相を見て、あれ、何かに似てないかな、これ、と日比野はふと思ったが
全く分からないのでそれ以上あれこれ考えるのはやめて口の中に放り込む。
>「へえ、これがブラックダイヤモンドかあ。すごいね、実際触れてみると力が溢れてくるのが分かるよ」
一人の青年の言葉によって会場全体が沈黙する。
突然の静寂に日比野は取り残され、おろおろと周囲を見渡す。
どうやったのか少年は水も漏らさないような警備をすり抜けガラスのケースに触れることなく、
ブラックダイヤを目の前で取り出してみせたらしい。
その後は沈黙の中、少年のどうでもいい台詞を長々と聞かされる。
>「なーんて、冗談だよ冗談。……あれ?誰も聞いてないや。
>酷いなぁ、僕を無視するだなんて。傷付いちゃうじゃないか、まったく」
直後、表面張力によって耐えていた戦局は警備サイドをコケにした形でひっくり返った。
潜んでいるヴィランは姿を現しここぞとばかりに暴れ始める。
客は安っぽい悲鳴や叫び声を挙げながらざわざわと揺れ動き、氾濫した濁流のような流れが生まれる。
自分の方向に何かが放物線を描いて飛来してくる。
もちろん後ろには大量の市民がまだ溢れ返っていた。
誰が放ったかは分からないが防がねば、と義務感に駆られて身体を動かす。
「変身!」
濁った光は日比野を一瞬で包みこみ帯となって装甲を形成する。
放たれた光に焼夷弾は包まれ、まるで手品のように消えうせていく。
現したのは顔面と後頭部に合わせて八つの赤い眼球を宿した醜悪な姿。
装甲は銀が少し錆びてしまったかのような体色をしている。
そしてやっぱりというか、お約束のように市民からは「うわぁー」とか「またヴィランが現れた」
だとか猛烈な勘違いを生んでいる。外見がどうみてもエイリアンです本当にありがとうございました。
(とにかくこのままじゃぁ余計混乱するだけだな…上へ一旦行こう)
ブラックダイヤを展示された場所が高さ的にも広くて良かった。飛行能力を駆使して天井付近へと飛ぶ。
上からならヴィランが暴れているだとか、ヒーローが戦うところだとか、焼夷弾を放った奴だとかを探しやすいからである。
ただし、空中だと誰の目からも認識される訳で、
更に警察やヒーローに敵と勘違いされると蜂の巣にされかねない訳で、色々と問題だらけである。
気付いていないのは当の本人、スカイレイダーのみ。
スカイレイダーと言えば焼夷弾を放ったのは誰なのか八つの眼を駆使して探していた。
もしかしたら本人の行動や性格も勘違いを生む起因となっているのかも知れない。
【焼夷弾全部防御→ちょっくら天井付近で焼夷弾放った奴探してくる。勘違いと蜂の巣大歓迎!】
太田空はもう一年間、自分の部屋に引き篭もっていた。
たまに頭や身体が痒くて堪らなくなったら風呂に入るが、それも深夜の事だ。
後は日がな一日アニメを見て、特撮を見て、フィギュア造形に傾倒している。
だが彼は、最初からこのような人間だった訳ではない。
一年前に妹をヴィランに殺されて、彼は現実を直視出来なくなってしまったのだ。
以来、彼は元から太めだった体躯を更に膨張させて。
ヒーローアニメや特撮ヒーローを貪るように、或いは溺れるように見て。
版権、オリジナルを問わずヒーローのフィギュアを、まるで救いを求めるかの如く、作る事に没頭した。
今日も今日とて、彼はフィギュア作成用の粘土を捏ねる。
「いたっ……!」
不意に彼の指先に、何かが刺さった。
尖った何かが粘土の中に潜んでいたのだ。
保管の仕方が悪くて粘土が固まっていたのかと、空は粘土を指先ですり潰して正体を伺う。
固く角張った触り心地だった。
かくして、太田空の予想は外れていた。
粘土の中に姿を隠していたのは、小さな石の破片。
彼の指先に血を滲ませたのは、黒い黒い宝石だった。
「これって……」
瞬間――空の心が大きく揺さぶられる。
心に流れ込むどす黒い感情の渦に、思わず彼はうずくまった。
異能の力と、悪意が芽吹く。
体中を駆け巡る漆黒の衝動に、彼は椅子から転げ落ちた。
彼の肉と脂肪に巻き込まれて、机上の物品が乱雑に床へ散乱する。
人の身を超えた力が、身体に染み渡っていくのが分かる。
法の網を切り裂く刃、自由の世界へのフリーパス。
持っていれば何もかもが自分の好き勝手に出来る力だ。
そう、自分の妹を殺した男のように――
「っ、僕は……何を!」
邪な感情に混濁していた彼の瞳に、光が戻る。
太田空は極々平凡な青年だった。
本来ならブラックダイヤモンドの悪意に抗える筈など、ないほどに。
だが彼には凄惨な過去と、もう一つ。
常人の域を逸したものを持っていた。
それは、床に散らばったヒーローのフィギュア達。
太田空はそれらを両腕で掬い上げて、しかと抱き締めた。
悪意が浸透して霧散してしまいそうな心が、壊れてしまわないように。
「そうだ……。悪い事なんて、したくない」
彼は強く強く、強いヒーローに憧れていた。
もしも自分に力があれば、妹は助けられたかも知れない。
その悔やんでも悔やみ切れない思いはそのまま、憧憬の源となっていた。
「僕は……ヒーローになりたいんだ!」
そして今、彼は力を手に入れた。
誰かを護る為の刃、誰かの悲しみを世界から無くす為の力。
力を持たない人々の盾となる事が出来る力だ。
「悪意なんているものか!僕がお前から受け取るのは力だけだ!」
未だ尚、怪しく煌いて太田を篭絡しようとする黒の宝石を、彼は強く握り締めた。
手にした異能で他ならぬ、その異能を与えたブラックダイヤを掌握すべく。
固く握った手の中で、ブラックダイヤが溶けていく。
硬度を段々と失い、粘性を持ち、すぐにそれも失って水のようになった。
液状化したブラックダイヤは太田の手が開かれると、窓から差し込む陽光を受けて揮発する。
限りなく微小な粒子と成り果てたブラックダイヤは、最早その使命を全う出来ないだろう。
「……そうだ。今日って確か、展覧会が」
漆黒の感情から解放された太田は、つい昨日見たネットでの話題を思い出した。
ブラックダイヤの展覧会。
異能を持つヴィランに強いトラウマのあった彼はすぐにその広告を閉じたが、今の彼には力がある。
ならば、すべき事は決まっている。
「行かなきゃ……!」
彼は勇んで立ち上がり、ドアへ歩み寄った。
ノブをしっかりと掴み、握る。
そして一息にドアを開け放ち、踏み出した。
自分が直視する事をやめた現実が待つ、部屋の外へ。
そのまま階段を降りていく。
引き篭もりっぱなしの生活で足元が覚束無かったが、一歩一歩、強く踏みしめて。
階段を降り切ると、空に気付いた両親が驚いた顔をしていた。
「今まで、ごめん。本当はもっと言うべき事とか、言われるべき事があるんだろうけど」
とても久しぶりに見る顔だった。目を合わせるのが辛い。
だけど、だからこそ、彼はしっかりと二人と目線を合わせる。
「行かなきゃいけない所があるんだ。だから……いってきます」
それだけ言って、彼は両親に背を向けて家を出た。
――そうして彼が家を出て十分。
太田空は、公園のベンチに腰掛けていた。
「はぁ……ふぅ……はひぃ……」
肩を大きく上下させて息は乱れ、この上なく無様な姿で。
何故彼がこのような姿を晒しているのかと言うと、理由は幾つかある。
まず第一に、展覧会は夜に行われる。
勢いづいて家を出たのはいいが今は昼。
する事がないのである。
次に、彼がまさに今陥っている状態が、彼の行動を阻害していた。
それはつまり――運動不足だ。
ほんの100メートルばかり走った所で、彼は完全に息切れを起こしてしまった。
これでは異能があった所で、戦える筈もない。
そして最後に、これは第二の理由にも関連するが――彼はとてもカッコ悪いのだ。
一年間の引き篭もり生活で、彼の身体は膨らみ、たるみきっていた。
人によっては「人は見た目じゃない」とか「内面が大事なんだ」とか言い出すかもしれない。
だが彼にとってヒーローとは憧れの対象であり、絶対にカッコよくなくてはならないのである。
重大な問題だった。
時間に関しては放っておいても流れていく。
身体能力も、異能の使い方次第ではカバー出来るかもしれない。
けれども容姿に関しては、どうしようもない。
まさか今からダイエットに勤しむ訳にもいかない。
「うぅ……どうしよう……」
太田が頭を抱える。
ふと、その時彼の衣服から何かが零れ落ちた。
彼が気が付いて拾ってみると、それは小さなフィギュアだった。
先程部屋で抱き締めた時に、肥満体が故の、腹の段に埋まっていたらしい。
彼は数秒それを見つめて、不意に何かを閃いたのか、微かに目を見開いた。
それから更に暫くして、夜が訪れた。
「あぁ、もう始まっちゃってるよぉ。急がなきゃ……」
展覧会場に向かって歩く、一つの影があった。
尖った帽子と、ひらひらのドレス、右手には先端に球体の宛てがわれた杖。
瞳はとても大きく、口元には絶えず笑いが浮かんでいる。
そして頭身は頭でっかちな三頭身で、全身真っ白。
世間で言う所の『魔女っ子』のコンクリート製フィギュアが、歩いていた。
ちなみに全長は2メートルを超える。重量も、歩く度に重音が辺りに響くくらいだ。
太田空はそのコンクリ製魔女っ子フィギュアに、身を包んでいた。
これならば彼自身の醜い姿を晒す事はない。
ちなみに視界の確保は試行錯誤の末、覗き穴と鏡を仕込む事で補っている。
本当ならばもう少しまともなデザインが好ましいのだろうが、そんな所までは彼の頭が回らなかった。
異能が不慣れだったと言う事もある。
彼が手にした異能は『念動細工』(クラウンズクレイワーク)
対象の粘性を操り粘土化して造形し、造形物を操る能力だ。
今も自分が着込んだフィギュアそのものを操って歩行しているが、まだ操作が上手くいかない。
歩く走るくらいならともかく、複雑な動作や造形は出来ないのだ。
展覧会までの時間で練習をしてはみたが、目を見張るほどの上達は得られなかった。
「……あれ?」
博物館の入り口がようやく目前となった彼は、しかし立ち止まる。
中の様子がおかしいのだ。
人々が慌てふためき怯えた表情で逃げ惑っている。
「まさか、もうヴィランが!?」
慌てて、太田空は駆け出した。
コンクリート製の魔女っ子が、ガラスを盛大に破って博物館へと飛び込む。
博物館の手前には他にも誰かがいたようだが、焦りが相まって彼の狭い視界には入らなかった。
博物館に踏み入って首を左右に振る彼が真っ先に認めたのは、ブラックダイヤを弄ぶ、コック服の少年の姿だった。
混乱を極めた騒ぎの中でも、一際異彩を放つ、悪意そのものであるかのような姿。
「な、何をしてるんですかぁ!」
何が起きたのかは分からないが、少なくともあの少年は止めなくてはいけない。
そう確信して太田は駆け出した。
しかし異能制御が不慣れである事が災いして、彼は少年の少し手前で蹴っ躓く。
コンクリ製の超重量級魔女っ子が盛大に宙へと投げ出され、少年へと迫る。
【よろしくお願いします。とりあえずフライングボディプレスでも】
名前:太田空(おおた くう)
職業:無職
性別:男
年齢:19
身長:170cm
体重:140kg
性格:ねあか、気弱
外見:白いシャツにジーパン。ピザデブ
外見2:コンクリ製の三頭身の着ぐるみ
特殊能力:『念動細工』(クラウンズクレイワーク)
物の粘性を操り粘土化して、造形する。また造形物を操作出来る
備考:元ピザデブニートのヒーロー
……と思ったけどヒーローは仕事じゃないので現ピザデブニートだった
外の人は可愛らしい造形をしている
どうでもいいが部屋の中でヒーローがどうとか叫んだ彼を両親は心配しそうだ
聞こえてないといいんだけれど
このタイミングで新規参加とかありえない空気嫁
童貞とキャラ被ってるしな
考え直せ
コンクリ戦士アクセルアクセス!
一瞬で状況は動いた。
それはひび割れたダムが決壊するように。
パレードで響く一発の銃声の様に。
一つの悪が連鎖して次々に悪を引き起こす。
かつてトリッシュスティールが開催したパーティーと瓜二つなその状況。
その状況の中で旋風院雷羽はその場に立ち尽くしていた。
(……ボスの命令はまだなのかよ?)
彼の目の前には、暴れるヴィラン達によって脅かされる一般人の安全があった。
一般人を守る為に動くヒーロー達の姿があった。
(ったく、俺様は今ヒーローを演じてるっていうのに……このままじゃ
怪しまれちまうじゃねぇか)
心の中で毒づく雷羽の目前で、次々と一般人が被害を受ける。
トリッシュ邸の時と異なり、ヴィランの数が多すぎるのだ。
対するヒーローは一般人の数が存外多かったせいか、思うように戦えないでいる。
(……おいおいおい……そんなへなちょこで何がヒーローだよ。
ヒーローなら命を賭けてでも一般人を守れよ。助けられなかったら意味ねーだろうが。
ったく、使えねぇヒーロー共だな。こんなんじゃあ、あのトリッシュって女の方が
まだマシだったぜ…………まあ、どれだけ被害が出ようと俺様には関係ねぇけどな)
>>128 そうして、一人のヴィラン――――ダムが決壊する原因を作ったその男に
吹き飛ばされた警備員が、雷羽の横を通り過ぎるのを見て
「――――おい、調子乗ってんじゃねぇぞ三流ヴィランの糞ガキが」
雷羽は、和明日灯に向けて人外の脚力を持って接近し、その腹部に向けて
常人の肋骨なら軽く圧し折れる威力を持つ蹴りを放っていた。
「なーっはっはっはぁ!! 旋風……じゃなかった、正義のヒーロー『シーフ』様の参上だぜ!!
本当はこんな事したくねーんだが、今回は特別な事情でこの俺様が貴様等一般人を、
全部纏めてヴィランから守ってやる! 判ったらさっさとこの俺様の後ろに隠れて逃げやがれ!!
んでもって、役立たずの三流ヒーロー共は指をしゃぶってこの俺様の大活躍を見守るんだな!
なーっはっはっはっはー!!!!」
そうしてブラックダイヤのケースの上に飛び乗り、雷羽は大声で会場全体に聞こえる様に
馬鹿笑いしながら、宣戦布告の如くにそう宣言する。
【つながらない未来】
遅れて登場した夜之咲ちゃんは、なんか凄い感じだった。
真っ白なドレスに真っ黒な長髪が映え、とてもシンボラーがモンスターボールに収まってるとは思えない荘厳さがあった。
「「おおっ……!」」
感嘆の声が朽葉君とハモる。
ついでに何か口走った彼を夜之咲ちゃんが蹴りつけるが、我々の業界ではご褒美です。
しかしまあ、こうも素敵に素晴らしい感じの格好されると、なんかこう、泣けてくる。
「うう……」
というか泣いた。涙がこぼれ落ちた。
「こんなに可愛いのにパンツの中はギャラドスがたきのぼりではかいこうせんだなんて……」
「そこで初代を例に出すあたりジェネレーションを感じますな真性殿」
「な、なんだよ!おっさん枠はそこに二人いるだろ!俺はまだナウいだろうがよ!」
おっさん代表の其辺は何に例えるだろうか。
「神龍だな」
「くっ、古い……!」
流石に年季が違うぜ。
というかなんだこの会話。山吹(娘)ちゃんとかまったく話についていけてないぞっ。
「あ、あの、なんの話をしてるんですかっ……?」
「フロイト分析学について少々論を交し合っていたところだ。さて、では面子も揃ったところでブリーフィングを行なおう」
「お、おう。えっと、前線係は夜之咲ちゃんでいいんだよな?」
>「ま、オレはこの服装で潜り込ませてもらうさ。それに、《変装は得意だし》?」
おおっ、セリフの後半が別人の顔と声になった!
これが『光と音を操る能力』か。なるほど潜入工作向きだ。これで直接戦闘能力まで備えてるってんだから、凄い拾いもんだ。
>「それに、用意したそのカッコだと戦う時に動きづらいしな。切り込み役、任せてもらうぜ?」
「よし、では夜之咲君には直接彼地へ赴き、メタルボーガーと相対する役を任じよう。その戦闘能力、期待しているぞ」
「俺達は?」
「こことは別に攻城拠点を設けてある。既に制圧済みの近隣ビルがな。そこから後方支援と、可能なら回収中継を行う。
具体的な作戦行動をこれから説明する」
其辺は事務所のホワイトボードの簡単な展覧会場とその周辺の見取り図を描き、6個のマグネットを置く。
それぞれに名前が書いてあった。『フラタニティ』6人の名前だ。
「まず夜之咲君が直接戦闘の伏兵として会場へ潜り込む」
『夜之咲』と書かれたマグネットを会場内に貼る。
「残りの我々は展覧会場の傍にあるビル(中継拠点)へと移動。ここでは戦況の把握・指示と援護砲撃」
『山吹』『山吹2』『朽葉』『当方』『童貞』のマグネットがビルへ。
マグネットの名前が後半につれてどんどんなおざりになってくのは遊び心なのか途中で飽きたのかどっちだ。
山吹に至ってはどっちが1で2なのか分かんねえよ。どっちメインに据えても気まずいじゃねえか。
「援護砲撃?」
「山吹(父)君の異能は推進力付与の念動力だ。精度は低いが会場へ向けてばら撒くだけでも十分な撹乱効果を期待できる。
(娘)君は広域精査で常に戦況を把握し、朽葉君の流体喚起で中継地点の隠蔽。これが現状戦力の最有効活用法だ」
「はあん。なるほど大体把握したぜ。山吹さんが砲撃!山吹ちゃんが見張り!朽葉君が隠蔽!其辺が指揮!」
「はいはいはいっ!」
(娘)が挙手した。なんか言いたいことあると挙手するの流行ってんのか?
「発言を許可しよう」
「この人はなんもしないんですかっ?」
指差された。
俺はその昔わからないことがあるとなんでも指さして「あれなーに?」と人に聞くゆとりBOYだったのだが、
そのつどお母さんに指差しを咎められた記憶がある。当時若干一ケタだった俺ちゃんは何が悪いか分からなかったんだけど、
今、分かった。
結構傷つくわこれ。それが年端もいかない少女によるものなら格別……っ!死にたくなる……っ!!
「え、ええー、泣いてるーーっ!?」
「うう……」
なんか涙腺に泣きグセがついた臭いぞこれ。
まあ、いいや、俺ちゃんは遊撃。見てわかる大体の異能はカバーできるんだから、スペアパーツ的扱いで良いのだ。
「正直今回の作戦に道程君はいらないんだが、幹部(笑)が事務所で引きこもりというのも格好がつかないだろうからな」
「てめえこの野郎、自分で幹部とか言っといて(笑)つけやがったな!?」
「さて、閑話休題も済んだことだし作戦開始の前にちょっとだけ皆に聞いてもらおう」
其辺は俺からの歩み寄りはばっさり切り捨て、俺達から数歩離れた位置へと足を滑らせる。
それは丁度事務所の窓を背に担う場所で、其辺は朝日を負っていた。
「この国で`60年代に起こった安保闘争……いわゆる学生運動が何故あれだけの猛威を振るったか分かる奴は居るか」
突然物凄い飛躍を果たした質問に、その場の誰も答えることができない。
それもそのはず、ここに居る誰もがその当事者ではないし、戦後最大の異能事件は殆ど黒歴史扱いで誰も語ろうとはしない。
「学校の教科書では、その年代の異能者が特別強力な能力と集団牽引力を持っていたからと言われていますな」
朽葉君が言う通り、歴史の教科書ですら多くは語らずその一文だけに留めている。
『それが何故なのか』は俺にも分かる。当時の異能が凄かった、ってことにしとけば凄い異能を持たない俺達の世代は闘争しないから。
ってことは逆説、異能以外に学生達を戦場に扇情し扇動した何かがあるってことだ。
「そう、教科書ではそうなっている。だがその実、学生運動に参加していたのは当時数少なかった異能者だけじゃない。
反乱を起こした学生達の大半を占めるのは、なんの能力も持たないただのパンピーだったのだ。
ここで着目したいのは、『学生』という身分」
其辺は少しだけ勿体つけ、
「当時は大学が一種の治外法権となっていて、公的権力はその敷地に踏み込めなかったそうだ。
つまり、外でどれだけやらかしても大学の門の内にさえ逃げ込んでしまえば警察に捕まらない。
そういう背景が学生たちをあれだけの大規模犯罪に駆り立てたというわけだな。乗じて甘い汁を吸っていた連中もいたようだが」
確かに犯罪犯しても逮捕されないんだったら、罪の意識はどんどん麻痺していきそうだ。
そうやって大衆を徐々に悪い方向へ導いていくことで、あれだけのヴィラン濫造を人間だけの力で成し遂げたんだろう。
「――帰る場所が必要なんだ。それだけで人はどこまでも邪悪になれる。正義にだってなれる。
日常と自己とを繋ぎ止める楔さえあれば、どんなに踏み込んだって帰れる保証さえあれば。誰も迷わない。躊躇わない」
そしてゆっくりと、最後の言葉を繋いだ。
「さあ諸君!日常と非常を分かつ壁は最早瓦解した!だが諸君には帰る場所がある。だから必ず――戻って来い」
朽葉君が、山吹親子が、夜之咲ちゃんが、そして俺が。そのときばかりは同調した。
付和雷同に頷いた。
【展覧会場周辺のビル 時間軸:和明日灯による襲撃直前】
単独潜入任務へ向かう夜之咲ちゃんとはここで別れ、俺達後方支援組は中継地点へと移動した。
夜之咲ちゃんには『合図が見えたら一番手近なメタルボーガーに喧嘩吹っ掛けろ』と綿密な指示を出してある。
「夜之咲君がもしも苦戦するようなら道程君の戦地投入も考えるからな。身体は暖めておけ」
言われたとおりビルの階段を昇り降りすること10往復のうちに、大体の準備は出来上がったようだ。
このビルは展覧会場から通りを挟んで向かいにあり、通りに面した大窓からは会場内を一望できる。
流石に細かい動向は双眼鏡を使わないとムリだが、俯瞰視点なら肉眼でも大体の状況は把握できる。
で、この大窓を一度とっぱらった。
代わりに朽葉君の能力で水の膜を作り、援護砲撃や隠蔽の際にフレキシブルに開閉できるようにしてあるのだ。
「このバカ重たい箱の中身はなんなんだよ」
其辺に言われてアジトの隅に詰んであったプラ箱を運んできたが、身体強化された身でも腰の痛くなる重量だった。
金属系の何かが、極めて高い密度で詰まっている。というのが中身を見ずに運んできた俺ちゃんの見解。
「開けていいぞ」
許可が出たので開けてみる。プラ箱の中には、ぎっしりと銀色の粒が詰まっていた。
パチンコ玉ほどの大きさで、パチンコ玉のような色をした、パチンコ玉みたいな質感のそれは、やっぱりパチンコ玉だった。
「すげえ……俺も暇なときたまに打つけどこんなにいっぱいの玉見たことないぞ……」
腕時計換算で何個ぐらいになるんだろう。
昨日の段階で事務所にこんなもんなかったから、今日の朝イチでこれだけ稼いできたのかこいつ。
「これが砲弾だ。小さいが硬く重く、速度をつけて落とせば乗用車の外装程度なら容易く貫通する」
「メタルボーガーには効くのかよ?」
「それは彼次第だな」
其辺が言うのは念動力者にしてコンビニ店長・山吹(父)さん。
其辺の用意したコンバットスーツを着込んでいるのはともかく、何故かその上からファミマの制服を羽織っていた。
その絶妙なアンバランスさが笑いを誘い、同時に日常の中に平然と非日常を混ぜ込んだような居心地の悪さがあった。
「あまり過度な期待はよして欲しいなあ。そんなに練習もしてないから、そもそも会場に届くかさえ自身ないよ」
「大丈夫だ問題ない。既に何度か重ねたテストの数値は及第点を大きく上回っている。
『粗製濫造』の能力は道程君のような複雑さこそないが、出力は並の先天性異能者に大きく水を空けているのが特徴だ」
ブラックダイヤそのものの性質が、対象の最も望む力を最も望む形で与えることに特化しているから。
其辺が語ったのはそういう理屈で、実際それは正しい。刑務所にいた頃もそういう連中をさんざん見てきた。
「これで大まかな打ち合わせは完了だ。あとは状況を見ながら調整を――」
そこで其辺は言葉を切った。俺もはっと口を噤んだ。
その場にいた誰もが黙り、緊張感に汗が出る。眼だけをぐるぐる動かし、滞留する大気を見る。
しかしその場を支配したのは、静寂ではなかった。外から聞こえてくるのは、濡れた絹を割くような、
悲鳴。
それも多数。
「んなっ!?」
思わず駈け出して、偏光処理した大窓の水ガラスから外を見る。
絢爛豪華な人と料理とテーブルが所狭しと席巻していた展覧会場は、劫乱戦禍の混沌へと姿を変えていた。
ヴィランだ。ブラックダイヤに引き寄せられてきた在野のヴィラン達がその魔性を解放し、会場を暴力の渦中へ誘う。
逃げる人。燃える地面。迸る血潮と、悲鳴と怒号。
とりわけ目を引くのは警備員無双やってる高校生とか、FFに出てきそうなモンスターとか、真っ白のパワードスーツとか。
あっ、昨日俺を論破した女子高生もいるじゃねーか。夜之咲ちゃんはいずこへ。
「始まったな」
いつのまにか其辺が俺の傍へ移動していた。
「お、おい、ちょっとマズくねえか。このままじゃパンピーに死傷者が出るぞ」
「そうだな。まさか我々が後手に回るとは……ヴィランの中にも抑えの効かない連中がいたらしい」
「あっさり言うなよ!人死にが出てるんだぞ!なあ、アンタらもなんか言ってやれよ!」
取り付く島もなさげな其辺への援護射撃を求めて三人組を見る。
全員が、半目で唖然としていた。なんていうかそれは、『何言ってんだこいつ』的な表情だった。
「……真性殿、真性殿、ちょっとこっち注目。我々ヴィランヴィラン」
「あ……」
そうだった。つい一瞬前まで忘れてたけど俺ってば悪サイドなポジションじゃないか。
つい俺の中の善良な小市民っぷりが鎌首をもたげてしまったけれど、この状況は実のところ俺達に有利に働いている。
ぞれを是としてしまうことに、反吐が出そうだった。まだまだ『本物』には遠いなあ。修行が足りねえ。
「まあ道程君の思うところも分からんではないさ。だが我々には目的以上に、あの状況から全員を救う手段がないというのも確かだ
助けようにも、後方支援特化型の我々では精々がヒーロー達の援護砲撃が関の山。だが道義上それはナンセンスだ」
ヒーローを狩ろうって連中がそれってのはあまりにダブルスタンダードだ。
なるほど正論だった。おんなじ状況に立たされたら、誰だってそうする。俺だってそうする。
「とりあえず渦中でトラブってる夜之咲君に合図を送ってやらんことには我々の状況も動かんぞ。山吹(父)君」
「了解」
山吹さんが大窓の前に立ち、朽葉君が水ガラスを解除した。
彼の足元にはドル箱が二つ置いてある。その両方に、手を翳す。
「真性君。確かにこの世界は理不尽に塗れているよ、それは私の50余年の人生の中で身に染みて実感してきた。
景気は悪いし税金高いし犯罪は絶えない。やることなすこと裏目に出て、正直者が馬鹿を見る。国民は不満だけで動こうとはしない」
だけど、と言葉を滑らせて。
「――変えられるんだ。力があるから」
ドル箱一杯の、2000発はあろうかというパチンコ玉の全てが、一斉に浮かび上がった。
「泣き寝入りはもう終わりだ。これからは、私たちが世界を変えていく。誰もが納得できる、理不尽なき世界へ!!」
一発一発が拳銃弾並みの威力と速度を秘めたパチンコ玉の集中豪雨は、ドル箱二つを空にして残らず会場へ降り注ぐ。
狙いはブラックダイヤの周辺。そしてその警備をするメタルボーガー。なるべく生身の人は避けて、破壊の鉄球は瀑布となる。
これはほんの挨拶程度。そして夜之咲ちゃんへの合図。
革命結社『フラタニティ』、初任務の幕開けだった。
【ブラックダイヤ周辺にパチンコ玉2000発の雨あられ。同時に夜之咲ちゃんへ合図】
【メタルボーガー鹵獲作戦開始】
>「へえ、これがブラックダイヤモンドかあ。すごいね、実際触れてみると力が溢れてくるのが分かるよ」
私が絵画を見上げ呟いたのと時を同じくして、背後から声が響いた。
背筋を、心臓を、氷の模造品にすり替えられたかと錯覚する。
明朗快活で、だがそれさえも悪意に根差しているのだと直感させられる異様な声。
凍り付いた心臓が不自然に跳ね上がった。
(しまった!こんな事なら――!)
後悔の言葉が脳裏に羅列されそうになる。しかし私は歯を食い縛り、思いとどまった。
今すべきは結果論に囚われ足を止める事ではない。だから私は、ただ振り返る。
視線が半円を描き、その勢いに溶けた視界が、私の静止と共に凝固する。
そこは既に、悪意と悲鳴の飽和する騒乱の坩堝と成り果てていた。
私は息を呑み、歯噛みする事を禁じ得ない。
……ああもう、しっかりしろ縁間沙羅!
そんな事をしている場合ではないと、何度反復すればいいのだ。
首を振り、今度こそ私は不要な情を頭から振り落とす。
今必要なのは、ただ一つ。正義の心のみ。
だから、私は叫ぶ。
『変身――私は悪を下し、正義にかしずく者!それに相応しい姿を!』
着用した新緑のブレザーと、ワインレッドのネクタイが燃え上がる。
身を包む深紅の炎は私の五体に纏わり、同色の着物へと変貌した。
頭上でも微細な発火音がした。恐らくは緑の冠の、産声だろう。
傍にあった美術品のケースへ視線を逸らした。
深紅の着物に濃緑の冠、頬には紅色の筋が化粧されている。
いこう。私は小さく頷き、再び戦場を見据えた。
……そして即座に、目を剥いた。
視野の奥、逃げ惑う人々目掛けて放物線を描く何かがあった。
正体不明の、だが間違いなく、その身の内に邪悪の意志を孕んでいるであろう何かが。
「くっ……『落ちなさ』――!!」
たった一言の『落ちなさい』で、果たしてアレが落とせるのか。
「っ……!」
咄嗟に飛び出さんとした声が、疑心暗鬼に足を囚われ喉の奥へと引き戻される。
『私の言葉は世界を変える』は、私の語彙と想像を世界へ反映させる能力だと言うのに。
もう遅い。疑念を持ってしまった今、私の言葉に力は宿らない。
いや、今更言い直す時間もない。
私に残された時間で許されるのは、気味悪く跳ねる心臓の鼓動を覚え、唇を噛む事だけだ。
そして、光が爆ぜる。私は思わず、固く目を閉ざした。
悲鳴が続く。断続的に、何度も何度も私の鼓膜を突き刺して、その奥にある心をも引き裂かんとする。
……いや、待て。おかしい。悲鳴は今もなお、続いている。
と言う事は。
はっとして、私は目を開く。
暫し光を拒んでいた視界は白んでいて……それだけだった。
未だ騒乱は続いていて、だが無慈悲な死がばら撒かれた様子はない。
私が目を閉ざしている内に、誰かが何とかしたのだろう。
安堵の息が零れ……同時に痛烈な自己嫌悪が心の奥底から湧き上がる。
私は本当に、何をしていると言うのだ。
気疲れなどの為に出遅れ、下らない疑念に囚われ人の命を危険に晒して。
いっそ感情を排して、ただ正義を執行する事だけが出来たらどれだけ善い事か。
……違うだろう!今こうしている事さえ過ちだと言うのに!
一体どれだけ過ちを重ねれば気が済むと言うのだ私は!
正義以外の情などいらないと、さっき自分に言い聞かせたばかりではないか!
私がまだ、私の過失で誰も失わずにいるのは偏に、運が良いだけに過ぎない。
銀行強盗の時も、いつ今さっきも、私の感情が誰かを殺していても、何ら不思議ではなかった。
今もだ。見ろ、縁間沙羅!
あのヴィランの群れに囲まれた男、バスタードの姿を!
お前は彼をも、ひいては彼が守らんとする人達をも、自らの情動で死の危険に陥れるつもりか!
『……跪きなさい!貴方達の卑劣な心根を体現するかの如く!』
ようやく、私は叫べた。
その言葉さえも、感情任せだ。
ヴィラン達の一部は倒れたものの、足を止めるに留まる者もいる。
効果不十分は明白だ。
それでもバスタードを包囲していた連中は目に見えて減った。
同時に、見えた物があった。
紅と黒の彩色が施された、アイアンメイデンに酷似したアーマーの姿。
……ああもう本当に、これ以上、私の心を掻き乱すな。
【対ヴィラン広域圧力攻撃、威力低。バスタード周辺のヴィランを数減らし。偽メイデンに困惑】
周囲のヴィランを殺害しながら素人英雄は血濡れの爪を見つめた。
素晴らしい力だと思う。これが、僕の求めていたものだ。
誰にも邪魔されない、悪い奴を倒す為の唯一無二の力。
あ、でもなんか一般の人も巻き込んじゃったかも。
「でもいいかも。そうやって、被害が出た方が感動的かもしれないし。
誰も死なないで終わるなんて、なんかつまらなさそうだし。
それに、僕の知らない人間なんてどうでもいいかも。」
時折、逃げていく一般人をその手にかけながら素人は涙を流していた。
これは、僕が未熟だからだ。でも、許してね。
僕は、英雄になるから。ヒーローになってみせるよ。
その為にも、君たちの犠牲は無駄じゃない。
無駄にはしないさ。だから、ごめんね。
ごめんなさい。
>「へえ、これがブラックダイヤモンドかあ。すごいね、実際触れてみると力が溢れてくるのが分かるよ」
彼は何か気に入らないな。多分、コノ世界に一番いちゃいけない奴だからかも。
でも、もう少し暴れてもらわないといけないかも。
だって、まだ被害が出てないみたいだし。
>>131 >「変身!」
素人の横を、黒い色の何かが駆けていく。
あぁ、あれは何だろ。突き刺したヴィランの脇腹から心臓にかけて何度か
抉って潰した後――その姿を天井に見つけた。
「君、ヴィランだね。だって、凄く醜い姿だし。
君みたいなヴィランは存在しちゃいけないんじゃないかな。
だって、みんな怖がってるし。」
素人の周囲を、凍てつくような風が舞う。
「えーと、あぁそうだ。こう言うんだよね?ヒーローは。……変――身」
そして、それは爪だけではなく素人の全身を変化させていった。
彼の異能は「恐怖の英雄―ヒロイックテラー」。
変身と同時に周囲の展示物が氷結していく。
そして、巨大な氷柱に変化した無数の警備用ポールを宙に浮かすとスカイレイダーへ向け
投げ付けた。
「八代君も、大神君も大した事無かったから。君は、どうかな」
その手に、血塗れた2人のハンカチを手に。
【ブラックダイヤモンド披露パーティ 会場内@混乱中】
パーティの会場内に入ってから、展示物に目をやるフリをしつつ壁際に背を預ける。
給仕から飲み物の入ったグラスを受け取り、会場の状況を把握することに終始していた。
特に目立たないように振舞う理由は、見知った顔の緑のブレザー姿を捉えていたからだ。
そいつの、変身する瞬間も。・・・少し面白くなってきたな。
そして、ちょうど放物線を描いて弾頭が落下してきた。
まぁオレからすれば問題にはならない。破片手榴弾だと少し面倒だが、これなら動く必要もない。
壁から背を放し、自分を中心に『球形の壁』をイメージ。
炸裂した弾頭の爆風と炎は、ちょうどその壁に沿うように吹き抜けていった、
そろそろ始めるか。状況は混迷を極めてきた。
>『……跪きなさい!貴方達の卑劣な心根を体現するかの如く!』
ぐらっと、足元が揺らぐ。どうにかバランスをとって、立て直す。
今の声はあいつか?周囲では一般人に襲い掛かろうとしていた連中が突っ伏している。
オレは手元に持っている物の偽装を解く。光によって見えないようにしていたソレは、普段持ち歩いている製図筒。
中には黒く、細長い棒状の物体が幾本も入っている。黒檀の木刀を切り詰めた短刀状の物だ。
軽く放り投げるように投擲。風によって方向を調整された短刀は、光の刃をまとって伏した連中に突き立つ。
「よぉ、久しぶりだな。と言ってもこの格好じゃ分からないか?それにそんなに親しくもないしな。」
光の剣が突き立った連中を掻き分けるように、赤い着物の女(当然あのときの駅前に居た奴のはずだ)に話しかける。
手近なヴィランに突き刺さった光剣を、短刀部分を握って引き抜き頭部に蹴りを入れて気絶させる。
「あぁ、別に正体隠そうとしなくていい。変身する前の時から見晴らせてもらってたんでな。
随分便利な『力』だな。まぁ、やり口から考えてヒーロー側なんだろう?オレたちはどちらでもない。
でだ、物は相談だがこの場だけ俺たちに協力する気はないか?」
これは完全な独断、ついでにあの時駅で売られてた喧嘩の意趣返しだ。
協力するにしろ、しないにしろオレは面白い事になるだけだ。
「オレ達の目的は、別にあのダイヤじゃないしわざわざ一般人を皆殺しにしたい訳でもない。
ちょっとそこらの動くガラクタを拾ってこうってだけだ。・・・別に、怪しい連中などに協力する気がないってならそれでもいいぜ。
他の連中はともかく、オレは別に一般人が死のうと構わないし・・・協力しようとしまいと実行する事に変わりはない。
アンタの選択で変わるのはこの場で生じる犠牲者の数の多寡だ。」
自分の正義に準じて犠牲者が増えるのをよしとするのか?それとも主張を曲げて悪人に手を貸すか
険しい顔で睨み付けてくるところに余裕の顔で応える。
「・・・・・・そうか。ならいずれにしろ伏せた方がいいぜ。返答と、見なした!」
そう言い放ったオレの背後で、窓ガラスがベアリングによって粉砕。
風のジェットコースターを通って、一般人を避けるようにヴィランやヒーロー目掛けて降り注ぐ。
「ついでに、おまけだ。《光の弓》」
最も近くでうろたえているメタルボーガーに右手を向ける。
右手に収束した光を、そのまま光線として胴体目掛けて撃ち出した。
【*床に張り付いたヴィランを串刺しにしつつ、縁間に協力をもちかけてみる。
*場全体のヒーローやヴィランに向けて
>>145の弾を誘導。多分あたると痛い以上のれべる。
*一番手近なメタルボーガーにレーザーで奇襲。】
「わぁお、いいね彼。才能あるよ、妬ましいくらいだなぁ」
鬱屈した正義を執行する素人英雄を見て、和明日灯は楽しげに呟いた。
英雄は一切の自覚なしに、正義の名の下に悪事を行っている。
彼に悪意はなく、だからこそ悪事は止まらない。
無自覚の悪に、際限はない。
それは【悪意の体現】を持つ和明日灯には、決して出来ない芸当だった。
口調こそいつも通りに陽気だが、彼の言葉はある意味で彼の真意を表していた。
「ま、いいんだけどね。僕は僕の最悪を目指すまでさ」
この言葉もまた、負け惜しみの類と言う訳ではない。
彼が動かなければ素人英雄も、その悪意なき悪事を露呈させるには至らなかった。
他のヴィラン達も、暫くは大人しくしていた筈だ。
このような騒動は、起きなかっただろう。
和明日灯の悪意は何も、自分自身が殺め傷付ける事ばかりではない。
彼が求めるのは何処までも最悪で、殺傷や他人はあくまで最悪へ辿り着く為の手段や道具でしかないのだ。
「うん、その調子で頑張ってよヒーローさん。君、才能あるよ。妬ましいくらいだ。
君なら僕みたいな小悪党を相手にしなくたって、もっと多くの人が救えるよ。まったく僕の天敵みたいな奴だなぁ」
和明日灯の声は明るく、だが明る過ぎて逆に一本調子の棒読みに聞こえた。
果たして彼の台詞で英雄が助長するか、或いは気まぐれに標的を変えるかは、分からない。
>「――――おい、調子乗ってんじゃねぇぞ三流ヴィランの糞ガキが」
完全に余所見をしていた和明日灯は、不意を突く声に弾かれ首を回す。
旋風院雷羽――『シーフ』が彼へ肉薄し、敵意の射程内に捉えていた。
和明日灯が目を見開き、唇で一文字を描く。出来たのはそれだけだった。
そして蹴りが放たれる。人外の膂力を秘めた一撃は、
「うぐぇ……っ!」
呆気無い程に容易く、和明日灯の脇腹に減り込んだ。
事前に声を掛けられたとは思えないほど、見事に。
肋骨がへし折れ、内蔵が捩れる。
横腹を抑えて苦悶の表情を浮かべ、和明日灯が痙攣する。
だがヒーローの攻撃はまだ終わらない。
>「な、何をしてるんですかぁ!」
振り向いた和明日灯の視界を覆うのは、コンクリート製の巨大な魔女っ子。
動きは鈍重だが、痛みに身悶え震える和明日灯には、避けられない。
肋骨の折れた脇腹を、巨大なコンクリート塊が打撃する。
打ち捨てられたゴミのように、赤い線を床に描きながら和明日灯は吹っ飛んだ。
赤は言うまでもなく、血の赤だ。
衝撃を受けた折れた肋骨が肺を貫通し、皮膚を突き破っているのだ。
胸から白い肋骨を覗かせながら、彼は泡混じりの血を吐き散らす。
白いコック服に赤黒い血が滲み、見る間に広がっていく。
苦痛の色を強めた表情には、涙が浮かんでいた。
「ひ……どい……じゃないか。余所見……してる時に……攻撃するだ……なんて」
涙を浮かべたままの視線を、和明日灯はぎこちない動きで『シーフ』とコンクリ魔女っ子へ向ける。
「こ……これが……ヒーロー……の……やる事か……よ……」
血泡を止め処なく漏らしながら、和明日灯は恨み言を零した。
二人のヒーローを捉えていた視線は、既に焦点を失っている。
最早身体は微かに震えるのみで、動いているのは眼球と唇だけだった。
それでも、ヒーローの攻撃はまだ終わらない。
>『……跪きなさい!貴方達の卑劣な心根を体現するかの如く!』
見えざる圧力が和明日灯を乱暴に押さえ付けた。
肋骨に破られた内蔵が更に掻き乱される。
口元から更に血が溢れた。それを吐き出す力すらなく、口内は血溜まりになって彼の呼吸を遮る。
エプロンはもう、白い部分が見当たらなくなっていた。
「い……や……だ…………死……に……た……な……」
直後に、何処からか飛来したパチンコ玉が彼の頭を吹き飛ばした。
ピンクと灰色の内容物が散乱して、それきり和明日灯は動かなくなった。
【お疲れ様でした!短い間だけど楽しかったです!】
「なーんちゃって」
一瞬の静寂の後、和明日灯は立っていた。
五体満足の姿で、何事も無かったかのように。
エプロンと床を汚した血も、散乱した頭の内容物も消え去っている。
「ねえ、どうだった?びっくりした?自分の正義心から来た行いで人を殺しちゃったんだって、絶望してくれたかい?
取り返しのつかない罪悪感を感じてもらえたかな?もしそうだったら嬉しいなぁ。にしても酷いなぁ、よってたかって僕を殺しに掛かるだなんて、ホント最悪だよ」
両腕を目一杯左右に広げて、童子が悪戯の出来を尋ねるように瞳を輝かせて、途方もなく快活に和明日灯は尋ねた。
彼が今無事でいるのは、言うまでもなく彼の異能【悪意の体現】が故だ。
彼は「ヒーロー達が自分の無惨な死に慄き、自分の正義心が人を殺害した事実に絶望し、
罪悪感に襲われ、それを自分が何事も無かったように嘲笑う」事を体現した。
ここで一つ、和明日灯にとっても彼と相対する者にとっても、重要な事がある。
それは先程の体現に際して彼の目的があくまで「驚かせ、罪悪感を与え、絶望させる事」だったと言う点だ。
死の擬態はその目的を追求した結果でしかない。
つまり単なる回避目的では、先程の芸当は再現出来ないのだ。
「斬った張った撃った刺した蹴った潰した抉った殺したもいいけどさ。
やっぱこう言うのも、紛れもなく最悪だよね。そもそも僕はパンチキックとか苦手だし?」
両手のひらを肩の高さで天上に向けて、和明日灯は笑う。
「ま、だから異能《どうぐ》を使うんだけどね」
そして笑顔のまま、『シーフ』と太田目掛け床を蹴った。
突き出した両手は左右共に、不快な高音で叫び荒ぶるドリルに変貌している。
彼の踏み込みは、決して遅くなかった。
悪事を行うにはそれなりの身体能力も必要であり、それを体現しているからだ。
不意を突く形で放った一撃は或いは、二人のヒーローに届くかもしれない。
無論届かないかもしれないし、届いても通用するかはまた別の話であるが。
【不意を突いてドリル攻撃。身体能力は生身の異能者以上、
アーマーや変身に伴い身体強化される異能者以下ってところです】
現れた幾多のヒーローの活躍で、ヴィランはある程度牽制され…るかと思われた
が
「…アイアンメイデン、だと?」
戦闘指揮車内で状況を確認していた武中は、現れた新たな敵に対し、戦慄する
今まで、様々なヴィランがやはり様々な「新兵器」を作り、導入してきたのを資料で知っていたが
それは人体改造などの非人道的な技術が加わっての強力な兵器ばかりであり
アイアンメイデンの様な装着者に何ら悪影響無く力を与えるタイプの物は、ヴィランの技術力、開発力、生産力では当然ながら無理で
故に、ヴィランより数ランク上の開発、生産力を持つはずの警察機構がそれらのいびつなアーマーに遅れをとっていたのだが
アイアンメイデンが現れたのなら、話しは別
何故ならそれは相当な開発、生産設備と資金力を持つヴィラン組織、もしくはそれに類する物を作る事ができる能力者が現れたことを意味するからだ
「……念のため、スティール・インダストリアルとトリッシュ・スティールへ確認してみろ」
「はい」
武中の脳裏に、一つの考えが浮かんだ
トリッシュのヒーロー活動休止と、まるで申し合わせたようにこのヴィランは出現した
ならば…
このパワードスーツは、スティール・インダストリアルが送り込んだのではないか…と
それならば、トリッシュと親しい仲だった石原の行方不明も頷ける
彼は自らが犠牲になる事を避けるために、消息をたち、今刻々と新たな悪の組織を立ち上げているのだとしたら…
(とにかくなんとしてもこのヴィランを倒さねば…そのためには……
まだか、宙野!)
「メタルボーガー、沈黙!」
「何!?」
考え込む武中の耳に、オペレーターが更なる凶報を知らせた
(奴だ!奴だ奴だ奴だ!!)
科学の鎧、メタルボーガーを着込んだその人物は、周囲のヴィランに見向きもせず、現れた「アイアンメイデン」に対し、強く奥歯を噛み締め、にらみをきかせていた
メタルボーガーには、敵の中身に…アイアンメイデンの中身に心当たりがある
親友を、恋人を、無残に殺した男、セルゲイ!セルゲイ・イワンコフ!!
その男への復讐のために、今の立場まで必死に駆け上がってきた彼にとって
その男の正体を掴むのには、セルゲイのまとう雰囲気だけで十二分だった
「メタルボーガー!援護してくれ!とても抑えきれない!ボーガー!!」
背後から聞こえる、数名で獣人型のヴィランを押さえ込もうとしている警官隊の叫びを無視し、メタルボーガーは超振動ナイフを構え、セルゲイへ突っ込んでいかんとする
周囲の敵は自分以外に注意を向けている
行くぞ!!
と突っ込まんとした時、降り注いだパチンコ玉に不意をつかれた!
(被弾した!?ダメージは…)
メタルボーガーを着て間もないため、そんな攻撃にメタルボーガーがびくともしない事を察していなかったため
被弾に大きく動揺してしまった装着者は、次の瞬間に放たれた夜乃咲の攻撃に完全に不意をつかれてしまう
光の命中と、緊張と動揺、別のヴィランからのダメージなどもあって、あっという間にその意識が薄れていく
「ボーガーがやられた!おい!緊急解除スイッチだ!装着者を救出しろ!」
はるか遠くに武装警官の声を聞きながら、強い悔しさの中、装着者の意識は薄れていく…
「メタトルーパー3号機、ダメージ増加」
「武装警官、25%壊滅」
刻々と悪化する戦況を、じっと目を瞑り、武中は待つ
できる事はすべてやっている
警備側の被害は、ヒーローのおかげで何とか予想の範囲内で収まっている
だから待つしかできない
うろたえず
騒がず
待つしか……
『こちら宙野、現在現場上空』
「来たか!!」
待ちに待った援軍の到着に、武中は思わず叫びを上げた
「無線で、大体の状況は聞いています、それで、『窓からパチンコ玉が飛んでいるビル』があるのですが、そちらを先に潰しましょうか?」
『いや、そっちは警察に任せろ。矯正所でも使用されていた特殊迷彩使用の対異能部隊に向かってもらう
君は一刻も早く博物館内に突入するんだ!!』
「了解!!」
武中の指示を受け、宙野は一旦高度を上げると、博物館の天井目掛け、凄まじい速度で急降下キックを放った!!
鉄筋コンクリートの天井はハイメタルボーガーの蹴りに鈍い音と共に砕け、破片はダミーダイヤが入っているケースの上に降り注ぎ、博物館内に突入したハイメタルボーガーも同じくケース状に着地すると、眼下のニセアイアンメイデンを素早く見つけ、必殺の片手を向ける
「ゼァ!!」
裂ぱくの気合を篭めて、ハイメタルボーガーからセルゲイ目掛けスペシウムが発射された
斜め上方から放たれているため、民間人に被害が出る事はまず絶対にない
泡野姫子は愕然としていた。
あまりにも唐突に幕を開けた惨劇に、一般人である彼女はただうろたえる事しか出来ないでいた。
目の前で小さな子供が追われている。母を見失って、顔をくしゃくしゃにして泣いている。
悲鳴が、泣き声が、頭の中で反響して、それでも立ち尽くす事しか出来ない。
体が動かないのだ。危機的状況を前にして咄嗟の善意が振るえない。
彼女はただの一般人なのだから。
そして彼女の驚愕は、更に上塗りされる事となる。
颯爽と現れたアイアンメイデンが、善良なる人々へ殺意を向け出したのだから。
よく見てみればデザインどころか武装も口調さえも違うそれは、
正直な所騙される人間がいるのかと問い質したくなる程までに残念な変装だったが。
「……何でですか」
そこはそれ、ゆるふわな頭の出来具合をしている姫子には気付けないのであった。
「何でそんな事をするんですか!何でそんな事が出来るんですか!?
あなたは誰もかもを愛し、誰もかもに愛されてきたって言うのに!どうして!」
だがそれも、悪い事ばかりではない。
「……いいですよ!あなたが愛する事をやめると言うなら、私が!
私が代わりに愛します!無力で、善良な愛すべき人々を!」
喚く彼女の放つ怒気は、ある一つの性質を孕んでいた。
心の乱れである怒りでありながら正義の性質を。
有り体に言うならば――彼女は今、義憤に駆られているのだ。
偽のアイアンメイデンと言う、言わば強烈な反面教師は、
根本的に思慮の足りない泡野姫子の正義心をくすぐるに十分だった。
そして偶然にも傍にいた、恐らくは逃げ遅れであろう
学生服の青年を護るように、姫子は彼の前に立つ。
彼がまさかヴィランであるなどとは、思いもしないまま。
「『発泡美人』――!!」
宣言と共に、異能の泡が周囲に満ちた。
幾重にも重なったシャボンは光をねじ曲げ、逃げ惑う人々の姿を幻惑とする。
もしかすれば凍空の光線に対しても何らかの影響があるかもしれない。
更に泡は床にも広がり、ヴィラン達の転倒をも誘うだろう。
「そこの学帽さんと着物の人も!ヒーローなんでしょう!?
だったら力を貸して下さい!愛すべき人達を護る力を!」
【協力要請。光を屈折させる泡がそこいら中にふわふわ。床も滑るように】
>>154 周囲に展開する警備隊を蹴散らしながらアイアンメイデン、いや「鋼鉄の悪魔」ことアイアンベリアルは呆然とする市民達を見つめ高笑いを上げた。
「どうした?貴様らのその平和ボケが生み出した事だ。
最早気付いても遅い。貴様らはここで後悔しながら死ぬのさ。」
一体のメタルボーガーがベリアルへ向け突進する。
しかし、その瞬間上空から無数の鉄弾が降り注ぐ。
ベリアルの両腕が瞬時に反応し、スラッシャーウイップが
鉄弾を薙ぎ払った。
「なかなか面白い手品だな。だが、こちらもその程度はやられはしないんでなぁ!!」
ベリアルの背中からミサイルランチャーが出現し、鉄弾を放った周囲へ向け
放たれる。
着弾と同時に、ビル周辺が火の海と化す。
「どうした?俺に用があるんじゃぁないのかぁ?んぅ?
どうしたぁっ!!俺様に用があるんじゃないのかぁ!!あぁ!?」
動かなくなったメタルボーガーの周囲に、鞭を何度も叩き付ける。
>「ゼァ!!」
蒼い光がアイアンベリアルの肩を掠める。
火花を上げ後退するベリアルの前に、宙野――ハイ・メタルボーガーが
姿を現したのだった。
「フフ、フハハハ!!こいつっぁ――愉快だ!!副市長から聞いてるぜ、
てめぇが不知火の手先かぁ!?ついでだ、てめぇもくたばれ!!」
電撃鞭がスペシウムを放ったハイ・メタルボーガーの右腕を捕縛する。
同時に装甲をも脅かすほどの痛烈なエネルギーが注ぎ込まようとしていた――
>>156 >「『発泡美人』――!!」
>「――――おい、調子乗ってんじゃねぇぞ三流ヴィランの糞ガキが」
「計算どおりだ。私の、思い通りに事は進んでいる。」
ウィリアムデフォルトは、濃緑色と黒のバトルスーツ「リアクター・マモン」を身に纏い
周囲に転がる異能者達の骸を踏み付けた。
その掌には、彼らの「力」が宿り両肩のカラスの意匠をより強固に
輝かせるのには充分であった。
「お前達のお陰だ。感謝しよう――私は、今ここで新たなる
支配者となる!!そう、このウィリアムマシーンと共に!!」
ウィリアムの周囲に、無人機型のアイアンアーマーが出現する。
数は恐らく20機ほど。しかし、それぞれが重武装である。
それぞれが、様々な装備を身に纏いメタルボーガーや警備兵達を
攻撃し始める。
「どうだトリッシュ!!天道寺!!石原!!貴様らの時代は終わったのだ!!」
リアクター・マモンを高らかに宣戦布告をすると、両手からレーザービームを
ハイ・メタルボーガーへ向け放った。
「聞こえる?貴方、相変わらず馬鹿ね。」
博物館から2キロの地点、旧市庁舎の地下室。
トリッシュの声で目覚めた男は、彼女の胸部の周囲に走る
赤黒い血管の後を見つめ、少しばかり考えた。
やはり、彼女は――。しかし、すぐに陽気な笑みを浮かべトリッシュを見る。
「やぁ、ハニー。君が、助けてくれたのかい?すまないな。
君には、借りがあり過ぎて困るよ。」
トリッシュは首を横に振りながら笑ってみせる。
その横には秘書のメリルがいた。
「私じゃないわ。貴方を助けたのは、彼女よ。
それに、その義手は別に貴方の為じゃないの。
私の、実験台になって貰っただけよ。勘違いしないで。」
立ち上がり、男はメリルとトリッシュの間に入り肩を組む。
「いや、君達は僕の大事な友人だ。柄じゃないが、感謝するよ。
ありがとう。」
そしてまだ痛む体を堪えれながら、整備室の中へ入っていく。
そこには、新たなコアを内蔵した兵器があった。
予期せぬ光景に、トリッシュも目を白黒させる。
「驚いたわ。あのコア、今までの物と別ね。
どうやって?」
男はコーヒーを淹れながら歴史書を取り出してみせる。
そこには、人間が動物から如何にして進化し進んできたが
書かれている。
「ハニー。君が作り出したコアは、素晴らしいものだ。
僕は、君の作ったコアを真似しようとしてたんだ。
何度やっても無駄だったけどね。でも、それは間違いだった。
物真似だけじゃダメなんだ。1つの―工夫―にもう1つ新しいアレンジ。
そうやって僕達人間は、歩んで来たんだ。」
菱形のリアクターを内蔵した、グレーのアイアンアーマー。
それは、リアクターコアとダイヤの融合。
新らしい技術の誕生を示していた。
「確かに、僕達人間は無力でどうしようもない。だが、この”工夫”で
何万年も前から戦ってきた。自分達を、脅かす者と。たとえどんな異能がなくとも、
人は戦える。この、街を人を僕は愛しているからね。
今は、休んでくれ。君の、代わりは僕が務る。」
トリッシュへ向けて、いつになく真剣な表情で語る。
メリルが会場の惨状を映し出した。
ハイ・メタルボーガーが奮戦するも、敵は多い。
このままでは不知火重工はより劣勢を強いられるだろう。
すぐさま、男はアーマーのシステムを作動させる。
そしてアーマーが男の全身を包んでいく刹那――
トリッシュの手を握り、微笑んだ。
「行ってくるよ、ハニー。」
「けっ、警備隊はまだか!!どうなっとるんだこれは!?」
副市長、押尾は次々と倒されていく警備兵の姿に恐怖しながら
必死の形相で逃げていた。
ウィリアムとの約束では、自分には厳重な警備を付けると。
しかし、実際は違っていた。彼はここに来て、ようやく気が付いていた。
自分は捨て駒であった事を。このイベントでの警備内容、模擬戦での内容を
知る為だけに自分をウィリアムが利用したという事を。
「くそっ!!ふざけおって!!誰か、誰かおらんのかぁっ!!」
押尾を守っていた最後の警備兵の胸を、銃弾の雨が貫く。
ウィリアムマシーンの1機が、彼の前に現われたのだ。
「よ、よせっ!!やめろぉおおお!!」
銃口を向けられ絶叫する押尾の背中に、巨大な影が立つ。
グレーと銀のアイアンアーマー。それはアイアンメイデンに酷似していた。
彼はウィリアムマシーンの頭部を一筋の閃光で吹き飛ばすと、押尾の首根っこを
掴み上げ、マスクを外して見せた。
「やぁ、副市長。既に君の離職届けは受理した、退職金と年金は
養護施設に寄付。これでいいね?」
「い、石原ぁ……お前、死んだはずじゃ」
小便を漏らし放心状態の押尾を、避難シェルターへ投げ飛ばすと
アイアンアーマーは武中へ、直通無線を送る。
≪こちら、石原だ。パーティはもう始まったようだが、
警備スタッフは足りてるか?いや、どうも足りないようだな。
こういう時は、市長の私も手を貸す他ない。
この私が、アイアンメイデンとして――!!≫
逃げていく市民の上空を、アイアンメイデンと見間違う姿の鋼鉄の戦士が
通り過ぎていく。
それぞれが歓声を上げ、それを見つめる。
アイアンメイデンは死んでなどいない、希望はまだ在ると。
【ウィリアム、私兵を出現させ会場の異能者から能力を強奪開始。
雑魚マシーンは倒すなどはご自由にしてください。
ベリアル、ビル周辺にミサイル攻撃。宙野に対し、鞭で攻撃。】
名前:石原・M・マダオ(アイアンジョーカー)
職業:都市・市長(元スティールインダストリアル副社長)
勢力:中立
性別:男
年齢:40
身長:175cm (装着時:235cm)
体重:80kg (装着時:240kg)
性格:女垂らしで適当だが正義感は人並みにある、らしい
外見:オールバックにヒゲ面、高級なスーツを着こなす。
右上腕部から下が義手(リアクター内臓)。
外見2:「アイアンジョーカーMK.V」
ダークグレーとシルバーのカラーリング。アイアンメイデンとは対照的に
男性的な顔立ちのマスク。
宙野との模擬戦より以前、矯正所事件の最中に石原が開発を始めていた
次世代アイアンアーマー。
【内臓武器:リアクターバースト(両腕)、リトルハニー
(右肩内臓武器)、ストーンコールド(左肩ミサイル)、ユニブラスト(胸部リアクター)】
トリッシュのリアクターコアを再現できず苦心していたが、ブラックダイヤモンドと
リアクターコアの融合に着眼点を移し開発を再開。
新たなコア【ウォーリアクター】を開発した。
コアの発光色は青。リアクターの形状は菱形に変化している。
黒い石の巨大なパワーとリアクターコアが融合し
リアクターコアと同等そして、瞬発力ではそれ以上ともいえるパワーを供給可能とした。
また、アイアンメイデンMK4のコアシステムを採用しており
両腕部にも小型リアクターを内蔵している為、3つのコアを所持している形になる。
備考:ブラックダイヤイベント前日に、元社員でありヴィランのイワンコフに
襲撃され命を落としたかに思われたが、イベント当日に突如として復活。
爆発時に右腕に大火傷を負い義手になってしまうが生還。
この事故を利用し、市庁社内にウィリアム達へ便宜を図る者達が
現われると予測。それを暴く為に死を偽装していた。
>「君、ヴィランだね。だって、凄く醜い姿だし。
>君みたいなヴィランは存在しちゃいけないんじゃないかな。
>だって、みんな怖がってるし。」
突然放たれた言葉にえっ、と振り向く。
眼前には青年がいた。腕には爪のようなモノが装備されている。
スカイレイダーは滲み出る不気味な雰囲気に冷や汗をかいた。
「……存在まで否定することはないんじゃ…それに僕ヴィランじゃないし……」
>「えーと、あぁそうだ。こう言うんだよね?ヒーローは。……変――身」
「人の話聞いてます?」
>「八代君も、大神君も大した事無かったから。君は、どうかな」
「いや、だから僕はヴィランじゃないんですって。そりゃ外見はアレですけど」
駄目だ話が噛み合っていない…こいつら早く何とかしないと取り残されるぞ。
外見について説明するのもなんだか億劫になってきたところ突然何かが飛来してきた。
風を切って真正面から二、三、四、五、と複数の氷結したポールがスカイレイダーに迫る。
問答無用と言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるはずがないと高を括っていたので、回避行動が遅れた。
「─────ってうぉあああっ!?」
顔面にポールが触れる。ひんやり冷たい。
次に熱く鋭い痛みが首筋まで一気に駆け巡ってくる。
更に慣性の法則に従って斜め下方向に面白いように吹っ飛んだ。
床が割れ、破片が飛び散る。
装甲が衝撃を吸収したのと元から丈夫な改造人間であったお陰で死に至ることはなかったが、
落下の痛みは背中に鈍い痛みが絶えることなく響いている。
「っつ〜〜〜〜〜だから、僕はヴィランじゃないんですって…!」
立ち上がり、辺りを見渡す。混戦状態だ。
>「お前達のお陰だ。感謝しよう――私は、今ここで新たなる
>支配者となる!!そう、このウィリアムマシーンと共に!!」
濃緑色のバトルスーツを纏った男が高らかに叫ぶ。
現れた多数の無人機は武装警官達を襲い始めた。
日比野は武装警官達を守るために反射的に無人機の一機と取っ組み合いになった。
「あんたもヒーローなんでしょう!?何で誰も助けないんだよ!
皆を助けたいからこんなとこにいるんじゃないのかよ!」
ウィリアムマシーンのカメラ部を殴って、殴って、素人に対して言葉を紡ぐ。
未だスカイレイダーにとって素人は人助けの邪魔ではあっても敵ではないらしい。
無人機の一機が素人に迫る。素人の異能をウィリアムに差し出す為に。
背部のミサイルランチャーが口を開き、素人に対して放たれた。
【日比野頭部にダメージ。雑魚マシーンの一機素人を攻撃。
今のところ敵と認識はしてませんが状況次第で敵と判断するかと】
「やっと始めたか、待ちくたびれたぞ」
博物館内の騒ぎを察知した猪狩は、意気揚々とトランクから腰を上げた
トランクを片手に帽子を被り直し、首を一度コキリと鳴らす
そして、いざ博物館内へと乗り込もうとして……
やけに可愛らしい造形のコンクリートの塊が、目の前を駆け抜けた
「……ありゃあ何の冗談だ? この街は本当に何でもありだな」
呆れ半分に呟きつつ、気を取り直して今度こそ博物館へ突入する
丁度いいので、コンクリ魔女っ子がぶち破ったガラスを通ることにした
「……こいつは、思っていたよりも酷いな」
博物館に突入した猪狩の目に飛び込んできたのは、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい惨状だった
必死に逃げ惑う一般市民と、それに襲い掛かるヴィラン
どれもこれも、猪狩の激情に火をつけるには、十分すぎる材料だ
「クズ共が、調子に乗るなよ……!」
押し殺した声で呟くと、手近なヴィランにゆっくりと歩み寄る
反撃の隙も与えずにその首根っこを掴むと、軽々とその体を持ち上げた
「おい、何か最期に言い残すことはあるか? ……そうか、無いか」
首が締まって、声が出せないことを承知の上で問い掛ける
そして次の瞬間、一切の情け容赦無くその首を締め上げ……
嫌な音と共に、ヴィランの首があらぬ方向へ折れ曲がる
「さて、次は……おっと!」
どこからか飛来したパチンコ玉を、ヴィランの死体を盾にして防ぐ
犯人を探して周囲を見回すが、この混戦具合では誰の攻撃かなど分かる筈もない
気を取り直して、次の標的を探すことにした
「……ん、奴はさっきの?」
そうして見つけたのは、入口で見掛けたコンクリート製の魔女っ子だった
もう一人、白いアーマーのヒーローが近くに立っている
そして、その足元には……
「ほう、ヒーローにしてはやるな。下手すりゃ俺が殺るより酷いんじゃないか?」
コック服を着た、おそらくはヴィランであろう死体が転がっていた
既に人としての原型を留めていない、ただの肉塊と化した死体
その損壊具合から見ても、明らかにオーバーキルだと分かる
>「なーんちゃって」
しかし次の瞬間、その死体が動き出した
正確には、死体だった筈の男が何事もなかったかのように立っていた
(再生能力……いや、幻覚か?
何にせよ厄介な相手には違いない、ここで始末しておくべきか)
次の標的を和明日に決め、先程のヴィランの死体を片手に歩を進める
そして和明日が両腕をドリルに変化させ、二人のヒーローに襲い掛かった瞬間
「おい、ちょっと持っててくれ!」
その手に持っていたヴィランの死体を、和明日に向けて全力で放り投げた
当たっても大したダメージは与えられないだろうが、目眩まし程度にはなるだろう
【和明日を狙ってヴィランの死体を投げつける】
>「ボウズ、ヒーローごっこは楽しいか?
>俺も混ぜてくれよ。今日から俺がアイアンメイデンだ、トリッシュスティールの代理でな。」
不遜な足取りで迫る一体のアーマー。
見ればアイアンメイデンを真似ているようだが、
「……悪いけど、女の衣装を着てごっこ遊びをする趣味は無いね。こちとら忙しいんだ」
塗装も口調も違うそれは、どう贔屓目に見てもアイアンメイデンとは思えない。
そもそも自分から代理であると、偽者である事を暴露してしまっている。
有名なヒーローの真似事をする、この都市ではそう珍しくもない輩だろうとバスタードは皮肉を吐く。
だが次の瞬間、似非メイデンは逃げ行く人々の背中に向けて攻撃を始めた。
爆弾然の形状をした楕円形の物体が、弧を描く。
「……ッ!何してやがるこのイカレ野郎!!」
飛行するそれをバスタードは異能で撃ち落すべく右手を挙げた。
――しかし直後に、背後へと跳躍。
一瞬の後に、彼が立っていた所をヴィランの銃弾が通過していった。
「クソッ、邪魔なんだよ!」
炎を纏う電撃を突き出した左手から放ち、バスタードはヴィランを下す。
そして再び視線を爆弾へと戻し――
「……くっ!」
だが異能を撃たなかった。撃てなかったのだ。
彼の異能は低出力である他、再使用へのインターバルがある。
ヴィランに囲まれたこの状態では、その間隔に余裕などある筈がなかった。
バスタードが歯噛みして、爆弾の軌道を目で追う。
(まだだッ!まだ間に合う!)
異能のインターバルはどの属性も数呼吸。
山なりに飛んでいく爆弾に追いつけば、制止はまだ可能だ。
判断と同時、彼は駆け出す。偽のメイデンには目もくれず背を向けて。
しかし彼の前に、影が飛び出す。ヴィランだ。
一人は異能、一人は歪な怪人の姿でバスタードの行方を阻む。
「どけ!邪魔するなッ!」
怒声と共に発射された風圧の弾丸がヴィラン達を殴るが、弱い。
よろめかせるだけで、気絶にも吹っ飛ばすにも足りない。
更にその隙にヴィランはバスタードへ群がる。
ヴィランにとって他のヴィランは必ずしも敵ではない。
だがヒーローは、どのヴィランにとっても大抵の場合敵なのだ。
付和雷同に集中する悪意に、バスタードは為す術なく道を阻まれる。
「やめろぉおおおおおおお!!」
叫ぶ彼が伸ばした右腕はどうしようもなく、爆弾には届かない。
しかし――爆弾は突如、光に呑まれて跡形もなく消滅した。
何が起こったのか、バスタードには分からない。
唯一分かったのは、逃げていく一般人が助けられたと言う事だけだ。
彼が助けられなかった、一般人が。
(何をやってるんだ僕は!)
彼は歯を噛みしめた。顔が顰められ、表情は苦い。
そうして隙を晒すバスタードの背で、一人のヴィランが腕を振り上げた。
その手に異能の光を宿して。
「しまっ……!」
息を呑む。出来たのはそれだけだった。
防御も回避も間に合わない。ヴィランの腕が振り下ろされる。
>『……跪きなさい!貴方達の卑劣な心根を体現するかの如く!』
バスタードの目前にまで迫った異能の光が、地に落ちた。
周囲のヴィランも結構な数が、地に付している。
ひとまずの安全が訪れて、けれどもバスタードの表情は以前苦々しい。
(……なのに何やってんだ僕は!さっきも今も運が良かっただけだ!下手したら誰かが死んでた!僕のヘマで!)
彼の今の心境は、彼の信条である「自分の世界を守りたいだけ」と言うそれに反していた。
だが当然と言えば当然だ。目の前で人が殺されようとしているのに
「彼らは自分の知り合いじゃないから」と割り切れるような人間は、まずいない。
いたとしてもそれは「善」とは言い難い、寧ろ「悪」と呼ばれるものだろう。
そして何よりも、自分の知る人間――自分の世界とそれ以外の境界線は、余りにも朧気だった。
失われてしまえば、取り返しが付かない。
生きていた誰かが理不尽に死んで、この世からいなくなる。
それは漫画やゲーム、ニュースなどを媒体に日々に蔓延しているが
――間近で直視してみればこの上なく、恐ろしい事だった。
吐き気すら、催すほどに。
(僕の異能は何でも出来る。何でも出来るんだ。なのに!)
バスタードは、伊達一樹はその恐怖を前に抗える力を持っている。
だからこそ過剰で過重な責任感を、彼は抱いてしまっていた。
無意識の内に、強迫観念と言う名の責任感を。
>「そこの学帽さんと着物の人も!ヒーローなんでしょう!?
だったら力を貸して下さい!愛すべき人達を護る力を!」
「……っ」
バスタードは黙っていた。
人に頼ると言う事は、つまり不確定要素を増やす事だ。
その頼る相手がいなかったり失敗をした時、救えない人を増やす事になる。
彼は錯誤していた。
誰かの命を護るヒーローに失敗は許されず、全てを自分で出来なければならないと。
何でも出来る事と、何もかもが出来る事は違うと言うのに。
「……あぁ、悪いけど力を貸して欲しいのは僕の方でね。僕一人じゃ、どうにもこの場は無理みたいだ」
けれども今、彼一人でこの状況を打破する術は皆無だ。
あるべき姿と現実の落差から生まれる自己嫌悪に苛みながら、乾いた力のない笑顔で彼は答える。
「……僕は、あっちの爪の奴をやるよ。そこでロボット大戦やってる奴等は、
僕の能力じゃ通用しないだろうから。多分、君の泡も。……それに内輪の因縁があるみたいだしね。
どちらかと言えばヤバいのは……あそこで暴れてるイカレ二人だ」
宙野、ベリアル、ウィリアム、市長の四名はそれぞれ因縁があるようだ。
互いの敵意は衝突し合い、拮抗するだろうとバスタードは踏んだ。
ならば周囲にとって危険であり優先して止めるべきは、限りなく悲鳴と惨劇を追求する和明日灯か。
――悪意がないからこそ歯止めの効かない、素人英雄か、だ。
しかし、この緩い髪型の女性に彼らの相手は荷が重い。
あまりに邪悪なあの二人を相手取って、一般人の世界から半歩踏み出しただけの彼女が
健常な精神を保てるのか。無理だと、バスタードは判断する。
だがそれを告げたところで彼女が引き下がるとも、思えない。故に彼は周囲を見回し
「でも……そうだな、君は彼女を助けてやっておくれよ。僕は彼女が苦手でね。でもいなくなるときっと寂しくなる苦手さなんだ」
そう言って縁間沙羅を指差した。
彼女と対峙する悪党は、無論何らかの悪意を持っているのだろうが、
それでも和明日灯や素人英雄に比べれば生易しい物に感じられたからだ。
「じゃ、頑張りなよ。……死なない程度にね」
言い残して、彼は素人英雄と日比野の元へと駆けた。
そして日比野と取っ組み合うウィリアムマシンのカメラに、水と土で構築した泥を飛ばす。
破壊は望むべくもないが視界は覆われ、行動の阻害にはなるだろう。
>「あんたもヒーローなんでしょう!?何で誰も助けないんだよ!
皆を助けたいからこんなとこにいるんじゃないのかよ!」
「やぁ、久しぶり……って程でもないかな。それにしても随分と、生っちょろい事を言ってるね。
そいつはただの人殺しさ。思いはどうあれ、結果が全てを物語ってるじゃないか。……人が死んでるんだぜ」
バスタードの言葉は、焦燥に駆られて結論を急ぐ。
素人英雄を止めなければ、また誰かが死ぬ。
彼の頭の中にあるのは、ただそれだけだった。
「あぁ、あと……さっきはありがとう。あの爆弾、僕じゃどうしようもなかった。助かったよ」
言うや否や、バスタードの手のひらに火が灯る。
彼はそれを風で増幅して炎として、素人英雄へと投げ放った。
【縁間を助けてやって欲しいと告げる。日比野の取っ組み合うマシンに泥かけ。素人にファイアボール
誤射したかったけど出来なかったのでまた次の機会があれば】
>>161 >>165 >「……存在まで否定することはないんじゃ…それに僕ヴィランじゃないし……」
>「─────ってうぉあああっ!?」
攻撃を避けた日比野を素人は舌打ちして見つめた。
彼は、ゴキブリのように素早いな。
それにウソはよくないな。
きっと彼はヴィランだ。ウソをついている。
だって、こんな醜いヒーローなんて存在しないし。
「君、ヒーローじゃないでしょ。だって、醜いし。
まぁ、別に君がどっちでもいいかも。」
>「お前達のお陰だ。感謝しよう――私は、今ここで新たなる
>支配者となる!!そう、このウィリアムマシーンと共に!!」
ロボット型のヴィランがこちらへ迫ってくる。
武装警官達を守る為に飛び出した日比野を英雄は黙って
見つめているだけだ。
だって、面倒じゃない。あぁいう数が多いのは。
「へぇ、君。お人よしなんだね。
ヒーローには、向いてない、かも。
ロボット君は、邪魔だから。今は、彼を倒そうかなって。」
ミサイルを放った無人機をジャンプで回避し、その顔面を踏み台にする。
そして無人機と交戦する日比野へ向け再び爪を振りかざし背後から
襲い掛かかった。
>>165 >「あぁ、あと……さっきはありがとう。あの爆弾、僕じゃどうしようもなかった。助かったよ」
日比野に斬りかかった英雄の背に声が届く。
あと少しで、日比野の背に消えない傷と死を与える事が出来たはずだ。
でも、それは火の弾を浴びて転げていく英雄には出来なかった。
「ちょっと……熱いかも。」
火達磨になるはずの英雄の全身が凍気により修復されていく。
そして、中央のベルトが光輝きながら英雄は2人の見覚えのある変身ポーズを
とった。
「僕の力、見せてあげるよ。変身。」
瞬時に英雄の体が、ベルト以外を除いて―八代雄作の変身していたヒーロー「サイカ」
へと変化する。
しかし、何かが変だ。顔は元のサイカとは異なり、邪悪さの見える
恐ろしいものへと変化している。
「これがヒーローを体現する力。そして、悪が恐怖する異能さ。
……さっさとケリをつけてるかも。」
驚異的なスピードで伊達と日比野の前へ躍り出ると、両者の喉元を掴み投げ飛ばす。
そしてそれぞれの胸、顔、そして股間へ連続したパンチを放った。
>「よぉ、久しぶりだな。と言ってもこの格好じゃ分からないか?それにそんなに親しくもないしな。」
躙り寄る、驕りと挑発の音律。振り向いた先には、収斂された閃光が刃の森を築いていた。
光刃の木々が根差しているのは、人間だった。
悪党であり忌むべき存在であり、だが殺してはならない……人間だ。
忽ち、私の心臓を怒気が跳ね上がらせる。
お前が誰であろうと、関係ない。興味がない。知る必要がない。
お前はただの犯罪者、人殺しだ。それ以上を知る必要は、ない。
>「あぁ、別に正体隠そうとしなくていい。変身する前の時から見晴らせてもらってたんでな。
随分便利な『力』だな。まぁ、やり口から考えてヒーロー側なんだろう?オレたちはどちらでもない。
でだ、物は相談だがこの場だけ俺たちに協力する気はないか?」
犯罪者が、語り出す。
>アンタの選択で変わるのはこの場で生じる犠牲者の数の多寡だ。」
「馬鹿馬鹿しい」
私の断じた結論はただ一言、これだけに尽きた。
「どちらでもない?。怪しい連中?言葉を弄して自分の行いを、犯した罪を和らげるな。
貴方は人を殺めた。貴方はただの殺人犯、犯罪者だ」
或いは、自分のした事が如何に下劣なのか。
それすら理解出来ていないと言うのか。だとしたら、救い難い事だ。
「そもそも、あのアーマーが欲しいだけだ?あれは人を殺め、
制圧する為の道具です。それを奪って、何をするつもりだと言うのです」
いや、聞いても無駄か。先程この男は「オレ達」と言う単語を口にした。
ならば察するにこの男は、何らかの組織から放たれた尖兵なのだろう。
思慮の浅い、鉄火場に身を投じ他者を傷つける事に愉悦を覚える、低俗な野獣の精神の持ち主なのかもしれない。
人非人の根性に反して、口の回りだけは人並み以上のようだから尚更、質(たち)が悪い。
そして何よりも、何よりも腹立たしいのは……!
「私が貴方に協力せねば犠牲が増える?……笑止な。この響き渡る悲鳴も!
流れる血も!全てお前達犯罪者の腐り果てた性根の所為ではないか!!
その責を、他者に……私に転嫁するんじゃない!!」
心ならずも、声が荒ぶる。
悪事を行い、あまつさえその責すら他人に擦り付けるとは。
本心から思っているのか?或いは悪に身を浸しておきながら尚、潔白な自分を保ちたいとでも?
どうあれ、救いようがない。つくづく、救い難い。
>「・・・・・・そうか。ならいずれにしろ伏せた方がいいぜ。返答と、見なした!」
「なにを……!」
言葉を紡ぎ切る前に、意味は理解出来た。
ガラスの割れる音がけたたましく鳴り響いた。咄嗟に私は身を伏せる。
銀色の閃きが雨霰と会場に飛び込んできて、私の頭上を突き抜けていった。
手元に転がってきた球体を拾い上げる。これは、恐らくパチンコ玉と呼ばれる物だろうか。
実物をこうして手に取って見るのは始めてだが……大きさの割りに重い。
これが先の速度で人体に命中すれば、結果は推して知れる。
>「ついでに、おまけだ。《光の弓》」
そう、推して知る事が出来る上で、奴等は事を為しているのだ。
その心は余りにも、どす黒い。窓から覗く夜空の遥か彼方に潜む、無限の深淵の如く。
何もかもを飲み込むその暗澹の心は、止めなくてはならない。
私は立ち上がる。
……高度を取り戻した視界には、無数の透明な球体が浮かんでいた。
パチンコ玉とは違い見目軽やかなそれは、シャボン玉のようだ。
>「そこの学帽さんと着物の人も!ヒーローなんでしょう!?
だったら力を貸して下さい!愛すべき人達を護る力を!」
声に振り向いてみれば、そこにはドレスを着た……この場には似つかわしくない愛らしい女性が立っていた。
だがどうやら、これは彼女の異能による物らしい。
ならば彼女も力を持ち、正義を行う為に振るう者なのだろう。
「えぇ、勿論です。目的を同じくするなら、手を取り合わない理由はない。
私こそ、貴女の力を貸して欲しい。貴女の、護る力を」
彼女の泡は景色を歪め、犯罪者共の足を滑らせ、逃げ惑う弱き人々の助けとなっている。
加えて一部の泡は不自然な軌道で宙を泳いでいる。まるで風に煽られているかのように。
これもあの男の能力だとすれば、光と風に対してこの泡は効果的な防御策になるに違いない。
危険だとは思った。しかし彼女は正義を望んだのだ。だから止めはしない。
「……と言う事です。貴方のような犯罪者の手を借りるまでもない。協力する相手は、選びます」
そして、私は息を吸う。異能を、正義を振るうべく。
『邪悪なる心を喩えるのならばそれは黒!光をも呑み干す暗黒はいずれ宿主をも滅ぼすだろう!』
想像したのは、宇宙に住まう暴食の超重力。
散らばったパチンコ玉もガラスも、自らが放った光さえも、吸い込まれる軌跡でお前に襲い掛かる。
死にはしない。私はその結末を思わなかったから。お前達の同類になるなど、御免だ。
だが徐々に纏わり付くそれらは重量を増し、やがてお前の身体から冷たい枷のように自由を奪うだろう。
【紙防御宣言。周囲のパチンコ玉やガラスが凍空へ飛び、徐々に付着していきます】
「なーっはっはぁ!! 結局テメェはその程度なんだよ三流が!!
……って、お、おい!流石にやりすぎじゃねぇか……?」
自身の攻撃の後に行われた追撃を見て雷羽は手を伸ばすが、時既に遅し。
和明日灯の身体はズタボロになり、その脳漿は飛び散っていた。
「……」
手を伸ばしたまま固まる雷羽。縁間沙羅の放った言葉の影響――――もあるだろうが、
今回はそれ以上にとある要因が大きかった。本人に気付いている様子は無いが、
この場で目の前のヴィランの死に一番困惑しているのは、
自身がヴィランである筈の、殺人など気にも止めないヴィランという
存在である筈の雷羽であったのだ。
だが、それも仕方ないだろう。何故ならば旋風院雷羽は一度も――――
>「なーんちゃって」
そして直後にそれは起こった。現実を捻じ曲げる様に、或いは真実を歪曲するが如く、
死んだ筈の人間が無傷で蘇ったのだ。
再生にしては速すぎるし、幻覚にしては現実的過ぎる。
常識的な人間ならば、混乱し成す術も無くそのヴィランが放った攻撃でやられていた事だろう。
だが、幸運な事に――――いや、幸運かどうかは判らないが、雷羽は単純バカだった。
「はっ!まさか再生能力を持ってやがるとはな!!
だがそんなチンケな能力がこの俺様に効くと思ってんじゃねぇだろうな!?
そんな旧式削岩機、この俺様の自慢の拳で吹っ飛ばしてやるぜぇ!!」
早々に和明日灯が引き起こした奇怪な現象を割と可哀想な脳内で割り切ると、
リアクターコアが装填音を何度も鳴らし、その輝きを増す。
そうして拳とドリルが激突する直前
「うおっ!?気持ち悪ぃな!!」
雷羽は投げつけられた死体を目の端に捉え、とっさに横に大きく跳んだ。
ヴィランの死体はそのままドリルへと向かっていき――――
>「やぁ、久しぶり……って程でもないかな。それにしても随分と、生っちょろい事を言ってるね。
>そいつはただの人殺しさ。思いはどうあれ、結果が全てを物語ってるじゃないか。……人が死んでるんだぜ」
突然の声に思わず振り返る。声の正体はかの銀行強盗の折に居合わせた、バスタードだった。
視界の奪われた機械は敵であるスカイレイダーを探すように無造作に腕を動かしている。
スカイレイダーは「人が死んでる」という言葉に胸を刺され、追いつかれたような気持ちになった。
人を殺めることについて何かあったのだろうか、手が小刻みに震えて戦闘中にも関わらず茫然としている。
>「あぁ、あと……さっきはありがとう。あの爆弾、僕じゃどうしようもなかった。助かったよ」
「えっ…あ、でもなんていうか咄嗟に身体が動いただけですから!ハハハ…」
意識が外へ傾きおざなりに返事を返した次の瞬間、スカイレイダーに斬りかかった素人が炎上した。
伊達の、バスタードの放った火の玉がスカイレイダーを救ったのである。
「うわっ!ありがとうございます…助かりました」
>「ちょっと……熱いかも。」
>「僕の力、見せてあげるよ。変身。」
それでも火の玉は素人を倒すには至らず、火は消化されるように消えていく。
消化を終えた素人は何事もなかったかのように悠々と変身ポーズを構える。
この間に攻撃されたら一体どうするのだろう。
ベルトを除いてその姿は見覚えのある赤い戦士へ変化を遂げる。
頭部は悪意が滲み出るような、凶悪なものだ。
驚異的なスピードで一瞬にして距離を詰められる。喉元を乱暴に掴まれ、後方へ投げ飛ばされた。
通常なら身動きの取れぬであろう空中から攻撃を受ければまとな回避は不可能だろう。
しかしスカイレイダーの真価は寧ろ空中でこそ発揮される。
後ろに回りこみ、一撃を見舞うことも可能だ。
しかし───スカイレイダーはその選択を選び取らなかった。代わりに選択したのは。
「危なぁぁぁぁああああああい!!」
バスタードと降り注ぐ拳の雨の間に、スカイレイダーが強引に割り込む。
そしてその際、スカイレイダーは何かを掴んだ。同時に重く速い拳の衝撃にまたもや後方に吹き飛ぶ。
受身も着地もままならず地面と衝突する。そのまま地面を滑るようにして後方の壁付近で静止した。
しかし素人英雄の攻撃を受けて尚スカイレイダーは立ち上がる。
「うぐっ……こっ、これで貸し借りなし……ですね」
仮面の奥で痛みで歪んだ笑みを零し、やや不安な足取りで素人へ歩を進める。
勿論無傷という訳でも、直撃を受けて生き延びた訳でもない。
スカイレイダーはナニカを投げ捨てる。
地面に落下したそれは素人の拳を受け、今や鉄塊に成り果てたウィリアムマシーンの一機。
素人の攻撃を受けるコンマ1秒前、咄嗟に盾として拾い上げたのだ。
説得も無駄に終わった今、売られた喧嘩を買う他ない。
このまま無駄な説得を続ければそれこそヴィランによる被害者が増える一方だと判断する。
ならば、やる事は一つ。
「こっちは穏便に済ませたかったんですけど。
相手がどうしても…って言うなら仕方ない。全力でぶっ飛ばします」
素人との距離を瞬時に詰めて雷を纏った蹴りを放つ。
掠りでもすれば容赦なく素人を電撃が襲うのだろうが…やることが余りに単純且つ軌道も直線的である。
スカイレイダー、否、日比野翔一とは────
即ち、(時折見せる機転の良さを除いて)何の策もなしに猪突猛進するような“バカ”だった。
【伊達さんの代わりに攻撃を受ける。雑魚マシン盾にする。ビリビリキックで素人さん攻撃】
「うぅ、いたたた……」
盛大にすっ転んだ太田はコンクリートの着ぐるみを起こし、右手で頭を押さえる。
のっけからとんでもない失態だ。ヒーローは、カッコよくなくてはならないのに。
軽い自己嫌悪に彼は陥る。仮に転ばなかったとして、コンクリ製の魔女っ子がカッコいいのかはともかくとして。
「……そうだ!ヴィランは!」
はっと思い出し、太田は首を左右に回してコック服の青年を探す。
「……え?」
そして惨死体となった彼を、見つけた。
およそ人としての原型を留めていない、無惨な肉塊を。
「こ、これ……僕が……?」
全てではない。砕けた頭や散乱した脳漿は、他の誰かの仕業だ。
だが床を汚す赤黒く夥しい血と、ひしゃげた胸、飛び出した肋骨は――
「う……ぇ……っ!」
起こした頭が、再び下を向く。
――ヒーローが吐く訳なんてカッコ悪い真似をする訳にはいかない。
反射的に脳裏をよぎった憧憬が辛うじて嘔吐を未然に留める。
だが胸の奥からこみ上げる、取り返しの付かないと言う声までは、黙らせられない。
むしろヒーローに憧れるからこそ一層、絶望は深い黒を示す。
「そんな……僕は、こんなつもりじゃ……」
手が震えて、身体が支えられない。肘が折れ曲がる。
太田は床に崩れ落ちて、這い蹲る。手だけじゃない、体全体が震えていた。
呼吸の間隔が早まり、しかし浅い。酸素の足りない頭が、指先が、痺れ始めた。
現実を拒絶するように、太田は身体を丸めていた。
目の前は、真っ暗だ。顔など、上げられる筈がない。
>「なーんちゃって」
石塊のように横たわっていた上体が俄かに起き上がった。
暫く光を拒んでいた視界は少し白んでいて――そこに血の赤色はない。
ついさっきまで惨死体があった所へ、視線は自然と滑った。
立っていた。相変わらずの明朗な笑顔で、コック服のヴィランは――和明日灯は立っていた。
>「ねえ、どうだった?びっくりした?自分の正義心から来た行いで人を殺しちゃったんだって、絶望してくれたかい?
もしそうだったら嬉しいなぁ。にしても酷いなぁ、よってたかって僕を殺しに掛かるだなんて、ホント最悪だよ」
楽しげな声が、心臓を悪寒でくすぐる。
意図しない内に、奥歯が軋みを上げていた。
手の震えが一瞬止まり、だが拳の中に灯った怒りが、再び震えを呼ぶ。
(生き返った?……違う、最初から僕らを馬鹿にするつもりで!)
コンクリートの足でしかと床を捉え、立ち上がった。
和明日灯を見上げる形だった体勢から、対等に立ち向かう高さへ。
「許せないぞ……!僕を馬鹿にした事じゃない!人の生死を馬鹿にした事が!」
ヒーローに憧れ、何より妹を殺されている彼にとってそれは、激憤に足る出来事だった。
太田が確固たる姿勢を取り戻すと同時、両腕をドリルに変えた和明日灯が迫る。
太田はそれを迎え撃つ。コンクリートの拳を振り上げ、真っ向勝負を挑む。ヒーローならば、打ち勝てなくてどうすると。
「そうだ、ヒーローはカッコよくなくちゃいけないんだ!あの……義賊のように!」
拳とドリルが正面から衝突する。
拮抗は一瞬。亀裂が走り崩壊の悲鳴を上げたのは――太田の拳だった。
異能で練り上げたとは言え、ただのコンクリート。
容易く抉られ、肉薄を許す。腕が削れ、ドリルは懐へ。
(押し負けた……!)
呼吸が詰まり、血の気が引いた。体温が下がる錯覚に襲われる。
ドリルはコンクリートを削り、中の太田にまで達そうとする。
慌て身体を逃すが、間に合わない。
>「おい、ちょっと持っててくれ!」
凶悪なドリルの先端が、まさに太田の脇腹を抉ろうとしたその時だった。
視界の端から人が、飛び込んできた。いや――投げ込まれた。
一見すれば助けに飛び込んできたように見えたその男は、首があらぬ方向へ曲がっている。死体だった。
(死体……!?一体誰が……いや、でも、助かった……!)
死体が投擲された隙に、太田は飛び退いて螺旋を描く殺意から離脱。
打ち勝てなかった事実に歯噛みするが、それは今すべき事ではない。
削れた着ぐるみの素材を引き伸ばして穴を埋めながら、次の手を模索した。
拳では打ち負けた。だがまだ出来る事はある筈だ。ヒーローとして、庶民を護る為に出来る事が。
「念動細工……『流体生物』《スライム》!」
床の石材に触れて、手を引き上げる。流体化した石材が手に付いて、縦に弧を描いた。
舞い上がった石材は空中で大小様々な球となり、床に落ちる。
だが再び床に戻りはしない。水滴に似た姿で床上に留まると、ゆっくりと和明日灯へにじり寄り始めた。
名前通りスライム状の石材は和明日灯に触れれば再び硬化して、彼の枷となる。
僕が予め準備した兵隊、つまり蜂や蝿や羽虫やムカデや蟻や、とにかく虫達は
敗北して倒れ伏したヴィラン、またはヒーローからブラックダイヤを掠め取ってきている。
手元に集まった黒い宝石に、僕は思わず口角を吊り上げた。王様になったあの夜から続く高揚感が、
更なる高みへと昇っていく。内臓が期待と緊張で落ち着きなく踊っている感覚が心地良い。
手に入った宝石を僕は早速、右腕に埋め込む。皮膚が破れて肉に穴が開く。傷口の奥深くから
赤い血と白熱の痛みが湧き出た。熱は即座に全身に駆け巡る。僕は覚えずも身震いした。
熱が過ぎ去ると、今度は胸の奥で凍りつくような冷たさが滲んでくる。呼吸が乱れる。
どす黒い冷たさが頭の中に昇っていく。高揚の熱と相殺する事なく、二つは僕の中で共生した。
いいぞ。異能が強化されていくのが、実感出来る。
より虫の王様として相応しい力が、僕の中で確信と共に膨らんでいく。
自分の心が黒く染まって、駄目になっていくのが分かる。
あぁ、これで僕は「人間」から「虫けら」になれるんだ。
>「……いいですよ!あなたが愛する事をやめると言うなら、私が!
私が代わりに愛します!無力で、善良な愛すべき人々を!」
……はぁ?いやいや何言ってんのアンタ。
僕が折角いま虫の王様に「成り下がれる」所だったのに。
やめて欲しいなぁそう言うの。ホント空気読めてないね。KYだよKY。
あーあ、そんな事言われちゃったらさぁ。
――まだ人でいたくなっちゃうじゃないか。
だって僕は、「弱い人間」だから。未練を感じちゃうじゃないか。
だからいっそ人間をやめて、一つ下がって、「強い虫けら」になりたかったのに。
人間でいたって、辛い事しかないんだから。
責任、取ってくれよな。そうだなぁ。
……人を殺したら、今度こそ僕は人間をやめられるだろうか。
そうだな、やってみよう。兵隊達に、やらせてしまおう。
強化して頑丈に、凶暴になった蟲の群れに、僕は僕に背を見せる彼女らを襲わせた。
【蟻やら蜂やら虫共が縁間と泡野に襲撃】
>「私が貴方に協力せねば犠牲が増える?……笑止な。この響き渡る悲鳴も!
> 流れる血も!全てお前達犯罪者の腐り果てた性根の所為ではないか!!
> その責を、他者に……私に転嫁するんじゃない!!」
>「……と言う事です。貴方のような犯罪者の手を借りるまでもない。協力する相手は、選びます」
ヒーローとしてのお仲間の登場で勇気付けられたのか、随分ステキな啖呵を切ってくれる。
あぁもう・・・・・・おかしいったらありゃしない
「くっくく・・・あっははははははハハハハハハ!」
漏れ出る哄笑は止められず、天を仰いで彼女らに背を向ける。駄目だ、腹がひくひくと痙攣するほど笑える。
辛うじて風を自分の足元だけ吹き散らして泡をどかし、先ほどのメタルボーガーへと歩み寄る。
装着してた奴はどうやら救出されたらしい。他の警備員がオレを制止する余裕もなさそうだ。
啖呵を切った彼女らはオレの豹変に呆然としてるみたいだ。
「ハ・・・・・・く だ ら ね ぇ !!」
腰をいれた左回し蹴り。蹴りつけるというより蹴り押すように八つ当たりの対象となった空っぽのメタルボーガーは
強烈な突風に煽られてパチンコ玉で割れた窓から会場の外へ放り出された。・・・・・・これでもうお使いは終わりだ。
追加で乱入してきた目新しいガラクタもあるが・・・それより彼女らの相手が先だろう。あぁ、なのに・・・・・・熱が冷めた
左手で顔の半面を覆い、指の隙間から正義のヒーロー二人を見やるオレの目はきっと石ころでも見るように冷えた目をしているだろう。
「あぁ、分かってる。駅で見かけた限り、大分論理を振るう人間だったからきっと何か面白い答えが出てくると
そういうのは勝手な期待で、勝手に押し付けた期待だから仕方はないけど・・・・・・なんだ、【結局アンタも同じか】
私に責任はない?不幸な犠牲?必要な贄?平和の代償?アンタヒーローだろ。
【この会場に居合わせて、惨劇を予期していて守れなかったのに責任はない】か?
一般人ならそれでもいいが、ヒーローがそれを言うとはちゃんちゃらおかしいなァ」
左手を放す、顔には光の幻によって作られた白の仮面。穿たれた二つの孔は冷めた目で奴らを見やる。
纏う白のワンピースが、上から光の上書きによって赤黒い軍服をイメージする服装へ変わってゆく。もちろん幻影でしかないが。
「アンタのさっきのセリフ。逃げ惑う連中に聞かせてやりたいね。
【一般人の犠牲については、例え居合わせてもヒーローは責任を負わないそうです】ってな。
きっと感激して涙を流してくれるだろうな。そうだろ、ヒーロー?あぁいや、女だからヒロインか。
まぁ確かに罪はないか、ただ一般市民を見殺しってだけじゃ罰なんてないもんなぁ・・・・・・。」
軍服の背と肩には鎌と処刑剣が交差する影十字《Double Cross》。制帽さえ被ればあっという間に外見は男だ。
「さて、お使いは終わりだ。かかってこいよヒーローもどき共、お前らの正義と心を砕いてやる。」
>『邪悪なる心を喩えるのならばそれは黒!光をも呑み干す暗黒はいずれ宿主をも滅ぼすだろう!』
ぴし、と顔にぶつかってきたのはパチンコ玉。
手で払うと今度は腰のあたりにぶつかってくる。
「これは・・・・・・」
周囲に広がる無数のパチンコ玉以外にも、周りに転がる死体やらオレの放った光剣やら
軽いものから段々とこちらに向かってくる。否、オレに引き寄せられているのか・・・・・・?
《光の弓》を放とうにも、ふわふわと浮遊する泡もこちらに引き寄せられてきている。
おそらく真っ当な方向へ飛んではくれないだろう。万事休す・・・・・・
「というのは、オレが光しか使えない場合の話だけどな。中々えぐいことやってくれるじゃないか、えぇ?」
ずるり、と動かなくなったヴィランどもから光剣が抜けてこちらに迫ってきつつある。
恐らくほうっておけばオレは質量に押しつぶされて挽肉か?
思わず、口元に浮かぶ凶悪な笑み。力の覚醒以後あまり使ってこなかった二つの力が頭の中で答えを弾き出していた。
まぁしかし、笑みが痛みに若干ひきつる。まぁ仕方ない、これからあいつらの浮かべる表情の楽しみの方が上だ。
「さっき自分に責任は無いって言ってたよな?だが、アンタが力を振るいだした以上は・・・・・・
【これから巻き起こる地獄の責任はオレとアンタらで分けようぜ】?
さぁ・・・《世界よ、沈黙しろ》!!」
先ほどから立ち位置を変えない私に向かって、浮遊するパチンコ玉などは直線的にこちらへ引き寄せられてきていた。
その軌跡が段々と姿を変える。直線が曲線、そして螺旋・・・そしてほぼ円に近い形へ。
重力によって引き寄せられつつある様々な物体が、オレの放つ限定された強烈な風によって方向を歪められているのだ。
すでに体に密着したパチンコ玉やらガラス片やらは風で弾く事は出来ない。というよりそんな余裕も無い。
この風を長時間保つ気でなければ、押しつぶされて死ぬ羽目になる可能性が見えている。
「 ! !!」
風は嵐の様相を呈し、オレを中心に半径3m以内が完全な暴風圏となった時点で
光剣に刺されながらもまだ生きながらえていたヴィランは、宙に浮いたまま何かを叫んでいる。
だが、その声はあのヒーロー達に伝わりはしない。そもそも、宙に浮いたパチンコ玉同士が風に巻かれて無数にぶつかり合っているのに
いやそれよりも、これだけの風が吹き荒れているのにその風の音すら周囲には伝わっていない。
つまり《音の伝達》が、暴風圏の外縁を境目に遮断されているのだ。
風と音、それを操るのがオレの第二の力、ハヌマーンの症候群。
猛烈な嵐の半球体の中心でオレは二人のヒーローに向けて嘲笑を向ける。
『 さ あ ど う す る ?』
唇の形だけでそれを伝えると、次に嵐は闇に閉ざされる。
光を操るというのは、集めるだけでなく散らす事も可能ということ。
嵐の半球の中から外へ出る筈の光は、オレの力で内側に閉じ込められたまま。
つまり外から中を見通すことはできない擬似的なブラックホールのようになった訳だ。
この破壊の嵐の中心から、オレはすり足で二人のいる方向へ少しずつ進む。
集中を切らさない為の、亀よりノロマな速度で迫る漆黒の、無音の嵐。
やがては、二人の周囲に逃げ惑う民間人や他のヒーローも巻き込むだろう。
【*縁間の決意表明に哄笑、服装や仮面を幻影で偽装する
*縁間の重力で迫る物体に対し、音で遮断した嵐を巻き起こす。
*無人のメタルボーガーが一機だけ、窓から会場外へ吹っ飛ばされる】
*追記:嵐内部について
・縁間さんの能力によって引き寄せられた物体は風に巻かれて半球状の嵐を形成
・嵐の中には泡野さんの泡も引き込まれている為、ぶつかり合う物体同士も滑って無軌道に飛んでいる
・内部に入ると中心部以外恐らく重症は免れない
・音も光も遮断はされているが、内外を遮断しているだけなので嵐そのもの、嵐の暗闇そのものには干渉可能
とりあえずまあ、色々あった。
起点はまたしてもハルニレだ。この男は幼女エンカウント率上昇のスキルでも発動しているのかやたらロリを引っ掛ける。
今回その毒牙にかかったのは、『モナズ』店長の孫娘・芭流子。トッピング全部のせのような属性を持つ幼女である。
>「これ、【文明市】ですよね?もしかしてみなさん、今からこれに行くんですか?」
「ああ、その通りだよ。流石に旧市街の住人ともなるとこの手のイベントは既知のものかな?」
>「ボク、ハルニレさんたちが好きだから言います。ここに行くのは、やめたほうがいいです」
>「さっき、そこで座ってた、ハルニレさんくらいの年の二人組のおにいさんたちが言ってたんです。
『今日の文明市は、何が起こるか分からない。人死にが出るかもしれない』って……………………」
「ほう……」
芭流子の忠告に、タチバナは僅かに眼を細めた。
視力の弱い者が遠くを見るときにするのと同じやり方で、彼は虚空を見つめながら頭の中で吟味する。
何が起こるか分からない。すなわち通常の運営を害すようなイレギュラー要素が存在するということだ。それも大々的に。
「忠告をありがとう芭流子君。だがね、僕たちは『それ』を待っていた。
『何が起こるか分からない』なら尚更、『何かが』起こってくれなきゃ困る。それこそが、現状を躍進させる一手だ」
『文明市』に行こうと決めた途端にこれだ。『ロールの強制』といい、最早何者かがタチバナ達の前途に関与しているのは間違いない。
ならば話は簡単だ。GO AHEAD(進撃せよ)。物語の主人公が主人公足りえるのは、道を切り開かんとする意志にシナリオが呼応するからだ。
「裏で手を引いているのは三流のシナリオライターだね。こんなわざわざあつらえたようなイベント、現実でなければご都合主義の謗りを受けている。
さあ、食事を終了し給え『休鉄会』諸君。時は来たれり、これからは僕らが自分の足で物語を進める領域だ」
空になったスープ皿からスプーンを置き、タチバナは抱擁するように腕を広げた。
話を纏めるときにやるいつのもあのポーズである。
「我々の指針は一つ。文明と戦力と、そしてこの世界に対する『主体性』の獲得。――ネットに書いてあったから、間違いない」
【暫定世界のエピグラム】
>「えーっと。お取り込み中のところ、失礼?」
弓瑠が芭流子に害意をむき出しにし、ドルクスが冷や汗しながらそれを制止する、一触即発。
前後の流れと関係なくそんな感じの一行に割って入ってきたのは、やはり前後の脈絡に乏しい男女だった。
女の方はともかく、男の方を見る皆の目が一瞬例外なく丸くなる。タチバナですら、いつもの薄ら笑いを一層濃くした。
女の後ろで影踏まずの如く追従する男は、今の今まで昌伴していたドルクスと瓜二つだったのだ。
若干ドルクスの方が表情に覇気が見られるが、目鼻立ちから輪郭にかけて一卵性双生児もかくやの生き写しである。
>「初めまして、ドルクスがお世話になってます。私、ドルクスの主人のエレーナ=T=デンぺレストと申しますわ」
女はその両者と旧知の仲らしかった。
ついでに言えばハルニレと弓瑠とも面識があるらしく、彼らは再会を讃え合うように挨拶を交わしている。
ペニサスとはまた違ったベクトルでの高貴さを持つ、見るからに育ちの良さそうな少女だった。
>「ところで、隣のドルちゃんそっくりな子、だあれ?」
件に上ったペニサスがドルクス二号の詳細を問う。
エレーナは即答せず、ほんの少し逡巡してダブルドルクスを両手に繋げて回答した。
>「こちらはリンキ。ドルクスの兄で、私の執事よ」
>「その通りッスよ。双子なんス、俺達」
(また登場人物が増えてきたな。これもシナリオライターの目論見なのか……?)
すいません誤爆です
和明日灯のドリルを、二人のヒーローは示し合わせたかのように拳で迎撃する。
先に激突したのは、巨体故のリーチを持つコンクリ魔女っ子。
だが弱い。法が、権力が、ヒーローが止められないのだ。
コンクリート如きが、和明日灯の悪意を止められる筈がない。
まずは一人。和明日灯の浮かべる太陽の笑みの端に、邪悪の影が差す。
>「おい、ちょっと持っててくれ!」
>「うおっ!?気持ち悪ぃな!!」
しかし彼の悪意が太田の命を貫く直前、視界の端から男が飛び込んできた。
男の死体だ。それを投げ付けた者の姿は、死体に視界を覆われた和明日灯には見えない。
「うわっぷ」
死体がぶつかり、和明日灯は仰け反った。
ぶつかった拍子に右腕のドリルが死体を貫いて、鮮血が派手に飛散する。
和明日灯の顔や白いコック服が悲惨なまでに、深紅で汚れる。
そのまま和明日灯は死体の体当たりに踏み止まれず、吹っ飛んだ。
ごろごろと転がり、今度は消える事のない血痕で床を汚す。
「いたた……あれ?抜けないんだけど。仕方ないなぁ。よいしょ、よいしょっと」
死体を足蹴にして、和明日灯は完全に貫通していたドリルを乱雑に引っこ抜いた。
傷口が広がって噴き出した血が、和明日灯の童子さながらの笑顔を赤く染める。
「あぁ、やっと抜けた。……けど手も服も血まみれじゃないか。やだなぁ、僕は綺麗好きなのに」
腕を抜き去った死体を無造作に放り投げた和明日灯は自分の服や腕を見て、愚痴を零す。
だが言葉とは裏腹に、彼はまんざらでもない様子でいつも通りの笑顔を浮かべていた。
普通の人間ならまず嫌悪か恐怖を覚える血化粧は、この場に更なる悲鳴を呼ぶ。それが気に入ったようだ。
だが――
「……って、誰もこっち見てないじゃん。つまんないなぁ」
肝心の悲鳴を上げる一般人達は皆、既に大分遠くへ逃げてしまっている。
人数の余り出口付近で詰まってはいるが、そこは警備隊やヒーロー達が奮戦、死守している。
一般人に逃げられてしまっては、和明日灯としては意味がない。
またブラックダイヤを目的としていないヴィラン達も、それは同じだ。
つまり一般人はヒーローにとって最大の弱点、敗北条件であり――同時に勝利条件でもあるのだ。
ヒーロー達は例えヴィランに勝てなくとも、一般人を守り抜けばそれが勝利となる。
逆を言えばヴィランを倒せても一般人を犠牲にしてしまえば、ヴィランの思う壺だ。
少なくとも和明日灯にとっては、それが最悪と呼べる結果の一つだ。
彼からすればヒーローを倒す事など、どうでもいいのである。
「酷いなぁ。皆して僕を無視するだなんて。寂しがり屋の僕が死んじゃったらどうするのさ。
そしたら君達人殺しだぜ?法律はそうは言わないけど、確かにそれは人殺しなのさ」
言いながら、彼は微かに喜色を強めた笑みをヒーロー達に向ける。
今から何かをやらかす。それが楽しみで仕方ない。吊り上がった口角が言外に、そう告げている。
「あーあ、寂しいなぁ。傷ついちゃうなぁ。うーん、もっと大騒ぎしなきゃ駄目なのかなぁ」
困った顔で首を傾げる和明日灯は、はたと両腕を広げた。【悪意の体現】だ。
体現するのは右に六つの銃身を束ねたガトリング。左に回転弾倉式のグレネードガン。
「ところで子供ってさ、大人に構ってもらいたい時にわざと悪い事をしたりするよねー。
でもそれを本気で怒る大人はいないだろ?可愛いもんだなあって済ませるのが普通だよね」
銃口が向く先はヒーローではなく――出口の傍で渋滞している一般人だ。
銃弾も擲弾も、一般人の軟弱な身体を肉片にするには十分過ぎる。容易く命を奪う事が出来る。
だが和明日灯は敢えて、射撃がシーフと太田のすぐ傍を抜けるように狙いを付けた。
二人のヒーローが、そして死体を投げつけてきた男もまた、
一般人を守る為に射線に身を投げ出すだろうと踏んでいるのだ。
ヒーローが一般人を見捨てて和明日灯を叩きに来るか。
それとも一般人を守る為に銃撃に身を晒すか。
どちらにせよ、最悪の結果が望める。
「だから僕がこれからする事も、可愛いもんだで許してくれるよねー。
僕まだ未成年だし。ほらほら、スライムだなんて悠長な事言ってる場合じゃないと思うよ?」
楽しげな声に続いてグレネードガンが猛り、ガトリングが咆哮を上げた。
【逃げようとしている一般人に銃撃&爆撃、猪狩も一般人を守るものだと思ってます。次くらいに撤退しようかなって思ってます】
喉を掴まれ、放り投げられた。足が床を離れ、天地が一回転する。
バスタードが攻撃された事を自覚したのは、全てが終わってから。
反応出来なかった。変身を経た素人童貞はバスタードの速度を、反射神経を遥かに上回っていた。
(何をやってんだ僕は……!あんなイカレ頭くらい、一人で止められないと!)
もしも母親が、友人が、悪党共に襲われて。
その時に自分一人しかいなくて。
自分の力が及ばず親しい人達の命が奪われてしまったら。
想像するだけでも心臓が慄く。それほど悍ましい事はないと。
歯を食い縛り、バスタードは追い迫る素人英雄を睨む。
瞳に精緻を意味する金の属性を付加。火で身体能力を、雷で反射神経をする。
どれも微々たる効力だが――
(やってやる、受けて立ってやる!これくらい……!)
バスタードは肉薄する素人英雄を正面から迎え撃つ事を選んだ。
攻撃は辛うじて見える。胸部を狙う鉄よりも凶悪な拳。
払い除けろと判断出来た。右手も動く。
切迫に表情を歪ませたバスタードが手刀を振るい――拳と手刀が衝突する寸前、何かが彼の前に割り込んだ。
>「危なぁぁぁぁああああああい!!」
スカイレイダーだ。何かを盾に素人英雄の打撃を受けたようだ。
だが彼の背しか見えないバスタードに仔細な事実は分からない。
理解出来たのはただ二つ。
自分の力が及ばなかった事。その為にスカイレイダーが反撃のチャンスを捨てたと言う事だ。
>「うぐっ……こっ、これで貸し借りなし……ですね」
着地と共に、背後から声が聞こえた。息を詰まらせた声だ。
振り返らなくても、スカイレイダーの苦悶に歪んだ――だが笑みを覗かせた表情をありありと想像させる。
バスタードの奥歯が軋む。学帽の鍔の下で両眼が痩せた。
(クソッ、なにカッコつけてんだ……!あれくらい、僕だって……)
内心で吐いた悪態は、最後まで続く事なく潰えた。
彼には分かっていたからだ。自分では素人英雄の拳を防ぐ事は出来なかったと。
火の属性で強化したとは言え、それはほんの灯火程度の力。
収斂された暴風と錯覚を覚える程だった一撃を弾く力は、バスタードには無かった。
奥歯が更に強く、軋みを上げる。出来なくてはならない事が出来なかった事実が、
恥辱や屈辱を遥かに凌ぐ自己嫌悪を彼に与えていた。
>「こっちは穏便に済ませたかったんですけど。
相手がどうしても…って言うなら仕方ない。全力でぶっ飛ばします」
バスタードが己を責めている内に、スカイレイダーは動いていた。
立ち尽くすバスタードの隣を、紫電が突き抜ける。
軌道は猪突猛進。だが速い。バスタードには発揮出来ない速さだ。
(出来ない事だらけじゃないか、僕は)
ならば、どうしたらいいか。答えはすぐに得られた。
元々バスタードの名は、手段を選ばない彼の姿勢を揶揄して付けられた物だ。
今回もそうすればいい。今までよりも更に、手段を選ばずに。
(あのイカレ野郎を……止めればいいんだ……)
手の平に火を灯し、風の力で炎とする。
そこにもう一つ、これまで使わなかった属性を加えた。骨の髄まで蝕む、毒の属性を。
バスタードは素人英雄を殺すつもりだ。より厳密には、殺してでも止める気でいた。
生半可な手では、力が足りないから。彼はそれを殺しを厭わない事で補うつもりなのだ。
親しい人達を守る為には、やるしかないと。
禍々しい濃紫の炎が、素人英雄へと放たれる。
炎は『サイカ』の装甲をじわりじわりと侵食し、いずれは素人英雄に至る。
【毒の炎で素人英雄を攻撃。燃えれば毒のように体の内部を蝕むって事で】
犯罪者の言葉が滔々と語られていくに連れて、私は自分の双眸が細っていくのを自覚していた。
所以は、憎悪の類ではない。私の表情に宿るのは凍土だ。無関心と言う名の、凍土。
丁度あの男が指の隙間から覗かせた眼光と、同じように。
>「さて、お使いは終わりだ。かかってこいよヒーローもどき共、お前らの正義と心を砕いてやる。」
溜息が胸の奥から込み上げる。衝動に逆らわず、私は落胆と呆れの感情を吐き出した。
根本的に、この男は錯誤している。最早矯正は望めないだろうが、それでも私は反駁し、説き諭そう。
更生の余地を信じるのは善い事であり、正義なのだから。私は正義に従おう。
「貴方は……一つ根本的な勘違いをしています。私の正義?私の心?馬鹿馬鹿しい。
私は正義に傅く者。正義とは私一人如きが抱える物では無いのです。そして……」
一度言葉を切り、息を吸って、私は続ける。
「正義があれば、そこに心など必要無いのです。弱い心は正義を歪め、惑わせる。悪しき心は人に正義とかけ離れた行動を強いる。
私がすべき事は悪を止めて人々を守る事であり、貴方がすべき事は己の悪しき心に鎖と錠を掛ける事です。
それで、犠牲者は出なくなる。そして私はすべき事を最大限している。ならばそれでも犠牲が出るのは、貴方達犯罪者の責だ」
同様に先程外へ放り出されたメタルボーガー、あれもまた管理すべきは私ではない。
あんな物を不用意に乗り捨てた愚か者と、そのような者をこの場に連れてきた更なる愚か者だ。
ともあれ語るべき事を語り終え、私は暫し反応を見た。
……が、やはりあの男は露悪的な態度を改めようとはしなかった。
ならば最早、語る必要はない。ただ悪を止めよう。
殺しはしない。相手が如何に、他者へ犠牲を齎す事しか出来ない、価値なき輩であろうとも。
殺人は正義に背く罪であり、それを行うべきは唯一、法であるのだから。
>「さっき自分に責任は無いって言ってたよな?だが、アンタが力を振るいだした以上は・・・・・・
【これから巻き起こる地獄の責任はオレとアンタらで分けようぜ】?
さぁ・・・《世界よ、沈黙しろ》!!」
責を分け合うなどと、まだ言っているのか。……そう思ったのも束の間だった。
男が更なる異能を振るう。忽ち、男の周囲に嵐が巻き起こる。
嵐は私の異能で集まった物を巻き上げ、光と音を呑み込んで暗澹を孕みながら膨張していく。
>『 さ あ ど う す る ?』
闇が暗幕の使命を全うする直前、男の唇が音を伴わず私に言葉を伝えた。
試すつもりか、私を。いや、あの男の事だ。私ではなく正義を試している気でいるのだろう。何とも愚かな事だ。
……あの矮小な犯罪者如きが正義と対決していると思っているのは不愉快だが、それも私の心が未熟であるが故だ。
不愉快を胸中で押し殺して、私は前を見据える。徐々に迫り来る暗黒の嵐。
それを前にして私が何をすべきかを。考えて……実行するのだ。
「そこの貴女……名前は存じませんが、力を貸して下さい」
一度振り返り、私はドレスの女性に頼み事をする。
あの嵐に飛び込み、男を打ちのめして来いだとか、そんな難しい事ではない。
彼女の更に後ろには先程まで逃げ惑っていた人々が見える。そう、逃げ惑っていた、だ。
今や彼らは出口にまで達し、全員が逃げ切るのは時間の問題だ。
ならば私がすべき事は、つまり
「私は今からあの嵐を防ぎます。ですが予測の出来ない事態や余波はあり得るでしょう。
ですから貴女には、それらから人々を守って下さい。出来る限りです」
予測出来ない事態とは例えば、先程から視界を掠める小さな影と、不穏な響きの羽音。
その正体は不明だが、恐らくは脅威になるだろう。だがそれは彼女に任せたのだ。何とかなると信じよう。
ふと、髪が揺れて頬をくすぐった。振り返る。暗黒の嵐は、静謐を保ったまま徐々に距離を詰めてきていた。
息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
頭脳が冴え渡り語彙が溢れ、心が澄み渡り想像が彩られる。
思い描くのは巨大な門。人々と悪意を隔てる、絶対の鉄壁。
恐らく先程発現させた重力は既に立ち消えているだろう。
相手が見えなくなってしまった今、想像を維持するのは困難だからだ。
……だが次は、見えないからこそ意味がある。
見えず、聞こえずだからこそ、私の心は威圧感を感じずに済む。押し破られる情景は私の心に芽吹かない。
罪無き人々が逃げ切るまでの時間を稼げば、この鈍重な嵐はもう彼らに追い付けないだろう。
懸念すべき事があるとすれば、私はこれまでこうも連続して異能を使った事がない。
が、それは不安に思った所で解決のしようがない。未熟な心の産物は、振り切る他ないのだ。
『立ち聳えよ、堅牢なる鋼鉄の門よ。私の正義に対する忠誠の如く、決して揺らぐな』
【巨大な門で嵐を足止め。重力は想像が継続出来ないので打ち止めです】
>>171>>182 「じゃ、さようなら」
バスタードの全身を打ちのめす為に素人英雄こと「ヒロイックテラー(恐怖の英雄)」
の変身したサイカがその拳を振るう。
しかしそれは果たせなかった。目の前にあの醜いヒーロー、スカイレイダーが現われたのだ。
手応えはあったものの、スカイレイダーは見事に立ち上がり口を動かす。
『「うぐっ……こっ、これで貸し借りなし……ですね」』
身を挺してバスタードを守ってみせたスカイレイダーの姿に、テラーは
素直に素晴らしいと感じた。
彼は、自らの行動で英雄的であると示してみせた。
それは何よりも尊く美しいものだとテラーには思えた。
「へぇ、凄いね。君は、見た目は酷いけど結構ヒーローなのかも。
でも盾はよくないな。ヒーローなら自分の体で受け止めないと、いけないかも。」
テラーの横を逃げ遅れた親子連れが通り過ぎていく。
スカイレイダーの容姿を見た少女が腰を抜かし泣き叫び始めてしまう。
テラーはそんなものには目もくれず2人へ視線を戻す。
同時にスカイレイダーの電撃の篭った一撃がテラーの腹を穿つ。
「ちょっと……効いた、かも。」
少しばかりの鉄の味を口内に感じながらテラーはバスタードへ目を向ける。
バスタードの追撃がテラーに迫る。
その時――無人マシーンの1機が立ち往生する親子へ向け目標を変える。
「ママァ!!」「雛ちゃぁん!!誰かぁ!!誰か助けてください!!」
(レイゲンさん、僕ヒーローになりたいんです)
(だったら誰かを助ける為だけに戦え。それに、英雄になりたいならいい事をしろ)
回想が頭を過ぎる刹那、バスタードの毒と炎の拳がテラーの顔面を抉る。
顔が半分燃えながらもテラーは何故か親子の方へ向かう。
対峙する2人に対してではなく無人機の方へ。
無人機の放った機銃が親子を撃ち抜く寸前――テラーはその身を挺して
2人を守っていた。
背中には無数の銃痕、そして顔には紫色に焼かれた拳の跡。
「早く、逃げて。僕は、ヒーローだから。」
呆然としながらも逃げていく親子に対し、テラーは傷を負いながらも
満足気だった。
だって、良い事をすると気分がいいじゃない。
そして、再び2人へ向き直った。
「「グルルルッ……」」
ふと、スカイレイダーの背後でトラに似た獣の唸り声がする。
彼が気付いた時には既に遅いかもしれない。
そこには全身を氷河に覆われた「トラ」のような怪物が
彼を引き摺らんと迫っている。
テラーと同じように巨大な鍵爪を両腕に持ち、スカイレイダーの胴体を引き裂かんと
爪を立て飛び掛った――
テラーはサイカへの変身を解除しバスタードに対し避難している1人の女性を指差す。
「君、やるね。でも、次はどうかなぁ。君の大切な人を、殺すかも。」
巨大な氷柱と化したシャンデリアが音を立てて、彼の母親へと落下していく――
【冷気で作り出したトラをスカイレイダーへ、伊達の母親を殺害すると予告】
>>185 FOしたからとはいえ勝手に死んだことにしたりキャラ改変してんじゃねぇよクズ
どんだけ後付け設定かませばいいんだよ。この卑しんぼのクソ最強厨
もっと自重しろよ!!
お前はまずレス書く前に避難所に顔出せ
謝るべき相手に謝れ
やりたいことやろうとしていることを他の参加者にも説明しろよマジで
お前、好き勝手に暴走するから絡みたくもないし一緒にやりたくねぇんだよ
出来ねぇなら消えてくれよマジで
本スレに突撃すてくんなクソ共
素人も大事な同僚なんだよ
>>188 他人の足を引っ張ることしかしない奴を同僚とは言わない
>>185 フンッ!
(氷で出来た虎を粉砕)
ハァッ!
(ロボットを投げ飛ばし氷柱を破壊)
トゥ!
(人質になっていた伊達の母を救出)
このキチガイは俺に任せておけ
ティヤァ!超パワーその1
(かけ声と共に素人と共に姿を消す。
素人は次の瞬間、重りをつけられた状態でどこかの海に沈められていた)
名前:21
性別:男
職業:謎のヒーロー
異能:超パワー
童貞、宙野はFOか
素人効果ハンパねぇ
「――会場からメタルボーガーが一体出てきましたっ!」
目を閉じこめかみに手を当てて広域探査の異能を発動していた山吹ちゃんが鋭く入電した。
双眼鏡で会場の様子を眺めていた俺は、それが夜之咲ちゃんによるこっちへのパスだってことに早速気付いた。
「ボーガーの状態は?」
「完全に沈黙してます。出てきかたもなんか放り投げられた感じだし、無人みたいですねっ」
「やっるー夜之咲ちゃん。もう任務完了じゃん」
「そうだな。朽葉君、外の落ちたメタルボーガーの回収を」
「了解」
朽葉君が指を鳴らすと、窓を覆うのに使っていた水が触手のように変形して地上に伸び、メタルボーガーに巻付き始めた。
このままクレーンのように引っ張り上げるつもりなのだろう。
「私はあとどれくらい撃ってればいいのかな」
「夜之咲君の撤退が完了するまではばら撒いていてくれ。件の彼は何を?」
問われてもう一度双眼鏡を目に当てると、さっきまで夜之咲ちゃんと女子高生がくんずほぐれつしていた場所に竜巻発生していた。
中身が真っ黒で、外側の、それもこんな遠くからじゃとても内部の状況は判別できない。
ただそれでも、このドーム状の嵐が夜之咲ちゃんの能力によるものであるだろうことは理解できる。
「げっ、夜之咲ちゃんガチバトルに入ってんぞ」
「えーっ!何やってんですかあの人!?」
「しかも女子高生と」
「悪意のある情報の歪曲はやめてください!」
真実ですやん。
なーんかこの娘、夜之咲ちゃんに無駄な幻想抱いてる感があるよなあ。そんなに男の娘がええんか。ええのんか。
「こちらとしては目的も達成できたことだし、このまま一旦アジトに戻っても良いんだがな」
引き上げたメタルボーガーを見分しながら其辺が帰宅を提案する。
それはなるほど正論。夜之咲ちゃんならわざわざ援護せんでも勝手に戻ってくるだろうし、あまり長くここに留まるのもリスキーだ。
でも、やっぱ、こういうのって。
「――みんなで帰りたいよなあ」
「同意ですな。夜之咲殿は『フラタニティ』の大事な同志です故」
「帰る場所があるのだから、誰一人欠けることなく帰りたいもんだね」
付和雷同の俺達に、其辺は肩を竦める。
「大学のサークルかと見紛うヌルさだな。我々がやってるのは楽しい趣味やお遊びじゃないんだ。命がけの革命だぞ?」
だけれどその顔は、言葉面ほど硬いものじゃなかった。
なんとなく行間を察して俺は追言する。
「でもよ、今日び『革命』とか言っちゃう俺達って……かなり趣味的だよな」
「殴りたいですっ」
「なんで!?結構良いこと言ったと思うんだけど!」
「そのドヤ顔に全身全霊の一撃を叩き込んで二度と泣いたり笑ったりできなくしてやりたいですっ」
「山吹さーん!どういう教育してんだこの娘に!」
俺に向かって正拳突きの構えを放っていた山吹ちゃんが、急に奥歯に挟まったほうれん草に気付いた顔をした。
「――っ侵入者です!このビルの正面から小隊程度の人数が――全員武装してますっ」
広域に展開していた感知網に誰かが引っかかったらしかった。
窓の外は以前混沌としたバトルシーンの連続で、俯瞰してた俺に気取られない手練達だ。
「んなアホな、いくらなんでも早過ぎる。砲撃は場所がバレないように撃ってたんじゃねえのかよっ」
「運悪く弾を吐き出す瞬間を目撃されたのだろうな。あるいはあちら側にも探査能力者がいるかだ」
悠長に構えてる場合か。
ここに居るのは全員が非戦闘系だ。俺は身体強化があるから多少は戦えるが、こいつらを背に守り通す自信はない。
「問題ない。ここに辿り着かれる前に迎い撃てばいいだけのことだ。――道程君、すぐに出れるな?」
「ああ、体もいい感じにあったまってるし行けるぜ。夜之咲ちゃんが帰ってくるまで凌ぎきればいいんだよな?」
「それと退路の確保だ。できれば殲滅が望ましい」
「オーキードーキー。そろそろカッコいいとこ見せないとダメかなって俺も思ってたんだ。ちょっと行ってくる」
「真性殿!」
テラスを出ていこうとした俺に、朽葉君が声を投げる。
「こういうときに使える、とっておきの言葉があるじゃあありませんか」
「…………」
俺はなんとなく察して、心の中が楽しくなりすぎるのをどうにか抑えこんで。
咳払いのあと、テラス残留組の面々へ向かって言い放った。
「――ここは俺に任せて先に行け!」
【メタルボーガー鹵獲成功。夜之先ちゃんが帰ってくるまで撤退を中断。武装警備員を足止めして時間稼ぎ】
「ぐ!」
両手にくっついた電気鞭に反応できなかった事に刹那苛立ちながら、スペシウムを放って鞭の先端を破壊し拘束を引っぺがす
鞭から到達したエネルギーと、ゼロ距離から放たれたスペシウムのダメージが腕にきたが、幸いにも知名的なダメージではない
「勝負はこれか…!?」
瞬間、横合いから殺気を感じて飛び出すと、今までハイメタルボーガーがいた所を2体目のパワードスーツが放った熱線が打ち抜いてきた
(二体!?馬鹿な、そんな凄まじい組織力を持った組織がいるのか!?)
まさかのパワードスーツ2体の襲撃に動揺する宙野
更に無人の戦闘機械も出現し、戦況はどんどん悪化していく
「……本社に至急応援要請!」
切迫した事態に、武中の額にも汗がにじむ
「無数のヴィランにアイアンタイプ…オマケに住民の避難は完了していないとは…最悪だ」
想像する事ができなかった事の連続に、武中が焦りをみせはじめた、その時
<<こちら、石原だ。パーティはもう始まったようだが、
警備スタッフは足りてるか?いや、どうも足りないようだな。
こういう時は、市長の私も手を貸す他ない。
この私が、アイアンメイデンとして――!!≫
今度は予想できなかった援軍が駆けつけてきた
「な……」
突如現れた新型のアイアンメイデンの援軍に、宙野は一瞬うろたえたえたが、最早状況打開のために手段を選んでいる場合ではない程状況は切迫している事を察し、すぐに思考を切り替える
この機体は味方なのだ、と
「…市長!俺はあっち(セルゲイ)を相手する、市長は…」
【武中より市長へ、市長、2体を足止めして欲しい、宙野はその2体以外を攻撃するんだ】
「!?」
早速市長と力を合わせて戦おうとしていたところに入った武中の言葉に、宙野は思わず言葉に詰まった
適切な指揮ではない
自分と市長以外で、この機動兵器に対抗できる者はいないのだ
しかも1対1でも勝算は半々といった所なのに、2対1など…
【宙野】
動揺する宙野に、武中は断固とした調子で声をかけてきた
その真剣な口調に、宙野は思わず息を呑む
【もう、手段どうこうを言っている場合じゃない。…市長がその2体を食い止めている間に、他のヒーローを援護して手を空かせ、彼等と協力して事態を鎮圧しろ!】
次の武中の言葉に、宙野一瞬呆然とし…
次の瞬間、和明日の放ったグレネードをスペシウムで撃墜した!!和明日目掛け必殺のスペシウムを放った!
「了解しました!片っ端から雑魚を潰します!市長!!こっち頼みますよ!!」
手段を選んでいられない
状況打開のために、宙野はとりあえず面子や体面を捨てる事を選んだ
他のヒーロー達と戦っているヴィラン達は、今完全に宙野に対し失念している
和明日への攻撃の結果を見ず、宙野は次いで緑間に追い討ちかけんとする夜乃咲の足目掛け容赦なくスペシウムを発射した
>>195 会場へ向かう中、AIのマイケルが電子音声で緊急事案を石原へ伝える。
マスクの中の液晶ビジョンが、1体のメタルボーガーを強奪する一団の姿を
映し出す。
≪監視デバイスからです。ちょうどこの付近になります。
石原様が探されていたあの人物の姿も≫
そこにはあの矯正所の事件で逮捕され、現在は絶賛脱獄中の
真性童貞の姿があった。
噂には聞いていたが、どうやら彼はテロリストか強盗団だろうか。
そんな所に落ち着いているらしい。
石原はそんな事を考えながら上空でホバリングしながら彼らの様子を伺う。
>「でもよ、今日び『革命』とか言っちゃう俺達って……かなり趣味的だよな」
>「――っ侵入者です!このビルの正面から小隊程度の人数が――全員武装してますっ」
「革命か。随分と大きく出たもんだな。マイケル、援護するぞ。」
≪了解しました。目標、真性童貞含むヴィラン数名。
射殺または捕獲、どちらでも≫
アイアンジョーカーの右足から小型弾頭が姿を現す。
それは何故か警備小隊へ向けられていた。
≪石原様、目標警備小隊ですが宜しいですか?お間違いですは≫
「いや、それでいい。彼らを援護する。
革命家の皆さんを、だ。」
トリモチ式グレネードが小隊へ向け
発射され童貞達への攻撃を阻む。
「悪いな、今彼らに捕まってもらうわけにはいかない。」
身動きが取れない隊員達へ目潰し用の追撃、催涙グレネードが放たれる。
隊員達の動きを阻んだ後、アイアンジョーカーは童貞達の前に
降り立つ。
そして、手にしているメタルボーガーへ目を向けるが
攻撃する気配はない。
「お初にお目に掛かるかな?しんせいどうて……いや、失礼。
まさがみちのり君。それに革命家の皆さん。
私はこの街の市長だ。その鉄の塊だが、君達がどう
使うか楽しみにしてるよ。勿論、僕個人の興味だがね。」
≪石原様、通信が入りました。不知火重工からです≫
童貞達に右手を上げながらアイアンジョーカーは
再び飛び上がっていく。
やがて空気を切り裂き、その姿は空の向こうへ消えた。
≪石原様、宜しいのですか?≫
「多少のリスクは負うつもりさ。だが、賭けてみたい。
彼らの目指すものが、毒か薬になるか。
それは分からないがな。」
>>196 >「…市長!俺はあっち(セルゲイ)を相手する、市長は…」
>【武中より市長へ、市長、2体を足止めして欲しい、宙野はその2体以外を攻撃するんだ】
会場へ到着したアイアンジョーカーを待っていたのは凄惨な光景だった。
ヴィランとヒーローが占拠する会場に逃げ遅れた人々。
しかしアイアンジョーカーは冷静に答える。うろたえても状況は良くならない。
それを石原という男が何よりも理解しているからだ。
「了解だ。偽ヒーローとバカ社長は私に任せろ。
あぁ、あとこの通信を各警備隊へ――
この会場にいるヒーローと警備兵へ告げる。何よりも市民の避難を最優先しろ。
これは市長である私からの命令だ。ヴィランとの戦闘では無理はするな。
いいか、生きて帰れ。それが何よりもの優先事項だ――」
『貴様、生きていたのか!?まぁ、いい。直接引導を渡してやろう!」
〔よォよォよォ……石原ァ!!しぶといヤロォだなテメェはぁ!!〕
ウィリアムとセルゲイがアイアンジョーカー目掛け突進する。
凄まじいパワーの鞭がジョーカーの目前を掠めるが瞬時に掌の
リパルサーで反撃し破壊してみせる。
反対側から迫るリアクター・マモンの鋼鉄の拳がジョーカーの胸部を狙うが
悠然とそれを避けて見せた。
『バカな……ヴィランのダイヤの力を吸収したはずだぞ!!何故ヤツを捉えられん!!』
〔性能が上がってやがる……メイデンと同等かそれ以上かもなぁ……畜生め〕
鞭を破壊され後退するセルゲイとは対照的にウィリアムは
納得できない怒りを抱え、再びジョーカーへ飛び掛る。
しかしもう1度避けられ今度は鴉の意匠の部分を叩き蹴られ吹き飛ばされてしまう。
「何故だか分からないのか?本当に?そいつは残念だな。
確かにウィリアム、お前の考えたシステムは素晴らしいが
道具に使われてるようじゃダメだ。
それに、ハードに問題があるな。吸収したダイヤのパワーを
制御できてないようだ。何なら私が直してやろうか?」
倒れ込むウィリアム達を守るように無人機が集結していく。
「こちらアイアンジョーカー、石原だ。生き残っている
ヒーローへ告ぐ。私も手を貸そう。必ず、この戦いを勝利へ導く為に――」
ジョーカーは両手のリパルサーを展開し上空へ飛び上がった。
【ウィリアム、セルゲイに対し攻撃。生存するヒーロー達へ援護開始】
>「ちょっと……効いた、かも。」
避けられることを承知で放った蹴りは容易く腹にめり込む。
素人に走る電撃は決定打足りえないもののそれなりのダメージを与えたはずだ。
そして一呼吸間を置いてバスタードの毒の炎がスカイレイダーの真横を突き抜ける。
「毒……!?そこまでしなくてもいいじゃないですか!」
しかし毒ではどうしようもない。素人が炎を避けることを祈りながら
追随するように拳を振るおうと身体を動かそうとした瞬間、叫び声が響く。
>「ママァ!!」「雛ちゃぁん!!誰かぁ!!誰か助けてください!!」
助けを求める親子を前に慌てて攻撃を止め、助けに向かおうとするが既に遅い。
攻撃の動作に入っていたせいで無人機の動きに一手遅れてしまう。
しかしそこにあったのは。
バスタードの放った攻撃や無人機の攻撃を食らい、傷つきながらも親子を守る姿。
素人の一貫性のない行動を前に、
地の甘い性格と皆を一人でも多く助けたいという焦燥感がぶつかりあった結果として
スカイレイダーは沈黙し、次はどうすればいいのか、本当に戦うべき相手なのか逡巡としている。
一瞬の迷いを狙い済ましたように背後から虎のような影が伸びる。
後頭部の眼球が影を捉えるものの、対応にまでは至らなかった。
割れるような音と共に爪が刺さり、倒れたスカイレイダーを地面に引き摺ったまま走り抜ける。
刺さった爪は装甲で止まっているものの爪が身体に到達するまで時間の問題だった。
更に爪が食い込もうとしたその時、スカイレイダーの周囲に紫電が巡る。
高圧電流を浴びた虎が怯んだ瞬間に身体を捻って地面を転がりながら脱出に成功した。
電気を腕や脚に帯電させて攻撃するのではなく単純に周囲に放出したのだ。
体勢を整え、八つの眼球が周囲を見渡し状況を把握する。
>「君、やるね。でも、次はどうかなぁ。君の大切な人を、殺すかも。」
素人の台詞と共に氷柱と化したシャンデリアが避難中の女性に向かうように落下する。
反射的に身体が動く。自分の目の前で誰も傷つけさせて堪るか。
改造人間となり、人でなくなった頃の映像が歪んでオーバーラップする。
「何やってんだアンタ一体!そんなことさせる訳ないだろ!」
バスタードの能力を全て把握した訳ではないが、恐らく出力はあまり高くない。
どの程度までかは判然としないが巨大なシャンデリアの氷柱を受け止めるだけの力は出せないだろう。
しかし受け止めきれないなら受け止めれる程度の大きさまで砕いて小さくすればいい。
「バスタードさん、砕いて小さくしますから後はお願いします!うぇぇぇぇいッ!!」
未だ電撃に狼狽している虎を掴み一本背負いで力任せに氷柱目掛けて投げ飛ばす。
中空にて激突する虎と氷柱は互いに砕け、バスケットボール大の破片が次々と落下していく。
幸か不幸か周囲に女性以外の人はおらずバスタードも対処し易いだろう。
砕け散る様子を見届けた後翻り素人と向き合う。自然と足が動きスカイレイダーは駆け出す。
平然と誰かを殺そうとした姿に、天秤が甘さよりも“本来の目的”に傾いたからだ。
戦うかどうか迷ってる内に誰かが傷ついたら、何の為に戦ってるのか分からなくなる。
馬鹿の一つ覚えのように、電撃を纏った渾身の拳が素人に放たれる。
【伊達さんにまたもや余計なお節介。次くらいで戦闘終わらせたいな…みたいな】
>「貴方は……一つ根本的な勘違いをしています。私の正義?私の心?馬鹿馬鹿しい。
私は正義に傅く者。正義とは私一人如きが抱える物では無いのです。そして……」
着物の女の子――縁間沙羅が言っている事は、泡野姫子にはよく分からなかった。
だが同時に姫子は直感的に、縁間から身の竦むような冷たさを感じていた。
『ヒーロー』とはかけ離れた、寒々しさだ。彼女は確かに正義に則り、正しい事をしているのに。
(……何でだろう。あの人からは……優しさが感じられない……)
だが――今はそんな事を気にしている場合ではない。
動かなくては一般人が、愛すべき善良な人々の命が奪われてしまう。
考えている暇など、無い。
>「そこの貴女……名前は存じませんが、力を貸して下さい」
>「私は今からあの嵐を防ぎます。ですが予測の出来ない事態や余波はあり得るでしょう。
> ですから貴女には、それらから人々を守って下さい。出来る限りです」
返事をする余裕は、姫子には無かった。切迫した表情で頷きだけを返す。
自分に出来るのかと募る不安を、頭を大きく左右に振って払い飛ばした。
(出来る、出来ないじゃないよね……。私がやらなきゃ、みんなが死んじゃうんだ)
視線を泳がせる。邪悪に染まり果てたアイアンメイデンの姿が見えた。
見るからに偽物なのだが、やはり姫子には気付けない。
ただ反面教師として己を鼓舞する為に、彼女は無意識的に偽メイデンを探していた。
泡野姫子は、アイアンメイデンを羨んでいた。誰しもに愛し愛される事の出来るアイアンメイデンを。
姫子は風俗嬢だ。皆が彼女に愛を贈り、だがその中に本物の愛はない。
自分は誰からも愛されていない。そう思い、悩んでいた。
(だけど、それは私も同じだった。みんなに愛を配る私もまた、誰も愛せていなかったんだ。
だから今、ここで私はみんなを愛してみせる!みんなから愛してもらえるように!)
決意と同時、虫が飛来して、また這い寄ってくる。
凶悪な姿をした虫だった。その悍ましい姿を見て、彼女は一瞬怯む。
表情を曇らせて、彼女は身を翻す。一見すれば意気を挫かれ逃げ出そうとしているように見えるだろう。
だが違った。彼女は自分の背後にいた学生服の青年を、庇うように抱きしめる。
彼女の頭に、この虫が一体誰の仕業なのかなどと言う考えはない。
ただ青年を守りたいと言う気持ちだけが、彼女を動かしていた。
『発泡美人』で全身を微細な泡で覆う。
虫の攻撃は鋭いが、異能の泡がそれらを受け流していく。
(虫って……洗剤をかけると死んじゃうんだっけ。先輩から聞いた話では、確かそうだった。よし……!)
異能の泡が、姫子の周囲に舞い上がる。
押し寄せる虫達は細やかな泡に触れると失速し、やがて動かなくなり床に転がっていった。
虫の群れが一段落つくと、姫子は立ち上がった。そして目の前の青年に語りかける。
「怪我は……無いみたいだね、良かった。今のうちに逃げた方がいいよ。ここは危ないから」
青年の安全を確かめた彼女の表情には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
しかしその笑みは長くは続かなかった。
今の彼女は着物の女の子が出現させた門の向こうに聳える嵐を、険しい表情で見上げている。
嵐に巻き込まれた物が幾つか、彼女の傍に落ちてきた。
――それは縁間の重力が消失し、夜之咲への求心力が弱まったからだが、やはり姫子には関係の無い事だった。
巻き込まれた物の内、重量のある物は嵐の周辺に落ちている。
だが軽い物はより遠くまで飛んでいく。会場の出口で足止めされている一般人達にも届きかねない程に。
(泡じゃ防げない。……だったら!)
躊躇なく、姫子は飛んだ。全身を泡にして浮遊し、嵐を飛び出した椅子やパチンコ玉、ガラスの破片の前に出る。
泡化を解除して、今度は実体の表面を泡で覆った。彼女に触れた物はどれも、滑り軌道が逸れていく。
高速で飛来した物体の威力は完全には逸らし切れず、彼女は打撲や切り傷を幾つも負う。
けれども彼女は気にしない。がむしゃらに、飛んでくる物の前に飛び込み、防いでいく。
そうして何とか、姫子は一般人への被害を食い止めた。
(あとは……あの着物の女の子が嵐を止めれば、みんなが逃げ切れる。守り抜ける!)
全身を襲う打撲の鈍痛と切り傷の鋭い痛みに表情を苦くしながらも、姫子は眼下の縁間の様子を見る。
己の投げつけた死体がドリルに貫かれるのを見て、猪狩は口元に笑みを浮かべた
そこらの悪党などよりも遥かに邪悪で、歪みきった笑みを
もっとも、その笑みは包帯の影に隠れて誰にも見えないのだが
「おいおい、俺は持ってろと言ったんだ。死体損壊は立派な犯罪だぜ?」
和明日に対して皮肉を言うも、死体からドリルを抜くのに夢中で聞こえていないらしい
そこで猪狩は少し残念そうにして、和明日と戦っていた二人のヒーローに視線を向ける
「さて……苦戦してるようだな、ヒーロー? 何なら手を貸してやろうか?」
相手を嘲るような声色と明らかな上から目線で、二人のヒーローに共闘を持ち掛ける
とても相手に好感を与えられる態度ではないが、それが猪狩の基本姿勢なので仕方がない
「まぁ俺はどっちでも構わんがな、たかが3対1か2対1対1かの違いだ」
『べ、別にアンタらなんかと一緒に戦いたくなんかないんだからね!』
などというテンプレ的なツンデレではなく、猪狩は割と本気で言っていた
仮に断られたとしても、結局は和明日が共通の敵であることには違いない
結局の所、合意の上の共闘かどうかの違いしかないのだ
>「あーあ、寂しいなぁ。傷ついちゃうなぁ。うーん、もっと大騒ぎしなきゃ駄目なのかなぁ」
「……おっと、来るぞ」
和明日の両腕が銃器に変化したのを確認するのと同時に、猪狩は会話を一方的に打ち切った
左手に持っていたトランクを手放し、地面に落とす
予備の義肢は必要だが、戦闘が始まれば邪魔にしかならない
そこらの雑魚相手ならいざ知らず、目の前のヴィランは舐めてかかって勝てる相手ではない
流石の猪狩も、それは理解していた
>「ところで子供ってさ、大人に構ってもらいたい時にわざと悪い事をしたりするよねー。
> でもそれを本気で怒る大人はいないだろ?可愛いもんだなあって済ませるのが普通だよね」
「あぁ? 何を訳の分からないことを……ああ、そういうことかよ糞野郎」
和明日の言葉の意味を理解できず、猪狩は適当な挑発で返そうとした
しかし銃口の向かう先を確認すると、今度は忌々しげに呟く
銃口の向かう先にある物、それはヒーローではなく……出入口に殺到する一般市民だった
「ああ、お前らはいつもそうだ……手前勝手な欲望で罪のない人間を……畜生が」
今朝の夢の内容が脳裏にフラッシュバックし、猪狩はボソボソと和明日を非難する言葉を呟く
しかしその言葉とは裏腹に、彼は和明日の凶行を止めようとはしない
ただ深く腰を落とし、殺意に満ちた目で和明日を睨みつけるだけだ
>「だから僕がこれからする事も、可愛いもんだで許してくれるよねー。
その言葉が耳に届くと同時に、猪狩は渾身の力で地面を蹴り出す
向かう先は当然、和明日と一般人とを結ぶ射線の間……
「悪いが、俺の教育方針とは違うな」
ではない。猪狩はただ一直線に和明日との距離を詰める
放っておいてもシーフと太田が勝手に助けるだろう、という打算もある
しかし、もし仮に彼らがいなかったとしても、猪狩は同じ行動を取っただろう
猪狩礼司という男にとっては、ヴィランを始末することだけが勝利条件なのだ
「俺はスパルタ教育でな、テメェみたいな悪ガキには……ゲンコツだ!」
足から膝へ、膝から腰へ、腰から肩へ
合金の手足の力を余さず使い切った渾身の拳、これを食らって無事なヴィランなどそうはいないだろう
(……殺った!)
猪狩が勝利を確信し、拳を振り抜こうとした所で……
横合いからの激しい光が、猪狩の右腕を吹き飛ばした
「がっ……何だぁ!?」
和明日から距離を取って周囲を見回すと、新型のメタルボーガーを見つけた
他のヴィランに対しても、似たような光線を放っている
「あの野郎、邪魔しやがって……」
憎々しげにメタルボーガーを睨み付けながら、猪狩は壊れた右腕を切り離す
そして、おそらく光線の直撃を受けたであろう和明日に視線を向けた
【物凄く遅くなってしまってすいません……】
闇に覆われた嵐の球体の中、オレは外の様子をずっと観察していた。
中から外への光と音は遮断されているが、外界からの光を遮っている訳じゃない
だから、引力によって身を僅かずつ抉ってくる痛みをこらえながら反撃の用意もあったにはあった。
だと言うのに対峙したヒーロー二人のとった対策は・・・・・・
「(ただ、己や一般人をわずかに守る為の備え。まぁそれもアリっちゃアリだけどな)」
眼前に現れた鉄扉・・・巨大な防壁だ。しかもこちらにかかる引力も消えうせた。
泡使い(?)の方はまるっきり、こちらをどうこうするつもりは無さそうだ。周りの人間を守る構え。
同時にオレのやる気も失せた。こんなのがヒーローならわざわざ仕掛ける理由もない。
【こんなヒーローもどきはオレの敵にはなりえない】
嵐が門に衝突し、引力を失った人や物が荒れ狂い・・・やがて何事もなかったように止まった。
嵐の中の闇は消え、その中心点でオレは傷ついた服も体も気に留めず腕を組んで見下ろす。
物理的に見下ろす事は出来ないが。
「あーもう、やめだ。やめ。こっちももう目的は果たしたしな。
そんなんじゃオレや、他の連中の意思・目的を阻止なんかできやしないぜ?
祭りもいま少し盛り上がりそうだが、こっちが盛り下がった以上付き合う義理もないしな。
喜べよ、もうこれ以上犠牲は出ない・・・少なくとも現時点オレを加害者としては、な?」
そう言ってオレは右手を掲げる、その手の中には先ほどから外界からかき集めた光が凝集している。
最後に赤い着物の女に言葉を向ける。
「お前が信奉する正義もまた正義だけどな・・・お前はヒーローなんかじゃない。
お前の力は一般人どもの身体・生命・財産は守るだろうさ。だけどな・・・・・・
お前では【ヒトの心が救えない】、そんな奴はヒーローとは呼ばれねぇよ。じゃぁな、二度と会いたくないね。」
右手に集まった光が一気に莫大な光量を解放、閃光手榴弾のような光が周囲を席巻する。
十数秒の光が収まった時、既にオレは得物を回収して会場の外に出ていた。
所定の脱出経路を辿って行くと、トリモチに捕まった警備の小隊やら他のフラタニティの面子やら・・・。
「『大した歓迎だな。お使いも終わったし、とっとと帰ろうぜ』」
台詞は出発前と同じ軽薄そのものという調子だが、声色と瞳だけが冷気を感じるほど冷え切ったものになった。
あぁ、オレの敵といえる奴はいるのか?全く、戦うならヒーローとやりたい。
【『門』に多少攻撃を防がれたところで嵐を解除。
縁間に向けて捨て台詞を吐いて、閃光に乗じて逃亡する。
後、フラタニティメンバーに合流】
>「さて……苦戦してるようだな、ヒーロー? 何なら手を貸してやろうか?」
太田は迷っていた。対峙するヴィラン、和明日灯は強く、何よりも悪に貪欲だ。
一方で自分はつい数時間前に能力を手に入れたばかり、制御もまだ上手く出来ない。
協力してもらえると言うのは、本来なら喜ばしい事だ。
だが手を貸すかと申し出た闖入者、義肢の男は初め――死体を投げていた。
自分で殺めた者なのか、そうでなくても死体を武器にするなど、認められる訳がない。
ヒーローへの憧憬でも何でもなく。それが普通の、それが『一般人の当たり前』な感覚だ。
>「まぁ俺はどっちでも構わんがな、たかが3対1か2対1対1かの違いだ」
答えられずにいる内に、義肢の男は一人合点していた。
太田は思わず歯噛みする。ヒーローなら、毅然と断るべきだった。
だと言うのに自分は、自分の弱さを顧みてそれが出来なかったと。
胸の奥が悔しさと情けなさで締め付けられて、彼は目を細めた。
>「あーあ、寂しいなぁ。傷ついちゃうなぁ。うーん、もっと大騒ぎしなきゃ駄目なのかなぁ」
煮え切らないまま、それでも状況は変動していく。
悪意は待ってくれなどしない。
>「ところで子供ってさ、大人に構ってもらいたい時にわざと悪い事をしたりするよねー。
> でもそれを本気で怒る大人はいないだろ?可愛いもんだなあって済ませるのが普通だよね」
「っ!お前、何する気……」
>「だから僕がこれからする事も、可愛いもんだで許してくれるよねー。
直後に、和明日灯の両腕が重火器に変貌する。
銃口が向く先は、太田ではない。『シーフ』でも義肢の男でもない。
二人のヒーローの後ろにいる一般人達だった。
和明日灯の浮かべる途方も無い悪意を宿した無邪気な笑みが、太田を戦慄させる。
いや、それ以上に凶悪な造形の黒光りする重火器が、彼を恐怖させた。
撃たれれば、間違いなく死ぬ。死への恐怖はヒーローへの憧れを踏み躙れる程に強大だった。
(……だけど、僕はヒーローになるんだ。だったら……アレくらい……)
恐れてはならないんだ。
心ではそう思っていても、足は一向に動かない。床から離れようとしない。
「……『念動細工』ッ!」
苦肉の策で、太田は床を粘土化して捲り上げる。
床の石材に壁の魂を与え、防壁とした。
だがこれはあくまで狙いが自分のすぐ傍だったから出来た事だ。
もしも和明日灯が気まぐれを起こして狙いを逸らせば、一般人は容易く撃ち抜かれてしまう。
そして太田には和明日灯が狙いを変更するかどうか、視認出来ないのだ。
自らが作り出した壁によって。
【遅れてすいませんでした。自分と自分の背後は守れる程度の壁を作りました】
>「毒……!?そこまでしなくてもいいじゃないですか!」
「……黙ってなよ。アイツは人殺しなんだぜ。殺さなきゃ、いつか大事な人を殺されるんだ」
日比野には目も向けず、バスタードは忌々しげに吐き捨てる。
彼の視線の先で、素人英雄はまだ生きていた。
一呼吸置いて、再び毒の属性が掌の上に舞い戻る。
素人英雄を射抜く眼光が一層、殺意の色に染まり研ぎ澄まされた。
冷たさを帯びる表情とは裏腹に、心臓は異常な高鳴りを始める。
人を殺す、それは伊達一樹にとって酷く重い物だった。
当然だ。彼はただ自分の親しい人間が守りたいだけの、極普通な人間なのだから。
(それでも、殺すんだ……。でないと……!)
毒を付加した刃を手中に構築する。
強く握り締め――だが日比野の言葉が脳内にリフレインした。
(そこまでしなくてもいいじゃないか?僕だって殺しがしたい訳じゃない。でも、仕方ないじゃないか……!)
ここで殺さなくてはいつか無差別な殺人の範囲内に、親しい人達が取り込まれる。
重苦しい義務感と殺人への抵抗が衝突する。
バスタードの歩みが葛藤の泥濘に沈んで、澱む。
>「早く、逃げて。僕は、ヒーローだから。」
更には不意に素人英雄が見せた身を挺しての人助けに、バスタードの足は完全に止まった。
思考も停止する。意外と驚愕だけが彼の意識を支配する。
>「君、やるね。でも、次はどうかなぁ。君の大切な人を、殺すかも。」
故に、バスタードは出遅れた。巨大な氷柱が逃げ遅れた女性目掛け落下する。
大切な人、その単語が耳に届いた瞬間、バスタードは駆け出していた。
氷柱を防ぐ術など頭に無かった。自分の命が失われる可能性すら、度外視していた。
ただ、失ってしまったら二度と戻らない。その事実が弩のように彼を弾いていた。
>「バスタードさん、砕いて小さくしますから後はお願いします!うぇぇぇぇいッ!!」
日比野の声も、バスタードの耳には届いていなかった。だが起きた現象は視界に映る。
氷柱が砕け、大小様々な氷塊に成り果てて散らばった。
無心のまま、反射的にバスタードは確信する。助けられると。
掌の上にある全ての力を、床を蹴る足に注いだ。持てる限りの速度で、氷塊の雨の中を駆け抜ける。
氷塊の一つが、彼の側頭部を掠めた。視界の半分が黒に染まって、体勢が揺らぐ。
倒れそうになる身体を無理矢理起こして、バスタードは跳躍する。
女性を抱え上げ、氷塊の殺傷可能範囲を走破した。
「……怪我は!怪我は無い!?母さ……」
間髪入れず、バスタードは焦燥に塗れた剣幕で腕の中の女性に問い掛け――
だがその女性が自分の母ではない事に気が付いた。母よりも随分と若い、見知らぬ女性だった。
考えてみれば当たり前だ。バスタードは自分が伊達一樹である事の隠匿を徹底してきた。
素人英雄に彼の母が誰なのか、知る事など出来る訳がないのだ。
ただのイカレ頭の戯言だったのだと、緊迫の中でバスタードは気が付いた。
「……あー、いや、大丈夫だったかい?さっさと逃げなよ。
君には僕の勇姿を語り継いでもらわなきゃならないからね」
戸惑いながらも精彩を欠いた軽口を叩いて、彼は言いかけた言葉を誤魔化す。
女性を逃がし、誰にも見せないように安堵の吐息を零した。
肺腑が空になってから、彼は心身共に消耗したまま周囲を見回す。人質はもう大分逃げ果せていた。
「……僕が後どうにかすべきなのは、君だけだ。自分がヒーローだって?笑わせるなよ、君はただの人殺しだ」
振り返り、バスタードは素人英雄を睥睨する。
掲げた掌に毒を付加した雷を迸らせる。
炎よりも更に深く全身を駆け巡り、毒を残していく紫電を。
「君はいつか、僕の大事な人達を殺すだろう。だから僕は今ここで、そうなる前に君を殺す」
言葉と共に、バスタードは更に属性を重ねる。
力の象徴である火で雷を強化して、殺傷力を高めた。
そして日比野の拳に合わせる形で、バスタードは猛毒の雷を素人英雄へと放つ。
【ラストアタックです。結果がどうあれ、そろそろ撤退します。あと遅れてすいません】
いざ出撃せんとばかりにテラスの扉を開くと、待機していた武装警官の小隊と目が合った。
奇襲するべく潜んでいた連中と、それを秘密裏に迎撃しようとしていた俺。
両者が両者ともに意図せぬ邂逅。DIO様に時を止められたかの如き硬直から真っ先に復帰したのはやはりプロ。
「げえっ!」
間髪入れずに撃ってきた。思わず横っ飛びに回避する。無数の弾は俺のうなじを掠めてビルの防音壁に埋まった。
俺はたまらず這いずりながら後退し、せめて仲間たちに流れ弾が飛ばないよう築いてあったバリケードに隠れる。
マズいな……完全に出鼻を挫かれた。俺ちゃんってば勢いに乗らなきゃただのヘタレだってのに。
>「いや、それでいい。彼らを援護する。革命家の皆さんを、だ。」
そのとき、窓の外から何かが降ってきた。大量の、鉛色をした固形物。
それらは俺ではなく――対峙していた武装警官達を狙い過たず襲撃し、気付けばトリモチ状の内容物で彼らを戒めているじゃあないか。
「な、なんだあっ!?」
俺はただただおったまゲーションで、進行していく事態に振り回されることしかできない。
そこへ更に駄目押しの催涙弾が放りこまれ、
「いだだだだだ目が!目が!」
俺も被害を受けた。
涙目になりながらどうにかガスマスクを探り当てて被り、見れば地獄絵図の武装警官達と俺との間に大きな影が舞い降りる。
それはメタルボーガーとは別のパワードスーツ、対異能者戦用の戦闘重機。
>「お初にお目に掛かるかな?しんせいどうて……いや、失礼。まさがみちのり君。それに革命家の皆さん」
「その間違え方すんのはアンタで100万人目だよ!い、いやそれよりも!なんで俺たちのことを……?」
この街の市長がヒーローも兼任してるってのは周知の事実だ。都市の特殊性の所以にもなってる常識中の常識。
それはともかく『フラタニティ』の存在と、構成と、目的がバレてるってのが問題だ。なんで漏れた?どこから漏れた?
「『指向性集音器』だ道程君!彼らはこのビルに気付いた時点で会話の傍受をかけていた!」
其辺の指摘でようやく合点がいく。えらく愚直に攻めて来るなと思えばそういうことか。
指向性集音器。原理は聴診器の凄い版みたいなもんで、ある限定した方向の音声を集める機械がある。
上手く範囲を絞れば1キロ先で落とした針の音も聞き分けられるって優れものだ。
すなわち、突入そのものが陽動。揺さぶりをかけて情報を引き出す戦術なのだ。
そのわりに仲間割れぽい行動が目立つのは、まあヒーローといえど一枚岩ってわけじゃあないんだろう。
「どちらにせよ新手は新手!こーなったらマジで俺が喰い止めて……」
>「私はこの街の市長だ。その鉄の塊だが、君達がどう使うか楽しみにしてるよ。勿論、僕個人の興味だがね。」
と。新手のパワードスーツは爽やかに右手を挙げて、颯爽と窓の外に飛んでいった。
後に静寂と、暗闇と、トリモチでゴッタゴタにされた涙目一個小隊を残して。
「完全に良いところ持って行かれたな、道程君」
「…………」
かっけー。
なんだかもう、モブ以下の扱いな俺。それに憤慨するのも小物臭をグっと強める気がして、黙らずにはいられなかった。
沈黙は金雄弁は銀とは言うけれど、無口と閉口はやっぱり違うのだ。そこには大きな貴賎がある。
「ふふふ頭の悪いモノローグ垂れ流さなくても言いたいことは伝わりますぞ真性殿。オールハイル無口娘、そうで御座ろう!?」
「にわか臭い趣味に同意を求めるなよなあ」
俺はおしゃべりな娘のほうが萌えるよ!
さて閑話休題もそれぐらいにして、展覧会のほうでの戦闘もだいいぶ煮詰まった感じになってるようだ。
>「『大した歓迎だな。お使いも終わったし、とっとと帰ろうぜ』」
「お、夜之咲ちゃんじゃんお疲れさん。みんな待ちくたびれてんぜ」
無事帰還した夜之咲ちゃんを生暖かく迎え入れる。
どうにも戦闘直後で気が立っているのか雰囲気の節々に薄ら寒いものを感じたが、まあそんなものだろうとスルー。
俺にはどうしても通さねばならない提案があった。
「――焼肉行こうぜ!」
みんなで一丸となって一つのことにあたって、それが無事成就した。
この国の一般常識社会風俗に照らし合わせるならば、上記の事項は打ち上げパーティーの開催事由に該当する。
とどのつまりこの達成感が余韻を残すうちに、美味しいもの食って愉快な歌を歌い素敵な思い出に残したいのだった。
べ、別に灰色のまま過ぎ去った青春を取り戻したいとかそういうんじゃないんだからね!
決をとったところ其辺は決定権を俺に委ね、三人組は概ね賛成で、夜之咲ちゃんは有無を言わせず俺が引っ張ってった。
みんなでどこに食いに行こうか相談しながら、固まったままの武装警官の傍を過ぎ、
爆裂音や悲鳴の上がる展覧会場の正面を素通りし、
逃げ遅れた人の血や肉や骨とかを踏まないように歩き抜け、
駆けつける救急隊に邪険にされながら美味しいと評判の焼肉屋へ向かった。
酷く吐きそうになったけれど、大丈夫。すぐに都合の良いものしか見えなくなるから。
悪者はいつだって、目的以外は視野に入れない。人の死体を見たあとに焼肉だって食べられる。
俺も其辺も夜之咲ちゃんも、もちろん中学生の山吹ちゃんだって。ビルに集ってパチンコ玉飛ばすだけの組織なんかじゃなく。
――ブラックダイヤに見染められ、魅入られた、正真正銘のヴィランなのだから。
俺たちの日常と非日常とは、そのままの意味で地続きなのだ。
だから大丈夫。きっとすぐ慣れる。今は三歩ごとに道端でゲーゲーやる山吹ちゃんと、その背をさする山吹さんが涙目でも。
隣でブルブル震えてる朽葉くんが真っ青でも、何よりさっきから俺の足がアスファルトと癒着したみたいに動かなくても。
俺たちは、死んでも焼肉を喰いにいかなきゃいけないんだ。
切実にそう思った。思い立ったらすぐ実行だ。棒を通したように固定されてしまった膝を拳で殴り、殴り、殴り。
殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り動けよ!!
「仕方ないな」
バチっと音がして、急に視界がクリアになった。其辺がおもむろに俺の首筋に指を突き立てたのだ。
その途端、嘘のように足が進みだした。食欲が増進し、猛烈に焼肉が食いたくなった。
「焼肉食うぜ食うぜ食うぜ!!」
「「「おおっ!」」」
同じく其辺にツボを押された面々も目にハイライトが戻って俺の激に応じる。
全員前しか向いていなかった。俺も前だけ向いていたかった。目に映る全てが綺麗に見えて、世界が素晴らしいもんだと錯覚する。
そう、錯覚だってわかってる。でも綺麗なんだ。道行く人の目玉の全てが虹色で、不自然に白い歯を輝かせている。
綺麗だなあ美しいなあお腹すいたなあ焼肉食べたいなあ、ああもう着くじゃないか。着きます。入ります。はい、禁煙席で6名様でっす。
ふらふらした足取りで座敷席へ案内され、おしぼりとお冷が回ってきたところで妙な酩酊感は途絶えた。
ついでにさっきまで胸の奥につっかえていたもやもやと、脳裏に焼き付いた死体と悲鳴に変な靄がかかって、上手く思い出せなくなっていた。
重大な伏線なような気もするけどまあいいや。どうでもいいや。丁度いいや。いらない記憶だ。ゴミ箱にドラック&ドロップだ。
「んじゃーみんな、今日はお疲れ様でしたーっ!」
幹事の俺が音頭をとって、運ばれてきた生3つとコーラ3つで乾杯する。
別にヴィランだし未成年飲酒も辞さなかったけれど、朽葉君はともかく山吹ちゃんと夜之咲ちゃんは見た目が若すぎる。
店員の販売拒否を押し切ってまで余計なトラブル背負い込むこともないのだ。
「それでは本日のMVPである夜之咲ちゃんから一言ーっ!」
なーんてムチャぶりもしちゃう。お酒入ってるからね!
俺も高校の頃はよく親戚のおっさんに晩酌をさせられて酔っ払い相手のめんどくささを痛感したけど、
しかしいざ絡む方に回ってみるとこれが意外なほど楽しい。ウザがられつつも悪酔いしちゃうおっさん連中の気持ちもわかる。
しかも!それが見た目美少女の夜之咲ちゃんであるならまた格別!最高だ……っ!!生物学的には合法だしね!
「さて、酒の席で話すのもはばかられるが……次の任務についてだ」
ほどよく盛り上がったところで其辺がボソリと切り出した。
その頃には俺ちゃんの席の前には中ジョッキとカクテルグラスの山が形成されており、カルビの皿が塔になっていた。
もののついでに絡んだ山吹ちゃんに『おっさん臭っ』と密かに気になっていた加齢の兆候を看破されへこんでいた俺。
この娘、もっと加齢臭漂ってそうな父親にはべったりで酌してやがる。今時にしては気持ち悪いぐらいの仲良し父子だ。
「おっ、次はどこに喧嘩売るんだ?」
「それなんだがな」
其辺は一旦言葉を切り、枝豆を口の中に放りこんでビールを流し込みながら、えらく歯切れの悪い口調で答える。
「しばらくは特に予定がないんだ。目ぼしいイベントがあるわけでもなく、目立つ組織が居るでもなく。
鹵獲したメタルボーガーの修理と調整もせなばならないし、向こう三ヶ月ほどは動きようがないな」
「あらま。そうなの?」
こいつは予想外だぜ。
一度国家転覆と決めたからにはもうノンストップでイベントの連続連続、伏線に次ぐ伏線で2クール構成なもんだと。
「現実はそう容易くまかり通るものではないよ真性君。何事もコストとパフォーマンスの折り合いをつけて慎重に臨まねば」
経営者が言うと説得力があるなあ。とはいえ俺も大学では消費社会学を学んでた身だ(中退したけど)。
ホイホイ行動を起こすのにも相応の準備とリスクのマネジメントが必要だってことは理解できる。
「じゃあ、しばらくフラタニティはお休みというわけですか?」
「いや、そういうわけにも行くまい。だから次の任務は道程君、幹部の君が決めろ。
フラタニティとして、革命結社として。――この国の為に何を為すべきかを考えるんだ」
「え−っ!お、俺かよっ!?」
いきなりネタを振られた芸人のような狼狽っぷり。なんてったって主体性のなさに定評のある俺ちゃんだ。
いままでは其辺の指示で万事そつなく終えてきたけれど、事態の主導権は俺の身に余るシロモノだ。
でもまあ、幹部として頼りにされるってのもなかなか悪くない気分だ。みんな期待に満ちた目で俺をみているし、
ここはいっちょビシっとズバっと名案を出してみんなに尊敬されてみよう。うーん、この国の為ねえ。
「――女子高生を襲撃したいなあ」
「おもいっきり自分の為の欲望が出てますぞ!?」
はっ!思わず幹部としての権限を私利私欲に使うところだった!
いかんね人間権力を持つと心が腐る。どれだけ大志に燃えた政治家だって汚職をする。おもいっきり偏見だけど。
「わたし、自分が女子中学生であることをこれほど誇らしいと思ったことはないです……」
「誇らしい!? 良かったとかじゃなくて?どんだけ段階すっ飛ばして拒絶されてんだ俺!」
ごほん、と咳払いをして仕切り直す。この白眼視な状況を切り抜ける。
「いやね、俺たちテロリストじゃん?この国でテロリストって言ったら大衆のイメージ的にやることは一つだろ」
「――『授業中にテロリストが学校を占領』。こういうことでありますな?」
流石は朽葉君、非リア充としての一般教養にそつがない。
そう、誰だって妄想したはずだ!退屈な授業中とかに!テロリストが乱入してこの糞つまらん日常を壊してくれたらなって!
そんでもってあわよくば俺がかっこ良く撃退してクラスのみんなに一目置かれたいなって!
「ええー……男の人ってみんなそんなこと考えてるんですか?」
「黙ってろ女子中学生!」
ロマンを介さぬ女子供はすっこんでろ!とまでは流石の俺ちゃんも言えないので、代わりにほどよく焼けた牛タンを山吹ちゃんの口に押し込んだ。
山吹ちゃんはぎゃっちい!なんて悲鳴と感想を組み合わせるという器用な日本語を披露して畳に倒れこんだ。しばらくはこれで黙るだろ。
「つまり、そういう願望の持ち主は石を投げれば当たるぐらい存在してるってわけだ。
そんでもって高校生ってのは中学生に次ぐ多感な時期……言わば浮遊票。こいつを回収しない手はないぜ!」
ブラックダイヤは無数に降り注いだ。つまり未覚醒状態も含め、同世代の人間の多数集まる学校って施設は異能者が集まるのに都合が良い。
十中八九、下手したら全校生徒の何割かが。何らかの形で異能に関わってる公算が高いのだ。
そこを刺激してやる。ヒーローが炙り出されれば各個撃破、まだどちらにも傾ききってない浮遊票をヴィラン側に招き入れる。
……その為の舞台装置として、俺を悪役にした三文芝居を打とうってわけなのだ。
そしてこの茶番の主人公、ヒーロー役は……夜之咲ちゃんに担ってもらおうと思う。
「夜之咲ちゃんは休学中だったよな。幹部命令だ、復学してくれ。ああいや、復学でなくても登校して机に座っていてくれるだけで良い。
ターゲットたる高校生共には大した違いにならないからな。そんでもってテロリストに扮した俺たちが授業中に襲撃し、占拠する」
邪気眼バリバリの妄想が現実になったとき、きっと思春期は異能を開花させる。
結果が善であれ悪であれ、世界は変わる。堅牢で堅実な現実の土台をぶち壊し、穿ち抜く。
「さーて次回のヒーローTRPGは!第二話、作戦名『思春期異能者一本釣り』ッ!!」
戦闘活劇なんでもござれ!でも痛いのだけは勘弁な!
あらゆる意味で。
【展覧会場から帰還、夜之咲ちゃんを強引に誘って祝勝会】
【次回の任務として高校襲撃を提案→休学中の夜之咲ちゃんに手引きのための登校を要請】
コンクリ製の魔女っ子は床材を隆起させて致死の弾幕を防いだ。
弾丸は巨大な石壁に阻まれて、彼の命には届かない。
だがヒーローとしてはお粗末過ぎる防御法だ。
和明日灯がほんの少しの悪意を働かせて銃の標準を逸らせば、最悪の結果が訪れてしまう。
そしてコンクリ魔女っ子にはその瞬間を認め、阻止する事が出来ないのだ。
「あれれー?いいのかな?そんな防御の仕方で。うわーこれは危ないなぁ。もし僕が手を滑らせたら大惨事だ。
責任重大じゃないか。よして欲しいなぁ。僕はこう見えて小心者なんだ。緊張のあまり手が震えちゃいそうだよ」
字面とは裏腹に白々しいまでの明朗さで、和明日灯は語る。
彼の口角がより一段と吊り上がり、連動して機銃の右手が横に逸れていく。
弾痕が壁の端へと、徐々にズレていった。すぐに弾丸は壁から外れ、一般人へと流れるだろう。
>「俺はスパルタ教育でな、テメェみたいな悪ガキには……ゲンコツだ!」
このままでは一般人が犠牲になる。
だがそれを厭わずに自分へと飛び掛かる猪狩に、和明日灯は笑顔で振り向いた。
「わぁ、脅かすなよ。さっきも言ったけど僕は小心者なんだ。そんなにビビらされたら」
彼の表情は、心底楽しげに破顔していた。
満面の笑顔を綻ばせて、和明日灯は銃口を一息に逸らす。
「……ほーら、言わんこっちゃない。手が逸れちゃったじゃないか。あーあ、沢山人が死んじゃうなぁ」
眼前にまで迫る拳などまるで存在しないかのように、和明日灯は猪狩へ微笑んだ。
そして言葉を付け足して、小さく囁く。
――「君のせいで」と。
だが和明日灯の目論見は後一歩の所で、成就しなかった。
横合いからの閃光が彼の両腕を貫いたのだ。
左右の銃口はどちらも裂けて捻じ曲がり、沈黙する。
銃器に変貌していた両腕は肉体に戻っても、血まみれで奇妙に折れ曲がったままだった。
「いっつ……酷いなぁ。僕の考えた最悪が台無しじゃないか」
笑顔の仮面を苦痛に歪ませて、壊れた両腕を垂れ下げて、和明日灯は憎まれ口を叩く。
「出しゃばって割り込んできて全部を掻っ攫うなんて、ホント最悪だよ。あーあ、気分悪いなぁ。
それに一般人も殆ど逃げちゃったじゃないか。これじゃつまらないよ。もうここに残る意味もないなぁ」
彼は笑みを消し去り、拗ねたように目を細めた。口はへの字に曲がり、仏頂面が浮かぶ。
だがそれはほんの一瞬。次の瞬間には和明日灯は口元に不敵な笑みを取り戻していた。
「君達ヒーローは……いや、ヒーローだと正義の味方になっちゃうなぁ。
じゃあ悪の敵と言うべきかな?まあどっちでも良いけど。とにかく僕に酷い事をしたよね」
展覧会場にいる面々を見渡して、和明日灯は語り掛ける。
「コンクリ魔女っ子君、君はさっき物の見事にビビってたよね。
それに五体不満足の君も、一般人なんて知ったこっちゃないって顔をしてた。
これからも『悪の敵』を続けるなら、君達はいつか人を殺すよ。
いや、僕が殺させてみせる。絶対に。楽しみにしていてよね」
折れ曲がった両腕を左右に大きく広げ。
「それに純白ボディの君、『シーフ』君だっけ?君は何だか嫌いだなぁ。
とても仲良くなれそうで、だけどやっぱり反りが合わなそうな気がする。
だけど、そうだな。好き嫌いは良くないしね。仲良くなれるように頑張ってみるのもいいかもしれないね?」
喜色満面の表情を浮かべて。
「そこの学生服君、君はとてもイイヤツみたいだね。でも君は僕としては邪魔なんだよね。ヒーローだし。
だから明日から一日一人、学生服を来た男子学生を殺していこうと思うんだ。
真っ向勝負じゃ面倒だからね。こうすればいつかは君を殺せるだろうし。
それが嫌なら……そうだな。死ねばいいんじゃないかな。君一人が死ねば沢山の人が助かるよ」
明朗快活に、最悪を紡ぎ始める。
「それから……まあ、気持ち悪い君。君は結構苦労してそうだねぇ。
見た目で人を判断する奴らなんて、最悪だよね。僕はつくづくそう思うよ。差別をするなんて人間のクズだ。
だから僕がぶち殺してあげるよ。君を本当のヒーローにしてあげようじゃないか。
僕が良い事をするなんて、滅多にないんだからありがたく思って欲しいなぁ」
一人一人に最悪を配る彼は、
「着物の女の子、君の言う事は正論だ。どこも間違っちゃいない。とても感銘を受けたよ。
悪い事はしちゃいけない。人殺しは悪い事だ。当たり前だよねぇ。……でも僕は悪い事がしたいんだ。
だからするよ。死ぬまでする。……だとしたら、君は僕をどうするのかな?」
とてもとても、楽しげだった。
「ドレスの君、実は僕にだって人畜無害な『愛すべき』時があったんだって言ったら、信じてくれるかい?
僕が殺されそうな時、僕を愛すべき存在だって守ってくれるかい?多分くれないだろうね。まぁそれは別にいいんだけど。
でもさ、君にとっての『愛すべき』と『愛すべきじゃない』の境界線は、一体何処にあるんだろうねぇ?」
和明日灯の視線が宙野と市長の方へと向けられた。
警備隊に催涙弾を発射する市長を見つめる彼の瞳の奥には、赤い光が灯っていた。
機械が点灯するランプに酷似した、赤い光が。
それは彼の異能【悪意の体現】による物だが――具体的な正体は彼にしか分からない。
「そこの機動戦士もどき君も、さっきはよくもやってくれたね。あと少し狙いが逸れてたら死んでたじゃないか。
これだから公的権力は嫌いなんだ。どうせ僕の事なんて死んだ方がいいゴキブリみたいに思ってるんだろうな。
いや、思ってる。そうに違いない。あーあ、肩身が狭いなぁ。傷付くなぁ、酷く傷付いちゃうよ。
だからいつか仕返しする。僕のガラスのハートがこれ以上傷付けられないように、正当な防衛を、さぁ」
一通り喋り尽くした彼は、満足気に息を吐く。
次の瞬間、彼は音もなく消え去っていた。
『一通り満足した悪が、ヒーローの力及ばず逃げ果せる』。
喪失だけが残る最悪の結末を、【悪意の体現】が描いたのだ。
【一般人がいなくなった。ので会場からさようなら】
僕の異能で凶暴化された虫達が周囲を飛び交う。
そんじょそこらの刃物なんかよりよっぽど鋭利な歯と羽を持ってる虫達だ。
女の肌なんて簡単に切れちゃうだろうね。すっぱりと、深い傷を刻むだろうさ。
下手したら一生痕が残るかもしれないよ。君達はどちらも美人だからきっとこれから順風満帆な人生が待ってるんだろうね。
そんな人生を台無しにする傷痕がさ。それどころか人生そのものがここで終わってしまうかもしれないぜ。
だからホラ、逃げなよ。僕の事なんか放ったらかしにして、脇目もふらずに逃げ出せばいい。
……って、あれあれ?いや違うだろう。僕は人を殺したかった筈だ。虫に成り下がる為に。
だったら彼女達には逃げられちゃ困るじゃないか。何考えてるんだろうね僕は。
……なんて事を考えていたら、急に抱き締められた。
いやいやいや意味が分からない。余りにも予想外過ぎて、息が止まる。
心臓が物凄い勢いで早鐘に進化して、最終的に重機に駆動音みたいになってる。
これ絶対聞こえてるんだろうなあ。って、なーに年頃の乙女みたいな事考えてるんだか。
>「怪我は……無いみたいだね、良かった。今のうちに逃げた方がいいよ。ここは危ないから」
やめてくれよ、本当に。何で逃げないんだよ。
僕はやっぱり、人殺しなんかしたくなかった。
僕は最低な人間だから、そんな意気地なんてある訳がない。
だからせめて君達が僕を見捨てて逃げてくれれば、いっそ僕は人間を見限れたのに。
あぁ、本当に最低最悪だ。無神経に無遠慮に命を懸けてくれちゃってさあ。
これじゃあ、人間をやめられないよ。
恋しくなってしまう。人が、人でいる事が。
こんなに気分がいいのは、ブラックダイヤを拾った時以来だよ。
いや、あの時よりもずっと、今の方が気分がいい。……最高の気分だ。
帰ろう、この気分が覚め遣らぬ内に帰って、腕からブラックダイヤを抜き出そう。
そして何処か……人の手が届かないようなドブ川に捨ててやるんだ。
僕はやっぱり、人でいたいから。
あぁでも、腕からブラックダイヤを抜くのは痛そうだな。血も出そうだ。
きっと包帯を巻かなきゃ駄目だろう。明日、学校でまた馬鹿にされる種になるのは間違いないな。
だけどもしそうなったら、僕を苛める奴らを脅かしてやろう。突き飛ばして、怒鳴りつけて、謝らせてやる。絶対に。
今日、僕はこんな戦地にまで自分の足で歩んできたんだ。出来ない訳がない。
今から明日が楽しみだ。こんな気分は久しぶりだな。
人間って、生きてるって、素晴らしいね。
【私生活が忙しいのでこれにてサヨナラ。短い間だけど楽しかったです】
私の築いた門は、犯罪者の嵐を止めた。
暴風の渦から飛び出した物品が勢い良く、殺傷力を帯びて飛んでいく。
目を伏せ、視界を狭めた。周囲への被害の対処は、ドレスの女性に任せたのだ。
周囲に虫が飛び始める。構うものか。気にしてはいけないと、私は固く目を閉ざす。ただ確固たる正義の門を思い描く為に。
私が今すべきは、一般人が逃げ終える残り僅かな時間、不退転の意思を以て嵐の行く手を阻む事だ。
だが暫くもしない内に、嵐は勢いを失い息絶えた。おかしい、呆気無さ過ぎる。
>「あーもう、やめだ。やめ。こっちももう目的は果たしたしな。
……逃げられると思っているのか。
お前が次にすべき事を教えてやろうではないか。
床に平伏して拘束され、然るべき法の裁きを受ける事だ。
一般人は逃げ去った。最早そちらに気を揉む必要もない。
お前の意思も肉体も何もかも、牢獄の奥に封じ込めてしまおう。
気取り屋の、陶酔した、薄汚い犯罪者めが。正義の敵にでもなったつもりか、烏滸がましい。
お前達はただ、正義によって駆逐されるべきでしかない犯罪者なのだ。それを今、弁えさせてやる。
>「お前が信奉する正義もまた正義だけどな・・・お前はヒーローなんかじゃない。
お前の力は一般人どもの身体・生命・財産は守るだろうさ。だけどな・・・・・・
お前では【ヒトの心が救えない】、そんな奴はヒーローとは呼ばれねぇよ。じゃぁな、二度と会いたくないね。」
……馬鹿かお前は。お前は私がヒーローと呼ばれたくてこうしていると思っているのか?
救いようがなく、愚かな事だ。私は私のすべき事をしているだけだ。
心を救う?生命を失っては心も何もないだろう。心など、美術品と同じだ。お前が嵐で壊した美術品と。
無くても問題などない。壊れてしまっても、時を掛けて修復すればいい。
生命とは比べるべくもない、些末なものではないか。
「えぇ、二度と会う事はないでしょう。貴方は牢獄行きだ。『下劣なる悪の心よ、横溢せよ。汝に囚われた愚か者に漆黒の戒めを』……」
だが異能の言葉を紡ぎ終える直前、私の視界が揺れた。
眼底に過剰な光が注ぎ込まれたと錯覚を覚える。
膝が我知らず折れ曲がり、直立の姿勢を維持出来なくなった。
……これは、異能の使い過ぎか。私は私が思っていた以上に、消耗していた。
しかしそれが何だと言うのだ。逃す訳にはいかない。私は私のすべき事を、し損じる訳にはいかない!
『罪深き者には相応の未来が与えられるべきだ!冷徹なる枷に全ての自由を奪われ平伏する――』
声を張り上げたが、一手遅かった。
犯罪者の爆発させた光が、私の視界を純白に染める。
再び視野が正常を取り戻した時には既に、犯罪者の姿は私の前に無かった。
歯軋りを禁じ得なかった。どうしようもない怒りの感情に目が細る。拳が自ずと固く握り締められていた。
激情に任せて握り拳を振り上げた。だが振り下ろせない。
振り下ろしてしまえば、それは私が未熟な心に振り回されている他ならぬ証左となってしまうから。
いっそそうする事が出来れば、どれだけ楽な事だろうか。
結局、私は握り締めた拳をゆっくりと解き、下ろした。手の平を床に突いた。
冷たい感覚が伝わって、疲弊で朧気になった私の意識が気休め程度にだが醒めていく。
再び周囲を見回す。もう一般人はいない。私に出来る事はない。
私のすべき事は精々、他のヒーロー達の迷惑にならぬよう姿を眩ませる事だろう。
それがどれだけ惨めであっても、だ。未熟な心に踊らされて自分を、ましてや他者を危険に晒す訳にはいかない。
>「着物の女の子、君の言う事は正論だ。どこも間違っちゃいない。とても感銘を受けたよ。
悪い事はしちゃいけない。人殺しは悪い事だ。当たり前だよねぇ。……でも僕は悪い事がしたいんだ。
だからするよ。死ぬまでする。……だとしたら、君は僕をどうするのかな?」
「……だからどうしたと言うのです。貴方が何をしようと、私のすべき事は変わりません。
罪無き人々を守り、悪を打ち倒し、法の庭へと突き出す。そこから先、犯罪者を戒めるのは法と国家権力です」
例えそれらがどれだけ、この都市で無力で頼りない存在であろうともだ。
彼らはより善くあろうと思う気概を失ってはいない。ならば彼らを信じるべきだ。
だがもしも、それでも尚、彼らがどうしようもなく頼り甲斐の無い存在だったら。
……ふと脳裏を一抹の疑問が過ぎったが、考えたくはない事だった。
そして私は、それ以上の思考を放棄して展覧会場を後にした。
【あくまで心なんて無用なんです。退場しました。宇々島さんお疲れさまでした。またどこかでお会いしましょう】
>>199 >「毒……!?そこまでしなくてもいいじゃないですか!」
「へぇ、毒なんだ。英雄だけど、酷い事をするんだね。
少し、許せないかも」
顔に受けた毒の拳を瞬時に凍らせて「切除」する。
剥がれ落ちたマスクの装甲が紫色になり腐り始める。
素人はそれを踏み付け虎に引き摺られていくスカイレイダーを待ち構える。
両腕の巨大な爪でスカイレイダーの半身を切り裂く為に。
>更に爪が食い込もうとしたその時、スカイレイダーの周囲に紫電が巡る。
>高圧電流を浴びた虎が怯んだ瞬間に身体を捻って地面を転がりながら脱出に成功した。
脱出したスカイレイダーが取った行動は意外なものだった。
トラを掴み上げ、伊達の母親を狙った氷柱へ向けぶつけて見せたのだ。
>>207 >「……怪我は!怪我は無い!?母さ……」
バスタードは無事に母親を救出し、いや母親じゃなかった。
素人はバスタードの様子に自分の適当な言葉が意外にも彼の弱点を突いたのでは
ないかと思った。
やはり彼は、甘いんだなぁと。
「君、僕の当てずっぽに反応するなんていい人だね。
性格悪そうに見えるけど、少しは見直したかも。
でも、あんまり人が良すぎると早死するんじゃないか、な。」
>「……僕が後どうにかすべきなのは、君だけだ。自分がヒーローだって?笑わせるなよ、君はただの人殺しだ」
素人はその言葉を鼻で笑う。
彼には迷いなどは存在しない。もっと正確に言うならば彼に、倫理はない。
「何を言ってるのかな。君は。
僕にとっては必要な犠牲なんだよ。英雄になる為に、僕は多くの英雄を
倒さなきゃいけない。それに、多くの命は僕の糧になるんだ。それにね、」
>「君はいつか、僕の大事な人達を殺すだろう。だから僕は今ここで、そうなる前に君を殺す」
>馬鹿の一つ覚えのように、電撃を纏った渾身の拳が素人に放たれる。
素人が次の言葉を繋げる瞬間――
強烈な音とともに2つの拳が素人の顔面を打ち据える。
凄まじい威力に変身が解除された素人は傷だらけの姿で2人を見る。
「く、口の中が鉄の味で一杯かも。それに、やっぱり2対1はひ、卑怯だよ。
それに今日は少し調子が悪かったから――へへ、えへへへへ」
口を切らしながら笑みを浮かべ自らの前に氷のカーテンを作り出す。
そして、素人英雄は――逃走した。
【素人英雄逃走、またお会いするかも】
変身能力と再生能力が見えたため遠慮無く体が狙えた和明日と違い、どうみても生身の夜乃咲の胴体を打ち抜くのは、『逮捕』を目的とし、人命を尊重せねばならない現在の立場である事と
人命を奪う事に抵抗が無いわけでは無い宙野なりに『配慮』し彼女の脚を狙った
…のだが、狙いが定まり、『死なない程度、片足が吹き飛び戦闘不能』にできると確信して光線を放った瞬間、夜乃咲は素早く博物館内から離脱してしまう
(………ちっ)
他のヒーローよりも明らかに残虐で思いやりの無い行為を平然としようとしていたのだが、しかし彼なりに人命への配慮(その後の人生への配慮は無い)をしたがために攻撃目標を逃してしまった悔しさが、宙野の中に沸いてくる
そんな自分に、宙野は苛立たしげに軽く頭を振って失敗を振りはらわんとする
まだ殺…『倒さねば』ならないヴィランは大勢いる、一々失敗を引きずっている余裕など無い
夜乃咲の事を脳内から消し去り、先ほど攻撃を加えた和明日へ視線を移すと、彼もまた逃亡する真っ最中であった
>「そこの機動戦士もどき君も、さっきはよくもやってくれたね。あと少し狙いが逸れてたら死んでたじゃないか。
>これだから公的権力は嫌いなんだ。どうせ僕の事なんて死んだ方がいいゴキブリみたいに思ってるんだろうな。
>いや、思ってる。そうに違いない。あーあ、肩身が狭いなぁ。傷付くなぁ、酷く傷付いちゃうよ。
>だからいつか仕返しする。僕のガラスのハートがこれ以上傷付けられないように、正当な防衛を、さぁ」
「っふん!」
宙野は和明日の言葉を鼻で笑うと、「次」とやらが来る前に決着をつけるべく、再度スペシウム発射の構えを取る
もう一発位殺すつもりで撃っても、このヴィランは耐える事ができるだろう
いや、殺すつもりで撃たなければ効果はでないだろう…
と和明日の「頭」に狙いをつけた瞬間
和明日はすぅっと消失してしまった
「……」
正直、先ほどの会話の内容と、一般人ばかり執拗に狙うその習性から、和明日は彼の言うとおり、死んだ方がいいゴキブリ…いや「殺さねばならない雑菌」にしか宙野には見えなかった
そんな和明日に対し、宙野の中で激しい怒りや憎しみ、逃げられた悔しさが湧き出ようとする
が
やはり、宙野はすぐさまそれらを振り払い、次の獲物に取り掛かる
レギン戦でレギンに対し「恐れ」を抱いてしまった事が、宙野に戦場での「感情」を封印する必要性を感じさせ
彼はそれをこの短い期間に体得…いや、あらかじめもっていた感情を封印する兵士に必要なスキルをより強くさせたのだ
『宙野、周囲の民間人の避難は完了した、残るヴィランは警察とメタトルーパーで対処できる。周囲のヒーローと協力し、ウィリアムを逮捕しろ!』
「了解!!」
間に立ち塞がった鎧を着たトカゲの様なヴィランを鉄拳の一撃で昏倒させ、背後から襲ってきた両腕が鋭い刃物になった昆虫頭のヴィランに回し蹴りを叩き込んで壁まで吹き飛ばし
再びセルゲイとウィリアム目掛けハイメタルボーガーは戦いを挑んでいく
周囲でも民間人がいなくなったため最早遠慮する必要の無くなった警官隊が不知火から支給された重火器を用い、次々とヴィランを焼き、撃ち抜き、殺す
ウィリアムが社会的立場を間違いなく失うだろうにも関わらずこの場に現れた事が気がかりだったが、今は気にしている余裕は無い
「市長、遅れた!」
ハイメタルボーガーは石原と交戦するセルゲイの胴体目掛け、スペシウムを発射した
>>218 >「市長、遅れた!」
ウィリアムマシーンを次々と破壊していくアイアンジョーカーの前に
ハイメタルボーガーの放ったスペシウムが通り過ぎる。
間髪入れずそれは、セルゲイの胴体に直撃しリアクターコアが
破壊されたアイアンベリアルはその場で沈黙する。
「ガハッ……アハ、ハッ……テメェらの負けだ。どうしてか分かるかぁ?
あぁ、そうだよ。テメェらはこんだけのヴィランを集めて結局何も出来やしなかったんだからな。
ゴキブリを潰して、そこから無数の小さいゴキブリを増やしただけだってんだ……笑えるぜぇ」
警官隊に捕縛され連行されていくセルゲイ、周囲ではウィリアムマシーンが
完全に破壊され機能を失っている。
どうやら戦いは終わったようだ。しかし、そこにウィリアムの姿はいない。
「どうやら、肝心のヤツにだけは逃げられてしまったようだな。」
ハイメタルボーガーの前に着地しアイアンジョーカーのマスクを解放する。
そこにはこの街の市長、石原の顔があった。
会場の惨状を見つめながら石原は大きく溜息を吐く。
「考えが少し甘かったと言わざる終えない……かもしれないな。
私も、この街のヴィランを侮っていた。彼らは予想以上に強く、そして
何よりも狡猾だ。それに、ヒーローの中にも危険な存在がいる。
まぁ、それが分かっただけでも収穫だが。」
犠牲者がいた事は素直に悔やまなければならない。
何よりも、ウィリアムを逃がした事も大きいだろう。
戦いには勝った。しかし、それ以上に敗北したとも言える。
石原は宙野の肩を叩き、この戦いを治めた勇姿を労った。
「私は、その……実のところ不知火には期待してなかったんだが。
君には期待していた。これからも、ヨロシク頼むよ。」
【セルゲイを逮捕し事件は一応集結?】
―数日後、政府・議会場
【お昼のニュースの時間です。本日は都市で起きた大規模な戦闘事案について
石原市長が政府の議会に招かれた様子を報道します】
この国の中枢、いわゆる政府の本部。その議会場に石原はいた。
先日の大規模なヴィランとヒーローの戦闘に関しての説明を求められての事だ。
議会場には政府の役人と政治家がずらりと並んでいる。
議長である吉田光雄議員が石原へ向け質疑を始める。
「まずは、石原市長。ご足労感謝する。
しかし、まぁアレだね。君に期待したのが間違いだったようだ。
これ以上、政府はあの街のヴィランと自称・ヒーローの横暴を許すわけにはいかない。
それに、あのパワードスーツ。あれは都市の一市長が持つべきテクノロジーではない。
政府への返納をお願いしたい。」
石原は頭を掻きながら苦笑する。
彼らが考えているのはヒーローの行動を規制し、自分達の管理下へ置くという法案。
「ヒーロー管理法」の施行である。
その為にも、石原自身を自分達の管理下に置こうという考えだろう。
石原はマイクを片腕で持ち上げ椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「あー、すまない。座っているよりも、この方がリラックスできるもので。
まず、先日の事件ですがあれだけであの街を”消そう”となどする
のは止めて頂きたい。あの街にはまだ多くの人や、誠実なヒーローがいる。
彼らを無碍には出来ない。それは市長である私が譲れないものだ。
それと、私のパワードスーツだが。あれは私自身だ。
私を売り渡す事は出来ないよ。市長が売春でもしたら、その方が問題じゃないかな?」
周囲の傍聴人に大手を振り笑みを浮かべる。
苦虫を噛み潰したような顔の吉田議長が石原の言葉の1つを
取り上げる。
「何処で聞いた?都市を消すなどと……」
「あぁ、聞いたよ。副市長とあんたらは随分と懇意らしいじゃないか。
賄賂の口利き、何でもこざれか?ピエロの相手はもう充分だろ?
質疑は終わりにさせて貰うよ。」
「閉廷!閉廷だ!!」
顔を高潮させた議長がカメラを止めさせ議場を後にしていく。
その様子を見終えた石原は満足そうに笑みを浮かべる。
リポーターにマイクを向けられた石原は投げキッスをしながら言葉を繋げる。
「最近じゃヒーローの低年齢化が囁かれていますが、どのような感想を?」
「あぁ、最近じゃマスクを被ったガキが……いや失礼。
お子様が頑張っているようだね。私としても見習いたいもんだ。
近い内に都市の学区内に調査を行おうと思っているよ。異能者の平均数をね。」
フラッシュライトに集れながら石原は右腕を大きく上げて去っていった。
嵐が消え果てた。同時に姫子は泡の体を維持出来ず、落下する。
力を使い過ぎたのだ。彼女は為す術も無く落ちて、盛大に尻餅をつく。
「あいたぁ!いつつ、アザになっちゃう……じゃなくて!みんなは……!」
一般人は無事だったのか。確かめるべく、慌てて姫子は出口へ振り返る。
振り返った先には、誰一人としていなかった。誰の姿も見えなかった。
「……よかったぁ」
誰もいない。それはつまり皆が逃げ切れたと言うこと。
両手を床について深く項垂れて、姫子は安堵のあまり深く息を吐いた。
(少しは……皆を愛せたかな、私)
必死に、無我夢中に、皆を守る為に彼女は立ち回った。
それでも彼女は、自分の行いにいまいち確証を持てずにいた。
返事のない絵や人形にどれだけ愛を語っても、ただ虚しいだけであるように。
応えてもらえるからこそ、愛は確信を持てるのだ。
酷く俗物的だと言われるかもしれない。
だが返事も姿もない相手をただ愛し続けるだけの事をし続けるなど、出来る人間はそうはいない。
少なくとも泡野姫子は、ただの22歳風俗嬢でしかない彼女は、そのような聖人の精神を持ちあわせてはいなかった。
>「ありがとう」
俯いた彼女の頭上から、声が注いだ。穏やかな声だった。
咄嗟に姫子は顔を上げる。出口の向こうで、学生服の青年の後ろ姿が見えた。
もう振り返ってはくれないだろう、後ろ姿が。
でも、姫子は嬉しかった。胸の奥から震えがこみ上げて、笑いが零れる。
「こちらこそ、守られてくれて……愛させてくれてありがとう」
もう相手には聞こえない返事を漏らして、彼女は沈黙。
暫く動かずにいた彼女は目を瞑り、それから勢い良く立ち上がった。
大きく伸びをして、両手をぐっと握る。
>「ドレスの君、実は僕にだって人畜無害な『愛すべき』時があったんだって言ったら、信じてくれるかい?
僕が殺されそうな時、僕を愛すべき存在だって守ってくれるかい?多分くれないだろうね。まぁそれは別にいいんだけど。
でもさ、君にとっての『愛すべき』と『愛すべきじゃない』の境界線は、一体何処にあるんだろうねぇ?」
「……分かんないよ、そんなの。愛せる愛せないなんて、その時々で変わるんだから。
私はその時愛せる人を、精一杯愛するよ。今日、貴方達が私にそれを気づかせてくれた。それだけはありがとうね。
……それにお店に来てくれれば、どんな人だって私からすれば「愛すべき」人なんだし?あ、でもお金はちゃんと払って欲しいかなぁ」
ふと投げかけられた言葉に、笑いながら姫子は答えた。
彼女がもしもヒーローであったならば、また答えは変わっていたかもしれない。
けれど彼女は、ただの風俗嬢だ。一般人だ。少なくとも彼女の意識の上では、そうである。
だからヴィランの言葉は彼女にとって、対岸の炎に過ぎないのだ。
「パーティー、どうなる事かと思ったけど何だかんだで楽しかったなぁ。それに我ながらよく頑張った!
帰りに何か甘いものでも買って帰っちゃおっかな。自分へのごほうびーみたいな感じで」
そして彼女は、日常へ帰っていく。
「明日もまた、お仕事がんばろっと」
【短い間だけど楽しかったでーす。また機会があればご一緒しましょう】
玄関の暖簾を潜った途端に、喧騒と香ばしい匂いが和明日灯を出迎えた。
赤みの掛かった明かりに満ちた店内は何処となく、日常から切り離された場のようだ。
ここは祝い事の席や高級感を楽しむ場所なのだから、あながち間違いではない。
「やぁこんばんは、楽しそうだねー。僕も混ぜてよ」
いつも通りの制服姿に着替えて、和明日灯は『フラタニティ』が囲む席を訪れた。
どんちゃん騒ぎを閉じ込めていたふすまを開けて、祝いの席に笑顔で首を突っ込んだ。
祝勝の席に土足で踏み込むつもりだと言う事が、既に靴を脱いでいる彼の姿から見て取れるだろう。
「あ、関係者以外お断りだなんて寂しい事言わないでおくれよ?それにあながち無関係って訳じゃないんだ」
訝しげな視線を、彼は物ともしない。
店内の喧騒が遠のいた錯覚さえ覚える静寂を作っておきながら、
どうにも空気の読めていない快活な笑顔で言葉を続けた。
「そう、奇しくも今夜同じ舞台で悪事を働いたヴィラン仲間って事でさ。ねぇ、いいだろ?」
ずいと身を乗り出して、しかし和明日灯はそこで一旦引いた。
『フラタニティ』の面々から視線を逸らして、わざとらしい思案顔と共に空を泳がせる。
「まぁ……どうしても駄目だって言うなら、別にいいけどさ。大人しく引き下がるよ。
傷心の僕が交番に駆け込んで犯罪者仲間にぼっちにされたと泣きついたり、帰り道で身投げをしたり、
通り魔殺人をしちゃうかもしれないけど、君達には関係ないから気にしないでいいよ」
あっけらかんと笑顔を取り戻して、和明日灯は告げた。
仮面のように張り付いた笑みが段々と色濃くなっていく。
「……なーんて、冗談だよ。君達は心優しいからきっと許してくれるよね。まぁ、それが納得出来ないなら」
言いながら、彼はふすまを更に開けた。
赤々とした肉が山ほど盛られた皿が、晒される。
「お近付きのしるしだよ。献上品を受け取って新顔を受け入れる。どうだい?これなら悪役っぽいだろ?」
肉の皿を差し出すと同時、一瞬だが和明日灯の笑顔が歪んだ。両眼を細め口元を吊り上げた、嘲りの笑みに。
彼は『フラタニティ』の中途半端な悪人っぷりに対する、言い訳と逃げ道を与えようと言っているのだ。
「と言う訳で、お邪魔しまーす。ささ、遠慮せずに食べてよ。何ならここの勘定全部、僕が受け持ってもいい」
真性道程の隣に割り込むように、和明日灯は席に着いた。
そして笑顔を圧力にして、肉を勧める。
自分が持ってきた肉を皆が食べる様をにこやかに見つめていた。
「美味しいかい?」
全員が肉を口に運んだのを確認してから、不意に和明日灯は尋ねた。
微笑みながら、全員の顔を覗き込んでいく。皆の返事を待たずして、彼は続ける。
「あぁ、そうそう。全く関係ないんだけどさ。うん、ホントにまーったく関係ないんだけどね?
今から暫く、店員さんを呼んでも多分誰も来ないと思うから。
え?何でかって?そりゃあ、ねぇ。……聞きたい?聞かなきゃ良かったってのは無しだよ?」
意味ありげに、彼は問うた。首を傾げて、視線を滑らせる。
皆の顔からテーブルの皿の上、赤く艶やかに光る、生肉へと。
まるで何らかの事実を示唆するように。
彼は口角を吊り上げて、にやけた横目で再び道程達を見遣った。
「あ、そう言えば制服を来たまま焼肉ってマズいよね。不味くはないけど。上着だけでも脱いでおかなくちゃ」
わざとらしい独り言に続いて、和明日灯は制服の上着を脱ぐ。
そして腕を曝け出した。メタルボーガーのスペシウムを喰らって全壊状態のままの――
血まみれで、おかしな所で折れ曲がっている、肉の裂け目や飛び出た骨が見える腕を。
場に訪れるのは不快な静寂か、それとも不穏なざわめきか。
いずれにせよそれらを、和明日灯は目を瞑り顔を上げて、食事以上の娯楽として堪能するだろう。
そうして何処までも自分勝手に愉悦を味わった後で、彼は目を開いて道程達に向き直る。
「嘘だよ、嘘。冗談に決まってるじゃないか。ちょっと驚かせたかっただけさ。
僕はね、君達の友達になりたいんだ。だからそんな酷い事をしたりはしないよ」
あっけらかんと事もなげに、和明日灯は告白した。
「そう、僕は君達の仲間になって、友達になりたい。中でもとりわけ、君とはいい友達になれる気がするんだ」
和明日灯の瞳には、真性道程が映っている。
彼の眼球の奥に灯る光はただ明るく、そこにどんな思惑や感情が秘められているのかは分からない。
笑みの濃度をゆっくりと上げて、彼は襤褸切れのような右腕を、握手を求めて差し出した
「とてもいい、悪友にね」
【フラタニティに入りたいでーす】
224 :
名無しになりきれ:2010/11/29(月) 17:35:10 0
和明日灯の能力最強すぎるだろ
「何されてもノーダメで誰でもぶっ殺せたら最悪だよね」とか言ったらそれで変身出来るんだろ?
能力変えるかキャラ作り直すかしろカス
と、童貞とパンダが申しております
226 :
名無しになりきれ:2010/11/29(月) 20:06:23 0
問題は最低の能力が相手の妄想に依存しているかどうかと能力の範囲やね
相手の妄想に依存しているなら、無意識さんやキラーマシンで一発だけど
「これやられたらたまんねーだろうなフヒヒ」と自分の妄想も体現させたらそれこそ不死身になる
核投下も同じ、「生き残ったら最悪って思ったよね?よね?」とか「ノーダメとか最悪すぐるフヒヒ」で不死身と化す
描写見ると後者としか思えんのがねえ
まさかとは思うが、「スレが空中分解したら最悪だよねフヒヒ」とか考えてないよね?
そこが不安だ
これについてキッチリ弁明しろ
さもなきゃお前にスレに参加する権利はない
>「く、口の中が鉄の味で一杯かも。それに、やっぱり2対1はひ、卑怯だよ。
それに今日は少し調子が悪かったから――へへ、えへへへへ」
渾身の一撃が決まった。決まった筈だ。にも関わらず、素人英雄は生きていた。
何故か。考えて、バスタードはすぐに結論に至る。彼の最大の欠点、出力不足だ。
毒性の電撃は確かに素人を捉えた。だが異能によって強化されているだろう彼を殺すには、威力が足りなかったのだ。
「クソッ、待て!」
必殺のつもりで放たれた一撃を耐えて、素人英雄は逃走する。
咄嗟にバスタードが炎を飛ばす。だが氷のカーテンに阻まれ、素人には届かない。
巨大な氷の壁は、バスタードの力では到底破壊出来ない。
立ち尽くしている内に、素人英雄は夜の闇に消えてしまった。
やり場のない憤りは、素人英雄を逃した自分自身へと矛先を向けるしかない。
奥歯が軋みを上げる程に、強烈な自己嫌悪がバスタードに歯噛みさせた。
掌に爪が食い込んで痛みを覚える程に拳を握り締めて、彼はわなわなと震え――だが何も出来ない。
結局、彼は一般人がいなくなった周囲を見回してから、出口に向かうしかなかった。
>「そこの学生服君、君はとてもイイヤツみたいだね。でも君は僕としては邪魔なんだよね。ヒーローだし。
だから明日から一日一人、学生服を来た男子学生を殺していこうと思うんだ。
真っ向勝負じゃ面倒だからね。こうすればいつかは君を殺せるだろうし。
それが嫌なら……そうだな。死ねばいいんじゃないかな。君一人が死ねば沢山の人が助かるよ」
「……もう一つ、解決策があるぜ。僕じゃなくて、君が死ねばいいんだ」
幻のように消えていく和明日灯に、バスタードは反駁する。
明朗な笑顔を射抜く双眸からは、憎悪が氾濫していた。
大袈裟に両眼を研ぎ澄まし、表情を歪ませて、彼は憎しみの感情を濫造する。
無理矢理にでも、和明日灯を憎もうとしていた。
盲目になれるように。道徳心も常識も、全て見えなくなるように。
そうでなければ、義務感と欺瞞で自分を縛り付けなくては、人は殺せない。
殺人と言う行為は、途方もなく重いのだ。
心中で薄暗い感情を延々と煮詰めながら、彼は博物館を立ち去った。
【帰りました。次の話まで特にやることないです】
>「いっつ……酷いなぁ。僕の考えた最悪が台無しじゃないか」
「ちっ……あのヘボ野郎、外しやがったな」
和明日が生きているのを確認すると、猪狩は苛立たしげに悪態をついた
それでも両腕は奇妙な方向に折れ曲がっており、流石に無傷では済まなかったようだが……
あの程度のダメージでは、また先程のように一瞬で再生してしまうだろう
(やはり頭を潰すしか……いや、それでも殺せるかどうか
それに、あの両腕は何だ? 奴は幾つ能力を持っている?)
幾分冷静さを取り戻した頭で、和明日を確実に仕留める方法を思案する
>「君達ヒーローは……いや、ヒーローだと正義の味方になっちゃうなぁ。
> じゃあ悪の敵と言うべきかな?まあどっちでも良いけど。とにかく僕に酷い事をしたよね」
「悪の敵……なるほど、悪の敵ね」
和明日が何気なく言った『悪の敵』という単語、そこに猪狩は妙な反応を見せた
「いいねぇ気に入ったぜ『悪の敵』、これ以上俺にピッタリな肩書きも無いな
前々から思ってたんだよ、正義の味方なんざ柄じゃないってな」
そもそも猪狩は、正義感や義憤から悪と戦っている訳ではない
悪に対する憤怒と憎悪、それが猪狩礼司の行動原理の全てだ
だからこそ、彼は自分をヒーローとは思っていない
そして、一度もヒーローと名乗ったこともない
>それに五体不満足の君も、一般人なんて知ったこっちゃないって顔をしてた。
>これからも『悪の敵』を続けるなら、君達はいつか人を殺すよ。
>いや、僕が殺させてみせる。絶対に。楽しみにしていてよね」
「お前が俺に人を殺させる? そりゃ有り得ないなぁ……」
視界の端でメタルボーガーが構えるのを確認すると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべながら深く腰を落とす
「俺が! お前を! 大人しく逃がすわきゃねぇだろうがぁ!」
叫びながら地面を蹴り、和明日に飛びかかる
残った左拳を、和明日の顔面目掛けて振り抜き……その拳が、虚しく空を切った
「なっ……」
戦闘の途中で乱入した猪狩は知らなかった、和明日が一瞬でブラックダイヤのケース内に侵入したことを
そして、彼の能力が『悪意の体現』という一つの能力であることを
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
和明日を取り逃がしたことを理解した直後
声にならない叫びを上げながら、猪狩はその激情を隠そうともせずに地面を踏みつけた
博物館を揺るがし、地面にクレーターを穿つ程の威力で
「次は仕留める……絶対にだ……!」
目を血走らせながら呟くと、予備の義肢が入ったトランクへと歩を進める
乱暴に蹴飛ばしてトランクを開くと、中から新品の右腕を取り出した
「ふん……右腕一本無くして、始末できたのは雑魚一匹か」
新しい右腕を取り付けながら、自嘲するように呟く
周囲を見回してみても、もうヴィランは残っていない
「……情けねぇ」
こうして、猪狩は博物館を後にした
【また遅れてすみませんでした。私もこれで撤退します】
破壊音を終止符として、絶え間ない銃声が止んだ。
恐る恐る、太田は壁を再び粘土化して床に戻し、和明日灯の様子を伺った。
重火器の様相を示していた和明日灯の両腕は、大破していた。
誰かが、彼の銃撃を留めてくれたらしい。
太田が自分のすべき事すら満足に出来ずに縮こまっていた間に、誰かが。
「うぅ……っ!」
その事実を目の当たりにして、太田は力なく崩れ落ち、両膝を床についた。
あまりの情けなさ、惨めさに、体が支えられない。
喉の奥を圧迫しながら嗚咽がこみ上げて、漏れた。
>「コンクリ魔女っ子君、君はさっき物の見事にビビってたよね。
それに五体不満足の君も、一般人なんて知ったこっちゃないって顔をしてた。
これからも『悪の敵』を続けるなら、君達はいつか人を殺すよ。
いや、僕が殺させてみせる。絶対に。楽しみにしていてよね」
視界の外、頭の上から投げかけられた言葉に、太田空はびくりと体を震わせた。
人を殺す。いつかどころの話ではない。
ついさっき、彼は自分が撃たれる事を恐れるあまり一般人を守る事を、ヒーローの務めを放棄した。
見知らぬ誰かが和明日灯を止めなければ、人が死んでいた。
太田のせいで、だ。それは和明日灯の殺人でありながら、太田が殺したも同然。
「っ……うぁ……ぁ……ひぃ……」
――殺させてみせる。絶対に。
これから先、何度も何度も、こんな状況に追い込まれる。
和明日灯の宣告に、太田はどうしようもなく――恐怖した。怯え竦んだ。慄いた。
胃が、肺が、溶けて喉の奥にせり上がる錯覚に襲われる。
心臓が乱暴に胸の奥を殴りつける。何度も、何度も。
口の中にまで、胃液の酸味が及ぶ。何とか吐くのは堪えたが、恐怖と惨めさに涙が零れた。
散々打ち拉がれて、彼はとぼとぼと展覧会場を後にする。
夜の闇に紛れてコンクリートの装甲を脱いで家に帰り、ひっそりと自室に閉じ篭った。
【撤退しました。次の話までする事はありません】
職員室から担当の教室までは、どんなに多く見積もっても30歩とかからない。
俺の教育係に任命された壮年の教諭はところどころで立ち止まり俺の歩幅に調節しながら当面の大雑把な指示をくれた。
「疎開っていうんですかねえ。ほら、この街って今とんでもなく治安が悪いでしょう?
そのせいで生徒の大半は休学届けを出して街から出ています。君に担当して貰うのは、各クラスから残った生徒を学年別に集合させた
暫定の寄せ集め学級ということになりますね。まあ授業の進度はどこも一緒ですし、ざっくりと復習程度に教えてあげてください」
それにしても時期が悪い。教諭は言いながら肩を竦め、俺に指導要綱を手渡した。
なるほど校内は閑散としていて、まだ休み時間だというのにざわめきの一つも聞こえてこない。
さっきお邪魔した職員室も心なしか人が減っていたし、もしかしたら教員の中にも疎開した連中がいるのかもしれない。
「そうでなくたって昨今の異能者急増は生徒内にも波及してましてねえ。やれ喧嘩で炎を出しただの陸で溺れただのって。
一応校内異能禁止の校則を臨時に作って、目立つ異能者は軒並み停学にして、どうにか校内は平和を保ってるんですが」
生徒に敵意を持たれないよう十分に気を付けてくださいねと教諭は言葉を締める。
俺は胸に拳を置いて、安請け合いした。
「任せて下さい。例え短期であってもこの僕の生徒になる以上、きっと、必ず皆を導いてみせます!」
教諭は瞳孔を僅かに開いて、俺の肩に手を乗せた。
「教育実習生に中途半端に導かれても迷うだけだと思うんですが」
「……ですよねえ」
乾いた笑いが静かな廊下に木霊した。
廊下に置いてある『高学歴は身だしなみから』と印字された鏡(なんつースローガンだ)で今一度俺の姿を映し、チェックする。
なんたって高学歴は身だしなみからだ。鏡の中の俺はピシッと糊の利いたスーツ(就活用に買って一度も着なかったもの)にネクタイ、
長々と伸びっさらしになってたみっともない揉み上げをカットしカミソリ負けにローションを施してある。革靴は顔が映り込むぐらいピカピカだ。
「それじゃ、私が案内するのはここまでですので。後から監修の者を寄越しまずが、なにぶん人手が足りないんでなるべく自分で頑張ってね」
くたびれた教諭はそう言い残すと、そそくさと職員室にしけ込んでいった。
「其辺先生もこんな時期に紹介とは間の悪い」とか聞こえたけど、別に俺の悪口じゃないので聞き流した。
咳払いを一つ。この扉の向こうには、今日から二週間の間俺の生徒になる少年少女達が待っているんだ。背筋から汗が引いていく。
嘗められないように嘗められないように嘗められないようにキョドらず焦らずゆっくりとおこぞかに、俺は扉に手をかけた。
ガラリと引き戸を開けると、制服の色もまちまちな生徒諸君が一斉に首をまわし、40対の眼が穴の空きそうなほど俺を見つめた。
「皆さんこんにちわ。今日からしばらくのあいだみんなの副担任となる真性道程です。社会科を担当するので、楽しくやりましょう」
黒板に名前を書いた瞬間、男子の一部から失笑が、女子高生の一部から冷笑がそれぞれ漏れた。
掴みはオーケーなのかエヌジーなのか、親を恨んだらいいのか感謝したらいいのか分からないまま、昼休み前の4限が始まる。
――――【ヒーローTRPGU 第二話『DT真性 思春期大作戦!!』】
とりあえず回想!
焼肉屋にて次回予告を済ませた俺たち革命結社フラタニティは、再び網の上で肉を育てる作業に入っていた!
「教室を占領する、か。具体的にどうするつもりなんだ道程君」
其辺の問いに、俺は答えを用意してある。
「ともあれ内部構造の把握と手引きに、内部の人間はもっと必要だ。
学生枠は夜之咲ちゃんで決まりだし、なら俺は――教師として潜入しようと思う」
正確には教育実習生。
短期の教員として学校に入り、油断を突いて一気呵成に制圧するのだ。
信頼する教師がいきなりテロリストに化ける、なんてなんとも燃えるシチュエーションじゃあないか。
「丁度俺の年齢的に、大学生が教育実習として入っても不自然ないしな」
「そういえば真性殿はおいくつなのです?大学を中退されたと聞き申したが」
「ん?今年で22だけど?大学行ってりゃ四回生になってる歳だな」
畳に寝ていた山吹ちゃんが飛び起きた。
「ええーっ、そんな歳行ってるんですかっ!? てっきりまだ十代ぐらいだと!」
「そうだね、私も初めて見たときは真性君も未成年だと思っていたよ」
「自分と同年代だと思っておりましたぞ」
そうなのだ。俺はやたらめったら童顔らしくて、成人しても免許取るまで酒もろくに買えなかった。
大学入りたての頃に大学近くの学生御用達のゲーセンで中学生と間違われて補導された伝説を持つ男なのである。
幸い大学入ってから背は伸びたので、あとは揉み上げを伸ばして若く見られないようにいろいろ工夫していたんだけどな。
「荒木師匠に従事することで波紋呼吸法を修得したのだよフゥーハハァ! 羨ましいだろ、衰え知らずのこの肌!」
「遠まわしに童貞臭いと言われているんじゃないか、道程君。経てきた人生経験が少ないと貫禄が顔に表れなくてやたら若く見られるらしいぞ。
そのまま歳をとると刻まれた皺と童顔がアンバランスで非常に気持ち悪い」
「やめろ!俺の将来への不安その533項を読み上げるんじゃあないっ!」
「三桁!? なんでそんなに不安が増えるまで放っといたんですかぁーっ!」
はあ。そこらへんの普通人の数倍は濃密な人生をここ数ヶ月で送ってきたつもりなんだけどな。
まだまだ貫禄が出てくるまで遠いか。渋いおっさんさんになるのが俺ちゃんの超目標なのだ。
「とにかく!表向きは俺は単位取得中の大学生で、教育実習先としてこの街を紹介されたことにしよう!
えーっと、実習って自分から営業かけに行けばいいわけ?どこに電話したらいいんだろ」
「通常は、大学と高校が提携して学生の実習を募集するな。修得単位や学業成績も兼ね合って紹介先を決めるんだ。
籍のある学生ならともかく、その辺の無職が簡単に入れるわけがなかろう」
マジで。いきなり出端を挫かれた気分だぜ。
籍云々もなにも俺はもう2年も前に中退しちまってるし、そもそも教育学部じゃなくて社会学部だし。
「……とまあ、通常はここで手詰まりだ。だが教員のコネというか、内部で情報を弄って教育実習生一人分の枠を捏造することはできる。
丁度今は集団疎開で人手が足りないだろうからな。建前はあっても学校としては猫の手も借りたい状態だ」
「おおーっ!つまり知り合いに先生がいれば良いってわけだな!流石其辺ちゃん!……で、いるの?先生」
そう、この提案には重大な前提条件がある。知り合いに教員がいなければそもそも成り立たないという点だ。
問われた其辺は、何も言わず静かに黙って、自分を指さした。
「……マジで?」
「マジだ。言ってなかったか?当方はこの街の高校で学年主任を任じられている。
……まさか当方が職もなしに革命だのなんだの言っていたとでも思っていたわけじゃあるまい」
思ってました。
と、いい感じに議論も温まってきたところへ学生服姿の少年が一人現れた。
少年はまるで合コンで空気を読まずに乱入してきた女の子サイドの男友達のような、
あるいはポケモンで言うところのこれからすわセキエイ高原というところで勝負を仕掛けてきたライバルのような、そんな感じで。
>「やぁこんばんは、楽しそうだねー。僕も混ぜてよ」
的な発言をした。ちゃっかり靴脱いでやんの。部外者に喰わせる肉はねえ、と言い放ってやるつもりだったけど呂律が回らなかった。
みんな黙ってる。きゃんきゃんうるさい子犬のような山吹ちゃんも、結構人見知りするタイプらしく牛タンを口に詰めて沈黙していた。
「えーっと、俺は君を知ってるぜ。確か展覧会場で無双っぽいことしてた奴だろ」
あのときはコック服を着てたはずだけど。まあいろいろあったし着替えててもおかしくない。
常識的に考えて学生服でこんな時間に焼肉屋とか着てたら補導されるってのはまあ、ヴィランだし。
>「そう、奇しくも今夜同じ舞台で悪事を働いたヴィラン仲間って事でさ。ねぇ、いいだろ?」
「えー……」
殆ど初対面だし空気壊れるじゃん。なんでこいつ呼ばれてない同窓会みたいなアウェイでここまで図々しく振る舞えるんだ。
俺が高校生だった頃を思い出すぜ。居たなあ、何にでも首突っ込んではウザがられてる奴。ヤバいことに突っ込んで死んだけど。
>「まぁ……どうしても駄目だって言うなら、別にいいけどさ。大人しく引き下がるよ。
傷心の僕が交番に駆け込んで犯罪者仲間にぼっちにされたと泣きついたり、帰り道で身投げをしたり、
通り魔殺人をしちゃうかもしれないけど、君達には関係ないから気にしないでいいよ」
「肉は何が良い?どれもいい感じに育ってるけどオススメはハラミだな。サンチュもあるから好きなだけ巻けよ!」
なんつーこと言い出すんだこいつ。
悪の組織にハブられたからって警察に泣きつくやつがあるか。
>「……なーんて、冗談だよ。君達は心優しいからきっと許してくれるよね。まぁ、それが納得出来ないなら」
>「お近付きのしるしだよ。献上品を受け取って新顔を受け入れる。どうだい?これなら悪役っぽいだろ?」
学生服が持ち込んだのは赤々とした実に新鮮そうな肉の山だった。
そろそろ財布的にヤバいからお勘定しなきゃだけど6人じゃまだまだ食べたりねえってときに、それは凄く有効打だった。
>「と言う訳で、お邪魔しまーす。ささ、遠慮せずに食べてよ。何ならここの勘定全部、僕が受け持ってもいい」
「上座を開けろ! 学生様1名のお通りだっ!!」
ちゃっかり上座を占有していた其辺を蹴り出し、学生様にご着席を促す。
そそくさとテーブルの上を片付けて即席の特等席をでっち上げた。ヒャッハー、今夜は寝られねえぜ!!
………
……
…
学生服の少年は和明日灯と名乗った。わあすとう?わあすあかし?適当に付けられた漫画のキャラみたいな名前だ。
ともあれ俺達は和明日くんの持ってきた肉を焼き、美味しくいただいたのであった。
>「美味しいかい?」
「んー、ちょっと筋ばってるっていうか繊維質っつーの?だけど美味いぜ。タダほど美味いもんはない」
そういえば和明日くんはさっきから食ってないな。ほんとに奢る為だけに来たみたいでちょっと怖い。
まあ肉自体は普通のものだし、山吹ちゃんのサイコメトリーでも特に毒が入ってるとかじゃないからまったく問題ないんだけどね!
「其辺さん、食べないんですかっ?」
「ああ。当方は遠慮しておくよ」
山吹ちゃんがようやく牛タンを飲み込んで、新しい肉をやっつけにかかる。
その反面で其辺は和明日くんがやってきてからというもの、肉を口にせず焼酎ばかりちびちびやってる。上座を追い出したからって怒ってんのか?
>「あぁ、そうそう。全く関係ないんだけどさ。うん、ホントにまーったく関係ないんだけどね?
今から暫く、店員さんを呼んでも多分誰も来ないと思うから。え?何でかって?そりゃあ、ねぇ。
……聞きたい?聞かなきゃ良かったってのは無しだよ?」
「……え?」
何を言ってるんだこいつは。
何を言ってるんだこいつは。
何を言ってるんだこいつは。
無防備な脳裏に、抑えても効かずよぎっていくのは『最悪』の想像。
そんな、まさか、馬鹿な。そんなわけない。『あの肉』は食用じゃないから不味いって言うし。
……でも、あの肉は『筋張ってて繊維質』だって聞いたことはある。それで実のところ美味いから共食いしないように嫌悪感をををををををををを
>「あ、そう言えば制服を来たまま焼肉ってマズいよね。不味くはないけど。上着だけでも脱いでおかなくちゃ」
なんでもないようにあっけらかんと、和明日くんが学生服を脱いだ。
服の中に隠されていた戦禍の本性。ぐちゃみそになってもう一生機能しなくなってしまったような、五体満足の成れの果て。
「真性殿」
「言うな、何も言うな朽葉くん!マジで、そんなわけがあってたまるか……!」
「真性殿」
「だから!頼むから何も言わn――」
「山吹ちゃんをトイレに連れていきますのでそこを開けられよ」
そこでようやく俺は、周囲に目を向けることを思い出した。
見れば山吹ちゃんが真っ青になって口を抑えている。その両脇を、山吹さんと朽葉くんが、泣きそうな顔で抱えていた。
あ、そうだ。吐けばいいんだ。吐けば『喰った』ことにはならない。ああどうやって吐こう、喉に指突っ込んで、その前に洗面器――
>「嘘だよ、嘘。冗談に決まってるじゃないか。ちょっと驚かせたかっただけさ。
僕はね、君達の友達になりたいんだ。だからそんな酷い事をしたりはしないよ」
「………………あ?」
嘘。
嘘だった。なんだ嘘か。嘘ならしょうがないな。まったく驚かせやがって。あっはっは、あっははは、ははははは。
「ふざっけんなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
シャレにならない冗談を引っ提げて最悪を運んできた男は、努めて親しげに続ける。
>「そう、僕は君達の仲間になって、友達になりたい。中でもとりわけ、君とはいい友達になれる気がするんだ」
グロい右手を、俺に差し出してきた。
>「とてもいい、悪友にね」
――はい、回想終わり。
とまあそんなことがあって、俺達は和明日灯をフラタニティに引き入れた。
性格は最悪極まりないクズの極みのゲス野郎だが、腕は確かだ。俺はその手腕を目撃してるし、戦力は喉から手が出るほど欲しい。
山吹ちゃん各位古株メンバーは和明日との提携を猛烈に拒否り、夜之咲ちゃんはなんだか親和性を見出したらしく普通に接している。
俺はというと、心は許さないまでもヴィランとしては実に有能な男であることは認めざるを得なくて、とりあえず握手には応じた。
「あんまシャレにならんことするなよ。パンピーはともかく俺達に次やったら今度こそ追い出すからな」
みたいな口約束を施して。
どの程度効力を持つのかは知らんが和明日本人は至って社交的なので、最低限の約束は守ってくれると信じたい。
なにより友達のいない俺にとって、友好を全面に押し出してくる人間との付き合い方がわからないのが痛かった。
どこまで突き放していいのかわからないのだ。下手に藪をつついて地雷押してもつまらない。
さて、話を本編に戻そう。
今回の作戦に当たって、俺以外にもフラタニティのメンバーは潜伏している。
職員室に学年主任の其辺。屋上に広域探査として山吹ちゃん、その護衛兼報道ヘリを攻撃する砲台として山吹さん。
本人の熱烈な希望により保健室に朽葉君が潜伏し、夜之咲ちゃんと和明日の野郎は先んじて俺の担当学級に潜り込んでいる。
「えーと、それじゃまずは顔と名前を一致させたいんで、出席番号の順に氏名と……何か一言適当に言ってってちゃぶだい」
指導要綱と学籍簿を机に広げながら、まずは生徒達に顔を覚えてもらうために印象づけていこう。
とりあえず俺も覚えられるように頑張らなくちゃな、と教室を見回す。寄せ集めの『2-0』クラス。その中に、知った顔をちらほら見る。
ブレザー着た夜之咲ちゃん。制服着てるとやっぱ男なんだなあと現実を見せつけられて腹を下しそうだ。
それから何故かここの学校の制服を着てる和明日くん。こっち見てニヤニヤなにかニヨニヨなのかオノマトペに迷う薄ら笑いを向けている。
そして。
「――げっ」
女子高生がいた。
ああいや女子高生がいるのは当たり前なんだけど!でも俺は彼女に女子高生以外の呼称を使ったことがない。
第一話参照、展覧会の前日に駅前でビラ配ってた俺に正論をぶちまけ、公衆の面前で女子高生に説教されるという背徳の悦びを俺に教えてくれたJKだ。
この学校の生徒だったのか……。
疑念、疑惑、議論の萌芽。
日常と薄皮一枚隔てた向こうで展開される血肉の鉄火場から目を背け耳を塞いで、どうしようもなく安定を欠いた学級は邂逅する。
サナギの中身のようにどろどろと渦巻く伏線とかその他もろもろを内包して、俺と40人前後の長い一日はこうして始まった。
名前:真性道程 (まさが みちのり)
職業:教育実習生・超Sラン大学四回生
勢力:――
性別:男
年齢:22
身長:175cm
体重:57cm
性格:熱意に溢れ生徒のことを第一に考える素敵な教師
外見:リクルートスーツ。揉み上げをカットし実年齢より若く見える。
備考:『粗製濫造』で治安悪化の一途を辿る高校に訪れた教育実習生。
異能を持て余し荒みきった生徒たちの心を熱意と努力で少しずつ溶かしながら、異能では見えない本当に大切な仲間達との絆を教えてくれるぞ!
そんなハートフルでソウルフルな話を裏で展開してるけど本編では触れられない。一切触れられない。
【占領の為に学校に教育実習生として潜り込む】
【とりあえず疎開の為に夜之咲ちゃん、和明日くん、伊達くん、縁間ちゃん全員が寄せ集められたご都合クラスということで】
【次ターンから話を動かしますので顔合わせ程度に】
>「あんまシャレにならんことするなよ。パンピーはともかく俺達に次やったら今度こそ追い出すからな」
「わぁ、ありがとう!約束する!やっぱり君とは良い友達になれそうだよ!」
喜色満面で目を輝かせて、和明日灯は身を乗り出した。
そして道程の右手を両手で強く握る。
次いで他の面々にもにこやかな笑顔を圧力にして握手を求め、
和明日灯は晴れて『フラタニティ』の一員となった。
「……あ、そう言えば僕さっき勘定全部受け持つとか言っちゃったんだっけ。
でも困ったなぁ。実は僕、サイフ持ってきてないんだよねー。……まぁ、いっか」
焼肉屋からの帰り際、唐突に和明日灯は呟いた。
彼の言葉はあくまで独り言の形を取ってはいたが、矛先は明らかに道程達に向けられている。
彼らが自分の行いに対して、注目せざるを得ないように。
「ちょっと待っててねー」
彼は一言残して制服の上着を羽織り、座敷席から出ていった。
ややあってから少し遠くで「おじゃましまーす」と彼の声が道程達の元に届く。
「お待たせー。さっ、帰ろっか」
それからすぐに、和明日灯は帰ってきた。
彼の右手にはサイフが握られている。
サイフは所々、赤い汚れが自己主張をしていた。。
「いやー、あのまま帰っても良い具合に最悪だなーとも思ったんだけどね?
約束しちゃったからねー。全く関係ない誰かになら何をしても良いって言うから、貰ってきちゃった」
いとも平然と、和明日灯はサイフの出所を解説する。
三日月に化けた双眸と口元を、道程に向けながら。
「もしも、もしも君がさっきあんな約束をさせなければ……
あのオジサンは死ななくて済んだんだろうなぁ。あ、これは独り言だから気にしないでね」
言外に悪意を潜ませて、和明日灯は楽しげに笑った。
そんな事があったけど割りと関係なく後日、和明日灯は都市内のとある学校にいた。
『フラタニティ』の次なる作戦は学校を占拠しての思想の膾炙らしい。
かくして和明日灯は折角だからと、学生に扮して学校に紛れ込んだのだった。
>「皆さんこんにちわ。今日からしばらくのあいだみんなの副担任となる真性道程です。社会科を担当するので、楽しくやりましょう」
不似合いな髪型とスーツ姿を瞳に映して、和明日灯は笑みを浮かべていた。
彼の笑顔は単に、道程の格好を面白がっているだけに見える。
だが一方で、やはり何か良からぬ事を考えているようにも見えてしまう。
どちらかに断定出来ないからこそ尚更、タチが悪かった。
>「えーと、それじゃまずは顔と名前を一致させたいんで、出席番号の順に氏名と……何か一言適当に言ってってちゃぶだい」
「はいはーい、じゃあ僕からがいいでーす!」
自己紹介と聞いて、和明日灯は真っ先に手を挙げる。
彼のいる教室には今、伊達一樹と縁間沙羅、つまり彼の悪行と本性を知る者がいた。
けれども和明日灯は一切気にせず、はしゃいでいる。
だが彼は何も、バレてしまっても構わないと開き直っている訳ではなかった。
彼は今『悪が日常に潜み、その存在を悟られる事なく悪事を企んでいる』と言う悪意を体現しているのだ。
和明日灯を覚えている者も、彼がその悪意を体現している内は今一つ彼の存在を思い出せない。
とは言っても、和明日灯が少しでも怪しい素振りを見せればすぐに、彼の正体は露呈してしまう。
相手の勘が良ければ看破されてしまう事だってあり得る。
彼の異能は万能だが、それでも能力の枠から逸する事はない。
故に出力の限界と言う枷を振り切る事は出来ないのだ。
何より彼はあくまで『悪い事をする為に』潜んでいる。
ならば悪い事をしてしまえば、潜む能力は消滅するのが道理だ。
【悪意の体現】は彼の心根、悪意に従って姿を変える。
故に効果は多岐に渡り――同時に融通が利かない。
つまり『死にたくないから』『殺したいから』『隠したいから』
と言った願望を体現するのは、和明日灯には不可能だと言う事だ。
「えーっと、名前はわあすあかし。『和のある明日に灯を』と書いて和明日灯って読むんだ。いい名前だろ?」
ともあれ彼はノリノリで自己紹介を始める。
「……僕の顔に見覚えがないって思ってる人、いるんじゃないかな。
無くて当然なんだよ。実は僕、入学してすぐに引きこもりになっちゃったんだ」
普段は太陽もかくやに煌く瞳を曇らせて、視線を窓の外に向け、和明日灯は突然語り出した。
「色々あってさ、もう絶対学校になんか行きたくないって思ってた」
声色は暗く静かに、和明日灯は続ける。
「……だけど疎開があって、学校から皆がいなくなるって聞いて、それで思ったんだ!
こんなんじゃ駄目だ!友達の一人も、思い出の一つも作れずに二度とない高校生活を終えるなんて、悲しすぎるって!」
彼は突然、視線を窓の外から戻してクラスの面々を見回し、目は見開き、声を荒らげて叫んだ。
「……僕が学校に帰ってきた時には、もう僕のクラスは無くなっちゃってた。
けど、代わりに君達と同じクラスになる事が出来たんだ。僕は嬉しかったよ。
まだ高校生活がやり直せるんだって。こんな僕だけど良かったら、もし良かったら……」
ほんの一瞬だけ言い淀み、視線を逸らし、戻して、和明日灯は皆に向かって告げる。
「僕と、友達になって欲しいな。よろしくね」
全てを言い終えてから、彼は皆に笑いかけた。
何処までも無邪気で明るい、童子のような笑顔で。
【とりあえず自己紹介。友達になって欲しいな】
戦いは終わった
会場に現れたヴィランは全て肉片になっているか、もしくは警察に投降している
その中で、宙野は軽くため息をつき、緊張の糸を切った
頭の中に喪失感と疲れが流れ込んでくる中、石原が近づいてきて、肩を叩く
>「私は、その……実のところ不知火には期待してなかったんだが。
>君には期待していた。これからも、ヨロシク頼むよ。」
それを聞いて、宙野は誇らしい気分になると共に、少し悲しくなる
「市長、あなたは少し誤解している様ですが…
この街にヴィランに対抗するパワードスーツを送り込み、不知火の技術をアピールする『名目』で不知火重工を動かしたのは…」
『宙野、作戦完了だ、すぐ、指揮車に帰還しろ』
宙野の言葉をさえぎるように武中から通信が入ってきた
それに宙野が応じると、次いで、武中は通信回線を市長へと変える
『市長、この度は真に申し訳無い事をしてしまいました
私がもっとこの街について知っていれば、今回の様な事にはならなかった…
民間人に多数の死傷者を出し、多くの犠牲をだし、メタルボーガーを奪われ、更にヴィランのダミーダイヤ強奪は無かったとはいえ阻止できなかった事は全て作戦立案者の私の責任だ
なので…
…次は絶対にこう易々とやられはさせない
これからもご協力をよろしくお願いします』
技術者と責任者、そして熱い正義の魂を持つ者の合わさった挨拶を石原にした武中は、通信を切ると、宙野を指揮車へと戻した
確かに、武中の言うように、作戦は完全に失敗した
だが
彼の開発したハイメタルボーガーはその場にいたヴィランに対し全く遅れは取っていない
作戦立案者として負けてしまったが、技術者として武中は敗北などしていない
現に
(……こんなにも損傷していたのか…)
帰路、ハイメタルボーガーを脱ぎ、セルゲイにやられた腕を見た宙野は、その損傷の酷さに目を見張った
装甲はボロボロに焼け焦げ、見るも無残な有様になっている
しかし、装着者の宙野の腕は無傷であり、しかもスペシウム発射にも何ら影響は無かった
(これだけやられても機能を保ち続ける何て…)
宙野は改めてハイメタルボーガーと、これを開発した武中の凄まじさに感激し、そして確信した
このアーマーならば、確実に如何なるヴィランとも戦い、勝利する事ができる、と
そして
それを使いこなせない自分に、嫌気がさした
【イベント参加ありがとうございました】
言葉にできない光景が目の前に広がっていた。これは酷い。まあ狂っているのは自分もおんなじだ。自分を特殊な人
間だと思い込むのは魂が病んでいる証拠だそうだ。出典はそう、
「スタートレック」
まあいい、あいにく箱○は持っていないので、HALOはアニメしか知らないが世界の歪みと捉えておこう。閑話休題。目的と理由。主観と客観。
「インフレが激しい。私の持つ一種の男性的力、すなわち暴力を表すグロックでは太刀打ちできない相手だ。つまりジャンプ的段階すら踏まない理不尽な強化、につぐ強化。それが私を阻害している。
そもそも、これは物語として成立しているのかどうかわからない。起承転結もままならない。オーケー、わかってる。人間なんて所詮は現実でしか生きられない。事実は小説よりも奇なり、つまり現実は狂ってる。Q.E.D.
そう、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ。」
まあいい、戦わなければ生き残れないのだ。頭良さげに振る舞うのは誰にだってできる。
馬鹿は知識を語りたがり、知恵の有るものは沈黙を守る。この世界は狂っている。そんな世界だからこそ、私は自分を取り繕うことを諦めなければならない。
汝自身を知れ。でもそんなのイチローにだって無理だ。そんな完璧なイチローもやがてオワコンと化す。時間は残酷だと思う。本当に、心の底から。
私はポケットに詰まったメモ帳を捨てた。不確かな過去に逃げるのは止めよう。立ち向かうふりをして、逃げ道を探すのはいい加減ウンザリだ。戦おう、前に進もう。
生きるってのは苦しみの連続だろう?ロイはデッカートにそう言った。汚染された近未来のLAで、酸性雨に打たれながら。
私はお前達の目には信じられないものを幾つも見てきた。だがそんな思い出ももうじき消えてしまう。
「邪魔なんだよ、ロボットごときが」
「帰れ、昭和の世界に。時代遅れなんだよ人形巨大ロボットなんて」
「何?パンツ・・・だと?」
吉良はピッコロに押し付けられたパンツの山を見て「あぁ、いいですねぇ」の波が押し寄せてきたのを感じた。
まず、謝罪の前に、東方ファン及び、関係者の皆様にお知らせしたいことがございます。
この度、東方TRPGさんサイドに理解して頂きたいのは、“私がここ1クールほど仕事が忙しく、殺人に行けていない”という事実であります。
そんな状態で私が幼女のパンツを見れば、完全に汚れ2次萌えキャラとカン違いし、ズーリーしたくなることは、不可抗力としか言いようがなく
「あらあら、いいですねぇ。」と、最終的にはおすりすり1回ツェーマン(1万円)でなんとかなるかなと腹をくくった所存です。
その旨、何卒ご理解くださいますよう、この場を借りて切にお願い申し上げますと共に、今回の一件は、温かく見守って頂きますよう、重ねてお願い致します。
吉良のレベルが上がった!!タイリョクが上がった!!テンションが上がった!!スタンド「パンツァダスト」を覚えた!!
「フフフ、私も手を貸そう。この素晴らしき世界の為に!!」
「お〜こってるな。よし、から揚げ美味しく作るならぁ・あ・モミモミ〜モミモミ♪」
「おっ、準備がいいな」
「新たな路線のテーマパークというわけか……。これは来年あたり流行るとオレの勘がつげている!」
「あおおーっ!!」
「にんっしんっ!」
さわやかな少女の絶叫が、澄みきった蒼魔館にこだまする。レミリア様のお庭に集う乙女たちが、今日もヘブン状態のような笑顔で、背の高い門から侵入してゆく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の弾幕。スカートの下のドロワーズは乱さないように、陰陽玉に押し潰されないように、ゆっくりしていくのがここでのたしなみ。
もちろん、集団乱交を行なって伝説になるなどといった、はしたないヘヴィアーマーなど存在していようはずもない。
万病円は飲み薬である。百薬の長たる酒は本来口から飲むものだが、尻の穴から飲むと急性アル中で死ぬ。万病円にしても、葵のモデルになった人が実際に処方したとされるが、それが尻から注入されたという記録は残っていない。
葵はただちに十六夜咲夜に黙祷を捧げると共に、自身の貞操の守備を4倍に増強した。そして同時に、誰かがある違和感に気付いたかも知れないが、それが何かは言わない。
別にそれほど重要なことではないが、後で伏線だと言い張れることが書いてあったので、敢えてツッコミは入れない。
「大変だ、トントさんの病気が悪化しなすった」
出会って間もない人物を病気呼ばわりは酷い言い草であるが、実際のところ、記憶が1日分しか保持できないのは、何らかの外的ショックに起因する病気かも知れない。
心の病気だとしたら、万病円でも治るかどうかは怪しいところだ。今夜もまた、誰かが命を落とす……
ますます病状が悪化している気がする吉良吉影。
「吉良さん。貴方は病気なんです。助けてあげます」
とりあえず、こちらにも万病円が必要だと思ったので、直ちにこれを投与した。心の病気は治らないかも知れないが、脳の病気だったら快方に向かうに違いない。
しかし、万病円は主成分がアレとかアレとかアレ(詳しくはGoogle先生に聞いてみよう)な劇薬であるため、吉良吉影がどのようになるのかは不明だ。首領パッチは増殖した。
何故か?汚らしい毛唐どもの作ったクラゲに、首領パッチニードルが命中したからだ。
「家族が増えるよ!!」
「やったね首領パッチ!」
いつの間にか葵も増えているが、何処もおかしいところはない。そんなこんなで一通り汚らしいクラゲの駆除が終わったので、あとはレミリア・ブルーレットを始末するだけである。
王座に鎮座するはピンクの服をまとった子供赤の瞳を持ち、背中から竜の翼のようなものが生えてる
「ごきげんよう。何か用かしら?」
「私は大いなる罪を犯してきた。そして、お前たちが渡しを殺しに来ることもわかっていた。でも、それではTRPGになるまい。殺し殺される戦いとやらを始めようではないか」
トントや吉良がこの場の雰囲気に飲まれ、病状が悪化し始めている。首領パッチはいつもと変わらないようだが、どこかのマトリックスのエージェントのように、自分自身を量産させていた。
吉良がピッコロの肩を揉む。こってるように感じるのは、マントの重り越しだからだ。
ピッコロが無言で葵の弾幕を手に取り、吉良の尻にぶち込もうと振り返る。しかし、後ろにはパンツを被った変態が踊っているだけ。吉良は葵に薬を飲まされていた。
そして、葵も増えていた。ピッコロは行き場の無い座薬だと思っていた飲み薬をどうするかと考えて、まだクラゲに寄生されてる者達がいたので、投与することにした。
「魔浣腸殺砲!」
必死に逃げようとする魔理沙の後ろ姿に、ピッコロは薬を指に挟んで瞬時に近付き、魔貫光殺砲を撃つように薬を尻にねじ込んだ。
白目を向きながら、>香田晋かyo!! >世界のキラポー とか叫んでいたが、弾幕少女だから、これくらい何ともないぜ。これで寄生された者はパチュリーだけ。
パチュリーは体がひ弱そうなので、ピッコロは優しく口移しで薬を飲ませてやった。そうして、クラゲ達を退治した一行は、レミリア・ブルーレットの待つ王座の間に辿り着く。
「御託を抜かしてる暇があるならば、さっさとパンツを脱いで尻を出せ」
目の前のレミリアの左肩だけが妙に膨らんでおり、大きな気を放っている。妖精メイド達のように寄生されてるようだ。
レミリアは悟飯のように可愛らしくも、パチュリーのようにひ弱そうでもない。ピッコロは躊躇いなく尻に薬をぶち込むつまりだ。
神社で茶を飲むのも飽きてきたユーゼスは一連の騒動を観察していたが、特に気になる点は無かったのでスルーした。
棒立ちのビルゴを拳銃で破壊した人物が居たようだが、ユーゼスの常識では、あんなものは戦闘行動中であっても素手で破壊できる人間がごまんと居る。
結局のところ、ウルトラマンや宇宙刑事やキングオブハートにコテンパンにされていたお陰でユーゼスのインフレの尺度の感覚はぶっ飛んでいたのである。
「フン、ピッコロ。どうやら手こずっているようだな。」
館の一番上の風見鶏の上に立つM字型のハゲ。彼の名前はべジータ・ベータという。
ブルマにトランクスのトランクスを買って来いとおつかいを頼まれたのだが気が付いたらこんなところまで来ていたのは秘密だ。
「フン、このべジータ様が来たからにはさっさとケリを付けてやるぞ!!ハァァアア!!」
べジータのM字ハゲが黄金に輝き、アメリカ人もびっくりの金髪へと変貌する。ネタにされがちだが、セルを圧倒した事もあるスーパーサイヤ人だぞこの野朗。
「これが、スーパーサイヤ人だ。貴様ら、覚悟しろよ!」
だが、自己増殖を行ったあの首領パッチとかいう生物… 放置しておけばこの惑星の生態系に悪影響を及ぼすかも知れん。修正が必要か)
ユーゼスは大量増殖した『元フラッドの首領パッチ』の因果律を操作し、脅威のナノマシン・DG細胞の因子を組み込んだ。
これで彼らは自己増殖・自己進化・自己再生と共に、自然環境の保護を指向する筈だ。
すると何がどう間違ったのか、量産型首領パッチ軍団はメイド服を着て、館内の掃除を始めてしまった。更にオリジナルの首領パッチにもバケツとモップを押し付けて
「さあ、トイレ掃除の時間だぜ!!」などと手伝わせようとしている。
ちなみに、たまたま茶を飲み干すタイミングだったお陰で、葵が増殖した事には気付かなかった。
山道を登る。――騎士とはなんだ?
剣を振り、闘う者のことか。いや、闘うだけならば戦士である。騎士には至らない。
山道を登る。
――騎士とはなんだ?
その名の通り、馬に乗り駆る者のことか。いや、それは騎兵である。今求めている答えには届かない。
では、騎士とは何なのか。
「それは、国に仕え、民を守る。世の人の規範となるべき者にこそ与えられる称号であるっ!!」
山道を登りながら、男は叫ぶ。どう考えても山登りには向いていない、高そうな鎧に身を包み。金髪碧眼のその顔は、凛々しいと形容してもどこもおかしくはない。
誰が見ても、「騎士だ」と納得する容貌である。それを裏付けるように、騎士を表す紋章が、腰に下げた剣に光る。
まるで輝いているかのように磨き上げられた白銀の鎧。刃毀れ一つしていない、研ぎ澄まされた業物の剣。傷が、何もない。使われた形跡すら、どこにもない。
騎士という職が男の言う通りなのであれば、男は民を護らねばならない。何から守る?通り魔、強盗、殺人鬼?それは警察的役人の仕事であり、騎士の管轄ではない。
地震、津波、タイフーン?それは自然災害、守りたくても守れるものではない。ならば何から守るのか。外敵からだ。他国からの侵略や、民の生活を脅かす魔獣などから守るのが騎士の役目ではないのか。
では、そのような危険のない世界であったら?好戦的な近隣国や、人食いの怪物があり得ないような世界であったとしたら。
騎士の存在は、極端に矮小化する。国に仕えているだけの、何もしない、ただの高給取りでしかなくなる。
この男のように、頭もよくなく、それほど武芸に秀でているわけでもなく。何の取り柄もない癖に、ただ「騎士」という矜持とプライドに凝り固まった人間が生まれてしまう。くり返す、この男のように。
親が騎士だった。祖父が騎士だった。その父も、祖父も、騎士だった。物心ついた頃から将来は騎士になると思っていたし、当たり前のように騎士となった。
騎士らしいことは、何一つすることもないまま。今山に登っているのだって、ここの山頂に何か邪教の本尊となっている祠があるから破壊してきてくれ、という小間使いのような命を受けたから。
男は山道を登り続ける。評判の悪い大臣の命とはいえ、久々の、国からの命なのだ。騎士という自分にプライドを持っている男としては、意気揚々と登らざるを得ない。
ここは数百年単位で平和な時代、騎士は必要とされていない。
しかし、裏を返せば――
――――あの馬鹿め。何の疑いもせずに向かって行きよった。
――――あの山の祠は邪教の本尊などではない。歴とした聖域だ。
――――数百万とも言われる魔王軍の軍勢が封印されているのだぞ。
――――その力で、この国は大混乱に陥ることだろう……。
――――くっくっくっ、それでいい。このような国、滅びてしまえ!
――――ふはははは!はーっはっはっはっ!!
男は山道を登り続ける。その先に待つのは、平和な時代を再び混沌におとしめた愚か者という汚名。男は、何も知らない。騎士は、何も知らない。
降り出した雨から逃げるように、男は山道を駆け登る。みるみるうちにどしゃ降りへと変化した雨。泥濘んだ大地に足を取られぬよう、下を向いて走り抜ける。
やがて見えてきた祠。まごうことなき目的地。一寸の躊躇もすることなく、男はそこに飛び込んだ。
「頼もう!」
返事はない。髪を濡らす水滴を振り払いつつ一足一足踏み入れて行くと、人の気配に気付く。
椅子に座る、黒い影。鎧に身を固めた人物が、身を沈めている。ここの邪教の信者であろうか?祈りを捧げているのだろう。
戦わねばならぬかと思ったが、どうも鎧の人物は憔悴しきっているように見える。とりあえずは放置し、ここに来た目的を果たす。
「いざこそ、国を揺るがす邪教、この剣にて滅する!」
鞘から剣を抜き放ち、振り上げたまま祭壇へと突進する。祭壇には、杯がひとつ。
何故か、それだけ、埃を全く被っていない。
近づくだけで圧迫されるような力を感じる。
――なるほど、聖杯というわけか。
本尊とされるに違いない。
男は、祭壇の目前に立つと、力を込めて刃を振り下ろした。
騎士叙勲の際に賜った、国家有数の名匠が鍛え上げたその剣は、やはり斬れ味も凄まじく。
まるで生肉を断ち切るように。
祭壇ごと、真っ二つに両断した。
その、聖杯を。
その瞬間である。
どす黒く、分厚い、雲の内から。
紫電の光が、雷光が。真っ直ぐに降りてきて。
祠に直撃したかと思うと。
場は、光で覆われた。
突然の光に視界を奪われてから数秒。目を開くと、そこにはもはや瓦礫と化した祭壇しか残ってはいない。
「これで、よし!」
当面の目的は達したと、朗らかな表情で振り返る。さて、後は帰って報告するだけではあるが。
突然の行動に驚いているであろう先程の鎧の邪教の信者に、我が国教の貴さを説いてやることとしようか。
そうだ、この祠をこれから国教の祠として再利用するというのもありではないだろうか。そんなことを考えながら、ふと、違和感に気付く。
窓の外。祠の西側に付いた窓から見えるのは、この山の隣に聳える、別の山である。
何の力が働いているのか、立ち入る人々の方向感覚を狂わせるため、「魔の山」などと呼ばれ、滅多に人が近づかない、あの山が見える。
そう呼ばれているにはもう一つ理由があった気がするが、それは忘れてしまった。とにもかくにも、確かにその山は見える。雨の中でも、薄らと。ただ、違和感しか感じない。
窓に近付き、絶句する。違和の正体。魔の山の頂。あんなものは、なかったはずだ。少なくとも、ついさっきまでは。
そこにあったのは、禍々しい造形。一言で言うならば、魔城。自分の目で見ている風景が信じられず、男はその場に膝を付いた。
雨空だとはいえ、外はまるで夜のように暗い。もう、『なかったこと』には出来ない。全ては、動き出した。
男を山に遣わしたあの大臣は、責任を追及される前に自ら命を絶った。この世界への呪詛の念が書かれた置手紙を遺し。
その手紙には、世が変化した理由が事細かに書かれていた。――男を、名指しして。
男は騙されたのは間違いない。だから国からの咎めは何もなかった。男は命を全うしただけ。
だがそれでも、この争乱は男が起こしたものだ。故意のあるなしに関わらず。男は、民より逆賊の謗りを受けることになった。
街を歩けば、罵詈雑言と共に石を投げられた。ある晩、家に火をかけられた。それ以上に男を苦しめたのは、愛する妹が――。
悲しみは浮かべど、恨みは湧くことはない。自業自得なのだ。『知らなかった』で済まされないのだ。全ては、己が撒いた種。
だから、男が王からの御触れに従おうと考えたのは、当然の帰結と言えるだろう。
自分の無知と無能が齎した結果がこの惨状だ。なれば己の力でこの世を元の姿に戻す。それこそが贖罪。それこそが騎士としての務めである。
男は単身、王都を離れ。男は単身、死路を行く。
すでに魔都へと向かった腕に覚えがある者も、数人乃至は数十人で徒党を組んでいる。当たり前の話だ、一人きりでどうにかなるなどと考えるのはよほどの馬鹿しかいない。
男だって孤独になりたかった訳ではない。だが、世を混乱させた張本人と共に行動しようと考える人物はいない。それを十分理解しているから、男は孤影。
別に、ここで死んでもいい。もう、失うものなど何もないのだ。
期せずして、ほぼ同時に街を旅立った、二人の男。方や、白い騎士。方や、黒い騎士。
2人の道が、丁度交わらんとする時。男達の頭上で、まるで餌を見つけたとばかりに嘶く声。人ほどもある体躯、鋼のような爪と嘴。魔鳥が、旋回していた。
「離れよ、畜生風情が!」
たとえ世間から何と言われようとも、心はいつでも高潔な騎士である。
危険な目に遭っている人物を見過ごすことは出来ない。
見つけるとともに、体が動く。
実力は、足りずとも。
差し伸べられた手に落ちていた剣を握らせ、男は抜き身の剣で真っ直ぐ魔鳥と対峙する。
ほんの十分の一秒の停滞の後、蹲う重鎧より目の前の軽鎧の方が喰い易しと見たか、鳥はその嘴の矛先を移す。
その鈍色の凶器が、今、男に向け振るわれようとする。
一撃目。既の所で剣で止める。
二撃目。腹にまともに嘴の衝撃。胃の内容物が食道を駆け上がって来る。
剣を取り落とさなかったのが、我ながら天晴れと思わざるを得ない。
三撃目。いや、厳密に言うならばそれは撃ではない。
左足を食いつかれ、軽々と空へと持ち上げられる。
陸上生物を高々と持ち上げ落とし、衰弱させてから食らう習性を持った鳥がいる。
この鳥もその一種なのだろうか、それを窺い知ることは出来ないが。
万力で挟まれたような痛みの後、それから解放された先に待っていたのは浮遊感。
――死ぬ。
それを頭で理解する前に体が動いた。
握り締めた剣を、闇雲に突き立てた。
鳥の断末魔が聞こえた。
空から、落ちて来る。
瞳に剣を突き立てられ、痛みにもがき苦しむ怪鳥と。
振り落とされぬようにと、突き立った剣の柄を強く握り締める男。
ゆっくりと。
ゆらり、ゆらりと、落ちて来る――。
門にほど近い、一角。
「――つまりその、何百年か昔の魔王軍との戦争の終結は、かなり強引なもんだったんだろ?」
「当時の資料によれば、な。解読するのも一苦労だが」
「ここで魔王軍と戦っていた奴らもみんな一緒に封印。なんとも非人道的だなー」
「そうでもなければ、とても終わらせることは出来なかったと言うことさ」
「ん? ってことはさ。封印されてた人達も、魔王軍とともに現世してるってことなのかな?」
「可能性はないとは言えない。封印されていた間の状況など、窺い知ることなど出来やしない」
「じゃ、もし居たとして、『魔法』みたいなの使えたりするのかな? こう、ボワーッて火を出したりとか」
「……ふむ、あるかもしれないな。今の俺たちには絵空事でしかないが、その頃はまだ魔法が日常的に使われていたという話も聞く」
「へぇ。教えてもらえたりしないかな」
駆け込んで来た足音に、雑談をやめそちらに注意を向ける。
「どうした?」
「人が来たんだけど、怪我人がいるらしくて、すぐ治療してほしいらしいの!」
「わかった、すぐに運びこめ!」
「救急具はまだあるよな?」
「仮眠ベッド、一つ開けといて!」
「大丈夫、ただ気絶してるだけさ。そんなに血相変えてるもんだから、大事かと思ったぜ。じき、目も覚ますだろう。……あんたらも、あの気が触れた令に従って来たんだろう? ったく、とんでもねぇ話だよな」
傭兵の男は、笑って言った。常ならば、あの高さから落ちたのであれば大怪我である。治療を受けたとて、しばらくは戦うことなど出来やしないだろう。
しかし男はやがて目を覚ますと、体に多少の軋みを感じつつも何事もなく立ち上がる。傷はあるが、決して大したものではない。
矛盾しているか?常ならば、である。男は、ただの人間だった。しかし今、確実にただの人間ではなくなりつつある。
あの雨の日。世界が変わったあの日。封印の聖杯を両断した瞬間に、その場を多い尽くしたあの光。溢れ出した魔の奔流が、男の体に影響を及ぼしていた。男の体に、「魔」が息づいている。
「魔」に、近づいている――。
目を覚まし、状況を確認する。気付けば、既に魔都へと到着していたようだ。近くにいるのは先ほど魔鳥に襲われていた黒い鎧の男と、見覚えのない少年騎士。どうやら自分を治療しようとしてくれたらしい。その心遣いに礼を述べ。
「我はヴェンディッド家が長子、クーゲル。……あの逆賊、クーゲルだ。……目的が同じであるならば、態々道を違えさせる必要はないだろう」
自分がこの災厄の原因であることを隠すことはない。背負って行くべき罪なのだ。
「信頼出来ねばいつでも後ろから突き殺してくれれば良い」
そう言って軽く笑い。一所に留まる時間的余裕などないと、男は先陣切って北へ。城のある方角へ歩き出す。ルノーと名乗った少年が語る、『白昼夢』とは何なのか。それだけが気にかかる。
男には焦りがある。これから同行者となる者の名前すら聞かず、自分の名前のみ告げるだけでさっさと進もうとしてしまう。
男が多少高慢な性格ではあったことを差し引いても、少し異常なほどだ。その姿は、傍目からみれば「急ぎすぎている」ようにしか写らない。
男には焦りがある。先刻からこの体を支配する、あの城へと早く向かわなければならないという焦燥感。魔都にて目を覚ましてからは、その昂りが最早無視出来なくなってしまっている。
男には焦りがある。一刻も早く世に恒久的な平和を取り戻さねばならない、という正義感から来るものであればどれだけ幸せなことか。
本能が、囁きかけているのだまるで――この体は自分の物ではないかのように。先頭立って進んでゆくと、やがて瞳に映る光景が色を変えてゆく。
足を止めるな、という彼の声が聞こえる。なるほど、これが白昼夢か。取り囲む無数の鎧兵士たち。こちらの歩みを止めようと、届かぬ手を伸ばしてくる。ここに来る前、些少調べたから知っている。この鎧どもの言っている言葉の意味を。
その口から零れる呪詛の念。少しでも耳を傾ければ、足が止まってしまうことだろう。しかし男は周りを見渡すと、口を開き、声を張り上げ――
「現在を生きるものとして、貴殿らには礼を申し上げたい! 諸君の犠牲の上で、我らは長き間幸福に浸ることが出来た!そこに貴殿らの同意がなかったことは分かっている! 恨みが募るのも確かであろう!
しかし我らとしては数百年前、世代にして数十世代も前になる! 先祖の愚行を、我らが償う道理はない!その怒りの行き場がない? そんなことはない! そもそもがあの魔の城、魔の軍が全ての元凶ではないか!
それを滅せんというのが我らである! 諸君らに変わり、我らが諸君の恨みを晴らして見せよう!しからばどうかここはひとつ、我らを通して貰えぬだろうか!」
その姿は気が触れている。いかれている、と言い換えてもいい。幻覚に向かって、説得している。しかもかなり自分勝手な理論で。
当然、何が変わる訳ではない。周りの鎧による行動の阻害は緩和されることはない。しかし男は晴れ晴れとした表情になり。前を見据え。一歩一歩踏み出す足に力が籠る。
歩みは止めぬまま、体の後ろに両の手を伸ばす。幻覚ではない存在に触れたことを理解すると、男は掴む。
手か、鎧の一部か。それは今はどうでもいい。後を歩いているはずの二人であらばそれでいい。振り向かなくてもいい。引っ張ってゆくことができればいい。先達する自分が迷わなければいい。
例え二人が惑わされその歩みを止めてしまったとしても、自分が歩いてゆくことが出来れば、きっと――。
「抜けた……のか?」
再び周囲の色が変わり、そこには幻覚を見る前と同じく、廃墟のような城下が広がっている。
二人を掴んでいた手を離すと、男は息を吐く。しかしそれも刹那のこと、すぐに聳える城に足を向け始める。周りが見えていないかのように、相も変わらず、先頭切って。
「ルノー、と、言ったか。少し落ち着くといい」
畳み掛けるようなルノーの言葉に、男は制止の声を上げる。確かにこの老婆が信じられない気持ちはわかる。男だって、不信感はある。
ただ、動くことが出来ない以上、どれだけ強い語調で喋ろうとそれは強がりにしかならず。それ以上に――。
「違和感はあったのだ。幻覚を見せるのであれば、同士討ちさせるなど、被害は簡単に与えられるはず。だが、戻されてしまうだけなのだろう?何度でも、挑戦出来さえする。まるで――強さを持たぬ者を、危険から遠ざけようとしているようではないか?」
篩をかけていたのではないか、と男は考える。あの幻覚に心乱される事なく、先に進む事が出来る者。そのような者こそ、挑む資格があるというもの。
「利用されているとしても、それはそれで構わぬさ。こちらは何もわからぬ状態なのだからな。――少しぐらいは、藁にもすがる」一呼吸。
「ということで、我は従っても構わないと思ってはいる。――ひとつ、気になることもあるしな」
頭の奥から、声がする。何をしている? そのような不審人物の言葉に耳を傾けるな!寄り道をするな、城へ向かえ! 早く! 早く! 早く! 早く!
早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く!早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く!
――一体、この声は――
その図書館は広くなく、些かこじんまりとしていた。在りし日にも来館数がそれほど多かったとも思えない、狭く寂れた図書館。
とはいえ、蔵書量が常なる建築物より格段に多いから図書館と呼ぶのだ。そこにあるのは無数の書籍。単行本、文庫、新書。崩れかけた本棚に、机や床に。
「この中から探し出すというのは……中々に骨の折れる作業ではあるな」
図書館のどの辺りにあるのかぐらい聞いておけばよかったか、とため息を吐きつつ独りごちる。だがあの老婆の口振りからすると、すぐ分かる場所に置いてあるはず。少なくとも態々本棚まで目を通す必要はないはずだ。
しかしこの街がどうしてこのようになったか調べるのであれば、そうともいかない。並んでいる本棚の規則性から、見当を付けて、探して……。
調べる価値はあるとはいえ、それはあまりにも途方もないことに思えてくるものだ。
「まだ日は高いとは言えど、そう長居もしてはいられぬ。一時間、程だろうか。探し続けられたとしても」
手分けして探してもいいが、何が起こるか分からないこの魔都、例え少しの間でも単独行動はさせることは出来ない。
それは男の傲慢な自己犠牲の精神の表れでもある。このように行動を共にしているのだ、この二人は我が守らねばならない。
騎士として。由緒正しき騎士として、だ。――まったくもって、傲慢な。
(それにしても)
人の皮の装丁、か。そのような書物。魔書、禁書の類いに決まっているではないか。もう一度周りを見渡す。さっきから考えているのは、ここに沢山いるという"幽霊"のことで。
先程の会話でもあったが、何か知っているのであればこちらに有益な情報を聞くこともできる。果たして、対話出来るのかどうかも定かではないが。
男は一歩足を踏み出す。何かを踏んだか、乾いた音がした。割れた曇り硝子の窓から風が吹き込み、床に散乱した本のページをめくる。
前が見えないといったほどではないが、その場は薄暗く。奥にゆけば、もう少し暗くなるだろう。本当に"幽霊"が出たって、少しの違和感もない。
埃の匂いが鼻について、男は一度だけわざとらしく咳き込んだ。
――心の底からの声は、まだ聞こえている。もしやこれが本当の自分自身の意思なのかと、疑ってしまうほどに。
山道を登る。――騎士とはなんだ?
剣を振り、闘う者のことか。いや、闘うだけならば戦士である。騎士には至らない。
山道を登る。
――騎士とはなんだ?
その名の通り、馬に乗り駆る者のことか。いや、それは騎兵である。今求めている答えには届かない。
では、騎士とは何なのか。
「それは、国に仕え、民を守る。世の人の規範となるべき者にこそ与えられる称号であるっ!!」
山道を登りながら、男は叫ぶ。どう考えても山登りには向いていない、高そうな鎧に身を包み。金髪碧眼のその顔は、凛々しいと形容してもどこもおかしくはない。
誰が見ても、「騎士だ」と納得する容貌である。それを裏付けるように、騎士を表す紋章が、腰に下げた剣に光る。
まるで輝いているかのように磨き上げられた白銀の鎧。刃毀れ一つしていない、研ぎ澄まされた業物の剣。傷が、何もない。使われた形跡すら、どこにもない。
騎士という職が男の言う通りなのであれば、男は民を護らねばならない。何から守る?通り魔、強盗、殺人鬼?それは警察的役人の仕事であり、騎士の管轄ではない。
地震、津波、タイフーン?それは自然災害、守りたくても守れるものではない。ならば何から守るのか。外敵からだ。他国からの侵略や、民の生活を脅かす魔獣などから守るのが騎士の役目ではないのか。
では、そのような危険のない世界であったら?好戦的な近隣国や、人食いの怪物があり得ないような世界であったとしたら。
騎士の存在は、極端に矮小化する。国に仕えているだけの、何もしない、ただの高給取りでしかなくなる。
この男のように、頭もよくなく、それほど武芸に秀でているわけでもなく。何の取り柄もない癖に、ただ「騎士」という矜持とプライドに凝り固まった人間が生まれてしまう。くり返す、この男のように。
親が騎士だった。祖父が騎士だった。その父も、祖父も、騎士だった。物心ついた頃から将来は騎士になると思っていたし、当たり前のように騎士となった。
騎士らしいことは、何一つすることもないまま。今山に登っているのだって、ここの山頂に何か邪教の本尊となっている祠があるから破壊してきてくれ、という小間使いのような命を受けたから。
男は山道を登り続ける。評判の悪い大臣の命とはいえ、久々の、国からの命なのだ。騎士という自分にプライドを持っている男としては、意気揚々と登らざるを得ない。
ここは数百年単位で平和な時代、騎士は必要とされていない。
しかし、裏を返せば――
――――あの馬鹿め。何の疑いもせずに向かって行きよった。
――――あの山の祠は邪教の本尊などではない。歴とした聖域だ。
――――数百万とも言われる魔王軍の軍勢が封印されているのだぞ。
――――その力で、この国は大混乱に陥ることだろう……。
――――くっくっくっ、それでいい。このような国、滅びてしまえ!
――――ふはははは!はーっはっはっはっ!!
男は山道を登り続ける。その先に待つのは、平和な時代を再び混沌におとしめた愚か者という汚名。男は、何も知らない。騎士は、何も知らない。
降り出した雨から逃げるように、男は山道を駆け登る。みるみるうちにどしゃ降りへと変化した雨。泥濘んだ大地に足を取られぬよう、下を向いて走り抜ける。
やがて見えてきた祠。まごうことなき目的地。一寸の躊躇もすることなく、男はそこに飛び込んだ。
「頼もう!」
返事はない。髪を濡らす水滴を振り払いつつ一足一足踏み入れて行くと、人の気配に気付く。
椅子に座る、黒い影。鎧に身を固めた人物が、身を沈めている。ここの邪教の信者であろうか?祈りを捧げているのだろう。
戦わねばならぬかと思ったが、どうも鎧の人物は憔悴しきっているように見える。とりあえずは放置し、ここに来た目的を果たす。
「いざこそ、国を揺るがす邪教、この剣にて滅する!」
鞘から剣を抜き放ち、振り上げたまま祭壇へと突進する。祭壇には、杯がひとつ。
何故か、それだけ、埃を全く被っていない。
近づくだけで圧迫されるような力を感じる。
――なるほど、聖杯というわけか。
本尊とされるに違いない。
男は、祭壇の目前に立つと、力を込めて刃を振り下ろした。
騎士叙勲の際に賜った、国家有数の名匠が鍛え上げたその剣は、やはり斬れ味も凄まじく。
まるで生肉を断ち切るように。
祭壇ごと、真っ二つに両断した。
その、聖杯を。
その瞬間である。
どす黒く、分厚い、雲の内から。
紫電の光が、雷光が。真っ直ぐに降りてきて。
祠に直撃したかと思うと。
場は、光で覆われた。
疾風の如き矢は、一人の武官の手によって地面へと叩き落された。
クィルが安堵の溜息を吐くのも束の間、こちらを睨みつけるその男を確認して息を呑む。
解放軍の者ならば知らぬものは居ない。ノイン王子の懐刀、ヴォルフガング・ヨアヒム・シュヴァルツシルトの名を。
「……またまた大ピンチ……かも」
弁解の余地もなく大ピンチである。
クィルの手によるものではないにしろ、ノインを殺す目的で放った矢が落とされたのだ。
取りも直さずそれは王子の命をテーブルに載せての交渉が失敗したことを意味する。直にも櫓を制圧すべく追手が放たれるだろう。
「……残念」
言葉の意図するところは作戦の失敗と、言い訳の立つ状況でノインの命を奪うことが出来なかったこと。
国力増強と国土発展のために次々と森を切り拓く帝国に対する森人の恨みは大きいのだ。
「……まあそれはおいおい。……今は撤退」
ともあれ今は逃げることが先決だ。まだ距離はあるが櫓に迫る騎影も視える。
クィルは革袋から大きめの鉱石を取り出し広場に向けて放り投げると、手馴れた動作で矢を引き抜き、長弓に番えて引き絞る。
フェゴルベルとファイの背後に投げた石は瞬光石。名前こそ大仰だが、特徴としては堅い物で叩くと瞬間的に強烈な光を発する程度。
クィルの放った矢は狙い違わずそれを射抜き、広場は爆発的な光量で満たされる。狙いは勿論二人の撤退援護だ。
「……後は……祈る」
二人が無事に逃げられるか見届けている暇は無い。クィルも既に狙われる身だからだ。
とはいえまだ十分以上に騎影との距離はある。
差しあたって物陰にでも隠れた後、精霊魔術を用いれば如何様にも逃げられるだろう。そう――そのはずだった。
「……ふぇ?」
櫓から飛び降りた瞬間、クィルは周囲の大地の精霊力が異常に高まるのを感知した。足元を縦横に走る軌跡が描くのは広域結界用の魔方陣。
逃げようとすれば土壁が行く手を阻む決闘場を生成する魔法。ただしこれは術者を中心に展開するはずだが。
「帝国軍皇族専任近衛部隊所属――カールスラント=バルクホルン。さっきはよくもウチの皇子にちょっかいかけくさったな。
だが転んでもただじゃ起きないのが帝国民のメンタリティだ。地に顎つけたままのお前らなんか――踏むぞ?」
「……何処から……沸いて来たの」
非常に拙い。クィルが得意とする間合いは遠距離及び中距離での戦闘。対して相手は長剣を引っ下げた見るからに近距離戦闘を得手とする武官。しかも結界で容易に距離が稼げないときている。
「……樽の人――」
救いがあるとすれば同結界内に居る女暗殺者ウルカの存在。ノインを狙ったということはクィルたちとは別の反乱軍かあるいは王国か、そのどちらでなくとも現状を良しとしない手合いだろう。
「――さっき邪魔したことは水に流すから……手伝って」
クィルはそれだけ告げると答えはまたずに動き出す。
ウルカとすれ違い様に矢筒から取り出した数本の矢をその場に落とす。ノインを狙撃した際に見せた手腕を見越してだ。
(先ずは突っ込んできた方。距離のある内にそっちの足を止める!)
クィルは反転するとバルクホルンに向け三本の矢を続けざまに、ただしそれぞれ微妙に軌道を逸らして、解き放った。
「ヴォルフよ。私は今お前を手放すつもりは無い。だが、誰の元に集うかはお前が決めよ。 さあ、お前の答えは何処だ 」
「殿下、私めは殿下の臣で御座います」
ノインの問いかけに対するヴォルフの返答は実にシンプルなものだった。
それは返答というより、事実の確認といった意味合いの方が強い。
ヴォルフにとって故郷は既に亡く、己の手腕で権力機構を上り詰めようと図るも頓挫している。今の彼に出来うる最善は、自分を拾った主君を守り立て、上昇していくことに他ならない。
ノインの信任があるならば、それを果たすべく全力を尽くすことが彼の命題となっていた。ただ、下すまでもない結論を下した後で、解消しておきたい疑問は確かに残る。
この場を切り抜けるだけであれば、フェゴルベルが自分を配下にしたいなどと言い出す理由にはならない。一介の傭兵隊長に過ぎない立場の男が、その胸中にどれほどの遠大な野心を抱いているのだろうか。
「私を配下にしたいとは随分と大きく出たものだが、お前達の目的は何だ?
無為に町民を煽り立ててたところで事は成せまい。いっそ殿下の下でそれを果たそうとは思わんのか?」
無論、ヴォルフとて本気で聞いているのではない。目の前の傭兵の野心と我執がどれほどのものか、確認する程度のたわいのない問いかけであった。
先程、烈風のごとき矢が飛来した櫓の方角を見やると、バルクホルンが天高く飛翔しているのが確認できた。
ヴォルフは素直に感心した。あの手の魔法は使用者と阿吽の呼吸が必要不可欠になってくる。そこから畳み込むようにして繰り出される魔法陣による重包囲を突破することは困難だ。
いかに敵狙撃手が素早く行動しても、易々と逃げ切れはしないだろう。と、そこへ新たな報告が彼の元へ届けられる。
「バルクホルン隊長より報告!『目標の櫓に先程の暗殺者を視認、増援を求む』とのことです」
「わかった…殿下、御下知を!!!!!」
櫓へと飛翔するバルクホルンと入れ替わるようにして、放物線を描いて飛来する物体をヴォルフは視認する。
次にその石が射抜かれることは容易に想像できた。だが、彼の位置から二人の手練の傭兵の背後に回りこんで矢を切り払うのは至難である。
そこでヴォルフが用いたのは、戦乙女がデザインされた一枚の金貨だった。無論矢を弾くことは叶わないが、彼の指から弾かれたそれは矢の軌道を逸らすには十分な効果を持つ。
鈍い音と共にコインは容易く射抜かれて原型を失うも、クィルによって放たれた矢は逸れた…筈だった。
だがその時ヴォルフは確かに見た。第一の矢に隠れた第二の矢が標的目掛けて突き進むのを…
(──しまった影矢か!)
エルフの伝統を受け継ぐ森の民が十八番としている技法である。ヴォルフが舌打ちした時には既に遅く、第二の矢は見事瞬光石を射抜く。刹那、爆発的な光によって周囲が満たされた。
「うろたえるな小僧ども!出口を全て塞げ!」
彼自身は幾度か経験がある故に対処できたが、他の兵士達は今しばらくの間視覚以外の感覚を頼りに行動するしか無かった。喋り終えたフェゴルベルにやがてノインは口を開いた。
「男。我が配下と勝利を引き換えにするというお前の交渉への返事だが……愚にも付かぬな。勝利とは我が手に集う物。貴様の様な下郎に施される物では無い。そして、このヴォルフという男はこの戦いの勝利よりも価値がある。何故ならば――――」
最後の言葉が続くより前に飛来したのは風を纏った矢であった。充分な魔力を伴った矢のスピードは落下加速時のロルドファルコンの初速さえ軽々と上回った。
ノインに迫る高速の矢。だが、ヴォルフは神速をもってこれをなぎ払ったのだ。これにはフェゴルベルも舌を巻いた。
風の加護を得たとはいえ、世に生を授かった存在である以上は限界がある。しかしこの男の動きはそんなことをまったく感じさせず、やすやすとこなしてみせたのだ。
そしてこの事態に眉一つ動かさなかった主はヴォルフに全幅の信頼を置いている。ヴォルフという男はまさに――
「我が命を護るに値する力を持つ者だからだ」
「成る程、たいした腕前だな」
先ほどのヴォルフへの賛美の皮肉だろう。
(二撃目がクィルの矢じゃねえってわかって言ってんな、こいつ)
無論、彼自身も気づいている。今の矢がフェゴルベル側のイニシアチブを失うに充分なものだったことを。あたりが閃光に包まれた。
「ファイ! クィルのところへ向かえ!」
三撃目の矢がクィルによるものだろう。だとすればこれ以上はサポートできないという意味。クィルの身に危険が迫っているということだ。
二撃目の矢が帝国軍の自作自演でないとすれば、クィルの制圧に向かった部隊・クィル・『二撃目』の三つ巴の戦いとなる。
クィル同様、皇子に刃ならぬ矢じりを向けた『二撃目』が制圧部隊と手を組むことはないだろうが、クィルと『二撃目』が手を組まないのはフェゴルベルが考えうる最悪のパターンであった。
今、フェゴルベルはクィルやファイを失うわけにはいかない。捕縛されるようなこともあってはならない。
たとえ解放軍を犠牲にしても。閃光が止んだ。
そこには……棒立ちのフェゴルベルが居た。
「契約した以上、解放軍の奴らを勝たせるって目的も果たさねえとな」
口調は彼本来の慇懃なものに戻っていた。その言葉が意味するのは彼にとって解放軍の勝利とクィルらおよび自分自身の撤退は択一ではない、ということだ。
フェゴルベルはポケットに手を入れ、話し始めた。
「戦争に勝たせるには頭[司令官]を叩くか体[兵隊]を潰すかする必要がある。――俺がこれからするのは後者だ。よく目を開いて見ておきな。なにぶん地味なもんでね……」
彼が取り出したのは豆ほどの大きさのいびつな形の赤い石。それが得体の知れぬ邪気を纏っていることはヴォルフやノインでなくともわかったことだろう。
フェゴルベルは終始、笑みを浮かべている。しかしその時の笑みはこれまでとは違った。
これまではその指向がしれない、警戒するだけのものだったが、今度の表情にははっきりと読み取れる。フェゴルベルの表情は――悪魔が人を嘲笑うのと同じ笑みであった。
「ああ、愛しのナナリー……君は今何をしている」
「おい、ロブ。下らねえこと言ってないで哨戒代われ」
「下らないとは何だ。ナナリーの優美さより優先すべきことがこの世にあるだろうかッ。いやない! 反語だ!」
やれやれ、とジョンは嘆息をもらした。
(これが無ければ)
ロブは新婚の熱が未だにひいていない。一年前からずっとこの調子だ。
「お前もすぐに俺と同じになるさ」
ジョンはエリーと結婚して八年が経つ。嫁に手綱を握られた、まごうことなきカカア天下であった。同期の間でもっとも厳つい体をした彼だが、エリーとのケンカには一度も勝ったことがない。
ここへ赴く際にも「身重の嫁を放って出て行く男があるか!」とこっぴどくやられてしまった。ジョンとエリーは二人目の子を授かっていた。
(子供のためにももっと稼がないとな。ハラルが食えるくらいに、とは言わないから……)
帝都といえど、平民の所得は高くなく、職を持たない者も多い。職に就いても一週間後には次の職を探さねばならないという者もざらである。
そんな中、彼のような平民に残された安定した職業は軍人くらいしか残されていない。それでも家族三人が食っていくにはやっとの所得である。
「なにを馬鹿なことを。君も奥方を大事にしたまえ。また子も生まれるのだろう」
「まあな。あの鬼嫁のご機嫌取りは好かないが、生まれてくるガキは俺に似てきっと可愛い」
「……それはぞっとするな。まあとにかくびしばしはたらきたまえ」
「いやだから交代――ってお前。嫁さんの事を思うのはいいが“アッチ”の世話は他所でやれ他所で。鼻血、出てるぞ」
「馬鹿な……僕のナナリーへの愛は……プラ……ト……ニッ……ゲホッゲホッ!」
「おい、大丈夫か?風邪なら――」
「ウェェェェゲホォッ!ゲボォッオオオオウェエエエエ!?」
ジョンの顔が強張った。これはただの風邪じゃない!勢いあまってロブはテントの床に倒れこんだ。白目を剥いて痙攣している。
「ロブ!?おい、誰かいないか!衛生兵!ロブの……調……子が……!?」
ロブの痙攣はおさまっていた。ジョンは急いでロブの首筋に指をあてた。
「脈が無い……!?衛生兵!何をしてる!?衛生へ――ゲホッ!?」
咳き込むと同時にジョンは鼻下に冷たいものを感じて背筋が凍った。そうして、おそるおそる自身の鼻下へ手を伸ばした。指には血がついている……。
(いったい……いったい……これは……なんなんだ……!?)
もはやジョンには己の咳き込む声さえ聞こえない。薄れゆく意識の中、彼が考えていたのはエリーとまだ見ぬ子供のことであった……。
信じがたいことが起こっていた。フェゴルベルの宝石が振動ともに赤黒い光が一帯を支配した、その後。
光が消え、ただのはったりかと誰もが思った、その後。兵たちが次々に吐血し、鼻血を垂らして倒れてはじめたのだ。
ゲホゲホバタッ、ゲホゲホバタッ。ゲホゲホバタッ、ゲホゲホバタッ。
杓子定規に、規則正しく死んでいく様子は滑稽でもある。地獄があるならこの光景がまさにそれだろう。地獄が滑稽であるから悪魔の笑いはああも純粋で美しいのだ。
「安心しな。この奇病はハラルを常食してるあんたら上流階級の奴らには効かねえ。逆に言えば。ハラルを買えるなら兵隊なんてやってないだろうからな」
ハラルは上流階級で好んで食べられるハーブである。彼らはお茶や吸い物、薬味などさまざまな形で一日一回
かつてはハラルを食べることが上流階級の証であり、権力の象徴とされた。
「――おっと近づくな。あんたらを殺す奇病だって出せるんだ。今生きてるのはあんたらと、俺と契約してハラルの晩餐を共にした解放軍を含めた町の奴らだけだ」
「ハラルは高価な食材だ。それを町民全員が食った。いったいどれだけの額になったと思う?貧困を受け入れてもなお反乱を実行しようとする意思。泣かせるじゃねえか。このお涙御免の物語と――今頃死に絶えてる兵たちに免じて、今日は退けよ皇子様」
フェゴルベルの唯一の眼光には人とは思えぬ怪しい光が伴っている。それは彼が取り出した宝石の鈍い輝きによく似ていた。
「ありゃ?ありゃりゃ!?何かヤバげですよぉコレは!こんな事ならもっとちゃんと水の属性も修行しとけば……って、そんな事言ってる場合でもありませんよ!」
魔力が流出する感覚と共に右腕に広がる黒い刻印に、ウルカは狼狽する。口調こそ軽々しいが、双眸は見開かれ瞳には切迫の色が浮かんでいた。
(横着せずに解析やっとくべきでしたねぇ!四大ですか?五行ですか!?それとも七曜!?何にせよ今更解析してたんじゃミイラになっちゃいますよぉ!)
「えぇい、かくなる上はこの腕ごとッ!ってウソウソ!やっぱ今のは無しの方向で!こんなはした仕事で腕を無くすとかバカ丸出しですよ!」