邪気眼-JackyGun- 第U部 〜交錯世界の統率者編〜
かつて、大きな戦いがあった。
個人、組織、そして世界をも巻き込んだ戦い。
戦士達は屍の山を築き上げ戦い、
それでも結局、勝者を産まぬまま、
戦いは、全てが敗者となって決着を迎えた。
そして、『邪気眼』は世界から消え去った――――筈だった。
世界観まとめ
邪気眼…人知、自然の理、魔法すらも超えた、あらゆる現象と別格の異形の力
包帯…邪気を押さえ込み暴発を防ぐ拘束具
ヨコシマキメ遺跡…通称、『怪物の口腔』
かつての戦禍により一度は焼失したが、アルカナを率いる男【世界】の邪気眼によって再生された。
内部には往時の貴重な資料や強力な魔道具が残されており同時に侵入者達を討ってきたトラップも残存している。
実は『108のクロニクル』のひとつ
カノッサ機関…あらゆる歴史の影で暗躍し続けてきた謎の組織。
アルカナ…ヨコシマキメの復活に立ち会い守護する集団。侵入者はもとより近づくものすら攻撃する。
大アルカナと小アルカナがあり、タロットカードと同数の能力者で構成される。
プレート…力を秘めた古代の石版。適合者の手に渡るのを待ち続けている。
世界基督教大学…八王子にある真新しいミッション系の大学で、大聖堂の下には戦時から残る大空洞が存在する。
108のクロニクル…"絶対記録(アカシックレコード)"から零れ落ちたとされる遺物。"世界一優秀な遺伝子"や"黒の教科書"、"ヨコシマキメ遺跡"等がある。
邪気払い(アンチイビル)…無能力者が邪気眼使いに対抗するべく編み出された技術
遺眼…邪気眼遣いが死ぬとき残す眼の残骸。宝石としての価値も高いが封入された邪気によってはいろいろできるらしい
『――妹とか、いるかな』
『ひゃァァーーーはァァーーーーーーーー!!テンション上がってきたぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 』
『『あびりてぃきゃんせらー!』 『起動!』 』
『人を罪から救ってみせろよ、正義の……味方ぁッ!! 』
『懐に潜り込みさえすれば、ご自慢の鋏は使えないでしょう!――【<ギミック>:パイルバンカー】展開』
『さらに僕が『あや吊り糸』をマリーに繋げて反動を糸に逃がせば、お手軽無反動打杭砲の出来上がりだね?』
『殲滅すること。制圧すること。――冒涜の波に抗うように!』
『少しは楽しませてくれよ? ひょろ長君』
『こうなったら仕様がない──私は君を全身全霊、千切り、潰し、殺さざるをえなくなってしまった! 』
『往くぜえッ『世界』ィイイィイイィイッッ!!! 繰り返すッ、お前にこれからは渡さねぇええええぇえええッッ!!! 』
『「目標はそれ。作戦終了はそれの絶対的な死。手段は問わない、立ち塞がるものは全て───焼き尽くせ!』
『――完全一撃必殺型の全身全霊全力全開全勝全壊全光全破…………!!!』
『お前の遺した遺志は……決意は、……俺が、未来まで運んでやる。伝えてやる……!』
『『過去』と共に世界に埋没するのなら――『世界』、ここでさよならだね』
『だから…正真正銘、これで終わりよ』
『おんどりゃぁー!レイ!何故他の女と 一 緒 に い る の か な ぁ !? 』
『血の臭い、ないかなあ』
『っだあああーーーーーーーーーっっ!忘れてたーーーーっ! 』
『屈辱――!!こ、こんなノリはもういらないっ、いらないからっ……!』
『知るよ、世界を。『世界』が愛したこの世界を。だから、――こんなしがらみは、もういらない』
『さーて、次回の邪気眼―JackyGun―は』
『死んじゃヤダよ……ねえ、起きてよ!ヨシノお兄ちゃん!』
『俺を呼んだのは君か!?約束通り起きたぞ!生きたぞ!生きちゃったぞ!?』
『―――そんな”望まぬ未来”は、この”望める未来”で撃ち払ってやるッッ!!』
『受難の世界と貴女方に――退転適わぬ貴女方に――前に進む導きがあらんことを』
『――大好きだからな』
あらすじ
紅のプレートを手に入れる為、復元させたヨコシマキメ遺跡に潜伏していた組織アルカナ。
しかし、突然の闖入者らの活躍によって、首領である『世界』が往生、その野望は潰えることとなった。
現場に一足違いで現れた『審判』は、部下達の混乱を鎮静させるため、
半ば勢いに任せて、一時、自分が組織の統括を司ると言い放ったのだった。
本部に帰還した彼は、臨時指揮官として、果たしてどう動くのか。
# #
アルカナ本部において、最も絢爛なる一室と言えば、
それは確かに、『練議苑』に違いはない。
精密な円(まどか)を形作った内壁、その彩りは目も眩む純白にして、
所々にあしらわれた真珠が、移り気に瞬いている。
天井より吊るされし、偉大なるシャンデリアは、
ずしりと重厚感を湛えつつも、金銀に煌き、少々棘のある光を振り撒きながら、
悠々として、下界の有様を眺め回していた。
視点を上方から降ろすと、これまた無垢なる白亜に精錬された、三日月形の卓が
朔の側を奥間に、望の面を扉に向けて、部屋の中心ほどに身を横たえており、
その緩やかな外弧に沿うようにして、二十一の黒革張りの椅子が備え付けられている。
では内弧の方角には何があるのかと、しばし視線を走らせたところ、
壁に近づくにつれ、床が一段二段と階段状に盛り上がりつつあり、その頂点には、
此れこそ玉座、とでも殴り書きされたかのような、豪奢で高慢な大椅子が、あぐらを掻いていた。
ややともすれば、悪趣味とも映るその腰掛を、誰が誂えたかなど、問うまでもない。
円卓の騎士、そういう伝説がある。
その昔、とある賢王は、己と臣下との間に分け隔てのないよう、
上座の無い円形の卓に座して、会談を温めていたとされる。
しかしなるほど、半環状の卓と玉座の間を、隔てて佇む余白は、それとは丸で趣を異にして、
無言の内に、『世界』こそが組織における別格、絶対存在であると、主張を高らかにしていた。
斯様な、君主専制とでも称すべき機構体制は、この部屋の機能にもありありと表れている。
練議――めいめいが持ち寄った私見を鍔迫り合わせ、討議に白熱を滾らせる場かと見せ掛けてはいるが、
その実、発言の自由を封じられた二十一の駒に向かい、『世界』があれこれと評価や命令を下すだけの場である。
即ち、華やかな内装とは裏腹に、主の圧力が最も強く影響する、畏怖の空間なのだった。
集団謁見の間、とでも看板を架け替えた方が、余程ふさわしい。
ともあれ、今は状況が違った。『世界』は死んだ、もういない。
席は虫食いだった。
『世界』御用達の腰掛を筆頭に、黒椅子達も空席が目立つ。
死んだのか、裏切ったのか、単に逃げ出しただけなのか、
欠員した各々に関する事情はどうあれ、これが組織アルカナの現状であることに他ならない。
只今、出席している幹部は、元の頭数に比するとかなり寂しいという気が起きる。
これから組織を牽引する命綱としては、少々頼りなくもあり、
しかも彼らは、緊急招集の因を聡く読み取って、どこか神経質気味になっているようだった。
焦燥や懸念の印を、あからさまに顔面に刻んでいないのは流石だが、
やはり、腹の中では平静を保ちかねるらしく、
どこか殺気走った視線を、盛んに交換し合っていた。
少しずつ、冷たい熱を帯び始めた、険悪とした眼光の渦を避けて、
出入り口である黒扉近くに、腕組みをしたまま、壁に背をもたせ掛けている影があった。
咥えタバコの先から、仄青い煙を紡がせつつ、澄み渡りすぎたコバルトブルーの向こう側に、
上品ぶって瞼を眠らせているのは、確かに、『審判』その人の姿であった。
アルカナに未練など無い。そう断言していた彼が、
こうして元の鳥籠へ舞い戻ったのにも、理由らしい理由がある。
ディストレーションコールの発信源として、
並びに、殆んどその場しのぎではあったものの、一組織の指揮を採ると宣言した以上、
現況の説明及び、未来へ向けての指針を示し、新たな土台を固めるくらいはしておきたい。
またその一方で、片時とは言え籍を置いていた家が、無残に崩落する有様に背を向けていたのでは、
いつか後悔が鎌首をもたげないとも限らない、という思いもあった。
こうして、義理と情が肩を並べて立ちはだかっていたのでは、踵を返して、アルカナに残らざるを得なかった。
勿論、組織の歯車という身分から脱却すべし、という希望は大事に保存を利かせている。
しかしその実現は、立派に染め上げた新生アルカナの旗を、後陣に譲り渡してからでも遅くはない。
ただ、転移先で待ち受けていた『杖』の面々には、そんな殊勝な心がけなど露ほども示さず、
仕方が無いから、などと言って、己の本心に不器用な鍍金を施して見せたのだが。
こういった彼の態度を、歳相応の可愛げと称するには、無理のある話だろうか。
さても、練議苑に満たされた緊張は、そろそろ臨界点近くまで密度を上げて、
時折『審判』の肢体を貫く注視が、今に本物の鏃と変わるかもしれない。
それでも身じろぎ一つもせず、彼は固く沈黙を守り続けている。
未だ、彼にとって掛け替えの無い役者が、たった一人足りていない。
我が心に、最も深く楔を打ちつけたあいつを、今は待つのみ。
『世界』が崩御してから幾日が経ち、アルカナの中でも彼の死を悼み続けることを是としない空気が漂い始め、
そろそろ心機一転希望も新たに『世界』の意志を継いでみようかという頃合。
『吊られた男』ことクレイン=トローリングは元気溌剌意気揚々と水を得た魚のように――引き篭もっていた。
篭り続けていた。再三呼び鈴を鳴らす通信機を放り出して、日がな一日パソコンに向い続ける毎日である。
「クレイン様、これ以上篭り続けてらっしゃいますと本気でこの『本部』を放り出されましてよ?
後ろ盾を失ったクレイン様が社会の中で生きていけるとは到底想像もつかないのですけど」
「そこはそれ、そうなる前に新たな宿主を見つけるほかないね。マリー。というか今日光に当たったら本格的に溶けそうだよ僕?」
「引き篭もりを極めるとそこまで日光耐性が無くなるものなんですの?」
「センセーショナルだね。人類の新たな可能性として学会に献体してみたらどうだろう。養ってもらえるかな?」
「ひ、引き篭もり続けたいが為だけに身体すら差し出してもいいと……!?」
「それもまた然り、さ。ホルマリン瓶の中の住み心地次第では本気で移住を考えてるよ?」
「少なくとも三食昼寝付きの待遇は受けられないと思いますわ」
なんとも退廃的な会話だった。元よりクレインには目的がない。ただ目覚めた能力を『世界』に見初められ、
『世界』の目的に力を貸すことで対価として『本部』の彼の部屋――三食昼寝付きを与えられていたに過ぎない。
その程度の関係なのだ。別に『世界』の理念に恭順したわけではないし、『世界』もそれを分かっているのか深くは関わらせようとしなかった。
その『世界』がいなくなった今。
クレインは最早『吊られた男』ではなく、アルカナ幹部の邪気眼使いでもないのだった。
通信機が再三、震えた。頭目を失ったアルカナのこれからを決める会議への召集。
今の大アルカナは保守派が大多数で、そんな連中と何日机を囲んだところで何か進展があるわけでもなく。
その場のノリで頭目代理を『審判』に押し付けはしたものの、クレインと同じく協調性の皆無なあの男のことである。
(召集を無視し続けてる僕に未だに通信が来るってことは、やっぱり頭数が足りないのかな?)
会議であるからには、方針を決定しなければならず、そのためには多数決の頭数が必要だ。
保守派と強硬派が争っているにしても、『吊られた男』としての一票はそれなりに重いはずである。
仮に両者の勢力が拮抗しているとすれば、なおのこと『吊られた男』の浮遊票は数に入れたいことだろう。
面倒だね、と呟いて立ち上がる。ラックへ飲み物を取りに行こうとして、床に放りっぱなしだった通信機へ蹴躓いた。
その衝撃でスイッチが入ったのか、スピーカーから『練議苑』に居るであろう仲間からの怒号が飛び出してきた。
『おいィ!?お前どんだけシカトこいてんだマジでかなぐり捨てンぞ!寝てんのか?寝てたのか?寝てたらごめんね!でも起きろ!』
大アルカナが一人、『皇帝』。崩壊のヨコシマキメからほぼ全ての財宝を回収して本部へ持って帰ってきた剛の者である。
優れた空間転移能力を持ち、アルカナ汎用の転移術式や『ポーター』の改良は彼の手によるものだ。
『今日会議だっつったろうが!忘れてたんか?ああ?まあいいや、起きてるんならなんでもいい。今から"迎え"寄越すから』
「ああ、ちょっと忙しくてね――暇を潰すのに。今から支度するから一世紀ほど待っててくれないかな?」
『はい問答無用ぉぉぉぉぉ!』
突如湧き上がった邪気に身構える暇も無く、足元に違和感。見れば青白い術式陣がいつのまか描かれており、
しかもそこから生えるようにしてなにかの『腕』が伸び、クレインの足首を掴んでずぶずぶと陣の中へ引き込んでいた。
目視できない相手すら捕捉する脅威の精度。『皇帝』が誇る遠距離転移術式、『ダストシュート』。
「わ、わ、ちょっと待ってくれよ『皇帝』君、まだ僕寝巻き姿なんだけど――?」
助けを求めるようにマリーを見る。彼女は別の術式で自由を奪われながら、唯一自由な左手で――ハンカチを振っていた。
是も非も言わずにクレインは、否、『吊られた男』はそのまま術式空間を転がり堕ちていく。下から光が見えた。
衝撃。暗転。回復する視界。
「やあ……久しぶりだね?」
そこは『練議苑』で、『吊られた男』は自分の腰掛けに頭から埋まっていた。壁にもたれる『審判』も含めて、全員が無言だった。
アルカナの「世界」が死んで幾日か経ったころ、会議の場に珍しい顔があった。
まだあどけなさが残る顔立ち、地面につく長さの純白の髪。林檎のような大きくて赤い目の少女だ。
彼女は衣服の代わりに包帯を大量に巻き付けていた。古いものから真新しいものまで、頭から足先まで巻き付いている。足が悪いのか、華奢なデザインの車イスに乗っていた。
少女はアルカナの「運命の輪」と呼ばれていた。
そして少女が車イスを動かすのを手伝っている人物もまた、久々に戻ってきた。
性別の分からない顔立ち、光の加減で白にも黒にも見える髪。やたら不気味な目。
放浪癖が激しいためかやたら服が擦り切れている。
その人は「愚者」と呼ばれた。
「ねー、『愚者』、いまからなにやるの?」
クレヨンでスケッチブックになぐり書きをしている少女は無邪気な笑顔だった。
そもそも部屋からあまりでれない彼女は「世界」が死んだことをよく理解していない。会議の意味もだ。
「会議をするのさ、大事な。」
「愚者」は普段よりは口角を下げていた。それでも笑って見えるのはそれが地の顔だからだ。
10 :
名無しになりきれ:2009/12/14(月) 00:40:31 0
分かったような分からないような生返事をした後、少女は同じ笑みでこういった。
「ところで「世界」がしんだってなぁに?」
「愚者」は眉一つ動かさず答える
「もう二度とあえないって事さ」
ただ、「愚者」はやたらと会議の始まりが遅いことを気にしていた
時間が無駄になってしまうことが気がかりなのである。
そうおもってため息をついたときだった、「吊られた男」が頭から席に落下してきたのは。
さすがに二人も黙り込むしかなかった。が、少しして、「運命の輪」が笑いだした。
「きゃはは!「吊られた男」ったら、へんだね!きゃはははは!」
けらけらと笑う少女に対し、
「愚者」はただ「吊られた男」に目線を送るしかなかった。
黒の帳が浮かぶ淵の底から、泡の群れが帯になり、天を求めて上り行く
藁の臭いを孕んだ、歪な銀の球たちは、悶え震えて生まれるのか、縺れ紛れて消えるのか
その中にたった一つ、余りにも鮮烈な真紅を封じた泡沫が在った。……覗き込む
網膜に飛びついて来たものは、血潮の大河を思わせる、赤のカーペット
その上を、一歩一歩、踏みにじるようにして歩く男がいた
続いて、たどたどしい足取りを引き摺って、彼を廻り追跡する6,7人の精悍な兵士。いずれも重武装である
手にした大型ランスと、必死の眼光で牽制してはいるものの、男の歩みを淀ませるには至らない
「……ようやくか」
言葉が鼓膜に達する前に、男は跪き、頭を垂れていた
「面を上げよ」
仰角をつけた男の視線が捕らえたものは
堅苦しい玉座に身をもたせつつも、足を組んで緩やかに構えた
目元も涼しい、一国の王の御尊顔であった。まだ若い
「貴様。毎度毎度、謁見に遅参とは、どういう了見だ!」
「よい」
その傍らに控えていた、側近らしい初老の男の辣言を、王はたったの一言で、何ということもなく制する
対する男は、恐縮じみた仕草一つもしない
「さて、堅苦しい挨拶は抜きとして……早々に話を進めたい
冒険者ではない貴様にも、ヨコシマキメが消失した件、耳に入っておろう?」
「……既に、何人かによって復元された、とも」
「話が早くて助かるな、お前は」
満足気な表情を浮かべた若き王は、脚を解いて床につけたかと思いきや
両手の指を組み合わせて膝上に落ち着かせると、前のめりになり顔を突き出す
およそ、国を治める者に似合いの態度には見えない
「改まって言うまでもなかろうが……
お前には、ヨコシマキメ遺跡の捜索に乗り出してもらう
探索ではないぞ。意味するところは分かるな?」
口髭の濃い忠臣が一歩踏み出し、わざとらしい咳払いをして、二の句を受け継いだ
「遺跡がなくなってからというもの、各地で無頼の冒険者共の盗賊化が進んでおった
彼奴ら、ヨコシマキメ復元の噂など、とうに聞き及んでおるはずが
賊稼業に味をしめてか、未だに民から略奪を続けておる
我らが王は、それについて大変憂いておるのじゃ」
話の隙を突くようにして、またも王が言葉を繋いだ
「そこでお前の出番という訳だ。ヨコシマキメの正確な現在位置を調べ上げ、急報を送ってもらいたい
相手は旅する遺跡……またどこぞかへ、ぶらりと散歩しているかもしれん
労を要することであろうが、お前の追転移術なら、無理な話でもなかろう?」
ありがたき王の仰せ事も、男の仏頂面の鉄面皮にあっては、悉く跳ね返されてしまう
「相変わらずだな。まあ、こちらとしては、依頼さえこなしてくれれば構わん
本来ならば、護衛の一人も付けてやりたいものだが……
かえって足手まといになるのは、望まぬところだからな
そもそも、我が兵らも、賊の捕縛で手一杯である。赦せ
……さて、どうだ。依頼について、大よその理解はついたか?」
「つまり……俺が遺跡の現位置を報告し、国が各地へ号外
伝説たるヨコシマキメ踏破を煽り、これ以上の冒険者の盗賊化を阻止
国側は、既に賊化したゴロツキ連中を狩り出して拘引
抜本的と直接的、併せて二重の処置……」
「解説、どうも有難う」
破顔した国王は、かんらかんらと威勢の良い笑い声を挙げた
しかし、男の方は余り面白い顔をしない
「どうした?」
「……報酬」
そうだそうだと、王は芝居がかって頷き返し、申し訳なさげに頭の裏を掻く
「ずばり、10万でどうだ。命の遣り取りに関する仕事でないと考えれば、破格と思うが」
男は承知の一言もなく立ち上がると、やはり押し黙ったまま、踵を返して大扉へ向けて歩みだす
重装兵が慌ててその後へ続き、槍先で威嚇を始める
「……待たれい!」
その背後から、大声で引き止めにかかる側近。男は足を止めるが、振り返る気配はない
「貴様、その剣を何年使っている?
初の謁見の時より背負っているようだが……刃は持つのか?
王と共に、先立って相談してはいたのだが
前金代わりに、こちらで特別を誂えることもできるぞ」
紺のマントが翻ったかと思うと、既に刃は抜き払われていた
片刃の、鍔の無い、2mをゆうに超える、無骨に過ぎる、巨刀
艶めいて、しなやかな反りのあるそれは、黒鱗飛竜の尾を思わせる
絶句する側近。たじろぐ兵士達。空気がにわかに色めき立つ
「我が骨肉とでも言いたげだな?」
その中に在って、王だけが平静を保っていた
「……魂に代えは利くのか」
謎掛けじみた答えを聞き、若王は肩をすくめて、悪戯っぽく微笑む
「国王直々の依頼だ。失敗に終わったら、獄舎入りでは済まさんぞ」
「……」
「そしたら、根掘り葉掘り、お前の過去を調べ尽くしてやる」
弾けた泡は、無数の光の塊となって、視界を覆い尽くした
アルカナ本部において最も豪奢な一室にして現在のアルカナの文字通り「中枢」といえる人材が一堂に会している一室、『練議苑』。
大アルカナNo13、『死』もまた黒椅子に座し、物思いに耽っていた。
『ところで「世界」がしんだってなぁに?』
確かあれは『運命の輪』だったろうか。かような姿をしている理由など知らないが、わざわざ詮索しようとも思わない。
それよりも、今の一言が彼女に否応無しに『世界』が死んだという厳然な事実を思い出させる。
全く、何の因果でこんなところに戻ってきてしまったのか。
『世界』の死後、彼女はアルカナを離れ次の強者、自らを抑えられる者を探そうと思った。
しかし、彼女には唯の一つの手がかりもない。
結局自分もまた、『世界』に依存しすぎた者の一人なのかもしれない。そう思うと、先程から聞こえるディストレーションコールが気になってきた。
「『世界』が遺した希望とやらを見てからでも遅くはなさそうね」
言い訳なのはわかっている。しかし、今はできる限り『世界』の残り香を心の奥底にとどめておきたい。
こうして彼女は大アルカナ『死』としての最後の会議に出席することに決めたのだった。
『皇帝』から受け取っていた汎用転移術式、「ポーター」は、思ったよりもすごい。
後でバラして調べてみようかしら?少なくとも、自分で使う分には存外快適なものであった。
今同じ円卓についている寝巻姿のひょろ長い男は随分な現れ方をしていたけど。
───世界のどこかで首領を失った組織が緊迫感溢れる会議を展開し───
───世界のどこかでとある王と剣士が謎の計画を企てていたその頃───
世界のどこかにいる修道女は、世界のどこかにある大学の宿舎で、世界のどこかの時間での昼過ぎだというのに、世界のどこかのベッドに突っ伏していた。
ヨコシマキメ崩壊から幾日か経つ。彼女はあの大事件の後にステラやU君と再会して無事を確認し、
U君が結城鷹逸郎というごっつい所のボンボンだと知ったり、ルチアに夜明けまで説教食らったり、特に禍々しい収穫品をシェイドに高値で売りつけたりした。
中でも特に大きな出来事といえば、元アルカナの【太陽】ステラが旅に出たことだろう。
てっきりノリで大学に留まるのかなあと思ったのだが、「自分が守った世界をもっと知ってみたい」ということから彼女は転移術式であてもなく去って行った。
ヨシノとは後日少し会ってステラ・結城と共に話した程度で、その後はすれ違う事もあまり無い。
学生寮と教会の距離が離れていることもあるのだろう。まあこんなもんよね、と彼女は割と冷静に解釈していた。
《世界を賭した【世界】戦》から幾日の日が経っただろう。
そろそろ記憶が夢と違えられても気づかないくらいは経ったのだろうか。
坂上明日香──否、アスラカンパニー唯一の社員アスラは、そろそろ本業始めようかしらなどと呟いてベッドから跳ね起きた。
盗掘品の一部である小さな金貨を指で弾く。それを空中で掴むと、そのまま修道服の中に投げ入れた。
ふと耳を傾ければ、礼拝堂から賛美歌が聞こえてくる。
本来そこにいるべきである修道女は、本日も集会をサボッて外に繰り出したのだった。
「遅えんだよぉぉぉ!おいおいおいィ!!?」
開口一番、『吊られた男』の到着を囃し立てる『審判』――
かと思いきや、賑やかしの大任をそっくり、『皇帝』に請け負わせてしまって、
自分は今ようやく、両の瞳を光に晒したところである。
普段の彼ならば、『吊られた男』の気配が毛穴に染みただけで、
たちまち全身の血液が、突沸と逆流を始めようと暴動を起こすのだが、
今日はどうにも、気が乗らないというよりかは、
目の端でちらりとその姿を確認したぎり、殆んど無関心な別人の風であった。
タネは簡単極まりない。彼独自の邪気眼、焔王眼を駆使して、
心の内に燃え上がった感情、つまり情熱の温度と規模を抑制しているのだった。
こうすることで、心情に振り回されがちな彼も、ある程度、理性に寄って行動できる。
概念的要素の操作は、具体物の支配に比べて遥かに困難かつ、精神力の消耗も著しいが、
対象が自己の心という、眼の無い常人でも手を加え得る領域であるから、然程の負担はない。
以前、『杖』の一人に制裁を下し損なった折にも、秘かにこの手法を採用していたが、
今回は、少々奮発しすぎたと見えて、彼に似合わぬ能面じみた表情を象っていた。
「よく集まってくれた……これ以上の人数は、望めそうもねえな。
じゃ、そろそろ始めるか。」
唇から零れ落ちた紙巻が、中空で火の一片と化し、塵を残す間もなく消える。
ゆるりと壁際を離れた『審判』は、卓を回り込むように歩を進め、
やがて、三日月形の両突端に包まれるような位置に陣を占めた。
そうして、粘性のある視線をめぐらせてから、口を開く。
「まず、これだけは脳みそに留まらせておけ。
ここにいねえ奴は――『力』なんぞは別だが――死んだ。
事実なんてのは、この際どうでもいい。そういうことにしておけ。」
どこか嫌味ったらしい口調を込めて、何を思ってか、
未だ屈託ない笑いのおさまらない『運命の輪』に、ついでその傍らの『愚者』にまで注視を定める。
激情家という面に隠されていた、皮肉と毒気が、露骨に浮き出していた。
「捨てる勇気が必要なんだよ。」
首を捻りながら目線を流して、彼の背後に寂しく佇む玉座を一瞥した。
「俺たち大アルカナは、まあともかくとしてだ……。
小アルカナの中にはまだまだ、通夜の三次、四次会気分でいる連中がいやがる。」
苦虫を、噛んで噛んで噛み潰し、さらには奥歯で摩り下ろしてから吐き出す調子だった。
「今の俺らに必要なものは何だ。追憶か?記念か?……唾棄ッ!」
ポン、と音を立てて、煮えたぎった熱湯を封じていた蓋が一瞬、翻った。
「目的意識だ。今まで俺たちゃあ、全く無様に、あいつのケツの後ろを這いずり回るばかりだった。
そいつぁ確かに、楽な上に安心もあったろうが……どうだ。
その挙句がこのザマだ。頭を失っちまって、うろうろ彷徨わなきゃならねえ。
一体、どれだけ間抜けなモンだか。俺にゃあ分かってる。お前らもそうだろう。そうあって欲しいもんだぜ。」
程なくして、落ち着き無くうろうろと歩き始めた。既に雲行きが怪しい。
「これからは、そんな馬鹿げた穴に落ち込まねえよう、一定の民主主義を取り入れていきたい。
一方的過ぎる権力は廃し、自分たちの手で……目的を考え、目的を選び、目的を遂行する。
こりゃ組織構成の、そして同時に、組織員の意識にまで係ってくる『改革』だ。
まあそんな体制に整っちまったら、それだけ、頭(シンボル)の意義は堕ちる。
絶対的な長は消えて、カリスマも、王威も無くなる。まずは冷や水ぶっ掛けられて戸惑うだろうよ。
だがなあ、手足だけが動いて何が問題だ、頭が無くても構わねえだろうが……!」
吸気。青い瞳の周囲に、はっきりと白地が確認できるほど双眸をむき出し、
「デュラハンで、良いじゃねェかァッ!!!」
ついに噴火してしまった。不幸にも、彼の頭脳回路と精神力は、持久性に乏しい。
中々それらしい雰囲気に落ち着いていた苑の空気を、消し炭も残さず焼き尽くしたのだった。
「そういうこったァ。心中、まだあんにゃろうを引き摺ってる奴ァ、出て行って貰いてェ。
そしてから改めて……民主主義の採用を、民主主義で決めて行こうじゃねェか。
さァ、採択だ。あるいはその前に、異議意見を、あるのならば求めてェ。」
民主主義への執心、もちろん理由はある。
今までのアルカナは、『世界』の存在そのものが組織方針であり、
それに続いて、幹部による一種のアドリブが枝葉程度にくっ付いている如き構成である。
その『世界』という、電飾つきの派手な道標を失って猶、
いつまでも保守――つまりは圧倒的指導者の渇望――に執着していたのでは、組織の存続すらままならない。
となれば、大アルカナが一手に集ってブレーンとなり、集団による運営を行う他に術はないのだ。
これにより、『世界』たった一人が欠けただけで傾きかける組織体制を補強し、
幹部一人ひとりに立場上の責任意識を持たせることもできる。
上手くいけば、一枚岩になりきれなかった彼らに、団結心が芽生えるかもしれない。
もちろん、下手をすれば、半端に独立意識を持つ者による組織内分裂の危険もあるが、
そこは『審判』の手腕の見せ所である。
問題は、現在である。出て行けとは言ったものの、これ以上の人材の流出は、正直恐ろしい。
優柔不断より生じた迎合でも、思惑から打ち出された虚偽でも構わない、許諾してくれ。
たとえ表面的であるにせよ、反対分子は少ないほうが何かと都合が良い。
この意見が通りさえすれば、後は勢いに任せつつ、新たに組織の土台を地均ししていくだけだ。
――いつのまにか、政治家じみた考え方に汚染されていることに気付かない『審判』、未だ成人せず。
欠損していた日常を周りが埋め始め、現実はひとまずの回復を見せる。
道行く人々の記憶から不条理と理不尽の権化ともいうべき記憶が薄れ始め、霧散していった。
白の垂直な稜線で構成されたスカイラインが雲ひとつない青空に映え、停滞していた学び舎は再び動き始める。
『創世眼』事件から幾日。突然の集団体調不良に見舞われた"表"の世界基督教大学は、
大事をとって数日の休校期間を設け、職員達は状況の検分と事態の収拾に追われていた。
そして暫定的な終息が確認された今日、満を持して授業の再開へと相成ったのである。
「あれ、芳野じゃん。お前ここんとこ何日か見なかったけどどうしてたんだ?」
正門付近で不意に背後から呼びかけられ、芳野貴之(よしの たかゆき)はゆっくりと振り向いた。
黒の短髪を地味に流し、お世辞にもセンスが良いとは言えない服装も相まって背景に溶け込んでしまいそうな風貌。
眼鏡の奥の相貌は辛うじて知性の光を保ってはいるが、全体的に野暮ったい印象の青年だった。
「メールしても返事ねえし、携帯にかけても出ないし。俺達それなりに心配したんだぜ?」
ヨシノに声をかけたのは数人の男達。いずれも同年代の青年であり、この大学の学生――ヨシノの同輩にして友人達である。
八王子の隅に下宿しているヨシノとは違い郊外からの通いである彼らは日が昇った現時刻においても眠たげに目を弛ませていた。
ヨシノにとっては隠れ蓑である学生という身分において、一時的ではあるが掛け替えのない級友であった。無論異能関係者ではない。
「……ほら、例の『集団不調』があっただろう?光化学スモッグだか有害粉塵だかの――そのせいでこの数日間寝込んでたんだ」
予め用意してあった答えだ。大学地下に突如出現した遺跡で二回ほど死んでいたなんて口が裂けても言えない。
あの『事件』に関しては、得た物も情報も事実も真実も、そっと墓まで持って行こう。あれからヨシノは、そう決めた。
ヨコシマキメ、アルカナ、世界基督教大学――幾つもの思惑と陰謀が差し迫っている以上、更なる深入りは寿命を縮めるだけだ。
ヨコシマキメで出会い、共闘した二人の女――アスラとステラ。彼女達とは事件の後日に状況整理の為に会っただけだ。
なかなか興味深い話も聞けたし、必要な情報も共有できたが、ステラはその直後にどこかへフラっと旅に出て、アスラともそれっきり。
よくよく考えれば共に遺跡を攻略したという『ただそれだけ』の関係だ。積もる話もなければ、それ以上の発展も進展もない。
なんともドライな関係に少しもの寂しさを覚えもしたが、それはやはり弱さなのだろう。命を賭ける商売において、余計な馴れ合いはしがらみでしかない。
今はもう、世界を救った邪気眼遣いのヨシノ=タカユキではなく、ただの地味な学生であるところの芳野貴之なのだ。
こっちはこっちで愛すべき友人が居て、学びたい学問があり、心地のいい居場所がある。
「――やっと回復したのが昨日でな。携帯もそのゴタゴタでどっか行っちまったし……まあ、心配かけて悪かったよ」
事実を偽ることにも心中で密かに詫びながら、ヨシノは友人達と連れ立って大学へと入っていく。
今日の授業は一限からの考古学。つかの間の平穏は、こうして快調な滑り出しを得る。
その女は、原色の背景においてあまりにも質の違う異装を纏っていた。
視界に入れば誰もがその中心に彼女を捉え、一様に皿にした目で呆然とただそれを見送るのみ。
鮮やかな山吹色の長髪が一歩ごとに揺らめき、艶やかな金屏風の向こうで通行人の手から飲料の缶が滑り落ちた。
濃い黄色のコート、淡い黄色のシャツ、金糸で編まれたプリーツスカート。
衣服の色が伝染したように風を抱く髪は山吹色。一点のくすみも無く、それどころか淡く発光しているようにさえ見える。
上から下まで黄色ずくめの常軌を逸したコーディネートに燃えるような赤のスカーフと緑玉のペンダントだけが唯一の色彩を加えていた。
ステラ=トワイライトは数日の諸国遊学を経て、世界基督教大学へと舞い戻ってきていた。
数世紀ぶりの世界、『世界』が変えようとした世界。浦島太郎もかくやといった心持ちで巡った諸外国で、とある共通項を彼女は見つけた。
異能関係の情報集約。世界各地の裏社会で拡がる邪気眼、魔法、及び能力者関係の逸話のルーツを辿ると、
ほぼ全てにこの『世界基督教大学』の影が存在していた。そう、彼女達が拠点にしたヨコシマキメ遺跡でさえも。
(いきなり転移したもんだからわたしも調査に駆りだされてたけど、やっぱり『世界』も詳しい原因はわかってなかったのかな)
直接の指令を下したのは『月』である。が、実質NO,2であった腹心の彼女が『世界』から事情を隠されていたとは考えがたい。
すくなくともあの時点ではアルカナ総意として、転移の原因が不明だったことには違いないのだ。
無論、大学に戻ってきたのはそれだけが理由ではない。最愛の妹――『星』ことスピカ=トワイライズを喪った彼女にとって、
数世紀もの間死亡していた彼女にとって、おおよそ知人と呼べる存在は極めて少数である。
同じ大アルカナの『吊られた男』や『塔』、『月』等とは特に関わりが深かったが、しかしそれも先日までの話。
(アルカナにはもう戻れないしなぁ……そもそもアルカナ自体頭を喪って形を保ててるかどうかわからないし)
『吊られた男』はともかく『塔』は世界政府直属の特務機関に捕縛されたと聞くし、『月』に至っては生死すら不明ときたものである。
トップを殺害した張本人であるステラにとって、最早アルカナは帰り得ない古巣でしかなかった。
(寂しいなぁ、シスターやヨシノに会いたい。二人ともこの大学の関係者だって話だっけ)
鷹逸郎、リクスと別れた後、その翌日にアスラ、ヨシノの両名とは会合の席を設けた。
必要な情報の共有、獲得した財宝の分配、これからの方針など話題には事欠かなかったが後日談もそこそこに
ステラはこの国を飛び出してしまったので、彼女達とはそれっきりだ。今やステラにとって唯一無二の知人であるというのに。
連絡先を聞いておかなかったのを本気で後悔した。もっとも古代人のステラにとって、通信機器など猫に持たせた小判でしかなかったのだが。
ともあれステラはこの世界の真実を知る為に世界を闊歩し、満を持してこの場所へと戻ってきた次第なのである。
大学の正門をくぐると周囲の唖然はいよいよもって好奇へと姿を変え、様々な風評と下馬評が飛び交い始める。
その奇抜にすぎるファッションもさることながら、ステラ自身がなかなかに目を惹く容姿をしていたこともあり、鵜の目鷹の眼は爆発的に勢いを増す。
ピロリロリン♪
突如鳴った電子音に振り向くと、化粧の濃い女子大生と思しき二人組がストラップまみれの携帯電話のカメラでステラを撮影していた。
この至近距離で、周囲の眼も構わずに。二人は餌を貪る豚のような笑い声を挙げ、マスカラてんこ盛りの相貌を寄せて画面を覗く。
が、すぐに首を傾げた。フラッシュの不調か、画面全体が強い光によって逆光現象を起こしていた。
21 :
名無しになりきれ:2009/12/19(土) 17:27:14 0
世界基督教大学の騒動から数週間後…
アメリカ、マンハッタンのエンパイア・ステートビルの屋上に二つの影があった
「相変わらず高いところが好きね、レイ」
強い風にマントを吹き飛ばされないようにしっかりと握るのはピアノだ
「世界が一望できるからな」
彼女が見上げる先にいるのは無造作に縛った髪を直そうともせず立つレイ なんと立っているのは尖ったエンパイア・ステートビルの末端である
映画「キングコング」でキングコングの立っていた場所でもある
世界基督教大学の騒動の後からピアノはほとんどレイにつきっきりだ、以前はよくあったことだが、最近こうずっと一緒にいることは無かった
まあだからといって何か特別な感情を抱くわけもないのだが
「………」
更に強い風が吹き、レイの黒髪を揺らす 島であるマンハッタンは海風が強い
下を見れば目もくらむような高さに、ニューヨークの夜景が美しく飾っている
周りにはこのビルより高い建物はない 建築されてから40年近く経つというのに、このビルは全く色あせることなくニューヨークの街を見下ろしていた
ゴオッ!
更に一段と強い風が吹いた、小柄なピアノが思わず飛ばされそうになるのをこらえるのが見える
しかしレイは身じろぎ一つせず、不安定なビル末端に立ち尽くしている カチャカチャと腰に据えた黒爪が揺れるのが分かる
「…風が強い、何か、来るか」
風は東へと吹いている、レイは水平線を見据え、風の行く方向を見届ける
黒爪が風に煽られ激しく揺れる
「…日本、か?」
風は、刀は、応えない
「………」
数日後、彼女らは何の因果か日本に帰ってくるのだった
『審判』が啖呵を切った。委ねるべくはアルカナの行く末、『吊られた男』もひっくるめた組織としての指針。
そう、これは言わば指針なき航海なのだ。常に正しい在り様を示し続けた羅針盤が消え去り、烏合の衆愚と化した我々の身の振り方。
認めたくないことではあるが、正直、胸のすく思いであったことは否めない。
『吊られた男』がアルカナから身を引いていたのは指標を失くしてフラフラと焦点の定まらぬ堂々巡りに辟易していたからに他ならない。
保守と強硬のダブルバインド。あちらもこちらも立たない議論。挙句の果てに責任と罪務の押し付け合い。
そんな中に『審判』が投じた一石は、しかし波を立てるに留まらず。波紋は瓦解しかけたアルカナ幹部を同じ灯りへ導いていく。
それを為したのが『吊られた男』よりも若年であるという事実に舌を巻いた。それが蛇蝎の如く睨みあった仲の相手であっても。
いつの間にか『吊られた男』は天地逆転から姿勢を正し、背もたれから身体を離していた。指を組み、顔の前で交差させる。
「……とまぁ、いくらモノローグで喝采した所で君はそんなおべんちゃらやおためごかしを求めているわけじゃないだろうね?」
『審判』の宣言から生じた静寂――珍しいことに喋りたがりの『皇帝』すら黙っていた――を破るように『吊られた男』は言う。
議論において静謐は毒。ここで止まっては駄目だ。『審判』の落とした種火を、こんなところで停滞させてはいけない。
人身掌握に長けた『吊られた男』ではないが、それでも理屈で分かった。最もこの場でアルカナを案じるのが誰であるかを。
「ここから先は前置きも賛辞も必要ない。僕のアルカナへの忠誠は僕の行動で示そう。その前に皆、一つ質問をいいかな?」
だからこそ、はっきりさせねばならない。燻り始めた幼火が劫火へと大成するには、火付き良い燃料が必要だ。
全員の足並みを揃える為に、今度こそ新たな灯台を――皆が求める終着点を再設定しなければならない。
燃えるべき時は来た。
ぼくら
「『世界』氏は死んだ。『月』女史ももういない。ヨコシマキメはあの有様で、――さあ、アルカナは何をする?」
どこへ行こうか。
どこへ行って、何をしようか。
やっべえ! 遅刻だあッ!!
(結城鷹逸郎(22))
(東京都八王子の山中にあるミッション系の国際大学、世界基督教大学に務める邪気学教授)
(今日から学校再開ということをすっかり失念していた彼は、時計を見た途端ベッドから跳ね起きた)
(礼拝堂の一室。物置として普段使われているそこは、頻繁に鷹逸郎が寝泊まりに来る場所でもあった)
(最初はシスター達も集団で注意や説得をしていたがやがて諦めたのか、今となっては人数も回数も激減している)
(毎朝律儀に起こしに来るシスターもいるにはいるものの、今日に限っては来てくれなかったようだった)
(ゆっくり身支度を整えるだけの時間がないので、鷹逸郎は仕方なく苦肉の策を決行)
(よれよれのYシャツと白みがかったジーンズという寝間着の着の身着のまま、その上から古ぼけたフードを着込む)
(だめ押しとして右腕に包帯をくるくる巻けば、邪気眼使いの即席ファッション完成という訳だ)
(こんなことだから生徒や同僚から失笑買いまくりなのだが、そんなことを気にしている暇はない)
(腰ほどまでしかない小さめの冷蔵庫からハムを取って口にくわえ、急いでその小部屋から飛び出した)
(途中大広間で賛美歌が聞こえると、起こしに来れなかった理由に合点がいくと共に、「行ってきまーす!!」と朝の挨拶をして礼拝堂を後にする)
(あの事件から、幾日かの時間が過ぎた現在)
(大学では地下の遺跡での戦闘による余波で集団不調が発生し、休校措置が執られていた)
(そのおかげで鷹逸郎の中で色々と整理をする猶予が生まれたので、彼にはありがたかったのだが)
(――――だが結局、整理はできずじまいに終わっている)
(《怪物の口腔》と謳われたヨコシマキメ遺跡の、突然の世界基督教大学地下への転移)
(アスラやステラ、ヨシノ(二人の仲間らしい)と話し合う機会に「旅する遺跡」ということは知ったが、それでも納得がいかない部分が多々あった)
(それに入口付近の壁に描かれていたという「22人の壁画」は、カノッサ機関の人工邪気眼計画のルーツであるという)
(かつて歴史の裏で隆盛を誇った謎の組織、カノッサ機関。「結城」の血が指し示す宿命の相手)
(その全貌は依然として、手を伸ばしても決して届かぬ深い闇の底に沈んでいる)
(人知の及ばぬ異能の支配せし”邪界”と呼ばれる旧世界。明らかになっていない謎は、未だ多い)
(【黒ノ歴史】に屠られたと思われたその世界は、しかし今もなお力強く息づいていた。日常と思っていた世界と、背を合わせたすぐそばで)
(一度それに気付いてしまえば、もう逃れる術はない。鷹逸郎は腹を決め、戦う決心をしたのだった)
(とは言っても、日常の波とは目まぐるしく押し寄せてくるもの)
(無人の廊下を荒い息と全力で走り抜け、一限目の考古学の教室へと飛び込んだ)
(本来鷹逸郎は邪気学の教授だが、学会に出席予定の教授にどうしてもと頼まれて代理を請け負っていたのだ)
(遅刻してきた挙げ句、奇抜なファッションで決めた男の乱入にざわめく大教室で、鷹逸郎は教壇へと上がる)
(そして学校再開初日最初の授業、鷹逸郎はこんな言葉で緞帳を落とした)
自習!!
(ええええええええ!! と学生達に一斉にツッコまれながら、鷹逸郎は自分の携帯番号を黒板にさっさか書き残すとさっさか教室を出てしまった)
(昨日はその場の空気で代理を請け負ってしまったが、よくよく考えてみれば鷹逸郎も外せない用事があったのだ)
(ダメな大人の典型である。みんなはスケジュールをよく確認してから返事をしようNE☆)
(そのまま校舎を飛び出し学校を飛び出し、勢い余って校門前にいたケバい女子大生2人にフライングクロスチョップをかまして吹っ飛ばし)
(そして錆びたブリキのような軋みをギコギコと立てながら、ゆっくり校門の方へと振り返った)
…………、……ス、テ、ラ、サ、ン、?
(ステラ=トワイライト)
(ヨコシマキメ遺跡の死闘を一緒に戦い抜いた邪気眼使いの一人にして、全身真っ黄色に真っ赤なスカーフという、鷹逸郎の邪気眼ルックに劣らぬファッションが特徴の少女である)
(<過去>の人間としてよみがえった彼女は、<現在>の世界を見て回る旅に出ていた……はずだが)
(ざわわ、と森を揺らす爽やかな風に乗って聞こえる賛美歌。鷹逸郎に集中する周囲の白眼視)
(何とはなしに、鷹逸郎は土下座をしてみた)
すんませんでしたァ!! 悪気は無かったんですぅッ!!
(ギャル×2が何語が分からない罵りを鷹逸郎に浴びせかけたが、大学へプリプリと歩き出す)
(それに白けた周囲が元通り動きだし、鷹逸郎は何事もなかったかのように立ち上がって、その場は収まった)
にしてもひっさびさじゃねえか、ステラ! ちゃんと元気してたか!?
あれからお変わりありませんか!? ……は、なんか色々と違うな。なんて言ったらいいんだろ?
25 :
名無しになりきれ:2009/12/21(月) 17:07:07 0
アメリカのマンハッタン
かつてピアノは、この大都市が乗る島を舞台に戦ったことがあった レイと出会う前である
まあ今はそんな話はどうでもいい
今のピアノは愛しの人と一緒にいれる事の方が重要だった
「今日こそ…今日こそにゃんにゃんタイムを…ハァハァ…」
そんな事を考えるだけで数週間 結局何もないままピアノとレイはここマンハッタン島のエンパイア・ステートビルの屋上にいた
さすがのピアノもこんな高いところでは足もすくむ、しかしレイはそんな顔一つせず不安定なビルの頂点に立っている
「相変わらず高いところが好きね、レイ」
「世界が一望できるからな」
風が強いのにもかかわらず、なんとも安定した、不安を感じさせない立ち方だろう ほれぼれする
その安定性を更に誇示するように、強い風が吹く
「うひゃあ、レイ―、寒いよー暖めて―」
ちょっとアレな言葉を吐く、普通ならレイがビシッと反応を見せるのだが
「………」
「あれ?レイ―?」
風が強くて聞こえないのか、じっと海の方を見ている
ゴオッ!
「うひゃあ!」
突如、吹き飛ばされそうな程の突風が吹いた、それでもレイは動くことなく海の方を見続けている
「…ちょっとー、レイ!聞こえないのー!?」
「…風が強い、何か、来るか」
「え?」
「………」
ピアノも海の方を見る、夜のマンハッタンの光に照らされた海は、暗黒を保ったまま何も見えない
「…レイ?」
相変わらずレイは黙りこくったまま海を見続ける
と、突如口を開くと
「ピアノ、日本に戻るぞ」
「え?ええ?」
日本、数週間前にレイとピアノが久々に再会した国だ
そしてアルカナの頂点『世界』の死に直面した場所
レイの表情や口調から察するに、あまり甘い事ではなさそうだ
(青白い灯りだけが手元を照らす真っ暗な室内、試験管を操る定期的な音だけが響いていた)
…ふむ。この数値は…こいつは…まあ、誤差の範疇か。
助手A、次はC−803号を寄越せ。それからE−493、イの599号、ハの64号、L−1032番だ。
(丸眼鏡の少女は言われた通りの試験管を慌てた様子で運んでくる。男はそれを一瞥すると、試験管の一つを摘み上げて言う)
…こいつはハの65号だ、阿呆。
(仕置きの代わりに頭を軽くはたく。とっとと持って来いと言い、蓋の開いた試験管を液が零れない角度で投げ渡した)
(それから適当なまとめを雑紙に書きなぐる。暇つぶしを終えたという顔で、その男はソファーに倒れこんだ)
(ヨコシマキメの崩壊から幾日経つ。影の研究者アリス=シェイドはそこで見た、嗅いだ、聞いた事の全てをあの後に研究の資料として一通り記したものの、
その先に彼が感じたものは致命的なまでの「物足りなさ」であった。
『吊られた男』との有益な戦闘の後に「管理役」として地上に出向き、その後憂さ晴らしに搭乗型兵器とやりあってる内に全て終わってしまった。
そんな間抜けな自身のミスがシェイドにとっては許せなくもあり、何より貴重な研究チャンスを失ったという喪失感が大きく胸に残っていたのだった)
……ヨコシマキメ…崩壊…か。
やはり…修道女にもう少し吐き出させるべきだったか…
(崩壊の後日、盗掘屋のアスラが研究室の戸を叩いた。
研究対象を目の前で逃がしてメランコリック状態のシェイドの目の前にヨコシマキメの宝物を出してきたときはその場で消してやろうかと思ったが、
アスラが盗掘品の一つ一つを人質に取っていたので必抑えた。結果、かなり値は張ったがそこそこの品をいくつか手に入れることが出来たのだった)
…今更言っても詮無き事か…
クックックッ…私も…ついに惚けたか…?
(心底不快そうに笑い、ソファーから上体を起こす。白衣の袖を捲り生白い腕につけられた時計の針を見やった)
…時間か。
助手A、私は外へ行く。貴様はこの紙に書いてある事を済ましておいてくれ。
(懐から紙ヒコーキを取り出し、投げつけてから赤い鉄扉を開く。その紙には大量の試験管の番号とその調合方法が全て二進数で書かれていた)
間に合わなければ、仕置きだ。
(少女ひとりになった科学の密室に、闇の淵を覗くような低い声だけが残った)
写真を撮られたのだと理解したステラに芽生えた感情は、不快でも不可解でもなく、単純な好奇心。
彼女の生まれた時代に写影機など生まれていなく、光術を用いれば映像の保存は容易だったため、
カメラも携帯電話も彼女にとってはただただもの珍しいばかりである。
「あー!それ『ケータイ』?見せて見せて」
10歩ほど離れた位置にいた女子大生二人組に知覚できない異能の速さでもってステラは近づく。
いくら鈍足とは言ってもそれは数多の能力者の中における相対位であって鍛えてもいないパンピーに遅れをとるものではなく。
突如として距離を詰められた二人組は驚愕のあまり携帯電話をとり落とし、空中に放り出されたそれをステラはそつなくキャッチした。
「はーん、ふーん、術具以外で機械らしい機械なんて見るの初めてかも」
本体よりデカいストラップを振り回しながら、子供のように目を輝かせて検分する。
初めのうちはあっけにとられていた二人組もようやく現実に認識が追いついたらしく野太い声でギャーギャーと抗議し始めた。
が、それも唐突に遮られた。というか、本人達ごと吹っ飛ばされた。
「すんませんでしたァ!! 悪気は無かったんですぅッ!!」
突然現れ女子大生に飛び掛り暴行した上に何故か公衆の面前で土下座を始めたこの男は結城鷹逸郎。
先の『創世眼事件』で共に『世界』と戦った戦友とも言えなくもない男である。目深のフードと右腕には全体を覆うような包帯ぐるぐる巻き。
どう贔屓目に見ても不審者な風を持つ彼は、この大学で職員――講師を務めているという。
(相変わらずテンション高いなぁ。生き急いでるというか逝き急いでるというか、常に身体張ってるねこの人)
見るからに人生を謳歌していそうな男である。心の底から笑っているような、人懐っこい笑みで女子大生達をやり過ごすと、
土下座から立ち上がり膝の砂を払いながらこちらに水を向けてきた。
「にしてもひっさびさじゃねえか、ステラ! ちゃんと元気してたか!?
あれからお変わりありませんか!? ……は、なんか色々と違うな。なんて言ったらいいんだろ?」
「その挙動不審っぷり、そっちは相変わらず元気みたいだね鷹逸郎さん。お久しぶり――変わりようがないよ、私は」
ステラは故人である。ゆえに身体は成長しないし老化も然り。彼女の内部に在る『創世眼』の残滓はどうやら再現された
当時の身体情報や状態を維持しようとするらしく、腕を落とそうが目を潰そうが短期間で元に戻るようだ。
とはいえに生前に負っていた傷もそのまま維持されるらしく、『かつて』のヨコシマキメ崩落の際にできた生傷はそのままである。
「ちょっとこの大学で調べたいことができたから戻ってきたんだ。鷹逸郎さんはこれからどこへ?」
疾走していたところを見るにどうやら鷹逸郎はどこかへ急いでいたらしい。
こんなところで世間話に花を咲かせている暇があるのだろうかと思ったが、案外この男は常に走り回っているのかもしれない。
そんなバイタリティを感じさせる人間だった。きっと生きるのが楽しくてしょうがないのだろう。少し羨ましいと、ステラは思った。
世界基督大学に一つの影が現れる。
長身の人影は前方で男となにやら話し込んでいる全身黄色づくめの女を捉えていた。
「こちら『プロブレム』……ここ数日世界各地で俺達のことかぎ回ってたアルカナの残党ってのはあいつかァ?」
時代錯誤なリーゼントヘアにニッカポッカと特攻服、太く頑丈なチェーンを腕に巻いた男、通称『プロブレム』。
まったくもって似合わない高機能インカムの奥からは、彼が所属する組織からのバックアップが通じている。
『正確には"元"アルカナだねー。あいつらヨコシマキメ崩壊と同時に潜伏しちゃってさ、ちっとも足どりつかめないよ。
そういうわけで『プロブレム』、あの元『太陽』――ステラ=トワイライトをとっつかまえて手っ取り早く古巣を吐かせちゃおう』
幼い少女の声だった。
「おっけーオッケー任せろォ!なァ『デバイス』、俺本気出しちゃっていいか?いいよなァ!?」
『んー、いーんじゃない?ボクらと違って邪気眼使いは邪気を纏うことでデフォルトに身体強化してるからねー。
そーかんたんには死なないんじゃないかなー?いーよいーよ、能力使っても。『議長』にはボクが言い訳しとく、仕掛けるタイミングも任せるよ』
聞いた『プロブレム』の口端がぐいっと挙がった。犬歯をむき出し獰猛快活にほくそ笑む。
踵の瞑れた革靴を踏みしめ、鎖をじゃらつかせながら大きく武者ぶるい。
「んじゃあバックアップ任せたぜェ!『隔離結界』ぶち込んでくれやオラァ!」
吼えて『プロブレム』は歩き出す。
『あいさー。それじゃ始めようか。ボクらの――『楽園教導派(エデン)』の戦いを!』
【NPCデータ】※名前は全てコードネームです
『プロブレム』……肉体労働担当。武闘派。脳味噌筋肉。超硬派番長系
能力:『リッパートリッパー』――あらゆる物体に"切れ味"を付与できる。ペラ紙一枚が剃刀に、鎖が日本刀並に
主な使い方は鎖に付与して鋼糸術風に、必殺技はリーゼント斬り
『デバイス』……頭脳労働担当。頭脳派。ボクっ娘。超残虐無垢系
能力:『ブレイントレイン』――他者と意識や思考を連結する能力。五感の共有から幻覚、レベルアッパー的なことまで
主な使い方は『プロブレム』の演算補助と敵の戦略漏洩、俯瞰実況、幻覚
『楽園教導派』の末端構成員。常に二人組で行動し、表に出てくるのはプロブレム。
戦闘能力は高いが周りが見えてないプロブレムを俯瞰で見てサポートするのがデバイス。
二人とも邪気眼使いではなく、生粋の異能者。
【用語解説】
『隔離結界』……世界政府の孫組織なので一般人の目を気にするエデン。なので街中や人目のあるところで戦闘する場合は
その空間一帯を術式結界で隔離し、一般人からは見えなくしている。つまり封絶。破壊したものは元に戻らない。
────世界基督教大学・学長室。
普段は大人しい色合いで落ち着いた雰囲気を醸しださせるその一室は、今だけは少し様相が変わっていた。
部屋のあちこちには折り紙の鎖が蔓のように打たれ、またその鎖をよけて器用に空を飛ぶ赤い老人の人形が吊るされている。
真綿の雪を一面に積もらせ、知識の泉たる本棚はきらびやかな電飾で封鎖された。
窓際に置かれた静かな観葉植物も、今は天辺の星と靴下でツリーの様相を出している。
そして、側面いっぱいにキリスト生誕を祝う言葉が輝く机。
揺り椅子に座る「サンタ」の役職を持つ老人は、しかし部屋全体の雰囲気とにそぐわない表情で、目の前に表示されたモニターを見ていた。
《「楽園教導派」…か…やれやれ…あれは時と場合を考えぬから困るのう…》
老人は呆れ顔で溜め息をつくと、ひとつ空に指をかざし、ぱちりとそれを鳴らした。
途端に部屋の随所から妙なアームがにょきにょきと生え始め、無機質な機械音をさせつつ折り紙、電飾、聖ニコラウス像を正確に取り込んでゆく。
みるみるうちに学長室はもとの様相を取り戻していき、最後は老人自身が卓上の「サンタ」と書かれた三角錐をくるりと回す事で部屋の全てが回復した。
《…こんな日くらいゆっくりさせて欲しいのじゃが…まあ、これも箱庭の孫達の為…》
溜め息をもう一つつく。
《彼奴らの狙いは…ふむ。元・アルカナ「太陽」ステラ=トワイライト…か。画面は…これかの?》
《…おお、なにやら結城教授が土下座しとるわい。彼は今日も元気でなによりじゃのう》
目の前のモニターに表示される大学構内の風景。
その中心近くで会話をする人物は、全身を黄色に包んだステラ=トワイライトに、古びたコートに包帯姿の結城鷹逸朗。
言うまでもなく、大学の空気はそこだけ季節はずれのハロウィンを感じさせていた。
《ふぉふぉふぉ…相変わらず面白い格好じゃ。「そんな流行は…俺の服飾で打ち払ってやるっ!」なんてのう》
《…しかしここで戦われるのはちとマズいわい。どれ、ひとつ人払いをしてやろうか》
と、傍らのボタンをぽつりと押す。
大学各所に取り付けられたアンテナから微弱電波が発せられ、ステラ=トワイライトを中心とする半径100mに人払いの術式が掛った。
《…念のため、息子らに通達を送っとこうかのう》
傍らのマイクを引き寄せ、大学のあちこちで平穏を謳歌する「管理役」の数名に指令を送る。
その内容はステラ=トワイライトの監視。また大学へのダメージが術式の限界を越えそうだと判断した場合に限り交戦を許可す、と。
「交戦は確実な抹殺を前提とする」という言葉で通信を締め、老人は再び深く椅子に腰掛けた。
「表」の大学運営に関する書類に再び目を通し、「日常」の仕事を何もなかったかのように続ける。
《空が重い……か。望むべくは、我が最愛の安寧が傷つかぬ事を────》
世界基督教大学学長・布兵庵竜蹄(フビョウアンリュウテイ)は、そう呟いて静かに微笑んだのだった。
「そういうこったァ。心中、まだあんにゃろうを引き摺ってる奴ァ、出て行って貰いてェ。
そしてから改めて……民主主義の採用を、民主主義で決めて行こうじゃねェか。
さァ、採択だ。あるいはその前に、異議意見を、あるのならば求めてェ。』
『審判』も随分大きく出たものだ。これまで『世界』以外の構成員とはほとんど交流のなかった『死』にとっても、中々に興味深い。
『死』ことヴィクトリア・ゴールドセリアは単身でも魔術組織数個分に匹敵する戦闘力を持ってはいるものの、
そんなものは目的、即ち『世界』に代わる依存対象の発見においては何の役にも立たない。
現代においてはほとんど他者とのコネクションも持ってないし、わざわざここで中座することもなさそうね。
そんな時、『吊られた男』が口を開いた。なるほど。肯定的な意見を引き出すためにも、深い思考の間を与えないのは心理学的にも有効なのかもしれない。
それなら、乗ってあげるのも一興、ということかも。
ぼくら
「『世界』氏は死んだ。『月』女史ももういない。ヨコシマキメはあの有様で、――さあ、アルカナは何をする?」
「そうね。正直私はここに来るまで『世界』が作ったこのアルカナの最期を見届けるくらいのつもりでここに来た」
ここに来て”初めて”の『死』の発言。大アルカナでも有数の力を持ちながらも普段は『世界』につき従うだけだった『死』が、珍しく自らの胸中を語ったわけだ。
「でも、『審判』さんも『吊られた男』さんもどうもこれから死に逝くような人には見えないし、気に入っちゃったわ。私もしばらく協力させてもらうことにします」
「だから私にも聞かせてもらおうかしら。貴方たちアルカナは『何』を願って戦うのか」
そう、私の疑問もそこにある。結局、アルカナは何をしたいんだろう?
寝台の上、薄っぺらい布団に挟まれた彼は、ゆるゆると瞼を開いた。
視界の端の端に、まだ泡の破片が漂っているのが見えた。
曇りがちの窓から日が差している。朝とも昼ともつかない。
上半身を起こして、ガラスを透かして見ると、果たして尋常な風景だった。
芝生は緑。空は青い。風まで見える気がした。
遥かな稜線を突き刺すようにして、骨ばかりの、赤茶けた並木が列を成していた。
右手側に、聳えていると言うよりかは、腰を据えているといった、
嫌味なほど真白い建造物から、誰とも知らない者が慌しく駆け出してきて、
何処とも知らない場所へと走り抜けていった。
まだ、現世らしい。
左手の人差し指をこめかみに当ててから、大したハリもツヤもない頬を一撫ぜし、
やがて顎に添えながら、気のない顔で思案の体である。
しばしして、おとがいを離れた掌を、目の前で裏表に翻してから、ひょっとした。
剣がない。失神する前に確かに握りこんでいた相棒が、煙も残さず消えていた。
自由騎士としての命綱は、もはや跡形もない。
それよりか、そもそもこの状況は何事なのか――
布団に寝かされて、体に巻かれた包帯には赤い染みもなかった。
保護?
「ハロー、ハロー、オンアンドゥーザロコモーション……」
はっとして視線を飛ばすと、右手側のパーティションの影から顔が覗いていた。
無様な落書きのようであり、それでいて底の知れない笑みを浮かべた、眼鏡の男である。
「ハローって言ってるじゃない?」
一言を紡ぐごとに、男の微笑はより深く刻まれる。
そのうち、口が裂けるのではないかと心配になる自由騎士。
怒りや哀しみの表情が深化してゆく様はよくも見たが、笑みについてはついぞ拝んだことがない。
「まあいいさ。ようこそ、世界基督教大学内の、小さな医務室へ。
はっきり言っちゃあ、君のような怪人物は警察に引き渡しても良かったんだが。
怪我人だしねえ……。ま、オシゴトをさせて頂きましたよ。
分かるかなあ、この慈悲が……。」
騎士に反応はない。少なくとも、言語を解している顔つきはしていなかった。
「君、もしかして……。あーあ、面倒な人間だなあ。ちょっと待っていたまえ。」
煩わしそうに医務室を出て行く男の背を見送るでもなく、相変わらずの一人寂しい思索を続けていた。
彼らが囲んでいる楕円のテーブルには、席が一つ空いていた。
七三分けの髪型をした黒いスーツ姿の中年男が、新聞で顔を隠しながらトーストをもしゃもしゃくわえ、
可愛らしいレースのエプロンを首からかけた若々しい女性が、腰で金髪を揺らしながら真面目な表情で目玉焼きを並べ、
深紅色をしたランドセルを背負ったポニーテールの少女が、目を細めながら嬉しそうにベーコンをつつく。
それはありふれた、とある家庭の朝食風景。
「うー――――ん……。母さん、外出規制はまだ解けていないようだねえ」
「Natural. Vaccine to treat 《Y-Virus》 isnt made yet.」
《Yウィルス》。
いま東京中の世間と紙面を騒がせているウィルスの暫定名称だ。
あらゆる情報媒体を駆使して緊急に政府からその存在の公表がなされ、現在東京では外出禁止令が敷かれている。
それは、鷹逸郎たちが大学の地下で死闘を繰り広げていた、その最中のできごとであった。
「参ったねえ。父親の仕事は、家庭のために汗水流して稼ぐことなんだけどねえ」
「I Know it. I always thank and love you,my darling,TAKASHI...CHU☆」
「ははは、よせよせエマ、娘の前だろう?」
父母がいちゃいちゃし始めたので少女は小さく憎々しげに舌打ちすると、憎しみを紛らわすべくテレビの電源を入れた。
この非常事態でもブレずにアニメを放映している12ch。あきれ果てながらも感心しつつチャンネルを回す。
しかしどのチャンネルも《Yウィルス》の科学的分析や医学的対策といった、すでに見飽きた情報を伝えてくるばかりなので、退屈した少女はテレビの電源を切った。
そして、柄にもなく、一人の青年の身を案じる。
「よーいちろーは、ぶじなんだろうか?」
結城 鷹逸郎。
この家庭の一員であり、普段なら食卓の空いている席に座っている彼は、数日前に大学へと出勤して以来帰ってきていない。
鷹逸郎とは朝な夕な飽きずにケンカばかりしていた少女だったが、消息を気にかけるぐらいには愛情を持ち合わせていた。
「あいつがいなくなると、ひまつぶしのあいてがへってしまう・・・それは、かなしい」
「ははは、宇宙。心配はいらないよ」
さっきから金髪の女性にちゅっちゅされている中年男が、新聞紙を脇にどかして言った。
その顔には、不安げな少女を包み込むような微笑みが湛えられている。
「陽一郎は『世界の選択』だ。きっと無事に帰ってくるだろう、きっとね」
きっとそれはありふれた、とある家庭の朝食風景。
人の決めゼリフを勝手に使うなぁ!? ってあれぇ!?
(明後日の方向を指さして叫んだ鷹逸郎は、唐突な自分の行動に自分でもびっくりした)
(その向けられた指の先にはちょうどこの世界基督教大学の学長室があるのだが、今はそのことは関係あるまい)
(おかしいな…おかしくなったかな、と自分の頭を心配しながら、彼はステラの問いに向き直った)
あっはは、いやいや。「お変わりありませんか」、っていうのはそういう意味じゃねえんだ。
身体的な変化じゃなくて、なんつーかな。……精神的な、心境的な変化っつーの?
俺的にはそっちの方が重要かなーなんつってさ! やっぱ存在ってのは、心に依存して――
(これでも一応、鷹逸郎は不器用なりに気を遣ったつもりだった)
(ヨコシマキメでの死闘が終わった後、開かれた会合の場で、ステラの”身体”のことは報されていた)
(――――と、いうよりは、「自分で勘づいた」との表現の方がより正しい)
(あんなに過酷な戦いの後なのに生傷の数が異様に少なかったことを、彼なりに噛み砕いて検証した結果だった)
(変化をしないということは、なるほど、時の移ろいに老いさらばえる人間の耳には理想に聞こえるだろう)
(けれどもそれは、時の移ろいから、つまり歴史の流れから追放されるに等しいのではないか)
(そう思い当たると、鷹逸郎は”愚者”であっても、無神経な発言はとてもできなかった)
(それに、その傷の超回復には、自分の身にも心当たりがあったのだ)
(暗くなりそうな空気を察知した鷹逸郎は、すぐさま次の質問へと切り替える)
あー、いやな? これから秋葉原で、「セレネ」の新アルバム発売記念握手会があるってことだからさ!
まだそれまで時間はあるにはあるんだけど、今の内から並んでおかなきゃマズいかなー、と!
(三千院セレネ)
(曰く、世界を地球ごと虜にした”ウルトラ”アイドル。曰く、”現代に舞い降りた女神”。曰く、”最後のVenus”)
(各方面各世界でその名を雷鳴あるいは閃光あるいは爆音の如く轟かせるアイドル中のアイドル、その彼女のことである)
(セレネの良さを挙げるとすれば、ファンは口を揃えて「圧倒的な存在感」「溢れんばかりの魅力」「パツキン」と口角泡飛ばすのだが)
(この鷹逸郎は希有にして奇特にも、「何と評したらいいか分からない微妙な歌声にかえってハマった」という超々少数派の口であった)
(なので他大多数のファンの使う「セレネ様」という尊称ではなく、彼は不遜にも呼び捨てをする)
握手会って情報は、ちょーっとうさんくさいんだけどな。
セレネみてーな世界的アイドルがこんな極東にわざわざ出向くってのは、俺にはちょっと考えがたい気もする。
だけどまあ、行ってみるだけなら損はないかなと思ってさ。
(その理由は、鷹逸郎がヨコシマキメ遺跡へとフライトした理由と同じだった)
(あの時点では「巷の噂」程度の信憑性しかなかった遺跡復活の情報をこの目で確認しに、数万をはたいて彼は飛んだのだ)
(お高くとまった学者が聞いたらまるで呆れてしまうような決断力と行動力。それは”愚者”である所以とも言えようか)
(しかし、彼が現在職務中の身であることはもちろん言うまでもない。これもまた”愚者”である所以と言えよう)
(リーン、ゴーン……と、2人をずーんと見下ろす時計台の、いやに機械的な鐘の音がさらに水を差す)
(ディスプレイ前の皆は、職務中においては公私の区別をはっきりとつけようNE☆)
……な、何を調べるかはだいたい予想がつくな。「J-108」の本棚を探してみるといいぜ。
俺の秘蔵秘密コレクションだが、特別に使用の許可を与えよう。きっと役立つはずだから。
(そう言うと鷹逸郎は、フードつきコートの懐をごそごそ探ると、黄金色に輝く鍵をステラに差し出した)
(アラベスクのような蔦生い茂る荘厳な装飾。龍を象ったような形状。鷹逸郎の趣味が全身全霊全力全開全勝全壊全光全破の代物だ)
(J-108。そこには鷹逸郎が主に仕事で使っている、学術的に貴重な史料の数々が蔵書されているようだ)
ヨシノに会うなら、3F突き当たりの大教室。アスラの居場所はちょっと分からないけど……。
まあとにかく! 後悔のないよう全力で、な。俺も邪気学者の端くれとして、出来るだけ協力――――!?
(――――――――ドクン)
(心臓の跳ね上がるような鼓動。全身に滲み始める冷たい汗。緊張に荒くなる吐息)
(それは、この大学の地下、ヨコシマキメ遺跡で幾度と無く感じた『寒気』)
(こういう時はどんな時だったのか、鷹逸郎はそれを深く知っている)
(剣呑な気配に鋭敏となる五感が、2人のいる空間が世界と切り離されたような錯覚を脳髄に伝える)
(おそらく外界との接続は絶たれているのだろう。この空間内で起きたことは知覚できないようになっているはずだ)
(血の気が引いて、身体中の力がだらしなく抜けていくような、感触)
…………ッ、う、おおッ、おおおおぉおおおおおおおおぉおおおおぉおおッッ!!!
(それでも、立ち止まるわけにはいかない理由が鷹逸郎にはある)
(鷹逸郎は咄嗟にステラの黄色い襟首を掴むと、自分が覆い被さるように勢いよく地面へと引き倒した)
ジ
ラ
ャ
リ
(ステラが何事かを言う前に)
(背後に高くそびえていた時計台が、ズルリ、と)
(斜めに断たれて、尖った上半分が、アスファルトの地面に突き刺さった)
(『それ』が通過したのは、ステラの、ちょうど首の高さ)
(鷹逸郎の動体視力では『それ』の正体を看破できなかったが、直感的反射的な判断で地面へと倒すことを”選択”したのだった)
(もっとも邪気眼使いであるステラなら、易々と避けた上で正体を見抜いたかもしれないが、身体が動いてしまったのだから仕方がない)
(ステラはおそらく戦闘に入るだろう。邪魔にならないようにとすぐさまステラの上からどいて、『それ』の飛来た方角を睨む)
(男が、いた)
(巨砲主義のようなリーゼントヘア、ニッカポッカ、特攻服――アナクロの塊のような姿)
(その腕には、工場用とおぼしき太く頑丈そうなチェーンが巻かれていた。威圧の象徴たるそれに、鷹逸郎は恐怖する)
(男は耳元まで裂けてしまったような印象を受ける猛禽の狂笑を浮かべて、喜色満面に言い放った)
「よォ”まっ黄っ黄”、男連れでデートの予定でも入ってたかァ? 悪ィがそいつァキャンセルしてくれよォ」
(暗殺者と呼ぶにはあまりに堂々としすぎいて相応しくない。とはいって、襲撃者と呼ぶには何かが違う気がする)
(それ以上に鷹逸郎は、ヨコシマキメで出会ってきた異能者とは何かが根本的に異なるような『違和感』を感じ取っていた)
「今ので殺られちまうような”モヤシ野郎”じゃなくて安心したぜェ……こォんな”お遊び”で死んじまったとあっちゃァつまんねェもんなァ!?」
…………、……ハァッ・・……、……『お遊び』………? 今のが……ッ!?
(首は人体の急所の1つだ。大量の血液を輸送し、呼吸の為に必要な気道の通る場所でもある。そんなことは常識だ)
(そんな大切な場所を狙い澄ました切れ味鋭い攻撃が”お遊び”であると、この男はそう言ったのか)
(自分とはあまりに懸け離れた感覚に、背筋がゾオッと悪寒に震えた。ヤバすぎる)
(男の口振りからして、鷹逸郎の存在は眼中に入っていない。となれば、男の狙いは間違いなく、ステラ)
(ならば自分は安全圏かもしれない。今すぐこの結界から抜け出て秋葉原へ向かえば、自分は無関係のままでいられるかもしれない)
(握手会までにはまだ時間はたっぷりある。街を散策しつつ、買い物をしながら時間を潰すのもいいだろう)
………ハハ、そうだよな…………握手会までには、まだ時間はたっぷりあるもんな。
(ダァン!!!)
(――――震える足で、地面を叩き付けるようにして、踏みしめる。こうすれば震えが止まることを、直感的に知っていた)
(恐怖はある。寒気はある。しかしそんなもので揺らぐほど、鷹逸郎の”決意”は脆弱ではない)
なにしろこれから大事な大事な用事がひかえているんだ。それまでにさっさと片づけてくれよ、ステラ。
(ギュ、とコートの懐を――白き勇気の源を、握りしめる。その両目に、激しく燃え盛る白熱の意志を宿して)
(自分には、前線を張って立ち向かえるだけの力はない。ならば、自分にできる自分なりの戦いをするしかない)
リカイ
(そしてそれは、どんな形であれステラの力になってやることだと、鷹逸郎は”選択”した)
おら!邪気眼見せろよ邪気眼!
「……ん。何だ、地震か?」
大学に異常が起きた丁度その時、民俗学の教授である
黒野天使(くろのエンジェル)は、校舎3Fにある女子トイレの個室において、
いつも通りもそもそと弁当を食べていた。
何故彼女が隠者の如く女子トイレなどで弁当を食べているかと言えば、
それは単に彼女が人付き合いが苦手で、講師陣にも生徒にも
友達がいない為であり……いや、それは今は重要ではない。
「……ん。いや、違うな。この気配は……ふむ。
そうだな、研究室に帰ってノートパソコンを守ろう。
ネットゲームのデータが消えたら大変だ……」
重要なのは、この黒野天使という女性が、謎の術式に隔絶された
空間内に普通に存在し、普通に行動しているという事だ。
トイレのドアに賭けてあった白衣を羽織り、食べかけの弁当を鞄に仕舞うと
彼女はもそもそと自分の研究室へと向けて歩きだした。
ぼくら
「『世界』氏は死んだ。『月』女史ももういない。ヨコシマキメはあの有様で、――さあ、アルカナは何をする?」
「だから私にも聞かせてもらおうかしら。貴方たちアルカナは『何』を願って戦うのか」
冗長な口上に次ぎ、二の矢三の矢が放たれて、空気はびりりと身震いした。
『審判』は素早く目配せをしてはみるが、幹部の多くは具合の悪そうに身悶えるのみである。
その様相は、決めあぐねている、考えあぐねていると言うより、
未だ『世界』の残像が胸中にチラついて、自前の意識を持て余している風であった。
亡霊退治には、まだまだ時が必要そうだと、内心苦笑を禁じえない。
かと言って、『審判』自身にも明確なビジョンが完成されていない事も事実ではあるが、
今の流れを徒に塞き止めるのは愚の骨頂、勝手な感性で紡ぎだした勝手な言葉を、速射砲に詰め込んでゆく。
後は、砲身の内部で、何らかが醸造されてくれるのが頼みである。
乱暴なやり口ではあるが、組織を立て直すとあっては、それ程の勢いが入用なのかもしれない。
「そもそものアルカナの目的は、覚えているだろうな、アンチカノッサだ。
ひいては――むしろこっちが本音なのかも知れんが――例の計画への、一種の報復、と。
だが、現在のアルカナにおいて、あの計画の……被害者という表現は適切じゃねェかもしれんが、
そういった過去を持つ個人は減少してきている、と、断言させてもらうぜ。
となれば、殊更カノッサに執着すべきだという理由はなくなる。」
復讐などといった怨恨の念は、短距離を驀進するにつけては優良な起爆剤になり得るものの、
スパンを伸ばすにつれ、反比例の軌跡を描きながら、燃費は悪化の一途を辿る。
なればこそ、組織の運営に情念を注ぎ込むことは避け、
たとえ浅はかでも、なるたけ理知と合理に見せかけた目的を掲げるべきである。
「私見を述べさせて貰えば、これからアルカナは、裏社会の遊撃手(ストライカー)となるべきだ。」
中々気障ったらしい口振りをした。
「最近のカノッサは衰退気味だ。
もちろん、それでもその規模は依然として見上げる程だが、それは別としてだ。
大木の葉は縮れて、日光が大地によりよく降り注ぐようになった。
すると――色々と芽吹いてくるわけだな。俺らもその若木の一つだがよ。」
いつになく小洒落た表現を織り込まれた彼の舌は、ナルシスティックな手触りをして、つるりと滑らかである。
「今や、あちらこちらで胡散臭い新造組織が跋扈してやがる。
俺も、その殆んどを把握してるワケじゃあねェが、色々と報告は上がってきている。
そこンところは各自、資料に目を通すなりするとして……。」
ふと、目の底に深刻じみた靄が漂ってきた。
「どうも、加減ってモンをまるで知らねェ連中がいるようだ。
目立った例と言や、知っているか?Yウィルス……アジア辺りで局地的に流行ってるようだが。
自然発生した逸品だとは、考えられるところじゃねェ。
どうも、こいつも地面から顔を出したばかりの新顔の仕業じゃねェかと、俺は睨んでいる。
理由も目的もさっぱりだが、少なくとも、古株の手段には思えねェ。」
善良なる一般民に手を出すべからず、という掟は、何時の時代何処の組織にも大抵は存在している。
万が一に違反が発覚すれば、周囲の組織が手を組んで包囲し、潰しにかかるという構図が描かれる。
しかし、近頃の若い組織にはそれ程の良心があるとは言えず、現実に、制裁が行われたとの報告も聞かない。
「そこで、悪童へのオシオキや、社会バランスや治安を大きく狂わすような組織の抑制を、
このアルカナが主導を担っていこうじゃねェかってコトよ。
立場としちゃあ、生粋のアンチカノッサから、中立方面へと転じてゆく形になる。
そうすりゃ、今まで手厳しかった、カノッサ側からの圧力も多少揺るむ筈だ。
組織基盤がぐらついているこの現状では、願ってもねェコトだと考えるがな。
ただ、歩む道は孤立無援の茨張りだろうが……元々、このアルカナって組織はそんなもんだ。そうだろ。」
創始者の人格を反映してか、アルカナは、同盟や親睦といった生温い関係について、著しく発展が乏しい。
しかし今回、それが返って幸いであり、組織運営の大転換について、外部から余計な嘴を差し挟まれずに済む。
「苦肉の策と思う奴もいるだろう、それは無理に否定しねェよ。
そして、中立に回ると宣伝したところで、実際に行動を起こさなきゃ何も認められねェことも分かっている。
しかしだ。これから否応無しに、遊撃的行動を取らなきゃならん事になっているんだ……。」
ぎらりと、突然に普段の彼らしき眼光が閃いた。
「日本支部が襲撃された事件について、まだ記憶は新しいな。
これも恐らく新興の機関による奇襲だと、可能性としちゃ、あると思うがな。
そしてその現場から生還した『死』……目出度さ半分、憤り半分の一件ってトコだ。
ともあれだ、『死』よ……その件についての情報を、出来る限り、この場で発表して貰いてェ。
諸君、どうか謹聴を頼むぜ。」
『審判』は卓を回り込んで、黒椅子に腰を下ろしながら、
随分お誂え向きの材料が揃っているものだと、秘かにほくそ笑んでいた。
新たに現れた『敵』の姿を、幹部たちの前に明確に示す事ができ、
しかも、あまり馴染みの無かった『死』の存在にスポットライトを当てる事もできる。
ただ気になるのは、何気なく零した『貴方たちアルカナ』という、他人行儀過ぎるフレーズである。
基本的に、去る者追わず来る者拒まずと言う方針で、組織を運転するつもりではあるのだが、
その言葉には、容易に聞き逃してはならぬような含みが孕まれている気がした。
今一度口を滑らせる事があれば、『審判』としても、彼女の待遇を取り図らなければならない。
考えすぎか、とも思う彼だが、立場上、考えすぎて困る事は無いはずであるとも信じている。
兎にも角にも、後は彼女に場を任せたいとする。
太平洋上、広い大海原を滑るように飛行機が飛んでいる
F-177ナイトホーク 1980年代に生まれた、ステルス爆撃機である
本来はもう退役しているが、その外見には本来のF-177より少し差違がある
例えばエンジン、本来吐くべきはずのない長い紅炎、アフターバーナーがあった
その高い推力により超音速で太平洋を西へ西へと飛び続けている
しかあい、その行く先は「極東」と呼ばれる地域 その中でも特に東のちいさな島国へと向かって飛んでいた
「ピアノ、後どれぐらいだ」
しっとりとした黒髪を無造作に縛り、腰には漆黒の刀を携えた女性がコクピットに入ってくる
しかし肝心の運転席は空で、オートパイロットのように計器類がカチカチと音を立てている
ピアノの能力『機鋼眼』 その能力によって、ステルス機を作っているのだ
「もうそろそろあれが見えてくるわよ」
スピーカーから声が聞こえる、それと同時にステルス機は旋回し、大きく回っていく
「…富士山か」
視界の右手に、美しく雪化粧を施した山が見えてくる、日本の最高峰 富士山
薄い雲を羽衣のように纏ったその姿は威風堂々とし、日本をその身でもって象徴していた。
しかし、その山の下では「Yウイルス」と呼ばれる謎の病原体が流行していると聞く
「…伝染だけは、免れたいな」
ぽつりと呟く ピアノに何か言ったかと聞かれたがなんでもないと答える
朝日が差し込んできた、マンハッタンを夜出発して朝に着いたのだ
「………」
と、その朝日の中に 何かが動いた
「…ピアノ」
鋭い声でピアノに注意を促す ピアノも分かっているのか、無言でコクピットの席を動かす 座れと言っているのだ
素早く席に座るとシートベルトをしめる、朝日の中に動いた何かは 視認できるほどに近くまで来ていた
F-22ラプター 少なくとも、こんな極東にいるべきでは無いものが、そこにいた
「…何か、見せたくない物があるのかな この国に」
レイはにやりと笑いを浮かべる ピアノは相手がF-22と分かるとうめき声をあげた
相手は最新鋭のステルス戦闘機、対してこちらはF-177ナイトホークカスタム 勝てるはずがない
「…変形してもいいんだぞ」
レイはそんなピアノの感情を代弁するように喋る
「今を生きるには、戦闘機ぐらい乗りこなせないとな」
アルカナのメンバーの会話を、だまって聞いている。
いや、『運命の輪』にはわからない。話が余りにも複雑すぎる、のが彼女の感想だ。
それもそう、まだ第一反抗期がすぎるかすぎないか程度の精神と思考を持つ彼女にはまだ『会議』というものが理解できないのだ。
ただ、目を開いて、じっと意見を交わすメンバーを見つめている。
その横の『愚者』は、内容は理解しているようだが、完全に面倒になってしまったようで、だるそうな目をしている。
『運命の輪』が足りない頭で必死になにか伝えようとする。
しかし大量の包帯による能力の制限で考える力まで制限されたのか、なにもでてこなかった。
「・・・・・わかんない」
ようやくひねりでた言葉がこれだった
(なんでラプターなんかがこんな所いるのよー!?)
F-177ナイトホークカスタムとなっているピアノはうめき声を漏らす
(このままじゃ勝てっこないわ…)
そう思った時
「…変形してもいいんだぞ」
レイが気持ちを汲み取ったかのごとく話す
「今を生きるには、戦闘機ぐらい乗りこなせないとな」
「………」
今を生きるのに戦闘機を乗りこなす必要がある人が世界に何人いるのだろう
しかしそんな事はどうでもいい
「…分かったわ、動かないでね」
ピアノはそう注意を促すと、自らの体に意識を張り巡らしていく
(あいつらに対抗するには、やっぱり同じ能力よね!)
ガ シ ュ ン ッ
『こちら楽園教導派(エデン) 極東侵攻支部第三航空隊 現在未確認航空機を視認している』
『型はF-177ナイトホーク えぇ、中に邪気反応が どうしますか?』
ガシュンッ
『え… な、何だ、何だあれは!? 形が…F-177が変形していきます! いえ…縮んでいきます!』
「…聞こえてるわよ、まあ通信の傍受くらい簡単なんだけど」
しかしピアノは通信回線はOFFにしてある為向こうには届かない、相手が慌てた様子を聞いてほくそ笑む
プシュウ キュイイン キン、ガコン、ガチャ ウィィィン…
F-177、ピアノは羽根を縮め、コクピットを小型化し、エンジンを入れ替える
普段より変形がゆっくりなのは、レイが乗っているからだろう
『あぁ…そんな…!』
「これで、対等ね」
『…F-177が、F-22に変わりました 本当です!あの戦闘機は…能力のものです!』
「今更気付いても遅いわ さあ、天使とダンスよ!」
「……な、何を調べるかはだいたい予想がつくな。「J-108」の本棚を探してみるといいぜ。
俺の秘蔵秘密コレクションだが、特別に使用の許可を与えよう。きっと役立つはずだから」
「いいの?『大学』の機密保持規約とかに抵触しまくる気がするんだけど……」
鷹逸郎が金色に煌めく何かを懐から取り出し、差し出してきた。それは見るからにコッテコテの趣味で構成された装飾鍵。
ステラも生前は数世紀前の王立研究院で嘱託探求者の地位にあったから、その不可侵性を重々承知している。
『大学』という施設は当時存在していなかったが、研究機関である以上外部の人間においそれと見せて良いものではないはずだ。
(それにしても凄い飾りだね。わたしの頃はこんなの司祭クラスでないと使えなかったなぁ――)
なんとなしに過去が想起される。王宮に召抱えられ、探求者として研究に没頭できた日々。人工邪気眼の施術はアルカナ参入後の為
当時は無能力者であったが、古代の優れた術式使いとして武闘派の名をも馳せていた。あの頃は魔力切れでよく戦闘不能になっていたが。
そんな望郷の念に駆られていたステラは、故に鷹逸郎に押し倒されるまで、接敵に気付くことができなかった。
「…………ッ、う、おおッ、おおおおぉおおおおおおおおぉおおおおぉおおッッ!!!」
「――ッきゃあ!?」
情けなくも短く悲鳴を挙げたステラはそのまま地面に倒される。不意に空を見上げた視界に、縦断するように一条の力が駆け抜けた。
視覚に優れたステラは視えた。晴天を貫き、彼女の傍にあった時計台を、真鍮製の耐久に優れたそれを容易く切断した威力の正体。
(――『鎖』ッ!!)
まるでバターにナイフを入れるが如き手応えで時計台を蹂躙した鎖は、そのままそれを放った繰り手の手元へ帰っていく。
金属の擦れ合う音だけが風に混じり、返って来た鎖をその手中に収めるのは男。ステラにとっては見たこともないような風体。
前髪が大砲のように迫り出し、鬼をオマージュしたかのような剃り込み。やたら丈の長い上着は、何故か裾が襤褸のようだった。
「よォ”まっ黄っ黄”、男連れでデートの予定でも入ってたかァ? 悪ィがそいつァキャンセルしてくれよォ」
その獰猛に開いた口腔から飛び出した言葉は、ステラにとって鬼門になり得るある人物を思い起こさせた。
大アルカナ『悪魔』――ステラの首に下がった遺眼の創り主であり、彼女が始めて行った同胞殺しの対象。
ステラがアルカナを裏切る原因となった張本人であり、誰よりも彼女を愛した凶戦士。
「なンだァ?呆けた"顔面《ツラ》"しやがってよォ!これからヤり合うってのにそんなんじゃァ……"劣情《モヨオ》"さねェなァ!」
「…………ッ!!」
ステラは無言で立った。あの男に向かって口を開けば、胸の内に溢れそうになる感情を肯定してしまいそうで。
そこまでは、堕ちない。
「なにしろこれから大事な大事な用事がひかえているんだ。それまでにさっさと片づけてくれよ、ステラ」
隣で同様に立ち上がった鷹逸郎が不敵に言う。ステラもそれに答えるように強く笑った。
「握手会はいつからだっけ?――十分、一眠りしてもおつりが来るよ!」
挑発しながらステラは両腕を鋭く拡げた。気付けば辺りに人影はなく、それどころか薄い膜のような結界で一帯が隔絶されている。
おそらく敵は組織――計画的にこちらを狙ってきた。目的は今のところ不明だが、問答無用で攻撃してきたことから殺害も含めていると見ていい。
「――暁光眼:【ニードルバインド】ッ!!」
拡げた両腕の周りに光を凝縮した槍が無数に展開される。それらはまだ鎖を振りかぶっていない襲撃者目がけて狙いあやまたず集中する。
光速で射出されるそれは、一瞬の回避も許さず男を磔にするだろう。そのはずだった。
「あァ?"また"それかよ黄色ォ!てめーの攻撃なんざいくら早くても一直線すぎて――この通りよォ!!」
しかしてそれは叶わない。ステラが光槍を射出するより早く鎖が閃き、光速で飛来するニードルバインドへと叩き込んだ。
快音が連続する。次の刹那に見えたのは、ニードルバインドが一本残らず細切れにされて霧散する光景だった。
「そんなッ……光で構成された槍をどうやって!?」
驚愕に目を見開くステラだが、言う傍から飛んでくる鎖を躱すのに思考を塗りつぶされ、推測が纏まらない。
そんな彼女を嗤いながら、しかし男はあっさりと自らを明らかにした。
「教えてやるよォ――俺はコードネーム『プロブレム』。てめえの"古巣"、アルカナの本部を聞きに来た。
ああ、答えなくてもいいぜェ、手足ぶった切ってからゆっくり聞いてやんよォ。邪気眼使いはそう簡単にゃ死なねェんだろォ!?」
「アルカナの本部……!?」
それは彼女の第二の故郷とも言うべき場所。『世界』の名の下に集まった邪気眼使い達が、その活動をする上で宿とした場所。
私物を置いていたわけではないが、ステラにとっても浅からぬ思い出を持った場所であり、無意識のうちに思い浮かべた所在は――
『ふーん、なるほどなるほどー。"そこ"にあるんだね』
突如として頭の中に少女の声が響いた。やられた、とステラは即座に理解した。思考傍受、あるいはそれに準ずる能力。
キーワードを質問することによって脳裏に浮かんだ記憶を盗み見られた。おそらくどこかに仲間がいるのだろう。
『ご名答ー!ボクは『デバイス』、そこの『プロブレム』のバックアップで尋問係だよ。ボクの能力は戦闘に向かないからねー』
「オッケェオッケェ、これで俺達の目的は完遂。だがついでに殺っとくかァ?邪気眼使いなんざ野に放っとく理も利もねェ!」
『そだねー、"調律"も最近は大人しいし、ここで邪気眼使いの首でもお土産に【楽園教導派】の名を上げとこうかー』
「ッ!!――できるものならッ!!!」
ステラは腕を前に出す。指で鉄砲を形作り、指先に邪気を集中させ――光に換えた。極限にまで細くした光条は不可視のまま対象を穿たんと迸る。
だが、
『はいはーい『プロブレム』、二時の方向から見えないレーザー来るよー』
「合点承知ィ!」
軽く身体を捻っただけで躱された。思考が漏洩し、不意打ちが不可能である。
多彩な近接攻撃と防御性能を持つ『プロブレム』と、相手の心を読んで攻撃を察知する『デバイス』。
なんとも効果的に能力を組み合わせてきている。かつてないほどに厄介な二人組だった。
「――オラオラぼさっと突っ立ってるとぶった斬るぜェ!」
再度鎖が飛んでくる。対処法が分からないステラはやっとのこと紙一重で躱し、そのまま攻撃に移ろうとして、
「『リッパートリッパー』……"切れ味"は風圧にも付与されるゥ!」
風が肩口を切り裂いた。出血もそこそこに、ステラは相手の能力の本質を理解する。
あらゆる物に切れ味を付与する異能。邪気眼や術式とはまったく異なる体系の能力であり、構造はシンプルでそれ故に強靭。
「――鷹逸郎さんッ!!」
迫り来る鎖を捌き、その度に傷を増やしながらステラは共闘者へと呼びかける。
「思考を連結する能力者がいるのは気付いてる?たぶんそっちにも語りかけてきてると思うけど――どうにかして黙らせて!!」
天啓の如く閃きそうな攻略法。まだステラの中でも開花していない思考。考えが纏まってしまえば、対策法をそのまま敵に渡すのと同義。
だから先に、読心能力者の方をどうにかして押さえ込む。そのためには臨戦の場に居ない鷹逸郎の協力が不可欠だ。
「心を読むそいつさえ潰したら、あとはどうにかして考えよう、プロブレムを叩き潰す方法を!」
『甘い甘ーい、それより先にそっちの男の人をボクが潰せばいい話だよねー』
「そして俺がてめーを潰せばスッキリ終わりだなァおいィ!?」
プロブレムが吼えながら、懐から何かを取り出して放り投げた。歪んだ日光を受けて輝くそれは――飲料水のボトル。
嵐の如く吹き荒れる鎖の乱舞の中で、それだけがゆっくりと放物線を描きながらステラの上へと飛来した。奔る悪寒は現実へと確定する。
「――まさかッ!!」
「遅ェ!!」
鎖がボトルを切断する。"切れ味"を付与された水飛沫が、ボトル一杯分瀑布の如くステラの頭上へ降り注いだ。
(白衣の男がぶらぶらと、並木通りを抜けるように歩いていく)
……ふむ…間も無く時間か。
彼…「結城教授」は何処にお出でかな…と?
(ふと足を止め、結界を張るための魔道アンテナが作動している事に気づく。
わざとらしいほどに人の気配のない目の前の一区画を見やり、それから通信機のスイッチを張った)
……こちら「影探」のシェイドですが…学長、これは───?
…ほう!侵入者…なんと…「楽園教導派」ですか。
ふむ…いいでしょう、幸い私が結界付近まで来た所です。
ステラ=トワイライトとやらの監視は私…「影の守人」にお任せを。
(交戦は確実な抹殺を前提に───その言葉とともに、通信が切れる。
白衣の探求者は通信機を懐に戻すと、結界を越えてゆらりと進み始めた)
しかし…引き受けたはいいが…監視、か。
少し苦手な分野ではあるな…。願わくばその連中が私の興味を惹くような人材でない事を願うばかりだが……
それも戦闘…ふむ、地上での監視は限界があるな。ここは何処かへ登って、高みの見物と参ろうか。
(そう言って手近な建物に駆け込む。刹那、時計台が崩れ落ちる音が建物の向こうから聞こえてきた)
…もう始めているのか。急がねば。
(横に三人も並べそうにない小さな階段を影走りで走り抜ける。
そのまま3階まで一気に駆け上がり、「廊下を走るな」の張り紙を風でたなびかせる程度の速度で窓際まで距離を詰める。
窓の外には裏の少し開けた雑木林。多少の高さを用いた事もあり、そこからは「楽園教導派」と「ステラ=トワイライト」と思われる人物、
そして何故か結城鷹逸郎教授ご本人がとてもよく観察できた)
……っ!?
(日頃より「感情すら研究素材にした男」だの「アルティメット・マッド・サイエンティスト」だの言われつづけてきた悪辣教授・シェイドでも、
この時ばかりは流石に言葉を失った。人払いの術式は完璧。だというのに、何故────!)
何故────“ド凡人”の、結城教授が、そこに、いる!?
(彼はその状況に興味を持った。瞬間、思考と憶測の海が目前に広がる)
《結城教授──以下Yと略す、は既にこのような「非常識的戦闘」と出くわした経験があると仮定できる。
Yと言えば非力な一般人であり、ただ邪気に関する知識と論文は無能力者のそれとは思えないほど優れている。
故にY氏は今現在の彼らの異能の力を邪気眼であると正しく理解している可能性が非常に高い…!?だがそれは解決には結びつかない…
先程の光景──あの黄色い女をY氏がかばった事から、彼女とY氏は親しい間柄にあると推察できる…。
黄色い女は敵対者の人数から考えて我が標的ステラ=トワイライト以下S氏…と仮定。Y氏はS氏と関連し、S氏は見るからに邪気眼使い…》
つまり───は───。
(と、そこで溜め息を一つつき、感心したような瞳で結城教授を見つめる)
────なんとまあ、彼もまた開けていたという事か。非日常へ誘うパンドラの箱を────。
全く…これだから「人間」観察は面白い…!クックック…さて、異能力者二人のこの状況、噂の二人はどう切り抜けるかな…!?
(口元を手で覆い、愉快でたまらないという風に笑う。その後ろの女子トイレからは、ちょうど黒野教授がもそもそと出てきたところだった)
「サプライズが必要だと思うの。」
『突然そんな事をおっしゃっても反応に困るのですが。』
身長ほどもある金髪が見目麗しい三千院家の現当主、セレネ三千院の思いつきに対し、執事のリクスは即答した。
「飢餓感をあおるだけじゃファンの心はつかめないのよっ!!」
『小さい会長みたいな教訓はいいので、初めからよくわかるように説明していただきたいのですが。』
というわけで見せられたのは1枚の世界地図。ところどころにダーツが刺さっている。
いわく、ダーツが刺さったところが「アイドル」セレネの今回のファンサービスの会場候補なのだそうだ。
マリアナ海溝に刺さっているのは気のせいだろうか。それと、地図に届くことすら適わなかったダーツは何であろう。宇宙?
「とにかく、この計13のポイントのそれぞれについて、そこでファンサービスが行われるという情報をインターネット上に流したの。実際行くのは1つだけだけど。」
『こんなことが許されるなんて、流石超売れっ子アイドルセレネ様ですね。』
「そうでしょーすごいでしょーって、今なんか違う意味を込めなかった?そうよね、そうに決まってる!」
『いえ、続きが気になるのでお嬢様は説明をどうぞ。』
「もう、このあたしが懇切丁寧に説明してあげてるんだから邪魔しないでよねっ!」
確かに今回は馬鹿にしているのがありありと分かったのは拙かったかもしれない、などと内省するリクスを半ば置いていきつつ説明は続く。
「そしてじゃーん!これが世界最強の量子コンピューター、『アクアン』ちゃんです!!
これが13のポイントからランダムに1点を指し示します。それが今回の会場っていうこと。」
よくわからない数式が液晶を埋め尽くした数秒の後、ある1点が表示された。
東京、秋葉原。そこは日本在住のセレネにとってはとてもなじみの深い場所であり、気候的にも候補地の中では一番すごしやすそうであった。
『場所の選定に作為を感じます。』
「あたしはデフォでツキまくりだからこういうこともよく起こるっていうだけでしょ。とにかく、今からここにいってくるから。」
『マリアナ海溝へ向かったファンはどうなさる御積りで。』
「世界経済の復活に一役買っていただこうかしら?」
『どちらにせよ、Yウイルスの危険のある現在、そんなことに集まる人間など居ないと思いますがね。』
「そんなことって何よ、失礼ね!まあいいわ。あたしのカリスマ性を見せてあげるんだから!!」
(それに熱狂的なファンだけじゃなく、こんな状況でも聞きに来てくれるような『愚者』にも会ってみたいしね。)
「それより、あなたも準備はできてるかしら。あたしをよく思ってない「老人たち」も動いてるし、ここからは先手先手が取れないと、あなたの命も危ういわね。」
世界貴族、三千院家も1枚岩ではない。むしろ一代、たったひとりの人気取りで曲がりなりにも世界のシンボルの位置に至ったセレネは、
連綿と続く三千院家の歴史の体現者たる「老人たち」には却って快く思われていないところもある。
その中には「世界基督教大学」と仲の良い者もいて…
「というわけで、いってきまーす&いってらっしゃーい!!」
『Yes, Your Majesty』
こうして、ちょっと飛んでるお嬢様と黒執事の楽しい楽しいお出かけタイムが始まった。
「言語そのものが、とんでもないマイナーというわけではありません。
ただ時々、丸で頓珍漢な方言だか訛りだかが飛び出しますから……。
それにさえ面食らわなければ、ある程度、語学に通じる人間なら、
通訳に然程の難を覚える事はないでしょう。」
鷹揚に応える男性言語学者の語り口は、品が良い。
研究室に篭っていた所、例の眼鏡の医務担当員に、
無理に引っ張り出された上、こうして医務室で、
まだベッドを離れない得体の知れない男と対談させられているというのに、
不機嫌だとか邪険だとかいう雰囲気を、どこかへ振り落として来ている。
その器の大きさに恐れ入ったためか、単なる生来の性質ゆえか、
眼鏡男は、微笑を顔に貼り付けて、へこへこ頭を下げていた。
「色々状況を説明しておきました。
救命にも、まあ、感謝しているようです。」
「いやあ、そうでなくては、私の方も甲斐がない。ははは。」
「ところで……。」
と、学者は眼鏡男をパーティションの向こうへ促す。
言語難民の自由野郎――得物を失った彼に、騎士の名は似合わない――
はほったらかしにして寝かせておき、背のない、回転式の黒い椅子に、双方腰を下ろす。
「彼、何だか探し物があるようですが。」
「ああ、武器ね。バカでかい剣でしょう。あれは危険物なので押収しました。
気絶してるくせに、やたらガッチリ握ってましてね。
手首ごと切り離すかとも考えましたが、止しておきましたよ。
その内、私なりに苦心して引っぺがしました。」
「そこまで大事に……まさか、魔剣?」
口調を深刻に浸した学者に対し、医務担当は相変わらずの暢気で応える。
「確かに、刀身に魔力反応がありました。しかし可分離性です。
剣そのものが特殊ではなく、あの男がエンチャンターなのでしょう。」
「それにしては、凄まじく筋肉質だったが……。」
「呼称が気に入らないんですか。じゃ、魔法剣士としときましょう。
そっちの方が、どことなく肉付きが良い。」
どうにも、割り切れない空気が流れていった。
「剣を彼に返さなくて良いのですか。」
「いやあ、それが、あれを気に入ったと言う人がいまして。
金と引き換えに譲り渡しました。もう私の意志の及ぶところじゃありません。」
言語学者は唖然とする他ない。
「盗罪ではないですか。」
「構内にクジラ包丁を持ち込む人の事情など、知りませんね。」
眼鏡のレンズが、時を得顔にきらりと光る。
しかしそれは、理知の輝きと言うより、単なる喜劇の部品だった。
「正直に、そこのところを彼に教えた方が良い。トラブルの元です。」
眼鏡男は反発しない。やがて学者は、パーティションを回り込んだ。
「あ。」
「あ?」
医務担当が後に続くと、ベッドはもぬけの殻、
空いた窓から吹き込んだ風が、レースのカーテンと戯れていた。
「「あーあ。」」
「……ん。あれは確か……シェイド教授、だったかな」
便所飯を切り上げた黒野がもそもそと廊下を歩き始めた直後、
その人影は視界に映った。世界基督教大学教授「シェイド」。
学内で「アルティメット・マッド・サイエンティスト」と揶揄される
有名人である彼と黒野は、同じ大学の教授であるにも関わらず会話すらした事すらなく、
その上、友人や学生の思慕の無い黒野は彼の噂すら聞いた事が無かったが、
黒野が読んだ研究レポート等で時々名前を見る事があったので、名前は覚えていたのである。
そして、そのシェイドは今、窓を覗きながら妙に嬉しそうに笑っていた。
(……さて、どうしたものだろう。今のこの場所にいるという事は、
シェイド教授は一般人では無いという事だ……しかし、私の研究室に
行くにはシェイド教授の傍を通らなければいけない……弱ったな)
そんな状況に黒野はトイレの前で立ち止まり、思考し始めた。
……一見通常の光景に見えるだろうが、今黒野が行っている思考は間違いなく異常だった。
何故なら『隔絶された空間という異常事態において、異能の力を持つであろう
人物と出会ったにも関わらず、一切警戒する様子を見せていない』のだから。
そして、そのまま数秒が経過し――――
「……」
黒野は、普通にシェイドの背後を歩いて通過しようと試みていた。
のそのそと歩く様子からは、気配を消そうという意思すら見られない。
……どうやら、自分のコミュニケーション能力と今の状況を鑑みた結果、
自然体で通過するのが一番バレないだろう、という訳の分からない結論に達したらしい。
そうして、黒野は通過をすべくシェイドの背後へと歩いていく……。
「遅えな、教授」
「村山センセだっけ?遅刻なんかしたことなかったのになあのおっさん」
考古学の教室は騒然としていた。欠勤は愚か一秒の遅刻もしたことのない考古学教授が、授業開始を10分過ぎても現れない。
よもや東京中に蔓延している謎の微粒物質『Yウイルス』にでもやられたかと憶測飛び交う中、突如として壇際の扉が開き、男が飛び出してきた。
フードに包帯ぐるぐる巻きという宗教か狂人か二つに一つといった風態の男の顔に覚えがあり、ヨシノは咥えていた野菜ジュースのストローを取り落とした。
(結城教授……だと……!?)
『邪気学』の専門教員であり、ヨシノ達とさほど変わらぬ年齢でありながら教鞭を執る何気に末恐ろしい男である。
本来一学生たるヨシノとは学内で見かけはしても係わり合いになることなど皆無なこの結城教授だが、先日の『創世眼事件』で思わぬ関係を得ることとなった。
すなわち、共に世界を救うため戦った仲。直接共闘したわけではないが、アスラやステラの紹介で経験を共有したりもした。
そんな知り合いの不意な出現にヨシノが面食らっていると、彼は更にとんでもない行動に出た。
「自習!!」
「「「「えええええええええええええええええええ!!!!????」」」」
大合唱。そんな突っ込みの付和雷同に目もくれず連絡先だけ書き残すと結城教授はさっさと教室を出て行った。
後に残るのは調和の余韻と今後の懸念。唐突な事態に眼を白黒させていた学生達も、現実を認識して再びざわめき始める。
「どーするよ?」「どーするったって」「自習なんだし、ねえ?」「そりゃ自習ったらやることは一つ」「せーの、」
「「「帰るか」」」
2限開講まで随分と時間が空いてしまった。学生達は自主的にそそくさと荷物を片付け、教室から引き揚げていく。
ヨシノもその例に漏れず、彼のとった講義は3限からなので、昼飯ついでに一旦家へ帰ることにしたのだった。
【20分後:大学構内】
「買ってしまった……」
何の因果か、ヨシノは大学構内の廊下で巨大な刀を抱え、壁に背を張り付けて嘆息していた。
すぐに帰ってもよかったが、友人達と別れた後にはたと書店への用事を思い出し、購買の書店ブースへと足を運んでいたはずだった。
それが、何故か大学職員が巨刀を引き摺っているのを目撃し、しかもそれを金銭で譲ってくれるというのでついつい財布が緩んでしまった。
「なんに使うんだよこれ……?」
実に巨大な片刃刀だった。背の高い方なヨシノですら背負うのも困難で、気を抜けばもたれかかっている今でも押しつぶされそうだ。
鯨用の解体包丁を想起させるような形状をしているが、それにしたってもうちょっと節度の効いた大きさをしているだろう。
然程高額ではなかったにしても決して安い値段だったわけではないが、今のヨシノは懐具合が相当裕福だった為即決である。
「魔獣でも解体するのか?確かによく切れそうではあるがな、視たところ魔力を秘めているようだし」
よくよく考えれば大学職員が魔刀を廊下に引き摺っているなどと熱病のような光景を見た瞬間に回れ右をすべきだった。
非現実的にも程がある。しかし魔刀のビジュアルがヨシノの中に眠る男の子スピリッツに火をつけてしまった。
男というのは往々にしてコレクター精神を持ち合わせているものである。ミニカー然り、王冠然り、トレーティングカード然り。
「とは言っても今回はやりすぎたな。うーむいい加減自制しないと身を滅ぼしそうだ」
刀を抱きながら呟く21歳独り身の男は、何故だか人っ子一人いない廊下で本日何度目かの溜息をついた。
どこかの学校の構内で若者が巨刀と戯れている頃
漆黒の太刀を腰に提げる見た目以上に若い27歳の女性は戦闘機の中で窮屈そうにしていた
「………」
ピアノがF-22になり、コクピットはとてつもなく狭くなってしまった
自分には無意味な計器類がチカチカと瞬いている
「なあピアノ…この計器類はいらないだろ…」
狭そうに体を捻る、想像以上に狭い戦闘機のコクピット
「まあどうせ『気分がでるから』とでも応えるんだろう」
はぁ、とため息を一つつく
さっきからレイの体はピクリとも動かない、ロールや急旋回を行う戦闘機の中で遠心力に振り回される事無く上身を固定している
しかもそれは彼女が無意識のうちにやっている事なのだ
これはエンパイアステートビルの屋上でも見せた、あんな不安定な足場で強風に煽られることなく立ち続けていた、驚くべきバランス感覚
長年の努力が編み出した彼女が開花させた能力の一つである
彼女の強さは、すべて努力の賜物であった 生まれた時はなんの能力もなく、その後も何の能力も発現しなかった、ただの人間
両親の他界後、彼女は血の滲むような鍛錬の末にこの強さを手に入れた、否 まだ鍛錬は修了していない
彼女は日に日に強くなっていくのだ 強い者と戦ったり、死地を乗り越えたりしながら その力を上げていく
「………」
ふと、レイは黒爪を取り出した、目の前には敵機がうろちょろと飛び回っている
その中の一つを、彼女は目で追う
「夜刀【闇討】」
「―――《具現》」
ザクッ
背筋の凍るような音と共に、目の前でF-22が
真っ二つに割れた
否、斬れた
それを見ていた者はこう言うだろう
「いきなり空間に黒い刃が現れた」と
「…まあまあか」
断面が光沢を放つほど鋭く斬れたのを見て、レイは満足そうに頷いた
人の姿が全くないはずの廊下
そこに不思議、いや非現実、非常識な人影があった。
ブロンドのながい髪、アイスブルーのようなマリンブルーのようなふしぎな氷青の眼。
人形のようにととのい、白雪のようになめらかで白い素肌。
ちょうど十歳時ほどの体型をした美少女が歩いている。
だが問題はそこではない。彼女の服装だ。
いや、服とよべるものは全くない。隠しているのは長いきれいな髪だけ。
つまり全裸のようじょが校内を平気な顔で歩いているのだ。
そんなことも全く気にせずに、少女は一人つぶやく
「だれもいない、なぁ・・・」
やけにねっとりとした喋りだった。
彼女は廊下に人影を見つける。
なんだか生徒がもつにはでかすぎるなにかを背負っているようなきがする、が、人でもない彼女にその疑問はわかなかった。
そう、彼女は先日この大学で自由騎士と交戦した冬将軍本人だった。
さて、なぜ青年だった彼が全く体格の違う、しかも雌の姿をしているか。
それはあまりにも姿を保つための力が足りないからである。
実際彼は目覚めたばかりでこれから少しずつ足りない栄養、人でいう朝飯の前に自由騎士と戦ってしまった。
しかもかなり本気でたたかってしまったために、魔力不足を起こしてしまった。
それでは歩くこともできない、だから彼は器を小さくした。そして油断させやすい雌に性別を変えた。
その選択は生物が生き残る上での環境の適応のような、本能的なものである。
冬将軍はぺたぺたと巨刀を背負った生徒に近づき、話しかける
「お兄さん、なにしてるの?」
『アルカナ』本部の門を前に、ユルゲン・ピアースは右往左往していた。
「いやはやどうしたものか……。やはり粗品の一つでも用意しておくべきだったか、いやしかし万一お気に召さなかったらそれこそ……」
俯き顎に右手を添えて、彼はぶつぶつと独り言を零し続ける。
筋骨隆々のどでかい図体が物憂げな表情でうろうろと歩き回るその様は、
傍から見れば随分と異様にして不気味な光景だろう。
「……む、いかんいかん。また『私』が出てきてしまったか。まったく『彼』ならば、このような弱気な悩み事などしないだろうに」
けれどもふと気が付いたようにそう呟くと、ユルゲンは目を瞑り首を左右に振った。
眉間には深く皺が寄せられて、彼の自己嫌悪をありありと示している。
「そうとも。彼ならばきっと、こうしたに違いない」
目をきっと見開き、両の手を握り締め拳を形作る。
彼はそれを体の前で軽く二回打ち付けると、
「だから『俺様』も! こうするまでよお!」
目の前に立ち聳える堅固な門に全膂力を以って、右拳を叩き込んだ。
同時に、彼の目が赤く煌く。
目から迸る紅の邪気は彼の拳に宿り、『一級』品の破壊力を顕現した。
拳を受け、門に亀裂が走り、それは宛ら波紋のように広がっていく。
縦横無尽に刻まれる皹は留まらず、瞬く間に門の端々にまで行き届き――堅固と重厚を誇った門を、瓦解せしめた。
砕け散った門の破片が散り、辺りに土煙が立ち込める。
「し、侵入者だ! 邪気眼使いだぞ! 全員で掛かるんだ!」
煙幕の向こう側から間隙を置かず、各々武装した小アルカナがわらわらと、
門に代わって侵入者を阻むべくユルゲンの前へと駆けつけて来た。
「おーおー、こりゃまたわらわらとおいでなすって……。相手すんのはちっとばか面倒くせえなあ」
刻一刻と増え続け群がる小アルカナ達を、ユルゲンは細めた双眸で『一望』する。
可視範囲を広げて辺りを観察するに、彼らを全員打ちのめすと言うのはどうやら骨が折れるようだった。
よって、次にユルゲンは自らの脚へと視線を向けた。
太く、けれども引き締まった両足だが幾らなんでも、
数十――ともすれば百に達するかも分からない小アルカナの壁を突破するのは不可能と言うものだ。
「んー、まあ……流石に使わず切り抜けようってのは甘えってもんか。しゃーねえ」
言葉と同時、再度彼の両眼から邪気が漏れる。
それを纏うのは彼の両足。
能力が発動した事を確かめるとユルゲンは二三度その場で軽く跳んで、
「あばよ有象無象諸君! 俺が心優しいナイスガイでよかったな!」
次の瞬間、彼は小アルカナ達の遥か後方に立っていた。
唖然とした表情で、小アルカナ達は一様に背後を振り返る。
「おいおいどーしたよ、そんな顔して! 言っとくが催眠術や時間を止めたりした訳じゃないぜ!?」
ユルゲンが行ったのは、単純な跳躍。
ただ邪気によって『一品』の脚力を付与された足で、地面を蹴っただけなのだ。
その証左としてついさっきまで彼がいた場所では、地面に不自然に抉れた穴が開いている。
「さあて、あとはここのお偉いさんに面見せするだけだな。んじゃ、さっさとご挨拶に向かうとするかねえ!」
言葉が終わらぬ内からユルゲンは駆け出した。
邪気を纏う彼の目にはアルカナの上層部、即ち『大アルカナ』達へと通じる道が見えている。
迷う事無くその『一本』道を辿ると、彼は再び重厚な、しかし今度は木製であろう扉に辿り着いた。
扉を前にしてユルゲンは一度直立不動の体勢を取り、それから二回、扉を軽くノックする。
細やかな気配りは無意識に『私』が出てしまっている証拠だが、
それは『大アルカナ』を前に興奮し切っている彼には気が付いていないようだった。
ノックを終えて扉を開けるとまず、『吊られた男』と、ユルゲンの視線が交錯した。
『吊られた男』は彼を見ると笑みはそのままに一瞬硬直して――不意に、何らかの能力によってか扉がぱたりと閉ざされた。
「……って、おいおい! 何で閉めるんだよ!」
今度は何の遠慮も無く扉を叩き開けて、ユルゲンが叫ぶ。
無論今の今まで、『大アルカナ』達が組織の行く末を見据えた会議をしていたなど知らずに。
場を乱された苛立ちからか彼ら全員の視線が彼に集中するが、物怖じするような様子は一切見られない。
随分と空席が目立つ円卓に視線を走らせて、彼は顎髭を弄りながら口を開いた。
「いいか、単刀直入に言うぞ。俺を『アルカナ』に入れてくれ。
見たとこ欠員もいるみてえだし、丁度いいだろ? そうだな、どうせなら『魔術師』の座を頂きたいねえ。
何たって魔術師は始まりのカード、『一番』目のカードだからなあ」
返事を待たず、あまつさえ『大アルカナ』の座を頂戴する事を念頭に置いてユルゲンはぼやく。
数秒の間を置いて、己の思考の暴走を彼は自覚した。
「っと、まあ流石に力も明かさずに仲間になろうなんて虫のいいこたあ言わねえよ」
丁度よくユルゲンを追いかけて、背後には小アルカナの集団が迫っていた。
彼は身を翻すと彼らを睨みつけ、再び邪気眼に力を込める。
「おいおい、何やってんだお前ら。俺はお前らの『一員』だろ? 仲間に武器を向けるたあ一体どう言う了見だ?」
彼の言葉に小アルカナ達は一瞬制止する。
そして、
「……そう言えばそうだな。何やってたんだ? 俺ら」
「おいおいしっかりしてくれよ。んじゃ、さっさと持ち場に戻った戻った!」
そのまま武器を収め、全員がユルゲンの言葉通りに帰ってしまった。
小アルカナ全員がいなくなり、彼は再度大アルカナ達に向き直る。
「……と、まあこれが俺の『唯一眼』さ。つっても詐称やその類じゃあないぜ?
と言う訳でもう一つ、俺がおたくさんらの本部、つまりここを突き止めたのもこの眼のお陰だ。
迷う事無く『一本』道でここまで来れたよ……と、そろそろ勘のいい奴なら分かるだろう?
俺の『唯一眼』は『一』から始まる単語なら物、現象に関わらず顕現出来るのさ」
説明が終わり一呼吸の間が空き、ユルゲンの口が再び開かれた。
「んで、どうだい? 自分じゃ結構便利な眼だと思ってるんだがよ。おたくさんらは俺とこの眼をどう思う?
必要な人材かい? それとも……不要な侵入者かい? どちらか『一つ』選んでくんなよ」
これより一番うまいラーメンの具選手権 決勝戦を開催する
1 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:42:20.03 ID:Hg/ERWbl0
いい加減にしろクソ政府
コミケまでに外出規制解けなかったら末代まで恨むからな
2 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:43:01.88 ID:TEyZpyJ30
末代(笑)
3 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:43:03.64 ID:bZI5XlIB0
さっきからスレが立っては消されの繰り返しだな。陰謀のヨカーン
4 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:43:05.02 ID:pTkkQxM+0
ま た 冬 厨 か
5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:43:36.46 ID:aa8ehEQZO
>>3 ほら満足しただろレス乞食
6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:44:07.17 ID:UZTq7r8wO
この事態は明らかに異常だろ・・・
インターネットまで情報統制しようだなんて普通じゃないわ
これはマジで陰謀あるかもね
7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:44:19.70 ID:Hg/ERWbl0
はやく解除してくれーーーーーーーーー
8 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:44:47.19 ID:M7o5EjkG0
悪魔
9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:44:56.05 ID:jyKplg4o0
>>6 はいはい陰謀論陰謀論
そういうのはチラシの裏にでも書いてろよ
あ、チラシがもったいないか^^;
10 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:46:03.09 ID:Hg/ERWbl0
霊夢ちゅっちゅ
11 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:46:09.23 ID:QOg4F0yeO
私もこれはさすがにおかしいと思う
外に出て確認してみたいけど、なんか軍隊っぽい人たちがいて怖い…
12 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:46:27.79 ID:6NNWOhBA0 ?2BP(4)
邪.気. がキーワードだな .は検閲対策 そのまま打つと削除されるぞ
13 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:46:57.27 ID:2ZjepqH20
>>11 俺のとこもさっきいたわ
今はもういなくなったみたい
14 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:47:24.40 ID:QZ4HKu0q0
頭使えよ
ウィルスだなんだ言ってるのに、そいつらが防菌服来てねーのはおかしいだろうが
15 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:47:34.03 ID:/Q5KfkDq0
天 才 現 る
16 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:47:41.47 ID:z9PlZlA10
>>14 もうワクチン打ってあるのかもしれないだろ
頭使えよw
17 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:47:52.27 ID:zj3e4Run0
ワクチンはまだ完成してないんじゃなかった?
今の状況だと確かな情報じゃないけど
18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:48:05.61 ID:DhP1Oyt30
例え完成していたとしても、マスメディアで公表しないのはおかしい
つまり、挟み撃ちの形になるな
19 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:48:15.78 ID:Nt9WJyx5O
◆◆◆◆◆これまでのまとめ◆◆◆◆◆
・政府へ疑念をさしむけるようなスレタイのスレは次々に削除されている
・Yウィルスは、感染力の極めて強い新種の病原菌ということらしい
・↑が正しいなら、防菌服なしで外を出歩いてる軍隊風の奴らはおかしい
・運営板に凸→一連のスレ削除に削除人は関与していない
・自称医療関係者「新種の病原菌が発見されたなんて知らなかった」
・邪 気 が関係してる(今のところそれについての追加情報なし)
・ひろゆき「2ちゃんねるの閉鎖勧告をされたが、今のところ従う気はない」
◇◇◇◇◇VIPPERに今できること◇◇◇◇◇
・スレタイを全く関係ないものにして、削除している奴の目を欺く
・とりあえずささいなことでもいいから情報交換
・火消しや工作員に注意
・鬼女板と連携を取って情報収集
20 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 投稿日: 2009/**/**(火) 08:48:41.26 ID:RXFYLIpK0
>>19ご苦労
情報が錯綜して何が正しいのか分からない今、俺達は俺達にできることをするしかない
2ちゃんねるが一筋縄じゃいかないところを政府に見せてやろうず!
「んで、どうだい? 自分じゃ結構便利な眼だと思ってるんだがよ。おたくさんらは俺とこの眼をどう思う?
必要な人材かい? それとも……不要な侵入者かい? どちらか『一つ』選んでくんなよ」
突如として現れた闖入者は、聞いてもいないのに自らの能力を説明し、仲間にして欲しいなどとのたまった。
彼にとって不運な要素は2つ。アルカナの進退を決める重要な会議を中断せしむる行為に及んだことと、――『魔術師』の名を出したこと。
「――いきなり現われといて何ほざいちゃってんだおいィ!?トバすぞコラ、4000mダイブしてみっかァ!?」
真っ先に噛み付いたのは『皇帝』だった。突然の事態に硬直していた他の面子も、その眼差しを唖然から敵意へと変えていく。
ご多聞に漏れず大アルカナは各人が一個大隊に匹敵する戦闘能力の持ち主だ。一触即発の猶予は闖入者の余生に等しい。
座ったままでも邪気眼使い一人消し去るのは容易い手練達の中で、一人だけおもむろに立ち上がる影があった。
「僕が出よう――会議は続けてくれてて構わないよ?」
『吊られた男』である。
誰とも視線を合わせず退廃的な笑みを顔面に貼り付けたまま会議の続行を促すと、中座した『吊られた男』は靴音を響かせながら闖入者の巨躯へと歩み寄る。
武装兵団である小アルカナ『剣』を一滴の血も流さず退散させた手腕は、アルカナに与するに足る実力の裏づけだろう。
「なるほど、『唯一眼』……なかなか使い勝手のよさそうな能力だね。どちらかと言えば君は『唯一』というより『唯逸』。
『ただ逸しているだけ』のように見えるけれども。はは、ものすごく上手いこと言ってしまったよ。大爆笑だね?」
誰も笑わなかった。『吊られた男』すらも。彼の顔からはいつしか常にあった喜色が消え失せている。
いつもの笑えない冗句を飛ばしていたはずの弁舌は、しかし次の開口で凍てつくほどに硬質な言葉を吐き出した。
「――声が大きいんだよ」
着席していた大アルカナはその位置ゆえに『吊られた男』の表情を窺い知れない。
唯一その表出した感情を向けるのは闖入者。死んだ仲間の居た場所を奪いに現れた新参者。
間違っているだろうか。ここで心に爪を立てるのは。自分以外の矜持の為に、限られた熱量を費やすのは。
(これが僕なりの弔いだよ――『魔術師』君?)
「丁度良いことに君の求める『魔術師』の座は欠員が出ていてね、補充補填もやぶさかじゃあないだろう。
僕らアルカナとしても今は組織そのものがズタボロでね、一人でも多くの手が欲しいのは確かだね?」
でも。と『吊られた男』は前置きし、
「猫の手は要らない。そんな不誠実なものを借りるぐらいなら自分の手をもう2、3本生やす――僕らはそういう共同体だ。
君は『選んでくれ』と言ったね。つまるところ君は被選択者……選択権は僕らにある。相違ないね?」
肯定が返って来る。ならば、と繋げて彼は言う。
「ならば選択しよう。選定しよう。――剪定しよう」
不意に闖入者の動きが固まる。体中に棒を差し込まれたかのような感覚。指一本曲げることすら適わず、辛うじて呼吸と瞬きだけが可能。
それは不随意の硬直であり、すなわち外部からの強制拘束。眼を凝らせば見えだろう。――闖入者の体に纏わりつく幾条もの糸の束が。
「『傀儡眼』……警戒は怠らなかったのに何故、って顔をしているね。君は『扉』を二度開けた。一度目の後に僕が『糸』で閉め、二度目――
君は僕の『能力』が作用した扉に触れている。相当無遠慮な開け方だったからね、こっそり付着させるのはわけなかったよ?」
述懐する間にも『吊られた男』の指先からは邪気で撚られた『糸』が伸び、その厚みを増していく。
「ご覧のとおり僕の眼は『糸』で繋がった対象を支配する能力。今の状態なら君の腕を操ってそのラガーマンみたいな首を刎ねることもできる。
さあ、『選択』だ。ちょっとした入団試験みたいなものだと思ってくれていい。君はこの状況をどう打開する?」
表情を消したまま、『吊られた男』は考える。これが『魔術師』の矜持を護る『唯一』の方法。
泥濘の如き失意に散っていった彼に、『吊られた男』ができる精一杯の手向け。人間の代替を簡単に許容してしまえば、それは冒涜でしかない。
(この程度の逆境を跳ね付けられないようじゃ『魔術師』君の後釜に就くなんて戯言だよ?)
規制解除確認
「日本支部が襲撃された事件について、まだ記憶は新しいな。
これも恐らく新興の機関による奇襲だと、可能性としちゃ、あると思うがな。
そしてその現場から生還した『死』……目出度さ半分、憤り半分の一件ってトコだ。
ともあれだ、『死』よ……その件についての情報を、出来る限り、この場で発表して貰いてェ。
諸君、どうか謹聴を頼むぜ。」
(言葉とは、人の内的思考を外部に表すには少々不完全ではなかろうか)
(『死』ことヴィクトリアもまた人間、他者の思惑を完全に読み取ることなどできはしない)
これは間違いなくネタ振り…
「どうか謹聴を頼むぜ」、ということは恐らく『審判』は私にきっと言いたいことは全部言えって言ってるに違いない。
(ここにまた一つ、大きな誤解が生まれていたのだった)
「いいでしょう。ですが皆さんにはその前に言っておかねばならないことがあります。私の能力について」
そう、これは交換条件である。私の話を先に聞くのと引き換えに、彼らの知りたい情報も教えるのだ。やるじゃない、『審判』
「私の能力は『黄金の力』。早い話が邪気眼ではなく魔術だから邪気ではないエネルギーの源泉を要します。それが私の場合人間の命や寿命ということです」
(『審判』の意図とはある意味間逆、『死』は組織に馴染むどころか警戒心を持たせてしまうような内容である)
「それが、今のところは私には御し難いもので、『世界』がいるときは彼に抑えてもらっていたけど今はそうもいかない訳です。といっても、ほんの数時間同席する分には皆さんの寿命が目に見えて縮まるわけではないのでご安心を。
とにかく、この会議を終えたらしばらくここに来ることはないでしょう。連絡は組織の回線を使ってにしてくださいな」
これで自己紹介は済んだ。全く、『審判』には感謝である。
「じゃあ本題。私が攻撃を受けたのは…」
これで私の持っている情報はすべて引き渡した、そう思ったときにドアが開いた。閉じた。開いた。
「いいか、単刀直入に言うぞ。俺を『アルカナ』に入れてくれ。
見たとこ欠員もいるみてえだし、丁度いいだろ? そうだな、どうせなら『魔術師』の座を頂きたいねえ。
何たって魔術師は始まりのカード、『一番』目のカードだからなあ」
『魔術師』には、見えなかった。
まあ、いいんじゃない?元の『魔術師』がどんな人だったかは知らないけど、今のアルカナには数が足りない。
少数精鋭は常にリスクと隣り合わせ。さっき『審判』が語ってたご立派な目的の達成には必ず死線が見えている以上頭はそれなりに多い方がいい。
まあ、組織を離れる人間だから気楽に考えられるだけかもしれないんだけどね。
現に『吊られた男』とか大分怖い雰囲気出してるし。ギャップって恐ろしい物ね。
「運命の輪」がじっとおおきな目で入ってきた男をみていた。いや、視ていたのは『運命』である。
彼女の二つある邪気眼のうちのひとつ、「霊視眼」は運命を視ることができる。過去、未来、現在。様々な関わり。それを視ることができる。
彼女は初対面の人は必ず運命から視て、そして顔を見る。
「・・・そっかー、すごいどりょくだねー」
全く空気をよまずに、素直な感想を述べる。端から聞けばなにをいっているのか分からない。そして状況が分かっていない。
それは隣で目をあけたまま爆睡している愚者にもあてはまった。
「しけんするのかー。なにそれ?」
完全に眠っている保護者の耳には届かない。
目の前で敵機が真っ二つに裂け墜ちていくのが見える
「うっひゃあ、さすがねレイ」
今までには見た事がない技だった しばらく会っていなかった内に、また一段強さを上げたらしい
(レイは本当に会うたびに強くなるわね…そのうち私を超えちゃうかも)
ピアノがレイに惚れたのも、その根気強さと常に強さを求める純粋さに一因があった
(レイが私より強くなったら…私を襲って来ちゃったり……キャー///)
しかし相変わらずピアノの妄想力は底知れない 被害妄想ならぬ卑猥妄想である
と、そんな妄想をしている内にレイが全ての敵機を墜としてしまっていた。
「あれ?もう終わり? 意外とあっけなーい」
レイが渋い顔をしているが本人は見えてないようだ
「…とと、遅い援軍が来たみたいね」
最後の一機が翼を斬られきりきり舞いをしながら海へと墜落したと同時、レーダーに敵影が映る
F-22ではないようだ レーダーには映らないのに目には見える幽霊戦闘機とまで言わしめたF-22のはずがない
「…たった三機?精鋭かしら」
レーダーに映る影は三つ 視認でも三機の戦闘機が映る
「……見た事無い機体ね」
切り落とし三角翼にカナード、双発型のエンジンを持った二人乗り用戦闘機のようだ
外見から言ってF-22より優れているとは言い難い
「でも、たった三機で挑むって言うならそれなりに高い戦闘能力があるんでしょうね」
その言葉は、いきなり敵機が視界から消える事で実証された
「!?」
ピアノは驚く 突如相手が急停止したのだ 慌てて後ろへ視界を回すと、垂直になってその場でホバリングする戦闘機が見えた
「嘘…でしょ!?」
現代の戦闘機の形状から言ってあんな急停止の仕方は不可能なはずだ、ほぼ垂直に近い仰角を一瞬で作りホバリングする
消えたと思ったのは、あまりの急停止でこちらが追い越してしまっただけだった
「っく…!」
F-22の超機動で即座に反転すると目標を眼前に置く が
「んなっ!」
相手はそのままエンジンを切り自由落下を始めた さすがにそんな機動は予測できない
そして、一機に集中しすぎたせいか、後ろを取られてしまう
「…ふざけないでっ」
フルスロットルでブレーキをかけると相手を追い越させ、後ろを取る この時点でピアノの挙動も人外そのものだ
「さすがに後ろを取られると弱いわねっ!」
そのまま追い越した相手を追う、ミサイルの装填は完了している
「堕ちなさ い !」
が
「い!?」
なんと前方を飛んでいた相手が180度向きを変えたのだ その場で
戦車がそのばで回るように、あの戦闘機は前に進む速度そのままでこちらを向いてきたのだ
もはや技術だのなんだのといった範疇ではない、明らかに物理的な現象を超えていた
それからはあっという間もなかった
二連式の機銃の一斉掃射、避ける暇などあるはず無いしかも対邪気用の特殊弾だった
「エンジンが…切れた…!」
体の節々に感じる痛みをこらえながらピアノは何とか姿勢を保つ
「墜落する…!? まずっ…」
なんとか姿勢を保ったまま、F-22は想像以上に速く墜ちていく
謎の戦闘機は追ってこない、墜落したと思っているのか
「……どこか滑走路代わりになる場所は」
GPSを使い、広くてそこそこ長い道路を探す
「秋葉原の中央通り…!ここね」
日本の外出規制に無駄に広い歩行者天国、それを考えれば中央通りは今がらんどうの道のはずだった
セレネのサイン会があるため人(オタクドモ)でごった返しているなどと知らないピアノは、進路を調整し中央通りを目指した
そこは欧州の小国だった。郊外の草原に、ぽつりと点のように存在する建築物。
西洋建築の街屋敷――そう表現するのがあまりにドンピシャリな外観は、蒼と碧の大平原にあってあまりの違和。
にも関わらず不思議と目を引かず、注視していないとその所在すら見失いがちなのは認識阻害の術式結界でも張っているのだろうか。
保有するヨコシマキメの転移能力を利用した枢機院の長距離転移システム『箱舟』によって辿り着いた場所は、そういうところだった。
「ここか……。『デバイス』がステラ=トワイライトから引き出した情報によれば、この洋館の地下が奴等――アルカナの『本部』らしい」
「それって確かな情報なんですか?見るからに大草原の大きな家ってイメージしかわかないんですけど……」
「しゃあないだろ。あの乱痴気幼女、『プロブレム』以外にゃロクに口も開かねえもんなぁ」
「先刻から監視を続けており申したところ、巨大な体躯を持った邪気眼使いが乗り込んでいくのをしかと拝見したで候」
「アルカナにそんな奴いたっけ?いや知らんけど。僕はどっちでもいいけど。っていうかタルいけど」
「『デバイス』の送ってきたイメージデータと座標を解析した結果がここなんでしょ。『議長』も太鼓判押してたし」
「何れにせよ邪気眼使いが一人でもいるなら潰しておいて損はあるまい。では往くぞ――『楽園』の導義に懸けて」
世界政府幹部機関『枢機院』、その剣であり盾の武闘派閥――『楽園教導派』。
『創造主』に仇為すものへの刃を使命とする組織は、首領亡き後もその遺志を継がんとするアルカナを潰しにかかる。
派遣されたのは異能者で構成した『強襲部隊』、その数は6人。各々がワケありながらも神への忠誠を誓った敬虔なる信徒。
二倍以上の人数差にも関わらず戦いを挑むのは、その戦闘力への絶対の自信かはたまた狂信か。
世界の安寧と躍進を賭けた戦いが、始まろうとしていた――!!
【 NPCデータ 『強襲部隊』 】 ※名前は全てコードネームです
◇『ストレイト』
リーダー。尊大。黒スーツ。
能力:『マイルドボイルド』――硬度操作。万物の"硬さ"を操れる。付随して固体液体気体の状態変化も操作可能
◇『スマイリィ』
草食系女子。敬語。腰低い
能力:???
◇『セカンド』
似非忍者。シグルイ喋り。忍装束
能力:???
◇『シャフト』
爽やか青年。辛口。ジャージ着用
能力:???
◇『クラフト』
サブカル系女子。芸術家気質。デコ広し
能力:???
◇『スクランブル』
糸目ノッポ。面倒臭がり。魔剣所持
能力:???
◆『強襲部隊』……アルカナ本部へ派兵された『楽園教導派』のエージェント集団。
プロブレム達と違いスタンドアロンでも安定した戦闘力が出せるので、しばしば単独任務に用いられる。
(直感的に地面へと転がる鷹逸郎の背中で、樹木の左右に分かたれる轟音が響く)
(一息つく間もなく横合いへと跳ぶ。さっきまでいた場所に「何か」が炸裂して、土を抉った)
(「ステラの力になる」と決意したまでは良かったが、それきり鷹逸郎は手も足も出せずにいた)
(『プロブレム』が繰り出す猛攻の前に、鷹逸郎はおろか「邪気眼使い」のステラでさえ攻めあぐねている)
(時計台が真っ二つになった威力からして、肉体ならより簡単に「切断」るだろう)
(鷹逸郎は何とか直撃を免れているものの、それが「運」による以上不安定に尽きる)
(防御手段を講じられない鷹逸郎からしてみれば一撃すら必殺と同義。まさに、絶体絶命)
(くそッ! 一体どうなってんだよ!?)
ファイアウォール
(『世界』戦の時に発現した「対物対魔反発障壁」、《神域の聖壁》を真っ先に思いつきはしたが、)
(プレートの反応が、全く無いのである。ただの板きれになってしまったかのように)
(頼むッ、頼むよ応答してくれよ! バラッバラな死に様なんざイヤだぞ俺は!!)
『じゃあ、もうちょっとマシな死に方にしてあげよっかー?』
(……え? 鷹逸郎は思わず振り返る。当然、誰もいない)
(今し方聞こえた声は少女の声色をしていたが、そんな人影は見当たらない……それじゃあ、まさか)
『そーそー、理解が早くて助かるよ。ボクは『デバイス』。早い話が、そこの『プロブレム』の参謀役といったところかな』
(参謀役。つまり頭脳労働を担当するのがこの『デバイス』とやらで、実際の肉体労働は『プロブレム』の役割)
(つまり、元から二人で一組だった……!? こみ上げる悔しさに、思わず鷹逸郎は歯を噛み締める)
それじゃあ、ステラは2人相手に戦ってるってのかよ! そんなふざけた話があるか!!
『何言ってんのさー、――――キミがいるじゃん。』
(鷹逸郎の頭が、急送に冷えていく。…………それじゃあ、まさか)
『大正解ー。まー、よく言うじゃん。”苦しみは一瞬だけ”、って。あれね――――――嘘だから』
(少女のあどけない声色に、残虐な喜悦が滲んだのもつかの間)
(鷹逸郎の視界が、歪んだ)
……、あ………?
(まるでコーヒーのミルクをかき混ぜたような、鼻の奥にツーンとした感触が、耳が、キーンて、皮膚が、這いずり、舌が、がが、ががが、がががががががっっががががががががががががががががっがっががががあがががががが)
『ボクは参謀役だけど、拷問係でもあるんだ。”異教の猿”を捕えたとかによく呼ばれるんだけどねー。
苦痛の顔って国で違うんだよー。西欧の人も南米の人も中央の人も、みんな素敵な表情なんだけどねー?』
あ、がああぁあぁぁああぁあぁっぁあああああ!!?
(鷹逸郎の脳髄へ、目を鼻を耳を肌を舌を千切りたくなる衝動)
(「常識」の中で安穏と生きていれば、彼には一生縁のなかった苦しみと痛み)
(だからこそ、『デバイス』は敢えてその苦痛を与える。苦悶が、形相が、少女を笑顔にさせるから)
『いい。”世界の選択”の断末魔は格別だよー。聞いてる? 『プロブレム』ゥ。聞いてる? ステラァ!』
(『デバイス』は戦闘員としては末端だったが、拷問官としては極めて優秀だった)
(その能力での拷問法は”異教の猿”を屈服させ、最後には笑いながら『創造主』のクツにキスをする)
(少女にはそれが純粋に楽しくて仕方がなかった。少女は――倒錯っていたのである)
『ねー泣くの泣いちゃうの? 生まれてきてゴメンなさいって。聞いてあげるからさぁ、きゃっっはっはっはははっっはははあぁああ!』
(ステラが何か言っているけれど、大声でかき消されてしまう。苦痛に必死で耐えている大声)
(何でこんなことに。何のために地獄のような責め苦に耐えているのか。ぐるぐると渦巻く痛み苦しみ)
(アア、モウ、ワケガワカラナイ。コノママネムッテシマオウカ――――)
『ねー見て見て、ステラが死んじゃうよー! 「水飛沫」で顔面がズタズタで死んじゃうよ!
ねーねー見たいよね? お仲間が醜く死んじゃうところ見たくないのねーねー鷹逸郎くん一緒に観ようよきっと楽し』
(その時。永久の安寧へと沈みかけた鷹逸郎の中で。何かが、再び燃え上がった)
――――うるせえよ。
『…………え?』
(「切れ味」を付与された水飛沫は、ステラの頭上で降った後、――地面へと突き刺さる)
(ステラの腕を掴んで引き寄せたのはフードの青年。目深なそれは彼の表情を覆い隠したまま)
(唖然とする『プロブレム』をよそに『デバイス』は喚きだす。玩具を取り上げられた子供のよう)
『ど、どうして!?そ、そんなバカな!! ボ、わ、わたし、ボクの『ブレイントレイン』が、無能力が耐えられる苦痛じゃ…!!』
(いかに敬虔な教徒でも、五感が狂って正気のままの「人間」はいなかった)
(しかしこの男は、現に立っている。神を信じてもいない、無宗教国家に生まれたこの男は――!!)
(その時、青年が顔を上げ、――フードに隠されていた「目」が、見えた)
(少女は『プロブレム』の視覚を通してそれを見た。思考連結。青年の中へダイブ。)
(……そこには怒りもなく、悲しみもなかった。悔いもなく、憎しみもなかった。)
上等、だぜ――――てめえが他人の苦しみでしか幸せになれねえってなら
(ただ、意志があった。『ステラの力になる』<絶対の意志>。いや、より正確に言うなら)
ヤ ミ ヒカリ
―――そんな”倒錯”はッこの”意志”で撃ち払ってやるよッッ、『デバイス』ッッ!!
(紅蓮の色を強めて燃え盛るそれは、<白熱の意志>と呼ぶべきだろう)
(怯んだ『デバイス』は鷹逸郎の意識から脱出を、…しかし、上回る速さで火の手が遮る)
(『ブレイントレイン』を展開しようとするも、その前に炎がそれを焼き切ってしまう)
(何だこれは。精神干渉が全く通じない。気を取られている内に……少女を取り囲んだ、炎)
『も、燃える? 熱い、…熱い、死ぬ!! 「ボク」が死んじゃう!! あ、あ、ああああ゛あ゛あ゛ああああ
(ブツリ、と――ラジオの電源を切ったかのように、『デバイス』の声は途中で途切れ)
(……そして鷹逸郎もまた、へたり込む。隙を見せるのは危険だが、それでも立っていられない)
ハ、…ヘッ…。『世界』の<意志>に比べたら……こんなモン、屁でもねえ、……っての。
(やせ我慢を力なく笑ってうそぶく。死の寸前まで瀕していた顔で)
(死の間際にいた鷹逸郎を救ったのは、タイミング良く発動した<白熱の意志>の功績だろう)
(あのままプレートが応えずじまいだったとしたら、間違いなく鷹逸郎は――)
「……オイ、『デバイス』? 『デバイス』! どうしちまいやがッた、オイ!! 何だよこりゃァ、何しやがったてめェ!!」
悪い……この様子じゃあ、お前の足を引っ張っちまうから……、だから。
(鷹逸郎は手を振り上げると、……パシ、と、ステラの手に叩きつけて)
(知ってか知らずか、この言葉で手番をステラに譲り渡した)
……後は、任せたぜ。ステラ。……”ヤミ”を、お前の”ヒカリ”で……撃ち払って来い。
生殺与奪の権利を握られて、それでもユルゲンが抱いた感情は恐怖ではなかった。
声色、表情、視線、そして何より『糸』から直に伝えられる敵意と弔悼の情に、彼が抱いた感情は二つ。
まず『一つ』目は、感嘆だった。
噂に聞いた『アルカナ』は仲間同士の繋がりも希薄で、あまつさえ犬猿の如く忌み嫌い合う者もいれば、
果てには同士討ちさえあった、ただ頭に追従するだけの組織だった。
けれども今ユルゲンを睥睨する眼前の優男は、その風貌にとても似つかわしくない敵意を以って『魔術師』の矜持を守らんとしている。
(何でえ何でえ、随分と趣がちげーじゃねえかよう。……こりゃ『俺様』は場違いって奴か)
彼が抱いたもう『一つ』の感情、それは懐古。
『彼』もよく、相手と言葉を選ばない言動で要らぬ敵を作っていた。
相手が誰であろうと、どんな場であろうと、『彼』は決して自分を曲げようとはしなかったのだ。
そしてそう言う時に、いつも『彼』の代わりに腰を曲げ頭を下げ、間を取り持っていたのが『私』だった。
在りし日の自分と友人を思い出し苦笑が漏れそうになるが、『あや吊り糸』に繋がれた状態ではそれも能わない。
尤もこの場において笑みを零しても、まさか友好の意思表示とは受け取ってもらえないだろう。
敵意の逆撫で、下手をすれば断頭執行の切欠にすらなりかねない。
そう考えると、この状況は彼にとってある意味僥倖だと言えた。
ともかく、この一触即発の空気を作ったのが『彼』であれば。
この場を収めるのは、まさしく『私』の役目に違いない。
(噂を鵜呑みにしての無礼、どうかお許しを。『彼』はどうも場の空気を弁えない嫌いがありまして)
人格を『一転』させ、糸を通して慇懃に謝辞を述べる。
だがそれだけでは足りない。次に示し伝えるべきは、
(これが詫びとなるかは果たして分かりませんが……これが貴方々への、そして大アルカナ『魔術師』の名に対する誠意です)
そう、誠意。
今度は言葉でなく、行動で。
ユルゲンに繋がれた無数の『あや吊り糸』。
邪気によって紡がれたそれを、力尽くで断ち切るのは困難だろう。
ならばどうするか。
衣服の糸と『一体』化させるのはどうだろう。
或いは『糸』ではなく『吊られた男』自体を狙いとするのも悪くない筈だ。
体は動かなくとも眼は使える。ならば『一発』叩き込むか。
『一諾』を使って自分から糸を切るように差し向けてもいい。
だが、果たしてそれで誠意が示せるだろうか。
力は示せたとしても、『魔術師』の名を死人から受け取るに値するだけの誠意が、そこにあるのか。
(答えは『否』……! なればこそ、私は最も困難な手段を選びましょう!)
決意と共に、ユルゲンの右眼が紅に燃え上がる。
そして顕現するは『一分』の隙。
微動さえ許されぬ支配に、ほんの小さな亀裂を刻む。
(後は……私の『一級』『一流』『一品』『一番』『一等』全てを費やしたこの筋肉を以って! その亀裂を広げるまで!)
強化の限りを尽くされた筋肉が見違えるほどに肥大し、痙攣を始めた。
絶対の支配の中で緩慢に、けれども確実に。
拳を握り、全身の筋肉を隆起させ、姿勢を形作っていく。
筋肉が蠢く度に一本、また一本と、彼に繋がれた『糸』が千切れていく。
そして、
「んぬおおおおおおおおお! スァイド・チェストォオオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮と共に一際膨れ上がった筋肉が、『あや吊り糸』の全てを弾き飛ばした。
しかし、弾け飛んだのは『糸』だけではない。
彼の肢体を覆い隠していたスーツもまた、急激な筋肉の膨張と、それを強調するポージングに耐え切れず無残に四散したのだ。
決して明るいとは言いがたい部屋が、仄かに明るくなったような錯覚に包まれる。
まるでユルゲン自身が光源となったかのように。
その場にいる誰もが、酷く芳しくない表情を浮かべた。
そんな事は露知らずと言った様子で堂々と、肥大した大胸筋と腕を殊更に強調しながら、彼は『吊られた男』へと向き直る。
「さて……如何でしたか? 私は貴方々の仲間になるに、『魔術師』の名を頂戴するに相応しいだけの物を示せましたかな?」
運命の輪が誰にともなくはなしつづけている、場の張りつめた空気も読まず。というか彼女に空気を読むスキルはあるのか。
そんなときだった
『んぬおおおおおおおお!スファイドチェストォオオオオオオオオオオオ!!』
部屋があかるいので、彼女は光源のほうをみる。そう、放送できない姿もとい一糸纏わぬ姿のユルゲンを。
なにかいっている、全裸もとい一糸纏わぬ姿の彼の前に、歩くというか、いつの間にかいどうしている。ただしたてないのか座り込みながら。よりによって彼の足元に。
無邪気な彼女は非常に純粋な思いやりのつもりだったのだ。きていないから、親切に服をあげようとしたのだ。
ユルゲンに自分の替えの包帯(彼女にとっての服)をさしだす
「おじさん!ふくきなよ!」
最悪の絵図だった。
保護者はいまだに起きない。
「お兄さん、なにしてるの?」
幼女センサーが反応した。鈴の音のような誰何の声に空気を攪拌できそうなぐらいの勢いで振り向くと、やはりそこには幼女がいた。
ヨシノは現在巨刀に押しつぶされるような形で床に伏しているため、首の骨がリアルな悲鳴を挙げたが無視。幼女は何事にも優先するッ。
見上げるように視線を向けた先に展開する光景を目の当たりにして、ヨシノは驚愕のあまり眼球を脳味噌が追い出すような錯覚を覚えた。
「な、なん……だと……!!」
幼女は全裸だった。ブロンドの長髪が衣の如く衆目から彼女の裸体を隠しているが、吹けば飛ぶような稚拙な隠蔽。
(おおっと、ここでテンション上がると思うか思うだろ思うよな?幼女ハァハァとか言っちゃう的なこと予想しているんだろうだが敢えて言おうそれは浅慮であると
まあ確かにその瑞々しい四肢は肌のハリからツヤまで言うことないし水を落とせば玉になりそうなキメ細やかさである欧系特有の白すぎる柔肌は
陽光を余すことなく照り返して今にも輝きそうなほど眩しいし凹凸のないなだらかなラインは俺のストライクゾーンそのものだし
しかもキワドイ境界で見えそうで見えないのが逆に裸よりも創造の幅を与えてくれるミロのヴィーナスではないが敢えて秘匿された部分を残すことで
無限の可能性をそのカーテンよりザルな髪の毛に内包されているのだそこにあるのは一体どんなフロンティア!
不可視で不可避のファンタジー!!否!最早この一組の布こそが人類の到達し得ない
最期の領域を断じて過言ではないだろう俺はこれ以上の幻想を寡聞にしてしらないまさに最終幻想《ファイナルファンタジー》!!)
「……さて、なんだかデジャビュだが前フリも終了したしもういいよね!?暴走してもいいよね!!?」
そしてヨシノは全裸の幼女に向かって駆け出そうとして、自分が鉄塊と表現して過言ではない巨刀によって動きを封じられていることを思い出す。
腰から下はびくともしない。まるで岩で抑えられた孫悟空のようにその場から動けない。立ち上がることが適わない。
(だがッ!その程度でッ!この俺の情熱が止められるかァァァァァァァ――――!!)
掌を叩きつけるようにリノリウムの床へ貼り付ける。発生した幾許かの摩擦を頼りに伏せったままの身体を引き摺り、もう片方の手を前へ。
それを繰り返せば、微速ながらも前進することが可能である。まるでゾンビ映画の上半身だけの死体のように、ヨシノは一歩づつだが前進する。
原動力は純粋な情熱。心に火を灯し、掌と衣服が汚れるのも構わず前へ進んでいく。
――そしてそれは、次第に速くなり始めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
咆哮。裂帛の気合は起爆剤となり、ヨシノの体躯を腕の膂力だけで前へと運ぶ。ただ幼女へ近づきたい、その一心で。
青年は、物理法則という名の枷を外しつつあった。人間に課された宿命と限界から、少しずつ逸脱しようとしていた。
己の性義を貫かんとする意志は、時として現実をも凌駕するッ!!
「今行くぞォォォォォォォォォォッッ!!!!」
いつしか大地を揺るがさんばかりになった掌の踏み込みは、疾駆と大差ない速度をヨシノに与えてくれる。
半裸幼女の眼に映ったのは、両腕だけで這いずり回る変態が、奇声を挙げながら高速で接近してくるという熱病のような光景だった。
『審判』の計らいに促されて、そろそろと話を始める『死』。
しかし、日本支部襲撃の件に向かっての直進はあえてせずに、
彼女の持つ余りに危険な能力の告白を交えつつ、先ずは寄り道をし始めた。
眉を潜める者がいる。苦笑する者がいる。
『審判』は己の布告どおり、沈黙の内に聴覚を際立たせながらも、
脳髄に鞭打ちながら、彼女の言に対して、一々の思案と憂慮を膨らませていた。
やはり、と言うと『死』に失礼な話ではあるが、
その言動を咀嚼するに、彼女は組織幹部という立場からやや浮遊している、という食感を覚えた。
極めつけに彼女は、会議さえ終えれば、暫くここを離れると言う。
その指示語は、単にアルカナ本部という実体のみを意味するに留まらず、
組織中核の意志を表す概念をも指しているのだと、『審判』は嫌にひねくれた解釈を広げていた。
つまり、彼女はアルカナからの命令や影響を一時的に回避して、
全然、自身の意思に寄って活動するのだという宣言とも取れた。
ただでさえ不安定な時期のアルカナに、宙ぶらりんな幹部がいられては困る。
何らか手を尽くして、彼女の組織に対する帰心を回復できれば幸いだが、
その気配が見られないようならば、むしろ圧力を手段とした積極的な排斥も視野に入れねばなるまい。
彼女に感化されて、組織からの剥離を始める者が出てこないとは断ぜられない。
人員不足のアルカナには苦しい手だが、徒に不穏を抱え込む余裕は猶持ち合わせていないのだ。
万一、追い放たれたとする彼女が、他の機関の手に握られたとしても、
長くアルカナ中枢を離れていた以上、組織における急所の位置を暴露される恐れもない筈。
――せめて上辺物でも構わないから、アルカナに対する情を確認できれば申し分なかったのだが、
結局のところ、組織と彼女とを繋ぐ引力の弱さを、浮き彫りにさせてしまった。
しかし何にせよ、そういった彼女の傾向を早期に発掘できた事だけでも、良しとせねばならない。
『審判』自身、決して組織に対する執着が強いとは言えない。
以前は、組織首領である『世界』に反発心を燃やし、そして現在も、その『世界』を葬った英雄殿への恋慕心を焦がしている。
故に本来、そう軽々と『死』を責められはしない立場にある。しかしながら現在の彼は、臨時ながらも組織指揮官。
滅私奉公の字面通り、なるたけ余計な私情は廃して、組織の利益を第一に、自分なりの考案と執行を進めて行くつもりである。
そして、適切な節が訪れるまで、自ら手にした采配を投げ出す所存は毛ほどもない。
『審判』は己の中に巻き起こった矛盾を、そう無理に諌めながら、再び『死』の話に耳を傾ける。
「じゃあ本題。私が攻撃を受けたのは…」
『死』は呂律も滑らかに、いよいよ会議の本筋へと食い込んでゆく。
彼女が訳あって、日本支部に釘付けにされていたこと。そこへ突如の襲撃があったこと。
そして、強襲者らは世界皇族に仕える者としての証を身に付け、自らを枢機院(カルディナル)所属であると明かしたこと――。
アルカナのアンテナが決して貧弱ではないにも係わらず、データベースに枢機院の一語はない。
「ありがとう。で、俺としちゃ……。」
『審判』は座を離れて、先程彼が落ち着いていた、卓の三日月型に食われるような位置に歩を進めようとしたところ、
扉の方から、どこか慇懃無礼な調子を孕むノック音が聞こえた。
『審判』がむっつりとした視線をやったところ、既に客人は苑内へと歩を進めていた。
人を馬鹿にしたような巨躯だった。『力』とおつかつの彼の為に、練議苑の空間が縮小したとの錯覚さえ起きる。
そうして彼はなんと、自らアルカナ参入を望むと言う。しかも、幹部の座をよこせとのこと。
繰り返すが、新生アルカナを確立するための一手段として、
人材入出に関し更なる自由化を進めるべきだと、『審判』は考えている。
その目的は無論、『世界』の威光に当てられ過ぎた傀儡どものカタルシスに兼ねて、
多様な価値観を持つ者たちを積極的に招き入れ、新たな風を通用する事にある。
では、飽くなき喫食ととめどなき排泄とを、延々反復して、
ただ悪食の限りを極めるかと言うと、当然にそうはいかない。
ましてや、出された皿が毒と見えて、手を付ける阿呆が何処にいるのか。
毒――知らぬ為とは言え、会議の場に飛び込み、道化振りを発揮した男は、どう贔屓目に見ても、毒。
情を押さえ込んでいるはずの『審判』も、毛羽立った雰囲気に背中を押されるようにして、
半ば無意識のまま、ポケットに忍ばせたジッポーへと手が伸びる、が。
「僕が出よう――会議は続けてくれてて構わないよ?」
そう残した『吊られた男』の中座に寄って、焔王眼の炸裂は止められる。
『吊られた男』の背には、ただ、熱視の痕が残った。
彼に対する『審判』の嫌悪の度合いは甚だしく、事あるごとに噛み付いている。
が、彼の持つ独特の知略や慧眼などまでを悉く否定するわけではない。
信頼はしないが信用はする、というクリーシェもどきと似ている。故に、彼の行動を阻害する理由は無い。
「注目。『吊られた男』に任せときゃ、間違いはねェ。」
自ら零した言葉の意味に、嫌悪で舌を巻き込みながら、言を紡いでいった。
「……例に寄って、俺から色々と述べさせてもらうとだ。
俺らにとって、枢機院ってのは全くの謎……実態不明だ。
ただ各自、今件を鑑みて、枢機院への憶測は様々持ち上がることだろう。
しかし、それじゃあ自ら創り出した幻影に惑わされる可能性もある。
よって、枢機院の解明は、後に回す。諸君も、枢機院に対するイメージを、なるたけプレーンに保つように。」
そう語る『審判』も、枢機院の実態に関する推理を大分進めていた。
アルカナの情報網に、断片すら掛からなかったのだから、まだその歴史は相当浅いはず。
前触れもなく電撃然とした奇襲をしかけた理由は、
当然、『世界』崩御の噂を耳聡く聞きつけ、その隙を見逃さんとした為だろう。
その行動の目的としては恐らく、衰退気味とは言え、未だ大手を誇るカノッサ機関に尻尾を振って、
上手いこと取り入ってくれようとの狙いがあるのだと考えられる。
つまり彼らはカノッサ側ではなく、飽くまで、カノッサに寄り始めているだけの立場であるということ。
明らかにカノッサに従う傘下組織であるのなら、アンチカノッサであるアルカナの網に、とうに捕らえられている筈。
日本支部を選んで強襲した理由についても、大よその目星は付く。
新生の中小組織が不用意にアルカナ本部を攻撃しては、手痛い反撃を食らう事は目に見えている。
そこで、然程の要地と言えない日本支部に照星を修正することで、
カノッサに対するアピールポイントの度合いは下がるものの、アルカナの逆鱗は避けて通れるという訳だ。
それにしても、余り目立たない日本支部の地点を特定する捜査力は侮れない。
纏めるに枢機院とは、カノッサ寄りで、そこそこの野心と分別のある、情報戦に優れた若組織だと句点と結論付けられる。
――後ほど『審判』は、この当て推量を軽々しく発表しなかった事について、いたく安心する事になる。
「……俺の言う遊撃的行動ってのがどういう事か、大方理解できているだろう。
今まで散々、カノッサの喉元を狙い続けてきた剣の切先を転じて、
その枢機院とやらの方面へと向かわせていこうじゃねェかって話よ。
勿論、支部一つをお釈迦にされたからって、いきなり全面戦争を演じるわけでもねェ。
何はなくとも、まずは情報を収集する必要がある。
やつらが何の意味もなく日本支部を襲撃したとは、考えられるところじゃねェ。
何か意味がある……そこで日本に人員を飛ばして、実地での見聞を進めてもらいたい。
本来なら小アルカナに任せるところだが、万一感付かれて、一網打尽にされちゃあコトだ。
そこで、少数精鋭として戦闘に慣れた、諸君幹部に動いて欲しいところだ……。
もちろん見返りはある。駄賃ってわけじゃねえが、最新の『ポーター』を預けよう。機能も色々追加されたらしい。」
「おう、優しく扱ってくれよなっ!」
悶着中らしい『吊られた男』と客人から目を離さぬまま、『皇帝』はやたらに威勢の良い声をあげた。
「日本への動員の選別はまた後ほどだ。とりあえず会議は此れまでとして……。」
「んぬおおおおおおおおお! スァイド・チェストォオオオオオオオオオオオオオ!!」
「……品評に移ろうじゃねェか。」
「見た事無い戦闘機だな…」
レイは目の前を飛ぶ機体を見て呟く
二人乗りの大型戦闘機だ、戦争国家アメリカが作ったにしては随分と大きい
その姿はどちらかというとSu-47に似たところがあった
「……嫌な予感がする」
レイの予感はよく当たる 研ぎ澄まされた感覚が危険を告げるのだ
と、目の前にいたはずの戦闘機 ふっ と消えた
「………」
ピアノが驚き息を呑むのが分かる
急旋回 普通ならばコクピット内で振り回されそうなものを、彼女は平然と受け流す
「…おいおい」「嘘…でしょ!?」
レイとピアノは同時に驚嘆の声をあげる
消えた戦闘機はそこで垂直になりホバリングしていた。
「V-TOLかあいつは…」
あんな急停止をすれば中の人も無事ではないはずだ、しかしなんとその戦闘機はそこから木の葉のように自由落下を始めた
しばらく落ちたと思ったらそこからまた姿勢を持ち直し飛び始める
「……ピアノ、後ろにつかれてるぞ」
レイはレーダーを見て注意を促す ピアノも分かっているのか、急ブレーキをかけ相手を追い越させた
急ブレーキ、とさらりと言っているががその時にかかったGは軽く臓物を吐きかけるほどである しかし姿勢一つ顔色一つ変えずにレイはコクピットに座り続ける
「一機…墜としたか」
完全に後ろをつかれ、ミサイルも装填完了している もう逃れる事は不可能、のはずだった
「い!?」「な!?」
またピアノとレイは同時に声を上げる しかし今度はレイの声も驚嘆のそれだった
目の前の戦闘機が、その場で旋回したのである
戦車がその場で車体を回転させる超真地旋回と同じように、空を飛ぶ戦闘機がぐるりとこちらを向いてきたのだ
「…っ!」
慌てて伏せるレイ そこに容赦なく鉛の雨が降り注いだ
鳴り響くアラート 機体破損度のモニターは真っ赤になっている
「おいピアノ…!大丈夫か!?」
レイは慌てて戦闘機に話しかける
「…墜落!? どこか不時着出来ないのか!?」
「……秋葉原の中央通り ああ、このさい仕方ない そこでいい!」
「墜ちるのだけは、勘弁してくれ…」
『切れ味』を持った水飛沫が降り注ぐ。ステラは動けない。暁光眼の統御に思考のリソースを奪われ、筋肉へ運動命令が発令されない。
光壁による防御も間に合わない。ステラの能力は速くはあるが早くはない。致命的なスタートダッシュの遅さ。絶望的な命の間隙――
「――ッ!!」
腕を、引かれた。視界の外からの牽引は、ステラの身体を飛沫の落下範囲から脱出させ、刃の雨は彼女のコートの裾を裂くだけに終する。
救ったのは鷹逸郎――その顔はフードで陰り、表情を認めるに難い。だからステラは見なかった。ただ感謝の代わりに前へ出る。
何故なら今が、そうすべき時だと理解できたからッ!!
「……オイ、『デバイス』? 『デバイス』! どうしちまいやがッた、オイ!! 何だよこりゃァ、何しやがったてめェ!!」
こめかみに指を当てながら虚空へ向かってプロブレムが叫ぶ。応答がないのかその呼声に次第に焦燥が混じっていく。
「……後は、任せたぜ。ステラ。……”ヤミ”を、お前の”ヒカリ”で……撃ち払って来い。」
「了解。――任せて!」
鷹逸郎が掲げた手へ快音と共に掌を合わせ、ステラは更に前へ出た。
先刻の攻防で脳裏に生じた閃きの萌芽、漏洩対策に敢えて放置していた発想のピースを急速に繋いでいく。
(プロブレムの能力は切れ味の付与。あらゆる物体や事象に物理的な切断力――刃を生じさせる異能!刃?刃なら――)
「黙ってんじゃねェぞ邪気眼使いィ!『世界の選択』から"逸した"分際で抗ってんじゃねェ!!」
力任せに鎖が飛ぶ。唐竹割りの軌道は叩き潰すようにステラの頭上から襲い掛かる――ステラは動かない。
「暁光眼――【ミラージュ】」
鎖が地面を穿つ。炸裂弾でも放ったかのような衝撃は地盤を砕き砂塵と破壊を撒き散らすが、彼女は変わらずそこにいた。
蜃気楼――光の屈折によって位置をずらして見せる術式。思考が漏洩していれば、まずもって引っかからない騙しだ。
「流石鷹逸郎さん、きっちり黙らせてくれたみたいだね。デバイスを――」
「ッ!!てめェかァァァーーーーッ!!」
ステラの言葉に眼を剥き、再度鎖が空気を裂く。その軌道が向かうは鷹逸郎。空間ごと削岩するような裂帛の一撃は、しかしその威力を果たせない。
挑発によって攻撃の大まかな位置が分かれば、ステラの初動の遅さは逆に利へと為す。迸ったレーザーは降ってくる鎖の横っ腹を打ち抜き破砕した。
プロブレムの驚愕は大きい。凝縮した必殺級の光槍すら寸断した鎖が、それより細い収斂光条によっていとも容易く粉砕したのだ。
「んー、脆・弱。カラクリさえわかればこんな鎖、ヨシノでも壊せるよ」
実際のところ鎖どころか最強の魔獣すら破壊し得るのだが、ヨシノと大剣虎の立ち回りを見ていないステラには無理からぬことではあった。
さらに踏み出す。歩くような前進は、しかしプロブレムの全攻撃を以ってしても止められない。凌ぐので手一杯だったステラが、いつの間にか攻勢に転じていた。
「ふざっけんなッ……!俺の『リッパートリッパー』は戦艦だってぶった斬れるんだぞ――!!なんで斬れねぇ!なんで砕かれる!!」
横薙ぎの一振り。豪風を巻いたそれは校舎の壁面を切り裂いて尚一厘の減速もせずステラに迫る。
能力によって生み出された蜃気楼のデコイを切り裂き、振り抜いたところで何もない空間からステラが現れ、運動エネルギーを使い切った鎖を掴んだ。
真剣白刃取りのように両の掌によって挟み込む。邪気によって腕力強化がされた彼女の両手は万力のように締め付け、鎖の脱出を防いでいた。
「『切れ味』がどういう原理か知ってる?対象に触れる部分を極限まで薄くすることで生まれる『線』の圧力集約!それが切れ味の正体ッ!」
挟んだ掌から鎖を解放する。張力を保ったままだった鎖は大きく撓み、空中で弛緩している。プロブレムが手元に引けばすぐに戻っていくだろう。
それを、待たずに。
「そして切れ味鋭い刃物は総じて『横からの衝撃』に――――脆いッ!!」
手刀を打ち下ろした。邪気で強化されているとはいえ格闘に関しては素人であるステラの素手の一撃で――頑丈であるはずの鎖が叩き折れた。
金属が打ち合わされるのとはまた違う、純粋に『砕ける』快音が響き、圧倒的攻撃力を誇っていた鎖が真っ二つに破断された。
「『切れ味を付与』するということはそれを実現するのについて回る諸々の欠点も付与してしまうというのと同じこと。
普通に攻撃する分には気付きようもない欠点だけれどね。刃筋さえ立ってればそう簡単には刃こぼれもしないから」
「てめェ……たかだか五分にも満たねェ攻防でそこまで見抜いてやがったのか……!?」
「正確には300秒弱。一秒一回だとしても300回近く見せられればそりゃあもう、隅から隅まで、ねぇ?」
絶句するプロブレムへ掌を掲げ、ステラは術式を紡ぎだす。イメージするのはホッチキス。鎹。コの字型の留め具。
「暁光眼――【ニードルバインドVer2】――!!」
光速が瞬き、閃光が連続する。得物を失くしたプロブレムへ枷が飛ぶ。ホッチキスの針の形をした光槍は、
首、手首、足首の五箇所を地面へと縫いつけた。命までは奪わない。それは慈悲ではなく、尋問の為だった。
戦闘が終結する。張られていた広域結界が孵化の瞬間のように頭頂部から爆ぜ割れ、フルカラーの世界が回復する。
どうやら別途で人払いの術式が発動しているらしく、それの影響か人影が戻ることはなかった。
思考連結の能力を持ったもう一人の敵がいるようだが鷹逸郎が沈黙させたようだし、近くにいるなら後でヨシノに探してもらおう。
(声から察するに小さい女の子みたいだったしね……)
「……殺せ。邪気眼使いなんぞに情けかけられてまで生きてられっか」
低い声でプロブレムが唸った。その眼には今だ敵意の炎が宿り、ステラ『だけ』を真っ直ぐに睨めつけている。
尋問ならアスラの専売特許なのだろうが、生憎この場にはいない。かといって殺すわけにもいかず、ステラは持て余したように質問する。
「なんかやたらに邪気眼使いを嫌ってるみたいだけど?」
「当たりめェだろ!お前ら邪気眼使いは『創造主』サマへの仇、存在してるだけで害悪だろうがァ!」
「創造主?さっきデバイスが言ってた【楽園教導派】っていうのとなんか関係あるの?」
「誰が教えるかよ、ふざけろピカピカ女。眼に優しくねェんだよ熱い熱いやめろ俺のリーゼント焦がすなァ!!」
レーザーで突き出した髪の先を焼いてみる。まるで神経が通っているかのようにプロブレムは身悶えし始めた。
焼きながらステラは思考を纏めてみる。プロブレム達は【楽園教導派】の一員で、『創造主』とやらに忠誠を誓っているらしい。
邪気眼使いは『創造主』の存在を脅かすような存在で。アルカナを襲おうとしているのも邪気眼使いの集まった組織だからだろう。
「んー?なんか宗教臭いなあ……」
導火線のようにその先端を焼失させながらプロブレムはそのうちピクピクと痙攣するだけになってしまった。気絶したらしい。
蛋白質の焼ける臭いが風のない大学の通りに充満し、ときおりざわめく木擦れの音だけが響いていた。
「どうする鷹逸郎さん?このままじゃ埒が明かないよ」
「中央通りまで残り1km、ランディングギアセット」
ギリギリと気味の悪い音をたてランディングギアが展開される
「アプローチ開始 自動姿勢制御開始」
エンジンの出力を落としアプローチを始める
「よし、いいこいいこ… さあ、着陸するわよ」
目の前には徐々に秋葉原の町並みが見えてきた
「……ん?」
着陸するはずの中央通りに、たくさんの動くものが見える
「え…人? 外出規制じゃ無いの?」
三千院セレネのサイン会の為に外出規制すらはじき飛ばしてきてやってきた人達であるなどと知らないピアノは慌て始める
「…やば、どいてどいてどいて―――――!」
こちらを指さして騒ぎ始めた人を見るがこちらはすでに着陸態勢、もう一度飛ぶ事も機体の破損度的に無理だった
「はぁ、全く困ったわね。」
東京、秋葉原のとあるビルの屋上。そうひとりごちたセレネは有体に言うと困っていた。暇潰し的な意味で。
そもそもセレネはなぜこんなところにいるのか、それは「下」に居られないからである。
「家」を出たセレネはでき得る限りのスピードでこの秋葉原に来た。具体的にはテレポート。
そう、握手会の時間まではまだまだ時間がある。新アニメ化が決まったコ○ドギアスのグッズでも眺めようか、などとわざわざ逆算して家を出てきたのだ。
良くも悪くも目だってしまう外見も秋葉原名物、コスプレで変装してしまえば傍目にはアイドルだなんてばれないだろう。
普通ならごまかしようのない長さの金髪も4次元ウィッグの中に隠してゆっくりお買い物をしようと思っていた。するはずだった。
(今まで一度もフライデーされたことのないあたしの実力、見せてあげるんだから!!)
しかし現実は
『あの娘超かわいいー。』
『はぅ〜、お持ち帰りぃ〜。』
(あれ、何か見られてる?でもコスプレイヤーが注目されるのは必定、だいじょうぶまだばれたわけじゃない。)
『あれ、セレネ様じゃない?』
『当たりポイントktkr』
『は じ ま っ た な』
『おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』
セレネの周囲を埋め尽くす人、人、人。もはや止める術はない!
己の実力を見誤ったが故の失敗である。
よくお忍びで出かけていたから、などという理由で聖地・秋葉原に足を踏み入れた以上セレネの安寧など最初から無理な話だったのだ。
どうせ外出規制だし人なんてそうそういるはずもないと思って執事もSPも連れてきていないピンチ。
(どうする、どうするのこれ?)
目に付いたのは開店準備をしているカメラショップ。
「なんだ、あたしちょー頭いいじゃん!」
セレネの行動はこう。
テレポートで店内の物陰に出る
→ブラックカードをも超えた「心が金で魂が銀」っぽいカード見せて有無を言わさず責任者を出させる
→とりあえず小切手にゼロたくさんつけて切る
(そう、今やこのビルはあたしのもの。シャッターを閉めて屋上にでも行ってれば握手会の時間まで籠城できるはず!!)
ファンとの交流のはずが押し寄せるファンから思わず逃げてしまうあたり、まだまだ「覚悟」が足りないのであろう。
なんにせよ、大幅に予定の狂ったセレネはただ空を見上げているのだった。
「あと○時間、どうしようかしら。」
そんな疑問をかき消すようなものが徐々に視界に入ってくるのがわかる。
(まさかこの秋葉原に不時着するような人間がいるなんてね。切羽詰まってる様子からして「裏」の人かしら?
この群衆の中でどうやって一般人を傷つけずに着陸するかお手並み拝見してもいいけど、流石に自分のファンを危険にさらすのも人としてoutよね。)
「意識を……向けなさいっ!!」
セレネの魔法もあって次々と戦闘機に気付く群衆、その運命や如何に?
セレネ レイ ピアノ
アイドルと剣士と飛行機が交差するとき、新たな物語が始まる。
「おい…なんだあれ」
セレネの魔法によってある男がふと空を見上げて指さす
その周囲の人々も次々と空を見上げ、口々に叫び始める
「飛行機じゃね? っておい、こっち来るぞ!」
「いやいや、ありゃ戦闘機っぽいぞ」
「んな事言ってる場合か!このミリヲタ! はやく逃げろぉ!戦闘機が落ちてくるぞぉ!」
「出来るかあ!俺のレジェンドロードを明け渡すなんてできn…」
「死んだら意味がないダロ!ほれ逃げろ!」
しかしこの数である、なかなか人の波は動かない
「…何か大変そうね」
そんな人々を見る少女が一人
彼女が座っているのは秋葉原の電飾看板 しかし誰もその存在に気付かない
それはその少女が身長20cm程度しか無いからであった
彼女は「Wiss」宇宙からやってきた機械生命体である その姿はホログラム投影によって人型をしているが、本体はガチャガチャとした金属の塊である
「これは死人が出るわね… よし」
Wissは大きく息を吸う
「三千院セレネがいたぞーっ!」
その声は男のそれ、広域まで響く特殊な音程の声はごった返す人々の耳に届く
「セレネ様がいたって!?」
「どっちだ!?」
「あっちだあっち!そこの路地だー!」
人々はとてつもない統率力で脇の路地に走っていく
しかし路地は小さく中央通りの全ての人が入りきるわけはない
「こっちだ!こっちにいるぞ!」
しかし最初の男の声が響き人々を効率よく中央通りの脇へと誘導していく
そしていつの間にか中央通りは大きく開いていた
「よし、とこれで理論的には死者は出ないわね あとは、あの操縦者の技量次第、ね」
「…なんで?」
ピアノは呆けた声をあげる それもそうだ
さっきまでひとでいっぱいだった中央通りは見事に滑走路と化していたのだから
「…まあいいわ」
ピアノは気を引き締めると姿勢を調整する
キュルルゥッ
甲高い音を立ててF-22が地に降り立つ
「…やば」
しかしピアノは慌てた声を出す
「ランディングギアが…折れっ…!」
バキィッ
ダメージを受けていたフロントギアが根本から折れてしまったのだ
ギャギャギャガガガガィ!!!
アスファルトを焦がす音と金属が削れる音とともに、戦闘機は大きく傾ぎながら中央通りを滑っていく
そして、F-22は道路に長い黒線を引き、白煙を上げながら停止した
「んぬおおおおおおおおお! スァイド・チェストォオオオオオオオオオオオオオ!!」
雄叫びと共に、闖入者の体躯が一際巨大になった。錯覚ではない。
裂帛の気迫は全身の筋肉を肥大化させ、強化された筋力は間隙なき支配をこじ開ける。
(!!……へえ、あくまで力だけで僕の『支配』を潰しにきたか。なかなかどうして――面白いね?)
張力の限界を越えた『あや吊り糸』が、絶対の縛鎖たる『吊られた男』の邪気眼が、純粋な膂力によって破られた。
同時に服まで弾け跳び、筋骨隆々の大男が突如として一糸纏わぬロックでパンクなファッションに様変わりして、場の空気が脱力した。
『吊られた男』一人ぐらいなら内蔵できそうなぐらい巨大な胸板を主張しながら闖入者がズイと寄る。
「さて……如何でしたか? 私は貴方々の仲間になるに、『魔術師』の名を頂戴するに相応しいだけの物を示せましたかな?」
『あや吊り糸』には支配対象の脳裏を垣間見る能力もあり、先ほどまでこの偉丈夫とも一方的以心伝心であったために内情が知れている。
だから全裸になったとたんに口調が紳士的になってもさほど驚きを得ることはなかった。妙にすっきりした顔なのはご愛嬌。
「……なるほど、なるほど。君は『それ』で『魔術師』を名乗るつもりかい?……くく、くくく、はははははははははは」
驚きの代わりに、何故だか笑いが込みあげてきた。いつもの張り付いたような退廃のニヤつきではなく、まるで似合わない明朗な快笑。
マリーがここに居たら間違いなく翡翠の眼を眼窩から取り落とすであろう、あまりに似合わない笑い声。『吊られた男』に生じたのはそんな感情だった。
ぴしゃり、と額を掌で叩き、そのまま目元を覆い隠す。俯いて、暫く肩を震わせていた。歯を食いしばって何かに耐えている。
「おじさん!ふくきなよ!」
「……品評に移ろうじゃねェか。」
同志の声に促されるようにして、『吊られた男』は面を上げた。『運命の輪』に渡された包帯を天の羽衣のように着用して、辛うじて局部の露出を防いでいる。
風にたゆたう木々のような純白の羽衣は彼の肉体美も相まって、古代の彫刻品のような荘厳さを醸していて、
それがこんなところでドヤ顔しているという事実にまた笑いが込みあげてくる。
「認めよう、君は最高だ。もう僕からは何も言えないよ、認めざるを得ない。どんな美麗字句も足りないだろうから一言こう呼ぼう――」
『吊られた男』は背筋を正し、両腕を軽く拡げる。闖入者から見て『吊られた男』の背後、席につくアルカナ達を仰ぐようにして、呼んだ。
「――『魔術師』君」
「ご感動の場面失礼するが、ここが大アルカナ――邪気眼使いどもの巣で良かったか?おお、全員揃っているではないか、わざわざすまんな」
誰も察知できないほどに、その男は寸毫としか呼べない時間でそこに姿を現した。『練議苑』の中央、『世界』の座していた革張りの椅子。
そこに腰掛け尊大に踏ん反り返りながら、黒スーツに身を包んだ痩躯の若い男が一人、アルカナ幹部達へ声を発した。
ぎしり、と『世界』の椅子が軋む。誰一人として、彼がそこに着席するまで侵入に気付けなかった。察知用の結界があるにも関わらず、だ。
「ッ!!――小アルカナは何をやってるッ!?」
誰とも無しに鋭く疑問を発した。その答えは、『練議苑』の入り口――丁度『吊られた男』と『魔術師』が立っている向こうから現れた。
「あわわわ、リーダー!一人でちゃっちゃと行かないでくださいよぅ。ああっ、すみません、ごめんなさい、通してください〜っ!」
まだ十代と思しき少女だった。小脇に何か抱えている。よく見たら気絶した小アルカナの隊員だった。武装を砕かれ、ときおり呻くのみである。
少女はきゃ、とかわわっ、とか言いながら迎撃する小アルカナを蹴りの一撃で吹っ飛ばし、拳の一撃で黙らせる。
「……はあ、タルいタルい。全員殺しちゃえば楽なのに……」
上を見上げれば背の高い青年が天井に足をつけて直立していた。暗くてよくわからないが長剣を天井に突き刺して支えているらしい。
「駄目に御座るよ『スクランブル』殿。我らが討ち申すは『創造主』様の仇、邪気眼使いのみ。それ以外は対象外で候」
派手に叩きあけられた扉の『影』から、漆黒の装束を身に纏った男がにゅるりと生えてきた。
「うむ、それでは始めよう邪気眼使い諸君――我ら、【楽園教導派】はその教義に則り」
腰掛けたままの男が諸手を掲げ、あくまで尊大に宣言する。
「――君達をぶち殺しにきた」
【NPC初期位置――『世界』の椅子:ストレイト 廊下:スマイリィ 天井:スクランブル 扉の傍:セカンド】
シメ
(『隔離』を意味した褪せし景色に走る、…稲妻のような、黒く鋭い亀裂)
(やがてそれが景色をモザイク画のように分断すると、ガラスのような音を立てて崩れ落ちた)
(隔絶されていた空間に復活する色鮮やかな景色が、結界の消滅を歴然と証明していた)
か、…………。勝っ、た……。
ヒカリ
(ステラの閃光の枷が『プロブレム』を土に磔け、……決着)
(気力も体力も使い果たしてしまった気がして、彼はやっとのことで切り株と化した木の残骸へもたれた)
(痛みにまだ霞んでいる頭の中で、鷹逸郎は失念を悔いる)
(危険に近寄らなければ、自分の身の絶対的安全が保証される訳ではないのだ)
(今のように、危険がみずから襲い来ることだって十分に有り得る。誰でも思いつく可能性を、失念していた)
(今回、『デバイス』の五感破壊に耐えられたのは”偶然の産物”、完全な幸運によるもの)
(もしあの攻撃がより強力でより凶悪だったなら、命は無惨に潰えていたかもしれない)
チ カ ラ
(力が要る。すなわち、…プレートの力を、使いこなすための方法論が)
(鷹逸郎は胸元の『石版』を、グッ――と右手で握りしめた。強く、ひたすらに力を込めて)
(キンキンとなかなか鳴りやまない耳で、ステラと『プロブレム』のやり取りを盗み聞く青年)
(半ば尋問の雰囲気ただようその応酬に、邪気眼使いはやはり物騒だ、と少し困った顔をしながらステラに返答した)
「どうする鷹逸郎さん? このままじゃ埒が明かないよ」
と、とりあえずそこらでやめてやってください……なんか見てて不憫になってきたぜ。
(というか、リーゼントの焼けつく臭いがハンパなく刺激的にクサい)
(切り株のある場所が風上で助かった、とかひっそり思いつつ、鷹逸郎はしばしの休息へと入ることにした)
(凍てる風が鈍い青の冬空を駈け抜けて、木々が身体をザワリと震わせる。)
(しかし、疲れて火照った肉体には心地よい。熱が冷めるまでの、わずかな時間だけではあるが)
(やがて、そろそろ冷えてきたころ。鷹逸郎がポツリと、疑問を漏らした)
……ステラ。確か『創造主』って、カノッサ機関のトップの名前でもあったよな。
(『創造主』)
(かつて、歴史のヤミで暗躍してきた謎の組織『カノッサ機関』。その頂点に座する者の通称)
(その正体、素性、敬礼、何れも不明。「旧世界で最も多く謎を纏った人物」、と言われている)
そっち
『非日常』の世界じゃあ、知らねえ人間なんてほとんどいねえぐらいの知名度だろ?
エ デ ン カ ミ サ マ
なら、わざわざ【楽園教導派】とやらの崇拝対象に、その名前を選んだ意味って何なんだ。
いくらカノッサ機関が現在壊滅状態とはいったって、「あの」カノッサのトップの名前だぜ。
そのまんまの名前の神様を祀るだなんて、「機関の傘下に入らせてくだせえ!」と頼んでるようなもんだ。
だけれど『プロブレム』の言った、「邪気眼は『創造主』の仇」……。
『人工邪気眼計画』を主謀していたカノッサとは、その考え方は真っ向から対立してるぜ。
(カノッサ機関の活動の全ては、邪気眼と切っても離せない内容のものばかりだ)
(『人工邪気眼計画』、【]V魔眼計画】、【呪われた子供達計画】、どれも邪気眼を枢軸に据えたプランと言っていい)
(それほどまで邪気眼を利用するカノッサ機関が、邪気眼を敵視する組織と連むはずもない)
そんなの、にこにこ笑顔で握手しながら絶縁状を握らせてるようなモンだぜ。
あからさまに矛盾してっし、つーかメリットデメリット以前の問題だ。んなことする意味がねえ。
(別人説が、ダメなら。鷹逸郎は思い切って発想を転換してみる)
そんじゃあ、二人の『創造主』が同一人物だとしたら? ……ちとキツいか?
何もかもまるで違う二つの組織を、同時に統括する意味が分からねえ。
……ああクソ、ダメだダメだ全然ダメだ!
(頭を両手でがしがし乱すと、「降参」のジェスチャーのように地面へとへたれこんだ)
(ただでさえ、カノッサ機関の記述は、専門性の高い史料や文献にもあまり書かれていないのだ)
(点がなければ線も引けない。大人しく諦めて、体力と精神力の回復に努めることにした)
よし、全・快! そろそろいい頃合だし、俺は秋葉原へ向かうとするぜ!
(ぐーん、と背伸び。先ほどまで死にかけていた人間とは思えないような発言だ)
(全快といかずとも回復したのは確かのようで、鷹逸郎は早速ボクサーのように飛び跳ねたりなどしていた)
(”種族:人間”は虚偽記載じゃないかと疑いたくなるような超スピードの回復である)
(真っ二つとなった時計台の、地面に突き刺さった上半分の文字盤を覗き込む)
(八王子から秋葉原までおよそ一時間。散策は厳しいが、握手会には余裕で間に合うだろう)
(疲れ切った心身が、あの微妙としか言えない歌声を待ち望んでいる。足早に立ち去ろうとして、)
……あ、そうだ!
(ふと思い当たったように、鷹逸郎はステラへぬぬぬとすり足で近づく)
「J-108」ってのは、俺の研究室の真空密閉型の本棚のこと。
貴重〜な史料とかが酸化して読めなくなったらヤバいしな、特注モンだから壊すなよ。
それと何かあったらこのダイヤルとアドレスに連絡してくれ。質問やアドバイスなら受け付けるぜ!
(とか言いつつ、ステラは携帯電話を持っていないことがパーフェクト頭から抜けている)
(つくづく詰めが甘い。…が、ヨシノやアスラあたりは持っているかもしれない)
(とはいえ、あの二人なら自力で答えを導き出しそうだ。…まあ、持っていて損はあるまい)
後は、えーと、えーと……。……そうだ、これを渡しておくか!
(そう言って、ぶかぶかの袖から両腕を露わにする鷹逸郎。世話焼きである)
(手首には黒いベルト、それに縫いつけられた5つのサックそれぞれに、小型の長方形の金属が装着されていた)
『旧世界の遺産』って知ってるか? ステラには懐かしい話になるかもしれねえな。
こいつはその一つで、いわゆる”バッテリー”なんだ。えー、何て説明したらいいかな……。
(うーむ、としばらく思案)
…『ガス欠したら、こいつを口に入れて噛み砕け』! そんで補給できるはずだぜ!
まぁつっても、万一のためだ。連戦とか一対多とかになったらやっぱキツいんだろ?
ステラの分、ヨシノの分、アスラ……は確か「人間」?だからいらねえな。後は予備の分、と。
(元々はどこかの組織で研究中だった『秘密兵器』だった、と当時の文献には記録されている)
(曰く、術式的に未完成な箇所が克服できず、開発を断念してお蔵入りにしたらしい)
(そこで発掘した鷹逸郎が数々の文献を元に修正を施し、作り上げたのがその”バッテリー”という訳だ)
俺の所持してる『遺産』の装置を作動させるのに使ってたんだけどな。
理論上、能力者そのものへの適用も利くはずだぜ。万策尽きたら、使ってみてくれよ!
…さて、戦闘は…と。
ふむ、あの面白頭が優勢か。…ん?あれは水飛沫…おお、刃になった。邪気は感じられないが…ふむ、興味深いな。
(視線を前に向けたまま、ガリガリガリと高速で手元の鉛筆を動かす。
ふと、背後を横切る気配を感じてくるりと振り向いた)
…ん?ああ、貴方だったか。ええと…黒野教授。
察するに昼食の帰りといったところか?まあ、見てみるといい。今、下で大変面白いことをやっている所だ。
(地上では結城教授が狂ったようにのたうち回り、金色の少女が太陽光線を繰ってリーゼントの男に対抗している)
…いやあ。実に興味深い。そう思わんかね。なにしろ───
───常識から1歩離れたところで、こんなにも非常識な事が行われていたのだからな?
(その言葉は彼なりの取り繕い。彼はこの場で自分を「偶然目撃した無能力者」であることにしようとした。
一般人──シェイドは黒野をそうだと考えていた──に【異能者】である事がバレると後々非常に面倒くさいためである。)
なんにせよ………これは調査をしなければなるまいな。
(それは一般的な研究者を演じているが故の台詞か、或いは、彼の本心か。)
(ゆらりと階段を降りてゆき、壁に張りつけられた《プロブレム》、そして標的・ステラ=トワイライトの元へ向かった)
いやあ、見事。
(賞賛の拍手をぱちぱちと送りつつ、邪気を消してステラの前に出る)
素敵な見世物だった。感謝するよ、お嬢さん。
論文に行き詰まり窓の外を覗いたら、“偶然”に、とても珍しい光景を見ることが出来たよ。
(眼鏡の奥に笑みを浮かべつつ、その手を取って両手で握る)
おっと、紹介が遅れたな。私の名はアリス=シェイド。この大学で教授職についている。
それにしても…驚いたよ。本当に驚いた。この世にあのような技術分野があるとはね。
私などはあのような現象は耳にした事も無い…おっと、それは私の知識が浅いだけか…。はは、恥ずかしい限りだ。
ところでお嬢さん、君はこの大学の者ではないようなのだが…よければ、何処かで少し話を聞かせてもらえないか?
…はは、別に君が不審だとかそういうわけではないよ。安心したまえ──────
──────ただ研究を嗜む者として、「君に興味が沸いた」それだけの事なのだから。
【無能力者(?)アリス=シェイド、ステラ=トワイライトと接触】
「――『魔術師』君」
『魔術師』の名を継ぐ事を、『大アルカナ』の一員だと認められ――しかしその感動を噛み締め余韻を味わう事は叶わなかった。
気取る事を一切許さず、部屋の中心に鎮座する荘厳極まる椅子、そこに男が一人悠々と腰掛ける。
間隙を置かずもう一人、更に一人と侵入者は増えていく。
伴って双方の敵意が大気を侵食し、当てられた心の臓が不穏に高鳴り警鐘を鳴らす。
一食触発の空気の中『魔術師』はと言うと――己の抱える邪気が底を突かんとしている内実に、懊悩を窮めていた。
先の芸当を鑑みるに【楽園教導派】を名乗る彼らは、『大アルカナ』を相手取ろうと十二分に拮抗するだけの実力を秘めていると予測される。
贔屓目にも万全とは言い難いこの状況で、果たして渡り合う事が出来るのか。
けれども彼の憂悶は突如、断ち切られる事となる。
「――なな、なんて破廉恥な格好してるんですかあ!」
卒倒せんばかりに金切り声を上げて怒りと驚愕相半ばの反応を見せたのは、
小アルカナを悉く沈めようやく『練議苑』へと辿り着いた少女、スマイリィだった。
憤怒と吃驚、しかし二つの均衡は長く続かない。
初めこそ面食らい間誤付いたものの、俄かに怒気は愕然を押し切った。
スマイリィは頬と言わず顔全体を真紅に染めると、猥褻の権現たる男『魔術師』目掛け渾身の拳を打ち放つ。
大振り、されど尚神速を誇る拳は『魔術師』に微動する時すら与えず迫り――だが彼の肉体を捉える事はなく、虚しく空を穿った。
「えっ……!?」
必中を確信していたスマイリィは、にも関わらず頓に自らの視界から消え去った『魔術師』に、図らずも頓狂な声を上げる。
彼女が拳を振るった瞬間、『魔術師』は未だ肉体美を際立たせる、彼女からしてみれば珍妙にして卑猥極まりない姿勢を取っていたのだ。
その状況から回避など、至難を通り越して不可能としか言いようが無い。
しかし、確かに『魔術師』は彼女の視界から消失した。
ただの回避では無かった。
拳が命中するまさにその瞬間、唐突に彼は煙の如く姿を消したのだ。
「破廉恥とは心外な。これは私の弛まぬ鍛錬の賜物。寧ろ誇りとさえ言えましょう」
誰の目にも留まらず何時ともなく、『魔術師』はスマイリィの背後を取っていた。
彼女が振り返ると彼は相変わらず、その肉体美を極限まで魅せつける体勢を崩さずにいる。
「だからって! 服を着ない理由にはなりませんっ!」
再びスマイリィが拳を振るう。
けれども結果は同じく拳は空振り、そして『魔術師』は彼女の視界の端で先程から続く同一の姿勢を保っていた。
「ふふっ、私の筋肉は……まさに魔術の如し!! と言った所ですかな」
したり顔で宣言する『魔術師』に、スマイリィは益々頭に血を上らせる。
これは彼にとって、僥倖と言える要素だった。
興奮を誘い彼女の戦いを荒く粗くさせる事が出来れば、邪気の不足を補って戦闘を有利に運ぶ事が出来る。
「っ……! いい加減そのポーズをやめてください! 卑猥ですう!」
言葉と共に再三、右拳が『魔術師』へ迫った。
彼はそれを変わらず回避して、だが彼女の視界から外れるように逃げた彼を剃刀の鋭利さを秘めた左拳が追う。
一撃で駄目ならば、当たるまで。
高速極まる拳を連続したならば、いずれは反応も追いつかなくなるだろう。
そう考えた彼女は、更に拳の回転を加速させる。
二連の左拳、体躯ごと回転させて放つ剛速併せ持つ裏拳、弧を描く嵐を彷彿とさせる右拳。
手を変え品を変え挑むも、
「はっはっは、当たりませんなあ!」
『魔術師』は筋骨隆々の姿勢から微動だにせず、けれども手を伸ばせば消え去る蜃気楼の如く彼女の連撃を躱し切っていた。
傍から見れば奇々妙々としたその光景は、種を明かせば単純明快。
彼の『唯一眼』によって『一歩』分の移動を連続して再現しているに過ぎない。
ほんの僅かな距離の移動しか出来ない『一歩』ならば消費する邪気は微々たるもので、しかし回避と挑発を併行し、更には消耗を誘発させる事が出来た。
「っ、はぁ……これがあなたの『邪気眼』ですか……。人を惑わす面妖な力、まさに『創造主』様の仇、悪魔の業ですね……!」
息を切らし、軽く肩で呼吸をしながら、スマイリィは拳を一旦収める。
息を整え姿勢を正すと、改めて彼女はきっと研ぎ澄ました視線で『魔術師』を射抜いた。
「ならば私は『創造主』様から授かったこの『力』で、あなた達を滅します!」
そうしてスマイリィが繰り出したのは、これまでと変わらぬ右の打撃。
『魔術師』は警戒しながらもそれを今まで通りに回避し、そのまま彼女の背後へ回り込む。
けれども、そこで腕部や肩口を尖鋭な痛みが襲った。
見てみればつい先刻まで虚空であった空間から、闇に紛れる黒い棘が幾本も伸びていた。
「なっ……!?」
不可知の攻撃にとうとう『魔術師』はその体勢を崩し大きく一歩退いた。
彼を振り返り、スマイリィが冷冽な眼差しと共に花唇を開く。
「これが私の『ギフト・ドメイン』……。どっかのリーゼント馬鹿じゃないんです。説明なんて真似はしませんよ?」
冬将軍は目のまえの異様な光景に目をぱちぱちさせていた
剣に押しつぶされた人がいろんな概念の法則を突き破って雄叫びをあげながら迫ってくる
しかし冬将軍にはそれがどういうことなのか理解はできない
なぜなら無知という大失態を犯していたからだ
「お、おにいさ、ん?」
なにか危ないとおもったが、今の彼(彼女?)にはそのような力は残されていない
第一歩くのだけで精一杯だったのだ、殴るちからもない
何とかしようとおもい、雪の能味噌を回転させてみる
生物が危険だとおもったときに、まずなにをするか。
「みゃぁぁぁああ!」
それは逃走ほかならない
───カノッサ機関本部『会議室』幹部会の一景
世界の奥の奥、裏世界という“闇”の最奥。
一つの議場があった。広遠な敷地、国会議事堂に類似したそこは、豪華絢爛とはかけ離れた質実剛健な造作。
“ユグドラシル”を素材とする机は白絹の如き艶を醸し、薄明な紺碧の照明は摂理を超越した『永久機関』。
机辺には人間工学の粋を尽くした技術が出席者の健安を確約し、ひとたび念じれば幾多の精神系能力者によって、会議の様々な情報がリアルタイムで“送付”される。
ここ、『会議室』は世界中から実力者が集うカノッサ機関の中でも、幹部という天上の位に座す者達のみが進入を許される聖域。
この場の召集を受けた全員───数百人といった所か───が機関に相応の影響力を持ち、一騎当千の猛者を千人相手取る事ができるような怪物も多々見受けられる。
最早、裏世界に携わる者なら『知らない事ができない常識』と化した氷術“エターナルフォースブリザード”を創造した最高幹部《永遠の雪》。
それを筆頭に《始祖・影羅》、《]Vノ魔眼》、《魔弾の射手》、《調停者》、《トリス・メギストス》、《不死鳥》といった裏世界に属していれば一度は二つ名を聞くような傑士が一堂に会している。
何故、このような天下無双の面々が一つの場に集結しているのか、答えは単純明解。
起きているのだ。機関幹部の実力者達が総出で対処しなければならないような事態が───
壮麗な大海にすら紛う、深い蒼の照明で照らされた『会議室』。その空気は、一言で称するなら混沌としていた。
召集を受けた事に対し不平を口にする者、狂ったような笑みを浮かべ騒ぐ者、呑気に眠っている者、凛乎とした空気でただ席に着く者、と様々。
《白亜の侍》こと緋月命は、その中の最後に属していた。
それはきっと、彼の生まれつきの性分故なのだろう。
「───皆、集まったようだな」
《永遠の雪》。彼の異名を具現するかの如き、凛冽とした厳冬の如き声が響き渡る。
浮ついた空気はその一句で凍てつき“会議”と呼ぶに相応しい空気へ豹変した。
(……流石と言わざるを得ませぬな、『永遠の雪』殿。この曲者共をたった一言で掌握するとはのう)
出席者達は良くも悪くも、己の力に絶対の自信を持つ者ばかり。
そのような面々を一挙で掌握するという芸当が、如何に難儀であるかは想像に難くない。
「それでは、会議を始めよう。さて、此度の議題だが……」
一拍の間を置き
「最近になり、突如新たな“敵対勢力”が現れた。これまでに同一の勢力と思わしき存在に南米支部、北欧支部、中東支部が既に襲撃されている」
有りがちな案件だった。世界中───“108”の別世界全てに敵を持つ“機関”という存在にとって他組織からの反抗は既に日常であり、少なくとも特段取り上げる事では無い。
それだけならば
「詳細を“送付”する。各自確認して欲しい」
と言葉の途切れと同時、テレビの電源をONにした様に、脳裏に浮かぶ物があった。
グラフ、文字、写真、といった資料。それらが“術式”で脳髄に直接刷り込まれる感覚と共に“理解”は違和なく浸透した。
(……ッ……成程のう……これならば“召集”の発令にも納得が行く……)
実に簡潔な“結果”がそこにあった。
【味方勢力:死亡─6245名、重体・負傷─2392名
敵勢力:死亡─1343名、拘束─0名
北欧支部の『支部長』が重体。
又、南米支部の基地が全壊。同支部の『支部長』は敵前逃亡のため“粛正”を執行済】
「……以上が此度の損害だ。理解できたか?」
世界の“最強”が集う『カノッサ機関』の軍勢。
───正確には、最強であったはずの集団が、さながら『虐殺』と称しても構わないようなレベルの被害を被っている。
それだけで唯の襲撃では無いと“共通見解”が生むには充分な事だった。
「そしてこれが襲撃時に録画された映像だ」
正面の巨大モニターに写し出された“それ”。ありがちな表現になるが、きっと誰もがこう称するだろう。
インフェルノ
───『地獄』と
【……『枢機院』(カルディナル)万…歳……!
…我……ら…『楽園教導派』(エデン)が為…!
……『基督教』……え…い………光……あれ……!】
───機関の“人工魔眼隊”百名に包囲された、五人程の敵方の異能者が、故意に自身たちの“異能”を暴走させながら特攻。
限界を超え、虹色の暴風が一帯を飲み込んだ跡地には誰一人残っていなかった。
───機関の部隊に捕縛された捕虜が三人。時限式の自爆術式が起動し、拘束結界で敵を拘束していた十名程の五臓六腑が吹き飛んだ。
───自らの命を代償に発動する“禁呪”の一つ“呪殺”。一人の敵兵が一縷の躊躇い無く五寸釘を心臓に突き立て、死の寸前に視界に入っていた機関側の兵隊四十四人を道連れにした。
───五十人程の敵方の小隊。全員の血と魔力を全て捧げ、命と引き換えに下位ながらも召喚された“魔神”は、彼らの同志以外の虐殺を始めた。
裏世界の中で、比較的一般人に近い感性を持つとの自負がある《白亜の侍》は、その凶行の紡ぎ手をこう定義付けた。
“狂信者”と。
スクリーンという壁を破り滲み出る凄絶な狂気を、反応は違えど皆黙々と見つめている。
歓喜、憐憫、冷淡、嘲笑、興味、興奮、無関心───感情が混沌と混ざり合う中。
だがしかし、誰一人として臆している者はいない。当然と言えば当然の事ではあった。
ジ ゴ ク
『こんな程度』より、深い闇など、自分達が生きている世界には満ちあふれているのだから。
始まって二分を過ぎた辺りだったか。“狂信者”達の狂態を報じていた映出が終局を告げる。
再び極低温の肉声が木霊する合図の役割を果たして。
「……実質、敵軍勢の勢力は、こちらの四割程度だった。
襲撃者のほぼ全員が特攻すら厭わぬ勢力である故に、こちらの被害が甚大であった事。それを理解しておけ」
だからこそ“機関”の軍勢をして一人も拘束することができなかったのだろう。
先程の『拘束─0名』というのは、敵方が『信仰する“何か”の情報を明け渡す位なら自決しろ』という心構えなのだろう、という事が容易に予測できる。
「ここからが会議の本論だ。……先程の映像の“基督教”という単語───それが敵組織の崇拝対象である事は、分かるな」
その言葉。特段、矛盾や誤謬は見当たらないそれに、しかし《白亜の侍》は確然たる違和を見出だした。
(基督教……世界人口の三分の一を信者に擁する世界最大の宗教であったか。信仰の対象は……)
(…………待て、確か、彼の宗教は……)
(───我々カノッサ機関の『創造主』を敬神するモノだったはず……!?)
「……気付いた者もいるようだな。この度機関を襲撃した組織───あの映像を基に、差当り『枢機院』(カルディナル)と呼称するが───は『創造主』を信仰している可能性が高い。
つまり……『創造主』が黒幕として存在する可能性もある」
『創造主』。カノッサ機関を創造した当事者でありながら、その実態のほぼ全てが霧中にある。唯一判明している事があるとすれば
“神”にも等しい力を持つ者であるということ程度か。
だが、最早『創造主』の残滓すら機関には存在しない。
かつて『創造主』を崇拝していた筈のカノッサは、今では『力』を追い求めるだけの強大な集いへと変質していた。
(その一環として【人工邪気眼計画】・【ONE-ZERO-NINE-Chronicles-Program】・【完全魔眼計画】等が、挙げられる)
───『創造主』がカノッサとの繋りを断ったゆえに変質したのか、はたまたその逆なのか。今は、それすらも定かでは無い。
「……これらの事情を踏まえ『審議院』が対策を熟考した。
当面、各地の拠点支部に幹部を配置。
また“基督教”の各主要地へ、幹部を数人を派遣し潜入してもらう事になる」
「先ずは極東に於ける要所“世界基督教大学”への有志を募りたい。さて───我こそは、という者はいるか?」
森と、室内が静謐に包まれた。恐らくは皆、不穏な物を感じているのだろう。
【創世眼事件】の当地となった“基督教”の極東における拠点。
その一件の“ヨコシマキメ遺跡”の不可解な転移という要素。
それらを勘案すると、大学の裏に『枢機院』が潜んでいる確率は高い。
静寂が続く。今しばし続くと思われたそれに
「では───某が参りましょう」
凜と終止符を打った言ノ葉。それは彼自信を更なる混迷の世へと導く序章の幕開け。
「おい見ろよ…ラプターだぜ…」
「ラプターってあの最新鋭戦闘機か?いつの間に日本に配備されたんだ?」
「馬鹿、アメリカが日本にこんなもん売るか」
「実物は初めて見たぜ… やっぱつるぺたなんだな」
墜落したピアノの周りにぞろぞろと野次馬が集まってくる
と
ガシャンッ!
コクピットが開いた 野次馬達は我先にと搭乗者を見ようと集まってくるが、煙がひどくあまり近寄れない
「煙が濃くて見えねー」
「こっちだと影が見えるぞ、女っぽくね?」
「まじで?俺にも見せろ」
「つか煙が無くなりゃいいんだよ」
男どもが騒ぎ始めると、それを聞き届けたように風が吹き 煙を払っていく
「…何だこの人ごみは」
煙の中から現れたのは、スレンダーな女性 凹凸のない体に、細くくびれた腰 そこには漆黒の太刀が提げられている
顔立ちは整った中性的な雰囲気だが、どことなく女性らしさを醸し出していた
「ほら女だ つか結構かわいくね?」
「かわいいというか大人っぽいな お姉さん的な意味で」
「というかヘルメット無しで操縦してたのか? 気圧とか平気なのかよ」
「脱いだんだろ 気にしたら負けだと思う」
男どもの騒がしさはさらにヒートアップしている
「…あー やかましい これだから人ごみの酷いところは……」
戦闘機から出てきたレイはため息をつくとF-22から降り立つ
「ピアノ、人が多い ここで変形は使わない方がいいぞ、混乱を招く」
そしてピアノに小声で注意する
ここにいるのは一般人だ、邪気眼能力の事など知らない人も大勢いるだろう
そんな所で能力など見せたら大騒ぎになる事は目に見えていた
「しかしだ…」
なぜここにはこんなに人がいるのか、外出禁止令が出されているはずだし、Yウイルスという病原体が流行っているとも聞いていた
しかし警察などが来て人々を追い返そうともしていないし、誰もマスクなどの病原体対策もとっていない
「…嘘、か」
マスメディアを使った情報操作なのだろうか この極東の島に誰も近寄らせないため誰かが故意に「Yウイルス」などという虚言を流したのかもしれない
これまでの違和感、日本に向かって吹いていた風は確信のものへと風向きが変わる
「間違いなく何かを隠しているな 日本は」
「…私に関係あるかは分からないが 邪気眼使い、カノッサ機関、世界政府…」
「何を取っても、私はそこに割り込むだけさ………」
ふと、野次馬どもとは違う者の視線を感じ視線を上にする
「………」
電気店のビルの屋上に、誰かがいた
「…誰だか知らないが 一般人では、無いな」
長年の経験が生んだ直感がそうこたえた
胸が悪い。
邪気眼使いどもの殲滅は結構だが、彼らの放つ邪気というものは、
全く私の毛穴から染みこんで、やがてハラワタから腐らせるようだ。
「『審判』!」
「……いや、この場で迎撃する。戦闘準備のある者は即時応戦。」
そうでない者は、『皇帝』、お前が連れて、
共に小アルカナの援護と救助、そして伏兵への警戒を兼ねろ!」
『審判』と呼ばれた、赤いジャケットの男が吼えた。
アルカナでは、こんな如何にもな雑人でも幹部に並べるらしい。末恐ろしい組織だ。
しかし、このような比較的閉所で、能力の程度を知れない複数人を相手取り、
下手に数の利を誇示しては、返って危険であることくらいは理解のできる頭らしい。
『世界』さえ消えれば有象無象かと思ったが、多少の修正は加えてやっても良い。
それにしてもこの腰掛は――外見ばかり凝って、機能性に欠ける。
試しに腰を下ろしてみたが、先から尻が痛む事夥しい。
タロットを模したコードネームを配していたり、妙に神秘を気取っていたり、
見掛け倒しで中身が空というアルカナの体制を考えれば、この椅子はある種の象徴とも取れる。
「そッから下りろ。」
階段の下方から伸び上がる『審判』の眼光は、ただこそばゆい。
「何故?……この位置関係は、どうしても自然の勢だが。」
私が上で、彼が下。事実のあるべき形を述べたまでだ。
挑発の音などを含ませるつもりは、さらさらなかった筈なのだが、
先程まで落ち着いていた『審判』の仮面はあっけなく崩れて、犬歯をむき出しながら、
一足飛びで階段の頂に達し、そして斧を打ち下ろすような左回し蹴り!
……が、私の身体には届かない。薄皮一枚の見えない壁に阻まれ、蹴りの勢いは失せる。
彼は静かに距離を取るが、然程に驚いた様子は見受けられない。流石に、この手の不思議には慣れっこか。
「今の蹴りはキックボクシングかね?」
「まぁな。……こんなンでも、手前ェ相手にゃ充分なんだよ。」
構え直した彼の胸に、アンクを模したネックレスが揺れた。
――何やら、思い当たる事がある。
「諸君――幸いにも、私には適当な遊び相手が見つかったようだ。
君たちの方も、存分に殺戮を嗜みたまえ。」
椅子から立ち上がり際、隊員たちに応援を送る。
私を含め、強襲隊員の共通した特徴には、圧倒的な戦闘力と、強い独立意識とがある。
それはつまり全員共が、下手な共闘をするより、ワンマンの動きが映えるという事。
私の指揮能力は天賦の才に違いはないが、一度会戦してしまえば、
もはや彼らを従えるほどの采配は持ち合わせていない。
現にスマイリィは、既に標的を見つけて、遊んでやっているようだった。
戦況はやや芳しくないかと思われたが、問題無い、やはり彼女は誉ある強襲隊員たり得るようだ。
「どこを見てやがるッ!」
おっとっと。ふとのけぞった私の鼻先を、抉りこむようなフックが掠めていった。
「おお、随分野蛮なことだ。ちょっと冷や汗が出たよ、やれやれ。」
スーツを脱ぎながら、どう贔屓目に見ても付け焼刃らしい拳の連打を、のらくらとかわす。
そうして、半ば冷静さを失いながら突っ込んできた彼へ向けて、
脱ぎ払った背広を振るい、棚引く旗と閃かせ、その両手を巻き込みに掛かる。
「小癪ッ……!?なんだァ、こりゃア!」
後ずさりながらスーツを振り払いに掛かった彼は、あからさまに困惑を表す。
彼の両手首から先は、完全にスーツの繊維の中へ食い込んで、布の手錠を掛けられた形になった。
彼はそれを引き千切ろうとはするものの、高級物の生地は厚手と決まっている。
そうそう簡単に破れてしまう安物を身につける私ではない。
しかし、ひどい混乱振りだ。先程の不可視の壁と、只今見舞ったスーツの手錠。
この二つの間に繋がりは見い出せず、一つの能力から紡がれた産物とは思えなかろう。
仕方のないことだが、余り良い眺めとは言えない。
「許可してやろう。自慢の邪気眼を使っても構わんぞ。
それとも、小手先を封じられて猶、肉弾戦に拘るつもりなのかね。
……理解できんな、魔物の考えというものは。」
「最近の俺はなァ!……節約志向なんだよ」
まるで気の利かない台詞だった。
「……君ほど無様な美学を携えた人間には初めて遇った。ならば、せめて美しいまま死なせてやろう。」
「認めよう、君は最高だ。もう僕からは何も言えないよ、認めざるを得ない。どんな美麗字句も足りないだろうから一言こう呼ぼう――」
「――『魔術師』君」
ふぅん。あれだけの『魔術』もとい邪気眼を見せられれば当然の結果か。
(そこに侵入者が現れる。皆が皆、新『魔術師』に注目していたこともまた、仇となったのだろう)
「ご感動の場面失礼するが、ここが大アルカナ――邪気眼使いどもの巣で良かったか?おお、全員揃っているではないか、わざわざすまんな」
「全員」というと相手はこちらについてある程度の情報を持っていると分かる。突然の侵入者だけどとりあえず、わざわざどんな奴か当たりを付ける材料をくれたことには感謝か。
「……はあ、タルいタルい。全員殺しちゃえば楽なのに……」
「駄目に御座るよ『スクランブル』殿。我らが討ち申すは『創造主』様の仇、邪気眼使いのみ。それ以外は対象外で候」
全く、捕捉されずに四人も侵入されるとは、いくら察知結界を破られたとはいえ、ひどすぎる失態。無論彼らもすごいのだろうが、結局、ここにいる全員とも危機感が足りてなかったということか。
(己の失態に苦笑しつつも『死』は考察を止めない。未知との遭遇において、思考停止は死に繋がる)
ターゲットは邪気眼使いと言った。彼らが既に詳細なところまで情報を手にしていることを鑑みるに私はターゲットではないということだろう。
「……いや、この場で迎撃する。戦闘準備のある者は即時応戦。」
そうでない者は、『皇帝』、お前が連れて、
共に小アルカナの援護と救助、そして伏兵への警戒を兼ねろ!」
現状、『審判』は何となく不機嫌そうだ。『吊られた男』はお得意の人形なしで『魔術師』は力を解放した直後。車いすの子がどのくらい強いのかも知りたいが、ここは自ら戦って奴らの情報を引き出したいところだろう。
「僕はさっさと仕事終わして帰りたいんだけど。そこの君、逃げないでくれるかな」
魔剣使いが動いた。なるほど、本当に邪気眼使いにしか興味がないわけだ。いや…
「ねぇ、そこの剣士さん」
唯一命令から逸れそうなのはあの男。挑発するなら彼だろう。
「私、貴方を仕留めちゃおうと思うんですけど」
「ターゲット以外と話すのもタルい。邪魔者はやっぱり殺しちゃおうか」
よし、誘いに乗った。そう思った次の瞬間、私の下腹部からは見慣れない剣が顔を出していたのだ。
次元を切り裂いた攻撃。
背後に現れた切っ先を直前に感知したおかげで魔力放出による回避が間に合い急所は外したものの、長剣が自らに突き刺さっている事実に間違いはない。
「やっぱり煩い奴は刻んじゃうに限る」
さて、どうやってこの調子に乗った坊やを仕留めてあげようか。その考えすら纏らないのは流石に不味いかもしれない。
◇『エニー・スライス』
『スクランブル』の用いる能力。
『セカイに干渉してあらゆるモノを刻む能力』であり、『創造主』から管理権限を受けた限りにおいては次元から思考、運命などといった抽象物まで切れる。
ただし、邪気眼はセカイに生じたイレギュラーであるため邪気眼使いから一定の範囲内はこの能力が適用されず、『スクランブル』はただの剣士である。
今回用いたのは次元を切り裂いて背後をとる一振りと、相手に突き刺して思考を切り裂く一振り。
「・・・?」
彼女は状況を把握しようとしていた。頭の中身は幼稚園児のような彼女には思考の猶予がいるのだ。
その間にも「審判」や新しい「魔術師」などがつぎつぎに戦い始める
彼女の辞書には生憎、戦うという単語はなかったが。
扉の近くにいた忍者のような男と目があった。「死」と戦い始めた人物に話しかけた後らしい
「して、拙者の相手は貴様か?」
どうやら自分に話しかけているらしい、そう思うほかなかった
「たたかう?にゃ?あたらしいあそび?」
記憶にないから、そうかえすほかなかった。いや、実際は忘れているだけなのが。
「如何に小さな女子供と言えど、問答無用」
急に彼女の視界から、忍者の男が消える
また考えようとした途端、背中から鈍い衝撃がきた
後ろからダイレクトに正拳突きを食らったのだ、すさまじい早さで。
「あー・・・!?」
歩けない細い肢体は軽々と吹き飛ばされ、ごしゃ、という鈍い音と共に逆立ちの状態で壁に叩きつけられる。
まるで人形のように、頭からずるずると・・・足が先に降りるので滑稽なことになっている。ジャーマンスープレックスのそれというべきか。
「・・・弱いで御座るな。アルカナとやらはこの程度で御座るか」
叩きつけられた首は不可解な方向に曲がっており、確実に死んだ・・・はずだった。
突然彼女は頭から起きあがったのである。首が不可解な方向に曲がったまま。
「いたいなー。だめだよー、おかえしするから!」
そういって首を骨がおれるような音と共に治した。
「・・・化物」
化物、忍者もといセカンドにはそう感じられた。
■「ギア・スピーディー」
「セカンド」のもつ段階的にスピードをあげる能力
能力発動後、一定時間経過ごとにスピードが上昇する。ある一定の速度になるとしばらく停滞し、その後に減速する
長時間使えないが、最高スピードは光速未満、音速以上。
「『審判』!」
「……いや、この場で迎撃する。戦闘準備のある者は即時応戦。そうでない者は、『皇帝』、お前が連れて、共に小アルカナの援護と救助、そして伏兵への警戒を兼ねろ!」
外敵の突如とした出現に停止した錬議苑。それも『審判』の鶴の一声で再動し始める。『吊られた男』は、傍で半裸の『魔術師』と交戦し始めた敵方の少女と
その流れ弾に被弾しないよう距離をとりながら、避難援護の陣頭指揮を執らんとする『皇帝』へと呼びかける。
「『皇帝』君、マリーはすぐに喚べるかい?」
「いやすまねェ、さっきからやってんだけどよ――どうにもこの『錬議苑』をすっぽり結界で覆いやがってるみたいで転移術式が飛ばせねェ!」
「んん、参ったね。無手の僕はここに居る誰よりも……雑魚だよ?」
「知ってる!!」
応えながら『皇帝』は『吊られた男』へ掌を向ける。芽生える燐光は術式の兆候、『召喚』ではなく『転出』の術式。
「ここから飛ばす分にゃ俺の魔力の方が勝ってる――とりあえず足手まといは外で待ってろ!」
燐光が炸裂した。『吊られた男』の痩身を眩く包み込み、輪環の余波を残して遥か上へと射出される。挙動は一瞬で、彼は錬議苑の空間から切り取られた。
エレベーターの浮遊感を何百倍にも濃縮したような偽の感覚を経て、不意に『吊られた男』の視界が開けた。新鮮な風、天然の光、不揃いな足元の触感。
外だった。アルカナの『本部』の隅端、錬議苑が埋まっている場所のちょうど真上に転移してきていた。背後には彼等の住居たる巨大な洋館が一望できる小高い丘だ。
「いたた……転移酔いか、手荒だなぁ『皇帝』君は。さて、マリーを連れて可及的速やかに加勢に向かわなきゃかな?」
「その必要はないと思われ――」
投げかけられた声におや?と振り向けば、そのには人一人を覆えそうな大きさのキャンバスがあった。向こう側から声をかけてきているらしい。
三歩ほど移動してその姿を認めるに、それは痩躯の女性だった。『吊られた男』と同じように長髪を後頭部で纏め、顔の大半を大きな丸眼鏡で隠している。
反射と角度によって見えたり見えなかったりするその奥の双眸は鋭く切れ長で、どちらかと言えば裸眼の剣呑さを牧歌的な眼鏡で中和しているといった印象だ。
「……ええと、旅の画家さんかい?それとも偶然キャンバスに囲まれたここを棲家にしてる浮浪者の類かな?」
「どちらも不正解。正しくは『楽園教導派』、その特派員だと表現するのが妥当かと。貴方はアルカナ二十二柱が一人、『吊られた男』で?」
宣言された彼女の出自と、誰何された彼の出自に『吊られた男』は身構える。と言っても、外見には些事とも言える変化ではあったが。
「……その認識で正しいよ。それにしても随分と親切に自分の正体を明かしてくれたね。バレないように後ろから一撃、できたはずだよ?」
「不意打ちは我らの教義に反する故。『楽園教導派』は貴団のような悪辣の組織ではなく」
「あー、なるほど。それは殊勝極まりないね。それで僕は君のお仲間に攻められてここに逃げ延びてきたわけだけど……ことを構えるかい?」
「返答は否。何故ならば私の能力は直接戦闘に適したものではなく、貴方もまた無手であれば然り。私の仕事は別途で」
「――仕事?」
『吊られた男』の問いに、女性は挙動で応えた。先ほどから脇目も振らず筆を踊らせ続けていたキャンバスに最後の一画を施したらしく、
筆を離すと同時にキャンバス全体が淡く発光し始めた。『吊られた男』も回り込んで眺めると、それは目の前の洋館の精密な写生だった。
「『ペイントペイン《顕在する痛み》』――同期完了」
言って、完成したばかりの画面に女性は再び筆を落とした。黒の顔料を洋館の端に塗り潰すように線を引く。
瞬間、轟音。不意をつかれて音のした方を見ると、『現実の方の洋館』が写生の洋館と寸分違わず同じ場所を黒の光で穿ち潰されていた。
「私は『楽園教導派』強襲部隊が一人、『クラフト』……『創造主』様に仇為す貴団を文字通り叩き潰しに参上した。以後お見知りおきを」
女性、もとい『クラフト』はここで初めてこちらを一瞥すると、既に伸ばされていた『あや吊り糸』を筆で撥ね落としながら自己を紹介した。
『皇帝』の判断は正答を得ていた。思慮の埒外での、伏兵との会敵であった。
【NPC能力データ】
<ペイントペイン>
『クラフト』の使役する異能。和名《顕在する痛み》
キャンバスの画面と現実を同期する能力。キャンバスに同期したい現実の風景を精緻に描写することで発動する。
効果範囲はキャンバスに収まるだけだし発動条件も時間がかかるわでリスキーだがハマればかなり万能。
坂上明日香は退屈をする。
退屈──それはそもそも、人類の進歩に関して非常に有能に働いてくれたもの。
彼女も脈々と受け継がれてきた進化のバトンを手放さぬよう、「退屈」を打破するために何かしらの行動を起こそうと考えていた。
何をしようかな──。
前回受けた人探しの依頼をちゃっちゃとこなして金にしても良いし、馴染みの場所へ金になりそうな情報を買い付けにいくのもいい。
2週間近くも退屈の塊のような修道女の仕事をせっせかこなしていたのだし、体動かしたいわねとも考えた。
はた、と一度立ち止まり、自分の拳を少し眺める。
思い起こされる、在りし日の遺跡探索。
高速移動の鎧戦車にデフォルト強キャラ設定のバグキャラ悪魔、
獣王無神の剣虎共そして【世界】。
さらに屁理屈の邪気眼使いヨシノや逆光少女ステラを思い、自らの拳の軽さを知る。
───まだ弱いよね、私。
アスラもそれなりの修練を積んできた、いっぱしの殺し屋である。
しかし目前で彼らの「戦闘」を目の当たりにすると、どうしても銃器や魔剣に頼る自分の姿が鏡に映る。
───分かってるけどさ。
邪気眼使い。
中学生の妄想じみた能力で圧倒的に戦い続ける彼らの姿にコンプレックスを抱いていた。
確かに自分は強いかもしれない。けれど自分は、彼らの間に横たわる≪超えられない壁≫を超えられたのだろうか?
左手に握りこぶしを作り、右手のそれとぶつける。
鈍い痛みが走り、生きていることを感じさせた。
「……もっと、戦わなくちゃね。強くなるために」
握った拳をぐっと引き寄せ、心に静かな誓いをたてる。
どこかに異能者と戦えて金が稼げるような物がないかななんて裏返しの自分に問うた時────
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!今行くぞォォォォォォォォォォッッ!!!!」
かつて外見と名前を見た事があるような人が、全裸の幼女をゴキブリのように追っかけまわしていた。
アスラは先日彼を救った事を後悔した。
場所は邪気学科。結城あたりに異能者についての情報を貰おうとしていたのかもしれない。なんにせよ、足が向いた理由はただなんとなくだ。
階段を上って二階の廊下、ふと角を曲がったりしてみれば、そこには全裸の幼女が全力で疾走している。
風にたなびくブロンドの髪と、掲示された「廊下を走るな」の張り紙。
背後からは巨大な刃物をヤドカリのように背負いながらぺたぺたぺたぺたと手だけで這いずり回るメガネ。
彼女のの脳で理解できるものは、何一つとしてなかった。
ものすごくこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、人として止める義務があると感じたアスラはとりあえず消音機の付いた自動拳銃を一丁取り出した。
曲がり角に息を潜めて陣取り、迫り来る二人の変態に備えて深呼吸で落ち着きを取り戻す。
「状況を冷静に見極めろ…状況を…冷静に…」
「みゃぁぁぁああ!」
どこか間抜けな声が響く。恐らく全裸の方の変態だ。
その悲鳴が近づくのを合図に、一気に通路に踊り出る。
狙いを高速ロリコンカタツムリに合わせ、彼女は躊躇無く引き鉄を引いた。
(今のは…一体なに?)
セレネが行使したのは魅力スキルの延長による、「対象に注目を集める」力。
しかしその後近くで別の力場が発生し、「三千院セレネがいたぞーっ!」という都合のいい声によって飛行機にちょうどよい滑走路が確保されたのである。
しかし、その声に魔術的要素が含まれているようには聞こえなかった。
ということは、純粋に技術的な要素で何か細工が行われているのか、などと考えてみたものの結論も出ないので、彼女もまずは目先の問題に集中することにした。
「この大人数、街中で隠蔽工作や記憶消去の類をするにもちょっと多すぎよね。」
(となると単なる事故にする?どっちにしても早くあたしが出て行って話をつけなきゃいけないと思うんだけどそうもいかないのよね。)
不可視結界を作って中に隠れる?精密にやるには時間がかかる。
時空のはざまに行って事情を説明してからもとの時間ちょうどに戻ってくる?何も言わないでこれをしたら流石に……がおこっちゃうかも。
いっそのこと全員現金でも握らせて口止めする?もう間に合わないかも。
そんな時、下にいるパイロットの女と眼が合ってしまった。そしてついにひとつの解決策を思いついたのだ!!
ドッキリカメラ。それは洋の東西を問わず大人気のTV-programのひとつ。
ここ日本では主に世界○見えが海外の物を放送しているのだっただろうか、とにかく、あの外人っぽい人にも通じるはずだと踏んだセレネは気付かれないように人ごみの内側にテレポート。
(まずは握手、そしてあたしの意識を流し込んで話を合わせてもらう。完璧な段取りね!)
セレネの計画はこうだ。
観衆を退かせないなら観衆の前で話をすればいい。
「裏」の話は一般人からすれば荒唐無稽、そして話している一方は各方面各世界でその名を雷鳴あるいは閃光あるいは爆音の如く轟かせるアイドル中のアイドル、早い話がテレビに出ててもおかしくない有名人。
一通り話し終わった後で後ろの方から「あーっとここでネタばらし。何と二人はどちらも仕掛け人、これにはターゲットの市民のみなさんも苦笑い」みたいなプレートを出せば
見事全員これがテレビの収録だと思って納得してしまうというわけである。
後は怪しまれないようにこれをどこかのテレビ局のローカル枠ででも放映しておけば完璧。セレネとパイロットさんがどれだけの内容を話しそれが真実であっても、世間的にはこの事件はヤラセ、でっち上げの産物として認識されるのだ。
(後は周囲の人だかりに聞こえちゃわないように彼女にこのことを伝えるだけね。)
「こんにちは、パイロットさん。私は三千院セレネ、この近くで握手会をしようとしていたアイドルです。」
ごく当然であるかのように握手のために手を差し出すセレネ。触れた瞬間セレネの思いは相手に伝わる手筈。
しかし彼女は気付いていない。ここに来たのはパイロット一人だけではなかったということに。
『皇帝』の遠距離拘束術が突如として掻き消え、抜け出したというか放り出されたマリーは部屋の絨毯で強かに額を打った。
静まり返った部屋でしばらくの間少女人形はその不動という本分を全うし、不意にがばりと跳ね起きると怒りのままに文句の一つでも
言ってやろうと部屋の扉を開け錬議苑へ向かう道へと駆け出そうとして、皆が出払っているはずの廊下に人影を認めた。
「おっと、このフロアは大アルカナしかいないから全員会議で居ないはずなんだがなぁ。お嬢ちゃん、迷子か?」
一言で端的かつ有り体に表現するならば、体育教師あるいは体操のお兄さん。上下を三本線のジャージで揃え、上は肘の当たりで捲っている。
その引き締まった体躯といい、歯切れの良い喋り方といい、全身から快活溌剌とした雰囲気を漲らせている。『吊られた男』とは真逆だとマリーは思った。
「そちらこそどなた様ですの?爽やか神出鬼没系なんて奇篤なジャンルの不審者に知り合いは存在致しませんが」
「普遍なジャンルの不審者なんて居るのかよ」
「ええ、私の周りには売るほど。どうです一匹ほど?御歳暮中元非常食、車引きに踏み台等々よろずの事に活用可能ですわ」
「単位からして人扱いされてねぇ!認めてやれよ知的な用途を!ハム以下じゃねーかそうなのか!?」
「不審者に噛み捨てたガム以上の価値が付加されているとでも?ああ、ハムとガムをかけたわけでは決してなくってよ」
「説明すんなよ!言うほどかかってねえし!上手くもねえし!」
「それで結局のところ貴方は一体何なんですの?そろそろ標準装備されてるかどうか存じない堪忍貯蔵袋の牽引ワイヤーが断裂しますわ」
『堪忍袋の緒が切れる』を特殊に言い換えつつ何の兆候もなく不意に話を戻したマリーに青年は見えない壁を二三発ほど殴る動作をし、
肩で息をしながら頭を抱え必死に何かに抗っていた。五秒程経過し自分の中に芽生えた衝動と溜飲の嚥下と消化が完了したのか、妙に晴れやかな顔で問い直す。
「――っああ、そうだったそうだった。脱線しすぎたな。ちょいと道に迷っちまってよ、『錬議苑』てのはどっちにあるんだ?」
「それなら私も向かうところでしたのでご案内できるかと思われますわ」
すまねえな、と返す青年に先行してマリーは歩き出す。肝心の正体所属を聞き忘れているあたり肝心な所が抜けていた。
ゆるゆると暫く互いに無言で歩き、無駄に広い廊下を端から端まで移動したところで、不意にマリーが質問した。
「ところで、『錬議苑』を目指すのはどういったご用向きですの?」
「ああ?そうだな、政治的宗教的に極めて複雑で高尚な意義があるんだが……有り体に言うなら、殲滅かな――」
『な』の部分は切断された。音もなく迫ってきた漆黒の刃に青年は言葉だけ残して海老反りに回避する。
そのまま迷うことなく反った勢いに任せてバック転。さらに一回転。二回の転回によって十分な距離をとった青年は口端を吊り上げながらこちらを見据える。
「っはァ、いいねえその反応!ノータイムで殺りに来たか――なかなかどうして雑魚な方のアルカナも捨てたもんじゃねえな!」
「雑魚と言うのが小アルカナのことを指しているのでしたら貴方は二つほど間違っていますわ。まず私は小アルカナではなく――」
人外の挙動で間合いを詰める。右手から展開した<ギミック>『アンカーブレイド』を逆袈裟気味にかち上げる。
「――小アルカナは雑魚ではありませんわ。彼等はかませ。ある程度の実力がなければ務まりませんわ。凄さが伝わりませんもの」
「庇うようで俺よりひでえこと言ってらァッ!!」
刃の先端を白刃取り――この場合は黒刃だが――のように挟み込み、マリーの疾駆を受け流すようにして力を加える。
この態勢から膂力がどう作用したものか、それだけでマリーはアンカーブレイドごと放り投げられる。宙を舞い、一回転して青年の背後側へ着地した。
「驚いた。その動き人間じゃねえなお前――よく見ると眼は宝石だし間接も硬質、その鏃も腕から直接生えてるみてーだし。自動人形か!」
「魔導人形ですわ――!!」
裂帛の一撃を簡単に投げに転じられた。力学に精通していながら格闘技も極めていないと為しえない暴挙だ。一体何者なのだろう。
そんな思考が高速化されてマリーの内部を駆け巡る。ジャージ姿の青年は、あらゆる意味でマリーにとって天敵だった。
「まあ待てよ、お前は邪気眼使いじゃねえだろ?俺達は邪気眼使いさえ潰せればそれでいいからさ、見逃してやるって!」
「そもそも貴方は何者なんですの?私気は短いほうですので三瞬以内にお答え下さいな」
「えらくシビアな単位が出たなオイ!」
三瞬が経過した。再び攻勢に出るマリーを軽くいなし、更に後退し距離を離す。やれやれと肩を竦めながら青年は再び口を開いた。
「邪気学って知ってるか?俺の祖国――極東の方で奮ってる学問なんだけどよ。
邪気眼や邪気眼使いに限らず異能なんてものは裏の住人だってのに、なんでそんな学問があると思う?」
「その邪気学とやらは質問を質問で返すと通知表に花丸がつく教科ですのッ?」
「かもな!ともかく邪気学が『学問』たり得るのは、それが旧い時代の遺失物だからなんだよ。学問ってのは基本的に温故知新だからな。
失われているからこそ、研究対象として見ることができる。実際に目の前にいたら恐怖と畏怖で研究どころじゃねえだろ?だから――」
突き出された鏃を紙一重で回避し、拳を打ち下ろす。頑強頑丈頑健を信条にアルカナ技術部の粋を集めた長鏃が、いとも容易く叩き折れた。
「――邪気眼は失せるべきなんだよ」
「それで邪気眼使いの集うアルカナへ単身乗り込んできたと――ッ?」
「一人じゃねえさ。俺の仲間は既に『錬議苑』とやらに向かってる。俺達は【楽園教導派】、その精鋭小隊『強襲部隊』。俺はその一人、『シャフト』!」
「それは有益な情報ですわ――貴方の価値が噛み捨てたガムから噛む前のガム程度にクラスアップ致しました」
「そいつは光栄極まるぜ。そろそろ任務開始してえからどいてな人外のお嬢ちゃん――ッ!!」
蹴りが飛んできた。間合いを無視した前蹴りは爪先をマリーの存在しない鳩尾へとめり込ませ、しかし体幹を捉えて吹っ飛ばす。
おもむろに懐へ手を突っ込み、再び顔を出した手には派手な塗装をされた拳銃が握られていた。見た目に違わずチープな造りは、全体的にプラスチック製。
(あれは――本物ではありませんわね。というか知ってますわ、クレイン様のご贔屓にしている子供向け番組に出てくる魔導銃――)
着弾後一定時間の経過によって発生する空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅する等と物騒な説明のついた、ままありがちな夢武装である。
そんな異能や魔術を以っても再現しきれないであろう架空の紛い物をマリーへと向け、『シャフト』はそのまま引き金を引いた。
「『フェイクブレイク《虚構粉砕》』――相似転換」
異能が発動する。同時に玩具の銃から光が迸り、『着弾後一定時間の経過によって発生する空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅する』魔導弾が射出された。
マリーがその事実を認識できたのは、一瞬で術式解析を行える優秀な視覚素子の助力に他ならない。判断を誤れば確実に彼女は消し飛んでいた。
魔導弾の速度が比較的遅めだったことも僥倖。横っ飛びに回避し、迫り来る破壊の気配をやり過ごす。大気を焼きながら魔導弾は廊下の端を飲み込んで消滅した。
魔導弾の余韻が去り、再び静寂なる戦場へと戻身した洋館の廊下で、『シャフト』は己の為した現象について述懐し始める。
尋常ならざる威力を秘めた魔導銃の引き金に指を突っ込みくるくる回転させているその様子を見るに、やはり異能による効力だろう。
「俺は曲がったことが大嫌いでね。当然紛い物や騙しなんてのはぶっ潰したくてたまらない。だが俺の異能はもっと建設的な選択肢を与えてくれるのさ。
とどのつまり虚構が虚構でなくなればいい。『偽物を本物に変える能力』――俺の『フェイクブレイク』はそういう異能だ。羨ましいだろ?」
「それはまた高尚な思想ですわね。貴方の組織は宗教でしょう、崇拝対象は偶像ではありませんの?」
「いんや。モノホンの『創造主』サマだよ――」
マリーは廊下の壁に据えつけられたスイッチを操作する。侵入者拒絶用の隔壁が『シャフト』の頭上に落ちてくる。彼は咄嗟に前へ跳んでそれを躱した。
その刹那、今度は鎖つきの楔が飛来する。マリーの『ショットアンカー』が伸び、『シャフト』の首の皮一枚削って背後の壁に突き刺さる。
そのままマリーは跳んだ。鎖は一瞬で巻き戻り、『シャフト』と彼女の距離を零にする。左腕には既に『パイルバンカー』が展開していた。
「わあお、壁を背にすれば躱しても躱さなくても大ピンチ、やるじゃねえか!ところでお嬢ちゃんは人形だったな」
まるで脈絡のない質問に、しかしマリーはその感情回路に悪寒が走るのを覚える。しかし己と『シャフト』の背後とを鎖で繋いでいる以上、
突撃を中断することは叶わない。このまま杭打ち機でパイルバンクしてやるしかない。懸念の権化は、不安ごと叩き潰す――!
対する『シャフト』は、そんあことにはお構いなしに迫り来るマリーへ向けて右手を差し出し、唱えた。
「――『フェイクブレイク』」
閃光が瞬き、翳された『シャフト』の掌から異能の力が迸る。不可視のそれは狙いあやまたずマリーに激突し、そして。
不意に彼女の展開していた全ての武装がその基部から外れて落ちた。原因不明の事態にマリーは、人形であるはずの彼女は、『恐慌に陥った』。
あるはずのない事態。本来余計な思考をそぎ落とし冷静な解答を導き出すはずの万能根源が、何故だか錯綜する意識によって纏まらない。
「〜〜〜〜ッ!??」
唐突に身体が重くなる。否、今まで軽々と飛び回っていたのに比べて、少女の現実的な体重が体躯を重力の虜にする。
そんないきなりの状況の変化についていけず、足がもつれて転倒した。転倒して、マリーは更に驚愕した。打ち付けた上半身を起点に体中を走る電撃。
灼熱感にも似た感覚の電流は、これまでマリーには存在し得なかったものであり、その名称を発念するのにもえらく時間がかかってしまった。
すなわち、『痛み』――――!!
困惑。当惑。疑惑。驚惑。慌惑。畏惑。恐惑。怯惑。怖惑。
芽生える感情の全てが、一瞬前のマリーには持ち得なかったもの達。
砂浜に捲かれた砂糖すら難なく発見できるはずの視覚は、今となっては眼窩から露出した範囲ないしか認識できず、その精度もずっと低い。
「はっはー!『人形』が何の偽物かっつったら――『一つ』しかねえよなぁ!」
『シャフト』が高らかに宣言するが、そんな言葉は最早『耳』には入って来ず、聞かなくても彼女には全てを理解できた。
ぺたぺたと自らの頬に触れてみる。人工皮膚のざらついた感触はなく、弾けるような瑞々しさを内包した生の皮膚がそこにあった。
彼女のアイデンティティの崩壊は、唐突にやってくる。
魔導人形マリー=オー=ネットは。生命なき人型の人外であるマリー=オー=ネットは。刃であり盾であるマリー=オー=ネットは。
人間になっていた。
――ただの少女に、成り下がっていた。
【NPC能力データ】
<フェイクブレイク>
『シャフト』の賜った異能。和名《虚構粉砕》
創造主に認可された権限において、形状や役割が類似した物体及び事象を『似せた対象』として使用できる。
有り体に言うならば、偽物を本物に変える能力。その応用範囲は広く、虚構に類するものであればなんでも本物へと変換できる。
※ちなみに『シャフト』は『クラフト』の実兄。コードネームや能力が似通ってるのはそのせい
(……何故、知っているんだ)
瞬間、黒野天使の目が見開かれた。
戦慄驚愕不安疑念――――放たれたシェイドの言葉が
黒野の思考を徹底的に揺さぶる。普段はあまり表情を他人に
見せない(それ以前に見せる相手がいない)彼女にとって、
それは珍しいと言える程の感情の表現だったに違いない。
それ程に、今シェイドが放った言葉は黒野に混乱を与える物
だった。その混乱の中心となった言葉とは
(……何故、知っている。私がトイレで食事を摂取していた事を!)
……まあ、限りなくどうでもいい物だったりするのだが。
そうして、何となく流されるように、心持ちシェイドから距離を取った
状態で促されるまま窓から下を見た黒野。
そんな彼女の目に入ってきたのは……常識を逸脱した現実だった。
(……ん。なんだ、戦闘か)
それは、異能と異能が狂騒する人外の領分。
光と刃が共に敵を傷つける事だけを目的として舞うその姿は、
まともな常識を持つ者ならば悲鳴でも挙げかねない、外れた領域の出来事。
だが、そんな状況に対し黒野が抱いた感想は『なんだ』という、たったそれだけのもの。
まるで、何回も同じ内容を繰り返し見させられたテレビ番組に対して抱くようなその感想。
それは、この黒野天使という女教授が実はカノッサ機関の研究員という立場にあるから、
それだけの理由では無い様に思える。
「……これはすごいなわたしはまきこまれてはかなわないからにげるとしよう」
そんな彼女が、暫く非日常を見つめた後に「自身は一般人である」という様な
意味合いの言葉を放ったシェイドに対し返せた言葉は「ワレワレハウチュウジンダ」という
どこかで聞いた事のあるようなフレーズと同じくらい棒読みなそれだった。
元々対人関係という物がが苦手である事と、先の便所飯を見抜いた事への
どうでもいい謎の警戒心がそうさせたらしい。
そうして彼女は、戦闘が終わるのも待たずにもそもそとい自身の研究室へと向かっていった。
背後にはもはやシェイドの気配は無い。言葉通り、先の戦闘に巻き込まれに行ったのだろう。
「……ん。それにしても」
研究室に入る直前、黒野は足を止める。
「……シェイド教授も理を外れた人間だったとは」
呟いたのは核心がこめられた言葉。何故その事を核心したかのその理由をすら
明かす事無く、黒野はドアを閉じる。
彼女の机の上では、カノッサ機関の暗号メールを受信したノートPCのライト部分が点滅していた。
『J-108』についての大まかな説明と、『バッテリー』と呼ばれる金属体を提供すると、挨拶もそこそこに鷹逸郎は大学広場を立ち去った。
ついさっきまでレーザー飛び交い白刃煌めくちゃんちゃんばらばらずんばらりな命のやり取りに身を投じていたとは思えぬ足取り。
そんな切り替えの早さ、押しなべて言うならばシークエンスにおける連続性の無さこそが、彼を『世界の選択』たらしめているのだろう。
嵐のように去っていったあの男をなんとはなしにステラはそう結論付け、渡された『バッテリー』を光に透かした。
「『口に入れて噛み砕け』って……食べ物じゃないよね、これ。薬品でも摂取性物質でもないみたいだし、なかなか奇抜なモノ持ってるなぁ」
『バッテリー』と言うからには、このちんまりとした長方体の内部には魔力か邪気かそれに類するエネルギーが内包されているのだろう。
使用ごとに砕くということは、基本的に使い捨て。ともなれば、内包されているというよりこの金属片そのものがエネルギーの塊なのだろうか。
どちらにせよ。
(ありがたいことには変わりないね……デバイスの言ってた【楽園教導派】、つまりは組織的に攻めてくるってことだろうし)
頷いてコートの懐に『バッテリー』を放り込み、とりあえず『J-108』の書庫を目指そうと思い踵を返し。そして――
「いやあ、見事」
拍手を打ちながらこちらへ歩み寄る白衣の男を視界に認めた。
ぞわり、と虫唾が背筋を全力疾走する。その痩身からは邪気や殺気は微塵も感じられないが、それを補って有り余る生理的な直感。
(『白衣』ッ――――!!)
ヨコシマキメでの戦闘において、ステラの妹・『星』ことスピカ=トワイライトを間接的に殺害した邪気眼使い。何をおいても赦し難い、生涯の仇敵。
名前も容貌も知らないが、小アルカナの報告によれば侵入者は"白衣"を着用していたらしい。現時点でステラの持ちうる情報はそれだけだ。
「素敵な見世物だった。感謝するよ、お嬢さん。論文に行き詰まり窓の外を覗いたら、“偶然”に、とても珍しい光景を見ることが出来たよ」
目の前の男が『白衣』であるという確証はなく、むしろ邪気を感じない点を考慮するに唯の無能力者である公算が勝つ。勝つが。
それでもステラにとって白衣という装束は鬼門なのだった。両肺の間隙にて燃え上がる怨嗟と赫怒の炎を鎮火するのに、深呼吸を三回要した。
「ところでお嬢さん、君はこの大学の者ではないようなのだが…よければ、何処かで少し話を聞かせてもらえないか?
…はは、別に君が不審だとかそういうわけではないよ。安心したまえ──────
──────ただ研究を嗜む者として、「君に興味が沸いた」それだけの事なのだから」
このなか
「……行こうか、どっちにしたってここは危ないよ。貴方は『こっち側』の人間じゃないみたいだけど、どうして結界の中へ?」
男はアリス=シェイドと名乗り、ステラを伴なって戦場となった大学広場を去った。人払いの術式は範囲限定だったらしく、人影が疎らに見え始める。
ステラは束縛したプロブレム(気絶中)を引き摺りながら、それでも無能力者を危険に晒すまいとシェイドを護衛しながらついていく。
彼女は気付いていない。一歩前で無防備な背中を晒しながら歩みを進めるこの男こそが捜し求めた仇敵であること。そして――
これが最初で最後の奇襲の好機だったことを。
山下り
職務放棄で
秋葉原 ――Youichirou Yuuki's Sincere Poem
(小高い標高の山を駈け降り、灰色に霞む街を駈け抜け、)
(黄色ラインが車体に走った電車に飛び乗り、一時間十分揺られた後に電車から飛び降り、)
やぁって来ましたッ、秋葉原ぁぁぁあああぁあぁぁああぁああッッ!!!
(秋葉原)
(古き良き時代に電気街として名を馳せていたその街は、次元入り乱れる魔都と化していた)
(年がら年中文化祭のようなその雰囲気は現実と幻想の距離感を狂わせ、二次元に魂を葬られた者は数知れず)
(されど見方と歩き方を違わなければ、格好にして絶好なるタイム・キリング・スポット)
(日々絶え間なく繰り広げられるアトラクションの数々は、この街を訪れる人々の目を魅了して止まない)
(まるでそれを証明しているかのように、秋葉原駅の構内には雲霞のような人の群れがごったかえしてした――――)
(はずであったが)
……あれ?
(様子が、おかしい。)
(違和感の正体を探ろうと、鷹逸郎はホームで1人、見知らぬ土地に来た異邦人に似たたどたどしさで辺りを見回して、)
(――――――そして、発見する)
店が、…………やってない、?
(頼まれなくてもやっていそうな売店も、向かいに見える小綺麗なケーキ屋も、狭い割に品揃えのそこそこ良い本屋も、)
(そのどれもが地面に下ろしている灰色のシャッターは、「休業中」であることを示すものだ)
(……今日は平日だ。特別な休日という訳でもない。それなのに、ホームの店が全部、休業………?)
(そして、鷹逸郎は思い当たった)
(世界基督教大学のある山を下りて、たったさっき駈け抜けた街。そして、たったさっき飛び降りたばかりの電車。)
(アナウンスと車掌の声がしたから錯覚したのか。それとも興奮ゆえか。)
(『その道中、自分以外の人を、1人でも見たか?』)
ひ、人が……い、……いねえ…………ッッ!? 何だッ、どうなってんだこりゃあ………!??
(鷹逸郎には知るよしもない)
(東京という街は今、死んでいるのであった)
(――――――――――ここ『聖地』、秋葉原を除いて。)
(猛烈に沸き上がる不安を堪えながら駅の出口を抜けると、そこにはいつも通りの、人、人、人の芋洗い状態)
(普段なら嫌気が差すその光景を見て、鷹逸郎は安堵と共に不安と疑問に決着を付けたのだった)
……はは、そりゃそうだぜ。無人の秋葉原なんて、想像するのもバカらしいってモンだしな。
(頭の海を掻き分け鷹逸郎は進む。視界に流れる景色は、最近X-BOXで話題を沸騰させた、とあるAVGゲームに出てきたことで新しい)
(その影響か、いつもよりも人と騒がしさが増している気がする。安堵もつかの間、辟易しながら苦労して歩くと大きな通りに出た)
(”中央通り”)
(魔都、秋葉原を貫く、かつては週末に歩行者天国が開催されていたこともあるほど人通りの激しい大通りである)
(建ち並ぶビルの壁面に垂れ下がる「萌え」なイラストの広告は、いよいよ現実感を限りなく薄めてしまう)
(初めて訪れたときは目を白黒させた鷹逸郎だったが、しかし通い詰めればこの光景にも慣れたもの)
(鷹逸郎は広告の張り変わりを「へー」で済ますほどの圧倒的余裕をもって相変わらずの横断歩道を見渡して、)
…………。え゛?
(言葉を、失った。)
(地面に描かれた真っ直ぐな焦げ跡。その軌跡を辿っていくと、)
(大きく傾いたその角度は、空中での死闘をたった今終えて離陸したばかりの様相を気持ち纏った、)
(戦闘機。)
んなバカな!! …………、あ。
(思わず大声で突っ込んでしまう。周囲の白い視線に思わず顔という顔から小火が出火し…………、ない)
(肩すかしに「も゜ぇ?」なんて脳みそを半分持っていかれたような間抜けな声を出して、周囲の動かない視線を辿っていくとやはり戦闘機)
(空軍完全協力の映画とかでしか見かけないような、なるほど魅了されるほど完璧なラインを描いた美しい光沢の機体、)
(だけではなく、その上部と下部。)
・. ・ ・ ・ ・
(そこに見えたのは、二人の―――いや、三人の女性)
(全員が端麗な容姿だが、その中でも群を抜いた――鷹逸郎には「浮いている」ように見えるのだが――女性が1人)
(多少の変装はあるもののその姿は、CDのジャケットで穴が空くほど目にしてきたのだから見間違うはずもない)
(そう。”各方面各世界でその名を雷鳴あるいは閃光あるいは爆音の如く轟かせるアイドル中のアイドル”)
三千院セレネと最新鋭の戦闘機が中央通りでなんか変なことやってる!!?
「「「「「”様”を付けろよデコ助野郎ァッ!!」」」」」
いぃ!? その声は!! ってぐほぁッ!!?
(背後から浴びせられたその怒号に振り返る隙もなく、鷹逸郎はあっという間に地面へ組み伏せられた)
(彼の背にのしかかっているのは、どこから沸いたのか煩わしいほどの大人数)
(――いずれの身にも薄氷色の法被に、その後背部には『セレネ命』の達筆な印字。ドン引きである。)
「毎度毎度手を焼かせおって!! 我ら『三千院セレネ近衛隊』の前で彼の方を呼び捨てにするなど言語道断であるぞ!!」
「無駄deathよ、二番隊隊長。この者は”チャーム”されていないのdeathから」
「お、お、オレも呼び捨てにしたいぞぉおおぉおお!! でもダメだッ、あのオーラの前ではそんな不埒な真似はできねぇえぇぇぇええッッ8!!」
(アスファルトにうめいて這い蹲っている鷹逸郎の背で飛び交う声の主は、実に老若男女様々)
(ちなみに最初の声は80歳代のお爺さん、次が法被の下にメイド服を着た金髪ポニテロリ、最後は学ランハチ巻き眉太筋肉マン)
(どうしてこうなった。ドン引きである。)
いでででで潰れる潰れるぺしゃんこになるってぇぇええ!! 何百キロ乗ってんだ俺の体にぃいいいい!?
「おぉお、『セレネ近衛隊』のお出ましだぁあッ!!」
「となればすなわち、あの者もいるという訳だ。――――ふ、我らが《同胞》。《約束の刻》は近いぞ……!」
「っつーか10分も経ってねーぞ。駆けつけてくるの早すぎじゃねーか……?」
「キャァア! おじいちゃんが! 寝たきりのおじいちゃんがぁぁあぁああー!!」
(最初は鷹逸郎たちのすぐ側で立った喧噪は、瞬く間に人混みの全域へと伝播していく)
(どうやら彼らの競り合いは、この秋葉原では名物となっているらしく、その様子に首をかしげる者は見あたらない)
(むしろ、どちらが勝つかトトカルチョにまで発展している始末。こうなったら誰の手にも負えるはずもなく……)
(否)
「くぉらぁ愚民共ぉお!! 天下の往来で何ぐだぐだ騒いどるんじゃぁああ!!」
(スピーカーで拡声された妙齢の女性の大音声が響き渡る。騒がしさが爆発的に増す野次馬たち)
(これが聞こえたということは、数分と経たない間に、曲がり角を滑りながら白黒のパトカーがやってくるだろう)
(しかし鎮まる気配など微塵も見せずに場は盛り上がるばかり。どうしようもない。)
(が、人々の注目から『三人』が失したのは確かだ)
(群衆の隙間で、堅い大地に押し倒されている鷹逸郎が、『三人』に向かってにやり、と笑った)
(知ってか、知らずか。――だが、気づかれずに身を隠すなら今のうち、ということだろう)
セン カレ
(とある聖地で交わった三本(実は四本?)の『運命』に、無力な『選択』は交差する?)
「ピアノ、人が多い ここで変形は使わない方がいいぞ、混乱を招く」
「分かってるわよ…」
戦闘機と化しているピアノの周りにぞろぞろと野次馬が集まってくる
「けど、何なのよこの人はーっ!」
叫ぼうとするがぐっとこらえる 戦闘機が喋るという行為自体が非日常的だからだ
(外出規制はどうしたのよ…解除は…してないわよねー…)
インターネットを回る、外出規制は相変わらずだ 大規模掲示板「にちゃんねる」には、様々な憶測のスレが立っている
どれもこれもスレタイが関係ないものなのは削除除けだろう 邪気についてもタブーらしい
(こんなに人がいるの秋葉原だけじゃない… 何かあるの?)
更に調べようと思った時、その答えが目の前に現れた
「こんにちは、パイロットさん。私は三千院セレネ、この近くで握手会をしようとしていたアイドルです。」
(!!?)
ピアノにも負けないほど長いなめらかな金髪、絵本から飛び出したかのようなお姫様スタイル、それはもちろん顔にも言える
その姿は、そう
「セレネ様っ!?」
思わず叫んでしまう、慌てて口をつぐむが周りには気付かれなかった……
いや、気付かれないどころではなく、目の前に世界一のアイドルがいるというのに、全ての人の目があらぬ方向を見ていた
「?」
視点を後ろに回すと
「毎度毎度手を焼かせおって!! 我ら『三千院セレネ近衛隊』の前で彼の方を呼び捨てにするなど言語道断であるぞ!!」
「無駄deathよ、二番隊隊長。この者は”チャーム”されていないのdeathから」
「お、お、オレも呼び捨てにしたいぞぉおおぉおお!! でもダメだッ、あのオーラの前ではそんな不埒な真似はできねぇえぇぇぇええッッ8!!」
「えー」
背中に「セレネ命」と描かれた薄氷色の法被を着た一団がなんかよく分からん男を押さえつけていた
「たしか…『セレネ親衛隊』、だっけ? あれは引くわ―」
元来男に興味ない彼女にとってほぼ男で構成されたあの一団はいかんせん好かなかった。 というかリーダーがジジィの時点で(ry
しかしそれでは収まらない
「くぉらぁ愚民共ぉお!! 天下の往来で何ぐだぐだ騒いどるんじゃぁああ!!」
耳を張り裂かんばかりの大音量 周りに集まっていた野次馬達の騒ぎ具合はもはや「混沌」と呼ぶにふさわしい
「……ってこれチャンスじゃん」
今なら人の目が無い、急いで変形の解除を始める
ピアノの変形の仕方はいたって単純だ
変形したい機械を思い浮かべればいい 細部まで想像する必要もない、一度見た事がある程度の記憶で十分なのだ
しかしその特性上、実在する機械か漫画などに登場する絵の描かれたものでないといけない
その為知識や思い出の少ない人にはその能力を完全には引き出せないのだ
しかし、長い時間を過ごしてきたピアノの変形レパートリーは数知れず 世界中に蔓延する電波を傍受してはその変形の多様さを増やしている
「早く…早く戻って…」
現在ピアノが思い浮かべたのは自分の姿 元の姿に戻るために機械類が収縮を始める
しかし、故障が激しいためか、なかなか縮まらない
がしょん… ギギギィ…… きゅるるる…
所々に軋むような嫌な音が混じるが、問題なく収縮は出来ている 故障した状態での機械構築は今まで何度も行ってきた
しかしそれでも、歪んだ金属板を縮ませるのは容易ではなく 普段の倍以上の時間がかかっても収縮は終わらなかった
「あーもー!まだなの!?」
セレネ親衛隊とその他の騒ぎで自分に目が向いているのはそう長くない 誰か一人でもこちらを向けばそれでアウトだ
20秒近い時間をかけて、やっと元の姿に戻れた
「誰にも、見られてないよね?」
最後にブースター部分を背中に収納すると、背伸びしてあたりを見回す
気付かれた様子は無い と思っていた
「ねえねえ、あなたも機械生命体?」
「!?」
突如声をかけられ驚く、女の声だが 近くにそれらしき姿が見あたらない
と、頭に何か乗った
「え」
レイが口をдみたいにして自分の頭の上を見ている セレネ様も同様だ
「あれ…違う… じゃあ今のは何?幻影?」
慌てて頭をはらう
「わっ!危ないなあもう」
落ちてきたのは
「ねえ、さっきのあれ、何?」
身長20cm程度の 小人 だった
まあなんだ、色々起きた
簡潔に言うとさっきまで屋上にいたはずの人がいきなり目の前に現れて事故紹介したと思ったら右手に包帯という素敵ファッションの男が薄氷色の法被を着た一団に取り押さえられて、その後に拡声器による大音量で周囲が混沌の渦に巻き込まれた
全く簡潔ではないが必要な事だけ言ってもこれほど長くなるほど一瞬でいろんな事が起きたというわけだ
「…………」
レイはあまりのやかましさに顔をしかめる 元々夜族である彼女は人ごみは嫌いだし雑踏も好きではない
まあラスベガスや渋谷、歌舞伎町のように夜でも騒がしい街は多々ある
しかしいまの騒がしさは「混沌」の騒がしさだ これにはさすがに参るものである
しかしレイはそんな慌てふためく群衆達を警戒するように見ていた
後ろでピアノが変形の解除をしているからである
この騒ぎで人々の二人への関心は完全に吹っ飛んでいる、それをチャンスと思ったのだろう
ピアノは軋むような音をたてつつ元の少女の姿へ戻っていく 時間がかかるのは損傷が激しいからだろう
そりゃそうだ、ランディングギアが折れ、翼も穴が開いている コックピットハッチの接続部が歪んでいるのは私が蹴り上げた性だがまあどうでもいい
「………」
しかしまあ凄い騒ぎだ ある人は口々に話し合い、ある人は薄氷色の法被集団と素敵ファッションの男の戦い(?)にかけ声をかけたりしている
こんな騒ぎの原因は一体何なのだろう、ここまで人々が発狂しているという事は相当な事だ
あの薄氷色の集団が何か関係していそうだが、分かるのは背中の「セレネ命」という刺繍のみ
「…セレネ」
そういえば、と後ろを向き、先ほどまで屋上にいた女性に話しかける
「お前、さっき『三千院セレネ』と名乗ったな お前か?この騒ぎを作ったのは」
ちょうどピアノの変形解除も終了した 周囲に気付かれた様子は無い
「ピアノの変身解除のチャンスを作ってくれたのはありがたいが、さすがにこれはやりs」
「ねえねえ、あなたも機械生命体?」
「!?」
すぐ近くで声がした、周囲の騒ぎにも関わらずとてもよく通る澄んだ声
「え」
ピアノが呆けた声を出す そちらを向いてレイは唖然とした
「あれ…違う… じゃあ今のは何?幻影?」
ピアノの頭に小人が乗っていた
身長は20cmほど、長い黒髪を横で縛り、さらに黒い服を着込んでいる 白い肌と葉をモチーフにした髪飾りが栄える
「ねえ、さっきのあれ、何?」
小人は何とも無警戒にピアノに話しかけていた
…ふむ、「このなか」…か。それはあの場所に人を寄り付かせなくさせる何かがあった…ということかな?
いや、すまないが心当たりが無いな。強いて言うのなら三年前に買った安全祈願のお守りが内ポケットにあるくらいだ。
しかし…ふむ。水滴が鋭利な刃に変わったかと思えば、光を操りそれを光線と成して…まるで何処かの空想小説だな。
かといってこの目で見た以上、信じない訳にもいかない…か。
ククク…こいつは論文どころの騒ぎじゃないな。
どうやら、私はひょんな事から国家クラスの機密を目撃してしまったようだな?
(…ふむ、しかしこの女の衣装…極限までに人目を引くな…。
「邪気眼と白眼は相容れぬ」の言葉通り、邪気眼持ちはどこか浮世離れした何かを持つというが…。
学長の情報によれば彼女はステラ=トワイライト、あの面白頭と引きずられた女が《楽園教導派》の名称不明…か。
ふう…む。「光」の能力だったもんで勢いで話し掛けてしまったが…指令をこなす意味でなら隠れて見張った方がよかったか…?)
………そうだな。
(納得したように、一人で小さく頷く)
…なあ、ステラ嬢。
今後の行動についてなのだが…私はその、先程お目に掛ったその力に全く惚れ込んでしまった。
迷惑をかけるつもりはないから──貴方さえよければ、大学の案内を私に任せては頂けないか?
ああ、なにも案内と引き換えに力について教えろなどと言っている訳ではなく…あー、その、とにかく話せる範囲でいいんだ。
こんな気分を味わったのは久しぶりなんだよ…初めて見聞きするものを、より深く強く知りたいと思う「知の欲求」を覚えたのはな…。
…なんにせよ、とりあえず人目のつかない所へ向かわないか?
貴方の格好は正直目立ちすぎているし──それにその、貴方の手荷物が少し怪しすぎるだろう。
(そう言い気絶中の『プロブレム』を指差す)
「おおおおおおおおおおお腕力!!全☆開☆突☆破ッッ!!!!!」
最早一蹄の獣と化したヨシノは吼える。咆哮が響く度に全身の漸進たる前進は速力を増し、全裸幼女との距離を埋めていく。
もともとさしたる速さを持ち得なかった幼女の逃走は着実に捕縛という終着点へと引きずり込まれ始め、ヨシノは凄くイイ顔でそれを加速させた。
「ふふふふふふひひひひひひひひひははははははははははは!!!!!――――あれ?」
と、長い直線の廊下の終端で、角からこちらに曲がってくる人影を見つけた。あと五秒もすれば接触するであろう遭遇者は、ヨシノのよく知る風貌をしていた。
同時に心の底から湧き上がる恐怖、畏怖、被虐の記憶。つい先日共に戦った、ことあるごとに打撃斬撃銃撃で感情表現を行う破戒系修道女――
「姉さんんんんんんんんんん!!!???」
返答は、やはり銃弾によって叩き込まれた。
咄嗟に頭を抱えて身を丸め、自らの戒めとなっている巨刀の影に隠れることで迫る凶弾をやり過ごす。
サイレンサーによるものか銃撃音は空気の抜けるような掠音で、代わりに巨刀と銃弾が激突する金属音だけが耳傍でやけに響いた。
重厚な刃はそのまま背負う者の装甲となり、銃弾を弾き飛ばして天井へと埋める。蛍光灯を破砕したらしく白いガラスの粉が降って来る。
ヨシノは、ダンゴ虫になっていた。
「うわわわわわわわ何でこんなとこに姉さんが!?大聖堂はこっちじゃないだろう!さては手持ち無沙汰に散歩でもしてやがったな?くそ、暇人め……」
ふと巨刀の影から辺りを見回してみれば、幼女もまた銃声(正確には跳弾音)に驚きその足を停めている。
今から再び這いずって接近すれば捕獲は容易いだろうが、難問関門として修道女が彼我の間に仁王立ちしていた。
状況としては最悪劣悪凶悪の三語に尽きる。このまま再び両腕を踏み出せば、確実に正確な妨害が飛んで来るだろう。被弾は避け得ない。
だが。
それでも。
ここで停まってはロリコ……ゲフンゲフン紳士の名が廃るッ!!
「上等だ姉さん……邪魔立てするならば、あくまで俺の紳士的人生の壁となると言うのなら――俺はアンタを倒して先へ進むッ!!」
床に伏したまま両腕を大きく横へ振る。滑り出るように両の袖から現れたのは右手にボールペンのスプリング、左手に空のペットボトル。
片手でボトルに蓋を捻り飛ばしながら、右目に邪気を集約させ、解き放つ。
「封じろ――『倒錯眼』!!」
ペットボトルの"封入"する行為に対し能力を発動する。対象は、今を以って尚ヨシノの枷となっている巨刀。
栓を抜いた浴槽に発生する渦のように、巨刀の中心に生じた邪気の奔流はヨシノよりも大きな刀をブラックホールの如く縮小しボトルの中へ引きずり込んでいく。
全てが収まり切ると同時に床に落ちていた蓋が勝手に飛んできて口部と再会を果たした。ビデオの逆再生のようでもある。
「そして跳ね飛ばせ――『倒錯眼』!!」
巨刀を封じたペットボトルを懐に仕舞いこんだヨシノは伏せったままの態勢で跳ねた。スプリングの"跳躍"である。
天井スレスレまで跳ね上がったヨシノは蛍光灯の基部に足を付き、蹴る力に合わせて再び"跳躍"を発動。唖然とするアスラへと進路を向ける。
ロリコン
「これが俺の――俺達の力ッ!!」
跳ねる。
「克目して喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ピンボールのように天井で跳ね返ったヨシノは、そのまま生涯の障害へと渾身のフライングクロスチョップを叩き込んだ。
『練議苑』を満たす擬似的な冥夜に溶け込んだ無数の棘が、彼の左の肩口や腕を貫いている。
突然の被弾と出血に『魔術師』は大きく三歩後方へ飛び退いた。
スマイリィから視線は決して逸らさず無事な右手を左腕へと這わせる。
撫でて圧迫してみると皮膚の内に炎が灯ったと錯覚するような熱と痛みが走る。
傷は然程深くない。
「ふふ、何事かと思いましたが……! 所詮は痛痒! 私の筋肉には細微な瑕疵に過ぎませんなあ!」
言葉と同時、『魔術師』は両腕を頭上へと掲げた。
間髪を入れずスマイリィは身構えるが、彼の行動は攻撃の為の物ではなかった。
両手を首の裏側で組み、肘を突き上げ丸太も顔負けに隆起した上腕を魅せ付ける。
しかしそれですら、本命では無かった。
腕が取り払われた事により、地割れの如く深い亀裂の走った腹筋が露になる。
その硬度を知らしめるように照り輝く六つに割れた腹筋は、最早西洋の甲冑と称しても遜色なかった。
更に本命は一つではない。
『魔術師』の体を支える二本の脚もまた、一見すれば悍ましいとさえ思える程に膨張し、
だが今にも開花を迎えようとする花弁の如く繊細な震えを以ってして、内包する美を誇示していた。
剛健とした力瘤を主張する健脚は傑出を極めており、彼の腕を丸太と喩えるならば、彼の脚は屹立する大樹そのものだ。
『魔術師』が誇る渾身のポージングに対して、スマイリィはと言うと。
「……っ! だから! その破廉恥なポーズをやめて下さい!」
空気に溶ける敵意の濃度が増して、空間そのものが粘り気を帯びた錯覚が走る。
再び、虚空から無数の棘が生まれた。
棘は一本一本が命ある蛇宛らにうねり『魔術師』へと迫る。
しかしそれら全てを掻い潜り、彼はスマイリィの懐へと潜り込んだ。
敵方とは言え相手は少女。手荒な真似は出来るだけ控えたい。
故に彼が放ったのは腹部を狙いとした当身の右拳。
心の臓を穿ち、呼吸の権利を奪う事で相手を昏倒せしめる事を旨とした一撃は狙い通り、彼女の胸に命中する。
「……ぬっ!?」
拳は間違いなく命中した。
けれども『魔術師』の腕に伝うのは鉄塊の如き手応えではない。
喩えるならそれは雨上がりの泥濘に足を踏み入れたような、どうにも手応えに乏しい感覚だった。
見れば彼の拳は、何やら半固体状になったスマイリィの腹部に飲み込まれている。
一旦手を引き距離を取ろうと試みるも、拳が抜ける気配は無い。
代わりに襲い掛かるのは、伸び切った彼の腕を断たんと降り注ぐ、やはり虚無から兆したギロチンの刃だった。
「だが……甘い甘い! 我が筋肉の前にはその程度、髭剃りと同じ!」
右眼に紅蓮が迸り、右腕の筋肉のみに『一級』の硬質さが付与される。
邪気不足にある今、全身を強化するような真似は出来ない。
ギロチンが己の薄皮一枚を裂くに留まった事を確認すると、『魔術師』は次に左拳を邪気で飾る。
筋肉ではなく拳自体に『一品』の衝撃を与える事で邪気の消費を軽減し、彼は鞭撻の如き左拳を再び、スマイリィの胸元へと放つ。
拳はまたも彼女を捕らえ、だが帰って来る風合いは鉄塊でも泥濘でも無かった。
渾身の拳の見返りは、空洞だった。
中に何も存在しない風船を叩いたような、儚い手応え。
今度こそ『魔術師』はこの謎の感触の正体を見極めなければと危機を覚え、
残り僅かな邪気を消費して『一旦』彼女との距離を取った。
「出所不明の攻撃、不自然な肉体の変化、そして空虚な手応え……」
思考を纏める意味と牽制も兼ねて、彼は敢えて考えを外部へと流す。
同時に更に邪気を費消する代わりにスマイリィの意識を己の声へ集中、『一意』させる。
戦闘に間隙を設ける事で結果的に回復や思考が可能となるならば、多少の消費は問題とはならない。
果たして沈黙と不動を守るスマイリィを前に、『魔術師』は宣言する。
「その異能、正体見極めり……とでも言いましょうか」
彼を睥睨する相貌が剣呑に細まった。
構わず、彼は続ける。
「貴女の能力は恐らく、自らの存在と引き換えに何物かを顕現する力。そうでしょう?
一時的に臓器を引き換えとすれば、打撃のダメージを軽減しつつ攻撃も果たせる。
更には表面的な変化が無い為に能力の秘匿にもつながる。中々に奇妙な攻防一体ですね」
推論の正否は、スマイリィの表情が語っていた。
先ほどまで細められていた目は怒りか驚愕かに見開き、下唇は無意識の内に噛まれて可憐な桜色を真紅へと変色させている。
「……したり顔で解説しちゃって。それがどうかしたんですか? 能力がバレた所で、私の『ギフト・ドメイン』に欠点はありません。
寧ろ……そうやって暴いてくれた方が楽でいいですよ。……もう隠し立てする事もなく、思う存分やれますからね!」
能力が露呈した今、制約を掛けてそれを秘匿する意味はない。
全身を陽炎のように揺らめかせ原型を無くしていくスマイリィに、『魔術師』は緊迫の面持ちで拳を構えた。
知っていることと目の当たりにすることは違う。
インターネットが発達し、CATVではいつでも世界遺産が見れるようになった現代でも実物を見るのはやっぱり違うものだというような偉大なハムスターの言葉もある。
というわけで、彼女は今、2つのことに驚いていた。
時は数分前に遡る。
セレネは所属不明の戦闘機とそのパイロットと今まさに接触するところだったその時、
『三千院セレネと最新鋭の戦闘機が中央通りでなんか変なことやってる!!?』
背後から不意打ち。しかし彼女が後ろをみると、その言葉を最後にフードに包帯という邪気スタイルの典型例は、押し寄せる人だかりに飲み込まれていった。
(まったく……いくらファンの自主的な集まりとはいえ、あたしの名を冠した軍団が街中でこんな暴動を起こすのも考えものよね。
パ ト カ ー
ほら、案の定「純白と漆黒を纏いし取締役」がいらっしゃったし。あとで『調教』してあげようかしら…)
などと物騒なことを考えている彼女に、太刀を持ったパイロットが話しかける。
『お前、さっき『三千院セレネ』と名乗ったな お前か?この騒ぎを作ったのは』
(あ…れ?どうやら壮絶な勘違いを受けているような。この騒ぎを作ったのがあたしだったら人だかりを集めたのもあたしということになって…)
あらぬ方向に思考を展開しながら彼女が振り返ると、1つ目の驚き、飛行機が収去されていくではないか。
(もしかして……邪気眼? 邪気が出てるのは感じてたけど、まさかあれが邪気眼の生成物じゃなくて邪気眼使いそのものだったなんてね。)
初めて目の当たりにする現象によって生じた虚、彼女が返答する前に次の言葉が投げかけられる。
『ピアノの変身解除のチャンスを作ってくれたのはありがたいが、さすがにこれはやりs』
『ねえねえ、あなたも機械生命体?』
2つ目、飛行機「だった」人の頭の上には、紛れもない小人がいた、否、いるように見えたのである。開いた口が塞がらない。
「やっぱり現物を見るとびっくりしちゃうものね。まあいいでしょう。とにかく、今はさっきの彼が身を挺して作ってくれたチャンスに乗るしかないんじゃない?」
彼女は当面の驚きを無視して進むことにした。
そういえば、さっきの男は「世界の選択」に似ていた気もするけどそれなら助けるまでもなく自分でどうにでもなるだろうと思い直して話を進める。
「このビル、さっき私が買っちゃったの。人が3,4人隠れるには十分でしょう?」
剣士に飛行機人間に小人。どれも話を聞いて損はないだろうが、現状、場所を変えるのが先決だろう。
大気を抉り抜くローキックを、一足の後退でいなし、
続いて間髪入れずに猛襲を仕掛ける右の中段蹴りは、掌に生じる『壁』で防ぐ。
連撃への対応は苦しい。やむを得ず、大椅子のある壇上から退却した私を、
しつこく追尾して放たれた飛び蹴りは、敵ながら鮮やかかつ鋭い。
血塗れた大戦槍の穂先もかくやと迫るその足先を、相変わらず『壁』で受ける。
彼のスタイルは、拳の使い方はまるで成っていなかったが、蹴りには独特の鋭利を感じた。
弾かれた『審判』君は宙に踊り、着地しながら、私に血眼を向ける。
壇上を離れて対峙した。これで、足元に注意を向けることなしの立ち回りを続けられる。
「もう止したまえ。私はじゃれ合いをしに来たわけではない。
汚らわしき邪気眼使いを誅しに来たのだ。駆け出しの格闘技者には下がって頂こう。」
「るせェ!こっちの事情もちったァ汲みやがれ!」
スーツに両手を封じられて、よく吼え立てる男だ。
気勢を伴い、私の上体に向け、前蹴りの集中砲火を浴びせに掛かるが、
悲しいことには大よそのルーチンが透けてしまって、もはや威嚇の用さえ為さない。
『壁』を作るまでもなく、体幹を傾けるだけで、彼の脚は空を切る。
一際の気力を込められた必殺のハイキックを、オーバーアクションでかわしつつ、
首に躾けていたナロータイを素早く解き放つ。
鞭の要領で十文字に打ち振るわれたそれは、彼の細身を縦横に打ち据える。
気に入りらしいジャケットは、撃を受けてところどころ破れ、
その内から、生地の色から搾り出されたかのような、紅が迸った。
彼の怯んだ隙に、先まで鞭の体だったナロータイはフェンシングサーベルの魂を宿し、
全霊の踏み込みから生まれる、必殺の刺突を繰り出す。
が、彼も素人ではない。ナロータイの切先を横っ飛びに避けながら、
私の背側に回り込んで、腰辺りに蹴りを掠らせてくれた。
勢い余りながら、よく手入れされた床を前転し、片手と膝をつきながら彼に向き直る。
先程とは立ち位置を交換する運びになった。間合いは広がっている。
「……暗器使いかよ。」
「そう見えるのかね。私としては、どう受け止めてもらっても構わん。
もっともその場合、君は暗器と異能の二刀を相手取る事になる。
余り自分にプレッシャーを掛けすぎるなと、忠告しておこう。杞憂に押し潰れても知らんよ。」
勿論、暗器ではない。異能力により、タイの繊維に適当な硬度を与えて、即席の武器としたのだ。
『壁』の原理も、簡単極まりない。空気を固めた、ただそれだけのこと。
スーツの手錠にしても、一瞬間のみだが、生地を液状化させ、
彼の手首より先を飲み込んだことを確認して、元の固体へと戻した。
いずれも基礎的な活用ではあるが、だからこそ、戦場において汎用性のある効果を発揮する。
また、飽くまでも刹那的な発動に限る為、能力の根本を悟られにくい。
殊更、いかにも直情に任せた性格者らしい『審判』君には効果覿面であろう。
それにしても――。
「アルカナは組織本部内に、招かれざる客人の侵入を許している。死力を尽くした対応を取るべきだ。
ところが君はどうしたことか、不可解な一個人の感情に寄って、最適の措置を避けている。
どうも、組織人たる動向から外れているようだ。それとも……アルカナとはその程度なのかね。」
答えは返ってこない。代わりに、眉間が痙攣するのが確認できた。
余程、舌戦に向かないのか、挑発に弱いのか、或いは頭脳が鈍いのか。
いずれにせよ、曲者揃いらしいアルカナでの生活には苦労したろう。哀れだ。
「獅子搏兎。」
「皮肉なら腹一杯ェだ。何せこっちゃあ、一人、シニシズムの専門家を抱えてるからな。
それとも、手前ェら方のモットーの紹介か?ダブルミーニングの言葉遊びは、仲間内だけでしておけよ。」
「……思いの他、聡い。ところで私は、現状にあって、こう考えるところもあるだがね。」
我々強襲隊は事に当たるにおいて、常に全力を傾けて、遂行に邁進する。
スクランブルはやや不真面目な男だが、決して手抜きをする杜撰な性格ではない。
時として人は、我々の尽力を必死だと、無様だと、嘲笑う。
しかしそんな彼らは、任務後に舐める、勝利の美酒の味わいが如何ほどかを知らぬ愚者に他ならない。
もっとも、我々が酒のみに生きるわけではないが、やはり粉骨砕身に徹しなければ、甲斐というものがない。
とは言え、今件ばかりは、こう零さざるを得なかった。
「――蝿を追う獅子はいない。」
こうまで屈辱を誘う挑発をしてでも、彼の動きに変化がなければ、
もはや容赦も余興もあったものではない。能う限り速やかかつ事務的な抹殺を進める。
しかし、その方針は無用のものだった。じわり、染み出すようにして、彼の四肢から殺気が伸び上がる。
いきり立つ彼。全身を躍動させて突貫する。その背には、大鵬を欺く両の巨翼が、正しく見えた。
迎え撃つ私。床から手を離さぬまま、ワイシャツのボタンの上から二つを外す。大分に楽になった。そして、笑う。
『審判』君に漲る速力は、予想外の勢いを示した。加速と言えばセカンドだが、流石に彼とは比べぶべくもない。
それにしても速いことは速い。一気に私の眼前まで肉薄し、身体を旋風と回旋させるのは、バックスピンキックの予備動作か。
しかし、彼の膳立て通りには進まない。満身の力を込めて踏ん張った軸足が、確固としたはずの床にぬめり込む!
私の目には、青ざめた顔から冷や汗の飛沫の散るのが視認できた。
立ち上がり際に、彼の左脚の脛のから下ほどが、完全に床へ埋まっている様を見る。床は既に固体へと戻った。
両脚とも封じるつもりだったが、戒めたのが片の方だけとあっては、愉快も半分だ。
しかし、たとえその愉快が二半分になろうと、四半分になろうと、私の腹から嘲笑をひねり出すには充分に過ぎた。
「オオイエバエを知っているかね?奴には随分ご大層な複眼が備わっているが……、
その実、視覚受容器としては全く機能を果たしていないそうじゃないか!
……君は正しくそれなのだよ。君に、我が異能の真(まこと)が少しでも分かるか?
何も見えず、何も分からず、無明の世界に果て行く、その絶望の濃度を教えたまえ!!」
彼の首根っこを引っ掴み、その肉体を徐々に溶かしてペースト状にしてやっても良い。
しかし、余りの接近は禁物だ。彼が「節約」を打ち切らない保証はない。
彼の素肌に触れた瞬間、私の躯体が存在を赦される否かは、彼一人の匙次第だ。
しかし、料理の仕方はある。一歩二歩と後退しながら、腕を振るって空気を擲つ。
空気は液体へ変化しながら、彼の顔面付近へと飛びつき、鼻や口の腔に纏わり付いて離れない。
液体化された空気中の成分は変わらない。つまり酸素はそのまま含まれている。
よって、呼吸に寄っての、肺臓中での酸素対二酸化炭素の交換は、本来ならば問題なく行われるに間違いない。
しかしそれは、液化空気が気道を解して、無事に肺まで到達できればの話である。
悲しいことには、どうしても液体は食道の方面を通る。結果だけを示すならば、つまりは、窒息。
彼は眼を剥いた。喘いでいる。何事か叫んでいるらしい。空気に溺れる恐怖、如何ばかりか、想像するだに微笑が漏れた。
「皆よ。そこの『審判』とやらは無力化された。捨て置いて宜しい。万一に息が残るようなら、始末を頼む。
私は、この一室から逃げおおせた、他の大アルカナを追跡しよう。皆も、この場での制裁が済み次第、後に続け。」
結局『審判』は――もはや君など勿体無い――最後まで目覚しい活躍を見せることはなかった。
邪気眼も泣いているだろう。彼が、がくりと頭を垂れたのを確認して、特殊デバイスを用いた転移の容易をする。
まずはこの本部周辺へと向かい、敷地からの脱出を図りかねないアルカナ幹部の動向を監視すべきか。
それにしても残念なことには、『審判』の下げたネックレスの真価を垣間見る事さえできなかった。
何れにせよ、引き上げる時分にでもブツを頂戴して、しかるべき研究を進めよう。翠に包まれて、空間を跳ぶ。
自由野郎としては、若王に向けた、ヨコシマキメ遺跡追跡失敗の知らせが火急だった。
失敗か否かの判断は付けづらいが、ともあれ、これ以上の捜索は難しい。手掛かりがない。
依頼遂行の不首尾による信頼失墜は避けられる筈もないが、報告の遅滞はなお不味い。
しかしその一方で、偕老同穴までの随行を命じた例の巨刀が、手元になくては落ち着かない。
世界基督教大学の敷地を右往左往しながら、
ほぼ全身を戒めている包帯を遠慮なく引き千切って、芝生の上へ撒き散らした。
若々しい緑に、ややくすんだ白が差す。一瞬間に、白砂青松の感が閃いた。
彼はその四字を知らないが、交錯した二色の微妙に、不思議な感動を覚えた。
粗彫りの木像に、無頼漢の魂魄を呑ませたような男だが、それなりの感性は備えている。
剣を求める。人目を振り払うこともせず、並木の凱旋を浴びながらずかずか行く。
有閑学生が、彼の背後に注視の印を刻む。三つ四つ、印は増えるばかりで数え切れない。
ところが自由野郎は、羞恥だとか臆面だとかいうものを、丸で捨て去ってしまっている。
余程精神の鍛錬ができている。肉体のみならず、心にも筋肉を付けたいという者は、是非彼に頼むと良い。
心臓からの発毛を以っての免許皆伝まで、しかめ面の御旗の元、無事に導いてくれるだろう。
自由野郎は広大すぎる大学の敷地を、気の済むまで徘徊しつくした後、
学生らの視線を避けるでもなく避け、太陽に背くでもなく背き、
やがて彼の歩みは、自然と、大学の建造物へと向いてくる。
洗練されたシルエットをした学構の、これまた瀟洒なデザインの扉を傾けながら、くるくると忙しい清掃員に会釈をする。
桃色の制服を纏った中年女性は、警戒と愛想が争った末の、複雑な顔面の造作を見せた。
構内の人影は疎らである。自由野郎は人目を余計に気にしなくなった。
円窓の連なる通路がある。随分に洒落ている。彼にはそれが珍しい。
廊下の床は、影と陽光の斑ができている。彼は嬉しくて楽しくて、しばらくそこを往復した。
場所を移す。歩く内に、円形の内壁に庇護されるかのように、螺旋階段が生えている小部屋を見つけた。
生えている、と言う他の表現は相応しくない。階段と部屋の内装は、それほどに自然な調和を保っていた。
ここは学び舎と聞いていたが、むしろ、美術の離宮へ迷い込んだ気がする。
自分の暮らした地域では、こんな立派な物件は立たない。生きる術を探す内、日が落ちるのだ。
やはりここは、自分の知らぬ土地だなと、今更の様に確認しながら、自由野郎は螺旋を上る。
上りきった彼の肌が、急に冷やりとした。すぐさま、単なる幻覚らしいと思い直す。
壁も、天井も、空気まで真白のところへ出て、鮮烈な白を浴びた為、視覚効果が、触覚の方面へも作用したか。
戦闘において、隔てられたはずの五感の間を縦横に駆ける奇妙な感覚を、幾度となく味わった彼だが、
単なる日常の内でもそれを覚えるものかと、新鮮な気になる。或いは、異国の空気に当てられ、表皮が敏感になったのか知れない。
廊下の壁面には、扉が並ぶ。更にはそれにガラスがついて、中の様子を伺えた。
いわゆる、教授達の為の研究室棟に出た。デザインにお遊びが見られないのはその為である。
ところが自由野郎には、そんな事情が通用する筈もない。適当なドアを選んで、静かに部屋へと失礼した。
室内には、黒髪の女性がいた。机の上にPCを備え付けて、何をしているかは不明瞭だ。
自由野郎は、秘かに彼女の背後に立つ。やがて質問を繰り出した。
刃を見なかったかと。マイナーではないものの、訛りのひどい、例の言語を用いて。
自由野郎としては、若王に向けた、ヨコシマキメ遺跡追跡失敗の知らせが火急だった。
失敗か否かの核心は付けづらいが、ともあれ、これ以上の捜索は難しい。手掛かりがない。
依頼遂行の不首尾による信頼失墜は避けられる筈もないが、報告の遅滞はなお不味い。
しかしその一方で、偕老同穴までの随行を命じた例の巨刀が手元になくては落ち着かない。
世界基督教大学の敷地を右往左往しながら、
ほぼ全身を戒めている包帯を遠慮なく引き千切って、芝生の上へ撒き散らした。
若々しい緑に、ややくすんだ白が差す。一瞬間に、白砂青松の感が閃いた。
彼はその四字を知らないが、交錯した二色の微妙に、不思議な感動を覚えた。
粗彫りの木像に、無頼漢の魂魄を呑ませたような男だが、それなりの感性は備えている。
剣を求める。人目を振り払うこともせず、並木の凱旋を浴びながらずかずか行く。
有閑学生が、彼の背後に注視の印を刻む。三つ四つ、印は増えるばかりで数え切れない。
ところが自由野郎は、羞恥だとか臆面だとかいうものを、丸で捨て去ってしまっている。
余程精神の鍛錬ができている。肉体のみならず、心にも筋肉を付けたいという者は、是非彼に頼むと良い。
心臓からの発毛を以っての免許皆伝まで、しかめ面の御旗の元、無事に導いてくれるだろう。
自由野郎は広大すぎる大学の敷地を、気の済むまで徘徊しつくした後、
学生らの視線を避けるでもなく避け、太陽に背くでもなく背き、
やがて彼の歩みは、自然と、大学の建造物へと向いてくる。
洗練されたシルエットをした学構の、これまた瀟洒なデザインの扉を傾けながら、くるくると忙しい清掃員に会釈をする。
桃色の制服を纏った中年女性は、警戒と愛想が争った末の、複雑な顔面の造作を見せた。
構内の人影は疎らである。自由野郎は人目を余計に気にしなくなった。
円窓の連なる通路がある。随分に洒落ている。彼にはそれが珍しい。
廊下の床は、影と陽光の斑ができている。彼は嬉しくて楽しくて、しばらくそこを往復した。
場所を移す。歩く内に、円形の内壁に庇護されるかのように、螺旋階段が生えている小部屋を見つけた。
生えている、と言う他の表現は相応しくない。階段と部屋の内装は、それほどに自然な調和を保っていた。
ここは学び舎と聞いていたが、むしろ、美術の離宮へ迷い込んだ気がする。
自分の暮らした地域では、こんな立派な物件は立たない。生きる術を探す内、日が落ちるのだ。
やはりここは、自分の知らぬ土地だなと、今更の様に確認しながら、自由野郎は螺旋を上る。
上りきった彼の肌が、急に冷やりとした。すぐさま、単なる幻覚らしいと思い直す。
壁も、天井も、空気まで真白のところへ出て、鮮烈な白を浴びた為、視覚効果が、触覚の方面へも作用したか。
戦闘において、隔てられたはずの五感の間を縦横に駆ける奇妙な感覚を、幾度となく味わった彼だが、
単なる日常の内でもそれを覚えるものかと、新鮮な気になる。或いは、異国の空気に当てられ、表皮が敏感になったのか知れない。
廊下の壁面には、扉が並ぶ。更にはそれにガラスがついて、中の様子を伺えた。
いわゆる、教授達の為の研究室棟に出た。デザインにお遊びが見られないのはその為である。
ところが自由野郎には、そんな事情が通用する筈もない。適当なドアを選んで、静かに部屋へと失礼した。
室内には、黒髪の女性がいた。机の上にPCを備え付けて、何をしているかは不明瞭だ。
自由野郎は、彼女の背後に立つ。やがて質問を繰り出した。
刃を見なかったかと。マイナーではないものの、訛りのひどい、例の言語を用いて。
二重投稿失礼
(数分後。)
(中央通りをドリフトで土埃を巻き起こしながら、丸っこいパトカーが到着した)
(曲線を主とした可愛らしいデザインは、秋葉原署が採用している婦警用のパトカーの特徴である)
(やんややんやとなぜか盛り上がる群衆達)
(連行された屈強な犯罪者が蹴破ったようににドアが開かれ、青い制服を纏った若い婦警が出てきた)
(ただし、肩で揺れる長髪をキンピカに染めた、だ。)
「ゥオラ愚民共ォッ!! いい年こいてピーピー騒いでんじゃねえッ!! 交通の邪魔だ歩道を歩け歩道をォッッ!!」
(まだ二十代であろうその潤った唇から、ドス利いた大声が『聖都』中へと響き渡る)
(喝采に湧く野次馬たちの尻をズカゲシとハイヒールで足蹴にしていく婦警(仮))
(彼女が通報されそうなノリだが、これでも警察官の端くれである)
(鷹逸郎たちもとりあえず、近くの歩道へ退散することにした)
(秋葉原の統一性のないカオスな店並びな歩道)
(先ほどまでの騒ぎは何処へ行ったか、人々は早くもいつもの喧噪に戻りつつあった)
(毎日が”オマツリ”なこの街では次から次へと騒ぎが起きる。いつまでも一つの話題を引きずったりはしないのだった)
(さて、歩道の手すりには鷹逸郎が腰掛けている。)
(そして彼を取り囲むように集まった、薄氷色の法被軍団、『セレネ近衛隊』)
(この構図だと、どうも手すり際での追い詰める側と追い詰められる側の攻防のような感じだ)
(ロリメイドは、ぴょんぴょんと跳んで群衆越しに周囲を確認し、青年をじとりと見据える)
(まだあどけない面影が残る表情は西洋人形のように可憐で、無表情。)
(だが彼女の務める喫茶では「それがいい」と高評価、『秋葉原メイド五傑集』に数えられる人気を誇っている)
(しかし彼女も人間である以上、表情は存在する。それが九割九分九厘方分からないほど微々というだけだ)
(鷹逸郎は少女の表情が分かった。なので双眸に瞬いている「してやった」輝きに、思わずギョッとしてしまう)
コンプリート
「セレネ様は、無事身を隠せたようdeath。――――これで作戦成功deathね? ヨウイチロー」
……え゛。も、もしかしなくてもー………、バレバレてるてるぅう!!?
「狼狽えるでない、若造。我ら『セレネ近衛隊』、セレネ様の御活躍を助け、祝う事を何よりの務めとしておる」
「むやみに騒いで、セレネ様が迷惑すんのはオレ達もイヤだっつの。ま、一端の隊の長ならそんぐらいはピンと来ねえとよ!」
(うんうん、と頷く法被姿の老若男女。米寿のお爺さんは学ラン脳筋の頭を「若造が」と杖で小突き、それを横目にshine、とロリメイド)
(…これは根拠のない憶測だが。あの野次馬たちも同じくそれを分かって、あえて騒ぎに乗ってくれたのかもしれない)
(いくら何でも全員が全員、「あの」セレネから、しかも数分も目を離すなど考えがたいのだ)
(もし有り得るとするなら、意図的なもの。)
(つまりあの場にいた全員がセレネを巻き込まぬよう暗黙のうちに了解し、あえて騒乱の的から外すように次なる騒乱に飛び移った)
(……これも少し考えがたいが、鷹逸郎は何故かその仮説に自信を持つことができた)
「握手会の開場は、今からちょうど30分後death。セレネ様ファンの一人なら、決して遅れないようお願いするdeath」
(そんなロリメイドの忠告を捨て台詞に、近衛隊の面々はさっさと会場のCDショップへ向かってしまった)
んなこと言われてもな……すぐそこに見えてるじゃねえか、CDショップ。っつか、セレネ達は一体何処に隠れたってんだ?
(それとなく辺りを見回してみるが、この人ゴミではとても個人識別レベルでの見分けなどつきそうにない)
(あの足でCDショップに直行したとか? ……まさか。それなら進行方向で、少なからず何らかのリアクションがあるはずだ)
(と、するなら……。鷹逸郎の、ふと直感で目を向けた先。)
(そこには「いかにも」な、人気も生気も感じないボロボロのビルがそびえていた)
い、いやほら、もうすぐ握手会ですよーって教えてやらねえとさ……ぬ、抜け駆け!? ははっははそんなまさかぁ!!
(カツン、カツン、)
(セメントの階段を叩く靴音がコンクリートビルに反響して、独特の余韻が何となく鷹逸郎の不安を煽る)
(使われなくなって久しいらしく、中はずいぶんとほこり臭い。何度か深呼吸すれば、咳を飽きるほどできるかもしれない)
(外観からしてこのビルは12階建て。5階ほど上ってみたが、アイドルどころか鼠の気配さえ微塵もしやしない)
(そこら中に散らばる石クズや紙くずを見て、まあこれではドブネズミにだって好かれねえよな、と引きつり気味に笑ってみる)
(こんな場所に長居して喘息になりでもしたら、握手会とかそういう次元の問題ではなくなってしまう)
(6階まで調べたら、もう諦めて握手会へ行って列に並ぼう。そんないやに消極的な決心をして、6階へと到達しようとしたその時)
(音が、した。)
(鷹逸郎の立てた物音ではない。いや物音というよりは、連続した……そう、「話し声」のようなものに近い)
(その「話し声」も、独特の反響と余韻で鷹逸郎の耳に聞こえてくる。だが他人の声だとそんなに恐怖心も煽られなかった)
(誰のだろう。女性のものだと分かる。セレネにしては少しハスキーな気もするが、いずれにせよ確かめてみる価値はありそうだ。)
(驚かしてはまずい、と、足音を立てぬようにしてそーっと、そーっと端から見ると変態のような動きで階段を這うようにして上る)
(そのまま6階へと続く最上段の一段下から、声の主を覗き見るべくゆっくり顔を覗かせた。)
(――――――そして、鷹逸郎は、見る。)
(廃墟であった。今や何もかも取り払われ、空間だけが残されたそこは、殺風景という形容が合致する)
(かつて窓ガラスであったろう壁一列に並んだ四角い穴から、明るい陽光と騒がしい喧噪がダイレクトにビルの中へ届いてくる)
(今はまだ昼時の日中。燦々と光る太陽の恵みは、その「女性」のシルエットをありありと克明に浮かばせた)
…………、……は…?
(それは、鷹逸郎のよく知る”「人」の姿”をしていなかった)
(女性にしては、何かずんぐりとした感じがする。肉体的にではなく、服の下に一枚、いや二枚三枚は着込んでいるような不自然さ)
(目を凝らして見てみると、多少の色彩が鮮明になった。服装もこじゃれた洋服などではなく、物騒な、何と言うか、警察の機動隊が着込むような……)
「……はい。計画は極めて順調に推移。アキハバラや《異教の神殿》を除く、トーキョー全土の住民避難を確認。
………はい。アキハバラを除く都民は全員、家屋の中へ避難を……。…はい、『創造主』様のご賢察がまさしく的中した形に……」
………ッ!?
(思わず、耳を、疑う。)
(何だ…? 避難? …『創造主』……!? そんな単語を、まさか秋葉原で聞けるとは!)
(分からない。どういうことなんだ。それに「アキハバラを除く」、ってどういう意味だ……? 鷹逸郎の全身を這い回る、悪寒………)
「はい。…では、現在のアキハバラにい…人数で事足り…と。はい。…全出口封鎖、……魔法陣の図画は五割方……。
エ デ ン
【楽園教導…】の皆さんは……、…良いのですか? ……分かりました。…では術式の発動を確認次第、………」
(何だ? 何だ!? 何を話している!? 現在のアキハバラにいる人数って何だ。全出口封鎖? 魔法陣の図画!?)
(エデンって、ステラが言ってた、襲撃してきた奴らの名前だったはず……良いのですか、って? どういうことなんだよ一体!!?)
(廃墟ビルは不気味なほどの静謐で、そこに聞き違える要素は何処にもない………おかしいのは、どっちか)
「作戦内容を繰り返し……。 サル
アキハ…ラの全出口を封鎖。現……にいる”人間た…”は魔法陣に「使用」した後、《異教の猿》と共に《Yウィルス》の被害者として政府を通し発表」
(―――――――ッ!?)
(思わず悲鳴が漏れそうになった口を、両手で抑える)
(盗み聞きしているだけの鷹逸郎には具体的な内容は未だ分からなかったが、その言葉のはらんだ不穏な気配はしっかり知覚できた)
(聞かれてはまずい会話なのだ。だから、こんな人の寄りつかなさそうな廃墟ビルの、しかもわざわざ6階に上ったのだ)
(そして、自分は、それを、聞いてしまった)
(……この瞬間、やっと自分の立場をはっきり認めることができた。見つかる訳にはいかない。ゆっくり下に降りて、脱出を――)
「【楽園教導派】は魔法陣発動を確認した後、――――――」
(……………唐突に、女性の声が、止んだ。)
(…何だ? 何か緊急事態でも起きたのだろうか。人影は微動だにしない。通信機器の異常なら、応答の確認をするはずだろう)
(これは何かに似ている。そう、まるで話してる最中に、何か気になるものでも見つけてしまったよう……、な…………)
(……目を凝らしてみる。)
(目が、合った。)
ひ・・…ッ、違…あああぁあ…ッ!?
(電流でも流されたように、身体がビクリと反射をする。上擦った声が喉から漏れた。ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。)
(逃げなければ。何処へ? 下へ? ダメだ。じゃあ何処へ? 上へ? 上へ! 上へ、上へ上へ上へ!!)
(6階へと躍り出て、反応がある前にすぐさま7階への階段を駆け上がる! 何でもいい! 上へ! 上れ!! 早く!!)
くそッ、くそぉッ!! ちくしょぉおおおぉおぉぉおおぉおおおおおおおおッッ!!!
(それは奇しくも、セレネ、レイ、ピアノが身を隠したビルの、…すぐ隣での出来事だった)
(鷹逸郎の立てた物音ではない。いや物音というよりは、連続した……そう、「話し声」のようなものに近い)
(その「話し声」も、独特の反響と余韻で鷹逸郎の耳に聞こえてくる。だが他人の声だとそんなに恐怖心も煽られなかった)
(誰のだろう。女性のものだと分かる。セレネにしては少しハスキーな気もするが、いずれにせよ確かめてみる価値はありそうだ。)
「やっぱり現物を見るとびっくりしちゃうものね。まあいいでしょう。とにかく、今はさっきの彼が身を挺して作ってくれたチャンスに乗るしかないんじゃない?」
そこでハッと気付く
「うわうぇわわわわわえい セ、セレネ様っ!サインくださいっ!!」
まあ周囲の雑踏&パトカーのサイレンでかき消されたわけですが
「このビル、さっき私が買っちゃったの。人が3,4人隠れるには十分でしょう?」
「さすがセレネ様…やることがでかい…」
ピアノはボソリと呟く
しばらく後、道路では婦警無双が起きている頃には既に三人(四人?)はビルの中に退避していた
(レイと、さらに世界のアイドルセレネ様…はあ…天国…)
愛しの人もいいがやっぱりアイドルにはアイドルにしか無い煌めきというか輝きというか、がある
(ま、こいつがいなかったら完璧なんだけど…)
「『機鋼眼』ねー 機械構築、かっこいいじゃん」
相変わらず私の頭の上にいる小人 好みでない訳では無いが、前にいる二人に比べれば風の前の塵に同じ
しかもさっきからブツブツ何か呟いてるし…
「何呟いてるんだピアノ」
「え?あ、私、何か言ってた?」
………私も一緒のようだ
ところでこの小人、なんと宇宙からやってきた機械生命体だと言う
携帯電話になったりあたりにある電化製品を動かしたりしたのは、さすがの私も驚いた
「その携帯電話に擬態するのと、私の変形が似てるから間違えた、と」
「そうそう、それにしても地球人って不思議な力があるんだね」
「私たちは特殊だけどね…」
外のゴタゴタはいっこうに収まる気配はない さてさてこのあとどうすればいいのやら
「……ん。これは、中々に惨状だな」
数百冊を誇る民俗学の書籍や、素人がみてもゴミだとしか思わないであろう
工芸品の数々が配置された、世界基督教大学の一角に存在する研究室。
その部屋の奥にある机に設置されている真新しいパソコンの画面を眺めながら、
部屋の主である黒野天使は呟いた。
黒野が見る画面に映っていたのは――ヒトの死体。それも一つでは無い。
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体
死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体……
焼死溺死病死感電死病死、とにかくありとあらゆる死に方をした死体の画像と、
死者数、被害総額といった、幾つかの数字がモニターの中に並んでいる。
「……全く、カノッサは相変わらず無茶をする」
そう、黒野が見ているのは資料だった。送り主はカノッサ機関。
『枢機院』(カルディナル)との戦いで発生した被害やデータがそこには記されていたのである。
その様な資料が何故カノッサ機関においては単なる研究員でしかない黒野に送られて
来たのかと言えば、それには当然理由があり、その理由は資料の最後に簡潔に示されていた。即ち
『世界基督教大学は『枢機院』(カルディナル)と繋がっている可能性がある。
カノッサの幹部を一人派遣するので、そこで働いているお前がその人物の監視をせよ』
監視だ。自陣に対しても信頼という言葉は無い。
それが、歴史の闇に常に君臨してきたカノッサ機関という組織である。
「……私は、こういう対人関係の発生しそう仕事は苦手なんだが」
そうして精神的ブラクラ満載の資料を平然と最後まで読んだ黒野が、
来るらしいカノッサの幹部への対応をどうしたものかと考え始めたその時であった
――――突然、なんか知らない男が部屋に入ってきた
男はつかつかと部屋の中を歩き、突然の事にどう反応すべきか分からず
少し困った様な表情をした黒野の背後に、何故か背後に立つと、何やら訛りの強い言葉で
話をはじめた。それは――――黒野が民俗学の一旦として学んだ方言の知識が
間違っていなかったら、だが、こう言っていた
「刃はどこだ」
ここで冷静に状況を振り返ってみる。女性一人がいる部屋にいきなり入ってきて、女性の背後に立ち、
刃物のありかを尋ねる妙な出で立ちの男性の目的とは何か。刃を見つけてどうするつもりなのか
「……その、恥ずかしながら実は私はまだ処女なので、刃物で脅して
強姦というのは、やめてくれると嬉しい」
いつも通りの表情のままそう言うと、黒野はもそもそと両手を挙げる。
変な誤解が発生した瞬間である。
「………」
秋葉原の中のとある電気店ビル 今その中にはレイ含め四人しかいない
セレネだとかいう少女がこのビルを買ったんだそうだ
「…何者だあいつは」
世界情勢にも人の美しさの観念にも疎いレイには彼女が世界のトップアイドルで世界貴族である事など知るよしもない
しかしあの雑踏から逃げられたのはありがたい あんな所に長時間いたら精神が参ってしまう
「しかし…」
すごい騒ぎだ パトカーから降りてきたいわゆる婦警と言う人(だと思うが…)が野次馬を蹴散らしている
「…ん」
そんな中に、こちらに向かってくる人影 フードをかぶり左手には包帯、あの素敵ファッションの少年だ
「………」
レイはブラインドのかかった窓から警戒するように彼、結城鷹逸郎を睨む
少年は自分たちがいる場所の隣のビルに入っていった
「…………」
レイも移動する、隣のビルに面した窓を開け、目を閉じ神経を研ぎ澄ます
「………気配は、二つ?」
隣のビルの中には二人の人間がいる レーダー並に優れた感覚だ
「一階にいるのは、さっきの少年か… ではもう一つは?」
レイは上、おそらく五階当たりだろう、にいるもう一つの気配に集中する
「……」
何か、違う物を、感じた 人であるのだが、人ではない
「…まずい」
先ほどの少年は大丈夫だろうか この気配は、殺気に似ている気がした
少年の気配はずんずん上に上がってくる そして、もう一つの気配と重なって、止まった
「………」
と、少年が動いた 凄いスピードで上に上っていく
「気付かれた、か」
レイはふーっとため息をつく
「こっちに、こなければいいんだが」
命を案じる訳でもなく、ただ迷惑そうに彼女は呟く
ちなみに、Wissの変身やピアノが光悦の表情を浮かべている事については、全く気にしていなかった
「…なあ、ステラ嬢。──貴方さえよければ、大学の案内を私に任せては頂けないか?」
アリス=シェイドと名乗る男からの打診に、気後れしながらもステラは乗ることに決定した。
なにせ勝手が分からぬ他人の土地である。人間一人を抱え右も左もつかない現状は限りなく青息吐息で、シェイドの提案は正しく渡りに船だった。
(それに、この男は確かに私の名前を呼んだ。どうして知ってるの――?)
名乗りを挙げた覚えはない。鷹逸郎は彼女の名前を呼んだが、それも戦闘区域内の話であって校舎から観ていたというシェイドに聴こえる位置ではない。
傍観が嘘か、出自が嘘か。導き出される答えはその二つでしかないだろう。すなわち、その根底にあるものが敵意であれどうであれ、信用に値する人間ではないということ。
警戒のレベルを臨戦の程度にまで引き上げてやっと、視界に入れることを許容できるような、生理的直感的なざらりとした感触。
「分かってるならとっとと殺っちまえばいいじゃねェか、キンキラァ」
不意に手元で握っていた『プロブレム』の襟が震えた。大学の雑踏の中で、ステラにだけ聴こえる声で彼は喋った。
どうやら気絶からは立ち返ったらしく、しかし未だに光の枷で両手両足を戒められている為に引き摺られるがままといった状態である。
そして何よりもその頭部に顕れた変化に、ステラは思わず目を丸くした。
(再生してる……!?)
根元まで焼けていたはずのリーゼントが、元の長さにまで回復していた。寝れば治るらしい。どんな構造をしているのだろうか。
シェイドではないが知的欲求と衝動に駆られて再び燃やしてみたくなったが人の多いココで再び注目を浴びるのは正しい選択ではない。
先行するシェイドには聴こえぬ大きさの声でぼそぼそと言葉を交し合う。
「まだだよ、この男の正体を見極めてからでも遅くない……後悔は取り返しのつく形でしなきゃ」
「ッは、てめーはそれが美徳だとでも思ってんのかァ?初動が遅いってのを無理やり正当化してるようにしか聞こえねーぜェ」
それは重々承知の事実だった。ステラの能力は速いが早くなく、常に後手にまわりがちである。
それを指摘した『プロブレム』との戦闘でも鷹逸郎の機転がなければこの世に居ない。機動力の低さというパラメータは、確実に彼女の機先を削いでいるのだった。
先走って良い道理はないが、肝心なときに足が竦んでしまうというのも武人としては考え物である。そもそもステラは故人なのであるからして。
「…なんにせよ、とりあえず人目のつかない所へ向かわないか?」
「そうだね。わたしは研究棟の方へ用があるから、鷹い――結城教授の研究室と資料庫に案内してもらえるかな」
ともあれ、現状で逸る必要がないというのもまた事実。接近戦は足の遅いステラの苦手とする類ではあるが、戦いようがないわけでもない。
『プロブレム』戦では終ぞ使わなかった近接用の武装も奥の手として残してある。諸国を遊学した折に手に入れた物だ。
ともあれ今は、疑念が確証に変わる瞬間を見逃さぬよう、ステラはつつがなく大学の案内行脚へと足を踏み出すのであった。
「やっぱり煩い奴は刻んじゃうに限る」
そう言って『死』に突き立てた聖剣アロンダイトを抜き取った『スクランブル』はその言葉とは裏腹に、内心は非常に苛立っていた。
『スクランブル』の由来は至極明快。数多の面倒な過程を踏み越え、どんな臨戦態勢(スクランブル)よりも早く攻撃に移る。
決して素早いわけではないが任務を如何にも面倒そうに、しかし粛々とこなすプロフェッショナルとしての気概、それを買われて彼はめでたく『創造主』にお目通り適ったのである。
強襲部隊の任務は邪気眼狩りであるため彼の力『エニー・スライス』は直接は通じることはないが、それでも時に敵陣深くに侵入する方途となり、
また或る時は空間ごと退路を断つなどといった大雑把、しかし合理的な一手で任務の遂行を支えてきたのだ。
そんな彼が、「攻撃を外す」等ということがあろうか?
正確には多少逸れただけである。『スクランブル』の放った『スクランブル』な一撃は確かに『死』の内臓(わた)を潰した。
しかし、死に直結しない一撃など合理主義者たる彼にとっては失敗も同然であり、そこに焦りが生まれることとなったのだ。
だからこそ彼は肉を裂き、血の香りを鼻腔一杯に吸い込んで安堵感を得ようとただひたすらに手を動かす。
身体が怠い。精神もタルい。しかしそんな事を言っている場合ではないのだ。
面倒は要らない、ただ目の前の女を肉塊に変えることに集中しろ。そう思った矢先の事であった。
真っ赤なドレスを自らの鮮血に染めつつも、『死』は何の問題も無く立ち上がっているではないか!
「初見殺し。確かにこれならタルいこと抜きにして相手を殺せそうですね。私以外なら、ね」
私以外なら、だと?ふざけるな。斯様な事は好意的に見ても人間の所業ではない。では何だ。異教の信徒か?
如何であれ、『スクランブル』な一撃に耐えた者を放っておく道理は無い。可及的速やかに…
「《武器よ去れ》(エクスペリアームス)」
『死』が唱えるや否やアロンダイトは彼の手を離れ元の天井に突き刺さった。
呪文であろう。だが、無手になったところで『スクランブル』は揺らがない。しばしば単独任務を行う『強襲部隊』が如何にもな弱点を引っ提げている訳がない。
彼は、剣など無くとも『エニー・スライス』によってあらゆるものを切り裂くことが出来る。
無論実体剣を持たないとなれば邪気眼使い相手には天井を崩したり足場を奪ったりといった迂遠な行為に出ざるを得ないが、幸いなことに相手は只人。
手刀でも『エニー・スライス』の媒体としては十分だろう。しかしそう判断した時にはもう、遅かったのである。
「《残響死滅》(エコー・オブ・デス)」
ぶつん。彼の意識は途絶えた。
【『スクランブル』 死亡】
あの男をどう倒そうかしら?最初は思考が纏まらない中でも、私のヴィジョンは徐々に明確化していった。
(『死』は本来であれば剣を抜かれたことによるショック死は免れない状況であった。しかし彼女は生きている)
(それもまた、偏に彼女の黄金の力の副産物、《命の宝物庫》(ストック)のおかげである)
どうやら相手の能力(チカラ)は「切断」にあるらしい。それがあの剣の力なのかは知らないが、何にせよ先ずは奪っておいた方が無難か。
「《武器よ去れ》(エクスペリアームス)」
(彼女の手から閃光が放たれ、次の瞬間、長剣は天井に突き立っていた)
無力化なんて考えてられるような生温い相手ではなさそうなのは明らかだ。
しかし死体くらい残せば解析班が何か分かるかもしれないというのも事実。
(ちなみにこの、「命を奪う」という判断が正しいということは、彼女の与り知らぬところでカノッサ機関の面々が身をもって証明してくれているのであった)
「《残響死滅》(エコー・オブ・デス)」
対象に死をもたらす魔術。これなら彼は肉塊となってアルカナの役に立ってくれるであろう。
「来い(アクシオ)」
(天井に刺さった「アロンダイト」を自らの手に取り、そして4次元空間と思しき所に収納する)
ふと見ると、『審判』が地面に埋もれているではないか。しかし、あえて無視することにした。
「ねえ、『皇帝』さん。私に新しい『ポーター』を下さらないでしょうか?」
(この惨状、助けてあげたいのは山々だがそもそも『死』が同じ空間に居ることもまた彼らにとって有害なのである)
一刻も早くここから離れる。
『創世眼事件』の時の不審な転移のこと、さらに彼の地に多くの使い手が集ったこと。
『特異点』絡みの事だろうか、先ずは基督教大学が怪しい。
「おうおぅ、わかった。別に面と向かってじゃなくてもいいから使い心地を教えてくれるとうれしいんだぜ!」
(『皇帝』が手のひらサイズの真新しいポーターを差し出し、それを受け取る)
「ありがとう」
(それは碌にアルカナメンバーと関わりもしなかったヴィクトリアの、心からの感謝であった)
『皇帝』曰く、どうやらさっきの黒い何かのおかげで僅かだが転移術を使うだけの余地が出来たらしい。
さて、転移先では何が待っているのであろうか。
(不謹慎にも一抹のワクワクを抱えたまま、『死』は見る見るうちに収縮、炸裂、消失、暗転その場を去った)
多少の誤解は致し方ない。
自由野郎としては、意思の疎通が成功しただけで踊りだしたくなる。
踊る代わりに、強姦への反対運動を示した女性に向けて、
虚ろな微笑みを乗せた頭を、ぶんぶん振り回して、そんな気は丸でないのだと主張する。
余り振り方が激しいので、頭部がもげ落ちそうになる。
幸いなことには、彼の首は相当に丈夫な造りをしているので、その心配はない。
まだ若者の範疇の際に、肩幅を収めている自由野郎だが、
既に女を知っているので、相手が如何な器量良しとは言え、
そう簡単に色情に狂う恐れもない。成程、紳士だ。自由紳士とは聞こえが良い。
自由紳士は調子に乗る。
研究室の隅から、小さな椅子を引っ張ってきて、
失敬な事に、女性の隣に座を占めるという蛮行に出る。
自由紳士にはお喋りな面もある。
今日の彼の舌は、油を敷かれたように滑らかだった。
訳あって名前を明かせないことを免じて欲しい事。
出自が特殊なので、面倒な言語しか扱えない自分を許して欲しい事。
一応、いきなり部屋に闖入したことについても多目に見てくれと言う。
途中途中、日本人では理解できない謎の冗句を巻き込みながら、
とりあえずは、そんな話で、女性の心を解きほぐそうとする。
前口上もそこそこにして、自由紳士は本題へ突っ込む。
刃とは、彼の得物であり、節度のないクジラ包丁のようなものである。
その世に二つとない逸品を、事情でなくしてしまった。
何分、替えが利くものではないので、手に入れなければ国に帰れない。
一縷の望みに縋って、とりあえず、不躾ながら君に刃の在り処を尋ねた次第。
刃の行き先を知っているなら、正直に教えて欲しい。
知らないなら、探すのを手伝えとは言わないが、何か策があれば教授したい。
凡そそんなところで、自由紳士は口を紡いだ。
それにしても――女性の見ていた画像を思い出す。
そういう趣味なんですかと、余計な一言をも付け加えた。
冬・・・もとい炉理将軍は困惑していた。
なんだか破戒僧チックな(いや実際そうかもしれない)シスターがあの板に押しつぶされた男に向かって銃弾を撃ったのだ。
そしてその男はそのシスターを「姉さん」と呼んだ。
知識のない彼女にはそれがどういう意味か、そしてシスターがなぜ銃なんかを持っているのか理解できなかった。
女性が男の前に立っている間にそそくさと逃げるか。
いや、それはしないと決めている。
怪しいということはもしかしたら大事なアレの情報を知っているかもしれない。
この姿では行く範囲も、力も全く足りない。あと服もない。
できたら情報だけ頂戴して早く立ち去ってしまいたい。正体を探られることだけは勘弁願いたい。
自分の正体を探られることが彼・・・彼女には一番不快だからだ。
なるべく人間風の受け答えをし、浮世離れしない喋りをすれば不信感を抱かせないだろう。
そう思ったとき、将軍は大事なことを忘れていた。
全裸の幼女の時点で怪しいということに。
そうはいえ、この空気の中、どう喋りだそうかあたふたするしかないのだが。
『死』が刺されたのが視界の端で見えた。
しかし気にしている暇はない。凄まじい速さでクナイが飛んでくる。
ぐる、と蛇のように気持ち悪いほど滑らかな動きでクナイをかわして、彼女はにこっとわらう。
「にししし、きみ、つよいねぇ」
先ほどより包帯が切れて、ほどけている。そして言葉がしっかりと発音されている。
どうやら相当な拘束力をもっている包帯だと、セカンドは思った。
しかし先ほどから妙な寒気が首筋を襲う。
頭の髪の付け根の元から足の先の爪、神経の一端、脳髄までくまなく嘗め回されている気がするのだ。
感触を振り払うようにクナイを構える。
「・・・滅」
ギアは最大限まで開放された。
この速度についていける能力者はまずいない。セカンドはそう確信していた。
速すぎるあまり本来走っている場所とは違う場所に幻影が見える、故に二影(セカンド)
そう信じていたからこそ、彼は恐れもなく切り込んだ。
彼女の白い首筋に刃が刺さる。紅い血が跳ね返る。ぐらりと少女の体は揺れる
勝った
はずだった。
「はい、負け。」
その声がなぜか背後から聞こえる。
そうだ、何故気がつかなかったのだろう。この少女の規格外っぷりを先ほど拝見したばかりではないか。
直角に、定規のごとく折れ曲がった首。しかし笑う顔。
「しま 」
その声が紡がれる前に、彼の頭はトマトの爆弾が弾けるように血を噴出した。
砕いたのは少女の小さな口。
(セカンド死亡)
「しま 」
その言葉を紡がせないように、頭に歯を立てる。
トマトのように真っ赤な血が彼女の壊れたコップ(胃)に一時の安らぎをくれる
何故『運命の輪』が避けられるはずもないセカンドの攻撃をよけ、背後に回ったか。
答えは至極単純、「そういう運命だったから」だ。
「君の敗因を教えてあげよう。この「運命の輪」に楯突いたからだよ。」
運命を操り、視る事のできる彼女にとって、どんなに素早い攻撃でも最初から軌道が読めていた。
難しいテストの答えを堂々とカンニングするように、最初から答え(運命)を視て動けば簡単に回避できる。
そして背後に近づく「運命」を無理やり作りだす。
ノーリスクにして使い方次第で何でもできるこの能力こそ、彼女が『運命の輪』である所以。
彼女はすでに息の根が止まったセカンドの体を引きずり起こす。
「さて、この可哀想な肉片は僕が食べてあげよう。カニバリズムは至高の愛だと、かの偉い御仁が仰った様に。」
ブチッ
と幼い歯で首筋の筋肉を切断する。結構硬いなと思いながら、彼女は黙々と血を散乱させながらセカンドの体にむしゃぶりついた。
すでに真っ白な髪の毛も紅く紅く染めて光らせながら。
空にさんざめく白陽が差し込む白昼時。“世界基督教大学”の外れに位置する、とある武道場に人影一人。
絶え間なく鳴る太刀風は『剣道部』の部員が、室内で鍛練に精を出す様子を連想させる。
───確かに間違いではない。
その部員が『カノッサ機関』に属する幹部であり、振るう獲物が包帯を巻いた特製の白鞘で邪気を封じた“魔剣”であるという非日常が山盛に付随しているが。
「ふぅ……矢張り素振りには【白亜】が一番しっくり来る。竹刀は軽すぎて適わん……
さて昼時か。そろそろ終わらせて昼餉でも食うかの……」
六尺八貫(180cm、30kg)の妖刀を壁へ立て掛け、汗に濡れる胴着を徐に着替え始めた。
あの会議の後、緋月命は『邪気学科』の大学二回生としてここへ転入した。
未だに管理されていたかつて“一般人”であった時の戸籍標本を使い、適当な大学に大学生としての偽装の籍を作る。
その後、基督大の編入試験を突破し正規の方法で編入。といったあらましの下、今に至る。
(……合格するために“教授”と“定着”の反則技を使ったのは今でも心苦しいがのう……)
必要な受験知識を“教授”術で詰め込み“定着”術で覚える。
常日頃、努力を惜しまぬ世の受験生に知られれば、殺されても文句は言えない様な反則技。
だがこんな反則技でも使わなければ───
(……某の様な馬鹿に合格は無理じゃ。くぅ……剣の道一筋で生きてきた事がこんな形で仇になるとは……)
だが、半ば外道の行いで矜持を傷つけた対価は相応の裨益を有しているのも事実。
裏の人間という痕跡を消し、ただの『邪気学科へ編入した日本生まれの一般人』として盤石の身分を確立し。
《白亜の侍》の姿は───白く、白く霧らはせる事ができたのだから。
何より───己が誇りに汚泥を塗ってでもこの場へ至りたかった理由が、彼にはある。
(今……世界が目に見えて揺るぎ始めておる。【創世眼事件】、そして『枢機院』(カルディナル)という謎の組織……)
『カノッサ機関』という集団は良くも悪くも、永きに渡りこの『世界』を隅々まで掌握してきた。
力を求め続けるというスタンスが、結果的に一切の反乱分子が存在できない世界を生み出した事で。
その支配に陰りが生まれたのは、何時であっただろうか。
自分が“揺らぎ”に気付いたのは【創世眼事件】の最中の刻。
《世界》という個人に過ぎない存在に、ヨコシマキメ遺跡───悪用すれば核兵器など軽々陵駕する脅威を、見す見す明け渡してしまった事。それは彼に悟らせた
穏やかに凪いでいた世界に
風が、吹き始めた事を
波が、生まれた事を
彼が見据えるは大海(セカイ)の水平線(ミライ)、“揺らぎ”の先。
「『大戦』……世界はまた、動乱の世に導かれるか……」
かつて、大きな戦いがあった
個人、組織、世界全てを巻き込み
数多の戦士が死肉の山を築き
そして、全ての者が敗者となり
『邪気眼』を消し去った───はずの物語
かつての『旧世界』を終焉(オワ)らせ数多の罪無き民草を殺した、緋月命にとって最大の忌憚。
そして、カノッサ機関の勢力が斜陽に沈めば間違いなく現実となる未来。
新たに世界の支配権を得んとする数々の勢力、そして謎の巨大組織『枢機院』によって引き起こされるであろう、国家すらを巻き込んだ世界大戦級の紛争。
『大戦』は、きっと再現されてしまう───
「……断じて、させぬッ!」
いずれ訪れる動乱。彼の意志は、しかしそんな未来を許さない。
力求める者たちの勝手で、理不尽な死が“普通の人々”に襲いかかる事を
彼は、許さない。
(学び舎で勉学に励み、友と心通わせ、異性に恋慕を抱き、己の将来の道に惑う。
愛する者に操を捧げ、平凡な日常を生き、年を取り、天寿を真っ当する。
……そんな普通の、安らかな日常を奪われ闇に墜ちるのは───某だけでよい)
想起される過去。代々受継がれた、とある一振りの魔剣を狙われた一家の出来事。
緋色の焔に包まれた屋敷。幾人もの紅い血が彩のコンチェルトを奏で、師と仰いだ父母の首は灼かれ炭と化し。
密かな恋情を抱いていた端女の美姫は、百年の恋も醒める様な有様で惨殺されていた。
全てを失い“壊れて”しまった彼は、だからこそ浮世の平安を守らんがため。
世界の不穏分子たる『枢機院』を闇の中から引き摺り出す為に、己はここに居る。
【白亜】を掲げ、理不尽な“世界”へ、彼は叛逆の口上を高らかに謳う。
「我が身は剣。罪無き民草を守る不滅の盾にして、遍く禍乱を斬り裂く最強の刃───!!」
そより、と棚引く一陣の涼風が汗ばんだ肌を撫でる。
心地よかった、つい熱を帯びてしまった頭を冷やしてくれる位に。
(そうだ。某には、今多くの為せる事がある。学徒を装い大学内部を調べる事も、協力者である黒野女史に伺いを立てる事も。
『枢機院』よ、待っていろ。お主らの正体、必ず霧中から引き摺り出す……!)
ぐぅぅ〜〜
(……そ……その前にまずは昼食じゃな……
腹が減っては戦はできぬと昔の偉人も宣っておる……)
着替えた服はいつもの白を基調とした和服に袴。
大学という場では多少なり奇妙に映る格好であり、目立つ事をよしとしない身には不適に思えるが“ここ”に於いてのみは問題無い。
常にローブと包帯を纏う何かを踏み外してしまった年若い天才教授、もはや幼女中毒者と評せるレベルのロリコン同階生、聖職者という言葉を根本から覆す破戒僧ならぬ破戒シスター……etc
多くの常軌を逸した個性が集う基督大では、彼の恰好など瑣末な事である。
(今日の日替わりランチは『京懐石風和定食』だったのう。
うむ、よきかな、よきかな)
ともすれば音符が見えそうな上機嫌。大好物という誘惑に、出口を阻む重厚な鉄扉は襖同然に開門。
外から、祝福の如く燦燦と白い陽光が降り注いだ。
セレネには実戦経験がほとんどない。そもそも裏の世界を知っているとは言ってもセレネ自身はただの世界皇族でアイドル、ちょっとした魔法が使えるくらい。
そんなのが殺気やら闘気やらを感じ取れるなどということも無く、すぐ隣のビルに潜む工作員にも当然気付けるはずもなかったのだ。
そういうわけで、セレネは3人(2人と1人?)との会話を続ける。最もセレネは聞き役。
Wissという小人はピアノとはどうやら相性がいいらしいということで、セレネは要所要所で「うんうん」、とか「それでそれで?」、などと言ってみるだけであった。
(それにしても、まさか思いつきの握手会がこんなことになっちゃうなんてね。まあ、時間はまだどうにでもなりそうだからいいけど。)
話を聞きながらも次について考える。そんな普通のプロセスを徒に続けていたところに……
『くそッ、くそぉッ!! ちくしょぉおおおぉおぉぉおおぉおおおおおおおおッッ!!!』
隣のビルからである。
(あれ、隣って確か古いビルだっけ。あんなところでこんな大声、もしかしたら殺人現場に遭遇とか?)
『こっちに、こなければいいんだが』
セレネにはまだ決定的な情報が足りていなかった。隣のビルには最低2人はいる。しかしセレネは青年の声を聞いただけ。
だから、「隣のビルで危険人物が≪Y≫を消そうとしている」いうストーリーは可能性の1つとしては思いついてもあくまで頭の中の事である。
どうも次の瞬間自分も身が危険にさらされるなどというリアリティはないのだ。
(この人、レイさんが我関せずならあたしも下手に動けないしね。)
チカラが使えるとは言っても身体能力は一般人。ピアノと似たような境遇であるがセレネにはそれに加えて、悪い意味で実戦経験の差がある。
結局セレネは、自ら戦いに身を投じる選択をするはずもなく、今後の方針は後の3人とその場の流れに委ねることにした。
(それに、どう対処するかで人間性がわかるよね♪)
スタンスは人任せでも必要なもの、今はプロファイルのためのデータは手に入れる。セレネもまた、ある種狡猾なのかもしれない。
「さて、もう勝負あったろ?俺ちゃん急いでっからとっとと案内かましてくれやキミィ」
首周りをコキコキ言わせながら『シャフト』が歩み寄る。動けないマリーのドレスの襟口を掴み猫でも持つようにリフトした。
手荷物となった元・人形はと言えば、突如として自分の身に降りかかった災難を正しく受け入れる作業に没頭していて未だに眼球を白黒させている。
気付けにでもなるかと『シャフト』が無慈悲に平手を振りかぶった瞬間、全くもって不躾なことに天井から黒が降ってきた。
音を立てない漆黒の穿光は一瞬前まで『シャフト』の存在した空間に闇ならぬ黒色の瀑布を作り、廊下の端をまるごと削り取って掻き消える。
後に残ったのは瓦礫すら存在しない虚無、そこから染み出るような静謐と、壁材が穿たれたことによる陽光の流入だった。
「……『クラフト』の馬鹿たれめ、また俺の所在を確認もせずにペイントペインぶちかましやがったな」
眇めた双眸が想起するのは『強襲部隊』の同僚にして実の妹。精緻に描写した風景と現実を同期させる異能の使い手。
彼女の役割は後方支援であり、大規模破壊を行使し得るが故の破壊任務であったが、一旦何事かに打ち込むと
それ以外の思慮を放り出すその性向は前衛にとって鬼門であり、正しく曲者ぞろいな『強襲部隊』の一員としてのメンタリティであった。
「げ、階段潰れてんじゃねーか。お嬢ちゃん、他に昇降手段は――ってあれぇ!?」
利便性の皆無な手提げ袋と成り果てていたはずのマリーが消えていた。親の敵のようにフリルを縫い付けたドレスだけが手元にあって、
中身はいつの間にか脱走している。ペイントペインの一撃を回避した際に逃げられたのだろうか、重さを誤魔化す為かご丁寧に壁の破片をドレスに詰めてあった。
「っかー、この状況で逃げを打つか。かくれんぼか鬼ごっこよって感じだな。良いぜ、遊んでやるよお嬢ちゃん――久々に燃えてきたぞ?」
石入りドレスを放り捨て、獰猛に口端を吊り上げ『シャフト』は往く。別事に熱中し過ぎて本懐を忘れる彼の性向は、やはり正しく『強襲部隊』のメンタリティだ。
マリーは逃亡していた。酷く身体が重く、一歩踏み出して一歩しか進めないという現実的で絶望的な歩幅は容易く彼女の『心』を疲弊させた。
通路を曲がって『吊られた男』の部屋へ駆け込み、意味を為さないであろう施錠をし、柔らかな絨毯の上に身を放り出してマリーは肩で息をする。
『息』。そう、呼吸。定期的に、運動すれば連続して空気を体内外に換気しなければ指一本動かないという現実。胸の中に確かにある、臓器の蠕動。
(これが、『人間』……っ!!)
思えば人形という身分はどれほどに怠惰であったことだろう。生命を維持するために必要な義務は魔力供給のみで、呼吸も、鼓動も、食事さえも必要なく。
人間、否、生物は皆、このような非効率で不安定な熱量確保を必要としているのだ。瞬きをしなければ眼球は渇き、目蓋は闇以外を見せてはくれない。
この人形靴は歩行性というものをまるで考慮していない。足部に疼痛を感じると思ったら、酷く圧迫され、うっ血と靴擦れの二重苦に苛まされていた。
(どの口が人間になりたいなどと……!この醜態、とてもではありませんがクレイン様には……)
現状を打開する策を講じてみようにも、思考が上滑りしうまく纏まらない。如何なる時も余計な感情を排し的確な答えを導いてきた頭脳が、
今はシナプスのやりとりだけに伝達を任せ、故に発想の保持もままならない。様々な思考が水泡のように浮かんでは消失し、彼女の脳裏を埋め尽くした。
自分はどうなってしまったのか。あの男は何者なのか。『楽園教導派』とは?異能?邪気眼使いを殲滅するという思想は何?
いくら考えても微塵の結論も出ず、代わりに目頭に熱いものが込みあげてきた。慌てて目蓋で封をするが、驚愕も相まって加速度的に水量は増していく。
恐る恐る目蓋を開くと、限界張力によって保持されていた涙が堰を切ったように溢れ出した。『泣く』という、あまりに前人未到で、前代未聞な現象。
落涙は感情の蛇口を滑らせたらしく、頬に幾本もの筋をつけたままマリーは声を挙げずに爆ぜた感情を露にした。
猛烈に、『吊られた男』に会いたくなった。今すぐここを飛び出して、『錬議苑』にて相も変わらず誰とも為しに微笑みかけているであろう主人へと。
激烈に、『吊られた男』が恋しくなった。ひとたびあの退廃的なニヤケ面と相対したらば、きっと自分は再び人形の仮面を装着し直せるだろうと。
決意は即座だった。
未だうろつく『シャフト』を退け、錬議苑まで『吊られた男』を迎えにいく。
まずは、涙を乾かすことが先決だった。
ふと物音を感じて、『シャフト』は振り返った。振り返った瞬間に、それが音をデコイとした陽動であることを看破し、上体を曲げる。
爽やかさ3割り増しで直立した頭頂部の髪が旋回する風に収穫され、取りこぼしが宙を舞う。『クラフト』は上半身を曲げたまま蹴りを放ち、襲撃への対処とした。
金属が撓む音が大音声を奏で、奇襲を損じた黒き影は5メートルほど吹っ飛ばされてその姿を彼の視界に現した。
「おいおい長物ありの鬼ごっこなんて聞いたことねえぜ?」
「地域ルールですわ。壕に入りては壕に従いあそばせッ――!」
再び肉迫するマリーの手には巨大な槍。鏃に無理やり柄を付けたような外観はともすれば大剣のようにも見え、しかし用いる構えは正しく槍の運用である。
マリーは軽装なゴスロリに何故かスニーカーというミスマッチにも程があるコーディネート、漆黒の衣装に真っ白な靴のコントラストが眩しく、意味不明。
身の丈より長い大槍を軽々と振り回し、無手の『クラフト』を防戦一方にまで持ち込んでいる。
「なるほど、接近すりゃ魔導銃は使えないと踏んでのインファイトか。それにしたってよくもまあこんなもん振り回すな!」
「私は素体がアンティークドールなだけで、異能の眷属であることに代わりはありませんわ。この身に宿る魔力の運用さえ掴めばこの程度の身体強化!」
<ギミック>は使えませんけれど。マリーは胸中で独白する。あれは彼女の体に直接仕込んだ武装であり、マリー=オー=ネットがマリオネットたる証左。
人間になってしまった以上、『偽物』の武器は全て使用が不可能となっている。唯一の得物たる槍は、アルカナ技術部が<ギミック>の余りで作った余剰品である。
「だが読みが甘いなぁッ!この俺が接近戦用の武装を用意してねえわけがないッ――超振動液状化ナイフ〜(偽物)」
ダミ声なジャージの懐から安っぽいゴムナイフが出てきた。おざなりに電源を入れるとバイブレータが作動し振動がゴムの刀身に発生する。
そのまま平手打ちでもするかのように腰の入っていない斬撃が飛んで来る。生物的な『悪寒』に従ってマリーは後ろに飛んだ。
「――『フェイクブレイク』」
逃げ遅れた槍の穂先が、熟れ過ぎた果実のように溶解した。すぐさま槍を引き、穂先をパージして刃こぼれ用の予備の刃に付け替える。
床に落ちた古い穂先はマグマにでも放り込んだかのように溶解範囲を拡大し、やがて全体を液体に変えて地面に広がった。
「……エグい武器ですわね。とても正義の味方が用いる代物ではないかと」
「これは、えーと、あれだ、どんなに歪んだ軸でも融かして鋳造し直せば真っ直ぐになる的な……?」
「こじつけの可否を問われても私からは死んでくださいとしか言えませんわね」
「いつの間に俺の生存を話し合う場になったんだよ!?」
「貴方の存在の可否を問われても私からは死んでくださいとしか言えませんわね」
「前から思ってたけどお前案外ノリいいな!仲良くしようぜ!?」
「――死んでください」
「そのうちな。それはそうと嬢ちゃん、こんな狭い廊下でそんな長物振り回してたら――」
大槍を大きくかち上げる。逆袈裟の一撃はしかし容易く交わされ、天井のシャンデリアを粉砕し、ガラスの瀑布を吐き出す代わりに槍の穂先を飲み込んだ。
裂帛の気合は思った以上に大槍を天井の虜としてしまったらしく、ちょっとやそっと引っ張ったぐらいでは脱出不可能なぐらいに。
「もらったァァァー!!」
ナイフを握っていない方の拳が飛来する。対するマリーは防御の手立てを失って、未だ天井に突き刺さったままの槍にしがみついた。
そのまま、身体を牽引する。逆さに生えた棒高跳びのようにマリーは身体を曲げ捻って拳の殺傷圏から脱出しおおせる。
曲げていた足を蹴り足に変え、シャフトの利き手を蹴り付けた。一時的に握力の伝達を阻害された利き手は、得物のナイフをポロリと取り落とす。
「おおう、ミスったと見せかけて初めからナイフ狙いか!――だが残念、俺は無手でも強いッ!!」
ようやく槍を引っこ抜いたマリーへ向かって『クラフト』は拳を放つ。高速の連打は時にフェイントを交えながらもマリーに捕らえきれない速さではない。
ないが。
「――『フェイクブレイク』」
突如として機関銃のごとき衝撃が大槍を襲った。常体ではあり得ないほどの規模の拳の嵐が槍の柄を大きく撓ませる。
否、これは連打ではなく、『幾十もの打撃が同時に着弾した』。槍で受けそびれた拳は着実にマリーの体中を穿っている。
「気付いたか。俺の異能は物体的な偽物だけじゃなく――あらゆる虚構を真実に変える」
フェイント
虚構が、打撃へと変わっていた。
戦闘の激化に先立って両者の耳朶を打ったのは、『審判』が無力化されたとの報だった。
魔術師は意図を外れて、床に片足を突っ込んで沈黙する『審判』へと体が向く。
決定的で致命的な隙に、しかしスマイリィが付け入り仕掛ける事は終ぞ無かった。
何故なら彼女もまた、戦いを終えた仲間達の姿に目を奪われていたのだから。
「周りは……決着が付いたみたいですね。形はどうあれ」
「……まだ、続けますか?」
最早彼女に勝機は無かった。
例え『魔術師』を下したとしても、他の大アルカナ達を振り切って逃走する事は叶うまい。
詰まる所『魔術師』の言葉は問い掛けの性質を持ちながら、其の実はスマイリィに提案をしているのだ。
即ち降伏をしろ。そうすれば安全だけは何とか取り計らってやろうと。
『魔術師』の名を拝しまだ一時間と経過していない彼の言葉が、果たして仲間内にて芳しい効果を齎すのかは甚だ疑問ではあるが。
そこはそれ、彼は事と次第によっては自らの命さえも厭わぬ誠実さを以って、彼女に救済の手を差し伸べた。
しかし結論を言えば、彼の気遣いは無碍にも蹴り払われる事となる。
「無論です。貴方を倒し、次いで他の大アルカナも沈め、その上でリーダーを追わせて頂きます」
彼女の言に澱みはなく、瞳に宿る決意は断固として揺るがず『魔術師』を貫いていた。
ゆらりと、彼女の姿が糸遊の如く波打ち薄れていく。
直後『魔術師』の肢体を覆い隠さんばかりに、漆黒の杭が無なる暗闇から生え出でた。
「なんと!?」
驚愕を叫びに乗せながらも『魔術師』の判断は早い。
杭の先端が彼を食い破らんと一斉に微動した時には既に、彼の右眼に紅蓮が宿っていた。
発現する異能が顕現するは完全制止、世界を巡らせる歯車に留め金を穿つ。
即ち『一秒』。
噛み締められた奥歯が悲鳴を上げ、『魔術師』の豪腕が暴風の如く唸り降り上がる。
眼前の杭を弾き上げると筋骨隆々の身を極限にまで丸め、動き出した時から離脱した。
それでも完全に避ける事は能わず、彼の肉体に無数の裂傷が走る。
「ぬぅ……」
悔恨の唸り声と共に『魔術師』が膝を突く。
今しがた得た傷のみが理由ではない。
騙し騙しに運用していた邪気の残量がいよいよもって、肉体に影響を及ぼすまでに枯渇しているのだ。
たった『一秒』とは言え、世界そのものを動かす無数の歯車を制御するとあれば、必要となる邪気は底知れない。
「……今度は何をしたのか分かりませんが、どうやら貴方も満身創痍と言う訳ですね」
せせら笑いを交えて虚空から、最早姿を完全に世界へ溶解させたスマイリィの声が響く。
次いで『魔術師』の周囲に灼熱の業火が息吹を上げた。
絶望的な状況下で、しかし『魔術師』は『一筋』の功名を見出していた。
光源はつい先刻のスマイリィの言葉。
『貴方も』と言う事はつまり『スマイリィも』また、彼と同じく満身創痍と言う事だ。
己の存在を希薄にし自在に書き換える彼女の異能は当然、絶大な力の釣り合うだけの消費を伴う。
ならばここからは我慢比べ。
迫る猛火を『一陣』の風で凌ぎ、『魔術師』は彼女の領域から逃走を図る。
けれども彼の退路の先を読んで、練議苑の床から唐突に刃が兆した。
寸での所で『魔術師』は足を止め体を後ろへ引く。
『一秒』先の未来を予見していなければ、彼の剛健とした肉体は見るも無残な肉片となっていただろう。
止める事は最早叶わずとも、見るだけならばまだ『魔術師』の余裕は残されていた。
燃え盛る炎も、紫電煌く刃も、猛る雷も、『魔術師』は全てを紙一重に回避する。
次第にスマイリィの攻めに、乱れが生まれた。
そうなれば最早、邪気眼を使う事さえ必要とはしない。
例え間一髪で避け切る事が出来なかったとしても、致命の『一撃』さえ受けなければ。
先に息切れを起こすのは異能を全開放にしているスマイリィの方だ。
そして、
「はぁ……はぁ……っ! この、ちょこまかと!」
暗闇に溶けた姿を戻し、剣呑な面持ちで歯噛みするスマイリィに、
「『魔術師』ですからな」
したりとした表情で『魔術師』は言ってのけた。
スマイリィの口から歯軋りが漏れ、彼女は半ば感情の昂ぶりだけで立ち上がる。
「まだ……! まだです! 私の存在がある限り、『ギフト・ドメイン』に終わりは……!」
言葉を紡ぎ終える事なく、彼女は再度崩れ膝を突く。
「あっ……!」
短く零された声と共に、スマイリィが体が揺らいだ。
消耗の余り体勢の維持が困難となったのか。
否、揺らいだのは体だけでは無い。
彼女の『存在』そのものが揺らぎ、徐々に徐々に、世界へと溶けているのだ。
己の存在を書き換え希薄とする異能、その制御が容易い訳はなく。
故に極度の消耗に苛まれた彼女が異能の暴走を迎えたのは、当然の帰結と言えた。
「あっ、やっ……! いやぁああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴が暗黒に木霊し、スマイリィが失われていく。
姿を亡くしていく。
形を得ていた二酸化炭素が靄となり再び大気へ帰るように。
存在の消失。
気絶よりも、絶命よりも尚分かり易く、それは勝敗の境界線を刻む。
「……そのような事、させるものかぁああああああああああああああ!」
けれども誰もが納得の頭を垂れるこの結末を、『魔術師』は是としなかった。
右の眼に邪気が宿り、顕現されるは『一様』。
描き上げる様は――健全たるスマイリィの姿。
「あ……」
暫しの呆然の後、彼女はまず己の両手を眺める。
それからぺたぺたと、確認の意を込めて自らの頬に触れた。
「……何故、ですか?」
「『魔術師』はか弱い少女の味方。と言うのが昔からのお約束でしょう?」
呆気に取られ、漸く零れ落ちた彼女の言葉に、『一抹』の迷いも見せず堂々と『魔術師』は答えを返した。
予想外の答えに再度唖然どした少女の顔にふと、笑顔が浮かぶ。
冠する名の通り正しく彼女に相応しい、麗しい蕾が可憐に花弁を広げるような、笑顔だった。
「……邪気眼使いに助けられた命なんて、いらないだろ? もっかい殺しといてあげるよ」
スマイリィの胸から、刃を模した手が生える。
笑顔の華が途端に散り、今度は怒りでなく口元から溢れた血が、桜色の唇を真紅に染めた。
崩落する彼女の背後に、左手の平から血を流下させて一人の男が立っていた。
「き……貴様ぁああああああああああああああああああ!!!」
『生命線』を『切り延ばし』、『寿命』を『切り延ばした』スクランブルが。
感情に乏しい双眸を退屈げに細めて、立っていた。
はあッ、はあッッ、はあッッ!!
(走る、走る、逃走る)
(心頭を逸らせる焦燥と恐怖。蹴つまづく足を必死に動かして階段を上る)
(上へ。ひたすら上へ。追いつかれる前に。カンカン。セメントの階段を激しく叩く靴音が廃墟のビルに響き渡る)
(…数秒と間もなく、背後から同じ音が聞こえてきた。速い。鷹逸郎よりも速いかもしれない)
(恐ろしい速度で迫る甲高い靴音。徐々に距離を詰められていく重圧。沸き上がる絶望に押し潰されないよう歯を食いしばる)
ひッ、…く、くそッ、…ちくしょうぅぅう………ぅぅぅううぅッッ…!!
(鈍磨する足。重くなる膝。どれくらい上ったのか、それすら今の鷹逸郎には分からない)
(いきなり急転する視界。全身を強かに打ち付ける。足がダメになったか? 胸と脇腹がじわりと痛む。心肺が苦しい)
(鳴りやまぬ靴音。すぐさま顔を上げて手を伸ばす。次の階段へ。這ってでも。上へ、上へッ、上へ!!)
(その目に映ったのは、階段の彼方の狭い踊り場と、鈍い光沢を放つドア。次の階段は…ない。屋上に着いたのか?)
(何でもいい、進め。立ち止まるな。追いつかれるな! ノブへと手を伸ばして、身体ごと押し開けて――――)
(そのまま倒れ込んだ青年を、冷たいコンクリートが出迎えた)
……っでぇえ!? あっづづづづ………。
(ヒリヒリと擦り傷をうったえる額に、呻きながら手をあてがって。…青年は、ゆっくりと顔を上げる)
(見渡す限り広がる、雲一つない、青空。)
(頂きには眩しい太陽が、地上に並び立つビル群と、歩道を埋め尽くす雑踏を遙か見下ろしている)
(…薄暗く息の詰まったこの廃墟の中とは、比べるべくもない。鮮やかに戻った色彩に、…さっきまで泥のようだった恐怖や焦燥が、吹き払われる)
…ってえ………。今日はとことんツいてねえな、俺…………。
(青年はよろよろと立ち上がり、…気休めでもと屋上のドアを閉め、ノブのつまみを捻って施錠した)
(この程度の鍵では、破られるのもそう時間はかからないだろう。……考えろ。この窮地を切り抜ける方法を。)
(呼吸をひとまず落ち着けた後、正方な屋上を、脱出の手掛かりを求めて探し回る)
(だが、そう易々とは見当たらない。配水管でも残っていれば伝って降りられるかと思っていたが、それすら撤去されている)
(…いや、残っていたとして、老朽化しているのがオチだ。使い物にはなるまい)
(ここは12階立てビルの屋上。転落れば、命は、ない)
(やがて、正解の無い侭に)
(―――パスリ、と空気の抜けるような音と共に、屋上のドアがギイ、と、…突破られる。)
(銀の髪をした女性だった。もみあげを揺らし、後は前髪を残して後ろに纏めている)
(紺色の上着に、その上から羽織った黒のジャケットのようなものは、…警察の機動隊のような、重装備を彷彿とさせた)
(左腕の腕章には、十字架を象ったエンブレム。…”現代の十字軍”のつもりだろうか)
サイレンサー
(女の手には、先ほどドアノブを吹き飛ばしたと思しき消 音 機付きの拳銃)
(その銃口を、目の前で迎え撃つ鷹逸郎へと、向けた。………その動作には微塵の躊躇もない)
(要するに、慣れているのだ。拳銃の扱いにも、人に銃口を向けることにも)
(そして恐らく、――――人を撃ち殺すことにも。)
「……何か言い残したいことがあれば、遺族にお伝えを。
もっとも、銃殺すれば死体を始末する必要があります。不運な転落死でもしてしまったなら、話は別ですが」
………ずいぶん簡単にのたまってくれるじゃねえか。
何の罪もねえ一般人に、死を強いるってか。…正気の沙汰とは到底思えねえ要求だな、…呑めねえよ。
「わざわざ逃げ場のない屋上へ逃げ込んでおいて? …ご自分の、今の立場をお分かりですか?
”呑めない”ではなく、”呑まざるを得ない”。……『死因』と『死体の有無』、ただそれだけの”選択”なのです」
馬鹿にするんじゃねえッ!! 神の名がありゃ命さえ奪ったって構わねえッてのかッ!?
そんな傲りはッ、てめえの”カミサマ”の顔に泥塗りたくってんのとまるで変わらねえぜッ!! 冒涜に他ならねえッ!!
To err is human,to forgive divine. カ ミ
「誤 り は 人 の 常 、 赦 す は 神 の 業。…元より、これは我らが『創造主』の望みしこと。
新たなる世界で、祝福は我ら『基督教』に注がれるでしょう。貴方や『異教徒』は歴史に葬られる。『世界政府』や『救世主』であろうと!」
(…まるで、……話にならない。まさか、こうまでも通じないとは) カ ミ カ タ
(『神の名の下に』という絶対名目と、恣意なる目的が為の思想統制。…それは、『宗教』を冒涜った「何か」)
…倒錯れてやがるぜ。
. カクゴ
「結構。罵詈も雑言もお好きに。ですが、続きは奈落でお願いします。……”選択”は、よろしいので?」
セーフティ トリガー
(女は、安全装置に親指を伸ばして、カチリ、と、……そして、撃 鉄に、指をかける。)
(その指先に少し力を込めただけで、…硝煙を撒き散らして発砲たれた音速の鉛弾が、鷹逸郎の左胸を抉るのだろう)
(血に塗れる宿命を知る冷たい光沢の鉛には、一切の同情や憐憫の宿ることも許されない。)
(鷹逸郎は、”銃”を体験している。ヨコシマキメ、ショボンとの一戦で、銃弾をその身に受けたのだ)
(無意識に半歩、足が下がる。しかしその分の距離を、女は詰める。…あまりに一方的な一進一退。いや、……絶体、絶命)
(このままでは、いずれ完全に”詰む”までそう時間はかからないだろう。)
(そして、………転落。12階建てのビルの屋上から、アスファルトの地面へ転落る衝撃の程は想像に難くない)
(その結果の生死など、もはや論ずるのも滑稽。…無様な肉片となって、辺り一帯に飛び散るだけだ)
(鷹逸郎は、じわじわと後退を強いられる。こうなっては、直接戦うしかないのか?)
(…いや、相手は銃器の扱いに慣れている。アクションを起こす前に額をぶち抜かれでもしたら、それこそ話にならない)
(あの女にとってはそれも選択肢の一つ。実際に死体や痕跡を抹消する手段の所有を疑うのは、この場において意を成さない)
(どうする?)
(端までおよそ数歩。分も持つまい。この窮地を切り抜ける手段も手管も見当たらぬまま、時間だけが過ぎて――)
(―――――その時、背後を振り返った鷹逸郎の目に、『死中の活路』が映った。)
・. ・ ・ ・
(………あれは? …ビルの、屋上? …隣のビルだ。多少離れてはいるものの、…不可能な距離ではない)
(しかもあっちの方が若干低めだ。この高低差は、…利用できる! …だが、……確実性のあまりに薄い。『賭け』のようなものだ)
オワリ
(…だが、このままでもどうせ同じ 死 を迎えるなら。………上等だぜ。なら、盛大に抗ってやろうじゃないか………ッ!)
………よお。蜘蛛の糸、って知ってるか? 一度は読んでほしい、この国を代表する文学作品の傑作なんだけどよ。
「………いえ、存じません。…聖書では、ヘロデの王兵を退けた逸話にありますが。……それが、何か?」
…あぁ、マタイの。何、意味はそう相違ねえさ。……ただ、そいつが垂れてきたってだけだからなッ!!
(向きを急転。残り数歩で踏みしめられる大地が無くなる僅かな距離を、全力で駈け抜ける。)
(生涯を地上にて終えるヒトにはあまりに耐え難い恐怖。それでも怯んで少しでも足が竦めば、変わらぬ結末を迎えてあの世逝き)
(歯を食いしばれ。恐怖に打ち勝て。乗り越えろ。走れ。走れ! 疾走れッ!!)
うおぉおおぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!
(そして、……屋上の縁/淵を、………踏み切る。)
(宙に放り出される身体………地を失った喪失感に足が藻掻く。何の支えもなく、絶えず落下を辿る視界。)
(しかし、………四肢は、前方へと宙を切る。)
(追い風に背を押されて、…何もない足元の遙か下を、ゴミ袋の山積した狭い路地がスライドしていく。…跳べている! 行ける!! 後は着t
. マスターピース
「――――なるほど。流石は”世界の選択”。ですが――――――――どうぞ、奈落へ」
(パスリ、と、………空気の抜けるような音。). ハシ
(刹那、鷹逸郎の背中に、灼けつくような熱が 激痛り、………体勢を崩して、…………力なく、落下した)
黒野が自身の研究室でエンカウントした奇人。
初めは性的な意味で変態かと黒野に思われたその人物だったが、
黒野が彼女の持ち得る言語知識を動因し会話を訳してみた結果、
どうやらレイパーでは無い事が判明した。
部分部分理解できない単語はあったものの、彼の言葉を訳すと
『訳あって出自は明かせない』
『部屋に乱入した事を大目に見てくれ』
『心から愛している鯨包丁のような刃物を探してテンパっている。
場所を知らないか?知らないなら……』
という事になるらしい。最後の一つだけは長文であった為に
相当訳がおかしいのだが、方言が専門の学者では無い黒野には気付けない。
まあ、概ね意味は会っているので良しとするべきだろう。
……と、ここまでは良かったのだ。もしも男の話を話を聞いたのが一般人であったならば、
理由は明かせないが鯨包丁的な刃物を探すのに協力しろ、等と言われた段階で警察にでも飛び込むのだろうが、
この謎の男の会話を受けているのは、実はカノッサ機関の研究員であり、もそもそとした動きに
定評のある黒野天使である。普段通り淡々とマイペースに色々ごまかしつつ、
『……ん。よく解らないが、屋上から一日中人の出入りを監視すればいいんじゃないか……?』
という様な返答でこの未知との遭遇は完結させるだろう。
そう、黒野天使が置かれているのが普段の状況なら、そう出来た筈だ。
問題はここから――――
ここで改めて確認するが、黒野天使という女教授は熟達したぼっちだ。
コミュニケーション能力は皆無に等しく、空気は読めないし、
積極的に場を盛り上げる様な会話の技術も無い。
では果たして、そんなレベルのぼっちさんが何故かいきなり他人に隣……しかも異様に近い距離で
座られるという状況に陥ったらどうなってしまうだろうか?
しかも、自分が見ていた一応機密である画像を見られていたとしたら?
A.逃げる
「……いや、知らないな。全然。全く。そうだ用事を思い出したよ」
テンパった黒野は、嘘でないのにやたらと嘘臭く聞こえる台詞を嘘臭い態度でもって吐くと、
普段あまり表情を出す機会のないその顔に冷や汗というオプションパーツを付けながら、
ノロノロと……黒野の主観としては急いで椅子から立ち上がり、後ろ歩きで無駄に距離が近かった
男と距離を取る。そうして何事かという様子で此方を見ている男の様子を見ながら
入り口であるのドアに辿り着くと、廊下へと逃げ出した。
そんな事をすれば、男が探しているという剣について何かを知っている。
もしくは彼女自身が剣の紛失に関わっていると勘違いされてしまうだろうに。
黒野はもそもそと大学の校内をランダムに下へ下へと逃げていく。
「……」
彼女は隣のビルの壁を眺める 黒ずんだコンクリートは、日陰のおかげでさらに陰気な雰囲気を醸し出している
わずかに下を向いた彼女は何も考えていない 隣のビルの屋上からは話し声が聞こえるが彼女は全てを聞き流す
そして、パスリと軽い音が響く それと同時に彼女は顔を上げる
そして
ガッ
彼女は手を伸ばす そして掴む その感触は布
「はっ…!」
そのまま体を軽くひねる 柔道の要領で落ちてきたモノ、素敵ファッションの少年をを窓の中に引き込んだ
「…と」
そして足を伸ばし窓を閉める 窓が開いていてはそこから中に引き込んだとバレてしまうからだ
「………」
そして床に倒れる少年を見る 背中から撃たれているようだ
「おい」
軽く声をかける、反応がない 息はあるが、背中から血が流れ続けている
「……」
腰にあるポーチを外すと、中から扁平な円形をした金属容器を取り出す
開けると乳白色の軟膏が入っていた
「……」
何も言わず、何の躊躇もなく 彼女は少年の服を脱がせ始めた
「――で、地球に来たわけ」
「はあ」
長々と続いたWissの話はやっと終わった 自分が地球に来た理由とか宇宙旅行の大変さとか何に擬態するか決めるのが大変だったとか色々
向こうが勝手にべらべら喋っていたのでこちらは適当に相づちを打つだけ、隣にいるセレネ様も暇そうに生返事のような相づちを打っていた
ま、私としてはセレネ様とこうして並んでいるだけで幸せなわけですが
「………」
「………」
話題が無くなった 小うるさかった小人も、話し付かれたのか私の頭の上で「ほう」と一息ついてなんかいる
レイはと言えば、私たちに興味無しといった具合に、なぜか隣の、ビル、を…?
ピアノがレイの方を向いた時、丁度フードをかぶった青年がレイに首根っこを掴まれ窓から入ってくるところだった
綺麗な弧を描き青年は床に叩きつけられる
「ちょっと、レイ…誰よ」
頭に小人を乗せたまま、ピアノはレイに近よって、そして気付いた レイが戦いの顔になっている
(か、格好いい……)
いやそうじゃないだろもっと大変な事があるだろ足下見ろよ誰かさんを踏みそうになってるぞ
まあ当然そんな事気にする由もなく、レイが乳白色の軟膏を取り出した 傷を癒す薬だ、母親の遺眼で作るとか
「え、あ」
そこでようやく床に倒れたままの青年に目をやる
古ぼけたフード付きの服がじんわりと赤く染まっている 血だ
「……」
レイは何も言わない、黙って青年の服を脱がせ…
「…ってレイ!?」
何の躊躇もなく青年の服を脱がせ始める フード付きのパーカー、その下のよれよれのワイシャツもだ
「ちょ、ちょっと…」
レイと歳が近いだけあって、レイが変な気を起こさないか心配になる いやそんなに軽い人とは思ってないけど、もしかするともしかするかもしれない 酔っぱらった時も結構凄かったから…
「……///」
いや、要らない心配だろうけどね?
それは一瞬の出来事であった。
パスリという音がし、さっきの男が降ってきた。そのままでは墜落死エンドに一直線のところを、男はレイの素早く無駄のない体捌きで部屋に引き込まれる。
(当然と言えば当然だけど、改めてこうしてみてみると超人技って感動モノよね。)
レイの匠の技とすらいえる領域の動きを見せつけられたセレネはしかし怯まない。
「これは殺人未遂よね。ていうか、あたし達ってやっぱり今意外と危険?」
(とりあえず、明らかに銃創よね。犯人はこの近くにいる!)
そんなレベルの低い発想は置いといて、ピアノが口を開いた。
『ちょっと、レイ…誰よ』
さっきの人じゃん、と突っ込もうとしたセレネはピアノの表情を見てまでそれを口にする気にはならなかった。
ピアノがレイを見つめる視線、そう、それは…
(まさしく愛だ!と上級大尉は言いました。うん、あたしは同性同士にとか気にしないし、すごく…ありだと思います。)
この時心の声が漏れてなくて本当によかった、とセレネは思い返すことになるかもしれないが、それはまた、別のお話。
(ていうかなんで軟膏!?それより先に銃弾を出したり止血をしたりじゃない?もしかしてそれもマジックアイテム?)
レイが男の着衣をとるので気が気じゃないピアノの事も置いといて、まずは男から聞くことを聞かなきゃ始まらない。
セレネ的には手遅れになる前になんか治療しなきゃいけないのだ。
(でも、もしこれが本物の「世界の選択」だとしたら下手に魔法をかければ反射効で危険なことになるかもしれないし…)
セレネはカードデッキさえあれば対応する魔法を魔力の続く限り使うことが出来るであろう。しかし、良くも悪くもセレネの攻撃力・干渉力はそこに尽きる。
「世界の選択」に下手に干渉して世界の歯車にズレが生じるようなことは避けたいところである以上、直截なことはしたくなかった。
「わかった。あたしがこの人助けてみようか。」
しかしセレネから出たのは意外な言葉。そして、
「Time Reap」
セレネが取り出したのは1枚のカード。同時に山吹色の魔力の結晶が5つほど宙に撒かれ、炸裂した。
「実はあたし、こう見えて魔法が使えたり使えなかったり☆」
セレネの口調は軽い。そうこうしている間に男の体内にあったはずの銃弾が見る見るうちに摘出され、窓ガラスをすり抜けるようにして上方に去って行った。
ちなみにこの銃弾は射出された時の位置にきれいに戻ったもののそこにはすでに銃は無いためただ真下の床に残されたのであるが、
セレネ達がそれを見ることは終ぞないかもしれない。
「今のは銃弾ひとつ分の時間を戻しただけだしそんなに消耗なんてしてないから気にしないでね。」
セレネはさらりと説明する。
3人が大して驚いているように見えないのは異能慣れからかそれともポーカーフェイスなのか、はたまた単にセレネの目が悪いのかは不明だが、
どちらにせよ、男が目を覚ますのが先か敵が来るのが先かの方が重要な問題だ。
(自分の身を守れることくらいは知らせておかないとフェアじゃないよね。)
170 :
名無しになりきれ:2010/02/08(月) 11:39:50 0
保守ッ!
?
世界基督教大学。
敷地内に点在する食堂の中でも一際マズいことで有名なうらぶれた食堂の裏、『デバイス』が、息も絶え絶えに横たわっていた。
その姿は最早消し炭との区別すらままならない。口元から洩れ出る呼吸が、かろうじて彼女が生きていることを伝えていた。
「やあ、『デバイス』。随分とこっぴどくやられたみたいじゃないか?」
意識のはっきりしない脳髄に、同士の言葉が降り注ぐ。
鈍い音を上げてようやく首をもたげると、そこには知恵の輪を手にした少年がひとり佇んでいた。
「た───」
口が、それ以上開かない。
理由は言うまでも無く、開きかけた口に乗せられた少年の運動靴だ。
「本部からの命令を伝えるよ───邪気眼使いとの戦いに破れた不能の者、生存の権利を認めず。
まあ簡単に言えば野生の象の如く、人目につかないところで安らかに死ねってことだね?」
瞳がつりあがり、加虐主義者の炎が僅かに灯る。
口にあてられた靴は一度離され、そのまま床をとすん、と叩いた。
「ただボクはとっても優しい子だからさ───ね?元・友人が死ぬって時に何も出来ないなんて口惜しいでしょう?」
ずぶり。
「…ああ、安心して。なにもこんな事の為にわざわざ出向いたわけじゃないから。
仇討ちってわけじゃないけど…あの邪気眼使いは、ちゃんと始末しておくからね」
ずぶり、ずぶり。
一刻、一刻と『デバイス』が地に飲まれてゆく。
やがて呼吸器官を覆い、表情筋を動かす事すら叶わない体にも必死の表情が浮かび始める。
「死にたくない?ねえ、死にたくないの?あはははは、いい顔だなあ。
死に際の人間がこれだけのエンターテインメント性があるなんてビックリだね──『デバイス』、本当に…ありがとっ」
その礼は既に彼女に届かなくなっていた。
「…さーて、『創造主』様の為にも、サクッと殺してかーえろっと」
“なにもなかった”場所に背を向け、少年は手元の知恵の輪を弄りつつゆるやかに歩き出した。
少女の最後の言葉────かつての仲間を呼んだその言葉は、とっくに風となって消えてしまったのだろう。
助けて──『コンフィング』と。
「…アレかな?わーお。本当に末期色…もとい真っ黄色だねえ」
目的の女はすぐに見つかった。
『デバイス』撃破からそう経ってはいないのだろうか、戦闘の現場からそう離れてはいない位置に『プロブレム』を引き摺って歩いていた。
脇には白衣を纏った研究者風の男も見える。恐らく協力者だろうがしかし邪気を感じられない所を見ると、それほど危険とも思えなかった。
「『プロブレム』は何をやってるんだかなあ…まーいいや。使えるんならもう一度使わせてもーらおっと」
呟き、腰のポケットからごそごそとY字状の道具を取り出す。それはなんの変哲も無いパチンコであった。
『コンフィング』は足元に転がる礫の中から大きなものを選別し、ゴム部分に取り付けそして少し上の樹木の葉部分を目掛けて放った。
投擲された小石はやがて枝に跳ね返り、『彼女ら』の真上に葉の雨を降らせる───。
「それ…【プラス】っ!」
それは見た目には何の変哲も無い葉。
ひらり、ひらりと舞い落ちては、そのまま地に落ちるべきもの。
────その葉には、一つ一つが鉄塊のような“質量”を持っていた。
ひらり、などという生易しいものではない。
それらは宙で互いにぶつかっては、金属同士が触れ合ったような硬い音を立てる。
そうして彼女らに、さながら岩石の雨のような落葉が襲い掛かった。
「───行くよっ!」
対象が奇襲に対処する隙に、注意が離れた『プロブレム』をひったくるようにして奪還する。
少年の外見年齢は十三歳ないし。年から考えて「奪還」という言葉は不条理にも思えるが、果たして彼はその行為を“質量を無視したように”やってのけた。
──不意に戒めから解かれ、そして体が浮くように軽い感覚。
『プロブレム』は自らを助けた『コンフィング』の姿に、しかしどこか薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
「オイオイオーイッ!よりにもよってテメエかよ『コンフィング』ーっ!」
「相変わらずうるさいなあ、それよりもーちょっと戦ってもらうよ『プロブレム』。成果次第では名誉挽回もあるってさ。頑張んなよ?」
「命令口調じゃねえかテメエっ!つーか『デバイス』はどーしたァ!?」
「死んでた。安心して、ちゃんと弔ったから」
「…っ!…チッ、しゃーねえ、今はこっちが優先ってなあ!」
「ま、そーいうことだね───」
「───さて、そっちのファッションセンス狂ったお姉さん。早速だけど…死んでもらえるかな?」
どこか狂気を孕んだ目を向け、『コンフィング』は純に微笑む。
「『プロブレム』、切れ味の付加お願いね」
「了解ィッ!」
そのままステラに向かい、“体重が無いかのように”軽くそして疾い動きで接近する。
ズボンから取り出した「切れ味のよい」30センチ定規で、真一文字に切りつけた。
頭目を失ったアルカナが、統率を取り戻すにあたり、
十分な時が与えられたとは思えるところでなく、
とすれば、今回の襲撃に際して、どさくさ紛れに組織へ見切りをつける者がいるだろうと考えた。
しかしながら、アルカナ構成員が出奔して来る様子も気配もない。
或いは、組織員に対し、脱籍するという考えを及ぼさせる余裕も与えぬほど、
『世界』とやらの幻影は、今も暴威を振るい続けにしているのか。
いずれにしても、私の先見は、無様にも空振ってしまったらしい。
さて、どうするか。単独で任務をこなしている筈のクラフトを視察しに行くのも良い。
鬱陶しいと思われるかも知れないが、それもリーダーの務めだ。
私の取ったこの行動を丸で無為に終らせるのは、プライドが許さなかった。
ともあれ、邪気眼使いどもの転移を阻害する結界を、再び張るとする。
私がアルカナ本部の外、即ちこの、砲弾でも打ち込まれたか、
元ある姿を忘れて瓦解している、鋼の門扉前に転移してきたにつけ、
一旦は解除する必要があったカラクリを、仕掛け直す必要がある。
が、結界の再構築の完了と、背後に物音の響いたのはほぼ同時で、
その現象は、私の心臓を、ひやりと撫で付けるに充分に足りた。
振り返れば、突如として網膜に飛びつくワインレッド。
「何故、君が。」
声が痙攣していた。悟られまいとして、言葉を短句に押し込める。
何より問題は、緑の芝生から、激しく咳き込みながら、よろめきつつも立ち上がる『審判』の姿。
何故。彼の体から、魔力というものは僅かたりとも感じられず、
自力で空間跳躍の術式を完成させられるとは、到底、考えられない。
「見せてェものは……あァ。二つ、ある。」
糸に引かれたような危なげな屹立を見せ、咳き込み混じりに、『審判』が言う。
途端に、彼の手先を戒めていたスーツが紅蓮の渦を巻き上げ、
灰とも塵とも付かぬ、仄暗い煙と化して、
無事に残ったものは、両手首と、その内に握り締められていた――携帯電話?
「多少の苦労は、したが……コイツを、弄るのに、無理はなかったぜ。」
携帯電話の外見はフェイク、その実、私が用いたような転移デバイスか。
「……優秀な技師をお抱えの様だ。」
「おうよ。新型ベータ版の、テストを、頼まれてたんだがな。
新たに追加された、追転移機能を、こうして使ってみたところ……。
中々、快適じゃねェか。お陰で、平衡感覚がオシャカだぜ。ったく。」
成程、彼の様相は、ただ呼吸困難の為ばかりではなく、転移酔いが原因でもあるらしい。
――そう言えば、そもそも。
「あの窒息をどうして免れたのか、差し支えなければ。」
「見せてェものは、二つある、って言ったろ……。」
火?
「俺の火の能力は、俺に似て、相当に融通が利くんでなァ……。
まず、俺自身の『生命という灯』をほとんど消しかけておく。
すると身体は、咳という反応に鈍くなり、液体空気は段々と肺に入る。
液体でも空気は空気、酸素をもっている以上は、呼吸そのものは可能。
肺臓内での呼吸代謝の『燃焼力』を高めさえすれば……。」
一際大きな咳き込みで、『審判』……君は、一旦言葉を切る。
「一応、液体呼吸が可能になるわけだな。後は簡単だったぜ。
手前ェがマヌケな一人合点して、苑を離脱したところを見計い、
能力を解除する事で、一種の仮死状態から回復……。」
「しこうして、そのデバイスで追転移を行ったというわけかね。」
「悔しいか?」
するりと、携帯電話型転移デバイスは、彼のデニムのポケットに納められた。
「……一体。いつから、どこまで、バレていたのかな。」
「大方は見通せたぜ。物体の状態を操る能力……。
対象に手で触れなければ発動しない事は、ローキックを避けられたところで感付いた。
一度に効果を及ぼせる対象の数にも、限りがあるんだろ?
無制限に能力を発動できるなら、多彩な攻めで、さっさと俺を殺せたはずだ。
地上で溺れさせかけられたのにゃ面食らったが、
何もない空間から、無色無味無臭の液体を構成するとなれば……。
空気の他には考えられねェな。逆に言や、アレで手前ェの能力の正体が掴めたのかも知れねェ。」
「それにしても、随分と危険な橋を渡ったようだな。」
「ギャンブルは嫌いじゃねェ。俺がこうして生きているのも事実だ。」
彼が気炎を吐くと、ついでに火の粉までもが散る。
「つくづく、火の能力ってな、屋内戦には向かなェよなァ。
手前ェのお陰でこうして外に出られて、全く、感謝だ。」
まさか、仮定の話ではある。仮定だが。
そもそも、彼が大アルカナ共を彼方に散らして、
あまつさえ、逃亡者を出しかねない状況を作り出したのは、策ではなかったか。
逃亡者の狩りだしを図る私を、外へ誘い出すことで、
追転移によって、こうして危機から脱すると同時に、しかも戦場を、己に有利な屋外へと移した。
馬鹿げているとは思う。所詮は結果から湧いて出た、根拠のない憂慮に過ぎない。
とは言え現実として、戦況は彼の望むままに傾いていた。
「俺は手段を目的に据えるほど堕落しちゃいねェ。
節約ってのは手段だ……ここぞと言う時に、景気良くイく為のなァ!!」
ファイティングポーズを取りながら、『審判』君は裂帛の気合いを放つ。
古龍の咆哮じみた一大音響に、天は裂け、地は焼け、風は死ぬ。
苛烈な熱気が迸り、彼近辺の空間は、静かな蒸発を始めているようだった。
覚えず、靴底が芝生を踏み躙る。恐れているのか、たかだか邪の徒一人を。
火――唐突ながら、四元素説というものが脳裏に閃いた。
遍く森羅万象は、空気、水、土、火の四大元素から構成されるとの説で、
その発祥時点を追うては、気の遠くなるほどの古代である。
古い事は古いが、多少の無理をして、現代的な解釈も可能だ。
即ち、空気は気体、水は液体、土は固体と、
まともな学のある者ならば易く飲み込める通りの、
いわゆる物質の三態に相当するのだと帰結する。
火に関してはやや特殊で、三態のどれにも属すことなく、
いわば正三角形の『点』を離れた、『辺』なのだと解釈できる。
つまるところ、化学変化の中途と言えよう。
私の行使するマイルドボイルドとは、モノの硬度を操る能力、
更にはそれを発展させ、物体の三態を掌握できる。
ところが『審判』君の能力は火、現代四元素で考えれば、物体の変化そのものであり、
絶妙に私の掌をすり抜けている、唯一の存在である。
こうして私と彼が向かい合う現状は、存外、仕様のない無節操の結果ではないのかもしれない。
「第二ラウンドの申請という訳かね。」
「いィや、ロスタイム分で終らせてやるよッ!」
私の心臓を狙い済まして、灼熱の眼光が貫いていった。
「……夜明けは近い。」
そう嘯きながら私ににじり寄る彼の背後に、太陽コロナを欺く灼熱が、確かに見えていた。
「っ!?」
外した──正確には避けられたというべきだろう。
眉間めがけて放たれた弾丸は背負われた巨刀に反響し、天井に穴をあける。
(私が外した──クソッ、私は馬鹿か!ロリコン一匹仕留められずにどこが冷静だっていうのよ!)
再び銃を構え、ひとまず間合いを取る。
その間に、背後の全裸幼女に指示を飛ばした。
「私がアイツを食い止めるから…その間に何か着なさい。今のアレに捕まったら何されるか分かったもんじゃないよ!」
ヨシノの邪気眼が飛び道具系のものでない事は既に知られている。
拳銃を突きつけられたこの状況でなら歯向かう気力も起きるまい。2、3発お仕置きしてから事情を聞き出そうと、彼女はそう思っていた。
それは完璧な誤算だった。
「上等だ姉さん……邪魔立てするならば、あくまで俺の紳士的人生の壁となると言うのなら――俺はアンタを倒して先へ進むッ!!」
予想と大きく外れ、眼鏡の青年は全力を傾けて咆哮する。巨大な刀に押しつぶされ身動きもままならないのにも関わらず。
そのどこかシュールな光景の中に、アスラは自らの意思で戦う獣の瞳を見出した。
ヨシノ──彼の特殊性癖に掛ける情熱はこれほどまでだったのかと、ある種の尊敬すら覚える。
だが、それとこれとは話が別だ!
ヨシノは取り出したペットボトルに巨刀を封印すると、立ち上がって戦闘体勢に移行する。
そこにあるのは【戦車】や【悪魔】戦での戦闘とは全く異なる───そう、剣虎の群れと戦ったときのような、確固たる戦闘意欲。
アスラは魔剣デスフレイムを取り出し、かつての戦友に向けて構えた。
そして吼える。道を違えてしまった友人に向けて───!
「いいわ。アンタがこの子を思い通りにできるっていうなら……まずはそのふざけた性癖をぶち壊すっ!!」
ロリコン
「これが俺の――俺達の力ッ!!」
「くっ!?」
足元に倒錯眼の能力を使い、ヨシノが空中を飛翔する。
バネの反動を利用したフライングチョップ。アスラは両腕で構えて受け止めた。
「ふ…ふふ…うふふふふふふ……どうやら、本気で痛い目見ないと気が済まないみたいねえ?」
骨の軋む音が痛々しい。
腕を解いた勢いでヨシノを跳ね飛ばす。懐から鱗のついた縄のような武器──ブルウィップを取り出し構えた。
「修道女」とは真逆のイメージに位置するその道具だが、一種嗜虐的な表情さえ覗かせるアスラが構えると何故だかそれはやたらとマッチした。
「覚悟しなさい…この……ロリペド野郎がああああああああっ!」
放つ、一閃。
ウィップがしなる。
それは幾多の獣をひれ伏させた「調教」の音色。
鞭による防御壁を兼ねた攻撃を仕掛けつつ、アスラは確実にヨシノを追い詰めていった。
「そうだね。わたしは研究棟の方へ用があるから、鷹い――結城教授の研究室と資料庫に案内してもらえるかな」
(…ふむ、やはり結城教授の知り合いであったか。どのように知り合ったかは興味があるが…まあ。どうでもよいことだな。
しかし…研究室か。目的としては何処かへ飛んでいった結城教授の置き土産…といったところか?
あるいは邪気に関する資料を手に入れに…いや、何故邪気眼使いである彼女自身が資料を読まなければならない?)
……ふむ。
(ステラ嬢は恐らく何かに「興味」を持っている。きっとそれは、我々のような邪気眼使いよりもむしろ外部の研究者の方が詳しく知っているような事だ。
…これが結論?は、結局は何も分からないに等しいわけか。ま、今の段階では仕方もなかろうな。
しかし…ふむ。結城教授の資料室…か。貴重な機会だ。案内のフリして資料の20〜30を拝読させてもらうか……)
…ああ。結城教授といえば…確か担当は「邪気学」だったな。
こっちだ。まあ、三分もあれば着くだろう────?
(殺気…か。恐らく相手は…)
「それ…【プラス】っ!」
───っ!?
(頭上の樹木が揺れると共に、葉の一枚一枚が明らかな質量をもって襲い来る。
とっさに腕を掲げて身を守るが、邪気を発動する事が出来ずに葉の刃の攻撃を負った)
…クッ…多少食らったか…。
敵か?まさか「手荷物」の──!?
(はっとしたようにステラへ向き直る。襟首を掴まれ引き摺られていた『プロブレム』の姿はなく、
変わって小柄な少年が自分の背丈の二倍もある男を抱えて立っていた。)
(楽園教導派か…面白頭の仇討ちといった所か?)
奴等も異能の輩か?どう見ても穏便な雰囲気では無さそうだな…。
なんにせよ、私がしゃしゃり出ていい場面でも無さそうだ…少し引っ込ませてもらうぞ、ステラ嬢。
(やや離れた場所の木の裏に隠れ、ひっそりと通信機のスイッチを入れる)
ピッ
…学長、私だ。
ご存知の通り《楽園教導派》はステラ=トワイライト討伐組を送り込んできた。
私は一身上の都合より戦闘不可。戦闘の激化によっては「管理役」出動を願いたい。
ピッ
…さて、手は打った。
ステラ=トワイライト…影をも照らすその能力、余す所なく見せてもらおうか!
(メモ帳と鉛筆を取り出し、高速でデータを書き連ねていく)
『フェイント』とは、挙動の初動を"餌"にして、相手の条件反射を誘う技術である。
その性質故に動作は極限にまで最低限、本命の動きに支障を来たさないレベルの所作が求められる。
だがそれは、ある程度武術を修めた者同士であれば別段難しいことではない。臨戦時の昂ぶった反射神経は、如何に小さな動きでも針小棒大に捉えてしまう。
極端な話、指先一つ動かすだけでもフェイントになるのだ。
つまりそれは、一挙一投におけるフェイントが無数に成立することの根拠であり、『シャフト』にとっては攻撃回数の指標に等しかった。
雨は瀑布となり、槍は衾となり、弾は弾幕となり、拳は壁となる。
再度放たれた正拳突きは一拍置いて拳の嵐を巻き起こし、マリーが離脱した空間を壁ごと穿ち尽くした。
彼女のスニーカーが再び床を蹴って跳躍を生み出す間にも、追撃の拳は迫り来る。
(1、2、3、4、5、6、7、8、9――10回!)
一撃の拳と10発の追打が大槍を撓ませる。
マリーが現在『シャフト』の猛攻に対し抗いを見せ得ているのは、フェイントの回数から迫り来る拳の規模を大方予測できているからであった。
それでも避け続けることは疲労の蓄積を意味し、捌ききれなければ即刻ノックアウトという現状は彼女を削り殺すに十分足る要因である。
「っはァ!凌ぐじゃねえか嬢ちゃん!でもそんなんじゃ駄目駄目だぜ?なんせ最後に勝つのは正義、つまり俺だからな!!」
「正義、正義と仰りますが何を以って自らの正当性を主張しますの?――そう、『正義の定義』は何ですのッ!」
「……駄洒落好きなんだな、嬢ちゃん。良いぜ教えてやるよ――俺は俺の味方で、俺は正義の味方。つまり俺=正義!証明終了!!」
「見事なまでの三段論法に敵ながら感銘を受けますわね。貴方の価値が噛む前のガムから靴底のガムにまでクラスアップですわ」
「それアップなのか!?基準がわかんねーよ!!」
「基準など所詮は相対的な価値観の指標に過ぎませんわ。他者に依らねば己の価値も決められないようでは笑止」
『シャフト』は面くらい、暫し攻撃の手を休めず問答の意味について考えて、マリーの失笑から特に意味がないことに気付き、歯噛みした。
「話掏り変えるの上手いな嬢ちゃん……!どっから出てくるんだそういう発想は!正義の話してたんじゃねえのかよ!」
「ではこう考えましょう。丸と三角と四角が図形というカテゴリにおいて同列であるように、絶対評価であれば誰もが正義で悪ですわ」
「……いいや、俺は四角が好きだね。正方形とか、ああいう真っ直ぐピシっとしたもんに惹かれるね。したがって四角が正義!」
「あら嫌ですわ正義の御仁が個人的感情で差別だなんて。失格ですわね――四角だけに」
「ちょっと上手いじゃねーか畜生!」
と、会話を中断しマリーがバックテップ。追おうと『シャフト』が踏み出した瞬間、己の下に影が落ちるのを眼下に捉え、咄嗟に飛び退くと目の前が壁で埋まった。
戦闘序盤でショットアンカーの足場に使われた隔壁と同じものが落ちてきた。知らぬ間に誘導されていたらしい。会話はブラフか。舌を捲く。
壁に阻まれ攻撃にインターバルが生れてしまう。『シャフト』にとって鋼鉄製の隔壁は然したる障害になり得ないが、破ってる間に回復されればまた削り直しだ。
「妙に考えなしに突っ込んでくると思ったら初めから時間稼ぎの為の布石だったのか。どーよ嬢ちゃん、今の攻防で突破口は掴めたかよ?」
「ええ、大体は。あとは然るべき準備でもって迎え撃つのみですわ――」
不意に声が遠くなる。まさか、と脳裏に不安がよぎり、フェイントを溜めに溜めた拳の一撃で壁を破ると、そこにマリーの姿はなかった。
やられた、と舌を打つ。敵は時間稼ぎなど考えていなかった。この壁は目隠し……!鬼が見ぬ間に潜伏するための……!!
アルカナの本部たる洋館には、大アルカナ専用の私室から小アルカナの宿舎まで大小様々な部屋が散在している。
隠れ場所には困らず、捜すには広すぎるこの洋館で。
そう。
追走劇の第二ラウンドは、かくれんぼであった。
本日二度目の逃亡には、涙を伴なってはいなかった。今のマリーは、自らの身体がどこまで動けるか、どこまで耐えられるかを
正確に把握し、またそれらを最大限のパフォーマンスで活かす工夫を出来ていた。『シャフト』を倒すための算段を練る余裕もある。
(私の身体は平均より痩せ気味な少女の体技能力と同等。魔力による強化でようやく大人と渡り合える程度……!)
懸念すべき点はそこであった。いくら魔力によって身体能力が底上げされていようとも、今のマリーは攻撃系の能力を持ち合わせていない。
大槍を取り回せば打撃力は確保できるが、それもあの『シャフト』にはほとんど効果がなく、ほぼ盾にしているだけである。
対して『シャフト』は架空の強力な武装を本物にできる能力や、フェイントを本物化した機関銃のような拳を放てる。
(先刻の攻防で大方の攻撃パターンを拝見できたのは僥倖でしたわ)
ともあれこちらが一方的なジリ貧とはいえ仕掛ける手立てが存在しないわけではない。
相手の手の内が割れているということは、それだけ想定されるであろう行動の分岐が縛られるということである。
思い浮かべることが必要だった。こちらがどうアクションしたら、相手はどのように反応し、反撃するか。予測ではなく、想像。
奇しくも人間へと変えられたマリーが、一つだけ得られたプラスの要素。人間だからこそ可能な選択肢。
(『想像』すること……っ!それが現在の武器…………!!)
そしてマリーは見つけた。夢想と妄想と構想と想像の果てに、『シャフト』を出し抜く天啓たる閃きを。
見上げると、主亡き大アルカナの私室の扉があった。ネームプレートに刻まれた名前は――『太陽』。
* * * * * *
かくれんぼは思ったより早く決着を見た。隔壁を破壊したのちすぐにマリーを追った『シャフト』は、洋館の廊下で<フェイクブレイク>を発動した。
己が進むべき道が本物で、それ以外を偽物と解釈したならば、『シャフト』の道程は自然と正しい道へと修正され、彼を目標地点へと運搬する。
この場合の目標地点とは、すなわちマリーの潜伏場所。足が不随意にその歩みを止めたのは、『太陽』と銘打たれた主の私室だった。
「そんじゃ早速、おじゃまんもす」
無警戒にドアに手をかける。彼の能力は偽造をも本物に変える為、トラップの類は無効だ。
例えば侵入者を押しつぶす吊り天井があったとする。それは天井の偽物であるわけで、<フェイクブレイク>はそれを普通の天井へと変えてしまうのである。
主が居なくなってから日にちが経つのだろう、部屋には生活感が無かった。ただ、特筆すべきは調度品から家具に至るまで全てが黄色で揃えられていること。
(うおあ、なんじゃこりゃあ……)
如何な色彩感覚を持ち合わせていればこのような内装になるのか。目が肥えすぎて派手な色でないと認識できない程にでもなっているのだろうか。
とにもかくにも目に優しくない光景は眼精疲労をぐんぐん蓄積していきそうで、『シャフト』は双眸を眇め視野を狭めることでどうにか整合をとった。
ふと、視界の端に黄色くないものを見つける。ゴスロリ服の端らしき布片が、例に漏れず黄色なクローゼットからはみ出ていた。
(おいおい、なんつーベタな手だよ)
あからさまな誘導である。クローゼットの中に居ると誤認させて開けている隙に背後から一撃する算段か。
あるいはそう思わせて裏をかき背後に警戒しているところへ本当にクローゼットからこんにちわして一撃か。
どちらにせよ行動を起こす場合は致命的な隙が生じ、アテが外れれば一撃をもらうハメになる運否天賦の二者択一……!
(――とまあ、普通の奴なら生唾飲み込むこの状況、だが俺にとっちゃ常勝の礎!)
簡単な理屈である。『潜伏している』という行動はつまり、潜伏場所の偽物になるということ。
迷彩服が茂みを装うことを目的とするように、隠れるという行動には無害なものへと自らを偽装するという意味がある。
従って、隠れている場所に向かって<フェイクブレイク>を放てば、潜伏者は隠れた場所と同一化し、永遠かつ不随意に隠れ続けることとなるのだ。
「完勝は無理と見て二者択一を迫ったまでは褒めてつかわすぜ?でも最後の最後で俺に選択権をくれちゃったのはツメが甘かったな」
クローゼットへ向けて掌を翳す。"存在"に植えつけられた異能を喚起し、目の前の虚構を真実に変える管理権限を実行。
「<フェイクブレ――」
実行キーとなる詠唱が完了する前に、クローゼットが開いた。
中には何故か金色に輝く黄色い服が大量に並べられていて、『シャフト』の視界は光で満ちた。
開け放たれたクローゼットの中身は黄色い服。それは如何なる原理によるものか発光し、何着もの相乗効果は『シャフト』の視界を染め上げる。
同時に<フェイクブレイク>が不発に終わる。目眩ましが原因ではない。能力の発動性質を見抜かれていた――!
「うおっまぶしっ」
堪らず腕で眼球を保護する。重ねた防護の隙間から垣間見たのは、輝く服の羅列から飛び出す少女の姿だった。
服と服の間に身を潜めていたらしきマリーは潜伏のため穂先を外した槍の柄を携え、踏み込むと同時にかち上げる。
遠心力と踏み込みからの伝達によって十分な慣性を得た槍の石突が強烈なアッパーカットとなって『シャフト』の顎を穿った。
「っが……!!」
不意の衝撃に身体全体が仰け反った。顎部は上体制御の要、横に打てば脳震盪を起こし、正面から打ち据えれば天を仰がせる。
挙動の操作が立ち行かなくなり足が床を離れ、『シャフト』は仰向けのまま転倒する。背中を強かに打ち、肺が呼吸を停止した。
「まず一撃です……!」
間断なく声が降ってくる。回復しないままの視野で見上げると、胸部にマリーが馬乗りになっていた。肩の関節を巧妙に膝で固定し、
少女の体重でも十分に肩から先を無力化していた。外していた穂先をどっからか取り出し、『シャフト』の首筋へと当て牽制する。
僅か3秒の出来事であった。鬼であったはずの、捕食者側であったはずの『シャフト』が、逆転され制圧されていた。
「……どっから気付いてた?俺の能力の本質に」
「貴方が正義正義とやたらに饒舌であったときからなんとなく違和感を感じておりましたわ。貴方の能力は言わば『正義の行使』。
正しくないものを正しく矯正する異能。その発動には一定のプロセスを経る必要があるんですのね」
すなわち、対象の『非正当性』を正しく認識すること。偽物であることを見て、聞いて、触れて、認識することで初めて<フェイクブレイク>は成立する。
では、偽物であることを認識される前に対象の在り様を変えたらどうなるだろうか。例えば『潜伏したクローゼット』を、『開け放つ』という行為。
その時点でクローゼットは"無害の偽物"から"明確な害意"へとその在り様を変化させる。潜伏の意味は失せ、マリーの存在が明白になるからだ。
「――正義の弱点はその受動性……!悪がなければ正義が存在し得ないように、『本物』とは『偽物』あっての相対価値。
ならば絶対の"本物"で以って挑めば、<フェイクブレイク>は無用の長物と成り下がりますわ。――ああ、本物と長物をかけたわけではなくってよ」
「っは、相変わらず上手くねえ駄洒落だな。……どうだったよ、束の間の『人間』は?」
「駄目ですわね。多少の憧れはありましたけど、よく考えたら私の名はマリー=オー=ネット。人形《マリオネット》でなくなってしまったら、改名の必要がありますわ。
ただ、大変稀有な経験をさせていただきました。貴方の能力を糸口から『想像』できなければ、本質を見抜くのに多少の骨を要したことでしょう」
「なんだなんだ、結局塩送っちまったってわけかよ。んー俺も最後の最後でツメ甘いなあ、次からは気をつける。うん、反省終わり!」
「あら嫌ですわ、貴方に次回が存在するとお思いですの?」
「ところで嬢ちゃん、俺は『この部屋に来る前に下の階の鉄筋全部ぶっこ抜いて梁も落として来た』んだけどよ、そんな状態で暴れたらどうなると思う?」
答えは軋みで返ってきた。地に伏す『シャフト』を中心に放射状の亀裂が奔る。やがて亀裂は地割れとなり、黄色いカーペットや黄色い椅子を巻き込みながら
黄色い床が崩壊を始めた。轟音の連続はやがて瓦礫を瀑布へ変え、『シャフト』とマリーは崩れる部屋に巻き込まれて階下へと落ちていく。
(――!そんな、有り得ませんわ!この男は能力を用いて真っ直ぐこの『太陽』様の部屋へ来た……階下に細工など!)
瓦礫と共に崩落しながらふと気付く。<フェイクブレイク>という能力が、あらゆる虚構を真実へ変えるとするならば。
ウソ
「『虚言』――!!」
「正解ィ!アディオス嬢ちゃん、俺にここまで冷や汗かかせた奴は久しぶりだぜ?これは嘘じゃねえ。もう一度――滾ってくれや」
パチリと指を鳴らしたのを最後に、『シャフト』は降ってくる瓦礫に隠れて見えなくなった。
マリーは慣性に阻まれて宙を泳ぐこともままならず、やがて階下の床が近づき、受身をとることもできないマリーは頭から――
――眼前が闇に覆われ、少女の意識はそこで途絶えた。
【アルカナ本部郊外・小高い丘】
「――したがって『魔法猩猩りりかる☆リリるん』が放送三話目にして作画崩壊したのは作監の白砂氏が更迭された故かと思われ」
「いやいや、そこは白砂氏が何故左遷されたかを考えようよ。ファンの間で今尚語り継がれる悪夢の崩壊作画は有名だね?」
「あれは下請け会社の生産ラインの確立が不十分であったがために起こった凶事。作画監督の責任ではなく」
「そこをきちんと管理するのも監督の役目だよ。実際下請けとの連携が不十分であったわけだしね?」
「当時の製作現場を鑑みるに問われるべきは中間管理者かと」
「何でもかんでもそっちに任せるのは良くないね?」
「製作委員会との軋轢が――」
「ホットラインの設立――」
「顧客との疎通――」
「――おいおい職務放棄して何やってんだ『クラフト』。と……お前はアルカナの『吊られた男』か?首級じゃねーか」
突如投げかけられた言葉に、サブカルチャー議論を紛糾させていた『吊られた男』と『クラフト』が同時に振り向くと、そこには長身の男が立っていた。
上下をジャージで揃え、所々煤や埃で汚れているものの全体的に清涼な印象を受ける、『好青年』を百科事典で引いたら載っていそうな外見の男。
「あら兄さん、早かったのね。他のみんなは?」
『クラフト』が特に感慨もなさそうな顔で呟く。兄と呼ばれた男は首をコキコキ言わすだけで応えない。答えを模索しているようにも見えた。
「……君、さっきまでと口調が随分と違うね?」
「ああ、そいつは俺の妹だからな。人見知りが激しくて他人にはガッチガチの口調になっちまうんだよ。萌えるだろ?」
「んん、三次元の女性はちょっと御免だね?」
「っは、なかなかどうして倒錯してやがんな。邪気眼使いってなあみんなこんなんばっかなのかよ――で、どういう状況だよ今は」
「応援が来るまでの暇つぶしね。――私の能力封じられちゃったから」
キャンバスには『吊られた男』の"糸"が繋がり、画面を保護してそれ以上の描画を撥ねるように『支配』していた。
『クラフト』の用いる異能<ペイントペイン>は精緻な風景画に更なる筆を上書きすることで発動する。つまり、『上書き』さえ封じれば能力は成立しない。
「あー、どうりで最初の一撃から黙っちまってたわけだ。そういや向こうにいるのはリーダーか?珍しいな、あの人があそこまで食い下がられるのは」
『ストレイト』は強襲部隊のリーダーである。その戦闘能力もさることながら、常に自分に有利な状況を作り出すことに長け、知略で以って篭絡する。
本人が曰くところの『大人の戦い方』は、これまであらゆる相手を反撃の隙すら与えず屠り去ってきた。その彼が、手を焼いている。両方の意味で。
『ストレイト』からは小高い丘の上の自分たちが見えることはないだろう。少なくとも、現状で応援に駆けつけられるとは思えなかった。
「抗うじゃねえかアルカナァ!屋敷の中の魔導人形といい、粒が揃ってやがる。こりゃマジに『創造主』サマに牙が届いちまうかもな!」
魔導人形、という言葉に『吊られた男』が反応する。マリーと交戦したということだろうか。だが『シャフト』は無傷で立っている。
つまり、それらが指し示す事実は――
「――まあとりあえず、お前は死んどけよ。『吊られた男』の首とったりぃぃぃー!」
おもむろに『シャフト』の拳が飛来する。『吊られた男』は動けない。
異能製のキャンバスを支配するのは予想以上の邪気を消耗し、精神を集中せねばならなかった。
それでも回避することだけならば不可能ではないかもしれない。だが『シャフト』の拳には、無数の追打が付随していた。
鋼鉄の壁すら容易く砕く拳の雨が降ってくる。
――それらが『吊られた男』の頭蓋に着弾する前に、彼のいた空間が虚空となった。
消える。燐光の環が彼を包み、光ごとかき消えると同時に『シャフト』の拳がそこを抉った。
「――――おいィ?俺がまだちっとも活躍してないんだが?ちょっとシャレにならんだろそれはァ!」
離れた虚空へ再び出現した『吊られた男』を受け止めたのは一人の術式使い。
アルカナの擁する最上の転移能力者にして最高の知能と最低の知性を併せ持つ男――『皇帝』。
小脇に『吊られた男』を抱え、『シャフト』達から5メートルほど離れた場所でジョジョ立ちしている。言うまでも無く、キメ顔であった。
「やあ、『皇帝』君。随分と遅かったね、どうだい錬議苑の様子は?」
「えっとだな、『審判』が溺れて『魔術師』がウザくて『死』が跳んで『運命の輪』がカニバリー。んで忍者が死んでノッポが死んで生き返って仲間刺した」
『皇帝』が並べた事実に三者が三様の反応を返す。『吊られた男』がニヤけ、『シャフト』が驚愕し、『クラフト』が嘆息した。
「『セカンド』と『スクランブル』が殺られたのか……?んでリーダーがあそこにいるってことは、『スマイリィ』……!」
「兄さん行ってあげれば良かったのに。『一人でツブすぜ!』みたいなこと言って一人だけ道間違えてるじゃない」
「ああ糞、道理で屋敷の警備が手薄に過ぎると思ったぜ。会議室の方に主力が集まってやがったのか。囲んでフルボッコたあまさに悪だなお前ら!」
『シャフト』の懊悩に『皇帝』が哄笑しながらびしりと指差し更なる事実を述べる。
「ところがどっこい各個撃破なんだなこれが!何?エデン(笑)?強襲部隊(爆)?どうでもいいけどお前俺とキャラ被ってんだよばーーーか!!」
「んだとォ!俺って傍から見るとこんな感じなのか!?こんな馬鹿な感じなのか!?嘘だと言えよ『クラフト』!おいなんで目ェ逸らす!」
さて、と『吊られた男』が泥濘化しかけた罵り合いに水を差す。
「『皇帝』君、そろそろ僕は部屋に戻りたいんだけど茶番は終わってもらっていいかな。マリーも心配だしね?」
「おお、オッケーオッケー任せろ、とっととこいつら潰して祝勝会でもしようぜ。『審判』はまだ戦ってるし『死』はいなくなっちまったけどよ」
彼の言葉に臨戦の気配を感じ取ったのか、『シャフト』と『クラフト』も身構える。
一触即発の空気のなか、『皇帝』は大きく飛び退いて転移の術式を紡いだ。させるかとばかりに『シャフト』がこちらへ駆け出す。
そして、彼我の距離が埋まる前に、地面が大きく陥没した。
「んなっ――落とし穴か!?」
『クラフト』のキャンバスが置いてあった場所を中心に半径10メートル程の半球状に大地が抉れる。アリジゴクのように『シャフト』と『クラフト』は落下した。
それでも脱出できない程ではない。幸い半球状の落とし穴は縁へ向かって緩やかに傾斜しており、歩いてでも上りきることは可能。
だが。
「ざんねーん。こんだけの穴、抉った土は何処行ったと思う?つーわけで、グッバーイ」
まさか、と誰ともなしに呟いた。穴の中に大きく影が満ちる。
油の足りないブリキとなった彼等が見上げると、芝生付きの土砂が、天上から滝を作っていた。
「なにィィィィィィィィィィーーーーーー!!?」
悲痛な叫びはすぐにくぐもり聴こえなくなる。
『穴を作るため転移させた大地』が、元のあるべき場所へと戻っていく。――犠牲者達を巻き込んで。
「埋め立て完了、と。えー、あー、駄目だ、カッコいい決めゼリフ浮かばねえ。うん、帰るか『吊られた男』」
「はは、お疲れ様。相変わらず出鱈目な能力だね?」
恐るべきはその荒唐無稽なまでの転移術式。
ヨコシマキメの莫大な財宝をたったの一往復で輸送し切った手腕と魔力は、強豪揃いのアルカナにあって尚他の追随を赦さない。
燐光に身を包み、今度こそ『吊られた男』と『皇帝』は彼等の家たる洋館へと飛び立った。
マリー=オーネットは瓦礫の中で目を覚ました。目を覚ました、という表現は正しくないかも知れない。『機能を回復した』と言うべきだろう。
粉塵の中にあっても咽ることなく、視界はずっと良好で、瓦礫に挟まれていても痛むことなく容易に抜け出すことが可能。
押しなべて言えば、マリーは人形に戻っていた。
(私がここに健在で、しかも人形としての機能を保持しているということは――『シャフト』は逃げたということですのね)
這い出る。身体の各部を確認。外骨格良し、筋ワイヤー良し、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚良し。
結論だけを述べるならば、引き分けたと言って差し支えないだろう。大アルカナですら苦戦する相手に生き延びたのだから、むしろ誇って良い。
しかし見逃されたというのもまた事実。『シャフト』の能力を用いれば、瓦礫が落ち切ってからでも容易にマリーを破壊できたはずだ。
階上から頭ごと落下したにも関わらず頚椎が健在なのは、直前で<フェイクブレイク>を解かれたからか。
(まだまだ足りませんわ、『吊られた男』様に降りかかる火の粉を余すことなく振り払える力を……!)
瓦礫を掻き分け捜しに来た『吊られた男』を平静のままに出迎えて、しかしマリーは確固たる意志を己の中に燃やす。
それこそが、異能に頼らず『人間』を得るための至上命題だと信じて。
鍛錬極まる『魔術師』の肉体から横溢する憤懣は、糸と細り肢体へと繋がる。
『吊られた男』が操る『あや吊り糸』よりも朧気で、その癖強靭なる支配力に逆らって、
彼は己が手中に抱擁した『笑顔』の名を冠する少女を足元の闇へと沈める。
だが彼の行為は埋葬ではない。追悼でも、告別でも。
激情の余り、砂糖菓子は愚か、盛っただけの砂糖よりも更に儚げな少女を、握り潰してしまう事を危惧したのだ。
彼女が儚く慎ましやかな胸部から、手刀と鮮血の仇花を咲かせた直後。
『魔術師』は自身に秘めたる異能の眼に灯火を宿し、少女の灯火を死の河原に繋ぎ止めた。
即ち、彼女は『一命』を取り留めたのだ。
後は少女が持ち合わせる異能で以って、今尚命の液体を放流する傷口に封を施せば。
彼女の生命は再び煌々と輝きを、死の淵より奪取する事であろう。
また流出した血液にしても、其れは紛う事無く彼女である。
ならば自らの存在を意のままに千変万化させる少女の異能に頼れば、
再び体内へと取り入れる事も可能であるのが道理と言う物だ。
無論この公算は少女に断固たる生存への願望が無ければ、実現し得ぬ物である。
であるが、其れは最早『魔術師』の干渉が及ばぬ、例え可能であったとしても、及ぶ事の許されぬ領域だ。
故に彼は少女を手放し、或いは再び彼女の名に相応しい笑顔の華が見られる事を脳裏の隅で願いつつも、
目下、頑として容赦放免し難い悪党へと向き直る。
言葉は無用と、奥歯が軋まんばかりに歯噛みした形相で彼は暗に語る。
現状に至り、彼の中に鳴りを潜めていた『彼』が再び目覚めを迎えた。
眼前の悪漢を成敗するは己の鉄拳であると、人格の『一転』を要求する声が、
彼の心中で阿鼻地獄もかくやと反響する。
しかし、かの悪党を大赦し難いのは彼とて同じ。
ならばと二人は、両の拳を断じて解けぬよう金剛の如く握り固める。
かくして得物を見定めた獅子さえも凌ぐ跳躍によって、
『魔術師』は『スクランブル』へ詰め寄った。
軽薄な笑みを湛え身動ぎすらせぬ『スクランブル』の頭部を、
左右から迫る『一対』の鉄拳が捉える。
頭蓋の粉砕する快音を発して、『スクランブル』は糸の断たれた傀儡宛らに跪いた。
やはり無言を『一貫』して、『魔術師』は崩御する彼を『一瞥』。
双眸を微かに細めると、身を翻し、
「……ああ、しまった。そういや僕の『エニースライス』は君らの傍じゃ使えないじゃないか」
背後から兆した平然とした口調に、表情を驚愕に染め、はたと背後を振り返った。
一回転した眼界に映るは、己の二足に寄って鷹揚に屹立する『スクランブル』の姿。
「寿命が延びてるからさあ……。使い切るまでは、死んでも死なないみたいだねえ、僕。
ああでも、今のできっと大分減ったから、また切り延ばさなきゃ……僕、死んじゃうなあ」
瞳孔は定まらず胡乱とした面持ちで、彼は独白めいた呟きを吐露する。
『魔術師』に向けた訳ではなく、思想が半開の口元から零れ出ただけの、無為な言葉。
蒼白な指先が左手首を撫ぜ、描く軌跡に沿って真紅の筋が浮かび上がった。
一足遅れ、切開された傷口から夥しい血液が溢れ出る。
『スクランブル』の表情が愉悦に支配された。
本来ならば致命の出血であろうそれは、しかし寿命が切り延ばされた事により、彼が死に到達する事は無い。
枯渇した寿命を無理矢理に延ばす外法故か。
それとも生来から内包されていた彼の性質が、死を端緒として萌芽し綻びたか。
兎も角『スクランブル』の精神は、確実に常軌を逸し狂気を兆していた。
「まあ……今日はもう疲れたし帰るよ。そいつは君が預かっといてくれ」
視線は『魔術師』に指向しながらも、焦点は合っていない。
相変わらず朦朧とした様子で、彼は少女を指差す。
「いずれ、殺しにくるからさ」
言い残し、彼は背後の空間を切り開く。
倒れ込むようにして暗闇の隙間に飛び込むと、それっきり彼の姿は一切、消失した。
けれども彼が立ち去って尚、『魔術師』が背筋を支配する悪寒を振り払うには、数秒の時を必要とした。
『スクランブル』の残した最後の言葉だけが、狂気の余地なく余りにも平然と、冷冽な響きを孕んでいたが為に。
マスターピース
「――――やはり、ですか。”世界の選択”、…………結城、鷹逸郎」
飛び去った『鷹』を撃ち落としたばかりの硝煙が燻る銃口を下ろして、銀髪の女は屋上の縁へと近寄る。
そこから見下ろせる狭い路地裏には、”やはり”、青や黒やの山積したゴミ袋と、群がる野良猫たちがあるばかり。
そう。転落死体は、見当たらない。
彼女が「能力」を使わなかったのは、”世界の選択”の有する、対異能反撃効果を危惧してのことであった。
ショボン。『星』。『世界』。『プロブレム』。『デバイス』。――彼が今まで遭遇してきた”敵”は、生半可な実力者では決してない。
それぞれが生身の人間に対し脅威とも思える必殺の能力を持っており、現に彼らの打ち立てた「栄光」には差異はあれ脅威的と言える代物だった。
しかし、それでも、彼を殺すには至らない。
ヨコシマキメ遺跡への道中。いとも容易く追い剥ぎの被害に遭い、身ぐるみのほぼ全てを剥がされた彼を、だ。
そう。相手がこと異能力者となると、鷹逸郎の膂力は爆発的に増加する。 タネイシャス ヴィクトリアス
決断力。行動力。洞察力。その他戦闘で不可欠とされる、二つに大別するなら「死なぬ力」と「負けぬ力」。
それらが、常時とは遙か懸け離れた数値を算出する。まるで、無限に存在する”全て”の桁を、最高値の9で次々と埋め尽くしていくかのように。
”絶対の意志”。
紅――今は白だが――のプレート所有者に選ばれたことを考慮すれば、”「白」「熱」の意志”と呼んだ方が相応しいだろうか。
普段どのような酷使で肉体を鍛え上げようとも、実際に発揮できる能力は、相対的に僅か。リスクを望まずセーブを望む脳がリミッター命令を伝達しているからだ。
それは如何なる科学的医学的手段、啓蒙手段や精神開発を試みたところで、到底解除できるものではない。
対して、非常時などで現れるという”火事場の馬鹿力”は、いつもを大きく凌駕する力量だ。
例えばトレーニングなど生まれてこの方したことのないだろう中年女性が、火の手の上がった家宅から箪笥を引っ張り出してみせるほど。
例えばその”全力”を、自分の望んだ時に、自分の望んだ様に、引き出すことができるとしたら。
つまり、”絶対の意志”とは。天に選ばれし極めて一部の者のみが与えられた、人間に秘されし”全力”の解放を許さしむ力、ということ。
・ ・ ・ ・. ・ ・. ・ ・ ・. ・. ・ ・. ・ ・ ・ ・ ・ ・. ・... ・ ・. ・ ・. ・. ・ ・. ・. ・. ・. ・. ・. ・ ・. ・
「……と、多くは間違って解釈しているようですが。そこには二つの誤解があるのです」
ソレ ナ ニ
女は知っている。其が正体かを。
ダ レ
女は知っている。彼が本性かを。
「まあ、いいでしょう。結城鷹逸郎でいられるのも今の内。……時が来れば、果たしてもらいましょう。 Master Piece
――――『創造主の駒』の、役割を」
. サダメ. ヒツゼン
全ては、運 命られた宿 命。
(所変わって隣のビル)
(地面直下コースで落っこちていた鷹逸郎はかしまし三人娘に助けられ、今では気絶したまま上半身を裸身という変*な格好にされていた)
(というのも、全ては銃撃れた背中の治療をする為。)
(本来ならこのビルへ飛び移るというただでさえ無謀な計画だったのだが、屋上をフライアウェイした瞬間に背中をドーンされたのだった)
(まあ、普通ならそのぐらい分かりそうなものである。そこを頭が思い当たる前に、もう体が動いてしまったらしい。)
(さて。身体を覆っていたフードとコートを脱がされ、Yシャツもキャストオフされた現状だが)
(……意外に、筋肉質である。学者というには、机に齧り付いて紙にペンとガリガリやってるという印象が往々にして存在するのに)
(さすが、若いだけあるということか。それともケンカに逸った若気の至りの残り香か。無骨でなく流線のような肢体は、スポーツや武芸には打ってつけのものだろう)
(まあ顔立ちはいたって普通なのでスルーとして、背中を見ると、…………?)
(…………、無い。そこには素肌があるだけで、銃創はおろか、ましてや血液を排出するような傷口の類さえ、…何も見て取れはしない)
(コートには確かに血液が付着していたはずだ。今は凝固して黒色に変色しかけている。もちろん秘薬の軟膏も塗布していない。…じゃあ、あれは、何だったのか?)
(それは、ヨコシマキメ遺跡でも起こったことだった)
(突入前ショボンに撃たれた傷跡も、遺跡に進入した後ではすっかり無くなっていた。『世界』との死闘における重傷も、それ自体の回復は早かった)
(にもかかわらず、青年からは邪気の類は感じない。実はよほどの能力者で、異能の気配をすっかり消しているのか。それとも……?)
…………、ん。
(ピクリ、と、)
(指先が、……動いた。寝起きのように眉間が顰められ、…青年の閉じられていた瞼が、スー、と、上がっていく。)
(.見
知
ら
ぬ天井だ。むくり、と起きあがる。ボケーと辺りを見渡して、3人(4人?)のびせうじょが各々の位置にいるのをぼんやりと確認した後、)
……ふぉおおぉおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおう!?!?!?
(絶叫。)
(カサカサカサと混沌もびっくりな這いずる動きで隅っこの方へ移動すると、体育座りの要領で素っ裸な上体をみごと隠してみせた)
(大学教授とはとても思えないほどの狼狽っぷり。…結城鷹逸郎。非モテの人生を歩んできた彼にとって、この状況は痛みを感じるほど恥ずかしかった)
なななななな、何何ナニなにッ!? 何だよこれ何なのよぉおおお!!? 何で俺上半身マッパなんだよくそくそひぃいいいいぃいいいいいいいッ!?!?
*鷹逸郎が落ち着くまで、美しい『一品』の筋肉を鑑賞しながらしばらくお待ち下さい*
カラァン、と。背を向けた彼女の後ろで、聞き慣れた音。
わざわざ振り向いてその正体を確認するまでもなく。十字の刻印をされた鉛色の銃弾が、硬質なコンクリートの地面に落下した音と知覚した。
その弾丸には、おそらくまだ比較的新しい赤褐色の血液が付着していることだろう。
「……弾丸を、何らかの異能的手段で摘出しましたか。……わざわざ返してくれるとは。弾丸一つでも、コストは馬鹿になりませんからね」
溶解して再加工すれば、僅かでも支出を抑えることができる。技術部の連中に渡せばさぞや喜んでくれそうな事実だ。
…………しかし。
『くれてやったその弾丸をそのまま返された』。…この事実に、女は、多少なりとも不快感を覚えた。
「…………。いりませんよ、そんなもの」
ハスキーな女の声が、低く、低く。地に落ちた弾丸に背を向けたまま。
『憤怒』は七つに数えられる大罪の一。それを発露させるなど、仮にも『枢機院』の高位幹部が許されることではない、という自負があった。
だから、見せない。その代わりに、罪深き弾丸を裁く、という名目で、【粛正】を。
「…………開けよ、ケリッポドの地獄門」
ケリッポド。訳するなら、奈落。
神より授けられるのみによって得られる、世界の真理。それを自らが手にしようと思い上がりし傲慢なる者が落ちるとされる、精神なる地獄のこと。
彼女は、かつて一般人だった。
敬虔なる教徒であった彼女は、偉大なる『創造主』様のため、白皙の手を血で汚し続けた結果、現在の地位に辿り着いた。
その時、授けられたのが、この能力。その一つ。
「――――――――――――――――――――堕ちよ、奈落へ」
ゴポリ、と、音を立てて。
弾丸が、突然泡を吐いたコンクリートに、飲み込まれた。
「…………閉じよ、ケリッポドの地獄門」
『枢機院』を構成する者には、すべからくではないが、「邪教を排する」という名目で特殊な能力を授かっている。
一説に曰く、それは『知恵の実』。その中でも”神に近しい者”である高位幹部たちは、更に『強力なる力』を与えられていた。
……上位幹部の通称であり、元々は旧約聖書のエデンに端を発する、ユダヤの秘教カバラに伝わる象徴体系の図形、『生命の樹<セフィロト>』。
その”0”番に位置する彼女は、こう呼ばれた。
すなわち、人間の蔓延る地上の王国にして、亡者の蔓延る地獄の名。―――――『王国<マルクト>』と。
「ちょっと、レイ…誰よ」
ピアノがいつもの視線を浴びせかけてくる
「実はあたし、こう見えて魔法が使えたり使えなかったり☆」
セレネという女性はカードを取り出し自分には全く分からない魔術を唱える
「……」
しかし、レイは相変わらず関心を示さない
目の前を銃弾が通り過ぎ、少年の入ってきた窓から飛び出していくのを黙って見送る
若葉色のマントを羽織った少女がこちらに見とれているのも気付いてはいるが気にしない
「…さて」
こうあまり動じない精神力を持ったレイだが、床にうつぶせに横たわる少年に向き直った時にはぎょっとした表情を見せた
「傷が…?」
血色軟膏は塗っていない 自分の手の中に酸化して乳白色になった軟膏が入った缶があるのがその証拠だ
取ったのであればそこだけ血のような色、もしくは肌色になっているはずだ
つ、と少年の背中を撫でる 何もない、瘡蓋どころか治った痕すら見受けられない
「…………、ん。」
「ん?」
少年の指が動いた 意識を回復したのか
「おい」
と呼びかけたその時、少年がむくりと起き上がる
ピアノ、その上に乗る小人、セレネ、そしてレイを順番に見ると
「……ふぉおおぉおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおう!?!?!?」
絶叫というか奇声を放つと、ゴキブリのように素早い動きで先ほど入ってきた窓際の壁に張り付く
「なななななな、何何ナニなにッ!? 何だよこれ何なのよぉおおお!!? 何で俺上半身マッパなんだよくそくそひぃいいいいぃいいいいいいいッ!?!?」
「……上半身裸なのは私が治療しようとしたからだ まず落ち着け少年」
相手が女慣れしてないなど知らないレイはずいと少年に顔を寄せる
後ろからなにやらじっとりとした殺気のような気配がするようだが気のせいだろう
ほんの少し体を前にすれば額同士がぶつかり合いそうなほどに近くまで寄る
少年からすれば、浅い吐息と、真っ白な肌と、それに対比するような深い漆黒の目と、さらさらと揺れる黒髪から漂うほのかな香りが感じられるはずだ
「………」
どう考えても落ち着けない状況だが、そんな少年の意識とは関係無しにレイは相手の目を見る
目は口ほどに物を言うと言う 昔から、目とはその人の本心を写す存在としてあるのだ
「………」
レイは少年の目をじっと見つめる、顔をそらさないように両手で頬を押さえながら
そして見る、少年の目の一番奥に明らかな意思があるのを
"白熱した"と形容するべきな意思が燃えているのを
「…そうか」
ふいと、目を離し、立ち上がる
「単刀直入に問おう 貴様、『世界』という奴を知っているか」
『世界』
レイはその名前だけしか知らない
アルカナという組織も、以前戦った人形遣いが『世界』の同僚だった事も、――――創世眼事件でレイの感じた邪気の喪失が『世界』の物だったという事も
ただ、『世界』という者が強いという事のみ知っていた。 "創世眼"という過去を再現する邪気眼を使う者
ひたすら強みを目指す彼女にとって、『世界』はいつか倒すべき指標としていた
最も、対峙した事はおろか、その存在を聞いたのがごく最近であった為半信半疑であったが
そして、この少年 この強い意志の力、白熱した力
それは、数々の死線――それも、異常なまでに強力な異能の力に対して――を超えてきたと感じ取れるものだった
「貴様は、『世界』と対峙したのか」
少年の肩を掴み、レイはらしくなく声を荒げて少年を問いただす
あたふたしていると、破戒僧が声をかけてくる
『私がアイツを食い止めるから…その間に何か着なさい。今のアレに捕まったら何されるか分かったもんじゃないよ!』
「え、あ、はい・・・」
服、といわれて確かに自分だけ生まれたままの姿だ。
しかし力の温存もしなくてはならない。そう考えて無駄な自分の髪を引きちぎる。
ぶちぶちっ、とこの世に居ないような美しきブロンドの髪の毛が空中に溶けて消える。
そして将軍は指で虚空に円を描く。円が一瞬だけ光ると、魔法のように白いワンピースが落ちてきた。
短く・・・しかし今だ長めのブロンドの髪にバルーンスカートのそのワンピースは可愛らしかった。
気がつけばなにやら恐ろしいことになっている。
「・・・どうしよう・・・聞きたいこと・・・」
聞きたいことを聞こうとかいう状況ではないことは百も承知。
しかし早く聞き出したいことがあったのだ。この情けない姿をいつもの慣れ親しんだ姿に戻すための物を。
探し出して使わなくてはいけないのだ、将軍は焦っていた。
足元がぱきぱき、と凍り付いても気がつかないほどに。
ウィップの音が鳴るのを、へたりこんで見ていた。
「…………、ん。」
…………
「……ふぉおおぉおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおう!?!?!?」
落ちてきた青年は辺りをボケーッと見渡すと、急に夢が覚めたかのように狼狽し、壁に張り付くように隅へ移動する
なんというか、女慣れしていないようだ。 まあこんなハーレム状態になれば誰でも狼狽するだろう、ピアノ自身だってこの状況は天国に相応する
セレネ様は世界的アイドルだし、レイは私の見込んだ美貌だ。頭の小人はどうでもいいが
「…何なのこの」
変な男、と言おうとしてレイの後の行動を見て
( ゚д゚)
絶句
「レ……イ………?」
青年を引っ張り込んできた彼女は、青年と顔がぶつかるほど近くに寄ったのだ
しかもピアノの位置から見ればそれは「接吻」と呼ばれる行為に見えなくも無かった
(レイが、レイが―男と―)
ピアノは完全に思考停止、真っ白に燃え尽きた、身が砕けた
「そうか…」
レイがゆっくりと立ち上がって言葉を発するまで、何時間もかかったような気がしたが、実際は数分だったろう
「そうか…? 何がそうかなの!? 詰め寄ったのは…詰め寄ったのうぁレィ………」
もはや舌すらまともに回らず、目には涙すらためている
そして、ぺたりとその場に座り込んでしまった
「…ねー、なんか勘違いしてない?」
Wissがひょいと目の前に降りてくる
「というかあの人なんか凄い剣幕でつっかかってるよ」
「え?」
「貴様は、『世界』と対峙したのか」
「え?え?」
青年の肩を掴み声を荒げて聞くレイを見て、ピアノはいまいち意味が分からなかった
『……ふぉおおぉおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおう!?!?!?』
男の出した圧倒的スピードにセレネは気圧された。問題は速度そのものではなく、状況。
彼はたしかに銃弾を抱えて部屋に転がり込んできた。さっきまで意識を失っていた以上、そもそも銃弾に耐性を持っていたという仮説は却下されよう。
つまり、この男は意識を失うほどのダメージを受けながらも既にこのような良い動きが出来るほど回復したということである。
(流石は『世界の選択』っていうことね。「底」を見れる日を楽しみにしておこうかしら?)
すると、レイが問いかけた。
『単刀直入に問おう 貴様、『世界』という奴を知っているか』
『世界』。アルカナの頂点だった者。リクスからの報告も受けているし、セレネは力を用いてその一部始終を観戦していた。
しかしここで疑問が生まれる。レイはなぜ『世界』とこの男を結び付けたのだろうか?
『貴様は、『世界』と対峙したのか』
今度はずいぶんと声を荒げている。
どうやら彼女は既にこの男と『世界』の関係についてある程度まで確信しているのだろう、とセレネは結論付けた。
(ほら、そんなにきつく言ったら答えにくいじゃん、なんて間違っても言えない雰囲気よねー。)
「それは気になるお話ね。あたしにも聞かせてもらおうかしら?」
セレネは、あえて空気を読むことにした。さあどうぞ、鷹逸郎さん、と。
「…ああ。結城教授といえば…確か担当は「邪気学」だったな。こっちだ。まあ、三分もあれば着くだろう────?」
シェイドが案内の途中で言葉を切る。その原因は、なんとなしにステラにも感覚として理解できた。
肌を灼き、突き刺すような――殺気。頭上で何かがぶつかる音を聞き、見上げると無数の木の葉が降ってきた。
「それ…【プラス】っ!」
どこからか声が飛んできて、上空を舞う木の葉に異変が起きる。まるで突如重しを乗せられたかのように挙動を無視して加速し、地面を穿つ。
「――ッ!『暁光眼』!!」
木の葉の流星群を展開したレーザーで打ち抜き迎撃する。最早ジェイドに気を回す余裕もなく、最低限の防御もそこそこに被弾領域からまろび出た。
すぐさま周辺を見回すが敵影を視認することは適わず。申し訳程度にジェイドの安否を確認するに、軽傷を負ってはいるが問題はないだろう。
(新手の異能者――!)
追撃は眼前へと姿を現した。年端もいかない少年が死角から現われ、『プロブレム』の襟をステラから奪い去っていく。
長身の彼をまるで意に介さぬかのように抱える奪還者を、助けられた『プロブレム』は呼んだ。
――『コンフィング』。
「奴等も異能の輩か?どう見ても穏便な雰囲気では無さそうだな…。
なんにせよ、私がしゃしゃり出ていい場面でも無さそうだ…少し引っ込ませてもらうぞ、ステラ嬢」
シェイドがそそくさと退散していく。それを『コンフィング』が追わないのは、襲撃対象がステラだけに絞られているからか。
否、最も正鵠を射た表現をするならば――彼等は『邪気眼使いしか狙わない』。
「───さて、そっちのファッションセンス狂ったお姉さん。早速だけど…死んでもらえるかな?」
「なんでだれもかれもわたしを服装でしか認識できてないの――!?」
『コンフィング』がこちらへ踏み込む。その動きは『不自然』の一言。羽根のように重さを感じず、風のように速いそれは、おしなべて言って『軽い』。
平均的な少年の体重を完全に無視した挙動は掴みどころがなく、目に馴れない為捉え難い。
それでも『コンフィング』と何度か立ち回りを経るうちステラの思慮内では、一定の憶測が完成しつつあった。
(さっきの木の葉を銃弾みたいに変えたのと、今のこの不自然な軽さ……十中八九『重さ』を操作する異能!)
『リッパトリッパー』で切れ味を付与された定規が迫る。だがそれは既に攻略した能力。刃を横から収斂光条で打ち抜き、無力化する。
『プロブレム』の異能は至極単純。刃筋さえ立っていれば光ですら切り刻めるが、横からの攻撃には極めて脆い。
そんな異能をわざわざリスクを負ってまで『プロブレム』を救出し行使させるということは、『コンフィング』自体の近接攻撃性能は高くないということか。
「どちらにせよ――戦況が泥濘化する前に決着をつけるッ!!」
掌を太陽へと翳し、降り注ぐ日光を『支配』する。遥か上空で陽光を歪曲し収束させる領域をつくり、光を凝縮させていく。
大学の敷地内がうっすらと曇り始める。それは雲による太陽の隠匿ではなく、地表へ届く日光が減っているのだ。
やがて夕方並に空を暗くしたところで、凝縮した莫大な量の光に指向性を持たせて解き放つ。
瞬間、空が瞬いた。
「暁光眼――【アストラルフォール】!!」
天上より降ってくる光の瀑布は超巨大な杭と形容しても良い。地表に注ぐ陽光を一手に集めた一撃は、有り体に言えば収斂光条をさらに収斂させたもの。
だが、その規模は文字通り桁が違った。周囲が暗くなるほどの圧倒的な光量は、対象を包み込み、塵すら残さず蒸発させる威力を持つ。
手加減なしの、本気の一撃。シェイドに対する疑念や自己への自問自答で密かに溜まっていた鬱憤を無意識のうちに込めた一撃だった。
「ちょ、ちょっとやりすぎた、かな……?」
地面は蒸発して大きく抉れ、表面はガラス化していた。地盤にまで届きそうな熱量は、尋常じゃない量の煙を生み出しステラの視界を埋め尽くす。
故に、ステラには自分の攻撃によって相手がどのような被害を被っているか、正確には掴めていないのだった。
さて、如何したものか。錬議苑を発って基督教大学に来たのは良いものの、侵入するにしても正面からでは多勢に無勢。
それに何よりただ叩き潰すだけでは何も情報が得られずここに来た意味もない。
(こうしてヴィクトリアは正門前のオープンカフェの一角で逡巡しているのであった)
(そこに、一人の女性が通りかかり、ふとヴィクトリアは思った)
そうだ、大学に今まさに入ろうとしているあの女と入れ替わればいい。
「あの、そこの方。ちょっとこちらへ・・」
「何でしょう?」
「私の質問に答えてもらおうか」
(ヴィクトリアの目が妖しく輝き、女性は暗示の支配下に置かれた)
成程、この女はとある財団のエージェントで大学関係者と接触するためにここに来ていたと。
そしてその目的は・・・・これで大方聞き出せたわけだ。後はこの女を始末してIDを奪えば・・
(しかし、こんな都内で死体を出して大事にならない訳もない)
しょうがないか、ここは
「お話はわかりました。では、100万渡すので3日は23区内で遊んでいて下さい。絶対大学には戻ってこないように。 それから、関係者との接触も禁じます」
「わかりました」
(こうして女性、アンジェラ・ベネットは『処分』された)
向かうはBブロック、研究棟。先ずは今の女になり済まして学内を嗅ぎ回りつつ『裏』の人間に接触する。
(魔法で先程の女性の着衣をコピーし、新たな『アンジェラ・ベネット』が動き出す。そこに待つのは生か『死』か)
あらゆる知識が集積される最高学府、大学。その裏には魔術・魔法が密接に関わっているということを皆さんご存じだろうか?
たとえばニュートン。彼はそれまで数多の人類が想像することすらなかった力学の体系をたった一人で方向付けてしまった。
それは何も彼がリンゴの落ちる様子を見ていたからではない。魔術体系を究めた彼が「真理」・アカシックレコードに触れたからである。
晩年の彼はその才を錬金術においても存分に発揮し、アンダーグラウンドな論文を数多く残したといわれている。
たとえば原子物理学。物質が様々な素粒子でできているという学説は現代人にとってなじみ深いものであろう。
ここにもまた、異能の影が見え隠れする。素粒子は何も理論上のものではなく実際に『視られた』ものなのである。
投影魔術を行うには対象の構造についてより正確に知ることを要するのが一般的である以上、魔術師や魔法使いがモノの成り立ちについて興味を持ち、魔法の力で『顕微鏡』を作っていても何ら不思議なことではないのだ。
このように、現代科学のバックボーンには遍く魔術・魔法が存在している。
政治家や実業家といった社会のエリート層がオカルトを信奉するのも最高学府、大学で否応なしに魔術という存在に触れ、
その圧倒的な引力を振り切ることが出来ないからなのかもしれない。
そういうわけで三千院家の黒執事はお嬢様の命を受け、魔術的な意味でも怪しげな場所、世界基督教大学に到着したのである。
(おかしいですね。私の記憶が正しければ、たとえばあの多目的グラウンドには大きく抉られた跡があったはずですが。)
そこはリクスが『教皇』やアリス・シェイドと戦い調律機関のメンバーやY、ステラといくらかの言葉を交わした場所。
しかしそこに、非日常の爪痕は見受けられなかった。そして、その『あるべきもの』がないことこそが異能の関与の証左とも言えよう。
こうしてこの大学に間違いなく何かあるということを確信したリクスはまずは受付に向かうことにした。
(現状、大学内の知り合いは鷹逸郎様とシェイド様の2人。このうち『管理役』とおっしゃっていたシェイド様は恐らく大学側に深く関与する人間である以上、まずは鷹逸郎様と接触する方が利口でしょうか。)
リクスはまだ知らない。鷹逸郎がここではないところで命の危機に瀕していることを。
そしてこの大学に既に、第3勢力である邪気眼狩りの集団が侵入していることも。
(秋葉原、とある廃ビルの隣に面したビルにて。)
(鷹逸郎の頭は、このカオスな状況を捌ききれず完全にもてあましていた)
(恋物語寸前の距離で見つめてくる黒髪の女性、その光景を前に何だか燃え尽きちゃってる若葉色の少女、そして何でここにいるの三千院セレネ)
(よく見るとなんだかちっこい小人のようなヤツもいて、これには千手観音も(゚ω゚)となるに違いない)
(こういう時は逆らわず流れに任せるのが良い、とは結城本家の老い耄れジジイの金言)
(とりあえず無抵抗でなるがままにしてみる。色々ツッコみたいのは山々だが、それすると余計厄介な事になりかねない)
(すなわち、半裸のままに頬を両手で挟まれ固定されたまま超至近距離で黒髪の女性に見つめられている、現在の状況となる訳である)
う、……あ………えー、と…。
(びせうじょにここまで接近して見つめられて、照れない男がいたら連れてきてほしい)
(かくして非モテの鷹逸郎(二つ名)も照れた。思わず瞳を反らしたくもなるが、それを許さぬ何かが彼女の瞳にはあった)
(鷹逸郎は、その何かを何処かで見ているような気がした。ただそれを思い出す前に、彼女は目を離して立ち上がってしまったが)
「…そうか」
(凛とした声。灼熱で鍛え抜かれた、静謐なる鋭い刀剣を思わせる。)
(少しボーゼンとしていた鷹逸郎だったが、……次の言葉が発言たれた瞬間、鷹逸郎は、目を剥き耳を疑った)
「単刀直入に問おう 貴様、『世界』という奴を知っているか」
…………ッ!? え、な……ッ!??
(『世界』)
(ヨコシマキメ遺跡における一件の首謀者であり、秘密組織【アルカナ】を絶大なるカリスマで率いていた元・頭領。)
(彼は遺跡の最奥に眠っていた『紅のプレート』を呼び覚まして、この世界を【黒ノ歴史】に葬り去ろうとし、結果…敗れ、果てた。)
(紛れもなく、鷹逸郎も彼を倒したその一人に数えられよう。その結果、『紅のプレート』の所有者となったのだから)
(…しかし鷹逸郎はあの一戦を、単なる『善対悪』の二項対立構造とは考えていない。…悪となるには、彼はあまりにも、あまりにも………。)
「貴様は、『世界』と対峙したのか」
(静謐なる声は、熱を孕むようにして荒々しく変貌する。鷹逸郎の肩を掴んだ手はまるで万力)
(…彼女には、『世界』に対して並々ならぬ何かを抱いているのを、すぐに鷹逸郎は感じ取った。…いたたまれなくて、目を伏せる)
(戦いは、勝敗が決しただけで終わる訳ではない。栄光であれ、禍根であれ、その影響は勝者や敗者、時にその周囲にも飛び火する)
「それは気になるお話ね。あたしにも聞かせてもらおうかしら?」
(一瞥すると、セレネはすっかり乗り気だった。いや、敢えて空気を察してくれたのかもしれなかった)
(もう一人の若葉色の少女はすっかりへたり込んでいたが、今は何やら混乱している様子。…どうするべきか。鷹逸郎は悩む。)
(……悩んだ末に。鷹逸郎は彼女の両手を掴むと、ゆっくりと肩から外した。)
(――――その双眸に、激しく燃え盛る白き炎。…<白熱の意志>を宿して。)
(鷹逸郎は、何も答えない。…正確には、何も言葉にして返さない。)
(…それでも、言葉にしなくても。……彼の「目」が、言葉よりも堂々と、雄弁に伝えてくれるから。)
(それは、あの日、世界基督教大学に転移したヨコシマキメの深奥から放たれ、そして消えた……あの『強大な邪気』と、よく似て、非なるもの)
(見れば知るだろう。『世界』の野望を、打ち砕いたのだと。)
(視れば識るだろう。『世界』の遺志を、彼なりのやり方で受け継いだのだと。)
(しかし彼の”それ”は、『世界』の有した暗黒のそれではない。…あえて例えるなら、………”ヤミ”と最も遠く、されど最も近い、”ヒカリ”。)
(もしその使い方を過てば、そのヒカリは全てを灼き尽くす焔となるだろう。)
(だが彼がその使い方を間違えることなく、強大なる意志をもって使うことがきたなら。――そのヒカリは、全てを包み込む光になる。)
ヒカリ ヒカリ.. ナマエ
(地を灼く斜陽か、地を包む黎明か。…その『プレート』は、未だ記銘を教えることはない………。)
……あ、そうだ。まだお礼をしてなかったっけ。…さっきは助けてくれて、本当にありがとう!
(上着代わりのフード付きコートを着ながら、ガバリ、と頭を45度よりちょい深め。)
(今時の若者にしてはしっかりとした感謝の仕方。恐らくは、幼少の頃より礼儀をしっかり教育をされたのだろう)
(言葉遣いが少し荒々しいのはその反動か。それでも教育の成果はしっかりと表れているようで)
俺、結城鷹逸郎っていうんだ。世界基督教大学ってとこで、邪気学の教授なんてやってるんだけどよ。
いっや〜でも、秋葉原にこんなびせうじょが三人か……しかもその内の1人は三千院セレネと来たもんだぜ、こりゃたまげた……。
(ハハ、と引きつった笑い。ハーレム状態!、というより、なんというカオス、が印象として先行しているようだ)
(とはいえ知り合いのイケメン変態が彼女らを見れば、『Oh YES! YOU達ちょっとメイド服着てみてよ!(裏声)』とのたまうこと受け合いなクオリティ)
(っていうか本当に同じ人類とは思えません。何だこいつら、神は存外不公平でした。)
そんで、え〜と……その、二人とも……やっぱり、”あっち側”の人間?
…どう見ても、「私一般人death!」って風体じゃねえよな……、…まさかとは思うが、セレネも同じだったりしちゃうわけ、か?
(世界を魅了する彼女の圧倒的カリスマには、鷹逸郎も客観的に少し首を傾げていたのだが)
(しかしそれがもし事実だとするなら。鷹逸郎の「日常」に「非日常」が本格的に侵蝕しだしたことを、認めざるを得なくなる)
(…否。)
(先刻、隣の廃ビルにおける生死を懸けた逃走劇からか。…もしかすると、あの無人電車からだったのか)
(鷹逸郎は未だ理解っていなかった。彼だけではなく、もはや東京、この『聖都』秋葉原でさえ、……「非日常」のヤミへと沈み始めていることを。)
『デバイス』は死んでいた。幼い体躯は無残にも炭化し、それでもなんとか繋いでいた命も『コンフィング』の異能によって、
地面へと沈む体では維持できない。振り絞った力で掲げた腕には何も掴めず、何も宿らず。僅かな命の残滓が灰燼と消える。
地中深くで、ゆっくりとただ冷えていくだけの身体で、脳髄で、精神で。『デバイス』の爛れた網膜に映ったのは光明か深淵か。
(ボクは、ボクは――――)
過ぎったのは仲間の姿。リーゼント厳しい『プロブレム』や、『スマイリィ』や『ストレイト』や『セカンド』や『シャフト』。
自分に止めを刺した『コンフィング』をそこに加えても良い。そして何より『楽園教導派』の首魁、『議長』――
(――わたしは、死ねない。死にたくないよ……!!)
薄れゆく命。泥濘の黄泉路へと絡め取られた意識の中、『デバイス』は紡いだ。
言葉は鍵語となり、『創造主』より賜ったセカイに対する限定管理権限を執行する。
――――最期の<ブレイントレイン>――!!
そして『デバイス』の身体は今度こそ、その生命を燃やし尽くし。
彼女は静かに絶命した。
【『デバイス』死亡】
「ふ…ふふ…うふふふふふふ……どうやら、本気で痛い目見ないと気が済まないみたいねえ?」
ヨシノのフライングクロスチョップを正確無比な合わせ受けで防いだ修道女が、懐から禍々しい形状の鞭を走らせる。
しならせ、打ち込み、切り裂く連撃。ヨシノは一向に近寄れない。近寄りがたい。
「覚悟しなさい…この……ロリペド野郎がああああああああっ!」
「おおっと、ロリとペドを一絡げにしてもらっちゃ困るぞ姉さん!?両者の定義に多説はあれど、その根底にある概念は共通しているッ!
ロリコンとペドフィリア分かつ分水嶺はすなわち『性欲の有無』!例えどれほど幼女が好きでも俺はプラトニックに生きる所存であるからして――」
続きの講釈は寸断された。大気を抉り抜く鞭の一閃は紙のようなヨシノの防御を遺憾なく削り、追い込まれていく。
「くッ!話さえあの女の耳に入れば俺の卓越したディベートスキルによって説得篭絡示談その他も可能だとい――!!?」
突如、視界が混線した。意識をジャックされたかのような偽の感覚。砂嵐のような網膜へのちらつきは、次第に形を伴っていく。
そして、脳内に鈴のように可憐な思念が音声を介さず響いてきた。蕾を連想させるような、幼い虚像が喚起される。
『おー、なんとか成功したみたいだねー、最期の<ブレイントレイン>。ええと、初めましてになるかな、邪気眼使いのおにいさん』
(な、な、な、――なん……だと……!!)
脳内に突然幼女の声が響き始めたヨシノの狼狽は責められない。彼は普段の素行が素行だけに、自らの発狂を疑わずにいられなかった。
ロリコンの頭の中に幼女が突如出現する理由など、白昼夢か白痴有無かのいずれでしかないことを理解できる程度には、ヨシノは聡明であった。
そんな彼の憂慮を知ってか知らずか、脳内幼女はお構いなしに自らの事情を並べていく。
『大変だったんだよー、あそこから一番近くて、かつ邪気眼を持った人間を探し出して”連結”するのも、そこに思念を全部引越しさせるのも。
今はおにいさんの脳内の未覚領域をちょっとだけ間借りしてるんだけどねー、異教の猿でも悪くないよ、居心地』
「んん?待て、君、邪気眼?連結?まさか、ヨコシマキメ関連の能力者か――?」
『半分せーかい。でもそんな問答に意味はないよー、このままおにいさんの脳を掌握して、身体を貰ってくから。
邪気眼使いの身体を持って帰ればボクの失態も帳消しにできると思うしー。それじゃ、会ったばかりだけど、さよーなら異教のおにいさん』
意思が流れ込んでくる。同時に意識を絡め取られたヨシノにも様々な情報が流入してきた。
彼女の名は××。コードネームは『デバイス』。『楽園教導派』のエージェントで、結城教授とステラに破れ『処分』されたこと。
『デバイス』の身体は死亡し、意識を連結する異能によって思念だけを近くにいたヨシノへと転送したこと。そして今、彼の身体を乗っとろうと――
(思念による掌握と攻撃をされてるわけか……!)
意識を真綿で締め上げられるような鈍い苦痛が継続する。やがて視界が端から白んでいき、足元が瓦解していくような感覚。
抗い方を知らないヨシノは抵抗できず、ただただ泥濘のような心の流れに身を任せて――妄想した。考え得る最高に楽しい想像。
途端に、嗜虐的な笑みを放っていた思念が悲鳴を挙げた。
『――!!?うわ、うわ、うわあああああッ!!な、なんてこと考えてるんだよ!?い、いや、来ないで、ごめんなさい、解除するから、いやi』
ぶつん、と何かが切れる音がして、チャンネルが切り替わったように視界がクリアになる。その端に、怯えたように蹲る幼女の思念を発見した。
意識だけで近づくと、彼女は再び悲鳴を挙げながら逃げ惑う。が、行く手を阻むようにピンク色の触手が意識の平野に芽吹き、彼女を絡めとる。
「……ふう。『デバイス』と言ったな。君の敗因はただ一つ。――君が幼女で、俺が俺だったことだ」
アスラから見れば突如として膝をついたのち虚空に語りかけ始めた変質者としか映らないだろう。
だからヨシノは弁明の意味も込めて、修道女と元・全裸幼女へ向けて頬笑み、宣言した。
「すまんな姉さん。どうやら俺は俺を違えて認識していたらしい。だが問題ない、たった今正しく理解出来たよ。やっぱり俺は、
――ロリペドだ」
【NPC『デバイス』の思念体を脳内に捕獲。ブレイントレインによって他の人にも見えるようになる。敵についての情報収集なんかにどうぞ】
逃げる黒野。追う自由紳士。
二人の間には、ホームとアウェイという、
アドバンテージに関して大きな隔たりがあるが、
いかんせん、普段の運動量という点に差が存在することも確かで、
距離の開く前に、自由騎士は階段の踊り場にて、難なく黒野を追い詰める
何故逃げた。本当は剣の在り処を知っているのではないかと早口に問い詰め、
黒野に濡れ衣を、二枚も三枚も重ね着させてゆく。
さて、物事は何に付けても唐突に起こるもの。
であるからここに至って、自由紳士が空腹を覚えた事について、
唐突に書き出す粗相を、あれこれ咎められる言われはない。
彼が日本に転移して、腹に収めたものと言えば、
例の眼鏡の保険医から秘かに頂戴した形態固形食のみで、
――争いの火花もなく、文化水準の高いらしい国風に、
兵糧が出回っているのを不思議に思ったのは無論ながら――
そろそろ胃の具合が寂しくなるのは至極当然のこと、
良い加減に腹の虫の機嫌を取りたくもなる。
飯を食おうと、いきなり話を転ずる。
左手に不可視の皿、右手に透明の食器を構え、
盛られた食物の幻影を口にかき込むジェスチャーまでしながら、
不意打ちを仕掛け、黒野を体ごと取り捕まえて肩に負い、
下りの階段を走る走る、あっという間に大学構内を脱して、
狙うは、昼時に備えて調理の芳香を吐き出し始めた学生食堂である。
身勝手には違いないが。
自由紳士の考えとしては、黒野に昼食を奢って、互いに打ち解けあい、
而して、刃の探索を手伝ってもらうという算段がある。
浅はか?失礼である。野生味を帯びた純朴なる思考と言うべきだ。
しかしながら、自由紳士の手持ちに日本円は存在せず
本人もそれに気付いていないという点では、やはり浅はかと言う他ない。
またそれ以前に、黒野は昼餐をとうに済ませているのだが、
そこいらの事情を自由紳士が知る由はないのだから、指弾は勘弁して欲しい。
そんなシナリオを望むわけもない黒野をなだめつつ、
自由紳士は抜群の脚力で芝生を駆け抜け、食物の香りを辿る。
彼の視界の端には――白き魂、白き男、その姿。
少年の瞳の奥 汚れのない、自らの信念を吊らぬきっとす者に見られる輝き
それは銀の煤を巻き上げ、白く燃えさかる<白熱の意志>
その決意に満ちた双眼は、何よりも全てを語り 彼女に答えを見せてくれた
今は亡き『世界』の野望を、遺志を、世界そのものを照らす"ヒカリ"を
「………」
彼女は何も答えない ただ、ふ、と軽く息を吐くとまた立ち上がる
この少年には"選択"が待ち受けている 大きく、世界そのものを左右させる選択が
おそらくその選択のために、彼は様々な物を失うだろう 同時に何かを得るかもしれない
何にせよ、自分のような気ままに流れ、戦いを欲する自分には縁のない話だ
「……あ、そうだ。まだお礼をしてなかったっけ。…さっきは助けてくれて、本当にありがとう!」
少年は服を着直すと礼儀正しく頭を下げる
「何、そう畏まる事も無い―――」
そこまで言って、彼女はふと違和感を感じる
背筋の裏をくすぐるような、チリチリと空気を焼くような何か
「そんで、え〜と……その、二人とも……やっぱり、”あっち側”の人間? …どう見ても、『私一般人death!』って風体じゃねえよな……、…まさかとは思うが、セレネも同じだったりしちゃうわけ、か?」
少年が何か言っているが、レイの耳には入らない
(…これは、殺気…!?)
そう気付いた時にレイの体は動いていた
長い実戦経験を持つ彼女がこの気配を殺気と気付くのが遅れたのは、それが今まで彼女が感じてきたどの殺気よりも禍々しく、それも彼女に向いていた物では無いのが一因したのだろう
レイの動いた先にいるのは、相変わらず引きつった笑いを浮かべる少年
「少年!そこをど―」
その瞬間、ゾッとする程の殺気が降り注ぐ 戦い慣れした彼女は反射的に飛び退いていた
そして
グシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ――――!
マスターピース
「今日はァ、"世界の選択"!! そしてあばよ!!」
怒声とも言うべき図太い声が響き、先ほどまで少年がいた窓際の壁を砕き、破片をまき散らした
「――っ!」
もはや幾度となく起きた事、突然の攻撃 しかし今までに無かった"自分以外に対する攻撃"
常に単独行動を良しとしてきた彼女には経験した事のない事態、それは一瞬の戸惑いを引き起こす
戦闘中ならば致命的な隙を生み出すであろう躊躇 それはこの戦いの後、彼女はまだまだ強さが足りないと自覚する要因となる
マルクト
「そうれ見ただろう、『王国』! 力は全ての『基礎』だ!」
叫ぶ襲撃者 崩れるコンクリート 一段と騒ぎを増す外
レイはその瞬間に、黒爪を抜き動き始めていた
「少年!」
『世界』を打ち砕いた者を、その遺志を継いだ者を呼ぶ