まだまだ騎士Tは続くぜ!
2
3、4、8あたりが面白かったな
2は別の意味で凄かった
騎士スレ懐かしいなぁ
どんな風にして終わったんだっけ?
>>4 カイザーの老害で朽ちたスレが砕け散った印象だったな
いつ規制されるかわからない今となっては再開するメドが立たなそうだ
8 :
名無しになりきれ:2010/04/17(土) 22:06:42 0
8
9 :
名無しになりきれ:2010/04/22(木) 23:59:15 0
どうした騎士T
10 :
名無しになりきれ:2010/05/03(月) 20:45:20 P
騎士Tまだか?
保守
山道を登る。
――騎士とはなんだ?
剣を振り、闘う者のことか。
いや、闘うだけならば戦士である。騎士には至らない。
山道を登る。
――騎士とはなんだ?
その名の通り、馬に乗り駆る者のことか。
いや、それは騎兵である。今求めている答えには届かない。
では、騎士とは何なのか。
「それは、国に仕え、民を守る。世の人の規範となるべき者にこそ与えられる称号であるっ!!」
山道を登りながら、男は叫ぶ。
どう考えても山登りには向いていない、高そうな鎧に身を包み。
金髪碧眼のその顔は、凛々しいと形容してもどこもおかしくはない。
誰が見ても、「騎士だ」と納得する容貌である。
それを裏付けるように、騎士を表す紋章が、腰に下げた剣に光る。
まるで輝いているかのように磨き上げられた白銀の鎧。
刃毀れ一つしていない、研ぎ澄まされた業物の剣。
傷が、何もない。
使われた形跡すら、どこにもない。
騎士という職が男の言う通りなのであれば、男は民を護らねばならない。
何から守る?
通り魔、強盗、殺人鬼?それは警察的役人の仕事であり、騎士の管轄ではない。
地震、津波、タイフーン?それは自然災害、守りたくても守れるものではない。
ならば何から守るのか。外敵からだ。
他国からの侵略や、民の生活を脅かす魔獣などから守るのが騎士の役目ではないのか。
では、そのような危険のない世界であったら?
好戦的な近隣国や、人食いの怪物があり得ないような世界であったとしたら。
騎士の存在は、極端に矮小化する。
国に仕えているだけの、何もしない、ただの高給取りでしかなくなる。
この男のように、頭もよくなく、それほど武芸に秀でているわけでもなく。
何の取り柄もない癖に、ただ「騎士」という矜持とプライドに凝り固まった人間が生まれてしまう。
くり返す、この男のように。
親が騎士だった。祖父が騎士だった。その父も、祖父も、騎士だった。物心ついた頃から将来は騎士になると思っていたし、
当たり前のように騎士となった。騎士らしいことは、何一つすることもないまま。
今山に登っているのだって、ここの山頂に何か邪教の本尊となっている祠があるから破壊してきてくれ、という小間使いのような命を受けたから。
男は山道を登り続ける。
評判の悪い大臣の命とはいえ、久々の、国からの命なのだ。
騎士という自分にプライドを持っている男としては、意気揚々と登らざるを得ない。
ここは数百年単位で平和な時代、騎士は必要とされていない。
しかし、裏を返せば――
――――あの馬鹿め。何の疑いもせずに向かって行きよった。
――――あの山の祠は邪教の本尊などではない。歴とした聖域だ。
――――数百万とも言われる魔王軍の軍勢が封印されているのだぞ。
――――その力で、この国は大混乱に陥ることだろう……。
――――くっくっくっ、それでいい。このような国、滅びてしまえ!
――――ふはははは!はーっはっはっはっ!!
男は山道を登り続ける。
その先に待つのは、平和な時代を再び混沌におとしめた愚か者という汚名。
男は、何も知らない。
騎士は、何も知らない。
つまるところ、彼はあらゆる意味で死にかけていた。
パトロンに捨てられ、盾の紋章を削り取り、新たな主を探す旅で鎧を整備する金も無くなった。
恥も外聞もなく塗りたくった錆止めで真っ黒な鎧は、自身のあらゆる面を忠実になぞらえた一種滑稽な外面そのもののように思えた。
生きる希望もなく、最早価値も見出だせない。
つい先刻、馬が死んだことが彼の魂をついに折った。
もう少しで次の街へ着く。そこにたどり着けば、ひょっとしたら……。そんな望みはいつの間にかぼんやりと薄れ、空腹と絶え間なく続く足の痛みに掠れて消えた。
魔法があったらな、と彼は思った。もはや彼の魂は子供のような空想に逃げることでしかその形を保てなくなっていた。
遥か昔にいた魔王とやらがいれば、敵がいれば、せめて誇り高く戦い、散る所が有れば。
踏み締める道にはいくつもの轍が重なり、あらゆる面を死にかけている男はその一つ一つを崩しながら、一歩、また一歩と坂を登っていった。
坂を登りきると、そこには小さな祠が有った。
彼はふらふらとその人気の無い祠の軒下に入り込み、入り口で一度に中を覗き込んだ後、「だれか、いらっしゃ
いますか」と声を張り上げた。
返事はない。どうやら修導師のいない、とっくに忘れ去られた祠だったらしい。小さな祭壇には厚く埃が積もり、
祭壇の前に置かれたいくつかの長椅子の背には蜘蛛が巣を張っていた。
「……失礼します」
彼はわずかに逡巡した後、入り口近くの長椅子に腰を下ろし、背負っていたずた袋を足元に落とした。
空模様が怪しく、今にも雨が降りだしそうで、彼の考えでは、ほんの少し気の早い雨宿りのつもりだった。
いや、ひょっとしたら彼は何がしかの救いを求めていたのかもしれない。祠は永遠に続くと思われる静謐を保っ
ていて、とうの昔に神への祈りを忘れた彼を昔の心地へ押しやった。思い出されたのは遠い記憶。まだ修行ばか
りしていたあの頃。初めて教会に連れてこられたとき背にかいた汗と、圧倒的な何かの片鱗に触れていると言う
幽かな自覚。
彼は知らず知らずの内に前列の長椅子の背に組んだ手を置き、額をそこに擦り合わせた。深い祈り。何に対する
祈りかは解らない、彼も解ってはいないだろう。
ただ無心に、遮二無二、彼はひたすら祈り続けた。
外では雨の降り始めを示す、雨粒の葉を叩く音がパタパタと鳴り始めていた。
降り出した雨から逃げるように、男は山道を駆け登る。
みるみるうちにどしゃ降りへと変化した雨。泥濘んだ大地に足を取られぬよう、下を向いて走り抜ける。
やがて見えてきた祠。まごうことなき目的地。一寸の躊躇もすることなく、男はそこに飛び込んだ。
「頼もう!」
返事はない。
髪を濡らす水滴を振り払いつつ一足一足踏み入れて行くと、人の気配に気付く。
椅子に座る、黒い影。鎧に身を固めた人物が、身を沈めている。
ここの邪教の信者であろうか?祈りを捧げているのだろう。
戦わねばならぬかと思ったが、どうも鎧の人物は憔悴しきっているように見える。
とりあえずは放置し、ここに来た目的を果たす。
「いざこそ、国を揺るがす邪教、この剣にて滅する!」
鞘から剣を抜き放ち、振り上げたまま祭壇へと突進する。
祭壇には、杯がひとつ。
何故か、それだけ、埃を全く被っていない。
近づくだけで圧迫されるような力を感じる。
――なるほど、聖杯というわけか。
本尊とされるに違いない。
男は、祭壇の目前に立つと、力を込めて刃を振り下ろした。
騎士叙勲の際に賜った、国家有数の名匠が鍛え上げたその剣は、やはり斬れ味も凄まじく。
まるで生肉を断ち切るように。
祭壇ごと、真っ二つに両断した。
その、聖杯を。
その瞬間である。
どす黒く、分厚い、雲の内から。
紫電の光が、雷光が。真っ直ぐに降りてきて。
祠に直撃したかと思うと。
場は、光で覆われた。
――その日、世界は反転した。
これは終わりの物語――
突然の光に視界を奪われてから数秒。
目を開くと、そこにはもはや瓦礫と化した祭壇しか残ってはいない。
「これで、よし!」
当面の目的は達したと、朗らかな表情で振り返る。
さて、後は帰って報告するだけではあるが。
突然の行動に驚いているであろう先程の鎧の邪教の信者に、我が国教の貴さを説いてやることとしようか。
そうだ、この祠をこれから国教の祠として再利用するというのもありではないだろうか。
そんなことを考えながら、ふと、違和感に気付く。
窓の外。
祠の西側に付いた窓から見えるのは、この山の隣に聳える、別の山である。
何の力が働いているのか、立ち入る人々の方向感覚を狂わせるため、
「魔の山」などと呼ばれ、滅多に人が近づかない、あの山が見える。
そう呼ばれているにはもう一つ理由があった気がするが、それは忘れてしまった。
とにもかくにも、確かにその山は見える。
雨の中でも、薄らと。
ただ、違和感しか感じない。
窓に近付き、絶句する。
違和の正体。
魔の山の頂。
あんなものは、なかったはずだ。少なくとも、ついさっきまでは。
そこにあったのは、禍々しい造形。
一言で言うならば、魔城。
自分の目で見ている風景が信じられず、男はその場に膝を付いた。
雨空だとはいえ、外はまるで夜のように暗い。
もう、『なかったこと』には出来ない。
全ては、動き出した。
【名前】クーゲル=ヴェンディット
【年齢】22
【性別】男
【容姿の特徴、風貌】金髪碧眼、標準的な体躯。
過去の騎士スレテンプレから、大幅に抽出。
一応完全版も置いておくけれども、どれを埋めようと自由でいいんじゃないかな。
【名前】
【年齢】
【性別】
【職業】
【魔法・特技】
【装備・持ち物】
【身長・体重】
【容姿の特徴、風貌】
【性格】
【趣味】
【人生のモットー】
【自分の恋愛観】
【一言・その他】
あの日以来、彼はどこか他人事のようにこの世の終わりを眺めていた。
あの小さな祠の小さな祭壇が壊されてから、この世は奇妙な世界に様変わりしてしまった。
子供の頃読んだおとぎ話に現れる竜が、悪魔が、魔が、全てが悪意によって形作られているかの如き残酷な形態
でもって世に現れたのだ。
竜は人を食い、悪魔は人を遊び、魔は人を蝕んだ。
特に魔に触れた者は酷かった。山と入れ替わりに現れたあの城と、それを囲う陰鬱な町から溢れる“魔”の気配
は人を狂わせ、死体を冒涜した。何らかの“法”で操ることのできるらしい“魔”も、今の世のヒトには単に毒
でしかなかったのだ。
『あの城と街を再び地の底に沈めるべし』
宿屋で事のなり行きを見守っていた彼が、王の発布した無謀な令状に従おうと思ったのは、単に武功を求めたか
らではなかった。
ひょっとしたら、これは神が与えてくれた死に場所なのかもしれない。あの日、あの場所で、何処へ向けたわけ
でもない祈りが神に届いた結果なのかもしれない。
そうであるならば、なるほど行くしかないだろう。
既に幾人かの無謀な人物達がこの試みに挑戦しようとしているらしい。国が派遣した軍隊は塵も帰らなかったと
言う、あの魔都へ赴き、方法も定かではないが封印する。
破れかぶれになった王の出した、狂気の沙汰としか思えない。だが彼の心は変わらなかった。
彼は誰にも見送られずに、最低限の旅装を持って、街の門を潜った。
どのみち“魔”に汚され、生きては帰れないと知りながら。
【年齢】43
【性別】男
【容姿の特徴、風貌】 錆止めを塗りたくったせいで真っ黒な鎧
>>19【了解です】
男を山に遣わしたあの大臣は、責任を追及される前に自ら命を絶った。
この世界への呪詛の念が書かれた置手紙を遺し。
その手紙には、世が変化した理由が事細かに書かれていた。
――男を、名指しして。
男は騙されたのは間違いない。だから国からの咎めは何もなかった。男は命を全うしただけ。
だがそれでも、この争乱は男が起こしたものだ。故意のあるなしに関わらず。
男は、民より逆賊の謗りを受けることになった。
街を歩けば、罵詈雑言と共に石を投げられた。
ある晩、家に火をかけられた。
それ以上に男を苦しめたのは、愛する妹が――。
悲しみは浮かべど、恨みは湧くことはない。
自業自得なのだ。
『知らなかった』で済まされないのだ。
全ては、己が撒いた種。
だから、男が王からの御触れに従おうと考えたのは、当然の帰結と言えるだろう。
自分の無知と無能が齎した結果がこの惨状だ。
なれば己の力でこの世を元の姿に戻す。
それこそが贖罪。
それこそが騎士としての務めである。
男は単身、王都を離れ。
男は単身、死路を行く。
すでに魔都へと向かった腕に覚えがある者も、数人乃至は数十人で徒党を組んでいる。
当たり前の話だ、一人きりでどうにかなるなどと考えるのはよほどの馬鹿しかいない。
男だって孤独になりたかった訳ではない。
だが、世を混乱させた張本人と共に行動しようと考える人物はいない。
それを十分理解しているから、男は孤影。
別に、ここで死んでもいい。
もう、失うものなど何もないのだ。
期せずして、ほぼ同時に街を旅立った、二人の男。
方や、白い騎士。
方や、黒い騎士。
2人の道が、丁度交わらんとする時。
男達の頭上で、まるで餌を見つけたとばかりに嘶く声。
人ほどもある体躯、鋼のような爪と嘴。
魔鳥が、旋回していた。
すっかり荒れ果てた荒野を彼は行く。鎧の重みを黙々と受け入れながら、視線は常に少し先の地面に向けられて
いる。
魔都に近づくにつれて、幽かな魔の瘴気が彼の魂をちりちりと擦った。荒野に吹き抜ける風は瘴気の濃度を不安
定にし、吹く度に少しずつ違った狂気を彼の魂に抱かせた。時折彼はどうでもいいものに嫉妬し、怨み、憎み、
そうして暫くして、それが魔による干渉だとはたと気付いた。
彼は腰に納めた剣の柄を強く握りしめ、自身の正気を神に祈りながら、丘の向こうから少しずつ全貌を表す魔都
への歩みを強くした。
囚われていたのだろう、魔の悪意に。地に浮かぶ朧気な影に気付いた時は、既に遅い。彼は頭上からの衝撃で地
に転がされていた。必死に盾を構えようと背中に手を回すも、叶わない。地に膝を付いたまま、なんとか剣を抜
き、何であるも定かではない頭上の悪意に向けて振り回す。当たるはずもない。
ぐえぇ、と言う潰れた鳴き声から、敵が鳥の類いだとようやく気付いたのは、腹に鉤爪が打ち込まれた直ぐ後だ
った。
怪鳥の激しい攻撃に、遂には剣を取り落とし、ただ我が身を守るために必死にうずくまった。万事休すか、鎧を
突き破らんばかりの嘴の突打の中、うずくまりながら、剣を探して虚しく手をさ迷わせた。
誰か……。
「離れよ、畜生風情が!」
たとえ世間から何と言われようとも、心はいつでも高潔な騎士である。
危険な目に遭っている人物を見過ごすことは出来ない。
見つけるとともに、体が動く。
実力は、足りずとも。
差し伸べられた手に落ちていた剣を握らせ、男は抜き身の剣で真っ直ぐ魔鳥と対峙する。
ほんの十分の一秒の停滞の後、蹲う重鎧より目の前の軽鎧の方が喰い易しと見たか、鳥はその嘴の矛先を移す。
その鈍色の凶器が、今、男に向け振るわれようとする。
一撃目。既の所で剣で止める。
二撃目。腹にまともに嘴の衝撃。胃の内容物が食道を駆け上がって来る。
剣を取り落とさなかったのが、我ながら天晴れと思わざるを得ない。
三撃目。いや、厳密に言うならばそれは撃ではない。
左足を食いつかれ、軽々と空へと持ち上げられる。
陸上生物を高々と持ち上げ落とし、衰弱させてから食らう習性を持った鳥がいる。
この鳥もその一種なのだろうか、それを窺い知ることは出来ないが。
万力で挟まれたような痛みの後、それから解放された先に待っていたのは浮遊感。
――死ぬ。
それを頭で理解する前に体が動いた。
握り締めた剣を、闇雲に突き立てた。
鳥の断末魔が聞こえた。
空から、落ちて来る。
瞳に剣を突き立てられ、痛みにもがき苦しむ怪鳥と。
振り落とされぬようにと、突き立った剣の柄を強く握り締める男。
ゆっくりと。
ゆらり、ゆらりと、落ちて来る――。
手に剣の重みを感じた。それと同時にふいに攻撃が止み、彼は無心に、這いずるようにしてその場から離れた。
剣を振るう音と、鳥の低い鳴き声。背後から聞こえるそれらの音が彼を追い立てる。
足を滑らせながら立ち上がり、振り返ったとき、彼が見たのは騎士らしき人物が怪鳥に連れ去られようとしてい
る所だった。
「待て!!」
叫ぶ、無意味だ。怪鳥は大きく翼を膨らませ、魔都への方角に向けて飛び去ろうとする。必死に追いすがろうと
彼が駆け出したその時、怪鳥が今までとは明らかに異質な叫び声をあげた。ぐんと速度を落とし、力無く地面に
吸い込まれてゆく。余りにも早すぎる落下。彼は必死に駆けて、墜落したその場所へと近付いた。
首の骨を折り、事切れた怪鳥に埋もれて、命の恩人はぐったりとしていた。まだ息がある。怪鳥の死体が落下の
衝撃を和らげたらしい。
だが大怪我には違いない。
街まで戻って、はたして間に合うかどうか……。恩人を担ぎ上げ、視線を巡らせたその時、嫌がおうにもそれは
視界に入ってきた。
魔都を囲う、巨大な城壁。
いつの間にか、こんなにも近付いていたのか。
そう言えば、魔都には先に潜入している部隊が幾つかあったはず。ひょっとしたら……、彼はその望みに掛ける
ことにした。
今から街に戻っても間に合わない。
死なせるわけにはいかない。
何としてでも、助けなければならない。
乾いた風が吹く中、幾匹ものカラスに見守られながら、彼は城門をくぐった。
【STAGE:廃墟の並ぶ城下町
*日の光が苦手なのか、今は魔物とかはいないみたいです*】
【名前】ルイーズ・カロン
【年齢】10代後半
【性別】女
【職業】町人/自称騎士
【容姿の特徴、風貌】男装
物心ついた頃には、彼女はスラムで暮らしていた。
暴力、窃盗、餓死、殺人、当たり前の生活だった。
未来への希望はなかった。持つ余裕がなかったのだ。
あるとも知らない未来を描くより、今日を生き延びることに必死だったから。
転機は、突然だった。
酒場で残飯をあさっていた彼女は、裏戸の隙間から吟遊詩人の歌を聞いたのだ。
それは、古い古い「正義の騎士」の歌。
それは、少女が初めて知った「理想」――「未来への希望」だった。
そして成長した少女は、武芸を磨き、職も得て、貧しいながらも誰に恥じることもない、まっとうな暮らしを送るようになっていた。
だが、世界が魔に覆われようとする今、彼女は自らの意志でその全てを捨てた。
職を辞し、部屋を売った。性別すら偽った。
町人である彼女が武具と偽りの令状をそろえ、魔都への旅路につくために。
未練はつきない。自分では役不足ではないかという懸念もある。
だが、「騎士」に憧れ、「騎士」に救われた彼女に、黙って終末を待つことなどできるはずがなかったのだ。
踏みしめれば砕けてしまいそうな崩れかけた魔都の通りで、一匹の小鳥が身を震わせていた。
小さな体からは強い腐臭が発せられている。辛うじてとはいえ息があるとは信じられないほどだ。これも、魔の影響だろうか。
チ、チ、最期の叫びが、壊れた街に吸い込まれていく。
その小鳥の上に、影が落ちた。
「・・・可哀想に」
首から口元にかけてを覆い隠す濃紺の布、体型を隠す旅装束、背負った剣、軽鎧。
一見して、まだ骨格が未発達な少年のように見える。
だが、終わろうとする命に向けられたその視線は、少年というには余りに儚げなものだ。
「きっと、終わらせるからね」
思わず漏らした小さな呟き。
きっと、最後の「少女」の呟きになるだろうと、彼女は覚悟した。
>>26 動かなくなった小鳥から視線を外し、門を潜ってきた満身創痍の男性2名に向き直る。
彼女は胸に手をあて、深く頭を下げた。
「よくぞご無事で」
その声は、やや高い少年のものと言ってもなんとか通じるものだろう。
「怪しい者ではありません。僕も仲間です。
・・・怪我をしているんですね。
向こうで、騎士の一団を見つけました。・・・が」
彼女はしばし言いよどむ。だが、何かを断ち切るように息を吐き、
「いえ。あちらです」
そう言い、先導してまっすぐに歩き出した。
「・・・つきました」
彼女が足を止めた場所は、悲惨な様相だった。
石畳の通りに一体にほとんど隙間がない程、血や肉や「様々なもの」で汚れている。
彼女が見た部隊は、日が昇る前に壊滅していた。
「荷物はほとんど無事のようなので、とりあえずの治療はできるでしょう」
彼女は蒼白な顔色で、それでも平然を装って冷たく述べた。
彼女の正義感と、幼い頃のスラム暮らしの経験は共存している。
倒れた人間の荷物を奪うことに罪悪感がないわけではないが、必要なことだと割り切るべきだと思ったのだ。
彼女は口元を引き結び、一面の赤に分け入っていった。
やがて、いくつかの荷物を手に戻り、黒騎士に渡す。
「これを」
彼女自身は積極的に治療を行おうとしない。
正規の訓練を受けていない彼女は、正しい処置を知らないのだ。
「まだ、名乗っていませんでしたね。僕は・・・ルノーといいます。
幸運にも魔物に遭遇することなく、単身ここまで辿りついたはいいものの、城下が抜けられずに困っていました」
彼女は、城があるだろう方角を睨み付けた。薄い霧が、城の輪郭を曖昧に見せている。
「・・・そう。城下が、抜けられないんです。
方角はわかっている。
けれど、ある程度進んだところでこの霧が濃くなって「おかしな白昼夢」を見て、気がついたら城門に戻ってきていました。
日が沈む前に城に辿り着けなければ、どんな危険が待つかもわからないというのに」
そうして、2人に向けて頭を下げ、
「複数人数なら、まだなんとかなるかもしれません。
僕を一緒に連れて行ってくれませんか?」
【よろしくお願いします。】
※
性別を偽っている理由は、甘さを捨てるため、憧れた物語は古くて騎士がみな男性だったため、といった個人的なものです。
女性の騎士も存在すると思います。
門にほど近い、一角。
「――つまりその、何百年か昔の魔王軍との戦争の終結は、かなり強引なもんだったんだろ?」
「当時の資料によれば、な。解読するのも一苦労だが」
「ここで魔王軍と戦っていた奴らもみんな一緒に封印。なんとも非人道的だなー」
「そうでもなければ、とても終わらせることは出来なかったと言うことさ」
「ん? ってことはさ。封印されてた人達も、魔王軍とともに現世してるってことなのかな?」
「可能性はないとは言えない。封印されていた間の状況など、窺い知ることなど出来やしない」
「じゃ、もし居たとして、『魔法』みたいなの使えたりするのかな? こう、ボワーッて火を出したりとか」
「……ふむ、あるかもしれないな。今の俺たちには絵空事でしかないが、その頃はまだ魔法が日常的に使われていたという話も聞く」
「へぇ。教えてもらえたりしないかな――」
駆け込んで来た足音に、雑談をやめそちらに注意を向ける。
「どうした?」
「人が来たんだけど、怪我人がいるらしくて、すぐ治療してほしいらしいの!」
「わかった、すぐに運びこめ!」
「救急具はまだあるよな?」
「仮眠ベッド、一つ開けといて!」
「大丈夫、ただ気絶してるだけさ。そんなに血相変えてるもんだから、大事かと思ったぜ。じき、目も覚ますだろう。
……あんたらも、あの気が触れた令に従って来たんだろう? ったく、とんでもねぇ話だよな」
傭兵の男は、笑って言った。
【傭兵部隊・ベースキャンプ】
常ならば、あの高さから落ちたのであれば大怪我である。治療を受けたとて、しばらくは戦うことなど出来やしないだろう。
しかし男はやがて目を覚ますと、体に多少の軋みを感じつつも何事もなく立ち上がる。
傷はあるが、決して大したものではない。
矛盾しているか?
常ならば、である。
男は、ただの人間だった。
しかし今、確実にただの人間ではなくなりつつある。
あの雨の日。世界が変わったあの日。
封印の聖杯を両断した瞬間に、その場を多い尽くしたあの光。
溢れ出した魔の奔流が、男の体に影響を及ぼしていた。
男の体に、「魔」が息づいている。
「魔」に、近づいている――。
目を覚まし、状況を確認する。気付けば、既に魔都へと到着していたようだ。
近くにいるのは先ほど魔鳥に襲われていた黒い鎧の男と、見覚えのない少年騎士。
どうやら自分を治療しようとしてくれたらしい。その心遣いに礼を述べ。
「我はヴェンディッド家が長子、クーゲル。……あの逆賊、クーゲルだ。
……目的が同じであるならば、態々道を違えさせる必要はないだろう」
自分がこの災厄の原因であることを隠すことはない。
背負って行くべき罪なのだ。
「信頼出来ねばいつでも後ろから突き殺してくれれば良い」
そう言って軽く笑い。
一所に留まる時間的余裕などないと、男は先陣切って北へ。城のある方角へ歩き出す。
ルノーと名乗った少年が語る、『白昼夢』とは何なのか。それだけが気にかかる。
幸運にも、彼は城門を潜って直ぐに人に会うことができた。ルノー、と名乗る華奢な少年。なぜ彼がこのような
危険な所に居るのか、気にならないではなかったが、それよりも彼にとって命の恩人を救うことのできる喜びの
ほうが勝っていた。
案内された血生臭い部屋で、恩人の治療をする。幸いなことに、思ったよりも傷は浅かった。焦っていたのだろ
うと、彼は安堵と自虐の入り交じったため息を吐いた。見間違えたのだ、とんだ間抜けだ。いや、そんな事より、
助かりそうで良かった。
「城下が、抜けられないんです。
方角はわかっている。
けれど、ある程度進んだところでこの霧が濃くなって「おかしな白昼夢」を見て、気がついたら城門に戻って
きていました。
日が沈む前に城に辿り着けなければ、どんな危険が待つかもわからないというのに」
「複数人数なら、まだなんとかなるかもしれません。
僕を一緒に連れて行ってくれませんか?」
治療の途中、少年が頭を下げてきた。部屋の窓から覗く城の影が、霧に覆われてぼやけている。
『白昼夢』
彼は、それはいったいどう言うことなのかを思案しながら、手を止める事無く二つ返事で了承した。彼にとって、
少年もまた恩人の一人だった。
と、不意に今まで気を失っていた命の恩人が呻き声を一つあげて、身を起こした。彼は恩人に水を飲ませながら、
ここまで来た経緯を簡略化して話した。そして深く、深く感謝をする。騎士の古くからある令にのっとって、こ
の魂をいつか必ず貴公に返すと約束した。
「我はヴェンディッド家が長子、クーゲル。……あの逆賊、クーゲルだ。
……目的が同じであるならば、態々道を違えさせる必要はないだろう」
「信頼出来ねばいつでも後ろから突き殺してくれれば良い」
クーゲルは早々に起き上がり、部屋を出て、城に向けて歩み始めてしまった。慌てて少年と共に立ち上がり、彼
を追いかける。
「待て、クーゲルどの。こちらは未だ名前すら言っていない……」
進む毎に、霧は少しずつ濃くなる。前に進めば進むほど、己の姿すら見失う。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
「…………」
霧の外、柱が腐り落ちた廃屋の屋根の上。誰にも気付かれないまま、彼らを見つめる黒いローブを羽織った人物
が、みすぼらしい杖で輪を書き、ポツリと一節詩を詠んだ。
【謎の人物:霧の中にいるPC達全員に幻覚を見せる】
同行の申し出は、二つ返事で許可された。白い騎士は、意外なことに傷が浅かったようで、すぐに身を起こした。
感じのいい騎士たちだ。これなら、きっとうまくやっていけるだろう。
・・・そう思った矢先のことだった。
「我はヴェンディッド家が長子、クーゲル。……あの逆賊、クーゲルだ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。思考が止まる。
その名と所行は聞いていたが、まず彼女はそれを噂としか思っていなかったのだ。
もし、事実なら・・・刹那、頭が沸騰しそうになる。
だが怒鳴りつける寸前、クーゲルの言葉が冷水のように降りかかる。
「信頼出来ねばいつでも後ろから突き殺してくれれば良い」
その小さな笑みは、噂から思い描いた逆賊の像とはかけはなれたものに思えた。
混乱する。硬直する。そんな彼女を置いて、クーゲルは腰を上げた。
「ま、待ってください・・・!」
慌ててならって戸口へと向かう。
ふと鼻先に覚えのある腐臭を感じた気もしたが、まとまらない思考の渦にかき消されてしまった。
密度を増した白霧の中、3人は進んでいた。
遠い魔城の姿は、既に薄い影としか見えなくなっている。
また、前を進むクーゲルは、背後のルノーから突き刺さるような視線に気づいていることだろう。
ルノーの視線には、敵意、猜疑と困惑が交互に現れている。
斬りかかる様子はないが、警戒を解く気配もない。
と、ルノーは突然小さく声を上げ、歩みを鈍らせた。
視界に不自然な歪みが生じたのだ。霧でぼやけたのとは違う。
「まただ。目が・・・」
変化は急速だった。視界が波立ち、輪郭線が渦を巻く。彼女は声を張り上げた。
「足を止めてはいけません。一度でも止まれば、元の方向を見失う・・・!」
撹拌された色彩はほどなく秩序を得て、新たな像を結び始める――
白霧が、黒煙にとって代わる。
崩れて長く放置されていたはずの石畳や建物に、「たった今壊された」様相が現れる。
そして、絶望にのたうち回る、大勢の鎧姿。
頭の中に、声が響く。
――嫌だ!置き去りなんて嫌だあぁぁ!!――
――王め、魔法使いめ、騙したな!!俺たちごと魔王軍を封印するなんて、聞いていないぞ!――
――これが正義か!?何が国だ、何が世界だ!!――
鎧姿たちは、おとぎ話で見た古い兵士たちと同じ装いのように見えた。
彼女は唇を噛みしめ、吐き捨てた。
「でたらめを・・・っ」
瞬間、鎧姿たちがの動きが止まった。ぐるり、と全ての首が同じ動きで回る。視線に囲まれる。
怯んだ隙に、鎧姿たちは這いずりよってくる。口の端から泡を吹き、すすり泣き、神を呪いながら。
――ずるいよ。ずるいよ――
――何もしらずに、安穏と生きてやがる――
――ズルイヨ、ミンシュウ・・・ズルイヨ、セイギノミカタ――
鎧姿たちは、足を止めさせようと群がってくる。
鎧姿たちの体は幻影である。よって接触することはできず、肉体的な害は一切ない。
だがもし心折れ、一瞬でも足を止めてしまえば、そこで城への道は閉ざされる。
・・・ルノーは、自分が窮地に立たされていることを認めざるを得なかった。
「黙って・・・っ、黙ってください・・・!!」
【昔の魔王封印の様子を幻覚に見る。ルノーは劣勢】
男には焦りがある。
これから同行者となる者の名前すら聞かず、自分の名前のみ告げるだけでさっさと進もうとしてしまう。
男が多少高慢な性格ではあったことを差し引いても、少し異常なほどだ。
その姿は、傍目からみれば「急ぎすぎている」ようにしか写らない。
男には焦りがある。
先刻からこの体を支配する、あの城へと早く向かわなければならないという焦燥感。
魔都にて目を覚ましてからは、その昂りが最早無視出来なくなってしまっている。
男には焦りがある。
一刻も早く世に恒久的な平和を取り戻さねばならない、という正義感から来るものであればどれだけ幸せなことか。
本能が、囁きかけているのだ
まるで――この体は自分の物ではないかのように。
先頭立って進んでゆくと、やがて瞳に映る光景が色を変えてゆく。
足を止めるな、という彼の声が聞こえる。なるほど、これが白昼夢か。
取り囲む無数の鎧兵士たち。こちらの歩みを止めようと、届かぬ手を伸ばしてくる。
ここに来る前、些少調べたから知っている。この鎧どもの言っている言葉の意味を。
その口から零れる呪詛の念。少しでも耳を傾ければ、足が止まってしまうことだろう。
しかし男は周りを見渡すと、口を開き、声を張り上げ――
「現在を生きるものとして、貴殿らには礼を申し上げたい! 諸君の犠牲の上で、我らは長き間幸福に浸ることが出来た!
そこに貴殿らの同意がなかったことは分かっている! 恨みが募るのも確かであろう!
しかし我らとしては数百年前、世代にして数十世代も前になる! 先祖の愚行を、我らが償う道理はない!
その怒りの行き場がない? そんなことはない! そもそもがあの魔の城、魔の軍が全ての元凶ではないか!
それを滅せんというのが我らである! 諸君らに変わり、我らが諸君の恨みを晴らして見せよう!
しからばどうかここはひとつ、我らを通して貰えぬだろうか!」
その姿は気が触れている。いかれている、と言い換えてもいい。幻覚に向かって、説得している。しかもかなり自分勝手な理論で。
当然、何が変わる訳ではない。周りの鎧による行動の阻害は緩和されることはない。
しかし男は晴れ晴れとした表情になり。前を見据え。一歩一歩踏み出す足に力が籠る。
歩みは止めぬまま、体の後ろに両の手を伸ばす。幻覚ではない存在に触れたことを理解すると、男は掴む。
手か、鎧の一部か。それは今はどうでもいい。後を歩いているはずの二人であらばそれでいい。
振り向かなくてもいい。引っ張ってゆくことができればいい。先達する自分が迷わなければいい。
例え二人が惑わされその歩みを止めてしまったとしても、自分が歩いてゆくことが出来れば、きっと――。
「抜けた……のか?」
再び周囲の色が変わり、そこには幻覚を見る前と同じく、廃墟のような城下が広がっている。
二人を掴んでいた手を離すと、男は息を吐く。しかしそれも刹那のこと、すぐに聳える城に足を向け始める。
周りが見えていないかのように、相も変わらず、先頭切って。
これは……と彼は息を呑んだ。怨み言、すすり泣く泣き声、絶望の呟き。魂を犯す狂った光景。何千もの死が、
一斉に叩きつけられる。
彼はその中で、不思議と静かな心地だった。事象がひどく俯瞰的に観察できる。かと言って、何か現実に行動を
起こせるわけではない。既に足は止まっており、取り付かれたように、彼はその光景に見入っていた。
不意に腕を引かれていることに気付く。止まっていた歩みは堰が切れたように流れるように動き、やがて嘘のよ
うにすんなりと霧を抜けた。
「……クーゲル殿?」
彼を引っ張っていたのは、クーゲルだった。横を見れば青白い顔のルノー少年も不思議そうにクーゲルを眺めて
いる。
クーゲルは歩みを止めず、まるで一種の機械のようにそのまま城へ向かおうとしていた。
まて、と彼は叫ぶ。明らかに様子がおかしい。体調を崩しているルノー少年の為にもここは休息を取るべきだろ
う。いくらなんでも、急ぎすぎと言うものではないのか……。そう考えてクーゲルに追い付こうと大股に足を踏
み出したその時。
「まさか、“夢”から抜け出してみせるとはねぇ……」
いつの間にかクーゲルの正面に、ゴツゴツした長い杖を持った、影のように黒いローブを羽織った腰の折れた老
婆が立ち塞がっていた。彼は歩みを止める。否、歩みを止めさせられる。
体が、動かない。まばたきすらできない。どうやら他の二人もその状態に陥っているらしい。風の吹く音がやけ
に大きく響く。
「そんなに急いで何処へ行くのさ?
まさか、あの騎士共のように魔王を倒しに来たって言うんじゃないだろうね……」
そんな貧弱な装備で、と老婆はせせら笑った。そして直ぐに表情を引き締め、だけれど、と言葉を続ける。
「そこの二人、黒いのと白いの。特に白いのか。随分“魔”に浸っているねえ。
ひょっとしたら素手で幽霊すら掴まえれそうなほどに」
眼球が乾く。最早話など聞いていられないと言うところで、老婆は一度ふむと頷き、杖で床を二度叩いた。
急に、体は動かないまま、まぶたと口を動かせるようになる。
「おっと、ワシだってこの都に探し物があってきたんだ。殺されちゃあ叶わないからね。このままで話を続ける
よ……。
あんたらはどうせ魔王を封印しに来たんだろう?だがそれは今のままじゃ到底叶わな
い。
と言うわけで、ちょっとお使いを頼まれてくれんかね?そこまで“魔”に感染しているのなら、容易い仕事さ。
“ある物”を取ってきてもらうだけだから。
引き受けてくれるなら、そうだね、うまくいったら報酬としてヒントをあげよう。魔王の封印の仕方って奴をさ。
……さてさて、どうするね?」
怨嗟の渦に崩れ落ちそうになった、その時だった。
無数に響いて輪郭すら曖昧になった呪詛を切り裂き、一つの確かな声が響いた。
右手が引かれる。
負の荒波に抗う力をなくした精神に代わり、物理的な力が体を前へ運び始める。
顔を上げる。
そこには、真っ先に心を折った未熟な彼女を呆れるでも責めるでもない、見惚れそうなほど前だけを見すえた横顔。
――思い出す。ああ、こうであった。憧れた騎士とはこうであった。
彼らの背後には、心弱く力無き民。彼らは、その弱さを責めない。彼らは、その弱き民を守り導くために刃を掲げていた――
不意に、前へ進む感覚が消失した。
崩れ落ちそうになる体を膝で支えると、そこは既に、シンと沈む元の廃墟だった。
一度も振り返らないクーゲルと、一度だけ気遣わしげにこちらを見やった黒騎士は、既に歩みを進め始めている。
そしてルノーは愕然とした。
警戒心を都合よく忘れて守られる側となり、あまつさえ、羞恥よりも受け入れる気持ちが先に出た、情けない自分に気がついたのだ。
――ただ民として守られることを拒否して、この地に足を運んだというのに!
「・・・申し訳ありませんでした」
未熟な自分が恨めしい。唇から広がる錆の味を吐き出すように口を開いた、その時だった。
>「まさか、“夢”から抜け出してみせるとはねぇ……」
とっさに剣へと伸ばしたはずの手は、髪の毛一本ほども動かなかった。
>「そこの二人、黒いのと白いの。特に白いのか。随分“魔”に浸っているねえ。
ひょっとしたら素手で幽霊すら掴まえれそうなほどに」
(魔に・・・!?まさか、会う前の戦いで?)
直後、声と目だけが解放される。
>「おっと、ワシだってこの都に探し物があってきたんだ。殺されちゃあ叶わないからね。このままで話を続けるよ……。
>あんたらはどうせ魔王を封印しに来たんだろう?だがそれは今のままじゃ到底叶わない。
>と言うわけで、ちょっとお使いを頼まれてくれんかね?そこまで“魔”に感染しているのなら、容易い仕事さ。
>“ある物”を取ってきてもらうだけだから。
>引き受けてくれるなら、そうだね、うまくいったら報酬としてヒントをあげよう。魔王の封印の仕方って奴をさ。
>……さてさて、どうするね?」
おそらく、直接的に「お使い」の遂行できるのはルノーではない。
よって、判断そのものは感染者にゆだねざるを得ない。
「・・・好きに言ってくれますね」
だが、だからといって黙っていられるはずもない。
「高みにいなければ交渉一つできない、臆病な外法使いめ。
貧弱な刃というならば、この時限りは好都合です。怯弱な老婆を一人切り伏せるにはふさわしい。
怪しげな術をかけているからと、油断しないことです。
物忘れが激しくても、さっきの『夢』くらいは覚えているのでしょう?」
正直なところ、大部分は八つ当たりである。
だが、この得体の知れない相手の余裕を少しでも崩し、何かしら情報を引き出せればという考えもあった。
「先ほどは城への行く手をはばんでおきながら、今度はヒントを与えるという。
あなたはどちら側なんですか?僕たちをどう利用する気ですか?
代償を意図的に隠される恐ろしさは、先ほど嫌と言うほど見せてもらいました。
あなたがそれをしていると判断すれば、すぐにでも刃を向けますから、そのつもりで――」
「ルノー、と、言ったか。少し落ち着くといい」
畳み掛けるようなルノーの言葉に、男は制止の声を上げる。
確かにこの老婆が信じられない気持ちはわかる。男だって、不信感はある。
ただ、動くことが出来ない以上、どれだけ強い語調で喋ろうとそれは強がりにしかならず。
それ以上に――。
「違和感はあったのだ。幻覚を見せるのであれば、同士討ちさせるなど、被害は簡単に与えられるはず。
だが、戻されてしまうだけなのだろう?何度でも、挑戦出来さえする。
まるで――強さを持たぬ者を、危険から遠ざけようとしているようではないか?」
篩をかけていたのではないか、と男は考える。
あの幻覚に心乱される事なく、先に進む事が出来る者。そのような者こそ、挑む資格があるというもの。
「利用されているとしても、それはそれで構わぬさ。こちらは何もわからぬ状態なのだからな。
――少しぐらいは、藁にもすがる」
一呼吸。
「ということで、我は従っても構わないと思ってはいる。――ひとつ、気になることもあるしな」
頭の奥から、声がする。
何をしている? そのような不審人物の言葉に耳を傾けるな!
寄り道をするな、城へ向かえ! 早く! 早く! 早く! 早く!
早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く!
早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く! 早く!
――一体、この声は――
「……ふ、ふふ。ワシはそこまで善人ではないよ。まあ、悪党、と言うほどでもないけれど」
クーゲルの言葉に、どこか寂しそうに老婆は答えた。フードから僅かに覗く口元は、何かを堪えるように強く結
ばれている。一度彼女は空を見上げ、何かを確かめるようにじっと眺めた後、上を向いたまま、本を取ってきて
くれないかい?と呟いた。
「図書館にある、“クタァト”って言う本でね。人の皮で装丁されてるから、きっと直ぐにわかる。
彼処は薄暗いから幽霊が沢山いて、ワシのように体の弱った人は直ぐに魂を追い立てられて、体を奪われちまう
のさ
……とても近づけない」
取ってきてくれたら、白い霧を追いかけとくれ。
ワシはいつもその中に居る。
そう言ってクーゲルに図書館の位置を教えた後、彼女は白い霧に紛れ、消えた。
「クーゲルどの、どうしましょう」
彼は彼女が消え、動けるようになると同時に、クーゲルに話しかけた。
「奴は邪神の宗教家です。どうも信用ならない。
……しかし図書館になら、この街がどうしてこうなったのか、何か情報があるかもしれない」
>「ルノー、と、言ったか。少し落ち着くといい」
「ですが・・・!」
>「違和感はあったのだ。幻覚を見せるのであれば、同士討ちさせるなど、被害は簡単に与えられるはず」
のど元まで出かけた反論は正論に押し戻され、無意味な呻きとなった。
それきり口をつぐむ。元より、無謀・未熟の自覚はあった。
>「ということで、我は従っても構わないと思ってはいる。――ひとつ、気になることもあるしな」
ルノーは憮然とした表情で、それでも無言でもって了解を示した。
全く、器が大きいのか楽観すぎるのか。羨ましいほど落ち着いたものだ、と彼女は思った。
・・・だというのに。
「落ち着けなんて・・・あなたこそじゃないですか」
どうして、このようなふて腐れた呟きを落としてしまったのか。危ういなどと感じてしまったのか――
頭を振る。これ以上奇妙なことを言えば、自分の至らなさに惨めになるだけである。
やがて老婆は姿を消し、体に自由が戻った。
軽く伸びをしながら、黒騎士とクーゲルの会話に耳を傾ける。
>「奴は邪神の宗教家です。どうも信用ならない。
……しかし図書館になら、この街がどうしてこうなったのか、何か情報があるかもしれない」
確かに、一瞬で壊滅したのでない限り、逃げ延びた人が残した資料があってもおかしくはない。
と、ルノーは眉を跳ね上げ、口を挟んだ。
「封印の内部がどうあるかはわかりませんが、封印された人々は、この街のどこかに隠れ住んでいたのでしょうか。
今も子孫が生き延びている可能性は、あるのでしょうかね。
死んでいたとしても、図書館の幽霊が本当に存在するなら、それが彼らかもしれませんね」
だとすれば、と続ける。
「かつて封印に用いられた『魔を御する法』を知り得る者に接触できる可能性がでてきましたね。
うまくすれば、あの得体の知れない老婆の指図を受ける必要もなくなるかもしれません。信用ならないのは同意見ですから。・・・まあ」
最後にルノーは目を伏せ、ややためらいがちに付け加えた。
脳裏に、あの幻が浮かんでいた。冬の金属のように、触れた思考がパチリと痺れて痛みが走る。
「・・・封印されていた兵たちが魔王よりも僕たちを恨んでいるようなら、彼らは敵になってしまいますが」
そう言い、胸のうちの淀んだ何かをはき出すように息を吐いた。
その図書館は広くなく、些かこじんまりとしていた。
在りし日にも来館数がそれほど多かったとも思えない、狭く寂れた図書館。
とはいえ、蔵書量が常なる建築物より格段に多いから図書館と呼ぶのだ。
そこにあるのは無数の書籍。単行本、文庫、新書。崩れかけた本棚に、机や床に。
「この中から探し出すというのは……中々に骨の折れる作業ではあるな」
図書館のどの辺りにあるのかぐらい聞いておけばよかったか、とため息を吐きつつ独りごちる。
だがあの老婆の口振りからすると、すぐ分かる場所に置いてあるはず。少なくとも態々本棚まで目を通す必要はないはずだ。
しかしこの街がどうしてこのようになったか調べるのであれば、そうともいかない。
並んでいる本棚の規則性から、見当を付けて、探して……。
調べる価値はあるとはいえ、それはあまりにも途方もないことに思えてくるものだ。
「まだ日は高いとは言えど、そう長居もしてはいられぬ。
一時間、程だろうか。探し続けられたとしても」
手分けして探してもいいが、何が起こるか分からないこの魔都、例え少しの間でも単独行動はさせることは出来ない。
それは男の傲慢な自己犠牲の精神の表れでもある。このように行動を共にしているのだ、この二人は我が守らねばならない。
騎士として。由緒正しき騎士として、だ。
――まったくもって、傲慢な。
(それにしても)
人の皮の装丁、か。
そのような書物。魔書、禁書の類いに決まっているではないか。
もう一度周りを見渡す。
さっきから考えているのは、ここに沢山いるという"幽霊"のことで。
先程の会話でもあったが、何か知っているのであればこちらに有益な情報を聞くこともできる。
果たして、対話出来るのかどうかも定かではないが。
男は一歩足を踏み出す。何かを踏んだか、乾いた音がした。
割れた曇り硝子の窓から風が吹き込み、床に散乱した本のページをめくる。
前が見えないといったほどではないが、その場は薄暗く。
奥にゆけば、もう少し暗くなるだろう。本当に"幽霊"が出たって、少しの違和感もない。
埃の匂いが鼻について、男は一度だけわざとらしく咳き込んだ。
――心の底からの声は、まだ聞こえている。
もしやこれが本当の自分自身の意思なのかと、疑ってしまうほどに。
【昼前】
「ありませんなあ……」
本棚を漁り、題名を見て、元に戻す。彼はそんな作業を延々、黙々続けていた。
てっきり何かの規則に沿って並べられているだろうと思われた本はその実、首をかしげたくなるような並び順で、
作業は酷く非効率な物になっていた。
彼がそう言えばと気付いたのは、何らかの詩集であろう本を閉じ、棚にしまった時だった。
あの二人に名前を教える機会をすっかり無くしてしまっていたのだ。
“幽霊”とやらがいつ現れるやもしれない、緊張の中の単純な作業。それに疲れ始めていた彼は、少し離れた所
に居る二人に、自己紹介でもして気を紛らせようと思い立った。彼らもきっと疲れているだろうから、それに彼
の名前は人を笑わせたり、驚かせたりできる類いの名前で、子供の頃は良く馬鹿にされたが、今ではそれを冗談
の種として扱って久しかった。
そうときまれば、と作業の流れで思わず手に取ってしまった本の埃を払い、決心した。この本を確かめたら二人
に名前を明かそうと。
その本は皮で装丁されていた。とは言え、この図書館の本は何故か上等な物ばかりで、殆どが皮で装丁されてい
た。それが人の皮であるかは確かめられないので、いちいち本を開いて、題名を確かめなければならないのだ。
表紙の題名は痛みすぎていて、読解は困難だった。
「……“炎”?変わった題だな」
目的の物とは違うと解ったが、題名に引かれて数ページ捲る。詩集のようだ。この図書館に来てから、詩集しか
見ていないような気がする。そう思いながら、彼は戯れにその本の詩の一節を、声に出して詠んだ。
急激に、何かが吸い取られてゆく。それが何かは解らない。解ろう、と努力しようにも、代わりに入り込んでき
た何かがそれを邪魔した。
一瞬の出来事。
彼は膝をつき、呆然と目の前の光景に目を奪われている己に気付いた。
本棚が丸々一つ、燃えていた。
「なんだ、これは」
己の中に何かが打ち込まれた事が解る。魂に、何かを刻み付けられた。何かを犠牲にして。
魔法。
吐き気を感じながら、思考を纏める。これは、魔法か?これが?彼は混乱しながら、寒気を感じながら、助けを
求めるように周りを見回した。
「ひっ」
さっきまで確かに居なかった、自身をすっかり囲む、乳白色の体を持つ何かに……“幽霊”に気が付いた。
【魔法:“炎”が扱えるようになった。
魔:魔法を覚えた事で魔に強く感染、生者からまた一歩遠退き、幽霊が見えるようになる。
*ゆうれい に つかまって うごけない!!*】
一冊ずつ手に取ってはパラパラと捲って戻す、単調な作業は緊張感を麻痺させる。
顔を上げても本、下げても本、視界で動くのは2名の騎士のみである。
ちなみに、距離をとった探索はクーゲルに却下されている。
「僕、この戦いが終わったら司書になるんだ・・・」
縁起の悪い独り言をこぼし、またしても外れだった本を隙間に戻そうと手を上げる。
真面目な話、騎士の次に魅力的な職業かもしれない。騎士物語はもちろん、本そのものが嫌いではない。
・・・最も、この魔都に踏み入れた時点で単なる夢想に過ぎないが。
と、ルノーは隙間に手を差し入れたまま首をかしげた。何かがひっかかり、うまく戻せない。
のぞきみると、棚の奥に四角いものが見える。手に取るとそれは、文字が刻まれた歪んだ長方形の板を何枚も紐で束ねたものだった。
製本に携わる者が作ったようには見えない。皮も紙もない状況下で、素人が残したものということだろうか。
2人に声をかけようとした、その時だった。
右方向から熱風が首筋を舐め上げ、薄暗い館に光が満ちる。
振り向いたルノーの目に、火の塊と化した本棚が飛び込んできた。
木切れを足下に放る。駆けだす。棚の正面にいた黒騎士に目をやる。怪我はない。幸いだ。
炎は瞬く間に広がろうとする。舌打ちし、左右にある本棚を引き倒し、蹴り飛ばす。それでも既に燃え移っている。
とっさに首に巻いていた布を外し、懐にある水筒の中身を染みこませて広げ、覆う。燃え広がることさえ抑えられればいい。
不味い空気が、喉に絡む。
「何があったんですか!?」
膝をついたまま動かない黒騎士に問いを投げつける。
・・・返答は、無い。
不審に思って揺さぶろうとし、はっと触れずに手を止めた。
突然の怪異、図書館の幽霊――
――彼処は薄暗いから幽霊が沢山いて、ワシのように体の弱った人は直ぐに魂を追い立てられて、体を奪われちまうのさ――
「聞こえます?動けないんですか?しっかりして下さい!」
今更ながら呼びかける名前を聞かなかったことを悔やむ。
自分には幽霊を視認することも、引きはがすこともできない。
どうすればいい?魂を守るためには何が必要だ?
・・・魂と肉体とを、強く接続し直せればよい。
それはつまり、肉体の存在・感覚を強く認識し直すということ。ならば・・・
「――すみません」
ルノーは剣を抜いた。
向けるのは峰。上段に構え、足の黒い鎧に覆われていない部分を狙って振り降ろした。
――それは一冊の本だった。
何気なく手に取った。それは何の変哲もない硬い表紙の黒い本。
題名は書いてはいなかったが皮装丁ではないし、求めている本とは違うことは確かだ。
何事もなく棚に戻すべき本。実際に他の似たような本は全て気になど留めなかった筈だ。
男は熟読していた。
横からのぞき見てみるとわかるが、その本は白紙だった。
何も書いてない。劣化して黄ばんだ紙が頁を捲れど延々と続いているだけだ。
しかし男の目はまるで文字でも追うように瞳を動かし、指を忙しなく動かす。
男は熟読していた。
身を焦がす炎にも、気づかぬ程に。
男が異変に気づいたのは、些か周りが明るすぎることに違和を感じた時だった。
その時には既に目の前に炎があり、慌てて男は視線を動かし二人を探す。
視界に捉えたのは、膝をついて動かない黒騎士と、それに呼びかけるルノーの姿。
慌てて近寄る。あの老婆の言っていた"幽霊"か、将又全く別の何かか。
男が打つ手を逡巡している間に、ルノーは剣の峰で黒騎士の足を打ち抜いた。
その刹那、一瞬黒騎士の周りの空気が揺らぐのを感じて。男はそこに手を伸ばし。
――まるで何かを採取でもするかのように、幽霊を黒騎士から『力づくで』引き剥がした。
もしや男には最初から見えていたのか。今となっては、窺い知ることは出来ない。
尚も黒騎士に纏わり付こうとする幽霊を羽虫でも追い払うかのように手で振り払う。表情すら変えずに。
「立てるだろうか? 平気か? 何か体に不具合は……」
見渡す。本棚が燃えている。本棚は一つきりではない。その隣にも本棚はある。その隣にも、その隣にもだ。
燃え移る速度は、決して遅くはない。
「しかし……これはまずいな」
図書館という、ある意味では一番火を避けねばならない地にて、炎が燃え盛っている。
燃料となり得る紙は膨大。空気は乾燥していて埃も多く、火事にこれほど適した場所がありようか。
ルノーが燃え広がらぬよう処置をしてくれていたようだが、焼け石に水だ。濡れた布の下でくすぶり続ける炎は、やがて侵食する。
「探索は中止だ! 逃ぐるしかあるまい!」
その判断は早かった。
ルノーを追い立て、負傷しているかもしれない黒騎士を肩に担ぎ、せめてもの手がかりにと男は適当に本を拾う。
男はあくまで殿を勤めようとする。
進む際には先陣を。
退く際には殿軍を。
いつ何時でも、盾で有り続けねばならないのだ。
遅くなってごめん。
こういう時に連絡が付きにくいのはきついかなと感じるので避難所作ろうかとも思うけど、必要?
>>44 いてくれて良かった!
確かにあってもいいと思います。話が込み入ってきそうなこともありますし、総合避難所だけでは不便でしょう。
公開プロキシから書き込める設定の場所だと個人的に助かります。
47 :
名無しになりきれ:2010/06/12(土) 01:54:16 0
はい
じくじくと痛む、足の刺し傷を撫でる。これのお陰で正気に戻れたとはいえ、感謝で苦しみが癒えるわけではな
い。彼は誰に対する物でもない、怒りと苦しみがない交ぜになった魂を抱えながら、ほとんど引き摺られるよう
に図書館を出た。
いや、彼の魂は恐怖していたのだ。自身に刻み込まれた邪悪な呪文の一節に。予感していたのだ、たった一節、
されどそこから全ては腐ってゆくと。
逃げていたのだ。怒り、苦しむことによって。己の未来が黒く塗り潰されてゆく霊感から。無意識に、底無しの
沼に足を捕られたことを、忘れようとしたのだ。
「本は」
磨耗したまま、肩を担ぐクーゲルに尋ねた。返事はない。それならば、答えは決まったようなものだった。
彼は項垂れた。
「私のせいで、すまない」
赤々と燃える図書館の前の石畳に、クーゲルの肩を離れてへたり込む。失敗した。あの老婆からは何も聞き出せ
ないだろう。
しかし、報告はしなければならない。
彼は目の前の炎から目を離して、白い霧を探した。
「なかなか面白いことをやってくれるねえ、あんた達は」
いつの間にか、彼等を囲むように白い霧が押し寄せていた。霧の中から、あの老婆の声が聞こえる。
「まあ、仕方ない。どうせ“あれ”も写本だからね。
無くしたのは惜しいが、星の廻りが悪かったんだろ」
しかし、契約は契約だ。と老婆が悪戯をするような、妙に楽しげで、明るい声で話を続けた。
「当たり障りの無いヒントをあげよう。
まあ、参加賞みたいなもんさ。大したヒントでもないけれど、丸っきり意味がないって訳でもない。
―――お前達が魔王に打ち勝とうって言うなら、“道具”に頼るしかない。心身の成長は見込めないから、この
街ではそんなものは磨り減っていくのみだよ。
いいかい“道具”を拾って、使うんだ。この魔都には人知を超えた凶悪な武器や、呪文や、薬がそこかしこに転
がっている。
魔王すら手が出せないような代物がね。
“魔”にとり殺される前に魔王に打ち勝つには、それしかない」
笑い声が霧の中から、響く。嘲笑、と言うわけではなくて、本当にただ面白がっているだけのようだ。
「いやはや、あたしはすっかりあんた達が気に入ったよ。
実に面白い芝居だ。
ぜひあんた達の芝居を、最後まで観たいもんだねえ」
【老婆への質問タイム:好きに質問して、答えさせて下さい
質問することがなければ老婆は立ち去ります】
【遅れてすみません】
痛みますか、ごめんなさい──開きかけた唇は、無意味な上下運動を繰り返したのち静止した。
炎を目にして呆然とうなだれる黒騎士の顔を、まともに見られない。申し訳なさと、負の感情への困惑。
>「本は」
「・・・大丈夫ですよ!クーゲルさんが拾ってくれた中になにかあるかもしれませんし!」
うわずった声を上げる自分が嫌いだ。こんな言葉、黒騎士の救いになるわけもない。
それでも、追われるように言葉をつなぐ。今、これ以外の行動を知らないから。
「そもそも、あんな姑息な老婆に期待なんて、最初から!僕は、幻術なんて卑怯な技は美しくなくて、嫌いです・・・から・・・」
失速した幼い言い訳は、図書館を覆う炎の中へ落ちて消えていった。
しばらくして、黒騎士の視線が炎を離れて例の白霧へ向かった。
響いた声はなぜか楽しげで、腹から溢れた不快感が自然と視線を険しくする。
老婆は【魔王に打ち勝つためには道具に頼れ】と告げた。
有益な情報ではあるが、相変わらず意図が読めない。
>ぜひあんた達の芝居を、最後まで観たいもんだねえ」
「遠慮せず、ぜひ一緒に舞台へどうぞ。際から突き落としますから。・・・本当に、わからない人です」
何とか探れやしないかと思いながらも何もできず、ルノーは白霧が晴れるまで事態を静観していた。
老婆が去り、ほどなくして。
「【道具】なんていきなりいきなり・・・なんでそんなものが?信じろと?信じたとして、どうやって探せと・・・?」
ぼやき、何気なくクーゲルが持ち出した書物に視線を移したルノーは、目を瞬かせた。
「これ、拾ってくれてたんですね」
そこには、図書館で目にしたあの薄い板の束が紛れていた。
板には文字と図が刻まれているが、非常に読みにくい。年月のせいもある。だが、それ以上に刻み方が略式で乱雑なのである。
「本棚の奥にありました。古いものですね。資料というより、走り書き・・・きっと、切羽詰まった状況で書かれたもので・・・これって・・・指令書?」
刻まれているのは、この図書館周辺の略図のようだ。城と図書館の中間に位置する一つの建物の一つを指した、【決行】という言葉も読み取れる。
また、ルノーは左下隅に記された紋様に見覚えがあった。
「この紋様は・・・あの【白昼夢】で見た兵士の鎧にもありました」
つまり、これは旧魔王討伐軍の指令書であるということ。
「封印の後のものか前のものかはわかりませんが、でたらめに探すよりはよさそうですね。・・・他に持ち出した本はどうでしたか?」
そんな会話をしばし交わした後。ルノーは唐突に首を傾げて図書館方向へ振り向いた。
炎の中から、誰かに声をかけられた気がしたから。
「・・・お2人、何か言いましたか?」
魔にほとんど浸食されていないルノーにはわからない。だが、二人の騎士には聞こえたことだろう。
居場所を失い、力無く宙を漂う幽霊たちの囁きが。
『燃えてしまう』『居場所がなくなる』『またどこか、暗いところに』
『・・・あれ?どうして天、見える?』
『あの嫌な結界、今ないから』『僕らを見捨てた結界、今ない』『【まふうじ】結界、今ない』
『出られる?』『昇れる?』
『昇り方、わからない』『汚れちゃったし』『でも昇りたい』『昇りたい』
『考えよう』『考えよう』『考えよう』『考えよう』
「・・・?気のせいです・・・よね?」
炎の上、風が一筋吹いて、囁きは遠ざかっていった。
【・質問→すみません、何も思いつきませんでした・・・
・古い指令書から、旧魔王討伐軍のある集合場所を知る(演出未定、自由)
・図書館の幽霊→魔の封印下では昇天できなかったが、今ならできるかもしれないと騒いでいる】
51 :
名無しになりきれ:2010/06/26(土) 13:44:58 0
頑張って。
52 :
名無しになりきれ:2010/08/02(月) 15:34:27 0
どうした騎士
さて、TRPGじゃないがここを再利用していいか?
質雑だが。
TRPGじゃないなら他を再利用すればいいんじゃない?
廃スレはいくらでも転がっているのにイチャモン付けられそうな隙を抱えてやる必要はないと思う
>>53 どうぞどうぞご自由に
できたら協力したいです
まあ、騎士スレの初代スレは質雑だしね。
短かったけど、最初の質雑の時期は楽しかったなぁ…。
しかし、ここのスレはスレタイにTRPGとあるし、
質雑への再利用にはあまり向かないと思うよ。
このままスレ落としてもまた建てるような奴がいるから、質雑にして落とすのもいいかもよ?
よし、では我輩が質問に答えよう
我が名はフンバルト!
そしてこれは代々伝わる名剣スターホーン!
昨年叙勲を受けたばかりの若輩者なれど騎士の名誉に賭けて勤めをはたさん!
フルネームと愛馬の名前を教えてくだしあ
>>59 フンバルト氏じゃないけど…新しい職場は仕事がなくてね。
暇つぶしに答えさせてもらうよ。
僕の名はレヴェッカ・エル・クシャンプーツ。
役人騎士だから馬は持ってない。
仕事柄、馬車にはお客としてよく乗るけどね。
カイザーとかはどうしてるんだろうか?
>>61 僕はその殿方のことは知らないけど、騎士なら今日も剣を振るってるんじゃないかな。
もし君が騎士ならまたいつか剣を交えることもあるかもね。
男なのか女なのか、話はそれからだ
名前からして女っぽいとは思うけど
>>63 女だよ。
僕の剣の先生が女弟子を嫌がったのが発端でね。以来、“僕”で通してるんだ。
ちなみに歳は29だ。若い子じゃなくてがっかりしたかな?
29歳のボクッ娘……だと……?
オラなんだかワクワクしてきたぞ!
その師匠に感謝しないとな!
なんという畏れを知らぬ勇者!
>>65 それは良かったよ。ありがたいけど……でも29は娘じゃないね(笑)
童顔って言われることはよくあるけど。
こう見えて酸いも甘いも知り尽くしてるんだよ……なんてね。
>>66 僕は勇者じゃなくてお役人だから畏れも恐れもあるよ。
前の職場の上司も恐かったな。今の職場はやさしいお爺ちゃんでほっとしてるよ。
ああ、それと忘れてはいけないのが先生。20年間ずっと怒られてるような気がする……。
ミスは死を招く
>>69 僕にとっての身近なミスはこれもまた仕事がらみ、書類の上の話が多いよ。
失敗が死を招くストイックな世界に身をおいたこともないかな。
幸せだよ。
戦場に出たことはないのか?
>>71 20歳ぐらいの時に2、3回出たきりだ。
それも後ろの方でウロウロしてただけで、僕の剣が相手軍の剣と交わることはついぞ無かったよ。
今では惜しいことをしたなって思えるけど、当時は……それこそ恐くて、怖くて、仕方なかった。
だから僕は本当の騎士様を心の底から尊敬しているよ。
せっかく身につけた剣技が泣いてるぜ
>>73 同感だね。
二の腕の筋肉も大分落ちてしまって男好みのかわいらしいものになってしまったよ。
剣を握るよりペンを握る方が得意なぐらいだから。
代筆ならいつでもどうぞ。
本当ですね(二の腕ぷにぷに)
冗談です。
書類と紅茶、ここにおいておきますね。
あなたの師匠が「鍛え直してやる!」って言って乗り込んで来てるんですけど
>>75 ありがとう(手の甲をぺしっと叩いて)。
うん……。やっぱりこの季節のお茶は北の地の葉が美味しいね。
太陽の加減なのか……。今度調べてみようかな。
>>76 (一目散に机の下に隠れて)
その、なんだ、誰か先生にクシャンプーツは外回りだと伝えてくれないか。
あと来週の定例稽古は二度行くからとも。
78 :
名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/09/12(日) 22:30:19 O
TRPじゃないのかよ…
>>78 TRPGへの参加希望者だったのかな?
期待はずれを経験させてしまったのならすまない。
このスレがTRPGスレとして復活するとなれば
僕はすぐにでもお暇させてもらうつもりだ。
だからそれまでは少し、みんなとお話しさせてくれないかな。
言われた通り、「誰か先生にクシャンプーツは外回りだと伝えてくれないか。あと来週の定例稽古は二度行くからとも。」ってレヴェッカさんが言ってました
……と先生に言っときました
先生が怖くて逃げ出したか
あれ?逃げ出されたですか?
せっかく用意したお茶菓子が無駄になってしまいました・
ああ。どうしましょうどうしましょう♪
仕方がありません。
せっかくのお茶菓子を捨てるのももったいないですし、私が代わりに食べておきますか(あーん)
>>80 ……ありがたいことをしてくれたね。
時に、君は最近運動を怠っていないかな。
稽古なら付き合うよ。何なら真剣でもいいよ。(スチャ)
>>81 まさか。
逃げても無駄に決まってる。……酷い目にあったよ。
来れなかったのは仕事だよ。
西南の地区が作物の育ちが悪くて現地に視察に行ってたんだ。
責任者と相談して今後の対策を講じてきたからとりあえずは様子見だ。
>>82 いささか早計じゃないかな。
僕は人の好意を踏みにじるようなことはしたくないよ。
(奪い取って)いただきます(ぱく)
それだから二の腕がぷにぷにしてくるんですよ?(二の腕ぷにぷにぷにぷに)
……ちなみに二の腕の内側の肉の柔らかさって、おっぱいの柔らかさと同じらしいですよ
>>84 君に言うことが3つある。
1つ、ぷにぷにはやめなさい。(べしっ)
2つ、他人の体に気安く触る人は僕は好きじゃない。(ばしっ)
3つ、セクハラだ。(ざくっ)
ここらで
>>19を参考に自己紹介とかしてみません?
やたら項目が多いけど埋められる所だけでいいんで
>>86 【名前】レヴェッカ・エル・クシャンプーツ
【年齢】29
【性別】女
【職業】役人
【魔法・特技】速読、速記、剣術
【装備・持ち物】愛用のペンと剣
【身長・体重】163/50
【容姿の特徴、風貌】金髪のショート、深い紫眼、低めだが形の良い鼻、薄い唇
【性格】冷静
【趣味】読書
【人生のモットー】興奮は冷静をもって御し、冷静は興奮をもって御す
【自分の恋愛観】「良い人がいればね」
【一言・その他】
こんなところかな。
……どこかで冗談でも入れるべきだったか……まあつまらなくても許しておくれ。
>87
はい、承りました。
あ、羽ペンお借りしていいですか?
ただいま絶賛花婿さん募集中です、と。
よし!
では、掲示板に貼ってきますねー(そそくさ)
>>88 ……それで本当に良い人が来るならいいけどね。
母さんに言われてお見合いをしているけど僕好みの人には会えないよ。
断る度、母さんの小言を聞かなきゃいけないのがつらくて……でもこればかりはね……。
明日の夜も6回目のお見合いで……はぁ、憂鬱……。
しかし29歳か……ぶっちゃけ行き遅(ry
何でもないですすいません斬らないで下さい
>>90 いや……まあわかっているさ。
僕はもう昔からこんな感じだから、伴侶を得られないか、
得られてもそれが晩年であることは覚悟していた。わかっていたんだよ。
とはいえ、寂しいものもあるけどね。
ならば無理にご結婚なさらなくても、養子を迎え入れればいいと思いますよ。
そういえば東方の昔話に、自分の初恋の人によく似た子供を育ててツマに迎え入れるというものがありましたね。
「わたしのかんがえたさいきょうのおっと」を、自らの手でお育てになられるのも一興ではございませんか?
>>89 お見合い会場は、やはりどなたかの舞踏会会場かサロンですか?
>>92 あまりいい趣味をしてないね、その話を作った人は。
「僕の考え付かない夫」だから面白いんじゃないか、結婚は。僕は独身だけどね。
だいたい僕は無理に結婚したくないから、しないんだよ(笑)
>>93 今日は先方の屋敷に出向いてきたよ。
うちと同じで没落貴族の出らしくてね、会話自体は弾んだよ。
ただ今回も断らせてもらうつもりだ。
価値観の相違かな。僕は結婚しても仕事をやめるつもりはないんだ。
もう師匠と結婚しちゃったらどうですか?
>>95 先生は尊敬できる人だけど伴侶としては違うような気がする。
……というより、さすがに29歳と99歳じゃあ育った文化が違いすぎて無理だよ……。
まあまだしばらく独身を続けるさ。
師匠お元気ですねぇ。
しかしレヴェッカ様。
まさかその年齢になられるまで、恋の1つもしたことない、なんて事は・・・・・・
>>97 その言い方は失礼じゃないかい? もちろんあるさ。
初恋は先生の教え子の、つまり兄弟子ということになるけど、お兄さんだった。
僕がうまい具合に剣を振れたときは頭をわしゃわしゃって撫でてくれてね。
優しい人だった。
まあ、戦争で死んじゃったけどね……。
レヴェッカ様おいたわしい。
ところで、お父様はご存命なのですか?
おうちの没落と戦争はなにか関係があるのかと気になって夜も眠れなくて・・・・・ふあ〜(あくび)
(ぐー・・・ぐー・・・)
>>99 倒産は3年前にはやり病で亡くなったよ。
元々体の弱い人だったから。
思えば母さんが見合いにうるさくなったのもあの後だ……まあそういうことだね。
家が没落したのは3、4代前の話しだし、戦争とは全然関係ないんだけど……
(毛布をかけながら)その話はまた今度にしようか。
突然だが、貴殿に決闘を申し込みたい!
>>101 決闘のお申し込みですか?
それならそちらに置いてあります緑の用紙に必要事項を記入して
左手の突き当たり5番の受付へ提出してください(にこ)
レヴェッカ様のニコポ入りました〜
>>103 うまく落とせたかな?(笑)
昔飲食店ではたらいたときに身につけたスキルだ。
『付け合せにフライドポテトはいかがですか?』……ってね。
接客一つでお店の売り上げも全然変わることが、実際に身をもって理解できたよ。
今日の夕食は何ですか?
行軍に加わると、騎士様達はトカゲやヘビまで捕食するって本当ですか?
>>105 今日は魚のハーブソテーを食べたよ。
美味しかったけどちょっとハーブが強すぎたから今後の課題だな……。
捕食はちょっと聞いたことがないな。
行軍するなら行軍日程より多めに食糧を持っていくはずだし
途中の町や村でも補給ができないわけじゃないからね。
それはそうとトカゲやヘビは庶民の間ではよく食べられているよ。
トカゲは丸焼きにして食べるんだ。塩だけでもなかなか美味しい。
ヘビは最近は高くなってきたね。僕は蒲焼がお勧めだ。
ヘビの蒲焼がお好きなんですね
精がつきそうですね
他にお好きな食べ物は何ですか?
やっぱり剣の稽古をした後は、お肉とかガツガツ召し上がるんですか?
108 :
リン=セイス ◆xDxUGYLUgA :2010/10/21(木) 21:16:50 0
月が天上まで昇り、人々は眠りという名前の安らぎに浸る時間。
とある王国の中央にある城の壁に、蠢く一つの小さな人影があった。
「……よーし、あと少し……よっと!」
月光を反射し、月よりも美しく輝く絹の様な長い黄金の髪。
飾りこそ質素だが、見るものが見れば最上級の品であると判る両手剣。
背中に背負った大きな背負い鞄。そして、その全てと不釣合いな旅の傭兵が着る様な服。
城の窓から垂らされたたロープを伝い地面に降りたその人影は、
地上からその城を眺めると、口元にニヤリと妖精の様な笑みを浮かべると、
小さくガッツポーズを決めた。
「――ふふふ、やったぜ! 流石、私がこの日の為に準備した脱出経路、完璧だ!
お父様もお母様も爺やも、まさか私がこうやって出て行くなんて思わなかっただろ!」
かわいらしい声で独り言を呟いたその人影は、そこでハッと呟いた様に周囲を見渡し
安心した様にほっと息を付く。
「……危ない危ない。大きな声を出したら、見つかってまた連れ戻されちまう
今回だけは絶対掴まる訳にはいかねーからな。何が剣大会で優勝した最強の騎士と結婚だ。
そんなふざけた事認められるか。私は私の道を歩くんだ!」
そう小声で呟くと、その人影は城壁の裏側……そこにある王族しか知らない筈の
秘密の地下通路の入り口を開け、城壁の外へと出て行った。
そして、人影が城壁を抜けた直後
『姫様が脱走なされたぞおおっっっ!!!』
『またか!?』『最近大人しいと思ったら、やっぱり猫被ってたのか!!』
『探せ!探せ――――っ!!!』
「やっべ……見つかった! 急いで逃げねーと!
全く、私は明日から始まる剣大会で優勝しねーといけないっていうのに!もうっ!」
人影は長い黄金色の髪を風に靡かせ、重い背負い鞄を物ともせずに、
夜の城下町へ向かって風の様に走っていく。
【名前】リン=セイス
【年齢】14
【性別】女
【職業】姫
【魔法・特技】宮廷剣術
【装備・持ち物】宝物庫にあった両手剣 宝物庫にあった軽装な鎧
【身長・体重】147cm 41kg
【容姿の特徴、風貌】黄金色の長髪に可愛らしい顔
大剣を腰に下げ、一見傭兵が着る様な簡素な鎧を纏っている
城から脱走した後は、大き目の兜を被って変装している様だ
男言葉で話す
【性格】おてんば、男勝り、世間知らず
【趣味】騎士を題材にした冒険譚を読む事
【人生のモットー】自分の人生は自分で決める!
【自分の恋愛観】特に無し
【一言・その他】おてんば姫が家出した! 騎士よ、今こそ立ち上がれ!
家出姫リンたんと女騎士レヴェッカたんの二人旅キボンヌ
版権ありなら参加したいな
【名前】エステル・クーヴルール
【年齢】21
【性別】女
【職業】特別近衛騎士
【魔法・特技】剣、隠密行動
【装備・持ち物】細身の片手剣、小盾
【身長・体重】165cm 46kg
【容姿の特徴、風貌】
ざっくりと耳のあたりで切った銀髪に、静かな目。
今は、近衛騎士正規のものではない私物の軽鎧を身につけている。
【性格】冷淡、仕事人間
【趣味】古武具収集
【人生のモットー】明鏡止水
【自分の恋愛観】恋愛は時間の無駄
【一言・その他】
《特別近衛騎士》
王室や主要貴族の女性を低ストレスで護衛するために創設された、若い女性を中心とする特別枠の近衛騎士。
『おおおおおっ! リン……愛しい我が娘、リンよ……なぜじゃ、なぜ、わしらを困らせるのじゃ!?
騎士物語が好きと言われれば、本来なら宮廷にふさわしくない俗な書物を極秘で集めた!
剣術を学びたいと言われれば、はしたないという非難をなんとかなだめて習わせた!
だというのに……なぜじゃぁぁ……私のリンよぉぉぉ……!!』
豊かなヤギひげを涙でぺっとりと潰し、初老の男性が叫んでいる。
品もなにもなく地団駄を踏み、頭を掻きむしるその姿に平素の威厳はない。
その醜態たるや、平民一生分の富をつぎこんだ特注ガウンも安宿の寝間着と見間違うほど。
『うううぅぅ……お前も何か言ったらどうじゃ、エステル!』
「心中お察し申し上げます」
『冷たいぞ! お前はいつも冷たい! こういう時くらい、お前の言葉で慰めてくれてもよいだろう!?』
「では、僭越ながら。
いかなる悲劇にあっても、主君たる陛下は決して理性的判断力を喪失してはなりません。
具体的には、私の両肩をつかんで秒速3回ペースで継続的に振動を与えることは全く現状の打開策になりえませんので、おやめください」
『おぉぉぉぉ……すまんのぉ…………リンよぉぉ』
主君はがっくりと項垂れ、ようやく女性への八つ当たりを終了した。
エステルと呼ばれたその女性は、表情一つ変えず――顔色は多少紫がかっていたが――襟元を整えると、
「それよりも、陛下。いかなるご用件で、私をお呼びで?」
『――そうじゃ、時間を浪費している場合ではない!
今月、最もリンの私室前警備にあたっていたのはお前なのだ! リンの目的はわからんか?』
鼻水をぐしっと拭いながら問い詰める王を前に、エステルはしばらく黙考し、やがてゆっくりと首を振った。
「申し訳ありませんが、全く。
ただ……一昨晩に宝物庫から武具を持ち去ったあの賊は、もしや今日捕らえた商人ではなく王女殿下だったのではないかと」
『では、あの独房――“千の紫瞳の間”に幽閉したのは間違いであったと……!?』
「はい、僭越ながら。精神に変調をきたす恐れがあるので、今晩中に解放することを進言いたしますが――
いえ、些末事でした。お忘れください」
『そうだな、それはまた明日だ。問題は“リンが剣を使用するつもり”だということだ。
……今度は何だ? また冒険者ごっこか、それとも盗賊退治か?』
「わかりかねます」
『うぬう……もういい。これからお前は……そうだな――
他の騎士は、既に町中に散って捜索を開始している。月が山の端にかかる頃には、町の門の封鎖も完了するだろう。
お前は正規の鎧を脱いでリンを探せ。単独で、目立たないようにな』
「御意」
エステルは腰を折って一礼し、音の無く素早い歩みで退室した。
鎧を置くため宿舎へと駆け足で向かいながら、城下町の地図を思い浮かべる。
冒険好きのあの姫は、どのルートで逃げようとするのだろうか。
……想像がつかなかった。エステルには、あの姫が理解できない。
――定められた枠の外に出るとは、そんなに楽しいこと?
「……いえ、理解する必要などありませんね。
私は命令を全うするだけ。必要とされる行動を、必要とされたようにとるだけです」
そうして、星々に飾られた月が、その美貌を最も高い場所から天下に誇る頃。
冒険者に扮した若い騎士は、夜の城下町での活動を開始した。
「女の子を見ていませんか? 世慣れていなさそうな小さな女の子なのですが」
――路地裏で寝ていた乞食をたたき起こして金を握らせ、質問し、首を振られる。何度目だろう。
(成果はゼロ……場所が悪い? それとも、上手い変装?
いままでの脱走で、知恵をつけてしまったのでしょうか)
嘆息するエステルの目に、ゴミらしき大きなクローゼットがちょうど飛び込んで来る。
幸い今夜は月が明るい。これを足場に屋根に登れば、多少は見渡せるだろうか。
(騎士の肩書きを持つ者として、品のない行動は慎みたいのですが……今は、仕方がありません)
黴臭い木材に足をかけ、一気に跳ね上がる。そのまま屋根の上に着地。音は一切無い。
家主を起こさぬよう、ゆっくりと足を動かす。
暗いが、周囲の路地構造くらいはぼんやりと見渡せて――
「……あれ、は」
エステルは目を細めた。一本となりの路地に、きらりと月光を反射する金属の輝き。兜だろうか。
(王女殿下? ……よく見えませんね。
この時間帯に、この酒場や宿屋の無い地区を歩く者はそう多くはないですが、騎士の可能性も――)
エステルは、身を低くしてその人影に集中した。
人影は素早く、かつ、何かを警戒するような様子で路地を進んでいる。
(正解……かもしれませんね。尾行しましょう)
エステルはそうと決めると身体を縮め、一呼吸の後に解き放った。
屋根の淵まで一息で駆け、踏み切り、隣の屋根に飛び移る。煙突かなにかに隠れてしばらく静止。
気づかれていないことを確認すると、また淵まで駆け、踏みきり、飛び移る。静止。確認――
これを何度も繰り返して、エステルは家出姫らしき人物の元へと接近していった。
【よろしくお願いします、王女殿下。こんにちは、
>>110さん。
版権については殿下の判断に従います。
現在、それらしき人物を屋根の上から尾行中です】
「くふ……ふふふっ……」
城下街の夜闇の中、周囲をキョロキョロと警戒しながら進むリンの口元には、
ニヤニヤとした笑みが自然と浮かんでいた。
(誰も私を姫と思わねぇ……今、私は「私」なんだ!)
少しずれた変装用の兜を手で引っ張り被りなおしながら、リンは路地の角を左に曲がる。
どうやらリンは明確な行き先を決めているらしく、その歩調に迷いの色は見えない。
そうしてそのまま歩き続け五回程曲がり角を通った後、眼前にその光景が現れた。
一見すれば、それは巨大な壁に見えるだろう。
一面に広がる、綺麗に切り出された風化防止の魔法をかけられた煉瓦の壁。
だが、当然のことながらそれは壁などではない。
その所々には窓の様な穴が開いており、地面に接している部分には巨大な扉が君臨している。
そう、それは建造物だった。
遥か昔からこの国に存在していたという遺跡。
歴史という風に晒されその名前こそ伝わってはいないが、人々はこの遺跡をこう呼んでいた。
『闘技場』と
リンは、夜にも関わらず沢山の人が蠢いているその壮大な建造物の前で立ち尽くす。
「これが……私を始める一枚目の扉……」
小さな声でそう呟き、ブルリと震える。その震えには、恐怖と闘志と感動の全てが含まれていた。
――明日、この「闘技場」において武芸大会が開かれる。その大会は王国の歴史の始まりと共に
在ってきた伝統あるものであり、その優勝者には最強の騎士としての栄誉と膨大な賞金、
国王が出来る限りにおいてその者の願いを叶える、といった事が約束されていた。
そして、それ以外にとある商品が――――
「……! 誰だっ!!」
と、そこでリンは石畳の上の小石を踏みしめた音を自身の背後に聞き、
振り向き様に鞘に入れたままの両手剣を突きの形で繰り出した。その動きは
洗練された物ではなかったが、その速度と突きと言う簡単な挙動のお陰でそれなりの威力を持っていた。
【リン:尾行(?)してきた人物に向けていきなり鞘入りの剣で攻撃を仕掛ける】
>>113 「よくきたな!よろしくだエステル!」
>>110 「版権は私がその世界観を理解できないかもしれん。だから、オリジナルで頼む!」
モヒカン「ヒャッハー!!どけどけぃ!!
ダンゴクハ様がお通りだぁ!!邪魔する汚物は消毒だぁ!!」
盗賊ダンゴクハ「逆らうならはっきり逆らってください。あんまり逆らうとキレますけど。」
(なるほど……殿下の目的は、明日の剣術試合でしたか)
――闘技場。エステルは観光客らしき一団に紛れて様子をうかがっていた。
この場所は、夜中だというのに人が絶えない。大会の下見らしき戦士もいれば、観光者や一般市民の姿も見える。
厄介だ、と思った。おかげで、派手な行動がとれない。
エステルは、秩序を重んじる人間だ。上に立つ者の秩序に反する振る舞いを、民に気づかせたくはないのだ。
(説得は……殿下の性格上、できそうにありませんね。
しかし剣を取り上げてしまえば、さすがに諦めていただけるでしょう――)
エステルは念のため鞘のついた長剣を右手に持つと、息を潜め、人の群からそっと抜け出て姫に忍び寄った。
あと五歩、四歩、三歩、王女の腰に揺れる剣に手を伸ばし――
――足下に、小さな音。
>「……! 誰だっ!!」
油断していた。
後悔する暇もない。リン王女は振り向きざま、迷いなく剣を突き出してくる。
鋭く、早い――だが、鞘のまま。
ならば、と、エステルは臆せず加速し、突きとすれ違うようにして強引に懐へ踏み込んだ。
破裂音にも似た踏み込み音。避け損ねた大剣が脇腹をこする。
破れた自分の懐からいくつかの持ち物がこぼれるのを横目に、エステルは痛みを呼吸で無理矢理押し込めた。
そのままつば競り合いに持ち込むと、観衆の好奇の視線から隠れるように小声で囁く。
「お迎えにあがりました、王女殿下。
……どうか、このような行動は慎んでくださいませ。
下々の民が身分なりの幸せを享受するのと同じように、高貴なお方には、高貴な幸せが用意されています。
殿下には、秩序に従い優雅に生きることこそふさわしい――」
言い終えるなり、剣の重量差で競り負けないうちに跳ねるように間合いをとる。
(……王女殿下に直接的な攻撃を仕掛けるのは避けたいですね)
「その剣を大人しく渡してくださいませ。そうすれば、私から危害を加えることはございません」
今度は、さきほどの小声と違ってはっきりとそう宣言する。
そして彼女は自分の剣を相手の剣に滑らせ絡めるようにして、鍔の辺りを狙った攻撃をしかけた。
* * *
――その少し後、所変わって、城下で動くある騎士隊内での会話
『あぁ、何だって? 全く、この忙しい時に――!』
騎士隊長の憤慨した声が、夜の城下に響く。
この姫捜索という重大任務の真っ最中に、取るに足らない別件に煩わされることになったためである。
『後回しだ――とできたらいいんだがなぁ。畜生!
おい、その辺りのお前ら! すぐに闘技場まで行け! 市民からの通報だ!』
隊長は、苛立ちを隠そうともせずに言った。
『闘技場に出た、高そうな剣を狙う女の追いはぎを捕らえてこい!』
【・今のところはリンの剣を奪って無力化することを狙っています。
・正規の鎧を脱いでいる上に紛らわしい台詞を発したせいで、追いはぎと思われて通報されてしまいました。
何も知らない騎士たちが数人、こちらに向かっています。到着が何レス先かは臨機応変に】
「なっ!?何者だ貴様…………って、エステル!?」
リンは、振り向き様に放った突きを回避し、更に一瞬で鍔迫り合いをするまでの
接近戦に持ち込んだ見せたその追跡者の顔を見て、目を丸くした。
《特別近衛騎士》 エステル・クーヴルール。
リンの生家たる王国の騎士の中でも実力者として認められている騎士の一人であり、
かつてリンが剣術の稽古を受けた師の一人でもある。
そして、王宮における剣術の稽古に際して、リンが一度も攻め勝った事の無い相手でもあった。
>「お迎えにあがりました、王女殿下。
>……どうか、このような行動は慎んでくださいませ。
>下々の民が身分なりの幸せを享受するのと同じように、高貴なお方には、高貴な幸せが用意されています。
>殿下には、秩序に従い優雅に生きることこそふさわしい――」
「ふ、ん……黙れエステル! 何が高貴な幸せだ!幸せっていうのは、自分の手で掴み取るもんだろ!?
少なくとも、私が読んだ騎士物語の主人公達は、幸せになる為に努力をしてたぞ!
私は、本当の幸せも知らないままこの国の中だけで終わるのは嫌だ!!
旅をしたい!冒険をしたい!世界を知りたいんだっ!!」
リンは最初こそ慌てていたが、エステルの淡々とした台詞を聞くと、
その眉間に皺を寄せて、吼える様にして言葉を叩きつけた。
その言葉は、自分がどれだけ恵まれていて幸福なのかを知らない我侭な子供の言葉だった。
だが、それだけに真っ直ぐで折れるという事をしらない言葉だった。
……といっても、言葉を吐いた所で実力差は埋まらない。
両手剣と片手剣の違いこそあるが、そもそも体格が違う。
まだまだ少女であるリンの体格では、エステルの剣圧に押され――
「うわっ!?」
突如として間合いを取ったエステルの動きにバランスを崩した。
そのタイミングを逃さずエステルの放った一撃は、リンの持つ剣の鍔を的確に打ち抜き、
両手剣を彼女の手から弾き飛ばす。
中空を舞ったその両手剣はやがて乾いた音と共に石畳へと落下し、
それと同時にリンは尻餅を付いた。
(……畜生!折角ここまで頑張ったのに、また連れ戻されるのかよ……そんなの嫌だ!
何か方法がある筈だ……何か……あ!そうだっ! 確かポケットに「あれ」があった!)
冷たい地面からエステルを見上げる様にしていたリンは、一瞬俯き、顔を上げる。
その目に浮んでいるのは……涙。まるで悲しむ天使の様な表情を浮かべたまま、リンは
小さなか細い声でエステルの目を真っ直ぐ見る。
「……分かったよ。剣を取られたんじゃ私にはどうしようもない。
エステルの言うとおり、素直に帰って父様に怒られるよ……」
そうして、リンは俯いてエステルに「立たせて欲しい」とお願いするように、
服で掌に付いた砂埃を払うという動作を見せてからその右手を差し出し、
立ち上がろうとするそぶりを見せる……俯いたその顔には、先程の粛々とした表情が
嘘の様に、悪戯をしようとしている妖精の様な、ニヤリとした笑みを浮かんでいた。
(ふふふ……エステルが動いてるっていう事は、私を探す為に巡回している騎士が増えてる筈だ。
エステルは何か騎士の鎧を着てないし、それなら――――これでいける!)
エステルに伸ばした掌には、小さな魔法の玉。
音の魔法が封じ込められていて、それがぶつかった物からは十分程、
大きな音が鳴り続けるという防犯用のアイテム。
リンが大きな背負い鞄に詰めて来たものの一つであった。
【リン、剣を弾き飛ばされるが、エステルに防犯用の音響魔法玉を接触させようとする】
金属が金属を打ち据える、甲高い音が響く。エステルは体重を乗せて長剣を振り切った。
王女の手から肉厚な両手剣が嘘のように弾かれる。
野次馬たちのざわめきが一気に高まるのと、王女の遙か後方で石畳を叩く耳障りな音が響いたのはほぼ同時だった。
「無礼をお許しくださいませ。――いかがいたしますか?」
うつむいて尻餅をついた姫君の表情は、エステルには読み取れない。
……いや、意味はないだろう。読み取るつもりなどないのだから。
エステルが姫君に向ける眼差しは、問いのようで問いでない、ひたすらに冷淡なものだった。
数秒の沈黙後、王女は顔を上げた。水晶のような涙を浮かべ、儚げに。
>「……分かったよ。剣を取られたんじゃ私にはどうしようもない。
>エステルの言うとおり、素直に帰って父様に怒られるよ……」
「ご理解いただき、幸いです」
普段からは考えられない儚さを目の当たりにしても、エステルの事務的な様子に変化はない――
――ように見えるだろう。表面上は。
内心、彼女は後悔に苛まれていた。
見逃す気は毛頭無いにせよ、今更ながらプロセスの問題点が思考を占拠しだしたのだ。
力加減にミスはなかったか? 先ほどの暴言はこの場で言う必要性が皆無ではなかったか……?
そして、その動揺がさらなる失態を生んだのだ。
エステルは、差し出された右手を取ることになんの疑いも持たなかった。
注意深く観察してさえいれば、王女の前髪の隙間から覗いた悪賢い笑みに気づけたというのに。
(……!? 手の中に、何か――)
気づいた時には既に手遅れ。
怪鳥の悲鳴にも似た不快な高音が、静寂の城下全てに響くかと錯覚するほどの大きさで両耳を串刺しにした。
エステルは思わず、耳を押さえて膝を付いた。しかし音地獄からの救済は叶わない。
なぜなら、その発信源は彼女自身だったのだから。
「くっ……まさか、防犯用の……!?」
刹那、視界の隅で銀光が閃いた。
とっさに大きく右へ退く。振り向きざまに抜剣、追撃を弾く。
攻撃の正体を確認したエステルは、驚愕で血液が逆流するかとすら感じた。
いつしか自分を包囲していた5人の剣士は、同胞のはずの騎士たちであったのだ。
「剣を引きなさい……! 私は近衛騎士の――」
言葉が止まる。所属を証明する鎧を今は身につけていない。
もちろんそれは任務開始時から承知の上だから、証明できる品は別に携帯している。
しかし――彼女は懐の奇妙な軽さを感じて唇を噛んだ。
王女の最初の突き――あの時、破れた懐から大部分の持ち物が零れていたのだ。
集まる野次馬と夜という視界の悪さで、どこに落としたかなど確認しようがない。
『黙れ、不届き者め! 我らの名を騙るとはよい度胸だ!』
騎士たちに迷いはない。
知らないことだが、既に彼女は追いはぎとして通報されているのである。
決定的な証明もなしに信用を得ることは、ほぼ不可能。
(殿下は……!?)
完全にこちらを犯罪者と勘違いした騎士たちの連撃をいなしながら、なんとか横目で姫君の行方を確かめようと試みる。
このような致命的な隙が、見逃されたはずもないだろう。
全てが手遅れ。完全にしてやられた。
――エステルにできることは少なかった。
騎士の1人に強引に体当たりをしかけ、接近する。リン王女に行ったのと同様に。
口と頭の動きだけで、意志を伝えた。
「(あちらです。王女殿下を逃がしてはなりません……!)」
『――!? 貴様、なぜそれを知って――…………糞! おい、3人だけあっちで捜索続けろ!』
『は……!? り……了解!』
(3人ですか……いえ、向かわせられただけ、上出来と思う他ありません)
歩く音源となった自分は、しばらく王女に近づいても害しかもたらさない。
エステルは唇から鉄の味が広がるのを感じながら、騎士たちを振り切るべく、闘技場の外へと駆けだした。
『――犯罪者が逃げたぞ! 追え、追えーっ!』
(王女殿下……この失態、必ず……!)
【・音響玉の罠に引っかかりました。状況もあり、完全に犯罪者扱いです。
・エステルは逃走し、王女追跡からひとまず離脱です。
・騎士数名が闘技場内で姫捜索を続けますが、大幅に出遅れたので発見は困難でしょう。
・「闘技場で姫らしき姿を発見」という情報がエステル以外の騎士にも伝わりました】
響き渡る不快な大音響。
その発生源は、リンの手を取った女騎士エステルからだった。
「ふふふふ……あははははっ!!やーい!やーい!引っかかったなエステル!」
エステルに向けて「あかんべー」をすると、リンは素早く落ちた剣を拾い、
雑踏へ向けて駆け出していた。
何事かとざわめく群集を掻き分けて進むリンの顔には、悪戯が成功した子供の様な笑顔。
「くくくっ……計算通りだなっ!これで明日の朝までは逃げ切れる!
そんでもって、剣大会に登録さえしちまえば、父様だって手出しはできない!
何故なら、それがこの国の剣大会の決まりだからなっ!!」
一瞬振り返れば、遠くに見えるのは騎士に取り押さえられるエステルの姿。
「……エステルには、ちょっと悪い事しちまったかな?
後で父様にエステルは悪くないって手紙出しとこう。うん」
呟くと、リンはどんどんと先に進み、予め偽名……有名な騎士物語の主人公の名前で
予約してあった宿屋へと、転がり込むように入り込んだ。
『おい、何処へ行かれた!?』
『こっちにはいない!反対側へ逃げたのかもしれん!行くぞ!』
暫くして宿のドアの外から騎士達の声が聞こえ、だがそれもやがて遠ざかっていった。
入り口のドアに耳を立てるリンに、宿屋の主人は不可解そうな声で話しかける。
「あ、あの、ザイカー様?何をしておいでで?」
「シッ!!…………うん。行ったみたいだな。ああいや、何でもねーんだ。
それよりも主人、俺の部屋は空いてるか?」
「はぁ……空けておりますが」
「よし、なら俺は明日の朝まで寝るから起こすなよ。体調が万全じゃねーと、
剣大会で負けちまうかもしれねーからなっ!!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう言うリンに、主人は「はぁ……」というと
暫くして興味を失ったかのように帳簿を纏める作業を始めた。
他人に深入りしない事が宿屋が長生きする為のコツだと知っているのだろう。
「ふぅ……」
部屋に入り鍵を閉めたリンは、兜を脱ぐと、用意してあった濡れたタオルで
自身の身を清め、ランプの明かりを消し、早々にベッドへと潜り込んだ。
普段暮らしている部屋と比べれば余りにも粗末な部屋である事に対し文句を言わないのは、
かつて彼女が家出をした時、数週間に渡って町の子供達と一緒になって騎士団ごっこを行った
時の経験が生きているからだろう
「……いよいよ、明日だ。この大会に勝てば、私は冒険に出られるんだ……!」
そう呟くリンの視界は徐々にまどろみという名前の闇に包まれ――――
【リン、追っ手をふりきって、予め偽名で予約をしてあった宿屋に戻り寝ようとする】
【大変申し訳ございません。今日中……は明言できませんが、今晩中には書き上げますので、もう少々お待ちを】
* * *
――城内。結局捕縛・連行されたエステルがなんとか誤解を解き、王や各責任者に報告と謝罪を行った直後のこと。
ちょうど宰相の執務室から退出した彼女に、横手から声がかかった。
『お疲れ。ちょうどいいところに…………珍しいな。君が疲れた顔をしてるなんて。
まあ、話は聞いてるよ。災難だったな』
一拍遅れて向けた視線の先には、きらびやかな甲冑に身を包んだ長身の青年がいた。――近衛騎士隊副隊長、ロジェ。
顔に出ている自覚はなかったが、城下での騒動を気にしていないといえば嘘になる。
「お気遣い感謝いたします。そして、申し訳ございませんでした。
好機を逃した上、自身の不用意な発言が元で同胞に捕縛されることとなるとは、陛下に賜った騎士の称号に泥を塗る行いでございます」
『ん……本当なら叱るところなんだろうけど、今は時間もない。
君は真面目だから、罰するまでもなく十分に反省できてると信じてるよ』
そしてロジェはしばし周囲の気配を探るような沈黙を挟んだ後、口を開いた。
『ちょっと君に頼みたいことがあるんだけど――その前に、姫の一件を巡る騎士団の現状について説明しなきゃいけないな』
次いで彼が見せた表情には、うんざりと苛立った様子が明確に現れていた。
『はっきり言うと、今回の騎士団は真っ二つなんだ。連携どころか身動きも取れない』
「それは、どのように?」
『まず、天竜隊を中心に“姫の行動を放置しよう”って意見が出てる』
天竜隊とは、騎士団内で一・二を争う力を持つ部隊である。
「――放置?」
『ああ。内容は、こうだ。
“探索を打ち切るべき。ただでさえ剣大会で国が浮き上がっている時に、これ以上姫の騒動で騎士を動員しては危急の自体に対応できない”
“だいたい、連れ戻しても繰り返すだけで無駄。敗北すれば自分を知る機会となる”
“仮に姫が登録を済ませてしまったとしたら、伝統ある剣大会に我々国家が介入することは一切ない”』
(……ありえません。登録後はともかく、現行の探索すら打ち切るなど)
昔から、天竜隊は姫の脱走癖を歓迎してた節がある。
“活動的な庶民の味方”としての姫を、国への支持集めに利用するつもりらしい。
『その一方で、地竜隊と僕ら近衛騎士隊を中心に、真っ向から反対する意見が出てる』
地竜隊もまた、天竜隊に次ぐ力を持つ部隊である。
『内容は、こうだ。
“探索を継続するべき。王族としての品格はもちろん、命を落とす危険すらある剣大会に年若い姫を参加させるわけにはいかない”
“仮に姫が登録を済ませてしまったとしたら、同様に登録した国家所属の騎士たちを用い、ルールに反しない範囲で姫を無傷での早期敗退に追い込むべき”』
エステルとしては、当然後者の意見を支持するところだ。前者の意見には怒りすら覚える。
『議論は全く進展する気配がなくて、騎士団はすっかり分裂状態。
おかげで身動きがとれない。正式な命令なんて迂闊に出せやしない』
――と。
エステルはこの時、ロジェの発する雰囲気が急に変化したことに気がついた。
それは、何かを企む顔へ。たとえるならば、あの時魔法玉を投げつけてきた姫のような。
近衛騎士隊副隊長は、わざとらしい咳払いをしてから続けた。
『ところで、話は変わるよ。
えー……君に、今回の失態への罰として自宅謹慎を命じようと思うんだけど?』
――事態を把握したエステルの涼やかな横顔には、珍しく小さな苦笑の色がにじんでいた。
(……今回は、その類の任務に縁がありますね)
「承知いたしました」
つまり――表向きは謹慎中ということにして身動きがとりにくい騎士団から一度離れ、秘密で剣大会に出場登録に向かって姫の警護を行え、と。
もちろん露見すれば大問題だが、おそらくこの類の仕事に適正が認められたのだろう。
『ちなみにどうでもいい話だけど、他にも休暇中の騎士が何人もいるんだよ。
偶然だけど、彼らは全員、銀細工の蛇の紋章を首にかけるのが趣味なんだ』
「ええ。顔を合わせる機会があれば、積極的に接触をとろうと思います。無論、単純に親睦を深める目的でございます」
「そうか、ぜひ親睦を深めてくれ。
おっと、そういえば僕も一つ持ってるんだ。でも趣味じゃないから君にあげるよ』
「ありがとうございます。せっかく頂戴した品でございますので、剣大会が終了するまで肌身離さず身につけることといたします」
『そうしてくれ。あまり露骨にならず、かつきちんと見えるようにね』
近衛騎士隊副隊長という地位に似合わない悪戯っぽいロジェの笑顔に、エステルもまた薄い笑みを浮かべて返した。
既に、声をかけられた直後の陰った様子はない。
明確かつ重要な仕事を与えられ、疲労も吹き飛ぶ思いである。
受け取った紋章を首にかけて一礼し、立ち去ろうとする彼女の背中に、最後に一言だけかけられた。
『今度は捕まってくるんじゃないぞ』
「……承知いたしました」
今度はなくしようのない場所に身分証明の品を入れておこうと決意し、今度こそエステルは自室へと立ち去った。
【・騎士団内は分裂状態にあり、王女殿下に対して大きな行動が起こせない状態です。
天竜隊が放置(むしろ歓迎)派、地竜隊や近衛騎士隊が妨害派です。
・エステル他数人の妨害派騎士が、非公式に殿下を邪魔する予定です。
・妨害派騎士は、今のところ蛇の紋章を互いを識別する手段としています】
* * *
――リンの取った宿の一室。
眠りに落ちようとする姫は、きっと翌朝まで気づかないだろう。
安宿の窓は値段なりの簡易な作りで、たとえ閉めても細く風を感じるような隙間がある。
その隙間から――コトン。折りたたまれた小さな紙片が、室内へと転がり落ちた。
紙片を開けば中には、珍しいほど発色のいい高級なインクで、一文。
《 蛇にご注意を 親愛なるお嬢様へ 》
今夜は、それだけ。
【非公式に行動を起こしているのは、放置歓迎派も同様のようです】
「むにゃんにゃ…………はうあっ!!? い、今何時だ!? 大会は!?」
安宿の布団を抱きしめ熟睡していたリンは、鳴り響いたラッパの音で
飛び上がるようにして目を覚ました。寝起きとはいえその黄金の髪には僅かな乱れもなく、
その容姿は相変わらずどこの妖精かと思う程に可愛いらしい。
寝ぼけ眼で周囲を見渡し、そこが自身が取った宿である事を確認すると、
慌てて易い木製の窓を開き、眼下に広がる光景を窓枠から身を乗り出して見渡す。
鳴り響くファンファーレ。
沢山の露店。
陽気に歌う人々の姿。
どこから集まってきたのか判らないが、窓から見える石畳の大通りは
人で溢れ帰り、活気と活力に満ち溢れていた。
見れば、通路を歩く人々の中には鎧を着込んだ者も多く、その者達の流れは
一つの方向へと定まっている。それはつまり、剣大会の開催の時間が近いという事を
示しているのであり、
「……やばい。失敗した」
リンの蒼白な顔は、彼女がなにやらミスを犯した事を示していた。
「うわぁ……朝一で登録して、父様達の追っ手に手が出せないようにしようとしたのに……」
頭を抱えしゃがみ込むリンだったが、しかしこのミスは実はそれ程大きなものではなかった
いや、むしろ彼女の計画を助けたともいえる。リンが朝一番で登録しようとする事など
彼女の国の騎士団達はとうに予測済みだったのだから。
ノコノコと朝から登録になど行っていたら、今頃リンは城に連れ戻されていた事だろう。
逆に、今は開催時間ぎりぎりまでリンが闘技場に現れない事で、騎士達は存在しない裏をかき
騎士達の警備は分散されてしまっていた。
そんな事を知らないリンだったが、彼女はしゃがみ込んだ先で目の前に何やら
紙が置いてある事に気付いた。
「ん?なんだこれ?」
>《 蛇にご注意を 親愛なるお嬢様へ 》
開けば、紙片にはたった一文のみ。
「……この宿、蛇が出るのかぁ……ってそろどころじゃねぇ!!
このままだと登録時間が終わっちまう!早く出かけないと!!」
リンは慌てて紙片をポケットへと突っ込むと、
鎧を着込み、兜を被り、腰に剣を下げると、大きな鞄を背負い、
急いで宿から駆け出した。人ごみの中を掻き分け掻き分け疾風の如く闘技場へ一直線に駆けて行く。
右手に掴むのは登録用の羊皮紙。これを受付に出しさえすれば、登録は確定するのだ。
途中で何度か騎士団の人間と遭遇したが、彼らは余りに唐突にあっさりと、かつ堂々と
姫が目の前を通過していった事で反応が遅れた様だ。
その間にリンは先を行き闘技場の外門をくぐり、ぐんぐんと受付に向かっていく。
そうして右手を伸ばし――――
【リン、寝坊。そして全力で走り登録所へ用紙を提出しようとする】
【設定了解した!】
『わああああーーーーっっ!!』
――伸ばしたリンの手が、受付に届くことはなかった。
小動物のように体を丸めた人影が突如現れ、頭からリンの横腹に激突する。
2人はそのままもつれながら、受付周辺の人混みへとダイブした。
小柄な影が地面に衝突する哀れな音が、他の客の怒声に掻き消される、その直前だった。
少年の腕から、一抱えもある大量の羊皮紙がバラバラに舞い上がった。そして、2人の頭上に降り注ぐ。
そこには、衝撃でリンの手から離れた登録用紙――ちょうど同程度のサイズ――も、いつの間にか混ざり込んでいた。
影はぺたんと石畳に尻をついたまま、慌てて羊皮紙の山をかき集め、一枚一枚中身を確認し始める。
『あ、あの、お姉ちゃん、ごめんね!』
焦ったボーイソプラノで言葉を紡ぐのは、非常に幼い顔立ちをした少年だった。
服装は、安物の服に年期の入った皮鎧。鎧はおさがりなのか、体格的な適正サイズよりはやや大きい。
口元から首にかけては、ふわふわの大きな赤いマフラーに覆われていた。
『僕――その! どうしても、その、えっと! 急いでたんだ!
頑張らないといけないの! お姉ちゃんも大変そうなのはわかったんだけどっ! でもね! そのね!』
少年は、支離滅裂にまくしたてる。
――羊皮紙をめくる手が何かをつかんで、ピタリと止まった。
彼はなぜか、マフラーに顔を埋めるようにしてうつむいた。
数秒の沈黙。おもむろに顔を上げる。そして、
『――その……僕、どうしてもそれがいるんだよーーーーー!!!』
少年が、叫んだ。空を仰いで。拳をにぎって。自棄を起こしたような、裏返った大声で。
客らの視線が、何事かと彼に集中する。
誰もが呆気にとられたその刹那、少年は、ただ一枚だけ羊皮紙をつかんで跳ねるように駆けだした。
素早い。華奢な体を生かし、身動きできないレベルの人混みを滑るように抜けていく。
少年は闘技場外門を抜けて左に折れ、露店がひしめく闘技場外周へ向かって疾走した。
【リンにぶつかった少年は、羊皮紙をつかんで闘技場外周へと逃げました】
* * *
――ちなみに、ほぼ同時刻。
闘技場から一区画離れた場所に位置する、ある通りにて。
「一か八か、第三宿場通りの終端で待機していましたが……いらっしゃいませんね。
殿下は、あの程度の低い第四宿場通りをご利用されたのでしょうか?
……後で、虱の薬をお飲みいただく必要がありますね」
昨夜と同様の武装へ首にさげた蛇の紋章を加えただけの格好をしたエステルは、首を振って嘆息した。
登録前に発見して連れ戻すことが最良であるが、時間的に厳しいと判断したのだ。
「刻限直前となってしまいましたが、私も出場登録を行いましょう。
殿下を警護・妨害し、必ずや無傷で早期敗退していただきませんと――」
【エステルは、まだ闘技場の区画には現れません】
* * *
128 :
リン:2010/11/03(水) 21:47:34 O
【今日はちょっと書けなさそう。待ってて】
「――――けふぅ!?」
疾走していたリンは、突如として横から加えられた衝撃に対し
抵抗する事も出来ず攫われ、奇妙な声を出して床に倒れた。
「……いったいなぁ……何すんだ!ちゃんと前を向いて歩けよ!危ないだろ!」
リンは左手で頭を摩りながら顔を上げ、自身にぶつかってきた何かを睨みつける。
『あ、あの、お姉ちゃん、ごめんね!』
『僕――その! どうしても、その、えっと! 急いでたんだ!
頑張らないといけないの! お姉ちゃんも大変そうなのはわかったんだけどっ! でもね! そのね!』
見れば、そこにいるのはまだ幼さ残る少年だった。
マフラーが特徴的なその少年はリンに謝罪の言葉を述べると、慌てた様子で
撒き散らした羊皮紙を確認している。
「……全く、そんなに慌てなくてもいいよ。怒ってないし。
でも、本当に気をつけろよ?私ならともかく、もしお前まで怪我したらどうするんだよ」
その何やら一生懸命なその様子を見て怒りを削がれてしまったらしく、
リンは少し不機嫌そうな声だが、そう言うと動きを止めた少年に手を伸ばそうとし
『――その……僕、どうしてもそれがいるんだよーーーーー!!!』
「へ?おい、この落とした紙は要らないのk」
直後、謎の言葉を残すと羊皮紙を一枚だけ拾い上げ、
脱兎の如く闘技場の外へと走り去っていった。
「……な、何だったんだ? 変な奴だなぁ……ま、いいか。えーっと私の登録用紙は……」
ポカンとしていたリンだったが、自身の目的を思い出したらしく
落ちている羊皮紙の中から自身の大会登録用紙を探し――――
「……あれ?」
探し―――――
「な、な、無いっ!!?」
そこにリンの登録用紙は無かった。先程まではあったというのに。
突然の事態に慌てたリンは周囲を見渡すが、誰も我冠せずといった具合で、
助てくれそうな様子は無い。
「待って……無くなる筈は無いんだ……という事は……ああっ!?」
頭を過ぎるのは、先程ぶつかった少年の顔。ここに無いという事はつまり
――――羊皮紙は少年が持ち去ったという事になる
「全く、私の登録用紙を「間違って」持ってくなんてどれだけ慌ててるんだよっ!!
私も時間が無いっていうのに……見つけたらゲンコツだっ!!」
だが、ここで奪われたと思わないのが王室育ちのリンである。
少年が自身の羊皮紙を間違って持っていたのだと断じ、その場に落ちていた羊皮紙の束を
自身の鞄に詰め込むと、兜の位置を直し闘技場の外へ少年を追って走り出た。
【謎の少年を追って外へ――――刻一刻と迫る登録の期限】
130 :
名無しになりきれ:2010/11/06(土) 22:40:47 O
悪魔「暇だからこの国滅ぼすわ」
そして全員死んだ
END
羊皮紙をひっつかんだ少年は今、闘技場外周に沿って全力で駆けていた。道の左右に並ぶ露店の店主たちが、胡散臭げな視線を向ける。
もっとも、少年にその視線を気にする余裕などなさそうではあるが。
『わーーーーー!!!ごめんなさーーーい!!』
少年の幼い顔は、焦りと緊張でぐちゃぐちゃだ。トマトのように赤いのも、酸欠だけではない。一歩ごとにマフラーを揺らしながら走るその姿は、初めての狩りに失敗してねぐらに逃げ帰る末っ子の狼といった感じである。
少年はおそるおそる後方に視線をやった。怒り顔のリンは、ちょうど闘技場の外に出てきょろきょろと左右をうかがっているところである。
少年はすぐさま前方へ視線を戻して身震いした。リンの表情は、既に頭の中で悪鬼の如く脚色されている。
気を抜けば悲鳴と謝罪が零れそうになる口を手で押さえながら、辺りを見渡す。目に入ったのは――ある、果物売りの露店。
『ご……ごめんなさあああい!』
少年は懐に手を入れた。そして何かをつかみ、店主の顔面に向かって投げつけた。
店主が悲鳴を上げる。顔を押さえてうずくまる。その顔と手は――真っ黒。
少年が投げたのは、黒インクであった。
投げるのは惜しいような、発色がよく高品質なその品が、店と人を汚しに汚す。
そして店主ひるんだその隙に、少年は積んであった柑橘系果実のカゴ、そして貨幣がつまった袋に手をかけ――それら全ての中身を、通りにむかってぶちまける。
果実が潰れる音、金貨が畳を打つ音、――人々の悲鳴。歓喜、あるいは驚愕の。
こうなると、通りは大混乱である。
あるものは、インクと果汁で服を汚して悪態をつき、大慌てで逃げ去ろうとする。またある者は、大喜びで金貨を拾い集める。
そして興奮は争いを生む。誰それが何を踏みつぶしたおかげで汚れただの、金の取り合いだの。
当然、加害者である少年にも暴力の手は伸びる。
しかし、彼のような小柄な人間は、混雑すればするほど身を隠しやすい――ものすごく怖いし、息は苦しいけれども。
好き勝手な喧嘩をする男たちの足の下をくぐり、金を拾う乞食に紛し――。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!』
怒号にかきけされるのをいいことにひたすら謝罪を繰り返しながら、少年は、この混乱に紛れて少女から逃れられることをただ祈った。
【少年、通りで果物カゴと金ばらまくことで混乱を起こし、姫をやりすごそうとする】
* * *
――一方そのころ、闘技場の区画にちょうど入った辺り。
登録用紙を片手に歩みを進めるエステルの耳に、前方から騎士たちの緊張した話し声が飛び込んできた。
『さっき受付に向かったはずなのに』『どこだ?』『とっくに登録は済んだはずだ』『中だ』『中の連中に連絡を』
(殿下は、少し前にここをお通りになったのですね。
……失格寸前の時刻まで登録なさらないのは、こちらを混乱させる策と見てよいでしょう。
昨夜といい今朝といい、窮地におかれてこの冷静さ――油断なりません)
まさか単なる寝坊とは思わず、エステルは勝手に気を引き締めるのであった。
――と。エステルは唐突に、首筋にチリチリしたものを感じて振り向いた。
そこには、同じ形状の首飾りをした2人組がいた。談笑を装いながら、チラリチラリと視線を送ってくる。
エステルは小さく首を振った――成果なし。
すると2人組も同じように首を振り返してから、雑踏へと消えていった。闘技場方面なので、彼らも受付に向かうのだろう。
(私も一刻も早く――……いえ)
速くなりかけた歩調を、ふたたび緩める。
(……殿下は、我々の思うよりも策士です。
一度姿をお見せになったことは、フェイクとも考えられます。
意図的に姿を見せた後、身を隠す。そして、我々の目が闘技場内部へと向いたところで、その後方から現れて登録を行う――
可能性として無視できるものではありません。
場外での行動が不自由になっては困りますから、私も、期限直前まで登録を待つことにいたしましょう)
勘違いをそのままに、エステルは周囲を警戒しながら慎重に闘技場へと歩みを進めていった。
【闘技場区画に入ったところです。ゆっくりと闘技場に向かっています】
* * *
「どいてくれっ!!……あいつ、何してやがるんだっ!!」
通りに巻き起こる大混乱。
果物が踏み砕かれ、金が奪われ、無数の喧嘩が発生する。
それは全て、先程リンの登録用紙を持って逃げた少年が巻き起こしたものであった。
遠目に見える謝罪しながら騒乱を巻き起こし走る少年に対して、
リンは表情に浮かんだ怒りの色を隠そうとしない。
「急いでるとはいえ、城下を混乱に陥れて逃げようとするなんて……まるで悪人じゃないか!
くそっ、こんな騒ぎの中走り回ったらエステル達に捕まっちまうかもしれないし、
けど、登録用紙はあいつが持ってるし……うううっ!!!
もういいっ!! とにかく用紙がないと私の計画がダメになっちまう!
……捕まえてゲンコツ10発して、用紙を回収だっ!!」
元々、騎士物語に現を抜かす夢見がちな姫であるリンは、少年の周囲を巻き込んだ
逃走に憤りを覚えつつも、とにかく後を追いかける。
だが、少年は人ごみの中を縫うように走り大きな荷物を背負っているリンでは
中々距離が縮まらない。
「くっ、こうなったら……!」
と、そこでリンは、突如として少年の走って行った方向ではない路地を曲がった。
曲がった先にあるのは壁。当然の行き止まりで――――否。
「騎士団訓練の時に見つけた抜け道……よし、まだ残ってる!!」
リンが壁に立てかけてあった板を蹴り倒すと、そこには大人が通れる程の穴が在った。
これはリンが昔城を抜け出した時、町の子供達と騎士団ごっこを行っていた時に
緊急用の通路として作らせたものであった。
この道を通れば路地一本分の道をショートカットする事が叶う。
そして、少年が走っていった道は一方通行。
「追いつい、たああああっ!!!!」
穴から抜け出してすぐ、少年の姿を目に留めるなり、
リンは少年に向けて身体ごとぶつかる体当たりを慣行する――――!
『も、もしかして……とんでもないことしちゃった?』
今更のことを呟く。パニックを起こした臆病者の行動は、一般人よりよほど大胆迷惑である。
そうして身を強ばらせる少年だが、後方から聞こえていた甲高い少女の声が途切れたことを確認すると多少は力が抜けてくる。
後の事はひとまず置いておき、大きく息を吐いて歩調を少し緩めた――その時だった。
>「追いつい、たああああっ!!!!」
『――!?』
声は、側方――警戒の外から。
少年は振り向いた。
視界に飛び込んできたのは、激怒で顔を赤くした少女。助走の勢いそのままの、勇敢な体当たり。
身体能力的な分析を行うなら、決して回避不可能な動きではないのだ。
しかし、少年には致命的な弱点がある。それは、情緒的な脆さ――
――要するに、神経の細い少年にはとっさに適切な行動をとることなどできなかったということだ。
『わあぁぁああああーー!?』
少年の視界に火花が散る。2人は組み合ったまま、ごろごろと転がった。
ようやく視界が正常化した時には、少年は鎧の少女にしっかりと組み伏せられる形になっていた。
暴れる。ぽかぽかと気の抜けた音で少女を叩いてみる。抜け出そうとする。……無駄だと悟ってはいるけれど。
(えっと、こういう時は……この先は……!)
捕まって殴られてお終い、は許されないことだった。
少年は、袖口に縫い付けられたメモにちらりと目をやった。やるべきこと、というか、言うべきことのメモ。
パニックに流されそうになりながらも、唾を飲み込んで意識を定める。
(ごめんね……“お姫様”)
『――ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!!! どうしても登録用紙が欲しかったんだよ−!』
ばたばたと暴れながら、涙目で少年は訴える。
「その」登録用紙ではなく、単に登録用紙が欲しかった、と。
『その……もともと用意してた用紙を、今朝怖いお兄ちゃんたちに荷物ごと取られちゃって!
でもほら、用紙の配布なんてとっくに終わっちゃってるし!』
登録用紙の入手は、リンのような特殊な経路を除き、一般には各ギルドや公的な施設で誰でも可能だった。……先週までなら。
無論、国が専用に発行したものでない適当な羊皮紙で代用することは不可能である。
『だから、もう盗むしかないんだって思って……!
僕……どうしても、剣大会に出なきゃといけないんだ。僕が賞金をとりさえすれば、村は冬を越せるはずだから』
怯えて目をぎゅっとつぶりながら、叫ぶように少年は続けた。
『お、お願いしますっ! 見逃して、ガードには突き出さないで――じゃなくって、用紙を譲ってくださぁぁいっ!』
【捕まった少年は、リンを揺さぶってみています】
134 :
名無しになりきれ:2010/12/01(水) 17:55:58 0
どうした騎士T
レヴェッカ様かむばっく
136 :
名無しになりきれ:
援護まだ〜?